アドニスイナズマ転生物語 (かんりにん)
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プロローグ

 

 

 

アドニス。

ギリシャ神話において女神アフロディーテから溺愛された美少年。

 

女神はアドニスを出来るだけ自分の傍へと置いていたのだが、彼は艶のある黒い髪を揺らしながら、趣味である狩りに毎日のように明け暮れていた。

 

 

「ねえ、アドニス。狩りなんて危険過ぎるわ。あなたには怪我をして欲しくないの。危ない事をして、もしもの事があったらどうするの?」

 

「大丈夫ですよ。僕ももう子供じゃないんですから。」

 

女神からは決して危険な事はしないようにと忠告を受けていたのだが、彼は聞く耳を持たなかった。

 

 

いつものように猟犬を従え獲物を探す。

そこにドシドシと大きな獣の足音が近付いて来た。

 

「わあ!!すごい!狩りがいのある大きなイノシシだ!」

 

イノシシはこちらを目掛けて突進して来た。絶対に獲物にしてやろうとアドニスは弓を射る……が硬い獣に矢など通じなかった。

そのまま何も為す術は無く。

 

 

「うわああぁぁ!!」

 

 

イノシシの鋭い角は無情にもアドニスを深く突き刺した。

止まる事なく流れ出てゆく血。遠のいていく意識。もはや神ですら彼を助ける事は敵わなかった。

 

もう目を開ける事も、動く事もないアドニスの冷たい身体を抱きかかえながら女神は深い嘆きに泣き崩れた。

その女神の涙はアドニスの血と混ざりあい、鮮やかで美しい…赤い花になったと言う。

 

 

 

筈だったのだが。

 

彼は転生してしまった。超次元サッカーのイナズマイレブンの世界に。

しかも少年ではなく少女として。

 

 

______

 

 

 

 

僕は死んだはずだ。調子に乗っている時に、これから狩ってやろうとしたイノシシの牙に突かれて。

朧げではあったが、アドニスの中にはそんな記憶が僅かに残っていた。

 

 

これは転生というものなのだろうか。前にいた神話の世界とは全く違う。

街並みは沢山の大きな建物が聳え立ち密集していて道も綺麗に整備されている。山や森は少なく動物もあまり見掛けない。時代も国も何もかも違い過ぎる。

 

この世界では文明が進み過ぎていて、前世で好きだった狩りは一切出来なかった。残念に思ったが代わりに、あるスポーツが充実していた。

 

 

それはサッカーと言う、チームを編成し作戦を立てボールを追い回し、相手のゴールを奪い合う競技。

 

すごい。こんな楽しいスポーツは前の世界では無かった。

アドニスは狩りの代わりに、思い切り激しい動きの出来るサッカーに熱中していった。

ボールを、敵を躱しながら追い掛けるというのが楽しく、つい時間を忘れてしまう。

それに頑張って練習すれば必殺技が使えるようになり、より一層、迫力と勢いのある展開になるのだ。

狩りの事などすっかり忘れ、彼…いや、彼女は超次元サッカーにすっかりとはまっていった。

 

 

 

これは、アドニス……彼がイナズマイレブンの世界に性転換転生したら___という物語。

 

 

 




※アフロディの恋愛描写が出てきますので苦手な方は注意して下さい。
捏造設定や想像で書いていますのであくまでも2次創作という事をお忘れなくお楽しみ下さい。




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1話 美の神との出会い

 

 

 

 

アドニスがこの世界に少女として転生し、13年の月日が流れていた。前世の記憶は薄れ、今世の生活にはすっかり慣れていた。

伸ばせば美しいであろう艶のある烏の濡れ羽色のような黒髪を、動きやすいからという理由で何の惜しげもなく短髪にしており、

性別は変わっているものの、まるで前世での美貌を引き継いだかのような容姿の美しい少女へと成長していた。

 

 

そんな彼女は今年の春に中学校に入学したばかり。

これからの希望に満ち期待に胸を膨らませるような年頃の筈なのだが顔を曇らせ一人で、ある不満を抱えていた。

 

「どうしてサッカーやらせてくれないんだろう…。」

 

ため息をつきながら、そう呟く。

彼女が悩んでいるのは入部した部活__サッカー部での事だった。

 

 

彼女が入学した中学校はギリシャ神話をモチーフにした学校で、その名は世宇子中。神話の主神から名前が取られていた。

白い大理石で出来た壁に、数々の古代ギリシャ式の柱が天井を支えている巨大な校舎は厳かで華やかな、名前の通りの雰囲気が漂っている。

まるで本当に神々が実在しそうなその空間は、普通の者が見れば緊張する場所かもしれないが、アドニスにとっては前にいた世界と似ている為、この学園は落ち着く場所だった。

 

 

それは入学式の時の事_____

 

 

「ねえ、キミ。サッカーに興味は無いかい?」

 

突然声を掛けられ、驚きながらも振り向くとそこには長い絹のような金髪を靡かせた美しい少年がこちらを見つめていた。陶器の様な白い肌に整った中性的な顔立ち。長い睫毛にまるで宝石のような紅い瞳。一見すると女神と見紛いそうな…見た誰もを魅了させてしまうような容貌。

 

男女問わず、彼からこうして声を掛けられれば思わず見惚れてしまうだろう。

だがアドニスは少し違った。

 

 

この雰囲気は誰かと似ているような…?

アドニスは彼を見た途端、何かを思い出すような感覚にとらわれる。どこかで見た事のあるような。何だろう?と考えながらも、サッカーという言葉が出て来たので今はとりあえず話を聞く事にした。

 

彼は2年生でサッカー部のキャプテン、亜風炉照美。皆からはアフロディと呼ばれているようで、今はこうして新入生に誘いの声を掛けているとの事。

 

さすがサッカー部のキャプテン!私がサッカーがやりたいと一目見ただけで分かって、わざわざ声を掛けてくれたのか。

 

アドニスはそう感心し、今までサッカーをやって来た事、お世辞にも強いとは言い切れないが、これからもやっていきたい、という事を伝えたのだった。

それを、一見ニコニコと聞いているアフロディだったが。

 

 

______この子を、この美しい子を出来る限り自分の傍に置いておきたい。

これは、彼自身がアフロディという美の女神の名前を持つ運命なのだろうか。

 

 

退屈な入学式。数多い新入生達の中から彼女を見つけてしまった。

アドニスを一目見た途端、彼の中に、まるでキューピッドの金の矢にでも打たれたかのような熱く嬉しいような苦しいような感情が芽生え、ドキドキと胸が高鳴り気持ちが高ぶっていく。

周りの色彩が、更に鮮やかさを増し彩りに溢れて見える。退屈で見慣れた景色でさえもキラキラと光り輝き出す。

 

何とか彼女の気をこちらへと引きたい。

こんな感情は初めてで思わず声を掛けずにはいられなかったのだ。

 

式が終わり、歩き去ってゆく彼女にどうやって声を掛けようか考え、自分が所属しているサッカー部の事をきっかけにした。部活の勧誘で新入生に声を掛けているというのは噓で彼女に声を掛けるための口実だった。

 

 

学年が違う子と共通の何かを持つには同じ部活に入部させるのが一番手っ取り早い方法だ。話を聞くと幸運な事に、彼女もサッカーが好きなようでサッカー部があれば入部したいと思っていたとの事だ。

 

しかしアフロディはアドニスにサッカーをさせるつもりなど無かった。

 

 

「サッカー部に入部…してくれるかい?」

 

もはや返答は分かり切っているが確認する。

 

「はい!」

 

アドニスは目を輝かせながら嬉しそうに速答し、それを聞いたアフロディは優麗に微笑みながら彼女に手を差し出す。彼女も、その手を握り返し互いに握手をする。

彼女の手は何て小さくて柔らかい手なんだろう。これは、ますます怪我をさせる訳には、危険な目に遭わせる訳にはいかない。

 

 

「ふふ、これからよろしくね。」

 

思わず、その熱を帯びた紅い瞳と唇を歓喜に歪ませる。

 

 

_____手に入った。と。

 

 

彼がそう考えている事も露知らずにアドニスは、

これから、どんな活躍が出来るだろうか。どんな相手と勝負をする事になるのだろうか。まだ必殺技も使えないので、これから覚えていきたい。

小学校の頃とは違う、もっと迫力のあるサッカーが出来たら良いな。そう想像を膨らませていたのだった。

 

 

こうして世宇子中サッカー部に入部したアドニスだったが、いつまで経っても簡単なパスの練習のみや、マネージャーがやるような雑用の仕事ばかりをさせられ、サッカーをさせて貰えていないのだった。ユニフォームすら貰っていない。

 

1年生ならこんなものなのかな、とも考えたが一緒に入部した同じ1年は既にレギュラーになっている者もおり、ほとんどが必殺技を習得していた。

 

「私だって…サッカーをやりたいのに。」

 

私も思い切り動き回りたい。ボールを追いかけてゴールを決めたい。

 

 

「ディバインアロー!!」

 

 

「リフレクトバスター!!」

 

 

超次元サッカー。

次々と繰り出される迫力のある必殺技。それは憧れの光景だった。

 

古代ギリシャを思わせる白い世宇子中のユニフォームを着用し、サッカーの練習をしている部員達を見つめながら、また一人呟くアドニス。

 

 

彼女の不満も限界が来ていた。

 

 

 

 






アドニス
1年。分かりやすいよう名前もこのまま。黒髪ショート。前世の神話の世界では少年だったが今世では少女。いわゆるTS転生。前世の事はまるで遠い夢を見ていたという感じ。ほとんど覚えていない。運動神経は中々良い。
趣味だった狩りの代わりにサッカーにハマる。楽しい。
必殺技はまだ持っていない。

アフロディ
2年。ご存じ世宇子中学サッカー部キャプテン。
女神アフロディーテの転生…という訳では無いが、アドニスを一目見て気に入ってしまう。
サッカー部に入部させるものの彼女にサッカーをさせない。危険な目に遭わせたくないから。マネージャーにすればいい。


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2話 サッカーがやりたいのに

 

 

 

 

「あ~あ、アドニスちゃん、可哀想に。本当はサッカーやりたいんだよね?」

 

紫色のウェーブヘアをかきあげながら、いきなりアドニスに声を掛けてきたのは3年生のサッカー部員でレギュラーである、へパイスだった。美とは程遠い鍛冶の神ヘパイストスの名前を冠する彼であるが顔は整っており、サッカーの際には自身のプレーに酔いしれてしまう事もある。

 

アドニスが熱心に練習を眺めていた為、こうして声を掛けたのだった。

 

 

「あの人は自分のお気に入りは傷つけたくないサガだからね。きっと君はこのままサッカーなんてさせて貰えないよ。」

 

「ヘパイス先輩、それってどういう…」

 

「分からないかな、君が美しくて愛らしいからだよ。」

 

どういう事だ。

サッカーをさせるつもりがないのなら、何故自分をサッカー部に入れたのか。全く意味が分からなかった。

 

 

「…………。」

 

 

アドニスはキャプテンのアフロディのいる場所に向かって歩き始めていた。

 

 

 

「…おや……?」

 

アドニスが近付いて来る事に気付いたアフロディは紅い瞳を細め、優しくにっこりと彼女に微笑む。

 

「やあ、アドニス。どうかしたのかな?」

 

「キャプテン、どうして私にサッカーをさせてくれないんですか?」

 

もう我慢できない。その思いを隠し切れなくなったアドニスは単刀直入にアフロディに理由を聞く。

 

「え…?」

 

「私はサッカーがやりたいからキャプテンに誘われた時、入部したんです!…それなのに………」

 

アフロディは、そう言われてしまい思わず頭に手をやる。

 

傍に置いておきたい。いて欲しいという気持ちだけで入部させてしまったのだが、部員とすると怪我をさせてしまう事もあるだろう。それで済めばいいほうであるが、最悪の場合もあり得る。

実際、超次元スポーツは、かなりの危険が伴うもの。…となるとマネージャーが丁度良いのだ。

 

それに入部に誘う際に、確かに彼女はサッカーが好きだと言ってはいたが一応、部員として入部する、とは一言も言ってはいない。

サッカーが好きなら、無理に試合をしなくても傍で見ていればいい。

 

…微笑みを苦笑いに変え、アフロディは答える。

 

 

「……それはキミが、あまりにも愛らしいから、だよ。」

 

「!」

 

つい先程、ヘパイスが言っていた事と同じだった。

愛らしいから、とはどういう事なのか。そうだったとしても、だから何なのか。

アドニスの中で何かが引っ掛かる。

 

「キミは女の子だ。怪我なんてしてしまったら……」

 

続いてそんな事を言われる。

 

呆れた。何を今更そんな事を。

自分だって髪をそんなに伸ばして女子みたいなくせに。

少しイラっとしたアドニスは言い返す。

 

「怪我なんて何をしても避けられない事じゃないですか?それに私はマネージャーとして入部したつもりはありません!」

 

 

まずい。彼女は大分怒っている。そこまでサッカーがやりたかったのか。

そう直感したアフロディは彼女を落ち着かせる為、ある提案をする。それにこれは、思い知ってもらう為でもある。

 

「分かったよ。アドニス。それじゃあ、少しボクと勝負しよう。」

 

「…勝負?」

 

「ああ。キミが勝ったら正式にサッカーをさせてあげよう。でもボクが勝ったらキミにはボクのサポートを主にしてもらう……マネージャーになって貰うよ。」

 

「…………」

 

腑に落ちない感じがして思わず黙り込んでしまうが、このままではサッカーはやらせてもらえないだろう。

でも相手はキャプテン。アドニス自体も同年代の者達と比べたら運動神経は良くはあるが、その程度の事で簡単に勝てる相手ではない。

 

「そんな考え込まなくてもいいよ。もちろんハンデを付けてあげるよ。」

 

考えて黙り込んでしまったアドニスを見て、少し見下した様子でそう言ってきたアフロディ。彼自身には、そんな気はなかったのだが。

その態度に更にイラっとしたアドニスは決意を決める。

 

「分かりました。勝負を受けます。」

 

「ルールは簡単さ。どちらかのゴールに先に点数を入れた方の勝利だ。…そうだな。アドニスは3点。ボクは……10点だ。」

 

「!!」

 

確かに男子と女子の差はあるだろう。とは言え、そこまで見下されているなんて。

 

「さあ、アドニス。どこからでも掛かってきていいよ。そのサッカーへの思い…ボクに全てぶつけてみるといい。」

 

 

目の前で余裕な表情を見せているアフロディを鋭い目つきで睨む。

 

アドニスはボールを蹴り出し、向こうのゴールへと向かった。

それを追い掛ける事もなく、ただ見つめているアフロディ。

 

「へえ……結構速いし、ドリブルも上手いじゃないか。」

 

思っていたよりも上手で、つい感心してしまう。

サッカーが好きで、やりたがっているだけの事はある。運動神経も並以上はあるようだ。

 

「…?」

 

どうしてボールを取ろうとしないのか?

アフロディが追い掛けて来ない事に疑問を持つアドニス。逆に不気味な感じがし、不安を煽られる。

 

ゴール前に辿り着き、そのまま1点を入れようとボールを力を込めて蹴り出す。

 

 

____シュっという音と共に、あっけなくボールはゴールに入った。

 

 

1点を取られたにも関わらず、アフロディは余裕な表情を崩さない。

アドニスの中では嬉しさよりも、得体の知れない不気味さが勝っていた。

 

「ふふっ、1点おめでとう、アドニス。シュートも中々強いようだね。……でも。」

 

 

その程度では、到底ボクには適わない。サッカーはキミには危険過ぎる。

その事を証明するかのように動き出した。彼女に怪我をさせないように。

 

 

 

 






へパイス
3年。ディフェンダー。
雑用ばかりさせられて不満そうなアドニスの目に気付き、声を掛けた。アフロディに負けずかなりのナルシスト。
でもあまり出て来ない。


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3話 バンダナの少年との出会い

 

 

 

 

____勝負の行方。

 

 

アドニスは、いつの間にか10点を奪われていた。

 

ボールを取れたと思っても気付かないうちに奪われ、慌ててしまい何度も転びそうになってしまったり、自分のリズムを完全に崩されてしまっていた。

 

彼は、アフロディは動きが速過ぎる。

まるで、こちらの時間が止められてしまっているかのように。

アドニスが彼に挑むのは無謀過ぎたのだった。

 

息を切らせ地面に座り込み、うなだれるアドニスにタオルを掛け、その肩を優しく叩きながらアフロディは言う。彼の息は全く乱れていなかった。

 

「これで分かってくれただろう?キミにはサッカーは危険なんだ。キミには怪我をして欲しくないんだよ。危ない事をして、もしもの事があったら…」

 

 

_____?………この感じは…

 

 

同じだ。どこかで同じ事を言われた事があるような気がして少しだけではあるが、アドニスの中に記憶がよみがえる。

 

 

 

『ねえ、アドニス。狩りなんて危険過ぎるわ。あなたには怪我をして欲しくないの。危ない事をして、もしもの事があったらどうするの?』

 

 

それは、かつてアドニスが共に過ごした女神の言葉。

今、目の前にいるアフロディの言葉が被る。

 

 

「アドニス。キミはボクの傍にいてくれれば、それでいいんだ。」

 

『アドニス。あなたは私の傍にいてくれれば、それでいいのよ。』

 

 

…ああ。そうか。

誰かに似ていると思ったら、この人は……女神アフロディーテに雰囲気が似ていたんだ。

あの時も…好きな狩りをする事を、危険だからと反対してきた。

 

 

結局、この人も私をそういう目で見ていただけなのか。ただ、何かの花でも傍に飾っておきたいだけだ。

自分の庇護下に置いて、最初から私にサッカーをさせるつもりなんて無かった。

 

自分がやりたい事を否定されている気がして目の前が真っ暗になるような、どうしようもない悔しい気持ちが込み上げてくる。

確かに前世での自分も、その忠告を聞き入れずに命を落としてしまった。

前世でも今世でも自分は決して強い存在ではないし英雄ではない。

 

 

でもその事は後悔などしていない。好きな事を一生懸命やった結果なのだから。

 

 

「…はい。キャプテン。私には…サッカーは向いていないのかもしれませんね。」

 

今は…負けを認めるしかない。悔しい持ちを抑えながら、ポツリと言葉を絞り出す。

 

「約束は約束ですよね……。」

 

そんなの…嫌だ。本心ではない事を言ってしまう。

だがこうなってしまった以上、この部ではサッカーをやらせて貰えないだろう。

 

そのアドニスの言葉を聞いたアフロディは嬉しそうに微笑み、ぎゅうっと彼女を抱き締める。その腕は力強く、見た目に反して彼は男子なのだと改めて認識させられる。

 

「ふふ、良かった。分かってくれたんだね。でもどうか、そう気を落とさないで。これからはマネージャーとしてサッカーに携われば良い。キミにはボクをサポートして欲しいんだ。改めてよろしくね。」

 

「…はい。」

 

 

やっぱり、サッカーは自分には危険なものなのだろうか。前世の狩りの様に。

本当にマネージャーになるしか、もうサッカーをする事は諦めるしかないのだろうか。落胆する。

 

 

 

____次の日の放課後。

 

 

サッカー部に行きづらかったアドニスは、どこか後ろめたさを感じながらも部活を休む事にした。そもそも行ったところで、もうサッカーはやらせて貰えない。場の空気を読んで、ああ言ってしまったものの勿論納得なんてしていない。

どうせ自分なんて行っても行かなくても同じだ。

帰りの支度をし、サッカー部員に出くわさないように素早く外に出る。

 

 

 

「……あれ?ここは………」

 

 

帰り道を歩いている…筈だったのだが、なぜかいつもと違う見知らぬ場所に辿り着いていた。色々と考え過ぎて、途中で道を間違えてしまったのだろうか。

そこは河川敷で、サッカーゴールが置いてあった。

 

同じ年くらいだろうか。オレンジ色のバンダナを付けた少年がサッカーの練習をしていた。近くには、ピンク色のヘアピンで前髪を留めた少女もいる。

 

アドニスは、その光景に見とれてしまい、遂に身体が動いた。

無意識のうちに少年からボールを奪い、ドリブルをしながら走り続けていると、そこから力強い突風が生まれ、それを思い切りゴールに打ち込んだ。それはまるで獣を狩る弓のようで、はち切れそうなほどにゴールネットに突き刺さる。

 

はっ、と正気に戻った時には二人は驚いた顔でアドニスを見つめていた。

 

「あ、ごめ…」

 

「すっげーなっ!!君!!」

 

「え?」

 

謝罪しようと口を開いたアドニスの言葉を遮り、興奮したようにバンダナの少年が目をキラキラと輝かせ満面の笑みを浮かべながら、彼女を褒め称えた。

 

「だって、今のすごいよ!!気付かないうちにボール取られちゃってさ、シュートもバアーンってっ!…君もサッカー好きなんだなっ!」

 

まさか、練習の邪魔をして、こんなに褒められるなんて。でも何だろう、この熱い気持ちは。

 

「オレは円堂守!良かったら一緒にやろうぜ、サッカー!!」

 

「もう、円堂くんたら…ごめんね。この人、サッカーの事となるといつもこうなの。無理しなくていいからね。」

 

円堂と一緒にいた少女が申し訳なさそうに、アドニスに言う。

 

「ううん、そんな事ないよ。一緒にやろう!私はアドニスって言います。よろしく!」

 

「私は木野秋よ。よろしくね!」

 

先程までの憂鬱な気持ちを忘れ、秋にも加わってもらい、今は三人でサッカーを楽しんだ。

会話も弾み、円堂の話を聞いていると、ついこの前、練習試合であの40年間無敗を誇っていた帝国学園に勝利し、部員全員がやる気に満ちているのだとか。

ちなみに普段のポジションはゴールキーパーだそうだ。

 

「そういえば、アドニスはどこのポジションなんだ?」

 

「あ、私は決まっていなくて…」

 

「へえ、そうなのか!蹴る力が強いからフォワードかミッドフィルダーが向いてるんじゃないか?」

 

「そうかな…」

 

そこまで言ってくれるのか。つい昨日、キャプテンからキミにはサッカーをやって欲しくないと言われたばかりなのに。

この少年、円堂は違う。

 

 

そうだ。何も学校の部活だけがサッカーをする場所ではない。

サッカーが好きでボールがあればそこがグラウンドになるんだ。

 

アドニスは高揚を抑えきれなかった。やっぱり私はサッカーがやりたい。それが危険な事だとしても。

改めて、その気持ちを再認識した。

 

 

 



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4話 使いたい必殺技

 

 

 

 

円堂達とサッカーをした、次の日の朝。

今日は休日だが、朝早くアドニスは清々しい気持ちでベッドから起き上がる。

 

『すっげー楽しかったよ!また一緒にサッカーやろうぜ!』

 

別れ際に円堂が言ってくれた言葉を思い出す。

 

『良かったらまたさ、ここに来てくれよ。あっ、無理じゃなかったら、雷門中のサッカー部にも来てくれないか?』

 

そう自分を誘ってくれた事、誉めてくれた事が嬉しくて何度も思い出す。今、こんなに清々しい気持ちなのも彼のお陰だ。

是非、また一緒にサッカーをやりたい。

 

もしかして、今日も行けばいるかもしれない。そう直感したアドニスは河川敷へ行く事にした。

 

 

 

「おおー!アドニス!今日も来てくれたのか!!」

 

着いたと同時に昨日のバンダナの少年……円堂に声を掛けられた。

まさか、今日も本当にいるとは。

 

と、その隣には何やら強面の…ピンク色の坊主頭の背の高い男子がいた。

 

「円堂。まさかこいつがお前の言ってた凄いヤツ…なのか?」

 

強面の男子はアドニスをまじまじと見て言う。明らかに小柄なアドニスを信じていない様子だ。

 

「そうだよ!あ、この人は俺と同じ雷門中の染岡。…こっちは昨日会ったばかりのアドニスって言うんだ。」

 

円堂が二人の間に入り、それぞれの紹介をする。

 

「は、はじめまして…アドニス…です。」

 

「おう、俺は染岡竜吾だ。お前もサッカー好きだと聞いてるぞ。よろしくな。」

 

意外と良い人そうだ。

 

「でもな、今は必殺技の練習中なんだ。あいつに負けない…強い必殺技を編み出すためのな。悪いが今日は見学だけにしてくんねえか。」

 

染岡は自己紹介をした後、少し機嫌が悪そうにアドニスにそう言う。

…まるで、邪魔だとでも言いたいかのように。

 

「まあまあ!良いじゃないか染岡、本当にアドニスもすごいんだからさ!」

 

それを見た円堂が慌ててフォローする。

でも、そんな言い方をされて大人しくしてはいられない。

 

 

「…残念ながら、私は見学に来た訳ではありません。…サッカーをしに来たんです。」

 

そう言い、思い切りボールを蹴り出したアドニス。

 

「あっ!おい!!」

 

それを追う染岡。

だが、すぐに彼女には追い付けなかった。

 

「…はあ、はあ…」

 

ようやく追いついたと思いきや、素早く躱され、そのままゴールにシュート。

シュっと弓矢のように、ボールはゴールに突き刺さる。

 

 

「やっぱすごいなぁっ!アドニス!!」

 

大きな声で、またもアドニスを褒める円堂。

 

「クソッ!………でも円堂の言ってた通り、すごいな、お前。」

 

悔しながらも染岡もアドニスを認める。

本来の彼は強いのだが、今はある事情に平静さを失っており、自分の本当の力を出す事が出来ないままでいた。

 

「染岡。お前にはお前のサッカーがある。だから慌てないで行こうぜ。」

 

宥めるように円堂が、染岡の肩にポンと手を乗せた。

そういえば昨日、円堂が帝国学園に勝って部員全員が意気揚々としている。と話していた。

でもどうして彼は、こんなに焦っているんだろう。

 

「何かあったんですか?」

 

不思議に思ったアドニスは質問をした。

 

「…ああ。恥ずかしい話だが、俺はまだ必殺技を持っていないんだ。最近な、俺達雷門中サッカー部に、すげえ奴が入って来たんだ。そいつの必殺技が凄過ぎて………俺は今までサッカーへの熱を忘れてた癖に、そいつに…負けたくないんだ。だから今、必殺技の練習をしていたんだ。」

 

 

冷静さを取り戻しつつあるものの悔しい思いを隠さず染岡が答えた。

その彼の気持ちは何となくだが、アドニスにも突き刺さった。

 

「私も一緒に必殺技の練習したら駄目でしょうか?私もまだ必殺技、使えないんです。早く使えるようになりたいんですが…」

 

染岡は少し意外そうな目でアドニスを見る。

 

「何だ、お前もなのか。そういう事なら仕方ない。いいぜ!」

 

「じゃあ、オレがゴールの前に立つから、お前達二人はボールを蹴って来てくれ。」

 

ワクワクしながら、円堂はゴールの前に立ち構えた。

 

「行くぞっ!円堂っ!!…………おらあっ!!」

 

まずは染岡がゴールに向かってドリブル。ボールに気を溜めて思い切り蹴り出す。

それを受け止める円堂。

 

必殺技にはならなかったものの、竜が真っ直ぐに進んでいくかのような迫力のある力強いシュート。

更に練習を重ねれば、必殺技になる日も近いだろう。

 

「良いシュートだ!染岡!!次はアドニスだ!来いっ!!」

 

 

円堂にそう言われ、シュートの準備体勢に入るアドニス。

 

 

__あの技を使ってみたい。

 

そう思い、思い切りボールを蹴り上げ_____

 

 

「いたっ!!」

 

彼女は後ろ向きに勢いよく倒れてしまった。

 

「どうしたんだよ?!アドニス!」

 

「大丈夫か?!」

 

円堂と染岡が、何故か倒れてしまったアドニスに駆け寄る。

 

「あはは……ごめんなさい。」

 

彼女が使いたかった技とは世宇子サッカー部3年生部員のヘラが使う、ディバインアローという技だった。

ボールを空中へ蹴り上げながら後方倒立回転跳び(つまりバク転)をしボールに連続蹴りをし聖なる気を溜め、矢のように打ち込む____

そんな技だった。

激しい動きをしなければならず、いくら運動神経が良いと言っても、アドニスには難しい技であった。

 

「…やっぱり私には駄目か………」

 

「お前もあきらめるなよ、アドニス!!練習なら俺達が付き合うからさ。」

 

染岡が、やる気に満ちた表情で笑う。

 

「円堂さん、染岡さん………ありがとうございます!」

 

「さあ、練習再開するぞーっ!!」

 

 

その後も日が暮れ、へとへとになるまで3人は練習に明け暮れた。

こんなに疲れても、やっぱりサッカーは楽しい。

 

 

 

世宇子では絶対にこうしてサッカーの練習をさせてくれない。

新しいサッカー仲間に出会ったアドニスは嬉しい気持ちでいっぱいだった。

 

 

 

 



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5話 新しい希望と不穏の影

 

 

 

 

世宇子中サッカー部。

 

アドニスは前回、無断で休んでしまった事を部員達に謝罪し、マネージャーの仕事を再開していた。

休んでしまった理由は体調不良だったから、という事にしておいた。

 

 

「この前の事は、あんまり気にするなよ。」

 

「そうそう、キャプテン相手に君もよくやった方だと思うよ。」

 

 

部員達は特に咎めて来る事は無く、以前のキャプテンとの勝負のせいで逆に気を使われてしまった。

これは大分、気恥ずかしかった。

 

 

「アドニス。何だかご機嫌だね。…何か良い事でもあったのかい?」

 

この前と違い、どことなく表情が明るくなったアドニスを見て、アフロディがそう質問を投げかけた。

彼女が部活に来なかった時は、もうここには来なくなってしまうのではないかと気掛かりで、何とか戻ってもらえる方法を考えていたくらいなのだが。

 

「キャプテン!…いいえ、何でもありません。」

 

アドニスは雷門中の事は内緒にしておこうと思った。サッカーをしている、なんて伝えたら止められてしまうだろう。それに、ここには関係のない事だと思ったからだ。

 

「…そうかい。無理をしないようにね。具合が悪くなったらすぐに誰かに言うんだよ。ボクは少し用があるから、ここを離れるよ。」

 

 

彼女が自分に理由を教えてくれない事を残念に思うが、とりあえず部活に来てくれて良かったと思う事にし、今は深入りする事をやめた。

 

そして、この世宇子のキャプテンとして__ある人物の場所へと歩いて行く。

 

 

 

 

「ディバインアロー!!」

 

向こうでは3年部員のヘラが必殺技の練習を始めていた。

 

「やっぱりすごいな、あの技。」

 

 

アドニスは必殺技ディバインアローをしっかりと横目で観察する。

弓矢の様に射る動作が、かっこいい技だった。これは前世で狩りが好きだった影響なのだろうか。

是非、使えるようになりたい。

 

 

また、円堂さんや染岡さんに練習に付き合って貰おう。

 

 

そう考えていると先程まで練習していたはずのヘラとデメテルがこちらへ近付いて来た。

 

「…!!」

 

見ていた事がバレてしまったのか!?マネージャーの仕事をきちんとしろ、と怒りにでも来たのだろうか。

アドニスはそう思いながら心の中で身構え、覚悟を決める。

 

 

「なあ、間違っていたら悪いんだが君はもしかして………ディバインアローを使ってみたいのか?」

 

そう怪訝そうな口調でヘラが尋ねる。

背が高く、嫉妬深く厳しい女神の名を持つ彼の目は、アドニスをより緊張させる。

それにその隣には特徴的な古代ギリシャのコリント式兜を被っているデメテルもいる。なぜ豊穣の女神の名を持つ彼は兜を被っているのか。

とにかく、こちらはそんなに厳しい人ではなさそうだが。

 

 

「えと、その………」

 

ああ、怒られる!

