拝啓女神様へ。どうも、貴女に悪役モブにされた者ですが。原作シナリオぶっ壊すついでにこちらの鬱ゲーの主人公、俺のヒロインにしますけど構いませんね? (歌うたい)
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001 主人公志望、モブ憑依

『ヒーローに憧れたきっかけはなんですか?』

 

 仮にそんな風にマイクを向けられたとしても、多分俺は応えられないんだろう。

 だって思い出せないし。

 そもそもいつから憧れてたのかだって分からない。

 物心ついた時は、多分もうそういう風になっていた。

 怪人を倒す仮面のヒーローは良い。

 怪獣を倒す巨人のヒーローも良い。

 剣を片手に鎧を纏い、魔物を倒す王道の主人公なんて格別だ。

 漫画に小説、テレビに映画。いたる架空に星の数ほど居る主人公(ヒーロー)

 産まれてこのかた十八年間、ずぅっとその星のひとつになる事を夢見ていたんだ。

 

 だから、まぁ。

 二月の第四週末。人通りの少ない街角で。

 泣いてる女の子の代わりに、暴漢のナイフから身を(てい)す。

 そんな最期も、悪くないんじゃないかと思っていたんだけど。

 

「手違い?」

「誠に申し訳ありません!」

 

 死んだと思って目が覚めたら、宇宙空間っぽいところに投げ出されて。

 あの世ってこんな場所なのかとぼけーっと漂ってたら、女神みたいな格好をした美人と、神官っぽい格好をした美人が現れて。

 急に土下座かまされて。貴方が死んだのは、手違いだったんですなんて風に畳掛けられれば。

 俺こと熱海(アタミ) (ショウ)は、もう困り果てるしかなかった。

 

「あの。とりあえず頭上げてもらっていいっすか? えーと⋯⋯」

「これは失礼しました。私、運命の神ノルンと申す者です」

「ご、ご丁寧にどうも。んで話を整理すると⋯⋯俺、本当は死なない予定だったんです?」

「その通りです。だったんですけど⋯⋯実はですね。こちらをご覧下さい」

「金色の糸?」

 

 神官から差し出されたのは、高級そうな青い布の上で眩く輝く金色の糸だった。

 綺麗な金色。純金の輝きってよりも、青い海に架かる光の橋みたいな神秘的なまばゆさだ。なんか真っ二つになってるけど。

 しかし、これがなんだって言うんだろう。

 

「真っ二つになっていますでしょう」

「なってますね」

「私がやったんです」

「お前がやったのか……って、はい?どゆこと?」

「で、ですから、貴方の運命の糸が綺麗で、こう、翳してたらですね。爪が引っかかってプツンっと⋯⋯」

「えー」

 

 なんてことだ。

 暇を持て余した神々の遊びで、俺死んじゃったのか。

 手違いってそういう事かい。

 でもなんていうか、正直ピンと来ない。リアリティが無さすぎて。怒るべき場面なんだろうけど。

 それに目に見えてしょぼくれてる女神に追い打ちをかけるなんて、趣味じゃないし。

 

「ともかくお詫びです!」

「お詫びっすか」

「はい! ワビサビじゃないです!」

「分かってますけど」

「でもワサビは凄くツンと来ますよね。似てるのに似てない」

「まあ分かりますけど」

「アワビはあんなに美味しいのに!」

「話進めてもらっていいすか」

 

 なんか言動も行動も破天荒だなこの女神様。

 会話のハンドルの切り方が急すぎんだろ。

 

「そんで、お詫びってなんすか?」

「はい! 私の権能を使って、貴方の次なる生を貴方の望むようにして差し上げます!」

「え。望むようにって、なんでも?」

「望む形であれば、如何様にも。あ、やっぱり男性ですから異性からモテモテになりたいとか、巷で流行りのチート能力持って無双だったり、領主として領土経営だったり、美少女とゆっくりまったりスローライフだったりとかでしょうかね?」

「……そんなもん、決まってる」

 

 貴方の願いを叶えましょう、なんて。

 望む通りの生き方。描いた理想がそのままに。

 そんなことを熱海 憧に告げたのなら、願いはひとつに決まっている。

 産まれてこのかた十八年間、ずぅっと夢見ていたんだから。

 

「俺は⋯⋯⋯⋯ヒーローに成りたい!」

「え。ひ、ひーろー、ですか?」

「そうっす、ヒーローっす! ああなんて甘美で胸が熱くなる響きかっ! 1にヒーロー2にヒーロー、34がなくても5にヒーロー!! 他はどうでも良いからっ! "ヒーローって名乗っても胸を張れる人生"でおなしゃっす!!!」

「は、はぁ。そうですかぁ」

 

 それはもう土下座せんばかりの勢いでお願いした。

 十八年間、画面の向こうのヒーロー達に負けじと努力は詰んでも機会には恵まれなかったんだ。

 だからこそこの好機、細かい事は無視してでも掴み取りたい。

 

「変わったタイプの御方ですね」

「そうっすか? 男なら誰しも持ってる願望ですけど」

「そうかなぁ」

「そうなんっす!」

 

 でも何故か女神様はいまいち微妙な顔をしていた。

 全然ピンと来てない困惑フェイスである。

 解せぬ。やっぱりヒーロー願望は女性からしたらあんまり理解出来ないもんなのか。

 

「分かりました。では少しお待ちを」

 

 けれども吐いた唾を飲む事はしないでくれるらしい。

 神官が懐から取り出した広辞苑並に分厚い本を受け取ると、ぶつぶつ呟きながらペラペラとページを捲っていた。

 

「えぇと、ひーろー。ひーろー。ひーろ。ひぃろぉ、っと⋯⋯あ、ありました」

「おぉっ!」

「なんて嬉しそうな目⋯⋯本当に変わった人ですね。けれど良いでしょう。それでは貴方の次なる生に導いて差し上げますね」

「それって巷で噂の転生ってやつっすか!」

「あ、いえ。転生とは少し違います。生まれ変わるわけじゃないですし。転移とも異なります。魂だけがすっぽり器にインするわけですから⋯⋯憑依、が一番相応しい表現なんじゃないでしょうか」

「そっすか! よく分かんないけどヒーローならなんでもいいです!」

「はぁ。露骨にテンション違いますねあなた。でも喜んで貰えるなら何よりです。あ、あと、今なら女神ノルンの副官として神様の側でスローライフなんてのも⋯⋯」

「ヒーローじゃないなら結構っす! お構いなくぅ!」

「ぐすん」

 

 なんかテンションのままに喋ってたら女神様が涙ぐんでるけど、どしたんだろう。

 目に埃でも入ったのか。神様のお膝元にも埃って舞うんだなー。

 

「では、これより貴方の望みを叶えます。動かずに、じっとしていてくださいね?」

「うっす! 微動だにしませんからお構いなく!」

「ふふ、分かりました。それでは──」

 

 いよいよって事らしい。

 緊張気味の俺にくすぐったそうに微笑み一つ零すと、女神はゆっくりと指揮者のように指を一本翳した。

 

「運命の女神、ノルンが権能を今ここに。

 星霜満ちて、悠久を越え、空へと譲られし魂よ。

 汝が次なる星の軌跡は⋯⋯灼炎焦がす、黄昏の向こう。

 眠らぬ魂の灯火よ────『ヒイロ・メリファー』の器に灯れ」

 

 宙を橙色に光る爪が、軌跡をなぞる。

 荘厳で壮大な詩を彼女が紡ぐ度に、なぞった軌跡が青白く浮かび上がって、星座の様に連なる。

 連なった青い光のラインが、灯れの一言と同時に──生き物のように俺の身体にまとわりついた。

 

「っ、お、おぉ⋯⋯身体が、光って⋯⋯」

「準備が整ったということです。まもなく貴方は行くでしょう。剣と魔法と神話と神秘の世界へと」

「露骨にテンション変わったっすね」

「もう! 最後くらい締めときたかったんですっ。私、これでも運命の女神なんですからっ」

 

 指先から光の粒子へと変わっていく俺の身体。

 肌で感じる。本当に今から、何かが始まるんだ。

 夢見たヒーローに、憧れ続けた主人公になる為の物語を、始めるんだ。

 

「まもなく、か。じゃあ、最後に一つ聞いておきたい事があるんすけど」

「あ、はい。なんでしょう?」

 

 だからって訳じゃないけど。

 最後に、心残りを無くしておきたかったから。

 

「俺の最期⋯⋯少しは『主人公』っぽかったですかね?」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 ヒーローのように、誰かの涙を止める事は出来なかったけども。

 いつからか憧れた何かに、少しは近付けたんだろうかって思うから。

 

「──はい。確かに。貴方は紛れもなく主人公でしたよ」

「うん。なら、良かったっす!」

 

 視界を埋め尽くしていく光にあやされて。

 俺は眠るように、目を閉じた。

 

「貴方の旅路に幸あらんことを──」

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ。一時はどうなることかと思いましたが、なんとか丸く収まりましたねぇ」

「ノルン様」

「んぇ? なんですか。貴女が自分から話しかけて来るなんて珍しい⋯⋯」

「いえ、彼の次の人生についてですけどね。ノルン様は何か勘違いをしてませんか?」

「勘違い、ですか? それはないでしょう。あんなに『ヒイロ』という名前のキャラクターになりたいって仰ってたじゃないですか」

「⋯⋯あの」

「本当に変わった御方ですよね。ヒイロって名前に相当なこだわりがあるんでしょうか。人生目録で探してみましたけど、なかなかそれらしい名前がなかったので。もし見つからなかったらどうしようかと」

「あの、女神ノルン様」

「どうしました?」

「彼が望んだ人生って、ヒイロって名前の人生じゃなくて⋯⋯ヒーロー。つまり英雄とか勇者とか、そういう主人公みたいな人生を送りたいって事なんじゃありませんか?」

「…………えっ、嘘。え、ヒーロー? しゅ、主人公!? あ、あのあのその⋯⋯彼の次の人生、主人公どころか、悪人寄りのモブキャラなんですがそれは」

「⋯⋯しかも、よりにもよって現実世界じゃ『鬱RPGゲーム殿堂入り』として名高いあの世界ですよね。またすぐ死んじゃいますよ、彼」

「えぇぇぇぇ!!! どどど、どうしましょう……!」

「どうにもなりませんよ、もう」 

「そんなぁぁ〜〜〜!!!」

 

 

 こうして新生ヒイロは誕生した。

 尚、ヒーローではない模様。

 

 

 

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002 口悪い系主人公とかもはや基本です

 パチパチ、パチ。

 火花の産声と死に声と、炎の匂いがする。 

 熱い。真夏の炎天下とは比べ物にならないくらい。

 なにもかもが燃えていた。目の前で。コンクリートも、陳列された商品も、買ってとねだったお菓子の袋も、人も。

 

 炎で焼けてる匂いがした。

 

 

──おに⋯⋯ちゃ⋯⋯

 

 喉が焼けるようだった。

 どこかの建物の中。一面の紅蓮。

 熱いし臭うし痛いのに、水の中に居るような浮遊感があった。

 揺れる。傾く。気付いたのは、目の前にある誰かの背中だった。

 

──おにい⋯⋯っ!

 

 大きい背中が、振り返って顔になる。

 顔だけど、顔じゃなかった。

 仮面だった。上半分だけの。

 下側は破けたんだろう。

 煤の付いた唇が微笑みを作っていて。

 なんでか俺は、ひどく安心したんだ。

 

──おにいちゃんっ!

 

 安心して、また眠気に襲われて。

 瞼の間。仮面の男の、その向こうから。

 

 崩れた瓦礫が、落ちて、きて⋯⋯⋯⋯

 

 

 

 

「起きてってば、お兄ちゃん!」

 

 

 

 

 

 世界に、光が射した。

 

 

 

 

 

 

「わっ、起きた」

 

 重たい(まぶた)の向こうには、仮面の人なんてどこにも居なかった。

 それどころか、シーツっぽい布を両手に持ったエプロン姿の少女が一人。

 炎の匂いもしない。熱くもない。

 なんなら寒いくらいで、真後ろの開けた窓から吹いた風に身を縮こませたくらいだ。

 

「もう、お兄ちゃん大丈夫? すごい汗かいてるよ」

「?」

「ぼーっとしてる。熱、もう下がったって思ったのに。うなされてたけど、悪い夢でも見たの?」

「⋯⋯」

 

 あぁ。なんか気持ち悪いと思ったら、汗だくじゃん。

 反射的に立ち上がれば、ふと違和感。

 なんか、視線が高い。部屋の中の椅子とか机とか。背伸びしながら見渡せば、丁度こんな感じのような。

 そんで、頭二つ三つは低い位置にある少女の顔。

 赤茶の髪をお下げにした、野暮ったいけど家庭的な雰囲気の女の子だった。

 そばかすが実にチャームポイント。

 

「⋯⋯なに、じろじろ見てるの」

「⋯⋯ァ」

 

 照れて赤面する、なんてことはない。

 むしろ不審がってる眼差しだった。

 流石に失礼だよなと思い、とりあえずの詫びついでに聞かなくちゃならない事があった、んだけども。

 

「うっせぇ。誰だテメェ」(ごめん。で、どちら様?)

「⋯⋯は?」

「は?」(はい?)

 

 え、なに今の低い声。

 え、今の俺の口から出なかったか? 

 いや俺の口からだよ。でも、あれ。

 めっちゃ乱暴な感じになってませんでしたか今。

 

「⋯⋯」

「⋯⋯」

 

 思わず黙り込めば、向こうも同じく黙り込む。いや同じじゃないかも。

 見る見る内に眉毛が吊り上がってるし。

 頬も赤くなってきた。勿論照れとかじゃない。

 えー。誰がどう見ても怒ってます。本当にありがとうございました。

 

「⋯⋯じゃ、早く降りてきて。ご飯出来てるから」

「お、おう」

「ふんっ」

 

 出逢い頭に誰だテメェ、なんて言われたら、そらそうなるね。

 シーツをこっちに投げつけると、木造りの床にダンッダンッと足音を立てて少女は去っていった。

 いやーかなり怒ってらっしゃる。俺のせいだけど。

 

(⋯⋯お兄ちゃん、って言ってたな)

 

 お兄ちゃん。あだ名ってことはないはず。

 多分妹だよな。起こされたし。一緒に暮らしてる感じだったから、そういう事だろう。

 くるくる回る考えついでに、視線もキョロキョロさせてみれば、部屋の扉のすぐ脇に丁度良さげな姿見があった。

 と、同時に思い出してくる。

 死んだ事。死んだ後の事。

 あの木の根が蔓延る宇宙空間っぽいとこで会った女神ノルン。彼女の言ってたお詫びと、旅立ち。

 思い出して、思い返して。

 身体がぶわっと熱くなった。

 

(あぁ、そっか。そうだった! 俺、ヒーローになったんだった!)

 

 そうだ。願いが叶ったんだった。

 転生だったか転移だったか憑依だったか忘れたけど。

 そう思うと興奮が収まらなくて、思わずニヤついてしまって。

 

(と、とりあえず落ち着こう。鏡でも、見て⋯⋯)

 

 クールダウンの為にもと姿見の前に立った。

 立って、映って、見て、目を見開いて。

 思わず言葉が漏れた。

 

「クッソ目付き悪ぃなオイ」(目付き悪っ)

 

 あ、ついでに口も。

 

 



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003 幼馴染は悪役貴族

 どうも熱海 憧(旧)です。

 今はヒイロ・メリファー(新)をやってます。

 なんて風な自己紹介じゃ相手は混乱するだけだし、こっちも混乱しそうだ。

 というか今まさに混乱してるんだろう。

 

 ヒイロ・メリファー。それが今の俺の名前ってことらしい。

 年は十八の健康男児。赤茶の髪色。前髪がバッテンみたいにクロスしてるのがチャームポイントな、少年以上で青年未満。

 背は高く手足も長いが、人相悪くてガラも悪けりゃ口も悪いの三連コンボだ。

 特に目付きの悪さは酷い。鏡を見た時は、どこのチンピラだよ、とは正直に思ったくらい。なのになんかパッとしない顔つき。なんだよこれ。

 

 しかし、しかしだ。

 悪人相だったり柄の悪い主人公なんて、今どきいくらでも居る。むしろ人気のジャンルだろう。

 そんでヒイロって名前。いやもう、ニアピンじゃん。後伸ばすだけじゃん。

 さらに、サラ・メリファーって家庭的な妹まで居ると来ましたよ。

 あぁ、もうね、布陣整ってる。

 誰がどう見ても主人公です、本当にありがとうございましたぁやっほぉぉぉぉい!

 

「ねぇ。お兄ちゃん、なんか今日変だよ」

「あァ?」(変って?)

「だって、気味悪いくらい自分のこと聞いているし。どうしたの。三日続きの高熱で記憶も全部吹き飛んじゃった?」

「知らねぇ」(さ、さぁ。なんのことかさっぱり)

「あっそ。いいけどさ」

 

 やっべ、と内心で冷や汗を垂らす。

 ちょっと調子に乗ってあれこれ聞きすぎたせいで、サラに(いぶか)しまれてるらしい。

 そりゃそうだよな。むしろ兄貴の癖に誰だテメェなんていう奴に、よく答えてくれたよ。出来た妹である。メシも上手いし。

 でも、訝しみたいのは俺の方でもあった。

 もっともサラにではなく、俺自身の疑問点だけど。

 

「んでこんな口悪ィんだか」(なんでこんなに口悪いんだよ)

「は? あたしが?」

「俺に決まってんだろうがよ」(いや俺だよ俺)

「⋯⋯はぁ。お兄ちゃんの口の悪さなんて、今に始まったことじゃないじゃん。変なの」

 

 そう、これだ。

 さっきから喋ろうとしてる内容が一致しない。

 というか、滅茶苦茶乱暴な言葉遣いに変換されてしまうのは何故だよ。正直困んだけど。

 サラいわく、俺は元から口が悪いらしい。

 でも時々ニュアンスまで違う内容にまでなってるのが質が悪い。下手すりゃ誤解招くぞこれ。

 

(主人公にゃなれたみたいだけど⋯⋯思わぬ障害があったなぁ) 

 

 思った事を素直に伝えられないから、結構会話が大変。今後苦労しそうなのは間違いない。まだ湯気が残ってるシチューの残りを飲み干しながら、俺はそっと溜息をついた。

 

「というかお兄ちゃん、そんなにゆっくりしてて良いの? ルズレー様とショーク、そろそろ迎えに来るよ?」

「迎えにだァ? つか、誰だソイツら」(迎えにって⋯⋯それに、誰だろその人達)

「え、冗談でしょ? 二人は昔からの付き合いなのに?」

「はん、腐れ縁ってとこか」(幼馴染ってとこか)

「⋯⋯そう思うなら勝手だけど、口にしないでよ。特にルズレー様の前では⋯⋯っと。玄関ツツキの音だ。噂をすればだね」

「?」

 

 なんで様付け。あと玄関ツツキってなに。

 疑問を明らかにする間もなく、サラに玄関の方へと急かされる。

 

 しかし、幼馴染か。幼馴染と来ましたか。

 完璧じゃないか。主人公に幼馴染は付き物だ。

 ラブコメなら美少女幼馴染は鉄板だ。

 王道バトル漫画でも、美少女ないしは理解者的立ち位置のイケメンと相場が決まってるし。 

 期待に胸を弾ませて、コココンコココンと啄木鳥(きつつき)に突かれてるような音が響く方へ行けば、向こう側から扉が開いた。

 

「遅いぞヒイロ。嘴ノックが五度目を過ぎたから、つい開けてしまったじゃないか」

「ルズレー様。開けたのは俺っすけど」

「ショーク。貴族は手ずから戸を開けるものじゃない。これは平民の仕事だろう」

「へいへいっす」

 

 開くや否や、不機嫌そうな第一声。

 豪奢なマントを身に包んだマッシュルームヘッドの金髪男と、とんがり鼻で小柄な緑の短髪男。

 妹とは打って変わって、扉の向こうの二人組の第一印象はというと。

 なんていうか、こう。明らかに、見るからに⋯⋯

 

「⋯⋯悪人面な奴だ」(性格悪そう)

「「お前が言うなっ!」」

 

 外見だけならもう見事に悪役だった。

 しかも端役。なんという華の無さ。俺も含めて。

 幼馴染にしちゃ珍しい塩梅すぎないかこれ。ま、まぁ、中身はイケメンなパターンかもしれないし。別に美少女じゃないのを残念がってるとかじゃないから。うん。ほんとだよ。

 

「って、おい、なに突っ立っているんだ。というかお前、荷物すら持ってないじゃないか。さっさと準備して来い、僕を待たせるな」

「あ? 何の準備だよ?」

「⋯⋯寝惚けているのか。だらしがないぞ、これだから平民は」

 

 平民って。こいつも口悪いのか。尖ったキャスティングだな。

 正直少しイメージとの落差があって、若干落ち込む。

 けども、そんなルズレーから飛び出た一言に、俺の失意は一気に回復した。

 

 

「騎士養成学園『ヴァルキリー』に行く準備に決まってるだろ」

 

 

 騎士、養成学園、だと⋯⋯?

 

 んー。はい。はいこれロイヤルストレートフラッシュです。王道パターン入りました。

 拝啓女神様へ。ありがとう。次死んだら貴方に仕えますね。

 

 

 

 

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004 学園物語、開幕!

 騎士。

 この階級一つの響きで、胸を弾ませる少年少女がどれだけ居るだろうか。

 

『ナイト』『シュヴァリエ』『ナイトロード』

 主を護る銀の盾。敵を貫く銀の剣。

 時に身を滅ぼそうとも曲がることなき銀の意思。 

 古くから現代に至るまで様々な物語に題材とされ、その度に物語を彩ってきた人気の称号だ。

 

 誰もが一度は見ただろう。

 白馬に跨り、主君に仕え、譲れぬ意思で剣と盾を用いて闘う夢物語。そんな舞台に立ってみたいと。

 勿論、俺もその一人であり⋯⋯今こうして立っている。

 それも主人公として。ははん最高かよ。

 

(しかも、この大通りの規模。明らかに大国じゃん。なんだっけ、聖欧国アスガルダムだっけか。そんな舞台で主人公とか、やばいだろ。想像しただけでノルン様と再会出来るわ)

 

 アスガルダム。もう名前からして仰々しい響き。

 その上名前に負けない美しい街並みには、もう溜め息しか出ない。

 縦にも横にも広い大通り。道行く人の多さ。遠巻きに見える馬鹿でかい城。

 現代じゃお目にかかれないレトロで神秘的な風景に、テンションぶち上がりだった。 

 

(うへ、うへへへ。ノルン様マジでありがとう。足向けて寝れねーや。居る方角知らんけど)

 

 中の人ならぬ外の人フィルターでニヤケ顔になってなくて良かった。

 まさに気分は有頂天。このまま心行くまま浸っていたっていられれば、どれだけ良かったか。

 

「おいヒイロ、聞いているのか!」

 

 大通りでもお構いなしに響く怒声。

 あぁもう、またかよ。振り向けば案の定、ルズレーが俺を睨んでいた。

 

「なんだ」(なにー?)

「なんだよじゃない! 貴族たる僕の前を歩くなとさっきから言ってるだろう!」

「⋯⋯はぁ? 良いだろ別に」(えー。ちょっとぐらい良いじゃん)

「る、ルズレー様。ヒイロのやつ、まだ熱の名残りで調子戻って無いんすよきっと! ほらヒイロもっ、さっさと後ろ回れって!」

「チッ」

 

 渋々ルズレーの後ろに回れば、満足したように大股歩きで道行くルズレー・セネガル。聞かずとも何度も口にする通り貴族なんだとか。

 水と油。ハブとマングース。騎士も歩けば貴族に当たるってくらいに、貴族もまた騎士と同じくメジャーな階級だけども。

 前を歩けば怒るし、話に相槌(あいづち)打たなきゃ怒鳴るし。

 悪い意味での貴族っぷりに、せっかくの高揚感も台無しだ。

 鳴らした覚えのない舌打ちだって鳴るよねそりゃ。

 

「面倒かけやがって、このデクめ。ルズレー様の機嫌を悪くすんなよな」

「あ? んで俺が腰巾着みてぇ真似しなきゃいけねーんだ」(えー、流石に嫌なんだけど)

「ちょ、おま⋯⋯真似もなにも今までそうだったろ?」

「んなもん知るか」(マジかよ。勘弁してくれ)

「ひっ、至近距離で急に睨むなよ⋯⋯くっ。頼むから、歯向かったりはすんな。割を食うのは俺なんだからな」

 

 しかも、この絵に書いたような腰巾着のショーク。

 彼曰く、昨日までの俺も同じ立ち位置だったらしい。

 いやいや冗談じゃない。わがまま貴族の太鼓持ちって。そんな主人公像は持ち合わせてない。

 ショークにゃ悪いけど、今後も割を食って貰おう。

 

「おい、後ろでごちゃごちゃうるさいぞ! 僕の品位を下げるような真似をするな!」

「へ、へいっす!」

「⋯⋯⋯⋯」

「ヒイロ、分かったのか?!」

「うるせぇな。分かったから前向けや。転ぶぞ」

「ふん、僕がそんなドジを踏むとでも⋯⋯⋯⋯どわぁっ!?」

 

 忠告虚しく、マントを器用に踏んづけて見事にすっ転ぶ貴族様。いやほんとに転ぶんかい。

 なんだろう、この圧倒的小物感は。会って一時間も満たない内にすさまじいまでの株価暴落である。

 

「⋯⋯言ってる側から踏むなよ」

「う、うるさい!! さっさと起こせぇ!!」

 

 息をするように命令。

 慌てて引き起こすショークの背中に、なんとも言えない先行きの不安を感じる俺だった。

 

 

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005 学園物語、閉幕!

「騎士とは、即ちガーランド王家の揺るぎなき剣にして盾であります。王家に仇なす敵を討ち、国家を脅かす敵から守護する。騎士、並びに『エインヘル騎士団』はその為に存在します」

「うむ。心得てますね、ペランニージ君。では続けて仇なす敵、脅かす敵とは何か、答えてご覧なさい」

「はい! 敵とは無論、魔獣です。人々の安全を脅かす人類の天敵。それがぼくら騎士にとっての敵であります!」

「⋯⋯悪くはありませんが、心得違いもありますね、ペランニージ君」

「え、どこがでありますか?」

「『ヴァルキリー学園』の学生は等しく騎士の卵です。まだ騎士ではありません。騎士と養成学徒では、その肩に積もる責任は大違いですよ。意気は買いますがね」

「うっ、はい」

 

 消沈しながらがっくりと項垂れる目の前の生徒の肩を、隣の生徒が慰めるようにポンと叩いた。

 窓際の席。左から吹く世界の風が、手元の教書のページをめくる。

 まさに学園物語の1ページだ。素晴らしい。死ぬ前も学生だったけど。

 でも死ぬ前と後とじゃ、心の弾みっぷりが違う。

 その最たる理由は、やっぱり俺が居るこの世界の現実離れっぷりだろう。

 

(すげぇ。まさにファンタジーじゃんこの世界)

 

 教書に目を通せば、開かれたページには大陸図が描かれていた。

 四方に海を囲んだ円形の大陸は、当然俺の生きてた現代とは違う形状だ。

 『ユミリオン』と名付いた広大な地続きの大陸と、色分けされる諸外国。

 そしてユミリオン大陸の、約四分の一の領土を占める聖欧国アスガルダム。

 王家ガーランド、エインヘル騎士団、ヴァルキリー学園。

 教書に記されたのは、ただの地名の一つ一つ。でも、ここから俺の物語は始まるんだと。主人公として足跡を刻んでいくと思えば、胸が踊って仕方なかった。

 

『聖欧国アスガルダムの始まりは、人歴1500年。今より約500年を遡る。当時長きに渡る国家戦争に終止符を打った稀代の英雄王シグムント。彼と、彼に従う四人の英雄、そして彼の者を王と戴く人々によってアスガルダムが建国された』

 

 だから捲ったページのアスガルダムの成り立ちって内容にも、食い入るように文字を追った。

 英雄王。四人の英雄。くうぅ、たまらんね。

 俺も後に英雄王とか呼ばれちゃったりすんのかな、と思うと、天にも昇る気分だった。

 

「⋯⋯随分と熱心ですね、ヒイロ・メリファー」

「あん?」(はい?)

「普段不勉強な貴方が珍しく教書を広げている事には感心します。しかし、教師の話を聞いてないといういつも通りの点には感心出来ませんね」

「⋯⋯⋯⋯げっ」

 

 し、しまったー!。

 夢中になり過ぎて完全に聞いてなかったし。やばい。

 

「まったく、この期に及んでもあなたという生徒は⋯⋯今すぐ、学園を十周です。反論は認めませんよ」

「⋯⋯マジかよ」

 

 慌てて謝ろうにも、時既に遅し。

 有無を言わさない雰囲気で教室の出口を指差す先生に、もはや言い訳は通じるはずもなく。

 

「クスクス」

「良い気味」

「腰巾着には丁度良い薬だよ」

 

 途端に囁かれた冷笑に蹴飛ばされるように、俺は教室から出ていくしかなかった。

 

 

 

◆ 

 

 

 

 

「チッ」

 

 先行きへの不安は見事に的中した。

 学園と呼ぶだけあって広い外周を走りながら、なんだかなぁという心の呟きは、舌打ちに変換されて春風に溶けた。

 

(はぁ。出鼻くじかれちったなぁ)

 

 一周辺り、大体二十分。

 てことは十周を終えるまでには三時間。

 これじゃあ期待してた実技演習とかいうカリキュラムには参加出来ないだろう。

 身から出た錆とはいえ、悲しくなってくる。

 目新しい世界に対する興奮も、水をかぶったように少し冷えた。

 しかし、グズグズと引きずるのも柄じゃあないか。

 

(しゃーない。切り替えてくか。後七周だっけ)

 

 あぁでも、ランニングなんて久しぶりだ。

 毎日欠かさずやってた習慣を、まさかこっちに来て早々やるとは思わなかったけど。

 悪くないか。身体鍛えんの好きだし。

 にしても体力ないなーこの身体。

 まだ三周だってのに、もう息切れしてるし。

 

(にしても……嫌われ者っぽいな、俺)

 

 教室を出る最中に聴こえた、悪意の囁きを思い出す。

 腰巾着。良い気味。ざまあみろ。

 冗談のニュアンスを含まない悪口の数々からして、以前のヒイロは良く思われてなかったんだろう。

 

(ま、こっからっしょ)

 

 とはいえ、マイナスから始まる学園生活も悪くない。

 徐々に見せ場を作っていき、周囲の目を驚かせながら自分の道を突き進む。

 苦難の中で掴む努力、友情、勝利。

 いいじゃないか、そんな王道展開。

 数学が嫌いな俺でも、覚えておきたい方程式だ。

 

(やってやる! やってやるぞ俺は!)

 

 走りながら脳裏によぎる未来予想図。

 これからの学園生活への課題とやり甲斐と期待と興奮に、胸が弾んで仕方なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、明日は卒業式です。誉れ高きヴァルキリーの生徒として、最後もしっかりと胸を張り、門出を旅立ちましょう」

 

 

 なお、学園生活編は二日で完結した。 

 拝啓女神様へ。泣いていいっすか。

 

 

 

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006 ヒーローの道も一歩から

 新たに始まる学園生活。期待に胸を膨らませてたら、僅か二日で終わりました。

 学び舎の門出に感極まって泣き出す生徒達の輪から離れて、俺は内心で涙の滝を作った。

 ほんと泣くわ。悲し過ぎる。俺の期待と意気込み返してくれ。

 と言いたいのは山々だが、いくら悔し涙で枕を濡らせど時間が巻き戻るはずもない。

 そんなこともある。切り替えていけ。ポジティブ大事。自己暗示とかじゃないから。

 

『まもなく貴方は行くでしょう。剣と魔法と神話と神秘の世界へと』

 

 女神様の言葉を思い出す。神話と神秘はともかく、剣と 魔法だ。色んな主人公道を学ぶために多くの創作に手を出した俺としては、やはり剣と魔法と聞くとRPGを連想してしまう。

 そもそも主人公なんてのが露骨に存在してる時点で、この世界はなにかの創作物って風に思うのが自然だ。ならここは一つ、RPGの世界って仮定して今後の方針を決めるべきなんだろう。

 

 とはいえ先の未来に悩んで自分探しの旅に出る必要は、俺にはなかったらしい。

 というのも。

 

『はぁ? お前は僕とショークと一緒にエインヘル騎士団に入るに決まってるだろ。ふん、取り柄のないデクのお前を今後も下僕として扱ってやるって言ってるんだ。有り難く思えよ』

 

 なーんて風に、幼馴染みに将来設計されてるらしい。下僕呼ばわりを有り難く思えって。ははは、一周回って尊敬してきたぞ。

 しかし、騎士団である。つまりは騎士である。

 成りたい。ちょー成りたい。主人公・騎士ヒイロ。

 かっこいいじゃん王道じゃん最高じゃん。

 せっかく養成学園だって卒業したんだし、他の選択肢は俺の目には無かった。

 とりあえず、目指すのはこの国一番の騎士でいこう。

 せっかく主人公として生きていけるんだし、どうせなら高くを見なきゃね。やはり最強の称号は男ならば誰しもが憧れるもんだし、目指すべき場所が高ければ高いほうが燃えるというもんだ。

 

 てな訳で、バチッと目標は決まった。

 エインヘル騎士団の入団テストも再来週とサラに教えて貰っている。

 だったら後は、やることなんて一つしかないだろう。

 

 

 

 

 そう、鍛錬だ。

 

 

「ふんっ! ふんっ! だらぁっっ!」

 

 千里の道も一歩から。

 ヒーローの道も同様に、一歩から。

 

「はぁっ、248ぃっ! ぐうっ、249ぅ! せいっ、にひゃく、ごじゅう!」

 

 主人公といえば、努力、友情、勝利の鉄則だ。

 俺は単なる酔狂で主人公を夢見てる訳じゃない。

 どうせ目指すなら、当然てっぺん。つまりは最強だ。

 ならば当然、最初の一歩たる努力を怠る訳には行かなかった。

 

「ぜぇっ、ぜぇっ……くっ、まだだ。まだ半分、残ってる……っ、ぜぁっ!にひゃく、ごじゅういちィ!!」

 

 ランニング、おおよそ30キロ。

 腕立て伏せ、腹筋、背筋、スクワットを各100回を3セット。

 騎士を志すなら剣を触れなきゃ意味が無いってことで、木の棒を素振り500回。

 入団テストのその日まで、俺は"生前の倍の量"のトレーニングに励んでいた。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 

 にしてもきっつい。体力無いなぁ、この身体。

 ちくしょう、死ぬ前のがよっぽど動けてたじゃん。

 新しい世界は歓迎すべきだけど、主人公(ヒイロ)の境遇には歓迎出来ない要素も大いにあった。

 まぁ、嘆いたって仕方ないんだけど。

 

「ぐっ⋯⋯」

 

 体力の限界に来たのか、立ち上がれない。

 木刀代わりの棒切れを投げて、ぐったりと仰向けに倒れる。

 ちょーっとハードスケジュール過ぎたかもしれない。 

 立てない。しんどい。脂汗なんかもうタラタラのギトギトですよ。

 素振りを終えた手も真っ赤。血豆が潰れてその上からまた新しい豆が出来始めてるし。

 おのれ元の身体の主人公め。お前さんがもうちょいサボってなきゃこんなにキツくはなかったろうに。

 

「⋯⋯」

 

 なんて悪態をついてみるけれど。

 この限界まで(はげ)んだ感じ、結構好きなんだよな。

 達成感というか。夢に向かって邁進(まいしん)出来てる実感を噛み締めてる感じが、昔から好きだった。

 

「⋯⋯くあぁっ」

 

 でもやっぱり身体は正直なもんで、ドッと眠気が襲って来ている。

 全身から伝わる疲労感を懐かしみながら、俺はそっと目を閉じた。

 

 

 

 



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007 サラ・メリファーの視点

「お兄ちゃん、ほんとにどうしちゃったんだろ」

 

 荒い息を途切れさせながら、満足したように庭で倒れた兄の姿に、サラ・メリファーは困惑していた。

 いや、正確には困惑し続けていた。

 三日も長引いた高熱が治ってから、ずっとだ。

 サラにとっての兄、ヒイロ・メリファーは努力とは無縁の男だった。

 怠惰で口数も少なく、主張も主義もない。

 昔馴染みのルズレーに染まって口が悪くなる一方で、彼の言うことには決して逆らおうとせず、言われるまま為されるまま。

 背丈と違って気が小さい。そんな、世にありふれた自分の無い人間だったはずなのに。

 

「やっぱり、あの熱のせいなのかなぁ」

 

 兄は変わった。明らかに。

 養成学園を卒業した日に「この国一番の騎士になる」と自分に宣言してからというもの、毎日のように過酷な鍛錬を積んでいる。

 サラは唖然とした。はっきりと断言した兄にも。言葉を嘘にしない為の、鍛錬のハードっぷりにも。

 

「でも性格が変わっちゃう熱なんて聞いたことないし⋯⋯村のみんなも全然分かんないみたいだし」

 

 王都から離れた麓の村、ヘルメル。

 自分と兄が暮らす村の人間は、誰しもがヒイロの変貌っぷりに驚いていたが、誰にも心当たりのある人間など居なかった。

 当然、人を変える熱病など知る由もない。

 村一番の知恵袋であるルチャーバお婆に聞いてみても「さっぱり分からん」の一言。

 村の噂好きいわく、一目惚れした美女を振り向かせたいからじゃないか、なんて憶測が出てるらしいけども。

 真偽を問うても「俺がヒイロだからだ」とはぐらかされた。サラには意味不明である。

 

 

「ルズレー⋯⋯様、の誘いを断るなんて。今まで絶対あり得なかったのになぁ」

 

 何よりサラが驚いたのは、卒業式から二日後。

 街に繰り出すからと迎えに来たルズレーの誘いを断ってまで、兄は鍛錬を優先させたのである。

 あり得ないことだった。無論ルズレーも、先に誘われたであろうショークも困惑した。

 困惑ならまだしも、ルズレーは憤慨した。

 今までの彼なら当然だ。自分に逆らうなんてあり得ない。ましてやそれがただの鍛錬如きに傾き負けるなど。

 しかし、二度目の誘いにもヒイロは頷くことはなかった。

 結局、耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言を吐き捨ててルズレーは去っていったのだが。

 去り行く背を無言で見送りそのまま何事もなく鍛錬を再開した兄の姿に、目薬を求めて村の薬師の元まで走ったのも記憶に新しい。

 

「⋯⋯」

 

 分からない事ばかりだった。

 でも、確かな事もある。

 兄は本気だ。本気で騎士を目指している。

 ルズレーの取り巻きじゃなくて、国一番の騎士を。その姿を、笑う村人も居た。感心する村人も。気味悪がる村人も。

 サラとて彼らの気持ちが分からない訳ではない。ちっぽけな村の小さな村人の一人が抱くには、あまりに身の程知らずな夢見事だ。

 でも自分は家族である。そして、家族であるからこそ知ってる事もある。

 口も悪ければ人相も悪く、流されてばかりの小心者。

 そんな、誇るべき所なんてひとつも無かった兄だけれど。

 妹に、嘘をついた事だけは一度もなかった。

 

「⋯⋯タオルくらい、用意しといてあげるかな」

 

 頑張ってね、お兄ちゃん。

 まっさらなエールは、けども気恥ずかしくて胸の内についぞ閉まったまま。

 そばかすの広がる頬をかきながら、サラはいそいそとタオルを取りに行く。

 サラ・メリファーはいわばモブの妹。

 ただの平凡な村娘。騎士の養成学園に通ってる訳でもなく、剣のひとつも握ったことのない少女。

 故に気付けるはずもない。

 ランニング、おおよそ30キロ。

 腕立て伏せ、腹筋、背筋、スクワットを各100回に、木の棒を素振り500回。

 そんな過剰な鍛錬を、急に始めれば身体がどうなるか?

 

 当然悲鳴をあげる。初日の晩など、ヒイロの全身は当たり前のように筋肉痛に苛まれていた。

 だが翌日。彼は当たり前のように、前日と同じメニューをこなしたのだ。

 一足歩けば膝を折りかねないレベルの激痛。

 一回の腕立て伏せで、折れそうになるほどの激痛。

 一度の素振りで、手に持つ重しを落としかねない激痛。

 それら全てに苛まれながら、それら全てを我慢して。

 脂汗を垂らしながら、悲鳴をあげながら、それら全てを懐かしみつつもやり遂げる。

 それが、どれだけ『異常』なことか。

 幸か不幸か。妹のサラには気付けるはずもなく。

 結局ヒイロは入団テストのその日まで、一日とて鍛錬を欠かしも減らしもしなかった。

 

 

 

 

 



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008 入団テストと灰色の乙女

 時は流れてアリエスの月の27。

 現代で言うところの3月末。

 つまりは騎士団入団テスト当日が、ついにやって参りましたという事だ。

 

(うっわすんげぇ人の数⋯⋯これ絶対卒業生だけじゃない。多分、一般募集枠の人も居るな)

 

 エインヘル騎士団総合本部、通称ヴァルハラ。

 アスガルダム王城のすぐ膝元にある本部の一画。

 そこに今回の受験者達がこぞって集められており、見渡すだけでも百人は下らない。

 倍率どんだけ高いんだろ。や、気にはなんないけど。

 だって俺、主人公だし。落ちないだろうからへーきへーき。

 

「田舎者じゃあるまいし、あんまりキョロキョロするな。僕まで品位を疑われるだろ」

「へへ、すんませんっす。まさかこんなに多いとは思ってもなかったもんで」

「⋯⋯人がゴミのようだな」(確かに多いよなぁ)

「所詮、平民の集まり。僕に比べればただの塵さ。わざわざ落とされに来るとは、身の程知らず共はこれだから」

 

 そして相変わらずの幼馴染の二人である。

 こないだの誘いを断って以降、ルズレーとは溝を作ったかもと実は少ぉーし反省してたんだが、そうでもなかったな。

 神経質に見えてさっぱりしてんのかね。男って案外そんなもんだし。

 

 なんて風に奇妙な友情にしみじみとしてたからかも知れない。

 背後から歩み寄る気配に、これっぽっちも気付けなかったのは。

 

「ちょっと」

「あ?」

 

 振り向いて、呼吸を忘れた。

 美人だった。文句なしに美少女だった。

 枕詞にこの世ならざる、が付きそうなほどの。

 少しウェーブがかった灰銀色の長髪。左目の下の小さな黒子(ほくろ)にさえ、美が宿ってる。何万人に一人ってレベルの美しさ。

 そんな数々の謳い文句がまるで誇大表現にならない、同性異性関係なしに目を奪う美人だった。

 俺だって現に結構な近くで拝んでるもんだから、言葉も失くすし頭の中は真っ白だ。でも、それでもギリギリの所で意識を保ち続けられたのは、ひとえに。

 

 彼女の持つ紅い瞳の⋯⋯野良犬染みた目付きの悪さのお蔭だった。

 

「目付き悪ぃなオイ」(目付き悪っ)

「⋯⋯あんたに言われたくないんだけど」

 

 ま、そのせいでうっかり口にしちゃったんですがね。

 うん、美人なだけに凄みも半端じゃなかった。

 

「あんたに、言われたく、ないんだけど!」

 

 何故二回も言うのか。怖いから止めてほしいんですけど。

 あれだな。効果音って、世界の一つも飛び越えると聞こえるようになんのね。だって聞こえたし。ギロッて。もう鼓膜に直接刺すレベルですよ。

 

「いつまでジロジロ見てんのよ」

「こっちの台詞だ」(や、そんなつもりはないんすけど。そこはお互い様というか)

「あっそ。じゃあ、さっさとそこ退いて。邪魔なのよ」

「?」

「出入口。塞いでんの。わかる?」

「⋯⋯図体デカくて悪かったな」(あ、すいません)

「ふん」

 

 必然的に睨み合いになってる形から一歩下がれば、厳しい顔付きを和らげる事なく少女は脇を通り過ぎていった。

 超怖ぇ。なまじ美人なだけに迫力ヤバい。

 主人公として美少女相手に腰抜かすまいと踏ん張ったけど、割とギリギリでした。

 

「ぬはぁ⋯⋯ぐへ、ぐへへへ。そそる身体付きしてやがった。ルズレー様。今の女、とんでもねえ上玉でしたね?」

「う⋯⋯ま、まぁ、まぁ? 確かにそこいらのと比べればな、少しはな、マシかもな、うん」

 

 やっと行ってくれたと安心していれば、鼻の下の伸びた幼馴染達の下衆な呟きが届く。

 うん。まあ気持ちは分からんでもない。

 デカかったし。背も、一部のむ⋯⋯装甲も。

 薄手で黒い肩出しの長袖に、赤い生地のマフラーなんて奇抜な恰好なもんだから、余計に凄かったし。

 下も黒のスリットスカートに、片方だけ黒いストッキングに包まれたおみ足は、後ろ姿でさえ目に毒だ。どういうファッションセンスだよとは突っ込みたいけど。

 

(あいつも受験者なのか。あの存在感、絶対只者じゃないな)

 

 一目で分かる。重要キャラだろあれ。

 抜身の剣みたいなオーラも半端ないし。彼女の後に見たルズレーやショークの顔といったら、なんとモブモブしいことか。

 顔だけならひとの事言えないけど。ま、主人公の顔立ちが割と普通なのは稀に良くある事だし。出来ればイケメンが良かったと思ってないし。愛着湧いてるし。

 

「ふむ。どいつもこいつも、遠巻きに見るばかりとは骨がない。所詮は平民、美人相手に気遅れしていると見たぞ」

「あれ、美人? ルズレー様、さっきマシって⋯⋯」

「う、うるさいっ。美しいが、僕と釣り合うには足りない、という意味だ。ふん、良いだろう。だったら僕が情けのない平民と貴族との違いってやつを見せてやる」

「お、おう、流石はルズレー様だぜっ」

「⋯⋯は?」(え、マジかこいつ)

 

 今更ながらに自分の顔について不安になっていれば、いつの間にか幼馴染がとんでもない事を言い出した件について。

 いやいや。見せつけてやるってなに。ナンパでもするつもりか。

 マントばさぁっ、じゃねーのよ。

 

「やぁ、そこの君。少し時間を貰おうか」

「⋯⋯は?」

(ほ、本当に行きやがったよ! いつ試験始まるかも分かんないのに、何してんだあいつ!)

 

 止める間もなく、ルズレーは少女をナンパしていた。

 しかもウインクしながら、なんかキメ顔作って、声色も渋くして。当然ながら恐ろしく似合ってなかった。

 

「なによあんたは」

「む、ご挨拶だな。僕はルズレー・セネガル。アスガルダム王家に仕えし由緒正しき貴族さ。気品溢れるこの出で立ち、物腰、仕草。分かるだろう? 平民には纏えない高貴さというものが」

「⋯⋯」

「言葉も出ないようだね。しかしそれも貴族相手ともなれば仕方ないだろう。だが分かるぞ。君の目。美しきワインレッドを溶かしたような眼差しには、僕への興味が灯っている。そうだろう?」

(これは酷い)

 

 どう見ても何だこいつ、って目しかしてないって。

 いや確かにそんじょそこらの男じゃ口が裂けても言えない台詞だよ。イケメンでも許されないかもなやつだぞそれ。ほんとある意味すげーよお前。

 

「そこでだ。この試験が終わった後、ディナーを一緒にどうかな? 無論、この貴族たる僕の贔屓にしてる店だ。そんじょそこらの店とは訳がちが⋯⋯」

「⋯⋯はぁ」

 

 これ以上は聴くに絶えない。言葉にしなくとも存分に伝わるため息に、だろうなぁと頷く。

 かと思えば何やらゴソゴソと取り出して、ルズレーの前に突き付けた。

 

「蝋燭⋯⋯?」

 

 

 彼女が突き付けたのは、なんの変哲もない蝋燭だった。

 

 

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009 シュラ

「蝋燭⋯⋯?」

 

 少女がルズレーに突き付けたのは、なんの変哲もない白い蝋燭だった。

 

 いやどういう事なの。ルズレーも首を傾げてるし。

 あれか。お前を蝋人形にしてやるって暗喩なのか。

 しかし、その憶測は見事に外れ。

 

「『灯れ、灯れ、燭台に』」

「なっ、呪文(ルーン)!? き、君! 一体なにを──」

「【ルミナスの光】」

 

 彼女が、何言か唱えて手を翳した直後。

 視界を白に灼くほどの光が、蝋燭の先から(はし)った。

 

「ぐあぁぁぁぁ!!!」

「ま、眩しいっす!」

「うわっ、なんだ?!」

「くっ」

「ひゃあっ!」

(なんだっ、いきなり光がっ!?)

「ぐ、ぐぅっ、こ、こんな所で魔術を使うとか、ど、どういうつもりだ!」

(魔術? 魔術。今のが!)

「こんなのただの目晦(めくら)ましでしょうが」

「ルーンと触媒まで使っておいてっ! くそっ、まだ見えないっ」

 

 唐突な強いフラッシュに、会場内は騒乱に包まれた。

 ルズレーなんて至近距離で食らったから、たまったものじゃないだろう。呻きながら目を覆うその姿に、流石に同情が湧く。

 でも、それ以上に興味が沸いて仕方なかった。

 今のが魔術。魔獣なんてワードが当たり前のようにあるこの世界の、更なる神秘か。

 学園から持ち帰った教書で知っては居たけど、こうして見るのは始めてだ。

 唱えたのは呪文(ルーン)で、触媒が蝋燭ってことだろうか。ルミナスの光ってのが魔術名?

 あぁ、やべぇ、かっこいい。少年ハートにグサグサ来るじゃん。俺も使ってみてぇ!

 

「同じ赤魔術なら、火炎の方が良かったかしら?」

「ひっ、冗談は止めろ! ぼ、僕に何するつもりだっ、止せ!」

「何もしないわよ。魔素の無駄遣いにしかならないし」

「む、無駄って」

 

 なんて一人で盛り上がっていれば、あっちもあっちで佳境を迎えているらしい。

 いい加減うんざりといわんばかりに、腰に手を添えた着火ウーマンは、冷徹な眼差しをルズレーに向けていた。

 

「あんたみたいなの、目障りなのよ。ここは入団試験の会場。女漁りをするんなら、繁華街にでも行けば? まぁ、あんたみたいなジャガイモ男、相手にする女なんて居ないでしょうけど」

「なっ⋯⋯な、な、なんだと!? 僕を侮辱するのかっ!」

「事実でしょ? 貴族なら、鏡くらい見た事あるわよね。それとも目がお腐りになってるの? だったら直ぐにでも薬師の元にでも行けばいいわ」

「き、貴様ァ、どういう意味だっ!」

「目障りだって言ってるの。見苦しい顔、これ以上近づけんじゃないわよ」

「ッッ! ッッッ!! ッッッ!!!」

 

 うっわー容赦ないな。蔑み方のキレが一味も二味も違う。

 ルズレーの顔色、怒りの余り赤を通り越して青を過ぎて黄色くなってるし。一人信号機か。

 あぁでも、この後の展開が手に取るように分かった。悲しいけどアレ単純なのよね。

 

「こっ、この、この平民っ、平民風情がぁっ!! よくも、よくも僕をっ⋯⋯ショークッ! ヒイロォ!」

「へ、へい!」

「⋯⋯」

「この生意気で身の程知らずの淫売女を、二度と減らす口が叩けないようにしてやれぇぇー!!!」

 

 ほらー。絶対こうなると思った。

 

「おい、ヒイロ、ショーク、なにを突っ立っている! この生意気な女を分からせろ!!」

「へ、へ、へいっす!」

「お断りだ」

 

 分からせる訳ないだろ。

 ナンパに失敗して逆恨みする男の肩を持つ主人公が、どこに居るというのか。

 

「は、はぁ?! なにを怖じ気付いている! 相手は女だぞ」

「バカかよテメェ」(怖じ気とか、そうじゃないだろ)

「なにっ!」

「今から試験だろうが。んなとこで(じゃ)れて、無駄に体力使うなんざ御免だぜ」

「どういうつもりだ貴様! この僕に楯突くって言うのかっ!」

 

 しかしこの手の男には理屈が通らない。

 正論なんて吐くだけ無駄だし、聞く耳持たないだろう。

 

「あのな、ルズレー」

 

 だから、良い機会だ。

 はっきり意思表示しておこう。

 俺には俺の進むべき道があるんだと。

 

「俺は本気で騎士になりに来てる。やりたきゃテメェでやれよ」

「えっ」

 

 強く、ルズレーの目を見据える。

 確かな意思。確かな言葉だ。伝わらずとも示せられれば。

 せめてもの想いを込めた無言の訴えは、目の前のわがまま貴族にどう受け取られたのか。 

 

「⋯⋯もういいっ、この分からず屋め!」

「ちょ、ルズレー様! 待ってくだせえ!」

 

 一瞬、脅えたような色を帯びたルズレーの目。

 その感情ごと振り払うかのように去っていく背を、俺は黙って見送った。

 

「本気、ねえ。ふん、どうだか」

「あん?」

「どうせ口だけじゃないの。養成学園の出のやつなんて、たかが知れてるわ」

「⋯⋯口悪ぃな」

「自覚はあるけど、あんたには言われたくないわよ」

 

 置いて行かれた俺に対して、この言いようである。

 しかし、ルズレーよりは少しマシだって風に捉えられてるんだろう。

 癖っ毛を指先で弄りつつ、少女はジーッと俺を睨んでる。いや恐いんすけど。なんでこんな眼力つええの。

 

「あんた、名前は?」

「俺か」

「他に誰が居るのよ」

「⋯⋯ヒイロ・メリファー」

「あっそ」

「聞いといてなんだよテメェは」(あっそは酷くね?)

「うっさいわよ⋯⋯あと、私はテメェじゃない。エシュラリーゼよ。長いから、『シュラ』でいいわ」

「修羅ァ?」(修羅? 略すと(いか)ついな)

「なによ文句あんの」

「ねぇよいちいち噛み付くな」

「あんたもね!」

 

 シュラって。いや修羅て。

 エシュラリーゼって名前から、どうしてそこを略したのか。

 可愛げのかの字も見当たらない感じが「美しい薔薇には刺がある」を体現する彼女にぴったり過ぎて。

 

「⋯⋯悪かったわね」

「あ?」

「っ、さっさとあのジャガイモ貴族のとこに行けばって言ってんの。ああいう奴は放っとくと面倒でしょっ」

「⋯⋯」

「それじゃ」

 

 かと思えば、詫びだけ残して去ってく。

 俺とルズレーの溝を気にしてるのか、それとも目障りって言いたいのか。口は悪いけど、根は悪くないってやつなのかね。

 でも、シュラってなぁ。略称含めて諸々の圧が。

 ひょっとしたらツンデレ系ヒロインかも、という期待をメキッと潰す威圧感に、もはや苦笑すら浮かばなかった。

 

「⋯⋯ん?」

 

 ふと、足元に何か落ちてることに気付く。

 ゆっくりと拾い上げたそれは、黒い(ひも)のリボンだった。いやこれ、ひょっとしなくてもシュラのだよな。

 あんだけクールに決めといて、案外おっちょこちょいなのかあいつ。

 

 ともあれ届けてやらねばと、離れてった背を追いかけようとした時だった。

 

「総員、静粛! 並びに静聴! これより受験生ごとにグループ分けを行う! 各自、聞き逃しのないように!」

 

 会場の壇上から、喧騒の一切を制止すせる声が響いた。

 

 

 

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010 騎士へと至る為の道

 

 どうやら試験はグループごとに行うようだった。

 騎士団側でくじ引きを行い、グループごとに別の演習場へと移動。そこで改めて試験開始って運びらしい。

 

「おいお前たち。僕の前を歩くな、後ろに回れ」

「そ、そうしたいのは山々なんすけど」

「列順が決められてんだから仕方ねぇだろ」

「ちいっ、気に入らない。そんなもの好きにさせれば良いだろうに。細かい連中だ」

(これからその一員になろうっていう奴の言い草かよ)

 

 本部内を闊歩する集団の列の、前から数えた方が早い位置。取り巻きである俺達より後ろを歩く事がさぞ不満なんだろう。

 コツコツ響く足音の中で、一際尖っているのがルズレーだ。

 

「何故、僕があの女より後ろなんだっ」

 

 でも苛立ちの芯は別らしい。

 歯噛みするルズレーの目線には、更に前のシュラに向けられていた。なんという器の小ささか。

 だがまぁ、先頭を意識する気持ち自体は分からんでもない。

 だって主人公と言えば先頭だし。RPGとか特に。

 

(現状の俺は、いまいち主人公っぽさに欠けるけど)

 

 一応、超が付くほどの美少女と知り合いとなれた。

 重要っぽいキャラとの縁。主人公としては良い風向きだ。

 でもこんなんじゃ、まだまだ全然満足出来ない。

 

(こっからだ)

 

 まずは入団試験に合格する。

 ヒイロの騎士物語のスタートラインはきっとそこだ。

 栄光へのプロローグを思えば、やる気が沸いて仕方なかった。

 

 

 

 

「総員、整列! 並びに拝聴! これより入団試験の内容について説明する!」

 

 到着地は、運動会でも出来そうな広いグラウンドだった。

 砂埃がさっと舞う壇上で、後ろ手を組んだ眼帯の騎士の一喝に背筋が伸びる。

 

「入団試験の内容はシンプルである。受験者である諸君には、これより一対一の闘争に挑んで貰う」

「一対一。決闘か!」

「そこ、静粛に! 決闘と呼ぶほど大したものではない。諸君にはあそこにある矛棚から、己が得意とする武器を選んで貰う」

 

 教官らしき騎士が指差す方には、横に広い武器棚と様々な武器が立て掛けられていた。

 剣、槍、弓、槌。他にも沢山。けれど刃が潰れていたり木製であったりと、どの武器にも殺傷性を奪う処置がされていた。

 

「殺傷性が無いからと気を抜くな。危険防止の処置をしているとはいえ、事故とは起きるものだ。医療室は設けてはいるが、諸君らが負った怪我に関しての苦情や責任は一切受け付けない。総員、心せよ」

 

 とはいえ教官の言うとおり、油断は禁物。

 刃の潰れた剣で殴られたら痛いし、怪我だってする。最悪死ぬ可能性だってあるだろう。 

 

「次に受験生の相手だが⋯⋯総員、注目! 私の眼下に並ぶ騎士達、諸君にはこの内一人を自由に指名し、挑んで貰う。その後武器を取り、衆人監視の元、一対一の闘争である。騎士に勝利、又は善戦した者を合格とする。今回の試験の運びは以上だ!」

「あ、相手が騎士だって?!」

「嘘だろ、勝てる訳ない」

「おい、右から5番目の人。あの人現役だぞ、見た事があるっ」

(うわ、きつくね?)

 

 教官の述べる試験内容にざわめきが止まらない。かくいう俺も少し冷や汗を流した。

 なにせ相手は騎士。だとしたら並の受験生が敵うはずもない。

 騎士になりたければ、勝てない相手に勝ってみせろって事か。

 騎士の称号ってのはそんだけ重いものなんだろう。

 

「これだから下賤の者共は。試験内容に芸も華もない。だが、土壇場で震える奴らも滑稽だな。あんな連中、試験をせずとも落としてしまえばいいものを」

 

 意外や意外。あの自尊心だけは立派なルズレーが、一ミリも動揺していなかった。

 憎まれ口はいつも通りだけど。周りが肩を落とす中で自信満々に胸を張る姿は、素直に心に響いた。

 なんだよ、根性あるじゃん。ちょっと見直したぞ。

 

「で、ですけどルズレー様、こいつぁまずくないっすか? いくらなんでも騎士相手なんて」

「ふん、なにもマズくはない。僕とそこいらの間抜けを一緒にするな」

「んだよ。勝算でもあんのか?」(なんか秘策でもあんの?)

「勝算? そんなもんじゃない。約束された勝利だ。おい、ショーク、ヒイロ。耳を貸せ」

 

 約束された勝利って。何それかっこいい。

 既に合格を確信しているルズレーの手品の種が気になって、つい素直に耳を貸してしまった。

 

「左から二番目。口元を布で隠した男が居るだろう」

「ん。あの人相悪ぃやつか」

「お前が言うなヒイロ。けど、そうだ。いいか、お前らもあいつを指名しろ。そうすればさしたる苦も無く合格出来る手筈だ」

「⋯⋯は?」

 

 いやちょっと待て。おい。

 約束された勝利って、まさか。

 

「ルズレー様。それって」

「言っただろ、僕をそこいらの間抜けと同じにするなと。賢い手段を用いてこそ貴族だ。平民とは頭の出来と、用いれる手段が違うんだよ、ははは」

「さ、流石ルズレー様っす! まさかそんな根回しをしていたとは!」

 

 思いっきり不正じゃねぇか!

 返せ! 俺の感心やら賞賛の気持ちを!

 通りで試験前にシュラをナンパだなんて真似出来る訳だ。そりゃ余裕だよな。予め試験官と通じていたなら。見直して損したよマジで!

 

「ふふん。試験に向けての努力など凡人、平民の発想だ。賢き者はこうやって道を拓く。分かったか、ヒイロ」

「⋯⋯テメェ」(この野郎⋯⋯)

 

 しかもこいつ俺を(あお)りやがるし。

 あんだけ鍛錬した俺の努力を小馬鹿にした笑み。

 グッと握り締めた拳を、けれど振り下ろさずに済んだのは、憎たらしい幼馴染に対する自制心じゃあなかった。

 

「総員、静粛に! これより最初の受験者を発表する!」

 

 教官の鋭い一喝。

 握り締めた拳の震えも、周囲のざわめきもピタリと止まった。

 最初の受験者。つまり今からいよいよ試験が始まる訳だ。

 だったらもう、ルズレーなんて相手にしてられない。

 腹は立つが切り替えよう。

 目先の怒りより、未来の夢だ。

 

「エシュラリーゼ・ミズガルズ。前へ!」

 

 って、いきなりあいつかよ!

 まさかのトップバッターについ前のめりになる。

 シュラ。俺が重要キャラと睨んだ女が一歩前へと躍り出る。

 その容貌、その雰囲気に、止まっていたざわめきが再び息を吹き返した。

 

「それでは、試験官を指名せよ」

 

 でもそのざわめきは、返し刀でばっさりと揃いも揃って殺された。

 何故ならシュラがゆっくりと指差し、指名した相手は──

 

「ほう。私か」

 

 壇上に立つ、眼帯の教官その人だったのだから。

 

 

.



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011 紫電一閃

 衆人監視の元、という教官の言葉は本当にそのままの意味だった。

 武器を持つ受験者と指名相手。それをぐるりと囲む他の受験者達という図は、さながら闘技場の様だ。

 周りからの視線。プレッシャー。緊張感。

 肝の据わりが弱ければ、裸足で逃げ出しなくなっても仕方ないだろう。

 けれどシュラは、そんな重圧など毛程にも感じてない素振りで剣を構える。視線の先には眼帯の騎士。入団試験の説明を一手に担っていた男だ。

 

「僕をあれほどコケにしたくらいだ、愚かなやつとは判っていたが。つくづく、馬鹿な女だった」

「あん? どういう意味だ」

「指名した相手だよ。入団試験の教官を務めるのは、大概本隊『ブリュンヒルデ』に所属経験があるか、他で功績を積んだ奴だ。あの試験官の中じゃ一番のハズレだよ」

「⋯⋯」

「ふふん。身の程知らずの馬鹿女め。今から大勢の前で醜態を晒すがいい」

 

 ルズレーの言葉はともかく、あの眼帯教官が只者じゃないのは誰の目にも明らかだった。

 難易度で言えばベリーハード。もしくは二周目以降じゃなきゃ勝てない設定のボスキャラ。そう思えるくらいの圧力がある。

 現にルズレーだけじゃなく、周りの目もシュラの敗北を予感していた。

 

「準備は?」

「いつでも」

「意気や良し。では、それが蛮勇でない事を示してみせろ!」

「!」

 

 でもなんでだろうな。

 あいつがルズレーの言う醜態を晒すだなんて。

 そんな絵面は、これっぽっちも浮かばなかった。

 

「──なにっ」

「示してやるわよ、いくらでも」

 

 先手を打ったのは教官。先に踵を地から離したのも。

 だが相手の元へと刀身を届かせたのは、シュラの方が速かった。

 

「その隻眼に、焼き付くぐらいにねっ!」

 

 至近距離の鍔迫り合い。切った啖呵をそのままに、くるりとニ歩下がってすかさずシュラが殺到する。

 速い。力比べから連撃に切り替えるのも。追撃の剣速も。瞬きする間もないほどだ。

 

「チィッ」

「はぁっ!」

 

 舌打ちを挟んで、払い退けるように剣を返す教官。

 しかしシュラは返し刃を受け止めながらも、更に一歩前へと詰めた。

 

「なにっ」

「逃さないわよ!」

 

 退くことを辞書から消してるような怒涛の攻勢。

 なんて攻めっ気の強さだ。でも単調じゃない。

 突き薙ぎ斬り払いと豊富な攻め手。狙う箇所も定めず、色んな角度から。

 

(ただ攻めっ気が強いだけじゃない。あいつ、教官の返しの初動を全部潰してないか!?)

 

 踏み返す一歩を刈り取る振り下ろし。

 突きで押し返そうとすれば、構えごと払う横一閃。

 腰を据えようとすれば下からの掬い上げ。

 息継ぐ暇ごと殺すような連撃。あれじゃあちょっとやそっとじゃ攻守が覆らない。

 

「教官が押されてる!?」

「嘘でしょ!?」

「シドウ教官が防戦一方だと⋯⋯」

「あぁ。あの受験生、凄まじいな」

 

 予想を大いに裏切る一方的な展開に、周囲はこぞって目ん玉落としそうな勢いだった。

 かくいう俺も仰天するよ。つかなにあいつ。只者じゃないのは判ってたけど、流石に強過ぎませんか。

 

「ど、どういう事だよ。あの教官は、本隊経験もあるぐらいのはずなのにっ。なんであの女に押されてるっ!」

「る、ルズレー様」

「くっ、さてはあの女も僕と同じか。一体いくら掴ませたというんだ」

「阿呆か」(おいおい、なんでそうなんだよ)

 

 ルズレーの驚嘆はもっともだけど、その結論はおかしいだろ。あの教官の必死の形相見ろよ。あれで手を抜いてるならアカデミー賞取れんぞ。

 

「見ての通りなんじゃねぇのか」

「な、なにがだよ」

「そのまんまだ」

 

 勿論、教官が弱い訳でもない。

 あれだけの攻めを受けながら持ち堪えて、逐一反撃を仕掛けてるんだ。並ならとっくに倒れてる。

 だったら結論は一つ。

 

「あいつ、教官よりも強ぇって事だろ」

 

 受験生が試験教官を上回る実力を持っていた。

 この目に映る景色に嘘がないなら、道理はいつだってシンプルだ。

 

「よもやこれほどとは⋯⋯!」

「私からすれば、この程度なの、って話だけど」

「吼えよるわ、小娘!」

「ッ⋯⋯つぁっ」

(すげぇ、強引に叩き返した!)

 

 こっちの感心なんて、剣を交える当事者達には関係ない。

 此処に至って、展開は佳境を迎えていた。

 教官のがむしゃらな一打が、受け止めたシュラを圧したからだ。

 思いっきり力技。現に、教官は打ち出す直前にシュラから一撃貰ってる。

 でも止まらない。烈火の如き勢いで、そのままシュラへと殺到する。

 

 しかし。

 

「⋯⋯掛かった」

「むっ」

 

 俺は目に映ったシュラの美貌は、この瞬間を待ってたのとばかりに笑みを滲ませた。

 いつ取り出したのかも分からない一本の蝋燭が、細指に弾かれて宙を舞う。

 隻眼の、目の前で。

 

「【ルミナスの光】!」

 

 言葉が走って、光が閃った。

 

 (まぶた)にも記憶にも焼き付いた光が、グラウンドを焦がす。

 ほんとに一瞬。心なしかルズレーに喰らわせた光よりも幾分弱い。

 シュラが言ってたような、ほんのめくらましに過ぎない。

 けど、戦いの帰趨を決するには充分だった。 

 

「これで、終わりよ!」

「──!!」

 

 紫電一閃。

 

 咄嗟に剣を構え直した教官だったが、叩き込まれた烈火の一撃には耐えられず。

 苦悩を滲ませた教官の手から離れた剣が、くるくると宙を舞い、そして。

 地に墜ちた。

 

「⋯⋯搦め手か」

「魔術は禁止、なんて説明は無かったわよね?」

「フッ、その通りだ。流石は灰色の戦乙女(アッシュ・ヴァルキュリア)。見事である」

 

 片や、片膝をつく者。

 片や、剣を首筋に突きつける者。

 明確に勝敗を分けた二者の姿を認識するのに、強い光はもう要らなかった。

 

「──エシュラリーゼ・ミルガルズ。合格である!」

 

 静かな決着。

 歓声も沸かない。拍手すら自失した呆然の中から手を出さない。

 それがいかに、この光景を誰しもが想像してなかったかを物語る。

 

(あぁ、そうか)

 

 けど。

 誰もが唖然としている中で、俺はといえば。

 

(あぁ、そうだよ。そうだよなぁ⋯⋯!

 俺の王道物語なら、そう来なくっちゃなぁ!)

 

 

 心の躍動が灯す火を、メラメラと燃やし続けていた。

 

 

 

 

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012 莫迦の花道

「そ、そんな、馬鹿な。あり得ないぞこんなこと。なんだあの女⋯⋯なんであんな奴があれほどの強さを⋯⋯こ、こんなの何かの間違いだっ、八百長だっ、イカサマだっ」

「る、ルズレー様落ち着いて⋯⋯」

 

 そんな馬鹿なって? 馬鹿言えよ、そりゃ俺の台詞だ。

 シュラは勝った。誰にも文句が言えないくらいの完勝っぷり。

 つまりは、あいつが今後、俺と鎬を削り合う同期になるって事でもある。

 

(間違いない。あいつ、ライバル枠だ)

 

 強敵と書いて"とも"と読む。

 王道な物語には必ず一人や二人はいるだろう、主人公の競合相手。常に競っては対峙し、時に敵対や共闘を得ながら、主人公の壁として君臨する強敵手。

 

 主人公との対立を描く為に、冷徹だったり他者を寄せ付けない雰囲気があったり、序盤は主人公に力を示すべくかなりの強キャラとしてデザインされる事も多い。

 ほら。まさにじゃないか。

 シュラ。他の追随を許さない強さに、他を寄せ付けないあの風格。もう間違いない。絶対ライバルだよ。

 

「ひ、ヒイロ?」

「⋯⋯あ?」

「お前、気が触れたのか?」

「どういう意味だ」

「だって、お前⋯⋯なんでそんなに嬉しそうに笑ってるんだよ」

「──ハッ」

 

 だって考えてもみろよ。

 シュラは強い。そりゃもうとびっきりな強さだ。

 けどライバルがあれほど強いんなら、当然主人公も強くなくちゃあ物語は成り立たない。

 であれば、"お前(ヒーロー)もそこに行くんだぞ"って、物語に保証されているようなもんだろう。

 そこに行き、やがては超える『いつか』があるなら。

 

「んなもん、嬉しいからに決まってんだろ」

 

 俺は、滅茶苦茶強くなれる。間違いなく。

 そりゃ笑みの一つだって、零れ落ちるに決まってた。

 

 

 

◆ 

 

 

「あらま、こりゃ敵わねぇや。ルズレー・セネガル。合格!」

「ふふん、当たり前だ」

「おぁーっと、やられちまった! ショーク・シャテイヤ、合格!」

「へ、へへ⋯⋯まぁこんなもんっすよ、へへ⋯⋯」

 

 うーんこの、あからさま加減よ。

 衆人環視の中でも堂々と八百長をやる度胸だけは大したもんだけどさ。

 仮にも縁ある二人の合格。とはいえ、これじゃ祝福する気なんて微塵も湧かなかった。

 

「チッ、これだから貴族は」

「なんで茶番劇を見せられなきゃいけねーんだよ」

「納得いかねぇ、くそっ」

「……どうにも調子が悪いことだな、ハウツ試験官」

「お恥ずかしながらねぇ。受験者も中々やり手でして。ははは、こんな日もありましょうやね」

「……」

「シドウ教官もそう思うでしょう? なにせ一発目から相当なのとやり合ってんですからねえ? 同じ調子が悪ぃもん同士、仲良く行きましょうや」

「⋯⋯ふん」

 

 試験官のあっさりした敗北。そりゃ怪訝に思うヤツだって居る。けどもルズレーが取り込んだ人もさるもので、あの眼帯教官の眼光にも飄々と誤魔化してた。

 そういう意味じゃ、ルズレーの目利きは良いんだろう。敬意なんて微塵も沸かないけど。

 

「……次。ヒイロ・メリファー、前へ」

 

 感情の凪いだ平坦な声に呼ばれて、遂に出番かと踊り出た。

 

(うおっ)

 

 同時にグササッと見えない矢が俺の背に刺さる。

 なにこれなにごとと振り返ってみれば、白いを通り越して寒々とした視線の数々。

 悲報。俺、完全にルズレー達と同類と見なされてる。

 いやあんだけ一緒に居れば当然だけど。だがこれは大変よろしくない、俺からすればクソスレ待ったなしである。

 

「では、試験官を指名せよ」

(みくびられたもんだな、俺も)

 

 あぁもう、頭に来たぜ。ルズレーに対してだけじゃない。

 この世界の親切設計に対して腹が立った。いやいや馬鹿にしてんのかと。

 こんだけお膳立てされなくたって、ねぇ。

 

「え?」

「は?」

「おいおい」

「なっ⋯⋯な、なに考えてるんだ、ヒイロ!」

 

 周囲の狼狽を押し退けるようなルズレーの声。

 なに考えてるか、なんて。

 俺はそもそも、最初っから一つのことしか考えてない。

 こちとら産まれてこの方ずっと、ヒーローの信奉者だぞ。

 露骨に誘導されなくたって、選ぶべき相手は誰かなんてとっくに分かっておりますとも。

 

「ヒイロ・メリファーよ。指し間違えではないのだろうな?」

「たりめーだろ。男に二言はねぇ」

「フッ、いいだろう」

 

 指差した先の、正解が笑う。

 塞がれてない方の隻眼が、至極愉快そうに吊り上がっていた。

 

 

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013 熾烈なるシドウ

「シドウ教官に挑むなんて正気か」

「なぁ、あいつって強いのか?」

「いや。養成学園では同じ教室だったけど、全然そんな事なかったぞ。模擬戦でも通算は負け越してたはずだ」

「セネガル家の嫡子の取り巻きだろ? だったら金でも握らせてんじゃね」

「有りえないだろ。シドウ教官といえば腐敗化の進む騎士団においても、一切賄賂を受け取らない『清職者』として特に有名じゃないか」

「じゃあなんでだよ」

「知らないよ。気でも触れたんじゃないのか」

 

 ざわざわひそひそ。

 狼狽と怪訝が肩を組んで踊り散らかしているグラウンドのど真ん中で、俺は万感の思いで空を仰いだ。

 

(ふっふっふっ⋯⋯まさかこんなに早く見せ場がやって来るとは)

 

 騎士としての道を歩む為の、最初の一歩。

 相対するのはライバルたるシュラに敗れたとはいえ、強者の風格が漂う眼帯騎士。

 周りを囲むのは、誰一人として俺が勝つとは思っていないオーディエンスの皆様方。

 

 完っ璧だ。完璧でパーペキでチョキプリだ。

 騎士ヒイロが飛躍する舞台として、これほどまでにおあつらえ向きな展開が他にあるだろうか。いや無い。

 

「ヒイロ・メリファー。準備は?」

「見りゃ分かんだろ」(ばっち来ぉーい!)

「ふっ、左様か」

 

 剣の柄を握り直して吐いた強気を、教官はひとつ笑って構えを作った。

 

「それでは、試験を開始する──受けてみよ」

「!」

 

 開始と同時に放たれる威圧感に、背筋が凍った。

 隻眼に灯る濃密な殺気。5メートル以上は離れてるのに、まるで至近距離で刃を押し当てられているような。

 

「っ!?」

 

 違う。ような、じゃない。

 圧に抗おうと腹に力を込めた一瞬で、教官はすぐ目の前まで肉薄していた。

 それだけじゃない。教官の持つ剣刃が閃る。下から上への斬り上げ。

 速過ぎるあまり、蛇のように歪んで見える。

 しかしなんとか目で捉え、ギリギリで受けることは出来た。

 受けることは、だけど。

 

「ぐっ?!」(は!? 重っ!)

「ほう、防ぐか。しかし」

「!」

「脇が空いたな」

「まずっ⋯⋯⋯⋯ぐ、あがっ!?」

 

 速いだけじゃない。込められた力も尋常じゃなかった。

 斬り上げを受け止めた反動で、身体がふわりと浮いてしまったほどだ。

 嘘だろおい。どんな腕力してんだ。

 そんな脳裏を占めた茫然も、がら空きになった胴に叩き込まれた掌底で消し飛んだ。

 

「っぁ」

 

 ぶれた視界と共に、地面と水平に吹き飛ぶ。

 今度は浮いた、なんてもんじゃない。真っ直ぐ飛んで、肩から落ちた。剣を手放さなかったのは奇跡だ。

 

「うぶ⋯⋯げほっ、ごほっ!」

 

 前転の要領で落ちた勢いを活かして、惨めに倒れ伏せる事は防げたけど。口の中に広がる、鉄の味。こらえ切れなかった咳と一緒に、血の塊が吐き出た。

 俺が濡らした紅い水面に、自分で血の気が引くほどだった。

 

「まだだ」

「っ、くそっ!」

 

 でも相手の強さに気を取られる暇もない。

 整えた呼吸の間を見計らうように、距離を詰めた教官からの一刀が既に振るわれていたのだから。

 

(次は上からか!)

「惜しい」

「なにっ!?」

 

 力、速さ。加えて、技。

 上からの振り下ろし、と思えば再び下からの斬り上がり。受ける角度を修整するよりも早く、教官の剣が胴に届く。

 

「かッ──」

 

 横っ腹から走る鈍痛。こらえて振り払うも、既に教官は数歩下がっていて届かない。

 痛みのあまり、額から脂汗が滑り落ちる。でもその汗が地に触れるよりも、教官の追撃の方が速かった。

 

「ふむ。返しが浅いぞ」

「くっ、そがァ!!」

 

 斬り上げを防げば横薙ぎ。

 薙ぎを防げば突き。

 突きを(かわ)せば、振り下ろし。

 息継ぎを許さない高速の連打は、剣の雨。

 いや、雨なんてもんじゃない。暴風だ。

 防いでも防いでも身を削りとってくる、容赦のない豪雨だ。

 

「チィッ!」

「粘るな。だが!」

 

 端から見れば、試験の初戦の焼き直しだった。

 けど立場はまるで違う。

 あの時は受験者側(シュラ)が一方的に攻め立てたけど、今は受験者側()が一方的に攻め立てられている。

 しかも教官と違って、防ぎ切れてない。

 速さと重さを相乗した連撃は、ガードすら潰し、受け刃を越えて身体に届いている。

 膝に、肩に、腕に、顔に。

 一度剣が振るわれる度に、俺の身体には傷が幾つも増えていた。

 

「良い、加減にィ」

「!」

「しやがれっっ!!」

 

 このままじゃ本当にまずい。

 身体にまとわりつく痛覚を振り払うように、目一杯、力を振り絞る。 

 挽回の一打。暴風雨に晒されながらも、見逃さなかった連撃の繋ぎ目に食い込ませ、叩き込んだ。

 

「ふむ」

「くそっ、平然としやがって」

 

 必死のカウンター。けれど全力込めた一打で拾えたのは勝利ではなく、数歩分の距離が精々だった。

 挽回なんてほど遠い。現に受けた側の教官は、ちっとも余裕を崩さない。

 

(あぁ、畜生。やっぱすげー強ぇやこの人)

 

 みくびっていた訳じゃない。

 シュラとのタイマンでも、剣捌きや足捌きの手堅さからして、相応の実力者だってのは分かってたことだ。

 

(はは、勝てる気しねー。クソゲーってやつかなこれ)

 

 こうして何度か剣を交えてみて、改めて分かる。

 今の俺じゃ到底及ぶはずのない相手だ。

 逆立ちしたって敵わないだろう高い壁。

 これがゲームだとしたら、負けイベントじゃねぇかと匙もコントローラーも投げたくなるクソ仕様だろう。

 

(⋯⋯でも、だからこそ確信した)

 

 しかし、そんなものは俺には最初っから見えていたし、分かっていた。

 それでも俺が自分の選択を疑わないのは、いわゆる負けイベントってのには『二種類』あるからだ。

 一つは後々のシナリオの進行上、ここで主人公が負ける事に意味があるもの。

 勝ってしまってはいけないから、負ける。

 歯痒いが、物語の枠組みを考えれば当たり前の理屈でもある。

 

 そして、もう一つはというと。

 

 

「⋯⋯ふむ。不可思議なやつだ」

「あァ?」

「見たところ、多少の心得はあるらしい。足の運び、腰の据え、目の動き。貴様のそれは、闘う術を知る者のモノだ。荒削りだが悪くはない」

「⋯⋯」

「だが、であるならば一層分かるはずだ。私と貴殿の間にある差を。剣を交えずとも察せたはず。現に、貴殿は一太刀も入れれぬままに押し込まれている。その状況下で、貴殿は⋯⋯なぜそうも、"笑っていられる"?」

 

 腑に落ちないか。まぁ、そうだよな。俺と教官の差は歴然。どうしたって無謀。棍棒持ったゴブリンが、ドラゴンに闘いを挑んでるようなもんだ。 

 でも。

 例え周りから見れば無茶で無謀に見えたとしても、俺だけに見えてる勝ち筋がある。

 

 それは、負けイベントのもう一種類。

 耐えて耐えて耐えて、それでも諦めない主人公が咲かせる、反撃の芽。

 圧倒的劣勢を覆す、ストーリーの盛り上がり所。

 即ち────覚醒イベントだ

 

 

「知らねぇよ。だが、いつだってそうだろ」(教えたってわかんないだろ)

「……?」

「最後に笑うのは、勝者だ」(でも最後に勝つのは俺なんだ)

「⋯⋯ほう」

 

 俺の答えが琴線にでも触れたのか。

 鉄面皮を少しだけ愉快そうに、教官が和らげた。

 だがそれは、本当にほんの一瞬。

 幻かってぐらいに僅かな一瞬が過ぎた後。

 

「面白い」

「────ッッッ、ぐぁっ」

 

 

 より熾烈な猛攻が俺へと叩き込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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014 無茶で無謀なヒロイック

 熱海 憧という人間は、周囲の風聞になぞらえて言えば『変人』だった。

 

 怪人を倒す仮面のヒーローは良い。

 怪獣を倒す巨人のヒーローも良い。

 剣を片手に鎧を纏い、魔物を倒す王道の主人公なんて格別だと。

 海原ほどに膨大な熱き願いを。子供染みた壮大で盲目な夢に憧れ続けて。しかし憧れるだけで終わる男ではなかった。

 

 熱海 憧は努力を怠らなかった。

 ヒーローの道も一歩から。

 ランニングは毎日10キロメートル。

 腕立て伏せ、腹筋、背筋、スクワットを各100回。

 学業と平行しながらこれをほぼ毎日欠かさずに行った。

 無論、彼の自分磨きは基礎体力作りだけには終わらない。

 主人公たるものには必殺技が必要。

 ならばその元手と更なる鍛錬を兼ねて、様々な格闘技を修めようと、空手、柔道、剣道、合気道などなど、いくつもの道場の門を叩いたのである。

 

 だが、はっきり言って彼は凡人の域を出なかった。

 天才が1時間、秀才が1日で習得する基礎を、10日かけて習得するのがやっとという有り様だ。

 しかしその精神は異常だった。

 ならば『十日間分を一日でやったらいい』と、天才や秀才すら裸足で逃げ出す練習量を詰め込むという荒業を、彼は平然と行った。

 圧倒的脳筋である。冗談抜きで狂気の沙汰である。

 ついでに修行にかまけてテストも赤点塗れになっていた。然もありなん。

 

 だが、あえていうのであれば。

 努力、根性、気合い。

 そういった体育会系が好みそうなものに才能があるとするのなら、彼は間違いなく努力の天才だろう。

 熱海憧が望むような成果(必殺技)こそ終ぞ得られはしなかったが、相手の動きをよく読み取る『目』と、あらゆる体術に精通する体捌きの基本を会得していた。

 

「せいっ!」

「だらぁっ!」

 

 現に、こうして歴戦の騎士たるシドウの剣に、紙一重で合わせられているのが何よりの証だ。

 努力は嘘をつかない。憧れるだけでは終わらなかった少年の無茶は、彼の無謀をギリギリで繋ぎ止める力となっていた。

 

「⋯⋯しぶとい」

「ぜぇっ、はぁっ⋯⋯そりゃ、こっちの、台詞だっ⋯⋯」

 

 けれども現実は無情だ。

 努力は嘘をつかない。なればそれは、騎士として力を磨いてきたシドウにも当てはまる。

 そもそも平和な日本と死と隣り合う世界とでは練度が違う。年季も違う。覚悟は並べど、肩はまだ並べない。

 息は乱せど無傷のままのシドウ。

 至るところに斬り傷と打撲を作り、虫の息のヒイロ。

 両者の力の差は歴然であった。 

 

(なんだというのだ、この男は)

 

 だからこそ、シドウには不可思議でならなかった。

 倒れないのだ、目の前の男は。

 何度打とうとも。何度突こうとも。

 

(分からぬはずがない。彼我の差を。こうまでなって、尚も理解出来ぬほどの気狂いではあるまい)

 

 一打浴びる度に傷を負い、一つ突く度に血反吐を落とし、苦痛と朦朧に苛まれながらも未だ倒れない。

 ふらつく足取り。手には(なまく)ら。

 もはや満身創痍の風前の灯火。

 だというのに、彼の瞳は意志の折れなど微塵も感じさせぬほど、真っ直ぐ己を見抜いている。

 

(だが、この男の目。自分の勝利を欠片も疑っちゃいない。盲目的とさえ言っていいほどの自信⋯⋯いや、確信か。ならばそれに見合った勝算があるはずだが)

 

「ハァッ!!」

「ぬ、ぐぉ⋯⋯っ!」

 

 シドウには分からなかった。

 この局面から見い出せる勝算などあるはずもない。

 されどまた一つ一打を受けても、ヒイロ・メリファーの目の色は毛程も変わらない。

 そう、変わらないのだ。対峙し、剣を交えた時からずっと。

 彼の瞳は、シドウには見い出せない勝機をずうっと見つめているようにしか思えなくて。

 

(何を狙っているというのだ、ヒイロ・メリファーよ)

 

 見えないものを、人は恐れる。

 幾度と重ねた戦いの中で、片方の光を失った騎士の目にも、ヒイロの異常なしぶとさは不気味に映った。

 

(それとも、ただの蛮勇だったのか)

 

 見えないものを、人は決め付ける。

 誰かの優しさを保身だと、誰かの悪意を配慮だと。

 清職者と呼ばれるほどに汚職や暗躍を嫌うシドウとて、誰しもが持つ心の法則には逃れられない。

 

(⋯⋯ヒイロ・メリファーよ。貴殿の気概は買うが、それは愚かさと何も変わらん。蛮勇だけを持ち合わせた騎士に、護れるものなど何もないのだ)

 

 だが、愚かと語り蛮勇と決めつけたシドウの論は、見当違いではあるが間違いではない。

 そもそも、ヒイロ・メリファーが折れぬ理由が『主人公ならば耐えていれば覚醒イベントが来て勝つる』だなんて、見抜けるはずもなかった。

 

「⋯⋯もう、良い」

「あ、ァ?」

 

 結論は出たと、シドウは断じる。

 

「最後まで諦観を持たぬ意気や見事。だが、身の程知らずの蛮勇は、ただ身を滅ぼす自害の剣だ。蛮勇ではなく、賢しさを磨き⋯⋯またいずれ、騎士を志せ」

「テ、メェ、なに、勝った気で、いやがる⋯⋯! まだ勝負は、こっから⋯⋯!」

「否。これで終いにする」

 

 蔑みではない。その心の強さは惜しいとさえ思う。

 だからこそ引導を渡してやらねばならない。

 それが入団試験の総括教官たる己が役目なのだから。

 

 

「──(シッ)

「な」

 

 一息で背後に回り込む。全力の疾走。それは今までとは比にならず、あのシュラよりも疾い。

 それでもヒイロは見失わなかったが、満身創痍の身体ではろくな反応も出来ない。それほどに速く、疾く。

 

(だっ)──!」

 

 無防備な後ろ首を、断った。

 肉ではない。意を断つ一閃。

 蛮勇なる者へ向けた、敬意を込めた一撃だった。

 

「⋯⋯、ァ」

 

 ぐらりと、ヒイロの身体が崩れた。

 まるで糸を切った人形のように、力が抜ける彼の背。

 塞がれてない片目で、その崩落を見届ける。

 蛮勇だった。愚かだった。

 されど灯す意志はきっと、誰よりも強かったのだから。

 今は敗北を知り、そこから自らの危うさを学び。

 やがて力とし、再び立てるほどの強さを持つと信じて。

 

 

「⋯⋯ぐ、ぎ、ぎっ」

 

 

 しかし。

 馬鹿はそれでも折れぬから、馬鹿なのである。

 

「ずあァァァァッ!!!」

 

 崩れかけた片足で地を踏み。

 折れかけたもう片足で一歩を刻み。

 零れ落ちそうだった柄を握り直して、我夢沙羅(がむしゃら)に斬りかかった。

 

「──!」

 

 だがそれでも届かない。

 意断の刃を極限の意志で耐え、我武者羅に振るった反撃の一撃は⋯⋯シドウに刃は届かなかった。

 届いたのは、痛みの証。

 首を打たれ巡りすぎたヒイロの吐血が──"シドウの手を真っ赤に汚した"。

 ただ、それだけ。

 

 

「な、にっ⋯⋯馬鹿な。まだ! まだ倒れんというのかっ!」

「あ、ァ? まだ、だと⋯⋯?」

 

 本当にそれだけなら。

 ただの蛮勇で終わったのだろう。

 けれど終わらなかった。

 

「いつまでも、だろうがよ」

 

 諦めない男の狂気にも似た意思は、崖っ縁に立たされようとも。終わらなかったのだ。

 

「テメェ、に──勝つまでは⋯⋯終わらねぇッ!!」

 

 唖然とするシドウに、最後の一歩を踏み込ませて。

 爪先から天辺まで。身体の隅から絞り出す膂力(りょりょく)で放った、乾坤一擲の斬り下ろし。

 

「──────」

 

 反射的に上段水平に構えたシドウの手から、剣のみを叩き落とし⋯⋯そのまま。

 最後の力を振り絞ったヒイロは。

 ついに一太刀も届かせることなく、地に倒れ伏せたのだった。

 

 

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015 お前は何者だ

 辺りは日もまだ高いというのに、夜の静寂よりも尚、シンと静まり返っていた。

 無理もない。それほどまでに凄惨で、凄絶で、今日一日の何よりも鮮烈な光景だったのだから。

 現にほとんどは開いた口が塞がらないか、閉じた口が開かないかのどちらかであった。

 

「⋯⋯」

 

 輪の中心には、立ち尽くす勝者と横たわる敗者。

 地面は流れ落ちた血を吸い、生臭い泥を作っている。

 紅い血だまり。同じ色に染まった両手を見ながら、シドウもまた言葉を失っていた。

 

(よもや、これを狙っていたというのか? こんな僅かな勝ち筋を目指して、必死に耐え続けたというのか、この子供は。だとすれば⋯⋯)

 

 血に濡れて握力を鈍らせた上での、渾身の一打。

 もしあのままヒイロが倒れずに、もう一太刀振るう余力があったなら。きっと届いた。意地でも届かせていただろう。

 

(いや、だとしてもだ。こんなものは勝ち筋とは言わん。己が身を(てい)してでも勝利目標を目指すのは騎士として持ち得ておくべき心構えだろう。だがこれでは。いくらなんでも己が身を省みなさ過ぎている)

 

 意表を突く妙手ではある。しかし諸刃の剣どころか、自身が負うリスクがあまりにも大き過ぎる悪手だ。

 こんな勝算、まともな思考では描けない。勝利の為なら躊躇なく身を差し出すような愚行を、どうして実行出来るというのか。

 

(私の加減が一つ狂えば、それこそ一生歩けぬ身体ともなっていたのだぞ。そうはならんと確信していた? 馬鹿な。入団試験での事故事例など腐るほどある。並の技量の試験官では加減など⋯⋯否、だからこそ私を指名したのか?)

 

 前提を変えて、また一つシドウは思考を凝らす。

 もしや自分の手加減に期待したのだろうか、と。

 試験官の中で最も腕が立つシドウは、言い換えれば"最も限界を見極められる"存在だ。

 逆に考えれば、"最も死力を尽くせる相手"もシドウなのであるとすれば……

 

(馬鹿な。有り得ん。他人の強さにそこまで歪んだ信頼を持てるなど。それに、本末転倒ではないか。素直に他の試験官を指名しておけば、問題なく合格出来たであろう。何故だ。何故、こやつは自ら窮地に挑んだのだ⋯⋯)

 

 脳裏に過ぎった憶測を、シドウは無理矢理斬って捨てたかった。

 もしそうだとしたら、このヒイロ・メリファーという男は外れ過ぎている。

 狂人。愚者。あるいは──英雄の素質。

 まともではない。決して。

 まともではない、が、果たして。

 

(⋯⋯底が見えぬ。強者との闘いに飢えた身の程知らずの餓狼か。それとも、限られた状況の中で最善を尽くした英雄の卵か。あるいは──勝算無き闘いに身を投じる修羅の雛か)

 

 見えないものを、やはり人は恐れるのだ。

 幾度も戦場を駆けてきた男には、剣を交えた相手の事が時に言葉を尽くす以上に理解出来たものだ。

 だというのに、ヒイロに限ってはまるで見通せない。

 淀んだ紅い血だまりのように、深く、不透明で。恐ろしいほどに強靭な意志だけが在る。

 

 危険な男だ。利口ではない。

 結果だけ見れば、ヒイロはシドウに一太刀たりとて届かせられはしなかった。

 過程だけ見れば、強者相手に気概と歪んだ知性でもって、後一歩まで迫ってみせた。

 

 餓狼か。英雄か。はたまた、修羅か。

 潜在は分からない。本質は見通せない。

 されど決を下すのは試験官筆頭教官たる己なのだから。

 

 

「⋯⋯ヒイロ・メリファーの合否に関しては──」

 

 

 後悔のない決断を下すには、深く吟味するしかあるまいと。

 鉄面皮に疲労を滲ませながら、シドウは大きく息を吐いた。

 

 

「一時、保留とする」

 

 

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016 泣きっ面に腐れ縁

 すっきりとした目覚めだった。

 

 茜色の夕焼けにまぶたを叩かれて開いた先は、ちょっと黄ばんだ知らない天井。ビキビキとメロディを奏でる上半身を起こして、見渡す室内。白いシーツに仕切りに白い床。棚に並んだ薬瓶からして医務室だろう。

 

 静かでのどかだった。遠い喧騒がノスタルジーな夕暮れに色を添えた。大人な午後。良いじゃないか。コーヒーの一杯でも呑みたいとこですな。

 身体中に巻かれた包帯から漂う薬品の香りと合わさり、見事な不協和音となってくれそうだった。

 

 えー。

 はい、嘘です。満身創痍ですが戦いますよ現実と。

 すーっ。はーっ。せーのっ。

 

(あァァァもォォォォ!!! 絶対やらかしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!)

