WBクルーで一年戦争 (Reppu)
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一年戦争編
1.0079/09/10


人類が増えすぎた人口を宇宙へ移民させるようになり暫く経った頃の話である。人類は統一政権である地球連邦を樹立しそれなりに平和な時代を過ごしていたのだが、残念ながら人の業を葬り去る事は出来なかった。

宇宙世紀0079、地球から最も遠い宇宙都市サイド3がジオン公国を名乗り独立戦争を仕掛けてきたのである。

喧嘩を売られた地球連邦は何の冗談かと耳を疑った。昨今そうした麻疹がサイド3で流行していたことは知っていたが、本気で殴り掛かってくるなど誰も考えていなかったのだ。何せサイド3と地球連邦との国力は実に30倍もの開きがある。もし仮にサイド3が事前に他の宇宙都市を引き入れる動きを見せていれば、もう少し危機感を持ったかもしれない。けれど同調する他サイドの人員を受け入れはしても、軍事的な同盟どころか経済的な連携すら見せなかったのだ。

だから地球連邦政府は見誤った。何しろ宇宙移民が始まって70余年、独立を謳った活動がその間に無かったわけではない。けれど結局は今の生活を捨ててまで苦しい自立を欲する大衆などは存在せず、主要人物の幾人かを抑えれば瓦解するような泡沫組織が精々だったのだ。だがそんな甘っちょろい幻想は、宣戦布告直後に起きた他サイドへの核攻撃で完璧に打ち砕かれた。

しかしこの時点でもまだ大半の政治家、そして連邦軍人は楽観していた。体制が整わぬ内の奇襲、つまりそれは正面からぶつかるだけの戦力を持たない故の選択だと考えたからだ。無理もないだろう。何度も言うがサイド3と地球連邦では国力に30倍の開きがあるのだ。国民の生活に支障が出るほど軍事に予算を回したとしても地球連邦軍の軍事費には遠く及ばない。それはそのまま装備の質、そして規模に直結する問題なのだ。だから彼等は、地球への落下軌道に入ったコロニーを前にしても自分達が敗北するなどという未来を全く想像していなかった。そう、電子装備が無力化され、文字通り目に見えない距離で戦う事を封じられるという、致命的な問題に直面するその瞬間までは。

開戦から1ヶ月が経過した頃には、人類は総人口を半分まで減らす事になる。それでも戦いは終結する事無く続き、8ヶ月余りが過ぎていた。

 

 

 

 

「心配のしすぎじゃないかね?アレン少尉」

 

心底煩わしいと言う様子を隠さない目の前の男、テム・レイ大尉に対して、俺は真面目くさった顔で繰り返す。

 

「はい、いいえ大尉殿。ここは宇宙、言ってしまえば連中の領域であります。いくら警戒してもし過ぎとはならないかと。特に今はルナツーの艦隊が満足に哨戒が出来ておりません。万一に対する備えは必須であると愚考致します」

 

「しかしな、機体を分解せずにおけとは、それではメンテナンスに支障が出る」

 

渋るテム・レイ大尉に苛立ちを覚えるが俺はそれを必死で我慢する。原作知識を持つ俺からすれば、何を暢気なことを言っているのかと殴ってやりたい所であるが、そんな事をすれば営倉行きは確実であるし、何よりその理由が前世におけるアニメで覚えた知識だなどと言えば精神病院に放り込まれても文句は言えない。必死に立ち回ってここまでもぐり込んだんだ、そんな馬鹿な真似は出来ない。

 

「お願いします、大尉。ガンダムは連邦の勝利に必要不可欠です!万が一にも失うわけにはいきません!」

 

「解った、解ったよ少尉。全く君の熱意には感心させられるよ。メンテナンスのローテーションは組み直しておく、それでいいな?」

 

「はっ!有り難うございます!!」

 

テム大尉の言葉に敬礼で応じつつ部屋を出ると、通路で壁に背を預けていたキタモト中尉がこちらを見て溜息を吐いた。

 

「アレン少尉、真面目なのは良いが暴走はするな。スポーツマンのお前さんに今更チームプレーの重要さを教えるなんて事はしたくない」

 

「すみません、中尉。ですが…」

 

「貴様の気持ちは解らんでも無い、だが入れ込みすぎだと言っている。確かにガンダムは凄い機体だ。だが、一機のMSで覆る程戦争は甘くない」

 

そんなことは解っているさ。それどころかアンタや俺がいなくてもこの戦争に連邦が勝って、ガンダムが神話になる事だって俺は知ってる。けれどだからって指をくわえて眺めている訳にはいかねえんだよ。俺自身のために。

 

「…お言葉ですが中尉、確かにガンダムはたった一機のMSかもしれません。ですが、あれは連邦におけるMSの礎となる機体です。自分は万に一つが起きた時に後悔をしたくないのです」

 

そう言い返すと、中尉は苦虫を噛み潰したような表情で口を開く。

 

「気負いすぎだぞ。四六時中基地に籠もっているからそうなるんだ、たまには外に出ろ」

 

「はっ」

 

短く答え敬礼をすると、何を言っても無駄だと悟ったらしくキタモト中尉は手を振って歩き去ってしまった。暫くそれを見送るが、彼が角を曲がったあたりで手を下ろし、俺は格納庫へと向かった。シミュレーターで訓練をするためだ。

 

(今日はもう9月10日、サイド7襲撃まで後一週間しかない)

 

できる限りの準備をしなければならない。俺が生き延びる為に。

 

 

 

 

「熱心なのは良いことだがね、もう少し何とかならないかね、中尉?」

 

夕食の席で珍しく声を掛けられたかと思えば、開口一番そう不満を口にするテム・レイ大尉に対してタツヤ・キタモト中尉は内心で溜息を吐いた。主語は抜けているが確認するまでもない。部下の一人であるディック・アレン少尉の事だろう。フットボーラーらしい体躯に反してナイーヴな所を見せることのある彼であったが、このサイド7での試験が始まってからは特にその傾向が顕著に表れている。開発責任者として意見具申を聞かされている大尉が愚痴を言いたくなるのも解らないではなかった。

 

「申し訳ありません、大尉。ですがその、少し大目に見てやって下さいませんか?アイツの故郷はオーストラリアでして」

 

キタモトの言葉にレイ大尉は顔を顰めた。オーストラリアは地球における今大戦最大の被災地である。ジオンのコロニー落としという人類史上かつて無い攻撃に晒された大陸は、落着した都市を湾に変え、飛散した破片と衝撃により広域にわたり甚大な被害を出した。更に地上資源の確保を目論んだジオンによってその後占領されており、住民の安否も満足に確認出来ない状態が続いている。戦いの主力である連邦陸軍も反撃の準備を進めてはいるものの、敵のMSへの対抗手段が無い現状では具体的な行動には移れていない。

 

「…そうか、その、彼のご家族は?」

 

「幸いと言うか、シドニーには居なかったそうです。ですが」

 

「安否が知れない、か」

 

そう言ってレイ大尉は視線を下げる。キタモトもレイ大尉も家族のある身だ、しかし両者とも家族の安否は確認出来ているし、子供に至ってはこのサイド7に避難済みだ。そして彼の気持ちが理解出来ない程薄情な人間でも無かった。

 

「真面目で不器用なヤツですが、根は良い奴なんです。今は大詰めで少しナーバスになって居るんですよ」

 

ディック・アレンは地球育ちでありその中でも裕福な家庭の生まれだ。旧世紀から続く慣習でそうした家の子息は軍に入隊するが、大抵の場合陸軍、それも兵站科に配属されるのが一般的だ。海軍や宇宙軍の様な艦内生活もなく、空軍のように操縦資格を取らなくとも格好の付く安全かつ敷居の低く、加えて経済界や政界の人間と交友の機会まであるのだから、キャリアを考えるなら理想的な職場である。だが彼は宇宙軍、それもパイロット課程という最も不人気なコースを選択していた。その事からキタモトは、軍務に関して誠実に当たろうという人柄であるとアレン少尉の事を評価していた。

 

「そうか、そうだな。ここまでは順調だ、だが好事魔多しとも言う。少しくらい警戒を強めるくらいで丁度良いかもしれん」

 

頷いて食事を口にし始めるレイ大尉に対し、小さく安堵の溜息を吐きながらキタモトも食事を再開しつつ問いかける。

 

「そう言えば、大尉のところはどうされるんですか?」

 

「ああ、まあ終わるまではここに住まわせる事になるだろうね」

 

何がどう、などとは言わなくても解る話であった。彼らの居るサイド7は開戦の12年前から建設の始まった最新の宇宙都市である。だがその内実はジオンに対する備えとしてルナツーをL3宙域に移動させるための口実と言うのが実情であった。既に宇宙移民計画自体が有名無実化して久しく、題目の為に建造されるコロニー自体に具体的な要求が決められる筈もなく、都市計画もサイド6の一般的なものを流用した物に過ぎなかった。建設されたのも1基のみであり、そのためこのサイドは自活能力に乏しく必要な物資を連邦からの支給で賄っている。そして住人の大半はキタモトやレイ大尉のような、このコロニーで極秘に試験を行っている軍人の家族か、政府の都合で疎開してきた人々である。だから彼等の試験が終了し、退去してしまえば戦略的価値は極めて低い。つまり未だに戦闘が続く地球より余程安全な場所であると言えた。

 

「少尉の言葉ではないが、ガンダムが量産化されればすぐ戦局は打開される。そう長いことにはならないさ」

 

レイ大尉は自信に満ちた笑顔でそう告げた。

 

 

 

 

「おいどうしたんだよ?お前今日は本当に変だぞ?」

 

宇宙世紀0079、9月17日。今日も俺は朝から変人扱いだ。別に良いさ、もう慣れた。

 

「何の騒ぎ?」

 

「班長!ディックのヤツが03を武装しろって」

 

早朝とは言えそれなりの人数が働いている場所で問答していたせいだろう。3号機の整備班長であるロスマン少尉が寄ってくるなりそう聞いてきた。俺が何かを言うより先に、捕まえていた整備員がそう口を開く。内容を聞いたロスマン少尉は眉を寄せて俺を睨む。

 

「ねえアレン少尉、後2時間もすれば迎えが来て、この子達は地球に運ばれるのよ?なんで今更武装させる必要があるの?」

 

「嫌な予感がするんだ」

 

俺の言葉に彼女の視線が険しくなる。

 

「予感?そんなあやふやなことで現場を混乱させるの?」

 

もし俺がニュータイプなら、彼女達を直に納得させられたのだろうか?逃避しかける思考を強引に戻して口を開く。

 

「昨日ルナツーが襲撃されたのは知っているよな?ザンジバル級を含むかなりの規模だったって話だ」

 

「それが?」

 

「おかしいと思わないか?それだけの部隊が展開していたのに、ジャブローから上がってきた新型艦がみすみす見逃されるか?」

 

「ルナツーへの攻撃は失敗したんでしょう?なら撤退して周囲にいなかったのかも」

 

「そうかもな、だが違ったら?戦闘で一番難しいのは負け戦の撤退だ、敵の追撃を躱しながら逃げなきゃならないからな。俺なら逃げるにしても追撃部隊がどの程度の規模か把握するために監視を残す」

 

「…悲観的な意見だわ」

 

そう返してくる彼女に向かって俺は言い放つ。

 

「戦場じゃ“こうなったら良いな”なんて都合良く行くわけが無い。相手だって必死にこっちを出し抜こうとしているんだからな。なら楽観して備えを怠るのをなんて言う?マヌケだ。俺はそんな死に方は御免蒙る」




筆休め第二弾。
水星の魔女を見てたらムラムラしてやった、後悔はしている。
あと、主人公のバックボーンは完全に作者の妄想です。
それと続けられるかは完全に気分次第です。筆休め!筆休めですから!!(予防線


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2.0079/09/16

スレッタちゃんが可愛いので初投稿です。


悲鳴、怒号、大気を断続的に震わせる砲声がコロニー内に木霊し、そして僅か後に爆発音が続く。史実通り、俺の知る通りの光景が目の前で繰り広げられる。まるで俺の努力など無駄な足掻きだとあざ笑うかの様に。

 

「2号機、援護する!」

 

攻撃を受けたのは正に完璧と言って良いタイミングだった。ホワイトベースから入港完了の連絡が届き、施設を引き払う為に移動準備に入ってから30分後、直後でなかったのがまたいやらしい。人間の緊張感なんてものは持続させるのは難しい、本当に来るかどうかも解らないなんて状況では特にそうだ。初めは俺の意見に賛同してくれていた他のテストパイロット達も、20分を過ぎた辺りで杞憂だったと結論を出していた。

それを見て俺は自分の失敗を理解する。普段から俺は警戒を怠らないよう、そして万一に備えるように度々進言していた。それこそ部隊内で浮くほどに。だからこの日、最も重要な絶対に警戒していなければならない日であっても、俺が騒いだせいで皆は警戒を緩めてしまった。アレン少尉の心配性がまた空回りしたのだと。

 

『に、二機目ぇ!?』

 

不幸というのはどうにも重なる性質があるらしい。パイロットの待機室は格納庫に隣接していた。正直に言えば、俺はここにテストパイロット全員を集められた時点で何処か安心していた。原作においてガンダムのテストを行っていたパイロットは全滅している、そう全滅だ。結果、最も経験のある人員でもパイロット候補生という笑えない練度で彼等はこの戦争を生き延びる訳だが、問題は何故パイロットが全滅してしまったのかだと俺は考えた。そして思い当たったのが、移動のために何処かに集合していて不幸にもそこに攻撃が当たってしまったのだろうと言うものだ。軍事施設とはいっても、どこもかしこも堅牢に造られているわけではない。特に建設済みの施設を流用したような兵舎などは当然民間の設計基準に則ったものだから、砲撃に耐えるなんて事は望むべくもない。だからパイロットを保護するためにシェルター並みの防御を持つここへ誘導しておけばその様な事にはならないだろうと。何と言うことはない、俺自身も楽観していたのだ。反吐が出る。

 

『く、くるなぁ!』

 

オープンチャンネルで喚くジオン兵に対して怒りが湧くのを自覚する。原作においても無思慮な攻撃を放ったザクのパイロット。

この世界においても彼は同じように引き金を引き、そして放たれた砲弾は格納庫へと飛び込んだ。それは偶然か、それとも歴史の修正力とでも言うのだろうか。それは移動のために丁度待機室の扉が開けられた瞬間だった。飛散した金属片がまず扉を開けた少尉、ガンキャノンの1号機を担当していた彼女の頭部を吹き飛ばした。欠片とは言えその重さは数キロになる。当然その程度で力を失うわけがなく、次の獲物を求めるように近くに座っていたパイロット達に襲いかかった。なぎ倒される仲間達、飛び散る血と肉片。目の前で起きた惨状から、真っ先に立ち直ったのはテストパイロット達のリーダーを務めていたキタモト中尉だった。確実に怪我をしていない俺に救護班を呼ぶ指示を出すと、彼は自分の機体である1号機へ向けて走り出す。俺は間抜けにも見送りながら内線を使って救護班を呼ぶ。俺自身も軍人として最低限の応急処置は学んでいる。そしてその中には無駄な治療を施さない為の知識も含まれていた。だがそんな知識など無くても、今の彼等を見れば助からない事くらい解るだろう。辛うじて命だけは助かりそうな二名の止血を行っていると再び格納庫が揺れ、頭から血を流したロスマン少尉が部屋に駆け込んできた。

 

「誰か無事なパイロットは!?」

 

見れば解るであろう状況で、それでも彼女はそう言った。だから俺は治療の手を止めずに聞き返す。

 

「無事なのは俺だけだ!キタモト中尉は!?迎撃の為に機体へ向かった筈だぞ!?」

 

「一号機の格納庫が兵舎の倒壊に巻き込まれたの!ガレキを撤去しなきゃ乗りこめすらしない!中尉も、多分一緒に巻き込まれてる!」

 

思わず舌打ちをしながらロスマン少尉を呼ぶ。ガンタンク3号機のドライバー、彼は胸元を大きく切り裂かれていた、圧迫止血を止めるわけにはいかない。

 

「代わってくれ!3号機は使えるんだな!?」

 

「注文通りの装備もしといたわよ!行って!」

 

処置した内容を手短に伝え、機体へと走る。格納庫の中も酷い有様だ、ロスマン少尉もどうやら俺と同じ運が良い側だったらしい。

 

「死ねよジオン野郎!」

 

手にした100ミリマシンガンが火を噴き、吐き出された砲弾がザクを襲う。慌てた相手はスラスターを噴かせて後退、喫緊の問題を回避した俺は少しだけ安堵しつつ、2号機に向かって叫んだ。

 

「ビームサーベルなんかコロニーで使うんじゃない!ザクを誘爆させたら大穴が開くぞ!」

 

言いながら俺はマシンガンで牽制する。MS用の武器として最初期に開発されたこの100ミリマシンガンは威力こそ十分であるものの、装弾数や集弾率は悪い。特にまだ十分に学習の済んでいない未熟な制御系で動いているガンダムでは尚のことだ。それでも無防備な姿や、丸腰相手とは異なるプレッシャーを与えるには十分だ。あのジオンのパイロットは馬鹿そうだが、それでも今自分が安全に手柄を挙げられるから命がけで戦果を挙げるか選ぶに状況が変わっているくらいは理解出来るだろう。事実先ほどまでの無鉄砲な動きは無くなり、寧ろ味方の所までどう逃げるかを思案しているような仕草になっている。

 

(機体にそんな物が読み取れる動きが交じるとか、素人じゃねえか!)

 

俺は怒りで叫び出したくなるのを堪えながら、2号機の前に出て盾を構える。ガンダムの装甲は極めて堅牢だ、少なくとも対航空機用にジオンが用いている榴弾では至近距離でも無効化出来る。連中は偵察、それも本当にそれだけのために来ていたはずだから、こうしてしまえばこちらへ有効な手段が接近しての格闘以外選択肢が無くなる。そしてそこまで出来る度胸が目の前のパイロットにあるとは思えなかった。

 

『逃げる!?』

 

案の定と言うべきか、バックアップのもう一機がこちらを牽制する内に背中を見せて飛び去っていく。追いかけようとする2号機を制止しながら、もう一機も飛び去るのを俺は見送り、完全に射程外となったところで漸く問いかけた。

 

「それで、2号機のパイロット。お前は誰だ?」

 

 

 

 

「敵は引いたか、基地の被害状況は?」

 

ホワイトベースのブリッジでパオロ・カシアス中佐はそうオペレーターに問いかけた。艦を守る為にミノフスキー粒子を散布したが、早計であったと彼は密かに後悔する。接岸している艦など恰好の的でしか無い。誘導弾に対する防御は必須であったとは言え、結果として基地との連絡を有線回線のみに限定してしまう結果となってしまった。

 

「搭載予定のMSは何機か損傷したとのことです。ですが軽微であり運用に問題は無いそうですが…」

 

「どうした?」

 

「パイロットが、全滅だそうです」

 

オペレーターの言葉にパオロは眉を顰める。

 

「全滅?ではあのガンダムを動かしているのは誰だ?」

 

外部の映像はモニターである程度確認が出来ていた。侵入してきたジオンのザクに対して、2機のガンダムが応戦、これを退けている。最初の丸腰だった方は少々危うさを感じたが、続いて出てきた武装した方は熟れた動きをしていた。あれが素人の動きとは考え難かった。

 

「はい、3号機にはテストパイロットのディック・アレン少尉が搭乗しているそうです。ですが、その、2号機は」

 

「何だ、はっきり言ってくれ」

 

「は、はい。その、2号機には民間人が乗り込んでいたそうです。現在基地の方で拘束するべく準備を進めているとの事ですが」

 

余りにも暢気な行動にパオロは頭を抱えたくなった。

 

「それは基地司令が言っているのかね?」

 

「はい、いいえ中佐。既にベッケウワー司令は戦死されております。現在は警備部のイグチ大尉が指揮を執っておられます」

 

「…2号機の搭乗者は私が要請した民間協力者だ、拘束の必要は無い。それよりもアレン少尉と協力して一刻も早く救助と物資の搬入を行わせるよう伝えたまえ」

 

無論民間協力者などでっち上げである。しかし今の彼等にはそんなことに構っている時間が余りにも惜しかった。何しろ敵は殆ど無傷で後退しているのだ。何時連中の気が変わり、再襲撃を受けても不思議では無い。ならば使える物は最大限利用すべきだとパオロは考えた。

 

(確認出来たザクは2機、偵察だとしても、サイド7までMS単独でなどという事はあるまい。ならば少なくとも母艦となる艦が1隻は居る筈だ)

 

1月に元サイド5宙域で発生した海戦、通称ルウム戦役で両軍はかなりの数の艦艇を喪失し、未だ回復していない。損害自体はジオン側が少なかったものの、元々の工業力や人的資源の差が出ている形だ。先ほどの敵の行動から、これが偶発的な接触であると考えたパオロは、敵の数は決して多くは無いと推測した。尤も、例え少数であろうとも熟練の駆るMSが相手となれば、連邦軍の最新鋭艦でも心許ないと言うのが彼の本音だったが。

 

「コロニー外の警戒を厳とする。敵は少なくとも1隻以上の艦艇を伴う戦力である。最悪一戦交える事になるだろう」

 

最悪とは言ったものの、パオロは確実に発生するだろうと確信していた。MSの性能を調べた以上、艦の方も調べないわけが無いからだ。そしてその予想は程なく齎される敵艦発見の報により確信へと変わる。

 

「不味いな」

 

MSのサポートを受けている事で被害に比べ作業自体は順調と言える。しかし敵の動きの方が明らかに早い。このまままでは再襲撃を許すのは火を見るより明らかだった。

 

「確か、このベイには掃海艇があったな?」

 

制帽を深く被り直し、パオロはそう確認した。

 

「え?あ、はい。記録上デブリ処理用のものが1隻係留されていますが」

 

「確かパイロット課程上がりの候補生がいたな、彼を呼んでくれ」

 

そう言うとパオロは床を蹴って出口へと向かう。

 

「回収が済むまで、何としても敵の足を止めねばならん」




でもエアリアル君ちゃんのクソ重感情も大好きです。


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3.0079/09/16

短編て何話までですかね?


「1号機と予備パーツの回収が最優先だ!」

 

ガレキの撤去作業を続けるガンダムの傍らでテム・レイ大尉は大声で叫んでいた。彼が助かったのは正に運命の悪戯としか言いようがない。搬出当日になって武装をさせろと言ってきたパイロットとそれに応じた整備班、彼等に付き合う形で3号機と格納庫にいたからだ。もし予定通り搬入作業に携わっていたら、今頃吹き飛ばされていたかもしれない。

 

(機体の損傷が最小限で済んだのも、少尉の提案が大きい)

 

彼が開発に携わったRXシリーズ、所謂ガンダム・ガンキャノン・ガンタンクと呼ばれるMSはコアブロックシステムを採用している。機体内部に脱出装置として小型戦闘機を内蔵する構造を採用している。これは大胆にも機体そのものを上下に分割し、コアファイターを挟み込むという形なのだがこれは分割状態の際、大きな開口部を持つという事でもある。このため合体状態でない場合では剛性が下がるという問題も存在していたが、戦場では考慮する必要の無い事柄であった為問題無いと判断されていた。

 

「分割しての輸送は難があるか、改善すべき問題だな」

 

開発要求の内訳には戦場での分離合体が盛り込まれている。正直テムからすれば何を想定した仕様なのか理解に苦しむが、求められている以上は最低限その機能を持たせる必要がある。当然それに関連する問題があるならば改善せねばならない。

 

(尤も、そんなことはジャブローに着いてからだろうがな)

 

救助されたキタモト中尉を見ながらテムは表情を険しくした。喫緊の課題はやはり制御系である。民間人――息子が乗っていると知った時は大いに動揺したが――が操縦していた2号機はともかく、アレン少尉の3号機ですらザクを取り逃がした。機体の性能では完璧に上回っている筈なのにである。これをパイロットの未熟と片付けるのは技術者の怠慢であるとテムは考える。少なくとも正規の訓練を受けたパイロットが実戦で発揮出来ない理論値など兵器には価値がない。最高階級者として指揮を執る煩わしさに頭を悩ませていると、更なる問題が基地の司令官に収まったイグチ大尉から齎される。

 

「パオロ中佐が出撃しようとしているだと!?」

 

現在ホワイトベースとサイド7の部隊は無防備に近い状態である。再襲撃を受ける前にこちらから攻撃し、敵の機先を挫こうという腹づもりだとは解るが、その内容が余りにもお粗末だ。

 

「最上位階級の人間が最初に挺身するなど何を考えているあの老体は!?ああ、クソ!」

 

腰に吊していた通信機を取り直にチャンネルを合わせる。幸いにしてミノフスキー粒子濃度は大分低下しており、僅かなノイズが混じるものの目当ての相手と繋がった。

 

『はい、こちらガンダム3号機』

 

「アレン少尉、緊急事態だ!敵を発見した友軍が迎撃に出ようとしている!」

 

その言葉だけでこちらの意図が伝わったらしい。何かと小煩い男であるがパイロットとしての技量は問題無い事は解っているし、察しも良いため一々全てを言わずとも理解してくれるのは人を使うことになれていないテムには有り難かった。

 

『了解しました、迎撃に向かいます』

 

「こちらの作業は後1時間はかかる。無理はするなよ。それと友軍の掃海艇にはパオロ中佐が乗っている、絶対に墜とさせるな」

 

テムの言葉にグレーのガンダムが頷くと、近くに置かれていたマシンガンとシールドを掴みエレベーターへと乗り込む。じれったく見えるが推進剤の補給が出来ていないのだ、宇宙空間で戦う事を考えれば少しでも節約しておく必要があった。

 

そう呟いたテムに更なる問題が降りかかるのは、このすぐ後だった。

 

 

 

 

「残弾確認、予備弾倉2、ビームサーベル問題なし…」

 

エアロックを抜けながら俺は最後の装備点検を行う。第一関門であるサイド7襲撃は現在も継続中、既に当初の予定よりも大幅に戦力を欠いている状況だ。気の良い仲間達の顔が脳裏を過るのを強引に振り払い、目の前の事に集中する。

 

(ここでパオロ中佐に死んで貰う訳にはいかない)

 

彼は赤い彗星の、正確に言えばジオンエースパイロットの怖さをよく知っている。彼が指揮を執り続ければ、もしかしたら大気圏突入時の失敗を防げるかもしれない。

 

「最高なのはここで奴らを殺すことだが」

 

そう言って俺はガンダムの右手に握らせたマシンガンを見る。

 

(難しいか)

 

ガンダムに搭載された教育型コンピューターは極めて優秀な制御システムだ。ごく短時間でも戦えば入手した画像から相手を解析、運動性や動作パターンを割り出しこちらの動作を補正してくれる。雑な言い方をするなら、ロックオンさえしてしまえば後はコンピューター側が細かい判断をして勝手に最適な射撃をしてくれるのだ。人型という機体動作の多くをコンピューター制御に任せざるを得ないMSにとってこれがどれ程厄介かは原作を見れば解るだろう。ジオンのエースという超一流の実戦データで鍛えられた教育型コンピューターのデータを移植されたジムは本格配備から僅か2ヶ月という短い期間にもかかわらずジオン軍と互角に戦えているのだ。だが、残念ながら今の俺はその恩恵を受けることが出来ない。出来る事ならザクで調子に乗っている内に始末してしまいたいのだが。

 

「落ち着け、優先順位を間違えるな」

 

先ずはこの状況をこれ以上崩さない事だ。エアロックを抜けて漆黒の宇宙へ機体を進ませる。ミノフスキー粒子の散布濃度は低い、これなら通信が使えそうだ。

 

「こちらガンダム3号機、ディック・アレン少尉であります。702掃海艇応答されたし。繰り返す、こちらはガンダム3号機」

 

ミノフスキー粒子下での戦闘が一般的になった現在、通信は特定のチャンネルを開きっぱなしにするのが一般的だ。艦艇の様に粒子濃度を厳密に測る測定器なんて持ち合わせていない機動兵器は、この通信のノイズ量で大凡の濃度量を推察したりしている。尤も最大の理由は撃墜された際の救助の手間を省く為だ。

 

『こちら702掃海艇、リュウ・ホセイ曹長であります』

 

応答が来たことに安堵しつつ、最初からパオロ中佐が出なかった事に少し顔を顰める。敵の前で悠長に押し問答などしたくなかったからだ。

 

「当宙域の防衛は本機が受け持つ、至急後退しホワイトベースの出港に備えられたし」

 

『702掃海艇、パオロ・カシアス中佐だ。一機だけでの防衛など無謀極まる。我々も援護する』

 

勘弁してくれよ。と言うか無謀だって理解してんなら艦長が出張ってんじゃねえよ。

 

「意見具申失礼します、中佐殿。ザクを相手に旧式の掃海艇など数に入りません。率直に申し上げれば足手まといであります」

 

『こちらは勝手に援護する。貴官はこちらを考慮しなくて宜しい』

 

宜しくねえよ。

 

「承服致しかねます。自分は賤しくも地球連邦宇宙軍士官であります。友軍を見捨てることは出来ません。更に申し上げれば絶対に死ぬと解っていて作戦に参加を認める訳にもいきません」

 

俺はパイロット課程とは言え繰り上げでは無い正式な連邦士官だ。ちゃんとそちらの教育も受けている。無論それに固執して死ぬような間抜けはしないが、守れる範囲であれば最大限守る気持ちはある。

 

『…了解した。アレン少尉、貴官の乗るその機体は我が軍の最重要機密である。絶対に生きて帰れ』

 

万一の場合は自爆してでも敵に情報を渡すな、絶対に鹵獲なんてさせるなって事ですね解ります。

 

「了解であります。中佐殿もご武運を」

 

返事は無かったが、代わりにその場で反転した掃海艇が素早く姿勢を正すと良い加速で港へと引き返していく。操縦していた曹長はリュウ・ホセイと名乗っていた。原作通りならばガンタンクのパイロットになる男であるが、戦闘機乗りとしての腕も良さそうだ。ああいうタイプはMSとの相性も良い。そんなことを考えていると通信にノイズが混じり始める。どうやら時間が来たようだ。

 

「準備が整うまで待つとは殊勝じゃないかジオン共!」

 

事前にホワイトベースから受け取っていた位置情報を基に光学捜査をすれば、不規則に動く光点を発見する。精査の必要も無い、発艦したザクだろう。

 

「数は2機?面倒な事をしてくれる!」

 

偵察情報に拠れば敵艦はムサイだと言う。間違いで無ければ搭載機数は6機、内2機はコムサイと呼ばれる突入カプセル内に積めるというだけなので艦載機として運輸出来るのは4機だ。状況から鑑みれば、敵はこちらに向かってくる2機とムサイで陽動をかけつつ、残る1ないし2機でサイド7に対し再び偵察、或いはサボタージュを行うつもりだろう。ミノフスキー粒子が散布されている以上、MSのセンサーだけでは隠蔽行動をとる敵機を捕捉するのは困難だ。

 

「余り舐めてくれるなよ?ここなら遠慮は要らないからな!」

 

要警戒の信号弾を撃ち出しつつ機体を加速させる。推進剤を鱈腹積んでいるMSは例え炉を破壊しなくてもとんでもない爆発を起す。万一にもコロニーに穴を空けるわけにはいかない状況では攻撃も慎重にならざるを得なかったが、ここならばそんな必要は無い。

 

「はっ!びびってんのかよ!」

 

こちらからも接近してやると敵機の編隊が乱れた。先行していたバズーカ持ちの方はそのままだったが、僚機のマシンガンを持っている方が動揺して速度を緩めたのだ。馬鹿が、スペースノイドの癖に宇宙戦闘のイロハすら知らんと見える。バズーカ持ちが慌ててフォローに入ろうとするが遅い、こっちの加速性能はザクの1.5倍以上なのだ。

 

「貰ったぁ!」

 

宇宙空間の戦闘において速度を緩めることはあまり推奨されていない。これは単純な話で減速して得られるメリットが少ないからだ。運動力学上高速になるほど機体を別方向へ動かすには大きなエネルギーが必要になる。なので多くの人間は低速の方が素早く方向転換が出来るので攻撃を避けやすいと考えるがとんでもない間違いである。例えば俺の持つ武器、100ミリマシンガン。こいつの初速は約1300m/sだ。一キロ以上離れていても、回避するまでに1秒しか猶予がないのである。1秒もあれば余裕だろうと思うかも知れないが、しかし現実はそう甘くない。撃たれたことをパイロットが認識し回避を選択、操縦桿を動かしそれに反応した機体が漸く動いて避けるのである。実際に使える時間は半分あれば良いところだ。更に問題なのが抵抗の無い宇宙では、一度入力された方向に対するエネルギーがいつまでも残留してしまう事だ。結果真逆の方向へ移動したければ、先ほどの倍のエネルギーが必要になってしまう。簡単に言ってしまえば、右方向へスラスターを噴かせた場合、左方向へ移動したければ1度噴かして機体を静止させ、もう一度噴かして移動する必要が出てくる。スラスターの出力を調整すれば良いと言うかもしれないが、そんなことが戦闘中に出来ると言うなら是非やって見せて欲しいものである。ならば推奨される回避手段はどの様なものかと言えば単純にして明快、高速で動くことだ。移動速度が速ければ速いほど射撃時に偏差を取らねばならないことは解ると思う。そして偏差が大きくなれば、ちょっとのズレで十分回避が出来るのだ。長々と講釈を垂れたが、つまりどういうことかと言えば。

 

『た、助けっ!曹長!?』

 

動きの鈍ったザクに砲弾が次々と突き刺さる。初速と反動制御を優先したため弾頭はAPCR、マガジンの半分ほどをたっぷりと喰らい蜂の巣になったザクは漏れた推進剤が引火したのか僅かな間をおいて爆発した。

 

『よくもジーンをっ!』

 

ノイズ混じりに激昂した声が届く。寝ぼけたことを言うな、戦争をしているんだぞ?

 

「殺したんだ、殺されもするだろうさ!」

 

十分な加速を得ていたガンダムの後ろをバズーカの弾が通り過ぎた。向こうのFCSはまだガンダムの速度を捉え切れていないらしい。ならばチャンスは有効に使わせて貰う。機体を僅かに捻り射線を確保、オートロックのままでトリガーを引く。最初の数発こそ外れたが、マガジンの弾が無くなる頃には砲弾がザクを捉え始める。

 

「仕舞いだ!」

 

素早くサイドスカートにマウントされたマガジンと交換し射撃を続ける。完全に射線に捉えられたザクは、先ほどの機体と同じく瞬く間に全身に弾痕を穿つと程なく爆発した。俺は戦果確認もそこそこに次の獲物へ向かって機体を捻る。サイド7に敵が侵入したことは間違い無い。一瞬コロニーに戻る事を考えたが、コロニー内での戦闘は制約が多すぎて撃破は困難だと結論づける。

 

「ならば活動時間自体を狙わせて貰う」

 

情報を持ち帰るつもりなら母艦の喪失は許容出来ないだろう。俺は遠くに映る緑色の敵艦を睨み付けた。




書いた分が終わったので、ここからは気分次第になります。


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4.0079/09/16

日間ランキング9位有り難う投稿。


艦に戻ったパオロを待っていたのは焦り顔のオペレーターと憔悴した事務官らしき男性だった。嫌な予感を覚えつつ、パオロはまずオペレーターの報告を聞く。

 

「搬入済みの機体で動かせるものを歩哨に立たせろ、敵が偵察だというならそれだけでも牽制になる。リュウ・ホセイ曹長、続けてで悪いが頼む」

 

「了解であります」

 

敬礼して格納庫へと駆けていく青年の背を見送った後、パオロはもう一人に向かって問いかける。

 

「お待たせして申し訳無い。それでどの様なご用件だろうか?」

 

「サイド7行政区事務官のマテウスと申します。お忙しいところ申し訳ありません」

 

頭を下げる男に対し、パオロも帽子を脱いで目礼を返す。そして続きを促せば案の定厄介ごとが待っていた。

 

「実は、こちらの艦に避難民を受け入れては頂けないかと」

 

「避難民を?お待ち下さい。見ての通りこの艦は補給船では無く歴とした軍艦です。ジオンからの攻撃に晒されるのですよ?民間人を収容するなど」

 

そもそもコロニー自体が損傷しているわけでもないのだ。その状況で避難民と言われても意味が判らないとパオロは疑問符を顔に浮かべる。それを察したのだろうマテウス事務官は困り顔で言葉を続ける。

 

「先ほどの攻撃で幾つかのシェルターに被害が出ているのです。現在の人数ですと万一の際どうしても収容しきることが出来ません。それと、申し上げ難いのですが、避難を求めていますのは疎開者の方々でして」

 

サイド7の住民は大きく分けて3種類になる。行政や軍事に関わる所謂連邦の公務員、コロニーの建設に関わる工事業者、そして最後が彼の言う政府の都合で疎開してきた民間人である。前者二つとその家族はある意味納得済みかつコロニーで生活基盤を整える前提でサイド7に移住しているが、最後の者達は政府の都合で移住させられたと言う感情が強い。加えてあくまで疎開であるため最終的には故郷に戻る事を前提とした生活を送っていることから、帰属意識や連帯感なども希薄だ。

 

「安全と言うから我慢して宇宙に来たのに、ジオンが来るなど聞いていないと」

 

その言葉で思わずパオロは額に手を当てたくなるのをすんでの所で我慢した。彼等の言い分はつまりこうだ。地球連邦が安全だと保証するから疎開に付き合ったと言うのに、攻撃を受けた。何処でも危険だというならば自分達は地球に居たい。そしてホワイトベースは地球連邦の艦なのだから、自分達の要求を受け入れる義務があると。

 

「何度も申しますがこの艦は軍艦です。避難民の安全を保障致しかねる」

 

「それは説明したのです。しかしここに居ても危険だろうと」

 

マテウス事務官の言葉にパオロはとうとう溜息を吐いた。地球連邦軍は地球連邦市民の生命と財産を守る義務があるからだ。収容出来るのはどの程度かを彼が素早く検討していると、更に闖入者が現れる。

 

「失礼、パオロ中佐は居られますか?」

 

「うん?レイ大尉、何か問題かね?」

 

「コロニーに居りました人員の被害報告です、お知恵を拝借したく」

 

差し出された紙片をパオロは受け取り、一目見て目を剥く。サイド7にはMSの最終調整のためパイロットを始め、整備員、試験要員が派遣されていた。そして先ほどの襲撃で、実にその9割が死傷している事が判明したのだ。

 

「これは…」

 

思わず呻くパオロにレイ大尉が近づき小声で訴えてくる。

 

「率直に申し上げて、パイロットと整備員の損失が致命的です。本格的な戦闘行動をした場合、整備もままならないでしょう」

 

「むう」

 

パオロは考える。今回の任務はサイド7から連邦軍本部ジャブローへ開発の完了したMSを輸送することであった。極秘任務の性質上戦闘は想定されていなかったし、サイド7の人員も引き上げる都合上、整備員などは艦に関わる要員のみである。しかし既にジオンに察知された事を考えれば、このまま何事も無く地球に帰還することは難しいだろう。サイド7から地球までの距離は凡そ3日ほど必要になる。軌道上を遊弋しているジオンの艦隊に連絡が行き渡るには十分過ぎる時間だ。ならば最低でも1回、突入出来なければ2回は戦わねばならないことになる。

 

(ルナツーで人員の補充を頼みたいところではあるが、難しいだろう)

 

MS開発計画の主軸であるガンダムの建造完了と同時に量産化へ向けた計画は進められている。実のところ既に生産ラインは各拠点で整えられつつあり、一部拠点では先行して生産が始まっている。無論最も技術・戦闘データ両面で蓄積の進んでいるガンダムが重要な機体であることは間違い無いが、一方で絶対に失ってはならない装備と言うわけではない。寧ろ既にMSの運用経験を持つ人員の方こそ替えの利かない貴重品と言える。特に地球からの人員補給が困難なルナツーでは拒絶される公算が高かった。

 

「どうでしょう、パオロ中佐。避難民を受け入れては?」

 

マテウス事務官に聞こえぬよう配慮したのだろう、意図を察したパオロはレイ大尉を睨み付けた。

 

「本気で言っているのか、大尉」

 

「一回で済ませるにしても増員は必要です。率直に申し上げて、敵艦一隻相手に大騒ぎをしている今の手勢だけでジャブローにたどり着けるなど私には到底思えない」

 

「惨めなものだ、これが今の連邦軍か」

 

思わずそう口にするが、対するレイ大尉の反応は冷ややかだった。

 

「今更でしょう、既に民間協力者の前例はあるのです。中佐、ご決断を」

 

 

 

 

家族を失い憔悴していたフラウ・ボウを偶然見つけることが出来たハヤト・コバヤシは彼女を避難民の列の中で慰めていた。運が悪かった、言葉にしてしまえばそれに尽きるのだろう。突然現れたザクが放った砲弾のうち、数発の流れ弾が市街地へと飛んだ。そして自分達の家に落ちたのだ。彼女と自分が助かったのは、偶然用事で出かけていたからに過ぎない。そして家で帰りを待っていたはずの両親がどうなったかなど、確認する必要すら感じられなかった。砕け散りごうごうと音を立てて燃える自分の家だったものに、生存者が居ると思えるほどハヤトは強い人間ではなかった。

 

「ハヤト!お前無事だったんだな!委員長ちゃんも!」

 

沈みかける内心を懸命に叱咤していると、彼にそう聞き慣れた声が掛かった。そちらを見れば、土埃で顔を汚したカイ・シデンが手を振りながら近づいてきていた。

 

「カイさん」

 

「その、お前さんらの家に行ったら、あんなになっててよ」

 

「偶然家から出てて。あの、カイさんは?」

 

「最初のヤツで親父達がびびってシェルターに向かったんだ。…家に居たら助かったのによ」

 

そう言ってカイはそっぽを向く。普段の行動からあまり家族仲は良くないように思えたが、だからといって肉親の情が無いわけではなかったという事だろう。

 

「そんでまあウチは蓄えもねえし、こんな状況だろ?役所に行ったら、ここで軍が雇ってくれるって聞いてよ。そっちは?」

 

サイド7は建設途中のコロニーである。だが工事自体が題目に過ぎないため建設半ばで殆どが休工状態であり、更に移民計画も凍結されて久しいため人口の増加も見込めない。結果的に大した産業も無い事から、新規の雇用が殆ど存在していないのだ。これから一人で生きていく事を強いられるカイに対し、自分達の境遇を言うべきか悩むが、隠した方が拗れるとハヤトは口にする。少なくとも生存を喜んでくれた相手に不義理はしたくないと思ったからだ。

 

「その、アムロのお父さんが地球の家に呼んでくれたんです。それで、落ち着くまではご厄介になろうと」

 

その言葉にカイは一瞬呆けた顔になった後、苦笑しながらハヤトの肩を叩いてきた。

 

「お前等はまあ、家も無くなっちまってるもんな。良かったじゃねえか、そういやそのアムロはどうしたんだい?」

 

そう言ってカイが周囲を見渡した。ハヤトとフラウの家同様、アムロの家も同じ惨状だったからだ。

 

「ああ、アムロなら」

 

そうハヤトが口にした時、避難民達の上に影が差した。続いて土煙と共に近くへMSが降りてくる。デモンストレーション用か何かなのだろう、二つの目を持つ、どこか人間のようなフェイスパーツに二本の前立のようなアンテナを付けたそのMSは周囲を警戒するように視線を彷徨わせる。それを見上げて、ハヤトは続きを口にした。

 

「アムロなら、あそこに居ますよ」

 

彼の指さす先にはトリコロールのMS、ガンダムが立っていた。

 

 

 

 

ガンダムのコックピットの中で、アムロは小さく息を吐き出した。避難民の護衛のために移動を命じられ、指定の場所まで来たものの着地の際に目測を誤り避難民に近づきすぎてしまったためだ。物資やMSの搬入は既に終わっていて、後は彼等を艦内に収容すればホワイトベースはサイド7を離れる事になる。

 

「フラウは大丈夫かな…」

 

ザクが襲ってきてからこちら、アムロはコックピットの中に収まり通しだった。元々機械系のナードである彼は閉所でコンソールに囲まれているも苦ではないが、流石に半日以上経てば集中力も切れてくる。作業の合間に渡された補給キットの中からエナジードリンクのチューブを取り出し口に含む。

 

「えっ?」

 

特に指示が無かった事から所在なげに立ち、何の気なしにカメラを巡らせた結果、彼は自分の家だったものを見てしまう。流石にレスキューが出動したのか、火は消えていたものの、既にその姿は燃え滓と言って良い風体であり、少なくとも人の営みに耐えうるものでは無くなっていた。そしてそれは両隣の家屋も同様だったのだ。

意味が判らない、彼の脳はそれを理解することを拒絶する。

配給の列に並んでいたら、ザクが現れて暴れ出した。シェルターは工業施設――連邦軍の軍事施設だった――の近くであったから、家の方が安全だろうとそちらへ逃げるようにフラウ・ボウに言いつけて、自分はこのMS、父の造ったガンダムに乗って…。

 

「ウソだろう?」

 

その時確かに自分は最善の選択をしたと考えた、しかしそれが大切な人の命を奪う結果となった。その思いは小さなトラウマとなり、彼を静かに蝕んでいくこととなる。




なんかぁ、短編って3万とか4万文字らしいんですよぉ。
この調子だとぉ、後6話とかで完結まで持ってかなきゃじゃないですかぁ?
そんなのルナツーまで行けるかすら怪しいので変更します。

なお、更新頻度は見ないものとする。
筆休めだからね!


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5.0079/09/16

日間ランキング1位有り難うございます投稿。
皆そんなに持ち上げてくれても、文章くらいしか出てきませんよ?


「デニムが二人がかりで一方的にとはな。艦の被害状況はどうか?」

 

「左舷のエンジンが全損、二番主砲も大破。復旧の目処が立っていません」

 

シャア・アズナブルの問いかけに艦を預けていたドレン少尉が苦々しい表情で答えた。現在彼等の乗艦しているファルメルはサイド7より幾分距離をとっている。具体的にはスペースポートが主砲の射程圏外になる程度で、更に言えば後退させられたとした方がより正確である。

 

「連邦のMS、それ程のものか」

 

「射撃兵器は実弾でしたが、近接用装備に熱線兵器を使用しているようです」

 

「熱線?ヒート系ではなくてか?」

 

「被害確認の際に破孔を確認した修理班からビーム砲に類似した損壊との報告が」

 

「こちらの攻撃は受け付けず、武装はザクを容易に破壊しおまけにビームか。とんでもない相手を釣り上げてしまったな」

 

言いつつもシャアは口元を歪ませる。

 

「行かれるのですか?」

 

「ザクを2機も失ったのだ。せめて敵の詳細を掴まねば死んだ部下も浮かばれん。連中が港から出港するのと同時に仕掛ける。艦はこの位置に固定、援護に徹しろ」

 

そう言うと彼はブリッジの床を蹴り、格納庫へと向かう。道すがらシャアは不敵に呟いた。

 

「見せて貰おう、連邦のMSの性能とやらを」

 

 

 

 

敵艦に損傷を与え格納庫に戻ってくると、そこは別の戦場になっていた。

 

「キャノン1号機と2号機の補給はまだなの!?」

 

「ガンダム3号機戻ってます!」

 

「ハンガーに誘導しろ!そこの馬鹿!踏まれるぞ死にたいか!」

 

ハンガーと呼ばれるメンテナンス用の架台に固定されたMS、そこに取り付いた整備員達が必死の形相で作業に当たっている。誘導員の指示に従い機体を固定すると、俺はその誘導員を捕まえて確認する。

 

「なあ、整備班の人数が少なくないか?」

 

「少ないんですよ!…少尉が出撃した後に解ったんですけど、整備班、コイツの機付き員以外殆ど全滅だったんです。クルーの方の予備員やらから引っ張ってきて強引に穴埋めしてますけど」

 

そう言って彼は小さく指を差す、そちらにはノーマルスーツで叫ぶロスマン少尉がいた。

 

「違う5番ケーブルじゃない!8番!宇宙戦をしてきたMSはまず冷却するのよ!」

 

「あんな感じです」

 

「こいつは笑えんな」

 

肩を叩いて彼に礼を言うと俺はシートへと戻る。直に機体の通信器にコールがあり、俺は通話を開いた。

 

「ホワイトベース艦長、パオロ・カシアス中佐だ」

 

「ガンダム3号機パイロットを務めております、ディック・アレン少尉であります」

 

モニター越しのパオロ中佐に敬礼をすると、彼は小さく笑って口を開いた。

 

「先ほどは世話になった。さて少尉、外の状況を知りたい」

 

「はっ!702掃海艇が後退後敵のザク2機と交戦、両機とも撃墜しました。双方とも観測済みのムサイより発進したところを確認しました。また同ムサイに対し攻撃を実施、左舷エンジン及び2番砲塔を損傷させました」

 

画面からでは解らないがどうやらブリッジに俺の声が聞こえているらしい、ザク2機を撃墜のあたりでどよめきが入り、敵艦を損傷させたことを伝えると小さいながら歓声まで入った。パオロ中佐は満足そうに頷くと更に詳細を聞いてきた。

 

「良くやってくれた、敵艦の損傷状況はどの程度だろうか?」

 

「エンジンにつきましては誘爆を確認しました、最低でも中破はさせているかと。砲塔に関しては申し訳ありません、基部をビームサーベルにて破損させましたが敵の反撃が激しく十分な確認が取れませんでした」

 

「いや、機体の保全が最優先だ、少尉の判断は正しい。他に何か気付いたことは?」

 

気付いたこと、そうだアレを言ってみるか。

 

「気付いたと言うほどではないのですが、敵艦の形状が通常のムサイと若干異なっておりました。動画になってしまうのですが」

 

そう言って俺はコンソールを操作し、機体に録画されたムサイとの戦闘中の動画を表示する。

 

「一瞬でしたが、艦橋の形が異なっていたように見えました」

 

「…ファルメル、だな」

 

画像を確認したパオロ中佐が難しい表情でそう口にする。

 

「ファルメル、でありますか?」

 

「ルウムでドズル・ザビが乗艦していた艦だ。情報部によれば通信機能を向上したモデルとの事だが」

 

「練度はともかく、武装に関しては標準的なものと違いは感じませんでした」

 

これでも任官してから幾度か対艦攻撃にも従事している。その経験からすれば、あの艦の技量は中の上と言ったところだ。

 

「本人とは考えにくい、恐らく譲渡された特殊部隊か何かだろうが」

 

言いつつもパオロ中佐の表情は晴れない。それはそうだ、もし特殊部隊か何かならば連中は目的を持ってサイド7を偵察に来た事になる。その目的となるものなど連邦軍が進めるMS開発計画、V作戦以外あり得ない。ならばその成果物であるガンダムを運ぶこのホワイトベースを連中が見逃してくれると考えるのは楽観に過ぎるだろう。

実際にはあの艦は戦功著しい赤い彗星へドズル・ザビは報奨として与えたのであり、彼等が偵察を行ったのも偶然の結果なのだが、どちらにしても執拗な追撃を受ける事になるのは変わりない。

 

「直接戦った君の感想が聞きたい。少尉」

 

「ザクの技量はそれなりであったように感じます。ですが艦の方は戦意旺盛でした。特殊部隊でしたら予備の機体も持ち歩いている可能性も高いと思います」

 

「つまり?」

 

続きを促すパオロ中佐に、俺は持論と言う体で原作知識を一つ提示した。

 

「こちらの身動きが十分に取れない内にもう一当てしよう、その位は考えそうです」

 

 

 

 

「パイロット候補生は二人、と言ってもMSへの搭乗経験はなし、シミュレーターも200時間未満か」

 

左腕でタブレットを操作しつつ、キタモトは思わず漏れそうになる溜息を呑み込む。

 

「機体があっても、パイロットが居なきゃどうにもならんぞ」

 

そう言って彼は自分の固定された右腕を恨めしげに見た。コロニー内での襲撃の際、迎撃するべく自分の機体へと向かった彼は、不幸にも建物の倒壊に巻き込まれ腕を負傷していた。

ガンダムの中で最初に建造された彼の1号機は最も多くの試験が行われた機体である。加えてメンテナンスハッチなどが後発の2機に比べ未成熟であったため、若干整備性に劣っていた。結果搬出作業では点検が遅れ2号機が先に屋外に運び出されていたのだ。

 

「いや、命が助かっただけマシか」

 

パイロットルームでの一件はベテランである彼でもトラウマになりかねない内容だった。それはそうだろう、先ほどまで歓談していた戦友が突然血だらけの死体になったのだ。冷静に指示を出せただけでも彼は優秀な部類だった。

 

「失礼します。キタモト中尉殿でありますか?」

 

沈みかけていたキタモトにそんな慇懃な声が掛かる。視線を送れば、そこには男性が二人立っていた。

 

「パオロ中佐より言いつけられて参りました。ジョブ・ジョン曹長であります」

 

「同じく、リュウ・ホセイ曹長であります」

 

そう言って敬礼する二人に答礼をしようとして、キタモトは顔を顰めた。咄嗟に上げようとした右腕が痛んだからだ。

 

「タツヤ・キタモト中尉だ。すまんがこんな有様でな、答礼できずに悪い」

 

「気になさらないで下さい。それで、その自分達は?」

 

ジョブ曹長の問いにキタモトは頷きつつ口を開く。

 

「本来の予定では君達候補生は、ジャブローに戻るまでの間実機を使った簡単な教習と宇宙空間におけるMSについて体感して貰う予定だった。が、現状がそうも言っていられないと言うのは解るな?」

 

キタモトの言葉に二人が無言で頷く。

 

「状況を鑑みるに、衛星軌道上で本格的な戦闘を行う必要がある。その際に少しでも戦力を充実させたい」

 

背後に並ぶMSをタブレットで指しつつキタモトは続ける。

 

「君達にはRX-77、ガンキャノンのパイロットをやって貰う。先ずはスタティックマニュアルを渡すから、読みながら起動シークエンスを実行してみてくれ」

 

その言葉に恰幅の良い方、リュウ曹長が疑問を口にした。

 

「ガンキャノンでありますか?ガンダムは使わないのですか?」

 

腕が動かないほど負傷していては、当然MSの操縦など出来るはずがない。そして現状キタモトが搭乗している1号機は空きの状態だ。彼の疑問も当然だった。キタモトは二人に近づき小声で告げる。

 

「この艦の今後だが、一度ルナツーへ寄港する。そこで1号機は研究用に降ろされる予定だ」

 

反攻に向けて各拠点で準備が進められている。その中にMSの生産ライン立ち上げが含まれている程度の事は、彼等も耳にしているのだろう。尤も実際には最も蓄積データの多い1号機の各データを宇宙軍の生産拠点であるルナツーの生産機に反映させるのが目的である。既に連邦軍の準備段階はMSの量産体制に移行しているのだ。

 

「だから悪いが、地球に降りる頃にはガンダムは使えんのだ。なに、キャノンも良い機体だぞ」

 

そう言ってキタモトは笑って見せた。




こうしてまたストックは失われた。
本当に、もう本当に連続更新は無理だから。


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6.0079/09/17

間に合ったぞ。


ゆっくりと背中にGがかかり、アムロ・レイは艦が移動を始めたことを理解する。同時に思わず唾を呑み込んだ。これからの作戦に対する緊張からの行為だった。

 

『そんな顔をしなくても大丈夫だ。アムロ君』

 

通信からそんな声が聞こえてくる。艦とのものとは別の通信ウィンドウに映った男が落ち着いた笑顔で言葉を続ける。

 

『君も実際に戦っただろう?相手は丸腰の相手にすら及び腰だった。何でか解るかい?』

 

「臆病だから、ですか?」

 

『それもあるだろうがもっと根本的な事さ。連中は俺達がとても怖いんだよ』

 

「僕達が、怖い?」

 

そんなことがあるのだろうかと、アムロは思ってしまう。ここまで自分が目にしてきた軍人、ホワイトベースに乗艦している彼等は自分の仕事を果たそうと懸命に働いていた。常に不安を顔に浮かべて事あるごとに大丈夫なのかと口にする避難民と比べてしまえば、そこに恐怖と言う感情があるようには思えなかったからだ。或いは軍人とは恐怖で行動が鈍るような人種ではないのだろうと。だが僚機のディック・アレン少尉は、ザクの動きが悪かったのは恐怖からだと明言した。

 

『簡単な話さ。連中は今までMS同士の戦争なんて経験していないんだ。勿論訓練で模擬戦くらいはしただろうが、命の取り合いじゃないし何より相手は自分がよく知った自軍の機体だ。対して今は?相手は本気で殺しにかかって来ている上に、機体の性能もまるで未知数。しかし確かなことが一つだけある』

 

「ガンダムが、ザクより強い事ですか?」

 

アムロの言葉にアレン少尉は頷いた。

 

『そうだ、こっちはザクに勝てる機体を造ってたんだからな。少なくともスペックで劣っているなんて事はあり得ない。そう考えれば彼等の怖さが理解出来るだろう?』

 

彼の言葉に今度はアムロが頷く番だった。解らない相手というのはとても厄介だ、それが自分より優れているなら尚のことである。そんな相手が明確な殺意を持って対応すると言うのである。もし自分がそのような状況ならば逃げ出してしまってもおかしく無いと彼には思えた。

 

『しかも連中は生きて帰らなきゃならない理由がある。連邦がMSの開発に成功した事を伝えなきゃならないからな。そんな連中が命がけで艦を沈めに来られると思うか?』

 

「思いません。逃げる理由があるんですから」

 

『そう言う事だ、おまけに連中はザクを2機失ってる。仮に満載していたとしても次に出せるのは4機が限界、つまり数の上でこちらと互角というわけだ。どうだい、深刻な顔をするまでもない状況だと思わないか?』

 

そう言われてアムロは、自身の気分が随分と軽くなっている事に気がついた。優秀な軍人というのは、どうやら人心操作も得意であるらしい。

 

「有り難うございます、アレン少尉。おかげで気が楽になりました」

 

礼を言うとアレン少尉は笑って頷くと言葉を続ける。

 

『戦闘が始まっても回線は開いたままにしておけよ、それと作戦は覚えて居るな?』

 

「アレン少尉が追い立てて、僕が撃つ。ですよね?」

 

『宜しい。射撃のタイミングは?』

 

「アポジモーターの噴射光が収まる寸前です」

 

『上出来だ。それじゃ先に行くぞ』

 

アレン少尉がそう言うと、格納庫のハッチがゆっくりと開いた。そして左横をグレーのガンダムが低い姿勢で飛び出して行く。続くように誘導員がカタパルトへ向かうように指示を出してきた。オート動作によって機体は淀みなくカタパルトへと固定され、発艦体勢になる。

 

「アムロ、行きまぁす!」

 

発艦許可のグリーンシグナルが灯ると同時にアムロは叫び、教えられた通りに発進可のボタンを押した。蹴飛ばされるような加速を与えられた機体が漆黒の宇宙へと飛び出すと同時にホワイトベースのオペレーターが叫ぶ。

 

『ミサイル接近!迎撃を!』

 

その言葉にアムロは若干の苛立ちを覚えた。飛来するミサイルを迎撃しろ、それは解る。だが何発で何処からだ?

 

『艦12時方向!距離13000!』

 

その疑問を即座にフォローするようにアレン少尉から通信が入る。言われた方向へカメラを向ければ、蛇行しながら飛翔するミサイルが見えた。即座に手にしていたビームライフルを構えると、アムロは躊躇無くトリガーを引く。

 

『マジかよ…』

 

連続して放たれた2発は、アムロの思った通りにミサイルを撃ち抜き爆発させた。それを見てアレン少尉が驚きを隠さぬままに声を漏らすのが聞こえた。

 

「アレン少尉?」

 

『あ、ああ悪い。この距離で当てられるとは思わなかったよ。良い腕だ、その調子で頼む』

 

「はい、任せて下さい」

 

現役のパイロットの称賛に気をよくしたアムロはそう応じる。それに対しアレン少尉は力強く頷くと口を開いた。

 

『さあ、来るぞ!』

 

彼の言葉通りメインカメラが移動する光点を捉える。

 

「やってやる。相手がザクなら、人間じゃないんだ!」

 

破壊された自分達の家を思い出し、アムロは強く操縦桿を握り絞めた。

 

 

 

 

「あの距離で当てる?腕の良いパイロットと言う事か」

 

迎撃され爆発するミサイルを見ながらシャア・アズナブルはそう呟いた。

 

『しょ、少佐!今の攻撃は?自分はあのような攻撃を見ておりません!?』

 

MSから放たれた光条。それはつまり連邦軍のMSが射撃用のビーム兵器を有しているという証左だった。

 

「当たらなければどうという事は無い。スレンダー、貴様は距離をとって援護に回れ!」

 

ミサイルにも当然ながらロック検知システムはついている。特に終末誘導前であれば回避運動も行うのだ。つまり連邦のMSが放った攻撃は、ロック検知後にミサイルが回避する事も出来ない弾速だと言う事だ。部下のスレンダーはパイロットとしての技量は良くも悪くも平凡であるから、距離を詰めての戦闘は厳しいだろうとシャアは判断した。

 

(幸いスレンダーの武装は対艦ライフルだ、牽制程度にはなる)

 

命じつつもシャアは自らの機体を加速させる。彼の愛機はS型と呼ばれるザクの中でも上位のモデルだ。基本的な構造が量産機と同一であるため改良されたR型などには劣るものの、単純な推力は一般機であるF型の3割増しだ。更に彼はリミッターの設定を甘くすることで更に加速性を増している。だが問題が無いわけではなかった。

 

「流石にこの速度では難しいかっ!」

 

担いでいたバズーカを構えるが、そのレティクルはぶれてしまい定まらない。直線運動ならばまだしも、小刻みな回避を加えての運動になると機体側のFCSが彼の動きに追随出来ないのだ。

 

「マシンガンの効かぬ装甲、厄介だな!」

 

この状況であってもマシンガンであれば多少の命中弾は見込めただろうが、どちらにせよ損傷を与えられなければ無意味だ。

 

(つまりは、こちらの距離まで詰める以外の選択肢は無いわけだ!)

 

口角を上げながらシャアは更にスラスターペダルを踏み込む、更に牽制としてバズーカを放った。カメラに捉えていた敵機はその弾頭に対し真逆の行動に出る。一機はぎこちなく後退、もう一機は加速してこちらへと向かってくる。

 

「やる気か、面白い!とでも言うと思ったか?」

 

肉薄して近接戦用のビーム兵器を振るうグレーの機体の横をすり抜ける。すり抜け様にバズーカを撃ち込むがこれは盾に防がれる。しかしそれで盾が破壊できたのを確認しシャアは笑みを浮かべる。構造上MSの主装甲が盾よりも厚い事はあり得ない。つまりバズーカであれば敵に対し有効である事が証明されたのだ。

 

「先ずは鈍い方から頂く!」

 

この瞬間、彼の頭の中で目標とする戦果が上方修正された。敵MSの性能把握から撃墜にである。傍から見れば無謀に思える思考だが、それを成すだけの実力があると彼は自負していたし、他の兵士が聞いていたとしても赤い彗星の言葉ならばと追認した事だろう。これまでの戦いでシャアはそれだけの戦果を挙げていたし、その実力も知れ渡っていたからだ。だが、彼は失念していた。戦場において活躍するという事は、敵にもその行動を警戒、研究されると言う事である。そして惰弱と決めつけていた地球連邦軍を、彼は過小評価していた。

 

『ひっ!?』

 

宇宙空間で一度交差してしまえば追いかけることは難しい。向かうのに使った分のエネルギーを反転した場合相殺しなければならず、その間にもこちらは加速出来るからだ。後ろから放たれるマシンガンを悠々と避けつつ勝利を確信した彼の耳に届いたのは、短いけれど明確な部下の悲鳴だった。そして彼は自らの失策を悟る。動きの悪い方を先に狙い、数的有利を作り出す。何と言うことはない、敵も同じ手段を講じていたと言うだけの話。だがその判断ミスが部下の命を奪い去った。

 

放たれたマシンガンを慌てて避けたスレンダーの機体が姿勢制御のために一瞬硬直した瞬間。その隙を違わずに放たれたビームがザクを一撃で火球へと変えた。爆発の規模から動力炉も誘爆したのだろう。パイロットの生存はまずあり得ない。その一撃は鮮やかであり、入念な打ち合わせがあった事を彼に窺わせた。ならばいきなり接近戦を挑んできたのも、こちらを油断させるための演技だったのだろう。自分はまんまと敵に嵌められたというわけだ。

 

「認めたくないものだな、自分の若さ故の過ちと言うものは!しかしっ」

 

部下とザクを失った。だが自分が敵機に接近していると言うのも事実だ。ならばここで1機墜とし返せば互角となる。連続でバズーカを放ち敵のシールドを破壊、爆発の反動で姿勢制御にもたつく敵機に向かってヒートホークを握り最後の加速を行う。

 

「沈め!」

 

自機の加速と敵との距離、絶対に避けられないと確信出来る一撃を放ち、シャアは思わずそう叫ぶ。そしてその瞬間、彼の機体は無数の爆発に巻き込まれた。




Q:何でこんなにシャアが弱いんですか?
A:作者が嫌いだからじゃないですかね?

因みにガンダムで好きなMSはヤクト・ドーガ、次点でサザビーです。


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7.0079/09/17

コロナ検査で隔離されていたので初投稿です。


『あ、当たった!?』

 

「解らん!良いから撃てっ!!」

 

ホワイトベースの甲板上に陣取った2機のガンキャノンから猛然と砲弾が放たれる。最大発射速度毎秒3発という驚異的な速度で発射される240ミリ砲弾は僅か数秒で機体に搭載された弾薬を撃ち尽くす。射撃修正も何も有ったものでは無い。

 

(あの赤い彗星を一泡吹かせられるなんてな)

 

ルウム戦役で赫々たる戦果を挙げたジオンのエースパイロット。その存在は即座に戦技教本に取り入れられている。尤もその無茶苦茶な行動は一般人に真似できるものではないため、専ら要警戒対象として取り上げられているのだが。そんな自分でも知っているような有名人相手に自分達の作戦が成功した事は、リュウ・ホセイに言いようのない興奮を齎した。作戦自体は極めてシンプルなものだったのだ。囮を使って敵をキルゾーンへと誘い込む、宇宙世紀どころか人類史において狩猟が始まった辺りから用いられているであろう手法だ。それを提案してきたのはガンダム3号機に乗っている少尉だった。

 

「この状況で撤退せずに攻めてくるならば、余程腕に自信がある人物でしょう。少なくとも数的不利を覆すだけの自信がある筈です」

 

そんな相手を囲んでも効果は薄いと少尉は言った。不利であっても想定内の状況ならばプレッシャーは少ない。ましてこちらは数で勝っていても半数以上が技量未熟な新兵である。MS同士の複雑な連携など望むべくもないのだから、ならば策を用意すべきだ。

そうして実行されたのがこの作戦だ。まずスペースポート内でガンキャノンがホワイトベースの甲板上に移動、白いシートを被って身を隠す。そして出港と同時に囮のガンダム2機が発進、敵と交戦する。この時2号機はホワイトベースから一定の距離を保つ事で、予めガンキャノン側の砲弾に時限信管を設定、ロックオン無しに爆発範囲内に敵機を誘い込む。

 

「ガンダムで片付けば良し。そうならなかった際の保険です」

 

「2号機を狙わず、お前の方を狙ったらどうするんだ?」

 

「数が互角ならば、まず動きの悪い方を墜として数的有利を生み出そうとするでしょう。数が多ければ欲を出して鹵獲あるいは撃破後の部品回収を試みると考えます。どちらにせよ被害を抑えるなら腕の悪そうな方を優先して狙います」

 

「どちらにせよリスクは避けられん戦いか。アムロ君、お願い出来るだろうか?」

 

艦には任官権限を持つ人間がいないため、彼は書類上未だ民間協力者だ。艦内の業務に当たって貰っている元避難民の面々も同様の扱いとなる。その為命令ではなく言葉は協力要請という形になっている。

 

「はい、大丈夫です」

 

「…そうか、ではそのように。総員かかれ!」

 

あっさりと頷くアムロにキタモト中尉は少し面を喰らいながらもそう命じ、作戦は実行に移された。

 

『やった!?』

 

「まだだ!確認出来るまで油断するな!」

 

興奮気味に口走るジョブ曹長に対してリュウはそう諫めた。合計80発もの砲弾を撃ち込んだ結果、爆発煙と弾片によって目標周辺はセンサーが利かなくなっていた。だからこその言葉であったが、リュウ自身何処かで油断があった。何せあれだけの攻撃に晒されたのだ。如何にエースパイロットと言っても無事で済むはずがない。

しかし現実は、彼等の淡い期待を容易く打ち砕く。

 

「嘘だろう!?」

 

爆風から身を守るためシールドを構えていたガンダムに向かって、赤いザクが煙を突き破って突進。ガンダムに接近しすぎてしまったために、ガンキャノンのビームライフルは誤射防止のロックが作動してしまう。

 

『うぁあっ!?』

 

咄嗟の状況に対応出来ないこちらをあざ笑うようにザクはその身を躍らせると、MSで戦うとはこうするのだとばかりにガンダムを蹴り飛ばす。

 

「この野郎!」

 

格闘の反動で機体が離れた瞬間を狙いリュウはビームライフルを向ける。しかしそれはザクを捉えきることが出来ず、ビームは空を切った。

 

『リュウ!』

 

フォローするようにジョブ曹長がビームライフルを発砲するがやはり結果は同じだった。だがこれは彼等の腕が未熟だからとは言い難い理由があった。ガンキャノンは中距離からの火力支援を前提として設計された機体である。そのコンセプトは主力MSに随伴して240ミリキャノンを素早く展開することであり、それ以外については有り体に言って控え目に設計されていた。何しろ主力となるガンダムが高額だからこそ、全てをガンダムで揃えるのではなく支援機を用意しようと言う事になったのである。当然コストを抑える事が要求されるし、更に別の問題も存在した。240ミリキャノンの弾薬である。機体上半身の大部分を弾薬庫が占める構造であるガンキャノンは、ガンダムに比べても腕部を駆動させるモーターの設置場所が肩にしか確保出来なかった。コストとの兼ね合いから必然性能を絞ったモーターを選定したために、ガンキャノンはその重量も相まって動きの鈍い機体となってしまったのである。ビームライフルがガンダムのものより長射程のものが採用されているのも、出来る限り腕部の動作量が少ない内に射撃が実行出来るようにと言う考えからである。

 

「ぬおぉおおお!?」

 

苦し紛れにバルカンを放つが流石に威力が過小だった。避ける素振りも無く赤いザクはリュウのガンキャノンへ肉薄すると、左肩を突き出しそのままタックルを仕掛けてくる。回避のタイミングを完全に逸していたガンキャノンはそれを正面から受けて吹き飛んだ。激しく変わるモニターの画像を睨みながら、リュウは背に冷たい汗が浮かぶのを自覚する。自分達が居るのはホワイトベースの甲板。つまりここは艦を守る最終防衛ラインだ。自分達がやられればホワイトベースが沈む。

 

「こんのぉ!」

 

バーニアを噴かして強引に回転を止めビームライフルを乱射する。当たらなくてもいい、少なくとも撃っていれば奴に回避を強要できる。こちらの意図に気付いたのだろう。ジョブ曹長がこちらの射撃と交互になるようにビームライフルを撃ち始める。そして待望の瞬間が訪れた。

 

『そこ!』

 

自分達より若い、少年と言って差し支えない若い声。アムロ・レイの鋭い叫びが通信チャンネル越しに聞こえた瞬間、ビームがザクの左腕を吹き飛ばした。

 

 

 

 

「擦っただけでこれとは!奴らのビームは戦艦の主砲並みか!?」

 

この時シャアは初めて戦場で死の恐怖を体験した。後一瞬機体を捻るのが遅れていたなら、ビームは彼の機体を貫いていたからだ。冷静に考えれば戦艦の主砲を腕に受けるなどという状況であれば余波で機体ごと吹き飛ばされている。だが初めての感情に振り回される彼は冷静な判断が出来ていなかった。

 

「ここまでか!」

 

武器をほぼ全て喪失し、機体も大破寸前。対して相手は3機とも健在だ。技量で優越している事は疑うべくもないが状況が悪すぎる、彼は即座に離脱を決断した。

 

「切り札は用意しておくものだ」

 

リアスカートにマウントされた最後の武器、ハンドグレネードを敵艦の艦橋へ向かって投げつける。自分達への攻撃を防ぐのに手一杯となっていた敵MS達は、この想定外の行動に反応が一瞬遅れた。そしてそれは状況を一変させるのに十分な時間を生み出した。第一艦橋の窓付近に接触したハンドグレネードが炸裂、複数枚の窓を吹き飛ばし、艦橋内の人員が外へと吸い出される。同時に敵MSにも動揺が走った。それを見逃さず、シャアは一気に機体を加速させる。

 

「連邦のMS、これ程とはな…」

 

機体が崩壊しないギリギリまで加速しつつ彼は忌々しげにそう呟いた。軍人、パイロットとして頭角を現わしているとは言え、彼もまだ20を過ぎたばかりの青年に過ぎない。自分が見限った相手である地球連邦軍が、自分の選んだジオン軍よりも優越しているなど容易に納得できるものではなかったのだ。

追撃を警戒して後部カメラをしきりに確認していると、敵艦から後退信号が打ち上がった。それを見て内心安堵の溜息を漏らしつつ。彼は自機からも後退を指示する信号弾を打ち上げる。同時に彼は操縦桿から手を離し強く拳を握り絞めると、カメラに映る敵艦を睨み付けた。

 

「木馬め、このままでは済まさんぞ」

 

 

 

 

「敵が逃げる!」

 

ホワイトベースの艦橋を破壊し、逃げ去っていくザクを見てアムロはそう叫び追いかけようとした。だがそれを止めたのは外でもない仲間の声だった。

 

『ダメだアムロ君!味方の救援が先だ!』

 

言葉通り、リュウ・ホセイ曹長が操るガンキャノン1号機は既に大慌てで周囲に吐き出されてしまった味方の救助へ向かっている。アムロは知らなかったが、宇宙空間における救助は最初の5分で決まると言われている。地上と異なり常に相対的な座標で行動する宇宙において、漂流者の捜索は困難を極める。何せ基点となった存在すら移動し続けているのだ。艦艇サイズならばまだしも、人間のような極小の目標を発見するのは殆ど運頼みと言って良い。5分までならば他の重力やそもそも移動距離が少ないために発見の可能性が高いが、それ以降は急速に難しくなる。特に戦場でミノフスキー粒子が撒かれるようになり、更に多くのデブリが滞留するようになった現在の地球圏ではなおのことであった。

 

「っ!了解です」

 

アムロがそう返事をするのと同時にホワイトベースから後退を指示する信号弾が打ち上がる。それを見て、アムロは漸くこの場に居ない人物の事を思い出した。

 

「そう言えばアレン少尉は?」

 

『多分大丈夫。敵の増援、来なかっただろう?少尉が抑えてくれていたんだと思う』

 

「増援」

 

『ちゃんと今度は沈められるようにって、スーパーナパームも持って行っていたでしょ?それで敵艦が沈んでないって事は、邪魔されたんだと思う』

 

「凄いな、アレン少尉」

 

救助活動を行いながらアムロはそう呟いた。同じ機体に乗っているからこそ、彼はそう強く感じた。確かにガンダムは強力な機体だ。エースパイロット相手に素人の自分が生き延びられるのだから間違い無いだろう。けれどそれが絶対の安全を保障するなどと言う事ではないのを、アムロは赤いザクとの戦いで痛感していた。事前に策を練り、敵が想定通りに動いたというのに危うく自分は殺されかけ、艦も傷つけられてしまったのだ。そんな重圧の中で自分の仕事を全うしている彼に、アムロは憧憬に似た思いを感じる。

 

「本当に、凄い」

 

再び彼の口から漏れ出た、感情のない交ぜになったその言葉を聞き取った者は居なかった。




赤いアンチクショウがそんな簡単に死ぬわけないよなぁ!(意訳:楽に死ねると思うな


脳内設定
240ミリキャノンについて。
本来一般的な時限信管と同じく、対象をロックすると距離を測定して発射時に時間設定をしてくれるのですが、今回は奇襲のためロックオン出来ない状況であった事からこのような事前にキルゾーンを設定しておくという手法をとりました。そんなん出来るのかって?今の兵器で出来るんだから宇宙世紀なら余裕だろ!(思考放棄


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8.0079/09/18

今週分です。


ルナツーに近づくといよいよ艦内が慌ただしくなってきた。サイド7からの脱出の際の戦闘でブリッジ要員に少なくない被害が出たのだ。特に不運だったのは割れた窓の近くに居たオペレーターと最前列で操艦に当たっていた操舵手だ。飛散した構造材が直撃したオペレーターと操舵手は即死、副長の大尉殿も一命こそとりとめたものの、ノーマルスーツが損傷した状態で宇宙へ放り出された彼は酸素欠乏症となり正常な判断が出来ない状態だ。そして目下最大の問題は艦の最高責任者であるパオロ・カシアス中佐が負傷してしまった事だろう。頭部に重篤な怪我を負ってしまいとてもではないが指揮を執れる状況では無かった。おかげで現在のブリッジは野戦任官で大尉にされてしまったブライト・ノアが指揮に当たっている。

 

「凄い数だ」

 

「けどなんか、どの艦もぼろっちいぜ?」

 

待機室の窓から外を見て、真新しい制服に身を包んだ少年達が口々にそう評した。それを見て俺は説明をする。

 

「外に並べられているのは修理待ちの艦だからな」

 

現在ルナツーには地球連邦宇宙軍のほぼ全艦艇が集結している。何せ他の停泊地であったサイドが全滅してしまっているのだからそうせざるを得ない。おかげでルナツーの整備能力を遙かに超えた損傷艦があふれかえる事態となっている。

 

「万一攻撃を受けて壊れてしまっても諦めの付く艦が置いてあるんだ。任務に使うようなちゃんとしたのは要塞内に置いてあるよ」

 

「まだあるんですか!?」

 

そう驚くハヤト・コバヤシに俺は笑いながら応じる。

 

「あるぞー、なんならここに並んでいるよりずっとある」

 

「そんなにあってジオンに負けたのかよ」

 

「カイさん!」

 

まるで呆れたように言うカイ・シデンをアムロ・レイが咎める。まあ、俺もその負けた連邦兵だからな。気を遣ってくれたんだろう。

 

「ああ、負けた。数って言うのは戦いにおいて何よりも重視される要因だが、数だけではどうにもならん事もある。素手の兵隊を何百人集めても戦車は倒せないだろう?」

 

ちょっとした講釈のつもりで俺は言葉を続ける。

 

「幸い連邦はちゃんと武器も人も用意出来ていた。それでも負けた、何でだと思う?」

 

「ミノフスキー粒子ですか?」

 

流石はアムロ・レイ。そっち方面にも明るいらしい。

 

「その通り。万全で殴り合ったら勝てないとジオンも解っていたのさ。だからこちらの目と耳を塞いだ」

 

その効果は知っての通りだ。1ヶ月という僅かな期間で連邦軍は守るべき市民の半数を失い、地球には消えることのない巨大な傷が刻まれた。

 

「じゃあここにあるのは幾らあっても役立たずって事じゃんかよ」

 

お、言うねえ。

 

「ところがそうでもない。ミノフスキー粒子はどちらの目も塞いでしまうから常に散布していては哨戒もままならんし、粒子散布下では強力な兵器であるMSも火力や航続力では艦艇に遠く及ばない。製造コストや整備性、パイロットの訓練期間で言えば戦闘機とMSは勝負にもならん。技術と経済力という限界がある以上、残念ながらこれだけ造っていればいいなんて便利な兵器は無いんだ」

 

まあそれは兵士を使う側の都合であって、兵隊としてはとにかく良い装備を寄越せというのが本音だが。残念ながらジオンよりマシではあっても連邦の財布だって無限に金の湧き出る魔法の壺じゃない。

 

「小難しい言い回しなら適材適所と言うやつだな。さて、そろそろ行こうか」

 

そう言って俺は彼等に移動を促す。出来れば穏便に終わって欲しいと切に願いながら。

 

 

 

 

「レーザー通信、繋がります!」

 

オペレーターの言葉にシャアは腕を組んだまま頷いた。

 

「失敗を告げるのは、気の重い事だな」

 

艦の損傷によりシャアは敵新型艦を取り逃がしていた。呟く間にモニターが通信相手を映し出す。損傷が原因なのだろう、画像が何時もより不鮮明だ。

 

『シャアか、どうした。昨夜は貴様の作戦終了を祝うつもりだったというのに、モタモタしてくれたおかげで準備が無駄になったぞ』

 

作戦成功を疑っていない相手、ドズル・ザビ中将へ向けて、シャアは報告のために口を開く。

 

「晩餐の損失に見合う情報を入手致しました。連邦軍のV作戦、その情報を入手致しました」

 

その言葉にドズル中将は鷹揚に頷く。

 

『でかした、それで?』

 

「例の新型艦はMSの母艦でありました。既にMSも完成しております」

 

『それは本当か?』

 

「はっ、複数の同型機を確認しましたので、既にある程度の生産体制が整えられているものと考えます」

 

『流石は赤い彗星だ。それで、何の頼みだ?』

 

こちらの態度から察したのだろう。そう促してくるドズル中将に対し、シャアは言葉を続ける。

 

「情報の為に高い代償を支払いました。ザク一個小隊と部下を失いました」

 

『ザク一個小隊!?貴様がおってもか!?』

 

「はい、私自身も乗機を失いました。頂いたファルメルも手酷く痛めつけられる有様です」

 

画面の向こうでドズル中将が唸りながら顎へ手をやった。部下に新兵が交ざっていたとしても、シャアの率いる部隊は宇宙攻撃軍でも有力な部類である。その部隊が壊滅的と言って差し支えない損害を受けたことを、どう判断すべきか悩んでいるのだと彼は推察し、説得のために動いた。

 

「敵MSは全てビーム兵器を携帯しておりました。その威力はザクを一撃で撃破する程です。また、その運動性はS型すらも凌駕しておりました。ご記憶下さい。連中のMSはそれ程の性能を持っているのです。これからの戦局を左右しかねません」

 

『解った、補給が要るのだな?回そう、ただし!』

 

「はい、敵MSは鹵獲、艦は沈めます。生きて地球へは帰しません。…ですが」

 

『まだあるのか?』

 

「汗顔の至りですが、我が隊だけでは力不足です。軌道艦隊から支援を頂きたいのですが」

 

『軌道艦隊?降下中を狙うつもりか?』

 

ドズル中将の言葉にシャアは真剣な表情で頷く。

 

「既に連中はルナツーに逃げ込んでおります。連中の重要度から考えれば護衛が付けられるのは間違いありません。確実を期す為にも更なる戦力が必要であると愚考する次第であります」

 

『良いだろう。次は成功の報告を期待しているぞ』

 

その言葉を最後に通信が切れる。シャアはモニターに向かってしていた敬礼を解くと、部下に向かって口を開く。

 

「聞いていたな?補給が済み次第我々は木馬追撃を再開する。ルナツーの監視は怠るなよ」

 

 

 

 

ホワイトベースの格納庫では、テム・レイ大尉とタツヤ・キタモト中尉が頭を悩ませていた。

 

「修理と補給は受けられたものの民間人の受け入れは無し、それに人員の補充も無しか」

 

「パオロ中佐が掛け合ってくれたおかげで民間協力者の軍籍が手に入ったのは良かったんですが、それを理由に正規軍人の補充を断ってくるとは」

 

「それでいて装備に関しては一人前に持って行くと来たぞ」

 

レイ大尉は忌々しげに手元のタブレットを睨み付けた。そこにはルナツー司令の署名付きで、ガンダムとガンキャノンをそれぞれ一機ずつ提出するように指示が出されていた。

 

「キャノンの代わりにタンク2機とかじゃ駄目ですかね?」

 

「それで良いなら3機ともやるからガンダムを持って行くなと言いたいな」

 

そう言って二人は同時に溜息を吐く。敵の攻撃を突破してルナツーに逃げ込んだまでは良い。問題はこの先だ。

 

「敵が追撃を諦めるとは思えん」

 

「流石にルナツーにまでは手を出してこないでしょうが」

 

もう一度溜息を吐き、キタモトは声を潜めて問い掛ける。

 

「…ジムを回してもらえないんでしょうか?」

 

「そちらの方が無理な話だろう。今何よりも秘匿したいのは量産型MSの存在だ。数が揃うまでは絶対に外へ出さんさ」

 

機体の提出は命令である。しかも同じ連邦宇宙軍内での事となれば拒否することは不可能だ。つまり彼等はこれから確実に起こるであろう戦闘を前にして戦力の3割を喪失する事になる。

 

「機体を整備する時間くらいは貰えるでしょうが、低下する戦力については如何ともし難いですね」

 

キタモトがそう唸ると、タブレットを操作していたレイ大尉が口を開く。

 

「その事についてなんだが、もしかすれば多少はどうにかなるかもしれない」

 

「戦力は提供して貰えないのでは?」

 

驚いた表情でキタモトは聞き返す。既にルナツー側から戦闘機一機渡せないと明言されたばかりなのだ。増やす当てなど無いようにキタモトには思えたのだ。だが技術者のレイ大尉は、パイロットとは別の視点を持っていた。

 

「やらんよりはマシ、程度の話だがね。外から貰えんのなら、今あるのを分けて使うとしようじゃないか」

 

そう言って彼は手にしていたタブレットの画面を見せる。そこにはガンタンクが映し出されていた。




宇宙でもガンタンクを使おうと思った連邦技術者の頭はおかしい。
そんな連中を見ていた筈なのにギガンとか製造許可出すジオン軍はもっと頭おかしい。


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9.0079/09/18

スレッタちゃんがプロポーズされたから初投稿です。


RX-75ガンタンク。地球連邦軍が初めて開発したMSである。開発そのものは型番の示す通り大戦勃発以前より進められており、その頃の運用思想を色濃く残す機体である。衛星や観測機とのデータリンクを前提とした主砲の射程は240キロメートルにも及び、それに見合う長砲身を備える。下半身は二足歩行の未成熟と走破性能に対する不信感から無限軌道を採用。腕部も戦場における武装の交換などは想定されなかったことから、火器内蔵式の物が選定された。結果出来上がった物はV作戦責任者である某地球連邦軍総司令をして“強い戦車”と言わしめる機体であった。

 

「コイツは元々V作戦始動時に開発チームごと合流してきた機体でね。開発期間短縮と早急に周囲を納得させるための成果物としての役割を押付けられたと言う訳だ」

 

ルナツーの工廠に運び出され、分解されるガンタンクを前にテム・レイはタツヤ・キタモト中尉に向かってそう話し掛ける。

 

「これをMSでございとお歴々の前で発表するのは肝が冷えたね。何せ見ての通りの姿だろう?案の定でかい戦車だなんだと言われたい放題だったよ。まあ、何一つ間違っちゃいない指摘だったんだがね」

 

そう言ってテムは無残にも切断されるタンクを愉快そうに眺めて言葉を続ける。

 

「幾つかの技術に関してはテストベッドに出来たが、そもそも人型からはかけ離れているものだから後の機体の参考には全然ならなかったね。鹵獲機の模造品、ザニーだったかな?アレの方がよっぽど役に立ったくらいさ」

 

「それでこれはどう言うんです?」

 

作業員達の手によって手際よく改造されていくガンタンクを同じく眺めるキタモト中尉がそう問うてくる。テムは機嫌の良い声で応じた。

 

「元々コイツはコアブロックシステムを採用する予定が無かったから、動力を全て下半身の融合炉によって賄っている。つまり腹の中のコアファイターを取り外してしまっても運用上問題無い訳だな。だからこれらからコアファイターを取り出して運用すれば即席ではあるが3機編成の飛行隊が利用出来る」

 

そう説明するとキタモト中尉は頷きかけるが、それならばと更に疑問を口にする。

 

「ではこれは何を?コアファイターを取り出すだけにしては随分な騒ぎですが」

 

「ああ、操縦系統を単座に変更する必要があるだろう?どうせなら以前から挙げられていた問題も改善してしまおうと思ってね」

 

「改善ですか?」

 

キタモト中尉の言葉にテム頷く。

 

「空間戦闘能力の是正に攻撃範囲の改善だな。以前からしつこく言ってくる輩がいてね」

 

心当たりがあるからだろうキタモト中尉は微妙な表情になる。タンクに搭乗経験があり、開発陣に遠慮会釈もなく改善提案をしてくるなどあの少尉しかいないからだ。

 

「折角スペースが開くのだからできる限りはしてしまおうと言うわけだ。幸いそれなりに時間は貰えたしここには資材もある。十分ホワイトベースの追加砲台くらいにはなる」

 

修復の見込みが立たず放棄されている戦闘機や艦砲用のターレットや武装がルナツーには大量に放置されていて、これら廃材の使用許可は取っている。更に言葉の上では大したことが無いように聞こえるがガンタンクの戦力化は重要な意味を持つ。コアファイターと共に母艦の直掩をこれらで賄えるならば、残るガンダムとガンキャノンの運用に対する自由度が大幅に広がるからだ。何よりMSよりも戦闘車両に近いタンクは操縦難易度が低いし、コアファイターはそのまま戦闘機だ。宇宙軍に所属する兵士ならば最低限スペースランチの操縦について学んでいるから飛ばす程度なら誰にでも出来るし、教育型コンピューターを搭載しているが故に現在のコアファイターは既に多くのデータを蓄積済みだ。流石にMSを直接相手取るのは難しいが、ハラスメント程度ならば問題無く行えるだろう。

 

(問題はガンタンクに教育型コンピューターが未搭載となってしまうことだな)

 

教育型コンピューターの恩恵は何も操作性だけでは無い。パイロットへの恩恵と言う意味では寧ろ戦闘中の情報収集能力の方が大きいだろう。敵情報を解析しつつ常時動作を補正する機能は、量子コンピュータの反応速度も相まってその場で劇的な成長を見せる。無論それは射撃にも影響が出るため、砲撃精度はどうしても低下してしまうのだ。元々搭載されている制御ユニット側にデータの移行はしているものの、これは旧式の物なのでとてもではないが随時の成長など望めない。ソフトウェア側の不足はハードウェアの性能向上で補う必要があった。

 

「とにかく最善を尽くそう。我々はまだやらねばならない事があるのだからね」

 

 

 

 

「シミュレーターで訓練って、俺達にも戦えって事かよ!?」

 

動揺した声音でそう叫ぶカイ・シデン一等兵に俺は頷いて笑って見せる。

 

「端的に言うとそうなるな。まあどうしてもイヤだというなら戦わんでもいい」

 

俺の言葉に驚きの表情を浮かべる候補者達。それはそうだろ、適性を考慮して集めたが嫌々やっても良い結果になるわけがない。なら多少最初の技量が劣ってもやる気がある奴の方がずっと良い。

 

「まあでも戦わないなら文句は無しにしてくれよ?」

 

「文句、ですか?」

 

解りにくかったか?

 

「戦力が足りずにホワイトベースが沈む時は、黙って一緒に死ねって事だ」

 

理由はどうであれ軍服に袖を通し、飯を食ってしまった以上そうする義務が彼等には発生してしまう。全く、地球連邦軍はいつからこんなヤクザな組織になってしまったのだろう。案の定カイが皮肉を口にする。

 

「へっ、やけに良い顔してると思えばこう言う事かよ。戦わなきゃ大人しく死ねってか?」

 

「はっはっは、当然じゃないか。このご時世無料の善意なんて有るわけ無いだろう?それに君達は自分の意思で制服に袖を通した。ならば権利に付帯する義務も果たすべきだ」

 

「だまし討ちみたいなやり方しておいてよく言うぜ」

 

まあそうだよね。

 

「その点については否定出来んね。だから選んでいいぞ?戦って死ぬか、黙って死ぬかだ」

 

「生き残る道が無いんですが」

 

苦々しい声音でハヤト・コバヤシ一等兵がそう口にする。仕方あるまい、それが軍人という職業だ。恨むなら戦争なんか吹っ掛けてきたジオンに言ってくれ。

 

「運が良ければ死ぬ前に戦争が終わってくれるさ。そのためにはやれることは多い方が良いし、全体の戦力が向上すればそれだけ自分も生き延びられる確率が上がる」

 

その為に人は組織を作って戦うんだからな。

 

「質問宜しいかしら?」

 

「ああ、ええと、セイラ・マス一等兵だったか?なんだ?」

 

言葉遣いが上官に対するそれではないがそこは目を瞑ろう。正規の訓練を受けていない奴には刺激が強すぎる。

 

「ここには正規兵の方も沢山いらっしゃると思うのですけれど、そう言う方を置いて私達が訓練を受ける理由は何故でしょう?」

 

ごもっともな意見だね。

 

「我々がジャブロー、連邦軍の本拠地に戻ろうとしていると言う事は知っているね?」

 

「はい」

 

「ではこの基地の現状だ。ルナツーは地球連邦軍に唯一残された宇宙の拠点だが、現在完全に孤立している。なにせ軌道上の制宙権は取ったり取られたりの繰り返しだ。安定した補給線の確立なんて出来たもんじゃない。そしてその制宙権の取り合いをしているのは外でもないこのルナツーの部隊だ」

 

軌道上に陣取る相手に地上から戦力を打ち上げて戦うなんてはっきり言って自殺行為だ。ホワイトベースのようにミノフスキークラフトを装備した艦艇が大量にあれば話は変わるが、コイツは主力戦艦のマゼランと比較しても遙かに高額なのだ。必要な数を揃えている内に軌道上がジオンの戦力で埋め尽くされてしまう。そして軌道上の制宙権を明け渡してしまえば地上に居るジオンの部隊へ補給が回ってしまう。漸く兵站の不足で連中が進撃限界を迎えたというのにだ。そして今息を吹き返されては、迎撃出来るだけの戦力が用意出来ていない連邦軍はいよいよ追い詰められるだろう。だから何としてもハラスメントは続けなければならない。

 

「戦略的な価値で言えば、我々よりも彼等の任務の方が重要なんだ。だからルナツーから戦力は抽出出来ない。これで質問の回答になるかな?」

 

つまり我々は自分の身は自分で守るしかない訳だ。貧乏暇無しという奴である。尤も原作よりは随分とマシなわけだが。

 

「理解しました。つまり生き延びたければ戦う事が最善と言うわけですね?」

 

「南極条約があるから、戦わずに降伏するという手段もあるな。…民間人しかいないコロニーへ核攻撃をするような連中が信用出来ればだが」

 

俺の言葉にキム・ヨンファ兵長が露骨に顔を顰めた。そういえば彼女の故郷はサイド5だと聞いている。

 

「すまん、無神経な台詞だったな。さて俺から言うべき事は言ったが、どうする?」

 

そう聞くと、まずキム兵長が無言で一歩踏み出した。彼女は正規の軍人だからまあそうなるだろう。

 

「こんな所で死ぬわけにはいきませんから」

 

そう言って参加を表明したのはセイラ・マス一等兵だ。原作と同じく行動的な性格らしい。この様子だと、サイド7での遭遇を果たしているかもしれないな。

 

「あの艦に沈まれると困りますから」

 

そう眉を寄せながらハヤト一等兵が進み出る。残されたカイ一等兵は拗ねた顔で口を開いた。

 

「ここで俺だけ逃げたら完全に悪者じゃねぇかよ。汚えぜ」

 

「それは否定出来んが、こちらにもそれなりの言い分はあるぞ?」

 

「へえ、少尉様はどんなご高説を語って下さるんで?」

 

うん、その内話し方は矯正させよう。このままだと余計なトラブルを起しかねん。まあ、今はやる気を出させるのが先決だ。

 

「軍人、それも兵隊なんてのはリアリストだ。楽観や理想で物事を進めてツケを払うのは自分だからな」

 

俺はカイ一等兵に向かって正面から言い放つ。

 

「だから俺達は、出来ると思ったことしかやらん。お前さん達を選抜したのも、お前達なら出来ると確信しているからだ」

 

「…口じゃ何とだって」

 

まだそう愚図るカイ一等兵に向かって笑いながら応じる。

 

「言えると思うか?俺はお前達に背中を預けるんだぜ?」

 

今度は憎まれ口が返ってこなかった。




百合ガンダムだと思って見てたら乙女ゲーガンダムだったでござる。
そう考えると、

スレッタ:田舎(水星)から来た特別(超強い)な一般人

とか主人公テンプレバリバリじゃねえか、いや主人公なんだけども。
これは次週も楽しみだぜ!


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10.0079/09/22

週間ランキング2位有り難う&お気に入り5k突破感謝投稿。


「この様なことになって、本当にすまない」

 

「はい、いいえパオロ中佐、中佐はまだまだ連邦になくてはならないお方です。どうぞご自愛下さい」

 

本音を押し殺してブライト・ノア大尉はそうベッドで横になるパオロ中佐の手を取って応えた。野戦任官で二階級特進の上に新造艦の艦長を拝命するなど、士官学校を出たてのひよっこにして良い采配ではない。ではないのだが、ならば他に適任が居るのかと言われて挙げられる名前がないのも現実だった。そして一時は意識不明の状態だった人物にこのまま指揮を執れと言えるほどブライトは無情になりきれない性格だった。

 

「レイ大尉、キタモト中尉。どうか彼を支えてやってくれ。そして必ずジャブローへたどり着いて欲しい」

 

「お任せ下さい」

 

「最善を尽くします」

 

その言葉に満足するようにパオロ中佐は寝息を立て始めた。鎮痛剤が効いてきたのだろう、それを見て三人は黙って部屋から退出する。

 

「実際の所、どうでしょうか?」

 

不安を隠せなかったブライトは、率直に二人に問う。

 

「ガンダムとキャノンの整備は完了している。タンクの方は2機は完了、軌道上に着く前には3号機も改造を終えられるだろう」

 

「キャノンの3号機にはカイ一等兵に乗って貰う。リュウ曹長にはタンク隊の指揮をして貰う必要があるからね。コアファイターは一応2機編隊で訓練をして貰っているが、期待しない方が良いね」

 

「…民間人より期待出来ないのですか?」

 

コアファイター隊には正規の軍人からパイロットが選出されている。伝えられていた人員はワッツ少尉とニカウ伍長の二名だとブライトは記憶していた。

 

「航法やらを知っているだけ素人よりはマシ程度だね。…正直単純な技量だけで言ったらあのセイラって子の方が上なくらいだ」

 

キタモト中尉の言葉にブライトは頭を抱えたくなったが、それは仕方のない事だった。ワッツ少尉は元々ブリッジの補助要員であるし、ニカウ伍長に至っては整備班の人間なのだ。コアファイターに他の人員より慣れている程度でしかない。

 

「それでも素人を乗せるよりはいい。戦闘前に迷子になられては目も当てられん」

 

待ち伏せが予想される以上、軌道上近傍ではミノフスキー粒子が散布されている可能性が高い。レーダーに頼らない飛行はどうしても知識と経験が必要だ。残念ながら一日や二日で覚えられえるものでは無かった。

 

「代わりと言っては何だが、ガンダムとキャノンは期待してくれていい。データの統合をしたから、これでキャノンの射撃精度も大分向上するはずだ。本部のサーバーが使えれば個人用に最適化まで出来たんだがね」

 

そうレイ大尉が悔しげに語るが、ブライトからすれば漸く聞くことが出来た吉報だった。教育型コンピューターの真価は学習後のデータの統合にある。集積されたデータによって機体の動作に始まりFCSに至るまで最も優秀な値に自身の制御を改善していくのだ。誤解を恐れずに言えば、教育型コンピューターが十全に運用されたなら、エースパイロットを擬似的に量産出来るのだ。無論これには幾つもの課題が残っている。例えば機体側が最適化されたとしても、パイロットがついて行けないと言う問題だ。MSの部品において最も均質化が出来ないのがパイロットである。個々の身体能力によって動作速度の限界はばらつくし、単純な操作技量によって入力スピードにも差が出てしまう。これら個々のパイロットの最適値を導くには莫大な演算が必要であり、残念ながらそのような機器は連邦軍でも備えているのは本部くらいのものだ。現地では精々パイロットの負担を無視して最適値を更新する程度である。

 

「パイロットはジョブ曹長とカイ一等兵になる。中々筋が良いよ、彼等は」

 

「…シャアに勝てますか?」

 

慰めるような言葉にブライトはついそう返してしまう。ガンダムとキャノン2機、それだけの戦力でも仕留められなかった相手だ。こちらが補給をしている間に相手が補給しなかったとも思えない。炸裂したグレネードによって艦橋が破壊された恐怖は彼に植え付けられていた。

 

「勝てると言ってやりたいけれど、難しいな。何せ情報が少なすぎる」

 

「アレン少尉の言うように仕掛けて来るでしょうか?その、言っては何ですが」

 

「前例の無いタイミングかい?」

 

ブライトはその言葉に頷く。ザクやジオンの主力艦であるムサイに大気圏突入能力は無い。軌道上ならばまだしも突入高度での戦いは少しのミスでも命取りになりかねないのだ。事実今日までその様なタイミングで襲撃を受けた事例は報告されていなかった。しかもホワイトベースはミノフスキークラフトを搭載した新型艦だ。突入速度の制御には他の艦艇より遙かに融通が利く。それこそ高速で大気圏内まで一気に高度を下げ、その後急減速をかけるなどという芸当だって出来るのだ。しかしキタモト中尉は苦笑しつつ口を開く。

 

「前例なんてものに囚われすぎない方が良い。考えてもみろ、俺達人類は宇宙戦争を始めてまだ一年も経っていない。戦いのやり方も常識もまだまだ構築している最中なんだ。それに…」

 

「それに?」

 

ブライトが聞き返すとキタモト中尉は言いにくそうに答える。

 

「アレン少尉があると言っているのがな。元々聡い事を言う奴だったけれど、サイド7以降気味が悪いくらい予想が当たっている。まるで未来を知っているみたいに」

 

その歯切れの悪い言葉は、妙にブライトの脳裏に残ることになる。

 

 

 

 

「つまりだな、徹底して2機編成で戦うんだ。それが最も確実なんだよ」

 

「機体の性能が勝っているのにですか?」

 

不思議そうに聞いてくるアムロ伍長に対して応える。

 

「カタログスペックで勝っていても性能を何処まで引き出されているかが重要だろう?残念だが俺は単独で赤い彗星に勝つ自信はない」

 

だってあの野郎ビーム避けるんだぜ?教育型コンピューターが移動予測までして補正してくれているのにだ。あれでまだニュータイプとして覚醒すらしていないとか、チートにも程があるだろう。

 

「だから技量差を物量で補う。如何に技量が優れていても機体の限界以上の動きは出来ないからな」

 

ビーム兵器の実用化に加え、ミノフスキー粒子下における戦訓の蓄積によって開戦時に比べ射撃兵器の命中率は急速に高まっている。それこそ当初はAMBAC制御だけで回避出来たような攻撃も今ではアポジモーターの補助が必須だ。そして回避に推進剤が必要ならば、搭載された推進剤分しか避けられないと言う事でもある。勿論そう簡単に推進剤切れまで追い詰められるものではないが、推進剤の残量を気にする必要があるという心理的負担は重要だ。

 

「それだけじゃ無い。猟犬と狩人で解ったろう?火力を集中した方が結果的に早く敵を墜とせる」

 

落ち着きの無い赤い奴みたいなのは例外で、大半の敵は連続して複雑な回避機動なんて行えない。何故ならミノフスキー粒子下でそんな事をすれば即行で空間識失調に陥るからだ。加えて回避に用いるアポジモーターの噴射は多くて2~3パターン程度しかない。これはレーダーによる自機の位置が把握出来ない為に母艦との距離をスラスターの噴射量・角度と噴射時間、そして発進してからの時間経過から位置を算出しているからだ。機体に頼り切っている相手であれば、教育型コンピューター搭載機がほぼ100%の命中を出せるのはこれのせいである。だから一度回避を強要すれば、高確率で2発目は命中させられる。

 

「そう言えばアレン少尉もアムロ君も射撃はFCS頼りですよね?」

 

そうジョブ曹長が聞いてくる。

 

「ガンダムのFCSは優秀だからな。余程の天才でもない限り言う通りにした方が当たる」

 

それこそニュータイプに覚醒したアムロ伍長とかな。

 

「ちょっとタイミングがズレる事がありますけど、そこは自分で調整が利きますしね」

 

おっとナチュラルな天才発言。

 

「よーするに射撃のコツは機体に任せろ、勝手に撃つなってことね」

 

そう皮肉気に口角を上げるカイ一等兵に俺は真面目な表情で頷いた。

 

「そうだ、そしてそれが難しい」

 

なにせ自分を殺そうとする相手が迫ってきたり、銃をぶっ放してくるのだ。そんな中で冷静に機体が射撃許可を出すまで待つと言うのは非常にストレスのたまる行為だ。今撃っても当たるんじゃないかなんて誘惑を受けるのはしょっちゅうである。

 

「FCSの優秀さはシミュレーションで十分実感しただろう?後は何処までそれが信用出来るかだな。こればっかりは他の奴に言われてどうなるものでもないな」

 

ルナツーには4日滞在できたのでその間にパイロット組はみっちりと訓練をさせて貰った。正規のパイロット達と比較してもやはり原作組の連中は腕が良い。寧ろ既存兵器の固定観念が無い分、MSの操縦に関しては吸収が速いように思える。遮蔽物が無く攻撃への対処手段が純粋な操作技量に依存する宇宙空間ならば十分実戦で戦えるレベルだ。後はそれぞれのメンタル次第だが、これに関しては随分と落ち着いているように思える。

 

「良いのかい?土壇場でびびって逃げ出しちまうかもよ?」

 

「カイさん!」

 

挑発するようにカイ一等兵が口を開き、それをアムロ伍長が窘める。そのやりとりは随分と打ち解けたように見える。好意的に考えれば4日も同じ軍事訓練を受けたんだ。それなりに連帯感くらいは芽生えていてもおかしくない。

 

「それはまあ、何というか仕方がないんじゃないか?」

 

「へ?」

 

厳しい言葉が返ってくるとでも考えていたのか、カイ一等兵だけでなく聞いていた全員が驚いた表情になる。お前らまだまだ俺に対する理解が足りていないねぇ。

 

「最初からやばくなったら逃げてやろうなんて考えている奴はそんな事は口にしない、警戒されて逃げにくくなっちまうからな。そんな奴がもうダメだ逃げよう、なんて考えなきゃいけない状況になってるってのは、何もかもが失敗してもう逃げなきゃ死ぬって段階だ」

 

「兵隊は最後まで戦うのが仕事じゃねえのかよ」

 

「勿論そうだ。だから絶対死ぬ状況で戦い続けたら、最後まで戦えないだろう?」

 

カイは言動や行動から軟派な奴だと思われている。事実彼は軟派ではあるが、かといって仲間を見捨てられるような薄情者でもない。寧ろ見捨てられないと自覚しているからこそ、彼はあの様な態度で仲間を作らないようにしているのだろう。

 

「それにそんな状況になるとしたら、作戦と部隊の指揮官がヘボだったって事さ。気に病むくらいなら恨み言の一つも言って、次に備えた方が幾らか建設的だろう」

 

そう言って俺は手を叩き口を開く。

 

「さて、パイロット諸君。そんな無様な指揮官に俺はなりたくないので、訓練に励もうと思うんだが。付き合わんかね?」

 

俺が率先して立ち上がると全員が苦笑してそれに続く、そして俺達は連れだってハンガーへと歩き出した。決戦の時は近い。




10話でルナツーを出港、これまでに無いくらい想定の話数で話が進んでいますよ!作者だって成長するんです!

問題は総話数を全然想定してないって事ですかね!

あ、いい加減更新速度は下がります。


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11.0079/09/22

昨日5k有り難うって言ったら、今日もう6k行ってるんですよ。
…そんなに、…更新がっ、見たいんか!?(アスロック○倉顔で)


「サラミス2隻にマゼランまで、ホワイトベースを入れればちょっとした艦隊ですね」

 

「パオロ中佐が随分骨を折ってくれたようだ。護衛と言うには些か語弊があるみたいだけどな」

 

ホワイトベースを取り囲むように展開する友軍艦艇を窓から眺めながらそう言えば、同じように外を見ていたキタモト中尉がそう応えた。

 

「同道してくれるのは変わりないのでしょう?十分じゃありませんか」

 

こちらを護衛する意思がなくとも艦隊が組めれば火力は向上するし、狙いが分散すればそれだけホワイトベースの被害は抑えやすくなる。だから居てくれるだけで十分彼等は役に立つ。そう考えていると、キタモト中尉が苦い表情で口を開いた。

 

「アレン少尉、貴様は優秀だが割り切りが過ぎる。もう少し視野を広げろ」

 

「買被りです。自分はそんなに大それた人間じゃありません」

 

そう返すがキタモト中尉は聞き入れないとばかりに頭を振った。

 

「お前はもう隊を預かる身なんだぞ?」

 

そんなことは解っている。そして俺が絶対に守らなければならないのはこのホワイトベースとそのクルーだ。成程このディック・アレンの体は優秀だ。恵まれた体に出来の良い頭まで貰った。けれど中に入っている俺は、もう以前の名前さえ思い出せない俺はどうしようもなく凡人なんだ。これ以上を望めるような才覚なんて持ち合わせていない。ならば確実に守るべきものを守る為に、それ以外は諦める。

 

「だからこそです。自分は部下を守る為に最善を尽くしているつもりです」

 

言い返せばキタモト中尉は益々表情を険しくした。

 

「勝手に自分を小さく纏めるな。お前なら皆を守れるエースにだってなれると俺は思っている。だというのに」

 

無茶を言ってくれる。俺は中尉の言葉に対して食い気味に言い返す。

 

「そうして手を広げて、いざという時に本当に大事なものを取りこぼすなんて俺は御免です。ホワイトベースと仲間を守る。それが大事で何がいけないんですか?この艦には中尉の娘さんだって――」

 

乗っている。そう言い切る前に俺は胸ぐらを掴まれ言葉を遮られた。間近に迫った中尉の顔に浮かんでいたのは、怒りでは無く悲しみの表情だ。なんだよ、なんでそんな顔をする?

 

「そうだ、この艦には俺の何よりも大切なものが乗っている。彼女を失った俺には、もうあの子しか居ない。あの子にも俺しか居ない。けどな、それを守る為なら何でも切り捨てて良いと言うのは違うだろう?」

 

「そんなのは、出来る奴の理屈でしょう。俺は」

 

違うという言葉は、更に力の込められた襟元で止められる。そして中尉は俺の目を見たまま口を開く。

 

「違わない。それに本当はお前も気付いて居るはずだ。そうじゃなきゃ、あの子達に仲間の大切さなんて話せない。子供は俺達が思っているより遙かに聡い、本気で言っていない言葉に従う程愚かじゃない。あの子達の態度が、お前の本心を証明してる」

 

掴んでいた手からゆっくりと力を抜き、中尉は俯いて言葉を続ける。

 

「アレン少尉、これは本当の軍人で、そして才覚を持つ奴にしか頼めない事だ。ほんの少しでいい。もう少しだけ、周りの奴に手を貸してやってくれ。お前の仲間を広げてくれ。切り捨てる奴は、いつか自分も切り捨てられる。その時に死ぬのは、お前だけじゃない」

 

無重力だと言うのに、肩が重くなったような気がした。最悪の気分だ。

 

『本艦はこれより第一種警戒態勢に入る。パイロット各員は速やかに機体に搭乗せよ。繰り返す、パイロット各員は――』

 

その時、俺を助けるように艦内にアナウンスが流れる。俺は此幸いにと中尉の手を退かして出口へと向かう。

 

「済みません中尉、失礼します」

 

「アレン少尉!」

 

「続きは帰ってきてから伺います」

 

尚も言い募ろうとする中尉に向かって俺は視線も合わせずにそう告げると、俺は格納庫へと逃げ出した。

 

 

 

 

「急速突入は難しいか?」

 

マニュアルを開きながら唸るネイサン曹長に対し、ブライト・ノアはそう問い掛けた。

 

「申し訳ありません、大尉。確認しておりますがその様な項目は見受けられません」

 

ミノフスキークラフトによる速度制御を前提とした大気圏突入。その可能性を思いついたブライトは、それが可能であるか操舵手であるネイサン曹長に検討させていたのだ。しかし返ってきた言葉は残念なものだった。

 

「この艦の性能ならば出来ると思うんだが」

 

「なにぶんこの艦は新造艦ですから、まだ装備も未知数の部分が多いんです。連邦にはこれ以外にミノフスキークラフトを搭載した艦艇はありませんし、コイツ自身大気圏突入は初めてなんですから」

 

そう言ってネイサン曹長は困った顔で続ける。

 

「大変申し上げ難いですが、自分も伍長もこの艦を扱うには経験が不足しています。トラブルが発生した場合に対処出来るとは思えません」

 

操舵輪を握っているミライ・ヤシマ伍長を見ながらそう告げてくるネイサン曹長に、ブライトは頭を抱えたくなる衝動を堪えて頷いて見せた。何でも出来ないと答える部下を持つ事は不幸ではあるのだが、同時にそれは少なくとも自身の能力を過大に見積もっていないという事である。ならば彼が出来ると答える事は絶対に出来るのだと信用がおけるし、途中でやはり無理だったなどという最悪の言葉を聞くことはないという事である。そう強引に前向きな思考を自身に念じながら、ブライトは伝えられている作戦を再度思い返した。

 

(この作戦におけるホワイトベースの役割は囮だ。出来れば最低限に済ませたかったが)

 

ルナツー司令のワッケイン少将から伝えられたのはこうである。状況から鑑みるに、敵が軌道上で待ち構えている事は間違いない。ホワイトベースの護衛に戦力を割くわけにはいかないが、この敵艦隊に対する攻撃を意図した共同作戦ならば吝かではない。

軌道上の兵站線に対する攻撃として連邦側が主に採用しているのは機雷の散布だ。装甲の薄い補給艦や投下ポッドならば十分損傷が与えられるし、投入する艦艇も少数で済む。だが一方で効果の程は今ひとつである事は否めなかった。攻撃可能な位置に艦艇を送り込めない状況では当然敵もミノフスキー粒子を散布せずにレーダーを利用するから十分な密度の機雷原を設置すれば即座に回避されてしまう。かといって艦艇を派遣すれば、軌道上を遊弋するジオンの戦闘部隊に捕捉されてしまうのだ。ミノフスキー粒子下での戦闘用に改修は施されているものの、マゼランやサラミスでMSを有する敵艦隊と戦うのは些か荷が重かった。

 

「つまり、本艦に敵MSを誘引せよ。と言う事でしょうか?」

 

「難しい話では無いはずだ。元々連中はその為に待ち伏せているのだろう?ならば諸君が何もしなくても勝手に敵から寄ってくる」

 

MSが居なければ艦隊同士の純粋な殴り合いになる。そして個艦性能ならば連邦軍が優越しているのだ。ルナツー艦隊にしてみれば艦隊戦を強いる好機と言えた。

 

「ホワイトベースとしても単独で事に当たるよりは負担が少ない、これが現状で出せる最善だと考えるが?」

 

ワッケイン少将の言葉に、ブライトは敬礼を返す他に選択肢は無かった。総司令部の直轄部隊とはいえ、ホワイトベース隊に戦力を徴発する権限は無く、出来るのは彼等のような指揮官の善意に訴えるのみだ。だからこの提案を蹴るという事は、ルナツー側から一切の協力が得られない事を意味している。

 

(MSを引きつけた後、高速で突入態勢に入ってしまえばザクは追って来られない。ホワイトベースの安全を考えれば、それが最善だったのだが)

 

収容している民間人の下船も断られたために艦内の状況は非常に悪い。ただでさえ練度が低下しているというのに民間人が事あるごとに説明を求めるなどして兵士の行動を妨害するのだ。許されるならば一所の倉庫に全員押し込めて鍵をかけてしまいたいくらいだとブライトでさえ考えてしまっている。そんな有様で長時間敵の主力を引きつけるなど、死ねと言われているようなものだ。

 

「軌道上到達後は時間との勝負になる。降下シークエンスを頭にたたき込んで置いてくれ」

 

ブライトは自分へ言い聞かせるようにネイサン曹長へそう告げた。

 

 

 

 

「いいな?展開後は必ず係留ワイヤーを接続しろ。それで少しはマシになる」

 

「少し、でありますか」

 

テム・レイ大尉の言葉に、リュウ・ホセイ曹長はそう返した。

 

「コアファイターを外したから教育型コンピューターの補助をタンクは受けられん。その分は情報量を増やす事でカバーする」

 

小難しい理屈を説明されたがリュウには半分も解らなかった。取敢えず係留ワイヤーを繋いでおけばホワイトベースと僚機の双方とデータリンクが構築され、射撃精度が増すらしい。溺れるほどミノフスキー粒子が撒かれた戦場で仲間との確実な通信が確保されているのも指揮官としては有り難い。

 

「それから万が一艦から滑落した際は即知らせる事。スラスターを増設したがホワイトベースの航行速度に追いつけるものじゃない。改造の際耐熱フィルターカプセルも取り除いてしまったからな。そのまま放置されたら大気圏で燃え尽きるぞ」

 

その言葉に驚いた表情を彼が浮かべると、レイ大尉は面白く無さそうに鼻を鳴らして言葉を続ける。

 

「そもそもMSを単独で大気圏へ突入させようという考えが浅はかなんだ。そりゃ燃え尽きんようには出来るが、機体の推進剤は有限なんだぞ?MSをそのまま何万メートルも降下させて、無事に着陸させるのにどれだけ推進剤が要ると思う?」

 

リュウは当然その様な計算をした事は無かったが。彼の口調と表情だけでそれがどだい無理な話である事は理解出来た。

 

「追加した武装に関しては頭に入っているな?腰部に旋回機能を追加した分、腕部の可動域を減らして装弾数を増やした。本体前面にも機関砲を追加している。瞬間的な火線の形成能力は向上させているが追従性は高くない。あくまで近づけさせないための牽制程度に考えるように」

 

「…了解であります」

 

これから出撃するというのに不安になる事ばかり言わないで欲しい。そう思いながらリュウが返事をすると、レイ大尉は肩を叩きながら笑ってみせる。

 

「タンクの本領は地上戦だ。だが技術者として宇宙でもザクごときに負けるような機体は造っていないから安心したまえ。そして無事に帰ってこい」

 

「は、はい!有り難うございます、大尉殿!」

 

自信に満ちたレイ大尉の言葉に背を押されつつ、タンク隊は宇宙へとその身を躍らせた。




なお、今作のコンセプトは読者を曇らせです(ニチャァ


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12.0079/09/23

「辛うじて間に合ったか、中将には感謝せねばな」

 

「は、しかしこの戦時標準艦というのはどうにも粗の目立つ艦ですな」

 

シャア少佐の言葉に同意しつつもドレンはそう受領した艦を評した。凡そ8ヶ月ほど前に発生したサイド5宙域における戦闘、通称ルウム戦役においてジオン軍は連邦宇宙軍に対し保有艦艇の8割を喪失させるという大戦果を挙げた。国民へはその事が積極的に喧伝され、ルウム戦役は勝利で飾られたように伝わっているが、実態は異なる。そもそもサイド5を攻撃したのは2発目のコロニー落としに使用するコロニーを確保するためであったのだ。つまりジオン軍は敵に損害は与えたものの、自軍の戦略目標は達成出来なかったのである。更にこの戦闘ではミノフスキー粒子下の戦闘に連邦側がある程度の備えを行っていたこと、加えてコロニー落としのための準備作業を行っていた工兵部隊を守る為に戦力の多くが拘束されたために、ジオン側も艦艇そして多くの熟練MSパイロットを失う結果となったのである。

戦時標準艦はこの時の喪失を回復するために設計された性能を維持しつつ生産性を向上させたモデルという触れ込みであったが、残念ながら実情は異なっている。

 

「安かろう悪かろうとまでは申しませんが」

 

そう言って彼は艦橋から船体へと視線を巡らせた。まず最初に違和感を覚えるのは主砲だろう。従来が3基6門であったのに対し、この艦では2基4門に減じている。新型砲の採用により発射速度が向上しているため火力は減じていないという触れ込みであるが、冷却系が原因でその発射速度とやらは1分程しか維持出来ない。これに加えて推進器の変更だ。効率向上型などと耳心地の良い言葉に置き換えられているが、要するに推力を落として推進剤の消費を抑えたものに過ぎない。加速性は維持されているが、これは船体の見直しという名目で各部の装甲が薄くなっているからだ。MSの運用能力こそ維持されているが、逆に言えば改善もされていない。流石に配備先からの改善要求が頻発したらしく、現在慌てて改良型も並行して建造されているらしいが、そちらは突撃機動軍やギレン総帥直属の本土防衛部隊や親衛隊に優先配備されている。宇宙攻撃軍に回されてくるのは当分先だろう。

 

「ファルメルが直るまでの辛抱だ、それに今回の戦いはMSが主体となる。キャメルだったか?この艦は主砲の射程ギリギリで敵艦を牽制すればいい」

 

「偵察によれば木馬には護衛が付いているとの事ですが」

 

「あの新型MSの性能を考えれば不自然ではないな。だが幾らMSが優秀でも母艦無しで戦えはすまい」

 

艦艇に対しMSの優位は揺るがない。それはジオン軍人にとって常識であり不変の事実だ。今回は軌道パトロール艦隊の精鋭も作戦に参加する事を考えれば、確かに多少護衛の艦艇が付いた所で問題は無いように思われた。

 

「問題はあの新型の鹵獲だ。捕まえるならあのデモカラーの方が良いだろう、もう一機は戦い慣れしているように見えた、アレは私が相手をしよう」

 

「難しいタイミングの戦いになりますな」

 

敵の新型がザクよりも遙かに高性能である事はドレン自身も2度の戦いから痛感していた。あれを抑え込むとなれば確かに少佐の力が必要だろう。同型にも相応の戦力を張り付けると考えれば、敵艦を狙えるのは10機程だろうか。制限時間こそシビアではあるが、たかが一隻の空母モドキを沈めるには十分な数だとドレンは考えた。

 

「では艦を任せる。頼んだぞ、ドレン」

 

そう言ってブリッジを出て行く少佐をドレンは敬礼で送る。先の戦闘とは異なり、敵は大気圏突入のために著しく行動が制限される。特にMSは艦から離れることが困難であるため、この艦の安全は確約されたようなものだ。

 

「今度こそ木馬も終わりだな。よぉし貴様ら!戦闘準備だ!」

 

 

 

 

『後方のムサイより敵機発進を確認!前方の艦隊群からもMSと思われる噴射光!総員戦闘配置!繰り返す、総員戦闘配置!』

 

『敵のMS、分かれませんね』

 

戦闘配置を告げるアナウンスに交じって、ジョブ・ジョン曹長からそう通信が入る。

 

「こっちの読み通りって事だな。良い始まりだ、キャノン隊は位置を維持しつつタンク隊と協同し敵機を牽制!無理に墜とす必要は無い!攻撃点に着かせなきゃいい。アムロ伍長!」

 

『はい、アレン少尉』

 

「伍長と俺は攪乱に回るぞ。遠慮は要らん、積極的に当てていけ」

 

『了解です!』

 

そう言いながら俺は緊張で口が渇くのを自覚する。後方のムサイから発進した機体は4、目の前の敵は3隻からなるジオンの標準的な任務艦隊だ。ただし編成にチベ級を含んでいる。アレの搭載機数は最低でも8機、事実確認出来た噴射光は16にもなった。総勢20機のMSによる攻撃。大盤振る舞いにも程がある。

 

『撃ち方始め!』

 

リュウ・ホセイ曹長が叫び、それに呼応してホワイトベースの主砲と甲板に展開したタンク隊が120ミリ砲を発射する。口径こそザクのマシンガンと同じだが、タンクの主砲は砲身長も装薬量も段違いだ。加えてしっかりとした足場の上からとなれば、その砲撃は極めて脅威となる。距離を考えればまだ艦砲の射程である事からの油断だろう、余裕綽々で隊列飛行などをしていた敵MSにホワイトベースの主砲よりも早く到達した120ミリ弾が突き刺さる。僅か6門とは言え統制された射撃は正確に飛翔し、敵機を火球へと変えた。

 

『は、今更びびってんのかよ!』

 

威勢の良い言葉と共にカイ一等兵がビームを放つ。流石に初弾は外れたが放たれる度に精度が上がり、4発目には遂に敵を捉える。流石に撃墜には至らなかったが損傷した敵は大きく姿勢を崩した。

 

「いいぞ、このまま敵を抑え込め!アムロ伍長、俺達は後方から来る奴らをやるぞ、行けるな!?」

 

『了解です!』

 

ガンダムは他の機体に比べ推力もあるし推進剤にも余裕があるから、多少はホワイトベースから離れても十分に戻る事が出来る。それに敵は数による飽和攻撃を考えているだろうから、ここで足止めするだけでも敵の思惑を崩す事が出来る筈だ。増速して敵に向かう俺の後ろをアムロ伍長のガンダムがぴったりと付いてくる。こちらをフォローしつつ、敵機を全て射界に入れる良い位置取りだ。

 

「赤い機体が居ない?」

 

先制すべくスコープを覗いた俺は、敵の機体を見てそう訝しんだ。だがそんな事を考えている間に後方からビームが飛翔し、右端を飛んでいたザクを貫いた。

 

『一つ!』

 

「忙しないな!ホワイトベース、聞こえるか!?敵に赤いヤツが居ない!警戒してくれ!」

 

言いながらおれは先頭を飛んでいる角付きのザクへ向かってビームライフルを放つ。しかしそれは素早く回避されてしまう。どうやら腕の良い奴が乗っているらしい。ならお前は後回しだ。

 

「巧いっ!?伍長っ、いつものやつで行くぞ!」

 

『はい!』

 

シャアの存在が気になるが、かといって目の前のこいつらを放置するわけにはいかない。

 

「そら、今日はこっちも危ないぞ!」

 

こちらが狙いを変えた事に気がついて、動きの悪いザクが慌てて回避行動に移るが遅い。マシンガンのそれよりも遙かに高速で飛翔するビームの塊が右足を吹き飛ばす。そしてバランスを大きく崩した敵機の胴をアムロ伍長の放ったビームが捉え、真っ二つに引き裂いた。あっという間に同数となった事に残りの角無しは動揺した動きを見せるが、角付きの方は躊躇無くこちらへ突っ込んで来る。こちらの連携を崩すつもりだろう。だが舐めて貰っちゃ困るんだよ!

 

「アムロ!片付けるぞ!」

 

角付きの放つバズーカを避けながら俺はそう叫ぶ。お返しにビームライフルを撃つがやはり当たらない。だが問題無い、角付きは俺に集中している。

 

『三つ目っ!』

 

角付き、お前はパイロットとしちゃあ優秀だったが指揮官としては落第だな。尤も、こっちは大した指揮をしなくても戦果を挙げてくれるチートな部下だから比べるのは違うだろう。まあ、今回は運が無かったと思って死んでくれ。アムロの叫びが再び通信越しに聞こえ、宇宙空間に火球が生まれる。後はコイツを仕留めるだけだと言う段階でホワイトベースから悲鳴のような通信が入る。

 

『ガンダム聞こえるか!?敵機が取り付きつつある!至急援護に戻ってくれ!』

 

そうそう上手くは行ってくれないらしい。俺は舌打ちを堪えてアムロ伍長へ向けて叫ぶ。

 

「アムロ、ホワイトベースへ戻れ!コイツを片付けたら俺も戻る!そろそろ高度に注意しろ!万一の緊急手段は覚えているな!?」

 

『は、はい!』

 

「よし行け!」

 

最悪なのはこのタイミングでシャアが奇襲をかけて来る事だ。だが未だに奴は姿を現わさない。まさか追撃をこの連中に任せて後退したのか?

 

(いや、それはあり得ない。あのプライドの塊みたいな男が、負けっぱなしで誰かに任せるなんて選択をするわけが無い)

 

だとしたら奴は何処だ、何処に居る?

 

「クソっ!」

 

集中が乱れたせいで、敵のバズーカを避け損ねる。強引に機体を捻って直撃こそ免れたものの、手にしていたビームライフルに当たり吹き飛ばされてしまう。

 

「調子に乗るなよ!」

 

再度バズーカを放とうとする角付きへ向けてバルカンを撃つ。ザクの装甲を抜くのは難しいが持っているバズーカなら別だ。運良くマガジンに当たり吹き飛ばす事に成功、これで距離の不利は無くなった。問題は、

 

(俺が格闘戦が苦手って事だよな!)

 

ビームサーベルを引き抜きつつも俺は顔を顰める。角付きは躊躇無く距離を詰めてくる、ジオンの腕利きの例に洩れずコイツも格闘戦に自信がお有りらしい。

 

「ぐっがっ!?」

 

振り上げられたヒートホークに対応すべくサーベルで受けようとするが空振りに終わる。衝撃が機体を揺さぶり、体がシェイクされて漸く自分がフェイントに引っかかり蹴り飛ばされたと認識する。

 

(蹴り、だと?)

 

その違和感は、即座に肉薄してくる敵機の動きを見て確信へと変わる。そうこうしているうちに踏み込んできた相手へ向かって慌ててシールドを突き出すと、上半分がヒートホークに断ち切られた。最悪、最悪だ。

 

「コイツ、シャアじゃねえか!」




予定:地球降下は一話で終わらせる

現実:非情である


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13.0079/09/23

今週分です。


「良し、MSはホワイトベースに食いついたな!?追加は確認出来るか!?」

 

マゼラン級アルザスの艦橋でイーゴリ大尉はそう叫んだ。

 

『確認出来ません!敵艦隊は丸裸です!』

 

「よし、艦を前進させろ!一刻も早く敵艦隊を撃滅するんだ!」

 

観測班からの報告を聞くと同時に彼はそう指示を出す。艦を沈めれば敵MS部隊は帰還の術を失う。そうなれば無闇に戦闘を継続するよりも、大人しく投降するという者も出てくるだろう。統制を失った部隊はその戦闘能力を極端に低下させる。それが今の彼等に出来る、ホワイトベースへの最大の支援だった。距離を詰めるべく増速するアルザスの横をサラミス級ボイシが抜き去っていく。

 

「ボイシ、突出します!?」

 

オペレーターの悲鳴じみた報告にイーゴリは思わず頭を抱える。そして通信用の受話器を掴むと、僚艦であるボイシの艦長へ向けて怒鳴った。

 

「リード中尉!隊列を維持しろ!」

 

だが返ってきたのは彼以上の怒鳴り声だった。

 

『新米と素人の寄り合いが責務を果たしたのです!ここで機を逃して何が連邦軍人か!』

 

そして以後一切の応答が無くなる。その間にもボイシは更に加速し敵艦隊に文字通り殴り掛かっていた。

 

「あの馬鹿が!主砲1番から5番まで射撃開始!ボイシを援護しろ!ミサイルは使うな!」

 

ミノフスキー粒子下でも利用可能なミサイルは存在する。例えば熱源探知式の物や画像認識型の物である。問題は熱源探知式は敵味方の識別が出来ない事と、画像認識型はスモークなどで容易に欺瞞されてしまう事だ。その為ミサイルを使用したければ誤射を防ぐために艦隊の隊列を維持する必要があるのだ。イーゴリは盛大に溜息を吐きつつ、監視班に向かって命じる。

 

「対空監視を厳にしろ、特にホワイトベースから目を離すな。艦隊が襲撃されればこちらに向かってくる機体もあるかもしれん」

 

 

 

 

ボイシの艦橋で艦長席に座ったリード中尉は興奮を抑えられぬ様子でモニターを睨み付けていた。画面一杯に広がる敵艦を見ながら、彼は口角を釣り上げ横に立つ副長へ言葉を投げかける。

 

「副長、射撃を命中させるコツを知っているかね?」

 

「いえ、何でありましょうか?」

 

暢気な会話の間にもボイシの艦橋横をビームが通り過ぎていく。しかしそれに動揺を見せるクルーは誰一人居ない。

 

「単純にして明快だ。当たる距離まで行けば良い。1番2番ミサイル発射管、撃て!」

 

猛犬、突撃馬鹿。周囲の将校から付けられた不名誉なあだ名に相応しい発言をしながらリード中尉は攻撃を命じる。命令に従って起動した発射管が次々と搭載していたミサイルを吐き出し、それは敵前で強烈な閃光を放って爆発した。

 

「ミノフスキー頼りのジオン共め、何時までも同じ手が通用すると思うなよ!」

 

レーダーが封じられた今日の戦場における索敵・照準の要は専ら光学方式、つまりはカメラ或いは肉眼による目視である。1000万カンデラの閃光に焼かれたこれらは一時的にその機能を喪失、その間にボイシは敵艦の間をすり抜ける。敵艦隊の背後を取った瞬間、リード中尉はニヤリと笑った。

 

「素人が浅知恵で船を造るからこうなるんだ」

 

機銃以外の武装を指向出来ずに無防備な姿を晒すムサイに向かってリード中尉はそう言い放った。艦後方に主砲を持たないムサイは背後を取られると為す術が無い。これにはジオンの台所事情が深く関係していた。重工業化を進め、極秘に軍用コロニーなどの建設を行っていたとは言え、ジオン公国の生産能力は連邦に遙かに劣っていた。その為武装蜂起が露見しないギリギリまで軍備を増強し続けたとしても、艦艇の数で劣勢となる事は確定していた。この頃には既にMSの有用性は認識されていたものの、短期決戦を想定していた軍部はムサイにサラミス級を上回る火力を求めた。数で劣るならばせめて個艦性能では優越しようと言うわけである。しかし艦艇という分野において連邦とジオンには技術的な格差が無かった。否、むしろ連邦の方が先行していたと言って良い。結果同程度の技術水準で、火力を優越させるために、ムサイは備砲の全てを前方へ集中配備する形を採用する。これならば想起される艦隊戦――被弾面積を最小限とするために艦首を向け合い砲戦を行う――において単装砲3門のみで戦う必要があるサラミスに対し、倍の火力を発揮出来るという考えである。仮に戦史に明るい開発者がいたならば、ムサイはもっと別の形をしていたかもしれない。

何故なら生産力に劣る側程、戦闘において兵器が本来想定された運用方法以外で使われる事が多々あるからである。そしてその実例を、ジオン軍の艦隊は身を以て学ぶ事になる。

 

「全門斉射。これはいい、狙わんでも当たるぞ」

 

唯一反撃できる位置にあったチベ級の後部砲塔が吹き飛ばされれば、後は戦いとは呼べないような一方的な攻撃が続く。手も足も出ずに沈められるのが耐えられなかったのだろう、一隻のムサイが砲塔を指向するべく旋回を開始する。しかしそれは彼女の寿命を短くしただけだった。

 

「敵艦の前で回頭する馬鹿がいるか」

 

リード中尉の呆れた声を肯定するように、不用意にもアルザスに腹を晒したムサイは次々と襲い来るマゼランの主砲によって瞬く間に船体を抉られ轟沈する。更に推進器に被弾を受けたもう一方のムサイも漂流し始めた瞬間に火力を集中され爆散する。最早誰の目にもこの戦いの趨勢は明らかであり、ジオン軍側の戦力撃滅も時間の問題だと思われた。そう、皆が勝ったと思ってしまったのだ。まだ敵が残っていると言うのに。

 

「チベ級が増速!」

 

主砲を放ちながら増速するチベに対しイーゴリ大尉は咄嗟に回避を命じた。その様子がアルザスへの体当たりを狙っているようにしか見えなかったからだ。半年以上艦隊の保全に努めていた彼等は、極当然に艦への被害を最小限に留めるべく行動する。それが致命の隙となった。

 

「チベ級更に増速!ホワイトベースへ向けて突っ込んで行きます!?」

 

「いかん!止めろっ!」

 

既にホワイトベースは突入高度まで降下していて迎撃出来る状態ではない。後部砲塔が懸命にビームを撃ち込むが、ムサイと異なり、旧式故に対艦戦を想定されているチベは容易には沈まない。

 

「畜生っ!」

 

イーゴリ大尉はそう叫びアームレストを殴りつけた。

 

 

 

 

シャアの乗るザクと縺れ合うように戦い続けていると、ヘッドセットから喧しい警告音が鳴り響き始めた。高度警報、出撃前に設定しておいた危険ラインまでいつの間にか達してしまったらしい。だがそれは敵にとっても同じ事だ。

 

「時間切れだ!」

 

奴のザクが忌々しそうにこちらを蹴り飛ばして離脱する。回収用のコムサイを原作通り待機させていたようだ。

 

「追撃は、無理か」

 

ビームライフルを失ったのは痛かった。千載一遇のチャンスを不意にした事に歯噛みしながら俺はホワイトベースへと機体を向け、そこで致命的な失敗を理解する。

 

「特攻!?」

 

既に降下シークエンスに入っていた事と、ミノフスキー粒子が濃かったせいでチベがホワイトベースへ突撃している事に俺は気付いていなかったのだ。背筋が粟立つのを感じながら俺は必死に考えを巡らせる。遠距離攻撃手段無し、残っているのはビームサーベルとジャベリン。近接武器だ。だが既にあのチベも重力に引かれている。肉薄して巻き込まれたらホワイトベースへ帰還出来なくなる。体当たりで軌道を逸らす?同じ事だ、MS一機の推力で何とかなるような相手じゃない。極限まで加速した思考によって、世界がゆっくりと動く。ホワイトベースは回避不能、他の機体は既に収容されている。俺だけが今、この状況を変えられる、だというのに俺の体は死の恐怖で決断を鈍らせる。

 

(あっ…)

 

俺が迷っているうちに、ホワイトベースの後部格納庫から何かが飛び出した。それがコアファイターである事を理解した瞬間、俺は震える声で呟いた。

 

「おい、止めろよ…」

 

このタイミングで対艦戦能力を持たないコアファイターで飛び出してきて、やろうとしている事なんて一つしか無いからだ。

 

「止めろぉぉ!!」

 

叫んだところで状況は変わらない。手を打たねばホワイトベースは沈む、俺の機体はもう間に合わない位置だ、そしてその瞬間は訪れる。

 

「あぁっ!」

 

繰り返した言葉に意味は無く、コアファイターは吸い込まれるようにチベの艦橋へと突進する。スローモーションのような光景の中、艦橋へと突き刺さったコアファイターがその身をひしゃげさせ自らを火球に変える。そしてそれに巻き込まれたチベは艦橋を奪い去られたことで制御を失いホワイトベースを擦りながら後方へと流れていく。

 

(俺の、俺のせいだ。俺が臆病だったせいで、死なせた)

 

自責の念に駆られながら俺はホワイトベースを目指す。既に高度はかなり下がっていて後部格納庫のハッチも閉鎖済みだ。だが甲板までたどり着けば問題は解決する。熱も降下の制動もホワイトベースに任せる事が出来るからだ。

 

(…しっかりしろ!ディック・アレン!お前まで死んで、彼の死を無駄にする気か!?)

 

後悔しても、あのコアファイターのパイロットは生き返らない。そしてそこまでして彼が作ってくれた生き延びるチャンスを無駄にするなど、許される筈が無い。

 

「なに!?」

 

もう少しで甲板にたどり着く、そう思った瞬間ホワイトベースが大きく傾いだ。原因は酷く単純で、艦橋を失い崩壊しつつあるチベが最後の抵抗とばかりに主砲を放ってきたのだ。砲撃の負荷に耐えられなかったのかチベは爆発するも、そのビームがホワイトベースの左エンジンを貫いた。

 

「クソがっ!」

 

甲板に機体をなんとか取り付かせた俺は両手で自分の腿を殴りつけて叫んだ。誰の目から見てもホワイトベースの突入角が変わったのは明白だった。



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14.0079/09/23

「やあ、久しぶりだ。士官学校以来かな?どうした、赤い彗星?」

 

久しぶりに見た友人に対しガルマ・ザビは気安げに話し掛けた。司令部として接収した高級ホテルの一室はその名に恥じぬ設備を有しており、大きな不満は無い。強いて挙げるとすれば窓から眺める景観の殆どが瓦礫に変わっている事だろう。それも軍の支援の下で再建が進んでいるから近い内に改善される。

 

「その名は返上しなければならないようだよ、ガルマ。いや、地球方面軍司令ガルマ・ザビ大佐、と言うべきかな?」

 

らしい物言いを聞いてガルマは少し安堵する。パトロール艦隊の一つが壊滅した事は既に宇宙攻撃軍経由で聞き及んでいた。艦艇3隻にMSを12機喪失。シャアの乗艦が辛うじて残りは拾い上げたとは言え、この損害は軽視出来るものではない。立案した友人も流石に落ち込んでいるかと考えたが、彼はガルマの想定以上にタフらしい。

 

「士官学校と同じガルマでいい。しかし、護衛がいたとは言え君が出てこの有様とは」

 

「木馬も強力な艦だが、それよりも搭載されているMSだ。特に白いMSは完全に我が方のザクを圧倒している。私も愛機を失う羽目になった」

 

「それ程か」

 

そう言ってガルマは唸る。シャアがジオン軍全体で見ても指折りのエースである事は疑うべくもない。その彼が機体を失ってでも仕留められなかったMS。その価値は極めて高いと言わざるを得ない。

 

「…可能ならば鹵獲したいが」

 

「加減をして戦えるような相手ではないよ。ジャブローへの直行を阻止して君の軍管区へ降下させられたのは僥倖だった」

 

「よく覚えておこう。連戦続きの君に休めと言ってやりたいが、状況を考えれば難しいな」

 

そう言うとシャアは肩を竦めて見せる。

 

「大佐殿は人使いがお荒いようだ」

 

「名誉挽回の機会を与えると言っているんだ、励みたまえ少佐。迎えを出すからこちらへ合流してくれ」

 

「了解した、よろしく頼む」

 

通信が切れたのは確認しガルマは素早くコンソールを操作する。程なくして副官に通信が繋がる。

 

「私だ、宇宙攻撃軍のコムサイが一機降下してくる、迎えのガウを出せ。それから木馬の位置は確認出来ているな?」

 

『はい、ドップの出撃準備も整っております』

 

副官の言葉にガルマは頷く。

 

「ではドップ隊は即時発進し木馬と接触しろ。ただし目視のみで良い、攻撃はするなと伝えろ」

 

『宜しいのですか?』

 

そう聞き返してくる副官にガルマは真剣な表情で応じた。

 

「相手はザク一個中隊以上を退ける艦だ、それも赤い彗星を含めてな。軽々しく当たれば徒に戦力を消耗するだけだ。今はこちらが位置を把握しているとプレッシャーを掛けるだけでいい」

 

戦力の逐次投入が下策である事は地球降下後に痛いほど経験しているし、兵士が休息無しに真面な力を発揮出来ない事は自分自身が士官学校時代に経験済みである。

 

「戦力を削ぐのは何も直接殴りつけるだけではない」

 

ガルマは微笑みながらそう口にした。

 

 

 

 

「塗装は大分剥げちゃったけど、装甲自体は問題無し。各部のアクチュエーターも損傷していない。何より赤い彗星とやり合って生きて帰ってきてるのよ?それだけで大金星だわ」

 

ロスマン少尉の言葉が耳朶を打つ。けれど俺は何も返す気になれなかった。そんな俺の様子が気に入らないのだろう、ロスマン少尉は更に言葉を続ける。

 

「貴方はテストパイロットでしょう?機体を無事持ち帰る義務がある。それを果たしたのだから――」

 

「胸を張っていろ、かい?」

 

堪えていない、こんなのは全然堪えちゃいないさ。だってそうだろう?キタモト中尉は原作に出てこなかった。つまり彼は本来ならサイド7で死んでいたんだ。だから本来死んでいた人間が死んだだけ。予定も何も狂っちゃいない、ジャブローに降りられはしなかったが、降下したのは北米だ。つまり原作通りの展開じゃないか、ホワイトベースはここからだってちゃんとジャブローへたどり着く。

 

「勘違いだよ、ロスマン少尉。俺は落ち込んでなんかいないさ、最善を尽くした結果だからな」

 

そう言って俺は笑う。そうだ、落ち込んでなんかいない。だから慰めるなんて事は止めてくれ。

 

『ディック・アレン少尉、ブリッジまで出頭下さい。繰り返します、ディック・アレン少尉――』

 

立ち上がりそうロスマン少尉に告げると同時に呼び出しが入った。重力によって移動が制限される事を煩わしく感じながら、俺は格納庫を出てブリッジへと向かう。途中で通った食堂から子供の泣き声が響いていたが、俺はそのまま気にせずブリッジへと向かった。

 

「先ほどの戦闘でキタモト中尉がKIAになった。よって最先任である君にMS隊の部隊長を任せる」

 

「了解であります」

 

心労を隠せていない表情でそう告げてくるブライト・ノア大尉に向かって敬礼で応じる。ブリッジの雰囲気も随分悪い。無理もないか、サイド7を出港して以来初めての戦死者だ。新人や素人ばかりの集団で不安や悲しみを制御しろと言うのが無理な注文なのだ。

 

「パイロットの人選にご意見はありますでしょうか?」

 

「…?いや、特にはない。その辺りも含めて少尉に任せる」

 

俺がそう聞くと、一瞬怪訝そうな顔をするもブライト大尉はそう答えた。そうか、意見は無いのか。

 

「了解しました。申し訳ありません、早速部下を掌握したいと思います」

 

「ああ、頼む」

 

俺は再び敬礼をするとオペレーターに話し掛ける。

 

「すまないがパイロット全員に右舷待機室に集まるよう連絡してくれ、それから試験を受けた候補者も頼む」

 

「了解です」

 

「助かる」

 

礼を言うと俺はブリッジから退出して右舷待機室に向かう。ホワイトベースは左右の格納庫にそれぞれMSを収容しているから、緊急時の事を考えるとどちらかの格納庫のパイロット待機室に人員を集めた方が効率が良い。理想を言わせて貰えば格納庫は1ヵ所に纏めてくれた方が良いがそれが叶うのはまだ先になるだろう。再度食堂の前を通るが、既に子供の泣き声は聞こえなかった。泣き止んだのか、それともただ単に移動したのか、確認する勇気を持っていない俺はそのまま待機室へと向かう。

 

「…あっ、アレン少尉」

 

部屋には既に右舷格納庫組、ガンダムとキャノンのパイロットが集まっていた。何か言いたげなアムロ伍長がそう俺を呼んだ、左舷組が来るまではまだ時間があるだろう、世間話をするには丁度良い。

 

「なんだ?アムロ伍長」

 

「その、すみませんでした」

 

そう言って頭を下げるアムロ伍長。それを見る俺ははっきり言って困惑していた。彼に謝罪されるような事は何もされていないからだ。

 

「いきなりどうした?」

 

問い返すとアムロ伍長は悲しげに目を伏せながら口を開く。

 

「あの時、僕は後部格納庫に居たんです。他の皆はそれぞれの格納庫に戻ってて、だから」

 

ああ、成程ね。

 

「キタモト中尉が出撃するのを、止められませんでした。それで、中尉が…」

 

自分が止めなかったから中尉が死んだ、か。馬鹿な話だ。

 

「アムロ伍長、君の階級は?」

 

「え?」

 

「階級だ、君の階級。覚えているだろう?」

 

「は、はい。伍長です」

 

そうだ、伍長。これから先伝説になるであろう、歴史に名を絶対に刻むであろうこの少年。だが彼は、今はただの伍長に過ぎない。

 

「キタモト中尉は中尉だ、解るか?君より5つも階級が上だ。軍においてこの階級差は絶対と言って良い」

 

俺の言葉を同じ部屋に居るジョブ曹長もカイ一等兵も黙って聞いている。

 

「君が中尉を止める権利があるとすれば、彼が明らかな軍規違反を犯そうとしている時くらいのものだ。中尉はホワイトベースのMS部隊長、当然その中には自身の出撃に対する権限だって含まれる。まあつまりだ」

 

そう言って俺は彼の肩を叩く。

 

「彼は自己の判断で出撃し、君にはそれを止める権限なんて無かった。結果は残念な事になったが、それを君が気に病む事など何一つ無い。これは彼の責任において完結している話なんだからな」

 

先の作戦でMSの全体指揮を執っていたのはキタモト中尉だ。変化する状況に対応し采配する権利が彼にはあり、その結果を負う義務があった。ならばその先に発生した彼の戦死は彼の責任である。それ以上に責任を負うべき人など居ないのだ。

 

「中尉が死んじまったのは中尉の自己責任だって言いたいのかい、少尉さん?」

 

カイ一等兵が据わった目でそう問うてくる。

 

「薄情なこったね、アンタブリッジまで行ったよな?じゃあ、食堂の前も通ったはずだ。聞こえなかったかよ?キッカの泣く声がよ!」

 

聞こえたさ、だがそれがどうした?

 

「だからなんだ?アムロ伍長が中尉を止めて、皆仲良くくたばった方が良かったか?それともその子を泣かせない為に、他の誰かが死ねば良かったのか?」

 

「あの時アンタはまだ外に居たじゃねえか!アンタなら何とか出来たんじゃねえのか!?誰も死ななくても良いような、そんな――」

 

どいつもこいつも、好き放題言いやがって!

 

「随分と買ってくれているようだがな、カイ一等兵。これが俺だ、仲間の危機を颯爽と救うなんて事も、それが出来なかった事を俺のせいだと言い張る事も出来ない!その程度の人間なんだよ!」

 

慰められて、罵倒され、自信なんてありゃしないのに今度は部隊の面倒まで任される。しかもあっさりと丸投げだ。

 

「俺がスーパーヒーローにでも見えたか?残念だが俺は凡人だ、神算鬼謀も超絶技巧も持っちゃいない。そして」

 

そう、そして。

 

「今日から俺が部隊長だ。恨むなら己の不幸か、俺に死ねと命じず自分が死ぬ事を選んだ中尉にしてくれ」

 

何でも良いから殴りつけたくなる衝動を拳を固く握りしめる事で堪える。これがどんな感情に起因するものなのか、俺自身にも解らない。けれどキタモト中尉なら、少なくとも何かに当たるような事はしないだろう。彼の死に対して責任を負うつもりなんて無いが、部隊長の責任を果たすだけの義務が今の俺にはある。一度大きく深呼吸をし、気持ちを落ち着ける。拳をゆっくりとほどき、胸の前で腕を組む。

 

「世間話はこれで終わりだ。全員が揃ったら今後についてミーティングを行う。ただしここは敵の勢力圏だ。突発的な状況もあり得るから、休める時は休んでおけ」

 

そう言って俺は椅子に座ると目を閉じる。呼び出された面々が全員集まるまで、部屋には沈黙が訪れた。




エロイ話ばっかり書いていたら友人にお前本業を疎かにしてんじゃねえ!ちゃんとガンダム書けって叱られてしまいました。反省。
…あれ?本業?


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15.0079/09/23

遅くなりました、今週分です。


「機関長、左舷エンジンの損害状況は?」

 

『運が良かったですな。左端の第二エンジンは完全にやられとりますが、一番は無事です、三番と四番も損傷はしておりますが、予備の部品で仮復旧くらいは出来そうです』

 

機関長の言葉にブライト・ノア大尉は自身の言葉不足を理解した。

 

「修復まではどの位掛かる?それと仮復旧と言う事だが出力はどの程度出せそうだ?」

 

『順調に行けば今日中には終わります。出力の方は出せて60%、余裕を見るなら40%位です』

 

機関長の言葉にブライトは暗澹たる気持ちになる。大気圏突入はジャブローの位置秘匿を考慮して日の入りを狙って行われた。おかげでもうすぐ闇夜に紛れる事が出来そうだが、その間に動けなくては意味が無い。突入後、レーダーが回復した段階で追随するように降下しているコムサイをレーダーが捉えていたからだ。アレン少尉からの報告によればシャアが乗った機であろうとの事だった。どちらにせよ北米のジオン軍に自分達が降下した事は知れ渡っていると考えて良い。捜索部隊が編成されるのは時間の問題だ。

 

「残念だがとても待てない。修復作業は移動しながらで頼む」

 

『最善を尽くします』

 

「頼む。航海長」

 

通信を切り、近くの席に座っていたワッツ少尉を呼び寄せる。コアファイターのパイロットに配置換えをされていた彼だったが、降下位置がずれた事でブリッジ要員に復帰していた。航路設定を行えるのがブライトを除けば彼しか居なかったからだ。

 

「現在位置の特定は出来たか?」

 

「はい、現在我々は北米コロラド州ベルフォード山近傍に居ります」

 

「…厄介な場所だな」

 

「前線や敵側の大拠点から距離があるのが幸いですね、逆に言えば味方との距離も離れていて、敵勢力圏のど真ん中とも言えますが」

 

その言葉に眉間を揉みながらブライトは口を開く。

 

「最寄りの友軍基地で最も大きいのは…オーガスタか」

 

「難しい距離です。真っ直ぐ行くには起伏の少ない砂漠地帯が待っていますし、丘陵を利用しようとすればジオンの前線近くを飛び続ける事になります」

 

「北方に大きく迂回するには物資が心許ない、か」

 

「…コロニー落としの影響で例年より気温が低下しているとの話もあります。緊急時に民間人を下船させる事すら難しくなるでしょう」

 

平野部を回避するとなれば数百キロは北上する必要がある。北部の地域は既に秋の様相を呈していて気温も相応だ。当然コロニーの避難民は防寒対策などしていないから、不用意に放り出せば最悪死者が出かねない。

 

「手詰まりじゃないかっ!」

 

そう言って頭を抱えるブライトに対して、何かを決心したような表情でワッツ少尉が口を開いた。

 

「あの、ブライト大尉。提案があります」

 

「提案?」

 

「はい、現状を鑑みて我々がオーガスタへ向かうのは現実的ではありません。ならば別の場所を目指すしかないと考えます」

 

「道理だな、けれど何処を目指す?」

 

ブライトが問い返すと真剣な表情でワッツ少尉が答える。

 

「東南アジアです。あの辺りは連邦軍の勢力圏でも陸軍が特に力を入れているエリアですから、逃げ込めれば敵の追撃は減少するでしょう。更に移動経路の大半が海洋ですからジオンの追撃手段も限られます。連中の潜水艦相手ならホワイトベースの推力が40%でも十分振り切れますし、ドップも航続距離を考慮すればガウ無しでの追撃は難しい」

 

「だが万一の場合洋上で身動きが取れなくなるぞ?」

 

「…それなのですが、地上の場合艦そのものを拿捕される可能性があります」

 

ワッツ少尉の意見にブライトは押し黙る。理想としてはホワイトベースがジャブローにたどり着く事だ。しかし敵の妨害がある事が確実である以上、こちらの都合良く物事が進むと考えるのは危険だ。特にガンダムと言う最重要機密を扱っている事を考慮するならば、最悪の事態も想定して然るべきである。

 

「脱出艇の数は問題無いのか?」

 

「現在は足りています、ギリギリですが。ですからある程度の覚悟は必要だと」

 

小声で問い掛けるブライトに対し、ワッツ少尉は顔を暗くしてそう答えた。ギリギリという事は問題があれば不足するという事だろう。どうすべきか悩むブライトに再びワッツ少尉が声を掛けてくる。

 

「…大尉、ここで避難民を降ろす事は出来ないでしょうか?」

 

「何を言っている!?ここはジオンの勢力圏だぞ!?」

 

「南極条約で民間人への攻撃は禁止されています。条約を盾にすれば避難民を降ろしている間は停戦も可能かもしれません。荷物を降ろせばある程度は身軽になれます」

 

ワッツ少尉の言葉をブライトは検討する。しかし出てきた答えは否だった。

 

「確かに成功すれば多少は身軽になれるだろう。だが、その為にはあちらがこちらを包囲する時間を与える事になるだろうし、何より向こうが避難民の下船を承諾するとは思えない」

 

「しかし南極条約では…」

 

「確かに南極条約では民間人への攻撃は禁止されている。しかしこの艦に乗っている人間を彼等が民間人と認めるかは別問題だ」

 

仮にサイド7が崩壊などしていれば緊急避難した住民という言い訳が出来る。しかし現状乗り込んでいるのはジオンの攻撃に対し保護を求めてきた一部の人間であり、サイド7自体も健在である。その状況で避難民を降ろすと言って果たしてジオンが信じるだろうか。

 

「最悪健常者は補充人員にもなるし、艦内の様子をジオンに知られるのも不味い。面倒だろうが現在の人員全員での移動を想定して航路設定を頼む」

 

「いえ、了解しました」

 

敬礼して席へと戻るワッツ少尉を見送りながら、ブライトは密かに溜息を吐く。憧れていた艦長席は、想像以上に居心地の悪い場所だった。

 

 

 

 

「ああ、アレン少尉か、整備状況を聞きに来たのだろう?」

 

俺の顔を見た瞬間、テム・レイ大尉はそう言った。流石に半年近い付き合いだから、あちらも俺の事を多少は理解してくれているのだろう。

 

「はい、タンクの方はどの様な状況でしょうか?」

 

「多少の被弾はあったが問題無いよ。元々コイツのベースは次期主力戦車だったからね、実の所装甲厚で言えばV作戦の機体では最も厚い。とは言え連中のヒートホークに耐えられる程では無いから過信は出来んが」

 

「単座化はどうでした?」

 

「装備している火器が多い分少々煩雑のようだが、まあMSの操作に比べれば大した事ではない。問題は重力下での運用がぶっつけ本番になる事だな。今宇宙での射撃データから姿勢制御系をアップデートしている。後は増設したサイドスラスターの撤去だな」

 

「地上ではタンクにも格闘戦をやって貰う必要が出てくると思います」

 

「だろうな。やれやれ、今更こいつをここまでいじり回す事になるとはね。本来ならガンダムの様子を見ておきたいんだが」

 

「その辺りは全員承知済みですよ」

 

そう言って俺はロスマン少尉から預かっていたタブレットを手渡す。レイ大尉は嬉しそうに受け取ると早速内容を確認しつつ、俺に話し掛けてくる。

 

「相変わらず君はどうにも白兵が下手だね。伍長と良い勝負じゃないか」

 

「どうにも機体越しに殴る蹴るという感覚がイメージしにくいのです」

 

「兵科の問題かね?歩兵出身のキタモト中尉はそれなりに熟して…いかんな、失言だった」

 

「いえ、中尉の格闘術にはいつも泣かされておりましたから」

 

けれど今はもう居ない人間を頼る事は出来ない。

 

「損害を抑える為にもMS隊は徹底して火力の集中と砲撃で状況に対応しようと考えております」

 

「ガンダムの強みは加速性能と柔軟な運動性なんだがね?」

 

「勿論存じております。ですが乗り込んでいるのがテストパイロットと素人です。申し訳ありませんが戦場で大尉の理想とするような機動を行えるとは思えません」

 

「だろうな、だが全くやらんでは教育型コンピューターの育成に支障が出てしまう」

 

俺は頭を振ってそれでも拒否を示す。

 

「教育型コンピューターの育成が重要である事は認識しております。シミュレーターでの訓練ではその辺りも取り入れますが、戦場で使うかは私が判断させて頂きます」

 

俺がそう言うと、レイ大尉はニヤリと笑って肩をタブレットで叩いてくる。

 

「それはそうだな、MS部隊長。運用は任せるよ、まあ出来るだけ壊さずに帰ってきてくれると助かる」

 

正直期待に応えるだけの才覚など持ち合わせていないのだが。

 

「最善を尽くします。死ぬのも死なれるのも、もう御免ですから」

 

溜息と共にそう言って敬礼をする。いかんな、まだ引きずっている。しっかりしろディック・アレン。死人に引かれて自分までその仲間になるつもりか?

 

「そうだな。…タンクの方は取り外しも含めて全部で5時間、1号機だけなら1時間後には使える筈だ」

 

「承知しました。リュウ曹長達に確認しておくよう伝えておきます。ガンダムの方は――」

 

そう俺が口にした所で特徴的な警報が鳴る。そして敵機接近のアナウンスが流れた。

 

「クソっもうかよ!」

 

「このままタンクは換装作業を続ける!艦が揺れるかもしれん、機材の固定に注意しろ!」

 

走り出す俺の後ろでレイ大尉が整備班に檄を飛ばす。こうして俺達の逃亡劇は幕を開けたのだった。




北米編スタート。
何話で終わるカナー。


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16.0079/09/23

今月分です。


「全員準備は出来たな?では作戦を再確認する」

 

コックピットに収まった俺は、通信を開くとそう口にした。

 

「敵はドップを中心に構成された飛行部隊。少数のルッグン偵察機を随伴させているが、その他は確認されていない。このことから近隣の航空基地から発進した先遣隊だと思われる。任務はホワイトベースの監視及び拘束と考えられる。距離を取っている事から交戦の意思は薄いと思われるが、こちらが移動を始めればその限りでは無いだろう」

 

言いながら俺は舌打ちを堪えた。伝えられた情報が確かなら、あの飛行部隊の隊長は随分と慎重な性格だ。ならば友人に煽てられて飛び出してきたジオンの地球方面軍司令である可能性は極めて低いだろう。ここで仕留められれば随分と楽が出来ると思ったんだが。

 

「既に発見された以上ホワイトベースは早急に移動する必要がある。その前に邪魔な目を潰すのが今回の目的だ。移動前にルッグンを始末して敵の通信を妨害、その後可能な限り損害を与えつつホワイトベースの援護を行う。ジョブ曹長、カイ一等兵。君達にはルッグンの処理を頼む。スナイパーライフルの説明は受けたな?」

 

『はい』

 

『…おう』

 

返事をする二人に頷いて、俺は説明を続ける。

 

「理想は撃墜だが、最悪当てさえすれば敵は後退するだろう。だから気負わず行け。ポジションは後部中央甲板に201号機、前部中央甲板が202号機だ。101号機と102号機はそれぞれのバックアップ、今回タンクの援軍は期待出来ない。くれぐれも無茶はするな」

 

『『了解』』

 

返事に頷き、まず俺が機体を発進させる。案の定敵はこちらの動きに対して反応を見せなかった。

 

(チャンスだな、まだ連中の陸上戦力は展開出来ていないようだ)

 

「クリアっ」

 

俺の宣言を聞いて次々とガンダムとガンキャノンが飛び出し、ホワイトベースの甲板へと降り立つ。キャノンは二機とも指定された通りに試作のビームスナイパーライフルを装備していた。

 

『こんな役目、俺に任せて良いのかよ?』

 

俺の横で射撃姿勢に入った202号機からそんな通信が入る。既にミノフスキー粒子の散布が始まっているせいでモニターにはノイズが混じり始めているが、カイ一等兵の顔が決まり悪そうに歪んでいるのは十分解る。

 

「センサー周りはキャノンの方が性能が良い。狙撃ならそっちの方が適任だ」

 

『少尉さんが乗ったって良いじゃねえかよ』

 

いかんな、カイの奴随分緊張している。

 

「ロスマン少尉に聞かされなかったか?そのライフルの性能はピカイチだ。教育型コンピューター様のサポートがあれば、後は目標指定をして、射撃指示に従ってトリガーを引くだけだよ」

 

『それで外れたらどうすんだよ。これ、4発しか撃てないんだろ?』

 

彼に使わせているスナイパーライフルは射程・精度・威力の全てに優れているが、その性能を完全に使うには大型の冷却ユニットと極めて強力なジェネレーターが必要という問題を抱えていた。当然MSにそんな物は積めないので、発射回数と威力を大幅に抑える事で運用を可能としていた。つまり4発撃てば本当に撃てなくなるのだ。それがプレッシャーなのだろう。だから俺は鼻で笑った。

 

「外れんよ。そう言う一丁前の台詞はアシストに頼らなくなってからにしろ。今のお前さんが外すならそれは機体の問題だ。それにこう言っちゃなんだが、お前さんは才能がある。だからそんなにびびるこたぁない」

 

『へっ、煽てて上手く使おうなんて狡っ辛いこと』

 

まあ、そう思うよな。

 

「ちゃんと的に当てるのは訓練すれば大抵の奴が出来るようになるが、自分をコントロールしてどんなコンディションでも射撃を行わなきゃいけないスナイパーになれる奴はほんの一握りだ。何故なら射撃の腕なんかより、自己のコントロールの方が余程得がたい才能だからだよ。カイ一等兵、貴様は臆病で物事に関して悲観的だ。だがその事をお前自身は自覚していて上手く付き合っている。つまりそれは、自己を制御出来ているって事だ」

 

『お、俺ぁ、別に』

 

「俺の事なんざ信用出来なくて構わない、だがお前はお前を信じてやれ。大体、信用出来ない奴に預けられる程キャノンのシートは軽くないさ。さて、そろそろやるぞ」

 

返事は無かったがキャノンが狙撃の体勢をとる。僅かな間を置いて夜空を二筋のビームが走り、夜空に火球を生み出す。

 

『や、やった!』

 

通信にカイ一等兵の喝采が入り遅れて爆発音が響いてくる。こちらとの相対距離が近過ぎた事に今更気付いた敵機が慌てて退避行動に移るが遅い。一撃目で自信を付けたのだろうカイ一等兵とジョブ曹長の射撃が再び彼等を襲い、火線に絡め取られたルッグンとドップが纏めて墜ちる。しかしビームが放たれたのはそこまでだった。

 

『良し、敵機の後退を確認した!ミノフスキークラフト起動!現地より離脱する!』

 

ブライト大尉の命令が下りホワイトベースがその体を震わせた。僅かな揺れと共に離昇した艦はその進路を北にとり、静かに進み出す。

 

「良くやってくれた、キャノンは二機とも今の内に換装と補給を済ませろ。その後は緊急を除き3時間後まで休息待機。アムロ伍長、君は悪いが俺とこのまま周辺警戒だ」

 

『了解です、アレン少尉!』

 

極度の緊張からだろう、ジョブ曹長とカイ一等兵は小さく返事をすると忙しなく艦内へと戻っていく。それをモニター越しに確認しつつ小さく溜息を吐いた。北米脱出まで補給は期待出来ない。更に今回の采配に俺は嫌な予感がしたからだ。

 

「敵の動きが、随分と慎重だった」

 

『どうしたんですか、アレン少尉?』

 

俺の呟きを聞き取ったアムロ伍長がそう聞いて来る。昔の軍なら彼の行為は叱責されていたかもしれない。兵士は必要な事だけ知り戦う、と言うのが常識だったからだ。知りすぎていれば判断に迷ったり、何より捕虜となった際に情報が漏洩しかねないからだ。だが今はミノフスキー粒子が戦場を覆ったせいで俺達パイロットは個別に高度な判断が要求されるようになった。だから仲間とは積極的に情報交換をするし、交流を密にして相互理解を高めておく必要がある。

 

「確か北米の軍を指揮しているのはガルマ・ザビだったと思う。コイツはザビ家の末弟で年齢で言えば俺と大差無い筈だ」

 

『それは、凄いですね』

 

素直すぎる反応に思わず俺は苦笑しながら応じる。

 

「いや、彼が凄いと言う話は一度たりとも聞いたためしがない。つまりザビ家だから不相応な地位に就いていると見る方が恐らく正しい、と思っていたんだが」

 

先ほどの部隊の動きはこちらの戦力を把握するまで不用意な戦闘、つまり戦力の消耗を控える動きだった。本人が考えたなら指揮官として常識的な思考を持っているという事だし、部下からの進言を聞き入れたなら、少なくとも真面な部下の意見が採用される環境が出来ているという事だ。どちらにせよ慢心せず数で押すような戦術を取るならば、俺達にとって厄介極まりない相手という事だ。

 

「こちらが寡兵である以上、一番厄介なのは堅実に正攻法で戦ってくる奴だ。厳しくなるかもな」

 

そうならない事を俺は祈るしかなかった。

 

 

 

 

「そうか、被害は軽微なのだな?いや、良くやってくれた。その情報だけでも十分な価値がある」

 

ドップを送らせた基地司令からの緊急連絡に対応しつつ、ガルマ・ザビ大佐は難しい表情を作った。部屋に据えられてた応接セットに座っていたシャア・アズナブル少佐はそれを見て真剣な表情で声を掛ける。

 

「木馬は逃げたか?」

 

「ああ、距離15キロ程で監視をしていたが迎撃されたそうだ。それもMSの携行ビーム兵器にな」

 

その言葉にシャアは表情を強張らせる。宇宙空間のMSに比べれば動きが制限されるとは言え、飛行中の航空機を15キロ先から撃ち墜とせるビーム兵器が陸戦においても極めて脅威である事は明白だからだ。

 

「解析結果待ちだが、パイロット達の証言によれば撃って来たのは白い方ではなく、赤い方だったそうだ。キャノンを担いでいるようだし、支援機か?」

 

「そう判断するのは軽率だろう。手持ちならどの機体でも使い回せるのは我が軍のザクが証明しているところだ。白いのも同様の火器を運用出来ると見ておいた方が良い」

 

そうシャアが忠告すると、ガルマ大佐は顎に手を当てて唸る。

 

「こちらのMSでその距離で撃ち合えるのはザクキャノン位だな。つまりMS同士での戦いは考えるだけ馬鹿らしいと言う事か。厄介すぎるな」

 

「直接やり合わんとなれば、艦砲で仕留めるか?」

 

「そちらも難しい。北米は前線の陣地構築がほぼ終わっているから、ギャロップを他方面に回してしまっている。陸上艦艇はキャリフォルニアのダブデ3両とここにある2両だけだ。当然ながら宇宙艦を追撃出来るような速度は出ない。となれば後はガウくらいだが」

 

「殴り合えば勝てるだろう、問題は木馬が墜ちるまでにガウが果たして残っているかということだな」

 

「キャリフォルニアのガウ部隊を指揮しているガルシア大佐は、勇敢ではあるが小細工が出来ん。最悪キャリフォルニアのガウ全てが生け贄にされかねん」

 

「だが悠長にしていれば逃げられるぞ?」

 

シャアの言葉にガルマ大佐は顔を顰めた。

 

「そう急かさないでくれ、相手は赤い彗星が仕留め損なった艦だぞ?次席としては慎重にもなる」

 

「士官学校の首席は君だろう?」

 

「ザビ家の末弟への忖度が無ければ間違い無く君が首席だったさ。それを認めるくらいのプライドは持ち合わせている。取敢えずは追加で航空隊を派遣し情報収集と進路の限定だな」

 

その言葉にシャアも頷く。

 

「ああ、連中にとって北米への降下は予定外の事態だ。真面な指揮官なら消耗を嫌って戦力を展開している場所は忌避するだろう」

 

「決まりだな、後はこちらの切り札を用意しておくとしようか」

 

そう言ってガルマ大佐はシャアへ笑顔を向けてくる。そして前髪を弄りながらこう口にした。

 

「そろそろ君もザクには飽きただろう?」




シャア=サンの凄い所
どんなMSも速攻で慣熟出来る事、ザクからズゴックに乗り換えとか正直コイツマジかよレベルの所業だと思うんですよね。


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17.0079/09/25

今週分です。


逃走を開始して3日目、艦内の空気は端的に言って最悪だった。

 

「地球に着いたんだろう!?なんで降りられないんだ!」

 

「ですからここはジオンの勢力圏なんです。今降りても危険なだけですよ!」

 

「ずっと追われているこの艦に居たって危険じゃないか!同じ危険なら帰る事をワシらは選ぶ!早く降ろせ!!」

 

昼も夜も無い執拗な追跡による警報は慣れた軍人ですら神経がささくれ立つ。まともな訓練すらしていない民間人にしてみればたまったものでは無いだろう。アムロ達志願者組もかなり憔悴している。不幸中の幸いと言うべきかまだ体調を崩した者は居ないが、それも時間の問題だろう。補給の受けられない現状が続けば、どうしても食事や衛生面で制限が出始めるからだ。

 

「失礼。ワッツ少尉、ブライト大尉が呼んでいる。艦橋へ行ってくれ」

 

ワッツ少尉に詰め寄っている民間人との間に入ると、俺はそう言ってワッツ少尉を逃がす。彼は軍人としては線が細く顔つきも温厚そうだから、良く民間人に絡まれるのだ。正直この非常時に貴重な人員を無駄に疲弊させるような事は止めて欲しいのだが。

 

「な、なんだ、アンタ!?」

 

「見ての通り連邦軍の士官であります。彼と階級も同じですから、ご要望でしたら私がお伺いしますが?」

 

笑顔でそう聞くと相手は口ごもり、最後は決まり悪そうに去って行った。まあ、アメフトやってたゴツい現役軍人に凄まれればそうもなろう。けど忘れんなよ?ワッツ少尉だって立派な連邦軍士官だ、素手でアンタを殺す方法なんざ両手でも足りないくらい習得しているぞ。

 

「…とは言え、いい加減不味いな」

 

軍人の方は問題無い。疲れていると言っても士気の低下は殆ど見られないから、十分戦闘に耐えられる。けれどブライト大尉の経験不足は否めない。自分を基準にして行動を決めているから、民間人が爆発寸前まで来ている事が今一解っていないように思える。副長を兼任しているワッツ少尉もあの性格だから、こういった問題を報告しているとも思えない。俺は小さく溜息を吐いて艦橋へと向かう。人混みをかき分けてエレベーターを捕まえてたどり着くと、そこではブライト大尉が艦長席に座り、真剣な表情で地図を睨んでいた。

 

「ブライト大尉殿、宜しいでしょうか?」

 

「ん?ああ、アレン少尉。どうしました?」

 

二階級も下の部下に敬語を使うという失態を無視して俺は口を開く。

 

「少々お耳に入れたい事があります」

 

そう告げればブライト大尉は顔を顰める。逃げ回るのに手一杯なこの状況で更に厄介事が増えるのだから無理のない話だ。だからといって放置出来る訳もなく、俺は言葉を続ける。

 

「民間人が限界です。このままですと最悪暴動を起しかねません」

 

「…何とかなりませんか?」

 

「難しいですね。幾つか手段はありますがどれもオススメ出来ません」

 

最も簡単なのは放り出すか処分してしまう事だが、どちらも問題がありすぎる。放り出した場合彼等はジオンに庇護を求めるだろうから情報の漏洩は避けられないし、下手をすればプロパガンダに利用される可能性もある。かといって処分などしてしまえば残りの避難者が確実に反乱を起すだろう、これは拘束に留めても早いか遅いかの差でしか無い。だから敢えてやるならば、一番軍人が割を食うやり方しかあり得ない。

 

「ここは戦場だと言うのにっ」

 

「彼等にその理屈は通じませんよ。ですからやるならば状況を変えるほかありません」

 

「どういう事です?」

 

つまるところ、彼等は先行きの見えない状況に強いストレスを感じているのだ。だから解りやすく助かるビジョンを提示すれば良い。

 

「今の内に敵の防衛線を突破しましょう。この艦に乗っていれば助かるのだと言う印象を与えれば多少は大人しくなります」

 

「簡単に言う」

 

「寧ろ状況からすれば今しか無いと愚考します。敵の懐に居るのですから友軍の支援は望めません。対して敵は時間があればあるだけ包囲の準備を整える事が出来る」

 

「だが、既に敵はこちらの行き先を妨害する動きをしている」

 

「だからこそですよ。敵だって本当は我々に兵力を割きたくはない筈です。私ならば確実に勝てると踏めば悠長に囲ったりなどせずにさっさと終らせます」

 

そうしないというのは、まだ十分に準備が整っていないという事に他ならない。

 

「タンク隊の改装も終りましたから、現状がホワイトベースの最高戦力です。この状況で突破が失敗するならば、以後は絶対に成功しません」

 

「作戦と言うより博打ですね」

 

「戦争が出来るほど贅沢な懐事情ではありませんから」

 

俺がそう言うとブライト大尉は大きく溜息を吐く。そして俯いて小さく何かを呟くと、顔を上げて俺に問うてきた。

 

「アレン少尉、本艦の現在位置に対する適当な作戦の腹案はあるか?」

 

「はっ、我々は現在太平洋への突破を図っております。ならば今暫く北上し森林地帯へ進入その後西進しシアトル市を目指すのが良いかと」

 

そう口にして俺はなんとも嫌な気分になった。艦の現在の位置や都市の立地などから考えてシアトルに向かうのは妥当だと軍人としての経験が言っている。だが、あそこは原作でもホワイトベースが向かった先だ。抗えない何かに誘導されているような不快感を覚えて、別の候補を口にするかと悩んでいる間に、ブライト大尉は頷いて決意してしまう。

 

「確かに、それが良さそうだな」

 

「ですがこれまでの動きから、敵もその位は予測しているでしょう。なので更に北進しバンクーバーを目指すと言うのも考えられます」

 

咄嗟にそう提案するが、ブライト大尉は気に召さなかったらしく難しい顔で応えてくる。

 

「いや、敵の戦線を突破した時点で追撃は免れない。バンクーバーは都市全体が開けていて地上戦力が展開しやすい事を考えれば、多少でも遮蔽物の多いシアトルの方が我々にとって有利に思える。ワッツ少尉」

 

「はいっ」

 

「航路の再設定を頼む。アレン少尉は戦線突破の為の準備を進めてくれ」

 

「了解しました」

 

「頼んだ。…アレン少尉、その、君が居てくれて助かっている。有り難う」

 

敬礼をして出て行こうとする俺に、ブライト大尉がそう声を掛けて来た。俺は苦笑しつつ振り返って口を開いた。

 

「自分も部下に助けられっぱなしです。良かったら彼等も労ってやって下さい。新兵にはそれが励みになる」

 

「そ、そうか、解った。検討しておく」

 

その言葉を聞いて、俺は今度こそ艦橋から退出した。

 

 

 

 

「どうかなシャア。我が軍の新型、MS-07“グフ”は?」

 

そう聞いて来るガルマ・ザビ大佐に対し、シャア・アズナブル少佐は忌憚のない意見を述べた。

 

「悪くない、と言いたい所だが随分と極まった機体だな。正直癖が強すぎるように思える」

 

「だろうな、だがそれが残念ながら我が軍の実情と言うヤツさ」

 

ガルマ大佐は、ジオン軍は地球侵攻を完全に見誤ったと口にした。

 

「緒戦をMSで圧倒したが故か、地球でもそれが通じると考えた。いや、最初は順調だったのだからあながち間違いでは無かったのかもしれないが」

 

18mの鉄巨人が闊歩するには地球は些か広すぎた。重力下におけるMSの運用は宇宙のそれとは比較にならないほど過酷だ。当初の想定よりも大幅に増加した物資の消耗はジオン軍の侵攻を鈍化させ、遂には目標を達成しないうちに進撃限界を迎えてしまう。更に前線で戦車モドキが出現し始めると、ザクの絶対的優位が大きく揺らいでしまった。

 

「加速性に優れつつ、高耐久。かつ戦車モドキを容易に破壊しうる武装を有し、その上でザクと互換性を持たせて生産性・整備性を維持。などという要求を詰め込んだ結果がグフと言うわけさ。悲しきは貧乏所帯と言うところかな?」

 

「だが、確かにザク以上の機体ではあるか」

 

S型と呼ばれる高級機種に乗っていたシャアだからこそそれを実感する。ぎりぎりまでチューニングを施した彼専用の機体に全く引けを取らない加速性能と重装甲を両立させた量産機は敵にとって十分な脅威だろう。だがそれだけにあと少しを望んでしまうのは兵士としての性なのだろうか。

 

「出来ればあの35ミリガトリングと言うのは変えて欲しいな、白いヤツ相手には牽制にもならんだろう。ガトリングシールドも威力はともかく取り回しが悪すぎる。奴相手ならバズーカの方がまだやりやすいだろう」

 

「これでも随分改善したんだがね。要望はレポートに纏めて提出してくれ、装備については機付きの整備員に言えば対応してくれるだろう」

 

そうガルマ大佐が口にした所で机に据え付けられていた端末が着信を告げる。クラシカルな受話器を取ったガルマ大佐は暫く問答を続けるが、その内に段々と表情を険しくし、最後には苦々しい口調で相手を労うと受話器を戻す。

 

「…木馬が動いたか?」

 

「ああ、君の言う通り一筋縄ではいかん相手だな。こちらの包囲が完成する前に展開していた部隊を食い破って突破したそうだ」

 

「不味いな」

 

太平洋の制海・制空圏をジオン軍は抑え切れていない。更に言えばジオンの海軍は潜水艦を主軸とした小規模なものであり、高速で飛翔可能な艦艇を追撃出来るような能力は持ち合わせていないのだ。

 

「洋上に出て直に南下とは行かないだろう。キャリフォルニアやハワイもある。だが別の方面へ逃亡されれば厄介だ」

 

特にアジア方面は戦力的に予断を許さない状況だ。完結した戦闘単位である木馬が参戦するのは歓迎できないだろう。

 

「…仕方あるまい、ガルシア大佐と連携してガウで攻撃を掛けよう。悪いが付き合って貰うよ、赤い彗星」

 

「承知した、君の勝利に貢献出来るよう、精々頑張らせてもらうとしよう」

 

シャアはそう言って頷いた。




そんなわけでシャア君の新型はグフ、それもB3ですよやったー!
この機体は性能検証用に少数持ち込まれた機体で、勿論ジオンのグフが全てこれに置き換わっている訳ではありません。むしろ地球方面軍全体で見てもまだ数機しか無い超レアモノです。ガルマ大佐のシャア少佐へのユウジョウがこれでもかと感じられますね!


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18.0079/09/27

今週分です。


「キャリフォルニアには20以上のガウが配備されているだろう!それが3機しか出せないとはどう言う事か!?」

 

グレートフォールズの仮設基地に進出していたガルマ・ザビ大佐はモニター越しの男に対しそう叫んだ。

 

『そのガウ攻撃隊は連日ジャブローへの爆撃へ投入されております。これ以上の抽出は如何ともし難く』

 

「あの何も戦果を挙げていない、攻撃と称した何かがそれ程大事か?」

 

皮肉気にガルマがそう言うと、ガルシア大佐はそれを否定する。

 

『戦果を挙げていないとは、経験のお浅いガルマ大佐には目に見えぬ戦果がお解り頂けないようだ』

 

そう言って彼は悲しげに首を振ると、真剣な表情で訴えてきた。

 

『宜しいですか?ガウによる戦略爆撃を連日行っているからこそ中米の戦線は安定しているのです。この手を緩めれば連中はたちまちのうちに戦力を整え前線へ殺到してくるでしょう。ジャブローが攻撃に晒されていると言う事実が後方に戦力を拘束し、大規模な車両輸送による兵站線構築を防いでいるのです』

 

そこまで言った上で、ガルシア大佐はどこか小馬鹿にした表情を浮かべ言葉を続ける。

 

『第一、入り込んだネズミはたかが1隻だそうではないですか。ガルマ大佐旗下の戦力だけでも十分対処出来るのでは?』

 

ニューヤークを管区とするガルマが今回連れてこれたのは、ガウ3機とそれに搭載可能なドップ及びMSだった。大型爆撃機3機にMS9機、航空機24機という戦力は確かにたった1隻の敵艦に対して過剰とも言える戦力に思える。だが、たった一事をもってガルマは敵がその程度の戦力で当たるには危険な相手であると認識していた。

 

「ガルシア大佐。そのたかが1隻の敵艦は我が軍の精鋭艦隊を打ち破り、赤い彗星を振り切って地球に降りたのだ。侮れる相手ではない」

 

『確かに、宇宙攻撃軍の連中は負けたようですな。全く哨戒すら満足に行えないとは嘆かわしい。兎に角、これ以上の戦力をお出しする事は不可能です。…どうしても戦力に不安がお有りでしたら、不肖私めが指揮を預からせて頂きますが?』

 

「…いや、ガルシア大佐はジャブローへの攻撃で忙しいようだからな。手を煩わす訳にはいかない。戦力の提供、感謝する」

 

そう言ってガルマは通信を切る。そうすると漸くカメラに映り込まない位置に座っていた友人が口を開いた。

 

「成程、大した御仁のようだな。まあ取り逃がした事は事実だから耳の痛い言葉ではあるが」

 

「あくまでガルシア大佐の私的な言葉だ。地球方面軍、もっと言えば突撃機動軍の総意だなんて思わないでくれよ?」

 

「私はそこまで視野の狭窄した人間ではないよ、ガルマ。しかし、ガウが3機か」

 

「しかもMSはザクのC型が3機だけ、航空機隊こそ揃ってはいるが、連邦のMS相手には心許ないな」

 

「あの戦車モドキですら、航空機では相手にするには骨が折れるだろう」

 

ドップには対地攻撃を想定したミサイルランチャーが装備されてはいるものの、あくまで制空用の戦闘機であるためその性能は低かった。何しろ連邦軍の61式戦車ですら撃破するには複数発が必要で、対策が施されたモデルでは逆に戦車を狙った航空隊が敵の防御砲火に墜とされるという事態まで発生している。モドキなどと揶揄していても、あの機体が61式戦車などより遙かに強力な敵である事は疑うべくもない。

 

「こちらの包囲を突破する際にも随分暴れていた。ここにビーム兵器を装備したMSが更に4機。本音を言えば5倍は戦力を揃えたい所だな」

 

「逃げ込む先はシアトルで間違い無いのか?」

 

「更に北上する、という可能性は否定できん。だが連中がジャブローを目指すなら北に逃げても時間を浪費するだけだ。余力があるうちに洋上へ出て、こちらの地上部隊を振り切ってしまいたいと考えればシアトルがギリギリだろう。そこから先の大きな都市となればバンクーバーくらいのものだし、それ以降は地形が峻厳で身を潜められる場所は少ない」

 

「ならば先行して罠を張るか?」

 

木馬が消息を絶った位置からすれば、シアトルより北側の森林地帯を経由している。ガウの全速ならば位置的にシアトルへ先に着く事も不可能では確かに無かった。しかしシャア・アズナブル少佐の進言にガルマは頭を振った。

 

「魅力的な案だが、待ち伏せができるほどシアトル市の詳細なデータが無い。ガウを隠しておく事も出来ないし、何よりキャリフォルニアの部隊とタイミングがずれれば我々だけで相手をする事になってしまう。その様なリスクは避けるべきだと思う」

 

そうガルマが告げると、シャア少佐は真剣な表情から、見慣れた余裕のある笑顔になりその意見を肯定してきた。

 

「…冷静な様で安心したよ。ここでそうするなどと言われたら諫めねばならなかった」

 

友人の言葉にガルマは笑う。

 

「兵の見ている前では勘弁してくれよ?さて、ひとまずは攻撃の準備を整えるとしよう。MS部隊の方は任せるぞ、シャア」

 

「解った。勝利の栄光を君に」

 

そう気障に振る舞う友人にガルマは笑いながら頷いた。

 

 

 

 

「シアトルに入ったら、時間が欲しいと言うのは?」

 

機関長の言葉にブライト・ノア大尉は眉を顰めながら聞き返した。

 

『シアトルを抜ければ後は目的地までずっと海の上でしょう?となれば外回りを補修出来る最後の機会です。ミノフスキークラフトの方も一度ちゃんと点検をしておきたいのです』

 

暢気な事を言うな、と思わず出かけた言葉をブライトは呑み込む。ホワイトベースが無事動いているのは彼の力によるところが大きく、その彼が本格的に調べねば不味いと感じていると言う事は、このまま飛び続ければ致命的な場所で動けなくなる可能性もあるからだ。

 

「どの位時間が必要か?」

 

『欲を言えばちゃんとした設備のある場所で1週間みっちり見たい所ですが。まあ無い物ねだりは出来ませんからな。それでも最低3日は欲しいですね』

 

3日という言葉にブライトは唸る。敵航空機による追跡は無くなったものの、防衛線を突破した事でこちらの意図はある程度露見したと考えて良い。だとしたらシアトルに留まる事は危険に思えたのだ。だからといってここで悠長に留まろうものなら、折角突破した防衛ラインを再びシアトルに構築されかねない。

 

「意見、宜しいでしょうかブライト大尉」

 

「なんだろう、アレン少尉」

 

悩ましい現状に唸っていると、横で聞いていたディック・アレン少尉が口を開いた。

 

「既に我々の移動ルートは看破されていると考えます。であるならば欺瞞航路を捨て、最大速力でシアトルへ向かっては如何でしょうか?」

 

「そんな事をすれば位置がばれてしまうじゃないか!」

 

「現段階で位置が露見しても、シアトル市内にこちらが身を潜めるまでに追いつけるのは航空戦力のみです。その中でもホワイトベースにとって脅威となりうるのはガウくらいですから、それを退けられれば問題ありません。それに」

 

「それに、なんだ?」

 

「今後の進路を考慮すれば、今の内に出来るだけ敵のガウを削っておく方が得策に思えます」

 

完調ならばホワイトベースの方が速力に優れるためガウを振り切る事が出来る。だが現状ではこちらが低速であり、追撃されれば確実に追いつかれてしまう状況だった。

 

「洋上での戦いとなるとMSも大幅に動きが制限されます。タンク隊が戦力に数えられる内に余裕を作っておくべきだと考えます」

 

その言葉はブライトにとって非常に大きな問題だった。ホワイトベースは強襲揚陸艦に分類される艦艇であるが、その為か構造に色々と問題があった。その最たるものが後方に対する火力の低さである。MS母艦としての機能を優先されたために、ホワイトベースは敵艦と殴り合う場合は正面を向き立って行うように設計されていて、後方はMSの回収、展開に重点の置かれた構造となっている。特に後方上部に対する火砲はメガ粒子砲がウイングによって射角を制限される都合上対空砲のみという貧相具合だ。尤も設計の段階で現在のような単独で敵部隊から逃げ回るなどという運用は想定されていなかったであろうから、責める訳にもいかないが。

 

「ホワイトベースを整備する間、MS部隊が市街に展開し敵を迎撃すれば、何とか3日は稼げるでしょう」

 

「楽観的すぎる発想だ。第一北米に何機のガウがあるかも解らないんだぞ?」

 

そうブライトが言い返すが、アレン少尉は平然と言い返してくる。

 

「確かに総数は不明ですが、こちらへ来るのは多くとも10には届きません」

 

「そう言い切る根拠は?」

 

「ジャブローへの攻撃に投入しているガウの数です。最大規模でも12機ですから、連中がジャブローヘの攻撃を諦めない限りこの数は出せません。そしてホワイトベースは最新鋭の艦と言っても、たかが一隻です」

 

ジャブローに対する定期便はブライトも良く知っていた。連日行われるそれが二交替制のローテーションで行われている事は周知の事実であったし、その一日分を引き抜くと言う行為が極めて大きな負担になる事も軍事を学んだ人間からすれば常識である。

 

「だが他の地域から引き抜けばその限りではないだろう?」

 

「それが出来るならとっくの昔にジャブローへの攻撃が増しています。つまり連中が自由に使えるガウの数は決して多くないのです」

 

「…仮に相応の数をこちらに誘引したとしても、敵の制空に綻びを生じさせる事が出来る。そうなれば救援の目も出てくるか?」

 

「どちらにせよ迎え撃つならば遮蔽物の多い市街地の方がMSにとって都合が良いでしょう。如何でしょうか?」

 

アレン少尉の言葉を聞きブライトは考える。防衛線を突破した事でホワイトベースに戦う力が十分に有ると証明できたため、避難民も今は落ち着いている。そしてシアトル市の惨状を見れば北米がどの様な状況下にあるか、ある程度理解して貰えるだろう。更にオマケ程度に考えていたガンタンクが戦闘に十分耐えうる戦力であると確認出来た事が、ブライトの中の許容出来るリスクの範囲を広げていた。

 

「…解った。アレン少尉の意見を採用しよう。機関長、シアトルで着陸次第直に作業に入ってくれ。基本的に3日を想定するが、万一の場合はその限りではない事を留意してなるだけ迅速な対応を頼む」

 

こうして両軍の思惑は絡まり合いつつシアトルへと向かうのだった。



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19.0079/10/01

ワシントン州シアトル。かつて栄えていたその街は、現在陰鬱な姿を俺達の前に晒している。コロニー落としの二次被害として太平洋沿岸の都市を襲った津波はこの都市にも到達しており、都市全体に甚大な被害をもたらした。更に運が悪かったのは立地条件だろう。キャリフォルニアから適度に離れていて、最前線となるであろう中南米から真逆に位置する港湾施設を有した都市。挟撃するための戦力を揚陸させるのに丁度良いこの街に対するジオンの答えは破壊だった。占領するには手間もコストもかかり過ぎる、ならば壊してしまえ。数度にわたって行われた爆撃で都市機能と軍が利用出来そうな建物は粗方破壊されてしまい。今ではガレキと廃墟の集合体となっている。

 

「おかげで民間人に気にせず軍事行動がとれる訳だ。ま、感謝など一ミリもせんがね」

 

俺達が都市に潜伏して2日が経過したが、幸運な事にまだ敵は現れていない。加えてシアトル市の惨状を目の当たりにした民間人が今ここで放り出されると言う意味を理解出来たようで、積極的に協力してくれている。中には幾つかの班を作って物資の探索まで行ってくれている程だ。現金だとは思う反面、正直に言って助かるので俺は沈黙を保っている。

 

『202より、定時報告。監視空域に異常ナシ』

 

「101了解、引き続き監視を継続せよ」

 

南方面の監視に当たっているカイ・シデン一等兵からの連絡にそう俺は応える。ホワイトベースの隠れるドーム球場から凡そ2キロ程南下した場所にある立体交差が彼の潜伏場所だ。

 

「キツイだろうがもう少し頑張ってくれ」

 

『良いもの食わせて貰っている分は頑張りますよ』

 

そう笑うカイ一等兵の声を聞いて、まだ余裕がある事に内心安堵する。やはり食事をパイロットの待機室で食べさせるのは正解だったな。食堂で自分達だけ豪勢な食事を取るなんてある意味罰ゲームに近い。小さい子供とかがいれば尚更だ。

 

『このまま何も来なければ…』

 

有線回線の中で誰かが呟く。けれどそんな事はあり得ないと俺は確信していた。そしてその時はそろそろだろうとも。

 

「そろそろ払暁だ、仕掛けて来るとしたらこの時間だろう。全員警戒を厳にせよ」

 

航空戦力で攻撃してくる以上相手はこちらから丸見えだ。ならば視界的不利を少しでも補う為に日の出ている時間に攻撃は行うだろう。特に明け方は夜から環境が大きく変わるから、対応にも手間取りやすい。襲撃の定番とも言える時間だ。

 

『さ、303より緊急、市街西部方向より複数の飛行体を確認!が、ガウです!』

 

「303、キム兵長落ち着け。数は?」

 

敵が来るとすれば南と西、想定通りというやつだ。どうやら敵は堅実である分あまり柔軟性はないらしい。

 

『ガウ、ガウが3機です。それから航空機がっ、目視範囲で20は居ます!』

 

確かガウ1機につきドップの搭載数は8機だったか、となれば搭載機を発進させている可能性が高いな。

 

「予定通りというヤツだ。タンク隊は敵が規定ラインを越え次第射撃を開始、201及び202は引き続き監視を怠るな。102、アムロ伍長聞こえるか?」

 

『はい、聞こえてます』

 

「タンク隊の直掩に回ってくれ、こちらは――」

 

『こ、こちら202!南からもガウだ!こっちも3機!けど戦闘機はいねぇ!』

 

護衛がいない?

 

「先発させて東側を塞ぎにかかっているのかもしれない。ホワイトベース、聞こえるか?敵部隊と会敵した。これよりMS隊は戦闘行動に移行する。また未確認であるが東側からの敵機襲来が予想される、警戒されたし」

 

そう伝えると機体の出力を上げる。既にホワイトベースがミノフスキー粒子をこれでもかと散布しているから、シアトル市街はレーダーも無線も碌に使えなくなっている。だが、こちらはこの2日で最低限の出迎え準備はしているんだ。

 

「悪いがここで死んで貰うぞ」

 

俺はそう言って機体を南へと向かわせた。

 

 

 

 

「こう言う時は、焦ったら負けなのよね」

 

呟いてカイ・シデンは乾いた唇を舐めた。狙撃兵の才能がある。本人は全く自覚が無かったが、少なくとも周囲からはそう見えるらしい。あっという間に搭乗しているガンキャノンは狙撃仕様に仕立て直され、それ用の訓練を何度か行った。結果が良かったのか悪かったのかは解らないが、まだ彼がこの機体を任されている現実は変わらなかった。

 

「狙うなら、丸い腹」

 

部隊長であるアレン少尉から受けたアドバイスを呟く。コックピットを狙えれば理想的だが、長距離射撃で小さいそれも動く的に当てるのは難しい。だから確実に当てられて、かつ被害が大きい所と言うのが少尉の言葉の意味だった。何せガウの腹にはMSと爆弾が積み込まれている。

 

「冷却系問題なし、ジェネレーター正常作動、…よしっ」

 

距離にして30キロ。精密射撃の出来るギリギリに侵入したガウに向けてカイは銃口を合わせ、そしてトリガーを引いた。銃口からガンダムやガンキャノンのビームライフルとは比べものにならないメガ粒子の光が放たれ、暢気に浮かんでいた3機のガウのうち、真ん中に位置していた機の腹へ突き刺さると、

 

「マジかよ」

 

そのまま突き抜けて後方へと光条を輝かせる。カイが傷口を広げるように銃身を操作すると、腹を割かれたガウが火を噴いたかと思った次の瞬間大爆発を起した。どうやら格納庫内のMSにでも直撃し、大当たりを引いたらしい。爆発に煽られつつ残ったガウが慌てて回避行動に移るが、それはあまりにも遅すぎた。

 

「このままっ」

 

トリガーを引いたままカイは銃身を大きく振るう。左に旋回しつつあった右側のガウを捉えたその射撃はまず垂直尾翼を半ばから断ち切り、更に右翼を撃ち抜く。本来の航空機であれば、この程度の損害ならばまだ十分飛行が可能であったが。残念ながら撃たれたのはガウだった。多機能を強引に詰め込んだこの機体は飛行の際推力の30%を下方へ振り分けなければ飛行できないという問題を抱えていた。翼に損傷を受けると同時にエンジンの半数近くを機能停止に追い込まれたガウは急速に揚力を失い墜落、地面に盛大な火球を生み出す。

 

「ラストって…ここでかよ!?」

 

興奮のままに最後の1機に対し銃口を向けようとした瞬間、警告音が鳴り響き砲身の強制冷却が始まる。機体側の冷却システムが十分でなかったために起きた問題だった。尤もこれを問題と言えるかは微妙な所だ。何しろ元々このビームスナイパーライフルは艦艇に搭載されたジェネレーターや冷却システムに接続して初めて最大出力で運用出来る設計なのだから。むしろ短時間であってもMSが携行した状態で使用できるようにした事の方が異常なのである。

 

「くそっ、早く終わ…へ?」

 

冷却終了までのカウントダウンを焦れながら見ていたカイは、モニターに映る状況に間抜けな声を漏らした。残るガウが反転し逃亡を始めたからだ。銃口は向けられたままだったが、冷却終了を伝える文字がディスプレイに表示される頃にはガウは射程外へと逃げてしまっていた。

 

 

 

 

南側から進入したガウが迎撃されている頃、西側から進入する部隊も激しい迎撃を受けていた。敵はたった3機でありながら高い連射性能と高精度でガウに次々と命中弾を与えてくる。発見を遅らせる為とMSを降ろすために高度と速度を下げていたのも災いした。次々と撃ち込まれる砲弾に動揺した3番機がMSを降ろすために前部ハッチを開き始める。

 

「待て!ハッチを開くな!?」

 

1番機の艦橋からそれを見たガルマが思わず通信機に向かって叫ぶ、しかしそれは残念ながら遅かった。ハッチを開放した事で更に減速してしまった3番機に砲火が集中。開口部に立っていたザクに次々と砲弾が突き刺さる。衝撃に耐えきれなかったザクは後ろに並んだ僚機を巻き込んで転倒すると盛大に爆発する。そしてそれは格納庫下に存在する爆弾倉にも飛び火した。

 

「ミストレディ、墜落します!」

 

オペレーターの報告を聞くまでも無く目の前で盛大に火を噴きながら落下していく3番機を見ながらガルマは拳を机に叩き付ける。

 

「メガ粒子砲で牽制しろ!それと2番機にはハッチを開けるなと――」

 

「ガルマ大佐!格納庫のシャア少佐からです通信です!」

 

そう言われ、ガルマは手で2番機に伝えるよう指示しつつ回線を切り替える。

 

『ガルマ大佐、MSを降下させるべきだ』

 

「バカを言うなシャア!敵はそれを狙っているんだぞ!?」

 

真剣な声音でそう言ってくる友人に向かって思わず怒鳴ってしまう。南側から進入するはずだった友軍が敵機を見る事すらままならずに撃墜されてしまった事もガルマから冷静さを奪っていた。

 

『落ち着けガルマ!現状でガウは的にしかなっていない!連中をMSで排除しなければ爆撃もままならん』

 

「そんな事は解っている!しかし」

 

『後部ハッチだ、そちらからMSで降りる。速度は下げるなよ?降ろしたら全速で北へ抜けろ。敵を排除次第信号弾で合図する』

 

危険だ、そう出かけた言葉をガルマは呑み込んだ。態々口にするまでもなく、そんな事はシャア少佐とて理解している。だがそのリスクを負わなければ現状を打開できそうにない事も事実だった。

 

「…頼んだぞ、シャア」

 

『任された』

 

唇を噛みしめながらガルマはそう友人に告げる。時間を与えたくない。その一心で航空戦力とMSのみで攻撃を仕掛けてしまった。そこに焦りが無かったかと言われれば、否と答えざるを得ないだろう。開戦以降実力で少佐の地位に就いた友人に対する劣等感、その彼が取り逃がした敵を自らの手で仕留めると言う手柄に、心底から冷静であれた自信がガルマには無かった。

 

「MSが降下次第最大戦速!北に抜ける!南には例のビーム持ちが居る、警戒を怠るな!」

 

前方を睨み付けながらガルマは指示を出す。彼の手は固く握り絞められていた。




MSが直立したまま飛び降りられるのがそんなに大事ですか?(ガウへの皮肉
設定だと後ろから収容したコムサイをもう一回打ち上げられるから多分格納庫が全通なんですよね。じゃあ後ろから降ろせよと作者は思ってしまうのです。

以下今回の自慰設定

ガンキャノン202号機
ホワイトベース隊に所属するガンキャノンの2号機。パイロットは主にカイ・シデン一等兵が務めている。当初は機体のほぼ全面を赤色で塗装するという兵器として正気を疑う配色であったが、北米にて逃亡中にダークグレーを基調とした都市迷彩色にリペイントされた。同時にパイロットの特性に合わせた改修が施されてシアトル市の戦闘に投入された。
最大の変更点は両肩に装備されていたキャノンを撤去した事である。同時に機内に存在した弾薬庫も撤去され、代わりにジェネレーターと冷却剤用タンクが追加された。これによりビームスナイパーライフルを最大出力で運用可能としている。更に左肩側にはスプレーミサイルランチャーを2基連結したものを装備しており、瞬間的な火力も担保されている。
また、懸念された近接戦闘能力に対する保険として左腕に固定式のビームサーベルを追加している。ただしあくまで現地改修の域であるため抜本的な運動性の解決などはされておらず、初期のザクならばともかく、それ以降の新型MSやザクであっても後期型のものを相手どるには不十分な性能となっている。


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20.0079/10/01

遅くなりました、今週分です。


「逃げるな!ジオンめっ!」

 

自分達の頭上を通り抜け、飛び去ろうとするガウに向かってキム兵長が叫んだ。サイド5出身の彼女は故郷と家族、そして恋人を含む知人の大半をジオンに奪われていた。それだけに敵に対する憎悪は人一倍強い。

 

「散々殺しておいて自分達は逃げるのか!?この卑怯者共め、ここで死ね!!」

 

腕部の100ミリマシンガンやボップミサイルも撃ちながら彼女は叫び続ける。

 

「やった!?」

 

放った砲弾の一発がガウのエンジンに着弾して黒煙を吐き出させる。歓喜の声を上げた彼女は完全な視野狭窄に陥っていて、リュウ曹長の言葉が届いたのは余りにも遅かった。

 

『303!キム!上だ避けろ!!!』

 

言葉を発するよりも早く到達した砲弾によって彼女は一瞬で蒸発する。その死を弔うかのように追撃の砲弾を浴びたガンタンク3号機も爆発炎上し、その場に擱座する。そのあまりの呆気なさにガンタンク隊の面々は動きを止めてしまう。そしてそれは戦場では致命的な隙になってしまった。

 

『302、後退しろっ!』

 

『こ、え?どっち!?』

 

民間人の採用がここで大きなミスとなる。仮に残っていたのがキム兵長ならば、言葉の意味を問題なく理解できただろう。しかし最低限度かつ機体の操縦を重点的に訓練されていたハヤト一等兵には混乱をもたらした。後退と言えば敵から下がり味方に合流することだ。しかし今のタンク隊はその後退すべきホワイトベースとの間に敵機が存在する。どちらに動くべきか迷った結果、彼はその機会を失う。

 

『う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!?』

 

ガンタンクは改造されたと言ってもMSと格闘戦をこなせる性能は持ち合わせていない。その隙を埋めるために相互に援護の出来る場所に居たのだが、それが裏目に出る。303号機の近くに降下した赤い機体が腕を振るうとワイヤーのようなものが射出され、先端のアンカーが302号機の装甲に噛み付くや凶悪な電流が機体へと流される。その電流は当然のように搭載された弾薬にも到達し、誤作動を引き起こす。ポップコーンのように至る所を爆ぜさせながら302号機が沈黙する。

 

『畜生がっ!』

 

残った301号機のパイロット、リュウ曹長はそう吐き捨てるように叫びながら機体を後退させる。見たことのない新型、しかもあの色である。一人で部下達の敵を討てると思えるほど、リュウ曹長は楽観的ではなかった。だが悲しいかな彼の努力は報われない。

 

『所詮間に合わせの機体、懐に入ってしまえばこんなものか』

 

タンクの動きなど止まっているかに思える加速で突進してきた機体からその様な声が聞こえてくる。理由はこの上なく明白、今まさにタンクを溶断せんと腹に食い込む赤熱した刃から接触回線が伝わったのだ。

 

『これが、赤い彗星…っ!』

 

その言葉を最後にタンク隊は全滅した。

 

 

 

 

『一瞬で3機も!?』

 

通信に悲鳴じみたアムロ伍長の声が響いた。敵の撤退した南側をカイ一等兵に任せ、西側の援護をするべく移動していたが、遅かったようだ。たどり着いた頃には既にタンク隊は無残な姿を晒していた。

 

「赤い機体!?また奴か!!」

 

手にしていたビームライフルを赤い機体に向かって放つ。しかし射撃は大きく外れ小さなクレーターを新たに作るに留まった。

 

『新型!?速いっ!』

 

アムロ伍長の声に思わず顔を顰める。遠距離でCGに補正されていたため気付くのが遅れたが、あれは明らかにザクじゃない。

 

(グフ!?それもB3じゃねえか!!)