二人の先輩に詰め寄られ緊張がピークになる。

 

「大丈夫。今はアイツはいないから。」

 

そういえば、キャプテンは用があるから少しここを離れると言って、どこかへ行ってしまった。

アドニスは緊張を押し殺し、返答する。

 

 

「……はい。弓みたいな技がかっこいいと思ってまして…その、私も使えるようになったらいいな、と……」

 

そう聞いたヘラは先程とは違う、嬉しそうな柔らかい表情に変わった。

 

「なんだ、そうだったのか!必殺技を使う時こっちをじっと見てくるから、もしかしたらと思っていたんだよ。良ければ今、練習してみないか?」

 

アドニスは思いもしなかった提案に安堵しながらも驚く。

 

「え!?良いんですか?でもキャプテンが戻って来たら……」

 

「それなら大丈夫だよ。今は総帥と話をしているだろうから、しばらくは戻って来ないよ。」

 

デメテルがそう言った。総帥とは何だろうと一瞬思ったが今はとりあえず。

 

 

「それでは……ヘラ先輩、デメテル先輩、お願いします!」

 

 

そうして二人に練習を見て貰う。

 

 

 

「そんなんじゃ駄目だ!もっと勢いを付けないと!」

 

「こうですか?」

 

「もっとバク転の時にこう……バッ!ガッー!!てやった方が良いんじゃない?大地を味方にするみたいにさ。」

 

「…は、はい……?」

 

ときおりデメテルから変なアドバイスも貰いつつ、練習を重ねていく。

必殺技はとにかく勢いと練習が大事だ。

今は先輩二人が見てくれている。やはり同じ学校の人と、必殺技の持ち主と一緒に練習出来ればより心強い。

思い上がる訳ではないが自分にも出来るようになりそうで安心する。

 

 

 

 

____その頃、雷門中では尾刈斗中との練習試合が行われていた。

 

 

尾刈斗中は不気味な戦術で相手チームを動けなくしてしまう催眠術を使っており、雷門は苦戦を強いられていた。

だが、その催眠術の仕組みに気付いた円堂は大声を出し、チームの皆の意識を取り戻す事で、尾刈斗の催眠術を破る事に成功していた。

あとは、ゴールキーパーの技を突破しなくてはならない。

 

 

「染岡!あのゴールキーパーの手を見るな!!あれも催眠術の一種だ!」

 

 

そう大声で染岡に伝えているのは彼と同じフォワードの豪炎寺修也。

色々とあったものの、雷門中サッカー部に入部したばかりの天才ストライカー。

 

彼が、染岡が平静さを失っていた原因だったのだが___

 

 

ただ攻め込むだけじゃなく相手の動きをしっかり観察した上で動く。悔しいがやっぱりコイツ、豪炎寺はすげえ。

 

「ドラゴンクラッシュ!」

 

青い龍がボールへ喰らいつこうと軌道を描いていく。

染岡は完成させた必殺技のシュートを、あえて上に打ち込んだ。

 

「トルネード!!」

 

染岡のシュートに豪炎寺の必殺技ファイアトルネードが重なり、青い龍は炎をまとい赤く灼熱の色に変わる。

 

「な…なんだと?」

 

その急な動きに、尾刈斗のゴールキーパー、鉈は反応出来なかった。

 

 

ピイイィーーーと、雷門の得点を知らせるホイッスルが鳴ると同時に、試合終了のホイッスルも鳴り響く。

 

「やったぁ!勝ったぞ!!フットボールフロンティア地区予選、出場決定だぁーーーっ!」

 

円堂が嬉しさのあまり叫ぶ。

尾刈斗中との練習試合は無事、雷門中の勝利で終わった。

 

 

 

 

「総帥。ボク達はいつになったら試合に出ても良いのでしょうか?」

 

若干緊張を隠せていないアフロディが目の前にいる人物に問いかける。

 

「そう慌てるな。次のフットボールフロンティアではお前達の出番がある可能性が非常に高い。」

 

その人物は丸い遮光性のサングラスを掛けており表情が読めない。面長で痩せた体型に黒い服をまとっており、どこか剣呑な雰囲気を醸し出していた。

 

彼こそ、この超次元サッカーの世界に欠かせない敵。影山零治。

今は帝国学園やその他の事で多忙な為、世宇子にはあまり顔を出せず、たまにこうしてキャプテンのアフロディから近況報告を聞いていた。

 

この影山にとって世宇子イレブンは復讐の為の道具であり作品の一つ。いざという時の切り札として今は、その時の為に彼らを世間から隠していた。

 

 

「例の物の完成は近い。今はその時を待つのだ。…後は任せたぞ、アフロディ。」

 

影山は不穏な薄い笑みを浮かべながら静かにそう告げ去って行った。

 

 

 

 

 




ヘラ
3年生。ミッドフィルダー。
ディバインアローを使う時、アドニスが見てくるので声を掛けた。
嫉妬深いとも言われているが実は面倒見が良い。

デメテル
2年生。フォワード。
古代ギリシャ式兜を被っている。
熱血でフレンドリー。

影山
ご存知全ての元凶。今は帝国やその他色々で多忙な為あまり世宇子に顔は出していない。彼らに飲ませる例の薬を開発中。




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6話 雷門の光と世宇子の影

 

 

 

「アドニス、だいぶ形になってきたんじゃないか?上達が早いな。」

 

 

必殺技ディバインアローの練習をしているアドニスを、ヘラが褒める。

 

連続蹴りをしてボールを浮かせられるようにはなり、あとはそのままシュートを決められれば完成だった。

通常なら、一日でここまでは出来ない。物覚えが良い年齢という事もあるが、それ程までに彼女は練習に打ち込んでいたのだった。

早く必殺技を使えるようになりたいという一心で。

 

「うんうん、すごいよ!もうここまで出来るなんてさ……良かったら俺のリフレクトバスターも………」

 

「そろそろやめた方がいいかも!アフロディ、戻って来るよ!!」

 

 

デメテルの言葉を遮り、そう伝えてきてくれたのはヘパイスだった。

 

「やばっ、じゃ、俺達はこれで!」

 

「この調子で頑張れよ、アドニス。」

 

 

アドニスは二人に深々と頭を下げ、礼を言った。

それを見たヘラとデメテルはニコリと笑いながら自分達の練習へと戻っていった。

 

 

「皆、集まってくれ!」

 

 

どこかから戻って来たアフロディは一旦、部員達を一箇所に集合させ何かを話し込む。

その内容をアドニスは聞き取る事は出来なかった。

本当、これでは除け者だ。

 

でも必殺技のコツは教えて貰えたし、これで一人でも練習を続けられそうだ。

しかし、どうして先輩達は自分に必殺技を教えてくれたのだろう。自分達の練習で忙しいのに。

こうして練習を見て頂いた事は絶対に無駄にしない。

アドニスは改めて、心の中で先輩方に感謝をする。

 

ふと、肩をぽんぽんと叩かれる。

いつの間にかアフロディがすぐ隣にいたのだった。

 

 

「アドニス。何回呼んでも全然気づいてくれないなんて…何を考えていたんだい?」

 

その表情はにっこりとしているが若干の圧を感じる。

 

 

「い、いえ!ごめんなさい。」

 

「まあいいや。ストレッチを手伝ってくれるかい?」

 

「はい。」

 

アドニスはそのままアフロディの後に付いて行った。

その二人の様子を遠くから見ているヘラとデメテル。

 

 

「やっぱりあの子、すごく筋が良かったよね。」

 

デメテルが、先程のアドニスの練習の動きを褒める。

 

「ああ。なぜアイツがあの子をマネージャーのままにしているのか、どうせくだらない事が原因だろう。」

 

ヘラが呆れたような口調でデメテルに言う。

そこに、へパイスも加わってきた。

 

「でも、アフロディの気持ちも分かるよ。危険な目に遭わせちゃうかもって、どうしても思うもん。」

 

「そうかもしれないが…この前のアイツとの勝負を見て思ったが、あの子はサッカーがやりたいんだ。アイツの身勝手な都合に付き合わされるべきじゃない。それに、さっきの練習の打ち込み具合を見て改めて分かったよ。あの感じはフォワードに向いてると俺は思う。」

 

「そうだよね。でも…」

 

「あの子はここ世宇子にいるべきじゃないかもしれないな。俺達はもう少しで…」

 

 

先程の集合の時にアフロディが言った内容。

__例の物は間もなく完成する。これでボク達は神にも等しい存在となる。

 

 

この世宇子に、これから訪れるであろう事。

それは喜ぶべき事なのか、それとも憂うべき事なのか。自分達はどうなってしまうのか、それはまだ分からない。

 

アドニス。あの子にはもっと良い場所がないのか。

ここでアフロディの都合に付き合ってしまっては時間と能力の無駄だ。それだけではない。

世宇子はこれから、危険な場所となってゆくだろう。

 

もっと彼女自身の力を必要としてくれる場所があれば良いのだが。

 

ヘラは密かにそう考えていた。

 

 

 

 

それから何日か経ち…円堂達雷門中はフットボールフロンティア地区予選に参加していた。

 

 

第一回戦の千羽山中は無限の壁と言う絶対防御の必殺技を駆使し、無失点を誇って来たチーム。

雷門は、その鉄壁の守りを見事に破り勝利。

 

その次の御影専農中学は、データ洗脳されていたサッカー部員達との戦いだった。戦いを通じ、彼らを洗脳から解き放ちデータには頼らない熱い心を取り戻させ、無事雷門中の勝利。

 

この調子で次々と地区予選を突破していた。

 

 

「円堂さん達、すごいですね!」

 

「ああ、ようやくここまで来たぜ!!」

 

 

いつの間にやら雷門中に馴染んでいるアドニス。

彼女は何とか暇を見つけては、雷門中にお邪魔して一緒に基礎トレーニングや練習をさせて貰っていた。

 

既に円堂や染岡、木野とは知り合いだった為、雷門イレブンに溶け込むのはそう時間が掛からず、皆はアドニスを歓迎してくれた。

その中でも、マネージャーで同じ年である音無春奈とは特に仲が良くなった。

 

「花が増えてこのサッカー部も華やかになってきたでやんすねぇ~」

 

「アドニスさんにもプレイヤーになって欲しいッスね。」

 

栗松と壁山が和やかにそう口にする。アドニスは雷門中に転入した訳ではないのだが。

 

「そういえばアドニスちゃんは…どこの学校の子なの?」

 

「え…ええと……」

 

そう春奈に聞かれ、どうしようと迷うアドニス。世宇子中だと言っても分からないだろう。

 

「無名な学校だから、言っても分からないと思う…な。」

 

 

そう返しながら、前にアフロディに質問した事を思い出す。

フットボールフロンティアに、世宇子は参加しないのだろうかと思い、彼に聞いた事があったのだった。

 

 

「あの、キャプテン…。」

 

「何だい?アドニス。」

 

「少しお聞きしたいのですが、世宇子はフットボールフロンティアには参加はしないのでしょうか?」

 

その質問を聞いた後、少しアフロディの表情が曇った気がしたが、すぐにいつもの余裕そうな顔に変わった。

 

「ふふ。どこから聞いてきたのかな。ボク達はそんなものには参加しないよ。」

 

「え?」

 

「だって、神と人間が競い合っても勝敗は見えている。そうだろう?アドニス。」

 

「…………。」

 

自信に満ちた表情で、その長い金髪を優雅にかき上げながらそう返され言葉が詰まる。

出場しない事に残念な気持ちを持つと同時に、変な違和感が込み上げてくる。

 

もしかして神とは自分達の事を言っているのだろうか。

確かにキャプテン含め世宇子の部員は強い。それは今まで見てきたし、この間の勝負でそれは確信しているつもりだ。

しかし、アドニスにはどうも彼らが神だとは思えなかった。

 

これは無意識にも、前世の神話の世界の事を覚えているのだろうか。

神と言うのは、もっと___

 

 

雷門中に入学していれば良かった。

私も雷門中の皆とフットボールフロンティアに出て、一緒に戦えたらよかったのに。

 

思い切り、戦ってみたかった。

 

 

 

___その頃、世宇子中では、影山によって11名の部員達だけが集められていた。

彼らは影山を迎え、沈黙のまま彼の前に跪いていた。

 

 

「諸君。例の物が完成した。」

 

影山が静かな…だが威圧感がある口調で、集まった世宇子イレブンに告げる。

どこからか現れた研究員らしき男達により、世宇子イレブンの前に人数分の取っ手の付いたグラスに注がれた液体が運び出される。それは一見すると何の変哲も無い、ただの透明な飲み物。

それを見た世宇子イレブンに、より一層緊張が走る。

 

「その名も神のアクアだ。お前達の力を最大限に引き立てる物。お前達は神にも等しい存在になるのだ。」

 

そして、私の復讐を果たす道具となる___。

 

 

キャプテンのアフロディを初め、それぞれグラスを手に取り、一拍置いた後に中の液体を飲み干す。

その瞬間、身体が痺れるような熱い感覚と共に、全ての力が漲ってくるのを感じる。

 

 

最初こそ抵抗を感じる者もいたのだが、飲み干した途端、心も身体もこの神のアクアに取り憑かれてしまった。

 

それを見た影山は、サングラスを光らせ誰にも気が付かない程度にほくそ笑む。

 

 

 




※ 地区予選第一回戦は千羽山中ではなく野生中ですが、都合の為順番を変えています。


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7話 それは神の力?

 

 

 

アドニスは一人、河川敷で必殺技ディバインアローの練習をしていた。

もう少し。あともう少しで技が決まる。そう思い、ゴールにボールを打ち続ける。

 

「アドニスちゃん!ここにいたんだ。ふふ、頑張ってるねっ」

 

「春奈ちゃん。」

 

そこに笑顔を浮かべた音無春奈がやって来て、アドニスにドリンクを渡した。

2人はベンチに座る。

 

「ありがとう。」

 

「でもここじゃなくて、グラウンドで一緒に練習すればいいのに…」

 

「私は雷門中の生徒じゃないし…さすがに何度もお邪魔したら申し訳ないよ。」

 

「そういえば、アドニスちゃんは、どうして雷門に来たの?」

 

春奈からそう、質問をされる。

言われてみれば、どうしていつの間に雷門に馴染んだのか。

 

「サッカーがやりたいから、かな。」

 

「アドニスちゃんの学校にはサッカー部は無いの?」

 

「ううん、あるよ。あるんだけど……そこではサッカーやらせて貰えないんだ。怪我をさせたら困るからって……」

 

 

そう聞いて、それも少しわかるような気がする春奈だった。

確かにこの子に怪我をさせてしまったら、気が引けるだろう。

でもアドニスにとって、それは大きなお世話なのだ。

 

「でもね、良い人達もいて必殺技を教えて貰えたばかりなんだよ。」

 

「それが今練習してる技?」

 

「うん。その人達の好意を無駄にしたくないから出来るようになりたいんだ!難しい技なんだけどね。」

 

「沢山練習しているんだもん。もうすぐ出来るようになるよ!アドニスちゃん…その学校の名前、聞いても良い?無名でも良いから。」

 

以前、聞いた事がある質問だったがアドニスは言っても分からない、という事でうやむやにしていた。

春奈ちゃんになら言っても良いか。そう思い、アドニスは答える。

 

「世宇子中っていう所なんだけど…やっぱり知らないでしょ?」

 

「ぜ…ぜうす……?」

 

 

聞いた事も無い学校名…というよりそれってギリシャ神話の神様の名前?と春奈の目は点になる。

 

「……あははっ、もう、アドニスちゃんたら!いきなり神様の名前を言ってくるなんて……ふふ、」

 

アドニスなりの冗談と思い春奈は思わず笑い出す。

 

「ああ、笑った!本当に学校の名前なんだよ!」

 

「はいはい。分かりました~」

 

「信じてないな!」

 

今でこそ微笑ましく会話のネタにしているが、この時はまだ彼女達は知る由も無かった。

 

その世宇子が、雷門中の最大の脅威になるという事を。

 

 

この調子でしばらく話し込んでいると、円堂がやって来た。

 

「ここにいたのか!音無とアドニス!練習を始めるからグラウンドに来てくれ!」

 

「はい!」

 

 

2人は返事をすると円堂に付いていき、そのまま次の試合の為の練習をした。

もうアドニスは雷門中の一員のようにされていた。もちろん正式な部員ではない為、試合には出る事は出来ないが。

それでも一緒に練習させて貰えるというだけで、必要とされているようで嬉しかった。

 

 

フットボールフロンティア地区予選、準決勝の秋葉名戸戦はオタク気質で、お世辞にも運動神経が良いとは言えない…文化系のマニアックな部員達が卑怯な手を使ってでも勝利を掴もうとしていた。オタクを馬鹿にしていると憤りを感じた、普段はフィールドに立つ事のない目金欠流のオタク道全開のプレーで勝利。

 

この調子で雷門中は地区予選を勝ち進んで来ていたのだった。

 

 

 

 

アドニスは正式には世宇子中の生徒。

サッカーをさせて貰えないマネージャーがどんなに嫌でも、そう決まっているのならそれに従うしかない。

今現在、本業の世宇子中サッカー部にいるのだが。

 

 

突如、大きく鳴り響く轟音。

 

「…!何て力……!」

 

目の前に広がる光景を見て、つい驚きの言葉が出てしまう。

いつも通りの筈の部員達の練習。その中でもキャプテン、アフロディのシュートにゴールが耐え切れず、壊れてしまったのだった。

特にゴールが老朽化していた、という訳でもなさそうなのだが。

 

どうして、急にあんな力を__?

確かに彼は、いや彼らは強い。でもこれは特訓で…という訳でも無いような___

 

アドニスは嫌な予感を感じた。

ヘラとデメテルの方を見ても、彼らはアドニスに目を向けようとしなかった。

何となくではあるが…キャプテンを除く、皆の態度が冷たくなったような気がする。

 

 

「どうだい?アドニス。すごいだろう?」

 

アフロディが自信に満ちた表情を見せる。その顔はいつも通り美しく、しかし同時に得体の知れない不気味さも感じ取れた。

 

「これが神の力さ。キミはずっとボクの傍にいて、この強大な神の力を見ていればいい。」

 

 

神の力…。

圧倒的な強さ。確かにこの光景を見せられてしまえば、そう認めざるを得ないのかもしれない。

 

でも彼らは神ではない。それだけは分かる。

思い上がった事をすれば、いずれ本物の神によって天罰が下るだろう。

神話の世界では、自分は神に並ぶ……神をも超えると思い上がった人間には、本物の神が必ず天罰を与えているのだ。

だがそんな事を今の彼に言ったとしても、絶対に聞いてなどもらえない。

 

アドニスは、苦笑いをするしかなかった。

それと同時に…ここ世宇子からは、離れた方が良いかもしれない。なぜかそう不安を感じたのだった。

 

考えてみれば雷門サッカー部と比べて、おかしいところがある。

まず、どこの学校とも練習試合をしていないという事。

あまりにも弱過ぎれば、どこからも試合を受けつけて貰えないという事は聞いた事があるのだが彼らは強い。

ここまでの実力がありながら…なぜ、どことも試合をしないのだろうか。

 

そして、雷門ではマネージャーの春奈が部員達の練習を撮影したり記録したりしているのだが、ここ世宇子では時々やって来る、サングラスを掛けた研究員の様な男達が何やら記録しているようだった。

中学生の、しかもどことも試合をしないようなチームに大掛かり過ぎではないか。

そのサングラスの男達はアドニスを見ても、ただの雑用係だと相手にしていなかった。

 

そして一番気になる事は監督が未だに姿を現していないという事だ。雷門には響木監督がいて、いつも雷門イレブンの練習を見てくれている。

もしかすれば、部員達全員は既に会っているのだろうか。自分だけ___

 

 

深入りしたとしても、きっと皆もキャプテンも濁してくるだろうし本当の事なんか教えて貰えないだろう。

 

 

いつも除け者扱いされ、簡単な雑用ばかり。それじゃなければアフロディの話し相手にされるだけ。

サッカーがやりたいから入部したはずなのに自分なんて、ここにいなくてもいいのではないか。

これなら、円堂達雷門中の方が自分を必要としてくれている。

どうにかして…雷門に転入する事は出来ないのだろうか。

 

 

このままは、やっぱり嫌だ。

でも…何をすればいいというのか。自分ではどうする事も出来ない。

転校だって、そんな簡単に出来るはずがない。

 

アドニスは自分の無力さに思い悩む事となった。

 

 

 



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8話 困った時の夏未様

 

 

 

雷門中にある理事長のご令嬢、雷門夏未の部屋。

 

窓には豪華なカーテンが付けられ、壁には大きな振り子時計が置いてある。棚の上にはアンティークドールが何体も飾られており、学校の中にあるとは思えないような……ゴージャスで何ともお嬢様らしい部屋だ。

 

そのテーブルに、そわそわと落ち着かない様子でアドニスは座っていた。

 

 

「はい。どうぞ。イギリスから取り寄せたアールグレイよ。お口に合うと良いのだけれど。」

 

夏未が、高級そうなティーカップに入れられた紅茶をアドニスへと差し出す。

紅茶からは、柑橘系の爽やかな香りが漂っていた。その良い香りは今の彼女の心を解きほぐしていく。

 

「ありがとうございます。頂きます…」

 

アドニスは一口、口を付ける。

そして、今まで味わった事のない紅茶に目を見開く。

 

「美味しい!こんなに美味しいお茶、飲んだ事がありません。」

 

「あら、それは良かったわ。この前、円堂君に飲ませてみたら麦茶と何が違うんだ?って言われたのよ!…あの人ったら……」

 

「あはは、円堂さんらしいですね。」

 

「そうかもしれないわね。良かったら今度、分けてあげるわね。……ごめんなさい、話が逸れてしまったわね。」

 

夏未はアドニスの対面に座り、一緒に紅茶をすすりながら微笑む。

 

「それで、どうしたの?何か悩んでいるのかしら。」

 

穏やかで優しい声で、アドニスに尋ねる。

 

 

つい先程の事。

いつものように雷門中へやって来たアドニス。ただ、なぜか彼女は元気が無い様子だったのだが、体調が悪いという事でもなさそうだった。

何か悩みがあるのか…それを心配した春奈が夏未へ話したのだ。

 

いつも雷門中に来てくれるアドニスの為、何かあるなら相談に乗ろうと思った夏未はこうして彼女を部屋に招いたのだった。

 

 

「何か悩んでいるのなら話してしまった方が楽になれるわ。……話したくないのなら無理には聞かないけど。」

 

「夏未さん、ありがとうございます……!」

 

 

悩みを抱えている時にこうして聞いてくれるとは何と心強いのか。

さっきまで悩んでいた事も小さな事に思えてしまう。アドニスは嬉しい気持ちで溢れた。

確かに、うじうじと一人で悩むなら誰かに聞いて貰った方が良い。

このまま、話を聞いて貰う事にした。

 

「あの、私、今___」

 

 

そして、今の自分の心境を話し出す。

 

在校中の学校のサッカー部での自分の扱い。

フットボールフロンティアに出てみたかったという事。

 

夏未はそれを真剣な眼差しで聞き始める。

 

 

 

「あれっ?アドニスはさっき来てたよな?どこ行ったんだ?」

 

グラウンドで練習している円堂が先程までいたはずのアドニスを探そうとする。

 

「キャプテン!今アドニスちゃんは夏未さんと大事なお話をしているんですよっ!」

 

春奈が慌ててそう伝える。

 

「大事な話?」

 

「そうです!だから今日はそっとしておきましょう!」

 

「なんだ、そうなのか。それならしょうがないな。」

 

 

単純すぎる円堂。

だが今は決勝戦の強敵、帝国学園との試合の時の為、一分一秒でも長く練習をしなくてはならなかった。

そのまま、練習を再開する。

 

 

 

 

部屋でアドニスの話を一通り聞き終えた夏未は彼女に提案をする。

 

「話は分かったわ。アドニスさん。そういう事なら…雷門中に転校してくれば良いわ。」

 

「でも、転校となると、そう簡単には…いかないですよね。」

 

転校が、まるでいとも簡単な事の様に…紅茶をすすりながら言ってくる夏未にアドニスは疑問を持つ。

 

「あなたが本当に雷門中に来たいというのなら、私が手続きをするわよ。それに今の話を聞いた限りだと、あなたをその学校に置いておくのは勿体ないと思うの。是非うちに来て活躍して欲しいわ。」

 

 

この超次元サッカーの世界には、引き抜きと言うシステムがある。

気に入った選手がいれば、こちらの学校へ引き抜く事も可能なのだ。

理事長の娘であり、その代理である夏未はそういった手続きを得意としていた。

 

「どうする?転校する?しない?」

 

じっとアドニスの目を見ながら、夏未は尋ねる。

 

確かに前々から雷門中に行きたいと何度も思っていた。それはアドニスにとってはこの上ない誘いだ。こんなに簡単な事で良いのだろうか…。

しかしアドニスの答えはもう既に決まっていた。

もう世宇子のマネージャーで…除け者扱いされるのは嫌だ。雷門中に転校して、私も部員としてサッカーがやりたい。

 

 

「はい。夏未さん。どうかよろしくお願いします。」

 

椅子から立ち上がり、深々と礼をするアドニス。

それを見た夏未は少し慌てる。

 