 

 拝啓女神様。いかがお過ごしでしょうか。

 現在私は絶賛後悔中でございます。助けて。

 

(どうしよどうしよどうしよ。俺、多分だけど、ふっつーにボコされて終わったよな)

 

 散々ぶっ叩かれたせいでいつ倒れたのかも定かじゃないけど、覚醒どころか一撃すら与えられずに終わった気がする。

 

(あかん。強敵に挑んだ結果、負けイベ覚醒コンボキメるどころかストレートにフルボッコとか。なにそれ激ダサ君じゃん主人公どころか噛ませ犬じゃんしかも犬死にのっ!)

 

 主人公ムーブと思いきや噛ませムーブかましちまうとはね。こいつは参った。いやほんと参るよどう考えても大失敗です、本当にありがとうございました。 

 

(不合格、だよなぁ。くっそぉ⋯⋯)

 

 ヒイロ騎士道物語、プロローグにて完結。

 まさかの早期打ち切り展開に、涙を禁じ得ない。

 

(でも仕方ないよなぁ。あのまま八百長バトルして合格、なんて主人公としてもヒーローとしても有りえないし。多分、シドウ教官でも八百長試験官でもない試験官に挑むのが正解だったんだろうけど)

 

 悔いはある。いやぶっちゃけ後悔しかない。

 けど選択自体は一番ヒーローらしかったはずだって囁く些細なプライドが、後悔のドン底まで沈む事を留めてくれていた。

 

(まだ終わっちゃいない、よな)

 

 なにも試験は今回だけじゃない。一浪してまた試験を受けるっって手もある。諦めるにはまだ早い。

 最悪の結果にはなってしまったけど、最低の結果にまではなってないはずだと。

 外は夕暮れ。黄昏時に黄昏ながら、痛む拳を握り締める。

 そんな、行き先の未来に思いを馳せる主人公ムーブは⋯⋯

 

「ははん。見事なほどに負け犬の姿じゃないか、ヒイロ」

「どっから見てもボッコボコだ。身の程知らずにピッタリだぜ、へへへっ」

「チッ、出やがった」(空気読めない奴らが来ちゃったよ)

 

 ノックも知らない来訪者達に、あえなくキャンセルされました。嫌味ったらしい台詞もセットでご登場かよ。冗談抜きでお呼びじゃないんですけど。

 おまけにルズレーと来たら、ズタボロの俺を満足そうに見下ろしていた。

 

「僕の言うことに従っておけば、そんな不様を晒さなかっただろうになぁ」

「うるせぇ」(ほんと黙っててくれよ)

「お前のことだ。大方、養成学生の頃に行った英雄譚の演劇にでも影響されたんだろう? 不相応な夢を見たもんだな。みっともない恥を晒した気分はどうだ?」

「うるせぇっつってんだろ⋯⋯ぐっ、げほっ、ごほっ」

 

 重体の幼馴染み相手にかける言葉がそれかい。

 からかいとか冗談とかじゃなく本心で言ってやがるし。性格の悪さが下限突破し過ぎて地球に穴開くわ。

 

「僕達と同じ試験官に挑んでいたら楽に合格していたのに。なんの為にあの試験官に金を握らせたと思っている」

「全くですぜ。どうせ合格なら楽で賢い道を選んどきゃ良いってのに、馬鹿な野郎だ」

「何が楽で賢い、だ。テメェらのは……、──?

 あ? ちょっと待てよ。"どうせ合格なら"っつうのは、どういう……」

「⋯⋯ショーク」

「うぇ!? す、すいやせん、口が滑りまして。へ、へへ」

「チッ、もう少し嬲ってやりたかったが⋯⋯まあいい。ほら、さっさと受け取れよ」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 まさか。

 まさかまさかまさか!

 些細な違和感から紐付いた希望の糸は、単なる気のせいだった訳じゃないらしく。

 不満そうに鼻を鳴らしたルズレーの手から投げ捨てられた羊皮紙が、からりと宙を舞う。

 

 

『アリエスの月の27。

 エインヘル騎士団入団試験にて、下記の受験者の合格を認可したものとする。

 

 合格者  ヒイロ・メリファー』

 

 

 震えた手で掴み取ったその一枚の紙面上には、今の俺がもっとも望んだ言葉が踊っていた。

 

 

 

 

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017 亀裂の入った合格通知

 

(────っっっ、しゃらぁぁぁぁあ!!!!)

 

 えー。拝啓女神様。さっきぶりっすね。

 現在私めは狂喜乱舞の極みにございます。うへへ。

 絶望的状況からのまさかまさかの大逆転劇。全米が泣いた圧倒的カタルシス。

 いやー結果的に大正解だったとか。これが噂の主人公補正ってやつなのか。たまらんね。

 急カーブして到来された我が世の春に小躍りしたいところだが、節々の痛みが酷いので、残念ながら心の中だけで留めておく。

 

 ともあれ良かった。ほんと良かった。

 一時はどうなる事かと焦ったけど、俺の騎士道物語はちゃんとスタートを切れた訳だ。主人公補正万歳!

 

「⋯⋯大袈裟な。たかが騎士になったくらいではしゃぐんじゃない。お前の気味の悪いにやけ顔は、夢に出そうで目に毒だよ」

「うっせぇ、余計なお世話だ」

「ふん。けど、そんな目に合ったんだから、お前も少しは懲りたろう? 馬鹿とて鞭打てば学ぶ生き物だ。これからは僕の言うことに大人しく従え、分かったな?」

「⋯⋯馬鹿はテメェだろ。テメェに従わなかったからこそ、掴み取れたんだろうがよ」

 

 人が有頂天の極みに昇るや、すかさず冷や水を差すこのルズレーのインターセプトですよ。

 通知書を持って来てくれた事には感謝するけど、ちょっとは空気読んでくれねーかな。

 

「お、お前はぁ⋯⋯! 誰に向かってそんな口を利いてるんだ! 誰のおかげでお前の様な身の程知らずが、"騎士に成れる"と思ってるっっ!」

 

 

 だが、本日何度目かも分からない激情と共に突き付けられた言葉は冷や水どころじゃなかった。

 

「⋯⋯は? どういう事だよ、それ」

「お前の合否は本来、保留だったんだ。だからあの試験官が言ったんだよ! お前を合格させるよう教官殿に口添えしといてやるからと! おかげで余計な出費を払わされたんだぞ!」

「⋯⋯⋯⋯、────」

 

 ちょっと待て。整理させてくれ。

 保留ってなに。俺が気絶してる間に何があったんだよ。

 いやでも、正直あれだけの負けっぷりを晒した訳だし。すんなり合格ってよりは正直腑に落ちるのも事実だった。

 けど問題はそこじゃない。

 

「⋯⋯ショーク」

「え? な、なんだよ」

「今の話、マジなのか」

「お、おう。試験が終わった後、ルズレー様んとこに例の試験官が、口添えしてやるからもっと寄越せってせびって来やがってよ」

 

 信用も信頼も出来そうにない幼馴染の証言には、嘘らしさは欠片もあってはくれなかった。

 

(⋯⋯嘘だろ。じゃあ俺って、賄賂で合格したって事かよ)

 

 ショックなんてもんじゃなかった。

 別に、清く正しい生き方を志してる訳じゃない。

 主人公補正だとか覚醒イベントだとかに頼った闘いを挑んだ俺に、ルズレーのやり方を非難する資格なんて無いのかも知れない。

 けれど、俺はただ憧れ続けた存在に、少しでも近付きたいだけだった。

 負けただけなら良かった。悔しくても自分で選んだ結果だから。そんな結果さえも捻じ曲げられた。

 よりにもよって「これは違う」って切り捨てたはずの形に落ち着いてしまった。

 近付くどころか、遠ざかった。

 身体を走る鈍痛の虫よりも、その実感の方がよっぽど重く、痛んだ。

 

「なんなんだ、お前は」

「⋯⋯あ?」

「る、ルズレー様?」

 

 だってのに、そんな俺の痛み様すら気に入らないと。

 今までとは致命的に違う色に顔を歪めたルズレーが、俺に食ってかかる。

 

「いったい何が不満だって言うんだ! ろくに取り柄もないお前如きが騎士には成れた。いいや、貴族の僕が、お前なんかを騎士にしてやったんだ! なのになんだ、なんでちっとも喜ばない!」

「嬉しくもねぇのに、喜べる訳ねぇだろ」

「このっ⋯⋯っ、いい加減にしろ! この間からお前と来たら、目をかけてやった僕に後ろ足で砂かけやがって!」

「⋯⋯」

「僕に逆らうんじゃない!黙って後ろを歩いていればいいんだ!お前なんかが⋯⋯お前なんかが、僕の、前に出ようとするなぁっ!」

 

 

 馬鹿を躾ける鞭だと言わんばかりのルズレーの拳が、こめかみを叩く。雑な暴力だった。自分の思い通りにならない相手に振るうだけの、子供の癇癪みたいな殴り方だ。

 痛みは些細で、骨どころか肉皮にすら響かない。

 けれども、お陰様でやさぐれた心の苛立ちに火を着けるには充分過ぎる摩擦だったから。

 ああ。もういい。この際だからぶっちゃけようか。

 いい加減、俺も我慢の限界なんだよ。

 

「帰れよ」

「ぐっ、お前⋯⋯!」

「今すぐ俺の目の前から消え失せろっつってんのが⋯⋯聞こえねぇのか!」

「ひっ」

 

 もう知ったことか。

 決定的な亀裂が出来たって構わない。

 元のヒイロが築いた関係性だからと、義理を立てるにも限界だった。

 胸倉を引っ掴んで怒気を叩き込む。

 至近距離の貴族の目が、理解不能な狂人を見るように怯えていた。

 

「く、くそ⋯⋯この恩知らずが! 行くぞショーク!」

「へ、あ、待ってくだせぇ、ルズレー様!」

 

 短い捨て台詞を吐くだけ吐いて、逃げるようにルズレー達は走り去った。事実逃げたんだろう。去り際の表情は、はっきりと恐怖に染まっていた。

 だからって勝ち誇るつもりもなければ、清々とした気持ちにもならない。ただ虚しかった。

 夕暮れの豊かな赤黄色が、空気の乾きに拍車をかけるくらいに。

 

(⋯⋯どうしようか、これ)

 

 三人から一人。シンと静まる医務室に、手の中の通知書がくしゃりと響いた。

 記されている自分の名前と合格通知。少し前には天にも昇る気持ちで見通した文面も、実情を知った後じゃあ寒々しい。

 

(辞退するべき、だよなぁ⋯⋯)

 

 騎士になりたかった。でもあくまで手段としてだ。

 魅力的な肩書きを得たいが為に、自分なりの信義を曲げたくはなかった。

 惜しい気もするけど。いざって時に足を引っ張られかねない妥協を選ぶくらいなら、別の道で良い。

 そんな決別の意味も込めて、通知書に手を添えた時だった。

 

「辛気臭い場所で、辛気臭い事しようとしてるわね」

「てめぇは⋯⋯」

 

 通知書を裂こうと力を込めた指先が、少女の冷めた声にぴたりと止められる。

 そんな辛辣なご挨拶をしてくれたのは、俺が理想として描いてた導入を見事にこなしてみせた強者。

 シュラだった。

 

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018 その手の栄光

 

 いや、ここでお前まで来るんかい、と。

 気疲れしっぱなしな今日一日の締め括りとばかりに現れたシュラに、呆然とした。

 一瞬手放した意識ごと、皺を増やした羊皮紙が手からすべり落ちる。

 ある意味じゃ一番会いたく無かった少女の姿に、つい顔を背けてしまう。ライバルと見定めた相手に、今の俺を見て欲しくなかったからだ。

 

「何だよテメェ⋯⋯ノックくらいしやがれよ」 

「此処、医務室でしょ。別にあんたの部屋って訳でもないし」

「テメェの部屋でもねーだろ。マナー知らずか」

「グチグチと、顔の割に細かい男ね」

「顔関係ねぇだろ」

 

 居心地の悪さに引っ張られた俺の悪態も尖りがちだったが、シュラの返しも中々だ。

 ツンケンとした態度のまま、何のつもりかベッドの上の俺へと歩み寄る。仏頂面とは裏腹に、高さのないヒールが小気味良い足音を響かせた。

 

「さっき場所も弁えずに罵詈雑言を撒き散らすジャガイモ貴族とすれ違ったけど、あれ、あんたが原因?」

「⋯⋯知らねぇよ。俺にはもう関係ねぇ」

「ふぅん。じゃ、あんたがその紙切れ破ろうとしてたのは、ジャガイモ貴族が原因かしらね」

「知らねぇっつってんだろ」

 

 痛い腹を遠慮なく探る辺り、ほとほと気の強い少女らしい。包帯塗れの俺を見下ろす顔には、聞いときながらも興味の欠片も浮かんでない辺り、いい性格してた。

 そもそもなんでこんな所に居るのか。怪我もしてなければルズレーへの興味も無いであろうシュラが、此処に来た理由が思い浮かばない。

 

「下衆の勘繰りしに来たのかよ」

「あんたの連れと同列にしないで。医務室に来たのは、あんたに用があったからよ」

「俺に?」

「そ。リボン拾わなかった? 色は黒で、布で出来てるやつ」

 

 ちゃんとした理由あるんかい。変に勘繰ったのは俺の方だったわ。

 シュラのお目当てにもすぐ思い至る。多分あの予選会場で拾ったやつだろう。渡しそびれていたし丁度良いと、仕舞っていた場所を手探りひょいと掲げた。

 

「これか」

「ん。やっぱりあんたが持ってたのね。変な事に使ってないでしょうね」

「ねぇよ。髪縛る以外の何に使うってんだ」

「⋯⋯セクハラ? 最低ね」

「発想が最悪だよてめぇは」

 

 善意で拾っといてこの言い様である。

 ライバルキャラは主人公につんけんするのが相場って知ってるけど、傷付くもんは傷付く。ただでさえ傷心なのに。

 泣きっ面に刺す蜂よろしくな毒舌に辟易してる間に、シュラは受け取ったリボンを仕舞うと、合格通知書を断りもなく拾い上げる。

 茜を浴びて輪郭を焼いた灰銀の髪と赤色のマフラーが、甘い香りと共にふわりと舞った。

 

「てめぇ、なに勝手に」

「なんだ、合格してるんじゃない。あんな辛気臭い顔してたから、てっきり落ちたのかと思ったけど」

 俺の苦言もどこ吹く風に、見るだけ見てぽいっと通知書を放るシュラ。憎たらしい仕草も妙に絵になるから得である。

「それ。破ろうとしてたわね」

「っ。だったらなんだってんだ」

「普通に解せないってだけよ。あれだけ滅多打ちにされて退かなかった癖に」

「てめぇには関係ねえだろ」

「あのジャガイモ貴族、さっきすれ違ってた時に恩知らずとか喚いてたけど。それは関係あるんじゃない?」

「チッ」

 

 痛い所を突いてくるシュラに、暴言悪態のフィルターを介さない舌打ちが零れ落ちた。

 朝の出会いから今まで、常に排他的な言動や態度を崩さない癖に、なんで首を突っ込んで来るのか。解せないのはこっちの方だよ全く。

 覗き込むシュラの瞳は爛々と紅を帯びていて、誤魔化すには苦労しそうだったから。

 

(ああもう、どうにでもなれ)

 

 半ばヤケクソ気味に、俺は経緯を話すことにしたんだけど──。

 

 

「⋯⋯つまり、あんたは賄賂で合格したって話?」

「ケッ。笑いたきゃ笑え」

「ふーん。確かに笑い話ね」

 

 話し終えるや一切口角を上げずに肩をすくめられ、俺はガチ凹みした。別にフォローとか期待してた訳じゃないけど、血も涙も一粒の優しささえも無いとかあんまりじゃん。

 あんまりなシュラに噛み付く気力さえ湧かず、がくりと肩を落としたのだけども。

 

「良い気味ね、あのジャガイモ貴族。まんまとしてやられてるじゃない」

「あ? どういう意味だ、そりゃ」

「ふん。だから、八百長してた試験官にしてやられてんのよ。シドウって教官は『清職者』って名がつくほどに厳正で、賄賂や不正を特に嫌う。主力部隊から一教官に左遷された経緯も、上層部の騎士の不正を処断したからって逸話が有名じゃない。そんな頑固者に、胡散臭い試験官の口添えが通る訳ないわよ」

「⋯⋯⋯⋯は、ぁ?」

 

 驚愕の余り、顎が外れそうだった。

 ちょっと待って。衝撃で頭ん中の整理がつかない。

 ワイロなんて意味無かったって。いや確かにシドウ教官が厳正ってのは、まあ分かる。絵にかいたような堅物っぽかったし。

 だからあのルズレーが金を握らせた試験官の話に、シドウ教官が耳を貸さないってのも想像に難くない。

 じゃあ、ルズレーがしてやられてた相手ってのはあの試験官にか。流石平然と八百長する試験官だ、あっちのが一枚上手だったってことか。

 いや違う。そうじゃない。

 俺が一番気付くべき所はそこじゃあなくて。

 つまり。つまり……!

 

「おい、じゃあ……俺の合格は」

「"そういう事よ"。ほら、笑い話でしょ。笑えば?」

 

 

 呆れたようなシュラの溜め息も、気にならなかった。

 ぶわっと血管が開いて、赤血が一気に巡る。

 寒くもないのにかじかむ手で、膝上に放られた紙を掴んだ。

 破りかけて出来たシワで、文字が歪んでる。

 けども、読める。合格者、ヒイロ・メリファー。

 今の俺の名前がそこにある。

 

(⋯⋯〜〜〜っっっ!!)

 

 

 今度こそ、自分が掴んだものを確かめるように。

 俺は傷だらけの胸に、その証を抱き込んだのだった。

 

 

 



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019 この物語の主人公は。

 

 変な男。

 口の中で転がした批評を(かじ)れば、なんとも言えない苦味が増して、シュラは眉を潜めた。 

 へん。おかしい。奇妙。珍獣。

 目の前の男との、今日一日の中で積み重なった印象の顛末は、そんな似たりよったりで良く分からない所に落ち着いてしまった。

 

(良く分かんないヤツね)

 

 初めは失礼な奴だと思った。

 頭一つ分の高さからまじまじと見下ろして、目付きが悪い、という失礼千万な一言から始まったのだ。

 手鏡を持ち歩いていれば叩き付けてやりたかった。身嗜(みだしな)みに頓着しない自分の性格を、初めて後悔したくらいだ。

 好印象など持ちようもない。類は友を呼ぶとも言うし、連れ合いらしき失礼千億な貴族と取り巻きを見れば、覚える価値もないと思った。

 

『俺は本気で騎士になりに来てる』

 

 だからこそあの言葉の真剣味が、シュラには意外だった。

 ほんの少し興味心を(くすぐ)られてしまった。つい、らしくもなく悪びれもした。

 けど口だけなら何とでも言える。

 それこそ身飾る鎧ばかりが立派で、中身の欲深い騎士は多い。秘めたる決意と共に辺境から王都に訪れて以降、そういった堕落した誇りをいくつも見ては失望してきたシュラである。

 彼の名前は受け取りながらも、過度な期待はしなかった。

 

『テメェ、に──勝つまでは⋯⋯終わらねぇッ!』

 

 そして、あの激闘だ。

 圧倒的強者に対し折れず退かず、意識を手放す最後まで喰らいつこうとする餓狼の如き執念。

 痛ましさを増す度に歯を剥き、絶望的な状況下でも絶やさない勝利への灯火。薄緑色の目を赤鉄に燃やすヒイロを見るたび、シュラは肌が粟立つのを自覚した。

 

(こいつは。ヒイロは⋯⋯違うのかもしれない)

 

 富こそ力とする貴族とも。

 潤う為なら平然と媚びへつらう騎士とも。

 騎士という身分保証の為だけに団の門を潜ろうとする平民とも。

 違うのかもしれない。揺るがぬ決意を思わせる目を持った男は、シュラの知る限りでは初めてだったから。

 

「⋯⋯一つ、聞いてみるけど」

「なんだ」

「どうしてあんたは八百長に乗らなかったのよ。正しくはないけど、利口ではあるじゃない。その選択の方がずっと楽で、確実だった。そうでしょ?」

「ふん。決まってんだろ」

 

 柄にもないことを聞いてる自覚はあった。

 それでも確かめたいと思った。この男が苦難を選んだ理由を。

 

「俺は、誰よりも強くなる為に此処に来た。卑怯者になる為じゃねぇ」

「⋯⋯ふーん。誰よりも、ね。あれだけやられといて、良く言えたわね。馬鹿なの?」

「ハッ。そォよ、馬鹿よ。賢くなくたって結構。嗤われながら指差されんのは慣れてんだ。だが、俺は強くなると決めた。決めたなら、後はやるだけだ。地に這いつくばろうが泥啜ろうが、やってやるってんだよ」

「⋯⋯暑苦しい奴」

「るっせぇ。聞いてきたのはてめぇだろうが、冷血女」

 

 誰よりも強くなる為に。

 そんな純粋で幼稚じみて、けれど真っ直ぐな答えが返って来るとまでシュラは思わなかった。

 強くなる為なら苦難も厭わない。かといってただ強さを求めるだけじゃなく、語られない奥底に秘めた『何か』がある事くらい、シュラにも察せた。

 

(強くなる、か。そう。あんたも同じって訳ね)

 

 噛みしめるように、少女は目を閉じた。

 誰よりも強くと謳うヒイロの目の光は、全てを喪ったあの日をシュラに思い出させた。

 

 

「口だけじゃなきゃいいけどね」

「上等だ。いつかてめぇもこましてやっから覚悟しとけ」

「⋯⋯精々頑張んなさい」

「ケッ、えらそーにしやがって」

 

 たった半日。顔を合わせた数は片手で足りる。

 でも強烈な男だ。ヒイロ・メリファー。

 笑い方を忘れかけていた少女は、ほんの少しだけ口角を上げて、同じ心を持つ男に背を向けた。

 意図した生意気な物言いに対するヒイロの抗議も、今は取り合わないで良い。

 きっとまた会うだろうから。

 今度は同じ、騎士として。

 

(またね、ヒイロ・メリファー)

 

 終ぞ呼ぶ事はしなかった彼の名を、胸の中で転がす。

 医務室から廊下に出れば、回廊窓から風が吹き、彼女の長い髪を撫でた。

 外では沈み行く太陽が、地平に溶けて雲を焦がす。

 空は、世界は。呑み込むような紅蓮に灼かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、副官」

「どうしましたか、ノルン様」

「あのですね。早とちりした反省の意味をこめて、憧さんを送ってしまった世界の原作をこうしてプレイしてる訳じゃないですか?」

「なんという説明口調。しかし、なにを改まって言って⋯⋯もしや、もうクリア出来たんですか?」

「出来る訳ないですよ! だってプレイし始めてまだ二時間程度ですもの。やっと序章が終わったくらいで」

「はぁ。では何用で?」

「いえ、その⋯⋯今のところ、名高いなんて言われるほど鬱な感じがしないなぁって」

「それはまだ序章だからでしょう。それに、主人公の過去は中々に重いものではありませんか?」

「確かにそうですけど、でも過去って言っても匂わせ程度で、描写もまだそんなにですし。思ったよりは重くないのかなぁって⋯⋯や、やっぱりこの後ドンドン辛くなって来るんですか?」

「そうですね。ネタバレはプレイの楽しみを奪いかねませんが⋯⋯第1章から重苦しいイベントが続くそうですよ」

「罰なんですから楽しみも何も無いじゃないですか⋯⋯あぁ、もう、やってやりますよ!」

「その意気です、ノルン様。責任を以って送り出した以上、貴女には是非ともエンディングを迎えていただかねばなりませんからね。

 そう、この⋯⋯!

 プレイストーム5ソフト!CERO「D」17歳以上対象!

「なんでこんなシナリオ作った、言え!」

「歯応えのある難易度。歯が抜け落ちるストーリー」

「拝啓神様へ。鬱展開が癖になった僕をお許し下さい」

「初回限定特典は胃薬だったら良かった」

「大団円ハッピーエンド実装はまだですか⋯⋯」

「本当に、本当に⋯⋯やってくれやがりました」

 というプレイヤー達の阿鼻叫喚抱腹絶倒地獄絵図な感想を多く集め、発売から十年経った今でもカルト的人気を博す鬱ゲーと名高き名作!

 剣と魔法と絶望のコマンド式RPG!

 【灼炎のシュラ─灰、左様倣─】を!」

 

 

 

 

 

「なんで宣伝風なんですかぁ! あの! 本当は私の心が痛むのを楽しんでるだけですよね副官!?」

「そんな事ありますん」

「それどっちなんですか!? うわぁぁん!」

 

 

 

 

 

 第一章 完結



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長女ウルズの人物紹介 VOL.1

 閲覧ご苦労様でございます。

 運命の三姉妹が一柱。長女ウルズです、ご機嫌よう。

 こちらではノルン様の命により、ストーリー上にて登場したキャラクター達の紹介を行っていきます。

 また、紹介出来る内容としては現時点で判明してる内容がほとんどですので、飛ばしていただいても構いませんよ。

 他の姉妹と違って些か淡白な紹介となりますが、平にご容赦を。

 では、参ります。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

【No.1】 ヒイロ・メリファー/熱海(あたみ) (しょう)

 

 

・年齢

 18歳。誕生日は11月16日。

 

・外見

 身長は180cmの長身で、手足も長い男性。

 額でクロスする前髪が特徴的な、赤茶色の頭髪。

 眼は薄い緑。顔立ちの造形自体は整っていないこともないのですが、目付きの悪さや険しい表情が悪印象を抱かせるようですね。その上、あまりパッとしない顔と。ある意味奇跡的な配分では?

 

・服装

 

 普段着は黒の無地だったり落ち着いた色合いを好まれるそうです。 

 晴れ着姿は少しでも主人公らしさを強調する為に、紅い道服にグリーンのズボンと派手めなカラーを選ぶんだとか。

 

 

・熱海 憧について

 

 我らが女神、ノルン様の誤りによって本来迎えるはずのない死を迎えてしまった、ヒーローや主人公になることを夢見る男性。

 ヒーローとしての生を望んでいたものの、ノルン様のいつもの早とちりのせいで、陰鬱な展開の多い事で有名なRPGゲームのモブキャラクター(ヒイロ)に憑依する事となります。

 ですが本人はノルン様の早とちりを知らない状態ですので、憑依先については、ちょっと変わった風貌のヒーロー系主人公と勘違いされている様子。

 色々と違和を感じられているみたいですが、夢だった形の人生を歩めることへの喜びと持ち前のポジティブさもあって、気付く様子はなさそうですね。

 物事へ対する頭の柔軟性はあるようですが、こと対人関係においては時折思い込みの激しさが裏目に出ることもあるご様子。

 また理想の主人公像を描き続けていた為に、独自の定規で物事を測ってしまいがちであり(この状況は主人公を活かすとしたらこういう展開になるよな、みたいな感じ)、そこが欠点でもありますが、それ故に予想外の事態の好転を招くケースもあります。

 

 

・ヒイロについて

 

 元々は騎士養成学園ヴァルキリーに通う不良生徒。

 尖った鼻が特徴的なショーク・シャテイヤと共に、貴族の嫡男であるルズレー・セネガルの子分であった模様。三人の中でも一番下っ端の立ち位置であるらしいです。 

 なお、その頃の悪行により学園の中では煙たがれているとか。

 学園のある聖欧国アスガルダムの麓の村、ヘルメルの出身であり、サラという名の妹と暮らしていらっしゃいます。

 元の人格は口も悪かったらしく、その影響もあってか中身の思考を少し歪ませたような物言いになる事もあり、苦労なさってるようですね。

 

 

・戦闘能力、精神性について

 

 ヒーローや主人公に憧れている彼ですが、単なる夢ではなく、生前は本気で目指していた模様。

 その為に常人ならすぐさま逃げ出しかねないほどの自己鍛錬を自らに課していたらしく、それはヒイロとなった現在でも続行中です。

 また、生前の際にはいくつもの武道や武技を収めるべく様々な道場に籍を置き、鍛錬と並行して武術修行にも臨んでいたんだとか。

 しかし、道場の師範代の何人かには『センスが無い』『才能が希薄』と評される事もあるほどに、彼は絵にかいたような凡人だったそうです。

 が、もはや異常ともいえる精神性は評価に折れることなく努力と研鑽を続けて、一流には届かないものの相応な格闘技量と、非常に優れた『目』を持つまでに至った模様。

 

・好み

 

 1にヒーロー、2に主人公、3、4もどちらか5に王道。と宣えるほどにヒーローや主人公をこよなく愛する性格。

 特に王道的な物語の主人公を好まれているらしく、ゲームや創作も大体はそういう内容のものばかりに手を付けていたそうです。

 ですがジャンル自体は雑食らしく、ファンタジーを筆頭にコメディ、スポーツ、恋愛、SF、ラブコメ、ミステリー、歴史と多種多様。

 王道的なストーリー展開以外にもポップな日常系やシリアス、ダークな物語も普通に受け入れられる性格で、基本的には満遍なく楽しめるとか。

 しかし勉学の類は苦手であり、頭を使う内容の作品は読みはするものの雰囲気で楽しむタイプであるそうです。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

【No.2】 エシュラリーゼ・ミズカルズ

 

 

・年齢

 

 17歳。誕生日はカプリコーンの月(12月)の末の日。

 

・外見

 

 背は172cmと高く、胸や腰などの女性的発育が非常に豊かな乙女。

 灰銀色の長髪と、燃えるような紅い瞳。

 美貌もまさしく絶世の美女と呼べるもので、同性異性問わず目を奪われるほどの造形ではあるのですが、本人の排他的な雰囲気と、泣き黒子がありながらも野犬のように鋭い目付きに、近づきがたさを感じる者も少なくないそうです。

 

・服装

 

 上は肩とヘソの部分を露出した薄手の黒い長袖に、赤いマフラー。

 下部も片方だけ包んだ黒いストッキングと黒のスリットスカートと、防寒意識の低いファッションですね。

 しかし戦闘スタイルからして軽装である方が都合が良いらしく、あまり美意識に頓着する性格ではないことが反映された結果なんだとか。

 尚、シュラ本人は寒いのが得意ではないそうです。

 

 

・シュラについて

 

 騎士団の入団試験の際にヒイロが遭遇した謎の人物。

 その実力は他の受験生の中でも圧倒的に抜きん出ており、試験のトップバッターに選ばれながらも試験官の中で一番の実力者であるシドウ教導官にさえ勝ってみせるほどの強者です。

 性格は気が強く排他的であり、口調も攻撃的。シュラの美貌に鼻を伸ばしたルズレーのナンパにも手酷く仕返したりもします。

 その折に仲裁し、かつ自分と同じくシドウ教導官を指名し、勝利こそしなかったものの強靭な意志を示したヒイロに、強い興味を抱いてる様子。

 また、シュラ本人も並々ならぬ宿業を胸に秘めいているようで、遠くない内に明らかになるやも知れません。

 

 

 尚、この物語の舞台となる『灼炎のシュラ──灰、左様倣──』における、本当の主人公です。

 鬱ゲーと名高い原作では苦難の一言に尽きる人生を歩んだ様ですが、ヒイロというイレギュラーが介在する物語においては、どういった結末を辿るのか。

 それはまだ誰にも分からぬことです。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

【No.3】 ルズレー・セネガル

 

・年齢

 16歳。誕生日キャンサーの月(6月)の2の日。

 

・外見

 中肉中背の金髪マッシュルームヘア。

 目付きというよりも、内面を透かしたような侮蔑的な眼差しの影響もあってか、他人に良い印象を与えない顔付き。

 

・服装

 マントや靴、装飾多く主張の強い色合いの上下服といい、豊富な財力を示すことを目的としたような装い。

 ただ、本人の振る舞いも相まって、かえって品の無い印象を与えるので、シュラやヒイロとは別の意味で近づきがたさがありますね。

 

・ルズレーについて。

 アスガルダムのとある貴族の息子という肩書きがありますが、育ちの影響か本人は傲慢で高慢、常に他人を見下したような言動と態度と、お世辞にも好感の持てる人間ではありませんね。

 ヒイロとショークを取り巻きとし、学園でも悪童として有名であり、三者とも揃って煙たがられている始末。

 しかし子分達に対しては、高慢ではありつつも金銭を工面したり、進路を確保する為に裏で手を回したりと、褒められた手段ではないものの、面倒見自体は良いみたいです。

 入団試験の折に決別したヒイロに対しての感情は、下のものに歯向かわれたが故の怒りだけではなく、存外に複雑である模様。その心境が明かされる日は、そう遠くはないようですね。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 さて、今回は以上三名の主要人物について紹介致しました。しかし縁とは業、歩みと共に膨らみ繋がり絶えるもの。

 物語が進むにつれ、また皆様とまみえる事もありましょう。

 他の姉妹共々、これからもよろしくお願い致します。

 

 それでは、此度はこれにて。

 

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次女ヴェルの省略あらすじ VOL.1

 やっほーみんなぁーはじめましてー

 運命の三女神の次女ヴェルザンディーちゃんだよー

 略してヴェルちゃんだよー

 さてさてー、ここではヴェルちゃんがノルン様に頼まれてーヒイロくんを観測した結果を、あらすじっぽくお伝えしていくんだよー

 観察日記みたいなものだよー

 ストーカーっぽいけどお仕事なんだよー

 だからそんな目で見ないで欲しいよー

 

 まあまあゆっくり聞いていって欲しいよー!

 

 

・その1

 

 

 ノルン様が運命の糸を切っちゃった影響で、死んでしまった熱海 憧くん。

 お詫びに次なる生として好きな人生を歩ませてあげるってことになったんだけど、憧くんは憧れだった『ヒーロー』としての人生を望んだんだー。

 でもノルン様はいつものうっかりが発動しちゃって、憧くんは『ヒーロー』じゃなくて、とあるゲームの『ヒイロ』って名前のキャラクターとしての人生を歩むことになっちゃんだー。

 大変だよー。おおごとだよー。

 しかもそのゲーム、鬱ゲー?っていうジャンルのゲームらしくて、とにかく憧くんこれから大変だよー

 

 

・その2

 

 ノルン様の失敗で、ヒイロ・メリファーくんの身体に魂がINしちゃった憧くん。

 ヒイロくんはちょっと人相悪くて背がおっきな男で、サラちゃんって妹が居るみたいだよー。

 ひと悶着ありながらサラちゃんのご飯を食べていると、貴族のルズレー・セネガルくんと、その取り巻きのショーク・シャテイヤくんがお家まで迎えに来たんだよー。

 ヒイロくんはどうやら、ルズレーくんの取り巻きだったらしいんだよー。

 そして、ヒイロ君たちが通う、騎士養成学園ヴァルキリーに向かうことになったんだー。

 でもヒイロ君に憑依したときにはもう卒業は目の前だったんだよー。だから学園生活は満喫出来なかったねー、ヒイロくんかわいそうだよー。

 

 

・その3

 

 学園生活は楽しめなかったけど、代わりに騎士団への入団テストももうすぐってことで、ヒイロくんはせっせと準備にとりかかったんだー。ポジティブだよー。

 そしてテストの日にルズレーくん達と騎士団本部に向かったところで、エシュラリーゼちゃん、もといシュラちゃんと出逢ったんだねー。シュラちゃんとっても美人さんだけど、ツンツンさんでもあるんだねー。

 ナンパするルズレーくんに超ツンツン対応しちゃったもんだから、ルズレーくん激おこ。ヒイロくんたちにシュラちゃんを懲らしめろって命令したんだー。器ちっちゃいなー。

 でもヒイロくんが断固拒否しちゃったから、結局ルズレーくんはシュラちゃんを懲らしめることは出来なかったねー。

 

 

・その4

 

 ルズレーくんとは溝が出来ちゃったけど、シュラちゃんとはすこーしだけ縁を作れたヒイロくん。ヒイロくんの目にはシュラちゃんがいわゆる重要キャラに映ったんだねー。

 ツンデレヒロイン疑惑浮上だよー。でもテストでいちばん強い教官さん相手に勝っちゃったシュラちゃんを見て、この子はヒロインじゃなくライバルだっ!ってなっちゃったんだねー。うーん惜しいー!

 ルズレーくんとショークくんも、事前にお金で雇っていた試験官に八百長してもらって合格出来たみたい。うーん、これはずるいねー。

 そしてついにヒイロくんの出番がやって来たんだけど、なんとヒイロくんはシュラちゃんが戦ったつよーい教官さんを相手に指名しちゃったんだよー! うーん、ヒイロくんこれ大丈夫かなー?

 

 

・その5

 

 全然大丈夫じゃなかったよー⋯⋯ヒイロくん、ボコボコのぎったんぎったんだったんだよー。でもヒイロくんには作戦があったんだー。その名も「主人公なんだし苦戦してたら覚醒イベント来るから、それまでずっと我慢してよう」大作戦!(命名ヴェルザンディ)

 それが上手いこと出来れば良かったんだけど、残念ながら教官さんの剣を叩き落とすことで精一杯だったねー。それだけでも凄いことなんだけど、ヒイロくんはそのまま気絶しちゃったんだー。

 

 

・その6

 

 医務室で目が醒めたヒイロくん、すっごく落ち込んでたねー。

 結局勝てなかったし不合格だと思ってたんだろーね⋯⋯頑張ったのに、悲しいなー。でもでも、そこにあらわれたルズレーくん達からなんと! ヒイロくんが合格したって教えられたんだよー!

 よかったよ~ヒイロくん! あ、でも、本当は結果は保留で、ルズレーくんが雇った試験官にワイロを渡して、合格にして貰ったみたい。うーん、それはちょっとヴェルちゃん的にも複雑かなぁ⋯⋯

 けどヒイロくん的には複雑どころじゃなかったみたい。そんな方法で合格したって意味ない!ってヒイロくん怒っちゃった。そしたらルズレーくんも食ってかかっちゃって⋯⋯ヒイロくんとルズレーくんの仲は完全にこじれちゃった。

 

・その7

 

 合格はしたけど、ヒイロくんの本意じゃない形になっちゃったからかなー。

 合格を辞退しようかヒイロくんは悩んでた。そんな時に、シュラちゃん再登場!しかもなんとヒイロくんはワイロじゃなく実力で合格したって教えてもらったんだよー!

 やったー!ヒイロくん良かったねー!ヴェルちゃんも嬉しいよー!

 シュラちゃんもヒイロくんの頑張る姿に胸を打たれたんだねー。ツンツンしながらも、シュラちゃんはヒイロくんを少し特別に思いながらも、その場をおさらばしちゃったんだー。

 うーん去り際もクールだねー。

 さすがはこの世界の主人公だよー⋯⋯

 

 

 

 そんなこんなで、ここまでのお話をざっくり紹介したんだよー!

 次のお話からは合格したヒイロくんが騎士の卵として頑張るお話! 新しいお友達も登場するみたいだから、期待して待ってて欲しいよー!

 

 以上、次女のヴェルザンディちゃんからでした!

 それじゃー、またねー!

 



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三女スクルドの専門用語解説 VOL.1

 わっはっはー! 閲覧ご苦労である!

 余こそ運命の三女神の愛され三女ことスクルドであるぞ!

 うむ。ここでは作中に出た各種の専門用語や設定についてを、可愛い余がじきじきに補足説明してやろう。

 よって、低頭平身で余を崇めながら、お耳かっぽじって聞くが良いぞ!

 はえ? 三女の癖に態度が一番でかい?

 な、なんじゃとー! 三女が偉ぶって何が悪いかー!

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

【ユミリオン大陸】

 

 物語の舞台となる、四方に海を囲まれておる地続きの大陸だな! 超広いぞ!

 

【聖欧国アスガルダム】

 

 ユミリオン大陸の北から中央部にかけての、約4分の1の面積を領土とする、大陸最大人口の国家だな。

 王家ガーランドを長とし、大陸最強と名高き戦闘集団『エインヘル騎士団』を有しておることも語る上では欠かせぬことだ。

 中心部につれて発展しており、文明水準は他国より高く、魔術をはじめとしたあらゆる研究についての研究や貿易も盛んであり、都心の華やかさは実に見事だ。

 かつて世界樹と呼ばれた大樹ユグドラシルが在った地の上に築いた都市であり、その影響か樹立する大木の幹を利用した橋や家屋も多く、実に目に楽しい街並みと言えよう。余も暮らしてみたいぞー。

 だが近年では格差の増大、騎士の増長や辺境の魔術被害、隣接国との関係悪化と、なかなかにトラブルを抱えておる。厄介だなー。

 

 

【王家ガーランド】

 

 アスガルダムに座する王族ぞ。王族だけあって偉いらしいぞ、余よりは劣るが。

 人類史1500年に誕生した稀代の英雄王シグムントを発端とした王家であり、500年もの間、広大なアスガルダムに君臨しておるそうだぞ。

 余談だが、四つ羽の鴉を聖獣とし、国家のシンボルともしておるらしい。しかし四つ羽の鴉とは、面妖であるな。

 

 

【エインヘル騎士団】

 

 アスガルダムの保有する最大戦力で、「騎士」と呼ばれる階級に準ずる者達の組織だぞ。

 騎士団長レオンハルト・シグを筆頭とした大陸随一の戦闘集団であり、実動部隊であり『本隊』と呼称されるブリュンヒルデ隊をはじめとして三つの軍団に分かれておるそうだ。

 春に一度、新規に入団する事となる者達を集わせ、試験を行うそうだ。

 アスガルダムの都心部に本部を構えておるぞ。

 

【ヴァルキリー学園】

 

 エインヘル騎士団の近くに建設されておる、騎士を養成するための学園だ。

 毎年国内の若人たちが集い、共に騎士団入団を目指しながら切磋琢磨する場であるそうだ。

 青春だの、余も通いたい。ヒイロの幼馴染ポジとかどうだ? 健気な余には適役だろ? のう? こっちを見んか。

 

【魔獣】

 

 本編ではまだ登場しておらんが、イメージは現世でいう魔物(モンスター)と似ておるらしい。

 いわく人類の天敵であり、この世のもたらす災厄、森羅万象の悪夢であるとされておるのだが⋯⋯まぁ、うむ。いずれ触れる機会もあろう、Vol.2を心して待つが良い。

 

 

【月の数え方】

 

 この世界は各月の呼び方が現世とは異なるようだ。

 いわく、人歴1000年頃に、星文学者アスクレピオスによって唱えられた各月の呼称が元となってるそうだぞ。

 大体以下の感じになっておる。

 

1月・アクエリアスの月〈水瓶座〉

2月・ピスケスの月〈魚座〉

3月・アリエスの月〈牡羊座〉

4月・タウラスの月〈牡牛座〉

5月・ジェミニの月〈双子座〉

6月・キャンサーの月〈蟹座〉

7月・レオの月〈獅子座〉

8月・ヴァルゴの月〈乙女座〉

9月・ライブラの月〈天秤座〉

10月・スコーピオの月〈蠍座〉

11月・サジタリウスの月〈射手座〉

12月・カプリコーンの月〈山羊座〉

 

 また、アクエリアスではなく「水瓶の月」、カプリコーンではなく「山羊の月」と省略した呼び方をする者もおるそうだな。

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 うむ!とりあえずはこんなところだの!

 まだまだこの世界特有のワードは沢山あるが、それもお話の流れに沿っていずれ余が説明してやるぞ! ありがたく思うが良い!

 では皆の衆、さらばだー!

 

 

 

 

 

 

 

 ふいー、疲れたのう⋯⋯あ、ウルズ姉。余、喉がカラカラだぞ。お紅茶淹れてたも。

 ⋯⋯ミルクとお砂糖切らしてる⋯⋯⋯⋯だと⋯⋯⋯⋯!?

 

 

 

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020 入団の時、来たれり

「ふぅ⋯⋯」

「浮かない顔ですねノルン様」

「あれだけ今後の不穏を匂わされたら、浮かない顔もしますってばぁ」

「でも、例の熱海憧殿が憑依したヒイロというキャラクターも登場されたじゃないですか。少しはお喜びになるかと思ったんですけど」

「登場って、ナンパするルズレーさんの隣でコクコク頷いてただけじゃないですかぁ。もう一人の取り巻きさんの方がよっぽど台詞ありましたよ」

「モブキャラもモブキャラですからね、ヒイロは。憧殿の苦境、察するに余りあります」

「あぅ」

「そんな顔をされても。ささ、気を取り直して早速第1章をプレイと行きましょう、ノルン様。攻略情報によりますと、この第1章の終盤にてヒイロの見せ場があるみたいですよ」

「ほ、本当ですか! よ、よーし、頑張って進めますよー!」

「その意気ですノルン様。我々の目にしかと焼き付けましょう。原作のモブキャラヒイロの活躍を!」

「はいっ!」

 

 

 

「最初にして最後の見せ場ですけど」

「えっ」

 

 

 

◆ ◆

 

 

 

 

 光陰矢の如し。春休みにも似た準備期間は瞬く間に過ぎ、桜が散り終わったタウラス(4月)の7の日。

 着替えと生活用品を最低限詰め込んだバックを肩に、俺は騎士団本部ヴァルハラへと赴いていた。

 用向きは勿論、エインヘル騎士団の入団式である。

 

 

「──さて、騎士としての心得は以上で充分でしょう。次に、新人隊士の貴方達について。まずはこれより一ヶ月間、隊士訓練を行っていただきます。内容は基礎的な体力作りに始まり、軍事行動の演習や実践式訓練が主となります。養成学園生上がりの隊士は、学園のカリキュラムがより濃く、厳しいものになったとイメージすれば良いでしょう」

 

 マイクも通してないのに一字一句がはっきり届く声は、壇上に立つ女性のものだった。

 片眼鏡(モノクル)から覗く紫の目が、説明を重ねながらも壇下の俺達を射抜いている。

 滅私色のショートヘアに淡々とした口調も相まると、委員長的な雰囲気を感じざるを得ない。

 

「そして一ヶ月の訓練期間後には、選抜試験を行います。この試験の成果によって、貴方達が今後編成される所属隊が決定されると思って良いでしょう。その中にはこの国の主力団体であるブリュンヒルデ隊も含まれます。各員、心に留めておくように」

 

 ようは一ヶ月後に(ふるい)にかけるから頑張れよ、って事か。確かエインヘル騎士団の属隊は、本隊を含めて三つくらいあったはず。

 となれば俺も花形である本隊入りを目指したいところだ。

 騎士ヒイロ物語の為にも、気合い入れてかねーと。

 

「くうっ、やっぱリーヴァ団長補佐官筆頭殿はたまんないなぁ」

「全くだ。あぁ、あの美貌に冷たい眼差しに睨まれたらと思うと僕は⋯⋯」

「うん。俺は罵倒されたい」

「踏まれたい」

「蹴り回されたい」

「はぁ、やだやだ。男ってのはこれだから⋯⋯」

「ねー、見る目ない。何が筆頭補佐官よ。二十にもなってないのにあの吊り目具合、絶対ヒステリーとか酷いよ。私には分かる」

 

 いや学生気分かあんたら。中学の朝礼を想起させるような口々の囁きにずっこけそうになる。

 え、騎士ってこんな思春期男子と給湯室のOLみたいな奴らの集まりなの。俺の気の入れよう返して。

 なんて風に、周囲とのまさかの温度差に先行きの不安を感じた俺だったのだが。

 数秒後、心配は無事に杞憂となった。

 

「では、最後に⋯⋯我らがエインヘル騎士団の長、レオンハルト・ジーク閣下よりお言葉があります。

 ────総員っ、拝聴!」

 

 現れた騎士を前に、どこか弛んだ空気が消えた。

 青銀の鎧、腰鞘の剣、胸元に付けたの四ツ羽の銀勲章に、金色獅子の刺繍が施された赤マント。

 その風貌は(いにしえ)の英雄譚から飛び出したかのような、紛うことなき『騎士』だった。

  

 

「晴れて騎士となった諸君、ご機嫌よう。エインヘル騎士団団長、並びにブリュンヒルデ隊主導騎士のレオンハルト・ジークだ。まずはこの度、我らが同門となった君達に歓迎の意を贈りたい。

 ようこそ、エインヘル騎士団へ!」

 

 誰もが口を閉ざして、背筋を伸ばして騎士を仰ぐ。さっきまで陰湿な囁きを零していた女達なんて、うっとりと頬を染めてる。

 恍惚としてるのは彼女達だけじゃなかった。鼻の下を伸ばしていた野郎共でさえ、その眼差しに大なり小なりの憧れを灯していた。

 

 あれが、団長レオンハルトか。

 んーーーー。なるほど。オーラぱねぇっすね。

 しかも金髪碧眼の超絶イケメン。

 見た目も立派、声も良ければ背も高くて手足も長い。天が二物どころか十は与えてそうな大盤振る舞いっぷり。

 

「と、仰々しく言ってはみたものの、大体の説明はリーヴァくんが話してくれたからね。説明下手な私としては、優秀な部下を持てて良かったと胸を撫で下ろすべきだが⋯⋯正直、話題に困ってね。贅沢な悩みというべきかな」

「か、閣下⋯⋯」

 

 そんでユーモアもあると。完璧か。

 拝啓女神様。ちょっとキャラデザインの格差あり過ぎやしませんか?

 い、いや、ああいう出来過ぎキャラを踏み台にしてこそ主人公っしょ。大丈夫、俺は折れない。

 顔面偏差値なんてのは、物語優遇率の決定的な差ではないと教えてやるんだ。

 

「だからここは、手短に行こうと思う」

 

 レオンハルトの持つ風格につい自分を励ましていれば、憧憬羨望一色の空気が、シンと静まり。

 

「諸君。この世界は、平和ではない」

 

 皮切りの言葉に、会場に風が吹く。

 強く熱い風が、頬を擦り抜け肩を叩いた。

 

「領土拡大を望み、侵略の手を伸ばさんとする他国との小競り合い。災禍が生んだ貧困が故に身を落とした賊。古来より蔓延(はびこ)り人類を脅かす魔獣。人々の明日を奪う脅威は、いつだって隣り合わせだ。咲かせたかった花こそ、灰を被って枯れていく事も多い」

 

 不思議な声色だった。

 この大陸にありふれた危惧。道端に転がる驚異。

 淡々と語る言葉に温度はないのに、返ってそれが誇張のない真実なのだと知らしめた。 

 

「だが、我らが居る」

 

 けれどその危機を祓うことこそが使命だと、あの壇上の騎士は言い放った。

 

「我らこそ、大陸一の国家が誇るエインヘル騎士団。

 ユグドラシルの袂にて国を興した初代騎士王シグムントの意志を継ぐ、剣であり盾。我らが国家、我らが王家、我らが民を護る為の力である。

 さぁ、今ここに集い、新たに胸に四ツ羽の勲章を飾る騎士達よ!

 揺らがぬ志を誓い、正道を為し、誇りを胸に灯す覚悟があるのなら!

 総員────剣を掲げよ!!」

 

 瞬間、鳴り響くのは数多の剣の声だった。

 腰鞘から。背中から。

 それぞれが大小短長違った剣を抜き取り、天を指す。

 会場内全員の一斉抜刀。騎士達の呼吸は一糸の乱れもない。

 

 

「────聖欧国に、光あれ!」

「「「「「聖欧国に、光あれ!!」」」」」

 

 

 少し前までの有象無象を騎士に仕立てて、壇上の青年は言葉だけで率いていた。

 人はきっと、そういう姿を英雄(ヒーロー)と呼ぶんだろう。

 

(あれが、騎士団長。この国一番の騎士か)

 

 良いなぁと。喝采の中で独り呟いた。

 そう、あれだよあれ。

 俺はああなりたくて此処に居るんだ。

 いずれ至るべき理想の姿を見出しながら、頬が吊り上がるのを抑えられない。抑える気もなかった。

 

「面白くなってきやがった」

 

 また一つ越えるべき壁を見つけられたんだ。

 こんなに嬉しいことはない。主人公冥利に尽きるってやつだろう。

 熱狂の中で掲げ続ける剣は、真っ直ぐに上を指す。

 俺の目指す高みへと、曲がることなく重なるように。

 

 

 

 

 なんて風に王道主人公然としながら心をメラメラ燃やしてた時期が、俺にもありました。

 渡る世間は山あり谷ありで、べた凪無風とはいかないらしい。それはそれで刺激的で結構なんだけど、今回ばかりは歓迎出来なかった。

 

「ヒイロ・メリファー⋯⋯まさか君と同室になるなんて。うぅ、最悪だ。だから僕は騎士になんてなりたくなかったのに⋯⋯!」

 

 

 同月同日夜半ば。

 新人隊士用に設けられた区画内寮のとある一室で、この世の終わりとばかりに嘆く少年に睨まれていた。

 

 割とガチな涙目で。

 

 

 

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021 クオリオ・ベイティガン

 騎士団の朝は早い。

 陽が昇ると同時に通常の騎士達は起床し、警邏や任務、民間窓口の準備など各々様々に忙しい。

 なら俺みたいな新米騎士は暇なのかというと、そんな訳ない。ほとんど変わらぬ時刻に起きては朝飯を詰め込み、朝から晩まで調練漬けである。

 丸太を担いで走り、汗まみれで模擬矛を振るい、泥だらけで演習場を駆け回る。

 そのハードさには、スポ根モノの主人公だって裸足で逃げだしかねないくらいだろう。現に入団式から一週間で、何人かの姿を見かけなくなっているのだから。

 

 

「ヒイロ・メリファー、完走確認。着順は、また上位の様だな」

「ったりめぇだ⋯⋯ハアッ、ハアッ⋯⋯」

「貴様、気概は良いが相変わらず教導官への口の利き方がなっとらんな。もう一周走りたいか?」

「の、望むところだ」

「⋯⋯ふん、良いだろう。では本部外周もう一走だ。行けっ!」

 

 とはいえ、単純な基礎練は俺のもっとも得意とするところだ。相変わらず思い通りにならない口が災いしてもう一周を急かされても、大した苦にはならない。

 

(ん、あれは⋯⋯)

 

 身体で風を切りながら走り慣れたルートを駆けていく最中。

 苦にはならないけど、なんとも言えない苦々しさを味合わせてくれる背中が見えた。

 

「⋯⋯へばってんのか?」

「ぜぇっ、はぁっ、う、うるさい。僕を君みたいな体力馬鹿と一緒にするなっ」

「今にも朝飯戻しそうなザマで噛み付ける根性だけは買ってやるよ、クオリオ」

「よ、よけいな、お世話だっ!」

 

 負い目から少しフォローを入れてみても、相手からすれば皮肉にしか聞こえないこの口調が憎い。

 そんな俺に負けじと、眼鏡の奥の碧眼が忌々しげに睨んで来る。

 緑色の長髪をうなじで縛ってる、この優男の風貌の痩せ男はクオリオ・ベイティガン。

 俺の現在のルームメイトであり、一週間前からずっと気まずい関係が続いていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 長い人生、身に覚えのない恨みを買うことだってあるもんだろう。人間だもの。

 と、達観なんだか現実逃避なんだか良く分からない誤魔化しが出来ればどれほど良かったか。

 

「なんてことだ。なんてことだよ。騎士になるだけでも嫌だったのに、よりにもよってこんな奴と同室なんて。うぅ、あんまりだ。ユグリスト家庭に生まれながらも信仰心のない僕に、戦いの神が与えた試練だっていうのか? なんてことだ、なんてことだよ⋯⋯」

(あの、出会って三秒でこれなんですが。どないせいというんですか神様)

 

 お互いが神様に嘆く地獄絵図が完成しちゃったよ。

 流石に途方に暮れた。家も名前も知らぬ存ぜぬな猫相手にした警察犬だって、俺より困らなかった自信あるよこれ。

 とはいえ事情も分からないままじゃ話にならない。

 絵にかいたようなインテリ風貌のルームメイトを、とりあえず落ち着かせようと声をかけた訳だけども。

 

 

「おい」

「な、なんだよ。言っておくけどな、僕に何かしようたって、今は互いに騎士で、ここは騎士寮だぞっ。学園の頃のような横暴が通用すると思うなよ!」

(アカン。これはアカンやつやん。過去のヒイロもルズレーも、どんだけ幅利かせてたっていうんだよ)

 

 俺の身には覚えがなくても、心当たりありました。

 絶対これ俺が関わる前の因縁じゃん。同じクラスの連中にさえ煙たがられていた学園生の奴じゃん。

 

 

「⋯⋯一つ聞かせろ」(あの、一つお聞かせください)

「な、なんだよ」

「テメェ、誰だ? どっかで会ったか?」(ええと、まずお名前と、俺とどこで会ってどういう経緯で因縁が生まれたのかをですね)

「⋯⋯⋯⋯お、お前。まさか、忘れたっていうのか!」

 

 うおぉい!この口語自動変換機能ぉぉ!

 なるべく刺激しないように原因を探ろうと思ったのに、台無しだよ。カッと顔を赤らめてルームメイトが怒る。残念ながら当然だった。

 

「くっ、もういい。良いか、僕はお前に関わらない。関わろうともしない。だからお前も僕に関わるな!」

 

 そしてこの拒絶っぷり。考えうる限り最悪な初対面だった。初対面なのは俺だけなんだけどさぁ。

 結局それ以降は言葉をかけても一切合切無視であり、クオリオという彼の名前を知ったのも、それから二日後の話なのである。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 関係は最悪でも、一週間も一緒に居れば知れることもある。

 クオリオという青年は、外見通りにインテリであり、一言でいえば本の虫だった。しかも度が過ぎたレベルの。

 部屋に居るときも外出中も、訓練後の小休止でさえも、片時も本を手放さない。食事も片手が塞がらないサンドイッチばかりを好む筋金入り。

 そのせいか、前後不注意でよくすっ転ぶし、壁にもぶつかる。ドジっ子もかくやというレベルで。

 

「ぐわっ」

「⋯⋯本読みながら歩きゃそうなるわな」

「う、うるさい。馬鹿にするなっ」

「ケッ」

 

 だからこんな風に、今日も今日とて綺麗な転びっぷりを披露してくれた訳だ。

 

「第一、なんで僕に付いてくる。放っておけと言っただろう」

「付いてってねぇよ。食堂の道は一つしかねぇだろうが」

「だったら、昼を抜けば良いだろ」

「昼からも調練あんのに抜いてられっか」

「体力馬鹿の癖に」

「てめぇこそ、いっつも吐いてる口で良く言いやがる」

 

 起き上がりながらも止まらない悪態にも、そろそろ慣れそうだった。

 一週間経てどもクオリオとの関係は修復どころか、元となった原因すら分からず終いである。

 正直辛かった。訓練でくたくたになった後も、重苦しい空気の中で過ごしてれば疲れだって取れない。

 身に覚えのない事で、というのもあるけど。

 

(はぁ⋯⋯)

 

 取り付く島もない現状。

 どうしたもんかなと肩を落としながら、クオリオが転んだ拍子に落とした本を、拾い上げようとした時だった。

 

「やめろ、本に触るなっ!」

「っ」

 

 伸ばした手が、強く払われた。

 勢いに息を呑む。払われた指先が、ジンと傷んだ。

 

「あ⋯⋯」

 

 驚きが強かった。というのも、こんなにもはっきりと拒絶された経験なんて、俺にはほとんど無かったからだ。

 つい茫然と自分の手を見つめれば、どこか後悔を含んだようなクオリオの呻きが耳に届いて。

 

「っ」

 

 そんなクオリオと目が合った瞬間。

 あいつは乱暴に本を拾い上げると、そのまま顔を隠すように駆け出して行った。

 不意に浮かんだ些細な後悔すら振り払うような背中は、あっという間に遠くなった。

 

(⋯⋯思った以上に深刻だよな)

 

 払われた方の手を握り締めて、深く深く溜め息を吐く。ほんと、どうしたもんかね。

 身に覚えがない事だからって、割り切れるはずもない。本気の拒絶だった。きっと余程の事があったんだろう。

 

(せめて原因が分かれば。けど、本人に聞いたって教えちゃくれないだろうし⋯⋯)

「チッ、デカい図体で立ち止まりやがって。どけよ、クソ野郎が」

「⋯⋯あ?」

 

 真剣に悩む俺の背中に、容赦なくかけられる罵倒。

 随分なご挨拶だけども、それ以上に聞き覚えのある声色だった。

 

「⋯⋯ショーク」

 

 ルズレーの取り巻きにして俺の腐れ縁たる小男。ショークが真後ろに立っていた。

 にやにやと嫌らしい笑みを浮かべながら。

 

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022 過去へのケジメ

 

 

「ケケ。浮かねぇ顔だなヒイロ。飯時前にてめーのそんな面見れてラッキーだぜ」

 

(俺の不幸で飯が美味いってか。変わんないなこいつも、悪い意味で)

 

 案の定だったよ。

 下卑たことを臆面もなくぶつける辺り、騎士になろうがこいつも変わらないやつである。

 

 気まずいといえばルズレーとの関係も、未だに亀裂が生じているままだった。

 敵愾心を向けられる意味合いでいえば、あっちの方がよっぽど厄介なのかも知れない。たまたま顔を合わせれば、こんな風に嫌味か罵倒か無視。ろくなもんじゃない。

 けれど新米隊士同士とはいえ、ルズレーと顔を合わせる機会は少なかった。噂によれば、貴族身分を盾に調練を欠席したりしてるらしい。

 

(⋯⋯待てよ。もしかしたら)

 

「ショーク。クオリオって奴の事、覚えてるか?」

 

「あん? クオリオ? クオリオ⋯⋯おぉ! 随分前にヤキ入れてやったあのヒョロガリ眼鏡か。ケケケ、なんだよ、懐かしい話しやがるじゃねーか」

 

 思った通り、ショークはクオリオの事を覚えていたようだ。けれども下卑た笑みに含んだ嘲りが、話の行く末の不穏さを物語っていた。

 

 

「てめぇ、ヤキ入れっつったか?」

 

「おいおい、なんでおめーが覚えてねーのよ。ルズレーにぶつかって来たあいつの本を水路に投げ捨ててやったのは⋯⋯ヒイロ。お前だったろうがよ?」

 

「⋯⋯⋯⋯本、だと?」

 

「あん時の眼鏡の顔は傑作だったな。今にもべそかきそうでよぉ。ま、本読みながら歩いてたあの眼鏡の自業自得って奴だな、ケッケケケケ!」

 

「────、⋯⋯⋯⋯」

 

 ああ、くそ。道理で。

 納得以上に有害な苦味が、舌をジンと痺れさせた。

 あいつに払われた時以上にずっと嫌な感触だった。

 どう贔屓目に見ても最悪の気分だ。

 

「あ、おい、ヒイロ!⋯⋯チッ、なんなんだあの野郎は」

 

 背後から聞こえる悪態に振り向く気力も沸かない。

 喉が渇いてもないのにきゅっと細くなる。

 (かかと)の感触がなんだか遠かった。

 クオリオが本をどれほど大切にしているかなんて、一週間も同じ部屋に居れば嫌でも分かる。 

 それを目の前で否定したのなら、あれほどの拒絶を示すのも当然と言えた。

 

(ヒイロ。お前、それでも主人公かよ)

 

 クオリオをそうまでさせたのは、過去のヒイロだとしても。どちらにせよ「俺」である事には変わらない。

 なら「俺」がなんとかしなくちゃいけない。

 主人公がヒーローが、というこだわりを置いても。

 このままじゃ絶対駄目だ。心底そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 窓の外では退屈そうな月が傾いていた。

 

「⋯⋯君は、一体なにをしているんだ」

「⋯⋯見てのとおりだ」

 

 クオリオの動揺を表すように、天井吊りのランプがカンカラと揺れる。

 調練を終えて夕食も終えて、昼間の一件もあっていつも以上に静まった寮の部屋。

 

 俺は土下座をしていた。

 

 

「そうじゃない。なんでそんな姿勢をしてるんだよ」

「理由なんて一つしかねぇ。俺が、てめぇの本を捨てたからだ」

「!!」

「⋯⋯詫びる」

 

 はっきり自覚してる。俺は頭が悪い。

 あれからずっと考えてみたけれど、関係修復の為の冴えたやり方なんて思いつけやしなかった。

 だからシンプルに行こうと決めて、敢行した。

 誠心誠意、頭を下げる。フィルターを通して歪んでしまう言葉だけじゃなく、身体ごと。 

 ぴったりと貼り付けた額から、まだ春先の床の冷たさが伝わっていた。

 

「君は、卑怯だ」

 

 頭上から降り注いだクオリオの声には、戸惑いと軽蔑が折り重なっていた。

 

「ルズレーに拒まれて、居場所が無くなった今になって、僕に取り入ろうとする。どうせそんな所なんだろう? その手には乗らないぞ」

「違う、そんなんじゃねえ。詫びなくちゃなんねぇと思ったから、頭を下げてる。立場がどうとか、んなみみっちい御託は関係ねぇ。それに、詫びないままの自分がどうしても許しちゃおけねぇんだ、俺は」 

「なんだよそれ。ずるいぞ! こんなの、暴力と変わらないじゃないか!」 

「暴力か。そうかも知れねぇな。だが、許さなくたって良い。これはケジメだ」 

「⋯⋯何が、ケジメだよ。卑怯者め」

 

 卑怯。そうかも知れない。

 結局のところ直接害した訳でもない中身の俺じゃ、上っ面の謝罪と変わらないからだ。

 俺の中の罪悪感を消すための、一方的な押し付けとも言えるだろう。

 それでも、止める気はなかった。

 

「⋯⋯」

 

 どれくらいの間があっただろう。

 丸めた手を握り締めていれば、耳の傍らに歯軋りが落ちてきた。

 苦い唾を飲み込むような、深い溜め息ごと落ちてきた。

 

 

「"プレアデスの星冠獣目録"。君が棄てた本の名前だ」

「⋯⋯本?」

「ああ。そんなに許して欲しかったら、弁償してみろよ。もっとも、あの本は異国で出版された写本だ。今この国に流通してるかも怪しい貴重なものだ。見つけるだけでも骨が折れるだろうさ」

「⋯⋯」

 

 プレアデスの星冠獣目録。

 俺の謝罪を上っ面だけにさせない為の、クオリオからの譲歩なんだろう。それさえあれば、俺はケジメを付けられるんだ。 

 半ばやけくそ気味に言い捨てるクオリオをよそに、握り締めた拳がかすかに震えた。

 

「分かったろ。だからもう、何度も言ってるように、放っておいてくれよ。僕はもう、君に関わるつもりはないんだ」

「おう、分かった」

 

 そっぽを向くようにクオリオが寝台に寝転ぶ。

 乱暴に毛布を包んだ背中には、拒絶というよりは拗ねた子供っぽさがあった。

 

(⋯⋯よし。寝るか。明日に備えて)

 

 やる事は決まった。決まったなら四の五の言わずに突っ走ろう。主人公ってそういうもんだろ。

 ランプを消して、寝床に潜り込む。

 

 途端に闇夜に染まる室内で、ぼんやり明かる月と星が、ささやかな希望とばかりに光っていた。

 

 

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023 クオリオの葛藤

 喉にせりあがる不快感を堪えれば、代わりとばかりにツンと鼻を刺激する酸っぱさが襲い来る。

 何かを我慢しても、また別の何かが苛む悪循環。

 僕の人生こんなのばっかりだなと、汚れた口元を拭いながらクオリオは自嘲を浮かべた。

 

「貴様、また最後尾になっておいて、なにをヘラヘラとしている。次の調練も直ぐに始まる。さっさと演習場に来い」

「⋯⋯はい」

 

 鉛のように重い身体を引きずり演習場に向かいながら、クオリオは再び思う。

 

(僕の人生ってやつは、とことん僕に厳しいよな)

 

 クオリオは学びたがりであった。

 雨はどうして降るのか。風はどうして吹くのか。

 あの国はどうして興った。どうして滅んだ。

 道端の小石の歴史から底のない沼のような神秘にまで好奇心を光らせるほどに、彼は学者気質であった。

 だからこそ知識の凝縮である本を愛し、丸一日を読書に費やす事も珍しくない。苦にもならない。

 そんな彼が将来の夢として学者や研究者の道を掲げるのも道理だったし、自然な事だろう。

 しかしクオリオが背負うベイティガンの姓名は、そんな彼の性根と噛み合わないものであった。

 ベイティガン家は『果敢に闘う者』を崇拝するユグ教を信仰するユグレスト家系であり、代々騎士を排出してきた名家だ

 歴史があり、信仰があり、代々の誇りがあるベイティガン家は、クオリオが学者を志すことを良しとしなかったのである。

 あんまりだと、何度思ったか。

 無理矢理に放り込まれた騎士団で、来る日も来る日もしごかれる。そんな日々に意味も意義も見い出せやしなかった。

 

「ねぇ、あんた」

「君は、エシュラリーゼさんじゃないか。僕なんかになんの用だい」

 

 だからだろう。

 不意に新米隊士の中で、容姿と実力とで注目を集めているらしき噂の少女に声をかけられても、クオリオの心はさして浮き立たなかった。

 卑屈な言い回しに彼女の美貌が苛立ちに曇っても、大して気にはしない。

 けれどそれ以上に怪訝な事があった。

 目立ちはしても一匹狼気質のシュラが声をかけてくる状況には、まるで検討がつかなかったのだ。

 

 

「あんた、あいつのルームメイトだって聞いたんだけど」

「ルームメイトって。ヒイロ・メリファーのことか?」

「そ。今日の調練で一度も姿見てないけど。あんたなら、何か知ってるんじゃない?」

 

 なんでそんなことを知りたがる。

 浮かんだのは当然の疑問。けれど勝ったのは疑問に対する探求欲なんかじゃなく、心をささくれる苛立ちだけだった。

 

「いいや。僕は知らないよ。どうせサボりか何かじゃないのか?」

「あいつが? まさか、あり得ないわよ」

「っ、なんで、そう言い切れる。学園卒じゃない君は知らないかも知れないが、あいつは、あの男は、あの性悪貴族の取り巻きだったんだぞ? いまさら不真面目さが顔を出したって、別に不思議じゃあないだろ」 

 

 追求を嫌ったが故の、陰口のような決め付けに、されど少女は欠片も同意を見せてはくれなかった。

 それどころか怪訝そうに睨めつける紅い瞳が、クオリオの焦燥と苛立ちを煽った。

 

「そうだ、そうだよ。あいつの本性はそのはずなんだ。大方、苦しい調練に嫌気がさして逃げ出したんだ。きっとそうに決まって────」

「あんた、それ本気で言ってんの?」

「⋯⋯え?」

「一週間そこらでもう脱落者が出てるくらいの調練をこなして、それだけじゃ飽き足らずに毎朝毎晩に更に自主鍛錬してるような"体力馬鹿"が⋯⋯今更、調練から逃げ出すって? もう一度言うけど、あり得ないわよ」

「っ。なんで君がそれを⋯⋯」

「理由はどうでも良いでしょ。でも私でさえ知ってるようなこと、ルームメイトのあんたが知らない訳ないわよね?」

「!」

「あんた⋯⋯やっぱり知ってるんでしょ。"あいつが居なくなった理由"」

 

 突きつけられた結論に、暴かれた嘘の裏側に、クオリオはピタリと息を止めた。

 ヒイロが此処に居ない理由。知らないはずがなかった。心当たりがない筈がなかった。

 なにせ、心がざわめいて仕方なかったのだ。

 今朝。起きたときにはもう既にもぬけの殻だったヒイロの寝台を見た時から。

 そして、ヒイロが早朝に"鍛錬しているはず"の空き地に行ってから、ずっと。

 今もずっと、心がうるさくてうるさくて、仕方ない。 

 

「うるさいっ!」

「!」

「知らないったら知らないんだよ! あいつがどこに居て何をしようが、僕には関係ないんだ!」

 

 膨らみ過ぎた風船が破裂したかのような癇癪は、まさしく彼の頭を(さいな)ませるものへの怒りだった。

 クオリオには理解できなかった。ここ数日は特に。今日に限っては酷く、理解出来ない事ばっかりだ。

 クオリオにとって、ヒイロ・メリファーの評価は地を這うほどに低かった。憎く、悪しく思うのも当然だ。自らの不注意が招いたとはいえ、貴重で大切な本を捨てた張本人なのだから。

 関わりたくない男だった。学園時代に耳に挟んだ彼らの悪評も一層、ヒイロという人間への嫌悪感を高めていた。

 

 だというのに。望まぬ再会を果たして以降の彼は、まるで別人のようだったのだ。

 調練に対する真面目さも、ひたむきに強くなろうとする姿も。なにもかもが違う。生真面目なだけじゃない。

 僕に関わるな、と拒絶した翌日にも関わらず、調練についていけずに倒れ伏す自分に手を差し出して来たのだ。戸惑うな、という方が無理な話だった。

 理解なんて出来ようはずもなかった。

 

「あいつの事なんて知らないし、分からない! いいや、そもそも僕が分かろうとする必要だってないはずなんだっ!」

 

 ヒイロがルズレーと揉めたらしいというのは風の噂で聞いていたし、事実ヒイロに対して憎しみすら帯びた眼差しで睨めつけるルズレーを、クオリオ自身の目で見たことがあった。

 だから、単に孤立を恐れてるだけだとさえ思った。

 かつて(おとし)めた相手にさえ、擦り寄るような矮小な男なんだっただけだと。引っかかる違和感を、冷めた満足で蓋したはずだったのに。

 

『⋯⋯悪かった』

 

 違うだろうと思った。ふざけるな。お前はそんな奴じゃない。もっと悪どく、他を省みないような奴だったんじゃないのか。

 なんで今になって。止めてくれ。止めてくれよ。

 父も母も、祖父も祖母も、家訓ばかりで僕を省みなかったのに。

 なんでよりにもよって──お前なんかに省みられなきゃいられないんだ。

 これ以上、僕を(みじ)めにしないでくれ。

 

「関係ない。関係ないんだ。あいつがどうしようったって僕には。僕には⋯⋯関係ないことだ」

 

 だからこそ。希望(赦し)をちらつかせて、卑怯な男を遠ざけたのに。せめてもの静寂を願ったのに。

 今朝からずっと、うるさくて仕方ない。 

 こびりついたような『罪悪感』にクオリオは今も、苛まれ続けていた。

 

「⋯⋯あっそ。もう良いわ」

 

 突き付けた拒絶に、少女の唇から静かな溜め息が零れる。

 ならもうあんたと話すことはないと、エシュラリーゼは背を向けた。

 納得してないんだろう。クオリオに負けず劣らず苛立ってる心模様を隠そうとしない。けれど華奢ながらも伸びた背筋が、鬱屈に丸まるクオリオと対照的だった。

 

(なんで、僕が⋯⋯こんな、惨めで苦い思いをしなくちゃならないんだよっ)

 

 クオリオの人生は、確かにクオリオに厳しく出来ているのかも知れない。

 けれど。

 読み歩きの不注意も、誠実に思えた謝罪を遠ざけたのも、元を辿れば自分自身が撒いてしまった種ではあったから。

 

(全部、あいつのせいなんだ。くそっ。なんで、なんでこんな時に限って──)

 

 どうして何処にも居ないのか。

 ひょっとしたら、あいつは。

 先に続く言葉から逃げ出すように、クオリオは演習場へと足を進める。

 本の虫が身体を動かしたいと思った。騎士団に入って以来はじめての事だろう。

 その皮肉さを誤魔化すように、クオリオは道に転がる小石を蹴飛ばした。

 

 

 

 

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024 曲がり角、春の少女

「チッ、また空振りか」

 

 どうも、こちら主人公のヒイロからお届けします。

 朝からアスガルダム中の本屋を駆けずり回り、遂に大台の十件目となりますが。

 えー。誠に遺憾ながら、なんの成果も得られませんでした。

 

(いやぁクオリオが貴重だなんだって言ってたけど⋯⋯まさかここまで見つからないとはなぁ)

 

 なんだかんだですぐに見つかるっしょ、と(くく)った高は五件目を過ぎた辺りから、遥か彼方へぶん投げてる。

 うーむ。やっぱり見通しが甘過ぎたのかも知れない。

 よっぽど貴重な本なんだろう。それなりに大きな書店でタイトルを伝えても、首を傾げられたくらいだ。

 

「はぁ⋯⋯」

 

 溜め息一つ挟みながら、ずれた靴の踵を整える。

 現代なら通販なり書店に電話して在庫確認、ってのが当たり前だけど、こっちの世界にそんな便利な物がある訳がない。

 有るか無いかも分からないんじゃ、結局は歩いて探すしかないんだけど。こうも手応えが無いと流石に不安もよぎった。

 

「⋯⋯次は角を曲がって三路地先に進んだ先を左、だったか」

 

 一向に見つからない焦りもあったんだろう。

 先程の本屋から聞いた他の書店へのルートを口ずさみながらの急ぎ足には、立ち止まる余裕を無くしていた。

 

「わたっ」

「⋯⋯んァ?」

 

 角を曲がった瞬間、お腹に軽い衝撃が走った。

 そう聞けば腹痛っぽいけども、別にそういう訳じゃなかった。本当に軽い衝撃。ボールでも当たったのかってくらいに。

 だから目の前で尻もちをついている小さな女の子を見るまで、ぶつかったんだと気付けなかった。

 

「いたたた。う、鼻ぶつけちゃった⋯⋯」

 

 どうやら鼻を打ったらしい。ぶかぶかのミリタリージャケットに付いてるフードに、頭半分隠された少女が俯きながら顔の真ん中を擦っている。

 その度に、うなじから伝う三つ編みのロングツインテールが、ふわふわと揺れる。

 フードに生えた耳のような装飾も相まって、子猫が顔を洗ってるようにしか見えなかった。

 

「おい」

「へ?」

 

 声をかければ、女の子がぽかんとした顔で俺を見上げる。

 不思議そうに丸まる大きな目。けどもその目の配色の方が俺には不思議で、面白かった。桜と青空。二つの色のグラデーション。

 まるで春を閉じ込めたような、綺麗な瞳だった。

 

「あ、あの、お怪我はないですか?」

「そりゃこっちの台詞だろうがよ」(そっちこそ大丈夫?)

「ふぁ。あ、はい。わたしは大丈夫です。む、無傷ですから」

「無傷⋯⋯あー。そうかよ。ほら、立て」(⋯⋯大丈夫じゃないかもしんない)

「はい。ありがとうございます」

 

 ついでに心配になった。二重の意味で。

 無傷って。なんか天然っぽい発言だ。尻もちつきながらも俺を心配する辺りも、天然疑惑に拍車をかけた。

 とはいえ、いつまでも地べたに座らせてる訳にもいかない。軽く頭を掻きながら手を差し出せば、遠慮がちながらも小さな手に掴まれる。

 起こした拍子に、少女の癖のない薄桃色の髪が、桜のようにふわりと舞った。

 

「そんじゃな」(悪かったね。それじゃあ)

「あ、はい」

 

 ヒイロフィルター越しじゃあ謝罪もなかなか形に出来ない。

 せめてと片手をあげれば、少女の頭も耳付きフードごとペコっと下がる。幸い怪我は無いっぽくて何よりだ。

 本当ならもっとしっかり気遣ったり詫びたりしなくちゃ主人公の名が廃りそうなもんだが、時には優先しなくちゃならない事もある。

 なんせこちとら、調練を無断で休んでまで本を探しに来てるんだ。一刻も早く目的果たして帰らなくちゃ、後がどんどん恐くなる一方だ。なるべく急がねば。

 しかし気を取り直した歩みも、僅か数歩でピタリと止まった。

 

「角を曲がって、三路目⋯⋯いや二路目か? 進んだ先を右、いや左⋯⋯?」

 

 やばい。緊急事態発生。

 突発的なアクシデントのせいか、頭の中のメモ帳は消しゴムに敗北を喫していた。

 まっずいぞこれ。ちょっと入り組んだ道っぽいし、下手に迷ったら時間かかりそうだし。

 

「あの」

「あァ?」

「えと、どうかなされたんですか? なんだか困ってる顔してますけど」

 

 なんて風に頭を抱えていたが、そこは流石の主人公補正ってやつか。落とした大事なものを拾ってくれる少女は、いつだって主人公の傍に居てくれるもんである。

 

「別にどうもしねえ。ゲルマン堂ってとこへの道順をド忘れちまったってだけだ」

「ゲルマン堂って、近くの書店の?」

「おう。知ってんのか?」

「は、はい。本は好きですので。こっちですね」

 

 わざわざ先導を切ってくれてるのは、案内してくれるってことなのか。小さな背丈からして、年は高く見積もって十三から十四くらいかね。

 なんて親切な子だよ。出来るもんなら元の身体に爪垢を煎じて飲ませてやりたいぐらいだ。ついでに性悪貴族にも。

 

「ゲルマン堂に行きたいってことは、お兄さんは本を探してるんですか?」

「あァ。んだよ。顔に似合わねえって?」(まあ確かに似合わないよなぁ)

「う。そ、そんな事は⋯⋯」

 

 ないとは言い切れない、そんな表情。

 嘘がつけない性格なんだろうな。親切にされてる手前、些細な事で目くじらを立てるつもりはなかった。

 

「チッ、別に俺が読む訳じゃねー。知り合いに本の虫みてーな奴が居んだよ。そいつの為だ」

「はぁ。そうなんですか」

「『プレアデスの星冠獣目録』って本なんだがな。かれこれ十店以上巡ってんだが、とんと見つかりやがらねぇ。骨が折れて仕方ねーよ」

「星冠獣目録、ですか」

 

 先導してた少女の足が、何かに引っかかったようにピタッと止まった。

 蒼と桜のオーロラ色が、どこか探るように俺をじっと覗き込む。

 

「んだよ」

「⋯⋯あ、いえ。その⋯⋯十店以上も探し回るなんて、お兄さんは優しい人なんですね」

「あァ? チッ、そんなんじゃねよ」

 

 何を言うかと思えば。まぁ確かに本も優しさも似合わないチンピラフェイスですけども。

 優しけりゃそもそも本探しなんてしなくて済んだんだよなぁ。

 

「プレアデスって、ヴェストリの学者さんの名ですよね。珍しい西国の学書だとしたら、アスガルダムでは手に入らないかも知れません」

「なにっ、手に入らねえだと!?」

 

「えと、多分ですけど。西のヴェストリとは国境での小競り合いが続いてますから、思想書や学術書の類は特に関所で流通が止められてると思います。アスガルダムの中央図書館なら、保管されてるかも知れませんけど」

 

「⋯⋯道理で見つからねぇ訳だ。図書館は、駄目か。買い取りなんざ無理だろうし、あいつの手に渡らなきゃ意味がねぇ。クソ、どうする⋯⋯」

 

 え、いや、マジっすか。ここに来てまさかの不安的中疑惑に、つい口の中が渋くなる。

 でも会ったばかりながら、親切な本好き少女の根拠は説得力があった。だとすると入手はかなり絶望的って事になる。 

 どうするよ俺。探し回る気合いは充分でも、在庫が無いなら徒労に終わる。

 どうにもならない事もあるんだと現実から突き付けられた困難に、思わず空を仰いだ時だった。

 

 

「⋯⋯あの、お兄さん」

「どうした?」

「えと。絶対とは言い切れないんですけど、探してる本を持ってそうな人に心当たりが⋯⋯」

 

 消しゴムを拾ってくれた少女は、ついでとばかりに救いの手まで差し伸べてくれた。

 

 

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025 リャム・ネシャーナ

 まさかまさかの手掛かりである。

 これも主人公補正か。はたまたご都合主義なのか。ともかく、これまでの努力が報われるかも知れない可能性が浮上したんだ。

 俺は思わず前のめりになった。

 

「あァ!? 本当か!」

「ひゃいっ!?」

「っと、悪い」

「はふっ。い、いえ、気にしないでください」

 

 やっべ。勢い余ってつい、肩をがっちり掴んでしまった。出来た構図が身を竦ませて顔を赤くする少女と、迫るチンピラ。現代なら事案待ったなし。

 慌てて謝れば、少しもじもじしながらも許してくれた。

 なんだ。やはり女神か。またノルン様に会えたら、この子を側近に推薦しよう。

 

「えと、それでですね。私の知り合いに、マードックという薬師のお爺さんがいるんです。その人は昔から珍しい本を集めるのが趣味らしいので」

「そん中にプレアデスの星冠獣目録も、って事か」

「はい。あ、で、でも、マードックさんは少し気難しい方ですので、譲って貰えるとは⋯⋯それに、持ってないって可能性もゼロじゃないです」

「構わねえ。少しでも芽があんなら充分だ」

 

 こちとら国中回ってでも探すつもりだったんだ。

 分の悪い賭けになったって構わない。

 

「それに、駄目なら駄目で別の方法考えりゃ良いだけの話だろ」

「⋯⋯諦めたりはしないんですね」

「ったりめーだ。オマエが"無傷"なら、俺のメンタルは"無敵"なんでな。ここまで来たら、天地がひっくり返ったって諦めねえよ」

「⋯⋯無敵、ですか」

「おうよ」

「⋯⋯そうですね。うん。それならきっと、大丈夫ですね」

 

 諦めるわけにもいかない。クオリオにケジメを示す為にも。

 そして、ここまで親身になってくれた子の親切を。こんなしょうもない強がりに、また微笑んでくれる少女の思いやりを、無駄にしたくはなかった。

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい。本当はマードックさんのところまで案内も出来れば良かったんですけど、今日は待ち合わせをしてて」

 

 不思議な縁が出来た、と少女は思う。

 引っ込み思案な性格だという自覚だってあった。まして初対面の相手にあれこれと世話を焼けるような性分でもない。

 こんな姿、自分を良く知る者が見れば驚くかも知れない。少なくともマードックは驚くだろう。誰かと関わりを持つのが苦手なはずの少女が、見知らぬ男に"紹介状"を渡してまで協力するのだから。

 良ければ力になってあげて欲しい。

 簡単な一文だけ添えた紹介状だが、手渡した相手は落とすまいと既に懐に仕舞っている。

 

「こんだけしてもらえりゃ充分だ」

「そうですか」

 

 充分。確かにそうだろう。

 それでも充足感より、大丈夫かな⋯⋯とさらなる心配を寄せている自分に、少女自身が一番驚いていた。

 

 

「さっきも話した通り、マードックさんは気難しい人ですけれど⋯⋯頑張ってくださいね」

「言われるまでもねー」

 

 どうしてと尋ねられない事に、少女はほっとしていた。なにせ彼女自身、親身になってる理由が分かっていない。

 尋ねられてもきっと困った顔で誤魔化すだけだっただろう。

 

(不思議な人ですね)

 

 ただ強いて言うなら、彼に手を差し伸べられたときに、ふと"匂い"がしたのだ。

 じんわりと淡い汗の匂い。何かの為に必死になってるような、頑張ってる人の香り。

 そして別れ際に、心底困り果てたように立ち止まった背中を見たときには、少女は無意識に声をかけていたのだ。

 

「⋯⋯本。見つかると良いですね」

「おう」

 

 どこか不慣れなお辞儀を一つ置いて、男は走り去っていった。今度は急に立ち止まることはないだろう。

 遠ざかる背中に瞳を細めて、少女はフードを目深に被る。眩しいものを見るかのような仕草だ。

 詳しい事情はついぞ分からなかったが──彼は少女の直感通り、誰かの為に必死になっている人だった。

 

「⋯⋯」

 

 年上な感じが、あまりしなかった。

 ぶっきらぼうな口調の癖に、頭を抱えたり地団駄を踏んだりと、気持ちが剥き出しな所が妙に幼かったけれど。

 不思議な人。でも悪い人じゃないんだろう。

 誤解を招きやすそうな強面に隠された優しい残り香に、少女がすんと鼻を鳴らした、そんな時だった。

 

『リャムー! おーい!』

 

 明るい声が響き渡った。

 

『ちょっとー! リャムー! リャムー!? こちら天下無敵のシャム姉さんだよ! 応答せよ、応答せよー!』

 

 声色だけでも天真爛漫。

 風を伝えば誰もが足を止めるほどの、通りの良い声。

 けれど周囲は誰一人気付いた様子もなく、午後の雑踏に一足添えている。

 当然だった。なにせその声は、少女の"頭の中"で響いているのだから。

 

『⋯⋯聞こえてますよ、姉さん』

『あっ、やっと返事来たー! もうリャムったら。交信切ったまま待ち合わせに来ないからさー、めっちゃ心配したんだかんね!』 

『ごめんなさい、姉さん。少し⋯⋯うん。少し、面白い人が居まして』

『面白い人とな? ほっほーう。リャムがそんな言い方するなんて珍しいね。ちょっとお姉ちゃんにも紹介してみそらしー?』

『⋯⋯無理ですよ。もう別れましたけど、名前聞くの忘れちゃいましたし』

『えー!?』

 

 聞きそびれたのか。聞かなかったのか。

 ぱちくりとまばたくオーロラの瞳が、不透明な感情を一層煌めかせた。 

 

『けど、もしかしたら⋯⋯』

『んにゃ? もしかしたら?』

『⋯⋯いえ。なんでもないです』 

 

 もしかしたら、また会えるかも知れないから。

 

 音にはせずに独りで占めたまま、春染めの少女リャム・ネシャーナは、構われたがりの姉が待つ場所へ向かう。

 上機嫌な彼女の耳たぶをくすぐったのは、もう暖かな春の風。

 昼にも隠れない三日月のピアスが、気持ち良さそうに小さく揺れた。

 

 



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026 白む夜空と馬鹿二人

 

 

 クオリオにとって読書の時間とは、至福であり至高であり救いであった。

 ページを捲るたびに鼻孔を擽る紙とインクの香り。文字と知慧で練られた理論の世界。新しい学びを得られる度に生の瞬間を実感出来た。

 夢中になり過ぎて、ちらりと流し見た窓外の朝焼けが、気付けば星空に変わっていた事なんて数え切れない。

 だというのに。

 

「⋯⋯⋯⋯くそ、内容が入って来ない」

 

 異変である。

 普段であれば身動ぎ一つしない。しかし今は片足が落ち着かず、本を手に持つ指はトントンと背表紙を絶え間なくノックする。

 常の読書を静寂とすれば、今はさながら暴風雨だ。

 現にクオリオの心には嵐が吹き荒れていた。

 

「⋯⋯僕としたことが、どうしたって言うんだ」

 

 異変を越えて事変であった。

 だが口振りとは違って、聡明なクオリオには原因が分かっていた。

 彼の心を波立たせ荒立てているもの。

 その正体ともいえる無人の寝台を一瞥(いちべつ)して、青年は鬱屈した面持ちで膝を打った。

 

「⋯⋯そうだ、あいつが悪い。あいつが調練までサボって何処かへ行くから。おかげで僕が問い詰められる羽目になるし」

 

 既に沈みかけている今日一日は、振り返るまでもなく最悪だった。最悪にしたのは、今ここに居ない人物である。

 

「あいつが⋯⋯悪いんだ」

 

 だから一言、文句を言ってやらねば気が済まなかったのに。

 

「誰が悪いって?」

「なっ! 君! 今まで何処をほっつき歩いて────」

 

 前触れもなく帰って来た全ての元凶の、ここ一週間でうんざりするほど聞いた声に振り向いた、のだが。

 粗雑な紙袋を抱えたまま、何故か泥だらけの格好で突っ立つヒイロの姿に、クオリオは一言の文句を作りきれなかった。

 

「⋯⋯んだテメェ。急に黙り込みやがって」

「きゅ、急に帰って来るような奴が言うなよ。いやいやそうじゃなくてさ⋯⋯なんで君はそんなに、泥だらけなんだ」

「あァ、これか。チッ、思い出すだけで忌々しいぜ、マードックの爺。本一つに掃除やら畑弄りやら倉の整理やら、散々こき使いやがって⋯⋯お蔭で門限ギリギリじゃねぇか畜生が」

「そ、掃除? 畑弄り? き、君は⋯⋯騎士団の調練をサボってまで、いったい何を」

 

 もうクオリオには訳が分からなかった。

 彼とてヒイロが騎士としての調練を真面目に取り組んでいる事は知っている。ひょっとしたら新人隊士の中では一番情熱があるのでは、と思うほどに。一部ではそんなヒイロに期待を抱く教導官だっている。

 だからこそ以前、自分に対して非道を行った人物のそういった一面に、クオリオは余計に心を乱されているのである。

 

「ん」

 

 そんな男が調練をサボってまで、泥だらけになるほどの雑用をしていた理由などわかる訳もない。

 至極当然に説明を求めるクオリオに、けれどヒイロは言葉で返すのではなく。

 抱えていた、くしゃくしゃの紙袋を突きつけるだけだった。

 

「な、なんだよこれ。紙袋?」

「⋯⋯約束だからな」

「約束って⋯⋯」

 

 渡された瞬間の、ずっしりとした重み。

 見れば分かるとばかりに多くを語らず、そっぽを向いたヒイロ。

 なぜだかきゅうっと細まる喉に嫌なものを感じつつ、紙袋の中身を確かめようとした時だった。 

 

「おい、メリファー!! やっと帰ってきたな、こいつめ!」

「あァ?」

「あァ、じゃなーい! 全くおまえってやつは、急に帰って来るなり人の話も聞かないでさぁ! こっちは教導官殿から、お前が戻り次第連れて来いと言われてるんだぞ!」

「チッ、さっき聞いたっつーの」

 

 ドタバタと足音を響かせながらやって来た一人の若い騎士が、部屋に入るなりヒイロに食ってかかる。

 若い騎士は、生真面目な性格から寮に住まう新米達のまとめ役に抜擢された男だった。

 サボったヒイロを連れて来いと命じられたのだろう。

 だがヒイロは、引き止める言葉に耳も貸さずに此処に戻ってきたのだ。一直線に、何よりも優先すべき物の為に。

 

「だったら早く来い。いっとくが、教導官殿は相当お怒りだ。厳しい折檻になることは覚悟しとけよ」

「ハッ、上等だ。最初(はな)っから覚悟は出来てんだよ」

「サボっといて格好付けるな。ほら行くぞ」

「わーったよ。んじゃな、クオリオ」

「あ、おいっ!」

 

 そして、さしたる抵抗も弁明もせず、ヒイロは大人しく彼に連れられて行った。

 慌ただしい事この上ない。急に来ては急に去る。まるで嵐か何かのようだ。

 けれど部屋に取り残されたクオリオの内心では、嵐は過ぎ去ってなどいなかった。

 

「⋯⋯プレアデスの、星冠獣目録⋯⋯」

 

 紙袋の中身を取り出して、少し年季の入った本に刺繍された題名を見て。

 波立たない心なんて、ありはしなかったのだから。

 

「あいつ、本当に」

 

 国中の本屋を探し回ったって、手に入れるのは無理だと思ってた。無理だと分かった上で言った。

 許してやるつもりなんてない。関わりを拒絶する為のただの建前だったのに。

 

「馬鹿じゃないのか」

 

 つい先程のヒイロの姿を思い出す。

 泥だらけの草臥(くたび)れた格好。

 調練をサボっておいて、調練をこなした日よりもよっぽど疲れた顔。この本一つ手に入れる為に、相当な苦労をしたに違いない。

 

「なんで僕みたいな弱虫の為に、筋を通そうとする必要がある」

 

 もう観念するしかなかった。

 だって、これではもう。これ以上はもう。自分自身の方が嫌いになる。

 ただでさえ嫌いな自分をもっと嫌いになってしまう。

 

「やっぱり君は、卑怯じゃないか」

 

 恨まれたままで居てくれない卑怯者。

 満足げに成果を押し付けて、弁明一つせずに叱られに行った卑怯者。

 そんな彼だけが折檻を受けて、自分だけのうのうと読書を楽しめる訳がないのに。

 

「ああ、なんだよ。結局、意地になっているのは僕だけじゃないか」

 

 ここに至って、ようやくクオリオは理解した。

 (かたく)なにヒイロの誠意を認めまいとする、凝り固まった"嫌悪感"の正体を。

 理解して、納得した。呆気なく腑に落ちた。

 困難にも平然と立ち向かうヒイロの姿勢。それはまさしく『果敢に闘うもの』だったのだ。

 自らの夢を阻むユグレストの信仰偶像そのもの。

 意地になるのも、憎々しく思うのも道理だった。

 

「ケジメ、か」

 

 道理ではある。けれどもう、筋が通らない。

 なにせヒイロを憎める建前へのケジメは、既に自分の腕の中にある。

 であればこれ以上はもう、ただの八つ当たりにしかならないだろう。

 あぁ。総じて⋯⋯気に食わない男だ。

 ヒイロ・メリファー。悪意も善意も乱暴な者め。

 

「くそっ」

 

 クオリオ・ベイティガンは恨みがましくランプを床に置いて、どかりと座り込んだ。

 折檻は長くなる。恐らく深夜まで。もしかしたら朝までかかるかも知れない。

 だがそれでも、クオリオはあの乱暴者になにか言ってやらねば気が済まなかった。してやられただけで終わるのは我慢ならなかったから。

 

「⋯⋯おかげで、僕の明日も地獄確定だっ」

 

 不眠不休の覚悟でもって、その夜、卑怯者の帰りをクオリオは待ち続けた。座り込んだまま一歩も動かず。

 

 夜の瑠璃色が朝の白焼けに変わる頃。

 たっぷり絞られたヒイロが部屋に帰って来るその時まで。

 クオリオ・ベイティガンはじぃっと、待ち続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 なお、翌日の騎士団調練にて。

 ろくに寝てない二人が、仲良く揃って医務室に運び込まれたのは⋯⋯もはや語るまでもない事だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、本来であれば『ユミリオンの悪夢』『凶悪なる黄父』とまで呼ばれ、ユミリオン大陸全土を恐怖の坩堝に叩き落としていたはずの、探求者クオリオ・ベイティガンの未来は──

 馬鹿で無鉄砲で諦めを知らない、一人の男との出逢いによって、大きく変わることとなる。

 

 やがて来たる夢の狭間にて、クオリオ・ベイティガンは知るだろう。

 この男との縁は⋯⋯きっと。

 奇跡のように掛け替えの無いものだったのだと。

 

 

 

.