 

思わず罵りかけて唇を噛む。赤い彗星と言うだけでも厄介だというのに、よりによってこの機体か。カタログスペックこそ通常のグフと変わらないが、運動性が大幅に向上しているこの機体は今遭遇する機体の中では最悪の部類だろう。

 

「伍長!二人で仕掛けるぞ!」

 

『は、はいっ!』

 

他にザクも降下しているがまずこいつをどうにかしないといけない。最悪ザクは取り逃がしてもキャノン単体で応戦出来るが、こいつを逃せば確実に撃墜されてしまうだろう。

 

『出て来たか白い奴!こいつらは私が抑える!お前たちはキャノン付きを探し出して撃破しろ!』

 

短距離の高出力通信のためか、敵の通信が混線する。ザクの動きにアムロ伍長が釣られそうになるが、宣言通り赤い機体が肉薄する事でそれは防がれた。

 

『うわぁっ!』

 

「この野郎っ!」

 

102号機、アムロ伍長の乗るガンダムへバズーカを放ちながら接近する赤い機体に向かってビームを放つ。流石に直線運動ならば捉えられない事はなかったが、発砲のタイミングを見切っていた赤い機体はその場で急制動を掛けてやり過ごす。

 

『当たらなければどうという事は無い!』

 

「強がりをっ!」

 

『このぉっ!』

 

アムロ伍長からの射撃も加わった事で、何とか奴を回避に専念させることに成功する。しかしこの均衡は長くは続かない。何しろ俺達のビームライフルは装弾数が16発だけなのだ。その間に仕留められなければ格闘で対処しなければならないし、まだザクも残っているのだ。そして更に間の悪い状況に陥る。

 

『ちいっ!しかし位置は掴んだぞ!』

 

北に逃げたガウに向かってビームが放たれたのだ。エンジンに損傷を与える事に成功はしたようだが撃墜には至らない。ジョブ曹長の乗っている201号機は未改造のままなのでビームの出力が足りなかったのだろう。そしてビームの光線は射手の位置を暴露してしまう。そちらへ向けてザクが2機、バーニアを噴かせて接近するのが見える。

 

「くそっ!ちょこまかと!」

 

更に射撃を加えるが、赤い機体は巧みに回避してみせる。既に残弾数は3割を切った。どうすべきか逡巡したその時、苛立つような声音と共にアムロ伍長がビームライフルを投げ捨てた。

 

『いつまでもお前なんかに構っていられるものか!』

 

ビームサーベルを引き抜き伍長の102号機が走る。

 

『このグフに格闘を挑むとはなっ』

 

迎え撃つように赤い機体もバズーカを捨て剣を引き抜く。即座に加熱が始まり刀身が煌々と光りだした。

 

「近すぎる!」

 

援護のためにビームライフルを向けるも102号機が近いため、コンピューターが勝手に射撃を止めてしまった。舌打ちをしてバルカンを撃ちながら俺は機体を前進させた。射撃でフォローが出来ない以上、せめて手数を増やして敵に負担を掛けるしかない。

 

『ちっ小癪な事を!』

 

流石に装甲を抜く事は出来ないがメインカメラや動力パイプなどならば損傷が期待出来る。そうでなくてもメインカメラに砲弾がちらつけば集中力を削ぐくらいは出来る。

 

「格闘は苦手なんだがな!」

 

俺はビームジャベリンを展開し赤い機体に突き出すと、シールドで柄を払われる。だが、防がれるのは想定内だ!

 

『そこっ!』

 

『ちぃっ!?』

 

アムロ伍長がビームサーベルを振るい、赤い機体が強引にそれを避ける。つばぜり合いになれば俺から一方的に攻撃されるからだ。

 

『馬鹿な、連邦のMSは化け物か!?』

 

敵の機体からそんな声が聞こえてくる。確かにグフは優れた格闘性能を持っている。だがシャアは足を止めて殴り合うよりも動き回る戦い方を得意としている。そして彼にとって最大の誤算は、こちらが想定よりも格闘に対応出来ていた事だろう。理由は単純で、俺とアムロ伍長は対MSを想定した訓練を重点的にしていたからだ。キャノン隊やタンク隊が居てくれたからおかげで完璧とまでは言えないが、かなりの経験を積む事が出来た。

 

『貰った!』

 

『ぐっ!出力が上がらん!』

 

再度振るわれたアムロ伍長のビームサーベルが腰の動力パイプを切断、敵機の動きが悪くなる。撃破出来ると確信したその瞬間、頭上をガウが通過した。

 

「なっ!?」

 

更に南からもガウがこちらへ接近してきた。

 

『待て、早まるなガルマっ!』

 

どうやら敵にとっても予想外の状況なのだろう。焦りを滲ませた声が混線してくる。

 

『アレン少尉、行って下さい!』

 

「すまん、任せる!」

 

アムロ伍長の言葉に、俺は即座にガウの追撃を選択する。既にビームライフルを放棄してしまった伍長の機体では、上空のガウに攻撃手段が無いからだ。

 

「カイとジョブは駄目か!?」

 

視線を送るが上空に向けて攻撃をしている様子は無い。北側からは時折爆光が見えるからジョブ曹長は恐らく敵のザクと交戦中。南からは戦闘の様子がないが、見つかればカイ一等兵の装備でザクの相手は難しいだろうから、隠れるなり逃げるなりしているのだろう。つまり現状この2機のガウに対応出来るのは俺だけだ。だが幾らガウが鈍足だと言っても航空機である。陸上を走るMSで追いつけるものではない。見る間に距離を離していくガウに、俺は苦し紛れの一撃を放つ。

 

「駄目かっ…」

 

エンジンに被弾したものの、ビームスナイパーライフル程威力の無いガンダムのビームライフルでは撃墜には至らない。そのままガウは東に抜け射程外に出てしまう。

 

「せめてこっちはっ」

 

ならばと接近する南側のガウに向けてライフルを構える。射撃モードを狙撃に切り替え、ガウのコックピットをマーキング。関節を固定しぶれも最小に抑える。

 

「いけっ!」

 

連続して4発。鋭く大気を光が引き裂き、ガウのコックピットへと吸い込まれる。四発目が着弾するのとほぼ同時にガウが爆発を起しながらゆっくりと機首を下げる。操作不能に陥っているのは明らかだ。

 

「ホワイトベース!ガウが一機そちらに向かう!東からだ!」

 

言いながら俺は南へ向かう。ビームライフルを撃ち切った以上俺がガウを墜とす事は出来ない。だからその手段を残している奴にやって貰うしかないのだ。

「カイ一等兵!聞こえているか!?北東から来るガウを狙え!ザクはこちらで対応する!」

 

無線の全バンドに怒鳴りながら、俺はガンダムを走らせた。

 




流石に慣熟するには時間がなさ過ぎてシャアでもどっかの職業軍人みたいな戦いは出来ませんでした。てか数日でヒートロッドを使いこなせたらマジモンの化け物だと思います。


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21.0079/10/01

「2番機より通信!我エンジンに被弾せり、速度維持不能!」

 

オペレーターから悲鳴のような報告を受けガルマは恐怖した。攻撃を受けつつもガルマはまだどこかで敵を甘く見ていたのだ。ガウを一撃で屠る大火力、だが1機は逃げ延びた事から使用の限定される兵器だと自分に都合よく彼は考えた。報告では同様の兵器が2機分確認されていたにもかかわらずだ。そしてその火線に身を曝しているという現状が彼から正常な判断を奪い去る。

 

「あ、あのような敵は今叩かねば、ジオンの脅威となるっ!」

 

冷静に考えるならば、目の前の敵を叩いたところで機体を量産されればそれまでである。だが冷静さを欠いた彼は、見えている敵を倒す事で少しでも安堵を得たいがためだけにそう断定する。

 

「2番機は退避っ!早急にこの事を本国に伝えるのだ!離脱しているガウ323に伝えろ!戦域に戻りこちらと連携し敵母艦を叩けと!」

 

あの様な火力に晒されればザクなどひとたまりもない。ならば嗾けたところで制圧など出来ないだろう。肝心のシャアは護衛の白い機体に捕まっている。しかも確認する限りでは互角、それどころか押されているようにすら思える。

 

「今ここで奴らを仕留められるのは我々だけだ!」

 

目の前の脅威に彼は興奮した声音でそう叫ぶ。敵に対する恐怖、軍人として栄達を望む願望、ザビ家の人間であるという責任感の綯い交ぜとなった混乱にも近い感情の中で彼は考えてしまう。味方が残っている内に、あの敵の母艦を叩かねば。不幸であったのは彼が今まで自軍よりも強大な敵と戦う機会を与えられなかった事だろう。初めて出会う脅威を彼は過大に評価し、過剰に反応した。

 

「メガ粒子砲攻撃準備!敵の位置は特定出来たか!?」

 

「ドップ隊より報告来ました!ポイントC-4、グリッド8-12!ベースボールドーム内です!」

 

「よしっ、ぐううう!?」

 

朗報を受け取った瞬間彼の乗るガウが揺れ、直ぐにオペレーターが被弾を告げて来る。体感出来る程速力が落ち、機体の挙動も怪しくなった。

 

「格闘機のビーム兵器でこれなのか!?」

 

俗にジオンの技術は連邦の十年先を行っているとされる。これは事実を含むが正確な言葉ではない。何故ならジオンが優越しているのはMSに関する技術のみであり、大半の技術では互角ならばよい方で、軍事的な基礎技術の大半は寧ろ連邦の方が進んでいるくらいだ。事実ジオンでは陸や宇宙といった環境でMSが運用できるビーム兵器の実用化には至っていない。

そしてその様な開発状況を目の当たりにしていたガルマにとって、格闘機という対MSに特化した機体ですら艦艇を容易に撃破しうる火砲を装備しているというのは恐怖すら覚える現実であった。

 

「ガウ323がっ!?」

 

被弾により旋回を余儀なくされたガルマのガウが東へ一時通り過ぎる中、北上していたもう一機のガウが格闘機のビームを受ける。続けて4発、全てをコックピット周辺に受けたガウ323は黒煙を噴きつつゆっくりと墜落していく。たった一隻の艦艇とその搭載機にガウ4機を失うという事態に至り、ガルマは恐慌状態に陥る。彼の目は既に、敵部隊がジオンを滅ぼす軍勢の様に映っていた。恐怖と危機感に突き動かされ、ガルマは叫ぶ。

 

「あ、あの艦を何としても沈めろ!このガウをぶつけてでもだっ!!」

 

この時彼は二つの事実を失念していた。第一に友軍は残っていたが、それが敵MSの動きを拘束しているとは同義ではない事。そしてもう一つは、

 

「敵艦発砲っ!?」

 

東への離脱を計画していた敵艦は艦首を東へ向けていた。その敵に対しガウは正面方向から攻撃コースに入ってしまう。結果、マゼラン級の主砲すら凌ぐ威力を持つメガ粒子砲の射線に自らを曝すという致命的な失態を犯した。

 

「うわぁぁぁ!?」

 

放たれたビームがガウの艦体を貫き、巨大な破孔を生み出す。幸運であったのは例のスナイパーの様に微調整が利かないために一撃で撃沈出来るような位置を狙えなかった事だろう。だが言い換えればその程度でしかなかったという事だ。

 

「メインエンジンからの回路断線!メガ粒子砲使用不能!」

 

「爆弾倉反応ありません!投下不能!」

 

更に被弾の衝撃で割れた風防がコックピット内にばら撒かれ、不幸な操舵手に直撃していた。血を流して倒れる部下を心配する余裕もなく、ガルマは操縦桿を握る。

 

「わ、私だって、ザビ家の男だ!無駄死にはしないっ!」

 

ガルマの意図を悟りオペレーターが顔を青くして止める為に席を立ち上がろうとする。しかしその行動が実を結ぶ事は無かった。南から放たれたビームがコックピットを薙ぎ払ったからだ。幸運な彼らは他の乗組員達と異なり、落下の恐怖も墜落の衝撃も感じることなく死んだのだった。

 

 

 

 

「冗談じゃねえよ、撃ったらばれちまうじゃねえか」

 

カイ・シデンは軟弱だ。自分が危険と思うならすぐ逃げる。アレン少尉の通信が聞こえた時も、彼はそう不平を漏らした。

 

「大体自分達が言ったんじゃないの、こいつでザクに見つかるなってよ」

 

カイ・シデンは軟弱だ。口が回るのを幸いに責任からも逃げてきた。故に期待される事はなく、誰かに頼られる事もなく、その場に居ながら傍観者の様に扱われてきた。

 

「調子良い事ばっかり言いやがってよっ!これで死んだら化けて出てやるからな!?」

 

成程、カイ・シデンは軟弱だ。誰よりも何よりも自分が可愛い男だ。だから彼は、初めて認めてくれた相手を、頼りにしてくれた仲間を、見捨てるなどという大胆な事はしでかせなかった。ガンキャノンがスラスターを噴かせて廃墟の上に飛び乗る。コックピットに備えられた精密射撃用のスコープを引き出せばガンキャノンは即座に立射の構えをとった。モニター一杯に大映しになったガウを見てカイ・シデンは躊躇うことなくトリガーを引いた。瞬間ガンキャノンとガウの間を光が繋ぐと狙い違わずガウのコックピットを貫いた。二度目ともなれば落ち着いたもので、カイは冷静にライフルを操りガウの翼を切り飛ばす。操縦者を失い更に片翼まで失った航空機が空に浮かんでいられる道理は無く、ガウは速やかに地上へと落着しその身を火球へと変えた。

 

「どうよ、やってやったぞ!」

 

彼がそう叫んだ瞬間、ロックアラートが鳴り響く。モニターを見ればザクが1機こちらへバズーカを向けていた。そんな相手を見て、カイは口角を吊り上げる。

 

『良くやった、カイ一等兵』

 

そんな通信と共にビームジャベリンがザクを貫きそのまま大地へと縫い留める。コックピットを正確に狙った一撃はザクに爆発すら許さない。そんな事を当たり前にやってのける男に称賛され、むず痒くなったカイはつい皮肉を口にする。

 

「へっ、言葉じゃなくて態度で示してほしいもんですね、少尉殿?」

 

『ならジャブローに着いたら好きなだけ奢ってやる』

 

「…忘れんで下さいよ」

 

その言葉の意味を理解してカイは小さく言い返した。

 

 

 

 

「言わんことではないっ!」

 

モニターの端に墜落していくガウを捉えたシャア・アズナブル少佐は思わず叫んだ。目の前の空を割いたビームの光がガウのコックピットを貫くのを彼は見てしまったのだ。あれではガルマ・ザビ大佐の死は確定と言って差し支えないだろう。

 

『このぉっ!』

 

「ええい、邪魔をしてくれる!」

 

振るわれるビームの剣をヒートソードで受けると、彼はそれを跳ね上げてがら空きになった腹部へ蹴りを叩きこむ。しかし動力パイプを損傷したグフでは十分な威力が出ず、双方の距離を離すだけに留まる。だが漸くではあるがグフでの格闘戦に馴染んだシャアには十分な隙を生み出す。

 

「貰った!」

 

言うやグフの右腕からヒートロッドが打ち出される。姿勢制御の為に硬直していた白いMSはなすすべもなくそれを受ける。直後に放たれた強力な電撃が一時的な機能停止を引き起こした。

 

「せめて貴様だけは、なにっ!?」

 

素早く距離を詰め、ヒートソードを振るおうとした瞬間、ロックアラートが鳴り響きシャアは機体を強引に横へと投げ出す。先ほどまで立っていた位置を見ればガウを襲ったビームがこちらへと迫って来る。

 

「冗談ではないっ!」

 

撤退の合図となる信号弾を打ち上げつつ、彼は近くの瓦礫にクラッカーを投げる。派手な爆発と共に巻き上がる粉塵が視界を奪った。その隙にシャアはスラスターを噴かせて後退する。遮蔽物を利用し距離を取りながら、彼はコンソールを思わず殴りつけた。

 

「…認めたくないものだな、自分自身の若さゆえの過ちというものは」

 

過去ザビ家より受けた仕打ちに対して、シャア・アズナブルは復讐を誓っていた。当然その中には友人であるガルマ・ザビも含まれていた。自らの父の名を騙る不愉快な国の軍人に収まっているのも、彼らに直接裁きを下す機会を得るためだ。

 

(しかし今はその時では無かった)

 

この戦争にジオンが負けようと知った事ではなかったが、今この状況でのガルマの死は彼の失態になりうる。そうなれば軍司令であるドズルやさらに上のギレン、そして首都に籠りきりのデギンを誅する機会が遠のくのは明白だ。

 

(それに、ガルマは何も知らぬまま死んだ)

 

信じる者に裏切られる絶望も、己に流れる血の罪深さも知ることなく、そして何よりシャア・アズナブルを恨むことなく散っていった。その様な真面な死に様など与えてなるものかと考えていたというのに。胸の内にある苛立ちを彼はそう思い込む。そうしなければ友人を失った悲しみに、奪われた怒りに気が付いてしまうからだった。

 

「…っ!」

 

歯を食いしばりながら彼は戦場から離脱する。敵からの追撃は無い、しかし撤退してきた味方も居ない。シャアはどうするべきか悩んだ。機体が損傷し友軍を失っている以上、ここに残っていても出来る事は無い。ついでに言えば佐官とはいえシャアは宇宙攻撃軍に所属する人間であるから、地球方面軍の部隊に対する指揮権も持ち合わせて居ない。唯一宇宙から連れてきた部下も先ほどの戦闘で失ってしまった。

 

「この屈辱、忘れん」

 

彼はそう呟き、機体を南へ向かわせる。ともかく友軍と接触しなければ何も出来ないからだ。損傷した機で何とか友軍の基地にたどり着いた頃、ジオン軍はガルマ・ザビの戦死を大々的に発表し、その頃には木馬は北米から姿を消していた。



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22.0079/10/04

今週分です。


「兄貴っ、ガルマが死んだと言うのは本当なのか!?」

 

部屋に入るなり大音声でそう聞いて来る弟に、ギレン・ザビは眉間に皺を寄せながら応じた。

 

「本当だ。お前も直接部下から聞いているだろう。今日シアトル市の捜索を行い、アレの乗ったガウの撃墜を正式に確認した。コックピットをビームで一撃だ、助かるまい」

 

「そ、捜索はどうなっているんだ!?」

 

尚もごねるドズル・ザビに対して、珍しく感情の籠もった声音でギレンは問い返す。

 

「してどうする。通信記録でガルマが最後までガウに乗っていたのは確認済みだ。脱出の形跡もない。探すだけ無駄だ、そんな事に人員を割いている余裕もない」

 

そう言って一度溜息を吐くと、ギレンは手にしていた資料をドズルへ放る。

 

「今更だが父上の言う通りあれの我儘など許さずに学者か何かにしておくべきだったな。ザビ家の男が無駄死にをするなど」

 

「兄貴、ガルマは精一杯自分の務めを…」

 

「務めを何だ?精一杯やったのだからこの損失を受け入れろとお前は言うのか?面白い冗談だ。国葬の場ででも遺族達に言ってみるが良い。お前達の家族は死んでしまったがガルマは精一杯やったのだから許してやって欲しいとな!」

 

ギレンはドズルを睨み付け、手元の資料を見るように無言で促す。

 

「お前から報告のあった連邦軍のMSについてだ。連中は量産体制を整えつつあるのではない。既に始めている、たかが一隻の艦を沈めた程度で覆る話ではない。あまつさえそれに失敗した挙句貴重な戦力をすり減らした者が無駄死にでなく何だというのだ!」

 

そこまで言ってギレンは大きく息を吐く。高ぶっていた感情を抑え込むと、今後の予定を兄弟へと伝える。

 

「明日、ガルマの国葬を執り行う。お前達も当然出席してもらう。それからドズル、お前の所のシャア・アズナブル少佐は一時地球方面軍預かりとする。キシリア、適当な前線へ放り込んでおけ。英雄としての戦果を上げれば良し、でなければ死んで詫びさせろ」

 

「キャリフォルニアのガルシア大佐は如何しましょう?」

 

「階級降格の上で更迭だ、キャベツの数でも数えさせておけ」

 

「待ってくれ!ガルシアはガルマの支援要請を断ったんだぞ!?そんな奴が何故その程度の処罰で済む!?」

 

その人事に再びドズルが吠える。そんな彼をギレンとキシリアは冷ややかな目で見ると、ギレンが口を開く。

 

「あれは確かに無能だが、今回についての失敗があるとすればガルマを止めなかった事だ」

 

「あの意味のない空爆が支援より重要なのか!?」

 

「自軍の本拠地が攻撃に晒されているという事実が重要なのだ」

 

ジャブローへの空爆は戦術的価値の低い攻撃である。軍人からしてみれば愚かな行動に見えるが、そもそもこの攻撃は軍事的なジャブロー攻略を意図してのものではないのだ。民主主義国家の軍にとって敵軍よりも厄介なのが自国の国民、そして政治家である。何故なら戦争の遂行は軍の役目であるが、戦争の実行を決めるのは政治家、即ちその票を握る国民だからである。軍がどれだけ強行に継続を主張しようとも、国民が中止を望めば戦争を終らせざるを得ないのだ。ジャブローへの攻撃は、事実連邦市民に対し軍への強い不信を植え付けている。ギレンからすれば新造艦一隻よりも遙かに重要だった。

 

「父上には私から伝えておく、お前達はもう休んで良い」

 

そう言うとギレンは立ち上がり部屋を後にする。そして謁見の間へと一人向かう。もう一人説得せねばならない相手がそこに居るからだ。

 

「失礼します父上。ガルマの国葬について、ご承認を頂きに参りました」

 

抱えていたファイルを取り出し玉座に腰を下ろす禿頭の男に差し出す。開戦以降表情の優れぬ父、デギン・ソド・ザビはこの数日で一気に老け込んだように見える。ガルマの死が堪えているのは明らかだった。

 

「ギレン、ガルマは家族で静かに送ってやるわけにはいかないか?」

 

「いきません。アレもザビ家の男です。その死まで全て国家のため、有効活用して然るべきです。ただでさえ今回、我々は敗北しガルマを失ってしまった。せめて国威の発揚にでも使わねば、それこそ無駄死にでしょう」

 

こちらの意志が固いと見たのだろう、デギンは小さく溜息を吐いて手を差し出した。近づきギレンはファイルを手渡した。

 

「しっかりして下さい父上、ガルマが死んだとて戦争が終るわけではないのですよ」

 

「その戦争だギレン。我々は間違えたのではないか?短期決戦の成せなかった時点で…」

 

「父上」

 

それ以上を言わせぬ為にギレンは制止し、同時に少なからず失望を覚える。戦争とは外交における最終手段だ。思い通りに行かなかったら止める程度の覚悟しか持ち合わせていない為政者がして良い選択ではない。

 

「ご承認有り難うございます。それでは準備がありますので失礼します」

 

「ギレン」

 

頭を下げ部屋を出ようとするギレンに向かってデギンが声をかけてくる。彼が振り返ると、疲れた表情でデギンが口を開く。

 

「血が流れすぎたと、お前は思わないか?」

 

「重要なのは死の多寡ではなく目的が達せられたかでしょう」

 

そう言うと彼は今度こそ部屋を出る。少なくとも彼の表情に迷いは見られなかった。

 

 

 

 

「では、避難民と負傷者はお預かりします」

 

「宜しく頼みます」

 

「次は東南アジアでしたね、合流はタンソンニャット基地になるでしょう。連邦軍は貴方達を見捨てません。頑張ってね」

 

「はっ、有り難うございます!」

 

辛くも北米からの脱出に成功した俺達は、レビル将軍が手配してくれたという補給部隊と日本で合流していた。笑顔でブライト特務少佐と遣り取りをするマチルダ・アジャン中尉を物陰から若い連中が鈴なりになって眺めているのを見て、俺は溜息を吐いた。

 

「貴様等、仕事はどうした?」

 

「うぇっ、あ、アレン中尉!?」

 

「いや、その自分らはリュウ曹長をお見送りしようとっ!?」

 

俺がそう声を掛けると、カイ兵長とハヤト一等兵が慌てた様子でそう弁明してきた。ハヤトの奴は死にかけたと言うのに元気なものである。北米で俺達はジオンに相応の被害を与えたらしい。まだ確定ではないがガルマ・ザビも死んだのだろう、俺達には臨時の昇進があった。あくまで野戦任官みたいなものなので、正式な辞令はジャブローにたどり着いてからになるが。

 

「なんだそうか。てっきりマチルダ中尉に見とれているのかと勘違いしたよ」

 

そう言って俺は笑う。

 

「日頃の労いに、マチルダ中尉と話す機会でも作ろうと交渉する予定だったが、要らん世話だったかな?」

 

「「うぇっ!?」」

 

変な声を出しつつ、周囲の連中から睨まれる二人。俺は全員に対して声を潜めつつ注意を促す。

 

「冗談だ、ちゃんとマチルダ中尉には頼んでやるよ。でもこういう露骨なのは控えとけ、ウチの女性連中に白い目で見られたくはないだろ?解ったら連絡があるまで解散しとけ」

 

若い連中を散らすと同時に丁度話が終ったのか二人がこちらに歩いてくる。多分遣り取りは聞こえて居たのだろう。ブライト特務少佐は苦い顔、マチルダ中尉は苦笑していた。

 

「見苦しい所をお見せした」

 

「いえ、落ち込んでいるのに比べれば何倍もマシでしょう」

 

キムの奴には悪いが、俺もその通りだと思ってしまった。悲しみが前進の原動力となるならまだしも、それに引きずられて動けなくなってしまえば戦場では死ぬだけだ。

 

「…パイロットの補充は難しいでしょうか?」

 

「正直に言えば難しいと言わざるを得ません。何処の戦線でもMSパイロットは足りない状況ですから。ですがレビル将軍も何かお考えがある筈です」

 

それはそうだろう、考えなしに物資を送れるほどまだ連邦軍に余裕は無い。特にオデッサ作戦の準備をしている今なら尚更だ。

 

「今回の戦闘で我々は戦力の25%を喪失しております。率直に言わせて頂けば、同じような賭けをすれば次は負けます」

 

「アレン中尉」

 

俺がそう言うとブライト特務少佐が眉を顰めつつ制してきた。だが、作戦立案者として俺は言わねばならない。

 

「自らの無能を承知で言わせていただく。数的劣勢は兵にかかる負担があまりにも大きい」

 

「けれど貴方達は作戦に成功し、こうして生き延びているわ」

 

「運が良かったと言うだけです。第一全員で逃げ出せていない以上、成功などとは言えません」

 

KIAがキムだけで済んだのは敵が無力化を優先したからと言うだけで、実力的には全員死んでもおかしく無かった。リュウ・ホセイ曹長は負傷して後送、ハヤト・コバヤシ一等兵は軽傷だから艦に残ったが、そもそもタンク自体が全機大破しているのだ。補給物資と併せてテム・レイ大尉が修復を試みているが、直せて1機と言うのが整備班からの報告だった。

 

「将軍へ報告はしておきます。けれど確約は出来ない、それは承知しておいて」

 

「宜しくお願いします。それとすみませんが、若い奴らと少し交流してやってくれませんか?どうにも連中、マチルダ中尉の魅力に当てられているようで」

 

「おいアレン中尉!?」

 

真面目な話から一転してそうお願いすると、ブライト特務少佐が大声を出す。けれど言われたマチルダ中尉の方は笑って承知してくれる。

 

「良いですわ、それで彼等が少しでもやる気になると言うなら安いものです」

 

「感謝します」

 

そう言って頭を下げると、マチルダ中尉は一度ミデアに戻っていく。その後ろ姿を見ているとブライト特務少佐が苦々しい表情で聞いてきた。

 

「言い過ぎじゃないか、アレン中尉。後はホワイトベースを修復して味方の空域をジャブローまで帰るだけだろう?」

 

そんな訳無いだろう。俺は小さく溜息を吐きブライトに告げた。

 

「あり得ませんよ。それこそ帰るだけならばミデア隊について行けば良い。輸送機だけで移動できるような航路なんですから、ホワイトベースなら現状でも十分対処出来るでしょう。そう指示しないで補給と修理を命じるという事は、別の使い道を思いついたという事ですよ」

 

「馬鹿な、俺達は素人の集まりみたいなものだぞ!?」

 

確かに、でもその素人が敵中から逃げ出して、更に少なくない被害を与えたのも事実なんだ。そして軍ではその事実こそが優先される。

 

「結果が全てというヤツでしょう。使えるなら出自や経歴など不問と言うわけです。少なくとも俺達は覚悟をしておいた方が良い」

 

何せ俺達は死ねと命じる側なのだから。



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23.0079/10/05

今月分です。


『我々は一人の英雄を失った。これは敗北を意味するのか?――』

 

大きく飾られたガルマ・ザビの遺影の前で、ギレン・ザビが演説を行う。原作でも有名なガルマ・ザビの国葬だ。今頃艦橋じゃブライトが激昂しているのかな、なんてことを考えながら俺はシミュレーションを終え、コックピットから降りた。

 

「どうだね、中尉?」

 

数値を確認していたテム・レイ大尉がそう聞いて来る。俺はヘルメットを脱ぐと素直に答えた。

 

「陸戦用のヘルメットとジャケットは良いですね、着替えが楽です。機体の方はまあ、悪くは無いと言ったところでしょうか」

 

何せ比べる相手が一年戦争における連邦軍の最高級機だからな、文字通り相手が悪すぎる。

 

「一応ガンダムと同じ部品という売り文句だがね」

 

レイ大尉の言葉を聞きながら二人で件のMSを見上げる。RGM-79[G]陸戦型ジムと呼ばれるその機体は、俺の記憶と異なり黒を基調としたガンダム1号機に近い配色になっていた。

 

「部品の歩留まりのために随分と余裕のある設計に手直しされている。総合性能はカタログスペック通りでもガンダムの8割と言ったところか」

 

「正直それよりも大分低く感じます。動きも固いですし」

 

「純粋な機体性能差もあるが、最大の原因は制御側だろう。コイツには教育型コンピューターが使われていないから、パイロットの動きを学ぶなんて事はしてくれない」

 

レイ大尉の言葉に、俺は率直な意見を述べる。

 

「ガンダムとの連携は難しいですね。特にアムロ軍曹は良く動く。最悪足を引っ張りかねません」

 

「となるとキャノン隊に使わせる事になるか、パイロットは誰に?」

 

「セイラ・マス一等兵を使うつもりです」

 

漸く一通り航法なんかを学んで貰ったのだが、このまま前線に送られるならコアファイターは明らかに戦闘能力が不足している。せめて数が多ければそれを頼みに多少はやれるだろうが、今ホワイトベースに残っているのは2機のみだ。

 

「タンクの方は直るのでしょう?」

 

「ああ、幾らか補給物資に予備のパーツがあったからね。…コックピットの位置は修正すべきだな」

 

「トップアタック対策もでしょうね。とは言えバズーカを喰らって平気な防弾性能と言うのも」

 

「それは不可能じゃないぞ?」

 

俺が唸るとレイ大尉が訳も無いといった声音でとんでもない事を口走る。

 

「寧ろV作戦機の中では一番重装甲に適しているのがタンクだな。後方支援機という位置付けだったから装甲よりも装弾数が優先されていたんだが、履帯の分重量では他の機体より遙かに融通が利く」

 

前回の改造で戦車モドキに先祖返りを果たした結果、格闘戦にならなければタンクは非常に強力な前衛である事が判明した。何しろ正面ならばバズーカの直撃にすら耐えられるのである。豊富な武装も相まって適切な距離での撃ち合いならば圧倒的な優位を誇る。ならばいっその事更に先祖返りをして、重戦車にしてしまえばどうか?とレイ大尉は提案してくる。

 

「装弾数を増やすために弾薬庫のレイアウトも弄っただろう?おかげで上半身、と言うか今なら砲塔だな。あっちはかなり余裕がある。内側に装甲を増やすくらいは難しくない。ついでにスラットアーマーでも付けてやれば射撃戦に関しては十分じゃないか?」

 

今のタンクは主砲弾薬庫を上半身ではなくバックパックのように背負う形になっている。本体とは装甲で区切られているため、万一爆発しても機体に致命的な損害を与えない構造だ。

 

「しかし重量が増加するとなると、機動力に問題が出ませんか?」

 

「そこはジェネレーターの出力を上げればいいだろう。幸い301号機の下半身も回収している」

 

サラッととんでもねえ事を口走るレイ大尉。この人本気でガンタンクを重戦車にするつもりだわ。

 

「失礼します。セイラ・マス一等兵、参りました」

 

俺がそう戦いていると、後ろから声が掛けられた。振り返ると野戦服の上からパイロット用のベストとヘルメットを着用したセイラ・マス一等兵が立っていた。

 

「ああ、良く来てくれた。それじゃあ早速コイツを試してくれ」

 

そう言って俺がジムを指さすと、彼女は難しい顔で口を開く。

 

「この機体を私が、ですか?」

 

「一応他の連中も適性は見るが、正直今の所君が最有力だな。もしどうしても嫌だというなら納得できる理由を述べてくれ」

 

「いえ、ありません。やらせて頂きます」

 

そう答えれば彼女は真剣な表情で頷いた。俺もそれに頷き返しつつインカムを付けてモニターの前に移動する。

 

「基本の操作自体はガンダムと大して変わらない。ただコックピットのレイアウトが少し違うのと、ガンダムよりも大分おつむが弱いから注意してくれ」

 

乗り込んだ彼女にそう俺が感じた事を伝える。まあ、とはいっても彼女に対しては要らない心配だろう。何しろ彼女はあの赤い彗星の妹だ。肉体の限界と言うどうしようもない差を除けば、彼女の操縦センスはアムロ軍曹にも匹敵する。どころか繊細な操作と言う意味では彼以上だろう。軍全体の利益を考えるならば、俺の3号機を彼女に回して俺がジムに乗る方が良いだろう。だがその提案はブライト特務少佐に却下された。ついでに横にいるレイ大尉にもだ。ブライトは単純に現状より戦力が低下するのを嫌って、そしてレイ大尉は単純にサンプルの多様性の為にだ。

 

「サラブレッドでは戦争に勝てんよ」

 

レイ大尉曰く、セイラ一等兵は扱いが上手すぎるのだそうだ。機体に動作を教え込む分には適任なのだが、優秀すぎる為に教育型コンピューターがパイロットに求めるハードルを上げてしまうのだという。

 

「つまり自分は下手くその代表というわけですか」

 

「誤解を恐れずに言えばそうだね。君はガンダムに限界以上の事をさせようとする、アムロもね。だが彼女は性能の限界を見極めて、その中で上手くやってしまう。乗り手として間違い無く優秀だが、それでは教育型コンピューターの真価は発揮出来ないのだよ」

 

ジムがシミュレーション上で動き始めると、その数値はレイ大尉の言葉を証明するような結果になった。設定されている数値通りの値を彼女は叩き出す。成長するなどという馬鹿げた要素を持つ機体でなければ、正しく理想的なパイロットだろう。

 

「どうだ、セイラ一等兵。問題が無ければ次の課程に移ろうと思うが」

 

『問題ありません、お願いします』

 

「了解した」

 

即答する彼女に応じて、俺はプログラムを起動する。

 

「想定条件、地形平地、敵はMS1機だ」

 

これから幾多のパイロットが味わう仮想データ。もっともコイツはまだまだ発展途上も良いところだから、完成品には全く及ばない。だが現状用意出来る最難関の敵である事は間違い無い。

 

「流石にガンダムは厳しいんじゃないかね?」

 

「適当な相手に勝って思い上がられても困りますから」

 

新人パイロットに自信を付けさせるならそういうやり方もあるだろうが、残念ながら彼女は即戦力になる事を期待されている。なら一番最初に覚えさせるのは彼我の戦力差を冷静に判断出来る臆病さだ。ガンダムとジムの対戦が始まった辺りで、周囲にパイロット達が集まり出す。自分のデータが使われているアムロ軍曹は何となく居心地が悪そうだ。

 

「コイツが連邦軍の主力機なんだろ?なんかガンダムより動きが悪くねぇか?」

 

「量産機にはまだ戦闘データがフィードバックされていないんじゃないかな?どことなく固い感じがする」

 

ジムの動きを最初にそう評したのはカイ兵長とジョブ准尉だった。狙撃を主軸とした戦術を取る二人は、ホワイトベースの中でも一番相手の動きをよく見るよう訓練をしているからだろう。そんな二人の感想を険しい表情でアムロ軍曹が否定する。

 

「いえ、多分戦闘データ自体は適用されてると思います。多分純粋に機体性能が低いのとコンピューターの処理能力の問題…かな?」

 

正確に言い当てた息子を見て、レイ大尉が満足気に頷いて口を開く。

 

「アムロ軍曹の言う通りだ。ジムは量産の為に色々とガンダムから変更された部分がある。その最たるものが教育型コンピューターの未搭載だな。おかげでパイロットに合わせて動きを補正するような器用さがジムには無い」

 

教育型コンピューターの凄い所はそれだと俺も頷く。MSではコンピューターが搭乗者のバイタルや動作を逐一監視しているのだが、教育型コンピューターはそこから一歩踏み込んでコンピューターがパイロットに合わせた補正を常時行ってくれる。原作中でアムロ・レイの乗ったガンダムがやたらと人間臭い動きをしたり、セイラ・マスが乗った途端急に弱くなったのはこのせいだろう。優秀で身体能力に優れたパイロットならば何処までも強くなる一方で、新兵でもその人物が実行しうる最高値に合わせてエースの動きを模倣してくれる。パイロットにとって大変心強いコンピューターなのだが、こいつには大きな問題がある。高いのだ、それも篦棒に。良くガンダム1機の値段でジムが20機生産出来ると言われる。勿論これは試作機故に生産ラインが存在せず、量産効果が得られないと言う点もあるが、それを差し引いても10倍以上の差がある事も事実だ。その中でも特に差があるのが動力とこのコンピューターである。何しろ動力はコアファイターに納めるために必要以上に小型化されているし、コンピューターは最新鋭の量子コンピューターを利用している。下手な基地のサーバーと同じ機材が積まれているのだ。はっきり言ってジムのものとは文字通り桁が違う。

 

「動きが悪いのは純粋に機体の性能の問題だな。ガンダムよりも設計裕度を大きく取っている分、どうしても個体差が大きくなる。それをコンピューター側で補正しているから、機械的な動きに見えるんだろう」

 

とは言えジムだって悪い機体じゃないのだ。機体の性能自体は当然ザク以上だし、コンピューターにはエースのデータが利用されているからそれをしっかりトレースしてくれる。問題はパイロットの負担だが、そこを補えるだけの物量を連邦軍は用意出来る。

 

「これは確かにセイラさん向きですね」

 

嫌そうな顔でハヤト一等兵が呟く。機体との折り合いを付けると言う面で彼女以上の人間は居ないからな、そうもなろう。

 

「ま、俺達も他人事とは言い難いぞ?ジャブローに着けば今の機体がどうなるか解らないんだ。最悪全員ジムに乗り換え、なんて事だって有り得るぞ?そんな訳で彼女の慣熟が終わり次第全員ジムの訓練だ」

 

俺の言葉に皆一様に嫌そうな顔をする。だが俺は笑顔と命令で押し切るのだった。




08小隊のMSは割と全部好き。


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24.0079/10/06

「ほら、これでも飲んで落ち着け」

 

避難民が引き取られた事で漸く稼働した自販機でスポーツドリンクを購入しアムロ軍曹へ手渡す。受け取ったもののアムロ軍曹は俯いたままだ。どう声を掛けるべきか悩みつつ、俺も手にしたドリンクを飲んで顔を顰める。誰だよ、竹シナモン味なんてスポーツドリンク考えたの!?

 

「家に帰ったら、連邦の兵隊が居座ってたんです。母さんが居なくて、それで探しに行って」

 

アムロ軍曹が呟くように口を開く。大凡の話はフラウ・ボウ二等兵から聞いていた。漸く友軍の地域に逃げ込んだ事で、ホワイトベースは半舷休息を取っていた。生家が近いとかでアムロ軍曹は家族に会いに行ったのだが、連邦軍人の無体を見た上に、久しぶりに再会した母親は不倫をしていたようだ。どう考えてもナイーヴな15歳には刺激の強すぎる内容である。

 

「アレン中尉、僕達の仲間ってあんな連中なんですか?それに、命がけで戦っているのは、あんな人達の安全を守るためなんですか!?」

 

興奮しているのだろう、スポーツドリンクのボトルが嫌な音を立てて歪むのが見えた。そこはなんというか、難しい話だよな。

 

「軍曹、お前が見たものも現実だ。何処にだって良い奴も居ればクズも居る。連邦軍だって例外じゃない。勿論民間人だってそうだ」

 

汚い面を見せつけられると世界が全てそうなんじゃないかって思っちゃうよな。俺にも経験がある。けど、そんなに人間は捨てたもんじゃない。

 

「だけどアムロ軍曹、お前はもうそうじゃない連邦軍人だって見てきただろう?パオロ艦長やキタモト中尉、マチルダ中尉だってそうだ。彼等がお前の言うようなクズに見えるか?」

 

俺の質問に驚いた表情で首を振るアムロ軍曹。ちょっと意地悪な聞き方だが仕方ない。それにこの問題はもっと根深いんだ。

 

「それとな、そいつらだって元は善良な軍人だったり、親切な人間というだけかもしれないんだ」

 

「そうは見えませんでしたけど」

 

「ああ、今はそうなんだろう。…この辺りで戦ってると言えば陸軍の歩兵部隊だ、俺達パイロットとは比べものにならんくらい過酷な戦場にそいつらは居る。明日死ぬかもしれない中で漸く貰った休息で、箍が外れても不思議じゃない。民間人だってそうさ、普段ならそんな大それた事を考えもしないだろうに、いつ死ぬか解らないなんて状況が判断を曇らせる」

 

ドリンクを飲み干し、ゴミ箱へ捨てながら言葉を続ける。

 

「つまりな、大体はこの戦争というイカれた状況が問題を引き起こしているんだ。だからまあ、なんだ」

 

そんなに簡単に人間に失望するな。そう言いたいがそこまでは言いすぎだろう。それに彼は人間の優しさも理解出来る奴だ。だから今は別の言葉を口にする。

 

「今は親御さんが生きていた事を喜んでおいた方が良い。生きていれば少なくとも話すくらいは出来るんだからな」

 

開戦から僅か1週間で人類の半数が死んだ戦争。だがその後も犠牲者は出続けている。そしてまだ、戦争が終る気配は無い。

 

 

 

 

ジャブローから指定された航路を睨み、ブライト・ノア特務少佐は重くなる胃を押さえたくなる衝動と懸命に戦っていた。昇進は軍人として誇るべき事であるが、少尉に任官し立てで野戦任官の大尉だけでも大概だと言うのに、幹部課程すら履修していない自分が特務とは言え少佐扱いなどなんの冗談かと言いたい。だが命令書と共に階級章を押し付けられれば否と言えないのが軍人である。

 

「タンソンニャット基地で補給及び修理を受けた後は、太平洋では無くインド亜大陸経由で中央アジアへ向かえ?ジャブローから遠離るじゃないかっ」

 

「アレン中尉の予感が当たりましたね、嬉しくないですが」

 

横で同じように航路を眺めていたワッツ中尉がそう溜息を吐いた。副長として同時に昇進した彼も、自身の昇進に困惑している一人だ。だが状況の変化は彼等の心境など考慮してくれない。

 

「東南アジアは一応こちらの勢力圏という事になっているが、実質は両軍が均衡したどっちつかずの状況だ。そんなところを暢気に航海すれば、あっという間に見つかるぞ」

 

「むしろそれが目的でしょうね。ここで我々が連中の前線を刺激して隙でも作れれば陸軍への良い援護になります」

 

現在連邦各軍の関係は険悪とまではいかないが、良好とは言い難いというのが実情だ。緒戦で大きな被害を受けた宇宙軍は艦艇の建造や対抗手段としてのMS確保の為に軍予算の多くを取っている。地球で戦っている他の軍にしてみれば当然面白くない状況だ。何しろ現在矢面に立っているのは陸海空軍なのである。建造中のMSにしてもため込むくらいならさっさと前線に送れと言いたい所だろう。

 

「無茶をさせるなら、相応の補給を願いたい所だな」

 

戦力の回復が進められているとはいえ、ホワイトベースに人手が足りていないのは動かざる事実だ。ここが改善されない事には話にならないと言うのが彼の考えだが、どうやら軍はそう思っていないように見受けられる。

 

「仮に十分な補給を受けても、本艦では運用しきれない事も考えられます」

 

ブライトの言葉に困った顔でワッツ中尉が懸念を口にする。

 

「本艦はMSの運用能力を付与されていますが、その容量は決して高くありません。両舷に各6機、現在運用している機体と合わせれば残りは6機になります。が、それだけの数を用意するとなれば恐らく量産されているジムになるでしょう」

 

言葉の意味を理解しブライトは顔を顰めた。先の補給でジムが供給されたが、それが整備班の負担になっていた。何しろ同じ製造ラインで造られた筈なのに、ガンダムと部品が共有出来ないのである。既にガンダム・キャノン・タンクと三機種を運用する事で悲鳴を上げていた整備班にこの追い打ちは正に非道としか言いようのない仕打ちであった。更に機体を確認していたレイ大尉から、更なる爆弾発言が飛び出す。

 

「恐らく現在量産体制に入っている機体はこれと別の機体だ」

 

何でもこのジムはガンダムの製造に使用したラインを利用して建造されているのだが、そもそもガンダム用の製造ラインが大量生産に対応したものでは無いと言うのだ。同じラインを追加で設置したのではないかと希望的な意見を出すも、すぐさま否定される。

 

「この機体は大して安くなっていない。そのくせ性能は良くて半分と言ったところだろう。とてもではないが割に合わない機体だよ」

 

だとするならば、仮に戦力の補充が出来たとしても、それを十分に運用出来るだけのマンパワーが確保できない。MSのパイロットは貴重だが、整備員も同様に貴重なのである。全てを十分に送ってもらえると思えるほどにはブライトは楽観的ではなかった。

 

 

 

 

「宇宙軍の艦艇?ああ、例のガルマ・ザビを仕留めた連中か」

 

宇宙軍から回ってきた基地の利用申請を確認し、イーサン・ライヤー大佐は書類にサインを書き込む。彼個人としては総司令官であるレビル大将に思うところがない訳ではないが、それとこれとは別問題である。例え申請の内容が宇宙軍、それもレビル大将直属の部隊であったとしてもだ。ましてガルマ・ザビを殺害してくれたおかげで地球に居るジオンの足並みは乱れている。その実行者を無下に扱う程ライヤーは馬鹿ではなかった。

 

「しかし酷な事をする。この状態でドサ周りどころか前線送りとは」

 

申請の中には艦の修復の為にドックの使用も含まれていた。つまり少なくともドックで修復せねばならない程度には母艦そのものも損傷しているという事だ。加えてライヤーは独自に収集した情報から当該の部隊が深刻な人員不足であることも掴んでいた。彼は顎に手を当てて思案すると、暫くして机に据えられた端末を操作し副官へ連絡を取る。

 

「すまない、確か宇宙軍から送られてきた例の連中、ああそうだ。独立混成部隊だ、連中はまだこちらで練成中だったな?」

 

機械化独立混成部隊。連邦軍が早急にMSを戦力化するために、実働データを得る為に編成された部隊である。最新兵器のテストパイロットと言えば聞こえがいいが、内実は性能評価も満足に終えていない機体や運用戦術を試す捨て石のような部隊である。誰が言い出したのか、モルモット部隊などというあまりな通称で呼ばれる始末だ。だがそれは指揮官からすれば何時でも使い捨てられる、それも失っても痛くない駒である事を意味している。

 

「宇宙軍に恩を売っておくのも悪くないだろう。最悪機体も渡してしまって構わん」

 

通信を終えて彼は静かに目を閉じる。ここでかの部隊に便宜を図る事はそのままレビル大将へ恩を売る事に繋がる。たかが一度のそれでどうという事は無いが、そうした積み重ねが無駄にならない事も彼は良く知っていた。

 

「是非たどり着いて欲しいものだ」

 

自身の野心を隠し、ライヤーは静かに呟いた。

 

 

 

 

「木馬追討部隊の受け入れは問題ありません。しかし面子のために貴重なドムを使うのは如何か?」

 

弟の国葬を終えた翌日、鼻息も荒くドズルが執務室に入ってきたかと思えば開口一番ガルマの仇討ちをするべきだと言い出した。確かに面子としてはそうなる、だがそんな余裕は地球方面軍にはない。そう言って翻意を促すがドズルは頑として譲らず、地球方面軍に余力が無いなら自分の所から戦力を出すなどと言い出す始末だ。更に聞きつけたキシリアが入室したことで混乱は加速する。

 

(笑えんな)

 

軍人としての視野しか持たず愚鈍な弟。潔癖を拗らせ理想論に傾倒した挙句、政敵を追い落とす事しか考えていない妹。唯一頼れた肉親である父は末の息子を失って腑抜けになった。最早本気でこの戦争を考えているのは自分のみであると言う現実にギレンは目を閉じた。

 

「しかしあの赤い彗星ですらグフで勝てなかったのだぞ!ならばドムを当てるしかないだろう!?」

 

ドズルがそう主張するが、そもそも前提が間違っている。ドムと精鋭を投入、それも戦区を跨いで現場に混乱をもたらしてまで仇討ちをしなければならないとギレンもキシリアも考えていないのだ。

 

「それよりも有効な使い道があると申しているのです。ドムの戦略的価値は極めて高い」

 

ツィマッド社が開発した重陸戦型MSドム。脚部に熱核ホバーを装備する事で飛躍的な機動性の向上を成し遂げた機体である。しかしこの機体は大きな問題も抱えている。それは地上に生産拠点を持たない事だった。目下キャリフォルニアにて生産ラインを立ち上げ中であるが、生産体制を確立出来ているのは本国の第二軍用コロニー、通称ダークコロニー2内のものだけである。こちらも当然ラインの拡張を進めてはいるが、地球方面軍の需要には全く応えられていないと言うのが実情だった。

 

「キシリアが問題ないと言うならば追討部隊の派遣は許可しよう。しかしドムの配備は認められん」

 

そう言うとドズルはこちらに音が聞こえてくるほど奥歯を噛み締める。だがギレンは彼を叱責する気になれなかった。追討を言い出した時点で、弟への期待を下げていたからだ。

 

「人は誰を送るつもりだ?」

 

「ランバ・ラルだ。奴の指揮下の部隊を丸ごと使う」

 

「青い巨星をですか?」

 

送られてきた計画書を見て、ギレンは注釈を書き込むとドズルへ突き返す。

 

「面子を掛けてという事は利益を度外視して戦うという事だ、失敗は許さん。修正次第持ってこい、承認してやる。キシリアもそれで良いな?」

 

「兄上のご随意に」

 

そう言って頭を下げる妹に手を振って退出を促す。そのまま振り返りもせずに出ていくキシリアを見送ると、ギレンは引き出しの中のコンソールを操作する。そして背を怒らせて出て行こうとしている弟を呼び止めた。

 

「ドズル」

 

「…なんだ、兄貴?」

 

刺々しい返事を気にもせず、ギレンはタブレットを操作しドズルへ差し出す。

 

「ドムは回せんが、性能検証用にツィマッドが本国に持ち込んだ陸戦用の試作機が技術部に残っていたはずだ。員数外のこれならばキシリアも不満はあるまい。癖の強い機体との事だが、青い巨星ならば乗りこなせるだろう」

 

「兄貴っ!感謝する!!」

 

喜色を浮かべて飛び出していく弟を冷たい目で見ながらギレンは溜息を吐く。この程度の飴と鞭で良いように使われるドズルがキシリアに丸め込まれる可能性は高い。身内で相争い、その余力をもって敵と戦う。その愚かすぎる状況に彼は益々自身のみが人類を救いうると確信しつつ執務に戻った。




以下作者の自慰設定。

RGM-79[G]陸戦型ジム セイラ・マス機
ホワイトベースに補充戦力として配備された機体。カラーリング以外は通常の機体と同一である。本機は元々タツヤ・キタモト中尉への補充機として用意されていたもので、そのためガンダム1号機に準拠したカラーリングが施されている。


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25.0079/10/07

今週分です。


「すげぇー、これがジャングルってやつかよ」

 

「気温もですけど、湿気もすごいですね、むわっとします」

 

「出来る限り外に出て気候に慣れとけよ、暫くはこんな感じだぞ」

 

基地につき次第、外に飛び出した若い連中を引率するために俺も外に出て顔を顰めた。コロニー落としの影響で寒冷化しているはずだが、それでも東南アジアの日差しは強い。サングラスを持ってこなかった事に少々後悔しながらそう声を掛けていると、後ろから声がかかる。

 

「随分と騒がしいな、連邦宇宙軍はいつから幼稚園になったんだ?」

 

「聞いていましたが、本当に子供を使っているのですね。ジオンに兵なしと言いますが連邦も大概ではないですか」

 

「お前達その辺にしておけ。申し訳ない中尉殿、どうにも嘘の言えない連中でね」

 

そう言ってニヤニヤと笑いながら手を差し出す少尉に視線を向けて俺も笑う。

 

「ああ、騒がしくて悪いね。それで、わざわざそんな連中に絡む暇人は何処の何方かな?」

 

「失礼しました、第9独立機械化混成部隊所属、ルヴェン・アルハーディ少尉であります」

 

「同じく、アクセル・ボンゴ軍曹っす」

 

「アニタ・ディアモンテ、階級は軍曹です」

 

そう敬礼する彼らに俺は答礼しつつ口を開く。

 

「独立試験部隊ホワイトベース所属、ディック・アレン中尉だ。精鋭の機械化混成部隊の連中がどんな御用かな?」

 

「ああ、すみません、元です、元」

 

俺の質問にルヴェン少尉がひらひらと手を振ると、抱えていた端末を差し出す。

 

「東南アジア司令部の命により、本日付でホワイトベースにご厄介になることになりました。よろしくお願いします、中尉殿」

 

そう言って彼は後ろのハンガーを親指で指す。既に輸送準備を整えたMSが3台、トレーラーに寝かされていた。

 

「おお、増援かい?自分はカイ・シデン兵長であります。よろしくお願いします」

 

「アムロ・レイ軍曹です。よろしくお願いします」

 

俺たちの会話に興味を引かれたのだろう。暑い暑いとはしゃいでいた連中の中からカイ兵長とアムロ軍曹がこちらにやってきてそう挨拶をした。ちなみにハヤト一等兵は絶賛ガンタンクの調整で缶詰にされている。

 

「本当に若いな、お前ら歳は?」

 

行動ではなく文字通りの若さに面を食らったルヴェン少尉がそう聞くと、二人は素直に答える。

 

「16っす」

 

「僕は15です」

 

「本当に子供じゃない!?」

 

二人の年齢を聞いたアニタ軍曹がそう叫ぶ。実に常識的な反応であったが、ガキンチョ共はそう受け取らなかったらしい。

 

「そんな子供を戦わせているのは貴方達大人じゃないですか」

 

「文句を言う前に自分の仕事をちゃんとやって欲しいね」

 

「あ?オイラ達がサボってるとでも言いてぇのかい!?」

 

辛辣な物言いに応じたのはアクセル軍曹だ。鼻息も荒くそう言い返す。

 

「違うのかよ?あんた等大人がシャンとしてりゃ、俺らがMSになんざ乗る必要なんてねえだろうがよ!」

 

カイの言葉にルヴェン少尉が驚いた表情でこちらを見る。だから俺は素直に教えることにした。どうせすぐに解る事だしな。

 

「カイ兵長はガンキャノンのパイロット。例のガルマ・ザビを仕留めたスナイパー。そっちのアムロ軍曹は赤い彗星と三度戦って三度とも生き延びているパイロットだ」

 

俺の解説にルヴェン少尉とアニタ軍曹は目を見開くが、アクセル軍曹はむしろ挑発的な表情で口を開く。

 

「へっ、パイロットなら話は早え。勝負はアレの腕で決める。どうだい?」

 

「良いぜ、後で機体性能の差なんてほざくなよ?」

 

良くねえよ。売り言葉に買い言葉で答えるカイに俺は溜息交じりに突っ込みを入れる。

 

「お前ら上官の前で私闘とは良い度胸だな?そんなに営倉が好きだとは知らなかったぞ?」

 

「「うぇっ!?」」

 

露骨に狼狽する二人に対し、苦笑いで助け舟を出したのはルヴェン少尉だった。

 

「まあまあ、中尉殿。ここは一つレクリエーションという事でどうです?アクセルの台詞じゃないが、俺達が解り合うのにこれ以上の方法は無いでしょう」

 

顔いっぱいにあいつらの実力が気になるって書いてあるぞ、少尉。全く、しょうがない連中だ。

 

「あくまで全員の技量確認のためだ。機体を搬入、点検後に模擬戦を行う。それでいいな?」

 

俺の言葉に、皆が好戦的な笑顔で頷いた。

 

 

 

 

『なあタイチョ、これって舐められてるよな?』

 

アクセル軍曹の苛立ちを含んだ声音にルヴェンは溜息を交えつつ応じる。

 

「個々の技量を客観的に観察するためと言われりゃ文句は言いづらい。ま、不満なら実力で引きずり出せと言いたいんだろう」

 

模擬戦の相手はガンダムにキャノンが2機。バランスは良いように見えるが、指定された状況は密林。キャノンの得意とする距離での撃ち合いは難しく、接近が容易な環境。対してこちらはジムが3機、それも密林での運用を前提にチューニングが施されている。強力なビーム兵器は脅威だが、撃たれる前に接近してしまえばキャノンなどカモだ。

 

『実質3対1ですか』

 

言いつつもアニタ軍曹は警戒を解いていないのは彼女の真面目な性格故だろう。尤もルヴェンも彼女の考えに賛成だった。

 

「勝ち目のないマッチングをするなんて思えんな。何があるか解らん、警戒は厳に。いつも通りのフォーメーションでいくぞ」

 

『『了解』』

 

ジム小隊が気合いを入れている頃、対戦相手であるアムロ達は口々に中尉への不満を述べていた。

 

『ジャングルって、俺ら初めてじゃんよ。こんな視界が悪くちゃ、スナイパーなんざ殺されたも同じじゃねえか』

 

『向こうは多分チューニング済みの機体だね、近づかれたら厄介だ』

 

そう言うジョブ准尉にカイが口を尖らせて不平を漏らす。

 

『厄介ったって、どうしろってんだよ?』

 

「でも、これ必要な訓練だと思います。暫くこの辺りで戦うみたいな口ぶりだったし」

 

アムロは外に出た時にアレン中尉が言っていたことを覚えていた。暫く同じ気候が続くとは、つまりそう言う事だろう。

 

『つまり中尉としては僕らがこの環境でどう動くか確認しておこうって考えているのかな』

 

『その前に教える事とかあるでしょーよ、セオリーとか、なんかないのかよ?』

 

更に不平を口にするカイ兵長にアムロは自分の考えを述べる。

 

「多分、そのセオリー外の事を見たいんじゃないかって。セオリー通りって聞こえはいいですけど、それはもう訓練の量がモノを言いますよね?それなら僕らみたいな経験の浅い方が不利です。だからあえて中尉はセオリーを教えずに始めさせるんじゃないかなって」

 

『アムロは良い子ちゃんね。存外あの中尉の事だから、ただ伝え忘れてるだけかもよ?』

 

『密林地帯での歩兵の行動なら僕が多少は知っている。取り敢えずそれを中心に作戦を立てよう』

 

ジョブ准尉の言葉に二人は素直に頷いた。そして大凡の作戦が決まった所で模擬戦開始の合図が鳴った。即座に三人はバラバラに散開する。2機のキャノンは息を潜め、ガンダムも姿勢を低くして動きを止める。

 

『かかった』

 

最初に敵を発見したのはカイ兵長のガンキャノンだった。ジョブ准尉の乗る機体とセンサー類の性能は同一であるため、今回は単純に先に視界に入っただけだ。そしてそのデータは距離を置いて待機しているジョブ准尉のキャノンにも有線で伝えられる。既にミノフスキー粒子は戦闘濃度だ、無線は使えない。

 

『タイミングを合わせるよ、3、2、1、今!』

 

ジョブ准尉の言葉と同時にカイ兵長はトリガーを引く。射線上にあった樹木を次々と破裂・燃焼させながらビームが突き進み、先頭で警戒しつつ歩いていたジムのコックピットを撃ち抜く。

 

『はっ!?』

 

即座に戦死判定を受けて擱座する機体から後ろの2機は慌てて距離を取ったのを確認し、ジョブ准尉が叫ぶ。

 

『陣地転換!』

 

通信ケーブルを放棄しつつ、カイ兵長はキャノンを走らせる。そして今回の地形では比較的に視界の開けた丘陵に素早く陣取った。ライフルを構えると樹木が不自然に動いているのが見えた。この辺りの樹木は大きいものになれば20mにも達する。MSですら隠してしまうサイズではあるが、機体へ干渉させずに移動しようと思うならそれは大変な困難を要する。何せ文字通り密林なのだ。ガンダムの様な器用さや繊細な動作に対応していないジムでは全ての枝葉を避けて進むなど不可能なのである。カイ兵長は即座にスプレーミサイルポッドを起動し、樹木の揺れる周囲にロケット弾を持っているだけ叩き込む。爆発によって位置を暴露された2機のジムがそれぞれガンダムのビームとキャノンの砲弾を喰らって擱座する。あまりにも簡単に片付いた事からカイが拍子抜けしていると、模擬戦終了の合図があり、そのままデブリーフィングを実施するというアレン中尉の声が届いた。



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26.0079/10/07

「何を考えてんだ!?ジャングルを焼野原にするつもりか!!」

 

何やらエコロジストのような事を喚きながらアクセル軍曹がカイ兵長に食って掛かる。大体同じ心境なのか、ルヴェン少尉とアニタ軍曹も苦い表情である。嘘みたいだろ、こいつら正規軍人なんだぜ。

 

「森が戻るまで、一体どれだけの時間がかかると思ってる!?100年じゃ利かないんだぞ!?それを、お前!!」

 

激昂する彼に、俺は溜息を吐きながら聞いてやる。これ以上は真面目に戦ったカイ達が不憫過ぎる。

 

「アクセル・ボンゴ軍曹。君の仕事はジャングルを守る事か?」

 

違うよな?

 

「我々連邦軍人の仕事は確かに国土の防衛も含まれる。だがそれはあくまで国内から敵を叩き出す事を意味するのであって、森林保全は任務に含まれない」

 

「でもやって良い事といけない事はあると考えます」

 

「そう思うなら軍人なんて辞めて環境省にでも再就職するんだな。一応正気か確認しておきたいんだが、コロニーを落とすような連中が環境を配慮して戦ってくれると本気で思っているのか?それとも自分達だけは守って戦うとでも言いたいのか?」

 

縛りプレイ希望なんてマゾかよ。

 

「悪いがMS部隊長としては聞いてやれん要望だな。ジャングル一つより俺は部下の命の方が惜しい」

 

「地球を、自然を何だとっ…」

 

「馬鹿止せっ!申し訳ありません。中尉」

 

俺に掴みかかろうとするアクセル軍曹をルヴェン少尉が割り込んで止める。隊長だけあって多少は冷静らしい。

 

「この位で許してください、中尉殿。その、こいつらにも言い分があるんです」

 

へえ、面白いじゃないか。

 

「言ってみろ」

 

「……」

 

「どうした?そうしたいだけの、上官に刃向かってでも通したい筋があるんだろ?今ここで言えよ」

 

「俺の故郷は砂漠化で砂に呑まれちまった。俺は連邦軍に入れたけど、歳を食ってる親父やお袋はこれ以上地球が悪くなっちまったら、生きていけねぇ」

 

「…私の故郷はシドニーです、あんな非道な事をしたジオンが許せない。だから例え戦争でも同じになるわけにはいきません」

 

成程ね。

 

「その為にはお前たちは命を賭ける覚悟があるという訳だ。実に傲慢だな?」

 

こいつらやっぱり軍人よりエコロジストの方が向いているな。俺の評価に顔を顰める二人に言い放つ。

 

「そうだろう?自分の都合や信念に、お前達は俺達全員に命を賭けろと言っているんだ。そんな事も解らないのか?」

 

二人を見据えながら俺は言葉を続ける。

 

「ご両親に安心して暮らしてほしい、親孝行なことだな?ところでここにいる連中にも家族が居るんだが知っていたか?ジオンと同じになりたくない?自分の都合で他人の命を秤に掛けている時点で十分同類だよ、その程度の判断も出来ないなら軍人には向いていないな。ルヴェン少尉」

 

「はい、中尉殿」

 

「実力以前の問題だ。俺はお前達がこれっぽっちも信用できない。そんな連中と連携なんて不可能だ」

 

寧ろ今まで良く軍隊として行動出来たな?ビーム兵器用のエネルギー供給システムを備えるホワイトベースで戦うならば武装は必然ビーム兵器に偏る。実弾兵器よりもビームの方が物的負荷が低いからだ。そしてビームは戦闘艦の装甲すら溶融させる兵器である、樹木なんて至近距離を通過するだけでも燃えてしまう。そんな武装で彼らが戦うとして、まともな援護を期待出来るだろうか?レビル将軍はジオンに兵無しと嘯いたが、連邦だって似たり寄ったりなんじゃないのか?こんなのが正規の軍人だなんて冗談にしても笑えなすぎる。

 

「だから貴様の隊は独立して扱う、相互支援も想定しない」

 

だから好きに戦って良いから勝手に死ね。俺はお前達が居ないものとして考える。畜生、同じ独立機械化混成部隊ならユウ・カジマの所でも寄越せってんだ。

 

「さて、俺が言うべき事は以上だ。第一、第二小隊は引き続き慣熟を行うから10分後に格納庫に集合。第四小隊は待機。では別れ」

 

 

 

 

MS隊の訓練報告書を自室で受け取ったブライト・ノア特務少佐はそれに目を通してアレン中尉を睨みつけた。

 

「どうしてこうなる?」

 

「速成教育の弊害でしょう。時間のかかる洗脳教育がすっぱり削られていますからね」

 

たとえ志願した軍人であっても入営まで彼らは平凡な一般人である。当然のように殺人を忌避する精神構造と個々に信念や信仰と言ったものを抱いているのが普通であろう。それらに躊躇なく引き金を引かせる為には相応の手間暇が掛かるものだ。開戦前のカリキュラムならば当然そうしたものも含まれたが、開戦後の繰り上げ任官者や志願者相手のものは大幅に省かれていた。兵士のメンタルケアよりも前線で銃を構えられる人数の方が優先されたためである。そしてMSパイロットの多くは人格や精神性よりも、まず適性の有無で選別された。特に使い捨ての試験部隊などは優先してそういった能力はあっても精神性に問題を抱えた人員が多く回されていて、損害を助長している。だが、軍という組織からすれば十分許容内の損害であった。

 

「何とかならないか?MS1個小隊だろう」

 

「何度か痛い目に遭えば多少は改善するかもしれません。生きていればですが」

 

暗に教育での改善は不可能で、その前に死ぬとアレン中尉は嫌そうな顔で答えた。別に彼だって死んでほしいと考えている訳ではない。だが精神性という目に見えない部分が原因となれば矯正が成功しているかなど判別できないし、それが判明するときは誰かの命が懸かっている時だ。そのリスクを受け入れるだけの価値をアレン中尉は彼らに見出していないのだろう。

 

「彼らの小隊は完全に別けて運用します。ローテーションを組みたいと思っていましたから丁度良いでしょう。贅沢を言うなら後もう1小隊欲しいですが」

 

「その辺りはマチルダ中尉の補給次第だが、あの様子では難しいだろうな」

 

そう言ってブライトは溜息を吐いた。待ち望んでいたパイロットの増員は多分に政治的意図が含まれていて、その上既存の部隊と強い軋轢を早々に生み出している。部隊を預かる身としては正に頭を抱えたい状況だ。

 

「致命的な事にはならんよう頑張ってはみますが、期待はしないでください。何しろ洗脳は受けましたがするのは素人です」

 

その言葉にブライトは再び溜息を吐くと共に頷いた。何故ならホワイトベースに教育が行える人間など一人も居なかったからだ。

 

 

 

 

「くそっ!ガキ共が調子に乗りやがって!」

 

「その辺にしておけ、アクセル」

 

ロッカールームで吐き捨てるように言い放つ部下をルヴェン・アルハーディ少尉はそう咎めた。あの後何とか部下を宥めて彼らの訓練に参加したものの、その結果は散々なものだった。周囲の被害など知った事かというえげつない戦術を乱発する相手に、彼らは手も足も出なかったのである。尤も単純に戦術で負けたのかと言えばそうではない。何度かはキャノンまで肉薄し格闘戦に持ち込めた事もあったのだ。しかしそれでも彼らは10回にも及んだ模擬戦でとうとうただの1機も撃墜判定をもぎ取る事が出来なかったのだ。

 

「でもタイチョ、あのキャノンおかしいぜ!?なんで鈍足デブのキャノンがあんなに格闘が出来るんだよ!」

 

「それこそ彼らが必死に訓練した証だろう。教育型コンピューター搭載機ってのはそういうモンだ」

 

「ここの隊はガンダムがありますもんね。実質こちらの機体の上位互換と訓練をし続けていると考えれば妥当でしょうか?」

 

幾分冷静なアニタ軍曹がそう評する。だが彼女の表情からルヴェンは嫌な感情を読み取っていた。それだけの技量がありながら周囲に配慮しないで戦うのは怠慢ではないか?そう透けて見える彼女に対し、ルヴェンはどう注意すべきか悩んだ。二人共パイロットとしての技量はモルモット隊に選ばれる程度には優秀である。戦意に関しても良好なのだが、軍人としては少々自己制御に難がある。特に今回は特大のそれが最悪のタイミングで発揮されてしまった。その結果があの戦力外通告である。

 

(何とかしなけりゃ、死ぬ事になる)

 

補給と修理を受けるという事は、つまり彼らもモルモットという事だ。そして高性能かつデータ収集に最適な機体が宛てがわれている以上、今までよりも遥かに過酷な戦場に投入されるとみて間違いない。その時に彼らの援護を受けられないのは致命的とすら言える。兵隊としてそれなりに覚悟はしているが、流石にそんなつまらない死に方をするのは御免だった。

 

「なあお前ら。気持ちが解らんわけじゃないが、俺はまず身近な問題を片付けるべきだと思う」

 

意図が解らないのか怪訝な顔をする二人にルヴェンは言葉を続ける。

 

「そもそも貴重な森林地帯でドンパチするのが悪い訳だ。そして中尉の言う通りジオンの奴らは遠慮なんてしないだろう。なら多少の犠牲を払ってでも、早急にジオンを地球から叩き出す事が重要だと俺は考える。そしてその為には、彼等との協力が不可欠だ」

 

「それが必要以上の破壊を伴ってもですか?」

 

「もっと長期的に考えろよ、アニタ。被害を抑える為にジオンへの攻撃を緩めたら戦争は長引く。ビーム一発を躊躇してその後何発の砲弾を見逃すつもりだ?」

 

「…連中はいけ好かねえけど、腕は確かだ」

 

アニタ軍曹よりも先にアクセル軍曹がそう口を開く。ジオンへの嫌悪が理由となっている彼女よりも、生活基盤の維持という喫緊の課題を理由に持つ彼の方が損得への反応は敏感だ。

 

「わかったよタイチョ。あの中尉さんに従う」

 

「二人が決めたのなら、仕方ありません」

 

アニタ軍曹がそう口にしたことでルヴェンは表情を和らげる。一朝一夕でどうにかなるとは思わない。だが人は言葉を交わし妥協点を探る事が出来る生き物だ。彼は破滅の足音が少し遠ざかった事に今は小さく安堵するのだった。




エコロジスト過激派はいつも難しい事を言う(ヘンケン


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27.0079/10/10

やるべき事がある時ほどお話のネタって思い付きますよね(現実逃避


分厚い雲の中を軍艦が進む。丸みを帯びてどこか愛嬌のある形をしたそれは、ジオンの新鋭艦であるザンジバル級だった。その艦橋で艦長席に座る恰幅の良い男が笑う。

 

「ふっ、なかなか良い乗り心地だ。渡してしまうのが惜しいな」

 

そう言ってランバ・ラル大尉は隣に座る妙齢の女性に声を掛けた。

 

「仇討ちが終わればまた宇宙なのでしょう?貰っても持て余しますよ」

 

そうクラウレ・ハモンが笑った瞬間、機外で閃光が走り続いて機内に轟音が響いた。

 

「艦後方にプラズマ光!」

 

「連邦の攻撃だ!」

 

「レーダーに反応ありません!」

 

「落ち着けお前達、ただの雷だ。ごく普通の気象現象だ」

 

腕にしがみ付くハモンの頭を撫でて宥めながらラルはそう部下を注意する。

 

「で、ですが本国で読んだ覚えが。連邦軍は気象兵器なるものを実用化し、我が軍の侵攻を阻んでいると…」

 

情けない声でそう言ってきたのは艦のオペレーターを務める若い少尉だった。

 

「アングラの読み過ぎだ。誰が書いたとも知れない与太話と、俺の言葉。お前はどっちを信じるんだ?」

 

意地の悪い笑顔で聞いてやれば、少尉は小さく謝罪の言葉を述べた後、職務に戻る。丁度その時遥か後方で再び雷が光る。

 

「そら見ろ、兵器ならあんな当てずっぽうに撃つものか。安心して任務に当たれ」

 

そう言って笑い飛ばしながらも、ラルは内心で溜息を吐いていた。彼とその部下達はジオン軍でも有力なコマンド部隊として知られている。だがその内実は先ほどの通りで地球の環境など経験は疎か知識すら怪しい状態だ。何しろ訓練をしたコロニーで再現される環境ではそこに生活する人間が被害を受けるような規模は実行されないからだ。当然生活に不都合な落雷、ハリケーン、ブリザードなどを体験することなど有り得ない。それが地球では当たり前に起こる現象だとしても。

 

(連中が地球の気象を好きに操れるなら、ジオンは降下作戦から一週間も持たんさ)

 

そんな皮肉を頭の隅に追いやると、地球方面軍から渡された情報をラルは改めて確認する。

 

「東南アジアか。厄介な所に逃げてくれたな」

 

顔を顰めながらラルはホワイトベースの動きをそう評した。こちらの前線、それも少々劣勢な地区の鼻先をわざとうろつくその動きは明らかにこちらを釣ろうとする意図が感じられる。問題は連中が無視をするには危険な戦力であり、殴りつけるには手強い相手だという事だ。更に場所もいただけない。熱帯雨林などは精密機械には当然、温室育ちのスペースノイドにとっても最悪と言ってよい環境だ。ただでさえ居るだけで士気が低下していくであろう環境で更なる面倒事を背負い込んだ現地の指揮官にラルは密かに同情した。

 

 

 

 

『いやぁ、樹海とはよく言ったもんだぜ、一面木ばっかりだ』

 

『カイ兵長は地球初めてなんだって?どうよ、すげえだろう。他にも砂だけの所とか、全部氷の所とかもあるんだぜい』

 

『なんで貴方が得意そうに言うのよ?でもそうね、地球にはまだまだ凄い景色が一杯あるわ、皆にも是非見て欲しいわね』

 

割と最悪な出会いから早4日、その日の内にしおらしく謝罪してきたジム隊の面々は当初よりも随分と友好的に他のパイロット達と関係を構築している。中でもカイ兵長とハヤト一等兵は特に良好なようだった。

 

「次はコルカタで合流でしたか?補給があるのは歓迎ですが、どうにも誘導されている感がして気に入りません」

 

MS隊の副官に収まったルヴェン少尉が俺の横でそう言った。因みに彼は待機中なので本当ならちゃんと休むべきなのだが。

 

「今は密なコミュニケーションが必要でしょう、我々には」

 

そう言われれば否とは言えない。結局タンソンニャットで受けられた補給は補修用の部品と武装、そしてホワイトベースのエンジンだった。徹底してブロック構造を取り入れているとは知識では知っていたけれど、まさか壊れたエンジンをそのまま取り換えられる程とは思わなかった。全部合わせて一日もかからないとか連邦驚異の技術力である。

 

「しかし助かりました。おかげで大分乗りやすくなりましたよ。正直使い捨てられるかと冷や冷やしてました」

 

「お礼はレイ大尉に言ってくれ。あとそれは誤解じゃないな、態度に改善が見られなければ使い捨てていたよ」

 

レイ大尉からの提案で、残っていたコアファイターでジム向けの補正プログラムを作成したのだ。やり方は単純で、機体パラメーターをジムの物に変更、動かしている基礎プログラムをジムの物に入れ替えてジムの各パイロットが乗り込み、自分用のカスタムOSにするというやり方だ。はっきり言って手間暇が掛かりすぎて大規模な部隊ではやれない裏技みたいなものだ。ホワイトベースでも搭載されている教育型コンピューターを知り尽くしているレイ大尉が居て漸く何とかなっているという具合である。

 

「手厳しいですね」

 

そら誰だって死にたくないからな。俺はインカムを切るとルヴェン少尉に対して声を潜めて問いかける。

 

「俺はここの所ガンダムにかかりっきりで世情に疎いんだが、今の連邦軍はあんな感じか?」

 

「全員が、ではありませんがね、若くてやる気のある奴は大体あれに近いです。方向性はそれぞれですから、纏まって変な派閥を作らんのがせめてもの救いですかね」

 

「何がジオンに兵無しだ。連邦だっていないじゃないか」

 

「直轄部隊でレビル将軍批判は不味いのでは?」

 

俺がそう吐き捨てると、ルヴェン少尉が苦笑しつつそう茶々を入れてくる。それに対して俺は鼻を鳴らしてみせていると、アクセル軍曹から通信が入った。

 

『二時方向、戦闘光らしき発光を確認。映像送るっす』

 

補給でスナイパーライフルが追加されたため、対空監視は大分やりやすくなった。パイロットと機体が異なっても共通の機材を扱えるのはMSの利点だろう。尤も彼らのジムはカイ兵長の乗るキャノンの様に専用の改造は行われていないから、ホワイトベースから冷却材とエネルギー双方の供給が必要なのだが。

 

「アクセル軍曹、映像は拡大出来るか?」

 

俺の要望に従うように映像が拡大される。森林の中で発光が連続し、時折樹木が倒れた。木の密度が高くて正確には判断しにくいが、一瞬ザクが確認できた。

 

「どうします?」

 

聞いてくるルヴェン少尉に俺は顔を顰めて応じる。

 

「それを決めるのは艦長の仕事だな」

 

そう言って俺は艦橋へ通信を開く。出たのはワッツ中尉だった。

 

『状況はどんなですか?』

 

「友軍が劣勢のようですね。この辺りは前線より幾らか踏み込んでいます」

 

俺がそう言うとワッツ中尉はあからさまに嫌そうな唸り声をあげた。確認した限り戦闘が起きているのは前線よりややジオン側の位置だ。恐らく友軍が踏み込み過ぎたのだろう。

 

『…劣勢だと解っていて放置は出来ませんね。MS隊は出撃準備を、編成は任せます』

 

「了解しました、ガンダムとジムを使います。ルヴェン少尉、アムロ軍曹とセイラ一等兵を率いて友軍の援護を行え」

 

「了解しました」

 

野戦服になったおかげでパイロットの準備は早い。ノーマルスーツのような心肺機能に関する補助を受けられないという言うデメリットはあるが、余程の動きをしない限り戦闘機の様なGがかかるわけではないので、補助用のベストなどで事足りる。ホワイトベースも増速し、見る間に戦場が近づいてくる。

 

『よし、降下っ!』

 

ルヴェン少尉の声が通信機に響くと、ハッチからガンダムとジムが飛び降りた。降下中に一度バーニアを噴射して減速したガンダムが、手にしていた90ミリマシンガンを敵に向かって放った。射撃に晒されたザクが連続して風穴を開けられ、即座に爆発する。

 

『相変わらず嫌になるくらい正確な射撃だね』

 

スコープ越しにそれを見ていたアクセル軍曹が呟く。良く勘違いされるが、射撃とは避けられないものである。何しろ生身でもたとえMSでも、その動きは弾丸よりも圧倒的に遅い。つまり射撃を避けるには狙われて撃たれてからでは遅いのだ。だから射撃を避けるというのは、如何に狙われている段階でその照準から逃れるかという事になる。正確な射撃だから避け易いなんて言うのは与太話の類である。話を戻してアムロ軍曹の射撃はどうかと言えば、まず信じられないくらい狙いが正確だ。移動目標を攻撃する際は当然未来位置を予測して撃つ訳だが、この予測精度が極端に高いのだ。それに加えて教育型コンピューターが機体制御をアシストするものだから、照準から発砲までの間隔が極めて短い。結果その攻撃は不可避の一撃となって敵を襲うのだ。それこそあれを回避するには相手の思考を読んで、行動より先に回避する以外に方法はないだろう。

相手の部隊はあまり練度が高くないようだ。静粛航行をしていたとはいえ、真上にホワイトベースが来るまで気づかないなど、周辺への警戒がお粗末すぎる。こんなのに押されているとか、こちらの部隊もどうなっているんだ?ガンダムの襲撃に動揺した敵が、漸くホワイトベースに気づき、慌てて逃走を図るが、それはあまりにも遅かった。不用意に背を向けた1機は先に着地していたルヴェン少尉とセイラ一等兵の射撃でハチの巣にされ、慌てて木の陰に隠れたもう1機は戦闘をしていた部隊の攻撃だろう大口径砲と思われる一撃で樹木ごと吹き飛ばされた。どうやら敵はその3機だけだったらしく増援の気配はない。周辺警戒をするホワイトベース隊の機体に対し、現地部隊のジムはホワイトベースに向けて呑気に手を振っている。本当に大丈夫なのかよ、この戦線。

 

 

 

 

「部隊の救援、感謝する」

 

「はい、いいえ中佐殿。友軍を助けるのは当然でありますから」

 

日が傾いて茜色に染まる基地の飛行場に白亜の巨体が現れた時は、圧倒的な存在感にコジマ中佐もため息をついてしまった。そしてその艦を運用している兵士の誰も彼もが自分と親子ほども歳の離れた若者達と知り、彼は内心忸怩たる思いだった。当然その様な素振りはかけらも見せず、部下を救ってくれたことに対して感謝を述べる。

 

(時代が変わったという事だろうな)

 

最新兵器であるMSを任されているものの、コジマ中佐の立場は微妙という言葉に尽きる。度重なる敗走に連邦陸軍でもMSの必要性は度々議題に挙がったものの、ノウハウも確立されていない、敵よりも明らかに未成熟な新兵器で編成された部隊の指揮官など、誰もやりたがらなかったのである。加えて配属される部下も陸海空どころか宇宙軍からもかき集めた混成となれば、トラブルが発生するのは火を見るより明らかだ。つまり彼は陸軍がMSの運用ノウハウを得る為に最初に送り出された生贄なのである。

 

「これからは君達のような若い才能が必要になるんだろうな。諸君の航海が無事終わることを願っている」

 

そう本心から彼は願うのだった。




エコロジスト達は一応改心しました、一応ね。


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28.0079/10/12

「ラサ基地からMSの陳情か。厄介なことだ」

 

報告書の束に目を通しながら、オデッサ基地司令であるマ・クベ大佐はそう漏らした。北米大陸での混乱は漸く収まりつつあるものの、ガルマ・ザビ大佐が死亡した事で引き起こされているレジスタンスの活発化は地球方面軍全体の補給計画に少なくない乱れを生じさせている。当然それはユーラシア方面も例外ではない。

 

「仇討ちはともかくとして、有力な戦力であることは間違いあるまい。後方を脅かされては大事に障るやもしれんな」

 

たかが1部隊が戦局を左右する事はない。それは戦場における真理ではあるが、その1部隊の活躍が全体に与えうる影響が軽んじて良いものではない事も彼は十分理解していた。何故なら圧倒的多数を占める凡人は真理よりも自身の感情で動くからである。

 

(この様な状況下で仇討ちなど悠長な事をと思ったが)

 

彼は顎に手を当てて暫し考えると、端末を操作し副官を呼び出す。

 

「例の仇討ち部隊に追加で装備を送れ。それから保険も必要だろうから、本国に連絡を入れろ」

 

言いつつも彼はこの陳情がどこまで通るかを考える。

 

(結局のところ、人は宇宙に生きようとも変わりはしない。愚かだな)

 

人の革新とされるニュータイプ。ジオン公国の為政者達はこぞってそれを口にして民衆を焚き付けた。暗い真空を切り開き、そこに住まうスペースノイドこそ最も優れた人類であり、優れているから我々はニュータイプなのだと。

滑稽を通り越して哀れですらあるとマ・クベは思う。既に勝った気でいる本国の連中は前線へ物資を送るよりも政治闘争に力を注いでいた。彼らにとって地球で倒れる兵士はただの数字であり、命令は完遂されて当然のものだ。既に自らが何に憤り、反発して武器を取ったかすら忘れているのだろう。あるいはやられた分をやり返すのは当然の権利と捉えているか。

 

(さて、親愛なる我が国の国民よ、優秀だと嘯くのなら相応の振る舞いをしてみせてくれよ?)

 

そう思いながら次なる策を練る彼の顔は皮肉に歪んでいた。

 

 

 

 

「足回りのメンテナンスを重点的に!そこら中に泥が入り込んでるよ!」

 

帰還したジムとタンクに整備員が群がって清掃を開始する。第一機械化混成大隊の基地を発って2日、俺達は現在旧バングラディシュ領内を移動中だ。次の補給を受けるコルカタ基地までは凡そ2日といったところか。

 

「やるじゃんかよ、ガンタンク!」

 

ロッカールームまでの道を歩きながらアクセル軍曹がそう言ってご機嫌にハヤト一等兵の肩を叩いている。

 

「教育型コンピューターも移植してもらいましたから、機体のおかげですよ」

 

ハヤト一等兵は謙遜するが、今回の戦果は赫々たるものだ。何せ敵の物資集積所を丸ごと吹き飛ばした上にMSも1機撃破していた。更にジム隊が共同で1機撃墜しているから、ジオンにしてみれば憤慨?ものだろう。何せ出発してからここまでで同じような事を3回、哨戒部隊への襲撃を2回ほど行っていて、どれも似たような結果を出しているからだ。

 

「それに皆さんがフォローしてくれているから安心して戦えますし」

 

「可愛い事言ってくれるじゃねえか」

 

そう言って隣を歩いていたルヴェン少尉がハヤト一等兵の頭をガシガシと撫でる。何と言うか、あれだな。ハヤトはこう先輩に好かれるタイプだよな。おかげでジム隊との関係はMS隊の中で一番良好だ。

 

「良くやってくれた、4人は一旦休憩してくれ、報告書も後で良い」

 

そう労いの声を掛けて俺は逆方向に歩き出した。彼らと交替で今度は俺が待機に入るからだ。宇宙と異なり地上ではMSへの搭乗が困難だ。本来待機ならパイロット用の待機室に居ればいいんだが、それだとどうしても乗るまでに時間がかかる上に、艦が攻撃なんぞされれば最悪昇降タラップから落ちかねない。なのでMS隊の連中には悪いと思うが、待機はMSに搭乗したままになって貰っているのだ。

ハンガーにたどり着くと、レイ大尉とアムロ軍曹が難しい顔で話し合っているのが目に入る。俺は嫌な予感がして彼らに近付いた。

 

「どうしました、何か機体にトラブルが?」

 

「トラブル、ではあるかな」

 

俺の質問にレイ大尉が歯切れ悪く答える。横を見ればアムロ軍曹も微妙な顔をしている。

 

「どんな問題が?正直軍曹と2号機は戦力の中核です。何かあるなら早急に解決すべきです」

 

そう俺が言うと、二人は益々微妙な顔をする。俺が眉を顰めると、諦めたようにレイ大尉が口を開いた。

 

「その、アムロ軍曹がな、ガンダムの反応が遅いと言っているんだ」

 

「は?」

 

俺が思わずそう言うと、今度はアムロ軍曹が困り顔で言ってくる。

 

「射撃とかがどうしてもワンテンポずれると言うか、思ったタイミングにガンダムが付いてこないんです。前はそうでもなかったんですけど、最近どんどん酷くなってて」

 

再びレイ大尉を見れば、彼は難しい顔で俺の疑惑を晴らしてくれた。

 

「ハード的あるいはソフト的な問題を考えたが、双方とも速度自体は最適化されて向上すらしているんだ。つまり機体側の成長限界をアムロ軍曹が超えてしまっている可能性が高い」

 

「そんな事あり得るんですか?」

 

「生理学上における人間の限界値では不可能な筈なんだがな…」

 

レイ大尉は技術屋だ、数字に生きる彼等にとって計算で導き出された解は極めて重要な意味を持つ。

 

「だが、実測された以上そういう事もあり得るという事だな。差し当たって当面は駆動部のリミッター緩和で対応する。幸い教育型コンピューターの方はまだアムロ軍曹に負けておらんようだしな」

 

しかしレイ大尉は同時に重度の機械屋でもあった。彼等も数字を信奉している事には違いが無いが、それよりも実測値を重んじる流派である。しかも割と禁忌に緩いタイプのようだ。製品はメーカーの指定範囲で使いましょう、万一の際の保証は出来かねます。

 

「なるだけ無茶はさせないようにしたいとは思いますが、難しいでしょうね」

 

「我々が戦えば戦うだけ軍全体の戦力が底上げされるわけだからな」

 

「あの、二人ともそんなに気にしないでください、僕だって軍人です。ちゃんとやって見せますよ」

 

そう真剣な顔で口を挟んでくるアムロ軍曹。すげえな、やっぱりアムロ・レイはすげえ奴だ。

 

「頼りにしてるしやってくれるって信じているさ。だからこれからも何かあったらすぐ言えよ?人間ってのは、すぐに期待し過ぎちまうものだからな」

 

そう言って肩を叩くと、彼は頷いてガンダムへと乗り込んでいく。

 

「子供が大きくなるのはあっという間だな。親の気もしらないで、どんどん成長してしまう」

 

コックピットの隔壁が閉まると、隣に居たレイ大尉がそう呟く。軍人としてアムロをガンダムから降ろせないという判断と、親として危険な戦場に息子を送りたくないという葛藤は、子供の告げた気遣いで少しは和らぐと同時に、寂しさも感じたのだろう。前世も今世でも子供の居ない俺には、想像は出来ても真に理解する事は叶わない感情だ。

 

「思った通りに言ってあげればいいと思いますよ。幾つになっても親に心配されるのはむず痒いものですが、嬉しいものです」

 

それだけ言うと俺も自分のガンダムへと向かう。俺に出来る事をやる為に。

 

 

 

 

「ザク一個中隊分とは、地球方面軍の台所も厳しいだろうに」

 

「大佐殿がこの程度しか送れず申し訳ないと仰っておりました。どうぞご活用下さい」

 

合流したガウから次々と運び出される機体を見て、ランバ・ラル大尉は驚きを隠しきれずにそう口にした。降下に使用したザンジバルの受け渡しと同時に戦力の増強も陳情していたのだが、まさかここまでの補給が受けられるとは考えていなかったからだ。

 

「司令部からの命令故、ドムが送れぬ事も悔いておられる様子でした。せめて数だけでもと」

 

MSに続いて運び出されるマゼラアタックの数に兵達が沸く。宇宙から降ろした装備も含めれば都合2個中隊分に相当する戦力だ。下手な基地くらい攻め落とせる数である。

 

「感謝いたします。なに、私も含め兵は皆古参です。最新の機体よりもザクの方が手に馴染みましょう。マ・クベ大佐にくれぐれもよろしくお伝えください」

 

「承りました。ああ、そうでした。木馬討伐後は、その機体は東南アジア方面軍に渡していただきたいのですが」

 

「気が早いですな、承知しました」

 

そう言ってラルは豪快に笑ってみせる。渡されたザクは地上用のJ型であるし、マゼラアタックも宇宙に持って行くわけにもいかない。今自分が使っている機体とて地上用なのだから、終われば置いていってしまっても構わないだろうと彼は考えた。

 

「では、私はこれで失礼いたします。大尉殿」

 

そう言って実直そうな少尉は敬礼をするとザンジバルへと向かう。答礼とともにそれを見送ったラルは装備の確認をするべく、直ぐに隊長格の面々を呼び寄せた。既に東南アジア方面軍の前線から数多くの目撃情報が上がっている。戦いの時は近かった。

 

 

 

 

「所詮はMSくらいしか能の無い猪か。せめて相打ち位にはなって欲しいものだが」

 

モニターに映ったランバ・ラル大尉を見ながらウラガン少尉はそう溜息を吐いた。確かにザク一個中隊は貴重な戦力であるし、マゼラアタック2個小隊も使い方を間違えねば十分役に立つ。だが主力はグフに置き換わりつつあり、オデッサに限定すれば最新鋭のドムすら近日中の配備が決定している。総合的に見れば今でこそ貴重だが、近く大幅に値崩れを起こす戦力である。そもそも相手はガウ6機とMS・戦闘機からなる部隊を一度退けているのだ。報告を読めば積極的に襲撃を仕掛けているというのだから戦力が回復していると考えるのが妥当だろう。ならばマゼラアタックとの混成2個中隊、しかも大半がザクの部隊では、全く物足りない戦力であると解りそうなものだが。

 

「大した自信家か、それともただの馬鹿か」

 

どちらでも良いが投資分は回収しておきたいのが人情というものだとウラガンは考える。尤も今回の補給を理由に、本来宇宙攻撃軍に割り当てられるはずであった宇宙用ドムであるリック・ドムの生産枠をこちらに譲らせているし、ザク自体も鉱山基地警備などに回すはずであった機体だ。木馬討伐の本命についても既に算段がついており、近くオデッサ基地に着任する。そうなれば宇宙攻撃軍の不始末から起きた一連の騒動を地球方面軍が解決した事になる。そうなれば地球方面軍司令の顔も立てることが出来るので、ガルマ・ザビは悲劇の英雄から真に惜しむべき英雄に塗り直しが利くだろう。それは抜擢したザビ家への貸しとなる上に突撃機動軍の失点回復にも繋がる。延いては発言力の回復に伴い地球方面軍の待遇改善、即ち地上で戦う将兵の利益に帰結する。

将校にとって最も必要とされる才能は兵に好かれる事でも自ら戦う力でもない、兵が十全に戦える環境を整える事が出来るか否かである。とは彼の上官の台詞である。そんな上官が兵の気持ちも解らぬ政治家気取りと蔑まれる時点でジオン軍の組織としての歪さが解ろうというものだ。

 

「まあ、大佐ならば仮に連中が木馬を仕留めても、上手くやって下さるだろう」

 

そう言って彼はシートに深く体を預けた。



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29.0079/10/13

「つけられているな」

 

『どうします、艦長?今ならギリギリ射程内ですよ』

 

202号機から係留ワイヤー越しに送られてくる映像を確認しながらブライト・ノア特務少佐は唸った。ここ数日ホワイトベースは派手に暴れて見せたから警戒されるのは当然であるし、白色の宇宙艦などというあからさまに目立つ姿であるから隠れようもない。

 

「隠れられんからといって丸見えと言うのも面白くない。カイ兵長やれるか」

 

『あいよ、任されて』

 

気負いない声が艦橋に響くと、薄桃色のビームが大気を裂いて突き進み、偵察していたであろうルッグンに命中する。瞬く間に火球となって墜落していく。それを見ながらブライトは溜息を吐いた。

 

「どう思う?」

 

「普通にこちらの航路を特定しようとしていたように見えましたが」

 

「あの、宜しいでしょうか?」

 

ワッツ中尉にそう尋ねていると、操舵輪を握っていたミライ・ヤシマ伍長が困り顔でそう口を開いた。

 

「なんだろうか、ミライ伍長」

 

「はい、今日だけで5回、敵航空機と接触しています。何れも攻撃はありませんでしたが、その度に本艦は進路を修正しています」

 

「…続けてくれ」

 

「進路変更後に再度敵と接触するまでの時間がかかりすぎているように思えます。先のように撃墜したならばまだしも、他の敵は見逃しているのに後続が現れませんでした」

 

ミライ伍長の発言はブライト自身も感じていた違和感だった。推進剤の都合上、ジオンのドップは長時間の監視には向かない。とは言えミノフスキー粒子の濃度は低く通信は可能な状況だ。推進剤が尽きる前に交代を呼べば継続した監視が出来るにもかかわらず、敵は一定間隔を空けて接触してきていた。

 

「つまり連中は、我々に進路変更をさせる事が目的?」

 

「だとしたら理由は簡単ですね。待ち伏せでしょう」

 

言いつつワッツ中尉が近隣の地図をモニターに出す。

 

「現在我々はダッカ市西方20キロの位置におります。予定ではこの後南西へと進み、本日中にコルカタ基地に入る予定ですが」

 

「進路変更でやや西寄りに航路が変わっているな。となれば旧国境付近で仕掛けて来るか?」

 

「でもこの辺りは開けた地形ですし、何より水田地帯です。MSで待ち伏せるには向かない地形だと思うのですが」

 

「考えすぎ、でしょうか?」

 

ミライ伍長の言葉にブライトは首を振って応じる。

 

「解らん。だが何か意図はあるはずだ。一応警戒態勢をとっておこう」

 

しかし彼らの読みは外れ、その後は何事もなくコルカタ基地へ到着したのだった。

 

 

 

 

「凄まじいな。この距離でか」

 

ラジオコントロールされたルッグンから送られてきた最後の映像を見て、ランバ・ラル大尉はそう呻いた。有効射程30キロ。それだけでも脅威だというのに放たれたビームはその距離をたったの5秒で到達している。

 

(こんなものをMSに搭載できるのか、連邦は)

 

宇宙空間であっても30キロという距離は決して短くない距離である。何しろザクなどの瞬間的な加速性能は精々200m/s2が良いところだからだ。加速し続けることなど出来ない地上ならばなおの事だ。自機の有効射程にたどり着くまでに何度撃たれねばならないかなど考えたくもない。

そんな機体に上空から撃ち下ろされるなど正に悪夢と言えるだろう。彼らが移動中の木馬へ仕掛けなかった最大の理由がそれである。

 

「連中の行先はコルカタ基地で間違いないな?」

 

「航路設定をしている奴は素人ですね。行きたい方向がバレバレですよ。間違いありません」

 

「よーし、ならば明日の夜に強襲する。今夜中に部隊を動かすぞ、かかれ!」

 

 

 

 

コルカタ基地はインド亜大陸と東南アジアの連邦軍を繋ぐ基地だ。とは言うものの、重要度で言えばそれほどでもない。北に聳えるヒマラヤ山脈が天然の障害となっているために航空兵力を用いない侵攻が極めて困難だからだ。更に東部は旧世紀時代から続く大規模な水田地帯、西は丘陵と砂漠に占められていて南はベンガル湾である。当然要塞化などはしているものの、配備されている戦力は通常の機甲戦力と航空機だ。そんな基地の夕日に染まる滑走路へミデアが次々と着陸する。

 

「補給の頻度に喜ぶべきか、それでもカツカツの使い倒されぶりに嘆くべきか」

 

どんよりとした目をしたロスマン少尉が横でそんな事を言いながら、俺と同じようにミデアを眺める。機械化混成部隊の整備中隊が合流した事で多少は改善されると思われた整備班の環境は出撃回数が跳ね上がった事で帳消しになっていた。

 

「その辺りは今回の補給で多少はマシになるんじゃないか?どうも上はホワイトベースを有効活用するつもりらしいしな」

 

支援部隊として東南アジア方面軍から転出してきた第9独立混成部隊の連中も解散してホワイトベースに正式に編入された。命令もただ移動しろから積極的な襲撃による前線攪乱に変わっている。恐らく最初の補給でミデア隊が持ち帰った俺達の戦闘データが有益だとレビル将軍が判断したのだろう。補給の頻度も質も原作とは大違いだ。

 

「元々ホワイトベースは中隊規模のMS部隊を独立運用する事を想定してましたしね。色々と机上の空論だった部分も私達の運用実績から改善されているでしょうし」

 

一番はMSの編成と整備班への負担だよな。当初は前衛・中衛・後衛に分けて全部均等に配備って考えだったが、遊撃を考えるとこの編成は不便だ。タンクの火力は魅力的だが、その長射程を活かせる環境で戦いが発生する事はほとんどない。と言うか、スナイパーライフルで十分補えてしまうのだ。寧ろ今の様な拠点などの陣地攻略の前衛として重装甲化して運用した方が使い勝手が良いくらいだ。どうせ他のMSと協働すると考えれば自走砲よりも突撃砲の方が便利なのは明白である。

整備員にしても地上で機体を整備するのは極めて困難である事が良く解る。何せMSの格納は基本的に直立した状態なのだ。頭頂部に至っては16m、実に5階建ての建物相当の高さである。落ちれば普通に死ねる。

 

「バルカンの弾薬を補充するだけでも命がけですからね」

 

それな。専用の装填治具を死んだ目で自主制作する整備班の姿が忘れられない。

 

「さて、整備班もそうだがいい加減パイロットも送って欲しいんだよな」

 

誰かが負傷したらそのまま運用出来る機体が減るなんて現状は悪すぎる。悪すぎるが人は居ないんだよなぁ。

 

「なんでパイロットって機体とセットで来るんですかね?」

 

「人が足りな過ぎて予備って概念が消えてんじゃないか?」

 

そんな益体もない愚痴を言い合っている内にミデアがホワイトベースへと近付いてきて、物資の搬出準備に入る。輸送コンテナの後ろが大きく開いた瞬間、ロスマン少尉が小さく絶望の悲鳴を上げる。無理もない。シートを被されたMSが2機も現れたからだ。

 

「やめてくださいしんでしまいます」

 

手すりに掴まったまま崩れ落ちる彼女に黙祷を捧げていると、ミデアから見慣れた女性が降りて来る。その後ろには機体のパイロットであろう人物が付き従っているんだが、その片割れを見て俺は目を見開いてしまう。しかしそれは見間違いでない事を、その後すぐに思い知らされる。

 

「クリスチーナ・マッケンジー中尉です。本日よりホワイトベース所属となります」

 

「ニキ・テイラー曹長であります。同じくお世話になります」

 

「ホワイトベースのMS隊を預かっている、ディック・アレン中尉だ。よろしく頼む」

 

「ルヴェン・アルハーディ少尉、同じくMS隊所属。よろしく」

 

「ジョブ・ジョン准尉です。よろしくお願いします」

 

小隊長格を集めて新入りの二人と挨拶を交わす。うん、間違いなくマッケンジー中尉だ。こっちを意地の悪い笑顔で見ている辺り本人で間違いない。

 

「久しぶりね、アレン。まさか追いつかれるなんて思ってなかったわ」

 

「お久しぶりです、マッケンジー先輩。野戦任官ですよ、揶揄わんでください」

 

そう言って俺は一度溜息を吐くとマッケンジー中尉に問いかける。

 

「確かせんぱ…マッケンジー中尉はG-4部隊でしたよね?なんでまたホワイトベースに?また機体でも壊して左遷されたんですか?」

 

すると彼女は見慣れた冷たい目で答える。

 

「そんな馬鹿をするのは貴方くらいでしょ。開発が最終段階に入ったから後は正規パイロットが受け持ってるのよ。で、余った私は前線で新型の実機試験という訳」

 

「新型?」

 

「G-4部隊で開発していた機体のデータをフィードバックしたジムの改良型よ。カタログスペックだけならガンダム並み」

 

「それは頼もしい。そっちの曹長は?」

 

「はい、ジャブローにて新型開発に携わっておりました。中尉と同じく運用試験のため実機と共に配備となりました」

 

はて、ジャブローの新型?

 

「ガンキャノンの量産試作機です、アレン中尉殿。ホワイトベース隊におけるガンキャノンの戦果が高く評価されました所、こちらの機体も早期に配備出来ないかという事になったようで」

 

おう、そいつは、何と言うか悪かった?

 

「そうか、キャノン隊は主にスナイパーとして運用しているが、曹長の機体でも可能か?」

 

「エネルギー供給は問題ないかと。しかし冷却ユニットの性能は不足しています」

 

つまり201号機と同じなわけだな。

 

「十分だ。ジョブ准尉、彼女の面倒はお前に任せる。キャノンは3機で運用だ。マッケンジー中尉には現在あぶれているセイラ一等兵とバディを組んで貰いたい。それともガンダムに乗り換えるか?」

 

「アレックスで懲りたわよ、ジムに乗るわ」

 

彼女は苦笑して辞退する。残念だ、折角押し付けられると思ったのに。

 

「宜しい、機体の搬入が済み次第パイロット全員でシミュレーションを行うぞ全員に声を掛けておくように」

 

 

 

 

「あの、お送りします!」

 

記念写真を撮った後、ミデアへ戻ろうとするマチルダ中尉にアムロ・レイ軍曹は思わずそう声を掛けてしまった。特に用事があった訳ではないし、送らねばならない距離でも時間でもない。ただもう少しだけ彼女と話してみたいという彼の心情をくみとってくれたようで、マチルダ中尉は快くエスコートを受け入れてくれた。歩きながら二人は様々な話をする。それは取り留めのないものであったが、アムロにとってはとても得難い時間だった。

 

「辛いかもしれないけれど、頑張ってね。貴方達には多くの人が期待しているわ。特に、ガンダムに乗る君には」

 

「僕、ですか?アレン中尉でなくて?」

 

アムロの言葉にマチルダ中尉は柔らかく笑い、応える。

 

「貴方がMSに乗り始めてまだ一ヶ月も経っていない、なのに彼顔負けの戦果を出しているわ。そうね、貴方もニュータイプなのかもしれない」

 

「ニュータイプ…」

 

聞きなれない言葉をアムロが反芻していたその瞬間。笛の音の様な音が響き、そして基地の至る所で爆発が起きる。すぐに警報が鳴り響き、敵の襲来を告げて来る。直ぐにミデアへ駆けていくマチルダ中尉の背中を見て、アムロも慌ててホワイトベースへと走った。ガンダムが無ければ自分が戦場で無力な存在であることを彼は十分理解していたからだ。




人気な女性キャラを出して露骨に読者様へ媚びていくスタイル。
アレですよ、多分ここから緩いキャンンプ話とか始まるんですよ。


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30.0079/10/14

次々と撃ち出される砲弾が空を駆けて敵基地へと降り注ぐ。水田に囚われかける足を巧みに操作しながらランバ・ラル大尉は頬を歪めた。

 

「これこそが戦場だ」

 

彼にとって宇宙での戦いは、全くもって不愉快なものだった。機体の性能に任せて一方的に相手を嬲るなど、武人として恥ずべき行いだからだ。だが、今彼の前にあるのは正に敵と呼ぶべき存在だ。強力な火器で武装しザクを凌駕する性能を持つMS。戦術を練り、相手を出し抜き、己の全てを以てして相対せねばならない存在に、ラルは高揚感を抑えきれずにいた。

 

「突撃!」

 

『『了解っ!』』

 

ラルの号令の下、彼と部下の機体が飛び出す。MS―08TX、イフリートと名付けられた機体に地上用の改造を受けたR型ザクが続く。オデッサから回されてきた機体は機動力に劣った為、全機バズーカでの支援に回していた。十分な補給の下に9機のザクが両手に構えたバズーカを次々と放ち、更にギャロップからの砲撃も加わる事で敵基地は全域で炎上している。脚部の推進器を用いた滑走は通常の機体を遥かに上回る速度を生み、彼らを前へと送り出す。基地までの距離が10キロを切った頃、漸く例のビームが放たれる。しかしそれは後ろに逸れた。

 

「そう明るくては真面に見えまい!」

 

前傾姿勢を取り、更に機体を加速させながらラルは笑いながら言い放つ。基地に向けて放った砲弾の半分は焼夷弾だ。広がった火炎はナイトビジョンだけでなくサーマルセンサーも妨害する。目さえ潰してしまえばスナイパーは脅威ではない。基地までの距離が5キロを切ると防衛装置が迎撃を行い始めるがスナイパー以上に精度の甘い攻撃が当たる筈もなく、彼らは悠々と市街地に突入した。勝利を確信した彼は信号弾を打ち上げる。

 

『全機突撃セヨ』

 

懐に敵を抱えてしまえばスナイパーは悠長に攻撃をしていられない。後は火力で押し切るだけの簡単な作業だ。後続部隊の為にスナイパーへ攻撃を指示しようとした瞬間、上空からビームが放たれ、最右翼に位置していたステッチ軍曹のザクを貫いた。

 

「ステッチ!?」

 

更にビームが降り注ぎ、彼の隊はバラバラに分断されてしまう。そしてラルの前に一機のMSが飛び降りてきた。

 

「こいつか、連邦の白い奴というのは!」

 

着地の瞬間を狙って腕のガトリングガンを放つがあっさりと盾で防がれる。彼は舌打ちをしつつも即座に次の攻撃に移っていた。

 

「装甲が厚かろうが!」

 

盾を構えた側に回り込み、ラルはヒートソードを素早く振るった。特殊金属を刀身に用いているヒートソードの温度は数千度に達する。無論そんな温度の直撃に耐えられる金属は存在しない。ヒートソードは易々とシールドを切り裂いて、

 

「なにぃっ!?」

 

半ばで逆手に白い奴が持っていたビームサーベルに受け止められた。

 

『そんな攻撃でっ!』

 

敵機と接触したためだろう、コックピットに敵の声が響く。その声の若さにラルは戦場にありながら動揺してしまった。

 

「こ、子供!?」

 

しかしそんな彼の感情など無視して戦場は動き続ける。突撃命令を忠実に守る部下達がスナイパーの射程に入り込み、次の瞬間放たれたビームによって火球へと変えられる。

 

「不覚っ!」

 

ラルはそう叫ぶと即座に左腕にもヒートソードを握り斬り掛かる。MSに乗って相対したならば誰であれ切らねばならない。それが優秀なパイロットならば尚の事だ。そう、たとえそれが子供であっても。

 

「手加減はせんぞ、小僧!」

 

 

 

 

「攻撃かよ!?」

 

思わずそう叫び、俺はハンガーへと走る。夜襲と言えば聞こえはいいが、まだ日が落ちてそれほど経っていない。つまり敵はそれ以前に攻撃地点に移動し潜伏していたという事だ。

 

「監視の連中は何をしてやがったんだっ」

 

パイロット用のベストとヘルメットを被り、機体へ飛び乗る。直ぐに通信用モニターが複数開いて矢継ぎ早に情報が飛び込んできた。

 

『アレン中尉、敵の襲撃だ!カイ一等兵からの報告では少なくとも5機のMSが基地に向けて接近中!至急迎撃に当たれ!』

 

『中尉!搬入された2機はまだチェックが終わってないから使えない!乗れないってパイロットに言って!?だから無理ですよマッケンジー中尉!?』

 

『こちら401、ルヴェン少尉です。ジム隊は全機行けますよ!ハヤトのタンクも出せるそうです』

 

「アムロ軍曹、セイラ一等兵はどうか?」

 

『102アムロです、いつでも行けます!』

 

『203セイラ一等兵です。同じく行けます』

 

口頭での報告に続いて各機のステータスが送られてくる。すばやく確認し、俺は指示を出した。

 

「アムロ軍曹、一度飛び出して上空から牽制、勿論墜とせるなら墜としてヨシ。ジョブ曹長はデッキに上がってカイ兵長と敵の後続に備えろ。ルヴェン少尉、アクセル軍曹とアニタ軍曹と共に基地の守備隊の支援に回れ、ハヤト一等兵を預けるから上手く使え。セイラ一等兵は俺のケツにつけ、基地に入り込んだ連中を叩くぞ。質問は?」

 

そう問い返すが疑問の声は上がらない。状況は悪いが、投げ出すほどじゃないな。

 

「宜しい、敵の狙いはホワイトベースだ。誰に喧嘩を売ったのか思い知らせてやれ!」

 

『『了解っ!』』

 

返事と共に次々とMSがホワイトベースから飛び出していく。俺も機体を操作しながら近距離通信でセイラ一等兵に話しかける。

 

「状況は普段と逆だがやる事は変わらん。猟犬と狩人は覚えているか?」

 

『はい、問題ありません』

 

流石セイラさん。肝が据わっていらっしゃる。

 

「大変結構。俺が猟犬でセイラ一等兵が狩人だ、行くぞ」

 

言いながら外に出れば、元気に飛び上がったアムロ軍曹が続けざまにビームを放っている。いやあ、いつ見ても惚れ惚れする動きだね。こっちも負けていられない。

 

「敵が乱れた、各個に叩くぞ!」

 

叫んで俺はバーニアを噴かせると敵の中で分断されてしまった一機に接近する。

 

「がら空きだぜ」

 

ビームライフルを素早く動かし脚部を撃ち抜く。太腿から右足を失ったザクがバランスを崩して仰向けに倒れる。即座に接近していたセイラ一等兵のジムが90ミリマシンガンをバーストでコックピットへ撃ち込んだ。正に訓練で教えた通りの動きだ。

 

「いいぞ!次だ!」

 

残りは3機、だが隊長機はアムロ軍曹が抑えているから実質2機だ。その残りも出てきた基地守備隊の戦車とジム隊の射撃に阻まれて逃げ回るのが精一杯だ。

 

「はっ、俺達に喧嘩を売るには数が足りなかったな!」

 

俺とセイラ一等兵が近づくと、1機が慌てて迎撃しようと振り返る。馬鹿が。俺達はそのザクを無視して回避を続けるもう一機に接近する。その後ろで更に振り返った事で速度の死んだ先ほどのザクが、ガンタンクの砲撃で真っ二つにされながら吹き飛んだ。それを確認する間もなく、俺はビームジャベリンを引き抜いて躊躇なく突き出す。敵の右肩を捉えたジャベリンのビームが根元からザクの右腕を斬り飛ばした。その反動に耐えきれなかったのだろう、ザクはそのままもんどり打って倒れると動きを止めた。

 

『敵っ…増援!数っ…!!』

 

ノイズ交じりにカイ一等兵の声がスピーカーから響き、頭上をビームが通り抜ける。着弾方向を確認すれば、マゼラアタックとザクの部隊がこちらに向かって来ていた。ああ、こういう時通信が使えねえのは不幸だよな。連中の予定では波状攻撃でホワイトベースを仕留めるつもりだったんだろう。だが、先行した部隊があっさりやられた事で単なる戦力の逐次投入になってしまった。哀れとは思うが、遠慮してやるつもりは毛頭ない。何せ連中は俺達を殺しに来ているんだ。殺される位は諦めてもらう。

 

「少尉、ルヴェン少尉、聞こえるか?タンクを前面に出せ、市街地に踏み込まれる前に連中を片付けろ。セイラ一等兵、ルヴェン少尉の指揮下に入れ。俺はアムロ軍曹の手伝いをしてくる」

 

未だに大立ち回りを続ける2機のMSに向けて視線を送りながら俺はそう指示を出す。短く了解の返事が届いたのを確認した俺は、ビームライフルを構えて殺し合いに乱入した。

 

「迂闊なんだよ!」

 

放ったビームはギリギリの所で躱される。基地に被害が出ないように下半身を狙っているのが見透かされているようだ。しかし、青いイフリートか。バルカンを放ちつつ再び俺はジャベリンに持ち替えて襲い掛かる。しかし突き出したジャベリンはギリギリで躱されると、イフリートの左手に握られたヒートソードによって柄を斬られてしまう。そのうえ腕に取り付けられたガトリングガンを向けて来るから慌てて俺は回避行動に移った。

 

『コイツっ!』

 

『ぬうっ!?』

 

俺を牽制した事で注意力の分散したイフリートにアムロ軍曹が斬り掛かる。避け切れないと判断したのだろう、右手のヒートソードで受け止める。出力こそ優っているが、ガンダムは機体重量で劣るためかつばぜり合いは拮抗を見せた。その隙を逃さぬべく、俺はビームサーベルを腰だめに構えてイフリートへ体当たりを行った。

 

「死ねぇ!」

 

ぶつかった衝撃で機体が激しく揺れる中、スイッチを押し込んでビームサーベルを発生させる。荷電粒子の刀身が容赦なく敵機を貫くが、位置が悪かったらしく相手は動きを止めない。

 

「こっの!」

 

サーベルを抉ってやるとイフリートが一瞬痙攣したように動き、急速に脱力する。どうやらデカい動力パイプを破壊したようだ。

 

『覚えておけよっ、貴様らの実力ではない、機体性能と数に任せた事を忘れるな!』

 

『負け惜しみを』

 

「っ!?離れろアムロ!」

 

捨て台詞と共にイフリートのコックピットハッチが開く、中から飛び出した固太りの男が地面すれすれでランドムーバーを噴かせると建物の中へと逃げ込む。そして直後にイフリートが盛大に爆発した。

 

「くそがっ!アムロ軍曹、アムロ!無事か!?」

 

『な、なんとか』

 

返事がきた事に安堵しつつ、俺は機体のチェックを行う。幸いにして致命的な損傷は無かったが、カメラがやられたのか画像が乱れている。周辺を確認すれば、敵はギャロップまで前線に押し立てて来ていた。

 

「アムロ、悪いがもう一仕事だ。市街地にあれが入り込む前に叩くぞ、ビームライフルの残弾はまだあるな?」

 

『さっきの敵はいいんですか?』

 

逃げたランバ・ラルを気にするアムロ軍曹に俺は言葉を続ける。

 

「基地の部隊に任せろ。それにあっちは歩兵じゃ手間だろう?」

 

キャノンをぶっ放している201号機はともかく、202号機は強制冷却中なのかギャロップに対応できていない。というか2機もギャロップがいるとか大盤振る舞いが過ぎる。

 

『っ、了解です』

 

返事と共にガンダムがバーニアを噴かせて空へ跳ぶ。

 

「やれやれ、俺も負けていられん」

 

ビームライフルの残弾を確認した俺はそう言って機体をアムロ軍曹と同じように空へと跳ばせた。程なくしてギャロップが射撃可能になり、俺はアムロ軍曹の攻撃で停止寸前のやつへ止めのビームを放つ。弾薬にでも直撃したのか、派手な火柱を上げて1機は停止する。それとほぼ同時にタンクから放たれたと思われる砲弾が連続してもう1機のギャロップを襲う。片方のエンジンがその砲撃で吹き飛び、ギャロップはその場でゆっくりと旋回を始める。そこへ基地守備隊とジムによる攻撃が加わって、瞬く間にハチの巣にされたその機は黒煙を上げながら停止する。

こうして俺達は何とかホワイトベースを守りきる。しかしその後の捜索であのパイロット、ランバ・ラルを見つける事は出来なかった。




皆さん警戒しすぎですよ、コイツはハッピーエンド大好きでこれまでの作品でも仲間を全然殺せなかった玉ナシ作者ですよ?
美人さんがシュラクったり、ネネカったり、これ母さんですなんてするわけないじゃないですかw


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31.0079/10/15

今週分です。


「バイコヌール基地攻略に参加せよ、ですか」

 

コルカタ基地を出発する際にマチルダ中尉経由で渡された機密文書を開封した俺達はその内容を見て唸った。連邦軍によるオデッサ奪還作戦が本格的に開始されたのだ、だがこの作戦は単なる一つの基地奪還に止まるものじゃない。ユーラシア大陸全域での反攻作戦であり、大陸規模で行われる包囲殲滅作戦だ。

 

「バイコヌールはユーラシアのジオン軍にとって最大の宇宙港だ、特に補給面での依存度は大きい。ここが奪還出来れば敵の兵站を圧迫できる」

 

「同時に連中の逃げ道を潰す意味もあるでしょう。レビル将軍も容赦がない」

 

資源打ち上げ用の施設などは当然あるだろうが、ユーラシア全体の兵員を宇宙に送るとなればバイコヌール基地の存在は不可欠だ。つまりここを先に攻略するという事は、レビル将軍はジオンの兵士を逃がさずに地上で始末する腹積もりなのだ。まあ宇宙へ逃げればどうせまた戦線に復帰するのは目に見えているのだから当然の対応とも言えるのだが。

 

「予定では陸軍の第4軍及びインド方面から抽出される第2機械化混成大隊と協同する事になる。同地域に残存している空軍も参加予定だ。我々の主な任務はこの第2機械化混成大隊の支援になる」

 

機械化混成大隊は連邦軍内でMSを配備した部隊の事だ。尤もこの第2大隊は結構微妙な編成だ。何しろ部隊の大半というか2個中隊は61式戦車で、残りの1個中隊はガンタンクという素敵構成だからだ。機甲大隊を名乗った方が正しいんじゃないか?因みにタンクは量産型だという、嫌な予感しかしねえ。

 

「敵の要衝ですから、抵抗はかなりのものになるでしょうね」

 

俺が唸るとブライト・ノア特務少佐は同封されていた写真の何枚かをモニターに表示する。

 

「事前偵察によれば敵は多数のビーム砲を利用したフラックタワーを建設している。こちらが欧州や北米で使ったものの模倣品だな。尤も模倣でも十分に脅威な訳だが。我々の任務は友軍と共にこの対空施設を破壊する事だ。そうすれば後は空軍が更地にしてくれる」

 

ユーラシア北東部には撤退した空軍の戦略爆撃部隊がかなり残っている。ただ連中はMS並みに大喰らいな上に喪失機が出た場合補充が容易じゃないという問題も抱えている。決定打になりうる戦闘能力は持っているが、同時に喪失した際のリスクが高すぎる為に今まで温存されていた。それが投入されるのだから連邦軍の本気が窺える。

 

「問題はそのフラックタワーでしょう。ミノフスキー粒子のおかげで誘導弾が使えませんから、破壊するなら投射量に物を言わせるしかない」

 

その投射量を担当するのが第4軍の陸上打撃群になるわけだが。

 

「…第4軍にはどのくらいMSが配備されているのでしょうか?」

 

俺の横でマッケンジー中尉がそう聞くと、ブライト特務少佐は難しい顔で答える。

 

「具体的な数は連絡されていない」

 

つまり無いって事だな。あるいは居るとしても機械化混成隊、俺達のご同類が少数なのだろう。

 

「空撮だけでも中隊規模のMSが確認出来るのですが?」

 

「整備やローテーションなんかを考慮すれば少なくとも大隊規模、最悪それ以上ですね」

 

「第4軍からの要請で攻撃の第一陣はこちらに担当して欲しいとの事だ」

 

まあそうなるわな。61式も改良はされたものの、それでもMSと戦うのは荷が重い。そして1機でも突破すれば、こちらの陸上戦艦を破壊するポテンシャルをMSは持っているのだ。

 

「タンクの砲撃で釣れますかね?」

 

量産型ガンタンクの砲は原型機と同じ120ミリだ、正直陣地攻撃には物足りない口径だと言える。

 

「攻略用の補助兵装も追加したモデル、との事だから何とかなるだろう」

 

「でしたら後は我々がタンクを守り切れるかどうかだけ、という訳ですね」

 

大役じゃねえか、嫌になる。

 

 

 

 

「凄いですねアムロ軍曹は」

 

模擬戦を終えてパイロット室に戻ると、ニキ・テイラー曹長がそう声を掛けてくる。アムロはどう答えたものかと悩んだ末、素直に礼を言う事にした。

 

「ありがとうございます、テイラー曹長。でもガンダムのおかげですよ」

 

そう返すとテイラー曹長は真剣な顔で切り出してくる。

 

「ガンダムのおかげ、ですか。アムロ軍曹は他の機体に搭乗した経験は?」

 

「ジムとキャノンはシミュレーターで少しだけ訓練しています。と言っても本当に乗っただけ程度ですけど」

 

「成程、まだ時間はありますか?良ければ少し面白いものをお見せしたいのですが」

 

特に指示を受けていなかったアムロはその言葉に頷く。すると彼女は付いてくるように促しハンガーへと向かう。

 

「えっと、曹長?」

 

意図が読めずにそう話しかけると、テイラー曹長が歩き続けたまま応じる。

 

「実は先ほどの模擬戦で違和感があったのです。シミュレーターで仮想データと戦えるのは知っていますね?」

 

「はい」

 

ホワイトベースではあまり行われていないが、パイロットの運用データを基に構築されたシミュレーション用データがある事は聞かされていた。

 

「ジャブローでこの機体を仕上げている際に良く使っていたのですが、どうもアムロ軍曹の動きは“死神”に酷く似ていて、けれど少し違う。最初は機体側の限界値に応じて設定を弄っているのかとも思ったのですが…」

 

「死神?」

 

物騒な名前に思わず聞き返すとテイラー曹長は微笑んで答える。

 

「ジャブローのパイロット達がつけたシミュレーションデータへのあだ名です。初見では機体すら見ることも出来ずに撃墜される。私も敵機を視認できるようになったのは10回以降です。これでも早い方なんですよ?」

 

その言葉にアムロは驚く。テイラー曹長の技量は間違いなく高い。そんな彼女を10回も姿すら見せずに撃墜するなど人間技とは思えなかったのだ。

 

「この機とマッケンジー中尉の機体には死神のデータがあります」

 

そう言って彼女はシステムを起動する。その意図する所を理解してアムロはテイラー曹長と入れ替わりコックピットに収まった。

 

『基の機体よりも推力は向上していますが、あくまでこの機体はキャノンです。運動性はガンダムに劣りますから留意してください』

 

アムロが頷くと同時に模擬戦が始まる。そして次の瞬間襲い掛かってきたビームにアムロはいきなり墜とされた。

 

「え?」

 

『ああ、すみません。ガンダムの射程内で始めてしまいました』

 

訳の解らない事を言われアムロは混乱する。

 

『死神は射程内に入った目標を100%発見します。そして発砲までに必要とする時間はゼロコンマ数秒です。つまり今味わった状況ですね』

 

「これ、なんとかなるんですか?」

 

『なりませんね、パイロットの間では何分持つかが目標になっていました』

 

滅茶苦茶な設定に思わずアムロがそう聞くと、テイラー曹長があっさりとそう答える。それを聞いてアムロは、つまりどう逃げ延びるかという話なのだと考えた。しかしそれにテイラー曹長が水を差す。

 

『この死神の動きを私は何度も観察しました。武装の無いデータを射撃訓練の標的にしていましたので、多分データの製作者以外ならパイロットで一番死神の動きを見ているという自負があります。そして私から見ると、死神とアムロ軍曹の動きはとてもよく似ている。貴方とそのガンダムならば、あるいは死神に勝てるのではないかと私は思います』

 

「煽てないで下さいよ」

 

そうアムロが言い返すが、テイラー曹長は柔らかく微笑み否定する。

 

『本心ですよ。アレン中尉もマッケンジー中尉も良いパイロットですが、死神や貴方とは動きが決定的に違う。あの領域に到達出来るのは貴方だけだと私は確信しています』

 

その後テム・レイ大尉に発覚した当該データはホワイトベースにおいて格好の仮想敵として拡散され、大いに人気を博すことになり、テイラー曹長が何処かの宇宙を背景にした猫の様な表情となる事になるのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 

「やれやれ、降りたと思えばもう仕事か?地球は随分慌ただしいな大佐殿」

 

舞い上がる埃に顔を顰めながらガイア大尉はそう目の前の男に言い放つ。

 

「敵も必死だという事だよ、大尉。だがこの一戦に勝ってしまえば連中の息の根は止まる」

 

階級の差で言えばあり得ない態度を気にした様子も見せず、大佐と呼ばれた優男はそう返してきた。

 

(勝てば、ね)

 

ガイアは大佐の言葉に頬を歪める。本来ならばこの戦争は9ヶ月程前に終わっていた筈なのだ。連邦宇宙軍の中核人物であるレビル将軍を捕らえたあの時、確かにジオンの勝利は確定していた。捕らえたガイア達は勝利を決定付けた英雄であり、ジオン公国の歴史に名を刻みこむ筈であった。政治家共が政争の為にレビルを逃がさなければ。それは勝者の傲りか、はたまた戦争を知らぬ故の愚かさがそうさせたのか。果たして地球連邦は継戦を望み、ジオンの勝利は幻となった。そんな状況を生み出した連中の走狗の語る勝利という言葉のなんと軽い事だろう。

 

「まあいい、どうせ地球にもコイツにも慣れねばならんからな。俺達は何をすればいい?」

 

そう問えば、大佐は彼の後ろに居並ぶドムへと目を向けて口を開く。

 

「バイコヌール基地の救援に向かって貰いたい。どうも連中は我々の補給を断ちたいようでね。致命とは言わないが、流石に今更投げ込みに戻られても困る」

 

投げ込みとは地球侵攻作戦初期に多用された方法である。突入コンテナに物資を詰め込んで、凡その位置に投下する。侵攻範囲の狭かった当初こそ成り立ってはいたが、支配地域の拡大と共に投入先が分散、結果物資回収の煩雑化や遺失、更には敵による鹵獲に加えブービートラップに用いられるなどの問題が頻発した事で、殆どは宇宙港を介した物資輸送に置き換わっている。つまり宇宙港を失えば現在辛うじて維持している兵站は崩壊する。その先に待つのがどの様な結末であるかなど兵士なら誰にでも解るだろう。

 

「成程、大任だな。実に俺達向きの仕事だ」

 

そう言ってガイアは不敵に笑った。




成程読者の期待は、
お姉さん達がスリングショットでアムロ達を誘惑しつつ。
唐突に強化されて敵に寝返った挙句。
「トチ狂ってお友達になりでも来たのかい!?」と言いつつ首ちょんぱされる。
成程成程、勉強になるなあ!?(水星の魔女をキメながら


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32.0079/10/16

作戦概要をご説明致します!(ドヤ顔で眼鏡クイ


「作戦は極めて単純だ、第2機械化混成大隊が敵基地を攻撃、我慢出来ずに飛び出してきた敵MSを友軍の機甲部隊と協同で叩く。フラックタワーが破壊されれば俺達の任務は完了だ」

 

ブリーフィングルームで俺はモニターに映し出された地図を指しながら説明する。

 

「護衛対象は機械化混成大隊に所属する第1から第3小隊。それぞれ3両の量産型ガンタンクからなる部隊だ。こいつはタンクの親戚扱いされているが、うちの奴とは似ても似つかない紙装甲だ、はっきり言ってザクのマシンガン一発でも致命傷になる」

 

俺の言葉にアムロ達少年組が顔を顰めた。そらそうだ、攻撃されたら最悪身を挺して守る必要がある護衛対象なんて、俺だって抱えたくない。

 

「フラックタワーの有効射程は60キロと予測される。余裕を見てタンクの位置は80キロの位置になる。ホワイトベースも同様の位置より主砲による攻撃を行う予定だ」

 

言いながら先日の空撮写真をモニターにアップで映す。

 

「事前偵察で少なくともMSを9機確認している。基地の規模からすると大隊規模のMSが配備されていると考えられる」

 

そこで一旦言葉を区切り、俺は息を吸い込んだ。

 

「はっきり言ってしまえば今回の我々は囮だ。タンク部隊をエサに敵のMSを釣り出して我々が叩く。フラックタワー破壊の本命は第4軍の陸上打撃艦隊、つまりヘビィフォーク級陸上戦艦で構成された艦隊の艦砲射撃だ。彼らの下にMSが向かわないように処理するのが最優先事項となる」

 

「それはつまり、タンクの防衛よりも敵機の撃滅が優先される、という事でしょうか?」

 

皆が聞きにくい事を発言してくれたのはニキ・テイラー曹長だ。

 

「そうなる。だが安易に見捨てて良い訳じゃない。第4軍の攻撃がとん挫した場合、我々が代わりにフラックタワーの破壊を担当する事になる、その際に彼らの火力が必ず必要になるだろう」

 

そう言って俺は頬を歪ませ、厳然たる事実を語った。

 

「つまりこの作戦で一番命が軽いのが我々だ。タンク部隊を死守しつつ、敵MSを撃滅。これが我々の生存よりも優先される」

 

嫌な沈黙が支配する中で俺の声だけが部屋に響く。

 

「ま、自分のために誰かが死ぬよりは気楽な仕事だ。失敗したときは死んでいるから、後を気にする必要もない」

 

画面を操作して地図上にタンク部隊を配置すると、俺は更に説明を続ける。

 

「それぞれの部隊に対し直掩として1小隊ずつ戦力を付ける。左翼は第4小隊、中央が第2小隊だ。右翼は第3小隊、こちらにはハヤト一等兵のタンクを含めて小隊とする。アムロ軍曹と俺は遊撃に回る。デリバリーの注文は早めに頼むぞ」

 

マッケンジー中尉とテイラー曹長が加わった事で現在ホワイトベースは4小隊編成になった。再編で機体番号も入れ替わったので地味に整備班に睨まれている。しょうがねえだろ、ガンキャノンが補充されるなんて考えてもいなかったんだから。203改め502となったセイラ一等兵はマッケンジー中尉の小隊だ。因みにマッケンジー中尉の機体はRGM-79G、通称ジム・コマンドなんて呼ばれるジムだ。ただしまだ試作機らしく、バックパックはD型のものを背負っている。本来ならマッケンジー中尉が最先任になるからMS隊長も代わってくれないか聞いてみたが全員に却下された。皆もっと階級を大切にしようぜ?

閑話休題。

 

「武装は対MS装備、敵の数から補給に戻るのは困難であることが予想される。弾薬コンテナを各隊で携行するように。何か質問は?」

 

そう問うが誰からも声は上がらない。

 

「宜しい、作戦開始は今から8時間後。3時間前には全員搭乗待機のこと、以上だ」

 

終了を告げると、部屋が一気に騒がしくなった。小隊内で装備について話し合う必要があるからだ。なにせルヴェン少尉のジム隊以外は機体性能すらバラバラだからな、皆真剣に話している。

 

「アレン中尉、僕達はどんな装備で出撃ですか?」

 

アムロ軍曹が近付いてきて俺にもそう聞いてくる。

 

「俺達は友軍の間を動き回る事になるからな、ビームライフルに予備のライフル、それからバズーカだな」

 

彼の質問に俺は事前に考えていた答えを返す。他の連中以上に移動が多い俺達は更に補給が難しい。出来る限り武器を持ち歩きたいというのが本音だ。

 

「そうなるとサーベルは一本になりますね」

 

「ビームライフルもマシンガンみたいにマガジン式にでもなってくれればもっと楽なんだがな」

 

現在のビームライフルは本体内にミノフスキー粒子を貯蔵する方式であるため、複数回の使用には一度母艦に戻って再チャージをするか、予め複数のライフル自体を持ち歩く必要がある。開発段階から散々文句を言ってやったのだが未だに改善はしていない。

 

「…中尉。今回の任務って、その大丈夫なんでしょうか?」

 

急にそんな事を聞いて来るアムロ軍曹を思わず見返す。そして何となくだが彼の不安を察する。これまで俺達の戦いは逃げても良い戦いだった。そもそも当初の目的がホワイトベースでジャブローにたどり着くためだったのだから当然なのだが、それに対してここの所の任務は大きく性質を変えている。積極的な襲撃もそうだが、今回に至っては遂に自分達の生存よりも任務結果が優先される状況だ。危険だと思ったら逃げられるこれまでと比べれば精神的な負担は遙かに大きい。正直に言えば俺だって嫌だ。

 

「アムロ軍曹、そういう意地悪な質問はしてくれるなよ。俺の立場では大丈夫としか言えん」

 

露骨に不安そうな顔をするアムロ軍曹に、俺は苦笑しながら話を続ける。

 

「だがそれじゃ不安だろうから、隊長らしく多少は言い訳をしてやろう。まず攻撃地点となるインテルナツィオナル北部はバイコヌール基地まで非常に平坦な地形だ。遮蔽物と呼べるものはほぼ存在しない。これが砲戦、それも迎え撃つ側にとってどれだけ有利かは解るよな?」

 

俺の意見にアムロ軍曹は素直に頷く。

 

「そして遠距離での砲撃なら戦車だって十分に頼りになるし、タンクだって黙って見ているわけじゃない。加えて敵は第4軍にも対処しなきゃならないから、こちらに全ての戦力を割けるかすら怪しい。加えて陣地前にはシルダリヤ川があるときたもんだ」

 

いつの間にか室内の話し声は消えて、俺の声だけが響いている。しかし俺は構わず続けた。

 

「そして俺達のMSはビームで武装する機体ばかりで射程は圧倒的に有利と来てる。もし俺がジオン側のMS部隊を指揮していたら、諦めて空爆要請をしているな。だが、連中にはそんな戦力の持ち合わせは無い。どうだ、少しは気が楽になったか?」

 

「取敢えず、緊張は減りました」

 

俺がそう笑うと、アムロ軍曹は困った笑顔で応じる。再び声の戻ってきた室内を一瞥した後、俺は彼の肩を叩きつつ付け加える。

 

「軍は俺達をしっかりと使い倒すつもりだ。だから安心しろ」

 

「それって、安心できるんですか?」

 

「出来るさ。使い潰すつもりなら死ぬ様な任務に就けられるが、使い倒すならギリギリの仕事になるからな。寧ろ今までより安全な任務になるよ」

 

俺達が有用性を示し続ける限りな。そう心の中で付け足して、俺は部屋を後にした。

 

 

 

 

「基地に合流しないのか?」

 

オルテガ中尉の言葉にガイア大尉は頭を振った。現在彼はカミスリバス湖西部、バイコヌール基地から凡そ100キロの位置に野営地を設営し息を潜めていた。

 

「基地に籠って戦うなんぞ、ドムの利点を自分から捨てるようなもんだ」

 

MS-09ドム。ザクやグフを遥かに上回る重装甲を持ちながら、熱核ホバーを採用した事で既存の機体の3倍以上の最高速度を発揮する高性能機だ。同時に採用された新装備のジャイアント・バズも極めて強力な火器であり、配備が進めば戦線に一石を投じるのは明らかだ。

 

「あの基地司令は博打の出来なそうなツラだったしな」

 

渋い顔でガイアの判断を支持したのはマッシュ中尉だった。バイコヌール基地を任されている基地司令は良く言えば堅実、悪く言うならば消極的な人物だった。部隊や基地の保全を重視するタイプであり、少なくとも上位者から増援として貸し出された最新鋭のMS部隊を敵に突撃させるなどという戦術はとれない人種だ。そして足を止めてしまうならドムは硬いだけのMSになってしまう。

 

「バイコヌールを落とそうと思うなら必ず陸上戦艦が出て来る。あの砲台は元々連中が使っていたものだからな。その怖さも良く解っている筈だ」

 

記録映像を確認していたガイアはそう説明する。元々対空砲、それも突入艇やガウまで攻撃対象にしているそれは、射程や精度もさることながら威力においても非常に高い性能を誇っている。MSまして旧式の戦車で破壊を試みるなど現実的ではない。

 

「俺達の手をやり返そうってわけだ」

 

ジオン軍がこの砲台を攻略するのに用いたのが、ギャロップやダブデという大型砲を装備した地上戦力である。一度攻略された方法をやり返すのは当然と言えた。だがそこでガイアは不敵な笑みを浮かべる。

 

「だが連邦とジオンでは決定的な違いがある」

 

「それが俺達ってわけだ!」

 

愉快でたまらないと言った調子でオルテガ中尉が自らの手のひらに拳を打ち付ける。

 

「そうだ、だからこそ俺達はここで待機し、最良のタイミングで連邦の連中を殴りつけてやらねばならん。部下達にも偽装を徹底させておけ、あの部隊にもちゃんと伝えておけよ」

 

ガイアが顎をしゃくって離れたところに屯す男たちを指す。するとオルテガ中尉が鼻を鳴らした。

 

「伝えちゃおくが、大丈夫なのか?あんな外人部隊なんぞ――」

 

「特務遊撃部隊だ。この任務に加えられてドムも渡されている。なら信用していい筈だ」

 

オルテガ中尉の言葉をマッシュ中尉が遮る。そんな二人に向かってガイアは口を開いた。

 

「動きを見ていたが悪くない。地球にも慣れているしな。戦力として期待しても問題ないだろう」

 

ガイアとしては寧ろ自分達の部下の方が気にかかった。教導隊の出身者から特に腕の良いパイロットを選んでいるから技量面での不安は無い。しかしままならない地球という環境に対し士気が落ちているのは確かだったからだ。

 

(この任務が終わった後に少し憂さ晴らしをさせるべきだな)

 

そう考えつつガイアは気付かれない様に溜息を吐く。階級が上がって給料が増えるのは良いが、同時にパイロット以外の仕事も増えていく。ただMSを乗り回すだけで良かった頃を想うと随分と気苦労が増えたように彼は感じた。

 

「2~3日もすれば連邦の奴らが動くだろう。それまで余計な問題は起こすなよ?」

 

そう釘を刺して彼は自分の機体へと戻る。戦いの気配は直ぐ近くまで迫っていた。




疾風のごとき、死神の列(増強中隊規模


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33.0079/10/17

特徴的な発射音を響かせてロケットが次々と空を舞う。辺りを白く染める白煙を他人事のように眺めながら、着弾位置にいるだろう人間の冥福を祈る。つまり大人しく死ねという事だが。

 

『凄いですね』

 

227ミリ多連装ロケットシステム。1機につき実に40発というロケット弾の一斉発射はこれまで大規模な戦闘を経験していないアムロ軍曹には刺激的だったらしい。正直俺もこんな光景を生で見るのは初めてだ。ついでに言わせてもらえばこの攻撃で方が付かねぇかななんて思ってもいる。まあ無理だろうが。

 

『あっ』

 

想像通りフラックタワーから放たれたビームがロケット弾を次々と撃ち落とす。

 

「あいつは厄介でな。天辺に付いている大型のやつ以外にも多数の小型なメガ粒子砲を備えてる。しかも三基がそれぞれの死角を補うように配置されているからな。あの迎撃を突破するにはロケットの密度が足りん」

 

とは言え完璧には迎撃しきれず数発通り抜けたようだが、その程度では毛ほども揺らいでくれないだろう。ロケットを撃ち尽くしたガンタンク達は即座に主砲の給弾機構を展開し射撃態勢に移行、猛然と射撃を開始する。発射レートは原型機に劣るものの中々の速さだ。尤もやはり数と口径が足りていないのは否めないが。

 

『MS各隊はそのまま待機』

 

そう通信が入り、ホワイトベースがゆっくりと浮上する。主砲はともかく、メガ粒子砲は曲射出来ないため射線を確保する必要があるからだ。

 

『あれ、大丈夫なんですかね?』

 

不安そうにアムロ軍曹がホワイトベースに視線を送る。おい止めろよ、そう言うフラグを立てるのは。

 

「情報部を信頼するしか無いよ」

 

そうして大抵は裏切られる。案の定ホワイトベースの上側をビームが通り過ぎていき、慌てて浮上を停止したホワイトベースが緊急着陸を行う。当然ながら部隊にも滅茶苦茶動揺が走った。

 

「落ち着け!地平線の盾がある以上この陣地は絶対に撃たれない!」

 

フラックタワーの高さが凡そ50m、直接射撃できる距離は大体40キロ程だ。つまりMSの高さを考慮しても、80キロという距離は物理的に絶対攻撃できない位置なのだ。事実ホワイトベースは浮上してから撃たれたし、それも随分上方向に逸れた。有効射程そのものは大嘘だったわけだが、それでもこの地点が射撃不能である事実は揺らがないのだ。

 

「撃たれない砲台よりも周囲を警戒しろ!連中の手札があれだけとは限らない――」

 

そう俺が警戒を促した瞬間、陣地の近くで派手な爆発が起きた。慌ててセンサー類を調べると、遅れて音響系が砲撃音を観測する。

 

「ふざけんな!聞いてねえぞ!?」

 

即座に砲声は解析に掛けられ、ライブラリからその主を特定する。その結果を見て俺は思わず叫んでしまった。

 

「101よりホワイトベース!当該基地にダブデを確認した!既にこちらの陣地は観測されている可能性が高い!即時部隊の散開、並びに――」

 

言っている間に再び砲撃が襲ってきて陣地の後方に着弾する。何両かの輸送車両がその爆風に巻き込まれて横転する。だが伝えられた内容は無情なものだった。

 

『こちら第2機械化混成大隊司令部、ガンタンク各隊は各個に回避行動をとりつつ攻撃を継続せよ。繰り返す、各隊は任意に回避行動をとりつつ攻撃を継続せよ。敵MS隊を釣り出さなければ第4軍は動かない!』

 

『ホワイトベースよりMS各隊へ、聞こえたな?各隊はガンタンク部隊に随伴し護衛を継続せよ。本艦はこれより回避行動をとりつつ砲撃を行う』

 

「ちっ!101了解!全機散開!全機散開!まとまらずに動き続けろ!的を絞らせるな!アムロ軍曹!」

 

『はい!』

 

思わず舌打ちをしながら指示を飛ばす。幸いダブデの砲撃はビームに比べれば圧倒的に遅いから、間抜けに棒立ちでもしていなければまず当たらない。アムロのおかげでうちの連中の回避機動は一級品だから、予測射撃に巻き込まれる心配はないだろう。だがガンタンクや戦車隊は別だ。

 

「砲撃を止めさせなければジリ貧だ!俺達は15キロ前進し敵の観測員を始末するぞ!」

 

GPS砲弾や観測機からのレーザー誘導が使えないため、砲撃の精度は大幅に落ちている。止まって静止目標を撃つのでもそれなのだから、行進間射撃での命中なんて期待する方が間違っている。だが動かずに撃ち合えば間違いなくタンクの方が先に吹き飛ばされるだろう。なにせこっちは至近弾ですら致命傷になる。

 

『り、了解です。けど、観測員って!?』

 

そんなもの決まっている。

 

「歩兵だよ!連中生身でこっちを見張っていやがるんだ!」

 

 

 

 

(ダブデだと?情報部の連中め、適当な仕事をしおって!)

 

V・トカチェフ少将は座乗するビッグトレー級セヴェトロヴィンスクの中でそう舌打ちをしかけて何とか思いとどまる。同基地にはマゼラン級にブースターを接続する地下施設などが存在するのだ。陸上艦艇の存在を秘匿可能な能力を持つことは軍人として事前に考慮して然るべきだったからだ。それに情報部を罵った所で状況が改善する訳でもない。

 

「打撃艦隊を前進させろ。ダブデの相手は荷が重いだろう」

 

「それでは我が方に敵MSが…」

 

そう言って渋る参謀をトカチェフは睨みつける。

 

「それで?友軍が吹き飛ばされるまで呑気に待っているのかね?既にこちらの初期計画は破綻したのだ、臨機応変に対応せねばならん」

 

悠長に待っていればダブデの支援を受けたMSと交戦する事になるのだ。そうなれば典型的な各個撃破の愚を犯すことになる。それだけは避けねばならない。

 

「少なくとも彼らがダブデを引き付けている。全力を出すならば今しかない」

 

トカチェフの指示に従いセヴェトロヴィンスク以下ビッグトレー1隻とヘビィフォーク2隻が増速。主砲をバイコヌール基地へと向ける。

 

「攻撃開始!」

 

号令の下、各艦が次々と主砲を放つ。58cm砲から吐き出される砲弾が音速を遥かに超えた速度でバイコヌール基地へと殺到した。当然の様にフラックタワーが迎撃を行うが、殆どの砲弾がそのまま基地へと降り注ぐ。

 

「馬鹿め!何の対策も無しに挑むとでも思ったか!」

 

空を焼くビームの輝きにトカチェフが叫ぶ。その声に応じるようにビームの直撃を受けた砲弾はその身を失いながらも地面まで到達する。

 

「対ビームコーティング済みの特殊弾頭だ、猿真似で守り通せるなどという考えが浅はかなのだよ!」

 

改造自体は被帽にコーティングを施すだけという単純なもので、元々はメガ粒子砲が急速に普及したことを受け宇宙軍が開発した装備だった。尤もそれだけで砲弾の価格が3倍となるから安易に使えるものではないが今回の様な状況では極めて有効だ。

 

「フラックタワーに砲撃を集中させろ!」

 

タワーさえ破壊してしまえば鈍足なダブデなど空軍のカモだ。破壊後は連中を基地ごと石器時代に戻してやればいい。何せバイコヌールの基地能力を連邦軍は当てにしていない。今回の作戦はあくまでジオンの退路を断つことが最優先であり、基地機能の保全は考慮されていなかった。次々と降り注ぐ砲弾が徐々に精度を高め、遂に一本目のフラックタワーが黒煙を噴いて倒れ始める。

 

「良し!そのまま――」

 

次だ。そう言おうとしたトカチェフを轟音と閃光が襲う。思わず目を閉じた彼が再び瞼を開いた時に飛び込んできた光景は、激しい炎を上げながら制御不能となり迫って来る僚艦のヘヴィホーク級だった。

 

「かいっ、避けろっ!」

 

トカチェフはそう叫ぶが、それは余りにも難しい注文だった。ビッグトレーは機体の移動方法としてホバーを採用している。これは走破性能を犠牲にする代わりに陸上に戦艦を用意するという無茶を実現させ、その艦艇に戦術的に許容できる機動性を齎した。だが同時に幾つかの問題点は妥協されていた。

まずは先に述べた地形への適応。水陸両用といううたい文句から誤解されがちであるが、ビッグトレーに外洋航行能力は無い。厳密に言えば凪いだ海ならば可能であるが、荒天時は近海であろうと航行出来ない。勿論ホバーである以上地面の凹凸とは致命的に相性が悪く、不整地の走破性能は装輪車両にすら劣る。

そしてもう一つが運動性の低さだ。ホバーはその構造上、止まる・曲がるという動作が非常に苦手だ。ここに戦艦並みの質量が加わればどうなるか?その答えをトカチェフは身をもって知る事となる。

 

「うぉぉぉ!?」

 

接触した瞬間に感じた衝撃はそれ程でもなかった。僚艦も失速しての衝突であったから真正面からぶつかり合うような激しいものでは無い。しかし10万t超えという質量に蓄積された運動エネルギーが都合よく消える訳もなく、それぞれの船体が破壊という消費を始める。金属が歪み、あるいは破断する不協和音の中でトカチェフが最後に見たのは、艦橋に迫るロケット弾だった。

 

 

 

 

『やるじゃねえか!』

 

マッシュ中尉の喝采が通信越しに響く。目論見通りの結果にガイア大尉も頬を歪ませる。

 

「大した奴らだ」

 

敵艦隊への意識外からの奇襲。ドムの特性を利用したそれは完璧に作用し、敵艦隊に喰い付いた。

 

(予想以上の掘り出し物だ)

 

特務遊撃部隊。ジオン国籍を持たない訳アリを集めたその部隊は、はっきり言って他の軍人から見下されていた。事実大抵の部隊は士気が低く、中には機体ごと連邦への亡命を企てる者すらいる程だ。しかしレッドチームと呼称されるこの部隊は、忠誠心はともかく技量・士気共に正規軍に勝るとも劣らない。それどころか地球方面軍の中でも上位に入る精鋭と言えるだろう。敵前衛である戦車部隊の排除を命じたと言うのに、たった3機で突破したかと思えば、先鋒を務めていた戦艦をあっさりと屠って見せたのだ。

 

「続け!奴らを食ってしまえば俺達の勝ちだ!」

 

ガイアはそう叫び部下を鼓舞する。こちらがここまで侵入しているというのにMSが迎撃に出て来る気配が無い。つまりこの部隊は陸上戦艦と戦車で構成された部隊とみて間違いないだろう。一方的に敵を蹂躙する行為に大いに嗜虐心を刺激され、思わず笑みを浮かべる。そして敵艦が最後の一隻となった時、彼の脳裏に一つの魅力的な選択肢を提示する。

 

(このまま行けば基地の防衛は堅い。ならばここであの木馬を討つのも悪くないか?)

 

ダブデの攻撃で敵は大きく分散している。対してこちらはほぼ完全なドム一個中隊だ。特務遊撃部隊の技量を見るに、彼らが居ればこちら側の敵を倒すには十分だろう。

 

「特務遊撃部隊!ケン少尉!ここの敵は貴様らに任せる!マッシュ!オルテガ!我々の隊は木馬を叩くぞ!」

 

『『おう!』』

 

待っていたとばかりの返事を聞き、彼等とその部下のドムが進路を変える。その選択がどの様な結果につながるのか、彼らはまだ知らない。




多分このケン少尉はゲーム準拠の性能を有している(嘘


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34.0079/10/17

今週分です


『ヤバイ隊長、連中気が付きやがったぞ!?』

 

「落ち着け、こっちはサーマルジャケットを着こんでるんだ。こうもミノフスキー粒子が濃ければまずばれない」

 

こちらの手に気が付いたと思わしき連邦のMSが慌てて向かって来るのを双眼鏡で確認しながら、隊長と呼ばれた男は努めて冷静な声音で応じた。電波による探査が難しい状況において、索敵の要は音と熱、そして画像解析になる。MSに搭載される装置はどれも優秀であるが、機械である以上欺瞞の手段も確立されていた。

 

「隠れる事に関しては歩兵が最も優れている。じっとしていれば大丈夫だ」

 

その特性はジオン軍内でも広く認識されている。何しろ地球侵攻において、隠れた歩兵部隊による直接・間接的なMSの被害は機甲戦力によるものに匹敵するからだ。特にこの潜伏した歩兵による観測射撃の効果は高く、幾度もこちらの進撃を阻んだ常套手段である。防衛において有効なのだから、それをやり返さないと言う選択は無いように思えた。

しかし、彼らは重大な見落としを幾つもしている事に気が付いていなかった。

 

「止まった?」

 

連邦陸軍にとって、歩兵という兵科は言ってしまえば公共事業の側面の強い存在だった。人口過多による失業・治安悪化を防ぐために、そうしたあぶれた人員を受け入れるための部署だったのである。無論実行能力を有する特殊部隊も存在するが、それはごく少数であり、大多数は最低限の給金と衣食住、そして在任期間内にある程度の技能を身に着けて除隊するというものだった。

つまり陸軍にとってみれば、通常の歩兵とは幾らでも替えの利く観測装置代わりに使える程度の存在だったのである。

 

『なんだ?』

 

そしてもう一つの重大な見落としは、連邦陸軍にとって歩兵の戦術とは最も研究の進んだ分野であり、その対処方法もしっかりと戦術や装備に組み込まれていたことだ。そしてそれはMSにも該当する。

 

「拙い!皆逃げろ!」

 

元々彼らは偵察部隊、ワッパと呼ばれるバイクのような小型ホバークラフトを装備した部隊だった。当然今回の任務にも持ち込んでいたが、隠蔽の為に丸ごと断熱シートで覆っていた。そしてそれが仇となる。連邦の白い2機のMSがそれぞれ手にしていた銃を構え、銃身の下に取り付けられていた丸いロケットポッドの様な装置から弾丸が飛び出した。それを見て咄嗟に退避を命じるが、それで助かるほど戦場は優しい場所では無かった。

 

『ぎぃゃぁぁあぁ!?』

 

通信機に絶叫が木霊する。空中で炸裂したそれが周囲に大量の燃料をまき散らし、十分に広がった時点で容赦なく着火したからだ。あっという間に彼らが潜伏していた周辺は灼熱の地獄と化す。

隠れている場所が正確に解らないなら、その範囲ごと焼き払ってしまえばいい。奇跡的に助かったのは焼夷範囲のギリギリ、それも地球環境を嫌ってノーマルスーツを身に着けていた者だけだ。それ以外は爆風によって圧死してしまうか、辛うじて助かっても肺を焼かれて絶命した。そしてその僅かに助かった部下達にも更なる試練が襲い掛かる。ゆっくりと頭を巡らせた白いMSが逃げる部下を見定めた瞬間、奴の頭から重い発射音が響いて部下が肉片へと変わった。曳光弾の輝きで、彼は白い奴が機関砲を放ったのだと理解する。恐らくMS相手では牽制に使えれば御の字という貧弱な火砲。だが生身の人間にすれば圧倒的な暴力となりうる装備だ。

 

「なんてことを」

 

逃げる事すらままならなくなった彼は立ち尽くしてそう呟く。彼の思考は既に戦場から離れていた。連邦からの独立、圧政からの解放。そんな言葉に酔ってジオンはミノフスキー粒子を戦場へ持ち込み、それに対応したMSという兵器を世に送り出した。戦車や戦闘機よりも強力で、たった一人で動かせる汎用兵器。経済力とマンパワーに劣るジオンが逆転の一手として求めた性能。だがそれは、模倣されたならたやすく覆る一手であり、敵が真似できない何かをMSは持ち合わせていなかった。当然だ、ジオンは全てを注ぎ込んでMSを開発したが、それは他の技術に投資していては連邦に勝てる兵器が生み出せなかった事を意味している。そして経済とマンパワーに勝る国がMSを運用し始めたなら、ジオンは必ず敗北する。同じ土俵で戦えないからこそ、新しい土俵を用意したのだから。

 

(人はより良い世界を作る為に技術を生み出した、だがその度に世界はより凄惨な時代を迎えるようになった…か)

 

誰が言ったかも判然としないその言葉を思い出し、彼は皮肉気に頬を歪めた。これからはMSが戦場を支配する。そして一人の人間が容易く多数を殺傷しうるそれは、戦場をかの言葉通りより凄惨なものへと変えるだろう。

 

「俺達は、間違えた」

 

虚ろな目で白い巨人を彼は見上げる。そして巨人の双眸と目が合った瞬間、今まで感じた事の無い衝撃が襲いかかり、彼の意識は永遠に失われた。

 

 

 

 

「要塞攻略用にスーパーナパームを持ってきて正解だったな」

 

逃げ惑う生き残りにバルカンを浴びせながら、俺はそう呟いた。基地の再利用は想定されていなかったので、効率よく制圧するために一応装備させておいたのだ。建造物に籠る歩兵は焼いてしまうのが効率的だからだ。

 

「アムロ軍曹、ここはもういい。そちらは友軍の護衛に戻れ。俺も掃除が終わり次第合流する」

 

『……』

 

短距離通信でそう伝えるが、アムロ軍曹は応えない。訝しんでそちらへ視線を向けると、バルカンを掃射した姿勢で固まる102号機の姿があった。

 

「軍曹!アムロ・レイ軍曹!聞こえているなら返事をしろ!!」

 

『…あっ、は、はい。聞こえています、中尉』

 

彼の返事を聞いて俺は少し背筋が冷えるのを感じた。アニメでは度重なる戦闘のストレス、そして様々な環境を経験した後に宇宙へ上がる事でNTへと覚醒している。一方で映画では若干早く地球でその予兆が現れているし、オリジンに至ってはMSに乗る前からジオンの悪意を察知している様な描写がある。彼のNTとしての能力は戦闘能力に直結しているためその開花は有益に思えるが、それほど単純な話ではない。何せNTは肉体を失った人間の思念を感じ取ってしまうという厄介な特性も持ち合わせているからだ。精神的に成熟していたり、あるいは人の死を簡単に割り切れる様な酷薄な人間ならば問題ないが、彼は少なくとも精神や肉体においては善良でごく普通の15歳の少年だ。同時に多感な少年が多くの死を感じ取った結果、どうなったかを俺は前世の知識として知っている。

 

「良し、もう一度言うぞ?後は俺がやるからお前さんは友軍と合流しろ。観測射撃が出来なくなれば、いよいよ敵のMSが出て来るかもしれん」

 

『はい、了解です』

 

「おい大丈夫なのか?調子が悪いならすぐに申告しろ」

 

何処か具合の悪そうな声音に、つい俺はそう聞いてしまう。戦闘中に意識の喪失でも起きてしまったら最悪の事態にだってなりかねないからだ。

 

『すみません、中尉。その、生身の人間を撃ったのは、初めてで…』

 

当然だが軍のカメラにレーティングやモザイクなんて気の利いた機能は存在しない。バルカンで歩兵を撃てば、人間のミンチが出来上がる瞬間だってしっかりと映してしまう。俺は自分の浅慮に舌打ちをしながらアムロ軍曹に話しかける。

 

「難しいかもしれんが、何とか割り切れ。お前はジオン兵を殺したんじゃない、敵を倒して味方の命を救ったんだ」

 

『はい』

 

「ここは戦場だ、殺さなければ殺される。そういうクソッタレな場所だ。お前があの敵兵を殺さなきゃ、代わりに味方の誰かが死んでいただろう。だからお前の行動は何も間違っちゃいない。それにだ」

 

『それに?なんですか?』

 

「あの兵隊を撃ったのはお前かもしれないが、撃てと命じたのは上官で、戦うと決めたのは軍だ。全ての責任はそっちにある。だから、その、なんだ。あまり気に病むな」

 

『…ありがとうございます、アレン中尉。102号機、友軍と合流します』

 

幾分和らいだ声音でアムロ軍曹はそう言うと、味方のいる方角へ向かって機体を移動させ始める。それを見送っていた俺は、音響センサーに妙な音が混じっている事に気が付いた。観測データが届かなくなったからだろう。ダブデの砲撃が止んだ事で、その音をセンサーは段々と鮮明に捉えだす。それがある音響データと類似しているとの警告がモニターに表示された瞬間、俺は警戒心を最大に引き上げ、同時に信号弾を打ち上げた。

 

「ホバー音!またあのザクか!?」

 

俺は慌てて友軍と合流するべく機体を反転させる。センサーは複数の機体を捉えているが正確な数は不明、つまり正確に測定出来ない数の機体が移動しているという事だ。

 

「だがこれで作戦は成功だ!」

 

MSを釣り出しさえすれば、後は第4軍が砲撃でフラックタワーを吹き飛ばす。そうなれば後は空軍が基地を石器時代に戻してお終いなのだ。ならばここからは如何に味方の損害を抑えるかが重要になる。

 

「勝ち戦で死ぬなんて馬鹿はさせられんからな!」

 

そう言って俺は機体を全速で下がらせる。知らなかったのだ。そう考えていた頃、第4軍とはとっくに通信が途絶していた事を。更にそれを成したのが未確認の新型MSである事も。

 

 

 

 

「敵MSが来るぞ!迎撃準備!!」

 

アレン中尉が打ち上げたであろう信号弾を確認して、ルヴェン少尉は即座に部下へと指示を飛ばした。襲撃を受ける場合、左翼に位置する自分達が真っ先に狙われると確信していたからだ。敵が馬鹿正直に正面から挑んでくることはあり得ない。ならば地形上、渡河しきった状態で襲える部隊を狙うのは当然だろう。そもそもそれを考慮して自分の隊が配置されているとルヴェンは考えていた。キャノン隊は技量こそ十分だが、機体の特性上接近戦は不得手だし、もう一つのジム隊はタンクとの混成な上にまだ隊として連携を熟している最中なのだ。ある意味この差配は必然であると言えた。

 

『敵機を確認!なにこれ、新型!?』

 

偵察用のドローンを操作していたアニタ軍曹が悲鳴じみた声を上げる。

 

「方位と距離!それから数は!?」

 

何一つ必要な情報の入っていない通信に、思わずルヴェンは叫んでしまう。MSの技量は優れていても所詮は速成、こうしたあちこちでぼろが出る。

 

『見えた!10時方向、距離って速ぇ!?』

 

アクセル軍曹の声に、ルヴェンは即座に砲口をそちらへ向ける。そこには土煙を盛大に上げながら突進してくるMSの集団があった。

 

「全機攻撃!撃ちまくれ!!」

 

トリガーを引きながらルヴェンはそう指示を出す。敵は新型のホバー機。既存の機体とは一線を画した速度でこちらへ突っ込んでくる。しかし幸いにもルヴェン達は冷静だった。昨日の戦闘でホバー機との交戦経験がある上に、その時の射撃データは既に反映されているからだ。狙い違わず彼らの放つ砲弾は敵機を捉える。だがそれだけだった。

 

『硬い!?』

 

半身を覆うような巨大な盾を構えた前衛によって、彼らの砲弾は全て防がれる。それを見て慌てたタンク隊が姿勢も整えずに主砲を放つ。コスト削減のために軽量化された機体は制御が追い付かず、砲弾は明後日の方向へと飛んでいった。

 

「避けろ!」

 

盾を構えていた前衛が僅かにその進行方向をずらすと、その後ろからバズーカを構えた機体が姿を現す。全機がルヴェンの言葉を懸命に実行しようとするが、ここで一つの問題が足を引っ張った。ガンタンクは脚部が履帯であるために、二足歩行に対し様々な面で優れている。始動時の加速も早ければ積載能力、更には走破性においてすら優越している。しかし有視界戦闘において大きな弱点を抱えていた。それは進行方向に対する予測の容易さである。通常のMSよりも遥かに簡単な進路予測はそのまま敵弾の命中率に直結する。3機の敵機から放たれた前後を挟み込むような砲撃に、タンクの1機がなすすべなく絡め取られ、盛大に吹き飛ばされた。ルヴェンは思わず舌打ちをしながら救援要請の信号弾を上げる。だが敵はこちらを無視して通り過ぎて行ってしまう。

 

『にゃろう、逃がすかぁ!』

 

アクセル軍曹がそう叫び、その場で敵の背に射撃を行う。それを見てルヴェンは自分達が窮地を全く脱していない事に気が付いてしまった。

 

「駄目だ、早く逃げろ!」

 

彼が叫んだ瞬間、至近距離に着弾したダブデの砲弾が炸裂して、彼の意識を刈り取った。



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35.0079/10/17

モブを倒して調子に乗って貰っては困る。
この部隊はホワイトベース隊なのだから。


「観測員の真似事までしてんのかよ!?」

 

カイ・シデン兵長は膝射をとりかけていた自機を慌てて立ち上がらせた。威力と弾速に優れるビームスナイパーライフルであったが、その性能を発揮する為に長砲身かつ高重量という問題も抱えていた。至近距離に友軍がいるため、まかり間違っても融合炉に当てるわけにはいかないための行動だったが、そんなことをしていては、今度は自身が砲撃の的にされてしまう。

 

『前衛の盾持ちを狙う!』

 

『火力の集中は戦術の基本っ!』

 

ライフルでの戦闘を早々に放棄したジョブ准尉がそう叫び、小刻みな移動を挟みながらキャノンによる攻撃を行う。同じくテイラー曹長もキャノンを発砲しながら移動するが、彼女は敵へ向かって距離を縮め始める。

 

「テイラー曹長!?迂闊だぜ!」

 

その意図がタンク隊の壁になろうとするものであることは明白だった。カイはそう咎めながらロケットポッドを起動し、ホバー機の進路を遮るようにロケットをばら撒く。

 

「もうお仲間とやってんだよ!」

 

射撃のコツは相手を注意深く観察すること。アレン中尉の何気ないアドバイスをカイは忠実に守っていた。故にホバー機の欠点についてもいち早く気が付いていた。鼻で笑うように言い捨てながら、彼はライフルを構えてトリガーを引く。先頭の盾持ちは予測していたのだろう、強引な機動で躱されるが、それに追随出来なかった後ろの一機が構えていたバズーカを腕ごと吹き飛ばされる。すると何故か胸部まで誘爆し盛大に吹き飛んだ。

 

「うぁおっ!?」

 

予想外の爆発を直視してしまったカイは一瞬視界を喪失する。だが幸運な事に、この爆発は敵にとっても予想外であったらしく大きく乱れた隊列を立て直すために大きく距離を空けて移動する。それの意味するところを先ほどの光景から学んでいたキャノン隊とその護衛対象であるタンク隊は大慌てで退避行動に移る。直後彼らの元居た位置に予想通り砲弾が降り注ぐ。

 

「騎兵気取りかよ。でもな、そっちにゃ手前らの天敵がいるぜぇ?」

 

迎撃の準備をするために陣形を立て直しながら大量に分泌されたアドレナリンに酔ってカイは笑う。敵の向かった先には第3小隊が待ち構えていた。

 

 

 

 

「来たっ!行けるわね、ハヤト一等兵!」

 

『任せて下さいよ!』

 

隊の中央に陣取るガンタンクから自信に満ちたハヤト・コバヤシ一等兵の声が返って来るのをクリスチーナ・マッケンジー中尉は頼もしく感じながら、手にしたビームライフルを構えた。

 

『そこだ!』

 

力強くハヤト一等兵が叫び、タンクの主砲が火を噴いた。1発目は外れたが、即座に放たれていた2発目が前衛のシールドを捉えて見事に破壊した。その隙を見逃さず、クリスとセイラ・マス一等兵のジムがビームを叩き込んだ。

 

「避ける!?あの前衛、上手い!!」

 

しかしシールドを失った機体は即座に回避行動に移っており、ビームは空ぶってしまう。だがその瞬間放たれたタンクの3射目が最後尾の敵機の足を吹き飛ばした。

 

『もうお前達の動きは解っているんだ!』

 

彼の言葉にクリスも内心で頷いた。

 

「速度自体は速いんですけど、方向転換は大分苦手みたいなんですよ」

 

カイ・シデン兵長の指摘は即座に隊内で共有された。ホバー機は高速移動の為に機体を浮かせている。このため進路変更は重心の移動と推進器に頼る事になるのだが、ここに落とし穴がある。一度推進器を噴射してしまうと機体は大きな慣性を受けるため、逆方向へ切り返す場合、大きな隙となってしまうのだ。結果、速度を維持しつつの回避は一定方向への旋回になりがちで、その先を潰してしまえば動きの鈍った相手に易々と砲撃を加えられるのである。特にキャノンやタンクと言った主砲を連装で装備している機体にとってみれば、与しやすい敵と言えた。因みに速度で言えば、確かにザクよりも高速ではあるが、これら支援型の機体は対空も想定して設計されている。航空機で言えば黎明期のレシプロ機と大差ない速度かつ二次元でしか機動しない相手など、何ら問題にならなかった。

 

「退避!」

 

ビームを放ちつつクリスはそう指示を飛ばす。既に3回目ともなれば、言わずともタンク隊も退避行動に移っている。それを見て安堵しつつも、彼女は険しい表情になる。先程から第4軍と通信が途絶しているらしいし、最初に襲撃を受けたルヴェン少尉達も気がかりだったからだ。

 

「無事でいてくれると良いのだけれど」

 

仲間の安否を確認したい衝動を、任務への責任感で強引に抑えつける。手傷を与えたといっても、まだ敵は健在だからだ。

 

 

 

 

『何なんだっ!あいつらは!?』

 

マッシュの動揺した声に、ガイア自身も歯噛みをする思いだった。最初の部隊と当たった所までは襲撃は順調だった。ドムの重装甲とビーム兵器対策に用意した大型シールドはしっかりと敵の攻撃を防ぎ切り、予定通り支援砲撃で吹き飛ばすことに成功した。後はこれを繰り返すだけで木馬は丸裸になる。そんな甘い期待は二つ目の隊を襲撃した段階であっという間に消え去った。

 

「精鋭を集めた実験部隊、噂以上じゃないか!赤いのやラルの旦那がやられたのはまぐれじゃないぞ!」

 

『どうするガイア!?一度距離を取るか!?』

 

シールドを失ったオルテガがマシンガンに持ち替えながらそう聞いてくる。その意見を素早く検討し、ガイアは指示を飛ばした。

 

「10キロ程下がる!艦砲射撃で叩いて――」

 

戦力を削り次第再突撃。そう続けようとした彼の言葉を遮ったのは、空から撃ち下ろされたビームだった。コックピットに直撃を受けた彼の隊のドムが、パイロットを失いゆっくりと隊列から脱落していく。

 

「正気か!?」

 

フラックタワーは今も健在で制空権を確保している。その状況下でMSのような鈍重な兵器で飛び上がるなど真面な神経をしていたら出来ないはずだ。だが敵は、その思考の隙を突いてきた。

 

「白い奴!」

 

退路に立ち塞がる敵を見て、ガイアはそう唸った。通信で歩兵部隊の最後を彼は知っていた。会話どころか面識すらない相手だったが、友軍を惨たらしく焼き殺したという情報だけで彼の部下を暴走させるには十分な材料だった。

 

『悪魔め!ここで死ね!!』

 

「待てっ!?」

 

ガイアの制止も虚しく、隊列から離れたドムが白いMSへと向かって行く。その手に握られたマシンガンとバズーカが放たれるが、白い奴は僅かに機体を傾けるだけでそれらを躱すと、手に持っていたビーム兵器を躊躇なく放った。たった1発。正に吸い込まれる様にという言葉通りに、ビームが貫き、ドムは脱力したまま後方へと流れて行く。その光景にガイアは背筋を凍らせた。

 

「化け物か…!?」

 

他の連中もこちらへ命中を出すことは出来ていた。率直に言うならばそれだけでも称賛に値する技量だ、たった2度の戦闘で遭遇した敵機、それも同じホバーとはいえ異なる機体相手に冷静に対応した上に射撃を当てられるパイロットなどジオンでもエースと呼ばれる人間でなければ難しい。だと言うのにあの白い奴のパイロットは、そのドム相手にコックピットを正確に狙い二度も命中させた。つまりそれは、その射撃がまぐれ等ではないという事だ。

 

「マッシュ!オルテガ!奴を止めるぞ!ジェットストリームアタックだ!」

 

『『応っ!』』

 

既に部隊の約半数4機を失っている彼は、そう叫びシールドを構えなおす。隊は自分達三人を先頭に三方に分かれると同時に突撃を開始する。

 

『そうだと思ったぜ!』

 

機数の都合上一人だけで仕掛ける事になったオルテガの機体へ白い奴がライフルを向ける。だがそれを予測していたオルテガはそう叫ぶと胸の拡散ビーム砲を放った。ドムに搭載されたこの装備は、砲と呼ばれているもののその出力は低く、MS相手では精々目眩ましにしかならない代物だ。だが有視界戦闘において、ほんの数秒でも視界を奪える有効性を彼らは理解していた。

 

『貰った…何ぃ!?』

 

勝利を確信したマッシュの叫びは驚愕に変わる。視界を奪ったはずの敵機は、射線から外れるオルテガ機を追うことなく、加速して距離を詰めたマッシュ機に即座にライフルを向け直し、躊躇なく発砲したからだ。一撃でシールドを破砕されたマッシュ機は機体を捻って躱す。その後ろでバズーカを構えていたマッシュの僚機は、それを攻撃の為に射線を空けたのだと錯覚した。

 

『馬鹿避けろ!?』

 

即座に放たれた二射目がドムの上半身を貫く。推進剤に誘爆したその機体は下半身だけになりながら転がっていく。爆発によって攻撃の機会を逸した彼らは再び距離を取るが、その内心は焦燥に染められていた。

 

『視界を奪ったはずだぞ!?』

 

『滅茶苦茶だ!どうするガイア!?』

 

この時点でガイアの脳裏には撤退の二文字が浮かんでいた。参加したドム12機の内、残っているのは既に7機。大損害と言って差し支えない損耗である。本来なら十分撤退するに足る条件だと考えるが、彼の指揮官としての判断が邪魔をする。確かに陸上戦艦群は撃退したが未だに木馬は無傷であるし、釣り餌として用意されたと思わしき戦車モドキ共も決して無視出来る火力ではない。万一フラックタワーを喪失すれば連邦軍の空爆が待っているのは明らかで、バイコヌール基地の失陥は確実となってしまう。欧州方面の兵站を支える同基地を失う事は絶対に避けねばならない事項だった。

 

「…っ、一度基地まで下がる!」

 

まだ基地には守備隊のMSが残されている。流石にドムは無いが、少なくとも数は大隊規模だ。北方の圧力が殆ど失われた以上全戦力を連中に差し向けても問題ないとガイアは考える。

 

『くそが!覚えていろよ、白い悪魔め!』

 

『次は必ず――』

 

それを油断と呼ぶのは不憫だろう。理不尽な戦闘能力を見せつける白いMS。その存在を最大限に警戒しなければいつ撃ち殺されるか解らない、そんな状況で周囲に十分な気を配るなど最早人間技ではない。故に彼の死は避けられぬ定めとして降りかかる。背後、白いMSとは全く異なる位置から放たれたビームがマッシュ機の胴体を貫く。後は他の先に逝った仲間と同様だ。高熱の粒子によって瞬時に引火点を超えた推進剤や液体火薬がその力をドムの内部で解き放つ。超硬スチールすら容易く吹き飛ばす爆圧はマッシュに自らの死を自覚させる暇も与えずに圧殺し、機体そのものもバラバラに吹き飛ばした。ビームの放たれた先にはもう1機、グレーのMSがライフルを膝射で構えていた。




やっぱり私には重たい話とか向いてませんね!


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36.0079/10/17

「そんな!?我々だけで基地の攻略を続けるのですか!?」

 

艦長席に座ったブライト・ノア特務少佐は第2機械化混成大隊司令部からの通達に思わずそう叫んだ。

 

『第4軍と通信が途絶して2時間以上経つが、復旧する見込みがない。そしてフラックタワーの排除が成されていない以上、誰かがやらねばならん。つまり我々だ』

 

「…まだ敵のMS部隊は残っていると言うのにっ」

 

『戦場において想定外の事は起こりうる。だが、最大限対処するのが軍人の責務だ。健闘を祈る』

 

「簡単に言ってくれる!」

 

それだけ言うと通信は一方的に切られた。ブライトは思わず受話器を叩きつけるように戻すとそう叫んだ。敵の艦砲射撃で混成大隊のガンタンクは2機が喪失、1機が砲身を損傷し射撃不能になっている。加えて先ほどのホバーMSの襲撃で1機を失っている。火力的には半減に近い。そしてホワイトベース隊の戦力も無傷ではない。艦砲射撃に巻き込まれた第4小隊は全機大破。砲撃が止んだために救護班を向かわせはしたが、先に送られて来た報告から戦線への復帰は不可能だろう。

 

「観測ドローンは後どのくらいある!?」

 

「残り4機です。また現在1機を回収して充填中、1時間で復旧可能とのことです!」

 

「こんな事なら砲術科の人間も要求しておくのだったな」

 

直接照準を行うメガ粒子砲と比べ、実弾兵器は熟練を要する装備だ。勿論火器管制システムの恩恵を受けられるため、大昔のような職人芸程では無いが、それでも素人が気軽に撃って当たるものでもない。

 

「ドローンを2機上げろ、それから第2機械化混成大隊とのデータリンクが復旧次第タンク部隊と協同して統制射撃を実施する。MS隊は前進し警戒ラインを構築。ホバー機の再襲撃に備えろ!」

 

「艦長!ガンダム102号機から補給要請です!」

 

「無事なコンテナは無いか、許可する。但し急げと伝えろ!」

 

そう言い終えるとブライトは溜息を吐きそうになり慌てて堪えた。自分がホワイトベースの艦長である事を自覚しているからだ。

 

「ミノフスキークラフト、出力安定。高度+20に変更します」

 

ミライ伍長がそう口にして、ホワイトベースが静かに上昇する。そして船体が停止して直ぐにオスカー曹長が声を上げた。

 

「データリンク、来ました!」

 

「よーし、砲撃開始。艦首ミサイルにもデータ入力、出来次第順次発射だ!」

 

固定砲台ならば画像認識方式のミサイルは十分役に立つ。ミノフスキー粒子下でも運用できるようにシールド処理を施したミサイルは値段が跳ね上がるため費用対効果は最悪だが、現場の人間としては知った事ではない。無茶を押し付けるならば、相応の対価が必要になるものなのだから。

 

 

 

 

「マッシュの魂よ、宇宙に飛んで永遠に喜びの中に漂いたまえ」

 

そう静かに哀悼を捧げると、ガイアはドムに握らせたバズーカを操作した。態々トリガー操作に設定されたドムは静かに引き金を引き、重い金属音を鳴らす。

 

「すまんな、マッシュ。こいつの弾は貴重でな。奴の死に様を送り火にしてやるから、今は許してくれよ」

 

初期型のジャイアントバズーカは連邦軍の砲弾を転用する為に製造された急造兵器だ。液体装薬をドムの腕内に通されたパイプから供給する構造のため、ドム専用の武装になってしまっている。当然同機を配備していないバイコヌールには砲弾も装薬も備蓄されていない。

 

「大尉殿、補給完了いたしました!特務遊撃隊も完了との事です!」

 

機体から降りると、オルテガを除けば唯一の生き残りとなったガイア小隊の兵士が駆け寄ってきてそう報告をしてきた。まだ少年と言っても通用する部下を見てガイアは一度頷くと、自分の機体を見上げながら口を開く。

 

「フレデリック軍曹、貴様の機体は特に問題は無いな?」

 

「はっ!大尉殿。問題ありません!」

 

そうか、とガイアは呟き、振り向くとフレデリック軍曹の顔を見据えて命じる。

 

「今回の戦闘でバイコヌールの戦力はかなり低下した。連中は押し返せるだろうが、その後となると心もとない。よってフレデリック軍曹、貴様はオデッサへ帰投し現状を報告しろ。そして増援を出すように伝えるんだ」

 

その言葉にフレデリック軍曹は驚愕の表情を浮かべる。彼の駆るドムは基地の重要な戦力であり、現在たった6機しか無いからだ。

 

「そんな!大尉殿、自分も戦います!連絡ならば基地の航空機を使えばよいではありませんか!」

 

フレデリック軍曹の訴えにガイアは頭を振って否定する。

 

「ここが攻められているという事は、オデッサまでの道中で敵に出くわす可能性が高い。連絡機では不安だ、この情報は確実に届けねばならんからな。ドムならば速度も出る。そして今ここにいるドム乗りで一番未熟なのは貴様だ」

 

ガイアの言葉にフレデリック軍曹は唇を噛み締める。ガイアの言葉に嘘偽りがない事は彼自身も良く解っているからだろう。

 

「なあに、心配せんでも基地は俺達が守っておく。だからお前はしっかり援軍を連れてこい」

 

そう言ってガイアは笑いながらフレデリック軍曹の肩を叩いた。基地への砲撃が再開されたのは、フレデリック軍曹がバイコヌール基地を発って10分後の事だった。

 

 

 

 

「っ、了解しました。MS隊は前進し、警戒ラインを構築します」

 

観測員を排除して陣地まで戻った俺に伝えられたのは第4小隊の壊滅とルヴェン少尉のKIAだった。至近距離で受けた砲撃の断片が、運の悪い事にコックピットを直撃したらしい。アクセル軍曹の機体は脚部が大破、アニタ軍曹の機体は右腕とバックパックがやられてしまっている。パイロットは幸いにして軽傷との事だが、ルヴェン少尉の戦死で戦意を喪失しているとの事だった。どちらにせよ乗せる機体も無いからと二人はホワイトベースに戻されている。

 

『お待たせしました、アレン中尉』

 

そう言って近くに補給を済ませた102号機が寄ってきた。アムロ軍曹に動揺は見られない。軍人としては良い傾向だ。

 

「いや、問題ない。悪いな諸君。本来なら仕事を終えて一休みといきたい所だが、オーダーが変更された。暫く前から第4軍との通信が途絶しており、復旧の見込みが立たない。大隊司令部は第4軍が壊滅したものと判断し、独力での基地攻略を決定した」

 

『『……』』

 

俺の言葉に通信は沈黙を保つ。尤も誰も声を発さなかっただけで、唸り声や息をのむ声はしっかり聞こえてきたが。俺は努めて明るく言葉を続ける。

 

「とは言うものの、基本的な流れは変わらない。地上部隊の目標はフラックタワーの破壊。その担当も機械化混成大隊のガンタンクとホワイトベースだ。俺達の仕事は変わらず、敵MS部隊の迎撃になる。ただしダブデの間接射撃から友軍を保護するため、我々は15キロ程前進し警戒ラインを構築する。全員マップを確認しろ」

 

手早くパネルを操作し、データを共有する。開かれたマップにはバイコヌール基地を中心に赤いラインが引かれていた。

 

「このラインはフラックタワーからの地上攻撃範囲を示している。こいつを踏み越えん限りは奴からの砲撃は考慮しなくていい。但し、あくまで地上での話だ。不用意に飛び上がれば保証の限りじゃない、死にたくなければ地べたを這いずり回れ」

 

更にパネルを操作して先ほど撮影したドムを映す。

 

「既に交戦済みの諸君には今更だが、敵はホバータイプの新型MSを投入している、この“スカート付き”は高速かつ重装甲、重火力の厄介な機体だ。基地へ撤退した部隊に加え、第4軍の状況を考慮すれば、まだ相当数が残存していると想定される。馬鹿正直に正面から来てくれれば助かるが、余程の馬鹿でない限りは正面から通常のMSで、そしてこいつらで迂回攻撃を仕掛けてくるだろう。よって隊の両翼に202号機(キャノン)301号機(タンク)を配置する。タンクの直掩は引き続き501号機及び502号機、キャノンには俺が付く。102号機、アムロ軍曹はジョブ准尉の指揮下に入れ」

 

そこまで言い切ると一度大きく息を吸い俺は命じる。

 

「見ての通り既にホワイトベースは元気よく攻撃中だ、ジオン共がキレて出て来るのは直ぐだろう。全機前進、一つ目野郎共を生かして帰すな」

 

俺が前進を始めれば、呼応するように全機が前へと進む。すぐ横でスナイパーライフルを抱えて走るグレーのガンキャノンから個別の通信が入る。

 

『中尉、連中まだ来ますかね?』

 

少し疲労の感じられる声音に、俺は素直に応じた。

 

「残念だがこっちが諦めない限りは来るだろうな。バイコヌール基地の失陥は連中にとって痛すぎる」

 

絶対に逃げられない敵と戦うなんてどんな罰ゲームだよ。そんな愚痴がせり上がって来るが、強引に吞み込んだ。

 

『こんな事ならアニタ軍曹に観測ドローンの扱いかたを習っておくんでしたよ』

 

アニタ軍曹は非常に多芸でMSからドローンを操作するなんてことまでやれていた。だが居ない奴を当てには当然出来ない。

 

「次までの課題だな。今回は自分の目を頼るとしようや」

 

そんな益体もない会話を続けるうちに想定されていた警戒ラインに到着する。とは言っても何があるわけでもない、砂埃の舞うただの荒野だ。遮蔽物が無いのは砲撃能力に優れる俺達の隊にとって歓迎すべき事だろう。だがすぐにその光景に変化が訪れる。

 

『来た!』

 

隊の中央に陣取ったジョブ准尉がそう短く口にしてライフルを構える。直ぐ隣でテイラー曹長の機体も射撃体勢を取ると即座に発砲した。

 

『近づかれる前に、数を減らします!』

 

通常のMS、つまりザクの相手を担当するのは主に二人の役割だ。勿論俺達も射撃を行うが、お世辞にも濃密な弾幕などと言えるものは用意できない。何しろドムが後何機いるのか解らないのだ。最悪1機でも逃げ切られれば、また陣地を転換する必要がある。それだけならまだマシだが、万一砲兵に損害が出れば攻略は更に難しくなる。とは言うものの。

 

「数が多いっ」

 

思わず俺はそう呻いてしまう。目の前に迫るザク共はどう見ても大隊規模だ。想定通りドムが含まれている様子は無いが、つまりそれは増強大隊規模の戦力が残存している事になる。

 

『そっちか!』

 

『あ、アムロ軍曹!?』

 

目の前に向けて射撃をしていたアムロ軍曹が唐突に動きを止め、そう叫ぶや東へ向かって機体を飛ばす。動揺したジョブ准尉がそう呼びかけるが、彼は飛び跳ねるように東へと向かってしまう。

 

「目の前の敵に集中!カイ兵長!左翼の警戒は解いていいから目の前の敵機に全力攻撃!」

 

そう叫びながら俺はアムロ軍曹の後を追う。

 

『ちょっと、アレン中尉!?』

 

「軍曹のバックアップをする!マッケンジー中尉はこのまま隊の指揮を!」

 

『ああ、もう!後で奢りなさいよね!』

 

そんな文句に背を向けながら、俺はアムロ軍曹を追った。




唐突なアムロ覚醒回。


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37.0079/10/17

『嘘だろ!?もう見つかったのか!?』

 

部下のガースキー・ジノビエフ曹長の悲鳴じみた声にケン・ビーダーシュタット少尉は即座に迎撃に移ろうとした。ドムだけで構成されたこの部隊の目的は、木馬と呼ばれる連邦の艦艇を沈める事だ。その上で最大の障害に設定されているのが、今こちらへ向かっているあの白い敵MSだった。

 

『先に行け、ケン少尉!奴は俺達がやる!』

 

進路を変更しようとした彼をそう言って止めたのは、ガイア大尉だった。黒い三連星と呼ばれるジオンのエース中のエース。しかし今は2機しか居ない。聞けばチームの一人であるマッシュ中尉が奴に殺されたのだという。

 

「了解しました!」

 

木馬の位置さえ特定出来ればダブデの砲撃で仕留められる。そしてそれこそが最優先の任務だ。一切の私情を切り捨てて、ケンは機体を加速させる。発見された以上増援の可能性は否めない。一刻も早く木馬を発見する必要があった。だが、そんな彼らの前にもう一機のMSが立ち塞がる。

 

『避けろっ!ジェイク!!』

 

叫びながらガースキー曹長がジェイク・ガンス軍曹の機体に体当たりをして強引に進路を変えさせる。間一髪のところでジェイク機は被弾を免れるが、代わりにガースキー機のメインカメラが吹き飛ばされる。あと一歩遅ければ確実にジェイク機が胴を撃ち抜かれていた攻撃を見て、ケンは驚愕の声を上げる。

 

「こっちの動きに対応出来ている!?」

 

その間にも状況は加速度的に悪化する。被弾を免れていたものの姿勢を崩していたジェイク機が転倒回避の為にオートバランサーが起動してしまう。時間にして凡そ1秒、だがそれは彼の命運を決めるには十分な時間だった。

 

『う、うわぁぁ!?』

 

グレーの敵機が左腕に持っていたバズーカを躊躇なく連射し、ジェイク機が爆炎に包まれる。

 

「ジェイク!」

 

任務の為に部下を見捨てる。作戦全体から考えればそれが最も正しい選択だ。しかし、それを選べるほどケンは国家にも軍にも忠誠心を抱けていなかった。それ故に生まれた隙は彼から選択肢を奪い去った。

 

「ぐぁ!?」

 

完全に意識外からの攻撃。ロックアラートすら鳴らなかった攻撃によって、彼の機体は右足を撃ち抜かれる。急速に推力と浮力を失ったドムは、体勢を立て直す暇も与えずに転倒し、地面を何度も転がって漸く停止する。

 

『死にたくなければ降伏しろ、ジオンのパイロット』

 

メインカメラが死に、アラートまみれの薄暗いコックピットにそんな声が響く。宇宙世紀0079、10月17日、ケン・ビーダーシュタットの一年戦争は幕を閉じた。

 

 

 

 

「見つけた」

 

土埃を巻き上げて疾駆する“スカート付き”の一団を視界に収めたアムロ・レイ軍曹は静かにそう呟いた。敵の数は5機、別働隊の存在という言葉が脳裏を掠めるが、彼は即座に否定する。そうした意思を持って動いているのを目の前の連中以外に感じなかったからだ。ビームライフルをおもむろに構え、敵機の内1機を照準する。ロック音が鳴り響いた瞬間、こちらを認識した敵機の内2機がこちらへ進路を変えた。

 

「少ないっ」

 

当てが外れたアムロは思わずそう舌打ちをした。一瞬こちらに向けられた感情からすれば、全員が掛かってきても良さそうであったが、どうやら敵は任務を優先した様だ。だがそれならば、さっさと向かってきた2機を倒して追いかけるだけだと、彼の冷えた思考は結論を出した。何しろ、

 

『追いついたぞ!あっちは俺が止めておく!』

 

後ろから追いかけて来ていた101号機からそう通信が入る。無理だとは思わなかった。単純な操作技術や反応速度、先読みといった分野ではアムロが圧倒しているものの、101号機を操るディック・アレン中尉は信じられない程戦術に関する引き出しが多い。何しろ10回戦えば2回はアムロが負ける。そしてその2回が実戦では最初に来ない保証は何処にもないのだ。

 

「あいつらは違うから、アレン中尉で大丈夫だ」

 

死神と呼ばれるシミュレーションデータを繰り返す内に、アムロは奇妙な感覚を味わっていた。以前から度々感じていた違和感。それをより明確に、具体的に知覚出来るようになったのだ。それが人から発せられる感情やそこに付随する無意識の思考である事が解った瞬間、彼の戦闘能力は劇的に向上した。何しろ彼には敵が機体を操作するよりも先に、相手の行動が解るのだ。後は動く先に攻撃をしてやればよい。今の彼と戦いになるのは彼と同じ死神か、戦闘中の思考が滅茶苦茶なアレン中尉だけである。そして今相対している敵からは、どれからもそうしたものは感じられない。単純な技量は高いが、それだけならば中尉でも十分対応出来る。

 

(マッシュの仇!)

 

(くたばれっ!悪魔め)

 

憎悪を剥き出しに襲い掛かって来る敵を見て、アムロは不快気に眉を寄せた。彼等の機体の周りには、沢山の感情が渦巻いている。その多くは憎しみや怒りといった感情だ。時間が経っているせいか、一つ一つは随分と薄くなってしまっているが、それでもそれが何百何千とまとまれば生きた人間と同じくらいには濃く感じられる。

 

「どっちが悪魔だ」

 

吐き捨てる様にアムロは呟き、ビームライフルを敵機に向ける。教育型コンピューターのアシストは全てカット。ロックレーザーすら使用しない通常なら当たる筈の無いその射撃は、彼の思い描いていた通りに銃口から飛び出すと敵機のコックピットを予定通りに撃ち抜く。

 

『オルテガァ!この、化け物がぁ!!』

 

文字通りバズーカを乱射しながらもう一機の“スカート付き”が突っ込んでくる。その負の感情を全て混ぜ込んだような思いにアムロはつい叫び返した。

 

「人が死ぬのがそんなに許せないのに、なんで戦争なんかするんだ!」

 

バズーカを撃ち尽くし、ヒートサーベルを引き抜いて迫る敵機に、アムロはスラスターを噴かせて接近する。予想外の行動に動揺した敵機が僅かに遅れてサーベルを振り下ろすが、それは余りにも遅かった。コックピットにピタリと当てられたライフルの銃口が光を放ち敵機を撃ち抜く。即座に身を捻れば入力に従っただけのサーベルは空ぶりし、主を失ったMSはゆっくりと動きを止める。

 

(マッシュ、オルテガ…すまんっ…)

 

敵パイロットの残滓を振り払い、アムロは足止めをしてくれているアレン中尉へ意識を向ける。そこには今まさに敵を殺そうとしているアレン中尉の姿があった。もう決着はついている。そう気を抜いた瞬間、アムロは強い感情を見てしまう。

 

(俺は、こんな所で死ねないんだ!)

 

それは敵のMSから放たれたものだった。それを見て、思わずアムロはライフルを操作する。向けた先は敵の脚部。彼の予定通りにビームが貫き、敵機は派手に転倒し動きを止める。

 

(俺は、死ねないんだ…俺は)

 

感じられるのは誰かを案じる、そしてそんな大切な誰かを守る為に生きようとする強い意志。殺し合いの場に全く似つかわしくない感情に当てられ、アムロは咄嗟に敵兵を救ってしまった。一瞬ガンダム同士の視線が絡まり、そして転倒した敵機に止めを刺そうとしていたアレン中尉から急速に殺気が失われる。そして全軍共通の無線バンドに、彼の少し強張った声が響いた。

 

『死にたくなければ降伏しろ、ジオンのパイロット』

 

 

 

 

「命中!フラックタワー、機能停止を確認!!」

 

待ちに待った報告を受けて、ブライト・ノア特務少佐は拳を握った。ノイズの多分に混じった観測ドローンの映像には中央で黒煙を上げて動きを止める最後のフラックタワーの様子が映されている。

 

「航空支援要請!それから本艦も高度制限を解除!味方MS隊の直接砲撃支援を行う!」

 

力強く宣言すると、艦橋内には喜色を含んだ了解の返事が響いた。

 

「メガ粒子砲一番二番、目標敵MS群、撃てぇ!」

 

興奮に手を突きだしながら命ずると、それに従って空中を4本の光が奔った。岩陰に隠れていたザクが、その一撃で岩ごと吹き飛ばされる。

 

「いいぞ!続けろ!」

 

「第507戦略爆撃部隊より通信です!」

 

高揚してそう叫ぶブライトにマーカー曹長がそう告げる。

 

「繋いでくれ」

 

ブライトは幾分調子を整えるとそう言って受話器を取る。直ぐに若干ノイズの混じった陽気な声が届いた。

 

『507のアメト・ハン・スルタン大佐だ。待ちくたびれたぜ?』

 

「ホワイトベース隊、ブライト・ノア特務少佐です。申し訳ありません、大佐殿」

 

そう返すとアメト大佐は明るく笑った。

 

『冗談だよ、少佐。邪魔な砲台の排除感謝する。後はこちらに任せてくれ。ジオン野郎を石器時代に戻してやる』

 

通信が切れて数分、東の空から轟音と共にデプロッグの編隊が姿を現す。それを見てブライトは思わず呟いた。

 

「基地が、消える」

 

高度1万m超えの高空を遊弋する巨人機、1機辺り100tを超える爆弾を抱え込んだそれが100機以上の群れを成し、バイコヌール基地へと襲いかかる。最後の抵抗とばかりにダブデが対空砲を撃つが、届かずに黒煙の花を上空に咲かせただけで終わった。

そして煉獄の扉が開く。

開いた爆弾倉から次々と爆弾が投下され、地上を紅蓮の炎で染める。観測ドローン越しに送られてくるその映像を見て、ブライト達は息を呑んだ。激しい炎と黒煙に彩られた基地は瞬く間に瓦礫の山へと姿を変え、あれほど悩まされたダブデさえ、容赦なく浴びせられる爆弾に瞬く間に沈黙する。一方的で圧倒的な蹂躙は黒い巨鳥達の腹が空になるまで続けられ、彼らが通り過ぎた後には、アメト大佐の言葉通り、すべての文明を失った残骸のみが残される。

 

「これが、戦争か」

 

目の前の光景に先程までの高揚感を失ったブライトは、一言それだけ呟いた




バイコヌール攻略、終わり!


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38.0079/10/18

いんたーみっしょん。


直接の殺し合いが終わっても、戦闘は片付く訳じゃない。負傷者の手当てや行方不明者の捜索、損傷した装備の回収や敵増援に対する警戒。煩雑さと言う意味なら寧ろ殺し合いの方が単純で楽なくらいだ。特に捕虜なんてとってしまった日には面倒くささが跳ね上がる。

 

『キリキリ歩けよ!ジオン野郎!』

 

基地の壊滅を見て戦意を喪失したMSのパイロットが投降してきた。まああのまま戦っても絶対に死ぬだけだからな。ある意味賢明な判断だろう。ただ、それを受け入れる第2機械化混成大隊の連中はかなり殺気立っている、無理もないが。

 

『アレン中尉、交替の時間です』

 

後ろから近付いてきたジム・コマンド、クリスチーナ・マッケンジー中尉からそう声が掛かった。俺は一度深呼吸をして気分を落ち着かせて口を開く。

 

「了解。後は頼みます、マッケンジー中尉」

 

バイコヌール基地の攻略は成功したが、その為に支払われた犠牲も相当のものだった。まず参加した第4軍の打撃艦隊は全艦撃沈。現在も懸命な救助が続けられている。機甲戦力も8割を喪失。特に指揮系統を失ったのが致命的で、統制を失った機甲師団は混乱したところを好き放題に叩かれたらしい。補給部隊などの支援部隊が生き残っていたのは不幸中の幸いだ、もし彼等までやられていたら被害は更に増えていただろう。

 

『固定確認!足回りのチェックからよ!』

 

機体をハンガーに戻すとロスマン少尉の威勢の良い声が聞こえてくる。コックピットを開放して、俺は外へ這い出す。途端に腹が鳴った。

 

「取り敢えず、飯だな」

 

負傷した際の体内汚染を避けるために戦闘の前は食事を摂らないのが一般的だ。日を跨ぐ程長期化してしまえば話は変わるが、今回位の時間だと戦闘中の配食も無く、口に入れられたのは栄養剤とスポーツドリンクくらいのものだ。緊張から解放されたこともあって、体は頻りに栄養補給を訴える。急いで食堂に向かえば、同じように交替したアムロ軍曹とカイ兵長が旺盛な食欲で皿の上の食事を詰め込んでいた。

 

「ちゃんと噛めよ」

 

「っ!?んぐっ!」

 

声を掛けるとアムロ軍曹は食べながら頷き、カイ兵長は驚いたのかのどに詰まらせたらしく慌てて水を飲んだ。そんな二人の横に座り、俺も受け取った飯に手をつける。パイロットは体力を使うため食事も豪勢だ。流石に戦時下のため本物の肉なんかは難しいが、合成食品でも味や質感の良いものが回される。

 

「今、どんな感じなんですか?中尉」

 

パンを適当に割って具材を挟んでいたら、人心地ついたのだろうカイ兵長がそう尋ねてきた。俺は手にしたサンドイッチもどきを頬張りながらそれに答える。

 

「まあ戦闘はこれで終いだろう。バイコヌールも瓦礫になっちまったからな。ジオンにしても取り返したところで宇宙港として機能しない以上、戦力を送って来る事もないだろうさ」

 

もっと言ってしまえば取り返したくてもユーラシア全域で反攻が行われているから余剰戦力なんて無いし、説明した通りバイコヌールは宇宙港としての機能を喪失している。どうせ時間をかけて宇宙港をもう一度整備するなら、今保有している拠点に造る方が現実的だろう。

 

「僕達はどうなるんでしょうか?」

 

「今の所次の命令は聞いてない。けどあまり楽は出来んだろうな、この作戦が前哨戦だってのは言っただろう?多分そっちに回されるんじゃないか?」

 

寧ろ史実的には今回の戦闘の方がイレギュラーだ。俺達の戦力が強化されている分、余計な色気が出たのかもしれない。

 

「その、第4小隊は…」

 

まあ、そういう話になるよな。

 

「3機ともジャブローへ送り返すみたいだぞ、共食いすれば1機くらいは戻せると思うんだが…」

 

全てジャブローへ送り返すらしい、整備班の連中が大騒ぎで梱包していたから多分間違いない。一緒にルヴェン少尉の亡骸もジャブローへ運ばれる筈だ。アニタ軍曹とアクセル軍曹はどうなるだろう。機体を引き揚げる旨は聞いたが人員については音沙汰がない。となればこのまま予備パイロットにするというのが現実的だろうか。

 

「そうなると、1小隊分戦力が低下する事になりませんか?」

 

「実際にはもっと深刻だよ」

 

補修部品の調達が最も容易だったのが彼らのジムだ。だから基本的に小規模な襲撃には彼らが対応していた。その分を他の機体で補うならば、確実に稼働率は低下する。

 

「シフト的にも四分の一が消えれば、任務時間は1.3倍。普通に死ねるぜ?」

 

レーダーに頼れない現状、索敵の中心は監視カメラと目視による捜査だ。当然長くなればなるほど集中力など維持出来なくなる。

 

「まあ次の補給次第だろうな」

 

今回の補給に装備は追いつかない筈だから、更に次の補給次第になるだろう。オデッサ作戦までに間に合ってくれると良いのだが。

 

 

 

 

「凄い戦果ね」

 

受け取った戦果報告を確認して、マチルダ・アジャン中尉はそう口にせずにはいられなかった。ガンダム、特にアムロ・レイ軍曹の戦果が突出しているが、それ以外も十分に異常と呼べる部類である。確かに性能面での優越はあるのだろうが、それでも2個小隊6機で大隊規模の敵と正面から戦い、まともな戦闘になるなど戦略が根底から覆されかねない能力差だ。

 

「ジャブローの高官が肩入れしたくなる気持ちも解りますね」

 

横で副長がそうマチルダの意見に同意した。現在ジャブロー内では多くのMS開発計画が立ち上がっている。元々はV作戦をレビル将軍が提唱した際に、目敏い連中がMSに付帯する利権目当てで始めた事であるが、そのV作戦そのものが戦果を挙げた事で一気に軍がそうした開発計画に資金をつぎ込んだのである。MSが有効である事は証明された、しかしどの機体が有効なのかはまだ分からない。ならば、全て開発してしまえばいい。圧倒的な工業力と資本を有するが故の選択である。更に言えば発足以来複数の企業から装備を調達していた都合上、ジオンが直面していた規格の統一や各社間での暗闘というものが概ね一掃されていたことも大きかった。下地となるV作戦の成果物たるMSの図面さえ提供してしまえば、大抵の企業が開発に着手出来たのである。この結果、ジオンが長年をかけて積み上げたMSというアドバンテージは急速に失われつつある。

だが話はそれだけでは終わらない。開発計画だけでも相応の利益を生み出すが、正式に採用され量産となれば莫大な利益が転がり込むのだ。当然それに口利きをした高官達の懐にも。結果彼らは開発した機体をこぞってホワイトベースへと送る事を画策する。何しろ今の彼らはガルマ・ザビを殺害し、反攻の狼煙を上げた英雄であり、同時に赫々たる戦果を挙げ続ける精鋭なのである。

 

「報告を受けて、追っ付けでアルバトロス隊も物資をもって来るとか」

 

「元々あそこは新型ガンダムの輸送を準備していたものね。それにしても、帰りに荷物の心配をするなんて久しぶりの経験だわ」

 

言いながら彼女はコンテナに積み込まれる残骸に視線を送る。

 

「ジオンの新型MS、それも殆ど傷無しときてますからね。技術屋の連中、涎を垂らして喜びそうです」

 

「そうね」

 

副長の誤解を彼女はあえて訂正しなかった。軍が今最も注目しているのは、ルヴェン少尉達のジムだろう。試作機や新型よりも明らかに性能の劣る機体が多くの戦果を挙げたのだ。機体の解析結果はそれこそネジ一本の摩耗具合まで貴重なデータになるだろう。

 

「さて、悪いけれどここは任せるわ。ブライト少佐と打ち合わせをしてくる」

 

「了解です」

 

敬礼をしてみせる副長に返礼をしながらマチルダは歩き出す。目当ての人物はそれ程かからずに見つかった。

 

「ブライト少佐」

 

ハンガー前でテム・レイ大尉と話し込んでいた青年にマチルダはそう声を掛けた。難しい顔をしていたブライト特務少佐は少し表情を和らげて口を開く。

 

「ああ補給感謝します、マチルダ中尉」

 

「いえ、任務ですから、気になさらないでください」

 

「任務だとしても根無し草に飛び回っている我々にとって、中尉の補給は生命線です。感謝くらいさせてください」

 

そう言うブライト特務少佐に向かってマチルダは一度苦笑すると、表情を戻して口を開く。

 

「次回以降の補給について、相談出来ればと思うのですが」

 

その言葉に青年も艦長の顔に変わり答えた。

 

「率直に申し上げれば、未だに本艦は人手不足です。特に整備班とパイロットの不足が問題です。整備班については、今回の補給で多少改善するでしょうが」

 

今回の補給では幾つかの開発チームから選出された整備員がホワイトベースに合流していた。恐らく現場における整備のノウハウや、開示されないであろうデータの極秘収集を目的としているのだろうが、整備員としての本分を果たしてくれるならば問題ないとマチルダは考えている。

 

「引き続き陳情は続けますが、どちらも現在の連邦では貴重な存在です。あまり期待はしないでください」

 

「機体だけ送られても話にならんのだがね?」

 

横で話を聞いていたレイ大尉がそう不満を口にする。実際ホワイトベースの搭載機は試作機の見本市といった状態だ。本来ならばそれぞれの機体にパイロットと専属の整備員を付けてバックアップするのが理想だろう。

 

「いっそのこと訓練途中でもいいからこっちにくれないか?今の状況なら荷物が運べるだけでも役に立つ」

 

無茶苦茶な事を言ってくるレイ大尉に思わず額を押さえそうになりながら、それ程深刻なのかとブライト特務少佐に視線を送れば、彼はマチルダから目を逸らした。どうやら本当の事らしい。

 

「…検討してみます。それから、MSの補給についてですが」

 

「アクセル軍曹達のジムの代わりですね?」

 

「はい、陸戦用の機体が1機。それから正規量産機のジムを1機送るとの事です。既に搭載した輸送部隊はこちらに向けて移動中とのことですから、受け渡しはここになるでしょう」

 

「陸戦機と正規量産機か。やれやれ、また手間が増えそうだな」

 

「…大尉がご希望するのでしたら、ジャブローにお連れすることも出来ますが」

 

マチルダはそれとなく提案してみる。レイ大尉は技術士官であり、本来ならば後方で開発に携わっている人間である。ガンダムが完成した時点で彼の手がけているプロジェクトは完結していて、その能力を手元に置きたい高官達から何度も帰還の提案が出ている。

 

「冗談じゃない。私が抜けたら誰がガンダムの面倒を見ると言うのかね?」

 

そう言ってレイ大尉は不機嫌そうに鼻を鳴らす。そしてホワイトベースを見上げてさらに続けた。

 

「私の造った機体に子供たちが乗って戦っている。それを放り出してジャブローに行ける程、私は大人も親も辞めていない」




投稿する気は無かったんだ。
でも、バーニィのビデオレター見ていたら…。

毎度のごとく主人公の性能盛りすぎて頭を抱えている。成長しない奴である。


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39.0079/10/18

めりくり。
今週分です。


まるで部品だな。運び込まれる機体を見ながらアクセル・ボンゴ軍曹はそんな事を考える。ルヴェン少尉が死んで一日と少し、戦闘終了と共にやってきたミデアが自分達の機体とルヴェン少尉を載せて帰っていったかと思えば、その翌朝には再びミデアが現れて新しい機体をホワイトベースへ運び込んだ。

 

「失礼、アクセル・ボンゴ軍曹で間違いありませんか?」

 

そう声を掛けられ振り返ると、温和な表情の大柄な白人男性が立っていた。

 

「自分はクラーク・ウィルソン少尉です。本日付けでホワイトベース隊に所属となりました」

 

「ん、ああ、宜しく。アクセル・ボンゴ軍曹っす」

 

敬礼では無く握手を求められ、アクセルは居心地の悪さを感じつつもその手を握り返した。

 

「自分はルヴェン・アルハーディ少尉の後任となります。よろしくお願いしますね」

 

そう笑顔で告げて来るクラーク少尉に対し、アクセルは露骨に顔を顰めてしまった。壊れたMSの代わりが届くように、パイロットも死ねば補充される。まるで荷物の様に運び込まれたルヴェン少尉の遺体袋が脳裏を過り、アクセルの神経を逆なでた。

 

「やめてくれよ、ルヴェン少尉の代わりなんていねえ」

 

ルヴェン少尉とアクセルの関係は取り立てて良かった訳ではない。それでもチームとして数か月も過ごせば相応に信頼関係も生まれるし、情だって移る。死んだからとすぐに取り換えられるなんて扱いを許容出来る程彼は大人ではなかった。

 

「…死人に引っ張られると、貴方も死にますよ」

 

手を掴んだまま、クラーク少尉が落ち着いた声音でそう告げてくる。思いのほか強い力で握られて身動きを封じられたアクセルはクラーク少尉の顔を見た。その表情は穏やかではあったが、目は一切笑っていなかった。

 

「死者を悼むのも、その死を悲しむのも後にしなさい。それよりもその死から学びなさい、彼は何故死んだのか。そして考えなさい、そうならないためにはどうすれば良かったのか」

 

諭すような声音に思わず睨み返すが、クラーク少尉は毛ほども表情を揺らがせずに言葉を続ける。

 

「出来なければ死にます。貴方が死ななくとも、間違えた貴方を救うために誰かが死ぬでしょう。私の部下になる以上、そんな事は許しません」

 

アクセルは言葉を発する事無く、クラーク少尉を睨み続けた。

 

 

 

 

「RGM-79A、正規量産モデルか。カタログスペックは悪くないが」

 

「乗ってみない事には何とも言い辛いですね。嫌な噂も聞きますし」

 

搬入され点検を受けている機体を見上げながら、レイ大尉の言葉に俺はそう返した。目の前のジムは連邦が初めて量産化したMSだ。その中でもこのA型は初期生産型、文字通り最初に量産されたモデルだ。機械に携わった経験のある人間なら、このフレーズだけで何となく嫌な気持ちになれるだろう。こうしたものには初期不良なんてのが付きものだからだ。本来こうしたトラブルを防ぐ為にも試作機というものが存在するのだが、なにを隠そうこのジムの試作機はガンダムである。

 

「うん、これは確かに乗ってみなければ解らんな」

 

メンテナンス用だろう説明書を確認しながら苦々しい表情でレイ大尉も同意する。当然だろう、何せこのジムは同じ設計で造られた全く別物の機体だからだ。

意味が解らないだろう。でもこれが紛れもない事実である。そもそもジムはガンダムの開発に並行して進められていた量産型MSの開発計画だ。開発段階で既に高額化が確定していたガンダムを見て、連邦軍はとてもではないが必要な数を揃えられないと確信した。結果、本来量産型ガンダムとなるはずだったジムは、調達費という壁に阻まれ大幅な設計変更が行われる。頭部形状の簡素化なんて可愛いもので、コアブロックシステムの廃止や搭載ジェネレーターの変更と挙げ始めればきりがない。そしてその極めつけは構造材の置き換えだ。ガンダムは宇宙でしか精製出来ないルナチタニウム合金を主材料としているわけだが、現在連邦軍が保有する精製所はルナツーのものだけで、大半はジャブローの備蓄を切り崩して対応していると言うのが現状だ。なんでそんなもので造ったんだと文句を言うやつもいるだろうがこれは全面的に軍が悪い。ザクに優越する運動性と防御力を両立しろなんて仕様を出されればこうもなるのである。で、当然ながら量産機にそんな希少部材が使えるはずもなく、チタンセラミック複合材に置き換えられた。問題はこの二つの物質がチタン系である以外全くの別物である点だ。MSは基本的にセミモノコック、つまり装甲にも強度部材としての役割を求める構造を採用している。だから材質が変わり、物性値が変化してしまえばそれは同じ形でも同じにはならないのだ。極端な例で言えば実車と寸分違わない原寸大プラモデルを作ったとして、同じ様に使えるかと言う話である。そんな訳でガンダムはモーションデータの参考程度しかジムに対して提供出来るものはなく、この初期生産のA型が今後製造されるジムの試作機的な立場になっている。

 

「多少でも時間が取れたのは幸いだな。シミュレーションだけで実戦投入などしたらどうなったことか」

 

「搭乗予定は4小隊のメンバーですが、一応他の連中にも乗って貰いましょう。補修部品は多目に届いていますし」

 

最悪今後機体を壊す度にコイツに置き換わる可能性があるんだ。全員が経験しておいて損は無い。

 

「あっちのガンダムモドキはどうする?」

 

「モドキじゃねーす。コイツはピクシーっす」

 

機体にくっついて点検していた整備員の一人が振り返ってそう訂正を要求してきた。確か彼女はピクシーの機付整備員として派遣されてきたナオエ・カンノ少尉だ。

 

「ふん、機能をそぎ取った廉価版などモドキで十分だ!」

 

「あ?余計なモンがごちゃごちゃくっついてて喜ぶのは小学生までっす!マシーンってのはシンプルかつ求められる機能を満足させている姿が最も美しいんす!!」

 

譲れない何かの為に熱い激論を交わす技術者(バカ)二人。俺はそんな二人を放置してどうしたものかと考える。現在のホワイトベース隊のMSは射撃戦を重視した編成だ。何せビーム兵器が運用出来るのだから、態々相手の射程に踏み込んで斬り合うなんてリスクを冒す必要を感じないからだ。無論その場合に備えて――再びあの赤いのが襲撃してくる可能性が高いからだ――訓練は怠っていないが、基本的に射撃で圧倒する事を基本戦術としている。対してこのピクシーと呼ばれるガンダムのカスタム機は白兵戦に特化した機体だ。運動性能は当のガンダムすら上回っているのだが、武装が偏っているだけならばまだしも、運動性能向上の代償として機体の軽量化や宇宙用装備のオミットによって全体的なバランスが変わっている。その上、各部モーターの出力まで上げているものだから、はっきり言って滅茶苦茶ピーキーな仕上がりになっている。武装自体はビームライフルやサーベルの余剰があるからそちらを持たせれば良いとして、問題は誰に乗って貰うかだ。最有力候補はアムロ軍曹だが、マッケンジー中尉辺りに頼んでも良いかもしれない。俺も一応乗ってみるが、はっきり言ってガンダムで十分持て余しているからそれ以上なんて振り回されるのがオチだ。

 

「取り敢えず、武装はライフルとサーベルに交換かね?」

 

何の気なしに口にした言葉は、しかしカンノ少尉の逆鱗に触れた。

 

「あ?今なんつった?こいつにライフルを握らせるって聞こえたんだが?」

 

言いましたけど?