「あ、あらまあ、何もそこまでかしこまらなくても良いのよ?あなたに来て貰いたいというのは私の希望でもありますからね。」

 

「ありがとうございます…!」

 

「そうと決まれば手続きの準備を進めなくてはならないわね。…あら、もうこんな時間?アドニスさん。遅くなってしまうからもう帰った方が良いわ。後は私がやっておくわね。」

 

時計を見ながらそう言い、夏未はノートパソコンを取り出す。

 

「夏未さん。本当にありがとうございました。どうかよろしくお願いします。…それでは私は失礼します。」

 

「気にしないで。私も楽しかったから。それではまた、ね。気を付けて帰るのよ。」

 

 

お辞儀をしながら夏未の部屋を出たアドニスの表情は喜びに満ちていた。

夏未さんに話をして本当に良かった。もうすぐで皆と本当の仲間になる事が出来る。

わくわくとした気持ちのまま、帰路に就く。

 

 

 

「おかしいわね…。サッカー部の事は何も書かれていないなんて……」

 

夏未は転校手続きの為、アドニスが話していた彼女が在校しているという世宇子中について調べていた。

学校自体は存在しているのだが、なぜかサッカー部の事に関しては全く出て来ない。

アドニスはサッカー部に所属しているにも関わらず、サッカーをやらせて貰えないと嘆いていたのだが。

 

「それ程、弱小中という事なのかしら。まあいいわ。」

 

 

その事を深く考えるのはやめ、今は手続きを進めていった。

 

 

 



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9話 雷門転入の前日

 

 

アドニスは緊張を隠せない様子で、世宇子中サッカー部の扉の前にいた。どうしても変な汗が出てきてしまう。

 

あれから随分と早く、夏未のお陰で転校の手続きが無事終わり、いよいよ明日からは晴れて雷門中の生徒になる。

 

同級生達との別れは済ませ、後は____

 

サッカー部の皆と……キャプテンへお別れをしなければならなかった。

 

夏未は、私からサッカー部のみなさんへ話をしましょうか。と言ってくれたが、さすがにそこまでしてもらうのは厚かまし過ぎる。

それに、自分を見てくれたヘラ先輩やデメテル先輩。そして皆には自分から挨拶をするべきだと思い、今は扉の前にいるのだが…やはり緊張する。

恐らく皆は自分なんかいなくなっても何とも思わないだろう。

でも、キャプテンは………

 

深呼吸をし、意を決して、いつもより重く感じる扉を開く。

 

 

あのゴールが壊れた日以来、もの凄い気迫で練習を続けている部員達。

見慣れたこの光景も、今日で最後。

ただ、なぜ彼らがここまで変わってしまったのかは、未だに分からないままだった。

 

 

「やあ、アドニス。今日は少し遅かったようだね。」

 

アドニスが来た事に気が付き、彼女の前へと移動してきたアフロディ。

今こそ言わなければ。アドニスは重い口を開く。

 

「あ、あの…!」

 

「どうしたんだい?」

 

いつもと違い、どこか緊張気味なアドニスに気付き、ただ事では無いと察するアフロディ。

彼の中に嫌な予感がよぎる。まるで彼女が自分から離れて行ってしまうような…そんな気がした。

 

 

「私…世宇子を転校する事になりました。明日から…それで……」

 

「!!?」

 

当たって欲しくない予感は的中してしまった。

それを聞いた瞬間アフロディは愕然とし、見開かれた目はアドニスを凝視する。そして彼女が言おうとした言葉を遮り、少し強い口調で言い返す。

 

「え?!どういう事なんだ?!急に転校って…」

 

「私、やっぱりサッカーがやりたいんです!マネージャーじゃなくて……」

 

アドニスは自分の思いを伝える。が。

 

「マネージャーとしてやっていくと約束したじゃないか!認めないよ。キミがサッカーをやるなんて。キミにサッカーは危険すぎると忠告しただろう!」

 

そう否定の言葉を喚き立てられ、両肩をぐっと強く掴まれてしまい動く事が出来なくなってしまう。アドニスは痛みを感じ顔を歪ませる。引き離そうと彼の腕を掴むが、それを解ける訳が無かった。

 

「で、でも!」

 

何か言い返そうとするも赤い目で睨みつけて来るアフロディの、その気迫にアドニスはたじろいでしまう。

 

 

「やめろ。アフロディ。」

 

いつの間にかアフロディの後ろからヘラが彼の肩を掴んでいた。

言い争っているような声が聞こえ、仲裁に来たのだった。

 

「アドニスにはアドニスの考えがある。彼女がどこに行こうとどうしようと自由だ。それをお前が止める権限はないだろう。それに今は、こんな事をしている場合ではないんじゃないか?」

 

「………っ」

 

さすがのアフロディも先輩である彼から淡々とそう言われてしまうと何も言い返す事が出来ずに、そのまま俯いて黙ってしまう。

いつもは先輩であろうと上下関係など気にしていないのだが。

 

「アドニス。今までありがとう。次の所でも元気で。もうこのまま行った方が良い。みんなには伝えておくよ。」

 

ヘラは少しだけ微笑みながら、しかしどこか素っ気なくアドニスに別れを言った。

そのまま、アフロディを引きずり連れて行ってしまう。

 

「…あ。」

 

口に出そうとした言葉も、もう伝えられない。お礼を言わなくてはならないのは、こっちの方なのに。

 

___ありがとうございました。どうかお元気で。

 

アドニスは小さく礼を言い、複雑な気持ちを抱えたまま言われた通りその場を去った。

結局、何も伝えられなかった。これで良かったのだろうか。

 

 

とぼとぼと広い廊下を歩いている途中。

前から男が一人、歩いてきた。

背が高く、全身黒い服。後ろで髪を結っており丸い遮光性のサングラスを掛けている。

 

今まで会った事など無いはずなのだが…なぜかアドニスは、その男を見た途端に背筋が凍るのを感じた。

一方、男はサングラスの下の瞳からアドニスを一瞥するが、そのまますれ違っていき、サッカー部のある方向へ進んで行った。

 

あの人は何か良からぬ事をしでかすような……

どうしてだろう。なぜかそんな感じがする。

 

どことなく嫌な予感を感じながらも、待っている夏未の元へ向かう。

 

 

「話は無事に済んだのかしら?…どうしたの?何か元気が無い様子だけど。」

 

リムジンの前で待っていた夏未はアドニスを見つけ、声を掛けた。

 

「はい。少しだけいざこざがありましたが…何とか!」

 

少し…では無かったが一応そういう事にしておく。

それを聞いた夏未は心配そうにした。

 

「いざこざって…大丈夫だったの?やっぱり私が話した方が良かったのではなくて?」

 

「最後は自分で言いたかったですから。結局全員には挨拶する事は出来ませんでしたが…。」

 

例え夏未が言ってくれたとしても、きっと争い事に巻き込んでしまっていたに違いない。

さっきのアフロディはとても怖かった。ヘラ先輩が来てくれなければどうなっていた事か。

 

「そう。まあ練習中となると言いづらい事もあるわね。でもこれで晴れてあなたは私達雷門中の生徒よ。」

 

「はい!」

 

 

やっと雷門中に……皆の仲間になれるんだ。気を取り直そう。

その事が嬉しく、先程までのいざこざと複雑な気持ち、どこか不吉な予感のする男の事などは、今は忘れかけていた。

夏未はリムジンのドアを開け、アドニスに乗るように促す。

 

「さあ、今日は帰りましょう。送っていくわ。」

 

「すみません、ありがとうございます。」

 

そうして車に乗り込むアドニスと夏未。

運転手に車を発進させてもらいながら、会話を続ける。

 

「ちなみに早速なのだけど…明日は地区予選決勝の帝国戦よ。あなたはまだ戦った事は無いかもしれないけど、帝国学園の強さは分かっているわね?」

 

「はい。40年間無敗の学校として有名ですから。」

 

「恐らく最初からあなたを試合に出さないとは思うのだけど……いざという時は出て貰う事になるかもしれないわ。心しておいてね。」

 

「もちろんです。」

 

夏未から念を押すように言われるが、アドニスは内心わくわくしていた。世宇子では他校との試合を見た事が無かった為、とても楽しみだ。

どんな迫力のある試合になるのだろう。40年間の無敗を誇る彼らはきっと恐ろしい程の技を多用してくるんだろうな。

 

私も活躍してみたいけど…まだ必殺技は完成していない。それに初日だから皆の足を引っ張るわけにはいかない。

 

明日はベンチから皆の活躍を見ている事にした。

 

 



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10話 帝国学園へ出発

 

 

アドニスが雷門中へと転入した即日。

雷門中サッカー部のフットボールフロンティア地区予選、帝国学園との決勝戦が開催される日でもあった。

今はサッカー部の全員で電車に乗り込み、帝国学園へ向かっているところである。

 

「何だか…アドニスが転入して来たんだって実感が全然湧かねえな…。」

 

アドニスを見ながら、どこか不思議そうに染岡が呟く。

 

「そうだよね~。いつも一緒にサッカーをしていたから、改めて雷門中の生徒になったとは思えないよね。ずっとウチの生徒みたいだった感じだもん。」

 

染岡に続き松野が言う。

本来であれば、強敵である帝国との戦いの前に緊張している筈なのだが、彼らの関心は今はアドニスへと向けられていた。

 

 

今朝のサッカー部、部室。

 

「今日から正式に雷門中サッカー部員となったアドニスさんです。」

 

部室へと入って来た夏未が部員達の前で、アドニスの紹介をする。

その隣で、アドニスはよろしくお願いします、と改まった挨拶をする。

それに対し、豪炎寺だけは冷静な様子で軽く会釈を返す。

 

「ええ~!?」

 

「でもアドニスさん、いつもウチに来てたッスから、実感が湧かないッス!」

 

「……そうだよな…俺よりも目立っていたし………」

 

豪炎寺以外の部員は、口々に驚きの言葉を発する。でも、ようやく皆と本当の仲間になる事が出来た。

少し複雑な気持ちではあったが、アドニスは嬉しかった。

 

「とりあえず!今日からアドニスも試合に出る事が出来るんだ!!早速今日は帝国戦だ!奴らはすごい強敵なんだ。お前の力が必要な時がくるかもしれない。よろしくな!アドニス。」

 

円堂が試合への意気込みを込めながら言葉を掛けた。

 

「今日はベンチから、奴らの試合をよく見ておくんだ。」

 

続けて響木監督から言われる。

 

「はい!」

 

気合を入れて、アドニスもそれに答える。

少し残念だが見る事も試合だ。色々と学ぶ事もあるだろう。

 

 

「でも、アドニスちゃんが本当に雷門中に来てくれて、嬉しいな。」

 

電車の席でアドニスの隣に座っていた春奈が彼女へ言った。

仲良くなった子が自分の学校へ転校してきてくれた、という事がよほど嬉しいようだ。

 

「わざわざ転校してきちゃうなんて、あの河川敷で会った時にも思ったけど、アドニスちゃんは本当にサッカーが好きなのね。」

 

春奈に続き、木野がしみじみとした感じで笑う。

 

「はい。雷門中の皆さんと一緒にサッカーをしていくうちに本当の仲間になりたいと思うようになったんです。それで夏未さんに相談したら転校手続きをしてくれて……あれ…夏未さんは?」

 

恩人である夏未の姿が見当たらない事に気付き、アドニスはきょろきょろと周りを見渡す。

 

「電車は嫌いなんですって。」

 

木野は苦笑いを浮かべながら答えた。

その頃、夏未はリムジンに乗り帝国学園へと向かっていた。

 

 

そして。

 

 

「あ、帝国学園だ…。」

 

円堂がそう言って窓の外を見ると、他の部員達もそれに集まってきた。

 

電車の窓からは、おどろおどろしい……まるで軍事施設の様な、学校とは思えない巨大な帝国学園の校舎が見えてきた。その圧倒的な威圧感に呑まれてしまう者もいた。

 

「響木監督!」

 

円堂は監督に、全員に活を入れるよう頼んだ。

響木は立ち上がると、雷門イレブンに目を向ける。

 

「俺からはたった一つ。全てを出し切るんだ。後悔しない為に!」

 

「はいっ!」

 

響木監督の言葉に、一同は元気よく返事をする。

 

 

 

電車から降り、帝国学園の門へとたどり着く。

実際にその校舎を目の前にすると、より一層、緊張が走る。

アドニスも、初めて見るその雰囲気に吞まれそうになる。

 

「すっげえ!ここで決勝戦が出来るなんて!」

 

さすが熱血キャプテン。円堂は、張り切っていた。

 

重々しい雰囲気のする内部へと入り進んでいくと雷門中様控室と書かれた扉を見つける。

 

「ここが俺達の控室か。」

 

扉に近づくと突然、勝手に開き、中から少年が出てきた。

その少年は何故か、深緑の帝国のユニフォームの上に赤いマントをまとい、ドレッドヘアを後ろにまとめゴーグルを装着しており、何とも奇妙な格好に見える。

 

「春奈ちゃん、この人は………」

 

アドニスは初対面な為、春奈に誰なのかを聞こうとしたが彼女の様子がおかしい。少年を見つめたまま、いつもの明るい表情とは違う渋面を見せていた。

彼女がこんな顔をするなんて。どうしたのだろうか。

 

「彼は帝国学園サッカー部のキャプテン。鬼道有人さんよ。」

 

春奈の代わりに木野がアドニスに囁いた。

 

この人が帝国のキャプテンなのか。40年間無敗を誇るサッカー部の代表…。

格好こそ普通ではないが、それだけではない。どこか…タダ者ではないオーラが漂っている。

 

「おい!何してたんだ、お前!」

 

染岡が、何故か自分達の控室から出て来た鬼道を怪しみ、威嚇する。

 

「無事に到着したみたいだな。」

 

それに動じる事なく、鬼道は静かに口を開いた。

 

「まるで何かあれば良い、みたいな言い方じゃねえか!何か仕掛けたんだろう!」

 

その態度にイラっとしたのか、更に突っかかっていく染岡。鬼道の胸倉を掴もうとした。

 

「やめろ。染岡!鬼道はそんな事をする奴じゃない!」

 

それを円堂が止める。

 

「安心しろ。何も仕掛けていないさ。」

 

それだけ言うと、鬼道は廊下の奥へと去って行った。

彼は一体何をしていたのか。

そう思ったのは染岡だけでは無かった。

 

もしかして何か罠を仕掛けたのかもしれない。

そう怪しんだ部員達は控室の中をくまなく調べ始める。

その光景に、円堂、木野、夏未、アドニスは呆然と立っているしかなかった。豪炎寺と、元帝国出身の土門も同じだった。

 

「おいおい…罠なんか仕掛けられてないって。」

 

呆れる円堂。

それを見た木野は、罠探しをしている全員に聞こえるようにパンパンと手を鳴らす。

 

「はいはい!この話はおしまい!決勝戦なのよ?試合に集中しましょう!」

 

それを聞いた染岡達は、急に罠探しが馬鹿馬鹿しくなった。確かに今はこんな事をしている場合ではない。

 

「そうだな。連中が何をしてこようと試合で勝ちゃいいんだ。」

 

「そうッスよ!絶対勝ちましょう!」

 

「そうだ!今は決勝戦なんだ!」

 

染岡に続き、壁山、半田……そして全員が意気込みを入れる。今は勝つ事を考えなければ。

 

 

そして試合の準備へと取り掛かり、終わった者から順に準備運動をしにグラウンドへ向かう。

 

円堂がグラウンドに行こうと廊下を歩いているその途中。

 

「君は雷門中キャプテンの円堂守君だね。」

 

ある男から呼び止められる。背が高く、黒ずくめの格好。サングラスを掛けたその男は___

 

 

 

帝国のグラウンドは屋内型である。

見上げれば高く重たい天井が見えるのみで、空を見る事が出来ないのは少し残念であるが、その分、広大な広さを誇るグラウンドだった。

他の部員達は初めて使用するグラウンドに慣れる為、アップを始めていた。

一方アドニスは、なぜか先程から姿が見えない春奈を心配し、彼女を探し回っているところだった。

 

「春奈ちゃん、どうしたんだろう…。」

 

先程の彼女の顔。いつもとは違う表情。

そう思いながら広い廊下を歩いていると。

 

「待ちなさいよ!アップもせずこんな所で何をしていたのか聞いてるのよ!」

 

いきなり響き渡る少女の怒声。それは春奈の声だった。

声がする方向へ向かうと、先程出会った帝国キャプテンの鬼道と春奈が、それぞれ対峙していた。

 

「お前には関係ない。」

 

鬼道はそれを冷たくあしらい、その場を去ろうとした。

 

どういう事なんだろう?と思っていると、アドニスの後ろから円堂と木野もやって来た。

そのまま3人は、こっそりと2人の会話内容を聞く。

 

「あなたは…鬼道家に行ってから変わってしまった。私達が別々の家に引き取られてから…一切私と連絡を取ろうともしなかった…!」

 

鬼道は足を止める。

 

「どうして?…私が邪魔だから?…そうなんでしょう?お兄ちゃん!」

 

「え!!」

 

瞳に涙を溜めながら震える声で鬼道へと向けられた春奈の発言に聞いていた3人も驚く。

春奈が鬼道の妹?

 

「私が邪魔になったから連絡もくれなくて……もうあなたは優しかった頃のお兄ちゃんじゃない……他人よ!!」

 

それだけ言い切った春奈は、涙を流しながら廊下の奥へと走り去ってしまった。

それを追い掛けようかと躊躇いながらも、握りしめた拳を震わせながらその場に留まる鬼道。ゴーグルの奥に隠された瞳は、憂き目を見ていた。

 

 



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11話 帝国戦 地区予選決勝戦!

 

 

「実はオレ…さっき帝国学園の監督と会ったんだ。」

 

先程の元気はどこへ消えたのか、円堂がシュンと落ち込んだ様子で語り始めた。それを真剣に聞くアドニスと木野。

 

「その人から、音無と鬼道は兄妹で小さい頃に両親を亡くしちゃってそれぞれバラバラになっちゃって……鬼道は音無を引き取るためにこの試合には勝たなくちゃならないって事を聞いたんだ。」

 

「春奈ちゃん…そんな事があったなんて。」

 

アドニスと木野は、信じられないような悲しい気持ちになった。

 

「雷門が勝てば2人は一緒に暮らせないんだ。」

 

「そうだったんだ…辛いね。鬼道君、音無さんを引き取ろうと頑張っているのに、それが音無さんに伝わっていないなんて……」

 

「でも、雷門は、ここまで来たんですよ?この決勝戦、負けるわけにはいかない…ですよね。」

 

「もちろんだ!鬼道のプレーは凄いんだ。それに応える為にも…オレは正々堂々…本気で戦う!そろそろ時間だ。グラウンドに戻るぞ!」

 

3人がグラウンドに戻ると、既に観客席は埋まっていた。

 

「すごいッス…!こんなに沢山の観客が……緊張してきたッス!」

 

改めて決勝戦なんだと実感する雷門イレブン達。だが、円堂は内心どうしたらいいのか分からなかった。

 

そしていよいよ試合開始の時間が来た。

 

『雷門と帝国、両チームの入場です!』

 

角馬圭太による実況が始まり、観客席からの歓声が響き渡る。

ベンチに座っていたアドニスは初めて見るこの光景にワクワクしたいところだったが、春奈の事を考えると、どうしていいのか分からなかった。

 

整列した両チームの握手の際に、鬼道が円堂に何かを耳打ちする。

 

「…!!」

 

それに一瞬驚きながらも頷く円堂。

 

『フットボールフロンティア地区予選決勝、雷門中対帝国学園の試合開始です!!』

 

試合開始のホイッスルが鳴り響いた__その直後。

 

突如、何重にも重なる大きな鈍い音が響いた。なぜか、雷門イレブン側のグラウンドへと落下していき突き刺さる、重々しい複数の鉄骨。立ち込める砂煙。驚愕を隠せない観客達。帝国イレブン達も、その場にいる者全員が、その光景に驚倒していた。

 

『ああっと!どういう事だ?雷門中の天井から鉄骨が降り注いできた!大事故発生!!』

 

「みんなっ!!」

 

思わず両手を口に当て、雷門の皆を呼ぶ木野。

 

「ここまでするとは…」

 

帝国の勝利の手段を選ばないやり方に、響木監督も青ざめる。

 

アドニスも目の前の事態に目を見開く。何が起こったのか理解したくなかった。他所から来た自分を仲間だと認めてくれた皆。お願い。どうか…。

でも、もうこれでは………

 

 

全員が唖然とするしかない中、やがて砂煙も収まり雷門イレブンの姿が露になる。

鉄骨に当たった者は誰一人、いなかった。

 

『何とっ!雷門イレブン、一人も怪我人が出ていない!これは奇跡だぁー!!』

 

その場にいる者全員が、雷門イレブンが無事である事に安堵の胸を撫でおろす。

 

 

「鬼道が教えてくれたんだ!」

 

円堂のその発言にハッとする春奈。

どうして帝国を裏切ってまで…さっきの怪しい行動も罠を探していたから?……あの頃のままの正義感の強い…お兄ちゃんなの?

 

 

試合が始まる直前、鬼道が円堂に伝えていた。

 

試合が始まっても一歩も動くな、と。

その言葉を信じた円堂。

 

一人も怪我人を出す事なく無事、試合を続行する事が出来た。

 

「これで正々堂々とお前達雷門イレブンと戦える。」

 

憑き物が落ちたかのような笑みを浮かべる鬼道。

 

「ああ!サッカーやろうぜっ!!」

 

円堂も皆も、本当の試合の始まりだと意気込む。

 

 

「影山零治、一緒に来て貰おうか。」

 

駆けつけて来た鬼瓦刑事により、帝国学園監督の影山は連行されて行った。雷門イレブン側の天井の方のみボルトが緩められており、工事関係者が影山に命令されたと白状したのだった。

 

帝国イレブン達は、勝利の為なら卑怯な事も厭わない影山に見切りをつけた。

 

「これを見て、教え子達から捨てられた理由を探るんだな。」

 

パトカーの中のモニターから帝国対雷門の試合を見せられる。

影山は、ふとモニターに映った雷門側のベンチに座っている少女に目が行った。

 

「…!」

 

サングラスに隠れている目を思わず見開く。

その少女は昨日、世宇子中の廊下ですれ違ったばかりの少女だからだ。つい先ほどまで気が付かなかったが間違いない。

 

___なぜ雷門中にいる?まさか。あの事を…

 

まあ、このような小娘など何も恐れるに足らない。

いざとなれば、脅せばいいだけだ。豪炎寺の妹の時のように__

 

モニター越しにアドニスを見つめながら、そう考えを巡らせる。

 

 

 

 

新しく整備された帝国スタジアムが姿を現し、雷門イレブンと帝国イレブンがそれぞれのポジションへと就いた。

それをベンチから眺めているアドニス達にも緊張が走った。

今度こそ本当に始まる。

 

『大事故が起きた後ですが、雷門イレブンは全員無事だった為、仕切り直して…正真正銘フットボールフロンティア地区大会決勝の開始です!!』

 

そして、試合開始のホイッスルが鳴り響く。

 

『まず初めに攻め込むのは雷門だあー!!』

 

豪炎寺が素早く帝国陣地に攻め込む。

彼は、ある想いを胸にこの試合は必ず勝利すると誓った。

 

___夕香。見ていてくれ。お兄ちゃんは必ず勝つ!

 

先手必勝に、彼の必殺技ファイアトルネードを撃つ。

その炎をまとったボールに、今度は染岡がドラゴンクラッシュを叩き込んだ。

 

ドラゴントルネード。迫力を増した炎の龍が、帝国ゴールへと向かっていく。

 

「パワーシールド!」

 

帝国キーパー源田は拳で地面を叩きつけ、その衝撃波でシールドを張った。

ドラゴントルネードは、呆気なく弾き返されてしまった。

 

『帝国学園、源田!迫力のあるシュートを見事弾いたぁ!!さすが全国ナンバー1の実力だぁ!』

 

「パワーシールドの前にはどんな技も通用しない!」

 

源田は誇らしげな様子で、だがシュートを止めるのは当然の事というような顔で言った。

 

「ちきしょう!」

 

染岡は悔しい感情をあらわにした。

 

ボールは鬼道へと渡る。

鬼道は軽やかに雷門ディフェンス陣を突破していき、フォワードの寺門へとパスを出す。

 

「百烈ショット!」

 

ボールを受け取った寺門は、それに連続蹴りを叩き込み、雷門ゴールへと打ち込んだ。

構える円堂。

 

「熱血パンチ……あ…」

 

___雷門が勝てば、鬼道と音無は破滅する。

先程影山から言われた言葉が脳裏によぎり、ボールを弾き損なってしまうものの、ゴールポストに当たり得点は免れた。

続いて佐久間からのヘディングシュート。これもキャッチする事が出来ずに慌てて弾く。

 

「あ、あれ?」

 

「落ち着いていこう、円堂!」

 

風丸が円堂にフォローを入れる。

 

「……。」

 

それを無言のまま軽く睨む豪炎寺。

 

 

「円堂さん…。やっぱりあの事を気にして……」

 

「きっとそうだわ。」

 

ベンチから見ているアドニスと木野。

この試合はどうなってしまうのか。

 

「円堂ーー!うおおお!!」

 

鬼道が、雷門ゴールを狙う。

ボールを強く蹴り、それは円堂に襲い掛かる…が。

 

「くっ…!」

 

『前線から戻って来た豪炎寺がシュートブロック!おおっと、鬼道、足を痛めたか?!』

 

その力に押され鬼道はその場に崩れ落ちる。

それを見た洞面はボールをグラウンドの外へと出し試合を一時中断させる。

 

鬼道は痛みに耐え何とかグラウンドから抜けると、靴下を脱ぎ自分の足を見る。その足は、腫れ上がっていた。

 

「さすが豪炎寺だ…。…くっ」

 

その時、足の腫れた部分にアイシング用の袋が当てられた。

それを持って当てていたのは春奈だった。

 

「春奈、どうして…」

 

「私にもわからない…。気付いたら体が勝手に動いていたの。」

 

そして、妹である春奈に応急処置を施され、試合続行の為自分のポジションへと戻ろうとする鬼道。

__たった二人だけの兄弟なのに……やっぱり私が邪魔なんだ。

素っ気ない兄の態度に、悲しくなり俯いてしまう春奈。

 

 

「一度もなかったさ…。あるものか。お前を忘れた事なんて。一度も!」

 

鬼道は後ろを向いたまま、春奈に優しくそう囁き戻って行った。

 

「お兄ちゃん…!」

 

何も変わっていない。お兄ちゃんはあの頃の優しいまま…何も変わってなんていなかった!

春奈は笑みを浮かべ、鬼道の後姿を見送る。

 

 

その様子を見て、アドニスと木野は顔を見合わせて微笑んだ。

良かったね、春奈ちゃん!

 

だが、まだ試合は始まったばかり。

円堂の調子は相変わらずのままだった。こんな調子で帝国戦を戦い抜けるのか?

 

 



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12話 帝国戦 決着!

 

 

帝国にボールが渡る。

 

これは円堂の必殺技ゴッドハンドを打ち破るために開発した必殺技。

勝負だ雷門中!この足に誓って俺は必ず勝利する!帝国の仲間達の為にも!そして春奈を___!

 

そう強く思いながら鬼道は指笛を吹いた。

するとグラウンドから、彼の熱い気持ちとは裏腹にピョコピョコと可愛らしいペンギンが数体、姿を現した。

 

「わあ、可愛い…」

 

アドニスはペンギンを見ながら、ついそう呟く。

無敵の帝国学園が、こんな可愛らしい技を?

 

「あの技は…可愛いだけじゃありませんよ…。」

 

隣に座っていた目金が、そう指摘する。

 

「皇帝ペンギン…2号ーーっ!!」

 

鬼道がボールを蹴った後、更に佐久間と寺門が2人でボールを蹴り出す。

蹴り出されたボールに、ペンギン達が水中で泳いでいる時のように素早く纏わりつく。すると可愛らしい彼らの目は鋭い目に変わり、迫力のあるシュートへと変貌し雷門ゴールを襲う。

 

「ゴッドハンド!」

 

円堂は必殺技ゴッドハンドを発動させる。

ペンギンと神の手の競り合い。

 

「…くっ」

 

ペンギン達も目を鋭く光らせ、更に力を上げゴールを奪おうとする。

円堂は気圧されていき、ゴッドハンドはヒビが入ってゆく。

 

得点のホイッスルが鳴り響く。

勝ったのはペンギン達だった。

 

『帝国、先制点だぁー!愛らしいが迫力のある皇帝ペンギン2号がゴッドハンドを破りましたあ!!』

 

「そんな!…でも。」

 

すごい。あれが帝国学園の技。何て迫力なんだろう。

やっぱり超次元サッカーは熱い!