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027 ヒイロの悩み

 夢中になってる時ほど時の流れは経つのが早い。

 タウラスの月も丁度半ば。入団してから二週間だ。

 選抜試験までいよいよ折り返し。どこか浮いた空気のあった新米隊士達の面構えも、引き締まってきた今日この頃の騎士団本部空き地にて。

 俺は、腕組み仁王立ちの姿勢で、頭から黒煙をあげていた。

 

「わっかんねぇ」

 

 どーーーにも伸び悩んでいる気がする。

 こっちに来てかれこれ一ヶ月。自分でもやり過ぎかもと思うくらいには鍛錬を積んだつもりだ。

 特に入団してからの二週間は相当な濃度だったと思うのに、これといって成長を実感出来ていなかった。

 他の新米隊士の中には目に見えて強くなった奴だっているのに。解せぬ。

 

(俺、主人公だよな? だってのに、この努力に対する手応えの無さはなんだろ。全然強くなってる気がしないんだよなぁ)

 

 主人公の成長率って大体ぐんぐん伸びるもんなんだけど、どういうことなの。

 凡才だって師範代に言われた本来の俺でさえ、もう少し伸びてたぞ。

 アレか、覚醒イベント待ちなのか。覚醒イベント後に一気に強くなる的な?

 だとしたらまだチュートリアルくらいしか進んでない事になるけど。ちょいと序章が長過ぎませんかね。 

 

(というか最近は、段々と身体が鈍くなってる気がすんだよなぁ)

 

 俺の頭を悩ませる要因は、成長率の悪さだけじゃない。剣の振り下ろしを始めとした体さばきに、絶妙なもどかしさを感じていた。

 こう、理想とする動きの六、七割はなぞれてるのに、残りがどうしても届かない感じ。

 あれだ、十代で足の爪まで届いてた立体体前屈が、三十代になると(くるぶし)までしか届かないみたいな。成人前にして感じる老いとは。

 けど明らかに気のせいじゃ無かった。原因もさっぱりだ。

 

(わっかんねー。マジでわっかんねー)

 

 そんな訳で、流石の俺もまあ良いかで済ませられず、こうしてショート寸前まで悩んでいるのである。

 

「どうなってやがる」

(しか)めっ面でひとり唸ってる君の方が、僕から一体どうしたって話なんだが」

「⋯⋯あァ? んだよ、クオリオか」

「なんだとはご挨拶だな、君は」

 

 俺のお悩みタイムを遮ったのは、インテリ眼鏡ことクオリオだ。

 何しに来たのと尋ねれば、溜め息混じりにタオルと水筒を放られる。俺に差し入れって事らしい。

 一週間前じゃ考えられない事態だが、ここで善意を深掘ればどうせへそを曲げるので、特に言及はしなかった。

 

「で? せっかくの休日にまでわざわざ鍛錬に励んでおいて、なにをそんなに難しい顔をしているんだ」

「壁にぶち当たってる」

「壁?」

「どうにも思い通りにならねぇんだよ」

「⋯⋯相変わらず君の言葉は理解するには色々と足らないな。なにがどう思い通りにならないか話して貰わなきゃ僕に分かるはずないだろう」

 

 おっしゃる通りです。まぁ口下手なのはお互い様だろうけどな。

 とはいえ聞いてやるから説明しろ、と言われちゃ断る理由もない。

 ってな訳で、俺の生前やら主人公理論やらを端折(はしょ)って説明してみた。

 

「なるほど」

「何か分かったってのか」

「いいや。君だって僕の得意としてるジャンルは分かるだろう。体術に関しては門外漢だよ」

「⋯⋯チッ、使えねぇ」(ですよねー)

「使えないとはなんだ、君はほんとに失礼なヤツだな。しかし⋯⋯実の所、心当たりが無い訳じゃないんだよ」

「あァ?! おい、勿体振りやがったなテメェ!」

 

 うーんこの頭でっかちめ。悪い顔しやがって。

 クオリオもまた、インテリ特有の、結論をあえて持って回しながら披露する悪癖持ちな男だった。

 

「日頃粗暴な君への仕返しだよ。で、心当たりなんだが⋯⋯二日前の実践式調練のことだ」

「二日前の実践? 確か一対一の模擬戦だったか。チッ、結構手こずっちまった覚えしかねぇな」

「確かに、苦戦していたな。で、その時の話だが、実は僕の隣で⋯⋯その。エシュラリーゼさんも、君の闘いぶりを観ていたんだ」

「シュラが?」

 

 予想外の名前に、思わず目を丸めてしまった。

 何故ここでその名前が。つーかあいつも俺の苦戦っぷりを眺めてたんかい。

 事後報告とはいえ、ライバル相手に体たらくを見られてたってのは、やっぱりいち主人公としては抵抗感があった。

 あいつには以前も弱み見せてしまってるし、なんだかなぁ。ライバル枠の癖に、ヒロインみたいな妙な間の良さをしてからに。

 

「まぁ、たまたま近くに居ただけだろうけど。彼女は僕に気付いて無かったみたいだし。しかも機嫌が悪かったみたいで。君が相手に圧される度に、こう、舌打ちしたり、情けないとか口だけとかなんとか呟いたり」

「チッ、あのアマ⋯⋯」

「ただその呟きの中で一つ、『魔素の使い方もろくに知らないから手こずるのよ』というのが気になった」

「魔素?」

 

 え、なんでそこで魔素が出てくんの。

 純粋な剣闘とは結び付き難い単語に、シュラの名前に続いて俺は再び目を見開く。

 が、俺と違ってクオリオは何やら閃くものがあるらしい。教鞭を振るう教師みたく、眼鏡をクイッとやって人差し指を立てた。

 

「なぁ、ヒイロ。ひょっとして君、魔素をほとんど活用していない戦い方をしてるんじゃあないか?」

 

 ひょっとしてもなにも。

 え。

 

 魔素って、戦いに必要なの⋯⋯?

 

 

.



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028 魔素と魔術と脳筋男

「あァ? どういうことだ。魔術ならともかく、インファイトに魔素の活用もクソもねえだろ」

「⋯⋯大有りだよ。魔素を扱うのはなにも魔術師(ドルイド)の専売特許じゃない。魔素は万物に宿る力の源、全ての道は魔素に通ずるという格言だってあるくらいだ。普通に剣を振るより、魔素を消費して振る方が威力も高いし、速度も早い。それこそ熟練の武芸者(グラディエーター)は、並の魔術師よりよっぽど魔素の扱いに長けているといっても過言じゃないんだ」

「⋯⋯?⋯⋯⋯⋯ハッ! つまり俺の感じていた壁ってのは、魔素の扱いが全然出来てねえからって事なのか!」

「その可能性が高いと、僕は見てる」

「っ、クオリオ、このインテリめ! ただの本の虫じゃあなかったんだな!」

「おいこら」

 

 まさかの原因判明だった。いやマジか。魔素の存在自体は知ってたけど、てっきり魔術にしか使わないもんだとばかり。

 でも魔素を、ゲームとかのMP(精神力)に置き換えてみればわかりやすい。

 普通の「たたかう」と、MPを消費する「特殊攻撃」とじゃ、後者の方が強力なのは明らかだ。

 で、それは何も純粋な攻撃に限った話じゃなく、回避や防御、身体能力そのものにも通じるって事なんだろう。

 全ての道は魔素に通じる、ってのはそういうことか。どおりで他との成長の差を感じる訳だよ。

 

 流石はクオリオ、シュラ経由とはいえ、こうもあっさりと俺の行き詰まりの原因を見つけてくれるとは。

 やはり知恵袋的存在は、無知な俺にはとても心強い。持つべきものは頭脳明晰な友達ってやつだな。

 

「しかし、妙だな。魔術学科はヴァルキリー学園でも必修科目だから、魔素の扱いについても何度か講習があったはずだが」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 魔術学科。ほほーん。必修科目と来ましたか。

 

「君、まさか」

「仕方ねぇだろ、あの頃はチンピラよろしくグレてたんだよ」

「はぁ。今もチンピラの風情は変わってないだろうに。困ったやつだな」

 

 いやしょうがないじゃん。こちとら二日で学園生活終わったんだもの。

 

「じゃあヒイロ、君の適正属性は?」

「⋯⋯あァ? 適正属性だァ?」

「ほら、ヴァルキリー学園の入学式で『色別の儀』をやったろ。特殊な魔法陣に立って、潜在的に保有量の多い属性を識別してくれる奴だよ。君が立った時、魔法陣は何色に輝いたんだ?」

「⋯⋯」

「おい、ひょっとして」

「お、覚えてねーよ」

「⋯⋯⋯⋯僕、将来職に困っても、学園の教師にだけはなるまいと決めたよ」

 

 心底呆れたようなクオリオの視線が痛い。超痛い。

 いやでも、仕方ないったら仕方ないだろ。俺だって出来るもんならファンタジーの学園生活を送ってみたかったわ。

 というか色別の儀って、なにその面白そうな儀式。

 学園生活編イベント目白押しじゃないかよ。つくづく悔やまれる。もしかしたら魔術師ヒイロルートとか、悪評持ちの不良と可愛い同級生ヒロインとのラブコメ展開とかあったかもなのに!

 

 記憶の引き継ぎすら無かったから、順応するだけで大変だった灰色の学園生活。思い返して、心の中でさめざめと泣き暮れる俺だった。

 

「困ったな。原因は見つけられたが、新しい問題も発覚してしまったようだし」

「問題だァ?」

「だって君、その様子だと魔素への知識も理解もないんだろう? 理解も出来ない力をコントロールするのは、溢れた水を盆に戻すようなものだぞ」

「ぐっ、だったらどうしろってんだよ」

 

 泣いてる場合じゃなかった。

 クオリオの言う通り、伸び悩みの原因は簡単にわかっても、解決までは簡単にいかない。

 だって魔素ってさぁ。気合いとか根性ならどうとでもなるけど、流石に勝手が違うだろうし。

 うーむ困った。と歯噛みする俺に、クオリオはわざとらしく大きな溜め息をついた。

 

「そう難しい話じゃないだろう?」

「あァ? どこがだ。俺からすりゃ相当な難題だぞ」

「もっとよく考えてみてくれ。君の課題は魔素を扱えるようになる事だ。だとしたら、手っ取り早くて都合が良いのがあるだろ。魔素を理解し、操作し、集約し、力と為す⋯⋯そんな術がね」

「⋯⋯っ!」

 

 そして再び。今度は心の底から切に思った。

 持つべきものは、本当に、頭脳明晰な友達って奴なんだと。

 

「ヒイロ・メリファー。

 君は、魔術の世界に興味はあるか?」

 

 ようこそと言わんばかりに、眼鏡の奥の碧眼がキラリと星みたく煌めいた。

 

 

 

 

 



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029 四原色とカラーバランス

ほぼほぼ説明回っす⋯⋯ややこしくって申し訳ない


 魔術を教えて欲しいか。

 

 クオリオからの提案に、俺は一も二もなく頷いた。もう首が千切れんばかりの勢いで。

 シュラの魔術を一目見た時から、いやさ魔術という存在を認知したときからずっと使ってみたかったファンタジーだ。

 更に魔術を学べば、俺自身の悩みも解消できると。このビックウェーブに乗らない手は無かった。

 

「まずは基礎的な知識から行こうと思う。さっきも言ったが、魔術とは『魔素』を扱う為の『術』であり、古より継がれてきた叡智だ。魔素を独自の方法で取り込み、呪文(ルーン)や触媒を介して(あらわ)す⋯⋯そういう神秘だ」

 

 叡智。叡智と来ましたよ奥さん。なんて心踊るワードでしょう。まだほんの導入だってのに、ワクワクする気持ちが抑えらんねー。

 

「⋯⋯なるほどな。呪文と触媒は、魔術に必要不可欠ってことか?」

「いいや。魔術を発動するのなら、最低限必要なのは魔素と魔術名だけで良いんだ」

「んじゃ呪文と触媒に意味はねえのか?」

「そんなことはない。呪文と触媒は魔術の効能を向上させる重要な技術だぞ。うん⋯⋯そうだな。百聞は一見に如かずか」

 

 百聞は一見に如かず。つまりは実践してくれるという事だろう。

 思わず昂ぶる期待感を胸に、素直に従う俺の隣で、クオリオの纏う雰囲気が変わる。

 

(⋯⋯!)

 

 いや雰囲気だけじゃない。

 目を細めたクオリオの周りに、翡翠色の光の粒子が浮かび上がり、星々の様に輝いていた。

 まさに神秘の兆候。非現実の発露。でも仮染めじゃない。

 これこそがリアルなんだといわんばかりに、クオリオは大きく腕を振り上げる。

 

「『シルフの戯れ』!」

「!」

 

 腕の動きと同時に、"翡翠色の三日月"が飛んだ。

 自然ではあり得ない現象、まさに魔術としか言いようがない。

 クオリオの放った風の刃は、そのまま真っ直ぐに軌道を描き、樹木の太い枝をスパッと断ち切った。

 

「今のは⋯⋯!」

「良いリアクションじゃないか。でも、驚くにはまだ早い。次はこの魔術の真骨頂を見せてやる」

 

 ファンタジーがフィクションだった側からすれば、充分凄い。しっかり形になった神秘を目の前にしただけでも、鳥肌もんだった。

 しかしまだまだこんなもんじゃないとばかりに、クオリオはニヤリと笑うと、懐から小さな瓶を取り出した。

 

(なんだ⋯⋯虫と、鳥の、羽根?)

「『(おど)け、遊べ、バラバラに』」

 

 瓶詰めにされてた中身が、呪文らしき言葉と共に宙に放られる。

 無数の鳥と虫の小さな翅。光を浴びて一瞬輝いた小さな翅達が、クオリオの翡翠色の魔素に包まれた途端、可燃物を取り込んだ炎みたいに膨れ上がり。

 

「『シルフの戯れ』ッ!!」

 

 そして。再び放たれた風の刃は、さっきとは何もかもが違った。

 大きさも。速度も。

 枝どころか樹木の幹ごと断ち折った威力も。

 

「……すげえな。桁違いじゃねぇか」

「勿論だとも。これが魔術の真髄だからね」

「……瓶の中身が触媒、中身をばらまく前の言葉が呪文か。おい、あの羽根をばら撒いたのは?」

「これも触媒の一環さ。触媒とは単に必要とされるものを用意するだけじゃなく、魔術のモチーフになった幻想に関連付いた逸話や思想を(なら)行動(アクション)も組み込まれている。今使った『シルフの戯れ』の触媒とは、バラバラになった羽根を振る舞う事までを指すんだ。魔術はいわば儀式みたいなものだからね」

「儀式、か⋯⋯いかにもドルイドめいてやがんな」(いいねぇ、魔術! 浪漫が(みなぎ)るぜ!)

 

 魔法使いではなく魔術師、って印象を強めるような二つのプロセス。ようは、単に羽根だけあれば成立する訳じゃないって事だろう。

 その手間暇をかけなくちゃいけない面倒臭さがなまじリアリティがあって、魔術なんて神秘を身近なものに感じさせた。

 いや、実際身近なんだ。魔素も魔術も。

 俺はそういう世界で息をしてるんだ、ってぞわりと肌立つ実感に、改めて思った。

 

 

「さて⋯⋯今僕が使ってみせたのが、いわゆる『緑の魔術』の初級魔術だ。で、一応聞くんだが⋯⋯四原色って概念については知ってるか?」

「あァ? 四原色⋯⋯チッ、聞き覚えはあんだがな」

「中身は知らない、と。やれやれこれじゃあ幼子に一から教えるのと変わりないな。仕方ない、ちゃんと説明してやるから聞き逃しの無いように」

「⋯⋯⋯⋯おゥ」

 

 口振りとは裏腹に、クオリオの眼鏡がさぞ楽しそうにキランと光った。

 

(あーあー⋯⋯スイッチ入ってんじゃん、この薀蓄(うんちく)語り大好きマンめ)

 

 ここ一週間で分かったことだが、クオリオは知識を蓄えるのみならず、蓄えた知識を放出するのも大好きらしい。

 薬草についてのちょっとした俺の質問に、やれ広義的にはやれ学説では研究成果ではと⋯⋯それこそ夜が明けかねない勢いで語り通されたのも、記憶に新しかった。

 

「『四原色』とは即ち、魔素の中でもっとも世界を構成する割合が大きく、また各特色が濃く、強い、四色の代表的属性のことだ。それじゃ、一つ一つ簡単に解説していこうか。

 まず、一つ目は【赤】。(あらわ)す神秘は『火炎』『発光』『光線』などがあり、四原色の中でも攻撃的なものが多く、破壊性に秀でた属性だろう」

(赤⋯⋯シュラが使ってた奴も、確か赤だったっけな)

「次に【青】だな。顕す神秘は『流水』『回復』『氷結』などか。四原色の中では応用性があり、環境次第では重大な成果を発揮する事も多い。

 そして【緑】の顕す神秘は、『疾風』『阻害』『雷鳴』。四原色の中でも影響をもたらす範囲が広く、戦いの主導を握りやすいな」

(青は水、緑は風。ってことは、クオリオは風が得意な緑の魔術師なのか)

「そして最後は【黄】。顕す神秘は『大地』『引斥』『豊穣』か。四原色の中では汎用性に長け、戦闘から農作まで幅広く活用されている⋯⋯とまぁ、四原色の各特色はそんな所だよ」

 

 総括を終えて、空っぽになった肺の空気を溜め込むように大きくクオリオが息を吸う。

 しっかし属性か。いかにもゲームのシステムめいた要素だけど、こういうのは最初っから全部を理解しようとせず、なるべく簡単に覚えとく方が良さそうだ。

 そんで徐々に実戦を交えて身体に馴染ませていく。これがベスト。今までやったゲームもそうだったし。

 てか全部覚えようとしたら俺の頭じゃ間違いなくパンクする。俺、基本はレベル上げて物理で殴る派だし。べ、別に脳筋じゃねーし。

 

「はン。要は赤が火で青が水、緑が風で、黄が地⋯⋯てな風に考えりゃ良いんだろ。そんくれえなら覚え易いぜ」

「うーん、本当はもっと各属性の副次的な特徴にも目を付けて貰いたいんだが⋯⋯最初の内はそんなものでも良いか。それに、僕も興が乗ってきた。もっと深い所にも触れていくとしよう。ついて来れるか?」

「あァ? お、おォ。たりめーだ、この程度ならなんてこたぁねーよ」

 

 かと思えば、なんか更に難しくなるっぽいんですがそれは。

 

「四原色について触れたが、魔術を扱う上で忘れてはいけないのは、魔術同士の力関係と、場の魔素比率(カラーバランス)だ」

「力関係? カラーバランス?」

「あぁ。属性の力関係だが、一般に『赤』は『青』に強く、『青』は『緑』に強く、『緑』は『黄』に強く、『黄』は『赤』に強いとされている。とはいえ使用者の精神力や魔術精度によっては覆る事も多いがな」

(やっべ。なんか難しくなって来た。あーっと、赤→青→緑→黄→⋯⋯って力関係で良いのか? )

「そして魔術とは、場の魔素比率(カラーバランス)によって効力が左右され易い。例えば、火山などの火の魔素が豊富な地では、赤の魔術が効力を増し、青の魔術は減退する、といった風に。魔素と場のカラーバランスは、魔術におけるルーンや触媒並に重要項目だからな。とはいえ初歩も初歩だ。そう難しい内容ではないだろう?」

「⋯⋯⋯⋯お、おう。初歩ね。余裕。余裕に決まってんだろコラ」

 

 これで初歩ですか。

 うん、つい強がってみたけど、ぶっちゃけ不安だ。 

 小中高と担任教師を泣かせてきた、勉強嫌いの憧ちゃんは伊達じゃあない。

 

 魔術の底なし沼並の奥深さに、俺は口の端っこがピクつくのを抑えられなかった。

 

 

 

.

 



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030 真っ白に燃え尽きたさ、色んな意味で

 はぁ。やっべーよ。情報量が一気に増えたんですけど。

 つまり赤の魔素が多いフィールドだと赤が強くなって、青が弱くなる。青が多いフィールドなら青が強くなって赤が弱くなる、って事? あ、違う、緑が弱くなるのか。

 ううむ。なんかややこしい。

 脳みそから煙出ちまいそう。てか出てるよきっと。シュポーつってるし。俺これ大丈夫か?

 

(⋯⋯ま、まぁ、なんとかなるっしょ)

 

 い、良いし。俺は実戦の中で理解してく派だし。

 大丈夫だ問題ない。主人公は狼狽(うろた)えない。

 

「少し不安は残るが、まあ良いだろう。では座学は一旦区切って、実技と行こうか」

「! っ、遂に俺も魔術を使えんだな!」

「待て待て、そう逸るな。何事も段階が必要だ。魔術を扱うなら、まずは使用者の適正属性を判別させる方が先だよ」

「適正属性?」

「そうだ。人間ないし生物は大抵、四原色の中でどれか一つに適正属性(パーソナルカラー)を持ってる。僕の場合は緑の魔素、といったようにね。特別な才能が無い限り、複数の属性魔術を用いることは人間には不可能なんだよ」

「んだと。待て、じゃあ、自分の属性を知ってねぇとそもそも話にならねーんじゃ⋯⋯」

 

 ど、どうしよう。魔術をそもそも使ったことない俺が、自分の適切属性なんて分かりっこないし。くう、こんなことならあの時君、女神様に記憶引き継ぎでよろしくくらい言っときゃ良かった。

 

「そういうことだ。だから僕は君の適正属性を確認したんだが⋯⋯まさか色別の儀をすっぽかしたとはね。頭が痛いよ」

「す、すっぽかしてねぇよ! 忘れちまっただけだ」

「僕からしたら同じだよ。でもまぁ、安心していい。適正属性を知る方法は、何も色別の儀だけに限った訳じゃあないのさ」

「なにっ」

 

 またも問題発生かと思えば、我に秘策ありとばかりにクオリオの眼鏡がきらりと光った。

 おいおいどうしたよこいつ。かつてない頼もしさじゃあないか。

 俺の純度100%な期待の眼差しに応えるべく、誇らしげな顔で懐をまさぐるクオリオが取り出したのは、なんと。

 

「⋯⋯金色の、林檎?」

「アンブロシアさ。(かじ)ればたちどころに魔素を補充出来る果汁を有した貴重品なのは君も知っているだろうが、実は簡易の色別にも使えるんだ」

「かじるだけで、か?」

「そうとも。アンブロシアの果汁は、触れた物質の魔素と共鳴して性質を変化し、色素を変える特殊性がある。この場合共鳴するのは唾液とだな。だから齧った断面の色彩が、個人の保有する魔素のカラーを表してくれるという訳だよ。そう、そもそも万物に宿るとされている魔素だが、物質状態の中でも一番相性と良いとされるのが液体なんだ。これは四十年前、アスガルダムの学術者マルドゥック・ガーデンが提唱した魔素観測論における一つの実験が立証した内容であり、今日に至るまで有力とされてる学説で─────」

「あァ〜⋯⋯つまり、齧って断面の色を見ればいいんだな。よし、寄越せ」

 

 すかさずインターセプトである。だって止めないと日が暮れるまで語り続けかねんし、仕方ないよねー。

 若干不貞腐れ気味にクオリオが投げ寄越した林檎をキャッチし、善は急げとばかりに齧りついた。

 そんで、秒で後悔した。

 

「はぐっ⋯⋯⋯⋯」(⋯⋯うわっ、味シブっっっ!!)

 

 尋常じゃない渋味だった。

 食感は良い。しゃくしゃくした歯応えはまさに林檎の瑞々しさを感じさせる。でもくっそ渋い。

 良薬口に苦し、って奴なのかもしれんけどこれヤバいって。

 舌の上に広がる渋みに悶絶していれば、さもその反応が見たかった、とばかりにニヤけるクオリオの顔が目に入った。

 

「くく、一気にいったな。酷い顔になってるぞ」

「テメ、知ってたんなら先に言いやがれ⋯⋯ぐえっ」

「ははは。ほら、いつまでも悶えてないで、断面を見てみなよ」

 

 確信犯かよ。こいつめ、後で一発殴ってやる。

 がしかし、今は恨み辛みよりも色別の結果が大事だ。 

 ここはやはり情熱の赤か。いやいやクール系っぽい青も良き。緑と黄色は戦隊ものだと目立たないからパスしたい。

 そんな我欲たっぷりな期待を込めて見つめた、黄金林檎の断面は。

 

(⋯⋯えっ)

 

 驚きの白さだった。

 普通の林檎なら食欲だらりな『真っ白』だった。

 うん、どういうことだってばよ。

 

「色、変わってなくねえか?」

「⋯⋯い、いや。まさか、そうか。変わっていない、ということは君の得意属性は⋯⋯『白』という事か」

(なにぃ!? ここに来て四原色じゃないカラーだとぅ!)

 

 四原色の前振りはなんだったのか。

 いやしかし待て落ち着け熱海 憧。

 逆に考えてみよう。これ、逆に特別な能力では?

 主人公の能力で、枠に嵌まらないオンリーワンなんて腐るほどある。いやむしろ、オンリーワン属性とか主人公にとっちゃ王道だろう。

 クオリオも目を見開くほどに驚いてるし。

 マジか⋯⋯マジか!

 

「で! 白属性は一体何が出来んだ? もったいぶらずに教えやがれ!」(回復とか呪い解除か、それとも聖魔法とかか!)

 

 押し黙るクオリオを急かしながらも、俺は期待に胸をモーターエンジンばりに弾ませていた。

 赤が炎、青が水とくれば、白は色合い的に光だろうか。光といえば光線。つまりビーム。

 ビーム! 何それ浪漫が溢れてとまんない。

 いやちょっと捻って光の剣とか? それもありだ。まさに騎士ってジョブにぴったりじゃんか!

 魔術師ヒイロ物語、いよいよはじまったかに⋯⋯思えたが。

 

「あ、あぁ。白属性は、だな」

「おゥ」

「⋯⋯し、強いて言うなら」

「おぉ!」

「⋯⋯⋯⋯汎用、かな」

「おぉ! おォォ!!⋯⋯⋯⋯あァ? ハンヨー?」

 

 汎用。ほう。汎用ねえ。

 汎用ってなにそれ美味しいの。

 

「うん。その、魔術師なら割と誰でも使える属性というか。あー、うん。ぶっちゃけるとだな⋯⋯⋯⋯

 ヒイロ。君に、魔術師の才能は無いのかもしれない」

 

 

 心苦しそうに告げるクオリオの、アンブロシアをニ、三口齧ったような渋面が、それはもう物語っていた。

 

 残念ながら、俺の属性は。

 『ハズレ』だと。

 

 

 

 

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯泣きてぇ」

「!?」

 

 えー。拝啓女神様へ。

 主人公生活始まって一ヶ月を過ぎましたが、そろそろ俺、挫けそうです。

 

 

 



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031 泣きっ面にスパルタなクオリオ

 突然だが──魔術には全部で六色あるらしい。

 火炎を司る赤。水氷を司る青。風雷を司る緑。大地を司る黄。

 これら四原色はあくまでメジャー。つまり他にも二色属性がある。

 それが『白』と『黒』である。

 

 黒とかいかにも闇を司ってそうだがそういう訳ではなく、定義としては「魔獣」と呼ばれる存在が使う魔術を総じて黒の魔術って呼ぶらしい。

 で、残った白の魔術。

 普通ならば光を連想しそうなもんだが、どうやらこの世界じゃ白は汎用。つまりはコモンスペルが大半なんだとか。

 コモンスペルとはつまり、魔術師が日常的に使う、『呪文(ルーン)』と『触媒』が無い魔術のことだ。

 

 例えばちょっとした物を宙に浮かべる「浮遊」だったり、ドアの鍵を開け締めする「施錠」だったり、魔素で出来た膜で対象を包み込む「包囲」などなど。

 そういう地味ぃ〜な魔術ばかりで、戦闘に使える魔術なんかは片手で数える程度しかないらしい。

 しかもその魔術も、ステータスにバフをかける"補助オンリー"ですって奥さん。

 

 えー、つまり、わたくし主人公でありながら魔術師だと後方支援タイプらしいです。

 

 光魔法? ビーム?

 赤魔術師に生まれ変わって来いだってさ。ははん。

 

 うわぁぁぁぁ〜ちくしょぉぉぉぉぉ〜〜なんでこぉぉなるんだよぉぉぉぉ女神様ァァァァァァァ!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 はい。

 突然じゃあないけど、どうも。

 先日、空き地の中心で心を挫いた主人公です。

 実質、四原色に適正無しという判定に絶望しましたが元気です。無傷ではないけども。

 正直ショックだった。やっぱり王道に憧れる者としては、派手な魔術をぶっかます爽快感とか味わってみたかった。

 

 だが無気力になるにはまだ早かった。

 確かに俺には四原色の魔術を使うことは出来なかったが、そもそも当初の目的は魔素のコントロールがメインだ。

 で、クオリオが言うには魔素を扱う技術ノウハウ的なのは、別に白魔術であっても問題自体はないらしい。

 

「あー、つまり?」

「喜べヒイロ。調練じゃへばってばかりの僕だが、魔術に関しては得意分野だ。魔素の扱いを磨く為の修行方法なら沢山ある。徹底的にやろうじゃないか」

「⋯⋯おいクオリオ。なんか私怨入ってねぇか」

「まっさか。勘違いだよ。調練でダウンした僕を何度か煽ってくれた事を根に持ってるとかじゃあないさ、ははははは!」

 

 その日からというもの、俺の自主鍛錬のメニューに『魔術師修行』が加わった訳なんだけどな。

 いやもう⋯⋯これが本当にしんどかった。

 とりあえず魔素の扱いに慣れなければ始まらないからと、魔術をひったすら反復使用させられた。

 つっても俺に四原色の魔術を扱う才能はない。だから代わりにコモンスペルを用いて修行することになったんだけども。

 

 物体を浮かす白魔術⋯⋯「浮遊」。

 これを使って羽ペンやら本やら瓶やらを、延々と浮かせ続ける修行。

 鍵の開け締めをする白魔術⋯⋯「施錠」。

 これで南京錠の鍵や寮部屋の鍵を、延々と開け締めしまくるだけの修行。

 対象を魔素で包み込む白魔術⋯⋯「包囲」

 こいつでガラス瓶などの壊れやすい物体を覆い、テーブルから落として強度を確かめるだけの修行。

 「感知」は魔素の扱いが未熟な俺にはまだ早いから無しとして、上三つの修行をひたすらやる訳である。

 

 さて、お分かりいただけただろうか。

 

 圧 倒 的 に ! 絵 面 が 地 味 !

 

 いやね、俺に四原色の才能がないのが悪いってのは分かる。

 分かるけどさぁ、ほんっと地味過ぎんの。最初の村外の草むらで延々とスライム狩るようなもんだし。

 しかも俺の得意な鍛錬とは勝手が全然違うから、コツを掴むだけでも相っっ当に苦労した。

 体力よりも精神力を費やす修行なもんだから、疲労感も段違いだし。

 

「白魔術の特徴は汎用コモンスペルが大半である事と、それゆえにほとんど呪文と触媒いらずって所だね。つまり他の属性と違って魔素(気力)さえ続けばいくらでも修行し放題、という事だ。良かったなぁ、ヒイロ」

 

 って感じで監督役のクオリオはなーぜーか、ノリノリでスパルタだし。

 朝の鍛錬、そっから調練。夜に修行して、寝てまた起きて。

 そんな、こってり豚骨ラーメンよりも濃度の高い一日のスケジュールの繰り返し。

 そりゃあ、時なんてあっと言う間に流れてしまった。

 うん。具体的には二週間くらい。

 

 二週間後。ジェミニの月(5月)、7の日。

 つまり入団から丁度一ヶ月経過したことになる。

 はい。お分かりいただけますかね。

 

 

「それではこれより、選抜試験を行うっっ!!」

 

 

 あっという間に来ちゃったよ、ビッグイベント。

 

 

 



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032 泣きっ面に想定外

 

 

 発表された選抜試験の内容は非常にシンプルだった。

 ランダムに組み合わされた新米隊士同士による、一対一の真剣勝負を全部で三回繰り返すだけ。

 武器は入団試験の模造品。魔術の使用も可。

 己が持つ力の総てをぶつけて、結果を掴み取る。

 言わばこの選抜試験こそ、泥臭い訓練期間の集大成って事だ。

 

「よし、やるぞ、やってやる。本隊に行って、俺を馬鹿にした奴らを見返してやるっ!」

「この時を待ってたんだ。あの地獄の一ヶ月をやり切った僕なら、必ず誉れあるブリュンヒルデの本隊に!」

「愛しのレオンハルト様、待っててくださいね。選抜試験で全勝して、貴方のお側に参りますからぁ!」

 

 右も左も男も女も、やる気に燃えているこの状況こそ何よりの証だろう。

 あの一ヶ月を耐え抜いた事への自信。

 そして、三回の勝負で掴んだ白星の数次第では、入隊するだけでもいくつもの称賛と祝辞が捧げられるほどの、騎士団本隊ブリュンヒルデに編成される能性もある。

 燃えないはずがない。やる気にならない訳がない。

 当然、この俺も燃えに燃えていた。

 

「それではこれより、各々の対戦相手を記載した書面を渡す。試験の開始時刻と会場も記載してあるので、必ず確認しておくように」

 

 教導官の説明を皮切りに、隊士一人一人の名前が呼ばれていく。

 緊張に息を呑む周囲に(なら)って、俺もまた自分の名を呼ばれる瞬間を、今か今かと心待ちにしていた。

 

「次、ヒイロ・メリファー!」

「⋯⋯!」

 

(遂に来たな。来ちまったなぁ、この時が)

 

 他の団員が見守る中、悠々と書面を受け取るこの手が震えた。

 勿論怯えなんかじゃあない。武者震いってやつだ。

 

「クックック⋯⋯」

 

 つい悪役っぽい笑みが漏れちったけど、今の俺には気にもならない。そんくらいテンションが(みなぎ)っているのである。

 

(遂に来たんだな、この時が。つまり、俺の⋯⋯主人公のターンがッッ!)

 

 漲るほどの確信が、俺にはあった。それも、一ヶ月前の入団式時点から。

 だってそうだろう。いざ入団して物語が動くかと思えば、水を差すように準備期間が生まれたんだ。メタファーな視点で見れば、ここに何か重要なイベントが仕込んであるって感付かなきゃ嘘だ。

 

 現に期間中、俺⋯⋯いや、ヒイロはクオリオと再会し、関係修復を果たせた。そこからの魔術修行。シナリオの箸休め的な、主人公の強化期間と見れなくもない。

 じゃあ箸が休み終わったら、次は何が来るか。

 数多くの王道物語で学んだきた俺からすれば、予想は出来た。予感もあった。

 強化期間の出口、集大成ともいえるこの選抜試験で──主人公にとっての、ドデカい展開が来ると。

 

「これが書面だ。調練期間、常に率先していた貴様の努力、実ると良いな」

「⋯⋯うっす」

 

 じゃあそのドデカいイベントとは何なのか。

 これについても、俺の灰色の脳細胞が冴えに冴えた予測を立てていた。

 ずばり──"シュラ"の存在だ。 

 

(この一ヶ月、クオリオと修行ばっかで俺とほとんど接点は無かった⋯⋯にも関わらず、アイツは妙に存在感があった)

 

 シュラ。俺がライバルと見定めて、調練期間もやっぱりダントツの成績と存在感を放っていた女。

 一目見た時からあいつとの付き合いの長さを感じ取れたくらいだ。

 あいつとは切磋琢磨に、互いに互いを意識し、競い合う関係になりそうだって。

 けども、まだ俺達は出会ってからは短い。

 目立った衝突なんてのも未だに無い。精々が憎まれ口の叩き合いってくらいだ。兆候だけがちらほら目につくのが現状だ。

 

(ってなれば⋯⋯ここいらでそろそろ因縁を深めるような闘いが一度あってもおかしくない!)

 

 結論。俺とシュラはここで一度、ぶつかり合う。

 物語を俯瞰して見れば、まさに頃合いって奴だろう。

 しかもここでの結果によっちゃあ本隊行きという、まさに王道を往くならば"絶対に敗けられない舞台"と来てる訳だ。

 ここしかない。超ベストタイミング。

 更に更に、一ヶ月という修行パートを経ているというお膳立てもばっちりな状況。

 

 俺は、確信していた。ライバルとの衝突と、その果てにある──俺の勝利を。

 

(シナリオは見えた! ここでライバルに白星をもぎ取り、俺は主人公として躍進を遂げる! ンンンンッ、カタルシスッッ!)

 

 完璧だ。

 完璧でパーフェクトでパーペキな未来予想図だ。

 (はや)る躍進への予感に、教導官に手渡された一枚の紙を握る手が、ぶるぶると震えた。ってか力み過ぎて皺になった。破れてないからセーフ。

 例え破れたって別に問題がある訳じゃないし、試験の組み合わせが変わる事もない。

 

 そう、変わらないのだ。

 運命は──俺が主人公である限り。

 

(じゃあ⋯⋯答え合わせの時間だ!)

 

 ちょっと今の台詞ヒーローっぽいから、今度シリアスっぽいシーンで使おう。

 なんて今後の展望を更に華やかにしつつ、俺の予感と確信を照らし合わせるべく、手の中の紙を開いた。

 

「さぁ、来い、俺の⋯⋯!」

 

 

 

 

・選抜試験表『ヒイロ・メリファー』

 

 試験会場 『演習所3−G』

 対戦相手、以下。

 

『一次戦』 ショーク・シャテイヤ

『二次戦』 シャーベット・リコルメイザ

『三次戦』 フォトム・チョッパー

 

 

 開いた結果。

 俺の時が、止まった。

 

 

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033 舞台袖の因縁

・選抜試験表『ヒイロ・メリファー』

 試験会場 『演習所3−G』

 対戦相手、以下。

 

『一次戦』 ショーク・シャテイヤ

『二次戦』 シャーベット・リコルメイザ

『三次戦』 フォトム・チョッパー

 

 

 

「⋯⋯」

 

 うん。

 ううん。

 うん⋯⋯うん?

 

「⋯⋯⋯⋯ぽえっ?」

 

 

 あれ。え? ちょ、シュラどこ?

 シャとショの字はあっても、シュの字がどっこにも見つからないんですが。え、バグった? このシナリオバグってない、ねぇ神様。

 

 

「ちょっと、なにボケっとしてるの」

「しゅ、シュラか」

 

 しかもいつの間にかシュラに声かけられてるし。

 いやそこ居んのに、なんで記載欄に居ないの君。

 どゆことなの。ついに俺の頭ん中もバグって来ましたけど。

 

「て、テメェ⋯⋯なんでテメェが俺の相手じゃねぇんだ」

「⋯⋯あぁ。それ、あたしも見たわ。口だけじゃないって事、やっと証明してくれるのかと思ってたけど⋯⋯⋯⋯その機会はまた今度になりそうね」

 

「お、おう」

 

 なんか残念そうな顔してるけど。いやでもあっさりっちゃああっさりしてませんか。いやいやいや。

 落ち着け俺。ちょっと一旦落ち着こう。

 あー、うん。ひょっとしてあれか。

 俺、早とちりしちゃってましたか。

 へー。そう来たか。

 

(⋯⋯最近の俺、散々過ぎやしませんかね)

 

 ぶっちゃけようか。くっそ恥ずかしい。

 夜寝る前にふと思い出しては、ベッドの上で悶える奴やん。確信とはなんだったのか。

 死にたい。穴があったら埋まりたい。そんで雨降って固まってくんねぇかな、穴ごと。

 

 でも考えようによっては、まだ俺はシュラと戦える段階には至ってないって解釈も出来る。

 魔術修行も頑張ったけど、正直クオリオからはまだまだ魔素の扱いが雑って言われてるし。

 多分早とちりだな。うん。マジで羞恥心でどうにかなりそだけど、ここは堪えろ。堪えるんだ俺。

 

「まぁ、鬱憤晴らすには都合の良い奴があたしの相手だったのは⋯⋯幸いかしらね」

「あァ? んだそりゃ」

「なんでもないわ」

 

 強風吹き荒れる俺の心境をよそに、目の前のライバルは意味有りげに微笑んだ。

 こう、俺以外の因縁を前に威嚇するような、怖じ気のするほど綺麗な微笑みだった。

 

「あんたは自分の相手のことだけ気にしてなさい。精々、足元掬われないようにね」

「ケッ、そりゃ俺の台詞だ」

「あんたが言うには十年早いわよ⋯⋯それじゃ」

 

 どこか含ませた言動の中身を明かさず、シュラはあっさりと去っていく。

 多分、振り分けられた演習場へ向かうんだろう。

 若干、因縁の相手っぽい言い方だったけど⋯⋯俺じゃないし。

 じゃあシュラの相手って一体誰だよ。

 浮かんだ疑問を視線に乗せて、去りゆく背中を見つめた時だった。

 

「⋯⋯!」

 

 冬の空のような灰銀色の長髪が舞台袖のカーテンみたくドレープを作っていた。

 そのふわりと舞ったシュラの長髪の隙間から、ちらっと見えた人影。

 見覚えがこびりついたような、小さなシルエット。

 

 

(⋯⋯ショーク)

「キヒッ」

 

 現時点ではシュラに劣らず因縁深いともいえる、一次戦の対戦相手。

 とんがり鼻の悪どい面構えが、濁った瞳で俺を嗤っていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「ムカつくヤツだよなぁ」

「⋯⋯あァ?」(はあ?)

 

 演習所についた途端の、唐突な憎まれ口だった。

 前触れは無くても、積もりに積もった感情があったのかも知れない。見えないカレンダーを(めく)るように、ショークはのんびりと肩をすくめた。

 

「昔からすっとろいデクだったが、最近のおまえは格別ムカつく奴だよ。愚図の癖して、いつの間にかお高くとまるよーになりやがって」

 

 唾で濡らした床を蹴るショークは、忌々しさをちっとも隠そうとしない。けども妬みや僻みも見せない下卑た面構え。まるで仲間の更生を許せない不良グループのような、歪みきった口上だった。

 

「威張り散らしのくそルズレーよりもだ。荷物持ちの木偶の棒が。これ以上、このショークの上に立とうとすんなら、ここで白黒つけてやんよ」

 

 黒い決意ごと叩きつけるような、見事な啖呵と言えなくもない。

 でも、でもですね。

 

(⋯⋯ショークが相手かよぉ)

 

 俺の方はといえば、コレジャナイ感が凄かった。

 いやだってさぁ。こんな因縁の勝負感だされても、いまいち燃えないシチュエーションですもん。

 だってこの構図、主人公(元取り巻き)対現取り巻きって事だよな。ぶっちゃけショボくない? よそでやれって感じの因縁じゃない?

 ルズレーならまだ因縁らしさもあったのに、このマッチアップは肩透かし感が酷かった。

 

「見てやがれよ。テメェが最近つるみ出した、あのいつぞやのヒョロガリ眼鏡みてえに、もっぺん這いつくばらしてやんぜ!」

「⋯⋯」

 

 まぁ、でも。

 丸っきりやる気がないって程じゃないんだよな。

 

「クオリオだ」

「は?」

 

 正直、お前にムカついてんのは俺の方だって言いたい。

 普段の言動は勿論、ルズレーの前じゃ卑屈な癖に、自分より弱い奴にはとことん強く出る姿勢が気に入らない。

 クオリオとの一件もそうだ。俺が出しゃばるのは筋違いだとしても、どっかで落とし前をつけてもらわなきゃと思っていたところだ。   

 

「ヒョロガリ眼鏡じゃねー。クオリオだ。しみったれたあだ名で俺のダチを呼ぶんじゃねえよ、"とんがり鼻のドチビカス"が」

「お、お前⋯⋯!」

 

 それに相手がどうあれ、今後を左右する敗けられない戦いであるのは変わりないし。

 飲まされた煮え湯の苦さだって覚えてる。

 これまでの恨み辛みをぶつけるって意味でも、丁度良い。

 

「これより、選抜試験の一次戦を開始する。

ヒイロ・メリファー。ショーク・シャテイヤ。互いに、構えっ!」

 

 あぁ、丁度良かったんだろう。

 やっと一発かましてやれるって意味でも。

 ショークの言うヒョロガリ眼鏡との特訓の成果を、披露する意味でも。

 

「⋯⋯⋯⋯始めぇ!!」

 

 だから俺は、試験官の開始の合図と同時に躊躇(ちゅうちょ)なく唱えた。

 

「我が腕に赤き力の帯を──【アースメギン】!」

「!」

 

 白の補助魔術が一つ、『アースメギン』を。

 



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034 バッド・ボーイズ・ステータス

「我が腕に赤き力の帯を⋯⋯【アースメギン】」

 

 

 白魔術は大半がコモンスペルとされている。

 現に俺が修行に使った白魔術は「浮遊」「施錠」「感知」と、コモンの名に恥じない地味なもんばっかりだ。

 が、あくまで大半。全部じゃない。

 白魔術にはコモンスペル以外にも、歴とした魔術が存在する。

 即ち補助魔術(サポートスペル)。触媒いらずだが呪文を必要とする補助魔術は、数は少ないけど実戦にも充分使える。

 その数少ない内のひとつが、このアースメギンだった。

 

(よし、発動したなっ)

 

 自分が唱えた神秘を改めて確認するように、模擬剣を握る両腕を見下ろす。

 アースメギンは、使用対象の腕に赤い魔素のタトゥーを刻み、攻撃力を増大させる補助魔術だ。

 覚えたてだからこういう実戦で使うのは初めてになるが、両腕に光る赤いタトゥーは魔術が成功した証だった。

 

「ふん、いきなり魔術かこのダボ助め。焦ってんのか?」

「ハッ、んな訳ねぇだろ。うざってえ奴の口を、さっくり黙らせてぇだけだ」(えー。せっかくの魔術お披露目なのに、ちょっとリアクション違くないか?)

 

 自慢のカードを切ったつもりだけど、ショークは不遜な面持ちで悪態をつくだけだった。

 折角の主人公初魔術お披露目なんだし、もうちょい気の利かせたリアクションくれたって良いのに。

 平日昼間のクレーマーばりのいちゃもんを、そのまま踏み出すエネルギーにして、駆ける。

 

「──行くぜオラァッ!」

「!」

 

 叩きつけるかのように振り抜いた剣が、ブオンと鳴いた。

 何度も何度も繰り返した基礎動作。なのに付随する空気の悲鳴は、いつもよりも明らかに軋んでいた。

 赤いタトゥーは伊達じゃない。

 しっかりと帯びる力があるのだと訴えるように、振り切った剣先は、石で出来た床っ面を派手に(ひび)割らせた。

 

「うぎっ、あっぶねえなこの馬鹿力!」

「魔術なんだから知恵力だろうがっ!」

「なんだとぉ!」

 

 アースメギンの効果はまずまずだ。

 けども密かに狙ってた先制攻撃ノックアウトとはならない。剣の射程外から大きく飛び退いたショークは、焦りながらも減らず口を叩いていた。

 

「まだまだぁ!」

「喰らうかよ!」

 

 だったら口数減るまで、畳み掛けてやる。

 有言実行とばかりに猛進して、繰り出したもう一打。

 我ながら鋭い一撃だったけど、小柄な体躯を捉えることは適わない。

 

(くっ、やっぱ見た目通りすばしっこいなぁこいつ!)

 

 バトル物において、小柄なキャラクターは俊敏って印象が強い。ついでに悪役は逃げ足も速いもんだ。

 剣の距離に決して入らないように逃げ回るショークの足並みも、さながら光をあてられたネズミのように速かった。

 

「悪党は流石に逃げ足が速えな!」

「ケッ、お前が言えた台詞かヒイロォ! そら、喰らえっ!」

「っ!?」

 

 逃げ足だけじゃなく嗅覚も意外に鋭い。

 雑に追い回すようにみせて、壁際に追い込もうという俺の狙いを嗅ぎ付けたんだろう。

 その手には乗らないとばかりに、ショークは俺の目を潰すように"金色の粉"を撒いた。

 

「ぐっ、目潰しか⋯⋯味な真似しやがって」

「目潰しぃ⋯⋯? キヒッ、つくづく物忘れの激しい馬鹿だ」

「あァ? どうい、う⋯⋯ぐ、くぅっ、これはっ⋯⋯!?」

 

 言うこと為すこと小物臭い。

 そんな悪態をニヤリと嘲るショークにぶつけてやろうとするも、急激に身体に襲い来る謎の異常に遮られた。

 

(な、なんだこれ。身体が急に、し、痺れてる!?)

 

 異常の正体は、つま先から股関節にかけてビリリッと走る、強烈な痺れだった。

 立っていられないって程じゃない。

 正座した後に成りがちなあの痺れを、一際強烈にした類のものだ。

 けどこれは何だ。なんだっていきなりこんな異常に襲われるんだよ。

 

「間抜けが、まんまと吸い込みやがって」

「吸い込み⋯⋯っ、テメェ、まさか!」

「おうよ。お前にぶつけたのはビリビモスの鱗粉だ。吸い込んだ途端に、状態異常(バッドステータス)の麻痺を誘発するっつー便利な代物よ」

「状態、異常だと⋯⋯!」

「ケケケ、つくづく鳥頭だなぁヒイロ! この俺の十八番をすっかり忘れちまってやがって!」

 

 ショークの目潰しは、追い詰められかけたが故の足掻きなんかじゃなかった。

 身体の不調は、あの金色の粉が原因。

 吸った人間にバッドステータスをもたらす、ゲームにありがちなユーズアイテムってことかよ。 

 

「クソッ、道具(アイテム)の持ち込みだァ?! んなの有りなのかよ試験官!」

「当然だ。騎士とは剣と盾のみが装備ではない。第一、魔術も可としているのだ。殺傷性に過ぎたモノでなければ我々は看過する」

「残念だったな、この間抜け! そもそもこの俺を前に道具使用を想定してねーのがアホなんだよぉ!」

 

 魔術も有りなら道具だって有り。ぐうの音も出ない正論だった。自分の迂闊さに歯噛みするしかない。

 加えてショークのあの口振り。つくづく姑息というか、小悪党ムーブが板についてる男だよ。

 

「焦ってやがるなヒイロ。その顔見るに、どうやら回復アイテムも持ち込んでねーようだな⋯⋯ケケ、白の魔術素質しか無い無能野郎の癖してよぉ、無用心な野郎だぜ」

(なんでそんな事まで⋯⋯い、いや、元々ヒイロがつるんでた相手だ。知ってたって不思議じゃない)

「デクの癖して素早いその脚をどうしたもんかと悩んじゃいたが、お前のオツムの悪さにゃ助かったぜ」

 

 初見殺しもいいとこだが、引っかかった俺がつけるケチなんてショークが取り合うはずもなかった。

 

「これまで散々俺に生意気くれたお礼代わりだ。たっぷりと嬲ってやんぜ⋯⋯ヒイロちゃんよォ!」

 

 

 

.



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035 愚者の産声

 

 結論から言えば、失態だった。

 まんまとショークをナメたツケを支払われる形になった。

 

「どうしたどうしたぁ! 踏ん張り効かずのへっぴり腰じゃねーかよ!」

「ぎっ、んの野郎⋯⋯!」

 

 アイツは追い詰められるだけの鼠じゃない。

 むしろその血走った(まなこ)は、手傷を追わせた得物を更にいたぶらんとする肉食獣だ。

 その証とばかりに、鱗粉に痺れて動きが鈍る俺へと、宣言通りに刃の潰れたナイフを突き立てて来る。

 

「キヒヒ、正真正銘のウスノロだな。一方的に嬲るってのは気持ちが良いんだぜ、ヒイロよぉ!」

「ぐぅっ!」

 

(状態異常、なんつー厄介な。でも⋯⋯八方塞がりって訳じゃない。少しずつだけど、痺れが取れていってる)

 

 武も技もない無鉄砲な斬撃。

 四方八方から殺到する攻勢に、痺れた身体じゃ防御だけでも精一杯だった。

 防戦一方なのは事実だが、微かながらも身体の痺れが弱まっていくのを感じる。

 多分、ビリビモスの鱗粉には即効性があっても、持続性はそんなに無いんだろう。 

 その証拠に、補強した腕力だけに頼った迎撃に踏ん張りが利いて来た。

 

「なめんなァ!」

「ぐおっ⋯⋯」

 

 踏ん張りが利くなら、止めるしか無かった受けの剣も、こうして弾くまでに出来る。

 ショークの軽い体重ごと弾き飛ばしてやれば、余裕に塗れた表情も焦りに歪んだ。

 

「チッ、もう麻痺が和らぎはじめやがったか。血の巡りの悪いウスラ馬鹿は、これだから嫌になる」

「⋯⋯残念だったな、クソ野郎。今度はテメェが焦る番だぜ」

「焦るだぁ? キヒヒ。寝惚けたこと言ってんじゃねーぞ勘違い野郎が。そうら追加だっ、もう一丁くらえ!」

「っ!」

 

 わずかに見え始めた勝機。

 けれどショークは、その勝機ごと潰さんと今度は"銀色の粉"を撒いた。

 粉の色がさっきと違う。もしかしたら、麻痺とは違う効果のユースアイテムかも知れない。

 

(まずい、息を⋯⋯!)

 

 同じ轍を踏むわけにはいかない。

 慌てて口と鼻を腕で隠して、息を止める。

 けれど奇妙だ。対処法はもうバレてるんだから、てっきりこの隙に攻めて来るのかと思っていたのに。肝心のショークはニタニタと笑いながらも、黙って俺を見てるだけ。

 

(こいつ、一体何のつもりで⋯⋯)

 

 まだ音に出来ない違和感に探りを入れようと、注意深く視界を尖らせた時だった。

 

「⋯⋯っっ、カッ──カハッ!」

 

 急速に喉に襲い来る咳気に、俺は激しく咳き込んでいた。

 

「キヒ、キヒヒヒッ! 馬鹿はつくづく馬鹿でやがんなぁ。そいつはホグウィードの花粉。さっきの鱗粉と違って、息を止めたって対処法にゃなんねーぜ。何故なら⋯⋯」

「うぐ、ゲホッ、ゴホッ! の、喉が⋯⋯!」(こ、今度は喉が、焼けるように、熱い!)

「ホグウィードの特殊な花粉は、付着した傷口に染み込み、状態異常『風邪』を誘発するっ! ケケケ、その喉じゃただでさえちんけなテメェの魔術も、もはやまともに唱えらんねーだろうぜ!」

(く、くそっ。麻痺の次は風邪だって? あの野郎、次から次へと!)

 

 やたらめったら斬りつけて来たのはこれが狙いかよ。

 というか、傷口に染み込む花粉なんてのまで用意してるとは。

 まずい。本当にまずいぞ。

 いくらなんでも、情報のアドバンテージがあり過ぎる。

 

「青の魔術の素質でもありゃ、楽だったんだろうによ。ヒイロの癖に、俺やルズレーに歯向かったからだ。もっともっと苦しめてやるぜ、ヒャッハァ!!」

「ゲホッ、ぐ、ぐうぅぅぅ!」

 

 きっと、俺がこの世界で過ごした月日より、ルズレーやショークとつるんだ年月の方が多い。

 俺の魔術の素質についても把握してるだろう。こっちの手の内はある程度透けてても、向こうの手はちっとも見通せない。

 

(⋯⋯ここまで良いようにやられるなんて)

 

 油断ならない相手だったのは認める。

 俺の迂闊さが招いた自体なのは紛れもないとはいえ、こうも術中に嵌まるなんて。

 馴染みきれてない世界の未知そのものが、俺の敵として立ちがっている気分だった。

 

「いつまで保つか見物だなぁ、えぇ、おいっ!」

「うっ⋯⋯ぐはぁッ!」 

 

 容赦のないナイフのラッシュと、隙間を縫うように放たれた蹴りの一打が、横っ腹に深く刺さった。

 まだ麻痺が残った片膝が耐え切れずに、ついにガクンと崩れて。

 侮った相手に、俺は呆気なく見下されていた。

 

「這いつくばったなヒイロ。やっぱりお前は、地べたが似合ってんだよ」

「ゲホッ⋯⋯く、そ⋯⋯」

 

 完全に勝ったようなつもりになってるショークの声色に、ギュッと唇を噛みしめる。

 敗北感に打ちのめされてる訳じゃない。審判役はまだ勝負の終わりを告げちゃいないし、俺の心だって折れちゃいない。

 こうして片膝をついたままでいるのだって、勝ちを確信したショークが悠々と近付いて来る瞬間を待っているからだ。

 

(⋯⋯本当はこんな手、騙し討ちみたいで好きじゃないんだけど)

 

 少し、爪を噛みたい気分だ。

 代わりに唇を噛み締めたのは、純然たる悔しさからだった。

 分かってる。ここまで追い詰められたのは、俺が自惚れたせいだ。俺自身の侮りと無知さが、姑息と言わざるを得ない手段を取らせる事態を招いてしまった。

 

 かといって、このままむざむざと敗ける訳にはいかない。後悔も反省も後で出来るし、とことんやる。

 でも今は勝つために全神経を傾けたかった。

 本隊行きの為だとかは、この時ばかりはもう、俺の頭の中に無い。

 なにがなんでも勝利を掴む為にと、蛇のような執念で必死に機を窺っていた。

 掌を堅く握り締めながら。

 

「むかつく目しやがって」

「ゲホッ、ゲホッ⋯⋯あァ?」

「癪にさわんだよ、お前ってやつは」

 

 だがショークは、俺にトドメを刺そうとするどころか、忌々しげに怒りに顔を染めていた。

 

「昔っからそうだ、お前は気に障って仕方がねえよ。図体の割には肝が小さい。自分一人じゃなんにも出来ないししようともしなかった、尻馬乗りのウスノロめ」

 

 直前まで優位性に浸り、弱者を嬲る事への悦はどこにもない。

 

「なんなんだ、今のお前は。気色の悪い目をするようになりやがって。なにを小綺麗に頑張ってんだか。見てるだけで健康に悪いぜ」

 

 魂に溜まった泥を吐き出すような声色は。

 重い軽蔑だった。

 

「分かれやデク。今更立ち直ろうったって、小鬼(オーク)天馬(ペガサス)にゃなれねーよ。身の程を思い出せ。卑屈で、腐った目をしてた屑のお前を思い出せ、うぬぼれ野郎」

 

 暗い目だと思った。

 夜闇のような底知れない邪悪じゃない。

 昼間でも路地裏に忍ぶ、ありふれた薄暗さだ。

 

「ヒヒ、なんてな。今更お前が身の程知って、元に戻りたいです〜なんてほざいたって、誰が許すか。お前は俺をコケにした。無能のゴミクズの分際で、唾を吐きやがった。だから徹底的に傷めつけてやるよ」

「⋯⋯ハッ、有り得ねえ妄想語ってんじゃねぇぞ」

「今に妄想じゃなくなるかもな? よく見ろヒイロ。この瓶の中身が何か、思い出せっか?」

「⋯⋯瓶の中身⋯⋯赤い、粉?」

 

 下卑た笑みを浮かべると共にショークが手にもった小さな瓶には、赤い粉が入っていた。

 赤い粉。思い出せるだけの記憶なんてない。

 けど、あれが色彩が強いだけの粉じゃない事なんて嫌でも分かる。十中八九、バッドステータスをもたらすユーズアイテムだろう。

 

「ケケケ。最後のバッドステータスは『頭痛』だ。ベニテングの胞子が誘発する激しい頭痛は、歯向かうって意思(攻撃行動)を低下させる。麻痺に風邪、締めの頭痛で、おまえの心をへし折ってやるさ」

「──へし折る、だと?」

「そうさ、折ってやんのさ。心ごとボキッとなぁ! おまえの分際を教えてやんぜ! ヒャハハハッ!」

「⋯⋯ボキッと、折る、ねェ⋯⋯?」

(⋯⋯⋯⋯心を、折るって?)

 

 途端に、世界が静かになった気がした。

 不思議なこともあるもんだ。

 あんなに目の前で、黒い意欲のままにゲラってる男がいるってのにさ。

 静かになった世界で、握り締めていた掌からサラサラと 金色の粉が零れ落ちていく。砂時計の砂のように。

 片膝をついた際に、床に積もっていたものを密かに掻き集めて作った反撃の一手。その名残が、ただの残骸になっていく。

 

(あぁでも、もう要らないか)

 

 もう要らない。

 たった今、要らなくなった。

 なにせ手段を選ぶ必要が出てきたんだ。

 なにがなんでも勝つつもりだったけど、それじゃあ駄目だ。

 もう駄目になった。 

 

(だって、こいつは言ったんだ)

 

 意志を折るってことは、つまりさ。 

 諦めさせるってこと、だよな。

 諦めさせるってことは、つまりだ。

 

 俺に。この熱海 憧に、主人公であることを辞めちまえって──。

 

 そう、言いたいんだな?

 そういうつもりなんだよな?

 

 そっか。

 そうなんだな。

 

 へえ。

 

 ⋯⋯

 ⋯⋯⋯⋯

 

 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯、────。

 

 

 

 うるさいな、こいつ。

 



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036 小悪党の誤算

 他者より幸福を実感しながら生きるためには、悪どさと小賢しさは必要不可欠だとショーク・シャテイヤは考えていた。

 誰だってそうだろう。自分よりも強い者や偉い者には媚びを売り、弱き者を虐げる。

 人を下に見る人間は最低だというが、人間は人を下に見ることで心の安寧を養う生き物である。

 自分ではない誰かがそうしていれば悪と憤りながらも、いざ自分が加害に回る時には受け手側に悪を貼る。

 生きていくという事は、そういう薄情さを必要としていくものなのだ。

 

 だが自分の醜さから目を逸らして、無自覚のままで居る人間は悪ではない。至って「普通」なのだろう。

 自覚してなお開き直る事こそが「悪」であり、ショーク・シャテイヤは悪党だという自覚があった。

 そういう意味ではショークは自分の身の程をよく知り、弁えられる類ではあるのだ。

 

 小悪党は臆病だ。一人では何も出来ない自分のちっぽけさを知っている。

 だからこそヴァルキリー学園に入学した際に、まず彼は被れる虎の威を求めた。

 

 権力があるといい。けれどあり過ぎると身の破滅を招く。そこそこに呆れられ、それでも無視出来ないくらいの虎の威だと尚良い。

 小賢しい狐は欲して、見つけた。ルズレー・セネガル。騎士社会となったアスガルダムでも力の残る貴族でありながら、本人は高慢であり身の程知らずのドラ息子。高慢具合に難はあるが、何より気前の良い金づるは絶好の的だった。

 並以上の裕福が、媚び(へつら)うだけで付いてくるのだ。ショークからすれば最適であった。

 

 ショークの裕福な生活に、吹いた追い風はルズレーだけじゃなかった。

 

 いつの間にやらルズレーが連れて来た、ヒイロ・メリファーという人相の悪い男だ。どうにも昔からの縁があるらしい。

 大きいのは図体だけで、要領が悪く口下手で、クラスから孤立している惨めな三下だ。彼の身の上を聞いて、ショークはほくそ笑んだ。何故なら、彼はいかにも"底辺"の人間だった。

 こんな自分でさえも見下せるような、小さい男。ルズレーの横暴に付き合う内に、溜まったストレスを発散するにも都合が良い。

 ヒイロの存在は、まさにショークにとって追い風だった。

 追い風だったはずなのに。

 

「へし折るかァ。ゲホッ⋯⋯いいぜ、上等だ」

 

 ある日を境に、木偶(デク)の腐った瞳の色は、強い光を宿すようになり。

 追い風は気付けば、向かい風に生まれ変わってしまっていた。

 

「だったら、俺も折ってやるよ」

「っ⋯⋯へぇぇ。んなボロボロのザマで、一体何を折るって言うんだよ、ヒイロ」

「ハッ、決まってんだろ。とんがり伸びた、テメェの鼻っ柱だよ」

「⋯⋯⋯⋯馬鹿は死ななきゃ治らねーのかよ、ヒイロ」

 

 気に入らなかった。その眼に宿る強い意志が。

 虫唾が走った。敵うはずのない相手(シドウ教官)を前に、それでも決して退かない姿勢が。身の丈に合わない心の強さが。

 

 散々だった。

 決定的に決裂して以降、荒れるルズレーに必要以上の苦労をさせられたし、何故だか他人の不幸から蜜の味が薄くなった。

 何より調練へのひたむきさで、徐々に頭角を表そうとしているヒイロを見る度、並々ならぬ苛立ちが沸くのだ。皮膚ごと胸を掻きむしりたくなる衝動だってあった。

 理由は知らない。知りたくもない。

 無論、許容だけは死んでも出来なかった。

 

 かくして機会は巡り、ショークは人生において初めて、全身全霊でもってこの選抜試験に臨み⋯⋯そして。

 追い詰めた。周到に。這いつくばらせた。徹底的に。

 

 なのに、この男は赦しを請うこともなく。

 身の程を改めることもなく。

 まだ足掻こうとしていた。

 あの忌々しい光を宿した眼で、自分を睨めつけながら、立ち上がった。

 お前なんかとはもう違うんだと──吐き捨てるように。

 

「目を覚ましやがれ、英雄気取りが」

 

 ばら撒いた胞子の赤と、脳を焼いた怒り。どちらがより赤かったかは定かじゃない。

 けどもよろめきながら、降り注ぐ赤を吸わぬように鼻と口を塞ぐ事しか出来ないヒイロの姿に。

 真っ赤な舌が見えるほど、ショークは口角をあげた。

 

 避けることは叶わないからと、ビリビモスの鱗粉と同じ対処法を選んだ事に関しては正解だ。

 しかし、意味などない。大口叩きの身の程知らずはきっと分かっていないのだろう。

 

「ゲホッ、ぐ、くっ⋯⋯!」

「キヒッ」

 

 なんの為に大した魔術も使えないヒイロを"風邪"にしたのか。

 全ては呼吸を著しく乱して、このベニテングの胞子を防ぐ手立てを無くす為である。

 かくして狙い通り、ヒイロは吸った。吸ってしまった。

 

「キヒヒヒヒッ! 残念だったなぁ、風邪っぴき! 思いっきり吸っちまったなぁ、ベニテングの胞子を、大量にぃ!」

「っ、っっ⋯⋯風邪は、これが、狙いか⋯⋯!」

「ヒャッハハハ! 遅え遅え、もう遅っせえよ! 今におまえは激しい頭痛でまともに攻撃すら出来なくなる! 無能のデク野郎が遂に、なーにも出来ないデク人形になっちまったなぁ!」

「⋯⋯ショークゥッ!」

 

 呼吸という生きるための本能に、返って首を締めているヒイロの有り様は痛快だ。

 最高の気分としか言いようがない。

 どう足掻いてみても、ヒイロは己より下。

 覆らない力関係なのだと、知らしてやった。思い描いた通りの形で。

 ならあとはもう思う存分、嬲るだけ。

 

「さあて、お楽しみの⋯⋯弱いもの虐めタイムだ!」

 

 思い知らせてやれるだろう。

 思い知らせてやれただろう。

 結局、間違ってたのはお前の方だと。

 

「たっぷりと後悔しなぁ! お前自身の思い上がりをよぉぉー!」

 

 手の内のナイフを握り締めて、折れたかのように俯くヒイロに殺到したショーク。

 最高の悦楽に浸るその顔は、醜悪の一言に尽きるのだが。

 

 

 

 

「ヒャッハァァァァ──おぶふゥッッッ!?!?」

 

 

 

 拳がめり込み、鼻っ柱が真横に折れたショークの顔は。

 それはもう、見るに絶えないほど醜いモノだった。

 

ひゃ()ひゃんで(なんで)⋯⋯?」

 

 浮かんだ疑問は、辛うじて口には出来はした。

 だが、ベニテングの胞子がもたらす頭痛以上の激痛に、ちっぽけな心が耐えられるはずもなく。

 

 たった一発の拳の前に。

 小悪党の意識は容易く折れた。

 

 

 

 

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037 餓狼か、英雄か。それとも修羅か

 

 

 この闘いにおける誤算をひかされた数は、間違いなくヒイロの方が多かっただろう。

 幸運が味方していたのは紛れもなくショークの方だ。

 姑息であり卑怯でありながらも有効な戦術に、ヒイロがことごとくハマったからだ。

 ヒイロの迂闊さが招いた事態ではある。しかし、形勢を作った一番の原因は、ヒイロの無知さが故だろう。

 彼の魂が辿る経緯を考えれば、やむを得ない事ではある。丸々違う世界の常識や知識を、僅か二ヶ月あまりで網羅する事など不可能だ。

 そういう意味では、ショークの運が良かったというより、ヒイロの運が悪かっただけかも知れない。

 

 闘いの趨勢(すうせい)を彩るものとは、双方の運と情報だ。

 しかし、多少の運の傾きなんてものは、風向きほど容易く覆るものである。

 

 ヒイロはショークを侮った。慢心もあったのだろう。

 相手の手の内を探る前に、迂闊にも身を晒した。故に後手に回り、後一手という所まで追い込まれてしまった。

 無知が故の劣勢。油断が招いた劣勢。忸怩(しくじ)たる思いはあるだろうが、当然の成り行きではあった。

 故になにがなんでも勝たねばならないと、ヒイロは取りたくもない姑息な戦法でもって迎え撃とうとしたのだが。

 

『そうさ、折ってやんのさ。心ごとボキッとなぁ! おまえの分際を教えてやんぜ! ヒャハハハッ!』

 

 ショークの言葉は、彼から姑息さ(ビリビモスの鱗粉)さえ奪った。

 だが、知らなかったのはショークとて『同じ』だった。

 

「激しい頭痛だァ? 笑わせやがる」

 

 ショークには知る由もないだろう。

 今の彼に宿る心を。狂おしいほどに、ヒーローに焦がれる魂を。

 少しでも憧れに近付く為にと、悪魔ですら青ざめるほどの過剰な鍛錬を強いる男のことを。

 常人なら気が狂うほどの激痛ですら隣人としてきたその魂には、痛みをもたらす状態異常など、見知った平常運転であることを。

 

「生憎こんな痛み程度じゃ、この俺はちっとも折れねえぞ」

 

 知る由もないだろう。

 今のヒイロが、最初っから「異常」だなんて。

 バッドステータスというシステムの垣根(まとも)すら越える、尋常ならざる精神性(大馬鹿)だなんて。

 そんな事、ショークに分かりようもない事だ。

 ヒイロを『どうしようもないろくでなし』だと。

 剥がれてはならぬレッテルを貼り付けたまま、理解したつもりで居続けたショークには。

 

 決して、分かりようもない。

 

「⋯⋯チッ、一発で伸びやがって。大口叩きの根性無しが。だが、まァ⋯⋯」

 

 けれどショークの敗因とは。

 果たして不運が故の理不尽だけだったのだろうか。

 無論、否である。

 ショークは不運だったかも知れない。

 ショークは理不尽な目にあったのかも知れない。 

 

『チッ、もう麻痺が和らぎはじめやがったか。血の巡りの悪いウスラ馬鹿は、これだから嫌になる』

 

 だが彼は確かに自らの勝ちの目に気付いていた。

 ヒントを口にもしていた。

 にも関わらず、油断したのだ。

 慢心し、悦に浸り、詰めを見誤ったのである。

 もし、和らいだ麻痺を締め付ける為に、再び鱗粉を撒いていればどうだっただろうか。

 長々とヒイロを挑発して、麻痺が更に和らぐ為の、余計な時間を与えていなければ。

 ヒイロの心を折るなどと口にせず、姑息さを競う土俵にて、最終局面へと詰めていれば。

 ショークは、その手に勝利を掴めたかも知れない。

 

 

「俺の勝ちだぜ、クソッタレ」

 

 

 故に、ここに示そう。

 敗因は、弱者を嬲らずにはいられなかったショークの嗜虐性である。

 狡猾な小悪党、ショーク・シャテイヤは。

 敗けるべくして、敗けたのだ。

 

 

「──選抜試験、第一次!

 

 勝者、ヒイロ・メリファー!」

 

 小悪党とはいつの世も、自業自得で滅ぶもの。

 

 最後の最後まで身の程を忘れ、そして思い知ったのは。

 

 どちらの方かなど、言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

◆ 

 

 

 

 

 

 決着は呆気なかったが、壮絶な戦いだった。

 けれども皮肉なことに、元来の物語からすれば、本筋には一切絡まない舞台の隅での小競り合いである。

 端の端にて行われる、取るに足らない与太話。

 所詮モブ同士の戦いなど、どう決着付こうがどうでもいい話に過ぎない。

 

 ショーク・シャテイヤからすれば悲劇だったのだろう。

 ヒイロ・メリファーからすれば譲れない意志を示す闘いであったのだろう。

 

 だがそれでも、蝶の羽ばたき程度の些細なことだ。

 あくまでこの決着の一端が、物語の筋道を歪めれるほどの影響は、無かったのである。

 

 

 では。

 舞台にてメインのスポットライトを浴びるべきなのは、どこなのか。

 それは論ずるまでもない。

 

「──選抜試験、第三次!

 勝者、エシュラリーゼ・ミズカルズ!」

 

 『灼炎のシュラ』の主人公。

 エシュラリーゼの闘いである。

 

「はぁっ、はぁっ、う、うぅ⋯⋯」

 

 だがその舞台は、ヒイロとショークの闘い以上に盛り上がり所もなく、闘いの決着は実に呆気なかった。

 しかし当然である。分かたれた勝者と敗者。

 彼我の間には、易々と覆らないほどの実力差が存在していたのだ。

 それこそ春の入団試験の際の、ヒイロとシドウの力量差ほどに。

 

「あぁ、あ、有り得ない。こんなこと、あってはならない。平民風情が、この僕を⋯⋯僕は、セネガル家だぞ。貴族なんだぞっ! なのに、なのにぃ!!」

 

 本当に、取るに足らない相手だった。

 いや、本来であれば取り合いたくないもないほどに、どうでも良い相手だった。

 だから告げるべき言葉も無い。

 敗者への興味も、微塵も無かった。

 

「お、おいっ! 待てよ、去ろうとするな! やり直しだ、やり直しをしろ! こんな結果はありえないんだ、この女が、何か卑怯な手を使ったはずなんだ!」

 

 ただ入団試験の前に、不快な想いをさせられた分への借りだけは返せてやれたのだろう。

 シュラがジャガイモと称したほどの貴族の顔立ちは痣だらけで、もはや見るに絶えないほどに醜い有り様だった。

 少しだけすっきりした気持ちは、無くもない。 

 かける言葉も勿体ないと、シュラは地に這う敗者に目を向けることなく、返した踵そのままに演出場を立ち去った。

 

「こんなっ、こんな結果⋯⋯! 僕は、認めない! 認めてなどやるものか!!」

 

 だからもう、遠吠えを届けるべき因縁は、既に舞台から降りている。

 

「後悔させてやる⋯⋯! 僕を見下したことっ! 僕に無礼を働いたことっ! そして!」

 

 けれどそれでも敗け犬は、吠えることを止めない。

 光の(しぼ)む舞台の中心で、狂気に目を宿して叫ぶのだ。

 

 

 

「絶対に、後悔させてやるっっ!!!」

 

 幕が降りきるまで、遠雷の如く。

 

 裁きを願う狂信者のように、叫ぶのだった。

 

 

 

 

 

  第二章 完.



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長女ウルズの人物紹介 VOL.2

 ご機嫌よう皆様、お久しぶりでございます。

 運命の三姉妹が一柱。長女ウルズです

 お話も一段落致しましたので、また新しい登場人物及び既出のキャラクター達の追記情報をご紹介していきたいと思います。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

【No.1】 ヒイロ・メリファー/熱海(あたみ) (しょう)

 

・魔術について

 

 得意魔術、というより唯一使えるのが汎用の白属性のようですね。彼の魔術の師いわく、彼は魔術の才能が乏しいご様子。

 本人はひどく落ち込んでおりましたが、前向き思考の賜物(たまもの)でしょうか。選抜試験の折には既に白魔術の一つを修めておりました。

 他にも習得した白魔術もあるそうです。今後に期待、ですね。

 

 

・精神性について

 

 ヒーローであることを目指す彼の精神性については、今更語るまでもないでしょう。正々堂々を志す姿勢は真っ直ぐではありますが、かといって搦め手を使わない訳ではないご様子。

 ショーク・シャテイヤとの対決の際は「心を折る」という挑発によって正面突破となりましたが、彼の手には密かにホグウィードの花粉が握られていました。

 最初に投擲された際、保険として確保していたのです。ショークが油断して近付いて来た時に仕返す予定だったのでしょう。

 ああ見えて、憧殿は意外と抜け目がないようですね。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

【No.2】 エシュラリーゼ

 

 

・ヒイロへの関心について

 

 誰に対してもそっけない態度ではありますが、ヒイロに対しては他者よりも強い関心があるご様子。

 新米隊士期間にヒイロが鍛錬していた事も、その中身もある程度把握してらっしゃいましたし、彼女自身、直接彼の力を確かめる機会に恵まれなかったことを残念がっているのでしょう。

 今後この関心がどういった方向に変わっていくのか。要注意といったところですね。

 

 

・新たな確執について

 

 ヒイロがショーク・シャテイヤを相手取っていた頃、シュラはルズレー・セネガルと対決していました。しかしショークとの激戦を演じたヒイロとは裏腹に、ルズレーはシュラにまるで歯が立たなかったようですね。

 しかしルズレーは敗北を認めていないご様子。ああいう手合いの執着は思わぬ悲劇を招くものです。シュラ、どうかご注意を。

 

 

・魔術

 

 四原色「赤・青・緑・黄」の内、シュラは「赤の魔術」の素養を持っているようです。剣の技量も相当ながら、彼女はどうやら魔術も得意な模様。流石は原作「赫灼のシュラ」における主人公といったところでしょうか。

 

・口癖について

 

 驚いたりときめいたり許容量オーバーなことがあったりすると「ひぇんっ」と鳴くそうです。乙女ですか。乙女でしたね。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

【No.3】 クオリオ・ベイティガン

 

 

・年齢

 

 18歳。誕生日はピスケスの月(2月)の第二週末。

 

・外見

 

 背丈は170cm前後と平均的ですね。

眼鏡をかけており、緑の長髪をポニーテールにしている男。美形。でも常に無愛想。

 

・服装

 

 騎士団の制服を着用していないときは、くすんだ黄色のくたびれたローブを主に着ているようですね。自分の格好にあまりとんちゃくがないらしく、ところどころほつれていたり靴下の色が左右で違ったりと、意外とだらしないみたいですね。

 

・クオリオについて

 

 生粋の愛書狂(ビブリオマニア)であり、常に学問書を持ち歩くほどに本がお好きな方。読み歩きもしばしばで、その集中力の凄まじさから転んだりぶつかったりする事も多いそうです。

 またヒイロいわく知識自慢薀蓄大好きマンだそうで、自分の知識を夢中になって披露される事もあるとか。いわゆるイケメンな顔立ちなのでしょうが、これは女性的にマイナスポイントですね。

 

・家系について

 

 クオリオの産まれたベイティガン家は『果敢に闘う者』を崇拝するユグ教を信仰するユグレスト家系であり、代々騎士を排出してきた生粋の名家です。

 ですので当然クオリオも騎士としての道を期待され、学者として生きることを許されませんでした。

 

 

・魔術について

 

 四原色「赤・青・緑・黄」の内、クオリオは「緑の魔術」の素養を持つ魔術師です。身体的能力があまり秀でてないかわりに魔術の才が突出しており、保有魔素量、魔術威力共に平均を大きく上回る魔術師でもあります。

 

 

・原作での立場

 

 現時点ではあまり多くの情報を公開出来ませんが、原作においては後に『ユミリオンの悪夢』『凶悪の黄父』とまで呼ばれた狂気の人物となってしまった模様。果たして彼に何が起こったのか。非常に興味深いところですね。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 さて、今回主要な登場人物の紹介はこんなところでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 え? 私達三姉妹についての紹介とかないのか、ですって?

 そ、そんなこと言われましても。妹達はともかく、私なんか紹介しなくても別に⋯⋯地味ですし。

 

 ⋯⋯

 ⋯⋯⋯⋯

 

 そ、その内にしますから、そのうち。

 ですからその、あまり期待せずにお待ち下さい。

 それでは皆様、またの機会に。

 

 

 

 



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次女ヴェルザンディの省略あらすじ VOL.2

 やっほーお久しぶりだねー

 運命の三女神の次女ヴェルザンディーちゃんだよー

 略してヴェルちゃんだよー

 今回もヴェルちゃんがヒイロくんの観察日記をみんなにとばーっと教えていくよー

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

・二章その1

 

 入団テストに合格して、晴れて騎士団の卵としてやっていくことになったヒイロくん。入団式で挨拶してた騎士団長レオンハルトくんを見て、自分もああなりたいって気合入れてたねーメラメラだよー

 でも同じ寮部屋になった新人隊士のクオリオくんに、すっごい嫌がられちゃったよー。ヴェルちゃん知ってる。これは前途多難ってやつですなー

 

 

・その2

 

 クオリオくんがヒイロくんを嫌がってる理由は、昔クオリオくんが不注意でルズレーくんにぶつかっちゃって、その時に大切な本を捨てられちゃったんだって。で、その捨てた張本人がヒイロくんだったみたい。うーん、これは怒っても仕方ないかなー。

 

・その3

 

 昔の自分がやっちゃったことを知ったヒイロくんはその晩、クオリオくんに謝ったんだよー。綺麗な土下座だったなぁ、男らしいよヒイロくんー。

 でも簡単に許してくれなくって、あの日ヒイロくんが捨てた本をもう一度手に入れることが条件だったんだー。むむむ、クオリオくんもなかなかいけずだねー。

 

・その4

 

 一晩明けて、ヒイロくんは本を探しにアスガルダム中の本屋を探し回ってたんだー。そんな時にリャム・ネシャーナちゃんって女の子とお知り合いになってたねー。リャムちゃんは可愛い女の子で、困ってたヒイロくんを助けてあげたいい子だよー。リャムちゃんのおかげで本を手に入れたヒイロくんは、クオリオくんに改めて謝ったんだよー。

 ちょっと素直じゃないけど、許してくれたみたい。クオリオくんも意地張ってたんだねー。んへへ、可愛いなぁ。

 

・その5

 

 クオリオくんと仲直りしたヒイロくん。最近トレーニングの成果が出なくて悩んでたみたいだけど、クオリオくんのおかげでその原因がわかったんだよー。

 なんとヒイロくん、魔素の使い方が分からなくてほとんど生身で鍛錬してたみたい。ちょー凄いよねー。

 そんでそんでねー、なんとクオリオくんが魔術の指導をしてくれることになったんだよー。よかったねーヒイロくん!

 

 

・その6

 

 いよいよ選抜試験当日だよー。ヒイロくんはここでシュラちゃんと戦うことになるって予想してたみたいだけど、ヒイロくんが戦うことになった相手はショークくん。ルズレーくんの取り巻き同士の戦いなんだねー。ヒイロくんはがっかりしてたけど、ヴェルちゃん的には注目の対戦カードだったよー!

 

 

・その7

 

 ショークくんと戦うことになったけど、バッドステータスを付与するユーズアイテムに、ヒイロくん大苦戦だよー。でもでも、ショークくんの挑発にぷっつん来ちゃったヒイロくんが、バッドステータスを気合いで乗り越えてワンパンで勝っちゃったんだよー!

 ヒイロくんすごいねー!

 

・その8

 

 ヒイロくんがショークくんに勝った裏で、シュラちゃんもルズレーくんに勝ったみたい。しかも結構よゆーだった感じだねー。

 でもおかげでルズレーくんにすっごく恨まれちゃったよー。シュラちゃん大丈夫かなー?

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 さてさて、だいたいこんな感じかなー

 ほんとはヒイロくんが普段どんなトレーニングしてるのかとか、一日三食どんなもの食べてるのかとかお風呂で体はどこから洗うのかとか教えよーと思ってたんだけど、ウルズお姉さまがだめーって言うから我慢するよーごめんねー

 それじゃあみなさん、また会おうねー

 ばいばーい!



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三女スクルドの専門用語解説 VOL.2

 わっはっはっはー!閲覧ご苦労である!

 久しぶりであるな。みんな大好き、運命の三女神の愛され三女ことスクルドであるぞ!!

 新章になってからなかなか気になる用語が多く出てきたからのう、今回も余がばっちり解説していく!ありがたく思うのだな!

 あ、御礼にお菓子くれたりしても良いぞ!!

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

【エインヘル騎士団】

 

 アスガルダムの保有する最大戦力で、「騎士」と呼ばれる階級に準ずる者達の組織じゃな。

 騎士団長レオンハルト・シグを筆頭とした大陸随一の戦闘集団であり、主に国内で発生した魔獣事件の対処に当たっておるそうな。

 

 騎士団の隊には種類が全部で三つある。

 ひとぉつ! 『ブリュンヒルデ』

 レオンハルトも属する最大規模の隊で、本隊と呼ばれておる。主に戦闘を担当しており、エインヘル騎士団が大陸最強とも言われる所以じゃぞ!

 

 ふたぁつ! 『スコルグ』

 騎士団における戦線確保、補給物資の調達及び運搬、偵察、アスガルダムにおける騎士団直轄の施設(依頼窓口、図書館、資料館など)の運営も担当しておるな。一番隊員が多いのはこの部隊じゃの!

 

 みいっつ!『ラーズグリーズ』

 魔獣や魔術の研究、保管、"有効活用"。またユグ教との繋がり、国内各地の孤児達の情報を収集しておる。騎士団の一つながら職務内容が騎士っぽくないせいで、あんまり人気がない部隊みたいじゃの。

 

 

 以上の三大隊で構成されておるのが、エインヘル騎士団ということじゃな!

 他にも暗部組織やら各部隊の語り終えてない要素もあるが、これもまたおいおい紹介しようぞ。急くなよ、みなのもの!

 

 

 

【魔素と四原色】

 

 魔素とは万物に宿る力の源ともいえる、この世界を構成しておる基礎原子のようなものじゃな。

 この魔素はエネルギーと言い換えてもよくっての、ヒイロが言ってた通りゲームのMPと同じような役割も兼ねておる。

 より速く、より硬く、より鋭く、より強く。攻守速魔全てに関わっておる要素だからこそ、熟練の武芸者ほど魔素の扱いに長けておるのだな。

 また、魔素には属性があり、全部で六種類ある。

 その六種類の内の四大魔素を『四原色』と呼んでおるようだの。

 それぞれ『火属性』→『赤』

     『水属性』→『青』

     『風属性』→『緑』

     『土属性』→『黄』

 

 と、こういう色分けで呼称されておる。

 

 属性には相性があり、下の図のように矢印の向いてる方の属性には有利じゃぞ!じゃんけんみたいなもんじゃな!

 

 

※赤は青に強く、青は緑に強い。

 

    赤

  ↗   ↘ 

 黄     青

  ↖   ↙

    緑

 

 

 

 

 

 

 

【魔術】

 

 魔術とはそのまま『魔素』を扱う為の『術』のことであるな。四原色に対応した魔術もあるし、他にも汎用属性の『白』、魔獣達が扱う『黒』もある。

 さて、魔術といってもポンと念じるだけで発動はせぬ。魔術を発動させるには、必要なプロセスと補強要素が存在する。今から説明していくので、耳をお掃除してよく聞くのだぞ!

 

 

 魔術において大事なのは呪文と触媒だな。

 魔術とは伝承や伝説、神話が元となって作られておるから、魔術ごとの呪文と触媒も伝説や神話をなぞった内容になっているものが多い。

 

 例えば、赤の下級魔術に『イフリートの爪』というものがある。これをそれぞれ分解して説明すると⋯⋯

 

 

────────

・魔術名

『イフリートの爪』

 

・呪文

『燃やせ、燃やせ、赤のはじまり』

 

・触媒

 火を用意すると、効果が増大する。(蝋燭の火、カンテラの火、燃える松明など)

 

・魔術効果

 炎を現出させる魔術。

 

────────

 

 つまり触媒たる火のついた蝋燭を手に『燃やせ、燃やせ、赤のはじまり』と唱える。その後に『イフリートの爪』と魔術名を発すると、炎を放出することが出来る感じだの!

 

 あ、あと、呪文と触媒が大事とはいったが、優れた魔術師の中には呪文や触媒を省いて魔術を唱えられる奴もおるぞ! いわゆる詠唱破棄ってやつだな!

 だが最上級魔術はどれも触媒や呪文を欠かしては発動しない。その分、とんでもない威力を誇るものばかりだから、お披露目の際は是非とも刮目するのだぞ!

 

 あと四原色魔術のそれぞれの特徴もまとめてみた。

 ざっくりでよいから覚えておくと良いぞ!

 

・火属性の【赤】

『火炎』『発光』『光線』など攻撃的なものが多く、破壊性に秀でておるの!

 

・水属性の【青】

『流水』『回復』『氷結』など応用性があり、環境次第では重大な成果を発揮する事もある属性だ!

 

・風属性の【緑】

『疾風』『雷鳴』『阻害』など広範囲とデバフが主じゃな。主導権を握るに長けた魔術属性ともいえる。

 

・黄属性の【黄】

『大地』『引斥』『豊穣』など汎用性に長けておる故に、王道な砲台火力としても、テクニカルな使い方も出来る属性である!

 

 

 こんな感じじゃの!

 うむ、わかりやすい。流石は余である!わっはっはー!

 

 

 

 

 

【ユグ教】

 

 

 アスガルダムにおける一部で支持されておる信仰思想の名前だの。

 賢しくあれ、強くあれ。

 戦士を祈る者であれ。

 空へと譲った魂に、祈り絶やさぬ者であれ。

 というのが基本の、闘う者を称賛する宗教と思っておれば大体あっておるぞ!

 サーガやエッダを聖書とし、戦いに殉じるものたちを信奉する。愛するものの為に闘い死ぬ、その滅びの美学を良しとする、ちょっとイッちゃってる感じの思想でもあるの。

 信者は羽飾りのバッジを胸元に付け、司教や神父は羽飾り付きの司教帽を被っておるのが特徴だな。各地に教会が立っておるのだが、これらは孤児院を兼ねてることも多いとか。

 また、熱心な教徒をユグリストと呼ぶそうだぞ。クオリオの家系であるベイティガン家もこのユグレストであるな!

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 ふいー、今回はこんな感じだな!

 なかなかに重要な設定が目白押しだったからの、余は疲れた。みんなもよくぞついて参った、褒めてつかわすぞ!

 さて!仕事も一段落終わったとこで⋯⋯ご褒美の時間じゃ!

 さあ!お菓子を余に捧ぐのである!さあ!さあー!

 

 ふぇ、ウルズ姉!? なんでここに⋯⋯え!ご褒美お預け!?何故じゃ!?え、じあん発生するかも?!それに多分用意されてないじゃと?!そ、そうとは限らんであろ⋯⋯うわわわ引っ張るでない!

 おのれ、おのれええええええ!! 次の機会には必ずやあぁぁぁぁ!! うわぁぁぁぁぁん!!!

 

 

 

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038 大胆な告白は主人公の特権

『拝啓、お兄ちゃんへ。

 どうも、妹のサラです。いかがお過ごしでしょうか?

お兄ちゃんがあのブリュンヒルデに入隊するという話で、今、村中が大騒ぎです。

 村長が私のところに、奥さんが作ったパンとか畑で採れたお野菜をお裾分けだって持ってくるようになったよ。お兄ちゃんの活躍を期待してるとか、お兄ちゃんはヘルメルの誇りだ、ってさ。

 大人達の反応も今までから掌返したみたいで、なんか露骨な感じ。素直に喜べない私が悪いんだけど。ごめんね。

 それと、村の女の子の何人かが、お兄ちゃんのことについて気になってるみたい。玉の輿とかなんとか言ってた。

 男の子の方はなんか、けっこう複雑っぽい。何人かは、あんなやつがなんで、とか賄賂や不正がどうとか言ってるけど。

 多分やきもちだね、サラには分かるもん。だって女の子が騒いでる時に、毎回恨み節を言ってるもの。

 ああでも、ちゃんと尊敬してくれてる男の子達も居るよ。例えば三軒隣のセルモくん、覚えてる?