 

「うちじゃ火力を重視しているからな。別にコネクタが独自規格とかじゃないだろ?」

 

「はぁー、おま、中尉。はぁ、つっかえ!いいすか?こいつは白兵戦特化機なんすよ?」

 

見りゃわかるよ。そしてそんな特化機を望んでねえと言っている。だが人とは分かり合えない生き物である。彼女は上がり切ったテンションのまま俺に説明を続ける。

 

「圧倒的な運動性に担保された機動力を用いての強襲からの一撃がこいつの持ち味っすよ!?重たい射撃装備なんて不要!シールドも避けるから不要!肉薄するからリーチ伸ばして破壊力の低下した格闘武器だって不要!蝶の様に舞い、蜂の様に刺す!それも致命の一撃を!どうよ!?」

 

いや、どうよって言われても。

 

「射撃の邪魔だから大人しくしてろ?」

 

愕然とした表情になるカンノ少尉に勝ち誇ったレイ大尉がドヤ顔で追い打ちをかける。勿論眼鏡の位置を指で直しながらだ。

 

「愚かだな、ビームライフルという圧倒的火力優位を確立している以上それを有効活用するのは当然の事だ」

 

相手がこちらより多くても、火力で優勢を保てれば戦える。少数なら一方的に安全に戦える。そもそも白兵戦で敵を2機以上受け持てるなんてホワイトベースでも出来る奴の方が少ない。それに言った通り敵中になんか飛び込まれたら、誤射しないために射撃が出来なくなってしまう。どう考えてもデメリットの方が大きい。

 

「格闘性能の高さは魅力だから」

 

そう慰めるが遂にカンノ少尉は崩れ落ち、さめざめと泣き始めてしまった。いや、泣くほどか?

 

 

 

 

「行かなくて良いんですか?」

 

タンクの調整に立ち会っていたハヤト・コバヤシ一等兵は同じく自分の機体の調整をしていたクリスチーナ・マッケンジー中尉にそう聞いた。すると彼女は苦笑しつつ口を開いた。

 

「ガンダムはもう懲り懲りよ。あんなデリケートな機体に乗っていたら戦う前にノイローゼになっちゃうわ」

 

その言葉にハヤトはマッケンジー中尉が以前別のガンダム開発チームにいた事を思い出す。

 

「そう言えば中尉って別のガンダムの開発に携わってらっしゃったんですよね?どんな機体だったんです?」

 

ハヤトの質問にマッケンジー中尉は一度悩まし気な声で唸る。しかし直ぐに、まあいっか、と口にして語り始めた。

 

「私が関わっていたのはNT専用MSね。ガンダムだったのは単純に連邦軍がそれ以上のMSを持っていなかったからよ」

 

「ニュータイプって、あのジオンが言ってた人の革新とかなんとかいうあれですか?」

 

ハヤトが聞き返すとマッケンジー中尉は思い返すように虚空へ視線を送りながら答えた。

 

「どうかしらね、確かに普通じゃないとは思えたわ。けれどあれが人の革新、新しい姿と言われても素直に頷けないのよね」

 

そう言って彼女はハヤトに向き直ると逆に聞いてきた。

 

「例えばだけれど、アムロ軍曹やアレン中尉は戦果を挙げているわよね?あれが何倍にもなったら確かに普通じゃないと思えるでしょ?でも、話せば今と変わらない受け答えをする二人を見て、ハヤトは彼等を新しい人類と考えられる?」

 

その質問にハヤトは首を傾げて考える。間違いなく二人は凄い戦果を挙げているし、それが何倍にもなれば最早普通と言う方に無理があるだろう。けれどその能力が人の新しい姿であると言われても違和感を覚える。第一女性士官に見つからないよう悪い遊びに誘って来るアレン中尉のだらしない笑顔が、人類の革新なんて言葉と結びつくことをハヤトの脳は断固として拒絶していた。

 

「なんか、違う気がします」

 

「そうよね、私もそう思う。でも、確かにそうした特殊な能力を持った人はいて、両軍ともその人達の軍事利用を考えている。…亡命してきた博士によれば連邦軍の方が随分遅れているらしいけれど」

 

ぞっとしない話だとハヤトは思った。死神とのシミュレーション以降、アムロの戦闘能力は自分達と一線を画している。正直に言ってあんなのが大量に現れたら対応出来る気がしない。それが何であるかよりも現実的な脅威であるという事の方が戦場に身を置く彼には重要になっていた。表情を曇らせるハヤトに向かって、マッケンジー中尉は笑いながら言葉を続ける。

 

「まあでも、そこまで悲観する事もないわよ」

 

「何故ですか?」

 

「第一に絶対数が少ないから。アムロ軍曹でもホワイトベース隊全員が同時に戦えば倒せてしまうでしょ?そして軍全体で見れば戦力差はもっと大きくなる」

 

問い返すハヤトにマッケンジー中尉はそう返してくる。

 

「そしてもう一つ。個人として能力が突出していても、それを十分に活用できる体制を構築できなければ彼らはそこまでの脅威になり得ないから。彼らの能力を有効に使うためには特別な機体が必要になるけれど、連邦軍ですらそんな機体を大量生産するなんて不可能だわ。それらを総合すれば、出来てウチみたいに少数での特殊運用が精々になってしまうのよ」

 

マッケンジー中尉の説明にハヤトは自身の想像が杞憂であったと安堵して作業に戻る。だが彼は一つ思い違いをしていた。中尉は確かに大規模な部隊としての運用は困難だと言ったが、同時に小規模ならば運用できる事は否定しなかった。そして自分達が既にその様な部隊として両軍から扱われていると言うことをハヤトは知らなかった。

それはつまり、懸念するNTとの交戦という事柄については何一つ否定されていないことに彼は気がつかなかったのだった。




ジムの設定を考えた人は絶対工業系じゃないと思う。


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40.0079/10/19

今年最後の投稿になります。


「では、ピクシーはアクセル軍曹が担当するんだな?」

 

提出した報告書を確認しながらそう聞いてくるブライト特務少佐に俺は頷いて口を開いた。

 

「はい、適性と隊のバランスを考慮しますとこれが最適です」

 

「適性だけならマッケンジー中尉の方が上のようだが?」

 

というか、単純な適性で言えばアクセル軍曹は大体真ん中だ。彼より下だったのはカイとハヤト、それに彼とチームを組むクラーク少尉とアニタ軍曹である。ただ、彼より上で俺とアムロは既にガンダムのパイロットをしている。最初はセイラ一等兵にと考えたのだが、そうなると4小隊はジムだけで構成されることになる。そして案の定と言うか、A型のジムは懸念した通りに問題のある機体だった。

 

「能力的にはそうなのですが、如何せん補充されたジムが問題でして」

 

「…そんなに悪いのか?」

 

小声で問いかけてくるブライト特務少佐に俺は黙って頷く。ジムのカタログスペックは悪くない。特に推力比なんかは本体がガンダムより軽い分良いくらいだ。但し、そのスペックを正しく発揮出来ればだが。

 

「詳しい事はレイ大尉に聞いて欲しいんですが、はっきり言って陸戦型ジム以下です」

 

地上での運用においては機体の強度が極めて重要になる。何せMSは装備も含めれば50tを超える重量物だ。そんな物を飛んだり跳ねたりさせれば、地面を走り回る車両なんて比較にならない負荷がかかる。構造材の変更で強度の低下しているジムはガンダムと同じように飛んでも、同じようには着地出来ない。そんな問題が動作のすべてに関わってくるものだから、総じて動きが遅くなる。特に衝撃を逃がすための硬直は目に見えて差を感じるほどだ。尤もこの辺りは単純な構造的な問題だけでなく、制御側の処理能力も関わっているから一概に機体だけのせいには出来ないが。ともかく、A型が現状で配備されている汎用機の中で最も性能が低いと言う事実は動かない。

 

「他の隊にA型を持ってくるのは悪手だろうな」

 

唸りながらブライト特務少佐もそう同意してきた。ガンダムとでは連携が取れないし、キャノンとは弾幕形成の能力低下を補えるだけの格闘能力が無い。一番影響が少ないのがマッケンジー中尉の第2ジム隊だが、ここは入れ替えても持ってこれるのが陸戦型ジムだ。乗り換えの慣熟を考慮すれば、使えない隊が増えるだけである。

 

「4小隊にA型をまとめて、ピクシーでフォローするのが無難か」

 

ついでに言えば教育型コンピューターを搭載しているが、ピクシーはその設計も併せて独自といっても過言でないくらいの調整が施されている。困ったことにアムロ軍曹も同じように彼の能力に合わせて制御系がカスタマイズされてしまっているものだから、現状何に乗ってもアムロ軍曹は能力低下を起こす上に、ピクシーは最悪まともに動かせないじゃじゃ馬になってしまうのだ。正直これならガンキャノン辺りを送って貰った方がずっとマシだったように思う。

 

「それで、部隊の様子は?」

 

「悪くありません。皆慣れてきたのでしょう。今は4小隊の慣熟を中心に訓練をしています」

 

ルヴェン少尉はMS隊にとって3人目の戦死者だ。遺体が残って別れが言えただけキタモト中尉やキム兵長よりもマシで、皆も気持ちに整理がつけられていた様に思う。20にも満たないガキが、そんなことに慣れなければならないというクソッタレな現実に目を瞑ればであるが。

 

「なるべく急いでくれ」

 

「次の指示が?」

 

俺が聞き返すとブライト特務少佐は真剣な表情で頷いた。

 

「オデッサ作戦の集結がほぼ完了したらしい。数日中には本格的な設営が始まる。我々は友軍主力の準備が整うまでの間、鉱山や前哨基地を襲撃し敵の注意を引き付けろとの事だ」

 

つまりバイコヌールまでと同じと言うことか。…こりゃオデッサにも確実に投入されるな。

 

「了解しました」

 

「我々の目標はカスピ海西岸、バクー市の前哨基地になる。作戦実施日は4日後の予定だ」

 

無茶を言ってくれる。

 

「4小隊は間に合うか難しいところです。他の隊のみになる可能性が」

 

「解っている。どうせバクーだけじゃない、急がせはしても無理はしなくていい。機体はともかくパイロットの損耗は許容出来ない」

 

ブライト特務少佐の言葉に俺は目尻を下げながら敬礼する。発言の意図がどうであれ兵士を大事に使ってくれるのは大歓迎だ。

 

「最善を尽くします」

 

そう言って俺は踵を返す。今出来ることを精一杯やるために。

 

 

 

 

『ぬわーっ!?』

 

20回目の撃墜判定を受けてアクセル・ボンゴ軍曹が絶叫する姿を見て、外野はそれぞれ好き勝手な感想を述べる。

 

「やー、やっぱアムロ強いわ」

 

「一対一だと手に負えないですよね。ガンダムならもう少し粘れるかと思いましたけど」

 

「でも少しずつ良くなっているわよ?初回よりも倍以上生存時間が延びているもの」

 

「それは解っていますけど、2秒が5秒になってどうなるっていうんです?」

 

クリスチーナ・マッケンジー中尉の好意的な評価にアニタ軍曹がそう困った顔で聞き返す。すると横で同じようにモニターを見ていたニキ・テイラー曹長が口元に手を当てながら意見する。

 

「5秒引きつけてくれれば射撃のチャンスは十分ありますよ。後は多少でも攻撃して隙を作ってくれれば言うことなしですね」

 

「つまり、彼が死んだらチームの責任と言うわけですか。責任重大ですね」

 

温和な声音でそう言うのはクラーク少尉だ。現在彼らのジムはテム・レイ大尉の手によって改修が施されている最中だ。初日の実機を用いた訓練でカタログスペック分すら出せないことが判明したからだ。目下整備員が総掛かりで挑んでいる。

 

「そうなるとビームガンがもっと欲しいわね」

 

再び始まった模擬戦を見つつ、セイラ・マス一等兵がそう口にした。現状最も余裕のあるビーム兵器はビームライフルだ。ガンダム用のものを転用しているが、駆動部の出力が劣るジムで運用する場合、照準までの時間が多少伸びる傾向にあった。待ち構えての攻撃ならばそれほど気にはならないが、咄嗟の射撃、特に今想定されているようなエースとの戦闘においては、そのコンマ数秒が大きな差に繋がる。その点においてマッケンジー中尉が持ち込んだビームガンは良い武装だった。射程と出力は劣るもののMSを撃破するには十分な威力を備えていて発射サイクルも同等、それでいて軽量かつジムでの運用を想定しているためセンサー類の相性も良い。問題はこちらもまだ試作段階で量産の予定が立っていないことだ。

 

「当面はスプレーガンを使うことになるでしょうね」

 

「あっちはもう生産体制が整ってるんでしたっけ?」

 

スプレーガンはジムの量産に併せて製造されているビーム兵器だ。元々は携行弾数の少ないビームライフルのサブとして設計されていたが肝心のライフルの生産が追いついておらず、生産性の高い本器が暫定的に主兵装に収まっている。A型の搬入に併せてホワイトベースにも6丁が配備されていた。カイの質問にクラーク少尉が頷く。

 

「少なくともジャブローの配備機には全機支給されていましたね」

 

「余裕が出来たらキャノンのサイドアームに欲しいです。スナイパーライフルは取り回しが悪くて」

 

「持ち替えてる間にキャノンを撃った方が早いのでは?」

 

「いや、そんな器用なことテイラー曹長しか出来ませんって」

 

喧々囂々、皆が意見交換をしている間に再びチープなビープ音が鳴りアクセル軍曹の被撃墜を告げる。それを見て、クラーク少尉だけは静かに微笑んでいた。

 

 

 

 

「ぬおぉぉ!またかよ!?」

 

アクセル・ボンゴ軍曹は何度目か忘れた撃墜にそう叫んだ。合流当初から負け続きではあるが、以前はこれ程まで一方的ではなかったのだ。それも今は同じガンダムに乗ってこの有様である。少し前の彼であれば、感情に任せてコンソールを殴る位の事はしていただろう。

 

「だが、やっっと見えるようになってきたぜ」

 

最初は始まるとほぼ同時に飛んできたビームに撃墜されていた。開始位置も地形も毎回違うのにである。だが被撃墜が10を超えた辺りからアクセル軍曹も動きが変わる。

 

(いやでもこれ滅茶苦茶難しいじゃねえか!)

 

アムロ軍曹を唯一単独撃墜出来るパイロット。ディック・アレン中尉にアクセルは教えを請うていた。

 

「いつまでも、足手まといじゃ居られねぇんだよ」

 

本当は彼にも解っていたのだ。あのダブデの砲撃を受けたとき、ルヴェン少尉はアニタ軍曹の機体を突き飛ばしていた。少尉が身代わりにならなければ今頃死んでいたのはアニタだっただろう。つまり自分達の未熟さがルヴェン少尉を殺したのだ。だがそれを指摘する者はホワイトベースには居ない。お前のせいで少尉が死んだと責めてくれれば、少しは気も楽だっただろう。だが掛けられる言葉はどれも彼らを気遣う言葉ばかりだ。

それは軍隊教育を受けて居ない者が在籍するホワイトベース独特の空気だった。彼らの精神面への影響を考慮した言動を正規の軍人達も心がけていた為に、自然と誰かの失敗を責める様な言動は少なくなっていたのだ。それが軍人として未熟なアクセルにも良い方向で作用していた。責められないからこそ、自分の罪は自分で清算するしかない。

 

「くぁ!」

 

ビームが盾を吹き飛ばし、体勢を立て直す間もなく飛来した2射目でまたも撃墜される。

 

「くそ、滅茶苦茶難しいじゃねえか!」

 

アムロ軍曹の攻略法。それは言ってしまえば物量戦だ。機体を操作しながら次の一手を大量に思考、それもどれもが本命として考えつつ、その中からランダムに選択する。その量が増えれば増えるだけアムロ軍曹の先読みは精度が落ちる。方法は解ったが、それを実行するのは容易ではない。それでも複数の選択肢を即座に思考する事の有効性は間違いなく彼の生存時間として現れていた。

 

「頭おかしいぜ、中尉さん」

 

そう言いながらもアクセルは笑う。既に5回、彼はアムロ軍曹に二発目を撃たせているのだ。もう誰も失わない。そう心の中で誓いながら、彼は強く操縦桿を握りしめるのだった。




では皆様、良いお年を。


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41.0079/10/21

今月分です。


「要するにだね、収束リングと加速リングの数に依存しているわけだよ。ならば単純な話だ。増やしてしまえばいい」

 

そう話すレイ大尉と俺の前では、クラーク少尉とアニタ軍曹の乗るジムがビームスプレーガンを構えていた。

 

「単純ならなんで直ぐに変更しないんです?」

 

試射の準備が整った事を、標的を用意していたマッケンジー中尉のジム・コマンドが手を振って伝えてくる。周囲の安全を確認したクラーク少尉のジムが狙いを定めビームを放った。

 

「高度な量産体制の弊害というやつだな。大量生産を実現するためには徹底した自動化が必要だが、そのせいで製造ラインの変更が難しくなっているのだよ。後は単純に軍が求めていないのだろうな」

 

空中を突き進んだビームは5000mの位置に設置されたザクの残骸に突き刺さる。装甲を見事に貫通したそれは、大きな破孔を形成した。

 

「あくまで軍としてはビームライフルを量産したいと。まあ現場としてもそっちの方がありがたいっちゃありがたいんですがね」

 

「届けばな」

 

双眼鏡で標的を確認しながらレイ大尉はまあまあだな、などと零す。同じように射撃体勢に入ったアニタ軍曹のジムからもビームが放たれ、大きく的から逸れて虚空に消えた。それを見てレイ大尉は忌々しそうに舌打ちをした。

 

「ちっ、リングがズレているな?現地改修ではやはり限界がある」

 

「ジムの方はどうなんです?間に合いそうですか?」

 

悪態を吐くレイ大尉にそう問いかけると、手元の端末にメモをしながら口を開く。

 

「見ての通りだよ。アニタ軍曹の機体は何とか仕上げたが、クラーク少尉の方は手も付けていない」

 

マッケンジー中尉のジムコマンドを参考に機体構造に手直しを加えられたアニタ軍曹のジムはカタログスペック通りとまではいかないものの、それでもかなり動きがマシになっている。並べて見ればはっきりと解る程だ。ただ補修用に運び込まれた装甲パーツがそのままでは使えなくなってしまった分、整備性は悪化してしまった。尤もあのままでは戦闘に投入したら確実にパイロットを殺していただろうから選択肢はなかったといえる。整備員の負担増加はコラテラルダメージとして許容するしかあるまい。絶対口にはしないが。

 

「では次の戦闘には使えませんね」

 

「クラーク少尉は問題ないと言っているが?」

 

冗談じゃない。

 

「その言葉を信じて送り出して、死体袋を増やすのは御免被ります。あんな危なっかしいMSを見たら、他の連中が何をしでかすか解りません」

 

特にアクセル軍曹とアニタ軍曹が危ない。責任感は強くなったが、その分自己犠牲を顧みない行動が度々見られる。出来ればカウンセリングを受けさせたいが、精神科医なんて上等な人間はホワイトベースに乗っていない。

 

「だろうな、生きて帰ってきても機体の損傷は免れんだろう。そうなれば今度は整備員から死人が出るぞ」

 

ですよねぇ。

 

「次の作戦は別の隊で対応しますよ。自前で砲兵も確保出来ていますし、何とかなるでしょう」

 

試射を続けるジムを見ながら、俺はレイ大尉にそう告げた。

 

 

 

 

「物資集積所と守備隊の集結が最優先だ、鉱山の警備とパトロール隊は少しずつ下げろ、こちらが迎撃の準備をしていると悟られんようにな」

 

上げられてくる書類を次々と捌きながら、マ・クベ大佐は部下にそう命令を出す。バイコヌール基地の失陥は彼のスケジュールに少なくない狂いを生じさせていた。

 

(不愉快だな、無能な上司の尻拭いというのは)

 

そもそもバイコヌール基地の守備はヨーロッパ方面軍の管轄であり、戦力の差配は方面軍司令であるユーリ・ケラーネ少将に委ねられている。しかし少将は重力戦線を軽視しており、その行動も消極的で子飼いの戦力を温存する事を重視していた。人的資源に余裕がない以上無駄な消耗は避けるべきだが、消耗しない事を戦略目標とする事は愚策だと彼は断ずる。戦略的要衝を放棄して勝てる程連邦軍は甘くない。

 

「バイコヌールは完全に破壊されたのだな?」

 

「はっ、ルッグンによる偵察も実施しましたが、瓦礫の山となっています」

 

「厄介な事だな」

 

バイコヌールを落としたならば、連邦軍はユーラシア大陸から自分達を追い出すのではなく皆殺しにするのを選んだという事だ。そしてその準備は着々と進んでいる。既に西欧に展開していた部隊の大半は撤退か壊滅してしまった。その殆どは通常兵器に押し戻されていた。

 

「致命的な物量差だな」

 

地球降下当初ジオンは戦闘を優位に進めていた。敵の主力である戦闘機や戦車を一方的にMSでもって撃破した前線指揮官はMSさえあればあらゆる状況に対応できると錯覚した。無論それはある一面で正しい。単純なキルレシオを見れば通常兵器とザクですら10倍近い差が出ていたのだ。人的資源でも劣るジオンがMSに縋るのも無理はない。しかし幾らMSが量産品と嘯いても、その価格が通常兵器よりも高額である事実は変わらないし、国力の差も厳然たる事実として横たわる。10両で倒せなければ11両、それでも足りなければ更に数を用意する。誰もが思いつき、そして諦める戦法を連邦は大真面目に実行してきたのだ。それもMSという新兵器を準備しながら。

 

「甘かったという事だな」

 

亡きガイア大尉には政治家気取りと一括りにされたが、マ・クベ大佐もまた本国連中の打算によって英雄になり損ねた男である。コロニーまで落としておいて、穏当な和平からの独立などが出来ると夢想した馬鹿のおかげで停戦交渉はご破算となり、南極条約を結ぶ事となる。否、あの時点では結ばざるを得なかったと言えるだろう。あの時点で地球連邦軍は壊滅的な損害を被っていたが、壊滅していたわけではない。旧式だからと戦場に投入されなかった旧式艦艇はまだまだ残っていたし、艦隊戦では出番がないと待機していた突撃艇などは大半が無傷のままだ。そしてこれらは全て核弾頭の運用能力を有していた。

もし南極条約が結ばれなければジオン本国は今頃核に焼かれていただろう。何しろ国家を名乗っていてもジオンは虚空に浮かぶ高々数十基のコロニーを領土としているのだ。ミノフスキー粒子の存在によって防空能力が極端に制限される現状で、連邦軍に数隻の突撃艇を送りこまれただけで致命的な打撃を被ってしまう。

だが同時に強力な手段を封じるという事は、国力の勝る相手に正攻法で勝たねばならない事を意味していた。小国にとってそれは緩慢な自殺に他ならないのだが、残念ながら彼以外にこれに気づいたのはジオンでは恐らく二人だけだ。

 

「消費量から逆算すれば、現段階で可能な継戦期間は10年といったところか」

 

尤もそれはあくまで鉱物資源のみでの話である。一緒に送り出している空気や水の消費量はその比ではないし、何よりも人的資源がもっと先に枯渇してしまうだろう。既にルウム以降訓練校では速成を開始しているし、ベテランの不足から上級士官の育成もままならない状況だ。マ・クベの目からすれば、ジオン公国は完全に沈みゆく泥船だった。

 

「失礼します。大佐、ランバ・ラル大尉が帰還しました」

 

「何?全滅したのではなかったのか?」

 

「どうやら大尉のみ生き残っていたようです。…如何致しますか?」

 

副官の言葉にマ・クベは顎へ手を当て思考する。部下を失ったランバ・ラルの評価は高くない。組織として行動する彼らには一定の価値があった。しかし個人になってしまえば彼はMSに慣れた兵士という存在だ。

 

(しかし連邦のMSと交戦して生き残る技量はある。それをどう活かすか)

 

理想は部下を与えてオデッサの防衛に組み込む事だろう。任務に失敗したとはいえ、青い巨星のネームバリューは未だ健在だ。

 

「黒い三連星の穴埋めに多少はなるか」

 

ドムの増強中隊と黒い三連星の未帰還が戻ってきた隊員によって広まってしまったのは失態だったとマ・クベはため息を吐く。バイコヌールの失陥を知らないその兵士は増援を編成しない自分に対し不平も漏らしていると言う。無理もない事ではあると彼は理解している。兵士と基地司令では手に入る情報が全く違うのだ。瓦礫と化したバイコヌールを奪還するよりも遙かに優先度の高い、否断じて許容出来ない損失を被らない為の戦略に対する理解など求める方が間違っている。だが同時に不信感を持った兵士が使い物にならない事もマ・クベは良く解っていた。

 

「特務遊撃隊の本営は残っていたな?例の兵士共々そちらの指揮下に組み込む。再編が済み次第、北部の防衛に回せ」

 

手早く報告書を処理しながら、マ・クベは副官にそう指示をした。西ヨーロッパに展開していた部隊を吸収している西部方面の戦力には比較的余裕があるが、北部の守りは心許ないと言うのが現状だったからだ。これは事前情報で北部から侵攻してくる連邦第4軍がMSを保有していない事が解っていたからだった。故に黒い三連星とドム一個中隊を投入すれば、現在担当している部隊で十分に防衛可能であるというのが当初の想定だったのだ。

 

(…しかし単独では無いにしろ、ドムとバイコヌール守備隊を撃破できる戦力か)

 

MSによる遊撃の有効性を理解しているからこそ、その部隊を連邦の言うオデッサ作戦に参加させてはならないと考える。

 

「手を打っておくか」

 

通信機を操作し、彼は友人へと連絡を取る。

 

「ふふ、何も直接戦うだけが戦争ではないのだよ」

 

マ・クベはそう不敵に笑った。

 

 

 

 

「成る程、君の言葉にも一理あるな、エルラン君」

 

昼行灯という単語に相応しい態度で机に座るレビル大将を見ながら、エルラン中将は熱弁を振るう。

 

「例の隊は本来作戦に組み込まれていない部隊です。その上非常に強力ときている。これを有効活用しない手はありますまい」

 

「その方法がこの遊撃任務かね」

 

「はい、彼らがオデッサ作戦に参加するならば、協同出来るのはインド方面の第2軍かロシア方面の第4軍です。ですがこの部隊はどちらもMSを保有しておりません」

 

唯一そう言い張っていた機械化混成部隊は、先のバイコヌール基地攻略で損耗、再編中である。

 

「ペガサス級を母艦とする彼らと歩調を合わせるのは些か厳しい陣容です。そして逆に合わせればホワイトベース隊の機動力を無駄にする事になります。それは惜しい」

 

故に、とエルランは持論を展開する。齟齬が出るならば無理に組ませるよりも長所を活かして運用した方が良い。

 

「バクー攻略後はそのままアナトリア半島へ西進させ、同地域へ敵戦力を引き付けさせます。連中としても地中海への逃げ道を塞がれる訳にはいきますまい」

 

「そこまで食いつくかな、バイコヌールも捨てた連中だよ?」

 

「報告を読みましたが、決して見捨てた訳ではないでしょう。事実例の新型MSを中隊規模で投入し、第4軍の部隊は退けています。ジオンにしてみれば、ホワイトベース隊の活躍が想定外過ぎたと考えるべきかと。そしてその部隊が後方を遮断にかかっているとなれば無視は出来ますまい」

 

エルランの言葉にレビル将軍は暫し目を瞑った。そして小さく息を吐き出すと口を開いた。

 

「宜しい。君がそこまで言うのなら、そうしてみようか」




明けましておめでとうございます。
今年もまったりやっていくのでどうぞよろしくお願いいたします。


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42.0079/10/22

バクー。旧世紀における油田地帯の一つだったその都市は、宇宙世紀において化学物質精製を生業とした都市に変わっていた。環境汚染への厳しい対応は重工・化学産業に特区への集約を引き起こす結果となる。バクーはそうした流れの中で西ユーラシアへの化学精製品の50%を占める工業都市として機能していた。

 

「まあ、その内容は殆どが製薬関連だって話だ」

 

勿論劇物や爆発物が皆無という訳では無いが、大半は気にせず砲弾をぶち込める場所と言える。

 

「極力施設は傷付けるな、との事だがまあ極力だ。お前達の命を天秤に掛ける価値もない訳だな。だから構わん、派手にやれ」

 

『い、良いのかなぁ』

 

良識派のジョブ・ジョン准尉が少し声を引きつらせながら呟く。良いんだよ、俺が許可してんだから。

 

『観測データ来ました、いつでも撃てます』

 

隣に陣取ったニキ・テイラー曹長は一切の躊躇いを見せずにそう告げてくる。その言葉を聞いてジョブ准尉も覚悟が決まったらしい。射撃体勢に入った。

 

「よし、キャノン隊の先制砲撃と同時に突入する。対象は敵戦力及び防衛施設、突入後は各個の判断で撃って良し。いいな?アムロ軍曹、アクセル軍曹」

 

『『了解』』

 

大変結構。

 

「時間だ、攻撃開始!」

 

こうしたMSによる攻撃は夜間に行うのが普通だ。ミノフスキー粒子でレーダーが無効化される以上、最も頼れる情報は光学、即ち目視やカメラによる映像になるからである。だがこれは、実のところジオンが連邦を攻略する際に普及した常識である。侵攻当初砲兵火力が不足していたジオンが、如何にMSに負担を掛けずに基地までたどり着くかを考えた際の戦術だ。同じように砲兵を持たない独立機械化混成部隊などでは同じように夜襲が多く用いられているが、ホワイトベース隊にはガンキャノンとガンタンクがある。先制して基地の防衛設備を叩けるならば、観測のしやすい昼の方がやりやすい。そしてこちらの位置が敵も把握できると言うことは、こういうことも起こると言うことだ。

 

『見つけたぜ』

 

ノイズ混じりの中でカイ兵長の静かな声が耳に届く。キャノン隊とタンクの砲撃が開始されるのと同時に浮上したホワイトベースの前部甲板上に陣取っていた彼はこちらの砲兵戦力を叩こうと飛び出してきたザクを容赦無く撃ち抜いた。

ミノフスキー粒子の軍事利用について、ジオンは連邦に先行していた。だがそれは連邦がミノフスキー粒子下の戦闘を全く想定していなかったという事では無い。事実宇宙軍ではマゼラン級やサラミス級にミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉を搭載した時点で電波障害については報告がされていて、その対策も進められていた。尤もジオンがそれを積極的に軍事利用し、攻撃を仕掛けてくるなどとは誰も考えていなかったから遅々としたものだったが。つまり何が言いたいかといえば、連邦軍も問題を認識していて、それに対するいくつかの技術開発を行っていたということだ。それが反攻作戦において大きな力となっているこの通信システムの構築だ。ジオンは通信障害を使うことに注力したが、その一方で通信システムについては十分に揃えることが出来ていなかった。これは連中が短期決戦を想定していたことと、単純に国力の問題だ。MSに搭載可能な通信装置の開発にまでリソースが追いつかなかったのだ。この為ジオンは戦闘において短距離通信の通じる範囲での連携しか行えず、必然的に小隊長などに高度な判断を委ねる必要が出てしまった。ジオンが個人の技量を重視するのはこの弊害と言える。

対して連邦はそれよりは上位の通信機能を確保できたために、もう一段上の組織としての行動が可能だ。諸兵科が連携して戦える分、個々の技量で劣ろうとも数の暴力でそれを覆せる。また、今回のような状況でも各隊が勝手な判断で行動する事が避けられるから、今のザクのように不用意に飛び出して狙撃されるといった無駄な損耗も抑えることが出来る。

 

「よし、突貫!」

 

俺の宣言と同時に3機のガンダムが駆け出した。即座に102号機が飛び上がり、ビームライフルを連射する。その攻撃が行われる度に基地の方では大きな爆発が発生した。恐らく起動直後のMSを撃ち抜いているのだろう。

 

『俺たちが着く前に全滅するんじゃないですか?』

 

基地を呑み込む様な爆発の連続に、アクセル軍曹が呆れたような声音で感想を述べた。お前、そういうことは思っても口にするんじゃないよ。

 

「それを確かめるのも俺たちの仕事だっと!」

 

ロックアラートが鳴り、俺は即座に盾を構える。見れば路地から飛び出したザクがマシンガンを俺に向けて構えていた。

 

『やらせるか!』

 

だがザクが撃つよりも先に、ビームライフルを構えたピクシーが発砲。上半身への直撃を受けたザクは仰け反るように倒れるとその場で爆発する。

 

「助かった!」

 

アクセル軍曹に感謝を告げながら、俺は爆炎の向こうへビームを放った。案の定迂闊に飛び出していた僚機と思われる機体が被弾し、慌てて飛び出した路地に逃げ込む。

 

『良くわかりましたね?』

 

「いや、ただの勘だ」

 

命中したのも思い切り偶然である。まあ隠れて攻撃してくるとすれば、この辺りだろうとは思っていたし、襲撃ならば一斉に掛かる必要があるから同時に飛び出す事は想像に難くない。そして遮蔽物が多い市街地では、通信が確保しにくいジオンが複数に分散して潜伏し、同時に襲撃をする事は困難だから、一カ所に火力を集中するだろうくらいの事である。遮蔽物の陰に隠れた手負いのザクは、再び飛び上がったアムロ軍曹によって建物ごと撃ち抜かれ爆散する。

 

「良し、このまま前進――」

 

『攻撃中止!攻撃中止!』

 

再進撃を指示しようとした俺の言葉は、オペレーターの声に遮られた。

 

『バクー基地より降伏の通信が発せられています。MS隊は攻撃を中止し、速やかに前進。当該戦力の武装解除を行って下さい』

 

そんな指示を受け、俺達は困惑しつつも基地へと向かう。そしてそうなった理由をその目で理解した。

 

「成る程ね」

 

配置されていたであろう砲台に弾薬庫、そして何より撃破されて残骸となった多数のMS。基地設備の方こそ半数ほどがキャノンとタンクの砲撃による被害だが、MSに関しては完全にビーム兵器による破壊だ。つまり俺達が基地にたどり着くまでのほんの数分で、バクー基地はたった1機のMSによる攻撃で戦力の大半を壊滅させられたのだ。それは降伏もしたくなるだろう。

 

「俺は歴史の分岐点を見ているのかもしれないな」

 

誰にともなく、俺はそう呟いた。

 

 

 

 

「やけにあっさりと降伏しましたね?」

 

ワッツ中尉が怪訝そうな表情でそう話しかけてくる。ブライト・ノア特務少佐は彼の言葉に頷きつつ、同時にドローンから送られてくる画像を見て答える。

 

「あれだけ派手に被害が出ては戦いたくても戦えないだろう。賢明な判断に思えるが、確かにお行儀が良すぎるな」

 

元来降伏と言うのは難しいものだ。余程指揮官が優秀で部隊を完全に掌握出来ているならば話は別だが、それならばこうも簡単に基地が落とせるとは思えない。ならば可能性として残るのは、予め降伏する前提でいたという推測だ。

 

「しかしどんな意図があればそうなる?」

 

「バクーはバイコヌールまでの回廊地帯を押さえる為の前線基地ですから、現状では守る価値が無いと考えた…とかでしょうか?」

 

「中隊規模のMSを駐留させておいてか?守る価値が無いのなら引き払ってしまえば良いだろうに」

 

貴重なMSを配置している以上、防衛の意図があったと見て然るべきだ。しかしそれにしては降伏の手際が良すぎる。相反する情報に二人が沈黙していると、オペレーター席に座っていたフラウ・ボウ一等兵が報告をしてくる。

 

「ブライト艦長。アレン中尉から報告です。降伏してきた捕虜の輸送準備を願う、とのことです」

 

「ん?ああ、捕虜か。そうだな、クラーク少尉にガンペリーを出すように言ってくれ。因みに捕虜はどの位だ?」

 

「は、はい。えっと、え?」

 

「なんだ、どうしたんだ?」

 

ブライトの質問にフラウ一等兵は直ぐに確認をとるが、そこで困惑した声を上げた。いやな予感がした彼が再び問いかけると、フラウ一等兵が困った表情で告げてくる。

 

「その、少なくとも1000名は超えるとの事です」

 

「なっ!?」

 

バクー基地の規模からすれば、確かにその人数は不思議では無い。しかしそれだけ居るならばまだまだ戦える筈だ。事実更に規模の大きいバイコヌールでの戦闘で出た捕虜は100名前後だったはずだ。

 

「短時間の損害で士気が崩壊したのでしょうか?」

 

「ならば逃亡兵が出ている筈だ。一体何だと言うんだ?」

 

「あの、すみませんブライト艦長。アレン中尉から追加の報告が。負傷者が多く基地の医薬品が足りていないそうです」

 

「っ!?」

 

南極条約において捕虜の取り扱いについては規定されている。降伏を受理した時点で、バクー基地のジオン兵は全て捕虜であり、その中に含まれる負傷者への責任は連邦軍に帰属する。即ち今現在はホワイトベース隊が彼らの面倒を見なければならないと言うことだ。

 

「ガンペリーに医療キットも積み込むように言ってくれ」

 

何とかそれだけを口にして、ブライトは大きくため息を吐いた。味方への被害については検討していたものの、このような状況は想定外だったからだ。

 

「ワッツ中尉、野営施設はどの位ある?流石にあの人数を艦内には入れられない。オスカー曹長、大至急第2軍に連絡を入れてくれ。捕虜を抱えて作戦行動など取れない」

 

彼らはまだ知らない。既に自分達がジオン側の術中にはまりかけていることを。




重い話は諦めたぜ!


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43.0079/10/26

今週分です。


「第2軍から歩兵と輸送部隊を抽出し随行させましょう。それからコーウェン准将から戦力派遣の申請が来ております」

 

「コーウェン君もやる気だね。しかしこれ以上となるとホワイトベースが受け入れきれんだろう?」

 

「改良型のミデアも追加で送るつもりのようですね。准将のグループからはホワイトベースに戦力を送り込めていませんから必死なのでしょう」

 

レビル派と呼ばれる派閥内においても権力争いは存在する。それは今次大戦においてどれだけ軍に貢献できたかが重要になり、今最も利回りの良い投資先がホワイトベース隊だった。

 

「第2軍は君の裁量で抽出してくれて良い。しかしジオンも思い切った事をする」

 

「敢えて降伏することでこちらの進撃を鈍らせるとは。正に亡国の足掻きですな」

 

鼻を鳴らしてエルラン中将は敵を嘲った。降伏してきた兵士の多くはろくな技術を持たない歩兵ばかりだったからだ。

 

「…そこまでやる気があるのなら、コーウェン准将の隊にはホワイトベース隊の代役をさせてはどうでしょう?」

 

「ふむ?」

 

「当初の想定ではホワイトベース隊をアナトリア半島に送ることでオデッサの戦力を誘引出来ると考えました。しかしジオンは明らかにかの部隊が戦線に投入されることを忌避しています。であるならば、彼らを作戦に参加させれば敵に新たな正面を強いることが出来ます」

 

中東を経由する第2軍は元々陸上打撃戦力の少ない軍だった。担当する大部分が海岸に面していることから、航空戦力と海上戦力で打撃力が賄えたからである。この為オデッサ攻略に投入できる戦力は他方面に比べ見劣りし、助攻という位置付けだった。

 

「進軍速度の問題はどうする?」

 

「私の認識不足でした。戦力の誘引が期待できず、一々捕虜の処理をしていては折角の機動力を殺されたも同然です。ならば次善の行動を取るべきと愚考いたします」

 

「随分と積極的だね、エルラン君。君はこの作戦にあまり乗り気ではなかったように思えたのだが?」

 

そうレビルが問いかけるとエルラン中将は肩をすくめた。

 

「率直に申し上げれば今でも反対です。ユーラシア全域における反攻作戦と言えば聞こえは良いですが、十分に準備が整ったとは言い難い。何しろ連邦軍の総大将である貴方が前線で指揮を執らねばならぬような状況です、これは博打に近い作戦です」

 

「耳が痛いな」

 

「ですがやると決まった以上、最善を尽くすのが軍人の務めであるとも理解しております」

 

相応に筋の通った物言いにレビルは小さく息を吐き応じる。

 

「そう言う事ならば構わない。あの部隊の差配は君に任せよう」

 

 

 

 

「成程、では件の部隊はオデッサに現れると?」

 

「はい、南コーカサス方面の第2軍と合流し進軍します。他の戦力は通常の機甲戦力となりますから、脅威は彼らだけでしょう」

 

臆面もなく告げて来る目の前の人物に、マ・クベは自身の頬が皮肉に歪むのを抑えることが出来なかった。バイコヌールが陥落した事で、長大な回廊地帯の防衛からは解放されたものの、その一方で残存した戦力に対し、兵站能力が明らかに不足していた。結果としてオデッサでは賄いきれない人員を切り捨てねばならない事態に陥っている。こうした余剰人員を宇宙へ戻してしまうと言う案も出たが、地球で歩兵をやっているような人員では宇宙でも使い物にならない事は明白であったし、何より大規模な人員の移動となれば地上からの撤退と誤解する者も出てくるだろう。そうなれば残留する兵士の士気が著しく低下する事は想像に難くない。そして現状を支えるだけでも精一杯というオデッサにこれ以上戦闘正面を抱えるだけの力は残っていなかった。

 

「成程、それは朗報ですな。しかし、私としてはもう少し耳心地の良い話が聞きたいのだが?」

 

「我々も苦労しているのです、特に上司などはその行動を疑われております。正直この様にお会いすることすら大きな危険を伴っているのですよ」

 

「わかっていると思うが、万一の場合は最終手段に訴えるよう私も指示されている。お互い人類絶滅の引き金を引く愚か者にはなりたくないだろう?」

 

マ・クベの恫喝に目の前の男は笑いながら応じる。

 

「勿論ですとも。この作戦で貴方達は勝利し、レビルは死ぬ。そして私の上司が総司令の座に就けばこの戦争も終わる。その筋書きは変わりませんよ」

 

そう言うと男は席を立つ。

 

「次にお会いする時は、朗報をお伝えできるよう努力します。それでは」

 

胡散臭い笑みを浮かべて席を立つ男を黙ってマ・クベは見送る。同時に手元の端末を操作し、副官を呼び出した。

 

「アフリカに送る予定だったギャロップがあったな?あれの到着は遅れる」

 

既に到着し、点検作業を受けている装備が遅れると聞いて副官は怪訝な表情になる。しかしマ・クベの中では全て話がまとまっている。副官に対し説明不足であったと考えた彼は、その理由を述べた。

 

「例の木馬が東部防衛線に侵攻してくる可能性が極めて高い。少しでも防衛戦力が必要だ、足止め用の歩兵も全て第三防衛線まで後退させろ」

 

「しかし、それでは基地の物資が持ちません」

 

西ヨーロッパを奪還されたことで、ジオンの地球方面軍は各地で孤立の様相を呈していた。未だそれぞれの地域に相応の戦力が残存しているために致命的な破綻は起こしていないが、既に各拠点間の戦力や物資の融通には支障をきたしている。辛うじてヨーロッパとアフリカが繋がっているが、どちらも基本的には資源採掘を目的とした地域であり、補給の多くは本国に依存している。

 

「だからアフリカへ送る物資を一時的に使用させて貰う。どちらにせよ地中海の制海権が怪しい状況では輸送しても連邦に拿捕されるのが関の山だ。喫緊のものについては直送させる」

 

アフリカにも宇宙港は存在したのだが、大戦初期の段階で破壊された後復旧出来ていない。これは宇宙港がモガディシュとリーブルビルに存在したため、復旧しようにも連邦海軍からの襲撃に対応しきれないからである。結果支配地域の内陸部に建設を進めてはいるものの、稼働までにはまだ時間を要する状況だった。これまではバイコヌールを擁するヨーロッパがアフリカ方面の物資についても受領し送っていたのだが。

 

「承知しました」

 

「本国連中の嫌味は覚悟せねばならんな」

 

言いながら彼は机に置かれた青磁を愛でる。直接投下用の輸送ポッドは基本的に使い捨てだ。それでいて大気圏に突入させる都合上それなりの値段がする。輸送コストの高騰は避けられない問題だ。宇宙港が稼働していればHLVによる輸送が出来たと彼は悔やむが、それも難しい話だった。アフリカでは連邦軍が粘り強く抵抗していてそれらに対応するだけでも手一杯だったからだ。そんな消耗戦を続けながら宇宙港を一から建設できるほどジオンの兵站は厚くない。

 

「所詮、小国が大国に勝つなどというのは、夢物語に過ぎないか」

 

誰にともなく彼は呟いた。

 

 

 

 

朝令暮改。俺は新たに下った命令を聞いてため息を吐く。説明するマチルダ中尉もはっきり言って居心地が悪そうだ。無理もないだろう。遊撃に回れと言ってみたり、かと思えばいきなり戦列に加われと変更してくる。史実の様に勝手にしろというのも困りものだが、振り回されるのもキツイものがある。

 

「では、第2軍の攻略部隊に合流し、オデッサを目指すのですね?」

 

「集結地はトビリシになります。ホワイトベース隊には先行し同地点の確保、維持をお願いします」

 

いやいやいや。

 

「我々は多少武装した空母とその艦載機のみですよ?しかもその機体は寄せ集めと来ている。基地の襲撃はともかく、維持防衛は難しい」

 

戦闘は防衛側が有利と言われるのは、防御陣地が機能していることが前提だ。攻略した基地なんて即座に使えるものじゃないし、ホワイトベースには基地を復旧させるだけの人員も居ない。という事は単純に機動力を削がれた状態で敵と交戦しなければならなくなると言う事だ。

 

「ホワイトベース隊は攻撃こそ得意としていますが、それはホワイトベースの機動力とMSの火力によるものです。防衛となるとその半分を失うことになる。簡単な話ではありません」

 

「はい、ですからホワイトベース隊には積極的な攻撃による集結地点防衛を行って貰います」

 

おっとぉ、なんかすげえ不穏な事を言い出しやがりましたよ?そう言ってマチルダ中尉は脇に抱えていた端末を差し出してくる。そこには今回の補給に関してのデータが記載されていたのだが。

 

「ジャブローにて開発されました航空支援ユニット。この機体を用いてMSを高速展開する事でRX-78による機動防御を行います」

 

どう見てもGファイターだこれ。

 

「併せて以前から要求されていました整備班の増員も行います。…パイロットについては残念ながらこれまで通りです」

 

現状パイロットは何処でも不足中だ。逆に言えばそれだけMSが各戦線に供給されていると言う事だから、軍全体からすれば嬉しい悲鳴と言えるだろう。

 

「では、そちらがこの支援ユニットのパイロットですか?」

 

マチルダ中尉の後ろで居心地悪そうにしている少女へ水を向ける。すると弾かれたバネの様に背筋を伸ばし、彼女は口を開いた。

 

「え、エリス・クロード曹長であります!エース部隊であるホワイトベース隊に配属され、光栄です!」

 

うん、めっちゃ緊張してるな。

 

「ホワイトベース隊のMS隊長を務めているディック・アレン中尉だ。よろしく頼む」

 

「は、はいっ!」

 

こりゃ重症だな。そんな事を考えながら情報を共有した個人端末を操作しエリス曹長のプロフィールを確認する。エリス・クロード、18歳。空軍の訓練生だったが、急にジャブローへ異動、その後Gファイターのパイロットに選抜されている。問題はジャブローでの経歴が嘘まみれな事だろう。確認する様にマチルダ中尉に視線を向ければ、曖昧な笑みを返される。これで確定だな、畜生め。

 

「問題が無ければエリス曹長を隊の連中に紹介したいのですが」

 

「ああ、後は補給に関してだからな。俺とレイ大尉が居れば大丈夫だろう」

 

俺の態度に察してくれたブライト特務少佐がそう答えてくれる。

 

「有難うございます。エリス曹長、こっちだ」

 

そう言って俺は彼女を伴って艦橋を出る。エレベーターを操作して二人だけで乗り込むと、暫くしたところでパネルを操作する。エレベーターは途中で停止、直ぐに俺は点検パネルを開いてカメラとマイクのコネクタを抜いた。そうして簡易な密室を作り出すと、表情を強張らせているエリス曹長に向き直る。俺と目が合った瞬間彼女は小さく悲鳴を上げる。無理もない事だが正直ちょっと傷付いた。

 

「エリス曹長、少し質問させて欲しい。君はGファイターのパイロットとの事だが、実機の飛行時間は?」

 

「ぷ、プロフィール通りです」

 

嘘だね。

 

「定期便のあるジャブロー上空で200時間も?それは優秀だな、具体的なフライトプランを聞いてもいいか?」

 

「……」

 

言えないよな。

 

「これも聞いておいた方がいいか?今、君は何歳だ?」

 

「っ!」

 

俺の質問に彼女は思わず息を呑む。渡された彼女のプロフィールは嘘だらけだ。そしてこんな経歴を準備される人間を俺は知っている。

 

「エリス・クロード曹長。君はニュータイプ研出身者だな?」




カワイイパイロットをどんどん増やして、これはハーレム部隊ですよ間違いない(イイ笑顔


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44.0079/10/28

どっかの水星の魔女があんな感じなので、こっちは明るいガンダムを目指そうと思います。


ニュータイプ研究所。連邦軍側の組織として有名になるのは戦後からグリプス戦役の辺りであるが、一年戦争以前から、連邦側でもそうした研究は進められていた。尤も本気で運用を考えていたジオンに比べれば規模も研究の進捗も劣ったものだったが、それでも研究は行われていて、それなりの数の被験者も居る。何故そんな事を知っているかと言えば、俺も多少関りがあるからだ。死にたくなかった俺は入隊以前から積極的に行動していたし、軍に入ってからも自重などしていなかった。幸か不幸かは知れないが、俺の脳味噌は典型的なオールドタイプであったために放り出されたが、そうした組織が存在していて現在進行形で研究が進められているという事は知っている。俺の質問にエリス・クロード曹長は顔を青くする。うん、情報漏洩の問題からこんな手段を取ってしまったが、冷静に考えれば年嵩の男に密室で問い詰められれば身の危険を感じても不思議では無いな。

 

「一応言っておきたいが、これは指揮する部下についてちゃんと把握しておきたいからだ。後はどうせ本来のプロフィールは機密扱いだろう?だから記録に残らないようにした」

 

そう言って機能を俺に奪われたマイクを指さす。すると彼女は強張った声音で口を開いた。

 

「あの、中尉は研究所の事を?」

 

「知ってはいる程度だな。俺もテストを受けていてね、まあ違ったんだが」

 

本当はもう少しだけ関係があるが、それは今重要でないから省く。そして今の返事から間違いなく彼女がニタ研関係者だと解った。

 

「あそこの出身なら、技量は問題ないんだろう。だが、実戦での経験の有無は大きい。特に航空機はな。それで曹長、本当の飛行時間は?」

 

「に…」

 

「2?」

 

「20、時間、です」

 

とんでもない時間を告げられて、俺は眩暈を覚えた。20ってなんだ、20って。

 

「あ、あの、シミュレーターなら300時間を超えています!」

 

宇宙世紀のシミュレーターは優秀だから、ほぼ現実と変わらない環境を整えてくれる。変化に乏しい宇宙が主任務の宇宙軍なんかはシミュレーターの訓練時間が殆ど実機の飛行時間と同等に換算されるくらいだ。しかしやはりミスをすれば本当に死ぬかどうかという違いは、双方の間に越えられない壁を作っているのだ。

 

「解った。因みにアレ以外の搭乗経験は?」

 

「シミュレーターならガンダムとキャノン、それからジムがあります。実機ではジムに10時間程」

 

うん、こいつはヤベェな。あれか、ニュータイプが実戦でどの程度使えるかの生贄か?微塵も良い未来が想像出来ねえ。

 

「当面は俺と組んでGファイターの実戦訓練だな」

 

俺はそうため息を吐いてカメラを繋げ直す。そこでふと思い出して謝罪を口にした。

 

「悪かったな、怖がらせて。後は何か言っておきたいことはあるか?」

 

「えぇと、その。年齢の事なんですけど…」

 

ん?

 

「ああ、女性に年齢を聞くのはマナー違反だったな。すまない。まあウチの連中も大概若いのばかりだからあまり気にするな」

 

そうフォローを入れたつもりなのだが、彼女は気まず気に目を逸らして俯いた。おい止めろよ、不安になるじゃないか。

 

「その、そちらも実は違いまして…」

 

マイクのコネクタを差し直す手を止め、無言で言葉を待つ。すると小さな声でしかしはっきりと彼女は言った。

 

「本当は16なんです。すみません」

 

拝啓レビル将軍。ホワイトベースはハイスクールではありません。子供を戦場に送らないで下さい。壁に頭を打ち付けたくなる衝動を堪えつつ、俺はエリス曹長に笑って見せる。

 

「まあ2才なら誤魔化せるだろうさ。うちの連中は気のいい奴らだからな、そう畏まらなくていいぞ」

 

マイクを繋げ再びパネルを操作すると、エレベーターはゆっくりと動き出す。そして目的の階層に着き扉が開くと、そこには険しい表情のマッケンジー中尉と道端に落ちた汚物を見る目でこちらを見るテイラー曹長とセイラ一等兵の姿があった。これはあれだな、完全に誤解されている奴だな?

 

「ちゃうねん」

 

「言い訳は懲罰房で存分にしていいわよ、壁にね」

 

弁明の余地は無かった。その後懲罰房に1時間ほど入っている間にエリス曹長の必死の弁護により俺は無事釈放されたが、暫く新人をエレベーターに閉じ込めた鬼畜隊長というレッテルがホワイトベース中に広まったことを記録しておく。

 

 

「…えっと、これは?」

 

無事自己紹介を済ませたエリス曹長を交えて、俺達は会議室で目の前のモニターに映された内容に困惑していた。正確に言えば俺とエリスを除く全員と言うべきか。

 

「航空MS支援システム、通称Gファイター。MS、厳密に言えばガンダムの行動範囲拡大と機動性の向上を目的とした支援機だな」

 

端末を操作して画面を切り替える。

 

「Gファイター1機につき1機のMSを運搬可能、方法は見ての通りMSに上下からドッキングして運搬する」

 

美麗なCGのGファイターが玩具の様に前後に開くと、そこに現れたガンダムを呑み込む。何となく、てってれーと口ずさみたくなる映像だった。

 

「この形態をGアーマーと呼称する。中々アクロバティックな設計だな」

 

ドッキングの方式とノウハウ自体はガンダムの段階で確立している。そう、ガンダムの空中合体だ。態々Aパーツ側に補助ロケットを装備してまでこの方式を採用するところに技術者の執念というか寧ろ馬鹿さを感じる。技術屋は実績のある方法に弱いから仕方ないとは思うが。

 

「空中で投下されるのに上向きなんですか?」

 

それな。

 

「出撃時の搭乗方向からしてこうするしかなかったんだろう。下向きで運搬されるとか割と地獄だろうしな」

 

因みにサポート機扱いだが、Gファイターは立派な戦闘機だ。偏向ノズルを要し、主翼を二次元ながら稼働可能な本機はその航空機という概念に正面からケンカを売っているような形状に反して高い機動性を確保しており、搭載されている連装メガ粒子砲はガンダムのビームライフルを超える威力を誇る。因みにバレルもスナイパーライフル並みに長いため弾速も速い。ぶっちゃけ大気圏内限定ならこいつの方がMSより強いまである。

 

「普通にMSはガンペリーで運んで、Gファイターに直掩やらせた方が良くないっすか?」

 

これまた間違えたダイエットをしたサンダーバード2号みたいなデザインのくせにガンペリーはマッハ1.3で飛行可能な上、MSを2機搭載出来る。積み込むのも態々ドッキングする必要なんぞないから手間も無い。だがそんな正論は上層部からの指示の前には無力なのだ。

 

「少なくとも今回の一回は想定した運用で使ってやる必要がある。どうも上は俺達に実戦での運用試験をやらせたいみたいだからな」

 

迷惑だから死ぬほど止めてほしい。

 

「ねえ、これ他にも色々モードがあるみたいだけど?」

 

端末を操作しながら、マッケンジー中尉が眉を寄せる。恐らく空中ドッキング&ボルトアウト(ただの分離)を超えるあの狂気のシステムを見てしまったのだろう。はい、ここSAN値チェックポイントですよー。

 

「あれは忘れて良い」

 

ガンタンクがあるのにGブルなるどう考えても弱点を正面に晒した形態を取る意味が解らんし、ガンダムのBパーツというデッドウェイトを態々仕込んだ上に、武装がミサイルのみになるGスカイを運用する意味も見いだせない。MA形態なる仕様もあるが、そもそも高速戦闘で接近してビームサーベルを振るとかいう状況になるくらいなら最初からGファイターでメガ粒子砲を撃っていろというやつである。

しかもどの形態も各パーツを分離して使うから戦力的に増えていない。寧ろ火力がAパーツ側に集中している分低下しているまである。そんな事をする位ならそれぞれMSと戦闘機で運用した方が遥かに効率が良い。

 

「そもそもこれはガンダムじゃないと出来ない構成ですね。最高戦力を態々機能低下させて使うのはナンセンスでしょう」

 

アムロ軍曹も俺もMSパイロットであって戦闘機や戦車は専門外だからな。クラーク少尉の言葉は正しい。まあしかしだ。

 

「やれと言われたらやらにゃならんのが軍人だからな。次のトリビシ攻略で俺がエリス曹長と試す。1小隊、アムロ軍曹はマッケンジー中尉の指揮下に入れ」

 

「了解です」

 

「攻略後は直ぐに第2軍の先遣隊が合流する予定だが、内訳は61式と歩兵部隊だ。はっきり言って戦力と言うよりは護衛対象だな。なので基地には常時2小隊を張り付ける。第2小隊と第4小隊だ、それからハヤトのガンタンクもだな。可能な限り索敵用の施設は傷付けんつもりだが、敵に破壊される可能性もある。原則タンクとホワイトベースの索敵能力を前提に行動するように」

 

前回の補給物資の中に紛れ込んでいたホバートラックは、レイ大尉率いる整備班部隊によって無残な姿にされて現在はガンタンクにそのパーツを組み込まれた。ハヤトは操縦をこなしながら索敵や通信の中継といった電子戦に対応している。アムロやカイの戦果に隠れがちではあるが、彼はアニタ軍曹と並んでMS隊の目と耳を司る重要な役割を担っているのだ。

 

「それからエリス曹長が加わったことでホワイトベースは定数を満たした事になる。今後機体の補充はあるだろうが、パイロットはこのメンバーで固定される。ハヤト一等兵は正式に第5小隊に組み込み、エリス曹長は第1小隊に入ってもらう」

 

俺の言葉に全員が頷く。

 

「既に我々は戦力として上層部の勘定に入れられている。つまり今後は様々な作戦に投入されるだろう。今回はその始まりだと俺は考える」

 

そんな推察に何人かは顔を顰めた。当然だ、何しろ俺達は試験部隊ですらない寄せ集めだったのだ。

 

「だが忘れるな、俺達の目的は生きてジャブローへたどり着くことだ。たどり着けずに逝っちまいやがった連中の死を無意味にしないためにも、俺達は絶対にたどり着かなければならない。だから、敵を倒すために命を懸けるなんて馬鹿はするな。生き延びる為に敵を倒せ」

 

詭弁だと思いながら俺は言葉を続けた。

 

「ジャブローで待っているチビ共にお前らの最後を教えるなんざ、俺はまっぴら御免だからな。だからどんな任務でも絶対に生き延びる気で戦えよ」



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45.0079/10/31

「いや、駄目だろこれ」

 

ガンダム101号機を抱え込んだGアーマーを見上げながら俺はため息を吐く。横にはエリス・クロード曹長と表情の抜け落ちた顔でタブレットを操作するテム・レイ大尉がいる。トビリシ攻略は無事に終了した。というか既に守備隊は引き払っていて、基地は蛻の殻だったのだ。現在は基地の外にホワイトベースを着陸させ、そこで第2軍の先遣隊を待っている。破壊せずに済んだのは僥倖であるのだが、残念ながらホワイトベース隊には爆発物を処理する専門家もトラップの発見・解除を行える様な人員も居ない。駐機場なんかも地雷があってはいけないので現状基地内には踏み込めない状況だ。なら余った時間で実機訓練という流れになったのだが。

 

「シミュレーションでも遅いと思いましたけど」

 

ガンダムの空中ドッキングはベテランになれば4秒ほどで終わるらしい。正直交換しなければ戦えないような状況になったらとっとと後退しろと言うのが現在のホワイトベース隊の共通認識なので、基本的にシミュレーションで遊ぶ以上の意味はない。一方で空中輸送は仮に単独であっても魅力的な能力だから一応検証しようとはなったのだが、問題はこの分離・合体に掛かる時間だ。あくまでGファイターは支援機という位置付けだったので、パイロットの技量に関係なくこれらが出来るように設計されている。つまり完全にオートで実行できるのだが、その結果10秒近く機体がマニュアル制御を受け付けなくなるのだ。MS側は放り出されるだけなので2~3秒で済むが、Gファイター側はそうはいかない。更にレイ大尉がプログラムを確認しながらとんでもない事を言ってくる。

 

「このプログラムだと分離後にGファイターへ移行する際に何方かのパーツを喪失した場合、オート制御から抜け出せないな。相手をロストした際は只管相手を探し続けるようになっているぞ」

 

「…つまりBパーツを喪失した場合、エリス曹長は強制的に直進し続けさせられると?」

 

「センサーにトラブルが出ても同様だな。再構成中に被弾した場合は大人しく脱出するのが賢明だろう」

 

心底駄目じゃねぇか。

 

「重戦闘機として使うのが正しいあり方だな」

 

「後は上に乗せるかだな。見た目は最悪だが」

 

分離合体機構なんて無かった。俺達はそう結論付ける事にする。因みに上に乗るにしても固定部位が何一つ無いので、余程安全運転をしない限り普通に振り落とされる。

 

「背面にグリップを付けてせめて摑まれる様にして下さい。落ちます」

 

「腹も中が空っぽと言うのも無駄だな。何か入れるか」

 

開発チームに居た時のノリでGファイターをどう弄るかレイ大尉と話していると、間に挟まっていたエリス曹長が引いた笑顔で俺達を見てくる。だがそんな視線は慣れたもんだ。

 

「エリス曹長も何かリクエストは無いか?これはお前さんが乗るんだしな」

 

俺にそう振られて彼女は一瞬驚きの表情になった後、愉快に体をくねらせて唸りだす。そして典型的な小動物のような上目遣いと仕草で口を開いた。

 

「その、それでしたら、もう少し対地攻撃をやりやすくして欲しいです」

 

あー。と俺達は間抜けな声を上げる。Gファイターの主兵装である連装メガ粒子砲は機体の上部に取り付けられている。旋回可能な上各砲が独立して俯仰角を取れるが、配置上どうしても俯角方向は取りにくい。

 

「機首に増設するか?旋回機銃ならば大分やりやすくはなるが、そうなるとガンナーが要るな」

 

レーダーとIFFが全盛の時代であればコンピューター任せに出来るのだが、ミノフスキー粒子下では人間の目視が必要になる。無論カメラとコンピューターによる画像認識でも代替出来るが、容易に姿を変更可能なMS相手には目視の方が確実だ。だが当然敵を狙いながら機体を別方向に操るなんてのは障害物の無い高高度ならともかく、近接支援攻撃でやれることじゃない。さてどうしたものかと考えこもうとした矢先にエリス曹長からとんでもない発言が飛び出した。

 

「いえ、増設頂いてHMDにでもして頂ければ大丈夫です」

 

「それだと飛行中の視界が遮られるが?」

 

「大丈夫です。元々私、あまり見て飛んでませんから」

 

「は?」

 

「周りの状況というか、地形とかですかね?何となく解るんです。だからあまり視界に頼って飛んでないんです」

 

だから空間識失調も起こしたことがないんですよ!なんて自慢してくる彼女は笑顔だったがこっちはドン引きである。発言がニュータイプ過ぎるだろう。

 

「そうか、ではその様にしておこう」

 

そんな俺と違ってレイ大尉は躊躇なく承知しタブレットを操作する。多分図面の修正とかそういう事をしているんだろう。この人間CADCAMも大概だな。

 

「いやいや、無茶でしょう大尉」

 

「本人が出来ると言って欲しいと言うなら是非もないだろう。それに応えるのが技術者の務めだ」

 

良い事を言っている風であるがやっていることは無茶な改造である。俺は一度ため息を吐くと、エリス曹長へ向き直り口を開いた。

 

「シミュレーションで問題ないかを十分確認するまでは使用制限だ。信じると言うのは簡単だが、それで死体袋を増やす訳にはいかんからな」

 

ただ贅沢を言えば、オデッサ作戦までには戦力化しておきたい。何せこいつはマッハ2で飛び回れるメガ粒子砲なのだ。機体の強度も踏まえれば、これ程心強い戦闘機は他にいないだろう。

 

「用心深い奴だな、私の腕がそんなに信用ならんかね?」

 

「いえ、腕は大変信用していますよ」

 

腕はね。俺は内心でそう付け足してGファイターを見る。さて、こいつがどう化けるやら。

 

 

 

 

「まったく、あの手この手を良く考えてくる」

 

艦長席に座ったブライト・ノア特務少佐は、頬杖をつきながら不満げに漏らした。バクー基地での捕虜による搦め手はエルジシュでも同様に使われた。そして陸戦隊の用意が整った所でこの肩透かしである。基地のクリアリングが必要な以上陸戦隊が無駄になる事は無いが、トラップ解除などの装備不足から到着が遅れている。

 

「しかしここを抜ければ後はもうオデッサを目指すだけですし、何より第2軍と協同です。孤軍奮闘がこれで終わると思えば悪くはありません」

 

「そう簡単な話なら良いんだがな」

 

楽観的なワッツ中尉の言葉に、ブライトは素直に頷くことが出来なかった。第2軍は陸路でのアフリカ方面への連絡を絶つためにアラビア半島の広域に展開している。第4軍に比べ陸上戦力の占める割合の低かった彼らはオデッサへの侵攻についても助攻という位置づけだった。それはつまりホワイトベース隊と協同する戦力は主力として当てにならないという事に他ならない。同時にそれは味方と言う護衛対象を抱え込む事に他ならなかった。

 

(軍団規模の護衛対象に対し、手札は半端な宇宙艦1隻とMSが4個小隊。笑えん話だ)

 

凡そ2カ月近い時間を付き合ってきたからこそ、ブライトにはホワイトベースの弱さが良く解っていた。良い艦ではあるのだ。同世代の艦艇でこれ程バランスの取れたものは無いと断言できる。だがそれは突出した能力を持たないと言う事でもある。火力で見ればヘビィ・フォークやマゼランに劣り、搭載機の運用能力ではコロンブスに劣る。建造コストまで考慮すればホワイトベース一隻でマゼラン数隻分だと言うのだから更に安価な陸上戦艦とでは勝負にならない。だがそのバランスのおかげであらゆる艦艇の代役を求められるのがペガサス級という艦だった。

 

「機動力を封じられている以上、ホワイトベースに出来るのは他の艦艇と同じく殴り合いに耐える事だ。しかしそれには火力が心もとない」

 

その為のMS運用能力だと言うだろう。しかし護衛対象が自分達よりも遥かに多い状況では、防衛の為にそのMSも広く配置せねばならない。幾ら戦車よりもMSが優速であると言っても瞬間移動出来る訳ではないのだから。

 

「しかし第2軍はあくまで助攻でしょう?こちらから積極的に仕掛ける事は無いのでは?」

 

ワッツ中尉の言葉にブライトは苦々しい表情で口を開く。

 

「2回だ」

 

「え?」

 

「連中はたった2回で此方への対策を変更した。全ての基地に対して出した命令なら相当な労力を払っているのにだ」

 

「それは、こちらが対策をしたからでは…」

 

「なぜ3度目で対策が整うと解る?人間は労力に見合うリターンを求めるものだ。ならば作戦が失敗するまでは続けたくなるものだろう?なのに連中は2度成功させているにもかかわらずやり方を変えてきた。しかもこちらの手が無意味になるように」

 

そこでブライトの言わんとしていることを察したワッツ中尉が顔色を変える。

 

「まさか、スパイですか?」

 

「どの程度なのかは解らないが、少なくともホワイトベースの動向は筒抜けと考えていいだろう。そして俺達が配置されるのは友軍戦力の少ない戦線だ」

 

額を押さえながらブライトは続ける。

 

「まだあるぞ、仮にこちらから攻勢に出ないにしてもだ。他方面から圧迫された敵がオデッサを放棄するような場合にはどこを突破しようと思う?」

 

連邦軍は包囲殲滅を行うために、ジオン最大の宇宙港であるバイコヌールを先に攻略した。バイコヌールまでの回廊地帯が残っていれば、ジオンにはオデッサ失陥後も東南アジアへの撤退と言う選択肢も存在し、戦力は分散したことだろう。しかし現在東方への撤退には第4軍の主力を突破する必要がある。

対して陸路でアフリカを目指すなら積極的に攻撃を仕掛けられない第2軍を突破すればよい。

 

「また、他方面が突き崩せない場合、第2軍が最後の一押しとして使われる可能性は高い。何しろここには突破力に一等長けた部隊が居るからな」

 

その言葉にワッツ中尉は状況を完全に理解して頬を引きつらせる。つまりどの様な状況になったとしても、ホワイトベース隊が激戦に放り込まれることは確定しているのだ。

 

「増援はありますかね?」

 

「あったとしてもそれは第2軍の援護だろうな。こちらは独力での解決を求められるだろう」

 

ガルマ・ザビの殺害に続き、連邦内でも有名なジオンのエースである黒い三連星をホワイトベース隊が撃破した事はプロパガンダとして喧伝されている。これが心理的圧迫になってくれれば良いが、同時に敵愾心を煽る事は簡単に予想出来る。そんな部隊が前線に現れれば、集中して狙われるのは間違いないだろう。

 

「不確定な要素に期待するよりもMS隊の連中が十分休養出来るように計らってくれ。一度始まってしまえば、彼らは休む暇もないだろうからな」




勢いでラルと黒い三連星ぶっ殺したら尺が余った件。


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46.0079/11/04

今週分です。


「なんつーか、拍子抜けするくらい順調っすね」

 

野戦服姿でヘルメットを弄びながらカイ・シデン兵長がそう話を振ってきた。俺は手にしていたタブレットから目を離して口を開く。

 

「ジオンにしてみれば多勢に無勢だからな。守りきれんと判断した場所は切り捨てているんだ。つまりこっちの作戦が始まってからが本番だな」

 

どの拠点も綺麗に引き払われているが、こちらの進撃速度は当初とほぼ変わらない状況だ。それと言うのも、それぞれの拠点にはちゃんと置き土産がされていたからだ。殆どは手榴弾などを使った子供騙しみたいなトラップだが、中には発電施設なんかに仕掛けられた厄介なヤツもある。そして一個でも見つけてしまえば基地全体の安全確認をしなければならない。ホワイトベースはまだしも第2軍は規模相応の物資を消費するため、補給線と中継地点の設置は必須である。たかが数個の爆弾でこれだけ敵を遅滞させられるのだから、敵ながら大した戦術である。

 

「けれど、どの基地も大した妨害は無かったですよ?それってもう邪魔する余裕も無いって事じゃないんですか?」

 

そう言って会話に加わってくるエリス曹長に俺は言い返す。

 

「そうであれば有り難いんだが、何というかな。それにしては逃げ方に余裕があり過ぎる」

 

それにだ。

 

「こうした作業となれば工兵の仕事だろうが、殆どが素人じみたものばかりだ。つまりこれらの基地には殆ど工兵が残っていなかった可能性が高い」

 

そして逃がされた工兵はどこで何をするかと言えば、考えられる選択はそう多くない。

 

「つまり真っ先に下げられた工兵は、今頃オデッサの要塞化に勤しんでいるんじゃないかと俺は考える」

 

後はどの程度ジオンがオデッサに固執しているかによる。史実通りなら欧州方面司令のユーリ・ケラーネは地球の戦略的価値が解っていないから、兵士の消耗を避ける為にマ・クベと対立する事が期待できる。一方で既に迎撃に関する権限をマ・クベが掌握している場合は厄介な事になるだろう。

 

「オデッサの偵察情報は来ていないんですか?」

 

「偵察自体はしているんだろうがな。随分梃子摺っているようだ」

 

守備範囲を限定している分防空も十分に機能しているようで、連邦は制空権を奪取出来ずにいる。結果十分な偵察は出来ていないようだ。

 

「制空権が確保出来ていないと言うのは厄介ですね」

 

眉を顰めつつテイラー曹長が唸った。制空権が取れていないと言う事は、地上が砲兵同士の叩き合いになると言う事だ。先鋒を務めるMS隊にしてみれば楽しい話ではない。何しろ攻撃側の俺達は身を守るものが無い状態で砲撃に晒されるのに対し、敵は陣地と言う拠り所がある。同じ様に砲撃を受けたら、どちらの被害が大きいかなんて馬鹿でも解るだろう。

 

「気を付けろよエリス曹長。お前さんのGファイターは滅茶苦茶目立つからな。感覚としては味方の真上だけ飛ぶくらいの気持ちでいろ」

 

ホワイトベース隊としては唯一の航空戦力となってしまう彼女は、俺達から支援しにくいという問題がある。第2軍の航空戦力は十分な数が揃えられているから孤立するような事は無いと信じたいが、それでも用心に越したことはない。

 

「はい、気を付けます」

 

「宜しい。さて、そろそろ全員機体に搭乗待機だ」

 

時計に目をやってそう告げる。今頃左ハンガーでは第4小隊と第5小隊が機体から降りている筈である。作戦開始前、最後の待機に俺達は向かった。

 

 

 

 

「アレンってロリコンなのかしら?」

 

待機解除と共に機体から降りたクリスチーナ・マッケンジー中尉が放った言葉に、セイラ・マス一等兵とハヤト・コバヤシ一等兵は微妙な表情で顔を見合わせた。因みに元凶は至って真剣な顔である。

 

「あの、マッケンジー中尉。どうしたんです、急に」

 

セイラやハヤトにとって、アレン中尉は頼れる隊長である。戦闘面だけでなく慣れない軍隊生活において、若い彼らが精神を病まずに居られるのも彼の配慮によるところが大きい。

 

「エリス曹長との距離よ。近いと思わないかしら?」

 

「それはバディを組んでいる訳ですし、多少はそうなるのでは?」

 

「それはそうだけど。なんていうのかしら、こうそれを超えて親しさのある態度と言うか」

 

「マッケンジー中尉の気にしすぎではないですか?」

 

「それよ!」

 

ハヤトの指摘にマッケンジー中尉が声を上げた。

 

「私やニキはファミリーネームで呼ぶのにエリスやセイラはファーストネームで呼ぶじゃない。これって心理的に近しいと感じているんじゃないかしら」

 

「僕やアムロ、カイさんもそうですよ?」

 

「…バイなのかもしれないわ」

 

真剣な表情で愉快な推論をマッケンジー中尉が導き出すと、後ろを歩いていたクラーク少尉が温和な笑顔で口を開く。

 

「おや、そうなると自分達も守備範囲と言う事ですね。気を付けなければ」

 

「その理屈だとホモサピなら何でもよくなっちまうっすよ、マッケンジー中尉」

 

アクセル・ボンゴ軍曹の指摘に、再び難しい顔をするマッケンジー中尉。その様子を見ていたアニタ軍曹が口を開く。

 

「案外逆なのかもしれません」

 

「逆?」

 

「ええ、アレン中尉は割と思考が幼いので私達には友人感覚なのでしょう。クラーク少尉は同年代ですが同性ですし。対してマッケンジー中尉やテイラー曹長は中尉から見て大人の女性です」

 

「ああ、だから気恥ずかしさが勝ってファーストネームで呼べないって事ですか」

 

「そんなハイスクールの学生みたいな…所があるわね、あの馬鹿は」

 

マチルダ中尉の写真をカイ・シデン兵長と共謀しホワイトベース内で売り捌こうとした悪事は記憶に新しい。整備班のロスマン少尉などは暫く生ゴミを見る目で対応していた位だ。

 

「そうだとしたらどうなんです?マッケンジー中尉としては」

 

「タイプじゃないわ」

 

クラーク少尉が愉快そうにそう聞くとマッケンジー中尉は即答する。それはもう疑問の余地もない発言だった。

 

「まあ、パイロットとしての腕は評価しているわよ。けど、なんて言うか私生活でアレが同じ空間にいるのは耐えられる気がしないわ」

 

散々な評価であるが、全員がその言葉に納得できてしまう。悪人では無いが、かといって善人とは言い難い。判断基準も独特で一般的な倫理観と逸脱している所も多々見られる。少なくとも世間一般が期待する普通の家庭を構築する能力には欠けているように思えたのだ。

 

「でもアイツ後輩には妙に人気があるのよね」

 

なんとなく理由の解るセイラとハヤトは苦笑した。軍人としてみた場合、アレン中尉はひどく接し方が普通だ。軍人という新しい環境に適応するまで、彼のような存在はとても安心できる事だろう。そこに加えて兵士としての有能さを見せられれば憧れるのも無理はないように思える。

 

「問題を起こさなければ個人の趣味嗜好には口出ししないのが賢明でしょうね」

 

クラーク少尉が手を叩きつつそう言って移動を促す。マッケンジー中尉は軽く見回した後、肩をすくめて率先して歩き出した。直ぐ横に並んだクラーク少尉が小声で話す。

 

「流石と言うべきでしょうか。大規模作戦を前に緊張が見られません」

 

「規模はともかく命の危険という意味ではもっと危ない状況を経験しているもの。判断力の低下も見られないし、これなら問題なさそうだわ」

 

唐突な会話は当然本気のものではない。今までの状況と乖離した会話に即座に思考が追いつくか、また不躾な内容であっても冷静に自己を制御できているかを見るためだ。尤も後半は成功しているか微妙であるが。

 

「親しみやすい上官というのも考え物ですね。あれだけ侮辱されても誰一人問題視しないとは」

 

「無理もないわ、半分は速成で残りは2ヶ月前まで民間人。それも全員未成年よ?自分達の隊長が副長に侮辱されたと認識できているかすら怪しいわ」

 

選ぶ会話を間違えたわ。そう呟きながらクリスチーナは苦笑する。軍隊としては間違っているだろう。だがホワイトベースはそれで良いのかもしれない。望んで軍人になった自分達と違い、彼らは才能があるからとパイロットにされたのだ。志願したと軍が嘯いたところで、聞いた限りではそうせざるを得ない状況だったとクリスチーナは考える。

 

「本当は今すぐ銃を取り上げるべきなんでしょうけど。情けないわね」

 

彼らの戦闘能力は既にホワイトベースにとってなくてはならない戦力だ。代替の部隊を詰め込んだところで撃沈されるのが関の山だろう。

 

「アレン中尉ではないですが、今は生き延びさせる事を考えましょう。生きていれば何とかなるものですから」

 

クラーク少尉の言葉にクリスチーナは小さく頷く。そうだ、先ずは目の前の作戦で彼らを死なせない事だ。後のことを考えるのはこの戦争が終わってからでも遅くない。そう彼女は問題を先送る事にした。それが大きな間違いであったことに彼女が気づくのは、ずいぶん先の話になる。




落ち着いて聞いて下さい。
次からオデッサ作戦です。


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47.0079/11/06

始まるよ!


歴史に残る大規模作戦も始まりは静かなものだった。高度10mという極低空で位置を固定したホワイトベースからMS隊が次々と発進する。レビル将軍旗下の第1軍ではMSは決戦戦力なので温存されているが、第2軍は積極的に投入し機甲部隊の消耗を抑えるつもりらしい。まあ俺達が勘定に入っていなかった部隊であることも大きいだろう。

 

『大編隊だぜ』

 

上空を通り過ぎる航空機を見てカイ兵長がそう呟く。確かに数だけ見れば間違いなく大編隊だ。

 

『初動からフライマンタを投入する?少々冒険が過ぎるように見えますが』

 

テイラー曹長がそう評し、俺は内心で同意する。ただ上層部の判断も解らないわけではない。フライマンタは攻撃機に分類されているが性格的にはマルチロール機に近い。宇宙での作戦能力は与えられなかったが、その分大気圏内における汎用性はセイバーフィッシュにも勝る。つまりドップ相手ならば十分空戦にも対応できると言う事だ。同時に遠距離からの誘導弾による攻撃が難しい状況下では一度に投入できる航空機の数がそのまま戦闘の趨勢を決めかねない。

 

「逸るなよ、エリス曹長」

 

『はい、大丈夫です』

 

そう言っている奴が一番信用ならねえんだがな。

 

「乱戦じゃそのビーム砲は威力がありすぎる。ガウ辺りが出て来るまでは大人しく――」

 

そんな忠告とも言えないような与太話を終える前に、空を複数のビームが走った。その火線はかなり濃密で友軍の戦闘機が次々と墜とされていく。

 

『なんだありゃぁ!?』

 

前進していた俺達の目の前に現れたのは曲線で構成されたボディを持つ、紫色の巨大な兵器だった。そいつは轟音と共に、まるで古いSFに出て来るアダムスキーな未確認飛行物体のごとく上空を滑るように移動しながら生やしたビーム砲を撃ちまくる。ざっけんな近藤版準拠かよ!?

 

「迎撃!あのふざけた円盤野郎を撃ち落とせ!!」

 

命じつつ俺もビームライフルを上空へ向ける。だが発砲より先に鳴り響いたロックアラートに、俺は回避行動をとった。

 

「あいつら本当に異星人の侵略者じゃねえだろうな!?」

 

目の前の光景に思わずそんな事を呟いてしまう。互いに庇い合う様に、3機のアッザムが上空を滑空する姿は、割と悪夢と言ってよい姿だった。

 

『コイツ!?』

 

真っ先に対応したのはアムロ軍曹だった。見た目に惑わされる事無く、彼は構えたライフルを正確に命中させる。しかしビームは着弾間際で極端に減衰し、装甲に僅かな損傷を与えただけだった。

 

「ビームが効かないのか!?」

 

『だったらっ』

 

そう叫んでジョブ准尉とテイラー曹長がキャノンを連射する。ザクを一撃で屠れるその攻撃は、しかし複数の命中を与えるも撃墜には至らない。だがそれは彼らも承知の上での行動だった。

 

『貰った!!』

 

回避方向を限定された敵機に向かってハヤト一等兵が吠え、それに応じるようにタンクの主砲が火を噴いた。放たれたのは対空砲弾ではなくAPDS。戦車砲の倍以上の初速をもって吐き出されたそれは、圧縮した大気によって赤く光りながらアッザムへと向かう。誰もが撃墜を確信したそれは、だが割り込んだもう1機のアッザムによって阻まれる。装甲を深く抉ったものの、内部機構へ損傷を受けなかったそれらは、獲物を見つけた猟犬の様に俺達へと襲い掛かって来た。

 

『避けろ、ハヤト!』

 

アムロ軍曹が叫ぶが、実行するには時間が足りなかった。先行した機体から何やら粉末のようなものがばら撒かれたかと思った次の瞬間、後続の機体から連続して何かが飛び出す。それは俺の知識にあるものよりも素早くタンクや友軍の頭上に到達すると吐き出したワイヤーが格子を作り出した。

 

『何だ!?』

 

連携が取れていないのが仇になった。タンクのすぐ後ろには友軍の戦車が迫っていて、格子から抜け出すには彼らが邪魔だった。即座に回避方向を開ける為にマッケンジー中尉とセイラ一等兵がタンクの前から飛び退くが、それよりも先に敵の装置が起動した。

 

『うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!?』

 

強力な電磁場が発生し瞬時に4000℃の牢獄が生み出され、タンクはそれに囚われる。その後ろで同じ様に檻の中に閉じ込められた味方の戦車がポップコーンの様に砲塔を弾けさせた。熱で砲弾の装薬が誘爆してしまったのだろう。

 

「ハヤト!逃げろハヤト!!」

 

『この、落ちろよ!』

 

『硬いですね!』

 

声を掛けながら俺達は未だに空を飛ぶアッザム達に向かって攻撃を行う。しかし有効打を与えられず、再び奴らは突入の態勢に入った。

 

『やらせない!』

 

誰もがその進行方向から逃れようとする中、そう叫んで正面から突っ込む奴がいた。エリス曹長だ。

 

「曹長!」

 

散布行動に入っていたせいだろう、直進していたアッザムに向けて放たれたビームは正確に奴を捉え、

 

『通った?』

 

減衰する事無くその推進器を撃ち抜いた。黒煙を上げて進路を外れるアッザム。損傷した2機を守るように残りの1機が弾幕を張り撤退を援護する。

 

『逃がすか!』

 

カイ兵長がそう言うやビームを放つが、やはり被弾前に極端に威力が落ちてしまう。そして最後の1機は大量のスモークをばら撒きながら撤退していった。混乱する頭を無理やり働かせて俺は叫ぶ。

 

「ハヤト一等兵の救護を、それからアムロ軍曹はホワイトベースに一度戻ってバズーカに装備を変更!済み次第他の機体も順次換装のため戻れ!」

 

そう叫んで俺は思わずぼやいてしまう。

 

「やっぱりおまけなんて楽な仕事じゃないじゃねえか」

 

 

 

 

「手酷くやられたようだな」

 

戻って来たアッザムの損害状況を確認してマ・クベ大佐はそう評した。オデッサ防衛用の戦力として追加配備されたMAと呼ばれる新兵器。テストを行う間もなく連邦の侵攻が始まってしまったために、そのまま実戦投入となってしまったことから、比較的重要度の低い位置に配置した結果がこれであった。

 

「だが、最低限の働きはしてくれたか。修理にはどの程度かかるか?」

 

「はい、2号機は推進器を損傷したため復旧は未定、残り2機は凡そ4時間程で復帰可能との事です」

 

「ほう…」

 

想定よりも早い戦線復帰にマ・クベは顎に手を当てる。

 

「見せれば警戒を促せるか。西部に配置していたギャロップとアッザムを入れ替える。警戒して鈍った連中に砲弾の雨をプレゼントしてやれ。…さて」

 

木馬と言うイレギュラーは存在したものの、盤面は凡そマ・クベの思惑通りに推移している。密約通りエルラン中将旗下の部隊は進撃にもたついていて、レビル大将が率いている本隊と足並みが揃っていない。当初の予定ではこの戦域の空きからドムを投入、レビル本隊を強襲し斬首戦術を行う予定だった。

 

(ドムの喪失は痛かったな)

 

損失を補填するために無理な陳情を上げた事でマ・クベは立場を悪くしていた。仮にオデッサを失陥した場合、栄達の道は完全に閉ざされる事になるだろう。

 

「ウラガン、切り込み隊の準備はどうか?」

 

「はっ、滞りなく。大佐、ケラーネ少将から支援要請が来ておりますが」

 

欧州方面軍の司令部は敗走を続けた結果、バルカン半島南部ギリシアまで追い立てられていた。陸路ではオデッサと分断されていて現状海路を用いて連携している。尤もマ・クベにしてみれば、騒ぎ立てて貴重なオデッサの装備と物資を奪っていく邪魔者でしかない。

 

「無視しろ」

 

そんな戦略的に価値の薄い所に固執せずオデッサに合流して戦えと言うのがマ・クベの本音だ。しかしそれには幾つかの解決すべき問題があり、その最たるものが指揮権の所在だ。件のユーリ・ケラーネ少将は欧州方面軍の司令であり、マ・クベはオデッサ鉱山基地を統括する大佐である。総司令部に今回の防衛戦における指揮権を認められているものの、階級だけでなく権能的にも本来ケラーネ少将が指揮に当たるのが妥当である。仮に合流した場合に指揮権の所在について揉める事になるのは明白だった。

 

「宜しいのですか?」

 

「聞こえなかったか、私は無視しろと言ったぞ」

 

「…はっ」

 

もう一つの問題は行動方針の違いだ。信じられない事に欧州方面軍司令部は地球における戦線維持に重要性を見出していない。自分達が攻め切れていないのは地球環境への適応不足だなどと言うふざけた検証結果が出るのが良い証拠だろう。

 

「ルウム戦勝パーティーの酔いが残っている連中が多すぎる」

 

連邦艦隊撃滅を理由に勝利などと嘯いているが、戦術目標を達成出来なかったあの戦いはマ・クベにすれば敗北である。その上矢面に立った宇宙攻撃軍は大きな被害を受けており、ルナツーを叩く余力すらない状態だ。にもかかわらず見栄えの良い戦果に目の眩んだ連中は、宇宙でならば連邦軍を一方的に叩けると本気で考えている。そうでなければ宇宙まで戦線を後退させ、軌道上で敵を封じ込めるなどという愉快な案が議論に上る訳がない。

 

(付け焼刃の軍人ではこの程度なのだろうな)

 

地球の戦線を放棄すると言う事は、地球連邦軍の持つ圧倒的な生産能力が全て宇宙用の装備と物資に割り振られると言う事だ。しかも条約がある以上、宇宙から地上への攻撃手段は極端に制限される。そうなれば工業地帯などの効果的な破壊など望むべくもないし、物量戦に持ち込まれて先に体力が尽きるのは確実にジオンだ。だからこそ短期決戦がご破算となった時点で地球降下作戦が行われたのだが、それを理解している人間はあまりにも少なかった。

故に、オデッサの防衛は今次大戦における最重要課題であると認識するマ・クベと地球を軽視する欧州方面軍司令部では致命的な齟齬がある。そして兵士がマ・クベとケラーネ少将を比較した際、どちらに従うかを察せないほどマ・クベは愚鈍ではない。

 

「準備が完了次第切り込み隊を出撃させろ、それから例の準備を」

 

連邦のオデッサ作戦発動後はエルラン中将と連絡が取れていない。それ自体は当初から想定されていた通りであるが、マ・クベはどうにも不信感がぬぐえなかった。故に彼はその場合における準備も進めておく。

 

「は、承知いたしました」

 

部下の返事にマ・クベは満足気に頷き、机に置かれた壺を撫でる。利害関係のみで結ばれた相手を信頼しきる程、マ・クベは楽天家ではなかった。




オデッサ作戦をスキップしますか?

 はい ・ YES


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48.0079/11/06

今週分です。


「タンクで命拾いしたな、キャノンだったら死んでいたかもしれん」

 

物騒な事を平然と告げて来るテム・レイ大尉に、ハヤト・コバヤシ一等兵は表情を引き攣らせた。敵の攻撃によって弾薬庫が破損してしまったガンタンクは現在ホワイトベースに戻されている。レイ大尉によれば強力なマイクロ波による攻撃を受けたらしいとの事だった。

 

「直りますか?」

 

「損傷で言えば以前の方が酷かった。だがまあ直ぐには無理だな」

 

攻撃を仕掛けてきた飛行兵器を追い返したものの、対応の為にMS隊は武装を入れ替える必要が出てきた。おかげで格納庫は換装作業で大忙しだ。戦闘不能になったタンクを直すのはもう少し余裕が出来てからだろう。出来ればだが。

 

「目一杯の運用はこういう時に粗が出るな」

 

ホワイトベースはMSの運用を想定した艦艇だ。当然整備・補給能力を有しているが、それは必要条件を満たしているだけと言うのが正しい評価だろう。艦の左右に分かれた格納庫は運用機数に対し余裕が無い上に艦内で連絡していないため、補給や整備の際に格納庫が限定されるという問題を引き起こしていた。勿論これは設計段階でも示唆されていたが、最終的に全て同型機で揃えるか、全く同じ構成の小隊を複数運用する事から大きな問題は無いと判断されていた。だが試作機の見本市といった様相のホワイトベースでは大きな制限となっている。現状タンクを整備出来るのは左舷格納庫に限定されていて、こちらにはジムを主力とした第4小隊と第5小隊が置かれているから、どうしてもガンダムやキャノンの右舷よりも補給の頻度が上がってしまうのだ。

 

「だからバズーカはバックパックっすよ!リアスカートは90ミリ!」

 

『このビームスピアってのは使えるんかい?』

 

加えてガンダムにもかかわらずピクシーという陸戦機もこちらだ。機体の周りで機付長のナオエ少尉が大声で指示を出している。乗り込んだままのアクセル軍曹が兵装ラックに収められている武装に興味をひかれたのか外部スピーカーで問いかけていた。

 

「モーションは入ってるっす。後はアクセル軍曹の腕次第!」

 

『OK、持ってくぜい』

 

「402補給完了!出すっすよ!」

 

慌ただしく出撃していくピクシーを見送りながらハヤトはため息を吐く。陣地攻略となればタンクの火力は非常に有効だ。それを自分の不注意で始まる前に使えなくしてしまったと考えたからだ。

 

「しかし連中も漸く砲兵の恐ろしさが理解できたようだな」

 

「え?」

 

落ち込むハヤトに視線を向ける事無くレイ大尉はそう口を開く。

 

「元々連邦軍はガンダム・キャノン・タンクをセットで運用するつもりだった。理由は単純、砲兵が戦場において最も効率よく敵を倒せるからだ」

 

航空兵力も本質的には砲兵の延長なのだとレイ大尉は言う。

 

「真っ先に狙うだろうな、通常のタンクですらその戦闘能力は61式の10倍、改良型のコイツならその倍は確実だ。ならば真っ先に潰しにくるのも頷ける」

 

実の所ジオンも砲兵火力について軽視していた訳ではない。全てMSで解決できると本当に考えていたならダブデやギャロップに主砲など付けないだろう。ジオンには砲兵を準備するだけのリソースと設備が存在しなかったというのが真実である。何しろジオンが望んだのは短期決戦である。間違っても現在の様な泥沼ではない。当然注ぎ込めるリソースは全てそのために割り振られた。同時に環境という問題もあった。疑似的な重力環境しか用意出来ないジオンにとって、曲射を行う砲兵を実際に運用するにはまず地球環境を入手する必要があったのである。無論シミュレーションによる設計は進められたが、実機の試験はキャルフォルニア陥落後の事だった。

 

「僕が優先的に狙われたって事ですか?」

 

「そうなるな。なに、君が無事なら機体を直すだけで済む話だ。あまり気に病むな」

 

その言葉にハヤトが頷きかけたその時、艦が僅かに揺れ遅れて砲声が届いた。それを聞きレイ大尉は嫌そうに顔を顰めた。

 

「楽はさせてくれん様だ。ほら、待機室にでも行っていろ。ここは邪魔になる」

 

 

 

 

『砲撃!?』

 

『落ち着きなさいアニタ軍曹。被害範囲が小さい、ダブデじゃありません』

 

動揺したアニタ軍曹を制するようにクラーク少尉が声を上げる。確かに言う通りだが呑気に構えていられる状況じゃない。

 

「エリス曹長!何処からの攻撃だ!?」

 

『は、はい!』

 

即座にGファイターが高度を上げて、通信にエリス曹長の声が響く。

 

『見つけました!ギャロップです!敵の防御陣地の後ろ、数は見える範囲で5機!』

 

ギャロップか、トーチカじゃないだけマシと思うべきだろうか?まあどちらにせよやることは変わらない訳だが。

 

「MS各隊、敵ギャロップを無力化するぞ。全機前進、第4、第5小隊は突破口を形成せよ、第2小隊及び103は両隊の援護。102、前線に穴が開き次第突入しギャロップを叩く、行くぞ!」

 

MSならば直撃を貰わない限りギャロップの砲撃は致命傷にはなりにくい。しかし第2軍の61式は違う。故に早急に制圧する必要があるが、目の前にはしっかりと陣地構築した敵が待ち構えている。あそこに突っ込むのも戦車では自殺行為だ。だから俺達がやる。

 

『401より支援要請、座標M4-166-707』

 

クラーク少尉の要請に従ってホワイトベースの主砲が火を噴く。53センチ連装砲1基という少々心もとない火力であるが、支援が無しに比べれば遥かにマシだ。毎分20発という中々の高レートで吐き出された砲弾が次々と着弾し火柱を上げる。不幸なザクキャノンなどは押し込められていた掩体に直撃し、天高くその残骸を放り出していた。

 

「今だ、軍曹!跳べぇっ!」

 

4・5小隊が敵を拘束したのを確認した俺はそう叫びながら機体を空中へ躍らせる。間抜けにもこちらへ気を取られたザクが眼下でマシンガンを浴びて蜂の巣にされるが、そんなものには目もくれず、俺達は機体を制御する。

 

『そこ!』

 

俺が視認するより早くアムロ軍曹が鋭く叫びバズーカを放つ。ギャロップはその構造上移動しながらの攻撃に向いていない、宇宙世紀イズム全開なエンジン配置のせいで主砲の射角が極端に狭いからだ。考えた奴馬鹿じゃねぇの、とは思うものの今回だけは感謝しておく。おかげで俺でもバズーカを当てる事が出来るからだ。

 

「へっ、今更遅え!」

 

アムロ軍曹に数テンポ遅れるが、俺もバズーカを放つ。慌ててエンジンを点火しているが、そんなので逃げられれば苦労は無い。連続して降り注いだ砲弾が向けられていた主砲に直撃、弾薬庫を巻き込んでギャロップを火柱に変える。機体を着地させた頃にはギャロップは既に1機になっている。因みに戦果はアムロ軍曹が3機で俺が1機。相方が優秀だと楽でいい。最後の1機にアムロ軍曹がバズーカを放ったのを視界の片隅で確認しながら、俺は分泌されるアドレナリンに任せて叫んだ。

 

「まだまだぁ!」

 

折角後方に浸透したのだし、戦果を拡張させてもらうとしよう。俺は口角を上げながらバズーカを手放し、素早くマシンガンに持ち替える。俺が何かを言う前に、同じくビームライフルに持ち替えたアムロ軍曹が背中合わせに俺の背後へ回る。そうして俺達は躊躇なくトリガーを引いた。

 

『一つ、二つ!三つ!!』

 

「戦車を埋めてる時点で既に負けてるんだよ!」

 

防衛って言葉にジオンは囚われ過ぎたな。陣地の出来は大したものだが、どれも歩兵用の物を大型化しただけだ。MSが人間と同じ動きしか出来なければ、そして携行出来る火器が同じ程度なら効果があっただろうが、残念ながらそんな事は無い。100m近くに余裕で到達する跳躍力に艦砲に比肩する携行火器は容易く土とコンクリートで構築された陣地を粉砕する。砲台代わりに埋められていたマゼラアタックがマシンガンで吹き飛び、慌てて掩体から飛び出そうとしたザクキャノンがビームに貫かれる。粗方始末し終えた頃には前線を突破したホワイトベース隊の面々が合流してきた。

 

「状況報告」

 

『3小隊、損害無し』

 

『4小隊、損害ありません』

 

『5小隊、問題なし。にしても滅茶苦茶ね、ガンダム』

 

マッケンジー中尉の呆れたような物言いに自然と通信に笑い声が混じる。正直あの前線を損害無しで突破してくるそっちも大概だと思うんだが。

 

「無理も無茶もしてないさ、ガンダムならこれくらいはな?」

 

そう軽く混ぜ返した瞬間、遠くを見ていたアムロ軍曹が叫んだ。

 

『いけない!逃げて!!』

 

何がと聞くより前に、先ほどのギャロップによる砲撃など比べ物にならない密度の砲撃が俺達を襲った。その意味を理解して俺は背筋を粟立たせる。ジオンの連中、これを狙っていやがったな!?

 

「102!103と協力して砲撃陣地を叩け!他は退避っ、逃げろ!」

 

ギャロップは見せ札だったんだ。狙いは俺達の誘引、俺達なら前線を突破し、ギャロップを叩ける事を前提に、味方陣地内にキルゾーンを作る。万一見破られてもギャロップによる砲撃がある以上戦線は維持出来るし、成功して俺達を吹き飛ばせれば残るのは61式が主力の第2軍だ。更に入念に用意されているだろう次の防御陣地を突破するのは困難だ。

 

「馬鹿かよ、俺はっ!」

 

何が陣地の構築が甘いだ。突破される事を前提にしているのだから当然じゃないか。敵を陸戦の素人と決めつけて侮って、部下を危険に晒してしまった。もしアムロ軍曹が居なければ、ここで俺のせいで部隊は全滅していたかもしれない。キルゾーンの淵に近かった第5小隊は離脱に成功、いち早く飛び退いていたアムロ軍曹も無事だ。けれど幸運はそこまでだった。

 

『ば、バーニアが!?ひっ!?』

 

『アニタ!』

 

それは不幸な偶然だ。全周警戒をしていた俺達の中で、アニタ軍曹の機体が偶然砲撃の方向に背を向けていたのだ。降り注いだ初弾でメインバーニアが損傷、更に続く攻撃で脚部が破損しその場に擱座してしまう。

 

『いけない!アクセル軍曹!』

 

アクセル軍曹が叫び、クラーク少尉の悲鳴じみた制止が響く。擱座したアニタ機の前にアクセル軍曹のピクシーが庇う様に居座ったのだ。

 

『もう誰も死なせねぇ!』

 

俺はアクセル軍曹を完全に見誤っていた。ルヴェン少尉の死は彼に深刻なトラウマを植え付けていたのだ。それこそ自分の命を投げ捨ててでも味方を救おうとしてしまう程に。俺達に砲弾が集中する。退避してしまった他は諦めて、確実に仕留めようという意図が感じられる。特に動けなくなったアニタのジムとそれを庇うアクセルのピクシーは格好の的として次々と直撃弾を貰う事になる。

 

『ぐっがっ!?』

 

『止めてっ!逃げてアクセル!?』

 

ルナチタニウム合金を用いたガンダムタイプの装甲はジムのものより遥かに頑強だ。だがそれは全く損傷を負わないという意味ではないし、ましてピクシーは格闘向けに装甲を減らされている。更に俺達のような標準的なシールドではなく取り回しの良い小型シールドを装備しているため、機体は見る間に傷付いていく。ああ、畜生が。

 

「クラーク少尉、アクセル軍曹を連れて退避しろ!」

 

シールドを掲げピクシーを庇う。

 

『了解です!』

 

俺の言葉に意図を即座に理解したクラーク少尉がピクシーに寄り添い移動するよう手を肩にかける。しかし興奮したアクセル軍曹は意味が理解できず動こうとしない。

 

『待ってくれ!アニタはっ!?』

 

「そっちは俺が連れていく!とっとと下がれ!!」

 

ごねるアクセル軍曹にそう怒鳴りつける。ピクシーを離脱させるにはシールドで庇ってやる必要がある。そして推力だけならクラーク少尉のジムの方が俺のガンダムより上だし、何より擱座したアニタ機を回収するにはガンダムの方が都合がいい。ジムよりは多少耐えられるからだ。

 

『た、隊長』

 

漸く動き出すピクシーを見ながら、位置を変えてアニタ機に寄る。不安からか震えた声を発するアニタ軍曹に俺は普段通りに話しかけた。

 

「安心しろ、ちゃんと連れて帰る」

 

既に至近弾で腕部まで損傷したジムを俺は抱え上げる。

 

「揺れるぞ、舌を噛むなよ!」

 

そう言って俺はバーニアを噴かす。可能な限り砲撃の密度を上げるためだろう、攻撃範囲はそれ程広くない。そう自分を鼓舞して機体を飛ばす。とは言え半壊してもMSを抱えてだ、普段より遥かに遅い動きに焦燥が募る。砲撃圏外までの距離が途方もなく遠く感じた。

 

「ぐっ!」

 

こちらを追うように着弾が迫ってくる。幾らガンダムでもこの状況では複雑な回避なんて望めない。その耐久力を信じて進むしかない。

 

『し、シールドがっ』

 

「黙ってろ!」

 

掠めていた砲弾が遂には機体を捉え、直撃に耐えかねたシールドがジョイント部から吹き飛んでしまう。ここからはもうガンダムと俺の運を信じるしかない。

 

――そんな考えが悪かったのだろう。

 

「がぁっ!?」

 

バックパックに砲弾が直撃、推力の均衡を奪われた機体はオートバランサーを起動させ一気に失速する。解除する暇もなく降り注ぐ砲弾に、俺は咄嗟にジムを抱え込む。

 

『た、隊長!アレン中尉!?』

 

「ちゃんと、連れて帰るって言ったろ」

 

英雄なんて柄じゃないんだ。隊長なんて器でもない。けれどなってしまったなら、その責任は果たさなきゃならないと思うくらいのプライドはある。激しい衝撃の中、飛び散るモニターの破片を見ながら、俺は意識を失った。



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49.0079/11/06

「艦長、友軍機が着艦許可を求めています」

 

日が暮れて戦場は小康状態になった。ミノフスキー粒子が溺れる程散布された戦場で、夜間に陣地攻略など自殺行為に等しい。尤も連邦軍はジオンを休ませる気など毛頭無く、夜陰に紛れて進出してきたデプロッグがそこかしこに爆弾をばら撒いている。その様子をモニターで確認しながらブライト・ノア特務少佐は報告してきた少女に訝しげな視線を送ってしまう。

 

「友軍機?機種は解るか?」

 

「えぇと、はい。ドラゴンフライ連絡機です」

 

「後部デッキに誘導してくれ」

 

疲労した頭で何とかそう伝える。そしてこの状況でやってくるのは間違いなく厄介ごとだろうと推察し、彼は胃が重くなるのを感じた。昼間の戦闘でホワイトベース隊は手酷い損害を受けている。そのため左右の格納庫は修羅場になっていた。アニタ軍曹のジムは損傷が酷く、廃棄も検討されている程だ。そして大きな問題が101号機だった。辛うじて大破していないといった具合の損傷に加えパイロットが負傷し、現在も意識不明になっている。副隊長であるマッケンジー中尉が指揮を引き継いだものの、部隊への理解度の差が浮き彫りになる内容だった。結果全体的な動きに小さな齟齬が生じ、全体的に疲労を増やす結果となってしまっている。尤も彼女だけのせいではなく、戦力の半数が損傷しているにもかかわらず前線に張り付けられた故に出た無理が大きいのだが。ブライト自身も普段より頻繁に告げられるMS隊の損傷や支援要請にすっかり疲弊してしまっていたが、艦長の任務を放り出す訳にもいかず溜息と共に立ち上がる。

 

「ワッツ中尉、少し頼む」

 

ドラゴンフライで態々出向いてくるというのは、恐らくレビル将軍の本隊からの連絡だろう。第2軍ならば通信で事足りるし、第4軍からは連絡機が来る理由がない。ならばホワイトベース隊の最高指揮官になる彼が対応しない訳にはいかないと考えたのだ。そしてその推察は正しかった。

 

「レビル将軍本隊より参りました、ジュダック中尉であります。ブライト・ノア特務少佐であらせられますか?」

 

中肉中背で色黒の中尉はそう名乗ると綺麗な敬礼をする。答礼しつつブライトは口を開いた。

 

「はい、私がそうです。ジュダック中尉、いったいこれはどのような?」

 

「はっ、副司令であられるエルラン中将より特別任務の指示書をお持ちしました」

 

特別任務の言葉に、ブライトは胃のあたりに締め付けられるような痛みを覚えた。

 

「…わかりました、こちらへ」

 

言いながら彼は素早く指示を出し、マッケンジー中尉とレイ大尉を呼び出す。ブリーフィングルームに入ると暫くしてマッケンジー中尉とロスマン少尉が現れた。

 

「申し訳ありません、艦長。レイ大尉は手が離せない状況です」

 

疲労を色濃く見せるロスマン少尉がそう謝ってくる。それを見ているにもかかわらず、ジュダック中尉は平然と口を開いた。

 

「では作戦内容をご説明しても宜しいでしょうか?」

 

その無神経な態度に腹を立てるが、ブライトは出かけた不平を呑み込む。所詮目の前の中尉は連絡員であり、彼に感情をぶつけたところで事態は何も変わらないからだ。

 

「エルラン中将が派遣しておりましたスパイより大変な情報がもたらされました」

 

そう言って彼は手慣れた様子で機材を操作し、モニターに持ってきた情報を映す。

 

「クリミア半島西部の丘陵地帯に、旧世紀のミサイル基地があったのですが、ジオンはこれを整備、再運用しているのです」

 

その言葉にブライトは顔をしかめる。旧ロシア領には過去の防空用から敵基地攻撃用まで様々なミサイル基地が放置されていた。勿論ミサイルそのものは撤去されているが。

 

「問題はこの基地が、大陸間弾道弾用の施設であることです。既にミサイルも運び込まれ、準備は整っているとのこと」

 

「我々にこの基地を攻撃しろと?」

 

苦々しく思う反面、ブライトは自分達のような部隊でなければこの基地の攻略が難しいであろうことも想像がついた。何しろ位置的には敵地の中央であり、周囲は海に囲まれている。その黒海は未だジオンの勢力下であり、連中の本丸であるオデッサの防空圏内だ。ホワイトベース隊と同様の遊撃部隊が幾つか作戦に参加しているものの、どの隊もミデアを母艦としているから、これを突破して基地を強襲するのは難しい。

 

「目標は基地の破壊、そして水爆の奪取ないし破壊です」

 

「…なんですって?水爆!?」

 

「核兵器の使用は条約違反ですよ!?」

 

思わず出たブライトの言葉を補強するように、マッケンジー中尉も悲鳴のような声音でそう口にする。しかしそれを告げたジュダック中尉は表情を毛ほども揺るがせずに淡々と告げてくる。

 

「ですがこの基地に水爆が運び込まれたとの報告をスパイから受けております。そして連中はコロニーを地球に落とすような輩です。追い詰められれば使用を躊躇う事はないでしょう」

 

感情のこもらないジュダック中尉の声は、実害を被った側の人間に重くのしかかる。何故ならそれを否定するだけの材料をブライト達は何一つ持ち合わせていないからだ。

 

「その、宜しいでしょうか?」

 

「なんだろう、ロスマン少尉」

 

ここまで話を黙って聞いていたロスマン少尉が困った顔でそう口を挟んでくる。

 

「現在ホワイトベースの搭載機は半数が修理中です。作戦を実施する場合、戦力は2個小隊が限界です」

 

「付け加えるなら、そのうち3機は支援機のキャノンね」

 

実のところキャノンの格闘性能はそれほど悪くはない。特にジョブ曹長が使用している無改造の201号機はガンダムからのフィードバックもあり、十分当てにできる能力を持っていた。そうした背景がありながらマッケンジー中尉が支援機であることを強調したのは、なんとか支援を引き出せないかと考えたからだろう。

 

「ほかの遊撃隊を回してもらうわけにはいかないのかしら?」

 

独立混成機械化部隊の幾つかがアナトリア半島で活動しているのは知らされていた。何しろ本来はホワイトベース隊が請け負うはずだった任務だからだ。だがその提案にジュダック中尉は残念そうに首を振る。

 

「残念ながら、時間が足りません。明日の朝、本隊はオデッサに向けて総攻撃を行います。それまでに水爆を無力化しなければなりません」

 

その言葉にブライトは自身の顔が引きつるのを感じた。総攻撃に間に合わせる。つまりは今夜中に襲撃を行えと命じてきたからだ。

 

「パイロットも疲弊しています。我々だけでは荷が勝ちすぎるかと」

 

「ブライト特務少佐」

 

そうブライトが口にするとジュダック中尉は大きくため息をつき、ねめつける様にブライトをみながら口を開く。

 

「勘違いなさいませんよう願います。私は貴方達にお願いをしているのではありません。命令を伝えているのです」

 

その言葉にマッケンジー中尉は額に手をやり、ブライトは思わず拳を握った。

 

「了解しました。しかし、上手くいく保証など出来ません事をお伝えください」

 

声を震えさせることなくそう口にすることが、今のブライトには酷く困難な事だった。

 

 

 

 

「この作戦が歴史を作る事になる。諸君の奮戦を期待する」

 

マ・クベの言葉を受けながら、ドダイに乗ったグフの部隊が次々と漆黒の夜空へと舞い上がっていく。それをモニターで見送りながら、マ・クベは苦々しい表情で口を開いた。

 

「損耗率が想定よりも10%近く多い」

 

兵士達は良く戦っている。しかしジオン軍はその設立から現在に至るまで攻撃のイニシアチブをとることで戦争を有利に進めてきていたために、防衛に関する経験がどうしても不足していた。それを加味した上で入念な陣地構築を行ったマ・クベであったが、それを扱う兵士の練度までは手が回らなかった。

 

「これ以上引き延ばせば、ジオンは負ける」

 

不確定要素が多い状況にマ・クベは苛立つのを抑えることができなかった。しかしエルランからもたらされた明朝の総攻撃という情報を前には動かざるを得ない。指揮系統が維持されたままでは、物量で押し切られるのは既に明白だったからだ。

 

「だが、この一手さえ成れば」

 

レビル大将は総大将にして主戦派の支柱とも言うべき人物だ。彼の殺害に成功すれば、その意味は一指揮官を打ち取ったに留まらない意味を持つ。それこそザビ家の末弟など比べ物にならない動揺を連邦軍に引き起こせるだろう。

 

「惜しい人物ではあるのだがな」

 

レビル将軍は比較的宇宙移民に対し穏健な人物であったし、移民推進派でもあった。個人としてはスペースノイドにとって友誼を持ちたいと思える人物である。しかし彼は連邦軍人であり、公的に見ればスペースノイドを押さえつける連邦の顔であった。そして何よりもレビルは軍人としてしか生きられない人間でもあった。故にマ・クベは彼を殺す以外の選択肢を持ち得ない。

 

「大佐、ジュダック中尉がお見えです」

 

「お通ししろ」

 

思考が逸れ掛けたところで副官がそう告げてきた。即座に身だしなみを整え彼は返事をする。すると僅かに間をおいてドアが開き、ジオンの制服に袖を通したジュダック中尉が入室してきた。

 

「この様な最中にご苦労ですな。如何なされたのかな?」

 

ジュダックはエルラン子飼いの部下であり、マ・クベとの連絡員である。

 

「早急にお伝えしなければならないことが。我々の関係が露見したやもしれません」

 

「何?」

 

「昨日までレビルはバターン号とモルトケ号を交互に行き来しておりましたが、今夜はモルトケ号に留まるようです」

 

「それが何故内通の露見に繋がるのです?」

 

その言葉にジュダック中尉は苦々し気に答える。

 

「モルトケにはエルラン中将が座乗しております」

 

「…そうですか」

 

そう言うと悲し気にマ・クベは首を振り、そしてジュダック中尉に告げた。

 

「重要な情報をありがとう。中尉。ウラガン、彼を拘束しろ」

 

「閣下!?」

 

「既に賽は投げられているのだよ」

 

「お待ちを閣下!それではエルラン中将が!?」

 

「停戦交渉が少々難儀になるが、まあ必要経費と割り切りましょう。連れていけ」

 

ジュダック中尉の悲痛な呼びかけは、ドアが閉じる事で封じられる。一呼吸を置いてマ・クベは通信機を操作しオペレーターへ告げた。

 

「切り込み隊に連絡しろ、目標はモルトケに居る」



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50.0079/11/07

今週分どす。


黒海の洋上をホワイトベースが粛々と進む。ミノフスキークラフトを利用した航行は速度こそ通常航行に劣るものの推進器からの噴射光や推進音を発生させないため、隠密行動には適した行動だ。特にミノフスキー粒子が戦闘濃度で散布されている状況下では巨艦であっても十分に夜陰に紛れることが出来た。

 

「目標ポイントまで残り30分!」

 

オスカー曹長の言葉にブライト・ノア特務少佐は内心で溜息を吐いた。

 

「このまま静粛航行を続ける。フラウ一等兵、MS隊に出撃準備を通達」

 

「了解しました」

 

命じられたフラウ・ボウ一等兵は直ぐに通信装置を操作し格納庫で待機するMS隊へ命令を伝える。民間人上がりの少年少女達は、ホワイトベースを運用する一端のクルーに成長している。多少の粗はあるものの、正規軍にも劣っていないとブライトは判断していた。だがそれと任務を丸投げされる事を呑み込めるかは別問題だ。

 

(本当に単艦で事に当たる事になるとは。上は俺達を過大評価しすぎだ)

 

「大丈夫ですよ、ブライト艦長」

 

苛立ちを感じる彼にそう話しかけてきたのは操舵輪を握るミライ・ヤシマ伍長だった。彼女は視線を窓の外に向けたまま言葉を続ける。

 

「宇宙や北米でもっと危険な目にあったじゃありませんか。でもこの艦は生き延びています」

 

「それは、そうだが」

 

肯定しつつも彼の表情は晴れない。何故ならその危機的状況を乗り切る度にホワイトベースは貴重な仲間を失ってきたのだ。そしてそうした中で困難を切り開いていたMS隊の精神的支柱であるアレン中尉を欠いている事は大きな不安材料として横たわっていた。

 

「マッケンジー中尉も部隊の事は大分把握されているようですし、あの頃と違ってアムロ達も立派に戦えています。何よりこの作戦はホワイトベースがやり慣れている内容だわ。大丈夫ですよ」

 

「…そうだな」

 

そう言ってブライトは表面上だけでも取り繕うことにする。指揮官が不安や苛立ちを表に出すことは、指揮系統に余計な混乱をもたらすという事を今さら思い出したからだ。

 

「引き続き対空警戒は厳に。各砲も展開しておけ」

 

「了解、いつも通りですね」

 

フラウ一等兵の言葉にブライトは頷く。

 

「そうだ、いつも通りだ。だからいつも通りに、成功させるぞ」

 

 

 

 

「そろそろだぞ」

 

切り込み隊の隊長はコックピットでそう呟いた。神経をすり減らす様な低空飛行を続ける事20分、漸く彼らは目標であるビッグトレーを捉える距離まで近づいた。当初は2隻に分散されるはずだった戦力は、事前にスパイから齎された情報によって纏まって行動している。

 

「距離6000でロケットを斉射、その後増速し一気に突入する。全機、ここが死に場所と心得ろ!」

 

グフ乗りで構成されたこの部隊はオデッサ基地の切り札と言うべき部隊だ。それぞれがパイロットに合わせてチューニングされたMSを駆る精鋭であり、規模こそ2個中隊程であるが、その戦力評価は1個師団相当とまで言わしめる程である。その彼らからすれば止まった陸上戦艦などただの硬い的でしかない、それも奇襲ならば切り伏せられて当然の相手、そのはずだった。

 

「よし、ロケット――」

 

攻撃を命じようとしたまさにその瞬間、闇夜を切り裂いて幾条もの火線が形成される。何が起きたのかを彼が判断するよりも速く編隊の中央に位置していた僚機が絡めとられて火球に変わる。

 

「待ち伏せ!?馬鹿な!」

 

在り得ない状況にそう叫ぶが、現実はどこまでも彼に冷淡だった。目標としていたはずのビッグトレーは既にこちらへ主砲を向けていて。

 

「糞が!」

 

咄嗟にドダイを蹴りつけて飛び降りる。同じ判断が出来たものが数名いたのは精鋭故だろう。だが彼らの能力をもってしてもそれが限界だった。主砲から連続して吐き出された対空榴散弾によって反応の遅れたグフが次々と吹き飛ばされる。交戦から1分と経たずに彼らはその数を半数に減らしていた。

 

「謀ったな!地球にへばり付いた地虫どもが!」

 

もし仮に彼が臆病者であるか物事を判断するだけの冷静さが残っていれば、撤退という手段もあっただろう。奇襲の失敗以上に、待ち伏せを受けたという事実の方が情報として今後の戦況に与える影響が大きいからだ。しかし半数であっても彼は任務遂行を選択する。それだけの技量がある部隊であるとの自負もあったが、元々切り込み隊はそうした血気盛んな兵士を集めた隊でもあったからだ。やられ放題で下れるほど彼らのプライドは低くなかった。その性質が彼らの運命を決める。

 

「全機抜刀!舐めた地球人共をなますにしてやれ!」

 

そう言いつつヒートソードを引き抜いた彼の機体を砲弾が掠める。見れば隊伍を組んで前進してきた敵の戦車が此方へ主砲を向けていた。

 

「ふん、その程度でこのグフが止められるかよ!」

 

自機を走らせながら彼は嗜虐的な笑みを浮かべる。受けた屈辱をまず目の前の戦車で晴らそうという気持ちから出たものだ。そうして態々ヒートソードの間合いまで近づき、叩きつけんと腕を振り上げたところで彼は怖気を感じ咄嗟に機体を横へ跳ばす。視線を送れば彼が先ほどまで居た位置をビームが通り過ぎていた。

 

「連邦のMSか」

 

待ち伏せなのだ、いても不思議ではないとビームの放たれた先を見る。そこにはジオンのものに比べ角ばったMSが立っていた。

 

「ふん、にわか仕込みがどれほどの…」

 

切り伏せんと構えを取ろうとしたところで、彼は二の句を継げなくなった。発砲した敵MSの横にゆっくりと別のMSが並んだからだ。それも1機や2機ではない。古の戦列歩兵が横隊を組むように20以上のMSが並び、一斉に銃口を向けてきたのだ。

 

「ジーク、ジオっ」

 

最後の言葉を言い切る前に何発ものビームが機体を襲い、彼は分子にまで分解される。切り込み隊のMSが全て同じ末路をたどるのはそのすぐ後の事だった。

 

 

 

 

「凌いだね」

 

「後はホワイトベース隊が水爆を無力化すればわが軍の勝利です」

 

「…そうだな。そちらはどう思う?」

 

「既に襲撃している頃でしょう。元々そうした戦いには慣れている隊ですから」

 

レビルの発する問いにエルラン中将は淀みなく答えていく。その態度を見て、彼がジオンとの内通者であると看破出来る者はいないだろう。否、この場合は二重スパイであったとするべきか。

 

「ならばこちらも動くとしよう。ここまで来て宇宙へ逃げられるのは避けたい」

 

そう判断しレビルは部隊へ前進を告げる。それに応じてエルラン中将も自身の部隊に進撃の指示を与えた。彼の旗下の部隊はこの作戦が始まって以降消極的な行動が目立ったが、これまでの鬱憤を吐き出すように、我先と敵陣へ突撃していく。夜襲に加え、想定外の方向からの攻撃にジオンの守備部隊は動揺し、次々と前線が陥落していく。

 

「悪い人間だね、エルラン君」

 

「軍人ですから」

 

作戦開始直後にレビルはエルラン中将から報告を受けていた。オデッサ基地を守備しているマ・クベと繋がりを持っている事、彼と指揮下の部隊をわざと動かさない密約を交わしている事、そしてその隙を使ってジオンがレビルの抹殺を計画している事だ。

 

「まさか自分から名乗り出てくるとはね」

 

「内通者の特定を進めていらっしゃったようでしたので。これ以上秘密裡に事を進めることは余計な混乱を招くと判断しました」

 

平然とエルラン中将はそう言った。内通を装いジオンの行動を制限、更に連絡員を派遣する間に内通者や工作員を多数ジオンへ潜り込ませていると。それは確かに事実であり、こうして彼の行動は連邦の勝利に寄与している。尤もその動きの中でどちらが勝っても良いように動いていたのも事実だろう。今回は連邦が勝ちそうだからそちらについたに過ぎない。

 

「私に疑われるリスクを冒してまでかね?」

 

「はい。元より私は将軍の意見に否定的でありました。そして将軍を害すれば得をする立場にあります、そして将軍の加減のない妨害があってこそ、あの警戒心の強い狐を騙しおおせたのです」

 

「…君がそう言うのなら、そうなのだろうね」

 

歴史にもしもは存在しない。故にエルラン中将の行動は、オデッサ作戦においてジオンを騙し連邦の勝利を決定づけたと記録されるだろう。その真意がどんなものであったとしても、事実は揺らがないのだから。

 

「君の忠誠が変わらぬ事を期待しているよ」

 

レビルは最後にそう口にし、沈黙した。

 

 

 

 

「降下!」

 

クリスチーナ・マッケンジーの声と同時に格納庫からMSが次々と飛び出す。カタパルトによる射出ではなく純粋に飛び降りるだけのその行為は、ほんの数秒で6機のMSを発艦させる。彼らが着地する頃にはホワイトベースは増速しつつ、基地へと砲撃を開始した。派手な爆発が起こると、それに呼応するようにサーチライトが夜空を照らし、遅れてサイレンが響いた。

 

「今のうちに突入する!」

 

突然現れた大型艦に動揺した基地守備隊は注意を上空へ集中させる、それはMS隊に十分すぎる時間を与えた。

 

『一つ!』

 

噴射光の尾を引きながらガンダムが跳び、ビームライフルを放つ。

 

『二つ、三つ!』

 

『アムロの奴、張り切ってるじゃないの』

 

そう言いながら部隊の後方に位置していたカイ兵長のキャノンが立ち止まり、ライフルを構えた。

 

『丸見えだぜ』

 

慌てて上空にマシンガンを向けていたザクが、放たれたビームによって腰から上下に泣き別れる。基地の入り口を守っていた戦力は、それで全て排除された。

 

「3小隊は現地点を確保、増援に備えて!102及び502は目標を確保しなさい!」

 

言いながらクリス自身も機体を前進させ、飛び出してきた旧ザクにビームガンを浴びせた。コックピットを正確に撃ち抜かれた敵機は、そのままバランスを失って転倒する。オーガスタで運用していた頃とは桁違いの精度と速射にすっかり慣れた彼女は、即座に敵機を飛び越えると目標地点へ急ぐ。しかし彼女が到着する頃には全てが終わっていた。

 

『これで最後!』

 

アムロ軍曹の宣言通り、残った最後のミサイルサイロにビームが飛び込み火柱を上げる。念のため彼女はセンサーを確認するが放射線は認められない。

 

「たまには情報部もちゃんと仕事をするじゃない」

 

運び込まれたのは純粋水爆であったから、ビームで撃ち抜いてしまえば容易に無力化出来る。上がる火柱は搭載されたミサイルの推進剤が誘爆したものだ。

 

『良かったんですかね?壊しちゃって』

 

短距離通信でそう口にしたのはジョブ・ジョン准尉だ。事前のブリーフィングで基地制圧後、目標の確保と命令されていた事を言及しているのだ。

 

「いいのよ、第一確保できない場合は破壊許可が出ていたでしょ?」

 

『それはそうですけど』

 

口ごもる彼にクリスは溜息を吐きながら忠告する。

 

「真面目で任務に誠実なのは貴方の美点だけれどもう少し柔軟性を持ちなさい。今のホワイトベース隊に敵地で長距離ミサイルを悠長に運び出す余裕があると思う?」

 

沈黙する彼に彼女は言葉を続けた。

 

「艦長の判断に感謝しなさい。自分の評価を下げても部下の安全をとってくれる上官なんて貴重なんだから。そして、貴方もそうなりなさい」

 

空が徐々に白み始める。任務の成功に小さく安堵の息を漏らす彼女に通信が入った。

 

『西の空に、何か』

 

その言葉に視線を送れば、朝日に照らされながら何本もの噴煙が空へ向かって伸びていくのが見えた。それを見て、彼女は作戦が連邦の勝利で終わったことを確信する。

 

「ジオンのロケットだわ、宇宙へ逃げ出しているのよ」

 

その様子を各々が無言で見つめる。宇宙世紀0079年11月7日、オデッサの攻防は連邦軍の勝利で幕を閉じた。




オデッサおわり!


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51.0079/11/09

通算UA100万突破ありがとうございます投稿。


「知ってる天井だな」

 

痛みに顔を顰めながら体を起こす。痛みは首に顔、それから手足が少々と言った所か、腹や背中に痛みは無い。恐らくボディーアーマーが役に立ったのだろう。

 

「アレン中尉!目が覚めたんですね!?」

 

慌てた様子でマサキ軍曹がカーテンを開いて駆け寄って来る。俺は少しふらつく頭を振って彼女に聞いた。

 

「どの位眠っていた?状況は?作戦はどうなってる?」

 

立て続けにそう言うと、マサキ軍曹は困った顔になる。そして周囲を見回すようにすると、開いたカーテンからサンマロ軍曹が顔を覗かせる。

 

「ああ、中尉。起きたんですね、良かった」

 

落ち着いた彼の声音に一先ず危機的状況ではないと結論を出す。だが、それはそれとして現状把握は必要だ。

 

「悪い、サンマロ軍曹。俺はどの位寝ていた?オデッサ作戦は今どうなってる?」

 

俺の言葉にサンマロ軍曹はマサキ軍曹同様に一度困り顔になった後口を開いた。

 

「中尉はあの日から三日程寝ていました。脳へのダメージなどは確認出来ませんでしたから、恐らく日頃の疲労が原因でしょう。作戦の方は無事わが軍の勝利で終わっていますよ」

 

は?

 

「終わった、勝った?」

 

確かに作戦発動はユーラシア反攻作戦の最終段階だった。けれど史実と同じく僅か一日で終わるなんて誰が思うよ?

 

「気が付かれたのですね、アレン中尉殿」

 

そう言って医務室に入って来たのはあちこちに怪我をしながら、温和な笑みを浮かべるジュダック中尉だった。なんでスパイの彼がここに?そう考える前に近づいてきた彼は俺に敬礼をすると脇に抱えていたタブレットを読み上げる。

 

「オデッサ作戦において第2軍の損耗を抑えた事、誠に見事でありました。更に自らの危険を顧みず部下を守り通した事、エルラン中将は深く感銘を受けたとの事です。正式な授与はジャブローに戻ってからになりましょうが、パープルハート勲章とオデッサ従軍章の授与が決定しました。また階級につきまして本日より大尉となります、お受け取り下さい」

 

そう言って彼は階級章を渡してくる。いやいや、なんだそりゃ。

 

「待ってくれ、俺は作戦中ここで寝てただけだ。昇進も勲章を受け取る資格もない」

 

「勿論参加されたパイロットの皆さんは昇進あるいは勲章の授与が決定しております。ホワイトベースは英雄揃いですね」

 

ああ、つまり政治的配慮って奴か。多分あの後もアムロやカイは活躍したはずだ、それこそほかの連中の戦果が霞む勢いで。ここで問題になるのが、彼らが志願したとは言ってもろくに教育の施されていない民間人上がりという事だ。高い給料を貰って仕事として軍人をしている正規パイロットよりも彼らが戦果を挙げているのは軍の体面上都合が悪い。最悪訓練時間や費用を無駄だと削減されかねないという実害もある。だからMS部隊長である俺も活躍した事にしたいんだろう。

 

「…受けて頂ければ中将も個人的に感謝すると申されていました」

 

成程、食えねえおっさんだ。

 

「謹んで拝受させていただきます。エルラン中将に今後もどうぞよろしくとお伝えください」

 

これは取引だ。中将としては軍の面子を保ちつつ、ホワイトベース内に影響力を持ちたい。俺の方は中将に尻尾を振る事で物資や作戦内容の優遇が期待出来る。レビル将軍からの物資だけでなく、中将からも補給が受けられるならまず物資不足で困るなんてことは起こらないだろう。大尉の徽章を受け取り、敬礼して出ていくジュダック中尉を答礼しつつ見送ると、俺はゆっくりとベッドに倒れこむ。左右に人の気配を感じなかった俺は、サンマロ軍曹に問いかけた。

 

「俺以外に負傷者は?」

 

「クラーク少尉が軽い捻挫と打ち身、アニタ軍曹が擦り傷を作りましたが、そんなものですよ」

 

奇跡みたいな結果です。そんな事を言うサンマロ軍曹に俺は頷いて同意する。撤退先を宇宙以外奪われたジオンの抵抗は激しかったはずだ。史実でも投入された戦車の8割を喪失したらしいから、この隊が戦死者を出さずに乗り切れたのは正に奇跡だろう。俺は一度大きく呼吸をすると、サンマロ軍曹に告げる。

 

「んじゃ、部屋に戻るわ」

 

「え?いやいや、まだ大人しくしててくださいよ!?」

 

「どうせ寝てる間に精密検査くらいしたんだろ?なら問題ないだろ」

 

吐き気や変な痛みもない。動いても小言を言わないという事は、特に問題がないという事だ。なら病室に居る理由はない。

 

「いや、病み上がりなんですから」

 

病院とか医務室って嫌いなんだよ。

 

「部屋で大人しくしているさ。特に怪我もない奴がいつまでも占領してていいベッドじゃないしな」

 

そう言って俺はそそくさと退散する。だが部屋を出るタイミングで、聞きそびれた事があったのを思い出し、近くに居たマサキ軍曹に尋ねた。

 

「なあ、今ホワイトベースは何処に向かってる?」

 

その質問にマサキ軍曹は溜息交じりに答えてくれた。

 

「たしか、ベルファストに向かっているはずですよ」

 

 

 

 

「駄目だな、部品が足りん」

 

タブレットを操作しながら、テム・レイ大尉は溜息を吐く。横で腕を組んで立っていたロスマン少尉も苦々しい表情で応じる。

 

「運がよかったとしか言いようがありませんね。教育型コンピューター自体は無事ですし、予備のコアファイターがあるから入れ替えは出来ますが」

 

その言葉にテムは頭を振った。

 

「Aパーツの損傷が激しすぎる。そもそもコアファイターにまで届く損傷だ、想定なら廃棄してパーツごと交換すべきなんだが」

 

「消耗品の摩耗部品や交換前提の装甲ならともかく、フレームそのものの予備なんてありません。バックパックもです」

 

「…いっそタンクの上半身でも据え付けてみるか?」

 

コアファイターを中心に接続するシステムを採用している都合上、恐るべきことにV作戦の3機種はA・Bパーツを入れ替えても問題なく動作はする。勿論それは動くというだけであり、機体性能を担保するものではない。

 

「推力不足と安定性の低下で動く棺桶になるだけですよ。使い物になるとは思えません」

 

「そうだな、ならば後は」

 

「あり合わせで補修、正規のパーツが届くまで騙しながら使ってもらうしかないですかね?」

 

言いながらロスマン少尉もタブレットを取り出すと部品のピックアップを始める。

 

「幸いジムのA型ならパーツの差異がほとんどありません。流用は出来るはずです」

 

「フレームそのもののダメージはこの際補強で誤魔化すしかないな。そうなると背面の装甲が一部取りつかなくなるか」

 

「ジェネレーター側にリミッターも必要でしょうか、最悪ジムのフィールドモーターでは焼けてしまいます」

 

交互に口にする内容が次々とタブレット内に映されているモデルに反映される。そうして出来上がったのは端的に評してガンダムの振りをした何かだった。

 

「…総合評価はガンダムの60%か、D型の方が遥かにマシだな」

 

「辛うじてA型に勝っている程度ですからね。もうジャブローに送ってジムを回してもらった方が良いのでは?」

 

だがその言葉をテムは否定する。

 

「そんな事は上の連中も理解しているはずだ。第一オデッサ作戦が終わった時点でクラーク少尉達のジムは引き上げていっただろう?なのにガンダムは残された。恐らく連中は損傷機での稼働データを教育型コンピューターに学習させるつもりだろう」

 

「そんなデータどうするんです?」

 

ロスマン少尉の疑問にテムは口を開いた。

 

「ガンダムは高い。だがホワイトベース隊の活躍で一定の価値を見出された。恐らく同じような部隊を編成するうえで、ガンダムを長く前線に留まらせる方法を模索しているんだろう」

 

「つまり現地改修で性能が低下しても運用出来るように、今のうちにアレン中尉でデータ取りをしておこうという事ですか?」

 

「いよいよ本格的に我々もモルモット扱いだな」

 

苦虫を嚙み潰したような顔で、テムは端末のデータをネットワークに上げる。

 

「取り敢えずベルファストに着くまでに仮組みだけは済ませてしまおう。タンクの修復もある事だしな」

 

損傷したガンダムを見上げながら、彼はそう口にした。

 

 

 

 

「大戦果ですね、少佐!」

 

パナマ市に設営された前線基地に戻ったシャア・アズナブル少佐を、機付の整備士が興奮した声音で迎えた。彼の乗る赤いグフの左腕に据え付けられたシールドには幾つもの撃墜マークが描き込まれ、その一方で被弾痕は一つもない。

 

「ありがとう、すまんが補給と整備を頼む」

 

そう言って彼は機体から離れる。パーソナルカラーで塗装されたグフは一点、左肩の装甲だけ黒く塗られている。それを一瞥し、パイロットルームへ向かおうとする彼を足早に近づいてきた少尉が呼び止める。

 

「少佐殿、司令がお呼びです」

 

「…わかった、直ぐに行こう」

 

そう言うと彼は少尉の乗ってきたバギーへ足を向ける。走り出して程なく、市内のホテルへとたどり着く。そのホテルは南米攻略部隊の前線司令室が詰め込まれていた。

 

「失礼します。シャア・アズナブル少佐であります」

 

「入れ」

 

中からの返事に素早くシャアは室内へ入る。古い部屋独特の匂いを鼻孔に感じながら、彼は目の前のデスクに座る人物に敬礼をした。

 

「ご苦労少佐、非常に残念な知らせだ」

 

答礼しつつ、少将の階級をつけた男が口を開く。

 

「先ほど緊急電が入った、オデッサが陥落したそうだ」

 

その言葉にシャアは僅かに表情を揺らがせた。

 

「欧州司令部も既に組織的な行動は不可能な状態だそうだ、幸いにしてかなりの人員が脱出は出来たようだが、彼らが戦えるようになるまでには時間がかかるだろう。そしてその間に残った地上の拠点が陥落する可能性は極めて高い」

 

ユーラシアの戦力が浮くとなれば、それが他方面に転用されるのは当然である。故に司令の言葉は極めて確度の高い予想と言えた。

 

「つまり我々は悠長にジャングルを歩いている訳には行かなくなった。海軍が特殊部隊を編成し、河川沿いに侵攻する案が出ている。貴様にはそちらへ転属してもらう」

 

そう言って司令は辞令と共にタブレットを渡してくる。そこには新型の水陸両用MSが表示されていた。それを見てシャアは初めて解り易く感情を表に出した。

 

「私にあの機体から降りろと?」

 

「君があの機体に特別な感情を抱いている事は承知している。だが今の軍に君の我儘を聞いてやるだけの余裕は無い。優秀なパイロットを遊ばせておくわけにはいかないのだよ」

 

解ってくれ。その言葉にシャアは姿勢を正すと、手本のような敬礼をして見せる。

 

「承知致しました。シャア・アズナブル少佐、特殊部隊へ参加いたします!」

 

その姿を見て、司令は静かに溜息を吐いた。




重大ではないけれどちょっとした決意表明について。

こんなタイトルをつけておいて今更なんですが、主人公が主人公なので0083までは書けたらいいなって考えてます。皆もデラーズフリート相手にもっと頑張るパワードジムが見たいよね?そうでもない?


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52.0079/11/10

決意表明したらめっちゃ反応があったので初投稿です。
一度言って見たかった!


曇天の空を眺めながら、俺はホワイトベースを降りる。西回りに地球をほぼ一周。残念ながらあまり良い思い出は作れなかった。港町独特の海の匂いを感じながら、昼でも何処か薄暗い基地をゲートに向かって歩き出す。ホワイトベースは点検と整備で2日ほどベルファストに滞在する予定で、同時に乗組員には半舷休息が与えられた。

 

「さて、どうすっかね?」

 

「昼からパブと言うのも惹かれますが、あまり健全とは言えませんしね」

 

横に並んだクラーク少尉がそう言ってくる。解ってていってるだろ?

 

「退廃的で大いに結構、と言いたいが引率が酔いつぶれる訳にもいかんだろ。第一未成年組が楽しめん」

 

そう言って後ろを見る。曖昧な表情で笑うアニタ曹長に皮肉気に口角を上げているカイ伍長。そして困った表情のハヤト兵長がついてきていた。

 

「何か希望はありますか?」

 

「いや、希望っても」

 

「僕ら、ここ初めてですし」

 

ま、そらそうだよね。

 

「そしたら名物料理でも食いに行くか?」

 

流石にロンドンまで観光に行くには時間が足りんそもそも島が違うしな。ならばせめてイギリスの忘れられない思い出くらい作ってやらねばならぬ。

 

「アレン大尉、来たことがあるんですか?」

 

いや、ないよ?けどおめえ、イギリスの名物料理って言ったらあれしかなかろう。

 

「幸い漁港も近いみたいだし、適当に店に入ればあるだろ。フィッシュアンド――」

 

「兵隊さん、何か買っておくれよ!」

 

簡単なボディチェックを受けてフェンスを出た途端、俺達はそう声をかけられた。見ればどこか蓮っ葉な雰囲気を纏った少女が、媚びを含んだ視線で腕に下げた籠を見せてきた。中身の多くは支給品のタバコや酒だ。はっきり言ってホワイトベースの艦内で支給されているものよりも質は悪い。多分民間への配給の中で不要なものを売っているんだろう。

 

「なんでぇ、ろくなもんがないじゃないの」

 

横から覗き込んだカイがそんな事を言う。だが少女は嫌な顔一つせず、寧ろ積極的に推してきた。

 

「そういわずにさぁ、見とくれよ。ウチにはチビが二人もいるんだ。腹を空かせて待ってるんだよ」

 

俺は彼女の籠から黙って酒のボトルを2本抜き取る。それを見てクラーク少尉も1本抜き取った。

 

「こいつらはまだ若くてね、酒もタバコも覚えるにはまだ早い。これで勘弁してくれよ」

 

そう言って値札に書かれた値段より少し多めの紙幣を握らせる。クラーク少尉も俺に倣って同じように支払った。受け取った少女は一瞬驚いた顔をしたが、紙幣が本物であることを確認するとにんまりと笑って手を振りながら駆け出す。多分身を守るために身に付いた行動だろう。多めに支払って肉体を求めるなんて奴もいるからだ。俺は距離を置いた彼女に酒瓶を振って再び歩き出す。すると安全だと理解したのか、少女は手を振りながら礼を言ってくる。

 

「買ってくれてありがとう、兵隊さん!アンタいい人だ!」

 

酒瓶をポケットに突っ込み、俺は手を振って返事をする。それを見ていたカイが笑いながら聞いてくる。

 

「恰好つけすぎじゃないの?アレン大尉」

 

「部下の前で恰好つけないで何時つけるんだよ?」

 

「ガキの話だって嘘かもよ?」

 

「居たら多めに払った俺に感謝する。居なけりゃ腹空かせてるガキが二人居なくなる。どっちの結果でも悪い話じゃねえじゃねえか」

 

俺の言葉にカイとハヤトは顔を見合わせて肩を竦めた。

 

「そんな事より飯だ飯。イギリスに来たからには、ちゃんと味わわねえとな」

 

そう言って目についた屋台へ足を向ける。この時点で色々と察したのであろうアニタ軍曹は若干顔を引き攣らせている。だが残念もう遅い、諦めてイギリスの洗礼を受けるのだ。

 

「お姉さん、フィッシュアンドチップスを5つ頼むよ」

 

恰幅の良いおばちゃんにそう笑いながら注文する。そして全員に振舞った結果、夕食は俺の奢りという事になった。うむ、形式美、形式美。

 

 

 

 

日暮れ近くまでゲートの周辺をうろついていたミハル・ラトキエは、小さく溜息を吐くと市街に向かって歩き出す。途中行きつけのパン屋に寄って、日持ちのする安い黒パンを買って籠へ突っ込むと、足早に丘の上に建つ家へと急いだ。彼女の家は平凡な中流家庭であり、彼女もどこにでもいる普通の少女だった。戦争が始まるまでは。父は個人で輸入雑貨を扱う交易商で、あの日はサイド2に出向いていた。母は出稼ぎに出たきり音信不通。ただ待つだけでは生きられなくなった彼女が物売りを始め、そこから別の仕事に行きつくまでにはそれ程時間はかからなかった。

 

「えっと、これを、こっちで…」

 

屋根裏に置かれた古い暗号装置。通信用のアンテナをつけた風船を窓から上げて、渡された手帳通りに暗号を打ち込む。すべてを終えて風船を仕舞うと、彼女は大きく息を吐いた。

 

「これで、よし」

 

元手もない小娘が手に入れられる物などたかが知れている。そんな物で生計が立てられるほどの稼ぎなど得られるはずもない。そんな彼女が行き着いた仕事は、ジオンのスパイだった。毎日家から見える軍港の様子を伝えるだけで、一週間食べられるだけの金が手に入る。頼る相手のいない少女は罪悪感よりも家族を生き延びさせる事を選んだ。

 

「姉ちゃん?」

 

「ああ、ごめんよ。すぐご飯にしよう」

 

戸棚から古くなったパンを取り出し、代わりに今日買ってきたパンを仕舞う。本当ならば当日の分を食べさせてやりたいが、買えるかが解らない状況では買い溜めをしない訳にいかず、かと言って多くを保管していれば余計な厄介事を招き寄せる危険があった。空き巣に入られて万一暗号機が見つかれば、どのような目に遭うか解らない。結果中途半端に日持ちするパンを少量蓄えると言う半端な行動に落ち着いている。

 

「さ、食べよ?」

 

不満を口にする事無く弟と妹は席に着くとパンをかじり始める。以前食べていたものに比べれば遥かに粗悪なそれに、副菜すらつかない食事に弟達が何も言わなくなってどの位経っただろう。夕食で耳障りだった兄弟の笑い声がこんなに恋しいものに感じることになるなんて、一年前の彼女には想像すら出来なかった。あっという間に終わる夕食の後片づけをしていると、ポケットに入れていた端末が震える。暗号装置に返信が送られてきた合図だった。食器をおざなりに戸棚へ押し込むと、彼女は慌てたように屋根裏へ向かう。そして吐き出された用紙に目を通して顔を強張らせる。

 

(私が、あの子達を守るんだ)

 

困窮する彼女達に町の人々は手を差し伸べてくれなかった。政府は僅かばかりの配給品を配って終わり。だから彼女が覚悟を決めるまでに大した時間は必要ではなかった。彼女達が頼れるのは、最早自分達だけなのだと理解していたからだ。

 

 

 

 

「仕掛けるのでありますか?」

 

「あくまでスパイが潜り込む隙を作るだけだ。本格的なのは連中が洋上へ出てからになる」

 

連絡員を送り出したフラナガン・ブーン大尉は双眼鏡を覗き込みつつそう口にした。

 

「シャア・アズナブル少佐がまだ到着していません」

 

「中米からの移動だぞ?悠長にしていれば木馬を取り逃がす。その前に仕込みくらいはしておかねばな」

 

ボートが十分に離れたことを確認して、ブーンは潜航の合図を送る。艦内に戻ると彼は頬を歪ませて笑った。

 

「なに、失敗したところで現地協力者が一人消える程度の事だ。大した損害じゃない。それよりゴッグの準備を急がせろ、それとゾックも出すぞ」

 

 

 

 

「こりゃ酷いな」

 

『そう思うなら今後はもう少し丁寧に扱ってくれよ』

 

思わず漏れた俺の言葉に、そう不満げな声を返してきたのはレイ大尉だった。オデッサ作戦で壊してしまったガンダム3号機は整備班とレイ大尉の努力によって修復されていた。と言ってもパーツの大半はジムA型の余剰在庫を利用しているから、性能の低下は否めない。なんていうか、ガンダムの頭がついたジムと言われた方が納得できるスペックである。教育型コンピューターの支援があるだけ大分マシではあるが。

 

「善処はします」

 

『壊さないと言わないのが君らしいな。本当に来るのかね?』

 

溜息交じりにそう問いかけてくるレイ大尉に俺は頷きつつ口を開く。

 

「町で何度か探られるような視線を感じました」

 

見慣れない軍人に注意を払うにしてはおかしな視線だった。警戒しているなら多少は目が合うものだが、見回してもそうした手合いにはぶつからなかった。つまり相手は隠れてこっちを見ていたか、確認のために短時間だけこちらを見ていた事になる。まあ原作知識からして、ミハル・ラトキエに出会っている以上襲撃はあるだろう。原作と違ってカイはホワイトベースを降りていないが、そもそもカイの行動と彼女がホワイトベースに侵入する命令を受ける事に関係は無いのだから。

 

『君の嫌な予感も久しぶりだね。解っているとは思うがあくまでその機体はでっち上げただけの代物だ、無理はしないように』

 

「了解です」

 

そう言って俺は機体を格納庫から外へ出す。ドックに入っているホワイトベースからでは襲撃に対応するのに時間がかかるからだ。俺は沿岸から機体が隠れる位置に移動しつつ周囲を確認する。ブライト少佐を通して基地にも警戒を促していたから、一応守備隊は増強されているものの何処かやる気のない雰囲気だ。欧州のジオンは掃討が進んでいるから既に気分は後方なのだろう。

 

「嫌な感じだな」

 

ついそう口にしてしまいそれはほんの数秒後に現実となる。轟音と共に海岸沿いの倉庫から火柱が上がったのだ。慌てた様子で守備隊が海岸沿いへと向かう。だがその動きは完全に失敗だった。

 

「駄目だ距離をとれ!」

 

俺の叫びが彼らに届くより早く海面が盛り上がり、ずんぐりとした巨体が岸壁に飛び上がる。そして長い両手を振って不用意に近づいていた装甲車へと叩きつけた。金属の潰れる耳障りな音にわずかに遅れて、爆発音と赤々とした火がその姿を照らし出す。漸く聞こえてきた敵襲を告げるサイレンの中、俺はその機体を睨みつけた。




オデッサまでで50話かかっているのにCCAまでとか何話になってしまうことか。


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53.0079/11/10

今月分です。


連絡員から受け取った連邦軍の軍服に身を包み、ミハル・ラトキエはベルファスト基地に向かって走っていた。言いつけられた任務は、港に入ってきた白い船に潜入する事。砲声の轟く基地を見て一瞬足が竦むが、奥歯を噛みしめて力を入れる。

 

(ここでやらなきゃっ)

 

少しばかり危険な仕事。そう言われて渡された報酬は普段より随分と多かった。しかも前金であり、この仕事を終えれば同額が渡される約束だ。かなり纏まった金額であり、少しでも貯えておきたい身としては断れる内容ではなかった。

 

(あの船の行先を調べるだけだって)

 

戦争が始まって以降、ミノフスキー粒子の影響で報道も不確かになっている。このため彼女には連絡員から送られてくる情報が最も簡単に手に入るものであり、それ以外を積極的に得ようという考えも浮かばなかった。何故なら情報を得るにも金が必要だからだ。

 

「あれの行き先が解れば、戦争が終わる」

 

連絡員の男はそう言っていた。戻るまで弟達の様子も定期的に見てくれると約束もしてくれた。故に彼女は基地に向かって走る。それ以外に信じられるものが彼女には無いのだから。

 

 

 

 

ゴッグ、ジオン軍が初めて正式採用した水陸両用MS。水圧に耐えるために分厚い装甲を施されたそれは、通常兵器にとっては非常に厄介な相手だ。鈍重と言っても戦車に追いつく程度の速度で移動可能な上、当たり所が悪くない限りは61式の主砲でも損傷を与えるのはまず不可能。そのくせ腹部に搭載された拡散ビーム砲はMBTを十分破壊できる火力を持つ。まあつまりだ。

 

「とっととくたばれ」

 

ビームライフルで武装したMSなら大した脅威では無いという事だ。接近されればクローが脅威ではあるが、しっかりと補給を受けている今のホワイトベースはブースター付き鉄球なんていう謎装備に頼らなくてもよいだけの火砲が揃っている。何より連中は海から飛び出してきたから、弾が逸れて基地を破壊してしまう恐れもない。俺は躊躇なくトリガーを引いてゴッグへビームを叩き込んで、素早く上陸した一機を無力化する。その様子を見て動揺したのか、慌ててもう一機が海に逃げ込もうとする。だがその動きは余りにも遅すぎた。

 

『そこ!』

 

背を向けた瞬間、正確に機体の中心をビームが貫く。綺麗にコックピットだけを撃ち抜いた射撃によってゴッグは数歩だけ進んだ後、ゆっくりと前のめりに倒れた。うん、アムロ准尉超怖い。最近は死神相手にも勝ち越しているらしいし、このままいけば史実よりもとんでもない戦果を挙げてくれるんじゃないだろうか?

 

「101より各機、状況報告」

 

『102問題ありません。周囲に敵影も認められず』

 

『201同じく問題なし。こちらも確認出来ません』

 

『202、問題ないよ。洋上にも艦艇は確認出来ない』

 

『203です、市街地方面からの襲撃も無いようです』

 

展開していた全員の報告を聞いて俺は小さく息を吐いた。一応本格的な襲撃も警戒したのだが、どうやら杞憂で終わってくれたらしい。となると、これはスパイを送り込むための陽動だろう。

 

「102と201・203は戻って補給。202、カイ軍曹は悪いが居残りだ。引き続き警戒に当たる、オペレーター、フラウ一等兵」

 

『はい、アレン隊長』

 

「攻撃があっさりしすぎている。陽動かもしれない。コマンドの侵入に警戒するよう艦長に伝えてくれ」

 

『了解です』

 

『陽動って、この状況で何をするってんです?』

 

俺の通信を聞いていたカイがそう聞いてくる。銃口は海へ向けたままだが、少し落ち着かない様子だ。

 

「さて、狙いまではな。たださっきのMSは海から出てきた。水陸両用と考えて間違いないだろう。なら例えばそうだな、俺ならホワイトベースに工作員を送り込んで、ミノフスキークラフトを破壊する」

 

ホワイトベースの推進器は強力ではあるが、ミノフスキークラフトの補助なしで飛行できる時間は短い。少なくとも無着陸でベルファストから南米に向かえるだけの航続距離は無い。だからミノフスキークラフトを破損させられれば最悪洋上に不時着する羽目になる。そしてホワイトベースには水中へ攻撃を行う手段がほぼ存在しない。そうなれば最悪の事態も起こりかねない。

 

「ただミノフスキークラフトを破壊するには相当な爆弾を使う必要があるから、持ち込もうにも簡単にはいかんだろう。だから可能性は低いとは思うがな」

 

低かろうと可能性がある以上警戒するのが軍人としての務めだろう。

 

「何事も無く終わればいいんだが」

 

そう願わずにいられなかった俺は、思わずそう呟いた。

 

 

 

 

混乱に乗じて基地内へ入り込む事に成功したミハルは、緊張に渇く喉をつばを飲み込んで強引に潤すと足早に新しい船、ホワイトベースへと向かっていく。搭乗口の近くには歩哨が立っていて周囲へ視線を送っている。素早く過去の記憶と照らし合わせた彼女は、彼らの顔が記憶に無い事を確認すると、足早にそちらへ近づいていく。

 

「すいません!遅くなりました!」

 

息を切らせながら走り寄る彼女に、歩哨の兵士は呆れた表情で問いかける。

 

「おいおい、何処をほっつき歩いてたんだ?」

 

「実はこの辺りに実家があって、それでちょっと…」

 

言いながら彼女が身分証を呈示すると、兵士はあからさまに警戒を解いた表情で口を開く。

 

「ああ、そうか。ご家族には会えたかい?」

 

「ええ、それでちょっとお土産とかもらっちゃって」

 

そういって膨らんだバッグを揺すってみせながら彼女は苦笑する。その様子に兵士達は頷くと身分証をミハルに返してきた。

 

「ほいよ、さっさと戻りな」

 

「ありがとうございます」

 

そう言って彼女は頭を下げるとタラップに足をかける。その瞬間振り返った兵士が口を開いた。

 

「ああ、そうだ」

 

「はい?あの、何か?」

 

「アンタんとこのMS隊、すげえ強いんだな。特にあの白いの、パイロットの名前はなんていうんだ?」

 

「えっと、その」

 

突然の質問にミハルは口ごもってしまう。艦の名前くらいは教えられたが、載せられているMSの名前すら彼女は知らないからだ。返答に困っている彼女に、聞いてきた兵士は怪訝な顔になるが、横のもう一人が思いついた様に口を開く。

 

「ああ、あれか。機密事項か?たしかこの艦は特務に就いてるもんな」

 

「え、ええそうなんです。だから答えられなくて、すみません」

 

「いや、こっちも軽率だった。君らの航海が上手くいくことを祈っているよ」

 

「ありがとうございます」

 

そう言って今度こそ彼女は振り返らずにホワイトベースへと乗り込む。だから兵士達がどの様な顔で彼女を見送っていたのか解らなかった。

 

 

 

 

「予想以上だな」

 

苦虫を噛み潰した表情でフラナガン・ブーン大尉は頭を掻いた。陽動に送り出したゴッグ2機は双方とも未帰還。それも連絡員からの報告では、1分とかからずに制圧されたと言うのだから話にもならない。いくらゴッグが水陸両用機の初期モデルで性能が低いといってもだ。

 

「地上でやり合うのは自殺行為だな」

 

「では予定通りに?」

 

「その前に少佐殿と合流する。戦力は多い方がいいからな、出来れば機体の補給も受けたい」

 

少なくとも1機、シャア・アズナブル少佐用のズゴックが配備されるのは確定しているが、それだけでは心許ないとブーンは考えた。

 

「確かマンタレイがゾックを受け取っていたな?あれに合流してもらおう」

 

「ゾックですか?」

 

その言葉に副官は訝しげな表情になる。既に彼らマッドアングラー隊にはゾックが配備されている。先の陽動作戦でも、一応は出撃し水中で待機していた。

 

「見た目はあれだが、火力は一級品だ。赤い彗星殿が前衛を務めてくれるなら、支援火力を充実させた方がいい。それに海に落とせばアレもあるしな」

 

彼の言葉に得心したのか副官も頷く。思い出されるのは格納庫のMAだ。ユーコン型潜水艦には搭載すら出来ず、部隊名の由来となった大型潜水艦、マッドアングラーの格納庫の半分を占有している。既に実戦での運用は済ませており、対艦戦闘において優秀である事は証明済みだ。

 

「後は、欲を言ったらあのスパイが役に立ってくれる事だな」

 

「あんな小娘が役に立ちますかね?」

 

連絡員として装備を渡した記憶から、副長が複雑な表情を浮かべる。そんな彼に向かってブーンは溜息交じりで注意を促す。

 

「そういう感情は戦場では捨てておけ、割り切れんと貴様が死ぬぞ」

 

 

 

 

「よう、姉ちゃん。半日ぶりって所か?」

 

通路で固まるミハル・ラトキエに対し、俺は笑いながら話しかける。

 

「商売熱心なんだな?制服まで着込んで軍艦の中にまで売りに来るなんてな」

 

通路の反対側にはカイが険しい表情で彼女を見ながら壁に寄りかかっている。正に袋のネズミというやつだ。

 

「さて、大人しくしてくれよ?これでも連邦軍士官でね。国民に手を上げるわけにゃいかないんだ」

 

警告しつつ俺はゆっくりと近づく。顔を青くした彼女は手の届く距離まで俺が行くと、その場にへたり込む。そして短い悲鳴の後、その場で盛大に失禁した。いたたまれなくなった俺は、視線を同じく気まずげな表情で彼女を見ているカイに向けて口を開く。

 

「…なあ、カイ軍曹。俺ってそんなにおっかないか?」

 

「その顔で鏡見れば解ると思いますよ」

 

返ってきた答えに溜息を吐きつつ、俺は端末を操作する。程なくしてニキ・テイラー准尉が呼び出しに応じてくれた。

 

「すまん、スパイを確保した。助けてくれ」




閃ハサとか!クロボンとか!挙げ句Vとかっ!
そもそもア・バオア・クーすらノープランだと言うのに!!


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54.0079/11/10

懲罰房のすぐ隣、身ぎれいにして取調室に放り込まれたミハル嬢の前には、バッグから出てきたあれこれが並べられていた。これ持って軍艦まで潜り込めるとか、ベルファスト基地の警備体制はザルなんじゃないだろうか。搭乗口の歩哨さんが機転を利かせて連絡をしてくれなけりゃ、普通に破壊工作されていたかもしれん。

 

「これが何か知っているかい?」

 

厳しい表情でそう問いかけているのはワッツ大尉だ。本来なら基地の警備部に突き出して終わりのところだが、今回は状況が状況だったのでこうしてわざわざ確認作業をしている次第だ。なんせ明日にはジャブローへ向けて出発だ、基地で確認した結果、致命的な情報がこちらに遅れて届きましたなんて事は避けたい。

 

「いえ、ただ船を混乱させられる装置だとしか」

 

「…使い方はこのメモだけか、酷いなこれは」

 

「あの、えっと」

 

ワッツ大尉の手元を覗いて俺も思わず顔をしかめた。大尉が指さした装置とはジオン軍がよく使っている吸着機能付きの設置爆弾だ。タイマーをセットすれば簡単に使える手軽さの割に非常に破壊力が高いものだ。それこそMSの装甲すら破壊できる程度には。

 

「これは設置型の爆弾だよ。確かに混乱するだろうね、下手なところで爆発させれば大惨事だ」

 

彼の言葉に顔を青くするミハル嬢。だが現実はさらに非情だ。

 

「これをどう使えと言われたんだい?」

 

「その、船の底の方にある装置に取り付けろって。混乱している間にこの船の行先を調べて、通信機で教えろって言われたんです」

 

「調べた後、君はどうするつもりだったんだい?」

 

「え?」

 

「この船は軍艦だよ?行先だって当然軍事基地だ。乗り込んだときはジオンが陽動をしてくれたみたいだけれど、降りるときはそうはいかないだろう?第一連中は向かう先を聞けば、その基地を破壊するために攻撃するだろうね、そんな中で上手く逃げ延びられると本気で思ってるのかい?」

 

ワッツ大尉の言葉で、彼女は漸く自分が捨て駒にされた事に気が付いたようだ。俯いて肩を震わせる彼女に、けれど俺は容赦なく現実を突きつけるべく口を挟む。

 

「爆弾である事を教えずに設置を命じるという事はだ、ジオンはこいつを洋上で沈めるつもりだったって事だろう。君ごとな」

 

「そんな、だって約束…」

 

「約束を律儀に守ろうなんて殊勝な連中が、武力で独立なんてしようとするものかよ」

 

思わず俺はそう吐き捨てるように言ってしまう。宇宙移民が凍結された時、地球圏の人口は凡そ110億程だった。その内コロニーに居住していたのが90億人。つまり地球と月は合わせても20億程度の人口しかいなかった。既に経済の中心はコロニーに傾きつつあって、地球に残った特権階級なんて呼ばれている連中は事実上その経済に寄生する存在だった。はっきり言って戦争なんて起こさなくても、100年もしない内に経済の主導権は企業が進出したコロニー側の富裕層に移っていたはずなのだ。だからジオンは賛同者を得ることが出来ず、この戦争をスペースノイド対アースノイドという対立構造に持ち込めぬまま、自分たちを唯一のスペースノイドにすることで強引にアースノイドによるスペースノイドの搾取という持論に持ち込んだのだ。ほかのサイドを全て破壊するという暴挙を行ってまで。

そんな手前勝手な連中が約束を守る?それも死人との?勿論そうしようと本気で考える者も少なからず居るだろう。だがその約束を果たすには、前提としてジオンがこの戦争に勝利しなければ成り立たない。そして既に戦いの天秤は連邦に傾きつつあるのだ。仮にここでホワイトベースが沈んでも、連邦の勝利は揺るがないだろう。それはオデッサの陥落が証明している。

 

「どう転んでもお前さんと連中の約束が果たされる事は無いだろうな」

 

そう告げると、彼女はとうとう机に突っ伏して泣き出した。そんな彼女に向かって俺は更に口を開く。

 

「なあ嬢ちゃん。悔しくねえか?口車に乗せて、あんたをいいように弄んだ連中に一泡吹かせてやろうと思わないか?」

 

しゃくりあげる彼女に俺は言葉をかけ続ける。

 

「今のままならあんたは、よくてスパイ容疑で投獄だ。そこまでして稼ごうって言うんだ。あの話、本当なんだろう?」

 

「あの話?」

 

そう訝し気に聞いてくるワッツ大尉に俺は説明する。

 

「基地のゲートで物売りをしてた時にね、これでチビ二人を食わせてやれるって言ってたんですよ」

 

俺の言葉にワッツ大尉は彼女に憐憫の表情を向ける。そして優しい声音で話しかける。

 

「どうだろう、素直に話してこちらに協力してくれれば、現地協力者として君を庇える」

 

「残念だがこのままだと、そのまま帰す訳にいかないんだ。この艦は一応機密でね、協力者として俺達が入れたことにしなけりゃ、最悪戦争が終わるまで何処かで拘束なんて事もあり得る」

 

そう説明(・・)すれば彼女は肩を震わせながら目を泳がせる。ミハル・ラトキエの弟達は自活なんて不可能な年齢だ。貯えのある期間ならばまだしも、それ以上の長期になれば最悪餓死だってあり得る。彼女にそんな事が許容出来ないくらいここに居る誰もが理解している。

 

「やれば、解放してくれるんですか?」

 

「ああ、それか君さえよければ志願兵としてこの艦に残ってもいい。そうすれば弟さん達をジャブローの託児施設に入れることも出来るよ」

 

「え?」

 

「この艦の最終目的地はジャブローだからね、そのつもりなら今から迎えに行って乗せていってもいい。幸いと言うべきかは迷うけれど、この艦はそうした事に慣れているからね」

 

そう苦笑しながらワッツ大尉がそう告げる。現在の地球連邦軍では佐官の権限が大幅に拡大されていて、少佐でも現地協力者などを臨時採用出来る権限がある。そして軍人の家族ならば福利厚生を受ける権利が発生するのだ。ジャブローへ送られたチビ達も、書類上はキタモト中尉の養子になっていて遺族扱いで保護されているはずだ。

 

「…やります。今の話、守ってくれるんですよね」

 

「当たり前だろう。俺達は地球連邦軍だぞ?」

 

 

 

 

ワッツ大尉に連れられて移動する少女を見送りながら、壁に寄りかかっていたカイ・シデン軍曹は次に部屋から出てきたディック・アレン大尉に声をかけた。

 

「どっちもどっちだね、大尉。結局弱みに付け込んで、あの子をいい様に使おうってんだ」

 

大尉達の思惑を正確に理解しているカイは、その汚い大人のやり方に嫌悪感を覚え、久しぶりに棘のある物言いをしてしまう。

 

「そうだな、違いは精々俺達には約束を守るつもりがあるくらいだ」

 

「それだってホワイトベースを守るためだろう?」

 

カイの指摘にアレン大尉は困った表情で頭を掻きつつ口を開いた。

 

「否定は出来ん。だがあのまま彼女を放り出してもあの子の家族は助からない。生き延びるためには相応のリスクを背負ってもらわざるを得ないんだよ、あんな事に手を染められちゃな」

 

「国民を守るのが軍人の職務じゃないのかい?」

 

「勿論そうだ、国民の生命と財産を守るために俺たち軍人はいる。けどなカイ軍曹。どうやっても出来ないことは事実として存在するんだ。俺達は神様じゃないからな」

 

その言葉にカイは沈黙で応じる。理不尽に対してただ誰かに不満をぶつける行為が子供の癇癪と大した差が無い事を彼は学んでしまったからだ。

 

「俺たちにできることなんて、彼女への応急処置と一日でも早く戦争を終わらせる事だ」

 

「その為には汚い事だってするのかい?」

 

「ああ、するよ。彼女はたまたま目に入った不幸でしかない。戦争が続く限りそんな人間が増え続ける。それを止めるには勝つしかない」

 

アレン大尉の言葉にカイは少しだけ考えて口を開く。

 

「そいつはジオンが勝っても変わらないんじゃないのかい?」

 

どちらが勝っても戦争は終わる。その言葉に大尉は肩を竦めながら応じた。

 

「そうかもしれんが、その場合大変だぞ。ジオンが独立すれば必ず戦後賠償が発生する。連中に敗戦国の国民を配慮してくれるだけの慈悲を期待できるとは思えんね。なにせ奴らにとって連邦市民は全員特権階級に胡坐をかいてスペースノイドを弾圧搾取してきた悪魔だからな」

 

そう返ってきた皮肉にカイは顔をしかめた。彼自身地球に住んでいるのは一部のエリートであり、彼らは搾取の上に自適な生活を送っていると信じていたからだ。だが現実はどうか。地球残留者の多くは地球環境の負荷にならないと判断された原始的な生活を営む者達や、スペースノイドと変わらぬ生活をしている者が大半だった。そんなカイを見てアレン大尉は溜息を吐きつつ言葉を続ける。

 

「けれどもう大半のスペースノイドは地球と大差ない生活が送れていたんだ。戦争なんて起きなきゃ、あと数年で地球の方が居残りのハズレ扱いされていたかもしれん」

 

環境曲線が安定化した後、地球連邦政府は宇宙移民を凍結した。これを棄民し終えた特権階級が自分達だけが地球に残るためだけに施行したと捉えられているが、現実はそこまで単純ではない。この頃の地球環境は非常に劣悪であり、環境の人為的再生は必須と言える状況だった。当然その様な業務は過酷であり、好んで従事したがる人間は居ない。それよりも解り易い経済活動の中で安定的な生活を得ようと考える者が大半である。結果人口の流出が止まらず、環境改善どころか地球の過疎化によるインフラ維持に支障が出る始末だった。そして逆にコロニー側では人口がだぶつき不労者が発生する状況となってしまう。

地球連邦軍が環境再生プラントなどの運営に乗り出したのはこれらの問題に対する応急処置である。依然として宇宙移民者の地球帰還は認められていなかったものの、コロニー出身者や移民者であっても連邦軍人ならば特例として地球への赴任が認められていた。この抜け穴を使い、宇宙で余剰した労働力を地球に回そうと考えたのである。特に軍は政府の管理下にありその人員の運用についても容易に調整が利くし、何より安価に地球インフラを維持するには、独自にそれらを構築可能かつ安価に使える軍と言う存在が都合よかったのだ。

 

「大概の物はもうコロニーで作られていた。経済的に言えばもう地球が必要なくなるなんて秒読みどころかとっくにいらなくなってたんだ。まあだからこそジオンは戦争をしても勝てると踏んでいたんだろうけどな」

 

開戦以前、ジオン首脳部は他のサイドに対し共に連邦を打倒する事を打診しただろう。だが彼らに待っていたのは民主主義の腐敗した姿だったのだ。政治に関心のない国民達は敢えて苦労をしてまで政治を自分達で運営したいなどとは考えなかったし、それらによって選出された議員達も既得権益を放棄してまで自主独立という言葉に靡かなかった。

結局のところ独立戦争に他のサイドが呼応せず、そしてジオンが攻撃したという事実が、スペースノイドの大多数は地球連邦政府に大した不満など無かったという証明なのだ。

 

「だがジオンは連邦政府を悪と断じてこの戦争を始めちまった。そしてそれに連邦は大いに抗って見せた。だから勝った後も苛烈に統治しなきゃならん。国民が、悪いお前らが受ける当然の報いだ!と溜飲が下がる程度にはな。…だから、連邦市民を守るためには、俺達に勝つ以外の選択肢はないんだよ」

 

「ひでえ話だね」

 

カイは行く先々で見た、戦火に見舞われた都市を思い出す。あれらの場所には、一体何人の彼女達がいたのだろう。どれだけの人々が間に合わずに最後を迎えてしまったのだろう。

 

「アレン大尉、俺はジオンを叩くよ。そんで、戦争を終わらせる」

 

己の掌を見ながら、カイはそう呟いた。




宇宙世紀の人口設定を考えた人は反省して欲しい。
あと08のキキ達やミハルが特権階級にはどう見ても見えない件。


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55.0079/11/12

お気に入り9000件突破ありがとう投稿。


「編成が違うようだが?」

 

北大西洋上で赴任先の特殊部隊に合流したシャア・アズナブル少佐は、事前に確認していた資料との齟齬にそう眉をひそめた。ユーコン型潜水艦は一隻増えているし、逆にあるはずのMSが無い。視線を送るとフラナガン・ブーン大尉が淡々と応じる。

 

「木馬を調査します際に投入しましたゴッグ2機を失いました。ただしその分はこうして補っております」

 

その物言いにシャアは頭痛を覚えた。部下による独断専行。確かに木馬は仇敵ではあるが、同時にジャブローを特定する唯一の手掛かりでもある。この手で沈めたいという気持ちこそ強いが、今はその時ではない。特に技量も解らない部下と未知数のMSで挑みかかれるほど甘い相手ではないとシャアは認識していた。

 

「木馬への攻撃は控える。奴にはジャブローまでの道案内をしてもらわねばならない」

 

ザビ家への復讐さえ成れば、戦争の結果などはシャアにとってどうでも良い事だ。しかし、巣穴の奥に篭った毒蛇を誘い出すには功績が必要だった。それこそたかが新鋭艦一隻程度では比にならない程の功績が。

 

「しかし木馬はガルマ様の仇です」

 

意見してくるブーン大尉にシャアは煩わしさを感じた。シャアは少佐と言う年齢に見合わぬ階級に就いている。これは開戦初頭の戦果によって得た地位であり、確かな実力を示してこそのものだ。逆に言えば、落ち目となった自分は不相応の地位にいる若造という認識を他者に与える。たたき上げの兵士ともなれば、むしろ侮らない者を探す方が難しいだろう。

 

「順序を間違えるなと言っている。ジャブローを攻略するとなれば必ずあの艦を沈めるチャンスはある。逆に沈めてしまえばジャブローを見つけるまで数か月はかかるだろう。どちらが効果的かは議論の余地もないと考えるが?」

 

シャアは辛抱強くそう説明する。暴走した部下のやらかしによって面倒を背負い込むよりは、今言葉を尽くした方が遥かに労力が少なく済む事を彼は学んでいたからだ。

 

「既にスパイを潜り込ませていますが」

 

その言葉にシャアは思わず舌打ちをしかけた。軍艦に何日も密航するなど正規の訓練を受けた軍人ですら困難だ。民間人を適当に使って成功する訳がない。間違いなくそのスパイとやらは見つかっているだろうし、最悪こちらの意図が看破されている恐れもある。

 

(一度仕掛ける必要があるか)

 

目的が看破されているならば、木馬が素直にジャブローへ向かう可能性は低い。寧ろあの艦ならば、適当に此方を引きずり回して時間稼ぎをするくらいはやりかねないだろう。ならば一度ぶつかって失敗する。そうして追跡を退けたと思わせれば、多少は警戒が緩むかもしれない。幸いにしてブーン大尉の説明からすれば、そのスパイへ渡した装備は木馬を沈める事を目的としたものだ。本気で挑みかかって失敗すれば欺瞞とは思わないだろうと彼は考えた。

 

「…そこまでしてしまっているならば、木馬がこちらの意図に気が付いている可能性が高いな。仕方ない、木馬はここで沈めて、改めてジャブローの入り口は探すことにしよう」

 

諦めた口調でシャアがそう口にすると、ブーン大尉は頬を歪めて僅かに笑う。自分の案が通ったことに満足したのだろう。完全にこちらを侮る仕草に、シャアの中から完全に罪悪感も消え失せる。

 

(精々迫真の演技で踊ってくれ。まあ君は本気なのだろうがね)

 

 

 

 

『103発進します!』

 

漸く緊張の取れた声でエリス・クロード准尉が出撃していく。階級が下だったアムロ准尉に並ばれて少しへこんでいたみたいだったが、どうやら持ち直したらしい。二階級ポンと上がるのなんかそこのバグキャラだけだからあんまり気にしなくていいぞ?そもそもそいつ2ヶ月で4階級も上がってるアタオカだし。

 

「101。コアファイター、出すぞ」

 

続いて俺も出撃する。こいつは予備で残っていた機体で、3号機はそのままだ。というか現地改修のせいでAパーツが分離出来なくなっているから引っぱり出せない。慣れた加速と共に空へ飛び出すと空中で待機していたGファイターと編隊を組む。内容としては俺の動きにエリス准尉が合わせてくれていると言うのが正確だが。

 

「待たせたな、じゃあ行こう」

 

『了解です。何だかちょっと新鮮ですね』

 

そんな事を言ってエリス准尉が笑う。そもそもあまりホワイトベースは哨戒をしていないからだ。なんせレーダーが使えない状況でもない限り哨戒の必要は薄い訳だが、その状況ではミノフスキー粒子のせいで無線が通じない。そしてコアファイターやGファイターは単座だからそもそも偵察にも向いていないときている。敵を見つけてホワイトベースに情報を持ち帰ろうにも、最悪後をつけられてホワイトベースが見つかるなんて事が起こりうる訳だ。じゃあ何故今になってするのかと言えば、話は簡単で、航空戦力を上空待機させておくためだ。

 

「念のため高度には注意しろよ」

 

『了解です』

 

地表付近は連邦もジオンもミノフスキー粒子を阿呆ほど撒いた影響で、斑にレーダーが妨害されてしまう区域が存在する。一方で高高度になると気流のせいなのかミノフスキー粒子の影響が殆どないためレーダーが使えるのだ。おかげで地上から攻撃を受けない高度でジャブローまで向かうとホワイトベースの航跡が思いっきりばれてしまう。そして今回の俺達は伏兵だから、間違ってもレーダーに引っかかる間抜けは避けたい。

 

『でも敵は潜水艦隊なのですよね?ならレーダーは使えないのでは?』

 

先ほど言った通り地表付近はミノフスキー粒子の層みたいなものが出来てしまっているから、海面上からでは高空を飛ぶ相手を探知できない。だがあくまでそれは敵が潜水艦だけならばだ。

 

「ミハル一等兵をスパイに使っていた連中が潜水艦隊である可能性は高い。だが、他の部隊に応援を頼まないなんて事は誰にも証明出来ん。ならばそうした状況も想定して動くべきだ」

 

流石にこの状況でガウ複数機も追加で相手にするのは骨が折れる。まあそうした場合の事も考えてはあるが。

 

「さて、そろそろだぞ」

 

俺の言葉と同時にホワイトベースが煙を噴いてゆっくりと高度を下げる。続いて広域の一般通信に位置を知らせるための騒がしい音が響く。

 

「品のねえ奴らだぜ」

 

毒づきながら周囲を見渡せば、北側からホワイトベースへ向かう白い線が見える。水中をかなりの速度で何かが動いているのだ。発生した気泡が航跡になってしまっている。

 

「来たぞ、103迎撃準備!」

 

レーザー通信で確認した画像をホワイトベースに送り終えたGファイターが、俺の声に従って動く。

 

「ソノブイ投下!」

 

迎撃態勢を整えるまでに俺は機体を軟降下させつつ、抱えていたソノブイを投下する。更に両翼のパイロンに取り付けられていた短魚雷を発射した。即座に展開したソノブイに誘導され、着水した短魚雷は真っすぐ航跡の先端へ向けて突進する。水柱が続けて上がるが、航跡は速度を緩める事無くホワイトベースに突撃していく。だがホワイトベースも既に迎撃準備を済ませていて、目標に向かって猛然と射撃を加え始める。展開を終えたメガ粒子砲が海面に突き刺さると、派手な水蒸気爆発が起こる。

 

『なにあれ!?』

 

水煙が晴れた先には緑色の何かが2機、水面に機体を晒してホワイトベースを睨んでいる。なんでここに居る!?しかも2機だと!?

 

「エリス准尉、奴を狙え!!ホワイトベースを攻撃させるな!」

 

俺の指示に准尉は慌てて旋回砲塔を回すが、それよりも先に奴が射撃を始める。MSM‐10ゾック、大出力のジェネレーターにメガ粒子砲8門を備えた重砲撃型の水陸両用MS。前後に4門ずつ配置されたこの砲はジェネレーターの出力もあってビームライフル並みの連射が可能な上、水冷機構によって継続射撃能力も高い。対艦攻撃で考えれば、最も警戒しなければならないMSだ。その評価に相応しい、激しいビームの連射がホワイトベースに襲い掛かる。

 

『このぉ!!』

 

エリス准尉が1機に向けてビームを放つが、撃たれたゾックは即座に水中へ逃げ込んでしまう。更に残ったもう1機が上空へ向けて頭部に付いた対空用のビームを放ってくるものだから、エリスは慌てて回避する。その間も攻撃が続き、ホワイトベースに被弾が増える。クソが、流石にこれは想定外だった。

 

「この野郎!」

 

ゾックに向けてミサイルは放つが、分厚い装甲を持つゾックには大した損害を与えられない。そうこうしているうちにいよいよ最後の一機が姿を現す。

 

「101よりホワイトベース!デカブツが出た!」

 

褐色の装甲を持ったそいつは海面に上半分を露出させると、次々にミサイルを放ってきた。一発の威力は大したことは無いようだが、何しろ数が多い。何発かが対空機銃に着弾して根元から機銃を吹き飛ばしてしまう。そして奴がアームを伸ばし、必殺の一撃を加えようとした瞬間。ホワイトベースの上甲板からビームが降り注ぎ、巨大なタガメみたいなそいつ、グラブロをハチの巣にする。そして突然の反撃に動きが一瞬止まったゾックもそれぞれをビームが貫いた。僅かな間をおいて、水中へ沈んだそれらが爆発を起こす。水中の騒音が収まりソノブイによる索敵が復活すると、そこには残骸が沈降していく音だけが記されている。どうやら敵機はあれで全てだったようだ。

 

『どうなるかと思ったぜ』

 

『あの緑の機体、厄介ね』

 

甲板上に身を隠していたMSが敵影無しの連絡で立ち上がる。ホワイトベースの方も派手に撃たれたが、幸いにして航行に問題はないようだ。

 

『終わってみりゃあ、あっけないもんだね』

 

「罠を張って慢心した猪を仕留めただけだからな」

 

実際本気であれに奇襲されていたら厄介だった。着水ギリギリまで降下していたホワイトベース相手に欲を出してくれたから、簡単にビームで処分出来たんだ。水中に潜ってやり合っていたら、もっと被害は拡大していただろう。

 

「後はジャブローへ行くだけだな」

 

長かった航海もこれで一段落だ。

 

 

 

 

「そうか、ブーン大尉は失敗したか」

 

部下のMIA報告を、シャア・アズナブル少佐はその一言で済ませた。ブーン大尉が戦死したことで繰り上げで副官に戻った少尉に対して彼は口を開く。

 

「ユーコンの一隻は木馬を追跡させろ。残りの艦はアマゾン流域に侵入し進入口の探索を行う」

 

追跡に気づかず素直にジャブローへ向かえばよし。そうでなくても追跡を振り切るために迂回するならば先回り出来るから、何かしかの情報は手に入る。運が良ければ到着した連中がジャブローに逃げ込むところを確認出来るだろう。

 

「急げ、ブーン大尉達の死を無駄にするな」

 

シャアの言葉に、副官の男は黙って敬礼をするのだった。




グラブロ君、名前すら出てこずに退場。


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56.0079/11/15

「着いた」

 

どこまでも続く緑の絨毯。アマゾンのジャングルを見て、ブライト・ノア少佐は思わずそう呟いた。新造艦の処女航海に艦橋員候補生として乗り込んだはずが、今では昇進に次ぐ昇進で少佐である。悪い冗談にしか聞こえない。だがそれもジャブローで是正されるはずだ。正規の艦長が着任するはずだし、他の人員についても再配置がされるだろう。それにホワイトベース自体も本格的な整備が必要になるから、十分な時間はある。

 

「現金なものだな」

 

艦長席のアームレストを撫でてブライトは苦笑する。いざ離れると思ったなら寂しさを感じたからだ。思いの外、自分はこの艦に愛着を感じていたらしい。そうしていると、ホワイトベースの周囲に航空機が2機近づいてきた。

 

『こちらは8492飛行隊、ホワイトベース応答されたし』

 

「こちらホワイトベース、どうぞ」

 

オペレーターシートに座ったフラウ・ボウ一等兵がそう返しつつ、艦の所属コードを送信する。

 

『確認した、お帰りホワイトベース。ゲートまでエスコートする』

 

「感謝します」

 

その言葉に応じる様に2機の戦闘機はホワイトベースの前方を占位する。しばらく進むと何もない森林にガイドビーコンが点滅した。

 

「まぁ」

 

操舵輪を握っていたミライ伍長が驚きの声を上げる。眼下では何の変哲もなかった森が左右に割れて、宇宙艦用のドックが口を開けたからだ。

 

「着いたな」

 

静かに降下が始まったのを感じて、ブライトはもう一度そう呟いた。

 

 

 

 

「さあ、ここからが地獄だぞ」

 

テム・レイ大尉は覚悟を決めた顔でそう宣言した。その声を聴いた整備班は皆一様に青い顔をしている。横にいたロスマン少尉は死んだ魚のような目で虚ろに笑いながら口を開いた。

 

「ホワイトベースのMSはどれも貴重なデータの塊ですもんね」

 

「それもあるが、漸く工場送りに出来る訳だからな。分解整備も多分全身フルコースだ」

 

「うわぁ」

 

「ついでに3号機もどうにかしなければならんだろう。建造中だったはずの6号機辺りを引っ張って来れれば簡単なんだが」

 

その意見にロスマン少尉は溜息を吐く。

 

「難しいんじゃないですか。マチルダ中尉が仰ってましたけど、今じゃどこもかしこもガンダムが欲しいって騒いでいるんでしょう?出来かけの機体なんてもう絶対配属先が決まっていると思うんですけど」

 

「となれば3号機の修復だな。一応案はあるにはあるが」

 

その言葉にロスマン少尉は顔を引きつらせる。

 

「え、あの案って本気だったんですか?」

 

そんな彼女にレイ大尉は大真面目に答える。

 

「本気だとも。どうせ再生産するだけの時間なんぞ貰えないんだ。ならば出来る限り時間は短縮しないとな」

 

 

 

 

係留作業が終わったホワイトベースから降りた俺達を待っていたのは、レビル将軍との謁見だった。髭の爺様を見てもこれと言ってうれしくはないが、それでも正式に任命されたことで正規軍人組は内心胸を撫でおろした。ここまで来て志願兵組は昇進取り消しなんて言われたら抗議するしかなかったからだ。同時にMIAだったキタモト中尉や戦死したキム兵長、ルヴェン少尉達の二階級特進も行われ、俺達は改めて彼らの戦死を実感した。

 

「少しは笑う準備をしとけよ。久しぶりに会うんだぞ」

 

エレカを運転しながら、相乗りしているアムロ准尉にそう告げる。後ろにはカイが運転するエレカも付いてきていてそちらにはフラウ一等兵とハヤト兵長が乗っている。

 

「でも、あんな言い方」

 

「ああしなきゃ、あの大尉さんが壊れちまうよ。想像してみろ、彼の所に一日でどれだけの戦死報告が来てると思う?それを一人一人ちゃんと向き合っていたら、心が持たない」

 

「……」

 

「ま、あくまでこれは俺の持論だ。だからお前はお前なりの答えを見つけるといい。そんでどうしても許せないってんなら」

 

「許せないなら?」

 

「あの大尉より偉くなってから文句を言ってやれ。その時にはもしかしたら、あの大尉の気持ちが少しはわかるかもしれんぜ?」

 

言いながら俺はハンドルを切り託児所のある区画へ入る。そうして目的地の近くまで来ると、背筋に悪寒を感じた。

 

「あら、少尉。まだ死んでらっしゃらなかったのですね」

 

託児所の前で車を停めた瞬間。狙ったように階段の上からそんな声をかけられる。声は穏やかで友好的なのだが、内容は微塵も好意的ではない。俺は一度深呼吸をすると、声の主に向かって視線を送りつつ口を開いた。

 

「久しぶりだな、ララァ。元気にしてたか?」

 

「ええ、研究所の方はとても大事にしてくださいますから、貴重なモルモットみたいに。そちらが新しい少尉のお気に入りですか?」

 

「あー、彼はな?」

 

「…死神?」

 

そう口を開いた瞬間、視線を合わせたアムロがぽつりと呟いた。その言葉にララァ・スンは笑みを深くしてアムロを見つめる。

 

「あら、ふふふ」

 

そうか、そう考えれば二人は初対面ではないのか。電子データ上で何度も殺し合った仲だもんな。

 

「彼はアムロ・レイ准尉。ガンダムのパイロットにしてホワイトベース隊のエースだな。彼女はララァ・スン少尉。俺達が死神と呼んでいるデータの製作者だ」

 

そう互いについて説明するが、二人は視線を僅かに合わせた後は言葉も交わさずにこちらを見る。ララァ少尉の方は何処か楽しそうに、アムロ准尉の方は少し険しい表情で。あ、これはあれですね、ニュータイプ的な感応をしやがりましたね?

 

「その察しの良さを別の所でもちゃんと発揮すればいいのに」

 

「大尉、責任はちゃんと取るべきだと思います」

 

責任ったってなぁ。プライベートはともかく軍の中じゃ俺は下っ端だ。少なくとも彼女の配属や扱いに口を出せる立場じゃない。ただこの頃の人道が残っているニュータイプ研究所ならジオンより扱いがマシだし、そこで解り易く戦果を出せば戦後も多少不自由はあれどモルモットにされる可能性は低い。既に両陣営で彼女やアムロ准尉みたいな異能者を集める動きは始まっているから、放置すればもっと酷い環境に放り込まれるのは間違いない。だから最善は無理でも次善の状況にしたつもりなんだけどなぁ。

 

「まあいいです。今回はこのくらいで許してあげましょう。ではまた」

 

そんな事を言って彼女はさっさと歩いて行ってしまう。そんな彼女と入れ違うように託児所の玄関からチビ達が飛び出してきて、俺を目にして急停止した。一応おいちゃんも傷つくんだからね?

 

 

 

 

クルー達に束の間の休息が与えられている中、ドックでは慌ただしく作業員が動き回っていた。引き続き艦長を拝命し、艤装員長を申し付けられたブライト・ノア少佐はその様子を見ながら補佐に付けられたウッディ・マルデン大尉から説明を受けていた。

 

「つまり補修と言うよりは改装に近いのです、のか?」

 

年上の部下という非常にやり辛い相手に、思わず出かける敬語を押し込めて問いかける。そんな彼にウッディ大尉は笑いながら答えた。

 

「はい、少佐殿。ペガサス級は元々MSではなく戦闘機の運用を想定した艦艇でありました。スペースこそ確保できていましたが、それはあくまで必要条件を満たしていただけに過ぎません」

 

そう言って彼は分解作業に移る作業員達に視線を送りながら言葉を続ける。

 

「MSの運用を前提に再設計されました準ペガサス級からパーツを移植し運用能力の向上を図ります。同時に主砲及び推進器も更新し、純粋な戦闘能力の向上も行います」

 

「随分と大型化するようだ」

 

「格納庫ブロックが射出カタパルトと別けられていますし、単純に搭載数も増加していますからね。推進器も含めて30%ほど全長が大型化します、全幅も同様ですね」

 

その言葉にブライトはうめき声を上げそうになる。大型艦を任されるというのは名誉なことであるが、それが試験的な新造艦となれば少しばかり事情が異なってくる。更に搭載機が増えるとなれば、必然的に運用する人員も増加するという事だ。新米とも呼べない少佐には荷が重いと言わざるを得ない。そんな彼を見て、ウッディ大尉は笑いながら口を開く。

 

「悲観する事はありません、少佐殿。貴方はホワイトベースをジャブローまで連れ帰ったではありませんか。ならば今まで通りにやれば問題ありませんよ」

 

それに、と運び出されるMSに視線を移して大尉は続ける。

 

「搭載する機体についても新鋭の物が配備されますし、何より今後は単独行動ではなくなるのです。戦力的に考えれば、今までのような状況は少なくなりますよ」

 

そちらも懸念材料だとブライトは言えなかった。彼の知る高性能なMSはガンダムであり、優秀なパイロットとはホワイトベース隊の面々である。そして他部隊の運用実績を考えれば、彼らが異常であることなど容易に理解できた。ならば如何に新鋭機と言えどガンダムを超えるものが量産化されているとは思えないし、それを扱うパイロットも精鋭が送られてくると信じられる程彼は楽観的にはなれなかった。

 

「そう願いたいな」

 

部下の慰めにそう答えるのが彼の精一杯だった。




皆さん忘れているかもですが、この主人公転生原作知識持ちのチート野郎なんですよ。


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57.0079/11/17

今週分です。


『出過ぎだぜ、ハヤト!』

 

『うわっ!?』

 

放たれたビームが電子の虚空を突き進み、ハヤト兵長の乗るガンキャノンに突き刺さる。強引に機体をひねって直撃は回避したものの、ライフルを握っていた右腕は肩口から吹き飛ばされている。

 

『502!503をバックアップ!』

 

『了解、きゃっ!?』

 

『そう簡単には逃がしません』

 

被弾したキャノンのフォローに回ろうとセイラ兵長が移動しようとするが、その鼻先を砲弾が掠める。ニキ・テイラー准尉が駆るガンキャノンD型が合流を妨害したのだ。更に彼女は両手に握られた90ミリライフルでセイラ兵長のジムを追い立てる。第2と第5小隊の模擬戦は始終2小隊優位に進められている。

 

「やはりキャノンの手数の多さは魅力ですね。2小隊の方が連携出来ているのもあるでしょうが」

 

「セイラ兵長も乗り換え直後だし、ハヤトなんてタンクから転向だからな。まあ今回慣れるのが優先だろう」

 

ホワイトベース隊はその名を第13独立部隊に改称し、準備が整い次第再び宇宙へ上がることが決定した。それに伴ってホワイトベースの改装に始まり、MS隊の増強と再編が行われている。単純な話、陸戦機組の機種転換だ。ついでにジムのA型も引き取られて行って、代わりにB型が回されている。一見違いが無いように見えるが、地味にバックパックがD型と同様のものになっていたり、胸部周りの形状がコマンドに近くなっていたりと中々バタフライエフェクトを感じられる姿をしている。

 

「おいらもジムに出戻りかぁ」

 

「ピクシーは宇宙に持っていけないでしょう?」

 

「最新モデルだぞ?贅沢言うんじゃないよ」

 

一応取り払っていた宇宙用装備を付け直して宇宙用に仕立て直す事も出来たのだが、それよりもウチの機体を使ってくれという連絡が山のように来ていた結果、アクセル曹長はジム・スナイパーⅡに乗り換えることになった。ただ教育型コンピューターが未搭載だから、その差で乗り辛く感じているらしい。これ地味に問題になりそうだな。

 

「そういえばアムロ准尉はどうしたんです?」

 

「あっちからのご指名で出張中」

 

アニタ曹長の質問に、俺は隣の部屋を指しながらそう言った。そこには宇宙でホワイトベースの僚艦となる艦のパイロット達が訓練に励んでいる。

 

「たしかスカーレット隊、でしたか?」

 

「精鋭だと聞いていますが、どんなものでしょうかね?」

 

口々にそんな事を言うクラーク中尉達。

 

「上層部の期待は高いんじゃないか?新鋭機が山盛りにガンダムも配備されているしな」

 

ジム・スナイパーⅡが4機にガンキャノンD型が2機、そしてジム・コマンドが6機という編成に、ガンダムNT-1を運用している。少なくとも新型機を与えられてNT-1と部隊運用を期待されているのだから、相応の技量は期待できるだろう。配備されている艦といい名前といい、出オチ部隊などと呼ばれていた史実が脳裏をちらついて仕方ないが、取り敢えずアムロとララァに鍛えられればあのような事にはなるまい。

 

「そう聞くとウチは寄せ集め感が凄いですね」

 

後ろで聞いていたエリス・クロード准尉が自嘲的な溜息と共にそう言ってくる。まあガンダム2機を擁しているなんて言っても、後は試作機実験機のオンパレードだからな。彼女の言う通り寄せ集め感が半端ない。せめてジムやキャノンが統一されていれば多少は見られるんだけどな。

 

「ま、他所は他所、ウチはウチだ。ちゃんと戦果は出してんだから胸を張ってりゃいいのさ」

 

「寄せ集めと言えばアレン大尉のガンダムはどうなるのでしょう?」

 

んー?

 

「今の所修復して運用の予定だな。代わりの機体も来ていないし、クビじゃなきゃあれを引き続き使うことになるだろ」

 

「おぅい、ホワイトベースのMS隊はここかい!?」

 

「ちょっと中尉!?」

 

そんな世間話をしていたら入り口が勝手に開かれて、男臭い声が問うて来た。

 

「そうだが、貴官は?」

 

俺が振り返りそう聞くと、大柄な男は俺を見て一瞬目を細めた後に姿勢を正し、手本のような敬礼とともに名乗った。

 

「スレッガー・ロウ中尉であります。本日付けでホワイトベースに配属となりました。よろしくお願いします。大尉殿」

 

「ホワイトベースMS隊隊長のディック・アレン大尉だ。宜しく中尉」

 

そう答礼すると、扉の後ろから見覚えのある顔が現れた。

 

「お久しぶりです。アレン大尉。リュウ・ホセイ曹長、復帰致します」

 

「リュウ曹長!もう怪我はいいのか?」

 

「これ以上病院で寝ていたら鈍っちまいますよ。またお世話になります」

 

そう言って笑うリュウ曹長の肩を叩いて再会を喜びあう。そうこうしている内にシミュレーターが終わり、カイやハヤト達が出てくると、シミュレータールームは更に賑やかになる。好意的な空気の中で、クラーク中尉が口を開いた。

 

「そういえばお二人の機体は何になるのですか?」

 

するとスレッガー中尉は何とも微妙な表情で、リュウ曹長も気まずげな表情で口を開く。

 

「あー、俺の機体は宇宙用に調整されたGファイターだな。リュウ曹長も同じ訓練を受けていたよな」

 

「はい、俺もそう聞いています」

 

「ん?まさか増員は二人だけなのか?」

 

「いや、後三人、もう1小隊分着任しているよ。今頃艦長に挨拶をしている頃だろう。引率と一緒にな」

 

「引率?」

 

あ、なんか嫌な予感。

 

 

 

 

「レイチェル・ランサム特務曹長です」

 

「カチュア・リィス特務伍長でっす!」

 

「シス・ミットヴィル、特務伍長」

 

「ブランド・フリーズ中尉です。よろしくお願いしますわ、ブライト少佐」

 

一体何の冗談だ。そう叫ぶのをブライトは懸命に堪えた。エリス准尉も小柄だったが、彼女達はさらに小さい。間違いなく志願年齢にすら達していないのは明らかだ。

 

「ホワイトベース艦長、ブライト・ノア少佐だ。フリーズ中尉?」

 

「ブランドとお呼びください、少佐」

 

粘着質な視線に耐えながら、ブライトは口を動かす。

 

「ブランド中尉、君達が追加のパイロットで間違いないか?」

 

「はい、いいえ少佐。正確には彼女達が追加のパイロットです。私は引率ですね」

 

「引率?」

 

「彼女達は少し事情がありまして理解者による日々のケアが必須なのです。ご安心ください、戦闘能力は保証いたしますわ」

 

如何聞いてもまともではない回答にブライトは思わず額に手を当てた。アムロ准尉の例もある。年齢がパイロットとしての能力と直結しないことは彼自身よく理解しているが、それでも越えてはいけないラインと言うものがあるはずだと彼は考えていた。そんな彼に対し、ブランド中尉はそれまでの笑みを消し、真剣な表情で口を開いた。

 

「お気持ちはお察ししますから、理解せよとは申しません。ですが飲み込んでは頂きます」

 

「……」

 

「ニュータイプの戦闘能力については、少佐もよくご存じの事と思います。そして我々の得た情報によれば、ジオンは既に実戦投入まで秒読みと言う段階であり、専用の装備も用意出来ているのです。連邦はこの分野において数十年の後れをとっていると考えていいでしょう」

 

「だから我々も対抗すると?それはこんな子供を使ってまでしなければならない事なのか?」

 

「当然でしょう?アムロ・レイ准尉やララァ・スン少尉のような者達が部隊として投入されれば、どれ程の脅威となるかなど、運用している少佐ならば簡単にお解かりになるはずです」

 

たった一撃で敵を撃破し戦線を蹂躙するMS。その群れが引き起こす災いなど、起こしてきたブライトからすれば手に取るように解る。それに対抗する手段を持つべきだという意見もだ。だがその為ならば何をしても良いと割り切れる程には器用ではなかった。

 

「解った、飲み込もう。シミュレータールームにパイロットが集まっているはずだ。そちらにも挨拶をしておいてくれ」

 

その言葉にブランド中尉が敬礼をすると退出していく。その日ブライトが愛用しているマグカップが一つ減りジャブローの一室に傷が増えたが、取り立てて報告はなされなかった。

 

 

 

 

「間違いありません。大規模な地下空洞に繋がっていました」

 

「漸くか、ギリギリだったな」

 

潜入したコマンドによってスペースポートの位置までは特定したものの、シャア・アズナブル少佐はジャブローへの侵入に手をこまねいていた。幾つかの搬入ゲートも発見したが、外部からの操作を受け付けない構造になっていて侵入出来なかったからだ。幸いにして旗下の部隊は隠密性に優れていたため発見されることは無かったが、それでも敵地に黙って隠れているというのは神経をすり減らす作業だった。

 

「それも今日で終わるな。キャリフォルニアに連絡だ、便りと共に扉は開く」

 

「はっ!」

 

現地に暮らす反連邦の土着民族と交流し、シャアは彼らから地下水脈の情報を手に入れた。その情報に沿って探索したところ、見事に当たりを引いたという訳だ。

 

「さて、そろそろ恨みを晴らさせてもらおうか」

 

戦場はすぐそこまで迫っていた。




不安を煽っておいて投げっぱなしていくスタイル。


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58.0079/11/20

轟音と共にジャブローが揺れる。その異変に気が付いたのはごく少数だった。定期便と呼ばれて馬鹿にされていたジオン軍の空爆。そこに投入されているガウの数が普段よりも多かった。中米方面からは積極的なMSの浸透があり、少なくない数の対空砲が破壊された。どの報告もありふれたとまでは言わないが、なかった訳ではない内容であったから報告を受けた連絡員も今日は少しばかり騒がしい程度の認識だった。スペースポートのゲートが開くまでは。

 

「侵攻だ!本格的な軍事侵攻だよ!ジオンの奴らが攻めて来たんだ!」

 

「ゲートを開いているのは誰だ!直ぐに閉めろっ、敵が来ているんだぞ!?」

 

「迎撃だ、迎撃!動かせるのは全部出せ!MSもだ!」

 

喧騒に溢れる指令室、そこに一際近い爆発音が響く。

 

「何があった!?」

 

防衛司令の中佐が叫び、状況を確認したオペレーターが震える声で答える。

 

「か、格納庫が、第7格納庫が爆発しました」

 

第7格納庫には基地守備隊のほとんどのジムが駐機されていた。一瞬呆けた表情で即座に命令を発する。

 

「試験部隊、研究チームなんでもいい!とにかくMSを持っている所に応援要請を出せ!敵は既に入り込んでいるぞ!」

 

 

 

 

(完全に俺の失態だ!)