アドニスはこの試合に、のめり込んで行った。

 

 

またも帝国にボールが渡ってしまい、佐久間、寺門、洞面の3人が宙に浮き回転をしながら三角形を描く。

それは禍々しい紫色のオーラをまとい、またしても雷門ゴールへ襲い掛かる。

 

「デスゾーン!」

 

その時。誰かが雷門ゴール前まで走ってきた。

 

「ぐっ…!」

 

元は帝国学園にいた土門が自らの顔面を使い、死のシュートを弾く。

 

「土門!無茶しやがって…」

 

驚いた円堂はゴール前に倒れ込んだ土門を抱き上げる。

 

「デスゾーンは、こうでもしなくちゃ防げない…!…円堂…俺も皆の…雷門の仲間になれたかな……」

 

「当たり前だろっ!お前はとっくにオレ達の仲間だっ」

 

それを聞いた土門は安心したような表情を見せ気を失い、担架に乗せられ運ばれて行った。

 

土門は元々、帝国出身であったがスパイをする為に雷門へと転入して来ていたのだった。雷門の情報を全て帝国へ流すだけの為に。

だが次第に円堂や雷門メンバーに感化されて行き…今はこうして本当の仲間となったのだった。

少し違うかもしれないが、その境遇はアドニスと似ている。雷門はどこか、人を惹きつけてしまう魅力があるのかもしれない。

 

 

「うがぁっ!」

 

突如、炎をまとったボールが飛んで来て円堂に直撃し、彼は転がってしまった。

 

その場にいる全員が驚く。こんなボールを蹴る事が出来るのは……

 

「円堂!そのボールは俺の全てを込めたシュートだ!何があったかは分からないがホイッスルが鳴ったら試合に集中しろ!!」

 

豪炎寺。普段は寡黙であまり喋る事のない彼が、炎の様に熱い感情を込めて円堂へと叫ぶ。サッカーの事となると、円堂よりも熱くなる男である。

 

それにハッと目が覚める円堂。

 

__オレ。大好きなサッカーに嘘をつくところだった。この試合、鬼道に最高のプレーをして貰うんだ!もう迷わない。変な気は使わない!

 

 

『試合再開です!雷門中、土門に代わり影野が入った!流れを変えられるかぁ?!』

 

帝国の辺見によるコーナーキック。

ボールは鬼道に渡り、バク転をしながらそれを高く上に蹴り上げる。

そこに佐久間がボールと同じ位置まで飛び、ヘディングでボールを加速させ力を込め、再び鬼道へと返す。

それを鬼道がゴールへと蹴り出し加速させる。計2回、ボールを加速させたその技は。

 

「ツインブースト!」

 

新たな帝国の必殺技。

 

「もう迷わないっ!はああっ」

 

強いシュートに構える円堂。彼の目にもう迷いはなかった。

ボールを目にも止まらぬ速さで連続パンチし、見事帝国のシュートを打ち破った。

 

「あれは…爆裂パンチ!」

 

それを見ていた目金が技名を付ける。

 

「それでこそ円堂だ。」

 

シュートを止められてしまったものの、鬼道は満足げな顔を見せる。

 

『不調だった円堂、完全復活かぁ?!これは目が離せない展開になって来たぁ!』

 

「円堂さん、良かった…。」

 

「ええ。」

 

アドニスも木野も、円堂の復活に、ひとまず安心する。

だが点を取らなければ勝つ事は出来ない。キーパーの源田を攻略しなければ…。

 

ボールを受け取った染岡は帝国ゴールへと走る。

 

「ドラゴンクラッシュ!」

 

力強い青き龍のシュート。だがやはり源田に弾かれてしまう。

 

「パワーシールドには通用しない!」

 

そこに豪炎寺が走って来て、龍の力が残っているボールを更に蹴り込み、衝撃波のシールドに押し当てた。

それを見た源田は切れ長の目を見開き、驚きの声を上げる。

 

「何ぃっ?」

 

「パワーシールドは衝撃波で出来た壁だ。弱点はその薄さだ。遠くから来たシュートは弾いても、至近距離からこうして押し込めば…!」

 

龍の力に炎が宿る。

 

「ぶち抜けるっ!…ドラゴントルネード!!」

 

パワーシールドは徐々にヒビが入ってゆく。

炎により赤くなった龍は咆吼(ほうこう)を上げ、衝撃波の壁を見事に打ち破った。

 

『ゴオール!雷門、同点に追いついたぁ!』

 

「やったぜええっ!」

 

雷門1ー1帝国

 

電光掲示板が変わり、円堂をはじめ、得点にはしゃぐ雷門イレブン達。

残り時間も僅かだが、あと1点。1点さえ取る事が出来れば勝利だ。

だがそれは、帝国も同じ事。

 

必ず次の1点をもぎ取ってみせる。

鬼道は指笛を吹き、ペンギン達を呼び出す。

 

「あ、あれは…!」

 

アドニスも、雷門メンバーも、強力な帝国の技に身構える。

 

「皇帝ペンギン2号!!」

 

先程、帝国の得点を許してしまったシュート。

だが円堂は諦めない。絶対に…止めて見せる!

 

「ゴッドハンド!」

 

だが、やはり強力なシュートだ。

円堂はどんどんとペンギン達に押されていく。

 

「円堂っ!」

 

「円堂くん!」

 

「円堂さん…!」

 

皆の思いを背負い、気合を増しながら円堂はもう片方の手も前へと突き出した。

 

「これは絶対に……絶対に止めるんだぁ!!」

 

両手でのゴッドハンドだ。

 

『円堂、両手で皇帝ペンギン2号を止めたア!!』

 

「行っけえええ!!みんなぁーー!」

 

ぎりぎりで止めたボールを味方に向かって投げる。

そのボールを受け取った風丸。

 

「円堂が止めたボールは…!」

 

「絶対に!」

 

「繋いで見せる!」

 

強敵である帝国を相手に、見事な雷門ディフェンス陣の連携プレー。

ボールは無事に前線へと運ばれる。

 

ボールを受け取った豪炎寺は高く飛び上がる。

 

「ファイア…トルネード!!」

 

それは雷門中に、帝国が来た時の練習試合の際に初めて1点を取った必殺技。

源田は身構え気を溜めていく。パワーシールドではない…更に強力な必殺技を繰り出そうとしていた。

 

「フルパワーシールドォ!!」

 

パワーシールドよりも広範囲を守るオレンジ色の衝撃波。

その威力は凄まじく、帝国の王者のプライドそのものだ。

長く続く、ボールと衝撃波の競り合い。

 

「いっけええええ!!」

 

雷門イレブンの声が、気迫がボールへと込められ、全員が行く末を見守る。

 

「やられる、かあぁぁ!!」

 

ここで点を入れさせてたまるものか。源田も、更に気迫を込める。

 

が、遂にフルパワーシールドにもヒビが入ってゆく。それは徐々に広がっていき___

 

「くっ、何だと…」

 

常に自身の顔に入れているフェイスペイントを歪め、悔しい表情を見せながら源田は倒れ落ちた。

 

 

雷門2ー1帝国

 

 

雷門の逆転。

ここで試合終了を知らせるホイッスルが鳴り響いた。

 

『地区予選決勝、王者帝国を下し、勝利したのは雷門だあぁーー!!』

 

 



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13話 帝国戦 試合終了後

 

 

試合終了後。各々自分の鞄を持ちグラウンドを去って行く帝国イレブン達。

そこに春奈が駆け寄る。彼女に一緒に来てと引っ張られ、何故か付き添わされるアドニス。

 

「待って!お兄ちゃん!」

 

自分を呼び止める妹の声に鬼道は立ち止まり、振り返る。

 

「お兄ちゃん、聞いたよ。全部……私を鬼道家に引き取る為だったって……」

 

「春奈…すまない。結局負けてしまったが。」

 

「ううん、良いの!私は今でも十分幸せよ。音無のままで…音無春奈が良いの!ありがとう、お兄ちゃん!」

 

笑顔を見せながら鬼道に抱き付く春奈。

厳しい冬が明け、花が咲き誇り温暖な春が訪れたかのような可愛らしい笑顔。鬼道の心も解けていき、その顔には微笑みが浮かぶ。

 

「あ、それから紹介するね!友達のアドニスちゃんだよ。」

 

なぜか一緒に連れて来たアドニスを引っ張り出した春奈。兄に心配させまいと、仲良しになった友達を紹介する事に決めたのだった。

 

「…え?」

 

アドニスは、いきなり鬼道の目の前に突き出されて緊張してしまう。目の前にいるのは帝国キャプテン…天才ゲームメイカー……

まるで雲の上の存在の人物に、何の言葉を発せば良いと言うのか。

色々と考えていると、鬼道が先に声を掛けてきた。

 

「君は雷門の…試合には出なかったようだが。」

 

「は、はい!あ、あのその、お宅の春奈さ……いえ、お嬢さんは大変素敵なお嬢さんで…その、花が咲き誇るような……?春の…?」

 

アドニスは緊張がピークになり、自分でも何を言っているのか分からなかった。ただ、春奈の事を見ていると、花や春といった単語が浮かび上がってくる。そして何かを、誰かを思い出すような感じがするのだが、今はそんな事を考えている心境ではない。

 

ちぐはぐなアドニスの言葉に、春奈も鬼道もつい、笑いだしてしまった。2人の兄妹の笑い声が、その場に響く。

 

「ははは、面白い友達が出来たんだな。良かったな。春奈。アドニスさん、これからも春奈と仲良くしてやってくれ。」

 

そのゴーグルの上からでも彼の表情は綻んでいるという事が伝わってくる。試合前の張りつめた顔は、もうそこには無かった。

 

 

『地区予選優勝は…雷門中だー!!』

 

そして、地区予選の優勝トロフィーを手にして、帰り支度をし雷門メンバーは帝国学園を後にした。

 

「帝国とは、またフットボールフロンティアで戦えるぞ!!その時にはあいつらももっと強くなっているはずだ!オレ達も特訓、頑張るぞ!」

 

帝国学園は前年度に優勝した学校だった為、特別枠としてフットボールフロンティア全国大会の出場が許されているのだ。

試合を見ていたアドニスも今度こそ、自分も彼らと戦いたいと思っていた。

 

 

そして。響木監督が経営しているラーメン店。雷雷軒。

そこで、雷門が帝国学園との決勝に無事に勝利した事の打ち上げが始まった。

 

「やったぞおーっ!!」

 

「「やったぞおーっ!!」」

 

「オレ達は優勝したぞぉーー!!」

 

「「優勝したぞぉーー!!」」

 

円堂が音頭を取り、それを全員が唱和する。

 

「お前達、よくやったな!沢山食べて行けよ。」

 

「はい!!」

 

響木監督の言葉に、全員が嬉しそうに返事をする。

彼が作るスタミナたっぷりのラーメンは円堂達雷門メンバーの大好物だ。いつも彼らに力をくれたその味は、今日は何とも格別だった。

 

「アドニスも転校初日で帝国との試合が見れて良かったな!」

 

厨房で響木監督の手伝いをしている円堂がカウンター越しに笑顔を向ける。

それに対し、目を輝かせながら熱い返しをするアドニス。

 

「はい。雷門の皆さんももちろんですが、帝国学園も迫力のある必殺技しかなくて圧倒されました!まるで軍隊みたいで、あれはサッカーと言うよりは戦いですね。」

 

「おいおい、大丈夫かあ~?あれで怖くなってやっぱりサッカーやめます!なんてのは無しだからな。」

 

染岡が、からかうように言った。

それにアドニスは反論する。

 

「とんでもない!私も彼らと戦いたい、そう思ってましたから。次に彼らと対戦する時は、絶対に私も出たいです!」

 

「ああ、もちろんだ!次はお前も戦ってくれよ!」

 

今から帝国と戦う気に溢れている円堂とアドニスの声を聞き、夏未が問い掛ける。

 

「あら、それは決勝まで勝ち進むという宣言として受け取ってよろしいかしら?」

 

「え?」

 

「前年度優勝校と同じ地区の出場校は、トーナメントの組み合わせが別ブロックになるのよ。だから決勝以外での対戦はあり得ないわ。」

 

「そうなんですか!勝ち進んで行かないと絶対に彼らとは戦えないんですね。」

 

「そうよ。頑張ってね。アドニスさん。」

 

「もちろんだっ!勝って勝って勝ちまくって、もう一度帝国と戦うぞ!!」

 

「「おうっ!」」

 

円堂の声に、全員も奮い立つ。

ここまで来れば、後はもう進んで行くしかない。

 

 

雷門の皆の仲間になる事が出来て本当に良かった。

でも、世宇子の皆はどうしているだろうか。

フットボールフロンティアに出る事は無いと言っていたし、もう会う事はないだろうけど…

 

後腐れの残るような離れ方をしてしまった為、アドニスの心には僅かなくすみが残っていた。

 

 

 

その頃、世宇子では___

 

「影山総帥、逮捕されたって……」

 

「ついこの前、大丈夫だと言っていただろう。すぐにここに戻って来てくれるさ。」

 

帝国の一件で逮捕された影山の事について部員達が、ひそひそと話し合っていた。

 

 

「キャプテン…機嫌が悪くなったよな。」

 

アフロディを見ながら部員の一人、ヘルメスが呟く。

 

「ええ。あの子がいなくなったからでしょうか。」

 

石膏で出来たギリシャの彫刻のような白い仮面を被っており、素顔の見えないアルテミスが丁寧な口調で答える。

しかし、ヘルメスにはどういう事なのか、理解できないようだ。

 

「そうなのか?全く…キャプテンの考えてる事分からねえな。何で部員でもない奴が一人居なくなったくらいでああなるんだ?」

 

「それは……」

 

アルテミスは返答に困った。ただの色恋沙汰をどう説明すればいいのか。いや、彼…アフロディにとってはただの問題ではないのだろう。

お気に入りの子がいなくなってしまったから機嫌が悪い。それだけなのだが。

 

彼らが言う通りアフロディの表情は陰りを見せ、その紅い瞳は深く暗い色をし、淀んでいる。それはまるで、美しい女神のような恐ろしい死神のような…どちらとも取れる不気味な美しさを醸し出していた。

寝ても覚めても彼女の事が頭から離れず、胸が痛い。

 

アドニス。どうして離れて行ったんだ。神であるボクから。

サッカーはキミには危険な事であると忠告したのに。傍にいれば守ってあげられるのに。

 

許さない。

…キミを必ず連れ戻す。そしてもう逃すものか。

 

そう心に秘めながら今は鬱憤を晴らそうと、ボールに当たるように一人で何度も何度もシュートの練習を繰り返す。

今、彼に近付けば、どうなるか分からない。

 

「ひいい、怖えぇ……普段は綺麗なのに…」

 

「今は向こうに行きましょう。」

 

その場から逃げてゆくヘルメスとアルテミス。

 

今のアフロディの迫力は凄まじく、美の神にあるまじきその姿に、その場にいる者全員が震え上がる程だった。

 

 




音無春奈
違う学校ではあるが鬼道の妹。1年。マネージャー。とても可愛らしい。
雷門に来たアドニスといつの間にか仲良しになっていた。
笑うと花が咲き出すかのよう。かわいい。
アドニスは彼女を見ると、何かを思い出すような感じがするのだが、それが何なのかは分からない。



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14話 フットボールフロンティア全国大会開幕!

 

 

とある、薄暗く静かな部屋。

 

男は、自分の目の前にあるコンピューターを起動させていた。

そのモニターには、ある選手達のデータと、プロジェクトZという文字が表示されている。

 

「ふっ…」

 

いよいよ自分の作品の、お披露目の時が来る。

以前、逮捕されて行ったはずの男は一人、サングラスの下から不気味に薄笑いを浮かべる。

これから起こるであろう事に期待を膨らませながら。

 

 

『全国中学サッカーファンの皆様!遂にこの日を迎えました!』

 

フットボールフロンティア地区予選が終わった後、全国大会が開催され、今はその開会式が行われていた。

巨大なスタジアムに全国から地区予選を勝ち上がってきた強豪校達が次々と入場してくる。

 

それにこれから参加する円堂達、雷門中。

 

「とうとう来たぞ!今日まで色んな事があったけど、ここまで来たら思いっ切り暴れてやろうぜっ!!」

 

「おうっ!」

 

全国大会。ここまで来たら、もう進んで行くしかない。

全員が奮い立っていた。

 

「あの…キャプテン。私はまだ雷門中として試合に出た事はないのですが、私も行進に参加して大丈夫なんですか?」

 

自分も参加して大丈夫なのだろうか。アドニスは不安そうに円堂に聞いた。

 

「何言ってんだよっ、アドニス!お前も雷門の一員だろ!当り前じゃないか。もちろんこれから試合にはどんどん出て貰うぞ!!」

 

「そうだぞ。アドニス。前にいた学校の事は知らないが…これからは雷門の一員として、しっかりな。それじゃ皆、行ってこいっ!」

 

円堂も響木監督も、心強くそう言ってくれた。

アドニスは嬉しさと同時に、身の引き締まる思いも感じた。

これからが私にとっての本番だ。頑張らなくては!

 

 

『続いて関東ブロック代表、雷門中学!』

 

そうアナウンスが掛かり、入場行進へ向かう雷門中。

雷門中と書かれたプラカードを持った少女に先導されながら入場していく。観客や他の学校から注目を浴びる。

アドニスはもちろんの事、円堂を始め他の部員も緊張と高揚でドキドキしていた。

 

『雷門中は地区予選決勝において、あの王者帝国を下した恐るべきチームだ!!全国大会でもその力が発揮されるのかあぁーー?!』

 

他校の者達が、入場してきた雷門中に視線を向ける。

 

「あれがあの帝国を倒したっていう学校……」

 

「全然聞いた事も無かったな……」

 

「あのオレンジ色のバンダナのヤツがキャプテンか……」

 

40年間無敗の帝国を破ったという事で、雷門中は高い注目を集めていた。弱小だった頃とは全く違う、他の強豪達からの熱い視線に雷門メンバーは奮い立った。

 

そして、雷門中の入場が終わり、次は帝国学園が入場して来る。

 

 

『更に昨年の優勝校…帝国学園の特別出場!!地区予選決勝で雷門中との死闘を繰り広げ惜しくも惜敗した超名門校!特別枠で王者復活を狙います!』

 

キャプテンの鬼道に続き、帝国メンバーは雷門メンバーの隣に並んだ。彼らが緊張している様子は全くなく、さすが大会常連校である。

 

「足の怪我はもう良いのか?」

 

円堂は隣へ並んだ鬼道に声を掛ける。

 

「人の心配より自分の心配をしたらどうだ。全国は今までと違うんだぞ。」

 

嫌味っぽい物言いではあるが、鬼道の顔には笑顔が見えた。

それに満面の笑みを浮かべる円堂。これから更に、色々な強豪達と戦える事が、嬉しいと共に楽しみなのだ。

 

「だから燃えるんじゃないか!」

 

「俺達に勝っておきながら、このスタジアムで無様に負けたら許さんからな。」

 

「おう!もちろんだ。帝国こそ負けんなよ!」

 

 

これで全ての参加校が出揃ったと思いきや、アナウンスが掛かる。

 

 

『そして残る最後の一校は推薦招待校として、世宇子中学の参戦が承認されています!!』

 

「…!!」

 

その名を聞いた瞬間、アドニスの心臓は大きく脈打ち、その顔は青ざめてゆく。

ゼウス中学………世宇子って………

 

その学校名は間違いなく、アドニスがついこの前まで在籍していた学校だ。

どうして。フットボールフロンティアには参加などしないと言っていた筈なのに。

 

 

「本当に存在してた学校だったんだ…。」

 

観客席から見ていた春奈も、前にアドニスからその名前を聞いた事があるのを覚えていた。

その時はなぜか、彼女なりの冗談だと思って笑ってしまったのだが。人の学校を笑うなんて…悪い事をしてしまった。と反省する。

 

「世宇子って確か…アドニスさんが前にいた学校……よね。」

 

その学校名を聞いていた夏未も、ぼそりと呟いた。アドニスの転校手続きの際に色々と調べていたものの、サッカー部の情報が全く無かった為、ただの弱小だと思い、特に気に留めていなかったのだった。

 

推薦校としてその名が出た世宇子中学。

その彼らの姿がどんなものなのか、アドニスを除くそこにいる全員が目を向ける。

 

だが、プラカードを掲げた少女が一人、恥ずかしさにその頬を赤く染めながら出てきただけである。

その後に続くはずの選手達はいつまで経っても出て来る事はなかった。

 

『えー…本日、世宇子中学は調整中につき開会式は欠場との事です!!』

 

そうアナウンスが入る。

 

「ゼウス…聞いた事ない名前だな。」

 

「神気取りな学校名だな。出場しないなんて、どうせ大した事ないんだろうよ。」

 

「どんな奴らでも関係ない。俺達の必殺技で一捻りにしてやる!」

 

姿を見せない世宇子に、ひそひそと勝手な思いのままを言い合う参加校の選手達。

 

違う、違う…!

彼らはそんなものじゃない。彼らは……

 

ただ一人、不安を巡らせるアドニス。

 

『以上の強豪達によって、中学サッカー界日本一が決められるのです!!』

 

 

そして開会式は終了し、その帰り道。

 

「アドニス。どうした。何かあったのか?さっきまでの元気が見られないが。」

 

響木監督から、そう声を掛けられる。

それを聞いた雷門メンバーは、アドニスをじっと見つめる。

確かに顔色が良くないような感じがした。

 

「アドニスちゃん、大丈夫…?」

 

春奈はアドニスの隣へと行き背中をさすった。夏未も心配な顔つきで彼女を見つめる。

 

「何だ、調子が悪いのか?」

 

春奈に続いて染岡が気遣う。

 

「…いえ、あの……」

 

だが、まだアドニスは気分が悪そうだった。

 

「もしかして最後に出て来た推薦校の……世宇子の事…?」

 

春奈は恐る恐るアドニスに耳打ちする。

すると彼女の顔はますます青ざめていった。

 

「どうしたんだ?何か不安があるなら何でも話してみろ。」

 

円堂がアドニスに向かって優しく声を掛ける。

これから試合も始まってくる。彼女には早速次の試合に出て貰おうと思っている為、ここで離脱されては困る。

 

 

「…あの、さっき推薦校として世宇子中学が出てきましたよね…?」

 

アドニスの代わりに春奈が口を開いた。

 

「ああ、姿は見えなかったけど…それがどうかしたのか?」

 

「そこなんです。…アドニスちゃんが前にいた学校。」

 

「え…ええ~!?」

 

夏未を除き、驚きの声を上げる一同。

 

「という事は…お前は奴らがどんな姿なのか、知ってるんだな?」

 

染岡の質問に、アドニスは頷いた。

 

「すごいぞ!だったら心強いじゃないか!!」

 

円堂が目をキラキラと輝かせる。

 

「…え?」

 

その思いもしない反応に、アドニスは驚いた。

もっとこう…怪しまれたりするかと思ったのに。

 

「だってさっ、他の誰もが知らない事をお前は知っているなんてすごいじゃないか!もしもの時は頼んだぞ!」

 

「そうだな。もしその世宇子と当たっても、お前が知っている事を話せばいいんだ。」

 

円堂に続き、豪炎寺が静かに言った。

 

「あ、でももし当たったら気まずい…よね。俺も帝国の時、何となくそうだったし……でも、もう君は雷門の仲間だろ。頑張って行こう!」

 

元は帝国から来た土門が、励ますようにウィンクをする。

 

「皆さん…そうですね。その時は力になります!……でも本当に彼らは………」

 

アドニスは皆からの激励に元気を取り戻し始める。だがこの頃の世宇子は、サッカー校としては全くの無名。

皆はまだ、その恐ろしさを分かってない。不安を完全に消す事は出来なかった。

 

「強いからこそ、燃えるんだろ!強ければ強い程、戦い甲斐があるってもんだ!」

 

円堂はますます燃え、その目には炎が映る。

その様子にアドニスは少しクスっと来る。

 

そうだ。円堂キャプテンは、雷門の皆はこういう人達だ。

変に人を疑う事をせず、ただ真っ直ぐに、大好きなサッカーと向き合う。そしてその気持ちだけで、不思議と強くなっていくのだ。

 

例え世宇子と戦う事になっても、その時も___

 

アドニスの中には、きっと大丈夫だという…安堵感と希望が湧いていた。

 

 

 



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15話 一回戦の相手は

 

 

 

全国大会、雷門中の第一回戦は、強豪として有名な野生中(のせちゅう)との対戦が決定した。昨年の全国大会一回戦で帝国と戦い、惜しくも敗退したチームであった。

 

「野生中は選手達が自然の中で鍛えられて、まるで本物の獣のような技を使ってくるようです。中でもジャンプ力が高く、それを越えられないと得点は厳しいかと思います。」

 

春奈が、調べた対戦校の事について、雷門メンバー全員へと説明していた。

野生と言う名が示す通り、獣の力で溢れる学校。

 

獣。

その言葉を聞いたアドニスは、うずうずとした。

彼女の中に流れる、思い切り、狩りをしたいという気持ち。前世では狩る事の出来なかった獣を、今度こそ獲物にしたい。

 

「野生中、俺も帝国にいた頃に対戦した事があるけど春奈ちゃんの言う通り、彼らは本当に強豪だよ。空中戦だけなら帝国さえも凌ぐ程だ。大丈夫かなあ。」

 

土門が、その時の試合を思い起こしながら不安そうに言った。

野生中と対戦した事のある彼がそう言うのだから、強敵となるのは間違いないだろう。

 

「高さ対策か…新しい必殺技が欲しいところだな。」

 

豪炎寺がぼそりと言う。

今のところ、この中で高く飛ぶ事が出来るのは豪炎寺のみである。

だが獣の力となれば、それすらも遠く及ばないだろう。

ここは特訓して新しい必殺技が欲しいところであった。

 

「円堂。お前のじいさんの特訓ノートに何か良さそうなのはないのか?」

 

「うーんと…」

 

豪炎寺に言われた円堂は、祖父が残した特訓ノートをパラパラとめくり出す。

アドニスもそれを横からちらりと覗き込むが、何とも言えない独特な字の為、何が書かれてあるのか全く理解できなかった。

 

「あ、あった!これなら良いんじゃないか?」

 

円堂キャプテン、読めるんだ!