 あの子、僕もお兄ちゃんみたいになりたいからって、お兄ちゃんみたいに庭で木剣振ってるよ。

 まぁ、なんというかそんな感じ。皆ちょっとそわそわしてて、なんだか私の方まで落ち着かないよ。

 そういえば手紙にあったけど、本隊入りまで少し長めのお休みが貰えるんでしょ?

 だったら村を安心させる意味でも、一度は顔を見せてくれたら嬉しいかなって。うん。

 お兄ちゃんの好きなご飯作ってあげるからね。

 

 あ、それと追伸。

 騎士として頑張るのも大事だけど、恋人も頑張って作ってね。そして出来たらちゃんと紹介すること。ね?

 サラ・メリファーより』

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「ふん。最後は余計だ、世話焼きめ」

 

 読み終えた手紙を丁寧に畳めば、ふわっと前髪を撫でる爽やかな風。

 清浄な自然の気遣いに、俺はフッと頬を緩めてティーカップの紅茶を一口啜り、目を閉じ思った。

 

 俺の妹、可愛すぎてやばくない?

 

(⋯⋯サラ。俺は今、世界の理の一端を見たよ)

 

 なるほど妹萌えとはこういうものか。

 なにこの、ちょっといじらしい感じ。っべーわ。超可愛いやん。生まれてこの方一人っ子の俺にはとんでもない破壊力だ。ヒーローを志す俺にシスコンへの道をちらつかせる程であった。

 

「⋯⋯あんたの顔で急にニヤッとされると、紅茶の味が悪くなるんだけど」

 

 だがしかし。

 珍しく感情が無表情フィルターをぶち抜いたんだろう、俺のニヤけ面は喫茶店で同席している麗しき灰銀髪の少女をドン引きさせてしまったらしい。

 うん。まぁ、少女っつってもシュラなんですけどね。

 

「妹と手紙で近況報告、って聞くだけならそう変な事もないはずなのに。不思議よね」

「何がだ」

「あんたの顔だと犯罪臭がするわ」

「んだとテメェ。人の顔に一々ケチつけやがって。嫌なら失せやがれ」

「ふざけんな。先に此処の食事を楽しんでたのはアタシ。なんで後から来たあんたのせいで席を外さなきゃならないのよ」

「このアマがァ⋯⋯!」

「なによ悪人相⋯⋯!」

 

 紅茶とケーキを挟んで睨み合う、俺とシュラ。

 貴女と私。美女と野獣。ジェミニの月の11の晴れ空。

 新米隊士が編隊されるまでの、空白期間の午後のことである。

 

 一次戦でショーク相手に苦戦を強いられた俺ではあるが、ショーク戦での油断大敵を教訓として挑んだ二次戦、三次戦では、割とさっくり勝ち抜けた。

 クオリオとの魔術修行の成果もあっての事だろう。

 見事にブリュンヒルデ行きを掴んだ俺は、鼻高々に妹に手紙を出し、修行を(おこた)ることなく励んでいる。

 今日もバチッと朝のメニューをこなし、こっちの郵便局に顔を出して妹からの返信を受け取った。

 そんで手紙を読むついでに腹ごなしを兼ねて、良さげな喫茶店を見つけたのだが、まさかの満席。

 相席ならということで連れられた先のオープンテラスで、こうして睨み合ってる女と再会する事になった次第である。

 

「で、なんでまだ欧都に居るの? 確かあんたって、麓の村からの出よね。ハーメル、とかなんとか。帰省しないの?」

「ヘルメルな。そのうち帰るつもりだが、今は少しでも強くなる方が大事なんだよ、俺はな」

「頭悪そうな台詞ね。別に鍛錬くらいなら村でも出来るでしょうに」

「そーでもねえ。辺鄙な村だからな、武術はともかく魔術を鍛えんならこっちに居た方が必要なもんがすぐ入る」

「へえ。なら、クオリオは? あんた、あいつにいつも魔術教えて貰ってたじゃない。最近見かけないけど」

「あァ? あいつなら実家に連れ帰られてんぜ。力づくでな」

「ち、力づくで?」

「おぉ。なんでも実家に戻って来いって言われてんのに無視しようとしたみたいでな。実家の使いだとかいう連中に引きずられて行きやがったぜ。ったく、おかげで修行の効率が落ちちまった」

「そ、そう。あいつも大変なのね」

 

 悪態をつきながら、あの時の光景を思い浮かべる。

 クオリオがそこそこ良い家の出って事は知ってたけど、まさか実家のメイドやら執事達に強引に拉致られるとはなぁ。

 あの時半泣きで助けを求められたがスルーした俺に、憎まれ口を叩く資格はないのかも知れない。

 きっと拉致るほどに息子の顔が見たかったんだろう。

 なら俺が出しゃばるのは野暮ってもんだ。俺は悪くない。

 決して美人なメイドに「坊っちゃま」って呼ばれたのが羨ましかったとかじゃあないよ。ホントだよ。主人公は嘘つかない。

 

「って、クオリオが居ないなら別に村に戻っても良いんじゃない。帰りたくない理由でもあるの?」

「んだよ、やけに踏み込みやがるじゃねえか」

「⋯⋯別に。ただ、それならあんたの暑苦しい顔を見なくて済むってだけ」

「ケッ、好き放題言いやがって。だが、残念だったなシュラよ。こっちに残る理由はあんだよ。より高みを目指す為の秘策って奴だ」

「別に悔しがってないけど⋯⋯って、秘策?」

「おォよ、秘策だ。とびっきりのな⋯⋯⋯⋯ン、待てよ。そうか、ここで会ったんなら丁度良い。むしろこいつが、巡り合わせってやつか」

 

 ここで意気揚々と暖めていた考えを披露しようとした俺に、電流走る。

 実は秘策なんだが、ちょっと困った問題があったのだ。

 しかしそれは目の前、怪訝そうに首を傾げるシュラの協力があれば、簡単に解決するかもしれない、と。

 閃いた俺に迷いもなかった。

 空いたシュラの華奢な掌を、ガッと両手で包み込み、そして。

 

「シュラ、俺と来い。俺と付き合え」

「⋯⋯ひぇんっ?!」

 

 告白した。

 

 唐突な告白は、主人公の特権である。

 なお、きょとんと丸くなるシュラの紅い瞳は、その時ばかりは刺々しさを忘れていて、ちょっと可愛かった。

 

 

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039 騎士団の腐敗

「つまり、ユーズショップに案内して欲しいってことでいいのね?」

「⋯⋯あァ」

「フン、なら最初からそう言えば良いでしょ」

「お、おゥ」

 

 思い切り踏み抜かれた足の激痛を必死に堪えながら頷く俺に、シュラはムスッとそっぽを向いた。

 しかも腕組みながらの指トントン。どう見てもまだ苛怒りが収まってないです、本当にすいませんでした。

 ちょっと言い方ミスっただけなんだけど、流石に手をガッと握ったのが不味かったのかもしれん。

 やはりライバル枠といえど乙女だと言う事か。目付きは鬼みたいに尖ってますが。

 

「にしてもビリビモスの鱗粉、ホグウィードの花粉、ベニテングの胞子⋯⋯確かにあまりショップにも並びにくいラインナップね」

「心当たりねぇか?」

 

 案内をわざわざ頼む理由は、俺がまだ地理に詳しくないってのもあるが、求める品が四原色の魔術の触媒に使われるものでもあった。

 だから、赤の魔術師でもあるシュラなら心当たりがあるのでは、と思い至った訳だ。

 

「一応、贔屓にしてる店にはあったと思うわ⋯⋯けど、何に使うつもりよ。触媒に使うにしても、あんた魔術は白じゃない」

 

 心当たりはあったらしい。

 けど、さも秘策みたいに勿体ぶったからだろう。白魔術には触媒が不要ってのも引っ掛かったらしい。

 腑に落ちてない顔でジロリと俺を睨む赤眼。肝心な部分に良い加減触れろと、まどろっこしさを嫌う眼が物語っていた。

 

「一体、何するつもりなの」

「はン。決まってんだろ。使うんだよ」

「使うって、誰に?」

「俺にだ」

「⋯⋯は?」

 

 勿体ぶるのを止めたら止めたで、唖然とされた。

 まぁ、そういう反応になるよな。自分に状態異常アイテムを使う。普通に考えれば訳が分からない。

 だがこれこそ、俺の天才的発想が閃いた秘策なのである。

 

 選抜試験を勝ち抜いた後に、ふと俺は考えた。

 ショークは強敵だった。俺が油断していたのもあるけど、あれだけ苦戦させられた相手だ。実は単なるモブじゃないのでは、とあいつへの評価を改めたのは当然である。

 だが、そんなショークの最後は実に呆気なかった。なんせワンパンでノックアウト。あんだけ手強かったのに何故。

 俺は訝しんだ。そして閃いた。

 あの時の俺、覚醒してたんじゃね?──と。

 

「え、は、意味分かんない。頭でも沸いてるの?」

「大真面目だコラ。必要なんだよ、俺が強くなる為には」

 

 言葉通り大真面目だ。

 だって今になって冷静に考えてみれば、ベニテング食らった後の俺ってちょっとおかしかったし。

 

 頭痛は感じたけど、攻撃する意志はちっとも折れてなかった。頭痛の状態異常が相手の攻撃力を著しく下げるっていうなら、何故ショークをワンパンで倒せたのか。説明がつかない。

 

 つまりだ。

 追い詰められた俺が、知らぬ間に覚醒したんじゃね? と思うのは至極当然の流れだろう。

 シドウ教官との闘いでは発生しなかった覚醒イベントが、遅れてやってきたんだ。だってヒーローは遅れて来るもんだし。有り得る。予想外のピンチに覚醒、それもまた主人公らしいじゃない。

 シュラが相手じゃないと知った時にはがっかりしたもんだったが、選抜試験が重要イベントと睨んだ俺の眼は正しかったようだな!

 

 そうと分かれば、俺が覚醒した能力は果たして何かを把握しなくちゃならない。

 残念ながら試験の前後で何かが変わった自覚は俺には無い。新たな力はきっと、再び俺の中で眠っているんだろう。

 ならば、もう一度あの時と同じ"状態"まで追い込めば⋯⋯と、俺は閃いたって訳だ。いや我ながら天才かと。

 でもまぁ、ここらの事情が分からないシュラからすれば変人呼ばわりも仕方ない。

 至って真面目な俺の物言いに、シュラは形の良い眉を八の字に潜めていた。

 

「強くなる為にって⋯⋯麻痺に、風邪に、頭痛にわざわざかかって、何が強くなるっていうのよ」

「鈍いなテメェ。人間っつうのは追い込まれて真価を発揮するって奴だ。だから自分で自分を追い込む。追い込んだ先に、強くなれる可能性があんなら、試す価値は充分だろうが」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 フィルター効果は相変わらずだけど、言いたい事は大体あってる。

 ライバルへ意地を示す主人公ムーブが、果たしてこの可憐な強敵にどう伝わったかは定かじゃない。

 シュラはどこか遠くを見るような目をしながら、風船が萎むように溜め息を吐いた。 

 

「⋯⋯ならもう、これ以上は聴かないであげるわ。それじゃ、これ」

「あァ?⋯⋯伝票?」

「案内料よ」

「⋯⋯おう」(ちゃっかりしてんなぁ)

 

 納得は仕切れてない顔だが、どうやら案内はしてくれるらしい。ふいっと顔を逸らす辺り、なんだか照れ隠しのようにも見えなくなかった。

 そんな訳で俺は紅茶一杯とケーキ一つ分の伝票を受け取り、善は急げとばかりに会計を終えたんだが。

 

 

『待って、待ってください! 本当に困ってるんです! お願いします。どうか、どうか依頼を!』

「⋯⋯ん?」

「どうしたの?」

「いや⋯⋯なんか揉めてねえか?」

 

 長閑な午後の空気にそぐわない、張り詰めた女性の声が聞こえた。

 音を辿ってそっちを見れば、なにやら大きな建物の門前で四十代くらいの女性と騎士らしき男が揉めているようだった。

 

「あそこは確か、騎士団の施設じゃなかったか? なんの施設だったかは忘れちまったが」

「⋯⋯騎士団の依頼受付所よ。民間専用の窓口のね」

『ええい、しつこいぞ。規則は規則だ、罷りならん』

『そこをどうか! お願いします!』

 

 依頼受付所ってことは、実動部隊のブリュンヒルデとは別の管轄なんだろう。

 しかし、あんなに必死に縋りつく女性の懇願に、騎士はまるで聞き耳を持とうとしない。

 事情は分からずとも、見てるだけでも胃腸を焦がすような気分にさせる光景だった。

 

「あれはどういう状況だ」

「⋯⋯どうせ、割に合わない嘆願だったから門前払いしてるんでしょう」

「割に合わねーだと?」

「あの人の格好見れば分かるでしょ。多分、辺境の村の出。騎士団に依頼しようとしたけど、依頼内容の難しさに見合ったお金を持ち合わせなかった、ってところじゃない」

「⋯⋯高額の案件なら、受けずに放っとく方がやべえんじゃねぇのか」

「そうね。けど珍しくもない事よ。そう、この国じゃありふれた光景」

 

 陰りを見せた表情を俯かせながら、シュラが一歩を踏み出す。

 だがその爪先が向かうのは、揉め事が起きている施設とは全然違う方向で。

 

「さっさと行くわよ」

「な⋯⋯テメェ」

「っ」

 

 てっきり介入しに行くのかと描いてた想像とは別に、むしろ見ないように顔を背けてシュラは走り去ってしまった。

 

「くそっ、案内役が急に走んじゃねぇよ」(ちょっ、待てって!)

 

 一見、薄情な行動にも思える。

 でも去り際、黒濡れた横髪から見えたシュラの表情は、込み上げる衝動を無理矢理蓋をするような切実さがあって。

 主人公なら、ヒーローなら。

 真っ先に困ってる人の元へ向かうのが、絶対正解なはずなのに。

 

「⋯⋯チッ、なんだってんだよ」(あいつ、どうしたんだ⋯⋯?)

 

 悪態を吐き捨てながらも、俺は急ぎ足でシュラを追いかけるのだった。

 

 

 

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040 コルギ村のハウチ

「ご利用ありがとうございましたーだよー。シュラちゃ⋯⋯おねーさんもぉ、ヒイ⋯⋯おにーさんも、またご贔屓にねー」

「お、おう」(ひいお兄さんってなんだ⋯⋯?)

 

 朗らかな店番の声に背を押されてショップの扉を潜れば、カランコロンと取り付けられたベルが鳴る。

 遠くの方では少し茜に染まりだしたおやつ時の空は澄んでいた。 

 シュラが教えてくれたショップでの買い物だけど、欲しかったものはきっちり全部手に入った。入ったのは良いんだけど、ショップの店員さん、ちょっと変わった人だったな。

 俺みたいな見た目でも凄いフレンドリーに話しかけてくれたし。語尾を間延びする癖もおっとりしててグッド。

 なにより可愛いかった。なんかちょっと人間離れしてるレベルで。若干雰囲気がノルン様と似てる感じもしたな。

 

「⋯⋯口が上手ぇ店番ってのは厄介だな。あれこれと押し売りやがって」(めっちゃフレンドリーだったなあの店員。凄い可愛かったし)

「まんまと余分に買わされた奴の台詞じゃないわね」

「チッ。テメェが贔屓にしてるからって油断したぜ。騒がしいのは嫌いな性質(たち)だと思ってたんだがな」

「好きじゃないわ。けど品揃えも品質も良いから、背に腹は変えられないのよ」

 

 けども買い物を終えた俺達の空気は、明るいものとは言えなかった。さっきまではあの店員さんがトークで場を保たせてくれたってのもあるけど。

 まぁ俺達二人じゃ明るく和やかな空気って方が変だろう。雰囲気をいつも以上に重くしているのがどちらかは、言うまでもない。

 

「もう用事は済んだし、帰るわよ」

 

 ぽつりと呟いて歩き出す背中を追いかけながら思うのは、あれから合流した後のこと。

 ガイド役を務めてはくれたけど、シュラは露骨に口数が少なくなっていた。

 多分、さっきの依頼所でのやり取りに思うところがあるんだろう。

 今は口数が多少戻ったとはいえ、合流したばかりの時は返事は精々、一言二言。

 まるで昔の傷を見られまいとするような、気の強い少女には似合わない、繊細な拒絶の仕方だった。

 

(主要キャラだし、何かしら込み入った事情なり過去なりがあるんだろうけど⋯⋯どうしたもんかね)

 

 作られた壁を壊すのも主人公らしさというけども、如何せん踏み込んで良いものか。

 下手に詮索して仲違いなんてこともありそうだし。

 例えばクオリオ相手の時みたく、男同士なら遠慮なく突っ切れるんだけど。ライバルとはいえ少女のシュラ相手じゃ躊躇(ちゅうちょ)無しには行けなかった。

 

 そんな風に踏ん切りつかない間に、気付けば大通りへと戻って来た頃だった。

 

「あの! そこのお二人、少しお待ちください!」

「⋯⋯?」

「あァ」

 

 大通りへの入り口辺りで、俺達は急に呼び止めたられたのだ。

 

「ええと、貴女が⋯⋯エシュラリーゼさん、でしょうか?」

「そう、だけど⋯⋯」

 

 呼び止めるなり、シュラの名前を縋りつくように確かめる謎の女性。

 口振りからしてシュラとは顔見知りって訳じゃなさそうだし、当然俺も知らない。

 けれどその女性の、切羽詰まった剣幕には見覚えがあった。

 

(ん? この人って、さっきの⋯⋯)

 

 くたびれた緑の衣服。痩せこけた頬。必死な様相。

 間違いない。あの時、依頼受付所で揉めてた女性だ。

 

「私はハウチ。ここより北東に十里ほどにあるコルギ村の村長です」

 

 ハウチと名乗った女性は、突然のことで僅かに狼狽えるシュラの手を取り、赤く腫れた両目を潤ませながら懇願した。

 

「貴女は優秀な騎士の方だとお聞きしました!

 お願いします、どうか、どうか私の村をっ⋯⋯コルギ村を、お救いくださいっ!」

 

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041 情けはヒーローの為になる

「子供の連続失踪事件?」

「はい⋯⋯」

 

 雲の向こうにはもう星がちらついているほど、すっきりと赤く焼けた夕空。

 けれどもコルギ村の村長と名乗った女性の頬は、火照らす夕陽を浴びても尚、悲嘆に青く冷めていた。

 つっても、これでも落ち着かせた方なんだよな。

 出会い頭の時には、もう蒼白と言っても良かったぐらいだし。狼狽(ろうばい)しきりのシュラに懇願してばかりだったハウチさんを、なんとか(なだ)め、とりあえず事情を聞く流れになったんだけど。

 

「ことの始まりは1ヶ月ほど前。村民の一人娘が、付近の森に山菜を取りに出かけたきり帰って来なかったのです。娘の両親の嘆願もあり、村の男手を募って捜してみたのですが、結局見つけられず⋯⋯更に二週間後に、また新たに村の商家の三男が行方不明となってしまいました」

 

 連続失踪事件。

 現代でもいくらでも起こり得てたのに、どこかフィクションのようにも感じる物々しい響き。

 けど、悲嘆にやつれるハウチさんの黒ずんだ目元が、本当にあった悪夢だと存分に物語っていた。

 

「その更に一週間後に、また一人の子供が行方知らずとなり、私は村の子供達に外出を禁じました。失踪したのはみな子供であり、村の外で居なくなっていましたから。でも⋯⋯その、5日後のことでした」

「また居なくなったのか?」

「ええ。ですが、奇妙なのです! 居なくなった子は村の外には出ていない。それどころか、相次ぐ失踪で怯えていたその子は当日の深夜、"母親の腕の中でしがみつくように眠っていた"と。なのに翌朝、母親が目を覚ました時には、もうどこにも⋯⋯」

 

 あまりに不可思議な話に、唸らざるを得ない。

 外出を禁じる前ならまだ失踪事件と云える。でも最後の一件に関しては、もう失踪や誘拐というより消失じゃないか。明らかに普通じゃない。

 大人しく話を聴いていたシュラも同感らしく、怪訝そうな表情で俺に目を配らせてきた。

 

「魔術か?」

「さぁ。けど聞いた感じ、人為的とは言い難いわね」

「言い切れんのか? 盗賊団とかの線はまだあんだろ?」

「非効率だからよ。人攫いなら、子供をわざわざ期間をあけて一人ずつ、なんて手間をかける必要なんてないわ。まして過敏になってる母親や子供に気付かれずに、子供だけを攫うなんて真似が出来るなら尚更よ」

「ならなんだってんだ」

「人ならざるモノの仕業、なんじゃないの」

(⋯⋯魔獣、ってやつなのか)

 

 言外に含んだシュラの推測を、心内でなぞる。

 魔獣か。何度も耳にしていながら、俺がまだ一度も遭遇していなかった人間の天敵。

 目的も生態も大部分が明らかになっていない不気味な存在だって話だけど、この難事件には本当に魔獣が絡んでいるんだろうか。

 あと、子供達が失踪するペースも気になる。

 最初の失踪事件から、明らかにスパンが短くなっている。ってことは被害は日に連れて増大していきかねない。

 最悪、集落の存亡にだって関わる。ハウチさんが藁にも縋る想いなのも当然だった。

 

「もう、私達にはどうすることも出来ませんでした。こうなってはもう、エインヘル騎士団にお願い申し上げるしかないと、こうして欧都へと依頼に来たのですが⋯⋯」

「相手にしてもらえなかったって訳ね」

「は、はい。魔獣の可能性がある依頼の案件だと、依頼料も釣り上がるそうでして。冬を越したばかりの貧しい村には、とても払える額ではありませんでした」

「ンだよ、そのクソみてえな理屈は。縋る奴の足元見てどうすんだ」

「わたしだって同感よ。でも、これが騎士の現状なの。目先の金銀の為なら、遠い誰かの未来が消えるとしても目を逸らす事だって平然とするわ」

 

 耳を疑った。

 一部の騎士の腐敗がどうってのはなんとなく察していたし、入団試験の不正試験官の件だって忘れてない。

 でも流石にここまで酷いとは思ってなかった。学園じゃ魔獣と闘うのも騎士の役割だって教えてたのに、現実はこれかよ。

 騎士の全部がそうじゃないのかも知れないが、だからと言って納得してやれる気にはなれなかった。

 

「お願いします。この欧都とは比べるものもない、ありふれた小さな村の一つではありますが、私の愛しき宝なのです。どうか、お救い下さい。どうか、どうか⋯⋯!」

 

 彼女からすれば最後の砦なんだろう。

 シュラの前へ跪き、懇願と共に身を伏せるハウチさんは泣いていた。

 騎士への怒りではなく、迫る絶望を前にどうする事も出来ない悲哀の涙だった。

 事情は分かった。心も決まっていた。

 だからこそ泣き縋られながらも動けないシュラを遮るように、跪くハウチさんを立たせようと手を差し伸べた時だった。

 

「ねえ」

「なんだ」

 

 俺の背に投げられたのは、感情を無理矢理殺したような、冷たいシュラの声だった。

 

「アンタ、依頼を受ける気?」

「だとしたら?」

「分かってんの? あたし達は本隊入りを控えてる身、まだ正式な騎士の身分は持っちゃいない。勝手に依頼を受ければまず間違いなく罰を受けるし、最悪、騎士の称号も剥奪されるかも知れないわよ」

 

 シュラの言い分はもっともだ。

 俺達は騎士とはいえ配属の決まっていない、いわば仮称号身分。だから勝手に正規の手順を無視して依頼を受ければ、厳罰処分になるのは俺も分かっていた。

 

「剥奪か。そいつは困んな」

「だったら」

「────だがな、シュラ」

 

 最悪、これまでの苦労が全部水の泡になるかも知れない。それは困る。困るけれども。

 もっと困ったことに、俺の心はとっくに決まっていた。

 

「俺は、俺の取るべき道だけは、絶対に間違わねえ」

「⋯⋯なんでそんな事、言い切れるのよ」

「んなもん俺が、この物語のヒイロだからだ」

「⋯⋯は? なによそれ、意味分かんない」

「結構だ。俺だけが分かってりゃ良い事だしな」

「⋯⋯意味不明な上に、傲慢」

 

 傲慢。言い得て妙だ。でも主人公ってのはある程度、傲慢にならなくちゃ務まらない。

 主人公なら。ヒーローなら。俺の憧れる夢なら。

 ここで保身に逃げるなんて選択肢は、絶対に有り得ない。

 だったらもう道は一つだ。

 単純で良い。

 

「後悔するかも知れないわよ」

「ここでこの手を取らねえなら、どっちにしろ同じ事だ」

「⋯⋯あっそ、もう良いわ」

 

 第一、俺はグダグダと考えるのは苦手だし。

 ならもう堂々と、困ってる人に手を差し伸べてやろう。 

 いつかと同じ夕暮れ時に。

 今度は腫れも傷もない顔で。

 代わり映えのしない決意を、灰銀髪の少女へ告げた。

 

 

「前にも言ったけど、あんたってほんと、暑苦しいやつね」

「ハ。うるせぇぞ冷血女」

「暑苦しい馬鹿よりマシよ」

 

 俺の決意の固さに、どこか一歩引いた姿勢を取っていたシュラも、折れさせるのは無駄と分かったんだろう。

 どこか諦めたように溜め息をつくと、長い銀髪を茜に染めて、シュラは俺に一歩迫った。 

 

「あたしも行くわ」

「⋯⋯あァ? 別に頼んでねぇよ」

「うるさい。どうせあんた一人じゃろくに問題解決出来ないでしょ。なんせ馬鹿だし。ばーか」

「テメェ、取ってつけたように二回も言いやがったな!」

「二回も言わせたあんたが悪い」

 

 ぷいっとそっぽを向きながらも同行を申し出るシュラの態度は、ちょっと意外だった。

 メタ的な視点で考えれば、てっきり俺一人で事に当たるもんだと思ってた。

 だってこれ、主人公とライバルの共闘だし。

 まさかこんな序盤でそんな熱い展開になるとは、なかなかに大盤振る舞いじゃないか。

 意外ではあっても、悪いことじゃあない。実際、華奢で可憐な見た目に反して、味方であれば相当に頼もしい奴だ。

 拒む理由なんてどこにも有りはしなかった。

 

(さーて、ヒーロータイムと行こうじゃないか!)

 

 そうして、差し伸べた手が一つから二つに増えて。

 空が夕焼けから夜に移ろうように、ハウチさんの目が悲嘆から希望に染まり行く。

 ただそれだけの事になんだか嬉しさを覚えたのは⋯⋯

 もう焦がれるだけの夢じゃない。

 そんな実感を、しっかりと肌で感じられたからなのかも知れない。

 

 

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042 アッシュ・ヴァルキュリア

 

 明くる日の空。

 静けた夜が明け、瑠璃色が朝露に乾き始める早朝。

 欧都の治安維持の為にと巡回の任についていたシドウは、アスガルダムの玄関である国門を訪れていた。

 

「これはシドウ殿、巡回任務、お疲れ様であります!」

「うむ。貴殿の方は変わりないか?」

「はっ! 」

 

 厳格な性格故に心暗い者に煙たがれ、余計な苦労を背負い込む事の多いシドウである。

 しかしその分、人望は厚かった。

 門番を務める若き騎士もまた、シドウに対し信を置く人物である。

 

「恒例の春の入団、選抜も共に終わりましたね。入団試験の際は、確かシドウ殿が筆頭教官を務められたそうですが」

「うむ。波乱はあったが、中々に見所のある者も居た。出来れば選抜前の強化期間にも指導してやりたかったのだが」

「シドウ殿もお忙しいですから仕方ありませんよ。しかしシドウ殿ほどの方に一目置かれるとは、今季の若手は豊作なのでしょうね」

「さて、どうであろうな」

 

 人付き合いが得意ではないシドウではあるが、嫌いではない。

 むしろこういう顔馴染みと費す、何でもない時間を憩いとするだけの器量はあるのだ。

 だがその間にも、独眼は鋭さを保っている辺り、彼の厳格さは折り紙付きと言えた。

 

「若手といえば、つい先程に里帰りの為と門外に出た者達が居ましたね」

「⋯⋯ほう。編成期間まで後一週間と迫る期にとは、少々悠長だな」

「まぁ、正式に騎士となる前ですから。郷愁に駆られる気持ちは分かりますよ。しかし若手ながら、どうも存在感のある者達でして。こちらの二名なのですが、ひょっとしたらシドウ殿もご存知なのかも知れませんね」

「⋯⋯む。ヒイロ・メリファーと⋯⋯エシュラリーゼ、だと?」

 

 他愛のない会話の一添えのつもりだったのだろう。

 門番が差し出した届け出に記載された名は、偶然にも見所があるとシドウが見定めた二人であった。

 とはいえ、それだけであれば両者の意外な繋がりに多少驚く程度であったのだろう。

 揃って門外へ出るともなれば、或いは懇ろな関係なのかも知れぬと、珍しく微笑ましさを覚えていたかも知れない。

 だが、届け出の書類を手に取るシドウの顔付きは険しかった。

 

「貴殿に問う。外出届けには"里帰り"とあるが、確かか?」

「え? は、はい。帰郷の為にと、両者の口から直接申請されましたが」

「⋯⋯門外には馬車で、とあるが?」

「えぇ。十里ほど離れた村の者が丁度雇った馬車に乗せて貰うとの事で。本人も了承しておりましたが⋯⋯ひょっとして、何か問題が?」

「⋯⋯⋯⋯いや」

 

 一見、問題はない。だが不自然と言う他なかった。

 まずヒイロは麓の村の出であることはシドウも把握していたから、馬車に乗る必要性を見い出せなかった。

 楽である事に代わり無いが、だからといってこんな早朝からの外出。

 どうにも腑に落ちないが、何かしらの事情と言えなくもない。

 

(里帰りもなにも、エシュラリーゼの故郷は⋯⋯)

 

 だが、シュラに関しては別だった。

 とある人物からシュラについての情報をある程度聞かされていたシドウは、全てではないが、知っていたのだ。

 エシュラリーゼにはもう、"帰る故郷など無い"ことを。

 

 

「⋯⋯⋯⋯妙な事に、ならなければ良いがな」

 

 

 

 届け出を門番へと返しながら、独眼はそっと彼方を睨む。

 夜は明けても、まだ星も薄い灰色の空。

 いずれ蒼に隠れる前の白い月に、ちぎれた雲が侵すように指先を伸ばしていた。

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 流れる風景。青々とした空。

 揺れる草花の街道を、ガタンゴトンと馬車が行く。

 みたいな導入で始まれば、少し古風な文芸作品の情緒の一つもあったんだろう。

 馬車での移動だなんて、花より団子派な俺でさえも栄古浪漫の名残を感じさせたくらいだったのに。

 俺の隣で青い顔してる美少女のあられもない姿に、そんな情緒はとうにぶっ壊されていた。

 

「で。まだ気分は戻らねえのかよ」

「⋯⋯見れば分かるでしょ⋯⋯」

「ったく。乗り物が苦手なら最初っからそう言いやがれよ。だらしがねえ」

「うる、さい⋯⋯馬車に乗った事なんてなかったんだからしょうがな、うっ、あう⋯⋯」

「だ、大丈夫ですかエシュラリーゼさん。俯いていると余計に具合を悪くしますから。背もたれに身体を預けて、楽にしてください」

 

 昨日と顔色を取り替えたように、馬車酔いですっかり青ざめたシュラの介護をするハウチさん。多分、馬車を用意した負い目もあるんだろう。

 つっても俺達の目的地であるコルギ村まで十里。バスや電車がある現代と違い、馬車以外の移動手段が無い以上、シュラには我慢して貰うしか無かった。

 

 そんなこんなで、ハウチさんの介護の甲斐あってシュラの顔色が少しだけ落ち着いた頃。

 

「ところで昨日、聞きそびれた事が一つあるんだけど」

 

 不意にシュラが、ハンチさんに尋ねた。

 

「はい、なんでしょう?」

「昨日、村長が声をかけて来た時⋯⋯あたしを"優秀な騎士だと聞いた"と言っていた。でもそれって誰からなの?」

「!」

(⋯⋯あ。そういや、ハウチさんはシュラのことを最初から知っていた風だったな)

 

 疑問は分からなくもなかった。

 シュラの優秀さは紛れもない事実だ。けどその評判を一体誰が、昨日アスガルダムに訪れたばかりのハウチさんに伝えたんだろうか。

 当のハウチさんは一瞬押し黙ると、少しだけ目を泳がせながら口を開いた。

 

「港町フィジカでのことを、私も聞いたのです」

「フィジカ⋯⋯⋯⋯っ!⋯⋯それって」

「はい。一年前、フィジカの港町を襲い続けていた凶悪な魔獣達。フィジカに住む人々を、その魔の手から護ってみせたという美しき灰色の戦乙女(アッシュ・ヴァルキュリア)、エシュラリーゼさん。その活躍を、村に訪れた行商隊の商人から伝え聞いたんです! ですから私は、貴女であれば私の村を救ってくださるかも知れないと⋯⋯」

「⋯⋯商人って生き物は、どうして話を膨らませたがるのかしらね。あれ、大群ってほどじゃ無かったわよ」

「けれど、魔獣から護ったのは事実ですよね?」

「⋯⋯」

(アッシュ・ヴァルキュリア? なにそのヒーローっぽい通り名。ライバル枠なのに、ちょいと主人公っぽくはありませんか。ぐ、ぐぬぬぬ⋯⋯う、羨ましくなんかないから⋯⋯)

 

 嘘です。超羨ましい。

 自分の武勇伝を耳にしながらも、なんでもないように謙遜するムーブ。中学時代のお昼寝タイムで何度妄想した事か。俺が主人公じゃなければ、ハンカチ噛んでキィーッてやってた所だよ。

 

「テメェのへそ曲がりは筋金入りだと思ってたんだが、昔の方は可愛げが残ってたみてえだな?」

「うっさい。女の過去を詮索すんな」

「してねえだろ」

「どうだか」

 

 

 けど当の本人はといえば、あまり過去を触れられたくないらしい。

 頬杖を付きながら、馬車の外を眺める静かな横顔。

 酔い醒ましなのか、もっと誤魔化したい何かがあるのか。尋ねてみたって、答えてくれそうにはなかった。

 

「──何も、変わっちゃいないわよ」

(⋯⋯?)

 

 ふと呟かれたシュラの独り言も、どうにもらしくない。

 聞き逃しを促させる儚い一言は、蹄と車輪の音の波に呆気なくさらわれていった。

 

 

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043 天下上等ヒロイック

 

 都内住みにも関わらず空気の良し悪し新鮮さに、俺は実感を持てた試しが無い。

 空気を読むのも下手な自覚はある。憧れに焦がれた心で思った事を口にするから、周りとの歩幅も合わない事もしょっちゅうだったし。

 でも、そんな俺にも一歩踏み入れただけで分かるほど、コルギ村の空気は重苦しかった。

 

「ここが、コルギ村」

「はい。本当であれば、ようこそいらっしゃいましたと歓迎するべきなのですが⋯⋯」

(暗いなー。村人の顔も、空気も⋯⋯まさにどん底だ)

 

 移動のうちに暮れた夕空に浮かぶ人影の群れは、誰も彼もが下を向いてる。春という季節の暖かみから隔離されたような心寒さ。

 コルギ村が背負ってる問題を考えれば当然なのかも知れない。

 現にこちらに気付いた村人達の顔色は、誰も彼もが濃い陰を貼り付けていた。

 

「村長、お帰りなさい。それで、どうだった!」

「残念ながら、騎士団の助けは⋯⋯ごめんなさい」

「そ、そんな。やっぱり騎士団が腐敗してるってのは本当の話だったんだ」

「じゃあ、私達の村は? 子供達は!? 滅ぶしかないって言うの?!」

「で、ですが落ち着いてください! こちらの騎士のお二人が私達の為に、欧都から足を運んで来てくれたのです!」

「騎士って、たった二人じゃないか?! 冗談は良してくれハウチさん! 捜索も見張りも、何十人であたっても成果が無かったのに! 二人増えたくらいじゃ何も⋯⋯!」

「ハウチさんが村を出た後にも、被害は出続けてる。もう終わりよ。終わりなのよ⋯⋯!」

「よせ、そうと決まった訳じゃないだろ!」

 

 見るからに歓迎どころじゃない空気だった。

 まぁ確かに、聖銀鎧に身を固めた集団の助け舟を期待したんなら、俺達二人は見るからに肩透かしだろう。

 仮にも無断で依頼受けてる身だからって、普段着で来たのがまずかったかなぁ。

 

「皆、落ち着いてください」

「村長! この期に及んで落ち着いてなんか!」

「私が連れて来た方が、"灰色の戦乙女"だとしてもですか?」

「アッシュ・ヴァルキュリア!?」

「それって、フィジカを魔獣達から救ったっていう、あの?」

「いやフィジカだけじゃない。ここから西のテルミ炭鉱町でも、魔獣を斃したって聞いたぞ」

「僕も聞いた事がある。しかし、騎士になっていたとは⋯⋯てっきり吟遊詩人の(うそぶ)いたエッダか何かだと思ってたのに」

 

 鶴の一声ならぬシュラの風評に、村人達の目の色は明らかに希望を灯し始めた。

 おいおい、シュラってどんだけ評判持ちだったんだよ。例の港町だけじゃなく、他にもちらほらと実績あるっぽいし。

 

「有名人じゃねぇか」(いいなぁ、もてはやされちゃって)

「うっさいわね。なに、サインでも欲しいっての?」

「ケッ、いるかよ」

 

 当のシュラといえば、向けられる畏敬の眼差しに対して胸を張る素振りも見せず、クールに澄ませている。

 ぐぬぬ、この余裕。悔しい。けども格好良くも見えて仕方ない。

 さすがは主人公のライバルというべきか。

 俺の目指すべき道を、こいつはとっくに進んでしまっているらしい。

 

「じゃあ、隣の男は?」

「え、し、知らない。付き添いじゃないの?」

「相棒とか?」

「いや、灰色の戦乙女にそんなのが居たなんて話、聞いた事ないぞ」

「彼は一体⋯⋯?」

(⋯⋯⋯⋯よっし、やりますか)

 

 しかしである。

 例えライバルに大きなリードを見せつけられたとしても、へこたれ続ける俺ではない。

 隣の英雄譚の為に小さく縮こまってるなんて、主人公とは呼べやしないのだ。

 だから俺は一歩踏み出す。

 見てろとばかりに背筋を伸ばし、怪訝そうに俺を見つめる村人達の前へと。

 

「確かに、俺にはこっちのお転婆ほどの知名度も実績もありゃしねえ⋯⋯ただの無名(ネームレス)だろうよ」

「誰がお転婆よ」

「フン⋯⋯だがな、そりゃあくまで今だけの話だ。いいか、良く聞け村人共ォ!」

 

 そう。むしろここからは、俺のターンだ。

 

「俺の名前は、ヒイロ・メリファー。

 やがて俺はこの国一番の騎士⋯⋯そう、あのレオンハルトや隣の戦乙女すら越えて、最強の座に立つ男だ!

 だから、喜びやがれテメェら!」

 

 期待されてない現状。大いに結構。上等だよ。

 こっから成り上がってこそ、主人公の花道だ。

 

「俺が、悪夢を終わらせてやる!」

 

 さぁ、大言壮語で終わらぬように。

 俺が誰なのかを分からせに行こうか。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

「ってな感じに啖呵(たんか)切っておいて」

「ん?」

「真っ先にやる事は聞き込みなのよね」

「あァ? んだよ、文句あんのか」(え、なんか問題でも?)

「別に。ただ、言動はガサツな癖に、変なとこでまともぶられると調子狂うってだけ」

「んだそりゃ。文句の付け方までお高く止まってやがんなコラ」(もはやただのいちゃもんじゃん)

 

 こう、俺が張り切ってる度に水を差すのを恒例にするのはいかがなもんかね。

 罵詈雑言フィルターを通しながらも、割と本心な不平不満。対するシュラといえば、俺への雑な物言いに悪びれる素振りもなく椅子に背を預けていた。

 調子狂うってなぁ。シュラんなかでの俺って、聞き込み調査なんてまどろっこしいと、草の根掻き分けて手掛かり探すパワー系に分類されてんのかね。

 

見縊(みくび)って貰っちゃ困るぜ、シュラさんよ。こちとら主人公とはなんぞやを学ぶ為に、色んな創作話に手を出して思春期潰した男ぞ。当然ミステリー系もばっちしだ)

 

 調査の基本は「聞き込み」だ。探偵ものでも刑事ものでも、難事件の手掛かりを掴むにはこれが重要。ほら、百戦錬磨のベテランほど言うじゃん。情報は足で稼げって。

 だからこそ今、俺達は事件に関わる村人の家を訪れている訳である。

 

「あの⋯⋯」

「ん。あァ。すまねえな、話の腰を折っちまって。事あるごとに噛み付きやがる奴でよォ、あいつは無視してくれて良いぜ」

「犬みたいに言うな」

「うっせえ、事実だろうが。んじゃ、改めてもっぺん確認すんだがよ⋯⋯テメェんとこの坊主が、"二番目の被害者"⋯⋯商家の三男坊とで探検ごっことやらをやってたんだってな?」

「⋯⋯えぇ」

 

 血の巡りの悪い顔で頷いたのは、失踪した商家三男と最後に会っていたらしき少年の、母親だった。

 あんまり眠れてないんだろう。母親は細々と、あらましを話してくれた。

 

「うちの息子と三男のクミン君は昔から一緒に遊ぶことが多くて、探検隊ごっこと称しては、村の周りを探検しに出かけていました。だから、あの日も本人達は探検のつもりだったんでしょう⋯⋯クミン君と息子とで、村外れの共同墓地に集まったそうです」

「共同墓地で探検? ずいぶん趣味が悪いわね」

「いえ、墓地で集まったのは、その先にある森で探検するつもりだったからみたいで⋯⋯あの森で、エミュちゃんが最初に行方知らずになりましたから」

「エミュってのは、最初に失踪した子供だったな⋯⋯捜索も兼ねた探検のつもりだった訳か」

 

 けども、話はごっこ遊びじゃ済まなくなり、ミイラ取りがミイラになってしまった。

 ごっこと称する以上、遊び半分のつもりでもあったんだろうが、どうにもやり切れない話だ。

 

「あの森は山菜が多いのですが、そのぶん鬱蒼としていて見通しが悪く⋯⋯深くに行けば大人でさえも迷ってしまうような場所です。息子も、奥へと進んでいくうちにクミン君とはぐれてしまったと聞いています」

「⋯⋯で、そのまま三男坊は行方知れずになっちまったのか」

「⋯⋯はい。すいません、本当なら息子から直接話させるべきだとは思うのですが⋯⋯」

 

 そこから先の言葉を紡ぐように、彼女は閉じた扉を見つめた。扉の向こうには、友達が行方知らずとなったショックで塞ぎ込んでしまった件の息子が居るらしい。

 無理もないよな。事態の大きさを考えれば、罪悪感と恐怖で潰れそうになるのも当然だ。

 当然、責めるつもりもない。隣に目を配らせればシュラも同感だったらしく、柔らかい睫毛を静かに畳んでいた。

 

「それと、手掛かりになるかは分からないのですが⋯⋯」

「なんだ?」

「はぐれてしばらくした後、息子は妙なものを聴いたと言ってました」

「妙なもの?」

「⋯⋯歌、です」

「「⋯⋯歌?」」

 

 経緯を頭ん中で整理していく最中で、不意に告げられた新情報に、俺とシュラは揃って目を丸めた。

 鬱蒼とした森の奥で、歌。なんだそれ。

 あまりに場違いな二つの要因が、この村を襲う怪事件を一層不気味に仕立てている気さえした。

 

「どう思うよ、シュラ」

「その"歌"が単なる幻聴の類じゃないのなら、人以外の何かが絡んでる。そんな気がするわ⋯⋯嫌なくらいにね」

「⋯⋯フン。なら、話は早えな」

 

 情報は出揃ったとは言えなくとも、取っ掛かりはもう見えた。

 調査の鉄則は地道な回り道。急ぐ為のまどろっこしさを越えたのならば、後は最短ルートで良いだろう。

 

 

「行ってみようじゃねえか。その森とやらに」

 

 

 それに、ぶっちゃけ⋯⋯俺、遠回りって好きじゃないんだよね。

 割と方向音痴だし。

 

 

 

 



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044 魔獣

「で、噂の迷いの森に来てみた訳だが。割と普通の森だな」

「⋯⋯まぁ、確かに」

 

 空模様はいつしか焼き回したような夕暮れだった。

 並立する木々の群れ。茂らす若葉を秋色に染める。

 ずんぐりと広がる景色を前に、身も蓋もない感想を落っことす二人の男女。

 どうも、そうです俺達です。

 

「最初の一人目はここで山菜取りに行って失踪。二人目は探検ごっこ中に行方不明だったわね」

「三人目は付近の川に魚釣りに行ってから。四人目は村で、母親に抱かれたままにも関わらず。全体で見りゃ一番不可解なのは四人目の失踪だが、三人目もこの森と無関係とは言えねー」

「⋯⋯川の上流近くは、この森に繋がってる」

「だからこの森は、三人の失踪に関わってる"いわくつき"つっー訳なんだが⋯⋯もっとこう、薄気味悪ィ雰囲気が漂ってると思ったんだがな」

「そうね。魔素の流れも特別変わった感じはしない。魔獣が住処にするんなら、多少は(いびつ)さがあるもんだけど」

(⋯⋯いびつ、か。それ言うなら、後ろの共同墓地の方がよっぽど(おぞま)しい空気してんだよなぁ)

 

 後ろ髪を引かれるように振り向けば、茜色が照らす木造墓標の群れがあった。

 名前も顔も知らない他人の生きた証がこうもずらりと並べば、不気味さの一つや二つ、嫌でも感じざるを得なかった。

 

「とやかく言っても仕方ねえな。ただの森かどうかは入ってみりゃあ分かる話だ」

「出たとこ勝負のつもり? ま、変に慎重になるよりかはあんたらしいけど」

「うるせえよ。普段以上に口が減らねえなテメェは。アレか? 魔獣相手かも知れねえって今更怖じ気ついちまってんのかァ?」

「はっ。吠えたわね、無名(ネームレス)が。誰に言ってんのよ。このあたしが、魔獣相手なんかに怖じ気つく訳ないでしょ?」

 

 フィルター補正で挑発気味になってしまうのも、もう慣れて来たこの頃。

 けれどシュラからすれば、当然額面通りに受け取るしかない訳で。

 

「むしろ──臨むところよ」

 

 語気を強める彼女の心情を代弁するかのように、トレードマークの赤マフラーがぶわりと舞い上がる。

 いかん言い過ぎたかもって後悔する間もなく、シュラが一歩踏み出した時だった。

 

「待たれよ、そこの若人共」

「へあっ」

「あァ?」

 

 急に現れた第三者に、出鼻を挫かれたせいだろうか。

 憤然と踏み出した灰色の戦乙女さんは、膝カックンを受けたように腰砕けになってらっしゃった。

 

 

 

 

「お主ら、旅の者か」

 

 巷を騒がす噂の乙女をへっぴり腰にしたのは、ボロボロの黒絹に身を包んだ老人だった。

 見事なインターセプトだったが、その格好。錆びたスコップと古いカンテラを手に持ちながら、じいっと俺達を見つめる老人は、正直かなり不気味だ。

 

「いや違え。俺らは村長に雇われたもんだ。失踪事件を解決してくれって依頼されてな」

「そうか。ハウチの言っていた騎士とは、お主らのことか」

「ヒイロ・メリファーだ」

「⋯⋯⋯⋯エシュラリーゼ」

「エイグンだ。墓守をやっておる」

 

 どうやらこの人は村の人間だったらしい。ハウチさんの名前が出た辺り間違いないだろう。にしても墓守か。うん、居ても不思議じゃないよな。ここ墓地なんだし。

 一方で、恥ずかしい目にあったからだろう。ギンッと鋭い目付きで、シュラは睨みつけていた。何故か俺を。

 俺なんもしてないのに、ひどいや。

 

「それで、あたし達になんの用よ。生憎、墓標に名を刻む予定は当分無いつもりだけど」

「おいシュラ。テメェ、ビビらされたからって性根の悪い絡み方すんじゃねえよ」

「し、してないわよ!⋯⋯じゃなくてっ! ビビってなんかないわよ! ちょっと(つまづ)いただけですけど!?」

「そうか。驚かせてしまってすまんの。お主らが森へと入ろうとしておったから」

「だから驚いたりなんかしてない!」

 

 プライドが傷付いたのか、必死に弁明するシュラ。場所を選ばない赤面っぷりは、夕焼けにも負けず劣らずあら可愛い。

 

「⋯⋯森に入ったら不味いってのか?」

「うむ。森は、とても危険じゃ。お主らも聞いておろう。この森では既に二人の子供が行方知らずとなっておる」

「聞いてるわ。けどあたし達は、その危険を排除しにこの村まで来たの。忠告なら不要よ」

「しかし、もう直に夜となる。村の者でさえ方角をさらわれる森の中で、夜の闇はより深くお主らを惑わせるぞ?」

 

 どうやらエイグンさんは、忠告の為に声をかけてくれたらしい。

 言わんとする内容も分からなくもなかった。本当なら日を改めて森に踏み入るべきなんだろう。そっちのがよっぽど危険も少ないのも分かる。

 

『どうか、どうか私の村をっ⋯⋯コルギ村を、お救いくださいっ!』

 

 けれども。

 心は、そうとは頷かなかった。

 

「例えそうだとしても、俺はもうこの村に啖呵(たんか)を切ってんだよ。俺が悪夢を終わらせてやる、ってな」

「⋯⋯」

「4人目の失踪を考えれば、今夜また誰かが居なくなっちまうかも知れねえんだろ? だったら迷ってる暇はねえ。最短距離で突っ走るのみだ」

「⋯⋯若いのう、お主。直線的な男じゃ。こんな寂れた村の為に危険に飛び込むか。お主らのような騎士が、まだ残っておったとはのう」

 

 無鉄砲だと思われてるんだろうか。

 老人のしゃがれた笑い声が、乾き風に静かに絡む。

 まだ灯らないカンテラに視線を落としながら、エイグンさんは再び口を開いた。

 

「ならば、一つだけ言っておく。森の奥にある廃墟には、決して近付いてはならぬぞ」

「廃墟?」

「かつて、孤児院だった場所だ」

「孤児院⋯⋯」

(シュラ?)

 

 新たに忠告を重ねた時、せっかちな夜の帳が下りたのかと思うくらいに空気が冷えた。

 それはひとえに、エイグンさんの纏う雰囲気に張り詰めたものが混ざったのもある。けど、何より言葉をなぞったシュラの動揺が顕著だった。

 目を配っても、なんでもないって言いたげにかぶりを振る。聞くなって事なんだろうか。

 気にはなるけど、確かに今は、詮索すべきはそっちじゃなかった。 

 

「どうして、そこに近付いちゃいけねえんだ」

「⋯⋯お主らは騎士なのであろう? 墓を暴くは、誇りと勲章とは無縁の者らの為す大罪だ」

「墓、って⋯⋯」

「"眠れるみなしご達の魂"を、無闇に夢から醒ます権利など誰にも無いのだ。例え騎士であっても、王であっても。お主らも、そう思わんか」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 廃墟となった孤児院を、エイグンさんは墓と称した。

 それはつまり、その廃墟で命に関わる何かの事情があったって事なんだろう。

 ゆっくりと振り返って、スコップを地に刺す背中は、事情への追求を明確に拒んでいた。

 

(訳ありって事か)

 

 しかし、分からない事ばっかり増えていく。

 正直、歯痒さもあった。でもぶっちゃけ、俺こそがこの世界で一番の訳有りだ。踏み入って欲しくない事は誰にだってあるもんだ。俺にもシュラにも、他の皆にも。

 そんな、なんとも言えないやり切れなさに、気まずく頬をかいた時だった。

 

「⋯⋯ヒイロ」

「あァ? どうした、シュラ」

「何か、様子がおかしいわよ」

「様子って、何のだ」

「⋯⋯"森"!」

 

 二ヶ月前、長閑な村の安穏を襲ったように。

 "驚異"は、前触れもなく暗がりからやって来た。

 

【GeaGea!】

【GGi? GiGii,Giiee】

【Gya,Gya!】

 

(な⋯⋯なんだよあれ。森の木々から、黒い影がいくつもっ!)

 

 現れたのは、影の群れ。

 聞き取れない不協和音を発しながらこちらへと這い寄る黒い物体。

 

【【【GGG──! GiiiGyaGyaGyaGya!!】】】

「なっ⋯⋯なんだってんだ、あの影共は⋯⋯!」

「っ、ヒイロ! 戦闘態勢、構えて!」

 

 そいつらは、まさしく異形だった。

 でっぷりと膨らんだ腹。鉤爪みたく爪が伸びた両手。

 目と鼻がどこにあるかも分からないほどに、真っ黒な顔。ただ口だけが、ぱっかりと三日月に嗤ってる。

 

 まともじゃない。

 

 あぁ、そうか。そうなんだな。

 分かった。腑に落ちた。

 本能的にも、理屈的にも。

 あれが⋯⋯あいつらこそが。

 人類の、天敵。

 

「──"魔獣"よ!」

【Gya】

 

 

 闇の塊のような黒影が、答えるように短く鳴いた。

 

 



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045 姿なきマザーグース

 魔獣。歩く災厄。不倶戴天の(かたき)役。

 なんて風にさ。

 いかにも強敵出現って空気を作ってみた訳だけど、魔獣とはつまりモンスターみたいなもんだ。

 そんでモンスターはピンキリである。ドラゴンや巨人みたいな血の気も凍る程に恐ろしい奴もいれば、スライムのような、いわゆる雑魚モンスも居る訳で。

 

「おらァ!」

【Gee!?】

「そこォ!」

【Gibya!?!?】

「だらァッ!」

【Gi⋯⋯】

 

 えー、ご覧の通り割と弱いっす。だってそこそこのパンチで面白いくらい吹っ飛ぶんだもの。

 見た目の禍々しさは凄いのに、なんだこの手応えのなさは。

 

(ハッ! ひょっとして俺、自分でも気付かないうちに覚醒を果たしてたのか!?)

 

 いやねーだろ。主人公の覚醒イベがこんな知らず知らずのうちに来るとか。一番の盛り上がり所がこんなあっさり来る訳ないし。つまりアレだ、マジな雑魚モンスって事なんだろう。現に俺もシュラもボッコボコにしてるし。満を持して登場した割には、ぶっちゃけ肩透かし感が否めない。

 

「ハァァァッ!!」

【Gyaaa!!?】

 

 ただ、だからこそ。

 一閃一閃が全身全霊なシュラの剣幕に、強烈な違和感を覚えてしまう。

 

【Gebaieyae!?】

【Gi⋯⋯GiGi】

【Geeeee⋯⋯】

「なによ、脅えてるの? 笑わせないでよ⋯⋯魔獣の分際で」

 

 なんだよこの気迫。殺気が尋常じゃない。向けられていない俺でさえ、羅刹じみたシュラの形相に足が(すく)みそうになる。

 けれどもそんな俺とは裏腹に、シュラは更に魔獣を駆逐せんと一手を切った。

 

「『燃やせ、燃やせ、赤のはじまり』」

「!」

 

 呪文を唱えると同時に標的へとかざした掌。シュラの長い爪がみるみる内に橙色へと染まる。

 

「焦げ死になさい⋯⋯『イフリートの爪』」

【Gyaaaaaa!?!?!】

「なっ⋯⋯」(マジかよ!)

 

 唱え終わると同時に完成したのは赤の魔術。

 シュラの手から現れた五指の赤い炎爪が、容赦も呵責もなく黒い影達をまとめて消し炭にしてしまった。

 

(低級の赤の魔術。なのに触媒無しでこの威力かよ⋯⋯!)

 

 魔術とは呪文と触媒を経て完成するもの。けどもクオリオいわく、魔術師のテクニックの中には『詠唱破棄』と『触媒破棄』が存在する。どちらも魔術への理解と高等な技術が必要であり、おまけに『破棄』は魔術本来の威力を大きく削減してしまうものだ。それでこの威力だ。シュラのやつ、剣技だけじゃなく魔術の腕も一流ってことなのかよ。

 

(⋯⋯つうか、明らかにオーバーキルじゃないか)

 

 シュラの魔術の腕に驚いたのは確かだけど、なによりその容赦の無さ。

 尋常じゃない殺意。明確な憎しみを込めた技の数々。

 その普段の荒っぽさとは全く違う寒々しさに、俺は言葉を失ってしまった。

 

「あたしの前に立った以上、お前達は⋯⋯一匹残らず殺し尽くしてやる」

「!」

 

 いや、薄々は分かっていた。

 シュラが魔獣に対して並々ならぬ執着を抱いてるだろう事は。でもまさかここまでとは。まるで親の仇のような勢いで、シュラは魔獣達を殺している。

 ぶっちゃけ魔獣なんかよりも、シュラの方がよっぽど恐ろしい。

 魔獣達も気圧されているのか、狼狽えるように後ずさる。

 そんな折だった。

 

【───La──Ah──Ah──】

「⋯⋯⋯⋯歌?」

 

 どこからともなく響いた女性の歌声に、手が止まる。

 突拍子もなかったからでもある。でもそれ以上に、その歌声の異質さに身体が反応してしまった。

 歌声自体は澄んでいるのに、洞穴から発しているような不気味な響きが奇妙だった。

 

【Gyaemamaje】

【Giiii】

【maaaaaaa】

「魔獣が退いていく⋯⋯? どうなってやがんだ」

 

 異変はそれだけに留まらない。

 シュラに恐れ(おのの)いていた魔獣達が、奇声をあげながら一斉に森の奥へと帰っていく。

 

「っ!」

「シュラ!? どこに行きやがる!」

「決まってんでしょ追いかけるのよ。逃がしてやるもんか⋯⋯一匹残らず、刈り殺してやるっ」

「!」

 

 っておい、どこまで血の気が多いんだよこいつ。

 罠とかそういうのを一切考慮せず、シュラは魔獣達を追いかけて森の奥へと消えていく。

 制止の声なんて聞きゃしない。あいつ、新米兵士の頃の訓練じゃ猪突猛進とは無縁だったのに。魔獣相手だからか、冷静さを欠いているとしか思えなかった。

 

「今の歌声は、まさか⋯⋯」

「っ、墓守! テメェはさっさと村ん中で縮こまってやがれ!」(危険だからエイグンさんは村に避難しててくれ!)

「お、お主、待つのじゃ⋯⋯森の奥に行ってはならん!」

「文句はあのイノシシ女に言いやがれ!」

 

 止めようと声を荒げるエイグンさんだったが、流石に今のあいつを一人で放っておく訳にもいかない。

 それこそ本当に修羅と化してるアイツを放置したら、森ごと魔獣達を燃やしかねないし。心配なのもあるけど、このままじゃあんな啖呵を切っといて見せ場無しで終わるかも知れん。

 

 それはまずい。非ッ常にまずい。なんとしてでも阻止せねば。

 

 割と自分でも俗っぽいなと思う理由に突き動かされながら、俺は急いでシュラを追うべく、森へと足を踏み入れたのだった。

 

 

 

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046 孤児院の黒き母

(待ってろよシュラ、今行くぞシュラ!なんか明らかにバーサーカーしてるっぽいけど、主人公の見せ場はちゃんと確保しといてよほんとに!)

 

 なんて風にね、意気揚々と追いかけといて何ですけどね。

 結果だけ言えば、すぐにシュラには追いつけた。ものの十分くらいで。

 というのも、鬱蒼と茂る木々の一本の前で、あいつは何やらしゃがみ込んでいたんだ。

 

「シュラ!」

「⋯⋯」

「おいシュラ、なにしてやがる。魔獣共はどうした」

「⋯⋯これ」

「あァ?」

「これ、見なさいよ」

 

 手招く訳でもなく見ろの一点張り。なんなんだよもうと思いながらも仕方なく歩み寄り、シュラの足元へと視線を移して。

 背筋に寒気が走った。

 

「!」(ひえっ)

 

 頭蓋骨だった。しかも子供くらいの大きさの。

 ヒイロ補正のおかげがみっともない悲鳴は出さずに済んだけど、流石に狼狽(うろた)えてしまう。

 

「さっきの小鬼の一匹が掘り返してたのよ」

「魔獣が? 土葬でもしてたっていうのか」

「知る訳ないでしょ。でもこれで分かったわ。この森の奥に、失踪事件を引き起こした魔獣がいる」

「なに。どういうことだ」

「多分これ、行方不明になった子供の骨よ。で、さっきの歌はあんたも聞いてたでしょ。あの歌⋯⋯墓地を探検して森に入った子供が聴いたっていう、アレのことじゃないの?」

「⋯⋯!」

 

 言われて思い出したのは、二番目の被害者の商家三男坊クミンが行方不明になった経緯だ。クミンと一緒に森を探検してはぐれた子供が聴いたという歌。シュラはあの気味の悪い歌が、そうなんじゃないかって考えているんだろう。

 

「小鬼の魔獣はあの歌に反応した。なら歌の大元が今回の事件を引き起こした元凶、って考えるのが自然よ」

「フン」(まぁ、確かに)

 

 森に元凶が居る。シュラの結論には俺も同意したい。

 鬱蒼とした森の奥に居るボスキャラなんて、言ってしまえばお約束みたいなものだし。

 

「⋯⋯だったら孤児院だ」

「え?」

「元凶ってヤツは恐らくそこに居る。勘だがな」

 

 更にそのお約束になぞらえるなら、歌う魔獣はエイグンさんの言う廃墟になった孤児院に潜んでいる気がしてならなかった。

 だってさぁ、意味深過ぎる。村人達が絶対に寄り付かない廃墟とか、RPGとかじゃモンスターの巣になるには定番スポットだし。

 忠告してくれたエイグンさんには悪いけど、事件を解決するなら踏み込む以外の選択肢はないだろう。

 

「⋯⋯あんたの勘が当てになる気はしないけどね。脳筋だし」

「誰が脳筋だこのアマ」

「あんたしか居ないでしょ。でも孤児院を目指すってのは賛成よ」

「あァ? どういう事だそりゃ」

「あたしの勘も、そこだって言ってるから」

「⋯⋯うぜえ」(⋯⋯いや、だったら最初っから同意しててよ)

 

 うん、それただ俺を脳筋って言いたかっただけじゃん。

 そんな疑問を呈したところで取り合わないだろう背中が、俺に構わず森の奥へと進んでいく。

 足取りに淀みはない。シュラの頭の中には、もう魔獣を刈ることしかないんだろう。

 

(⋯⋯嫌な予感がする)

 

 胸騒ぎがしていた。未知なる魔獣に対してのものか。あるいは魔獣への執着を轟々と燃やしているシュラに対してのものか。

 どちらかの判別さえ迷わせるほどに、森は更に深く暗くなっていった。

 

 

 

 

◆ 

 

 

 

 シュラが白魔術の感知を駆使してお目当ての場所に辿り着いた頃には、辺りはすっかり陽が暮れていた。

 

「⋯⋯此処か」

「そうね。いかにもって雰囲気だわ」

 

 暗い森の奥深くに在ったのは、孤児院というよりは教会に近い外観の廃墟だった。

 いやもうね、シュラも言ってる通り雰囲気がヤバい。なにがヤバいって、ただの廃墟じゃない。孤児院の至る所に焼き焦げた形跡があったのだ。

 どう見てもいわくつきである。どう見てもいわくつきである。魔獣の住処だと思ってたけど、むしろ怨霊とかの方が絶賛住み着いてそうなんですけど。

 

「気配がするわね」

「魔獣のか?」

「他になにがあるっていうのよ」

「シンプルに野獣だったりするかもしれねえだろ」

「無いわね。このあたしが、獲物の気配を嗅ぎ分けられない訳ないでしょ。なによあんた、ひょっとして怖気ついてるの?」

「⋯⋯隣に野獣じみた奴がいるせいで、慎重にならざるを得ねぇんだよ」

「っ。誰が野獣よ、誰が」

 

 別にシュラのセンサーを疑ってる訳でもないんだけど、魔獣相手だとほんとに獰猛極まりないなこいつ。

 ともあれ此処にコルギ村を悩ませる魔獣が居るのは間違いないらしい。でも流石に魔獣の巣と化してそうな場所に正面突破するわけにもいかない。

 とりあえず中を伺える隙間を探そうと、俺とシュラは廃墟へと近付いていったんだが。

 

【───a───ie────】

「「!」」

 

 廃墟の正面扉から漏れ聞こえる音に、俺達はハッと顔を見合わせた。

 歌のようにも、誰かのささやきにも思える女性の声。

 示し合わせた訳でもないのに、俺達は息を殺して正面扉へと近付く。焼き焦げてボロボロの扉には僅かな隙間があった。廃墟内を疑うにはまさにお(あつら)え向きで、俺はゆっくりと隙間を覗く。

 

「⋯⋯!」

 

 そして、飛び込んで来た光景に息を呑んだ。

 

【Geeeee,eeeee】

【maa,maa,maa】

 

 

 廃墟の孤児院は、内装まで教会といっても良かった。

 正面扉の向こうはそのまま礼拝堂となっているんだろう。

 いくつも並ぶ教会特有の横長椅子。そこにまるで信者みたくあの小鬼達が肩を並べて座ってる。その光景は不気味を通り越して異様とも言えたけど、俺が息を呑んだ理由はそこじゃない。

 

【La──goo──nniiggg──ssleep────】

 

 もっと奥。小鬼達に崇められているかのように礼拝堂の祭壇に腰掛けているソイツから、俺は目が離せなかった。

 小鬼と同じ真っ黒な身体中の至るところに亀裂が生じていて、亀裂から黄緑色に発光している。更に頭からはオレンジ色の長い髪が垂れて、姿形は人間の女性に近い。 

 けれどなにより呆気に取られたのは、その魔獣が愛おしそうに頭蓋骨を胸元に抱いて、撫でているからだった。

 

(⋯⋯あの骨、まさか!)

 

 人間の頭蓋骨。それも多分子供のものだ。確信めいた予感が走る。あれは多分、失踪した子供達の遺骨じゃないのか。

 それをあんな風に、まるで我が子を愛おしんでるような。

 優しい手つきで。母親みたいに。

 

「なんなんだよ、あいつは⋯⋯!」

 

 あまりに異様な光景だったからだろう。自分でも気付かない内に口から動揺がこぼれてしまった。

 

【────────La】

 

 しかし、俺と違ってソイツは気付いた。気付かれてしまったのだ。その証拠に目が合った。髪と同じオレンジの眼がギロリと俺を睨め付けて。

 

【Laaaaaaaaaa!!!!!!】

「ッッッ!?」

「ヒイロっ!!」

 

 魔獣の声が弾けたと思った時にはもう遅かった。

 俺の身体は正面扉ごと、膨れ上がった歌声に吹き飛ばされていた。

 

 

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047 歌う魔獣バンシー

 

 開戦の狼煙の上がり方は、お世辞にも良いとは言えなかった。

 歌とは音。音とは振動。膨張して叩きつければ、それは突風ともはや変わりないんだと。

 ゴロゴロとのたうち回りながら、俺は再認識させられた。

 

「うぐっ、クソがッ」

【Geeeeee!!!!】

 

 完全な不意打ちだ。上手く受け身なんて取れようもない。

 しかしそんなの知ったことかと、教会から飛び出してきた小鬼の一匹が、倒れる俺へと殺到していた。

 

「ハァッ!」

【Ga⋯⋯aaa⋯⋯】

「シュラ⋯⋯!」

 

 魔獣の爪は伸ばせども俺には届かず、一刃の元に斬り伏せられる。助かったのはいわずもがな、シュラのおかげだった。

 

「ったく、なに先手取られてんのよあんたは」

「ぐう、うるせえな。ちっと油断しただけだ」

「あっそ。じゃあさっさと立ちなさいよ」

「言われるまでもねえ⋯⋯!」

 

 シュラの檄に、衝撃の抜けきらない身体を無理矢理奮い立たせる。ちくしょう、まんまと貸しを作っちまった。しかもシュラと来たら、憎まれ口を叩きながらもその目は油断なく教会内を睨んだままだ。

 その歴戦を思わせる立ち振る舞いは、お世辞抜きに格好良かった。

 

【Gii,Giii⋯⋯】

【Gnejhhqqq】

【Gill!!】

 

 そんで、出てきましたよワラワラと。

 夕暮れから夜に移ろえども変わり映えしないフォルム。でも心なしか、さっきの戦いの時よりも獰猛さを増している気がした。

 

「ずいぶん威勢が良いわね。あの奥の大物の手前、張り切ってるとでも言いたいのかしら」

「チッ。あながち間違ってねえよ。こいつら、あの魔獣を聖母みてえに崇めてやがったしな」

「⋯⋯」

 

 シュラも魔獣達の高揚を感じ取ったんだろう。その原因を風通しが良くなりすぎた正面から捉える。今や黒い聖母を遮るものはなにもない。教会の外側からでも、頭蓋骨を撫でる魔獣の姿は良く見えていた。

 

「なによ、それ。孤児院の院長気取りって訳?⋯⋯ハ────ふざけんな」

「⋯⋯シュラ?」

「ふざけんじゃないわよ、魔獣風情がァッッ!!!」

「なっ、おい待て!?」(ちょっ、正面突破かよ!)

 

 何があいつの逆鱗に触れたのか。途端に激情をほとばしらせたシュラは、真っ直ぐと弾丸みたいに廃墟内部へと駆けていく。

 

【【【Geeeeeee!!!!】】】

「邪魔ァァァッッ!!!」

 

 当然、魔獣達は外よりも内部の方が蔓延(はびこ)っていた。けれどもシュラはお構いなしに刃を振るって、飛び掛かってくる小鬼達を次々に切り捨てていく。

 くそっ、マジでどうしたってんだあいつ。完全にブチ切れてるじゃないか。

 

「『燃やせ、燃やせ、赤のはじまり』⋯⋯『イフリートの爪』!』

【【【Geeeeeeaaaa!!??】】】

 

 しかも小鬼達の数が多いと見るや、間髪入れずに赤の魔術をぶっ放してるし。炎の爪に引き裂かれた魔獣達の断末魔を前にしても、シュラは全く落ち着くそぶりがない。 

 もはやどっちが鬼なのか分かったもんじゃないくらいの形相のままだった。

 

【a──aaa──aaaaa──】

「!」

 

 一方で、形相を歪ませたのはあの歌う魔獣の方だった。

 赤の業火に呑まれ尽きる小鬼達へと魔獣が手を伸ばして、うめき声をあげていた。

 

「次はあんたの番よ、院長気取りッ! 『燃やせ、燃やせ、赤のはじまり』ッ!」

【────】

 

 でもシュラは止まらない。むしろ魔獣の悲哀めいた所作すら許せないかのように、再び呪文を唱え始める。おまけに練られてる魔素の量も尋常じゃない。

 あいつ、廃墟ごと魔獣を燃やし尽くす気か!?

 周りなんてお構いなしなシュラの強行を、止めようにも間に合わない。

 

【──cry.more(クライモア)────AaaAaAaAaAaAa!!!!!!】

 

 シュラを止めたのは、歌の魔獣の激唱だった。

 

「ぐううう⋯⋯いきなりなによ、こいつ」

「ッ!⋯⋯鳴いてやがるのか?」(あの魔獣、泣いてるのか)

 

 鼓膜がぶち破れるかってくらいの叫びには驚かされたけど、それ以上に魔獣の両眼から伝う紅い雫が、涙にしか見えない。

 

「今更嘆いたって遅いのよ⋯⋯『イフリートの爪』ッ!」

 

 これ以上、妙な真似をされる前に叩くべきだ。

 合理性と私情を織り交ぜたように呟いて、シュラが赤の魔術を完成させる。

 しかしそれが、あの魔獣の叫びが鳴いてる訳でも、泣いてる訳でも無かったという事を存分に知らしめた。

 

「魔術が、発動しない⋯⋯?」

「なに?!」(不発!? なんで⋯⋯)

 

 茫然と手のひらを見つめるシュラ。その手の爪は紅蓮の炎を生むことも、橙色に光ることもない。あれだけ高濃度に練られていた魔素さえも、完全に霧散してしまっている。

 彼女にも何が起こっているのか分かっていないようだった。

 

「まさか、さっきの叫び声は⋯⋯!」(もしかして、クオリオが言ってた"アレ"か?!)

 

 脳裏に(よみがえ)るのは、魔術について教鞭を振るうクオリオの台詞。

 

『四原色以外の属性?だから白の魔術は汎用だって何度も言ってるだろう。え?じゃあ黒はなんなんだ、って? それもさっき言っただろうに。忘れっぽいなキミは、全く』

『いいかいヒイロ。もう一度言う。白は汎用。そして"黒"は⋯⋯魔獣が扱う魔術のことだよ』 

 

【──cry.more(クライモア)────】

 

 

 

 

 

「⋯⋯黒の魔術か!」

 

 その通りだと答えるように。

 紅い涙を伝わせて、歌の魔獣がギラリと歯を剥いた。

 

 

 

 

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048 アイネクライネ

 赤は炎。青は水。緑は風。黄は土。白は汎用。

 そして黒は人ならずの域。魔のモノだけが振るう(すべ)

 

「このクソ魔獣、よりにもよって魔術持ちかよ!」

 

 魔術はなにも人間だけの特権じゃない。魔獣の中には魔術を扱える種族もあり、この歌う魔獣はその扱える側って訳だ。

 

「魔術の詠唱不能⋯⋯沈黙状態にしたっていうの⋯⋯!」

「よりにもよってバッドステータス付与の魔術かよ、面倒くせえったらねえな!」(序盤のボスキャラにしちゃ捻くれ過ぎてませんかね!?)

 

 つまりさっきの泣き叫びこそ黒の魔術であり、おまけに魔術詠唱をさせなくさせる『沈黙』付与という厄介さ。

 というかまた状態異常ぶん撒くタイプかよ。こちとら対ショーク戦で充分お腹一杯なんですけど。考えたヤツ絶対性格悪いだろ畜生が!

 

【Gaaa!!!】

「チィッ!」

 

 相手は魔獣。こっちの動揺なんて気にも留めちゃくれない。

 廃墟外から戻ってきたらしき小鬼の奇襲を、辛うじて蹴り飛ばしながら気を取り直す。

 そうだ。落ち着け。沈黙がなんだってんだ。魔術が使えない。だからどうしたよ。

 正直あんまり関係ないんだよこちとら! 言ってて悲しいけどな!

 

「シュラ!魔術封じられた程度で動揺してんじゃねえ!」

「なっ、誰が動揺してるですって!?」

「だったら手を動かせ!まだ小鬼共は残ってんぞ!」

「この、あんたなんかに言われなくったって⋯⋯!」

 

 若干の八つ当たりを込めた檄を飛ばせば、シュラも我に帰ったように小鬼の魔獣を蹴散らしていく。

 廃墟内に響き渡るのは、銀剣の(はし)りと魔獣達の断末魔。

 そう、俺達は騎士だ。魔術師じゃない。この身この剣があれば充分。魔術がちょっと使えないからって、慌てることなんてないんだ。

 見る見る内に数を減らしていく魔獣達を見れば、実感はひとしおだった。

 

(よし。よーし。なんかバーサーカーってたシュラに見せ場持ってかれかけたけど、ペースは戻せた!)

 

 別に、慌ててたのは魔術云々より全部シュラにもってかれてた事を危惧してたからとかじゃないから。主人公(笑)になりかけてて焦ったとかでもないし。

 大丈夫、主人公はうろたえない。

 

「だらァァッ!!」

【Giyae!?】

「シィィッ!!」

【Gi,aoo⋯⋯】

 

 ともあれ持ち直した俺達は、勢いそのまま廃墟内を立ち回り。

 気付いた頃には、小鬼達の掃討は終わり。残すは祭壇に鎮座したままの魔獣のみとなっていた。

 

「⋯⋯あらかた片付いたか。手間取らせやがって」

「後はアイツだけね。妙な真似してくれた報い、しっかりと払って貰うわよ」

 

 しかしあれだな。台詞だけ見るとどっちが敵役なのか分からんな。なんせバーサーカーと悪人相だし。仲間を討たれて項垂(うなだ)れる魔獣の方が、よっぽど悲壮感漂ってる。

とはいえ同情心なんて沸かせてられるほど、生温い相手じゃない事は先刻承知だ。

 

【Ruu,Ruuu,uuuuuuuaAA】

「「っ!」」

 

 予感は的中した。魔獣はただ項垂れていた訳じゃない。

 地響きにも似た唸り声が旋律を作っていた。

 

【──Eine(アイネ)Cryine(クライネ)──RUuu,uuuuuaAA──】

「ンの野郎、また歌かよクソッタレが!!」

 

 さっきの沈黙付与の叫び歌が中音域なら、今度は低音域の嘆き歌。聞いているだけで体温を奪われていくような寒々しいメロディに、背筋が震え上がりそうだった。

 いや待て。震えてる場合じゃない。この歌も黒の魔術なんだとしたら、またなにか悪い影響があらわれるんじゃないか。

 そう思って、咄嗟に俺は身構えた。しかし。

 

「⋯⋯⋯⋯あァ?」(あれ? 別になんともないんだけど)

 

 え、もしかして不発?

 まさかさっきの沈黙付与の歌で、自分も沈黙になってましたとかそういうドジっ子プレイじゃないよな?

 ちらっとシュラを一瞥するも、微動だにしてない。てっきり痺れとか風邪とか付与されるかと思ってただけに、拍子抜けだった。

 

「ハッ、只のこけおどしか。美声をどうもありがとうよ⋯⋯おいシュラ!一気に畳み掛けんぞ!」

 

 何もないならそれに越したことなし。さあ決着をつけるぞとばかりに剣を構え、シュラに促したんだけども。

 返事はなかった。それどころかあれだけ執着を見せた魔獣相手に、立ち尽くしたままだった。

 

「⋯⋯シュラ? おいテメェ、聞いてんのか?! なにをボサッとしてやがる!」(シュラ?シュラさーん?なにフリーズしてんだよ、おーい!)

 

 流石におかしくないか。そう思ってシュラの方へと体を向けたのが、結果的には良かったんだろう。いや、不幸身の幸いっていうほうが正しいか。

 

「────」

「ッ?!」

 

 何故なら、気付いた時にはもう既に。

 シュラは俺に斬り掛かっていたのだから。

 

「ぐあっ!?」(はぁっ?!)

 

 間一髪どころじゃない。運が良かった。

 ほんの一瞬でも反応が遅れたら、腕の一本どころか真っ二つだった。

 斬撃を受け止めた腕がまだビリビリと痺れてる。間違いない。今の一撃は本気だった。本気で俺を斬るつもりだった。

 

「て、てめぇ、なんのつもりだシュラァ!!」(急になにすんだよ、殺す気か!?)

 

 いきなり斬り掛かられる覚えなんてない。

 訳も分からないまま、半ば反射的に問いただしていた。まさか主人公の座を狙っての裏切りか、だなんて身も蓋もない妄想だってしちゃったくらいだ。混乱したって無理もないだろう。

 

「やらせ、ない⋯⋯」

「あァ!?」

「"院長"は⋯⋯殺、させない⋯⋯」

「院長だと?!⋯⋯テメェ、なに言って⋯⋯!」

 

 けれどシュラの目を見れば、頭は一気に冷めた。

 光を失くした虚ろな目。ボソボソと囁く脈絡のない言葉。

 明らかに、今のシュラは"異常"な状態だった。

 

「殺させない、奪わせない⋯⋯もう、二度と。だから⋯⋯」

 

 そして、捻じ曲げられた意思のもと。

 刃は真っ直ぐ俺へと向けられた。

 

「お前が、死ね⋯⋯!」

 

 

 

 

.

 



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049 相棒との邂逅

「ァァァァァッッ!!」

 

 喉が張り裂けんばかりの絶叫から繰り出される一撃は、見かけ倒しで済んでくれるはずもなかった。

 

「消えろォ!」

「ぐうおおっ⋯⋯!」(なんつー、馬鹿力してんだこいつ⋯⋯!)

 

 全霊でぶつかるような斬撃。受け止めるだけで腰が砕ける程に重い。華奢な身体のどこからそんな力を絞り出せるっていうんだ。そんな悪態すらつく暇なかった。

 

「チィッ!このクソアマ、目ェ醒ましやがれ!!なにまんまと魔獣に操られてやがんだよ、おいっ!」

「うるさいっ!あたしから奪っておいて!殺してやる!また奪うんつもりなら何回でも殺してあげるわよ!」

「クソッ、意味の分からねえ事をベラベラと!」(どうしたってんだよシュラ!訳わかんねえよ!)

 

 言葉がまるで通じない。それどころか、シュラの言動は支離滅裂になってしまっていた。

 どう考えても普通じゃない。何かがシュラを狂わせている。

 その原因はもはや一つしか思い浮かばない。

 

「テメェの仕業かァ、クソ魔獣!」

【cluruluru⋯⋯】

 

 未だに抱え続けてる誰か頭蓋骨を撫で付けながら、赤目を光らせている魔獣。原因はアイツだ。アイツが歌ったさっきの黒魔術。あれを聴いてからシュラの様子はおかしくなった。

 恐らくあの黒の魔術は沈黙の歌と同じ、バッドステータスを付与する類のものなんだろう。そう考えれば、シュラがかかっている状態異常にも検討がついた。

 

(多分シュラが患ってるのは『洗脳』だよな。くそっ、状態異常の中でもとびっきりに厄介な類じゃないか!)

 

 俺だって馬鹿なままじゃない。ショークとの戦いで状態異常のヤバさを痛感したんだ。

 身体の自由を奪う『麻痺』に、魔術を封じる『沈黙』

 魔封状態に加えて身体不調を招く『風邪』と、攻撃行動を失敗させる『頭痛』

 クオリオから教えて貰った状態異常の種類は、どいつもこいつも面倒だ。なかでも『洗脳』は最悪だ。

 本人の意志を捻じ曲げて操られる。味方が敵へと裏返る。それがどれだけ厄介極まりないか。

 なんで俺には効かなかったんだと気にはなるけど、もはやそんな事を気にしてる余裕はなかった。

 

「『燃やせ、燃やせ、赤のはじまり』」

「なんだと!?」

 

 こちらに畳み掛ける驚愕をよそに、唱えられる呪文と収束していく魔素。

 鮮やかな(だいだ)へと染まるシュラの爪色が、敵を容赦なく燃やす紅蓮へと変わっていく。

 

「『イフリートの爪』!」

「ぐあああっっ⋯⋯!」

 

 直撃を貰ったら洒落にならない。

 せめてもの緩和として剣を横に構えて防ごうとするが、襲い来る灼熱の前には焼け石に水だった。

 触媒無しの下級魔術とはいえ折り紙付きの威力。腕を焼かれながらも壁際まで吹っ飛ばされて、激痛のあまり肺中の空気が吐き出された。

 

(沈黙を解除したのかよ?!寝返らせた分のぬかりもなしってか、魔獣のやつ!)

 

 卓越した剣技だけでも太刀打ち出来そうにないのに、攻撃性の高い赤の魔術までも加わってくるのかよ。

 火傷は酷いがなんとか我慢は出来る。けども肝心の武器はイフリートの爪を防いだ時に吹っ飛んでしまっていた。

 

「殺してやる⋯⋯殺して、やる⋯⋯」

「クソッ!」(このままじゃヤバい!)

 

 幽鬼のように一足ずつ、殺意を燃やして詰めてくるシュラに身の毛がよだった。

 まずいまずいまずい!このままじゃ本当に殺られる!

 紛うことなき殺意に当てられて、たまらず態勢を立て直そうと身をよじった時だった。

 硬くて長い物体が脚に当たって、カランと軽快に音を立てた。

 

「⋯⋯あァ?ンだよ、これは」(⋯⋯なにこれ)

 

 足元に転がっていたのは、真っ黒い鉄の棒だった。しかも中心にぽっかりと空洞が出来てるタイプの。

 有り体に言えば鉄パイプだ。漆黒の鉄パイプが何故か俺の足元に転がっていた。

 

(て、鉄パイプ?なんでこんなもんが、こんなとこに⋯⋯? ひょっとして横長椅子に使われてた素材とか?)

 

 なんでこんなもんがこんなとこにあんの。

 場にそぐわない物体のご登場に、思わず呆気に取られる。

 でも、あれだけ派手に吹き飛ばされたんだ。その拍子に巻き込まれた椅子が壊れて、ここまで転がって来たのかもしれない。

 正直あまり腑に落ちてはないけど、適当な自己解決で片付けてしまえた。そんな場合じゃなかった、という方が正しいか。

 なにせすぐそこまで迫って来たシュラが、今にもとどめを刺さんとばかりで剣を振りかぶっていたのだから。

 

「ハァァァァァッッ!!!」

「ッッ!?」

 

 咄嗟に鉄パイプを引っ掴んで、剣撃を防ぐ。

 ここで真っ二つになっていようものなら絶望だったけど、幸い強度がしっかりしているらしい。

 頑丈な鉄パイプのおかげで、なんとか鍔迫(つばせ)り合いは出来ていた。

 

「やられてたまるかァァァ!!!!」(うおおおおおおっ、南無三っっ!!)

「うあっ!?」

 

 渾身の力比べ。負けたら終わりの背水の陣ともなれば、この踏ん張り所に全身全霊をかけるしかない。

 その気合が功を成したんだろう。不利な態勢だったけれども、なんとか押し返す事が出来た。

 やっぱり気合って大事だわ。根性論万歳。

 

「待ってやがれよ冷血女。今すぐ目ェ醒ましてやるぜ!」(待ってろよシュラ!すぐに助けてやるからな!)

 

 これ以上、あの魔獣に好き勝手させてなにが主人公か。

 こっからだ。こっから反撃の狼煙をあげてやる。

 言葉にすることで自らにプレッシャーをかけるように、拾った鉄パイプを突き付けての宣誓を叩きつけた。

 

 その時だった。

 

《〜〜〜ったたたぁ⋯⋯もぉぉ痛ったいなぁ! タンコブ出来たらどうしてくれんのさぁ》

「────は?」(────は?)

 

 場にひどくそぐわない、呑気な女の子の声が響き渡った。

 俺の脳内で。

 

 

 



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050 凶悪

《んー。寝てる間に、なにさこの状況。というかキミだれ?なんでボクを握ってて平気なの?》

(⋯⋯え、なに。なんだこの声。どっから聞こえてんの⋯⋯?)

《ちょっと、もしもーし。なにキョロキョロしてるのさ。此処だよ此処。さっきからおにいさんがにぎにぎしてるのがボクだよ》

(にぎにぎって⋯⋯は?ひょっとして、この鉄パイプか!?!? いやいやいやそんな馬鹿な喋る鉄パイプってなんだよそのパワーワード意味わっかんねー!)

 

 拝啓女神様へ。正直、急展開過ぎてついていけません。

 たまたま足元に転がってた鉄パイプ掴んだら、鉄パイプが喋りだすってどういうことなの。どういう偶然よこれ。

 

《うわわ、うっさいなぁ。あんまり大声出さないでよ、ボク寝起きなんだってば》

(す、すまん⋯⋯じゃなくって!え、なに、お前って妖精か何か?それともなんかのレアアイテムとかそういう系?そんなもんがあるなんてクオリオ教えてくれなかったけど!?)

 

 プリプリと不満を俺の脳内にぶち撒ける鉄パイプさん。本当なにもんですかあなたさまは。

 いや、もしかしたら聞き逃してきた数々の薀蓄(うんちく)の中にも、こういう類に言及してたのかも知れんけど。

 にしても喋る鉄パイプって。なんだかミスマッチ感が凄いよね。

 

(つか⋯⋯さっきから俺、言葉発してないじゃん。なのになんでこいつは──)

《聞き取れるのかって? そりゃそうだよ、ボクと意思疎通するのに言葉なんて要らないし》

(テレパシーってことか?なにそれ格好良い)

《へへーん、でしょでしょ⋯⋯って、うわわ、ちょっとっ、前!前見てよ前!》

「────!」

「あァ? 前だと⋯⋯ッッ、ぶねェッ!」

 

 ってそうじゃん。今まさに修羅場の真っ最中じゃん!

 頬を掠めたシュラの剣を横目に見ながら、流れる冷や汗と血をぬぐう。

 いやいきなり奇天烈なアイテムをお目にかかったもんだから、完全に意識をもってかれちまってたよ。あっぶねえとこだった。

 

《⋯⋯⋯⋯ふーーーーーん。なんだかボク、とっても面白い状況に巻き込まれちゃってるみたいだね》

(いやいやどこが!?俺が言うのもなんだけど、ちっとも笑えない状況だろ!?)

《そう?ボクからしたら抱腹絶倒モノのシチュエーションだけど》

(なんでだよ!精神異常者(サイコパス)かなにかかよお前は!)

《あはははは。じゃあ楽しむついでに、ちょっと力を貸したげよっかな。何故かおにいさんはボクを握っても平気みたいだし》

(え。平気ってなんの事⋯⋯ってちょっと待て、力を貸してくれるってマジか?!今ご覧の通り超絶ピンチなんだけど、この状況なんとかしてくれんの?!)

《んーー。それはおにいさん次第かなー?》

 

 なんということでしょう。偶然拾った鉄パイプさんが力を貸してくれるらしい。

 いやほんとなぜだよ。こいつは何なのかとか、なんでこんな廃墟に在るのかとか、なんで協力的なのかとか。

 なぜなに尽くしだ。さっぱり分からん。

 けど、すがれるもんなら藁にでもすがりたいくらいに切迫詰まった現状だ。なんだか都合が良すぎる気もするけど、都合を得意げに振り回してこそ主人公ってもんだろう。

 主人公補正万歳。

 ⋯⋯それに、だ。

 

「あたしが、護るのよ⋯⋯今度こそ、院長を、みんなを⋯⋯!」

「⋯⋯」(シュラ⋯⋯)

 

 取り憑かれたように対峙するシュラのうめきに、下唇を噛んだ。

 思い返せば皮肉にも程がある。シュラ。一目見た時から並外れた存在感を持っていた、俺がライバルだと見定めた女。

 選抜試験の際にきっと戦う事になると予想していた。けれど先送りにされた宿命の戦いが、まさかこんな形で迎えることになるなんて。

 

(⋯⋯あー。鉄パイプさん)

《えー、なにその不細工な呼び方。ボクには"凶悪"って素敵な名前があるんだけど?》

(凶悪って。名前にパンチ利きすぎだって⋯⋯まあいいか。じゃあ凶悪。俺は、ヒイロ⋯⋯ヒイロ・メリファーだ。頼む、俺に力を貸してくれ!)

《まっかせてよー》

 

 それに、昂ぶる気持ちもあったんだ。

 ピンチを迎えて新たな力を手にするこのシチュエーション。

 これっていわゆる、パワーアップイベントじゃん。

 まさに『山場』にして『見せ場』。ここで気張らなきゃ意味がない。

 そうだろ、ヒイロ。

 そうだよなぁ、俺の生きてきた十八年間!

 

「我が腕に赤き力の帯を──【アースメギン】!」

 

 投げかけた自分への激励のままに唱えれば、両腕に赤いタトゥーが刻まれる。

 (ほとばし)る力の昂りと、ある仮説の証明に成功した事実に、俺はにやりとほくそ笑んだ。

 

(いよっし、ビンゴだ! やっぱりあいつの黒魔術、歌うたびに状態異常が更新されるみたいだな!)

 

 シュラが沈黙状態じゃなくなった理由。もしかしたら「歌」による状態異常は自動的に更新されるんじゃないかって予想したんだけどビンゴだったっぽい。

 ひょっとしたら洗脳の歌は一人しか対象を取れないとか、もっと別の要因があるのかも知れないけど。

 まだこの世界の知識に乏しい俺じゃ、現時点で真相究明なんて無理だ。

 

(使えるならなんでもいい。こまけえことは気にすんな、だ。集中しろよ、俺!)

 

 大事なのはロジックじゃない。今この目に映る現実だ。気になるなら欧都に帰った時にでもクオリオに聞けばいい。

 そう。俺達は帰るんだ。

 勝って、シュラを取り戻して、揃って欧都に凱旋する。

 それでなくっちゃ⋯⋯誰も俺をヒーローとは呼べないよな。

 

「さァ、行くぜ凶悪! 反撃の狼煙ィ、ぶち上げンぞ!」

《あいあいさー》

 

 

 

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051 我死にたまうことなかれ

 過去十八年。色んな道場の色んな師範に散々、凡才だの平凡だの言われてきた俺にも、肌で学んだ事が一つある。

 それは、戦いにおける勢いの大事さだ。

 

「ヅアァァァァ!!!」

「くうぅぅっ⋯⋯!」

 

 俺はまさに波に乗っていた。あれだけの苦境を強いられた反動とでもいうべきか。(たけ)る心のままに振るった凶悪な一撃に、洗脳状態にも関わらずシュラが目を見開いている。

 けれども、実を言うとこの結果に驚いているのは、俺も同じだったのである。

 

「こいつは、どうなってやがる」(あ、あれ。アースメギンって、こんなにパワー増加したっけ?)

 

 白の魔術アースメギン。かけた対象の攻撃力を上昇させる、とっておきの一つ。なんだけども、ちょっと効きすぎてない?

 いくらなんでもおかしい。なにせあのシュラが鍔迫り合いに持ち込めず、押し負けて後ずさってるくらいだ。

 

《ふふん、驚いた? 実を言うとね、ボクには魔術効力を増幅させる能力があるんだよ。おにいさんの補助魔術がいつもより効果が大きいのはボクのおかげってわけ!》

(マジかよ凶悪!お前凄いな!)

《どやぁ》

 

 原因判明。まさかの鉄パイプさんにそんなオートバフ効果があるとは。力を貸してやるなんて大きく出られる訳だよ。

 

《ってわけでさ。ちまちまチャンバラするより魔術でドカーンと行こうよ。さあさあ》

(あー。ここで残念なお知らせです)

《ほえ?》

(俺、白魔術以外使えません)

《⋯⋯⋯⋯⋯⋯えー。なにさそれ。めっちゃ宝の持ち腐れじゃん》

(ぐさぁ)

 

 そっすね。俺に四原色のどれかの才能あればドカーンといけましたね。凶悪は滅茶苦茶がっかりしてるみたいだが、俺だって派手に魔術ぶっ放したかったよ。どやぁしたかったですとも。

 

《まぁいっか。例え汎用魔術でもボクの恩恵は受けられるんだから、ちゃんと頑張ってよ、おにいさん?》

(へーへー。言われなくったってやったりますよっと)

 

 とはいえ凶悪の恩恵は白魔術であっても効果は絶大だ。

 あのシュラ相手に押し負けなかったことは、まさに反撃の狼煙といえる。

 シュラも接近戦では分が悪いと見たんだろう。憎々しげに俺を睨み付けながらも、シュラの周りに急速に魔素が集まってきていた。

 

「『燃やせ、燃やせ、赤のはじまり』!」

「っ⋯⋯食らうかよっ!『我が脚に空渡る銀の(すべ)を』!」

 

 剣ではなく魔術の手数で押し潰すつもりか。

 だったらこちらも奥の手を出すまでだ。

 なにを隠そう、白魔術の補助魔術はなにも腕力強化のアースメギンだけじゃないのだ。腕の次と来たら、脚だろう。

 

「『イフリートの爪』!」

「『ヘルスコル』!」

 

 炎の爪が出来上がるよりも、俺の唱えた白魔術により、靴の踵の部分から翼のような銀色の風が発生する方が速い。

 勿論ただの鮮やかな色した風じゃあない。アースメギンが腕力強化なら、死者の靴の名を冠するヘルスコルは"速度"の強化を施す白魔術だった。

 

「遅ェ!」(緊急離脱!)