 

ガンダムのコックピットに潜りこみながら、俺は奥歯を噛みしめた。大西洋上での敵部隊を撃破後も追跡を避けるために俺達はブラジル南部まで大きく迂回していた。そして守備隊からも追跡の痕跡が無い事を聞いて、完全に安心しきっていたのだ。相手はあの赤い彗星だというのに。

 

「ちょっと、アレン大尉!何するつもりですか!?」

 

「敵が来ているんだろ!迎撃する!」

 

ホワイトベースにもジャブロー防衛に参加するよう要請が来ていた。だが問題は配備されている機体の殆どが整備中だった事だ。真っ先に出されていたガンダム2号機と状況が酷すぎて後回しにされていた3号機、そして新人の3人娘の3機が今動かせる全部だ。コックピットハッチに取り付いて叫ぶロスマン少尉にそう叫び返してハッチを閉める。途端秘匿通信が開いて、オカマ中尉もといブランド中尉が真面目な顔で口を開く。

 

『大尉、申し訳ないのだけれどレイチェル達は使えないわ』

 

「そうか、じゃあマッケンジー大尉に連絡を、代わりに機体をつかって―」

 

『それも駄目。あれはちょっと特別な機体なの、普通のパイロットは乗せられない。大尉なら解るでしょ?』

 

「フリーズ中尉、アンタは何のために居るんだ?出撃出来ないって報告なら本人にさせればいい。それをどうにかするためにアンタが付いているんだろう?何とかしろ」

 

そう俺が言い返すと、中尉は表情を変えぬまま平然と言い放つ。

 

『それなりに残り時間を削る事になるわよ?』

 

その言葉に思わずコンソールを殴りつけてしまった。

 

「使い物にならねえんなら最初から持ってくるんじゃねぇ!…薬物の使用は隊長として認められない、自主的になんともならないなら部屋に入れておけ」

 

これで使える戦力はガンダムとモドキがそれぞれ1機。

 

「准尉、アムロ准尉!」

 

通信を切り替えてそう叫ぶ。

 

『はい、大尉』

 

「手数が足りない。スペースポートまで前進して敵の侵入を阻止しろ、味方の戦車を上手く使え。それとグレネードには注意しろ」

 

『了解です』

 

「俺は外に出て敵を減らす。悪いがホワイトベースを頼むぞ」

 

そう命じていると通信に誰かが参加してきた。

 

『こちらグレイファントム、スカーレット隊のエドワード・コリンズ大尉だ。こっちの部隊は全部出せるぞ。第2と第3小隊は艦の防衛、第1と第4がそちらのカバーに――あ?おい待て姫さん!?』

 

コリンズ大尉が慌てた様子でそう叫ぶ間にグレイファントムのハッチが開いたかと思えば、翡翠色と白のツートンカラーに塗装されたガンダムが飛び出してきた。

 

『ふふ、手伝ってあげる。アレン少尉』

 

もう大尉だよ。

 

「大丈夫なのか?」

 

『誰でも初めてはあるでしょう?私はそれが今日だっただけだわ』

 

彼女の返事に無言でコリンズ大尉に視線を送る。ただ彼は慣れきっているようで直ぐに部下達へ指示を出す。

 

『リンとウォルターは姫さんのバックアップに回れ。ランディは俺の隊に合流しろ、そっちは外で戦うんだよな?』

 

「ああ」

 

『姫さんが燥ぎ過ぎないように頼むぜ』

 

こっちに丸投げかよ。

 

「善処するよ。そっちも准尉のフォローを頼むぜ」

 

『任された』

 

やりとりを済ませた俺達は次々と出撃する。キャットウォークでロスマン少尉がこちらに向かって怒鳴っているが俺は敢えて無視をした。俺の知っている状況とはまるで違うんだ、動かせる戦力は多いに越したことは無い。

すぐに最寄りのエレベーターに乗り込んで、地上を目指す間に味方の確認を済ませることにした。

 

「ディック・アレン大尉だ、急だがよろしく頼む」

 

『リン・ウェンライト中尉です。よろしく』

 

『ウォルター・フェン、少尉です』

 

そう返事をした二人が乗っているのはジムスナイパーⅡだ。所属を示すグレイファントムのエンブレムと両肩に赤いラインがペイントされている以外、俺の知っている機体と外観上の差異は見られない。恐らく見た目通り普通の機体だろう。

 

「早速で悪いがこの機体は訳ありでな。こんなツラだが性能はジム並みだと思ってくれ」

 

『ガンダムではないのですか?』

 

ガンダムなんだけどな。

 

「ジャブローに戻るまでに無茶をさせすぎてな。まあ、俺もその程度の腕だと理解してくれていい。だからララァ少尉、しっかりと俺を守ってくれよ?」

 

『仕方の無い人ですね。私が守ってあげますよ』

 

俺の頼みに得意げな声音でララァ少尉が応え、スカーレット隊の二人は微妙な表情になる。そうしている間にもエレベータは動き続け、俺達は地上に到着した。

 

「降下してきたMSさえ叩けば連中の作戦は失敗する。降下してきた敵を――」

 

俺が言い切る前にララァが操るガンダムNT-1がビームライフルを上空に向け、降下中のドムを撃ち抜いた。更にその後方でMSの降下態勢に入っていたガウに射撃を加え片翼をもぎ取る。揚力の均衡を失ったガウはそのまま傾きながら地面へと叩き付けられた。

 

『降下させなければ良いんですね?簡単です』

 

爆炎と衝撃の中でそう言いのける彼女に、俺は無理矢理笑顔を作りながら答えた。

 

「ああ、連中はこのゲートを目指して突っ込んでくる。待ち構えて鴨撃ちにしてりゃあ終わる仕事だ、楽なモンだろう?」

 

そう言っている間にも近くの陣地から空へ向かってビームの光が伸び、ガウを貫いた。同じように展開している部隊が攻撃を始めたらしい。俺達もそれに倣うようにそれぞれの武器を構えて迎撃に移る。

 

(史実より数が多いか?)

 

ジャングルを挟んで敵MSが攻撃を仕掛けてくる。どうやらゲートから離れた位置で降下した機体や、陸路と海路からも侵入しているようだ。

 

「敵は水陸両用機も運用している。河に近づきすぎるな!奇襲されるぞ!」

 

射撃を盾で防ぎながらそう注意を促す。この辺りの河川は濁っていて視界も通らないから、至近距離まで近寄られても気付かない可能性が高いからだ。そしてその懸念はララァ少尉の行動で証明される。

 

『見えないからって!』

 

突然跳躍した彼女の機体が、水中に向かってビームを放つ。離れた場所に二発ずつ撃ち込まれたそれは、僅かな間をおいて大きな水柱を誘発した。恐らく潜水していた敵MSを撃破したのだろう。

 

『相変わらず無茶苦茶な』

 

そうウェンライト中尉が呆れた声音で評する。尤もその間にフェン少尉がマシンガンで拘束した相手をスナイパーライフルで遮蔽物ごと撃ち抜いて撃破しているあたり、彼女も十分出鱈目な技量を持っていると思う。緊張感が足りていないようにも思えるが、それも仕方が無いことだろう。何しろ数こそ多いが連中は完全に浮き足立っている。殆どの機体が闇雲に攻め寄せてくるだけで連携している連中の方が少数だ。はっきり言ってアムロやララァの理不尽さに慣れてしまった彼等を相手取るならば、最低でも今の倍は数が要るだろう。そうした雰囲気は周囲にも伝播する。ゲートの守りは俺達に任せれば良いと考えたのか、少しずつ他部隊の動きが大胆になり始めた。防壁や地形を利用して防戦をしていたそれらが攻勢に出始めたのだ。攻撃に来た筈が、押し込まれるという状況になり敵軍は更に統制を失っていく。

 

『よしっ、押し上げるぞ!』

 

いよいよ俺達の近くでゲートを防衛していた部隊もそう宣言しつつ走りだす。それを見て俺はつい顔を顰めてしまった。

 

「スナイパーががら空きだぞ?」

 

見れば先程のガウを狙撃した機体が後方に待機している。ジムスナイパーⅡを受領している辺り、腕の良いパイロットなのだろうが装備が問題だ。カイ軍曹が使用しているロングレンジビームライフル。俺達がビームスナイパーライフルと呼んでいる武装だが、あの機体のものは連射の為に基地から冷却剤とエネルギーの供給を受けている。あれでは動き回る事も難しいし、咄嗟の射撃にも対応しにくいはずだ。そして案の定と言うべきか、河川に潜んでいたザクが飛び出し、スナイパーに襲いかかる。だがそこはスナイパーも予想できていたのだろう、素早く照準を合わせてザクを撃った。だがその後に予想外の事が起きる。

 

『撃つな、ラリー!』

 

「は?」

 

撃たれたザクは泥で足を偶然滑らせ、頭部を吹き飛ばされただけで転倒する。そしてそれに向かって次射を加えようとしたスナイパーに向かって、そんな通信が飛び込んで来たのだ。

 

(嘘だろおい!?)

 

余りにも有名なそれに出くわしてしまった俺は、咄嗟に機体を駆けさせる。間に合ったのは正に僥倖と言えるだろう。

 

「ロスマン少尉、悪い!」

 

動けずにいるスナイパーの前に機体を滑り込ませ、俺は思わずそう叫ぶ。直後機体を無数の弾丸が襲った。

 

『大尉!?』

 

ララァの悲鳴じみた声が聞こえる。しかしそれに応じるより先に、ガンダムの右腕が吹き飛ぶ。更に上半身に数発の直撃を貰ったせいで、衝撃に耐えきれなくなった機体はゆっくりと後ろへ向けて転倒してしまう。その上運悪く衝撃で何らかの電装系に不具合が出たのかモニターまで落ちてしまった。

 

「やっべえ!?」

 

言うまでも無いがコックピットの開閉機構や上半身の強制排除には電気信号を送る必要がある。つまり今の俺は豪勢な棺桶に放り込まれている状態だ。しかし俺はどうやらツキに見放されていなかったようだ。近くで再び何かが倒れる音が響いたかと思えば、機体へ僅かに衝撃があり、その直後には接触回線でララァ少尉の焦った声が聞こえてきた。

 

『大尉!大尉!?無事ですか!?』

 

「生きてるよ、少尉。大丈夫、俺は無事だ」

 

言いながら再起動の操作を行うと、コックピット内に光が戻ってくる。同時に洪水のようなエラーと警報がモニターを埋め尽くした。あ、こりゃ駄目だ。

 

「けど機体は駄目だな。すまないが脱出する」

 

そう言って俺はコックピットハッチを操作して機体から飛び降りる。振り返るとそこには無傷のジムスナイパーⅡがいた。どうやらちゃんと間に合ったらしい。

 

「とりあえず、地下に避難――」

 

そう言いかけたところで空に明るい光が打ち上がるのが見えた。ジオンの信号弾だった。




ストック切れにつき明日は更新出来ません。
ごめんなさい。


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59.0079/11/20

今日更新しないと言ったな?
すまんあれは嘘だ。


「馬鹿ですかっ、貴方は!?」

 

ジオンによるジャブロー攻略は失敗に終わった。無理もない話だろう。既に地上の戦線は連邦優勢に傾いているし、何より最大の資源採掘地帯であったヨーロッパを失陥しているのだ。既に多くの部隊が北米攻略の為に移動を開始している中でのこの攻撃は、乾坤一擲と言うよりは博打に近い。何もかもが整っていない状況で、一発逆転を狙って大穴に賭けた印象だ。

 

「聞いているんですか!?」

 

「聞いているよ。すまん、軽率だったな」

 

涙目で怒鳴ってくるララァ少尉にそう俺は謝罪した。正直油断というか、過大評価をしていたと言うべきか。今までもマシンガンによる攻撃を受けた事はあったが、正面装甲を抜かれた事は無かったのだ。多少性能が低下したと言っても、十分耐えられると思っていたんだが。

 

「その辺にしとけ、ララァ少尉」

 

まだ何か言いたげな彼女をコリンズ大尉が止めてくれた。撤退中の敵に対する追撃は基地守備隊が行うと言うことで、臨時に招集された俺達のような部隊は戻されて整備を受けている。まあ俺の場合は機体がスクラップ一歩手前になってしまったので追撃もクソも無いのだが。

 

「それに大尉はこれからこってり絞られるからな。後のヤツが怒る分も残しておいてやんな」

 

そう彼が指さす方向には、大ぶりのスパナを手で弄びながら全く笑えていない笑顔でこちらを見ているロスマン少尉がいた。こいつはやべぇや。

 

「終わりました?じゃあ持って帰っていいですか?」

 

スパナで俺を指しながらそう聞いてくる彼女に、コリンズ大尉はララァを捕まえると頷いてグレイファントムの方へ歩き出してしまう。そして次の瞬間、俺の肩に指が食い込んだ。

 

「ほら、帰りますよ大尉殿?」

 

連れ帰られたハンガーで俺はひたすら整備班の手伝いをすることになったが、それは俺の自発的行動であり、決して整備班の放つ雰囲気に屈したわけでは無いと明記しておく。教訓、温厚な人間が本気で怒るような事は慎みましょう。

 

 

 

 

「これは酷いな」

 

「どうします?」

 

回収されてジャブローの整備ハンガーに戻された3号機を見上げながらテム・レイ大尉は顔を顰めた。元々アレン大尉は被弾を嫌うタイプのパイロットであり、攻撃や防御よりも回避を優先する傾向にあった。故にどこかで彼ならば無茶をしないという信頼があったのだが、オデッサ以降それが崩れていた。

 

(いや、隊長としての自覚が生まれたと言うべきか?)

 

以前の彼ならば自機を危険に晒してまで誰かを守ろうとはしなかっただろう。つまり無自覚な責任感から来る行動とも考えられた。

 

「正直ギリギリのタイミングと言うべきか」

 

手元の改造計画書を確認しつつ、テムは溜息を吐きながら指示を出す。

 

「予定通り3号機はフルアーマープランで行く。元々上半分はすげ替える予定だったんだ、下まで壊れていないだけ良しとしよう」

 

「まあそうですけど。…オーガスタの人達怒り狂ってましたね」

 

指示に従って運び込まれる分解されたMSを眺めながらロスマン少尉が話しかけてくる。それに対してテムは鼻を鳴らして答えた。

 

「パイロットの特性に合わせて最適化する結果だ。文句があるならそれ以上の機体を用意してからにしろと言いたいね」

 

その返事にロスマン少尉は苦笑しつつ、確認のために改めて改修プランを口にした。

 

「予定通りNT-1プロトのパーツは分解、腕と脚部それからバックパックはガンダム2号機に移植します。残った胴体と頭部、それに増加装甲は3号機の強化に流用。間違いありませんよね?」

 

「ああ、胴体内の四肢連結部のフィールドモーターも忘れずにな」

 

特に気にすることも無くテムは応じた。ホワイトベースの出港に間に合わせるためにオーガスタの開発チームは、NT-1プロト――実質的なNT-1の2号機だ――を組み上げてジャブローに送ったのだが、受領された直後にホワイトベースの整備班の手によってバラバラにされてしまう。苦心して送り出した機体を部品取りにされた彼等の心情は察して余りあるが、だからといって不完全な機体をパイロットへ渡す訳にはいかないとテムは考えていた。

 

「出力と反応速度で勝り、更に推力はこちらの倍以上。だと言うのにNT-1はアムロ准尉の乗るガンダムと良い勝負だ。理由は至極単純、パイロットが機体に振り回されているからだ。まあ、あんな機体で戦えているだけでも規格外ではあるのだがね」

 

断言しよう、あの機体を設計した奴はアホである。尤も与えられていたであろう事前情報が途轍もない反応速度を持つパイロットというものだけであるから、酌量の余地は多少あるが、それでも人体の限界に近い機械的な速度の上限を狙った機体などを誰が扱えるというのか。パイロットが成人前の少女である事も加わって、パイロットが振り回されない速度に抑えられた機体動作はガンダムと大差ないレベルまで落ち込んでいる。教育型コンピューターがパイロットの限界を学習した故の弊害だった。

 

「せめてコアブロックシステムを使ってくれていれば良かったんだが」

 

それならばガンダム2号機のコアブロックと挿げ替えるだけで話は済んだのだが、生憎とNT-1には別のコックピット方式が採用されていた。全天周囲モニターと呼ばれる新機軸のコックピットは従来のモニターよりも遙かに多くの視覚情報をパイロットに提供出来る反面、機体内部をそれ専用にレイアウトする必要があった。結果中身を掻き出してコアブロックを詰め込むくらいなら新造した方が早いという状況になってしまった。そして何よりテムが憂慮したのは、このコックピットには緊急脱出機能が付与されていないのである。その為の増加装甲なのだろうが、それでは折角の運動性が損なわれてしまう上に操作性も悪化してしまう。少なくとも敵弾を回避する事を前提に戦っているパイロットには扱いにくい機体になることは間違いない。

 

「動きの良い手足は2号機に必要になる」

 

一方でアレン大尉は無自覚な行動から耐久性の高い機体が必要になる。同時に彼の場合他のパイロットをフォローする事が多いため、普段から多数の武装を積み込んでいるのだ。ならば最初から機体に付与してしまおうと言うのがテムの思惑である。また俯瞰して戦場を見る上で、全天周囲モニターが有効であるとも考えていた。

 

「何事も適材適所と言う奴だ」

 

先程まで整備班から散々に嫌味を言われながらも作業を手伝っていたアレン大尉を思い出しながらテムは呟く。彼は一人前の指揮官になろうとしている。ならばそれに応えられるだけの機体を用意するのが、メカニック達を預かる自分の矜持だろう。そんなことを考えながら。

 

 

 

 

「その、申し訳、あ、ありませんでした!」

 

怯える6つの瞳、その前に立って俺はどうすべきか悩んだ。軍人なら叱ればいい、民間人なら仕方が無いと笑ってやればいいだろう。じゃあ、戦闘用に作り替えられてしまった人間相手にはどう接するのが正解だ?

 

「今回の一件に関しては俺の判断だ、君達が謝罪する必要はない。とは言えそれでは君達の気が済まないだろう。類似想定のシミュレーション訓練を命ずる。他の小隊の連中もやっているから合流して参加するように。詳細はマッケンジー大尉に確認しろ」

 

「「了解しました!」」

 

露骨に安堵した表情で退出する彼女達に一応コミュニケーションは成功したかと溜息を吐く。そして残ったブランド・フリーズ中尉を睨みつつ口を開く。

 

「で?説明してくれるんだろうな」

 

こっちはこの後事情聴取も待ってんだ。グダグダせずにさっさと終わらせたい。

 

「どの辺りからご所望かしら?」

 

「決まってんだろ。ちゃんと全部だ」

 

俺がそう言えば、彼は肩を竦めて口を開く。

 

「機密は喋れないわよ」

 

そう前置いて彼は話し始める。

 

「発端はジオンからの亡命者。ニュータイプの軍事研究をしていたある人物がこちらに寝返ったのだけれど、それで一部の人間が危機感を覚えたの。既に連邦にも前例があったしね」

 

「ララァ・スン少尉か」

 

俺の言葉にフリーズ中尉が頷く。

 

「MSに乗せたら手が付けられない戦闘能力を発揮する新人類。そんなものが増え続けたら自分達オールドタイプは何れ駆逐される。だからその前に対抗出来る手段を準備しなければならない」

 

「馬鹿らしい」

 

俺はそう吐き捨てる。

 

「新人類?ちょっとばかし性能が高いくらいで大仰なんだよ。確かに彼らは高い戦闘能力を持っちゃいるが万能じゃない。生きていくには社会が必要だし、その社会を構築するには圧倒的多数を占めている現人類が必要だ。古い人間を一掃しても困らん程新人類とやらが増えているなら、それこそ武力で駆逐する必要なんてない、ほっといたっていなくなるんだからな」

 

「そう考えられない人もいるのよ。特に誰かを蹴落として今の地位に就いたと自覚している連中はね」

 

「それで、彼女達がその対抗手段だと?」

 

「正確にはその試作品ね。前例に近い環境の個体を集めて、素質がありそうなのを強化した成功例」

 

実験個体に比べれば随分と安定したし、長持ちするようになったとフリーズ中尉は言い放ちやがった。

 

「そういう薬物も使っているのか?」

 

「所詮子供だもの、これでも実験個体よりは随分減らしてるのよ?その分今回みたいな事も発生してしまうけど。で、お優しい隊長殿はどうするの?」

 

使えば確実に寿命を縮める。使わなきゃPTSDは確実、最悪作戦中に錯乱でもされればその場で死ぬ事だって十分あり得る。どっちも不幸になる選択とかふざけんじゃねぇよ。

 

「違法薬物の使用を認める訳にはいかない」

 

「違法じゃないわよ。この世に存在しない薬だもの、使用制限も無いわ」

 

「言葉遊びをしてんじゃねえよ。薬物以外の訓練でどうにかしろと言ってんだ」

 

「お優しい事、隊長様は随分と甘いのね。民間人の子供を集めて人殺しに仕立てた奴が善人気取りか?」

 

「なんとでも言えよ。だが覚えておけ、あの子達に出撃許可を出せるのは俺だ。折角ホワイトベースにねじ込んだのに一回も戦えなかったなんてなれば、アンタの立場も危うくなるんじゃないのか?」

 

「その場合は出来損ないも纏めて廃棄処分だろうな?」

 

「つまり一蓮托生って事だろう?完成品のテストも満足に出来ない奴を目にかけてくれるほど、アンタの雇い主は慈悲深いのかい?」

 

俺の言葉にフリーズ中尉は舌打ちをする。彼の上官が俺の想像する通りならば、彼女達と一緒に処分される方が可能性は高い。そしてどうやらそれは図星らしい。

 

「隊長さん、アンタ随分な悪党ね。いいわ、その話聞いてあげる」

 

当然だ。こんな仕事、悪党じゃなきゃ務まるかってんだ。

 

「ああ、精々上手くやってくれ」

 

俺はそう言って彼を部屋から追い出した。



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60.0079/11/24

「この艦、疫病神でもくっついてるんじゃないの?」

 

「残念ですがジャブローにエクソシストの出張サービスはありませんね」

 

自機の調整を進めながらそうぼやくクリスチーナ・マッケンジー大尉の言葉にクラーク中尉が応じた。彼も自機を調整しているため、視線は交わらない。

 

「正規の実働部隊に格上げされたのに、なんであんな子供が回されてくるのよ?」

 

「身体的特徴に対する偏見的な発言はハラスメントに該当しますよ。彼女達は立派に連邦軍人です」

 

「書類上はね。ホント嫌になる」

 

軍の発行した正式な書類でそう書かれている以上、そうであると扱われる。例え搭乗可能身長の下限ギリギリで、明らかに精神が未発達であると周囲が認識してもだ。自らの想像していた軍務と現実とのギャップに顔をしかめながらも、クリスは手を止めずに調整を続ける。不満はあるがかと言って機体の調整を怠れば死ぬのは自分だからだ。

 

「話は変わりますが、機体の方は如何ですか?」

 

少々強引な話題の変更であったが、クリスは溜息と共にそれを受け入れる。通信越しでは会話は記録されているから、これ以上踏み込んだ発言は更なるトラブルを呼び込みかねないと考えたのだ。

 

「絶対これレイ大尉の仕業よね。そのまま同じことをガンダムにしてるじゃない。ま、悪くはないけどね」

 

強化改修と銘打たれ、彼女の機体は脚部とバックパックを交換されていた。

 

「カイ軍曹のキャノンに比べれば可愛いものでしょう。あちらはそれこそアレン大尉の機体並みの大手術ですよ」

 

その言葉にクリスは思わず苦笑を漏らした。ホワイトベースの整備員達は、整備隊長であるテム・レイ大尉の影響を非常に受けている。結果機体への現地改修や装備の付け外しに躊躇が無くなってきていた。それでもちゃんと動く機体に仕上げてくる確かな技術と熱意は評価するが、それと毎度のごとく試作機モドキの様な機体に乗せられる事への不満は別問題である。正直に言うのならガンダムの開発で懲りていたクリスは、チューニングするにしても機体の調整範囲内でしてほしいと言うのが本音だった。G型のSPモデル、ジムスナイパーⅡと呼ばれる機体のそれを移植された彼女のG型は30%程推力が向上している。制御系もアップデートはかけられているが、教育型コンピューター搭載機に比べれば随分と粗削りに感じる。

 

「安易に機体を開発するくらいなら、教育型コンピューターを量産すべきよ。そっちの方が余程戦力になるわ」

 

「暫くは難しいでしょう。具体的には戦争中は無理だと思います」

 

何しろMSに搭載可能な量子コンピューターというだけでも高価であるが、更に材料供給の不安定化やそもそも部品製造に従事していたコロニー企業の喪失によって生産能力が極端に下がっているのだ。連邦軍の支配地域拡大に伴って少しずつ改善してはいるものの、相変わらず単独でジム数機に匹敵するコストは、如何に連邦軍であろうとも支払うことが難しかった。

 

「そんな中でクラーク中尉の隊はB型、しかも全く弄られていないノーマルと言うのもね」

 

「性能比較にはもってこいでしょうね。同時に運用してみれば違いも良く解る」

 

「セイラ兵長にG型が回ってきたのもそのせいか。整備員が増員されていなきゃストライキが起きていたかもね」

 

湯水のようにとまでは言わないが、現在のホワイトベースには定数を超える程度の整備員が乗り込んでいる。一個小隊分がMSよりも整備の容易な航空機であることも考慮すれば十分な数と言えるだろう。相変わらず予備のパイロットは居ないが、そもそも連邦軍の何処にもそんな贅沢な部隊はない。そして物資は不足なく補給されている事を考えれば優遇されていると言えるだろう。

 

「まだまだ楽は出来ないわね」

 

優遇は期待の裏返しであり、投資した分を回収したいと考えるのは人にとって当然の心理である。つまりこれだけの補給を受けているという事は、それ相応の激戦地に放り込まれる事を意味していた。

 

「宮仕えの厳しさですな。ま、誰に言われたでもない、自分で選んだ道です。あきらめましょう」

 

そう笑うクラーク中尉を見て、ひょっとしなくても彼は大物ではないかとクリスは思うのだった。

 

 

 

 

「あー、つまり俺の下に准尉をつけるってかい?」

 

完全に砕けた口調でスレッガー・ロウ中尉がそう聞き返してきた。

 

「不思議な話じゃないだろう。ロウ中尉とリュウ曹長はGファイターに乗るんだから、同じ機体に乗ってるエリス准尉をそちらに回すのはおかしくないはずだ。あれってGファイターでいいんだよな?」

 

「開発呼称はエフタホーン。一応プロジェクト名称はGファイター宇宙用簡易量産型。ペットネームがGストライカーだったかな?」

 

開発部の混乱が手に取るように解るご回答をロウ中尉がしてくれる。事実Gファイターとの共通点は宇宙用戦闘機という点くらいだろう。外観は丸きり異なるし、サイズも一回り小さい。ついでに言えば前後に分割もされなければMSを収容する機能も持っていない。一応接続用のアームがあってMSを抱えて飛ぶくらいは出来るようだが。

 

「それで空いた分で大尉が7小隊を面倒見るのでありますか?流石にそれは…」

 

リュウ曹長が顔をしかめつつそう口を挟んでくる。本当のことを言うならエリス准尉じゃなくロウ中尉の方へはアムロ准尉を出したいが、それでは部隊運用に癖が出る。

 

「元々宇宙軍は5機1小隊編成だ。やれん事はないさ」

 

「状況が違い過ぎるでしょうよ」

 

宇宙軍の戦闘機隊が5機編成だったのは電子的な支援、つまりIFFに始まって母艦や僚機とのネットワークが完全に稼働している事が前提だ。当然ミノフスキー粒子散布下ではそんな状況は破綻しているから、戦闘単位はツーマンセルやスリーマンセルに落ち込んでいる。まあMSが足りな過ぎて5機で小隊にしてしまうと保有部隊数が半分近くに減ってしまうから部隊が運用しにくくなるという笑えない理由もあるのだが。

 

「あのお嬢さん達は大丈夫なのかい?」

 

「技量は問題ないとは思いますが、自分も中尉と同意見です」

 

彼女達が乗っているのは黒く塗装されたジムスナイパーⅡだ。武装も同じでオーガスタ製のビームライフルにシールド、まさに標準仕様という風体である。だがそれよりも遥かに印象に残るのがその戦い方だろう。連携も個人としての技量も高水準であるが、一部の行動に致命的な問題がある。

 

「初戦で全員特攻なんぞされたら目も当てられんぜ?」

 

自分より格上の相手と戦う場合、彼女達は躊躇なく防御を捨てて相手を殺しにかかるのだ。自己保身を一切考慮していないその戦い方は、正にニュータイプを殺す為の戦闘機械だ。

 

「現在鋭意教育中だよ。だからこそ手元から離せん」

 

あのオカマ野郎薬物無しに戦場に出られるようにしろと言ったら催眠と暗示で解決してきやがった。薬物による人格の漂白は出来なかったから、文字通りの人が変わったようにとまでは辛うじていっていないものの、当初よりも遥かに攻撃的な言動が目立つし雰囲気も刺々しい。そんなだから他の士官に指揮を任せられない。正直先の事を考えたら胃がキリキリしてきた。

 

「そういう事なら任されましょう。あ、でもエリス准尉にはちゃんと大尉から言ってよ?余計な恨みを買いたくないんでね」

 

なんのこっちゃ?そう首を傾げていると端末が鳴り着信を告げてくる。俺が出るとモニターには困り顔をした歩哨の伍長が映っていた。

 

『失礼します、アレン大尉殿。その、来客なのですが』

 

そう言って彼は少し位置をずらしてその来客をモニターに映した。相手を見てロウ中尉とリュウ曹長が目を細めたのを見てしまった俺は、直ぐに席を立って彼に告げる。

 

「わかった、直ぐに行こう」

 

それだけ言って足早に通用口へと向かう。時間にして数分とかかっていないはずだが、待ち人は酷く落ち着かない様子になっていた。

 

「待たせた。それで何か用だろうか、マット・ヒーリィ中尉」

 

「お呼び立てして申し訳ありませんアレン大尉。その、移動の前に一言お礼を言いたく思いまして」

 

「移動?」

 

「はい、自分の隊は北米に向かう事になりまして」

 

北米、そうなるとキャリフォルニアベースの攻略か。激戦地だな。

 

「そうか、まあ無理せずにな」

 

俺がそう言うと、彼は敬礼ではなく頭を下げてきた。

 

「自分の判断ミスで、部下を危険にさらしました。大尉がいなければ俺は大事な仲間を失っていたかもしれない。本当に、ありがとうございました」

 

「よせよ、友軍をフォローするなんざ戦場じゃ当然だろう?ま、次は無いように気を付ければいいさ」

 

今回の一件はコーウェン准将の派閥にエルラン中将が貸しをつくる結果になっている。査問委員会も開かれたが、審問官は全員エルラン中将の息のかかった高官で占められていて、あの命令は解放された宇宙港のゲート付近でMSの誘爆を防ぐためという事で決着している。当然彼の行動は不問になったわけだが、それには政治的な背景があった事が彼にはしこりになっているのだろう。

 

「…自分は間違っているのでしょうか?」

 

そう俯きながら言う彼に、俺は素直な感想を口にする。

 

「別に間違っちゃいないだろう。少ない犠牲で戦争を終わらせたいなんてのは、誰だって考える事だ」

 

まあ、尤も。

 

「それを実行しようという時点で軍人には向いてないとは思うがね。ヒーリィ中尉、君は何で軍人になった?」

 

「自分は誰かを守るために軍人になりました。ですが、気づいてしまったのです。敵と呼ぶ相手もまた人間で、彼らも大切なものを、大切な人を守るために戦っているのだと」

 

故に不殺。幸か不幸か、彼にはそれが実行できるだけの能力が備わっていた。俺は溜息を吐きながらそんな彼に伝える。

 

「敵と味方の命を同じに考えちまう時点で、アンタは軍人じゃないよ」

 

味方の被害を最大限抑え、敵に最大限の被害を与えるのが軍人だ。当然そこにはヒューマニズムに溢れた人類皆平等などと言う理想は存在しない。そしてそれを承知して武器を手にするのが軍人としての最低限の覚悟だろう。

 

「アンタが今日殺さなかった敵は、明日知らない味方を殺すだろう。明日アンタが味方を死なせた事で、もっと多くの味方が死ぬ事になる。ここは戦場で、全員が死ぬ事に納得して殺し合いをしている場所だ。断言するが、アンタのヒューマニズムで逃げ延びた敵はまた武器を持って連邦の前に立ちふさがる。それは徒に戦争を長引かせているに等しい行為だ」

 

「自分は」

 

「本当に犠牲を少なくしたいなら覚悟を決めろ。戦争は長引けば長引くほど、どちらも引けなくなる」

 

国家のあらゆるリソースをつぎ込んで行われるのが現在の戦争だ。そして連邦からの分離独立という絶対に認められない戦略目標をジオンが掲げる以上、彼らが降伏するまで連邦は手を止められない。そして独立が認められない以上はジオンも止まらない。そんな中で戦争が長期化すれば本来戦う必要がなかった人々だって戦争に駆り出される。だからこそ圧倒的な暴力でどちらかが早期に相手を屈服させることが、最終的に最も被害の少ない結果となるのだ。

 

「ま、あくまでこれは俺の持論だ。アンタの所のスナイパー、彼は最後までトリガーを引かなかった。彼はアンタの事を、アンタの言葉を信じてる。そしてアンタならそれが出来ると思っているんだろう。俺に謝罪するよりも、まずその信頼に応えてやるのが隊長じゃねえかな」

 

ヒーリィ中尉は俺の話を聞いて俯く。恐らく理想と現実の間で葛藤しているのだろう。だからちょっとした老婆心が出てしまう。

 

「俺が言えることは、誰かを守りたくて軍人になったんなら、まずは大切な仲間を守るところから始めなよ。欲をかくのはそれからさ」

 

俺はそう言って彼の肩を強く叩いた。



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61.0079/11/27

「ねえ、なんで俺の機体グレーに塗られてんの?」

 

漸くハンガーに戻された自機を見上げながらカイ・シデンは近くに居た整備員に尋ねる。ところが返ってきたのは説明などではなく、寧ろ何故そんな当たり前の事を聞くのかという言葉だった。

 

「え?だってグレーって軍曹のパーソナルカラーでしょ?」

 

「は?パーソナルカラー」

 

成る程、ジオンなどではその様な事が軍を挙げて行われていると聞いている。特にMSは他の兵器に比べ遙かに専従性が高い兵科だ。ホワイトベースのパイロット達もそれぞれの機体にほぼ固定されているから、そうした個人を示すエンブレムや塗装という発想もあり得るのかもしれない。だがカイは一度として自分から機体色を指定した事なんてないし、専用に塗装する許可など貰った覚えもない。すると整備員はご機嫌な様子でとんでもないことを口にした。

 

「有名ですよ、カイ軍曹。ザビ家の坊ちゃんをぶっ殺した灰色の悪魔っつって、連中のプロパガンダ放送でスペースノイドの敵認定されてますよ」

 

「いやいやいや!?ありゃただの都市迷彩だって!色なんて変えたら自分がそうだってアピールしてるようなもんだろ!?」

 

自己顕示欲がない訳ではないが、かといって悪目立ちを望むほどカイは馬鹿ではない。慌ててそう訂正するが、既に状況は手遅れだった。

 

「でももう広報部の連中がこの機体撮影してきましたよ。何人も逃れられない魔弾の射手!ってプロパガンダ放送作るとかなんとか」

 

「…勘弁してくれよ、俺スナイパーだぜ?目立っていい事なんかなんもねえよ」

 

「大丈夫じゃないですか?D型ベースでこれと同じ仕様を造るらしくって、そいつらはこれと同じ色になるって話ですよ」

 

「いや意味ねえだろ!?ウチの部隊で色違いがいねえじゃん!」

 

「大丈夫だよ。ウチにはもっと連中のヘイトを集めてる二人がいるから」

 

「低視認性と言う意味では赤も大差ありませんから、気にする程でもありませんよ」

 

自機の前で項垂れるカイに見かねたように、ジョブ・ジョン少尉とニキ・テイラー准尉がそう慰める。彼のガンキャノンは正式にスナイパーモデルの実験機として改修が加えられていた。

 

「相変わらずキャノンはついてないんですね」

 

自分の機体と見比べながら、ハヤト兵長がそう口にする。それに気のない返事をしながらカイが答えた。

 

「おー、冷却ユニットや補助ジェネレーターを突っ込んでるから、キャノンの弾薬を入れるスペースがねえんだと。だから追加されたガトリングも弾倉が外付けだろ?」

 

以前は冷却用ケーブルが飛び出ていたバックパックはレイアウトが変更されて、両肩にそれぞれ武装が施されていた。

 

「結構ごちゃごちゃしているね」

 

「なんていうかアレン大尉のガンダムみたいですよね。全身に武装している所とか」

 

「いや、あっちの方が数段やべえぞ。こいつはそれぞれの武装を距離で使い分けるからあんま悩まねえけど、あっちは兎に角詰め込んだって感じ。あれちゃんと扱える大尉も大概アレだよ」

 

因みにそんな連中と連日模擬戦を繰り広げている彼ら自身、他部隊からすれば十分アレな部類なのであるが、残念ながら交流の経験を持たない彼等では知る由もなかった。

 

 

 

 

「流石に無茶振りが過ぎるぞ!」

 

暴れる機体を強引に振り回しながらビームを放つがあっさりと躱される。ですよね、知ってた!

 

「んなろ!」

 

バックパックと脚部のミサイルポッドを起動し即座に発射、同時に30発以上のミサイルが敵機に向かって殺到するが、相手は急速な方向転換を繰り返してミサイルを一纏めにするとバルカンで撃ち落としてしまう。そういうのはマクロスでやってくれません!?

 

『そこっ!』

 

「うぼあ」

 

更に追加でミサイルを放つべく左腕を振り上げたところに放たれたビームが機体の右腕を吹き飛ばす。

 

『外した!?』

 

アムロ准尉が驚いた声を上げるが別に俺が避けた訳ではない。あちらの予測に俺が追い付かなかっただけだ。

 

「クソが!」

 

残った左腕のビームライフルと肩のキャノンで応戦するが、損傷で運動性の下がった機体で抗えるはずもなくあっさりとコックピットを撃ち抜かれ、シミュレーションは終了する。機体から這い出ると険しい顔をしたレイ大尉が待っていた。

 

「どうした大尉、全戦全敗じゃないか。しっかりしてくれ」

 

無茶いいよる。

 

「運動性が互角の機体ですら勝率2割を切るんですよ?これだけ速度に差があっちゃ手も足も出ませんて」

 

NT-1から手足とバックパックを移しただけ。気楽に言ってくれるがその効果は絶大である。なにせ推進器は全部NT-1と同等に更新されているから、ガンダムと比べて3倍以上の推力が与えられている上に、何処から奪ってきたのかガンダム4・5号機のショルダーユニットまで増設されて抜群の運動性を獲得している。ここにマグネットコーティング済みの高反応な四肢に加えて専用に最適化された教育型コンピューターによって限界まで追従性を上げられた所にアムロ・レイが乗っているのだ。寧ろこいつを墜とせる奴が居るのかと問い詰めたい。

 

「運動性はともかく加速が足りません。もう少し軽くなりませんか?」

 

「お勧めしないな。機体強度を確保するために増加装甲のフレームを補強材に使用しているし、この機体にはコアファイターが無い。装甲を減らすことは生存能力とトレードオフになる」

 

ああ、だからこのアーマー脱げねえのか。材質も複合装甲からルナチタニウム合金に変更してるんだっけ?実に贅沢な一品だ。武装もマシマシで総重量は元のガンダムに比べて倍近くになっている。尤もこれで今までのガンダムと運動性は互角、加速性に至っては上回ると言うのだからテム・レイ驚異のメカニズムである。

 

「後はアムロ准尉並みのパイロットを乗せる位しか解決方法がありませんよ。ララァ少尉に譲りますか?」

 

「この2機を造るのに少々無茶をしたからね。この上NT-1の1号機まで寄越せと言ったらジオンと戦う前にオーガスタの連中と一戦交えねばならなくなる」

 

何やってんだこのおっさん。いや、俺達の為に最大限努力してくれた結果なのだろう。文句を言うのは筋違いと言うものだ。

 

「じゃあ、俺が頑張るしかない訳ですか」

 

「そうなるね。一応他のパイロットにも試して貰う予定だが、まずアレン大尉を超える適性を出すのは居ないと思うよ」

 

「へっ、褒めたってなにも出ませんぜ」

 

そう言って俺はスポーツドリンクを呷るとコックピットに潜り込む。天才でもニュータイプでもない俺は練習以外で強くなる方法なんてないからだ。待機モードになっていたシステムを立ち上げてシミュレーションを起動する。そして空間が構築された瞬間コックピットを撃ち抜かれた。

 

『さあ、アレン大尉。今度は私がお相手します』

 

とても楽しそうなララァ少尉の声がスピーカー越しに響く。なんていうか、人の心とか無いんか?

 

 

 

 

「ルナツーに合流する味方に先行し軌道上の敵警戒艦隊を撃破。その後サイド6方面へ移動する。つまり陽動だな」

 

「敵は引っかかるでしょうか?」

 

「無視出来ん戦力だとは思う。本来ならばここにブランリヴァルとスタリオンも加わる予定だったからな。それならば確実に釣れただろうが」

 

グレイファントムの艦長、ローランド・ブライリー中佐の言葉にブライト・ノア少佐は眉を寄せた。

 

「やはり間に合いませんか?」

 

「厳しいな、特にブランリヴァルは損傷が激しい。スタリオンの方もミノフスキークラフトが不調だそうだから間に合わないだろう。代わりにこちらにはサラミスが回されそうだ。艦載機は無いが火力は期待出来る」

 

つまり砲撃以外は期待するなという意味だ。

 

「サイド6から後は?」

 

「今の所第3艦隊に合流しソロモン攻略に参加予定だが、状況は流動的だな。位置的にはグラナダやサイド3の方が近いから、更なる陽動を求められるかもしれん」

 

「その場合は補給が心配ですね」

 

第4艦隊には補給艦も随伴しているが、第13独立部隊はその名の通り単独行動を行っている。中核となるペガサス級2隻は相応のペイロードを誇るが、同時に運用するMSと言う兵器は存外多くの物資を必要とするため継戦能力は実の所それほど高くない。

 

「その分はあの試作兵器で何とかしろと言うのが上の考えなのだろうがな。正直気に入らん」

 

メガ・ビームランチャー、開発陣の言葉を信じるならば一撃で艦隊を撃滅できるMS用携行火器とのことだ。ホワイトベースとグレイファントムにもそれぞれ1丁ずつが配備され、慣熟訓練が行われている。今の所トラブルは報告されていないが、配備に対してアレン大尉が難色を示していたのがブライトには気になった。

 

「使い物になれば儲けもの程度に考えておいた方が良さそうです」

 

「ふむ、そうなると通常火力だけで対応することになるか」

 

「軌道上の警戒艦隊との戦闘次第という所でしょうか」

 

ブライトの言葉にローランド中佐が口を開く。

 

「残念ながらその通りだな。ホワイトベースは改装してからの実戦経験が無いし、グレイファントムに至っては今回が処女航海と来ている。未知数の部分が多すぎてどれも推察の域を脱しない」

 

何とも杜撰な計画である。艦長達は揃って溜息を吐くしかなかった。




以下作者の自慰設定

ガンキャノン・スナイパーカスタム(Gスナイパー)
カイ・シデン軍曹の戦果から本格的な長距離射撃機体として改修を受けたガンキャノン。
ジェネレーターの換装及び冷却装置の大型化によって射撃時の負荷を低減している。またキャノンの搭載を前提としないバックパックに更新することで若干の推力向上と近接防御火器の増設を果たしている。
一方で腕部はエネルギー伝達向上のためD型のものに置き換えられており、合わせて脚部も同様の変更がなされている。これに伴い原型となった機体に比べフィールドモーターの性能が若干低下しており、運動性及び近接格闘能力は低下している。


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62.0079/12/01

「地上における戦線の維持はもはや不可能だ、ここに至っては一人でも多くの兵を宇宙へ戻す事が肝要である」

 

「馬鹿な、未だキャリフォルニアは健在だ!再度北米から敵を駆逐すれば主導権はこちらに移る!!」

 

酷いものだ。会議室の末席に参加しながら、シャア・アズナブル少佐はそう感じた。そもそも先のジャブロー攻撃こそ唯一地上での主導権を握り返す手段だったのだ。だというのにジオン軍は十分な準備を整えられず、徒に戦力を消耗させるだけの結果に終わってしまった。

 

(ガルマが生きていれば、この様な無様にはならなかったろうか?)

 

彼が戦死して以降、ジオンの支配地域ではゲリラが頻発している。この原因の多くは共通の神輿を失った事で統制を欠いた地球方面軍司令部の失態である。現に今でも対立する派閥が会議と言う名の罵倒合戦を繰り広げており、方針が全く定まらない。シャアに言わせればこれから増強される連邦の北米部隊を疲弊した現在の軍で駆逐出来ると考えている事自体が理解できないのだが。

 

「では撤退の準備を進めつつ、基地の防衛設備を増強することとしよう」

 

沈黙を保っていれば、そんな滅茶苦茶な決定が下される。それぞれの意見の妥協点を探ったそれは、結果として全てが中途半端なものになる。

 

(これは無理だな)

 

誰もが不満顔のまま会議を終えて席を立つ。その中でシャアはそう見切りをつけて次を考えた。ここに至っては如何にして自身も宇宙へ脱出するか。その方法を考えつつ席を立とうとした瞬間、彼は基地司令に呼び止められた。

 

「は、新型…でありますか?」

 

「次期主力機の先行生産分だ。今日の便でそれが届くから、少佐にその機体を預ける」

 

「先日頂いたばかりの機体を壊した私にですか?」

 

「謙遜するな、少佐だからこそ機体が動く状態で帰ってこれたのだろう?どちらにせよ上から直々のご指名だ。今さら色を変えるのも手間だからな、しっかりと働いてくれ」

 

その命令にシャアはただ敬礼を返すしかなかった。

 

 

 

 

『宇宙か』

 

「懐かしいか?」

 

呟くアムロ准尉に俺はそう話しかけた。地上に降りていたのは凡そ2ヶ月ほど。時間にしてみればそれ程経っているとは言えないが、経験の濃密さを考慮すればそうした感情が生まれてもおかしくない。

 

『どうでしょう。でも確かにこの感じはちょっと落ち着くような気がします』

 

そんな何ともスペースノイド的な発言をする彼を見て俺はちょっとだけニュータイプが羨ましくなった。この人を拒絶するような漆黒の中でも安らぎを覚えられる彼等は、何処までも遠くへと羽ばたいていけるだろう。それこそ銀河の果てまでだって。

 

『あの、僕、変なことを言いましたか?』

 

「いや、実にらしい(・・・)言葉だと思っただけさ」

 

そう俺が返事をすると、アムロ准尉は躊躇うように聞いてくる。

 

『それは僕がスペースノイドらしいって事でしょうか?』

 

ああ、そうだよな。ちゃんと言葉にしなきゃ伝わらないよな。彼等が感じられるのは感情の部分だけだ。そして差別や害意を当然のものとして捉えていて、悪意無く実行出来る人間だってこの世にはいるのだから。

 

「いんや。マチルダ中尉の言葉じゃないが、この宇宙空間が当たり前になっていて、恐怖なんて感じないのがニュータイプってやつなのかなとな」

 

『アレン大尉は怖いんですか?』

 

あたぼうよ、ビビリに関しちゃ宇宙世紀でも指折りだって自信があるぜ?

 

「放り出されりゃ普通に死ぬからなぁ、正直怖いよ」

 

『宇宙が怖くなければ、ニュータイプなんでしょうか?』

 

どうだろうね、少なくとも地球の環境が当たり前という連中とは別の価値観ではあるだろう。それがジオン・ダイクンや、ニュータイプ研究所が提唱するそれと一致するかは別として。

 

「わかんね。ただ線引きするのは簡単だからな。人はそうやってすぐ相手と自分は違うんだって思いたがるんだろ」

 

自分は彼等とは違うから宇宙が怖くてもいい。スペースノイドはアースノイドと違うから同じように扱う必要は無い。そうやって都合良く自分へ利益を誘導するのだ。だから人が人である限り絶対に争いは無くならない。

 

「でもまあ、それで良いと思うんだよ。重要なのは違うことを認める事と、ほんのちょっとの我慢なんじゃねぇかなと俺は思う」

 

個体差がある以上人類はどうやったって全員同じにはなれないし、同じになってしまえばそれはもう人と同じ形をした別のなにかだろう。だから違う相手を受け入れる事は何よりも重要で、そしてそれと同じくらい自分の何もかもを相手に受け入れさせようとしないことが必要なんだと思う。

 

『我慢、ですか?』

 

「だってそうだろ?お前らはスペースノイドだからこの扱いを受け入れろって考えを誰かが押しつけて、そんなことは受け入れられるかって考えを押しつけ返した結果がこの戦争だぜ?」

 

自分の意見という違いを強引に受け入れさせようとするから軋轢が生まれる。違うことが受け入れられないから同じにしろと争いになる。そこまで言って、俺は不意に笑ってしまった。

 

「うん、そうだな。宇宙が怖くないくらいじゃニュータイプなんて言えねえわ。そうだな」

 

そうせめて、

 

「違う相手と上手くやっていけるようになって、戦争なんてしなくなった奴らが漸く名乗れるんじゃねえかな、ニュータイプってさ」

 

そう言った所で艦内に警報が鳴り響く、開かれていたオペレーターとのチャンネルからフラウ一等兵が敵艦隊発見を告げてきた。おしゃべりの時間は終わりのようだ。

 

「よし、各機聞け。敵は想定通りムサイ3隻からなる標準的な哨戒艦隊だ。想定されるMS数は最大で18機。だが初動は12機だろう」

 

ムサイの最大搭載数は6機だが、その内2機は突入艇である艦首のコムサイに貨物として載せられている。つまり基本的には予備機であり常用する物ではないのだ。

 

「友軍サラミスが合流するまでに、速やかにこれらを排除する必要がある。よって今回は本艦並びにグレイファントムの全機体が投入される、コールサインの誤認に気をつけろ」

 

敵艦隊に艦首を向けるためだろう、ゆっくりとした横Gを僅かに感じながら言葉を続ける。

 

「A隊1・4・6・7小隊は敵艦隊を攻撃、B隊2・5小隊はホワイトベースの直掩に付け、B隊の指揮はマッケンジー大尉に任せる」

 

『了解』

 

「H102は6小隊に合流、スレッガー中尉の指示に従え。7小隊は俺に付いてこい。何か質問はあるか?」

 

問いかけに対して皆が頷く。全天周囲モニターは通信相手全員が映せるのがいいな。

 

「宜しい、では全機出撃。軌道上はもう奴らの物じゃ無い事を教えてやれ!」

 

『『了解!』』

 

俺の鼓舞に皆はそう答えて次々と出撃していく、それを横目に自身の番を待ちながら静かに呼吸を整える。

 

「さあ、ここからだ」

 

ここから先の激戦に覚悟を決めるため、俺はそう呟いた。

 

 

 

 

「木馬!?映像は出せるか!?」

 

「静止画像になります!」

 

索敵員が緊張した声音でそう言うと、目の前のモニターに白い船体が遠巻きに映し出される。その姿を見てドレン大尉はうめき声を上げた。

 

「連邦め、量産しているのか」

 

北米での偵察やオデッサ作戦を経て木馬、正式名称ホワイトベースの姿はジオン軍内に周知されている。それでなくてもドレンは一度実際に戦っているから、その姿を見間違える事は無かった。似ているが以前見た艦とは細部が異なる。故にあれは別の艦だと彼は結論づけた。何より敵艦は2隻である、新造されたホワイトベースの同型艦の艦隊と考えたのは無理のない事であった。

 

「全艦牽制射撃を行いつつ反転!MS隊は即時発進し艦の防衛に回れ!」

 

「逃げるのでありますか!?」

 

パトロール艦隊に再編された際に付けられた副官は経験が浅い少尉だった。幸いにして艦橋要員達は直ぐに命令を実行してくれていたので、その時間でドレンは少尉を教育する。

 

「木馬はムサイと同等の火力を持っている。それでいて搭載機数は少なくとも9機、こちらの倍以上だ。あの新型艦は木馬より一回り近くデカい、ならば火力も搭載機数も上と考えた方がいい。そんなのが2隻、こんなパトロール艦隊で相手に出来るものかよ」

 

砲火力で多少優勢を取れた所で、MSの搭載数の差が致命的過ぎた。何しろ連邦のMSは既に艦艇を撃破しうるビーム兵器を装備しているのだ。たった1機でも懐に飛び込まれた時点で艦隊が壊滅する恐れすらあるのだ。そして何よりもパトロール艦隊である彼等にはこの情報を持ち帰るという遙かに重要な任務があるのだ。

 

「ミノフスキー粒子濃度上昇!通信妨害されます!」

 

悲鳴のような観測員の言葉にドレンは舌打ちをする。

 

「逃がさんつもりかっ、こちらもミノフスキー粒子を散布しつつ最大戦速!振り切れ!」

 

彼の命令に艦隊は迅速に応じる。しかしベテラン揃いのクルーであっても艦の性能以上の力は引き出せない。生産性のために一部機能を簡略化された戦時標準艦である彼等の艦は、転舵速度と半径が通常のムサイよりも劣っている。それは僅かな差ではあったのだが、精強な敵の前では十分過ぎる隙となってしまった。

 

「MS隊交戦を開始!な、そんな!?」

 

展開していたリックドム12機、最初に敵とぶつかったのは最も外周に位置していたトクメルの隊だった。襲撃してきた数は16機とほぼ同数であったが、質が違いすぎた。

 

「ガンダムっ!あの白い奴か!」

 

敵部隊の最前衛を務める4機のMS。その中にあの忌まわしい色をドレンは見つけて叫んだ。以前彼が乗艦としていたファルメルを散々に痛めつけてくれたMS。それと同色の機体がビームを放ち、直撃を貰ったリックドムが火球へと変わる。そこからは正に悪夢だ。僚機を失った事で僅かに動揺した他の機体に、黒塗りのMSが襲いかかる。練達した兵士の動きで近づいたそれらは、手にした火器からいっそ過剰と思えるビームをリックドムにたたき込み、僚機と同じ末路を辿らせる。

 

「対空防御!撃ちまくれ!!」

 

あっという間にMS隊の3分の1を失ったドレンは即座にそう命じるが、その命令は残念ながら遅すぎた。灰色のガンダムが手にしたビーム兵器をトクメルへ向けて連射すると、トクメルは船体をくの字に曲げた直後爆発を起こす。恐らく弾薬庫のミサイルが誘爆したのだろう。だが艦隊を襲う攻撃はそれだけでは無かった。トクメルが爆発するのとほぼ同時にスワメルにも上方からビームが降り注ぎ、正確に艦橋と砲塔、そして推進器を撃ち抜いたのだ。当然スワメルもトクメルと大差の無い最期を迎える。

 

「化け物め…」

 

ドレンは後悔した。せめて敵艦隊を発見した時点で味方へ通信を送るべきだった。そうすれば少なくともパトロール艦隊を容易に撃滅できる有力な敵部隊の存在を味方に教えることが出来ただろう。だが既にそれらを伝える術は失われ、定時報告のない自分達を味方部隊が捜索に来る頃には、彼等は悠々と逃げ果せているだろう。恨みを込めて更に彼が連邦を罵るよりも早くキャメルの艦橋にビームが撃ち込まれ、彼は分子に分解された。




ウチの話に出てくるドレンさんは何時も不幸な気がする。
誰か彼の救済SSとか書かないかなあ。


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63.0079/12/04

今週分です。


「目標は?」

 

「予定通りパルダに入ったよ。なあハーディ。本当にやるのか?」

 

「俺達は軍人だからな。上がやれと言えば是非もないさ。だがまあ、やったところで我が祖国は長くないだろうな」

 

安宿の小さな一室でサイド6に潜入したスパイと情報交換をしながら、ハーディ・シュタイナー大尉は紫煙を吸い込みつつそう評した。

 

「負けるか」

 

「俺は兵隊で政治の事は良くわからん。だが戦場を見る限り、これで勝てるとは到底思えない」

 

次々と撤退を繰り返す地上部隊。それも整然とした後退ではなく、夜逃げも同然の逃げ方だ。少し前に行われたオデッサの撤退も軌道上で襲撃を受け、随分と被害を出したと聞いている。それはオデッサの一時的な喪失ではなく、地上という支配領域を恒久的に失ったと理解させるのに十分過ぎる内容だった。元々国力で劣る側が領土を失い始めたと言うことがどの様な意味を持っているかなど、多少でも戦史を囓っていれば容易に想像が付く。

 

「…注文通り機体は4機、全て組み終えて運び込まれている。後は乗るだけだ」

 

差し出されたカードキーを受け取りながら、ハーディは意を決して打ち明ける。

 

「俺達が失敗した場合、上の連中は例の部隊をコロニーごと吹き飛ばすつもりだ。ここまで運ばれる途中、乗ってきた艦の格納庫に態々C型が置かれているのを見た」

 

「知っているよ、弾頭を持ち出されたグラナダで大騒ぎが起きているからな」

 

「事が露見すれば、お前にも追及が来るだろう。悪いことは言わない、今のうちに逃げておけ、チャーリー」

 

潜伏先の倉庫や移動の手段を用意してくれたのは目の前の旧友だ。作戦の実行されるパルダと彼の潜入先であるリボーは別のコロニーであるが、捜査が始まればそんなものは些細な違いに過ぎない。もしそうなれば彼は核攻撃を行った部隊を招き入れた極悪人として捕まることになる。その先に待つ運命が地獄であることは間違いないだろう。

 

「悪いなハーディ。俺はこの平和ぼけしたコロニーが気に入っちまってるんだ。今更逃げようとは思えんよ。それに、俺はお前さんらを信じているしな」

 

その言葉にハーディは答えず、ただ帽子を深くかぶり直した。

 

 

 

 

「何事もなくこれちゃいましたね」

 

「だな、正直1・2回は襲われると覚悟していたんだが」

 

待機室で話しかけてきたエリス准尉に俺はそう返事をした。史実と異なり、ザンジバルの追撃を受けなかったせいか、打ち上げられたサラミスと合流した第13独立部隊は、その後攻撃を受けずにサイド6までたどり着いた。今は入港の処置中で、それぞれの艦とMSに攻撃禁止用のテープを貼り付ける作業を港湾員がしているはずだ。

 

「弾薬はまあ仕方ないにしても、推進剤まで補給出来んとはね」

 

「仕方ないさ。ここで補給が出来てしまうと連邦はジオン本国を直接突けてしまうからな。中立を標榜していれば出来ん話だ」

 

スレッガー・ロウ中尉のぼやきに俺は苦笑する。平等ではあるがこの内容は公平ではない。ソロモンを抱えているジオンからすればサイド6で補給を受ける必要は薄いから、どちらかと言えばジオンに有利と言える。尤もそれは仕方のないことで、今現在に至るまで連邦軍はサイド6を防衛するだけの戦力を有していなかったのだ。ジオンがいつでも武力制圧できる環境にあったことを思えば、多少の忖度はサイド6の生存戦略として何ら不思議ではない。連邦軍の人間からどう見えるかは別問題であるが。

 

「つまりここに留まっていてもあまり良いことはないって事か」

 

「そもそも入港の目的がジオンの目をこちらに引きつけるだからな。入港それ自体が目的とも言える」

 

「では、この後はそのまま第3艦隊に合流でしょうか?」

 

「流石に入ってはい終わりじゃないから、半日くらいは留まるだろうけどな。基本的にはそうなるだろう」

 

「ヤレヤレ、ツイてないね。せめて上陸出来れば美味い飯を食うくらい出来たろうに」

 

「ジャブローの補給で大分良くなったんですよ?地球に降り立ての時なんて酷かったんですから」

 

そんなアムロ准尉の言葉に当時を知っている俺とリュウ曹長は頷いた。尤もあの時だってパイロットは大分マシな食事だったからストレスは少かったのだが。

 

「だからってあんなにリクエストしなくても」

 

「エリス准尉ぃ。いい?人間の三大欲求は食う・寝る・遊ぶなのよ。ちゃんとそれを発散しないと人間おかしくなるわけ。わかる?」

 

MS隊は半数がコロニーに上陸する事になっているから、待機組の俺達は欲しいものを上陸組にリクエストしていた。その中で特に大量の物を願っていたのがスレッガー中尉だった。あまりの量に温和なジョブ・ジョン少尉すら顔を引きつらせていたからな。

 

「程々にな。腹がつかえてパイロットスーツが着られないなんて泣き言は聞かんぜ?」

 

俺の言葉にスレッガー中尉は肩を竦めると言い返してきた。

 

「ほっ、そんなお間抜けじゃありませんよ、大尉。…7小隊の連中は上陸させんのですか?」

 

「保護者曰く人混みなんかはストレスなんだと」

 

俺の説明に待機室のメンバーは全員顔を顰めた。説明なんて出来なくても、彼女達が悪い意味で特別だと言うことは既に全員が承知している。そしてアムロとエリスは特に彼女達の処遇に不満を抱いている人間だった。

 

「正直僕はフリーズ中尉が信用できません。本当は彼女達を閉じ込めておきたいだけじゃないんですか?」

 

「否定しきれませんよね」

 

ララァ・スンの扱いについてアドバイスを求められた際に、俺はとにかく人間として常識的な扱いをすることを科学者連中に告げていた。そもそもニュータイプなんて呼ばれていても、喜怒哀楽の感情が俺達と乖離しているわけじゃない。ならば実験動物ではなく協力者として真っ当な扱いをすればちゃんと協力してくれるくらいの度量を彼女達は持ち合わせてくれている。逆説的に言えばジャブロー以外の研究施設は、そうした酷く当たり前の前提すら実行出来ていないと言うことだ。故にまともな扱いに慣れているエリス准尉にしてみれば、正にモルモットも同然のあの子達の扱いには嫌悪感を覚えるのだろう。

かといって現状で俺達が出来ることは皆無に等しい。軍から離れさせる権限なんて持っていないし、仮に出来ても彼女達が真っ当に生活が出来るとは考えにくい。では次善で戦闘に参加させなければどうなるかといえば、もっと不愉快な未来が待っているだろう。戦果を出せなかった失敗作に与えられる先など良くて使い捨て、気の短い連中ならば即時廃棄なんて可能性すらある。つまり今の俺達では、彼女達を戦闘に参加させないと言う選択すら採れないのだ。そして戦闘に参加させる以上、彼女達を調整できるフリーズ中尉に頼るしかない。

 

「信用出来なくても、今の俺達は彼に頼るしかない。弄くり回された人間の面倒を見られる人間なんてこの部隊には彼しか居ないんだからな」

 

痛みを感じる胸元をさすりながら、俺は皆に告げる。

 

「こちらから引き続き注意はしておく、だからお前達はあまり敵意を向けるな。少なくとも今は同じ艦で戦う仲間なんだからな」

 

俺の言葉に返事をする奴はいなかった。

 

 

 

 

「肉体への負荷は許容範囲内。インプリティングによる上官に対する思慕の付与以降運用時の安定化が確認されているが、これは指揮官側の資質に大きく依存するものである。また、薬物による脳神経系への強化は脳へのダメージが無視できず、長期的な運用の妨げになる事は明白である。このことから…」

 

研究所に送る報告書を見直しながら、ブランド・フリーズ中尉は溜息を吐く。元々彼は平凡な身体強化系の研究者であり、ニュータイプだなんだと言った話とは無縁の人間だった。不幸だったのは以前開発していた物に神経伝達系の強化薬が存在した事だろう。伝達物質を強引に増加させる違法薬物と大差のないそれは当然のように全て破棄され、データだけの存在になっていたのだが。

 

「冗談じゃないわよ、まったく」

 

どこからどうなって今に至るのか、彼自身も把握できていないが、いつの間にか軍にスカウトと言う名の拉致をされたかと思ったら、露見すれば一生檻から出てこられないような研究に従事させられ、挙げ句成果物とされる被検体を連れて前線行きである。そしてそこでは彼女達を弄ぶ悪の科学者扱いだ。尤も最後の部分は自分の意思とは関係なくとも事実ではあるのだが。

 

「ブランド中尉。今日のメニュー、終わりました」

 

「ん、ご苦労様。どうレイチェル、疲れてない?」

 

「はい、以前に比べると大分体が楽です。けど、その」

 

脳神経系への薬物投与を中止した事で必然的に反応速度が低下した結果、彼女達の訓練結果は以前よりも成績が下がっていた。規定値に到達できなかった被検体達の最後を彼女達は知らされていないが、それでも見知った顔が消えていく状況に楽観的な想像が出来る者など皆無だっただろう。何しろあの研究所は希望や未来などという言葉から最も縁遠い場所だったのだから。

 

「アレン大尉の方針で薬物摂取が出来ない状況下でのデータ収集をしているのよ。長期的にどんな影響が出るかってね。だから安心なさい」

 

「はい、解りました。あの、二人に伝えてもいいですか?」

 

アレン大尉の名を出した途端、レイチェル特務曹長は露骨に安堵しそう聞いてきた。フリーズは笑いながら許可を出しつつ、彼女の様子を観察する。

 

(依存心の刷り込みは問題なく出来ているわね。自発的な行動も見受けられるけど十分制御範囲内だわ)

 

上官の命令に絶対服従とした方が扱いは容易であるが、任務や訓練への積極性は生じない。薬物や外科的手術で強化可能な状況ならばそれでも問題なかったが、禁止された以上別のアプローチが必要であった。

 

「頑張りなさい、レイチェル。きっと大尉も喜んでくれるわ」

 

「はい!失礼します!」

 

元気よく返事をして部屋を出て行くレイチェル特務曹長を笑顔で見送った後、彼はタブレットを開き彼女達の状態を確認する。

 

「反応速度に低下は見られるけれど、全体としては想定より能力低下の幅が少ない。個体の経験蓄積も大きいけれど、重要なのはやはり使う側の資質ね」

 

元々彼女達は対ニュータイプ用の兵器として開発されている。道具が十分な性能を発揮するのに、使用者の技量が問われるのは当然のことだった。それが欲している者よりも、唾棄している側の方が適しているというのは何とも滑稽な話ではあるが。

 

「ニュータイプに一応対抗可能な戦力の量産と長期的な運用方法の確立による喪失の抑制。十分過ぎる成果だわ。後は出来ればサンプルが無事に手に入れば僥倖と言うところかしらね?」

 

そう呟く彼のタブレットには、ディック・アレン大尉の情報が映されていた。




ご要望が多かった現在のホワイトベース戦力について。

第1小隊
ディック・アレン大尉:ガンダムFAパッチワーク
アムロ・レイ准尉:ガンダムBstカスタム

第2小隊
ジョブ・ジョン少尉:ガンキャノン
カイ・シデン軍曹:ガンキャノン・スナイパーカスタム
ニキ・テイラー准尉:量産型ガンキャノン(試作型)

第3小隊
欠番部隊

第4小隊
クラーク・ウィルソン中尉:ジムB型
アニタ・ディアモンテ曹長:ジムB型
アクセル・ボンゴ曹長:ジムスナイパーⅡ

第5小隊
クリスチーナ・マッケンジー大尉:ジムコマンドカスタム
セイラ・マス兵長:ジムコマンド
ハヤト・コバヤシ兵長:量産型ガンキャノン

第6小隊
スレッガー・ロウ中尉:Gファイター宇宙用簡易量産型
リュウ・ホセイ曹長:Gファイター宇宙用簡易量産型
エリス・クロード准尉:GファイターWB隊改修機

第7小隊
レイチェル・ランサム特務曹長:ジムスナイパーⅡ(オーガスタ改造機)
カチュア・リィス特務伍長:ジムスナイパーⅡ(オーガスタ改造機)
シス・ミッドヴィル特務伍長:ジムスナイパーⅡ(オーガスタ改造機)


各機体の詳細設定はまたいずれ。


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64.0079/12/04

コロニーにも夜は来る。熱量まで擬似的に再現された中心部の発光装置が光量を落とすと、代わりに街の灯りが輝き出す。それは他の地域では失われた平和な光景だった。行き交う人々の表情にもどこか余裕が見て取れる。それはそうだろう。無重力や真空という条件下での製造が要求される工業製品は既に必需品であり、それの生産能力を持っていたサイドの大半が壊滅した今、地球連邦は入手先が月面とルナツー、そしてこのサイド6だけとなっている。ジオンにしても元々は1サイドであり、その生産能力は有限だ。結果双方ともに軍需を最優先した結果、戦争協力に当たらないとして民間向けの製品をサイド6から大量に仕入れている。そんな戦争特需はサイド6市民の懐を大いに潤し、気の大きくなった市民は優秀な消費者として内需を拡大する。経済における循環と成長の前に、誰もが世界の情勢は自らと関係のないものと心のどこかで考えていた。この日までは。

 

「なんだぁ!?」

 

「も、MS!?なんでコロニーにMSが!?」

 

轟音を伴って4機のMSがパルダコロニーの内部を飛翔する。向かう先は連邦軍の艦艇が停泊する宇宙港だ。

 

「連邦軍に早く連絡を!」

 

通信室に飛び込んだカムラン・ブルームはオペレーターにそう叫ぶ。コロニー内への未認可なMSの持ち込み。しかも明らかに武装したそれが、連邦軍を襲撃するために移動している。この事実を早急に伝えるべく行動を起こしたカムランだったが、港湾局員の反応は鈍かった。

 

「いや、しかしまだ襲撃と決まったわけでは…」

 

そう言ってオペレーターはごねる。理由は簡単だ、未だに宇宙における優位性はジオンが確保していると考えられている状況で、奇襲を仕掛けるジオンの情報を連邦に渡すことは利敵行為になるし、襲撃を知らせれば連邦軍は迎撃するであろうから、最悪コロニー内で戦闘が発生する。その発端となる事を彼は厭うているのだ。

 

「先に違反しているのはジオンなんだぞ!?」

 

「けれどあの機体が未認可かもまだ確認が取れていませんし」

 

パルダコロニー内にはジオンの施設が存在しており、そこでは作業用のMSが使用されている。施設自体は別のコロニーに連邦も持っているため見逃されているが、持ち込まれているものが戦闘用となれば話は全く変わってくる。

 

「カムラン監査官。余計なことをすれば我々にも火の粉が降りかかります。どちらかに肩入れするのはサイド6の中立性に疑心を持たれる事になりかねません」

 

ジオンと連邦が勝手にやったこと、そう処理すれば良い。連邦の艦が沈んだところで、サイド6側に不手際は無く、あくまでジオンが問題行動を起こしたに過ぎない。被害に遭った連邦兵には哀悼の意を表し、ジオンには然るべきペナルティーを要求する。そうすれば明日もまたサイド6は中立地帯として我が世の春を謳歌出来る。オペレーターの目はそう語っていた。故にカムランは無言で行動を起こす。

 

「なっ!?カムラン監査官!?」

 

オペレーターの胸ぐらを掴むと、カムランは彼を席から引き剥がす。そして通信席に座ると機材を操作して口を開く。

 

「ホワイトベース!連邦軍聞こえるか!?コロニー内からジオンが攻めてくる!繰り返す、ジオンが攻めてくる!MSでだ!」

 

専門家ではないカムランは連邦軍への個別回線など開けない。だから彼は知っている公共回線でそう叫んだ。その行動にオペレーターは顔を青ざめさせる。サイド6は中立地帯であるから、当然ミノフスキー粒子の散布も認められていない。つまりそれは、今の通信をジオン側にも聞かれたと言うことだ。床に座り込んでいたオペレーターは慌てて立ち上がるとカムランに掴み掛かり、怒声を発した。

 

「馬鹿野郎!サイド6を戦場にするつもりか!?」

 

そんな彼にカムランは負けない声で言い返す。

 

「寝ぼけるな!ここはもう戦場だ!」

 

その言葉に通信室が一瞬静まりかえる。その隙にカムランはオペレーターの腕を振り払うと、もう一度大声で宣言する。

 

「武装したジオンのMSが連邦の艦を襲おうとしている!ジオンはもうここを中立だなんて思っちゃいない!そして被害が出れば連邦だって躊躇わないぞ!そうなればどっちつかずをやっていたサイド6に誰が遠慮なんてするものか!」

 

進駐、保護。双方が都合の良い言葉を並べ立てて、サイド6を占領するだろう。そうなれば今までのツケを清算させるべく動くことは明白だ。

 

「今日までサイド6は平和だった。でも今からは違う」

 

「だ、だとしても、だとしてもだぞ。これじゃ俺達は連邦に付いた事になっちまうんじゃないのか?」

 

恐怖のためか、泣きそうな声音でそう聞いているオペレーターに、カムランは自身も震える声で応じる。それはサイド6の命運を決めてしまった事への恐怖からだ。だがそれでも彼は言い放つ。

 

「開戦初頭でジオンが何をしたのか忘れたのか?連中なら守り切れずに連邦に占領されてしまうならサイド6など吹き飛ばしてしまえと考えるに決まっているさ。あいつらは自分達に賛同しなかった人間のことなんて、自分達のパイに集る虫くらいにしか考えていないだろうからね。都合が悪くなれば我々との約束を平気で破ってみせるのが良い証拠だ」

 

その言葉に反論の声を上げる者は居なかった。

 

 

 

 

「外で直ぐに戦闘になる可能性がある!MS隊の発進を急がせろ!」

 

「係留索解除確認!」

 

「サフラン及びシスコより入電!ワレ、出港可能!」

 

矢継ぎ早に上がってくる報告を処理しながらブライト・ノア少佐は命令を下す。

 

「よし、ホワイトベース緊急発進!両艦の前衛につけ!」

 

「良いんですか?」

 

横に立っていたワッツ大尉がそう聞いてくる。ホワイトベースの保全を考えるならば、サラミスを先行させた方が良い。それは冷たい戦場の方程式だ。戦力的価値で言えば、ホワイトベースはサラミスよりも遙かに重要なのだから。しかしその問いかけにブライトは頭を振る。

 

「MSに待ち構えられればサラミスでは厳しい。前衛を展開出来る本艦が先行すべきだ」

 

「了解です」

 

彼の言葉にワッツ大尉は苦笑しつつ帽子の位置を整えると、大きな声で復唱した。

 

「ホワイトベース緊急発進!前衛につけ!MS隊の展開急がせろ!」

 

「H101及びH401発進!続いてH102、H402発進位置へ!」

 

ゲートを潜るよりも速く、カタパルトからMSが飛び出していく。ホワイトベースもメガ粒子砲や機銃を展開し戦闘態勢に移行する。発砲禁止のテープを剥がす暇が無かったなどと、ブライトはついどうでも良い事を考えてしまった。その間にもMS隊は次々と発進し防衛線を構築する。

 

「港湾内で爆発光を確認!」

 

「グレイファントムより通信!ワレ敵襲ヲ受ク、迎撃セリ!」

 

その言葉を聞いて、ブライトは即座に命令を出した。

 

「聞いたな!?全兵装自由!MS隊は直ちに迎撃行動に移れ!ミノフスキー粒子戦闘濃度散布!」

 

ジオンの艦隊がサイド6の領域ギリギリで待ち構えていることは解っていた。当初はこちらが領域を出た瞬間に殴りかかってくる腹づもりだと推測していたが、敵はどうやらなりふり構わずにこちらを沈めるつもりのようだった。それに対してお行儀良くしているほどブライトは人間が出来ていなかった。

 

「MS隊が敵と交戦を開始しました!」

 

「1番2番主砲、前方のムサイを照準!当てていけ!」

 

ホワイトベースはジャブローで改装を受けた際に船体中央区画にあった格納庫とサブブリッジを撤去、その代わりとしてマゼラン級と同様の主砲を2基装備していた。両舷に装備されたものと合わせて4基8門のメガ粒子砲が連続してビームを放つ。戦艦と同等の砲火力に晒されたムサイは慌てて回避行動に移るが、それはあまりにも遅すぎた。

 

「命中!ムサイ轟沈します!」

 

「まだだ!続けて回頭中のムサイを撃て!」

 

そう言ってブライトは砲撃の継続を指示する。確認されている敵艦はチベ級が2隻にムサイ級が4隻、数の上ではこちらの倍である。散開されて砲戦を挑まれれば不利であることを十分承知している彼は積極的に攻撃を行い主導権を握ることで、それを補おうと考えたのだ。

 

「MS隊の状況は?」

 

「現在敵MS部隊と交戦中!優勢です!」

 

敵部隊の中心に位置していたために、チベ級2隻とホワイトベースの間では両軍のMS隊がぶつかり合っている。しかしその内容は既にこちら側へ傾きつつあり、敵のMS隊は突破を阻止するべく防御的な行動に始終している。だがそれも時間の問題であるようにブライトは思えた。

 

「味方が突破すればチベも砲撃を開始する。それまでにムサイを叩け!」

 

その命令に呼応するように僚艦のサラミスも猛然と射撃を行う。戦場は急速に連邦の勝利へ傾きつつあった。

 

 

 

 

外での戦闘が過熱する中、宇宙港の中では一つの戦闘が終わろうとしていた。

 

「ば、け、もの、めっ」

 

洪水のように警告音が鳴り響くコックピットの中で、ハーディ・シュタイナー大尉は目の前の敵を毒づいた。

 

(無茶な作戦で部下を失う。典型的な無能だな、俺は)

 

サイド6は保身のために沈黙を保つ。そんな根拠のない前提はあっさりと崩れ、停泊中だった連邦の艦には殆ど逃げられてしまった。残っていたのは殿を務めるべく意図的に残ったのであろう1隻のみ。奇襲効果は殆ど得られなかったが、それでも初撃は悪くなかった。先制で量産機2機を撃墜した彼等は、そのまま母艦に攻撃を仕掛けようとした。そこで現れたのが目の前の機体だ。白と翡翠色に彩色されたそのMSは、アンディとガルシアの機体を瞬く間に切り伏せると、ミーシャの乗るケンプファーに肉薄、コックピットへ正確に腕のガトリングを撃ち込み沈黙させる。ハーディ自身も慌ててビームサーベルを抜いた瞬間には両手足を切り飛ばされて床に転がされていた。

 

「失敗か。だが、只では死ねん!」

 

こちらを無力化したつもりなのだろう、敵が視線を湾外に向けている事を見て取ったハーディは最後の足掻きとして母艦への体当たりを決心すると、素早く操縦桿を操作する。それが彼の運命を決定付けた。機体が動き出すより速くコックピットに突き込まれたビームサーベルによって、彼は一瞬で蒸発する。操縦者を失った彼の乗機は脱力しその場で動きを止めた。そうしてサイクロプス隊による襲撃はあっけなく終わることになったのだった。




以下作者の自慰設定

ホワイトベース0079後期改修型
サイド7における偶発的戦闘からジャブロー到着までにホワイトベースは様々な戦訓を連邦軍に齎し、これらのデータは後に続く姉妹艦に反映されることとなった。
彼女自身もジャブロー到着後、損傷の修復と同時に改装が施される事となり、その艦影を大幅に変更する事になる。それは交戦経験のあるジオンの部隊ですら別艦と誤認する程であった。
主な変更点としては格納庫・推進器の換装、そして主砲の変更増設である。格納庫・推進器は準同型艦となるペガサス級5番艦のものが流用されている。それに伴い同艦は解体され部品として転用されたため、同時期に建造されていたグレイファントムが5番艦として就役した。この改装により搭載機数は12機から18機に増加、大型化したにもかかわらず推力の増加により速力、加速性共に改装前と同等の数値を維持している。
また、艦中央区画に存在したサブブリッジと中央格納庫を撤去。MSを運搬可能な連絡路を設置すると同時に、マゼラン級と同様の主砲を2基装備している。総合的な性能は向上しているが、一方でカタパルトと格納庫が完全に分離したことでMS部隊の展開には改装前よりも時間がかかるなど、一部性能の低下も見られた。
同艦は姉妹艦であるグレイファントムと共に第13独立部隊の中核として一年戦争を戦い抜く事となる。


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65.0079/12/04

「ミノフスキー粒子、戦闘濃度に上昇!」

 

「ふむ、サイクロプス共は失敗したか、MS隊を前進させろ、ゲートを潜る前に包囲して叩け」

 

平然とそう指示を出す将校を見て、コンスコン少将は思わず口を開いた。

 

「まて、キリング中佐。連中はまだサイド6の領域内に居る、包囲はともかく攻撃は不味いだろう」

 

その言葉をキリング中佐は鼻で笑った。

 

「今更ですよ。既に特殊部隊がMSで襲撃を掛けています」

 

その言葉にコンスコンは愕然とした。

 

「MSによる襲撃だと!?そんな話は聞いていない!」

 

「おや?事前に説明したではないですか、コマンドによる破壊工作を行うと」

 

「詭弁を弄するな!MSでの攻撃が破壊工作だと!?」

 

そう怒声を発すれば、キリング中佐は忌々しげに睨み付けてくる。

 

「立場をわきまえて頂きたいですな。この作戦は突撃機動軍主体で行っているものです。貴方方はドズル中将が是非にと言うから組み込まれているのです。命令に従えないというなら不服従で拘束も出来るのですよ」

 

そう言ってキリング中佐は皮肉気に頬を歪める。

 

「それに連中もやる気のようです。半端な対応は損害を助長するだけですよ」

 

二人のやりとりに戸惑いながらも、オペレーターはMS隊に前進の指示を出す。2艦隊から合わせて20機ものMSが投入されるその様子は、見る者に一方的な蹂躙を予想させた。キリング中佐が嗜虐的な笑みを浮かべ、更に指示を出す。

 

「ミノフスキー粒子を散布。ムサイは前進し敵艦を包囲、砲戦で仕留めろ」

 

優勢を確信していたその言葉は、しかし直後に発せられたオペレーターの悲鳴のような報告で乱される。

 

「敵艦発砲!ヴァルキューレに命中!し、沈みます!!」

 

「何!?」

 

ゲートを潜った直後の敵艦からの砲撃。事前情報では巡洋艦クラスと評価されていたはずの砲は戦艦と同等の火力と射程をもって艦隊を襲った。そして更なる凶報が届けられる。

 

「も、MS隊が押されています!?」

 

「馬鹿な!敵はこちらの半分だぞ!?」

 

オペレーターの報告をキリング中佐が取り乱しながら否定するが、それで現実が変われば苦労はない。彼等が混乱している間にも友軍機は次々と撃墜され数を減らしていく。

 

「MS隊に後退するよう指示を出せ。本艦とグラーフツェッペリンの防空圏に誘導、連携して迎撃を試みる」

 

「勝手な真似をするな!指揮官は私だ!」

 

見かねたコンスコンがそう指示を出すとキリング中佐が喚き立てた。それに対しコンスコンは負けじと怒鳴り返す。

 

「このままではMS隊は全滅だ!丸裸になった艦隊の末路を知らんとは言わせんぞ!」

 

その言葉に青筋を浮かべながら頬を引きつらせたキリング中佐は震える手で眼鏡の位置を直すと、怒りに震える声で命令を下す。

 

「砲撃準備、敵MSに対し主砲による攻撃を実施。それから例のザクを発進させろ」

 

「なっ!?巫山戯るな!まだ味方が居るんだぞ!」

 

「だから残っている内に仕留めるのでしょう?これ以上の口出しは遠慮して頂く!」

 

そう言ってキリング中佐は腰から引き抜いた拳銃をコンスコンに突きつけてくる。理解しがたい状況に艦橋が支配されるが、キリング中佐の部下達が同じように銃を構えたことで状況は強引に動き出した。

 

「どうした、さっさと撃て!」

 

「は、はい…」

 

銃を突きつけられ、砲雷長が震える声で指示を出す。チベの一番主砲が僅かに動くとMSが戦うただ中へビームが放たれた。だが友軍機への誤射を恐れたそれは何もない空間を焼くに留まった。それを見ていたキリング中佐は砲雷長を睨め付ける。

 

「貴様、わざと外したな?」

 

「しかし、中佐殿。これ以上は友軍を誤射する危険が――」

 

彼が言い終わる前に乾いた銃声が響き、砲雷長が血をまき散らしながら吹き飛ぶ。返り血を煩わしげに払いながらキリング中佐は砲撃手に命じる。

 

「私への抗命は公国への反逆である、良く狙いたまえ。オペレーター何をしている!早くザクを出せ!」

 

その行動は遂にコンスコンの譲れぬ一線を越えた。彼は憤怒の形相でシートを蹴ると、キリング中佐に掴み掛かる。

 

「味方殺しをしておいてその台詞はなんだ!これ以上俺の艦での勝手は許さん!」

 

「ぐ、貴様っ反抗するか!?」

 

掴まれたキリング中佐もそう叫び、二人はブリッジ内でもみ合いを始めてしまう。だが勝者は直ぐに決まった。

 

「ぐぅっ!?」

 

キリング中佐の放った弾丸がコンスコンの肩を撃ち抜き、彼は苦悶の声と共に力を緩めてしまう。その間に床を蹴って距離を取ったキリング中佐は拳銃を向けながら狂気を孕んだ笑顔で叫ぶ。

 

「反逆者め!死ね!!」

 

そう言ってキリング中佐は引き金に力を込める。だが彼の拳銃から弾丸が飛び出すことはなかった。何故ならそれよりも早く艦橋を襲ったビームによって諸共に消し飛ばされてしまったからだった。

 

 

 

 

「正気かよ!?」

 

敵からの艦砲射撃を受けて俺は思わずそう叫んだ。現在MS隊は両軍入り乱れて戦っていたのだが、その領域に向けて敵艦は砲撃をしてきたのだ。航空機なんかよりも余程複雑な戦闘機動をとるMSの行動を予測して射撃を命中させるのは微調整の利かない艦砲では非常に困難であるし、何より味方が割り込まない状況を作り出さなければ誤射の危険もある。だから乱戦中に艦砲が来る場合は大抵敵機に何らかの兆候が現れるものだ。だが今回の攻撃にはそれがなかった。

 

「味方ごとかよ!実にジオンらしいじゃねえか!」

 

俺はそう吐き捨てながら、動揺で動きの鈍ったリックドムにビームを叩き込んだ。アムロ准尉の活躍もあって、当初倍近い数だった敵MSは既に半数まで数を減らしている。それでもまだ10機近い敵が残っていて油断など出来ないはずの状況だった。

 

『アレン大尉!』

 

「任せろ!!」

 

動揺から立ち直るのはこちらの方が早かった。当然だろう、敵から撃たれるのと味方から撃たれるのでは話が全く違う。そしてそんな隙を見逃してやるほど俺達は間抜けじゃない。アムロ准尉達が射撃で敵MSに回避を強要、見事に空けられた防衛線の隙間に俺は最大加速で突っ込んだ。

 

「食らいやがれ!」

 

チベ級の対空砲が起動するよりも速く艦橋を照準。右腕の連装ビームライフルを連続で叩き込む。更に機体をひねりながらもう1隻に向けてミサイルを発射しながらキャノンを放った。案の定ミサイルは迎撃されてしまうが、その爆発に紛れた砲弾は狙い通りに敵艦に突き刺さり爆発を起こした。目に見えて防空能力が低下したのを確認した俺は、艦橋を失って漂流するチベ級に止めとして左腕の対艦ミサイルを撃ち込むと、もう1隻を仕留めるべく機体を再度加速させ敵艦に肉薄する。そして連装ビームライフルのトリガーを引こうとしたその瞬間、敵艦から信号弾が打ち上げられた。白三発、降伏の合図だ。

 

「ちっ」

 

条約破りまでしておいて命乞いとは虫の良い話だ。俺は敵艦の前部甲板に機体を降ろし、銃口を艦橋へと向ける。

 

「こちらは地球連邦宇宙軍第3艦隊所属第13独立部隊。旗艦の降伏信号を確認した、即時機関を停止せよ」

 

見れば残った敵も次々と武器を手放して降伏の意思を示している。生き残ったムサイも主砲を下ろし、信号弾を上げていた。

 

『好き勝手やっといて今更降伏?調子の良い事言いやがって…』

 

そんな不穏な声が通信に響く。見ればアクセル曹長の機体が敵ムサイに向けてビームライフルを構えていた。

 

『止めなさい、アクセル曹長』

 

クラーク中尉がそう言ってアクセル曹長の射線に機体を割り込ませる。

 

『降伏すればそれまでやったことは帳消しだとでも言うんすか?』

 

『そうではありません。ですが我々は軍人です、定められた交戦規定を遵守するからこそ武器を持ち相手を殺す事を許可されています。その事を忘れてはいけません』

 

『相手は守る気なんて無いじゃないっすか!』

 

本当にな。これじゃ何のための南極条約なのか解ったもんじゃない。ジオンの連中は人類の滅亡でも望んでいるカルト集団か何かなのかとすら思えてしまう。まあ、戦争において負けないためのあらゆる手段は肯定されるなんて嘯く奴もいるが、それはまだ人類が自分達を絶滅させられない程度の武力しか持っていなかった頃の話だ。

地球を数回丸焼きにしても余りある核兵器を手にした今の人類には、その言葉は危険すぎる。

 

『自分達も同じように振る舞えば、それは相手を認めているのと同義です。私は自分の部下にギャラルホルンを吹かせるつもりはありません。命令です。銃を下ろしなさい、アクセル曹長』

 

皆が緊張する中でアクセル曹長は大きく息を吐くと、ゆっくりとビームライフルを下げてセーフティを掛ける。そして苦々しい表情で口を開いた。

 

『納得なんてしてねえし、連中を許す気なんてサラサラ起きねえ。けど、だから連中と同じになるなんざ死んでもゴメンだね』



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66.0079/12/10

世間話回。


「シンディ曹長もガストール軍曹も、とっても優しくていい人だったんですよ」

 

投降してきたジオン兵と装備を友軍に引き渡すため、俺達はまだサイド6に留まっていた。当初は哨戒艦隊程度の部隊と交代する予定だったのだが、投降してきたティベ級の艦長の発言によって状況は大きく変わってしまった。連中は核弾頭を装備したザクを用意していたのだ。万一にもルナツーまでの護送中に再奪取されたりしてはたまらないと、正規の艦隊が対応することとなったためだ。

 

「そうか」

 

パルダコロニー内の湖を眺められる公園。そこにあるベンチに座りながら、俺はララァ・スン少尉の言葉に短く返事をした。

 

「シンディ曹長はパワフルな方で、入隊する以前はアスリートだったそうです。ガストール軍曹は物理学の博士号を持ってらっしゃって、とても知的な方でした」

 

湖の水面には白鳥が泳いでいて、周囲からは月曜の昼だというのに公園で遊ぶ青年達の笑い声が聞こえてくる。

 

「実感がないんですよ。確かに死んだって、あの時二人の命が消えるのを感じたのに」

 

気温を調整されたコロニーは快適だ。暦の上では12月でも、身を竦めるような寒さはない。手の中に収まっている缶コーヒーに視線を移しながら、ララァは続ける。

 

「遺品を整理して部屋を空っぽにしたら、まるで二人が最初から居なかったみたいに思えて。あの時、確かに私、二人の死を感じた筈なのに」

 

「人の死を感じられるからって、それを全部受け止めてたら壊れちまうよ。お前さん達みたいな連中は、ちょっと鈍感なくらいで丁度良い」

 

今回の襲撃で、スカーレット隊のパイロットが2名戦死した。史実を知っている人間なら、ケンプファー4機の襲撃を受けてたったそれだけで済んだと驚くだろう。何せ本来なら彼等はたった1機のケンプファーに全滅させられるのだから。だがそんな本当の歴史を知っているのはこの世界で俺だけだし、ララァにしてみれば二人を救えなかったというそれだけが紛れもない真実だ。

 

「…ひでえ話だ」

 

俺は思わずそう呟いてしまう。宇宙世紀においてニュータイプと定義される人種は、特定の脳波を持ちサイコミュを利用できる者を指す。問題はこの脳波というのが人の魂や精神なんていうオカルトじみたものを知覚出来てしまう事だろう。そしてこの能力は人間の生存本能と密接に関わっているらしく、強いストレス環境において発現や成長する。その解りやすい一つが身近な人間の死だ。極端な話、戦争がなければ彼等はちょっと勘が良い程度のどこにでも居るただの人間として生きられたかもしれない。しかしそうしたならば特別な存在として誰かに頼られることも、助けることも出来なかっただろう。戦争があったから彼等は特別になれた。それは多くの人を救う結果にも繋がるのだろう。だが果たしてそれは彼等にとって幸福と同義なのだろうか。

 

「気休めかもしれんが、お前は二人を救えなかったんじゃない、二人以外を救ったんだ。そう考えておけ」

 

そう言って俺は缶に口をつける。合成コーヒーの味が、今日はやけに不快に感じた。

 

 

 

 

「これは?」

 

「サイド6で船舶などの補修を請け負っている民間業者の連絡先です。リーア政府としては戦争に協力できませんが、民間からの生活物資購入までは規制しておりません」

 

「随分と急な話ですね」

 

当初入港した時との落差にブライト・ノア少佐は思わず苦笑してしまった。まるでさっさと出て行けとばかりの態度だったあのやりとりからまだ1日と経っていないのにもかかわらず、今では懸命に引き留めようという魂胆が透けて見える。

 

「軍部からの強い要望がありまして。…議会も随分と傾いていますよ」

 

ジオン公国軍の攻撃は市民に強い不安と、リーア政府に対する不信を植え付けた。安全だと思っていた市内に武装したMSが現れ、更には領域内で艦隊戦まで起きたのだ。政府の謳っていた中立による安全などというものは、実のところ戦争をしている当事者達の都合次第で平然と無視される程度のものであり、その際に自らを守ってくれるはずの軍は全くの無力である事が判明したのだ。

故に彼等は考える。傍観者で居ることが許されないのなら、せめてどちらに付くのがマシだろうと。

 

「近々リーア政府からジオンに対して領域の侵入や通過を禁止するとの通達があるでしょう。まあ実効性が何処まであるかは不明ですが」

 

「それまでに多少でも点数を稼いでおきたいと言うことですか」

 

「我々はこうしなければ生き残れなかった。それは理解頂きたいですね」

 

そもそも開戦初頭で連邦軍がサイド6を防衛出来ない程負けなければ中立などと言い出さずに済んだのだ。更に遠慮無く言うならば、地球連邦政府がサイド3の手綱をしっかりと握っていればこの戦争すら起きなかったのである。それを棚に上げて卑怯者呼ばわりは許さないと、カムラン監査官は言外に言っている。

 

「情報のご提供感謝します」

 

そうブライトが礼を言うと、カムラン監査官は寂しそうに笑う。

 

「私は休日に婚約者に会いに来ただけですよ。…彼女がこの艦に乗っていなければ行動も起こさなかったでしょう」

 

それは紛れもない彼の本心だ。婚約者であるミライ・ヤシマの身を案じたからこそ、監査官としての立場を危うくしてでもホワイトベースへ連絡を入れてくれたのだ。

 

「今後は何かあればリーア政府か軍から直接連絡が入ると思います。この艦は暫くこちらに?」

 

「明確な期日はお答え出来かねますが、護送の部隊が来るまでは留まることになるかと」

 

「そうですか。…勝手な物言いですが、貴方方の航海の無事を祈っています」

 

そう言うとカムラン監査官は頭を下げて去って行く。それをもの言いたげな表情でミライ伍長が見送っているのを見たブライトは、彼女に声を掛けた。

 

「言いたいことはちゃんと言っておいた方が良い」

 

「え?あの」

 

「こんなことは艦長の俺が言うべきでは無いとは思う。だがこんな仕事だ、明日も変わらずに来るなんて保証は出来ない。だから後悔しそうな事はなるべく少ない方が良い」

 

ブライトの言葉にミライ伍長は一瞬視線を彷徨わせるが、一度頷くと艦橋から出て行った。

 

「良かったんですか?追わせちゃって」

 

「任務中だぞ、ワッツ大尉」

 

扉が閉まった途端、そう揶揄ってくる副長に、ブライトは顔を顰めながら応じる。

 

「戦場で再会する二人、ロマンス的には格好のシチュエーションですよ?」

 

ブライトがミライ伍長の事を憎からず思っている事は艦橋要員の間では公然の秘密である。そして娯楽に飢える軍人にとっては格好の話題でもあった。実に楽しそうな表情でそう聞いてくる。そんな彼にブライトは一度溜息を吐くと口を開いた。

 

「俺だって人並みに上手に生きてみたいさ。けど、簡単にそれが出来ていればこんな苦労はしていない」

 

少し寂しげにそう告げる彼を見てワッツ大尉は思った。存外頼られる事を喜ぶタイプのミライ伍長には、こうした態度の方が効果的かもしれないと。

 

 

 

 

「一機でも多くのMSが要るんだ!グラナダも守らねばならんなら、ア・バオア・クーから出して貰うほかないだろう、兄貴!」

 

モニターに向かってドズル・ザビはそう声高に訴える。しかし返ってきたのは余りにも淡泊な反応だった。

 

『送っているよ、艦隊も出撃準備を進めている。キシリア、サイド6の状況は?』

 

『艦隊の移動は確認されておりません。しかし特務部隊を含めた艦隊を容易に撃破する戦力です。安易に放置する訳にはまいりません』

 

「ふん、コンスコンに任せておけば今頃その問題も無かったろうよ」

 

ドズルが思わず漏らした愚痴にキシリア・ザビ少将が眉を僅かに動かした。

 

『その様な推測は無意味だ。キシリアは地上から回収された部隊の再編を急げ、ドズル、お前がソロモンで支えてくれればジオンは勝てる。逸る気持ちは解るが、今は為すべき事に集中しろ』

 

「戦いは数だよ兄貴!事を成せと言うなら今すぐア・バオア・クーの戦力を送ってくれたらいい。それでソロモンは盤石になる!」

 

再度そう訴えるがギレン・ザビ大将の表情は変わらず、返事もまた同様だった。

 

『だから進めていると言っている。お前もそう考えるならばもう少し大局を見て行動しろ』

 

そうコンスコン艦隊を派遣したことを咎められ、ドズルはうめき声を上げた。パトロール艦隊の生き残りからの報告で、サイド6へ向かう艦隊が、ガルマ・ザビ大佐の仇であると知ったドズルは、私怨に任せて艦隊を派遣したからだ。結果は派遣した艦隊は半数が撃破され、残りは降伏するという散々な結果だった。

 

『状況は楽観できるものではないが、悲観する程でもない。各々が正しく職務を全うすれば十分に押し返せる。以上だ』

 

そうギレン大将は言い通信が切られる。何も映し出さなくなったモニターを前にして、ドズルは力任せに机を殴りつけた。

 

「その為の手が足りないというのが何故解らん!」

 

開戦以降ドズルは前線に立って戦ってきた。だがそれ故にジオン公国内において、最も消耗した派閥でもあった。矢面に立ち続けた宇宙攻撃軍の質は開戦当初に比べ大幅に低下していた。加えてソロモンの守りに就いて以降は主導していた筈のMS開発や艦艇の差配と言った要職からいつの間にか外されており、宇宙攻撃軍の装備は突撃機動軍に比べ些か見劣りする状況であった。

 

「兄貴達はソロモンを捨て石にするつもりか?」

 

既に次期主力機の生産は始まっていると言うのに、ソロモンへ配備するという連絡は無い。おかげで未だに防衛の主力はザクであり、精鋭に回せるのもリックドムと言う状況だった。更にそのなけなしのリックドムを預けたコンスコン艦隊が壊滅した事で、ソロモンは数字以上の損失を受けている。しかしそれをどうにかする手段を彼は持ち合わせていなかった。政治は自分の領分ではないと切り捨てて来た事が、この喫緊の状況において浮き彫りとなったのだ。

 

「…万一に備える必要があるか」

 

負けるつもりなどは毛頭無い。しかし戦いに絶対がないことくらいは彼も理解していた。そしてこのまま時間が過ぎれば、次の戦いが極めて困難な物になることは明白だった。

 

「ラコック、済まんがここを任せる」

 

決心したドズルは副官にそう告げると執務室を後にする。戦いの前の憂いを、少しでも減らすために。



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67.0079/12/22

ちょっと難産なう。


第3艦隊と合流した俺達第13独立部隊は宇宙要塞ソロモン攻略の先鋒を務めることになった。状況からして作戦の内容は俺の知っている歴史と変わらないだろう。

 

『なんだい、あのミサイルを抱えた不細工なのは?』

 

「パブリクだよ、旧式の突撃艇だな」

 

『突撃艇って、要塞相手にかい?こりゃハードになりそうだ』

 

俺がそう答えると、カイ軍曹は顔を顰めながらそう漏らした。実際ソロモン攻略戦、通称チェンバロ作戦は一年戦争における激戦の一つだ。この戦闘でジオンはソロモンの失陥とザビ家三男、ドズル・ザビを失う。連邦も無傷とはいかず、第2連合艦隊を率いていたティアンム中将が戦死、投入された艦隊も2つが壊滅するなどの被害を受けた。件のパブリクも投入された半数以上が未帰還ないし損傷放棄という大損害を受けたはずだ。

 

「それなりに覚悟はしておく必要があるだろうな。特にキャノン隊は責任重大だぞ」

 

『脅かさないで下さいよ、アレン大尉』

 

そう口を挟んで来たのはジョブ・ジョン少尉だ。だが残念、脅しでもなんでもねえんだなこれが。

 

「ジョブ少尉、悪いがこりゃ大真面目な話だ」

 

そう言って俺は今後の想定を口にする。

 

「パブリク突撃艇だが、要塞を攻略しようって言うなら明らかに数が足りん。核でもなけりゃ、1000発撃ち込んだ所で足りないだろう。となればあれは攻撃用じゃない可能性が高い」

 

『攻撃用じゃなきゃ何なんです?』

 

「大方ビーム撹乱幕だろう。要塞のビーム砲を無力化出来れば迎撃に使えるのは命中精度がお察しのミサイルだけになるし、防御砲火の密度だって段違いに下がる。後は艦艇の砲撃で砲台を潰しつつMS隊が揚陸して制圧ってところじゃないか?」

 

『それと俺達が責任重大ってのはどう繋がるんです?』

 

カイの質問に答えたのはニキ・テイラー准尉だ。

 

『揚陸しての要塞攻略となれば、MSは出来るだけ温存する必要があります。そうなれば接近するまでの段階は艦隊による制圧射撃ありきで作戦は進むでしょう。ですがビーム攪乱幕は敵だけではなくこちらのビームも無力化してしまいます。つまり迎撃に出てくるMSを効率的に迎撃出来ないと言うことですね』

 

ジオンからすれば、要塞防衛のためにはこちらの艦隊を撃破する必要があるから、要塞砲による迎撃が困難になれば、次に打てる手はMSによる攻撃だ。ビーム攪乱幕は時間と共に減衰してしまうが、それでも確実性を考えれば実弾兵器で戦う事が望ましい。もちろん他の機体もバズーカやマシンガンといった実弾兵器で武装できるが、機体に固定火器を持つガンキャノンが継戦能力で言えば最も優秀だ。

 

「そういうこと、だから足りない防空をMSが補ってやる必要がある。多分ウチの部隊はそうした直掩に回されるだろうが、特にお前さん達は頼りにされるだろうって事さ」

 

『うへぇ』

 

「まあ要塞内に突入するよりはまだ楽な仕事さ、トラップ山盛りでがっちり守っている陣地に突入なんて、言葉面だけでもぞっとせんだろう?」

 

そう俺は気休めを言った。だってそうだろう?史実では陽動部隊と言いながら、第3艦隊のMS部隊はソーラシステムの攻撃後に要塞へ一番乗りを果たしている。日数や現段階で第2連合艦隊が合流していない所からして、恐らくこの世界でも作戦の概要は大筋では変わらないだろう。だとすれば史実よりも精強で数の多い俺達が先鋒としてソロモン要塞に投げつけられるというのは十分起こり得る事態だ。

 

「まあどうなるかは上の判断次第だがな。精々ブライト少佐達が上手くやってくれることを祈っておこう」

 

そんな事はあり得ないと思いつつも、俺はそう言わずにはいられなかった。

 

 

 

 

「お久しぶりです。ワッケイン司令」

 

「司令は止してくれ、ご苦労だったなブライト少佐」

 

第3艦隊旗艦マゼランの艦橋でブライト・ノア少佐は艦隊司令であるワッケイン少将へ挨拶をしていた。隣に並ぶローランド・ブライリー中佐は二人のやりとりを興味深そうに観察している。それを見てワッケイン少将は一度咳払いをすると、表情を改めて口を開く。

 

「さて、旧交を温めると言いたい所だが、先ずは我々の今後について話さねばなるまい」

 

そう言って彼は端末を操作し、足下のモニターを起動する。

 

「既に承知のことと思うが、現在我々はサイド4の残骸を盾にしつつ、ソロモンへ向かっている」

 

「ソロモンを落とすには、些か厳しい数に思いますが」

 

ローランド中佐がモニターを凝視しながらそう忌憚のない意見を口にする。それについてはブライトも同意見だった。総数200を超える大艦隊と言えば威勢は良いがその内訳の大半はパブリク突撃艇であり、マゼラン級は旗艦を含めて4隻。主力になるはずのサラミス級でも24隻という陣容だ。これ以外にコロンブス級が30隻いるが、これらはMSの輸送を目的とした改装空母であるから戦力には数えられない。少なくともMS戦力がホワイトベースとグレイファントムのみではない事は好材料であるが、そうであっても敵の要塞を落とそうと言うのなら物足りない数である。

 

「中佐の懸念は尤もだ。そして連邦軍もその様な無茶を言う組織ではない。ソロモン攻略の主力は我々とは別に居る」

 

少将が更に端末を操作すると、第3艦隊とは別の航路がモニターに表示される。

 

「ティアンム中将率いる第2連合艦隊本隊が今回の作戦における主力となる。我々が敵の目を引き付けている間に本隊が対要塞兵器を使用、ソロモンに決定的打撃を与える作戦だ」

 

「つまり我々は囮と言うわけですか」

 

ブライトの言葉にワッケイン少将が頷く。

 

「そうだ。詳細は伏せるが、対要塞兵器は機動性に難がある。だから使用までに敵守備隊に察知されるわけにはいかんのだ」

 

「我々、というよりはホワイトベースはジオンの恨みを随分買っておりますからな。適任と言うわけですか」

 

「その意図が無いとは言わん。この作戦は失敗する訳にはいかんからな。だが確実に敵を誘引するためにも、我々が本気であると見せねばならん。その為の諸君であると私は考えている」

 

その言葉にブライトは納得せざるを得なかった。ホワイトベース隊は連邦軍内で最もMSによる戦闘経験を積んでいる部隊である。その上で搭載する機体をMSで完全充足させた希有な部隊でもある。オデッサの反攻作戦以前から連邦軍はMSの量産に着手してはいたものの、宇宙軍全ての機動戦力を置き換えるには全く足りていないというのが実情だ。充足した小隊などはごく一部であり、MSが2機もあれば良い方で大半の部隊は隊長機のみ、悪ければ全機がボールと呼ばれる戦闘用ポッドで構成されている部隊まである。MS部隊などと威勢の良い名称をつけられているが、内容は大半がボールと言うのが今の連邦宇宙軍の実情である。

 

「最善を尽くします」

 

そう言ってブライトが敬礼をすると、ワッケイン少将は頷きながら笑った。

 

「男子三日会わざればとは正にこの事だな。一端の指揮官の面構えだ」

 

「いえ、自分など皆に助けられてばかりです。本来ならば、この階級すら重すぎます」

 

そのブライトの物言いにローランド中佐がすかさずフォローを入れる。

 

「階級だけの男なんて誰が助けてくれるものか。少佐が彼等を信頼するように、彼等もまた少佐を信頼していると言うことだ。だから胸を張っていろ、艦長が自分を卑下するというのは、自分のクルーも卑下しているのと同じだぞ」

 

「はい、すみませんローランド中佐」

 

ブライトが素直にそう答えれば、今度こそ二人は声を出して笑う。それが一頻り続き空気が和んだところでワッケイン少将が再び口を開く。

 

「さて、話題は尽きんがそろそろ目の前の問題を片付けるとしよう」

 

ブライトとローランド中佐は彼の言葉に居住まいを正した。

 

「先程も話したが、我々の任務は敵守備部隊の陽動になる。このまま本隊より先行しつつサイド4の残骸を盾にソロモンへ接近、攻撃を仕掛ける」

 

説明中にモニターの画像が切り替わり、パブリクのモデルが表示される。

 

「明日1800時に攻撃を開始、まずパブリクによる突撃を実施、ビーム攪乱幕を展開し敵要塞砲を無力化。その後本艦を含む全艦隊で前進し防衛部隊へ砲撃を仕掛ける。この際MS隊を出撃させ艦隊の直掩及び艦隊前面に展開しパブリクの後退支援を行う。パブリクは後退後半数は対艦ミサイルに換装し反復出撃、ビーム攪乱幕を維持しつつ、敵艦の排除を行う。MS隊はこれを支援、迎撃に出るであろうMSの排除を行う」

 

更にモニターの画像が替わり、今度はソロモン要塞が映し出される。

 

「偵察情報によれば要塞は資源惑星の残骸を利用した衛星ミサイルを配置している。要塞に接近しすぎるとビーム攪乱幕の影響を受けて迎撃が困難になるだろう、各艦はそれを留意しつつ慎重に行動するように。また、こちらを迎撃するために敵部隊が突撃を仕掛けてくる可能性も高い」

 

そう言うとワッケイン少将は肩を竦めた。

 

「まあそれこそが我々の狙いなのだが、そこで沈められては話にならん。MS隊との連携を密に迎撃に当たれ」

 

「要塞表面への攻撃は?」

 

ローランド中佐がそう質問すると、ワッケイン少将はそちらへ向き直りながら答える。

 

「基本的には反復出撃するパブリクに任せる。我々は余力があればと言うところだ。攪乱幕展開から15分後に本隊が対要塞兵器を使用する。故に要塞への攻撃は最低限こちらの陽動の意図が露見しない程度で良い」

 

モニターが消えブライトが顔を上げると、ワッケイン少将は真剣な表情でこちらを見つめながら口を開く。

 

「対要塞兵器使用後は本隊から突入部隊が発進する。つまり我々はビーム攪乱幕展開から15分の間敵を引き付ければ良い」

 

「15分、ですか」

 

「そうだ。本隊と突入部隊が露見すれば、連中もそちらが主攻だと理解するだろう。後はそれでもこちらに突っかかってくる敵を排除しつつ本隊を支援すれば任務完了だ」

 

ワッケイン少将の言葉をブライトは吟味する。提示されている内容はどれも簡単ではないが、さりとて無茶無謀と思える程のものではない。だと言うのに嫌な予感が晴れないのは恐らくアレン大尉のせいだろうと彼は考えた。

 

(久しぶりに見た何時ものアレン大尉、か)

 

第3艦隊との合流後、アレン大尉は自機や部隊の装備について細かく注文を出している。その様子を見て彼と長い付き合いであるレイ大尉や整備班のロスマン少尉などは、苦笑しつつも言われた通りに準備をしていた。

 

「大尉の嫌な予感は、何というかよく当たる」

 

ホワイトベースの転機となったサイド7における戦闘。もしあの時アレン大尉が進言していなければ、あの時点で部隊は全滅していてもおかしくなかった。そう評される彼が、また嫌な予感を感じている。それがどうにもブライトには気にかかる。

 

「どうかしたのか、少佐?」

 

「あ、はい。いいえ、問題ありません、少将」

 

そう言いつつも、ブライトは戻り次第アレン大尉と相談することを決めた。



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68.0079/12/23

流石にソロモンはナレ死しません。


「ブリーフィングでも確認したがもう一度だ。俺達の任務は陽動、つまりソロモン守備部隊の誘引だ。MS隊は大まかに2部隊に分かれる。パブリク突撃艇を支援する前衛部隊、それと艦隊の防衛に当たる直掩部隊だ」

 

慣れ親しんだコンソールを操作しつつ俺はそう説明を繰り返す。

 

「艦隊直掩部隊の指揮はコリンズ大尉が執ってくれる、次席はマッケンジー大尉だ。前衛は俺、次席がウェンライト中尉になる。ロウ中尉、Gファイター隊は任意に遊撃。ビーム攪乱幕の減衰時間には十分注意すること」

 

年上でてっきり先任だと思っていたコリンズ大尉は、なんと俺よりも後に任官していた。と言っても俺がオデッサ作戦で、コリンズ大尉が俺達がジャブローに着いた頃だから誤差みたいなもんである。だから年齢上なんですしここは年功序列ってことでって提案したらとても良い笑顔で拒否られた。曰く、

 

「アレン大尉じゃねぇと姫さんが言うこと聞かん。頑張れ先任」

 

だそうである。俺の話も聞かない気がするんですけど、どうなんですかね?

 

「アムロ准尉はララァ少尉とペアだ。ビーム攪乱幕が展開され次第好きにして良し。ああ、ただソロモンには近づきすぎるな。対要塞兵器がどんなものかは解らんが巻き込まれたらつまらんからな」

 

前衛として出撃するのはホワイトベースから第1小隊と第7小隊、グレイファントムからはウェンライト中尉の率いている第9小隊とララァ・スン少尉の第12小隊だ。増強大隊規模の中から1個中隊と考えれば少々数が少なく感じるが、これはパブリクの護衛よりも艦隊の防衛が優先されるためだ。と言うよりもパブリクの加速はMSよりも遙かに優れているため、護衛しようにも随伴するにはこちらが先に加速する必要がある。更に搭載している推進剤の量もあちらが遙かに上だから、護衛しようとするならばこちらに速度を合わせて貰う必要が出てきてしまうのだ。加速性はともかく運動性はお察しの突撃艇に速度を落とせなどというのは、それこそ死ねと言っているも同義だ。結果それなりに速度の出るMSを選抜して、退避してくる彼等の殿を受け持つという方向で落ち着いた。

 

「質問は無いな?では出撃だ。バーニアは噴かすなよ」

 

カタパルトからの射出のみ、噴射光を出さずにAMBACだけで姿勢を整える。視線を要塞方向へ向ければ、200隻のパブリクが隊列を組んで突撃命令を待っていた。

 

『宜しくお願いします。大尉』

 

『パブリクの盾にはならんでくださいよ、大尉』

 

グレイファントムから出撃したジムスナイパーⅡ2機が近づいてきて、パイロット達がそう口々に言ってくる。ウェンライト中尉とフェン少尉だ。同じ小隊のランディ少尉は今回も留守番らしい。まあキャノンは遅いからな。

 

「大丈夫だ、今回はフルアーマーだからな」

 

『二人はするなって言ってるのですよ、解らないんですか?馬鹿なんですか?』

 

拝啓コリンズ大尉。ララァ少尉の毒舌が凄いです。これ絶対上官とか思ってないヤツですよ?

 

「ジョークってヤツだ。心配するな、馬鹿はしないさ」

 

極力な。

 

『大尉、集合しました』

 

馬鹿な話をしている間に、アムロ准尉と第7小隊の3人も上がってくる。ガンダムが3機にジムスナイパーⅡが5機。外伝作品でもお目にかかれないような豪華な顔ぶれで出撃の時を待つ。

 

『諸君達は15分だけ持ちこたえれば良いんだ。その間に本隊が対要塞兵器を使用する』

 

『攻撃開始。マイナス8。パブリク各機、3、2、1、0、発進!』

 

ワッケイン少将の念押しのような通信の後、オペレーターのフラウ一等兵がそうカウントを読み上げた。同時に表示されていたタイマーがゼロを通り過ぎて時間を刻み始める。その先の虚空では、巡行用のブースターを切り離したパブリクが一斉にソロモンへ向けて突撃を開始した。

 

「よし、俺達も前進する!」

 

そう宣言して俺はバーニアを噴かす。周囲に展開していた前衛班の機体も次々に加速を始めた。

 

『これは…』

 

パブリクの突撃を察知したのだろう。要塞表面が無数の光を放ち、遅れてビームの線が真空を走る。そしてその光が消えるより先に、幾つかの火球が生まれた。それがパブリクの爆発光である事は誰の目にも明らかだ。

 

「作戦通りだ!」

 

俺は敢えてそう叫んだ。この部隊は今まで散々矢面に立って戦ってきた。味方とは守る相手であって、盾にする存在じゃない。そして何よりもこいつらは良い奴らばかりだから、安全な場所から味方の損害が出るのを黙ってみている事に強い憤りを感じている。特にアムロ准尉やララァ少尉は人の死を感じられる分負担が大きい。だからそこから少しでも気を逸らしてやらなければ、多分彼等は耐えかねて暴走してしまう。

 

「もうすぐ帰ってくるぞ!全機前進!パブリクのケツを守れ!!」

 

言っている間にもM弾頭、ビーム攪乱幕展開用のミサイルを発射したパブリクが大きな弧を描いて離脱に移る。減速するその瞬間を狙ってパブリクへガトル宇宙戦闘機が殺到するのを見た俺は、咄嗟にバルカンを放った。

 

「迎撃しろ!」

 

命じるよりも早く第7小隊の3人が更に距離を詰めてバルカンを放つ。MSの武装としては貧弱な頭部のバルカンも旧式の戦闘機には十分過ぎる脅威だ。事実真っ先に食いついていた3機のガトルは即座に火線に絡め取られて爆発する。

 

『MS!?味方か!』

 

『助かった!支援感謝する!』

 

「そのまま突っ走れ!ララァ少尉!」

 

『はい、大尉!』

 

パブリクは横隊を組んで突撃した為に、ミサイル発射後左右に分かれて離脱していた。俺は向かって左側のパブリク部隊の後方を占位しつつ、逆方向に向かったパブリクの支援をララァ少尉に命じる。いや、実際には声を掛けただけなのだが、それだけで察してくれたララァ少尉とアムロ准尉が即座に移動を開始してくれたのだ。

 

「来るぞ!ここからだ!」

 

言いながら俺は左手に持っているビームサーベルを一度だけ起動する。刀身が散ること無く形成されるのを確認してそれを一度振るった。それだけで察しの良い皆は理解し、ビームライフルを構える。

 

「撃て!」

 

俺もガンダムに連装ビームライフルを構えさせると、押っ取り刀で飛び出してきたザクに向かってトリガーを引いた。ビーム攪乱幕の厄介な所は、効果範囲やその効果がセンサーで確認出来ない事だ。撃った側の俺達は展開範囲と発射時間から大凡の予測範囲が戦術マップに記載されるが、ジオンはそうはいかない。追撃に出ていた連中の先鋒は既に範囲外に飛び出していたのだ。

 

『今更遅いぞ!』

 

『このっ!』

 

『いっちゃえ!』

 

『邪魔っ』

 

ウェンライト中尉がそう言い放ち、釣られるように7小隊の3人も口々に叫びながらビームを放つ。ザクは慌てて回避行動に移るが、その先には俺とフェン少尉が狙いをつけていた。

 

「甘いんだよ!」

 

『1機!』

 

強引な運動によって動きの鈍ったザクはビームに腹を撃ち抜かれて大爆発を起こす。他の機体も4人の射撃によって回避を強要されていて攻めあぐねている。馬鹿共が、そういう時は味方と合流して数で押すんだよ。

 

「レイチェル!スイッチ!!」

 

言いながら俺は使用する武装を素早く切り替える。脚部とバックパックに装備されたミサイルポッドがすぐさま起動し、アイリンクシステムを通して即座にロックされた敵機に向かってミサイルが放たれる。突然のミサイルに対応を強制された敵機は、ほんの少しだけ動きが単調になる。普通のパイロット相手では隙とも言えない僅かなもの。けれど特別に訓練され、アムロ准尉やララァ少尉に扱かれた彼女達には十分過ぎる隙だった。

 

『遅い!』

 

『がら空きだよ!』

 

『墜ちろ!』

 

重なるように声が響き、放たれた3発のビームは吸い込まれるように命中して敵機を火球へと変えた。初動で突撃してきた連中を瞬く間に食い殺すが、流石にそこからは一方的とはいかなくなってくる。こちらを手強いと判断した敵部隊は母艦からの支援を受けつつ包囲しようと動き出したからだ。だが、それこそ俺達が望んだ状況だ。

 

「連携を崩すな!必ず2機以上で対応しろ!」

 

ジオン兵の技量は間違いなく高い。個々の技量を比べれば未だ連邦が劣ると言わざるを得ないというのが俺の正直な感想だ。それこそ連邦で腕が良いなんて評価をされる程度ならゴロゴロしている。けれどそれは軍事的に絶対の優位を保証するものではない。

 

『カチュア、右!』

 

『見えるよ!』

 

連邦軍の兵士に求められるのは、最初に個人の技量ではなく部隊として不足無く戦えるよう全てを一定水準で修める事だ。何故なら連邦には先達が血と屍を積み上げて生み出した戦術が文字通り膨大な量で蓄積されているのだ。それこそ多少腕に覚えがある精鋭程度ならば、凡庸な兵士2人の戦術と連携で対処が出来ると言うほどに。対してジオンは人的資源に劣るという前提から個人の技量に頼らざるを得ない状況だ。だからその連携も極端に選択の幅が狭い。何しろ基本的な方針が、エースを最大限活用する為の連携になるからだ。更に個人の技量を伸ばすのも、苦手を無くすより得意な能力を伸ばす方向で行っているように見受けられる。結果として色つきの様な突出したエースを生み出す事に成功している反面部隊内ですら得手不得手の差が大きく、柔軟な対応が出来ているとは言い難い。

つまりそれは数の優位を十分に活かせないと言うことで、同数以上でぶつかれば余程のイレギュラーを抱えて居ない限りは連邦が勝てると言うことだ。

 

『待たせたな!』

 

『騎兵隊の到着だぜ!!』

 

半包囲を完成しつつあった敵に砲弾が降り注ぐ。通信に威勢の良い声が飛び込んできて、後方からは無数の友軍を示すマーカーが押し寄せてくる。第3艦隊のMS隊だ。

 

「今だ!」

 

言葉と同時にスロットペダルを底まで踏み込む。同時に黒いジムスナイパーⅡ達もそれぞれ狙っていた相手に向かって突撃を仕掛けた。

 

「悪いな」

 

一番良い動きをしていたリックドム、そのコックピットへビームサーベルを突き立てる。エースを最大限活用すると言うことは、エースが失われればその戦闘能力は極端に低下すると言うことだ。そして悪いが並大抵の相手ならば確実に仕留められるだけの技量をホワイトベースのパイロット達は身に付けている。主を失い脱力するリックドムを蹴り飛ばし、混乱の中で突出しすぎた敵母艦のムサイに向けてビームを撃つ。ろくな回避もしないまま、砲塔付近に3発のビームが直撃したムサイは派手な誘爆を起こしながら船体を真っ二つに折り曲げる。最期を見届ける事無く次の敵に向かって照準を合わせようとしたその瞬間、ソロモンが光輝いた。

 

『あれは!?』

 

『焼かれている?あれが対要塞兵器か?』

 

79年12月23日18時50分、宇宙要塞ソロモンへ向けて、連邦軍のソーラ・システムが照射された。




でも内容はこれから考える。


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69.0079/12/23

時計の針は少しだけ巻き戻る。第3艦隊が攻撃を開始した頃、サイド1の暗礁宙域では第2連合艦隊がソーラ・システムの展開を急いでいた。

 

「展開率は?」

 

マゼラン級タイタンの艦橋で戦術マップを睨みながらティアンム中将は副官に問いかける。

 

「輸送の遅れもありまして、現在85%です」

 

「急がせろ、作戦はもう始まっている」

 

ティアンムは短くそう命じる。モニター上ではパブリク突撃艇が着々とソロモン要塞に近づいていくのが確認出来た。それを見つつ彼は静かに拳を握りしめる。

 

(今度は勝たせて貰う)

 

ソロモン要塞攻略は連邦軍にとってこの戦争を終結に導くための重要な一手だ。最前線を支える要衝を攻略すると言うだけで無く、ソロモンはその後に控えるア・バオア・クー、そしてサイド3本国攻略のための橋頭堡になるからだ。だがティアンムの中に渦巻く感情は、そうした公的なものだけではない。

 

「同じ条件ならば」

 

ティアンムは静かに呟く。ソロモン要塞を守護するドズル・ザビは彼にとって因縁の相手だ。開戦初頭の戦いで彼の術中に嵌まり多くの戦力を喪失。更にはコロニー落としという暴挙までをも許してしまった。故に彼はなんとしてもこの一戦に勝利し、汚名を雪ぐ必要があった。

 

「ビーム攪乱幕の展開を確認しました!」

 

「よし!ソーラ・システムはどうか!?」

 

刻々と時間が過ぎる中、遂に待ち望んだ報告が届く。僅かに椅子から身を乗り出してティアンムはそう叫ぶ。

 

「ミラー展開完了しました!」

 

「よし、規定時刻通りに照射を実施する。」

 

彼の号令の下、ソーラ・システムが動き出す。

 

「姿勢制御バーニア、連動システムOK!」

 

「目標はソロモン右翼のスペースゲート!」

 

「軸合わせ10秒前!」

 

事前の演習通りに進む準備、だがここで敵側に反応があった。隠蔽を解除し活動を始めた事で敵に発見されたのだ。第3艦隊が誘引しきれなかった敵艦隊がこちらへ向かって突撃を敢行してくる。

 

「敵迎撃機接近!各艦注意!」

 

「任意に迎撃!ソーラ・システムは焦点合わせ急げ!」

 

オペレーターの悲鳴じみた報告に叫び返しつつティアンムはモニター内のソロモンを睨み付ける。

 

「照準完了まで3・2…照準、入ります!」

 

ソーラ・システムは原理で言えば極めて単純な兵器である。大量の反射鏡を用意し擬似的な凹面鏡を形成する。それを以て太陽光を集光し焦点に照射するのだ。だがそれ故にビームの様な高エネルギー反応はなく、ミサイルのようにレーダーに捉えられることもない。そして文字通り光の速さで直撃するそれは、捉えられてしまえば回避することは不可能だ。それが移動能力を持たない要塞ならば尚のことである。

 

「やった」

 

摂氏数千度に達する太陽光に晒されたソロモン表面が焼けただれるように溶融する。目標となったスペースゲートは、熱に晒された内部の装備が誘爆したのか激しい爆炎と煙を噴きだしていた。正確な状況など確認せずとも、大損害を与えたのは明らかだ。それを見た副官が思わずと言った様子で声を漏らす。

 

「まだだ!全艦MS発進準備、要塞への突入に備えさせろ」

 

ティアンムはそう強い語気で命令する。そうしなければ自分自身が歓喜の声を上げてしまいそうだったからだ。

 

 

 

 

「どうした!?何があった!?」

 

突然の状況にドズル・ザビは思わず怒鳴ってしまった。洪水のように溢れかえる警告灯の光と警報、それら全てがソロモンが甚大な被害を受けたと語っている。

 

「だ、第6ゲートが消えました。敵の新兵器による攻撃と思われます」

 

「新兵器ぃ!?」

 

「レーダー反応なし、エネルギー粒子反応もありません!」

 

その報告にドズルはうなり声を上げる。その様な性質を持つ武器など一つしか無い。

 

「レーザーだとでもいうのか?射点は特定できるか!?」

 

「敵主力艦隊方向です!」

 

「グワラン隊を向かわせていたな。艦隊に連絡!可及的速やかに敵新兵器を攻略せよだ!二射目を撃たせるな!衛星ミサイルで起動できる物は全て敵主力艦隊へ撃ち出せ、可能な限りグワラン隊を援護するんだ!」

 

「…グラナダに増援を求められては?」

 

副官のラコック大佐が密やかに進言してくる。飲みかけのマグカップに視線を落としたドズルは寂しげに笑った。

 

「グラナダは動けん。そしてキシリアが動かない以上兄貴も動けんだろう」

 

キシリアがギレンと政治的に対立していることは周知の事実であるが、ドズルは家族であるだけに状況は更に深刻である事を直感的に感じていた。公的な立場だけでなく二人は私的な部分、言ってしまえば行動の根幹を成している思考の部分で対立してしまっている。ここで問題となるのが手駒の数だ。キシリアは直接の暴力装置として突撃機動軍を抱えているが、ギレンは親衛隊と首都防衛隊のみである。仮にア・バオア・クーの親衛隊を全てソロモンに投入すれば、この状況は切り抜けられる。しかしその場合ギレンの身柄はキシリアに委ねられる事になるだろう。それがドズルに予測出来る程度には彼等の関係は拗れてしまっている。

 

「何処で間違ったのか」

 

誰も寄りつかなくなり静まりかえるようになった自宅、その寂寥感に耐えられなくなったドズルもまた、妻子を連れてソロモンに逃げた。もしあそこで自分が意地でも留まり続けていたら、この様なことにはならなかったのだろうか。

 

「閣下?」

 

そう問いかけてくる副官の言葉でドズルは現実へと引き戻される。彼は不敵な笑みを浮かべ直すとマグカップの中身を飲み干した。

 

「ふん、この程度の事で救援なぞ求めては国中の笑いものよ。残りのミサイル砲台は全力射撃!弾を惜しむな!艦隊の点呼急げ、グワラン隊の突撃が成功次第戦線を縮小、ソロモンの水際で敵を殲滅する!」

 

 

 

 

「あれっ、あの艦隊!味方に突っ込んでいくぜ!」

 

『解っているけど、こう敵が多くちゃ!』

 

カイ・シデン軍曹の言葉にジョブ・ジョン少尉が機体を操作しながら弱音を吐く。グワジン級戦艦を中核とした有力な敵艦隊は、他の部隊がこちらを抑えているうちに主力艦隊に向けて突撃していく。

 

「クソっ!退けよこの野郎!!」

 

ヒートホークを振りかぶり襲いかかってくるザクに向けて、カイはガトリングを叩き込みつつ状況を考える。突撃している敵の数は8隻と決して多くはない。単純な数の話であれば主力艦隊で十分対応出来る様に思える。だがカイはどうしても嫌な予感が拭えなかった。

 

「敵のグワジン級、こいつには注意しろ」

 

第3艦隊と合流するまでの2週間、その間にアレン大尉から教えられた言葉がカイの脳裏に浮かび上がる。

 

「戦艦と言うだけで火力も耐久力も厄介だが、何よりこいつにはザビ家が最も信頼する人間が乗っている」

 

「どういうことですか?」

 

そう聞いたハヤトにアレン大尉は嫌そうな顔で答えた。

 

「ザビ家の連中の命令なら喜んで死ねる奴らが乗ってるってこった」

 

その表情の意味がカイには解ってしまった。死んでも構わないなんて思っている連中ならば帰ろうなんて思わない。帰らなくて良いのなら、後は全力で破壊をまき散らすだけである。そんな連中が徒党を組んで、対要塞兵器を抱え込んで動けなくなっている味方へ突っ込もうとしているのだ。

 

(ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!)

 

あれを味方に向かわせるのは非常に不味い。しかし他の部隊にまとわりつかれているホワイトベースから自分達が抜けることは難しい。焦燥感を募らせる彼に福音が届いたのはその直後だった。

 

『行って下さい!援護します!!』

 

『でかした!ランディ曹長!お前も行け!』

 

青白い噴射光の尾を引く姿はまさしく流星。そう称えたくなるような速度で舞い戻った2機のガンダムが周囲の敵機を次々と撃ち抜き、戦場に綻びを作り出す。その隙を見逃さずコリンズ大尉がそう命じ、返事をする間も惜しんで3機のガンキャノンが飛び出した。

 

「先頭はこっちでやる!」

 

『了解!』

 

『デカブツは任せろ!』

 

スナイパーカスタムのカイのH202号機、そしてメガ・ビームランチャーを装備したジョブ少尉とランディ曹長の機体は素早く横隊を組むと、敵艦隊へ銃口を向ける。カイは先頭を突き進むムサイの艦橋を照準し、即座にトリガーを引いた。

 

「いけ!」

 

狙い違わず艦橋を撃ち抜いたビームはそのまま船体に沿うように砲塔へと移動し、それに耐えかねたムサイは大爆発を起こす。更にその後ろを航行していたチベにもジョブ少尉が放ったビームが命中、横腹を引き裂かれたチベはムサイと同じ末路を辿る。

 

『こっの、沈めよ!』

 

第13独立部隊に配備されたメガ・ビームランチャーは整備班によってしっかりと調整されている。結果として当初からすれば大幅に火力が低下しているが、その代わり暴走や出力が安定しないなどというトラブルからは解放されていた。だが、それ故に戦艦を止めるには火力が足りていなかった。

 

「クソっ、ここまでして!」

 

戦艦以外にも敵艦が居ることが仇となる。射撃機会が僅かであったため、カイとジョブ少尉は別の艦を沈める選択をしていたのだ。グワジン級が想定よりも強固な防御性能を発揮したことによる誤算だった。

 

『限界だ、ランディ曹長!』

 

射程外へ敵艦が抜けつつある。二人がそう攻撃を断念するが、射撃をしていたランディ曹長だけは諦めていなかった。

 

『まだまだぁ!!』

 

彼がそう叫ぶと、メガ・ビームランチャーの出力が目に見えて上がった。彼がリミッターを解除したのは誰の目にも明らかだった。

 

「馬鹿止せ!!」

 

『あいつを行かせる訳にはいかない!』

 

その執念が届いたのだろうか。放たれたビームは遂にグワジンのエンジンを吹き飛ばし、そこから連鎖するように爆発が広がっていく。そして推力の均衡を失ったグワジンは艦首を跳ね上げる様に船体を傾げると、他とは比べものにならない大爆発を起こす。その様子は文字通り轟沈だった。

 

『やったぜ、ざまあ見ろっ』

 

ランディ曹長の機体はあちこちから強制冷却のガスを噴きだし、射撃姿勢のまま固まっている。

 

「無茶しやがって」

 

『無事か!?ランディ曹長?』

 

『へへ、ピンピンしてるよ。でも機体の方が拗ねちまってる、ちょっと手を貸して――』

 

『避けろランディ!』

 

気が緩んでいた、その一言に尽きるだろう。敵艦隊を撃破した達成感と無茶をした味方が無事だった、そんな状況が重なって、カイとジョブ少尉は本当に少しだけ周囲の状況把握を怠った。それがどういう結末を生み出すか、よく知っていた筈なのに。

 

『がっ!?』

 

最初に聞こえたのはコリンズ大尉の切迫した叫び。次に聞こえたのはランディ曹長のくぐもった悲鳴だった。そして二人の前でランディ曹長の乗ったガンキャノンに、下半身を失ったドムが突っ込んで。

 

『ランディィ!!!』

 

コリンズ大尉の叫び声の中もみ合うようにして吹き飛んでいった2機は、やがて一つの閃光となって宇宙に消えた。



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70.0079/12/23

「後退する?要塞表面で迎え撃つ気か」

 

友軍部隊の侵攻に押されるように敵部隊が後退を始める。第3艦隊の部隊だけでなく主力部隊のMS部隊も追いついてきていて、こちらの数が上回っているのもあるが、MS隊が躊躇無く前進するのを見てソーラ・システムの2射目が無いと踏んだのだろう。恐らくこのまま主力に任せても要塞攻略は叶うだろうが、彼等の戦力の大半はボールだ。なにもせずに要塞に突撃すれば、突入前にかなりの被害が出るに違いない。その後のことも考えれば、出来るだけ被害は少ないに越したことはないと俺は考える。

 

「友軍の突入を援護する。要塞表面の敵を撃破するぞ」

 

要塞砲の排除だけでもボールの生存率は上がるはずだ。欲を言えばMSも撃破したいが、要塞表面には防御用の陣地もあるはずだから無理は出来ない。

 

『『了解!』』

 

「要塞至近にはビーム攪乱幕が展開していない、敵の砲台に十分注意しろ!全機続け!」

 

そう言って俺はフットペダルを踏み込んだ。第2連合艦隊のMSが前進していると言うことは、少なくともソロモンへ再度ソーラ・システムが照射されることはないだろう。ならば遮蔽物のないこんな所でのんびり構えてはいられない。

 

「これでも食らっとけ!」

 

迎撃を受ける前に少しでも敵に損害を与えるべく、俺は残っていたミサイルを全て発射する。露出しているものはともかく、隠蔽されている砲や塹壕なんて解らないので全て遅延信管モードで表面に突き刺さったら爆発するように設定した。とにかく防御陣地に綻びさえ入れてしまえば、そこを足がかりに要塞に取り付けるからだ。撃ち切ったミサイルコンテナを切り離しつつ増速し味方部隊の先頭に躍り出る。ルナチタニウム合金製の増加装甲を纏ったこの機体には生半可な攻撃は通じない。流石に要塞砲や対艦ミサイル、バズーカといったものは避ける必要があるが、弾幕の大半を占めているマシンガンの射撃を無視出来るのは大きい。

 

『墜ちなさい!』

 

俺の機体を盾にしつつ、レイチェル特務曹長達が攻撃してくる敵に向かって容赦なく攻撃を浴びせる。スカーレット隊の機体に対して、第7小隊のジムスナイパーⅡは改造が加えられていて、機体の各部にウェポンラックが設けられている。その為彼女達は他の部隊に比べて高い継戦能力を獲得していた。レイ大尉は巫山戯たバランスだと憤慨していたが。放たれた砲弾が砲台へ次々と突き刺さり、辺りを閃光が染め上げる。普段相手にしているのがアレなだけに、固定目標に当てるなんていうのは俺達の機体にとっては訓練以下の状況だ。

 

『タッチダウンだぜ!』

 

要塞表面、ソーラ・システムによって形成された損傷付近に着地した俺は、まだ要塞付近で防衛に当たっていたムサイへ向けて躊躇無くビームを撃ち込んで撃沈する。更に着地した7小隊や9小隊が砲台や掩体に隠れるMSを攻撃したことで敵の防空に致命的な空白が生まれた。

 

『突っ込め!』

 

勇ましいセリフと共にボールの部隊がむき出しになった隔壁を砲撃して破孔から要塞内部へ突撃していく。だが内部からの猛烈な射撃で瞬く間にズタズタに引き裂かれ、デブリの一部になってしまう。

 

『待ち構えてやがる!』

 

『グレネードで吹っ飛ばせ!!』

 

『シールド付きは前に出ろ!押し込むぞ!』

 

だがそれにも怯まずに主力部隊は突入口に殺到する。ジムが手にしたグレネードを投げ込み、装甲板を掲げた前衛用のボールが壁役となって遮二無二突っ込んでいく。

 

『アレン大尉、私達も行こう!』

 

その狂奔に当てられたカチュア特務伍長が興奮した声音でそう提案してくる。口にこそしていないが他の二人も同じ意見のようだ。だが悪いな、この後のことを考えれば俺達はこのまま地表に居るのが望ましい。

 

「冷静になれ、カチュア伍長。主力はまだまだ要塞に取り付いていないんだ。俺達はこのまま地表面の敵を掃討し友軍の被害を抑える」

 

『どちらにしても狭い要塞内で戦うのに我々のような遊撃戦力は向いていない。それよりも残っているMSを潰して回る方が余程援護になる』

 

有り難い事に次席のウェンライト中尉もそう言って俺の意見に賛同してくれる。まあ彼女の言うとおり十分な連携訓練もしていない俺達が入り込んでも混乱させるくらいが精々だ。それに何よりスナイパーⅡの運動性が活かせない施設内での戦闘は余計な損害を出す可能性が高い。パイロットも機体も容易に補給が出来ない俺達にとって突入は旨味のない選択と言える。

 

「よし、破孔部最寄りのスペースゲートへ向けて掃討していく、各機連携できる距離を維持しつつ横隊を組め」

 

俺の命令に素早く反応し横一列に部隊が列ぶ。

 

「前進!」

 

そう指示を出しながら視線を巡らせれば、こちらの意図に気づいたのだろう第3艦隊所属のMS部隊が同じように別方向に前進していくのが見えた。

 

(後はヤツが何処から出てくるか、だな)

 

ソロモン攻略戦において、今後に大きな影響を与えるだろうという事の一つがビグザムによる第2連合艦隊主力への特攻だ。あの攻撃で第2連合艦隊は艦艇の1割を喪失、被害で言えば大きなものとは言い難いが、艦隊司令のティアンム中将が戦死してしまったのは大きい。何故なら彼が死んだ事で第2連合艦隊の残存部隊はレビル将軍の第1連合艦隊に吸収再編されたため、ア・バオア・クー攻略においてソーラ・システムを艦隊ごとソーラレイによって喪失することになってしまう。この戦争の最終決戦にソーラ・システムを投入できるかどうかは俺達の生存に大きく関わってくるだろう。

 

「一応保険は用意しているが」

 

呟きながら目の前の掩体に立て籠もったザクを吹き飛ばす。既にMSによる抵抗は殆ど無くなってきていて、残っているのは逃げ遅れた機体くらいだ。恐らく要塞内の防衛に戦力を持って行かれているのだろう。ならばヤツが出てくるのは時間の問題の筈だ。

 

「全機警戒を厳に、嫌な予感がする」

 

 

 

 

「N3通路、23番までの隔壁を下ろせ、MS部隊は後退させ補給を受けさせろ!」

 

「S8ブロックまでは放棄、防衛部隊はN3通路の防衛に回れ!」

 

「見事なものだな」

 

空になったマグカップを見ながら、ドズルは自嘲するように笑った。

 

「こうもあっさりとソロモンが落ちるとは。いや、当然か」

 

内で相争い、その余力をもって敵と戦う。その様な有様で勝てるほど地球連邦は弱兵ではない。そんなことはジオンの誰もが理解している事実であるとドズルは勝手に期待していた。頭の悪いと自認する自らすらたどり着ける結論に、優秀な兄や妹がたどり着かないはずは無いのだからと。

 

「動かせる艦はどの程度あるか?」

 

「4分の1程です。残りは新兵器と侵入したMSによって破壊、もしくは稼働不能であります」

 

「ドロワは残っているな?」

 

「はい、最終調整中でしたので、第1スペースゲートに係留中です」

 

副官の言葉を聞いてドズルは大きく一度呼吸をすると、大声で宣言する。

 

「遺憾ながらソロモンを放棄する!残存艦隊は第1スペースゲートに集合、ア・バオア・クーまでの進路を啓開せよ!残っている者は全員ドロワに避難せい!」

 

「閣下っ」

 

驚きの声を上げる副官にドズルは苦笑しつつ応じる。

 

「ア・バオア・クーにはデラーズが居る。あれは些か兄貴を心酔し過ぎているが、兵を粗略には扱わん筈だ。それとガトー大尉はまだ生きているか?」

 

「はい、搭乗機を例の新兵器で損傷したようです。現在第2スペースゲートで部隊ごと補給を受けております」

 

「ドロワの防衛を奴に任せる、ゲルググも回してやれ。俺はビグザムで出る」

 

その宣言に副官は絶句し、目を見開いてドズルを見つめてきた。そんな彼にドズルは微笑みながら口を開く。

 

「ソロモン要塞司令として、責任は果たさねばな。なに、後は兄貴とキシリアが上手くやる。…本国にはゼナとミネバがいる。あれらの所に連邦を行かせる訳にはいくまいよ」

 

そう言うと再び彼は武人の顔に戻り、副官に命令を下す。

 

「撤退する部隊の指揮を貴様に任せる。一人でも多くア・バオア・クーにたどり着かせろ」

 

「…ご武運を、閣下」

 

「おう、貴様もな」

 

敬礼する部下達に見送られ、ドズルは司令室を後にする。専用の更衣室に入った彼は、手早くノーマルスーツに着替えると格納庫へ向かって床を蹴った。

 

「ほう、これがビグザムか」

 

「閣下!」

 

慌てた様子で近づいてくる整備員にドズルは問いかける。

 

「組み立ては終わっているのか?」

 

「はっ、現在最終点検作業中です!」

 

「動かせるならばいい。貴様らもドロワへ急げ」

 

「そんな、まだ我々は戦えます!」

 

そんな整備員の言葉にドズルは笑う。士気は旺盛、だが士気だけで戦えるほど現代戦は甘くない。

 

「だからよ、戦えなくなっては遅いのだ。お前達は一度ア・バオア・クーに引き連邦を撃退、しかる後ソロモンを奪還するのだ。その為に今は一時の屈辱を受け入れろ」

 

ドズルがそう説得すると、整備員は泣きそうな顔で見上げてくる。彼の肩を強く叩くと、ドズルは口を開く。

 

「戦いはこの一戦では終わらん。故に貴様らをここで失う訳にはいかんのだ、部下をまとめて第1スペースゲートへ急げ」

 

命じられた整備員は一度敬礼をすると部下達をまとめ上げ格納庫から出て行った。それを見送ったドズルはビグザムへと乗り込んだ。

 

「貴様ら、何をしている?」

 

「このMAは複数人での運用が前提です。閣下お一人では手が足りません」

 

「最終調整が終わったと言っても、この様な新型はどの様な不具合を出すかも解りません。機付員としては最後まで面倒を見たく思います」

 

「馬鹿共がっ」

 

そう吐き捨てるとドズルはどかりと司令席に腰を下ろし、大声で命じた。

 

「最短で機体を外へ出せ。基地内の雑魚は無視して構わん、我々は敵本隊を叩く!ビグザム発進させい!!」




次回、ビグザム特攻。
君は生き延びることが出来るか?(意味深


以下作者の自慰設定。

ボール:第2連合艦隊仕様
ジムの量産は開始されたものの、依然長大な戦線を抱える連邦軍にとっては貴重な戦力であった。特に艦艇の再建に加え、明確な戦線を持ち得なかった宇宙軍のMS調達は低調であり、ジャブローからの打ち上げに同梱された機体とルナツーによって生産された若干の機体が配備されているのみだった。その為戦力の多くをRB-79ボールに依存せざるを得ず、第2連合艦隊の機動戦力は実に70%近くがボールで占められていた。
この結果当初想定されていたジムを前衛にボールが支援するという戦術は、圧倒的な前衛不足を引き起こす事が早期に判明したため、急遽前衛として運用可能なボールの配備が行われる。とはいえ既に作戦決行は間近であり専用機の開発は不可能であったため、既存の機体に装備を追加、変更を加える事で代用している。
この第2連合艦隊仕様、通称前衛用ボールは、マニュピュレーターで保持できる大型の装甲板を装備し、主砲を速射性能の高いフィフティーンキャリバーに交換している。
同機はソロモン攻略戦・ア・バオア・クー戦に投入され、期待通りの成果は上げたものの、戦後の軍縮とMSが充足するにつれて戦場から姿を消していった。


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71.0079/12/23

「Gファイター隊、補給のため帰投します!」

 

「損傷は無いのだな?」

 

フラウ・ボウ一等兵の言葉にブライト・ノアはそう問い返した。先程スカーレット隊からMIAが出たばかりである事から、少しナーバスになっていたのだ。

 

「はい、全機被弾無し、補給後再出撃するとの事です」

 

「そうか、無事なら良い。Gファイター隊の補給が済み次第、順次MS隊も補給に戻らせろ。今のうちに多少でもパイロットを休ませたい」

 

ノーマルスーツに息苦しさを感じながら彼はそう告げる。既に友軍のMS部隊が要塞内部に侵入し、外の敵は一掃されつつある。普通に考えるならば作戦の成功は秒読みといった状況だ。

 

「え?あの、艦長。スレッガー中尉が」

 

「どうした?」

 

「スレッガー中尉がアレン大尉から何か連絡は無いかと聞いています」

 

オペレーター席に座っていたフラウ一等兵が少し緊張した声音でそう報告をしてきたことで、彼は胸に不快感を覚える。作戦は順調に進んでいる、そのはずだ。それを疑っている人間はこの戦場に居ないだろう、恐らく一人を除いて。

 

「アレン大尉と通信は繋がるか?」

 

「駄目です、ミノフスキー粒子が濃くて…」

 

「中継ドローンを射出!直ぐに回線を構築しろ!MS各機、警戒を厳に!グレイファントムにも警告を出せ!」

 

ブライトが口を開くより早くワッツ大尉がそう命令を飛ばす。その声にホワイトベースの艦橋要員は誰一人疑問を挟まずに自身の職務を遂行する。その間にブライトは直接回線を開きスレッガー中尉に問いかけた。

 

「中尉、アレン大尉から連絡とは?」

 

「なんか大事になってないか?いや俺はただ」

 

周囲の雰囲気に困惑して口ごもるスレッガー中尉に、ブライトは努めて感情を抑えた声で問いかける。

 

「万一の為の準備ですよ。それで、中尉は大尉になにを聞いたんです?」

 

「怒らんで下さいよ少佐殿?アレン大尉が出撃前に言ったんですよ、重要な要塞なら隠し球の一つくらい持ってるかもってね。そんで何かあれば連絡するから、ホワイトベースに戻ったときに確認しろって」

 

「なんで俺に一言も無かったんだ?」

 

スレッガー中尉の話にブライトは思わず語気を強める。だがそれを聞いた中尉は苦笑しながら返事をする。

 

「だから怒りなさんなって。大尉にしても確証のある話じゃ無いんだろう。けど今の反応からして、大尉がそう口にすればアンタらは過剰に反応しちまう。見えない敵に神経をすり減らしながら戦えるほど、この戦場は楽じゃなかっただろう?」

 

「それでも、俺はこの艦の艦長だ」

 

「だからでしょうよ、一番重いもんを背負ってる奴に、これ以上余計な負担を掛けたくなかったんじゃないのかい?第一連絡は無いんだろう?なら大尉の取り越し苦労ってヤツの可能性だって」

 

「中尉、君はジャブローからだから、まだ理解していないので言っておこう。大尉の悪い予感は大抵当たる、そしてそれは――」

 

「回線繋がりました!」

 

フラウ一等兵がそう声を上げた瞬間、ソロモン表面を観測していたモニターに大きな爆発光が映り込んだ。

 

「十中八九厄介極まりない事柄だ!状況報告!」

 

『こちらH101号機!こちらH101号機!!ホワイトベース聞こえるか!?敵の新型を確認した!デカブツが1機!こいつ、ビームが効かないぞ!?』

 

飛び込んできた通信に、艦橋要員が一様に顔を引きつらせる。爆発光の治まったモニターには、MSよりも遙かに大きな二足歩行兵器が映し出されており、その近くを飛び回るようにMSが攻撃を加えている。しかしその攻撃は大尉の通信の通りビームが悉く弾かれ、実弾兵器も命中はするものの損傷を与えているようには見えない。そうしている間にもその巨大兵器はソロモン表面を離床し、虚空へと躍り出る。

 

「対艦戦闘用意!主砲斉射!砲撃後にミサイルを全力射撃だ!周辺艦艇にも伝えろ!」

 

「ソロモン裏側より噴射光を確認!敵の艦隊のようです!」

 

ブライトの命令に全員が動く中、オスカー准尉が報告を上げてくる。拡大された別のモニターには彼の言葉通りソロモンから遠ざかる艦隊が確認出来た。その光景にブライトは一瞬だけ逡巡する、敵の艦隊は明らかに撤退している。その中には戦艦よりも更に巨大な艦艇まで含まれていて、あれを逃せば後々厄介な事になるのは容易に想像が出来る。対して向かってくるのは巨大兵器とは言ってもたった1機である。ビームが効かないと大尉が言っていたがそれはMSの装備だからで、もしかすれば艦艇の主砲なら容易に撃墜出来るかもしれない。

 

「っ!敵大型MAへ攻撃を集中!」

 

僅かな葛藤の後ブライトはそう命ずる。戦果よりもアレン大尉の直感を信じたからだ。そしてその選択は間違っていなかった。

 

「主砲、弾かれています!」

 

「ミサイル命中無し!命中コースのものは全て迎撃されました!」

 

その報告にブライトは背を粟立たせる。敵大型MAを観測していたモニター越しに、相手と目が合ったからだ。ジオンの敵意を集めていることを自覚しているブライトは、大型MAが殺意をこちらへ向けた事を理解し、次の瞬間には敵の放つビームがホワイトベースを貫くのを幻視する。だが彼の想定した最悪の状況が訪れる事は無かった。

 

「なんだ!?」

 

「敵艦隊が沈んでいきます!味方の暗号を確認、ソーラ・システムによる攻撃です!」

 

「いかん!大型MAが本隊へ向かうぞ!撃ち落とせ!!」

 

彼の言葉にホワイトベースはゆっくりと回頭を始める。後方に攻撃できる火砲がビーム砲のみだからだ。所属するMS隊も攻撃を行うものの、有効打には至っていない。それを見てブライトは決断を下し、繋がったままだった回線に叫んだ。

 

「スレッガー中尉、Gファイター隊は対艦ミサイルを装備していたな?残弾は!?」

 

『全機一発も使わずにしっかり抱えてますぜ、艦長』

 

質問の意図を正確に理解したスレッガー中尉が即座にそう答えた。故にブライトは自らの職務を全うするべく口を開く。

 

「Gファイター隊は即時発進、敵大型MAに対し、対艦攻撃を仕掛けろ。あれを本隊に接近させるな!」

 

『了解!』

 

それは死ねと言うに等しい命令だ。しかし命じられたスレッガー中尉は躊躇無く応じると、通信が切れてGファイターがホワイトベースから飛び出していく。

 

「MS隊はGファイターの突入を援護だ!」

 

続けてブライトはそう命じる。部下の生還率が少しでも上がることを祈りながら。

 

 

 

 

「いいか、曹長、准尉。まずは俺が突っ込む、その後ろをぴったり付いてこい!」

 

発進して直ぐに単縦陣となるようスレッガー・ロウは指示を出す。しかしそれに対してリュウ・ホセイ曹長が悲鳴のような声を上げる。

 

『そんな、危険ですよ中尉!』

 

「んなこたあ百も承知よ。だが艦隊のミサイル攻撃を迎撃する防空能力だ、確実にぶち込むにゃ賭けも必要ってもんよ」

 

自機の後方に付いた2機を確認しつつスレッガーは言葉を続ける。

 

「まずは俺が攻撃、それが外れたらリュウ曹長。それでも駄目ならエリス准尉だ。三重となりゃ、幾ら奴だって」

 

『そんな、それじゃあお二人がっ』

 

攻撃が失敗したと言うことは、つまりそういうことだ。

 

「私情は禁物だぜ、准尉。悲しいけどこれ、戦争なのよね!」

 

そう言ってスレッガーはスロットルレバーを押し込み機体を加速させる。MSとは比較にならない加速性能を発揮してGファイターはみるみる敵MAとの距離を詰め始めた。

 

「下から突っ込むぞ!」

 

彼が叫んだ瞬間、MAの足先の爪が噴射炎を放ちながら切り離されてこちらに向かって突進してくる。

 

「なんの!」

 

スレッガーはコントロールスティックを巧みに操作し、機体をロールさせつつビームを連射する。宇宙用量産型Gファイターはビーム砲の威力が大幅に抑えられている反面、連射性能と砲塔の追従性が大幅に向上している。残っていた対空ミサイルとフレアも撒きながら、更にMAに向かって彼等は肉薄する。

 

「ここ!」

 

機体をぶつける勢いで突撃したスレッガー機が、抱えていた対艦ミサイルを発射する。MAの機体下部に配置されたバーニアを狙ったそれは、しかし割り込むように突き出された足によって阻まれてしまう。

 

『まだまだぁ!』

 

爆発によって拉げるMAの脚部に向けて、更に射線を譲られたリュウ曹長のGファイターが飛び込み同じようにミサイルを放つ。スレッガーの攻撃を受けて動きの怪しくなっていた脚部がその攻撃に対応しきれずに直撃、完全に吹き飛ばされた。

 

『これで!!』

 

そこに本命のエリス准尉の操るGファイターが、満を持して躍り出る。左右2発ずつ懸架されていた対艦ミサイルが同時に点火、無防備となった敵MAへ殺到する。僅かにそれた二発は装甲に阻まれるが、残りの二発はバーニアに直撃する。ノズルを破壊しながら潜り込んだミサイルは自壊しつつもその力を解放した。

 

「へっ!どんなもんよ!」

 

堅く守られた内部で爆発を起こされた敵MAは、その堅牢さ故に破壊のエネルギーがその内で荒れ狂う。そして最後には継ぎ目から火を噴き出し、とうとう限界を超えて爆発した。それを見てスレッガーは得意気に笑いながら口を開く。

 

「こちらH601号機、ホワイトベース聞こえるか?デカブツは処理した!繰り返す、デカブツは処理した!当方に損害無し、これより帰投する!」

 

この凡そ30分後にソロモン要塞より制圧を告げる信号弾が打ち上がる。こうしてジオンの誇る宇宙要塞は、僅か1日で地球連邦軍の手に落ちたのだった。




ソロモン戦、終わり!


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72.0079/12/24

今週分です。


「時間を掛けすぎたな」

 

「はい、残念です」

 

そう口惜しげに話すバロム大佐をマ・クベは冷ややかな視線で見つめた。実のところサイド6に現れた木馬型の艦隊が移動した時点で敵の狙いはソロモンであると看破したキシリアは増援を派遣していた。しかし本隊に先行して出撃した艦隊が敵の攻撃を受けて壊滅、マ・クベ率いる本隊は決断を迫られる。敵からの攻撃を受ける危険を冒してでもソロモンへ向かうか、それとも進路上の安全を確保した後に進むかである。木馬部隊の移動から余裕が無いと判断したマ・クベは本隊から更に囮部隊を出し、それに敵が食いついている間にソロモンへ向かうという指示を出す。しかしそれは参謀に就いたバロム大佐の強硬な反対に遭う。

 

(兵の気持ちが解らぬか。そういう貴様は前線基地で戦う指揮官の気持ちが理解できていないようだがな)

 

徒に兵を消耗する作戦は承服出来ないとバロム大佐は言い切った。そして兵達の気持ちが解っていないとも。成る程、兵士達の心理状態に気を配るのは士気を保つ上で重要な案件である。それを蔑ろにすることは指揮官として誤った態度であろう。しかしその為に命令が達成出来なかったでは困るのだ。この艦隊はあくまでソロモンの増援として編成されたものである。ならばどの様な状態であれ、先ずは彼等の許にはせ参じなければならなかったのだ。

 

「ソロモンからの撤退組はア・バオア・クーに向かったようだな」

 

「あそこがソロモンからは最も近いですからな。妥当な判断でしょう」

 

そんな訳があるかとマ・クベは内心でため息を吐く。軍艦の足ならばア・バオア・クーでも本国でも、当然グラナダであってもさしたる違いは無い。ならば次の最前線として急ぎ準備を整えている場所よりも後方に戻り補給と再編を受けた方が戦力として期待が出来るというものだ。そうした軍事的な合理性に欠いた行動というのはつまり、政治的あるいは心理的理由によるものである。

 

(我々は信用されていないのだよ。何しろ援軍を送らなかったのだからな)

 

元々宇宙攻撃軍と突撃機動軍は予算配分などで対立関係にあった。更に根源的な事を指摘すれば、艦艇とMSを装備して同じ領域で戦う戦力を態々二つの指揮系統に分割していること自体が不合理なのだ。それをザビ家の政治で強引に認めさせているのだから、宇宙攻撃軍からすれば自分達は鼻持ちならない存在だ。それでも国家存亡の危機となれば手を取り合うだろうという期待を、自分達は踏みにじったのだ。

 

「無駄だったな」

 

「は?何か?」

 

呟きを聞き返してくるバロム大佐に手を振って返事を拒絶する。オデッサにおける資源採掘で、マ・クベは掛け値なしに10年は戦えるだけの資源を本国へ送った。しかしそれが活用されることは無いだろうとマ・クベは推察する。幾ら資源があろうとも、それを使える人間がいなくては只の数字に過ぎないからだ。そして国家総力戦を戦える人材が払底していることをマ・クベは痛感していた。

 

「どうだろう大佐。我々のみでこの状況を打開することは難しいと考えるが」

 

「はっ、奇襲を仕掛けるにも時が経ちすぎております」

 

遅参の原因を作っておきながら臆面も無くそう評するバロム大佐にマ・クベは頭痛すら覚えるが、それを指摘するほど愚かでは無い。近視眼的な兵達に人気のある上官がどちらかなど彼は十分理解しているからだ。

 

「うん、では私はチベに移って連邦の動きを確認する。君は部隊を率いてグラナダへ戻りたまえ」

 

「承知しました。情報収集と脱出者保護の艦は残していきます」

 

「良かろう、そちらの任務は私が引き受けよう」

 

そう言ってマ・クベは艦橋から出ていくべく歩き出す。そして扉の前まで来たところで、思い出したように振り返り口を開いた。

 

「ああ、帰りは気をつけろよ。何せ先遣隊を沈めた連中は、まだ健在なのだからね」

 

 

 

 

ソロモン要塞改めコンペイ島。仮修復を終えた宇宙港の一つで、俺達は慌ただしく出港の準備をしていた。

 

「グレイファントムは留守番ですか?」

 

アムロ准尉の質問に、俺は頷きつつ答える。

 

「ああ。人員補充を受けるから、顔合わせと訓練で一旦コンペイ島預かりだとさ」

 

俺の言葉にアムロが顔を顰めた。補充の申請自体はサイド6の一件で既にされていた。先延ばしにされていたそれが受理されたのは、まあ間違いなくランディ曹長が戦死したせいだ。

 

「元々スカーレット隊は定数を欠いていたからな、それも含めてという話だぞ」

 

「増員ですか。じゃあ次はもっと厳しくなりそうですね」

 

「次の目標は何処でも間違いなく最終決戦になるだろうからなぁ」

 

手すりに寄りかかりながら格納庫を眺めつつ、俺はそうぼやいた。

 

「最終決戦」

 

「ここから狙うとなれば、連中の最終防衛ラインであるア・バオア・クーか本国を直撃するかだ。まあ十中八九ア・バオア・クーだろうけどな」

 

宇宙要塞ア・バオア・クー。ソロモンと同じくコロニー建設に利用した資源衛星を改造した要塞で、ジオン本国を守る最後の拠点だ。ソロモンよりも早くに要塞化が進められているため、防衛拠点としては少なくとも同等かそれ以上の能力を有していると考えられている。また厄介な事にこの要塞はルナツーと同じく内部に未採掘の資源を残したまま要塞化されているので、鉱物関連の多くを外部に頼らずに補充出来るという特性を持っている。放置すれば要塞として拡張されるだけでなく、最悪軍備を増強される恐れすらあるのだ。

 

「それなら本国を叩いた方が楽じゃないですか?」

 

「ジオンを皆殺しにするならな」

 

何せジオン本国は只のコロニーだ。戦争に備えて多少はいじっているかもしれないが、それでも戦艦の主砲に耐えられるような改造を全てのコロニーに施すなんて現実的ではない。そしてジオン本国で戦うとなれば、彼等の拠点となるコロニーの制圧ないし破壊が必要になってくるだろう。問題は破壊した場合、居住している民間人の大半が死亡するであろうということだ。

 

「地上と違って逃げ場がないし、シェルターだって何日も持つ設計にはなってない。ア・バオア・クーを無視するなら後方からの襲撃も警戒しなきゃならんから、本国の攻略は速度重視になる。つまり一々相手に配慮した戦い方なんて出来ないということになる」

 

最も迅速に制圧するとすれば、全艦隊をもって突撃し、コロニーに見境なく砲撃を加えて全て破壊してしまう事だ。だが勿論そんな作戦は実行出来ない。

 

「問題はそんなことをすれば残っているジオンの連中が文字通り死ぬまで戦争を続けるだろうし、連邦も戦後大いに困るという事になる」

 

ジオン公国、つまりサイド3は戦後の復興になくてはならない存在だ。この戦争で壊滅したサイドの生存者はそれなりの数が難民として月やサイド6を圧迫しているし、コロニー落としの影響で地球でも生活が成り立たなくなった人々が発生している。恐らく戦後は各サイドを再建しつつ、彼等をそこに送り込む事になるだろうが、その時に必要なコロニーの修復や建造を出来る工業力を持っているのがサイド3だ。だから連邦としてはサイド3は出来るだけ無傷で押さえたいし、何より彼等を滅ぼしてしまったら戦後のそうした厄介ごとに発生する諸費用を請求する先がなくなってしまう。だから連邦としては彼等から武力を奪って屈服させるのが最も良いやり方なのだ。

 

「だからア・バオア・クーを落とせば戦争が終わるんですね」

 

「あるいはそこで終わらないで本土決戦となっても、戦力の大半を潰してしまえば息巻いた所で出来ることなんて高が知れているからな。事実上終わりみたいなもんさ」

 

「戦争が、終わる」

 

そう俺が言うと、アムロは少し複雑そうな顔でもう一度そう呟く。

 

「不安か?」

 

「不安と言うか、戦争が終わったらどうしたら良いのかなって」

 

あー、そうか。その辺もそろそろ教えておくべきだよな。

 

「多分だけどな、ウチの連中は皆、軍に拘束されるぞ?」

 

「え!?」

 

驚きの声を上げるアムロに手を振ってなだめながら、俺は言葉を続ける。

 

「拘束と言っても別に本当に捕まったり檻に入れられる訳じゃなくてな。まあ所謂飼い殺しになるのが妥当な所だろう」

 

「飼い殺し…」

 

「アムロやカイは思いっきりプロパガンダに使われてるから、下手をしなくてもテロの目標にされる可能性があるし、それは多少の違いはあってもホワイトベースのクルー全員に言える事なんだよ。軍にしてみればそういった英雄が不幸な事になるのは避けたいから、適当な役職にでもつけて軍の施設で緩く拘束ってのが妥当だろうな」

 

多分MSパイロット組は教導部隊とかテストパイロット辺りに任命とかだろうか。個人的には悪い生活では無いと思う。余程やりたいことでもあれば話は変わるだろうが。

 

「なんだか、嫌な感じですね」

 

「人生が決まっちまったみたいでか?」

 

「決まったと言うよりも、決められたじゃないですか」

 

その辺りは捉え方次第だと思うがね。

 

「決められたんじゃ無く望まれたんだよ。つまりお前さん達は、誰かにこう生きて欲しいと思われるほど期待されていると言う訳だ」

 

「望まれた、ですか」

 

「勿論それに応えるかどうかはお前さん次第だがね」

 

その時はまあ、それなりに困難な未来が待っている事だろう。軍というのは味方ならば頼りになるが、敵に回せばこの上なく恐ろしいものなのだから。

 

「アレン大尉は不満とか無いんですか?」

 

その言葉に俺は思わず苦笑してしまう。

 

「アムロ准尉、俺は自分で志願して軍に入った人間だぞ?お前さん達とは違う」

 

彼等も俺も、生き延びるために軍の門を叩きはしたが、その起点は決定的に異なる。喫緊の問題に対処するべく半ば強制的に軍に入らざるを得なかった彼等と、将来の危機に対処するためと言えど、能動的に軍に入った俺とでは立場が違いすぎる。

 

「同じように見えても、お前さん達は望まれて軍に入った。俺は望んで軍に入った。だから軍が俺に何を期待したとしても、それを受け入れるのが俺の責任なんだよ」

 

そう言って俺は一度深く呼吸をすると、彼の肩を叩いて笑う。

 

「ま、それもこれも先ずは生き延びてからの話ってやつだ。だから、皆で生き残るぞ」

 

決戦は、もう間近に迫っていた。




二月…お前、終わるのか?

以下作者の自慰設定

Gファイター宇宙用簡易量産型
ホワイトベース隊におけるGファイターの運用実績を元に生産性を向上させた宇宙用重戦闘機。地球連邦軍内に未だMAという兵種が存在していないため、分類としては宇宙用戦闘機となる。
原型機と比べ大幅な構造の簡略化や機能の見直しが図られた結果、調達コストは簡易量産型と言いつつもほぼ同額になってしまっている。ホワイトベース隊に配備された機体はその中でも最初期の試作機であり、複数存在する火器管制を教育型コンピューターに補佐させることでパイロットへの負担を大幅に緩和している。しかしその結果として同機はジム以上に高額な機体となってしまっており、後の量産モデルでは一般的なコンピューターに差し替えられ、代わりに複座化することで調達コストを低減している。
武装は開発時につけられた7本角の名のごとく機首に同軸ビーム砲を一門、コックピット後方に旋回砲塔の連装ビーム砲を1基、そして機体左右に45°配置でミサイルポッドを装備する。ミサイルポッドは陸軍で採用されていた6連発の有線ミサイルランチャーを転用しており、学習コンピューターの支援によって、同時期のミサイルとしてはずば抜けて高い誘導性能を誇っている。
また、機体底面には大型の対艦ミサイル二発、あるいはMS1機をアームで懸架可能としている。
高い火力と堅牢で信頼性の高い重戦闘機は意外にもニーズが多く、量産型では主翼の大型化やエンジンの熱核ロケット・ジェットエンジンへの換装により大気圏内での飛行能力も獲得した上で運用されることとなる。その後SFSや可変MSが出現するも、航空機として設計された本機は高い空戦能力から第一線での運用が続けられ、奇しくもホワイトベース隊が運用した機体の中で最も長く現役に留まり続けることとなる。
作者的デザインイメージは、SA-77シルフィード。


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73.0079/12/25

今月分です。


「こんな所に何があるんですかね?」

 

デブリの中を掻き分けるようにホワイトベースが進む。サラミス級の2隻、サフランとシスコも伴って現在艦隊は哨戒活動を行っている。場所は旧サイド5宙域。そう、あのテキサスコロニーがある場所だ。

 

「見つかったのはチベが一隻でしょう?一番可能性があるとすれば、ジオンの偵察部隊でしょうか」

 

「ただの偵察部隊ならいいが」

 

思わずそう言ってしまった俺に向かって皆が嫌そうな視線を向けてきた。

 

「大尉、嫌な予感がするならちゃんと少佐に伝えておいて下さいよ」

 

「今度は何が出てくるんです?まさかあのデカブツが何機も隠れてるなんて言いませんよね?」

 

そんなこと言われても困る。そもそもソロモン戦までの経緯だって俺の知っているものと違うんだ。だから予言者みたいにずばり言い当てるなんて芸当が出来る訳がない。

 

「一応伝えてはあるぞ、だから第三艦隊から増援も貰っているだろ?」

 

もし原作通りなら、この宙域にはグラナダから小規模な艦隊が派遣されている。シャアの率いているNT部隊とコンペイ島で補給を行っている第2連合艦隊を偵察しているマ・クベが指揮している部隊だ。あちらでは連邦軍の戦力を削ぐためか、わざとチベを発見させて艦隊を誘引し、これを攻撃している。問題は今の状況がその時と大きく異なっている事だ。大気圏離脱の際やサイド6でシャアのザンジバルと遭遇していないし、サイド6に入港する際のブラウ・ブロと交戦もしていない。ソロモンの残存艦隊はこちらに向かって逃亡していないから、敗残部隊でないことだけは確かだが。

 

「因みに大尉の考えている最悪は?」

 

「コンペイ島への奇襲部隊だな」

 

俺の言葉にキャノン隊の3人が顔を引きつらせる。尚同じく聞いていたアムロ准尉は納得の、7小隊の3人は良く解っていない表情だ。

 

「艦隊が集結して動きを止めているんだ、狙うなら今だろ。俺ならMSで編成された切り込み部隊を組織して放り込む」

 

「いやそれ特攻になるでしょう。第一ここからMSなんて送り出しても速攻でばれて迎撃されちまうんじゃ?」

 

MSに搭載出来る推進剤はそれ程多くはない。少なくともラグランジュポイント間を加速し続けながら移動して、目標地点で戦闘をして帰ってくる。なんて量は積まれていない。だから俺の言ったことを実行しようと思えば、大半を慣性航行でのんびり進むか、帰還を考慮せずに推進剤を使うかだ。MSだけで実行しようと思えばだが。

 

「例えばだが、向こうにもGファイターみたいな機体があればMS部隊を単独で送り込む事は出来る。仮にそんなものが無くても、対艦ミサイル辺りにグリップでも取り付けて牽引させれば似たような事は可能だ」

 

こっちならダミーも簡単に用意出来るから、放り込める数はぐっと上がるだろう。

 

「どちらにせよ生還率は絶望的だと思いますが?」

 

「次の戦いに勝てば俺達がこの戦争に勝てると言うことはだ、連中は次の戦いに負けられないと言うことでもあるよな?俺達がスペースノイドの自由を踏みにじり、搾取を続けてきたと本気で思っている連中が、絶対に負けられない戦いに命を捨てられないと思うか?」

 

眉を寄せながらそう問いかけてくるニキ准尉に、俺は笑いながら返事をする。軍人が負けたらはいお終いといかないのが総力戦だ。必ず民間人に被害が出る以上、良識のある軍人は文字通り命がけで抗ってくるだろう。

 

「イヤだね、そういうのは。やりにくいったらないよ」

 

俺の回答にカイが心底嫌そうな顔をする。それはそうだ、何しろこの状況で死地に送られるのはザビ家を信望する狂信者でもなければ、独立によって私腹を肥やそうとする小悪党でもない。家族や友人を戦火から守りたいと考えるごく普通の人間だ。

 

「だが手心を加えればそれだけ戦争が長引く。俺達に出来るのは少しでも早く戦争を終わらせる事くらいだ。だから、今だけは相手が人間って事も忘れとけ」

 

そんな役に立たないアドバイスをしていると聞き慣れた警報が鳴る。次いでオペレーターからのアナウンスが入った。

 

『敵ザンジバル級と思われる艦影を確認!総員第1種戦闘配置!繰り返す、総員第1種戦闘配置!』

 

聞き慣れた命令に待機室に居た全員が弾かれたように自分の機体へと向かう。自機に乗り込んで通信回線を立ち上げれば、直ぐにより正確な情報と共にブライト・ノア少佐との個別回線が開いた。

 

「状況はどんな感じです?」

 

『テキサスゾーンに艦影を確認した。今のところはザンジバル1隻だが』

 

ザンジバル級はジオンの艦の中でも新しい方で艦載機の搭載能力も優れている。単艦で運用出来るのは多くて12機との事であり艦のサイズや武装を考慮すれば破格の性能を有する高性能艦ではある。とは言うものの所詮は12機。カミカゼをするとしても少々物足りない数だ。

 

「他にも居るでしょうね、第3艦隊に連絡は?」

 

『ミノフスキー粒子とデブリが邪魔で無理だ。MS隊を発進させ次第信号弾で行う』

 

となると奇襲は難しいな。

 

『ザンジバルはテキサスコロニーに侵入したと思われる。君達にはこれを追撃、撃破してもらいたい』

 

まあそうなるわな。

 

「少佐、確認しておきたいんですが」

 

『なんだ?』

 

「コロニー内で対艦戦闘となれば、加減が利きません。コロニーへの被害は必至ですが」

 

『大尉、悪いが気にするなとは言ってやれん。コロニー公社との約束もあるからな。だから出来るだけ傷付けないようにはしてくれ』

 

ブライト少佐の言葉に俺は思わず苦笑してしまう。出来るだけということは、無理だと判断したら考慮しなくて良いという意味だ。実に前線の指揮官らしくなってしまった少佐に俺は敬礼しつつ復唱する。

 

「承知しました、出来るだけ努力します」

 

そんな話をしている間にもMSの発艦は順調に進み、俺の番がやってくる。

 

「H101、出すぞ!」

 

カタパルトの射出機能だけを用いた静粛発進をした俺は、即座に宙域に待機している友軍と合流する。Gファイターを除く全機が揃う姿は中々に壮観だ。近距離用の秘匿回線を用いて部隊の仲間に対して説明を行う。

 

「目標はテキサスコロニーに侵入した敵艦の撃沈だ。確認されたのはザンジバル1隻のみだが単艦で動いているとは考えにくい、別部隊の存在を考慮する必要があるから、艦の防衛に2小隊残す。第2小隊と第5小隊だ、マッケンジー大尉、指揮を頼みます」

 

『了解』

 

「残りはコロニー外を迂回して敵の侵入した宇宙港を目指す。コンペイ島襲撃を想定しているとすれば、ここを前線拠点にするつもりかもしれん。防衛設備やトラップの敷設が考えられるから注意すること。交戦規定は確認次第撃ってよし、火器の使用制限も無しだ」

 

俺の言葉に全員が黙って頷く。それを確認した俺は一度息を吸い込んでから口を開く。

 

「宜しい、では作戦開始。先頭は俺とH102だ、各機続け」

 

そう言いながら俺はフットペダルを踏み込んでバーニアを噴かす。もし原作通りなら、ザンジバルの他に最低でもマ・クベの艦隊が居るはずだ。だとすればコロニー内も既にトラップが敷設済みと考えるのが妥当だろう。

 

(ザンジバル級、シャアが乗っているのか?戦力はどの位だ?)

 

後で考えれば非常に愚かしいことであるのだが、俺はこの時完全に思考が原作に引きずられていた。言い訳をさせてもらえば、ソロモン攻略戦の後のテキサスコロニーという状況に目が眩んでいたのだろう。何しろこのタイミングは最もシャア・アズナブルを歴史から退場させる好機だったからだ。そんな打算に気を取られて、俺は重大な見落としをしていた。多少の変化はあれど大筋で原作と同じ経緯を辿っているからこそ、俺の予想は有効だった。その多少の変化をもっと真剣に捉えるべきだったんだ。

 

『なんだ、あれは!?』

 

よく考えなくても既にそれは起こっていたんだ。

 

『ジオンのMA!?』

 

宇宙に上がってから俺は、原作で起きたはずの戦いが起こらなかった事にばかり気をやっていた。歴史の修正力なのかどうかは知らないが、本来起きるはずだった戦いは必ず起こるはずだと思っていたからだ。

 

「散開しろ!」

 

だからアムロが見つけてくれたのは僥倖という以外の言葉が無かった。そうだ、このくらいは想定して然るべきだった。だってそうだろう、俺達は原作より前倒しでランバ・ラルや黒い三連星に襲撃されていたんだ。ならば原作においてここでは戦わなかった敵が、テキサスコロニーで待ち構えていてもおかしな事ではなかったのだ。

咄嗟にそう叫び、俺は盾を構えつつバーニアを最大で噴かす。蹴り飛ばされる様な加速を加えられた俺の機体とアムロの乗るガンダムは辛うじて回避が間に合うが、他の連中はそうはいかない。特に推力で劣っていた4小隊のジム2機は避け方が悪い方向に進んでしまった。構えていたシールドから少し逸れたビームが2機の脚部を吹き飛ばしたのだ。

 

『何処から撃ってきてんだ!?』

 

『伏兵!?2機じゃないの!?』

 

回線が一気に混乱を極める。だがそれも仕方ない。何しろ俺達は今、この世界で初めてオールレンジ攻撃を体験しているのだから。

 

「動け!囲まれていても射撃に対する対応の基本は変わらん!」

 

三次元だろうが平面だろうが、包囲されていようがいまいが、根本的に射撃を回避しようと思えば基本的な所は変わらない。遮蔽物で射線を切るか、それが出来ないなら動き回って相手の照準を絞らせない事だ。そしてオールレンジ攻撃という包囲攻撃を受けている以上、物陰に隠れるという選択肢は存在しない。

 

「H102!この攻撃はあのMAのものだと思われる!攻撃を仕掛けるぞ!」

 

『はいっ!』

 

いいながら俺は機体を前進させて敵のMA、2機のブラウ・ブロとの距離を詰める。

 

「右の奴を頼む!」

 

原作においてブラウ・ブロは最低3機確認されていて、ホワイトベースはその内2機と戦った。ならそれが同時に襲ってくる事だって俺は考えなければならなかったんだ。

 

「この野郎!!」

 

放ったビームは命中せずに虚空に消えた。こちらが撃つより先に動いていた、じゃあこっちに乗っているのがシャリア・ブル、NTか!自身への危険度が跳ね上がった事を自覚するが、同時に俺は甘い予想を立ててしまう。こちらがシャリア・ブルならば、もう1機、アムロが対応しているのは一般兵が乗り込んだ機体の筈だ。今のアムロなら即座に撃墜してこちらの援護に回れるだろう。そんな正に楽観としか言いようのない予想。だがそれもその後に続くアムロの声で、脆くも崩れ去る。

 

『こ、こいつら!?』

 

『仇は取らせて貰うぞ!ガンダム!!』

 

『ここで死んでゆけ!!』

 

開きっぱなしの通常回線に敵の声が混線する。その声は俺のよく知った声だった。

 

「ふっざけんなよ!?」

 

牽制の為にミサイルをばらまきながら、俺は思わず叫んでしまう。全天周囲モニターの端に映ったアムロのガンダム、彼はブラウ・ブロを守るように立ち塞がった赤いゲルググと青いギャンとにらみ合っていた。




もう消化試合だと思ったな?
残念ここからがクライマックスだ。


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74.0079/12/25

キャリフォルニアから脱出する最後のザンジバル級を預かったシャア・アズナブルが、辛くもグラナダに辿り着いた3日後、彼はキシリア・ザビ少将の執務室に呼び出されていた。

 

「マ・クベ大佐への援軍でありますか?」

 

「そうだ。我々はソロモンを失陥した、つまり本国の守りはア・バオア・クーに委ねられている訳だが」

 

「あそこは親衛隊の管轄だったと記憶しております」

 

シャアの言葉にキシリア少将が頷く。

 

「精鋭を謳ってはいるが、殆どは今の戦いを知らぬ素人ばかりだ。ソロモンの脱出部隊が合流し、戦力として使い物になるまでには今暫く時間がかかろう」

 

「つまりその時間をマ・クベ大佐が捻出すると?」

 

そう問い返せば、キシリア少将は不敵に笑ってみせる。

 

「話が早いのは良いことだな。本来ならば貴様はア・バオア・クーへ合流させるのが正規の手順であるが、エースを悠長に遊ばせておく余裕はない。正式にこちらへ編入し、増援部隊を率いて貰う。ついでに中佐へ昇進だ」

 

少佐では艦隊を指揮するに足りぬだろう。そう言って少将は机の上に中佐の階級章を放り投げた。それからタブレットを取り出し一瞥すると、それを差し出しながら言葉を続ける。

 

「貴様には少しばかり特別な部隊を率いてもらう、本国ではNT部隊などと言われているものだ」

 

タブレットを受け取りながら、シャアは身を強ばらせた。その様子をどう受け取ったのかは知らないが、キシリア少将は目を笑わせながら口を開く。

 

「実のところアレがNTなのかは解らん。だが兵器として実用化は完了し、その性能が確かなことは事実だ」

 

「率いる部隊が新兵器ばかりと言うのは、些か心許ありません」

 

「一緒に逃げてきた特務遊撃隊の実働部隊をくれてやる。ローデン大佐にはもう少し大きい部隊を率いて貰う必要もあるからな。青い巨星とその僚機ならば、そこらの部隊よりも信頼出来よう?」

 

そうして彼はザンジバル1隻にムサイ3隻からなる艦隊を与えられ、テキサスゾーンへと向かう事になった。

 

「エルメスはどの位で届く予定かな?」

 

「無線式のサイコミュの調整が完了次第との事です。両日中には送り出されてくるかと」

 

「ふむ、ではそれまでブラウ・ブロだけで当たることになるか。どうなのだね?」

 

「大佐の想定しておられるアウトレンジ戦法は困難です。有線式のサイコミュは威力こそ戦艦の主砲並みですが、如何せん距離が短い」

 

「ならば積極的に打って出るのは悪手か」

 

合流して直ぐに問われたのがソロモンへの襲撃は可能か、という事だった。シャアとしての答えは否である。以前の彼であればやってみせると豪語していただろうが、地上での経験から彼の考えは大きく変わっていた。度重なる撤退戦において、一個人の才覚では組織全体が陥っている苦境を覆すなど不可能であると彼は十分に理解したのだ。そして数の利点を活かすには、その数の最低値が実行出来る作戦を立てねばならない事も身をもって体験したのである。

 

「かといってこれだけの戦力だ、遊ばせておく手もあるまい。一つ釣りでも楽しむとしよう」

 

そう大佐が口にして実行されたのが今回の誘引作戦だ。テキサスゾーンに部隊を集結させる振りをして、敵の部隊を誘引、ブラウ・ブロによって叩くというシンプルな内容だ。その作戦は見事に成功したと言える。何しろ戦艦を含む艦隊に、木馬と同型艦まで釣れたのだから。

 

「私は艦隊を率いて後方の艦隊を叩こう。中佐にはあの木馬モドキを頼む」

 

そうして始まった戦いは、出撃してきた敵機によって急変を告げる。形こそ随分と変わったが見覚えの、否見紛うはずのない配色の2本角を生やしたMS。それがガンダムと呼ばれる機体であり、シャアの運命を大きくねじ曲げた因縁の相手であった。何のことはない。敵艦は見てくれを変えていたが、あの木馬そのものだったのだ。

 

『柄ではないが、運命なんてものを感じてしまうな!』

 

専用のギャン――とは言うものの、機体色を変更しただけだが――を駆るランバ・ラル大尉が興奮した声音でそう叫んだ。彼も以前率いていた部隊をあの木馬に奪われているからだ。無論それは戦場での事であるから、恨むなと言う者もいるだろう。しかしそう割り切れるならば、人間はとっくの昔に争う事を止められていただろう。

 

『仇は取らせて貰うぞ!ガンダム!!』

 

ブラウ・ブロに肉薄してくるトリコロールの機体に向かってランバ・ラル大尉が叫ぶ。その声にシャアも自らの思いの丈を口にした。

 

「ここで死んでゆけ!」

 

 

 

 

『アクセル曹長!7小隊と連携しH101の援護!アニタ曹長は私とH102の支援です!』

 

「無茶だ中尉!後退をっ」

 

『あれをホワイトベースに案内するつもりですか!!』

 

思わずそう言い返してしまったアクセルにクラーク中尉の怒声が返ってきた。敵の攻撃の種は見てしまえば単純だ。機体からビーム砲を切り離し、有線操作で多方向から攻撃しているのだ。デブリだらけのこの宙域で、まるで一人の人間が操っているかのように完璧な連携で攻撃してくるビームを回避するのはMSでも困難だ。更に大きく鈍重な艦艇であれば被弾は免れないだろう。そして奴の有効範囲がどれだけか不明な以上、クラーク中尉の懸念は正しいと言えた。

 

「ああクソっ!H701、702、703!オイラに続って、何してやがる!?」

 

指揮を執るべくそう口を開いた途端目に入った光景に、アクセルは悲鳴の様な声を上げてしまう。

 

『助けなきゃ!』

 

『大尉がっ、大尉!』

 

『駄目!駄目!!』

 

彼女達が大尉に懐いていたのは皆が知っていた。その理由についても説明を受けていた彼等は、強い不快感を覚えつつも彼女達を廃棄させないために協力することも承知していた。だが、その甘さが状況を悪化させる。ここまでの実戦において、アレン大尉が危機的な状況、彼女達の面倒を見きれないほど追い詰められる事は無かった。彼女達にとって安心材料であったはずのそれがいつの間にか当たり前へとすり替わり、それが無くては精神の均衡が保てなくなっているなど、誰一人想像すらしていなかった。

 

「畜生が!!」

 

回避も何も無く突撃する3人をアクセルは慌てて追いかける。しかし書類上は同型機であるはずの彼の機体は加速する彼女達の機体に追いつけない。そして恐れていた瞬間は、彼が覚悟を決めるよりずっと早くやってきた。

後方に居たからこそ彼には見えてしまった。3機のうち最後尾に位置していたシス特務伍長の機体の上方。回避を続けている大尉のそばから1基だけ離れていたビーム砲が、その砲口を彼女の機体へと向けているのを。

 

「703避けろ!!」

 

アクセルはそう叫ぶが、その程度で覆る程現実は優しくない。砲口から伸びたビームが、容赦なく彼女の機体を撃ち抜いた。

 

 

 

 

「デカいくせに!」

 

四方八方から撃ち込まれるビームを強引に避けながらこちらも撃ち返すが、MSよりも遙かにデカい筈のブラウ・ブロに当たらない。

 

「NTじゃなきゃ敵にもなれんってのか!」

 

距離を詰めようとするが、それは本体に装備された機銃とミサイルの弾幕に遮られる。どうなってんだ、あんな装備原作には無かったぞ!?

 

「野郎!!」

 

直撃しそうなミサイルだけを強引にバルカンで撃ち落とし、お返しにミサイルをこちらも放つ。機銃によって大半は撃ち落とされてしまうが、それでも数発は機体に届き、表面で爆発する。

 

「無傷かよ!?」

 

対MS用のミサイルは威力よりも運動性と速度が重視されている。だから威力は抑えめではあるが、それでもMSに十分手傷を負わせる、当たり所が良ければ撃墜だって出来る威力なのだ。

 

「戦艦並みの装甲だとでも言うのかよ!?」

 

だが突破口が無い訳ではない。先程から奴はビームを避けているからだ。つまりそれはビームならば有効であると言うことに他ならない。

 

「問題は、俺の腕かっ」

 

目まぐるしく動き回りながらビームを放つがやはり躱される。駄目だ、普通に戦っていては、こいつは墜とせない。

 

(レイ大尉、ロスマン少尉。悪い!)

 

俺はそう心の中で謝罪すると、回避を最小限に抑えてブラウ・ブロへ突進する。ビームが掠り、機銃が装甲を叩くが一切を無視して必中の間合いまで距離を詰める。後はいつも通りだ。

 

(真っ直ぐ突っ込んでジャベリンを突き立ててやる)

 

(この距離ならビームが当たる)

 

(キャノンでまず牽制)

 

(対艦ミサイルが残っている)

 

複数の選択肢を同時に思考、こちらの動きが解らなくなったのだろう。ブラウ・ブロの動きが鈍る。

 

「でも残念、全部ハズレ」

 

そう呟いて俺は、ミサイルとキャノン、そしてビームライフルを全て同時に発射する。至近距離から放たれたそれは、それでも半数以上が避けられてしまったが、キャノンの直撃を実現した。

 

『ぬう、こいつ!?』

 

渋いおっさんの声が混線してくる。クソが、やっぱりシャリア・ブルじゃねえか。

 

「止めだ!」

 

左側のユニットに被弾したせいだろう。推力のバランスを失い一気に鈍重になったブラウ・ブロに連続してビームを叩き込む。次々と破孔を穿たれたブラウ・ブロは黒煙を噴き出しながら漂流する。

 

『無念だ、たった3機のMSと相打ちとは…』

 

「え?」

 

戦闘用の思考から普段の思考に戻るにつれて、周囲に必要外の情報が戻ってくる。そして最初に聞こえたのは、

 

『嫌ぁっ!返事をして!シス!!!』

 

損傷した機体で悲鳴を上げる、レイチェル特務曹長の声だった。




シスちゃんにはいつもデルタカイに乗って貰ってます(外道

以下、作者の自慰設定

ジムスナイパーⅡ(オーガスタ改造機)
某研究チームが特殊な装置を搭載するために調達していた機体。しかし、その後更なる高性能機であるRX-80が実用化したことで同機は予備機に回される事になる。一部のパーツが試験目的でRX-80のものに置き換えられているため、型式や形状には差異が無いが、原型機に比べ10%程度の性能向上を果たしている。
予備機となったたため、HADESは未搭載である。代わりに教育型コンピューターが搭載されており、原型機よりも向上したカタログスペック以上に機体性能を引き出せる要因となっている。同機は4機が製造されたが、内1機はオーガスタ基地に保管、残りの3機がホワイトベース隊に送られている。


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75.0079/12/25

遅くなりました、今週分です。


「7小隊の子達がやられたのか!?」

 

敵MSの攻撃を回避しながら、通信に響いた悲鳴にアムロは思わずそう口にした。

 

『死ね!ガンダム!!』

 

そうしている間にも突進してきた青い機体が敵意の籠もった通信を混線させながらビームサーベルを振るってくる。その露骨な態度にアムロは強い不快感を覚える。

 

「戦争に、そんなものを持ち込むから!!」

 

アムロは無自覚であったが、彼の周りには比較的まともな軍人が揃っていた。無論そうでない人間がいることもジャブローで見ていたが、人間はどうしても自身の経験を重視してしまう生き物である。自分の知りうる軍人の多くが良識を持って職務に当たっている人間ならば、そちらが普通の軍人なのだと認識するのは無理からぬ事だった。故に私怨を口にしながら襲いかかってくるジオン兵を、彼はまともでは無い相手と判断する。そしてそうなってしまえば、彼が割り切るのに時間は必要なかった。

 

「はっ!」

 

突き出された腕をシールドで払い、敵機の頭部へバルカンを浴びせる。メインカメラを滅多打ちにされた相手が怯んだのを見逃さず腹部へ膝蹴りを入れて距離を離すと、即座にコックピットへ向けてビームライフルを構える。しかし発射するより先に赤いMSとMAによる邪魔が入った。

 

『下がれラル大尉!一人でどうにかなる相手ではない!』

 

「この声、やっぱりシャアか!」

 

四方から放たれるビームを圧倒的推力で回避しながら、アムロは周囲を確認する。幸いにしてランディ曹長の時のような不快感は無い。更に少し離れた場所でもう1機のMAが損傷し漂流するのが見て取れた。どうもそれは相手も理解しているらしく、アムロへ向かってくる火力の密度が更に上がる。その様子を見て彼は相手を少しだけ哀れんだ。

 

「この敵は戦い方を知らないんだ」

 

部隊の最大戦力である自分を早急に無力化したいという気持ちは解らないではない。だがそのために戦力の大半をつぎ込んでしまうのは悪手だと彼は思った。

 

「先ずは弱い部分から狙うなんて戦いの基本だろうに!」

 

尤もその評価はある意味外れていた。何故ならジオン側もそんな当然の基本が解らないはずが無いからだ。その上でこれだけの戦力を張り付けねばガンダムを止められないと判断したからこその戦力配分であったのだが。

 

『支援します!』

 

その言葉と共にビームガンを構えたジムが2機、MAに向けて攻撃を行う。最初の攻撃で小破したクラーク中尉とアニタ曹長の機体だ。その攻撃によってMAの行動に逡巡が生まれる。ごく僅かなものであったが、アムロにとっては十分過ぎる隙だった。

 

「やぁっ!!」

 

動きの鈍った敵のビーム砲、見えてしまえばアムロにとってそれを撃ち抜くのは造作も無い事だった。続けて放たれた4発のビームが正確にビーム砲を穿ち火球へと変える。このまま押し切る。そうアムロが決断しかけたその瞬間、強烈な殺気を感じてアムロは咄嗟にフットペダルを強く踏み込む。彼の判断の正しさを証明するように、一瞬前まで機体のあった空間をビームの光が通り過ぎた。

 

「新手!?」

 

彼の言葉を肯定するように、9機のリック・ドムが思い思いの武器を構えながら現れる。その中でも特に1機、先頭にいる角張ったバズーカを構えた機体は明確な殺気をこちらへ向けてくる。だが事態はそれだけでは収まらない。更に6機のリック・ドムがアレン達に向かって居るのが確認出来たからだ。装備と技量を鑑みて、まだ倒し切れる数だとアムロは考えた。しかしそこには損傷した4小隊の2人や撃墜されたと思わしき7小隊の生存は含まれない。

 

「どう、する?」

 

敵の撃墜か、味方の命か。唐突に迫られた選択に流石の彼も迷いが生じる。だが彼が決断するよりも早く状況は動き出す。彼の母艦が信号弾を放ったからだ。

 

「白2、青1。撤退命令!?」

 

アムロの言葉を肯定するように、4小隊のジムがゆっくりと後退を始める。アレン大尉達の方も、大尉のガンダムが牽制するように殿を務める中、アクセル曹長のジム・スナイパーⅡが損傷した7小隊の機体を曳航しつつ離脱を始めていた。

 

「逃げるときが一番難しいんだ」

 

戦術教育の際に大尉達が言った言葉をアムロは思い出す。撤退中は支援が受けにくく、さらに負傷した味方を守る必要も出てくる。更に彼等は普段よりも移動速度が落ちる場合が多い。敵の最大火力を奪ったとはいえあの数相手に味方を守り切ることは、アムロであっても不可能に思えた。そんな焦燥感を募らせる彼を救ったのは意外な相手だった。

 

「撤退命令、向こうも?」

 

シャアの乗る赤いMSから同じように信号弾が打ち上がり、敵軍に撤退の命令が下る。それは敵にとっても予想外だったのだろう。明らかに動揺した様子がこちらにも伝わってくる。だがそれが好機である事には間違いなかった。釈然としないものの、アムロ達はこの状況を利用して戦場を離脱することに成功した。

 

 

 

 

『何故撤退するのですか!?あの状況ならば仕留められた筈です!』

 

そう息巻く部下をシャアは厳しい声音で窘める。

 

「あまり敵を侮るな。足枷が居たからこそ奴は大人しく引いたのだぞ」

 

ガンダムの戦闘能力が既に非常識な領域にある事をシャアは痛感していた。手前味噌ではあるが、ジオンの精鋭であるエース2人にNTを交えてすら唯の1度も攻撃を掠らせることすら出来なかったのだ。手負いの味方を守らせながらであれば、あるいは撃墜できるかもしれない。しかしその為には確実にここにいる全員が死ぬことになるという確信がシャアにはあった。

 

「それに我々の任務は敵艦隊の足止めだ。あれに拘って戦力を消耗するのは避けたい、特にシャリア・ブル大尉達を失う訳にはいかんからな」

 

そう言って彼は大破したブラウ・ブロに視線を向ける。シャリア・ブル大尉の機体はそこかしこに破孔が出来ており、放電も起こしている。だが幸いにしてパイロットは無事のようだ。

 

『申し訳ありません、中佐』

 

「君に大事が無ければ良い。ブラウ・ブロはあくまでサイコミュの試験機だと聞いている。アジン少尉とドゥワ少尉も無事だな?」

 

そう謝罪してくる大尉にシャアはそう返事をし、続いてもう1機のパイロットである2人にそう問いかける。

 

『はい、中佐』

 

『問題ありません』

 

そう返事をする2人にシャアは内心ため息を吐いた。フラナガン機関から配属されたNTパイロットであるこの少女達を預かったのはマ・クベ大佐への増援を命じられた直後の事だった。対外的には双子とされているが無論そのような普通の少女達では無い。フラナガン機関が、正確に言えばフラナガン・ロム博士が初めて見いだしたNTの少女。その娘を徹底的に調べ上げるために生み出された複製品の内の一体、それが彼女達の正体だ。

 

(規定の水準は超えているとは、よく言ったものだ)

 

どの様な研究であれ、時間と資金を要求されることは変わりない。彼女達は軍からの資金を得るために準備されたいわば生け贄であり、最低限の労力で済むようにでっち上げられた存在だ。サイコミュの操作と軍人の知識だけを詰め込まれた彼女達をNTとして悪びれ無く引き渡してきたフラナガン機関の研究員を殴らなかった自身の理性を褒めて欲しいくらいだった。

 

「では我々もブラウ・ブロを回収しザンジバルへ戻るぞ」

 

そう言って彼は機体を母艦へと向ける。その間ランバ・ラル大尉が視線を向け続けていた事に、彼は最後まで気がつかなかった。

 

 

 

 

「気密の確認は取れているんだな!?冷却が済み次第コックピットの強制解放!」

 

「救護班来ました!」

 

「大丈夫、ちゃんとバイタルは反応してるから、助けるからね?」

 

大声が飛び交う格納庫のキャットウォーク。艦内用通信パネルを操作して、俺はブライト少佐を呼び出した。

 

『ご苦労だった、大尉』

 

「お忙しいところ申し訳ありません、少佐。状況は?」

 

敬礼をしつつ俺は早速そう尋ねた。シス伍長の事は気がかりだが、あの場で俺が出来ることは精々気休めにもならない言葉を吐き出すくらいだ。そんなことをしているくらいなら、俺は自分の責務を果たさなきゃならない。

 

『第3艦隊から敵と交戦中という連絡があった後、連絡が無い』

 

「まだ戦っている可能性は…無いんですね?」

 

『スレッガー中尉を偵察に出して確認した。全滅だそうだ』

 

「ぜっ!?」

 

戦艦1隻に巡洋艦が4隻、加えて軽空母まで居たんだぞ。艦載されたMSだって最低でも2個中隊だ。それが全滅?

 

『幸いと言うべきかは悩むところだが、敵艦隊は隠蔽していて積極的にこちらを襲撃しようとはしていないらしい。つまり』

 

「逃げるなら今のうち、ですか」

 

『そちらの状況は?』

 

その言葉に俺は頭を掻きむしりながら伝える。

 

「最悪ですよ、敵の新型MAと遭遇しました。最低でも2機です。それに赤い彗星と恐らく青い巨星、更に加えてMSが15機です。一応MAは2機とも中破までは追い込みましたが、正直気休めですね」

 

『言いたくはないが、最悪だな』

 

ブライト少佐の言葉に、俺は頷くしかなかった。艦隊一つを潰せる戦力に、加えてまだそれだけの部隊が残っている。運用されている機体から推察すれば、テキサスコロニーに入港したザンジバル以外にも艦艇が居ると考えるのが妥当だ。対してこちらは2個小隊が戦闘不能と来ている。

 

「逃げられる内に逃げるしかありませんね」

 

これだけの戦力となると流石に無視は出来ない。コンペイ島に駐留する予定の艦隊は最小限に抑えられる筈だから、野放しにした場合コンペイ島を再奪還される可能性すら出てきてしまう。唯でさえこっちは遠征艦隊なんだ。兵站拠点を失ったら立ち往生するのは目に見えている。

 

『ああ、我々は1度コンペイ島に帰還し状況を報告する。その後は、まあ状況次第だな』

 

そう言ってブライト少佐は溜息を吐く。無理もないだろう、恐らくこの部隊の対応は俺達第13独立部隊に一任されるだろうから。




感想欄を見て、

>強化兵が生き残るのが幸福とは限らない。

成る程、そう言う考えもあるのか!(作者は何かをオボエタ)


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76.0079/12/26

「普通じゃなくて良かったわね、アンタ普通だったら死んでたわよ」

 

目を覚ましたシス・ミットヴィル特務伍長が最初に目にしたのは、貼り付けたような笑顔でタブレットを確認するブランド・フリーズ中尉だった。

 

「…私?」

 

そう口にしたところで、彼女は全身に強い痛みを感じる。

 

「ビームが掠めたせいで、コックピットの中が蒸し焼き状態になったのよ。心肺機能を強化してなかったら肺が焼けて死んでたわね。それか全身の火傷でショック死か。まあ、あんた達の場合、死んじゃった方が幸せかもしれないけどね」

 

「死ぬ、のはイヤ」

 

痛む口を動かしてシスはそう呟く。するとフリーズ中尉は表情を消して口を開く。

 

「そ、なら暫く安静にしてなさい」

 

それだけ言うとフリーズ中尉は席を立ち部屋を出て行ってしまう。シスは眠気に後押しされ、再び瞼を閉じた。

 

 

 

 

「あら、隊長自らお見舞いかしら?」

 

「彼女の容体は?」

 

フリーズ中尉の軽口を無視して俺はそう問いかけた。中尉は気にした風もなく俺の質問に普段通りの表情で答えた。

 

「それなりに重傷ってとこかしらね。少なくとも年内に回復する見込みはないわ」

 

事も無げに言ってくる彼に苛立ちを感じて、俺は大きく深呼吸をした。今のは俺が悪い。

 

「そうか、ホワイトベースの設備で問題は?」

 

「時間がかかる以外は無いわね。でもそれは承知してくれるんでしょう?」

 

「ああ、皆も納得してくれている」

 

実戦での損傷データは有益だから、後送すれば間違いなく検体に回される。彼女達の扱いについて改めて痛感させられる言葉を聞かされた俺達は、負傷の度合いを偽ることでホワイトベース内に匿うことにした。正直フリーズ中尉の協力無しには成り立たないのだが、意外にも彼はあっさりと賛同してくれた。まあその理由は俺達よりも打算的なものだったが、むしろだからこそ信用出来た。

 

「お優しいこと。ま、この艦が沈まないよう頑張って頂戴」

 

言いながら手を振りつつ去って行くフリーズ中尉を見送り、俺は医務室の中を覗く。ベッドに寝かされたシス特務伍長は目を閉じて規則的な呼吸を繰り返している。それを見て俺は少し安堵すると、今度は格納庫へと向かった。そちらでは大破した7小隊のジムスナイパーⅡを前に、難しい顔で腕を組むレイ大尉とその横でタブレットを睨むロスマン少尉が居た。

 

「お疲れ様です」

 

「ああお疲れ、アレン大尉。何か用かな?」

 

「用事とまではいきませんが、現状把握と言う奴です」

 

俺の言葉にレイ大尉は肩をすくめる。

 

「良くないね。7小隊の機体は復旧不能と考えて貰った方がいい」

 

思った以上に悪い報告を聞いて、俺は思わず顔を顰める。

 

「そんなにですか?見た限りだと手足を交換出来れば何とかなりそうですが」

 

「その手足が問題なんだ。オーガスタの連中好き勝手に弄り回していてな、標準生産品がそのまま取り付かん。腰回りからやられたシス特務伍長の機体などはオーガスタに戻さなければ修復出来ないそうだ」

 

「分解して共食いは出来んのですか?」

 

「提案したんだが、パイロットと同じで随分特殊な機体らしくてな。上の判断が要るそうだよ。暢気な連中だ」

 

俺も呆れて溜息を吐く。あいつら自分が安全な研究室にでも居ると勘違いしてるんじゃないか?