そう心の中でツッコミを入れる。

 

「イナズマ落とし!一人がビョーンて飛ぶ。もう一人がその上でバーンとなってクルッとなってズバーン!これぞイナズマ落としの極意!」

 

「おいおい、何だそりゃ……」

 

「ビョーンとかズバーンとかそんなのばかりじゃないですか」

 

「円堂、お前のじいさん、国語の成績は良かったのか…?」

 

染岡、少林寺、風丸が呆れながら次々とツッコミを入れていく。

 

だが、試合も迫って来ている為こうしてはいられない。

豪炎寺が何とか意味を解読し、今は練習するのみだ。

 

そして、アドニスは単独で練習を始める。

獣ときたら…何らかのトラップで仕留めるというのはどうだろうか。

まだ必殺技の使えない彼女だが、ふとそう思い取り出したのは網だった。

高さ対策なら、弓で撃ち落とすのも良いかと思ったのだがさすがにそれは…と思い、網を使った技の開発をする。

 

とりあえず、網をぶんぶんと振り回し始める。

 

「アドニスちゃん、何してるの?それは…」

 

その奇妙な行動を円堂と春奈は不思議に思い、見つめていた。

 

「獣が相手なら、網か何かで捕らえる事も出来るんじゃないかと思って。やっぱり変かな?」

 

「おお!それ良いじゃないか!お前はその網を使った技を開発しててくれ!オレ達はイナズマ落としを完成させるから!!」

 

「はい、任せて下さい!」

 

こうして円堂から頼りにされ、初めて戦う事になる第一回戦にアドニスは張り切っていた。

 

 

一方。

 

「嫌っス!高いの怖いッス~!!」

 

高さ対策のイナズマ落としを完成させるには豪炎寺と壁山の力が必要なのだが。

高くジャンプをして飛ばないといけない事に、高所恐怖症である壁山は怖がっていた。

 

「おいおい壁山…怖がってちゃ何も出来ないぞ?せっかくここまで来たんだ。もうやり切るしかないだろう?」

 

先輩ディフェンダーの風丸から、呆れられながらも宥めてもらっているものの。

 

「そもそも踏み台だなんて…何かカッコ悪いッスよ!」

 

「カッコ悪くなんかないっ!!!」

 

つい不満を言ってしまった壁山に、それを聞いていた円堂は力強く叫ぶ。

 

「カッコ悪くなんかないぞ!壁山!だって、お前じゃなくちゃ出来ない技なんだぞ?それをカッコ悪いなんて言うヤツがいたら、オレがソイツを殴ってやる!!」

 

「キャプテン……」

 

「そうだぞ。壁山。カッコ悪い技なんてありはしないんだ。お前が一生懸命練習した技を笑う奴なんていないさ。」

 

熱心な円堂に続き、風丸からも何度も励まされ、ようやく決意をする壁山。下がっていた眉をキリッと上げる。

 

「俺…やるだけやってみるッス!!」

 

「頼もしいぞ、壁山!」

 

そして豪炎寺と合流し、イナズマ落としの猛特訓が始まった。

だが、必殺技と言うのはそう簡単に出来るものではない。

特に、互いの息を合わせる必要のある2人以上で発動する技なら尚更である。

 

何度も何度も高く飛ぼうとジャンプを繰り返し練習に励むが、上手くいかない。

 

「壁山…お前、飛ぶ時に目を瞑っているだろう。」

 

豪炎寺が冷静に何故上手くいかないのかの原因を突き詰める。

 

「だってぇ……高いのが怖くて…」

 

「…………。」

 

それを聞き、黙り込む豪炎寺。

どうすればいいのかと思考を練っても、もう時間は残されていない。

これで必殺技を完成させる事は出来るのだろうか。

 

 

一方アドニスは。

 

相変わらず網を振り回していた。だが、技は何も出来てはいない。

疲れてきたので少しだけ一息ついているところだった。

 

「何が駄目なんだろう…。」

 

闇雲に必殺技を発動させようとしても、簡単には行かない。

 

「ねえ、アドニスちゃん。もっと左手に力を入れてみたらどうかな?」

 

ずっとそれを見ていた春奈はアドニスから網を取り、左手から力を入れ、網を振り出す。

すると。

 

「!!」

 

僅かではあるが、何かの力を感じた。必殺技が発動するような、見えない力が。

アドニスは感心する。

 

「…!…春奈ちゃん、すごい!」

 

「何となくなんだけどとりあえず、左に力を入れた方が良いと思って……さあ、頑張ろうっ!」

 

「うん!」

 

春奈の何故か、ふと思いついたアドバイスによりコツを掴んだアドニスは今度こそ、と思い練習を再開する。

言われた通りに左手を意識しながら、網を振り回す。

すると___

 

「あ!」

 

技は発動しなかったものの、先程の春奈がやった時のように…力を感じた。

左に全ての中心である心臓があるからだろうか。理由は定かではない。これが超次元というものなのだろう。

 

「アドニスちゃん、あともう少しだよ!」

 

「うん!何か…出来るような気がする!」

 

アドニスの中に希望が芽生える。

それは何度かの練習によって具現化する時が来るだろう。

 

野生中との試合は、もう間もなくだ。

 

 

 

 



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16話 野生中戦 獣達の力! 

 

 

 

『フットボールフロンティア全国大会第一回戦!!雷門中対野生中はっ、どんな戦いを見せてくれるのでしょうかぁーーっ!?』

 

歓声が響き渡り、大いに盛り上がる全国大会会場。

 

いよいよ、ここまで来た。来てしまった。

もう、やり切るしかない。

 

円堂を始め、雷門メンバーは緊張しながらも意気込んでいた。

そして、試合前の整列につく。

 

相手は強豪、野生中。

初めて見る彼らの姿は、名前の通り…全員が野生の獣の力に満ちていた。

ある者はチーター。ある者は大鷲。ライオン、ヘビそしてゴールキーパーはイノシシであった。

 

アドニスは緊張と共に、ワクワクとした感情が芽生える。

 

 

キャプテン同士の握手が始まる。

野生中のキャプテンは鶏井亮太(とりいりょうた)。背は小さくまるでニワトリのような見た目だが、その圧倒的なジャンプ力で、数々の学校を倒して来たのだった。

 

「雷門…あの帝国を倒したと聞いてるコケ。でも野生中の力には適わないコケ!!」

 

見た目通りの独特な口調で円堂へ語る鶏井。

だが円堂達、雷門中も、ここで負ける訳には行かない。

 

「そんなのやってみなくちゃ分からないだろ!見てろよ!」

 

 

両チームの選手がポジションへとつき、いよいよ………

 

は、始まる…!!

 

フォワードのポジションについたアドニスはドキドキと鼓動が鳴り響くのを感じた。

もう、誰にも止められない。

 

『試合…開始です!!』

 

スタートのホイッスルと実況が会場に響く。

 

 

 

「この世は弱肉強食だコケ!」

 

『野生中キャプテン鶏井!先制を仕掛けます!』

 

鶏井が迫ってきた。

アドニスは左手に力を入れ握り、気を込めながら技発動の準備をする。

 

___大丈夫。あれだけ練習したんだから。

 

そして左腕を横に払い、右腕を縦に、合わせて十字になるように振った。

 

「あれは__!」

 

春奈を始め、雷門メンバーはその様子を見守った。

アドニスの前に、狩りで使用する獣を捕らえるような網が出現する。

 

「コケッ!!?」

 

その網は鶏井を捕らえ、彼は動きを封じられてしまった。その隙にアドニスはボールを奪い走り出した。

やった。必殺技が決まった!

彼女の中に、ふつふつと喜びの感情が込み上げてくる。

 

 

「アドニスちゃん!やったね!」

 

ベンチから見ていた春奈も、練習の成果に大喜び。

 

「あれは…ハンターズネットですね。まさに獣の動きを封じるのにふさわしい技です。」

 

その隣に座っている目金がすかさず技名を付けた。

 

しかし喜んでいるのも束の間、敵は鶏井だけではない。

ボールを持ったアドニスに、野生中ディフェンスである大柄でライオンのような、獅子王(ししおう)が襲い掛かろうとする。

 

「スーパーアルマジロ!!」

 

大柄な身体を丸め回転していき、相手選手を弾き飛ばす技。

それはコロコロと可愛らしいアルマジロではなく、勢いよく転がって来る巨大な獣。

ハンターズネットではとても止められない。

 

だがこんなところで、やられる訳にはいかない。

どうしてもゴールへと行きたいという一心で、間一髪ギリギリでかわし走り続ける。

アドニスが用があるのは、ライオンやアルマジロではなく、前世での因縁でもある……イノシシだ。

そのまま、イノシシのような風貌を持つゴールキーパー猪口兵吾(いのぐち ひょうご)が構えている野生中のゴール前へとたどり着き目の色を変える。

 

ここが。

ここが今までの練習の成果の見せどころだ。

今こそイノシシを狩ってみせる!

アドニスは一呼吸置き、目を見開くとボールを蹴り上げた。

そして足の甲を使い連続蹴りを叩き込む。

 

「ディバインアロー!」

 

その何をも貫いてしまうような神聖なオーラをまとった矢は、一直線にゴールへ線を描いていく。

 

「ワイルドクロー!」

 

キーパー猪口もシュートを止めるため、右手に鋭い獣の爪を具現化させ、その爪でボールをがっしりと掴む。

 

「ぐあぁっ!!」

 

しかしボールの勢いは止まることなく野生中のゴールへと突き刺さった。

得点のホイッスルが鳴り響く。

 

『雷門中、先制点だあーっ!アドニスの矢がイノシシに突き刺さったぁー!!』

 

「やったあ!」

 

「すっごいじゃないか!アドニス!!」

 

春奈と円堂が嬉しさに歓声を上げる。

アドニス本人は点を入れたという実感がわかず、呆然とその場に立ち尽くし、ゴールを見つめていた。

慣れない事の為どうすればいいのか分からず突っ立ているしかなかったが、熱い感情が沸き立ってくるのを感じる。

 

「何してんだよっ、お前、点を入れたんだぞ?喜べよ!!」

 

染岡が呆然としているアドニスに声を掛ける。

 

「そう、そうですよね…やった!!」

 

その声に我に返ったアドニスは、遅れて歓喜の声を上げる。

 

 

「すごいッス!これで俺はもう……イナズマ落としをしなくても大丈夫ッスね。良かった……」

 

壁山は密かにホッとした表情を見せる。

 

 

「油断したコケ。」

 

「1点入れたくらいで勝った気にならないで欲しいな。」

 

「…本番はここからだぜ!」

 

点を取られてしまった強豪、野生中。

彼らの目が獲物に狙いを定めたかの如くギラギラと光り出した。

 

 

試合再開。

鶏井がミッドフィルダーの大鷲にボールをパスする。

すると、名前の通り大鷲の様に空に羽ばたいたのだ。

 

「なっ?!飛んだ!」

 

雷門中ディフェンス陣を軽く抜き去ってゆき、ボールより高く宙へ舞い、そこに突っ込んでいくようにヘディングを決めた。

影野が止めようとしたが、圧倒的に高さが足りない。

 

「コンドルダイブ!!」

 

高い位置から来る猛禽類(もうきんるい)の如き素早いシュートが円堂とゴールへ迫る。

 

「ゴッドハンド!」

 

円堂は何とかギリギリで技を発動させた。が。

 

「うわあぁっ!」

 

硬い物が砕かれる音が響く。

野生の猛禽類の鋭く大きな翼や嘴は、ゴッドハンドを打ち砕いてしまった。

 

 

『さすが強豪校野生中!!大鷲のコンドルダイブが決まったぁあっ!これで同点だあ!!』

 

「くそっ…さすが強豪だな。すごいシュートだった。」

 

円堂が悔しそうに呟く。

 

彼ら野生中は先制点を取られてしまった事により、本気を出してきたのだ。

本気の野生動物達の力は凄まじい。

 

「ファイアトル……」

 

「コケーーッ」

 

ファイアトルネードを撃とうと高い位置へ飛び立った豪炎寺に鶏井が飛びつく。

あっという間にボールが取られてしまった。

 

その素早さと跳躍力にアドニスは驚く。

あれでは、せっかく使えるようになった技ハンターズネットでも、もう捕らえる事は出来ない。

せっかくディバインアローも決める事が出来たのに…。

 

そう思っている間にも野生中の猛攻。

 

「モンキーターン!」

 

次々に必殺技を使い、またも雷門ゴールへと迫る。

 

「うおぉっ!ターザンキック!!」

 

野生中フォワード、五利が空から伸びて来るツタにその巨体をぶら下げ、振り子の原理で力を蓄えシュートを決める。

 

ここで追加点を取られるわけにはいかない。

円堂はボールに連続パンチを叩き込み、シュートの力を抑えていく。

 

「こんなところで点はやらない!熱血パンチッ!!」

 

そして最後のパンチでボールを完全に弾いた。

 

『円堂、目にも止まらぬ連続パンチで野生中のシュートを防いだああ!』

 

何とか追加点は免れた。だが試合はまだまだこれからだ。

ファイアトルネードでさえ圧倒的な跳躍力で防がれてしまった。

このままでは点は取れない。

 

 

「壁山をフォワードに上げよう。」

 

豪炎寺が、静かに言った。それに驚く雷門メンバー。

 

「こうなったらあの技を試してみるしかない。」

 

 

 

そして後半戦。

壁山をフォワードに上げ代わりにアドニスが、彼がいたディフェンスのポジションへと変わる。

 

「ううう…無理ッスよ…俺がフォワードだなんて……」

 

壁山は緊張と不安に自身の大きな体を震わせ、その丸い目には少し涙が浮かんでいた。

元々臆病な彼ではあるが、その上、今は全国大会なのだ。

もしも失敗して自分のせいで負けてしまったら……どう責任を負えばいいのか。

そればかりを考えてしまう。

 

「壁山ぁーー!余計な事は考えないで、もうやれるだけやってみろぉー!!」

 

ゴール前から円堂が叫ぶ。

 

「頼りにしているぞ。壁山。アドニスだって点を取れたんだ。お前にだって出来るさ。」

 

豪炎寺がいつものように静かではあるが、熱い感情を込めて壁山に言う。

 

そうだ。俺は怖い事があったらいつも逃げ出して……

みんなに心配ばかり掛けて……

 

「俺…とにかくやってみるッス!」

 

壁山は決意を固める。

 

『後半、スタートです!』

 

「来い!壁山!!」

 

キックオフを終え、豪炎寺がボールをドリブルし走りながら壁山に声を掛ける。

 

「は、はいッス!」

 

「いくぞ!イナズマ落とし……」

 

豪炎寺が高い位置へ飛び出す。だがそれだけでは高さが足りない。

そこで壁山がジャンプをし彼の足場になる。

筈だったのだが、つい下を見てしまった。

 

「うわああぁ」

 

「くっ」

 

怖くなった壁山は体勢を崩してしまい、豪炎寺は高い位置に飛ぶ事が出来ず、2人はその場で倒れてしまった。

 

『どうした雷門中、豪炎寺と壁山!?技を決めようとしたのか大きく転倒してしまったあ!!その隙に野生中、魚住(うおずみ)、ボールを奪い去りましたあ!!』

 

ボールはディフェンスの魚住(うおずみ)から蛙田へ、そしてフォワード蛇丸へと渡った。

その蛇の様な迫力にアドニスは驚く。

蛇丸はショート体勢に入った。

 

「スネークショッ………」

 

「ハンターズネット!」

 

蛇なら何とか捕まえられる。

獣を捕らえる網を出現させ、シュートは抑える事が出来た。

 

「サンキュ!アドニス。」

 

円堂は彼女に礼を言った。

 

だが、壁山の高所恐怖症を何とかしなければゴールは狙えない。

どうすればいいのだろうか。

 

「気にすんなよ!壁山!まだ時間はある!!まだまだこれからだっ!」

 

円堂は壁山を責める事無く、朗らかに彼へ叫ぶ。

だが壁山は浮かない顔だ。

 

「やっぱり無理ッスよ…俺なんて何やっても……」

 

「俺はやり続けるぞ。」

 

「え?」

 

壁山の自分を卑下する物言いを遮り、豪炎寺は言った。それに壁山は驚く。

 

「どうしてッス?どうしてそんなに……」

 

「…円堂はお前を、俺達を信じているんだぞ。」

 

「!!」

 

「それに応えられなくて、どうする。」

 

 

試合再開。

壁山は考えた。どうすれば技を発動できるのか。

自分に出来る事は___

 

そう考えている間にも豪炎寺がボールを運び、飛び立った。

でも。

 

駄目だ。やっぱり高い場所は怖い。分かっていても、目はつい下を見てしまう。

やっぱり何度やっても、もう得点は無理なんだ。

 

俺なんか___皆、すみません……

諦めの感情に壁山は目を閉じた。

 

 

 

「ぷぷっ!高い所も駄目な腰弱が何度やっても無駄だコケッ!」

 

「あれじゃあもう点を取られる心配は無用だな。」

 

「ちゃんと練習してんのかよ。雷門中はよお。」

 

「…!!」

 

野生中の者達が、自分を…いや雷門中全員を馬鹿にするように笑っている声が聞こえ、一瞬時が止まった感覚に陥る。

それは悲しいような悔しいような__いや、とてつもなく悔しい!

壁山の中に、熱い感情が滾る。

 

このままでは…絶対に終わらせないッス!!

 

「俺の事は何を言っても良いッス!…でも!」

 

壁山は怒りの感情のままにジャンプをすると同時に、仰向けの体勢になり宙へと浮いた。

この体勢なら下を見ることは無い。今は余計な事を考えず、上だけを見るんだ。

 

 

「皆の事は悪く言わせないッス!!」

 

豪炎寺が壁山の身体を足掛かりにし、更に高い位置へと飛び立った。

その高さは、鶏井にも大鷲にも届く事が出来なかった。

 

「イナズマ落とし!!」

 

強力に蹴り出されたシュートが野生中ゴールへと牙をむく。

 

『これは、豪炎寺と壁山の連携必殺技だぁ!!』

 

ゴールキーパー猪口は、反応する事が出来ずに得点をゆるしてしまった。

点数を示している電光掲示板が、雷門へ1点を追加する。

 

『雷門中ゴオール!!と、ここで試合終了です!』

 

直後にホイッスルが鳴り響き、実況が試合終了を告げた。

 

野生1-2雷門

 

 

「そんな…俺達の負け…」

 

「野生の力が…敵わなかったコケ……」

 

『フットボールフロンティア全国大会一回戦は初出場の雷門中に軍配が上がったあぁーー!』

 

「や、やったあぁ!!やったぞっ壁山あぁ!!」

 

「は、はいッスぅぅ!!」

 

ぎっしりと抱き締め合う円堂と壁山。

その傍らで豪炎寺がしみじみと言う。

 

「まさかあれが思いつくとはな…お前だけのイナズマ落とし…か。」

 

「アドニスもすごかったぞっ!あの技!!」

 

輝くような笑顔で、円堂がアドニスへと駆け寄る。それに続く春奈。

 

「……。」

 

当の本人は先程の先制ゴールを決めた時同様、呆然としていた。

今まで活躍する事が出来なかったアドニスが、初めて掴んだ栄光の勝利。

これが勝利…この感じが……

 

ふつふつと沸き立ってくる熱い感情。でもそれだけではない何か。

この気持ちは、世宇子にいたままだったら絶対に味わう事は出来なかっただろう。

 

「アドニスちゃん、どうしたの?もっと喜べばいいのに。」

 

春奈の声に我に返るアドニス。

そして思いのままを叫ぶ。

 

「やったあぁ!イノシシを狩ったーっ!!」

 

「ええ?!イノシシって野生中ゴールキーパーの?…って喜ぶところ、そこなの!?」

 

アドニスの叫びに春奈がツッコミを入れ、雷門メンバーに笑いが響いた。

こうして第一回戦、野生中との試合は、無事に雷門中の勝利で終わった。

 

 

 

「へえ…アドニス……あの子も女子選手なのねぇ。」

 

雷門メンバーを見ている何者かの影。

左胸の部分に『戦』という文字が書かれている忍者の様なユニフォームを着ており、桃色の独特な髪形をした少女。

 

「あははっ、雷門中……面白いじゃない。」

 

少女は1人で笑い声を上げる。

一体、何の目論見があると言うのだろうか。

 

 

 

 



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17話 王者帝国の敗退

 

 

 

全国大会一回戦。帝国イレブンは今、自分達の目の前にいる聞いた事も無いチームの相手に向かって余裕な顔を向けていた。

雷門中との試合で怪我をした為、大事を取って控えているキャプテンの鬼道もベンチからその様子を見守る。

 

『試合…開始です!!』

 

決勝へと勝ち進み、もう一度雷門と戦う。この王者帝国が無名の相手にそう簡単に負ける筈など無い。

 

そう自分達に誇りを持ちながら。

 

 

___しかし。

 

その後の展開でスタジアムに広がった恐ろしい光景に観客達はざわめく。

地面は抉れ、ピッチに立っていた帝国イレブンは叩きのめされており誰一人立っていない。ゴールも無残に吹き飛ばされキーパーの源田は瀕死状態だ。

唯一無事なのはベンチにいた鬼道だけである。

 

『な…なんと!!誰がこの展開を予想出来たか!!?王者帝国、全く歯が立ちません!!』

 

「…どういう事なん、だ……。」

 

鬼道は目の前が真っ暗になっていき、力が抜けてその場に座り込むしかなかった。

 

『これはまさしく神の力なのかっ?!一回戦突破は王者帝国を圧倒的な力で下した初出場の、推薦招待校の世宇子中だあーーっ!!』

 

勝利した世宇子イレブンは嘲笑いながら帝国イレブンを見下ろしていた。

神のアクアを使用した彼らの、初めての試合。圧倒的で強大な神の力を得た自分達に適う事のなかった40年間無敗の超強豪、帝国学園。

 

__人間が神に適うはずがない。神の力を得たボク達にひれ伏せ。

なんて気持ちが良いのだろう。思う存分に、この力を振るえるなんて。

すっかり神のアクアに魅入ってしまった彼らであった。

 

その様子を見ていた世宇子の監督__影山零治は1人で静かに口元を歪めて笑う。

 

 

全国大会一回戦の野生中に無事勝利した雷門中。

強豪校に勝利したことにより、メンバー全員が更にやる気に満ちていて、雷門の地下室にある練習場、イナビカリ修練場でハードな練習に励んでいた。

 

そこに、神妙な顔つきをした春奈が走ってきた。その彼女の表情にアドニスは嫌な予感を感じる。

 

「フットボールフロンティア一回戦で帝国…が……。」

 

「お?勝ったのか?さすが。」

 

円堂が豪炎寺と顔を見合わせる。春奈は話を続けた。

 

「10対0で……」

 

「すごい点差だなあ!」

 

ハイタッチをする円堂と豪炎寺。

 

「完敗…しました……。」

 

「えええ!?」

 

圧倒的な点差の完敗。帝国には似合わない言葉。

その言葉が春奈から発せられた事により、その場にいた全員は驚愕した。

 

「それはどこのチームなんだ?」

 

「…………世宇子です。」

 

「!!」

 

豪炎寺の質問に春奈がアドニスの方を見て少し躊躇いながら、ぼそりと答えた。

アドニスの嫌な予感は的中してしまった。

 

すると同時に、いきなり円堂は走り出してしまった。

 

「キャプテンっ!どこへ?」

 

「帝国へ!鬼道のところに行ってくる!」

 

それを聞いたアドニスと春奈も円堂の後へと続いた。

 

 

いつ見ても重々しい雰囲気の帝国学園。

その広いグラウンドに鬼道は一人でポツンと立っていた。

 

「お兄ちゃん…」

 

いつもの堂々とした誇らしい姿を失った兄に、春奈は何と声を掛ければ良いのか分からず俯くしかなかった。

 

「鬼道ーーっ!!」

 

その鬼道に円堂はボールを投げる。

が、彼はそれを受け止める事無く、成すがままににボールに当たり後ろ向きに転倒してしまった。

 

「…ははは。円堂。笑いに来たのか…?」

 

力なく自分を卑下するように笑う鬼道。そのゴーグルに隠された目は何の光も宿さず、ただ虚ろなだけである。

 

「そんな訳ないだろ!何バカな事言ってんだよ!!」

 

「…っ、すまない円堂。無様に散ったのは……俺の方だったな。」

 

鬼道は転倒して座り込んだ姿勢のまま、俯く。

その姿は魂が抜け落ちた殻のようで、円堂はこれ以上、何を言ったらいいか分からなくなってしまった。

 

 

「申し訳ありません…!」

 

その光景を後ろからずっと見ていたアドニスは、いたたまれなくなってしまい、つい謝罪の言葉を口にする。

それを聞いた鬼道は彼女へと顔を上げる。

 

「君は春奈の……なぜ君が謝る?」

 

以前に紹介してもらった、妹である春奈の友人。なぜ自分に謝罪して来るのか疑問だった。

 

「それは………」

 

 

アドニスが事情を説明しようとした、その時。

不穏な男の声がその場に響き渡った。

 

「ほう……敗者に挨拶をと思ったのだが雷門中もいるとは……」

 

帝国戦の時に逮捕されて行ったはずの影山が、いつの間にかグラウンドへと侵入して来ていた。

そのサングラスに隠された視線は鬼道へと向けられていた。

 

「影山!!なぜここに!」

 

ついこの間までは帝国学園の総帥だった彼。それが今は__

 

「どうだったかね?…私の率いる世宇子の力は。」

 

「!!」

 

世宇子という言葉に、鬼道だけでなくアドニスも驚愕する。

 

この人が___

 

 

「君は確か、世宇子の廊下で一度、すれ違った事があるね。アドニスさんで間違いなかったかな?」

 

影山は、今度はアドニスに向かって低い声で言った。

口元だけは笑っているように見えるが、もちろんそれは好意的な物ではない。

アドニスは何故だか分からない恐怖に包まれ、凍らせられたかのように動く事が出来ない。

だが影山は、彼女へ質問を続ける。

 

「差し支えなければ聞きたいのだが……なぜ世宇子から雷門に?」

 

この人が……この人が世宇子の監督だったんだ。

以前すれ違った時も嫌な予感を感じた。ここは何も言わない方が良い。

アドニスは質問に答えられないまま、時が過ぎるのを待った。

円堂も春奈も、その光景をただ見ているしかなかった。

 

「そんなに難しい質問だったかな?」

 

俯いたまま、何の言葉も発しないアドニスに影山は詰め寄った。

 

 

「きさまっ!いい加減にしろ!!もういいだろう、ここから去れ!」

 

その様子を見ていた鬼道が、影山へ喚いた。

 

「ふん。敗者には、もはや何の価値もない。」

 

影山は冷たく鬼道へ言うと、歩き出し出口へと向かい、その際に円堂とすれ違う。

 

「これからの活躍を期待しているぞ。…円堂守。」

 

そう円堂へと囁き、その場を去って行った。

 

 

「大丈夫だったか?」

 

鬼道がアドニスを気づかい、声を掛けた。そこに円堂と春奈も駆け寄る。

 

「はい、ありがとうございました。…あの………」

 

「今の話で君が世宇子出身だという事は分かった。だからさっきは俺に謝罪をしたんだな。」

 

「…はい。」

 

「でも今は雷門中の仲間だろう。君が気にする事では無い。油断していた俺達も悪いのだから。」

 

力無く発せられる鬼道の声。

 

「お兄ちゃん…」

 

「鬼道…」

 

春奈も円堂も、掛ける言葉が見つからないままであった。

 

「円堂。良かったな。もしお前達が世宇子と当たっても情報が分かるのだから。お前達は絶対に負けるなよ。……じゃあな。」

 

そう言い終えると、鬼道はその場を去ろうとした。

 

 

その時。鬼道目掛けてボールが飛んできた。

炎をまとった強力なシュート。こんなボールを投げる事が出来るのは___

 

 

「豪炎寺!」

 

「ここで諦めるのか!鬼道!!帝国のキャプテンとして、お前にはやらなければならない事があるんじゃないのか!」

 

いつの間にか豪炎寺も来ていた。

彼は普段は寡黙だがいざとなると炎の様に熱く変貌する男である。

 

「無理だ!帝国は敗退した。もう俺に出来る事など、何もありはしない!」

 

震えながら鬼道は叫んだ。

 

「方法が一つだけあるじゃないか!!それすらも今のお前には出来ないと言うのか!」

 

 

豪炎寺が言う方法とは____。

 

 

 

 

その頃。帝国戦を終えた世宇子。

 

 

「アドニス。可哀想に。」

 

1人で雷門中対野生中の試合の録画を見ているアフロディは、アドニスが活躍している箇所ばかりを何度も繰り返し見入っていた。

 

アドニスは…彼女はボクのものなのに。こんなに危険な試合をさせて怪我をさせたらどうするんだ。

この雷門中の奴らが彼女を上手い事たぶらかし、自分から彼女を引き離した。そうに違いない。

 

だが他にも気になるところがあった。

なぜアドニスが必殺技ディバインアローを使えるのか。

彼女にはサッカーの練習をさせた事はないのに。

 

アフロディはヘラに問い詰める。

 

 

「どうしてアドニスがキミの技を使えるんだ?」

 

ヘラの方が年上で先輩であるのだが、アフロディはいつものように偉そうなタメ口で口を聞く。

それに対し、ヘラは淡々とした様子で答える。

 

「…さあな。ここにいた時にずっと見ていたんじゃないのか?」

 

「キミが吹き込んだんじゃないのか?」

 

「そう思うなら勝手にそう思っていればいいだろう。俺は何も知らない。」

 

突っかかってくるアフロディに、ヘラは何ら動じる事なく軽くあしらい、その場を去って行ってしまった。

 

アドニスは自分に隠れてサッカーをしていたのか。どうしてそれにもっと早く気付く事が出来なかったのだろう。

あの勝負に打ち負かせた後以降、自分に対して従順になったと思っていた。

気付いて阻止していれば、彼女が離れていく事は無かったかもしれないのに。

神の力を得ても、彼女がいなければ……

 

アフロディは拳を握りしめ、その場に立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 



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18話 新たな仲間

 

 

 

全国大会第二回戦を控えている雷門中サッカー部。

だが、今のサッカー部の部室は全国大会の事どころではなかった。

 