 

 完成した炎の爪がようやく切り裂こうという時には、既に俺は恐るべき瞬足で後方に離脱出来ていたのだった。

 そう。誰しもが憧れる「遅い!」ムーブが完璧に決まった訳である。念願のワンシーンが叶って、思わず心の中でガッツポーズ。

 

「がっ」(いったぁっ!?)

《わぁ、痛そう。おにいさんドジだねぇ》

(うぐっ、しまったぁ。ブーストのされ具合が予想以上過ぎた。勢い余って壁に後頭部を⋯⋯うごおおマジでいってぇ!)

 

 なお「遅すぎて欠伸が出るぜ!」へとコンボを繋げることは出来なかった模様。くそう、強化の振り幅広すぎんよ。良いことなんだけどさ。クオリオとの修行でやっと強化感覚掴めてきたばっかなんだよこちとら。

 

「!!」

 

 なんて言い訳しつつ痛みに悶絶していたけど、ふと鼻に届いた嫌な臭いにバッと顔を上げて。

 目の前に広がる"赤い光景"に、思いっきり顔をしかめた。

 

(まずい、火の手が回ってる⋯⋯!ああもう、こんな廃墟で赤魔術なんて連発するからだ!)

 

 空振りになったイフリートの爪から引火したんだろう。ろくな光すら見当たらなかった廃墟に火災が発生していた。

 

《わお、なんということでしょー。おにいさんが避けちゃったから大変なことに》

(避けなかったらもっと大変なことになってたよ!)

《ツッコんでる暇あるの?この建物古いし、あっという間に火の手回るよ?今って結構、ピンチってやつだよ?》

(こんにゃろう。分かってるよそんなこと!)

 

 凶悪の煽りはムカつくけど、悠長にやってられなくなったのは事実だ。けども燃え盛る火の手の向こう側では、さらに混乱を招く異変が起きていた。

 

【ga,gaaa,gaaaaaaa⋯⋯】

「⋯⋯なんだ?」(あの魔獣、急に苦しみだしたぞ⋯⋯?)

「うっ、ぐ⋯⋯あたしは護らなきゃ⋯⋯違う、魔獣。魔獣を⋯⋯あああっ、頭が、割れる⋯⋯!」

「なっ⋯⋯」(シュラ?!あいつまでどうして⋯⋯?!)

 

 まるで炎に脅えるかのように魔獣が頭を抱えて(うめ)き声をあげ、シュラもまた強烈な頭痛を堪えるように頭を抑えていたのだ。

 よっぽど苦しいんだろう。見えない何かを追い払うように剣を振り回すシュラの姿に、俺は立ち尽くすしかなかった。

 

《⋯⋯ふーん。どうやらバンシーとあの女、火が苦手みたいだねえ。なにかトラウマでもあるのかな?》

(バンシー?)

《魔獣の名前だよ。ま、ともかく⋯⋯これは好都合じゃん。

 はいはーい、ここで凶悪ちゃんから大提案でーす!

 ここはいっちょお利口に⋯⋯戦線離脱とかどうでしょー?》

(⋯⋯は?!戦線離脱ってお前っ⋯⋯!)

 

 まさかの提案に、思わず呆気に取られる。

 だが頭の中に響く凶悪の声は、俺の動揺などお構いなしに言葉を続けた。

 

《ほらほら、逃げるが勝ちっていうじゃん? さっきも言ったけど、すぐに火が回るだろうから下手すると逃げられないかもしれないでしょー?

 バンシーはほっといても死んでくれそうだし、今のうちに逃げておくほうがボクは賢いと思うなぁ》

(お前⋯⋯シュラを見捨てろっていうのか?!)

《そーだよ?あの女は仲間なのかもしれないけどさぁ、まんまと洗脳されちゃった方が悪いんだし。なにより自分が死んじゃったら意味ないじゃん。おにいさんも死にたくないんでしょ?》

(⋯⋯死にたくないに決まってるだろ)

《だったら逃げようよ。安全に、確実に、生きるためにさ。ボクが言ってることって、間違ってる?》

(⋯⋯⋯⋯)

 

 確かに間違ってはない。死んでしまったら全て終わり。

 普通はそうだ。特例なんてあるはずもない。

 かくいう俺だって、今度命を落としたら次はないだろう。

 せっかく歩み出せた物語だ。むざむざ死にたくない気持ちは確かだ。

 

 そうだ。死にたくない。

 だからこそ⋯⋯"死ぬ訳にはいかない"んだよ。

 

「てめえの言うことは間違っちゃいねえ」

(凶悪の提案は間違ってはいないと思う)

《でしょー!だったらさ⋯⋯》

「おう──」

(ああ──)

 

 死ぬ訳にはいかないから。

 考えるまでもなく、答えは最初から決まっていた。

 

「──だからこそ、逃げたらダメだろうが」

(──だからこそ、逃げたら駄目なんだよ)

 

 

 

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052 Life goes on

《⋯⋯は?え?ほんとに逃げないつもりなの?》

(今言ったばかりだろ。逃げる訳にはいかないって)

 

 凶悪に表情なんてない。鉄パイプだし。

 だから声色だけで感情の機敏を察する必要があるんだけど、この時ばかりはすぐに分かった。きっとこいつ、鳩が豆鉄砲くらったような顔してるなって。

 

《えええ⋯⋯でもさ、でもさ!このまま闘うのって結構リスクあるよ?!逃げられなくなっても遅いんだよ?みーんな灰になって、はいさようならってなっちゃうかもだよ?》

(そうかもな。でも死ぬよりはマシだろ)

《はい?! いやいやいや言葉通じてる?通じてるよね?!逃げなきゃ死ぬんだってば!》

(いいや違うね。ここで仲間を見捨てて逃げる方が死ぬんだよ)

《なにが死ぬっていうのさ!》

(決まってんだろ。俺の心だ!)

 

 死なない為に逃げるべきだと、凶悪は言った。

 安全に確実に生きるためにと。けど違う。違うんだよな。

 ここで逃げるのなら、俺の心が死ぬ。

 俺のこれまでの十八年間が、全部灰になるのと同じだ。

 

《心が、って⋯⋯意味わかんない》

(分かんなくたっていいさ。その分しっかり目に焼き付けてやるよ。俺の⋯⋯ヒーローの生き様ってやつをな!)

 

 

──仮面ヒーロー⋯⋯見参!

  やあ少年。私が来たからにはもう安心だ!──

 

 

 

 パチパチと鳴る火花の産声が呼び起こす記憶。

 かつて死の淵で見た背中。例えリスクがあろうとも、燃え盛る祈りの家に仲間を置いて逃げる事はしない。

 俺の"知ってる"ヒーローならそうするはずだ。

 だから選ぶ余地も必要もなく、答えははじめっから決まっていた。

 

《⋯⋯⋯⋯ひーろー、ねぇ。なにそれ。わざわざ危ない橋渡るお馬鹿さんをそう呼ぶの?》

(助けたいと思った奴を助ける事を諦めない。そういう奴をヒーローって呼ぶんだよ)

《⋯⋯馬鹿じゃん。人間なんて脆くてすぐ死んじゃうってのにさぁ。命ぐらい大事にしなよ》

(命だけ大事にしてどうすんだよ)

《⋯⋯あーもう!なんだよこの石頭!》

(残念だったな凶悪。説得は諦めろ。俺は諦めないけどな)

《はいはいもうわかったってば! あーあー!変な人に拾われちゃったなぁボクゥ!》

(はは、ドンマイ)

《うるさーい!ほら、ちゃちゃっと終わらせるよ!》

(へいへい)

 

 まだ納得はいってないんだろう。けれども俺に拾われたのが運の尽きだと悟ったのか、協力はしてくれるみたいだ。

 なんだ。名前の割に良い子だなコイツ。いや、それとも俺の真摯な言葉に胸を打たれたのかもしれない。

 ふふん、いいねえ。悪の改心。それもまたヒーローたるものの王道だ。

 

「──()くぞ」

 

 そんでもって、王道とはど真ん中を突き進んで征くことだ。

 ノーを突き付けはしたが、凶悪の言うリスクは長引けばその分だけ増えるのは確かだ。

 あんまり時間はかけられないだろう。

 だから最短距離でいく。

 

「う、あ、ぁぁぁっ⋯⋯!」

【Ruuu,Gi,aaa⋯⋯】

 

 見つめる先は真っ直ぐ正面。いつしか勢いを増して荒れる炎の海。

 炎の向こうで苦しんだままのシュラ。

 更にその奥で、なにかに悶えている魔獣。

 全部ここで終わらせよう。

 正面突破だ。

 

「あァァッッッ!!」

「────」

 

 炎を潜り、一直線に進む俺に身体が反応したんだろう。

 反射的に振りかざしたシュラの剣が頬をかすめる。

 けど(とら)え切られることはない。ヘルスコルによる脚力強化の恩恵もある。でもなにより錯乱した状態のシュラじゃ、剣技の冴えも半減してる。

 薄皮一枚くれてやって、そのまま置き去りにする。

 そうすれば、もう目の前だ。

 

【gi,giiiiieee!!!】

「──悪ィな魔獣。テメェの歌もこれで終いだ」

 

 歌ではなく、尖った爪でもって俺を迎え撃つ魔獣。

 でも悪いな。こちとら、そんなもんで止まってやれない。

 より速く。より剛く。

 凶悪なる一撃が、魔獣の腹部を穿(うが)ち抜いて。

 

【a,aa⋯⋯、────】

 

 歌う魔獣バンシーは、その手に誰かの頭蓋を抱えたまま横たわる。

 骸となった肢体が、最後は音もなく黒い(もや)となって、焼け落ちた天井から夜空へと昇っていったのだった。

 

 

 

 

 

 

《ふーん。言うだけあってやるじゃん、おにいさん》

(ふふん、当然。ヒーローは有言実行も得意技なんでな)

《はいはいうざいうざい》

(ちょっ、扱い雑過ぎない?!)

 

 厄介かつ強力な状態異常ふりまきタイプだからか、バンシー自体はかなり貧弱だった。決着はほとんど一瞬。

 時間を惜しんだ短期決着だったけど、力を貸してくれた凶悪もこれには驚いているらしい。なんか不服そうだけど。

 

 まあ、なにはともあれだ。

 新たな巡り合わせもあり、強敵も倒し、操られた仲間も助け出しと、これにて万事解決。主人公ムーブここに極まれり⋯⋯と。

 そう思えてた時期が俺にもありました。

 時期って言ってもほぼ直前なんだけどさ。

 

「嫌⋯⋯嫌よ、こんなの⋯⋯」

「なっ⋯⋯シュラ?」

「また私は、失ったの?⋯⋯また、護れなかったの⋯⋯?」

(お、おい。シュラのやつ、まだ洗脳が解けてないのか!?)

《状態異常の余波かな。まぁ、どうせ直ぐに元に戻るからほっといて大丈夫っしょー》

 

 急に解除された余波なのか、まだシュラは完全に立ち直れていなかった。いや、それどころかうわ言のように何かを呟いている。ほっとけばいいと凶悪は言うけど、その生気の無い横顔を見て猛烈に嫌な予感が走った。

 

「みんな⋯⋯みんなまた居なくなるの⋯⋯嫌、嫌よ⋯⋯あたしだけ。嫌、イヤ、先生、あたしは⋯⋯⋯⋯あ、ぁぁぁ、あああああッッ!!」

《⋯⋯⋯⋯あ、あれ。なんかこれ、まっずいかも》

 

 ついには凶悪までもが意見をひっくり返した時。

 絶叫するシュラに呼応するように、廃墟中に尋常じゃない魔素が集まり始めていた。

 しかも集まるだけじゃなく、荒れ狂う赤い炎がシュラに纏わりつくように収束していってる。

 おい。全っ然大丈夫じゃないだろこれ。

 なんだったら、今までで一番のピンチだよなこれ!

 

《やばいやばいやばいよこれ!おにいさん、なんでもいいから身を護る魔術使って!今すぐ!!》

「凶悪!?マジでいったい何が起きてやがんだよ!?」

《説明してる暇ない!はやくはやく、消し炭になっちゃうー!!》

「クソッ⋯⋯『我(まと)う冷厳なる神の楯』!」

 

 何が起こっているのかも、何が起こるのかも分からない。

 けども切迫詰まった凶悪の叫びに、俺は奥の手である白魔術を発動させた。

 腕力強化のアースメギン。

 速度強化のヘルスコル。

 

「うああああああああああッッッ!!!!」

「────『スヴァリン』!」

 

 凶悪によって増幅された、防御力を強化する魔素の鎧。

 しかし。

 シュラに纏わる炎が翼となって、その胸元から一本の燃える刀身が見えた瞬間、眼の前の世界が弾けた。

 

(あ。俺、死んだかも) 

 

 

 視界全てを覆い尽くす、鮮烈で(まばゆ)い赤き光に。

 俺は本気で、死を覚悟した。

 

 

 

 

 

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053 陽炎の揺れる頃

 パチパチ、パチ。

 火花の産声と死に声と、炎の匂いがする。 

 眼の前には赤と黒しかなかった。

 炎と血。生きてる色などなにひとつ残ってない。

 それだけが確かで、突き付けられた現実だった。

 

『みんな⋯⋯居なくなっちゃった』

 

 古来より、死者の魂は空へと昇るという。

 ならば死したみんなの命もそこへ行くのだろうか。

 残骸と化したかつての自分の居場所から空へと繋がる黒煙を、少女は見上げた。

 

『ゆるさない』

 

 "憎しみの目"で、睨み上げていた。

 違う。あの黒は、斃れたみんなの魂なんかじゃない。

 

『魔獣⋯⋯!』

 

 自分が討ったもの達の残響だ。

 人ならざるもの達が消え行く証だ。

 まだ七歳になったばかりの子も居た。やっと裁縫を覚えたばかりの子も。自分よりも早く初恋を迎えた子だっていたのに。

 無情にも、奴らは全て奪っていった。

  

『殺してやる。みんなの、先生の仇。一匹残らず、あたしが!』

 

 だからこれは、死を想う祈りなんかじゃない。

 お前たちを殺し尽くす為ならば、修羅を歩むことさえ厭わない、と。

 魔獣という存在そのものへ向けた、紅き宣誓だったのだ。

 

 

 

 

 

 焼き焦げた匂いのせいで目覚めは最悪だった。

 

「⋯⋯うっ。ここ、は?」

 

 ぼやけた頭にフクロウの鳴き声がすべり込んだ。自分は今まで、なにをしていたのだったか。

 ぼんやりとしたまま記憶を探る。けれどじっくり探るまでもなく、眼の前には答えがあった。

 

「廃墟⋯⋯っ!そうよ、あたしは確か⋯⋯!」

 

 眼の前には焼け落ちた廃墟があった。もはや焦土と呼ぶべき惨状に、フラッシュバックの如く記憶が溢れ返る。

 コルギ村の不穏の元凶を追い、ここまで辿り着いて。

 多くの小鬼を葬り、ついに本命の魔獣と対峙して。

 

「⋯⋯あり得ない。このあたしが魔獣なんかにっ⋯⋯なんて、不様⋯⋯!」

 

 自分は迂闊にも、魔獣の術中にはまってしまったのだ。しかも憎っくき魔獣を、よりにもよって恩師とも呼ぶべき人と思い込まされた。

 不甲斐なさに吐き気がしてたまらない。

 けれどもふと気付く。

 自分は術中にはまって魔獣の味方となっていた。ならば誰が自分を呪縛から解いたのか。元凶を討ったのは誰なのか。

 そんなのは、一人しか居なかった。

 

「ぁ⋯⋯ヒイロ。ヒイロは!?」

「そう叫ぶでない。後ろを向いてみよ」

「え。あ、あんたは、墓守の────っ!」

 

 

 振り向いた先の見覚えのある人物。墓守のエイグン。どうしてここに。

 けれども疑問は墓守の足元を見て吹き飛んだ。そこにはヒイロが、無惨な火傷と煤まみれとなって横たわっていたのだから。

 

「な、なんで。なんであんたがそんな酷いことになってんのよ!」

「わしにも分からぬよ。わしがお主らに追い付いた時にはもう、この有様だった。だが、こんな状態でありながら此奴は、お主を背負いながら燃える孤児院より出てきおったのだ」

「あたしを、背負って?」

「うむ。鬼気迫る勢いであったよ。執念とでもいうべきかな」

「⋯⋯」

 

 薄ぼやけた記憶からでは確かなことは分からない。

 どうやらあの魔獣はヒイロが討ち、更には気絶した自分を背負って廃墟から脱したのだろう。

 しかし負った火傷は見るからに深刻であり、男の勲章とするにはあまりに重かった。

 

(⋯⋯指輪?あいつ、こんなのしてたっけ)

 

 その深刻さ故に注意深くヒイロを見渡していたからだろう。

 右手の薬指にはまっている"黒鉄の指輪"に、ふと気付く。この男がこんな指輪を身に付けていた覚えはない。

 気にはなる。しかしそれ以上に後悔の念とヒイロへの心配が勝り、指輪の事はすぐにシュラの意識の外へと置かれた。

 

「無理に動かすでないぞ。火傷を癒やす霊薬を塗っておる。薬がしっかりと回るまでは、一先ずこやつを安静にさせねば。そうすれば、痕も残らず癒えきるだろう」

「え⋯⋯!?こ、これだけの火傷が痕も残らないって。そんなの霊薬どころか特級の秘薬じゃない! なんでそんなものを墓守が!」

「遠き昔の縁でな。マードックという偏屈から貰った逸品だ。よもやと思い持って来たが、老骨の勘も当たるものよな」

「⋯⋯あんた、何者?」

 

 見るからに重体なヒイロの火傷の痕すら残さない霊薬。本当だとすれば並のアイテムではない。私財を蓄えた貴族の蔵にだってお目にかかれない代物を、小さな村の墓守が持ち得ている。

 ヒイロを救ってくれることを踏まえてでも、警戒心が露わになるのは当然だった。

 

「見ての通りの墓守だ。昔はコルギの村長とも呼ばれておったがな」

「昔は⋯⋯じゃあ、今村長やってるのは」

「ハウチか。アレはわしの娘だ」

「!」

 

 淡々と答えるエイグンに、シュラは言葉を失う。

 理解が追いつかないのも無理はない。村長を務めていた男が、どうして墓守へと身をやつしたのか。まして現村長のハウチが娘と来ている。断片情報だけでは片付かない複雑さが、シュラに混乱を招いた。

 しかし墓守は省みることなくシュラへと背を向けて、燃え落ちた廃墟へと向かい、しゃがみ込んだ。

 

「なにを、してるの」

「今は墓守と言ったであろう。職務に準じて、墓を建てておるのだよ」

「墓⋯⋯」

「贖罪とも言えるがな。己が罪を負う為に長を辞したのに、今の今まで向き合えておらなんだ。なんとも情けない。だがしかし、"これでようやく、みなを弔える"」

「なにを、言って⋯⋯」

 

 要領を得ない言葉だった。まるで独り言のように囁きながら、エイグンは廃墟の目前に太木を突き立て、更に継ぎ木を結ぶ。

 出来上がったそれは、墓守と始めて顔を合わせた集合墓地に並んでいた墓標と同じものだった。

 

「今や焦土と果てたが、元からこの廃墟には多くの焼跡があったことをお主も見たであろう?」

「それは⋯⋯」

 

 自分のみならず、ヒイロとて気付いていたこの場所の残り香。

 未知なる魔獣への警戒ですぐに捨て置かれたことだ。しかし頭の片隅では置き続けていた違和感を、墓守は紐解こうとしている。

 

「わしがまだコルギの村長と名乗れていた頃に、この孤児院は一度焼けたのだ。そして多くの子らが犠牲となってしまった」

 

 パチ、パチパチと。

 悔いるような声色で囁く老人の目には、在りし日の火花が散っていた。

 

 

 

.



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054 拝啓、星なき夜に眠る貴方へ

「騎士よ。ユグ教の名は聞いたことがあろう?」

「闘う者の姿勢や心構えを尊び、称賛するっていう他力本願な宗教でしょ。知ってるわよ」

 

 知らないはずもない。ユグ教といえばアスガルダムでも浸透している宗教である。しかしシュラはユグ教思想を好んでいないのか、肯定の言葉には棘があった。

 

「そうか。ならば内装や礼拝堂を目にして気付いたやも知れぬが、此処はユグレストの修道女にこわれて建てた孤児院だったのだ」

「請われて、ってことはアンタが?」

「うむ。当時のこの辺りは魔獣被害以外にも旱魃や自然災害による孤児が多くてな。村民の反対意見もあるにはあったが、修道女の熱心な説得に皆、次第に折れた。かくいうわしもその一人だった」

 

 エイグンもまた孤児院創立に深く関わった人物なのだろう。焦土を招いた一端である自覚が強いシュラは、たまらず唇を噛む。しかし墓守の背中には、彼女を責めようという気配は無かった。

 ただ、遠き日へと馳せる想いと途方もない悲哀があった。

 

「頑固な奴であったよ。だが孤児らに母と慕われるほど、面倒見が良く優しかった。孤児らの将来の為にと方々に働きかけ、盛んに文字や計算を教えておった。そんなひたむきさに胸打たれてか、わしも村も、次第に援助を惜しまなくなった。ああ、だからこそ⋯⋯わしは"信じられなかった"」

「それって、まさかその修道女が火を起こしてしまったの?」

「いや、事件の後の調査で分かったことだが、出火の理由は厨房係の子が不始末をしたからだ。あやつではない」

「じゃあ、どうして」

「逃げたのだ。村まであやつは一人逃げ延びた。燃える孤児院に、孤児らを置いたままのう」

「え」

 

 ひゅっと、シュラの息が止まった。

 件の修道女の人物像に暖かみを覚えていた彼女にとって、エイグンの言葉はあまりに信じがたい。しかし揺らがない事実なのである。

 

「わしは責めた。なぜ子供らを見捨てたと。だが助けられると思えなかった。命が惜しかったと、あやつは泣き叫んだよ。我が身を惜しむ。それのなにが悪しきかと言われればそれまでだ。しかし、わしは裏切られたような気がしてならなかった。なによりも愛すべき存在なのだと幾度と語った孤児らを見捨て、一人逃げたあやつを⋯⋯わしは、許せなかった。憎いとすら思った。だが、憎しみはさらなる過ちを産むだけであったと気付くべきであった」

「過ち?」

「翌日にそこに見える古樹の枝で⋯⋯あやつは首を吊ったのだ」

「な────」

 

 見捨てたことを深く後悔したのか。

 居場所を失くす未来に絶望したのか。

 確かな理由など分からない。だが修道女は命を断ってしまった。なにもかもが喪われた事だけが、今も横たわっているのだ。

 

「わしが殺したようなものだよ」

「⋯⋯」

「命を奪った者が死後を看取る役を務める。いかにも歪なことだと思わぬか、騎士よ」

「そうね。でも、それがあんたの選んだ贖罪なんでしょ?」

「⋯⋯ああ」 

「死への向き合い方なんて人それぞれよ。誰かにケチつけられるものでもない。そうじゃなきゃ、墓なんていらないのよ」

「⋯⋯左様か」

 

 断罪を求めているのだろう。だがシュラは拒んだ。

 確かに彼の憎しみが、修道女を自死へと追いやったのかもしれない。だが墓守となり、未だ罪滅ぼしに囚われ続ける老人を責める気になどならない。

 死への向き合い方はそれぞれの勝手だ。

 墓守として十字架を背負うのも。修羅として復讐に身を染めるのも。残された生者の勝手なのだ。

 

「なあ、騎士よ。歌の上手だったあの修道女は、安らかに天へと昇れたのであろうか?」

「⋯⋯」

「もしそうなのであれば、わしはお主らに礼を──」

「知らないわよ。そんなの」

 

 だからこそ、エイグンがつぶやく核心をシュラは断ち切る。

 

「此処に居たのは忌むべき魔獣。この村を襲った悪夢だけだった。修道女なんてあたし達は知らない。だから⋯⋯」

 

 彼女が見て、対峙して、ヒイロが討ってくれたあの魔獣はこの村の悪夢。それ以外のなにものでもないはずだ。

 

「あなたが悔い続けた時から⋯⋯もうその人の魂は、安らかだったんじゃないの」

「⋯⋯そう、か」

 

 弔いはとうに終わっている。少なくともシュラはそう思った。

 それを墓守がどう受け止めたのかは定かではない。彼は哀しく微笑み、立てたばかりの墓標を撫でるだけだった。

 

 

 

 

 

 

「全く。老骨は昔話に熱が入っていかんな。だが、そろそろ霊薬も充分に身体に馴染んだであろうな」

「!」

 

 気持ちに整理をつけたのだろう。

 過去から今へと視点を移したエイグンに、シュラは眠るヒイロの顔色をうかがう。そして胸をほっと撫で下ろした。

 ヒイロの火傷にはうっすらと、青き魔素の膜が覆い始めていたのだ。

 青は水に属し、水は癒やしの象徴。霊薬の効果が出ている証であった。

 

「この村を救ってくれた英雄を、いつまでも土の上に寝かせてはコルギの名折れ。村へと戻るとしよう。すまぬが、お主も肩を貸してやってはくれぬか。老いぼれ一人にはいささか(たくま)し過ぎるのでな」

「⋯⋯ん。その必要はないわ」

「む?」

 

 功労者をこのままにしてはおけない。その意見には賛成だったが、彼女にも意地があった。

 言い切って、シュラはひとりでヒイロを背負う。

 長身かつ鍛えられた身体の重さはシュラの倍はあろうが、優れた戦士たるシュラには問題にすらならない。

 

「お主⋯⋯」

「平気だから。先行ってよ」

「⋯⋯うむ」

 

 仮に耐えがたい重さであったとしても、彼女は譲らなかっただろう。カンテラを持ち先導するエイグンを、ヒイロを背負った少女が追いかける。

 揺らさないよう、ゆっくりと気をつかいながら。

 

『俺が、悪夢を終わらせてやる!』

 

 背中から伝う鼓動に目を細めながら、ヒイロが切った啖呵(たんか)を思い出す。シュラと比べれば無名に過ぎない。けれどコルギの村では、ヒイロ・メリファーの名を知らぬ者は居なくなるだろう。

 本当に、彼が悪夢を終わらせたのだから。

 

「なんで逃げなかったのよ、バカ」

 

 今宵の闘いは、それこそヒイロからすれば悪夢のような状況だったはずだ。味方のはずの騎士は魔獣に操られ、更には戦場はいつ身を焼くとも知れない炎に包まれていたのだ。

 でも、この馬鹿は決して逃げようとはしなかったらしい。 

 

『──だからこそ、逃げたらダメだろうが』

 

 朧気な記憶のなかで、わずかに思い出せた光景。

 自分自身を奮え立たせる為の言葉なのだろうか。脈絡のない独り言。けども鮮烈だった。

 不退転の強き意志。今は閉じられた翡翠色の瞳を、思い出すだけで胸の内側に熱が灯る。

 

「ホント。あんたみたいな馬鹿、はじめてよ」

 

 進むと決めた修羅なる道に、人の光など得られないはずだったのに。

 そんなこと知ったことかと、鉄塊(てつくれ)片手に暗い世界を叩き割った男が現れたのだ。

 星もない夜なのに、シュラは目を細めていた。

 割れた亀裂から射し込む光を、慈しむように。

 

「────ヒイロ」

 

 素直になるのがまだ苦手な少女は、明日を迎えれば感謝をちゃんと言える自信もなかった。

 だから(ふくろう)さえ静かなこの夜に、ひっそりと打ち明けることにした。

 

 

「助けてくれてありがとう」

 

 

 

 あなたが居てくれて良かった、と。

 

 

  

.



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055 舞台裏の神々

 

 木を隠すならば森の中。闇影が溶けるならば、星無き夜はうってつけであった。

 

「素晴らしい」

 

 木枯らしの音さえ静かな、眠れる森。

 焦土と化した孤児院跡地を眺めて、黒尽くめの男は恍惚に酔った声を上げた。

 

「まだ目覚めたばかりの小火程度で、ここまでの破壊をもたらせるとは。ククク、良いぞ。実に良い。それでこそ配役を仕込んだ甲斐があったというものだ」

 

 男に表情は無かった。片目だけの奇妙な仮面をその顔に被っている為である。しかし痛ましい程の破壊の痕跡を前に、愉悦に身をよじらせる男の歓喜は存分に伝わるだろう。道を外れた者の持つ、おぞましさと共に。

 

「しかし──少々キャストを遊ばせ過ぎたかな。よもや予定外の羽虫がああも意気揚々と宙を飛ぶとは。存外脚本通りにいかぬものだな⋯⋯だが、それも一興か」

 

 歓喜の身震いがピタリと止まる。仮面の男が思い浮かべるのは、『魔獣バンシー』を討ったイレギュラー(ヒイロ)の事である。

 本来ならば暴走したシュラの焔に孤児院ごとバンシーは葬られる予定だったが、予定外のキャストに少々過程を乱されたのだ。

 しかし結果はさして変わらない。ならば捨て置いても良いだろう。

 

「いざとなれば薪としてしまえば良い。希望があるからこそ、絶望の焔は凄絶に燃え上がるというものなのだから」

 

 邪魔になれば消せば良い。あるいは、あのイレギュラーを脚本に組み込むのも一興だろう。シュラが彼に心を許せば許すほど、絶望の炎はより多くを呑むほどに育つのだから。

 

「そうだろう────私の修羅。全てを灰燼に帰す『黄昏の火』よ」

 

 やがて全て灰の様に(なら)うのならば、思う存分過程を楽しもうではないか。

 愛憎を。哀楽を。喜びも。潰えぬ怒りも。

 

「クククッ、アーッハッハッハ!! 」

 

 その身を黒き四枚翼のカラスへと変身させて、物語のフィクサーは夜を飛ぶ。いずれ来るべき怒りの日を待ち焦がれながら。

 響くは哄笑。全ては意のままに。

 

 

 

 

 

 だがいずれ、仮面の男は思い知るだろう。

 羽虫と嗤った矮小な存在がもたらす影響の大きさを。

 嬉々と(つづ)った脚本を燃やさんとする火の産声を。

 紛れ込んだイレギュラーは、己にとっての天敵であることを。

 

 

 この物語の運命は、すでに殺されはじめていることを。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「はぁ⋯⋯⋯⋯」

「おや、どうしましたノルン様。そんな後味が悪そうな顔をして」

「悪そうな、じゃなくて悪いんですよう。結果だけ言えばコルギ村は救えましたけど、なんだか色々とすっきりしません」

「まあ、そういうゲームですし」

「そもそも戦闘面ですよぉ。結局、魔獣バンシーとはイベント戦で強制敗北でしたし⋯⋯念のためにと無限湧きの小鬼達を倒した私の努力はなんだったんですか」

「致し方ありません。バンシーの黒魔術『アイネクライネ』は『"この世界で"かつて喪失した大事な女性に誤認させる』という、強力な洗脳効果がありますし。孤児院という場所にバンシーの境遇を考えれば、もはや皮肉なほどにシュラ特効ですよ」

「分かってますよ。沈黙にする『クライモア』の歌と、眠り状態の相手を操れる『マザーグース』の歌⋯⋯本当に厄介な魔術ばっかりでしたし」

「ただの村人では分かりようがありませんよね。眠った子が自ら廃墟に向かっていたなんて。シュラでさえああなったのですから」

「それにあの力が暴走した後、燃える廃墟からエイグンさんがシュラさんを運び出してくれなかったら、あのままシュラさんも⋯⋯」

「ええ。多分、瓦礫の下敷きになってましたね」

「でも。そのせいでエイグンさんがぁ⋯⋯」

「⋯⋯お亡くなりになってしまいましたね」

「エイグンさん、ただものじゃなさそうだと思ってましたけど、まさか元は村長さんで、ハウチさんが娘さんだったなんて」

「『孤児院の悲劇』ですか」

「⋯⋯後悔していたんですよね、ずっと。最後の方に廃墟に現れたのは驚きましたけど⋯⋯エイグンさん、バンシーが燃えながら赤ん坊の骨を撫でてる姿に、例の修道女さんを重ねてたんでしょうか⋯⋯」

「ええ。でなければ、あのシーンで『すまない』なんて台詞は出てこないでしょう」

「ですよね⋯⋯⋯⋯はぁ。切ないです。でもなにも、後を追うように息を引き取らなくたって⋯⋯」

「仕方ありません。ご高齢にも関わらず崩落し始める建物からひと一人救い出したのです。文字通り、死力を尽くしたんですよ」

「⋯⋯ううう、ハウチさんの慟哭が頭から離れません⋯⋯」

「あのシーンは胸が痛みましたものね⋯⋯」

 

 

「それにしても、あのいかにも黒幕っぽいのですよ!」

「はい。露骨に怪しいやつが出てきましたね。多分原作者も隠す気はなかったんでしょう」

「まあ、色々と気になることばっかり言ってましたけど⋯⋯それよりもあの仮面男が拾っていたあの鉄パイプのようなものって⋯⋯もしかしなくても、"序章の港町のボスにシュラさんがトドメを刺した時の──ですよね?"」

「はい。そうですよ。『凶悪』という名前になっているらしいですが」

「でも、どうしてそれがコルギ村の孤児院に⋯⋯?」

「コルギ村に向かうとき、馬車の中でハウチ村長が説明していましたよね。灰色の戦乙女の異名を、行商隊の商人から聞いたと」

「はい⋯⋯えっ、まさか!」

「ええ。その商人が港町事件が終わったあとにこっそり回収してたみたいですよ。直接触ると呪われるいわくつきの商品としてフィジカで販売してたみたいですが、売れなかったみたいで」

「そりゃあそうですよ、あれだけの事があったんですし」

「で、ならば聖欧都で売ろうと思ったらしく、行商に参加したんですね」

「行商隊はどうなったんです?」

「まあ、興味本位でいわくつきの孤児院を訪れた訳ですから。見事に子鬼達のご飯になりましたよ」

「うわぁ、それであんなとこに⋯⋯なんということでしょうか。あの黒幕さんも想定外だったみたいですが、巡り巡って一番手に渡ってはいけない人の手に渡ったような⋯⋯うう、猛烈に嫌な展開が待ってそうな気がします」

「ええ、ノルン様。詳しくは言えませんが、あれも今後の鬱展開に一役買ってる代物ですよ」

「うえええ⋯⋯ううう、進める気が滅入ります⋯⋯って、あれ。そういえば、ヒイロさんの出番は⋯⋯?」

「おや、なにをおっしゃいます。第一章はまだ終わってなどいませんよ?」

「ええ!?でももうコルギ村の決着はついたはずじゃ⋯⋯」

「確かに。ですが⋯⋯ノルン様はどうやらひとつお忘れの模様ですね」

「な、なにがです?」

「ノルン様も不思議に思っていたじゃありませんか。ハウチ村長はアッシュ・ヴァルキュリアの噂を知っている理由は教えてくれましたが⋯⋯シュラがそうであることと、彼女が今、騎士団に居ることを"誰に教えてもらったのか"は、話してませんよね?」

「⋯⋯⋯⋯あっ」

 

 

 

「さあ、第一章のラストバトルと参りましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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056 帰還

「ククク⋯⋯クックックッ⋯⋯!」

 

 拝啓女神様へ、いかがお過ごしでしょうか。

 どうもご機嫌よう、この物語の主人公です。帰りの馬車よりお送りしておりますが、お察しの通り現在俺の機嫌は天元突破しております。

 

「なによニヤニヤと、気持ち悪いわね」

「ククク、テメェには分かるまい。既に名が売れてたテメェにはなァ⋯⋯」

 

 ニヤけたっていいじゃない。コルギ村の皆にもてはやされたんだもの。

 村を悪夢から醒ませてくださりありがとうございました、騎士様。手を取って涙ぐましく言われたんだ。まさにヒーローの本懐だよ。ああ、思い出すだけで頬が吊り上がる。

 

「これでようやくテメェに追い付き始めた訳だ。今に見てやがれアッシュ・ヴァルキュリア。俺の名声がオマエの異名を追い抜かすのも秒読みだぜ!」

「はいはい⋯⋯⋯⋯なによ、子供みたいにはしゃいで。ちょっと可愛い所もあるんじゃない」

「あァ?なんか言ったか?」

「なんでもないわよ馬鹿」

 

 ちっさい声で呟きながら、ぷいっと馬車窓の外へ視線を逃がすシュラである。

 俺が目を覚ました後から、ちょっと今までとシュラの様子が違うんだよな。距離が近くなったとか、やたら俺を視界に収めようとしたりとか。

 ひょっとしてあの暴走爆発の負い目を感じているのかと思ったけど、そもそも覚えてないらしいし。ま、覚えてないなら覚えてないでいいか。わざわざ教えて罪悪感を背負わせたくないし。

 

(となると⋯⋯嫉妬かな)

 

 ふむ。さてはシュラ、俺の活躍ぶりに嫉妬してると見た。今回の一件で、自分の活躍を奪いかねない(主人公)だって気付いたか。チラチラと見てくるのがその証拠だ。

 火傷が治り切るまで食事やら濡れ布の用意やら世話してくれたのも、俺の力を観察する為だろう。ふふふ、いいね。今の地位に油断しない姿勢、手強いライバルじゃないか。

 

《ま、バンシーに勝てたのもボクのおかげでもあるからね。マスターの名声はつまりボクの功績と言っても過言じゃないわけだよ》

(おやー?真っ先に逃げ出そうって提案してたのはどこの凶悪ちゃんでしたっけー?)

《あ、ひっどい。ボクはあくまでマスターの身を案じたプラン出しただけなのに》

(はいはい分かってるって。ちゃんと感謝してっから)

《むふん。ならばよろしい》

 

 そして頭に響くこのボクっ娘ボイスですよ。

 チラリと右手の薬指を見下ろせば、黒い鉄のリングがはまっている。そうです。これ凶悪さんです。

 念話や魔術増幅のみならず、まさか縮む事まで出来るとは恐れ入ったよね。

 

(てかさ、本当に俺に付いてきて良かったのか?)

《今更なにさ。拾ったんだからちゃんと責任取って面倒みるのが誠意ってもんじゃないの?》

(捨て猫かよお前さん)

《いいじゃん別に。あんな場所に置いていかれたってしょうがないし。それに、どうせならマスターみたいな面白い人間に使われたいしぃ〜?》

(まあ凶悪が良いなら良いけど⋯⋯って、人を愉快なやつみたいに言うなよ)

《いや愉快でしょ。念話の言動と普段の言動の不一致っぷりとかさ?》

(あー⋯⋯色々あるんだよこっちにも)

 

 なぜだか凶悪は俺を気に入ってしまい、これからも力を貸してくれる事となったらしい。マスター呼びもいわば協力の証だろう。

 はい。どう見ても主人公強化イベントだねこれ。まさかコルギ村を救うことが俺のパワーアップに繋がるとは。依頼受けてホント良かったよ。そもそも凶悪が『スヴァリン(防御力向上)』を増幅してくれなかったら、今頃消し炭だったろうし。

 

(魔術増幅はありがたいけど、武器として使うのは控えた方がいいよな?)

《へ?なんで?ボクこれでもカッチカチだよ?ミスリル製の武器なんかよりも全然タフだけど》

(や、ほら。孤児院でシュラの剣防いだ時に痛いっつってたじゃんか)

《あー。アレは寝てる時だったからね。起きてる時はボクの力で痛覚シャットダウン出来るから、別に気にしなくたっていいよ?》

(マジかよ。なんだこの都合の良い女感は。さては男をダメにするタイプだな)

《乙女心まで気にするなとは言ってないんだけど?》

 

 ほんと色々と高性能だな、この喋る鉄パイプさんは。

 まあ、惜しい点があるとすれば凶悪のフォルムかな。喋る剣とかならいかにも王道っぽいけど、鉄パイプなんだよなぁ。

 鈍器片手に戦う騎士って。シナリオのセンスが前衛的過ぎませんかね。

 

(なんでこんなのがあんな孤児院に放置されてたんだか)

《それは秘密って言ったじゃん。ま、隠すほどのことじゃないけどさ》

(だったら教えてくれてもいいだろ)

《やだねー。黙ってた方が面白そうだし。あとあと、何度も言ったけど⋯⋯ボクを他の誰かに触らせたら駄目だからねー?》

(確か迂闊(うかつ)に触ると精神に異常来たすんだっけか?)

《そーそー。並の人間だったら廃人コース待ったなしだよ。別にボクはいいけど、それだとマスターが困るでしょ》

(超困るな⋯⋯でも、じゃあなんで俺は平気なんだ?)

《知らなーい。マスターの精神構造が呪い以上にぶっ飛んでるとかじゃないの?》

(人を精神異常者みたく言うな。ヒーローだぞこちとら)

《つまり頭悪いってことだね》

(⋯⋯⋯⋯⋯⋯くそっ)

《自覚あっても否定しようよ⋯⋯》

 

 どうやら凶悪は所有者を呪う類のやべー武器らしい。

 でも何故かその呪いは俺に効かないんだとか。理由は気になるけど、デメリットは帳消しに出来るに越したことはない。

 それに、ヒイロが実は聖なるパワーとか加護とか持ってますよーフラグなのかもしれないし。だとしたらますます期待に胸が踊る。やはり主人公といえば特別な出自だ。実は大精霊と人間のハーフでした、みたいなパターンと見たぞ俺は。

 

(ま、なんにせよ⋯⋯これからよろしくな、凶悪)

《うふふ。精々末永くつるむとしようね、マスター!》

 

 

 ともあれだ。

 このコルギ村での依頼は、結果だけみれば間違いなく騎士ヒイロに追い風だろう。

 凶悪、名声などなど多くの成果を得ての凱旋だ。

 胸を張って門を潜ろうじゃないか。

 

 そう思ってた時期が、僕にもありました。

 

 

 

「長旅御苦労⋯⋯と、言いたいところだがな。ヒイロ・メリファー。エシュラリーゼ・ミルガルズ。正式な騎士身分を得てないにも関わらず、民間からの依頼を受けた貴殿らをこれより拘束する。抵抗は、してくれるな」

 

 

 門を潜った先では、俺たちの帰還を手ぐすね引いて待っていたらしき門番の皆様がずらりと並び。

 一歩前に歩み出ている隻眼の男、シドウ教官の号令により⋯⋯俺達はあっという間に捕縛されてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 そう、俺達はまだ気付いていなかった。

 悪夢は終わった。

 けれどもまだ、この一件に潜む悪意は終わっていなかったのだと。



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057 ルズレー属かませ犬科

 住めば都。そんな言葉がある。

 どんな場所だって慣れれば大したことないって意味だろうけど、俺からすれば大異議ありだ。

 懲罰房は流石に、都にはなれません。はい論破。

 

「⋯⋯此処にぶち込まれて、もう何時間だ?」

「さあ、覚えてないわ」

「もう陽が暮れてやがる」

「そうね」

「クソッ、腹減ったぜ」

「やめて。考えないようにしてるんだから」

 

 拝啓女神様へ。どうも主人公のヒイロwith隣の牢に居るシュラです。順風満帆かに思えたマイロードですが、このたびめでたく豚箱に打ち込まれました。助けてくれ。

 

(まさかマジでとっ捕まるとは⋯⋯)

 

 なんで村一つ救った俺達がこんな目に。嘆きたい気持ちもあるけど、残念ながら心当たりがあった。

 ハウチさんの依頼を受けるかってなった時に、シュラが忠告していたことだ。

 正規の騎士でない者が、勝手に民間からの依頼を受けることは禁止されており、発覚すれば規則違反として罰を受けるって。

 あの時はテンションに任せて「まあ主人公の善行だし大丈夫でしょ」と流しちゃいたけど、駄目でした。石壁と鉄格子に囲まれた一室。小窓から射し込む夕焼けが、まあ目に染みること。 

 でも隣の牢のシュラを思えば、申し訳なさが凄くて。俺はこの結果には悲しさはあれど後悔は無い。けどシュラは俺が巻き込んでしまったようなもんだし。

 正直罵倒の一つでもされるかなと思ってたけど、意外にもシュラは俺に憎まれ口ひとつ叩かなかった。

 

「⋯⋯責めねぇのかよ」

「着いていくって決めたのはアタシよ。決断しといて責任だけ押し付ける真似、する訳ないでしょうが」

「へっ。格好つけやがって」

「格好つけようとしたあんたが言うな」

 

 くっ。流石は我がライバル。男前じゃないか。

 俺としたことが、ちょっとキュンとしちまったぜ。

 

《うーん、まさかマスターに付いていった矢先にこれとはねえ》

(⋯⋯凶悪。お前の呪いってもしかして不運を呼んだりする?)

《ないない。これは普通にマスターの自業自得だと思うよ?》

(正論って時に人の心を深くえぐるよね)

 

 身も蓋もない凶悪の一言に、ずんと落ち込む俺だった。

 しかし自業自得ってのはいいとして、いつまでこのままなんだろうか。たっぷりと事情聴取、後にこの牢にぶち込んでくれたシドウ教官は「追って沙汰を伝える」と言ったきり帰って来ないし。

 これからへの不安も含めて、無気力に汚い天井の染みを数えていた、そんな時だった。

 入口の重い扉が軋む音が、懲罰房内に響き渡った。

 

「ええい、(さび)臭くてならんな。懲罰房とはいえ仮にも騎士と名の付く施設ならば、清掃もきちんとすればいいものを」

 

 ついでに滅茶苦茶鼻持ちならない感じの声も響き渡った。

 

「しかし下賤な産まれの者には相応しい場所と言えよう。ご機嫌いかがかな、愚かにも規則を乱した平民共よ」

「「⋯⋯」」

「なんだその顔は。我輩は栄光ある貴族にして騎士、パウエル・オードブルである。我が威光をその目にしたならば頭を垂れ、ありがたがるが良い。平民の責務であるぞ?」

「うっわ」

(うわぁ)

《うへえ》

 

 俺達の牢の前に来るなりそう宣ったのは、色々とキツイおっさんである。くるんと上を向く金の髭。騎士の甲冑に羽根付き帽子を被るという絶望的なファッションセンス。

 なにより金髪のキューティクルが凄くて、普通に引いた。ちなみに声出したのはシュラです。

 

「なんだテメェ。なにしに来やがった」

「口のきき方がなっておらぬな、この猿め。先も言ったが我輩はオードブル一門の貴族にして、ブリュンヒルデに属する騎士である。貴様のようなゴミが口をきける相手ではないのだぞ?」

「本隊の騎士、だと?」

「⋯⋯フン」

 

 嘘でしょ。こんなんがあの入隊するだけで誉れっていわれる本隊に居んのかよ。貴族云々はともかく、俺の先輩にあたる人物の登場に少なくない衝撃を受けた。

 

「だが目的を答えねば話は進まぬも道理。ククク、何をもって一般の依頼料すら払えないゴミ村の依頼を受けたかは知らぬが、罰は罰である。我輩は貴様らに沙汰を下しに来た」

「⋯⋯なんだと?」

「喜べ平民共。貴様らの称号はめでたく"剥奪"だ。平民は平民らしく、有象無象に身をやつすが良い」

「⋯⋯⋯⋯剥、奪?」

「⋯⋯っ」

 

 称号剥奪。告げられた罰の重みが、ずしりと心にのしかかる。息を呑むシュラの声さえ遠い。

 ああマジかよ。あん時はシュラに啖呵切った訳だけど、流石にいざ結果を突きつけられるとショックだ。思わず呆然としてしまう。

 そんな俺のリアクションがパウエルの嗜虐性に刺さったんだろう。大層満足そうに頷きながら、まだ話は終わってないとパウエルは手を叩いた。

 

「しかしだ。哀れで愚かな貴様らとて、一度の失態で全てを奪われては敵うまい。そこでだ。偉大なる我輩から一つ、取り引きを持ちかけてやろう。条件次第によっては、我輩の権力で貴様らの称号剥奪をなかったことにしてやれるぞ?」

「⋯⋯条件?」

 

 絶たれたかに思えた騎士ヒイロの道筋。

 けどもそこに蜘蛛の糸を垂らしたのは、実に醜悪な笑みを浮かべるパウエルであった。

 

 

「まずは忠誠の証とし、我輩の靴を舐めよ。そして今後は我らが貴族派の尖兵として下僕となること⋯⋯それが我輩からの条件であるっ!」

 

.



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058 貴方が騎士をやめるなら

「そも、この国は始まりからして間違っていたのだ⋯⋯」

《わー。急にひとり語りはじまったよマスター》

(こういうのが校長になると苦労すんだよな)

《こーちょーって?》

(眠らせ系黒魔術使い)

《はえー》

 

 一方的にろくでもない提案をし、かと思えば返事も待たず急に語り出すパウエル。これには凶悪さえも苦笑いであった。

 

「五百年前にこのアスガルダムを興した初代皇帝シグムント。しかし彼の騎士王という称号に増長した騎士共め。愚かにも貴族を差し置き権勢を伸ばし、今もこの聖欧国にのさばっておる。これほど許し難き蛮行は無い。貴様らとてそう思うであろう?」

「⋯⋯その露骨な選民思考。アンタ、貴族は貴族でも『旧貴族』の連中みたいね?」

「旧貴族だァ?」

「その蔑称を使うな。我らは旧くなどない。貴族派と呼ばぬか!」

 

 シュラの呼称に食ってかかるパウエル。

 よっぽど気に入らないんだろうが、そもそも貴族に新と旧ってあんのかよ。そう思わずにはいられない。

 

「貴族派ねえ。同じ貴族相手にまで敵意を振り撒いてる癖に」

「ふん。貴族としての誇りを忘れ、私財を切り崩してまで騎士共に媚びへつらい家格を保つ商売鼠など、もはや貴族と呼べはせぬわ」

「どっちでも良いわよ。権力欲しさに騎士に賄賂を贈って腐敗を加速させるか、性懲りもなく過去の栄光にすがるかの違いなんて」

「すがっているのではない!『古き良き貴族の栄光を再び』という、我輩らが使命を果たしたいだけである!」

《⋯⋯にゃるほど。どーやら貴族にはニ種類居るっぽいね。旧貴族は貴族復権の為のタカ派ってとこかな?》

(お、おう。そんなとこだな。なかなか理解力が高いじゃんか、凶悪)

《どやあ》

 

 あれ、ひょっとして凶悪さん俺より頭良い?

 いや俺だって理解してない訳じゃない。でも、欧都暮らしの俺はともかく、凶悪は孤児院で放置されてたわけじゃん。知識の下地が違うのにも関わらず、聞いただけで現貴族と旧貴族の違いを把握出来てるなんて。

 まずい。IQ鉄パイプ以下って凄い屈辱的なんですけど。

 

(あかん。このままだと俺の威厳が、主人公としてのプライドが!)

《え。威厳なんて別に最初から⋯⋯》

 

 俺は実戦担当とはいえ、これは挽回せねば。

 凶悪の辛辣なツッコミもなんのその、ここは一つバシッと決めねば主人公が廃る!

 

「ハッ、旧貴族の復権なんぞどうでも良い。最初から答えなんて一つだろうが」

「ほう。では⋯⋯」

「臭い足向けんじゃねえ。誰が舐めるかパエリア野郎が」

「ぱ、パエ⋯⋯!?」

 

 そう。交渉の中身を聞いた時点で答えは決まっていたんだ。

 提案を呑むとでも思ったのか、伸ばされた足を払えばパウエルの顔が驚愕に歪む。

 

「確かに俺は騎士になる為に血の滲むような努力をしてきた。それこそお前らの言う悲願って奴だ。騎士の称号ってのは決して軽いもんじゃねえよ」

「ぐっ⋯⋯だったら何故条件を呑まないのであるか!惜しむなら、我輩に忠誠を誓うのである!」

「まだ分からねぇかこの野郎」

 

 ようは貴族ってこういう生き物なんだろう。世の中全部、自分の思った通りに進むって前提で生きている。主人公の俺でさえ思い通りにいかないことが多いってのに。

 だからその贅沢な"勘違い"を、思いっきり正してやるべきだろう。

 

「誇り捨ててテメェの下僕になるくらいだったら、騎士身分なんざ惜しくもなんともねェって事だよ腐れパエリアが!」(誠に残念ながら貴君の採用は見送らせていただきます)

 

 騎士の称号を求めたのは、ヒーローを志す為の手段だったからに過ぎない。そしてヒーローはこんなところで身分惜しさに忠誠を誓わない。手段の為に目的を捨てるなんて、本末転倒も良いところだ。

 

「今すぐ失せなクソ野郎。帰ってテメェのケツでも舐めてろ」(ご苦労様でした。お出口は右手になります)

 

 コイツの目論見なんて、最初から叶うはずもなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああまで言えば、俺が絶対に頷くことはないと察せたんだろう。

 覚えるのも面倒な罵詈雑言を吐き捨てた後に、パウエルは懲罰房から出ていった。後悔するなよ、と恨み節を添えて。

 

「これで良かったの?」

「あァ?良いに決まってんだろ。それこそテメェは良いのか、つい俺が交渉蹴っちまったが」

「冗談。あんな奴の下僕なんて死んでもゴメンだわ。別に騎士だって惜しくもないし」

「チッ⋯⋯才能あるやつはこれだから」

 

 嵐が去って、考えるべきはやっぱりこれからの事だった。

 今までの努力を思えば騎士称剥奪は辛い。魔術修行手伝ってくれたクオリオにも謝んないとだし。

 なら今考えるべきは未来についてだ。

 

「魔術師ヒイロってのは」

「白魔術しか使えないくせになに言ってんのよ」

「なら教官ヒイロは!」

「騎士になれないのに教官になんてなれる訳ないでしょ、馬鹿?」

「ぐぬぬ」

 

 もっともすぎるシュラの否定にがっくりと凹む。

 いやまあ自分でも無理だと思ってるけど。魔術師は駄目。教官も論外。じゃあ、もっと自由なのはどうだろう。

 

「冒険者ヒイロならどうだよ」

「⋯⋯冒険者?」

「おう。なにもこの世界はアスガルダムだけじゃねえだろ。世界各地を周りながら、秘境やらダンジョン巡り。トレジャー探しってのも悪くねぇ」

 

 やっぱり主人公といったら冒険だよな。

 いっそアスガルダムから飛び出して、この世界を渡り歩くってのも全然楽しそうだし。行く先々で困ってる人を助けて名を売り、いつかヒーローとして認知される。

 うん。いいじゃん。俺的には全然有りだぞこれ。

 

「夢見がちね。脳筋のアンタだけじゃドジ踏んでそこらで野垂れ死ぬ未来しか見えないわよ」

「んだとぉ!?」

《マスター。ボクもぶっちゃけその未来しか見えないね》

(凶悪!?ここはフォローする所だろ!?)

《ボクは現実主義者なんで》

 

 あっさりと否定されて、がっくりと凹む。

 そんな俺の様子が牢の壁越しにでも想像ついたのか、シュラはくすぐったそうに喉を鳴らして。

 

「だから、アタシもついていってあげる」

「あァ?」

 

 意外な提案をしてくれた。

 

「何よ、不満?言っとくけどアタシ、騎士団に入る前は一年くらい旅してたから。あんたよりも全然慣れてるわよ」

「テメェ!冒険面でも俺より上を行きやがる気か⋯⋯!」

「残念ね。頭の悪さと目付きの悪さ以外じゃ全部アタシが上よ」

「目付きはテメェのが悪いだろうが!」

「悪くない!アンタのが全っ然悪いわよ!」

「あァ!?」

 

 どういう風の吹き回しなのか、シュラが二人旅を提案するとは。

 牢の中でさえしょうもない言い合いするぐらいなのに。

 あれか。ライバル枠だから、主人公不在の危機感でも発動したのか?ううん、わからん。

 

「ま、ともかく。アンタが世界を巡りたいってんなら、しょうがないから付いてってあげるわ。感謝しなさいよね」

「て、テメェ、勝手について来るってぬかしておいて、感謝までせびりやがって⋯⋯」

「うっさい!」

 

 でも、コイツとの二人旅ってのも案外悪くないんじゃないか。

 口喧嘩ばかり起きそうでも、退屈はしなさそうだし。実際頼り甲斐はあるし。ぶっちゃけ凶悪と俺だけってのも不安だし。

 なんて風に、心の内でぼんやりと前向きな気持ちになって来た頃だった。

 

 

 

「──残念ですが、その未来予想図は白紙に戻していただきます」

「!」

 

 突然割って響いた女の声に、慌ててそちらを向く。

 いつの間にか俺達の独房の前に立っていたのは、一人の女性だった。

 滅私色のショートヘアに、モノクルから覗く鋭い紫の瞳。

 いかにも規則規律に厳しそうな頑固さが姿勢に出ている感じに、俺はふと既視感を覚えた。

 

(あれ、この人って確か、入団式のときの⋯⋯)

 

 思い出した。春の入団式に壇上で入団案内してた委員長だ。

 確か、リーヴァ団長補佐官筆頭なんて呼ばれてたはず。間違いない。でもなんでこんな所に。至極当然の疑問が浮かぶ。

 だがその眼差しは、俺の疑問どころか存在などまるで眼中にないかのように、シュラだけを鋭く見つめていて。

 

「喜びなさい、エシュラリーゼ・ミルガルズ。貴女"は"釈放ですよ」

 

 そう、告げた。

 

 



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059 Round and Round

 

「どうしてなのよ」

 

 夕陽に焼き焦げた世界で、今にもかき消えそうな囁きがこぼれ落ちていた。

 アスガルダムの欧都の街並みは、黄昏になれば一際に美しい。しかし通りを重い足取りで歩くシュラの表情は、失意に沈んでいた。

 

「アタシだけ釈放って⋯⋯意味分かんないわよ」

 

 懲罰房に囚われていたはずの彼女が、何故外を歩けているのか。その理由を思い出す度に、シュラの奥歯が悔しさで(きし)む。

 

『調査書類によると、此度の依頼はそちらのヒイロ・メリファーが受諾したものだと証言がありました。そして貴女は居合わせただけであり、故に酌量の余地ありと判断し、三日間の謹慎まで減刑されましたよ』

『⋯⋯は?』

 

 リーヴァの告げた内容は、シュラを唖然とさせた。

 なんだそれは。共に村に向かっておいて、巻き込まれただけなはずがないのに。当然シュラはリーヴァに食ってかかったが、冷たいモノクルの乙女はまるで取り合おうともしない。

 そして、リーヴァはあまりに無情な問いをヒイロに投げかけた。

 

『では、確認します。ヒイロ・メリファー⋯⋯コルギ村のハウチ氏からの依頼を受諾したのは、貴方で間違いないですね?』

『────、⋯⋯⋯⋯あァ。俺が受けた』

『ヒイロっ!?』

『了解しました。では、貴方の処分の確定作業がありますので、私はこれにて』

『待って!待ちなさいよ!⋯⋯ふざけるな、こんなのっ、アタシだけが赦されていいはずが⋯⋯ヒイロォッ!!!』

 

 気付けば、掌から血が滴っていた。

 ふざけるな。あんなヒイロの善性を逆手に言質だけを取るやり方で、どうして自分だけが赦される。アイツだけが罰を受ける。

 村を救おうと決めたのは確かにヒイロだ。けども村を本当に悪夢から救ったのもヒイロなのだ。

 本当ならば治安維持組織たる騎士団がやらなければやらないことを、彼はやったのだ。軍規違反であるとしても、酌量の余地ならば功績者のヒイロにこそあるはずじゃないのか。

 そう、去り行くリーヴァに想いのままぶつけた。けれど。

 

『私はあくまであの御方の命によって動いたまでです。その勘定に、彼は含まれていません。貴女だけを釈放するだけでも面倒でしたのに、これ以上の面倒はごめんですよ。精々これからは、貴女を推薦し、編入までさせたあの御方に報いるのですね⋯⋯エシュラリーゼ・ミズガルズ』

「⋯⋯なにが」

 

 自分だけを救っておいて、勝手に世話を焼いた気になるんじゃない。だったらどうしてヒイロに全部押し付けるやり方を選んだのだ。

 どっちも救えただろうに。自分をヴァルキリー学園に推薦した『あの男』ならば。

 団長補佐官筆頭に命じる立場たる彼ならば、間違いなく救えたはずなのに。

 

「ヒイロ⋯⋯」

 

 悔しかった。何も出来ないでいる自分が。ただ寮に帰る事しか出来ない自分が。

 肝心な時ばかりに、救いたい人を救えない自分に。腹が立って仕方ない。

 

「なっ⋯⋯エシュラリーゼさんか!?」

「!⋯⋯アンタは、ヒイロの⋯⋯」

 

 そして世界はそんな彼女に優しさを見せることなく。

 残酷なまでに突き落とそうとする。

 

「聞いたぞ!ヒイロと一緒に懲罰房送りになったって!君がついてながらどうしてアイツに無茶させたんだ⋯⋯!」

「⋯⋯ごめん」

「えっ。あ、いやその、謝って欲しい訳じゃなくてだね⋯⋯す、すまない、事情も掴めてないのに責めてしまって。あれだ、どうせヒイロのバカが勝手に暴走したんだろ?全く、考えるより先に行動するなとあれだけ口酸っぱく言ったのに⋯⋯!」

 

 滝のように流れ落ちる憎まれ口だった。だがそれはクオリオがヒイロに心を配っていた証だろう。見え隠れする友情が、一層シュラの罪悪感を鋭く刺していた。

 

「けれど安心したよ。君が此処に居るということは、ヒイロの馬鹿も釈放されたみたいだね」

「っ」

「とはいえあの馬鹿だ。姿が見えないとなると、恐らく懲りずにどこぞで鍛錬しているんだろう。全く、あの修行馬鹿め。使用人達の魔の手から僕を見捨てた分を含めて、たっぷり説教してやるとしよう」

 

 きっとヒイロのことだからと。いつしか当たり前にクオリオの日常に溶け込んだ男に、朗らかな恨み節を囁く優しい表情が、胸に痛かった。

 痛くて、シュラには堪えきれなかった。

 

「⋯⋯もう、戻って来ないわよ」

「え?」

「ヒイロに降った処分は⋯⋯騎士称剥奪。だから、あいつはもう戻って来れないわ」

「────は?」

 

 

 打ち明けた事実に、クオリオはハンマーで頭を打たれたように絶句した。

 

 

 

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060 主役達の奔走

「はは、そんな馬鹿な。依頼請負の罰則は重いけど、なにも剥奪なんて。冗談だろ?」

「冗談なんて言えるはずないでしょ⋯⋯」

 

 足元が不確かでさえあった。

 シュラが告げたヒイロへの処分。クオリオにとっても、簡単に受け止められるものではない。

 きっとなにかの冗談だ。そうであるはず。そうに違いない。

 しかし眼の前で俯くシュラの表情は、種明かしを期待するにはあまりに暗かった。

 

「本当に⋯⋯剥奪なのか?いくらなんでも罰則が重過ぎるぞ!な、なにかの間違いじゃないとか⋯⋯そもそも、ヒイロが剥奪処置を下されたなら、なんでキミだけが此処に⋯⋯」

「そんなのアタシが知りたいわよッ!!アイツだけ主犯に仕立て上げられて、アタシは巻き込まれただけの扱い?だから謹慎程度で済ませる!?こんな馬鹿げた処置を、団長補佐官筆頭もみすみす受理して⋯⋯ワケ、分かんないわよッ」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 冗談であって欲しかった。けれども聞いたこともないシュラの慟哭は、その事実に彼女が打ちのめされている証だ。

 嘘だと思いたい気持ちよりも、聡明な頭脳が導き出す。

 ヒイロは騎士団から追放されるという事実を。

 ようやく暖かくなったばかりのジェミニの月(五月)の風が、異様に肌に冷たかった。

 

「ごめん。八つ当たりして悪かったわ。でも、少し⋯⋯放っておいて」

「ぁ⋯⋯」

 

 クオリオの優秀な頭脳をも埋め尽くす衝撃と困惑。立ち直れない間に、灰色の少女が去っていく。街並みの陰りに呑まれ行く背に伸ばした腕は、宙を掴むだけだった。

 

「⋯⋯称号剥奪だって?」

 

 独り残されたクオリオが呟く。ヒイロに下されたあまりにも重い処分。けれどもそれが返って、クオリオに多くの疑問をもたらした。

 

(おかしい⋯⋯依頼請負で称号剥奪なんて、現地で余程の被害を起こさない限りくだらない罰だぞ。それが即日に検討されたって?しかもそれを補佐官筆頭⋯⋯"あの人"が受理しただって?)

 

 仮に剥奪処分がくだるほど被害を出したなら、シュラの態度も妙だ。自分への悔いより、理不尽な処遇に困惑しているように映った。

 それに処理がスムーズ過ぎる。罪が重ければ重いほど事実確認と精査は必要なはず。なのに剥奪処分が即日即決。このスムーズさに、どうにも違和感を抱かずにはいられなかった。

 

(⋯⋯確かめなくては)

 

 使命感にも似た想いで、クオリオは騎士団本部ヴァルハラに向けて駆け出した。

 

(勝手に謝って勝手に筋通して、挙げ句勝手に居なくなるなんて⋯⋯そんなの、僕は絶対許さないぞっ)

 

 いつかの夜に押し付けられた分厚い本を拾い上げ、強く胸に抱き締めながら。

 

 

 

 

 

◆ 

 

 

 

「最低ね」

 

 寮部屋に帰宅するなり、備え付けのベッドに寝転がったシュラの第一声だった。

 懲罰房の硬い床も、不潔な臭いも薄暗さも此処には無い。けれどあそこに居たときよりもずっと最悪の気分だった。

 

「⋯⋯恩に報いろだなんて言ってくれるわ。だったらアタシが一番に報いなきゃいけないのは、ヒイロじゃない」

 

 恩義がない訳じゃない。でも報いたいと真っ先に想う相手は、仄暗い独房に閉じ込められたままだった。そして彼は騎士じゃなくなる。あれだけ努力していた男が、夢を折らなくてはいけないのだ。

 

「なのになんでアタシは、なにもできないのよ⋯⋯!」

 

 その傍らで、自分だけがのうのうと赦される。

 シュラにとって最低で最悪で、残酷な現実だった。けれどもこの不条理を覆す妙案が思い付かない。

 修羅には闘う力しかないのだ。あれほど(うと)んだ権力さえ、今は欲しかった。

 

「⋯⋯アンタだけに辞めさせるもんか」

 

 だから決意だけは固めていた。

 騎士職を辞してヒイロを追いかける。今回の一件で疫病神扱いされるかも知れないが、(すが)ってでも共に行くつもりだ。

 騎士となれば魔獣の情報が多く手に入り、討つ機会も増える。復讐の炎を燃やす薪をより多く得られるからこそ、彼女は騎士になったのだ。今更惜しくなどない。

 

「アンタだけ独りにさせるもんか」

 

 なによりこのまま彼を独りにしたくなかった。

 否、本当は独りになりたくないだけなのかも知れない。

 入団試験の時に見た、他とは違う焔の意志を。

 祈りの家から去り行く時に背に感じた、あの重みを。

 このまま遠ざけて終わるのは、嫌だった。

 

 だからヒイロが騎士を辞めるのならば、自分も。

 無力感に苛まれながらも揺るがない決意を硬める、そんな折だった。

 

「シュラ姉、帰って来てる〜?」

「⋯⋯シャム?」

 

 返事を待たずして寮部屋の扉を開いたのは、毛先だけが桜色に染まった青髪ミドルヘアーの少女であった。

 錠前付きの赤いチョーカーを首に巻いており、桜と青が瞳の色が不思議ながらも快活な印象を与えた。

 

「わはぁ!おっかえりー!ひさびさのシュラ姉だ!」

「ちょ、ちょっとシャム⋯⋯急に飛びついて来ないでよ」

「ごめんごめん。つい嬉しくなっちゃってさぁ」

「ついじゃないわよ全く⋯⋯」

 

 躊躇(ためら)いもなく抱き着いてきた少女に、シュラは溜め息をついた。シャム・ネシャーナ。つっけんどんな態度ばかり取っては距離を置かれる自分に、それでも構わず懐いてきたシュラのルームメイトである。

 元気の塊ともいえるシャムを当初は鬱陶しがったシュラだったが、折れたのだろう。『シュラ姉』と呼ばれる頃にはもう、シャムを厭うことはなくなっていた。

 

「ねえねえ、ご飯行かない?シュラ姉が居ない間、積もる話もあってさぁ〜」

「⋯⋯ごめん。ちょっと今は、気分が良くないのよ。少し一人にしてくれない?」

「ええぇぇぇ⋯⋯」

 

 シャムの悲嘆っぷりは罪悪感を大いに刺激したが、それでも今は食事を楽しむ気分にはなれなかった。

 青桜の瞳を潤ませ気持ちを訴えるが、シュラの態度は変わらない。渋々納得し密着状態から離れたシャムだったが、はたと思い出したように懐をまさぐった。

 

「あ!忘れてた、シュラ姉に渡さなきゃいけないものがあったんだった」

「⋯⋯アタシに?」

「そうそう。寮母さんがシュラに渡して欲しいって頼まれたものらしくて、そこをすかさずウチが任されたのさ!はいこれ!」

「⋯⋯手紙?」

 

 差し出されたのは、一通の手紙だった。シャムが大雑把にしまったせいか少し(しわ)が出来ている。しかし読めない訳ではないだろう。

 不思議に思いつつも、シュラは手紙に目を通す。

 

 

「────え」

 

 

 

 差出人の名前はない。内容も僅か。

 

 けれども記された内の一文に、シュラの時はピタリと止まった。

 

 

 

 

 

 

 

『ヒイロ・メリファーを助けたいか?』

 

 

 

 

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061 貴方は私が救うから

《ねえ、マスター》

(なんだよ凶悪)

《いや、ほんとーにあれで良かったの?マスター、騎士じゃなくなっちゃうんでしょ》

(まあ、そうだろうな)

《ボクは納得いかないけどなぁ。あの女だけって所が特に》

(なんでだよ。シュラは元々反対してたんだ。一緒に来てくれたのも俺一人じゃ不安だったからだって言ってたし)

《それはさっきも聞いたけど⋯⋯マスターはなんでアイツだけ、とか思ったりしないの?》

(しないって。むしろアイツの罪が軽くなったんならいい事じゃね?)

《⋯⋯はぁ。これだよ。マスターをマスターにしたの、ミスったかなぁ》

(ひどい)

 

 拝啓女神様へ。出来立ての相棒が早くも俺を(あやま)ちにしようとしています。泣きそう。

 外はすっかり陽が落ちた夜。シュラだけはせめて、と思った俺の証言が凶悪は気に入らないらしい。

 でもさあ、仕方なくない?実際依頼受けたの本当に俺だし。嘘ついてどうすんの。主人公的にも、あそこはああ答えるのがベストだと思うけど。

 

《はぁ。それにしても、いつまでここで放置されるのかなぁ。マスター忘れられてない?》

(いやそんな、俺ほど存在感あるやついねーだろ)

《んー。確かに思考と言動のちぐはぐさとか、行動自体は強烈だけど、いまいちこうステータスとか外見がパッとしないよね》

(えっ)

《黙ってるマスターはなんか普通にそこら辺に居そうだもん》

(なっ⋯⋯なぁっ!?)

 

 おいおい。おいおいおい。

 なにを仰る凶悪さん。こんな主人公捕まえて。

 くそっ、シュラとかクオリオと比べると華がない自覚があるだけに今のは刺さった。だからだろう。凶悪に対しての反論は、思考だけでは収まり切れなかった。

 

「誰がモブだコラァ!俺ァヒイロになる男だぞ!」

「ずいぶん大きい独り言ね。アンタは最初っからヒイロでしょうが」

「!?」

《おっと》

 

 つい叫んだら、まさかの人物からまさかの返事がまさかなとこから返って来たよ。

 振り向いた先の、独房についてる鉄格子付きの窓穴。今の声は間違いなくここから聞こえてきていた。

 

「シュラ?!テメェ、なんでンな所に居やがる⋯⋯!?」

「馬鹿、声大きいわよ。静かにしなさいっ」

「お、おう。じゃなくてだな、どうしてそこに居んだよ」

「本部の地理に詳しい知り合いが居たのよ。探すのに少し骨が折れたけど、監視は殆どないみたい。騎士の怠慢に助けられるなんて、皮肉な話ね」

 

 つまりは懲罰房の窓に繋がる外に忍び込んでる訳だけど。クールな癖に結構無茶するよなこいつ。

 見つかったらヤバいのに、どうしてこんなとこまで来たんだか。今は方法よりも、シュラの目的が知りたかった。

 

「様子を見に来たの。さっきは格好付けたアンタが、今頃後悔してるんじゃないかって」

「あァ?してる訳ねえだろ。丁度これからの俺様の未来に想いを馳せていたところだ」

「冗談よ。相変わらず無駄に前向きね、アンタは」

(冗談かい。シュラが言うと冗談に聞こえないっての)

《ふん、冗談にしても性格悪いよねこの女》

(⋯⋯なんか凶悪、シュラに対して当たり強くね?)

《気のせい気のせい》

 

 凶悪の言葉が俺だけに聞こえる仕様で良かった。なんか折り合い悪そうだしこいつら。

 でもあれか。様子見にここまで潜り込むってことは、案外俺を心配してたのかもしれないな。シュラも可愛いとこあんじゃん。

 

「それにアタシに一方的に借りを作って、自己満足に浸られでもしたら腹が立つじゃない」

「あァ?」

「孤児院でアタシを助けて、ここでもアタシに有利な証言して。なによ、もしかしてアタシに惚れてるの?」

「阿呆かよ。仲間だから助けたまでだろうが。変なこと言ってんじゃねえ」

 

 あ、前言撤回。こいつ可愛くない。

 やっぱりライバルキャラということか、素直に感謝している訳じゃないらしい。ずいぶん捻くれた言葉に思わず俺もムッとしてしまう。

 

「知ってるわ。でも⋯⋯アタシは割と、アンタのこと嫌いじゃないわ」

「⋯⋯⋯⋯あ?」

 

 って、あれ。いや嫌いじゃないって。俺も別にシュラが嫌いって訳じゃないけど。

 急にしおらしい声色になったシュラに戸惑ってたら、なにやらヒラヒラとしたものが窓の格子越しに投げ渡される。

 なんだこれと手に取ってみれば、"リボン"だった。

 色は黒の布製。あの入団試験の折に拾った、シュラのリボンだった。

 

「それ、持ってて」

「このリボンは⋯⋯あン時のやつか。大事なもんじゃねえのか?」

「大事よ。大切だった人達から貰った形見だから」

「形見、だと⋯⋯だったら」

「あげる訳じゃない。押し付けてるだけ。ちゃんと後で返して貰うわ。だから、変なことに使ったら殺すわよ」

「使わねぇつってんだろ!」

「ふふっ」

 

 懐かしいやり取りを思い出したのか、珍しく年相応に弾んだ笑い声だった。

 でも待てよ。大切だった人達の形見って。そんな大事なもんをどうして俺に渡すんだよ。

 

「ヒイロ」

「あァ?」

「アンタは絶対、私が助けるから」

「シュラ⋯⋯?」

「だから、そこで待ってなさい」

 

 待て。なんでそんな覚悟決めたような声出してるんだよ。

 なにするつもりだお前。そんな問いかけに、シュラは応えない。

 

「シュラ!」

「⋯⋯⋯⋯また後でね」

 

 ただ一言の返事の後に、駆け出すような足音が遠ざかっていく。

 無理矢理に窓の格子にしがみつき、外を見渡す。けれどもうシュラはどこにも居ない。黒々とした闇の中に、足跡だけが吸い込まれていく。

 

(⋯⋯なにしようってんだよ、シュラ)

 

 べったりとした夜空に浮かぶ月が、少し赤みを帯びていて。

 なぜだか、胸騒ぎが止まらなかった。

 

 

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062 エシュラリーゼ・ミズガルズ

 

 エシュラリーゼ・ミズガルズには、十歳の頃までの記憶が無かった。

 気付いた時にはエシュラリーゼという名で呼ばれ、気付いた時にはミズガルズ孤児院に引き取られた孤児だった。

 両親については知らない。けれども深く知ろうとしなかった。自分以外の孤児達もまた、親の居ない子供達ばかりだった。

 だから孤児院のサティ院長が、みんなにとってのママだった。

 

 昔からシュラは腕っ節が強かった。同年代の男の子との力比べでも負けなしだった。だからサティが孤児院で育てた薬草を、粉末にして袋に詰め、人力車で隣町まで運ぶのは彼女の仕事だった。

 女の子がする仕事じゃありませんとサティに言われても、シュラは譲らなかった。手先が不器用なシュラはユオと違って料理は出来ないし、ミミみたいな裁縫なんて逆立ちしたって無理だった。

 それでも孤児院の運営資金の為に力に成りたい。だから運び仕事はシュラにとってうってつけだった。

 

 多分、才能に選ばれていたのだろう。剣を持てばすぐに感覚を掴み、技を肌に馴染ませるのも早い。隣町で開催される腕試し大会では、大人すら敵わないほどにシュラは強かった。

 その賞金で食料を買い込み、孤児院の皆に配った時には達成感に浸れたほど。けどもサティ院長は焦ったように怪我は無いかと心配し、危ないことをしては駄目だと叱られた。

 でもきっとその時に、シュラは知ったのだ。大事にされる感覚を。だからシュラにとっても、院長や孤児院の皆は大事だった。

 

 かけがえのないものだったから。

 

 

 

【【【【Gxeeeee!!!!】】】】

 

 いつものように運び仕事を終えて帰宅した孤児院で、彼女は地獄を見た。

 

『エ、シュラ、リーゼ⋯⋯』

 

 リボンをくれた裁縫上手のミミの腕が、黒い小鬼の玩具になっていて。

 料理が得意なユオの足で、異径の影が鍋をかきまぜて。

 いつもつっかかってきてたトニの頭が転がって、本が好きなセンリの目玉が、チェルの髪が、みんなが、みんなが、みんなが。

 

『サティ、せんせい⋯⋯?』

『⋯⋯たす、けて⋯⋯』

 

 魔獣の腕に腹を貫かれたサティ院長の伸ばした手が、落ちた。

 色が消えてく。光が負ける。眼の前には全てを奪った悪鬼の群れ。

 しかしそんな悪鬼達が霞むほどの形相で、シュラは魔獣の(ことごと)くを殺し尽くして。

 その日に、一人の修羅が産まれたのだ。

 

 

 全てを奪った魔獣への復讐の誓いを違えぬよう、彼女はアスガルダムを駆け巡る。

 その最中に礼を言われることもあった。感謝の品を尽くされることも。シュラの美貌に恋をした男達からの求愛も。しかし一切の興味を示さず、彼女はひたすらに魔獣を葬る日々を過ごした。

 

 そんな最中に出逢ったのは、一人の騎士だった。

 精悍な顔つきの男はシュラに言った。君のやり方では効率が悪い。魔獣を殺すための剣でありたいのならば、相応の身分があった方が良い、と。

 シュラはこう返した。自分に勝ったのならば、その提案を飲むと。

 そして──シュラは敗れ、騎士の手配によりヴァルキリー学園に編入される事となったのだった。

 

 シュラは後悔したが、敗北した上に約束を反故にすることはプライドが許さなかった。しかし学園での日々はひたすらに退屈で、同年代らしき騎士候補生たちの(ぬる)さが気に障った。

 おまけに自らが目指さなくてはならない騎士といえば、私腹を肥やす事に堕落した輩が多く、好感を覚えるような人物は殆ど見当たらない。闘い続ける道を選んだ彼女にとっては、どいつもこいつも甘ったれた奴ばかりだった。

 

 

 けれどエシュラリーゼは──ヒイロ・メリファーに出逢ったのだ。

 出逢い、観察し、彼を知った。

 力も技も未熟でありながら、口にするのは大言壮語に憎まれ口。しかし彼は恐ろしいまでに努力家だった。

 折れない意志。曲げない意地。飽くなき向上心。どれもこれもが"本物"だった。

 周囲に失望する日々ばかり送っていたシュラにとって、ヒイロはある種の救いだ。ヒイロと出遭えたことは、騎士を目指さざるを得ない日々の中での唯一の収穫とさえ思えた。

 

 そしてついには、コルギ村で本当に救われてしまった。

 まだ近くで見ていたい。

 遠ざかるのならば追いかけたい。

 恩にはちゃんと報いたい。

 

 だからエシュラリーゼ・ミズガルズは、なにがなんでもヒイロを救いたかったのだ。

 

 

「⋯⋯⋯⋯着いたわね」

 

 カツンと、石床を踏む音が響く。

 シュラが辿り着いたのは、ヴァルキリー学園の旧校舎であった。現在は建物の老朽化により使われておらず、闇一面の辺りには人どころか獣すら入り込んで居ないようだった。

 

「ほら、約束通り来てやったわよ」

 

 しかしシュラは闇の向こうの、居るはずの誰かへと声をかけた。そう、彼女は思い立って此処に来た訳ではない。

 

『ヒイロ・メリファーを救いたくば、本日の夜半にて旧校舎の踊り場を訪れるがいい。そうすれば、彼を救う術を教えよう』

 

 シャムから受け取った謎の手紙には、送り主からの時間と場所の指定が記載してあったのだ。故にシュラは迷いなくここを訪れた。ヒイロを、アイツを救うための術を求めて。

 

「──いつの世も、人の優劣は生まれで決まる。そして人の優とは知恵だ。(とうと)き家に生まれたものとそれ以外とでは、頭の出来の優劣こそ顕著に現れる。なぁ、お前もそう思わないか⋯⋯薄汚れた庶民め」

「アンタ、は⋯⋯」

 

 しかし。

 シュラの形振り構わぬ必死を、闇より歩む高慢な声色は嘲笑う。あるいはまんまと罠にかかった獲物を、どう料理しようかとてぐすねを引くように。

 

 

「のこのこと現れて感謝するよ、エシュラリーゼ。ははは、ちんけな村までの旅路は楽しめたかい?」

 

 闇より歩み出たのは、ずっと以前から潜んでいた悪意。

 

 ルズレー・セネガルが、あらわれた。

 

 

 

 



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063 仕組まれた罠

「ジャガイモ貴族、どうしてアンタがっ!」

「誰がジャガイモだ!しかしどうしてとは愚鈍じゃないか。お前が此処に居る理由を考えれば察しがつかないかい?」

「じゃあ、あの手紙は⋯⋯」

「ふはは、僕は文才というものにまで恵まれてしまっているらしい。よもや本当に来るとはね。流石は平民、甘い言葉には尻尾を振ってよく(たか)る!」

 

 満を持してという心持ちだろう。

 現れたルズレーはとても饒舌だった。身振り手振りも大きく、歪んだ高揚感に酔っていた。

 

「あの村長もそうだ。僕がちょっとお前の事を教えてやれば、必死になって探し回ってさ!」

「アタシが騎士になってる事を知ってたの、ずっと妙だと思ってたけど⋯⋯アンタが教えたのね」

「そうとも。だがもっと傑作だったのは、本当に依頼を受けてくれたことだよ。あんなゴミみたいな村の為にリスクを犯すなんてさ!はははは、実におめでたい馬鹿の集まりだったよ!後はお前達が勝手に請負ったことを報告するだけだった。実に愉快だったさ」

 

 つまるところルズレーの手引きだったのだ。

 アッシュ・ヴァルキュリアの噂だけを知っていたハウチがひと目見てシュラをそうだと確信出来た理由も。帰還早々にシドウ教官に捕縛されたのも。

 

「アタシに負けたのが悔しいなら、アタシだけ狙いなさいよ!ヒイロは関係ないじゃない!」

「大有りだとも。あのデクめ、僕に散々後ろ足で砂かけやがったんだ。お前含めて身の程を知らしめてやらなくちゃな?」

「なにが身の程よ。こんな姑息なやり方でアイツの夢を奪ってまで!」

「⋯⋯騎士称の剥奪か。ああでも、流石に僕も罰則処分まで調整は出来ないさ。だから頼りになる御人に、少々お力添えを頼んだのさ」

「頼んだ、って⋯⋯」

「クフフフ。先刻ぶりであるなぁ。一日に二度も我輩を拝謁を出来るとは、平民には過ぎた褒美とは思わぬか?」

「!」

 

 類は友を呼ぶのか。つい数時間前に顔を合わせた旧貴族、パウエルまで姿を見せた。

 

「パウエル卿。此度のご助力、心より感謝致します」

「ふふふ、他でもないセネガル家の嫡男に頼まれては否と言えまい。それに、愚か者に相応しき鞭をくれてやるのも、高貴たる者の務め。審問担当官も、我輩の威光をよく理解していたまでのことよ」

「⋯⋯なにが威光よ。どうせ審問官に金を積んで、無理矢理処罰を捻じ曲げただけでしょうが!」

「ヒイロなる者についてはルズレーくんから聞いているのである。貴族を尊ばない低俗な輩などもとより本隊には不要である。ならば我輩が引導を渡してやるまでよ」

「そんなくだらない理由で⋯⋯!」

 

 シュラの中で轟轟と怒りが燃えた。低俗の塊みたいな男のせいで、アイツが窮地に立たされている。全くもって許しがたい。 

 けれども冷静さは必要だった。今、窮地に立っているのはシュラもまた同じなのだ。

 

「⋯⋯⋯⋯、──そこッ!」

「どわっ!?」

 

 激情によって鋭敏化した感覚は、物影から機を伺っていた小癪(こしゃく)な男を見逃さない。

 懐から投げたナイフがすぐ傍の壁に突き刺さって、ショーク・シャテイヤはたまらず声をあげた。

 

「チッ、このアマ。俺に気付いてやがったな!」

「ショーク、この役立たずめ。しくじったな」

「す、すいませんルズレー様。あの女、とことん可愛げのない奴でさあ」

 

 いわばこの場がシュラを粛清するための罠。ならばルズレーの取り巻きの姿が見えなければ、警戒するのは当たり前だった

 

「誘い出した上に闇討ち。とことんまで姑息ね⋯⋯けど、やられっぱなしは性じゃないのよ。アンタ達を徹底的に叩き潰して、そこのパエリアには処分を撤回してもらおうじゃない」

 

 しかしシュラは、この窮地を好機と捉えていた。例え罠であったとしても、自分達の処分を捻じ曲げたパウエルが眼の前に居るのだ。 

 捻じ曲げたのなら、本来あるべき形に戻すことも出来るはず。

 否。させてやる。どんな手を使ってでも。

 シュラは尋常ならざる剣気を立ち昇らせながら、ルズレー達に斬りかかった。

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

(あんな奴らの罠にハマるだなんてね。なにがアッシュ・ヴァルキュリア。ここの所のアタシはてんでダメね。あの馬鹿に笑われちゃうわ)

 

 戦いとは数の差である。

 それが三対一となれば差は顕著にあらわれるものだ。

 しかしこの夜、この場において、その理屈は身を潜めていた。

 

(だからこそよ。今度こそアタシがやるの。誰かの為になんて、それこそ性に合わないけど)

 

「せいッ!!!」

「ぐへぇあ!?」

「ショーク!? お前、あっさりやられるな!」

「アンタもよそ見してんじゃないっ!」

「ぶふっ⋯⋯こ、この、僕を足蹴に⋯⋯!」

「ならば我輩の魔術で!詠唱破棄──『シルフの戯れ』!」

「ヌルいのよキモ(ひげ)!『イフリートの爪』!」

「ぬううっ!?」

 

 鮮やかとさえ言えるだろう。

 ショークをガードごと弾き飛ばし、ルズレーを蹴り払い、パウエルの緑魔術には赤魔術で相殺。一つのアクトに隙のない攻勢で、エシュラリーゼは数の不利をものともしていない。コルギ村での失態を取り戻そうかの様な、凄まじい大立ち回りであった。

 

「おのれ。平民風情が小癪なっ!」

「うるさい!存在が癪そのものよアンタは!」

 

 容赦もない。呵責も必要ない。剣気が籠もる理由はあれど、刃が鈍る理由などなかった。

 灰色の戦乙女。その異名に恥じない強さに、ルズレー達は焦りを隠せない。

 

(とはいえ中々、深くまで踏み込み切れてないわね)

 

 数の不利はもはや無いのと同じ。だが決定打にまで至らない。

 パウエルの緑の魔術が嫌なタイミングで放たれ、後一歩が踏み込めないのだ。高慢極まりない男だが、その技術は腐っても本隊入りを果たした騎士といえた。

 

(よし。まず、一人を確実に落とす⋯⋯!)

「『我纏う冷厳なる神の楯』──スヴァリン!」

 

 ならばとシュラの決断は早かった。無理をしてでも数を減らす。リスクを減らす為の白魔術を唱え、防御力を向上させ刀剣を構えた。

 

「──」

「ひっ」

 

 狙いはお前だ。そう知らしめるシュラの眼に睨まれて、ルズレーの膝がぶるりと震えた。シュラ憎しと謀略を巡らせたとはいえ、凄惨だった敗北の味は、まだ忘れられるほど昔ではないのだ。

 一歩後退ったルズレー。その隙を見逃すまいと、シュラが一気呵成に踏み込もうとした瞬間だった。

 

「『燃やせ、燃やせ、赤のはじまり』⋯⋯イフリートの爪!」

「『歌え、歌え、青き水面(みなも)よ』⋯⋯ウンディーネの詩!」

「──ッ!?」

 

 突如として響き渡った詠唱。走った悪寒に従ってシュラは反転し、咄嗟に大きく跳び退いた。

 シュラの残影を、焔の爪と青き流水が掻き消していく。

 魔術による攻撃。パウエルではない。ショークでもない。当然だがルズレーでもなかった。

 

「苦戦してるようですね、オードブル卿。加勢に参りましたよ」

「ほほう、これは美しきレディだ。しかし貴族に剣を振るうとは、よほど教育がなっていないらしいな」

「ムーク卿も物好きですわねえ。あんな品性の欠片もないブスを美しいなど。しかし道理を弁えない平民を躾けるのも貴族の務め。わたくしも手を貸しましょう」

(増援!?しかも、こんなに⋯⋯)

 

 最悪だった。

 新たに現れた貴族派らしき連中、その数は八人。

 覆った戦況を自覚したのはシュラだけではない。

 アッシュ・ヴァルキュリアを前に劣勢に追い込まれていた悪党達は、揃いも揃って喜色を浮かべていた。

 中でも彼らを手配したであろうパウエルは痛快とばかりに手を叩き、シュラを見下した。

 

「クフフフ。模擬戦とはいえ、あのシドウめに土をつけた貴様相手に、この我輩が備えぬはずもあるまい。懲罰房にて我輩に刃向かった事がいかに愚かだったか。

 思う存分、知らしめてやろうぞ⋯⋯!」

 

 

 

.



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064 月が晒した彼の悪意は

 

 所詮は烏合の衆。何人集まっても誠に強きものには敵わない。

 そんな理屈を押し付けるにも限界はある。

 

「そらそらそらっ!さっきまでの威勢の良さはどうした!」

「くうっ⋯⋯!」

 

 歯噛みするしかない。

 相手は総勢十一人。パウエルの呼んだ増援は、シュラを致命的に追い詰めていた。

 個々の力はどれもシュラには及ばない。しかし数が多過ぎた。

 魔術、剣、槍、弓。反撃すら潰すほどの攻撃の物量に、シュラは防戦一方を強いられていた。

 

「あははは!不様なダンスじゃないか、ええ?所詮平民、そんなステップじゃ男のエスコートにも応えられないぞ?」

「卑怯者が、アンタはなにもしてない癖にっ!」

「これは粛清だ!僕はお前という身の程知らずを躾ける為の場を用意した。十全たる功績を果たしてる!卑怯者呼ばわりはいただけないなぁ、じゃじゃ馬め!」

「なにが仕事よ⋯⋯全部アンタの逆恨みの癖に!」

 

 よってたかって数の暴力を押し付けているだけの男が、なにを誇らしげに胸を張るのか。

 

「よく言ったセネガル卿。そう、貴族とは存在そのものが貴ばれしもの。平民ごときが楯突いて良いはずがない」

「騎士社会などクソ喰らえだ。相応しき者が然るべき地位に君臨するから社会は回る。その理屈をしかと刻みつけてやろう」

 

 しかし彼に。否、彼らに恥と思うことなどない。むしろ正しい行いなのだろう。自分を尊ばない下賤な輩など、彼らにとっては無価値でしかないのだから。

 

「調子に乗るなァァァァァッッ!!!」

「なん──ごほっ!?」

「ネギダッタ卿!?こ、このブス!平民の分際でよくも我ら貴族に⋯⋯」

「さっきからうっさいのよ厚化粧」

「ぶぺっ」

 

 だが黙って(なぶ)られるアッシュ・ヴァルキュリアではない。迂闊に近付いていた貴族に剣の柄を叩き込み、更に口喧しい女貴族も蹴りの一撃で黙らせる。受けた侮辱の分、顔を踏んで置くのも忘れない。

 

「おのれい、よくも!諸兄、合わせよ!

 『(おど)け、遊べ、バラバラに』」

「『歌え、歌え、青き水面よ』」

「『燃やせ、燃やせ、赤のはじまり』」

 

 二人を昏倒させられはしたが、生じた隙は大きかった。

 シュラの反撃は一瞬の煌めきに過ぎないのだと知らしめるべく、悪辣達は一斉に唱える。

 

「『シルフの遊戯』!」

「『ウンディーネの詩』!」

「『イフリートの爪』!」

(まずい⋯⋯!)