 

「駄目ですね、コンペイ島の方にも問い合わせましたけど、SPの在庫なんてありません」

 

ジムスナイパーⅡは所謂オーガスタ系と呼ばれるモデルの最上位機種だ。問題はこのオーガスタ基地が、生産拠点としては貧弱だと言うことだろう。元々連邦軍は北米における軍需物資のほぼ全てをキャリフォルニアに集約していた。オーガスタは兵器開発の研究施設で、製造能力は一応有しているものの、大規模な生産ラインなんて当然持ち合わせていなかった。キャリフォルニアベースが陥落した際に大慌てで整えたものの、ジャブローなど既存の生産拠点には遠く及ばないのが実情である。そんな場所で生産される最上位モデルとなれば当然生産数など知れていて、引く手数多のそんな機体が倉庫に残っていよう筈も無かった。第一グレードの下がるコマンドですら他の部隊ではエース向けの上位モデル扱いなのだ。スナイパーⅡを一般隊員向けの様に扱っているウチの方が異常と言える。

 

「何処もコンペイ島攻略の損耗を回復している最中だからな」

 

原作に比べれば遙かに少ないとは言っても要塞攻略で損害が出ないはずがない。俺達が参加している第3艦隊に至ってはテキサスゾーンで分艦隊を丸ごと喪失しているのだ。はっきり言って普通のジムすら足りていないだろう。

 

「一応ボールなら、その2機ほど回せるらしいんですけど」

 

いやいやいや。

 

「SPでも骨な相手にボールなんかで挑めばどうなるかなんて言わんでも解るでしょう?戦力になんてとても数えられませんよ」

 

そうロスマン少尉に文句を言うと、横で聞いていたレイ大尉が真剣な表情で口を開いた。

 

「戦力な。聞きたいんだが大尉、どんな機体を持ってくるにしても、彼女達は戦えるのかね?」

 

「それは」

 

俺が言葉に詰まっていると、レイ大尉が近寄って来て小声で提案してくる。

 

「いっそこのまま機体調達が出来ずに予備パイロットというのはどうだ?」

 

それも考えなかった訳じゃない。そもそも俺に何かあったら戦えなくなる人員なんて、真面な戦力としてなんて数えられないからだ。だが現実と言う奴はそう簡単には収まってくれないものなのである。

 

「遊ばせているなら返却を求められる、とフリーズ中尉が」

 

「つまり戦場には出しつつ、戦力として問題ない運用をしなければならんと。上は何を考えてこんなことをしているのか!」

 

それについてはまあ、解らなくもない。

 

「それ自体は簡単でしょう、アムロ准尉やララァ少尉。彼等のような優秀なパイロットを人為的に量産出来れば、戦術的優位の確立は酷く容易になる」

 

戦術面での選択肢が増えればそれだけ戦略目標の達成は容易になるのは明白だ。そしてそれは早期の決着に繋がるだろう。それ以外にも多くの思惑はあるのだろうが、その大元が連邦の勝利に根ざしている以上、大抵のことは黙認されてしまう。

 

「滅茶苦茶だな、敵も味方も」

 

そう溜息を吐くレイ大尉に心の底から同意する。ああ、やっぱ戦争ってクソだわ。

 

 

 

 

「よう、隣いいかい?」

 

レイチェル・ランサム特務軍曹が食堂で俯いているのを見たカイは、トレーを持ってそう話しかけた。

 

「待機中は重力区画が使えるから有り難いよな。ハンバーガーとチューブじゃ味気なくっていけねえや」

 

そう言ってカイは返事を待たずにレイチェル軍曹の横に座ると食事を始める。献立はパスタをメインに肉とサラダ、そこにフライドポテトとスープだ。早速パスタを口に放り込みながら、カイは横目でレイチェル軍曹を見る。彼女は相変わらず俯いたまま、目の前の食事に手をつけようともしない。

 

「食わんのはもったいないぜ、パイロットの飯は豪勢だからよ。ほら、肉だって本物だぞ」

 

「……」

 

沈黙を続ける彼女から視線を外す。厨房からは心配そうな表情でこちらを窺うタムラ料理長とミハル一等兵の顔が見えた。カイは少しだけ頭を掻くと、スープを飲んで再度口を開く。

 

「良かったじゃねえか。シスちゃん助かったんだろ?生きてりゃ何とかなるさ」

 

カイの父は医者であったから、多少他よりも医療に明るい。今の時代火傷程度なら簡単に再生出来る。負傷自体は不幸であったが、命が助かっていれば案外なんとでもなるのだ。そんな励ましを送ると、レイチェル軍曹は小さな声で話し出す。

 

「…私」

 

「ん?」

 

「私、アレン大尉を助けなきゃって、隊長なのに、それしか頭になくて、気がついたらシスが撃たれてて、それで私も、カチュアも…」

 

今度はカイが黙り込み、彼女の言葉を聞く。

 

「何も出来なくてっ、こんなんじゃ、わ、私達、す、捨てられてっ」

 

「んで、捨てられるのが怖いから、失敗出来ないから、ここで俯いてる訳だ」

 

手にしたフォークでパスタをかき混ぜる。程よいトマトの酸味と肉の旨味の凝縮されたタムラ料理長自慢のミートソースは冷めても美味いが、やはり温かいうちが最高だ。それを放棄してまで気を遣うのだから、少しくらい語っても許されるだろう。そんな気楽な心持ちでカイは口を開いた。

 

「お前らってさ、大尉大尉ってくっついてる割に、アレン大尉の事なんも見てないのな?」

 

「え?」

 

その突き放した物言いにレイチェル軍曹が驚いた表情になる。どう見てもエリス准尉より幼い容姿の彼女達であるから、皆の対応が甘くなるのは仕方の無い事と言える。だからカイはあえて厳しい言葉を彼女へぶつける。

 

「失敗するのって、おっかねえよな。指さされて笑われて、次に上手くやっても言われるのさ、でもアイツはこの前失敗したってさ」

 

くるくるとフォークを回してパスタに渦を作りながらカイは続ける。

 

「もっと怖いのは、お前さんが言う通り見限られる事だよな。こいつは駄目だって、失敗したって失望されて、なーんも期待されなくなる。言葉にしなくても態度で解るんだよな、お前は要らないって言ってんのがさ」

 

「っ!」

 

レイチェル軍曹が息を呑むのを聞いても、カイは視線を向けぬまま言い放つ。

 

「だからさ、お前らなーんにも見えてねえよ。要らないなんてよ、捨てちまおうなんて思ってる奴が、あんなに必死で駆け回るかよ」

 

そう言うと彼は本格的に食事を始める。少しばかり冷えて味を落とした夕食を手早く掻き込むと、さっさと席を立つ。

 

「もう一度、よーく見てみろよ。それでも信じられねえってんなら、そうやってシケた面して俯いてりゃいいさ。戦争はこっちでやっとくからよ」

 

食器を片付け、彼は食堂を出る。その顔には僅かではあるが笑みが浮かんでいた、それは彼の耳に食器がこすれる音が聞こえたからだった。




読者様が言っておられる。彼女達は“まだ”死ぬべきでは無いと。

そうですよねー、女の子はやっぱり幸せなのがイイヨネー。


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77.0079/12/27

「揃ったな、では作戦内容を通達する」

 

戦艦マゼランの作戦室には第3艦隊に所属する艦長達が集められていた。当然その中には第13独立部隊の2人も含まれる。ブライト・ノアは緊張した面持ちで前方のモニターを見ていた。

 

「諸君も知っての通り、昨日コンペイ島にレビル将軍率いる第1連合艦隊が到着。本日未明、第2連合艦隊と共にア・バオア・クー攻略のため進軍を再開する。が、ここで件の艦隊が問題となっている」

 

そう言ってワッケイン少将は眉を寄せながらモニターを拳で2度叩いた。

 

「旧ルウム宙域、通称テキサスゾーンの暗礁宙域に極めて有力な敵艦隊が潜伏している。既に派遣された我が第3艦隊の分遣隊が壊滅させられている事は諸君も承知していると思う。この艦隊が後方攪乱に回った場合、少なくない被害が発生することは明白である」

 

そこでワッケイン少将は言葉を切ると、室内を1度見回した。ブライトも僅かに視線を動かして周囲を窺うと、皆一様に覚悟を決めた表情をしている。

 

「…我々第3艦隊は第13独立部隊と協同し、この艦隊の掃討に当たる。既に1度交戦した彼等の報告によれば、遠隔操作式のビーム砲を装備するMAが最低でも2機。これに加えMS2個中隊及びその母艦が確認されている。しかしこれは敵戦力の一部である事が確定している。何故なら13独立部隊がこれらと交戦している間に分艦隊は壊滅しているからだ」

 

「既存の戦力評価に当てはめれば、敵は不確定部分のみでも我が艦隊と同等の戦力を有していることになりますが?」

 

指揮官の一人が挙手をすると、その様に意見を述べる。分艦隊が短時間で逃走も許されずに壊滅したと言うことは、少なくとも倍以上の戦力に襲われたと見るべきだ。そして戦力の約4分の1を喪失している第3艦隊と比較するなら安易に仕掛けられる相手ではない筈だ。

 

「諸君らの懸念は尤もである。しかし事は急を要する、2時間前にコンペイ島にて整備中だった第2連合艦隊の艦艇が攻撃を受けた事は承知しているはずだ。既に敵は攻撃の準備を整えている、ならば背後に防衛対象を抱えるよりも打って出る方が選択肢も増えるというものだ」

 

コンペイ島が要塞としての機能を回復していたならば別の選択もあったが、残念ながらそうはなっていなかった。ソロモンとア・バオア・クーの両要塞を短期間で陥落させる事で、ジオンに戦力の立て直しを図らせぬまま物量で押し切ると言うのが連邦宇宙軍の立てた戦略だからだ。この為コンペイ島として再利用されているソロモンは艦艇整備のためのスペースゲートの復旧が最優先であり、索敵装置や砲台などの要塞機能については後回しにされていた。何よりも少ないながらも既に被害が出ているのが決定的である。物量で強引に平押しをする以上、その数が減ることは単純に作戦成功率を下げる要因となる。ティアンム中将が第3艦隊に迎撃を命じるのは無理からぬ事と言えた。

 

「30分後、我々はコンペイ島を出発し旧ルウム宙域へ向かう。暗礁宙域手前でMSを展開、通信網を確立しつつ宙域を啓開。敵艦隊の索敵・撃滅を行う、何か質問は?」

 

つまり何が潜んでいるかも解らない藪に棒を突っ込んでかき混ぜてみるという、何とも乱暴な方法だ。栄えある先鋒は自分達が拝命する事になるだろうとブライトが覚悟を決めていると、ワッケイン少将は予想外の言葉を口にする。

 

「第13独立部隊は艦隊中央で待機。君達は即応部隊として、戦域全体へのカバーをして貰う。出来るな?」

 

「はっ!了解しました」

 

ワッケイン少将の問いにローランド中佐が即座に応じる。ブライトも中佐に倣い、慌てて敬礼をすると、少将は少し表情を崩して口を開く。

 

「大いに頼りにしている。では諸君、作戦開始だ」

 

その言葉を皮切りにブリーフィングは解散となり、艦長達はそれぞれの艦へと戻って行く。その中にあってブライトは最後まで残り、ワッケイン少将に問いかけた。

 

「失礼します、ワッケイン少将。少し宜しいでしょうか?」

 

「うん?どうした、少佐」

 

「その、部隊配置の件なのですが。我々を前衛とした方が宜しいのではないかと愚考いたします」

 

誇張でも何でもなく、事実として現在の第13独立部隊は精鋭である。間違いなく後手に回るであろう今回のような作戦では、瞬間的な対応能力の差が被害の多寡を決めることを理解しているブライトは、全体の損耗を抑える事を考えそう口にした。しかしワッケイン少将は苦笑と共に首を横に振る。

 

「貴様の言葉は尤もだが、大事な視点が抜けている。ガンダムが矢面に立って居るところに態々好き好んで突撃してくる敵が居ると思うかね?」

 

「あっ」

 

それはブライトには抜けていた考えだった。それも無理からぬ事で、ホワイトベースはこれまで執拗に狙われ続けてきていたから、敵が自分達を避けるなどとは思いもしなかったのである。確かに少将の言う通り、精強な敵は避けて弱いところを突くと言うのは戦術的に至極真っ当な判断である。ならばこの配置も納得出来た。

 

「それにな、私は君達には重要な任務を任せなければならない」

 

「重要な任務、でありますか?」

 

ブライトが聞き返すと、ワッケイン少将は真剣な表情で頷く。

 

「そうだ。君達、いや正確にはガンダムにだな。先程コンペイ島が攻撃を受けた事は言ったな?」

 

「はい」

 

詳細はまだ伝えられていないが、少なくともサラミスとコロンブスが1隻ずつ沈んだという連絡は受けている。

 

「まだ確定していないため伏せられているが、実はあれは不明な新兵器。それも小型の遠隔兵器によるものではないかと推察されている」

 

何しろコンペイ島には大量の人員が詰めているのだ。攻撃を目撃した人間も一人や二人ではない。それらの証言を纏めれば、おのずと輪郭は見えてくる。

 

「君達が既にビーム砲を遠隔操作するMAと戦っている事も考えれば、そうした兵器があっても何も不思議ではない」

 

少将の言葉に納得しつつも、それがガンダムとどう繋がるのかブライトには理解出来ず戸惑ってしまう。するとワッケイン少将は表情を変えぬまま言葉を続けた。

 

「ニュータイプの軍事利用の中に、そうした技術があるという報告が提出されている。ならばそうしたニュータイプにはこちらもニュータイプをぶつけるしかあるまい」

 

「それが、ガンダムだと?」

 

「解らん。だがあのガンダムのパイロット達が特別であるとは私は感じている。ならば同じ様な事は出来ても不思議ではないはずだ」

 

その言葉にブライトは小さな違和感を覚える。だがそれを明確な言語に当てはめるより先に、ワッケイン少将が彼の肩を叩き口を開く。

 

「君達がこの作戦の要と言って良い。頼んだぞ」

 

「…はっ」

 

ブライトは短く答え、敬礼するのが精一杯だった。

 

 

 

 

「グラナダに戻れとは、どの様な意味でありましょうか?」

 

「そのままの意味だよ中佐。君達のここでの任務は完了した。グラナダに戻り次の任務に備えたまえ」

 

取り付く島もない声音で、マ・クベ大佐はシャアを見ようとすらせずにそう命じてきた。その態度にシャアは語気を強めて応じる。

 

「先程の出撃は調整であります、大佐。次の出撃では更なる戦果をお約束します」

 

彼の言葉に対して、マ・クベ大佐は一度小さく溜息を吐くと、冷めた目でシャアを見てきた。

 

「赤い彗星も随分と小さくなったものだな。それとも私の買いかぶり過ぎだったか?」

 

返事に窮するシャアに対し、マ・クベ大佐は淡々と言葉を紡ぐ。

 

「大局を見ろ中佐、既に敵は主力を送り出している。後方攪乱が成果を上げるのは正面戦力が拮抗していてこそだ」

 

マ・クベ大佐の言葉の意味をシャアは正確に理解した。ソロモンが陥落した今、ジオンにとってア・バオア・クーは絶対の防衛線になる。だがその内情は決して楽観視出来るものではなかった。何しろ防衛のために戦力をかき集めた結果数こそ体裁を整えたものの、内情は酷くお粗末な事になっているからだ。最も懸念すべき点は指揮系統の乱立だった。元々ア・バオア・クーを預かっている親衛隊は数が少ない。ソロモンからの撤退組は数が多いものの指揮を執れる様な将校の多くを失っている。グラナダからの増援はそれらを兼ね備えているが立場的に余所者であり、ソロモン撤退組との間に確執もある。

 

「解ったようだな。私は先程の戦果に満足しているからこそ君達を送り出すのだよ。我々の行動を無駄にしないためにもな」

 

NT部隊に配備されているMAは、どれも単独で多数の敵を相手取る事を想定したものだ。効率よく運用するならば、木馬にぶつけるよりも敵本体を狙うのが正しい。ブラウ・ブロ2機を損傷に追い込んだガンダムをシャアは強く警戒していた。特に軽装の高機動仕様の方は、まるで何時撃たれるのか解っているような回避を何度もされている。それは部隊の訓練で良く感じる感覚であり、つまりそれはガンダムのパイロットがNTである事を示唆していた。

 

「しかしガンダムは連邦のNTが運用していると思われます。そちらは如何なさるのですか?」

 

そうシャアが問うと、マ・クベ大佐は笑って答える。

 

「NTというのは厄介だな中佐。こちらの考えを見透かし、まるで未来を予知するかのごとく振る舞う。戦士としてそれがどれ程危険な存在か、私も認識しているつもりだ。故にその答えは至って単純だ中佐。真面にやり合えぬ相手なら、真面に相手をしなければ良い」

 

幸い君達が稼いでくれた時間で準備は出来ている。そう大佐は言うと、表情を真剣なものに戻し言葉を続ける。

 

「ア・バオア・クーはギレン大将が直接指揮を執られるだろう。そうなれば突撃機動軍は使い潰される可能性が高い。…キシリア様はそれを防ぐためア・バオア・クーへ向かうはずだ。貴様の部隊には、それの護衛も任せたい」

 

「キシリア閣下が?」

 

「動かんという選択はあり得ん、キシリア様の性格的にもな。問題は閣下の性格をギレン大将が把握している事だ。安い挑発で大事な戦力を磨り潰されてはかなわん。無茶に応じられるだけの部隊が必要だ」

 

「その役目を、私達にせよと?」

 

シャアの言葉に大佐は再び笑いながら口を開いた。

 

「嫌とは言わせんよ。少なくともガンダム相手に正面から戦いを挑め、などと言うよりは遙かに簡単な仕事だ。そうだろう?」

 

その言葉にシャアは敬礼をしてみせる。するとマ・クベ大佐は一度頷き命令してきた。

 

「宜しい。では話は以上だ、己の職務を果たしたまえ、シャア・アズナブル中佐」




マ「我々は臆病なのでね。正々堂々となどやらんよ、ガンダム」


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78.0079/12/27

「こりゃ一杯食わされたかな?」

 

キャノンに装備されている長距離用カメラ越しの映像を眺めながら、俺はそう呟いた。宙域の啓開作業は概ね順調。仕掛けられたトラップの解除に手間取ってはいるものの、ここまで損害無しに進んでいる。

 

『どういう意味?』

 

そう聞いてきたのはマッケンジー大尉だ。彼女の疑問に俺は思ったことを素直に話す。

 

「本気でこちらを仕留めるつもりにしては、トラップが杜撰過ぎる。まるで見つけてくれと言わんばかりだ」

 

そのくせどれも装置自体は手が込んでいて解除に時間がかかる。一帯を艦砲で吹き飛ばしてはどうかと言う意見も出たが、ミノフスキー粒子のせいでセンサーが全く役に立たない状況でそんなことをしたら光学や熱源まで使えなくなってしまうので、流石にそれはリスクが高すぎると却下された。だがおかげで進軍は牛歩の歩みになっている。

 

『確かにこちらを遅滞させようと言うなら選択肢の一つだけれど、随分と迂遠じゃないかしら?』

 

そうも感じる。もしかしたら敵は本当に余裕が無くて、こんな杜撰な敷設しか出来なかったんじゃないか?分艦隊との戦闘で消耗が激しく、こちらと殴り合えるだけの戦力が無いからこんな搦め手を使うんじゃないか。そんなこちらにとって都合の良い状況を想定したくなる絶妙なラインを突いてきている。ただなぁ。

 

「どうにもやり方が似通っていると思わないか?オデッサと」

 

テキサスゾーンでギャンが現れたのだ。ならばここにマ・クベがいても不思議じゃない。搦め手好きの奴がいるとすれば、この都合の良さも奴の仕込みなんじゃないかと思えてしまう。同じ事を考えたらしく、通信に耳を傾けていた連中は一様に顔を顰めた。

 

『なんだかこう考えているのも術中に嵌まっている気がします』

 

『かといって闇雲に動けるものでもないでしょう?』

 

『大尉的にはどうなんです?』

 

そんなん俺に振られても困るんだけどな。

 

「こういう時は最悪を想定して動くのが賢明だろうな」

 

つまり今ならばトラップが杜撰なのはブラフで戦力がしっかりと残っている場合だ。正直あり得ないと思いたい状況だが相手が策士として有名なマ・クベなら、ただ遅滞を行うだけなんてありきたりな戦法で済ませるだろうか?分艦隊を壊滅させた戦力だってはっきり言って未知数だ。

 

(…そもそも、俺達は何かを見落としているんじゃないか?)

 

口に出して見ることで違和感が更に強まる。トラップで仕留めるつもりはない、単純な時間稼ぎならもっと巧妙にトラップを仕掛ける。艦隊の上層部はどうして同等の戦力と評価した?

 

「分艦隊を一方的に沈めるには戦力が必要。だが暗礁宙域に潜伏出来る数には限りがあるし、十分な戦力があるならそもそも小細工を弄さずにコンペイ島を叩きゃいい。ならこれはブラフ?本当に戦力が無いから、最大限足掻いてこの状況?」

 

今だけを切り取って見るならば、そこにおかしさはないように思える。じゃあ、この違和感はなんだ?

 

「あっ」

 

そこまで考えて、俺は漸くその正体に気がついた。第3艦隊の戦力を拘束するだけならば、連中は最初の戦闘で達成しているのだ。何しろ居ると解っている以上こちらは戦力を割かざるを得ないのだから。ならば何故態々もう一度攻撃を仕掛けてこちらを刺激する必要がある?

 

「連中の目的は、最初から兵站線への攻撃じゃないか!」

 

『ど、どうしたのよ急に?』

 

「だから兵站線への攻撃だよ!」

 

連中は俺達の事なんて最初から眼中に無いんだ。恐らく任務を遂行する上で可能なら倒してしまおう位の価値しか見出していない。

 

『おい待てよ大尉殿、言いたいことは解るがそりゃ幾らなんでも無茶じゃないの?暗礁宙域は広いったって、そりゃデブリに隠れてこそだぜ』

 

困惑しつつもスレッガー中尉がそう否定の言葉を口にする。輸送船団を襲撃するなら当然それなりの戦力が必要だ。普通に考えれば最低でも艦艇を含む規模の部隊が想定される。それだけの規模になれば暗礁宙域から飛び出した瞬間に捉えられるだろう。だがその前提こそが連中の仕掛けたトリックなのだ。

 

「MAだよ!火力と航続力を重視したMAなら、発見出来ないような少数でも十分船団襲撃を実行出来る!」

 

それこそGファイターのような機体を数機用意すれば事足りる。そしてジオンには相当するMAが存在するのだ。

 

(そう考えると、最初の戦闘でブラウ・ブロを見せたのもこちらの意識をそっちに誘導するためか?)

 

ビグロだ。データベースを検索しても該当する報告がないから、まだ連邦軍はその存在を知らない。ブラウ・ブロやエルメスは強力な機体だが、非常に巨大で艦艇並みの大きさになる。そして強力だとは言っても船団を単独で襲撃出来るほどではないから、見つけるのはそれ程難しくない。サイズもそうだがあの2機は移動の全てをバーニアで行うから、どうしても隠蔽性が低くなる。尤も戦闘能力がそれを補って余りあるから、通常の偵察機などで捕捉し続けるのは極めて困難であるのだが。対してビグロはMSに比べれば大型ではあるものの先の2機に比べれば半分程度の大きさである。更にアームを備えているからMS程ではないにせよAMBACによる静粛移動が可能だ。加えて瞬間的にMSパイロットの意識を失わせる程の高加速が可能であり、偵察機相手にも振り切ることが可能だ。そして搭載されている熱核ロケットエンジンは極めて長大な航続力を付与している。

 

「コンペイ島に警告するべきだ。連中は俺達を護衛対象から引き剥がしてその間に好き放題するつもりだ――」

 

言い終わるより先に、閃光が啓開作業に当たっているジムを貫いた。

 

「なっ!?」

 

その光は傲慢な俺をあざ笑うかのように次々と降り注ぎ、第3艦隊のMS部隊を次々と屠っていく。思い上がりも甚だしい。原作を知っているからといって、俺は相手を読み切ったつもりでいたんだ。だがそんなことは全くなくて、連中は俺が考えるよりも遙かに狡猾で優秀だった。つまりは、

 

『デブリの中から狙撃されているぞ!?MS隊を下がらせろ!』

 

『サモア及びキプロス被弾!か、艦隊も攻撃されています!』

 

悲鳴が通信に溢れかえる。なんという事は無い。ジオンの連中は、コンペイ島を襲撃しつつ、ついでにこちらを屠る算段を付けた上で俺達を誘い込んだのだ。

 

 

 

 

「数は最も安易な戦力の拡充方法だ。それは間違いでは無い」

 

チベ級の艦橋でシートに深く座り込みながらマ・クベは手の中の陶器を弄びつつそう呟いた。

 

「数的有利というのは解りやすいからな。多少の練度の差や装備の不利、戦術の拙ささえ覆せる」

 

元々戦術や武装とは、数の不利を補うために編み出されたものである。故に彼は数の脅威を正しく認識していた。尤もそれは、同時に孕んでいる脆弱性についてもであった。

 

「有利に戦うために数を揃える、全くもって正しいとも。だが闇雲に増やしすぎればどうなるか?」

 

武器の性能が、戦術が巧妙化するにつれて物量による暴力はその数を飛躍的に増大させる事になる。しかし物質というものは何であれ有限である。限界がある以上数のみでそれらに抗うことが出来なくなるのは当然のことで、その不足を補うために武器や戦術に頼る事になるのは必然と言えた。

 

「武器も戦術も高度に発展した現代戦の根幹を支えたのは通信だ。既に将一人が持て余すほどにまで膨れ上がった数を軍たらしめるには、迅速かつ正確な意思疎通の手段なしには有り得ない」

 

そこで彼は愉快そうに笑う。

 

「少数で小分けにした我が軍を見て貴様らが笑っていたのをよく覚えているぞ?貧乏人の虚勢だとな。宜しい、数の暴力を存分に発揮して見せたまえ、出来るものならな」

 

ミノフスキー粒子散布下において通信が阻害される問題は両軍共に認識していた。その上で連邦軍は既存の戦い方を継続するために通信機能の強化で対応しようと考えた。それは決して誤った選択という訳ではない。事実地球における戦いではその通信技術の差が物量を有効活用させ、ジオンを宇宙へ追い出すことに成功したのだ。だから彼等はその問題を解決すること無く再び宇宙へとやって来た。

 

「ドズル閣下も、もう少し知恵を働かせていればソロモンも保っただろうに」

 

ミノフスキー粒子散布下において、確実に通信を確立出来るのは有線あるいはレーザー通信である。有線は当然ながら回線の長さという制約があるし、レーザーには対象間に障害物が存在してはならないという制約がある。上空という比較的障害物の存在しない地上ならばともかく、宇宙空間ならばこれらを妨害する手段など幾らでも存在した。

 

「点火だ、それから2分後に信号弾を発射しろ。戦闘開始だ」

 

彼の命令に従って化学ロケットを取り付けられたデブリが連邦艦隊へ向けて一斉に動き出す。そのどれもが命中すれば艦艇でも被害を免れない大きさだ。案の定連邦艦隊はこれを迎撃し、周囲に大量のデブリをばらまくことになる。艦艇どころかMS相手でも無力となったそれは、しかしレーザー通信に対する致命的な障害へと成り変わる。

 

「MSさえ手に入れれば同じ土俵だと思ったか?巨大組織の悪いところだな、組織改革の動きが鈍すぎる」

 

当たり前が奪われると人は酷く混乱する。上官が常に命令を出し、状況を問えばオペレーターが答えてくれる。そんな至れり尽くせりな状況で戦う事に慣れきった連邦兵は、情報が遮断されるだけで簡単に浮き足立ち烏合の衆へと成り下がる。そして一度混乱が広まってしまえば、将官の統率能力を超えた数が再び理性を取り戻すのは不可能に近い。通信機能を強化する事で旧来の編成を維持した連邦軍の将官にとって、現状は正しくその状態であった。

 

「狙撃班は任意に攻撃、ビッグ・ガンはここで使い潰して構わん。射撃完了次第再度デブリ弾を撃ち込め、今度は花火付きの方もだ」

 

そうしてマ・クベは小さく一呼吸置いて、もう一つ命令を下す。

 

「それから選抜隊を発進させろ、至急だ」

 

その言葉に艦長のデラミン中佐が驚いたように目を見開く。選抜部隊は文字通りMS隊の中から腕利きを集めた言わば艦隊の切り札であり、当初の想定ではこの戦いに参加させる予定ではなかったからだ。咄嗟のことにデラミン中佐が復唱出来ずにいると、マ・クベは少しだけ不快そうな表情になると再度口を開く。

 

「どうした中佐、私は選抜隊の出撃を命じたが?」

 

「は、その、宜しいのですか?」

 

その受け答えにマ・クベは隠そうともせず大きな溜息を吐いてみせる。

 

「連邦も間抜けだけではないと言うことだよ、中佐。それとも君は油断して負けた指揮官として名前を後世に残したいのかね?」

 

慌てて発艦命令を出す中佐を見ながら、マ・クベはシートに深く座り直しつつ、この時初めて戦術モニターへと視線を送った。

 

「やはり来るか」

 

そこにはこちらの艦隊へ向けて、最短距離で突撃してくる敵のマーカーが映っていた。




おかしいんです。この辺りはア・バオア・クー戦の前菜みたいなもんだから1話でサクッと終わるはずだったのに、全然終わってくれないんです。
※73話からこの話の決着まで1話で終わらせる予定だったらしい。


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79.0079/12/27

今週分です。


デブリの中を縫うように、青い噴射光の尾を引いてガンダムが駆け抜ける。溺れる程撒かれたミノフスキー粒子のせいでレーダーは殆ど頼りにならないと言うのに、信じられない速度で先行する2機の後を必死になって追っていく。どっかの赤いヤツが体を使うのはニュータイプでも訓練しなければ条件は一緒なんて嘯いていたけど、あの前提多分間違ってるわ。広範囲を視覚に頼らずに認識出来るということは、それだけ次の行動の予定を立てやすくする。ついでに言えば常時そうした情報処理を行っている彼等の脳は、凡人よりも遙かに高速でそれらを処理する訓練を何時も行っているようなものだ。だからデブリの中を、正気を疑う様な速度で移動しながら的確にスナイパーにビームを叩き込む様な芸当が出来るのだ。俺?言っただろ、ついて行くのも一苦労どころか順調に距離を離されているよ!

 

「なんで俺まで一括りかね!?」

 

浮遊していたデブリを機体の彼方此方にぶつけながら、俺は思わずそう泣き言を漏らす。だが艦隊司令から命じられては嫌とは言えぬ、すまじきものは宮仕えである。

 

『ガンダムは敵本隊を捕捉し強襲せよ』

 

滅茶苦茶である。だが命じられてしまった以上可能な限り応じる義務が俺にはあって、ウチの出鱈目な部下達はなんだかんだそれが出来そうな雰囲気を醸し出していた。だからつい聞いてしまったのだ。

 

「アムロ准尉、ララァ少尉。悪意が一番強い場所は解るか?」

 

肯定の言葉が返ってきてしまえば否応無い。取りあえずそいつらを潰してこいという命令が秒で下り、俺達は仲良くデブリの中を敵へ向かって突撃することになった。

 

『見えた!』

 

そんな言葉が通信に響くと同時に先行していた2機が左右に別れる。その動きに追随して俺も翡翠色のガンダム、ララァ少尉の方向へ機体を移動させた。間髪入れず元いた場所をビームの雨が通り過ぎる。

 

『遅いのよ!』

 

ララァ少尉がそう言いながらビームを放つ。敵の数は4個小隊12機、その全てがゲルググだ。間違いなくこの部隊が敵の切り札だろうことを確信して、俺は頬を吊り上げた。

 

「残念だったな、それじゃ届かんぜ」

 

精鋭と呼ぶに相応しい動きで懸命にガンダムを追うが、足りない。宇宙世紀において恐らく最強のパイロットと現時点で用意しうる最高峰のMSを相手取るには、全てが全く足りていない。先頭のゲルググがシールドで初弾を防がされる。許容値を超えるエネルギーを受けたシールドが耐えきれずに爆発し、一瞬敵小隊の視界を遮った。そしてその時間があれば、後続の2機を墜とすなど彼女には造作も無い事なのだ。視界が回復するより先に放たれた2発のビームが、ゲルググの胸から上を吹き飛ばす。誘爆こそしなかったものの、視界と上半身を失った事による急激な質量変化に制御が追いつかなくなったそれらは不格好に回転しながら戦闘不能に陥る。その頃には最初の1機は90ミリガトリングによって蜂の巣にされていた。この間に30秒も経っていない。

 

『そこだ!!』

 

アムロ准尉の迎撃に向かった部隊はもっと不幸だ。何しろ今の彼にはシールドを構えても意味が無い。正確に守れていない部分を巴戦の最中に狙撃され瞬く間に数を減らしていく。

だが艦隊の防衛はその精鋭部隊だけではない。二人の戦いに浮き足立った直掩機達が吸い寄せられるようにこちらへ向かって来た。しかしザクとリック・ドムで混成されたそれは装備も技量も先のゲルググ達に比べれば遙かに劣っているのが一目で解る動きだった。

 

「正気かよ!」

 

派手に動く2機に完全に気を取られているのか、俺に対して無防備に敵機が突っ込んでくる。思わずそう叫びながらミサイルを放つと面白い様に被弾し、瞬く間に3機が火球に変わる。このタイミングで漸く相手はこちらが2機では無く3機である事に気がつくが、残念ながら遅すぎたとしか言い様がない。

 

「貰ったぁ!」

 

連装ビームライフルでMSを牽制しつつ、バックパックのキャノンを放つ。標的にしたムサイは艦橋と主砲にそれぞれ対艦用砲弾の直撃を受け、内部から膨れるように歪むと火を噴きながらゆっくりと漂流を始めた。

 

「次!」

 

近付いてきた敵機に残りのミサイルを撃ち込みながら次の艦を狙う。視界の端ではミサイルに回避を強要されたザクが、ララァ少尉の放ったビームに撃ち抜かれて爆発していた。これをゲルググと戦いながらやれるのだから、敵からしたら正に悪夢だろう。まあ味方の俺には関係の無い話である。コンバットボックスを組んだ敵艦隊の中央に位置するチベ、恐らく旗艦と思われるそれに向かってトリガーを引きつつ、俺はそんな事を考えていた。

 

 

 

 

人間とは余りにも理不尽な状況に追い込まれると、寧ろ笑えるのだとマ・クベは理解した。切り札であった選抜部隊。預けられた貴重な転換訓練済みのゲルググ部隊がたった2機のMSに翻弄、否圧倒されている。

 

「3機目が賑やかしのように見えるが、違うな」

 

重武装の3機目も十分強い。恐らく選抜部隊の1個小隊を差し向けても勝てるかは難しいところだ。だがそれ以上に残りの2機が規格外過ぎる。

 

「戦場を個人の武が支配するか、まるで神話の世界だな」

 

この作戦にマ・クベは用いることの出来る全てをつぎ込んだ。古来より戦いとはその場に至るまでにどれだけ準備を整えていたかによって決まるものである。火砲が発達し一個人の膂力が陳腐化した現代において、その価値観は決定的なものになっている筈であった。

 

「エースパイロットか」

 

MSは確かに戦場の様相を一変させた。高度な通信網と電波探知を封じられ退化した世界に最適化された巨人は、同時に懐かしい存在を戦場へ連れ帰る。突出した技能によってより多くの戦果を上げる者、即ちエースパイロットと呼ばれる種類の人間である。MSの特性上その復活はある程度予測出来ていた事であるし、ジオンではそれをプロパガンダとして積極的に用いてきた。その能力をマ・クベも疑ってはいない。戦場の支配者であった戦艦をただ一人の人間が操る機動兵器が沈めるなど、費用対効果という言葉を口にするのも馬鹿らしいほど効率的であると言えるだろう。だがそれでも軍全体が上げた戦果から言えば多少の差でしかなく、その多少の差で戦局が覆るなどと言うのはあり得ない事だった。今日までは。

 

「ヤツは最も新しい神話になるだろう」

 

たった3機のMSが、その個の力だけで戦場を支配してみせる。NT兵などという眉唾を欠片も信じていないマ・クベであったが、現実として目の当たりにしてしまえば認めざるを得ない。数を並べるだけの戦争は終わりを告げ、これからはエースパイロットと彼等に応えられる強力な機体を揃える事に重きが置かれる戦争となるだろう。自分達は今、その始まりを体験しているのだ。

 

「残念だ」

 

マ・クベは視線をサイドテーブルに置かれた青磁に向ける。自分は伝説の一部、最初の敗北者の一人として歴史に名を刻まれる。そして彼等が居る以上、最早ジオンに勝つ術は残されていない。

 

「これも、良いものなのだがな」

 

悠久の歴史を歩んできた青磁を自らの敗北に付き合わせてしまう事に申し訳なさを感じながら、彼はビームの閃光に包まれた。

 

 

 

 

『もっと丁寧に飛んでくれよ!スレッガー中尉!!』

 

「喋っていると舌噛むぞ!黙ってスコープ覗いてろっての!」

 

激しく暴れる機体を慎重に操作しながらスレッガー・ロウはカイ・シデン軍曹にそう怒鳴り返した。暗礁宙域での戦闘ということで再び留守番となる筈だった彼は今、コンペイ島防衛の要としてコントロールスティックを握っていた。

 

(簡単に言ってくれるよ、全く!)

 

防衛戦力が釣り出されているこの機会を敵が逃すとは思えない。アレン大尉の言葉は間もなく敵MA隊の発見という形で真実となる。そして対応出来る戦力は事前に覚悟を決め、艦隊の中央で温存されていたホワイトベースのみであった。

 

「間に合ったのは601だけだ、602も急いで用意するが期待しないでくれ」

 

「603はそのまま使うのかい?レイ大尉」

 

「あっちは我々がしっかりと手を入れたからな。急造品とは違うのだよ」

 

スレッガーの質問に自慢げな表情で答えるレイ大尉。それを乗っている本人に言ってしまうのはどうなのだとスレッガーは内心頬を引きつらせるが、今はそれよりも優先すべき事を実行する。

 

「そんで、こりゃどう使うんで?」

 

対艦ミサイルの間に強引にくくりつけられているのは202号機、カイ・シデン軍曹のガンキャノンだ。本来ならば装備しているはずのバックパックの武装は全て外されて懸架されている。

 

「いいか中尉、君の仕事はガンキャノンを射点まで運ぶことだ。対艦ミサイルは弾頭を不活性化させたもので初期加速に使う、燃焼を終えたら切り離してしまえ。後はとにかく加速して敵に追いつく。後はガンキャノンの仕事だ」

 

計算上は問題ない。そんなどう聞いても不安になる言葉と共に発艦した後の道中は中々に刺激的だった。運ばれているカイ軍曹は全く楽しめなかったようで、先程から不平不満が止まらない。

 

『ピザの配達だって今日日もっとましな運び方だぜ!?』

 

「男がごちゃごちゃ騒ぐんじゃないよ!見えたぞ!」

 

敵の噴射光を発見したスレッガーはそう叫ぶ。徐々に近付いていくと、それは濃緑色に塗装された菱形のような機体だった。先程までの騒ぎようが嘘のようにカイ軍曹は黙り込み、そして間を置かずトリガーを引いた。

 

「ほっ流石」

 

放たれたビームは最後尾を飛んでいた機体を正確に貫き一瞬で爆発させる。その爆発で先行していた残り2機がこちらに気付くが、その動きは対照的だった。

 

「迎え撃つつもりか!?」

 

『私が抑えます!!』

 

先頭の機体が反転してこちらを向く。敵機との距離が見る間に近付く中、僚機のエリス・クロード准尉がそう叫び敵に向かってロケット弾を発射する。

 

「頼む!」

 

敵の火力は未知数だが片方が足止めに残ったと言うことは、単機でも十分な損害を与えられると踏んでのことだと判断したスレッガーは即座にエリス准尉の提案を承知する。即座に彼女は巴戦に移行し、スレッガー達を狙おうとする敵機を妨害する。こちらが追撃していることを理解した最後の1機が懸命に機体を振って射線を躱そうとするが、それは残念ながら徒労に終わる。機体のサイズからすれば十分機敏ではあるが、それでもMSに比べれば遙かに鈍重なそれを、カイ軍曹が捉えられない訳がないからだ。再び無言で放たれたビームが推進器を貫き、推進剤に引火したのかMAが大爆発を起こす。

 

『ビグロが、こうも簡単にっ』

 

そう口惜しげな台詞と共に、最後の敵もエリス准尉の手によって屠られる。

 

「恨んでくれるなよ?あんたらだって殺そうとしたんだ、殺されもするさ」

 

目を焼いた敵機の爆発光にスレッガーは呟き、そして一度目を閉じる。再び目を開けた彼は、普段の陽気な声音で口を開く。

 

「よし、上出来だお前さん達!帰ったら俺が一杯奢ってやる!」

 

『俺ら未成年ですよ、スレッガー中尉』

 

「ばっか野郎、そこは気分でしょうが。ほら帰還するぞ!」

 

後の連邦軍に大きな意識の変化を呼ぶ事になるテキサスゾーン海戦は、こうして連邦軍の勝利で幕を閉じる事となった。




ちょっとスランプしてまして、暫く更新が滞ります。
筆休めでスランプってなんだ(哲学:配点10)


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80.0079/12/30

今週分です。


宇宙世紀0079、12月30日。ア・バオア・クーを目の前に地球連邦軍艦隊は大混乱に陥っていた。攻撃開始直前に接触を図ってきたデギン・ソド・ザビ公王の座乗していたグワジン級戦艦グレート・デギン、そしてその対応のために移動したヨハン・イブラヒム・レビル大将を含む第1連合艦隊の半数が一瞬で消滅したからだ。

 

「第1連合艦隊の状況は?」

 

「第1艦隊並びに随伴していた第8及び第9艦隊が通信途絶しております」

 

「第4艦隊は無事なのだな?ワイアット中将に繫いでくれ」

 

「はっ!」

 

通信を繋げさせながら、ティアンム中将は深呼吸をする。そして自らの過信を密かに後悔した。第3艦隊のワッケイン少将経由でジオンが強力な秘密兵器を持っているのではないかと言う連絡は受けていたのだ。尤もそれは確たる証拠のあるものではなくごく一部の兵士が発した勘が根拠であり、本来ならば一笑に付すようなものだ。それでもある程度の警戒を促したのは、それを口にしたのがあの第13独立部隊の兵士だったからだ。だがそれでも国の最高責任者を囮として用い、更に諸共吹き飛ばすなど誰が想像するだろうか。

 

『ティアンム中将、悪い知らせだ。第1と8・9艦隊は消滅した』

 

「こちらでも確認した。残存戦力は?」

 

回線が繋がると同時にそう切り出してきたグリーン・ワイアット中将にそう問い返す。すると彼は真剣な表情で口を開く。

 

『私の第4艦隊並びに第6艦隊は無傷だ』

 

「成る程、つまり何も問題は無い訳だな?」

 

ティアンムの言葉にワイアット中将は一瞬目を見開くが、直ぐに普段通りに余裕のある笑顔になるとそれに応じてくる。

 

『ああ、全くもって何も問題ないとも。では予定通りに』

 

「了解した」

 

通信が切られるとティアンムは一度深く呼吸をした。そして腹に力を込めて命令する。

 

「現時刻よりア・バオア・クー攻略を開始する!ソーラ・システム展開!パブリク隊に通達、直ちにビーム攪乱幕展開作業に入れ!」

 

混乱は未だ収まっていない。しかし発せられた命令に対し、連邦軍将兵は自らの役目を全うするべく動き出す。それはジオンと連邦の組織としての地力の差もあったが、それよりも連邦軍が今回の反攻作戦に合わせて行動指針を大幅に変更したことが大きい。以前の連邦宇宙軍の軍事行動は有機的かつ柔軟性に富んだものだった。強固な通信網の構築と徹底した士官の養成によって軍という集団でありながら一個の生物がごとく判断し即応する。それこそが数以上に連邦軍の強みだったのだ。しかしミノフスキー粒子によってその強みを失った連邦は、新たな戦い方を構築する必要が発生する。大抵の場合そうしたドクトリンの変更は大きな混乱を招くものであるが連邦は人類の血塗られた歴史の継承者であったために、即座に代替を選定するに至る。それこそが大規模作戦ドクトリンだった。

その内容は単純にして明快で、作戦実施前に徹底した戦闘計画を作成し、各部隊がそれに則って行動するというものである。この方法の利点は、まず戦闘が始まった後に複雑な状況判断を必要としないことである。事前に決められた内容に従って部隊を運用するため常に状況に合わせて最適な行動を取るなどの所謂理想的な運用は望むべくもないが、その分判断に必要な要素は絞られる。これによって連邦軍は強固で複雑な通信網の構築から解放される。そしてもう一つの利点が、作戦が開始されてしまえば連邦軍は止まらないという点だ。何しろ各指揮官には、事前に実行すべき作戦目標が明確に設定されているのだ。作戦前に総司令官が死のうが作戦実行に何ら支障は無い。それはつまり、今の連邦軍を止めるには、軍全体に作戦の継続が困難になるだけの損害を与えなければならないと言うことだ。正に物量の優位を前面に押し出したドクトリンである。

 

「レビル将軍を殺した程度で戦いに勝てると思ったら大間違いだぞ、ジオン共」

 

 

 

 

「ひ、光と人の渦が溶けて…、あれは憎しみの光だ」

 

「アムロ?どうしたのアムロ!?」

 

「なんなの、これ?気持ち悪い」

 

コロニーレーザーが発射されたその頃、俺達第13独立部隊では少なくない混乱が生じていた。突然アムロ准尉やエリス准尉を筆頭に複数人が体調不良を訴えたからだ。

 

「一体どうなってんのよ?まさかウィルスとかじゃないでしょーね?」

 

「それならパイロットだけじゃ済まんさ。多分原因はもうすぐ解る」

 

そう俺がスレッガー中尉に言った矢先、オスカー准尉の口から第1連合艦隊が敵の攻撃を受けて大打撃を被った事が伝えられた。

 

「多分原因はこれだ。大量の人死にに当てられたんだろう」

 

「どういうことだい?」

 

スレッガー中尉の疑問に喋りすぎたかと一瞬後悔するが、どうせ彼等も今後末永く付き合っていく事になるだろうと思い直し説明する。

 

「NTと呼ばれている彼等が妙に勘が良いのは相手の思考や感情を知覚出来るからだ。今回のは恐らく一遍に大量の負の感情を受け止めちまったんだろう」

 

死ぬ瞬間の恐怖を数万人規模でぶつけられれば誰だって具合くらい悪くなるだろう。俺がそう説明すると、周りの連中が微妙そうな顔でこちらを見てくる。なんだよ?

 

「その、アレンは平気なの?」

 

探るような声音でマッケンジー大尉がそう聞いてきた。ああ、そう言う事ね。

 

「そりゃ平気だよ、俺はNTじゃないからな」

 

だから宇宙が青くなんて見えないし、人の思念なんてものを感じる事だって出来ない。

 

「その割には随分と詳しいじゃないの?」

 

疑念の目を向けてくるスレッガー中尉に俺は溜息と共に応じる。

 

「ララァ少尉との縁で一時期NT研とは関わりがあってな。その時に少しばかり聞きかじったのさ」

 

本当は単なる原作知識だけどな。俺は頭を掻きながら口を開く。

 

「つまりどの位の心理的負担がアムロ達にかかっているかは皆目見当が付かんと言う訳だ。本来なら出撃を見合わせるよう具申したいところだが」

 

そう言って視線をブライト少佐に向けるが、彼はしかめ面で首を横に振る。

 

「我々は少々有名になりすぎた。当然ガンダムが3機いることも知れ渡っている。この局面で出撃を見合わせては全体の士気に関わる」

 

俺達が配置されたのはSフィールド。宇宙要塞ア・バオア・クーの細くとがった方で主力となる第1と第2連合艦隊とは真逆の方向から要塞へ攻撃を行う事になっている。配置されている数は少ないものの実は練度の高い部隊が集められていて、防衛線の突破を期待されている。尤もあくまで本命は第2連合艦隊が運用するソーラ・システムだが。

 

「ありがとうございます、アレン大尉。でも僕なら平気です」

 

健気にそんな事を言ってくるアムロ准尉。そんな彼の姿に慈愛の視線を向ける女性クルー。お?なんだいきなり。ラブコメ時空にでも迷い込んだか?

 

「わ、私も大丈夫です!」

 

エリス准尉もそんな所で張り合わんでよろしい。

 

「まあ落ち着けよ。先の戦闘で例のMA共が現れなかった。6小隊が追いかけたのも別の機体だったろう?となれば連中はア・バオア・クーにいる可能性が高い。そうなればお前さん達は切り札だ、温存しても罰は当たらんさ」

 

最低でもジオングにエルメス、ブラウ・ブロは配備されている筈だ。ガンダムの性能が上がっているとはいえ油断は出来ない。

 

「そういえば7小隊のお嬢ちゃん達は大丈夫なのか?姿が見えんが?」

 

「あの子達なら今格納庫よ。レイ大尉の手伝いをしているみたいだけど?」

 

「手伝いって、機体の調整か?しかしありゃあ…」

 

質問に答えたフリーズ中尉の言葉に、スレッガー中尉が顔を顰める。テキサスゾーンの戦闘後に俺達は第3艦隊と共に補給を受けたのだが、やはりというかMSの補給はジムのB型が1機とボールが3機という有様だった。何しろ第3艦隊のMS隊も随分と被害を受けてしまったから、そちらの補給のためにジムですら払底していたのだ。次の補給を待てば渡せるとの事だったが、戦局がそれを許してくれない。俺達には早急にア・バオア・クー攻略へ合流しろとの命令が発令されていたからだ。おかげで7小隊の装備はボールになった訳なのだが。そんな話をしているとタイミング良くレイ大尉から連絡が入り、俺は格納庫へ呼び出される。そして向かった先には、見るも無惨に弄くられたガンダムの姿があった。

 

「あの、レイ大尉こいつは?」

 

「連中のオールレンジ攻撃、だったか?それに対抗するための追加装備だ」

 

そう言われた俺のガンダム3号機には、バックパックに強引にボールが2機取り付けられていた。

 

「余計なコックピットを廃した分のスペースに推進器とジェネレーターを搭載。武装はフィフティーンキャリバーを2基に近接用のビームガンを2基装備している。基本的な操作は従来機と同様だな」

 

「今コックピットが無いと言っていたと思いますが?」

 

俺がそう聞くとレイ大尉は真面目くさった顔で言い返してきた。

 

「ああ、だから母機側で操作する。制御用の有線は最大300mだ、当然切れたら使えなくなるから注意してくれ」

 

言いながら俺を掴んでレイ大尉はコックピットまで飛び上がる。そして開放されたそこを見るように促してくる。…うわ。

 

「全天周囲モニターが広くて助かったよ。サブシートを二つ入れられたからな。ここからレイチェル特務曹長とカチュア特務伍長がオプションユニットを操作することになる」

 

みっちりと詰め込まれたコックピットは非常に乗り心地が悪そうだ。というかこれ万一脱出する場合に滅茶苦茶大変じゃないか?そんな俺の心を読む様に、大尉は俺の肩を叩いて別の方向を指した。

 

「併せてシールドを防御重視の物に変える。バックパックを交換したから、キャノンとミサイルランチャーはサイドスカートに移植した。計算上は問題ないはずだが、反動の制御には注意してくれ」

 

一見滅茶苦茶な仕様だが、まあこれからやることを考えればある意味間違いでは無い構成だろう。何しろ相手の防衛線を突破して要塞に取り付こうなんていう作戦の先鋒を任されるのだ。アムロ准尉達を温存するなら、その分は誰かが補う必要がある。

 

「ま、これでもテストパイロットですからね。やってみせますよ」

 

幸いにも実験機に乗るのは慣れている。それに構成を見る限り追加装備は全て切り離せる仕様だ。少なくとも妙なOSやらシステムを組み込まれている機体に比べれば遙かに良心的と言えるだろう。俺の言葉にレイ大尉は一瞬目を見開くと、苦笑しながら返事をする。

 

「そういえばそうだったな。大尉、頼んだぞ」

 

決戦は直ぐそこまで迫っていた。




そろそろ一年戦争には終わってもろて。

以下作者の自慰設定。

ガンダムFAパッチワーク
オデッサ作戦及びジャブロー防衛戦で損傷したガンダム3号機をガンダムNT-1プロトのパーツを移植、修復した機体。同じ小隊のアムロ・レイ准尉の様な運動性による回避が望めないと判断された事から重装甲化されている。外観はチョバムアーマー装備時のアレックスに似ているが脱着機構は存在せず、純粋に装甲が増設されている。また材質もガンダムの通常装甲と同等品に変更されている。反応装甲としての効果をオミットしていることや、ハニカム素材との積層構造を簡略化しているために純粋な防御性能ではチョバムアーマーに劣るものの、全備重量が大幅に抑えられているため加速性能やバーニアを使用した機動の低下は少ない。また完全に装甲が一体化しているため、副次的に機体剛性が向上しており、240ミリキャノン砲や多連装ミサイルポッド等を追加で装備可能としている。


ガンダムFAパッチワーク(AR試験型)
テキサスゾーンにおける戦闘によって、ミノフスキー粒子環境下においても単独で同時に複数目標と交戦可能な機体の有効性が本格的に検討される事になる。特に第13独立部隊のような少数精鋭を前提とした部隊では多数を相手取れる機体というコンセプトは魅力的であり、現地改修の範囲内という限定されたものではあったが試作が許可されることとなった。
同機は既に改造されていたガンダム3号機をベースにオールレンジ攻撃を可能とする追加武装を装備する方向で試作される。同部隊で損傷機から取り出されたジェネレーター及び推進器を受領したRB-79“ボール”に移植することで攻撃用オプションを制作、これをガンダム本体に有線接続し制御する方式を採用している。しかし当然ながらジオンのMAに用いられたサイコミュなどは連邦側では実用化されていないため、オプションを運用するための人員が必要であり、その結果ガンダム3号機はMSとしては異例と言える3人乗りの機体となってしまった。それでも同機の残したデータは連邦にとって貴重な実働データとなり、後のNT専用機開発に役立てられることになる。
因みに同機の開発提案はテム・レイ大尉が、ホワイトベース隊第7小隊の面々を艦内に留めおく為にでっち上げたものであり、性能面では不必要な現地改修である。


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81.0079/12/30

今週分です。


「ブラウ・ブロは要塞の直掩に回す。シャリア・ブル大尉、ジオングは使えそうか?」

 

「はっ、アジン少尉とドゥワ少尉用にサイコミュの調整をしております。30分程で出撃可能とのことです」

 

「頼む。ラル大尉、MS隊の様子はどうだろう?」

 

「酷いもんだよ中佐殿、あのゲルググ乗りは数合わせにもならん。リックドムの方はソロモンの連中だからまだマシだが、数がな」

 

「部隊の他の者はゲルググに乗り換えられないか?」

 

シャアの言葉にランバ・ラル大尉は眉を顰めながら返事をした。

 

「無茶を言うな中佐。どいつもこいつもお前さんの様に器用な訳じゃない」

 

ザンジバルのMS隊は地上からの撤退時に臨編された者達がそのまま宛てがわれていた。彼等は地上でドムを操縦していたためリックドムへの転換が短期間で済んだが、コックピットのレイアウトすら異なるゲルググではそうはいかない。この問題は他の部隊でも発生しており、ベテランと呼ばれるパイロットの多くは機種転換が間に合わないままア・バオア・クーの防衛に就いていた。

 

「仕方あるまい。ゲルググはブラウ・ブロと共に要塞直掩に当てよう。となると打って出られるのは我々の中隊とジオングにエルメスか」

 

「中佐!私も出撃させて下さい!」

 

考え込むシャアにそう叫ぶ声が届いた。見ればアジン少尉達によく似た少女が、真剣な面持ちでこちらを見ている。

 

「ペッシェ・モンターニュ少尉、もう良いのか?」

 

「問題ありません。ですから私も!」

 

その後ろでは彼女の保護者とも言えるアシュレイ大尉が、不安そうな面持ちで彼を見ていた。シャアは顎に手を当てつつ、懇願してくる少女に率直な評価を伝えた。

 

「ペッシェ、君にはNTとしての素養がある。しかしそれが軍の求めている水準に達していないことは君自身が良く解っている筈だ」

 

グラナダにおいて実施されていたサイコミュ兵器の稼働実験。ペッシェ・モンターニュは一度としてそれを成功させていない。そしてそんな彼女がこの部隊に送られてきている意味もシャアは大凡察しが付いていた。故に彼は彼女の願いを却下する。

 

「それはっ、今度こそ成功させて見せます!」

 

「言葉は実績が伴って初めて説得力が生まれる。そして君の実績を鑑みた上で私の判断は任せられないだ。ここは試験場ではない、君の失敗が誰かの死に繋がることを自覚した上でそう言っているのかな?」

 

辛辣とも思える言葉に、ペッシェ少尉は俯き肩をふるわせると格納庫から飛び出していく。アシュレイ大尉はこちらに向けて一度敬礼をするとそれを追いかけていった。それを見送っていると、横にいたランバ・ラル大尉が鼻を鳴らした。

 

「お優しいことだな、中佐殿」

 

「ラル大尉はお守りをしながら戦うのが好みかな」

 

肩を竦める大尉を横目に見ながら、シャアはこの後をどうするべきか考えていた。ガルマとドズルを葬った木馬には思うところがあるものの、既に彼の心はジオンから完全に離れていた。サイド3の独立は不可能と思える時点まで状況は行き詰まっており、その指導者達は父の謳ったNTを優秀な殺し合いの道具に名付けて戦場へ投げ込んでいる。そしてこの瞬間に至っても未だ相互の不信を乗り越えるどころか肉親を謀殺し、徒に傷口を広げ続けるザビ家は人類にとって無用の存在だと彼は考える。

 

(問題は、この状況でどう始末をつけるかだ)

 

排除するとしても、今殺せば良いと言うような単純な話ではない。何しろ連邦軍へ既に攻撃を行っている。この瞬間に殺してしまえばジオン軍が混乱することは必至であり、そうなれば多くのスペースノイドが彼等の道連れにされるだろう。

 

「厄介な事だな」

 

「ああ、だがジオンはまだ負けておらん」

 

思わず出た言葉に、見当違いの返事をするラル大尉に思わずシャアは苦笑する。ダイクン派であるこのランバ・ラル大尉ですら、この状況もギレン・ザビならば打開出来ると信じている。逆を言えばギレンが死亡した場合、誰一人としてその後を引き継げる者がいない。サイド3を国家としてまとめ上げるために、一個人に異常なまでの権力を集中させた弊害だった。

 

「とにかく、あの鏡をどうにかしてからの話だな」

 

ソロモンを焼いた連邦の新兵器。彼にはその破壊が命ぜられていた。

 

 

 

 

『既に第1及び第2連合艦隊は戦闘を開始、ソーラ・システムの露見によって敵部隊はNフィールドに移動しつつある。我々はこの隙を突いてSフィールドの突破を図る』

 

狭苦しく感じるコックピットの中で、俺はワッケイン少将の演説を聞いていた。

 

『敵の卑劣な罠により我々は多くの戦友を失った。だがその様な行いは我々の成すべき事に些かの陰りも与えるものではないと私は確信している。総員戦闘配置、地球連邦軍軍人としての責務を果たせ』

 

その言葉を皮切りに、周囲の艦艇が次々と増速しア・バオア・クーへと進撃していく。先陣を切るのは今回もパブリク突撃艇だ、ソロモン戦で半数以上を損耗したというのに、彼等は恐れること無く再び突撃を敢行する。

 

『MS隊発進準備!』

 

命がけの帚星達を見つめていると、俺達にもお声がかかる。とはいえ俺はする事が無い。何せ装備でデカくなりすぎた俺の機体はペガサス級のカタパルトで射出が出来ないため、事前に船外待機をしていたからだ。

 

『想定よりも敵防衛部隊が前面に出ている。第1攻撃部隊はこれを排除、突入隊の進路を開鑿せよ!』

 

「聞こえたな?W101より各機へ、全機前進し敵部隊を叩け!」

 

『『了解!』』

 

俺の指示に応えて4小隊と5小隊の機体が次々と発進する。更に2小隊のガンキャノンがホワイトベース周辺に展開した。

 

『またお供させて頂きます』

 

『この編成も大分慣れたな、案外相性が良いのかもしれん』

 

そう言って俺の後ろに付いたのはウェンライト中尉とフェン少尉だ。グレイファントムの方では1小隊分の欠員が補充されないままなので小隊を再編したらしい。本来彼等はララァ少尉と小隊を組んでいるが、はっきり言って俺と同じく技量がかけ離れすぎていてお荷物にしかなれないと言うのが実情だ。その為ララァ少尉とアムロ准尉はペアで戦ってもらっている。二人ともなんとも微妙そうな顔をしていたが、仲良くやって欲しいものだ。

 

「前衛を叩いちまえばこっちのもんだ!徹底してMSを狙え!特に新型、ビーム持ちを優先しろ!」

 

俺はそう指示を出しながら機体を前へと進ませる。ゲルググのビームが脅威ということもあるが、それよりも重要なのはゲルググの方が墜とし易いからだ。オデッサ作戦以降の連邦軍はとにかく速度重視に作戦を行っていて、ジオン側の態勢が整わないよう動いている。その結果最新鋭機であるゲルググがロールアウトしているにもかかわらず、多くの兵士が機種転換を終えられずに前線に張り付いたままなのだ。だから今この戦場に居る大半のゲルググは数合わせの新兵や学徒兵が搭乗している。そして数が減ってしまえばベテランの乗る機体は数で圧殺出来る。実に胸くそ悪い判断であるが、戦場に出ている以上容赦などしない。それで死ぬのは味方だからだ。

 

「レイチェル!カチュア!」

 

「「はい!」」

 

突貫作業のため、ボールの火器管制は俺のシートからは出来ないようになっている。流石に接続時にブースターとして使えるとの事だが、攻撃中はレイチェル達がボールそのものの角度まで操作してしまうから危なっかしくて使えたものじゃない。なので素直に諦めてただのガンポッドとして運用しているがその火力は中々侮れない。フィフティーンキャリバーの砲弾はMSが運用している100ミリや90ミリよりも連射性能に劣る反面、弾速・威力共に優越しているからだ。問題はボールの制御システムが追いついておらず、射撃に大幅な制限がかかっていたことだろう。量産機に採用された低反動砲と違い、既存の武装から流用された同装備は、ボールという機体が運用するには些か過大な武装だったのだ。だがそれもガンダムと言う母機と教育型コンピューターによるバックアップがあれば問題ない。

 

「この程度の相手なら!」

 

「墜ちちゃえっ」

 

俺の指示した通りレイチェル達は積極的にゲルググを狙う。そしてその攻撃は俺の予想した結果と違わず、次々と敵機に突き刺さる。

 

『ひっ、わぁぁ!?』

 

自機が被弾している状況で冷静な行動が取れる人間は少ない。当然素人に毛が生えた程度のパイロットにそんな事が出来る筈もなく、撃たれたゲルググは統制を欠いてそれぞれ好き勝手な行動に出る。その場でシールドを構える位は可愛いもので、逃げようと慌ててバーニアを思い切り噴かし、味方に衝突する機体まで現れる。衝突によってオートバランサーが強制的に起動してしまったそいつらは、仲良く友軍の火線に絡め取られ爆発する。

 

「次!」

 

「下手っぴ!丸わかりよ!」

 

肉体を強化されている彼女達は反応速度も常人のそれを上回る。それこそNTでもなければ彼女達の射撃を躱すことなど不可能と言ってもいい。オプションから吐き出される砲弾が次々とゲルググを襲い、あっと言う間に3機を撃墜、更に3機を友軍機と共同撃墜する。

当然そんなことをしていれば機体の異様さも相まって滅茶苦茶目立つ。何せ部隊の先頭で敵機を墜としまくっているのだ、それも新兵ばかり狙っているとなれば敵意も一入と言うやつだろう。まあ、それも想定内な訳だが。

 

「っと!」

 

攻撃されていなかったリックドムがこちらに向けてバズーカを放ってくる。ジャイアント・バズと呼ばれるこの武器は、ビーム兵器が登場した現在も極めて強力な携行火器として運用されている。本来ならガンダムであっても回避が推奨される威力を持つが、俺は敢えて左手のシールドで受け止めた。激しい閃光と衝撃が機体を襲う、しかしそれだけだ。

 

「お返しだぜ!」

 

ガーディアンシールド。ジム・ガードカスタムと呼ばれる防御に特化したジムの派生機用に開発されたこの装備は艦砲の直撃にも耐えられる。当然ジャイアント・バズ程度の攻撃ならば余裕で防げる性能だ。そして取り付けられた90ミリバルカンはNT-1の腕部に搭載されているものを長砲身化したものだ。取り回しは悪いがMSを相手にするなら十分な火力を持っている。フィフティーンキャリバーとは比べものにならない発射速度で形成された弾幕に攻撃を仕掛けてきたリックドムが晒され、ボロ雑巾の様にズタズタに引き裂かれた。それを見てしまったゲルググが錯乱したようにビームライフルをこちらに向けて乱射してくる。だがそれらも全てシールドに阻まれてしまう。

 

「上出来だ」

 

攻撃が集中するということは、それだけ他が自由になるということだ。そしてそんな隙を逃してやるほど連邦軍はお人好しじゃない。案の定俺への攻撃に意識を持って行かれた奴らを筆頭に、多勢に無勢となった連中も次々と撃破されていく。

 

『こちら37MS小隊!我Sフィールドを突破しつつあり!』

 

威勢の良い言葉と共にジムやボールが突撃していった。楔を打ち込まれた場所から戦火が野火のように広がっていく、ア・バオア・クー攻略戦は確実に激化していった。



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82.0079/12/30

今月分です。


「同じ手を何度も使うとは舐められたものだ」

 

敵艦隊を観測中のモニターを眺めながら、ギレン・ザビはそう皮肉気に頬を吊り上げた。

 

「予定通り衛星ミサイルを発射しろ。キシリア、残敵掃討をお前の部隊に任せる。出来るな?」

 

「はい、兄上」

 

連邦軍の要塞攻略兵器であるソーラ・システムはコストパフォーマンスに優れた兵器と言える。何しろ原理自体は大量の鏡を並べているだけなのだ。たとえその数が数百万枚であろうとも価格でいえば戦艦1隻と大差ない。それでいて要塞に大打撃を与えられるというのだから実に効率的な兵器に見えるだろう。だがソロモンの戦闘詳報を読んだ時点でギレンはその問題点を即座に看破した。

 

「衛星ミサイル、予定通りに起爆!」

 

「命中まで3、2…今!」

 

「光学観測にて命中を確認!37%の損傷を与えました!」

 

「他愛もない。暢気な道具を使うからその様になる」

 

そう言ってギレンは鼻で笑う。ソーラ・システムの根幹である鏡は姿勢制御用のバーニアしか持たないため運動性は絶望的だ。更に構造やその運用思想上装甲化されている訳もない。故にそれなりの速度でデブリをぶつけてやれば簡単に無力化出来る代物だ。ソロモンでは展開までの発見が遅れたことに加え新兵器でありその性能が看破されていなかったが故に手痛い損害を受けたが、事前に露見しているならばその対処は容易い。

 

「目標損傷率50%を超えました!」

 

「戦線を押し上げる。キシリア」

 

「はい、NT部隊を出撃させい!」

 

そうキシリア・ザビ少将が命じるとスペースゲートの一つが開き、そこからゆっくりと足のないMSが出撃する。更に赤いゲルググとリックドムが続き、その後ろから群青に塗装されたMA、エルメスがゆっくりとその身を虚空へと進める。

 

「数が少ないようだが?」

 

その様子を見たギレンはキシリアにそう問いかける。事実NT部隊として軍に登録されている戦力からすれば、半数近くが出撃していなかった。その質問にキシリア少将は事も無げに答える。

 

「残敵相手ならば全力出撃させるまでもないでしょう。まだまだ敵は居ります故」

 

「随分と余裕だな。公国の興廃はこの一戦にかかっているのだがな?」

 

ギレンの皮肉にキシリア少将は一瞬目を細めるが、変わらぬ調子で口を開く。

 

「では、もう少しだけ余裕を持たせましょう。おい、例の機体も出撃させろ」

 

「は、しかしパイロットの調整が…」

 

「構わん。あの程度の敵ならばそんなものは必要ない」

 

「り、了解しました」

 

強い口調でキシリア少将がそう断じ、慌てた様子でオペレーターが出撃を指示する。その様子をギレンは愉快そうに眺めていた。

 

 

 

 

「クスコ少尉、エルメスは運動性に欠けるから前には出すぎるな。ルロイ曹長とフレデリック曹長は私と共にエルメスの直掩に当たれ」

 

『はい、中佐』

 

『『了解です』』

 

部下達の返事を聞きながらシャア・アズナブルは思考を巡らせる。今の所木馬発見の連絡はない。しかしこの戦いは連邦軍にとっても決戦と呼んで差し支えないものである、ならばそこに連中が現れないとは考えられなかった。連邦軍のNT部隊と目されている木馬と対峙するのは自分達の役割であるが、これは奇貨なのではないかとシャアは考え始めていた。

 

(腐敗した組織と見限ったつもりだったが…)

 

ザビ家打倒のために地球連邦軍へ入隊するという選択肢もあった。だがそれは、父ジオン・ズム・ダイクンの子として連邦政府の操り人形になることがわかりきっていた上、家族を滅茶苦茶にしたザビ家へ直接手を下せないという問題もあった。故に別人にすり替わってまでジオンに潜り込んだのだが、その先で目の当たりにしたガルマ・ザビとドズル・ザビの死に対し、何も感じていない事に彼は気がついてしまった。否、寧ろ木馬をガルマの仇とすら考えている自分がいることにシャアは自身の弱さを自覚してしまった。彼は自らが思っているほどには冷酷でも合理的な人間でもなかったようだ。

 

『中佐?』

 

「なんでもない。動きの速いMSの相手は負担が大きいから、オールレンジ攻撃は艦艇を狙え。MS単独ではア・バオア・クーは落とせんからな」

 

そう口にはするもののジオンの敗北は決定的だろうとシャアは考える。この一戦を凌いだとしても人的資源が払底している以上、次に耐える事は出来ないだろう。対して連邦はこの一戦に負けてもやり直す体力が残っている。そこから導かれる答えは明白だ。ジオン公国に対して欠片ほどの忠誠心も抱いていないシャアにしてみれば公国の興廃などどうでも良い事であるが、そこに部下達の命が関わってくれば気楽に投げ捨てることなど出来はしない。何よりNTという解りやすい異能を見せつけた彼等にシャア自身も魅せられていた。

 

(隙を見て連邦へ投降するか?)

 

装備を見る限り連邦側はNT研究がジオンよりも後れているのは間違いない。ならば自分達の部隊に同道しているフラナガン機関の研究者の身柄や研究資料、NT用MSを手土産とすればそれも可能に思えた。しかしそれはNTである部下達を実験動物として差し出すに等しい行為だ。NTを信望しているはずのスペースノイドですらそうなのだ、アースノイドにしてみればモルモットが自ら解剖台の上に飛び込んでくるようなものだろう。特にアジンとドゥワのようなNTのクローンなどという存在は最初から倫理観が破綻している。そんな彼女達に対して真っ当な扱いが期待出来ると思える程シャアは楽観的ではなかった。

 

(ならば、理想は連邦のNTをこちらに引き込むか)

 

連邦でもジオンでもない第3勢力をこの土壇場で立ち上げる。ザビ家を打倒するキャスバル・レム・ダイクンとして行動すればそれも可能なように思える。だがその覚悟を決めるには最後の一歩が彼には足りていなかった。そんな彼の元に更なる厄介ごとが降りかかる。

 

『シャア中佐、マレーネ中尉が出撃するとの事です』

 

「何?彼女はまだ調整中だと聞いているぞ」

 

オペレーターからの連絡にシャアは眉を顰めた。だがそれで状況が変われば苦労はない。

 

『その、キシリア少将から直々の命令でして』

 

責める様な彼の口調にオペレーターは言葉を濁しながらそう伝えてくる。

 

「彼女の機体は襲撃に向かん。ラル大尉」

 

『何かな、中佐殿?』

 

「マレーネ中尉が出撃するから護衛を頼む。ドロスまで前進し砲撃支援に当たってくれ」

 

『ひよっこ共のお守りはどうする?』

 

その返事にシャアは溜息を堪える。兵士も足りていないが指揮官の不足は更に酷い。部隊を小分けにしたくてもその部隊を指揮する人間がいないのだ。

 

「連れて行けそうなら彼女の護衛に、無理ならブラウ・ブロと共に待機だ。シャリア・ブル大尉、済まないが留守を頼む」

 

『承知しました』

 

本来ならば護衛対象である者に指揮を任せねばならない現状に、どうして皆がまだ戦えると盲信出来るのかシャアには理解出来なかった。

 

 

 

 

「こ、こんなのどうすれば!?」

 

「やることは変わらん!とにかくMSを撃て!」

 

原作よりもEフィールドの戦力が増強されているためか、Sフィールドの攻撃はアムロ達が待機していても順調だった。だが要塞に近付くにつれてそちらからの支援砲撃が厚くなり始めると友軍の損害が増大、進撃速度も鈍化してしまう。そこに極めつけが現れた。

 

「もう弾が無いよ!?」

 

宇宙空間において遠距離で戦おうと考えた場合、必然的にその選択肢は実体弾になる。ビームライフルは強力であるが距離減衰のせいで有効弾を得にくい上に、携行弾数も少ないからだ。尤もフィフティーンキャリバー程度の豆鉄砲でこいつがどうにかなるとも思えないのだが。

 

「オプションの展開を許可する!」

 

俺の宣言と同時にバックパックに接続されていたボールが切り離されて好き勝手に動き始める。唐突に迫ってきたボールに驚くザクは迎撃の間もなく内蔵火器にされていたビームガンの餌食となった。だが敵の圧力はその程度では弱まらない。前線にまで出張ってきたドロス級空母のドロワが次々にMSを吐き出しているからだ。損傷機も直ぐに逃げ帰れる上にドロワの砲撃で友軍艦隊が抑えられてしまい、こちらの支援が薄くなっているせいだ。

 

「大尉!アレを何とかしないと!」

 

ゲルググをオプションで追い回しながらレイチェル特務曹長がそう叫ぶ。何とかといわれてもなあ、俺はNTでもなけりゃスペシャルでもないんだが。

 

「無茶するぞ!しっかり掴まっていろ!マッケンジー大尉、頼んだ!」

 

そう言って後のことを大尉に丸投げすると俺は機体をドロワへと加速させる。他の連中のMSと違って俺は回避と防御に専念出来るし、何より脅威になるのが主砲だけだ。

 

「レイチェル!カチュア!MSを牽制!」

 

ドロス級空母はその図体に相応しい大火力と高耐久を誇る。それこそ普通に殴り合うなら連邦軍の一個艦隊ともやり合える程だ。更にMSを多数搭載する事で直掩も備えているから小回りの利く要塞の様なものである。だが流石に直掩を突破して近距離から火砲を叩き潰す相手なんてものと戦う事は想定されていない。そりゃそうだ、あの防空と直掩に突っ込んでいこうなんて馬鹿はそうそういない。

 

「はい!」

 

「りょーかい!!」

 

対空砲をシールドで防ぎつつ、俺も連装ビームライフルで適当に射撃を行う。それでもしっかりとFCSによって補正された射撃はドロワ右舷の主砲群を片端から破壊していく。正に教育型コンピューター様々である。二人の援護と相まって肉薄からほんの数十秒でドロワ右舷の砲を全て平らげた。

 

「そしてさらば!」

 

離脱に移った瞬間、左サイドスカートに接続されていたミサイルランチャーを自立式で切り離す。即座にミサイルが四方八方へ飛び回り、追撃していた敵機は咄嗟に回避行動を取ってしまう。当然そんな隙を二人が逃す訳もなく行きがけの駄賃とばかりに敵機を墜とす。

 

「ホワイトベース、こちらW101号機。弾薬補給の為一度帰還する」

 

アムロと違って接近戦で戦い続けられるほど俺は器用じゃない。弾薬無しではでくの坊もいいところなのだ。

 

『ホワイトベース了解、準備をしておく』

 

光学センサーによる簡易マップでは艦隊が徐々に前進を再開していた。ドロワの火力が下がった隙に戦線を押し上げるつもりだろう。ホワイトベースへ戻る途中、アムロ達とすれ違う。どうやらドロワへ止めを刺すつもりらしい。

 

『代わります!』

 

『後で話がありますからね!』

 

そんな事をいいながらアムロとララァはドロワへ向けて突き進んでいく。防空もそこそこ混乱していたからあの二人を止めることは出来ないだろう。ひょっとすればドロワを二人だけで沈めてしまえるかもしれない。だからこそ俺は一言余計なことを言う。

 

「デカブツは艦隊に任せておけ!徹底してMSを叩くんだ!」

 

ドロワが沈んでも敵のMSが特攻でも仕掛けてくれば艦隊に被害が出る。というのは建前で、艦隊が手こずる様な敵をたった二人で沈めたなどとなれば余計な警戒心を上層部に植え付けかねない。すでにドロワは艦隊戦で片付けられるのだから無駄なリスクは極力減らすべきだ。

 

『『了解!』』

 

元気の良い返事を聞きながら、俺はホワイトベースへと向かった。




ア・バオア・クーはナレ死させれば良かったと後悔なう。


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83.0079/12/31

今週分です。


ア・バオア・クー攻略戦が始まって凡そ8時間が経過した。Sフィールドは1時間程前にドロワを沈める事に成功。敵の防衛線を大きく後退させる事に成功した。

 

「レイチェル、カチュア、大丈夫か?」

 

「はい、大尉」

 

「ヘーキだよ!大尉!」

 

二度目の補給、チューブ飲料で喉を潤しながら2人に確認する。彼女達が座っているのは簡易式の補助シートを改造したもので、耐G性能などが通常のものに比べ遙かに劣っているからだ。だが流石はちびっ子、少しも堪えた様子も無く元気に返事をしてくる。

 

「そうか、だが体調に少しでも変化があれば直ぐに言え。存外そうしたつまらないことで人は死ぬからな」

 

ちょっとした違和感や疲労が積み重なって集中力が切れれば戦場では簡単に死ねる。死神に魅入られたくなければ常に身構えている必要があるのだ。

 

『つぁー!後から後からわいてきやがるじゃないの!』

 

同じタイミングで補給に戻っていたスレッガー・ロウ中尉がそんな事をぼやく。事実ドロワが沈んだ後は一気に突破出来ると思ったのだが案外苦戦している。どうやらEフィールドやWフィールドから戦力が回されてきているようだ。BGM代わりに聞いていた通信からそう確認している最中、回線が突如慌ただしくなる。MS隊長でもある俺は、戦況把握のためにある程度までの通信を確認する権限を持っている。その中で聞こえたのは第2連合艦隊が甚大な被害を受けたという内容だった。

 

「マーカー曹長、今第2連合艦隊が被害を受けたという通信があったみたいなんだが」

 

専用の回線を使ってブリッジオペレーターのマーカー曹長に問いかける。彼は他の艦隊との通信も遣り取りしているから一番詳しい筈だからだ。

 

『みたいです。敵の新兵器と交戦という連絡の後ずっと混乱してて。指揮権の移動が激しいようです』

 

「マジかよ」

 

指揮官が頻繁に交代していると言うことは、そうした人物が乗る艦艇が沈められていると言うことだ。しかも何度も交代しているなら少なくとも最初に指揮していたティアンム中将は恐らく死んでいる。思わず俺が唸るようにそう漏らすと、ブライト少佐から声がかかる。

 

『アレン大尉。Nフィールドの攻勢は継続中だが、敵がこちら側に戦力を再配置する可能性がある。そこで我が艦隊はこれらを押さえ込む楔として前進、敵増援を妨害する』

 

既にSフィールド側の方がア・バオア・クーに接近している。つまり突出してしまっている訳だ。配置されている戦力が殆ど無いWとEフィールドはともかく、Nフィールド側から側面を突かれると前衛部隊が包囲されてしまう可能性が高い。そうなる前に友軍側面に俺達を前進させて壁を作ってしまおうというのだろう。

 

「危険ですよ、要塞からの砲撃も息を吹き返しつつあります」

 

展開したビーム攪乱幕の効果は既にかなり低下している。再度展開しようにもこれまで3度の突撃でパブリク隊がほぼ壊滅してしまっているからそれも難しい。艦艇がそこまで前進するのはかなり危険が伴う行為だ。

 

『そうだな。だから他に良い手があれば是非言ってくれて良いよ、大尉』

 

ブライト少佐の言葉にヘルメットを脱いで思い切り頭を掻き毟りたい衝動に駆られる。そんな都合の良い手があれば俺より優秀な第3艦隊の司令部が実行していない訳がないし、戦力的に我々より適任の部隊も無い。つまり全体から見れば最善の一手と言う訳だ。俺はディスプレイに表示されたタイマーを確認する。前衛部隊の支援を行っている組が後10分程で補給に戻るはずだ。

 

「前衛部隊への支援が滞りますが」

 

『そちらは第3艦隊本体にどうにかしてもらうさ。大尉には先行し宙域の確保を頼みたい』

 

つまり艦隊そのものを前進させる為にも防壁が要ると。

 

「了解、6小隊と共に前進し宙域の確保に努めます。スレッガー中尉、聞こえていたな?」

 

『ヤレヤレ、人使いが荒いね、この隊は』

 

それは俺もそう思う。

 

補給完了の合図を確認すると、俺は再び出撃した。

 

 

 

 

『この感じ…、こいつらか!』

 

護衛対象であるマレーネ・カーン中尉がそう口走ったのを聞き、ランバ・ラル大尉は嫌な予感を覚えた。彼女達がジオン・ダイクンの唱えたNTであるかどうかはさておいて、その能力は確かに目の当たりにしていたからだ。

 

「まて、カーン中尉!何処に行く!?」

 

『ドズル様の仇!』

 

制止する間もなく彼女の操るMAが勝手に移動を開始する。その様子に慌てたのは彼だけでは無い。何しろNフィールドにおける防衛の要となっているドロスの防空の何割かは、確実に彼女によって維持されていたからだ。前線指揮所も兼任しているドロスから至急彼女を連れ戻すように通信が入る。何しろ先程Sフィールドへの増援が抽出されたばかりだ。Nフィールドも防衛は叶っているものの決して余裕がある訳では無いのだから、ここで彼女に離脱されてしまうと防衛計画そのものが大きく狂ってしまう。

 

「戻れカーン中尉!勝手な行動をするな!」

 

『邪魔をするな!』

 

「っ!友軍を見捨てるつもりか!?」

 

明確な殺気を感じたラルは苦し紛れにそう叫んだ。感情に訴えようと考えたからであったが、それは却って彼女の激情に油を注ぐことになる。

 

『友軍?』

 

先程とは打って変わって底冷えするような低い声で彼女がそう聞いてくる。

 

「そうだ、中尉の力でドロスの防御は保たれているんだぞ?それを放棄すれば――」

 

それはどうしようもない事ではあったのだが。もし仮に彼女の説得をラル以外の誰かが行っていたならば、別の結末もあり得たかもしれない。しかし護衛を任されたのは彼であり、そして女性の感情を読み解くという点において、彼は致命的と言って良いほど疎かった。故に説得が失敗することは、当然の帰結であった。

 

『ドズル様を見捨てて、生き延びた連中が友軍?』

 

「まて、中尉それはっ」

 

言い切るよりも先に出た彼女の言葉に、ラルは己の失敗を悟る。しかしどうにか翻意を促すべく言葉を続けようとするが、それは彼女の絶叫に阻まれる。

 

『友軍など居るものか!誰も彼もドズル様を見殺しにした者ばかりだ!私は仇を取るために我慢してやっていたんだ!邪魔立てするならお前も敵だ!』

 

カーン家はデギン・ソド・ザビの側近ではあったが、思想的にはダイクン派だった。故にサイド3の実権をザビ家が掌握した際に、その忠誠心が確かなものである事を示す必要があった。その為に差し出されたのがマレーネ・カーンだった。両家にとってうれしい誤算はドズルに対しマレーネが正しく思慕の念を持ったことだろう。もし平和な時代であったなら彼女にも小さな幸福が訪れたのかもしれない。だがそうはならなかった。

 

「……」

 

言い返す事も出来ずラルは黙って彼女の後を追う。ここで彼女を止められるだけの言葉も、軍人としての意識も彼が持ち合わせていなかったからだ。寧ろ仇を取るという言葉に共感すらしてしまうほどだった。彼もまた大切な人々を木馬に奪われた者だったからだ。故に冷静さを欠いたまま彼は自らの行動を決定してしまった。

 

「俺は、中尉の護衛だからな」

 

それが最悪の結果を呼び寄せるなど、夢にも思わずに。

 

 

 

 

先行して宙域を確保、なんて言ってもその内容はたいしたことは無い。どちらのものともなっていないこの場所に戦力を置けるほど両陣営共に余裕なんてないからだ。迷い込んでしまった哀れなゲルググの小隊を始末してしまえば、後は本隊の到着を待つだけの簡単な仕事の筈だったのだが。

 

「なにあれ!?」

 

最初に気が付いたのは対空監視を行っていたカチュア特務伍長だった。ジムスナイパーⅡから狙撃用の光学センサーを移植していたオプションの索敵範囲はガンダムのものよりも長いからだ。

 

「MA?ソロモン戦の時の奴に似ている?」

 

「何?映像回せるか!?」

 

ソロモン攻略戦の際、彼女達はビグザムを間近で視認している。その彼女達が似ていると言うなら、それはビグザムか少なくとも同類の機体な筈だ。レイチェル特務軍曹の手が素早く動き、モニターにウィンドウが開くと、そこには解像度が荒い映像が映し出された。

 

「6小隊警戒しろ!敵のMAが来るぞ!」

 

『こっちも確認した大尉!性懲りも無くデカブツをこさえやがって!6小隊っ、奴を片付けるぞ!』

 

「待てスレッガー中尉!迂闊に仕掛けるな!」

 

『あのデカブツだったらほっといちゃ不味いでしょ!それにこっちは一度片付けてるんだ!』

 

俺の制止も聞かず、Gファイターがビグザムに向けて突撃を始めてしまう。

 

「いけない大尉!護衛機が居ます!」

 

「くっ、俺達も行くぞ!」

 

せめて直掩を抑えなければGファイター達は攻撃どころではないからだ。

 

『なんだ?足が一本?』

 

『出来損ないかよ!一気に仕留めるぞ!』

 

リュウ曹長が疑問を口にし、スレッガー中尉がそう断じた。しかしそれが間違いである事をエリス准尉の悲鳴が告げる。

 

『いけない!?回避を!』

 

だがその忠告は余りにも遅すぎた。

 

『何!?』

 

MAの胴体に等間隔で配置されていたビーム砲、それらが突然分離し飛翔する。突如形成された防空網にスレッガー機とリュウ機は回避する暇も無く突っ込んでしまう。

 

「中尉!曹長!?」

 

そして俺には叫ぶ以外何も出来る事は無く、彼等の機体は幾つものビームに貫かれたのだった。




ソロモンを生き延びれば生存フラグだと、いつから錯覚していた?


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84.0079/12/31

今週分です。


「あはは!死んでしまえ!」

 

NT専用ビグザム。試作機で判明した諸問題を改善したこの機体は、極めて完成度の高い兵器となっていた。宇宙専用の強襲型MAとして調整されたこの機体は、NTによるオールレンジ攻撃を取り入れることでビグザムの問題点であった防空能力の低さをカバーしている。更に宇宙での運用に特化させることで不要な脚部を廃し代わりに大型の冷却機構を備えた事で、火力と防御力を維持したままに活動時間の大幅な延長にも成功している。問題があるとするなら。

 

「皆、皆死ね!ドズル様の命を奪った報いを受けろ!」

 

運用上NTの存在が必須である事、そしてそのNTの素養に性能が大きく左右される事だろう。その点においてマレーネ・カーン中尉は機体を存分に操ってみせている。その意味で彼女は間違いなく素養だけは十分に備えていた。

 

「まだ居る!鬱陶しい!!」

 

彼女は今とても気分が高揚していた。仇の気配を察知した直後、最初の遭遇で直接手を掛けた連中を仕留められたからだ。しかしそれだけでは足りない、彼の命を奪った代償がたった数人の命で済んで良いはずが無いとマレーネは本気で考えていた。彼女は残念ながら兵士としての資質も倫理も持ち合わせていないのだ。猛る彼女の復讐心に呼応するようにビットが激しく飛び回り火線を形成する。だが信じられないことに残った戦闘機とMSはその攻撃を凌いでみせる。その姿に苛立ちを覚えたマレーネは更にビットを射出し火力を強める。

 

「墜ちろ!墜ちろ墜ちろ墜ちろっ!!!」

 

衝動に突き動かされるままマレーネは機体を操る。時折勝手に付いてきたランバ・ラルが何事かを通信で騒いでいたが、煩わしく思った彼女は回線を閉じてしまう。

 

「鬱陶しい!」

 

彼女は吐き捨てる様に言い放つ。戦闘機モドキは逃げ惑うだけだが、MSの方は小癪にも反撃をしてくるのだ。威力自体は大したものではないのだが、Iフィールドで防げない実弾兵器である以上当たり所によっては損傷も免れない。別段愛着がある訳でも無い彼女は機体が傷ついた所で何も感じないのだが、少なくとも復讐が終わるまでは動いていて貰わねばならない。逃げ回るだけの戦闘機モドキを脅威で無いと判断した彼女は、攻撃の全てを敵MSへと集中させる。その変化に対応してギャンが戦闘機モドキを追いかけるようになるが、マレーネはその様な事には目もくれずに敵MSへの攻撃に集中する。

 

「邪魔をするなぁ!!」

 

彼女の絶叫が虚空へと木霊した。

 

 

 

 

「これがNTの戦い!?」

 

目の前の光景にランバ・ラル大尉は圧倒され、思わずそう口にした。そうサイコミュ兵器の強力さは今の部隊に配属されて十分理解したつもりだった。オールレンジ攻撃は極めて強力な範囲攻撃というだけでなく、一対一での戦いでも単独で敵を包囲出来るというアドバンテージを持つ。それが如何に厄介な攻撃であるかは素人でも解るだろう、だがそうした兵士達が互いに殺し合う戦場を目の当たりにしてラルは戦慄した。

 

(こんな、こんな戦いは、最早手の出しようが無いではないか)

 

同時に複数の武装を操り、複数の目標と戦い合う。言葉にすればたったそれだけであるが、やって見せろと言われればラルは首を横に振る以外の答えを持たなかった。そもそも余程の技量差でも無い限り、正しく言葉通りに行われる同時の攻撃に対処するなどというのが不可能なのだ。あの様な攻撃がそもそも応酬される状況自体に普通のパイロットではついて行けない。護衛でありながら蚊帳の外に置かれた彼の前で状況が変化したのは交戦から1分程経った頃だった。サイコミュ搭載型NT専用ビグザム、通称サイコ・ザムには24基のビットが搭載されている。マレーネ中尉はこれを同時に最大8基扱うことが出来るが、負担が大きく本体の操作が追いつかなくなる事から概ね6基で戦っている。戦闘開始当初は戦闘機モドキと背中に戦闘ポッドをくくりつけたガンダムにそれぞれ3基ずつ宛てがっていたのだが、1波目のビットが全弾撃ち尽くしても撃墜に至らなかったのだ。即座に2波目のビットが放たれるが、その動きを見て思わずラルは叫んでしまう。

 

「正気か!?」

 

マレーネ中尉は逃げ回っている戦闘機モドキを追いかけるのを止め、全てのビットをガンダムへと振り向けたのだ。それを見て彼は慌てて戦闘機モドキへ攻撃を行う。確かに戦闘機モドキは逃げ回ってしかいないが、武装を見れば明らかに大型兵器への攻撃を意識した機体である事が見て取れる。どう考えても捨て置いて良い相手では無い。

 

「ええい、力はあっても所詮は素人だな!」

 

それは酷く常識的な反応だったが、彼の勇み足でもあった。オールレンジ攻撃を可能とする空間認識能力と相手の感情を機体越しに察せるNTにしてみれば脅威となるか否かの判断は容易であるし、反撃に転じられても即応出来る自信からの行動だったからだ。そして敵機を追うという行動に出た瞬間、彼は大きな隙を晒すことになる。戦場を俯瞰的に監視していた先程までと違い目の前の敵に集中したからだ。そしてそれを見逃すほど本当のNTは甘くない。逃げる敵機を追撃してほんの数秒、警告音すら発さずに連続して襲ってきたビームの雨が彼の機体に突き刺さる。それが何であったのかを理解する時間すら与えられず、彼は宇宙の塵となった。

 

 

 

 

「ラル大尉達がSフィールドへ向かっただと!?」

 

艦隊への襲撃を終えて一時帰投したシャア・アズナブル中佐に伝えられた内容は、お世辞にも愉快とは言い難い内容だった。

 

「向かったエリアはミノフスキー粒子が濃く通信が届きません」

 

「サイコ・ザムにはレーザー通信があるだろう?」

 

「その、マレーネ中尉が通信回線を切っているようでして…」

 

「生半可な状態で戦場に出すからそうなる!」

 

苛立ちからシャアは思わずそう吐き捨てる。NT部隊を預かるに当たって、彼は派遣された研究員に徹底して聴取を行っていた。その内容は実に悍ましいもので、能力の発現や強化には多大な心理的ストレスが最も効果的であるとされていた。事実マレーネ・カーン中尉は最愛の夫、ドズル・ザビの死を受けて能力を開花させている。しかしその過程で投与された薬物などの副作用で精神状態は極めて不安定であり、冷静な判断や兵士としての立ち振る舞いを期待出来るものではなかった。

 

「その、中佐。司令部からドロス防衛に至急戻るよう連絡が」

 

「……」

 

続く言葉にシャアは懊悩する事になる。艦隊への襲撃によって確かな戦果を上げた。しかしそれはあらゆる状況でなしえる物では無い事も彼は痛感していたからだ。ブラウ・ブロから発展したエルメスやMSをベースとしているジオングは火力と機動性に重きを置いており、その防御性能は高くない。相手に防御を強いる状況ならば十全に性能を発揮出来るが、何かを守るのには向いているとは言い難い装備だ。第一守れる程の守備能力が備わっているならば、護衛などというものが必要ないのだから。

 

「アジン少尉達とクスコ少尉の様子は?」

 

「各員に疲労が見受けられます。特にアジン少尉は脳波の乱れが酷く、サイコミュの操作能力が60%近くまで落ち込んでいます」

 

彼女達の操るジオングは多数の火器を備えているものの、接近戦における防御手段は少ない。そもそも圧倒的な火力で近付かれる前に撃破する事がコンセプトだからだ。サイコミュによる遠距離迎撃能力が低下すればそれだけ敵に接近されるリスクが増大し、そうなれば撃墜される可能性は跳ね上がる。クスコ少尉のエルメスに至ってはビットキャリアーとしての運用に特化しているため、そもそも近接防御能力が無いという有様だ。故に防衛ならばビグ・ザムが最適なのだが。

 

「私の隊が参りましょう」

 

横で話を聞いていたシャリア・ブル大尉が穏やかな声音のままそう告げてきた。

 

「大尉、しかし…」

 

彼の搭乗しているブラウ・ブロはこれらの機体の源流である。当然コンセプトも同じだ。

 

「2号機の修復も完了しておりますから、手数では問題ないかと」

 

「だが、ブラウ・ブロも同じ問題は抱えているだろう?」

 

「テキサスでの一件を踏まえて改修を施したと聞いております。それに部下の者達からア・バオア・クーに張り付いたままだと不満が出ておりますから」

 

そこまで言い終えると彼は手に持ったタブレットを渡しながら小声で告げてくる。

 

「ドロスの近くならばア・バオア・クーと大差ない支援が受けられます。一度新兵達にも戦場を味わわせておかねば危険です」

 

「それほど不味いか?」

 

シャアが聞き返すとシャリア・ブル大尉は神妙な顔で頷いた。

 

「完全に浮き足立っております。このまま受け身で要塞まで押し込まれたらモラルハザードを必ず起こすでしょう」

 

逃げ出す程度ならば可愛いものだが、最悪錯乱して暴れられたりなどしたら大事だ。何しろ彼等の乗るゲルググはビームライフルを装備しているのだ。誤射などされてはたまったものではない。

 

「…解った。では大尉の隊に頼もう」

 

「とは言え早めにマレーネ嬢を連れ帰って頂けますと幸いです」

 

「ああ。フレデリックとルロイは待機、エルメスとジオングの護衛だ。マレーネ中尉は私が連れ帰ろう」

 

「未確定ですが同宙域に木馬が向かったとの報告も来ております。お一人では危険では?」

 

オペレーターの言葉にシャアは一瞬考えるそぶりを見せるが、直ぐに頭を振った。

 

「ならば尚のこと私一人が良いだろう。それが最も速いからな」

 

そう口にはしたものの当然その意図は違う。このタイミングで木馬、正確にはガンダムと接触して説得する事を画策したのだ。

 

(その為には一人の方が動きやすい)

 

元の身分を明かせばラル大尉の説得は難しくない。だが監視役も兼ねているだろうルロイ曹長と因縁のあるフレデリック曹長は少なくとも協力することはない。ならば説得の場からは遠ざけておくのが賢明だと彼は判断する。そして事実リックドムに搭乗する二人に比べ、カスタムされたゲルググに乗る彼は倍近い速度で動くことが出来る。言い訳としては十分であり、事実誰もが疑問を持たずに頷いてくれる。唯一シャリア・ブル大尉だけは少し複雑な表情をしていたが、NTと言っても感受性の低い彼はこちらの意図を察するまでは出来ないようで口を挟んでこない。

 

「よし、では直ぐに出る。待機組は今のうちに十分休んでおけ。この戦いは長くなるぞ」

 

そう命じつつ彼は自分の機体へと向かいどの様に説得するかを考える。だがそれが甘い判断であったと彼が思い知るのは直ぐ後だった。




グロムリンじゃないんだ、ゴメンネ。


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85.0079/12/31

今週分です。


「この野郎!」

 

オプションを展開しつつ俺は回避と防御に徹する。振り分けられた3基のビットの内、2基はオプションと追いかけっこをしているが、残りの1基はこちらを狙っているからだ。無理をすれば落とせない事はないが、目の前のMAはまだ多くのビットを抱えている。ビグ・ザムに比べて運動性は低いのか殆ど動かないので試しにシールドの90ミリガトリングを撃ち込んでみたが、案の定傷一つ付かない。最低でもフィフティーンキャリバー辺りを撃ち込んでやる必要があるだろう。

 

「このっ、良くも中尉と曹長を!」

 

「当たらないっ!?」

 

そら相手はNTだからな。

 

「アムロ准尉相手だと思え!何時ものヤツだ!」

 

「「は、はい!」」

 

この時代のビットはまだかなりデカいし、同時運用数も一桁だから辛うじて防御が間に合う。そして操作は完全にパイロット依存なので、所謂正確で嫌らしい射撃は余程訓練を積んだエースでなければ不可能だ。その意味で目の前の敵はNT能力はともかく兵士としての練度は今一と言えるだろう。逃げに徹しているとはいえ、Gファイターを3基のビットで攻撃していてエリス准尉が逃げ切れているのが良い証拠だ。

 

「とにかく粘れ!墜ちなけりゃ俺達の勝ちだ!」

 

無線方式のサイコミュ兵器は一つだけ問題がある。空間全体に展開しているビットそれぞれに指向性を持って情報伝達が出来ないということだ。これはNT同士の場合丸聞こえの状態でビットに指示を出しているに等しく、相手にしてみれば何処からどの様な攻撃が来るか容易に解ってしまう。まあ攻撃される側もNTである事が前提なので大した問題だとは考えられなかったか、ジオンのNT兵の練度的にNTであっても飽和攻撃の対処は不可能だと判断されたのだろう。全く甘いとしか言えない判断だ。

 

「軍人なら最悪も想定しなきゃだろっと!」

 

何度もビームを受けたためにいよいよシールドが限界を迎えつつあるが、それでも俺は口角を吊り上げた。何せ解りやすい殺意を無分別に振りまいているんだ、最強と最高のNTがそれに反応しない訳がない。だが俺が余裕ぶっていられたのはそこまでだった。

 

「容赦ねえな!?」

 

展開している6基のビット。最初は俺とエリス准尉にそれぞれ振り分けられていたそれが入れ替えのタイミングで全てこちらに向かってくる。避けられない方から確実に仕留めようと言うことなのだろう、中々賢いじゃないか。

 

「この戦場に居るのが俺達だけならな?」

 

致命傷をギリギリで避けながら懸命に機体を操作しつつ、それでも俺は笑う。上官の苛立ちや不安は部下に想像以上に伝わるものだ。だからそんな顔は絶対に出来ない。狭いコックピットへ一緒に押し込められていれば尚のことである。そして6回目の射撃を避けた所で、待ちに待った瞬間が訪れる。

 

「こっからはこっちの番だぜ!」

 

最初に犠牲になったのは護衛と思わしきギャンだった。俺へビットが集中した分、フリーになってしまったエリス准尉を牽制しようとしたのだろう。Gファイターを追いかけだした無防備な背中に無慈悲なビームが突き刺さる。ほぼ同時に着弾した2発のビームによってコックピットを正確に撃ち抜かれたギャンが使い手を失ったまま僅かに空走し爆発した。続けて俺を襲っていたビットの内対処出来ていなかったものの一つが、同じように被弾する。

 

『よくもっ!』

 

通信回線に激昂したララァ少尉の声が入る。俺達が追いかけ回された事に腹を立てているようだ。敵を前にして感情を乱すことは兵士として褒められた事では無いが、仲間を思っての言葉に少し感動してしまった。まあ言葉には出せないが。

 

「ソロモンのデカブツモドキだ!ビームは至近距離で撃て!」

 

隊長として先ずそう通信に向かって叫ぶ。オールレンジ攻撃の獲得で防空能力は確かに向上しているだろうが、あの機体にはまだ課題が残っている。それはビットが本体の対空砲を兼任していることだ。これも恐らく前述した無線式サイコミュの問題点と同じく、問題にならない問題と判断された部分だろう。何しろあのデカブツに直接攻撃を加えるには、ビットによるオールレンジ攻撃を突破して近付く事が求められるからだ。普通に考えるならそんな事を想定する方が馬鹿らしいだろう。本体の火力も含めればMS1個中隊を余裕で超える包囲攻撃を回避しつつ、極めて危険な敵機に肉薄する等という無茶苦茶を実行するだけでも正気の沙汰ではない。だがそんな理不尽を可能にしてしまう存在がここに居る。

 

『な、なんで!?』

 

混線した通信に敵MAのパイロットの悲鳴が響く。そりゃそうだろう、包囲攻撃を回避するどころか展開されているビットを撃ち落としつつ接近してくる敵機など、恐怖の対象でしかない。そんな奴が2機も居れば、十分に訓練された兵士だって動揺する。それが能力だけで放り込まれた小娘では結果など推して知るべしと言う奴だ。案の定接近する二人に気を取られてエリス准尉だけでは無く俺に対してもビットの攻撃が止まった。何しろ全力を注いでも二人の突撃は止められないし、止められなければ無防備な本体を好き放題攻撃されてしまう。対空砲であるビットを切り離して運用する都合上、切り離した分は本体の防空能力が低下するからだ。しかも単純に突破するのではなく撃墜までされてしまっているから、オールレンジ攻撃を維持するために本体の火力をすり減らさざるを得ない。残念だが完全に詰みと言う奴だ。だがそこで容赦するほど俺は甘くない。

 

「素人を戦場に出すなら、それなりの使い方があるだろうに」

 

サイドスカートに取り付けられているキャノンを起動し照準する。本来バックパックに装備されていた360ミリロケット砲は対艦戦闘用のものだ。弾速・命中精度共にお察しという武装だが、威力だけは一級品だ。ビグ・ザムモドキは艦艇に比べれば機敏だし、サイズも少しばかり小さいが大した問題では無い。

 

(尤も、ぶっつけで使うにゃ心許ないが!)

 

設計上は別装備の照準器によって統制、更に本体にしっかりと固定された状態で運用する武装だ。

 

「いけ!」

 

対艦ミサイルにもある程度耐える装甲を持っているのを俺は原作知識で知っている。だから狙うならバーニアか馬鹿でかい主砲なんだが。

 

「クソ!外した!」

 

飛び出したロケット弾は砲口から逸れてMAの装甲に命中する。そして知識通り装甲を損傷させたものの、機体には被害を出せなかった。

 

『まだ!』

 

だがオールレンジ攻撃から解放されたのは俺だけじゃ無い。旋回して戻ってきたエリス准尉がビグ・ザムモドキに向かってミサイルを発射する。量産型のものと違いMS用のものを転用した彼女のGファイターに装備されたものは小型で威力も低い。だがそれでも連続で発射された16発ものミサイルは敵の集中を削ぐには十分過ぎる働きをした。

 

『雑魚のくせに!?』

 

残念だったな。意識を向けなきゃいけない時点でお前さんにとって俺達は雑魚じゃなく厄介な敵なんだよ。それにしてもこんな部隊運用をしているようならジオンもそろそろ限界なのかもしれない。こいつは確かに強力な機体だがたった一機の護衛で防衛線を構築出来るほどではないし、何よりビグ・ザムがソロモン戦で撃破されたようにこの程度の機体では多勢に無勢という状況を覆すには力不足だ。それが解らない程連中が無能とは思えないから、つまり解っていてもそうしなければならない状況なのだろう。

 

「残念だな、もう詰みだぜ!」

 

俺達にも意識を割いた時点でこの決着は必然と言えただろう。オールレンジ攻撃の統制が緩んだ状態で2機のガンダムを止められるはずも無く、あっさりとIフィールドの内側に侵入されたビグ・ザムモドキはまるで原作を彷彿とさせるようにバーニアへビームライフルを撃ち込まれて火を噴き出す。だが唯一違ったのは爆発を起こし始めた瞬間、コックピットと思わしき部位が装甲を爆ぜさせながら分離したことだった。

 

「逃がすな!確保しろ!」

 

しかし俺の命令は残念ながら実現しなかった。撃墜ではなく捕縛を指示したせいでアムロ達の動きに一瞬躊躇いが生まれ、その隙を縫うように赤いゲルググが突然現れてビグ・ザムモドキの脱出装置に取り付いたのだ。更に遅れてやって来た多数のMSがこちらへ向けて砲撃を開始したものだから、その対処に手が塞がれてしまう。機動性に優れたガンダムが本隊と離れすぎたのが原因だ。

 

「クソ!せめて撃墜をっ!」

 

『無茶しないで下さい大尉!』

 

逃げる赤いゲルググを追いかけようとした瞬間、ララァ少尉にそう窘められる。実際問題として敵部隊を突破しながら逃げに徹する相手を追いかけるなど現実的ではない。何より俺達はここを確保する事が最優先なのだ。

 

「畜生め!」

 

こうして俺は、シャア・アズナブルという存在を葬る最高の機会を失ったのだった。

 

 

 

 

「ビグ・ザムが撃墜されたな。部隊の統制が取れていないようだが?」

 

Sフィールドへの親衛隊投入を検討しながら、ギレン・ザビ大将はキシリア・ザビ少将に向けてそう口を開いた。

 

「…はい」

 

戦闘は概ねギレンの想定通りに推移していた。戦力的に見ればかなりの接戦を演じているように見えるが実情はそうではない。遠征によって軍の上層が艦艇に座乗している連邦軍は、この戦いで多くの上級士官を失っている。対してジオンの損害は前線の兵士のみであり、軍を運用する側の人間には殆ど受けていない。その差はこの戦いが終わった後にも大きく影響する。

 

「所詮衆愚政治の軍隊だ。最早連中の勝ち目は潰えたな」

 

民主主義国家において、戦うのは軍人であるが戦争の意思決定は政治家が行う。故に彼等を満足させられるだけの戦果か継続を認めさせるだけの何かを用意出来ない限り、幾ら軍が次は勝てると確信していたとしても政治家が首を縦に振らねば戦えない。そしてレビルと言う圧倒的な旗頭を失った連邦軍を統制し、尚且つ政治家を動かせるだけの交渉が可能な軍人を連邦軍が有していない事をギレンは良く知っていた。

 

「ふふふ、圧倒的じゃないか」

 

対してジオンは違う。ギレン・ザビが全てを握るこの国家は、あらゆる事柄が一人の意思決定によって行われるためその動きは極めて迅速だ。公王を失った今では儀礼的な遣り取りすら省略可能となり、その速度はさらに加速する。この戦いによる喪失の補填についても、既に彼の頭脳は導き出し終えている。

 

(やはり人類は優良種たる存在に管理運営されて、初めて真の幸福に至れるのだ)

 

持論の正しさを改めて確信しつつそう呟く彼の後ろで、唐突に不穏な物音が発せられる。視線を送ればそこには腰に吊していたレーザーガンを手にするキシリア少将の姿があった。それが自らに向けられている事を自覚した瞬間、彼は彼女の余りの愚かさに思わず笑みをこぼしてしまう。

 

「冗談は止せ」

 

キシリアは決して無能ではない。自身やサスロには劣るが優秀な部類だ。だがその差が埋めがたい差である事も彼には良く解っていた。キシリアの手腕ではジオンを御し得ない。それは彼女自身も理解出来ているとギレンは身内を過大評価していたのだ。それが致命的な失態となる。

 

「意外と…、兄上も甘いようで…」

 

それが彼の聞いた最後の言葉となる。後頭部から侵入したレーザーは素早くギレンの脳髄を焼き焦がし、彼をただのタンパク質の塊へと変える。人類史上最も大量の殺人を行った指導者はこうして呆気ない最後を迎えたのだった。




悪運の強さがシャアの持ち味(偏見)


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86.0079/12/31

今週分です。


「ドロスが沈んだ?シャリア・ブル大尉はどうした!?」

 

「た、大尉は。自分達を逃がすために最後まで戦場に留まり続け、最後は敵艦の集中砲火で…」

 

嗚咽交じりにそう報告する部下を見て、シャアは自らの無力さを呪った。彼はザビ家の信奉者であったし、長い時間を共に過ごした訳でも無い。それでも彼は自らの部下であり、こんな下らない戦争で死んで良い人間では無かった。しかし彼に荒れる感情を処理する時間も与えずに事態は進行していく。

 

「中佐、マレーネ中尉なのですが…」

 

「バイタルは正常だと聞いたが?」

 

拳を握りしめ苛立ちをどうにか抑えつつ彼がそう問い返すと、近付いてきた整備員が困り顔で口を開いた。

 

「はい、ですがコックピットから出てこようとしません」

 

「外部から強制開放出来るだろう」

 

「それが、不安定な状態中に強引な行動は控えて欲しいとフラナガン機関の研究員が止めていまして」

 

「中佐」

 

「まだ何かあるのか?」

 

指示を出すより先に割り込むように声を掛けてきた副官へ彼は思わずいらだたしげな声をぶつけてしまう。

 

「も、申し訳ありません。そのお伝えしたいことが」

 

無言で続きを促すと、副官は近付いて小声で耳打ちを始める。

 

「ドロス沈没前に司令部で混乱が、キシリア閣下が事を起こしたようです」

 

その言葉にシャアは目眩に似た感覚を覚える。連邦軍に大きな打撃を与えたと言っても戦況は勝利を確信出来る状況ではないと彼は考えていたからだ。

 

(度しがたいな!)

 

キシリア・ザビの思惑など彼には大凡見当が付いた。この決戦に勝利したならばギレン・ザビの名声は確固たるものになってしまい、キシリアが権力闘争に勝利する事は不可能になってしまう。故にギレンを排除するならば今この瞬間をおいて他には無いのは解る。しかしそれはあくまでア・バオア・クー防衛が叶う事が前提であるし、何より排除には相応の理由が必要なはずだ。でなければキシリアは只の反逆者となってしまい、そんな彼女について行こうなどという人間はごく少数になるだろう。無論これは彼が中佐という限定的な視野で物事を判断している事も大きい。シャアはギレンがデギンを暗殺したことを知らないし、何より既にグラナダでダルシア・バハロ首相が連邦との和平交渉に入っている事も報されていないのだ。故に彼はキシリアの蛮行に対し、一つの決断をしてしまう。

 

「マレーネ中尉の説得をしてくる。…マリガン」

 

「はい」

 

不安を隠せていない副官を手招きすると彼は確かな声で命ずる。

 

「ザンジバルに脱出の準備をさせておけ」

 

「中佐、それは!?」

 

声を上げる副官を睨んで黙らせると彼は口を開く。

 

「ア・バオア・クーの予備戦力は殆どが親衛隊だ。連中の忠誠心は国家にでは無くギレン・ザビ個人に向いている。そんな連中がこの状況でキシリア少将の命令を素直に聞くと思うか?」

 

親衛隊に所属する人間は厳しい試験をくぐり抜ける必要があることから、少数ながら高い技量とそれに見合った強力な装備を宛てがわれている。だがギレン・ザビ個人に忠誠を誓う彼等が戦場において友軍として全く当てにならないとシャアは判断していた。

 

「Sフィールドへの増援もそこから抽出されていた筈だ。ドロスが沈んだ以上Nフィールドへの派遣も直ぐに行われるだろう。だが彼等が拒否したら?」

 

「あり得ません。彼等だってジオン軍人でしょう?」

 

その答えに彼は頭を振る。

 

「言っただろう、彼等の忠誠はギレン・ザビ個人に向いていると。彼が亡き今ジオン公国に関心を持っているかすら怪しいぞ」

 

顔を青ざめさせる副官の肩に手を置くと、シャアは言葉を続ける。

 

「私はマレーネ中尉を回収してくる。新兵はもう使い物にならんから脱出準備を手伝わせろ。装備は最悪放棄して構わんが、残っている者は全員連れて行けるよう準備を進めろ。出来るな?」

 

 

 

 

「割に合ってねえよなぁ」

 

射線に飛び込んできたゲルググへ向けて躊躇無くトリガーを引きながらカイ・シデンはそう呟いた。彼がスレッガー中尉とリュウ曹長の戦死を知ったのは指定された戦域に到着して直ぐのことだった。出会ってまだ1ヶ月程度ではあるものの、戦場で命を預け合う間柄は通常よりも遙かに強い連帯感や親近感を生む。故に彼等の戦死はカイに大きな喪失感を与えていた。

 

(引き金ってのは、こんなに軽かったかね?)

 

撃ち抜いたMSの数を数えなくなった辺りで彼はふとそんな事を考える。操作系統の調整などは随分前に最適化されているから、今日に限って軽い等と言うことはあり得ない。ならばこれは自身の心理的変化によるものだろうと彼は結論づけた。

 

「ま、自分で望んで出てきたんだ。連帯責任って事で諦めてくれや」

 

八つ当たりだと自覚しながらも彼はトリガーを引き続ける。だがそれも長くは続かなかった。

 

「なんだ?引いているのか?」

 

こちらを突破しようと仕掛けてきていた敵の圧力が唐突に弱まる。光学センサーを狙撃モードから切り替えれば、敵部隊の移動方向がア・バオア・クーへ変わっているのが明確に見て取れた。

 

「一体何が?」

 

彼の疑問に答えたのはオペレーターのフラウ一等兵だった。

 

『友軍艦隊がNフィールドの突破に成功したようです!第2、第5小隊は補給に戻って下さい!』

 

「へえ、やるじゃないの」

 

『H202、先に降りてくれ』

 

「了解、お先に失礼しますよっと」

 

そう告げてくるジョブ少尉に軽くカイは応じる。スナイピングに特化させている分、カイのガンキャノンは他の二人の機体よりも継戦能力が乏しい。特に先程の連続攻撃で冷却剤を随分と消耗していた。着艦しようとする彼と入れ替わるように補給を受けていたガンダムが青白い尾を引きながら飛び出していく。

 

「1小隊は大活躍だな。少しは休ませないとくたばっちまうぜ?」

 

『第3艦隊の主力が敵のエースとかち合っちゃったみたいですよ。馬鹿みたいな量の救援要請が来てるって』

 

整備班長にそう伝えられカイは肩を竦める。

 

「あっちもこっちもエース頼みってか?お寒いね」

 

言いながら彼は手慣れた操作でチェック用のタブレットへデータを転送する。それを受け取った班長は取り付き始めた班員に大声で告げた。

 

「よし、3分で仕上げるぞ!」

 

その言葉にカイは取り出しかけていたエネルギーバーを溜息と共にしまい込む。どうやら自分も休ませて貰えない側らしい、などと考えながら。

 

 

 

 

刻一刻と悪化していく戦況を忌々しげに睨み付けながら、キシリア・ザビは横に直立不動で待機するトワニング准将に問いかける。

 

「出撃を命じた予備戦力はまだか?」

 

その言葉にトワニング准将は顔を顰めつつ口を開いた。その内容はキシリアにとって不愉快極まるものだった。

 

「予備に回されていた親衛隊の一部がボイコットをしております。そのせいで現場が混乱を」

 

「デラーズか」

 

「…はっ」

 

キシリアは親衛隊の中でも特に厄介な男の名を挙げた。エギーユ・デラーズ大佐。軍略家としては極めて優秀な彼は、親衛隊の中でもグワジン級を任される程に信頼された男である。同時にその信頼に応えるだけの忠誠心を示しており、その様子は狂信者のそれに近い。彼がギレンを殺害した自分の言葉を簡単に受け入れると考えるほどキシリアは楽観的では無かったが、彼女が想定する以上にデラーズの人望は高かったらしい。

 

「率いていた部隊ごとSフィールドから離脱を始めております」

 

その瞬間司令室にどよめきが起きた。何事かと見渡せば、Sフィールドの監視に使用していたモニターの多くが途絶しているのだ。

 

「SフィールドにMSが揚陸したぞ!?」

 

「守備隊はどうなっている!?このままでは持たないぞ!」

 

素早く状況を勘案し、キシリアは一つの結論に至る。

 

「トワニング、私は本国に戻り態勢を立て直す。私の脱出から15分後に降伏せよ」

 

「はっ?し、しかしこの状況では脱出も至難かと存じますが」

 

「私が死ねばジオンは失われる。それは断固として避けねばならぬ」

 

「…降伏後、私の身柄は?」

 

「捕虜交換の際に最優先で引き揚げる。頼まれてくれるな?」

 

「はっ」

 

その言葉に彼女は頷くと身勝手な命令を平然と下す。

 

「NT部隊にも脱出の命令を出せ、護衛が必要だ。私の船の準備を」

 

「ただちに」

 

部屋を出る間際、最後にモニターを横目にキシリアは口を開く。

 

「ここで勝ったとしてもまだ終わらんよ。戦争は難しいのだ」

 

その呟きに応じる者は誰も居なかった。



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87.0079/12/31

今月分です。


一度でも突破を許してしまった前線を再構築するには多大な労力が必要だ。抜けてしまった敵を対処しつつ、綻びを補填するには十分な戦力が必要だからだ。だがそもそも十分な戦力が用意出来ているのなら突破などそうそうされるものではない。故にその破綻はある意味必然と言えた。

 

『弾をっ!誰か弾をくれ!?』

 

『増援は!?増援はまだなのか!?』

 

『第17警戒艦隊壊滅!我に戦力無し!我に戦力無し!』

 

『新兵共はア・バオア・クーに張り付け!下がるんだ――』

 

『隊長がやられた!指揮を引き継げっ』

 

劣勢ばかりを告げてくる通信を溜息と共に意識から追い出しつつ、トワニング准将は命令を下す。

 

「Nフィールドの残存艦隊を離脱させる。海兵隊がまだ残っていたな?Eフィールドまでの回廊を形成させろ」

 

「は?しかし…」

 

戸惑うオペレーターにトワニングは眉間を揉みながら言葉を続ける。

 

「どのみちSフィールドが突破された時点で水際防衛は破綻している。それにどうせ降伏するのだ、残るのは要塞内の守備隊だけで十分だろう」

 

格納庫で脱出の準備を進めるザンジバル級をモニターで確認しながら、彼は鼻を鳴らした。

 

(馬鹿な事をしてくれたものだ。だが責任者には生き残って貰わねばな)

 

ギレン・ザビはこの一戦を決戦と考えていた。ここで連邦軍の主力とそれを担う主戦派の中核人物を一掃する事で連邦政府をもう一度交渉の席に着かせる。首相であるダルシア・バハロが彼には内密に和平交渉に動いている事を察知していたギレンは、その交渉をジオンの降伏ではなく再度独立承認の場とする事を画策していたのだ。コロニーレーザーの発射も地球への南極条約に抵触しない直接攻撃手段を見せつける事で、再び地球上が何処でも安全地帯では無いと勘違いさせ、交渉を有利に進めるカードとするのが本命であった。しかしこれらの思惑は、キシリアのギレン暗殺によって大きく狂いを見せる。混乱を最小限に抑える為に声を上げたトワニングであったが、キシリアは彼の想像以上に使えない人間だった。偉そうにふんぞり返り命令を下す。きっと彼女の中にある総司令のイメージはその程度のものだったのだろう。自分の望みを口にして後は部下の努力に依存する。結果が伴わなければ、それは指示を完遂出来なかった部下の責任であるなどと考えていたかもしれない。だから自分にも出来ると錯覚したのかもしれない。

 

「総帥はあまり口数の多い方ではなかったからな」

 

皮肉に口元を歪めさせながらトワニングはそう呟く。事細かに全てを指示するような命令をギレンは発したことは無い。だがその命令は受けた者が努力すれば必ず実行可能な範囲に収まっていたのだ。膨大な情報量とそれを即座に処理出来る頭脳の持ち主であるギレンが総司令だったからこそ、このア・バオア・クー防衛は辛うじて成立する範囲にあったのだ。だが死んでしまった以上その頭脳に頼ることは出来ない。だからこそこの瞬間に総司令を撃ち殺すなどという暴挙に出た人間を担ぎ上げたが、キシリアに出来たのは司令席にふんぞり返っていることまでだった。挙げ句劣勢と見るや言い訳と共に逃げ出す始末である。だが彼女が口にしたとおり、それはジオンを失わない為に必要な事だった。

 

(ここで逃げ出す程度の人間に逆転の手段など残っていまい。精々我が国を導いた責任をとって貰うとしようじゃないか)

 

何しろ彼女はこの戦争を引き起こしたザビ家の最後の一人なのだ。他にもドズル・ザビの忘れ形見である赤ん坊が残っているが、戦争責任を問える立場に居るのはキシリアのみである。まだ彼女はグラナダと本国の戦力で何かが出来ると思っているようだが、そんな事を公国の議会が許すと何故思えるのだろうか。これまで彼等がザビ家に従順であったのはデギン公王とギレン・ザビが抑えていたからであり、決して盲信も服従もしていない。そんな重しが取り払われた相手を御するだけの才覚がキシリアにあるとはトワニングには思えなかった。逃げ帰ったところで精々拘束され、戦争指導者という都合の良い生け贄として連邦との交渉材料に使われるのがオチだ。だが、逆に言えば彼女が生き残ればジオンは全ての責任を押しつけて存える事が出来るかもしれない。

 

「補給中や後退した部隊は脱出に備えさせろ。一人でも多く本国へ戻すんだ」

 

トワニングはジオン公国軍人としての務めを果たすべくそう命令した。

 

 

 

 

「なんだ?戦う気がないのか?」

 

アムロ・レイはその優れたNT能力で敵の変化を感じ取っていた。尤も彼でなくてもその変化は直ぐに感じ取れただろう。頑強に抵抗している敵は最早僅かであり、大半は攻撃よりも後退を優先している。それも統制の取れた行動とはお世辞にも言えず、敗走と表現する方が正しいと思える動きだ。実際アムロ自身に向けられる敵意や怒りといった負の感情は殆ど感じられず、戦場に広がっているのは混乱と恐怖が大半だ。戦意と呼べるようなものは感じ取れず、逃げ惑う相手を見てアムロは自らの行動に躊躇いを覚える。だが現実は非情だった。

 

『敵は浮き足立っているぞ!押せ!!』

 

部隊長のアレン大尉がそう叫び、逃げる敵機を背中から撃つ。

 

「大尉!敵はもう戦うつもりはありません!」

 

それを見てアムロは思わずそう制止してしまう。それは相手の感情が見えすぎてしまうNTにして未成年の口から出るには当たり前すぎる言葉だった。敵意を持って自らを害そうとする相手ならばともかく、恐れ逃げ惑う相手を容赦なく撃ち殺せる程彼は人間性を捨てていなかった。しかし返ってきた言葉は無情なものだった。

 

『なら何故連中は降伏しない?』

 

「っ!」

 

射撃を続けながらアレン大尉は冷淡な声音でそう問い返してくる。

 

『南極条約で降伏は認められているんだ。なのに武器を持ったまま逃げるって事は、後でまた戦うって意思表示だ』

 

「……」

 

『お前さんは連中がもう戦う気が無いのか解るかもしれない。だが俺達は行動で示さない限りそれを信じる訳にはいかないんだ』

 

突き放すような声音にアムロは戸惑いを覚える。行動も言動も冷徹そのものであるが、大尉が発しているのは相手への敵意やそれに付随する感情ではないからだ。負の感情は感じられるが、それはどちらかと言えば嫌悪や忌避といったものだ。

 

『ララァ少尉、W102を連れて友軍のフォローへ回ってくれ。多分これは勝ち戦だ、死んじまう奴は少ない方が良い』

 

『了解です。W102、アムロ准尉。聞こえましたね?続きなさい!』

 

「あ、はい。了解です」

 

ブライト少佐辺りに聞かれればどやされそうな返事をしつつ、移動を始める翡翠色のガンダムに続く。大尉は勝ち戦と評したが未だ頑強に抵抗を続ける敵は少なからずおり、そうした敵機と交戦する部隊に対し2機は素早く接近すると瞬く間に無力化していく。

 

『友軍!?』

 

『何だよありゃ?』

 

『ガンダム!第13独立部隊の連中か!』

 

抵抗を続けるだけあって敵の技量は悪くない。だがそれはあくまで普通のパイロットとしてだ。NTの操るMA程の厄介さは無いし、先程まで対応していた専用カラーと思われるゲルググに比べれば大したことは無い。そして何よりも自分を殺そうと向かってくるから銃口を向ける事にも抵抗が少なかった。

 

『私達は幸運ですね』

 

友軍の援護を繰り返し、いよいよ敵要塞目前まで迫ったところでララァ少尉がそう口を開いた。一瞬意味が解らずに返答にアムロが窮していると、彼女は笑いながら続きを口にする。

 

『逃げ惑う相手を撃つよりもずっと気が楽だわ。それをちゃんと命令にしてくれる人の下に付けるって幸運な事よ?』

 

「…解っていますよ。大尉の下で戦っているのは僕の方が長いんですから」

 

思わずそうアムロが返すと、ララァ少尉は少しだけ負の感情が交じった声音で応じる。

 

『あら、なら大尉が何故貴方の意見を取り入れなかったかくらい解るでしょう?』

 

「それは」

 

『私達はその人の考えが見えるけれど、それは別に相手を理解した訳では無いわ。戦う気が無くても引き金は引ける。それが何時起きてもおかしくないのが戦場だわ』

 

ララァ少尉の言葉にアムロは動揺した。自分達だって最初は戦いたくなくてもMSに乗っていたのだ。そしてその状況でも敵に銃を向けてきた。軍人としての立ち振る舞いが当たり前になるにつれ、そんな事も自分は忘れていたのだ。

 

『もし大尉が准尉の言葉を信じてそれが起こってしまったら、貴方が原因の一端になってしまう。私達には解ることは、私達以外には解らないことだわ。だから大尉は貴方の意見を却下したの』

 

そんな当たり前を説明され、アムロは羞恥で顔が熱くなるのを感じた。大尉の判断は自分を守るためなのだと今更気が付いたからだ。

 

『さあ、気遣って貰った分くらいはちゃんと返すわよ准尉』

 

「了解です」

 

彼は改めてそう意気込んだが、突如鳴り響いた通信にその気勢は遮られる事になる。

 

「停戦信号!?」

 

唐突とも言えるタイミングで鳴り響いたそれに、彼は思わず周囲を見回した。だが機体の誤作動で無い事は、辺りに漂う両軍からの困惑とその動きから十分に感じ取れる。

 

「こんな、何で急に?」

 

自身の困惑が思わずそう口から漏れ出す。確かに状況はこちらが優勢だった。しかし連邦軍はまだ要塞に取り付き始めたばかりなのだ。ソロモン要塞攻略よりも呆気ない幕切れは、両軍に困惑以上の消化不良を生み出し、それが暴発へと繋がるまでそれ程時間は必要としなかった。

 

『待て!停戦信号がっ!?』

 

止まっていたゲルググへ向けて、1機のジムが銃口を向ける。僚機の制止も届かずに放たれた弾丸が無防備に漂っていたゲルググを火球へと変える。

 

『散々殺しておいて、今更ノーサイドが通用するかよジオン野郎!』

 

引き金を引いたジムのパイロットがそう叫び、次の瞬間には撃ち返されたビームに焼かれる。たったそれだけの応酬は燎原の火のように周囲へと伝播する。収まりかけた砲火が再び虚空を染めるのにそれ程時間は必要としなかった。

 

「クソ、こんなっ」

 

鳴り響く停戦信号を聞きながらアムロも応戦を開始する、明確な敵意を感じ取ったからだ。彼がトリガーから指を離すことが出来たのは、周囲のジオン軍が文字通り全滅した後の事だった。

 




多分次で最後。


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88.0080/01/01

今週分です。


幾らかの混乱はあったものの漸く両軍は矛を収め、停戦に至る。コントロールスティックから手を離して時計を確認すれば、いつの間にか年が明けていた。

 

「一年戦争、か」

 

大筋は史実通りと言った所だろうか?ビグザムモドキやシャアがジオングに乗っていなかったなど差異はあるが、その中でも大きいのはホワイトベースが沈まなかった事だろう。当然あのクルー達による奇跡の脱出も、要塞内におけるアムロとシャアの問答も起きていない。セイラ・マス兵長は出自を誰に悟られること無く戦争を終えるだろう。

 

『大尉、補給命令です。一度ホワイトベースへ帰投下さい』

 

「ああ、了解だ」

 

フラウ一等兵の指示に従い、俺は機体をホワイトベースへと向ける。

 

「…戦争、終わったんでしょうか?」

 

実感が無いのだろう、レイチェル軍曹がそう呟く。

 

「まだ停戦だ、終わっちゃいない。とは言え国同士の戦争は多分これで終わりだろうな」

 

「どー言う意味です?」

 

俺の言葉にカチュア伍長が疑問符を浮かべる。まあそらそうだな。

 

「ア・バオア・クーが陥落した時点でジオン公国に連邦を止めるだけの戦力はもう残ってないんだ。コロニー国家が本土決戦なんてしてみろ、文字通り全滅するぞ?」

 

まあキシリア・ザビはそのつもりだったみたいだがな。

 

「ジオン共和国との停戦が合意に至った以上、終戦までは直ぐだろうさ。後はそれに従わない連中との非対称戦だろうな」

 

唐突な停戦の理由は実に単純で指導者の交代が原因だった。どうもこのア・バオア・クー攻略戦においてジオンは残りのザビ家を全員失ったらしく、グラナダにおいて停戦交渉に当たっていたダルシア・バハロ首相が急遽ジオン共和国大統領に就任。そのまま公国を共和国に改めて交渉を続けたらしい。この辺りも史実通りとか、世界の修正力とかそんな見えない力を感じずにはいられない。

 

「従わない連中?彼等は軍人ではないのですか?」

 

理解出来ないという顔でレイチェル軍曹が眉を寄せる。彼女達は軍の命令には最優先で従うように処置されているし、軍人はそれが当たり前だと認識しているから軍の命令に従わない軍人という存在が理解出来ないのだろう。まあ俺も同じ口ではあるが。

 

「自分のやったことが無駄になったとして、それを素直に受け入れられる人間は少ないのさ。特に命を掛け金なんかにしてれば余計にな」

 

特設された後部甲板に機体を固定すると、ノーマルスーツに身を包んだ整備員がわらわらと機体に取り付いて作業を始めてくれる。それをモニター越しに確認しながら俺は言葉を続けた。

 

「ア・バオア・クーから撤退した連中の内、かなりの数が停戦命令を無視して本国とは別の方向へ向かっているらしい。つまりこいつらは軍を離反して戦闘を続行しようとしているというわけだ」

 

「そんな、それじゃ…」

 

機内の気密をチェックして、俺はシートの下からドリンクのチューブを取り出す。バイザーを上げながら二人にもドリンクチューブを渡しつつ苦々しいレイチェル軍曹の声に応じた。

 

「おう、国家の装備を私的に略奪・運用して戦闘をする。端的に評すればテロリストだな」

 

本人達に聞かれれば激怒しそうな評価を俺は口にする。何せ彼等に言わせれば停戦協定を結ぼうとする連中は売国奴であり、それに対抗する自分達は憂国の烈士だからだ。因みに歴史を少しでも囓れば解ることだが、大抵のテロリストはそうした大義名分を持っているものだし自分達が正しいと主張している。

 

「酷いね」

 

正しくドン引きという表情でカチュア伍長がそう評しつつドリンクに口を付ける。全くもって正論である。そもそも俺達軍人は国家の意思決定に従うからこそ殺人を罪に問われないのだ。故にその意思決定に不服を申し立てる時点であり得ない事であるし、まして自らの意思で力を行使するなど論外である。第一どっかのハゲなどは終戦に至った共和国指導部を売国奴なんて糾弾していたが、民主制の法治国家において自分の主張が正しいと思うなら潜伏などせずに帰国して自分が指導者に収まれば良いのだ。それが出来るだけの政治能力が無いのなら、どんなに喚こうが所詮負け犬の遠吠えである。問題はこの負け犬が狂犬病を患っている上に誰彼構わず噛みつく駄犬であることだろう。

 

「停戦命令に従わない連中に対して追討の命令が出るかもしれん。休める内に休んでおけ」

 

俺はそう言って飲み終えたチューブをダストボックスへ放り込んだ。

 

 

 

 

『そうか、キシリアは死んだか』

 

「はい。脱出を試みましたが、敵の攻撃を掻い潜ること叶わず」

 

『出来ることならばこの手で報いを受けさせてやりたかったが』

 

都合の良い事を垂れ流すモニターの中の男に、シャアは自らが仮面を付けている事に感謝した。少なくとも冷え切った視線に気付かれることは無いからだ。

 

(早々に逃げ出した男がよく言ったものだ)

 

キシリア・ザビのア・バオア・クー脱出は失敗した。座乗したザンジバル級が脱出を焦ったために不用意に飛び出し連邦艦隊の射線に入ってしまったのだ。Eフィールドで合流予定だったシャア率いるNT部隊は、それを脱出してきた味方から伝えられたのである。留まれば連邦の捕虜。そうなれば貴重なNTのサンプルである部下達がどの様な目に遭わせられるか解らない。そう判断したシャアはひとまずア・バオア・クーからの離脱をしたものの。その後については全く展望の立たない状態だった。最も簡単な選択はサイド3へ帰還する事だろう。戦争で混乱している今ならば戸籍を改ざんする程度大したことでは無いからだ。だがそれはシャア個人ならばという但し書きが付く。家族も帰る家もある普通の兵士はともかく、フラナガン機関で製造されたアジン少尉達やそうした過去を奪われてしまっているクスコ少尉などは軍から離れて生活するとなれば相応の困難が付きまとうだろう事は想像に難くない。

 

『我々としては赤い彗星には是非とも共に来て欲しいと考えている』

 

真剣な表情でそう口説いてくるエギーユ・デラーズ大佐に対し、シャアは自身の中で彼への評価がまた一段下がるのを自覚した。シャアの部隊には赤い彗星に憧憬の念を持つ若い兵士も多く在籍しているのだ。ここで彼が残党へ合流すると表明すれば、彼等も付いてきてしまうだろう。公国の未来を憂うと言うならばまず彼等を無事家へと帰す事が最優先である。それよりも自らの信じる大義とやらが優先される時点で、目の前の男は他者を願望達成のための道具としか認識していないのだとシャアは判断した。

 

「格別の評価をいただき恐縮ですが、私も部隊を預かる身です。一存で決める訳にはまいりません」

 

『兵達を導くのも上に立つ者の責務と思うが?』

 

「私は只のパイロット上がりです。その様な器は持ち合わせておりません。ですから皆が納得する答えを話し合い決めたいと考えております」

 

『ふむ…、貴官がそう言うならば最早何も言うまい。ただ私が期待をしていることだけは覚えておいて欲しい』

 

難しげな表情でデラーズ大佐がそう口にし、通信が終わる。暗転したモニターにシャアはつまらなそうに鼻を鳴らす。そして横に居た副官に声を掛けた。

 

「マリガン、部隊の艦に全艦放送を繋げてくれ」

 

「はっ」

 

直ぐに動き出す副官を見ながらシャアは考える。戻れる場所がある者は戻る方が良い。復讐の為にそれを投げ捨ててしまった身である彼は強くそう思う。同時に自身と同じく帰る場所の無い者達をどうにかしなければならないとも。

 

「やはり、アクシズだろうな」

 

アステロイドベルトに存在する資源採掘衛星アクシズ。戦争以前から資源確保の為に開発が進んでいたかの衛星は、ジオン公国最後の拠点と言える。地理的にも地球圏から遠く離れたアクシズは連邦の追撃から逃れるには理想的であるし、何より責任者はマハラジャ・カーン、NT部隊に所属するマレーネ・カーン中尉の父親だ。

 

(ミネバも恐らくアクシズへと逃れるだろう。ならば彼女も見届けることを望むはずだ)

 

ドズル・ザビの忘れ形見であるミネバに対するマレーネの感情は複雑だ。ただ確かなことは彼女がミネバを直接害するつもりは無く。ただその行く末を見定めたいと考えているであろう事だ。ならば彼女の願いを聞き届けるついでに、行く当ての無い迷い子に家を借り受ける程度の厚かましさを発揮するべきだと彼は思った。

 

「これで私も彼女を利用する屑の一人だな」

 

自分と同じく運命に翻弄される少女を思い、シャアはそう呟いた。

 

 

 

 

「なんだよ、それ?」

 

パイロットルームに集めた隊員達の前で俺が口を開くと、カイがそう吐き捨てた。追撃命令を待って暫く待機していたが、結局そのような命令は出ず。それどころか即応待機も解除された。理由は単純で、月で行われていた和平交渉が成立。連邦政府とジオン共和国は正式に終戦協定を結んだからだ。終戦とその協定の内容を伝えた結果が先程のカイの台詞だ。

 

「宇宙世紀100年までの独立を保証?軍備は制限で賠償請求は国家歳入の2年分って」

 

クリスチーナ大尉も呆れた声音で続く。そらそうだろう。この戦争で消費した費用は地球連邦政府が五体満足だった頃の国家歳入で軽く10年分は掛かっている。はっきり言って2年分なんかじゃ全然足りていないし、そもそもこの戦争はジオンの独立をさせないために続けられた戦争だ。期限付きだとしても独立を認めるならば最初の南極条約でそう交渉すれば良かったのだ。それが許せないから態々これだけの戦争を続けたんじゃないのか?

 

「私達、何のために戦ったんですか?」

 

震える声でアニタ曹長がそう問いかけてくる。俺もそう思うよ、けどな。

 

「俺達は地球連邦軍、地球連邦政府の暴力装置だ。何のために戦うかを決めるのは俺達じゃ無い」

 

俺はそう言って溜息を吐く。

 

「自分の主張と正義を理由に武器を振るえばもう俺達は軍人じゃない、テロリストだ。俺はそんなものになるつもりは無いし、お前達がなるのを許すつもりは無い。納得がいかないなら連邦市民としての権利の内でやれ」

 

まあ出来るのは終戦交渉に携わった議員に票を入れないくらいだけどな。一様に納得していない部下達の顔を見回しながら、俺は言葉を続ける。

 

「とにかくジオンとの戦争は終わった。今後についてそれぞれ考える時間も要るだろう、今日はこれで解散だ」

 

宇宙世紀0080年1月1日、人類史上最大の戦争は終結した。だが俺は知っている。この戦火は未だ多くの燻りを残していることを。

 

「俺は、生き延びることが出来るかね?」

 

皆が居なくなったパイロットルームで一人、俺はそう呟いた。




一年戦争、終わり!


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89.0081/某日

今週分です。
いんたーみっしょん回。


「ヒューマンエラーによる制御ミス、ですか」

 

タブレットに表示されるニュースを眺めながら俺はそう口にした。ジオン残党による月面のマスドライバー施設制圧、そこから質量弾が地球へ向けて放たれたのだ。尤も質量弾の方は軌道上に構築されていた迎撃システムによって破壊、制圧していた残党も追撃していた特務部隊によって無事鎮圧されたようだ。但し一時的であっても重要施設がジオン残党によって制圧されたという醜聞を隠蔽するために、今回の事件は事故として発表されたのだ。

 

「只でさえ終戦で予算を削られているからな。これ以上の醜聞は避けたいのだろう」

 

「予算不足だから十分な対応が取れていないとは思わないんですかね?」

 

机で書類仕事に励む上官に向かって、つい皮肉が漏れてしまった。

 

「難民保護にコロニーの再建、地球環境の再生と今の連邦政府は幾ら金があっても足りない状況だ。正規軍ならともかくテロリスト相手に予算不足を口にすれば無能の誹りは免れんだろうな」

 

書類仕事を終えたエルラン中将が持論を展開しながらマグカップに口を付ける。

 

「善人気取りもいい加減にして欲しいものだ。半端に甘やかしたところで連中は感謝もしなければ反省もしない。只不満を募らせてまた間違いを繰り返すだけだろうに」

 

「自分もそう思います」

 

終戦に関する連邦政府のジオン共和国に対する対応は率直に言って中途半端に過ぎた。どこぞの眉無し独裁者が口にした腐敗した民主主義を見せつけられた気分である。

 

「賠償金は一年であっさり全額支払いを終え、後は悠々と国力回復に勤しんでいるようですね」

 

先日など戦争難民を受け入れるなどと連邦政府に打診してきたらしい。中々の厚顔ぶりだ。

 

「仕方あるまいな。民主主義国家とはそういう国だ」

 

ソロモン及びア・バオア・クー要塞こそ接収したものの、連邦政府はジオン本国の資産については何一つ差し押さえなかった。その結果がジオニック社の身売りという事態を引き起こす事になる。連邦より10年は進んでいると嘯かれたMS関連の技術と生産設備はそのまま月の企業であるアナハイム・エレクトロニクス社が購入。ジオン共和国の国家歳入2年分を軽く超えるその買収金によってジオンは早々に賠償金を支払い終えた。そして少なくない資金がテロ組織に流れている。

 

「表向きは海賊による被害、内実は護衛も付けずに航行していた輸送船がそのまま拿捕されていると。抗議は出来ないんですかね?」

 

「しているよ?ならば護衛のために軍備を拡張させろと言われて取り下げた様だがね」

 

因みにそれがダメなら連邦軍を無償で貸せと言われたらしい。あの国本当に敗戦国か?強気すぎるだろ。

 

「今回の一件で第3軌道艦隊が随分と功績を上げた。また暫く軍内も派閥争いで忙しいだろう」

 

第3軌道艦隊と言うとコーウェン少将の所か。多くの特務遊撃部隊を傘下に置いていたから残党狩りに重宝され、戦後の功績では頭一つ抜けている。

 

「閣下は派閥を立ち上げられないのですか?」

 

「解っていて聞いているだろう?」

 

仮にも連邦軍中将にまで昇った人物であり、戦中もオデッサ作戦でレビル将軍の副司令を務めた程の人物である。派閥を立ち上げるには十分過ぎる実績と功績を持っているのだが。

 

「閣下は人望がありませんからなぁ」

 

「せめて自身の身の丈を知っていると言え。それに私は楽に甘い汁が吸いたいのであって、権力そのものに興味は無いのだよ」

 

そう言って鼻を鳴らすエルラン中将。実に俗物な発言であるが、多分この位がこの基地の司令官には丁度良いのだろう。

 

「だから栄転も甘んじて受け入れる訳ですか」

 

「ジャブローのオフィスは息が詰まるのだよ。ここの景色は気に入っている」

 

派閥闘争の最前線であるジャブローは確かに高官にとって忙しい場所だろう。適当に仕事をしている振りをして給料泥棒をするには向いていない。

 

「それは紹介した甲斐がありました」

 

戦争末期、所属不明の部隊に襲撃されオーガスタ基地の司令官が死亡した。本来ならば連邦軍総司令部が新しい基地司令を派遣するのだが、そこに俺がちょっかいを掛けたのだ。ジュダック大尉から渡されていた私的通信を使ってエルラン中将にこの基地で後ろ暗い事が行われていたことを伝えたのである。関連していた人物の弱みを握れると中将は嬉々として基地司令に収まる。誤算があるとすれば一番弱みを握りたかったであろうレビル将軍が宇宙の塵になってしまったことだろう。ただ現状で十分過ぎるほど利益を得ているようであまり不満はないようだ。

 

「さて、世間話も良いがそろそろ貴様の占いも聞きたいところだ」

 

戦後、第13独立部隊は最大の後ろ盾だったレビル将軍を失った。第3艦隊司令を務めていたワッケイン少将もア・バオア・クー攻略戦の終盤、アナベル・ガトーの駆るゲルググによって乗艦ごと吹き飛ばされてしまった。結果多少でもつながりのある高官はエルラン中将だけとなり、彼を頼らざるを得なかった俺は占い師の真似事をしてご機嫌を取っている。

 

「これで1~2年程大きな騒ぎは起きんでしょう。ただそうなると点数稼ぎの方法を失う連中がいます。ワイアット大将の派閥が艦隊再建を掲げていますから、これに対抗する計画辺りを提言してくるでしょうね」

 

「成る程、その為に例の技術士官を引っ張れと?」

 

「ついでにアナハイムが軍需方面での影響力を持ちたがると思います。折角手に入れたMS技術ですから、元を取れるだけ取りたいのが商人というものです。ですがあまり民間企業が力を持つべきではないと小官は愚考します」

 

「M・ナガノ博士だったか?そちらも技術士官として迎え入れるよう動いている」

 

うんうん、大変結構。

 

「肩入れするならワイアット大将でしょうね。派閥の統制も十分出来ていますし、何より現状の体制維持を望んでいます。地球連邦に長生きして欲しいなら彼がトップに居るのが望ましいでしょう」

 

「コリニーも居るが?」

 

あの爺さんやる気が足りねえんだよ。

 

「残念ですが功績が今一つですし、少々陰謀に頼りすぎるきらいがあります。ああいう手合いは相手を絶対に信用しませんから恩を売っても見返りは少ないですね。使い倒されるのがオチです」

 

そもそもあそこにはジャミトフが居るからな。あの過激派エコロジストに近付くと絶対ろくな事にならん。

 

「コーウェンの所はどうする、放置かね?」

 

「計画を競合にしてやれば多少は牽制になるでしょう。可能ならば監視の鈴も付けられれば言うことがありません」

 

「成る程な。検討しよう」

 

エルラン中将の言葉に頷くと俺は席を立つ。

 

「では失礼致します」

 

「ああ、しっかりと勉強してきたまえ」

 

そんな声に見送られながら俺はオーガスタ基地の通信室へと向かう。戦時中に面白がって昇級させられた結果、戦後俺は少佐になっていた。否、正確には少佐になることが内定していると言うべきか。おかげでこの一年は佐官になるための勉強で殆ど潰れてしまった。フィジカルも脳味噌も恵まれていたこの体でなかったら今頃ノイローゼくらいなっていたかもしれん。

 

「あ、隊長」

 

「おう、そっちもか?」

 

通信室に入ると、問題集相手に悪戦苦闘する部下達の姿があった。アムロを筆頭にカイやハヤトといった未成年組が通信教育でハイスクールの授業を受けているのだ。因みにセイラ兵長は医療資格を取るために現在軍と提携している病院で研修中、ジョブ准尉を筆頭に下士官組も士官教育を受けている。

 

「大尉と少佐だと年金の額が全然違うぞ?」

 

あまり乗り気で無かったようなのでそう説明したらハヤトがやる気を出し、それに釣られる形で二人も取得する気になったようだ。他の連中も似たり寄ったりだが、一際重い空気を放っているのがブライトだ。俺は黙って砂糖とミルクを大量にぶち込んだコーヒー風砂糖水をマグカップに作ると彼の机に静かに置く。俺達の中で一番悲惨なのは間違いなく彼だろう。士官学校を速成で卒業した上に終戦までの功績でよりにもよって中佐に昇進してしまった彼は正に地獄のような詰め込み教育を受けている。ホワイトベースの艦長は続投なので申し訳ないが頑張って欲しい。

 

「大尉!ダラダラしていないで早く席について下さい!時間は有限なんですよ!」

 

「はい、すみません」

 

ララァに叱られる俺に生温かい視線が集中した。畜生見世物じゃねえぞ!?

 

「大尉?」

 

「ハイ、スミマセン」

 

宇宙世紀0081、俺達はつかの間の平穏を謳歌する。だが次の戦いは確実に迫っていた。




賠償請求が高いとか言っている人が散見されますが、本来戦後の賠償は戦争で生じた損害に対する補償です。4つのサイドの破壊されたコロニーと失われた人命、そしてコロニー落としに始まり地球に与えた甚大な被害に対する補償。そして当然戦費もここに含まれます。正直これが幾らになるかなんて矮小な作者には想像もつきません。
しかも大虐殺のせいで個人への賠償が少なくなっている分、政府に対する賠償のみになっている分まだ穏当な金額です。やったねジオニスト共、賠償金が減ったよ!
そしてはっきり言ってジオンの国家歳入2年分なんてこの補償金額に対して間違いなくカスです。更にジオニックがアナハイムに身売り出来ている点から考えるに、本国の技術や資産について差し押さえされていません。つまり人的資源以外にジオン本国が被った損害は無いと言えます。
この終戦交渉に参加した連邦政府の高官とか普通に連邦側の遺族にテロで殺されるんじゃないですかね?


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0083編
90.0083/09/05


今週分です。


「良くもまあこんなものを恥ずかしげも無く渡してくるものです」

 

格納庫に搬入された機体を見上げながらロスマン中尉が不平を漏らす。その視線の先には装甲をオレンジに塗られたジム改が搬入されていた。バックパックは大型の物に差し替えられ、脚部も一部部品が交換されている。原作知識を持っている人間からすれば、この機体をこう呼ぶだろう、パワード・ジムと。

 

「推力は原型機の30%増し。だがそれ以外は変更された様子が無いな、アナハイムの連中は我々に喧嘩を売っているのかな?」

 

データを確認していたテム・レイ少佐が口元を歪めながらそう評した。言わんとしている事は良く解る。ジム改はここオーガスタ基地の技術陣が戦中に乱立してしまった各生産拠点独自規格のジムを統合調整したモデルだ。その性能は正しく量産機に相応しいもので、良好な整備性と生産性にパイロットを選ばない操作性を持つ。更に十分な拡張余裕を確保する事で改修による長期的な運用も可能としている。特にレイ少佐とホワイトベース整備班の功績は大きく、戦中に多機種を整備させられた悪夢のような職場環境に関するレポートは同機に多大な影響を与えたと言える。事実ベース機となったジムC型と比較して整備性は向上させつつ、機体性能も僅かではあるが上回っているのだ。そんな苦心の結果に生み出した機体を適当に弄られれば不平の一つも言いたくなるだろう。

 

「推力は上がっていますがその分機体重量も増加していますね。AMBAC性能はむしろ低下していますから活動時間は低下しています。この変化は地上での運用時は特に顕著になるでしょうね。バランスもトップヘビーになっている分白兵戦能力も下がっています」

 

はは、散々な言われようだな。所でこれからこいつは俺の愛機になるんだが?

 

「オーストラリアに持って行くまでに多少弄っても構わんだろう。その辺りも期待してこちらに送っているのだろうしな」

 

「良いんですか?」

 

「ここ独自の技術は使わんよ。あくまで公開されている範囲での調整だ」

 

さらっと嫌らしい事を言いつつレイ少佐は口角を上げる。公開されている技術って事はアナハイムでも閲覧出来るし、なんならコーウェン中将から技術開示されているだろう。つまり同じ土俵で性能を引き上げたとなればオーガスタの技術力をアピール出来るということだ。

 

「本当なら試作機を持って行ければ良かったんだがな」

 

「またやってるんですか?あの二人」

 

「なに、技術者のコミュニケーションのようなものだ。気にしなくて良い」

 

その言葉に恐らく隣の格納庫で言い争っているであろう二人を思い浮かべる。ナガノ少尉とフランクリン中尉が合流したことでオーガスタ基地でもコンペ用のMSが開発されている、勿論機種はガンダムだ。問題はナガノ少尉は研究者気質が抜けておらず、フランクリン中尉は人の話をあまり聞かないことだ。二人が協力して機体を開発出来ているのはレイ少佐の存在が大きい。まあガンダムの生みの親だからな、MS技術者にしてみれば神様みたいなもんだろう。

 

「例の君が言っていた補助腕の本数とその構造で昨日は揉めていたな。ヒルダ少尉が研究している新構造材がものにでもならんとコスト的に勝負にならんから、そもそも搭載出来んのだが」

 

「そちらはまだ時間が掛かりそうですか?」

 

俺の質問にレイ少佐は嫌そうな顔をする。

 

「新素材の開発なんてものは年単位のスパンが必要になる物だよ。むしろ素人の思いつきが形になりそうな事の方が異常なんだ。…予言も程々にしておかんと危ないぞ?」

 

伝えたのはマイクロハニカム技術に関するアイデアだ。ミノフスキー粒子の格子構造を素材内に封入する事で飛躍的に強度を高めるこの技術は、第二期MSの根幹技術である。年代的には色々すっ飛ばしているし実用化されるのは本来40年近く先なのだが、基礎技術がアクシズ由来のガンダリウムγは少なくとも84年まで地球圏に持ち込まれないし、それより高性能なサイコ・フレームは色々とマズイ。どちらにせよアレもアクシズに亡命したNT関連の技術者が開発しているので連邦軍が手に入れるのは困難だ。まあ、マイクロハニカム技術も基礎研究をヤシマ重工が密かにやっていたから、俺が告げ口した結果機密漏洩で大騒ぎになったらしい。ミライさんごめんなさい。現状はヒルダ少尉とヤシマ重工から出向してきた技術者で研究を行っている。

 

「プロトタイプなら出せるが」

 

「グリーンリバー少尉じゃなきゃ動かせんような機体じゃいかんでしょう」

 

プロトタイプとはNT-1をベースに、現在の技術で出せるだけ性能を出したらどうなるかを検証した機体である。カタログスペックで言えば現在どころかグリプス戦役時代のMSすら凌駕しているが、如何せん制御系と耐G系統が微塵も追いついていない。肉体を外科的に強化されている彼で無ければとてもでは無いが扱える物ではない。彼以外で唯一真面に動かせたアムロ中尉ですらじゃじゃ馬過ぎて乗りたくないと不平をこぼすくらいだ。そんなアムロ中尉は試作機のメインテストパイロットを務めている。

 

「レイチェル少尉達も乗れるぞ?」

 

だから普通のパイロットが使えなきゃ意味が無いでしょうよ。

 

「また廉価版の量産で妥協出来るならそれで良いんじゃないですか?まあその場合一般兵でも乗れるだろうアナハイムの機体が採用されるかもしれませんが」

 

「言うようになった。いや、元から君はそんな感じだったな。まあコイツは任せておきたまえ、多少は使えるようにしておこう」

 

「それにしてもなんでアレン少佐なんですかね?特務遊撃部隊を幾つも抱えてるじゃないですか。腕の良いパイロットなら自前で用意出来そうなものですが」

 

コーウェン中将の提唱するガンダム開発計画に横やりを入れ、アナハイム単独の開発からオーガスタ基地及び関連企業とのコンペ形式に変更したまでは想定内の流れだった。だがロスマン中尉の言う通り何故か俺がアグレッサー役として出向する事になったのだ。この辺りはワイアット大将からの牽制で、どちらかと言えば彼と共同歩調にあるウチの上官が承諾したという所だろう。

 

「一年戦争の英雄と言うのもあるが、彼はRX-78の開発に関わったテストパイロットの唯一の生き残りだからね。確かに意見が聞けるなら有り難いだろう。それに特務の連中は顔を売りたくないだろうからね。客寄せにはアレン少佐の方が都合が良いのさ」

 

「そんなものですかね?」

 

真相は上層部連中の頭の中だ。そして命じられれば否とは言えぬが宮仕えである。

 

「待てよ!ヨナ!」

 

「早く来いよカミーユ!」

 

「もう、待ちなさいよ二人共!」

 

「走ると危ないよ!」

 

大人達がそんな話をしていると格納庫の中を男の子達が駆けていく。その後ろを追いかけるように少女が二人続いた。レイチェル少尉達よりも更に年若い彼等を見てレイ少佐が顔を顰めた。

 

「ここは軍事基地であって託児所ではないのだがな」

 

笑いながらシミュレーターを手慣れた様子で準備する子供達に視線を向けながらそう零す。気持ちは解らないではないんですがね。

 

「ビダン家の両親は仕事人間ですから寧ろああしない方が拗れますよ。ヨナ達はここで囲わなければ子供としてすら振る舞えない」

 

「それも予言かな?」

 

「現状に対する正しい状況把握という奴ですよ」

 

カミーユ・ビダンは続編であるΖガンダムの主人公だ。幼少期に両親から放置されたという体験から情緒不安定な青年となった彼は、宇宙世紀0087年に勃発した連邦軍の内紛になし崩し的に巻き込まれた結果様々なものを失い、最後には人格崩壊まで起こしてしまう。正直家族に関心が示せない人間が家庭なんか持つなと彼の両親に文句を言ってやりたいが、今更遅いので次善の策を弄しているのだ。不幸にもこの基地には彼と年の近い子供達が多く在籍している上に、面倒見の良い年上の女性もかなり居る。卑怯ではあるが、両親が揃って生きているだけでも随分とマシなのだと自覚して貰えれば儲けものである。何せここに居る大半はヨナ達を筆頭にNTの検体として集められた孤児達だ。中には薬物による記憶障害で過去を一切覚えていない子まで存在する。当然生活能力なんて皆無だし保護者も居ない。ならばそうした施設に入れれば良いではないかと思うだろうが、残念ながらそれも難しい。NT研究は連邦軍内の各派閥で極秘に進められているから、放り出せば確実に彼等の手が伸びてくる。また最悪の場合、ジオン残党と繋がっている連邦軍人から情報が漏洩する事も考えられる。その場合間違いなく拉致洗脳された上でNT兵として投入されるのは避けられない。彼等の生命と将来を考えれば、この基地で囲うことは残念ながら現状における最善の選択なのである。

 

「我々は何時になったら戦後から抜け出せるのだろうな?」

 

レイ少佐の言葉に、俺は答えることが出来なかった。

 

 

 

 

「機は熟した」

 

謁見の間に飾られたギレン・ザビの胸像を見上げつつ、エギーユ・デラーズはそう呟いた。

 

「閣下」

 

その言葉に銀髪の男が内から湧き出る激情を抑えられぬ様子で応じる。その瞳に確かな狂気を孕みつつ、だが同様の狂人しか屯さぬこの地でそれを指摘出来る者は居ない。

 

「この地に拠を構えて3年、3年だ。遂に反撃の時が来たのだ」

 

ア・バオア・クーの敗北から3年。祖国が売国奴共の手に落ちたことを悟った彼等は、地球圏に留まり連邦と戦い続ける事を選択した者を糾合し、旧サイド5の暗礁宙域に独自の拠点を建造。連邦政府に対し限定的なゲリラ戦を仕掛けていた。

 

「今日この日をもって偽りの戦後は終わる。我々の手で連邦に裁きの鉄槌を下し、そして祖国を真のスペースノイドの手に取り戻すのだ」

 

銀髪の男、アナベル・ガトー少佐へと向き直り、力強い声音でデラーズはそう告げた。ジオン共和国内の同志も着実に増え、支援も日に日に増えている。ここで一手、連邦の醜悪なる真の姿を白日の下にさらしスペースノイドの目を覚まさせる。そして同時にその力を削げば、祖国は必ずやあるべき姿を取り戻すだろう。

 

「その為にはこの作戦、必ずや成功させねばならぬ。ガトーよ、あの日より預かった貴様の命、今ここで使わせて貰う」

 

その言葉にアナベル・ガトー少佐は感極まる表情で応じる。

 

「お任せ下さい。このアナベル・ガトー、星の屑成就のため不惜身命の思いです」

 

彼の返事にデラーズは強く頷く。あらゆる情勢が今まるで彼に行動を起こせと言わんばかりに整いつつある。それに気付かぬほど彼は愚鈍ではなく、そしてその行動の結果が自分にとって酷く都合の良い事だけを妄想出来る程度には夢想家だった。故に彼は自らの理想を実現するべく行動を起こす。

 

「これより我が軍は星の屑作戦を実行する」

 

その狂気が行き着く未来を知るものはまだ誰も居ない。




0083はーじまーるよー。


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91.0083/09/25

今週分です。


俺を乗せたミデアが滑走路へ着陸する。窓から見えるコロニーの破片が突き立った赤茶けた大地を見て、俺は目を細めた。

 

「お疲れ様です少佐殿」

 

ゆっくりと格納庫の方へ移動を始めると、ミデアの搭乗員がそう声を掛けてきた。人員の補充と再編が進んでいる連邦軍では、戦中と違いミデアのような輸送機でもパイロット以外に機上整備員や通信手などを乗せる余裕が出てきている。裏を返せば未だに巨額の軍事予算が承認される程度には地球圏は不安定だと言うことだ。

 

「そちらこそお疲れ。こんな面倒な荷物は気疲れしただろう?」

 

オーガスタから運んできたパワードジムはあくまでGP計画からすれば副次的な機体に過ぎないが、軍からすれば重要な検証機体である。普通ではない積み荷と言うだけで、運ぶ側の緊張も違うだろう。そう思って労えば、年若い少尉は笑いながら応じる。

 

「はい、いいえ少佐殿。一年戦争の英雄であられる少佐殿と同道出来まして光栄であります。…その、出来ればサインなど頂けませんでしょうか?」

 

ミーハーかよ。そもそも俺はアイドルじゃねえっての。

 

「別に良いが、俺は字が汚いぞ?」

 

言いながら手渡された手帳に名前を書き込む。そうしている間にミデアが停止した。さて、それじゃ行きますか。

 

「ディック・アレン少佐であります。着任のご挨拶に参りました」

 

「うん、トリントン基地を預かっているマーネリだ。ようこそ英雄殿」

 

そう言って答礼するマーネリ准将に向けて俺は苦笑する。

 

「自分の戦果は偶々ガンダムに乗っていたからに過ぎません。私が英雄なら、あの戦いに参加した全ての者が英雄と呼ばれるべきでしょう」

 

そもそもア・バオア・クーでの戦果は大半がレイチェルとカチュアによるものだ。同じ機体に乗っていたから共同撃墜扱いになっているが、正直俺のやっていたことなど撃てと騒いでいた位だ。彼女達が有用だと認識されて次の悲劇の温床とならないよう記録上は甘んじるが、それを自分の手柄と吹聴して回る気にはなれない。

 

「成る程、至言だな。本格的な訓練は明日からの予定だ、今日の所は部隊の者と顔合わせをしておいてくれ。以上だ」

 

「はっ、失礼します」

 

そう敬礼し司令室を出る。早めに動いておくべきだとは思うが、着任直後に基地の警備体制にケチを付けるとなると心証が悪すぎる。せめて同じ部隊のメンバーと打ち解ける位はしてからでないとマズイだろう。

 

「失礼します、ディック・アレン少佐殿でありますか?」

 

「ん?ああ、そうだが。君は…」

 

「チャック・キース少尉であります。隊長より基地をご案内するよう申しつかりました」

 

「ああ、そうだ。キース少尉だったな。ディック・アレンだ、よろしく頼む」

 

俺がそう応じるとキース少尉は驚いた表情でこちらを見る。

 

「自分の事をご存じなのですか?」

 

結構知ってるよ、君の未来とかもね。なんて言える訳も無く俺は笑いながら口を開く。

 

「これから同じチームになる相手の事くらい確認しておくさ。公開されているプロフィールくらいのものだけどな」

 

俺がそう笑うとキースは納得した表情で少し残念そうに口を開いた。

 

「まあ、そうですよね。別に俺、有名な訳でもないですし」

 

「なんだ、キース少尉は有名になりたいのか?」

 

「あ、いやーその…」

 

ん?どしたん?

 

「有名になればその、女の子にモテるかなーって」

 

ああ、そういやコイツ結構女好きって設定だったっけ?となると辛い現実は早めに知っておく方が良いだろう。

 

「キース、いいか?パイロットとして有名になっても女にモテる事は無い」

 

「え?」

 

「精々お水のねーちゃんがちやほやしてくれるくらいだ。金を持ってるからな」

 

そもそもパイロットとして有名と言うことはそれだけ軍隊生活に忙しいし、何より危険な任務に就く事が多い人間と言うことだ。ATMとしてならばともかく人生の伴侶に適した人間とは言い難いだろう。実際俺はモテてない。

 

「えぇ」

 

「そもそもだな、MSの操縦が上手いってアピールポイントになるか?お前目の前に女の子がいたとして、その子に特技は狙撃ですとか言われて異性として魅力的に見えるか?」

 

「…言われてみれば、確かに」

 

解ってくれたようだな。

 

「だが軍で偉くなれば割と楽しいことも出来る。例えばコーウェン中将の秘書は滅茶苦茶美人だ」

 

「!?」

 

言いながら俺は懐から端末を取り出すとレーチェル・ミルスティーン中尉のプロフィールを呼び出す。その顔写真を見てキースは絶句した。

 

「優秀な成績を残せばそれだけ昇進だって近付く、そうすれば意図的にお近づきを生み出す事も出来るようにだってなるぞ。そこからはまあ、自分の実力次第だがな」

 

「アレン少佐、自分偉くなります」

 

決意を固めた男の顔に俺はサムズアップで応じる。そんな遣り取りをしていると急に後ろから声を掛けられた。

 

「キース、何してんだ?英雄様は見つかったのか?」

 

そこにいたのはアニッシュ・ロフマン少尉だ。史実では戦後彼の名が出てくる事は無いのだが、どうやら俺がトリントン基地に着任しなかった変化が彼に波及したらしい。彼はベテランだし俺の顔を何処かで知っていたのだろう、振り返った俺に彼は慌てて敬礼をしてくる。

 

「ああ、すまない。ちょっと親睦を深めていたんだ。ディック・アレンだ、よろしく頼む」

 

「はい、いいえ少佐殿。アニッシュ・ロフマン少尉であります。こちらこそよろしくお願いします!」

 

「楽にしてくれ、同じチームでやっていくんだ。もう少し力を抜いてくれんとこっちも肩がこる」

 

予想外に緊張している彼に俺がそう告げると、何とも言い難い表情になる。だから俺は続けて理由を話す。

 

「どうにも年下ばかり相手にしていたせいか緩い空気に慣れてしまってな。できる限り気を遣わんでくれた方が助かる」

 

「は、はあ」

 

釈然としていない表情だが追々慣れて貰うとしよう。とにかく先ずは懐に入り、味方を増やすのが重要だ。何せここはコーウェン派閥の基地だから、下手をすれば俺は敵扱いである。星の屑作戦阻止の為にも人間関係の円滑化は重要だ。

 

「さて、それじゃそろそろ出発するか?あまり待たせては悪いからな」

 

俺はそう言って二人に移動を促す。トリントン基地はまだ平穏を保っていた。

 

 

 

 

「ディック・アレン少佐、ガンダムのパイロットにして一年戦争の英雄か」

 

エルラン中将より貸し出された男のプロフィールを見ながら、ジョン・コーウェン中将はそう呟いた。初代ガンダムの開発から関わっていた人材、それも直接運用経験のある人間は非常に貴重だ。派閥のパワーバランスから当初難色を示していたコーウェンだったが、開発計画がアナハイム単独から競作に変更されたことで採用に危機感を覚えたアナハイム社から要請があれば断る事は難しかった。

 

「相手に塩を送るのは余裕の表れか?」

 

「本命は手元に残しているようですから、単純に貸しを作りたいだけかもしれません」

 

公にならない資料を確認しつつそう口にしたのは秘書官のレーチェル・ミルスティーン中尉だった。普段周囲に見せている温和な雰囲気は鳴りを潜め、派閥の長に仕える忠実な秘書官の顔を見せている。

 

「ああ、テム・レイ少佐の息子か」

 

ガンダム神話を生み出した本当の主人公。その戦果は正しく異常と言えた。それこそ軍上層部の誰もが同じ力を手元に置きたいと思う程度には。

 

「先の大戦におけるRX-78の戦果は突出していた。これの生産と配備を主導すれば、我々は大きな発言権を得ることが出来る」

 

それはコーウェン達改革派にとって重要な事だった。一年戦争において改革派は中心人物であるレビル将軍を失い、その発言力を大幅に弱めていた。その一方でア・バオア・クー攻略を成し遂げたグリーン・ワイアット大将を擁する保守派は着実に連邦軍の主流となっている。その状況をコーウェンは危惧していた。

 

「現在の連邦軍にはスペースノイドも多く在籍している」

 

一年戦争中はまだ良かった。ジオンという明確な人類の敵を前にして多少のことには目を瞑れたからだ。しかしその共通の敵がいなくなった今、大戦前と変わらぬアースノイド優位の行動を取り続ければ軋轢を生み出すことは明白であり、そうなれば最悪連邦軍の内部分裂、それどころか軍内部に第2のジオンを生み出しかねないと彼は考えていた。無論何でも認めれば良いというものではない。スペースノイドの自由意志を尊重した結果がジオン公国であり先の大戦という未曾有の厄災だったのだ。

 

「認めるべき所は認め、そして断固たる意思は示さねばならん」

 

そうしなければ人類は再びあの悪夢を繰り返すことになる。もし次などがあれば、今度こそ人類は滅びてしまうと彼は確信していた。故にどの様な手段に訴えてでもそれだけは防がねばならず、その為の装備が必須であるとも考えていた。そしてその思想は彼が主導する開発計画にも明確な形で盛り込まれる事となる。

 

「あの過ちを繰り返さぬ為にも、ガンダム開発計画は我々の手で必ず成功させねばならん」

 

正しき人類の守護者と自らを定義する彼はこの計画の成功が人類に平和をもたらすと信じていた。しかし、その足下で自らの計画が陰謀に巻き込まれようとしていることを残念ながら彼はまだ知らなかった。




誰も彼もが正義のために戦っている。


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92.0083/09/26

今週分です。


9月も終わり近くとなれば日差しも力強さを増してくる。無数に突き立つコロニーの残骸と赤茶けた荒野をモニター越しに眺めながら、俺は試合開始の合図を待っていた。

 

『アレン少佐、準備は宜しいか?』

 

「問題ない、何時でも行ける」

 

『了解、では開始!』

 

サウス・バニング大尉の宣言と同時に遠距離用レーダーがカットされる。高濃度ミノフスキー粒子散布下での戦闘というシチュエーションだからだ。尤も本当にミノフスキー粒子を撒く訳にはいかないので、機体側のセンサーを停止させるだけではあるのだが。

 

「さて、やりますか」

 

フットペダルを軽く踏み込み機体を前進させる。更にコントロールスティックを操作し反応を見た。良い調子だ、流石ロスマン中尉の整備は完璧である。そんな彼女に内心で静かに謝罪しておく。

 

「ま、全力で相手をしろってリクエストだからな」

 

本当に謝るときはバニング大尉達にも連座して貰おう。そんな事を考えつつ俺は機体を加速させる。発端は昨日の顔合わせが終わり、以降の試験内容についてのスケジュールの話になった時だった。お互いの技量を確認する意味で先ず模擬戦を行おうと言う事になったのだが。

 

「すまん、それは本気でやった方が良いか?」

 

俺の質問にバニング大尉は顔を引きつらせ、コウ・ウラキ少尉とチャック・キース少尉は戸惑った様子だった。そしてラバン・カークス少尉は紅潮した顔で聞いてくる。

 

「それは、自分達が本気を出すまでも無い相手だと言うことでありますか?」

 

その質問にアニッシュ・ロフマン少尉が手で顔を押さえる。カークス少尉の言葉に俺は自分の言葉足らずを認識し補足を入れようとしたのだが、それより先にカークス少尉が啖呵を切ってしまった。

 

「自分達は試験部隊です。少佐殿にご満足頂けるだけの能力を持っていると自負しておりますが?」

 

「あー、いやカークス少尉」

 

「ああ、それとも負けたときの保険でありますか?手を抜いていたなら如何に英雄殿でも多勢に無勢は覆せないでしょうから」

 

おーし、その喧嘩買った。後で知ったのだがカークス少尉は今回の試験に部外者である俺がねじ込まれたことが酷く不満だったらしい。まあ、彼の立場からすればそれも仕方の無い事だろう。それはそれとしてちゃんとマウンティングはさせて貰うが。

 

「見つけた」

 

移動開始から暫くして光学センサーが敵機を捕捉する。ザクⅡの後期生産モデル、サンドブラウンに塗装されたF2型が3機警戒しつつ前進している。相手の編成は4機の筈だから1機はマークスマンとして後方から支援するつもりなのだろう。

 

「じゃあ見せて貰おうかい、試験部隊の実力ってやつをさ」

 

原作において、彼等3人は本物の俺が乗るパワード・ジムに一方的に負けていた。この世界における彼等の実力が如何ほどのものか、俺は試しに火器管制システムを全てマニュアルに変更し先頭の機体に狙いを付ける。MSに搭載された火器管制システムは優秀だが、目標との距離測定にレーザーを使用するため照準された相手にロックオン警報が鳴ってしまう。新兵同士の撃ち合いが意外にも長引くのはこの警報システムと機体の自動回避が優秀だからだが、それに慣れた相手には無警報の射撃というやつが意外とよく当たる。

 

「さて、挨拶…おい」

 

様子見のつもりで放った二発の砲弾はあっさりとコックピットに直撃。撃墜判定を食らったザクはその場で機能を停止する。それを見て残りの2機が慌てて物陰へと退避するが、それぞれ手近な場所に隠れたため、相互に全く連携出来ない位置取りになっている。

 

「新兵かよ、新兵だったわ」

 

ロフマン少尉が動く気配はない、流石に実戦経験者はあのくらいじゃ驚かんようだ。

 

「ま、死なないしな」

 

訓練という安心感がある以上、味方が倒されたくらいで動揺を誘うのは難しいだろう。だから厄介になる前に戦力を削ってしまう必要がある。

 

「…キースはあっちかな?」

 

残っているのはウラキ少尉とキース少尉だと思う。その内でしっかりと隠れて居る方に狙いを定めた。

 

「隠れ過ぎだ」

 

こちらも遮蔽物から飛び出し一気に距離を詰める。もう1機のザクはその動きに気付いて牽制しようとするが、稜線やコロニーの残骸が邪魔で射線を通せない。そして狙った方も遮蔽物で自分の射線を完全に殺してしまっているから、こちらを止められないどころかセンサーも隠してしまっているせいでこちらの正確な位置も把握出来ていない。彼が漸くこちらの位置を把握したのは、俺のビームサーベルが機体に突き立った瞬間だった。

 

「おっと」

 

2機目がやられて流石に隠れて居る場合ではないと考えたのか狙撃が飛んでくる。とは言え使用しているのはマゼラトップ砲だから精度はイマイチだし何より火器管制システム頼りだから避けるのはそれ程難しくない。流石にアムロやララァの様に機体を少し捻って射線を外すなんて芸当は無理だが、予告ありの砲撃に当たるほど間抜けじゃない。とは言えロックされていれば回避を強要されるし、鳴り響く警告音は確実にストレスになって集中力を削ってくる。

 

「妨害手段が欲しいな」

 

ダミーバルーンとは言わないが、そんな事を呟きながら残る前衛へと機体を跳躍させた。平面的な動きよりも三次元的な動きの方が狙撃に対し多少時間が稼げるからだ。更に言えばパワード・ジムは推力に優れる分、空中での動きに制限が少ない。AMBACも併用すれば曲芸に近い動きだって再現可能だ。

 

「MS同士の戦闘で足を止めるな!」

 

こちらが飛び上がったのを見てザクマシンガンで武装した前衛機は足を止めて射撃に専念していた。それも撃破したキース機を援護するために中途半端に前進していたから遮蔽物の無い所でだ。そんな目標を外すほど連邦の火器管制システムはポンコツでは無い。飛び上がった瞬間にマニュアルからオートに戻していたから俺の視線に合わせてマシンガンの銃口が勝手に敵機を捕捉してくれる。地面に向かって真っ逆さまに加速しながら射撃を加えれば、見事にザクは全身をオレンジ色に染め上げた。うん、やはりガンダムみたいにはいかないな。機体を宙返りの要領で脚から着地させて即座に加速、最後の後衛へと迫る。マゼラトップ砲による迎撃を諦めたザクは即座にマシンガンとヒートホークに持ち替えて白兵戦に備えてみせた。だが残念。

 

「俺ぁ殴り合いが苦手でね」

 

マシンガンによる牽制からヒートホークへ集中したのを確認して、俺はバーニアを最大出力で稼働させる。予定通りザクの頭上を飛び越えた俺は、先程と同じ宙返りの要領で機体を半回転だけさせると、まだこちらへ向き切れていないザクに向かってマガジンの残りを全て叩き込む。こうして初模擬戦は俺の被弾ゼロかつワンマガジンで試験部隊全機撃墜という戦績で終了したのだった。

 

 

 

 

「相手がザクと言っても、1対4でこれか」

 

模擬戦をモニターしていたサウス・バニング大尉は思わず唸ってしまった。試験部隊の隊長である彼は他の隊員に比べれば多くの情報に触れる権限がある。例えばディック・アレン少佐が政治的背景に基づき今回の任務に参加していることや、一年戦争における彼のスコアや評価がプロパガンダ用に誇張されている等だ。また少佐の態度も侮ってしまった原因の一つだろう。彼は事あるごとに自身の戦果をガンダムのおかげだと吹聴していた。事実当時ガンダムに搭乗していたパイロットは目覚ましい戦果を上げていて、彼等の経歴を見ればMSが優秀だったと考えてしまうのも無理からぬ事だった。

 

「練度の差を考慮すれば人数を倍にするか、最低でもゲルググを用意しないと話になりませんよ」

 

横で同じようにモニターを眺めていたエディータ・ロスマン中尉がそう評する。元々ジム改はゲルググを仮想敵として設計・調整された機体なのだ。数を揃えたとして、パイロットの技量も機体性能も格下では話にならないと彼女は続ける。

 

「それにしても少佐も調子に乗って!後で文句を言ってやらないと」

 

「それは一体どう言う意味だ?」

 

彼が眉を顰めながらそう聞くと、ロスマン中尉は不満気に答える。

 

「少佐が全力で動かすとあの機体では足回りがついて行けないんですよ。戻って来たら総チェックしなきゃいけません」

 

彼女の言葉にバニングは眉間のしわが益々深くなることを自覚した。彼女の言葉通りならば彼の全力にジムでは追いつかないと言うことだ。そんなパイロットが凡庸だなど冗談では無い。更に模擬戦前に少佐は全力で戦うのかと聞いていた。つまりそれは機体に合わせて操作を加減出来るという意味であり、間違いなく高い技量が無ければ出来ない芸当だ。

 

「聞いていた話と違うじゃないか」

 

「オーガスタには彼を撃墜出来るパイロットがゴロゴロしていますからね。ちょっと本人の感覚もおかしくなっているんですよ」

 

苦笑する彼女にバニングは深々と溜息を吐く。増長気味だったカークス少尉には良い薬になっただろうが、他の新人には刺激が強すぎたかもしれない。特にキース少尉は技量はともかく性格が臆病で消極的だ。一方的に蹂躙されるような経験は更に彼を萎縮させてしまうかもしれない。彼の表情を見てその危惧を悟ったのだろう、ロスマン中尉が笑いながら口を開く。

 

「多分想像しているような事は心配要らないと思いますよ」

 

「それは有り難いが理由を聞いても?」

 

「そっちでも少佐は優秀だからです。もっと酷い部隊を彼は戦争で率いていたので」

 

一年戦争末期に編成された第13独立部隊。ペガサス級母艦2隻と精鋭MS部隊を配した地球連邦軍でも有数の戦力だ。その活躍は有名なものでもソロモン攻略戦における敵巨大MAの撃破、ア・バオア・クー攻略戦においてもドロワの撃沈と語るに事欠かない部隊だ。しかしその内情が寄せ集めも良い所であり、特に中心となったホワイトベース隊では兵役にまだ就いていない訓練生や、それどころか緊急で徴募した民間人が部隊として運用されていた事を知る人間は少ない。伝え聞いた事のある噂話が真実だと知って、バニングは改めて年下の少佐が傑物なのだと理解する。

 

「頼もしい限りだ」

 

「あ、でも過信は禁物ですよ。基本的に彼、精神年齢は子供ですから」

 

思わずそう彼が口にするとロスマン中尉が意地の悪い笑顔でそう付け加える。どうにも厄介な相手だと言うことだけは理解出来たバニングは、再度深々と溜息を吐いたのだった。




軍人がモテる話。
感想なんかにも書いて頂いたんですが、軍人が結婚相手として求められるかと言われれば実はモテます。大抵高給取りで勤め先が潰れる心配も無く、体を鍛えてるので長生き。それでいて普段は殆ど家に居ないと、ATMとしてかなり優良な相手だからです。
つまり彼等がモテると言うのは、金持ちがモテるのと同じ話なんですね。
で、キース君が求めているのは自分を好きになってくれる恋人です。なのでそう言う相手からはモテないよ?と主人公は言ったのです。
以上今回の言い訳でした。


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93.0083/09/30

今週分です。


「あー、つまりだな。個人の技量で差を感じた場合、最良なのは囲んで袋叩きにすることだ。その為には相互の連携、味方同士の位置把握が何より重要になる」

 

トリントン基地のブリーフィングルームで、俺は何故か試験部隊の面々相手にそんな講釈をたれている。着任直後に行った模擬戦の結果、しっかりロスマン中尉からお叱りを受けると共に言葉足らずだったことを謝罪したところ何故か試験部隊の新兵組から懐かれた。

 

「少佐ぁ、囲む前に各個撃破されているんですけど」

 

情けない声でそう不平を口にしたのはチャック・キース少尉だ。あれから実機はバックパックの性能評価試験ばかりだが、空いている時間で彼等とはシミュレーターを使った模擬戦を行っていた。条件は最初と同じなので今のところ俺が全勝していて、戦法などが煮詰まってきたらしくサウス・バニング大尉からアドバイスをしてやって欲しいと頼まれたのだ。正直大尉以上に上手く教えられる自信なんて微塵もないのだが。

 

「それはお前達の地形に対する理解不足が原因だ。手当たり次第に索敵してるから結果的に先制されてるんだよ」

 

そう言って俺は頭を掻きつつ話を続ける。

 

「MSってのは全高18mにもなる大型兵器だ。隠れられる遮蔽物なんて限られるし、更にそこから攻撃出来る場所になると片手で数えられるくらいになっちまう。それが解っていれば事前の準備射撃であぶり出すことだって難しくない」

 

寧ろ機体性能で劣っているザクで勝つとしたらそれしかない。だからバニング大尉は機体のプリセットで脚部のロケットランチャーを装備させているんだと思うんだが。アニッシュ・ロフマン少尉が苦笑している所からして新人組が気付くのを期待していたんだろう。無理もないな、現場からの叩き上げであるバニング大尉やロフマン少尉はこの後昇進しても中隊長くらいで止まってしまうが、この三人は士官学校出のエリート候補なのだ。順調にキャリアを積めば大隊長や艦隊のMS指揮官なんかに収まることだって十分あるのだ。だから早めにそうした機転を利かせる対応力を身に付けさせたかったんだろう。でもなあ、

 

「貴様達は今は一人のパイロットだがいずれ必ず部下を持つ身になる。だからもっと俯瞰的に状況を捉える癖をつけろ」

 

一年戦争の弊害と言うべきだろうか?戦時中MSパイロットを一人でも多く前線に送り出すために構築されたカリキュラムは殆ど見直しがされないまま現在でも使われている。あるいは巨大組織故の余裕だろうか?ある程度昇進した人員を前線から引き抜いてより高度な教育を施す期間を設けても組織が問題なく運営出来るから見直す必要を感じていないのかもしれない。しかし実戦においてMSパイロットは非常に多くの判断を強いられる。何しろミノフスキー粒子のせいで後方からのバックアップが一切望めないのだ。それどころか高濃度環境下で乱戦になどなれば部隊内での通信すら怪しくなるのだ。知識不足の指示待ちパイロットなどカモと呼んで差し支えない。

 

「少佐殿、こう一対一で何とか出来る可能性とかはありませんかね?」

 

そう食い下がってくるラバン・カークス少尉に俺は苦笑しつつ答える。

 

「ジム改ならともかく、ザクだと難しいな」

 

ザクは動かしやすく壊れにくい、そして壊れても惜しくないという理由で新兵の教育用や各基地に練習機として配備されている。そうした面では良い機体と言えるが、やはり旧式である事は否めない。例えそれが大戦後期に製造されたモデルであってもだ。

 

「根本的な問題としてザクのOSは古すぎる。最近じゃもうアップデートもされていないだろ」

 

機体そのものの性能は引き上げられているが操作性を損なわないためか、あるいはコストの壁に阻まれたのかザクのOSとコンピューターは殆どのモデルで手を加えられていない。結果同じザクという機種で制御系が同じなのに操作感のまるで違う機体が生まれるなんて珍事まで起こしていたりする。話を戻して彼等の乗るザクは後期生産のモデルだけあって機体性能は向上している。だがこの頃ザクを欲しがるパイロットとは開戦当時から乗り続け、かつ別の機種に転換出来なかった生粋のザク乗り達だったのである。そんな彼等には連邦軍MSとの戦闘を想定した火器管制の補助などは寧ろ邪魔であり、望まれすらしなかったのだ。結果後期生産型は機体性能を向上させながら操作感は全く同じという良くも悪くもベテランザク乗りに寄り添った機体になってしまったのである。当然こんなものにガンダムからフィードバックされたFCSに慣らされた人間が乗れば射撃なんて当たろう筈がない。特にジム改は回避行動の面でもガンダムからフィードバックを受けている。正直ジムに乗っているならFCSを信じろの一言で済む話が、ザクでは通用しないのだ。

 

「…なんで自分達はザクに乗ってるんですか?」

 

情けないぼやき声を上げるキース。はっはっは、そんなのオメエ簡単よ。

 

「そら信用されてねえからだな。流体パルス方式のザクと違ってジムはフィールドモーター駆動式なのは知っているよな?」

 

俺の言葉に三人が頷く。

 

「ジムは関節それぞれに大量の制御モーターを仕込んである訳だが、これが想定外の過負荷を受けたりすると結構壊れる」

 

因みにザクなんかの場合動力パイプが破断する。メンテナンス面で言えばモーターの交換だけで済むジムの方が楽だが、コストで言えば雲泥の差が発生してしまう。正にジムは連邦軍という金持ちだからこそ問題なく運用出来る兵器なのだ。…戦時なら。

 

「1G環境下はただでさえ脚部に負担がかかるからな。下手な高度から飛び降りられでもしたら下半身が丸ごと死ぬ可能性すらある」

 

MSのOSはパイロットの保護を最優先に設定されているから万一の場合機体が自壊してでもパイロットを守る仕組みになっている。逆に言えば下手クソが乗って自壊するような状況を作ってしまえば必ず壊れてしまう訳だ。だから経験の浅いパイロットにジムは回せないのである。

 

「機体を壊すとな、おっかないぞ」

 

そう言うと彼等は一様に視線を逸らす。模擬戦の一件で俺がロスマン中尉に文句を言われていた所を腕立てをしながら見ていたからだ。

 

「ま、つまりだな、ジムを任されたければ実力を示せって事だ。お前さん達ならそう遠い話じゃないだろうさ」

 

全員試験部隊に回されるだけあって技量そのものは悪くない。もう少しだけ視野を広げれば十分実戦に耐えられるだろう。尤もその少しの視野が難しいとも言えるのだが。

 

「そして実力を付けるにはどうするか?それこそ簡単だ、覚えるまでやれば良い。なあにどんなに出来の悪い奴でも1000回も死ねば覚えられる。そこは保証しよう」

 

ソースは俺。そうやって笑ったら全員が顔を引きつらせていた。解せぬ。

 

 

 

 

「相変わらず嫌なツラをしてやがる」

 

搬出作業に向けて1号機の最終点検を進めながら、横に並ぶ機体を見てニック・オービルは誰となく呟いた。ガンダム試作2号機、開発コードサイサリス。戦術核の運用に特化したMSと言うコンセプトが実に連邦らしい性格の悪さだと彼は思った。前大戦初頭、ジオン軍は同調しない各サイドに対し、核弾頭を搭載したMSによる攻撃を行った。つまりこの機体はジオンの証明して見せた核によるコロニー攻撃の有用性を、そのままジオンに向けてやろうという連邦軍の考えが形となっているのだ。しかもそれをジオン系の技術者に連邦への恭順の証として設計させるというのだから悪意を感じずにはいられない。

 

「まあ、精々いい気になっているがいいさ」

 

彼は元々ジオニックのメカニックであり、戦中からグラナダの工廠に勤めていた人間だった。同社が戦後賠償の為に同じく月に拠点を構えていたアナハイムエレクトロニクス社に買収された際にそのまま籍を移すことが出来た幸運な人間である。

尤も他人から見た幸運が本人にも同様に認識出来るとは限らない。政治家共が勝手に決めた敗戦とやらの戦後賠償で身売りをさせられたことなどは屈辱だったし、その先がアースノイドの腰巾着であるルナリアンである事には悲しみすら覚えた。グラナダの工廠という極めて小さな世界だけで一年戦争に関わっていた彼には戦争が終わったという実感がまるで湧かなかったのだ。そんな彼が志を同じくする者達と接触する事はある意味運命と言えた。

 

「ようオービル、お前もこいつらと地球に降りるんだって?」

 

「ああ、試作機からこいつらに関わってるメカニックは少ないからね。全部面倒見ろなんて無茶を言ってくれるよ」

 

気安く話しかけてきた同僚に彼は表面上おどけた態度で応じる。

 

「ははは、それだけ信頼されてる証拠だろ?良いじゃないか、地球なんて滅多に行けないぜ?」

 

滅多にどころかスペースノイドは原則地球に降りる事が許されていない。勿論様々な裏技は存在するのだが、どれも高額であるかあるいは犯罪とされる行為であり、発覚すれば最悪その場で殺される可能性すらあった。ただ帰還兵の話を聞く機会があったオービルは、地球に対して少しも魅力を感じていなかった。思い通りにならない天候や気温。汚れた大気に不衛生な水。生粋のコロニー育ちである彼には地球は不衛生なごみ溜めか何かにしか思えない場所だった。だがそれを口にするべきではない事も彼は良く理解していた。

スペースノイドにとって地球は憧れの故郷であり、常に遠くから物欲しげに眺めている。そうしたアースコンプレックスを抱いているスペースノイドにアースノイドは優越感と共に安心感を得るのだ。そしてそんな連中は驚くほど容易く隙を見せる。例えば地球圏に残存するジオン軍のスパイを疑いもせずに最新鋭の軍艦に乗せ、あまつさえ新型機のお守りを任せるといったように。

 

「そうだね、一度で良いから地平線に沈む夕日ってのを見たかったんだ。そう考えれば悪い話じゃ無いかもね」

 

思っても居ないことを彼はそう口にする。地球でしか味わえないことに憧れる。それは実に解りやすいアースコンプレックスだからだ。

 

「へえ、良いな。俺にも一枚撮ってきてくれよ」

 

「時間があればね」

 

そう言って彼は笑う。彼に与えられた任務は極めて重大だ。だから決行の瞬間まで絶対に露見するわけにはいかない。そして作戦成功後も彼の功績は誰に知られることもないだろう。さながらスパイ映画のエージェントにでもなった気分で彼は歴史を動かす高揚感を自らの中に懸命に隠す。

 

「オービル、ちょっと良いかしら?」

 

「どうしたんだい、ニナ?」

 

そんな彼にガンダムの開発者である女性が声を掛けてきた。社内では才媛だのなんだと持て囃されている彼女であるが、オービルからすればただのMSバカだ。自分が何のために何を造ったのかすら理解していない。この女は考えてもいないことだろう。

 

「ロングビームライフルも持って行くようにって連絡が入ったのよ。アレは宇宙用なのに」

 

「仕方ないさ、何せガンダムだからね。お偉いさん達は何でも出来るって思ってるのさ」

 

口を尖らせながら不平を漏らす彼女に同調してみせる。面倒な女のあしらい方を彼は既に学んでいた。

 

(精々しっかり面倒を見てくれよ。あの方に完璧な状態で渡さないといけないからな)

 

当たり障りの無い言葉で本音を隠して彼は笑う。最早気分では無く、彼は本気で自分を歴史の陰で暗躍するエージェントだと思い込んでいた。だが彼は知らない。映画と違い敵地に潜入するスパイなどはその多くが作戦を成功させる為に何時でも捨て駒に出来る人材であり、都合が悪くなれば即座に切り捨てられる存在である事を。

そしてそんな彼の正体を既に看破している人間が地球で待ち受けているなど、神でもNTでもない彼には知りようが無かったのである。



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94.0083/10/06

今週分です。


「なあ、この基地ちょっと弛みすぎてねえか?」

 

「どうしたんです、急に?」

 

「弛んでるって、俺達に言われても…」

 

昼時の食堂で俺は目の前に座った連中にそう愚痴を零す。トリントン基地に厄介になるようになって早くも一週間が経過した。テスト内容は順調に消化中であり、試験部隊のメンバーともそれなりに打ち解けられたと自負している。まあ相変わらずバニング大尉はやりづらそうにしているが。

 

「仮にも新型MSのテストをするって基地だぜ?それこそ警備の部隊なんざ緊張でぴりついてても不思議じゃないってのに」

 

実際オーガスタ基地では厳重な警備が行われているし、出入りする人間に対する監視も厳しい。対してトリントン基地はと言えば、一般的な基地と大差ない警備体制だ。相対的に考えれば緩いと言わざるを得ない。

 

「いやまあ、確かにパパラッチなんてされれば事なんでしょうけど」

 

的外れなことを言うカークス少尉を睨みながら俺は口を開く。

 

「馬鹿野郎ゴシップの記者なんか気にしてねえよ。俺が言ってんのはこの基地を襲撃して、新型機を強奪しようって連中がいるかもしれねえって話だよ」

 

俺の言葉に3人は意味が解らないと言うような表情になる。そしてキース少尉が卑屈な笑顔で尋ねて来た。

 

「あの、少佐。その、何処の誰が基地を襲撃するって言うんです?」

 

マジか、そこからかよ。

 

「ジオンの残党に決まってるだろ?」

 

「残党って、戦争はとっくに終わってるんすよ?」

 

そんな寝ぼけたことを言うカークスに溜息交じりに教えてやる。

 

「20%だ」

 

「へ?」

 

「終戦時に健在だったと共和国が把握している部隊の中で、国に復員した軍人の数だよ。解るか?連中はこれっぽっちも戦争が終わったなんて納得しちゃいないのさ」

 

「いや、でもそれと新型機の強奪って話が飛躍しすぎじゃないですか?それに奪うにしても態々基地を襲撃するなんてリスクが高過ぎますよ」

 

まあ正論だな。だが教科書通りの回答でもある。

 

「キース、連中は俺達よりも寡兵だ。だから頭を使う、俺達がまさかそんな事はしないだろうって状況を狙って仕掛けて来るのさ。それにな」

 

俺は声を潜めて続きを口にする。

 

「戦中にトリントン基地は襲撃を受けている。つまり防衛設備の配置なんかは露見している可能性が高い。後は連中が何処まで本気を出すかだが、潜水艦の1~2隻でも用意出来れば十分無力化出来ちまう」

 

「でも少佐、逆に言えば補給もろくに受けられない連中がそこまでしなければ基地は落とせないと言うことですよね?幾ら新型機と言ってもそこまでして強奪しようとするでしょうか?」

 

そうだな、普通のMSならそんな事起きねえだろうさ。

 

「お前ら仮にも試験部隊だろう?今回軍が提示した要求事項を読んでねえのか?」

 

対艦隊戦用の重砲戦型MS。そんな用途が記載されている2号機であるが、どう考えても核弾頭を運用するMSを建造するための言い訳だ。でなきゃ態々仕様要求に“Mk82戦術核ないしそれに相当する火力を有すること”なんてピンポイントな言葉が出てくるわけがない。そして何故こんな機体を軍が欲しがるかと言えば至極単純な話で、地球連邦軍がジオン共和国を全く信用していないからだ。

無理もないだろう。81年に起きた月のマスドライバー施設襲撃を筆頭に現在に至るまで続いている元ジオン兵によるテロリズムは収まる気配がないし、地球圏外に存在するアクシズや火星基地の帰属すらジオン共和国は行えていない。更に共和国は本土決戦を回避した結果、サイド3はジオン公国時代の工業力を保持したままなのだ。加えて忘れてはいけないのが、現ジオン共和国の指導者達はザビ家に全ての責任をなすりつけた結果、戦争当時の議会とほぼ顔ぶれが変わっていないと言うことだ。ザビ家が起こした戦争?冗談じゃない。そのザビ家に権力を渡したのも、その国家運営を支えたのもお前らじゃないか。そんな奴らが戦傷を盾に取り身内のテロリズムを放置しているのだ。国力が回復すれば再び同じ事をしかねない。そう判断されても文句は言えない。故にコロニーをピンポイントで破壊出来る兵器を保有し警告しようというのだろう。馬鹿な事を考えれば、即座にコロニーごと吹き飛ばしてやるぞ、と。

 

「問題はこのMk82だ。こいつは戦前に量産された弾頭でな、デブリ対策として相当数が各サイドに支給されていたんだ。当然サイド3にもな」

 

一週間戦争でジオンが運用した核がこれだ。そして戦後の部隊遁走で多くが行方不明になっている。更に厄介なのが旧サイド5が存在した暗礁宙域だ。あそこは位置の関係上復興が遅れていて掃海も進んでいない。そして核弾頭を残したままスペースデブリと化しているコロニーが滞留しているのだ。残党の中に目端が利く者が居れば、既に何発かを確保していても不思議ではないのだ。

 

「南極条約で連中は核弾頭を運用出来る機体を殆ど改装しちまった。それに今更当時の機体じゃ幾ら核が撃てても射点に着くのが難しい。連中にしてみれば2号機は喉から手が出るくらい欲しい切り札なのさ」

 

俺が言い終えると少尉達は唾を飲み込む。よしよし、この様子ならバニング大尉への説得にも協力して貰えそうだ。なんて考えている俺に野次が飛ぶ。

 

「はっ!英雄サマと聞いていたが随分と腰抜けでいらっしゃる」

 

振り向くとそこにはカレント大尉が部下達と机を囲んでいた。今のはどうやら彼の発言らしい。

 

「テストパイロットが長くなりすぎて敵が怖くなっちまったかい?安心しなよ少佐殿、俺達がしっかり守ってやるからよ!」

 

大した自信だな。まあ彼等は史実での基地襲撃においても全員生き延びて追撃を行っていたし、それなりに腕はあるのだろう。だがあくまでそれなりだ。何せその追撃戦で彼等は2号機に全滅させられるからだ。

 

「ソイツは頼もしい。是非守って貰いたいもんだが、生憎自分より弱い奴を盾にするほど腑抜けちゃいねえよ」

 

なので少しばかり煽っておくことにしよう。これでやる気を出してドムの1機も抑えてくれれば、少しは状況も楽になる。

 

「ああ?誰が弱いって!?」

 

「その様子なら言わなくても解ると思うんだが?」

 

更に煽るとカレント大尉は顔を赤黒く染めてゆっくりと立ち上がる。そしてこちらに近付いてくるとドスの利いた声で問いかけてきた。

 

「もう一度言って見ろよ少佐殿?」

 

「何度でも言ってやるよ、この基地の連中は腑抜けてやがる。手前らこそ前線から離れすぎてジオン共の怖さを忘れてんじゃねえのか?そういうのは余裕とは言わねえ、慢心ってんだ」

 

俺の返事にカレント大尉が咄嗟に掴み掛かろうとする。驚くほど鈍い動きだ、まあ俺が日夜強化人間と泣くほどCQCをやらされてるからそう感じるだけかもしれないが。腕を掴んで捻り上げてドヤ顔説教でもかましてやろうかと思ったが、それより先に割って入ってきた人物が居た。

 

「止めろカレント!少佐も言い過ぎです!」

 

カレント大尉を正面から押さえつけながらバニング大尉が俺に苦言を呈してくる。ふむ、しかし放置して死人が出ては遅いのだ。

 

「そうだな、言い過ぎた」

 

俺がそう言うと周囲の空気が若干和らぐ。おっと気を抜くのはまだ早いぜ?