「ええ!!」

 

「うっそお?!」

 

「こんなの、ってアリなんですか?」

 

半田や松野、少林寺に続き口々に驚きの言葉を出していき、ざわつく雷門メンバー達。

なぜなら、今彼らの目の前にいるのは。

 

「鬼道有人だ。帝国のかたきを討つために転入した。」

 

帝国キャプテンであり天才ゲームメイカーの鬼道が雷門のユニフォームを着て立っているのだ。

特徴的なゴーグルとドレッドヘアは相変わらず、赤いマントを脱ぎ捨て、今は青いマントをまとっている。

 

「一緒に世宇子を倒したいんだ!どうかよろしく頼む!」

 

そう言い、雷門メンバーへと一礼する。

 

「何て執念だ。そういう事なら断れねえよな!!」

 

仲間の為に雪辱を果たしたい。その為に転校してきた鬼道の、その熱い心に、染岡が歓迎を示す。

 

「お兄ちゃん…。」

 

鬼道の妹の春奈は嬉しいやら何やら複雑な感情が絡み合う。

それはアドニスも同じであった。

 

「そういう事だ、みんな、よろしく!!」

 

円堂は嬉しそうに笑った。豪炎寺もすまし顔を決めながら薄く笑っている。

鬼道に雷門への転入を勧めたのは何を隠そう、豪炎寺だった。

 

「で、でも…突然の転校でチームを変えるなんて出来るのか?」

 

フットボールフロンティアの最中に他校へのチーム移籍なんて可能なのかと、半田が疑問をぶつける。

 

「それなら心配ないわ。転入手続きを済ませた後なら、転入した学校のチームに入れるのよ。これは違反ではないわ。」

 

その疑問に、得意気に夏未が答えた。

 

あの帝国の天才ゲームメイカーの転入。思いがけず強い味方を引き入れた雷門中は心強さを感じていた。

元は敵同士だったのだが、彼の転入を反対する者はいなかった。

円堂は強い敵が味方になってくれたという事ではなく、これから一緒にサッカーが出来るという事が何よりも嬉しかった。

 

「ところでだが、次の試合は?」

 

新たな仲間ムードで、すっかり次の試合の事を忘れていた雷門メンバーの代わりに鬼道が聞いた。

世宇子との再戦を果たすのなら、今は次の試合を勝ち進んでいかなくては話にならない。

 

 

「あ、ええと…次の2回戦は戦国伊賀島(せんごくいがじま)です!」

 

それに春奈が答え、全員が目を向ける。

 

「戦国伊賀島は、忍者の末裔と言われていて……忍術を駆使した必殺技を使ってくるようです。でも、イマイチ彼らがどんな練習をしているのか…分からないんです。」

 

情報収集の得意な春奈でも、彼らの練習情報の詳細までは得る事は出来なかったようだ。

 

「忍術?何だそりゃあ…」

 

染岡が言葉を挟んできたが、春奈は話を続ける。

 

「それから…エースストライカーに小鳥遊(たかなし)(しのぶ)と言う女の子の選手がいて、彼女が(おも)に点を取って来るそうです!」

 

戦国伊賀島。忍者サッカー。エースストライカー。

そのどこか得体の知れない強敵に恐れと不安を感じるメンバー一同。

それも全国大会二回戦。鬼道が仲間になってくれたとしても簡単に勝てる相手ではないだろう。

しかし、その中で円堂はもう待ちきれないという感情を出していた。

 

「忍者サッカーか。何か面白そうじゃん!」

 

と、いつものようにキラキラと目を輝かせた。

 

「みんな、すまん!遅くなった。」

 

そこに、響木監督が部室へと入って来た。

本業はラーメン屋を営んでいる為、こうして遅くなってしまう時もあった。

監督との両立は中々に難しい。

 

「あ!響木監督!お疲れ様です。今、音無から次の対戦相手の事について聞いたところです。」

 

円堂が元気よく挨拶をする。それに他のメンバーも続いた。

 

「おお、そうだったか。次は戦国伊賀島だが、音無から聞いたのなら説明は大丈夫そうだな。お前達、練習に励むのも良いが、ゆっくり休む事も忘れんようにな。完璧なコンディションで試合に挑むんだ。」

 

「はい。響木監督。心得ます。」

 

そう冷静的に返事を返したのは入ったばかりの鬼道だ。

 

「鬼道。もう来ていたのか。これから雷門をよろしく頼むぞ。」

 

「いえ。こちらこそ。受け入れて下さり、ありがとうございます。」

 

響木に向かって深々とお辞儀をする鬼道。

 

 

本日は試合の時のコンディション調整の為に練習は休みと言う事になり、これで解散となった。

 

 

「アドニスちゃん。ちょっと私の家に寄らない?」

 

帰り道の途中。いきなり春奈から家へのお誘いを受けるアドニス。

 

「えっ!いきなりだけど…良いの?」

 

「うん!もちろん。」

 

でも何も手土産を用意していないと慌てるアドニスに、いいからと自分の家へと彼女の手を引き、案内する春奈。

そして歩く事数十分。

 

 

「着いたよ。お母さん、ただいまー!」

 

家に辿り着いた春奈は、ドアを開けながら帰った事を伝える。

すると、優しそうな女性が出迎えた。

 

「おかえり春奈、おやつが……ってあら、その子は?」

 

音無家。

確か前の帝国戦の時に、小さい頃に両親を亡くした。と聞いていた。

という事は、この人は彼女の義理のお母さん…

 

「は、初めまして。春奈さんの友達のアドニスです。」

 

緊張が解けなかったが、挨拶をする。

 

「えへへ、友達連れて来たの!」

 

春奈が可愛らしい笑顔を母親へと向ける。

 

「まあ、そうだったの。いらっしゃい、アドニスさん。どうぞ上がってね。」

 

とても優しそうなお母さんだ。

鬼道が春奈を鬼道家へ引き取ろうとしていたのだが、彼女は音無のままが良い、と断言していた。

良い両親の元へ引き取られたからこそ、彼女はまるで春を呼び起こすような…明るい性格になったのだと感じさせられる。

 

アドニスはそのまま家の中へと案内されていき、お茶を用意するから待っててと春奈の部屋へ1人で通される。

 

「春奈、あの子すごく綺麗な子ね。」

 

「そうでしょう!ふふ。」

 

「素敵なお友達が出来て良かったわね。」

 

「うんっ!アドニスちゃんはサッカーも上手なんだよ!」

 

キッチンに入った2人は、アドニスの事を話題にしながら、仲良くお茶の準備を進める。

 

 

アドニスが通された春奈の部屋は可愛らしく、いかにも女の子という感じの部屋である。その傍ら、情報収集に使うのであろうパソコンなども置かれている。雷門中の事が書かれた、手作りの新聞も置いてあった。

 

待っている間その新聞を読んでいると、お茶とお菓子の乗ったお盆を持った春奈が入って来た。そしてそれをテーブルに置くと、一緒にその新聞を見始める。

 

「お待たせっ!その新聞、私が書いたんだよ!」

 

「あ、ごめんね!勝手に見ちゃって。」

 

「いいのいいの!私、サッカー部のマネージャーになる前は新聞部だったんだ。」

 

雷門中の出来事は、ほとんどがサッカー部の円堂の事が書かれていた。

まだ何もない弱小チームだった頃の事。

円堂がサッカーの練習の為、校舎内に牛を連れて夏未に怒られた事。

そして、初めての練習試合の帝国戦の時の事。

 

すごく面白くて読みやすい。こんな新聞が書けるなんて…だから彼女は、あんなに情報収集能力が高かったんだ。

アドニスはそう思いながら、帝国戦の時の内容を見る。

 

「帝国20ー1雷門で……帝国の試合放棄により無事雷門の勝利?」

 

「うん。新しく入って来た豪炎寺さんのシュートが決まった後にね、帝国にいたお兄ちゃんが試合放棄をしたの。」

 

これは初めて円堂キャプテンと河川敷で出会った時に少しだけ聞いた話。これだったのか。

絶望的な点差になっても、決してあきらめる事の無かった円堂キャプテンは、やっぱりすごい!

 

「アドニスちゃん。お願いがあるの。」

 

先程までの花が咲き誇るような可愛らしい笑顔とは違い、真剣な表情になる春奈。

アドニスには大体、察しがついた。

 

「世宇子の事に付いて…教えてくれる?」

 

雷門に来た兄の為にも世宇子の情報が欲しい彼女は、普段は頭に掛けている赤い眼鏡をしっかりと目元に装着し、真剣な眼差しをアドニスへと向ける。

 

 

 



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19話 可愛らしい忍者出現!

 

 

 

アドニスが今、お邪魔している春奈の部屋。

 

 

「ごめんね。…私ったらつい真剣になっちゃって……」

 

「ううん、大丈夫だよ。気持ちは分かっているから。」

 

兄の為にも!と思い、先程はつい真剣にアドニスに世宇子の事に付いて問い詰めてしまった春奈は、両手を合わせ苦笑いをしながらアドニスへ謝っていた。

だが、強かった自分の兄弟があんな風に惨敗してしまえば、その相手__世宇子の事を知りたいのも無理はない。

 

それに何故か、帝国対世宇子の試合の映像を入手する事が出来なかったのだ。恐らくは影山が何か手を回したに違いないのだが。

こうなれば、分かる人に聞くしかないのである。取材という訳ではないが元新聞部の腕の見せ所だ。

 

アドニスはまず何から話せばいいのだろう、と考え込む。

何せ彼女も世宇子には在校していたものの、サッカー部の全貌を知っている訳では無い。

監督が影山だったという事を知ったのも、ついこの前の事。

 

だが真っ先に思いつくのは___

 

「彼らは突然、何だか分からない…すごい力を発揮するようになったの。」

 

「すごい力?」

 

「うん。例えるなら、まるで神様…のような。」

 

「神様……」

 

元々も彼らは相当の実力を持っていたが、それを更に上回る力。

その力を持って以降の彼らが狂暴に不気味に見えるようになった。上手く説明が出来ない、得体の知れない不穏な雰囲気。

 

それから、どことも試合をした事が無い事や、変なサングラスを掛けた研究員達が彼らの記録係だった事。

アドニスは自分が知っている限りの事を春奈へ話した。

 

「ふむふむっ……それって大分、怪しいね!」

 

「やっぱり?」

 

また真剣になり過ぎないように茶化しながら、でも真面目に春奈は聞いていた。

帝国を見限った影山が監督という事もあり、誰が聞いたとしても世宇子の事は怪しく思うだろう。

だがその真相に辿り着く事は、彼女達にはまだ不可能だ。

 

 

「アドニスちゃん。教えてくれてありがとう!」

 

「ううん。私も知っているのはこれくらいで…あ、それから。」

 

まだ重要な事が残っていた。

 

「それから?」

 

「…中でもキャプテンの力は桁違いってところ、かな。」

 

ゴールを破壊してしまう程の力の持ち主。キャプテンの事を忘れてはいけなかった。

もちろん、ヘラやデメテル。ゴールキーパーのポセイドン等、全部員が強いのだが、その中のキャプテンという事もあり、アフロディは並外れた能力を持っている。

彼がどんなに恐ろしいか、その傍にいたアドニスは知っている。きっと、どこの学校にもいないような、とてつもない強敵となるだろう。

あの王者帝国が、完膚無きまでに叩きのめされたのが、何よりの証拠。

 

 

分かる事は春奈に全て教え、この日はこれで、お邪魔しましたと音無家を後にした。

 

 

__春奈ちゃんって誰かに似ているような?どこかで見た事のあるような。何だろう?

 

帰り道。ふとアドニスは前々から春奈に対して感じていた……何かを思い出すような感覚がし、それが何なのか過去を思い出そうと1人黙考するものの、やはり何も思い出す事は出来なかった。

一体何なのだろう。前世の事が関係しているのだろうか。

 

 

 

 

それから。

いよいよフットボールフロンティア全国大会第二回戦が始まろうとしていた。

相手は、忍者の末裔ともいわれている戦国伊賀島中学。

忍術を模した必殺技を多用し、多くのチームを破って来た強豪。

 

試合会場でアップをしている雷門メンバー。

 

「忍術かあ。オレも使ってみたいかも。」

 

「そうでやんすねぇ。忍術を決められたらきっとカッコいいでやんす!」

 

本日の対戦校チームが忍術の使い手だという事で、円堂が呑気に忍者への憧れを口にし、それに同調する栗松。

忍者というのは、なぜか男子の心を惹きつける。

 

一方、アドニスは忍者がどういうものなのか、よく分かっていなかった。

 

そこに。

 

「ねえ、試合前にあたしと勝負しない?」

 

顔は可愛らしいが、桃色の髪を左目が隠れるように結った独特な髪形をし、忍者の様なユニフォームを着用した少女が、どこからか突然現れた。

その少女はアドニスへと声を掛けて来たのだ。

 

「あなたは?」

 

「ええ?あたしを知らないの?あたしは小鳥遊(たかなし)(しのぶ)。戦国伊賀島のフォワードよ!」

 

この少女が以前、春奈が調べて聞いていた戦国伊賀島のエースストライカーである。

アドニスが知る由も無かったが、この少女…小鳥遊忍こそ野生中との試合が終わった後に、雷門メンバーを影から覗いていた人物であった。

 

勝負とは?呆然とするアドニスに小鳥遊は、ずいっと顔を近付ける。

 

「で、勝負するの?しないの?」

 

「勝負って言われても、そんな…私は何も出来ないよ?」

 

「何言ってるのよっ!あんた、野生中の時に一番最初に点を入れたでしょうがっ!」

 

彼女はそう言いながらビシッとアドニスを指差した。

だからと言って何故勝負する事になるんだろう。

 

「同じ女子選手、フォワードとして、あんたに負けていられないもの!」

 

一方的にライバル心を燃やす、小鳥遊。

 

「勝ち負けなら試合で決めようじゃないか。今は勝負をする時間ではない筈だが。」

 

アドニスが困っていると、話を聞いていた鬼道が冷静に割って入って来た。

雷門のユニフォームを着ている鬼道を目の前にした小鳥遊は、驚くと同時に蔑みの目を雷門メンバーに向ける。

 

「あんたは帝国の鬼道!……ははーん、さては…あたし達が怖くてそんな手を使ってきたのね。雷門って腰抜けなのね。」

 

「誰が腰抜けだってえぇ!?」

 

雷門中を侮る小鳥遊の発言に、円堂が遠くから叫ぶ。地獄耳というものだろうか。

 

「やめろ。円堂。ああいうのは相手にしない方が良い。」

 

風丸が、まるで子供をなだめるかのようにその場を落ち着かせようとする。それに頷く豪炎寺。

 

「だってオレ達の事を腰抜けって……」

 

「いいですよ、私、勝負を受けます!!」

 

円堂のぼやきを遮り、アドニスは言い放った。その声は怒りが生じている。雷門を腰抜けと言った事を取り消してもらいたい。

その一心だった。

 

「そうこなくっちゃ。ルールは簡単。お互いのゴールに先に3点入れた方の勝ち。これでどう?」

 

小鳥遊が提案してきたルールは、前にいた学校の世宇子でキャプテンのアフロディと勝負した時の内容と似ていた。その時に完敗させられた事を思い出す。

絶対に負けるものか。アドニスは燃える。

 

 

1つのボールを間に挟み、対峙するアドニスと小鳥遊。

 

「それじゃ、行くわよ!」

 

小鳥遊が先手を打ち、瞬く間にボールを奪い走り出す。

 

「なっ!速い…!」

 

そのあまりのスピードに驚くアドニス。これが忍者というものなのか!?でも、こんなところで負けられない!

負けじと必死に小鳥遊のスピードに食らいつき、何とか追いつく。すぐにボールを奪ってやろうと思ったが、そう簡単にいく相手ではない。

 

「ふーん、中々やるじゃない。」

 

ボールの競り合いをしながらも余裕そうな顔を浮かべる小鳥遊。

彼女の人を見下すようなその表情は…あの時のアフロディを思い出し、アドニスは無意識のうちに頭に血が上っていた。

 

その時。

 

「あっ!」

 

ボールを蹴り出そうとした小鳥遊の足が、アドニスの足に直撃した。

思わず足を当ててしまい、驚いて目を見開く小鳥遊。だがアドニスは一切気にするそぶりを見せず、その隙にボールを奪いゴールへと走り出す。

それに更に驚く小鳥遊。

 

「ちょっと、噓でしょ…かなり強く当たっちゃったのに。」

 

「アドニスちゃん……」

 

勝負を見ている春奈や雷門中メンバーも心配そうにアドニスを見つめる。

 

「止めなくて良いのか…?」

 

半田がそう言うものの、白熱している彼女達に誰も割り込む事が出来ないでいた。

 

あの時の様に負けたくない、負けてはならない!という思いが、今のアドニスを突き動かしていた。

いよいよゴールへと迫った、その時。

 

「そこまでだ。アドニス。」

 

彼女の行く手を阻み、素早くボールを奪ったのは鬼道だった。

彼女達の勝負は中断、というより中止にされる。

 

 

 



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20話 戦国伊賀島戦 忍者サッカー 

 

 

 

「アドニス。今日の試合はベンチに下がっていろ。」

 

鬼道が、淡々とアドニスへ出場禁止令を言い放った。

もちろん黙っているアドニスではない。

 

「そんな!何でですか!?」

 

「少し頭を冷やした方が良い。…足もな。」

 

「さっきの勝負の事ですか?…仕掛けてきたのは向こうなのに…。」

 

腑に落ちないアドニス。

鬼道は彼女の言い分を聞く事なく、さっさと自分のポジションへと行ってしまった。

 

どうして。

…もしかして自分が、帝国の仇である世宇子出身だから…なのだろうか。それが気になり、貶めようとしているのか?

色々と、悪い方向へ考えが行ってしまう。

 

そこに春奈が目の前へとやって来た。手には救急箱を持っている。

木野と夏未も心配そうに近くへと寄って来る。

 

「アドニスちゃん。足を見せてくれる?」

 

先程の競り合いの際に、強く蹴られてしまった足。

靴下を脱ぐと、その部分は腫れていた。

 

「あれ?!そんなに痛くなかったのに……」

 

つい、アフロディとの勝負の時の事を思い出してしまったアドニスは腹が立ってしまい、自分でも気付かないうちにヒートアップしていたのだ。

そのせいで蹴られた痛みも忘れていた。

 

「アドニスさん、勝負に没頭してたから。もう、無理しちゃ駄目だよ!」

 

横から見ていた木野に注意をされてしまい、シュンと黙り込むしかないアドニスであった。

 

「まあまあ、次からきちんと気を付ければ良いのよ。」

 

それをフォローする夏未。

 

そこに突然、少年の声が聞こえてきた。

いつの間にアドニスの目の前には、戦国伊賀島の選手が2人立っていた。物音も立てずにどうやって近付いて来たのだろうか。

 

「先程はうちの者が無礼を働いてしまい、申し訳ない。」

 

まるで雲のような…ふわふわとした薄い桃色の髪の少年__キャプテンである霧隠才次(きりがくれ さいじ)がアドニスに謝罪をする。

 

「小鳥遊もわざとやった訳ではない。どうか許してやっては頂けないだろうか。」

 

もう1人の、切り揃えられた黒髪に白い鉢巻を巻いている少年__風魔小平太(ふうま こへいた)も続いて謝罪をする。というよりは小鳥遊のフォローだ。

こう丁寧に言われてしまうと、アドニスは何とも言えない気持ちになる。

 

「い…いえ、私の方こそ熱くなり過ぎました。」

 

「すまない。許して頂いた事に感謝する。…では、御免!!」

 

謝罪を終えると2人は顔の前で指を2本立てた変なポーズを決め、目の前から姿を消した。

サッカーの時以外でも超次元は起こるようだ。

 

 

春奈から手当てをして貰い、ベンチに座るアドニス。

試合に出れなくなってしまったのは残念だが、試合をする前に熱くなり過ぎた自分も悪いのだから、仕方がない。

だから鬼道さんは自分をベンチへと下げたのか。自分が世宇子出身だから敵対されているという訳でなくて良かった。

 

そうこう思っていると、実況が掛かり、盛り上がり始めるスタジアム。

 

『全国大会二回戦、雷門中対戦国伊賀島だあぁ!!本日はどんな展開になるのかあぁ!?』

 

ホイッスルが鳴り響き、いよいよ試合開始だ。

アドニスはじっと目を凝らし、忍者というものがどのようにサッカーをするのかを見届けようとする。

 

キックオフが終わり、半田にボールが渡る。

豪炎寺へパスをしようとしたが、戦国伊賀島のディフェンスが立ちはだかる。

 

「伊賀島流忍法…くもの糸!」

 

「うわあっ!」

 

半田は、地面に張り巡らされた糸に足を取られ、転倒してしまった。そこで何とかボールを染岡が拾う、が。

 

「影縫いの術!」

 

「おわぁ!!なっ、影が?!」

 

影を取られ転倒してしまい、ボールも奪取されてしまった。

 

『忍術が炸裂!!これには雷門中も手が出せない!!』

 

そしてボールは小鳥遊へ。ゴールまでは距離があるのだが、彼女はそのままシュートを撃つ体勢へ入る。

 

「伊賀島流忍法っ、つちだるま!!」

 

技名を叫びながら蹴り出されたボールは、どんどんと土をまとっていき巨大な塊となってゆく。

 

「何だ?!ボールじゃないぞ!あれは!」

 

たじろぐ円堂。

だがその間にも巨大な塊は迫ってくる。それは岩のように重く固い。

 

「うわああっ」

 

ゴール直前で土は弾けていき、ボールはいつの間にかゴールへと突き刺さっていた。

 

『ゴオーールッ!その迫力には円堂も反応出来ない!戦国伊賀島の小鳥遊の、つちだるまが決まったあぁーー!!』

 

「あはははっ、思い知った?これが忍者よっ!」

 

先制点を取った小鳥遊は、得意気に両手を胸の前で組み、人差し指を立てて忍者のポーズを決める。

 

「すごい…!あれが忍術なんだ!」

 

ベンチから見ていたアドニスも、その迫力に驚く。そして小鳥遊がしている忍者のポーズをこっそりと真似する。

 

「アドニスちゃん、ノリノリだね…。」

 

横から見ていた春奈が苦笑いをしながら、ツッコミを入れる。

 

だが、雷門は先制点を取られてしまった。

次はつちだるまを止める事が出来たとしても、くもの糸や影縫いを突破しなくてはゴールへ近付く事が出来ない。これは相当の速さを持っていないと躱す事は難しい。

この状況をどうすれば突破できるのか。

 

 

「…見えたぞ。」

 

ピッチの中から試合を見ていた鬼道は、何かを閃く。

 

 

『先制点を取られた雷門、巻き返しなるかあー!?』

 

「皆、ボールを出来るだけ持たずにまわすんだ!!」

 

試合再開早々に雷門イレブンへ指示を出す鬼道。

なぜそうするのか分からない一同だったが、彼の言う通りに、素早くボールを回す。

 

「上がれ!風丸!!」

 

風丸は頷き、その青い髪を靡かせながら前線へ向かって走り出す。

鬼道が、走り出した風丸へボールをパス。

 

「くもの糸!」

 

「影縫い!!」

 

風丸からボールを奪おうと、戦国伊賀島の選手達は次々と忍術を使う。

しかし。

 

『風丸、何という速さだ!戦国伊賀島の技を軽々と突破していきます!!』

 

前線へ辿り着いた風丸に、豪炎寺が駆けつける。

 

「行くぞっ!豪炎寺!」

 

「ああ!」

 

そのまま必殺技の体勢へ入る2人。

同時にボールをそれぞれ逆方向から蹴り上げスピンを掛け、空中へと舞い上がったボールを今度は上と下から同時に蹴り、ゴールへと叩き込む。

 

「炎の風見鶏!!」

 

炎をまとった巨大な不死鳥が現れ、その迫力は戦国伊賀島のゴールを揺らした。

ゴールキーパー百地(ももち)は無言のまま項垂れる。

 

雷門1ー1戦国伊賀島

 

「そうか。風丸の速さなら影縫い、くもの糸にも捕まらない!」

 

鬼道の指示に感激する円堂。

サッカー部に来る前は陸上部のトップだった風丸は、素早さも並外れている。戦国伊賀島の忍術を軽やかに躱す事が出来るのは彼のみだろう。

それを鬼道は汲み取っていたのだ。

 

「うそぉっ!点…取られちゃったわよっ!」

 

同点へ追いつかれてしまい、慌てる小鳥遊。

 

「案ずるな。まだ忍術はあるだろう?まだまだこれから忍者サッカーを見せてやろうぜ!」

 

キャプテンの霧隠にそう言われ、それもそうだと彼女はニヤリと笑みを浮かべた。

 

そして、戦国伊賀島からのキックオフで試合再開。

すかさず、風丸がボールを奪った。

 

『雷門、ディフェンスの風丸が華麗な速さでオーバーラップ!!また炎の風見鶏を仕掛けるのかあぁー!?』

 

ボールをまたも前線へ運び出そうとする風丸に、霧隠が迫った。

 

「速いのは自分だけだと思うなよ!伊賀島流忍法…残像!」

 

「何っ!?」

 

霧隠の必殺技、残像によって錯乱させられた風丸はボールを見失ってしまう。

 

伊賀島流蹴球戦術(いがじまりゅうしゅうきゅうせんじゅつ)偃月(えんげつ)の陣!!」

 

「承知!!」

 

何やら、技の指示を出し始めた戦国伊賀島ミッドフィルダーの初鳥。

すると、集まった8人がVの字を作る様に走りながら広がっていく。それは土煙を巻き上げていき、もの凄い勢いで雷門陣地へと向かってくる。

それはまるで…巨大なイノシシのようでもあった。

 

 

「何だこれ…うわああっ!」

 

「くっ!こんな技を持っていたとは…!」

 

「うわあ!!」

 

どうする事も出来ずに弾き飛ばされてゆく雷門メンバー。

 

「みんな!……あんなのって、ありなの?」

 

その光景に、目を見開きながら木野が呟く。

 

 

__忍術。戦国伊賀島の必殺タクティクス。8人であんな技をやってのけるなんて。…あれが忍者サッカー!!

何て見応えのある迫力なのか。

アドニスは怪我をしているという事も忘れ、既にその試合に夢中になっていた。

 

そして次の瞬間、土煙の中からボールを持った霧隠が飛び出し、雷門ゴールへ走り出した。

それを阻止しようと風丸が立ちはだかる。が。

 

「残像の術!!」

 

またしても残像により惑わされ、あっさりと抜かれてしまった。

 

「しまった!壁山!止めろーーっ!」

 

風丸が壁山に向かって叫ぶ。

今ゴール前にいるのは彼1人。

 

「えっ、えええ?!お、俺だけッスか!?そんな…」

 

慌てふためく壁山に、霧隠が迫る。

 

「くらえ、つちだるま!!」

 

先程の小鳥遊が使用した技。それを今度はキャプテンの霧隠が使用する。

ボールは土をまとっていき巨大な塊となってゴールに向かう。

 

「うおおおっ、通さないッス!!」

 

壁山が円堂の前に聳え立ち、巨大な壁となった。

その威力は、つちだるまの力を抑え込み、威力の弱くなったボールは、すっぽりと力無く円堂の手に収まった。

 

『何とっ雷門ディフェンス壁山によるシュートブロック!!まるでそそり立つ壁のようだあーーっ!!』

 

「すごいじゃないか!壁山!!」

 

「ナイス!さすが雷門ディフェンスだな!!」

 

「は…はいッス!!」

 

円堂と風丸から褒められ、照れる壁山。

まさか自分があんな強烈なシュートを抑えられるとは思ってもいなかった。

 

 

「今のは…ザ・ウォールと命名しましょう。」

 

ベンチから見ていた目金が、その眼鏡を光らせながら技名を付けた。

 

 

「何だと!?」

 

自身のシュートを止められてしまい驚く霧隠。

そこに小鳥遊が走り込んできた。

 

「今度はあたしがっ!…分身シュート!!」

 

3人へと分身しボールを蹴り出す小鳥遊。

分身したそれぞれが力を合わせ、その威力は3人で蹴ったものと変わらない。

 

「ゴッドハンド!!」

 

その凄まじい威力のシュートを、円堂は無事に止めてみせた。

 

「…っ、そんなっ」

 

こんなにも簡単に止められてしまうなんて。小鳥遊は意気消沈としてしまった。

 