 

 緑の刃。赤の爪。青の奔流。

 同時に放たれた三色の魔術は到底受けられるものではない。

 即座に飛び退き回避するシュラ。しかし大多数を相手に立ち回り続けた疲労に、動きの冴えは奪われている。

 

「かはっ」

 

 そして魔術着弾の余波により、シュラの身体は壁に叩きつけられてしまった。

 

 

 

 

 

 

「は、はは、ようやく膝をついたな!」

「クフフ。やはり平民が偉大なる貴族に勝てる道理など無かったということである」

「キッヒヒヒヒ!あのアッシュ・ヴァルキュリアさんが目も当てられねーほどズタボロたぁな!そそるじゃねえか、誘ってんのかぁ?」

「う、ぐ⋯⋯」

 

 背中を襲う衝撃が抜けない。

 呻きながらも立ち上がれないシュラを見て、ルズレー達は醜い勝鬨が上がる。

 度重なる攻撃により衣服が千切れ乱れたシュラの姿に、ショークは下卑た笑みを浮かべていた。

 

「ふざ、けんな⋯⋯誰があんたらみたいなの相手に⋯⋯!」

「つくづく可愛げのないアマだぜ。そんなざまになってもまだ抵抗するつもりかよ」

「生憎ね、例えどんなに惨めになっても、アンタらに愛想振り撒くぐらいなら死んだ方がマシよ⋯⋯!」

「⋯⋯ケッ。気に入らねえな、テメェもよぉ!」

「あぐっ」

 

 満身創痍ながらも気丈に振る舞う、シュラの赤き瞳が気に入らなかった。既視感があったのだ。どこぞのデクと同じ強き者が放つ光。

 ショークに肩を蹴り抜かれ、呻くシュラ。だがそんな彼女を、もっと暗き感情を宿して見下ろす男が居た。 

 

「愛想ね。ふん、なにを清純ぶっている。アイツを(たら)し込んだ売女(ばいた)に言えた台詞か!」

「⋯⋯?」

「あいつは愚鈍だが、僕に刃向かえるような男じゃなかった。古来より男を変えるのは女だ。お前があいつを誑かして、あんな風にしたんだろ?」

「アンタ、なに言って⋯⋯」

「──全部お前のせいだと言ってるんだっ!」

 

 突然に弾けたルズレーの様相に、辺りはシンと静まり返った。

 呆気に取られたのはシュラだけではなく、ショークも、パウエルも、増援に来た貴族達も、誰もが豹変したルズレーを見た。

 だがルズレーは止まることなく、火がついたように更にまくしたてる。

 

「あいつは従順だった。常に僕の後ろに居て、僕の言うことならなんでも従う奴だった。それが変わったんだ。急に、前触れもなく!」

「⋯⋯なんの、話よ」

「とぼけるな!お前があいつに何かしたんだろう!洗脳のユーズアイテムか?それともその下品な身体で籠絡したか!卑しい身分の分際で、僕の手駒を奪い取りやがって。この魔女め!」

 

 さながら断頭台にて魔女を断罪するかのような糾弾だった。

 お前のせいでヒイロは変わった。しかしシュラにはまるで意味が分からない。

 シュラが初めてヒイロに会った時から、彼は彼だった。それにあの強固な精神が、自分に関わっただけで大きく変わるとも思えなかった。

 

「だからお前を痛めつけて、知らしめる。僕に逆らうことの恐ろしさを。裏切ることの間違いを!そうすればアイツだって目を覚ますさ⋯⋯!」

(なんなのよ、こいつ。さっきから、様子が⋯⋯)

 

 シュラからすれば、ルズレーの言葉は全くもって支離滅裂である。自分を痛めつけて、ヒイロが変わるはずなどない。見当違いも(はなは)だしい。

 

「さあ、あいつを返して貰うぞ⋯⋯!」

「ふざ、けんな⋯⋯!」

 

 本物だった。ルズレーの歪んだ執着も。シュラを屈させればヒイロを取り戻せるという盲信も。

 しかしシュラとて誓ったのだ。アイツにも、自分にも。

 ヒイロ・メリファーは必ず自分が救ってみせると。だからこそ、こんな所でルズレー相手に敗北する訳にはいかなかったのだ。

 

「約束、したのよ。アタシが救ってみせるって。だから、アンタ達なんかに負けてらんないのよ⋯⋯!」

「ぐおっ、このアマ、まだ動きやがるか⋯⋯!」

 

 気力を振り絞り、ショークを払い除ける。

 衝撃で痺れる身体を、それでも無理矢理に立ち上がらせる。

 

「ふん。この状況で、まだ僕たちに勝てると思ってるのか?」

「⋯⋯当たり前よ。アンタ達に勝つまでは、終わらない──!」

 

 正面には卑劣な群雄。ここからはもはや足掻きにしかならないほどの絶対的な不利。

 それでも、剣を構える。心に芯を通す。

 いつか見た背中を"なぞる"ように。

 シュラは前を向く。臨むべき死地を見定めるように。

 

 しかし。

 

「⋯⋯、──ぇ」

 

 死地へと挑まんとするシュラを(さえぎ)ったのは、"なぞったばかりの背中"だった。

 

 

「ったく。どっかで聞いたような啖呵(たんか)切りやがって。いつからそんなに熱くなりやがったよ、冷血女」

 

 

 そう、忘れることなかれ。

 

「よう下衆共。こんな寂れた場所でずいぶんと盛り上がってるじゃねえか」

 

 暗い世界にこそ、まばゆく光が射し込むように。

 

「な、なんで⋯⋯」

「て、テメェは⋯⋯!」

「ば、馬鹿な。なぜ貴様が此処に⋯⋯!」

 

 救うべく者の危機にこそ。

 

 英雄の詩は響き渡るのだ。

 

 

「あァ?何故だと?

 ハッ⋯⋯ンなもん決まってんだろ、パエリア野郎が!」

 

 

 英雄に憧れる、今はまだ唯の一匹の雄。

 されどその佇まいは、既に威風纏いし赤き勇壮。

 

 

「────この俺が、ヒイロだからだ」

 

 

 ヒイロ・メリファー 見参。

 

 

 

 

 

 

 

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065 君思フ声

 

「ヒイロ⋯⋯ど、どうしてアンタが此処に⋯⋯」

「ハッ。そりゃ俺の台詞だろうがよ。勝手に覚悟完了して飛び出して、やっと駆け付けた頃にはンなザマと来てやがる。随分とらしくねえなァ、シュラさんよぉ?」

「う⋯⋯」

 

 正直な話、心底ホッとした。

 だってこの状況、どう見たって間一髪だ。色んな意味で。けどこれもまた主人公補正ってやつだろう。

 なんせ主人公ってのは大概、間が良い生き物だからな。

 ま、今回ばっかは補正の恩恵だけじゃないけどさ。

 

「選手交代だ。ちっと休んでろ」

「ま、待ちなさいよ。いくらアンタでも一人じゃ⋯⋯」

「問題ねえよ」

 

 平気だとアピールすべく、トントンと凶悪で肩を叩く。

 その際、シュラのやられっぷりに脳内でなにやら言及してるけど、一旦無視する。だって、目の前の悪党達をいつまでも放置する訳にもいかないだろうし。

 

「答えよ。何故、懲罰房に居るはずの貴様がここに居るのであるか」

「あァ?ンなもん出して貰ったからに決まってんだろ?」

「なんだと!?誰がそんなことを⋯⋯!」

 

 ま、驚きはごもっともだよ。そもそも俺だって、あのまま大人しく沙汰を待つつもりだったし。

 だから俺の処分が必要以上重くされてるんだ、って言われた時には驚いたよ。ほんとよくもやってくれたなパエリア野郎め。

 

「ハハッ、ひとりでノコノコと来やがって。だから間抜けってんだよっ、テメェは!」

 

 狼狽えるパウエルに気を取られていたからか、気付いた時には眼の前にビリビモスの鱗粉が舞っていた。

 ショークか。いつの間に。とことん姑息な奴だなこいつは。

 

「詠唱破棄──『シルフの戯れ』」

 

 かつて苦しめられるきっかけとなった鱗粉を前に、不思議と身構えることもなかった。

 油断じゃない。信頼してたからだ。そんな期待に答えるように金色の雨を阻んだのは、俺より後方から飛来した風の刃だった。

 

「なっ⋯⋯この風、どっから!」

「油断大敵、ね。そっくりそのまま君に贈ろう」

「て、テメェは⋯⋯いつぞやの、ヒョロガリ眼鏡!」

「品性の欠片もないネーミングだな。けど、それでいい。生憎、君みたいな輩には名すら呼ばれたくないんでね」

 

 そう、俺はひとりで現れた訳じゃない。

 頼りになる友人を引き連れて、此処に来ていたのだ。

 

「おうクオリオ、遅ぇぞ」

「君が速すぎるんだ。なんだそのデタラメなスピードは⋯⋯それに迂闊過ぎるぞ。わざわざ敵中に突っ込む奴があるか!」

「そのおかげでギリギリ間に合ったんだろ。ガミガミ言うんじゃねえよ、小姑か」

「くっ⋯⋯一度、道に迷いかけた癖に。この方向音痴め」

 

 けどやっぱりクオリオは辛辣だった。懲罰房で散々説教した癖にまだ言い足りてないっぽいし。

 でも俺が懲罰房が出られたのは、紛れもなくクオリオのおかげだった。

 

「お、おのれぇ⋯⋯だが一体どうやって。見たところ貴様も所詮は騎士候補生であろう。その小僧を釈放する権限などありはしないはずである!」

「ああ、当然僕にそんな権限はない。だからこそ然るべき人を説得して、然るべき人にも力を借りたのさ。例えば僕の姉⋯⋯リーヴァ・ベイティガンとかにね」

「は⋯⋯!?」

 

 ああ、そりゃ開いた口も塞がらないよな。

 あのキツそうなモノクル美女が、まさかのクオリオのお姉さんだったとは。クオリオが、リーヴァさんと『もう一人』を懲罰房に連れて来た時はビビったもんだ。

 どうにも一連の話を聞いたクオリオが不審に思って、リーヴァさんに直談判に行ったらしい。そしてクオリオの説得に折れたリーヴァさんが、今回の処断を決めた審問官に問いただし、あっさり白状したと。

 おかけで俺は晴れて無罪⋯⋯という訳にはならなかったけど、騎士号剥奪は免れた訳だ。いやぁ、持つべきものは頭の良い友達って奴だよ。

 

「そして僕はヒイロほど無鉄砲で無計画じゃない。然るべき手は打たせてもらったよ、騎士オードブル」

「ど、どういう意味であるか⋯⋯?」

「────まったく。己を磨くことに時間を割かず、いつも悪事ばかりに知恵を回す。そしていざ悪事を為す時は、決まってこの場所を選びたがる。訓練生時代からの癖も変わらんな、パウエルよ」

「ひっ⋯⋯シ、シ、シ、シドウだとぉぉぉ!?」

 

 クオリオの打った手とは、あまりに強力な援軍要請だ。

 リーヴァさんと同様に事態の再確認をするべく、クオリオが懲罰房に連れて来た人物。それはあのシドウ教官だった。

 

「ヒイロ・メリファー。クオリオ・ベイティガン。本来ならばこの場を収めるのにお前たちの手を借りる訳にはいかぬのだが、事情が変わった。ある程度、任せて良いだろうか?」

「了解です、教官殿」

「そのパエリアはテメェにくれてやる。煮るなり焼くなり好きにしな」

「ま、ままま待てシドウ!!は、話せば分かるのである!」

「問答無用だ。ベイティガン団長補佐官殿より貴様には捕縛の命が降りた。生憎だが、"我が国の民を護るべく戦った若人を捕えた時よりも"、今の私は遥かに士気が高い。覚悟せよ、この痴れ者がッッ!!」

「ひいいいいっ!?!?!」

 

 あの並外れた慌てよう、パウエルにとっちゃ教官は天敵なんだろう。詳しくは聞けなかったけど、どうやらシドウ教官はパウエルと関わりがあるらしい。

 というのも、そもそもシュラが旧校舎に居る、と予測出来たのはシドウ教官のおかげだった。

 実はあの格子越しの密会、シドウ教官は気付いていたんだとか。その上で見逃してくれたみたいだけど、シュラが旧校舎方面に駆けていくのを見て不審に思ったらしい。

 で、今回の経緯とパウエルの勧誘の話を説明した際に、シドウ教官が言ったのだ。シュラに危機が迫っているかもしれないと。

 

(今回ばっかりは周りに助けられっぱなしだったなぁ、俺)

《今回は?今回も、の間違いでしょ?あの村でのボクの助力はノーカンってこと?わぁ、所有した途端にそれってマスターったら冷たいんだぁ!》

(あー、はいはい。毎度毎度助けられっぱなしですよ、ええ。ってことで、今回も頼むぜ凶悪)

《んふ。しょーがないなぁ》

 

 そんでこの凶悪さんですよ。すかさず自己主張する辺り、もしかしたら俺と凶悪って似たもの同士かも知れないな。

 ま、人の縁ってのは持ちつ持たれつだ。助け合い精神でいこうじゃない。

 とはいえ持たれっぱなしじゃ格好つかないから。

 主人公として。ヒーローとして。

 かつてのヒイロ・メリファーとしても、やるべきことをやらなくては。

 

 なぁ、ルズレー。お前もそう思うだろう?

 

 

「おう、久しぶりじゃねえか、ルズレー坊ちゃん」

「ヒイロ⋯⋯!」

 

 しばらく見ない内にとんでもない目付きをするようになった因縁に、告げる。

 

「こっから先は、俺が相手になってやるよ」

 

 お前の悪巧みは、俺が終わらせてやると。

 

 

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066 今はいつかの誰かとして

「どうしてなんだ」

 

 自覚はあった。今のこの状況を招いたのは、巡り巡って俺のせいでもあるって。

 

「どうしてお前が、そっち側に立っているんだよ」

「あァ?」

「背いて、楯突いて、刃向かって。違うだろ。そうじゃなかったはずだろ。お前はいつでも僕の後ろにいて、僕に黙って従う。それがお前だった!それが正しい在り方なんだよ!間違っているんだ、今のお前は!」

 

 拒んで、遠ざけて、溝が出来て。

 そのまま放置してたツケだ。ヒイロの今までを精算しなかった、俺の自業自得でもあるんだろう。

 

「言いたいことはそんだけか?」

「!」

「甘ったれんなよ。テメェのやってる間違いには目ェ曇らせたまんまで、なにを正しさを説いてやがる」

「間違いなものか!そうだ、お前をおかしくしたのはそこの魔女だろ?だから僕は正す為に行動したまでだ!曇ってなんかいない!」

「馬鹿野郎が。俺がテメェと決別したのは、テメェのやり方を認められなくなったからだ。シュラが原因な訳ねぇだろ」

「ぼ、僕のせいだって言うのか!」

「っっ──テメェと俺のせいだっつってんだ!」

 

 

 だから、お前のせいだって言われても否定は出来ない。

 でも。だからこそ今のお前を許してやれるかよ。

 

 

「だから、ここでケリをつけてやる。どうしようもねえろくでなしだった、俺の今までになァ!」

「ふ⋯⋯ふざけるなぁぁぁぁ!!!!」

 

 絶叫と共に切りかかってきたルズレーを、真正面から凶悪で受け止める。感情を剥き出しにした、見たこともない形相だった。

 だが、そんなもんにビビってなんかいられるか。

 

「ふざけてんのは、テメェの方だ馬鹿やろォォォォ!!!!」

 

 ああ、それにさ。俺だって頭に来てんだよ。

 今までそんな機会もなかった。だからほんとに知らなかったよ。

 ボロボロになったシュラの姿を見て、はじめて知ったんだ。

 

 "仲間"が痛めつけられると、こんなにも腹が立つんだって。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

(じょ、冗談じゃねえぞ!ヒイロはともかく、あのクソやべえ教官が敵に回ってるってのかよ!)

 

 ショークは焦っていた。

 旗色の悪さから息を潜めていた彼は、シドウの恐ろしさをまざまざと見せつけられていた。

 

「この無礼者!貴様という男はどうして我らを目の敵にするのであるか!」

「汚職、贈賄、恐喝、不正。貴様らが為す事のいずれもが裁かれるべき事ばかりだからだ」

「お、おのれ。な、ならばいっそ貴様も我ら貴族派に加えようではないか!どうだ、貴様ほどの武人ならば相応の褒美を約束するぞ!?」

「────(だっ)!!」

「ひいいいい!?」

 

 シュラが倒した二人と、ショークとルズレーとパウエルを除いた六人は、混乱の最中に彼によって一気に叩かれていたのだ。

 試験の時とは明らかに違う気迫。まさに剣鬼。パウエルが降されるのも時間の問題だろう。

 

(無理だ。あの貴族とじゃモノが違う。このままじゃ全員とっ捕まんのがオチだ)

 

 ならば取るべき選択肢は一つだった。

 このままルズレーと共倒れなどあり得ない。早々に見切りをつけた小悪党は、息を潜めたまま出口へと忍び足で向かう。

 

「逃げるつもりかい?」

「!?」

 

 しかし、暗き思考を見通すからこそ明晰なのだ。

 撤退を企てたショークの前に立ち塞がったのは、クオリオであった。

 

「て、テメェ⋯⋯いつの間に!」

「ヒイロほどじゃないけど、僕も僕で、君とルズレーには借りがあるんでね」

「く、クソッ!昔の恨みを引きずりやがって、女々しい奴が!」

「⋯⋯性格が悪い自覚はあるさ。だからこそ、同じような腐った奴には嫌悪感が湧いて仕方ないね」

 

 眼鏡の奥で尖るのは、かつてヒイロに向けたような憎悪ではなかった。心の底からの軽蔑だった。

 

「このヒョロガリ眼鏡が。大体テメェは、なんでアイツの味方をしてやがる!」

「ん?」

「テメェをからかったのはアイツも同じだろうが!」

「⋯⋯ああ、そうだね」

 

 ショークの指摘に、クオリオは同意する。

 確かに自分は当初、ヒイロを強く拒絶した。踏み入ってくるなと厚い壁を立てていた。

 

「でもヒイロは謝ったんだよ。地に額まで擦ってさ。挙げ句、僕の無理難題の為に泥だらけになって。恨むには女々しいくらい昔の話なのに。そこまでしたんだ、あの馬鹿は」

 

 けれどあの馬鹿野郎はこっちの心境などお構いなしで、壁をぶち破ったのだ。

 

「だけどまあ、僕みたいな偏屈家には、あれくらいの馬鹿の方が居心地が良いんだ。ひょっとしたら、友達って呼んでも良いのかも知れない」

 

 多分⋯⋯許す、許さないじゃない。

 観念したのだ。こういう馬鹿にはなに言ったって無駄だろうから。(わだかま)る気持ちに見切りをつけて、自分も馬鹿になることにして。

 それからの日々が、楽しくて仕方なかったから。

 

「なあ、ショーク・シャテイヤ」

 

 だから、クオリオは想う。

 もう少しこの日々を続けたい。それでも暗雲が覆うならば、緑の魔術師らしく吹き晴らしてみせようと。

 

 

「僕が⋯⋯"友達"の味方をして、いったい何が悪いんだ!」   

 

 

 緑閃光が、流星の如く夜を駆けた。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「なんでだっ!」

 

 軌道は幼く、受け止めずとも避けられるような直線だった。

 

「どうしてこうなる?!」

 

 けれど受け止めた剣戟は、重心だけでなく、心ごとぶつかるような厚みがあった。

 

「なんで勝てない!なんで逆らう!なんで裏切る!どうしてお前は、僕と戦ってるんだよ!」

 

 (わめ)き散らして、ルズレーはひたすらに剣を振る。

 錯乱してる訳じゃない。本心なんだ。全部剥き出しなんだ。

 まるで思い通りにいかない事に泣き叫ぶ子供だった。

 ヒイロ・メリファーとルズレー・セネガル。

 俺の知らない物語が確かにあったことの証明のように、ルズレーは訴える。

 俺が奪ってしまった未来を、むざむざと突き付けている。

 

 でもな。

 なんでだなんて、こっちの台詞だよ。

 どうしてって、俺が言いたいよ。

 おまえ、ちゃんと強いじゃんか。素質あるじゃんか。

 しっかり鍛えて磨けば、立派な騎士にだってなれるかも知れないのに。

 どうして、あんなやり方しか選ばなかったんだ。

 

「変わったからだ」

「嘘だ。変われるもんか。そんな簡単に!」

「簡単じゃねえよ。だが出来ねぇことでもないだろ」

「で、出来るはずないだろ、今更⋯⋯!」

「ハッ。変われた奴が目の前に居ンだろうが!やる前から否定してんじゃねえ!」

「⋯⋯うるさい!うるさいっうるさいっうるさいっ!!」

 

 俺だって苦労した。村や学園だって白い目で見られたし、今も騎士寮じゃ俺の事を毛嫌う奴だっている。どの面下げて騎士になったって言う人だって居た。

 でも、少しずつ俺を認めてくれてる人達だって居るんだ。気軽に挨拶を交わせる仲になれた奴だって。

 なにも、俺だから出来た事じゃないはずだ。

 

「お前が僕を、否定するなぁぁ!!!」

 

 だから。

 

「テメェだって変われんだ。それを分かれよ、ダチ公」

「か、は──」

 

 今は、熱海憧でも、騎士ヒイロとしてでもなくて。

 ヒイロ・メリファーとして、ルズレーに拳を叩き込む。

 呻きながらも俺の肩へともたれたお前に、囁く。

 

「一足先を走ってやる。付いて来てェなら、好きにしな」

 

 変わろうとするのに、遅いなんてことはないはずだって。

 

「ヒイ、ロ⋯⋯僕は⋯⋯⋯⋯、────」

 

 意識を闇に落とす間際、何を言いかけたのかは分からない

 けれどもあの歪んだ形相は、今は穏やかに眠りについて。

 

 

 そんなルズレーの顔を、淡い月の光が照らしていた。

 

 

.



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067 手には鉄塊、この背に光

 

 聖欧都から見れば小さく些細な、けれど俺個人からすれば大きな動乱にも一応の決着はついた。

 ルズレーを倒したあの後のこと。

 シドウ教官が寄越した隊員達によって、貴族派とルズレー達は拘置所へと連行された。大多数で一人に対して暴行を働いたんだ、決して軽い罪じゃない。

 特にあのパエリア野郎は改竄教唆に贈賄とかの罪で、相応の罰が降る可能性が高いらしい。少なくとも騎士称剥奪は確実だってさ。それと、ルズレーとショークも相当な処分を受けると思う。ルズレーがああいう行動を取ったのは俺が原因だし、正直複雑な気持ちだった。

 

(ま、俺の罰もまるっきり免除って訳にはいかないんですけどね⋯⋯)

《そりゃあ依頼受けたのは事実だからね。一週間の謹慎と反省文十枚だっけ?》

(ああ。謹慎はいい。けど反省文はきっつい。俺、マジで文章書いたりすんの苦手なんだよ。あぁぁ、国内逆立ち十周とかのがよっぽどマシだった⋯⋯)

《マスター⋯⋯バランス感覚おかしいよ、色んな意味で》

 

 清さとはつまり公平さともいえる。

 清職者という異名持ちのシドウ教官は、俺の罰を見逃してくれるほど甘くなかった。まあ、騎士称剥奪よかだいぶマシにはなったけど。

 ともあれ、解決は解決だ。

 終わってみれば思うところも省みるべき事も色々あったけど、少しばかり肩の荷が降りたってもんだ。

 えっちらおっちら寮への道を帰りつつ、ホッと胸を撫で下ろす。

 そんな俺に、弱った声が真後ろから囁かれた。

 

「⋯⋯笑えばいいでしょ」

「あァ?」

 

 声の主はシュラである。はい、そうです。俺は現在シュラをおんぶして歩いていてます。

 というのも、シュラはどうやら闘いの際に足の骨にヒビが入っていたらしく、治療魔術を施しはしたものの痛みが残っているんだとか。

 疲弊もあってフラフラ歩くシュラを見てられず、俺が無理矢理背負ったという訳である。

 

「何を笑うってんだ?」

「言わせる気?この破廉恥(はれんち)

「あァ!?なんでそうなんだコラァ!」

「うっさい。近いんだから怒鳴らないでよ」

「⋯⋯お、おう」

 

 帳の下りた夜の道。背負う男と背負われる女。それ以外には誰もいない。クオリオも医務室までは一緒だったんだけど、やることがあると言って姿を消した。なんかニヤニヤしてたけど。

 

(⋯⋯うーむ)

《さっきからマスター、色々考え事してるっぽいけどさ。ひょっとしてぇ、ムラムラしてたりするぅ?》

(え?怪我人相手に欲情する訳ないだろ。そんなのヒーローの風上にも置けないし)

《⋯⋯えー、つまんなーい。枯れ過ぎだよマスター》

(知らんがな)

 

 なんで凶悪が不満そうなんだよ。

 いや、確かに背中越しに伝わる感触とか太腿の感触とかやべえよ?でも怪我してるし、そもそもシュラはライバル枠だし。

 

「笑わないの?」

「だから、なにをだ」

 

 なんて風に脳内漫才してると、しおらしいシュラの声がまた降ってくる。そこにいつもの気の強さはほとんど見当たらない。

 今のシュラは、まるですぐにでも消え入りそうな小火だった。

 

「⋯⋯だ、だって。アンタを助けるって言って、ひとりで突っ走って、勝手にピンチになって。しかも肝心のアンタはクオリオにとっくに助けられてて」

「⋯⋯あァ?」

「それで、めでたくこうしてアンタのお荷物よ。最後の最後までなにも出来ないで。みっともなくて泣けてくるわ」

「⋯⋯テメェ」

「だから、いっそ笑ってよ」

 

 言い切って、耳元で喉鈴が転がる。かすれたような自虐の笑みだった。

 なにも出来なかった。それが悔しくて虚しくて、堪えてしまっているんだろう。背の重みがシュラの気持ちに引きづられて増した気さえする。

 

《あらら、面倒くさい女だねえ。いっそ放り捨てて罵っちゃえば?この役立たずめ、ってさ》

(はいはいお黙り凶悪ちゃん。良い子はもう寝る時間帯だぞ)

《ちょっ、子供扱いはんたーい!》

(じゃ、大人なレディは静かにしてような。空気読もうか空気を)

《むー。なんか、マスターに言われるのは納得いかない》

(ひどい)

 

 そりゃ俺だって空気読むの下手だよ。

 上手い言葉を探せるだけの、幅のある人生を送れて来た自信はない。でも俺の為に必死に頑張ってくれた奴に、なにもしてやれずに終わるのは嫌だった。

 主人公以前に。ヒーロー以前に。

 熱海憧としても。

 

「面倒くせえ奴だな」

「⋯⋯」

「俺は結果主義じゃねえ。至るまでの過程にもこだわってる。あん時の医務室でもそう言ったろうが。忘れたか?」

「⋯⋯覚えてる、けど」

 

 だから、気持ちだけは伝える。

 上手い言葉を見つけられずとも。

 伝えようとする言葉が捻れても。

 一字一句に込めた熱だけは届いてほしい。

 せっかく、こんなにも近くに居るんだから。

 

「ハッ。"だったら"、俺がテメェを笑う訳ねえだろ」

「⋯⋯」

「んな事すら分からねえなら、馬鹿はテメェもだ。ばーか」

「⋯⋯あっそ」

 

 変な激励もあったもんだと我ながら思う。

 でも言いたいことは言ったし、これ以上言う事もない。

 だからこの話はここでおしまいだと。返事も待たずに、俺は再び歩き出す。 

 

「⋯⋯じゃあ、あたしもアンタと同じでいいわよ」

 

 響いたのか。伝わったのか。

 人の気持ちに(うと)い俺には分からない。

 けれど、振り向いてまで確かめる気にはならなかった。

 

「ねえ。さっきから歩くの早いわ」

「あァ?」

「揺れるから。痛みに響くの」

「⋯⋯仕方ねえな」

 

 注文に答えるように緩めた歩速。

 それに少しだけ微笑んだシュラの声は、さっきよりも明るい。

 

「⋯⋯うん。じゃあ、このままゆっくり。ね?」

「⋯⋯ケッ、偉そうに」

 

 首元から胸元へと回されたシュラの腕。

 支えを欲しがるように俺のシャツを掴む手の爪が、月光に触られて白く輝く。

 

「ヒイロ」

「んだよ」

「なんでもない」

「⋯⋯そうかよ」

 

 眠りについた夜の片隅で。

 返したばかりの黒リボンが、視界の隅でひらりひらりと揺れていた。

 

 

 

 



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068 その物語の主人公は

『俺の最期⋯⋯少しは主人公っぽかったですかね?』

『──はい。確かに。貴方は紛れもなく主人公でしたよ』

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「あううぅぅ⋯⋯」

「おや、どうなさいましたノルン様。せっかく第一章をクリアしたのですから、もう少し喜ばれては?」

「喜べる訳ないですよぉ!だってだって、ルズレーさんたち普通に強いじゃないですかぁ!」

「ああ。それはまあ、一応第一章のボスですし。原作プレイ済の方々の中でも、彼らには苦労したという感想も多いみたいですよ?」

「苦労しましたよほんと⋯⋯ショークさんは常にユーズアイテムでバッドステータス振り撒くし、ルズレーさんも普通にステータス高いし。そして例のヒイロさんはひたすらに白魔術でバフするからダメージは与えにくいしこっちは痛いしで、十回もゲームオーバーになりましたよ!あれだけ厄介なのにどこがモブキャラなんですかどこが!」

「モブが難敵というのもRPGのお約束ですよ」

「そうかもしれませんけどぉ⋯⋯あれだけ強いなら、普通に騎士になった方がいいじゃないですかぁ⋯⋯」

「悪役とはそういうものです。現にルズレーは小物臭は凄いのに、なかなかえげつない企てを図りましたし」

「そうですね⋯⋯まさかハウチさんにシュラさんのことを教えたのが、彼だったなんて。しかもシュラさんがすぐ釈放されるからって知った途端、あの子を⋯⋯」

「シュラのルームメイト、シャム・ネシャーナですね。手紙を使っておびき寄せて、ショークで麻痺らせヒイロが拘束する。とんでもなく鮮やかな手際でしたね。悪い意味ですが」

「あのまま人質に取られていたらなんて思うと、ゾッとします。あの謎の声さんがシャムちゃんを助けてくれなかったら、どうなっていたことか」

「ええ。まあ、謎というか、シャムの双子の妹ですけども。リャムが魔術でシャムを救出してなければ⋯⋯R指定待ったなしの胸糞展開でしたでしょうね」

「⋯⋯はぁ。シュラさんを罠にはめた理由も、負けたことへの逆恨みですしヒイロさん側を応援したい気持ちがありましたけど、正直勝った時はちょっとスッとしちゃいました」

「そんなものでしょう。まぁともかく、これにて無事第一章クリアです。おめでとうございます、ノルン様」

「ありがとうございます⋯⋯でもここからヒイロさんの出番はなしかぁ」

「ええ、そうですね。ヒイロとしての出番はないですね」

「うん?なにか含んだ言い方しますね」

「ふふふ。この先のストーリーを進めれば、いずれ分かることですよ」

「な、なんですかその暗黒微笑は⋯⋯うう、嫌な予感しかしません」

「それはもう、ノルン様の気分がずーんと沈んでいくのが楽しみで楽しみで⋯⋯」

 

 

「⋯⋯と、おや?」

「どうしましたか、副官」

「お喜びくださいノルン様。たった今、現地に向かわれてるヴェルザンディ様からの報告書が届きましたよ」

「え、ほんとですか!」

「ええ。待ち遠しかったですね。しかしノルン様のミスであの世界へと羽ばたいたのです。恐らく相当な苦労をなさっているのでしょうね⋯⋯」

「う、う、やめてくださいよう⋯⋯ほんっとぉぉぉに反省してるんですからぁ⋯⋯」

「ふふふ。ではまずは私が中身を拝見致しましょう。あまりに酷い内容だと、ノルン様が卒倒しかねませんからね」

「ニヤニヤしながら言わないでくださいよぉ⋯⋯」

「ふふふふふ、では失敬して⋯⋯

 

 ⋯⋯、⋯⋯、⋯⋯

 

 

 ⋯⋯⋯、⋯⋯⋯ふむ、⋯⋯⋯、⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯、

 

 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯、────────はぁっ?!」

 

 

「わっ、どうしたんですか副官。急に叫んだりして」

「どうしたもなにもノルン様!と、とんでもない事になってますよ!ほ、本当にどういうことですか?

 あの『ユミリオンの悪夢』が、クオリオが、完全に親友ポジション!?

 凶悪を拾って、そのまま武器として使ってるぅ!?

 し、しかもなんでパウエル・オードブルが投獄されてるのですかぁぁ!? わ、訳がわかりません。何なんですこれ一体⋯⋯!」

「あのう。凶悪、ってのは分かりますけど、クオリオ?とパエリア?というのは誰なんです⋯⋯?」

「へ?あ、あぁ、そういえば彼らの登場は原作じゃ第二章からでしたね⋯⋯そ、その、二章にてシュラは小隊に編成されることとなるんですけど、クオリオというのは同じ隊員の少年で、パエリアじゃなくパウエルは、その小隊の『隊長』になるキャラクターだったんです」

「はええ、そうなんですか⋯⋯」

「ですがクオリオはともかく、パウエルが投獄されるとなると⋯⋯だ、誰が隊長に?一応原作を沿った流れではありますが⋯⋯このままではこの先の展開も、色々と壊れてしまうような⋯⋯」

「うーん、違う意味で大変なことになっちゃってますねぇ。あはは」

「笑い事ですか?!というか、これは流石におかしいですよノルン様!」

「え。おかしいって、なにがです?」

「この影響力ですよ!あの熱海憧というのは、ただの人間ですよね?!イレギュラーとはいえ、いくらなんでもただの人間が確立された世界にここまでの影響力を持つなんて⋯⋯明らかにおかしいですよ!?」

 

「⋯⋯え?ただの人間?⋯⋯そんな訳ないじゃないですか」

「へ?」

 

 

「もう、副官もうっかりさんですね。そもそも近年になって異世界に転ずるタイプの世界が数多く生まれたから、おいそれと転移や転生はしたら駄目ーって、大神様に命じられてるじゃないですか。だから例え私のミスで死なせたとしても、普通の人間を勝手に転生させることは大神様が許してはくれませんよ」

「⋯⋯え、あ。そうでした。え、待ってください。ということは、彼はなんらかの特別な存在であると?」

「ええ、まぁ。あれだけ綺麗な糸ですからね。私も彼が主人公だってことは分かっていたのですが、どういう物語の主人公かは知らなかったので。彼を送ったあとに、ヴェルちゃんからこれを教えて貰ったんですけど」

「これ、って⋯⋯『漫画』ですか?それをヴェルザンディ様が?」

「ええ。どうやら、ヴェルちゃんが元々愛読してたものなんですけど、私も読ませてもらいました!今ではすっかり熱海憧さんのファンです!」

「熱海 憧殿の⋯⋯って事は、もしや彼は⋯⋯!」

「はい、その通りです!」

 

 

 

「たった一人の少女を救う為、自ら闇の道へと身を堕としながらも巨大な悪虐財閥に立ち向かったとある青年。

 容赦なき暴力と裏社会の恐怖と対峙していく中で、ふとしたきっかけに(たが)が外れ、そのまま己の正しさの為に悪さえ為す道を突き進んだ者。

 多くを奪い、多くを壊し、多くを潰し、多くを殺した悪の華。

 歪みきった正義、貫き通すエゴイズム。

 ですが、そのあまりにブレない華道を突き進み続ける痛快さが人気を博した、ある人気青年誌にて完結を迎えた『ダークヒーロー』の物語!

 

 そう、熱海 憧さんとは!

 

 【新宿摩天楼のロキ】という漫画の!

 

 れっきとした『主人公』だったんです!!」

 

 

 

 

 

 

「⋯⋯⋯⋯」

「ふふん、言葉もないようですね、副官。いつも驚かされたり、凹まされたりばかりの私じゃないんですよ?」

「⋯⋯⋯⋯あ、いえ。驚いたのは確かです。自分としたことが、結構な把握漏れをしていたのだなと。反省しております」

「え?は、はい」

「ですがノルン様⋯⋯それってつまり、主人公級の存在をうっかり死なせてしまった訳ですよね?」

「⋯⋯」

「割とうっかりじゃ済まないレベルの失態じゃないですか⋯⋯本当に、もっとしっかりしないと駄目ですよ」

「⋯⋯

 ⋯⋯

 ⋯⋯⋯⋯うわぁぁあぁぁぁあぁぁぁん!!!!

 おっしゃるとおりですぅぅぅ!!!

 わたしはほんっとーに駄女神ですぅぅぅぅぅぅ!!

 生きててすいませんでしたぁぁぁぁぁ!!びえええええん!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三章 完.

 

 

 





 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
 読者の皆様に"勘違い"させてしまっていたかも知れませんが、この物語の主人公はただのヒーロー願望が強い男ではなく、別の物語の主人公でもありました。
 それは熱海憧が本来辿るべきだった物語。ただ一人の少女を救うという『結果』のために闇へと身を墜としたダークヒーローが、本来の彼でした。
 ですが皆様には引き続き、『過程』にこだわる主人公ヒイロの活躍をご覧いただきたいです。どうかお楽しみに。


 また、数話先行して公開中のカクヨムにて『ハーメルンから来ました』との応援コメントをしてくださる方も多く、執筆の励みになっております。あちらでも評価をしていただき、本当にありがとうございます。この場を借りてお礼申し上げます。
 それではまた次章⋯⋯の前に。
 次の更新は、ある英雄のお話です。是非お楽しみに。


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Ex.000 或る英雄の光について

 

 その男は特別ではなかった。

 現代にありふれた内の一人だった。

 就職活動に失敗し、フリーターの身で細々とバイトをしつつ、気付けば三十代を超えた。

 

 家族との連絡は絶えて久しい。アプリの最新トーク履歴はずっと昔の通知のまま。休日にやることと言えば、好きだった特撮ヒーローのビデオを見るか、ネットの海に沈んで行くか。

 いつか俺だって。

 そんな言葉で慰めて、どれほど時間が経ったのか。ちょっとした趣味の共有を面と向かわず出来た時の、ささやかな喜びを生き甲斐だって言い訳して、ずるずると穏やかに"詰んでしまった人生"。

 

 冷めた弁当を温めるレンジの隅に残った汚れ。

 きっとそんな色の目をして生きていた。

 

『か、かっけー!』

 

 だから、憎たらしかった。

 ショッピングモールの屋上のバイト。

 仮面のヒーローに扮して風船を配る時給920円の稼ぎ。

 怠惰な日々を引き伸ばす、それだけの意味も意義もない仕事姿に、爛々と目を輝かせた少年が。

 風船を渡した後にも、かっけーかっけーと喚きながらついてくる子供が。

 憎い。妬ましい。鬱陶しい。眩しい。

 

『うるさいんだよっ、どっか行けよ!』

 

 スカッとした。くしゃっと泣き顔に崩れた子供を見て。一目散に逃げてく後ろ姿に、ざまあみろと思った。

 でもその瞬間は見られていたらしい。

 着替える間もなく年下のバイトリーダーに胸倉を掴まれて、そのまま会場裏の従業員室に連れ込まれて。

 ボロクソに言われた。

 あんな子供相手に、あんたはクズだ、って。

 そんなこと自分が一番分かってた。

 

 

 だから──目の前に広がる光景が天罰なんだとしたら、いくらなんでもやり過ぎだって思った。

 

 

 焼け焦げた匂い。いつから回ったかも分からない火の手。降りたシャッター。喧騒。悲鳴。煙。

 パニックに陥って、一周回って落ち着いた。

 あぁ死ぬじゃん。息苦しくて、ビニール製の覆面仮面の下半分を千切った。大した延命にもならないのに。

 それに、命を引き延ばす意味なんてなかっただろう。

 クソみたいな人生だったし、こっから先もどうせそうだろし。

 肺につまる息苦しさに、もういいかって諦観が混ざって巣食って飲み込もうかって瞬間に。

 

『ぅ⋯⋯ぅ、ぅ⋯⋯』

 

 その男は不運にも、見つけてしまった。

 その男は幸運にも、聞いてしまった。

 煤と火傷だらけの子供の姿を。呻き声を。

 

『たす、け⋯⋯る⋯⋯か、ら⋯⋯』

 

 救いを⋯⋯"望まず"。

 

『おれが、みんな、を⋯⋯たすけ、る⋯⋯から⋯⋯』

 

 地に這いつくばいながら、自分が"救い"になろうとする姿を、見て。

 気付けば、身体が動いていた。

 

 

 

『──────仮面ヒーロー、参上ッッ!!!』

 

『え?』

 

『やあ少年。私が来たからもう安心だ!』

 

 

 

 これはありふれた名もなきひとり(モブ)が、ヒーローとなった(ゼロ)の物語。

 

 

 

 

 

 

 

◆Ex.000 或る英雄の光について ◆

 

 

 

 

 馬鹿な事をしている自覚はあった。

 助かる保障もない。熱は徐々に思考と体力を奪っていく。

 

 でも、何故だか力が湧いていた。

 引っ越しのバイトではすぐに折れた気持ちも足も、ちっとも折れることはなく。

 朦朧としていく意識の中で。

 小さな右手が縋る、本当は頼りないはずの自分の肩。

 小さな左手が握る、あれだけ酷くあしらったにも関わらず掴み続けてくれていた風船。

 背中から伝う、少年の心臓の鼓動。

 命の音。まだ生きている音。

 諦めないという気持ちばかりが、湧いてきた。

 この子を絶対に助けてみせると、本能が誓う。

 だからフラフラと炎の中を歩きながらも、彼は仮面を被り続けられた。

 

『けほっ、かめっ、んっ、ヒーロー、大丈夫⋯⋯?』

『もちろん、だとも。仮面、ヒーローは、"無敵"だからね』

 

 笑顔が気持ち悪いと言われて、接客業をクビになったこともある。

 目があっただけで一回り下の女の子に舌打ちされたこともある。

 でも背負った小さな温もりは、自分の下手くそな笑顔にさえ、安心したように目を細めてくれている。

 

『そっかぁ。凄いなぁ』

『凄い、か⋯⋯』

『うん。おれなんかより、よっぽど凄いよ』

『⋯⋯そんなことはないさ。きみが、私を立ち上がらせてくれたんだ』

『⋯⋯え?』

 

 今こうしていられるのは、この背にある希望のおかげだった。

 何者でもない自分を奮い立たせてくれたのは、他でもない少年の勇気があったからだ。

 ろくでもない人生。ただ死んでないだけだった人生。

 それを変えてくれたのは、こんな小さな光だった。

 

『さあ、ついたぞ』

 

 満身創痍ながらも辿り着いた非常階段への入口。

 背中の少年をゆっくりと地に下ろしながら、力を振り絞って扉をあける。

 パラリ、と顔のすぐそばを石ころが落ちてきた。

 限界が近いことがわかった。

 自分も、奇跡のような時間も、この建物も、天井も。

 けども仮面を被ったのなら、最後まで被り通す。

 何者でもなかった男の最後の意地は固かった。

 

『さあ、行きたまえ、少年。私は、もう⋯⋯⋯⋯いや。

 私には、まだ、救わねばならない人達が居る』

『う、ん⋯⋯わかっ、た⋯⋯⋯⋯』

 

 扉の向こうへと、少年が行く。

 小さな背中だ。自分よりもずっと小さな。

 けども心に火をくれた、優しく強い意志を持つ幼子。

 思い出す。その無垢さに嫉妬した理由を。

 多分あの時は、もう取り戻せない煌めいていた自分の時間を、見せつけられていた気がしたのだ。

 

 

 でも、今は違う。

 最後に、男は確かに取り戻せたのだ。

 この目に映る光が、その証だった。

 

『あぁ、そうそう。ひとつだけ、伝えるべきことがあった』

 

『!⋯⋯なに? 仮面ヒーロー』

 

 

 

 

『少年。

 私を⋯⋯⋯⋯、────いや。

 俺なんかを、ヒーローにしてくれて、ありがとうな』

 

 

 

 

 名も知らぬ小さなヒーローへ。

 名も残らぬヒーローからの、感謝の言葉。

 それだけ伝えると、男は扉を勢いよく閉めた。

 

 閉めて、背を預けて、ずるずると座り込む。

 見上げたのは、今にも崩れそうな天井の亀裂。

 けどもそこに浮かんでいたのは、背から下ろす際に少年が手離してしまった、風船が一つ。

 

(⋯⋯あぁ、なんだよ)

 

 懐旧。嫉妬。憧憬。奇跡。

 光。

 光。

 さいごの、ひかり。

 

(⋯⋯悪くないもんだな)

 

 

 拝啓。この空の向こうの神様へ。

 

 願わくばどうか、この背にあった小さな光が。

 

 (くも)ることなく、育ちますように。

 

 

(⋯⋯⋯⋯、────────)

 

 

 

 そして名もなき英雄は。

 

 満足したように目を閉じて。

 

 奇跡のように保ち続けた風船は。

 

 崩落と共に、散っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、少年──『熱海 憧』は、家族で訪れたショッピングモールにて発生した火災事件の中、生還した。

 

 だが、生還者の中に、彼の両親の名はなかった。

 

 けれどその胸には、あまりに強い憧憬が残った。

 

 幼き彼が、目にした背中。

 

 

 名もなき英雄の詩である。

 

 

 

 

 

 

【Ex.Episode-000.】 Fin.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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長女ウルズの人物紹介VOL.3

 ご機嫌よう皆様。長女のウルズです。

 え?待ってた?ええ。どうも、ありがとうございます。

 へ?相変わらず美人?⋯⋯⋯⋯ど、どうも。

 えふんえふん!そ、それでは気を取り直して、紹介に参りますね。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

【No.1】

 

 ヒイロ・メリファー/熱海(あたみ) (しょう)

 

・魔術について

 

 クオリオとの修行の成果により、白魔術の補助系三種を習得した模様。さらに凶悪という強力な相棒により、こと近接戦闘においてはかなりの強さを保てるようになりました。

 

・【摩天楼のロキ】について。

 

 彼は元々、現代日本の青年誌にて連載された【摩天楼のロキ】の主人公でありました。暴漢に襲われた少女を救うことで、後に巨大財閥を倒壊させるダークヒーローの物語は始まる⋯⋯予定でした。なぜ始まらなかったのかは⋯⋯ええ、みなさんご存知のとおりです。

 摩天楼のロキの愛読家であるヴェルザンディいわく、この摩天楼版の彼は、ヒイロとしての彼と大きく異なる人物らしいです。

 ただ、その片鱗はあったそうですよ。例えば、ショークとの闘いの際に隠し集めた『ビリビモスの鱗粉』を使って、反撃しようとした時とか。私も本来の彼について気になりますので、また詳しく聞いてみましょうかね。

 

 

 

【No.2】

 

 エシュラリーゼ・ミズガルズ

 

・過去について。

 

 どうやら十歳までの記憶がないそうです。

 ですが、ミズガルズ孤児院という場所に引き取られ、院長であるサティ先生と沢山の孤児達と共に生活していたのだとか。その後、孤児院は魔獣達に襲撃され壊滅。唯一生き残ったシュラは、魔獣に対する復讐を誓いました。

 彼女の魔獣に対する異様な復讐心は、この過去が原因のようですね。

 その後、各地を転々としながら魔獣の討伐を繰り返していた模様。いつしかアッシュ・ヴァルキュリアとよばれる程に強くなった彼女はとある人物と出会い、決闘の末に敗北。そして彼女はアスガルダムに訪れ、その人物の手引きにより『ヴァルキリー学園』へと編入することとなりました。

 

・現在について

 

 魔獣についての憎しみや復讐心は決してなくなってはいません。しかし、若くして修羅の道へと進んだ彼女にとって、ヒイロという自分の世界を大きく塗り替える存在に出逢ったのは衝撃だったのでしょう。

 今の彼女にとって、ヒイロは非常に大きな存在となっているようです。

 

・ウルズからの一言

 

 はい、遂にデレましたね。ですがまだまだ確固とした気持ちとは言い難い模様。この気持ちかしっかりと形になって、自分の中にあるのだと自覚するのはいつになるでしょうか。

 

 

【No.3】

 

 クオリオ・ベイティガン

 

・姉について

 

 騎士団長補佐官筆頭という非常に高い地位にいる姉を持っていらっしゃるようですね。名前はリーヴァ。シュラと対峙した際には辛辣の一言に尽きましたが、クオリオの説得には耳を傾けたようです。

 

・交友関係

 

 面倒見はいいながらも少し捻くれがちな性格な為か、友達らしい友達は居なかった模様。しかしヒイロの為に姉のリーヴァとシドウ教官を説得したその熱意から、心に熱いものを持っている男の子なんですね。

 だからこそ、原作での末路を想うと切ないのですが。

 

 

【No.4】

 

ルズレー・セネガル

 

・セネガル家について

 

 貴族であることは明言されていましたが、セネガル家はどうやらオードブル家と同じ旧貴族と呼ばれる類みたいですね。

 騎士との癒着によって権益と富を肥やしている現貴族とも違う派閥であり、旧貴族は高圧的で高慢な人が多いらしいです。ルズレーのあの他者を見下す姿勢も、その典型といえるのでしょう。

 

・ヒイロについて

 

 ヒイロに対しては手駒、下僕などあんまりな扱いですが、額面通りに捉えるには彼への執着は強いですね。もしかしたら、ヒイロ・メリファーという存在はルズレーにとっての特別なのかもしれません。

 

 

 

【No.5】

 

 凶悪

 

 ヒイロがコルギ村の孤児院にて拾った鉄パイプです。

 少女の人格を持ち、触れた者の脳内を介して交信する能力を持っております。性格は時折、容赦のない合理性や他者を馬鹿にする言動などが見られますが、自分からヒイロに所有をもちかけたりと、不思議な面の多い存在です。

 

・性能について

 

 彼女はただの鉄パイプではなく、所有者の魔術をブーストさせる特異能力をもっております。また洗脳状態とはいえシュラの剣撃を受けられる耐久性もあり、更には指輪ほどに縮むことも出来るようですね。

 しかし彼女を所有することは精神に強力な負荷がかかり、直接触れているだけで精神が狂ってしまうのだとか。

 ええ。なんでヒイロは平気なんですかね。私にも分かりません。

 

・原作のその後

 

 原作においては、シュラが力を暴走させ、半壊させた孤児院に取り残されたままでした。そこを仮面の男が現れ、回収。その後、数々の悲劇を引き起こしたそうです。仮面の男にとっても凶悪を回収出来たのは想定外だったらしく、鬱シナリオらしい主人公不遇のイベントと言えたでしょう。

 

 

・正体について

 

 『灼炎のシュラ』の序章、港町フィジカにてシュラが討伐した魔獣。その魔獣に止めを刺した際に使用した鉄塊が、この鉄パイプだったそうです。

 いえ、違いますね。もっと正確に言うならば⋯⋯

 

 "彼女は、シュラに討たれたはずの魔獣なのです"。

 

 

 

【No.6】

 

 パウエル・オードブル

 

 あのヒイロですら気持ち悪いと断言するほどずれた美的センスを持つ、旧貴族の一人。また、ブリュンヒルデ本隊に属する騎士でもあります。その実力は確かであるらしく、彼の使う緑魔術はシュラを苦しめました。

 

・本来の立ち位置

 

 原作においてはこの先のストーリーにて、シュラと関わりのある立場だったのですが⋯⋯幸か不幸か、彼は今回の一件により重大な処罰を負うことになりました。果たしてパエリア⋯⋯失礼、パウエルの再登場はあるのでしょうか。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 さて、今回は多くの追記事項と紹介をさせていただきました。

 登場人物も増え、各キャラクターの情報も徐々に公開されてきましたね。次章もまた新しいキャラクターは増えていくでしょうし、今後ともよろしくお願い致します。

 

 それでは、次章の解説コーナーにてお会いしましょう。

 

 

 

 ⋯⋯え?ヴァル?どうしたんです急に⋯⋯ってこれは【摩天楼のロキ】の一巻?

 ああ、布教活動ですか。熱心ですね。

 ええ、いいですよ。一足先に楽しむとしましょうか。

 彼の本来の、旅路の果てを。

 

 

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次女ヴェルザンディの省略あらすじVOL.3

 やほやほー、ヴェルちゃんだよー

 運命の三女神の次女ヴェルザンディーちゃんだよー

 えへへー、今回はヒイロくん大活躍だったねえー

 ヴェルちゃんもファンとして鼻高々だよー

 ⋯⋯え?ヒイロのファンなのかってー?

 それはねー⋯⋯『どっちものファン』、だよー!

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

・その1

 

 選抜試験を全部勝って、無事めでたく本隊入りが決定したヒイロくん。妹のサラちゃんから祝われつつ、たまたま一緒にお茶してたシュラちゃんと、依頼受領を断られてるコルギ村のハウチさんを目撃してたよー。お金がないから助けてあげないなんてひどいよねー。

 

・その2

 

 機嫌を悪くしたっぽいシュラちゃんを追いかけて、ヒイロくんはあるお店に行ったんだよー。え?見覚えのある店員さん?

 んふふーなんのことだかわからないよー。んふふふー。

 で、その後にハウチさんに声をかけられて、ヒイロくんたちはコルギ村に起きてる異変を解決することになったんだよー。ヒイロくんかっこいいー!

 

・その3

 

 コルギ村にやって来たヒイロくん達は、早速調査を開始したんだよー。そして共同墓地の近くの森が怪しいってことで、墓地に向かったんだよねー。そこで墓守エイグンさんに出逢ったんだよー。

 エイグンさんは森の奥には孤児院があって、そこには立ち入っちゃ駄目だよーって忠告するんだー。でもそのタイミングで森から魔獣達が現れたんだよー。バトル開始ぃぃだねー!

 

・その4

 

 ヒイロくん初の魔獣戦だったけど、すごく楽勝だったんだよー。でも当然かなー。魔獣の中でも相当弱い相手だったみたいだしー。

 けどそこで歌が聞こえた途端、魔獣たちが逃げてったんだー。そしてシュラちゃんが追いかけてって、ヒイロくんも仕方なく追いかけてったのー。

 

・その5

 

 シュラちゃんの白魔術、感知を使って魔獣達の魔素を追いかけたおかげで、二人は孤児院にたどり着けたんだよー。そして孤児院にはボスっぽい歌う魔獣バンシーちゃんと戦うことになっちゃったんだー。でもでもバンシーちゃんはとっても厄介な黒魔術を使うから大苦戦。おまけにシュラちゃんが洗脳されちゃったんだー。

 ヒイロくん大ピンチだよー。

 

・その6

 

 でもでもー、なんとそこでヒイロくんは凶悪ちゃんと運命的な出逢いをしたんだー。凶悪ちゃんっていうのは、見た目はただの黒い鉄パイプなんだけど、魔術を増幅するすっごい能力を持ってたんだー。その代償はあるはずなんだけど、ヒイロくんはへっちゃらだったみたい。ヒイロくんすごいなー。

 そして凶悪ちゃんの協力もあって、バンシーちゃんを倒したヒイロくん。けどその光景がシュラちゃんのトラウマに触れちゃって、シュラの中の未知の力が暴走して、孤児院は全壊しちゃったんだー。

 

・その7

 

 バンシーを倒せたヒイロくんだったけど、シュラちゃんの力の暴走によって全身に大火傷を負っちゃったんだー。でもそこに現れたエイグンさんが、マードックさんって人から貰った霊薬を使ってくれたおかげで、ヒイロくんは大丈夫だったみたいだよー。

 うーん、マードックさん凄いねー。前にヒイロくんに聖獣冠目録をくれたのもマードックさんだったし、なにものなんだろうねー。

 そして、ヒイロくんが寝ちゃってる間にエイグンさんから孤児院の秘密を聞いたシュラちゃん。悲しい過去があったんだよー。でも今回の一件で、エイグンさんも少しは前に進めるといいよー。

 シュラちゃんの気持ちみたいにねー。

 

 

・その8

 

 コルギ村を救ったヒイロくんは、わーいって喜びながらアスガルダムに帰ったんだよー。でも、騎士団の許可なく依頼を受けることはご法度で、ヒイロくんたちは懲罰房に入れられちゃったんだー。

 しかも急に現れたパウエルくんいわく、騎士の身分も没収されちゃうんだって。

 こんなのひどいよー、かわいそーだよー⋯⋯

 

・その9

 

 パウエルくんからの交渉も絶対にNO!!しちゃったヒイロくん。でもその後にやって来たリーヴァちゃんに、シュラちゃんだけが釈放されちゃった。良かったよー。でもシュラちゃんは納得出来ないみたいで、そんなタイミングでクオリオくんと再会。シュラちゃんから事情を聞いたクオリオくんも大ショックだったみたいだよー。クオリオくん、ヒイロくんのことを大事に思ってくれてたんだねー。

 だからシュラちゃんが行っちゃった後に、クオリオくんは騎士本部のヴァルハラに向かったんだー。シュラちゃんはシュラちゃんで、ルームメイトのシャム・ネシャーナちゃんから不思議な手紙を受け取ったんだー。なんと!そこにはヒイロくんを助けたいかーと書かれてたんだよー!

 

・その10

 

 いまだとらわれのヒイロくん。そこに格子付きの窓越しにシュラちゃんと再会だよー。ここでシュラちゃん、さらっとデレてたねー。んふふー、ヴェルちゃんは見逃さないよー。

 でもいざ待ち合わせの場所についたシュラちゃんの前に現れたのは、ルズレーくんにショークくん、パウエルくんだったんだよー。手紙も罠だったんだー。

 ハウチちゃんにシュラちゃんのことを教えたのも、ヒイロくんが依頼を受けた張本人だって証言したのも、ヒイロくん達から騎士の身分を没収しようとしたのも、パウエルくんに協力を頼んだルズレーくんだったみたい。ルズレーくんったらひどいよー。

 鬼だよー悪魔だよー。

 

・その11

 

 そのままルズレーくんたちと闘うことになったシュラちゃんだったけど、さすがだねー。シュラちゃん勝てそうだったよー。

 でもでもパウエルくんが呼んだ貴族派のみんなが加わって、シュラちゃん大ピンチだよー⋯⋯

 けど。そうはさせないから、ヒイロくんなんだよねー!

 シュラちゃんのピンチにヒイロくん参上!なんだよー!かっこいいー!

 ヒイロくんが解放されたのはクオリオくんがお姉さんのリーヴァちゃんを説得したおかげなんだよー。クオリオくんさすがだよー!それにヒイロくんでも全然勝てなかったシドウくんも加勢してくれたんだー!むねあつだよー!

 これもぜんぶ、ヒイロくんが起こしてきた出来事がみんなの心に響いていたってことの証だねー。良かったねーヒイロくん。

 

 

・その12

 

 結局、ルズレーくんたちはヒイロくんたちに勝てなくて、みんな捕まっちゃったよー。パウエルくんはしょうがないけど、ルズレーくんはすこし可哀想だったかもー。

 ルズレーくんのしたことは悪いことなんだけど、ヒイロくんのためでもあったみたいだよー。いつか仲良くなれたらいいねー。

 最後のヒイロくんと、シュラちゃんみたいにさー。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 はいはーい、今回はここまでなんだよー。

 今回のポイントはヒイロくんだけじゃなく、みんながんばったってところかなー。

 んんー?【摩天楼のロキ】って面白いのってー?ちょー面白いよー!でも今のヒイロくんをやってる憧くんとは全然違う憧くんだから、みんなが知ったらびっくりするんじゃないかなー。

 

 え?具体的にどう違うのってー?

 うーん、そうだなー。強いて言うならー⋯⋯

 『過程』を大事にするのが、今のヒイロくんな憧くんでー。

 『結果』を大事にするのが、本来成るはずだった憧くんかなー。そんなとこー!

 

 んー?憧くんとお話できるなら、ノルン様のミスについては説明しないのかーって?

 んー、するつもりはないかなー。だってー、勘違いしたままの方がきっとおもし⋯⋯上手くいきそうだしー?

 それに教えたところで憧くんの今後の行動が変わる、なんてことはないだろうしー。憧くんは憧くんだもんねー。あはははー!

 

 それじゃあみんな、最後まで聞いてくれてありがとうだよー。

 また会おうねー、ばいばーい!

 

 

 

 

 



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三女スクルドの専門用語解説VOL.3

 わっはっはっはー!喜べみなのものー!

 余の時間であるぞー!余に会いたかったかー?うむ、そうかそうかわっははははー! 

 あれから結構経ったのだ、当然献上の品も用意しておろうな!?

 

 うむ。うむ。うむ⋯⋯うむ!!

 まこと大儀であるぞ皆の衆!これらは解説コーナーが終わり次第、ばっちりと食していくのでな!まずは余の話をじっくり聞いていくが良いぞ!

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

【アッシュ・ヴァルキュリア】

 

 灰色の戦乙女とも読むぞ!

 魔獣に復讐を誓ったシュラが各地で魔獣討伐を繰り返し、ついた異名がこれであるぞ。その勇名はシュラの見た目と騎士団への不信感もあいまって、なかなかに轟いているようだの。ま、可愛さにおいては余の方が上だがな!

 

 

 

状態異常(バッドステータス)

 

 読んで字の如く、身体の不調を指した総称であるな。

 どれも厄介であり、種類も沢山あるぞ。予防や対策はしっかりとせねばな!

 

『麻痺』

・身体を麻痺させる状態異常だな。立つのもしんどいくらいに麻痺するから、特に前衛が患うと大ピンチになるぞ。要注意だ!

 

『沈黙』

・魔術が使用出来なくなる状態異常だぞ。麻痺は前衛殺しだが、沈黙は後衛の魔術師が気を付けねばならんやーつだな。これも要注意だ!

 

『頭痛』

・激しい頭痛により動きを鈍化し、攻撃する意志そのものを無くす状態異常であるな。ヒイロみたいに精神が肉体を凌駕しがちなやつ以外にはとても厄介だ。当然要注意!

 

『風邪』

・極端に咳き込むから魔術も紡げぬし、全ステータスが少し低下するおまけ付きの状態異常だぞー。余はかかったことないが、やはり人肌恋しくなったりするのかな⋯⋯うむ。要注意だ。

 

『洗脳』

・文字通り精神を操られてしまう状態異常である。状態異常の中でも特に厄介だと、余も思うぞ。ま、人の大半は余の可愛さの前では即刻洗脳状態に陥るがな!無論、要注意!もうぜーんぶ要注意だ!

 

 

【黒の魔術】

 

 魔獣が扱う魔術のことをこう呼ぶのだ。黒魔術の危険なところは対策が大変なところだな。なんせ魔獣の黒魔術は魔獣の種類によってそれぞれ違うし、魔獣の種類もめちゃくちゃ多い。なかにはバンシーのように初見殺しめいた黒魔術を使うやつも居るから、魔獣への知識は必須といえるの。

 

 

【魔獣バンシー】

 

 コルギ村の孤児院にてヒイロが斃した魔獣である。

 単体でのステータスは貧弱なんだけども、黒の魔術をたくさん持っておりどれも厄介な状態異常を引き起こす魔獣なのだぞ!

 歌う魔獣とも言われており、こやつの黒魔術は歌を引き金に異常が起こる。歌を聞かなければ状態異常にはかからぬのだが、知らなければバンシーの独壇場だ。やはり対策って大事だの!

 

 まず、相手を沈黙状態にする『クライモア』

 次に眠り状態の相手を操れる『マザーグース』

 そして最後に「この世界でかつて喪失した、大事な女性に誤認させる」という『アイネクライネ』。

 うーむ、どれもこれも厄介過ぎる⋯⋯余は思う。こいつを考えたやつはぜったい性格悪い、と!

 

 

 

【貴族派】

 

 蔑称は旧貴族ともいう。だが貴族派連中に旧貴族と呼ぶとめっちゃ怒るから、無意味な挑発をしたくなくば気をつけるようにの!

 アスガルダムは騎士社会と呼ばれておるほどに騎士の権威が強い。十二座と呼ばれる十二人でアスガルダムの政治を担う委員会があるのだが、建国当初は騎士が九人、貴族が三人ほどに偏ったバランスであった。これにより貴族は騎士に対して強く出られず、騎士社会という構造が出来たのだな。

 しかし貴族も黙って従う訳もなく、既得権威を独占し搾取する事に優れていた貴族側が、「騎士」を英雄像としサガやエッダの普及を広め、騎士達に名誉欲と権益という鼻薬を嗅がせることをし始めた。つまり、騎士に対して「おぬしも悪よのう⋯⋯」と言われる「越後屋」役になった訳だの!

 これにより優遇される貴族も増え、徐々に騎士社会は蝕まれていった。現在は十二座の議員比も騎士が七人、貴族が五人となっておることから、貴族達の努力っぷりがうかがえるの。感心はせぬがな!

 

 そして、こういう現行貴族達のことを「商売鼠」と揶揄し、騎士も今貴族も平民も憎んでおる貴族連中が『旧貴族』という訳なのだ。スローガンは「古き良き貴族の栄光を再び」であるな。

 パウ⋯⋯パエリア?とかいうやつも旧貴族だし、ルズレーもまた旧貴族だ。旧貴族というのは現貴族以上に他を見下しがちで高慢かつ高圧的なのも特徴といえるかの。

 しかし他と非協力的な分、権益を維持するのが難しく、あまり資産も持っておらぬのだとか。

 大層なお題目を掲げてはいるが、やることなすことが卑しいことばかりなので何ともいえん連中だの。

 

 

◆◇【魔術コーナー】◇◆

 

 

 うむ!ここでは作中に登場した魔術の呪文や媒体、効果を含めて紹介していくぞ!

 みなもここでしっかりと魔術を覚え、習得に励むのだ!

 

 

・赤の魔術

 

【ルミナスの額】

 

「灯せ、灯せ、燭台に────『ルミナスの額』」

 

 発光する丸い火を現出させる魔術だの。発光性を持ち、使用者の意思によって強弱を増す。

 触媒は『灯す土台』で、用意しておくと発光性が増すぞ!灯す土台とは蠟燭やカンテラ、何かを包む形の両手でもおっけーだ!

 作中ではシュラがルズレーとシドウに使っておったの。蝋燭を投げてピカッとやるやつだ。

 

 

【イフリートの爪】

 

「燃やせ、燃やせ、赤のはじまり──『イフリートの爪』」

 

 燃える五本の爪を現出させ、相手を焼く+切り裂くを行う赤の下級魔術だの。膨大性を持ち、緑魔術の風を通すと膨張し、火炎の大きさと威力が増したりもする。

 触媒は『火種』で、用意しておくと攻撃効果が増大するぞ。火種とは蠟燭の火、カンテラの火、燃える松明など燃えてるやつならば大体良しだの。故に赤の魔術師は、触媒に便利なロウソクを携帯しておることが多いぞ!

 

 

 

・青

 

【ウィンディーネの詩】

 

『歌え、歌え、青き水面よ──ウィンディーネの詩』

 

 一定量の水流を自由自在に放てる下級の青魔術だの。攻撃性は低いが応用性は高く、ただ放つのみならず、コップを水で満たす、相手の口を鼻と覆う、食器を洗うなどにも使える。便利!

 触媒は『綺麗な水』であり、魔法瓶の水、水筒の中身を用意すると、より精密な操作が可能になるぞ。

 

 

・緑

 

【シルフの遊戯】

 

(おど)け、遊べ、バラバラに──シルフの遊戯』

 

 周囲の風を掻き集めて、真空波として放つ緑の下級魔術であるな。刃の形状は基本、何もしなければ三日月の刃だが、意識すれば剣状にも槍状にも球状にも出来るほどの応用性があるぞ。

 触媒は『切った羽根』であり、羽根を振りまけば精度と威力が増大する。羽根は虫の羽、蝙蝠の羽根、羽根ペンなんかでもオッケーだぞ。

 

 

・白

 

【アースメギン】

 

『我が腕に赤き力の帯を──【アースメギン】』

 

 白の補助魔術の一つだの。使用者の腕に赤いタトゥーを現出させて、腕力を著しく増大させる効果を持つ。見た目は厳ついがとっても便利な魔術であるぞ!

 

 

【ヘルスコル】

 

『我が脚に空渡る銀の(すべ)を──【ヘルスコル】』

 

 これも白の補助魔術の一つであり、使用者の靴の踵の部分から翼のような銀色の風が発生し、俊敏性を上昇させる魔術だな!

 毎朝の出勤に遅刻しがちな者ならば特に覚えておきたいものだの!え?そうでもない?⋯⋯そっか。うん。すまぬ。

 

【スヴァリン】

 

『我(まと)う冷厳なる神の楯──【スヴァリン】』

 

 白の補助魔術にして、使用者の身体を魔素でアーマー状に包み込み、防御力を向上させる魔術であるぞ!上二つもそうだが、やはり近接ファイターは白魔術でバフをして闘うのが基本だな。そういう意味では魔術の才能がないヒイロにとって、ありがたーい属性と言えようぞ!

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 うむ!大体紹介し終わったな!今回も長尺で余はとっても疲れたぞ!

 さぁやることやった後はお楽しみの時間じゃ!みなのもの、菓子を持てい!余と一緒にめくるめく甘味の園へと旅立とうぞ!

 

 

 ⋯⋯あ、ウルズ姉!ウルズ姉も良かったらお菓子食べるか?たっくさん貰ったとこで⋯⋯え?太るから食べない?うぬぬ、残念じゃ。お菓子などいくら食べたところで太るもんでもないのにの⋯⋯⋯⋯って、ぴいっ!?な、な、ウルズ姉なにをそんな般若の如し面構えをして、あ、待って、怖い怖い怖い!言い過ぎた、余が悪かったから⋯⋯

 

 

────にょわぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!

 

 

 

 

 

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副官の『灼炎のシュラ』原作解説.VOL.1

 どうも皆様、運命の女神ノルン様がしもべ、副官でございます。こうして挨拶をさせていただくのも初めてですね、ご機嫌よう。

 ヒイロ介入により現行ルートと原作との乖離が徐々に大きくなって参りましたので、こちらでは原作のルート解説と、乖離点を紹介させていただきたいと思います。

 

 本来ならばノルン様にこのコーナーを担当していただきたかったのですが、憧殿の影響力により『灼炎のシュラ』の世界の運命が大きく揺らいでしまって。

 その分の後始末として色々と雑務をこなさねばならないみたいで、今頃ひいひい言いながらお仕事をなさっているかと⋯⋯

 まあ、自業自得。身から出た錆というやつですがね。

 

 という訳で、わたくし副官の拙い解説ですが、どうぞ聞いていってくださいませ。

 それでは、よしなに。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

『灼炎のシュラ─灰、左様倣─』

 

【序章】

 

 まずは卒業間近に控えたシュラが、学園にて周りとの温度差を感じている日々からスタート。騎士の腐敗やアスガルダムについての情報などなどを拾い、チュートリアルで同じ生徒との模擬戦があったりと、プレイヤーは徐々に世界観を把握していきます。

 その最中で幾人の教官からシュラは「アッシュ・ヴァルキュリア」という異名で呼ばれており、彼女の特別な存在感が示されますね。

 そして卒業と共に回想がはじまり、話は一年前の港町へ。

 シュラがアッシュ・ヴァルキュリアと呼ばれ始めたきっかけでもある事件にまつわるストーリーが展開されます。

 

 

 港町フィジカに不穏な噂話あり。なんでも海に漁に出た漁師たちがこぞって行方不明になり、更には真夜中に行方不明になっていた漁師達が家族の元を訪れるとか。しかしその漁師達は誰が見ても分かるほどの亡者であったのです。

 

 噂話を聞きつけ、港町フィジカを訪れていたシュラ。フィジカの代表はシュラがアッシュ・ヴァルキュリアであることを知り、彼女にこの事件の解決を依頼しました。シュラも魔獣を狩れるならと応じ、調査がはじまります。

 そこで一人の少女と出逢います。名をアメラ。彼女は金髪の愛らしい顔立ちであり、赤い宝石のロザリオを身に付けた少女でした。

 彼女は港町のある小さな穴ぐらにて、行方不明になった漁師達を見かけたと言います。そこでシュラはアメラと一緒に穴ぐらへと訪れますが、なにもありません。するとけたたましい音が鳴り響き、落石によって穴ぐらの出口が塞がれてしまいました。

 落石を引き起こしたのは亡者と化した漁師達であり、亡者を操っていたのは⋯⋯アメラでした。

「お間抜けさんだねー!こーんなかわいい女の子相手じゃ、アッシュなんたらさんだってついつい油断しちゃうんだから怖いよねぇ?気をつけなよ?綺麗な花には棘があるもんだし、無害な相手は⋯⋯実は凶悪な魔獣だったりするかも知れないんだから。あはははは!」  

「でも君みたいなのが来るようになっちゃったのはボクとしても困るから⋯⋯いっそ、無くしちゃおうか。この町をさぁ!」

 

 閉じ込められたシュラを前に哄笑を響かせながら、アメラは立ち去ります。アメラは亡者たちを操り、フィジカを滅ぼそうとしました。

 悲鳴と驚嘆に覆われる港町。しかしアメラ率いる亡者の前には、力づくで落石を排し、脱出したシュラが立ち塞がります。

 

 シュラはその異名に恥じぬ活躍を見せて、亡者達を一蹴。最終的にはアメラを港町の船上にて一騎打ちに持ち込み、彼女を斬り伏せます。

 倒れたアメラ。背を向けるシュラ。しかしアメラは倒れたふりをしていました。少女とは思えない力で船の鉄製の手すり(鉄パイプ)を引きちぎり、シュラに襲いかかります。ですが⋯⋯

 

「アンタ相手に二度も油断しないわよ」

 

 奇襲に備えていたシュラはルミナスの額でもってアメラの目をくらまし、アメラの手から鉄塊(鉄パイプ)を奪い、ロザリオごとアメラの胸に突き刺しました。

 

「なん、で⋯⋯」

「そのロザリオがアンタの正体でしょ、ヴァンパイア。人を亡者化して操るだけじゃなく、血を利用して亡者に乗り移る魔獣。アンタの噂を聞いたのはずっと前だけど、思い出せて良かったわ」

「く、そぉ⋯⋯」

 

 こうして魔獣ヴァンパイアは討たれ、フィジカに平穏が訪れました。しかしヴァンパイアを貫いた鉄パイプは、いつのまにかどこぞへと消えてしまったとか。

 

 ともあれ、長い回想を経て、時間軸は現在へ。

 学園を卒業し、入隊試験に挑むシュラ。そこでなにやら芋くさい貴族ルズレーにナンパされますが、一蹴。順調にヘイトを稼ぎつつ試験開始。彼女はシドウ教官を名指しし、見事勝利を収め、エインヘル騎士団の騎士候補訓練生となりました。

 

 ここで、序章は完結となります。

 

 

【第一章】

 

 

 シュラの騎士候補訓練生としての日々がはじまります。やはりシュラはずば抜けて成績がよく、周囲に一目を置かれておりました。また、シャム・ネシャーナという少女が同じ寮部屋のルームメイトとなり、彼女になぜかなつかれてしまったシュラ。色々と質問責めをしたり仲良くなりたいとアピールするシャムに辟易としますが、シュラも徐々に態度が軟化。やがて諦めたように抵抗しなくなりました。

 しかし戦闘時におけるシュラの剣呑さに、彼女のもっと強くならなくては、という意志を察したのか、シャムも訓練の際には寮の時のような気安さで接することはありませんでした。

 

 やがて選抜試験が訪れ、シュラの対戦相手が発表されました。第一次、第二次をなんなく突破し迎えた第三次の対戦相手は、訓練生時にも度々絡んできたルズレー。今までの鬱憤を晴らすかのように徹底的にルズレーをのしたシュラですが、それがルズレーの妄執に火をつけてしまいました。

 

 その後、コルギ村の事件についてはほぼ同じですね。

 しかし孤児院での闘いの際、シュラは魔獣バンシーに洗脳されてしまいます。ですが洗脳されながらもトラウマが刺激され、抵抗するシュラの意志が赤の魔術を使わせ、孤児院に火がつきます。燃え盛る孤児院という光景により、深くトラウマを刺激されたシュラの内なる力が暴発し、バンシーは斃れました。そしてシュラもまた意識を無くしてしまうのですが、倒壊する孤児院から彼女を救ったのはエイグンでした。

 エイグンはこの際に負った火傷により死亡。孤児院が焼ける匂いと光景を目にした村人達によりシュラは救助されましたが、後に孤児院にまつわる後ろ暗い歴史がハウチさんから語られました。

 コルギ村の事件を解決は出来たものの、後味の悪い気持ちをひきずりながらシュラはアスガルダムへと帰還することとなります。

 

 また孤児院跡にて黒幕らしき仮面の男が登場し、意味深なことを喋ったあとに彼はある鉄パイプを拾い上げます。それはシュラがかつてヴァンパイアを斃した際にロザリオを貫いたものと、全く同じものでした。この出逢いが、後にさらなる悲劇を引き起こしてしまうのです。

 

 

 さて、アスガルダムに帰還したシュラ。しかし彼女はすぐさまに懲罰房に投獄されました。この時、本隊入りを控えていた騎士候補生たちの間にある噂が蔓延します。

 それは、シュラが騎士称を剥奪されるかもしれない、という噂です。これにショックを受けたのがシャムでした。そんな彼女の元に、ある手紙が届きます。シュラを救いたくば、旧校舎に来いという内容でした。これに光明を見出したシャムは旧校舎に向かいますが、待ち受けていたヒイロとショークの魔の手によりシャムは麻痺の状態異常にかけられ、拘束されてしまいます。

 

 一方、シュラは騎士称剥奪という処分に遇されることはなく、寮にて三日間の謹慎が言い渡されました。エイグンの一件で沈んだ気分のままに寮に戻るシュラは、シャムのテーブルにて手紙を発見します。そしてすぐさま旧校舎に向かいました。

 

 向かった先では拘束されたばかりのシャムを人質にとったルズレー達が、シュラを待ち受けていました。ルズレー達はシャムを危険な目に合わせたくなければ、自分たちの言いなりになれと命じます。シュラは激情に駆られますが、人質を無視は出来ませんでした。

 しかしそんな時、人質にとられていたはずのシャムがこつ然と姿を消し、シャムとよく似た声が響き渡ります。

「姉さんはもう大丈夫です!今のうちに応援を呼んできますので、エシュラリーゼさん!後を頼みます!」

 

 その言葉を聞き、シュラは剣を手にルズレー達に襲いかかり、一章のラスボス戦がスタートします。

 無事、勝利を収めたシュラ。全身傷だらけになり失神したルズレーたちは、謎の声が呼んだらしき応援であるシドウ教官達に引き渡されました。

 

 

 

 こうして、第一章は完結。物語は第二章へと続きます。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 いかがでしたでしょうか。こうして見るとヒイロが通った道筋は原作と差異がないように思えますが、中身はかなり違っていると思います。

 

 特に大きな乖離点をあげるとするなら。

 

・クオリオと友情を築き、リャムという少女に好感を覚えられている。

・エイグンの生存によりコルギ村から英雄視

・パウエルが既に登場し、退場。

・凶悪が黒幕ではなくヒイロの手に渡っている

・シュラにとってかけがえのない存在が生まれた。

 

 

 こんなところでしょうか。

 原作の今後を知る私としては、このあとの展開が色々とかけ離れたことになりそうなのは目に見えていましてね⋯⋯いやほんと、クオリオとかどうなるんですかこれ。

 

 気になって仕方ないですが、ひとまずは現地に向かっているヴェルザンディ様より今後の報告を待つとしましょう。

 例の【摩天楼のロキ】でも読みながら、ね。

 

 

 

 それでは皆様、また次章にてお会いしましょう。

 

 はい、さようなら。

 

 

.

 

 



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069 新章のはじまり〜ラブコメを添えて〜

 

 青空に雲が伸びていく。

 本日も健やかな晴天なりな空の下、俺はご機嫌に踵を鳴らして大通りを歩いていた。

 

(フッ、見ろよ凶悪。すれ違うやつ、みんな俺の事を見てる感じ。さては騎士装備の俺から溢れ出るオーラにみんな惹かれてると見たぞ!)

 

 そう、今日の俺は一味違う。遂に本隊入りってことで、ブリュンヒルデ隊の装備verヒイロなのである。青を基調とした騎士装備のなんとかっこいいことか。

 主人公たる俺がそんな格好してれば、そら注目されて当然って訳よ。

 

《は?どこが?傍からみてる分には、騎士から鎧奪ったチンピラにしか見えないけど?マスターったら、冗談はもうちょっと笑えるようにしてよねぇ》

(本日も朝からさらっと辛辣ですねえ凶悪ちゃん)

 

 しかしこの鉄パイプさん(指輪モード)からの即否定ですよ。ちょいと酷すぎない?

 親愛なるマイシスター・サラだってかっこいいって褒めてくれたのに。み、身内贔屓(びいき)じゃねーから。主人公の妹、嘘つかない。

 あのルズレー事件で俺も結構がんばったんだし、ちょっとは認めてくれてもいいじゃない。

 

 なんて風に、段々と慣れ始めてきた脳内トークに花を咲かすことしばらく。気付けば到着していた騎士団本部ヴァルハラの入り口にて。

 

「遅いわよ」

「遅いぞ」

 

 見慣れた二人が、待ってたぞとばかりに声をかけてきた。

 

「おう、悪ィな⋯⋯って待てや。待ち合わせなんざした覚えはねぇぞコラ」

「アタシもした覚えなんてないわよ」

「僕もない。だが、色々と杜撰で粗暴な君のことだからね。おまけに方向音痴だし、ひょっとしたら本部までの道のりを迷いかねないと思ってね」

「そういうこと。同期がそんなだとアタシも恥ずかしいし⋯⋯つまり、見張ってやるつもりだったってだけよ」

「普段、俺をどういう風に見てるかよく分かったぜクソが」

 

 出会い頭にずいぶんな挨拶だった。仮にもピンチを協力して脱した仲なのにこの扱いですよ。いくら俺だって流石に今更本部まで迷ったりしないっての。

 ともあれ、合流出来たなら丁度良い。本日から本隊入りの三人、肩を並べて本部へと向かうとしよう。

 

「そういえばヒイロ。君もあの一件の後、麓の村まで帰省したんだっけ?なかなかに騒がれたんじゃないか?」

「フッ、まぁな。村の連中、俺を英雄だのなんだのとガキみてぇに持て囃しやがって。クカカカッ」

 

 ヘルメルに帰省した時のことは、もう思い出すだけでニヤけてしまう。サラの手紙でヒイロが見直されてるって聞いてたけど、ヘルメルに戻った途端に黄色い声援を向けられたのは驚いた。

 いやぁアレは最高でしたね。村の英雄だ、誇りだ、って具合に騒がれてさ。

 村の皆からの憧憬や羨望の眼差しが、気持ち良くって仕方なかったです。うへへ。

 

「ねえ。ヒイロ」

「あァ?」

「確かアンタには妹が居るのよね?サラって名前の。今は村に一人で暮らしてるんでしょ。ちゃんと気にしてあげてるの?」

「ハッ。あいつはこの俺の妹だぜ。手の掛からねぇしっかりしたヤツなんだよ。心配なんざいらねえ」

「⋯⋯あっそ。ま、精々大事にしなさいよ」

 

 少し予想外なシュラの気遣いに、内心で面食らってしまう。なんだかシュラの表情もちょっとアンニュイな感じだし。

 あれか、ライバル枠から見れば俺なんてまだまだ危なっかしい奴に見えるって事なのかね。

 

「むしろアイツのが俺のことを気にし過ぎって話だ。やれ飯はちゃんと食ってるかだの、早く恋人作って見せに来いだの」

「⋯⋯、⋯⋯へー。可哀想にね。どうせその杞憂はしばらく晴れやしないだろうし」

「あァ?テメェ、そりゃどういう意味だコラ」

「ふふん。アンタみたいな悪人相にときめく奴なんていないって事よ」

「ハッ、墓穴掘りやがったなクソアマが!それならテメェだってろくに男が寄り付かねえだろうが、野良犬みてえな目付きしやがってよォ!」

「んなっ⋯⋯誰が野良犬よ誰が!言っとくけど、無名のチンピラなアンタよりはずっとずっとモテてるわよ!」

「あァ!?テメェ、二つ名持ちだからって調子に乗りやがって!」

「⋯⋯頼むからもう少し周りの目を気にしないか、君たち」

 

 クオリオの溜め息も指摘もごもっともだが、ここで退いては男が廃る。

 言われっぱなしは性に合わない。ここはいつぞやみたく、ライバルに向けて大胆不敵に宣戦布告してやろうじゃないか。

 

「ケッ、いつまでも無名呼ばわりしやがって。言っとくが、俺をそう呼べんのも今のうちだけだぜ?」

「──へえ。面白いじゃない。コルギ村の時みたいに、有言実行してくれるっていうの?」

「ったりめえだ。見てやがれよ、アッシュ・ヴァルキュリア」

 

 そうさ。

 無名なんて今のうちだけだ。

 見てろよシュラ。俺の宿敵、アッシュ・ヴァルキュリア。

 お前のその勇名だって、俺はいつか必ず超えてやるのさ。

 

 

 

 

「今にお前は⋯⋯俺のもんになんだからよ」(今に有名人の座は、俺のものにしてみせるんだからな!)

 

 

 

 フッ、決まった。

 

 

 ⋯⋯

 ⋯⋯⋯⋯

 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯あれ?

 なんか今、すっごい食い違い発生してなかった?

 

 

「⋯⋯、────ひぇん!?」

 

 あ、シュラがいつぞやみたく鳴いた。懐かしいな。

 いや違うそうじゃないだろ冷静に懐かしんでる場合か。

 

(おいいいい!フィルターおいい!!!)

《マスターって馬鹿なの?》

(今言われたって反論出来ないけどちっげえから!!かんっぜんに言葉の綾だから!)

《えぇぇ⋯⋯》

 

 いや何故だよ。

 なんでこのタイミングで致命的なニュアンスずれが発生してんの?! もはやただの告白になっちゃってたんですけど!?

 おかしいだろ! 内角高めにフォーク玉投げたと思ったら何故か直球ど真ん中になっちゃったんですけど!?

 

「バッ⋯⋯なっ、ななな、なに言ってんのよあんた!ほんとなに言ってんの?」

「あァ?」

「あァ?じゃないわよバッカじゃないの?! なんでこのタイミングでそんな⋯⋯というかどういう意味で言ってんの?! ハァッ!?わ、わわ、訳分かんないんですけど!? 意味分かんない!死ね!馬鹿!変態!」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 見ろよシュラの顔、真っ赤じゃん。めっちゃうろたえてんじゃん。いやシュラの反応は当然だよ。急に俺のもの宣言されたら誰だってそうなるわ。

 でも運が良かったな。美少女とはいえ気の強いライバル枠。下手すれば剣の錆びにされてたところだよこれ。

 

「ヒイロ」

「んだよ」

「君は周りの目と⋯⋯乙女心とやらも気にした方が良いと思うよ」

「⋯⋯うるせえ、畜生」

 

 ただ、心底呆れたようなクオリオの忠告には、強く出れない。

 乙女心か。乙女心ねえ。秋の空とも言うけれど、季節はそろそろ夏の入り口が見える頃だ。

 コバルトブルーの上空。

 道のように広がる入道雲が、なにかの始まりを予感させていた。

 

 

「ヒイロの馬鹿!ばかっ、ばか!ばーか!」

「⋯⋯」(⋯⋯)

 

 あと、意外なことが一点発覚した。

 シュラの罵声って、意外とボキャブラリーが少ない。

 え?クソどうでもいいって?

 

 

 

 ⋯⋯ひぇん。

 

 

 

 

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070 夏の入口。春との再会

 

 初っ端から珍道中をかました俺ではあったけど、今日が半人前から一人前としてのスタートなのに変わりは無い。

 栄えあるブリュンヒルデ本隊の一員として、こっから更なる躍進を遂げる。薔薇色未来に夢を馳せてる内に、団長も団長補佐筆頭も登場しなかった開会式は終わった。

 

 そんでもってここからが本題。なんでもブリュンヒルデ本隊なんて呼ばれているが、本隊全体が一個として動く訳ではないんだとか。

 隊長一人、他隊員の四、五名での一個小隊のチームで動くのが基本らしい。となれば気になるのはこれから先、戦友となる同期についてなんだけど、うん。

 

「まさかアンタ達と一緒の隊とはね」

「あァ?そりゃこっちの台詞だっての」

「うーん。なんとなくこうなるんじゃないか、って予感がしてた僕が居るよ」

 

 各小隊に与えられた待機室で顔を合わせたのは、今朝と代わり映えのしない面子でありましたとさ。

 

「予感?なにか根拠でもあるの?」

「根拠ってほどでもないよ。ただ、小隊はいわばチーム。チームに大事なのはバランスだろ、エシュラリーゼさん」

「この際シュラでいいわよ、クオリオ。にしてもバランスね⋯⋯ま、確かにヒイロは典型的な脳筋前衛だし、そうなればアタシやクオリオが目付け役に選ばれたって不思議じゃないわね」

「誰が脳筋だコラ。テメェだって暴走しがちだろうが」

「ぐっ⋯⋯」

「⋯⋯うん、まぁ、多分僕は後衛兼、ヒイロとエシュ⋯⋯もとい、シュラの分のフォロー役としても組み込まれたって所かな」

「フォローだァ?そんな細腕で俺を抑えられるとでも思ってやがるか、クオリオくんよォ⋯⋯」

「そういうとこだって言ってるんだ馬鹿ヒイロ」

 

 好き勝手言ってるクオリオだけど、言い分は分からんでもない。手綱握りはともかく、俺はインファイター、シュラは魔術も使うけど役割は前、中衛だろうし。クオリオはがっつり後衛だ。

 こうして分けてみれば、綺麗にバランスが取れてるといえるだろう。

 

「だが小隊っつうのは四、五人の隊員が居るもんじゃねーのか? 数が足んねえだろ」

「確かにそうね。隊長サマもまだ来てないみたいだけど⋯⋯あのパエリアみたいに変な奴だったら、いっそ叩っ斬ってやろうかしら」

「恐いこと言わないでくれよ」

「冗談よ」

「冗談に聞こえないから恐いんじゃないか」

「──然り。だがここは、やれるものならやってみせよ、と言っておくとしようか」

「「「!!」」」

 

 雑談にまさかな答えを挟んできたのは、まさかな人だった。

 ガラガラと戸を開けて入って来る、これまた俺達に縁のある眼帯の男。ついこの間お世話になったばかりの、シドウ教官その人である。

 

「し、シドウ教官?!教導官の貴方が何故ここに?」

「ベイティガンか。なに、因果なものでな。かつて私を教導職へと追いやったオードブルの不正を暴いた功績で、また本隊の騎士と返り咲く事となったのだよ」

「本隊って。じゃあ、アンタが⋯⋯」

「然りだ、ミズガルズ。私が貴様らの隊長という事となる」

「ハッ、マジかよ」

「マジだとも。ヒイロ・メリファーよ」

 

 しかもシドウ教官が俺達の隊長かよ。マジか。まあパエリアとかより全然マシだし、頼り甲斐ある人なのは間違いなかった。

 でもここだけの話、一回コテンパンにされたから少し苦手意識あるんだよな。

 

「では、僕たちとシドウ教官とで一個小隊ということですか?」

「教官ではない。隊長である。そして質問への回答だが、隊員は貴様らだけにあらず。今より紹介するとしよう────入れ」

「はいっ!」「は、はい」

 

 シドウ教官、もとい隊長に促されて入って来たのは、ひと目で双子と分かるほどに似ている姉妹だった。

 

「えーっとぉ⋯⋯はじめましてだねい、野郎共!ウチはシャム・ネーシャナ!天下無敵のシャムちゃんだよ!以後よろしくぅ!」

「ね、姉さん声大きい⋯⋯えっと、リャム・ネーシャナです。よろしくお願いします」

 

 もう夏の入り口に差し掛かったのに。

 過ぎたばかりの春の桜が、ふわりと舞った気がした。

 

 

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071 レギンレイヴ小隊、結成!

「えーっとぉ、まずははじめましてだねい野郎共!ウチはシャム・ネーシャナ!天下無敵のシャムちゃんだよ!以後よろしくぅ!」

「ね、姉さん声大きい⋯⋯えっと、リャム・ネーシャナです。よろしくお願いします」

 

 片方は空を思わせる蒼いミドルヘアで、片方は春を思わせる桜色の三つ編みツインテール。両方とも互いの髪色が混ざったような瞳の色で、両方とも背がちっこい。でもほんの少しだけ高く見える蒼い方は、聞いての通り活発らしい。なんせ自称天下無敵と来ているぐらいだ。

 

「わっほーい!シュラ姉だ!シュラ姉も一緒の隊だー!」

「わっ、ちょっ、シャム!?」

 

 そんでどうやら活発なのは言動だけじゃないらしい。

 気付けば目を輝かせて飛びついていた。シュラに。ていうか、シュラの胸に。

 ほう。やるな。そら天下無敵だわ。

 

「えへへへへへ!ああ、このボリューム。ふわふわ感。満足感。やっぱりシュラ姉だぁ!」

「ちょ、ちょっとやめ、ぁっ⋯⋯って、どういう確認の仕方よ!」

(⋯⋯な、なんという冒涜的な⋯⋯なるほどこれが噂のうらやまけしからんってやつかなるほどなるほど)

《チッ⋯⋯チッ⋯⋯チッ、チッ、チィッ!》

(凶悪さんや。リズミカルに舌打ちすんのやめて。恐い)

《あァ?!》

(それ俺の口癖だから⋯⋯取らないで。恐い)

 

 いやしょうがないって。あれはもう浪漫じゃん。ロマンシングな(さが)だし。だから凶悪さん精神汚染みたいなのやめてさっきから頭痛がやべーってば。

 

「うん。知り合い、では収まらない仲みたいだね」

「あ、あぁ。シャムは寮のルームメイトなのよ」

「ルームメイトだなんて水臭いなぁ、シュラ姉。ウチとシュラ姉はいわば師弟関係だかんね!」

「師弟だァ?」

「そのとーり!ウチはシュラ姉に惚れ込んだのさ!強いし〜美人だし〜かっこいいし〜寝言かわいいし〜」

「だからアタシは弟子なんて⋯⋯ていうか最後の余計よ剣の錆にするわよ!」

「ご覧の通り、照れ屋なとこもいいよね!」

「シャムぅ⋯⋯!」

 

 へー。つまり俺と同期だったって事か。言われてみれば確かに見かけたかも知れん。でもあの頃の俺はクオリオとひたすら魔術訓練してたし、うろ覚えなのも仕方ないかも。

 にしても、凄い懐きようだな。シュラもまんざらじゃなさそうだし、良いコンビじゃん。てっきりコミュ症かと心配してただけに、なんだか後方師匠面めいた安堵を覚える俺である。

 

 が、そんな折に、くいっと服の袖を引かれた。

 なんだと視線を移せば、桜色カラーの妹さんが俺を見上げていた。

 

「⋯⋯あの、こんにちは」

 

 おお、これはご丁寧にどうも。けどあれ、なんだろう。

 この子のこの猫耳ミリタリージャケット、どっかで見た覚えが⋯⋯あっ。

 

「あァ?⋯⋯、──!テメェは確か⋯⋯あん時の無傷少女じゃねぇか」

「ん。ふふ。はい。無傷です。お久しぶりですね、無敵お兄さん」

 

 最近色々ありすぎて一瞬記憶飛んでたけど、聖冠獣目録探しの時にお世話になった無傷ちゃんじゃん。

 まさかこんな所で再会するとは。結局名前も聞きそびれてただけに、嬉しい再会じゃないか。

 

「ん?ヒイロ、知り合いだったのか?」

「おう。つうかテメェとも無縁って訳じゃねえぜ。あの本探す時に世話焼かれたヤツの話、しただろ。アレがコイツだ」

「⋯⋯あぁ、確かマードック氏とやらを紹介したっていう()か。なるほど。なら僕も世話になったようなものだね。ありがとう、リャムさん」

「あ、いえ。私は大したことしてません。えっと、ヒイロさんががんばったからだと思います」

「⋯⋯チッ。ガキが謙遜しやがって」

「おや。まさか照れているのか、ヒイロ?君の人相で照れられたって気味が悪いだけだよ、ぷっくくく」

「あァ?!照れてなんかいねえわクソが!」

「⋯⋯よく分からないけど、アンタとその子じゃ絵面的に危険過ぎるでしょ。よく通報されなかったわね」

「ぐっ、このアマが⋯⋯テメェはそっちの姉と乳繰りあってやがれや!」

「してないわよ馬鹿っ!」

 

 わーわー!ぎゃーぎゃー!