 

「口であれこれ言うのはパイロットの流儀じゃないよな。決めるならこっちだ」

 

笑いながら俺は腕を叩いてみせる。それを見てバニング大尉は絶望したような表情になるのだった。

 

 

 

 

「それでこの結果か」

 

「はっ」

 

眉間に深い皺を寄せながらホーキンズ・マーネリー准将は溜息を吐いた。急遽申請されたシミュレータールームの使用許可について報告を求めた所、先の遣り取りが原因である事が判明したのだ。

 

「エルランの予言者か」

 

「は?」

 

彼の呟きに疑問符を浮かべるバニング大尉に対してホーキンズは口を開く。

 

「大尉はNTを信じているかね?」

 

「信じるというよりは知っております。そうとしか説明の付かない連中がジオンにはおりました」

 

「そうだった、君は元第3艦隊所属だったな」

 

ならばソロモンかア・バオア・クー、あるいはテキサスゾーンだろうか。いずれかでサイコミュ兵器を目の当たりにしていても不思議ではない。ならば話は早いとホーキンズは思った。

 

「戦中連邦もNT部隊を投入している。厳密に言えば運用していた部隊がNTだらけだったというのが実情らしいが。その部隊の重要な意思決定に関わり続け、戦後同じようにエルラン中将へ助言をしている人物がいる」

 

会話の流れからそれが誰であるかなど容易に想像が付くだろう。事実大尉は驚きこそしたものの、それがアレン少佐であると即座に看破した。

 

「その人物がこう言ったわけだな?トリントン基地は襲撃されるかもしれないと」

 

誇大妄想だと一笑に伏すには発言者の存在があまりにも大きすぎた。戦後の派閥争いに敗れたエルラン中将が、未だに十分な影響力を残している事からもそれは明白だ。

 

「すまないが少佐を呼んで欲しい。少しばかり話を聞きたい」

 

ホーキンズのこの行動が後にどの様な影響を与えるか、それはまだ誰にも解らなかった。




復員者の数は完全に本作の創作です。だって残党多過ぎなんだもの。


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95.0083/10/13

今週分です。


白亜の巨艦がゆっくりと滑走路へと進入してくる。それを試験部隊の面々と眺めていると、ウラキ少尉が目を輝かせながら口を開く。

 

「ペガサス級の新鋭艦かぁ。やっぱりガンダムタイプの母艦として運用されるんですかね?」

 

「そうだろうな。それにしても羽振りのいいこった」

 

思わずそう皮肉を言ってしまう。何せ今回の競作におけるアナハイム参入は民間企業へMS開発を委託する事で導入コストを抑えると言うのが大義名分だった。なのに新型機の運用に合わせてペガサス級まで発注していてはどう考えてもコストが合わない。原作ではホワイトベースがア・バオア・クー戦で喪失していた為に艦隊再建計画において建造中だった同艦が建造を再開したのだが、この世界でも何故か建造されている。恐らくガンダムとホワイトベースと言う解りやすいプロパガンダ用の部隊を用意したかったのだろう。

問題は今度のガンダムはある程度の量産が想定されていると言うことだ。建造費を考えればペガサス級をガンダムと同数準備する事は現実的では無い。だから他の部隊は既存の艦艇でガンダムを運用する事になるだろうが、そうすると今度はアナハイムが用意しているガンダムタイプの運用に差し障りが出るだろう事は想像に難くない。1号機はともかく、2号機があまりにも特殊過ぎるのだ。なので正直オーガスタの機体がコンペまでに間に合えば負けることは無いだろう。伊達に原作知識チートで人員を集めていない。

 

「にしても、1号機がロフマン少尉なのは解りますけど、2号機が未定ってのは…」

 

手すりに肘をつきながらカークス少尉がそう不平を漏らす。そう、トリントン基地に実機が持ち込まれていると言うのに未だパイロットが指名されていないのだ。

 

「腕利きに声を掛けているらしいが、ちょっと難航してるみたいだな」

 

カークスに対してアニッシュ・ロフマン少尉がそう苦笑交じりで返事をした。まあ現段階で行われているのは身内でやっているコンペ前の評価試験であり、コンペまでは時間があるから慎重に選んでいるのだろう。色々と癖も強い機体だろうしな。

 

「俺はてっきりアレン少佐が乗るもんだと思ってましたよ」

 

キースが俺を見ながらそう笑う。まあ一応ガンダムのパイロットだしな。そう思われてもおかしくは無いか。

 

「政治だよキース少尉。アナハイムとしてはガンダムのパイロットに勝てる機体って売り文句が欲しいのさ。それで乗っているのがロフマン少尉じゃ説得力なんて無いのにな」

 

彼はMS特殊部隊出身のベテランパイロットだ。彼等は戦中あの悪名高い機械化混成部隊と同様に幾つもの新型機を受領し運用している。機体への順応という意味では寧ろ彼の方が優秀かもしれない。

 

「いや、ハードル上げんで下さいよ」

 

「はっはっは、ガンダムを任される重圧を存分に噛みしめると良い」

 

彼はパワード・ジムも乗りこなせていたから特に心配は無い。問題は他の面子だ。原作通り基地襲撃があれば、彼等はザクで迎撃に出る事になる。あのハゲとロン毛が諦めてくれれば良いが、そんな連中なら3年間もテロ活動に勤しむなんて馬鹿はしないだろう。

 

(目下一番危ういのはウラキ少尉か)

 

操縦技能だけ見れば三人とも大きな差は無いのだが、どうにもウラキは思考が攻撃に寄っている。避けなければ被弾するが、今撃てば敵機を撃墜出来る。そんな状況で躊躇無く攻撃を選択してしまうのだ。防御性能に優れるガンダムならばまだしも、ザクでは万一があり得る。ここの所の訓練で幾分改善はされたがそれでもまだ不安だ。

 

「あー、でも一度で良いから乗ってみてぇな!ガンダム!」

 

そんなカークスのぼやきを聞きながら、俺達は着陸するペガサス級強襲揚陸艦アルビオンを眺めていた。

 

 

 

 

「随分と物々しいですね」

 

艦橋から基地を眺めて、ニナ・パープルトンはそう口にした。アルビオンが着陸する滑走路の周辺にはMSが展開して警備に当たっていたからだ。

 

「新型機の受け入れで多少緊張しているのでしょう。気になさる程の事ではありませんよ」

 

艦長席に座ったエイパー・シナプス大佐が彼女の疑問にそう答える。それを聞き彼女はそういうものかと納得した。実際この艦が運んでいる機体は今後連邦軍において運用される――と彼女は確信している――重要な機体である。杜撰な警備よりは遙かに良いと彼女にも思えた。

 

「着陸します」

 

操舵手の男がそう言うと、艦が僅かに揺れ動きを止める。艦橋にいるクルー達の緊張が僅かに緩んだように彼女は感じた。

 

「艦内各部チェック、問題が無ければスケジュール通りだ。パープルトンさんも宜しいですかな?」

 

「はい、それではあの子達の確認をして参ります」

 

「よろしく頼みます」

 

笑顔で会釈をし彼女は艦橋を離れる。だから彼女は険しい表情で窓の外を見るシナプス大佐に気が付かなかった。

 

 

 

 

「何かあったのですか?」

 

到着の報告を済ませホーキンズ・マーネリー准将と核弾頭受領の為に貯蔵施設へ向かう途中エイパー・シナプス大佐はそう問いかけた。民間人であるニナ・パープルトンへははぐらかしたが、トリントン基地は明らかに第2種戦闘配備を行っていた。これは何時でも戦闘に移れる状態での待機であり、平時の基地では異様と言えた。

 

「少々嫌な話を聞いてね」

 

「嫌な話、ですか?」

 

あくまで全てが最悪の状況に進んだならばであるが。そう前置きをして准将は話し出す。

 

「ジオン残党に君達が運んできた2号機の情報が伝わっていて、それがこのトリントンに運び込まれる意味を連中が理解していた場合にだ。この基地が襲撃される可能性があると私は考えた」

 

「は、いや、しかしそれは…」

 

准将の言葉にシナプスは言葉を濁す。確かに最悪の状況に備えるのは軍人の務めである、だが准将の想定はあまりにも敵にとって都合が良い条件が揃っているとシナプスは考えたのだ。それに対して准将は溜息を吐きながら言葉を続けた。

 

「言いたいことは解る。私の想定は敵に都合が良すぎると言いたいのだろう?だがな大佐、考えて見たまえ。2号機は何処で誰が建造した?」

 

その言葉に彼は返答に窮する。彼が運んできたガンダム試作2号機は月のフォン・ブラウン市、そこにあるアナハイムエレクトロニクスにて設計製造された。そしてアナハイムエレクトロニクスは元ジオン公国の企業であるジオニック社を買収、多くの従業員もそのまま雇用している。当然身辺調査などは行っているだろうが、戦後復興において元軍人というだけで雇用を拒否する事などは不可能だ。そして科学技術が発展した今日においてもその人物の本心を知る術を人類は持ち合わせていない。つまり旧ジオン系の従業員が全員潔白である事など誰にも証明出来ないのである。

 

「そしてこの基地だ。…極秘扱いになっているが、一年戦争当時、この基地の核貯蔵施設はジオンに襲撃されている」

 

その言葉にシナプスは今度こそ目を見開いた。トリントン基地が攻撃を受けた前例があることこそ知っていたが、ジオンが核貯蔵施設の存在を認識していることまでは知らなかったからだ。

 

「准将、それは…」

 

話を聞いてしまえば、彼に基地の現状を疑問視する思考は消えていた。

 

「でしたら弾頭の搭載も見送られては?」

 

シナプスがそう言うと准将が溜息と共に頭を振る。

 

「却下されたよ。発言の出所がアレン少佐だったのが中将はお気に召さなかったらしい」

 

その返事にシナプスは顔を顰める。本来ならば今回の開発計画はコーウェン中将の下でアナハイムエレクトロニクスが単独で行う筈だった。しかしそれに横やりを入れたのがアレン少佐の上役であるエルラン中将だった。連邦軍内の開発陣と既存の軍事産業が提携すれば開発計画で提示されている要求は達成可能であるとして、開発計画は競作に変更されたのだ。そして開発が遅延している彼等から派遣されてきたアレン少佐がスケジュールに遅延が発生するような提案をしている。時間稼ぎの為の妨害工作をもしかしたらコーウェン中将は懸念しているのかもしれない。

 

「確かに少佐の杞憂かもしれん。だが現場を預かるものとしては無視出来ん言葉だ」

 

准将の言葉にシナプスは同意する。前線に出る兵士は後方よりも遙かに得られる情報が少ない。その中ですらそうした不穏を感じ取れると言うことは、状況がそれだけ顕在化していると言うことだからだ。

 

「成る程」

 

「弾頭の搭載についても立ち会おう」

 

「は、よろしくお願い致します」

 

「…本当は、この封印を解きたくなど無いのだがな」

 

准将の呟きにシナプスは制帽を目深に被り直し沈黙するのだった。

 

 

 

 

「はい、問題ありません。どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

想定よりも遙かに厳重なチェックに内心舌打ちをしつつ、ニック・オービルはエレカを発進させた。折角の地球だから周囲を見て回りたいという彼の要望はあっさりと通ったものの、本来の目的を果たすのは難しい状況だった。

 

「なんだってあの基地はあんなに厳重なんだ?」

 

仕事柄幾つかの連邦軍基地に出向いたことがあったが、何処も弛緩した空気でチェックもあってないようなものだった。だから基地内への潜入の手引きは容易だと彼は考えていたのだが。

 

「…制服も取り上げられちまったし、一度少佐に確認するべきだな」

 

当初の予定では持ち出した連邦軍の制服を使ってアナベル・ガトー少佐を基地内に連れ込む予定だった。しかし他の基地なら身分証の提示だけで済むゲートチェックが、何故かあの基地では車内の確認まで行われたのだ。借りたときから置いてあったと苦しい言い訳で何とか凌いだものの、制服はゲートで没収されてしまったから、予定していた作戦は難しい。何せ荷台が空である事までしっかりと確認されたのだ。適当なシートで身を隠すなんて方法は先ず不可能だろう。

 

「こいつは面倒な事になったぞ…」

 

漠然とした不安を覚えつつ、オービルは合流地点へと急ぐ。星の屑作戦は早くも陰りを見せ始めていた。

 



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96.0083/10/13

今週分です。


「申し訳ありません、少佐。基地の警備が思っていたよりも厳重で…」

 

「いや、十分に想定の状況内だ。仮にも連邦は我々をここまで追い込んだ組織なのだからな、多少は骨のある者も居るだろう」

 

そう言ってアナベル・ガトーはニック・オービルを慰めた。経験の浅い新兵には戦後の連邦軍の印象しか無いためか敵を軽んじる傾向が見られるが、そもそもその様な相手ならばジオンは敗北していない。そして自分達は敵から兵器を奪わねば作戦が成り立たぬ程追い詰められているのだという自覚も希薄だった。連邦軍を平和ボケしていると嗤うが何のことはない、こちらも十分に寝ぼけている。

 

「私が潜入出来ない場合のプランは覚えているな?」

 

「は、はい。しかし出来るでしょうか?その私は…」

 

躊躇いを見せるオービルの肩を強く叩き、ガトーは笑いながら口を開く。

 

「安心しろ、その為に我々が陽動を行うのだ。貴様は教練通りに機体を動かすだけでいい。指一本触れさせんさ」

 

本音を言えば、オービルにはまだアナハイムでスパイとして活動して欲しいというのが組織としての思いであったが仕方が無かった。星の屑作戦においてあのMSは絶対に必要な機体だからだ。そして強奪のタイミングも先延ばしに出来ない理由があった。故に彼等はどうあっても今日中に機体を奪取するため、無謀とも言える賭けに出るのだった。

 

「では現時点をもって星の屑作戦の第一段を開始する。合流地点は覚えているな?」

 

「はい、大丈夫です」

 

「宜しい、では行け」

 

「はい!」

 

威勢の良い返事と共にエレカでトリントン基地へと戻るオービルを見送っていると、アダムスキー少尉が苦笑しながら近付いてきた。

 

「兵の質も落ちたものですな。上官に敬礼もせずに行くとは」

 

「真面な戦争も知らんのだ、見逃してやれ。それよりもすまんな少尉、貴様のドムを取り上げることになってしまって」

 

「少佐に乗って頂けるならあいつも本望でしょう。最早部品調達もままならず後は朽ちるのを待つのみです。存分に使い倒してやって下さい」

 

大戦末期に本国との連絡を絶たれたジオン地上残留部隊の多くがアフリカへと逃れている。一方運悪くそちらへ合流出来なかった不幸な居残り組も少数存在し、アダムスキー少尉達はそんなオーストラリアに取り残された兵士である。

 

「どちらにせよこの作戦が終わればあれもお役御免です。アフリカへは持って行けませんから」

 

MSの強奪が成功すれば、機体とガトーは宇宙へコムサイで戻る。彼等はその支援が終わり次第機体を放棄し、同じく支援のためにアフリカ方面軍から派遣されているユーコン潜水艦に乗ってアフリカへ渡る手筈だ。潜水艦には支援部隊も同道していたため、追加でMSを搭載する余裕が無いのだと言う。

 

「すまない」

 

「いえ、寧ろ来て頂きありがとうございます。この3年、息を潜め続けた甲斐があったというものです」

 

静かに少しずつ朽ちてゆく愛機、そして賑わいを取り戻していく都市を岩の陰から眺め続ければ心が折れるのも時間の問題だった。十分な拠点も友軍も居なければ尚のことである。

 

「貴官らの挺身は忘れん、必ず星の屑を成就させることを誓おう」

 

「お願いします、少佐殿。さ、出撃まで時間があります。暫しお休み下さい」

 

「そうだな、そうさせて貰おう」

 

そう口にしながら、ガトーは何時までもエレカの向かった先を見つめていた。

 

 

 

 

『あのー、少佐』

 

「あ?なんだキース」

 

通信越しに情けない声を上げるチャック・キース少尉に俺はそう聞き返した。すでに日も沈み夕食も終えて俺達は就寝までの自由時間だ。いつもならウラキの奴と楽しくシミュレーターかMS談義をしている時間だが、今日はパイロットスーツに着替えてコックピットの中だ。バニング大尉に許可を貰いに行ったら何故か試験部隊の全員がコックピット待機になってしまった。キースの泣き言もそのせいだと思われる。

 

『なんで即応待機の真似事なんてしてるんですか?』

 

おやおや、キース君ってばとんでもない勘違いをしていやがりますよ?

 

「それは違うぞキース」

 

『へ?』

 

「真似事じゃない。俺達は即応待機してるんだ」

 

『い、いやいやいや。訳がわかりませんよ!?』

 

まあ実は俺も確証があってやってるわけじゃ無いから説明を求められても困るんだよな。史実通りアナハイムのニック・オービルは外出したが、アナベル・ガトーを基地に連れ帰らなかった。正直あんななめ腐った潜入をかます位なので多少警備が厳重でもシートの下にでも隠れて実行するんじゃないかと見張っていたのだが、流石にそこまで頭が空っぽでは無かったらしい。となると強奪のタイミングが解らなくなるのだが、星の屑作戦の全容を知っている俺からすれば、連中が強奪のタイミングを悠長に窺う時間が無い事も解っている。

 

「無理に付き合う必要はありませんよ?」

 

『流石に少佐だけに押しつけるわけにはいきません』

 

バニング大尉に水を向けると彼は苦笑交じりにそう返してきた。うむ、真面目さんだね。…星の屑作戦。地球圏ジオン残党の最大手であるデラーズフリートがこの年に実行したこの作戦は、地球へのコロニー落としを目的とした作戦だ。ラグランジュ5、旧サイド1からサイド3へ修復のため移送されているコロニー2基を強奪、それらを接触、弾き合わせることで片方を月に落とすと見せかけて連邦の艦隊を月へ誘引、そのタイミングでアナハイムを恐喝し地球へ軌道変更させる事で追撃を振り切るというのが主な作戦内容である。つまり移送しているコロニーを地球への落下軌道へ乗せるためには、正確なポイントで強奪及びコロニーをぶつけ合わせる必要があり、コロニー移送のスケジュールが決まっている以上、そのタイミング前に機体を奪わねばならないのだ。

 

「だそうだ、悪いが付き合ってくれ」

 

しかしこの内容には少々疑問が残る。敵の首魁であるエギーユ・デラーズはGP-02、つまり核を搭載するガンダム試作2号機の情報を得てこの作戦の決行を決めたとされている。だが本命はコロニー落としであり、試作2号機はあくまでコンペイ島へ観艦式の為に集結した連邦艦隊を襲撃する欺瞞に使われたのみだ。そしてMk82の運用経験はジオンも持っているから、この攻撃で集結した艦隊に打撃は与えられても壊滅させる事は出来ないくらいは理解している筈である。にもかかわらず、彼は試作2号機の存在で作戦の決行を決心しているのだ。あくまで欺瞞ならばそこまで拘る必要は薄い。ならば何故彼は決心したのか。その理由を俺は恐らくデラーズフリートがそろそろ限界を迎えているからだと推察している。

最大規模の武装勢力と言えば聞こえは良いが、それは同時に大量の資源を消費するという意味でもある。破壊されたコロニーや放棄された艦艇からでは補給などたかが知れているし、支援組織も数十隻にもなる艦隊を維持出来るだけの支援など容易に露呈してしまうから行えない。対して敵対勢力である地球連邦軍はと言えば既に観艦式を行えるだけの艦隊を再建済みであり、MSについても順調に更新と配備を進めている。つまり時間が経てば経つほど戦力差は開いていくのだ。そして既にデラーズフリートは連邦艦隊を襲撃しコロニー落下までの時間を稼げないと理解しているのだ。だからこそ艦隊が集結し、最大限打撃を与えられる場所へ時間稼ぎの為の核攻撃を行う必要があるのだ。コロニーの移送計画、観艦式の日程、そしてガンダム試作2号機というカードが偶然場に出揃ったこのタイミングをエギーユ・デラーズがそれこそ天佑だと考えても無理はないだろう。

 

『でもこれだけ厳重に警備してるのに来ますかね?それこそ戦術的に愚策ですが』

 

「ロフマン少尉、それは相手が真面で理性的な軍人である事が前提条件だ。そして真面な奴はテロリストになんざなったりしない」

 

テロリストの恐ろしい所は一般とは違う価値観と合理性で動くことだ。だから俺達がまさかそんな事はしないだろうと思うような事でも平気でやってくる。

 

「非対称戦のコツはな、自分が何をされたら一番嫌で、その為にはあらゆる犠牲を払ってでも敵が実行してくると想定する事だ」

 

何故なら最初から戦力差があると言うことは、既に敵は追い詰められた状態から戦いが始まっているという事だからだ。そして人間は追い詰められれば勝つために大抵のことは許容してしまう。そこに宇宙世紀の終わった倫理観が合わされば大抵の事が起きてしまうのだ。そう、

 

『は!?空襲警報!?』

 

こんな具合に。

 

『全機起動!迎撃準備!!』

 

バニング大尉が鋭く叫び、俺のパワード・ジムに続いてロフマン少尉の乗るパワード・ジムが格納庫から出る。その頃には既に幾つもの火線が上空へ伸びていて、飛翔してきたミサイルを絡め取っていた。くそ、素人かよ!?

 

「近距離通信に切り替えろ!ミノフスキー粒子が散布された!」

 

最初に飛来してきたミサイルはミノフスキー粒子散布を目的としたものだ。それを上空で迎撃してしまったから広範囲でレーダー障害が発生してしまう。

 

「本命来るぞ!」

 

即座に熱源探知に切り替えて上空へライフルを向ける。だがベテラン組はともかく新人達は操作に手間取り、迎撃に参加出来たのは少数だった。何とか俺は命中させたが飛来したミサイルの数は多く、次々と上空で炸裂し子弾をばらまいた。スクランブルで滑走路へ移動していたセイバーフィッシュが次々と被弾し炎上する。

 

『各機連携を密にしろ!MSが来るぞ!』

 

バニング大尉が注意を促した直後に監視塔が炎に包まれる。遅れて大口径砲特有の飛翔音がスピーカーから聞こえて来た。

 

『艦砲射撃だと!?海軍の連中は何をしているんだ!?』

 

惜しい。これは艦艇ではなくMS、砲撃用の大型機ザメルの攻撃だろう。史実ではあまり命中弾が出ていなかった印象だが、今撃ち込まれている砲弾は見事に防衛設備を無力化している。そしてそんな攻撃の最中、2機のドムが基地に乗り込んできた。更に岸壁からもズゴックが2機侵入してくる。守備隊に対してあまりにも少数であるが、奇襲による混乱でろくに連携出来ていない守備隊は次々と被弾してしまう。

 

『MS各隊は各個に迎げ――』

 

更に指示を出していた司令部が砲撃の直撃を受けて沈黙、混乱は最高潮に達する。そして遂に恐れていた事態が発生する。

 

『誰だ!?誰が2号機を動かしている!?』

 

アルビオンのMS帰投用ハッチが吹き飛び、中からMSが飛び出す。重厚で幅広なフォルムのMS、ガンダムGP-02サイサリスがジオン残党の手に落ちた瞬間だった。




オービル君大金星。


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97.0083/10/13

遅くなりましたが今週分です。


時間はほんの少しだけ巻き戻る。日の沈んだトリントン基地、その駐機場に停泊しているアルビオンの格納庫でニナ・パープルトンは目の前の軍人を睨み付けていた。

 

「オービルは我が社の社員です!理由も無く拘束するなんて許されるはずがありません!」

 

「だから事情を聞きたいだけだよ。基地の外に何をしに行ったのかとかね」

 

「その様な事ならこの場で済むはずです!基地まで来いと言うのは別の意図があるのではありませんか!?」

 

「いいんだ、ニナ。俺は元ジオンだから、疑われても仕方ない。俺が軽率だったんだ」

 

自嘲気味にそう口にするニック・オービルを見て、ニナは益々表情を険しくした。確かにオービルは元ジオンの人間だ。しかし彼が真面目に働いていたのは彼に関わったことがある社員ならば誰もが頷く所であるし、このガンダム開発計画という連邦軍からの依頼にも不平を漏らしたり手を抜いた事は無い。それを少し基地から外出したからと言って怪しむなど、幾ら前大戦の英雄であろうとも許せるものでは無かった。

 

「エレカの利用申請の際に目的地も利用目的も明記している筈です。それ以上なにがお知りになりたいのでしょうか?」

 

「じゃあ聞くがね。彼が本当に夕日を眺めていたって証拠はあるのかい?スペースノイドにしてみればこの辺りは埃っぽい上に気温も高い。知っているか?戦中ジオン兵の多くは地球環境に辟易してたそうだ。それこそ艦橋から快適に眺められる夕日を態々基地の外に出て見たがったのはなんで――」

 

「そこまでにして貰おう、少佐」

 

彼の言葉を遮るように格納庫に入ってきたのはエイパー・シナプス大佐だった。まくし立てていた少佐は即座に直立不動になりシナプス大佐へ敬礼をする。それに答礼しながら大佐は言葉を続ける。

 

「彼はアナハイム社の技術者として身元を保証されている。その上で本艦に乗艦しているが、貴官はそれでは不足と言うのかね?」

 

「はい、大佐殿。ジオン公国に未だ懸想する者は多くおります。特に消化不良で終わった若い連中などは顕著であります」

 

そう言って少佐はオービルへと厳しい視線を送る。それを見てシナプス大佐は小さく溜息を吐き制帽の位置を正す。そして極力感情を廃した表情で口を開いた。

 

「貴官の懸念は解らんでもない。事実宇宙では元ジオン兵によるテロも起きているからな」

 

そう言うと大佐はオービルを見て表情を和らげた。

 

「だが彼は信用出来る。私が保証しよう」

 

「理由をお聞かせ願います」

 

「彼はこの開発計画の前段階から参加していてな。そして公になっていないが、彼の所属していたチームは月でテロリストに襲撃を受けている。もし彼がテロリストと通じているならば、何故そのような危険に晒される?」

 

「所属していたグループが違ったのでは?テロリストが皆同じ組織とは限りません」

 

「少佐、その物言いでは全ての元ジオン兵を疑わねばならなくなるではないか」

 

「そう申しております。共和国に帰属する事を拒んだ者が居る以上、同じ組織に所属していた人間には相応の対応を心がけるべきです」

 

元ジオンだから信用しない。堂々と言い放つ少佐にニナが爆発するよりも早くシナプス大佐が大声を上げた。

 

「いい加減にしないかアレン少佐!戦争は終わったのだぞ!?それ以上の発言は彼への明確な侮辱だ。同じ軍人として看過出来ん!即刻この艦から出て行きたまえ!」

 

少佐は何かを言いかけ、しかし大佐を見て小さく失礼しますと告げて格納庫から出て行く。その姿が見えなくなった頃合いで大佐は帽子を脱ぐとニナ達に向かって頭を下げてきた。

 

「連邦軍人が申し訳ない」

 

「そんな、大佐が謝ることではないじゃありませんか!」

 

ニナの反論にシナプス大佐は悲しげに頭を振った。

 

「いや、同じ組織に身を置く人間としてのけじめだ。それにな、ニナさん。ああは言ったが、彼の気持ちも私は解らないではないのだ」

 

その言葉にニナは表情を強ばらせるが、次に続く言葉で何も言えなくなってしまった。

 

「彼はシドニーの出身でな。幸いご家族は無事だったそうだが、多くの知人と共に彼の故郷は永遠に失われてしまった」

 

制帽を被り直しつつ、シナプス大佐は続ける。

 

「戦争は終わった、しかしあの戦いで人類はあまりにも多くのものを失い過ぎた。その傷が癒えていないのも事実だ、しかし我々は前に進まねばならん。それが生きている者の、生き残った者の責務だと私は思う」

 

駐機されているガンダムを見上げながら、大佐は小さく笑う。

 

「いかんな、年を食うと説教じみてしまう。さて、明日からは忙しくなる。お二人もしっかり体は休めて下さい」

 

「はい、ありがとうございます」

 

手を上げて格納庫から立ち去る大佐を見送ったニナは、複雑な気持ちで大佐と同様に自らが手がけたガンダムを見上げた。戦争が終わったと言いながら連邦軍は新しいガンダムの開発を行い、艦隊を再建した。本当に戦争が終わったと思っている人間はどれ程いるのだろう?

 

「…あの少佐を庇う訳じゃ無いけどさ。戦争が終わってないって気持ち、俺も解らないわけじゃないんだよな」

 

横に立ったオービルが俯きながらそう呟いた。

 

「ペッシェにも言ったけどさ。俺達は偶々アナハイムに拾われて生活が出来ているけれど、月にも定職に就けずいる浮浪者紛いの元ジオン兵が沢山いるんだ。彼等の事を考えると、確かに軽々しく終わったなんて言えないよな」

 

「オービル…」

 

「だからさ、俺やペッシェは今回の開発計画はチャンスだって思ってるんだ。俺達が頑張って元ジオンってレッテルを覆せば、そういう人達への偏見も減って、受け入れて貰えるんじゃないかって。新しい居場所を作れるんじゃないかなんて思ってるんだ」

 

そう言うとオービルは照れたように笑いつつ言葉を続ける。

 

「なんて、ちょっと格好付けすぎだよな。ほら、後はやっておくからニナは先に上がりなよ」

 

「そんな、悪いわよ」

 

ニナがそう返すとオービルは頭を掻きながら笑う。

 

「俺の我が儘で迷惑を掛けちゃったんだ。この位罪滅ぼしをさせてくれよ」

 

そう言われて無下に出来る程ニナは頑なではなかった。

 

「そう?ならお願いしようかしら」

 

残っているのは簡単なシステムチェックのみだと言うのも彼女の判断に拍車をかけた。故に彼を残して格納庫からニナは出て行ってしまう。最後に彼女が見たのは変わらぬ笑顔で見送るオービルの姿だった。

 

 

 

 

「2号機!?」

 

俺は咄嗟にガンダムへ向けてライフルを向けた。襲撃を受けたタイミングで隔壁を突き破って出てくるなど、どう考えても味方のする事では無いからだ。しかし俺の行動はロックアラートによって邪魔される。

 

「邪魔だ!」

 

回避しつつ周囲を確認すれば、2号機を守る様に1機のドムが滑り込んできていた。俺はソイツに向けてライフルを発砲するが見事に避けられてしまう。動きからしてNTじゃない、だがそんな力が無くても十分強いパイロットだ。このタイミングでここにいるそんなジオン兵は一人だけだ。

 

「火付けに盗みとは堕ちたもんだな!?ソロモンの悪夢さんよ!」

 

射撃を加えながらオープンチャンネルでそう叫ぶ。いきなり正体が露見すれば動揺を誘えると考えたからだ。事実ドムの動きが一瞬だけ鈍るが直ぐに持ち直してしまう。ち、腐ってもエースって訳だ。

 

『その動き!?いや、違うか。だが脅威とはなる!』

 

そんな声がノイズ混じりに届く。俺の乗っているパワード・ジムはオーガスタで念入りに調整し、OSにもアムロの動作パターンを学習させたものを使っている。そして彼等はア・バオア・クーで一度戦っているらしいので、機体の動きからアムロと誤解したのだろう。尤も機械的に再現出来る部分など僅かだから直ぐに別人だと看破したようだが。

 

「戦争が終わって3年も経つって言うのに往生際が悪いんだよ!」

 

『なんたる傲慢不遜な物言い!所詮は腐った連邦の兵士か!』

 

「はっ!テロリスト風情が偉そうに!」

 

煽りつつ隙を突こうとするが流石エースと言うべきか、簡単に見せてくれるほど甘くは無い。となると頼りは他の試験部隊の面々なのだが。

 

『くそが!』

 

カークス少尉の罵声が届く。突入してきたもう一機のドムを撃墜するべく皆動いているのだが、それをザメルの砲撃が邪魔をする。奴ら2号機を逃がすために岸壁側の味方を切り捨てやがった。

 

『逃がすか!』

 

その中で悠々と基地外を目指す2号機に業を煮やしたロフマン少尉が飛び出していく。その判断が間違っていたとは言い難い。訓練で技量が上がっていると言っても、コウやキース達は命の遣り取りを経験していないひよっこである。初めて体験する実戦に浮き足立っていてバニング大尉はそちらのフォローで精一杯だ。だからロフマン少尉は自分が動くしか無いと判断したのだろう。その判断と行動力は間違いなく実力のあるベテランのそれだったのだが。

 

「避けろ!ロフマン少尉!!」

 

俺と戦いながらガトーのドムが素早く腰からグレネードを抜き取り放り投げる。それは空中で自ら軌道を修正しロフマン少尉の乗ったパワード・ジムへと殺到した。大戦初期の印象から、ミノフスキー粒子環境下では誘導兵器が無力化されると言う思考がベテランほど強い。しかし実際には画像認識や赤外線誘導といった電波に頼らない誘導方式のミサイルが大戦後期には両軍で採用され投入されている。あのグレネード状のスローイングミサイルもその一種だ。

 

『がぁ!?』

 

もしもロフマン少尉の機体がジム改ならば問題なかった。そうした誘導兵器に対する対抗装置を搭載しているからだ。だが試験機のパワード・ジムにはそれらが装備されていなかった。結果彼は機体を強引に回避させる以外の行動が取れず、そしてその程度で避けきれるほど甘くなかった。

 

「少尉!」

 

『あの機体は頂いていく!ジオン再興の為に!』

 

ロフマン少尉の機体が地面に叩き付けられる中、コックピットにはガトーの勝ち誇った宣言が聞こえていた。




長いな13日。


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98.0083/10/14

今週分です。


「追撃隊にアレン少佐が参加しないって本当ですかバニング大尉!?」

 

『…ああ、少佐は基地の防衛に回されるそうだ』

 

『マジかよ』

 

コウ・ウラキ少尉の問いかけに返ってきたのは苦々しいバニング大尉の声だった。更にそこへカークス少尉の呟きが重なった。再度行われた敵のミサイル攻撃によって混乱した隙を突き、ジオン残党は見事にガンダム2号機を奪取してみせたのだ。侵入してきた敵戦力の内ドム1機とズゴック2機は撃墜したものの、こちらも守備隊の半数が損傷しロフマン少尉も負傷してしまっている。そうした中で副基地司令の指揮で追撃部隊が編成される事となったが、アレン少佐は基地に残すようにと指示が下ったのだ。彼の実力を理解している試験部隊の面々からすれば納得しかねる命令だった。

 

『少佐がオーガスタの所属だからですか?』

 

『詳しい事情はわからん。ただ追撃部隊に参加しないのは確かだ』

 

部隊内通信に嫌な沈黙が訪れる。既に少佐はリンクから外されている。コウは無性にアレン少佐の軽口が聞きたかった。

 

『あの時、少佐は相手がソロモンの悪夢だって言ってましたよね?ソロモンの悪夢って、あの現代戦史教本にも載ってた…』

 

一年戦争におけるソロモン追討戦で連邦艦隊に甚大な被害を与えたジオンのエースパイロット、アナベル・ガトー大尉に付けられた異名がソロモンの悪夢だった。

 

『本当かどうかは解らん。だが少佐が撃破出来なかったパイロットである事は事実だ』

 

その事実はコウ達に重くのしかかる、少佐の技量は全員が痛いほど理解していたからだ。

 

『ロフマン少尉も負傷で参加は難しい。よってこの隊は4機編成で追撃を行う、弾薬を補給次第出撃だ』

 

「了解しました」

 

そう返事はしたものの、コウの不安は拭えなかった。

 

 

 

 

「ですから言ってるでしょう?オーガスタのシミュレーションで見た動きと酷似していたからですよ」

 

「数百回と繰り返した中でたった数回行ったシミュレーションの動きを覚えていたと?流石は英雄殿だね」

 

副司令から直々に基地に残るよう命令されたかと思えば、俺は速攻で呼び出されて事情聴取を受けていた。

 

「生死不明じゃなく、行方不明のネームドですよ?そりゃしっかり覚えますよ。なんなら機体の参照データを確認して下さい。ちゃんと一致している筈です」

 

「成る程、アリバイ作りも完璧と言うことかね?」

 

何言ってんだお前。

 

「あー、つまり自分は疑われている訳でありますか?ジオン共と繋がっていると」

 

「驚くほど正確な襲撃予想に参加者の看破。疑われるのは無理もないと思わんかね?」

 

馬鹿じゃねえの。

 

「繋がっているなら事前に襲撃の予想なんてしませんよ。それにスパイが自分から怪しい発言なんてすると本気で思っているんですか?」

 

「だが君達がこの開発計画に良い感情を抱いていないのも確かだ」

 

マジかよ。派閥争いの為にテロリストと手を組むなんて本気で…、考えてそうだな。実際取引している上層部は居るんだ、そういう手口が横行しているなら疑われてもおかしくはない。冗談じゃないが。

 

「私達が開発計画に否定的だったのはこの状況を懸念していたからですよ。元ジオンの人間を大量に抱え込む民間企業に戦術兵器の開発を委託するなんて情報を流してくれと言っているようなものじゃないですか」

 

「いや、まだアナハイムが情報を漏洩したとは…」

 

「アルビオンに問い合わせれば直ぐ解りますよ。アナハイムから出向しているニック・オービルの所在を確認して下さい」

 

あの状況で盗み出したとすれば、オービルが乗り込んでいた可能性が高い。それにしてもデラーズフリートの連中は実に短絡的な奴らばかりに思える。やはり既に組織として限界を迎えているのだろう、今回の作戦を成功させた後の事なんて責任どころか展望すら持っているか怪しい。地球の穀倉地帯に打撃を与えてコロニーへの食料依存度を上げる?そんな事をすれば一番最初に困窮するのはコロニー側の貧困層だ。その原因が連邦主導で行われているコロニー再建計画を妨害した上に、補修出来るコロニーを再び弾頭として使用したジオン残党となったなら恨みが何処に向くかなんて馬鹿にでも解りそうなものだが。

 

「とにかく、問題のジオン残党は我が基地の部隊が追撃する。これに関しては理解して貰いたい」

 

俺の立場はあくまで開発計画への参加だからな。本来なら基地の防衛や戦闘に参加するのだって問題だ。今回は緊急的避難措置としてお咎めは無いだろうが、流石に追撃となると話は別だ。

 

「承知しております。ですが一度上官への報告はさせて頂きたい」

 

「通信室を使いたまえ。護衛を付けさせて貰うがね」

 

監視だろ?

 

「問題ありません。なんならご一緒にお聞きになりますか?」

 

「そこまで暇では無い」

 

そう言って事情聴取をしていた中佐は溜息を吐く。確か参謀の一人だったかな?副司令に言われて俺の相手をしているのだろう、この人も大変だな。そうしている内に歩兵装備で身を固めた兵士が入室してくる。それを見て中佐は視線で退出を促してきた。

 

「では失礼します。君、すまないが通信室まで案内してくれないか?」

 

「はっ!こちらです少佐殿!」

 

廊下を歩きながら今後をどうするべきか俺は考える。普通に考えればオービルの一件からアナハイムへの査察や戦術核を奪ったテロリスト捕縛のために連邦軍が動く筈だが、史実ではその動きが極めて緩慢だ。特に派閥間の齟齬が酷く結果としてコロニー落としを許すという失態を晒したのは連邦軍にとって痛恨の極みだ。何よりここで失敗するとワイアット大将が戦死する上にティターンズが発足してしまう。あの組織お題目は正しいけれど、最高責任者が人類粛清を狙うエコテロリストという致命的な欠陥を抱えているから何とかしておきたい。

 

「どうぞ」

 

「有り難う」

 

まあ取り敢えずは星の屑阻止だ。席に座ってコードを打ち込むと、暫くして嫌そうな顔のエルラン中将がモニターに映る。

 

『…その様子だと良い報告ではなさそうだな』

 

「はい閣下、核弾頭を搭載した試作機がジオン残党を名乗る連中に奪取されました」

 

俺の報告に中将は喉を鳴らして笑った。

 

『コーウェンの奴め今頃慌てているだろうな。予算会議であれだけ機密保持は問題ないと嘯いておいてこの体たらくだ。それで、ここから我々はどう動くべきかな?』

 

「先ずはコーウェン中将に協力の打診を」

 

彼の失敗の一つが動員出来る戦力の少なさと交渉能力の低さだ。少なくともワイアット大将辺りと連携出来ていれば観艦式辺りでデラーズフリートの目論見は頓挫していただろうし、動員出来る戦力が多ければバーミンガムとシーマ・ガラハウの密会の時点で星の屑作戦の全容を掴めた可能性が高い。

 

『拒否されたら?』

 

「そうなるとコーウェン中将は冷静な判断力を喪失していると言うことになりますね」

 

派閥争いに目が行って協力出来ないと言うなら遠慮は要らない。既にこちらへ引き込むべき人員のリストはエルラン中将に提出済みだから、ワイアット大将と連携して2号機強奪の責任を追及してこの一件における指揮権を剥奪。そうすれば晴れて星の屑はご破算となるだろう。

 

『受け入れられた場合は?』

 

「率直に申し上げて状況が流動的過ぎます。あちらの要請に応える形になるでしょう」

 

そう言うとエルラン中将は腕を組むと笑いながら口を開く。

 

『君の意見としては?』

 

「現在トリントン基地の部隊が追撃を行っていますが、あまり状況はよくありません。最悪オーストラリアから宇宙へ脱出、そうで無ければ」

 

『なければ?』

 

「アフリカから宇宙へ逃げるでしょう」

 

『ほう?随分と断定的じゃないか』

 

そら史実でそうだからな、でも状況的に俺はそうだと確信している。

 

「基地が襲撃された際、長距離ミサイルによる攻撃と水陸両用MSが投入されていました。おそらく潜水艦を運用している残党が協力しているのでしょう。潜水艦を運用出来てかつ宇宙へMSを打ち上げられるだけの戦力があるとすればアフリカしか残っていません」

 

アフリカは大戦末期に地上に取り残されたジオン兵が多く流れ込んだ地域である。その為他の地域に比べ戦力も潤沢である。こう考えると真っ先に掃討されそうな地域なのだが今まで限りなく放置に近い状態が続いている。というのも連中は逃げ込んだ先で息を潜めて本気で持久の構えを見せているのだ。略奪や連邦軍への襲撃なども無いから活発に動いている別の地域の残党掃討が優先された結果、今日まで相当数の戦力を保持したまま残存している。

 

「それにあそこは戦中資源採掘地帯でしたから、HLVの一つ二つ残っていても不思議ではありません。ジブラルタルのマスドライバーや他の打ち上げ施設を狙うよりは現実的でしょう」

 

『ではその様にするとしよう。やれやれ、いい加減ジオンには大人しくして欲しいものだな』

 

そいつは無理な注文だと思うぜ、中将殿。

 

「それは当分先になりそうです」

 

先の大戦で連邦軍は勝利した。つまりそれは大戦前の状況を維持しただけに過ぎない。つまりジオニストの掲げている格差は何一つ是正されていないのだ。ならば彼等が武器を置く筈が無い。尤も、格差の存在しない社会など人間には生み出せないのだから、たとえ彼等が言うとおり人類全員がニュータイプになろうが宇宙へ移民しようが新しい争いは起こるだろう。

 

『嫌な予言をしてくれる』

 

そう言ってエルラン中将は心底嫌そうな顔で通信を切ったのだった。



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99.0083/10/15

今週分です。


『話は聞かせて貰った』

 

モニター越しに渋面のコーウェン中将を見たエイパー・シナプス大佐は直立不動の姿勢で口を開いた。

 

「全て私の招いた出来事です。どうか部下には寛大な沙汰を」

 

シナプスは自身の平和ボケを激しく後悔していた。相手を信じなければ信頼関係は構築されない。それは偽らざる本心であったが戦後という言葉が知らないうちに自らの胸襟を緩め過ぎていたようだと彼は姿を消したニック・オービルを思い返しながら考えた。尤もこれは彼だけの失態とは言い難い。そもそもこの開発計画をアナハイムに委託する事を提案したのはコーウェン中将であるし、それを承認したのは連邦軍上層部である。そしてスペースノイドとの関係改善を声高に主張しアナハイムへの監査を形骸化させた連邦議員の存在を忘れてはならない。彼の不手際は基地の警備が厳重だったことを過信し艦内の警備を怠ったことだろう。

 

『その件に関してはこの問題が片付いた後に査問会が開かれるだろう。だが先ずは2号機の奪還が最優先だ』

 

咳払いをしてコーウェン中将は話題を切り替えてくる。

 

『…先程ホーソン大佐から報告を受けた。トリントン基地のMS部隊は2号機奪還に失敗したそうだ。カレント大尉以下の5名が戦死、試験部隊のバニング大尉並びにラバン・カークス少尉が負傷。2号機はコムサイに搭載され離脱したとのことだ』

 

中将の言葉にシナプスは思わず拳を握りしめた。コムサイに搭載されたとなれば2号機は既に宇宙へ離脱した可能性が高いからだ。

 

「軌道艦隊の追跡は?」

 

『遺憾ながら第3地球軌道艦隊の哨戒網にはかかっていない』

 

「それは…」

 

第3地球軌道艦隊はその名の通り軌道上の防衛を担う艦隊だ。その哨戒網にかからずコムサイが地球に降下し、更には脱出出来たならば艦隊のスケジュールが漏洩していた可能性が高い。つまりそれは軍の内部にもスパイが紛れ込んでいる可能性が高いということだ。

 

『君にはこのままアルビオンを用いて2号機奪還の任について貰う。その為の追加戦力を手配したから合流次第宇宙へ上がってくれ』

 

「了解しました」

 

『他に何かあるかね?できる限りの支援はしたい』

 

その言葉にシナプスは一瞬迷うが、意を決して口を開く。

 

「では、2号機奪還にトリントン基地のMS試験部隊を使わせて頂きたく思います」

 

『む、解った許可しよう』

 

「…それから、ディック・アレン少佐を本艦の戦力として加えて頂きたい」

 

『何?』

 

「少佐は基地に合流した当初からこの襲撃について予見しておりました。彼の視点は2号機奪還において非常に有益であると考えます」

 

『既に根回し済みと言うことか。キツネめ』

 

シナプスの言葉にコーウェン中将は苦虫をかみつぶしたような表情となりそう呟いた。

 

『そちらも解った、既にエルラン中将経由で奪還協力の打診が来ている。併せてペガサス級1隻も軌道上で合流出来るだろう。よろしく頼む』

 

「はっ、了解しました!」

 

シナプスの敬礼に対しコーウェン中将が答礼するとともに通信が切れる。そしてそのタイミングを見計らったようにオペレーターのウィリアム・モーリス少尉が振り返り口を開いた。

 

「シナプス艦長、その、情報部の少佐を名乗る方が乗艦許可を求めています」

 

「情報部だと?随分と動きが早いな、解った許可する。それと基地に連絡を、試験部隊所属のパイロットを借り受ける事を伝えてくれ。後はアレン少佐だ、彼も連れて行くと言わねばならんな」

 

そこまで言ってシナプスは目深に制帽を被り直す。この航海は随分と厄介な事になりそうだと考えたからだ。

 

 

 

 

「本当に少佐と居ると退屈しませんね」

 

「そりゃ楽しんで頂けているようで何よりだ」

 

「皮肉ですよ、解りなさいよ。ああ、折角開発拠点でゆとりある仕事が出来ていたのに…」

 

嘆きながらもロスマン中尉は手早く荷物を纏めていた。元々ホワイトベースに乗艦していた彼女だから、この手の作業は慣れたものだ。

 

「それにしても、コイツで宇宙に行くとは思わなかったな」

 

そう言って俺はパワード・ジムを見上げながら溜息を吐く。エルラン中将経由の協力提案は受け入れられたものの、エルラン中将が動かせる手駒は非常に少ない。その分質は折り紙付きなのだが、運用している機体は相変わらず試作機やテスト機のオンパレードだ。一応俺の機体も持ってきてくれる予定だが、あの機体は整備の勝手が違いすぎるためアルビオンでの運用は難しい。不幸中の幸いと言うべきかバニング大尉が軽傷なので彼が復帰次第俺はグレイファントムに移動するだろう。逆に言えばそれまではこのパワード・ジムと付き合うことになる。トレーラーに載せられてアルビオンに運び込まれる機体と共に格納庫に入ると、そこでは1号機がテープで封印されている最中だった。

 

「あれは?」

 

「安全が確認されるまでは凍結ってやつかね?同じアナハイム製だしな」

 

時間的にオービルの奴が1号機にまで手を出せたとは思えないが、それを証明するのはメカニックの仕事である。そして最も詳しい人物は今頃拘束されているはずだ。

 

「ねえ!この機体は何番ハンガーに置けばいいかしら!」

 

封印作業に立ち会っている整備員にロスマン中尉がそう声を掛ける。振り返った大柄の女性は俺達を見ると大声で返事をした。

 

「3番ハンガーにお願い!」

 

ロスマン中尉が手を上げてそれに応じ、トレーラーをハンガーへ近づける。取り敢えずこの後は着任の挨拶になるが、ロスマン中尉と一緒の方が何かと手間がない。だから機体の搬入作業が終わるまで待とうとしていたら、後ろから声がかかった。

 

「アレン少佐!」

 

振り返るとそこには声を発したキース少尉と曖昧な表情をしたウラキ少尉、そして包帯を巻いたバニング大尉の姿があった。

 

「よう」

 

手を上げて彼等に応じつつ、彼等の方へ歩み寄る。バニング大尉は腕を吊っているが、史実と違い足は怪我をしていないようだった。キースとウラキは少し覇気が足りないだろうか?

 

「聞いたぞ、ドムと大型MSを撃破したそうじゃないか」

 

「完全に運が良かっただけですよ」

 

「大型MSの方は殆どバニング大尉が何とかしてくれましたから」

 

「それでも敵を倒して生きて帰ってきたんだろう?新米がそれだけ出来りゃ上等さ」

 

「そうだぞお前ら。カークスの奴だってお前達が居たから生きて帰れたんだ。天狗になれとは言わんが、胸を張っていろ」

 

俺の言葉にバニング大尉が同調してくれる。

 

「カークス少尉は、良くないので?」

 

「命に別状はありませんよ」

 

俺の質問にバニング大尉は僅かに笑いながらそう答えた。つまり命が助かった程度には酷いって事か。史実ではこの追撃の前にカークスはトリントン基地で戦死し、追撃部隊に参加していた俺がカークスの代わりに死んでいる。その意味では俺達二人は生き延びたと言えるが、その代わりに史実と異なり2号機はアフリカへと向かわずに宇宙へ脱出してしまった。この時間的余裕がどんな波及効果を生むのかは未知数だ。同時にアルビオンがガンダムを欠いた状態で追撃をする事もである。

 

「ガンダム…封印されてるんですね」

 

機体を見上げてウラキ少尉がそう呟く。本来ならば偶然の結果ではあるものの彼はこの試作1号機のパイロットとなり、この星の屑作戦を戦い抜く筈だった。だが俺の介入で彼はザクで追撃に加わり、そして現在は乗機を持たない状態でアルビオンに乗り込んでいる。

 

「一応同じアナハイム製だからって所だろう。気になるか?」

 

「いえ、その。正直に言えば、自分達で手が届くのか、と」

 

ほう?

 

「ザクで戦って痛感しました。2号機は武装こそ少ないですが機体性能は圧倒的です。そして優秀なパイロットであれば十分その不利を補えると感じました。自分の技量とジムで追いつけるのか、と」

 

成る程ね。

 

「随分とガンダムに魅せられちまったな、ウラキ少尉。いや、それともあのパイロットにかね?」

 

戦闘中堂々と名乗ってくれたおかげであのパイロットがアナベル・ガトーである事は確定した。まああくまで自己申告だから別人が騙っている可能性も無くはないが、恐らく本人だろう。

 

「その、自分は…」

 

「ま、気持ちは解らんでもないさ。優秀な機体とそれを操る腕利き、同じパイロットなら嫉妬しても不思議じゃない。けどな少尉、お前さんは勘違いをしている」

 

「勘違い?」

 

「俺達の仕事は2号機に勝つ事じゃない。連中から奪い返すか破壊することだ」

 

俺の言葉にウラキ少尉は意味が解らんといった表情になる。うむ、こいつ中々視野が狭いな。

 

「つまりだな、戦争は決められたルールに違反しなきゃ何でもアリなんだよ。別に決闘でも仕合でもねえんだ。一対一で勝つ必要も無ければ、正面からやり合ってやる必要も無い」

 

幾ら高性能なMSと言っても補給や整備は必要だし、単独で何処までも移動出来るような航行性能だって無い。

 

「極論奴が出撃しない内に母艦ごと沈めたって俺達の勝ちなんだ。やりたいこととやるべきことを履き違えるなよ」

 

そう言って俺はウラキ少尉の肩を叩いた。



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100.0083/10/15

今週分です。


「ディック・アレン少佐であります。アルビオン着任の挨拶に参りました」

 

「艦長のエイパー・シナプスだ。要請に応えて貰い感謝する、アレン少佐」

 

「いえ、自分も他人事ではありませんから」

 

敬礼しつつ俺はそう答えた。実際問題として2号機の強奪は様々な人間の人生を狂わせることになる。特にコロニー落としの阻止失敗は後の過激なスペースノイド弾圧に繋がるのだ。俺の平穏無事な今後のためにも絶対に阻止せねばならん。

 

「そう言ってくれると助かる。…格納庫での一件はすまなかった。己の不明を恥じるばかりだ」

 

そう言って制帽を脱ぎ頭を下げるシナプス大佐。自分より年齢も階級も下の俺にそう出来るのを見て、つくづくこの人は謀に向いてない人だなと思う。同時にこれから一緒に戦うクルーの前でそんな事をされて許さないなんて言えるわけがないと思うんだが、多分そんな事考えずに頭を下げてるんだろうなぁ。

 

「いえ、小官も軽率でした」

 

そう言い返せばシナプス大佐は安堵した表情になる。いやもう本当に独立部隊の艦長とか向いてない人だな。

 

「そう言ってくれると助かる。早速だが少佐にはMS隊の指揮を頼みたい」

 

「宜しいのですか?」

 

俺は別派閥の人間だ。そんな奴に対して簡単に戦力の指揮権を渡して良いのかと聞いたつもりなのだが、シナプス艦長は笑いながら頷いた。

 

「少佐の経歴については私も理解しているつもりだ。その上で適任だと判断したまでだよ」

 

OK把握した。少なくともシナプス大佐は派閥の論理を優先しないってこったな。…そりゃ事件後に詰め腹を切らされる訳だ。少なくとも大佐という階級でこの思考は無い。

 

「了解しました。微力を尽くさせて頂きます」

 

「頼む、今日中にはコーウェン中将からの増援も到着する予定だ。合流が済み次第我々も宇宙へ上がる」

 

「トリントン基地の防衛はどうなるのですか?」

 

「チャールビル基地の守備隊から一部転用されるとのことだ。アデレードからも1個中隊が増援として送られてくる、基地の防衛に関しては十分対応出来るだろう」

 

…チャールビルとアデレードの部隊は確かコリニー閥の部隊だったと記憶している。加えてチャールビルは核貯蔵施設のあるトリントン基地防衛のために居る筈の部隊だし、アデレードには海軍と空軍が駐留している。にもかかわらず基地襲撃に対し即応もしなければ、ジオンの潜水艦やコムサイも素通しときたもんだ。こりゃアナハイムだけじゃなく多分コリニー閥からも情報が流されているな。多分この後は核弾頭の強奪と部隊の損害を理由に基地司令は更迭、代わりにコリニー閥の人間が着任と言う所だろうか。正直派閥争いをするのは結構だがもうちょっと手段を選べと言いたい。多分状況をコントロール出来るなんて考えていたのだろうが相手は頭のおかしいテロリスト共だ、思い通りになるなんて考えるのはあまりにも楽観が過ぎる。

 

「もう一点質問宜しいでしょうか」

 

「何だね?」

 

「運用しますMSの件です。率直に申し上げてザクでは難しいと考えますが」

 

補充されてくる連中は機体ごとだろうが、トリントンから転用される試験部隊は俺以外自機を損傷させてしまっている。残っている予備機はザクだけだから、補給を受けられなければ彼等はザクを使う事になるだろう。

 

「その件だが上は1号機の投入を決定した。また人員に合わせて機体も補充される。故にMSについての心配は無用だ」

 

「補充はともかく、1号機も使うのですか?」

 

「それについては私から説明させて貰うよ、アレン少佐」

 

そう言って話に割り込んできたのは艦橋の入り口に立った女性だった。

 

「情報部のアリス・ミラー少佐だ。お会い出来て光栄だよ、英雄殿」

 

笑いながら敬礼する彼女に俺は慌てて答礼する。そして疑問を口にする。

 

「大丈夫なのですか?」

 

「ジャブローのエンジニアを連れて来て確認させている。まあ、連中からすれば1号機はただのガンダムだからな。時間的にトラップを仕掛ける暇も無かっただろうし、チェックが終われば使っても構わないだろう」

 

「いや、気にしているのはそちらではありません」

 

俺も1号機にトラップが仕掛けられているとは考えていない。スパイのオービルはメカニックだし、OS周りはニナ・パープルトンが担当しているはずだ。問題はこのまま運用するならば整備が必要不可欠であり、その為にはアナハイムの人間を使う必要があるだろう事だ。実際今回の試験にはアナハイムから相応の人数の派遣が行われている。つまり、モーラ中尉達では十分に対応出来ないという事だ。俺が言い返すとミラー少佐は目を細めつつ笑顔のまま口を開く。

 

「そちらも問題はなさそうだよ。既に同行を志願している者が居るしね。主任開発者の彼女が居れば取り敢えず事足りるんじゃないかな」

 

「大丈夫なのですか?」

 

全く同じ質問を繰り返す。するとミラー少佐が近付いてきて俺の肩に手を置きつつ再び答える。

 

「アナハイムを信用しろとは言わないが、我々については信じて欲しいものだな少佐。大丈夫、彼女は白だよ」

 

言いながら彼女は身を寄せて耳元で囁く。

 

「情報部は計画発足前からこの件には注目していてね。主要人物の身元くらいはちゃんと調べていたんだよ。まさか重要な手がかりがあそこまで大胆だとは読み切れなかったんだ、済まない」

 

それを聞き俺は溜息を吐く。原作知識で俺はニナ・パープルトンがかつてアナベル・ガトーと恋仲であった事を知っている。だがそれはあくまで原作知識であり、確かな情報に裏付けされたものではない。同時に少なくとも彼女がアルビオン隊の不利益になるような行動を取らなかった事も知っている。ウラキ少尉とガトーを天秤にかけてガトーを取った挙げ句死んだからとウラキの元に戻ってくるというビッチムーブのせいで三大悪女呼ばわりされている彼女だが、ただのクソ女というだけで実害はコアファイターを盗んだ事くらいなのだ。そう言う意味でいえばヴァル・ヴァロの修復を手伝ったウラキ少尉の方がよっぽどテロリストを幇助しているだろう。

 

「納得して貰えたかな?」

 

「はっ、失礼しました。大佐殿、早速で申し訳ありませんが、補充される人員の確認をしておきたいのですが」

 

「ああ、機体と一緒に君の端末へデータを送っておく。頼んだぞ」

 

シナプス大佐の言葉に敬礼を返すと俺は一歩下がる。そして今度はバニング大尉達が着任の挨拶を始めた。その間に端末が震えてデータが送られてきた事を告げる。まあ、見なくても来る連中の事は知っている訳だが。

 

「厄介な事になりやがったな」

 

シナプス大佐に激励されるウラキとキースを見ながら、俺はそう小さく呟いたのだった。

 

 

 

 

「後ちょっとだったんだぜ!?久しぶりの休暇に思う存分姉ちゃんの尻に乗っかろうって矢先にこれだよ!巫山戯やがって宇宙人共!」

 

「もう三度目だぞ。いい加減酔いを覚ませ、モンシア」

 

ベルナルド・モンシア中尉がそう愚痴を漏らすと呆れた様子でそれを聞いていたアルファ・A・ベイト中尉がミネラルウォーターのボトルを投げつけてきた。それを器用に受け取りつつ彼は大きく息を吐く。

 

「今回こそはイケる筈だったんだよ、ディナーだってバッチリ決めてよう。さあこれからだって時に…」

 

「軍人ですからね、仕方ないでしょう」

 

手元の小説をめくりながらもう一人の同僚、チャップ・アデル少尉があっさりと切って捨てる。モンシアが肩を落とすとベイト中尉が溜息交じりに口を開いた。

 

「まあ、いい加減にしろってのには同意するがな」

 

地球連邦政府とジオン共和国の間で終戦協定が結ばれて既に3年が経過した。しかし未だ各地に潜伏したジオン軍残党によるテロリズムが横行しており平和とは程遠い状況が続いている。そしてモンシア達の様な所謂優秀なベテランはその度にテロ鎮圧に駆り出されている。同意を得たことで多少気持ちを持ち直したモンシアは逃した女から今回の討伐相手へと意識を移し口を開いた。

 

「それで今回は基地の襲撃犯だって?しかもテスト中の新型機を強奪たぁ随分と舐めてくれているじゃねえの」

 

「これまでみたいなMSを持っているだけの連中とは別物と考えた方がいいな。基地の守備隊も返り討ちにあったって話だしな」

 

「軍事基地を襲撃出来た時点でそれだけの戦力を有している訳ですから、油断は出来ませんね」

 

「オマケに敵にはソロモンの悪夢が居たって話だろ?油断出来る相手じゃねえな」

 

ベイト中尉の言葉にモンシアは鼻を鳴らして反論する。

 

「けっ、悪夢だろうが俺達不死身の第四小隊に敵うもんかよ」

 

「慢心はよくありませんよ」

 

アデル少尉の忠告にモンシアは鼻を鳴らして窓の外へ視線を移す。すると雲の切れ間からトリントン基地が見えた。

 

「へへ、ペガサス級の新型か」

 

「確か新型のガンダムも積んでるって話だったか」

 

ベイト中尉の言葉にモンシアは自然と口角を吊り上げる。先の大戦におけるア・バオア・クー攻略戦、その最中にモンシアは彼を見た。圧倒的な力を以て敵の防衛線を食い破る白い流星、ガンダムの勇姿に彼は奮い立たされると共に強い憧憬の感情を覚えた。

 

「良いじゃねえか、そろそろ夢を叶えるのも悪くねえやな?」

 

ガンダムのパイロットになる。あの光景を見て以来、モンシアの心にその思いは確かに根付いていた。そしてそれを叶える絶好の機会に彼は自然と笑みを深くする。

 

「待ってろよ、宇宙人共。このモンシア様がガンダムで手前らのちんけな野望を吹っ飛ばしてやるからよ」

 

アルビオンにはそのガンダムを駆って一年戦争を戦った英雄が乗っていることをまだ彼は知らない。




気が付いたら100話ですよお客さん。
0083編はサクッと終わるはずだったのに…。(いつもの


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101.0083/10/15

100話突破記念追加投稿。


ミノフスキークラフト搭載艦の利点として大気圏離脱の容易さが挙げられる。大量のプロペラントも大仰なブースターも必要ない上に緯度による影響も考慮の必要が無い。更に艦艇の姿勢すら任意となれば、大気圏離脱中ですら機体の整備や訓練まで出来るようになっている。

 

「何故ですかアレン少佐!?」

 

「何度も言っているでしょう。戦力配分を考慮しての事です」

 

溜息を懸命に堪えつつ俺はニナ・パープルトンに再度理由を告げた。しかし残念ながら彼女の耳には届いていないらしい。

 

「この子がアナハイム製だからですか!?」

 

どうも彼女はガンダムに俺を乗せたいらしく、俺がそうしないのはアナハイムが信用出来ず乗りたくないのだと考えているようだ。なので説明しても全部言い訳に聞こえているのだろう。てかそもそも1号機はまだ陸戦仕様だから宇宙じゃ使えねえだろ。暗礁宙域で部隊を指揮するには俺もMSで出る必要があるんだから尚更乗れん。そもそもアナハイム製が嫌だと言ったらパワード・ジムにだって乗っていないだろうとは思わないのだろうか?まあ正直アナハイムは好かんけど。

 

「そうではありません。パイロットの特性と役割を考慮した結果です」

 

補充人員が到着した段階で部隊は2小隊に分けている。補充された中尉達を第一小隊、ウラキ少尉とキース少尉に俺が加わって第二小隊という解りやすい分け方だ。合流当初モンシア中尉がガンダムへの搭乗を希望したがそちらも却下している。貴重な空間戦闘経験者を艦内待機になんてさせてる余裕は無いのだ。

 

「でも、新人のテストパイロットなんて…」

 

あ?

 

「ウラキ少尉は優秀なパイロットです。彼が満足に扱えない機体なら使い物にならんでしょう」

 

そりゃあ確かにウラキの奴は新人だし、アムロやララァに比べりゃ見劣りはする。だがパイロットとしての才能は間違いなく俺よりも上だ。なにせ彼はその経験の浅い新米にもかかわらずガンダムに乗った程度でソロモンの悪夢と互角に戦える逸材である。

 

「なっ!?」

 

「パープルトンさん。アンタの気持ちは解らんでもないが、そういうのは平時の社内ででもやっていてくれ。それが納得出来んと言うならアレは使わん」

 

ここは戦場であって試験場じゃないと言外に伝えれば、彼女は苦虫をかみ潰した表情で走り去る。そしてホワイトベースのメンバーを思い出し、彼等はとても素直で良い連中だったのだと痛感した。そもそも民間人の技術者が部隊の編成や搭乗員について口出しする事が戦場でまかり通ると考える思考回路が理解出来ん。

 

「あーあ、良いんですか?」

 

一部始終を見ていたのだろう、ロスマン中尉がそう声を掛けてきた。寧ろ何が不味いんすかね?

 

「良いんだよ。グレイファントムには俺の機体も積んでくるんだろ?なら後でパイロットを入れ替えるよりも今のうちに専任させちまった方がいい」

 

「エロ中尉が文句言いそうですけれど」

 

「モンシア中尉か?」

 

整備をしていたら早速声を掛けられたらしい。ロスマン中尉の容姿に臆さんとか中々に豪の者である。いや、業の方かもしれんが。

 

「ガンダムに随分拘ってたみたいに見えましたよ?アレン少佐の事も知ったら借りてきた猫みたいに大人しくなったじゃないですか」

 

あれにはちょっとびっくりしたわ。年下だし普通に絡まれるかと思ったらめっちゃ下手に出られた。後俺のサインなんか貰ってどうすんだ?ネットで売るにしても大した値なんか付かんだろうに。

 

「本人が希望するなら宇宙用へ換装後にもう一度テストでもするさ」

 

多分あんなじゃじゃ馬嫌がると思うがね。そんな話をしていたら、話題にしていた連中が雁首揃えてハンガーへやって来た。なんぞ?

 

「へへ、あー、ウラキ達に空間戦闘の訓練を付けてやろうかと思いまして」

 

ほほう、自発的に訓練とか殊勝じゃないか。まあ背中を預ける相手だから少しでも上手くなって貰って困ることはない、寧ろ下手なまんまの方が困る。

 

「あの、それでですね。出来れば少佐にも参加頂けたらと…」

 

助けを求めるような目でキースがそう切り出してくる。多分俺を加える事で戦力のバランスを取ろうとか考えているんだろう。全くキース君、君は実にぬけているね。

 

「良いぞ。だがウラキ少尉の機体はどうするんだ?」

 

「その、ガンダムを使えればと」

 

はい?

 

「ウラキ少尉、あれは陸戦仕様だって聞いているだろう?」

 

「はい。ですが確認しましたが、制御用アポジモーターは装備されていますから全く使えない訳ではありません。制御プログラムを空間仕様に変更すれば十分対応可能です」

 

対応可能です、じゃねえよ。周りをちょっと見てみろ、中尉達が呆れた視線を送ってるのが解らないんか?…解んねえだろうなぁ、コイツの問題児ぶりも大概だからな。まあ丁度良いか?

 

「制御プログラムはあるのか?」

 

俺がそう聞くとウラキ少尉はあっと声を上げたかと思うと、ばつの悪そうな顔で頭を掻きつつ口を開いた。

 

「すみません、仕様上あると思うのですが確認していません」

 

やだ、この子思ったよりお馬鹿さんかもしれない。

 

「パープルトンさんに確認してこい。ああ、いいや俺も行こう。モンシア中尉、悪いが先に始めていてくれないか?」

 

「うっす、了解です。おらキース、行くぜ!」

 

一旦そうして彼等と別れると、俺とウラキ少尉は1号機の近くまで移動する。そこには先程の会話が後を引いているのか悔しそうな顔で機体をチェックしているニナ・パープルトンの姿があった。

 

「失礼、パープルトンさん。宜しいか?」

 

「…何か?」

 

おっと好感度がマイナスに振り切っていますねこれは。別に構わんから俺は用件を伝える。

 

「空間戦闘の訓練をしたいんだが、コイツは使えるかね?」

 

「お渡ししている資料の通り現在の1号機は陸戦仕様になっています。使えません」

 

「あの、良いかな?貰った資料からすると、1号機はこの状態でも十分な空間戦闘能力を持っている筈なんだ。制御プログラムさえ書き換えれば使えると思うんだけど」

 

渋るパープルトン女史に対して、滅茶苦茶気安く言葉を掛けるウラキ少尉。お前さぁ、ホントそう言う所だぞ?

 

「あれは、あくまで緊急時のものでこの子本来の性能は出ないわ。そんな半端な状態でパイロットを乗せる訳には…」

 

「いや、スペックを確認したけど、この状態でもガンダムはジムカスタムと同等の空間戦闘能力を持っている筈だよ」

 

「そんな簡単な話ではありません!今の状態ではこの子はジム以下の性能しか発揮出来ないわ!」

 

しまった、こいつら面倒臭いタイプのオタクだ。討論に白熱する二人を見ながら俺は自身の迂闊を呪った。こういう手合いが二人集まると延々と話し続ける。そして自分が正しいと確信しているから絶対にこの議論は終わらない。何故なら彼等は議論をしている風で実のところ相手の意見なんか聞いちゃいないからだ。既に自分の中にある答えをぶつけ合うだけだから、永久に話は平行線を辿り続ける。

 

「すまん、俺の言い方が悪かったな」

 

面倒になった俺はそう言って二人の会話をぶった切る。

 

「パープルトンさん、制御プログラムがあるなら入れ替えてくれ」

 

「ですからあれは緊急時のものでっ」

 

「今がその緊急時だ」

 

彼女の反論を一言で切って捨てる。

 

「俺達はコイツも戦力に数えているんだ。ベストの状態で使わせたいというのはいいが、ベストじゃないから使わせないじゃ困る」

 

「技術者としてリスクのある状態で運用させる訳にはいきません。パイロットの生死に関わることですから」

 

おい待て、お前さんさっきまでそんな機体に俺を乗せるつもりだったのか?いや、あれか。多分月で補給を受けながら暗礁空域の捜索をするはずだから、そこから乗らせるつもりだったのか?もうこいつ月に帰らねえかな、段々相手をするのが嫌になってきた。

 

「だそうだ、ウラキ」

 

「…はい」

 

あ、これ駄目ですね。全く納得していない顔してます。俺は頭を掻きながら溜息を吐くと、パープルトン女史へ頭を下げる。

 

「お話は理解しました。だが我々パイロットはこう思ってしまう、まだ動くMSがあるなら、それは使えるんじゃ無いか、なにしろ残っているのはガンダムだ、と」

 

「……」

 

沈黙する彼女に俺は言葉を続ける。

 

「失礼を承知でお願いします。使えないと仰るならば、誘惑に負ける馬鹿が死なないように我々の都合の良い幻想を潰して頂きたい」

 

「解りました。プログラムは入れ替えます」

 

心底嫌そうな溜息と共に彼女はそう了承してくれる。よし、これで後は横で無邪気に喜んでる馬鹿を解らせれば月でのトラブルを回避出来るだろう。そしてウラキ少尉が素直にそれまでジムカスタムを使ってくれればちゃんと戦力として数えられる。

 

「では、入れ替え次第シミュレーション訓練を行います。ウラキ少尉、準備をしておけ」

 

俺はそう言うと自分の機体へと向かった。




一応この作品における0083の原作はOVAなのですが、結構な人数がニナ・パープルトンの事が嫌いすぎて彼女の行動を誤って記憶しているように思います。

1.彼女はコロニー落下の手伝いなんてしてません。(説得だけでガトーを物理的に止めなかった事を手伝いだとされているなら申し訳ありません)

2.コウへの銃撃はコロニー落下の最終調整が終了した段階です。落下阻止を妨害したわけではありません。

3.コロニー落下の軌道修正を手伝いませんでしたが、この時点でウラキ少尉もそうした行動を取っていません。またコントロール室に細工などもしていません。

ガトーの逃亡を助けたことは間違いなく問題ですし、ウラキ少尉に発砲したのも大問題ですが、少なくともコロニー落としについて彼女が何らかの責任を問われるという事は無いと思います。まあクソビッチ過ぎて作者も嫌いなんですけどね。
0083のヒロインはシーマ様、異論は認める。


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102.0083/10/16

今週分です。


「では2号機は既に行方を眩ませた、と言うことだろうか」

 

『第3地球軌道艦隊の捜索艦隊が所属不明の艦隊と交戦、サラミス2隻が撃沈された。位置的に考えて強奪された2号機を回収するための部隊だろう』

 

その言葉にエイパー・シナプスは自然と握った拳に力が入る。そうしなければ自らの失態によって生み出されてしまった犠牲に対する感情の発露を抑えられなかったからだ。

 

『交戦位置から判断して逃走先はラグランジュ1の暗礁宙域である可能性が高い。シナプス大佐、アルビオンは第13独立部隊隷下グレイファントム及び護衛艦艇と合流後同宙域にて2号機の捜索に当たれ』

 

「了解した」

 

シナプスがそう敬礼と共に返事をすると、通信を送ってきたバスク・オム大佐は制帽を脱ぎ、一度頭を撫でてから口を開いた。

 

『理解しているだろうが、これは我々の派閥にとって大き過ぎる失態だ。挽回は難しくとも傷口は可能な限り小さくせねばならん。その事を肝に銘じておけ』

 

それだけ言うと通信が一方的に切断される。その態度に艦橋の空気が一瞬悪くなりかけるが、それよりも先にシナプスは部下に指示を飛ばす。

 

「少尉、友軍艦隊との合流時間は?」

 

「はい、約30分後にグレイファントムと合流、2時間後に護衛艦艇と合流予定です」

 

「ペガサス級2隻にサラミスが2隻。艦隊としての体裁は整うか、バニング大尉、アレン少佐は?」

 

艦橋を空けているアレン少佐の代わりに待機していたサウス・バニング大尉へ向けてシナプスは問いかける。その質問に大尉は直ぐに答えを返してきた。

 

「合流までに新人達へ空間戦闘のシミュレーションを施すと」

 

新人とはいえ宇宙軍のパイロットである彼等は一応宇宙空間での訓練経験もある。しかし実戦を思えば幾らでも訓練をしてし過ぎという事は無いだろう。疲弊するほど訓練漬けでは問題だろうが、そこのさじ加減は問題ないだろうと少佐の経歴からシナプスは考えていた。だが、そんな彼の判断に全て賛同出来るかと言われればそうでもない。

 

「ふむ、…しかし、あの采配はどう思うね?」

 

「ガンダムのパイロットのことでありますか?」

 

バニング大尉の言葉にシナプスは頷く。

 

「理屈は通っている様に思います。ガンダムは確かに強力な機体ですが、テストも終えていない試作機です。戦力評価の上では未知数と言わざるを得ません。部隊の戦力を維持すると考えればモンシア達ベテランにはジムカスタムを使わせるという判断は不思議ではありません」

 

「それは私も同じ考えだ。だが現状予備機に近い扱いとなるガンダムの専任を決めたのは何故だろうか?しかも迷うこと無くウラキ少尉を指名した様に思えたが」

 

「それは、少佐は我々と何度も模擬戦をしていましたから、その中で適任者を選んだのではないでしょうか?」

 

「ウラキ少尉が大尉や自分よりも適任だと判断したと」

 

「…その、何かあるのですか?」

 

問い返してくるバニング大尉に対し、シナプスは声を潜めて口を開く。

 

「その件に関してはここでは言い辛い。後で私の部屋に来てくれ」

 

眉を顰めるバニング大尉に苦笑を返していると。スコット少尉が眉を顰めながら報告をしてくる。

 

「艦長、アナハイムを名乗る民間船から通信です!接舷許可を求めています!」

 

「なに?」

 

「ああ、来ましたか」

 

言いながら艦橋に入ってきたアリス・ミラー少佐が艦長席の近くまで来て説明をする。

 

「作戦行動中の艦に何時までも民間人を乗せておく訳にはいかないでしょう?我々も一度フォンブラウンに行かねばならないので、そのついでというわけです」

 

「そういう事は一言お伝え願いたい」

 

眉間を揉みつつそうシナプスは伝えるが、聞き入れられることは無いと理解していた。情報部は地球連邦軍総司令部直属の組織であり、その行動の独立性はあらゆる部隊よりも上位に位置づけられている。それは組織の健全性を保つために必要なことではあるのだが、それに振り回されれば小言の一つも言いたくなるのが人間というものだ。案の定ミラー少佐は肩を竦めて苦笑したのみである。呼気と共に不快感を吐き出そうとした矢先、手元の通信機が着信を告げる。何事かと出てみれば、MS整備班長のモーラ・バシット中尉が困惑した声音で報告をしてくる。

 

『シナプス艦長、アレン少佐が1号機を搬出するよう言っていますが』

 

「なんだと?少佐はそこに居るのか?」

 

『はい、あ、ちょっと少佐!?』

 

『失礼します、代わりました。ディック・アレン少佐であります』

 

「説明を頼む。1号機は月に寄港した際にアナハイムへ戻す予定だったはずだが?」

 

『はい、大佐。報告が遅れまして申し訳ありません。その、1号機なのですが重大な問題が発覚しまして』

 

「重大な問題だと?」

 

アレン少佐の言葉にシナプスは嫌な予感を覚える。そしてそれは即座に事実として突きつけられた。

 

『空間戦闘用のプログラムに置き換えてシミュレーションを行ったのですが、全く使い物になりません。あれならザクの方がまだマシです』

 

更に主任設計者に確認した所、換装作業と調整に最低でも4日は欲しいとの懇願をされたとアレン少佐は続ける。更にアナハイムの技術者が全員艦から降りるとなればマニュアルもろくに無い現状では整備もままならないと言うではないか。

 

『このまま格納庫に放置されるのであれば、一度アナハイムへ持ち帰って貰った方が良いと判断しまして』

 

勿論最終判断は自分に委ねる。そう締めくくられ、シナプスはつい人目をはばからず盛大な溜息を吐いてしまうのだった。

 

 

 

 

「よし、許可が出たぞ!やってくれ!」

 

俺がそう言うと整備員達が輸送用コンテナに1号機を押し込み始める。キャットウォークからそれを眺めるパイロット達は皆一様に微妙な表情だ。まあ無理もないけどな。

 

「残念だったなぁ、モンシア。ガンダムに乗れなくってよ」

 

そう言って笑いながらモンシア中尉の肩を叩いているのはアルファ・A・ベイト中尉だ。補充人員の三人組の中では一応リーダー的な立ち位置になっている。尤もアルビオンにはバニング大尉が居るためかモンシア中尉に並ぶ悪童振りを発揮しているが。

 

「へっ、あんなガワだけのモドキになんざ乗った所で自慢出来るかよ」

 

不機嫌な様子を隠そうともせずにモンシア中尉はそう口にした。まあアレでは仕方が無いだろう。1号機を使ったシミュレーションはそりゃあもう酷いものだった。流石に原作の様な醜態はさらさなかったものの、運動性はノーマルのジムと大差ないという有様だ。当初はウラキ少尉の技量の問題じゃないかなんてからかっていたモンシア中尉も試しに乗らせて見たら神妙な面持ちで機体から降りてきた。流石にそこまで来るとちょっと気になってしまって俺も乗って見たのだが、もうなんと言うか酷いの一言に尽きた。

 

「あれで緊急時は使えるって…」

 

ウラキ少尉が青い顔でそう漏らす。地上とはいえ彼もジオンとは一度交戦している。ならば連中が大戦中の機体に乗っていても油断出来ない相手である位は理解出来ているだろう。この場にパープルトン女史が居なくて本当に良かった。絶対パイロット達と険悪な雰囲気になる。

 

「なんであんなに酷いのでしょう?汎用機と聞きましたが」

 

顎に手を当てながらそう疑問を口にしたのはチャップ・アデル少尉だ。常識人の彼にはこの結果が意外過ぎたのだろう。

 

「…それなんだがな。あの機体、恐らく汎用機じゃない。陸戦用だ」

 

タブレットに転送されている1号機のデータを皆に見せつつ俺は自分の予想を告げる。すると全員が目を丸くして俺とタブレットを交互に見る。うん、解るよその反応。

 

「1号機はパーツを換装することで地上と宇宙に最適化して運用する汎用機ってのがアナハイムの言い分なんだが。これをよく見てくれ」

 

タブレットに地上用と宇宙用を並べて表示させて説明を続ける。

 

「換装するパーツなんだが、A・B両パーツとコアファイターを換装するんだ」

 

「あの、それって全部変わってません?」

 

良い所に気が付いたねキース少尉、おじさん花丸をあげよう。上半身であるAパーツは一見ショルダーパーツだけが変更されているだけだから使えそうに見えるが甘い。1号機にはムーバブルフレームの原型となった技術が一部使われていて、そのおかげでショルダーパーツだけの入れ替えなんて事が出来るのだが、その技術に現場サイドと制御系がこれっぽっちも追いついていないのだ。何故なら新機軸の技術を導入したせいで、一年戦争からこちら、今も成長を続けている教育型コンピューターを利用出来ないからだ。まあ駆動概念から変更しているのだから無理もないだろう。だからちゃんと性能を発揮させるためには最低限それ用に調整を終えたAパーツを用意しておかねば戦場で換装なんて芸当が出来ないのだ。てか仮にAパーツは共用したとしてもBパーツとコアファイターを変えるなら構成の7割近くを別途用意する必要がある。もうそこまで来たらコスト的には2機用意するのも大差ないんじゃなかろうか?

 

「なんだそりゃ!?」

 

呆れた声でツッコミを入れるモンシア中尉を見ながらふと考えてしまった。1号機の完成度が低いのって、実は俺のせいではなかろうか?ムーバブルフレームを提唱したM・ナガノ博士は新進気鋭の若者である。史実では両親が元サイド3のスペースノイドだった為に連邦軍の開発機関には招聘されず、アナハイムに身を寄せて百式の生みの親になるのだが、実はこの時点までムーバブルフレームの完成度は連邦軍の方がアナハイムより先行しているのだ。一見不思議に思えるがなんて事はない話で、単純にこれは地力の違いだ。ジオンのMS技術は優れたものであるが、連邦にはそれまでの兵器開発で蓄積した膨大な基礎技術がある。そして金も人も物も巨大とは言え一企業の軍需部門と超大国の開発機関では勝負にならない。そうした背景がある中で、恐らくガンダム開発計画に関わったであろう博士を俺はオーガスタに取り込んでしまったのだ。そりゃ完成度も下がろうというものである。

 

「どうしたんです少佐?」

 

思わずコンテナに詰め込まれる1号機に向けて謝罪の合掌をしていると、不思議そうにキースが聞いてくる。うん、まあそのなんだ。

 

「ちゃんと一人前になって戻って来てくれと祈ったのさ、あれもガンダムだからな」

 

まさか自分のせいでポンコツになったかもしれない、なんて言える訳もなく俺はそうはぐらかすのだった。




以下言い訳

M・ナガノ博士関連の話は完全にでっち上げです。信じると恥を掻きます。
制御系が追いついていないも嘘っぱちです。真に受けると馬鹿をみます。


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103.0083/10/16

『じゃあその大尉が復帰してもそっちなんだな?』

 

「MS隊の指揮官なんか任されちまったからね。そっちはまあ問題ないだろ?」

 

俺がそう言うと通信相手のエドワード・コリンズ少佐が嫌そうな顔をした。

 

『馬鹿言っちゃいけねえよ。お前さんが出かけて以来姫さんはずっと不機嫌なんだぞ?半舷上陸の時でも良いからちゃんとケアしねえと俺は知らねえからな?』

 

バニング大尉が復調次第グレイファントムへ移動する旨を伝えたらシナプス大佐とバニング大尉に思いっ切り引き留められた。小隊規模の部隊指揮しか経験が無いから自分では能力不足だと大尉が言えば、派閥だなんだは気にしないで良いとかシナプス大佐がフォローする。いや、そっちが気にしなくてももっと上が気にすると思うんですよ。

 

『持ってきた機体はそっちに回して良いって事だから上手くやれや、ガンダムのパイロット』

 

「お前さんの所で使ってくれても良いんだぞ?リン大尉やウォルターの奴なら行けるだろ、何ならエド、お前が乗ったっていいぜ?」

 

『冗談じゃねえ、俺ぁまだ死ぬ気はねえし彼奴らに恨まれるのも御免だぜ』

 

酷い言い草である。

 

「へいへい、大人しく俺がモルモットをしておくよ。そういやアムロ達は元気か?」

 

『今頃はコンペイ島行きの準備中だろ。こんなことならグレイファントムもお呼ばれして欲しかったぜ』

 

「お偉いさんにも事情があらぁな。さて、それじゃそろそろ切るぜ」

 

『おう、またな』

 

通信を終えるとほぼ同時に落ち着かない様子のウラキ少尉が近付いてくる。当然のように苦笑したキース少尉も一緒だ。更に近くのキャットウォークではモンシア中尉達がさりげない風を装ってこちらの様子を窺っている。解りやすい連中だ。

 

「そんなに慌てなくたって後で好きなだけ見られるだろ」

 

「俺もそう言ったんですけど、なんせコウですから」

 

エアロックから運び込まれるデカいコンテナをクリスマスプレゼントを見る子供の表情で見つめるウラキ少尉に代わってキース少尉がそう笑いながら答えた。

 

「なにせアレの後ですから、なんか余計に期待値が高まっちゃってるみたいで」

 

「期待しない方がおかしいだろキース!こっちはあのテム・レイ博士が造ったガンダムなんだぜ!?」

 

コンテナから片時も目を離さずにウラキ少尉が興奮気味にそう言い放つ。テム・レイ少佐は連邦系MSの父みたいな立ち位置を確立したからな。気持ちは解らんでもないのだが。

 

「そんなウラキ少尉には残念なお知らせだ、あの機体の主任設計者はレイ少佐じゃないぞ」

 

「えっ!?」

 

機体の監修や設計の補佐はしていたから全く無関係ではないけどな。

 

「あれの主任設計者はフランクリン・ビダン中尉だ。安心しろ、ビダン中尉も優秀な技術者だぞ」

 

原作における非常に自己中心的な行動のせいで隠れがちであるが、ガンダムMkⅡを生み出したビダン中尉の設計者としての実力は本物だ。実際あのマッド…個性的な技術者達が悪乗り…全力を注いだプロトタイプは冗談のような性能を獲得している。カタログスペック上は。

 

「おお、…なんかアナハイムのより太いっすね?」

 

「いや、全体的なフォルムはジムと大差無いよ。太く見えるのは各部のスラスターが大きいからかな」

 

流石MSギーク、良い目をしている。

 

「見える範囲のだけでもあれは相当な推力を持ってるみたいだ。あんなの扱いきれるのかな?」

 

あ、やっぱり解っちゃいます?

 

「凄いだろ?なんせあいつの合計推力は417600kgだからな」

 

「よっ!?」

 

ふはは凄いだろう。なんせ宇宙世紀を見渡してもコイツより推力が上のガンダムなんて2~3機しかいねえからな。当然そんなものが現状の耐G機構で御し得るはずもなく、グリーンリバー少尉やレイチェル達のような体を物理的に強化された人間が専用の耐Gスーツを着込んでようやっと動かせるなんて代物である。勿論そんな機体を俺が動かせる筈もないから運び込まれた機体にはしっかりとリミッターがかけられている。それでもNT-1の8割くらいの性能なので専用の耐Gスーツは必須なのだが。因みに推進剤が尽きなければこの状態でも余裕で大気圏内を飛行できる。

 

「乗ったら死にそう…」

 

引きつった表情でそう口にするキース、まあ大体合ってるな。

 

「元々コイツは概念実証機でな?新しい機体構造の技術実証と、ついでに現行の技術でどこまでの機体が出来るのかってのを試したもんだったんだよ。まあ言ったとおりカタログスペックは破格だったから開発計画への競作機に選ばれたんだが」

 

おう、そんな嫌そうな顔するなや。テストパイロットの一人として悲しくなるだろ。

 

「競作に出す方はもうちょっとちゃんとしたヤツなんだが、少々開発が難航しててな。そっちは送れないって事でコイツが来た。まあリミッターがあるからキースの考えているような悲しい出来事は多分起こらん」

 

多分ね。そんな無駄話をしている間にもガンダムの梱包が次々と解かれ、周辺機器なども配置される。特に目を引くのはビームライフルの充填装置に接続された機材だろう。

 

「あれは?」

 

「検証中のEパック用の充填装置だな」

 

「何ですそれ?」

 

目聡くそう口にしたウラキに俺が答えるとキースが更に聞いてくる。別に隠す事でもないから俺は二人の質問に答えた。

 

「ビームライフル用の弾倉だな。1個あたり10発撃てる」

 

装弾数はグリプス戦役時に使用されていた物よりも多いのだが代わりにサイズは倍以上ある。それでも従来のライフルに比べれば随分と携行性は高くなっているから、間違いなく今後は原作と同じくビーム兵器が主流になっていくだろう。

 

「なんか、普通ですね」

 

その後に出てきたのはシールドとバズーカでどちらも馴染みがあるせいかキースがそう評する。まあちょっと前に核弾頭搭載ガンダムなんか見ていればそんな感想にもなるだろうか。そう思っているといつの間にか近くに来ていたモンシア中尉が声を上げた。

 

「なぁに言ってやがるキース!武器なんてのは相手を倒せりゃ良いんだよ、特殊で特別な装備なんてのを喜ぶのは戦場を知らねえ素人だよ。そうですよね、少佐?」

 

モンシア中尉の言葉に俺は思わず苦笑してしまう。彼の言い分は尤もだが、その対極のようなガンダムがグレイファントムに主力として搭載されていることを知っているからだ。だがまああれは実に希有な例だから同意しても問題なかろう。

 

「そうだな、特殊だとか特別な装備ってのは経験上扱いがデリケートになりがちだ。俺個人としては威力よりも多少乱暴に扱ってもちゃんと動く方が好みだな」

 

「革新性よりも信頼性が重要という事ですね」

 

ウラキ少尉の言葉に頷きつつ俺は続けて口を開く。

 

「あくまで戦場で使うならだけどな。散々に言っておいてなんだが、あのアナハイムの1号機だって技術的に見れば意義のある機体だよ」

 

実に間抜けな話であるが一年戦争終結後、連邦軍はジオン公国の技術を殆ど接収出来なかった。戦勝国側の軍人としては何をやっているんだという気持ちにもなるが、一応それなりの背景がある。それが終戦交渉の際に提示された民間企業に対して資産・資料の没収を行わないという取り決めだ。当初その項目を軍は問題視しなかった。ジオニックやツィマッド、MIPと言った主要な軍事産業が半ば公営である事は周知の事実だったし、それならば国家側の資産と見なされ接収出来る筈だったからだ。事実逃亡者を除いたフラナガン機関やダークコロニー、各宇宙要塞は連邦軍の手に渡ったのであるからその認識はある意味間違ってはいなかった。ダルシア・バハロがこれらの企業を民間企業だと強弁するまでは。勿論そんな物言いが通じる訳がないと連邦軍上層部は考えた、それは軍人の常識的な判断だったが現実はあっさりとそれを覆す。それだけのことが出来る程地球連邦政府は疲弊していて、月の資本は巨大になっていたのだ。

結果連邦軍はただで手に入るはずだった技術をガンダム開発計画という莫大な予算を掛けて回収する羽目になった訳だ。だから性能の如何に関わらず、あの機体を建造し連邦軍が入手する事自体に意味があるとも言える。

 

「さて、後1時間もすれば第3地球軌道艦隊の増援と合流だ。そうなりゃ本格的な捜索も始まる、今のうちに休んどけよ」

 

「あの、少佐は?」

 

「俺もあいつの調整が終わり次第休むさ。ほら、もう行け」

 

そう聞いてくるウラキ少尉に俺はそう笑って答えた。

 

 

 

 

「ガトー少佐、間もなく茨の園へ入港です」

 

「ふむ、予定通りだ。デラーズ閣下もお喜びになるだろう」

 

旧サイド5宙域、前大戦初頭の戦闘により壊滅したこの地は現在大量のデブリが滞留する暗礁宙域となっていた。その中を慎重に進んでいるムサイの艦橋でアナベル・ガトーは満足げに頷いた。

 

「少々の手違いもあったが…」

 

「オービルの件ですな」

 

艦長の言葉にガトーは頷いた。

 

「ああ、彼には今暫くアナハイムに居続けて貰いたかったが」

 

「確かに惜しいですが、十分に挽回の利く範囲でしょう。それに優秀なメカニックが合流するのは頼もしい事です」

 

「…そうだな、どうにもあの負け戦以来悲観的になっているようだ」

 

そう笑いかけた所で監視員が声を上げた。

 

「前方より艦隊!急速接近します!」

 

「なんだと!?何処を見ていた!?」

 

監視員を叱責しながら艦長はモニターを確認する。そこにはザンジバル級を中心とした艦隊が映っている。

 

「識別コード確認!リリーマルレーンです!」

 

「リリーマルレーン、シーマ艦隊か!」

 

依然として接近を続ける艦隊を睨みつつ、ガトーはそう呟くのだった。

 




書きたいこと書いてると話が進まないジレンマ。

以下作者の自慰設定

MkⅡプロトタイプ

ガンダム開発計画との競作機であるMkⅡは構造材料の問題が解決しておらず開発が頓挫していた。このプロトタイプは現在獲得できる材料にて建造された機体であり、構造材を全てルナチタニウムで製造するという製造コストを完全に無視した事で初めて目標としていた性能を満足させている。同機はNT-1よりも更に反応速度と運動性、機体出力の向上を図った結果常人では完全に制御不能な機体となっており、最大加速などを実行した場合パイロットに命の危険が及ぶ程である。テストパイロットのグリーンリバー少尉曰く世界最強の欠陥機。
同機は星の屑事件においてディック・アレン少佐への補充としてグレイファントムに配備されている。但しその際にパイロットが扱える範囲にリミッターが設けられたため、その性能はカタログスペックの3割程度となっている。これはNT-1と比較した場合80%程度の性能であったが、建造コストは5倍以上でありコストパフォーマンスは最悪に近い。
一方でそのカタログスペックは文字通り化け物であるため、設計者達は耐Gシステムと制御系さえ追いつけば100年先でも通用する機体であると豪語している。


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104.0083/10/16

なんか書けちゃったので投稿。


「こちらペールギュント!前方の艦隊!進入航路に割り込むな!優先権はこちらにある!!」

 

「駄目です!返信ありません!」

 

「っ!緊急回避!総員衝撃に備えろ!」

 

艦長の指示に従い操舵手が素早く操縦桿を捻る。ペールギュントはムサイ級軽巡洋艦の中でも艦齢の若い艦だ。本格的な対MS戦闘も想定されているこの艦は大戦初期の艦や戦時標準艦に比べ小回りが利く。依然として直進を続ける艦隊をギリギリの所で躱していると、通り抜けたザンジバル級リリーマルレーンから通信が入った。

 

『すまないねぇペールギュント。コロニーの残骸と誤認した』

 

落ち着いた女性の声がペールギュントの艦橋に響く。聞き覚えのあるそれにアナベル・ガトーは自然と表情を硬くした。

 

「シーマ・ガラハウ中佐」

 

『だが、惚れ惚れするような回避ぶりだったよ。そうだろ?お前達』

 

彼女の言葉に賛同するように下卑た笑い声が通信に溢れる。それは正しく彼等が破落戸の集団であるとペールギュントの艦橋要員達に印象づける。

 

「海兵隊共めっ」

 

そのまま返信も待たずに切断される通信を聞き、艦長は忌々しげに吐き捨てた。

 

「シーマ艦隊、デラーズ閣下は何故あの様な輩を星の屑作戦に加えたのだ…」

 

モニターの中で遠ざかる艦隊を睨みながら、ガトーはそう呟いた。

 

 

 

 

暗礁宙域外縁で停船した艦隊では指揮官であるシーマ・ガラハウが月とのレーザー回線を開いていた。モニターに映る男に対し、彼女は親しげな笑顔で話しかける。

 

「アンタがアナハイムエレクトロニクスの常務とは、世の中どう転ぶか解らないもんだねえ。オサリバン?」

 

『シーマ様には先の大戦にて何かと融通頂きました恩義がございます。協力は惜しみませんよ』

 

笑顔でそう口にするオサリバンに向かってシーマは皮肉気に口角を上げる。

 

「協力?いい気なもんだねぇ。ジオンと連邦、双方に武器をばらまいている輩が良く言うよ。アンタは碌な死に方をしないよ」

 

『それはお互い様でございましょう?』

 

「あまり舐めた事を言ってると、月にコロニーを落としちゃうよ?」

 

からかうように彼女が告げると、オサリバンは大げさに肩を竦めて見せた。

 

『ご冗談を。ご要望の武器弾薬は用意しておきます。ではまたいずれ』

 

その言葉を最後に通信が切れる。同時にそれまで貼り付けていた友好的な表情を消し去り、シーマは忌々しげに髪を掻き上げた。

 

「タヌキがっ」

 

シーマ海兵隊。彼女達は一年戦争においてジオンの汚れ仕事を請け負った部隊である。彼等の名が歴史上に記されるのは一年戦争初期、ジオン公国によるブリティッシュ作戦、所謂コロニー落としに関する記録だ。弾頭となるコロニーを無傷で確保するために彼等は独断で毒ガスを使用しコロニーの住人を虐殺する。無論そんな事が出来る訳がないのだが、公式記録にそう記載されれば後ろ盾の無い彼女達に出来る事は無かった。目的のためならば平然と外道を行う破落戸部隊。そのようなレッテルを貼られ、味方からも蔑まれ、それでも最後まで国に尽くした彼等に待っていたのは更なる絶望だった。

 

「ジオンの栄光を汚した面汚し共」

 

ア・バオア・クーから味方を逃がす為に決死の経路開鑿を行い辿り着いた合流ポイント、そこで書類上の上官であるアサクラ大佐は彼等を悪し様にそう罵るとアクシズへの同道を拒絶する。祖国へ戻れば戦争犯罪者として全員が極刑となると知りながらだ。そしてその場に集った友軍だった部隊は、彼等の挺身によって逃げ果せながら誰一人として庇う者はいなかった。それどころか上官への直談判へ向かったシーマに対し、軍人ならば上官の命令に従うべきだなどと説教をする者まで現れる始末である。その時点で彼等のジオンへの忠誠心は消え失せる。

 

「極刑でいい。故郷へ帰ろう」

 

誰の口から出た言葉かはわからなかったが、特定する必要などそもそもなかった。海兵隊に集められた連中はジオンでも貧困層を押し込めたコロニーマハルの出身者で占められていた。当然シーマの率いている部隊も例外ではない、だから誰かが口にした言葉は自然と全員の意思になった。マハルへ帰ろう、マハルで死のう。だがそんな末期の望みすらジオンは彼等から奪い去る。

何故なら彼等の故郷マハルコロニーはとっくの昔にコロニーレーザーに改造されて、この世から失われていたからだ。

共にある事を拒絶され、故郷すら奪われ、宇宙での寄る辺を自らが扱う軍艦以外に失った部下達にそのまま朽ちて死ねと言える程シーマ・ガラハウはジオンへの忠誠心を持ち合わせていなければ、無責任でもいられなかった。

 

「誰もが私達に死ねと言う。ならば私達はそいつらを殺してでも生き延びよう」

 

彼等が宇宙海賊として連邦・ジオンの見境無く襲う集団となったのはある意味当然の帰結と言えた。

 

(嫌だね。ここまで身をやつしても、まだ私らは誰かの顎で使われるのかい)

 

オサリバンがシーマ達へ装備を提供するのは善意や義理などでは断じてない。それが彼の会社へ利益を齎し、彼の出世に繋がるからである。利益が見込めなくなれば、オサリバンは平然とシーマ達を切り捨てるだろう事は誰の目にも明らかだった。

 

「シーマ様!こちらへ接近する艦影を確認!例の艦のようです!」

 

暗鬱な思考に浸りかけていたシーマはレーダー手の言葉で意識を復帰させる。

 

「例の、ああ。ガトーを追っているアルビオンとかいう白い艦かい」

 

「艦影は4!同クラスの反応がありやす!」

 

「何?映像は出せるか?」

 

レーダー手の言葉に眉を顰めて彼女はそう指示を出す。入手した情報によればアルビオンは連邦のペガサス級だったと記憶していたからだ。

 

「望遠の静止画像になりやすが」

 

「構わないよ、出しな!」

 

言い終わると同時にメインモニターに映し出された静止画像を見て、シーマは目を見開くと同時に手にしていた扇子を強く握りしめた。

 

「ガトーの奴め、なんて連中を連れてくるんだい!?」

 

冷遇されていたとはいえシーマは歴としたジオン公国軍の佐官である。データベースへのアクセス権限は当然持っている。そしてデータベースには危険な敵部隊に関する情報も登録されていた。

 

「シーマ様どうしたんです?確かに数は4隻と少々多いですが」

 

声を荒げる彼女に副官が戸惑った声を掛ける。最新鋭の敵艦を前にしても余裕を崩さなかったシーマが感情を露わにしたことに驚いたのだろう。故に彼女はその理由を告げる、万一にも部下が馬鹿をしでかさないように。

 

「もう一隻の白い艦、あれはグレイファントムだ!あの木馬艦隊の片割れだよ!」

 

彼女の言葉でリリーマルレーンの艦橋を緊張が支配する。木馬艦隊、一年戦争末期の大規模戦闘で一躍有名となった連邦の部隊である。その戦果はジオン軍に所属していた者ならば耳を疑うようなものばかりである。地球方面軍崩壊の切っ掛けとなったガルマ・ザビの殺害に端を発し、サイド6宙域にてコンスコン少将の率いる機動部隊を撃滅。ソロモン攻防戦では突破口の形成とビグ・ザムの撃墜に加え増援部隊であったマ・クベ大佐率いる艦隊を壊滅させている。そして極めつけはジオンの敗北を決定付けたア・バオア・クー戦におけるドロワの撃沈だ。初めて確認したときはシーマですらプロパガンダを疑ったが、同時にアーカイブされていた記録映像を見ればそんな淡い期待は吹き飛ばされた。そんなジオン兵にとっての悪夢と言うべき部隊を本拠地付近まで引き連れて来たガトー少佐にシーマは苛立ちを覚えた。

 

「何がソロモンの悪夢だ、おふざけでないよ!こっちにまで見せられちゃ笑い話にもなりゃしない!」

 

「如何しますか?」

 

「如何も糞もあるかい!全員死んだように大人しくしな!光一つ漏らすんじゃ無いよ!」

 

幸いシーマの艦隊はデブリの中だ、残留しているミノフスキー粒子も濃く不用意な事をしなければ先ず発見される事は無いだろう。

 

「茨の園へ連絡しますか?」

 

「馬鹿を言うんじゃない」

 

この状況で茨の園、エギーユ・デラーズ中将が率いる武装勢力の本拠地へ連絡をするならばレーザー通信になる。しかしその為には通信経路を確保するために艦から茨の園までの間に存在するデブリを排除しなければならない。勿論そんな事をすれば艦隊は直ぐに見つかってしまうだろうし、最悪デブリを除去した通信用回廊から茨の園の位置まで特定されかねない。連中の拠点がどうなろうとシーマの知ったことではなかったが、エギーユ・デラーズに今死なれるのは困る。

 

「大人しくじっとしているんだよ。嵐に立ち向かうなんざ海賊のやるこっちゃないよ」

 

そんな英雄じみた行いは高い志とやらを持った軍人様に任せておけば良い。彼女はそう言って鼻で笑うのだった。

 

 

 

 

『こっちのガンダムは随分と物々しいなあ』

 

『バックパックのはビーム兵器かな?射角が随分狭いように見えるけど…あれ、分離するのか?』

 

「お前ら集中しろ」

 

グレイファントムから上がったグリーンリバー少尉のガンダムについて雑談をしているキースとウラキを注意する。まだ暗礁宙域に侵入する前だが、決して油断して良い状況じゃない。

 

「腕の良いスナイパーならそろそろ防空圏だぞ。世間話をしていて撃たれましたなんてなりやがったらパープルハートも申請してやらんからな」

 

『『し、失礼しました!』』

 

気持ちは解らなくはないけどな。普段オーガスタに居るせいで感覚が麻痺しているが、そもそも日常的にガンダムを眺めたり乗り回したりしている方が希有な側なのだ。けれど流石に任務中では注意せざるを得ない。

 

『相変わらず引率ですか、少佐?』

 

『こちらの射線にだけは割り込ませないでくださいよ。保証出来かねます』

 

フェン夫婦にそうからかわれ俺は溜息を吐く。

 

「時間が無かったからなぁ」

 

訓練で戦闘技術は多少叩き込んだが緊張感の希薄さは正直如何ともし難い。なにせそうした感覚の部分は常に戦場に居続けて醸成されるものだからだ。ベイト中尉達もその辺りは感じているらしく事あるごとに二人を注意しているのだが、そのせいで新人二人は中尉達に苦手意識を持ってしまっている節がある。原作ではアフリカにおいて数日間ジオン残党とやり合ったことで多少改善されていたのだろうが、こちらではオーストラリアにおける追撃から直ぐに宇宙へ上がった為にどうしてもそうした部分が未熟なようだ。

 

「この状態で暗礁宙域を捜索か」

 

俺は嫌な予感を覚え、思わずそう呟くのだった。




前話でここまで書く予定だったのに思いのほか膨らんじゃったのです。

以下恒例作者の自慰設定。

ガンダムNT-1改(ライト・グリーンリバー少尉のガンダム)

一年戦争終結後ジオン側の研究していたサイコミュ技術を接収した地球連邦軍が技術検証及び吸収を目的として製造したMS。戦中最強の機体であったNT-1をベースにサイコミュ兵装を追加する形で建造されており、1号機は終戦まで残存していたNT-1の1号機を改修する形で製造された。最大の特徴はサイコ・コミュニュケーター及びビットと呼ばれるサイコミュ兵器によるオールレンジ攻撃能力の獲得である。この装備の付与により同機は多目標への同時対処能力を飛躍的に向上させており、戦場におけるNTパイロットの重要性を高める事となる。
当初1号機には接収したサイコ・コミュニュケーターがそのまま使用されており、ビットの操縦もパイロットが直接行う方式だった。しかしこの方式ではパイロットへの負担が極めて大きく短時間の運用でも体調不良が発生する他、そもそも非常に高いNT能力が必要だった。しかしこの問題は意外な形で解決される。それが教育型コンピューターと一年戦争中にWB隊において現地改修されたFAガンダムの運用データの存在である。大戦末期に運用された同機には攻撃ポッドが増設されていたがその制御を教育型コンピューターが学習していたのである。実際に検証したところ、目標の捕捉さえ出来ればビット側の操作はほぼ全てを教育型コンピューターが代替出来る事が判明した。そこで開発チームはサイコ・コミュニュケーターから機体制御に関するシステムを撤去、あくまでパイロットが探知した攻撃目標を機体側に認識させる部分のみに縮小し残る部分を教育型コンピューターに代替させる方式に改めた。これによりパイロットへの負担は大幅に低下し長時間の運用に耐えうる性能を獲得したのである。
一方でビットを教育型コンピューターが制御する都合上、その動きはどうしても事前に学習した動きに限定されることから制御に関する自由度は大幅に低下している。また、パイロットの脳波を介したビットとの相互通信を放棄し、教育型コンピューターが直接制御するため通信ケーブルの存在は必須であり、ジオン公国が大戦末期に実用化した無線式に比べ攻撃可能な範囲が狭い、緊急時にビットの受け渡しが困難など技術的課題も残している。
また特殊な装備を搭載する都合上同機は標準的な高級機が足下にも及ばないと評されるほど高額であり量産化の障害となっている。
因みにグレイファントムには同型機が2機配備されており、ライト・グリーンリバー少尉の機体は2号機である。
元ネタは当然NT-X。


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105.0083/10/17

今週分です。


「想定よりも遙かにデブリが濃い」

 

追撃部隊の艦艇が揃った所でアルビオンは早速暗礁宙域の探索を行っていた。その中でシナプスは自らの経験不足を痛感する。

 

『探索は良いが、先にMSを向かわせるべきだ』

 

そう提案してきたのはグレイファントムのローランド・ブライリー大佐だった。

 

『以前この近くで戦った事がある。暗礁宙域のデブリ密度は諸君の想定以上だ。MSを展開しておかねば確実に先制されるぞ』

 

シナプスは一年戦争以前から艦長を務めているベテランだ。しかしそれが実戦経験豊富であると言うこととはイコールでは無い。開戦初頭のルウム戦役で乗艦を失っていた彼はビンソン計画で再建されたレビル将軍率いる第一艦隊に配属されていた。幸運にもソーラレイに焼かれる事は避けられたが、彼が大戦中参加した戦闘はア・バオア・クー戦くらいなもので、その後は第3地球軌道艦隊での哨戒任務が主だったのだ。経歴と人格面を買われてアルビオンの艦長に抜擢されたものの、強襲揚陸艦の運用経験や様々な環境下での戦闘任務への従事という点で経験不足は否めなかった。ブライリー大佐の忠告を受け入れ、アレン少佐に確認すると、彼は即座に艦隊の保有するMSの半数を展開させた。

 

「彼等が居てくれて本当に助かった。もしかすれば私は徒に味方を沈めていたかもしれん」

 

出撃したアレン少佐に代わってブリッジに詰めているバニング大尉に対してシナプスはそう自嘲した。

 

「甘く見ていたのは自分もです」

 

相手が残党であるということにまだ気持ちの何処かで侮りがあったとバニング大尉も顔を顰めた。敵は暗礁宙域に隠れている。そして自分達はそれを捜索しているという意識から、ごく自然に相手は受け身であるなどと錯覚していたのだ。

 

「今から自分達は敵が入念にこしらえた防御陣地に突っ込むんです。本当なら一個艦隊でも連れてきて宙域外から砲撃を加えたいくらいですよ」

 

入念に陣地を叩いて漸く五分だとアレン少佐は笑う。尤もそう言いながらも彼は前線指揮を執るとして出撃していったが。

 

「しかしこう考えますとぞっとしませんね」

 

「そうだな」

 

グレイファントムが合流したことで艦隊は20機のMSを運用しているが、その半数以上である14機がグレイファントムの所属機だ。更に正確に記すならアルビオンで運用されているアレン少佐の機体も本来ならあちら側である。そしてこの増援はアレン少佐が掛け合ってくれた結果であり、それが無ければ存在しなかったのだ。

 

「経験不足な人員とたった6機のMSでこの宙域に挑むなど自殺行為だ」

 

十分に有り得た状況だけに二人の表情は益々苦くなる。

 

「アレン少佐には足を向けて眠れませんね」

 

バニング大尉の軽口にシナプスはその程度で済まされないであろうと考える。シナプス自身は興味も無ければ関わろうとも考えないが、軍内部にも派閥が存在しその思惑が様々な事象に影響を与えることは理解している。そして一度その視点に立ってしまえば、既に自分達がその軍閥政治の渦中に居ることが容易に察せられた。

 

(そもそもこの開発計画の起点からしてコーウェン中将の思惑によるものだろう)

 

開発計画を提案した際、コーウェン中将は軍事支出の圧縮を訴えたとされているが実に怪しい話だ。確かに国営工廠では競争意識が働かず効率の良い生産が行われない問題は存在する。しかしそれは独占的に販売し確実に購入されるならば民間企業でも同じ事だ。幾らアナハイムがジオニックを買収したことで生産設備を擁するからと言っても、これまで軍に装備を納入してきた各社に対し提案もしていない時点で語るに落ちている。加えて運用艦艇もその中に包括しているが、軍艦の生産ラインも無ければ建造ノウハウも無い企業に態々技術提供をしてまで建造させて予算圧縮になるわけがない。企業とは営利団体であり、金を生まない技術や設備を維持する企業など存在しない。経済的な理屈に合わない事が起きていると言うことは、即ち政治的な思惑が働いているという事だ。恐らくコーウェン中将はこの計画を通してMSの開発や生産に影響力を持つことで軍内の立場を強化しようとしたのだろう。そして同時にシナプスは自らが属してしまっている派閥が危うい事も理解出来てしまった。アルビオンは戦中の教訓を取り入れた新鋭艦ではあるが、逆に言えば運用実績の無い艦でもある。ついでに言えば就役から一年も経っておらず、艦長である自分も含めペガサス級の運用経験を一年以上持っているクルーも居ない。そんな艦が2号機追撃の主力を任されていて、増援として宛てがわれたのはMSの運用能力を持たないサラミス2隻のみである。MSに至っては6機とペガサス級の定数を半分も満たしていないにもかかわらず追加派遣される様子も無い。

つまりこれはコーウェン中将の動かせる戦力が払底しているという事であり、その上で他派閥からの協力が得られていないと言うことだ。そんな中で協力を申し出てくれたのがアレン少佐の所属しているエルラン閥なのだ。送られてきた戦力を考慮すれば、それがどれだけ大きな貸しになるかなど駆け引きに疎いシナプスであっても容易に想像が付く。

 

「MS隊より信号弾を確認!敵部隊と接触!」

 

「っ!総員迎撃準備!対空監視怠るな!」

 

部下の声に応じつつシナプスは思考を戦闘へと切り替える。あれこれと憂うのは後回しだ、何しろまず目の前の問題を片付けねばその憂鬱な明日すら迎えられないのだから。

 

 

 

 

『て、敵!?』

 

「只のザクだ!シールドを使え!」

 

動揺して悲鳴のような声を上げるキースを叱り飛ばしたい衝動に駆られつつも俺はそう指示を出す。グリーンリバー少尉が居てくれたおかげで先制こそ許さなかったが、やはりここは敵の庭だ、友軍の放った流れ弾が命中した残骸が派手に爆発しトラップの存在を示してくれた。

 

「デカいデブリとの接触は避けろ!トラップが仕掛けられているぞ!!」

 

『ならば!』

 

リン大尉のジムスナイパーⅡが素早くビームライフルを構え、周辺のデブリを撃ち始める。撃ち抜かれたデブリの幾つかが誘爆して周囲に破片と閃光をまき散らせば、敵のザクは慌てて後退を始めた。まあそうなるよな。その容貌に反してジムとザクではジムの方が防御力が優れているから、連中のトラップはこちらにダメージを与えられる一方で自身も食らえば損傷してしまう威力を持っているのだ。加えて軍として兵站が確立している俺達と違い、連中はMSを損傷させてしまえば補修もままならない貧乏所帯だ。原作ではドラッツェを生産して息巻いていたが、所詮ザクとガトルをニコイチして建造された急造品である。その性能はザクと良い勝負と言った所で、ゲルググ辺りとは比較にもならない。今更そんな物を造れるようになったと喜んでいる時点で連中の底が見えるというものだ。

 

『丸見えなんだよ!』

 

残骸に紛れて逃げようとするザクの背中へ連続してマシンガンの弾が突き刺さり火球へと変える。流石グリーンリバー少尉、素晴らしい射撃精度だ。

 

「こっちも仕事をせんとな。ウラキ少尉、キース少尉、付いてこい!」

 

そう言って俺はフットペダルを軽く踏み込む。それだけでガンダムは愉快な速度で突進を始めた。

 

「逃がさねえよ」

 

一気に距離を詰められて動揺したのだろう、ザクが振り向きかけるが気にせずビームサーベルでなで斬りにする。Eパックは貴重だからできる限り節約するためだ。その間に最後の機体が誰かの放ったビームに貫かれて戦闘が終了する。

 

『すげぇ』

 

『これが、第13独立部隊の実力…』

 

『ちっ!』

 

二人の呆けたような声とグリーンリバー少尉の苛立ちの混じった舌打ちが聞こえたのは同時だった。サイコミュを動かせるだけの能力はあるものの、グリーンリバー少尉の殺気を感じるといった所謂NT能力は高くない。これは後にオークランドやムラサメ研を立ち上げる事になる研究員をオーガスタの人員と纏めてエルラン中将が抱え込んだ事が原因だ。リソースの集中による効率化をお題目に掲げ、当世最高のNTであるララァとアムロを餌にすれば拒否する研究者はいなかった。そして貴重なサンプルを使い潰さない為と、NT研究を危険物として研究凍結とならないようにするという理由からオーガスタにおけるNT研究は薬物などによる強引な能力強化を行っていない。だから同じNT能力者と括られていてもその能力にはばらつきがあるのだ。もし仮にこの場に居たのがララァかアムロだったならこうなることは防げただろう。デブリの奥、残骸と見紛うザクが同じくデブリに偽装していた対艦ライフルをウラキ少尉のジムカスタムに向けて発砲。その寸前の殺気に反応したグリーンリバー少尉がその射線に割り込んだ。

 

『グリーンリバー!?』

 

初めて聞くリン大尉の悲鳴じみた叫びとグリーンリバー少尉の機体に砲弾が着弾するのはほぼ同時だった。被弾の衝撃で吹き飛んだ彼のガンダムがウラキ少尉のジムカスタムに接触すると、二機はもつれ合う様にして流されていく。

 

「野郎!」

 

潜んでいたザクへビームを撃ち込みながら俺は二機の状態を確認する。見る限りでは両機とも四肢を動かして姿勢を保とうとしている。少なくとも致命的な損傷には至っていないらしい。だが油断は出来ない。

 

『コウ!し、少尉!?』

 

「キース!警戒を維持しろ!!」

 

動揺しているキース少尉を怒鳴りつけつつ俺は二機の元へ機体を寄せた。救助作業は戦場で上位に入る危険な作業だ。少なくとも新人には任せられない。

 

「二人とも無事か!?」

 

『損傷レベル軽微、大丈夫だ少佐。問題ない』

 

『じ、自分も問題ありません』

 

しっかりとした返事を聞いて俺は少しだけ安堵する。流石と言うべきかあの状況でもグリーンリバー少尉はしっかりとシールドで砲弾を受けていた。だが流石に対艦ライフルの砲弾相手には無傷とはいかない。シールドを貫通した砲弾が炸裂したことで左腕の広い範囲に損傷が見て取れた。

 

「一度後退する。リン大尉聞こえたか?全機後退、一度艦隊まで全員で下がるぞ」

 

『全員ですか?』

 

「まだ捜索初日だ、焦る時間じゃない」

 

『…了解』

 

俺がそう言えば彼女はあまり納得していない様子だったが受け入れてくれた。やはり暗礁宙域を真っ当に捜査するのはリスクが高すぎる。今回は偶々グリーンリバー少尉が居てくれて狙撃手が1人だけだから何とかなったが、これが複数になったら確実に撃墜される奴が出てくるだろう。そして次も無事な保証は無いのだ。

 

「よし、小隊単位でフォローしつつ後退。最初はグリーンリバー少尉とウラキにキース、お前達だ」

 

そう指示をする俺の脳裏には嫌な光景が再生されていた。ゲルググと交戦し小破したジムカスタムがその小さな損傷を原因に爆発、パイロットごと吹き飛ぶ光景だ。それは原作において起きた光景であり現在とは状況が全く異なる。だがそれが何度もちらついて頭から離れない。

 

「冗談じゃねえ、死なせてたまるかよ」

 

悪夢を振り払うように俺は呟くとデブリの漂う虚空を睨み付けた。




雰囲気で書いていたら完全にやらかしました。
やらかしが解った方はそっと見なかった事にして下さい。


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106.0083/10/17

「ここは戦場だぞ!遠足気分ならとっとと地球へ帰れ新兵!」

 

アルビオンのブリーフィングルームにリン・フェン大尉の怒声が響く。有り体に言って空気は悪いがそれを止める奴は居ない。掴み掛かられているウラキ少尉の所属するアルビオン側のパイロット達すら渋面でそれを見守っている。

 

「リン、その辺にしておけ。あー、もう一度こちらの状況を言わせて貰うと、グリーンリバー少尉に怪我は無い。機体の方は現在確認しているが今日中には戦線に復帰可能だろうとの事だ。でだな」

 

エドワード・コリンズ少佐が珍しく歯切れの悪い調子で言葉を続ける。

 

「俺達としてはもう少し安全に配慮して仕事をしたい。端的に言えば戦場でベビーシッターをする余裕なんて無いんだよ、どこぞの英雄様とは違うからな」

 

発端は一回目の暗礁宙域捜査のデブリーフィング中の事だった、俺達の所へ緊急の艦内放送が掛かったのだ。何事かとモニターを点ければそこには忌々しいハゲ面と真面目くさった銀髪ロンゲが2号機と共に映しだされる。そしてハゲが浪々と語り出す。

 

『地球連邦軍並びにジオン公国の戦士に告ぐ。我々はデラーズフリート。所謂――』

 

あの有名な演説を見ながら俺は気分がささくれ立つのを感じた。

 

「戦士ね。よく言ったものだな」

 

好戦的な笑顔でモニターを眺めていたリンがそう呟くと即座に隣に居たウォルターが口を開いた。

 

「脱走の挙げ句にテロリズムだ。多少でも恥を知っていれば兵士なんて言えないだろうさ」

 

俺達の冷めた視線の先でハゲが熱弁を振るう。ハゲの主張はこうだ。

なんか戦争終わったとか言ってるけどあれノーカンだから、裏切り者が勝手に言ってるだけだから俺ら認めてねぇから!そんで俺らと同じ事を考えてる若い連中が今も一杯いるからよ、俺らゼンゼン戦えるンだわ!

そもそも俺らが要求した事を呑まねぇ連邦が悪りーし、暴力で抑えつけるとかマジ連邦クソだわ。その証拠がこの核撃てるガンダムな!戦中に取り決めた南極条約ってので核禁止なってなってんのによぉ、連邦の奴ら違反してこんなの造ってやがったんだよ!ワルだぜこれはよぉ?

俺らはこの3年我慢してたけどよぉ、今から本気出すわ。連邦ぶっ潰すわ。ジーク・ジオン!

なんか真面目な口調でほざいていたが大体こんな話だった。高級将校の思考か?これが?

 

「おいやべえぞアレン、連中に話が通じるとは思えねえ」

 

「何言ってんだエド、相手はテロリストだぞ。話の出来る奴がテロする訳がねえだろ」

 

少なくとも真面な教育を受けていれば連中の主張は突っ込み所どころか突っ込むところしかない。あれか?ジオンでは佐官に漫才をさせる訓練でもしているのか?俺は溜息を吐きつつ頭を掻く。そもそもあの主張はなんだ?

一年戦争の終戦協定は当時ジオンの最高責任者であるダルシア・バハロと連邦政府の間で結ばれた正式なものだ。あの段階で公王だとか総帥とか大統領といった別の指導者が居ないのだから彼が代表で間違いない。売国奴呼ばわりしているが寧ろ彼は宇宙世紀100年までの自治権を勝ち取っている。後は本国を蹂躙されて終わりという戦況であの条件を引き出すのははっきり言ってギレンでも無理だと思う。なんせそんな条件を交渉で達成できなかったから戦争なんてしたんだしな。

次に戦争の原因は連邦によるスペースノイドの弾圧。具体的には自治権を認めない事だそうだが、彼の言う自治権とは具体的にはどんな権利を指すのだろうか。言っては何だが地球連邦は各サイドに対し自治権を認めている。無論それは地方自治体程度の権利であり主権国家とまでは行かないが、それでも戦中に中立を宣言して認められる程度の権利はあったのだ。そもそも同じ経済圏に存在しているなら主権国家であっても俺達の好きにさせろ、やることに口出しすんな。などという主張は通らないのだが、統一政体になって100年近く経っている現人類にそれを理解しろと言うのは酷なのかもしれない。

そこから話が南極条約違反に飛ぶが、あれはジオン公国との戦時条約で終戦と同時に失効している。勿論俺達が終戦を認めていないから条約の失効も認めないなんてトンデモ理論は通用しない。連邦軍の認めているジオン公国の後継国はジオン共和国であり、デラーズフリートなる武装勢力ではないからだ。せめて代表面をするならばサイド3住人の支持くらいはとりつけて欲しいものである。そうすれば連邦軍は元気よく今度こそサイド3を制圧するだろう。精々暗礁宙域で指でもくわえて見ていると良い。

極め付けは自分達がスペースノイドの代表面だ。いや、人類史上お前らほどスペースノイドをぶっ殺した組織は存在しねえからな?億単位とかダブルスコアどころか桁が違うわ。意見の違う連中を殺して自分達の意見が総意だとほざくとか独裁者も真っ青な所業である。そんな連中の名誉とはなんだろうかと是非伺ってみたい。絶対俺には理解出来んだろうが。

そんな皮肉を考えながら視線を巡らせれば室内の反応は大体同じ様なものだった。俺と同様に冷めた目で見ているか、あるいは苛立たしげに睨むかのいずれかだった。そんな中で唯一違う反応をしていたのがウラキとキースで、彼等は呆けた表情でモニターを眺めていた。そしてウラキが余計な一言を呟く。

 

「あれが、敵?」

 

それを不幸にもリン大尉が聞いてしまい冒頭に至るという訳だ。オーガスタ組にしてみればコーウェン派閥の尻拭いをしているのだ。その当人の一人であるウラキ少尉がそんなでは苛立ちもするだろう。

 

「今回の件は俺のミスだ。済まないエドワード少佐、リン大尉」

 

「謝れって言ってんじゃねえし、謝って済む問題でもないだろ?」

 

「状況的にパイロットは一人でも多い方が良い。ですがそれは頭数に数えられるのが前提です。私は彼等がそれを満たしているとは思えない」

 

リン大尉の突き放した物言いにウラキ達は反論せずに下を向いたままだ。まあこの状況で反論しても意味が無い事くらい解るのだろう。俺自身としても正直フォローはし辛い。真面な軍事教練も受けていないアムロ達だったならともかく、彼等は士官学校を正式に卒業した軍人なのだ。それも戦中の様な速成でもないのである。一方で戦後世代の気持ちも解らなくはないのだ。彼等は俺達のように明確な敵の居る状態で軍に志願したわけでは無いし、それこそ殴られる事を想定して軍人を選んでいるかも怪しい。そんな彼等に戦中組と同じ覚悟を即座に持てと言う方が難しいだろう。

 

「解った、今後彼等は――」

 

バックアップに回す、それが俺の考えだった。命令を受けている以上アルビオンからは降りられない。それこそ余程の問題を起こしたら別だが、流石に問題が起きるまで放置しては本末転倒というやつだ。だから極力戦闘に参加させない方向で調整しようと考えたのだ。だがそれを告げる前に再び艦内放送が入る。

 

『諸君。突然ではあるが、本艦隊は任務を一時中断しフォンブラウンへ向かう』

 

放送の内容に困惑した表情を浮かべる者が何名かいたが、エドやリン達は理由を察しているからか表情が変わらない。勿論俺もそちら側だ。艦内放送が終わるのを待って俺は再び口を開く。

 

「取り敢えず月に着くまでのローテーションから二人は外す。それ以降は月での状況次第だ。最悪こいつらは追撃部隊から外されるかもしれないしな」

 

「そんな!?」

 

ウラキが思わずといった様子でそう声を上げるが、正直現状だと十分に有り得る。だからそれを今のうちに伝えておくことにした。キースはともかくウラキは無駄に行動力があるからな。

 

「俯瞰的に状況を見てみろウラキ少尉。さっき流れたあの声明は全世界に向けて発信されている。となればこれまでのように陰でこっそりと事態を収拾なんて状況じゃなくなったって事だ。連邦軍としてもあれだけ堂々と喧嘩を売られればちゃんと動く。そうなればコーウェン中将が動員出来る戦力も増えるだろう。つまり臨時で編入したテストパイロットなんて使わず正規の部隊が対応する可能性が高い」

 

新型機を核弾頭ごとテロリストに強奪されたなんて連邦軍全体の不祥事だからな。あんな放送が無ければまだ隠蔽の為に最小限の戦力でなんて考えも働くだろうが、あそこまで挑発されて黙っている程軍は甘くない。月に向かうのも恐らく査問会が前倒しになるのだろう。俺がそう告げるとウラキはまるで裏切られたかの様な表情で口を開く。

 

「アレン少佐は、自分のことを認めてくれていると思っていました」

 

「認めているさ、お前さんもキースもパイロットとしての技能は一人前だ」

 

それは嘘じゃない。地上での訓練もしっかり付いてきたし、模擬戦の成績も中々のものだ。

 

「だが軍人がそれだけじゃ足りないのは今回の事で解ったと思ったんだがな」

 

そしてそうした精神面の事は簡単に切り替わるものじゃないし、無理をした所でどうにかなるものでもない。それどころか最悪味方への被害や自分の命を勉強代として支払う必要すら出てくる。

 

「悪いが少尉、お前さん達の覚悟が決まるまで悠長に待つなんて味方を危険に晒すような判断は、MS部隊長として選択できねえよ」

 

俺の言葉にウラキは何も言い返さなかった。

 

 

 

 

「ふん、所詮テロリスト止まりの能無しか」

 

手にしていた葉巻を忌々しげに灰皿へ押しつけながらオサリバンは吐き捨てた。先程まで流されていたエギーユ・デラーズのご高説を思い返し、苛立たしげに机から酒瓶を取り出すとグラスに注いで呷った。

 

「酒も飲まずによくもまああそこまで酔っ払えるものだな。羨ましい限りだよ」

 

オサリバンはそう皮肉を口にしながらこの先の事を考える。既に連邦軍からはアナハイムへの査察を行う旨が伝えられており、彼自身に対しても取り調べが行われる。尤もそれは形だけの事であり見逃される様に密約は済んでいるが、それでも相応の数の手駒がこれで消える事になるだろう。

 

「…シーマへの物資提供は目零されるだろうが、後は借りになるか」

 

勿論オサリバンはデラーズフリートと直接的な関係は持っていない。だが一方で潜り込んできた諜報員を見逃したり、オービルのような愚か者が感化されるのを放置するなどして物資や情報をデラーズフリートへ自分を介在させること無く送るといった支援を行ってきた。当然それは彼等の崇高な大義とやらに共感した訳ではなく、自身の立場を強化するための布石である。

彼の勤めるアナハイムエレクトロニクス社は複合企業であり、彼の所属する軍事部門は社内でも新興かつ利益も低い部門である。故に彼が社内での発言権を拡大するためには政情的に不安定な世界が好ましかった。デラーズフリートはそうした程々に社会不安を煽る都合の良い道具であり、所詮彼にとっては大量に存在する花火の一つでしかない。

 

「全く、余計なことをしてくれる」

 

言いながらもオサリバンはデラーズフリートが舞い上がるのも無理はないかと考えた。何しろ2号機と核弾頭の奪取は彼等が初めて成功させた戦果なのだ。今までのような民間の輸送船を襲うような海賊行為とは異なり、明確に連邦軍へ損害を与えた成果。敗北を受け入れられぬ負け犬共が気を大きくしても然るべき結果だ。寧ろその点においては、地球連邦市民として本拠地まで2号機を持ち帰られた連邦軍の無能さを嘆くべきだろう。

 

「さて、後はコーウェンだが」

 

彼の耳には既にコーウェン中将が査問会に召喚された事が伝わっている。このままならば良くて更迭、最悪降格もあるだろう。だがここで落ち目と切り捨てるのは三流だと彼はほくそ笑む。

今回の一件でコーウェン中将の派閥が発言権を弱めるのは間違いない。その権勢を回復させる為には大きな功績が必要だ。そして政治力に乏しい彼はその手段を今回と同様にMSの開発に求めるだろう。そうオサリバンが察せる程度にはコーウェン中将の思考は技術者に偏っている。そして追い詰められれば逆転のために危ない橋も渡るのが半端な成り上がりの特徴であることを熟知している彼は、中将が追い詰められるほど高性能なMSを求めて技術を吐き出すだろうと確信している。

 

「精々我が社のために頑張って貰おうじゃないか」

 

彼の呟きは誰に聞かれる事も無くオフィスの空気に溶けて消えた。




デラーズの見せ場を奪っていくスタイル。

コーウェン中将の艦隊について。
軍の予算は各軍(陸・海・空・ガンダムなら多分宇宙)がそれぞれ予算を申請し議会が承認する形です。
間違ってもそれぞれの派閥に予算を放り投げてその中でやりくりしろ、なんて運用はされません。つまり開発計画に幾ら資金が投入されても艦隊運用に必要な資金が不足する事は有り得ません。
まあよっぽど莫大な予算請求をして別の所で削れと言うことで艦隊運用資金が減額される事はあるかもしれませんが、少なくとも第三艦隊の資金だけ減らして機能不全を起こすような予算編成はしません。
また仮に減額を言い出されても、全員宇宙軍ですから、予算を減らせと言われたら他派閥ではなくまず他の軍の予算を奪う方向で動きます。
派閥争いに目が行って足の引っ張り合いをしているからそう考えてしまうのかもしれませんが。


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107.0083/10/18

今週分です。


「当日の警備状況について少佐は不足を感じる旨の発言をしてるな?何故かな?」

 

「はい、年々減少傾向にありますが未だジオン残党は活動を続けております。そうした中で2号機の特殊性とトリントン基地という条件が揃った状況では襲撃の可能性が高いと考えたからです」

 

「つまり核兵器運用を前提とした2号機がトリントン基地に運び込まれた時点でジオン残党が襲撃してくると考えた、と。しかしそれは些か飛躍した考えにも感じるが?前提条件として少佐の言う襲撃が計画されるならば、2号機が核弾頭を運用することとトリントン基地に弾頭が保管されている事が残党に露見している必要があるように思うが?」

 

アリス・ミラー少佐の質問に俺は堂々と答えた。

 

「小官はその可能性が高いと考えておりました」

 

「ほう、それは何故?」

 

「先ずトリントン基地ですが、過去ジオン軍によって襲撃を受けております。幸いこの時核弾頭が奪取される事態は発生しておりませんが、基地の中枢まで敵コマンドが侵入したと記憶しております。この際に貯蔵施設の情報がジオン側にも渡っている可能性があると考えました。そしてもう一点、2号機についてですが」

 

そこで俺は視線だけをコーウェン中将へ向ける。彼は苦々しい表情で俺の発言を聞いていた。まあ先程から俺の発言は彼を不利に追い込むものばかりだからな。だが俺は躊躇無く言葉を続けた。

 

「アナハイムエレクトロニクス社による建造の時点で情報漏洩のリスクは避けられないと考えておりました」

 

「っ!」

 

「静粛に。少佐、発言を続けなさい」

 

俺の言葉に思わずと言った様子でコーウェン中将が立ち上がり、それを議長が制すると続きを促してくる。正直この先は連邦軍全体への批判になりかねないからあまり言いたくないんだが。

 

「ご存じとは思いますがアナハイム社の軍事部門、特にMSに関係する部署は旧ジオニック社の人材を多数登用しております。その全員が確実にジオン残党と無関係であるとは小官には思えなかったからです」

 

「彼等については連邦軍からも監査が入っているが?」

 

「存じております」

 

「それでも少佐はそう考えた?」

 

「はい、先の大戦において人類は多数の死者を出すと共に多くの個人情報に関するデータも喪失しました。そして戦後もしばらくの間身分不定の難民が保護された事例は多く存在します」

 

実は人類の半数が死亡したとされる一年戦争であるが、この発言は誤りである。開戦初期に行われた各サイドへの攻撃は確かに大多数の住民を殺害したが、一方で文字通りの全滅までは成していなかった。実際戦後のコロニー再建計画において調査が始まると、意外にも多くの崩壊を免れたコロニーが存在し、幸運にもそのコロニーで生き延びた人間も相当数存在した。問題はこの中に別のコロニーから脱出し辿り着いたといった身元不明の人物が大量に発生したことである。何しろ照会するためのデータベースが吹き飛んでしまっているから確認は遅々として進んでおらず、下手をすれば身分証を提示すればそのまま登録されると言うような杜撰な対応もされたと聞く。なにせ大戦によって多数の人死にが出た上に総力戦の直後だ。連邦政府の資金は空っぽで財源はボロボロという状態だったので、多少怪しかろうが一人でも多くの労働者と納税者が必要とされたのである。つまり何が言いたいかと言えばだ。

 

「元ジオン出身者であれば調査も厳しくなるでしょう。ですが全く関係の無い身分を持っている人間なら?そうした人物が友人にいたとして何処まで追跡出来ますか?」

 

答えは出来ないだ。なにせそうした人物の足跡は1年戦争で途切れてしまう。大抵は家族友人も死亡しているから確認のしようもない。つまり全くの別人がなりすましていてもそれを証明する手段が無いのだ。

 

「戦後の救済活動としてアナハイム社ではそうした生活基盤を失ったスペースノイドを多数雇用していると聞いております。その中にジオンのスパイが紛れ込んでいないと確信出来るだけの判断材料を自分は持ち合わせておりません。そうした人間が旧ジオン系の技術者に接触、懐柔を行うことは十分に有り得ると考えました」

 

「…耳が痛いな」

 

実際にニック・オービルという実例が出てしまっている以上、俺の発言を誇大妄想と切って捨てるのは難しい。そうして俺への質疑が終わると、次はコーウェン中将の番になった。彼への質問は始終アナハイムエレクトロニクスに関連したもので、対する回答はあくまで連邦議会でも承認された内容であるというものだった。俺の発言したリスクについてはどう考えていたかというものには、情報部による参加者の身辺調査も行われていたことから問題ないとの認識であったと答えていた。更にそこまでしてアナハイムを選定する理由があるのかとされれば、彼は一瞬こちらへ視線を向けた後こう口にした。

 

「現状連邦軍が運用しているMSの大半はオーガスタ基地にて開発または再設計されたものである。旧来の軍事企業からも多くの出向者を抱えており連邦軍内において既にMSの開発が一極化しているのは明白だった。同時にオーガスタの技術者は性能重視でありコスト意識に欠ける面が見受けられる。故に現段階で早急に競争相手を育成する必要があると認識している」

 

うん、それはあるな。とは言えオーガスタで開発されている機体の多くは概念実証機だ。レイ少佐達が割と好き放題していることは認めるが、アレをそのまま量産しようなんてトンチキな事は考えていない。事実今回競作に出すMkⅡについても現実的な所までコストダウンを行っている最中だ。おかげで未だに実機が出来ないと言う非常に不味い状況ではあるのだが。にしてもよく言うよ、連邦軍のフラッグシップ機を自派閥で開発したって実績で派閥強化を狙っているなんてバレバレだってのに。ただ彼が割と見苦しく動いてくれたおかげでシナプス大佐への追求は緩く終わった。まあ彼の場合問題があったとすれば核弾頭を搭載した機体に見張り員を常駐させなかったという事であるが、そもそもそれに対応するような乗組員が配属されていなかったという事もある。おかげで大体の問題はコーウェン中将の現状への認識不足という形で決着が付きそうだ。まあ他派閥としてもシナプス大佐を更迭したり左遷しても意味は無いからな。狙いはコーウェン中将だということだろう。

 

「お疲れ様です、少佐」

 

嫌味合戦のような査問会から漸く解放されて外に出ると、そう言いながらララァ・スン中尉が近付いてきた。どうやら俺の事を待っていたらしい。

 

「折角の半舷上陸だろうに」

 

ついそう言ってしまった。査問会が終わる時間なんて決まっていないのだ。だからララァは折角の休日を大部分潰してしまったことになる。

 

「誰かさんのせいで待つのには慣れているんです。でも罪悪感を感じるならエスコートを受けてあげても良いですよ?」

 

そう言って笑いながらタブレットを振る彼女に俺は頷きつつも困ってしまう。なにせフォン・ブラウンに来るのは初めてだから、洒落た店なんて何処にあるかも知らないのだ。そんな俺を見かねたようにララァは溜息を吐くとタブレットを操作し始めた。

 

「戦場から離れると本当にポンコツなんですから。はい、ここに連れて行って下さい」

 

「大変申し訳ございません…」

 

苦笑する彼女と連れ立って俺はフォン・ブラウンの繁華街へと向かうのだった。

 

 

 

 

フォン・ブラウンにある地球連邦軍のオフィスの一角で、集まった男達は大きな溜息を吐いた。

 

「何とか最悪の事態だけは免れたか」

 

ボトルに入ったミネラルウォーターで口を湿らせながらジョン・コーウェンは目の前に座った男達を前にそう言った。査問会の内容次第ではコーウェン自身が即時更迭され、アルビオンを含む彼の派閥が追撃から外される可能性もあった。

 

「我々は引き続き2号機の追撃と言うことで宜しいでしょうか?」

 

「うむ、1号機を受領次第再度L1宙域の捜索に戻って貰うことになる。追加の戦力派遣も約束しよう」

 

「はっ、ありがとうございます」

 

「本来ならば第3地球軌道艦隊の全力で支援と言いたいのだが、残念ながら敵の本拠地が特定出来ていない以上戦力を分散して調べねばならん。済まないがその点は理解して欲しい」

 

「はい」

 

真剣な表情でそう応じるシナプス大佐を見ながらコーウェンは今後のことを考える。今回の失態で間違いなくガンダム開発計画は中止となるだろう、そして自分はその責任を取る事になる。そうなれば彼の派閥も解体されるだろう事は想像に難くない。問題はその解体された後の事だ。

 

「シナプス大佐。今回の一件で私は間違いなく失脚するだろう」

 

「……」

 

彼の言葉にシナプス大佐は沈黙を続ける。大佐は良識的な人間であるから、こうした軍閥政治に忌避感があるのだろうと彼は推察した。しかし今後を考えれば今伝えておく必要があるとコーウェンは考えた。

 

「率直に言って私の派閥は弱小も良い所だ、私が閑職へ回されれば実質的な派閥としての力は喪失するだろう。だから一つ頼まれて欲しい」

 

「なんでありましょう?」

 

「派閥が力を失えば君達実働戦力を他派閥が取り込みにかかるだろう。だからその前に君達には、ある派閥に属して貰いたい」

 

眉を顰める大佐に向けて、コーウェンは真剣な表情で言葉を続ける。

 

「保守派の派閥がこれ以上力を付けるのは率直に言って非常に危うい。特にコリニー提督の派閥はあまりにも危険だ」

 

同じ保守派とされるワイアット大将とコリニー大将であるが、その内実は大きく異なる。ワイアット大将はスペースノイドを弱者と笑う一方で地球連邦の一員であるとは認識しているため、現状の維持、つまりアースノイドによるスペースノイドの支配には同時に庇護も必須であると考えている。対してコリニー大将はスペースノイドを地球連邦市民と考えていない節がある。彼にとってスペースノイドは宇宙へ捨てた員数外の存在であり、都合が良ければ利用はするがそれ以外で考慮する必要の無い相手なのだ。

現在は宇宙艦隊の大半をワイアット閥が掌握しており、コリニー閥が軍政を押さえているためにバランスが保たれているが、仮にコリニー閥がアルビオンの様な使い勝手の良い実働戦力を手に入れればコリニー閥に形勢が傾くことが十分考えられる。その場合将来的にアースノイドとスペースノイドの間に深刻な軋轢を生み出すことは容易に想像出来た。そうなれば人類は今度こそ本当に地球と宇宙に分かれて争う事になるだろう。

 

「もう一度あの大戦を起こさせるわけにはいかん。故にシナプス大佐。君の信条に反することと知っているが、伏して頼む」

 

そう言って彼は頭を下げる。

 

「どうかエルラン中将の下へ行って貰いたい」




体が闘争を求めているのでちょっとルビコンに行ってきます。


阿井 上夫様よりファンアートを頂きました!ありがとうございます!

【挿絵表示】


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108.0083/08/11

ただいま。


時間は少しだけ巻き戻る。地球から離れたアステロイドベルトでは一つの混乱が収まり、一時の平穏が訪れていた。

 

「我が父ながら勝手な男だわ。私のことを何だと思っているのかしら」

 

集中治療室で眠るマハラジャ・カーンを恨みがましい目で見つめながらマレーネ・カーンがそう口にした。

 

「気の毒だとは思うが、しかし私も同意見だ。今アクシズをまとめ上げられるのは君以外居ないだろう」

 

「あら、私の前にもう一人居るように思えますけれど?」

 

即座に返ってきた皮肉にシャア・アズナブル中佐は苦笑を浮かべつつ頭を振った。

 

「買いかぶりだ。私にその様な器量は無いよ。それはここまでの道程で十分知れていたと思うが?」

 

彼の言葉にマレーネは詰まらなそうに鼻を鳴らした。

 

「一人のパイロットで居る方が気楽だからでしょう?」

 

「それを言われると耳が痛いな」

 

サングラスで目元を隠したまま笑う彼を見て、マレーネは素直に己の疑問を口にする。

 

「それで貴方はこれからどうしたいのです?まだザビ家への復讐を続けるのですか?」

 

シャア・アズナブル中佐の真実をマレーネは父から聞いていた。父にしてみれば本当に忠誠を捧げたかった相手の忘れ形見だ、また以前の様に自分を送りつけてアクシズの指導者へ祭り上げたかったのだろう。どうやら固辞されたようだったが。そうした背景から彼女は彼がジオン公国へ潜り込んだ本当の理由も知っている。だからこそ現在確実にザビ家の血を引く娘が存在するアクシズに彼が居るのは、そうした理由からではないかという疑念を捨て去る事が出来なかった。

 

「親の罪を子が背負うべきでは無い。その位の分別は持っている、今更だがね」

 

そう言って彼は小さく息を吐いた。

 

「ガルマが死んだあの瞬間、私が覚えたのは達成感などではなく後悔だけだった。滑稽だろう?そうしたくて態々人を殺してまで身分を得て、ザビ家に近付いておきながら私は後悔したのだ」

 

ガルマ・ザビ。一年戦争において最初に死亡したザビ家の人間であり、シャア・アズナブルの友人だった男。彼の死は目の前の男に多大な影響を与えたようだ。

 

「ザビ家への復讐などというのは所詮八つ当たりだった。自分が手にしていた幸福を奪われた子供が嘯いた建前だよ。他人の幸福を壊した所で自分の幸せは戻ってなど来ない、そんな当たり前の事に気付く為に私は一番の友人を失うまで気付けなかった」

 

「復讐は愚か者のする事だと?」

 

「そうではないさ、復讐によって前へ進める者だっている。家族を殺した人間がのうのうと生きているなど許せる者の方が少ないだろうし、復讐を遂げて初めて前に進む起点に立てる者も居るだろう。ただ私はそうでは無かったと言うだけさ」

 

そう言うと彼は清涼飲料水のチューブを備え付けられた販売機から取り出すと口を付け、言葉を続けた。

 

「子供の頃の体験のせいかな、どうにも私はじっとしているのが怖いんだ。その恐怖を紛らわせるために動いていたのだな、復讐も都合良く目の前にあった程度の理由だよ」

 

「成る程、では今のシャア・アズナブルは何のために動くのです?」

 

マレーネが問うと、彼は苦笑しつつ口を開く。

 

「それが困ったことに動くべき理由が何も無いのだ」

 

「その割にはあれこれと心を砕いていらっしゃる様に見えますけれど?」

 

地球圏から逃亡して3年、アステロイドベルトに存在するアクシズも決して平穏だった訳では無い。地球連邦艦隊による追撃やジオン本国からの亡命者の受け入れ、更には穏健派と武闘派による内紛と中々心安まる日々とはいかない日常だった。その中で穏健派の父を支持し、更に中核戦力として武闘派の鎮圧でも功績を上げた男がシャア・アズナブルである。そんな彼がまるでこれまでのこともただの成り行きだと口にするなら、一言くらい言い返したくなるのも道理だろう。特にその行動によって彼女はアクシズの指導者に祭り上げられているのだから。

 

「アクシズは快適とは言い難いが、私には居心地がいい。そんな場所を守ろうと思うのはそれ程おかしな事では無いと思うが?」

 

武闘派の主張は概ねあのエギーユ・デラーズに近いものだった。最後のザビ家であるミネバ・ザビを擁立し、正当なジオン公国として連邦と武力闘争を継続。その先に独立を勝ち取るというものだ。ア・バオア・クー戦を経験したマレーネからすればその主張は滑稽を通り過ぎていっそ哀れにすら思えた。そもそもアクシズの戦力で戦える程度の相手ならジオン公国が敗北などしていないと言うことから彼等は目を背けている。ここに居る戦力などア・バオア・クー戦に投入された戦力から見れば鼻で笑ってしまうほどの数だと言うのに。故にここで生きようと思うなら武闘派を止めるのは確かに当然と言える。

 

「それであの様な提案を?」

 

マハラジャ・カーンは穏健派であり、闘争を嫌う人間ではあったものの指導者としての資質には些か問題のある人物だ。闘争を厭うあまり武闘派の跳梁を抑える事も出来なかったし、同じジオンのよしみを断ち切れずデラーズ達のような人間からの支援要請にすら応じてしまう体たらくだ。自分達が武装勢力であるという認識にも欠けているし、地球連邦軍がアクシズを相手にするのは面倒だからと目こぼしされているだけだという事すら認識していたか怪しい。戦争とはどんなに片方が平和を訴えた所で、相手がその気になってしまえば簡単に始まるものだと自分達がやって見せたというのにすっかり忘れてしまったらしい。

 

「武闘派の連中は戦争を経験していないだろう?自分達が戦おうとしている相手を一目くらい見せておいた方がいい。ついでに少しでも連中の武器を放り出せばこちらがやりやすくなる」

 

マレーネやシャアからすればエギーユ・デラーズからの支援要請など無視以外の選択肢などないのだが、前任であるマハラジャが承知してしまっていること。そして武闘派の急先鋒であったエンツォ大佐を処断したことで表面上は収まっているものの、アクシズの実に7割が武闘派側である事が問題だった。味方を見捨ててアステロイドベルトに引き籠もる臆病者だなどと都合良く解釈され、再びクーデターなど起こされては目も当てられない。その為にも一度地球圏へ部隊を派遣する必要があった。尤も何の策も弄さずにのこのこと出て行けば地球連邦軍に蹴散らされて終わりだ。何せアクシズ側がどう自称した所で連邦軍からすれば共和国に帰属せずに抵抗を続けている武装勢力に過ぎないからだ。交戦国でもない以上、戦えば軍人としての扱いすら望めないだろう。そうした現実を武闘派にもしっかりと認識して貰う必要があると彼等は考えていた。

 

「表向きは連邦軍への捕虜返還、その見返りとしてジオン共和国での物資調達になる」

 

以前受けた襲撃の際に少なくない人数の連邦兵が捕虜としてアクシズに囚われていた。生存に必要な資源の全てが貴重であるアクシズにしてみれば一刻も早く放り出したい存在であったが、立地的に気楽に放り出せる訳もなく扱いに困っていた彼等を返還するという名目で一時的な地球圏への滞在と、水や空気といった生活資源の購入を許可する旨の協定を連邦政府と結ぶ事に成功していた。これが無ければそもそも艦隊を派遣するなどという事すら出来なかっただろう。

 

「その間にエギーユ・デラーズの部隊と接触し、戦力を譲渡。それが限界だな」

 

「ユーリー・ハスラー少将ならば問題ないでしょう。それに手伝って下さる方もいるのでしょう?」

 

地球圏への滞在は許可されたものの、共和国への寄港は許されなかった。その際にジオン共和国から提案されたのが仲介としてアナハイムエレクトロニクス社を利用することだった。そしてそのアナハイムからは、デラーズへ譲渡する機体のデータを提供する代わりに受け渡しを請け負うとの申し入れがあったのだ。

 

「正直に言えば危ない橋ではあるが、物も人も出さんでは支援をしたと納得するまい」

 

「そして渡すのが武闘派の虎の子であるMAならば例え1機でもそれなりに誠意ある態度に見える、ですか?」

 

「代わりにMSを何機も持って行かれる方が困る。戦闘用でもMSならば作業にも使える」

 

人員の増加に伴いアクシズ内は急速に拡張が続けられている。重機の代わりとなるMSは幾らあっても困らない状況だ。清涼飲料水をもう一度口に含み、シャアが続ける。

 

「問題は連中の生き残りだ」

 

協力にあたりデラーズからはある程度詳細な作戦内容が説明されていた。そしてその最終段階を確認する限り、彼等が地球連邦艦隊の追撃を受けることは確実である。

 

「受け入れぬよう厳命はしましたけれど…」

 

「難しいだろうな。目の前で逃げてくる同胞を見捨てられる人間は少ない」

 

問題はそんな追撃を受けている彼等をアクシズの艦隊が受け入れたときだ。なにしろアクシズは第三国でも何でも無く、連邦軍からすれば同じジオン残党の別動部隊に過ぎない。つまりデラーズの残存兵を一人でも連邦軍の前で収容すれば、連邦軍にテロリストとして攻撃する格好の口実を与えることになるのだ。

 

「ユーリー少将が上手くやってくれるのを祈るしかありませんね」

 

マレーネの言葉にシャア中佐は苛立たしげに息を吐き、口を開く。

 

「今更コロニーを地球へ落として状況が好転するものか。それどころかスペースノイドの立場を益々追い詰めるだけだと何故解らん!?」

 

「中佐…」

 

「コロニー落としを軍事行動だなどと嘯けるのは無知なスペースノイドだけだ。地球規模での環境変動などと言う生存そのものを脅かす行動が、やられる側にどれだけの恐怖を与えるか想像出来んから平気でそんな事が出来る!」

 

スペースノイドにとって環境とは制御されていて然るべきものである。だからこそ環境が悪化するという意味がもつ影響を軽んじているのだろう。あるいはエギーユ・デラーズは地球連邦に一矢報いたという実感が欲しいだけで、後は何も考えていないのかもしれない。

 

「…いっそのこと、我々から連邦へ作戦の内容をリークしては?」

 

捕虜返還などの交渉を行ったため、アクシズは一応ではあるものの連邦軍との間に窓口が存在する。一見すれば身内を売るような行為だが、マレーネにしてみれば同じ会社に勤めているだけの馬鹿がとんでもない犯罪を企てているのを、その犯行相手に伝える位の感覚だ。こちらの迷惑を一切考慮していない連中を仲間と思える程マレーネは寛容ではないからだ。

 

「そうしたいのは山々だが、この状況で連邦軍と繋がれば武闘派に我々を排除する格好の理由を提供することになる。そうなればデラーズの次にアクシズが潰されるだろうな」

 

つまりアクシズ内の大半も、現状そんな馬鹿ばかりだと言うことである。頭痛のしてきた額を押さえながらマレーネは口を開く。

 

「一年戦争の際、連邦軍の大将がジオンに兵無しと謳ったと聞きましたがあれは嘘ですね、兵どころか将も居ないではないですか」

 

「今回ばかりは連邦軍の健闘を願わずにはいられないな」

 

漸く訪れた平穏は長く続きそうにない。そんな予感をマレーネは覚えずには居られなかった。




取り敢えずルビコン一週目終わり。さあ装備集めだ。


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109.0083/10/19

今週分です。


「アナハイムから正式に連絡があった。明日の1000標準時にガンダム1号機の宇宙用への換装作業が完了する。我々はこれを受領後に月面でのテストを実施、最終調整を行いその後2号機捜索を再開する」

 

「ガンダムのパイロットは誰がやるんで?」

 

「予定通りウラキ少尉に担当して貰う。いいな、ウラキ?」

 

「…はい」

 

ベイト中尉の質問に答えつつそうウラキにも声を掛ける。あの一件から二日が経ったが、まだ気持ちの整理がつかないらしい。こいつそういうのが苦手そうだもんなぁ。

 

「また機体のオブザーバーとしてアナハイムより技術者が一名アルビオンに乗艦する。と言ってもパープルトン女史だそうだから今更紹介する必要も無いだろう。機体の受領次第ウラキの使っているジムカスタムはバニング大尉に戻す。が、まだ大尉は怪我が完治していない。当てにはするな」

 

「あのぉ、捜索は現在の部隊で行うのですか?」

 

キースがそう控えめに聞いてくる。こっちはあまり堪えてはいないようだ。正直心構えさえ出来ればキースの方がウラキより軍人には向いているかもしれないな。

 

「いや、追加でサラミス1隻とコロンブス級が1隻加わる。このコロンブスは一年戦争中にMS母艦用に改装されたもので、MS2個中隊が搭乗している。おかげで本艦にはMSの増員が無いけどな」

 

「コロンブスですかい」

 

「一応軽空母として最低限の武装はしているが、はっきり言って当てにならん。艦隊はこれの防衛を念頭に動くことになるだろうから、砲撃支援を受けるのは難しいだろう」

 

ビーム兵器の普及とMSの性能向上によって艦隊防空の難易度は飛躍的に向上している。元々単艦で完結した戦闘能力を保有しているペガサス級や純粋な戦闘艦であるサラミスはまだマシだが、輸送艦から改装されたコロンブスでははっきり言って比較にもならない。ならコロンブスだけ後ろに下げていれば、なんて考えるだろうがそう簡単な話でも無いのだ。何故かと言えばミノフスキー粒子のせいでレーダーが使い物にならないため、機動兵器による奇襲が容易に実行出来るからだ。また同時に無視出来ない問題としてあまり戦場から離れすぎると搭載されている部隊がMIAになりやすいという問題がある。宇宙空間では同一の座標に留まり続けると言うのが極めて難しい。そしてレーダーによる位置情報の共有が困難であるため母艦との距離が離れれば離れる程母艦の位置を見失うリスクが高まってしまうのだ。宇宙世紀の艦艇が空母と護衛艦艇に分業されていないのもこの辺りの事情が大きく関わっている。

 

「ま、手数が増えりゃあ何とかなるでしょうや」

 

「あまり気を抜きすぎるなよ、モンシア中尉。折角大戦を生き残ったのにこんなつまらん事で死んだら笑いものだぞ」

 

「当然、宇宙人共相手に手なんか抜きませんよ」

 

「スペースノイドですよ、中尉」

 

そう窘めるアデル少尉を見て俺は笑いながら口を開く。

 

「いやいや、今のは中尉の気遣いだろう。あんな訳の解らない連中と同じ宇宙に住んでいるというだけで一緒にされちゃ他のスペースノイドが迷惑ってもんだ。だろうモンシア中尉?」

 

「へ、へへ。全くでさぁ、少佐」

 

うん、絶対そんなつもりは無かった表情だね。

 

「と言う訳で休暇は終わりだ。ベイト中尉以下第2小隊は艦内待機、ウラキとキースはこのまま残れ」

 

「「了解」」

 

そう言って俺が解散を促すと中尉達は部屋から出て行った。残されたウラキとキースは気まずい表情で席に座っている。

 

「さて、お前さん達には明日のスケジュールも伝えておく。明日は0800時までにアナハイムのリバモア工場へ移動、機体の説明を受けた後実機のテストに移る。先に伝えた通り1号機のパイロットはウラキ少尉だが、体調不良等の場合はキース少尉に担当してもらう。それと俺もついて行く」

 

「少佐もですか?」

 

「一応俺は1号機のアグレッサーとして招聘されてるからな。まあ機体はジムになるが」

 

MkⅡが出せないわけじゃないが、あまりアナハイムの連中に見せたくないというのが正直な所だ。なので模擬戦は持ってきているパワード・ジムでやることになるだろう。

 

「既に操作マニュアルは送られてきているから二人とも目を通しておくように。何か質問はあるか?」

 

「…あの、少佐」

 

俺が聞くとウラキが躊躇いがちにそう口を開いた。

 

「なんだ?」

 

「1号機のパイロットは、自分達が使えないから選ばれたのでしょうか?」

 

「まあそうした一面があるのは否定しない」

 

中尉達とジムカスタムの組み合わせは言ってしまえば安定した戦力だ。どんな状況でも一定の能力が見込めるというのは作戦を行う上で非常に有り難い存在である。対してガンダムは戦力として未知数だ。スペックだけで見れば間違いなくジムカスタムよりも上になるが、それはあくまで性能をしっかりと引き出せればと言う前提になる。そして中尉達が今からガンダム1号機に慣熟するまではベテランとは言えそれなりに時間がかかるだろう。だから戦力外の人員を当てて戦力の低下を防ぐ、という意味の含まれた人選でもある事は間違いない。だが軍はそんなに甘っちょろい所じゃねえぞ?

 

「ただなぁウラキ。お前そんな気持ちでいると死ぬぞ?考えてみろ、お前達をアルビオンから降ろさずに機体を宛がうって事は、お前達に戦力として働く事を期待しているってこった」

 

俺から彼等の現状は報告しているが、シナプス大佐から人員入れ替えの相談や連絡は受けていないし戦闘部隊から外す様にも指示は出ていない。つまりこの部隊はまだウラキとキースに一人前の戦力として戦う事を求めている。

 

「部隊長として多少は配慮してやるが、それでも遊ばせておけるほどの余裕は無い。なあウラキ、お前らの気持ちが解らないわけじゃない。突然実戦だなんて言われて心構えが出来る奴なんてそうはいないからな。だがはっきり言ってそんな心構えが出来た新兵なんて俺は知らん」

 

3年前の戦争だって前線にいた兵士にすれば突然の事だったのだ。連邦の兵士で一体何人の人間が覚悟を決める時間なんて貰えただろう。

 

「厳しい言い方になるがお前達は一年戦争を知っていて、それでも入隊のサインをしたんだろう?戦場に出れば敵は新兵だからと遠慮なんかしてくれん。寧ろ腕の悪い奴ほど狙われる」

 

俺の言葉に二人は表情を曇らせる。実際に先の戦闘ではウラキが狙われたから身に染みているだろう。てか訓練の時も油断した奴から撃墜してたから、そんくらい解っていると思っていたんだが。いかんな、察しの良い連中ばかり相手にし過ぎて俺も感覚が狂ってきている。

 

「バニング大尉にも言われたんじゃないか?この戦いの勝敗はお前達が何時までひよっこのままかで決まる。ウラキ少尉」

 

「…はい」

 

「お前はさっき自分達が使えないから1号機に乗るのかと言ったな?言った通りそれも正しい一面だ。だがな、それだけで乗せられるほどガンダムのシートは軽くない」

 

成る程、確かに1号機は色々と問題もある機体なのだろう。少なくともコンペで提案されている要求は満たしていないように思える。だが一方で確かにカタログスペックはジムカスタムを凌駕しているのも事実なのだ。つまりそれは性能を引き出せるパイロットが乗れば、重要な戦力に化ける事を意味している。

 

「最初に1号機のパイロットに指名したときに俺は言ったぞ。お前達ならあの機体を十全に扱えるとな。その判断は間違っていると思わんし、今でも俺はそう考えている。ウラキ」

 

「はい」

 

「お前はMSに乗りたいだけのガキか?違うだろう、お前は連邦軍の士官だ。だから俺はお前を甘やかさない。そんなのは一人前の男にする事じゃないからだ」

 

タブレットを小脇に抱えて部屋を出る準備をする。まだ戸惑った顔をしているウラキにもう一言だけ口にする。

 

「明日のテスト、俺達の目が節穴で無かった事を証明してくれると期待する」

 

 

 

 

「い、いやあ、まいっちゃうよな!」

 

言いたいことを言って少佐が出て行くと、チャック・キース少尉が取り繕った明るい声音でそう口を開いた。その声にコウ・ウラキも言葉を返す。

 

「ああ、まいるよな」

 

MSに乗れるからという酷く単純な動機でコウ・ウラキは軍の門を叩いていた。それを敵からは未熟と評され、上官からは見透かされたことで彼は今更ながらに自分がどれだけ危うい事をしていたかを理解したのだ。

 

「士官、か」

 

MSに乗りたかった。しかしMSに乗ると言うことがどの様な意味を持つのかまで彼は想像が出来ていなかった。大戦終結から3年、未だ多くの治安出動が発生していることは士官学校でも指摘されていたというのに。

 

「軍人、なんだよな俺達」

 

コウの呟きにキースもそう漏らす。グリーンリバー少尉はコウを庇って被弾した。あと少しでも少尉が遅ければコウは死んでいたかもしれず、当たり所が悪ければグリーンリバー少尉が死んでいたかもしれない。そしてそんな状況に自分がならない保証など何処にも無いのだ。

 

「キース、僕はまだ少佐の言っている事の半分だって解ってないと思う。でも、少佐や大尉が僕に期待をしてくれていると言うならそれに応えたい。いや応えなきゃいけないんだと思う」

 

「…コウ」

 

「ここで応えなきゃ、僕は多分一生後悔する。ずっと半人前で終わる。そんな気がするんだ」

 

拳を握り締めながら、コウ・ウラキが半ば確信した気持ちでそう口にする。その表情には確かな覚悟が宿っていた。




コーラル汚染で脳がちゃんと動いていない気がする。


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110.0083/10/20

戦闘ログが埋まらない。


「物資は確かに受け取ったよ。しかしMSの方はこんなのしか無いのかい?」

 

フォン・ブラウン、アナハイム社のオフィスでシーマ・ガラハウは胡散臭い作り笑いを浮かべるオサリバンに対しそう尋ねた。真面な生産拠点を持たないデラーズフリートにとって稼働するMSは極めて貴重だ。だから動く機体が手に入るだけマシではあるが、それでもザクⅡ、それも初期のA型では一言言いたくもなる。寧ろこんな機体がよく残っていたものだ。

 

「連邦の監視が厳しくなっておりまして、なかなか…」

 

「嫌だねえ、後先考えない奴らってのは」

 

アナベル・ガトー少佐は英雄気取りで凱旋したが、その行動の影響は深刻だった。当初予定されていなかったアナハイム内の内通者を機体奪取に参加させた事でアナハイムへの監視が強化されたのだ。これによってデラーズフリートの軍需物資調達は大幅に制限されることとなる。それこそシーマが個人的に構築していた伝手すら頼らねばならないほどに。

 

「港に入っている連邦の艦、あれは明日出るんだったね?」

 

「はい、時間は多少前後するでしょうが」

 

「へぇ…」

 

「積み込みを急がせますか?」

 

脛に傷のある身であるシーマは当然ながらフォン・ブラウンに軍艦で乗り付けなどしない、今回も事前に用意してあるペーパーカンパニーの輸送艇で入港していた。この輸送艇は戦前から広く使われているモデルであり、積載量は優秀であるもののエンジン周りは効率優先のため軍艦に比べれば速度も小回りも利かない船である。万一にも連邦軍と鉢合わせて臨検などされれば逃げ切れるものではない。故にオサリバンは今日中に出て行けるようにと提案してきたのだ。だが、それに対しシーマの返事は真逆のものだった。

 

「いや、寧ろ気取られないよう慎重にやっておくれよ。そうさね、こちらはあちらが出た後で良い」

 

「宜しいのですか?」

 

オサリバンがそう怪訝そうに聞き返してきた。停泊している連邦軍の部隊はこれから暗礁宙域、つまりデラーズフリートの本拠地へ向かう事を彼は知っていたからだ。つまり後発すれば補給物資を拠点へ運び込むのに敵の目を掻い潜る必要が出てきてしまう。だがシーマは笑いながら応じる。

 

「慌てて出て行った方が怪しいだろう?それに暗礁宙域の道は幾らでもあるからねぇ、目を盗むくらいどうってことないさね。まあ、デラーズ閣下には多少遅れるのを我慢して貰うことになるけどねぇ」

 

「…成る程、承知致しました」

 

シーマにしてみればデラーズの為に危ない橋を渡るなど冗談では無かった。またこれ以外のスケジュールを鑑みればここで少しばかり遅れた方が都合が良いのも事実だった。

 

「さて、私はもう一件野暮用を済ませて来る。積み荷は頼んだよ」

 

「ええ、お任せを」

 

粘着質な笑顔で頷くオサリバンに手を振りながら退出したシーマは自らエレカを運転しフォン・ブラウンの下層へと向かう。次第に人通りは少なくなり機械製品を扱う特有の匂いが鼻を擽る中、彼女は目当ての場所に着く。

 

「…ラトーラ、すまんが少し外してくれ」

 

体格の良い隻腕の男がこちらを見るなりそう隣にいた娘に告げる。不安気にこちらを何度も確認しながら歩いて行く娘が視界から消えるのを待ってシーマは口を開いた。

 

「邪魔をして悪いね、ケリィ・レズナー大尉」

 

「は、いいえ中佐殿。問題ありません、本日はどの様な?」

 

「頼まれていたパーツが手に入ったからね、野暮用ついでに届けに来たのさ。…例の放送は見たんだろう?」

 

「はい」

 

そう頷く男にシーマは内心で哀れみを感じた。自分のことをあの悪名高い海兵隊の人間と知りつつも礼節を以て対応出来る人間は少ない。シーマにしてみればケリィ・レズナーはそれだけで価値のある人間である。そんな男があの狂信者共に誑かされてテロリズムに加わるかを悩んでいると言うのだから余計な世話の一つも焼きたくなると言うものだ。

 

「進捗はどんな具合なんだい」

 

言いながらシーマは倉庫の中へと進んでいく。適当な廃材の奥には重厚な輝きを放つMAが鎮座していた。

 

「大凡の部分は完了しています。作戦までには必ず」

 

少しだけ早口で告げてくるケリィに対し、シーマは手すりに身を預けながら口を開く。

 

「作戦には、か。それに関して悪い話だ、大尉。ガトー少佐が少し派手にやってくれたおかげでこいつを回収するのが難しくなってしまった。合流すると言うなら今日中にここから運び出して修復は本拠地でして貰いたい」

 

「なっ!?」

 

「今なら私が乗ってきた輸送艇に積んでいけるが、次は恐らく無い。例の演説以降連邦軍の監視が厳しくなっていてな。特にアナハイムが目を付けられている手前、フォン・ブラウンへ部隊を派遣するのは自殺行為に近い状態だ」

 

尤もこれはシーマの都合が多分に含まれている発言だ。彼の参戦を心待ちにしているガトーとその取り巻きならば後先など考えずに決死隊気分で連れ出す位はするだろう。迷惑な話である。

 

「そこでな、大尉。一つ提案がある」

 

「提案、ですか?」

 

ケリィの逡巡を鋭く見抜いたシーマは真剣な表情で彼に伝える。

 

「急な話だ、大尉も踏ん切りがつかないだろう。だが、我々としてもこの機体には少なからず投資をしているし、戦力としても期待している。だから手前勝手な申し入れとは重々承知だが、こいつを大尉から買い取らせて欲しい」

 

「じ、自分は…」

 

「そう構えるな大尉。別に私は貴様を捨てると言っているんじゃない。先に機体だけ預かると言っているんだ。作戦までに改めて貴様も合流すればいい、人一人なら軍艦を動かす必要も無いから簡単な話だ」

 

ゆっくりと諭すようにシーマは言葉を続ける。

 

「購入代という言葉が嫌なら支度金とでも思えば良い。これまでの生活を清算するとなればそれなりに入り用だろう?」

 

「生活の、清算、ですか」

 

呻くようにそう繰り返すケリィに対し、少しだけ微笑みながらシーマは口を開く。

 

「そうだ。こちらの思いはどうであれ、連邦からすれば我々は立派なテロリストだ。当然参加した場合連邦から追われる立場になる。共和国にも喧嘩を売っている手前あちらに助けを求めることだって不可能だ。つまり今回の作戦が成功し、生き残っても私達は一生お尋ね者になるわけだな。…そしてこちらも当たり前の話だが、そんな人間と関わっていた者にも相応の追及が待っている」

 

「違う!ラトーラは関係ない!」

 

シーマが何を言いたいのかケリィは正確に理解したようで、大きく目を見開き声を荒げた。それに対し小さく息を吐くとシーマは咎めるように言い返した。

 

「それを決めるのは大尉じゃなければ私でも無い」

 

そして表情を和らげて諭す様に続ける。

 

「だからこその金だ。纏まった金の一つも押しつけておけば多少は罪悪感も和らぐだろう?」

 

「…っ」

 

自らがテロリストになる事で彼女へ被せることになる不義理を、端金を押しつけて無視しろ。シーマはそうケリィにこれから彼がやろうとしていることを丁寧に教えてやる。そして肩を震わせ葛藤する彼に全く気にした風もなく言葉を投げかけた。

 

「どちらにせよ機体はこちらで預からせて貰う。後で迎えをよこすから準備を済ませておいてくれ。ああ、そうそう」

 

今更思い出したように彼女は手に持っていたアタッシュケースをケリィに押しつける。

 

「代金は先払いさせておいて貰うよ。それじゃあね、ケリィ・レズナー大尉」

 

言い終えるとシーマは返事を聞かずにエレカへと戻りさっさと出発してしまう。バックミラーからケリィの姿が消えた辺りで彼女はエレカの速度を緩めるとタブレットを操作しオサリバンへ機体を搬出するよう手配した。

 

「あんなものを後生大事に抱えてるからつけ込まれるんだ」

 

ケリィ・レズナーは元ジオン公国宇宙攻撃軍の兵士である。シーマが調べた限りでは優秀なパイロットであったらしい。しかしソロモン防衛戦の際に左腕を失う大怪我を負い後送、本国の病院で終戦を迎える。そんな彼がどんな経緯であの試作MAを手に入れ、このフォン・ブラウンに流れ着いたのかは解らない。だがその胸に燻っているであろう思いは容易に想像がついた。

 

「折角新しい居場所が出来てるってのに、馬鹿な奴だ」

 

ア・バオア・クー防衛戦。ジオンの敗北が決定的となったあの戦場に居なかったが為にケリィは負けたという事実を受け入れつつ、まだ納得出来ていないのだ。そしてその最大の原因は直るかもしれないあの試作MAである。これが直れば自分はまだ戦えるかもしれない。そうすれば卯建の上がらないジャンク屋の親父ではなく、輝いていたパイロットの自分に戻れるかもしれない。事実未だに自分の力が必要だと戦友が言っているではないか。

苛立ちを紛らわせる様にシーマはバッグから煙草を取り出すと、火を点けて紫煙を胸一杯に吸い込む。

 

「胸くそが悪いったらないよ」

 

力を必要としている?当然だ。後方という基盤を持たないデラーズフリートはあらゆる物が不足している。それこそ共に戦うと言えば連中は嬉々として子供にすら銃を握らせるだろう、そんな奴らが以前の戦友に声を掛けないはずがない。

更に気に入らないのはその態度だ。仲間だ戦友だと親しい間柄を強調しながら、その実相手の事など一切考慮していないことだ。

 

「本当に仲間だ親友だなんて思っている奴をテロになんか誘うかい」

 

再度紫煙を深く吸い込みシーマは苛立った思考を鈍らせる。そうしなければヒステリックに叫んでしまいそうだったからだ。

 

「まあできる限りの事はしてやったんだ。それでも来るってんならもう知ったこっちゃないよ」

 

手元から戦える力を奪えば少しくらいは冷静に今を見つめ直す事も出来るだろう。そして少しでも考えれば自分がどれだけ馬鹿げた事に付き合えと誘われているかも見えてくるはずだ。尤もあの大尉は義理堅そうな男であるから、頼って来た馬鹿を無下に出来ずに今を台無しにしてしまう可能性はゼロではない。だがこれだけ忠告した上で選んだのであればそれはもうシーマの知ったことではない。無限に手を差し伸べられる程のリソースをシーマは持ち合わせてなどいないのだから。




Q:ここのシーマ様キレイ過ぎません?

A:シーマ様はどんなにいい人にしてもガノタは喜ぶってばっちゃが言ってた。


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111.0083/10/20

今週分です。


『これよりGP-01の模擬戦闘試験に移ります。アレン少佐、準備は宜しいでしょうか?』

 

「ああ、問題無い」

 

オペレーターからの通信に俺は短く答えつつ、もう一度システムをチェックする。装備されている弾薬は全てペイント弾、ビームサーベルもテストモードに設定されている。機体各部の状況は全て問題なし、今日もロスマン中尉の整備は完璧だ。

 

『承知しました、では開始して下さい』

 

開始の合図と共に俺は手近な残骸の後ろへ身を隠す。センサーの有効範囲は向こうが上だし、ここまでのテストを見る限り操縦関係の不安もなさそうだ。この数日で入念にコンピューターへ経験を積ませたのだろう。一応あの機体にも教育型コンピューターは使われているから現行機のデータが反映出来なくても模擬戦を通してある程度の吸収は可能だし、稼働時間が増えれば増えるだけ動きも最適化されていく。本来他人が乗っていると癖が付いてしまうからあまりやらないのだが、流石は開発者と言うべきだろうか。見る限りしっかりとウラキ少尉にフィッティングされていたように思える。

 

「MkⅡとは言わんが、せめてガンダムならなぁ」

 

パワード・ジムは悪い機体ではないし、レイ少佐達が徹底して調整してくれたこの機体もそれは同様だ。けれどやはりガンダムを知ってしまっている身としては反応速度やちょっとした動作の重さが気になってしまうのも事実だった。そもそも皆俺に夢見過ぎなんだよ、原作知識持ちがガンダムに乗ってれば誰だってあのくらいは出来るのだ。

 

「来たっ」

 

空間戦仕様に変更された1号機は高い運動性を誇っている反面、大型化したブースターやアポジモーターのせいで隠れる場所が制限される。ウラキの性格も考慮すれば積極的な移動と攻撃は当然の選択と言えた。

 

「はええなおい!?」

 

こちらの頭上を一瞬で飛び越えた1号機が空中で反転、同時にロックアラームが鳴り響く。即座に回避しつつマシンガンを向けるがその頃には既に1号機は近くのクレーターまで移動しており、その中へ飛び込んでしまった。速度自体はMkⅡの方が速いのだが、メインブースターを任意方向に噴射出来る1号機の方が運動性では勝っている。特にその鋭角的な進路変更はこちらの射撃を躱すのにも使えそうだ。

 

「やっぱすげえな、ウラキ少尉!」

 

単純な操縦技術と言う面でなら俺やバニング大尉、それどころかベイト中尉やモンシア中尉達よりも未熟だ。だが彼は非常に大きな才能を持っている、それが高い動体視力と並外れた耐G適性だ。後天的に身に付けている工学的な観察力や知識も侮れないが、彼の高い戦闘能力を支えているのはこの二つだろう。MSに限らず現代の兵器において最も繊細で脆弱な部品はパイロットだ。暴論であるがこの部分が1割多くGに耐えられれば、機体はそれだけで1割性能が向上する。ガンダム1号機は確かにカタログスペックでMkⅡに劣っているし、コアファイターを採用しているからパイロットへの負担も大きい。だがそれでも俺の乗るパワード・ジムよりは遙かに優秀であるし、その上パイロットのフィジカル面で優越されれば勝ち目はほぼ無いと言って良いだろう。

 

「まあだからって簡単にやられてはやらんがな!」

 

こちとらフィジカルモンスター共と模擬戦するのは慣れてんだよ、理不尽な偏差射撃が飛んでこないだけマシというものだ。俺は敢えて機体を高く跳躍させてクレーター全体を視界に収める。案の定クレーターの縁で待ち構えていたガンダムが慌ててこちらへ銃口を向けてくるが、既にこちらは照準に収めている。

 

「遅え!!」

 

トリガーを引くが残念ながら盾で防がれる。更に1号機はブースターを噴かしてクレーターから飛び出して距離を詰めてきた。

 

「ッと!?」

 

ライフルの下から展開されたビームがこちらの盾に接触、判定は両断による盾損傷。即座に俺は投棄すると左腕にビームサーベルを持たせる。原作だと確かサーベルを受けるだけの防御装備的なシステムだったが、どう見ても1号機が握っているライフルの下からは短いながらビームサーベルが伸びている。そういや以前装備についての意見を出せって言われてビームライフルと持ち替えずに近接戦闘が出来たらいいな!とか書いた気がする。

 

「おおお!?」

 

更に1号機の攻撃は止まらない。シールド裏から発射されたロケット弾が至近距離で炸裂して散弾をまき散らす。なんかこいつ原作より重装備になってねえか!?

 

『いけえ!!』

 

「な、ん、とぉ!!」

 

再び向けられた銃口を強引に捻って躱しつつサーベルを振るう。だがその攻撃はブースターを全開にした後退で避けられてしまった。更に追撃でマシンガンを放つもトリッキーな動きに照準が追いつかず当たらない。

 

「バッタかよ!」

 

飛び跳ねるような機動を取りつつビームを放ってくる1号機に思わずそう毒づく。こりゃハードになりそうだ。

 

 

 

 

「凄い」

 

ドローンから送られてくる映像を見つめながら、ニナ・パープルトンは思わずそう呟いた。この四日間で可能な限りの調整を施した1号機は、間違いなく今アナハイムが送り出せる最高の機体である。そして送られてくる実測値からパイロットを務めているコウ・ウラキ少尉がその性能をしっかりと引き出している事も解る。にもかかわらず未だ模擬戦相手のジムは撃墜判定を受けていない。

 

「うーん、仕上がってますね。良い機体です」

 

横に来た小柄な中尉が顎に手を当てながらニナと同じモニターをのぞき込むとそう口にした。

 

「あ、その、光栄です」

 

可憐な外見に反して目の前のエディータ・ロスマン中尉はRX-78に開発段階から関わっているベテランの整備員だ。彼女からの称賛にニナは緊張しながらもそう口にする。だがその内心は複雑だった。何故ならその中尉達が調整した格下の機体に苦戦しているからだ。これでオーガスタのパワード・ジムが改造でもされていれば言い訳も立つだろうが、推力やフィールドモーターの出力調整、そしてOSをアレン少佐用にフィッティングしただけだと言うことは事前の機体チェックで確認している。そして前述したとおりウラキ少尉は1号機の性能をしっかりと引き出しているのだ。

 

「そんなに思い詰める事は無いですよ。アレン少佐は少し特別ですからね」

 

ニナの表情から考えていることを察したのだろう。ロスマン中尉がそうフォローを入れてくるがニナの気持ちは晴れなかった。彼女にしてみればパイロットの技量が上回った程度で、量産機に良い勝負をされてしまう機体しか設計出来なかったということだからだ。

 

「気持ちが解らない訳ではありませんが、その考えは傲慢ですよ」

 

表情を変えないままロスマン中尉がそう口を開く。

 

「所詮私達が造っているのは人殺しの為の工業製品です。世に出ている技術の結晶である以上、絶対無敵のMSなんてものは造れません。そりゃそうでしょう、私達が知っている技術はその殆どが誰かも知っている技術です。そんな人間が敵のMSを造っていても不思議ではありません」

 

「……」

 

「つまり何が言いたいかといえばですね。新兵がベテランの操る量産機に勝てる機体と言うだけで十分上出来なんですから、貴女が深刻な顔をする必要は無いって事です。それ以上入れ込むのはおすすめ出来ません」

 

「ですが、私はあの機体の設計者です」

 

そう言い返すとロスマン中尉は涼しげな顔で手を振りながら言い返してくる。

 

「そんな責任感を民間人に軍は求めませんよ。民間へ委託するというのは、つまりそうした責任は依頼した軍人が負うと言うことです。どうしても責任が取りたいというならせめて軍属になってからにして下さい。第一ですね」

 

「第一、なんでしょうか?」

 

売り言葉に買い言葉ではないが、些か感情的な声音でニナが聞き返すとロスマン中尉は変わらぬ表情で言葉を続ける。

 

「軽々しく責任なんて言ってますけど、戦場に出る以上あの機体は人を殺しますし、撃墜されればウラキ少尉は死にますよ。そんな責任を貴女がどう取るんです?」

 

モニターの中では1号機が押し始め、パワード・ジムへ被弾判定を与えている。アレン少佐との模擬戦で1号機の教育型コンピューターが急速に学習を進めている結果だ。そして遂には動力部への命中判定を出し、一回目の模擬戦終了のアナウンスが流れる。ニナは何も言い返せず、モニターを見つめ続けた。

 

 

 

 

「お忙しい所申し訳ありません、エイパー・シナプス大佐」

 

「いえ、それは問題ありませんが、その、一体どの様なご用件でしょうか?」

 

アポイントメント無しに訪れたアナハイムの職員を艦長室に通したシナプスは困惑した声音でそう問い返した。クレナ・ハクセル、アナハイムエレクトロニクスが保有するドック艦ラビアンローズの艦長であり、同艦を開発拠点とする開発チームの責任者でもある人物だ。そんな人物が突然押しかけてきたのだから困惑するなという方が難しいだろう。

 

「実は大佐にお願いしたい事がありまして」

 

「…それはアナハイムに対し内密に、と言うことですかな?」

 

一縷の望みをかけてそうシナプスは問うが、答えは首肯だった。急速に痛み出す腹部に手を伸ばしながら、彼は質問を続ける。

 

「内容は今、お聞かせ頂けるのですかな?」

 

「…はい、実は弊社の人間を一人、保護して欲しいのです」

 

「保護?」

 

そんなものは軍に、それも作戦中の部隊に願い出るものではない。そう言いかけた所で、そんな当たり前のことは目の前の女性とて当然理解しているだろうと思い直し言葉を変える。

 

「本艦は作戦行動中です。それを頼るほどの理由がおありですか?」

 

「はい」

 

「伺っても?」

 

シナプスの言葉にクレナは再度頷くと口を開く。

 

「2号機強奪の件で、我が社に調査が入っている事はご存じかと思います。まだ容疑者は絞られ切っていませんが、特定される前に手土産と共に逃げる可能性があると懸念しております。そしてそれが遠くない未来であるとも」

 

一般的な監査部門ならばともかく、情報部が抱える後ろ暗い部隊のことを知っていれば当然そうした反応も起こるだろうとはシナプスも理解した。

 

「それと民間人の保護がどう繋がるのです?」

 

「その人物が手土産そのものなのです」

 

一瞬彼の脳裏にニナ・パープルトンが思い浮かぶ。彼女は優秀なエンジニアであるから、そうした人物を欲する組織も少なからずあるだろうと考えたからだ。だが、彼の想像は悪い方向で裏切られる事になる。

 

「…私の部下にペッシェ・モンターニュという元ジオンパイロットの者がおります。彼女は戦中、NT部隊に所属していた経歴を持っております」

 

その言葉にシナプスは目を見開いた。公的な記録には特殊な装備を運用する実験部隊として記載されているが、その実態が特別な人員とその能力を応用した兵器を運用する部隊であることは一定以上の階級を持つ軍人にとって公然の秘密だったからだ。つまりペッシェという人物は、最悪一人で艦隊と戦える戦闘能力を持つ人間だと言うことだ。そして非合法な手段を用いれば人間を容易く操る事が出来ることもシナプスは理解している。

 

「書類上はニナと同じく出向とさせて頂きます。ですが…」

 

安全が保障されるまで然るべき場所で保護して欲しい。言外にそう要求されシナプスは内心頭を抱える事になる。何故なら本来あり得ないそんな伝手を、今の彼は持っているからである。

 

「…確約できるのは、本艦で預かるまでですぞ」

 

彼女が帰り次第胃薬を処方して貰おう。そう決めながら彼は何とか言葉を絞り出すのだった。




アレンが乗るペガサス級艦長の胃はいつも痛い。

ペッシェ可愛いですよね。GP計画は何機0号機造ってんだって感じですが。


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112.0083/10/21

W重ショワームタンクにボコられたので初投稿です。


「オイオイ、ここはガンダムの見本市かい?」

 

運び込まれる3機のガンダムを見てアルファ・A・ベイト中尉が戸惑いの声を上げた。俺のMkⅡも含めればアルビオンで4機、更にグレイファントムに2機配備されている事を考えればそんな発言も無理はあるまい。

 

「少佐!あのガンダムはパイロットが居ないって本当ですかい!?」

 

興奮した声音でそう聞いてきたのはモンシア中尉だ。ガンダム試作0号機、開発コードブロッサム。開示された連邦系技術でどの程度の機体が出来るのかを検証する為に建造された概念実証機。同じ0号機のコードを与えられているエンゲージと呼ばれる機体はテストパイロットごと出向してきたのだが、オマケとして渡されたこちらはパイロット無しの状態だった。聞けば一度連邦軍に引渡されていて、月面での哨戒中にテログループと交戦。その際に大破し、アナハイムに返却されたのだと言う。その後一応修復と調整はされたらしいが提供先だった連邦軍から不要との通達を受け倉庫に眠っていたのだそうな。因みに提供まで社内で稼働試験をするどころか提供寸前まで組み立てすらもしていなかったそうで、アナハイム側はテストパイロットも用意していなかったのだそうな。巫山戯てるのかな?

 

「乗りたいか?モンシア中尉」

 

「使い物になるってぇんなら使わん手はないでしょう?不肖このモンシア、ガンダムのパイロットを立派に務めて見せますよ!」

 

そう言われて俺は迷ってしまう。正直なところブロッサムは1号機以上にパイロットを選ぶ機体だ。多機能型高性能機と言う謳い文句だが装備からすれば遠距離砲戦を主眼に置いた設計だし、1号機と同様の構造を採用しているから推力に対して耐G機構が追いついていない。加えて1号機のようにユニバーサル・ブースト・ポッドを採用していないから運動性ははっきり言って悪い。寧ろ余計な大推力は姿勢制御の難易度を上げていて射撃戦で足を引っ張っているまである。一応ビームサーベルは装備しているが、背負い物のせいで格闘は不得手ときている。…これ正直使わねえ方が良くないか?

 

「因みにベイト中尉は希望するか?」

 

「俺ぁジム・カスタムが性に合ってます」

 

となると適性も含めれば三人だな。

 

「解った。モンシア中尉、アデル少尉とキース少尉の三人から適性を見て決める」

 

「…俺じゃ不足って事ですかい?」

 

俺がそう告げるとモンシア中尉は少し声を低くしてそう尋ねてくる。中尉は随分とガンダムに思い入れがあるようだ。

 

「不足じゃなくて適性だよ。MkⅡやガンダムだったら中尉に任せたんだが、ありゃ見ての通り砲戦重視だ。何でもこなせる中尉を宛がうのはもったいないのさ」

 

いっそMkⅡを中尉にまわして俺が乗ろうかとも考えたが、MkⅡは機密扱いの機体なので勝手に乗せると問題になる。何かいい手はないかと悩んでいると、モンシア中尉が照れた様子で口を開く。

 

「あ、あのう。俺の腕が信じられないって事じゃないんですね?」

 

は?

 

「中尉の腕が信じられないなら俺達の中で信じられるパイロットなんて居なくなっちまうよ」

 

一年戦争を生き抜いたMSパイロットの腕が信じられねえとかありえんからな?そう返せば中尉は何とも複雑な表情で頭を掻くと搬入されているガンダムへと視線を向けた。

 

「失礼します。ディック・アレン少佐でいらっしゃいますでしょうか?」

 

「ん?ああ、俺がそうだが。君は?」

 

微妙な雰囲気を崩したのは若い女性の声だった。振り返るとそこには何と言うか幸薄そうというか、苦労人っぽい雰囲気を纏った女性が立っていた。

 

「アナハイムエレクトロニクスより出向してまいりました、エンゲージゼロのパイロットを務めております、ペッシェ・モンターニュと申します」

 

そう言うと彼女は一瞬敬礼をしかけて、慌てて頭を下げた。その姿を見てモンシア中尉は目を細める。

 

「ああ。宜しく、ペッシェさん。しかし大丈夫か?」

 

「え?」

 

困惑した表情になる彼女へ俺は言葉を続ける。

 

「月でテロリストと交戦経験があるとは聞いているが、我々が対応するデラーズフリートは規模が遙かに大きい。間違いなく集団同士での戦闘になるぞ?」

 

軍事産業のテストパイロットが実戦に参加すること自体は難しい話ではない。一時的に軍籍に入れてしまえばいいからだ。だがそれと本人が納得しているか、理解出来ているかは別問題だ。

 

「はい、問題ありません」

 

「本当かねぇ?」

 

そう答える彼女に対し懐疑的な言葉が飛ぶ。見ればモンシア中尉が手すりにもたれかかりながらペッシェを冷たい目で睨んでいた。

 

「…経験を疑問視されているなら――」

 

「疑ってんのは腕じゃねえ、アンタ自身だよ。アンタジオンだろ?」

 

モンシア中尉の言葉にペッシェが顔を強ばらせる。それがなによりの証拠となり、彼は追求を続ける。

 

「動きを見りゃ元軍属かどうかくらい直ぐ解るんだぜ?元お仲間に銃を向けられるのかよ?第一」

 

ゆっくりと周囲を見回してモンシア中尉は息を吐いた。

 

「アンタと同じアナハイムから来た元ジオン野郎のせいでこの騒ぎだ。とてもじゃねえが俺ぁアンタに背中を向けられないね」

 

その一言で周囲に緊張が走る。何せここに居るのは第1小隊の面々と俺だけ、全員が一年戦争に参加した人間だ。それだけに軍人の仲間意識や連帯感などは良く解っている。そして友軍へ銃口を向ける忌避感もだ。そしてNTではない俺達に彼女の本音は解らない。だから土壇場でペッシェがジオンを取って俺達に銃口を向けないなんて保証は誰にも出来ないのだ。出来ないのだが。

 

「そこまでだ中尉。彼女の作戦参加は決定事項だ、俺達の気持ちでどうにかなるものじゃない」

 

「少佐は信じるってんですかい?そのジオン女を?」

 

まあ原作の知識からすれば彼女は信用出来るけども、俺が信用しているのはそっちじゃないんだな。

 

「ウチには勘が良いのが居るからな。怪しいことを考えた時点で後ろから撃ってくれるさ。だから彼女とセットで動いて貰えば問題は無いな」

 

まあ本当に撃った場合判断理由がNTの直感になるから、確実に責任問題になるが。とは言えその責任は俺に回ってくるから大した事ではない。強いて言えば俺とララァ中尉、そしてグリーンリバー少尉にペッシェと少々変則的かつ母艦が違うメンバーが小隊を組まねばならない事くらいだ。

 

「幸いバニング大尉も復帰するし、第2小隊は大尉とウラキにキースで担当して貰う。ペッシェ・モンターニュ」

 

「…はい」

 

「彼の一件について君になんら責任が無い事は承知しているが、それと君を信頼出来るかは残念ながら別問題だ。そこで一つ提案がある」

 

「何でしょうか?」

 

「君の機体は見たところ非常にデリケートなようだ。不幸にも出撃のタイミングで機体トラブルが起きる事もあると思わないか?」

 

出撃の度に何らかのトラブルをでっち上げて出撃させない事も出来る。そう伝えると彼女は目を見開いた後、真剣な表情で彼女は口を開く。

 

「あの子に使われている技術は、今は軍事技術です。けれどその技術は、いずれ後世の多くの人を救うと私は信じています。ですからそのご提案はお受けできません」

 

「後ろから撃たれるかもしれなくてもか?」

 

「…今の私にとって敵と呼ぶべき人が居るとしたら、それは終わったはずの戦争を続けて平和を壊す人達です」

 

「だそうだ、モンシア中尉」

 

「口じゃなんとだって言えますよ」

 

俺が話を振ると、彼は視線を逸らしてそう口を開いた。だが俺は知っている、モンシア中尉がこう見えて情に厚い人間である事を。

 

「けどまあ、少佐が決めたんなら従いますよ。俺ぁ軍人ですからね」

 

ぶっきらぼうに言い捨てる彼を見て、ベイト中尉とアデル少尉が苦笑しながら肩を竦める。どうやらこちらも納得してくれたらしい。

 

「さて、それじゃあ改めてブロッサムの適性試験としゃれ込むか。モンシア中尉とアデル少尉は30分後に機体の前に集合してくれ、俺はキースを呼んでくる」

 

「あの、テストでしたら、私に相手をさせて下さい」

 

俺がそう告げると真剣な表情でペッシェがそう提案してくる。意図が解らずに見返すと彼女は笑いながら口を開く。

 

「私の技量を知って頂く良い機会ですし、ブロッサムについても多少ですが知識があります。何かお役に立てるかもしれません」

 

「それでしたらキースは自分が呼んできます」

 

彼女の提案を聞き、すかさずアデル少尉が申し出る。ふむ、確かにパイロット同士の交流にはこれが一番か、割と脳筋な気もするが。

 

「解った、だがどうせならペガサス級の名物といこう」

 

「は?」

 

「ウラキにも声を掛けてくれ、後バニング大尉もだ。ベイト中尉、君もパイロットスーツ着用の上でハンガーに集合だ」

 

「は、あの少佐?」

 

「折角の機会だからな、全員の技量把握も踏まえて改めて総当たりの模擬戦だ」

 

幸い友軍艦隊との合流までは時間があるからな。存分に訓練と行こうじゃないか。何故か驚きの表情を浮かべる皆に対し、俺は笑顔でそう告げた。




オールS取得前にボスナーフされてしまったワシは敗北者。

どうでも良いですがペッシェは83時が一番可愛いと思います。
是非幸せになって欲しいですね!


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113.0083/10/27

今週分です。


「見つかりませんね」

 

「そう簡単にはいかんさ」

 

アデル少尉の言葉に俺はそう返す。アルビオンがフォン・ブラウンを出航して早くも1週間が経過しているが、はっきり言って状況は進展していない。

 

「折角戦力は整っているってのにな」

 

言っても仕方の無いことだが、つい口からは不満が漏れ出てしまう。ペガサス級2隻とサラミス3隻が徹底した準備砲撃を行えば話はもっと簡単に済むはずなのだ。けれどその案は上層部から却下されている。

 

「準備砲撃でコロニーを傷付ける可能性は否定出来ませんからね」

 

俺の言葉を聞いたバニング大尉が渋い顔で口を開く。彼の言う通り上層部は別に嫌がらせで砲撃を禁じているのではない。実は現在L1宙域ではコロニー再建計画に基づく損傷コロニーの評価及び移送計画が実施されているのだ。一年戦争においてこの宙域に存在したサイド5は二度目のコロニー落としを行うための弾頭確保を目的に襲撃を受けた。この時点でジオン側がコロニー確保の為にコロニーへの攻撃が消極的であったことと、連邦軍の反撃が想定以上であったために比較的コロニーへの損害が抑えられていた。そのため戦後の調査が進むとそれなりの数が修理すれば使い物になる事が判明したのだ。地球連邦政府はこれらをサイド3へ移送して修復再利用する事を思い付きコロニー再建計画の一環として組み込んでいる。その為に折角評価を済ませたコロニーに流れ弾を当てられてはたまらないというのだろう。現場の人間としては巫山戯るなと言いたいが地球連邦軍は文民統制された軍隊である。故に俺達の命よりも政府の都合が優先されるのだ。

 

「増援部隊の連中、大分ダレてきてますね。動きが悪い」

 

「仕方ないさ、地球軌道艦隊は宇宙軍でも気楽な部隊だからな」

 

ベイト中尉がモニターに映る味方部隊の動きを見ながらそう評したので返事をする。地球軌道艦隊はその名の通り地球の軌道上を防衛する部隊だ。宇宙における最終防衛ラインと言える艦隊なのだが、つまりそれは戦闘から縁遠い部隊であるとも言える。ここを抜かれれば地球に降下されてしまうから装備はしっかりと整っているのだが、一方で平時における出動は大半が商船航路の掃海や救命であるためほぼ彼等に出番はない。

そうした部隊に降りかかるのが予算問題だ。働いていない部隊に何故金が使われるのかと文官の皆さんは直ぐに文句を言って予算を削ってくれるのだが、そのとばっちりは大抵部隊の練度に影響を及ぼす。どうにも訓練をすれば装備は消耗すると言う事が理解出来ない人間が宇宙世紀にも一定数居るらしく、戦っていないのに維持費が高いと叩かれるのだそうだ。そして目に見える成果を提示しにくい部隊は費用対効果というお題目の下予算を削られる。そうして訓練時間を大幅に減らした張りぼて部隊が生み出されると言うわけである。尤も第3地球軌道艦隊はベテランも多く抱えているようだから大分マシな部類なのだが。

 

「だがいい加減連中も痺れを切らす頃合いだろう」

 

星の屑作戦。核弾頭搭載MSであるガンダムGP-02による連邦宇宙軍の観艦式襲撃を陽動に、地球へのコロニー落としを実行する作戦。原作では正にエギーユ・デラーズに天佑が味方したかのような推移によって作戦は成功、連中の思惑通り地球へ再びコロニーが落下する。まあその結果は連中の妄想したスペースノイドの権利拡大ではなく、弾圧へ繋がるのだが。さておきこの作戦において極めて重要な部分は観艦式への陽動とコロニー奪取のタイミングだ。連中の戦力は残党では最大規模であるが、連邦軍からすれば圧倒的に寡兵だ。だから観艦式へ核攻撃を行い戦力を漸減するか、あるいは攻撃が失敗することで星の屑作戦を防いだと連邦軍に誤認させ時間を稼ぐ必要がある。そうしなければ連中は移動するコロニーを守り切れないからだ。

そしてもう一つがコロニーを何処で奪うかである。これはコロニー再建計画にてサイド3へ移送中の物を狙うのだが、当然運行計画はコロニー公社が行っており彼等の都合など考えられていない。加えて問題なのがこれを落下軌道に乗せる方法だ。連中は2基セットで移送されているコロニーを奪い、これらをぶつけ合わせた反動で落下軌道へ乗せている。つまり連邦軍が察知しても間に合わないタイミングでコロニーを奪取後、目標地点に正しく移動するタイミングでコロニーをぶつけ合わせなければならないのだ。

観艦式が執り行われるのが11月10日、コロニーの奪取が11月11日の事である。原作ではアフリカを経由したため、例のお気持ち表明が行われたのが10月31日。つまり俺達は2週間以上多く連中の本拠地を引っかき回しているのだ。元々ここを放棄する予定のデラーズ本人は気にしないだろうが、それが末端まで徹底されているとは考えにくい。何故なら奴は後1週間だけ隠れて居れば良いと考えているだろうが、参加している兵士にとってはここが唯一の拠り所なのである。それを失うかもしれないという恐怖は筆舌し難いものであるに違いない。

 

「…纏まって敵意を向けてくれりゃあ結構簡単なんだが」

 

そうすればテキサスゾーンと同じ方法が使える。今回はアムロ抜きになってしまうが機体性能を考慮すれば問題ないだろう、グリーンリバー少尉も居るしな。

 

「ウラキ達とモンタ-ニュ特務少尉はまた訓練ですか?」

 

バニング大尉の問いかけに俺は頷きつつ口を開く。

 

「少しでも機体に慣れさせておくべきだからな。彼奴らのスクランブル分は俺が担当するよ」

 

シミュレーターによる模擬戦の結果ブロッサムはキースが搭乗する事になったのだが、同時にもう一つ問題が露見した。それがペッシェ・モンターニュ特務少尉の技量の低さだ。NT特有の勘の良さで命中精度は高いし、テストパイロットを任されているように身体能力と操縦技術もある。なのに技量が低いとはどういう事かと言えば話は単純で、彼女はその二つを同時にこなせないのだ。回避行動中の射撃は牽制にもならない程雑だし射撃に集中している時は大抵足が止まる。機体性能のおかげで何とか戦いになっているが、はっきり言ってジム・カスタムに乗った中尉達の方が遙かに頼りになる。この子NTでア・バオア・クー戦の生き残りじゃなかったか?