ボールは円堂から風丸へと渡る。

風丸は迅速に戦国伊賀島ゴールへ走り出した。

 

『円堂止めたぁーっ、さあ、息つく間もなく風丸が上がっていく!残り時間もあとわずか!!』

 

「風丸!跳べ!!」

 

鬼道が叫ぶ。

 

「!!」

 

風丸は言われた通りに高く跳び上がった。

鬼道はボールを、跳び上がった風丸へとパスした。

 

「それをヘディングで打ち返せ!」

 

「おうっ!」

 

初めての技であったが、風丸は瞬時に理解した。この技は帝国戦の時に見た鬼道と佐久間の技だ。そして見事ヘディングを決めボールに力を蓄え、それを鬼道へと返す。

そのボールを鬼道がゴールに向かって更に加速をさせながら蹴り出す。

 

「ツイン、ブースト!!」

 

それは帝国の技。今は雷門の技となって、戦国伊賀島ゴールをおびやかす。

 

「伊賀島流忍術…つむじ!」

 

キーパー百地による、巻き上げられた2対のつむじ風は、ツインブーストをからめとろうとした。が。

風に捕らえられる事なく、シュートはゴールへ突き刺さっていた。

 

『雷門、ゴォール!!帝国だった頃の鬼道の必殺技ツインブーストが決まり、見事ゴールを揺らしたあーっ!!』

 

「すごい……すごいじゃないかっ!鬼道、風丸っ!!」

 

円堂は感激を隠せず、目をキラキラと輝かせた。

それは円堂だけでなく、他の雷門メンバーも同じであった。

 

ハイタッチをする鬼道と風丸。

 

 

雷門2ー1戦国伊賀島

 

『ここで試合終了っ!!全国大会二回戦突破は雷門中だあーーっ!!』

 

「あたし達が……負け、た?」

 

戦国伊賀島の敗北。

その場に座り込む小鳥遊。

そこに、アドニスが近付いて来た。

 

試合前に怪我をさせてしまった事を怒りにでも来たのか。小鳥遊は座ったまま身構える。

 

「何?恨み言でも言いに……」

 

「忍者ってすごいんだね!」

 

「…!」

 

「戦国伊賀島の必殺技、見ているだけでも凄かったよ!」

 

アドニスからの思いもしない発言に小鳥遊は目を見開く。

彼女は立ち上がり、少し目を逸らしながらアドニスの方へと向き直る。

 

「さっきは…ごめん、なさい。あたしのせいで……」

 

ぼそぼそと、ではあるが申し訳なさそう顔を俯かせながら謝罪の言葉をアドニスへ綴る。

 

「ううん。そんな事全然いいの。」

 

彼女達はどちらからともなく手を差し出し握手を交わし、笑顔を浮かべる。

 

「小鳥遊。また修行の日々だ。もっともっと強くなって、その時にまた戦えばいい。俺もあの風丸とかいう奴に負けたままでいたくないからな。」

 

「そうねっ!あたし達だってもっと強くなってやるんだから!」

 

キャプテンの霧隠に言われ、元気を取り戻す小鳥遊。

 

 

こうして第二回戦も無事、雷門中の勝利となった。

 

 

 

 



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21話 女神のいがみ合い

 

 

 

 

__何ていう事なんだ、アドニス。可哀想に。

 

世宇子中サッカー部。

練習の最中であるのだがアフロディは1人、焦燥した様子で物思いにふけっていた。

 

戦国伊賀島戦で、足を負傷させられてしまったアドニス。何て痛々しい。

だからサッカーはキミには危険な事だと忠告したのに。

……これも雷門中のせいだ。奴らが彼女をたぶらかしたりしなければ、サッカーをさせなければこんな事にはならなかった。

このまま雷門中にいては彼女は危険だ。次は怪我では済まないかもしれない。

 

一刻も早く、自分のもとへと連れ戻してあげなくてはいけない。

 

 

 

 

 

___ここはどこだろう。

 

アドニスは広い草原に立っていた。

僅かに見覚えがある、この景色。ここは前世の神話の世界だろうか。

近くにある泉で自分の姿を確認すると、水面には古代ギリシャの丈の短いキトンを着ている黒い髪の少年が映っていた。

 

これは自分なのだろうか?そう泉を見つめながら呆然としていると、すぐ近くで女性同士が言い争っている声が聞こえた。

驚いたアドニスは、その方向を向く。

 

「アドニスは私のものよ!」

 

「何言ってるの!?ふざけないでっ!」

 

「あの子は元は私の所にいたのよ!?返しなさいよ!!」

 

「今はこっちにいるのよ!返さないわ!!」

 

アドニスを巡り、いがみ合う美しい2人の女神。

それは美の女神アフロディーテと……冥界の女王であり春の女神でもあるペルセポネだった。

 

事の発端は、赤ん坊だった頃のアドニスを甚く気に入ったアフロディーテは、誰にも見られる事のないように彼を箱の中へ隠すと、それを冥界にいるペルセポネへと預けたのだ。冥界へ預ければ彼が人目に付く事がなく独り占め出来ると思ったからである。

しかし、ペルセポネもアドニスを気に入ってしまい、成長した彼を引き取りに来たアフロディーテとこうして争いが勃発してしまった、という訳であった。

 

だからと言ってアドニスがこの場を収める事が出来る訳でも無く、ただあたふたと2人の言い争いを見ているしかなかった。

ただ、ペルセポネの姿を見ていると何かを…誰かを思い起こしそうな感じがする。

 

ペルセポネは……春。………それは花が咲き誇る季節。

春?……誰かに似ているような?身近にいる誰かに…

 

そう思い回していると、アドニスはいつの間にか目が覚めており、いつものベッドに寝ていた。今のは夢だったようだ。

でも、夢と言う一言で片付ける事の出来ないリアルな感覚。恐らく前世で本当にあった出来事。

 

 

 

 

「みんなっ!いよいよ次は準決勝だな!ここまで来たら、優勝まで一直線だ!!」

 

「おうっ!!!」

 

雷門サッカー部。集まった雷門メンバーの前に、いつにも増して威勢の良い円堂の声が響く。

いよいよ次は準決勝戦なのだ。威勢が良いのは彼だけではない。

もっと特訓をして次の試合にも挑まなければならないのだ。

 

イナビカリ修練場で、いつにも増してハードな特訓をし始める雷門メンバー達。

アドニスは足の怪我が完治していない為練習は控え、春奈や木野のマネージャーの手伝いをしていた。

彼女達と雑談しながらの仕事は楽しく、世宇子の1人だった時とは全然違うと感じた。

でも、皆と一緒に特訓する事が出来ないのは残念だった。こうしている間にも身体は鈍ってしまう。何か良い方法はないかと考えるが、今のところ何も思いつかない。

 

 

そして時が経つのは早く日は既に沈んでいるのだが、それに気が付く事なく練習をずっと続けている雷門メンバー達。

イナビカリ修練場は地下にある為、外の様子が分からないのは仕方がないのだが、それ以前に円堂に負けず劣らず全員がサッカーバカなのだ。

どんなにクタクタになっても一つ一つ、また強くなっていく事に全員が嬉しさを感じていた。

何より、いよいよ準決勝まで来る事が出来たのだ。ここで負ける訳にはいかない。

 

「あなた達!もう夜も遅いのよ!程々にしなさいっ!」

 

しかし、とうとう夏未によるイナズマがその場に落とされ、今日は解散になった。

 

帰り支度を終えたアドニスは一緒に帰ろうと春奈を待つが。

 

「あっ!…忘れ物しちゃった。取りに戻るね!」

 

鞄の中を見ていた春奈がそう呟いた。

 

「じゃあ一緒に……」

 

「ううん、大丈夫!先に行ってて!」

 

そう言うと春奈は走って戻って行ってしまった。

アドニスはそのまま1人で外に出る。空はすっかり暗く、校庭には既に誰も残っていなかった。そのまま帰ろうと歩いて行くと。

 

「!」

 

突然、突風が吹き荒れる。さっきまで風なんて出ていなかった筈なのだが。

風はすぐに収まるが、アドニスは目の前に人の気配を感じ、顔を上げた。

 

「…あ……」

 

そして…すぐ目の前にいる人物に目を見開き、思わず息を呑む。

 

白いギリシャ風のユニフォームを着ている長い金髪の彼は、赤く淀んだ瞳でアドニスを見つめていた。口元には笑みを浮かべている。

それは美しく不気味な…そんな雰囲気を醸し出しており、思わずゾッとしてしまう。

 

アドニスは冷や汗をかきながら後退る。

しかし彼は距離を詰めて来て、彼女の手をがっしりと掴んできた。

 

「な、なんですか?!」

 

「アドニス。やれやれ、こんな時間まで練習をさせられているのかい?足もそんなにされて……酷い学校だな。」

 

彼…アフロディは哀れむ様子でそう言いながら、アドニスの怪我をしている足に目を向け、優しく彼女の手を引く。

 

「この足は皆さんのせいではありません。離して下さい!」

 

「可哀想に…脅されているんだね。もう大丈夫だよ。このまま一緒に行こう。」

 

優しい口調ではあるが淀んだ瞳のまま、彼はアドニスを連れ去ろうとする。腕を振りほどこうとするが、その力は凄まじく強い。

彼もアドニスを取り戻そうと必死なのである。

 

このままではいけない。でもどうすれば___

 

「アドニスちゃん!?どうしたの?その人は…」

 

そこに忘れ物を取りに戻っていた春奈が、ただ事ではなさそうな状況に不思議そうな顔をしながら駆けつけて来た。

しかし、彼女を見てもアフロディは大して気にする様子を見せる事無くアドニスを離さないまま淡々と、しかしどこか高飛車な口調で春奈へと言う。

 

「この子はボクのものなんだ。返してもらうよ。」

 

上から目線の物の言い方。それを聞いた春奈はムッとする。

 

「どうしてアドニスちゃんがあなたのものになるんですか?!それは違うと思います!」

 

そして春奈もアドニスのもう片方の腕を取り、引っ張り出した。

それを見たアフロディは、目を吊り上げ強い口調で怒り出す。

 

「この子は元はボクの所にいたんだ!…返せ!」

 

「今は雷門にいるんです!返しませんっ!」

 

引っ張りだこにされてしまったアドニス。

この光景はまるで、神話におけるアフロディーテとペルセポネによるアドニスの奪い合いである。

神話の世界だと、この後に主神ゼウスによる仲裁が入るのだが、当然ここには出て来ない。

 

アドニスは思い出す。これは、今朝見た夢そのものだ。

花が咲き誇るような可愛らしい笑顔。春という名前がよく似合う明るい雰囲気。

そうだ。春奈ちゃんは……春の女神ペルセポネに似ているんだ。

今まで彼女を見る度に蘇りそうだった記憶は、これだったのか。アドニスはようやく思い出した。

 

だが今は、記憶の世界に没入している場合ではない。

アフロディは更に強い力を入れ、強引にアドニスを引っ張り取り返そうとしてきた。

怪我をしている足が痛んだのかアドニスの表情が一瞬、苦痛に歪む。

 

「…!!」

 

その表情を見たアフロディは咄嗟に力を抑えた。

 

「誰かっ!来て下さいっ!」

 

その隙に春奈は大声で人を呼ぶ。

するとその声を聞き、ただ事では無いと察知した鬼道が全速力で駆けつけて来た。

 

「春奈っ!どうしたんだ!?………お前は!!」

 

アフロディの姿を見た彼は敵意を剝き出しにした。アフロディも鬼道を静かに睨む。

 

「……。」

 

そしてアドニスの腕をゆっくりと離すと腑に落ちないというような表情をし、一言も発する事なくいつの間にか消えてしまった。

 

「き、消えた?」

 

片方の腕が解放されたアドニスは春奈に支えられながらも、その場にへたり込む。

 

「アドニスちゃん!大丈夫?引っ張っちゃってごめんね…。」

 

「ううん。ありがとう。春奈ちゃん。鬼道さん。」

 

「今のは世宇子のアフロディだな?」

 

鬼道が警戒を解かない様子で言った。

アドニスは頷く。

 

「何なの!あの失礼で偉そうな人!アドニスちゃんをもの呼ばわりするなんて!大体、女の子なのに自分の事をボクって……」

 

春奈はアフロディに対し余憤(よふん)を感じ、ぶつぶつと思ったままを言う。

アドニスと鬼道は顔を見合わせる。

 

「春奈、あいつは一応、男…だぞ。」

 

「えええ?!あれで?そういえば力はあったような…」

 

鬼道から言われたその事実に、大きな目を丸くしながら驚く春奈だった。

 

 

 

一方、アドニスを取り返す事の出来なかったアフロディは悲しさと悔しさに、瞳の奥で静かに憤りの炎を燃やしていた。

 

「アドニス、どうして……」

 

どうして一緒に来てくれなかったんだ。

ボクを裏切るのか?神であるボクを?

 

先程の彼女の目は、自分に対して怯えながら拒絶の反応を見せていた。あの時腕を離したのは、彼女の表情が痛みに歪んだように見えたからだ。

アフロディの中で、胸の痛みが増していく。

 

「そんなにあの子を取り戻したいならさ、これを飲ませれば済む話じゃないか。」

 

暗然としているアフロディにへパイスが、透明な液体の入ったグラスを差し出す。

 

「それは…」

 

「それさえ飲んでしまえば、すぐここに戻って来るんじゃない?」

 

へパイスは怪しく得意気な笑みを浮かべ、自分より背の高いアフロディを見上げる。

一方アフロディは、グラスの中に入っている液体を凝視する。その瞳には迷いが生じていた。

 

 

それだけは駄目だ。

何の為に、彼女にサッカーをさせなかったか。

危険な目に遭わせたくなかったからだ。それに___

 

その液体…神のアクアは飲んだ者に強大な力を与えると同時に、高い依存性をもたらす。へパイスの言う通り飲ませてしまえばすぐに液体に取り憑かれ、こちらの物になるだろう。

 

しかしその効果を発揮できるのは、元より神のような身体能力を持ち、鍛え上げられた者にのみ。飲んだからといって誰もが力を得られる訳ではない。

普通の者が口にすれば、無事では済まされないだろう。最悪の場合は___

 

それだけではない。そんな物で彼女を取り返す事が出来たとしても、自分のプライドが許さない。

 

とにかく、絶対に駄目だ。

 

「いや…もう一度、彼女の所へ行く。その時にまた説得する。」

 

アフロディは差し出された神のアクアを押しのけ、静かにそう言い放った。

 

 

 

 



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22話 準決勝の相手は

 

 

 

アドニスと春奈と鬼道の3人は、すっかり暗くなってしまった帰り道を歩いていた。

だが誰も何も喋らず、どこかぎこちない雰囲気である。

そこで鬼道が口を開く。

 

「そういえば俺も前々から気になっていたんだが…なぜ世宇子から雷門へ転入したのか聞いても大丈夫か?」

 

そう、アドニスへと尋ねた。

以前も影山から同じ質問をされた事があり答えられないままでいたのだが、それは何となく影山に対して嫌な感じがしたからだった。

鬼道に対してなら、大丈夫だ。

アドニスは答える。

 

「はい。世宇子ではサッカーをさせて貰えなかったんです。」

 

「奴らの…か。」

 

「私は部員希望だったんです。でも…」

 

アドニスは世宇子の時の事を話した。

アフロディから声を掛けられて入部した事。

部員での入部のつもりだったのが、怪我をされたら困るからとマネージャーにされてしまい、抗議したら勝負をさせられた事。

ハンデを付けて貰ったにも関わらずその勝負に完敗させられ、もうその部ではサッカーをやらせて貰えなくなってしまった事。

完全に除け者の扱いだった事。

 

「そこでキャプテン…円堂さんと出会ったんです。」

 

「あいつにか。」

 

「はい。円堂さんは練習中に割り込んだ私を、すごいと目を輝かせながら褒めてくれたんです。それが嬉しくて……」

 

「フッ、あいつらしいな。」

 

「私を必要としてくれる場所は世宇子よりも雷門だったんです。」

 

「成程。そういう事だったのか。」

 

アドニスがあの時、戦国伊賀島の小鳥遊との勝負の時に我を忘れていたのはそれが原因か。

一応は納得する鬼道だったが……ではなぜ先程アフロディはあんな必死な形相でアドニスを取り返そうとしてきたのか。

まさか影山からの命令だろうか。だが、影山とは世宇子の廊下で一度すれ違った事があるというだけだったようだし、アドニスが影山の事を知っていたとは思えない。

いや……以前は世宇子にいたという事で、影山は彼女に目を付けているのかもしれない。

 

世宇子には何か秘密があるのだろうか。

もっとも、影山が関わっているという時点で真っ当なチームではないだろう。ついこの前まで影山に付き従っていた自分がそう思うのも変な事かもしれないが。

 

鬼道はそう考えながら、そのまま春奈とアドニスをそれぞれの家まで送り届けたのだった。

 

 

 

 

フットボールフロンティアスタジアム。

帝国の時のような悲惨な光景が、またしても繰り広げられていた。

 

『な…何という状況だぁー!開始10分だというのに(かり)()(あん)(ちゅう)に負傷者続出!!試合放棄せざるを得なくなったぁー!!』

 

 

準決勝戦。

海賊を思わせるユニフォームを着用している狩火庵中の選手達は1人残らず倒されていた。彼らもここまで勝ち進んで来たチームであり強豪であるのだが、全く歯が立たないまま勝利を掴む事も出来ず決勝を逃し、痛みと悔しさにただ泣き崩れるのみ。

 

『従って決勝進出は……』

 

それは、まるで神の力を持ったチーム。

 

『世宇子中だあぁーーっ!!』

 

この結果に当然という事のように世宇子イレブンは薄い笑みを浮かべる。

これから自分達はサッカー界の頂点に立つ神となる存在。決勝進出など神としては当然であり造作もない事。

 

「………。」

 

だが、その中でアドニスを取り返す事の出来なかったアフロディは終始、その瞳に暗い影を落とし無表情のままであった。

試合中はいつものように身体は動いていたが、ずっとアドニスの事が気掛かりであった。

 

 

その光景を見ている、学生服を着た3人の少年。

それぞれ浅黒い肌に面長で唇が膨れ上がった似通った顔をしており、刈り上げられた髪は青、緑、赤の髪色。お揃いのサングラスを掛けている。彼らを見分けられるポイントは微妙に違う髪型と髪色のみだろう。

 

「ふーん、世宇子中か。勝ったのに何であの金髪クンは無表情なんだか………でも面白いじゃん。俺達の敵じゃない、みたいな?」

 

この悲惨な光景を見せられてなお、3人とも余裕な表情を崩さずに口々に言いたい事を言う。

 

「あれが決勝戦での俺達の相手…みたいな?」

 

「あんなの僕達に掛かれば一捻りですけどね。」

 

「誰にも俺達は止められないぜ!!」

 

彼らこそ、雷門中の準決勝の対戦相手。

名門である木戸川清修の3つ子ストライカー。武方(むかた)3兄弟である。

それぞれの名前は、青い髪で語尾に~みたいな、を付ける長男の(まさる)。赤い髪で丁寧な口調の次男、(とも)。そして緑色の髪の三男、(つとむ)

 

「今年こそ木戸川清修が全国一の栄光を掴むんだ!」

 

「でも、その前に倒すべきヤツがいるよ?」

 

「ああ、豪炎寺修也。…ここで会ったが1年目なんだけど100年目…みたいな?」

 

木戸川清修は、豪炎寺が以前いた学校であった。3人はある理由から彼に対して恨みを持っているのである。

 

「そしてコテンパンに叩き潰す!!」

 

彼らはそれぞれの手を重ねる。

 

「「「俺達3兄弟は絶対無敵だあーっ!!!」」」

 

人前にも関わらず大きな声で叫び、その場で注目を浴びる3人であった。

 

 

 

 

___シュッ、トスッ

 

静寂の中、弓の弦を引く音と矢を放つ音だけが交わる場所。

その場にいる者は皆、無言のまま真剣な眼差しで的を正確に射ようと、自らの集中力を高めながら弓を射ていた。

 

アドニスは今、サッカーユニフォームではなく濃紺の袴の道着をまとい、弓道部の練習へ混ぜて貰っていた。

足の怪我が治っておらずサッカーの練習は無理な為、今は必殺技発動の集中力を高める訓練をしているのである。

激しい動きをせずに集中力を高めるには弓道が良いと考えたのだ。

 

弓は前世でも狩りの際に使用していた道具。

この世界に生まれてからは、あまり触れた事は無かったがこの機会に弓道部へ少しの間、入部する事にした。

弓と一言に言っても大きさなどの違いはあるのだが、すぐに馴染む事が出来た。

 

弓に矢をつがえ、弦を引く。矢が飛んでいき的にトスっと刺さる音がどこか心地いい。

夢中になって弓を引いていると声を掛けられた。

 

「きみ、すごく筋がいいね。このまま弓道部に入部しない?」

 

弓道部の部長から、そう誘いを受ける。

だが、アドニス自身はこの世界では思い切りサッカーをやるという事を決めていたため、その誘いを丁寧に断った。

 

「そうか。また気が変わったら声を掛けてね。」

 

残念そうな顔をされてしまうが仕方がない。

これもサッカーの為の練習なのである。

練習を再開し、集中する。

真剣な眼差しで今は的に向かって矢を放つのみ。

神を討つ事が出来るまで。

 

 

「わあ、アドニスちゃん。かっこいい!」

 

こっそりと影からその様子を見ている春奈と鬼道。

 

「結構フォームは良いようだな。あれをサッカーに生かす事が出来れば良いんだが…」

 

「きっと成果が出るよ!」

 

「だと良いんだがな。…さて、俺達はグラウンドへ戻ろう。」

 

アドニスは矢を放つ事に集中している為、声を掛けるのはやめ、そのままサッカー部へと戻った。

 

グラウンドには円堂を始め雷門メンバーが揃っており、各々ストレッチをしたりボールを蹴る練習をしていた。

戻って来た2人を見つけ、円堂が声を掛ける。

 

「おっ!!鬼道と音無が戻ってきた。アドニスはどうだった?」

 

「ああ。順調そうだったぞ。何か必殺技を編み出せればいいんだが。」

 

「絶対、何か出来ますよ!私はそう信じています!」

 

「そうか、それなら良かった!まだサッカーが出来ないのは残念だけど、その分を他の練習に当てるなんてさすがアドニスだな。」

 

「妙に弓矢が似合っていたぞ。…あのまま弓道部に行ったりしてな。」

 

若干からかうように鬼道が言う。

 

「そんな事ない!あいつはサッカーが好きだから、絶対にサッカー部に戻って来るさ!」

 

真っ直ぐな目で反論する円堂であった。

 

 

そして全員部室に集合し、春奈はいつものようにメモを取り出し対戦校の事を話し始める。

 

「次の準決勝は………木戸川清修です。」

 

名門として有名な学校。そして。

 

「そこって確か、豪炎寺が前にいた学校だよな?よりによってそこと準決勝か……」

 

その名前を聞いた円堂が豪炎寺を見つめる。

 

「前に自分がいた学校と戦うなんて、俺がもし転校したとして雷門と戦う事になったら……やっぱり嫌だな。」

 

染岡が同情するように豪炎寺へと言うが、彼は気にしていない様子である。

 

「関係ない。どこの学校だろうとサッカーをするだけだ。それ以外に何もない。」

 

そう、椅子に座り自分の靴下を直しながら淡々と言うと、グラウンドへと出て行った。

 

「そうだな!…サッカーはサッカーだなっ!」

 

円堂は豪炎寺へ笑顔を浮かべた。そして全員、彼に続いてグラウンドへ出ていき練習を始める。

 

「あのー…一応まだミーティングが……」

 

部室から出て行ってしまった彼らに呆れながら春奈が呟く。

 

「無駄だ。春奈。なんせ奴らはサッカーバカなのだから。」

 

鬼道が春奈の肩をポンと叩いた。

 

 

グラウンドで練習を開始した彼らのもとに夏未が駆けつけて来て、全員に聞こえるように声を張り上げた。

 

「皆、聞いて!Aブロック準決勝の結果が届いたわ!」

 

その言葉に全員が夏未の前へ一箇所に集まり、緊張気味に耳を傾ける。夏未は若干言い辛そうに話を続ける。

 

「決勝進出は………世宇子中よ。彼らと対戦した学校は…帝国の時の様に全員病院送りにされてしまったそうよ。」

 

「世宇子…」

 

……やはり奴らか。

 

その名を聞いた鬼道は思わず唇を噛み締めた。

奴らは絶対に決勝へと上がってくる。それは分かっていた事だったが、完敗させられた時の事を思い出すと悔しさが込み上げてきた。

 

「これで決勝戦は確実に世宇子と当たる事になったな。…準決勝、絶対にここで負けるわけにはいかないな。」

 

鬼道の肩に手を乗せながら豪炎寺が言った。

 

「…ああ。」

 

そう短く返事をしながら鬼道は帝国の仲間達の事を思い浮かべた。

影山ではなく自分へと付いてきてくれ、共に戦い抜いて来た帝国メンバー。

全国ナンバーワンの実力を持った誇り高い仲間達。

 

………それが。

今まで聞いた事も無かった奴らによって蹂躙され、無残にも全員が病院送りにされた。

危うく、もうサッカーが出来ない身体にされてしまうところだったのだ。

 

必ず俺は、お前達の仇を打ってみせる。世宇子を倒す。

待っていてくれ。

 

鬼道は拳を握りしめながら改めて決意を固くした。

 

 

 



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23話 木戸川清修戦 3兄弟の力!