 恩赦や謙遜、売り言葉に買い言葉。

 戦場の銃声みたく飛び交い過ぎて、追いかけるにも目が回りそうな騒ぎようだった。

 

「──総員、静粛にっ!」

「「「「!」」」」

 

 けれどもシドウ隊長の一喝は、さながらロケットランチャーの着弾音である。冷水をぶちまけられたように、気が付けば全員が背を伸ばし、整列していた。

 

「うむ。積もる話もあろうが、順序を間違えるな。まだ貴様らに全てを言い伝えた訳ではない。話は最後まで聞くように⋯⋯よいな?」

『ハッ!』

 

 このおっかなさだよ。有無を言わさない隻眼の迫力。

 でもこの人が隊長ならっていう感じも凄い。多少の苦手意識も拭えそうな信頼感は、俺も憧れを抱かざるを得なかった。

 

「よろしい。では先にも言ったが、私が隊長を務めるシドウだ。そして⋯⋯『リャム・ネーシャナ』」

「は、はい」

「『シャム・ネーシャナ』」

「はいさーい!」

「『クオリオ・ベイティガン』」

「はい」

「『エシュラリーゼ・ミズガルズ』」

「ええ」

「『ヒイロ・メリファー』」

「おう!」

 

 同時に込み上げる奇妙な高揚感。

 てんやわんやだったスタートから、遂にもぎ取った精鋭の位置。階段のひとつを踏み締めた感覚に、俺は無意識に頬を吊り上げていた。

 

「本日よりブリュンヒルデ本隊所属として任命された、以上の隊長一名、隊員五名。これより我らは一個の小隊として、アスガルダムの平穏の為に任務に励む。また、小隊にはそれぞれに名称がつけられるのが決まりだ。

 我らがこれより名乗る小隊名は【レギンレイヴ】。

 各員⋯⋯しかとこの名を胸に刻むように」

 

 レギンレイヴ。

 それが俺達の始まりを冠する、隊の名だった。

 

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072 古来より武官と文官は衝突しがち

「『神々の残された者』か」

「あァ?なンだよそりゃ⋯⋯」

「レギンレイヴ。僕らの隊の名称元になった(ふる)きワルキューレの名の意味さ」

「ほう。だったら良いじゃねえか。余りものには福があるって事だ。俺たちはツイてるってことだ」

「⋯⋯はぁ。馬鹿か君は。いや馬鹿だったね君は⋯⋯」

「うるせえインテリ特化野郎」

 

 俺達の小隊名が発表されたあの後のこと。

 今日は実質顔合わせだけだったらしく、無駄のない隊長によってすぐに解散が告げられた。少し拍子抜けだったけど、案外積もる話もあるだろうからって気を遣ってくれたのかもしれない。

 で、お言葉に甘えた俺達は現在、改めての自己紹介も兼ねて欧都でランチと洒落込んでましたとさ。

 

「じーーーっ」

 

 けど穴あく勢いで見つめられればさ、飯の味も入って来ないよね。

 

「おい猫娘。オレになんか言いたいことでもあんのか?」

「んー⋯⋯ん?いや、これがシュラ姉の言ってたヒイロかぁって思って」

「あァ?」

「いっつも無茶してるたんさいぼーなお馬鹿さんって聞いてたもんだからねー。あとすんごい悪人面って。あはは、ほんとだー!」

「テメェこらシュラ表出ろやァ!」

「なによ、事実じゃない」

「事実をなんでもかんでも言っちまったら戦争だろうがァ!」

 

 おのれシュラめ。事実だったら俺の活躍ぶりとか褒めるべき所とか伝えんかい。

 しかしシャムは人懐っこいタイプだな。距離感を気にしないというか。典型的な元気娘って感じがする。

 一方で妹のリャムは大人しめな性格らしい。丼をかっ込むシャムの隣で静かにちまちま食べる様子を見れば、似ているのが見た目だけなんだと分かる。

 というか、シャムはともかくリャムって全然騎士っぽくないよな。どっちかというと、図書館の司書とか似合いそうだし。

 

「少し気になっていたんだが、リャムも訓練生だったのかい?姉の方はともかく、君を訓練の時に見た覚えがないんだけど」

「あ、それは当然です。私は元々訓練生とかじゃなくて、ラーズグリーズの候補生として下働きしてまして」

「へえ。ラーズグリーズっていうと、魔獣や魔術の研究を主にしている部隊だったな。下働きってことは、資料整理とかかな?」

「ええと、そんなとこです。本当だったらそのままラーズグリーズに所属する予定だったんですけど⋯⋯なぜかシャム姉さんと一緒に本隊に配属されて」

「あァ?どうせなら姉妹一緒にしちまおうって魂胆か?」

「そ、そうとは限りませんけど⋯⋯あはは」

「⋯⋯ふむ。別部署から本隊に属するケースはない訳じゃないが、よそで遊ばせられないほど優秀な場合がほとんどだ。ということは、君も相当優秀って事らしい」

「へぁ。そ、そんなことないです。たまたまです、たまたま⋯⋯」

 

 マジかよリャムさん。はじめましての時といい天然っぽい印象が強いのに、実は秘めたる力を持ってたりすんのかよ。

 ついリャムをまじまじ見つめれば、気恥ずかしそうに猫耳フードを深く被ってるこの娘が。人は見かけによらないもんだな。

 

「むむむっ。さてはクオっち、うちのリャムに興味有りって感じかな?感じだな!」

「んなっ。ち、違う。ただ僕は気になったことを聞いたまでだが」

「でも駄目!リャムをあげるには、眼鏡くんはひょろひょろしてて頼りないから!」

「ひょ、ひょろひょろ⋯⋯?」

「ね、姉さん⋯⋯」

「容赦ねえな。さては姉貴分に似たか」

「そこでこっち見んな。シャムは元々あんな感じよ」

 

 これも姉心ってやつなんだろうか。恋愛ものでありがちなおせっかいムーブに、ついシュラを見た。睨み返されたけど。

 まあシャムの気持ちも分からんでもない。かくいう俺もサラを頼りない男にはやれん。少なくとも俺に勝てるくらいじゃなきゃ駄目だな。

 でもこのままクオリオがナメられてる感じもいかんともしがたいし⋯⋯うん。ここはひとつ、俺もおせっかいムーブかますか。

 

「フッ、クオリオを見た目だけと考えるようじゃまだまだだな」

「ほほーん。と言いますと?」

「シュラがテメェの師匠なら、俺の師匠はコイツだってことだ」

「!」

「えー。このガリガリの眼鏡が?うっそだぁ!」

 

 試すような目線で俺を見上げるシャム。

 ふふん、疑ってるな?だが舐めるなよ。クオリオはほんと凄いヤツなんだからな。

 

「テメェはまだクオリオを知らねぇ。いいか、こいつは頭が俄然切れる。かくいう俺もシュラも、つい最近コイツの知恵に助けられたばっかでなァ」

「なぬっ!?シュラ姉、それほんと!?」

「⋯⋯事実よ、悔しいけどね」

 

 渋い顔をしながらも肯定するシュラをみて、あんぐりと口を開けるシャム。良いリアクションするなぁ。だがしかーし、主人公のフォローがこの程度と思って貰っちゃ困るね。

 

「それだけじゃねえ。体力は無ぇが魔術師としての腕もピカイチだ。魔素の量も同期ン中なら最上位ってとこだろうよ」

「う、うぬぬぬぬっ⋯⋯」

「この俺ほどじゃねえが、こいつも秘めたる才能は留まることを知らねえ。ひょっとすりゃあ将来、騎士団長すら小さく見えるほどの大物になったって不思議じゃねェかもなァ!クカカカカッッ!」

「え、おいヒイロ、ちょっと盛りすぎだぞおい!」

 

 俺のフォローがあまりに手厚かったからか、クオリオが泡を食ったように止めてくる。

 馬鹿野郎、こういうのは盛ってなんぼだぞ。言うだけタダだし。って訳で、最後にトドメのフォローを叩き込む!

 

「そして──なによりィ!テメェもルームメイトなら受けた事あンだろ、あの訓練時のペーパーテストォ!」

「うぐっ、あれかぁ⋯⋯」

「クククッ、その顔を見るに散々だったみたいだな。俺もだ。だがこのクオリオ・ベイティガンはなァ!訓練生ン中で唯一!満点を叩き出してんだよォ!」

「なぁっ!?すすすす、すっごぉぉぉい!!!」

「クカカカカ!どうだ、凄いだろ。満点だぞ満点!テメェにゃ逆立ちしたって無理な芸当だろォが、あァ!?」

「ぐぬぬぬぬ⋯⋯く、悔しいっ!」

 

 ふふふ、参ったろ。俺のニ十一点では足元にも及ばない満点だ。ぐうの音の出ないほどに悔しがるシャムの前に、俺の脳内で決着のゴングが高らかに鳴り響いていた。

 

「なぁ。なんで僕が一番恥ずかしい想いしてるんだろうな」

「さあ?頭が良いからじゃない?アイツらが馬鹿過ぎるだけかもだけど」

「⋯⋯どっと疲れた気分だよ」

「ちょっと喜んでる癖に」

「う、うるさいな。いいだろ別に」

 

 なんだかざわざわ言ってるけど、さしずめ俺の弁舌に感銘を受けていると見た。まあともかく、シャムもこれに懲りて、クオリオへの印象を良くしてくれるはずだ。

 なんて風に、思ってた時期が⋯⋯俺にもありました。

 

「み、認めぬし⋯⋯認めないしー!男も女も度胸、大事なのはパワーだよ!こーんなヒョロっちい眼鏡より、天下無敵のシャムちゃんの方が凄いもん!」

「む⋯⋯生憎、僕自身も君みたいな視野狭窄のちんちくりんに負ける気はしないけどね?」

「ちんちくりん!?ウチはまだ成長過程なだけだぁー!クオっちみたいなのなんて、魔術使われる前にピャッと近寄ってキュッとして終わりだし!」

「むざむざと近づける訳ないだろう。ヒイロを笑っていたが君の方がよっぽど単細胞じゃないか!」

「なんだとぉぉぉー!」

 

 あ、あれ。なんでいがみ合ってんの。火花散ってんの。

 俺の渾身のフォローは一体⋯⋯

 

「ねえ、ヒイロ」

「⋯⋯なンだ」

「なにごとも程々にしとく方が、いいこともあるみたいね」

「⋯⋯おう。肝に銘じとく」

「ね、姉さん、テーブルに足乗せるなんてはしたないからっ。クオリオさんも落ち着いて⋯⋯!」

 

 平和って、儚いもんですね。

 メンチ切り合う二人をオロオロしながら仲裁するリャムを見て、俺はひとつ悟ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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073 シャム・ネシャーナの実力

 なんだか想定外過ぎる意地の張り合いが起こった、明くる日の昼下がり。

 俺達はシドウ隊長引率の元、欧都付近の石橋に訪れていた。本隊所属のメインは魔獣討伐。つまりは俺達レギンレイヴの『初任務』という訳である。 

 

「⋯⋯橋、見事なまでに壊れてやがんな」

「一週間前の大雨で氾濫したらしい。欧都付近なだけあって使用頻度も多いから、早急な工事を手配しなければならないって話だけど⋯⋯」

「ゴロゴロと。虫みたいに湧く連中ね」

 

 皮肉さを帯びたシュラの言葉通り、橋の周りは魔獣で溢れていた。

 大体三十匹くらいか。魚みたいな奴からコルギ村で見た小さい人型、更には狼っぽい奴まで。レパートリーも豊かなこった。

 

「ゴブリンにサハギン、オークにウルフってとこ? うーん、全然大物居ないじゃん!せっかくクオっちにウチの実力見せつけてやろーってのに!」

「姉さん、油断しちゃだめだよ?」

「フン。精々足元を掬われないようにするといいさ」

《んふふ、バチバチだねー。こういうギクシャクもよきよきぃ》

(歪んでんなぁ、凶悪さんや)

 

 本日も人の脳内で絶好調な凶悪さんだったが、いうほど深刻な溝って感じじゃないよな。意地の張り合いみたいなもんだし。

 

「此度、私は手を出さぬ。お主らだけで事を為してみよ」

「ほぉう。まずはお手並み拝見って訳か?」

「フ。試金石にしては物足りぬ、といったところか。しかし隊とは一丸、連携が命となる。互いがどういう力を持ち、どう足並みを揃えるべきかを把握せぬままに荒波に出せるほど、貴様らはぬるま湯離れが出来ているかな?」

「⋯⋯言うねェ。クク、上等だ」

 

 連携云々に関しては納得。けども建前の奥には「この程度の任務、軽くこなせないなら期待外れ」という挑発があった。

 良いね。良い塩梅で気合を入れてくれるもんだ。

 

「──レギンレイヴ、始めんぞ!」

「ああ」

「ん」

「はいっ」

「あいさー!」

 

 試される状況こそ燃えるってもんだ。

 気炎を吐いて武器を取り、俺達は初任務を達成すべく魔獣の群れへと躍り出たのだった。

 

 

 

(よっしゃぁあ!! しれっと仕切って副隊長っぽいポジションいただきぃ!)

《うっわ汚い。流石マスター、きたない》

 

 凶悪さんや。

 言ったもん勝ちって、素敵な言葉だと思わんかね。

 

 

 

 

 

 開戦の狼煙的発言をし、さりげなくリーダーシップを発揮してるように見える俺の主人公的頭脳プレイが炸裂した。かに思えた。

 しかし実際に開戦の狼煙を上げたのは、驚くべき俊足でもって一番槍をぶんどった猫娘であった。

 

「にゃっはァァァァァッッ!!!」

【gobu!?】

 

 猫めいた叫び声をあげ、スカイブルーカラーの少女が魔獣の群れを蹴散らしていく。蹴散らす、ってのは比喩じゃない。文字通り吹っ飛んでいた。

 

「さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!これぞ天下無敵のシャムちゃんのぉ、超絶パゥワーアタックだぁぁぁい!」

 

 さながら古代中華の武将の如き名乗りは、可憐な少女があげるにはあまりにもギャップがある。でも名乗り以上にギャップを感じさせるのは、シャムの右手に握られた武器だろう。

 それは大人ひとり分はありそうなほどに大きい鉄球が付いた、鉄棍だった。

 並の人間じゃ持ち上げることも叶わない鉄の塊を、あろうことかシャムは片手でぶん回しているのだ。

 

「⋯⋯あの鉄球を振り回すたァ、どんな馬鹿力してんだよ」

「⋯⋯非常識だ。振り回すって、片手で?どういう腕力をしているんだ。滅茶苦茶だ。詐欺にでもあった気分だ」

「あれで常人以上に速く動けるんだからね。面食らう気持ちは分かるわよ。アタシも最初見たときは目を疑ったわ」

「にゃーっはっはっは!!」

 

 冗談みたいな光景だが、魔獣からすりゃ冗談じゃ済まない。

 ブンブンと襲い来る暴力の塊は受け止めることすら許さず、魔獣達は次々に黒い煙と化していた。

 魔獣達もまともに戦える相手じゃないと判断したんだろう。一匹一匹ではなく、一斉に黒い影達はシャムへと飛びかかった。

 

「一斉攻撃? ふふん、甘いね?甘いよ!飛んで火に入る夏のなんたら! 喰らえっ⋯⋯『ハリケーンストーム』!!」

 

 しかしシャムは待ってましたとばかりに瞳を輝かせ、鉄球を持ったまま身体を駒のように高速回転させる。軸は身体、遠心するのは鉄の大玉。

 瞬く間に文字通り暴力の嵐となったシャムへと、飛び掛かった夏のなんたら達がどうなるのか。もう、言うまでもなかった。

 というかね。というかね!

 

(おおぉぉ!?なんてロマン技だ⋯⋯かっけー!)

《うわぁ、ダッサい》

(えっ)

《え?》

 

 えっ。かっこよくない?ハリケーンでストームだよ?

 技名叫んで大技繰り出すとか浪漫じゃん。何いってんだコイツ、みたいな反応はよしてくれよ凶悪さん。

 

「ふ、ふふふ、どうだぁ、この大技⋯⋯!見たかぁ、クオっち!これがウチの実力だよ!⋯⋯うえっぷ」

「⋯⋯僕はいつからサハギンタイプの魔獣になったんだい?」

「⋯⋯目、回したのね。だからあんまりその技使うなって言ったのに」

 

 思わぬ方向性の違いを感じている間に、シャムは思わぬ方向を指差し、ドヤっていた。お目々をグルグルと回しながら。

 お、おう。なんだこの、凄いんだか凄くないんだか微妙なパワー系少女は。あれか。これがいわゆる脳筋か。

 

【Gieee!!】

【wol--fff!!】

【gobuuuu!!!】

「うう、フラフラすりゅう⋯⋯」

「っ、まずいぞ。あいつ、囲まれてるじゃないか!」

「はあ。もう、世話が焼けるんだから」

 

 しかも急にピンチに陥ってるし。

 なんというか、ポテンシャルは高いけど、その分、自分のポテンシャルに振り回されがちな奴なんだろう。頭を抱えるシュラを見れば、良くも悪くもシャムがどういう娘なのかは伝わった。

 とはいえ呆れてる場合じゃない。酔って顔を青くしてるシャムの為に、俺達も急ぎ助けに向かおうとしたんだが。

 それより速く、詠うようなソプラノが響いた。

 

「『はやく、はやく、お帰りなさい』」

 

 ソプラノは背後から。

 振り返れば、いつの間にか白いシルクのエプロンをかけたリャムが、竹箒で地に陣を描きつつ呪文を唱えていた。

 

「『貴方の家に。私の胸に』──『シルキーの献身』」

「⋯⋯およ?」

 

 その詠唱が完成した途端、シャムの身体が一瞬ピタッと止まったと思えば。

 次の瞬間。

 

「のわぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 見えない手に引っ張られるように、シャムは宙を飛んでいた。しかもギューンって擬音が出そうなくらいに高速で。

 

「ぶぺっ!?」

 

 そして最前線から最後方へ。リャムが竹箒で描いた魔法陣へと、シャムはぼてっと落とされた。

 

「あたたたた。あ、ウチ助かった?助かった!ありがとーリャム!」

「もう⋯⋯あんまり無茶しちゃ駄目だよ、姉さん」

「めんごめんご!」

(今のって⋯⋯リャムの魔術か?)

《へえ。"黄色の中級魔術"だね。あれで姉ちゃんを引き寄せたんだ。やるじゃん妹ちゃん!》

 

 リャムが唱えた『シルキーの献身』。

 凶悪の注釈を交えれば、あの竹箒で描いた陣が触媒ってことなんだろう。

 そうか、リャムは黄色の魔術師なのか。そんでもってあの咄嗟の判断力。姉は姉で目を見張るほどの前衛能力持ちと来てる。

 

 ふーん。ほーん。なるほど。

 

(⋯⋯やっべえ)

 

 拝啓、女神様へ。どうもお久しぶりです主人公です。

 新たな味方が有能過ぎて、俺の出る幕が無くなるピンチかもしれません。

 

 どうしよ?

 どうしよ!

 

 

 

 

.



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074 リャム・ネシャーナの実力

「姉さん。怪我が無くて良かった。でも無茶はほどほどにね」

「うーん、おっかしいなぁ。あそこでバチッと決めるはずだったのになぁ」

「⋯⋯なるほど。リャムの方は黄色魔術の使い手か。触媒の陣を描くスピードも早いし、やはり彼女は優秀な魔術師みたいだね」

「出番取られそうで焦ってんじゃねえだろうな、クオリオ?」

「まさか。君の方こそシャムにお株を奪われたんじゃないかい?」

「言ってやがれよ」(なぜバレたし)

《バレてないバレてない》

 

 軽口叩いたらクオリオに核心つかれてドキッとした。

 けど大丈夫こんくらいじゃ俺の存在感は消えないからセーフ。

 とはいえこのまま観戦に徹する訳にもいかん。色んな意味で。

 つー訳でこっからだよこっから。

 

「ハッ、使えンなら文句ねえ。オラ猫姉妹、魔獣共を蹴散らすぞ!援護しやがれ!」

「は、はい!」

「あいあい⋯⋯ってなんで仕切ってんだよー!」

「俺がヒイロだからだ!」

「なにをー!」

 

 ネシャーナ姉妹の活躍に負けてられるか。

 とはいえ仲間の活躍に立場危うくなって立ち止まるなど、ヒーローの風上におけない。

 自分の価値は己の背中で示すべく、凶悪を担いで最前線へと突っ込む俺であった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「だらァァ!!」

【gobuuuu!!】

 

 新規キャラの登場に危機感を覚える俺だったけど、武術の冴えはすこぶる良かった。

 これもクオリオとの鍛錬の賜物ってやつか。地味な特訓の成果を実感する瞬間は、やっぱり気持ちが良いもんだ。魔獣の断末魔響いてるけど。

 

「ほうほうほーう。思ったよりやるじゃんヒイロン!」

「あァ?ヒイロンだァ?」

「いい呼び名っしょ?ウチのことはシャムちーとかでいいよん?ヒイロン!」

「ケッ。お断りだ、猫娘」

 

 俺の猛進っぷりに感心したんだろう。鉄球をぶん回しながら、シャムがにこやかに笑いかけて来た。

 仲良くはしたいけどヒイロンはなー。ヒロインみたいでちょっと。

 

【geeeeiiiii!!!!】

「!」

 

 戦闘中に考え事はご法度だ。それ見たことかとばかりに、忍び寄っていた魚人(サハギン)の魔獣が鉾を手に襲ってくる。

 

「『芽吹け、芽吹け、遥かへ伸びろ』──『ノームの鼻』」

【gi!?】

 

 だがその鉾は俺に届く前に、足元の大地から槍見たく隆起した縦長石に持ち手ごと穿たれていた。

 

「こいつは⋯⋯リャムの黄色魔術か」

「す、すみませんヒイロさん!咄嗟に唱えちゃって⋯⋯巻き込んだりしてないですか?」

「あァ?見ての通り無傷だ」

「そ、そですか。良かったです」

 

 予想違わず、黄色の下級魔術で俺を助けたのはリャムだった。

 しかし巻き込んだかも、と思ってペコペコと頭を下げる辺り、もしかしてこういう集団戦は経験がないかも知れない。

  

「『叩け、叩け、雷鼓の芯。咲けや咲けよや、緑の雷花』──『ハオカーの招雷』!」

「あァ?⋯⋯ッ、どわァァ!?」

【woloff!?】

 

 遠慮しがちなリャムについて思いを馳せていれば、どこからか響いたフィンガースナップと共に、緑色の稲妻が落ちた。俺ではなく、狼の魔獣に。

 無論、自然に起きたものじゃない。空は快晴。つまり今の晴天の霹靂も魔術によるものだって事になる。

 そして緑色といえば、犯人は言うまでもなかった。

 

「そう憂うことはないよ。アイツは馬鹿みたいに頑丈な奴だから、巻き添えくらっても平気さ」

「い、いやいや、さすがにそれは⋯⋯」

「テメェ、クオリオ!声ぐらいかけやがれ!」

「闘いの最中によそ見をする君が悪い」

 

 よそ見は確かにそうだけどさ。リャムが思い切りよく戦えるようにって気遣いだろうけど、それなら俺にも優しくせんかい。

 さらっと新魔術お披露目してからに。くそう。

 

「むう、緑の中級魔術。クオっちもなかなかやるじゃん⋯⋯」

「ハッ。口だけ達者じゃ俺の師匠は務まらねぇよ」

「なにをー!言っとくけど、ウチらの本当の実力はもっと凄いんだから!」

「⋯⋯ンだと?」

 

 で、また予想外のとこに火がついてるし。

 

「リャムー!アレやろうよ、アレ!」

「え!で、でも姉さん。みんなが⋯⋯」

「いーからいーから!」

 

 なんだ。いかにもとっておきをやりますよって風采だけど。

 姉の要求に渋るリャムだったけど、諦めたような溜め息を挟むと、意を決したようにサハギン達が群れる川の側へと歩み寄る。

 

「『凍れ、凍れ、白銀に。ゆるれり凍れ、刹那に留まれ』」

「なっ!?その呪文は⋯⋯!」

(⋯⋯、⋯⋯え?)

《⋯⋯⋯⋯へえ》

 

 触媒なのだろう。詠唱すると同時に取り出した青い色紙に、リャムがそっと口付ける。

 あれがどういう魔術なのかは知らない。リャムの詠唱が紡ぎ終わった時、何が起こるのかも俺には分からない。

 けれど多分、俺とクオリオの驚嘆は同じだった。

 何故なら、リャムが掻き集めている魔素の色が⋯⋯【黄】ではなく【青】だったからだ。

 

「行くよ、姉さん──『ウェンディゴの囁き』」

 

 そして、リャムが青色紙を川に浸すと⋯⋯触れた端から瞬く間に、川の水面の一部が凍り付き。

 

「任せーい!!とりゃああああ!!」

 

 妹が作り出した刹那の氷獄へと、姉は大きく跳躍しながら。

 

「アイシクル、ブレェェェェイクゥゥ!!!」

 

 足が凍って身動きの取れない魔獣達へと、文字通りの鉄槌を下したのだった。

 

 

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075 魔法のランプと精霊モクモン

「まずは満足、といったところか」

 

 結論だけ言えば、レギンレイヴの初任務は圧倒的勝利でもって達成出来た。

 

「しかし、やはり連携面はまだまだであるな。特にメリファーとミズガルズ。ミズガルズは後方のカバー意識が足りておらず、メリファーは縦横無尽に動き過ぎだ。カバーする意識がなければ後方が伏兵に襲われた際に対処が遅れ、矢鱈に動けば後衛に攻撃魔術を躊躇らわせる要因となる。注意せよ」

 

 新顔のネシャーナ姉妹の活躍も大きかったし、負けじと俺やクオリオも張り切ってる内に、気付けば魔獣は掃討し終わっていたぐらいだ。

 

「良いな。メリファー。ミズガルズ」

「チッ⋯⋯あいよ」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 けれど今回の任務で一番スコアを叩き出したのは、俺達でも姉妹でもない。鬼神の如き勢いで魔獣達を葬り続けていた、アッシュ・ヴァルキュリアだった。

 

「では本日はこれにて解散とする。各々、英気を養うように」

『ハッ!』

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「うんうん、やっぱりシュラ姉はすんごいなぁ。ウチもリャムと頑張ったんだけど、シュラ姉には全然敵わないや」

「⋯⋯経験の差もあるわよ。アンタがそこを補えれば、全然なんて事はないと思うけど」

「そーかなぁー」

 

 現地集合、現地解散。無駄のない敏腕上司感溢れる隊長様の指示で、現在帰路についてる俺達である。

 ドンパチやった後には思えない美少女師弟の背を追いながら、俺は少し考え込んでいた。

 

「リャム。少しいいかい?」

「は、はい。なんでしょう」

「さっきのことだけど。君が黄色のみならず、青の魔術を使えていたのはどういうことだろう。四原色の適正属性は、一人につき一色までのはずなんだけど」

「う」

 

 どうやら俺の考え事はクオリオと同じだったみたいだ。

 そう、四原色は一人一色までが基本。いかに優秀な魔術師であっても、特異な才能でもない限り他属性に手を出すことは出来ないらしい。

 俺もそう教わってたから、流石にひっかかっていた。

 

「う。そ、そうです。おかしい、ですよね?」

「おかしい、とまでは言わないけどもだね⋯⋯」

「でも、私にも分からないです。最初から二色使えましたし、どっちかに偏ってるって事もなくて」

「⋯⋯」

 

 やっぱ適正属性が二色あるって事で間違いないのか。

 アンブロシアの林檎齧ったら断面どうなんだろ。黄色と青だから緑色?それとも別々なのかねえ。

 なんて悠長な思考も、疑いの眼差しを向けるクオリオを見て引っ込んだ。科学者気質ってやつだろうか。こいつは疑問があれば、すぐに知りたい調べたいってなりがちだ。

 そんな視線に晒されてか、リャムがフードを深く被る。クオリオに悪気はないんだろうけど、少し良くないな。

 

「おいおい嫉妬してんのかァ、クオリオくんよ」

「なっ。どうしてそうなるんだよ。普通に気になったから聞いてるだけで⋯⋯」

「ンならその目は止めとけ。ガキが恐がってんぞ」

「⋯⋯あっ。す、すまない、つい!」

「あ、いえ、慣れてますから」

 

 すんなり謝る辺り、無意識の癖だったらしい。けど、慣れてるか。やっぱり特異な才能ってやつは、周りから変な目で見られるもんなのかね。

 才能からっきしな俺からすれば羨ましいけど、人それぞれか。

 ならばここはいっちょ、重くなった空気を払拭するという主人公の才能を発揮してみようか!

 

「だが驚いたぜ。まさか川を凍らせるなんざな。ちんまい癖にテメェもやるじゃねえか」

「ふぁ!あ、あくまで一部ですし川だから青の魔素が豊富でだからあのその」

(うーん。なにもそこまで謙遜しなくたっていいのにな)

《謙遜ってより、そんな風にワシワシ撫でてるからだよね?》

(⋯⋯あ。これひょっとしてセクハラ案件か?!)

《マスターったら幼気な少女たぶらかしてー、悪いんだぁー》

 

 いやいや、悪いってさぁ。凶悪も感じろよ、この途端に和らいだ空気感を。仲間同士のギクシャクもフォロー出来てこそ主人公。これぞ俺の才能よ。

 ほらクオリオ、お前も俺に感謝の一言くらい⋯⋯あれ。

 なんかクオリオに白い目向けられてんだけど。ついでに振り返ったシュラにまで。

 げ、解せぬ。でもなんかいたたまれないし、ここは話の流れを変えよう。

 

「そういやテメェ、あのエプロンと箒はどうしたよ」

「えっ?」

「ああ。『シルキーの献身』の触媒か。そういえばいつのまにか着替えたみたいだけど⋯⋯エプロンはともかく、箒はどこにしまったんだ?」

「う、それは、そのう⋯⋯」

(え。なにこの反応。もしかして地雷だった?!)

《わー。マスター泣かせたー。やーい極悪チンピラー!》

(泣かせてないから!すこーし涙目になっただけだから!)

 

 でもなんでだ。リャムはどうしてこんなにオロオロしてんだろう。聞いちゃまずい事だったとは思えないんだけど。

 つい首を傾げてみると、リャムは考え込むように黙った。その穏やかじゃない様子に、俺達も押し黙るしかない。

 

「⋯⋯⋯⋯うん、信じて、みる」

(?)

 

 だがふと前を歩いていたシャムが、俺達の方をちらっと見た時だった。

 ぽつりと呟いたリャムが、意を決したように顔をあげる。

 ミリタリージャケットの懐をまさぐり、そして。

 

(なんだこれ。ランプか?)

「あの、驚かないでくださいね」

 

 取り出されたのは、ランプだった。

 といってもインテリアで使うようなやつじゃない。

 いわゆる"魔法のランプ"と呼ばれるのと同じデザインのそれを、リャムは一言添えると同時に擦って。

 

「モクモン、出ておいで」

 

 なにかに呼び掛けた。

 するとランプの口からモクモクと、紫色の綿飴みたいな煙が浮かび上がって。

 

〘モクモクーッ!〙

 

 喋った。

 

「あァ?」(は?)

《わぁ》

「なにっ⋯⋯!」

 

 ええ。なにこの、なに。

 紫色の煙が喋ったし。

 しかもこの煙、なんか手足っぽいのあるんだけど。

 細く黒い棒が腕で、黒棒の先にある白い丸が掌みたいな。それが四つ、手足っぽく生えてるし。なんだこれ。

 その内ひとつがフリフリと揺れてる。あ、やっぱ手だよこれ。挨拶してるよこれ。なんだこれ。

 

「ええと、紹介しますね。わたしの友達の⋯⋯モクモンです」

〘モクモック!〙

 

 ペコッと頭を下げるリャムに(なら)って、片手をビシッとやる紫のモクモク。

 

 俺は、思った。

 ファンタジーってすげえ。

 

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076 白き凶悪

〘モクモッ!〙

「も、モクモ⋯⋯」

 

 とりあえず挨拶は基本。身に染みた礼儀が反射的に片手を挙げさせる。けど頭はパニクっていた。

 モクモンって。煙じゃん。魔法のランプって魔神が出てくるのがお決まりじゃないの。煙なんですが。

 

「モクモン、箒を出して」

〘モクー!〙

「!」

 

 困惑する俺をよそに、リャムにお願いされたモクモンがランプの蓋に手を突っ込む。そしてポンッと軽快に音を立てて、掴み取ったのは、あの時の竹箒だった。

 

「ランプから取り出しやがった⋯⋯」

「あ、はい。このランプはモクモンの住処なんですけど、中が広いらしくて。色んなものを仕舞っておけるから便利なんです」

「た、確かに、魔術の種類同様、触媒も多岐に渡る。いちいち持ち歩くのも不便なのは分かるけど⋯⋯」

 

 白エプロンもそっから収納したって事か。つまり俺の当初の疑問も晴れた訳である。でもそれ以上の摩訶不思議が出てるんですがそれは。

 

「ひょっとして、このモクモンというのは『白魔獣』なのか?」

「⋯⋯はい、そうです」

「あァ?『白魔獣』だ?」

「⋯⋯うん。まさかと思うが、知らないなんてことは⋯⋯」

「そのまさかに決まってんだろ」

「⋯⋯⋯⋯胸を張れることじゃないよ、ヒイロ」

 

 知ってるのか、クオリオ。といいたいのに知ってて当然みたいな反応は辛い。でもしょうがないだろ、ここんとこ俺の知識は魔術やバッドステータス理解に割かれてたんだから。

 俺の脳内メモリ容量の低さを舐めるなよ。

 うん。やっぱ辛い。自分の馬鹿さが一層辛い。

 

「──ねえ」

「あァ?⋯⋯ッ」

 

 けど。

 肩越しに囁かれたシュラの低い呟きが、自虐してる場合じゃないと肌を(あわ)立たせた。

 

「しゅ、シュラ姉⋯⋯?」

「魔獣じゃない、ソイツ。なんで魔獣が此処に居るのよ」

「おいシュラ待て、待ちやがれ!」

「⋯⋯ヒイロ。そこ、どいてよ」

「なら剣の柄から手ェ離せ。どくならそれからだ」

「ちょ、ちょっと待てシュラ!ヒイロも!急にどうしたんだっ!」

「え、あ、あの、シュラさん⋯⋯?」

〘モ、モク⋯⋯?〙

 

 まずい。そう思って咄嗟にシュラの前に立ち塞がれば、案の定だった。シュラの紅い瞳が、憎々しげにモクモンへと向けられている。魔獣を睨み付ける時と、同じように。

 モクモンも姉妹も、クオリオも突然のシュラの行動に戸惑っていた。けどそれも仕方ない。多分シュラが魔獣を憎んでるって事を知ってるのは、この中じゃ俺しかいないんだ。

 

「落ち着きやがれ」

「アタシは落ち着いてるわ」

「ならどうするつもりだった」

「⋯⋯決まってるじゃない。魔獣なら、斬るだけよ」

「ソイツは白魔獣ってんだろ?良く分かんねえが、テメェの憎む魔獣とは違うんじゃねえのか」

「⋯⋯ッ!」

 

 白魔獣どころか、そもそも俺は魔獣ってものが一体なんなのかも良く分かってない。精々ヒトを襲う、人類の天敵って事くらいだ。

 けどリャムに庇われて震えてるモクモンってのが、いわゆる俺が戦ってきた魔獣とは同じには見えない。クオリオだって警戒もしてなかったし、なにかを害する存在じゃあないんだろう。

 

「──ッッ。関係ないわよそんなの!魔獣は魔獣、白も黒も無ければ、つける気もないっ!魔獣って名前の灰色なら、討たなきゃいけないのよっ、アタシは!」

「テメェ⋯⋯」

「そうじゃなきゃ、アタシは⋯⋯だから、どいてよぉっ!」

 

 しかしシュラは違った。

 もはや悲鳴に近い絶叫をあげながら、悲壮感に顔を崩して、剣を振る。

 軌道は腕にめがけて。がむしゃらながら、そこに殺意もなければ普段の冴えもない。ただの威嚇に過ぎない事は、俺にでも察せた。

 

「⋯⋯チィッ、凶悪ッ!!!」

《んふ。はーい、モードオフっと》

 

 だからこそ黙って斬られちゃいけない。確実にアイツの(きず)になっちまう。

 呼び掛けた名に応えて指輪から鉄パイプへと姿を変えた凶悪で、俺はシュラの剣を受け止めた。

 でも、それが失敗だったと知るには、俺はあまりに無知だった。

 

「────アンタ、いまの。その、武器。まさかっ」

「っ。やっぱりか」

「⋯⋯あァ?これがどうかしたのかよ」

 

 シュラの動きは止まった。

 けれどその紅い目は、俺の手の凶悪を前に、グワンと揺れて。

 まるで手痛い裏切りを貰ったかの様なシュラの反応に、クオリオの息を飲む台詞さえ妙に遠く思えて。

 

「⋯⋯なんでよ。なんでアンタまで⋯⋯

 『白魔獣』を持ってるのよ⋯⋯ッ!!」

「⋯⋯⋯⋯は?」(⋯⋯⋯⋯は?)

 

 

 

《────んふ。んふふっ。あはははっ!

 あーあ、バレちゃったねー⋯⋯マ・ス・タ・ァ!!》 

 

 シュラの言葉に真っ白になった俺の思考を、凶悪の愉しげな声が埋め尽くした。

 

 

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077 魔獣と加欠、白と黒

「そう、か。さっきの闘いぶりからして感じ取れてはいたけど、シュラは魔獣を強く憎んでいたんだね」

「⋯⋯あァ」

 

 歯痒い思いってのはまさにこのことか。

 あの後、シュラは去ってしまった。制止する声にも耳を貸さずに。けどその目には憎しみも拒絶も浮かんじゃいなかった。

 あいつの去り際。まるで突き放されたかの様な怯えた横顔が、目に焼き付いて離れない。

 

「その、ごめんなさい。私が余計なことをしなければ」

〘モクゥ⋯⋯〙

「なんでテメェらが謝んだよ。聞いたのは俺だろ」

 

 責任を感じてるのか、しょぼくれる一人と一煙。当然リャム達に責任なんて無い。シュラを心配して追いかけていったシャムにも。

 

「けど迂闊だったな。黒魔術について教える時に、確認しておくべきだった。白魔獣という存在は非常に希少とはいえ充分認知されているし、知っているものだと決めつけていた。僕としたことが⋯⋯」

「テメェのミスじゃねぇ。どこかしらから湧いて来る天敵、程度にしか思ってなかった俺のミスだ」

 

 結局は、俺のやらかしなんだよなぁ。

 単純に白魔獣って存在を知らなかったのもそうだし、凶悪についても主人公強化イベントの恩恵って所で思考を止めてたのが良くない。でも、まさかなぁ。

 

(まさか凶悪が白魔獣ってやつとはなぁ⋯⋯)

《いやーびっくりだよねー》

(他人事みたいに言うなよ。なんで教えてくれなかったし)

《えー。だって、ミステリアスさは良い女の子の秘訣でしょ?》

(こんにゃろうめ⋯⋯)

 

 なーにが良い女の子の秘訣か。鉄パイプの癖に。

 こいつめ、絶対確信犯で黙ってたろ。

 

「⋯⋯ん。それなら、改めて教えておくべきかな。白魔獣と、魔獣の生誕の仕組みについても」

「!」

 

 シュラは放っておけない。しかしなにも分かってない俺が、今のまま言葉を交わしたって響きはしないだろう。

 まずは知ることが先だ。そういう意味でも、クオリオの申し出は非常にありがたかった。

 

「大多数の認知上では、白魔獣とは人間に害意を持たない"魔獣"と定義されてる」

「害意?」

「ああ。例としてあげるなら、かつてこの国の初代皇帝を導いたと云われてる、四枚羽根鴉の『ギムニフ』。国旗のモチーフにもなってように、人に利益を齎す魔獣⋯⋯」

「それが『白魔獣』だってのか」

 

 魔獣にも色んな種族が居るのは知ってたけど、そもそも大元の分類が二つあったとは。今は指輪モードの凶悪をじいっと見つめる。

 

(⋯⋯利益ねえ)

《んー?なにかな、その疑ってる感じぃ。ボクはちゃーんとマスターに協力してるよねえ?》

(でもお前さん、害意チラチラ見切れてんじゃん?)

《あは。そりゃあ、ただ人のお役に立ちますぅなんてボクの柄じゃないし》

 

 と、いつもの凶悪節である。こいつには助けられているけども、なにかと悪い方へと(そそのか)そうとするし。本当に白魔獣なのかさえ疑わしいもんだ。

 

「そして、白魔獣は特殊能力を持っている事が多い。例えばリャムのモクモンならば魔法のランプへの収納。君のその鉄塊はさしずめ、魔術の増幅といった所じゃないか?」

「⋯⋯良く分かったな」

「誰が君の魔術を指南してると思っている。いつぞやにシュラを追って旧校舎に向かう時。ヘルスコル(俊敏性強化)を行使した君の速度は、明らかに普段の君では出し得ないものだったからな」

「ハッ。あん時から見抜いてやがったか」

 

 うへえ。まさかクオリオにバレていたとは。いやよく考えれば当たり前か。俺の白魔術は、凶悪のおかげで滅茶苦茶効果上がってんだもんな。バレない方がおかしい。

 てことは、クオリオは気付いた上で静観してたって事だろう。ひょっとしたら話してくれるの待ちだったのかも知れない。

 少し咎めるような眼鏡越しの瞳が、俺の罪悪感をグサグサと刺していた。

 

「さて。ここまで一般的な白魔獣の定義を説明した訳だけど⋯⋯正直、"この定義は疑うべき"だと僕は思う」

「あァ?どういうことだそりゃ」

「言葉の通りさ。何故なら過去に、白魔獣と見なされていたものが人に害を為したケースもいくつか報告されているんだ」

「マジかよ」

「はい、本当ですよ。私の居たラーズグリーズの部隊も、そういった白魔獣を確保し、害を発生させないように封印して保管したりしてますし」

「うん。だから僕は、"害する時も、利する時もある存在"という認識が正しいと思う。人類の味方などと安易に捉えるのは危険だ」

「⋯⋯なるほどな」

《あっ、なにさ!すんごく納得した風に!》

(だってしっくりきたんだもの。便利だけど厄介でもある感じがまさにじゃん)

《むー。違うとは言わないけど、面倒くさいヤツみたいに言われてる気がして嫌!》

 

 あんだけ俺の脳内で食わせ者ムーブしといて、よく言うよ全く。でもクオリオの忠告は、凶悪の所持者である身としては腑に落ちるものだった。

 強い力を行使するには、相応の代償が必要、みたいな感じだし。

 

「以上を踏まえた上で、魔獣の生誕について君に説明する訳だけど⋯⋯どうしたものかな」

「あァ?んだよ、奥歯に衣着せた言い方しやがって。らしくねえ」

「普段はデリカシーないみたいに言うな!⋯⋯ったく。先に言っておくぞ。今から君に話すのは、近年になって持ち上がった、ある仮説に過ぎない。僕は支持しているけど、あくまで仮説だということを念頭に置いていてくれ」

「お、おう」

 

 よっぽどとんでもない内容なのか、念を押すクオリオの迫力に頷かざるを得ない。というかリャムまでこっそりコクコク頷いてるし。

 教鞭振るうモードのクオリオは、少し雰囲気変わるよなぁ。

 

 

「君は魔獣が死ぬ際に、身体が"黒い煙"と化す事に気付いているかい?」

「⋯⋯そういやそうだな。あんま気にした事なかったが」

「実は、あれこそが魔獣が発生する元凶なんじゃないかって言われてるんだ。現にあの煙には【加欠(かげ)】という呼称がついているからね」

「カゲ、ねェ⋯⋯」

 

 魔獣を倒した時に出る黒い煙。あれに名前までついてたのか。

 にしても加欠(カゲ)と来たか。どうも穏やかじゃない響きだな、程度に感じた俺だったが。

「では、この加欠の正体とは何なのか。魔獣を構成する魔素。魔獣の断末魔。神に裁かれた証。討ったものへの呪い。

 様々な説が存在するけれど、僕が支持する仮説では⋯⋯こう云われている」

 

 その感触は正しく。

 けれども想像以上に不穏だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「加欠とは魔獣の生まれる源であり。

 加欠とは即ち──"未練"だ」

 

 

.



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078 在りし日の影、成れの果て

「未練、だと⋯⋯」

「ああ」

 

 重々しく告げられた内容に、体温が下がる自覚があった。

 

「未練とは、ようは意志を持つ生き物ならば持ち得て自然な感情だ。当然色んな種類がある。その中でも憎悪、怨讐、憤懣(ふんまん)、犯意。強く激しい未練が黒き加欠を。心残りや寂寞、憂鬱や憂慮みたいな比較的穏やかな未練が、白き加欠となると言われているんだ」

「黒き加欠と白き加欠、ですか」

「加欠は魔獣が生まれる基っつったよな。そりゃあつまり⋯⋯」

「ああ。魔獣とは、加欠が生物や物質に宿ることによって産まれる生命体、というのが僕の支持する仮説の結論だ。そういう意味じゃ、魔獣とは人や生物が残した未練の、成れの果てなのかもしれない」

 

 魔獣。人類の天敵。今までそうとしか知らなかったモノの正体が未練。仮説だとクオリオはいうけれど、俺の中でしっくりと来るものがあった。

 なぜなら、あの歌う魔獣が思い浮かんだからだ。

 あいつがどうして子供を狙ったのか、幼子の骸骨を撫でていたのか。結局分からず終いだったけど、あれこそが基となった未練なのかもしれない。

 

(未練⋯⋯か。凶悪にも、そういうのがあるってことだよな)

《んー、さあどうでしょー。ボクはただボクのやりたいことやってるだけだし、未練だのなんだのは分かんないや。だから安っぽい同情とか止めてよね?》

(そんなんじゃない。ただ⋯⋯)

《ただ?》

("似たようなもんって思ってさ。俺も、お前も")

《⋯⋯ふーん。よくわかんないけど、マスターみたいなお馬鹿さんと一緒くたはちょっとねー》

(⋯⋯ひどい)

《当然の主張でーす》

 

 同情とかじゃない。けど共感があった。

 俺が死んだのは女神様のミスだった訳だけど、もしそうじゃなかったら。俺はきっと強い未練を抱いていただろう。

 その成れの果てが、白なのか黒なのか。

 

(俺だったら⋯⋯)

 

 ふと見上げる青い空。

 少ないながらも浮かぶ雲に、薄暗いものが混ざっていた。

 

「────あの、ヒイロさん」

 

 けど、そんな俺の袖を引いたのはリャムだった。

 白い肌に映える桜色の前髪が、緩い風に吹かれて揺れる。

 

「シュラさんのところに行ってあげてください」

「俺が、か」

「はい。ヒイロさんじゃなきゃ駄目だと思います」

「テメェのツレに因縁つけられたってのに、あいつに気遣うのか?」

「ほんとは、ちょっと恐かったです。でも、シュラさん⋯⋯怒っていたというより、傷付いてたような気がして。ですから、その⋯⋯ヒイロさんが行ってあげた方がいいんじゃないかな」

 

 恐る恐ると。でも意志はしっかり瞳に染めて。

 あんな風にシュラに詰められても気を配る辺り、見下ろすほどの背の少女は、俺が思う以上に大人だってことなんだろう。

 それに、俺が行かなきゃいけないってのも分かる。

 去り際のアイツの表情。ああさせてしまったのが誰なのか、分からないほど馬鹿じゃないさ。

 

「そうかよ。まァ、テメェに言われるまでもねえさ」

「⋯⋯はいっ。シュラさんは今、欧都の西外れの高台に居るそうですから」

「あァ?なんでテメェがシュラの場所を」

「ぁ⋯⋯か、勘です!わたし、すんごく勘がいいんです!はい!」

「お、おう」

「⋯⋯ふむ。こういうところは姉譲りなのかな」

「へ?」

〘モク、モク〙

 

 一見繊細そうに見えて、すごく強引な力業で誤魔化そうとする辺り姉妹だよな。クオリオも同意らしい。モクモンに至ってはうんうんって頷いてるし。

 けどまあ、細かいことはいいか。

 手間が省けたんなら何より。今はそれでいい。

 馬鹿な俺はいつだって、他のことに気を割く余裕なんてないから。ただ今は、アイツの顔を思い浮かべて。

 

「跳ねっ返りの尻、叩いてくる。ザクッと斬られたら笑ってくれや」

「大丈夫ですっ。ヒイロさんは無敵ですから!」

「薬なら用意しといてやるさ。すごく染みるタイプのね」

「おうクオリオは後で覚えてやがれな」

 

 少しずれた激励を受けたことだし、行くとしようか。

 へそ曲げちまった、俺のライバルの所にさ。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 欧都アスガルダムの西外れの高台は、平地に比べて風が強い。

 渇いた風が髪に度々絡むが、シュラはなされるがままだった。

 どうしてかそんな気力が湧かず、抜け殻のように高台の椅子に座って、街並みを見下ろし続けていた。

 

「⋯⋯」

 

 シュラにとって、欧都は好きな場所ではなかった。むしろ嫌いな場所と言えたのかも知れない。

 ある男に敗北したことを皮切りに始まった騎士を目指す日々。

 けれど日が沈み、また昇るたびに騎士というものに失望を覚えてばかりだった。それでも此処に残り続けたのは、彼女の小さなプライドが自棄を起こしていたからかもしれない。

 

「⋯⋯」

 

 けれどもここ最近で変化があった。()せて見えた灰色の街並みに、鮮やかさを感じていた。

 朝の月の綺麗さに気づけるくらいのくたびれた余裕が、いつの間にかシュラにはあったのだ。立ち止まる事を赦されない人生だったはずなのに。

 有害な優しさが、修羅なる少女の世界を気付いた時には染めていて。

 

「⋯⋯なんでこんなに、辛いのよ」

 

 だから、あんな思いさえ初めてだった。

 ヒイロの手に握られたものがなんであるかを理解した途端に、形容しきれない感情が湧き上がって。

 気付いた時には逃げ出していた。

 耳を塞ぐように。目を閉じるように。

 心配してくれているシャムの手すら、強く払った。

 ついてくるなと手酷く拒絶し、置いていった。

 今は誰にも会いたくなかった。この身を苛む感情に、火がついてしまうのが何よりも恐かったから。

 

「⋯⋯あの指輪。きっと、あの教会で拾ったのよね」

 

 思い出すのは、彼に救われたあの村での出来事。満身創痍となったヒイロの指に収まっていた、見覚えのない指輪。恐らくあの指輪が白魔獣であり、今やヒイロの矛となっているのだとしたら。

 あの力があったからこそ、バンシーとの闘いを切り抜けられたのだとしたら。

 

「魔獣は、魔獣。それでいい。いいはずなのに⋯⋯っ」

 

 シュラにとって魔獣は魔獣。仇は仇だ。人に利するならば白なんて判定を、彼女は持ち合わせていない。

 だからこそ自分を救ったのもまた、白魔獣の力であることに嫌悪感を覚えてもいた。

 けれどそれ以上に思うのだ。

 アタシを救ったのは、アイツであってほしい。

 背負ってくれたのも。導いてくれてるのも。アタシの世界を変えてくれたのも。

 アイツが良い。アイツじゃなきゃ、イヤ。

 

 でも拒んだ。だから拒んだ。逃げて、逃げて。

 今は独りで、居たくもないのに此処に居る。

 辛かった。あんな風に拒絶して、この先をどうしていいかも分からない。また塞ぎ込んだ世界に戻らなきゃ駄目なのかと思うと、肌が寒くて心が泣く。

 

 エシュラリーゼ・ミズガルズ。

 

 光を知った今だからこそ、背負うべき修羅の定めに怯えていた。膝を抱えて顔を埋める子供のように、シュラは閉じ籠もるしかなかった。

 

 

 

 けれど。

 

「ハッ、黄昏れるにはまだ陽が昇ったまんまだろうがよ」

「⋯⋯え」

 

 有害な優しさは、閉じた世界であろうとも。

 隙間を見つけて(すべ)り込み、臆病者を(かじ)るのだ。 

 

「よう。探したぜ」

 

 

.



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079 死が二人を別つまで

 

 降ってきた声に、シュラは振り向く事はしなかった。

 風に好き放題乱された髪を手で抑えながら、少しだけ背を縮こめる。そこに彼女の美貌に基づいた色っぽさはなく、叱られる事を怖がる子供のような無垢さがあった。

 

「なんで来たのよ。今、アンタの顔なんて見たくないの」

「知るか。なんで俺がテメェのわがままなんぞ聞いてやらなきゃならねえんだ」

「こういう時くらい放っておいてよ」

「二度言ってやる。テメェのわがままなんぞ知るか」

 

 どこまでも勝手なヤツだ。

 目を合わせようともしない女に、了解さえ得ないで隣にのしっと座る。走って来たのだろう。少しだけ香る汗の匂いに、シュラはキュッと片膝を抱えた。

 

「魔獣が憎いか」

「っ。そう見える?」

「そうにしか見えねえな」

「だったらアンタの目は正常よ。そうね、憎いなんてもんじゃないわ。アタシは滅ぼしたいのよ。魔獣と名の付くものは全て」

「全て、か」

「ええ」

 

 クッションを挟まない本題の切り出し方は、本音しか許されない。だからシュラも臆さずに切り出せた。

 魔獣は全て滅ぼしたい。黒も白もなく、全部。彼の指に収まった、彼の力でさえ。

 重々しい誓い。けど音にすれば軽かった。軽はずみに過ぎた。

 シュラは、気づかれないように後悔をする。

 今の本音は敵対の意思とも取られかねない。

 大きな亀裂が生まれるかもしれない。

 自分だけの灰色の世界の足音が聞こえて、たまらずに片膝を強く抱き締めた。

 

「魔獣ってのは、人間の未練が元になってるんだろ?」

「⋯⋯!」

「知りはしなかったが、心当たりはあったってところか。まァ、俺もさっきクオリオに教えて貰った仮説だがな」

 

 魔獣は、ヒトの未練から生まれる。

 多くの魔獣を葬ってきたシュラとて知らなかった話。けども考えなかった訳ではなかった。

 魔獣狩りとして生きていた頃、大量発生する地にはなにかと災害や紛争の痕跡があった。多くの人の死に、呼応するように奴らはやって来ている。

 そんな魔獣の在り方に嫌悪感を覚えつつも、引っ掛かってはいたのだ。

 

「っ。だからなんだっていうのよ。魔獣を討つことは、人を討つことと変わらないって言いたいわけ?!」

「馬鹿言えよ。魔獣殺しは人殺しなんて理屈は、テメェ自身の考え方次第だろうが。俺に糾弾するつもりもねえし、資格もねえよ」

「だったら、なにが言いたいのよ!」

 

 復讐をやめろと諭す訳でもない。

 魔獣は人の想念が元だから殺すなと、安易な正義感を振りかざす訳でもない。

 ヒイロの意図が分からなくて、シュラは顔をあげた。

 泣き出しそうな幼子の様な目で、はじめて隣を見つめた。

 するとヒイロの薄い翡翠色の瞳が、優しくスッと細くなり。

 

「俺が死んだら、並外れた未練が残る」

「⋯⋯え」

 

 静かに告げた。

 己が通りかねない末路を。

 

「俺は夢を掴み取ると誓った。この国一番の騎士になると。俺自身に。テメェにも言ったな。そんな俺が道半ばで折れるような事があったなら、まず間違いなく魔獣になるだろうよ」

「⋯⋯それは」

「しかもだ。並じゃねえ。なんせ俺が基だ。それこそ世界がプチッと滅びかねねーほどに、やべえ魔獣になんのは決定事項だろうよ」

 

 もし仮に未練の大きさで、魔獣の強さが決まるなら。

 きっとヒイロは未曾有の怪物となるだろう。

 彼の想念をシュラは知っている。見ている。感じている。浴びている。

 

「だから。いいか、アッシュ・ヴァルキュリア。

 ──その時は、テメェが俺を斬れ」

 

 だからこそ、彼の言う末路は想像に難くなくて。

 

「そんかわり、テメェの人生を他の小物なんぞに捧げるような生き方すんな。あの煙も、この凶悪も、俺に比べりゃ目くじら立てるまでもねえだろ」

「⋯⋯⋯⋯」

「テメェは俺だけ見てりゃ良いんだよ」

 

 もしそうなったら。

 唯我独尊たる怪物相手じゃ生半可ではいられない。

 きっと他の一切に気を取られていては、(かな)わないのだ。

 託された介錯の役目は、ヒイロだけを見なくては(さな)わないのだ。

 シュラにとってはあまりに残酷で、優しい──凶悪に過ぎる、白い脅迫。

 けれど。 

 

「⋯⋯⋯⋯、────は」

 

 正義などよりも、よほど身勝手な押し付けに。

 シュラは疲れたように口角を上げた。

 

「馬鹿、じゃないの」

 

 ああ。そうだった。

 忘れてはいない。でも改めて突き付けられた。

 こいつはこういうやつなんだって。

 

「アンタを斬れって。なにそれ。死んだ後までアタシに面倒見させる気? ほんっと、最低。馬鹿」

「うるせえ。死んだ後までってなんだ。テメェにンな世話かけた覚えはねえぞ」

「かけてるわよ。ぐちゃぐちゃよ。アタシの人生、また狂ってきてんのよ⋯⋯アンタのせいで」

「あァ?」

 

 かつて閉じ籠もった修羅なる世界を、知ったことかと壊すのがヒイロ・メリファーという男だった。

 こういう風に。自分だけの理屈を押し通して、自分の命を差し出して、納得しろと言ってくる。

 

「簡単に復讐を捨てられる訳ないじゃない」

「捨てろなんざ言ってねえ。俺だけ見てろって言ってんだ」

「アンタは魔獣じゃなくて人間でしょう」

「今は、ってだけだ。未来は分からねえだろ」

「⋯⋯どうなるかも分からない未来の為に、今の憎しみ全部注げっていうの?」

「おうよ。そうでもしなきゃ、魔獣と化した俺様には勝てねえぜ?それとも逃げるか、アッシュ・ヴァルキュリア!」

「⋯⋯⋯⋯はぁ。ほんっと意味分からない。滅茶苦茶よ。アンタはもう、いつだって、荒唐無稽で自分勝手で⋯⋯」

 

 憎しみを簡単に捨てられるはずもない。

 捨てろとも、彼は言ってない。

 ただ自分を見ていろと、無理矢理な結論だけに押し込もうとする。

 

「⋯⋯⋯⋯もう、分かったから。アンタだけ、見てればいいんでしょ?」

 

 あまりに強引で、あまりに身勝手で。

 一方的で、損にしかならない誓いを求める理不尽な男。

 でも、本音を言うならば。

 それを望んでいた自分が居た。

 奥にまで届くくらいの彼の言葉を、卑しくも期待していたのかも知れない。

 だから。

 シュラはヒイロの提案を、断らなかった。

 

「──誓うわ」

 

 見上げながら、少女は告げる。

 大切な人達を譲った空。

 昇る黒煙はそこになく、ただ澄み渡るのは群青ばかり。

 

「アンタが堕ちたら、アタシが斬る。

 でもね、ヒイロ。もしそうなったら⋯⋯一生怨むから」

 

 捧げたのは、いつかの誓いと似て非なるもの。

 いずれ、死が二人を別つまで。

 けれど、どうか果たされないでと。

 無垢に願う灰色が、儚げに微笑んだ。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「うーん、内容は全然聞こえないけど、成功したっぽいね。まさかあのシュラ姉を励ませるなんて⋯⋯やるじゃんヒイロン!」

「ば、馬鹿。あまり大きな声を出すなよ、聞こえたらどうするっ」

「聞こえたら?うーん、多分三枚に下ろされるんじゃないかな?シュラ姉、怒るとちょー怖いし」

「姉さん、ニコニコしながら言うことじゃないと思う⋯⋯」

「全くだ」

「ん。ともかーく!これでレギンレイヴ即解散ってならなくて済んだね!めでたしめでたしっ」

「気楽だな。僕はこれから気苦労しそうでならないよ」

「っさけないなぁクオっちは。だから眼鏡なんだよ」

「眼鏡関係ないだろ!」

「えー?関係ない?いや関係ある!」

「断言するなっ!君という奴は⋯⋯いいだろう、演習場に来い。いい加減その減らず口を黙らせてやる!」

「ほほーん、ヒョロ眼鏡くんがウチを相手によく言った!ぼこぼこのシャムシャムにしてやんよ!」

「ちょ、ちょっと、どうしてこっちで喧嘩してるんですか⋯⋯って、あぁ⋯⋯行っちゃった⋯⋯はぁ」

 

 

 

「でも、そっか⋯⋯ヒイロさんはやっぱり、誰かの為に頑張れるひとなんですね」

「⋯⋯もっと、お話とか、してみたいなぁ⋯⋯」

 

 

 



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080 リャム、強引に迫られる

 前途多難っぽい感じだったけど、とりあえずシュラの説得には成功したと言っても良かった。

 あの後、若干複雑そうながらもリャムに詫びてたし。リャムもシャムもなんらかの事情があるんだと察して、シュラの謝罪を受け入れてたし。

 うん、正直納得してくれるかは賭けだったけど、流石は主人公の説得だ。言葉に押し切れるだけのパワーがある。万事解決万々歳ってね。

 それからもレギンレイヴで何度か任務をこなしたけど、禍根も残ってないみたいだし。連携の粗さは度々シドウ隊長に指摘されてるけども。

 

「295⋯⋯296⋯⋯!」

 

 そんな忙しい日々の中で、ようやっと貰えた休暇が今日である。

 騎士職も労働。お役目仕事。ようは人間だ、休みがなくっちゃ務まらない。

 趣味に没頭するなり外に出るなり遊ぶなり、気分転換は大事だろう。

 

「300⋯⋯!」

 

 つまりこうして寮近くの空き地に寝転がってる俺もまた、休日を満喫している訳である。

 うーん、やはり筋トレは良いね。いつもの量を更に増やして内容もよりハードに、なメニューをこなせた充実感は素晴らしいものがある。

 

(休日の筋トレ、充実するぜい⋯⋯)

《ボク、これっぽっちも共感出来ないや。休日もなにもいつもと変わんないじゃん)

(分かってないなぁ凶悪さんや。いつもは普通の腕立て伏せ二百。今日は回数三百に、プラス片腕立て伏せって内容もバージョンアップしててだな)

《あーはいはい。マスターの脳味噌が筋肉ってのはよーく分かったってば》

 

 やはり鉄パイプには伝わらないのか。いつもの自分を越えたって実感が、筋肉の躍動から得られる気持ち良さ。いいもんなんだけどな。

 なんて風にくったりと疲労感を味わっていれば、フッと顔に影が差した。

 

「あ、これお水です」

「おう悪ィな」

「いえ」

 

 そうそう。トレーニング後に冷たい水でぐいっとやるのも乙なのよ⋯⋯⋯⋯って。なにしれっと最初から居ました、みたいな顔して混ざってんのリャム。

 

「ンァ?なんでテメェが?」

「その、がんばってるなぁと思いまして。タオルもどうぞです。寮の管理人さんからお借りしたものですが」

「ほう。気が利く⋯⋯いや待て。そうじゃねえ。どうして此処に居る」

 

 仮にも男性騎士寮の庭なんですけど。まさかあれか、実は恋人が居るので会いに来ました的なやつか。休日なんでこれからデートを、的なやーつか!

 

「この間クオリオさんから借りた本を、返そうと思いまして。不在だったんですけど。そこで頑張ってるヒイロさんをみかけて、つい。ご迷惑だったでしょうか?」

「んなことで迷惑がる訳ねえだろ」

 

 違った。普通に知り合いに用だった。クオリオは本買いに出掛けてるし、たまたま行き違ったついでに、見かけた俺に差し入れをくれたと。

 おいめっちゃええ子やんけ。天使か。

 

「つうか、姉の方はいないのな。双子っつっても、流石にいつも一緒って訳じゃあねえか」

「あ、はい。姉さんならシュラさんと一緒に服と小物を買いに行ってますよ。なんでも中央通りに素敵なお店が開いたらしくて」

「服ねえ。テメェも一緒に行きゃ良かったろうに」

「うーん。私、あまり服とかに興味がなくって。可愛いものだと値段もかかりますし、それに私みたいなのが着たってあんまり⋯⋯ですし」

「あ?ヒョロいはヒョロいが、見てくれ良いだろテメェ。何いってんだ」

「ふぁ。え、あ、どうも⋯⋯」

 

 心のままに褒めただけで、照れたようにフードを被ってもじもじ、とは。うーん、やっぱり前から思ってたことだけど、どうもリャムは自己評価が低いよな。

 魔術も二色使えるし、見た目だって愛らしい容姿してんのに。単純に褒められ慣れてないってより、謙遜の度合いが強いというか。

 

(つくづく、姉とは正反対だよなぁ)

《あっちはむしろマスターのがそっくりだよね。お馬鹿だし、勢い任せだし、お馬鹿だし》

(二回言うな二回)

 

 凶悪は辛辣だけど、言ってることはもっともだ。

 本能で生きてるようなシャムと比べれば、リャムは自己主張を殆どしてないし。別に悪いって訳じゃないけど、こういうタイプは割とストレスを溜め込みがちだと思う。

 リャムにはクオリオと和解する為に協力して貰ったし⋯⋯ここはやっぱり俺がひと肌脱ぐべきだな、うん。

 

「そういえば、テメェにゃデカい借りがあったよなぁ?」

「え?か、借り、ですか?」

「忘れたとは言わせねえぜ。俺にマードックの爺を紹介しただろうが。あれがなきゃ俺は星冠獣目録を手に出来なかった。つまり、俺はテメェに恩があるって訳だ」

「そ、そんな⋯⋯私は別に大したことなんて」

「したっつってんだろうが!俺がそう言ってんだよ、あァ!?」

「ふぁ!?そそ、そですね、しました!ヒイロさんに借りお作りしましたー!」

「おう、そうだろうそうだろう」(うむ、素直でよろしい)

《マスター、普通に脅迫だよこれ》

 

 いいのいいの。こういう謙遜な子は強引に行かないと駄目だから。

 まずは無理矢理にでも自己主張させていくのが大事なのよ。主人公に間違いはない。

 

「そこでだ。テメェ、なんか俺に命令しろや」

「め、命令って言われても⋯⋯」

「あんだろ。パン買って来いとか鉄パイプ磨けとか肩を揉めとか」

「しょ、しょんなこと急に言われてもぉぉ⋯⋯」

「あンだろ!」

「ぴゃい!」

《あ、マスター。ボクもちゃんと高級研磨剤で磨いてね。めいれーい》

(どうせまた磨く時に変な声出してからかうつもりだろうが。その手には乗らんぞ)

《喘いだっていいじゃない。きもちいいんだもの》

(黙らっしゃい)

 

 しれっと主張の激しい凶悪の注文をスルーしつつ、ガッと肩をつかめばリャムは観念したように頷いた。なんかお目々ぐるぐるしてたけど、やり過ぎくらいが丁度良いよな、多分。

 

「あうあうあう⋯⋯⋯⋯じゃ、じゃあ、お願い良いですか?」

「おう、来いや」

 

 そして、満を持して絞り出されたリャムのお願いは。

 

「⋯⋯⋯⋯一緒にお買い物、どうですか?」

 

 

 全然普通の内容で、ちょっと拍子抜けした俺だった。

 

 

 

 

 

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081 リャム、少し相談する

 人の趣味とはいわば人それぞれである。

 クオリオは読書で、俺は鍛錬。シュラは分からないけど、シャムは食べ歩きなんだとか。そして今、欧都南区の市場通りにて俺の隣を歩くリャムの趣味は「料理」らしい。

 

「あ。この根菜、良いですね。美味そうです」

「見ただけで分かンのか?」

「はい。ここ、根っこが長くて多いじゃないですか。たくさん大地の栄養吸ってる証なんですよ」

「ほう。詳しいな。さては食材選びの達人かテメェ」

「そ、そんな大袈裟な⋯⋯」

 

 麻籠(あさかご)を二の腕に引っ提げて食品を眺めながら、少し照れくさそうにはにかむリャムだった。

 うーん、健気で物静かな美少女の趣味が料理。これまたなんともベタな。良いけどね、嫌いじゃないし、むしろ好き。

 

「つっても寮で飯は出んだろ。毎度自炊してんのか?」

「毎度って訳でもないんですよ。忙しい時とかは寮食で済ませることもありますけど、その、姉さんって好き嫌いが多くて」

「偏食家のアホの為に作ってやってんのか。ハッ、面倒見が良くて健気なヤツだ」

「ふぁ。あ、ありがとうございます」

 

 シャムが偏食家だったとは。うん、全然違和感ねーや。なんか苦味のある野菜とか超苦手そうだし。

 そんな姉の為にご飯作ってあげるとか、つくづくええ子やないかい。

 

「ヒイロさんは、こういう場所にはあまり来られないんです?」

「飯は基本、寮で出されたもんばっかりだしな。機会もねえし、そもそも俺みてえなのが食材片手に(うな)ってみろ。周りドン引きじゃねえか?」

「え。別にそんな事⋯⋯」

「あんだろ。我ながら武器屋で剣だの槍だの物色する方がよっぽどらしいと思うぜ?」

「⋯⋯ええと」

「ククク、目ェ泳がせやがって。素直なヤツだ」

 

 実際、さっきからちょくちょく周りの視線が痛いし。

 パッと見て、大柄で人相悪い男と気の弱そうな美少女って組み合わせだし。いわゆる美女と野獣みたく映るんだろうか。

 おのれいモブ共め。こちとら主人公ぞ。まあ俺が逆の立場だったら、通報の二文字が過ぎっちゃうけどな!

 

「まァ武器屋つっても俺には自前のがあるし、わざわざ行く必要はねえがな」

「あ⋯⋯きょーあく、でしたっけ。ヒイロさんの白魔獣」

「おう。こいつがまたとんでもねェ厄介な性質(たち)でな。隙あらば頭ン中で喚きやがる。俺じゃなきゃ持て余す代物だっつーのによ」

「あはは。た、大変みたいですね」

《えっ、なにこの感じ。手の掛かる子供みたいなさぁ。ものすっごくボク不満》

(実際手がかかるじゃん。口の悪さ的な意味で)

《なにさ!むっかつくぅ!マスターにだけは言われたくないし!》

 

 よっぽど不服なのか、ビシビシと頭痛を送ってくる凶悪さんである。まあ頼りにはしてるけど、時々悪ガキムーブしたがるのも事実だし。というか俺にだけは言われたくないってなによ。

 

「⋯⋯ヒイロさんは、白魔獣が恐くないんですか?」

「ハッ、ちっと変わり種なくらいの魔獣なんぞにビビるかよ」

「変わり種ですか。実際、恐がってる人もすごく多いんですよ?」

「あァ?一般じゃ、白魔獣は人間に利するヤツの事を言うんだろ?ンな恐れるべきもんでもねえだろ」

「はい、そういう認識になってます。けど、白魔獣だって魔獣なんだから排除しなきゃ駄目って言う人も多くって」

 

 そういえばリャムが居たラーズグリーズじゃ、騎士団に鎮圧、保護された白魔獣の管理もしてるって話だったっけ。

 だとしたらその活動に異議を唱える声があったって不思議じゃない。魔獣は人類の天敵だ。被害にあった遺族達からすりゃ、あの時のシュラみたく許し難いって思うのも自然だろう。

 もしかしたらモクモンランプの所有者であるリャムも、咎められた経験があるのかもしれない。

 

「声が多けりゃ正義って訳でもねえだろ」

「え?」

「そいつらの主張が正しいかどうかより、テメェ自身がどう思うかだろ。あの煙が大事なら、テメェは胸張ってりゃ良い。そんだけの話だ」

「ヒイロさん⋯⋯」

 

 俺だって今更凶悪を手放したりするつもりなんて無いし。例え、シュラやクオリオに請われたとしてもだ。

 ちょっかい出される事は多いけど、愛着だって湧いてる。きっとリャムもそうなんだろう。目を細めて微笑むリャムは、どこか安堵したように息を吐いていた。

 

「まァ、捻り出した頼み事が『買い物の付き添い』な辺り、テメェにはまだ難しいだろうがな。ククク」

「⋯⋯そ、そんなことないです。私にだって出来ます」

 

 話の流れを変える意味合いでも、ここは本来の目的へと軌道修正するべきだろう。

 そう、そもそもこの買い物だって引っ込み思案の荒療治の産物だ。しかしやはりリャムの謙虚さは筋金入りなので、まだもう一押し二押しは欲しい所である。

 

「言うじゃねえか。ならサービスだ。もう一個ぐらい頼み事する権利をくれてやろう」

「ふぁ。も、もうひとつですか?」

「おう。さあバッチ来いや。吐いた唾は飲めねえぞ?」

「う、うう⋯⋯」

 

 困ったように眉を下げるリャムだったが、ここで手を緩めては本懐は遂げられない。

 周りの視線がちょっと強くなる中で、ようやっと願い事を決めたのか、どこか迫真めいた勢いで顔を上げたリャムだったが。

 

「じゃ、じゃあ⋯⋯」

「おう」

「わ⋯⋯」

「わ?」

「わ、わ⋯⋯わたしが作ったご飯、食べてください。毒見ですっ!」

「⋯⋯⋯⋯」(⋯⋯⋯⋯)

《⋯⋯⋯⋯》

 

 あー。

 うん。

 俺は思った。

 あの姉にこの子の爪垢煎じて飲ませるより、姉の爪垢を妹に飲ませる方が良いかもしれん、と。 

 

 

 



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082 リャム、少し大胆になる

「どどどどうしようつい誘っちゃったけどよく考えたら姉さん以外にお料理振る舞ったことないよどうしよやっちゃったよたすけてモクモン」

〘モクモ。モクッモク。モッモックー⋯⋯〙

「深呼吸?う、うん。まずは落ち着かないとね。うん。ひ、ひ、ふー⋯⋯ねえモクモン、これなんか違う感じがするけど」

〘モクッ!?〙

(こっちの世界にもラマーズ法あんのかい)

《らまぁず?》

(あ、凶悪は流石に知らないか。悪い)

《⋯⋯マスターに知識で負けただと?し、死にたい⋯⋯》

 

 雨雲の気配もないのんびりしたお昼時。にも関わらず、あっちもこっちもてんやわんやであった。何故だよ。

 どうもご機嫌よう主人公です。なんでもしたげるセカンドチャンスを与えたら、何故かリャムの部屋に呼ばれ、料理を振る舞われる事になり申した。

 いや逆だろ。なんで俺がされる側なの。

 

「おい、大丈夫か」

「おかまいなくっ!ど、どうぞごゆっくり!」

「お、おう」

 

 全然大丈夫そうじゃないんだけど。とはいえ余計パニックになられても困るし、とりあえず椅子に座りながらも静観する事にした。

 かくいう俺も多少緊張してたし。なんせ女の子の家に招かれるなんて初体験だ。見渡してみる寮部屋の中は、小物やらカーペットやらテーブル掛けやら、些細な部分まで異性を感じさせる柔らかい雰囲気だった。

 

「と、とりあえず一品目⋯⋯よ、よし、せっかくだし得意の魚料理で⋯⋯ああっ、魚屋さんにさばいて貰うの忘れてたぁ!」

〘モクモ、モク!〙

「うう、言わないで。ちょっと緊張してたの。こ、こうなったら私がさばいてみるしか⋯⋯」

〘モクッ?!モ、モクッ〙

「だ、大丈夫、多分。やり方は覚えてるし⋯⋯せっかくなんだから、いいとこ見せないとだし⋯⋯」

〘モクー⋯⋯〙

 

 あのー。これリャムさんテンパってませんかね。

 調理台の前でワタワタしてるんですが。ごゆっくりと言われたけど、ここは様子見た方が良いかも知れん。

 

「い、いきますっ」

〘モククッ〙

 

 意を決したように包丁片手に、まな板の魚に挑まんとする少女。けど魚をさばいたことないせいか、手がプルプルと緊張で震えてる。うん、これ覗いて正解だったわ。

 

「待ちな」

「うひゃい!?え、あの、ヒイロさん?」

「挑戦心は買ってやるが、その手つきじゃ怪我すんのがオチだ。大人しく諦めろ」

「う。で、ですけど、うっかり買っちゃったのは私ですし⋯⋯お魚屋さんに持っていくまで待って貰うのも申し訳なくって」

 

 どうにも引っ込みがつかなくなってたらしい。別に待つくらい良いんだけど、それすら申し訳ないと感じる辺り、肝が小さいというか優し過ぎるというか。

 けどリャムは運が良い。

 

「ククク。生憎待つ必要なんざねえのさ」

「え?それって、どういう⋯⋯あっ」

 

 小さな手から包丁を譲り受け、まな板の魚をジッと見下ろす。

 異世界だけあって見たことない種類だけど、そんなに変わらないっぽいな。イケる。

 

「俺がやる」

 

 ってわけで、ここは俺の数少ない特技を一つ披露するとしましょうか。

 

 

 

 

 思えばかなり久しぶりだった。

 台所に立つのも、包丁を握るのも。世界すら違うのに、遠い昔に嗅いだ畳の匂いが蘇る。

 

「聞くが。コイツでなに作るつもりなんだ?」

「え、えっと。ソテーにしようかと」

「ン。なら三枚におろせば良いんだな」

「は、はい」

 

 ザッと聞いた感じ、捌き方も使う部位も現世の魚とほとんど変わりないらしい。頭を落として鱗を剥いで、臓器を取って、と。何年ぶりってくらいだけど、案外こういう技術は錆びつかないもんだな。

 

「す、すごくお上手ですね。ひょっとしてヒイロさんも普段お料理するんです?」

「しねえよ。だがまあ、ガキん頃に引き取られた家が港町でな。手伝いで良く⋯⋯⋯⋯っと悪い。今のはナシだ」

「へ?ええっと⋯⋯」

「つまりだ。俺ァさばくのは得意だが、味付けやら加熱具合やらはからっきしだ。そっちには期待出来ねえから、テメェに任すぞ」

「ふぁ!はい!ま、任せてくださいっ」

 

 危ない危ない。ついポロッと『前世』についての話をするところだった。なんとか誤魔化せて良かった。

 今ここに居るのは麓の村ヘルメル出身のヒイロ・メリファーであって、熱海憧じゃない。あの火災で両親を亡くした俺が、祖父母に引き取られたって話、する訳にもいかないしな。

 

《マスターってさ》

(ん?)

《前から思ってたけど不思議だよね。いや不自然って言うべきかな?ヒーローだとか良く分からない言葉知ってるし。結構隠し事してない?》

(⋯⋯あー。まあ、そこはほら、秘密が多いのは良い男の証ってやつで)

《うわ、前にそれで誤魔化したボクへの当てつけ?性格わるぅい》

(人聞き悪っ。しょうがないだろ、俺にだって色々あんの)

《むー》

 

 不服そうに唸る凶悪だけども、ほんとに色々あるからさぁ。

 現状を一から説明するとなると流石に長くなるし。あるヒーローに火災事故から助けられて、家族で唯一生き残って。そっからじいちゃん家に引き取られて⋯⋯と、軽くなぞるだけでも山積みだ。

 そもそも女神様のミスで一回死んでんだよね、とか言ったらどんな反応するんだろ。

 

「⋯⋯」

「おい。なに人の手をジッと見てやがんだ」

「ふぁ。あ、ええと、私と比べて大きいなぁと思いまして。気が散りましたよね、すいません」

 

 ちょっとした懐旧に浸っていれば、なにやらリャムが包丁を握る俺の手を凝視していた。大きいなぁって、そりゃ俺とリャムみたいな小柄な女の子とじゃあなぁ。

 

「俺がデケえってより、テメェが小さいんだろ。倍ぐらいは差があんぞ?」

「さ、流石にそこまでちっちゃくないですよっ」

「ククク、どうだかなぁ」

「測ってみればわかることですっ。ほら!」

 

 言い方が良くなかったのか、珍しくムキになったリャムがピトッと俺の手の上に掌を重ねる。仮にも包丁握ってるんだから気を付けて欲しいんだけど。

 こういうとこは、案外リャムも見た目相応なんだよなぁ。

 

「⋯⋯あー。確かに倍は言い過ぎたかもな」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯そ、そそ、そうですね」

「あン?なに急に黙り込んでやがる」

「ふぁ!おかまいなくぅ!」

「お、おう」

 

 いや構うわ。急に真っ赤になられたら、何かあったのかと思うじゃん。でもこれはアレだな、自分でも子供っぽいことしてしまったっていう意味での赤面だろうな。

 

(思春期ってやつだねえ)

《合ってるけど間違ってるよ、お馬鹿マスター》

(えっ?)

 

 なんでそこで溜め息をつかれるのか。

 どういう意味だって聞こうにも、これみよがしに《色々あるんだよ》と意趣返しされる俺であった。

 

 

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083 リャム、まだ春半ば

「⋯⋯美味かったぜ。やるじゃねえか。テメェの姉貴がちと羨ましいぐらいだ」

「え。あ⋯⋯ふふ。はいっ、おそまつさまでした」

 

 振る舞われた料理は、やるなんてもんじゃなかった。

 マジで美味かった。腹に入ればなんでもってくらい雑食な俺だけど、これを毎日食べられる奴は幸せだろう。

 シャムの普段が人生楽しそう感出てるのも納得である。

 

「なんというか、少し不思議です」

「あン?なにがだ」

「その、姉さん以外にご飯を食べてもらうことなんて無かったから。ホッとしたというか⋯⋯美味しいって言われると、こんなに嬉しいものなんですね」

 

 ふにゃっとはにかんで、リャムは胸を撫で下ろす。

 嬉しい、か。確かに俺も、捌いた刺し身をじいちゃんばあちゃんに褒められた時はかなり嬉しかったっけ。

 先立ったばあちゃんを追いかけるようにじいちゃんが肺癌を患った時、もう一度食べたいと言われたとも言われた。結局、食べられるほどに快復してくれる事はなかったけれど。

 懐かしい記憶だ。まさか違う空の下で、こうして思い出せる機会に恵まれるとは。人生って分からないもんだな。

 

「テメェほどの器量なら、招いたって誰も嫌な顔しねえだろ」

「え。あ、ありがとうございます。でも私、やっぱり姉さんみたいに人付き合いも上手く出来なくって⋯⋯」

「あァ?あいつ、人付き合い上手いのか?常ににゃーにゃーうるせえし振り回しやがるしで、下手に見えるがな」

「あはは⋯⋯でも、姉さんが居るだけで明るい気持ちになれますし、意外と細かい気配りとかも出来てて。私より全然、姉さんは凄いんです」

 

 儚く微笑みながら、リャムはグラスを小指の爪先でひっかいた。それこそ不思議だよな。リャムみたいな見た目も性格も良い子なんて、普通に友達沢山居そうなもんなのに。

 どちらかといえば、リャム自身が周りから一歩距離を置いてる感じがする。踏み込めない性格っていうなら、それまでなのかも知れないけど。

 

(うーん。ちょっと気まずい)

《話題選び失敗しちゃったねえ、マスター?》

(うぐ。くそう、こういう時のトークスキルは流石に自信ない⋯⋯)

 

 気まずい沈黙が降りる。

 しかし、ここで黙っていては主人公の名折れである。美味しいご飯出して貰った手前、なんとか良い感じに話題を変えねば。

 とはいえぶっちゃけ軽快なトーク術なんて会得してない俺からすれば、辿り着く会話カードはやっぱり種類が少なくて。

 

「ン、ンンッ。あー畜生。飯が美味すぎた。あんな美味いもんだして貰っちまったら、こっちは引っ込みがつかねえぞ。おいリャム、どうしてくれんだ」

「へ?え、あの、ご、ごめん、なさい?」

「バカ、そこでテメェが謝って⋯⋯いや待て。おうそうだ。美味過ぎたのが悪い。お陰で俺も黙って引き下がれなくなった。つまり分かるな?分かるだろうなァおい」

「え?え?⋯⋯分か、る?ええと、ごめんなさい。なんのことだか⋯⋯」

「なんのことかだ?決まってンだろ。

 ラスト願い事チャンスだ!」

 

 俺が選んだのは、三度目の正直チャレンジだった。

 

「ふぁ。ま、またですか!?」

「なんだこら嫌だってのか、あァン!?」

「い、いやじゃあ、ないですけど⋯⋯」

《Oh⋯⋯これは酷いゴリ押し⋯⋯》

(しょ、しょうがないだろなんも思い付かなかったんだからっ)

 

 我ながらとことんパワープレイしてると思うよ。

 けど買い物の付き添いとご馳走されただけじゃ、あの時の御礼が出来たとも思えんし。ランプの魔神のお願いストックも三度までって事で、仏さんだって見逃してくれるだろう。

 

「ようし。ラストこそ叶え甲斐のあるやつ頼むぜ。遠慮はなしだ。テメェの欲望をさらけ出しちまえ」

「よ、欲望⋯⋯欲望⋯⋯うううん」

 

 リャムみたいなタイプには難しい要求かもしれないが、こっちももう引っ込みが付かない。

 それこそランプの魔神みたく腕組み仁王立ちしながら、待つこと一分間。頬をふんわりと桜色に染めながら、リャムが上目遣いに俺を見上げた。

 

「欲望、とはちょっと違うんですけど」

「なんだ。言ってみろ」

「その、たまにお姉ちゃんみたいになりたいなぁって思うんです」

「⋯⋯姉みてえに、だと?」

「は、はい。駄目でしょうか」

「⋯⋯お、男に二言はねえ。ちと待ってろ」

 

 シャムみたいになりたい。それがリャムの願いとは。

 しかし、シャムみたいにと来たかぁ。見た目的な意味じゃないだろうし、うーん。

 

《これはなかなか難問が来ちゃったねえ。さあさあ、応えなきゃ男が廃るよー》

(あ、煽るなって。任せろ、すぐに俺が名案を⋯⋯⋯⋯閃いた!)

 

 いや待てそうか。「シャムみたいに」じゃない。

 リャムが行ったのは「お姉ちゃんみたい」になりたい、だ。 

 よくよく思い出せばリャムはちょくちょく子供扱いを嫌がってた節がある。逆にいえばお姉さん扱いがされた事がないのだ。

 答えは見えた。ならば後は突き進むのみ。

 

「ククク、なるほどな。つまり姉みてえに年上ぶりてえって訳だな?」

「へ?」

「楽勝だ。楽勝すぎんぜ。良いだろう。だったらテメェには特別に、俺を『ヒイロくん』と呼ぶ権利をくれてやろう」

「⋯⋯ふあ!?」

「さん付けすっから年下の枠に収まんだ。もっと生意気に行け。なんだったら呼び捨てでも良いぜ」

「え、ええええ、そ、それは、ちょっと⋯⋯」

 

 ふ。やっぱり遠慮するよな。しかしここは譲れん。

 

「呼んでみろ」

「ででででも」

「呼ぶだけだ」

「でですけど」

「呼べ」

「ふぁ。はいぃ」

 

 やっと聞き出せたリャムの願いっぽい願いだ。

 男に二言は無いと言ったし、なにがなんでも押し通す。

 若干涙目になりつつも俺の頑固さを悟ったのか、黙り込み、モジモジとしつつ、口を開いては閉じて。

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ヒイロ、くん」

 

 桜の花弁のような唇が、一度キュッと結ばれたあとに⋯⋯満を持して花開いた。

 

「おう。やりゃ出来るじゃねえか」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「あァ?なに黙り込んでんだよ」

「なんか、背徳感みたいなのが、すごくて、ふぁい」

「⋯⋯???」

 

 え。背徳感ってなに。

 まるで熱に浮かされたみたいに身悶えてるし。一体リャムはどうしちまったんだよ。

 けど分かる。多分これ、俺またミスったパターンだ。

 だってもう今頭痛がすんごいし。凶悪さんからの叱咤的な意味で。

 

《マスター》

(はい)

《年下の女の子をいかがわしくさせるのが、マスターのツボなの?》

(いやいやとんでもござらん。拙者はただ真剣にリャムの願いを叶えたまでで)

《真面目に》

(はい。ごめんなさいでした)

 

 

 なお、凶悪さんから散々な言われようをされた後。

 ようやく我に帰ったリャムさんはどうやらこの呼び方がまんざらでもなかったらしく、以降リャムからは「ヒイロくん」呼びが固定された。

 またその際に、シュラにとんでもなく冷めた目で見られた事を、ここに追記しておく。

 

 うん。ほんとどうしてこうなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ 

 

 

 

 しかしその晩のこと。

 とうにヒイロが去り、シュラと買い物を楽しんだシャムがぐうすかと寝台にて寝息を立てている最中。

 一人テーブルに向かい合い、一通の手紙をしたため終わった春の少女は、椅子に背を預けて呟いた。

 

「願いごと、かぁ⋯⋯」

 

 脳裏に浮かべるのは、口振りだけが粗暴な男のこと。

 強引で無茶苦茶で無軌道で、けれど自分の為になにかをしようと必死になってくれたヒイロ・メリファー。

 無愛想かと思えば端々に不思議な愛嬌があって、そこに気付くたびに心が絡め取られる感じがして。

 その方向性は空回りが多かったものの、彼の思い遣りはリャムにしっかりと届いていた。

 

「もしもあの時⋯⋯本当のことが言えたなら」

 

 自分なんかの為に、こんなにも頑張ってくれる人。

 背が高くて手の大きな、淡い香りのする異性。

 だからこそ、つい思ってしまう。

 

「たすけて、って。言ってたら。ヒイロくんは⋯⋯」

 

 もしもあの大きくて暖かい掌に。

 自分のこの手を伸ばしたら。

 躊躇(ためら)うことなくあの人は。

 掴み取ってくれるのだろうか。

 

「⋯⋯ううん。そんなの、駄目だよね」

 

 想いはまだ、思うだけ。

 ぼんやり灯るランプの小火に(かざ)し、溶かした蝋印で手紙に封蝋したリャムは、儚く微笑む。

 

 小さな指先がなぞった封蝋には、リャムが元々に籍を置いていたラーズグリーズの紋章が描かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ道(なか)ば、春(なか)ば。

 半ばで半端な腕は、まだ救いを求めて伸ばしきれない。

 

 けれど少しずつ、彼女の心に変化は訪れていた。

 季節が変わるように。変わらぬものなどないように。

 『灼炎のシュラ』においては『シャム・ネシャーナ』と殺し合いの末に、相討ちとなった少女の未来も、今。

 

 背高い赤毛の存在により、変わろうとし始めていた。

 

 

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084 護衛任務

「劇団の護衛任務?」

「然りだ」

 

 しかと頷いたシドウ隊長から新任務を告げられたのは、討伐任務を終えたばかりの事だった。

 

「アスガルダムより南西に五十里ほど降った所に、ジオーサという名の小さな町がある。此処に現在巡業中のある劇団が訪れ、魔獣被害の慰撫も兼ねた劇が開催されることとなったのだ」

「つまり、その劇団からの要請ということですか?」

「その通りだ、ベイティガンよ」

「たいちょーう!そのある劇団ってのはー?」

「劇団ワーグナーだ」

「ワーグナー!マジで?マジで!すごいすごい、そんなとこの護衛任されるなんて⋯⋯ウチらも相当な注目株ってことだねっ」

「あまり図に乗り過ぎるなよ、シャム・ネシャーナ」

「わかってるって、えへへへへー」

 

 ほほう、劇団ワーグナーねえ。シャムの反応を見るにかなりの有名所らしいな。

 結成からまだ半月も経っていないレギンレイヴ小隊。けども積み重ねてきた依頼達成の数から、新進気鋭のチームと評判になっていた。

 そんで遂に、VIP相手の任務にまで就けるほどになったと。くーっ、いいねいいね、この認められた感じ。やっぱ主人公街道はこうでないと。

 

「護衛任務⋯⋯正直、アタシの性には合わないけど」

「といっても討伐以外はろくな任務がなかったんだ。たまにはこういう騎士らしい職務と良いと、僕は思うけどね」

「そんなこと言ってえ、ほんとはワーグナーの女優さんとかとお近づきになりたいとか思ってるんじゃないのー?やらしいんだぁクオっち」

「なっ、勝手に人を色魔扱いするなっ。生憎だが、僕は演劇に興味などないっ」

「あァ?だがテメェ、こないだ休日に劇場に誘ってきたじゃねえか。チケットが余ったとかなんとかで」

「ばっ!ヒイロッ、余計なことをっ」

「おやおやおんやぁ?ムッツリクオっちは、どーも興味しんっしんみたいですねぇ」

「ね、姉さん。クオリオさんだって男の子なんだし、むしろ健全な証だよ?」

「ぐ、く、く、く、うぐぅっ⋯⋯」

「しれっとトドメ入れたわね」

「見事に刺しやがったな。やるじゃねえか、リャム」

「ふぁ?」

 

 なんかクオリオの尊厳がガリガリと削られてるっぽいけど、それは一旦さて置いて。護衛任務かぁ。護る者ってイメージの強い騎士にはもってこいな任務だけど、正直シュラと同意見でもある。ただ討伐するのとは訳が違うだろうし。

 

(けど騎士らしいイベントだよな。やっぱり王道展開は護衛対象が実は訳ありなやんごとなき身分で、そこからアヴァンチュール的な仲に発展とか⋯⋯)

《やんごとなき身分ってなにさ》

(そりゃお姫様とかよ)

《アスガルダムの現国王は男だしまだ若いから、王女なんて居ませんけどー?》

(やめろ夢を壊すなぁ!鬼、悪魔、凶悪!)

《あはははは!》

 

 妄想ぐらいいいじゃん。現実突きつけるとか、さてはヒーローの変身シーンに攻撃すりゃ良いのにとか言っちゃう系だな。本当に凶悪な奴め。

 リアリスト鉄パイプへの憤然に、つい黙り込んでしまったからだろうが。そっと俺の二の腕に触れながら、リャムが諭すように語りかけてきた。

 

「大丈夫ですよ」

「あァ?」

「ヒイロくんなら、護衛任務だっていつもみたいにこなせますから。自信もってください」

「フン、なに勘違いしてんだ。俺にかかりゃどんな任務だろうが楽勝に決まってんだろ」

「はい、そうですよねっ」

 

 自信満々な返答がお気に召したのか、リャムはふにゃっとはにかんだ。

 どことなく大人びて見える微笑み。これもこないだの荒療治によるヒイロくん呼び効果なのかもしれないな。

 

「ヒイロくん、ね」

「あァ?なんか言いたげだなテメェ」

「べつに。特に。なんにも」

「⋯⋯そうかよ」

 

 けど何故かこうやってシュラに睨まれることが増えたんだよなぁ。なまじとんでもない美少女である分、迫力も凄いから勘弁して欲しいのに。

 

「ただちょっと、練習したくなっただけ」

「なんの練習だ」

「アンタを斬る練習」

「おい全然なんにもねえことねえじゃねえか!」

「うるさい馬鹿、変態、女の敵」

「後半二つ関係ねえだろ!」

「一番あるわよ馬鹿ヒイロ!」

 

 絶対練習って感じじゃなかったじゃん!