 

「ブロッサムの方はどうですかね?」

 

「あのセンサーは駄目だな、おかげで長距離狙撃なんかは無理だ。けどまあキースとの相性は良いみたいだし、1号機と組むならキャノンより合っているだろう」

 

1号機の運動性に対してジム・キャノンⅡは完全に劣っている。中尉達なら連携を意識して歩調を合わせられるがウラキ少尉ではまだ難しいだろう。そうなるとウラキを孤立させない為にはできる限り僚機のキース少尉にも運動性の高い機体を宛がっておきたい。弱気な言動や物腰の低さから侮られる事が多いキースだが、能力は決してウラキに劣っていない。彼自身は自己評価が低いのだが、そのおかげで増長せず機体の扱いは丁寧だ。更にちゃんと機体を信用しているから射撃の精度だけならウラキよりも優秀だったりする。そして何より評価したいのが諦めの悪さだ。大抵のパイロットは自機が大きく損傷すると戦意を喪失してしまうものだが、キースは最後まで足掻き続ける。この精神性は得がたい才能だと俺は考えている。

ブロッサムの方も改善したという言葉に偽りはなかったようで、問題点であった大型ビームライフルは連射能力が向上しているしセンサーモジュールが追加されて独立した運用が可能になっている。ただMPIWSなるセンサーも誤作動は低下しているのだが相変わらず信頼性に欠けるのでウェポンラックに換装、現状はハイパーバズーカを装備して完全に支援機として運用している。

 

「そろそろケリを付けたい所だな」

 

俺はそう呟きながらモニターを見つめるのだった。

 

 

 

 

「口惜しい、連邦の跳梁跋扈を前にただ黙って逃げ出すしかないとは」

 

ムサイ級巡洋艦ペールギュントの艦橋でアナベル・ガトー少佐は忌々しげにそう吐き捨てた。彼等の活動拠点である茨の園へあのペガサス級を中心とした部隊が迫っていることは既に察知されていたが、彼とその部隊に下された命令はL5宙域、即ちソロモン近傍への移動及び潜伏だった。

 

「大事の前の小事とは言え…」

 

不満を漏らすものの、ガトー自身理解はしていた。星の屑作戦はデラーズフリートの全力をもって行う作戦であり、余計な所に割ける戦力は一兵たりとも居ないのだ。そしてこの作戦に茨の園の失陥は影響を及ぼさず、あの部隊を撃退するには相応の犠牲が必要である事を考慮すれば選択の余地など無かった。

 

「空き家が手強い部隊を拘束してくれるのです。今はそれで良しと致しましょう」

 

「…そうだな」

 

この作戦が成功すれば多くのスペースノイドが自分達はまだ戦えるのだと思い直す、そうすれば再び本格的な軍事衝突が再開するだろう。エギーユ・デラーズ中将はそう考察し、そうなれば茨の園は役目を終えると防衛を訴える兵士達を説得した。

 

「全ては、星の屑成就の為」

 

ここで自分達が事を起こさねばスペースノイドは敗北者であるという諦観の中で牙を抜かれ、アースノイドの家畜へと貶められる。それはあの独立戦争で散っていった英霊達の死を正しく無駄死にとする所業だ。ならば一時の感情で作戦に綻びを生むことは断じて避けねばならない事だ。

 

「この恥辱は飲み込もう、しかし忘れはしない」

 

『さて、同道するのはここまでだね、少佐?』

 

彼がそう呟くと同時に近くを航行していたリリーマルレーンから通信が入る。モニターには何が面白いのか笑みを浮かべたシーマ・ガラハウ中佐が映っている。

 

「はい、中佐」

 

『まあそっちの仕事は成功しようが失敗しようが関係の無い楽な仕事だ、適当にやるんだね。こっちはしっかりと仕事をさせて貰うよ、ご友人の機体も託されて居ることだしなぁ?』

 

「っ!」

 

シーマ中佐の言葉にガトーは思わず奥歯を噛みしめた。ソロモンで共に戦った盟友であるケリィ・レズナー大尉へ行った星の屑作戦への参加要請は遂に返事を受け取ることは無かった。その一方で彼が秘匿していたMAはシーマ中佐の手に渡っており、それがケリィ大尉の出した答えであると雄弁に語っている。

 

「…中佐殿もご武運を」

 

『ああ、星の屑の成否は私達の働き如何だからねぇ。なに心配はいらないよ、この仕事は慣れているからね』

 

言いながらシーマ中佐は視線を手元で弄んでいた扇子へ移す。

 

『じゃあな少佐、生きてまた会えるのを楽しみにしているよ』

 

その言葉を最後に通信は切られ、リリーマルレーンがゆっくりと離れていく。それを見送るペールギュントの艦橋内は気まずい沈黙に支配されていた。適材適所、シーマ中佐の率いる海兵隊は一年戦争においてコロニー落としの弾頭となったコロニーを確保した部隊の一つだ。故に今回のコロニー奪取も任された訳だが、ガトーにしてみればデラーズフリートに参加している面々の中で最も信用ならない連中に作戦の中核を担わせているという認識だ。

 

「あの様な者まで使わねばならぬとは」

 

彼が思い出すのは独立戦争末期、ア・バオア・クーから撤退した部隊が集結したカラマポイントでの一幕だ。集結した彼等は今後の身の振り方を協議していたのだが、その中で彼女は突然上官の乗る艦へMSで詰め寄ったのだ。口論の詳しい内容までは把握していなかったものの、上官の下した判断を不服とした中佐が取り乱した様子でMSを持ち出したことに危機感を覚えた彼は彼女の機体の前へ立ちはだかり自分の艦へと戻るよう諭した。その回答は高笑いと共に独自行動を取ると言うものであった。

彼女がその後海賊として同胞の艦すら略奪の対象としていると耳にした時は心底軽蔑したし、その誇りもなにも無い行いは彼女への強い不信として今でも彼の中に残っている。

 

「…いや、閣下のお決めになった事だ。ならば私は己の役目を果たすまでのこと」

 

彼はモニターから目をそらすと自らに言い聞かせる様にそう呟くのだった。




そろそろ巻いていきますよー。


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114.0083/11/01

「連中の拠点はもぬけの殻か。流石コーウェンの子飼いだな、突進ばかりしか能が無いとみえる」

 

戦艦バーミンガムの艦橋で報告を受けたグリーン・ワイアット大将はそう小さく笑った。戦後3年に渡って特定出来ていなかったテロリストの拠点を2週間で発見・制圧した手並みは見事であるものの、肝心の首魁共の逃亡を許していては片手落ちであるし、何より最優先の問題であるガンダム試作2号機の確保が出来ていないのだから作戦そのものは失敗と言えるだろう。

 

「所詮技術屋上がりではその辺りが限界だと言う事だな。さて、そろそろ予定の宙域かな?」

 

「はっ、指定された時間には少々早いですが」

 

そう答える艦長に向けてワイアットは手を組みながら落ち着いた様子で口を開く。

 

「レディを待たせるなど紳士のすべき事では無い。それが例え元ジオンであろうともな。時間があるのなら丁度良い、ティータイムといこうじゃないか」

 

静かに頷き同意する副官を一瞥した後、彼は艦橋を見渡した。バーミンガム級戦艦一番艦、バーミンガム。連邦軍再建計画において艦隊派が文字通りフラッグシップとして建造した艦である。同艦は83年、つまり今年の4月に就役したばかりの最新鋭艦であるが、この就役には多分に政治的背景が含まれていた。その理由の一つが目下騒動の中心となっている改革派のガンダム開発計画である。中間報告において年内の完成が確実となったガンダム開発計画に対し、先んじて実績を打ち立て主導権を維持したい艦隊派は観艦式という国民に対する解りやすいアピールとテログループの掃討による実績獲得を計画する。バーミンガムはその象徴としてどちらへも参加する必要があると考えられた結果、艦隊旗艦としての機能を獲得した時点で未完成のまま就役したのである。実のところ艦隊派と呼ばれる彼等であるが、別にMSが不要であるなどとは考えていないし艦艇でこれを補いきれるとも思っていない。一年戦争の戦訓からMSの存在しない艦隊がどうなるかなどは痛いほど理解しているのである。その上で艦隊の再建・再編を主張したのは、正にそのMSとミノフスキー粒子影響下の戦場に対応するためであった。一年戦争において実施された艦隊再建計画、所謂ビンソン計画において建造された艦艇はあくまで数を戻す事が優先されたため、大半がMS運用能力を持たない従来通りのマゼラン及びサラミスだった。これらにおけるMSの運用は露天駐機による運搬が精々であり、簡易的な補給こそ可能であったが機体の整備や修復などは出来なかった。

当然戦後の艦艇ではこの点を改善しMS運用能力を獲得するべく設計が成されたが、この時参考とした艦艇にも無視出来ない問題があったのである。参考としたのは引き渡されたムサイとザンジバル、そして既に運用されていたペガサス級だったのだが、このクラスの艦艇でMSを運用するのは極めて非効率である事が判明したのだ。従来の戦闘機よりも大型化したMSは当然ながら多くの空間を占領するが、それは補修部品に関しても同様である。それでいてMSの航続距離の問題から母艦も前線に留まる必要性があり、それに伴う装甲・火力の強化も求められる。結果多機能化するには巡洋艦クラスの艦艇では容積が足りず運用機数を絞るか機能を妥協する、あるいは建造費に目を瞑る必要があったのである。艦隊派も本音を言えば、運用する全ての艦をペガサス級で揃えてしまいたいのであるが、そんな事は連邦軍の財布をこの先10年空にしても不可能だ。そこで彼等が着目したのが戦前に計画されていた大型戦艦の開発計画である。この全長400mに達する巨艦の建造は一年戦争の勃発によって白紙に戻されていたが、その設計思想は艦隊派の求めている多能艦であった。本来のバーミンガムはこの巨大戦艦をMS搭載仕様に手直しされたものなのであり、その構造は艦隊旗艦としての情報処理能力と生存性、そして艦隊の直掩機を単艦で集中管理するというものである。尤も、現在のバーミンガムはその艦載機運用能力を欠いた未完成の状態なのであるが。

 

「接近する艦影を確認!ムサイです!」

 

「来たか、定刻通りだな」

 

暫しワイアットが紅茶を楽しんでいると、そうオペレーターが声を上げた。即座にカメラに捉えられたムサイがモニターに映し出され、その艦色から目当ての相手である事を確信したワイアットは口角を上げた。

 

「勝ったな」

 

白旗を掲げつつ接近するMSを見て彼は呟く。それが何に対する勝利であるのか、それを彼に問う者は居なかった。

 

 

 

 

『つまり少佐の予想は観艦式の襲撃だと?』

 

「はい、その前提となる根拠を彼女から説明して貰います」

 

俺はそう言うと緊張した面持ちで待っていたパープルトン女史に視線を送る。彼女は一度頷くと会議室に居並ぶ面々に向かって口を開いた。

 

「奪われた2号機についてアレン少佐から確認頂きました内容は核弾頭の連続使用が可能であるか、というものでした。結論から申し上げますと、2号機には不可能です」

 

「しかしパープルトンさん。連中にはオービルが合流している。そしてMk82弾頭は実のところ入手不可能な物でも無いのだ。確かに設計段階ではその様になっていなくても、改造によっては可能になるのではないかな?」

 

彼女の言葉にシナプス大佐が反論した。もし2号機が大佐の言う通りの機体になっていればその選択肢は非常に多くなる。ルナツーやペズン、コンペイ島といった要塞であっても複数発の核弾頭による攻撃を受ければ甚大な被害が出るし、それは各コロニー群や月面都市でも同様だ。それこそ適当な地上都市へ降下して無差別に発砲するなんて暴挙も可能かもしれない。だが、その懸念をパープルトン女史は否定する。

 

「仰る通り携行弾数の拡張は不可能ではありません。ですが短時間に連続使用する事は不可能です」

 

「理由を聞いても?」

 

「単純にバズーカのバレルが保たないからです。連続射撃などは想定しておりませんから、実行するならば相当な改修が必要になります」

 

シールドによってある程度保護できる本体と違ってバレルは核爆発の衝撃と熱を受けてしまう。故に2号機はアトミックバズーカを分割し、バレルを使い捨てる構造としているのだそうだ。因みに参考としたザクⅡの核バズーカに至っては丸ごと使い捨てだったそうである。

 

「予備を携行するにしても使用前には保護しておく必要がありますし、そもそもバレルを複製するの自体相応の設備と資材が必要です。オービルは確かにガンダムの開発に携わっていましたが、彼はあくまでメカニックであり設計者ではありません。ですから彼によって2号機が、厳密にはアトミックバズーカが改造ないし複製される可能性は極めて低いでしょう」

 

「成る程、つまり最低でも1発毎に補給へ戻る必要があるという訳か」

 

『しかし随伴機などが居れば短時間で再補給も難しくないのではないかな?』

 

「それなのですが、そもそも連中は核弾頭を複数確保出来ていないのではないでしょうか?」

 

グレイファントムから通信で参加してるローランド・ブライリー大佐の懸念に俺がそう応じる。

 

「…確かに、複数発あるのであれば現状は不自然か」

 

賛同するようにシナプス大佐が唸る。それに頷きながら俺は持論を口にする。

 

「仮に複数発を保有しているなら、本拠地を攻撃した我々に向けて使用しなかったのは不自然です」

 

コンペイ島があるL5宙域と戦後接収されたペズンのおかげでL4宙域の掃海はかなり進んでいる。つまり連中からしてみれば俺達が制圧した茨の園は唯一拠点と呼べる場所だったのだ。仮に弾頭が複数あるなら拠点を放棄する前に俺達へ向けて試し撃ちくらいしても不思議じゃない。

 

「そうでなくても連中は核弾頭を最大限有効活用しようと考えていると言う事です。ならば連邦軍に最も打撃を与えられる状況を見過ごすとは思えません」

 

この他に懸念されるコロニーや月面都市への攻撃はあくまで今後も長期的に活動する事が前提だ。連中にその気があるならこんなに簡単に活動拠点を明け渡さないだろうし、失ってしまった現状を打開するには大きな戦果、それもスペースノイドに被害を与えずに危機感を煽る必要がある。となれば手っ取り早いのが連邦軍への攻撃であり、観艦式は非常に大きなチャンスと言える。まあそれも連邦軍が油断していれば、という但書は付くわけだが。

 

『うん、どうだろうシナプス大佐。私としては少佐の意見に賛成なのだが』

 

「同感です。代わりの部隊が到着次第我々もコンペイ島へ向かうべきでしょう」

 

原作通りシーマ・ガラハウがグリーン・ワイアット大将と内通していれば恐らく防ぎ切れるだろうが、確かめる術が無いし一介の少佐が聞いた所で答えて貰える物ではないだろう。ならば最悪の事態に備えるべきだ。問題は防がねばならない事態が二ヵ所で起きる事である。観艦式の襲撃から間を置かずにシーマ艦隊によるコロニー強奪が実行されるが、観艦式の襲撃を防ぐ場合、距離的にこちらは放置することになってしまう。

そして付け加えれば、現状連中の狙いが地球へのコロニー落としである事を知っているのはデラーズフリートの奴らと俺だけなのだ。その上このコロニー落としはフォン・ブラウンの協力があって成り立つ作戦であるなど、それこそ俺のような原作知識でも持っていない限り言い当てるなど不可能だろう。そして皆にコロニー落としを納得させられるだけの情報を今の俺は持ち合わせていない。

 

「どうかしましたか、少佐?」

 

そんな気持ちが表情に出ていたのだろう。バニング大尉が訝しげに俺を見てそう聞いてくる。何処まで話すべきかを悩んだが、この状況で伝えておくべきは観艦式襲撃で連中の作戦は終わりでない事だと俺は考えた。

 

「…いや、少しばかり違和感があって」

 

『違和感?詳しく言ってくれ、少佐』

 

俺の発言にローランド大佐も真剣な声音で問うてきた。

 

「連中は戦後3年にわたって潜伏してきたのでしょう?それもこんな大層な拠点をこしらえてまで。その全てを掛けて挑むのが観艦式襲撃では少々釣り合いが取れないと思いませんか?」

 

「しかし連中はあくまで武装勢力だぞ?連邦軍に打撃を与えるのは十分な成果ではないかね?」

 

「連中がただのテロ組織ででかい花火を打ち上げたいだけならそれまでですが、気になるのはあの演説です。奴らは戦争の継続を主張していましたよね?」

 

「…うむ」

 

俺の言葉に少し困惑しながらシナプス大佐が頷く。

 

「戦争をしようと言うのなら、連中の目的は連邦軍への攻撃ではなくそれより上の戦略目標があるはずです。あの演説通りならジオン公国の復活と独立辺りになるでしょうか。そうだとすれば観艦式を襲撃する程度では全く成果が足りていません」

 

観艦式に連邦軍の全てが集結しているわけではないし、一発の核で集まった艦隊を全滅させられるかと言えばそれも否だ。勿論無視出来ない被害ではあるのだが、地球の半分を占領された一年戦争に比べれば遙かに軽微な被害である。当然その程度で連邦政府は交渉の場など設けないし、一年戦争以上に追い詰めていなければジオン本国がデラーズフリートを認めて戦争を再開するなどあり得ない。

 

「つまり少佐は観艦式への襲撃があったとして、そこで終わりではないと言うのかね?」

 

「あくまで悲観的観測というやつですが。戦争が終わったことも理解出来ない馬鹿共ですから、思いつきで殴りかかってきた可能性も否定出来ません。ただ、」

 

「ただ、なんだろうか?」

 

顔を顰めて続きを促すシナプス大佐に、俺は素直に考えていた台詞を口にする。

 

「あれだけの拠点を構築出来る連中がその全てを掛けて挑んで来たのです。奥の手の一つくらいは隠していても不思議ではありません」




デラーズフリートを虎口へ放り込んでいくスタイル。


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115.0083/11/04

今週分です。


「どういう事だい、計画書はちゃんと届けたんだろう!?」

 

リリーマルレーンの艦橋にシーマ・ガラハウの怒声が響く。その矛先となった部下は萎縮した表情でしどろもどろになりながらも口を開いた。

 

『へ、へい。その向こうが言うには、解りやすい悪の象徴が要るとかで…』

 

解りやすい悪、それがコロニーの強奪である事は火を見るよりも明らかだ。その実行者が誰になるのかもシーマは提供した計画書に書き込んでいる。

 

「冗談じゃないよっ、何のために今渡したと思ってんだい!」

 

デラーズフリートの計画した星の屑作戦、それはコロニー再建計画によってL4宙域からジオン共和国へ向けて移送されているコロニーを奪取し、地球へのコロニー落としを行うという作戦だ。デラーズは普段彼女達に対して志も持たない破落戸集団という評価をしていることはシーマ自身も察していた。それでいて汚れ仕事が出てくれば、上から目線で仲間に入れてやるからお前達がやれときたものだ。謁見などと称して呼びつけられた時には、衝動的に奴へ引き金を引くことを自制するのに苦労したほどだ。だからこそ躊躇なく自分達のために連邦軍へ売り飛ばしたのだが。

 

「今更増えた所でって事かい?」

 

エギーユ・デラーズは中々に姑息な男だ。彼が直轄している艦隊はソロモンへの陽動やコロニー強奪には参加しない。これらが成功するまでは安全な位置で潜伏し、最終段階である地球へと落下軌道へコロニーが乗った所で護衛として合流する手筈だ。つまり奴を確実に捕まえようと思うならコロニーは奪われた方が都合が良いのだ。地球圏最大の武装勢力の首魁拘束という功績のためなら壊れたコロニーの一つや二つ安いもの、あの紳士気取り連邦軍大将はそう考えているのかもしれない。そんな都合で罪状を上乗せされるシーマにはたまったものではないが。

 

「どうしやすか?」

 

「どうするもこうするもあるかっ。こっちはもうサイコロを振っちまったんだよ!」

 

情報を提供した時点でこの作戦の失敗は確定している。何しろデラーズフリートの艦隊は戦闘能力の無い輸送艦までかき集めても50隻に届かないのだ。それこそ艦隊戦でも挑もうものなら、観艦式に参加していない艦艇だけで連邦軍はこちらを圧倒できるのだ。故に今回のコロニー落としについても直接地球を狙うのではなく一度月へ偽装コースを取り連邦軍の追撃を振り切る計画となっている。だがそれが欺瞞である事は他ならぬシーマの手によって連邦軍へ伝えられたのだ。デトローフ大尉の問いかけに対し、苛立たしげに髪をかき上げながらシーマは言い返す。デラーズの提示していた作戦参加の条件は作戦後はデラーズ旗下としてアクシズ行きを保証するというものだった。つまり連中はこの作戦を最後に地球圏から逃亡するつもりなのだ。しかし作戦が成功すればまだしも失敗した場合でも保証されると思える程シーマは楽観的ではなかった。恐らく、いや必ず作戦失敗の犯人捜しが行われ、シーマ達がその槍玉に挙げられることだろう。尤も、今回に限ればそれは正しいのだが。

 

「…襲撃中止の指示が無い以上、このまま動くしかない。準備しな」

 

これでまた数日は悪夢にうなされる事になるだろう。そう確信しながらシーマは低い声音で部下へ出撃を命じた。

 

 

 

 

「宜しかったのですか?」

 

「何がかね?」

 

参謀の言葉にグリーン・ワイアットはそう尋ね返す。勿論彼の言いたいことは理解しているが、議論によって改めて状況を再確認できるし、部下とのコミュニケーションは非常に重要な事柄だ。現にそれを怠った敵は致命的な離反者を出している。

 

「コロニーの件です。襲撃されると解っていてそれを黙認するのは…」

 

「何を言う、確かにその様な事が書かれた悪戯書きを回収はしたが、何の裏付けも無い情報を上げるわけにはいかないだろう?」

 

「はっ、いやそれは…」

 

「まさか君はテロリストの言葉を疑いもせず信じるつもりかね?」

 

「で、ですが万一コロニーを奪われれば問題に」

 

「ああ、問題だな。コロニー公社のね」

 

コロニー再建計画はコロニー公社が連邦政府から委託されて行っている。当然再生するコロニーの選定やその移送についてもだ。そして驚くべき事にそのコロニー公社から連邦軍に対して移送時の護衛等の依頼が一切なされていないのである。当然海賊などが存在する事は連邦軍から注意喚起がなされている。つまりその上で護衛を依頼していないのだからそれはコロニー公社側の怠慢である。

 

「ああ、勿論万一テロリストに奪われたなら我々が取り戻すとも、壊れているとは言えコロニーは連邦市民の大事な財産だからね」

 

そう言って彼は笑う。コロニー奪還とエギーユ・デラーズ拘束の功績があれば、連邦軍内部における彼の立場はより盤石なものになる。そして今回の一件を大々的に公表すれば、スペースノイドも人類の本当の守護者が誰なのか理解出来ることだろう。その頂点に立つのが自分であると言うのは悪くない心地であるに違いないとワイアットは考えた。

 

「ああ、けれどそうだな。もし観艦式が襲撃されたなら多少信憑性もあるだろうから、それから改めて警告しようじゃないか」

 

勝利を確信した目で彼は部下にそう告げた。

 

 

 

 

「動け動け!お前達が乗っているのは機動兵器だぞ!機動せずに戦いになると思うな!」

 

デラーズフリートの拠点を制圧した俺達は一度補給のためフォン・ブラウンへ寄港していた。予定では補給が済み次第、コンペイ島で行われる観艦式の警備へ向かう事になる。そして現在俺はと言えば、何故かペッシェ・モンターニュとシミュレーター訓練をしている。

 

『うぅっ!』

 

仮想の月面で彼女は俺のMkⅡに追い立てられながらうめき声を漏らす。振り返り様強引に射撃を挟み込むが、当てずっぽうのビームは回避する必要すらない。

 

「その集中力と体力は大したもんなんだがな」

 

振り返ったことで急速に減速したペッシェの機体にビームを放つ。度重なるNT達との模擬戦のお蔭で俺用に調整された教育型コンピューターはちょっと洒落にならない命中精度を誇っている。まあ問題はコンピューター側の要求する機体の反応速度が滅茶苦茶高い事と、発砲指示が極めてシビアなことである。正直現状でも割と手に負えないのだが、これで制御系や耐G性能が向上した暁にはもう手も足も出ないだろう。ぶっちゃけオールレンジ攻撃なんかよりも当たらなくて当ててくる方が遙かに怖い。

 

『ま、また!?』

 

ペッシェの問題は機体性能が高すぎることだろう。彼女の操縦技能自体は高いのだが、如何せん体の方が普通すぎる。結果彼女の入力に対して機体側がパイロット保護の為に動きに制限を掛けてしまう事が多々あるのだ。因みにリミッターを解除すればこの問題は解決するが、当然そんな事をした日にはペッシェが気絶すれば良い方で最悪負傷する可能性すらある。この辺りの問題はコックピット周りが改善されるまではどうにもならないだろう。

 

「モンターニュ特務少尉、機体はもっと丁寧に扱え」

 

良くアムロの回避が頭のおかしい行動呼ばわりされるが、あれも実は苦肉の策である。エンゲージゼロよりは多少マシではあるものの、ガンダムやNT-1も15歳の少年が乗ることを前提になんてしていない。だから彼が満足する反応速度で機体を操縦してしまうとパイロットへの負担はとんでもない事になる。だからアムロは直感的に移動距離を最小限にして身体への負担を最小限にしているのだ。因みにそんなアムロの模擬戦に最後まで付き合えるのがハヤト少尉である。本人曰く柔道で鍛えているからだとか。地味にフィジカルモンスターなハヤトである。

 

『扱っているつもりなのですが…』

 

まあそうなるよね。

 

「見た限り増設しているそのブースターは余計なんじゃないか?はっきり言って振り回されているようにしか見えないぞ?」

 

『ですがこれがないと少佐のMkⅡに追いつかれてしまいますし、1号機にも置いて行かれてしまいます』

 

「あー」

 

1号機はウラキの奴が特異体質だし、俺のMkⅡは実験段階とは言え全天周囲モニターとリニアシートを採用しているから一般的な機体に比べ耐G性能が高い。比較対象が悪いと言ってしまえばそれまでなんだが、彼女が乗っているのもガンダムなのだ。他と同等のポテンシャルを持っている自機が自分のせいで一段下に見られることが悔しいのだろう。もっと直近の問題として部隊運用の際に機体同士の速度差がありすぎると小隊として運用が難しくなる問題もある。実際キースがジムキャノンからブロッサムにコンバートされたのにもこの辺りが関係している。正直ジム・カスタムとキャノンですらギリギリなのに1号機はそのジム・カスタムが振り切られてしまうのだ。いつも思うのだがガンダムと名の付くMSを開発する連中は加減を覚えた方が良いと思う。

 

「そこまで懸念する内容では無いと思うぞ?」

 

そら加速性だって無いよりある方が良いが、パイロットが振り回されてしまうなら話は変わる。そもそも現在のように母艦とセットで運用される状況なら総合的な運動性能の方が重視されるからだ。1号機の様な推進力を運動性に転換出来る無茶な仕様ならばともかく、エンゲージゼロは加速専用のブースターユニットだ。正直旋回性能は低下しているし、大推力過ぎて普段使いにも気を遣う。そして現状ではそんな長距離をMS単独で向かわせる様な状況は起こらない、というか起こせない。何故ならMSの装備が極めて継戦能力に乏しいからだ。予備のライフルやバズーカを携行していても撃てるのは50発が精々、それがレシプロ機並の乱戦の中で戦うのだ。それこそ1機1発を地で行くNTでもなければあっという間に弾切れになる。加えてミノフスキー粒子散布下において長距離移動が必要になる状況は大抵が敵拠点への強襲である。レーダーが利かない上に母艦からの誘導も受けられない以上、固定目標を攻撃する位しか出来ないのだ。そして当然ながらそうした拠点はしっかりと防備されているから艦艇による支援が必要不可欠になる。故にMSは加速性よりも運動性が重要なのだ。特に数を揃えられる連邦軍ならば尚更である。

 

『そうでしょうか…』

 

何ともどんよりと思い詰めた顔になるペッシェに、俺は小さく溜息を吐きつつ口を開く。

 

「連携を気にしているならそもそも運動性能の良い方が合わせるのが正しいし、エンゲージゼロはノーマル状態でも十分な運動性能を持っている。少なくとも連携訓練は上手くいっているだろう?」

 

『でもそれは、少佐が合わせて下さっているからですよね』

 

何なんだこの子は。

 

「ペッシェ・モンターニュ特務少尉。君の向上心は評価するが、何でも人に迷惑を掛けていると考えるのは思い上がりだぞ。君に合わせた位で支障が出るほど俺は弱くないし、それはこの部隊のパイロット全員に言える事だ」

 

そもそも実戦経験豊富で現役のベテランパイロット相手にそれよりは信用出来ない程度の実力を彼女は持っているのだ。モンシア中尉に言った言葉ではないが、この水準のパイロットが足手まといだと言うならそいつはMS隊の隊長に向いていないと思う。

 

「ま、言われてはいそうですか、なんて切り替えられる奴なんてそうはいない。けどこれだけは覚えておくと良い。君は君が思っているほど弱く無いし、ちゃんと皆頼りにしているぞ」

 

『…そうでしょうか?』

 

そうですとも。

 

「じゃなきゃ態々訓練なんてさせずに適当な言い訳をして部屋に放り込んでおくさ。アルビオンは今任務中なんだぜ?さて、それじゃもう一本いこうか」

 

俺は笑って彼女へ向かってそう言うと、シミュレーションの準備を始めたのだった。




シーマ様、翻弄される(作者に


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116.0083/11/10

一周回って誉れを捨てて遊ぶのが楽しくなってきました。


「ソロモンであの様な物言いをするなど、散っていった英霊達への侮辱に等しいっ!」

 

ノイズ混じりの連邦軍の公共放送にアナベル・ガトーは思わず壁へ拳を叩き付けた。モニターに映し出されている映像はソロモンを背景に夥しい数の連邦軍艦艇が整然と居並ぶ様だ。地球連邦宇宙軍観艦式。圧倒的な軍事力を誇示する事でスペースノイドの反意を挫く事を目的としたそれを主導している連邦軍の大将は、自分達が正義の味方であるような口ぶりで演説をしている。その内容も業腹であるが、よりにもよってそれをソロモンで行う所にガトーは連邦軍の悪意を感じずには居られなかった。

 

「合図はまだ来ないのか?」

 

「はい、どうやら連邦の防御が想定よりも厚いようです」

 

時計を見れば想定していた出撃時間から既に30分が経過している。

 

「歯がゆいな」

 

苦々しい表情でガトーはそう呟く。友軍部隊が先制して観艦式を襲撃、敵の防衛戦力を釣り出した所で彼があのガンダムで強襲を仕掛ける。事前の予想では観艦式の開始から30分程で攻撃を実施、凡そ1時間程度の陽動で十分に隙が生まれるという見立てだったが現実はそう上手くは運ばない。

 

「どうか堪えて下さい。この作戦の肝はあの機体と少佐なのですから」

 

カリウス・オットー軍曹が穏やかな声音でそう諫めて来るのを見て、ガトーはその言葉に思わず弱音を漏らす。

 

「一体何時まで私はこうしているのだ。今この瞬間も私のために屍が積み上がっていく。その上に私は安穏と胡座をかいているだけではないか」

 

独立戦争におけるソロモンでの戦い、そしてそこからの撤退。上官、戦友、部下。戦いの中で多くを失いながら彼は未だに生き永らえている。その幸運を安易に受け入れられる程ガトーは割り切りの良い男ではなく、同時に積み上げた犠牲を理由に止まれる理性も持ち合わせていなかった。

 

「少佐、この海はまだ若いのです。波が収まるのは、まだ」

 

彼の弱音をカリウス軍曹が迂遠な言葉で否定する。温和な物腰であるが彼も自らの意志でこの場に参じている人間である。今更躊躇や逃避を許すような男ではない。ガトーは小さく息を吐くと改めて腹をくくる。

 

「そうだな、多くの英霊達が無駄死にでなかった事を、今ここで証明するのだ。私達の手によって!」

 

ガトーは自らに言い聞かせる様にそう言い放つと、悠然と放送を流し続けるモニターを睨み付けたのだった。

 

 

 

 

『あのー、少佐。良いんですかい?』

 

「まあ良くはないな」

 

如何にも消化不良といった声音でそう聞いてくるモンシア中尉に俺はそう返事をした。観艦式が始まって30分程だっただろうか?所属不明機が会場に接近しているとの一報から即座に状況はジオン残党との交戦に切り替わった。ミノフスキー粒子の散布と敵艦隊をコンペイ島の指揮所が確認したからだ。式には加わらず周辺の哨戒任務に当たっていた各部隊は即座にMSを展開して現在迎撃に当たっている。当然そちらに組み込まれている俺達アルビオン隊にもその情報は来ているが、俺は追加派遣されたコロンブスのMS隊のみを迎撃に充てているのだ。アルビオンどころかグレイファントムからもMSは出撃していないから、今頃シナプス大佐とローランド大佐は文句の一つも言われているだろうがそこは何とか上手く躱して貰いたい。

 

『いや、良くないなら出ましょうや?』

 

因みに交戦状態なのでパイロットは全員MSに搭乗待機している。俺の返事に呆れた声音で突っ込んだのはベイト中尉だ。自分達が優秀なパイロットである事を自覚しているからこその発言だろう。尤もだからこそ出し惜しみをしているんだが。

 

「…襲撃は式典の開始から30分後に始まった。中々考えているよな、開始直後じゃ何処もしっかり警戒しているから式典が始まって注意が分散された辺りで襲ってきたわけだ」

 

『その位は素人でも思いつきそうですが?』

 

俺の発言にアデル少尉が疑問を挟む。まあ聞きなさいな。

 

「ああ、思いつくのは素人でも出来る。だがな少尉、連中はそれを時間通りに、それも部隊単位で統率を保ったまま行っているんだ」

 

加えて迎撃部隊に徐々に押し返されているように見えるが、同時にそれは迎撃部隊が式典会場から引き離されていると言う意味でもある。まあ正直に言ってしまえば原作知識によるチートなんだが。

 

「更に言えばの襲撃方向だ、偏り過ぎていると思わないか?」

 

『そりゃ、艦隊襲撃のセオリーに則っている…!?』

 

言いかけてベイト中尉が息を呑んだ。連中は南天方向、つまり整列している艦隊の下側から攻撃を仕掛けている。宇宙世紀の艦艇は多少の差はあれど艦底方向の迎撃能力が低い。特に今は観艦式という事で艦を同一方向に向けて整列させているからコンバットボックスを構築している状況とではその差が歴然としている。だとしてもだ。

 

「これだけ戦力に開きがありゃ襲撃方向による防空能力の差なんて微々たるもんだ。なのに連中はご丁寧に教科書通りの戦いをしている。あれだけ統率が取れていて、ソロモンの悪夢が作戦に参加しているのにだ」

 

『つまりあの動きは陽動って事ですか!?』

 

「恐らくな、連中からすればMS1機をねじ込む隙間さえあれば良いんだ。なら陽動は散発的に行うよりも戦力を集中させて手薄な場所を作る方が理に適っていると思わないか?」

 

原作においてもガトーが出撃したのは連邦軍の手が飽和しかけた時だった。ただ問題は作中でガトーが新たに出現したポイントが正確に解らないし、今の状況が原作と同様とは限らない事だ。アルビオン隊の戦力が充実しているのもそうだが、コンペイ島の防空も原作より厚いように思える。同時に俺なら全体を監視できる位置に偵察機を置いて突入のタイミングを報せる位はするだろう。だから今この場に存在する最も足の速い部隊は温存する必要があるのだ。

 

『へっ、向こうの切り札にこっちも合わせるってぇ事ですかい』

 

『しかしこう隠れていては展開が遅れませんか?』

 

モンシア中尉が納得したのと同時にバニング大尉がそう懸念を示す。ペガサス級のMSカタパルトは2基で、これはアルビオンもグレイファントムも変わらない。そして格納庫から一旦エレベーターで持ち上げる構造だから格納庫で待機している全機体を射出するまで相応に時間が掛かるのだ。カタパルトと格納庫が直結しているムサイや後年のアレキサンドリアに比べれば瞬間的な展開能力は確かに劣っているが、あちらはあちらで出撃毎に格納庫の空気を回収するか、諦めて排気してしまうしかないため一長一短ではあるのだ。だから多少は頭を使う。

 

「だからこうして俺とウラキがエレベーター上で即応待機する必要があるわけだな。連中の狙いが2号機による核攻撃だとすれば、一番戦果を挙げられる所にぶち込みたいと考えるはずだ」

 

だから部隊で最も足の速い俺達が先行して行動を妨害する。その間に皆が追いついて包囲してしまえば無事終了というわけだ。

 

『ですが、少佐。この状況ではその発見自体が難しいのでは?』

 

既に会場の放送に影響が出る程度にはミノフスキー粒子もばらまかれているし、周辺のデブリが完全に除去出来ていないから光学的な索敵も万全ではない。そう、ウラキ少尉の言う通り普通の部隊ならここから1機だけで突撃してくるMSを見つけ出すのは極めて困難だろう、原作だって偶然攻撃衛星に引っかかったから見つけられたのだから。しかしそんなミリタリー風宇宙世紀の常識はオカルト全開のこの部隊には通用しない。

 

「大丈夫だ、ウチにはレーダーなんかよりよっぽど勘の良い奴が居るからな」

 

ララァ中尉とグリーンリバー少尉も俺達と同じ様にカタパルトで待機済みだ。向こうは防殻で覆われている分カタパルトが使えない場合の運用に難があるが、その分こうした隠蔽には向いている。艦同士のデータリンクも行われているから通信も問題ない。まあそんな不思議時空の常識なんて当然のように理解されるわけもなく、皆一様に怪訝な表情を浮かべる。おっとペッシェだけは微妙な表情だな、まあそうなるか。

 

「何というか、今のうちに慣れておくことを勧めるぞ?」

 

今回の一件でほぼ間違いなくコーウェン中将は失脚するから、その前にシナプス大佐を含めたアルビオン隊をオーガスタへ異動させるという取引があったらしい。流石にペガサス級を3隻も保有するのはヤバイのではと思ったが、上の方でエルラン中将が上手く立ち回ったのだろう。戦力が充実すればそれだけ色々と悪さも出来るからな。ともかく今後第13独立部隊に編入されるとなればこうしたNT頼りな戦法にも慣れて貰う必要がある。シミュレーターを玩具にしているせいでカミーユを筆頭にリタ達ミラクルチャイルド組やオーガスタの遺産達、挙げ句ムラサメ研の研究材料なんて出自の子供達が凄い勢いで操縦経験を積んでいるのだ。軍のNT研究にも繋がっているから止めさせる訳にもいかず日々NT同士がゲーム感覚で模擬戦を繰り広げている彼等は、今後間違いなく我が部隊が抱える戦力になるだろう。そんな彼等と隊伍を組むのだから、一々この程度で驚いていたら身が持たない。

 

『少佐!!』

 

「全機出撃!全機出撃!!」

 

『ちょ、アレン少佐!?』

 

そんな話をしている内に件の人物から通信が入る。俺は即座にそう叫びリフトを操作する。慌てた様子でオペレーターのピーター・スコット軍曹が声を掛けてきた。まあコンペイ島から何の連絡も無いし、当然アルビオン側の監視にも引っかかっていないだろうから当然とも言える態度だ。だが構わず機体を発進位置まで移動させれば、既にグレイファントムの方はNT-1改の発進を終えてエド達のジムスナイパーⅡが発進している。まあこの辺りは経験の差だろうから仕方が無いな。

 

「中尉!先導頼む!」

 

『はい!』

 

慌てて飛び出してきた1号機が俺の後ろに付くのを横目で確認しながら俺はフットペダルを踏み込む。追加装備で重量が増えていると言ってもララァ達が乗っているのはあのNT-1だ。現状リミッターを掛けられているMkⅡと比較しても遜色ない加速性を発揮し虚空を駆ける。それにしてもああいう手合いに対してNTは最悪の相手だとつくづく思う。なにせ連中は情動を優先して行動しているから思いの強さは人一倍だ。その大きな感情、特に害意を伴うものにNTは一際過敏なのだ。原作において強大な権限と軍事力を持ちながらも不安定な強化人間をティターンズが積極的に運用していたのは案外この辺りが理由だったりするのかもしれない。

 

「残念だったなテロリスト共」

 

連邦に一泡吹かせて凱旋か、はたまた気持ちよくあの世へ逝くなんて甘えた事を考えているんだろう?だが付き合わされるこっちはいい迷惑だし、そんな理由で殺されたんじゃ犠牲者だって浮かばれない。

 

「手前らの行く場所は天国でも地獄でもねえ、ブタ箱だ!」

 

モニターに捉えた不規則に動く光点達に向かって俺は叫ぶ。歴史の転換点は目前に迫っていた。




次回、遠慮会釈の無いガノタの口撃がガトーを襲う。
口喧嘩しながらのMSプロレスはガンダムの様式美だからね、仕方ないよね。


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117.0083/11/10

今月分です。


『白いMS!?が、ガンダム!?』

 

『落ち着け!二つ目ならどれも同じとは限らん!』

 

『隊形を維持しろ!少佐を守れ!!』

 

動揺を強引に押し切る様な声音と共に同道していたリックドムが増速する。それをガトーは奥歯を噛みしめながら黙って見送る。この作戦において最も重要なのは、自機が無事発射点に辿り着くことだからだ。その為に敵を引き付けて貰い、更には出撃を悟られぬよう信号弾も上げないという屈辱まで飲み込んだのだ。ここで飛び出せばその全てが無駄になるし、護衛を務めてくれている彼等の心意気を踏みにじる事になる。

 

「すまんっ!」

 

向かってくる敵機の頭を押さえる様に機動する友軍機、リックドムとF型で構成される彼等はパイロットこそベテラン揃いであったが、旧式の機体であることによる不利は否めない。

 

「1号機!?あの艦の部隊か!」

 

更に敵機が頭だけあの悪魔に肖ったまがい物では無いと相手に交ざっている機体から判別した彼は思わず叫ぶ。

 

「連中は本物だぞ!注意――」

 

シーマ・ガラハウ中佐からの報告によりあの艦への増援として、憎き木馬艦隊の片割れが合流していることは聞いていたし、連中が茨の園を襲撃したことも知っている。だからこその警告だったが、それはあまりにも遅すぎた。敵部隊とは明らかに異なる方向から放たれたビームによって陣形の両端を構成していた機体が一瞬で火球に変えられたのだ。

 

「伏兵だと!?」

 

ガトーは素早くセンサーを確認するがそれらしき反応は無い。そして状況は加速度的に悪化していく、接近してきた敵機が攻撃を始めたからだ。先制で2機を失い数的有利すら失った味方機は、次々と手足を撃ち抜かれ行動不能に追い込まれる。そして遂に個々の機影が十分判別出来る距離にまで敵機が近付いたとき、ノイズ混じりの一般回線にその声が響いた。

 

『死にたくなければ投降しろ!テロリスト共!』

 

 

 

 

「クソっ!改のビットは融通が利かないか!?」

 

爆発する敵機を見て俺はつい舌打ちをしてしまう。ララァ・スン中尉とライト・グリーンリバー少尉が搭乗しているNT-1改にはサイコミュ兵器である有線式ビットが装備されているのだが、こいつはジオン製の物とは少々機能に差がある。ジオンの物はパイロットであるNTがビットをフルコントロールしているのだが、彼等の機体に装備された物はパイロットは目標を選定するのみで後は専用の射撃システムが全てを行うのだ。まあ射撃システムなんて言ったが要はNT達が行った動作を学習させた教育型コンピューターなのだが。要は原作世界でインコムと呼ばれていた装備と有線式サイコミュの中間のような装備である。コンピューターの教育担当がアムロ・レイとララァ・スンというこれ以上無い環境だったから原作のそれに比べ動作は洗練されているし、何より非常にいやらしい攻撃をしてくる。問題は先程俺が口にしたとおり展開から照準までをコンピューターが勝手にするから手加減なんて出来ない事だ。器用に手足だけを撃ち抜いて行動不能にするなんて芸当は不可能だ。

 

『少佐!?』

 

「気にするな!一人残っていれば十分だ!」

 

ララァ中尉が躊躇いを含んだ声を上げる。ブリーフィングで捕虜を取る事を伝えていたからだろう、だから気にせず撃つように命じる。どうせ最後にはあの野郎が残るだろうからだ。しかし流石と言うべきか彼女達は即座に敵へと接近し、手持ちの武装による戦闘に切り替えてあっという間に敵機を無力化してしまう。本当に頼りになる奴らだ、戦闘ならもう俺とか要らないんじゃないかね?

 

「死にたくなければ投降しろ!テロリスト共!」

 

俺は投降を促すが当然従う奴は居ない。それどころか連中は信号弾を上げて仲間を呼び寄せ始めた。どう足掻いても2号機を送り込むつもりらしい。

 

「この距離で見つけてんだ!行かせるかよ!!ウラキ少尉!ロッテで追い込むぞ!!」

 

『了解!』

 

突破を試みる2号機に俺のMkⅡとウラキ少尉の1号機が食らいつく。牽制で放たれる90ミリマシンガンを回避しながら俺は挑発するように口を開いた。

 

「南極条約だなんだと喚いておいて自分達も使うんじゃねえか!よっぽど人殺しが好きと見えるなジオン野郎!」

 

言いながら俺も射撃を加えるが残念ながら外れてしまう。しかし強引に回避した2号機は大きく減速する事になった。

 

『行かせる訳にはいかない!!』

 

更に1号機の攻撃が加わった事で俺達は絡み合う様に機動を続ける。当然集中力を削ぐ為に罵倒も欠かさない。

 

「何がスペースノイドの心からなる希求だよ!?手前ら程スペースノイドを殺した連中なんていねえじゃねえか!反対する奴らを皆殺しにして代表面とは流石独裁者の狗はやることが違うな!?」

 

応答は無い。しかし奴が怒っているだろう事は解る。少しずつではあるが機体の動きが荒くなっているからだ。故に俺は奴にとって最も言われたくないであろう一言を口にする。

 

「挙げ句に国が決めた終戦協定を無視してテロリズムときたもんだ!それが一端の軍人がする事かよ!?」

 

明確な殺意を孕んだ射撃がMkⅡを襲う。咄嗟に構えた盾で防ぎつつ、更に俺は言い放つ。

 

「どうした?何も言い返せねえのは、手前も自覚しているって事か!?だとしたら救いようがねえ馬鹿野郎だな!」

 

『言わせておけば!』

 

…かかった。

 

『元を正せば貴様ら連邦がスペースノイドを蔑ろにしたのが原因ではないか!』

 

「はっ!だったらなんで他のサイドはお前達に同調しなかった?そしてお前達はそんな大多数のスペースノイドをどうしたんだよ!ああ!?」

 

『っ!』

 

なんだよ言い返せないのか?俺はまだまだ言いたいことが山ほどあるんだぜ。

 

「おっと悪かったな!ジオンにしてみりゃ連邦市民である事を望んだ奴なんてスペースノイドじゃなくて敵だもんなぁ!?それでこの後はサイド3でも襲うのか?自分の言う事を聞かない奴らは皆殺しがお前達のやり方なんだろう!?」

 

『私達を侮辱するか!』

 

「事実だろうが!そうじゃないというなら何故お前達は戦っている!?」

 

『独立戦争は終わってなどいないからだ!』

 

マジかよこいつ。俺は急速に心が冷えていくのを感じた。本音を言えば俺は少しだけ、本当に少しだけだがアナベル・ガトーに期待していたんだ。義理に篤く情がある、それでいて常に己を厳しく律する。そんな侍みたいなこの男は前世で俺のお気に入りの一人だったんだ。真面目過ぎたから、義理堅い男だから、命を救われた恩義に報いるためにエギーユ・デラーズなんかに間違っていると解っていて従っているんじゃないかって。自分の行動の歪さを指摘されれば、或いは思いとどまるまで行かなくてもこの場から逃げるくらいはするんじゃないかと思ってしまったんだ。だけどどうやら彼は完全にテロリストであるらしい。

 

「正気を疑う言葉だな、アナベル・ガトー。お前本気でそれを言っているのか?」

 

『何が言いたい!?』

 

「それを決めるのは軍人じゃない、政治家だ。ジオンはそんな事も知らない連中を軍人と呼んでいるのか?」

 

俺達軍隊は国家の暴力装置であり、その力が行使される戦争とは外交における最後の手段だ。つまり俺達は外交問題を暴力で解決するための手段であって、問題の是非を決める権利などありはしないのだ。そしてそれは民主主義国家だろうが独裁国家だろうが変わらない。

 

「それにお前達は重大な勘違いをしている。お前達はジオン共和国の連中を裏切り者の売国奴と批難したが、裏切ったのは彼等じゃない。お前達の方だ」

 

『我々を愚弄するか!』

 

愚弄?冗談じゃない。寝ぼけた連中にいい加減目を覚ませと言っているのさ。まあ、当人は夢から覚めたくないみたいだがな。

 

「戦争が外交の一手段である以上、その状況を踏まえて国家運営をするのが政治家の仕事だ。順序が逆なんだよ、彼等が降参してしまったから戦争に負けたんじゃない。お前達が負けて、もう駄目だとなったから政治家達は終戦協定にサインしたんだよ」

 

素早くビームライフルのマガジンを交換、射撃を加えつつ俺は距離を詰める。

 

「解るかアナベル・ガトー?お前達が勝てると信じたから政治家は戦争をした。だが負けたから降伏したんだ、次の機会へ繋げる為にな。それともお前は老人から幼子まで悉く戦って死ねとでも言うつもりか?お前達の失敗に付き合って全員潔く散れと?」

 

1号機の放ったビームを避ける為に2号機が強引な軌道を描く。そのせいでリミッターが掛かったのだろう、奴の動きが一瞬だけ単調なものに変化する。十分な隙だった。

 

「そう思っているなら今のお前達は何なんだ!?軍人としての責務も果たさず!敗北の現実も受け入れずに暴れる所業が!本当にスペースノイドの未来に繋がると考えているのか!?断言するぞアナベル・ガトー!お前達の行動はスペースノイドとアースノイドの軋轢を増やすだけの愚行だ!」

 

究極的に言うならば。彼等は1年戦争を引き起こした時点で間違っていたのだ。何故なら戦前は人類の過半数である90億人が宇宙に住んでおり、経済の中心は宇宙に移りつつあったのだから。敏感な商人の多くは名前こそ地球に残していたが、実質的な活動の中心はコロニーになっていたし、それに伴う資源の確保先だって宇宙になりつつあったのだ。もし戦争なんて起こらず、あのまま各サイドが存続していれば、地球は後70年なんて時間を掛ける事もなく地球とコロニーの力関係は逆転していただろう。尤もその時、スペースノイドが快適な生活を捨ててまで独立したいと考えるかは解らないが。

 

『っ!私達はっ!!』

 

「違うとでも言いたいか?だったらその足りない頭でよく考えてみろ!こんな事が本当にスペースノイドの未来に繋がるかをな!」

 

俺の言葉に2号機が振り返ると、奴は蔑むように口を開く。

 

『…ふっ、所詮貴様も視野の狭い連邦の走狗か』

 

「何だと!?」

 

俺が困惑の声を上げたのが余程彼の琴線を刺激したのだろう。調子を取り戻した口調で予定通り彼はこちらを罵ってきた。

 

『その様な近視眼的な思考で我らの行いを語るなど笑止千万!星の屑成就の暁に己の不明を恥じるがいい!!』

 

良し、上出来だ。後はこいつの核発射を止めるだけでいい。そしてそれはもう半ば達成している。

 

「そうかい!」

 

言うべき事は言い終えていた俺も短く返すとビームライフルを再び放つ。それは狙った通り2号機の脚部を撃ち抜いた。

 

『なっ!?』

 

おいおい、驚いている暇は無いぜ?

 

『撃て!撃墜許可は出ている!』

 

『包囲して集中砲火!!』

 

追いついてきたコリンズ少佐がそう叫ぶ。2号機に対する包囲は完成しようとしていた。




いったった。


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118.0083/11/10

「これは?」

 

「どうしたのか?」

 

オペレーターの不明瞭な言葉にグリーン・ワイアット大将は声を掛けた。ジオン残党の襲撃は予定通り行われ、対処は問題なく実行されている。しかし未だガンダム試作2号機は発見されていない以上、安易に油断は出来ない状況だ。

 

「はい、第6警戒区域に敵部隊が接触したのですが、既に友軍と交戦状態に入っています」

 

「第6か、近いな」

 

そう言って彼は頭の中の地図を探る。敵部隊の大半は第2警戒区域に集中しており、その他に散発的に仕掛けて来る陽動部隊もその両側にある区域だった。

 

「ヘボン少将の采配にしては随分と手際が良いな。交戦している部隊は何処か解るかね?」

 

会場の警備はコンペイ島鎮守府の司令官であるステファン・ヘボン少将が指揮を執っているが、ワイアットの中で彼の評価は低かった。実際ヘボン少将が采配している部隊は見事に陽動に釣られていたので間違っているとも言い難いのだが。

 

「確認します、…第3地球軌道艦隊所属、アルビオン隊です!」

 

「ふん?あの部隊か。存外鼻が利くのか…ああ、いや。確かエルラン中将のNT部隊が合流しているんだったな。成る程、使えるじゃないか」

 

NTと言う存在に懐疑的な人間は多い。ワイアット自身もア・バオア・クー戦で身を以て経験していなければ彼等の存在を信じなかっただろう。愉快そうに笑う彼に更なる朗報が届く。

 

「交戦中の敵に2号機が含まれている模様です!」

 

「おお、そうか!」

 

待ち望んだ報告にワイアットが弾んだ声で応じる。彼は一度咳払いをすると手を組み合わせモニターへと視線を送る。

 

「星の屑作戦か、言い得て妙な名だな」

 

星々の海に紛れ込んだ屑を引き寄せて一掃する好機。既にワイアットの思考は観艦式の先へと移っていた。

 

 

 

 

『少佐を守れぇ!』

 

『ジーク・ジオン!!』

 

『コイツら!?』

 

信号弾によって集まってきた残党が雄叫びを上げながらこちらへ向かって突撃をしてくる。それは端的に言って常軌を逸した行動だった。何しろ連中は2号機を逃がすために包囲していたこちらのMSに攻撃ではなく組み付く事を選択したのだ。標的にされたのはグレイファントムのペイカー中尉が率いている小隊だ。恐らく搭乗していたのがジム改で俺達の中で一番機体の運動性が低いからだろう。他からの攻撃も一切無視して行われた突撃で瞬く間に敵機が火球へと変わるが、その爆発による破片の雨を受けてペイカー隊は大きく回避してしまった。

 

「こっの!」

 

その隙を逃すほどアナベル・ガトーも間抜けではない。左脚を膝下から失いつつも2号機はバーニアを噴かせて突破をかけてきた。俺も即座にビームライフルを撃ちながら追撃を掛けるが、それを阻む連中がいた。

 

『ジィク!ジオォン!!!』

 

最初の攻撃で無力化されたと思っていたMSが強引に射線へ割り込んで来たのだ。

 

「しまっ!?」

 

手足を失ったリックドムが俺の放ったビームを諸に受ける。ガンダムのそれよりも出力の上がっているMkⅡのライフルは、そのエネルギーを存分に開放しリックドムの核融合炉も破壊した。恐らく最大稼働状態にしていたのだろう、視界が全て真っ白になる程の爆発が起きて、加速していた俺はその中へ飛び込んでしまう。機体が急激な温度上昇に警告をがなり立てるがどうしようもない。更にここで更なる不運が俺を襲った。

 

「バーニアがいかれただと!?」

 

MkⅡは現段階において突出した性能を持つMSだが、決してそれは問題が全くないという事と同義ではない。大出力のメインバーニアは高推力を実現した一方でAMBACでの制御が追いつかず、各部のアポジモーターによる補助が必須になってしまっている。勿論出力を絞ればその限りではないが、それでは2号機には追いつけない。

 

「ウラキ!キース!ペッシェ!追撃しろ!」

 

『ララァ中尉!お前も行け!』

 

俺の声にコリンズ少佐も同調しララァへ命じてくれる。

 

「すまん!頼んだ!」

 

更に寄ってくる手足を失ったMSを撃ち抜きながら俺はそう託さざるを得なかった。

 

 

 

 

『追撃しろ!』

 

アレン少佐の命令に、コウ・ウラキ少尉は躊躇なくフットペダルを踏み込んだ。後ろから蹴られたような加速が全身に掛かり、ガンダム試作1号機は彼の希望通りに前へと進む。

 

「アナベル・ガトー!」

 

追撃戦の最中、一度だけコウは彼と言葉を交わした事がある。その僅かな邂逅で彼がアナベル・ガトーと言う男に感じたのは強い信念と自信だった。高い技量を以て任務に挑む姿は正に理想的な軍人の様にすら思えたほどだ。

 

『ガトーさん!こんな事はもう止めて下さい!!』

 

一般回線にペッシェ・モンターニュ特務少尉の悲痛な叫びが響く。彼女は元ジオン兵だから、もしかしたら面識があるのかもしれない。そう考えるとコウは自分の中で不快感が増すのを感じた。

戦中奇跡的にも戦火を被らなかった上に戦後に任官した彼は戦争への考えが希薄だった。そもそも偶然輸送中のMSを目の当たりにし、興味を覚えなければ軍人にすらなっていなかっただろう。だからアナベル・ガトーが何を考えこの様な行為に及んだのか、アレン少佐がどんな思いでガトーを罵倒したのか、その多くを自分は理解出来ていないだろうと彼は考える。だがそんな事はどうでもいい事だ。

 

「当たれぇっ!」

 

彼等には彼等の正義があるように、コウにはコウなりの正義がある。戦いとはその正義を暴力によって押しつけ合う行為なのだ。相手を理解し妥協点を探るという地点はとうの昔に過ぎている。ならばコウとしても自らの正義を押し通せばいい。そして彼にとっての正義とはこの馬鹿げた虐殺を防ぐ事である。

叫びながら放ったビームはギリギリの所で躱される。その動きに彼は確信を持って二人に伝える。

 

「撃ち続けるんだ!」

 

2号機は包囲を突破する前にアレン少佐の攻撃によって左脚を失っている。単純な直進程度ならば推力の大半を腕部のバインダーに依存しているため問題はないようだが、複雑な回避となるとそうもいかない。これが仮に1号機であればまだ多少は誤魔化せたかもしれないが、2号機は既存の機体から大きく推力系のレイアウトが変わってしまっているため既存の機体からフィードバックされた損傷時の挙動変化を使用できず、制御側が処理しきれていないのだと彼は看破した。事実立て続けに攻撃を受けた事で2号機の挙動は次第に危うさを増し、そして遂にはシールドへビームが直撃する。

 

『あ、当たったのに!?』

 

戸惑いの声を上げたのはビームを放った張本人であるチャック・キース少尉だった。彼の言う通り確かにビームはシールドを直撃したが、シールド表面を僅かに変色させただけに留まる。

 

「もっとだ!」

 

しかしコウにしてみればこの程度は想定の範囲内だった。元々2号機は核攻撃の熱と衝撃に耐える設計なのだ、そこに加えてあの機体の側には専門の整備員まで控えているのだから、ビームに対する対策くらいはしてくるであろう事は想像に難くなかった。だがそれに対する解答は極めて単純である。

 

「まだだ!」

 

1発で無理ならば何発でも撃ち込めばいい。実際に2号機はアレン少佐の攻撃で損傷しているし、被弾しても問題ないのなら最初から回避などしていない。ならば後は壊れるまで繰り返すだけである。

 

『この様な所で潰えるわけには!』

 

苦しげな声が通信から聞こえてくるが、コウは躊躇なく引き金を引き続ける。アレン少佐によって訓練を受けた彼等は、テロリストへの対処を体に覚え込まされている。即ち、相手が武装解除して降伏を申し出てこないかぎり攻撃の手を緩めないと言うことだ。

 

『こんな事をして、何が変わるって言うんですかガトーさん!?』

 

『今更君と語る舌は持たん!』

 

まだ説得を諦めきれないのかペッシェが呼び掛けるが、返ってきたのは無情な言葉だった。

 

『そんなに戦争がしたいのかよ!?』

 

キースが涙声で叫ぶ。

 

『あれだけ殺して、殺されて!まだ足りないって言うのかよ!』

 

彼の使用しているビームガンは威力が低い。だからこそ敵は他の致命的なビームは回避し、避けきれないキースの攻撃をシールドで受けていた。だがそれは大きな判断ミスであった事をシールドが破壊される瞬間まで敵は気が付かなかったようだ。

 

『何!?』

 

操縦技能や状況判断、そして身体能力に工学知識。そのどれを取ってもキースはそれなりのパイロットだ。テストパイロットに選抜される程度には優秀であるが、一部のギフテッドやエースと呼ばれるような一流と比べればその能力はどれも見劣りすると言っていい。けれど彼はガンダムのパイロットに選ばれたのだ。たった一点、高い射撃技術を持っているというだけで。複雑に動き回る敵機のシールドヘピンホールショット並みの精度で撃ち込まれたビームによって、遂にシールドが耐熱限界を迎えて破壊する。格納されていたアトミックバズーカのバレルが虚空に飛び出し、それをつかみ取るべく2号機が手を伸ばす。

 

『させない!』

 

だがその腕はこれまで息を潜めていたララァ・スン中尉の放ったビームによって吹き飛ばされ、更にバレル自体も続けて放たれた攻撃によって真っ二つに折られてしまう。それを見て、コウは勝利を確信した。アトミックバズーカは砲口から発射することで核弾頭の最終安全装置を解除する構造だからだ。バレルを喪失した以上、2号機は搭載している弾頭を発射しても起爆する事が出来ないのだ。

 

「僕達の勝ちだ!」

 

『見事っ!しかし勝つのは私達だ!』

 

思わず口にした台詞にまさかの答えが返ってくる。そして2号機は腰に付けていたハンドグレネードを虚空へ放り、次の瞬間にはそれが炸裂して周囲を閃光が支配した。

 

『フラッシュバン!?』

 

『カメラがっ!?』

 

更にそこで予想外の事が起きる。

 

『っ!確保!』

 

2号機がコンテナから核弾頭を投棄したのだ。当然放置する訳にもいかず、唯一動けたララァ中尉が確保に向かう。その瞬間、ノイズ混じりの通信に緊張した声が響いた。

 

『未確認の大型機が急速接近!迎撃を!』

 

モニターが回復した瞬間、それはコウ達の前を高速で通過する。

 

「MA!?」

 

ジオン定番の濃緑色で塗装されたそれは観艦式の会場へ向かって一直線に向かっていく。そこへガトーの声が重なった。

 

『ソロモンよ!我々は帰ってきた!!』




アナベル君、ノリノリである。


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119.0083/11/10

遅くなりましたが今週分です。


「ひ、ぐぅ!」

 

装甲を叩く音にニック・オービルは漏れ出そうになった悲鳴を強引にかみ殺した。敵艦の攻撃に耐えるために増設された装甲でメインカメラ以外のカメラは全て塞がれてしまっているので、彼の視界は酷く限定されたものだった。

 

「まっすぐ行って、目標へ砲撃。まっすぐ行って、目標へ砲撃っ」

 

恐怖を紛らわせるよう、乗り込む前に艦長から言われた言葉を繰り返す。次の瞬間ロックオンアラートが鳴り響き、機体側面に増設されていたマルチランチャーがオートでビーム攪乱幕弾を発射する。彼の乗るMA、ラングは極めて高度に自動化されていた。

 

「か、簡単じゃないか。こんな任務!」

 

当初の予定ではこのMAにアナベル・ガトー少佐が2号機ごと乗込み、射撃地点まで移動する筈だった。しかし直前になってその計画は変更される。

 

「難しいのは敵防衛網を突破する事なのだ」

 

味方が陽動を掛けてくれるとは言っても元々が多勢に無勢、全ての敵を引き付けることなど不可能であるし、何より無人攻撃衛星の様な定位置に配置された防御設備は残ってしまう。ちょっとした輸送艇よりも大きいラングではこれらを避けて接近するなど出来ないのは明白だ。そして最大の懸念はシーマ艦隊から齎された木馬部隊の存在だった。

 

「戦場で一度だけまみえたことがあるが連中は勘が良い。気味が悪いほどにな」

 

故に、とガトー少佐は言う。2号機で突破を試みれば必ず敵は食いつかざるを得ない、核弾頭ごと奪った以上、放置すれば核攻撃が行われるのは確実だからだ。

 

「尤も私とてむざむざとやられるつもりはない。この機体はあくまで保険だ」

 

だとしても自分はろくに実戦も経験していない上に本職はメカニックであるとオービルが難色を示すと、艦長は笑ってそれを否定する。

 

「君は見事にあのガンダムを敵から奪ってみせた、我々はその技量を高く評価しているのだよ。それに操縦ならば心配することはない、ラングは新兵でも扱えるよう設計されている」

 

大戦末期のジオンは人的資源が払底していた。それこそ最新鋭のMSであったゲルググよりも、満足に練成されていない学徒兵の方が大切に輸送される程度にはである。当然パイロットの技量も開戦当時からすれば正に目を覆わんばかりに低下していたのだ。ラングはそうしたパイロットでも扱えるよう機能のほぼ全てを自動化していて、それこそスペースボートを操作できれば扱えるほどに簡略化されている。尤もそれは自動化によって運動性能が制限されていると言う事でもあるのだが。

 

「ソロモンに展開する連邦艦隊を痛打したとなれば、我が軍の歴史に名を刻む快挙となるだろう」

 

その言葉が最後の一押しとなりオービルはラングへの搭乗を承諾した。

 

「まさか制御ユニットがザクⅠとはな」

 

独立戦争当時すら旧式扱いであった機体が本来2号機を収める筈だった場所に鎮座しているのを見て思わずとオービルが言うと、整備員が笑いながらその理由を説明する。

 

「だからだよ、コイツは改修前に作業機送りになったから耐核装備が残ったままなんだ」

 

「それって大丈夫なのかい?」

 

作業機に送られる、つまり戦闘に耐えられないと判断された機体だと考えた彼がそう聞き返すと整備員は真面目な顔で返事をする。

 

「古い順に送られたから機体に問題があるわけじゃないよ。それにコイツは俺達が欠かさず面倒を見てたんだ、信用して欲しいね」

 

そもそも真面な補給先を持たないデラーズフリートにしてみれば動くMSと言うだけで十分貴重な戦力である。実際これよりも程度の良かったザクⅡなどは整備され戦線に復帰している。

 

「あ、ああ。疑ったわけじゃないんだ。悪かったよ」

 

こうして彼は敵艦隊へ向けて真っ直ぐに突入するという“特攻”を実行するに至ったのであった。無論そう誘導されたことに彼は最後まで気付いて居なかったが。

 

 

 

 

「MAか。資料には無かったが、どうやら彼女は完璧に信用されてはいなかったと言う事かな?用心深さはあるようだがそんな相手に作戦の中核を任せねばならないとは、敵ながら哀れなものだな」

 

MA出現の報を聞いても、グリーン・ワイアット大将は冷静さを保っていた。確かにMAは強力な兵器であるが、一年戦争当時の艦艇ならばともかく最新鋭の艦で編成されたこの艦隊にとっては大きな的でしかない。だが敵もある程度は織込み済みだったのだろう。小癪にも攪乱幕などを利用して距離を詰めて来る。

 

「ふむ、本来ならばセレモニーのトリを務めて貰うつもりだったのだがな。コンペイ島へ連絡、ジービッグ・ザッムに迎撃させたまえ」

 

「了解しました!」

 

ジービッグ・ザッム。ソロモン攻略戦においてドズル・ザビが乗込み最後の反抗を試みたMA、ビグ・ザムの残骸を連邦軍が回収し拠点防衛用兵器として再建造した機体である。表向きは敵性技術の解析と再利用であるが、本質的にはジオンの象徴とも言えるザビ家と因縁深い機体を連邦軍が運用することによる残党への心理効果を狙ったものだ。とは言うものの実際に破壊したパイロット達からの意見を踏まえて改良が施されたこの機体は元型機よりも優秀な性能を誇っている。

 

「残党共の希望を我々の走狗となったジオンの象徴が踏み砕く。中々に良い演出だろう?」

 

コンペイ島のスペースゲートから発進したジービッグ・ザッムを眺めながらワイアットは愉快そうに嗤う。2号機が逃亡した事は気がかりではあったが、報告から核弾頭を放棄しているとの事であったし、何よりも十分な損傷を与えたという。試作機であるあの機体を修復するにはそれこそ製造元の全面的な支援が必要であるから、万一再出撃が確認出来ればアナハイムへメスを入れることすら出来るだろう。

 

「あれも民間企業として些か分をわきまえていないようだからな」

 

営利団体である企業が利益を求めることを否定するつもりは無いが、社会不安を煽るような行動は看過できない。

 

「どうせならばこの機会に宇宙の大掃除といきたい所だな」

 

愚直に突進を続ける敵MAの正面へとジービッグ・ザッムが回り込み迎撃を始める。主砲同士の撃ち合いはIフィールドによる防御と攪乱幕による妨害で双方無力化。しかしその程度は織込み済みであるとジービッグ・ザッムの背面に生えた主砲が照準を定める。

 

「同等の機体同士による戦闘を想定しないのはジオンの悪い癖だな?」

 

ビーム兵器を無効化出来る機体が用意出来るならば、当然相手も用意しているであろうという考えの下、ジービッグ・ザッムは設計されている。尤も元型機がジオン製なのだから当然の対応ではあるのだが。長砲身の580mm連装砲が火を噴くと、敵MAの装甲が派手に吹き飛ぶ。それでも健気に突撃を続けた敵機はジービッグ・ザッムへ体当たりを敢行する。

 

「だが無意味だ」

 

ジービッグ・ザッムの脚部は元型機とことなり逆関節になっている。これは重力下での運用を想定せず、更に近接戦闘用のクローアームとして使用する事を前提としているからだ。案の定正面から突っ込んだ敵機はその両足に押さえ込まれ、速度を殺されていた。

 

「目標、速度が低下しています!」

 

「所詮は悪あがきだ。主砲回頭、望み通り一斉射撃で宇宙の藻屑にしてや――」

 

ワイアットがそう指示を出しかけた瞬間。敵MAの装甲が一部爆ぜ、中からMSが飛び出す。ロケットモーターをバックパックに括り付けられたそれは、戦中でも珍しかった旧式のザクだった。だが機体そのものよりも、その機体が携えていた武装を見てワイアットは目を剥いた。

 

「あれはっ!?撃ち落とせ!!」

 

普段見せることの無い焦りの表情に、ブリッジクルーは動揺してしまい一瞬動きが鈍る。それはごく僅かな時間であったが、バーミンガムの防空圏からそのザクが逃げ切るには十分な時間だった。モニター越しにその機体を見ながらワイアットは叫ぶ。

 

「あれは核バズーカだ!奴はカミカゼだ!」

 

耐爆仕様と言ってもザクに至近距離で爆発する核に耐えきれるだけの性能は無い。つまりあの機体は自分諸共この艦隊を道連れにするつもりなのだ。

 

「誰でもいい!奴を――」

 

言い切るよりも早く敵機がバズーカをバーミンガムへと向け、間を置かず砲口から核弾頭が発射される。バーミンガムのブリッジクルーは誰もが訪れるであろう破滅的な最後に絶望するが、その時一条の光が虚空を裂いた。

 

「何…?」

 

ザクの方向を睨んでいたワイアットは思わずそう漏らす。Mk82核弾頭は強力無比な兵器であるが、その直径は1mを僅かに超える程度である。10kmも離れれば放ったザクですら撃ち落とすのは困難であり、それよりも遙かに小さく高速で飛翔する弾頭を撃ち落とすなど、このミノフスキー粒子が溺れるほど蒔かれた昨今の戦場ではまず不可能と言って良い。だが現実はそんな常識を凌駕する。

 

「撃ち落としたのか?誰が?」

 

彼の疑問に答えるように再びビームの光が宇宙を切り裂くと、今度は発射した姿で固まっていたザクを貫いた。その残光を追うようにワイアットが視線を巡らせると、その先には白亜の艦が悠然と浮かんでいる。

 

「ガンダム…」

 

そしてその艦上、前方デッキの上に長大な武器を構えたMSが2機陣取っていたのだ。片方は今し方射撃を行ったのだろう、拡大されたモニター中でゆっくりと立ち上がるのが見て取れた。

 

「んんっ!諸君、呆けている場合では無いぞ。観艦式はまだ終わっていない」

 

突然の出来事に気持ちが追いつかず呆然としていたブリッジクルーに聞かせるよう、わざとらしく咳払いをしてワイアットはそう告げる。慌てた様子で動く彼等を見つめながら、ワイアットは深く座席に座り直しつつ小さく苦笑した。

 

「業腹だが、コーウェンの気持ちが少しだけ解った。確かにこれは肖りたくもなる」

 

他の艦のMSがまだ浮き足だっている中で、ホワイトベースとガンダムは堂々と閲兵の用意を済ませていた。それは正に神話の登場人物に相応しい立ち振る舞いであり、その実力が張り子で無い事もたった今証明されている。

 

「ガンダムか。少し考えを改める必要があるかもしれないな」

 

通常のMSよりも一回りは大きいそれをモニター越しに眺めながら彼は呟く。作ってしまった借りとガンダムを含むあの基地との付き合い方を素早く計算しながら、ワイアットはこの騒動の着地点を修正する。

 

「済まないが式典が終わった後、あの艦と少し話がしたい。ああ、それと紅茶が冷めてしまった、頼めるかな?」

 

紳士然とした態度で副官にそう彼は命じると、制帽を正しつつ彼は提督らしい笑みを浮かべて式の続きを執り行った。




また新しいガンダムかよ!?


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120.0083/11/10

「何とかなったかね?」

 

『ええ、後はアレン少佐に任せて大丈夫だと思います』

 

シートに深く身を預けながらカイ・シデン少尉は深々と溜息を吐いた。

 

「ポンポン核撃ちやがって。なぁにが南極条約違反だよ、戦中通して連邦が使ったことなんか一度もねえよ」

 

寧ろカイの主観から言えばオデッサでの一件も含めジオンの方が条約違反を繰り返している。トラブルとして無かったことにされた81年のマスドライバーによる地球砲撃だって厳密には違反行為なのだ。更に反論するならば、連邦は確かに核運用の新装備を開発したが南極条約に核兵器及び運用機体の新規開発及び製造を禁止する項目は存在しない。使う気があるから開発したのだろうと言われれば否定は難しいが、少なくとも明確に戦場で使用した連中に批難される筋合いは無いし同列に並べるものでもない。その様な二枚舌を平然と行っていながら連邦政府の腐敗を糾弾しても、共感を得られないばかりかスペースノイドの評価をただ下げるだけだと気付かない辺りに救いようのない愚かさを彼は感じる。

 

「宇宙に住んだくらいで人は変わらないってね」

 

宇宙移民を恐れて地球に留まり続ける人々に向けてアレン少佐が口にした言葉をカイは皮肉気に唱える。正にその通りだと彼は思う、宇宙に出たくらいで人間は別のものになんか変貌しないし、その逆に素晴らしい何かにだって進化しない。事実100年近い年月が経過しても、スペースノイドはアースノイドと争いを起こした。それは価値観や思考が同じ水準だからこその結果である。

 

「にしても毎度毎度肝が冷えるね。何でこう、いっつも俺達は核攻撃を阻止してんだか」

 

『案外偶然じゃないのかもしれないですよ』

 

閲兵の為に居住まいを正しつつ、アムロ・レイ中尉が不穏な台詞を吐く。それに対しカイは眉を寄せて返事をした。

 

「おいおい、運命だなんだなんてオカルトは勘弁だぜ?」

 

『そんなのじゃないですよ。でも、僕達がここに居るのは偶然で片付けられる事じゃ無いと思いませんか?』

 

コーウェン中将の派閥が行っているガンダム開発計画に対して競作という案をねじ込み、オーガスタ基地にて始まった次世代MS開発。当初は仕様要求に基づき彼等の乗るMkⅢも核武装を想定していた。これに対し運用状況が限定的すぎる、継戦能力に不安があるなどと難癖を付けて同等の戦力評価となるビーム兵器の搭載に仕様変更をさせたのはアレン少佐だ。仮に軍の要求通りに機体を開発していたら今回の攻撃を防ぐのは難しかっただろう。

 

「いや、でもあれはアムロの親父さん達だって納得してたじゃないか」

 

『あれは納得したんじゃなくて上手く乗せられたんですよ。親父達にしてみれば今回のガンダムは自分達の技術の高さをひけらかす絶好の機会なんです』

 

技術的難易度が高い方法で条件をクリアする事が正にそれに当たるのだとアムロ中尉は言う。

 

『本音で言えば親父達はジム改とカスタムのアップデートで十分だと考えているんです。だからどの機体も好き放題しているでしょう?』

 

アムロ中尉の言葉通り、MkⅡとⅢは辛うじて次世代MSと言い張れなくもないが、基地で建造されていたMkⅣは明らかに巫山戯すぎていた様にカイにも思えた。

 

『そもそも計画自体がアレン少佐の発案ですし、観艦式に僕達が先行したのも理由がありそうじゃないですか?』

 

「そりゃ考えすぎじゃないか?俺達の参加は向こうからの要請だろ?」

 

『だとしても増援が僕達ではなくてグレイファントムだったのはアレン少佐からの要請じゃないんですか?となれば少佐は僕達をここに配置したい意図があったと言う事です』

 

「んー…」

 

深読みのし過ぎだと笑い飛ばすのは簡単だ。しかしアムロ・レイは傑出した才能を誇るNTであり、件のアレン少佐は戦場においては異様と思える精度で状況を言い当ててくる。尤も本人はNTである事を否定しているし、実際に行った試験結果でも違うとのことだ。

 

「あれかね?いつもの悲観的観測の最悪を引いたってヤツ」

 

『そんな予測を出来る方がよっぽど普通じゃないと思いますけどね』

 

故に彼等はこの後少佐が事態はまだ収束していないと言い出しても驚くことは無かったのだった。

 

 

 

 

「観艦式の襲撃は失敗か、まあ妥当な所だろうさ」

 

粛々とコロニー強奪を進めながらシーマ・ガラハウ中佐は受け取った報告にそう評した。元々が寡兵で行う無茶な作戦なのだ。直属として動いていたソロモン戦以来のベテランはともかく、途中で合流したような連中の装備と練度は期待出来ない上に、襲撃がある事を事前に密告されているのだから、寧ろ成功した場合の方がシーマは頭を抱えただろう。

 

「その、シーマ様。準備が出来ましたが」

 

作業中だった部下からの合図にオペレーターがそう促してくる。モニターではなく艦橋の窓越しにコロニーを見つめ、シーマは目を細めた。

 

「……」

 

彼女は黙って手に握っていた扇子を振って砲撃の指示を出す。艦長も務めているデトローフ・コッセル大尉がそれに頷き砲撃指示を出した。即座に僚艦も含め数隻分の主砲がコロニーへと向けられ、ビームの光が宇宙を照らした。

 

「命中!対象のミラー、破断します!」

 

宇宙世紀における一般的なコロニーは開放型と密閉型と呼ばれる2種類だ。彼女達の故郷であるマハルの様に全周を完全に外殻で覆われている密閉型に対し、目の前の2基のコロニーは開放型と呼ばれる構造だ。こちらは外殻の3ヵ所が大きく開き、装備されたミラーからコロニー内に光を取り込む構造となっている。内部の温度調整や日照などを太陽に任せる事が出来るこの開放型コロニーは密閉型に比べ敷地面積が凡そ半分になってしまうと言うデメリットがあったものの、太陽光をそのままエネルギーとして用いることが出来るためライフサイクルコストに優れたコロニーとして多くのサイドで居住用コロニーとして利用されていた。今彼女達はその特徴的な3枚のミラーの内1枚をそれぞれのコロニーからもぎ取ったのである。

 

「予定時間は?」

 

「凡そ2時間後です!」

 

「信号弾を上げな」

 

シーマの言葉に即座に応じたオペレーターが機器を操作し、事前に決められた符丁の信号弾を打ち上げる。

 

「シーマ様…」

 

「黙ってな、デトローフ」

 

コロニーの強奪はシーマ艦隊のみで実行している。そして観艦式への襲撃にもデラーズの本隊は参加していない。先程の信号弾を確認した連絡員が報告に行き、初めて姿を現すという念の入れようだ。勿論茨の園を脱出した後の潜伏先はシーマには伝えられていない。その行動の一々が自分の保身のためにシーマ達を切り捨てた上官に重なり彼女の苛立ちを助長する。

 

「もう少し、もう少しの辛抱さね」

 

星の屑作戦の本命、即ちコロニー落としの段階となれば連中もコロニー護衛のために巣穴から出てくる。後はその首を手土産に渡りを付けてある連邦軍に寝返るだけだ。元々シーマ達はそのつもりでデラーズフリートへ参加したのである。その意味ではこちらを警戒していたアナベル・ガトー少佐の懸念は正しいと言えるし、正確な情報を自分に伝えないエギーユ・デラーズ中将もそれなりに注意は払っていると言えた。

 

「最後に笑うのは私達だ。だからお前達、気を抜くんじゃないよ!」

 

彼女はそう自らへ言い聞かせる様に部下を叱咤するのだった。

 

 

 

 

「…星の屑?」

 

「はい、通信記録を見て頂ければ解るのですが、アナベル・ガトーは交戦中にその様な事を言っていました」

 

『少佐、それは観艦式襲撃を指したものではないのか?』

 

ローランド大佐の疑問に俺は頭を振って否定する。

 

「奴は俺の観艦式の襲撃で何が変わるのか、と言う問いかけに星の屑成就の暁には己の不明を恥じろ、と言ってきました。観艦式の襲撃が目的ならばこの返事は不自然だと思いませんか?」

 

何せこっちは観艦式の襲撃では問題が悪化するだけだと先に述べているのだ。それに対して結果を見て判断しろという返しは会話が成り立っていない。

 

「因みに少佐は、どんな懸念をしているのかな?」

 

「…水天の涙作戦」

 

「何?」

 

「81年に発生したジオン残党による月から地球へ向けた質量弾攻撃作戦です。防衛していたマスドライバー施設を残党ごときに占拠されたという不祥事を隠す為に事故として処理されましたがね」

 

「つまり再び月が狙われると?」

 

シナプス艦長の答えに俺は再び頭を振ると、星の屑の本命を切り出した。

 

「重要なのは内容ではなく、作戦名です。水天の涙と言うのは地球にあった国家の言葉で流星を指したものだったそうなのです。そして今回の言葉、星の屑です」

 

『まて、少佐。連中はまさか!』

 

星屑ではなく星の屑。

 

「隕石というのは星になり損なった残り屑だそうですね。正に星の屑と言うわけです」

 

「いや、しかし隕石となれば相応の大きさだろう?そんなものが移動すれば連邦の監視に引っかからないはずが…」

 

「ええ、ですから連中はもっと手軽に落とせる物で代用するんじゃないでしょうか。既に移動手段が備えられていて、相応の質量を持つ物。我々はそれを既に知っています」

 

「…コロニー?」

 

俺の言葉にオペレーターのジャクリーヌ・シモン軍曹がそう呟く。その声は実に良く艦橋内に響いた。そして事態は更に加速していく。

 

「こ、コンペイ島司令部より通信です!デラーズフリートが移送中のコロニーを襲撃し奪取したとの事です!」

 

もう一人のオペレーターであるピーター・スコット軍曹の悲鳴のような報告に、俺はこの巫山戯た騒動がいよいよ佳境に突入したのだと実感するのだった。




どいつもこいつも運命の分かれ道。

以下作者の自慰設定

ガンダムMkⅢ
83年に実施されたガンダム開発計画の競作として設計開発されたMS、アナハイム側が○号機と呼称するのに対し、こちらはガンダムを受け継ぐ機体としてMkの呼称を用いている。本機は開発プランにおける敵拠点強襲用MSに該当する機体であり、ガンダム試作2号機の競作機である。同機はオーガスタ基地の研究開発チームに所属するM・ナガノ少尉を中心に開発が進められた。アナハイムが仕様要求に基づき戦術核の運用に特化したMSを完成させた一方で、MkⅢは同等の戦果を上げうる火砲を装備する事で解決を図っている。これは旧来の連邦系企業を抱き込んだことでビーム兵器開発においてアナハイムに先んじていたことによる選択であったが、開発は難航し結局試作段階での達成は叶わなかった。また大出力のビーム兵器を運用する都合上必然的に機材の大型化が避けられず、機体そのものも25mと既存艦艇で運用しうる限界に近いサイズとなっている。また特徴として両肩に装備されたフレキシブルバインダーと砲戦能力を確保する為に大型化したセンサー類を収めたことで大型化した頭部が上げられる。特にコック帽のように延長された頭部は印象的だったためか正式名よりもシェフハットのあだ名の方が有名になった。加えてビーム兵器の台頭に伴い装甲で耐えるという設計思想そのものが破綻しつつあったため、従来のモノコック構造とは異なる新機軸の機体構造をMkⅡ同様に採用している。可動域ではMkⅡに劣る一方剛性では勝ることから極めて拡張性が高く、ガンダムの名を持つ機体としては最も長期間にわたって第一線で運用の続けられた機体となった。後に恐竜進化したMSの始点にして頂点と呼ばれる事となる。

バスターランチャー
MkⅢの主兵装として設計された大出力ビーム砲。初期・中期・後期の3モデルが存在し後期モデルはコロニーレーザーの1/5というMSの搭載火器としては規格外の火力を誇っている。実戦においては83年に行われた連邦宇宙軍観艦式襲撃事件において初期型が使用され、合計2回の射撃が行われた。このモデルは戦中に製造されたメガ・ビーム・ランチャーの収束率を向上させ出力の安定を図ったタイプであり、侵入した敵MSを撃墜している。中期以降のモデルでは高出力化によって腕部にエネルギー供給回路を修める事が困難となった事に加え、武装そのものが大型化した事もあり、機体股間部にエネルギー供給バイパスを内蔵した専用のサブアームを接続して運用されるため、このシステムを持たない機種では運用が不可能となってしまい、実質MkⅢの専用装備となってしまった。
しかしこの頃になると技術の普及によって運用母体であるMkⅢの調達コストが低下しており、母機共々数十機が製造され連邦軍各部隊に配備されている。

デザインイメージは勿論M・ナガノ先生の傑作、エル○イムMkⅡ。


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121.0083/11/11

今気が付いたんですが、昨日で投稿1周年でした。皆さんお読み頂きありがとうございます。そんなわけでお礼投稿。


「どうしたアレン少佐?まだ思う所があるなら今のうちに言ってくれ」

 

コロニー奪還のため、今コンペイ島では各艦が急ピッチで出撃を進めている。それを見ながら眉を寄せていたら、少し疲労の滲んだ声音でエイパー・シナプス大佐がそう聞いてきた。だから俺は素直に懸念を口にする。

 

「いや、連中の意図が読めないなと」

 

「少佐の言う通りコロニー落としではないのかね?」

 

次々と出撃していく艦隊は皆一様に月へと向かっていく。それはそうだ、現在連中が奪ったコロニーは月への落下軌道を取っているのだから。強奪された2基のコロニーはそれぞれミラーが吹き飛ばされた結果自転に偏心が生まれ、遂には衝突し片方は宇宙の彼方へ、そしてもう一基は前述の通り月へと向かった。

 

「コロニー落としは間違いないと思っています。思っていますが、その目標が月である事に違和感を覚えます」

 

原作ではこの月へのコロニー落としはブラフだった。月に落とすと見せかけてフォン・ブラウン市、正確に言えばアナハイムエレクトロニクス社を恫喝し、艦艇用のレーザー推進器によるエネルギー供給を行わせる。これによりコロニーは再加速し地球への落下軌道に入る。だがそれは俺だけが知っている事で、しかも確たる証拠は何もないのだ。だが、ここで手を打たねば最悪コロニーが地球に落ちる事になり、そうなればスペースノイドとアースノイドの確執をより悪化させるティターンズが生まれる可能性が出てきてしまう。安全で平穏な人生を望んでいる身としてはこの後何年も戦い続けるなんて冗談じゃねえのである。

 

「フォン・ブラウンは戦中も中立都市でした。確かにコロニーが落ちれば連邦軍の不手際は責められるでしょうが、それよりも実行者の方が恨まれるのが当然の道理です。自分にはこれが連中の言うスペースノイドの独立にどう結び付くのかが解らないのです」

 

「むう、確かにそれはある。だが事実コロニーは月に落下しようとしている」

 

大佐が歯切れの悪い理由として、連中がコロニー落としを実行してしまうテロリストであるという事がある。南極条約違反をあれだけ罵っておいて平然と自分達はそれを破る支離滅裂な行動に、常識的な判断を当てはめて良いか迷っているのだろう。もしその心理効果も狙ってあの演説をしているならエギーユ・デラーズは大した役者である。

 

「そうなのですが、エギーユ・デラーズはあのギレン・ザビの親衛隊でグワジン級を任されていたと聞いています。そんな地位に就ける男が月に落とした程度で連邦に一矢報いたと考えるでしょうか?」

 

他の残党や反地球連邦思想の持ち主が後に続こうと考えるにはもっと大きな戦果が、自分達でも連邦に刃向かえるかもしれないという結果が必要であると俺は考える。その意味で地球へのコロニー落とし成功はこの上ない戦果と言えるだろう。

 

「シナプス艦長!コーウェン中将からのレーザー通信です!」

 

「こんな状況でか?」

 

シナプス大佐が戸惑いつつ通信に応じると、モニターには同じく困惑した表情のコーウェン中将が映し出された。

 

『任務ご苦労だったシナプス大佐』

 

「はい、いいえ中将。2号機は未だ逃亡中でありますから、我々の任務は終わっておりません」

 

『だが核弾頭は奪還したのだろう?2号機もアトミックバズーカを喪失したと報告を受けている。ならば君達の2号機追撃の任務は完了したと言って良いだろう』

 

本人も全くそう思っていないだろう表情で中将は続ける。

 

『故に諸君には本来の任務、ガンダムの性能評価試験に戻って貰う。ついては――』

 

「お待ちください中将!この状況で我々にデラーズフリート追撃から外れろと仰るのですか!?」

 

突然の命令に艦長席から立ち上がりながらシナプス大佐がそう問いかける。対してコーウェン中将は制帽で目元を隠しながら口を開く。

 

『観艦式が襲撃された以上、この問題は連邦軍全体で対処する事が決定した。デラーズフリート追討は第1連合艦隊が中心で行うとの通達が来ている』

 

第1連合艦隊はルナツーを根拠地とする連邦宇宙軍の中核部隊、つまりはグリーン・ワイアット大将の艦隊だ。確かに宇宙軍の主力が動くのなら試作機だらけの俺達などお呼びではないだろう。だが、どうにもタイミングが良すぎる気がする。

 

『君達はアナハイムの保有するドック艦、ラビアンローズにて残るガンダム試作3号機を受領後現地宙域にて評価試験を行うように。ああ、それとこの試験にはグレイファントム及びホワイトベースも同道して貰うことになっている』

 

俺達だけじゃなくホワイトベースも?こりゃ確定だな。この命令を出した奴、恐らくワイアット大将だと思うが、彼は星の屑作戦の攻撃目標が何処か知っている。

 

「しかし、中将!」

 

『シナプス大佐、これは決定事項だ。復唱したまえ』

 

「…っ、了解、しました!」

 

そんな遣り取りを見て俺は内心溜息を漏らしてしまった。こりゃコーウェン中将はワイアット大将から完全に切られていると考えたからだ。恐らく彼の出したテストを中将はクリア出来なかったのだろう。まあコーウェン中将は現場慣れしていないし、裏の意図を読むなんてのも上手くなさそうだからな。

 

「失礼します、発言をしても宜しいでしょうか?」

 

『…何だろうか、ディック・アレン少佐?』

 

「試験中に不測の事態が発生した場合、我々はどの様にすべきでありましょう?」

 

『ん?不測の事態とは?』

 

いや、この人良く中将に成れたな?ちょっと思考が真っ直ぐ過ぎないか?これでどうやってジャブローの権力争いに勝てたんだ?

 

「そうですね、例えばデラーズフリートの別働隊などの動きを察知した場合でしょうか」

 

「少佐?」

 

『この期に及んでまだ連中は隠し球があると?』

 

「隠し球、というよりは最終手段でしょうか。今宇宙軍の目はコロニーに集中しています。この状況で突入艇の1隻もあればコロニー落とし程ではないにせよ、地球へ打撃を与えることは十分可能です」

 

『カミカゼをやると?』

 

「実際に連中は観艦式で実行しています。それに連中の持っている核がもう無いとは限りません」

 

実際に観艦式で2発目が使われたのだからこれを完全には否定出来ない。尤も俺としてはこの線は薄いと思う、それこそ10発まで行かなくてもMk82の威力なら地球の都市一つを焼くくらい簡単なのだ。そしてコロニーを落とすよりも数発の核をバラバラに地球へ送り込む方が遙かに難易度は低い。

 

「しかし少佐、それならもっと早くに連中は核攻撃を行っていたのではないか?」

 

「恐らくですがそこが連中なりのラインだったのでしょう。一年戦争に拘っている奴らのことですから、自分から先に条約違反をする事に抵抗があったのだと思います。ですが2号機を我々が製造した以上、もうそのブレーキはありません」

 

『…それは君の予言かね?』

 

「悲観的観測に基づく想定と言うヤツです。尤もこれは最悪ではありませんが」

 

俺がそう言い返すとコーウェン中将は心底嫌そうな顔で口を開く。

 

『まだこの上があると?』

 

ありますとも、そしてそれは多分現実になる。だから俺達は間に合う場所に配置されるんだからな。

 

「ええ、最悪は月に向かっているコロニーがどうにかして地球に落ちる事ですね」

 

俺の言葉に横にいたシナプス大佐すら目を見開いた。そうだよな、どうやったらそんな事が出来るんだって話だものな。でもさあ、

 

「奪取されたコロニーは移送の為にエンジンが活性化されていた筈です。ならばどうにかしてエネルギーさえ供給出来れば、再加速を行い月の引力圏から離脱出来ます」

 

『それは、そうだが。そのエネルギーを何処から調達すると言うのだ!?』

 

オイオイ、もう解っているだろう?

 

「フォン・ブラウン市ですよ。追撃している艦隊は間に合うでしょうが、それを理解出来ているのは我々軍人だけです。戦中に中立を宣言した彼等が軍の到着を信じてテロリストの恫喝に屈しないでいられるとは思えません」

 

「フォン・ブラウンにはアナハイムが保有している艦艇用のレーザー推進充填器がある…」

 

シナプス大佐が呻く様にそう口にすると、艦橋に緊張が走る。

 

「直ぐに第1連合艦隊に連絡をっ」

 

いや、要らんよ。

 

「恐らくあちらも気付いていますよ。この問題の厄介な所はそうであっても月への落下軌道を取っている以上追撃しないわけにはいかないという事です。地球に落とそうと考えているというのは推測であり、本当に月へ落とさないという保証は何処にも無いんですから」

 

さて、その上でだ。

 

「重ねて申し上げます中将閣下。不測の事態が発生した場合、我々はどの様にしたら宜しいでしょうか?」

 

ラビアンローズは3号機のテストの為に地球近傍まで移動していた。つまりコロニーが再加速して地球への落下軌道に入った場合、最も速く追撃できる位置に俺達はこれから移動するのだ。

 

『暫し待て』

 

コーウェン中将は短くそう言い残すと一度モニターから消えた。そして暫くしてから渋面で戻ってくる。

 

『待たせた。万一その様な事態が発生した場合、諸君は第1連合艦隊と協同し事態の収束のため行動するように。…これで良いかな、少佐?』

 

すみませんね、なんか言わせたみたいになっちゃって。でもこれで俺達の独断専行にはならなくなったから、後はコロニーを奪還するだけだ。そしてそれは難しい事じゃないと確信している。何せもう遠慮は一切要らないからだ。俺が無言で敬礼すると、横でそれを見ていたシナプス艦長が一度天井を仰ぎ見た後、真面目な表情で口を開く。

 

「任務拝命いたしました。これより本艦は3号機受領のためラビアンローズへ向けて出発致します」

 

こうして俺達は一見見当違いの方向へ脚を進める事になる。だがその静けさは正に嵐の前のというヤツだった。




0083もいよいよ佳境。もうちょっとだけお付き合い下さい。


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122.0083/11/11

遅くなりましたが今週分です。


アルビオン隊がラビアンローズへと向かう中、観艦式を襲撃したデラーズフリートの残存部隊は本隊との合流を果たしており、その中にはアナベル・ガトーの姿もあった。

 

「無事戻ったのだね、少佐」

 

「汗顔の至りです。貴重な戦力を失ったばかりか、作戦を成功に導く事すら出来ず…」

 

旗艦であるグワデンのエレベーター内、極秘裏に接触していたアクシズ艦隊のユーリー・ハスラー少将から掛けられた言葉に、彼は忸怩たる思いでそう答えた。ガンダム試作2号機とMAラングによる二段構えの攻撃、これにガトーは相応の勝算を見出していたのだ。事実ラングは発射点まで辿り着き、もう少しで作戦は成功する筈だったのだ。

 

「連邦の悪魔、その名に相応しい悪運の持ち主です」

 

まがい物のビグザムとの交戦でラングの発射機構が故障、止むをえずオービルはラングから機体を切り離し文字通りの挺身を見せてくれた。しかしそれすらあの悪魔達は阻んだのだ。

 

「オービル見ていろ。貴様の無念も、我々が晴らす」

 

実際にはラングに核弾頭を発射する機能など存在せず、調整を施した整備班達がガトーに心変わりをさせぬよう口裏を合わせていた。オービルは才能のある若者であったが、それを鼻に掛けるきらいがあり、現場の整備員達に尊大な態度を無意識に取っていた事も状況を後押ししていたのだった。勿論そんな事を知らないガトーは、また自分の不甲斐なさが戦友の命を奪ったのだと自責の念を連邦への反骨心に変換している。

 

「その意気ならば、これを君達に託す価値がある」

 

エレベーターが停止し二人がグワデンの格納庫へ出ると、そこには巨大なMAが鎮座していた。

 

「素晴らしい…、まるでジオンの精神が形になったようだ」

 

感嘆の溜息を漏らしながらガトーはMAをそう評した。

 

「AMX-002、ノイエ・ジールだ。少佐ならば使いこなせるだろう、この位しか出来ない我々を許して欲しい」

 

「とんでもありません。助太刀感謝致します。…そして事が成った暁には」

 

「…ああ」

 

コロニー落としの為にデラーズフリートは手持ちの戦力を全て投入した。加えて唯一の拠点だった茨の園も既に敵の手に落ちている。つまり作戦成功後に彼等は戻る場所が無いのだ。その受け皿をデラーズフリートはアクシズに求めていた。ガトーの言葉にハスラー少将はそう頷くと、ノイエ・ジールから視線をガトーへと移し口を開いた。

 

「私はこれで失礼するよ、少佐。武運を祈っている」

 

「ありがとうございます!」

 

そう言って敬礼をしつつ少将を見送ったガトーは気が付いていなかった。ハスラー少将が作戦成功後に脱出する兵士の回収を確約しなかった事を。

 

 

 

 

「連邦の艦隊は追ってきているんだね?」

 

「へい、かなりの大部隊です」

 

「…少し速いね」

 

加速を続けている事を示す噴射光を確認し、シーマ・ガラハウ中佐はそう判断した。デラーズの居る本隊との合流は月での再加速を終えた後である。これは単純にデラーズフリートの台所事情の問題だ。作戦成功後アステロイドベルトまでの逃亡を考えている彼等は出来る限り推進剤を節約したいという思いがある。故に艦隊の全力行動はできる限り短時間で済ませたいのだ。その分シーマ達の負担が増えるのだが、それは今後報いるという実に信憑性の低い言葉で保証されていた。

 

「デトローフ、クルトの奴は出せるか?」

 

「5分頂ければ」

 

その返事に彼女は頷きつつ命じる。

 

「鼻先へ適当に機雷でもばらまいてこさせろ。…今後はお仲間になるんだ、あまり手荒な事はしたくないからねぇ」

 

シーマの言葉で艦橋に笑い声が響く。本気で殺しに来ている相手に加減して戦えなどという命令は滅茶苦茶ではあるが、それを行えるだけの実力が自分達にはあると彼等は自負していたからこその反応だ。

 

「まだ獲物が掛かっちゃいないんだ。ここで捕まる訳にはいかないんだよ」

 

彼等に提示されている寝返り受け入れはエギーユ・デラーズの身柄引渡しが条件として含まれている。連邦軍としてもこのまま奴が再び潜伏する事など望んでいないだろう。尤も、そんな事情は追撃してきている連中には伝えられていないようだが。

 

「デラーズはあれで用心深いからね」

 

連邦艦隊が本気でシーマ達を追撃しなければ、警戒心から内通を疑いかねない。

 

「ヴァル・ヴァロ、出ます!」

 

艦底側のハッチが開き、中から赤いMAが飛び出す。茨の園で修復を受けたヴァル・ヴァロは鋭い弧を描きながら連邦艦隊へと向かう。

 

「これで時間稼ぎは十分、後は月の説得だね」

 

そう口にはしたものの、そちらについてシーマは楽観していた。何しろ月の連中は自らをルナリアンと呼称する程度にはスペースノイドと同じくアースノイドからも距離を取っている。もっと言ってしまえば、自分達の利益以外の事など知った事かというのが連中の姿勢なのだ。故に放置すれば自分達が危険になると言う状況でこちらへの協力を拒む事はまずあり得ない。それどころか余計な危険に晒されたと地球へ損害補てんを請求するくらいはやってのけるだろう。

 

「仕上げの準備もしなくちゃねぇ?お前達、装備の点検はしっかりしておくんだよ!」

 

眼前に迫る月を見ながら、シーマはそう部下達へ命じるのだった。

 

 

 

 

「MkⅡは使えないか」

 

「残念ですがアルビオンの設備では手が施せませんね」

 

ガンダム試作3号機を受領するためにラビアンローズへと向かう途中、俺はアルビオンの格納庫で自機を見上げながらそう報告を受けていた。

 

「寧ろMkⅡだからこの程度で済んだと言うべきですね。ジムだったら今頃死んでましたよ」

 

至近距離で受けた自爆攻撃は俺が思っていたよりも遙かに深刻なダメージをMkⅡに与えていた。姿勢制御用のバーニア関連が損傷しただけだと思っていたのだが、実際にはそれらの可動部が熱で溶着、更には幾つかの燃料排出弁が作動していた。これは機体が異常過熱した場合などに推進剤が誘爆しないように推進剤が膨張するなどして一定の圧が掛かると作動するのだが、メインバーニアのものがやはり溶着してしまっていてバックパック内の貯蔵タンクに亀裂が発生してしまっていたのだ。幸い万一爆発したとしてもムーバブルフレームを採用しているMkⅡはこれらのパーツを全て機体外にユニットとして外付けにしているのでパイロットが危険に晒される事はない。逆説的に言えばセミモノコック方式を用いているMSだったら最悪内部で燃料が爆発し、内側から焼かれて死ぬなんて可能性もある。

 

「まあ、最悪の状況で見つからなかっただけマシかね?」

 

「自爆攻撃なんてそうそう受けないと思いたいんですけどね」

 

どうかな。なにせ残党になる奴なんてのは軍律や交戦条約よりも自分の信念とやらを優先するような連中だ。いつの間にかそれが自分の生死よりも重要になっているなんて奴もそれなりの数になるだろう。何故なら彼等にはもうそれ以上守るべきモノが残っていないからだ。

 

「直らないなら仕方ないな」

 

そう言って俺は隣に駐機してあるパワード・ジムへと視線を送る。

 

「一応アナハイムの試作機を使うって手もありますよ?」

 

ロスマン中尉の提案に俺は頭を振る。

 

「仕様を見たがありゃ特殊過ぎる。俺じゃ乗るだけで精一杯だよ」

 

3号機の本体はともかく性能を最大限引き出そうと言うのなら俺は完全に力不足だ。テストパイロットの経験は長いから乗れない事はないだろうが、あれの特性はMSと言うより極めて煩雑なMAである。確認した限りだと原作通りに単座で運用するようだから、乗りこなせるのは本当にウラキ少尉くらいだろう。

 

「耐G適性が高いのは最低ライン。そこから状況に応じて複雑な操作をMSを介してMAを操作するなんて、これを考えた奴はなんでこれで大丈夫だと思ったんだ?」

 

そしてアナハイムは良くこれに承認印を押したな。事前に送られてきた機体のデータを思い出し、俺は溜息を吐く。ついでに言えば俺達の本来与えられている任務はコイツの性能評価だから放置するわけにもいかない。

 

「…これ絶対MAじゃ予算通らないから、ガンダムの追加装備でゴリ押したヤツですよね」

 

コーウェン中将も途中で確認しなかったのか?こんな仕様じゃどう考えても持て余すだろうに。

 

「任せるとしたらウラキ少尉だな」

 

「そうなると1号機が余りますね、そっちに乗ります?」

 

「いや、1号機はモンシア中尉に任せる」

 

「え?バニング大尉ではなくですか?」

 

驚いた様子のロスマン中尉に、俺は声を潜めてその理由を告げる。

 

「…モズリー大尉から連絡があってな。バニング大尉はMSに乗れる状態じゃないそうだ」

 

その言葉にロスマン中尉は驚いた顔になる。オーストラリアでの怪我は治っていたし、本人はそんな素振りを見せなかったからだ。多分指揮官や年長者としての責任感から来る行動なんだろうが、ドクターストップが掛かっている事を黙っているのはいただけない。

 

「第1小隊の指揮はベイト中尉に執って貰うから、そうなると適任はモンシア中尉になる」

 

小隊の指揮を執りつつあのじゃじゃ馬を扱うのは骨が折れるだろうからな。

 

「なーに、最悪アルビオン隊が使い物にならなくても何とかなるさ、MkⅣも宇宙へ上げたみたいだしな」

 

それに第1連合艦隊の動きだ。コロニーの追撃はヘボン少将が指揮を執っていて、しかも原作通り艦隊の三分の一が当たっている。じゃあ残りはどうしているかと言えば本来の任務に復帰したのが半数。そしてバーミンガムを含めルナツーへ戻ると見せつつ地球軌道艦隊と合流しようとしているのが半数だ。ジービッグ・ザッムも持ち出しているらしいから、コロニー奪還の本番は確実に怪獣大戦争みたいな絵面になるだろう。

 

「第1連合艦隊の動きからして、俺達はコロニー奪還の本命なんかじゃないって事だからな。精々こんなつまらん事で死なない様、程々に頑張るくらいが丁度良いさ」

 

俺は笑ってロスマン中尉にそう言った。



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123.0083/11/11

書く事が、書く事が多い!


「こっちだって何も好き好んで月へ落としたいってわけじゃないさね。解るだろう?」

 

渋面でこちらを睨み付けてくるフォン・ブラウン市の代表者達へシーマ・ガラハウは嫌らしい笑みを浮かべながらそう口にする。しかし彼女は内心焦りを覚えていた。本来ならばアナハイムの代表として出席しているはずであったオサリバンの姿がなかったからだ。

 

(オサリバンめ、しくじったか!?)

 

鷹揚に振る舞いつつもシーマは内心でそう罵った。本来の予定では彼女の恫喝にオサリバンが積極的に同意する事で議論の余地を与えずにエネルギー供給を実行する筈だったのだ。オサリバンがこの場にいない原因はニック・オービルである。テロリストとの内通者を雇用していた程度ならば簡単な取調べで終了していたのだが、オービルがデラーズフリートに合流した上に、彼が強奪したガンダム2号機が観艦式襲撃に使われた事で連邦軍情報部がアナハイムエレクトロニクスの軍需部門に切り込んで来たのである。当然責任者である彼は説明責任があるとしてその身柄を事実上拘束されていたのだ。

 

「悩んでいる所で悪いが、こっちも追われる身でねえ?悠長に待ってやる事は出来ないんだよ。こっちの頼みが聞けないって言うなら、悪いけど死んで貰うよ」

 

そもそも強奪したコロニーには最終調整用の推進剤以外残されていない。ここで彼等が拒否した場合、シーマ達としても月に落とす以外の選択肢は残されていないのだ。故にそれを端的に伝えると、フォン・ブラウン側の代表達は実に解りやすい反応を示してくれた。

 

『同じスペースノイドだろう…!』

 

こちらを批難しながら、しかし彼等は生き残る為にエネルギー供給の手配を始める。それを満足気に眺めながらシーマは実にルナリアンらしい立ち振る舞いだと冷笑せずにはいられなかった。開戦以前、繰り返し行われたジオンからの協力要請に対して彼等は良識ある地球連邦の一員として要請には応じられないと拒絶した。そして戦争が始まりジオンが優勢と見るや、自分達はルナリアンであり中立だと言い始める。そして現在、銃口を向けられた連中はシーマ達に同じスペースノイドだと宣った。ルナリアンと言う立場は随分と都合の良いものであるらしい。

 

「良い取引だったよ、邪魔したね」

 

エネルギーの供給が終わり、増速するコロニーを見たシーマはそう言い捨てると通信を一方的に切断する。

 

「さあ、場は整ったよ。後は賭けに勝つだけさね」

 

ポケットから取り出したダイスを弄びつつ、シーマはそう呟いた。

 

 

 

 

『無茶をするなモンシア!』

 

『冗談じゃねえ!ウラキの奴に出来て俺が出来ねえなんて!』

 

シミュレーターが生み出した仮想空間で俺は1号機を追いかける。宇宙用に推進器の出力を調整し直したパワード・ジムはジム・カスタムを超える加速性能を見せた。

 

「っこの、いう事を聞けって!」

 

尤もそれはオーガスタで施したバランス調整をリセットしたという事でもあり、おかげでこの機体は大変気難しい暴れ馬になっている。まあ相手が1号機というトンデモ機体でそれを追う為に限界性能ギリギリで振り回しているせいでもあるのだが。ザクやドム相手ならもっと大人しくなると思われる。

 

「っと、そこだ!」

 

こちらのロックを避ける為に複雑な機動で回避していた1号機の動きが鈍った瞬間、俺は即座に引き金を引いた。吐き出されたビームはバックパックを撃ち抜き1号機の上半身を吹き飛ばす。当然撃墜である。

 

『ぬぁぁぁ!?』

 

繋がっている通信越しにベルナルド・モンシア中尉のうなり声が響く。次いで聞こえて来たのはサウス・バニング大尉の呆れた声だ。

 

『1号機の運動性に振り回され過ぎだ』

 

パイロットの意識喪失を避ける為、MSにはノーマルスーツを着用するとパイロットの状態を常にモニタリングする機能がある。勿論これはそれぞれに合わせて最適化されるし、パイロットの希望で設定を甘くする事も可能だ。まあ大抵のベテランなんて呼ばれている連中はギリギリまで甘くしているものだが、それでも限界は当然存在する。今のも度重なる加速で限界が来たと判断した1号機、モンシア中尉の意識喪失を防ぐ為に加速を緩めたのが動きの鈍った原因だ。

 

「前任と張り合いたくなる気持ちは理解出来るが、そうじゃないだろうモンシア中尉」

 

『……』

 

俺がそう声を掛けるとモニターに顰め面の彼が映し出される。てかそっち方面で張り合うのは悪手だぞ?

 

「確かにウラキは1号機を乗り熟していた。けどそりゃあアイツの体質に依存する部分が大きい。俺だって同じ真似をしろなんて言われても無理だ」

 

体力に多少自信はあるが、それでも後天的に鍛えられない部分はどうにもならん。まあそれにそもそもモンシア中尉に求めているのはテストパイロットではないのだ。

 

「けれどモンシア中尉、君なら1号機を乗り熟せなくても使い熟せるだろう?」

 

理想的なことを言わせて貰えば乗り熟した上で使い熟せるのが最善だ。しかしそんな事が出来るのは本当に一握り、それこそエースなんて呼ばれる連中の中でも数えるほどしか居ないだろう。

 

「ソイツをベテランの中尉に預けるのはそう言う事だ。ここは競技会場じゃないからな」

 

確かにウラキは優秀だが、それでも経験値というどうにもならない部分が存在する。そしてその経験値が多少の技量や性能差を埋めてしまうのが戦場だ。それこそアムロやララァ、赤い彗星のような出鱈目共ですら、能力的に最盛期の頃よりも経験を積んだ後の方が余程厄介なのは原作からして明らかだ。

 

『…ウス』

 

「宜しい、そんじゃもう一回だ」

 

俺はそう言って彼に笑いかけた。

 

 

 

 

「これがMSだって言うの!?」

 

実物を目の当たりにしたモーラ・バシット中尉は思わずそう口にしてしまう。それを見てニナ・パープルトンは苦笑しつつもそれに応じた。

 

「ガンダムGP-03ステイメン。そしてその追加パーツであるアームドベース、オーキスね」

 

「追加パーツと言うより、こっちが本体みたいだね」

 

ノーマルスーツに着替えたコウ・ウラキ少尉がラビアンローズの外を見ながらそう評した。

 

「全長140m全高38.5m、全備重量は453.1t。その殆どをオーキスが構成しているから、確かにそう見えるかもしれないわね。けどこれは立派なMSよ」

 

そう口を挟んできたのは3号機のシステムエンジニアであるルセット・オデビーだった。

 

「現状提示された要求に従った結果こうなっているけれど、技術的課題がクリアされればオーキスはもっとコンパクトに収められるわ。そして3号機はそれらを外装化する事でOS側のアップデートのみで対応し続けられるのよ」

 

「成る程、それでこんな無茶な設計なんだね」

 

ルセットの説明をウラキ少尉はそうバッサリと切り捨てた。辛辣な評価に鼻白むルセットに対し、彼は容赦なく追撃を浴びせる。

 

「オプションを全てMS側で制御するとして、制御端末であるMSが篦棒に高くちゃ軍は納得してくれない。それこそ拡張性を高く取ったMAなら君の言う通り内蔵装備を更新していけば良いだけだ。つまりこの機体は初期導入コストを抑えなければいけないわけだけど…」

 

そう言ってウラキ少尉はタブレットを取り出し溜息を吐く。

 

「こういった兵器で最も値が張るのは今も昔も電子機器だ。MSとしての機能を満足させるのと同時にオプションを制御しきるには従来のコンピューターじゃ能力が足りない、かと言って増設すれば機体の値段は跳ね上がってしまう。だから比較的簡単な部分は全てマニュアル制御にしてコンピューター側の負荷を減らしているんだろう?」

 

その言葉に今度はモーラ達も顔を顰める事になった。ウラキ少尉の言葉通り3号機は導入コストという売り文句のために制御面においてかなりの部分を妥協している。何しろアナハイムへ開発を委託している根本的な理由の一つが調達コストなのである。競作機よりも性能で勝ろうともコストパフォーマンスで劣ればその前提が破綻してしまう。更にこの計画そのものがガンダム開発計画である事も足を引っ張った。次世代のMS開発である以上、機体がMSである事は大前提なのである。故に3号機は前提と仕様を満たしつつ、コストを抑えるという条件の妥協点の上に成り立った機体なのである。

 

「それじゃあこの機体は張り子の虎って事?」

 

思わずモーラはそう聞いてしまう。開発チームの人間であるニナやルセットに比べれば彼女は現場、つまり使う側の人間だ。パイロットへ負担を強いると聞いて暢気に構えていられるほど気楽な性格でもないのだ。だが、そんな彼女に対してウラキ少尉は頭を振る。

 

「性能は間違いなく最高級機に恥じないものだよ。ただ乗りこなせる人間は極端に少ないだろうけどね」

 

言いながら彼は真剣な表情で準備を始める。

 

「僕みたいな経験の浅いパイロットが機体を使い熟すのは難しい。それが出来るだけの下地がないからね。けど高性能機は乗りこなせればそれだけでも戦力に数えられる」

 

それは技量の不足を機体性能で強引に埋めるという一見無茶に聞こえる考えだ。しかしそれはある意味正鵠を射ていた。過去とある国家の模擬戦において、旧世代の戦闘機に乗ったベテランが最新鋭機を撃墜するという戦果を挙げた事がある。この時評価チームは優れたパイロットが機体を操れば2世代分の性能差は埋められる、と評したそうだ。だがそれは裏を返せば、機体に2世代分の性能差があればベテランパイロットを新兵が相手取れるという意味でもある。

 

「それにアレン少佐は僕ならこいつを乗りこなせるって信じてくれているから任せてくれたんだと思う。なら僕はその期待に応えたい」

 

一年戦争の実績を考慮するなら3号機にアレン少佐が乗らない理由はない。少しでも彼の経歴を調べれば、良くもこんな機体であれだけの戦果を挙げたものだと言いたくなるような現地改修機であの戦争を生き延びている。

 

「英雄様期待の愛弟子って訳ね。良いわね貴方」

 

「ちょっとルセット!ウラキ少尉はあの機体で戦場に出るのよ!?」

 

そう言ってルセットが愉快そうに笑う。その顔はどう見ても新しい玩具を手に入れた子供のものであり、それを見たニナは思わずといった様子で口を挟む。同じ先進開発局に所属し、ライバルとまで評される間柄だからこそ彼女にはルセットが考えている事が良く解ったのだ。何しろほんの一月前には自分も同じだったのだから。

 

「あら、少尉は3号機を乗り熟さなければいけない。私は最大限そのサポートしようってだけの話よ?」

 

ルセットの言葉に偽りはない。しかし同時に3号機の性能を実証するためにウラキ少尉を利用したいと考えているのも紛れもない事実である。その無責任さを客観的に見せられた事でニナは再度自分が如何に身勝手な振る舞いをしていたかを認識し、何とか状況を改善したいと訴えようとするが、それは他ならぬウラキ少尉の言葉で止められる。

 

「大丈夫だよニナさん」

 

初めて出会ったときと変わらぬ、けれど何処か芯を感じる声音でウラキ少尉が口を開く。

 

「頼りないかもしれないけど、僕だって連邦の士官なんだ」

 

その姿は紛れもなく一端の軍人のそれだった。




意外と勘違いされている方がいらっしゃいますが、GP-03は薬物投与をしなければ運用出来ない機体ではありません。
あの描写は連続出撃で疲弊していたコウが栄養剤(興奮作用あり)を注射しているのであって、その興奮剤も常用しなければならないものではありません。

なんで私がアナハイムを擁護しているのだらう?


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124.0083/11/12

今週分です。


「そうか、コロニーは再加速をしたのだな?」

 

『はっ!閣下の想定した通りでありました』

 

真面目くさった表情でそう報告してくるステファン・ヘボン少将に対し、グリーン・ワイアット大将は一度頷くと口を開く。

 

「追撃部隊の補給状況は?」

 

『ご命令通り改良型マゼラン級より実施しております。後30分程で参加しております10隻全てが完了するかと』

 

改良型マゼラン級は戦中に計画のあったMS運用能力を追加した設計案を見直した艦だ。戦艦としての戦闘能力を優先したため、搭載機数は4機と元の案に比べれば質素であるが、連邦軍自慢の物量をもってすれば戦場に10個小隊のMSを戦艦による支援の下投入出来る。敵艦隊の後背を突くには十分な別動部隊である。

 

「宜しい。では艦隊を二つに分けて任務を再開せよ」

 

『はっ!了解しました!』

 

シーマ達からは大艦隊に見えた追撃艦隊であるが、実のところこれは観艦式に参加した戦力の半分にも満たない数であった。本命であるバーミンガムを含む第一連合艦隊はルナツーへと戻る偽装航路をとりつつ地球へ針路を変えたコロニーの鼻先を押さえる位置へと移動している。そして月への追撃部隊はと言えば、補給を済ませた新鋭部隊以外は強奪されたもう一基のコロニー、アイランド・ブレイドの回収へと向かわせる事になっている。

 

「報告!第3地球軌道艦隊が接近!本艦隊と合流します!」

 

「第1地球軌道艦隊は動かずか、コリニー大将は腰が重いね」

 

そう揶揄したもののコリニー大将の思惑をワイアットは大凡理解していた。普段は派閥争いをしている間柄ではあるが、地球にコロニーが落下するかもしれないという事態において脚を引っ張り合うなどという愚は犯さない。恐らく今頃第1地球軌道艦隊は大急ぎで最終防衛ラインの構築を進めている事だろう。ルナツーに置かれていた特殊工作艦が出撃したとの連絡があった事からも間違いはない。

 

「第3地球軌道艦隊より通信です」

 

「繋いでくれ」

 

笑いながらその様に考えていると、オペレーターが更にそう告げてきたのでワイアットは居住まいを正して返事をした、直ぐにモニターへ特徴的な容貌の男が映し出される。

 

『第3地球軌道艦隊を預かっております、バスク・オム大佐であります』

 

「第1連合艦隊司令のワイアットだ、助力感謝する」

 

『はい、いいえワイアット大将閣下。コロニー落としなどという蛮行を前に行動を起こさぬなど連邦軍人の風上にもおけません。是非とも我々に先鋒を務めさせて頂きたく』

 

バスク大佐は真面目な表情でそう提案をしてくる。彼は一年戦争末期の戦いにおいて巧みな部隊運用を見せその功績から弱冠30という若さで大佐に昇進、更には第3地球軌道艦隊の司令代理を拝命する英俊である。その積極性はワイアットにも好ましく映った。

 

「うん、コロニーへの強襲を担当して貰うアルビオン隊もそちらの所属だし、そちらの方が都合が良いかな。頼めるかね?」

 

『お任せ下さい!ジオン共は一匹残らず殲滅して見せます!』

 

そう意気揚々と宣言する彼に、ワイアットは頷きつつも注意を促した。

 

「その意気は買いたいのだがね、大佐。これは多分に政治も含むデリケートな話なのだ、故に目につくものは皆殺しでは困る」

 

そう言って彼は種明かしを始めた。

 

「現在コロニーの防衛を担っている艦隊の凡そ半数に当たる部隊はこちらに寝返る事になっている。当然ながら彼等への攻撃は厳禁だ。それと首謀者であるエギーユ・デラーズの身柄は生きたまま手に入れたい。愚かな残党共がどの様な最期を迎えるのか、身を以て示して貰わねばならないからね。断じて作戦に殉じて散った指導者などにしてはならない」

 

『…寝返る部隊の見分けはつくのですか?』

 

「勿論だとも、彼等だけは別の色の艦艇を使っているからね、それと旗艦はあの艦隊唯一のザンジバル級だそうだ。それさえ避ければいい。MSの方は肩をオレンジに染めるよう指示しておいた。こちらもそれ以外は墜として良しだ」

 

塗装が間に合わぬ機体もあるだろうが、それはワイアットの関知する所ではない。事前にそれ以外は敵と見なすと宣言しているのだから、それでも出したならそう言う事になるのは当然である。

 

「そろそろジオンの連中には夢から覚めて貰わねばな」

 

彼等の信じる正義をワイアットはここで徹底的に叩き潰すつもりだった。

 

『承知しました、では先行致します』

 

「頼んだよ」

 

その言葉を最後に通信が切れ、合流していた第3地球軌道艦隊の艦艇が増速していく。その中にあって一際目を引く機体を見て、ワイアットは思わず目を見開いた。

 

「あれが例のオーガスタの機体か」

 

コロニー奪還の増援としてオーガスタから追加で試作機を送る旨は伝えられていたが、実物を目の当たりにしてワイアットは笑いを堪える事が出来なかった。

 

「ふふふ、エルラン中将も中々人の心理を突くのが上手い。ジオンにとってあれほど嫌な相手もそうそう居るまい」

 

マゼラン2隻に曳航されている巨大なガンダムを見て驚愕に静まりかえる艦橋に彼の笑い声が響くのだった。

 

 

 

 

「それでは作戦内容の説明を行う」

 

作戦室に集合した主要メンバーを前にシナプス大佐がそう口を開いた。

 

「デラーズフリートによって強奪されたコロニーがフォン・ブラウン市の協力により月の引力圏を脱出、現在地球への落下コースへ乗った。敵はコロニー周辺に残存戦力を集結、これを護衛している」

 

正面のモニターには地球とコロニーの位置、そしてコロニーの移動コースを示すラインが表示されている。そこへ新たに一本のラインが足された。

 

「このラインは阻止限界点だ。ここを突破された場合コロニーの地球落下は確実となり、残る手段はコロニーの完全破壊以外なくなる。我々の目的はこれより前にコロニー周辺の敵勢力を排除し、コロニー奪還部隊の安全を確保する事だ」

 

突入時の最終調整が残っているからコロニーの制御システムは生きているし、推進器も破壊されていないからエネルギーさえ充填できれば再加速で落下コースから外す事が出来る。だが当然その作業は戦闘と並行して行えるようなものじゃない。

 

「阻止限界点突破予想時刻は本日2147時、奪還部隊の作業時間を考慮した場合、我々はその2時間前までに周囲の敵を掃討する必要がある」

 

そこで再びモニターに新たなマークが追加される、見慣れた青い二等辺三角形の群れがコロニーの進路を妨害するように陣取る。

 

「既に第1連合艦隊及び第3地球軌道艦隊からなる部隊が前衛として展開、敵部隊の進路を塞ぐ形で展開を進めている。我々は敵の注意が友軍艦隊に引き付けられている間に横合いから殴り付ける事になる。また月へ向かった追撃艦隊からも補給を済ませた部隊が敵後背を突く予定だ」

 

過剰に思える戦力であるが、恐らくここに加えて最後の手段を携えた第1地球軌道艦隊も控えている筈だ。そりゃそうだろう、コロニー落としは連中にとっては大戦果程度の意味合いだろうが、地球を故郷にしている連邦軍人にしてみれば絶対に許す事の出来ない蛮行だ。死と隣り合わせの世界で耐え忍んでいると言いながら、相手の頭上に逃れられない死を落とす。そんな事をしても憎悪を撒き散らすだけだと理解出来ない時点で、連中の展望が如何に杜撰であるかが解ると言うものだ。そうしてモニターを睨み付けていると、一拍おいたシナプス大佐が最後の言葉を口にする。

 

「最後に、この作戦において敵部隊から離反者が発生している。識別出来る様MSは肩にオレンジの塗装が施されている。また艦艇はカーキ色のものとザンジバル級は離反者の母艦であるため攻撃しないように。以上だが何か質問は?」

 

離反者の部分で一瞬顔を顰めた連中がいたが、誰も口は開かない。

 

「宜しい、では作戦を開始する。総員戦闘配置につけ!」

 

シナプス大佐の号令に全員が敬礼の後作戦室から飛び出す。直ぐにパイロットへ俺は声を掛けた。

 

「ウラキ少尉の直掩にはキースとペッシェがつけ!ウラキ、貴様が現着した時点で既に乱戦が発生していることが予想される。クラスターミサイルは使えないから敵艦の排除を優先しろ。第1小隊はホワイトベース及びグレイファントムのMS部隊と協同して敵MSの排除だ!」

 

「艦の護衛は残さないのですか?」

 

アデル少尉がそう聞いてくるので俺は不敵に笑う。

 

「艦隊の護衛はあいつらだけで十分だよ」

 

既にホワイトベースの甲板で待機しているだろう二人を想像し俺はそう口にした。あの二人とMkⅢ、そして俺達と散々襲撃演習を繰り返したホワイトベースとグレイファントムのクルー達。これを沈めようとするなら精鋭の一個師団は必要だろう。はっきり言ってそれでも沈むか怪しいが。

 

「そんな訳で俺達は何も気にせずジオン野郎共をぶっ殺せば良いだけだ。簡単だろう?」

 

そう告げると俺達は二手に分かれる。相変わらずペガサス級の格納庫は左右に分割されているから面倒でたまらないのだが、ここで活躍すればまだまだ現役で運用され続けるだろう。個人的にはアレキサンドリア級とかが好みなんだが。

 

「出せるか!?」

 

「誰に物言ってんです!後は少佐が乗るだけですよ!」

 

格納庫に入りそう叫べば、打てば響くとばかりにロスマン中尉が言い返してくる。俺はそれに笑って手を上げるとコックピットへと滑り込んだ。

 

「短い付き合いだったが最後まで頼むぜ、相棒」

 

コンソールを一度軽く小突き、俺はパワード・ジムにそう語りかける。思えばこいつは原作における俺の死亡フラグみたいな機体だ。けれどこの機体に乗る事に不思議と嫌悪感や忌避感は感じない。その出自や性能をテム・レイ少佐に酷評されてもだ。これも世界の修正力とかそんなものが関係しているのだろうか?

 

「パワード・ジム、出すぞ!」

 

宣言と共に俺は機体をエレベーターへと移動させる。既にキースとペッシェはウラキの3号機に取り付いて先行している。彼等がかき乱した戦場を食い荒らすのが俺達の仕事だ。エレベーターがせり上がり機体が外に晒される。モニターを確認すればホワイトベースとグレイファントムからも次々と機体が発進していた。

 

『アレン少佐!発進どうぞ!』

 

「おう、行くぜ!」

 

スコット軍曹の声に応じて俺はカタパルトを起動、機体を発進させる。

 

「さあ、ショウダウンの時間だぜ」

 

漆黒の宇宙を睨み付けながら、俺はそう呟いた。




以下作者の自慰設定

マゼラン0083
グリーン・ワイアット大将の下で計画された82・83年艦隊整備計画にて建造された新型マゼラン。
一年戦争の戦訓から艦隊防衛には対空砲・ミサイルだけでは不十分であり、MSの直掩が必須であるという結論に達していたが、当初は各艦による分業が想定されていた。
しかし終戦に伴う予算の縮小と非対称戦を前提とした艦隊の小規模化に伴い個艦多能化が求められる事になった結果。同艦はMS運用能力を獲得することになる。艦底側の2番砲塔及び突入艇を撤去し格納庫及びカタパルトを増設、2番砲塔は上甲板のVLSベイが撤去されそちらに移されている。この他対空機銃が16基から24基に増強、側面の対艦ミサイルが撤去され、代わりに対空ミサイル用のVLSが設置されている。
MS搭載数は3+1の4機で、一隻あたり1個小隊の運用が想定されている。(但し緊急時には露天駐機も可能であるため、運搬のみならば更に追加で6機まで可能)

MkⅣの説明だと思った?残念それは次回以降だ。(する気があれば


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125.0083/11/12

ガンダムMkⅣのコックピットの中で、カチュア・リィス准尉は不満げに頬を膨らませた。モニターには大写しになったコロニーとその周辺に浮かぶジオン残党の姿が見て取れる。

 

「もー!さっさと突撃してババーっとやっつけちゃえば良いじゃない!」

 

その言葉に呆れた声音で応じたのはメインパイロットを務めているレイチェル・ランサム少尉だった。

 

「だから言ったでしょう、増槽がトラブルで使えないって。この子は重いから方向転換だけでも大騒ぎなのよ?通り過ぎて肝心な所で役立たずになってたら少佐に笑われるわよ?」

 

「それにMkⅣは大きいから突出すると友軍の射線を邪魔してしまう。ちゃんと足並みは揃えるべき」

 

そこにオペレーター席に座ったシス・ミットヴィル准尉が更に突っ込みを入れる。彼女の言う通りガンダムMkⅣは全高40mに達する大型のMSだ。そしてその見た目に違わず運動性能は低いため、最悪敵機の隠れ蓑にされてしまう可能性もあった。尤もそれはMkⅣの射線上に身をさらす事を意味しているので寧ろ撃墜されやすいのだが。

 

「でもあんなのと並んでいるのは落ち着かないよ」

 

カチュア准尉がそう言って横へと視線を送る。その先にはジービッグ・ザッムが待機していた。あちらもMkⅣが気になるのか、しきりにサブカメラが動きこちらを見ている。

 

「確かにあれと一緒に戦うとは思っていなかったけれど」

 

ホワイトベース隊にしてみればビグ・ザムは因縁のある相手だけあり、改修された味方機と言われても内心は複雑だ。そんな相手を横に侍らせてのんびりとコロニーを待ち続けるのは確かに良い気持ちではない。かといってシス准尉の言う通り突出するのは不味いし、何よりも目標まではまだ距離があり過ぎた。画像が鮮明なので感覚が狂うが、倍率からすれば通常のMSで確認している状況と倍近い開きがある。これは大型化に伴い光学センサー類も大型で高性能なものに置き換わっているためだが、少し問題になりそうだと後で報告すべき事柄としてレイチェルは内心に書き留めた。

 

「気持ちは解るけど我慢して。焦らなくても直ぐに出番は来るよ」

 

何しろ相手はこちらへ向かってきているのだ。嫌でも数分後には交戦距離に達し戦う事になる。寧ろその数分を惜しんで前進などすれば、相対速度が高まり寧ろ交戦時間は短くなる可能性の方が高かった。

 

「それにこの子は拠点防衛用なんだから、待ち構えて戦う方が向いているよ」

 

MkⅣのコンセプトは単純にして明快。ビグ・ザムをMS、更に言えばガンダムで再現するというものだ。問題点であった稼働時間と近接防御能力は内装系の充実とMSを大型化するという荒技で乗り切っていたが、大質量化に伴う運動性能の低下だけは完全に解決する事が出来なかった。尤も標準的なMSの倍以上、実に6倍の質量に達する機体で一年戦争当時の機体とならば同等の運動性を発揮しているのだから十分規格外ではあるのだが。

 

「そーうーだーけーどー!」

 

「待って!」

 

なおもそうカチュア准尉が不平を口にしようとした瞬間、シス准尉が鋭く叫んだ。その言葉にレイチェルとカチュア准尉は即座に兵士の顔になるとモニターを確認する。

 

「増速した?」

 

「全部じゃないよ、…聞いてた例の部隊だけっぽい」

 

敵艦隊の妙な動きに彼女達はその意図を推察する。

 

「裏切りがバレた?」

 

「それだったら別の部隊があんなに悠長にはしていないんじゃない?」

 

「逃げている、というよりは敵艦隊の矢面に立とうとしているように見える」

 

「じゃあ、寝返るのを止めたとか?」

 

「この状況で逆ならまだしも、そちらはあり得ない」

 

状況はどう見ても連邦軍が圧倒的に有利なのだ。そうなる様仕向けた彼等をこの土壇場で翻意させるだけの条件が残党に提示出来るとは考えられない。周囲を確認すれば他の友軍も彼女達と同様に敵艦隊の動きに困惑している様子だった。そうこうしている間にも事態は進行し、前進した艦隊がMSを展開し始める。それらは事前に知らされていた通り、両肩をオレンジに塗装したゲルググだった。

 

「どういう事?」

 

レイチェルが呟いた瞬間、彼女の疑問に答える様に部隊が動き出す。戦闘開始の信号弾がザンジバル級から打ち上げられると同時に艦隊が増速しつつ反転を開始、更に展開していたMSは敵艦隊の中央に陣取っていたグワジン級へ向かって突撃し始めたのだ。

 

「味方だ!」

 

そうと解ればレイチェルの判断は早かった。友軍機が敵艦隊の内部に潜り込んでしまった以上、艦砲による支援砲撃は慎重にならざるを得ない。ならば友軍の射線を気にする必要は無く、寧ろ直接火力支援を行えるMkⅣは積極的に前に出るべきだ。こちらの意図を察したのか、ジービッグ・ザッムも前進を開始する。

 

「カチュア、オプションの火器管制任せる!」

 

「りょーかい!」

 

ガンダムMkⅣはその見た目に反してコンセプトは非常に単純だ。開発者の弁によれば、ガンダムに拠点防衛用MAの能力を付与しただけの機体である。事実大型化し、固定武装を充実させてはいるものの、その機体特性は一年戦争時にホワイトベース隊にて運用されたFAガンダムのそれと大差無い。それこそパイロットの負担を減らすために3名が乗り込んでいるものの、複数搭載されている教育型コンピューターの補助を受ければパイロット一人でも十分に動かせるようにはなっている。だが高火力で同時に多目標を攻撃可能という性能を最大限発揮しようとするならば、やはりコンピューターの補助だけでは限界がある。何故なら最終的に攻撃を判断し実行するのはパイロットの役目だからである。武装の内、頭部の連装ビーム砲とバックパックの6連装ミサイルポッドの使用権限が即座に委譲され、既に準備を終えていたカチュア准尉がその火力を解き放った。

 

「いっちゃえ!」

 

6連装4基、合計24発の対艦ミサイルが盛大な噴射炎と共に次々とランチャーから飛出し、不運にも艦隊の前衛を担っていたムサイ級達に殺到した。友軍の突然の裏切りに混乱していたのだろう、碌な反撃も出来なかったムサイへミサイルが突き刺さり、その弾頭に込められたエネルギーを存分に開放する。瞬く間に攻撃を受けた3隻の内2隻が火球へと変わり、残る1隻も船体の大部分を失って漂流する。しかしそれをレイチェルは許さなかった。

 

「これで!」

 

言いながら彼女はMkⅣの正面へムサイを捕らえる。すると胸部の装甲が展開し砲口が現れた。そして即座に砲口からビームの奔流が放たれる。戦艦の主砲を切り詰めて搭載したそれは砲身が短くなった分集束率と弾速が低下しているが、そんな事は撃たれた側には何の慰めにもならなかった。何せ元が戦艦の主砲なのだ。艦隊戦の距離から敵艦へ有効打を与えられる兵器が多少性能が下がった所で脅威である事に代わりはないし、何よりもガンダムMkⅣはMSの対艦戦闘距離でそれを放ったのだ。当然のようにビームは船体を貫き、船内を暴れ回ったビームは武器弾薬や推進剤を燃焼させた。崩壊しかけたムサイがその誘爆に耐えられるわけも無く、三つ目の火球となって虚空に消える。瞬く間に艦隊の五分の一を失った敵部隊は慌ててMSを迎撃に差し向けるが、そこで更なる絶望が彼等を襲う。

 

「まだ抵抗するなら!」

 

レイチェルが叫び、MkⅣがその手に携えていた武器を構える。ガンダムMkⅣ専用ビームマシンガン。機体サイズの問題から専用装備となるのは当然のことであるが、問題はこの武装が対MS戦を前提とした火器だという事だ。従来のビームライフルに比べ遙かに太いシルエットの銃身部分には6門分のユニットが収められており、これが順番にビームを発射する。エネルギーは本体からの供給に加えマシンガン本体にもMSと同様のジェネレーターが内蔵されており、極めて高い連射性能と射撃継続時間を実現している。そして何より重要なのが、この射撃の1発毎がRX78が運用していたビームライフルと同等の威力を持つ事だ。一撃でMSを撃破可能な威力の弾幕という理不尽をMkⅣは迫る敵機に向けて解き放つ。それは正に致死の暴風であり、絡め取られたMSは皆同じ末路を辿った。

 

『後れを取るな!』

 

敵が怯んだのを見て取ったのだろう。高揚した声音が通信に響き、ジービッグ・ザッムが更に前進する。胴体中央に据えられたメガ粒子砲が閃光を放ち、敵艦隊の右翼に展開していたチベ級が直掩のリックドム諸共爆発する。更に戦果を拡大しようとしたのだろう、爆発の近くにいたムサイ級に向けてジービッグ・ザッムが背中のキャノンを向けたその瞬間、ビームがMkⅣとジービッグ・ザッムへと降り注ぐ。そして僅かな間を置いてジービッグ・ザッムのキャノンに巨大なアームが取り付き、弾倉を握り潰した。

 

『これ以上はやらせん!』

 

混線した一般回線に男の声が響く。レイチェルが見上げたそこには緑色の巨大なMAが頭上から迫っていた。

 

「新型!?」

 

その姿に思わずレイチェルは驚きの声を上げる。事前に受けた報告ではデラーズフリートに真面な生産設備は無く、戦中に持ち逃げした装備とジャンク品をつなぎ合わせてでっち上げたMSモドキ程度しか戦力を有していないという事だったのだ。観艦式を襲撃したMAの様に既に建造されていたらしいものならばともかく、目の前の機体はデータベースに存在しない完全な新型である。しかも見る限り問題なく稼働している。少なくともジャンク品で作り出せる様な代物ではない。

 

『こ、この!?』

 

自機が損傷して動揺したのだろう。その場で向き直りながらジービッグ・ザッムがメガ粒子砲を敵機に向かって放つ。だがその光は装甲へ届くより前に散らされてしまう。それはまるで不可視の障壁に阻まれたように。だがその光景をレイチェルは良く知っていた。

 

「Iフィールド!」

 

言いながら彼女の表情は益々険しくなる。ジオンも一年戦争中にIフィールドを実用化していたものの、それは試作機に搭載される程度のものだった筈だ。だが目の前の機体が発生させたそれは明らかに出力や安定性が向上している。それは相応の施設と研究機関を持たなければ実現出来ないものだ。

 

「アナハイム?それとももっと別の何かが手を引いているっていうの!?」

 

「後にしなよ!」

 

思わず出た言葉にカチュア准尉が怒りを滲ませた声音で応じる。その叱責でレイチェルの混乱しかけていた思考が持ち直す。そうなれば彼女の行動は早い。

 

「接近戦で行くよ!」

 

言いながら彼女はビームマシンガンからサーベルへと武器を持ち替え敵機へ突撃する。Iフィールド持ちの機体同士では、ビームによる射撃が意味を成さないからだ。だがそれを見た敵は一気にバーニアを噴かせて加速すると、MkⅣの隣をすり抜ける。その先には損傷したジービッグ・ザッムが居た。

 

「拙いっ」

 

改良が施されたとはいえ、ジービッグ・ザッムの基本構造はビグ・ザムと同様だ。そして唯一自分と同等の相手に対抗する為の手段だったキャノンは初撃で失っている。

 

「避けて!」

 

レイチェルの言葉も虚しく、再び敵MAの腕が本体から分離しジービッグ・ザッムへと掴み掛かる。だが今回はそれだけでは済まなかった。

 

「あっ!?」

 

掴んだクローの隙間からメガ粒子の光が漏れる。Iフィールドは境界面の内側に入り込んだビームを無力化出来ないのだ。当然装甲表面に直接突き立てられたビームサーベルは性能通りの力を発揮してしまう。カチュア准尉が短い悲鳴を上げる中、二本のビームサーベルに貫かれたジービッグ・ザッムは装甲の隙間から火を噴きながら沈黙するのだった。

 




以下作者の自慰設定

ガンダムMkⅣ

83年に実施されたガンダム開発計画の競作として設計開発されたMS。拠点防衛用特務機体というコンセプトに対しアナハイムがMSを中心に追加兵装による拡張で要求を満たしたのに対し、MkⅣは機体そのものを大型化する事で要求性能を満たしている。その結果同機の全高は40mに達しており、当然ながら標準的な機体と同様の運用は不可能となっている。主兵装として胸部に戦艦の主砲を転用したメガ粒子砲を1門、その左右に拡散メガ粒子砲をそれぞれ2門ずつ備えている。また腕部には連装メガ粒子砲を備えている。大型化に伴い標準的なMSと武装の共有は不可能となったため携行する火器も同機専用の物となっている。特にMS用のジェネレーターをそのまま搭載した専用のビームマシンガンは一般的なMSが運用しているビームライフルと同等の火力で弾幕を形成出来るなど、建造当時としては規格外の火力を誇っている。また1年戦争時の戦訓からIフィールドを搭載した敵機との戦闘を想定しており、バックパックにサラミス級と同様の6連装ミサイルポッドを4基装備するほか、専用シールドの裏側に380mm多連装ロケットシステムを装備するなど実弾兵装も充実している。
防御面においてもサイズに相応しい重装甲に加えIフィールドを搭載する事でビームに対しても極めて高い性能を誇っている。その一方で稼働時間確保のため機体容積の大部分をジェネレーターと冷却システムが占めているため、運動性並びに機動性は一年戦争当時の機体とほぼ同程度となっており、同時期に開発された新鋭機に対して大きく劣る形となっている。
また本機の特徴として特異な外観に反する操作難易度の低さが挙げられる。これは同機があくまで重武装のMSを拡大した機体であるため機体サイズによる運用の差を除けば、操縦は一般的なMSと大きな違いが無いからである。このため極めて強力な機体でありながらパイロットに特別な能力を一切要求せず更には1名のみでも運用可能となっているが、能力を完全に発揮しようとした場合は火器管制員及びオペレーターを含めた3名が望ましいとは開発者の談である。


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126.0083/11/12

今週分です。


時間は少しだけ巻き戻る。連邦艦隊がコロニーの進路上に展開していた頃、デラーズフリート内では一つの命令が下されていた。

 

「つまり我々に血路を開け、と仰るのですか?」

 

『装備の質、練度からして先鋒を任せられるのは中佐の部隊しかないのだ。無論我々も直ぐに続く』

 

モニターの中でエギーユ・デラーズは悪びれもせずにそう宣った。成る程、確かに彼等に残された真面な戦力はグワデンとその直掩として最後まで残っていた元親衛隊のMS隊だ。装備の質はともかく、パイロットとしての腕は怪しいと言うのは偽らざる本音だろう。

 

『それに貴殿らは突破に成功した実績がある。是非ともその手腕を頼りにしたい』

 

その言葉にシーマ・ガラハウはあまりの怒りから吐き気すら覚えた。ア・バオア・クーからの撤退の際、デラーズ達は連邦の包囲を突破するために今と同じく海兵隊を矢面に立て、強引に突破したのだ。この際に同道したもう一つの海兵隊は文字通り全滅、シーマの部下にも少なくない数の戦死者が出た。そしてその先で待っていたのは労いや称賛ではなくあの仕打ちである。その一部始終を当事者として知っていながらエギーユ・デラーズはシーマへ言ったのだ、また同じ事をしろと。

 

『中佐、ここが正念場である。敵の規模からしてここさえ突破してしまえば連中にコロニーを止める手段は残されていない。ここさえ越えれば我々の作戦は成就するのだ』

 

その為にお前達は死ね。そう自分が口にしているとどうやらこの男は理解していないようだ。そう判断したシーマは微笑みを浮かべて口を開いた。

 

「了解しました」

 

そう言って彼女が敬礼をすると、デラーズは満足気に答礼をして通信を切る。それを横で見ていたデトローフ・コッセル大尉が困惑した表情でシーマを見た。当然だろう、当初の予定では白兵戦でグワデンを制圧、デラーズの身柄を拘束し連邦へ寝返る筈だったのだ。それが艦隊を動かしてしまえば不可能ではないが困難になる事は間違いない。だがシーマにも言い分があった。

 

「予定変更だ。艦隊はこのまま前進し連邦軍に合流、途中MSを発進させグワデンは外部から制圧する。指揮は私が執る」

 

「…へい」

 

何かを問う事もせずデトローフ大尉はそう短く返事をした。成る程理屈はそうなるのだろう、手持ちの戦力を効率よく使おうとするならばそれが最善なのだろう。だがそれは使う側の論理であって使われる側の感情を一切考慮していない。

 

「大した男だよ」

 

その心ない仕打ちこそがシーマ達をジオンから離れさせた原因だというのに、エギーユ・デラーズは最後まで理解しなかった。それでいてこれだけの勢力の長に就けるのだからそれは大した手腕と言えるだろう。尤も組織の末端に至るまで同じ狂信者であると考えれば不思議でもないのかもしれないが。増速を始めたリリーマルレーンの中でシーマは手早くノーマルスーツに着替えると自らのゲルググへと向かう。両肩を目立つオレンジ色に塗られたそれはリリーマルレーンと同様に苦楽を共にしてきた相棒だ。

 

「アンタとの付き合いもこれで最後かね」

 

連邦に寝返れば今の装備を使い続ける事は恐らく無いだろう。となればこの一戦が最後の仕事になる。らしくない感傷的な思考を敢えて口にしたのは、そうしなければ自分をコントロール出来そうになかったからだ。

 

「…艦橋にはぶち込まないよう、注意しなきゃいけないねぇ」

 

通信終了間際のデラーズを思い出しシーマは頬を歪める。聞き分けのない部下を説き伏せた様な何処か満足気な顔を見た瞬間、彼女は計画の変更は正しかったと確信する。あの男を目の前にして、衝動的に引き金を引かない自信が彼女には無かったからだ。

 

「マリーネ・ライター出るよ!」

 

『シーマ様!大漁を!』

 

「はっ、あいよ!!」

 

宣言と共に彼女は機体を宇宙へ進めた。本来ならばカタパルトを使うが、余計な推進剤の消費を抑えるために艦底部のハッチからの出撃だ。直ぐに続いた部下達が集合し小隊規模の編隊が複数構成される。

 

「やりな!デトローフ!!」

 

『はっ!』

 

軍人らしい返事と共に、リリーマルレーンから信号弾が打ち上げられる。出撃を示すそれと同時に艦隊は増速しつつ回頭を始める。シーマ達MS隊も即座に反転し最大加速でグワデンへと向かう。

 

「主砲と推進器を潰せ!格納庫のハッチも潰しちまいな!」

 

直ぐに続く、そう言っていた割に直掩以外の機体を展開させていなかったデラーズフリートの各艦は状況に対応しきれず、シーマ達はあっさりと艦隊の中央へと潜り込んだ。

 

「はっ!案山子かい!」

 

即座にビームマシンガンを照準し、グワデンの推進器を銃撃する。獲物を極力傷付けずに足を奪うのは海賊稼業の長い彼女にしてみれば手慣れた仕事だ。撃ち抜かれた装甲板が僅かに火を噴き、続いて咳き込む様にしてバーニアの噴射光が消える。その頃には部下がグワデンの主砲と直掩機も無力化していた。

 

『何のつもりだ。シーマ中佐?』

 

艦橋の上に取り付き、ビームマシンガンを向けるとグワデンから通信が入る。感情を押し殺した様なデラーズの声音に、シーマは笑いながら応じる。

 

「見ての通りですよ。私達は連邦に付く事にしました」

 

そう告げている間に、グワデンの周囲をMSが囲み出す。その中にはアナベル・ガトー少佐の乗るMA、ノイエ・ジールの姿もあった。直ぐさま通信回線に乱入してきたガトーが仇敵を見る目で告げてくる。

 

『乱心したかシーマ・ガラハウ!直ぐに銃を下ろせ!』

 

「乱心とはご挨拶だねえ。おっと妙な気は起こすなよ?私のトリガーはそれ程重くないぞ」

 

その存在を誇示するようにビームマシンガンを僅かに揺らす。それを見てガトーが憤怒の形相で怨嗟の声を漏らした。

 

『シーマ・ガラハウ!獅子身中の虫めっ!』

 

「私はこうして生きてきたんだ!サイド3でぬくぬくと蹲る者達の顎で使われて!」

 

『っ!!』

 

「…私は故あれば寝返るのさっ」

 

それは彼女の偽らざる本心だった。当然だろう。あの戦争の中、何処かで報われたと思えていたなら彼女は今でもジオンの軍人だった。そしてその後継を嘯く輩達は同じ様に彼女達を使ったのだ。シーマ達はジオニズムに命を捧げる殉教者ではないし、言われた命令に疑問も感情も持たずに従う機械でもない。生きるための手段が軍人しかなかった者達なのである。だがデラーズにとってジオンの軍人とは、誰もがジオン独立の為ならば喜んで死ねる狂人の集団であり、個人の欲求でその崇高な行いを妨げるなどあってはならない愚行なのだ。それは正しくシーマが吐き捨てた、サイド3で不自由なく暮らせる人間だからこそ至れる思考だった。

 

『哀れ、志を持たぬ者を導こうとした、我が身の不覚であった』

 

「はっ!アクシズなんかに導かれちゃお飯の食い上げなんだよ!さて、全員大人しくしろよ、敗軍の将は潔くなくちゃなぁ?」

 

その時艦隊の前方で閃光が生まれた。シーマの動きに呼応した連邦軍が攻撃を始めたのである。だが勝利を確信し笑みを浮かべる彼女の耳朶を理解し難い言葉が打った。

 

『征け、ガトーよ』

 

『閣下!?』

 

『意地を通せ、現にコロニーはここにあるのだ』

 

「狂ったか!?あの艦隊が見えないのかい!?」

 

『行けっ!儂の屍を踏み越えて!』

 

デラーズがシーマを理解していなかった様に、彼女もまたデラーズを理解していなかった。前述した通り、彼の中でジオン軍人とはその掲げた理想の為に喜んで死ねる人間なのである。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『儂を宇宙の晒し者にするのか!ガトー!』

 

その言葉が引き金となり事態は動き出す。ノイエ・ジールがバーニアを噴かして上昇すると反転し敵部隊へと突撃すると、周囲で成り行きを見守っていたMSが次々と武器を構えだしたのだ。当然その射線上にはグワデンも含まれているのだが、最早発砲を躊躇う者は居ないだろう。

 

「冗談じゃないよ!この気狂い共が!?」

 

叫ぶと同時にシーマは艦橋を蹴りつけて虚空へ機体を浮かせる。このまま撃たれれば艦橋への誤射を誘発しかねないからだ。人質を取った方がその生死に注意を払わねばならないという理不尽な状況に舌打ちをしながらも彼女は命令を飛ばす。

 

「やりな!お前達!!」

 

その声と同時に海兵隊のゲルググが弾かれた様に動き出す。数的に劣勢である上に包囲されている状況だ、暢気に止まっていては機体性能と技量で優越していても撃墜は免れない。

 

「コイツら!?」

 

シーマ自身も応戦しつつ、その視界の端に捉えた状況に戦慄する。周辺のムサイが主砲をグワデンへと向け始めたからだ。どうやら気を利かせた部下達が、生きて虜囚の辱めを受けている上官を介錯してやるつもりらしい。

 

「巫山戯るな!私の博打を!?」

 

砲撃を妨害しようにも彼女を含めMS隊は敵MSとの戦闘で手一杯、味方の艦は漸く回頭を終えてこちらへ向き直った所だ。主砲の射程に収めてはいるが、まだ確実に命中を望める距離ではない。

 

「やめっ――」

 

そうしている間にもムサイは主砲の照準を終え、砲口にメガ粒子の輝きが生まれる。どうにも出来ずに思わずそうシーマが制止の声を上げた次の瞬間、後方から通り過ぎた一条のビームがムサイの船体を貫いた。

 

「は?」

 

砲塔の直下を撃ち抜かれたムサイはそのまま破孔からくの字に折れると大爆発を起こす。更に同様の砲撃でもう一隻のムサイが沈むと同時に、巨大な機影がシーマ達の頭上を通り過ぎた。その瞬間機体から2機のMSが飛出し、デラーズフリートのMSに向かってビームを放つ。

 

『援護します!』

 

ビームを降らせる特徴的な双眸とアンテナブレードを持つMS、ガンダムからそう通信が入るに至り、彼女は確信する。

 

「勝ったよ!」

 

終戦から三年、シーマはあの戦争以来忘れていた歓喜の感情を溢れさせ、思わず叫んだのだった。




全く他意は無いのですが今Ζを見ています。


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127.0083/11/12

今月分です。


「食い散らせ!」

 

俺達が到着したときには、既に戦場は混乱の坩堝と化していた。正面の大艦隊だけでも手に余るだろうにそこへ加えてシーマ艦隊の裏切り、更に横合いから殴り掛かられればこうもなるというものだ。尤も手心を加えてやるつもりは微塵もないが。

 

『オラオラァ!ガンダム様のお通りだぜぃ!』

 

景気よくビームライフルをぶっ放しつつ、モンシア中尉がそう叫びながら敵中を飛び回る。命中こそ少ないがその攻撃は敵の警戒を誘うには十分効果的だ、何せ一年戦争を経験しているジオン兵にとってビーム兵器は最も注意しなければならない武装だし、それを使うガンダムは正に恐怖の代名詞だからだ。それこそ経験豊富な海兵隊ならばまだしも真面に実戦へ参加していない親衛隊では動きも鈍るというものだ。そしてそんな隙を俺達の前で晒せば待っている結論は一つしか無い。

 

『素人かよ!』

 

グリーンリバー少尉が吐き捨てる様に毒づきながら同時に3機の敵機を撃墜する。その向こうではチベ級がジムキャノンⅡによる集中砲火を受けて爆発した。恐怖に駆られたのか逃げ出すリックドムも現れるが、背後からジム・スナイパーⅡによって容赦なく撃ち抜かれた。良く訓練されているのに実戦経験が不足しているなんてちぐはぐな戦力は恐らく連中にとって本当の意味での中核戦力だろう。

 

「つまり更生の余地無しってな!」

 

デラーズフリートでの生活ははっきり言って過酷だ。唯一の拠点だった茨の園は破損したコロニーを再利用したものだが、当然その機能の大半は死んでいたから大多数は逃亡時に使用した母艦で生活していた。問題はその母艦の多くを占めているムサイやパゾク、パプアといった輸送艦の居住性だ。ジオンの艦艇は元々短期決戦を前提に生産性と戦闘能力を重視して設計されているからこっち方面の性能が妥協されている。端的に言えば年単位で生活をするような設計にはなっていないのだ。まあごく一部は月なんかに潜伏して羽を伸ばしていたようだが、そんな事が出来るのは相応に地位が高い人間だけだ。つまりここで今MSに乗っているような下っ端はそんな環境にもめげず、デラーズの掲げた大義のために3年もそんな生活に耐えられた筋金入りのテロリストなのである。

 

「次!」

 

ザクの腹をビームライフルで撃ち抜きながら素早く機体を上昇させる。MSでの戦いで重要なのは動きを止めない事だ、MSは人類が保有する兵器の中で最も攻撃時の自由度が高くそれでいて加速性能は平凡なのだ。現実はゲームやアニメの様に撃たれた攻撃を華麗に回避するなんて事は先ずあり得ない。だから撃たれる前に外れるよう動き回って攻撃を絞らせない必要がある。

 

「正気かい!?」

 

だから射撃に集中して乱戦の中で動きを止めるなんてのは、一番やっちゃならない動きの一つだ。モンシア中尉の動きに翻弄され、マシンガンを止まって乱射しているリックドムを背後から切りつける。推進剤が誘爆した敵機は独楽のように回転しながら吹っ飛び、ベイト中尉とアデル少尉が放ったマシンガンによって蜂の巣にされた。その間にウラキ少尉の3号機が旋回を完了し、敵艦へ砲撃を開始する。そうしてまた1隻のムサイが爆沈した所で、カメラが友軍艦隊方向に爆発を捉えた。

 

「味方がやられたのか!?」

 

『MAだ!アクシズが持ってきたヤツだよ!』

 

俺の声に応えたのはパーソナルカラーに塗られた指揮官用のゲルググMだった。その相手を察して俺は思わず息を呑む。だがそれよりも重要な発言に質問を優先する。

 

「アクシズだと!?詳細はわかるか!?」

 

『Iフィールド持ちってくらいしか解んないね!』

 

十分な情報だよシーマ・ガラハウ。

 

「ジョブ中尉とテイラー少尉、それとエリス中尉はついてこい!怪獣退治だ!」

 

『『了解!』』

 

「エド!」

 

『おう、行け!』

 

その言葉と同時に接近してきたGファイターへと腕を伸ばす。既に上部のグリップには2機のガンキャノンが掴まって待機していた。

 

「相手はIフィールド持ちだ!弾種徹甲!突入と同時にかましてやれ!」

 

『怪獣退治も慣れたものですよ!』

 

『了解です』

 

ジョブ中尉は些か上擦った声で、テイラー少尉はいつも通りの落ち着いた声音でそう返事をしてくる。機体が引っ張られる様に加速して見る間に敵MA、ノイエ・ジールへと近付いていく。

 

『MkⅣで抑え切れていない!?』

 

エリス中尉が驚いているがこれはある程度予測出来た事だった。MkⅣは拠点防衛用MSと銘打たれているだけあって、火力と防御力に重点を置いた機体設計だ。拠点への攻撃をMkⅣが受け止めつつその火力でなぎ払うというコンセプトなのではっきり言ってデカいくせに高機動なノイエ・ジールとの相性はあまり良くない。普通に単独で戦うならば。

 

「レイチェル少尉聞こえるか!?ビームマシンガンだ!撃ちまくれ!!」

 

俺の言葉に対して真っ先に動いたのはMkⅣではなく俺達が掴まっていたGファイターだった。元々MAへ向かって居た事もあって直ぐに撃てる態勢だったのもあって、機首のメガ粒子砲がMSの持つライフルよりも遙かに強力なビームを吐き出す。それは敵MAにとって真後ろからの攻撃だった事もあり難なく直撃、する事なくIフィールドに散らされた。

 

『っ!』

 

それを見てレイチェル少尉は直ぐに理解したのだろう、ビームマシンガンを構えると直ぐに射撃を開始する。その大半はIフィールドによって防がれるが、何発かは強引な機動で回避される。それを見て俺は思った通りである事を確信し頬を歪ませた。

 

「奴も同じだ!」

 

Iフィールドはビームに対して極めて強力な防御手段だが、同時に幾つかの問題も抱えている。最も広く知られているのは実弾兵器に対しては意味を成さない事であるが、その他にもエネルギーを大量消費する事や装置自体が巨大なため搭載には制限があるなども有名だろう。だがそれよりも問題な点としてIフィールドがメガ粒子に干渉する性質を利用しているため、使用時は自機もビーム兵器が運用出来ないという問題がある。ガンダム3号機なんかが無駄に長い砲身を持っているのは、このIフィールドの効果範囲から砲口を外に出して影響を受けなくするためだ。それに対して目の前の機体、ノイエ・ジールはそうした砲身を持ち合わせていない。つまりそれは、

 

「Iフィールドを展開している間、奴は攻撃する手段が殆ど無い」

 

Gファイターから手を離すと俺もビームライフルで射撃に加わる。ノイエ・ジールはMAとしては確かに高機動ではあるが、あくまでそれはあの巨躯に対してという但書がつく。加速性能ではGファイターに及ぶべくもないし、一年戦争時の機体ならともかく現行の高級機なら十分追いつける速度だ。当然そんな機体へ命中させる事を前提としているMSのビームライフルが避けられる筈が無い。

 

『ええい!』

 

そしてIフィールド無しにビームを無視出来るほどの防御力をノイエ・ジールは恐らく備えていない。故にこの状況で奴が取れる手段はごく僅かで、

 

「やっぱりそうだよなぁ!」

 

想定通り射出された有線式クローアームに向けてビームを放つ。奴がIフィールドを維持しつつ敵機を迎撃出来る手段はこれとミサイルくらいしか無いからだ。そしてNTがマニュアル制御している誘導システムならばまだしも、コンピューター制御による擬似的なオールレンジ攻撃ではオーガスタで調整された俺達の機体に対抗する事なんて不可能だ。

 

『なんだと!?』

 

Iフィールドから出た瞬間、クローアームは複数の火線に絡め取られて爆発する。当然だ、何せこっちは当代最強のNT二人からサンプリングされたデータ相手に延々と経験を積んだ教育コンピューターとパイロットなのである。まあ、俺のは偉そうにしているが掠っただけで終わってしまったが。

 

「終わりだな」

 

俺達が稼いだほんの僅かな時間で第1連合艦隊のMS部隊が態勢を立て直し、ノイエ・ジールへの攻撃に加わり始める。実弾兵器に換装していた彼等の射撃は確実に奴へダメージを蓄積させ、遂にはメインバーニアの一つが派手な爆発を起こした。

 

『投降しろ、MAのパイロット!』

 

余裕の表れだろう、味方からそんな通信がノイエ・ジールへ向けて送られる。そんな中、腹に巨大なコンテナを抱えたパブリクの改良型らしき機体が複数、艦隊からコロニーへ向けて飛んでいった。それを見て俺は小さく息を吐く、星の屑作戦は潰えたのだと実感したからだ。

 

 

 

 

「これが…連邦」

 

戦いている年若い士官達を見て、ユーリー・ハスラー少将は内心安堵の溜息を吐きつつ、口を開いた。

 

「そうだ、アレが地球連邦軍。我々の戦う相手だ」

 

そう口にしながらもハスラーは、そうなってはお終いであると強く再認識していた。正面から迎え撃つ様に見せかけつつ、精鋭部隊による側面からの襲撃。たった3隻の艦隊から展開した部隊によって行われた蹂躙は、最早戦闘と呼んで良いかと言うほどに一方的なものだった。それは非常に刺激的な光景であったがそんなものは極めて表面的な内容である。それよりも注目するべきは、そんな部隊を別働隊として運用できるだけの戦力を連邦軍は既に整えており、更には内通による離反者も発生させているのだ。総戦力と言う意味では最早話にならない程の差が連邦軍とアクシズには生まれていて、更に諜報面でも大きく後れを取っていると見た方が良い。

 

「ノイエ・ジールが、ああもあっさりと…」

 

グワンザンの艦橋から戦況を観測していた技術試験部隊の技術中尉が呻く様にそう漏らす。何しろあのMAはアクシズが連邦に対抗する際、中核となるべく建造されていた機体なのだ。ハスラーにしてみれば寡兵の不利を超兵器で補うなどというのは典型的な敗戦国の発想なのだが、アクシズが戦おうとするならばそれしか選択肢が無い事も事実である。だからこそ戦ってはならないのだ。

 

「この結果は正しくお伝えする必要があるだろう。記録は取れているかね?」

 

「あ、は、はい。全て記録済みであります!」

 

その言葉に彼は一度頷くと口を開いた。

 

「全艦反転、これより艦隊はアクシズへ帰還する」

 

「お、お待ちください!少将!?」

 

ハスラーの命令に参謀の一人が慌てた様子で割って入った。彼は視線をハスラーとモニターの間で行き来させながら翻意を促してくる。

 

「我々が撤退してしまえば彼等は逃げ道を失います!」

 

その言葉にハスラーは軽い頭痛を覚えた。どうやら目の前の人物は参謀であるにもかかわらずそれが何を意味するのか理解出来ていないらしい。密かに周囲へ視線を送れば、同様の表情を浮かべている者達が過半数を占めているのが見て取れた。故に彼は教育を施すべく丁寧に説明を始めた。

 

「大尉、現在我々がここにいられるのは、連邦軍への捕虜返還が理由である事は理解しているな?」

 

「は、はい。しかしまだ退去時間までは猶予が…」

 

何も解っていない反論に彼は小さく溜息を吐きながら言葉を続ける。

 

「確かにこの場に居るだけならば連邦は手出しをしないだろう。そういう約束だからな。だが彼等を受け入れれば話は別だ」

 

デラーズフリートは明確な敵対行動を起こした武装集団、連邦軍からすればテロリストである。それらの逃亡を受け入れれば、その瞬間アクシズ艦隊はデラーズフリートの友軍艦隊と見なされるのは間違いない。

 

「MSの1機でも収容すれば連中は嬉々として我々を攻撃してくるぞ。寧ろあの布陣はそれを狙ってのものだろう」

 

デラーズフリートとアクシズ艦隊の間には逃亡を妨げる様な部隊が存在せず、それでいてアクシズ艦隊が離脱する際には直ぐさま追撃に移れる位置に戦力が配置されている。それを説明してやれば、大尉は声を震わせながら呟いた。

 

「そんな、それでは約束が違います」

 

帰還したなら先ず士官教育の見直しを提案しようと心に決めながら、ハスラーは再度口を開く。

 

「我々が許されているのは捕虜の返還とジオン共和国からの物資買付のみだ。繰り返すが彼等を一人でも受け入れれば我々はデラーズフリートの別動部隊として然るべき対応をされるだろう」

 

言いながら彼はモニターを操作し、連邦軍の白いMAを拡大して映す。あれの矛先が自らに向けばどうなるかを想像したのかブリッジには重苦しい沈黙が降りる。

 

「私はアクシズ先遣隊の総指揮官でもある。私にはこの艦隊を無事アクシズへ連れ帰る責任があるのだ。もし諸君らが彼等を助けたいと言うならば、連邦の追撃を退けつつ艦隊を無事に連れ帰る策を提示したまえ」

 

彼の言葉に対する反論は存在せず、アクシズ艦隊は粛々と撤退を始めるのだった。




以下作者の自慰設定

ガンキャノン0083
一年戦争中に製造された通称量産型と呼称されたガンキャノンD型をアップデートした機体、ホワイトベース隊にて運用されているカスタム機であり型番としてはD型のままである。しかし手を入れられている部分はほぼ全身であり、元型機から残っているのはキャノンと頭部センサーのみとなっている。高速化し続ける前衛機体に随伴出来る運動性と火力支援能力の維持を目的に設計されており、外観は後継機に当たるジムキャノンⅡに近くなっている。当初はキャノンをビーム砲に置き換える案も出ていたのだが、Iフィールドの実用性が高まるにつれ、実弾兵器も一定数配備したいという現場の意見を取り入れた結果据置となっている。この為機内に弾薬スペースを設ける必要があり、単純なMSとしての性能はジムキャノンⅡよりも低く、特に格闘能力は同世代としては最低クラスになっている。

Gファイター(エリス・クロード機)
Gファイター宇宙用簡易量産型をオーガスタ基地の開発チームがエリス・クロード中尉向けに改良した機体。外観上の差異は殆ど存在しないが推進器及びジェネレーターが試作機のものに置き換えられている他、教育型コンピューターに換装する事で単座での運用を可能としている。また機体上部に展開式のグリップが増設されており、宇宙空間ならばこれにより最大3機のMSを運搬可能としている。


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128.0083/11/17

今週分です。


『――斯様に友軍に対してすら、だまし討ちの如き卑劣な振る舞いを行う者達の掲げる大義が自己擁護の為の空虚な言い逃れに過ぎない事は明白であり、その真意がスペースノイドの未来を思うものなどでは断じてなく、只自らの欲求に則した行いである事は前大戦の災禍からも明らかである!』

 

タブレットの中で熱弁を振るうグリーン・ワイアット大将を見ながら、俺はチューブから清涼飲料水を吸い込んだ。うん、誰だよペスカトーレ味のスポーツドリンクなんか自販機に入れたの。

 

「あー、例の演説って今日でしたっけ」

 

待機室に入ってきたロスマン中尉が俺の手元をのぞき込みながらそう言ってきた。あの戦いでデラーズフリートは壊滅、構成員の大半は俺達の攻撃で死亡したらしい。戦力を失ったエギーユ・デラーズは自殺を図ったが、第1連合艦隊が派遣した制圧部隊――あの終盤で突入していったパブリクⅡはどうやらその隊だったらしい――によって身柄を拘束され、晴れて犯罪者として裁判待ちをしている。アナベル・ガトーも同様に逮捕され、同じく裁判待ちである。そして俺達はと言えば、アルビオンにおける最後の任務に従事していた。

 

「これで少しは目の覚める馬鹿が出るのを祈るばかりだね」

 

演説の内容はジオン残党への批判に加え、戦中ジオンが海兵隊へと行った仕打ちに対しても言及している。ただ俺が望むような効果は殆ど得られないだろう。何せ人間は自分が信じたい真実を信じる生き物だ。俺達にとっては真実でも、ジオン残党は虚偽に満ちた連邦のプロパガンダとしか受け取らないだろう。

 

「1号機のテストは完了したので、今日から分解作業に入ります。アナハイムにあった予備パーツとデータは先にオーガスタへ送るそうですから、重力下試験はそっちでやることになりそうですね」

 

「2号機の方も分解してオーガスタか」

 

「例の武装もですね、正直検証の必要性を感じませんけど」

 

「データは残しておきたいがアナハイムに管理させるわけにはいかんって事だろう」

 

尤もアナハイムの開発チームに所属していた人員についてはテロリストとの関与がなかったから、表向きは罰せられる事もなくアナハイムに勤め続けるはずだ。なのでデータを消した所で意味は薄いのだが、それでもやらないよりはマシだろう。

 

「3号機はテスト終了後第1連合艦隊預りになるみたいですね」

 

「ありゃあ地球には持って行けないからな」

 

「…ちょっとアレン少佐?」

 

「ん?」

 

俺が顔を上げると不満げなロスマン中尉と目が合った。

 

「しっかりして下さい。少し気を抜きすぎじゃないですか?」

 

「悪い、今回は少しばかり気疲れが酷くてな」

 

そう言って俺は誤魔化す。仕方ないだろう、本来死ぬはずだった歴史を乗り越えたと言う安心感がどうにも頭を鈍らせるのだが、そんな事を言ったら間違いなく病院送りだ。

 

「コーウェン中将は更迭、代わりはブライアン・エイノー少将か。大丈夫かね?」

 

確かこの人スペースノイドへの偏見が酷すぎて高等士官学校の校長に押し込まれたんじゃなかったか?なんか人事に悪意を感じずにはいられない。

 

「ガンダム開発計画は凍結の上、次世代MS開発計画が吸収。アルビオンもオーガスタへ転属。ペガサス級を3隻運用とは贅沢な事ですね」

 

「どちらかと言えば扱いに困った連中を纏めただけって気もするけどな」

 

とは言えプロパガンダには非常に向いた部隊だろう。ペガサス級は見た目からして特別な艦だと解りやすいし、一年戦争時の宣伝のおかげでガンダムの母艦としても有名だ。そんな艦が3隻も纏まって運用されていれば、投入されたときの心理的効果は絶大だろう。まあ、実際に心理的効果以上の戦闘能力も備えているんだが。

 

「まあエルラン中将なら上手く立ち回るだろうさ」

 

少なくとも俺が金の卵を産み続ける限りは俺達の立場と軍内での安全は保障されるだろう。問題はこの先の予言が極めて難しくなる事だが。そんな事を考えつつタブレットを机へ置き、俺は伸びをしつつ立ち上がる。すると丁度良いタイミングで部屋に備え付けられた通信パネルが着信を告げてくる。

 

『アレン少佐、3号機の準備が整いましたのでお願いします』

 

「おう、了解した」

 

「3号機の試験も後3つですか」

 

「順調に行けば来週の頭にゃオーガスタだな」

 

「やっとここのトンチキな食堂から解放されるんですね」

 

「まさか軍のAレーションが美味いと思える日が来るとは思わなかったぜ」

 

そんな与太話をしながら俺達は部屋を出る。だから俺がその言葉を聞いたのは、オーガスタに戻ってからだった。

 

『――今日の事態を招いたのは、ジオン残党の対処を戦後復興の名の下に先送りにしてきた地球連邦の怠慢である。連邦軍はこの度の事件を深く反省し、連邦市民全ての平穏と安全を守るため、新たな治安維持部隊の創設を決定した』

 

誰も居なくなった部屋の中で、タブレットから音声が流れ続ける。

 

『ユニバーサル・ガード。部隊創設の暁には、その名に相応しい平和と安寧を地球連邦市民は手にする事になるだろう!』

 

 

 

 

「茨の園の警備ですかい?」

 

「所詮あたしらは寝返り者だからね。普通の部隊に混ぜ込む訳にもいかないって事だろうさ」

 

受領したサラミスとジムを確認しながらシーマ・ガラハウ中佐はそう笑った。ルナツーにて武装解除後、彼女達は正式に連邦市民の戸籍と連邦軍における軍籍を与えられていた。その上で最初に仰せつかった任務が、暗礁宙域に存在するデラーズフリートの活動拠点であった茨の園への駐留であった。

 

「いずれはサイドの再建も行われるから、その時に軍が独自に使える拠点を用意しておきたいのだとさ。気の長い話だよ」

 

そう言いながらもシーマはこの条件が悪くないものだと考えていた。あの演説で世論はシーマ達に同情的にはなったものの、元ジオンというレッテルは他の連邦軍部隊と軋轢を生むであろう事は想像に難くない。ならばいっそ単独で辺鄙な基地の防衛にでも回された方が余計なもめ事を起こさずに済むというものだ。何しろ彼女の部下達はお世辞にも柄の良い人間では無いのだから。

 

「駐留なんて言った所であんな場所に好き好んで来るバカは居ない。つまり私達は退役まで適当に給料泥棒をしていろという事さね」

 

茨の園本体も正式に連邦軍の拠点として接収されたため、基地としての機能を整備するための予算や物資の支給も行われる。そして立地は暗礁宙域と訳ありの部隊を飼い殺しておくには丁度良い場所である。更に彼女を機嫌を良くさせたのは与えられた装備だ。旧式のコロンブス級を改造した空母を筆頭に戦中の艦艇を近代化改修したものばかりではあったが、その居住性はジオンの艦艇とは雲泥の差がある。同時にジオンの装備を宛がったままにしないという事は、少なくとも上役であるグリーン・ワイアット大将は連邦軍人として扱うつもりがあると言外に示しているのだ。これまでの待遇を思えば遙かに良心的な対応と言えるだろう。

 

「そうなりますと、最初は拠点の整備ですかい?」

 

「それと周辺宙域の掃海だな、ネコババなんて狡っ辛い事はするんじゃないよ?なんせ私らは連邦軍人様なんだからね?」

 

彼女の言葉で艦橋内に笑いが起こる。海賊時代、暗礁宙域でのゴミ拾いは彼女達の貴重な収入源だったからだ。そんな彼等を見ながら彼女は笑顔で手を叩く。

 

「さあ、お前達!いつまでも笑ってないで手を動かしな!仕事の時間だよ!」

 

何度も聞き慣れた開始の合図。だがそれは彼等が久しく耳にしていなかった声音だった。

 

 

 

 

「ユニバーサル・ガードか」

 

「大艦隊で練り歩くよりは現実的な案ではあります」

 

ジャブローの一室で男達は静かに語り合う。

 

「今回の一件はワイアットの一人勝ち…と言いたいが、本当の勝者はエルラン中将だろうな」

 

ジオン公国残党によるテロ事件。再建計画のコロニーをテロリストに強奪されたという不祥事は連邦軍が奪還する事で消え去り、寧ろワイアット大将の輝かしい功績となった。更に改革派の最大派閥であったコーウェン中将が失脚したことで中立を気取っていた風見鶏達も着々とワイアット閥に流入している。今後暫くは彼が連邦軍における最大派閥の長に収まる事は間違いない。しかし投資に対し尤もリターンを得たのが誰かと言えば間違いなくエルラン中将だろう。

 

「例の部隊も参加するとなれば、治安維持部隊へも影響力を発揮することになります」

 

ユニバーサル・ガードには治安維持部隊として独自の権限を与えられる予定であるが、その参加者が派閥の影響を受けないかと言われればそうでは無い。寧ろ構成員の比率次第では一般部隊よりも高度な権限を持つ部隊を派閥の戦力として手駒に出来ると見るべきだ。そしてエルラン中将の率いているホワイトベース隊は中核戦力として組み込まれる事が内定している。

 

「我々としても唾は付けておくべきか」

 

コーウェン派閥から流出した人間をいくらか取り込みはしたものの、今回の一件においてほぼ蚊帳の外であったコリニー大将の派閥は総合的に見れば権力闘争において差を広げられた形になる。更に厄介な事に無派閥を嘯いているエルラン閥がワイアット閥と接近しているのだ。故にここは多少強引にでも動いておく必要があった。

 

「丁度良い人材も確保しております」

 

「バスク大佐か」

 

今回の一件においてバスク・オム大佐はワイアット大将のジオンに対する対応に強い不満を抱いていた。その為コーウェン閥から距離を置いた際にコリニーの下へ身を寄せたのである。

 

「実績は十分ですし、思想面で連中に染められるという事も無いでしょう。適任かと」

 

「良かろう、送り込む人員の選定は任せる」

 

宇宙世紀0083、ガンダム強奪に端を発した一連の事件は様々な思惑を孕んだまま静かに幕を閉じたのだった。



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129.0085/某日

83編エピローグ


「新型の調子はどうだ?モンシア大尉、ウラキ中尉」

 

「良い感じですよ少佐。ただ俺達にはちぃとばかし物足りませんがね」

 

「ジムカスタムの上位互換といった感じですけど、確かに大尉達みたいなベテランの方からすると鈍く感じてしまうと思います」

 

模擬戦を終えてハンガーに固定された機体を見上げつつ、俺は新型機から降りてきた二人に声を掛けた。そうしていると別のテストを行っていたメンバーも次々と戻って来て、格納庫は一気に騒がしくなる。

 

「もうちょっと反応は良くならんかい?」

 

「まだテストなんですよ大尉、我慢してください」

 

同じ様に不満を漏らしているのはアルファ・A・ベイト大尉だ。モンシアやウラキはガンダムに乗っていたし、ベイト大尉もギリギリまでチューニングしたジムカスタムだったからな、一般向けのデフォルト設定ではそう思っても無理はない。

 

「今週の動作テストが終了すれば各人に最適化も行える。それまでは我慢したまえ」

 

そういいながら近付いてきたのはテム・レイ少佐だ。彼は何となく恨めしげな目で新型機を見上げる。

 

「また少佐の予言が当たってしまったな」

 

いやいやいや。

 

「何を仰います。ちゃんとガンダムが量産されたじゃないですか」

 

そう言い返せばテム少佐は不機嫌そうに鼻を鳴らして口を開いた。

 

「少佐も目があってブレードアンテナがついていればガンダムと言い張る口かね?」

 

テム少佐の物言いに俺は苦笑しつつ同じ様に新型機を見上げる。量産型ガンダムMkⅡ。ユニバーサル・ガードの主力MSとして配備が決まった機体だ。2年前のテロ事件後、治安維持部隊として発足したユニバーサル・ガード――通称UG――は、当初選抜された部隊がそれぞれ保有していた機体をそのまま運用していたのだが、その状況に難色を示したのが発起人のワイアット大将その人だった。

 

「UGは象徴なのだよ。相応の品格が必要だ」

 

そんな訳で限りなく凍結に近い扱いを受けていた次世代MS開発計画が再始動、最も標準的な仕様だったMkⅡを量産出来る水準に仕立て直したのがこの量産型ガンダムMkⅡである。当然ながらあの馬鹿みたいな性能は発揮出来ないが、それでも一般的な量産機であるジムⅡに比べれば遙かに高性能である。まあそれに、

 

「そのガンダム顔が重要なんでしょう?実際大した威力ですよ」

 

大抵のジオン残党や反政府組織にとってガンダムは恐怖の代名詞だ。治安出動でホワイトベース隊が動いた際には、相手がガンダムの集団を見て逃亡するなんて事も頻繁に経験している。

 

「むう…」

 

「まあ納得のいく機体の用意は今後の宿題という事にしておきましょう」

 

今のところUGによる治安維持活動は好意的に受け入れられていて、原作のティターンズとエゥーゴのような分裂も今のところ表面化していない。だが気になる事も幾つかある。

 

「宿題ね、それはいずれ私の納得のいく機体が必要になると言う事かな?」

 

「断言はしませんよ、俺は神様では無いですからね」

 

だが、治安維持の為に独立した行動権を持つUGと呼ばれる組織の存在。そこに俺達ホワイトベース隊を含むアルビオン隊が所属している事、更にジーン・コリニー大将の派閥からバスク・オム大佐も加わっている。そこに嫌な予感を感じるのは俺が本来の歴史に毒されているからだろうか?

 

「…そういえば来月だったかね?バスク大佐の火星討伐は」

 

「治安維持活動ですよ」

 

「最新の戦艦とMkⅢをあるだけ引っ張り出しておいて良く言う」

 

最新の戦艦とはバーミンガム級の2番艦の事だ。名前こそ違うがはっきり言ってドゴスギアである。単艦で増強一個大隊のMSを運用出来る現時点で最強の艦である。慣熟訓練を終えた同艦は輸送艦を含む艦隊でテム少佐が言うとおり来月火星での治安維持任務に就く。

 

「サイド3や月からは随分と逃亡した人員が出たようだね」

 

「UGとしては有り難い話ですよ。後ろ暗い奴らが自分から出て行ってくれるんですから」

 

発端は半年ほど前の事だ。UGによる治安維持活動が規模を拡大し各サイドへ駐留部隊を置くようになったのだが、その辺りからアングラで噂が流れ始めた。曰くアステロイドベルトに逃亡したジオン残党が火星の開拓に成功し人員を受け入れている。あの事件においてアクシズへの追求は議会からの介入もあって有耶無耶になっている。当初は亡命してきたシーマ中佐の証言を掲げる軍側が優勢だったのだが、物的証拠が無いとして議会がサイド3へ抗議文を送るだけで終わってしまった。アナハイムも関係を疑われたが、取調中だった容疑者のオサリバンが急死した事でこちらも捜査は難航している。UG発足時の演説で所謂浮動層なスペースノイドのジオン支持は原作より少ないようだが、一方で過激派はより先鋭化しているようにも思えた。その中で流れたこの噂は居場所を無くしかけて居た過激派の希望となったのだろう。少なくとも数千、場合によっては万単位の人間がアステロイドベルトへ向かったのではないかという事だ。今回の火星派遣はそうした情報に対する実態調査と万一の際の治安維持活動である。

 

「まあ、火星の件をバスク大佐に丸投げするのは不安ですけどね」

 

UGは現在、コンペイ島を根拠地とした宇宙部隊とここオーガスタを根拠地とした地上部隊に分かれている。組織内で人員の交流はあるが基本的に異動は無い。そして地上部隊の規模は殆ど変わらず宇宙部隊は増強され続けている。

 

「地上部隊にはペガサス級3隻に加え一年戦争以来の精鋭が多数在籍している。地球に潜伏する残党の規模を考えれば十分な戦力だ」

 

そう言われれば反論は難しい。地球には陸軍も展開していて残党の動きも少ないし、俺達が出動する際も残党などでは無くMSで武装した犯罪者だったなんて事はざらにあるのだ。対して宇宙では小規模ではあるが政府に対するデモなどが起きている。無論届出の出された合法的な行為ではあるのだが、その頻度は確実に増加していた。UGが各サイドへの駐留を決定したのもその為だ。

 

「第1軌道艦隊と第3軌道艦隊は今回の件に好意的だと聞くが」

 

コリニー大将の退役後に第1軌道艦隊を引き継いだのはジャミトフ・ハイマン少将だった。そこに副司令としてブレックス・フォーラ准将が配属されたのは、因果を感じずには居られない。そう言う意味では超タカ派の第3軌道艦隊よりは第1軌道艦隊の方が意見が纏まっていないと見るべきだろう。ただその意見の対立がどうにも嫌な予感を想起させるのだが。

 

「失礼します!」

 

そんな事を話していたら後ろから声を掛けられた。振り返るとそこにはピカピカの新人が3人程立っていた。

 

「本日よりホワイトベース隊に配属となりました、エマ・シーン少尉であります!」

 

「同じくジェリド・メサ少尉です」

 

「カクリコン・カクーラー少尉であります」

 

「おう、ホワイトベース隊のMS部隊を預かっているディック・アレンだ、よろしく頼む」

 

初対面だが良く知っている3人に向かって俺は答礼をしつつそう笑いかける。すると彼らの後ろをヨナ達が駆け抜ける。多分シミュレーターでまた遊ぶのだろう、最近MkⅡ以降の機体が解禁されたからその性能チェックに彼らは夢中なのだ。まあ対戦の強ユニット探しをしているとも言うが。

 

「早くしろよカミーユ!シミュレーターが取られちゃうぞ!」

 

ヨナの声にジェリド少尉が振り向き、そしてカミーユを見て呟いた。

 

「なんだ、男か。…てかなんでこんな所に子供が?」

 

因みにカミーユはびっくりするくらい耳が良い。ジェリド少尉の言葉に急ブレーキを掛けるとこちらへ向かってくる。

 

「アレンさん。誰ですか、この人?」

 

なんで君達はいきなり友好度マイナスから人間関係が始まるんです?

 

「こちらは新しくホワイトベース隊に配属になったジェリド・メサ少尉だ。そんでこっちはフランクリン・ビダン中尉のご子息でカミーユ・ビダン君。このオーガスタのトップエースの一角だな」

 

俺の紹介に双方が目を見開く。ホワイトベース隊は精鋭部隊として名を馳せているから、当然配属されるのは優秀な人材だ。そしてそんな部隊が所属している基地のエースだと子供を紹介されればジェリド少尉のような反応にもなろうというものだ。そんな二人に俺は笑いながら話し掛ける。

 

「人を見かけだけで判断するのは早計だぞ二人とも。ほら、ヨナが待っているぞカミーユ」

 

俺がそう促すとカミーユは少しむくれたままシミュレーター室の方へ走っていく。ファーストコンタクトにおける最悪の事態は避けられただろうか。

 

「あの、少佐殿。彼らは…」

 

カミーユの姿が見えなくなったのを見計らってエマ少尉が問いかけてくる。それに対して俺は隠さずに伝えることにする。

 

「オーガスタでNTの研究を行っているのは知っているだろう?彼らはその候補生だよ」

 

「先程トップエースの一角と仰っていましたが」

 

そこに戸惑った声音でジェリド少尉が加わって来た。

 

「ああ、ホワイトベース隊も含めて基地のパイロットは合同でシミュレーション訓練をする事があるんだが、彼はここ半年トップ5から落ちた事がない」

 

因みに1位と2位は入れ替わりが激しいがそれぞれアムロとララァが取り合っている状態なのでシミュレーターの最高成績は3位だったりする。まあ実はその辺りも固まりつつあるのだが。

 

「それ程ですか、NTってのは」

 

黙って聞いていたカクリコン少尉がそう唸る。それに対して俺は笑いながら口を開いた。

 

「ああ、だから大変だぞ。何せ彼らが軍人になるかどうかは俺達の双肩に掛かっているんだからな」

 

少なくとも兵士として使い物になれば年齢なんて関係ないなんて連中に彼らを任せる訳にはいかんのだ。

 

「任せてください。残党なんざさっさと片付けてやりますよ」

 

自信満々と言う様子でジェリド少尉がそう応える。これはまた手が掛かりそうだ、そんな事を思いつつ、俺は彼らの訓練メニューを考えることにした。宇宙世紀0085、俺達は束の間の休息を得ていたのだった。




次はΖ見終わったら書きます。


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0087編
130.0086/12/25


今週分です。


「おい!急げヨナ!カミーユ!!」

 

「待ちなさいジェリド!ヨナとカミーユも!!」

 

休憩コーナーで駄弁っていると、慌ただしい足音と共にそんな声が聞こえてくる。追いかけているのはエマ少尉だ。

 

「おーおー、元気だねぇ」

 

コーヒーのボトルに口を付けながらベイト大尉がそう笑う。その横ではキース中尉とウラキ中尉、それにカクリコン少尉が気まずそうに体を揺らした。それを見たアデル中尉が小さく溜息を吐くと三人へ向けて口を開く。

 

「後で謝罪しておきなさい。女性の怒りは根深いですよ」

 

「ったく、盗み食いとかガキじゃねぇんだからよ」

 

そう口を挟んだのはモンシア大尉だ。それに対して俺は目を細めながら言ってやる。

 

「そうだな、だが誤飲もあまり褒められた行為じゃないぞ。大佐がブチ切れる前に補充しとけよ」

 

ベイトとモンシアが笑顔のまま一瞬固まりアイコンタクトを取る。だから続けて言ってやる。

 

「現在鋭意調査中ってことにしてある。程々にな」

 

「そこは飲むなじゃないんですか?」

 

横で聞いていたカクリコンが苦笑しつつそう口にする。

 

「レクリエーションの一環だな。適度なガス抜きくらいなら目を瞑るさ」

 

「瞑るんじゃないわよ」

 

唐突に後ろから声がして後頭部をしばかれる。振り返ればマッケンジー大尉が女性陣を引き連れて腕を組んでいた。

 

「今夜のパーティーに使うクリームを食い荒らした馬鹿を探しているの、素直に教えるなら見逃してあげる」

 

大尉の言葉に俺達は迷いなくキース達を指さす。同時に三人は全速で休憩所から駆け出した。うむ、良い反応速度だ。悪手だがな。

 

「あ、コラ待て!!」

 

「燥いじまってまあ」

 

それを見送ってベイト大尉が笑う。俺は手にしていたボトルをゴミ箱に放り込むと溜息を吐きつつ口を開く。

 

「来年は忙しそうだからな、今のうちに騒いでおいた方がいい」

 

「やっぱりありますかい?」

 

「フォボスが移動したって話は聞いているだろう?距離を考えればそろそろの筈だ」

 

2年前に行われたUGによる火星調査は連邦軍の敗退という形で失敗に終わった。旗艦であったバーミンガム級2番艦のリヨンこそ帰還したものの、他の艦は全て撃沈されMS隊も大損害を受けていた。帰還したバスク大佐は火星に逃亡している残党の危険性と軍備の増強を訴えたが、その意見は政治的な理由で却下された上に火星での損害は不幸な事故によるものとして無かったことにされた。

わからない話では無い。現在連邦政府は宇宙移民を再開し順調に進んでいる。来年度からはコロニーの新造も始まるのだ。だと言うのにここでジオンの脅威が残存し、オマケに連邦軍が敗退したなどと知られれば間違いなく移民は鈍化してしまう。そして富裕層は今度こそ地球から離れることを拒否するようになるに違いない。

 

「政府は独立を承認してやれば大人しくなるなんて思っているんだろうが、そう簡単にはいかんだろう。連中だって地球は欲しいだろうからな」

 

鉱物資源はまだしも、水や空気といった人類の生存にとって必須となる資源の確保において地球ほど魅力な天体は無い。そんな場所を自分達よりも弱い連中が好きにしていて許せるような奴ならばそもそも火星に逃げてなどいないだろう。

 

「解らないのは連中がどうやってあれ程の戦力を用意したかだ」

 

UG内では持ち帰られた戦闘データが極秘裏に共有されている。それを見る限り連中の機体はガザシリーズ、つまり作業用MSを改造した急造品だ。カタログスペックで言うならUGが運用していたジム改の方が上だったろうし、艦隊に配属されていたパイロットは宇宙軍でも腕利きの連中だ。しかし現実は敵のMSがこちらを性能で凌駕し、パイロットはそれを十全に扱ってみせていた。

 

「アムロ中尉やカミーユ達程じゃありませんが、あの動きは近いもんに見えます。…連中NTの量産に成功したんじゃ?」

 

「それだけじゃあの動きには説明がつかんだろう。幾ら先読みが出来てもそれをMSの操縦に反映するには相応の時間が掛かる」

 

モンシアとベイトが眉を顰めながらそう評する。実際NT能力の高さとパイロットとしての優秀さは現状必ずしもイコールではない。ベイトが言う通り受け取った情報を操縦としてアウトプットする点で差異が生まれるからだ。だから経験の浅いNTならばオールドタイプなんて呼ばれる俺達でもそれなりに対応出来るのだが、そんな俺達と同じパイロット達が一方的に火星で墜とされたのである。

 

「何か仕掛けがあるのは間違いないだろう。尤も解った所で連中を相手にせにゃならんという事実は変わらないがな」

 

俺の言葉に三人が小さく溜息を吐いた。カミーユを筆頭にヨナやリタ、ミシェル達は既に特務少尉として軍籍を与えられている。所属自体はオークランドのニュータイプ研究所という事になっているから即時投入なんて事にはならないだろうが、それだって戦局が怪しくなれば保障なんてない。

 

「…今から除隊と言うわけには?」

 

「難しいな。カミーユはともかくヨナ達は養子縁組さえしていない。寧ろこの状況で放り出せば最悪の事態だって有り得る」

 

連邦におけるNT研究はオークランドとオーガスタに集約されているが、かといって他が全く手を出していないかと言えば否だ。大抵の派閥は懇意にしている医療機関があるし、そこに私的な出資もしている。単純な善意や医学の発展のために投資しているなんて考えるのは楽観が過ぎるだろう。

 

「ジオンの野郎共、一体いつまでこんな事を続けやがる!」

 

「とにかく今は備えるしかないな」

 

原作と違いサイド7の軍用化は進められていないし、本来アナハイムが秘匿しているはずだった茨の園――連邦軍名はスノーフレーク――は連邦の軍事拠点として稼働している。UGの設立によってティターンズは組織されず、エゥーゴの名も聞かない。つまり俺の知識とは全くと言って良い程状況は異なっている、それでもこの年に戦乱が起ころうとしている事に俺は言い知れない恐怖を感じながらそう口にするのだった。

 

 

 

 

「ホワイトベース隊を宇宙へ、ですか」

 

『うん、地上における残党の掃討はほぼ終わっているだろう?連中が何かをしてくる前に迎撃態勢は取っておきたい』

 

「宇宙方面部隊だけでは不足ですか」

 

『彼等も努力しているさ。だが現場の努力に胡座をかいて何もしないのは無能の証明だよ』

 

「でしょうな」

 

ワイアット大将の言葉にエルラン中将は素早く脳内の算盤を弾く。以前に比べアレン少佐の予言は頻度が減るだけでなく精度も落ちている。一方でこれまでに整えた環境によって戦力としては未だ連邦軍有数の価値を持っていた。

 

(売るならば高く買われる内がいい)

 

事態が逼迫してからでは恩よりも恨みを買うリスクが高まるし、最悪適当な罪状による更迭で指揮権を取り上げられる可能性すらある。それならば今が売り時であると彼は判断した。

 

「承知しました。向かう先はコンペイ島で宜しいか?」

 

『いや、向かうのはスノーフレークで頼む』

 

大将の言葉にエルランは眉を顰める。UGが根拠地として使っているのはコンペイ島だ、スノーフレークはワイアット大将の派閥が管理しているものの位置や規模の関係からそれ程重視されている拠点ではない。そんなエルランの表情を見たワイアット大将が笑いながら続けた。

 

『ホワイトベース隊は自由に動けた方が都合が良いだろう?それに君の所の指揮官はバスク大佐と相性が悪そうだからね』

 

全く否定の出来ない言葉にエルランは溜息を吐く。事実部下達の中で彼寄りの思考を持っているのはアレン少佐のみで、艦長を務めている大佐達はどちらかと言えば軍の事情よりも軍の正義を重んじる気質である。どんな手を使ってでも勝利するという人間とは相性が悪いのは明白だ。

 

「お心遣い感謝します。しかしスノーフレークでは即応が難しいのでは?」

 

『宇宙方面部隊の面子も立ててやらねばなるまい?それに正面だけに備えるのは能無しのする事だ』

 

そう言われエルランは改めて頭の中で地図を開き納得する。スノーフレークは旧サイド5宙域に存在している。デブリの除去は続けられているが、サイド6に隣接していたサイド2とコンペイ島を付近に擁するサイド1の復旧が優先されたため、未だ復旧はしておらず僅かな連邦軍が駐留しているのみである。しかし戦略的な価値で言えばこの地には大きな意味がある。何しろラグランジュ1はフォン・ブラウン市の直ぐ側なのだ。

 

「火星からの遠征となれば現地で拠点を確保せねばならんでしょうな」

 

その意味で月面都市は極めて魅力的な橋頭堡だ。既に十分な資源と工業力を備えつつ、地球連邦との関係も良好とは言えない。何より連中は自分達が最も儲かることが重要な商人である。敵との接触を許せばどの様な結果になるかは明らかだ。

 

『頼んだよ』

 

その言葉を最後に通信が切れる。暗転したモニターを眺めながらエルランは溜息を吐いた。

 

「まったく、私は安全に甘い汁を吸いたいだけだと言うのに」

 

不平を口にしながら彼は手早く手続きを進める。尤も元から即応性の高い部隊であるから提出するべき書類は全てフォーマットが完成していて、彼がすることと言えば後は場所と日付、それから自身のサインを書き込むくらいである。準備開始から5分と掛からずに準備を終えたエルランは厄介事を呼び込む元凶に対して頬を歪ませて呟いた。

 

「この分は後でしっかり取り立てる。だからこんな所でくたばるなよ、少佐」




申し訳ありませんが本格的に週1投稿になりそうです。
後殆どオリジナル展開になってしまうためΖ見てもあまり意味ないなって気が付きました。


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131.0087/01/02

今週分です。


「ドミンゴの作業マニュアルはアップロードしておいた。プロトの方は一部専用のマニュアルになるから注意してくれ」

 

「解りました」

 

少し緊張した面持ちで頷くロスマン大尉に対してテム・レイ少佐は笑いながら言葉を続けた。

 

「そこまで緊張する事はないよ、大尉」

 

それに対しロスマン大尉は困った笑顔になりつつ口を開く。

 

「無茶言わないで下さいよ。少佐の後任なんて緊張して当たり前じゃないですか」

 

「これまでだって事実上大尉が仕切っていたじゃないか。そう変わるものではないだろう?」

 

ホワイトベースがUGへ所属して以降、テム・レイは整備班長の任を解かれオーガスタのMS開発チームに移籍していた。以来整備班長は目の前のロスマン大尉が務めており、これまでの出撃でも問題なくその任務を熟していたのである。だからこそ何故今になってそんな顔をするのかが彼は不思議だったのだが。

 

「…今度の派遣は宇宙じゃないですか」

 

技術が発展し人類が宇宙に住む様になって既に1世紀近い時間が過ぎている。それでも絶対的な距離が変わる事はない。確かに地球内であれば何かトラブルがあってもテムが短時間で駆け付ける事が出来ただろう、だが宇宙となるとそう簡単ではない。そして今度の相手はこれまでの残党とは規模が違う。

 

「大尉、一ついいかね?」

 

「はい?」

 

だからこそ余計な心配をしている彼女へテムは説く。

 

「確かに大尉は私の後任だ、だがそれは私と同じにやれという事では無い」

 

自分達にとって大規模な戦いとは一年戦争だ。装備も物資も不十分な中での整備は正しく激戦だったと彼も思う。同時にあの状況は極めて異常であったこともテムは認識していた。

 

「根拠地をもってそこから出撃して戦う以上根本的にはここでの仕事と大差無いよ。それにあんなことは本来するべきではないのだ」

 

MSはその構造上拡張性の高い兵器である。一年戦争では両軍共に数え切れない程の現地改修機やバリエーション機体を生み出せた事からもそれが解る。しかし設計者からしてみれば付けられる事と付けて平気である事には大きな隔たりがあるのだ。それは勝手な現地改修を行った機体の損耗率が証明している。

 

「大尉、君はいつもパイロットが無事帰ってくる事を念頭に置いて行動している。それこそパイロットと衝突する程だ。だがそれでいい、そんな君だから班長を任せられる」

 

機体について理解の浅いパイロットほど自分なら乗り熟せると無茶なチューニングや装備の追加を要求してくる。特にムーバブルフレームの実用化がそうした改造の閾を大きく下げた事でそうした頻度が高くなっているのが現状だ。その中にあってロスマン大尉は安易に要求を呑まず、それこそパイロットと口論になってでもそれらを止めてきた。

 

「パイロットの安全を守るためです。当然じゃないですか」

 

「そうだな、当然だ。だがその当然を続けるのはとても難しい事なのだよ」

 

他の整備員であっても新人達の言葉なら拒絶は難しくないだろう。だがそれをアレン少佐やクリス大尉が言えばどうだろうか?階級が上でかつ経験も豊富な彼等の要求を突っぱねる事が出来る人間は極めて少ない。その点だけでもロスマン大尉は班長に足る資格を持っていると言えるだろう。

 

「何よりあの少佐が大人しく言う事を聞く相手は希有だからな」

 

「言う事聞いてますかね、あれ」

 

そこは比率の問題だと言いかけ、テムは苦笑で誤魔化した。

 

 

 

 

「何故僕は駄目なんですか!?」

 

宇宙へ向かうための準備を進めていたらカミーユにそう食ってかかられた。いや、何でもなにもないんだが。

 

「カミーユはウチの所属じゃないだろう?」

 

「だってキョウやロザミィは行くんでしょう!?」

 

いや、だからな?