 しかも女の敵って。割と紳士的な方だと思いますけど!?

 くそう、これもヒイロフィルターによる毒舌の影響なのか。いや俺が気付いてないだけで乙女的にナシな事しちゃったのか。

 分からん。しかし言われっぱなしは癪だからと、反撃すべく口を開きかけたけども。

 

「────総員、正座ァァァ!!」

 

 俺の反撃の狼煙は、隻眼隊長による一喝によって掻き消された。

 その後、若気の至りというのもあるが、隊長の話は最後まで聞くようにと至極まっとうなお叱りを、延々と受ける俺達だった。

 

 なお長時間の正座により脚が痺れて立てないリャムを背負ったら、また機嫌の悪いシュラに睨まれる羽目になったことを、ここに記す。

 

 

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085 薄い月夜のボーイズトーク

 

 雲が濃くて、だから月が薄くなる夜。護衛任務について告げられた昼間の喧騒が、遠く思えるくらい静かなひとときに。

 ぼんやりとした溜め息が、騎士寮の一室にて響き渡った。

 

「はぁ⋯⋯またか」

 

 憂鬱な表情を隠そうともしないのはクオリオである。

 軽く頭を抱えている彼の片手には、一通の手紙があった。

 その手紙こそが憂鬱の原因なのだろう。やけに高級感のあるソレを、クオリオは今にも机上のカンテラへと投じてしまいそうなほどであった。

 

「おい」

「む」

 

 ついには本当にカンテラの方へと手が伸びていたクオリオを止めたのは、ぶっきらぼうなルームメイトだった。

 

「これ見よがしになに溜め息ついてやがる。また納得出来ねえ論文でも見つけやがったか?」

「そんなんじゃないさ。いや、実は家から見合いの催促が来ててね」

「見合いだと?」

「あぁ。毎度毎度、どこかしらの令嬢のプロフィールを送ってきては目星をつけろとしつこくてね。そんなものに時間を割くなら、まだ微妙な論文でも眺めていた方がマシだっていうのに」

 

 いかにも悩ましげだっただけに、拍子抜けしたのはヒイロである。

 遡れば訓練生時代。更に本隊所属となり新たに用意された騎士寮でさえ同室となったクオリオから、こんな色気のある話題が持ち込まれた試しは無い。

 だからだろう。ヒイロの仏頂面には、呆れよりも驚きの方が色濃く浮かんでいた。

 

「色恋に悩めるなんざ、平和な証だろうがよ」

「れっきとした政略だよ。色恋でもなんでもないだろ。というかむしろ君こそ色恋に悩むべきだと僕は思うけどね」

「喧嘩売ってんのか。そういう相手も居ねぇのに、どうやって悩めっつうンだ。テメェのおこぼれに預かれってかァ?」

「⋯⋯勘弁してくれ。僕はまだ斬られたくはない。命が惜しいよ」

「?」

 

 そこで心当たりがないとばかりに首を傾げるヒイロに、クオリオは別の意味で頭を抱えたくなる。

 

「テメェ、あの猫姉妹共とは仲睦まじくやってんだろ? シャムとは顔を合わせりゃ言い合いしてるし、リャムには本まで貸してやがるしよ。俺にゃ絶対貸そうとしねえ癖に」

「仲睦まじく、って。君にしては含んだ言い方をするじゃないか。というかね、シャムはともかくリャムはむしろ⋯⋯」

「あァ?むしろ、なんだよ」

「⋯⋯なんでもない。変に指摘したせいで巻き込まれるのは御免だ」

「???」

 

 本の貸し借り云々で仲睦まじいなら、ヒイロくん呼びされてるお前はどうなるんだよ。馬鹿なのか。いっそほんとに一回斬られてしまえ、と。

 胃の辺りを抑えながらクオリオは割と本気でそう思った。

 

「あと、君に本を貸さないのはどうせ粗雑に扱われるからだよ」

「あ? そいつは、星獣冠目録の件でか」

「違う。今更あの一件を持ち出すほどに僕は女々しくない。ただ常日頃の君を見ていればね、うっかりページを破ったり折り目を作ったり、表紙を傷付けたりされそうというか」

「ひでえ言われようだなオイ」

 

 さながら野生動物か幼児のような扱いである。

 流石に言われっぱなしではいられないのか、すかさずヒイロは反撃を試みた。

 

「つうか、テメェだって大概粗雑だろうがよ。特に身だしなみ。毎度靴下は左右で色が違えし」

「う」

「その黄色いローブも、ところどころほつれてやがるしよ」

「ぐ」

「指摘してやらなきゃ寝癖だって放ったらかし。日頃の坊ちゃんぶりが見て取れんぜ」

「ぼ、坊っちゃん呼びはやめろ! 君にそう呼ばれると鳥肌が立つ」

「うるせえよ。テメェはあれだ、しっかり者に見えてだらしねえからタチが悪い」

「どういう暴論だ!普通にだらしなさそうでだらしない君にだけは言われたくないな!」

 

 水掛け論のような酷い口論だった。しかしこれは別段、初めてという訳では無い。彼らのそれなりの付き合いの長さが、時たま妙な意地の張り合いを産んでいた。

 これまたそれなりに付き合いが長いエシュラなリーゼさんがこの場に居れば、どっちも大概だと吐き捨てるであろう。

 無論、彼女自身も割と大概なのは棚上げにして。

 

「口が減らない奴め。せっかく君の知りたがっていた事を教えてやろうと思ったのに」

「あァ?もったいぶった言い方しやがって。どうせ大したことじゃねえってオチだろ」

 

 男同士のしょうもない小競り合いである。これまでの勝敗の累計さえ不確かなほどだ。

 けれども今宵、軍配が上がったのはクオリオの方であった。

 

「へえ。君にとって、ルズレーとショークのその後については、大したことじゃないのか?」

「んなっ⋯⋯!!」

「少しばかり家の者に頼って、調べて貰ってたんだよ。なんだかんだで気にしてるみたいだったからね」

「⋯⋯」

 

 あの一件以降ヒイロは直接口にこそしていないが、ルズレー達を気にかけているのは明らかだった。

 そこでクオリオは密かに実家の使用人を頼り、彼らの顛末を探っていたのだ。

 

「知りたいんだろ?」

「⋯⋯おう。教えてくれ」

「ふふん。仕方のないやつだな」

 

 いかにも「してやったり」な態度だが、傍から見ればただの友達想いの良い奴でしかない。

 そこに気付かずヒイロの殊勝な態度に溜飲を下げる辺り、やはりクオリオも大概なのであった。

 

「まずはショークだが、剥奪処分になった以上はルズレーとの縁も切れたようだね。今はアスガルダムの南地区辺りで日銭稼ぎをしてるらしい」

「ショークの奴が、か。手癖の悪さ活かして、盗みでもやってんじゃねえだろうな」

「さてね。でも今のところ、騎士団の世話になるような真似はしてないみたいだ。心を入れ替えて真面目に、って性格でもないだろうけど」

「⋯⋯まァ、しぶとくやってんならソレで良い」

「お優しいことで」

「チッ、そういうんじゃねえよ」

 

 まずはショークの顛末を聞いて、ヒイロは腰掛ける椅子をギィッと(きし)ませていた。クオリオからすれば嫌悪感しか湧かない小悪党だが、彼からすれば違うのだろう。

 ぼんやりと思慮に(ふけ)る横顔に、クオリオは深く踏み込むことはしなかった。

 

「ん。それで、ルズレーの方だけど⋯⋯今はまだ、セネガル家の領地で謹慎中だってさ」

「あいつも、剥奪食らったんだよな」

「ああ。また上役に金でも積んで処分を免れてるかと思ったけど、どうやら違ったみたいだ。家が家だけにあまり情報も探れなくてね、屋敷の中で休養してるってことくらいかな」

「⋯⋯⋯⋯そうか」

 

 あまり進展のない報告ではあったが、それでもヒイロは噛み締めるように呟いた。彼からすれば、ルズレーがまた悪どい手段で保身に走ろうとしないだけ吉報だったかも知れない。

 しっとりと目を閉じる横顔は常日頃のヒイロらしくなく、あまり落ち着かない。

 

 

「⋯⋯、──ああ、そうそう。一つ言い忘れていた」

 

 だからだろうか。

 クオリオはどこか観念したように、暖めておいた最後の札を早々と切ったのだった。

 

「ルズレーについてだけど、実はこの前⋯⋯ラステルから少し気になる話を聞いたんだ」

「ら、ラステル?」

「⋯⋯僕らがまだ訓練生の頃、寮のまとめ役をしてた彼だよ。君が本片手に泥だらけになった夜にだって、思い切り世話を焼かせただろうに」

「⋯⋯、⋯⋯、⋯⋯⋯⋯ああ、あの口うるせえ真面目クンか。で、そいつがどうしたってんだ」

 

 

「⋯⋯ハァ、まあいい。で、そのラステルが、ルズレーが寮から引き払う時にたまたま出くわしたみたいでね。その際に問い詰められたらしい」

 

「あン?⋯⋯問い詰められたって、なにをだよ」

 

「ああ、それがね⋯⋯」

 

 

 

 

 

「──ヒイロ。君が毎日やっていた、"鍛錬の内容"だってさ」

 

 

 

 

 

 

.



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086 カンテラの中の小さな朝

 一息入れようか。そう告げるやすぐに席を外したからだろう。

 ルズレーの話を聞き終えて、ヒイロが何を思ったのかをクオリオは知らない。

 けどもコーヒーを注いだマグカップ二つを手にクオリオが戻った時の横顔は、部屋から出る際のものと変わらない神妙なもので。

 湯気立つカップを顔に押し当てる勢いで差し出して、そこでようやくヒイロは普段の仏頂面へと返ってきたのだった。

 

「もうそろそろ寝るってのにコーヒーかよ」

「文句を言うなら飲まなくていい」

「飲まねえとは言ってねえ」

 

 ついでに、普段の減らず口ぶりもセットで。

 

「⋯⋯つか、うめえなこれ」

「僕が淹れたんだ、当然だろう」

「あ?嘘言えよ。食堂の誰かに頼んだんじゃねえのか」

「この時間に残ってる訳ないだろう。そんなに意外か」

「そうでもねえ、似合ってんよ。ほっといたら豆の種類の蘊蓄とか延々喋ってやがりそうだし」

「どういう言い草だ」

 

 あんまりな言い草だが、否定出来ないのも事実である。

 並外れた探求心と知識欲。ついには喋りたがりまで芽生えてしまっている自覚が、クオリオにはあっただけに。

 ごくりと飲んだ一口に、余計な苦味まで合わさった気分だった。

 

「それなりに、褒められたこともあるんだぞ」

「へえ。誰に?」

「⋯⋯父上に。騎士学園に入る前は、僕の朝の仕事だったからな」

「⋯⋯ふーん。甲斐甲斐しいな、坊っちゃん」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 黙り込むクオリオに、ヒイロは小首を傾げた。

 坊っちゃん呼びを咎めもしないし、誇らしげでもない。

 黒い水面に視線を落とし、コップを静かに撫でるだけ。

 横顔は、月を見て鳴く犬のようだった。

 

「ゴホン。そういえば⋯⋯いや、違うな。せっかくの機会だし、聞いておきたいことがあるんだけど」

「あァ?なんだよ」

「シュラのことだよ。君、なんて言って彼女を説得したんだ? 普通の魔獣に対しては相変わらずだけど、白魔獣⋯⋯リャムのモクモンとかには、少し態度が軟らかくなってきてるみたいだし」

「⋯⋯」

「もちろん、無理に聞くつもりはない。ちょっとした興味本位だし」

 

 なにかを誤魔化すような勢いだったが、気になっていたのは事実だった。

 あの一件にはクオリオも相当肝を冷やしたのだ。ともすれば早くも小隊瓦解の危機だったほどなのに、あれ以降シュラは変わって来ている。

 明らかに目の前の男が丸く収めてみせたという事だろう。

 安易に踏み入るべきではないとしても、やはり興味はあった。

 しかし。

 

「⋯⋯ん。別に良いんじゃねえか? 大したこと言った訳じゃねえし」

「そうなのか?」

「おう。まあ、ちょいと『俺をぶった斬っていいぞ』っつっただけだ」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯は?」

 

 好奇心は猫をも殺すというが。

 この時ばかりは、クオリオの思考もさっくり殺られたのだった。

 

 

 

◆ 

 

 

 

「────いやいやいやいや!! どういう説得の仕方だ。いや、本当に。キミは馬鹿か。いや馬鹿だけど。つくづくもうほんとバカだ」

「そこまで言うかテメェ」

「言うよ!むしろ全く言い足りないくらいだ!」

 

 全貌を聞き終えて、クオリオはつくづく目の前の男が理解の及ばない存在であることを噛み締めた。

 

「だってもう脅迫みたいなものじゃないか。君がとんでもない魔獣になりそうだって点に、無駄に説得力があるところとか質が悪いし。もっと別の言い方があっただろうに。よくシュラも納得したもんだ」

「く、言いたい放題言いやがって。だったらテメェならどう言ってたってんだ、あァ?!」

「⋯⋯そうだな。視点を変えさせてみるとか?」

「視点だと?」

「僕らは騎士なんだから、より多くを護る為の『術』を保持することもまた、魔獣にとっての脅威と考えられるだろう?」

「⋯⋯あ?ど、どういう意味だ」

「つまりだ。リャムのモクモンも君の凶悪も、白魔獣ではあるけれど魔獣を倒す為の立派な術だ。魔獣への復讐が目的なら⋯⋯騎士が保持する白魔獣を見過ごす方が、より効率的に魔獣の数を減らす事に繋がるんじゃないか?」

「⋯⋯、⋯⋯おう。確かに」

「それこそ、ヒイロがとてつもない魔獣になるリスクを減らす事にも絡められるし、我ながら悪くない説得だと思うけどね」

「ぐ、く、く⋯⋯⋯⋯」

 

 完膚なきまでの正論を前に、ヒイロはぐぬぬと押し黙る。

 本来ならばすかさず言い返しているところだが、実際シュラにも滅茶苦茶だの支離滅裂だのと言われてただけに、言い返せないのだろう。

 そんなルームメイトの様子を、我が身を振り返させる良い機会だと思いつつ、零れそうな溜め息をコーヒーで流し込むクオリオだった。

 

(『憎しみ全て注がなければ、魔獣と化した自分には勝てやしない』か⋯⋯⋯⋯はあ。情けない。僕も大概毒されてるよ)

 

 しかしクオリオはクオリオで、我が身を振り返らなくてはならない。

 常軌を逸したヒイロの説得。けれどもふと思ってしまうのだ。

 自分がもし、魔獣への憎しみを募らせる過去があったとして。

 シュラと同じように衝突し、ヒイロにそう言われてしまったら。

 

(⋯⋯滅茶苦茶でもコイツなりの理屈なんだ。馬鹿げていても真剣なんだ。だからこそ逃げ道も作らせてくれない。本当に、つくづくたちが悪い)

 

 きっと、彼女と似たような結論に落ち着いてしまう自分が、呆気なく簡単に想像できてしまって。

 なのにどうにも嫌な気分にならない事こそが、ヒイロに毒されてる何よりの証だった。

 

(シュラ。きっと君も、そう思ってしまったんだろうね)

 

 同情するよ──と。

 そう同じ穴のムジナは苦く笑って、天井を仰いだのだった。

 

 

 

 

.



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087 詩われし新たな光

作品のあらすじをほんの少し変更+タグを一つ追加しました


 梅雨の残り香も幽かな、レオの月(七月)の第一週。

 

 ちぎれて流れる風景に重なる馬蹄と車輪の音。渓谷沿いの空気は湿気が多くけどもベタつかない。陽射しが強いからだろう。

 洗濯物を干すのに躊躇わない程度の爽やかな気温が、騎士任務の道中って事を忘れさせるくらいには風情があった。

 

「ぅー⋯⋯ぁー⋯⋯」

 

 なお、今のはちょっとした現実逃避である。

 至近距離から呻き声が聞こえれば、風情もへったくれもありゃしなかった。

 

「シュラ姉、だいじょぶー?」

「だい、じょぶ、ない。ぐるぐるして、きつい」

「やれやれ、まさかシュラが馬車が苦手だったとは。意外な弱点があったものだね」

「クオリオさん、苦しんでるんですから物珍しがる言い方は駄目ですよっ。少し待ってくださいねシュラさん。今、酔いにも効くユモギクサの薬瓶を⋯⋯モクモンっ」

〘モクモッ!〙

 

 ルズレーにあんだけ人は変われるって訴えた俺ですが、そう簡単にはいかないらしい。

 青い顔のままグデーっと俺の肩にもたれかかるシュラを見れば、その世知辛さはひとしおでしたよ、ええ。

 

〘モククッ〙

「もくくって⋯⋯ぁー⋯⋯落ち、ぶれたもんね。白魔獣に、施しを、受けるなんてね⋯⋯」

「気取ってる場合か。さっさと飲めや。あと、いつまでもたれかかってやがる」

「だって。まっすぐだと、響くしがくがく揺れるし。これなら、マシなの。だから。文句はなしよ。斬るわよ⋯⋯」

「ヘバり顔で脅すんじゃねえ」

 

 背筋を伸ばすと揺れが辛いのか、もう動くのさえ億劫なのか。シュラが離れる気は無いらしい。こちとらいつリバースされるか、ってハラハラして仕方ねえってのに。

 でもなんだかんだ、モクモンから薬瓶を受け取るくらいには、シュラの心境も変化が訪れてるらしい。

 リャムもほっと胸を撫で下ろしてるし、良い傾向ってやつかな。

 

「道中も任務の一環だというのに、毎度毎度、なんと賑やかしいことか。貴様らの姦しさで、此方の手綱捌きまで狂いかねんぞ」

「わ。もしかしてたいちょーも馬車酔いだったり?」

「単なる皮肉だ、シャム・ネシャーナ」

 

 一方で少しは落ち着けとばかりに溜め息を落とすのは、馬車の手綱を握るシドウ隊長だった。曲者揃いな面子が集まってる小隊だからか、こんな風に小言を零す姿も板についてるもんである。

 まぁシャムのみならず、かくいう俺も時たま羽目を外しちゃうし、隊長を悩ませる原因だって自覚はありますけどね。へへへ。

 

「ジオーサの町まで、もう間もなくである。今のうちに各々、心構えを改めておけ。かような呑気さでいられるのも、恐らく今のうちだろうからな」

「へ?どういうこと?」

「貴様らはまだ、騎士という身分がどういう捉え方をされているのか。その現実を、まだ知らぬということだ」

「捉え方、ですか?」

「うむ。リャム・ネシャーナよ。"騎士たること、即ち何よりもの(ほま)(なり)"。浮かれがちな成り立ての騎士ほど、そのような理想めいた自覚を持ち続けるものだ。だが現実は当然、誰もがそう仰ぎ見てくれるものではない。欧都より遠くに離れれば離れるほど、貴様らとて嫌でも実感するだろう」

 

 騒ぎ立てる俺達に浮き足立ったものを感じたのか、ピシャリとシドウ隊長が手綱をしならせる。単なる脅し文句じゃなく、どうにもならない憂いを乗せたような釘刺しだった。

 

「遠けりゃ遠いほどか。ってンなら、ジオーサの町じゃあ俺達は⋯⋯」

「うむ。まして此度我らを招いた相手はジオーサではなく劇団であるし、遠方ならば騎士に対する反感を持つものも多いだろう。手厳しい対応をされることも、考慮しておくのだな」

「⋯⋯フン」

 

 心なしか右肩に重みが増す。

 以前から誰彼問わず匂わされてきた、騎士の腐敗と信頼感の喪失。そんな不穏な実感が、今回の護衛任務でいよいよのしかかって来るのかも知れないな⋯⋯なんて。

 

 

 そう思ってた時期が俺にもありました。

 

 

「いやはや、これはこれは。遠路はるばる、よくぞ我がジオーサの街までお越しくださいました、レギンレイヴ小隊の皆様方!!」

 

 えー。はい。まさかのめっちゃ歓迎ムードなんですけど。

 町長さんっぽい御方が腰を折りつつ、揉み手に笑顔がキラッキラなんですけど。

 

「申し遅れました、私はこのジオーサの町長、ハボックでございます。ワーグナーの団長殿から、此度の護衛要請をお聞きしましてな。我々は皆様を歓迎致しますぞ」

「う、うむ⋯⋯ハボック殿の懐深き対応、感謝致す」

「いえいえそんなそんな。アスガルダム国民として当然であります。わっはっは!」

 

 お構いなしに両手を握り、ブンブンと振る。

 聞いてた話と百八十度違うやん。どーいうことなの。

 そう言いたげに隊員一同でシドウ隊長を見るけども、当のシドウ隊長も予想外だったらしい。握手をしつつも、その鉄面皮を驚きに崩していた。

 というかね、町長さんの笑顔が凄い。もうニパーッて感じで。彼の指にはまるでっかいダイヤモンドの指輪にも勝る輝きっぷりだ。ぶ厚い顔立ちも相まって、圧すら感じるべったりとした笑みだった。

 

(うーん。まさかここまで歓迎ムードとは。この俺の目を持ってしても見抜けなんだ)

《マスターって割と節穴じゃん。てか、隊長さんが単に大袈裟に言っただけじゃないの?調子に乗りやすいマスター達にビシッというためにさぁ》

(まぁ、それはあるかも。でも、シドウ隊長も相当困惑してるっぽいんだよなぁ)

 

 別に悪い事じゃないんだけど、ある意味肩透かし感は否めない。というか、ぶっちゃけ俺でも不思議に思うくらいだった。

 俺とシュラがコルギ村を訪れた時、かなり切羽詰まった事情があったのに騎士に対する不信感やら失望は見て取れたのだ。

 

「さてさて、ところでところで⋯⋯ふむふむ。灰色髪の乙女に、十字前髪の赤き青年。どうやらこちらのお二方で間違いないようですな」

「⋯⋯あァ?」

「っ⋯⋯なにか?」

 

 けれど、この疑問は直ぐさま解消されることとなる。

 不意に俺とシュラにぐいっと顔を近付けては、うんうんと頷くハボック町長の言葉によって。 

 

 

「このハボック、是非とも、是非ともっ、お会いしたかったのですよ!!コルギ村を襲った悪夢を見事打ち払ったという、若き英雄騎士のお二人⋯⋯!

 エシュラリーゼ・ミズガルズ殿と。

 ヒイロ・メリファー殿とねえ!!!」

 

 

 

 

 ⋯⋯ほう。英雄騎士とな。

 ⋯⋯⋯⋯えっ、俺のこと?

 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯マジで?

 

 

 

 えー。

 

 拝啓、女神様へ。

 

 ついに、俺の努力が報われる瞬間が来たかも知れません。

 

 泣きそう。

 

 

 



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088 ワーグナー劇団

 

「ククク⋯⋯クックック⋯⋯」

 

 上色一面を覆うどんより雲もなんのその。

 ジオーサの街並みをらんらんと歩む今の俺は、ご覧の通りに有頂天だった。

 

(遂に⋯⋯遂に俺にも武勇伝がっっ!)

 

 先頭を行くハボック町長から。あるいは行き交う町の人々から、今もバシバシ向けられる尊敬の眼差し。

 英雄騎士と持ち上げられている現状。

 これに全くの心当たりが無いほど、俺は鈍感じゃあない。

 

(コルギ村を救った"英雄騎士"か⋯⋯ハウチさんめ。嬉しいこと言ってくれるねえ)

 

 どうにもハウチさんやコルギ村の人達が、村に寄った行商人や吟遊詩人に俺達の活躍を喧伝してくれてるらしい。

 現代と違って娯楽の少ないこの世界じゃ、誰かの武勇伝も立派な娯楽になるんだとか。

 いわく、善良なる騎士。貧しき民の味方。産まれたての赫き英雄。悪夢を終わらせる者などなど。

 シュラがぼそっと『盛りすぎでしょ』と零すくらいの讃えられっぷりだ。そら有頂天にもなりますよ。

 

「いやはや、それほどの御仁にこうして我が町を案内出来るとは光栄ですなぁ。新進気鋭とはいえ、その活躍には私共も是非ともあやかりたいと思いましてねえ!」

「フン、いくらあやかろうが減りゃしないんだ、好きなだけあやかりやがれ」

「おほ、度量の深いお言葉。流石は音に聞こえし英雄!わはははは!」

「クハハハハ!」

「⋯⋯ハァ。調子に乗り過ぎだろう」

「あはは。そこがヒイロくんの良いところですし」

「あのバカを無理にフォローしなくたって良いわよ」

「むむー、ヒイロンめ。既に活躍してたとは小癪なり!」

 

 ふふふ(ひが)むな僻むな。確かにすんごいベタ褒めだけども、俺が頑張ったのは事実だし。称賛なんていくら受けたって良いんだから。

 

「⋯⋯ハボック殿。町の案内はありがたいのだが、そろそろ我らの依頼主と面通しを願いたい」

「おお。これは失敬、つい熱が入りましてな。このまま審問会の面々にも是非お会いして欲しかったのですが、遠くより越していただいた騎士様にわがままを言う訳にはいきますまい」

「⋯⋯審問会?」

「このハボックを始めとした七人ばかりの、ちょっとした議会の様なものでしてな。当然本国の『十二座』とは比べるのもおこがましい程度のものですが」

 

 隊長の追求にそうへりくだるハボックさん。

 審問会かぁ。なんか仰々しい響きだけども。

 けど『十二座』ってアスガルダムの国政を決める議会の事だろ。そのしょぼいバージョンってことだから、町内会みたいなもんかね。

 そう思えば印象も和らいだもんだけど、シドウ隊長は隻眼をスッと細めるだけだった。

 

「おっと、またも無駄話を。ではではこちらへ。劇団の皆様ならば今も広場にて作業中のはずですぞ」

「⋯⋯広場で作業を?」

「ええ、ええ、そうですとも! 慰安業務ということで、劇団の皆様には我らの希望を汲んでいただき、此度披露していただく『演目』⋯⋯そして!!

 

 

 

 我が町の広場を『劇場』に仕立てていただいたのですな!!」

 

 

 

 

 

 

 

「おおおー!!」

「はわぁ、凄いですね」

「まあ、なかなかやるわね」

「大層なものだな」

「す、素晴らしい。さすがは劇団ワーグナー⋯⋯」

 

 案内のもと辿り着いた先で、俺達は揃って圧倒された。

 ここまで見てきたジオーサの小さな町並み。ささやかな往来。だから広場といっても見合った想像は出来ていたんだけども。

 

「こいつは、とんでもねえな」

《はえー、真っ黒なオニオンみたい》

 

 広場にデンと構えられた、全体が黒布で覆われた建築物を見れば、ヒイロフィルターとて貫通もするわ。クオリオなんてもう素晴らしいを連呼してるし。

 

「驚きますでしょう? こちらがワーグナー劇団の方々がご用意してくださった、組み立て式の劇場なのですよ!」

 

 劇場。これが。まるでサーカスのテントみたいだ。

 しかも組み立て式って。なにそれ。実際に組み立てる瞬間、くっそ見たかったんですけど。

 

「それではそれでは、いざ中へと参りましょうか。フフフ、ご安心を。羊頭狗肉なんて事は決してありませんぞ!」

《なんで町長さんが自慢げなんだか》

(そーゆーこと言うんじゃありません)

 

 さも自分のことの様に誇らしげな町長さんの満面のダイヤモンドスマイルには、俺も凶悪と同じ感想を抱いた。とはいえはしゃぎたくなる気持ちも分からんでもない。

 なんて詮無きことを考えつつも、俺達はハボックさんが導くカーテンドレープの入口を潜った。

 

「⋯⋯すげえ」

 

 率直な賞賛が落ちるほど、劇場の内部も立派だった。

 天井に吊るされた光源と、複数人がずらっと座れる長椅子の列。そして正面には奥行きの広い舞台が立ち、木材や金具を肩にした作業員達が忙しく歩き回っている。

 まさにTHE・劇場。組み立てのレベルじゃない。

 ハボックさんの言う通り、羊の頭はちゃんと中身まで羊だってことだろう。

 

「ようやく来たか」

 

 そんな風に俺達が劇場の出来に感心してた時だった。

 奥の方からカタッと靴音響かせて、やたらと存在感のある三人組が現れて。

 

「ほう。ふむふむ、ふんふん」

(えっ、なに急に)

 

 先頭の長身痩躯の男がピタッと立ち止まるや、前触れもなく長い黒髪をバリボリと掻きながら、何故だか俺の顔をジィィィィッと覗きこみ⋯⋯告げた。

 

 

 

「よし。

 よし。

 おい、悪人顔のお前。

 

 

 一役くれてやる。私の舞台に上がるがいい」

 

 

 

 

 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ファッ!?!?

 

 

.

 

 



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089 ヒイロ・テクニカル・ノックアウト

 

 さながら通り魔にあったような衝撃だった。

 

「は⋯⋯?」

 

 急に現れて急に舞台に上がれとか。口ぶりからしてこの人、劇団長だよな。え。つまり。俺に劇に参加しろってこと?

 いやいや。ちょ、ちょっと突然過ぎて頭ん中真っ白だわ。

 

「へえ。まさかいきなり劇団長に目をつけられるとは、ラッキーなボーイが居たもんだな。ヘイ、我らがドルド劇団長。一体彼のどこに惹かれたんだい」

「決まってるだろう。顔だ」

「⋯⋯ハハ、劇団長はいつだってそうだ。言葉手短に要求をおっしゃる。俺達キャストはいつだって振り回されるんだから困ったもんだ。なあローズ。キミもそう思わないか?」

「⋯⋯珍しく貴方と同意見ね、マーカス。劇団長の思いつきにも困ったものだわ」

 

 衝撃のあまり動けない俺達の代わりに前へと出たのは、三人組の残り二人だった。

 胸元をはだけさせたピンクのシャツが妙に似合ってる金髪イケメンと、ラメ入りのドレスが艶っぽい紅い長髪の女性。

 それこそ腕組んでレッドカーペットを歩いてそうな美男美女に顔を出されて、ざわついたのはクオリオだった。

 

「ま、まま、マーカス・ミリオとローズ・カーマイン⋯⋯ほ、本物だぁ」

「なに興奮してんだクオリオ」

「興奮するに決まってるだろう!ワーグナー劇団の二枚看板だぞ!設立当初から看板として活躍し、貴公子(プリンス)の通り名で愛される名俳優『マーカス』! さらに去年の春から入団したにも関わらず、高い演技力と美貌でもってあっという間にマーカスに並んだ銀幕の女王『ローズ』だぞ!!そりゃ興奮するとも、しなくてどうする!!」

「お、おう」

 

 どうしよう。いつものクオっちじゃない。

 舞い上がり過ぎてバグってますやん。ファン丸出しじゃないか。見ろよ。お前の勢いに小隊のみんなも、二枚看板さんも若干引いてるぞ。

 思わぬ熱狂ぶりに空気が塗り替わって、クオリオもようやく気付いたんだろう。慌てて咳払いしてそっぽを向くけど、もう手遅れ。

 シャムのニヤニヤした視線に、クオリオは心底居心地悪そうに背中を丸めていた。

 

「熱狂的なボーイのおかげで自己紹介の手間が省けたな。よろしく、ナイトの諸君。俺のことはプリンスでもマーカスでも、好きに呼んでくれ。出来れば愛を込めて」

「ローズよ。生憎だけれど、どうでもいい連中からの愛なんていらないから、お仕事に励んでくれれば結構」

「おいおい冷たいな。せっかく噂の英雄騎士殿らも呼んで貰ったってのに」

「英雄騎士、ね⋯⋯」

 

 ハボック町長もそうだったけど、俺達がコルギ村の困難を解決したって事は劇団の人達も知ってるのか。

 いや、ひょっとしたら劇団側が町長に教えたのかもしれない。そもそも護衛を依頼したのも劇団らしいし。

 それにしては、マーカスと比べてローズの態度は冷たかった。お世辞にも友好的とは言えない。

 その証に俺を値踏みするように凝視しては、不機嫌そうに鼻を鳴らす始末だった。

 

「アッシュ・ヴァルキュリアの方は噂通り、箔に劣らない存在感に美貌。けれど貴方のほうは想像以下。まるで騎士らしさが無いじゃない。そこいらのゴロツキって風情だけど」

「あァ? なんだテメェ。喧嘩売ってんのかこら」

「まさか。争いって同じ程度の間でしか起こらないものよ? 身の程は弁えるものだわ」

「こ、このアマァ⋯⋯!」

《わお。女優さんってば言うねえ。バチバチだー》

 

 えー。なに。なんなのこの女。

 こんなにも喧嘩腰なの、シュラかルズレーくらいだぞ。

 さてはあれか、俺が劇団長に指名されたのが気に入らないって感じか。うん。ぶっちゃけ気持ちは分からんでもない。

 けど言われっぱなしで済ませるほど、俺は我慢強くなかった。

 

「ハッ。さっきの話を聞いてなかったのかよ。俺はテメェんとこの劇団長にご指名貰った男だ。だってのに随分と好き勝手言えたもんだなオイ」

 

 そう。俺はいわばこの劇団のトップからちょっとしたスカウトを受けた立場だ。つまり俺の第一印象を批判するって事は、トップの眼を疑うってことと同義。

 ぐふふ、どうよ。これにはぐうの音も出まい。

 我ながら完璧な反論を言えたもんだとほくそ笑む俺だった──が、しかし。

 

「ご指名ねえ⋯⋯舞い上がっちゃって。貴方、勘違いしてるわ」

「あァ?勘違いだと?」

 

 返って来たのは、超絶ヘビーなカウンターだった。

 

「ええ。だって劇団長がやらせようとしているのって⋯⋯『悪徳貴族の取り巻き役』だもの」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯えっ」

(えっ)

《ぶはっ》

 

 えっ。なんですと。悪徳貴族の、取り巻き?

 おう。おおう。あの僕、一応この物語の主人公なはずですけど。

 

「悪徳貴族の、取り巻き?」

「あー。そうだぜボーイ。キャストはいるんだが、ガタイは良くてもいまいち優男な風貌でな、劇団長はそこが不満だったらしくてな。そこでボーイの⋯⋯」

「顔だ」

「⋯⋯まあ、そういう意味でお眼鏡に叶ったって訳さ」

「なん、だと⋯⋯ち、ちなみに台詞量は?」

「三行よ」

「は?」

「ぶふっ」

「ぐ、ぷふゅぃっ」

《ぷひひっ、三行!たった三行って!うあははははっ!!》

(わ、笑うなァァァ!!!)

 

 おい。いやおい。三行ってなんだよ。もはやモブと変わらないじゃん。

 あのー!主人公っすよね自分!

 そこは主役に大抜擢とかであれよ!何にビビッと来たってんだよ劇団長さんは!嘘だと言ってよルズレー!

 ちくしょう。なにが腹立つってこっそりツボってるシュラとシャムが腹立つ。クオリオもニヤニヤすんなっ。オロオロしながら俺を気遣うリャムの爪垢飲ませたろか!

 

「ぐ、ぐぬぬ、ぐぬぬぬぬぅ⋯⋯!」

「あら、とっても良い顔ね。本当は素人を舞台に上げるのなんて反対だったけれど、そのやられ役っぷりはお見事。劇団長の推薦、私も賛成しちゃおうかしら」

「てっ、テメェェェェ⋯⋯ッッ」

《うひゃあ、緩めないねえ。この女優さんとは仲良く出来そう。あはは》

 

 ここぞとばかりに叩き込むローズの、なんと憎らしいことか。

 まさに悪女然とした笑みは皮肉なほどに美しく、名前に恥じない薔薇の棘っぷり。ツンツンってレベルじゃねえ。

 

「あ、生憎だが、俺は騎士として此処に来てんだ⋯⋯せ、せっかくの申し出だが、お断りさせてもらうぜ」

「あらそう、残念」

「ぐっ、このアマァ」

 

 ちっとも残念そうでもないくせっ。

 くそう、いかん。このままじゃ負ける。

 けど折れるな俺。ここで言い返せねば俺が廃る。大丈夫俺は主人公いけるいける!

 そう意気込みながら、俺は圧倒的劣勢を覆すべくビシッとローズを指差して、挽回の宣誓を叩き込んだ。

 

「──良く聞きやがれ性悪女ァ!

 俺はヒイロ、ヒイロ・メリファー! やがてテメェなんぞ目じゃねえくらいの高みに至るべき男だ! だから端役なんぞこっちからお断りよォ!

 いいかっ!俺様になにかを演じて欲しいなら、主人公役くらい持って来やがれえ!」

 

 言ってやった。ビシッと。

 言ってやったつもりなんですよ。

 けど、悪女はまるで気圧された様子もなく。

 むしろ咲き誇る薔薇のように、にっこりと微笑んで。

 

 

 

 

 

 

「それ、言うなら劇団長にじゃないかしら?」

「⋯⋯⋯⋯おっしゃる通りだちくしょうがァァ!!!」

 

 

 

 返しのマジレスパンチに、負け犬の咆哮が虚しく響き渡るのだった。

 

 

 

 



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090 想い出は遠くの日々

 

 とある有名なスポーツ大学のヘッドコーチの名言がある。

 

『例えどんなに優れた選手であっても、敗けたことがない者など居ない。

 だがその中でも一流の選手は、自分のそれまでの努力に報いようと、すみやかに立ち上がろうと努める。

 並の選手は、立ち上がるのが少しばかり遅い。

 けれど敗者とは。いつまでもフィールドに横たわったままなのだ』

  

 そう、つまりこの名言を今の俺に当てはめるならば。

 いかにあの性悪女優の言葉に打ちのめされようとも。

 屈辱に塗れようとも。

 最終的に立ち直れば、それすなわち。

 俺の勝ちなのである。

 

 

「改めてお前らに言っておく。

 俺はヒイロだ。アスガルダムの騎士、ヒイロ・メリファーだ」

「は、はい」

「うんうん」

「確かに俺は華のねえ悪人面かも知れねえ。華々しい芸能の世界と比べれば、見向きもされねえ石っころなのかも知れねえ。

 だが──この俺の胸に灯る火は!熱く燃えたぎる志はッ!

 どんな夜闇でさえ花開く、気高いもんだと誇って言えらァ!」

「ひ、ヒイロくん。その意気です!」

「いいよーヒイロン!しまっていこー!」

「おう、そうとも。俺は偉い。そんでもってあの性悪に言われっぱなしで終わる男じゃねえ!テメェらもそう思うだろ猫姉妹!」

「は、はい!思いますっ!」

「ようし高まって来た!いいぞテメェら!もっとだ!もっと褒めろ!」

「えっ。は、はい!え、えと⋯⋯ヒイロくんは凄い!」

「ヒイロンはすごーい!」

「まだまだァ!」

「ひ、ヒイロくんはかっこいい!」

「ヒイロン仕上がってるよー!」

「もっともっとォ!」

「ヒイロくんはリッパ!ヒイロくんバンザイ!」

「ヒイロンさいこー!パワーー!!」

「よおーしよしよし!みなぎってきたぜええええ!」

「いえええーい!!!なんか良くわかんないけどおもしろーい!いっええーーい!」

「⋯⋯うう、さ、流石にちょっと恥ずかしいよぉ⋯⋯」

 

 

 

 

「ねえ。なによあれ」

「僕に聞くな。ちょっと今、他人のふりで忙しい」

「⋯⋯痛恨の馬鹿共めが⋯⋯」

 

 

 こうしてネシャーナシスターズが結成した「ヒイロを応援し隊」からの熱い激励により、俺は見事立ち直った。

 なおこの隊はシドウ隊長の怒りの拳骨と共に、即日解散とされたのだった。

 鉄拳制裁されたのは、主に俺だけど。

 

 

 

 

 

「さて、総員傾注。これより今回の護衛任務にあたっての情報整理と行動を提示する。各々、聞き逃しのないように」

 

 さて、ところ代わり俺達は劇場から広場へ。

 俺の劇的な復活を見計らってか、シドウ隊長は普段の厳粛な雰囲気を発しながら、直立する隊員達を見渡した。

 

「まず初めに、此度の護衛任務が要人警護ではなく、町全体の警備となることは貴様らにも理解出来よう。依頼自体は劇団からの申請だが、別段彼らが何かしらの脅威にさらされている訳でもない。想定される敵性は(もっぱ)ら、外から来る魔獣や盗賊団であろう。差し当たって、我らがすべき業務は⋯⋯ベイティガン、述べてみよ」

「⋯⋯基本は町内の警邏。町の出入口の警備でしょうか。ハボック町長の話では、この町は北と南に小さな門があり、それ以外は外壁で塞がれているようですし」

「うむ。加えて周辺の警邏も必要だな。神出鬼没の魔獣が町へと近付くのを、未然に防ぐことも肝要である。門の警備に関してはジオーサ側にも門番役がいるので多少は任せても良いだろうが」

「へえ。任せっきりって訳じゃないのね」

「首都から離れた地にある町村は、自警の意識が高いものだからな」

「じゃあ、門番は町の方々にお任せするってことですか?」

「全てではないがな。ある程度は我らも門番を務める事になるだろう」

「うへえ。ウチ、じーっとしてるの苦手だなぁ」

「⋯⋯」

 

 ぶっちゃけ俺も苦手だ、とは言わない。シドウ隊長に睨まれたくないし。けど思ったより護衛任務の要点は分かりやすいな。ようは主に町の中と外をパトロールするのがメインって事だろう。

 

「ともかくだ。ドルド劇団長からうかがった話によれば、公演日は明後日の午後からとなる。各隊員、くれぐれもぬかりのないように」

「うーん。門番に警邏かぁ。なーんか地味だなぁ。これなら普段の討伐任務のが刺激的だしー」

「ね、姉さん」

 

 うん。シャム。ぶっちゃけ俺もそれは思った。でも言わない。 

 だってほら、シドウ隊長の隻眼がそれはもう恐いくらいに吊り上がってるし。

 

「ふむ、刺激か。ではシャム・ネシャーナよ。貴様は主に私と任務にあたって貰うとしようか。任務中に少しでも気がゆるんだら⋯⋯お望みの刺激をくれてやるとしよう」

「ふにゃっ!?」

 

 あーあ、言わんこっちゃない。

 隊長からの無情な宣告に、がっくりと膝をつくシャム。可哀想だし、後で俺とリャムで「シャムを励まし隊」でも結成してやるか。

 

(演劇か。どんな演目やるんだろうな)

 

 ちらっと視線を逸らせば、そこには黒い幕で覆われた劇場のテントがある。

 あの中では本番に向けての余念を無くすため、リハーサルが行われているのだろう。

 

(あの人も、張り切ってんのかね)

 

 思い浮かぶのはやっぱり女優のローズだ。

 ずいぶんキツい言われ方をしたもんだけど、あれも第一線で活躍する役者としてのプライドが許さなかったのかも知れない。そう思えば、言い負かされた悔しさも薄れていく気がした。

 

「確かに護衛任務とは、討伐任務に比べいささか受動的ではあろう。だが任務である以上、決して気を抜いて良いものではない。各員、それを肝に命じよ。特に⋯⋯ヒイロ」

「あ?俺か?」

「貴様に決まっておろう。良いか。再びドルド劇団長から勧誘されようとも、その時は。分かっているな?」

「⋯⋯フン、言われるまでもねえよ。ちゃんと断る。これで良いんだろ」

「うむ。ならば良し」

 

 釘を刺してるつもりなんだろう。じっとりと睨めつける隊長の視線は、口ぶりとは裏腹にちっとも緩められる気配がない。

 けど、これはシドウ隊長の懸念は取り越し苦労ってやつだ。

 また劇団長が俺を誘ったとしても──いや。

 

(⋯⋯"最初っから"そんなつもり、無かったしなぁ)

《ふーん。それって最初からあの劇団長の誘い断るつもりだったってこと? 意外だねえ》

(まあな。でもそんなに意外か?)

《そりゃあね。マスターっていえば馬鹿がつくほどの目立ちたがりだしい。あ、それとも男の子の強がりってやつー?》

(⋯⋯いんや。割と本心で平気だけど)

 

 目立ちたがりってのは今更否定出来ないけど。

 嘘偽りない本心だった。

 ローズが言うような負け惜しみでもない。

 むしろ、そっちの方がまだ良かったのかもしれない。

 

 

(凶悪⋯⋯言っとくけどさ。

 自分以外の誰かを演じるって、そんな簡単なことじゃないんだよ)

《⋯⋯え?》

 

 

 

 

 

『はい、誕生日プレゼント。

 ははは、びっくりしたかい。ほおら、開けてごらん。

 どうだい?欲しかったゲームだろう?

 おばあちゃん、ちゃあんと覚えていたんだから。

 ねえ、それで合ってるだろう?

 合ってるよねえ。

 

 【 】ちゃん?』

 

 

 

 

 カタンッ、と。

 古びたシーリングライトの紐糸を引っ張るように。

 目の奥の神経を、さびついた思い出が刻んでいる。

 じわりと膿んだ様な理由(痛み)が、まだ俺の中で燻っている証だった。

 

 

 

 

.



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091 審問会

 

 警邏、警備、門番。

 交代時間、メンバー、巡回ルート、エトセトラ。

 ジオーサ周辺の地図を広げながら、隊長がそれらを俺達に説明し終えた頃にはもう空には夕暮れが忍び寄って来た。

 

 そんでもって茜色のついでとばかりに俺達へと忍び寄って来たのは、相変わらずのダイヤモンドスマイルをちらつかせるハボック町長だ。彼はいかにも申し訳なさそうな顔で、シドウ隊長にある要望を囁いてきた。

 いわく。騎士団の方々を審問会の皆に是非とも紹介したいとのことで。

 

 いざ護衛任務開始という出鼻をくじかれたからか、若干渋い顔をしつつも、やっぱり無下には出来ないんだろう。

 到着直後の焼き直しの如く、意気揚々と先導する町長の後ろをついていく俺達なのだった。

 

 

 

 

「おお、お待ちしておりましたよ」

「活躍はかねがね。よくぞお越しいただきました」

「御足労、感謝」

「ひひひ、ワガママ言ってすまないね」

 

 審問会の集会所を訪れるなり俺達を出迎えたのは、四人の初老の方々だった。

 みんなハボック町長と同じぐらいの年代か。言葉尻こそ個性が出てるが、さながら選挙演説のワンシーン見たく俺達に握手を求める彼ら。揃って圧みのある満面の笑みを浮かべている辺りも、町長さんと共通してる。

 けれどもっとも目を惹く彼らの共通点といえば⋯⋯それぞれが身につけている装飾品のいずれにも、大粒のダイヤがあるところだろう。

 

(うっわ。イヤリングにネックレスに、バンクル、ブローチ⋯⋯全部ダイヤじゃん。ダイヤ尽くしじゃん。なんだこれ)

 

 何カラットがどうとかまでは知らなくとも、小さめのドングリくらいの大きさともなりゃ、相当な高額だって事くらい俺にも分かる。ひょっとして町内会ってより、資産家達の集い的なニュアンスだったりするのか。

 

「うにゃあ!あっちもこっちもすっごいダイヤだ!キラキラだぁ! すんごいねこれ、お金持ち集団?」

「ね、姉さん。そんなにはしゃがないで⋯⋯でも本当に凄いですね。ダイヤの装飾品が審問会に入会する条件とかなんでしょうか?」

「む、ははは。いやなにいやなに、決してそういうわけではありませんぞ、騎士のお嬢さん。これは単なる嗜みの延長のようなもので」

「左様、左様」

「ひひひ。強制って訳じゃあないさ」

「まあ、あくまで自主的なもの」

「そういう意味では、私共の結束の証ともいえるかな」

 

 結束と言うだけあって、審問会委員の息はぴったりらしい。

 ご老人ならぬ五老人のダイヤモンドスマイルには、俺達をたじろがせる妙な圧があった。。

 

「改めてではありますが、ご挨拶を。我らはジオーサの審問会。噂に聞いた御二人を含んだレギンレイヴ小隊の皆様とは、是非ともお会いしたかったのですよ」

「然り、然り」

「⋯⋯大した歓迎ぶりね」

「わはは。それはもう。なにせ先月に魔獣の脅威に恐々としたばかり。そこに新たなる英雄騎士の到来ともれば、私共としては心強きことこの上ない」

「貴方がたほどの騎士様が警護してるといえば、魔獣のごとき⋯⋯いやさ、あの【舐めずる影】とて恐れをなして一目散に逃げ出すでしょうな!」

「左様、左様」

「ひひひ、裸足で回れ右さね」

 

「──【舐めずる影】だと?」

 

 舐めずる影って。

 なにそのじっとりとした不穏な響き。

 

「たいちょー知ってんの?」

「うむ。近年、巷を騒がせ続けている有名な辻斬りだ。騎士団のブラックリストに入ってる賞金首でもある」

「つ、辻斬りですか⋯⋯」

「名前は僕も聞いたことがある。あまり詳しくは知らないけど、相当に腕が立つ輩らしい」

(賞金首か⋯⋯ロマンだなぁ⋯⋯)

《えー、浪漫って。むしろ騎士とかと対極じゃない?》

(いやいや、ハードボイルド系な作品だと結構定番じゃん。襲い来る賞金稼ぎ達を、ちぎっては投げちぎっては投げ、みたいな)

《はぁ。まーたマスターの悪い病気が》

 

 凶悪には呆れられてるけど、実際硬派な物語じゃ王道なんだよな。悪の政府だかに反発するレジスタンスものとか、ダークヒーロー系の創作物じゃあ、主人公が賞金首って設定も珍しくないし。

 そういうのもかっこいいよな。俺の好む王道じゃあないけども。

 

(【舐めずる影】か⋯⋯通り名はちょっとアレだけど、会ってみたいな)

 

 なんて風に、ああだこうだと胸を熱くさせていれば⋯⋯ふと、シドウ隊長がある一点をじいっと見据えていた。

 

「ところで一つ、不躾(ぶしつけ)ながらも尋ねてよろしいか?」

「ええ、ええ。なんなりと」

「ふむ。あの奥の部屋は一体なんなのだろうか? やたらと施錠がされているが」

 

 なんだろうと隊長の促す方を向いてみれば、不躾だって前置きをしつつも尋ねた理由がひと目でわかった。

 目線の先には、一枚の扉。ただし、その扉には複数の錠前やら(かんぬき)やらでガッチガチに固められていた。 

 

「⋯⋯ああ。あちらの部屋は『保管室』ですよ」

「保管室?」

「ええ、ええ。ジオーサの町内政策に使われた予算帳簿や町民の戸籍情報などなど、貴重なものを保管している⋯⋯ただそれだけの部屋ですぞ」

「ほう。防犯意識が高いようでなによりだ」

「少しばかり過剰な心配に映るやもしれませぬが、しかしこの町の長としてはこれくらいの意識は、ええ、はい」

(防犯意識ってレベルかこれ⋯⋯もう金庫室って感じだけど)

 

 いや、戸籍情報とかも充分大事っちゃ大事だけどさ。

 あれ絶対開けるの面倒臭いっしょ。白魔術の『施錠』を使っても、ちょっと手間取りそうだし。

 試しに住民情報見せて、とか言ってみようかな。いややっぱ止めとこう。審問会の人達の笑顔の圧がヤバいことになりそうだし。

 

(顔に似合わず心配症なんだなあ、ハボックさん)

《心配症ねぇ⋯⋯ボクはちょっと怪しいと思うけどなー?》

(怪しいってなんだよ)

《えー。だってさぁ、あんなにまでガッチガチにするなんて、よっぽど見られたくない秘密でもあるんだって思わない?》

(そりゃ帳簿とか戸籍情報とかはあんまり見せるもんでもないし)

《いやいやそんなんじゃなくって⋯⋯あっ。じゃあさじゃあさっ、今度こっそり入ってみる? マスターの白魔術が珍しく活躍するかもよー?》

(珍しくは余計だっての。てかそんなことしたら俺が小隊にとっ捕まるじゃん)

《なんだよもー。バレなきゃセーフでしょー!》

(バレたら一貫の終わりでしょーよ!)

 

 よっぽど悪いことしたいんだろう。

 脳内で子供見たくやいのやいのと騒ぎ立てる凶悪から、逃れるように俺は視線を逸らした。

 

(⋯⋯見られたくない秘密、ねえ)

 

 窓の外、夜の帳がそろそろ降りてくる。

 もしかしたら、近い日に雨でも来そうな空模様。

 宝石の煌めきでも隠れてしまいそうなくらい、どっぷりとした暗雲が。

 茜に染まる空色を、じわじわと呑み込んでいた。

 

 

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092 Ivy And Irony

 明くる日も、昨日を引きずったような雲空だった。

 

 重い空模様が物足りないんだろうか。低く飛ぶ鳥が鳴き声もあげずに、ジオーサの通りを練り歩く俺とシュラとを追い越した。

 歩き回って、かれこれ一時間近く。とはいえ別に観光してるとかじゃない。

 単に、午前の町内警邏を割り振られたのが俺達ってだけである。

 

「テメェとサシで歩き回るのも懐かしい感じがすんぜ」

「⋯⋯そういえばそうね。懐かしむほど前でもないけど」

「コルギ村ん時以来か。ククク。あん時は俺もまだ無名だったが、今やテメェの独擅場とはいかねえぜ」

「そればっかりねアンタは」

「当然だ。テメェにも散々啖呵売ってきた訳だしな。有言実行の証ってやつだ」

「ふん。昨日はあんな女に言い負かされた癖に」

「ぐっ。あれは⋯⋯アレだ、華を持たせてやっただけだ!負かされちゃいねえ!」

「はいはい」

 

 振り返りの感動を、さらっと手折るシュラは本日も手厳しい。

 なんだよなんだよ、実際コルギ村に来た当初と比べりゃ大躍進じゃないか。そりゃ前から有名人なシュラはもう慣れたもんかもしんないけどさぁ、ちょっとくらい褒めてくれてもバチは当たらないと思うんですけど。 

 

「じゃあ英雄騎士さんに聞いてあげるけど。アンタは気付いてる?この町の違和感に」

 

 恨みがましく視線を向ければ、返ってきたのは試すような問い掛けだった。

 

「違和感だァ?」

「そうよ。散々歩き回った訳だけど、この町には普通ならあるべきものが無かったわ。それこそコルギ村にだってあったものが」

「⋯⋯」

 

 珍しく含みを持たせるシュラの言葉に、足を止めて考えてみる。

 コルギ村にあって、ジオーサの町にないものねえ。逆ならパッと思いつくんだけどな。例えば審問会の存在とか。あの厳重過ぎる保管室とか。

 でもそれなら散々歩き回って、なんて言わないよな。多分シュラの言う違和感ってのは、警邏中に気付けたことなんだろうけど。

 

「⋯⋯孤児院か?」

「違うわよ。珍しくもないけど、あるべきものでもないでしょ」

 

 唯一思いつけた「孤児院」も即座に切り捨てられちゃ、大人しく白旗を上げるしかなかった。

 

 

「──墓地よ」

「!」

 

 

 言われて、ハッとする。

 そういえば確かに警邏中、コルギ村にあったような共同墓地を見かけてない。

 この世界じゃ現代と違って遺体は土葬がメインだ。追悼する文化だってちゃんとある。じゃなきゃエイグンさんみたいな墓守って役割はそもそも存在しないだろう。

 

 墓地のない町、ジオーサ。

 違和感とシュラが告げた理由も分からなくもない。コルギ村と比べりゃ何倍も広く、住民戸籍だってばっちり取ってるような町に墓地がないってのは⋯⋯俺でさえ、おかしいと思ったけど。

 

「おお、こちらに居られましたか」

「!⋯⋯ハボック、町長」

 

 間の良いことに現れたこの町の顔役によって、この疑問は解消されたのだった。

 

「いやはやいやはや、ご苦労さまにございます。ええ、ええ、実は御二人に我が町ジオーサの『葬送の儀』の手伝いをお頼みしたいのですが⋯⋯

 

 これより少々、お時間よろしいですかな?」

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 耳に(つんざ)くざざ鳴りは、雨の音じゃなかった。

 町外れにある渓谷の滝が、ざあざあと崖下の川へと落ちていく。今にも一雨降りそうな雲空は、まだ泣いていない。

 でも涙は落ちていた。

 

「ああ、ミモネ⋯⋯」

 

 喪服をまとった男の手から、一握りの灰が撒かれた。

 小さな骨壺から広すぎる世界へと。風に乗って、宙に溶ける。

 もう見えなくなった白い名残を、それでも男は追いかけるように見つめていた。

 

「ミモネ・ランシー。どうか、どうか、安らかに。鎮まりたまえ。眠りたまえ。どうか。貴方を看取ったこの町を想い、空を満たす一粒でありますように」

 

 追悼の言葉と共に、ハボック町長が胸に手を当てる。

 常に笑顔を絶やさない顔が、この時ばかりは密やかだった。

 ざあざあと滝音が鳴り響く。一粒であるようにと願われた妻を見送った夫は、静かに涙を流していた。

 

(⋯⋯葬送の儀、か)

 

 遺骨を遺灰に摺り、こうして滝へと撒く。

 滝が伝う河から、やがて母なる海へ。与えられた命を源へと返す弔いの儀式。

 これがハボック町長の何代も前から続いているジオーサの風習であり、町に墓地が無かった理由だった。

 

「町長、ありがとうございます。これで妻の無念も少しは安らぐと思います」

「なんのなんの。これも長たる務め、礼など不要ですぞ」

「騎士様方も。道中を御守りいただき、ありがとうございました」

「⋯⋯おう。だが、礼は町に帰ってからにしな。行きと同様、何事もなくとは限らねえんだからな」

「はは。仰る通りですね」

 

 力のない笑みだった。

 今回劇団が慰撫に訪れるきっかけとなった魔獣災害。彼はその被害者の内の一人であり、奥さんを亡くしてしまったのだ。

 追悼は終わっても、すぐに立ち直れやしない。

 この人の目は、まだ在りし日の影をぼんやりと追っているのだと。

 俺には分かった。見慣れていたから。

 

「ねえ」

 

 だから、余計に。

 

「魔獣が、憎い?」

 

 シュラがどうしていきなりそんなことを聞いたのか、俺には分からなかった。

 

 

「憎いに決まっているでしょう」

「⋯⋯」

「いつだってあいつらは奪っていく。奪うだけ奪って、なにも生まない。ただの破壊者だあんな奴らは一匹残らず討たれてしまえばいい。心の底からそう思います」

「⋯⋯⋯⋯」

 

 愚問だといわんばかりに、男は真っ直ぐにシュラを睨んだ。

 詰まることなく溢れる怨嗟。まだ遺灰を掴んだあとの残る掌が、堅く握りしめられている。

 

「ですが、私達は弱い。力がない。だからこそ、騎士様には期待しております。貴方達の正義の剣が、憎き魔獣共を根絶やしにしてくださると、信じておりますとも!」

 

 憎き魔獣を討ち滅ぼす、正義の剣。

 彼にとって。いや、大半の力無き人たちにとって、騎士とはそういうものなんだろう。

 

「⋯⋯⋯⋯」

(⋯⋯シュラ?)

 

 けれどシュラは何も答えず。

 まだ遺灰で白んだ男の手を、じっと見つめるだけだった。

 以前の彼女なら同調したっておかしくないのに。まるで自分でさえ、どうしてこんなことを聞いたのか分かっていないかのように、紅い瞳を揺らしているだけだった。

 

 

「さて、さて。風が冷たくなって参りました。戻ると致しましょうか。騎士様、帰り道もお頼みしますぞ!」

「あァ」

「⋯⋯」

 

 

 陽はまだ落ちるにも早いけど、水辺の風は身をすくませるだけの寒さがある。気を取り直そうと手を鳴らした町長の提案は、断る理由もなかった。色んな意味で。

 ざくり。ブーツの底が砂利を噛む音が近いほど、滝のざざ鳴りが遠退く。ことあるごとに噛み付く隣の少女騎士も、口を開こうとしない。

 だから、余計に。居心地の悪ささえ感じるほどに静かで。

 

「『魔女』の下僕たる魔獣共は⋯⋯正義の業火に焼かれるべきなんだ」

(⋯⋯魔女?)

 

 ざざ鳴りの隙間にするりと届いた、最後尾を歩く男の呟きを。

 

 気になりはしても、聞き返すことは出来なかった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 葬送の儀を終えた俺達は、ジオーサにすぐさまとんぼ返り。

 となれば、また町内の警邏へと戻るはずだったのだが。

 

『少しひとりにして。追いかけて来たら斬るから』

 

 町に着くなりそう告げて、シュラは返事も待たずに去っていってしまった。どこに行ったのかも分からない。呼び止めることも出来なかったし。

 だからこうして俺はひとり、トボトボと警邏の続きをしている訳である。

 

(交代の時間はまだだし、どうすっかな)

 

 いまいち身が入らない。いっそ南方で門番してるネシャーナ姉妹の顔でも見て来ようか。今頃ジッとしてるのが嫌だーって駄々こねられて、リャムが困ってるかも知れないし。それならシャムとチェンジして、リャムと一緒にのんびりってのもいいかもなーと。

 隊長に聞かれれば渋い顔されそうなプランを、前向きに検討してるときだった。

 

「──あさん──必ず──」

 

 街並みの中、不思議なことにぽかりと空いた土地の前。

 俯きながらもなにやら呟いていた、見覚えのありすぎる紅髪を見つけてしまって。

 

「げっ、テメェは⋯⋯」

 

 つい、声が出てしまった。

 

「!? っ。あ、貴方。今の、聞いてたの?」

「あァ?⋯⋯いや、別になにも聞こえちゃいねえが」

 

 あっちは気付いてなかったんだろう。

 なにか聞かれちゃまずいことでも口走ってたんだろうか。正直に答えてるのに、ローズは疑わしげに俺を睨み付けたままである。

 

「んだよ、誰かの陰口でも叩いてやがったのか?」

「⋯⋯残念ながら、私は物怖じはしないの。文句や不満があるなら面と向かって叩きつけてるわ」

「チッ。ああそうだな。テメェはそういう奴だよ」

「あら、昨日の今日で私を理解した顔をするのはやめてくださる? 身の毛がよだつのだけれど」

「その昨日で散々思い知らせてくれたのはテメェの方だろうが!」

「なんのことかしらね」

「この性悪女⋯⋯!」

 

 ぐぬぬ、こいつめ。一を言えば十で返して来やがって。しかもなんか愉しそうだし。俺からすりゃ、魔獣よりよっぽど天敵かもしれない。

 なんて風に、どうもローズに対する苦手意識が拭い切れない俺だったんだけども。

 

 

「⋯⋯⋯⋯、────でも、そうね。

 互いを知らないままに罵り合うのも、流石に健康に悪いわ。

 そこで、少し提案があるのだけど」

「⋯⋯あ?提案だと」

「ええ」

 

 

 

 そんな俺をさらに困らせるような"提案"が。

 ルージュの引かれた唇から、紡がれた。

 

 寒気がするほど、妖艶な笑みと共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

「このあと、食事でもどうしから?

 

 ──貴方と私。ふたりっきりで」

 

 

 

 

 

 



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093 紅いルージュは嘘の色

 

 拝啓、女神様へ。ご無沙汰してます主人公です。

 わたくしめは現在劇団が借りてる宿屋の一室にて、有名劇団の有名女優さんとディナータイム中です。

 

 いやどうしてこうなった。

 

「前に興業で北の方に行ったんだけれど、その時にファンからいただいたチーズがとても美味しくて。赤ワインにとても合うわ」

「おうすげえな」

「変わり者の団長でも、ワインの趣味は良いのよ。切りハムがあれば尚良かったけど、ここじゃ贅沢は言えないわね」

「ほうすげえな」

「⋯⋯ひょっとして緊張してる?」

「は?んな訳ねえだろすげえなリラックスしてるわおうこら」

「ふうん」

 

 嘘です結構緊張してます。

 

《ぷぷぷ。マスターったらガッチガチじゃん。普段は馬鹿みたいに朴念仁の癖にさぁ》

(ううううるせえやい!)

 

 だってしょうがないじゃん!俺らしくもないアダルトなシチュエーションなんだもん!

 テーブルに薔薇をいけた花瓶にワインとチーズって、なにこれ貴族か。すげえなbotにもなるわ。

 異性に部屋に招かれて食事って状況はリャムともあったけどさぁ。雰囲気が段違いというか。

 

(ほんとどうしてこうなった⋯⋯)

 

 いやね? 最初はさ、俺だって断ろうとしたのよ。こんなんバレたらまーた隊長の雷が落ちるし、昨日の気まずさもまだ残ってるし。

 そしたら「女がこんなにも誘ってるのに袖にするなんて、やっぱり大した男じゃないのね」って挑発して来てさ。気付いたらワンフロアに二人きりですよ。ええ。自業自得。それな。

 

「それじゃあ、良い夜にしましょう」

「お、おう」

「乾杯」

 

 かくして、乾杯をうたうグラスの音を皮切りに、いけ好かない女優との晩餐が始まったのだった。

 

 

 

 

 

「そんで俺が『──悪ィな魔獣。テメェの歌もこれで終いだ』ってな風にバチィッと決めて決着したわけ。どうよこの活躍っぷり。ちょっとは見直す気になったんじゃないか?んー?」

「まあ、それなら英雄騎士と言われるだけの立ち回りとも思うけど。貴方の話に脚色が無ければ」

「全部ホントだっての!んぁーもう、どいつもこいつもさぁ、たまには素直に褒めてくれたっていいだろ!クオリオもシュラも隊長もさぁ!」

「知らないわよ。というか、仲間の愚痴をベラベラと喋るのは騎士としてどうなのかしら?」

「そっちだって『マーカスからちょいちょい口説かれるのがうざい』とか『劇団長の無茶ぶりが理解出来ない』とか散々愚痴ってたじゃん!」

「私は良いの。性悪女だもの?」

「うぬー!ふんぬー!」

 

 うっぜー。

 ここで意趣返し気味に開き直るとか超うぜー。

 あとさっきから凶悪が脳内でゲラゲラ笑ってんのもうざい。頭ん中ぐわんぐわんするから止めて欲しいのに。

 

「胸を張りたいなら、はしたない飲み方はよしたらどうかしら。さっきから口調も崩れっぱなしよ?」

「あー?良いの良いの、こっちが本来の俺だから! あの喧嘩腰じゃ色々誤解も産むし、言いたいことも言えない時だってあるし。うん」

「⋯⋯本音を隠す仮面は必要だもの。貴方の場合は乖離が凄いけれど、見かけによらず繊細なのね」

 

 おいおい、なんだよ急に優しいじゃん。

 見かけによらず、って余計な一言なかったらうっかり惚れてたぜ。

 にしてもワインうめえ。チーズもうまうま。

 

「そういや聞きそびれてたけど、ローズはなんの役やんの?」

「ん。もしかして今回の劇のことかしら? それなら【裏切りの魔女】という演目の『ユリン役』だけど」

「⋯⋯裏切りの魔女? なんだそれ」

「知らない? アスガルダムを建国したシグムンド(初代皇帝)に、四大精霊を支配して反乱を起こした【魔女ユリン】が討たれた話。子供でも知ってる昔話(エッダ)なんだけど」

「んー、聞いた事はあるかもだけど、あんま覚えてねーや。うちのクオリオならパッと分かるんだろうけど」

「ああ、あの眼鏡の。詳しそうだったものね」

「そうそう。にしても、慰撫目的の劇なのにずいぶん趣味の悪そうな演目だなそれ」

「⋯⋯そうね。私もそう思うわ。心から」

 

 確か演目を指定したのってジオーサ側なんだっけか。

 どうせなら、もっと胸が熱くなる騎士物語とかにすれば良いのに。俺が知らないだけで、かなり盛り上がる話なんだろうか。

 でも演じるローズ本人も同感らしいし。

 うーん、よく分からんね。

 

「でも貴方からすれば、痛快なんじゃない?」

「は?なにが?」

「だって、私のこと嫌いでしょう? 良かったわね。演目のクライマックスには私、稀代の魔女として火炙りにされちゃうわ」

「おいネタバレかよ。そういうとこだぞ性悪女!」

「結構よ。だから魔女なのよ、私」

「ふふん、異議あり! 性悪だからって魔女が似合うとは限らんでしょ。そもそも魔女って性格悪くなけりゃ務まらないもんでもないし。どっちかってと浪漫だね。むしろ会ってみたいぐらいだぜ、俺」

「会ってみたいって⋯⋯変わってるのね、貴方」

「え、そうか?」

「だって。魔女なんて普通、憎まれてしかるべき立ち位置じゃない。物語じゃいつも悪事を働いて、大衆を惑わして、そして裁きの炎にやかれておしまい。そういうものでしょ。それを、騎士の貴方が会ってみたいだなんてね」

「でも、それって物語の上での話だろ?」

「え?」

「今も実在すんのかわからないけどさ、話してみれば楽しいかも知れないし。仲良くなったら魔術を教えて貰ったりとか。悪事だって理由もなくしてるとは限らんでしょ。魔女だからって、憎まれて当然ってのは違うんじゃないか?」

「⋯⋯、──」

 

 むしろ勇者系の物語じゃヒロイン役なんてザラだし。

 主人公と一緒に修行して強化フラグにもなるし。性悪なタイプもいるだろうけど、だからってローズが適役って感じはしないなぁ。そう、ローズはどっちかっていうと⋯⋯ 

 

「あー、つまりまとめると⋯⋯ローズみたいな性悪なら、魔女よりも悪役貴族の令嬢とかのが似合ってる!そういうこと!」

「⋯⋯」

 

 うん。我ながらドンピシャだわ。高笑いも似合いそうだし。

 

「⋯⋯魔女より、悪役貴族の令嬢ね⋯⋯⋯⋯ふ、ふふ。あははは! だったら、私の取り巻き役は貴方かしら?」

「なんでそうなんだよ! 俺は騎士だってば!」

「あら。町の警邏をせずに、こうしてお酒を飲んでるのに?とんだ悪徳騎士だこと」

「誘ったのはそっちだろ」

「貴方は嫌いな女に振り回されるぐらいが丁度良いわ」

「こ、こいつ⋯⋯」

 

 そういうとこだっての。

 つか別に嫌いとまでは言ってないし。苦手なだけで。 

 

「でも」

「なんだよ」

「⋯⋯私は貴方みたいな人。意外と好きよ」

「⋯⋯へ?」

 

 好きよ、て。えっ。な、な、なにこいつ急にどうした。

 嫌いじゃない、とかじゃなくて好きて。なにその切ない感じの流し目は。

 冗談だろ。冗談だよな?

 お、落ち着け。性悪女のことだ、どうせからかわれてるだけに違いない。

 

「⋯⋯⋯⋯だからこそ⋯⋯どうして今更、としか思えないわ」

「?」

 

 しかもなにかボソボソと呟いてるし。

 軽くパニック状態だったのに加えて、本当に囁くくらいの声量だったから内容まではいまいち聴き取れなかった。

 だから思わず、じいっと顔を覗きこんでみれば。

 ローズは弾かれたように席を立つ。

 

「────新しいボトルを空けるって言ったのよ。とっておきのやつを、ね。喜びなさい、早々味わえやしない逸品だから」

「逸品!? まじかよ良いのか?」

「ええ。少し待ってて」

 

 こ、このタイミングで追加のボトル。しかも隠し棚っぽい所から、逸品らしいワインまで取り出して。

 わざわざ新しいグラスまで用意して、注いでくれてるし。

 

 え、まじで冗談じゃないパターンか?

 夜はむしろこれからよ的な合図だったりする?

 ど、どど、どうする俺。どうすんのよ俺。

 ワインの黒ずんだ紅色がトクトクと流れ落ちると共に、俺の心拍数まで上がってってるし。

 

 

「さあ、どうぞ」

「お、おおお、おっす!」

 

 気付けば、酒の力でも誤魔化しきれない緊張の極地に追いやられたからだろうか。

 上擦った声のままにグラスへと伸ばした手は、震えて。 

 

「⋯⋯⋯⋯あっ」

「!」

《ぎみゃぁぁぁぁぁぁあああああ!!!》

 

 横たわったグラスから、まるで血みどろみたく広がる赤が。

 綺麗なテーブルを。俺の右手を。リング状の凶悪ごと。

 びったびたに濡らしてしまっていた。

 

(やらかしたぁぁぁ!!)

《にょわぁぁぁなにこれえええー!!!》

 

 やばいやばいやばい。やらかした。マジでやらかした。

 さっきまでのほろ酔い気分が嘘みたいに醒めていく。

 凶悪の爆音絶叫が脳裏で反響してる中。予想だにしない大ポカのあまり、完全に俺の時は止まっていた。

 

「────」

 

 辛うじて出来たのは、茫然としてるローズの様子をうかがうことくらいで。

 そこからはまるでスローモーションの絵のように。

 きつく結ばれたルージュの引かれた唇が、一瞬歪んで。

 はあ。と吐き出した溜め息と共に、ギロリと睨み付けられた。

 

「帰って」

「あァ?か、帰れ、って」

「それなりに楽しい一時だったけれど、貴方が台無しにしたのよ。悪いと思うなら、これ以上顔を見せないで」

「い、いや待ちやがれよ。詫びる。すまなかった。だが、せめて掃除くらいはだな⋯⋯」

「結構よ」

 

 

 当然だがお怒りな様子のローズは、もはや取り付く島もなく。

 

 

「残念だけど、こぼれたワインはボトルに戻らないの」

 

 

 せめてもの片付けすら許されず、俺はローズの部屋から叩き出されたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 なんて具合にさ。

 人生でもトップ5に入るくらいのやらかしをした後だから、そりゃもう最悪の気分の帰り道だった。

 いっそ滝壺にでも飛び込んで、身体ごと締まりの無い頭を醒ましたかったくらいだ。

 

 けれど。

 僅かに残った酒精を醒ましたのは。

 

 

 

 

 

 

《あああもう最悪。まだボクの中で残ってる感じがするし、めちゃくちゃ気持ち悪いし。ああでも、マスターも命拾いしたね》

 

(命拾いってなんだよ。こっちは粗相かまして最悪の気分だってのに⋯⋯)

 

《ん?粗相? あれって"わざと"だった訳じゃないの? てっきりマスターが危険を察知したのかと思ってたけど》

 

(危険⋯⋯?

 なあ凶悪。さっきからおまえ、なにいってんだ?)

 

《えー?だからさあ⋯⋯あの、新しい方のワイン》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《飲んでたら多分、マスター死んでたよ?》

 

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯は?」

 

 

 

 

.

 



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094 Raise A Curtains

 

 ワーグナー劇団の公演日は、雨が降っていた。

 さめざめと梅雨を歌う雨空を見上げる者は少ない。この日を待ち焦がれていたのだろう。興奮に頬を染め、町人はみな我先にと真っ黒いテント劇場へと潜っていく。

 観客達の背の群れを見送っていたヒイロの頬に、冷たい一滴が落ちた。

 

(りき)み過ぎておるな、メリファーよ」

「!」

 

 肩に手を置かれた訳でもないのに、スッと背筋が伸びる。

 普段にはない緊張のあらわれか。それとも訓練生時代から今に至るまで、厳しく目を付けられてるシドウへの条件反射か。

 どちらでもありそうだと、ヒイロは静かに苦笑した。

 

「いささか肩の力を抜け。まだ幕が上がった訳ではないのだ」

「へっ、らしくねえな。気を抜くな油断するな、が口癖の隊長にそう言われるとは。雨の代わりに槍でも降らす気かよ」

「雷なら落としてやれるが? 『昨日の件』⋯⋯よくよく聞けば、貴様は警邏を途中放棄していたみたいだしな」

「げっ、藪蛇かよ。つか、それを言うならシュラもだろうが」

「⋯⋯告げ口してる気? でも残念、アタシは一応町中には居たからね。叱られ役はアンタひとりよ」

「馬鹿者。私が見つけた際には物憂げで心此処にあらずといった有り様だったろうに。あれでは警邏をしてるとは言わん。ミズガルズも同罪だ」

「ぐっ」

 

 なんとも幼稚な喧嘩両成敗である。

 裁定役のシドウも、まだまだ未熟と隻眼を呆れたように伏せていた。

 しかし遠慮のない間柄でのやり取りのおかげか。不良然とした部下の、肩の力は抜けたらしい。ヒイロの強張っていた顔付きも、いつもの調子を取り戻しはじめていた。

 

「隊長」

「時間か」

「はい。劇団側も審問会も、僕らを待っているようです」

「⋯⋯『対象』に動きは?」

「いえ。まだそれらしい行動は見られません」

「そうか。ではベイティガンよ、ネシャーナ姉妹に引き続き会場での待機を指示せよ。我らもすぐに向かう」

「了解です」

 

 雨露に紛れ現れたクオリオが、シドウと言葉を交わす。

 端的な受け答えを済ます彼の表情に公演への喜色はない。あれだけ劇団に対する情熱を、隠しきれなかったのにも関わらず。

 しかしこの場に居る小隊員にも、一足先に会場内で警備をしているリャムとシャムにも、この違和感を今更指摘する者は居ない。

 クオリオはそっとヒイロを振り向くと、一度だけ小さく頷いて、そのまま会場へと取って返した。

 

「では、我らも行くとしようか」

「おう」

「ええ」

 

 

 雨がこぶりに降っている。

 さめざめと梅雨を歌う空を見上げる者は少ない。

 

「⋯⋯」

 

 しかし歩み出すシドウとシュラの、その後ろ。

 ヒイロは、立ち止まって暗い雨雲を見上げている。

 雨足が強くなる気がする。根拠もない動物的な勘に、彼の鼻がひくりとうずいた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 さながら舞踏会のホールの様に、劇場テントの中は明るかった。小雨に打たれて濡れた騎士鎧をタオルケットで拭き取り、身嗜みを整えるシドウ達。

 滞在三日目ともなれば、ジオーサの町人は彼らの姿を見慣れたのだろう。劇場内のあちらこちらで「騎士の方々だ」と喜色の滲んだ声が響いていた。

 

「おお、これはこれは隊長殿に英雄騎士のお二人! お待ちしておりましたぞ!」

「ひひひ、雨の中ご苦労だったねえ。仕事熱心なことだよ」

「感心、感心」

「審問会の方々か。お気遣い、感謝する」

 

 現れた騎士達に労りの声をかけたのは、審問会の五老人達だった。やはり彼らもまた今日の公演を心待ちにしていたのだろうか。各々の笑顔にはいつも以上の独特な迫力があり、ダイヤモンドの装飾も心なしか輝きを増している。

 

「いやはや、いやはや。今日という日はまさに、このジオーサの歴史に太々と刻まれる一日でありましょうな」

「然り、然り」

「ハボックめ、年甲斐もなくはしゃぎおる。しかし儂もまた気持ちは同じよ」

「全くだ。幕が上がるその時を、今か今かと待ち焦がれてしまう」

「ひひひ。まるで子供さね。だが、開幕の前にちょっとした『お楽しみがある』って小耳に挟んだんだけどねえ⋯⋯?」

 

「──おっと。流石、マドモアゼルは耳が早いようだ」

「あら、残念。サプライズは失敗みたいね、マーカス」

「⋯⋯おお!これはこれは!劇団の二枚看板が揃い踏みとは!」

 

 咲きはじめた話の華にそっと踏み入ったのは、マーカスとローズであった。

 劇団ワーグナーの誇る二枚看板。その片割れたる美男の手には複数のワイングラス。挑発的なドレスを纏う美女の豊かな胸元には、一本のワインボトルが抱えられていた。

 貴公子然とした風貌のマーカスは、淀みない手付きで各々にワイングラスを手渡していく。

 

「マーカス殿。これは?」

「さっきマドモアゼルが言っていた『お楽しみ』さ。うちの劇団長はワインには目がなくてね。こういった巡業の時には、開演前に観客達にワインを振る舞うのが通例なのさ」

 

 見渡せば、他の劇団員たちがワインを振る舞っているのだろう。既にあちらこちらで喜びの声が踊っていた。

 

「いやはや、いやはや。なんとも素晴らしき催しでありますな」

「でしょう? さあさ、審問会の皆様方。グラスを傾けてくださる? 至上の酒精を注がせていただきますわ」

「おお、麗しのローズ殿手ずからとは。誠に粋な計らいであるな、わはは!」

 

 噎せ返るような色気を纏うローズが、グラスにワインを注いでいく。そこにヒイロたちとはじめて顔を合わせた際の、棘立った言動は影も形もない。彼女にとっても、慰撫相手のお偉方は特別なゲストということか。

 態度の違いに若干不服そうにしながらも、ヒイロは不満を口にすることはなかった。

 

「では、次は騎士団の皆様にも⋯⋯」

「いや、結構」

「⋯⋯え?」

 

 続けざまにシドウ達のグラスにもワインを注ごうとするローズ。だがシドウは空いている方の手でローズを制し、それどころかマーカスにグラスを突き返していた。

 

「おいおい、つれないな。ひょっとして、ナイトの諸君はワインは苦手だったかい?」

「いや、たまの休日にはよく嗜むが」

「ヘイ、だったら⋯⋯」

「しかし、現在は護衛任務真っ只中。大変勿体無い話だが、貴殿らのもてなしに甘んじる訳にはいかぬのだ」

 

 彼ら流の持て成しを袖にされては、少し具合が悪いのだろう。少しぐらい良いだろうとマーカスは諭すが、シドウは取り合わなかった。

 清職者のレッテルは伊達ではない。シドウからすれば任務中の飲酒など言語道断である。つい昨夜には、その禁を破った不良男(ヒイロ)に拳骨を食らわせたばかりなのだ。

 厳格なシドウは口説けない。肩をすくめるマーカスを見て、ローズは嘆息混じりにヒイロへと流し目を送った。

 

「せっかく貴方に、名誉挽回の機会をあげようと思ったのだけれど。残念だったわね?」

「ハッ、お優しいじゃねえか。だが機会は与えられるより、掴み取る方が(しょう)に合ってんだよ」

「⋯⋯ローズ。名誉挽回ってのは?」

「あら。マーカス・ミリオ。男と女の秘め事に割って入ろうとしないでくださる?」

「秘め事と来たか。妬けるねえ。なら俺は麗しい女性騎士に慰めてもらうとしようかな?」

「二枚看板が一枚看板になる覚悟があるなら、慰めてあげてもいいけど?」

「⋯⋯⋯⋯はは、は。まだ現役で居たいからね。遠慮しておくとしよう」

 

 さしもの貴公子といえど、アッシュ・ヴァルキュリアは口説けないらしい。剣の様な目付きで睨まれれば、彼とて青い顔して後ずさるのが関の山であった。

 

「いいわ。なら誇り高き騎士の皆様には⋯⋯別の形で持て成しをさせていただくとしましょうか。勿論、私達の本分でね?」

「ローズ、そいつは名案だな。ナイトの諸君も、今日の舞台は観ていってくれるんだろう? マーカス・ミリオの晴れ舞台、見逃したとあっちゃ一生もんの悔いになるぜ?」

「⋯⋯ふむ。本来ならば、劇場外にも隊員を配置する予定ではあったが。そうも言われれば、仕方あるまい」

「そうこなくっちゃな」

 

 飲酒はご法度だが、劇を観ながらの警備までを咎めるつもりはないらしい。本来ならば依頼者側が護衛騎士に気の緩むような提案をするものではないが、型破りな貴公子からすれば、晴れ姿を見逃される方が嫌なのだろう。

 期待に沿った返事を得て気を良くしたマーカスは、朗らかな笑みを浮かべてローズと共に去っていった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 そして遂に。

 

 幕が上がった。

 

 

 

「親愛なるジオーサの皆様。お待たせ致しました」

 

「これより始まるは、偉大なる我らがアスガルダムの騎士王が刻んだ、表舞台での最後の叙事詩」 

 

「シグムンド・サーガの最終章」

 

 

「【裏切りの魔女】──はじまり、はじまり」

 

 

 

 

 

 復讐劇の、幕が上がった。

 

 

 

 

.



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095 目蓋の裏の血濡れた惨劇

 

 歩む道が交わったのが、いつだったのか。それは後世となった今でも判らない。

 五百年。遠き星霜が降り積もる間に間に、深く埋もれてしまったのだろうか。

 掘り起こすにはあまりにも遠く、深く、奥の奥。

 今や真実は砂の海。

 

 けれど歴史は指し示す。

 交わっていたはずの互いの道は、歪み、捻れて、そして。

 別れた。対峙した。

 

 栄光と罪科に。

 玉座と反逆に。

 

『何故なのだ』

 

 人歴1500年。

 長きに渡る闘争に終止符を打った稀代の英雄王シグムント。

 剣を掲げ王道を歩む王の傍らには、四枚羽根の黒鴉と、英雄騎士の四人が在った。

 

 賢知授けし鴉、ギムニフ。

 翠嵐の狩人。

 黄銅の闘士。

 氷藍の流浪。

 紅焔の乙女。

 

『何故なのだ、ユリン! 答えろ!』 

 

 だが、紅焔の騎士は。

 もっとも古くから王道を支え続けた乙女は。

 統治後のアスガルダムに侵攻した。

 四大精霊を狂わせ、引き連れ。

 我らが王に矛を向けた。

 

『あの【黄昏】を、迎えさせないためよ』

 

 紅焔の乙女は、裏切りの魔女へと堕ちたのだ。

 

 

 

 

「【黄昏】⋯⋯?」

 

 クオリオは(いぶか)しんだ。

 

 シグムンド叙事詩における最大の謎の一つ、ユリンの裏切り。王と共にもっとも多くの戦場を駆けたと云われる側近が、何故裏切ったのか。今もなお考古学研究の学者達が熱き議論を交わしている題材である。

 裏切りの代償だろうか。彼女についての文献は少ない。出身地も不明。シグムンドに付き添った理由も、時期も不明。

 彼女自身についても、精霊と交信出来るほど心清らかな乙女と歌う詩人も居れば、計算高い傾国の毒婦だと毛嫌うものも居る。

 人物評でさえこれほどに解釈が違うのだ。故に、ユリンの裏切った理由における仮説もまた、数多く存在する。

 

 だが特に演劇におけるユリンは、大半が悪しき魔女として演じられるのが常だった。それも当然だ。彼女は歴史最大の反逆者。肯定的に描けば現皇帝(ガーランド)政権に睨まれかねない

 しかし。

 

(黄昏を迎えさせない為とは一体⋯⋯?)

 

 劇中の台詞を反芻しつつ、もう一度首を傾げる。 

 恐らくはドルド劇団長による『新訳』なのだろう。

 黄昏。つまりは落日。ひょっとしたらアスガルダムの落日を迎えさせない為、という比喩なのか。だがそれでは行動が伴わない。魔女の行いそのものが、落日へと押し込む反逆紛争だというのに。

 

(黄昏、たそがれ。まさか⋯⋯ユミリオン神話の【神々の黄昏(ラグナロク)】か? いや。いやいや。だとしたらそれこそユリンへの解釈が謎めいて⋯⋯うーん、ううん)

 

 劇場の壁に背を預けながら、探求者クオリオは思考の海へどっぷりと沈んでいく。

 だが悲しいかな。幾ら頭脳を巡らせようとも、これだといえる仮説はついぞ浮かばず。時間が止まってくれる訳ではない。

 

 取り残された賢者を置いて、演劇は進む。

 物語の辿り着く先はクライマックス。

 魔女ユリンはシグムンドに敗れ、囚われの魔女は舞台の上にて火炙りの刑に処される。

 

 裁きの時が、迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 断罪こそが、大衆が望む愚者の末路である。

 罪には罰を。悪には報いを。敵には死を。

 因果応報ここにあり。それこそがシグムンド・サーガの最終章。魔女ユリンの最期である。

 

 だから、これはその再現なのだ。

 ユリン(ローズ)は舞台装置に磔にされ、国民観衆(観客達)の元、シグムンド(マーカス)自らに火を焚べられる。

 五百年前の末路。

 

「燃やせ」

 

 観客の誰かが呟いた。耳を澄まさなければ聞こえないぐらいの、小火のような囁きだった。

 

「そうだ、燃やせ」

「燃やせ!燃やせ!」

「断罪を!」

「魔女に罰を!」

 

 けれど小火に留まらず。囁きは伝搬し、うねりをあげて熱狂へと変貌していく。観客達が口々に叫ぶ。

 死を。罰を。報いを、と。

 血走った目を剝いて。

 口泡を飛ばして。

 拳を突き出して。

 ジオーサの町人たちは狂ったように、叫んでいて。

 

(⋯⋯ヘイ。なんだってんだこりゃ)

 

 劇団員達は驚愕した。

 それも当然だろう。これほどまでに異常なシュプレヒコールを浴びたことなど彼らには無い。レギンレイヴ小隊の者達ですら狼狽している、観客達の豹変ぶり。動揺するなという方が無理な話だ。

 それでも動揺を表情に出さなかったマーカス・ミリオは、流石劇団の看板を背負っている男だと賞賛すべきである。

 だが。

 

「そう。物語はこうして終わるの。

 裏切りの魔女はシグムンドに裁かれて。

 アスガルダムは永き安寧を得る」

 

 動揺なんて欠片も見せず。

 ただ凍り付いた目で見下ろす魔女(ローズ)が居た。

 

「正義によって、悪は討たれて⋯⋯

 これでおしまい。めでたしめでたし、だなんてね」

 

 

 "脚本に記されない台詞"を、魔女が歌う。

 歌劇のように艶やかに。

 死刑宣告のように冷酷に。

 

 

「あはは、馬鹿みたい。真実なんて誰も知らないのに。

 誰かが作った都合の良い悪名に。

     石を投じる罪の、なんて軽いこと」

 

 

 ローズ・カーマインは知っていた。

 町を牛耳る老人達が、隠し続けている罪を。

 知らず踊らされ続ける、町人たちのかつての罪を。

 

 

「お前達こそ⋯⋯裁かれるべき、化け物でしょうに」

 

 

 そうして魔女は告げた。

 そんなに化けの皮を剥がされたくないのなら、いっそ。

 相応しい姿にしてあげると。

 

 

(まわ)れ。『神の毒』」

 

 

 

 唱えたのは呪詛。

 

 鳴り響いたのは、隠し持っていた銀色のベル。

 

 茶番はここまで。ここからは。

 

 

 

 紅き魔女の、復讐劇である。

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「ひっ」

 

 熱狂の始まりが小火だったように。

 魔女の招いた地獄の始まりも、小さな悲鳴からだった。

 

「な、なんだよこれ。俺の腕がっ、腕がぁっ」

 

 ボトリと落ちた。身体が欠けた。

 まるで腐った木のように、足元に腕が落ちたのだ。

 理解が出来ない。意味が分からない。

 どう考えたってこんなのおかしい。

 

 なあ。おい。俺の腕、拾ってくれよ。 

 急に襲いかかってきた混迷に晒されながら、男は隣の席の妻を頼ろうとしたのだが。

 

「ヒッ⋯⋯ま、魔獣?! なんで!? いやっ、嫌、イヤァァァァッッ!!!!」

 

 妻から返って来たのは悲鳴だった。

 こちらを見るなり、魔獣だと叫ぶ顔は恐怖にひたすら歪んでいて。

 魔獣?!劇場に魔獣が出たのか?!

 そう、言葉にしようとしたはずなのに。

 

「まじゅbpmjmwyuu,gjzega──a,a,e?,ah,,,,,】

 

 人の物とは思えない声が、果たしてどこから発せられているのか。

 それを自覚するよりも早く、身体は崩れ落ち。

 男は、一匹の魔獣と化していた。

 

 

 地獄のはじまりは、一人の異変から。

 先程の熱狂をなぞるように異変は、伝搬していく。

 

「あ、あ、あたしの身体が⋯⋯

 いやっ、いや、Iyぁawdbmdaaaay!?!?!?!?】

 

 一人から二人へ。

 

「な、なんだよこれ!

 一体なにが起こっteewjpgzmgdgymg!?!?!?!】

 

 二人から四人へ。

 

「や、やめろ、魔獣め!来るなぁぁ!!!」

「助けて!誰か助け──」

「ま、魔女の呪いだ⋯⋯俺達は、呪われたんだ!」

「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 悲鳴が飛び交う。鮮血が舞う。

 魔獣の爪に肉を引き裂かれ、骸はやがて異形の怪物と化し。

 ガラスが割れる音。

 何かが砕ける音。

 肉を貪る音。

 辺り一面、阿鼻叫喚に横たわる。

 

 

「あ、は」

 

 

 割れたランプから、火の手が伝った。

 敷かれた絨毯を、焔の竜が食い破った。

 地獄の業火が、罪人たちに裁きを下した。

 

 

「駄目よ。助かりなんてしない。逃げ場なんて最初からないの。

 罪には罰を、なんでしょう? そう信じて狂った貴方達が、どうして今更、逃れられるなんて思えるの?」

 

 

 舞台の上。狂宴の渦中。

 絶望を調べに魔女が歌う。

 

 

「嗚呼──正義面の貴方達へ。

 正しく狂い尽くした皆々様へ。

 これはいつかの、魔女の娘からのお願いです」

 

 

 歌劇のように艶やかに。

 死刑宣告のように冷酷に。

 

 復讐の魔女に、想うべき死などありはしない。

 だからこそ『神の毒(ワイン)』を振る舞ったのだ。

 

 

「絶望の紅焔にのたうち回って。

 どうか、どうか。おくたばりあそばせ」

 

 

 私欲が為に生贄を求め、悲劇を起こした審問会の老人達も。

 あの日、ただの女でしかない母を魔女と裁いた町の人々も。

 "到着初日からローズに色目を使い、もてなしのワインも独占したあの下品な騎士隊長も"。

 

 全部、全部、全部。

 

 灰になるまで、燃え尽きてしまえばいいと。

 

 

「あ、は。あはは。あっはははは!

 アハハハハハ、アッハハハハハハハハッッ!!!!!」

 

 

 罪には罰を。

 悪には報いを。

 敵には死を。

 因果応報ここにあり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、紅き魔女の復讐劇。

 

 

「ヘイ。ヘイッ、ローズ! いきなりアドリブかましといて、なにをボーッと突っ立っているんだよ!」

 

 

 本来、辿るべきだった物語の道筋。

 

 

「どう、して⋯⋯?」

 

 

 しかし──忘れることなかれ。

 

 紛れ込んだ異世界の怪物によって。

 

 この物語はすでに、殺されはじめているのだと。

 

 

「どうして、なにも起きないの⋯⋯?」

 

 

 

 

 復讐のはじまりを告げる鐘は鳴った。

 

 神の毒も、騎士団員以外は飲み干した。

 

 けれども殺された脚本は息を吹き返すことはなく。

 

 地獄の釜蓋は開かない。

 

 

 

 復讐劇は、始まらない。

 

 

 

 

 

 



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