 

「キョウ少尉とロザミア少尉、それにゲーツ少尉はホワイトベース隊からNT研究所に出向していたメンバーだ。お前さんやヨナ達とは扱いが違うんだよ」

 

「そんなの不公平じゃないですか、僕の方がシミュレーター成績だって良いのに」

 

またそういう誤解されそうな物言いをしおってからに。

 

「なんだカミーユ、お前戦争行きたいの?」

 

そんな俺達に声を掛けてきたのはカイ・シデン少尉だった。カイは軽薄な笑顔でこちらへ近付くと再び口を開く。

 

「気持ちは解らんでもないが、止めといた方がいいぜ?特にお前さんみたいな勘の良い奴は特にな」

 

「でもそんなところへキョウ達は行くんでしょう?」

 

そんなカミーユの返事にカイは大仰な仕草で溜息を吐いた。

 

「別に俺達は連れて行きたい訳じゃないが、命令だからな」

 

その様子にカミーユは眦を吊り上げて言い返す。

 

「命令されればなんだってやるって言うんですか!?」

 

「おう、それが軍人だからな」

 

カイはその言葉に笑顔を引っ込めると真剣な声音で応じる。普段見せないその姿にカミーユが戸惑っているが、カイは構わず口を開いた。

 

「そんでキョウ特務少尉達も俺達と同じ軍人だ」

 

「…じゃあ、彼女達が戦場に出るのは正しいとでも言うんですか?」

 

「いや?そんな事は一欠片も思ってないぜ?だからお前さんが戦場に出たいってのも止めてるだろ」

 

「え?」

 

「軍人ってのはな、カミーユ。命令に従っているから軍人なんだ。命令に従うから人が持つにゃ不相応な武器を持つことが許されてる。そんな連中が自分の正しい事をやり始めたらどうなるか、お前もよーく知ってる筈だぜ」

 

カイの言葉にカミーユは悔しそうに押し黙る。俺達は4年前にそうした人間達が起こした事件に直接関わっているからだ。

 

「ま、つまりだ。軍人なんて碌な飯の食い方じゃないってこったな。…だからよカミーユ、キョウ達を本当に守りたいってんなら、お前がすることは戦場に出る事じゃない。もっと別の方法だぜ」

 

「別の方法ですか。なんですそれは?」

 

「わかんね、解ってたら俺も軍人なんて辞めてるさ」

 

聞き返してくるカミーユにカイはそう笑いながら言葉を返す。全くだな、俺も他の食い扶持を見つけたいのだが、如何せんまだまだ地球圏は安定とはほど遠い状況だ。少なくともアクシズ落としの回避が確定的にならない限り軍を離れるわけにはいかないだろう。あんなつまらない事でアムロが死ぬなんて俺には耐えられない。

 

「カミーユ!見送りに来てくれたの?」

 

「心配性な奴だな」

 

「もう!ゲーツはすぐそうやって!」

 

そんな具合に野郎三人で辛気くさい話をしていると、後ろからそんな声が掛かった。振り返るとそこにはバッグを手にしたキョウ特務少尉達の姿があった。

 

「キョウ!」

 

キョウ・ムラサメ特務少尉、連邦軍内のNT研究統合の際にムラサメ研究所からホワイトベース隊に引き抜かれた人物だ。残る二人はオークランドで候補生となっていたゲーツ・キャパとロザミア・バダムだ。一年戦争に投入されたレイチェル達の戦訓から身体的な強化は施されているものの、臓器や骨格の置き換えや脳に対する処置は施されていない。おかげで原作に比べると遙かに能力は低くなっているが、精神的な不安定さは見られない。寧ろララァ達のような先任やカミーユ達といった同じ感覚を持つ人間と生活することで普通の子供よりも成熟しているようにすら見える。というか俺が17の頃に比べれば遙かに大人な思考をしていると思う。

 

「その、なんて言ったらいいか」

 

笑っている彼女達を見てカミーユは歯切れ悪くそう口にする。そんな彼の様子にキョウ特務少尉は笑みを深くすると優しく語りかけた。

 

「任務だもの」

 

「でも、こんなの不公平じゃないか!」

 

カミーユの訴えにゲーツが喉を鳴らす様に笑うと、カミーユに近付いて肩を叩いた。

 

「カミーユ、お前本当に良い奴だな。でもそれはちょっと世間知らず過ぎるぞ?」

 

「なにがだよ!?」

 

「世の中皆が公平でなきゃおかしいって思ってることさ。そんな幸せな世界なら戦争なんて起きてないし、俺達が兵隊になんてなってないだろ?」

 

ゲーツの言葉にカミーユは息を呑む。そんな彼にゲーツはシニカルに笑うと言葉を続けた。

 

「お前のそういう所嫌いじゃないぜ。けどあんまり無茶して少佐達を困らせるなよ、俺達が人間をしていられるのはここだけなんだからさ」

 

ゲーツは三人の中でも比較的早い段階からNT研究に関わっている。だから研究者達が本来であれば自分達をどの様に扱いたいかを肌で感じているのだろう。無論そんな事は俺達の仲間である限り絶対にさせないが、研究所そのものを取り上げられてしまえばどうにもならない。そして今後才能を見出されて送られてくる後進達が同じ様に扱われる為には俺達のやり方でしっかりと成果が上げられる事を証明しなくちゃならない。

 

「安心しろよ、カミーユ。ララァ大尉もアムロ中尉も居るし俺らの機体はドミンゴだ。ジオンの連中になんかには負けねえよ」

 

そうゲーツが言い、再度強くカミーユの肩を叩く。だが俺達がホワイトベースへ乗り込み、宇宙へ上がる間際までカミーユの表情が晴れる事はなかった。



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132.0087/01/04

今週分です。


スノーフレーク、かつてジオン残党であるデラーズフリートによって建設された拠点は連邦軍に接収された後、表向きL1宙域の掃海拠点という名目で整備されてきた。尤も実際にはそれだけではなく幾つかの役割があるのだが。

 

「ようこそスノーフレークへ、基地司令を任されておりますシーマ・ガラハウ中佐であります」

 

「出迎え感謝する、中佐」

 

最先任と言う事でローランド大佐がそう答礼をしつつ笑ってみせる。ブライト中佐はともかくシナプス大佐の方は非常に複雑な表情だ。

 

「…おい、アレン。シーマってぇと」

 

「ああ、例の事件の際にこちらへ寝返った海兵隊だな」

 

小声で確認してくるエドワード少佐に俺はそう返事をする。そんな俺達の横でベイト大尉が彼女を値踏みするように眺めている。

 

「モニターで見たよりいい女だな」

 

「同意であります、少佐殿」

 

「お前ら彼女を口説こうなんて思うなよ?」

 

何やら不穏な意見交換を始める二人に釘を刺す。馬鹿な事をしてここの連中の逆鱗に触れでもしたらたまったものじゃない。そんな理由で仲間がMIAにでもなったら笑うに笑えないと言うものだ。

 

「既に連絡はなされていると思うが、暫くこちらに厄介になる。それとその間君達には色々と協力を頼むことになるだろう」

 

「はい、その様に承っております。とは言え旧式艦にロートルばかりですから、何処までご期待に応えられますか」

 

「はっはっは、中佐達がロートルならば我々など骨董品だよ。なあシナプス大佐?」

 

「そうですな。いい加減艦長の肩書きにも肩が凝る思いです」

 

上官達の小粋なジョークを聞き流しながら俺は今後について考える。既にフォボスは月外縁艦隊に捕捉されていて、位置情報は宇宙軍で共有されている。問題は主力として動くUGの宇宙部隊が準備を整えられていないことだろう。艦やMSの数は戻っているものの、練度についてバスク大佐はまだ不満を覚えているらしい。まああのベテラン揃いでボコボコにされれば慎重にもなるだろうが。

兎に角現状俺達はあくまで補助的な立場であり、積極的に攻撃しろとの命令は受けていない。精々月軌道まで来た連中を追い払うくらいだろう。そんな事へ意識を飛ばしていると、真剣な表情のシナプス大佐がシーマ中佐へ向かって問いかけた。

 

「背中を預ける身として聞いておきたい。君達は連中をどう考えているのかね?」

 

「どう、とは?」

 

「連中は火星に逃れた元ジオンだ。彼等が心を入れ替え、君達の功績に報いたいと言ってきたらどうする?」

 

シナプス大佐の言葉に緊張が走る。シーマ中佐達はジオン公国を糾弾するためのプロパガンダに利用されたからその経歴も広く連邦軍内に伝わっている。その仕打ちに裏切るのも当然と比較的好意的に受け止められているものの、裏切ったという事実が否定されるわけではない。そして寝返った後も腫れ物の様にへき地へ隔離されている今を考えれば、連邦に不満を覚えていてもおかしくないだろう。

 

「確かに私達はジオンからの寝返り者、その様な不安を抱かれるのも仕方の無い事でしょう。そしてそのご質問には如何なる答えを以てしても満足は頂けないかと。なにせ裏切り者の口から出る言葉です、何を根拠に信じられるというのでありましょう」

 

「……」

 

「ですから行動で示させて頂く。先鋒は我々にお任せ下さい、後ろからなら安心して戦えましょう」

 

因みに彼等の装備はMS搭載能力を追加したサラミスと戦中に簡易空母として改造されたコロンブス、そしてMSはジム改だ。流石にアップデートはされているだろうが2年前の段階ですら負けているのだ、現段階で応戦すれば苦戦することは必至だろう。そして真面目な彼女なら本当にやる。

 

「失礼します、発言宜しいでしょうか?」

 

「何かな、少佐」

 

俺が声を発すると、即座にローランド大佐がそう聞き返してくれる。なので躊躇う事無く俺は意見を口にした。

 

「シナプス大佐の御懸念はもっともでありますが、小官はその様な事態は起こり得ないと愚考します」

 

「理由を聞きたいな」

 

ブライト中佐がそう促してくれるので俺は言葉を続ける。

 

「はい、想定されうる敵はジオン公国の残党、それも特に先鋭化した連中です。つまり逃亡の際に中佐達を受け入れなかった者達ですが、その連中が地球へ向けて侵攻を開始した、というのが現状です。つまり敵は保有する戦力のみで連邦と渡り合えると計算して行動を起こしていると考えるのが妥当です」

 

一度シーマ中佐へ視線を送り、表情を確認する。うん、大分驚いているな、あれが演技だったらもう俺にはどうしようもないわ。そんな事を考えつつも俺は持論を展開する。

 

「拠点を確保していると言っても中佐の指揮する戦力は大隊規模、それも装備は皆旧式です。その程度の戦力を真剣に重用しなければならない規模の組織なら侵攻などという博打は打てません。つまり内応を打診してきていたとしても過去の行いを清算するつもりなど毛頭無く、体よく使い潰すでしょう。何しろ連中は一度裏切られているのですから」

 

「…今更なのですよ。今更過去の清算などと言われても、あまりにも遅すぎる。そして解ってしまうのです、そんな口約束を私達相手に連中が守るはずがない。何しろ私達はジオンの面汚しなのですから」

 

意図的に差別階級を生み出し、それを攻撃させることで同族意識や選民思想を植え付けるなんて方法は中世以前から行われている使い古された統治方法だ。だから選ばれたジオン公国の国民達は彼女達に約束を守るなんて考えすら浮かばないだろう。その意味では自分の価値観だけで測っていたとはいえ、同胞であるとまでは認識していたエギーユ・デラーズの方がまだマシだったのかもしれない。

 

「私達を受け入れてくれたのは連邦だけだった。信じて頂けるとは思いませんが、これだけは言わせて頂く。ここが私達の帰る場所で、ここが私達の死に場所です」

 

「…良く解った」

 

シーマ中佐の言葉にシナプス大佐は一度短く応えると制帽を目深に被り直す。そして再度口を開いた。

 

「中佐、先程は大変失礼な物言いをした。謝罪する、申し訳ない」

 

「よし、わだかまりも解けたところで今後について話すとしよう、宜しいかな?」

 

頭を下げたシナプス大佐を見て、ローランド大佐が即座にそう口を挟む。少しだけ和らいだ空気の中で俺達は今後についてを話し合うのだった。

 

 

 

 

「いやぁ、どっちを向いてもガンダムばっかだなぁ」

 

「ガンダムじゃねーす、アクセル少尉。あっちはドミンゴっす」

 

彼の言葉に反応したのは機付き長のナオエ・カンノ少尉だ。元々彼女はピクシーと呼ばれる陸戦型ガンダムの開発チームに所属しており、その縁で一時期ホワイトベースに乗っていた事もある。大戦末期には機体そのものがジャブローで降ろされたため彼女も降りたのだが、UG結成時の人事にて再びホワイトベース隊へと呼び戻されている。

 

「設計者がナガノ中尉で開発責任者がレイ少佐だろ?もうそんなのガンダムじゃねーか」

 

「そう簡単な話じゃねーす、あの事件もあって今じゃガンダムはブランド品っす。ブランドにはそれに見合った実力が求められるっす。幾らカタログスペックが優秀でも実績の無い新機軸の機体においそれと付けられる名前じゃねーってことっす」

 

「まあ確かにトンデモ機体ではあるわな。可変型MSってカートゥーンかよって話だもんな」

 

ドミンゴはオーガスタ基地で試作された高高度迎撃用戦闘機を原型とした連邦軍史上初の可変型MSである。火星事件の際にマーズジオンが運用していた可変型MSの性能に危機感を抱いたUG上層部が独自に開発を命じたのだ。性能は概ね良好ではあったが、カンノ少尉の言葉通り既存のMSからはかけ離れた機体となったためにガンダムの名は付けられなかったという経緯を持つ。

 

「ま、それも少しの間だと思うっすけどね。使えるとなれば喜んでガンダム呼ばわりするんじゃないっすか?」

 

高速での一撃離脱と格闘性能を両立させたドミンゴは攻撃力においては非常に優秀な機体と言える。その一方で装甲の細分化による防御性能の低下や変形機構による整備性の悪化という問題も抱えているが、ビーム兵器の発達に伴いあまり問題視されなくなっている。

 

「あー、まあ実戦でも間違いなく活躍はするだろうけどな?」

 

その点についてはアクセルも同意する所ではあるのだが一方でその性能を発揮するためには相応のパイロットが必要である事も認識していた。

 

「現状乗り熟せてるって言えるのが専属のゲーツにロザミア、後はアレン少佐にMSギークのウラキだろ?正直量産しても持て余すと思うんだよなぁ」

 

「セイラ少尉やジェリド少尉もシミュレーションはいい線いってるっすが、あっちも大概適応力オバケっすからね。まあジムの替わりにゃならねーっすな」

 

「変形しなきゃオイラだって使えるけどもな」

 

「可変機の利点皆無じゃねーっすか。アクセル少尉にゃMkⅡがお似合いってことっす」

 

カンノ少尉が横目でアクセルのMkⅡを見ながら笑う。現状ホワイトベース隊の機体はアムロ中尉とカイ少尉、そしてドミンゴを与えられているエリス中尉とゲーツ特務少尉達を除く全員が量産型MkⅡに乗り換えていた。

 

「まあコイツはコイツでいい機体だしな。てか量産するなら間違いなくこっちだろ」

 

自分用にカスタムされたMkⅡを見上げてアクセルは言う。以前から量産の計画自体は進んでいたが、火星の一件でジム改の上位互換というだけでは不足ではないかという意見が出始める。それを聞いた何処かの少佐がまた思いつきで妙な事を口走り、レイ少佐達が全力で応えた結果、現在の量産型MkⅡは中々に愉快な機能を有している。

 

「ミッションパックは実際ムーバブルフレームを良く活かした思いつきだったっすね」

 

装甲の脱着が容易なら、そこに強化パーツを盛り込んでカスタム出来る様にしたらどうか?前例としてGP-01が似たことをしていたじゃないか。そんな一言でMkⅡは目的に応じた追加装備を戦場で付け替える事を前提とした機体に調整される。それは勿論今までのような専門に特化した機体に比べれば性能面では劣ったが、一方でパイロットにしてみれば各機種の乗換えが極めて容易になったし、整備班にしてみれば外装はともかく内装は全て同一であるため部品管理や整備の煩雑さが大幅に改善される事となったのである。それは物量を最大の強みとする地球連邦軍に最も適したMSと言えた。

 

「やれやれ、いつの間にかオイラも立派なウォーモンガーだな」

 

そんな事を自然に考え、次の戦争に備える思考をしていたことにアクセルは気付き溜息を吐く。

 

「人はいつになったら戦争を止められるのかね?」

 

彼の言葉に答える者は居なかった。




以下作者の自慰設定

ドミンゴ
オーガスタ基地において開発された連邦軍初の可変型MS。当機は火星事件における武装勢力(仮称:マーズジオン)が運用していた可変型MSの性能に危機感を抱いたUG上層部が対抗出来る機体を求めて開発されたものである。
元型は維持費が問題となっていたコア・ブースターの代替として開発が進められていた高高度迎撃機であり、オーガスタ基地の先進技術開発班がこれに変形機構を盛り込むことで完成させている。同機は脚部及び背面に大出力の熱核ロケット・ジェットエンジンを搭載し、更にフレキシブルバインダーを装備する事で長大な航続性能と運動性能を両立させている。一方で可変構造を採用した事でフレームの剛性などは同時期に開発された機体に劣り、MS形態時にもウェイトバランスが独特であるため癖の強い機体となってしまった。但しこの問題はあらゆる可変機体が克服できなかった問題であることから、本機というよりは可変機の宿命とも言える。
またドミンゴはマイクロハニカム構造材を装甲に用いた始めての機体である。フレームは依然としてガンダリウム合金を用いたものだが、この装甲の採用によって大幅な軽量化を実現、同機の運動性能を支える一因となっている。
量産が想定されていたことからオーガスタでは試作段階から通常よりも多い数の機体が組立てられており、その内NT研究所に出向していた特務少尉3名が運用していた1号機から3号機までがホワイトベースに搭載され運用されている。

元ネタはご存知ギャプラン、但し頭部形状はガンダムに寄せたフライルーに近く更に目元はジム系のバイザーになっています。


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133.0087/01/20

今月分です。


スノーフレークを拠点に活動を開始して2週間程が過ぎた。観測情報によればフォボスは減速を始めていて、予測では月軌道上に定着するつもりだろうとの事である。そして本格的な武力衝突に備え、スノーフレークは急速に設備を拡充している。

 

「ちょっと本気になるとこれだ。あの馬鹿共は7年前の事なんかさっぱり忘れちまっているらしい」

 

搬入される資材のリストを確認していた強面の大尉がそんな事を言ってくる。

 

「案外その失敗を経験しているからこそかもしれんがね」

 

「てぇ言いますと?」

 

「大抵の人間は過去の失敗を反省する、そして大半の指導者になる奴は自信家だからこう考えるのさ。俺ならあんな失敗はしない、何しろ経験済みだしなってな」

 

「手足はたまったもんじゃありませんな」

 

「まったくだ」

 

嫌そうに顔を顰める大尉に笑いながら相づちを打ちつつ俺は入港してくるコロンブスを見た。オーガスタから追加の人員と装備を送るという連絡があったからだ。

 

「少佐のところはこれでペガサス級3隻が完全充足ですか」

 

「ああ、上手く馴染んでくれるといいが」

 

「はっは、その心配は要らんでしょう。少佐のところは皆気の良い奴ばかりだ」

 

そう言って豪快に笑うデトローフ大尉に俺は肩を竦めてみせる。どうも彼等が裏切らないと擁護したことが過剰な美談として伝わっているらしく、異常なほど好意的なのだ。正直この程度で好感度爆上がりするとかもう今までの扱いを察してあまりあるので勘弁して欲しい。

 

「しかしこりゃあ、随分切羽詰まっているようですな」

 

「本隊の練成が手間取っているようだな」

 

「難しい事はないと思うんですがね、…連邦なら核の10や20はあるでしょうに」

 

デトローフ大尉がそんな物騒なことを言う。今のところ声明らしいものもなく、連中は地球に向けて移動している、マーズジオンという呼称も連邦が便宜上付けているだけで名乗ったわけではない。ただ明確なのは火星に派遣されたUGの部隊が甚大な被害を受けたことと、恐らくそれを実行したのと彼等が同一の組織であると言う事だけだ。

 

「案外こっちじゃない所が揉めてるのかもな」

 

「は?」

 

「地球連邦軍は民主主義国家の軍隊だってことさ」

 

俺がそう口にするのと同時に気密用の隔壁が開き、湾内に大型艦が進入してくる。シーマ艦隊が使っているサラミスと同じライトグレーに塗装されたその艦は、俺の良く知るものだった。

 

「あれがアイリッシュ級か」

 

「ワイアット大将の所に送られる筈だった艦て話でさあ。中々太っ腹ですな」

 

デトローフ大尉は少し声を弾ませてそう説明してくれた。元々彼はリリーマルレーンの副長を務めていたから、コロンブスの様なモドキではなくちゃんとした戦闘艦に乗れるのが嬉しいのだろう。

 

「はー、ある所にはあるもんだね。こんなのぽんと渡してくれるなんてさ。その分給料を上げてくれと言いたいね」

 

「軍の装備投資と給料を同列で語るのはどうなんだ?カイさん」

 

いつの間にか近くに来ていたハヤトとカイがアイリッシュ級を見ながらそんな事を口にする。まあそれは俺も少し思うが。

 

「この艦はアナハイム製って話だよな」

 

「ええ、グラナダで建造された新品って聞いてます」

 

アイリッシュ級自体は既に2隻が就役済みでルナツーの第1連合艦隊で運用されている。火星での損害の補填としてUGに回されるものだと思っていたバスク大佐が激怒したとかしないとか聞いたがあくまで噂である。そしてその替わりにUGへはアレキサンドリア級が優先的に配備されている。何とも嫌な状況だ。バスク大佐は最悪の性格をしているが戦闘に関しての分析力は確かだ。その彼が強力な戦艦を欲しているのにそれが届かずに別の艦が割り当てられている。アレキサンドリア級も決して悪い艦ではないのだが、アイリッシュ級と比較すれば一歩劣ると言わざるを得ない。まあアイリッシュは戦艦でアレキサンドリアは巡洋艦なので当然と言えば当然なのだが。そして要望していたバスク大佐の所ではなく、新造された艦がシーマ艦隊へ配備される。これに政治的意図を勘ぐるなと言う方が無理があるだろう。

 

「新品って、宇宙軍はいつの間に羽振りが良くなったんで?こっちなんか一年戦争時代のオンボロを騙し騙し使ってるってのに」

 

「あの事件の罪滅ぼしって事で格安で請け負ってるなんて噂は聞くな。ここのMSに使う補修部品もアナハイムから受け取ってるぞ」

 

眉間に皺を寄せるカイにデトローフ大尉がそう教える。ここの機体はジム改だし、GP計画の際にデータは開示されているだろうから不思議な話ではない。とは言え連中がそんな殊勝な気持ちで行動しているなんて到底信じられないが。

 

「大尉、慣熟にはどの位掛かりそうだ?」

 

「そうですな、ざっと3日ってとこですかね」

 

俺の質問にデトローフ大尉は腕を組みながら顎をさすりつつ答える。それを見てハヤトが驚いた声を上げた。

 

「ええ?最新鋭の艦ですよ!?」

 

比較的習熟が容易とされるペガサス級でも慣熟には最低1ヶ月はかかるとされている。それを考えれば10分の1で良いという言葉がどれだけ無茶か解るだろう。だがデトローフ大尉はそんなハヤトへ不敵に笑いながら口を開いた。

 

「海兵隊は荒っぽくてな、そんな悠長な事をしてたら沈んじまうのよ。ご丁寧にマニュアルも送られてきてるんだ、あの頃に比べりゃ楽なもんだ」

 

そんな彼の言葉に二人は頬を引きつらせるのだった。

 

 

 

 

「ワイアット大将は何を考えているのだ!」

 

「落ち着け、ブレックス」

 

応接テーブルへ強く拳を叩き付け、感情を露わにする盟友にジャミトフ・ハイマン少将は声をかける。今の状況は彼にとって想定しうる事態の一つだったからだ。

 

「大将は完全な宇宙移民など考えていないからな、この機会にUGにおける我々の権勢を削ぐ腹づもりだろう」

 

「権力闘争の為にそんな事までするというのか…」

 

そう嘆くブレックス准将を見てジャミトフは内心苦笑する。ブレックス・フォーラは理想に向けて行動出来る人物であり、それに必要な能力も持ち合わせている。しかし人の上に立つ人物としては少しばかり人が良すぎる男だった。今も自分の権力のためならば対抗派閥の人間とはいえ同じ連邦軍人を危険に晒す様な選択を聞き、信じられずに居るくらいだ。

 

「驚くほどの事ではない、ジャブローでは多少の差はあれど皆そうだった」

 

「なんと破廉恥な!」

 

怒りを露わにする彼を見ながらジャミトフは考える。軍内の政争でブレックス准将がワイアット大将に勝てる見込みは極めて低い。人間的魅力では勝っているだろうが清濁併せ呑めない彼では利害で動く人間を抱き込めないからだ。そして組織では往々にして利益を優先する者の方が権力に近い場所に居るものである。

 

「それよりも重要なのは残党共への対応だ」

 

「コロニーや月面都市と接触する前に何とかしたいが」

 

「難しいだろうな、特にサイド3は」

 

そう言って二人は沈黙する。各サイドに対し連邦軍は部隊を駐留させているが、自治権を行使しているジオン共和国だけは独自の戦力でこれを行っている。問題は彼等が心情的にあちら寄りであろう事と、条約によって武装が制限されていることだ。彼等の装備は大半が一年戦争時代の旧式であり、マーズジオンの侵攻に対し抵抗しきれる力は無い。つまりそれは戦わずに彼等を受け入れる大義名分を持つと言う事でもある。

 

「その点はワイアット大将も考えているだろう。現に第13独立部隊を派遣している」

 

「駐留するならばまだしも、近くに居ますでは即応は難しかろう。それに近いと言っても月を挟んで反対側だぞ、大規模な侵攻ならばまだしも、少数の潜入には対応しきれまい」

 

だがこれに対する名案があるかと言われれば難しい。既に最寄の月面都市であるグラナダには収容しうる最大限の戦力が待機しているからだ。増員自体は不可能ではないものの、その行動自体がサイド3に対する不信感の表れだなどと難癖を付け、向こうへ寝返る事もあり得るとジャミトフは考えていた。何しろ現代表であるダルシア・バハロは国を守るためにその礎を作り上げたザビ家すら生け贄に出来る男なのだ。停戦を主導した事から戦争を厭う良識派の様な扱いを受けているが、その実ダルシアは国が負うべき責任の大半をザビ家へまんまとなすりつけて国力の温存と被害者という都合の良い立場を勝ち取ったのだ。そして忘れてはならないのは、ザビ家に騙されていたと嘯くサイド3の住民は誰一人入れ替わってなど居ないのだ。連邦に抵抗しうる戦力が手に入れば彼等は喜んで再び牙を剥くだろう。

 

「少数の潜入か…、その件に関係するかは解らんが、メラニー会長から連絡が来ている」

 

「メラニー?アナハイムの会長が一体何の用件だ?」

 

ブレックス准将の言葉にジャミトフは目を細めた。83年のデラーズ事件への関与からアナハイム社は連邦政府から厳しい制裁を受けている。尤もそれは表向きであり、アナハイム社の企業体力を考えれば小揺るぎもしない程度のものだ。無論そうした判断のために見えない金が動いたのは想像に難くないが、ジャミトフはそれを黙認していたしブレックスへも伝えていなかった。現状の宇宙移民を続けると言う点でメラニーと二人の思惑は一致していたからである。

 

「珍客を最近受け入れたそうだ、ついては連邦軍の軍籍を用意して欲しいと」

 

言いながらもブレックスの表情は優れない。目的のために違法行為を行う事に忌避感があるのだろう。だがジャミトフはそれで良いと考えていた。少なくともブレックスは苦悩しつつも受け入れようとしているし、何より指導者としてその正しい姿勢は得がたい才能だ。それに汚れ仕事ならば自分が補ってやれば良いだけの話でもあるからだ。

 

「解った、手配は私がしよう。それでその珍客とは何処の誰だ?」

 

ジャミトフの質問にブレックス准将は難しい表情のまま口を開く、そして出てきた言葉は予想外のものだった。

 

「アクシズからだそうだ、メラニーが言うには我々との会談も求めていると」



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134.0087/01/24

今週分です。


「可変機の速度に惑わされるな!相対距離へ常に気を配れ!!」

 

『はい!』

 

ドミンゴの後を強引に追おうとする新入りの少尉へ注意を促す。彼等のMkⅡは高機動パックを装備しているが、流石に可変機の速度に追随出来るものではない。

 

『ジョイス、タイミングを合わせて!!』

 

『解った!!』

 

『させんよ!』

 

ロザミア特務少尉と交戦していた二人がそう言って火力を集中しようとするが甘い。MSへ変形を終えていたゲーツ特務少尉がミサイルを放ち、二人は回避に追われてしまう。その間に旋回を終えたロザミア特務少尉がキョウ特務少尉と交戦していた1機へ接近しながらビームを撃つ。通常のビームライフルよりも高速かつ高サイクルで撃ち込まれたそれに対応しきれず、アッシュ少尉のMkⅡは被弾判定を受ける。

 

『アッシュ!?』

 

『人の心配とは余裕だな!』

 

友軍機の被弾に注意が逸れたエイミア少尉に対しゲーツ特務少尉がビームサーベルを振るう。いや、ドミンゴで接近戦を挑んでいる辺りお前さんも大概余裕をかましているぞ?まあ、残念ながらその位の技量差はあるのだが。

 

「空間戦闘だけで手一杯って感じですね」

 

「高機動パックに振り回されてないだけ優秀でしょう。そもそもベテラン部隊でも彼等の連携は手を焼きます」

 

モニター越しに模擬戦を見ていたジョブ・ジョン中尉とクラーク大尉がそんな事を口にする。実際問題ドミンゴに乗ったあの3人を撃墜するのは俺達でも難しい。しかし今後を考えれば手も足も出ないでは不味いのだ。

 

「だが最低限身を守れる位までは鍛えんとな」

 

マーズジオンの主力機は見る限りガザシリーズ、つまり可変機だ。戦闘データから一応のスペックは算出されているが何せ2年近く前のデータであるし、何より収集出来たデータが少なすぎて仮想敵としてエミュレーションも出来ていない。なので現状最も特性が近いだろうゲーツ達にアグレッサーを務めて貰っているのだ。

 

「それにしても、せめて小隊長くらいベテランを送ってくれないかしら?」

 

「宇宙方面部隊がかき集めちゃってますからね、増員されるだけマシですよ」

 

不平を口にするクリス大尉に苦笑しながらハヤト少尉が応えた。だがそれにアムロ中尉が異議を唱える。

 

「それは手数に数えられてだろう?今の様子じゃ寧ろ足手纏いになるかもしれない」

 

UGに選抜されるくらいだから彼等も腕が良い方なんだけどな。如何せんオーガスタ組は自分達が判断の基準になっているからどうしても評価が辛くなる。

 

「まだ4日だ、そう焦らんでも良いだろう」

 

本音を言えばクリス大尉やアムロ中尉と同意見なのだが、隊長としてそんな事を言えば新人組を萎縮させてしまいかねない。

 

「でももうかなり近くまで来ているんでしょう?」

 

「まあな」

 

これまでのような長距離探査用の物ではない標準的な要塞の監視システムでフォボスは監視されている。とは言え艦隊が出撃しても1週間はかかる距離だが。

 

「じれったいですね」

 

アムロ中尉が顔を顰めつつそう口にする。実際連中は近づく程減速するから見え始めてからは中々距離が縮まらない。UGとしては早急に治安活動に移りたい所であるが、この距離は絶妙に厄介だ。何せこちらが確認出来ている以上連中だってこちらを監視しているだろう。その中で出撃するとなれば当然迎撃は万全になるだろうし、こちらは要塞の火力が使いにくい。

 

「対要塞兵器もあの距離だとな」

 

コンペイ島に第1軌道艦隊から増援が派遣されたと言うから恐らくソーラーシステムの準備は進んでいる。けれどあくまであれはデカい凹鏡なのだ。コロニーレーザーに比べて運用コストは断然低いが距離が離れると威力が激減する。また隕石ミサイルなども準備しているだろうが、こちらも精密誘導が難しい為長距離で命中させるのは難しい。大量に打ち込めば被害は出せるだろうが、残念ながらMSや艦隊の整備に金を食われている宇宙軍はこれらの防衛装置があまり準備されていなかったりする。バスク大佐が大人しくしているのもそのせいだろう。

 

「政府はまだ揉めているのかしら?」

 

苛立ちを含んだ声音でマッケンジー大尉がそう零す。UGは連邦軍内で多くの権限を付与されている組織だ。しかしあくまで治安維持組織である事から一つだけどうしても与えられていない権限がある。それは先制攻撃の権限だ。厳密に言えば既にテロ組織や犯罪者と連邦政府が認定している対象に対しては問題なく行使出来るが、連邦政府が認めていない相手にはまず治安維持活動として警告を行わねばならない。そして現在の政府は移動中の組織を敵対勢力と認定するかどうかで真っ二つに別れている。反対している連中の意見としてはまだ移動しているだけだから敵と決まった訳じゃない、寧ろここで攻撃すれば明確に敵対される。故に最初は対話を持つべきだそうだ。彼等の中で2年前の一件は不幸な行き違いによる事故ということになっているらしい。頭お花畑かよ。

 

「政府が軍の都合を考えないのはいつもの事ですけどね」

 

「仕方がない、それが民主国家の軍隊だ」

 

寧ろ軍の都合で政府が動く方が大問題だ。そう考えれば原作よりも現状は随分マシな状況と言えるだろう。83年のコロニー落としが阻止できた事と、あの一件が大々的にジオン過激派によるものだと報道されたのが良い方向に作用した。復興中の各サイド、それこそジオン共和国まで彼等に対し非難声明を発表したおかげでアースノイドにあれがスペースノイドの総意ではないと印象付けられたし、続くコロニー復興に対する連邦政府のプロパガンダで多くの義援金が復興支援に充てられた事でスペースノイド側の態度も軟化している。皮肉にもジオンが起こした大量虐殺によってスペースノイドとアースノイドは互いに手を取り合わねば元の生活を取り戻せない状況になり、相手を一時的にでもパートナーとして扱っているのだ。更に地球環境が悪化した事から宇宙移民が小規模ながら再開している。このまま上手くいけば地球連邦政府が力を持ったままに宇宙が主導の生活圏が構築されそうなんだが。

 

「連中が攻撃してこないなんて有り得るんでしょうか?」

 

「向こうの要求を全て連邦政府が無条件で呑めばそうなるんじゃないか?」

 

ジョブ中尉の疑問に俺はそう答える。つまり絶対にあり得ないって事だな。

 

「余計な事をしてくれます」

 

溜息交じりにクラーク大尉がそう評した。既に生産系の企業は安価な労働力を求めて生産拠点を宇宙へ移動しつつある。以前は規制を受けていた業種なんかも随分緩和されている。まあそうしないと需要を全く満たせなくてインフレ一直線だという切実な問題があるからだが、ともかくおかげでコロニーにも金を持った連中が増えてきている。そしてその金で連邦議員は動かせる。つまりどういう事かと言えば、間接的ではあるがスペースノイドは自分達の言うことを聞く代表を連邦政府に送り込み始めているのだ。既に水面下ではコロニー出身の議員をどう受け入れていくかという動きもあるらしい。エルラン中将に言わせれば一年戦争のおかげでこの辺りは50年は遅れたらしいが。

まあ何が言いたいかといえば、ここで戦争を起こすなんてのは地球圏の人間、それも融和方向で進んでいる者達にとって迷惑でしかないと言う事だ。本当に組織にジオンを付ける連中は碌な事をしないな。

 

「恐らくこちらから本格的に動くのはフォボスが月軌道に定着してからだろう。まあそれまでに前哨戦くらいはあるかもしれんがな」

 

「先遣隊を出すくらいは当然するでしょうね」

 

「ああ、それも一番可能性が高いのがこの方面だ」

 

サイド3と月面都市、どちらもジオンと縁の深い場所だ。現在の上層部はどちらも連邦寄りだが、民間の意識もそうだとは言い切れない。率直に言って以前のオービルの様な潜伏しているシンパは存在するだろう。そしてその規模も覚悟の度合いも未知数なのだ。最悪少し突かれただけで暴走する可能性だってある。特に共和国軍の新兵だ。戦争を経験したベテランはある程度信用出来るだろうが、連邦を敵国として教育を受けて育ちその上でジオン共和国の軍人としての生き方を選んだ連中はマーズジオンに唆されても不思議ではない。

 

「最悪アルビオン隊とゲーツ達は残して動くことになるかな」

 

今後本格的に交戦状態となるならスノーフレークの駐留部隊にも可変機を経験しておいて欲しいし、ジェリド達も宇宙での経験が少なすぎる。できる限り大勢のベテランと模擬戦を経験させておきたい事を考えればシーマ中佐達は願ってもない相手だ。

 

『オラァ!カクリコン!連携の意味を考えやがれ!』

 

そう考えながら視線を別のモニターに移せば、ジェリド少尉達新人組と模擬戦をしているモンシア大尉の怒声が響いてきた。全天周囲モニターは従来のモニターに比べ遙かに視界が確保されているが、操っているパイロットの目玉は二つだけだ。特に交戦中は敵機に集中する分視野は狭まりがちであり、どうしても見落としは出る。

 

『俺達ぁ後ろに目玉を付けるなんて器用な真似は出来ねぇんだ!その分は数と連携で補うって何度言やあ解るんでい!?』

 

宇宙では地上よりも空間把握能力の差が如実に表れるから、やはり新人組はそこで苦戦している。

 

「正直あれ相手にお守りは厳しいものね」

 

マッケンジー大尉が少しばかり辛辣な評価を下すが残念ながらその通りだ。アムロ中尉やララァ大尉ほどでは無いものの敵機の動きは間違いなくそれに類するパイロットの動きであり、少なくとも確認出来た全機がそうなのだ。アムロ達との模擬戦に慣れている俺達は1対1なら問題ないだろうが、それは逆に数的劣勢や護衛対象が居る状態では厳しいという意味でもある。

 

「それにしてもどんな手段を使ったのでしょうか?あれ程の数のNTを揃えるなど容易な話ではありません」

 

連邦軍は一年戦争の経験から強化人間の研究が原作に比べて緩やかだ。特にNT能力の強化については大幅に遅れていると言えるだろう。まああの大戦で実戦投入された強化人間の大半が錯乱や精神衰弱による戦闘不能を起こしているから早すぎる技術だと判断されるのは当然のことである。そして戦後はNT研究をオークランド研究所、つまりは俺達の下に纏めた為に、素養のある人間を早期に英才教育しつつ軽度の身体強化で長く使うという方向にシフトしている。だからクラーク大尉にとっては当たり前の疑問になるのだろう。連邦軍においてNTや強化人間は、それなりに人権が配慮されているのだから。

 

「それ程難しい話じゃないだろうさ」

 

「…どう言う意味?」

 

「そのままだよマッケンジー大尉。NTの人権を考慮しなければ方法はある」

 

例えば連邦でも重病人の為に臓器の培養は法的に許可されている。つまりクローニングは当たり前に用いる事が出来る技術なのだ。実際俺達の仲間にはその実例が居るしな。俺の言葉で察したのだろう、皆が一様に顔を顰める。まあそりゃそうだろな。

 

「戦う為に、NTを増やしたって事ですか?そんなのって…」

 

ジョブ中尉が呻く様にそう漏らす。彼の気持ちは解らないでもないが、それは俺達があの大戦の勝者で恵まれた環境にいるからにすぎない。

 

「それ程人事でも無いんだぞ?」

 

「へ?」

 

不思議そうな顔をしているジョブに俺は残酷な現実を突きつける。

 

「同じ部隊の上司と部下なのに、なんで俺とララァが除隊もせずに結婚出来たと思う?ついでにお前らに大量の見合い話が持ち込まれるのもだ」

 

因みにアムロとカイなんて悲惨だぞ、行く先々で子種を狙った連邦軍からのハニートラップを仕掛けられているからな。幸い両方とも意中の相手が居るらしくスキャンダラスな事には発展していないが。それを教えてやるとジョブは顔を青くして口元を手で覆う。そういやここに来る前もお前ら合コンに誘われてたもんな。

 

「まあつまり人的資源が不足している連中なら何をしてもおかしくないって事だ。…けれど手心を加えようなんて思い上がるなよ?」

 

俺の注意に返事をする者は居なかった。




皆ノースリーブ大好きだなぁ(すっとぼけ


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135.0087/01/26

今週分です。


「ほう、これが」

 

「はい、我々が精製に成功しました、γ合金です」

 

アタッシュケースに並ぶインゴットを前に、メラニー・ヒュー・カーバインは目を細めた。同時に差し出されたタブレットにはγ合金とよばれたものの物性値が並んでいる。その値はどれもが既存の合金を上回るものだった。

 

「成る程、興味深い。しかしこれで私に一体何を望むのかな?」

 

彼がそう尋ねると、目の前に座る金髪の男は微笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「商人を相手に言葉で勝てると思うほど私は傲慢ではありません。単刀直入に申し上げる、γ合金の精製技術をお渡しする代わりに我々を支援して頂きたい」

 

「連邦と事を構えるつもりかね?」

 

その可能性は極めて低いと考えつつも敢えて彼は口にした。何しろ少なくない金塊を使って態々連邦軍の高官と接触を図ったのだ。対決を安易に望む短絡的な思考の持ち主ならもっと別のことに使うだろう。案の定金髪の男は頭を横に振る。

 

「その様な大それた夢は見ておりません。ですが我々は只在るだけでも力が必要だ」

 

「力ならもう持っているだろう、地球圏へ戻ろうとするほどに」

 

メラニーがそう切り込むと金髪の男は苦笑しつつそれを否定する。

 

「残念ですが彼等は我々と袂を分かちました。だからこそ私がここに居るのです」

 

「…ほう、それは詳しく聞ける話かな?」

 

「情報は時として物質以上の金銭的価値を生むと考えております」

 

食えない返事にメラニーは鼻を鳴らすと口を開いた。

 

「詳細が話せぬならこの商談は受けられん。我が社は地球連邦政府の庇護を受ける企業だからね」

 

そんな心にも無い事を言ってやれば、相手は小さく溜息を吐き口を開く。成る程、交渉に向いていないという自己評価は正しいようだとメラニーは思った。

 

「我々が地球圏を離れた時点で、アクシズが収容限界を迎えるのは明白でした。その為戦前から行われていた火星調査部隊と合流し、火星にも居住地を設けようと言う話になったのです」

 

計画の当初は順調だったのだと男は言う。穏健派はもとより武闘派も現実を見た事で今の国力では到底連邦に抗えないと自覚した事から、先ず国力の増強という目標に向かって一応の意思統一が成されていたらしい。

 

「事態が動いたのは84年以降です」

 

地球における治安維持部隊。事実上のジオン狩り部隊の手から逃れるために多くの残党がアクシズに流入した。問題はその多くが逃亡しなければ危ないと自覚している過激派だったことだ。

 

「政治的対立を避けるため、我々は二つに分かれたのです」

 

少数派だった穏健派はそのままアクシズに残留、そして過激派を糾合した武闘派は火星支部を拠点としてミネバ・ラオ・ザビを旗頭にマーズジオンを名乗りだしたのだそうだ。

 

「ミネバ。ああ、ザビ家の遺児だったかな?しかし彼女は…」

 

以前見た資料にそうした人物が居る事をメラニーは思い出す。だが彼女は戦中に生まれたと記録されている。つまり7歳の子供だと言う事だ。

 

「現在は母君であらせられるゼナ様が後見人として取り仕切っていることになっております」

 

「傀儡か」

 

「仕方の無い事だったのです」

 

地球圏から逃れてきた者達の証言で近くアクシズへ連邦の艦隊が派遣される事も聞き及んでいた為に、徒に戦力を消耗する訳にはいかなかったのだ。そうやって穏便に分かれた後に更なる問題が降りかかる。

 

「そこにあの事件か」

 

火星調査に向かった連邦艦隊との戦い。憎き連邦を打ち破った事実はマーズジオンに所属する者達の戦意を大きく向上させ、肥大した自信は行きすぎた行動に繋がった。即ち地球圏への帰還、連邦との対決である。

 

「現在穏健派である我々にも協力要請が来ております。尤も内容は前線基地として使うためにアクシズを寄こせというものですが」

 

今の所はアクシズまでの物理的な距離とまだ同胞であるという自制心から直接的な武力行使にまでは至っていないが、それも時間の問題だろうと彼は言う。

 

「つまり君達はマーズジオンから身を守る為に戦力を欲していると」

 

「地球圏にとっても悪い話ではない筈です。何せ圏外でジオン残党同士が勝手に争うのですから」

 

「だが君達が取り込まれれば我が社の兵器が地球圏に牙を剥く事になる」

 

「そのリスクが無いとは申せません。だからこそMSを頂きたいと言っております」

 

メラニーの白々しい物言いにも感情を高ぶらせる事無く男は答えた。その様子にメラニーはアナハイムエレクトロニクスの会長ではなく、一個人としての計算を始める。状況からして彼の言葉に偽りはない。メラニーの口にした懸念を目論んでいるならば、連邦軍へ接触する必要は無いからだ。そして生産設備ではなくMSという完成品の要求は戦力の把握を容易にする事で胸襟を開いているつもりだろうし、何より鹵獲されても増産は困難だ。そして何より彼の言う通り地球圏外でジオン同士が争う事は彼等にとって歓迎すべき状況だ。

 

「良いだろう、君達が良い客である限り支援を約束しよう」

 

連邦軍の技術開発部門が革新的な構造材の開発に成功したとの報告も受けている。それを考えればこのγ合金は非常に得難いカードだ。83年の一件以来、連邦軍がアナハイムへと向ける視線は厳しく、特にMS関連の技術に関しては開示情報に極端な制限がかけられている。旧ジオン系の技術やガンダム開発計画時に開示された情報から独自に技術研究を進めてはいるものの、確実に技術格差が進行している。そして今後を見据えるメラニーにしてみれば、連邦軍が技術面で独走することは許容しがたい事態である。

 

「有り難うございます」

 

「礼を言うのはまだ早いな。今の所約束できる支援は私個人としてのものだ。それ以上となれば相応の相手を納得させる必要がある。当然不介入よりも遙かに勝ち取るのは難しい」

 

「理解しているつもりです」

 

その返事に頷くと、メラニーは椅子へ体重を預けて目を閉じる。そして自らの考えを吐露した。

 

「君達の掲げるであろう圏外における自主独立は恐らく叶わないだろう。考えてもみたまえ?経済の中心がコロニーへと移りつつあり、あらゆる物が宇宙で賄われつつある。もしここで地球連邦政府が君達を認め、スペースノイドの手綱を緩めたらどうなる?」

 

「……」

 

金髪の男は沈黙で応じる。それを気にせずにメラニーは口を動かす。

 

「スペースノイドが一致団結するなどと言うのは絵空事だ、それはあの戦争が証明してみせた。ならば起こるのはサイド同士の経済格差を背景としたスペースノイド同士の戦争だよ」

 

「…地球を巣立った人類でもですか?」

 

「宇宙へ上がった程度で人の業が薄れるものか。完全に平等な社会が実現しない以上、人間は争う事を止められん。つまり人類は人類である限り永劫戦い続けると言う事だ」

 

そう言って彼は小さく息を吐く。結局の所、長期に渡って人類が平和を謳歌しようというのなら外交を必要としない単一の統治機構は必要不可欠なのだ。

 

「我々が火星の先へ進むには今暫くの時間が必要になるだろう。しかしその時は必ず訪れる。地球を離れる以上、それ以外の場所へ広がる外無いのだから」

 

「我々に争う意志が無くてもですか」

 

「言っただろう?君達の考えや在り方などこの場合何も関係ないのだ。君達が存在すること自体が火種となる」

 

「……」

 

「寧ろ私としては君達がそこまで自主独立に拘る理由が知りたいね。連邦政府の支援を受けた方が遙かに生活は安定するだろう。それを拒んでまで何を欲するのかね?」

 

メラニー・ヒュー・カーバインは商人である。その思考は利益の追求に始終している。故に彼等の行動にメラニーは疑問を覚える。敢えて自らの利益を捨ててまで自主独立に何を求めているかと。

 

「自らの生き方を自ら決めたい、そう思うことが不思議でしょうか?」

 

「その気持ちは解る。だがそれは未来の可能性を潰してまで求めるものなのかね?」

 

「私達の選択がそうだと?」

 

「他にどう聞こえるかね?自主独立、成る程耳心地の良い言葉だ。だがそれは地球連邦政府の庇護を振り払うという意味でもある」

 

一年戦争と呼ばれる7年前の戦争によって人類は総人口の32%を失った。宇宙世紀開始以来開拓され人類第2の故郷となっていたコロニー群のうち4つが壊滅的な被害を受け、経済においても莫大な損失が発生した。だがそれは80年という宇宙開拓の結果、停滞を起こしつつあった生産活動を再燃させる事となる。コロニー落としによる地球環境の悪化とそれに伴う環境税の増額は所謂中流層と呼ばれる人々の宇宙移民を促す事となり、更に皮肉にも地球至上主義者やスペースノイド独立論者の多くが大戦で旗頭を失った事で両者の軋轢は宇宙世紀開始以来最も緩和されている。加えて中流層の宇宙移民は無視しがたい量の資本を宇宙へ移動させる事となり、その資本を背景に議席を得ていた地球連邦議員はスペースノイド寄りの政策を提案するという、スペースノイドにとって好循環とでも言うべき環境が整いつつある。だからこそメラニーはここで更なる一手を欲した。

 

「君達は良いだろう、それを自ら望んだ世代だ。乏しい資源にも儘ならぬ生活にも納得出来るだろう、何故なら自分で望んだからだ。だがその子供達はどうかね?」

 

メラニーの言葉に男は表情を硬くする。

 

「生きるのに精一杯の生活に不満を覚えぬ者など居ない、そんな彼等に君達はどう告げるのだ?自分達で自分の事を決められるのだから、不自由な生活を甘んじて受け入れるべきだと?それで本当に自ら望まずその環境に置かれた者達が納得すると?」

 

テーブルの上に置かれたグラスを持ち上げてメラニーはライトに中身を翳す。なんの変哲も無いミネラルウォーター、だがそれも地球連邦政府の築き上げたインフラと地球という資源があって初めて成り立つものだ。

 

「物的に満たされた上で自らの行動に誰かの意思が介在する人生と、自らの意志で行動出来ようと貧困から制限を求められる人生。果たして人はどちらが幸せなのだろうな」

 

メラニーの言葉に男は黙ったままだった。




世間話回、メラニーと話してるのは一体何トロ・バジーナなんだ…。


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136.0087/01/30

今年も有り難うございました。


「宇宙人共が。随分調子に乗ってくれたな」

 

バーミンガム級2番艦、リヨンの艦橋でバスク・オム大佐は嗜虐的な笑みを浮かべた。根拠地であるコンペイ島を出発して4日、彼の指揮する艦隊は月軌道に接近しつつあるフォボスの進路上に展開し、迎撃の準備を整えていた。

 

「警告は?」

 

「次で3度目です」

 

「終了次第全艦一斉攻撃」

 

「はっ!」

 

バスクの命令に異論を挟む者は居ない。十分な選抜によって編成された彼の直轄部隊はジオン残党に情けを掛けるような愚者は存在しないからだ。

 

「警告文、送信完了!」

 

「撃て」

 

報告と同時に攻撃命令が下され、眩しい噴射炎を発しながら夥しい数のミサイルがフォボスへ向かって放たれた。

 

「着弾予想時間は?」

 

「5分後です」

 

「ミサイルを撃ち尽くした艦は後退しMSを展開、艦隊の直掩に回れ」

 

「はっ、…直掩でありますか?」

 

バスクの指示に副官のジャマイカン・ダニンガン少佐が初めて戸惑った声音を発する。発射したミサイルの数は500を超えその大半が対要塞用弾頭である。更に内50発はMk82戦術核を使用する念の入れようであったから、ジャマイカン少佐は先制攻撃で敵の戦闘能力を十分に奪えると考えていたようだった。しかしそんな楽観をバスクは一言で切って捨てる。

 

「相手が格下だからと無礼て掛かるのは馬鹿のすることだ」

 

バスクはスペースノイドを劣等種だと本気で思っているし、ジオンは皆殺しにしてもまだ足りない程憎んでいるがそれで相手を過小評価する程無能ではなかった。まして連中には3年前に辛酸を舐めさせられているのだから、慎重に慎重を重ねるくらいでは全く足りていないとすら彼は考えていた。

 

「それから艦隊周辺にビーム攪乱幕を展開。連中の機体は速いが武装はビームだ、MS隊に上手く使うよう伝えろ。宇宙人共にしっかりと身の程を弁えさせてやれ」

 

コロニーを植民地だと考え、スペースノイドはそこに住まう劣った人々であるという考えを持つ人間が居ることは事実だ。それは何故かと問われれば、そもそも宇宙世紀における宇宙移民の始まりが原因である。自由主義の下で進められた資本主義経済は途方も無い経済格差と莫大な資源の消費を引き起こした。そして同時にそれは貧困層の人口爆発を誘発する。金が無いのに子供を作るのか?と思えたのならその人物は幸運だ、何故なら子供が簡単に死ぬ存在だなどと考えもして居ないからだ。足りない食糧、不衛生な環境、十分な教育を受けぬままに行う就労は容易に若い命を刈り取っていく。彼等にとって幸運であり人類にとって不幸だったのは、技術の発展と富裕層の気まぐれで死んでしまうはずだった命の多くが繋がれた事だろう。そして同時に与えられた資本主義経済による消費を覚えた彼等を養うには地球は些か狭すぎた。

 

「このままでは我々も連中と共倒れだ」

 

最初に考えたのは誰だったのか、だがその危機感は多くの富裕層に共感される事となる。

 

「じゃあ出て行って貰おう。なに、住む場所くらいは用意してやるさ」

 

こうして国際連合は地球存続と言う大義名分を掲げ宇宙移民を推進することとなり、それを行えるだけの権限を与えられた組織、地球連邦政府へとその身を変える。少なくない反発を受けながらもこの発足が支持されたのは、既に所謂発展途上国の多くが経済的に行き詰まっていたことに加え、宇宙移民は地球連邦政府に帰属した全ての国家で平等に割り振られたからだった。尤も先進国はその割り当てを経済支援の一環として発展途上国に押しつけられるという抜け道がしっかりと用意されていた訳だが。

 

「住む場所も仕事もくれてやる、共に大いに発展しようじゃないか。勿論自由経済に則ってね!」

 

宇宙移民を棄民・植民地政策だと批判する声は根強いが、地球に残る事が出来た富裕層からすれば的外れな僻みだとしか思えなかった。何故なら宇宙へ送られた人間の大半はこのまま地球に残っていたなら遠からず飢えて死ぬ筈だったのだから。そんな連中に態々コロニーという多額の税金を投じた新天地を用意してやり、剰え食べていくための仕事まで用意してやったのだ。感謝される事はあっても恨み言を吐かれる所以など何処にも無いと言うのがアースノイドの偽らざる本心であった。だからこそコロニーへの移民が順調に進んだ所で新しいコロニー建設の費用を食えるようになったスペースノイドにも負担させようと言う意見が出るのも彼等にとっては当然の事で、それが大きな反発を生み出すなど想定外の事だったのだ。

 

「ミサイル着弾まで残り30びょ――」

 

オペレーターの報告が終わるよりも早く、その光景はモニター越しに艦橋へと伝えられた。フォボスへ向けて放たれたミサイル群が次々と火球へ変じたのである。

 

「迎撃されたのか!?観測班何をしていた!」

 

「ミサイル攻撃は継続!兎に角撃ち込め!MS隊には警戒を怠らないよう厳命しろ!」

 

動揺するジャマイカン少佐を尻目にアームレストを強く握りながらバスクはそう叫ぶ。火星での一件で連中がNTと呼称するサイキッカーを組織的に運用していることは経験していたし、何より連邦の抱える同様の部隊が83年の観艦式襲撃において同様に核ミサイルを迎撃して見せたことは前線に身を置く指揮官にとって周知の事実だった。故にバスクの理想はミサイルによる敵戦力の漸減であったが、本命は戦力の拘束である。モニターを睨み付けながらバスクは素早くこの後の展開を予測し、矢継ぎ早に指示を出した。

 

「後退しつつ艦隊の陣形を組み直す。ビーム攪乱幕とミサイルを絶やすな!監視班は全周囲索敵!MS隊は攪乱幕の効果範囲に注意――」

 

そこまで彼が口にした所で、艦隊の外縁に展開していたMSの一機が突如として爆ぜた。

 

「攻撃!?何処からだ!」

 

「ふ、不明です!それらしい兆候報告されておりません!」

 

ジャマイカン少佐が悲鳴混じりの確認を行う間にも更にもう一機、同じ様に外縁に居た機体が撃墜される。それを忌々しげに見ていたバスクはアームレストを一度強く殴り付け、そして屈辱的な決断を下す。

 

「全隊、攻撃を継続しつつ全速後退!MS隊もだ、フォボスに向かって兎に角何でも撃ち込め!」

 

「大佐!?」

 

明らかに失点となる命令にジャマイカン少佐が驚きの声を上げる。無論そんな事はバスク自身も承知の上である。だがジャマイカン少佐と彼には決定的な違いがあった。それは指揮官としての才覚だ、漸く戦力の充足を済ませたばかりなのだからここで無意味に戦力を損耗する方が失点として大きいのは明白である。

 

「観測班は索敵を継続!敵の攻撃方法を見つけ出せ!」

 

そう叫び大きく深呼吸を繰り返したバスクは冷えた頭で状況を精査する。そうして現状というパズルにピースがはまる度に彼の口角がつり上がる。

 

「見えない敵、正体不明の攻撃、沈黙を続ける敵要塞…。成る程な」

 

非常によく似た状況を思い出し彼は最後のピースをはめ込む。艦隊は安全圏まで下がったのか敵からの攻撃も止んだ。

 

「MS隊を回収後全艦反転、コンペイ島へ戻る」

 

落ち着きを取り戻した彼の命令に艦橋要員達は困惑する。そんな彼等に向かってバスクは不敵な笑みのまま口を開いた。

 

「特殊能力者には特殊能力者だ。スペースノイドが進化した人類だ等という幻想を先ず打ち砕いてやる」

 

 

 

 

「我々に合流せよと?」

 

UG宇宙方面隊の敗走、そんな凶報にもかかわらずグリーン・ワイアット大将は欠片も動揺していない様子で命令を告げてきた。

 

『うん、どうやら連中はNT部隊を投入しているようでね。是非専門家の助力を、とのことだよ』

 

地上方面部隊はエルラン中将旗下の戦力であるが、その彼が懇意にしているのがワイアット大将である。その為UG内の派閥としてはワイアット派と目されている。尤も現場の彼等にしてみればUGの最高責任者はワイアット大将なのだから、彼の決定に従うのが当然なのだが。

 

『それでは月への抑えは如何するのですか?』

 

『そちらはフォン・ブラウンで再編された部隊を充てるそうだよ』

 

不明瞭な物言いにブライト・ノア中佐は表情筋が動くのを必死で抑えた。ワイアット大将の言葉に強い派閥闘争の匂いを感じたからだ。

 

『ジャミトフ少将の所の部隊でね、先日偶然救助された連邦兵を再編した部隊だそうだ。技量の方は保障する、とのことだよ』

 

胡散臭いを通り越してあからさまに怪しい部隊の出自を口にされ、通信に参加していた全員が我慢しきれずに顔を顰めた。MIA認定された兵士が奇跡的に救助されて復帰することが無いわけではない。しかしそれが部隊規模になるなど先ずあり得ないし、そんな連中がルナツーではなくフォン・ブラウンで再編される事など絶対にない。

 

『君達が留守にしている間くらいは代わりを務められるだろうとのことだ。任務後はそのままそちらの部隊の戦力として合流させて構わないとも言っている』

 

成る程そう言う事かとブライトは納得した。バスク大佐が敗走した相手を旗下の部隊が撃退したとなれば泣き付かれたワイアット大将の評価は上がるし、その上隠し球の戦力まで差し出されたのだから笑いが止まらないだろう。

 

『私の都合も否定はしない、だが現実的にNT部隊を相手取るならばこちらも相応の戦力を投入しないわけにはいかん。それは承知して欲しい』

 

そう言われてはブライト達に反論の余地は無かった。NT部隊を運用している彼等だからこそ、その脅威と相対した一般部隊の悲惨さは十分過ぎる程理解出来ているからだ。

 

『議会の野党連中がまた騒ぎ出す前に片付けてしまいたい。バスク大佐の艦隊も君達の出撃に合わせて――』

 

そうワイアット大将が言葉を続けようとした矢先、通信にノイズが混じる。オペレーターへ視線を向けると慌てた様子で担当の曹長が口を開いた。

 

「電波ジャックです!軍の帯域まで使っている強力なものが!」

 

「合わせられるか!?」

 

ブライトは嫌な確信と共にそう問い返す。直ぐに通信に使っていた物とは別のモニターに映像が映し出された。

 

『我々の望郷の願いは連邦軍の手によって阻まれようとしています。しかしこれが連邦市民の総意だとは思えません。心ある皆様にお願いしたい、どうか我々を受け入れては頂けませんでしょうか?』

 

幼い少女がそう切々と訴える。まるで争いを望まぬかのように、あたかも自らが被害者であると言うかのように。

 

『私の名はミネバ・ラオ・ザビ。マーズジオンの代表者です。どうか地球の皆さん、共に手を取り合う未来を目指しては頂けないでしょうか』

 

少女は赤い軍服に身を包みながら、そう訴え続けていた。




皆さん良いお年を。


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137.0087/02/01

今月分です。


『あんなものは時間稼ぎだよ!融和だ共栄だと言うなら何故最初からこちらの呼び掛けに答えなかったと言うんだ!?』

 

『軍の対応に問題があったのでは?UGは治安維持部隊を名乗っていますが、その実ジオン狩り部隊だとの噂も流れています。実際に地球では――』

 

暢気な言い合いを続けるワイドショーを見ていたら、横から伸びた手がリモコンを取ってテレビを消してしまう。手の持ち主へと視線を向ければ、不機嫌そうなクリスチーナ・マッケンジー大尉がこちらを睨んでいた。

 

「良い所だったのに」

 

「TPOを弁えなさいよ」

 

んなこと言われましても。

 

「ワイドショーが何を言おうが俺達の仕事は変わらないんだ。そう割り切れば中々愉快なコメディーだよ」

 

火星での一件を事故と処理したのが裏目に出たな。おかげでUGが先に手を出した様な論調が生まれている。そのせいで連邦議会では再び野党が融和と対話、なんて言葉で政権批判をしている始末だ。たった7年で人は随分と忘れることが出来るらしい。まあ彼等にしてみれば政府を批判出来れば理由は何でも良いのだろう。何しろ目的は正しい政治をする事ではなく、自分が権力を握りたいだけなのだから。

 

「アンタはそうでも周りは違うと言っているのよ」

 

マッケンジー大尉の言葉に周囲を見回せば、アムロ・レイ中尉を筆頭に幾人かが苦笑していた。なので首を回して彼女にぼやく。

 

「ウチには正義の怒りをぶつけているお花畑なんて居ないと思うがね?」

 

そりゃあ俺だって故郷を滅茶苦茶にしてくれたジオンなんざ皆死ねば良いと思っているが、それと任務は全く別の問題だ。兵士が自分の感情と判断によって相手を殺したら、それはもう戦争じゃない。

 

「ええそうね。でも貴方は自分の影響をもっと考慮すべきよ、ここからは私達だけではないでしょう?」

 

その言葉に思わず溜息が漏れる。第13独立部隊は随分と大所帯になった。その内訳も原作を知っている人間ならチートと言いたくなる精鋭である。問題はそのトップエースの一角に俺が数えられていて、軍としては最も推しだしている存在だという事だ。結婚式にエルラン中将どころかワイアット大将まで参列しやがったし、TV局まで来やがったからな。UGに従軍記者は流石に居ないが、何処で誰から俺の噂が売られるか解ったもんじゃない。流石にホワイトベース内では無いとは思うが。

 

「マッケンジー大尉の懸念もごもっともってヤツでしょ、少佐。あのワイドショーを面白がって見ていた。なんて話が出れば、尾びれや背びれどころか手や髭まで生えて魚がドラゴンになって伝わるかもよ?」

 

「そう言った方向の想像力は凄くたくましいですしね」

 

確かにな。

 

「その内シーマ中佐達と行動しているだけで親ジオンにでもされちまいそうだ」

 

カイとアムロの意見に苦笑しながらそう答えた。別に俺は彼等を許したわけではないし、殊更友好に接しているつもりもない。だが裏切り者の元ジオン兵を区別せずに扱うだけでも許せない人間や、それを拡大解釈して勝手な英雄像を俺に押しつけたい奴だって居るだろう。面倒な話だと思いつつ、俺はシューズのマグネットを切って体を浮かせる。

 

「ちょっと!何処に行くの!?」

 

「格納庫、機体の調子を見てくる」

 

マッケンジー大尉の不機嫌な問いかけにそう答え、俺は部屋を後にした。

 

 

 

 

「それでこっちに逃げてきたと」

 

「戦略的撤退は賢い選択だろ?」

 

コックピットに収まったディック・アレン少佐は開き直ったかのようにそう答えた。

 

「ま、部屋に引き籠もるよりは健全ですかね?」

 

「一応待機中だからトレーニングって訳にもいかんしな」

 

想定されている接敵地点までは凡そ1日程の距離である。既にパイロットには警戒態勢が言い渡されていて、常時1小隊が即応待機している状態だ。従来の想定からすれば随分と早すぎる移行だったがこれには訳があった。

 

「ドミンゴの航続距離とアムロ達の索敵能力が合わされば十分襲撃可能な距離だ」

 

可変機構によって高い機動力を獲得したドミンゴの作戦行動範囲は従来のMSを遙かに上回るものであり、ミノフスキー粒子下で問題となる索敵能力の低下もNTパイロットの搭乗で克服出来てしまう。オーガスタ基地ではこの状況を極めて憂慮すべき問題として報告しているのだが、連邦軍上層部の動きは芳しくない。UG内で徹底されているのだけはせめてもの救いだ。

 

「コンペイ島の一件が変な方向で自信を付けさせちまったな」

 

十分なMSと艦艇があればMS単独の特攻など十分対処出来る。それが連邦軍における共通認識だった。仕方の無い事だろう、傑出した個人による襲撃を防いだのが居合わせた部隊の力ではなく、同じく理不尽な技量を持った個人によって成されたなど知られては、巨大な組織を維持する予算を獲得出来ない。それは既得権益を獲得している上層部にとって都合の悪い真実だったのだ。結果圧倒的な個人という存在は多数の凡人に勝ち得ないという誤った認識が蔓延する事になる。

 

「実際の所、少佐はどう考えているんです?」

 

「メガ粒子砲の技術はこっちが先行しているからな。同じ火力が出せるとは思いたくないが、正直希望的観測って所だろう。それにそこまでの火力が無くたって十分脅威だ」

 

オーガスタで研究が続けられているバスターランチャーは、技術発展に伴い当初予定されていた火力をMSに携行させる事に成功している。即ち小規模な艦隊ならば一撃で殲滅しうる火力を単独のMSが獲得しているのだ。しかも核ミサイルと異なりこの装備は使い切りでは無い。

 

「唯一の救いは、実行するにはパイロットに高い技量とNT能力が必要って事だが。これだってアレを見る限り何処まで期待出来るかって話だ」

 

マーズジオンはNT兵士の実用化に成功している。その事実はNTの脅威を正しく認識している人間に少なくない動揺を与えていた。当然連邦軍における唯一の研究機関に対する圧力も高まっていて、既存のやり方は手ぬるいのではないか等という意見まで出ているそうだ。尤もその研究を優先するという題目によってカミーユやリタ、ヨナ達を戦場に連れ出さずに済んだのだからマイナスばかりではないのだが。

 

「…実際の所、どう見ます?」

 

「んー、連中の主力機相手ならまあ問題ねえよ、ウチの連中はそんなにヤワじゃないからな。問題はそれより厄介なのが出てきた場合だ」

 

「厄介なのって」

 

聞きたくない言葉にロスマンは思わず顔を顰めた。だが少佐の言葉は止まらない。

 

「あの量産機、動きは良いようだがNT用の機体としちゃ物足りないと思わなかったか?」

 

「それは、連中がNTを通常戦力として扱えているからでは?」

 

ロスマンの希望的観測に対しアレン少佐は頭を振ると言葉を続ける。

 

「その考えがそもそも間違ってる。そもそも連中が何故NTを通常戦力に置きたいと考えているかって事だ」

 

「それは、兵士個人が強力な方が都合が良いからでしょう?」

 

当たり前すぎる事を指摘され、ロスマンは思わずそう言い返す。するとアレン少佐は眉を寄せながら再び口を開いた。

 

「強い方が都合が良いのは何故か。簡単だよな、強い方が生きて帰ってくる可能性が高いからだ。つまり連中は態々手間を掛けてでも優秀な兵士を育てて戦力の消耗を抑えようとしている。その筈なのにあのMSは明らかに間に合わせの機体だ。つまりパイロットに対する前提と食い違っているんだよ。恐らくあれは数合わせの為の間に合わせだろう」

 

そう言って少佐は嗤う。

 

「今頃フォボスの中でせっせと専用機を用意していることだろうさ、俺ならそうする」

 

少佐の言葉にロスマンは顔を引きつらせた、それを否定する言葉が見つからなかったからだ。

 

 

 

 

「ゼナ、君がいながらなんというっ!…いや、そんな事が言える身ではないか」

 

ドリンクのボトルを握り潰しながらクワトロ・バジーナはそう自嘲する。穏健派にとって火種でしかないとは言え、ザビ家の遺児だからと武闘派が連れて行くのを自分達は承知したのだ。ならばその扱いに義憤する権利など持ち合わせていないだろう。

 

「…しかし、解せんな」

 

フォボスは率直に言ってそれ程大きな天体では無い。何しろ彼等の拠点であるアクシズと比較しても更に小さいのだ。軍事拠点としての設備や防衛機構を考慮すれば生活空間はコロニー1基にも満たないだろうし、当然そうなれば駐留できる戦力も限られる。とてもではないが各サイドに加えルナツー、そして旧ジオンの保有していた宇宙要塞を保有する地球連邦に対抗出来るとは彼には思えなかった。

 

「そもそもだからこそ連中はアクシズを求めていたのではなかったのですか?」

 

「事情が変わったのでしょうが、一体どんな手を使ったんだ?」

 

彼の言葉にロベルト中尉とアポリー中尉が疑問を口にした。そんな二人にクワトロは小さく溜息を吐くと口を開く。

 

「現段階では情報が少なすぎる。当面はメラニー氏の思惑に乗るしかないだろう。他に頼る伝手も無い」

 

「まさかあの木馬と肩を並べる日が来るとは思いませんでしたよ」

 

「それも連中が無事帰ってくればだけどな」

 

「…帰ってくるさ、連中ならな」

 

確信めいた声音でクワトロは呟く。その表情はサングラスに隠れてどの様なものなのかは解らなかった。




明けましておめでとうございます。
本年も細々とやっていきますのでよろしくお願いいたします。


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138.0087/02/02

今週分です。


「望遠カメラにてフォボス、捉えました!」

 

「目標表面に動きありません!艦影も無し!」

 

「前回と同じか」

 

オスカ少尉とマーカー少尉の報告を聞きブライト中佐は小さく唸った。こちらが捉えた以上相手もホワイトベースを見つけていると想定して行動しているのだが、敵は前回のバスク大佐達に対したのと同様にそれらしい行動を起こしていない。

 

「後5分で報告のあった交戦距離です」

 

ワッツ少佐の言葉にブライトは頷くと、彼は指示を飛ばす。

 

「フォボスと相対速度合わせ!艦隊はこのまま対象との距離を維持する」

 

本来艦隊行動の指揮は最先任であるグレイファントムのブライリー大佐が執るのが普通だが、第13独立部隊は少々事情が特殊なため彼が指揮を執っている。それもこれも部隊の最高戦力とMS隊の部隊長がホワイトベースに乗り込んでいるためだ。尤も本当のところはそんな連中が全幅の信頼を置いているブライトに判断を任せた方が良いとブライリー大佐達も考えているからなのだが。

 

「MS各機は当初の想定に従って展開!ミノフスキー粒子戦闘濃度で散布!」

 

ブライトの言葉を補うようにワッツ少佐が細かい指示を出す。彼等の言葉に応じるようにカタパルトの隔壁が開放され、MSが次々と飛び出していく。

 

「さて、どう出る?」

 

緊張に思わず拳を握りながら、ブライトはそう呟いた。

 

 

 

 

「どうだ?何か感じるか?」

 

俺の質問に対する僚機の二人からの反応は率直に言って悪いものだった。

 

『私は何も』

 

『俺もです。寧ろ気味が悪いくらい何も感じません。どうしますか?』

 

アムロ中尉の問いかけに一瞬だけ悩む。相手もNTならアムロ中尉のプレッシャーを無視出来ない筈、そう考えていたのだがどうにもそう簡単にはやらせてくれないらしい。

 

「邪魔をされないならそれはそれでいいさ。砲撃準備だ」

 

『了解です』

 

俺の指示に従ってエリス中尉の操るプロト・ドミンゴからアムロ中尉のMkⅢがゆっくりと手を離すと、素早く姿勢を修正し射撃準備に入る。

 

「まだ動かないのか?」

 

長大なバスターランチャーを構え、MkⅢが完全に攻撃の準備を整えても敵に動きが無い。言いようのない不気味さの中で、バスターランチャーから放たれた閃光が虚空を焼いた。

 

『っ!』

 

その光は真っ直ぐにフォボスへと向かい、直前で見えない壁に阻まれる。それを確認したエリス中尉が息を呑んだのが通信越しに聞こえてきた。オイオイマジかよ?

 

「要塞を丸ごと覆うIフィールドだと!?」

 

その思い切った設計に思わず俺は声を上げてしまった。同じ様なことは連邦軍でも検討されたが、費用対効果が薄いとして見送られていたので無意識の内に更に台所事情の厳しい残党がそんな事をしてくると考えていなかったのだ。成る程、連中が余裕ぶっていたのはこのせいか。

 

「W101よりホワイトベース!目標はIフィールドによる強固な防御能力を有している!支援要請!!」

 

そう言ったものの効果は薄いだろうと俺は考える。何せ俺達は露払いの為に呼び出されたから、本格的な対要塞装備を持ってきていない。そしてそれらを持っている部隊は遙か後方だ。

 

『っ!!この感じ!?』

 

『なんだ!?急に!?』

 

二人の緊張感を孕んだ声音にNTのプレッシャーが急激に増大したのだと察する。だがそれよりも明確な殺意が俺に向かってきた。

 

「レーザーロック!?」

 

警告音に思わず舌打ちをしながら機体を捻るが、予期していたメガ粒子の輝きは襲ってこない。だがその代わりにロック警報は鳴り続け、更にその本数は増え続ける。違う、これは!?

 

「二人とも気をつけろ!レーザー攻撃だ!!」

 

舌打ちと共に叫びながら機体を操作するが警報は鳴り止まない。そりゃそうだろう、状況からして敵の攻撃はファンネルによるものだ。小型無人兵器の反応速度を超えた機動なんて、どんな高性能MSだって出来るものじゃない。

 

「にゃろう!!」

 

ビームライフルに取り付けられたマルチランチャーを周囲に撃ちまくる。最短に設定された時限信管が即座に作動して爆発、周囲に破片がばらまかれるが誘爆や何かが被弾したような様子は確認出来ない。くそ、完全に油断していた!

 

『ミサイルが!?』

 

悲鳴じみたエリスの声に視線を向ければ、飛来していた支援のミサイルが次々と爆発しているのが目に入った。

 

「W102位置を特定出来るか!?」

 

『やってみます!』

 

そんな遣り取りの間にも機体表面の温度が上昇し、システムが警告を告げてくる。宇宙世紀においてレーザー兵器はあまり普及していない。これはメガ粒子砲の方が容易に小型で高威力な武装を製造出来る事に加え、臨界半透膜と呼ばれるレーザー対策が普及していたためだ。特定のエネルギーや波長を持つレーザーを反射してしまうこの薄膜を突破するには、それこそコロニーレーザー並に高出力のレーザーが必要になる。その為艦載タイプの武装からでもレーザーは消えつつあったのだ。そして兵器として戦場に現れなくなれば、当然それに応じた対抗手段も削減される。

現在のMSはその殆どがメガ粒子砲対策の耐ビームコーティングが施される一方で臨界半透膜の処理は行われていない。特に俺達の乗る第2世代と呼ばれる装甲を完全な消耗品と割り切っている機体は部分的にすら行われていない。

 

『くそっ!邪気が渦巻いて!?』

 

『駄目!きゃっ!?』

 

MSよりも動きが直線的なせいだろう、一番最初に損傷したのはエリス中尉のプロト・ドミンゴだった。機体底面側に装備されていたコンフォーマルタンクが破損したのか、彼女の機体は派手に推進剤をばら撒きつつ姿勢を崩す。だがそんな彼女を庇う余裕は俺には無い。畜生、これじゃ完全にお荷物だ!何か、何かないのか!?

 

「あれは!」

 

機体を振り回しながら周囲へ視線を彷徨わせていた俺は、エリス機がまき散らした推進剤が不自然に抉れているのに気が付いた。それは高出力のレーザーが通ることによって加熱された推進剤が吹き飛ばされたのだ。

 

「ならこれでどうだよ!?」

 

タッチパネルを操作して俺はバックパックを緊急放棄すると、即座にビームライフルを撃ち込む。俺の狙い通りバックパックは爆発を起こし周囲へと推進剤をまき散らした。

 

「見えちまえば!」

 

レーザー兵器はその性質上照射し続けねばならないから、射線の確認が比較的容易だ。そして誘導兵器で無い限り本体は射線と同軸に存在するのだから、そちらへ撃ちまくれば。

 

「当たりだ!」

 

隠蔽性を重視した代償かどうやら敵のビットは運動性が高くないようだ。3発目のビームが何も無い様に見えた空間で爆発を起こす。成る程、吸光性の高い塗料で隠蔽してるのか。これは光学センサーによる索敵に重きを置いたMSにとって初見殺しも良い所だろう。尤も仕掛けが解ってしまえば対処出来ない訳じゃないが。

 

「やっぱりそう来るよな!?」

 

ビットの撃墜に呼応したようにフォボス表面に噴射光が確認される。ビットの対策はある意味簡単だ。周辺宙域にスモークでも散布すれば目視出来る。だがそれは同時に視界を塞いだ状態で敵と戦う事になる。無論相手も視界は制限されて居るわけだが、連中が本当にNTならそれは大した問題にならない。そして出撃してきたとならばつまりそういう事なのだろう。

 

「W103!エリス中尉離脱しろ!W102は103をバックアップ!」

 

『逃げるんですか!?』

 

当たり前だよ。

 

「相手の土俵で戦うなんざ馬鹿のする事だ!」

 

高機動パッケージで来て正解だったな。バックパックを放棄してしまったが、まだテールバインダーと脚部のバーニアだけで十分速度が出せる。この小隊の最高戦力は間違いなくアムロだが、だからこそ損傷したエリス機の援護まで出来るのは彼だけだ。つまり俺は何とか独力でこの状況を切り抜ける必要がある。

 

「こちとらおっかないかみさんが待ってんだ!うっかり死ねないんだよ!」

 

不用意に仇なんて生産したら宇宙世紀の特級呪物を製造しかねん。本当は後方勤務なんかの話を受けるべきなんだろうが、ホワイトベースの連中が前線で戦っている内はそうする気にはならない。だってそうだろう?あいつらを戦争に駆り立てた俺が、先に脚抜けするなんてあまりにも不義理じゃないか。

 

「こっち来んな!!」

 

フォボス方向に向かってビームライフルを乱射しながら俺自身もホワイトベースへ向けて移動する。しかしやはり敵の可変型MSは加速性に優れているようで、もう少しと言う所で再びロックアラートがコックピットに鳴り響いた。

 

「にゃろう!?」

 

苦し紛れにダミーバルーンを射出するも警報音は鳴り止まない。どんな手を使ったのかは知らないが、本当に連中はNTの安定供給に成功しているようだ。全く以て嬉しくない情報だ。

 

『少佐!』

 

ビームが来るのを覚悟した瞬間、聞き慣れた声と共にビームが飛来して射撃位置に着いていた敵MSに命中した。オイオイ嘘だろ?

 

『早く!』

 

ララァ大尉に急かされながらも、俺は動揺を隠せなかった。あのMS、ララァの攻撃を避けやがった!

 

「連中をキルゾーンまで!」

 

『解っています!』

 

続けてララァは射撃を行うが、やはり命中はしても撃墜には至っていない。冗談じゃ無いぞ、ガザシリーズなんて作業機を改修した急造品だろう!?

 

『もう少しっ』

 

敵機に追いすがられながらララァ大尉が呟く。もう少しで艦隊の直掩を行っている味方の有効射程圏内、必死に回避機動をとりながらモニターに表示される数字を睨んでいると、その視界の片隅で光が弾けた。白・白・白、それが信号弾の光だと理解した瞬間、色を認識して俺は呻き声を思わず上げた。白3発は戦闘中止を意味していたからだ。




以下作者の自慰設定


プロト・ドミンゴ
ドミンゴの大気圏内における可変時の飛行特性を検証する為に用意された機体。そのため部品や構造は同一ながら可変能力はオミットされている。テスト後は解体される予定だったが、MSへの適性が低いエリス・クロード中尉の搭乗機として改修が施されホワイトベース隊に配備された。装甲材やフレーム材は同一であるが可変機構を完全に取り去っており、一部装甲も空力を意識した流線的なものに変更されている。これによりペイロードがドミンゴよりも増加しており機体下部にハードポイントとコンフォーマル・フューエルタンクが増設されている。

高機動パッケージ
量産型MkⅡのオプション装備の一つ。宇宙空間での戦闘に特化した構成であり、地上での運用は不可能ではないものの基本的には想定されていない。本オプションはアナハイムを退職したニナ・パープルトン技術少尉が主に行っており、彼女が手がけたGPシリーズの構造を多く取り入れている。特に要となる機構のフレキシブル・ブーストポッドやテールバインダーは実機を元にブラッシュアップされたパーツであり、その完成度は高くパイロット達からも高い評価を得ている。


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139.0087/02/02

今週分です。


「風見鶏共が!!」

 

信号弾を放つ命令を下した後、ジャマイカン・ダニンガン少佐は罵りの言葉と同時にアームレストを思い切り殴り付ける。彼にしてみてもこの命令はあまりにも不本意なものだったからだ。

 

「今更連中の言葉を信じるだと?白々しい!」

 

表向きは彼等の言葉を信じるなどという綺麗事で取り繕っているが、その内実が全く異なる事であるのは明白だ。何しろ今の連邦政府を構成している議員には経済基盤をスペースノイドに頼っている者も少なくない。そして幾人かの有力な議員の中には、ジオン共和国から政治献金を受けている者もいる。尤も複数の企業を経由して送られているそれは、表向き地球連邦の企業からのものにロンダリングされているが。

 

「連中は7年前に起こった事をもう忘れているらしいな?羨ましい記憶力だ」

 

苛立ちを皮肉に変換しジャマイカンは口から吐き出す。軍人としては政治家寄りの思考をしている彼から見ても、今回の命令はあまりにも危機感の欠如したものだったからだ。

 

「連中の言い分を受け入れて、サイド3への帰属を認めるだと?馬鹿共がっ!」

 

しかも武装解除はジオン共和国で行わせるとの通達である。度しがたい命令に思わずジャマイカンは命令書を二度見したほどだ。

 

「馬鹿が、馬鹿共がっ。二虎競食でも気取ったつもりか?連中は全く以て何も解っていない!」

 

現在のジオン共和国はダルシア・バハロ首相の下極めて順調に経済成長を続けている。結果、彼等から資金提供を受けている議員の発言力は伸び続けており、派閥の鞍替えを行う議員まで出る始末だ。大方それにより自派閥の縮小を懸念した議員がジオン共和国内での内紛を期待してザビ家の遺児を掲げる連中を投げ込もうとしているのだろうと彼は予想する。同時にそれがあまりにも近視眼的な行動であるとも察していた。

 

「馬鹿共が、袂を別ったと本気で信じているのか?…連中はどちらもジオンなのだぞ!」

 

MSを引き、L2宙域へと移動を開始するフォボスをモニター越しに睨みながら、ジャマイカンは呻く様にそう漏らすのだった。

 

 

 

 

「何があったんです?」

 

着艦と同時に俺は艦橋への回線を開きワッツ少佐に問いかけた。不自然なタイミングでの戦闘中止、しかも追撃してきていた敵の部隊はそれを見てあっさりと引き下がった。つまり連中はこうなることをある程度予想していたと言う事だ。

 

『議会からだよ、詳細は今確認中』

 

「マジかぁー」

 

積極的な宇宙移民政策の成功がここに来て仇になったな。コロニーの再建や新造においてサイド3は重要な役割を担ったのだが、それが彼等に特需として金を握らせる事になってしまった。ここで忘れてはならないのが、サイド3の議会は終戦後一新されるなんて事も無く戦時中の議員が殆どそのまま続投していることだ。そもそも首相であるダルシア・バハロからして公職から追放されていないのだからそれより下の議員がそんな目に遭うわけがないのであるが、それはつまりサイド3の独立を望んでいる人間の多くがそのまま残っている訳である。そんな連中に金を握らせればどうなるか?その端的な解答が今の状況である。

 

「聞かなかった事にとか出来ませんかね?」

 

『今の発言は聞かなかった事にしておくよ』

 

だよな。フォボスの連中がどういう訳か高い技術力を持っているのは間違いない。そして今なら数の暴力で強引に磨り潰せるだろう。だがもしここでサイド3の生産力が加わったら?コロニーレーザーとダークコロニーこそ解体処分したものの、この7年でジオン共和国は規制緩和の下順調にコロニーを増やしているし、他サイドから出稼ぎを積極的に受け入れている。水や空気は相変わらず地球からの輸入であるが、戦前に就役した独自の木星船団の運用継続まで認められている。こちらは半分近くが復興支援の名目で地球連邦側に卸されているが、船団の管理は共和国に丸投げな上に碌に監査すらされていない。はっきり言おう、ジオン共和国はその気になれば木星圏やアステロイドベルトを極秘に開拓し、水資源を確保出来る状況になっている。無論ジュピトリスクラスの大型輸送船でも一回に持ち帰れるのはコロニー1基にも満たない量だろうが、重要なのは地球以外の供給源を持つ事が出来るという事自体なのだ。

 

「議員先生方は忘れてるんですかね?連中は一度戦争を仕掛けて来てるんですが」

 

ジオン国民はザビ家に騙された?冗談じゃねえよ、自分に都合の良い話にこれ幸いと乗っかっただけじゃねえか。望まない結果が出たら騙されました被害者ですなんて信じられる訳がない。

 

「今度は勝てると思えば、連中は絶対またやりますよ?」

 

『アレン少佐、それでも僕達は地球連邦軍の士官だ。そうだろ?』

 

常日頃から皆に吹聴している言葉をワッツ少佐に言われ、俺は奥歯を噛みしめる。俺達は地球連邦政府の暴力装置、自分の正義のために武器を振るえばそれはもうテロリスト。俺の言葉だ、俺が言い聞かせてきた言葉だ。だがその考えが俺の中で揺らぐのを感じる。今ここで連中を殺せば、後の大戦を防げるかもしれない。多くの死者を出し、再び地球へコロニーが落ちるあの悪夢を止められるかもしれない。そんな考えが俺の思考を支配する。そうだ、今この瞬間、このタイミングなら。命令を不服とした大馬鹿一人の命で、あの未来を変えられるんじゃないか?

 

『アレン少佐?』

 

ワッツ少佐の呼び掛けに答えず、俺は機体の状態を確認する。切り離してしまったバックパック以外ほぼ全て正常。推進剤が心許ないが、フォボスに突っ込むくらいはありそうだ。装備したままのビームライフルもまだ残弾があるし、ビームサーベルも残っている。

 

「…やっちまうか」

 

この世界に転生したと解った瞬間、俺は何とか生き延びる事を考えた。その結果俺は原作より4年も長く生き延びた。けれどその4年の為に、どうやら俺は自分の命より大事な物が出来てしまったらしい。何とも間抜けな話であるが、そうなってしまったのだからしょうがないだろう。俺が覚悟を決めてコントロールスティックに手を掛けた瞬間、コックピットハッチが強制開放されるとヘルメット内に怒声が響いた。

 

『とっとと降りてこいこの馬鹿少佐!!整備が始められないでしょう!』

 

言いながらコックピット内に滑り込んできたロスマン大尉が俺の襟首を掴み機外へと放り出す。

 

『オプションは無限にある訳じゃないんですよ!?気楽にポンポン捨ててくるな!』

 

意表を突かれ空中を漂う俺に向かって彼女はそうまくし立てる。そんないつも通りの態度に俺は折角決めた覚悟が鈍るのを感じた。畜生、やっぱ死にたくねえな。

 

『…ちょっとは頭が冷えた顔ですね』

 

コックピットから出てきたロスマン大尉が仁王立ちでつまらなそうにそう言ってくる。機付きの整備長はパイロットのコンディションや緊急時の為にパイロットの通信を聞く権限を持っているから、おそらく俺とワッツ少佐の話を聞いていたのだろう。そして降りてこない俺が良からぬ事を考えていると行動したのだ。降参の意味を込めて俺がヘルメットを取ると、一度頷いた彼女がキャットウォークを蹴って俺に近付いてきてにやりと笑いヘルメットのバイザーを上げた。

 

「私の整備した機体で死ぬとか止めて下さいよ、奥さんに恨まれます」

 

「そいつは考えてなかったな。今後も善処はさせてもらうよ」

 

そう返すと彼女は頷き俺を通路の方へ押す。質量差があるから本来彼女が弾かれるのだが、ウェイトコントロールが巧みなのだろう。上手くその場に留まって、ロスマン大尉は声を掛けてきた。

 

「宜しい、そんじゃとっとと報告に行って下さい。機体の方は次の出撃に間に合わせておいてあげます」

 

彼女の言葉に手を上げて答えると、背中からもう一度声が掛けられた。

 

「本当の英雄なんて少佐には似合いませんよ!軍人をしているのが相応ってヤツです!」

 

俺はその言葉に送られながら艦橋へと急いだのだった。

 

 

 

 

「では我々は一度スノーフレークへ帰還ですか?」

 

『ああ、そこで増強戦力と合流後に地球へ戻れとの事だ』

 

伝えられた命令にブライト・ノア中佐は一瞬顔を顰めた。地球まで戻ってしまえば万一の場合に即応する事は絶望的であるし、制宙権が不確かな状況での大気圏離脱など好き好んでやりたい事では無かったからだ。

 

『政府としては我々を下げることで誠意を示しているつもりなのだろう。伝わるとは思えんがね』

 

それでも部隊の一部を地球まで下げたというのは解りやすいパフォーマンスであり、国民へのアピールになるだろう。そしてペガサス級で構成された第13独立部隊が最も低リスクで大気圏離脱が行えるのも事実だった。

 

「政府が決定した以上、後手に回らざるを得ませんか」

 

『あまり悲観し過ぎるな、中佐。UGの宇宙方面部隊はそのまま監視を続けるし、何より連中の行先がサイド3ならばこちらの取れる手段だって多い』

 

戦争終結後も宇宙軍にとって主となる仮想敵はジオン、つまりサイド3だった。故に宇宙軍の保有する各要塞はサイド3本国を直接攻撃可能な戦略兵器が配備されているし、武装蜂起された場合を想定した行動マニュアルも策定されている。しかしそれは人類が再び二つに分かれて争う事を意味していた。

 

「どちらにせよ気乗りしない状況になりそうですね」

 

『我々が意気揚々と職務に励める状況よりはよっぽどマシさ。だろう?』

 

ローランド大佐の皮肉に笑って応じながら、ブライトは思考を切り替えて口を開いた。

 

「それで、合流する部隊も同道するとのことですが」

 

『ああ、形式上は我々の部隊に編入される事になる。戦力としては艦艇1隻にMS隊が2個小隊だそうだ』

 

「艦艇、地球に降ろせるのですか?」

 

『なんでもアナハイムの試作艦らしい。例のアイリッシュ級のテストベッドという話だが、ミノフスキークラフトを装備しているから問題ないそうだ』

 

「試作艦ですか、どうにも我が隊はそうしたものと縁深いですね」

 

『それだけ信頼されているという事にしておこう、我々の精神衛生の為にね』

 

二人の苦笑と共に通信が切れると、タイミングを見計らったように入り口のドアが開きディック・アレン少佐が艦橋へと入ってくる。

 

「どうした、少佐?」

 

彼の表情からブライトは少し身構えて尋ねる。するとアレン少佐は真面目くさった表情で言い放つ。

 

「例の正体不明の攻撃ですが、何なのか解りました」

 

彼がいる限りこの部隊に厄介事は舞い込み続けるだろう。ブライトはそんな確信を溜息と共に痛感するのだった。



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140.0087/02/04

今週分です


「何処でも政治屋ってやつは変わらないね、軍人を数字としか思っちゃいない」

 

スノーフレークに戻った俺達に対しシーマ・ガラハウ中佐がそう言って苦笑した。翻弄されてきた第一人者に言われると返答に困るな。

 

「仕方がありません、我々は民主主義国家の軍人ですから」

 

そう返事をするとシーマ中佐は苦笑する。もしかしたら過去の自分に重ねて俺達を羨んでいるのかもしれないな、彼女は示した忠節を無下にされた側だしな。

 

「失礼を承知で伺いたいのですが、今回の対応を中佐はどう考えますか?」

 

「はっきり言う。そうさねえ、半分は成功するだろうさ」

 

俺の質問にシーマ中佐は変わらない表情でそう答える。

 

「半分、ですか?」

 

「連邦から見れば皆同じジオンだろうけどね、内側から見れば酷いもんだよ。短期的に見ればあんたらの懸念通り纏まりを見せるだろう」

 

そう言って彼女は鼻で笑った。

 

「だけどね、余裕が出来たり切羽が詰まれば話は変わる。自分により多くの利益を誘導するためか保身かの違いはあるだろうが、直ぐに分裂を始めるよ。つまるところギレン・ザビの謳った腐敗した民主主義は何のことはない、ジオンにもしっかり根付いている訳だなぁ?」

 

成る程、そういえば連中第一次ネオジオンの時も最終的に内ゲバで崩壊してたな。俺が頷くとシーマ中佐は更に停泊している艦隊を眺めながら言葉を続ける。

 

「特に今回は早いと思うよ?担ぎ上げている神輿が不味いからね」

 

ミネバ・ラオ・ザビ。マーズジオンの代表であり、齢7歳のザビ家最後の生き残り。

 

「宇宙世紀にもなって血統主義と世襲制とは笑いたい所ですが」

 

とは言え何百年と民主主義と嘯きながら、親の政治基盤を受け付いだ連中が議員になるのが当たり前の世界だ。連邦だってジオンを時代錯誤と言えた義理じゃない。

 

「それ程おかしな話でもないよ。それこそとんでもない例外を除けば人間なんざ大体一緒だからね、必要な教育にどれだけリソースを割けたかで優劣が出来ちまう。経済的に余裕があればそれだけ余計な事に時間を取られないし、周辺に経験者が居ればノウハウの継承だって遙かに容易だ。権力者が上に居座り続けられるには相応に理由があって、だからこそその後継者に大衆は同じ期待を掛けるのさ」

 

それが大昔は血統と混同されていただけだ、彼女はそう言って鼻を鳴らす。

 

「ま、権力者のなんたるかなんてそっちの方が明るいだろう?ともかくあのお嬢ちゃんが担ぎ上げられるのは必定だった訳だが、同時に特大の厄種でもある」

 

「ザビ家だからですか」

 

「そりゃそうさね、サイド3はジオン共和国。そしてザビ家はジオンを騙って戦争を引き起こした呪いの血筋って事になっている。連中は責任から逃れるためにもあの嬢ちゃんが権力の座に就くことは許容出来ないのさ。だがお嬢ちゃんを担いでる方はそうじゃない」

 

「戦果としては連邦の特殊部隊を退け、政府には交渉で帰還を認めさせた手腕の持ち主。指導者としての資質は寧ろ上だと主張するでしょうね」

 

問題はそれがどのタイミングで起きるかだ。

 

「帰還直後は無いだろうね、内ゲバなんざした日にゃこっちに介入してくれと言っている様なもんだ。それを撥ね除けるだけの理由も戦力も整っていない」

 

「つまりこちらと殴り合えると踏んでから、ですか」

 

「だから暫くは何も無いだろうね、それが一月か二月か、それとももっと掛かるのかは正直判んないね、情報が足りない」

 

そこまで言ってシーマ中佐は小さく笑うと肩を竦めた。

 

「ま、アタシらみたいな辺境基地のロートル部隊が気を揉める話じゃないさね。そっちは地球に帰るんだろう?」

 

準ペガサス級巡洋艦、アーガマ。他のペガサス級に準じた配色の艦に視線を送りながら中佐はそう聞いてくる。件のアーガマはといえば、グラナダから送られてきた追加物資の搬入中だ。

 

「連中との交戦記録はシミュレーターに追加しておきます」

 

「助かるね、まあ見た限り気休めにしかならないだろうが」

 

第13独立部隊の実力は共同訓練で十分知られている。故にシーマ中佐はマーズジオンの戦闘能力が極めて高い事を察しているのだろう。それが自分達の対処能力を超えていることも。

 

「気休めにしかなりませんが幾つか解った事もレポートで上げておきます。活用下さい」

 

「ああ、アンタ達がまた宇宙に上がってくるまで位は保たせてみせるよ」

 

 

 

 

『つまりアーガマは問題なく大気圏突入が行えるわけだな?中佐』

 

『はい、尤も実際に行うのは今回が初めてではありますが』

 

『油断は禁物だがそう緊張する事はない。幸いにしてこの艦隊はペガサス級ばかりだからね』

 

緊張を含んだ声音で大佐達と会話をしているヘンケン・ベッケナー中佐をモニター越しに見ながら、手元のタブレットでブライト・ノアは更新された情報を確認する。内容は出発ギリギリに追加された積み荷についてだ。

 

「ベッケナー中佐。艦載機を全てアナハイムの新型に変更するとの事ですが、今後も同様なのでしょうか?」

 

『ヘンケンで構いませんよノア中佐、その代わりこちらもブライト中佐とお呼びしても?』

 

「了解しました。それでどうなのでしょう?」

 

『それにつきましては代わりに私がご説明させて頂きたく思います』

 

そう口を開いたのは中佐の隣に立っていた大尉だった。上官の前でもサングラスを取らない態度にシナプス大佐が眉間に皺を寄せる。それが見えたのか、大尉は謝罪の言葉を口にする。

 

『申し訳ありません、生来の虹彩異常でして。ご容赦下さい』

 

『そうか。大尉、君は?』

 

『申し遅れました、自分はクワトロ・バジーナ大尉であります。アーガマのMS隊長を拝命しております』

 

大尉の自己紹介にブライトは目を細めた。渡された資料によれば、彼はMSに乗って直接指揮を執るタイプだ。パイロットとしての経験など訓練生時代のスペースボートくらいだが、レーダー全盛の時代であっても目視は重要な情報源だった。少なくとも普段から何かしらの対策をとらねばならない程の疾病があって就ける職業ではない。だが彼の疑問を置去りにして会話は進む。

 

『それで艦載機についてだが』

 

『はい、今回の艦載機は事実上オーガスタ基地への手土産になります』

 

「手土産?」

 

『はい、新型には以前よりアナハイム社にて研究を進めていた新素材を採用しております。また開発には旧ジオン系の技術者が多く参加しておりました』

 

戦後、ジオニック社が身売りをしたことで旧公国系のMS技術は大きく3つに散逸した。即ち連邦、アナハイム、そしてアステロイドベルト及び火星の残党勢力である。そしてこの身売りは良く仕組まれており、連邦とアナハイムはそれぞれ異なる技術を買い取ったのである。そのため戦後の勢力においてジオン公国の保有していたMS技術の全容を理解している者は事実上居なくなっている。

 

「つまりアナハイムが情報を開示すると?」

 

『我々軍人にはこちらの方が馴染み深いですが、本来アナハイムは民生品やインフラ事業が主な企業です。折角の稼ぎ時を邪魔されたくはないのでしょう』

 

確かに現状宇宙移民が推進されている結果、コロニー建設やそこに付帯する各種製品の売上は好調である。そうした企業からすれば、ここで再び戦争が起きるのは確かに歓迎出来ない事柄だろう。

 

「成る程、であれば機体については?」

 

『一個小隊分の機体は解析用としてオーガスタへ譲渡するよう指示されております。残りの機体については、申し訳ありませんがそちらで面倒を見て頂けたらと』

 

元々オーガスタは実験機の開発製造も行っている。図面と実機があればそちらは問題ないだろうとブライトは考えた。

 

『そうなるともう1小隊分は機体を手配する必要があるか?』

 

『オーガスタ基地なら幾らか予備機もあるでしょうから、事前に伝えておけば問題は無いでしょう。それで良いかな?大尉』

 

『はい、問題ありません。ブライト中佐?他に御懸念がおありでしょうか?』

 

「いや、どうにもペガサス級に新型機という組み合わせには嫌な経験が多くてね。しかもこの機体はガンダムなんだろう?」

 

見慣れた機体とは似ても似つかないフォルムであるが、資料に載せられたMSは取って付けたようなブレードアンテナとツインアイを持っている。ブライトの言葉にアーガマ組を除く全員が嫌そうに顔を顰めた。皆試作のガンダムには振り回された経験からである。

 

『ま、まあ今回は基地へ戻るだけだし自軍の領内だ、そう言う事は起きないだろう』

 

『そう願いたいですな』

 

精一杯のフォローを入れるローランド大佐に対し、苦々しい表情のままシナプス大佐が続く。その様子を見て困惑するヘンケン中佐を見てブライトは少し懐かしい気持ちになった。

 

「ペガサス級には良くある悩みと言うヤツです、ヘンケン中佐も追々慣れていくでしょう」

 

『は、はあ…』

 

こうして第13独立部隊は新たな厄介事を抱えてオーガスタへと帰還する。尤も本当の厄介事が何であるかを知っているのはただ一人だけであったが。



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141.0087/02/10

今週分です。


「よう、大尉。基地には慣れたかい?」

 

「お陰様で大過なく過ごしています、少佐」

 

昼食を摂っていたクワトロ・バジーナにそう話し掛けてきたのは数日前に自分の上司となった少佐だった。彼はそのまま手にしていたトレーをクワトロの前に置き席へと座る。

 

「そいつは良かった。宇宙や月での生活が長いとどうしても筋力が落ちるからな」

 

疑似重力を発生させているコロニーはまだしも月や各要塞、更に長期の艦隊任務となれば重力下に身を置いておく事そのものが難しい。殆どは運動とサプリメントによって補える範囲だが、常に重力のある環境より負担が少なくなることは避けられず、そうした人間が地球に戻ると不調をきたすこともある。

 

「クワトロ大尉はサイド5出身だったか、地球へは来た事が?」

 

「ええ、任務で何度か。…それと自分はサイド2出身です」

 

「おっとすまん。俺も年かね?どうにも覚えが悪くなっちまっててな」

 

そう笑いながら食事に手を付けるディック・アレン少佐に、クワトロは喉まで出かかった皮肉をコーヒーと共に飲み込んだ。彼が自分を怪しんでいることは察せられたし、今のがわざとプロフィールと異なることを言ったかまかけだと解っているからだ。

 

「少佐のご出身はオーストラリアでしたか」

 

「ああ。と言っても住んでた辺りは一年戦争で滅茶苦茶になっちまってなあ、幸い家族は無事だったから今じゃこっちに住んでるよ」

 

「無神経な事を言いました、お許し下さい」

 

「そんじゃお互い様って事だな。…サイド2も酷かっただろう?」

 

「…ええ」

 

少佐の言葉にクワトロは曖昧に答えるしかなかった。一年戦争におけるブリティッシュ作戦の標的となったサイド2は確かに甚大な被害と多くの犠牲を出したが、クワトロは被害を与えた側だったからだ。

 

「飯時にする話じゃないな」

 

そう少佐が苦笑し、暫し食器の当たる音が響く。体格通り旺盛な食欲を見せた少佐は後から来たというのにクワトロとほぼ同時に食器を空にした。

 

「君達が持ってきたMS、ガンマ・ガンダムだったか。アレについて幾つか聞いても?」

 

「私の知りうる範囲であれば」

 

クワトロの返事に頷くと、マグカップを片手に少佐は口を開いた。

 

「率直に聞くが、大尉はどの程度あの機体の事を知らされている?」

 

「どの程度、でありますか?」

 

質問の意図が理解出来ずそう返すと少佐はマグカップに視線を落としながら言葉を続ける。

 

「正直に言って、あの機体の設計にはあまり価値が無い。試乗させて貰った感じからして、フレームの完成度はここにある機体の方が上だろう」

 

それについてはクワトロも同意する所だった。第13独立部隊が主力として運用しているガンダムMkⅡに対し出力や推力では勝るものの、動きの自由度では全く相手になっていなかったからだ。その差は機体の追随性に直結しており、更に言えば操縦負荷に繋がる内容だ。アーガマ隊のパイロット全員がMkⅡに乗り換えただけで最低でも20%近い攻撃回数の増加が見られるのだから、最早その差は歴然と言っていい。

 

「確かに性能面で劣っている事は間違いありません。そうした技術検証も含んだ供出なのでは?」

 

「アナハイムがそんなに殊勝な連中なものかよ。ちゃんと利益の為に動いているさ」

 

「利益、ですか?しかしあの機体に価値は無いと今少佐が仰いましたが?」

 

「機体そのものにはな。だがあの機体には重要な技術が使われている」

 

そこまで言われればクワトロも察する。だがそう聞かされても彼は釈然としなかった。他にガンマ・ガンダムで用いられている目新しい技術など、彼等がアクシズから持ち込んだガンダリウムγくらいのものだ。しかしオーガスタでは既にマイクロハニカム技術という更にその上を行く構造材が実用化されているのだ。今更これが重要だと言われても技術畑の人間で無い彼には理解出来なかった。

 

「いかんな大尉。君もテストパイロットなら機体の性能だけではなくその技術にも関心を持つべきだ。あのガンダリウムγという構造材はな、恐らくマイクロハニカム技術に近しい技術が使われている、それも遙かに簡便な方法でだ」

 

そんなクワトロを見て意地悪い笑みを浮かべた少佐はそう理由を口にする。

 

「確かにヤシマ重工はMHS、マイクロハニカム構造材を実用化したが、まだまだ一般利用にはほど遠いと言うのが実情だ。どうにも整形難易度が高いらしくてな、単純な形状の装甲は何とかなるんだが、複雑で精密なフレームとなるとお手上げなんだよ」

 

その説明にクワトロは奇妙な納得を覚えた。本来構造材の開発とは膨大な経験という下地と地道な検証によって成し得るものだ。それは彼の所属するアクシズでも同様であり、もし仮に彼が保護したNTの中に物体の力学や構造に対して直感が働くなどという出鱈目な存在が居なければ、未だに超硬スチールに頼ったMS開発を行っていた事だろう。

 

「つまりアナハイムはガンダリウムγそのものではなく、その製造技術を売り込んでいると?」

 

「笑いが止まらんだろうな。この技術を応用してMHSが量産されれば、アナハイムは物を売らんでも金が入ってくるわけだ。そして間違いなくヤシマはこの技術を使うよ、何せ価格が落とせればMHSは現状を一変させられる構造材だ、市場の独占だって夢じゃない」

 

そう言って少佐は愉快そうにマグカップを呷ると再び口を開く。

 

「ウチの技術部も喜んでいたよ、これで色々と解決しそうだとさ。誰だかは知らないが、この技術を発明したヤツは確実に歴史へ名を刻むだろうな」

 

それが悪名かどうかまでは解らんがね、そう言い残して少佐は席を立つと食堂から出て行ってしまう。残されたクワトロは黙ってその背中を見送るのだった。

 

 

 

 

「よ、やってる?」

 

シミュレータールームの一角、入り口にほど近い場所に区画分けされた管制室に入りながらそう声を掛ける。先客の内、端末の前を占拠していたウラキ中尉が苦笑しながら口を開いた。

 

「飲み屋じゃありませんよ、少佐」

 

「そいつは失敬。んで、どうだ?やっぱり当たりか?」

 

俺の質問に対してウラキ中尉はモニターから目を離さずに口を開いた。

 

「合致率98%、これで別人だとしたら模倣の天才ですね。教導隊辺りで一生食っていけますよ」

 

事の発端は最初の顔合わせを行った後だった。深刻な表情をしたペッシェ・モンターニュ少尉が俺に相談してきたのだ。

 

「あの、クワトロ大尉の事なのですが…」

 

彼はアクシズへと逃亡したシャア・アズナブルかもしれない、証拠は無いと言いつつも彼女は確信した声音でそう告げてきた。彼女は一年戦争末期、あのア・バオア・クー戦にキシリア・ザビ隷下のNT部隊として参加している。その時の指揮官こそシャア・アズナブルであり、短い期間ではあったが行動を共にしていた。

 

「偶然が重なって、私は逃げ遅れたんです」

 

サイコミュとの同調が不安定だった彼女は戦力として見なされず、要塞内に待機していたらしい。その内に状況が悪化したため、彼女は上官の指示を仰がずに出撃したのだそうだ。シャアがNT部隊への撤退命令を出したのは彼女が出撃した後だったらしい。結果彼女はア・バオア・クーに取り残される事となり、戦後その能力に目を付けたアナハイムに囲われる事となる。そして83年の一件で彼女を利用しようと暗躍していたオサリバンが失脚、その際にペッシェの身柄を案じたクレナ・ハクセルがエルラン中将と取引を行いオーガスタへ殆ど亡命に近い移籍をしている。関わっていた期間は短いものの同じ部隊に居た、それもNTである彼女の言葉は一笑に付すには少々重すぎた。まあ相談された俺は原作知識というチートで彼の正体が正しくシャアである事を知っているのだが。

 

「じゃあ、やっぱりあの人はっ」

 

「仮に本人だとして、どんな理由でここに?スパイだと言うならもっと良い人選がありそうだけど…」

 

「解らんぞ、なんせ奴は一年戦争の時にジャブローへ真っ赤な改造軍服で潜入したなんて逸話の持ち主だからな。案外本人は本気でばれないと思っているかもしれん」

 

因みに幾らNTの発言でも物的証拠にはならない。なのでクワトロ大尉の模擬戦における機動データをアーカイブされていたシャア・アズナブルのデータと比較検証したのだ。流石にここまで一緒だと偶然の一致と言い張るのは難しい。

 

「と言うか、これ隠す気なんて無いんじゃないかな?少佐を含めてここにはシャア・アズナブルと実際に戦った事があるパイロットが山ほど居るんだし」

 

実際模擬戦の後でアムロやカイなんかは胡乱な目でクワトロ大尉を見ていたからな。因みに当人はウチのかみさんに熱を上げて話し掛け、人妻と知って轟沈していた。とち狂って俺達の養子になりたいとか言い出さんだろうな?

 

「それにアナハイムからと言っているが流石に軍籍は用意出来ないだろう。となれば連邦軍内で彼に籍を都合した奴が居る、それもそれなりに高い地位の奴だな」

 

「裏切り者って事ですか!?」

 

そう声を上げるウラキ中尉に俺は頭を振って否定する。

 

「いや、寧ろクワトロ大尉がマーズジオンを裏切っているのかもしれない。その方が今の状況を説明しやすいだろう?」

 

「アクシズまで逃げた人間がですか?」

 

「それなんですけど、恐らくあの人は自分のために逃げたんじゃないと思うんです」

 

「どう言う事?」

 

彼を擁護する発言に眉を寄せながらニナ・パープルトン少尉が問いかける。ぶっちゃけ彼の出自を考えれば地球圏に残るなんてのは厄介事に自ら巻き込まれていくのと同義だからあり得ない訳だが。

 

「中佐はNTが戦争利用されることを厭うていたみたいでしたし、ジオンのNT研究はお世辞にも人道的とは言い難い状況でしたから。多分ドゥエやアドナー…えっと、部隊に居た子達なんですけど、彼女達を守る為に逃げたんじゃないかと」

 

「そんなの連邦に降伏すればよかったじゃないか」

 

「そりゃ難しい話だ、ウラキ。降伏しても軍属なら戦後ジオンに戻される可能性は高いし、何より当時連邦はジオンよりNT研究で後れていたからな。追いつくためにもっと酷い扱いを受けるかもしれないと考えても不思議じゃない」

 

実際戦場で彼等はサイコミュ兵器を運用していて、連邦側は終戦まで投入出来なかったのだ。現場指揮官程度の権限で知れる情報から行動しようとすれば、ペッシェの言葉通りに動いても全く不思議じゃない。

 

「それが正しいなら、…例えばマーズジオンがNTにとって不利益な行動を取っていて、それを止めるために連邦へ接触した、とかかしら?」

 

何とも言えんね。そうかもしれないし、もっと別な理由かもしれない。だが少なくとも彼がマーズジオンの為に動いているという線だけはなさそうだ。

 

「現状は要注意って所だな。彼等だけにならんようにそれとなく監視を続けよう。上には俺が伝えておく」

 

アーガマ隊を除く他のメンバーに情報共有する旨を話し、俺はシミュレータールームから出る。するとそこには深刻な顔をしたセイラ・マス少尉が立っていた。

 

「すみません少佐、クワトロ大尉の事でご相談したいことがあるのですが」

 

偽名だけじゃなくちゃんと行動も偽装しやがれ有名人!!俺は思わず天井を仰ぎ見ながら内心で彼をそう罵った。




マイクロハニカム技術関連に関しては完全に作者の妄想、オリジナル設定です。
信用すると恥をかきますので注意して下さい。


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142.0087/02/13

今週分です。


「へー、じゃああのクワトロ大尉はセイラさんのお兄さんって訳かい?」

 

クワトロ・バジーナとエドワウ・マスが同一人物かもしれない。深刻な表情でそう口にしたセイラ・マス少尉はクリスチーナ大尉と共にNT組と模擬戦を行っている。因みにアムロとカイは模擬戦をした直後からクワトロ大尉がシャアじゃないかと俺に聞いてきていた。てか何で俺に聞く?まあ知ってるけどさ。

 

「なんだか複雑ですね」

 

スポーツドリンクを飲みながらカイの横でモニターを眺めていたアムロがそう漏らす。そこには言葉と裏腹に原作のような感情は見えてこない。まあ一年戦争で幾度か戦ったが因縁らしいものは生まれなかったからな。

 

「父親がジオンの政争に巻き込まれて亡くなったそうでな。どうもザビ家へ復讐するためにジオンへ潜り込んだらしい」

 

信じられない奇跡の積み重ねによってエドワウ・マスとキャスバル・レム・ダイクンが同一人物である事を知っているのはこの世界で今や俺とセイラ・マスだけだ。キャスバルは公式には既に死んでいる事になっている上に、エドワウはドン・テアボロの実子となっているからだ。ドン・テアボロの政治的手腕と戦後の混乱による各種データの欠損に助けられた形である。俺としてもヤツに今更キャスバルを名乗って貰っても困るので、クワトロとして大人しくしている内は黙っているつもりだ。セイラ少尉も巻き込んでしまうしな。

 

「行動的だねえ。んで今度は連邦軍に潜り込んで何しようっていうのかね?」

 

何をするね。

 

「多分何もしたくないからここに来たんじゃないか?」

 

「へ?」

 

「ジオンが選民思想をこじらせていたのは知っているだろ?一部の優秀な人間が人類を導くってヤツだ。そんでクワトロ大尉は一年戦争で赫々たる戦果を挙げた部隊指揮官な訳だ」

 

正直彼の能力はそれ程指導者に向いているとは思えないんだがな。小隊指揮を見ていても単騎駆けをしている時の方が生き生きしているし。それでいて能力自体は全く無い訳ではないから神輿として担ぐには重すぎる。俺は腕を組むと溜息を吐いて話を続ける。

 

「そんな彼が逃げた先は無い無い尽くしのアステロイドベルトだ。大歓迎だったろうな、誰からも解りやすい形で優秀さを示した奴がのこのこやって来たんだ。面倒事は全部ひっくるめて押しつけようなんて考えた馬鹿が居ても不思議じゃない」

 

「じゃあシャアはアクシズの責任者という立場を嫌って逃げてきたと?」

 

目を細めながらアムロがそう口にする。シャアって言っちゃったよこの子。

 

「客観的に自分を見ることが出来ているんだろうさ。クワトロ大尉はどう見ても指揮官止まりで指導者の器じゃない」

 

ぶっちゃければ指揮官としても適性は低いと思う。彼は間違いなく優秀だし自分より劣った人間が居ることも理解しているが、そんな自分より下の人間が解るように行動出来る程には優れていない。簡単に言えば人を使うのが下手なのだ。

 

「そんな奴が指導者になれば遠からず破綻するのは間違いない、余裕がなければ特にな」

 

「随分少佐はクワトロ大尉を買ってるんだな。殺し合った相手なのにさ」

 

「お前達と違って俺は最初から軍人だったからな」

 

苦楽を共にしたテストパイロットの友人達や試験部隊の同僚、俺なんかのことを買ってくれていたキタモト中尉。キム兵長なんて直接奴に殺されているし、ホワイトベースの艦橋要員だってそうだ。だが彼がそうしたように俺もシャアの親しい人間を殺しているだろうし、軍人はそれを受け入れる事を納得した上で職務に就いている。だからその過程で起きた死の責任や奪われたことに対する怒りを奪った相手にぶつけてはならないのだ。

 

「まあ、俺はそうだがお前達までそうでなきゃならんとは言わん。だがコイツに袖を通し続けるなら、その間だけは胸に留めて外には出すな」

 

「やれやれ、とんでもねえ仕事を選んじまったよ」

 

そう言って溜息を吐くカイの肩を叩く。察しの良い彼のことだ、もう今更他の生き方が選べないのは解っているだろう。

 

「そんな訳で今は心配しなくて良いし、クワトロ大尉として扱って構わない。セイラ少尉もそれで一応納得してくれた」

 

「そうですね、家族で殺し合うのなんて見たくありません」

 

アムロの何気ないその呟きは、いつまでも俺の耳から離れなかった。

 

 

 

 

「失礼を承知で言わせて貰えば、NTなんて呼ばれている子達より少佐の方がよっぽど不気味ですね」

 

「おい、ヒルダ」

 

遠慮の無い本心を吐露するヒルダ・ビダン少尉をフランクリン・ビダン中尉が慌てた様子で窘める。だがそれを聞いたテム・レイ少佐は寧ろ笑いながらヒルダ少尉の意見を肯定した。

 

「最近はめっきり予言の回数も減っていたからな。一年戦争の時なんて酷いものだったぞ?それこそ戦争を始まりから終わりまでを全部知っていた様だったよ。もし彼が居なかったらホワイトベースは今頃スペースデブリにでもなっていたかもしれない」

 

「予言、と言うヤツですか。与太話の類いだと思っていましたが」

 

ここに君達が呼ばれたのも本当は彼の進言があったからだと告げたら彼等はどんな顔をするのかと一瞬興味が湧いたが、それを口にするほどテムは分別の無い男では無かった。故に話題の軌道を修正する。

 

「ともあれアナハイムから提供された技術のおかげでボトルネックは解決するだろう。これでMkⅤの実用化に目処が立つ」

 

「はい、それにムーバブルフレームの改善も見込めますから、MkⅡやⅢも性能向上が見込めるでしょう」

 

アナハイムエレクトロニクスから齎されたガンダリウムγ合金の精製技術。これにより構造材業界はパラダイムシフトを起こしつつある。これまで主流だった超硬スチールやチタンセラミック複合材に変わってガンダリウム合金や超軽量な部材としてマイクロハニカム構造材が十分採用できる価格帯に下りてきたからだ。

 

「ヤシマ重工としては歯がゆいだろうけどね」

 

製造工程の基幹技術に他社の特許が関わるとなれば当然利益率は下がるから、それは無理のないことである。尤もこのままでは概念実証機やワンオフ紛いの超高級機にしか採用できない状態であったし、市場の拡大を考慮すれば受け入れるだろう。何せ拒否すればその市場をガンダリウムγに奪われてしまうのだから。

 

「それで、例の新フレームですが」

 

「ああ、どうだね?」

 

「検討してみましたが、恐らく可能であろうとの事でしたので、試料の製作を依頼しています。恐らく今週中には提出出来るだろうとの事です」

 

「うん、とは言え機能的には既に確立されているものだからね。検証が済み次第フレームの製造も依頼する事にしよう」

 

会話を続けながらも釈然としない表情のヒルダ少尉を見て、テムは無理もないかと内心苦笑する。彼女は構造材に関するプロフェッショナルであり、若いながらその才覚を示している人物だ。そんな彼女からしてまだ使えるかも解らない技術だったマイクロハニカム技術が少佐の進言で軍民協同開発となり、開発が難航すればボトルネックの解決策を少佐が持ち込んでくるのだ。これで彼が自らと同様のプロだと言うならまだ納得のしようもあるが、あくまでその知識は多少話の通じる程度のものでしかない。

ここに止めの様に既存の概念から逸した構造材の提案に加えて実用化の道筋まで提示されたとなれば、出鱈目を通り越して恐怖すら覚えても不思議では無い。そしてそれにテム自身ある程度共感出来るからこそ冒頭の発言も流したのだ。

 

「性急ではありませんか?確かにサイコミュは実用化された技術ではありますが、今回の試みは未知の部分も多い。十分に検証を重ねるべきではありませんか?」

 

そうフランクリン中尉が慎重論を口にするが、残念ながらテムは聞き入れるつもりは無い。

 

「君達は戦後からの付き合いだから無理はないのだけれどね。アレン少佐達は戻ってきてから一般シフトに戻っていないだろう?」

 

即応部隊だとは言っても兵士とて人である。平時であれば訓練や基地内での任務もある程度考慮され軽いものになるのだが、宇宙から戻って来た第13独立部隊の面々はそのまま戦闘シフトを続けている。新たに加わった人員の教育と説明されているがそうで無い事など彼等と共に戦い続けているテムにはお見通しだった。

 

「アレン少佐は今回の一件がまだ全く終息していないと考えているんだろう。そしてこと戦争中に出る彼の予言はとても良く当たる」

 

そこでマグカップを手に取り中身を飲み干す。温くなったコーヒーの不味さに頬を吊り上げながらテムは言葉を続ける。

 

「その上でだ、開発が進んでいない機体のボトルネックを解消するような技術を彼が持ち込んできた。しかも進捗を確認するおまけ付きでね。つまりあれは、次の戦いに機体は間に合うかと聞いているのだよ」

 

「いや、しかしそれは…」

 

「フランクリン中尉、君の懸念も理解している。自分が保証出来ない半端な機体を前線に送るなど技術者として恥以外の何物でもないからな。だが連中の機体を見ただろう?」

 

試料として提出されたマーズジオンとの交戦映像、その動きはこちらの主力であるMkⅡの動きに匹敵し、一部であれば凌駕すらしていた。

 

「MkⅡであれなのだ。サイド3で本格的な量産が始まれば一般部隊では対処出来んだろう」

 

MkⅡを主力として配備出来ている部隊はUGを含む一部の特務部隊だけだ。その他の部隊では近代化改修を施したジム改ならば良い方で、下手をすれば未改修の機体も多く運用されている。

 

「一年戦争はまだ数の暴力が機能した戦いだった。だが今はどうだろうか?」

 

数と言う要素が無力になったとは思えない。だが同時に絶対的な優位を保証するものであると言い切れなくなっているのも事実だ。

 

「数倍、数十倍という数を覆す戦闘能力を持ったMS、しかも製造されたのは外宇宙だ。ならばそのスケールに合致した性能も有している可能性は高い」

 

単独での長距離航行能力にサバイバビリティ、これに先程の性能が加わればどうなるか?

 

「監視の目を掻い潜ってほんの数機地球に降下させるだけで連中は我々に致命的な打撃を与えられる可能性がある。だから少佐はこう言っているんだ、それを上回る高性能機を準備しておく必要があるとね」

 

テムの言葉に今度こそ反論は返ってこなかった。



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143.0087/02/16

今週分です。


「フォボスの到着は3日後だったか」

 

「はい、既に国防軍の艦隊が護衛に就いております」

 

秘書官の言葉にダルシア・バハロは小さく溜息を吐いた。マーズジオン合流後の混乱が目に見えていたからだ。

 

「かといって受け入れぬ訳にはいかん」

 

7年前の敗戦によってジオン共和国は軍備に対し厳しい制限を受けている。運用する艦艇は近代化改修こそ許可されているが設計自体は独立戦争当時のものであるし、戦艦や空母といった大型艦は保有を認められていない。更にMSに至っては近代化改修すら認められていないという有様だ、民間企業であるアナハイムの警備部隊の方が高性能なMSを運用している等という、国家としては笑えない状況に陥っている。故に今後を考えるならばマーズジオンの持つ技術の吸収は必須であるとダルシアは考えていた。

 

「独立の有効期限である100年まで後13年、それまでに状況を整えねばならん」

 

ザビ家を切り捨て連邦と和平を結んだ功労者である事から誤解されがちであるが、ダルシアは連邦からの自主独立を望んでいる側の人間だ。先の大戦における行動もこのまま行けばその可能性が完全に潰えてしまうという結論に基づいた損切りであり、世間で吹聴されているような連邦の犬に成り下がったつもりなど毛頭無い。寧ろ彼に言わせれば勝てない状況で意地を張り続け目的から遠ざかる方が愚かな行為でしかなかった。

 

「経済的な復興は済んだ、人的損害も立ち直りつつある。後は外圧を撥ね除ける武力だが…」

 

技術の吸収は必須、しかし性急に進めることは余計な危険を招くとダルシアは理解している。地球圏の守護者を公言して憚らないUGは、相手が何であれ地球圏の治安を乱すと判断したならば容赦なく制圧に動くだろう事は間違いないからだ。今はまだ金の力で抑えられているものの、こちらが抱き込んでいる議員さえ危険分子と断じて拘束出来るだけの権限を彼等は付与されている。そしてその権限を乱用しないだけの狡猾さを備えている彼等が行動に出る際は、間違いなくこちらが人類の敵として断じられてしまうだろう。

 

「それだけは避けねばならん」

 

何しろダルシア達は一度失敗しているのだ。次の失敗は間違いなく致命のものとなるだろう。

 

「すまんがモナハンを呼んでくれ、十分言い含めておく必要がある」

 

ダルシアの息子であるモナハンは彼と同様に政界へ進んでいたが、その才覚は親の贔屓目を加えても高くない。当人もそれを自覚しているためかダルシアの基盤を引き継げないと考えているらしく、独自の交友関係を構築中だ。尤もそれが真っ当なものならばともかく旧軍の知己、それも社会的には後ろ暗い連中というダルシアからすれば頭を抱えたくなるような面々だから笑えない。恐らく父とは違う方向で協力者を増やそうと画策しているのだろうが、それはリスクの大きい選択である。一礼し部屋を出て行く秘書を見ながらダルシアは溜息を吐いた。

 

「ギレン・ザビとまで贅沢は言わないが」

 

思わずそう漏らし彼は思考を切り替える。力に酔っての暴発などなんとしてでも今は止めねばならない、最早ジオン共和国に人身御供は居ないのだから。

 

 

 

 

「ドミンゴは高性能だけど、専用パーツが多すぎて高コストだろ?だからMkⅡのパーツを流用してコストダウンを考えたんだけど」

 

「いやいや、カミーユ。変形すりゃ良いってモンじゃないだろ?ジェリド少尉達もなんか言ってやって下さいよ」

 

「俺は悪くないと思ったぜ?まあ大分クセが強いから乗り熟すにゃ骨だろうけどな」

 

「俺みたいな凡人としては素直にドミンゴを量産してくれと言いたいね。数を揃えたって戦力に数えられなきゃ意味が無い」

 

「私は新型機を造るくらいなら、MkⅡを強化した方が現実的だと思うわ。高機動パックを強化すれば習熟期間も短くて済むでしょう?」

 

クワトロ・バジーナがシミュレーター室へ入ると、そこでは先客達が議論を交わしていた。聞こえて来た言葉によればどうやら新型機についての意見交換らしい。それもどうやら発案者は子供のようだった。

 

「すまんがシミュレーターを使っても構わないかな?」

 

彼がそう声を掛けると少尉達が慌てて敬礼をする。それに苦笑しつつ答礼しながら、彼は内心の苦々しさをかみ潰した。子供が思いついた程度の機体ですら試しに設計はしてみよう等という事が出来るのは、それだけ軍の予算が潤沢であるという事だ。そして軍にそれだけ予算が回せるだけの税収を地球連邦政府が得ている証左でもある。新型機を設計するかどうかですら十分な検討を重ねねばならないアクシズとは正に雲泥の差だ。

 

「あの、クワトロ大尉!」

 

「君は、カミーユ・ビダン少尉だったかな?私に何か?」

 

「はい、大尉は優秀なテストパイロットだとアレン少佐から聞いています。宜しければ僕の設計した機体を試しては貰えないでしょうか?」

 

「私が?」

 

唐突な願いにクワトロは一瞬戸惑いを覚え、思わずそう口にする。するとカミーユ少尉は屈託の無い笑顔でその理由を口にした。

 

「はい、色々な機体を経験されている方の意見はとても参考になりますから」

 

パイロットとしての技量のみを評価される事に新鮮さを感じながらクワトロは少し考えその申し出を受ける事にする。連邦の試作機を知っていて損になる事は無いと言う建前と、純粋に新型のMSに興味を覚えたからだ。

 

「私で良ければ試させて貰おう」

 

「折角やるんなら模擬戦なんてどうです?大尉の腕じゃあAIは物足りないでしょう?」

 

「おいジェリド!」

 

挑発とも取れる提案をジェリド・メサ少尉が口にすると、カクリコン・カクーラー少尉がそれを慌てて止める。しかしその言葉は愉快そうに応じる別の声に肯定された。

 

「いいね、なら3対3でどうだい?まあ俺達はガンマを使わせて貰うけどな」

 

「アポリー!お前も勝手にっ」

 

クワトロに付き従っていたアポリー・ベイ中尉がそう答え、隣にいたロベルト・ベガ少尉が窘めるが、既に場の空気はそうなる雰囲気になっている。

 

「ふむ、カミーユ君がそれで良いなら私は構わない。期待に添えるかは解らないがね」

 

所詮はシミュレーションであり命に関わるものでもない。ならばレクリエーションを兼ねた所で大きな問題は無いだろう。クワトロが了承したことで話は纏まり、それぞれがシミュレーターへと移動する。シートに着席すると直ぐに管制室から通信が入り、ポップアップしたウィンドウにカミーユが映った。

 

『有り難うございます大尉。データは既に登録済みですから、起動してみて下さい』

 

「了解した」

 

そう言って彼は該当するデータを呼び出す。リニアシートの普及によって連邦のMSはどの機体であってもコックピットのレイアウトが変わらない。これもまた少数故に個の性能を追求せねばならないアクシズでは実現困難な内容である。逸れがちになる意識をアップロードされたデータへ戻し、クワトロはスタティックマニュアルを開いた。

 

「タイプ・ゼータ?」

 

『MkⅥって名付けるのは流石に憚られて』

 

クワトロの呟きにカミーユ少尉が照れくさそうにそう答える。そしてマニュアルを開いたのを確認した彼はクワトロへ説明を始めた。

 

『僕が設計した、なんて言いましたけれど、基本的な部分はMkⅡとⅢをベースにナガノ中尉が構築してくれてますから安心して下さい』

 

「随分と大胆な設計のようだ」

 

基本構造に目を通したクワトロは率直にそう告げた。彼の知る可変型MSはアクシズで製造されたガザとオーガスタのドミンゴくらいであるが、それらと比べてもゼータと名付けられた機体は異質だった。何しろ普通なら重心位置になるはずの胴体が殆ど空なのだ。あるのはコックピットと冷却系くらいのもので、本来収まる筈のジェネレーターやプロペラントタンクが存在しない。それらが何処に行ったかと思えば肩やバックパック、そして大部分は脚部に詰め込まれていた。それだけでクワトロはこの機体が極めてピーキーである事を察する。

 

『大気圏内での運用も想定して空力を考慮した結果です。その代わり運動性は保証しますよ』

 

それはそうだろうとクワトロは喉まで出かかった言葉を飲み込む。機体の安定性と運動性はトレードオフの関係であるから、不安定なほど運動性は高くなるのだ。尤もパイロットが操縦する都合上、当然限界点はあるのだが。

 

「武装はロングビームライフルにビームマシンガン、サーベル。バルカンにグレネードとミサイル…随分と詰め込んだものだな」

 

高速からの一撃離脱、あるいは速度を生かした遠距離砲戦を想定しているのだろう。その思想はクワトロの嗜好と良く噛み合っているように思えた。対MS戦において格闘を多用する事から誤解されがちであるが、クワトロは高速機動からの射撃戦を最も得意としている。格闘戦を行っていたのは、独立戦争当時ゲルググを受領するまで敵MSに対して有効な火砲が存在しなかったという切実な問題故である。マニュアルを読み進めるうちに、彼の口角は自然と上がっていく。

 

『ジェリド少尉はああ言ってましたけど、やっぱり一度は慣らしておきますか?』

 

「いや、大丈夫だ。この手の無茶振りには慣れていてね」

 

そう言うとクワトロはシミュレーションを起動する。基地の演習場を模した仮想空間に機体を立たせると、直ぐ側に2機のガンマ・ガンダムが寄ってくる。

 

『中々精悍ですな』

 

『こいつは外連が利いてますね』

 

ロベルト少尉はゼータの姿をそう評し、アポリー中尉は塗装に率直な意見を述べる。ゼータは全身の装甲が白く塗装されていたのだが、これが光の加減で淡く虹色に輝いたからだ。

 

「エマルジョンコーティングという対ビーム装甲だそうだ。何、多少目立つ位はどうという事は無い」

 

何しろパーソナルカラー等というこの上なく目立つ姿で戦場を駆け回っていたのだ。この程度で躊躇う様な精神は持ち合わせていない。

 

「ほう…」

 

対戦を申し出て来た少尉達の内、ジェリド少尉はクワトロと同じくゼータを選択していた。その事にクワトロは少しだけ闘争心が燃え上がるのを自覚する。

 

「こんな気持ちは久しぶりだ。燥ぎ過ぎんようにしなければな」

 

そう口にしながら開始の合図と共にクワトロはフットペダルを思い切り踏み込んだのだった。




以下作者の自慰設定。

タイプ・ゼータ
M・ナガノ中尉とカミーユ・ビダン少尉によって設計された可変型MS。ガンダムタイプのフェイスパーツを持つ事からMkⅥと呼称したかったものの、ドミンゴが正式採用されたことで正規の開発プランからは外された事から6番目の意味を持つギリシャ文字を代用している。元型はMkⅢのフレームを基礎に可変機構を盛り込むプランであったが、ドミンゴに対しこれと言った優位性を示せずに敗れている。ゼータではパーツの多くを量産されているMkⅡと共用化することで低コストな可変型MSというコンセプトに変更しドミンゴとの差別化を図っている。しかしコストダウンと運動性能を両立させる為ドミンゴよりも遙かに安定性に欠いた設計がなされており量産機でありながら乗り手に極めて高い技量を要求するという本末転倒な仕様になってしまっている。
元ネタはデルタなガンダム。


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144.0087/02/20

今週分です。


時間が経つのは早いもので、アーガマ隊が合流してから2週間以上が過ぎていた。赤い彗星とその子飼いの部隊と言う事で事情を知っている一部の人間が緊張していたのだが、カミーユ達と楽しくシミュレーションをする姿に毒気を抜かれてしまいすっかり放置している。我が隊の誇るNT様達曰く。

 

「全く邪気を感じません。思い切り楽しんでますよ」

 

「私達の置かれている状況に猜疑心があったようですけど、ここが特別なんだって気持ちを整理したみたいです」

 

「偶に自罰的な思考に落ちてるみたいですけど、少なくともこちらへ害意は無いですね」

 

とのことである。クワトロ良い空気吸ってんな。

 

「あ、でもカイさんに狙撃されるとすっごい複雑な感情を向けますよ」

 

そらな?でも表だってカイに絡むことも無ければ皆が言っている様に悪意を向ける事は無いらしい。まああれは戦争の中でのことだし、ガルマ・ザビを殺さなければあの時死んでいたのは俺達の方だ。それにあの戦闘で奴自身も俺達の戦友を殺している。それについて恨み言やそうした感情を持つこと自体が筋違いである事と、そう自制するくらいにはちゃんと軍人をしているらしい。それから案外年下に慕われるのは嫌いじゃないようで、NT研組からの模擬戦のお誘いは全部受けているそうだ。まあ俺達の場合、基地での基本業務が割と余裕があるし、元々能力も高いから振られている程度の仕事ならあっさり終えているようだ。はっきり言って報告書の内容は部隊内で1・2を争うくらいには読みやすい。

 

「よう、大尉。今日もシミュレーションか?」

 

「アレン少佐。ええ、カミーユにゼータは宇宙で使えるか試して欲しいと」

 

「おー、あれな。おかげで最近ドミンゴの開発チームが凄い顔してるぞ」

 

安価であるがドミンゴよりも遙かにピーキーで乗り手を選ぶ失敗MS。正式採用も勝ち取っていたから当初そんな上から目線でゼータを見ていた開発チームだったが、クワトロ・バジーナ大尉の登場でその状況が大きく変わりつつある。何せこの大尉殿はセイラ少尉やウラキ中尉、それにジェリド少尉と比べても頭一つ所ではないくらいMSの操縦が上手い。そんな彼から動きを学習した教育型コンピューターのデータがフィードバックされることで、ゼータの扱いにくさが大幅に緩和されつつあるのだ。その上前述の元教育係達が目の前で自分の上を行く操縦を見せられた事で色々と着火。シミュレータールームでは今密かにゼータブームが到来していたりする。

 

「贔屓目ではありますが、私としてはゼータの方が良い機体に思えます」

 

「はっはっは、すっかり惚れ込んでるな!」

 

まあ気持ちは解らんでもない。ドミンゴは元々高高度迎撃機、つまり運動性よりも上昇性能を重視して設計された機体をベースに設計されているから、加速性や重武装に対応出来る一方で小回りは利きにくい。更に大気圏内での高速運用が前提だったためにフレーム剛性が高く取られていてその分余裕のない設計になってしまっている。ムーバブルフレームを採用し出力や武装の強化を外付けで対応しやすい分従来の機体に比べれば大分ましなのだが、量産とアップデートを前提に設計されたMkⅡとⅢのパーツを流用しているゼータの方が拡張余裕があったりする。更に誰が教えたのか知らないが、初期案では標準搭載されていた長距離センサー類などをオプション化する事で機体の調達コストをドミンゴの半分近くまで下げている。これで一般パイロットも十分扱えるレベルまで教育型コンピューターが成長すれば、量産の可能性すら出てくるだろう。

 

「まあ熱心になるなとは言わんが、あまり入れ込み過ぎるなよ?テストパイロットの大尉に言うのは釈迦に説法だろうが、試作機なんてのは採用される方が稀なんだからな。不採用を惜しんでアナハイムにデータを持ち込むなんて事はせんでくれよ?」

 

「…まさか。これでも私は連邦の軍人ですよ」

 

俺が笑いながらそう釘を刺すと、クワトロ大尉は一瞬驚いた顔をした後にそう返事をした。なんだ、そんな事を思いつかないほど浮かれてたのか?まあいいや、これで万一の場合もちょっとした保険くらいにはなるだろう。

 

「はは、そうだったな。失言だった、忘れてくれ」

 

俺はそう言って彼と別れると会議室へ向かう。目的の部屋に入ると、そこにはアーガマ隊を除く第13独立部隊の指揮官クラスが揃っていた。

 

「穏やかじゃありませんな?」

 

ブライト中佐へそう話し掛けると彼は肩を竦めて視線をローランド大佐へ向ける。視線を受け止めたローランド大佐は小さく溜息を吐いて口を開く。

 

「バスク大佐からの要請でコンペイ島の駐留部隊へMkⅣを貸し出す事になった。勿論例の装備も含めてだ」

 

「そいつは少しばかり穏やかじゃないですな。まあバスク大佐にしてみれば当然の対応でしょうが」

 

83年のコンペに勝利したMkシリーズは当然ながらMkⅣも含まれている。とは言え運用が極めて特殊な上に維持費も馬鹿にならないこの機体は87年現在でもこのオーガスタでテストベッドとなっている試作機と正規生産された1機がルナツーに配備されるのみに留まっている。しかも2号機の方は軌道艦隊に所属しているから、UGが好きに使えるのはウチにある1号機だけだったりする。配備先としては俺もコンペイ島に置く方が効果的だと思うし実際バスク大佐も熱望していたのだが、コンペイ島には修復されたジービッグ・ザッムが割り当てられることになり、2機は過剰との事でルナツー行きとなった。まあこれは軍閥政治も絡んだ事柄なので中立を気取っている我々オーガスタとしては言われたとおりにするだけである。

 

「人員についてはあちらで用意するので機材だけで良いとのことだ」

 

「輸送はどの様に?」

 

「ケネディポートのマスドライバーを使う」

 

ケネディポートは宇宙移民計画の再始動によって新たに建造されたマスドライバーだ。連邦政府の本気を見せる意味合いもあって、現在地球に存在するマスドライバーとしてはジブラルタルの物を超えて最大である。まあ軍での運用も視野に入れているから当然と言えば当然なんだが。

 

「追加装備については先にHLVで基地から打ち上げることになる。こちらは分割できるからな」

 

ムーバブルフレームはMSの運動性能を飛躍的に向上させることになったが、一方でちょっとしたデメリットもある。それが一年戦争時代のモノコックやセミモノコックと呼ばれる方式に比べ分解がしにくい事だ。フレームそのものにも可動部を設ける構造は関節などの接合点を複雑化させ、単純な分割が難しくなっているのだ。尤もこれについて問題視する声は少なかった。交換が不可能になった訳ではないし、そもそもMSは組み立てられた状態で輸送させるのが普通だ。不平を漏らすのは戦場であり合わせのパーツでキメラみたいなMSを造り出す変態くらいだったのである。…そう、件のMSが従来通りの大きさなら。

 

「やはりMkⅣを地上に置いておくのは効率が悪すぎませんか?最悪置くにしてもダカールかラサに引き取って貰えないものですかね?」

 

軍閥政治をやるなとまでは言わんが、せめてこっちの迷惑にならん範囲にして欲しい。俺の愚痴に皆苦笑しつつ話を続ける。

 

「武装は現地で取り付けと調整を行うのでパープルトン少尉に同行して貰う。それから量産型MkⅣの件だが、正式に許可が下りたので建造を開始するとのことだ」

 

「思い切りましたね?」

 

量産型MkⅣははっきり言えば名前を騙った新型機だ。お題目は運用が限定的で高コストなMkⅣを扱いやすく低コストにブラッシュアップするというものだが、内実は強化人間専用の高性能MSである。NTに比べれば確保が容易な彼等へ高性能機を宛がうことで、NTに対抗するというコンセプトである。何しろエルラン中将の前任に当たるオーガスタ基地司令が一年戦争中にやらかしてくれたおかげで、連邦にはあちこち弄くり回された特務兵がゴロゴロいるのだ。折角投資したのだからそれらを有効活用しようと賛同してくれる糞野郎はそれなりの数になった。

 

「ワイアット大将も最悪には備えておくべきだと考えているんだろう。まあ例のブレイクスルーがあったからこそでもあるだろうが」

 

マイクロハニカム構造材の製造コスト低下は正に劇的と言えた。何せ今まで量産機に用いていたチタンセラミック複合材とほぼ同程度のコストでルナチタニウム合金以上の性能を確保出来るのである。おかげで調達価格が30%近く落ちるというのだからとんでもない話だ。因みにこの30%で一般部隊が運用しているジム改が6機は買えると言えばその重大さが理解して貰えるだろうか?

 

「後はアーガマ隊ですか」

 

「うん、最初に看破した少佐に聞きたい。クワトロ・バジーナ大尉、いや、シャア・アズナブルは信用出来るかね?」

 

信用ねぇ。

 

「前提として地球連邦軍への忠誠は期待出来ないでしょう、あくまで彼の帰属意識は別の所…恐らくアクシズにあると思われます」

 

「それはマーズジオンではないのかね?」

 

シナプス大佐の問いに俺は頭を振る。

 

「確証はありませんが、違うとした方が行動に説明が付きます。もし彼がマーズジオンの人間なら、連邦の情報を探るために潜入したとするのが妥当です。しかしだとしたらあまりにも人選が杜撰でしょう、あんな有名人を使うなど正体を看破してくれと言っているようなものです」

 

「むう…」

 

俺の言葉にシナプス大佐が唸る。実際ここに来て正体が発覚するまで1週間かからんかったからな。ついでに言えば本人に隠す気がさらさらないのも潜入という言葉と一致しない。

 

「つまり彼はシャア・アズナブルとして我々に看破される事も目的の一つであると考えるのが妥当です。その意図は恐らく地球連邦へ敵対意思の無い事のアピールでしょう、そして勢力と呼べるような、シャア・アズナブルを遣いとして使えるような人的余裕のある残党が残っているとすればアクシズです」

 

「マーズジオンとは別だと?」

 

「マーズジオンが本気で平和と和平を望んでいたならサイド3に戻る必要なんて無いんですよ。それこそ再建中のコロニーを望んだって良いし、そもそも我々と交戦してまでサイド3を目指す必要が無い。経済的な支援や保証は地球連邦の方が圧倒的に充実していますしね」

 

そうしないって事は、地球連邦政府に取り込まれる気は無いと言うことだ。それはつまり、もう一度連邦から独立するつもりである事の証明に他ならない。

 

「それらを踏まえると、少なくともマーズジオンと連邦が対立している間はクワトロ・バジーナを信用しても大丈夫ではないか、と言うのが私の意見です」

 

後はパイロット以上の重責を与えないことだろう。アイツは存外自分のことで手一杯のヤツだから、スペースノイドの未来だなんて重荷に耐えられるようには出来ていないのだ。幸い俺達はそうした思想集団では無いし、組織を引張っている立場でもない。

 

「…解った。少佐がそう言うのなら、彼等の扱いは今まで通りとしよう。今後を考えれば頼りになる戦力は多い方がいい」

 

ああ、だったらもうついでだ。

 

「でしたら彼用に機体を用意出来ませんかね?丁度執心の機体があるんですが」

 

俺の言葉に大佐達は顔を見合わせた後、小さく溜息を吐いたのだった。解せぬ。



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145.0087/02/26

今週分です。


「ゼータ、良い感じね。これ正式採用されるんじゃない?」

 

「私はドミンゴより使いやすいかも」

 

「拡張時の安定性はドミンゴの方が上だろ!裏切り者共め!?」

 

訓練の為にシミュレータールームに入ると中からそんな声がした。見ればNT研所属の少尉達が集まって模擬戦をしていたらしい。キョウ少尉やリタ少尉の高評価に挟まれたカミーユ少尉は顔がにやけそうになるのを堪えていて、一方でドミンゴに思い入れのあるゲーツ少尉はちょっと拗ねた様子で二人を批難している。尤も本気の言葉では無く友人同士のじゃれ合いの様なものである。

 

「おいっす、やってるな若人諸君」

 

「あっ!少佐!」

 

手を上げながら近付いていくとミシェル少尉がそう声を上げる。そしてその声に釣られる様に全員がこちらへ視線を向けてくると、自然に会話へ加わるように話し掛けてきた。

 

「少佐も今からシミュレーターですか?」

 

「聞いて下さいよ少佐、皆ゼータに乗り換えるって言うんですよ?ドミンゴへの愛はどうした、ドミンゴへの愛はっ」

 

「これだけ本格的にデータ取っているって事は、やっぱりゼータ造るんでしょうか?」

 

「僕としてはゼータは繊細だからドミンゴの方が好きだなぁ」

 

「因みに少佐はどっち派ですか?」

 

そんな感想を言い合う中で悪戯を思いついた表情でミシェル少尉がそう尋ねてくる。ほほう、権力者を取り込もうという魂胆かな?だがまだ甘いんだなぁ、これが。

 

「MSとしてならドミンゴ、戦闘機ならゼータだな」

 

「あれ?逆じゃなくてですか?」

 

俺の玉虫色な解答にロザミア少尉が首を傾げる。まあ彼女の疑問は尤もかもしれない、ドミンゴは戦闘機をベースに開発された機体で、ゼータはMSをベースに設計されているから俺の答えは真逆に感じたのだろう。

 

「俺はお前さん達みたいな反射神経は持ってないからな、近接戦闘も想定しなきゃならんMSは損傷時に挙動が少しでも安定している方が良いし、逆に装甲で受ける事を想定出来ない戦闘機では運動性がある方がいい。総合的に見れば両方甲乙付けがたいと思うぞ」

 

「機体性能で甲乙付けがたいならゼータの方が凄いですよね?だってコストは半分だって聞きましたよ?」

 

あー、それもなぁ。

 

「そいつはゼータがカタログスペックに現れにくいところを徹底的に削ってるからだよ」

 

例えばドミンゴでは標準的に搭載されている長距離センサーやそのデータを処理するセンシングデバイスをゼータではオプション化している。だからドミンゴなら何の準備も無しにマルチロールをこなせるが、ゼータはオプションを用意しておかなければ戦闘能力の高い可変型MSでしかないのだ。そしてゼータは変形を前提としているから他の機体とオプション装備の互換性が低く、機体とは別途にそれらを用意することになる。結果ドミンゴと同じ任務をこなそうとするならば機体の調達価格はあまり大差ないものになるだろう。

 

「展開能力と戦闘能力は十分だからな。ウチみたいな少数精鋭って訳じゃない部隊にはゼータの方が合っているかもしれんな」

 

足りない部分を他の部隊と分業する事が前提の一般部隊なら多能性よりも配備出来る数が重要だからな。

 

「慎重な意見ですね、私もてっきり少佐はゼータ派だと思っていましたが」

 

そんな事を言いながらシミュレーターから降りてきたのはクワトロ・バジーナ大尉だった。まあ俺もデザインは好きだよ、ゼータ。

 

「そいつは買い被りってヤツだよ大尉。俺はお前さん達みたいな本物とは違う」

 

どこぞの木星帰りには酷評されたり今一つネームドとの戦績が振るわない印象のある彼であるが、MSの技量は間違いなく宇宙世紀でも十指に入るだろう事は間違いない。そもそも彼が本当に弱ければ1年戦争でとっくに死んでいただろうし、NTや強化人間が本格的に投入されたグリプス戦役をあんな機体で乗り切れる訳がない。寧ろ三つ巴とは言え自信満々に専用機まで持ち出しておいて取り逃がすあっちの方が割とパイロットとしては残念だろう。

 

「…伝説と言って良いガンダムのパイロットとは思えない台詞ですね?」

 

そらそうよ。

 

「伝説の大部分はアムロ中尉とララァ大尉で、俺はその尻に只乗りした味噌っかすだからな。同列と嘯けるほど恥知らずじゃないよ。ああ、それと一つ良いことを教えておこう」

 

そう言って俺はカミーユに向き直ると笑いながら彼に告げる。

 

「おめでとうカミーユ、ゼータの試作が決定した」

 

俺がそう告げると彼は驚きの表情のまま固まってしまう。そんな彼を再起動させたのはゲーツ少尉だった。

 

「マジかよ!やったなカミーユ!」

 

ドミンゴへの愛着を見せていたゲーツ少尉だったが、それはそれとして友人の成功は素直に嬉しいらしい。周囲にいた皆も口々にカミーユへ称賛を送る。

 

「残念ながらガンダムフェイスは使えないし、ゼータって名前もナシだがな。代わりにはならんかもしらんが俺がペットネームを付けさせて貰った」

 

本当はアムロ中尉やテム少佐、それかフランクリン中尉辺りが付けた方がカミーユが喜ぶだろうと提案したんだが全員が辞退したものだから俺にお鉢が回ってきた。俺の場合だとコイツにはあの名前しか思い浮かばないんだがなぁ。

 

「少佐が?」

 

「ほう、なんと?」

 

「百式」

 

「ヒャクシキ?」

 

「東洋の言葉かしら?あっちに居たときに聞いた気がするわ」

 

興味深げに聞いてくる皆の前で名前を披露すると、聞き慣れない言葉だったせいかリタ少尉が復唱し、キョウ少尉がそう推察する。そういやキョウ少尉は以前日本や香港に居た時期があったな。

 

「鋭いな、ヒャクってのは東洋の言葉で100って意味だ。100年先まで語り継がれる機体になれと思ってな」

 

「100年…」

 

「随分と壮大な名前ですね」

 

理由を語ればカミーユが感嘆混じりに、そしてクワトロ大尉は何処か楽しげにそう口にする。医学が発展して人間がそれ以上生きるのも珍しくなくなっては来ているが、それでも人類にとって100年はまだまだ長い時間だ。今からと数えればこの場に居る人間でも何人がその場に居合わせる事が出来るだろうか。

 

「夢や野望ってのは大きく持つもんだよ。なんなら百万式にしておくか?」

 

「それは流石に遠慮します。…今回の所はですけれど」

 

俺の軽口にカミーユが不敵な笑いと共にそう返事をする。おうおう良いね、正に少年よ大志を抱けってやつだな。

 

「さて、それで実機を造るにあたってテストパイロットを選出する必要があるんだが、誰か指名はあるか、カミーユ?」

 

そう聞くとカミーユは真剣な表情で口元に手を当てる。言っては何だがオーガスタは腕利きが揃っているし、テストパイロット上がりも多い。正に選り取り見取りな訳であるが、

 

「指名しても良いなら、僕はクワトロ大尉にお願いしたいです」

 

「へえ?」

 

大尉を見つめながらそうはっきりと言うカミーユ。驚いた表情の大尉に思わず口元が緩むのを自覚しながらカミーユへ視線を戻すと、彼はこちらを見てはっきりと告げてきた。

 

「大尉はこの基地の誰よりもゼータに長く乗っています。実機になれば想定外のトラブルもあるでしょう。大尉なら安心してお任せできると思います。あっ、勿論クワトロ大尉が良ければですけれど!?」

 

「だとさ、大尉。どうする?」

 

「…私に任せるのですか?」

 

「ああ、だって君は連邦軍人で我が隊の一員だろう?任せても何ら不思議じゃないと思うがね。勿論受けるかは大尉次第だけどな」

 

含みのある物言いにそう言い返せば、何処か憑物の落ちたような顔でクワトロ大尉が笑う。まあそうだよな、今のは彼がシャア・アズナブルだと理解した上で発言していると解る返事だ。彼にしてみればあれで結構緊張していたのかもしれない。

 

「そこまで言われては断れません。カミーユ、私で良ければ喜んでテストパイロットをやらせて貰おう」

 

微笑みながらクワトロ大尉はカミーユ少尉に向けてそう了承の言葉を口にする。うんうん、やはりこういうのはちゃんと本人から言わせなきゃだよな。

 

「決まりだな。いやあ、無駄にならなくて良かったぜ」

 

「え?」

 

ポケットから端末を取り出して一枚の電子データを呼び出す。そこには百式のテストパイロットとして既に申請されている書類だった。

 

「部隊の総意としても百式は大尉に任せたいと思っていてな。でもまあこういうのは本人の意思が大切だろう?」

 

呆気を取られた表情の大尉にそう笑いながら告げる。すると彼は困惑した表情になり言い返してくる。

 

「…私が断っていたらどうするつもりだったのですか」

 

「あー、それは考えてなかった。なんとなくだが、大尉なら断らないと思っていたんでな」

 

俺はそう言って笑うと、ポケットからテストパイロット用の記章を取り出しクワトロ大尉に手渡す。

 

「それは少佐の予言ですか?」

 

「まさか」

 

受け取りながらそう聞いてくる彼に俺は答える。

 

「ちょっとした人間観察からの推測だよ。あれに乗っている時の大尉は楽しそうだったからな」



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146.0087/02/28

今週分です。


「良くご決断されました。貴女の英断に敬意を」

 

フォボス内に設えられた謁見の間、そこでモナハン・バハロは大仰に振る舞ってみせる。既にフォボスに備えられていた生産設備の多くは運び出され、共和国の重工業コロニーへと移設されている。

 

「付き従う民に忍従を強いるのは正しい統治とは思えなかった。それだけの事です」

 

華美さだけを求めて実用性の無い玉座に腰掛けた少女が舌足らずな声でそう答えた。ミネバ・ラオ・ザビ。かつてジオン公国を率いたザビ家最後の生き残りであり、マーズジオンの指導者である娘。ただ指導者などと言ってもあくまで象徴としてであり本当に彼女が統治を行っている訳では無いであろうし、なんなら目の前の娘が本物のミネバであるかすら怪しいとモナハンは考えていた。

 

(いや、彼女もミネバで間違いは無いか?)

 

傅き隠された顔に冷笑を浮かべながら彼はそう考える。前大戦末期、あらゆる物が不足する中でジオンにとって最も深刻だったのが人的資源だった。ありとあらゆる場面において高度な自動化を進めて尚足りぬそれを補うために、ジオン公国は禁忌へも手を伸ばす。その一つが人体のクローニングである。尤も完全なクローニングは制約も多くコストもかかるため、専ら軍が推進していたのは優秀な兵士の遺伝子情報を供出された卵子に組み込むというクローニングの黎明期に用いられた安価な技術であり、どちらかと言えばそうして生まれた子供達の速成に注力していたが。そうした一方で一部の権力者達が、自らの指導者達の血が絶える事を危惧し、極秘裏にそれらの複製を行っていた事は公国の中枢に近い人間ならば知り得る事実だった。当然その中には当時生まれたばかりであったミネバも含まれている。

 

「それで、この後は如何致しましょうか?」

 

「ジオン共和国の自治権が失われるまで後13年。ですがその時をただ指を咥えて見ているほど、残られた方達も間抜けでは無いでしょう?」

 

建前では無く本音を話せ。言外にそう伝えればミネバは先程までと打って変わって酷薄な笑みを浮かべながらそう口にする。アクシズへの逃亡の大半は連邦軍による拘束を危惧した個人が自主的に行ったが、中には共和国が逃がした人員も相当数存在している。それは共和国にしてみれば当然の判断である、抵抗出来るだけの武力という背景を持たない自治権など連邦政府の気分次第で幾らでも反故されてしまう薄っぺらい約束に過ぎないからだ。

 

「勿論ですとも、物資の備蓄も設備の用意も進めております。後は貴方達の技術を反映するだけだ」

 

戦後ジオン共和国は地球連邦政府から敗戦国とは思えない寛大な措置が取られている。それが慈悲なのか勝者の傲りなのかモナハンには解らなかったが、保有数と新規開発には厳しい制限が設けられた一方でその他については随分と杜撰なものだった。特に笑ってしまうのが身売りしなかったMIP社とツィマッド社の資産が差し押さえられなかった事と、MSの保守整備を共和国で行って良いという取り決めだ。確かに両社はジオニック社に比べれば規模は小さいがMSやMAの開発能力を備えている企業であるし、大戦中もそれらを製造し軍に供給していたのだ。これに加えて自国内で兵器の保守整備を行うと言う事はそれらの部品製造に関する生産設備の維持だけで無く、製造ノウハウの保持にも繋がる。それが共和国にとってどれだけ重要であるのかを見抜けない連邦政府の交渉人に父達は笑いが止まらなかっただろうとモナハンは思った。そして7年の月日を経てそれらは再び連邦に突き立てる牙となるのだ。

 

「重畳です。直ぐに量産機の設計データを送りましょう」

 

「有り難うございます。しかし宜しかったのですか?何も馬鹿正直に貴方達の機体を差し出す必要は無かったのではないですか?」

 

地球連邦軍、正確にはその治安維持部隊であるUGからの要請によってマーズジオンの機体は武装解除後連邦軍へ引き渡される事となっている。だが総数についてあちらは誰も把握していないのだから大人しく全てを引き渡す必要など無いだろうし、機体数を誤魔化さずとも共和国の旧式と入れ替えて申告するなど幾らでも誤魔化す方法はある。ならば少しでも戦力を手元に残す方が今後を有利にするのではないか?そうした思考から出た言葉は冷笑を湛えたミネバによって否定される。

 

「構いませんよ、あの様な作業機モドキなど幾らでも持って行かれたところで大した損害ではありません。それよりも今は従順な子羊をしっかり演じるのが重要です」

 

ミネバは視線を虚空へと移しながら言葉を続ける。

 

「先の大戦、お爺様や伯父上達が失敗したのは偏に準備を怠ったからです。短期間で講和に持ち込むという自分達にとって都合の良い想定までの準備しかしなかった。だからそのあてが外れた瞬間敗北した。尤もそれは無理からぬ事だったのでしょうけれど」

 

何しろジオン公国と連邦政府の確執は旧共和国時代から開戦まで20年近く続いていたのだ。寧ろ常に監視を受けていた中で開戦に踏み切れるだけの軍備を整えられた事はザビ家が極めて優秀であった証左だろう。

 

「前例がある以上、猫を被り過ぎると言う事はありません。深く、静かに、用心に用心を重ねて牙を用意するのです。今度こそ我々の悲願を達する為に」

 

幼子とは思えない怖気のする笑みを浮かべながら彼女が語るのを、モナハンは釣られるように笑いながら見続けていた。

 

 

 

 

『今更従順に振る舞って見せるなど連中の欺瞞に決まっております!!』

 

「全く以て同感だ大佐。私もそう思うよ。だがそれを証明する証拠がない」

 

大音声が響く通信にグリーン・ワイアット大将はティーカップへ視線を注ぎながら答える。同時に彼は自分の犯した失敗を悔いていた。

一つは後継者の問題。UGの立上げから4年が経ち、連邦軍内における彼の立場は盤石なものとなっている。しかし一方で派閥の維持と運営はワイアットの才覚に大きく依存しており、それを引き継げるだけの能力を持つ者は未だに確保出来ていない。そしてそれが二つ目の問題、グリーン・ワイアット大将の進退についても影響を及ぼしていた。

 

(ゴップは上手くやったな…)

 

二年ほど前に退役し、政界へ進んだ元同僚を思い浮かべ彼は小さく溜息を吐く。地球連邦軍はあくまで地球連邦政府の一組織であり、その意志決定は連邦政府によって行われる。そしてその決定は軍の最高司令官になろうとも覆す事は出来ないのだ。

本当に地球連邦軍を意のままにしたいのなら、政界へ進まねばそのスタートラインにすら立てないのである。

 

『証拠など!私にお任せ頂ければ如何様にも!』

 

「大佐」

 

モニターの中で身を乗り出して熱弁する男、バスク・オム大佐は優秀な現場指揮官であるが些か配慮に欠けていた。否、アースノイドの上官からの命令に背くような愚は犯さないが、見下しているスペースノイドに対しては何一つ考慮してやる必要は無いと考えている節がある。彼の経歴を鑑みれば酌量の余地もあると思えるが、だからといってその行動を認める訳にはいかなかった。

 

「ジオン共和国は公国よりも厄介な相手だよ、連中はザビ家とは違う」

 

ジオン公国の実質的な指導者であったギレン・ザビは極めて優秀な男だった。だがそれは同時に他の全てを愚かな有象無象に分類させてしまう。ギレンにとってはスペースノイドもアースノイドも、それこそ自国の国民ですら一切の区別無く自らが管理指導しなければならない対象だったのである。故に地球連邦政府へ反旗を翻した際、それが理解出来なかった他のスペースノイドを不要な余剰人口として切り捨てる事が出来たのである。だが、今ジオンを率いている連中は違う。

 

「彼等は自分達が我々と同じ程度の人間である事を理解しているからね。数を束ねると言う事を知っている」

 

傑出した個人でないからこそ、数というものの重要性を理解しているのが今のジオン共和国だ。戦後の彼等は地球連邦政府に従順であり、そして他のサイドに対して献身的であった。戦火を広めた張本人なのであるから償うのは当然であると言ってしまえばそれまでだが、真面目に罪を償い続ける相手に怒りを持続し続けられるほど人間は強く出来ていない。まして大戦で悪化した地球環境回復のために宇宙移民を再開させようという流れの中で潜在的な脅威が残り続けているという設定は地球連邦政府としても都合が悪く、ジオンを脅威と扱わない風潮が構築されていく。その中でジオンは周到に周囲と親交を深めている。それこそ、彼等に便宜を図る連邦議員が現れるほどに。

 

「先の大戦は単純だった。人類の脅威となったザビ家を打倒する戦いだったからね、連邦政府もそれなりに纏まれていた。だが次はそうではない」

 

既にジオン共和国と蜜月関係にある人間や企業は決して少なくない。特に再建された各サイドの指導者層と積極的に関係を構築している事を考えれば、次の戦争は今度こそ人類を二分した戦いとなるだろう。そうなれば今度こそ人類は致命的な傷を負うことになりかねない。

 

「動くならば確固たる証拠が必要だ。全ての大衆が我々の正義を一欠片の疑問もなく受け入れられるだけの証拠がな」

 

『その様に悠長な事を言っていては連中に機先を制されますぞ!』

 

「ならばその様な事態を想定していたまえ、大佐」

 

逸って殴りかかってきてくれるならば好都合。その時は大手を振ってジオンは何も変わっていなかったと喧伝すれば良い。そうなればジオンに協力している議員連中も戦争幇助を理由に一掃出来るだろう。

 

「何があってもこちらから仕掛けてはならない。これは命令だ、大佐」

 

彼が念を押すと、バスク大佐は憤怒に顔を歪ませつつ敬礼と共に通信を切る。そのあからさまな態度にワイアットは溜息を吐く。

 

「…さて、どうしたものか」

 

冷めてしまった紅茶を机に置き、彼はそう呟いた。バスク大佐が我慢の限界に達しつつあるのは誰の目にも明らかだが、その手綱を握れる人間に心当たりがないからだ。さりとて更迭しようにも彼の後任を務められる士官は居ない。正確に言えば居るには居るのだが彼等はエルラン中将の子飼いであり、バスク大佐とは別種の厄介さを持っている。そして後釜が彼等だなどとバスク大佐が知れば、最悪暴走を引き起こしかねないとワイアットは考えていた。

 

「最悪について想定しろ…か」

 

自らの発した言葉をもう一度口内で転がした彼は、おもむろに壁に掛けられた時計を見る。複数の時刻が表示されているそれは、UGが駐屯する主要な基地の現地時間を指し示していた。

 

「難儀なことだ。ジオンめ、一体いつまで我々を煩わせるか」

 

愚痴を漏らしつつ彼は秘匿回線を操作し受話器を持ち上げる。数度のコールの後、いつも通り人を食ったような声音が耳朶を叩いた。

 

『やあやあ、大将閣下。一体どの様な用向きで?』

 

「息災のようで安心したよ中将、すまないがまた頼まれ事をしてくれるかな?」

 

幾度と繰り返された遣り取りが行われ、幾つかの事が決定する。そうしてUGもまた静かに戦争へと備え出すのだった。



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147.0087/03/03

今週分です。


「基本となるフレームは最早MSですらない。コロニー建設に使用された作業用ポッド辺りだな」

 

「訳が解りませんよ、確かに理論的には映像通りのスペックを発揮出来ますが、とても人間が行える所業じゃありません」

 

武装解除したマーズジオンのMSが共和国経由で運ばれてきたのが2日前、その機体の解析結果が出たと会議室に集められた俺達の前でロスマン大尉がそう嘆いている。因みに機体について説明してくれたのはテム・レイ少佐だ。スクリーンに映し出されているのは最早マーズジオンの代名詞となった可変型MS、ガザCだ。

 

「基本設計が民生品だけあって生産性は極めて高い。また極力部品を省いた構造だな、極論ジム3機分の材料でコイツは4機造れるだろう」

 

「制御データの吸い出しが終わり次第シミュレーションに反映します。アレン少佐、すみませんが実際に乗って確かめて頂けますか?」

 

「了解した」

 

「技術部の見解としては火力以外の性能はザク以下になるだろうと結論づけた。つけたが」

 

「実際には我が隊のMSと十分に渡り合ってみせていた。どう考えるね?」

 

ローランド・ブライリー大佐がそんな事を言いながらこちらを見る。いや、見たところでありきたりな事しか言えませんよ?

 

「技術部の解析が間違っているなんてのは有り得んのですから、答えは一つでしょう。相手のパイロットが人間以上だったと言う事でしょうね」

 

「人間以上?」

 

「連邦でも研究はしたでしょう?有人機の性能を引き出す上で一番脆弱な部品は人間だ、ならその人間を強化するか、あるいは…そう、あるいは人間を完全に代替する何かに操縦させればいい」

 

前者は強化人間、そして後者はEXAMとして連邦軍でも研究が進められていた。まあ今ではその大元をウチが握った上で安定したNT兵士の育成という実績を出し続けているから限りなく凍結に近い扱いだ。後者に至っては全容を知っていた研究者が戦死している上に残った関係者では損壊したデータの復元もままならないため廃品回収の様な扱いで我が技術部に放り込まれているのだが。

 

「…EXAMは元々ジオンの技術だ、残されたデータから再現される可能性はあるな」

 

「ですがアレの生産にはNTの犠牲が必要不可欠と言うことだったのでは?あれだけの数となれば相当ですよ?」

 

俺の発言にレイ少佐が顎に手を当てつつそう考察し、それに対してロスマン大尉が眉を顰めつつそう応じる。だが彼女の疑問にペッシェ・モンターニュ少尉が暗い表情で答える。

 

「…ジオンは大戦末期にNTクローン兵を実戦投入しています。技術的には可能なように思います」

 

しかし更にその言葉はクワトロ・バジーナ大尉の発言で否定された。

 

「いや、それはどうだろうか。技術が確立していたとしても、火星を拠点とする彼等の基盤が極めて貧弱であることは想像に難くない。その様な環境でサイド3と同等の生産設備を整えられるとは思えない」

 

「だが連中は1年戦争中から火星への入植を始めていたのだろう?ならば可能性はあるんじゃないか?」

 

どこか落ち着かない様子でヘンケン・ベッケナー中佐がそう聞き返す。それに対しクワトロ大尉は持論を述べる。

 

「公国に連邦と同等の経済力があり、宇宙移民計画と同じだけの資本がつぎ込めていれば可能かもしれませんが」

 

規模が違うのだ。前大戦の開戦時でサイド3の総人口は約12億程だった。その内火星開拓が計画されたとされるのは最初期であり、軍部が主導している。これが意味するのは火星開拓に投入された人員はコロニー1基分にも満たない人数で、しかも総力戦の片手間で行っていたと言う事である。そもそもこの火星開拓は資源確保を目的としたもので入植を前提とした移民では無い。つまり彼等は本国から支援を受けるどころか本国への物資供出を期待される立場だったのである。それこそ生活の基盤は最低限であり、優先されたのは鉱山開発や資源調査だっただろう。そこに戦後流入したのは軍人崩れと工業系技術者だ、食糧や水の管理責任者が悲鳴を上げたであろう事は想像に難くない。

 

「つまりNTの量産なんて不可能だと?ではこの状況はどう説明するんだ?」

 

…これ言うと絶対引かれるから言いたくないんだけどなぁ…

 

「あー、宜しいですか?」

 

「何だろうか、少佐」

 

「恐らくなんだが、最悪は皆の予想を遙かに超えていると俺は思う」

 

「もったいぶった言い方だな。はっきり言ってくれ、覚悟は出来ている」

 

俺の迂遠な物言いにブライト中佐が顔を顰めてそう言った。そうか、覚悟してるのか。なら言うぞ?

 

「つまりこうなる。生活基盤の貧弱な組織でNTが量産出来て、かつそいつらへ機体性能を限界まで酷使できる能力を付与出来れば現状に説明が付く訳だが」

 

「そうだな、そんな方法があればだが」

 

あるんだなあ、これが。

 

「普通に育てるならそうでしょう」

 

「普通に?」

 

怪訝そうな顔になったブライト中佐に俺は言葉を続ける。

 

「パイロットの技量差ってのは3つの要因から生まれていると俺は考えてます。一つが肉体の限界、それから経験や学習といった知識。そして最後がこれを機体動作に反映する技能です」

 

「何が言いたい?」

 

「肉体の限界について克服する方法は幾つか考案されていますが、最も簡単な方法は耐えられない部品を外してしまうことです。これだけで簡単に人間の限界を超えられる」

 

「おい、少佐」

 

「技能の克服も同時に行えます。最適化したそれに直接操作させたらいい、正に人機一体と言うヤツですね」

 

ここまで口にした時点で幾人かが顔を青くする。何だお前ら、もしかして人ってもっと優しい生き物だと思ってたのか?

 

「学習させるのも簡単です、直接書き込んでやればいい。ああ、最後の問題である製造コストですが、最適化すれば必然一人当たりに必要なカロリーも少なくなります。取り払った余計な部品をリサイクルすれば更に低コストで済ませられるでしょう。…そしてジオンは既に取得している技術でこれらを実行可能だ」

 

NT研究の副産物として記憶操作といった情報を脳へ書き込む方法は確立しているし、脳をMSへ直結して操作させる技術も連中は持っている。そしてベースとなる脳の培養はクローン技術を応用すれば困難な話ではない。

 

「そんなのって…」

 

クリスチーナ・マッケンジー大尉が呻く様にそう声を漏らす。人の善性を信じている彼女にしてみれば受け入れがたい内容だからだろう。だが同時にそうした技術に関わってきた軍人としての部分が俺の言葉を実現可能だと肯定してしまっているのだ。

 

「あの機体のパイロットからは、凄く歪な意志を感じました。でも少佐の言っている通りならそれも納得出来ます」

 

そう発言したのはアムロ中尉だった。

 

「普通、攻撃をしようとすればそこには悪意がまとわりついて来るんです。でも彼等からはそうしたものが酷く希薄で、まるで自分の意志なんて無いみたいだったんです」

 

寧ろフォボスから放たれたと思われるビットの方が余程悪意に満ちていたと彼は続け、近くに座っていたララァ大尉も肯定する様に頷いている。

 

「連中にはモラルってもんが無いのかよ」

 

「けっ、そんなもん持ってりゃコロニーを落とそうなんて思いつきやしねえよ」

 

カクリコン少尉の呻きにモンシア大尉が吐き捨てる。そんな中で腕組みをして成り行きを見守っていたシナプス大佐が溜息を吐きつつ口を開く。

 

「アレン少佐の言う通りだとして、問題は今後だ。共和国がその兵士を受け入れるとすれば相当に厄介な事になる」

 

作業機であの動きだ、戦闘用のMSに転用されればさぞ厄介な事になるだろう。だがその懸念は残念ながら少しだけ遅かったと言わざるを得ない。

 

「恐らくですが、既に共和国内で量産は始めているでしょう」

 

「馬鹿な!共和国には査察を行っているのだぞ!?その様な設備が見逃される訳がない!」

 

そらそのまんま培養設備なんてあればそうだろうけどね。

 

「簡単な話です。何処か適当な場所で量産NT兵同士でひたすらシミュレーションでもさせておけば莫大な戦闘データが集まります。後はコイツをOSに組み込んでやれば良い」

 

「そりゃ簡単な話なんですか?」

 

俺の発言に今度はカイ少尉がそう聞いてくる。だがこれも解決策が連中にはあるのだ。

 

「EXAMだよ。あの技術を使えばコンピューターへ兵士をコピー出来る。仮に兵士がまっさらになっちまってもまた入力してやればいい、それこそ物理的に壊れるまでな?」

 

「つまり、つまりだ。こう言いたいのか少佐?連中は既にNTに匹敵する兵隊を量産しつつあると」

 

いや、それだけじゃ足りないね。

 

「付け加えるなら専用のMSも準備しているというところですか。あの可変型を大人しく差し出したのが証拠です。連中は既にアレを戦力として当てにしなくて良いと考えているんでしょう」

 

「…少佐は彼等の目標が何処にあるとお考えですか?」

 

俺の発言に皆が絶句する中、クラーク大尉がそう聞いてくる。はっはっは、そんなの決まっているじゃないか。

 

「連中が軍備を整える理由なんて一つしかないだろう?もう一度やる気なのさ、人類を真っ二つにしての大戦ってヤツをな」

 

言葉に苛立ちが混ざることを、俺は止めることが出来なかった。



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148.0087/03/10

今週分です。


「政府はまだ動かないんですか?」

 

「アレン少佐、いい加減君も学習すべきだな。連中は動かんよ、その横面を殴られるまでね」

 

今では珍しい紙の書籍に視線を落としながらエルラン中将は気にした様子も無くそう言い放った。

 

「一応昔の伝手には警告したがね、何しろこの7年間共和国は実に従順に振る舞ってきた。殆どの議員は前大戦を過去のことだと認識しているだろうね」

 

「…UGで強制監査は出来ませんかね?」

 

「難しいね。他のサイドならともかく、サイド3は政府が自治権を認めている。独断で動いて証拠を掴めなければ政府はここぞと突いてくるぞ。何せ我々は大変な金食い虫だからな」

 

デラーズ紛争以降大規模な事件は起きていないが、それが却って俺達UGの存在に対する疑義へと発展している。まあ即応可能な特殊部隊に専用装備なんて用意していれば当然金が掛かるからな。通常の部隊で十分対応出来るとか、そもそも地球連邦軍自体の規模を縮小しろなんて意見まで出る始末だ。そしてUGは精鋭部隊を名乗るには少し規模が大きくなり過ぎている。それは人員の質にも現れていた。

 

「そして独断で動いても証拠は隠される、ですか?」

 

「良く解っているじゃないか、軍よりも政府に忠誠が向いている兵士だって少なくない。特に若くて正義感に溢れた人材なら尚更だ」

 

本来の世界におけるティターンズの様な現場の暴走を抑制するには有効だったが、その為にUGの人員は些か真面目な連中が集まりすぎたきらいがある。真面目で職務に忠実な彼等はUGが独断で動いたならシビリアンコントロールを逸脱した行為として政府に報告するだろう。その為に自分がUGへ送り込まれているなど露程も思わずに。

 

「一度失敗してしまえばお終いだ、二度と監査の許可は下りんだろう。だから政府にも気付かれずにやる必要がある訳だな」

 

そう言うとエルラン中将は手にしていた書籍をこちらへ差し出してくる。

 

「以前から提出されていた試作機な、全て試作許可が下りた。運用試験については第13独立部隊に一任するそうだ。当然、宇宙での試験も君達に担当してもらう事になる」

 

へえ?

 

「当然試験宙域の選定も君達に任せる。よく考えて決めてくれたまえよ」

 

「それはワイアット大将直々のご指名ですか?」

 

「そう考えてくれて構わない。正式な命令はまだだが、先行して準備くらいはしておいてくれたまえ」

 

「一応確認しておきたいんですが、本当に許可が下りたのは提出している開発プラン全てですか?」

 

色々と思いついた端から技術部に提案した結果、提出されているだけでも20以上ある筈なんだが。

 

「間違いない、全て開発許可が下りている」

 

「開発の優先順位は?」

 

「そちらも現場判断に任せるそうだ。理解のある上司に恵まれて幸せだろう?」

 

中将の言葉に俺は肩を竦めて見せる。彼等が言外に指示している内容を正確に判断したからだ。宇宙で俺達を好きにさせる、つまりそれは試験を隠れ蓑にサイド3の調査を行えと言う意味だ。当然これは非正規の任務になる。

 

「首を飛ばすのは佐官以上にして下さいよ?」

 

「確約出来んな、君達は有名過ぎる。だからそうならんよう上手くやりたまえ」

 

ひでえ上司だ。俺は受け取った書籍から栞だけ抜き取ると部屋から出る。そして暫くも歩かない内に端末へ呼び出しが掛かった、画面を見れば発信者はローランド大佐だ。

 

「さて、どうするかね?」

 

どのタイミングで何を用意しておくべきか?そんな事を脳内で整理しつつ俺は会議室へと向かうのだった。

 

 

 

 

「アレン少佐って、一体何者なんですかね?」

 

「一年戦争の英雄だろう?あのガンダムのパイロット、有名な話だ」

 

アポリー中尉の言葉にロベルト少尉がそう答える。それに対してアポリー中尉は眉を顰めながら反論する。

 

「そんな事は知っているさ。俺が言いたいのはそうじゃない、あのブリーフィングを見ただろう?」

 

「確かにパイロットにしては技術方面に明るいようだが、それだって元テストパイロットである事を考えればそこまでおかしな話じゃ無いと思うが」

 

「アポリーが言いたいのは周囲の反応を含めた事だろう」

 

コーヒーを飲みながらクワトロはそう口を挟む。先日行われたマーズジオン製MSに関する報告会で披露されたアレン少佐の推測は常識的な人間ならば眉を顰めるものであり、幾ら優秀な技術者の推論であったとしてもにわかには受け入れ難い内容であった。だと言うのに部隊の人間はそれに動揺は見せても疑う様子は無く、寧ろ積極的に具体的な内容を聞き出す始末だ。最終的にその悪い冗談の様な発言は報告書として纏められ部隊の責任者である中将へ渡されている。一般的な感性からすれば異常と言う外ない状況だ。

 

「アレン少佐はNTでもないんでしょう?なのにあの受け入れられ方は異常に思えます」

 

「その言葉は適当ではないな、アポリー中尉。少佐は現在我々がNTと呼称している能力を有していないに過ぎない」

 

「…それはNTでは無いのでは?」

 

ロベルト少尉の言葉にクワトロは頭を振って否定する。

 

「そうとも言い切れん。…アルレットの様なタイプのNTが居る以上、サイコミュに適応しているかどうかだけで判別出来るものではないと私は思う」

 

「ですが本人も否定しているんでしょう?」

 

そう聞いてくるアポリー中尉にクワトロは笑いながら口を開いた。

 

「自分の事を正確に判断出来ている人間などそうは居らんさ。現にここのパイロット達は大半が自分を凡庸な人間だと自認しているぞ?」

 

少佐などその筆頭だとクワトロは続ける。実際には上澄みも上澄み、彼等が勝てないのならそれは正しく相手が当代最強であるだけだ。

 

「大尉は少佐がNTだとお考えですか?」

 

「どうだろうか?本人の言う通りあれはNTの様な超常的な力では無いようにも思えるし、かといって彼の今までを考えれば何の力も持たない者が選び取れた結果とも思えない」

 

戦果は誇張されているらしいが、それでも彼があのMS部隊を率いて一年戦争を戦い抜き、そしてあのデラーズによるコロニー落としを防いでみせたのだ。それが偶然や奇跡だと言うよりは少佐が特別な何かを持っていたと言う方が納得出来るとクワトロは考える。

 

「そして私は少佐の言葉を否定しきれるだけの確証が無い」

 

かつては同じジオンの旗の下にあったとしても、クワトロはマーズジオンを同胞と呼ぶことに抵抗を覚えていた。それは主義主張の食い違いと言うだけでなく、もっと根底にある部分で相容れないからである。

 

「…奴らなら、連邦に勝てるならその位はやりかねん」

 

人的資源。総力戦においては人間も資源の一つであり、そのリソースは管理されるものである。しかし火星へと流れた者達は、それを文字通り人間を資源として運用する事で勝てるなら躊躇無く実行するであろう人種ばかりだった。大戦末期、量産されたNTのクローン兵を率いていた故に、クワトロは少佐の語った内容が現実味を帯びていることを強く感じている。

 

「そう言う意味では少佐が何者であるかなど些細な事だ。彼が善良である事は見ていれば解るし、何よりも味方なのだ。今はそれよりもこの事をどう伝えるか――」

 

「あ、ここでしたか大尉!」

 

少し声を潜めてクワトロがそう口にした矢先、入り口から顔を出したカミーユ・ビダン少尉がそう声をかけてくる。

 

「っ!どうしたカミーユ?」

 

「百式の件です。要望頂いた内容を反映したデータが出来たので、お時間があればテストをお願いしたいのですが」

 

「おいおい、大丈夫なのかよカミーユ?あんな変更したらじゃじゃ馬どころか暴れ馬になっちまうんじゃないか?」

 

「大尉の腕なら平気かもしれんが、百式は量産機なんだろう?普通のパイロットに使えなきゃ意味がないぞ?」

 

カミーユの言葉にアポリー中尉とロベルト少尉が口々にそう問いかける。彼等はクワトロと小隊を組む関係上、必然的に百式に搭乗する事が決まっているからだ。

 

「あくまでエース向けのカスタムプランになりますから、難しいなら通常の百式を使って貰えばと」

 

「カスタムって、そこはドミンゴと混成になるんじゃないのか?」

 

「ドミンゴの方は特殊部隊向けに調整するみたいです。それで一般部隊のエース向けなら部品の共有率が高い百式をカスタムした方が幾らかましじゃないかって話になってまして」

 

「あっちも更に盛るのかよ」

 

呆れるアポリー中尉に対し、カミーユ少尉が苦笑しながら言葉を続ける。

 

「大尉達のおかげで向こうの開発チームも刺激されたみたいで。ゲーツも張り切っていましたよ」

 

「ゲーツ少尉には加減を覚えろと言っておいてくれよ、前回の模擬戦でウチの第2小隊が危うく再起不能になるところだったぞ?」

 

「手加減していたら訓練にならないんじゃありませんか?ララァ大尉やアムロ中尉はゲーツよりずっと強いですよ?」

 

ロベルト少尉がそう苦情を口にするが、カミーユ少尉は首を傾げてそう言い返す。

 

「一本取られたなロベルト。カミーユの言う通り戦場で手加減など望めんのだ、寧ろ訓練で強敵に当たれることの方が幸運だろう」

 

「それにしても限度がありますよ。ガンマ・ガンダムじゃあ、ドミンゴの相手は荷が重すぎます」

 

「そっちも何とかなるかもしれませんよ?とう…ビダン中尉が技術検証用にガンマ・ガンダムをここで複製するらしいので、もしかしたら改良も頼めるかもしれません」

 

「そりゃ本当か!?」

 

「待て、これ以上話すならシミュレーター室に移動した方がいい」

 

クワトロがそう提案すると全員が席を立ちシミュレーター室へ向かい始める。宇宙世紀0087年3月、オーガスタ基地では静かに戦いの準備が始まっていた。



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149.0087/03/22

今週分です。


「懐かしいですねぇ、あの戦争を思い出す光景です」

 

次々と運び込まれる機体を前にして、俺の横でそれを眺めていたエディータ・ロスマン大尉が大変味のある顔で口を開いた。そうだね、正直悪かったとは思っている。

 

「最新鋭機どころか概念実証機まで、これ本当に大丈夫なんですか?」

 

同じ様にタラップで搬入作業を見ていたコウ・ウラキ中尉がそう若干引いた声音で聞いてくる。おお、あのMS馬鹿も成長したな。珍しいMSに無邪気に燥がなくなるとか、おいちゃんちょっと感動しちゃうよ。

 

「大丈夫だ、前は何とかした」

 

だから今回も何とかなると良いなぁ。

 

「またジムに出戻りかよ!?」

 

「けれどMkⅡより性能は良いみたいですよ」

 

「顔なんざ何だって構わねえだろ」

 

アルビオンに搬入されているジムⅢを見てモンシア大尉がそんな悲鳴を上げ、それをアデル中尉とベイト大尉が窘める。仕方ないんだモンシア大尉、ガンダムフェイスってセンサーが無駄に高くなるから量産には向いてねえのよ。

 

「おい見ろよカクリコン!俺達の専用機だぞ!」

 

「揺らすなジェリド、昨日詰め込んだ操作マニュアルが頭からこぼれちまう」

 

不穏な空気を感じているベテラン組に対して新人組は随分とテンションが上がっている。特に試作機を任されたジェリド・メサ少尉などは興奮でカクリコン・カクーラー少尉の肩を叩きまくっていた。因みに叩かれている当人は連日の慣熟訓練で青い顔になっている。

 

「子供じゃないのよ!燥がないの!」

 

そんな事を言っているがエマ・シーン少尉も自分の機体が気になるのだろう、普段は見に来ないような搬入作業の場に来ている。

 

「モンターニュ中尉にはサイコミュ機よりもゼータタイプの方が合っているように思えるが」

 

「心配ありませんよ、この機体に積まれているのは殆ど負担が無いモデルですから」

 

別の方向へ視線を移せば、搬入待ちをしているペッシェ・モンターニュ中尉の機体に対しクワトロ大尉が苦言を呈して、それをペッシェ中尉が苦笑しつつ宥めている。…どうやらジオン側のNT技術はこちらに追いついていないようだな。

 

「何とかMkⅣ改は1機だけ間に合ったが、MkⅤは駄目だ。こんな事ならパープルトン少尉を出向させなければ良かったよ」

 

「改はアムロ中尉に任せます。アムロのMkⅢはハヤト、お前さんに任せる。いけるな?」

 

「はい、任せて下さい」

 

近付いてきたテム・レイ少佐からの報告に俺は近くで見ていたハヤト・コバヤシ少尉へ向けてそう言った。ハヤトは笑みを浮かべながら力強くそう応じる。

 

「それで、英雄殿の作戦目標はどんなだね?」

 

「それ程大仰な話じゃありません。言わば今回は時間稼ぎですよ」

 

マーズジオンがこちらへ喧嘩を売ってこなかったのはまだ準備が整っていない、つまり今の連邦軍でも連中はまだ勝てないと判断していると言う事だ。ならば先ずは連中の準備を妨害してやればいい。

 

「生体部品の培養なんてのはデリケートで不安定です。大量生産を前提とするなら必ず工業部品に置き換えるでしょう。ですがコイツの代わりとなれば相応のモノが必要です」

 

言いながら俺は自分のこめかみを人差し指で叩く。栄養さえ与えていれば勝手に出来上がってくれる反面、俺達の頭に詰まった生体部品は電子的な工業品に比べ生産スピードに劣るし、品質も安定しない。短期間で戦力を増やそうとする場合に最適とは言い難い選択だ。

 

「何故そう言い切れるね?既に連中は大量配備を済ませているだろう?」

 

「あれは多分見せ金に近いブラフですよ。尤もあの数が既に揃っている事自体は厄介ですがね」

 

本当に量産出来る状況になっているのなら連中はサイド3を頼ったりせず、即座に制圧していただろう。態々2頭体制なんかにすれば意志決定に時間を要し、それだけ地球連邦に準備の時間を与えることになるからだ。

 

「つまり?」

 

「理想は連中の尻尾を掴む事ですが、最悪は工業用コロニーへの破壊工作ですね」

 

出来ればこういうことは本職の特殊部隊にやって欲しいんだが、そっちもまだ動かせないらしい。よって俺達が訓練中の事故に見せかけてあちらのコロニーへ侵入、物的証拠を掴むか、それが無理な場合コロニー自体を破壊する事になる。

 

「失敗すれば社会的な批難は免れんな」

 

「コロニーをまた落とされるよりはマシでしょう」

 

俺の返事に周囲が静まりかえる。お、どしたん?

 

「…失礼、少佐殿。今の発言をもう一回伺っても宜しいかしら?」

 

額に手を当てながらそんな事を聞いてくるクリスチーナ・マッケンジー大尉を見て、そういえばこれは伝えていなかったことを思いだした。

 

「ああ、言ってなかったな。もう一回戦争となれば連中は必ずコロニーを落とすぞ」

 

現在のサイド3は水と空気を地球に頼っている。当然戦争になればこれらの供給は絶たれるので連邦に頼らない供給元が必要になるのだが、サイド3全てを賄いきれる程の供給元は地球以外存在しない。つまり連中は開戦すれば必ず地球へ侵攻しなければならないのだ。そう告げるとチャック・キース中尉が口を開く。

 

「その、他のサイドへの輸送分を略奪すれば良いのでは?」

 

「そうしてくれた方が連邦としては有り難いんだ、だから恐らくやらんだろう」

 

そんな事をすれば一年戦争と同じくジオンは再び孤立する。無論そうして入手した物資を交渉材料に従属を迫る事だって出来るだろうが、他のサイドを寝返らせれば今度はそのサイドへの連邦からの供給は止まる上にジオンがそれらの面倒を見る事になる。だから遅かれ早かれ独自の供給元が必要になるのだ。

 

「そもそも一年戦争と違って今回は奇襲が難しい。その上強力な新兵器を用意したと言っても連中が寡兵なのは相変わらずだし、何より短期決戦なんて事は絶対に不可能だと連中は思い知っている。加えてサイド3には修理中のコロニーが何基もあるんだ、二つ三つ弾頭に仕立てて投げつけてきても何ら不思議じゃない」

 

「でもそれは条約違反です!」

 

エマ・シーン少尉がそう叫ぶ。真面目な彼女には少しばかり刺激の強すぎる内容だったようだ。

 

「エマ少尉、君の言う条約は地球連邦政府とジオン共和国との間で結ばれたものだ。また戦争をしようなんて連中がそれを律儀に守ると思うか?」

 

「しかし現実的な問題として条約を無視すればこちらもサイド3への核攻撃が可能になります」

 

「残念ながら連中がNTを量産している時点で核攻撃は成功の見込みが無い」

 

クラーク大尉の言葉に俺はアムロ・レイ中尉を見ながらそう答える。視線に気付いた中尉が頷き、それを見た大尉は表情を硬くする。83年の観艦式で起きた一幕を思い出しているのだろう。

 

「でもよ少佐、連邦の核は10や20じゃないだろ?一斉に使えば防ぎきれないんじゃないの?」

 

「かき集めりゃそれこそ万にだって届くだろうがな、集めて一斉にとなりゃかなり時間が掛かる。それまで連中が大人しく待っていると思うか?」

 

かといって逐次投入では間違いなく迎撃される。

 

「故に今回の任務で確実に証拠を掴む必要がある。連中の準備が整わない内に叩き潰す、これが最善だ」

 

「だから見つけられなければ犯罪者になってでも連中を止める、ですか」

 

「そうだ、ただし実行は俺の命令を待て」

 

「……」

 

そう俺が口にすると察しの良い連中が睨んでくる。けれどこればかりは譲れないため俺はにらみ返しつつ再度口にする。

 

「言っておくがこれも上官命令だからな?従えないって奴は命令不服従で謹慎処分だ」

 

更に視線を厳しくする彼等に、俺は一転して意地の悪い笑みを浮かべて言葉を続ける。

 

「安心しろ、お前等のために人身御供になるなんて殊勝な事は考えてねえよ。俺ぁこう見えて連邦軍の英雄様だぞ?多少の醜聞なんざ組織の体裁のためにもみ消して貰えるのさ」

 

「ほっ!さっすが一年戦争の大英雄!俺達とは格が違わぁ。な、キース!」

 

「うぇ!?あ、ええ、あの、そうですね?」

 

そんな俺の台詞に陽気な声音でモンシア大尉が合いの手を入れながらキース中尉の肩を叩く。そしてその何とも間の抜けた遣り取りに緊張していた空気が少しだけ緩んだ。

 

「まあ、とは言うものの成功するに越したことはない。そんな訳でパイロット諸君、出発前に最終確認と行こうじゃないか」

 

俺は一度大きく手を叩くと皆に向かってそう告げる。すると大半は真剣な、そして幾人かは苦笑しつつ頷いた。本当、俺は仲間に恵まれたな。

 

「そいつは結構ですが少佐殿、困難な任務に当たるには覚悟だけでは足りないと小官は愚考する次第であります」

 

「ほう、何か腹案がありそうな物言いだ。いいぞベイト大尉、発言を許可する」

 

悪い顔をしているベイト大尉に敢えてそう言えば、彼はしたり顔で口を開く。

 

「古来より兵士の士気を高めるのは食う、飲む、遊ぶと相場が決まっております。とは言え時間的に最後は難しい。そして宇宙へ上がれば暫くは我慢が続きますな?」

 

こういう時やはりベテランの存在は有り難い。軍隊というものに慣れている彼等は不条理や理不尽と上手く付き合えるし、場の空気をほぐす手助けもしてくれる。戦歴で言えばホワイトベース隊も大したものだが、やはりこうした部分ではまだ本職には及ばない部分がある。

 

「宜しい、部下の慰労も上官の務めだ。今日の夕食は俺が奢ってやる!」

 

そう宣言してやれば若い奴らも歓声を上げる。そんな彼等を見て、俺は改めて決意を固める、再び地獄の蓋を開かぬ為に。



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150.0087/03/29

今週分です。


「では今回の作戦を説明する。とは言え大半の面子は大した事はしないがな」

 

俺は正面のモニターを操作しながら口を開いた。

 

「現在我々はゼダンの門、旧称ア・バオア・クーに駐留している。明日0800標準時にここを出発し、新型機の空間試験を実施する。予定ポイントはここだ」

 

そう言って俺はポインターで位置を示す。

 

「サイド3と月の中間地点、通称ゼブラゾーンと呼ばれている暗礁地帯だ」

 

ゼブラゾーン、宇宙移民黎明期のコロニー開発にて発生した資源衛星の残骸を放棄した結果生まれた人工の暗礁宙域だ。更に一年戦争にて発生したコロニーや兵器の残骸が漂着したことでかなり規模も大きくなっているのだが、商用航路に影響が無い事から掃海が後回しにされている場所でもある。

 

「表向きの理由はコロニー近傍での戦闘に近い環境下での性能評価、裏の理由は新型機をサイド3の至近で運用する事による示威行為となる。…まあ両方とも真っ赤な嘘なんだがな」

 

俺は笑いながら言葉を続ける。

 

「新型機の性能評価試験を行う事で連中の目を引き付けている間に少数の偵察部隊をもってサイド3への強行偵察を行う。理想は連中が製造しているであろう新型MSの奪取、あるいは最低でもその存在を証明するデータだ」

 

「例の生体コンピューターではなく?」

 

「盗んでくるにはそっちの方が嵩張らないが、恐らくMSよりも遙かに厳重に守られているだろう。はっきり言って我々は潜入だ破壊工作だなんてのは素人だからな、あまり高い目標を設定しても失敗するだけだ」

 

クワトロ大尉の質問にそう返事をする。些か不満気なのは彼の出自を考えれば仕方ないだろう。

 

「証拠さえ押さえてしまえば大手を振って強制捜査が出来る。そうなればそっちも見つけられるか、最悪でも秘匿の為に量産は難しくなる。今は堪える時だ」

 

一度小さく息を吐くと、俺は再び口を開く。

 

「潜入はクワトロ大尉のアーガマ第1小隊に担当して貰う。それからグレイファントムの第1小隊はこれのバックアップだ。残りは全員ゼブラゾーンで演習になる」

 

「なかなか厳しい内容ですな。質問でありますが、目標となるMSを奪取する際、こちらの機体の放棄は認められるのでありますか?」

 

「重大な損傷による緊急時を除き認められない」

 

俺の回答に質問してきたロベルト少尉が露骨に顔を顰めた。そんなに難しい事を言ってるつもりはないんだがな?

 

「確かに護衛は神経を使うだろうが奪取した機体は完全で無くても構わないし、そもそも交戦は極力避ける方針だ。それでも難しいというなら人選を見直す必要があるが」

 

「護衛?輸送ではなく?」

 

ああ、そうか言ってなかったか。

 

「サイド3への潜入には俺も同行する。機体の奪取担当は俺だ」

 

「「はぁ!?」」

 

「ちょ、ちょっと待って下さいよ少佐!?」

 

「提出されたマーズジオンの機体に乗ってたのってまさかこの為!?」

 

「おい大変だぞウォルター、ウチの隊長はかなり頭がアレだ」

 

散々な言われようであるがこれが適当だと俺は思う。実際にはもっと向いている金髪が居るのだが、潜入部隊における最大戦力の彼を戦力に数えられなくなるのはリスクが大き過ぎる。かといって最悪追撃を本隊合流までに振り切れない場合を考えるなら人選はかなり絞られてしまう。多分俺以外となるとセイラ少尉かウラキ中尉、後はジェリド少尉辺りだろう。だが彼等は指揮官として判断を下せないし、何よりクワトロ大尉へ指示を出す事が出来ない。そうなるとどうにも俺が一番の適任と言う事になるのだ。

 

「移動はクワトロ大尉の百式に同乗させて貰うことになる。悪いが頼むぞ」

 

「本気ですか?」

 

「本気だよ。幸いと言うべきか彼等の操縦システムは旧ジオンのものを踏襲しているから、余程特殊な認証システムでも設けられていないかぎりは対処出来る」

 

コックピットの無い完全無人機だとか、どこぞのサイコなザクみたいなのだとお手上げだが。反論が出なかったことを確認し、更に説明を続ける。

 

「潜入先はバーグコロニーになる」

 

「バーグですか?リーズゴルではなく?」

 

リーズゴルはジオン共和国が独自に保有を許可されている唯一のMS生産工場を持つコロニーだ。それだけでなく艦艇の整備や部品製造と軍の製造関連設備が集約されている共和国軍の生命線と言える場所であり、普通に考えれば大本命となるコロニーである。対してバーグはコロニー関連の部品製造や修理用の施設を揃えたコロニーである。こちらもサイド3の財源としては重要ではあるものの、今回の任務からは外れている様に思えるだろう。けれどだからこそだ。

 

「大事なものをしまうなら金庫の中がいい。簡単には取られないし、泥棒が金庫に近付いたら騒ぎが起きるからな。だがそれは大事なものがここにあると教えているのと同義だ」

 

連中が新型機の開発は既に我々に露見していると考えているならそちらになるだろう。だが連邦軍はまだそうした行動を見せていない。ならば連中はまだ隠している筈だ。

 

「アポリー中尉、連中はまだ我々が新型機の存在を知らないと考えている。当然だな、何せ新型機があるという根拠は俺の推測であって何一つ証拠は無いんだ。あちらにしてみればばれていないと考えるのが普通だ。…となれば、如何にも厳重な金庫よりも見落とされやすい場所に隠しておこうと言うのが人の心理だと思わないか?」

 

どちらのコロニーも毎年行われている定期監査の対象であるが、その内容は同じとは言い難い。特にリーズゴルコロニーは軍事施設として連邦軍の技術士官も監査に参加している上厳しくチェックされている。更に普段から情報部が搬入される物品についても種類どころかそれこそグラム単位で情報収集しているのだ。たかが1機でも数十トンになるMSの資材を誤魔化すのは難しい。だがバーグは違う。

 

「バーグも勿論監視されているが、リーズゴル程しっかりとは見られていないし、何より大量のデブリが持ち込まれる場所でもある。その全てを詳細に確認することは事実上不可能だ。そしてデブリには一年戦争の残骸も多く含まれている」

 

そこで一度俺は小さく溜息を吐き、それから最大の懸念点を口に出す。

 

「そして厄介なのが、ここにもCADCAMシステムがあるだろう事だ」

 

一年戦争当時、ジオンが莫大な量の現地改修機や派生機を生み出す事が出来た根幹を支えていたのがこの装置だ。生産能力自体は決して高くないが、こいつさえあれば何処でもMSが製造出来てしまうというなかなかにイカれた装置である。

 

「信じられん事だがコロニーの部品製造用としてあそこには幾つか保有が許可されていた筈だ。製造現場と言う事もあって技術者の出入りについてもそこまで厳しく見られていない。どうだ?こっそりと1~2機のMSを造るには最適だと思わないか?」

 

俺がそう笑いながら告げると、アポリー中尉は顔を引きつらせたのだった。

 

 

 

 

「フゥン?地球組の演習に付き合えと」

 

「うむ、例の借り物の具合も確かめておきたい」

 

横柄な態度で立っている部下に若干の苛立ちを覚えながら、ジャマイカン・ダニンガン少佐はそう答えた。

 

「ほほう、上はあれを本気で使うつもりだと」

 

そう言って部下のヤザン・ゲーブル大尉が獰猛な笑みを浮かべる。どうやらこの男は戦争が始まるかもしれないのが嬉しくて仕方がないらしい。その感情に一切共感出来ないジャマイカンはこめかみを指で押さえつつ言葉を続ける。

 

「第13独立部隊が行動すれば間違いなく戦闘になるだろう。大尉の望むような大戦争になるかは別だがね」

 

小競り合いだけで終わらせて欲しいと言うのがジャマイカンの本音だ。彼がUGに所属しているのは連邦軍の正義を示したい訳ではないし、宇宙人共を弾圧したいからでもない。軍の中で最も出世に近いと考えた故の参加であり、更に言えばUGという立場による恩恵に与る為である。後者についてはそれ程大々的に出来ないのが少しばかり不満ではあるのだが。

 

「まあ宜しいでしょう。ひよっこの面倒を見るのも慣れております」

 

ヤザン・ゲーブル大尉は一年戦争以前から軍に所属しているたたき上げの軍人である。態度は粗暴であるし、その思考は控え目に言っても戦闘狂であるが部下の面倒見は良く新兵の扱いにも慣れている。カタログスペックだけは良い機体とそれを預けられた新兵を押しつけるには最適の人選と言えた。

 

「アレキサンドリアを空けておいたから移動にはあれを使え、護衛にボスニアとブルネイを付ける、もめ事はおこさんでくれよ?」

 

「善処します」

 

敬礼もそこそこに声を弾ませて部屋から出て行く大尉の背中に、ジャマイカンは大きな溜息を吐いた。

 

「全く、どいつもこいつも戦争好きばかりで困る」

 

ジャマイカンは一方的な暴力ならば彼自身躊躇無く振るうが、殴り返されるリスクを犯してまで殴りたいと考える人間ではない。そんな彼にしてみれば上官から受けた今回の命令は極めて不本意なものであるが、命令は命令である。態々出世街道を閉ざしてまで諫言する気など毛頭無いし、それによってどれだけ死人が出ようとその中に自分が含まれなければ彼にはどうでも良い事なのである。

 

「出来るだけ手早く済ませて欲しいものだな」

 

そう呟き彼は書類仕事に戻るのだった。



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151.0087/03/31

今週分です。


リニアシートと全天周囲モニターの普及は地味に面白い副次効果を生み出した。それがMSに搭乗出来る人間の増加である。

 

「RXシリーズはもう最悪だったな。コアファイターは詰め込んだ設計だったから兎に角狭かったんだよ。俺みたいに体がデカイと窮屈で仕方なかった」

 

「……」

 

「まあこの仕様も不満がそれなりに出ているらしいがな。機材に囲まれていないし見えるのは一面宇宙だろう?だからベテランの中には宇宙に放り出されているみたいで落ち着かん奴もいるんだとさ」

 

「……」

 

「まあそんな奴も段々減っていくんだろうな。知ってるか?今連邦軍内だと地球の3軍を統合して地上軍と宇宙軍にしちまおうって話が出ているんだと。まあ実際活動範囲や規模からして連邦軍の半分以上は宇宙軍が担当しているからな。装備もMSが主流になってってるし――」

 

「少佐」

 

好き勝手に語っていると漸く相手から反応がある。完全にこちらを持て余した表情で溜息を吐くクワトロ大尉に俺はニカリと笑ってみせる。

 

「おっと済まん。コックピットに居ても只乗っているなんてのは中々無い体験でなぁ、手持ち無沙汰でつい喋っちまった」

 

「少佐でも緊張されるのですね」

 

そうニヒルに笑い返してくるクワトロ大尉に今度は俺が溜息で応じた。

 

「そら緊張の一つもするだろ。そもそも俺は小心者なんだ」

 

「その割には随分と大胆な策を立案される」

 

「つまりその程度の計画能力しかないってこったな。そもそも俺は元テストパイロットだぞ?部隊指揮だのなんだのなんて専門外なんだよ、階級が高くなるとそんな仕事ばかり増えて敵わん。中佐もそう思うだろ?」

 

俺の言葉にクワトロ大尉の表情が強ばる。まあそうだよな、今まで面と向かって彼がシャア・アズナブルであるとは指摘してこなかったからな。

 

「私は大尉ですよ、少佐」

 

「ジオンのエースは連邦に潜入するときに大尉じゃないといけないのか?確かアナベル・ガトーも大尉の服だった」

 

意地の悪い笑みを浮かべながら俺はそう返す。彼の両手はまだコントロールスティックを握ったままだからだ。

 

「このまま見過ごされ続けると思っていましたが」

 

「あれでオーガスタはセキュリティが厳しくてな、改竄に掛かる手間がMS1機の通話ログなんかとは段違いだし、何より俺自身でも何処でどれだけ記録されてるかなんて把握していないんだ。アンタの正体を特定したとして、本人に自白させるには少々基地内はリスクが高すぎた」

 

「成る程、しかしこの密室でと言うのも些か不用心に思えるが?私がマーズジオン側の人間なら貴方の命はここで潰えるとは考えなかったのかな?」

 

「あー、その心配は一切無かったな」

 

目を見開くクワトロ大尉。いや、だってさ、

 

「クワトロ大尉はまだ人類に愛想を尽かしちゃいないだろう?ならどっちの味方になるかなんて明白だ」

 

宇宙移民を推進している連邦政府の姿勢は現状彼の望む方向と一致している。無論完全に地球から人類が退去しきる事は難しいだろうが、少なくとも一般市民の生活基盤が宇宙へ移るのはそれ程遠い未来ではないだろう。そうなれば各サイドの権限も必然的に強くなるし、その時に地球連邦軍が正常に機能している必要がある事も彼は理解出来ているだろう。

 

「少佐は本当に彼等がコロニーを落とすと?」

 

「ああ、地球に住む人間が宇宙での生活を知らない様に、宇宙に住む人間も地球のことをこれっぽっちも解っちゃいないからな」

 

コロニー落としが起こした環境破壊は人類史上最も大きな爪痕の一つだ。なにせあれのおかげで地球の地軸が僅かではあるが変わってしまったのである。だがその事についてどれだけのスペースノイドが関心を持っているだろう?アースノイドがコロニーでの生活に興味が無いように、スペースノイドも地球環境などには意識を払っていない。だがそれは当然のことだ、大抵の人々は日々を生きる事に精一杯であり、遠い場所の事になど意識を割いている余裕などないのだから。

 

「圧倒的多数のジオンにとって、コロニー落としは連邦に対する強力な攻撃という以上の意味を持っていない。だから彼等は次があれば当たり前にまたやるさ」

 

「…人類がそこまで愚かだと、私は思いたくない」

 

「そう信じられるのは良いことだ。実際人類全てがそうじゃない、だから今俺達がここにいる。そうだろ?」

 

戦争なんて起きて良いと誰もが思っているのなら、この作戦は実現なんてしていない。勿論そこには既得権益だとか、支配者側の論理と言った清廉とはほど遠い都合があるだろう。それでも戦争をするよりは余程ましだと俺は思うのだ。

 

「それにしてもこの任務は無茶が過ぎると思いますが?」

 

口調をクワトロへと戻し、彼がそう笑ってみせる。だから俺も笑い返しつつ口を開いた。

 

「そんな事は無いな。何せクワトロ大尉が味方なんだ、だから成功すると俺は確信しているよ」

 

その返事にクワトロ大尉は一度大きく目を開き、そして声を上げて笑ったのだった。

 

 

 

 

「相変わらずなんて動きだよ!?」

 

ビームの弾幕を華麗に避けるMkⅣ改に対し、ジェリド・メサ少尉は思わずそう叫んだ。

 

『視覚に頼りすぎだぞジェリド少尉!宇宙では感覚をシャープにするんだ!』

 

『無茶を仰る』

 

アドバイスとは思えないアドバイスに僚機のカクリコン少尉がそう漏らす。その間も彼等の乗るMSは健気に弾幕を張り続けるが、MkⅣ改の接近を防ぐことは出来なかった。

 

『一つ!』

 

そんな言葉と共に振るわれたビームサーベルがカクリコン少尉の乗るMSに直撃、撃破判定を受けた彼の機体はその場で動きを止める。

 

「この!」

 

素早くセレクターを切り替えジェリドはビームサーベルを発振し応戦しようとするが、その瞬間機体を衝撃が襲う。モニターをチェックすればバックパックへの被弾、そして推進剤に誘爆したと判定されたそれはジェリドに今日3度目の撃墜判定を齎した。

 

『だから感覚をシャープにしろと言った。戦闘中は後ろにも目をつけるんだ』

 

「装甲越しの殺気を感じろって、簡単に言ってくれるぜ」

 

ヘルメットのバイザーを上げつつジェリドはそう零す。カクリコン少尉が口にしたように、隊のエースからの助言はあまりにも無茶苦茶であるように思えたからだ。

 

『聞こえているぞ、ジェリド少尉。君は少し自分を低く見過ぎている、少佐は出来ない事をやれとは言わない。そして少佐は僕に君を任せた、つまり君ならこの位は出来ると言う事だ』

 

「期待されてるってのは有り難い事なんですがね、俺はカミーユ達とは違いますよ」

 

NTと評される彼等とも多くの模擬戦を経験しているジェリドにしてみれば、最早彼等の存在はインチキに近いとすら思えた。操縦技能は素人に毛が生えた程度でありながら驚異的な先読みで攻撃を避け、そして当ててくる。ここに歴戦の操縦技術が加われば最早手に負えず、そんなパイロットが最新鋭の機体を駆れば結果は火を見るよりも明らかだ。だがどうやらそんな偉大な上官は、どうやら自分も同類だと見なしているらしい。

 

『そうかな?僕には十分素質があるように思える。おっと、次の相手が来たか』

 

その言葉に視線を向ければ、白とコバルトブルーというUG専用塗装を施されたジムⅡが小隊で向かってきていた。

 

「アレキサンドリアの隊か」

 

『連邦最強と戦えるとは俺もツイてるな!』

 

興奮に弾んだ声が通信に入り込み、モニターにも相手の顔が映し出される。

 

『よろしく頼みます、ヤザン・ゲーブル大尉』

 

『はっはっは!そこらのひよっこよりは楽しませてやるよ!』

 

その言葉にジェリドは顔を歪ませるが、通信越しにそれを見ていたヤザン大尉が笑顔を消したかと思うと、真面目な声音で告げてくる。

 

『そっちの少尉達もよく見ておけ、オールドタイプにはオールドタイプなりの戦い方がある』

 

自分へと向けられた言葉にジェリドは目を見開いて驚いた。

 

「ただのバトルジャンキーって訳じゃないか」

 

そう呟きながらジェリドは機体を母艦へと戻しつつ、内心で自らを恥じた。アムロ中尉を前にして、自分は内心勝てる訳が無いと何処か諦めて居たように思えたからだ。そしてそれが戦場でどんな意味を持つのかをヤザン大尉に指摘された様にも感じた。

 

「やってやる、俺だってUGなんだ」

 

言いながら彼は視線を模擬戦の現場へと向ける。既に開始されているそこでは、4機のMSが激しく交差しながら戦っていた。

 

「先ずはしっかり勉強させて貰うぜ、先輩方」

 

オートパイロットが着艦シークエンスに移る警告を発するまで、彼はその戦闘を食い入るように見続けたのだった。



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152.0087/03/31

今週分です。


「どうですか中尉、MkⅣ改の乗り心地は?」

 

「反応は悪くないけれどごちゃごちゃとものを付けすぎじゃないか?そのせいで神経質な感じがする」

 

不満げなアムロの言葉に機付の整備員は機体を見上げながら苦笑した。

 

「MkⅣのコンセプトをそのまま量産のために小型化したって触れ込みの機体ですからね」

 

「つまり最初から無茶な仕様って事じゃないか」

 

拠点防衛という性質上、単独で艦隊規模の戦力と交戦する事を想定しているガンダムMkⅣは規格外の巨体に多数の武装を施したMSである。当然ながら操作難易度は跳ね上がる事となり、対策として複数名での運用という方法で強引に解決しているのだ。武装の数を幾らか減らしてはいるようだが、パイロットも一人にしてしまえば意味が無いようにアムロには思えた。

 

「あくまでこの機体はMkⅤのテストベッドですもの。どうでした、インコムの調子は?」

 

言いながら近付いて来たのはナナイ・ミゲル中尉だった。NT研究所に所属する彼女はサイコミュ兵器の普及を研究している技術士官であり、彼女の口にしたインコムが最初の成果物になる。

 

「ビットに比べるとやはり反応がワンテンポ遅れる。それに攻撃位置もわかりやすいな。実際アレキサンドリアのMS隊の隊長は避けていた」

 

「基地の守備隊にも試して貰いましたが、殆どの方は避けきれませんでしたけど…」

 

「普通のパイロットを相手にするだけならあんな大仰な装備は必要無いよ。必要なのは普通のやり方では対処出来ない相手への対抗手段だ。それは君自身も良く解っているだろう?」

 

サイコミュ兵器の普及とは標準的なパイロットが特別な、つまりはNTと同等の戦闘能力を獲得することを目的とした研究だ。そして兵士としてのNTが極めて強力な戦力である事は彼女も研究段階で十分に理解出来ている筈だとアムロは考えた。

 

「パイロットへの負荷はありませんし、取り敢えずは数を増やして処理限界を狙いましょうか」

 

「力業ですね。それって制御は大丈夫なんですか?」

 

「教育型コンピューターをもう一台載せれば十分対処出来るわ」

 

因みに教育型コンピューターは一台でジム数機分という中々に高額な装備である。それを平然と増やすと言ってのけるナナイ中尉に問いかけた整備員は顔を引きつらせるが、それを見て更に彼女は意地の悪い笑みで口を開いた。

 

「大丈夫よ、あと2~3台載せてもMkⅤよりまだ安いもの」

 

「とんでもない話ですね…」

 

MkⅤは現在オーガスタ基地が開発しているNT専用MSだ。どこぞの少佐がまた思い付きで口にした革新的なサイコミュシステムの小型化がアナハイムエレクトロニクスより提供された構造材生産技術によって実現可能となった事と、大盤振る舞いとも言える今回の試作機群への一斉開発許可によって漸く建造が始まったばかりである。

 

「ただでさえNTに追随するために複雑化したフレームを、実験室でやっと製造出来る様になった新素材で製造。これ後で高すぎるからやっぱり中止なんて言われないわよね?」

 

「それは無いと思うが、寧ろそんな機体を実戦に出せるのか?」

 

「どうかしら?サイコミュは実用化してはいるけれど未知数の部分もまだ沢山残っているから確約するのは難しいわね」

 

「いや、アムロ中尉が言っているのはそんな機体を実戦に出して整備や修理は大丈夫なのかって話だと思うんですけど。…なんかそれ以前の問題がありません?」

 

「文句なら少佐殿に言って頂戴。…本当思いつくだけなら子供でも出来そうだけれど、なんで都合良くブレイクスルーが起きるのよ?」

 

彼女の疑問に明確な答えを持たないアムロは曖昧な笑みを浮かべるしか無かった。

 

 

 

 

『これは明らかな挑発行為だ!断固たる姿勢を示すべきです!』

 

「ゼブラゾーンは連邦の管理宙域だ。それに事前の通達も来ている、これで抗議なぞすればこちらに後ろ暗いところがあると喧伝しているようなものだぞ?」

 

興奮した口調でまくし立てる息子に対し、ダルシア・バハロは頭痛に似た感覚を覚える。マーズジオンの合流後、解りやすい力を目にした彼の息子はその力に完全に酔っているように思える。ダルシアは今更ながらにマーズジオンとの交渉役を息子に任せた事を後悔していた。

 

「今のお前がするべき事は息を潜めて待つことだ。焦らずに時間を味方にしなさい」

 

連邦からの独立に十分な武力が必要であることは確かだが、それを使うのは最終手段だとダルシアは考えている。要は武力で圧殺するには厄介なだけの見せ札が用意出来れば今の連邦は戦わずとも独立を承認するだろう。だからこそ戦えばまだ何とかなってしまう今、独立の意思を悟らせる訳にはいかないのだ。

 

『終戦から7年です。まだ忍従せよと仰るのか?』

 

「何年待ったかは重要ではない、然るべき時まで待てるかが重要なのだ。それが出来なかった者がどうなったかはお前も知っているだろう?」

 

人類史上最も多くの人を殺した男も、その信奉者も失敗した。だが彼等は間違い無く優秀であったし、彼等よりも明確に自らが優れていると自惚れられる程ダルシアは自信家では無かったし、彼の観察眼には息子がそうした逸材であるとも映ってはいなかった。そして同時に自分達が彼等には無かった幸運に恵まれている事も自覚していた。

 

「彼等には時間が無かったが、我々にはある。待つだけで勝てるのだ」

 

『…っ!』

 

返事もせずに切られた通信を見て、ダルシアは苦虫をかみ潰した表情になる。彼はすぐに端末を操作すると信用のおける人物に通信を繋げた。

 

「すまない、私だ。馬鹿息子が暴走しないよう見張りを頼む」

 

それは極めて真っ当な判断であったと言えるだろう。明らかな挑発は裏を返せばまだ確たる証拠を掴んでいない証左でもあるからだ。ならばこのまま嵐が過ぎるのを待てば全て丸く収まる。それ故に味方の暴走を防ぐのが彼に出来る最善である事は間違いなかったのだ。だが彼は知らない。そんな常識を原作知識からの推測などという出鱈目で覆せる男が敵にいる事を。そしてその男が軍上層部に働きかけるだけの権力を持ち、更には既に戦争が起きる前提で行動を開始している事を。結果彼の出した命令が共和国軍内部の相互監視という事態を引き起こし、本来なら起きえない警備の隙が生まれてしまった事に彼が気が付いたのは全てが終わってしまった。否、始まってしまってからだった。

 

 

 

 

「最終確認作業、全て完了しました」

 

巡洋艦アレキサンドリアの艦橋でガディ・キンゼー少佐は技術士官からの報告に頷きつつ、提出された書類に目を通していた。

 

「うん、問題は無いようだな」

 

「元々コンペイ島で最終調整までは終わっていましたので」

 

「つまり戦力として当てにして良いのだな?」

 

だが彼の言葉に返ってきたのは予想外の言葉だった。

 

「いえ、それは確約出来かねます」

 

「何だと?」

 

ガンダムMkⅣは連邦軍でも3機しか運用されていない極めて貴重な機体だ。運用自体は非常に癖が強いもののその戦闘能力は破格であり、当然ガディは担当している技術士官なら大見得を切るだろうとまで考えていたのだ。しかし機体と共に出向してきた金髪の女性士官は困った笑みでそう否定し口を開く。

 

「追加パッケージ込みでの運用は今回が初めてです。シミュレーション上は問題無くとも実戦で不具合が起きない保証はありませんし、何よりパイロットの問題もあります」

 

「問題無いと報告を受けているが?」

 

「あくまでシミュレーションの結果ですので。彼女達の経験の浅さは無視出来ない要因です」

 

「……」

 

シミュレーションと実戦は違う、それはガディ自身も大いに賛同する意見だった。

 

「ですので可能ならばベテランの方にバックアップをして頂けると心強く思います」

 

「そうなるか。だがそれだと予定した運用と異なるのではないか?」

 

増設したブースター及び武装で敵拠点ないし艦隊への強襲を行うというのが今回持ち込まれているMkⅣの強化計画である。通常のMSによる迎撃を速度で振り切るという正気を疑うコンセプトであるが、残念ながらそれが有効である事は83年に発生したジオン残党によるテロリズムにて証明されていた。尤もその狂ったコンセプトの機体設計に目の前の技術士官が関わっていた事まではガディも知らなかったが。

 

「戦場において想定外の状況で機体が運用されることは良くある事だと認識しております。ですから彼女達では十分な働きを約束致しかねると申しました」

 

想定とは違う状況、突発的に発生する不測の事態。幾ら優秀と言ってもそうした事に対する対処は経験がものを言うし、機体への理解度も重要だ。そうした事を踏まえればパイロットをオーガスタから借り受けなかったのは現場を預かるガディにしてみれば頭の痛い話であった。だがそれが事前に知れたのは僥倖と言えるだろうと彼は意識を切り替え笑いながら技術士官へ向けて口を開く。

 

「流石は第13独立部隊だな、技術士官まで戦争慣れしている」

 

「有り難うございます」

 

「尤も上手くいけば我々はここで暢気に訓練をすれば良いだけ――」

 

そうガディが言いかけた矢先にアームレストに備えられた端末が鳴り響き、緊急の着信を告げる。手慣れた操作でそれを受け取ると彼は小さく溜息を吐き言葉を続ける。

 

「どうやら楽はさせて貰えんらしい。総員第一種戦闘配置、我らが英雄殿が敵を引き連れて戻ってくるぞ!」

 

宇宙世紀0087年3月31日、人類は再び戦いへとその歩みを進めていた。




20話近く書いてようやっと原作1話に近い状況になる不具合。


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