 

 

 

準決勝の前日の事。

次の対戦校の事を春奈から聞かされたアドニスは、足の怪我が完全に治った訳ではなかったがサッカー部へと向かっていた。

部活動の時間としてはまだ少し早いが、誰かがいるかもしれない。

 

グラウンドからボールの音が響いてくる。その方向に目を向けると豪炎寺が1人でボールを蹴り、練習をしていた。

アドニスはそのまま足に無理がない程度に軽く走り、彼へと近付く。

 

「……豪炎寺さんは怖くないんですか?」

 

そう恐る恐る豪炎寺へと尋ねる。あまり彼とは会話をした事が無かったが、どうしても聞かずにはいられない事があった。

 

「前の学校の人達と対面して…試合するなんて……」

 

その質問を聞き終えた豪炎寺は静かにアドニスの方を向くと、ゆっくりと口を開く。

 

「怖がってどうする。…俺は今は雷門の一員なんだ。なら雷門の生徒として正々堂々とサッカーをする。それだけだ。」

 

豪炎寺はいつものように淡々と語るが、それはどこか熱意や強さが込められている……そんな口調だった。

もうサッカーに嘘はつけない。真っ直ぐな彼の瞳にはサッカーに対する強い意志が写っていた。

 

「俺はこの試合は絶対に勝つ。そして決勝進出は必ず果たす。」

 

「!」

 

「……だからお前も決勝戦は絶対に逃げるな。」

 

そう熱く、だが静かに最後にそれだけを言うとその場を去って行った。

 

決勝戦…………それも春奈から聞かされていた。

 

彼らと対立する日。その時はいずれやって来る。

言われずとも、逃げるつもりなど一切ないアドニスであったが、彼の言葉はどこか胸に突き刺さるものだった。

 

 

 

 

そして翌日。

フットボールフロンティア試合会場。いよいよ木戸川清修との準決勝の時。

足は治ってきていたものの、アドニスは念の為見学という事にしていた。またここで足を悪化させてしまうと決勝戦の世宇子と戦えなくなってしまう。

それだけは避けたかった。

 

全員でスタジアムに向かう途中。廊下で木戸川清修のメンバー達とすれ違う。

あの人達が、豪炎寺さんの前の学校の……

アドニスも、これから似たような事に直面する時が来るのだ。つい身構えてしまう。

 

中でも特に特徴が強い3つ子ストライカー、武方兄弟は目の敵である豪炎寺へ口々に不満を吐露する。

 

「今回は逃げなかったようですね。臆病者さん。」

 

「ま、せいぜい楽しませてくれよ。…みたいな?」

 

「この1年でお前の力が鈍ってなければいいけどな。」

 

それだけ言うと、一足早くスタジアムへと向かって行く彼ら。

 

「待てよ!豪炎寺はそんな奴じゃないっ!!」

 

去って行く彼らに向かって力強く叫ぶ円堂。

その肩に豪炎寺が手を乗せる。

 

「俺は正々堂々と戦う。…それだけだ。」

 

いつもと相変わらず淡々と円堂を宥める豪炎寺。

 

逃げた?臆病者?……豪炎寺さんが?どういう事だろう。

3兄弟から飛び出してきた気になるその単語。アドニスは豪炎寺の事情は全く知らない。

その言葉が気になったアドニスは春奈へと尋ねた。

 

「ねえ、あの人達が言ってた…逃げた、とか臆病者ってどういう事か分かる?」

 

「ああ、あれは……これは私も夏未さんから聞いた事なんだけど……」

 

聞かれた春奈は去年、豪炎寺に起こった出来事を話す。

それは彼がフットボールフロンティアに出場する直前で起こった事。その試合を見に行く為に、試合会場へ向かっていた小さな女の子が大型トラックに轢かれてしまい意識不明の重傷を負ってしまった。その女の子というのが……

 

「豪炎寺さんの…妹?!」

 

その出来事を聞き驚愕するアドニス。まさかそんな事があったなんて……

 

「うん。その事故の事を聞いた豪炎寺さんは、試合どころではなくなって速攻で病院へ向かったの。そして病院の近くに引っ越して雷門中に転校して来たんだ。」

 

それで、木戸川清修の人達はあんなに敵対した目で彼に文句を言っていたのだろうか。

 

「で、でもそんな事があったのなら、豪炎寺さんは皆にその事を話さなかったのかな?」

 

「うーん、豪炎寺さんもあの性格だから…」

 

事情があったとは言え仲間達を置いてけぼりにし、試合を放棄してしまった。

寡黙で真面目な性格を持つ彼は、どのような理由があろうとも言い訳にしかならないと考えたのだろう。

そしてけじめを付けるため、何も言わずに転校した。

しかしそれでは、木戸川清修のチームメイト達からは逃げたんだ、と捉えられても無理はないだろう。

 

そう色々と思っていると実況が始まり、観客達に試合開始を知らせる。

 

『昨年優勝を逃した雪辱を果たす為にも負けられない木戸川清修!!そして対する雷門中にも40年ぶりの決勝進出が掛かっているっ!!これは熱い戦いになる事間違いなしだっ!』

 

試合開始のホイッスルが鳴り響いた。

 

『さあ、キックオフだあーっ!』

 

キックオフと同時に武方3兄弟が凄まじいスピードで上がってきた。3人で見事にパスを繰り返しながら、そのまま進んで来る。

 

「てやあっ!」

 

それを止めようと染岡がスライディングを仕掛けるが、あっさりと躱される。

そのまま走り続ける武方に立ち向かう豪炎寺。

 

「…来い!」

 

「見せてやる。お前がいなくても俺達の本当の力は…!みたいなっ!!」

 

その迫力に気圧されてしまう豪炎寺。

 

「俺達はこの1年間、必死に練習して来たんだ!」

 

「豪炎寺修也…あなたを超える為にっ!」

 

3人はそのまま見事な連携プレーにより、1人はボールを蹴り上げ、1人は踏み台になり、1人がシュートを決めた。

シュートを決めた後なのにも関わらず3人合わせて三角形を描いたような形になり、まるで戦隊もののような奇妙な決めポーズを披露する。

 

「トライアングルZ(ゼット)!!!」

 

これにはベンチから見ていたアドニス達は唖然とした。

 

「な…何あの技………」

 

「3人の連携が見事に決まっている。ポーズは面白いかもしれんがあの迫力は相当だぞ。」

 

響木監督が呟いた。

彼の言う通り、ボールは鋭い軌道を描きながら雷門ゴールへと向かっていた。

円堂は必殺技を構える。

 

「はああっ、ゴッドハンド!!」

 

ボールを受け止める。だが、その技は徐々にヒビが入って行き、崩れ去ってしまった。

ボールはゴールに突き刺さる。

 

『ゴオーールッ!木戸川清修ッ、開始早々先取点を取ったぁーーっ!!3人合わせた力は強烈だ!!』

 

「フッ、どうだ、豪炎寺!!…みたいな。」

 

無事に先制点を奪った武方兄弟はニヤリと意地汚く笑って見せた。

だが、豪炎寺も黙ってそれを見ている訳では無い。

 

「そっちが3人で来るというのなら………こっちも3人で行くぞっ!」

 

豪炎寺がそう言い前線へ走り出すと、ボールを持ちながらそれに続く鬼道と染岡。

染岡は前へと走り続け豪炎寺に追いつく。立ち止まった鬼道が指笛を吹いた。すると可愛らしいペンギンが5体、ピョコピョコと地面から顔を覗かせた。

 

「あの技は…!」

 

「皇帝ペンギン!」

 

まさかここでその技が見れるなんて。

帝国最強の技に、アドニスと春奈は思わず感嘆の声が漏れる。

鬼道が蹴り出したボールにペンギン達がまとわり付き、それを更に豪炎寺と染岡が木戸川清修のゴールに向かって蹴り出す。

 

「皇帝ペンギン2号!!!」

 

それは全国最強と謳われた帝国学園の強力な必殺技。

今は雷門の必殺技となり、目つきが鋭く変わったペンギン達が木戸川清修のゴールに向かって進んで行く。

 

ゴールキーパーの軟山(なんざん)は、迫って来る強力なペンギン達に反応する事が出来なかった。

 

『雷門、ゴール!!凄まじい皇帝ペンギン2号の威力!!これで同点に追いついたぁ!!』

 

「やったな!豪炎寺!」

 

「ああ。」

 

ハイタッチを交わす染岡と豪炎寺と鬼道。

それを横目に集まる武方3兄弟。

 

「クソッ…あんなのありかよ!みたいな!!ていうかそこは2号じゃなくて3号にするべきだろ!」

 

「悔しいですが、さすが豪炎寺修也ですね。腕は…いや足は衰えていないようです。」

 

「でもトライアングルZなら、あの熱血キーパークンは止められないみたいだから…」

 

「後半はガンガン攻めていくっ!みたいな?」

 

3人は顔を合わせ、ニヤリと笑いながら頷く。

 

 

そして後半戦。

ボールを持った武方3兄弟が雷門ゴールへ向かい走り出した。

 

『おおーっと!木戸川清修、またも速攻で攻め上げていく!!』

 

相変わらず3人の息の合ったプレーにディフェンス陣はボールを奪う事が難しく、進行を許してしまった。

 

「俺達3兄弟が力を合わせればこんなもんよ!!」

 

ゴール前に辿り着いた武方兄弟は、トライアングルZの体勢に入る。1人がボールを蹴り上げ、1人が踏み台になり、1人がシュートを撃つ。

 

「…!」

 

先程は止める事が出来なかったその技に、円堂は更に気合を入れて構える。

 

「ゴッドハンド!!」

 

技は発動するものの、武方3兄弟の力も相当強い。

1人の力では及ばずとも2人3人になっていけば小さな力は大きな力となるのだ。

 

ここで点を入れさせる訳にはいかない…!

満身の気合を込めつつも、徐々にボールに押されて行く円堂。

1人では…3人の技を止められないのか。

 

「キャプテン!」

 

「俺達も一緒ッス!」

 

そこに、栗松と壁山が円堂の背を支えながら押し始めた。

 

「お前達…!」

 

円堂1人の力に栗松と壁山の2人分の力が加わり、3人分の力となる。1人だけでは成し遂げられない事だって、こうして仲間の絆…力が加われば……

その力はトライアングルZを完全に押しのけ、ボールは円堂の手に収まった。

 

『雷門、キーパー円堂に、壁山と栗松が加わり3人で無事にトライアングルZを防いだあーーっ!!』

 

「やったぜっ!栗松、壁山!サンキュ!!」

 

「キャプテン!やったでやんす!!」

 

「良かったッス!!」

 

ひしっと抱き合う円堂と栗松と壁山。

 

「…あの3人合わせて力を発揮する技は……トリプルディフェンスと命名させて頂きます!」

 

いつものようにベンチから目金が技名を付けた。

 

技を止めた事は雷門にとっては喜ばしい事でも、木戸川清修にとっては思わしくない状況である。

 

「何だと!?」

 

「俺達の技が…」

 

「止められた?!……みたいな。」

 

絶対にゴールは決まると確信していた武方兄弟は落胆する。が試合時間は残りわずか。

ボールは円堂から豪炎寺へと渡る。

 

「時間がない!一気に行くぞ。」

 

一気に前線へと駆け上がった豪炎寺はボールを蹴り上げシュート体勢に入る。

 

「あ、あれは…!」

 

「豪炎寺の必殺技!」

 

1年ぶりに見るエースストライカーの必殺技。衰えていないその威力に、木戸川イレブン達は思わず食い入るように見つめる。

 

「ファイア、トルネード!」

 

炎の渦巻きにより猛火をまとったボールが蹴り出され、つい見入ってしまっていた軟山は慌ててキーパー技を繰り出そうとするも間に合わなかった。

 

『雷門、ゴォール!!これで逆転だあっ!豪炎寺のファイアトルネードが決まりましたぁー!!』

 

雷門2ー1木戸川清修

 

雷門に得点が追加された直後に、終了のホイッスルが鳴り響いた。

 

『ここで試合終了ですっ!決勝戦進出は……雷門中だあーっ!』

 

 

「そんな…何で僕達が……」

 

「やっぱり天才には…豪炎寺には適わないって言うのかよぉ…!」

 

「くそ、どうしてあんな…去年逃げ出した臆病者なんかに負けるんだ!」

 

口々に悔しさを噛み締め、項垂れながら涙を流す武方3兄弟。

それは他の木戸川清修イレブンも同じであった。

あと一歩のところで準優勝を逃し決勝進出も果たせず、何より見返してやりたかった豪炎寺に勝つ事が出来なかった。

 

そこに見兼ねた夏未が豪炎寺を連れて歩み寄る。

 

「それは違うわ。彼は臆病者なんかではなくてよ。」

 

夏未の言葉に3人は顔を上げる。

 

「ほら、豪炎寺君。今こそ彼らの誤解を解いてあげたらいかがかしら。」

 

「………ああ。」

 

豪炎寺は去年自分がした事の真相を、話しづらそうにしながらも弁明していく。

試合が始まる直前、妹が事故に遭ってしまい重傷を負ったため、試合に出る事は出来なかった事。

妹の為にも木戸川清修の仲間達の為にも、けじめをつける為サッカーは封印するつもりでいた事。

でも円堂の説得によって、それで妹への…仲間達へのけじめがつく訳では無い、と考え直し再びサッカーを始めた事。

 

それを大人しく聞いていた武方兄弟。

 

試合には欠かせない存在である天才ストライカー豪炎寺。

去年は彼がいつになっても試合に来なかったから、来てくれなかったから自分達木戸川清修は優勝を逃し敗北した。

あいつは怖くなって自分達を見捨てて逃げた。臆病者。ずっとそう思っていた。

 

「そんな事があったんですか…」

 

「言い訳したくないなんて確かにお前らしい…みたいな。」

 

「でも一言くらいは言ってくれても良かったのに…」

 

自分達は結局、豪炎寺1人に頼り過ぎていた。彼さえいれば勝利は間違いないと妄信していたのだ。

本当に臆病で弱かったのは自分達だった。

 

3人はそれぞれ顔を見合わせると豪炎寺へと向き合った。

 

「豪炎寺。…俺達の代わりに絶対に優勝してくれよ!!」

 

彼へエールを送ると手を差し出し、それぞれ握手をする。

 

「ああ!!」

 

普段は感情をあまり表に出さない豪炎寺だったが今の彼の表情は朗らかな笑顔を浮かべていた。

その様子を見つめているアドニス。

 

豪炎寺さん、皆と和解出来て良かった。

……いよいよ次は。

 

ここまで来れた事に自分は喜ぶべきなのだろうか。

雷門の決勝戦進出に喜びを感じると共に、どことなく押し寄せてくる不安心。戦い抜く事が出来るだろうか。

次の決勝戦の事を考えてしまうアドニスの顔は、曇りを見せていた。

 

 

 



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24話 再来する神

 

 

 

雷門中が無事に準決勝を勝ち進み、次はいよいよ決勝戦。フットボールフロンティア全国大会も大詰めを迎える時。

 

白い大理石で出来ており円盤の様な形をし、翼を広げた女神のような石像が埋め込まれ、まるでそこに神々が実在しているかのように神々しく荘厳なサッカースタジアム。

どういう原理なのか、その巨大なスタジアムは空に浮いていた。

 

その指令室で、影山は部下の黒服の男と向かい合って話をしていた。

 

「手筈は整っております。」

 

「そうか。ご苦労。」

 

黒服の男の言葉に、影山は無表情のまま静かに労いの言葉を掛ける。

 

「…それから。」

 

そして続けて命令を下す。

 

「雷門中にいるアドニスと言う小娘。この世宇子の秘密を知っている可能性が高い。試合前に必ず奴を捕らえておけ。」

 

「はっ。」

 

黒服の男は影山へ丁寧に頭を下げ、その場を去って行った。

影山はそのままグラウンドの方へ目を向ける。

 

グラウンドでは、世宇子の選手達がそれぞれ練習をしていた。

どの選手も迫力のある必殺技をいとも簡単に展開しており、中でも___

 

「ゴッドノウズ!」

 

舞い散る純白の羽根。白く神々しい稲妻をまとったボールがゴールに一直線に放たれる。

ボールがゴールに刺さった途端、轟音が何重にも鳴り響き煙が立ち込める。

ゴールはその力に耐えきれなくなり崩れていったのだ。

 

それを見た影山は、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。

 

 

 

雷門の生徒達が登校中の賑やかな朝の通学路。アドニスと春奈は2人で歩いていた。

しかし、まるで朝の明るさと引き換えたかのように彼女達はどこか元気が無かった。

 

「アドニスちゃん。いよいよ次は……だね。」

 

「…うん。」

 

ついにこの時が来てしまった。

前々から彼らが立ちはだかってくるという事は分かっていたが、やはり気が重い。

春奈も、これ以上どうやってアドニスに声を掛ければ良いのか分からなかった。下手に慰めてもきっとどうにも出来ないだろう。

 

「ようっ!おはよ!音無とアドニス!!」

 

そんな2人の胸中を知らずに、追い抜いてきた円堂が明るく挨拶をしてきた。隣には染岡もいた。

 

「おはよう…ございます。」

 

「なんだなんだ?そんな暗い顔をして…」

 

「だって……」

 

俯くアドニス。

円堂と染岡が顔を見合わせる。

 

「もしかして、次の決勝戦の事か?」

 

「うう、はい。」

 

染岡の質問に春奈がどんよりと答えた。

それに対し、いつものように明るく声を出す円堂。

 

「んー……ちょっと気持ちは分かるけどさ……大丈夫だって!全力で練習して全力でぶつかっていけば、どうとでもなるさ!!」

 

「豪炎寺だって、自分が元いた学校の奴らと戦ったんだ。お前も逃げる訳にはいかないぞ。アドニス。」

 

染岡も励ますようにアドニスへ言った。

 

そうだ。今から雰囲気を重くしていては、勝つものも勝てなくなってしまう。

それに、戦国伊賀島戦も木戸川清修戦も出場する事が出来ず、早くサッカーをやりたいと心の中で思っていた。

 

自分を仲間にしてくれた雷門の為にも。そして驕り高ぶった神を倒す為にも。

最終決戦は自分が出場しなくてはいけない。

アドニスはそう思い少しだけ元気を取り戻すものの、心の奥底では不安を拭えずにいた。

 

「もう足の怪我も大丈夫なんだろ?今日からサッカーの特訓再開だぜ!アドニス!」

 

「…はい!」

 

「そうと決まれば…向こうまで競争だ!!」

 

笑いながらそう言うと同時に円堂は走って行ってしまった。

 

「あ!待って下さい!キャプテーン!!」

 

それに続くアドニス。

 

「やれやれ…兄弟かよ。」

 

「あはは……」

 

その賑やかな光景を呆れながら眺める染岡と春奈。

 

 

 

そして放課後。

グラウンドにはユニフォームを着た雷門メンバーが揃った。

 

「みんなっ!いよいよ次は決勝戦だ!!今まで以上に手強い相手だけど…全力で戦う為に特訓だっ!!」

 

「おうっ!!!」

 

円堂の言葉に奮い立つ一同。

その中でも鬼道は声が強かった。

ここまで来た。ようやく帝国の仲間の仇を討つ事が出来る。

そう思う傍ら、横目でアドニスの様子を伺う。

 

「…………」

 

アドニスの顔は若干、青ざめているように思えた。

鬼道は、そんな彼女にそっと囁く。

 

「前に言っていたな。世宇子ではサッカーをやらせて貰えなくなったと。自分を本当に必要としてくれたのは雷門だった、と」

 

「…!」

 

「その思いを奴らへと全力でぶつけてやるんだ。」

 

「鬼道さん…」

 

そこに突然、誰かが駆け寄って来る足音が聞こえ、全員が何事かと音の方向を見つめる。

 

「いた!アドニスさん!」

 

駆け寄って来たのは、道着姿の弓道部員達だった。そのまま切羽詰まった様子でアドニスへと詰め寄った。

 

「お願い、すぐ来て!アドニスさん!」

 

「えーっ?困るよ。今からサッカー部の練習が……」

 

円堂は苦情を言おうとするが、

 

「これから始まる試合に出れなくなった子がいるの!終わったらすぐ返すから、お願い!」

 

すかさずにそう言われ、アドニスは弓道部へ連れて行かれた。

彼女自身も弓道部にお世話になっていた為、断る事は出来なかった。

 

「終わったらすぐ戻ります!!」

 

振り返って円堂達にそう告げながら、その場を去って行った。

 

「仕方がない。時間も惜しい。とにかく練習をしよう。」

 

鬼道がそう言い、今はアドニス抜きで練習を始める事にしたサッカー部員達であった。

円堂は祖父の特訓ノートから見つけた最強のキーパー技、マジン・ザ・ハンドを習得しようと、染岡や鬼道からシュートの必殺技を自分に向けて撃ってもらっていた。

だが、何度やっても技の発動までには至らない。

 

「もう一度!行くぞ円堂!ドラゴントルネードッ!!」

 

「ツインブースト!」

 

「よしっ!来い!次こそは……」

 

2つの強力な技を同時に前にして、新たな必殺技を発動させようと意気込む円堂。

しかしそこに突然、何者かの影が現れた。

 

「な、何だ!?」

 

「誰だよ、あれは!?」

 

強力な2つの技をいとも簡単に両手に止めて見せたその人物は、ギリシャ神話のようなユニフォームに身を包み、腰まで届く絹のようなしなやかな金髪。

両手に止めたボールを持ちながら薄い笑みを浮かべていた。

まるでその場にいる者全員を見下しているかのように。

だが、それすらも美しいと思えてしまう程に整った顔立ち。雷門メンバー達は思わず見惚れる。

 

「!!」

 

だが鬼道と春奈は以前にも出会った事のある、その人物を警戒する。他の者は初対面な為、何が起きているのかを理解する事が出来ない。

 

「お前、すごいキーパーだなあ!!」

 

そんな2人の心中が分からない円堂は、いつものように朗らかにその人物を褒め称えた。

 

「ボクはキーパーではないよ。まあ、我がチームのキーパーならこれくらいは指一本で止められるけどね。」

 

相変わらずの上から目線の傲慢な態度。

 

「さて…キミは円堂守君だね。それに久しぶりだね。鬼道君と……その妹さん。」

 

「アフロディ…!」

 

鬼道は素早く春奈を自分の背中へ庇った。

 

「…おや?」

 

アフロディはキョロキョロと辺りを見回し、ある人物を探す。

 

「アドニスちゃんならここにはいませんよ!」

 

前に出て、きっぱりとアフロディにそう言い放ったのは春奈だ。

彼は春奈に目を向ける。

鬼道は再び、自分の背に春奈が隠れるようにした。

 

「それは困ったな。ボクは彼女に用があるのだけど。じゃあ、どこにいるんだい?」

 

アフロディはニコニコと微笑みながら質問をする。勿論その微笑みは好意的なものではない。

 

「あのさっ!結局、君は何なんだ?」

 

先程から自分を置いてけぼりにされ痺れを切らした円堂がアフロディに向かって声を掛ける。

 

「まだ分からないのか。こいつが世宇子中の…アフロディだ。」

 

それに鬼道が応じた。

 

「世宇子!」

 

今、目の前にいる人物は決勝戦の相手だったという事に驚く円堂。

 

「彼女が来るまで待たせて貰うよ。…その間。」

 

アフロディはそう言いながら、持っているボールを蹴り上げ宙へと飛び立つ。

 

「キミ達と遊ばせて貰おうかな…!」

 

そしてそのままボールを蹴り出す。

しかしそれは蹴ったというよりは、軽く爪先で触れたという感じで力は込められていない。だが、ボールの威力は弱く蹴り出されたとは思えない程、不気味な赤い稲妻をまとった強力なシュートとなる。

その威力は当たれば無事では済まされないと一目で分かるものだった。

 

「な、何あれ!」

 

「あれは…!」

 

驚きを隠す事が出来ない雷門メンバー達。

そのシュートは牙を剝いたように円堂へと迫る。

 

「!」

 

どんなボールも、ヘソに力を入れれば取れないものは無い!

円堂は迫り来るそのシュートから逃げようともせず、キャッチをしようと構える。

 

「よせ!円堂!!」

 

慌てた様子で鬼道が叫ぶが、その声は彼には届かなかった。

 

 

 

弓道部で緊急の助っ人にされていたアドニスは自分の出番は終わったため、サッカーユニフォームに着替えようと更衣室へ向かう。

サッカーの練習も早くやりたいけど、集中力が研ぎ澄まされるような感じがして弓道も良いな。これをサッカーに応用する事は出来ないだろうか。手に持っている弓を見つめながら色々考え廊下を歩いていると、女子生徒の話し声が聞こえてきた。

 

「ねえ、何かサッカー部が使ってるグラウンドにすごく綺麗な人が来てるって…」

 

「へえ?どんな人なの?」

 

その女子生徒の会話に、思わず聞き耳を立てるアドニス。

 

「長い金髪で、何だか神話みたいな服を着てるんだって!」

 

「!!」

 

まさか、あの人が来るなんて…!

そのあまりにも分かりやすい特徴を聞いた途端、嫌な感じがしたアドニスはそのままグラウンドへと走り出した。

 

 

 

「どうしたんだい?これが準決勝を勝ち進んで来たキミの実力かい。」

 

呆れている口調ではあるが薄笑いを浮かべながら、先程のシュートを受け止められず倒れた円堂を見下すアフロディ。

 

やはり神と人間が戦っても勝敗は見えているか。

こんな奴にアドニスを取られたのか。全く自分でも情けない。

 

「その様子では決勝戦は棄権した方がいいよ。」

 

「…何だと…!?」

 

「神と人間が戦っても勝敗は見えている。もはやどちらが勝利するかなんて…火を見るより明らかだろう?」

 

アフロディの傲慢な態度に、その場にいる者は恐れと共に苛立ちを感じていた。

円堂は立ち上がり、アフロディを睨みつける。

 

「……そんなの、やってみなくちゃ分からないだろ!!」

 

いつも明るく笑顔の彼らしからぬ、苛立ちを隠せない表情と口調に雷門メンバーも愕然とした。

 

「今の本気じゃないだろ!もう一発本気で来いよ!!」

 

「おい、円堂、もうよせ!」

 

気が立ってしまった円堂を風丸が宥めに入る。

丁度そこに、走って来たアドニスが辿り着いた。

 

アフロディはアドニスに目を向ける。

 

「…!」

 

いつもと違う、濃紺の袴の道着姿の彼女に少しの間見惚れるも、すぐに笑顔を向け彼女へ近付いた。

 

「アドニス…おいで。こんな人間達と一緒にいる事は無い。キミは神であるボクと共にあるべきだ。」

 

「残念です。私は人間ですから、いつまでも神様とは一緒にいれません。」

 

アドニスは静かにそう返答した。だがアフロディは引き下がらない。

 

「こいつらはキミに怪我をさせたじゃないか。ボクならキミをもっと大切にするよ。…さあ。」

 

そう言いながら、アドニスの腕を掴もうとする。

だがアドニスは素早く数歩下がると持っていた弓をアフロディに向けて構えた。

 

「……正気かい?」

 

アフロディは顔を引きつらせ驚くが、アドニスは無言のまま体勢を崩さない。

 

「………神に弓を向けるのか。ふーん。そうか。アドニス。ボクを裏切るんだね。」

 

こんな弓くらい簡単に躱す事が出来るだろう。だがそういう事ではない。

2度も迎えに来てあげたのに。それなのに。アフロディの心の中で何かがプツンと切れたような負の感情が引き起こされた。それは悲しく悔しいような…暗く嫌な感情。

本当はこんな事を言いたくない。思いたくない。

 

「…キミには幻滅したよ。せいぜい後悔するといい。」

 

顔に影を落とし、暗く若干震えた声でそれだけを言い、アフロディは一瞬で消え去って行った。

 

その数秒後、アドニスは糸が切れたように座り込んだ。

 

「アドニスちゃん!…大丈夫?」

 

春奈がアドニスに駆け寄る。

仕方がないとは言え、前の学校のキャプテンへと弓を向けてしまった。それは気分の良いものでは無い。

 

「あ、円堂、待てよ!」

 

円堂は無言のまま、イナビカリ修練場へと走って行ってしまった。それに続く風丸。

 

「何か、世宇子の…すごく高飛車だったよな。」

 

「綺麗な人だったでやんすが、あの態度はムカつくでやんす!」

 

「世宇子はあんなのばかりだ。」

 

口々にアフロディに対しての文句を言うメンバーに鬼道が淡々と答える。

 

「アドニスちゃん、前はあんなのと一緒だったんだ。なるほど、そりゃ離れたくもなるよね~」

 

松野からそう言われる。

至極その通りなのだが、アドニスは恥ずかしいやら何やら嫌な感情が混じり合い、何も言う事が出来なかった。

 

 

 



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25話 みんなで合宿

 

 

 

夕方5時の放課後の雷門中。

もう生徒達は残っていなかったが、サッカー部員だけが集められていた。

体育館にはきっちりと布団も用意されており、枕投げをしている者、談笑している者、それぞれが楽しそうに過ごしている。

 

「はあー、こんな事している場合じゃないと思うんだけどなあ」

 

その光景を見ている円堂が呆れた様子でぶつぶつとぼやく。

 

それは遡る事、数時間前。

アフロディのシュートを止める事が出来なかった円堂は、その悔しさと焦りから、必殺技マジン・ザ・ハンドを習得したいが為に修練場で無理な練習を繰り返していた。

 

「何が、神と人間が戦っても勝敗は見えている、だ…!」

 

マシンが円堂に向かって何発も強いボールを繰り出す。

それら全てを受け止める事が出来ず、円堂は転倒した。

 

「うがあっ!……もう一度だ!!」

 

何度も何度も倒れても、次こそは!と立ち上がる円堂。その目は殺気立っており、

風丸も染岡も…誰も彼を止める事は出来なかった。

 

「マジン・ザ・ハンド……何が何でも完成させるんだ!!」

 

「円堂くん…」

 

木野が、心配そうな目で円堂を見つめていた。

彼を心配しているのは木野だけではない。

 

いつも朗らかなキャプテンが、あんなに荒ぶるなんて……

 

円堂のその姿を見ているアドニスも、動揺を隠せずにいた。もちろん彼の気持ちも痛い程よく分かる。あんな見下された態度を取られては気分が良くない。

そう思うものの、自身もどこか心が暗く沈んでいくのを感じた。

世宇子に戻って来させようとするのを諦めてもらう為とは言え、自分の以前のキャプテンに弓を向けてしまったのだ。平常心を保ってはいられなかった。

 

これで決勝戦は戦えるのだろうか、という不安が大きくなってゆく。

 

「アドニスさんも元気が無くなっちゃった…もう、円堂くんたら……!」

 

落ち込むアドニスを見た木野は、円堂に一言言ってやろうと彼に近付こうとした。

そこに響木監督と夏未がやって来て、微笑みを浮かべながら木野の肩を優しく叩いた。そして声を張り上げ全員を集めた。

 

「今日は学校で合宿をするぞ!皆でメシでも作ってな。」

 

響木監督の突然の提案に驚くと同時に嬉しそうな反応を見せる部員達。

 

「合宿かあ~!」

 

「そういえば俺達、合宿ってした事なかったもんな。」

 

「何だか楽しそうでやんす!」

 

「待ってください。監督。」

 

静かな、しかしどこか怒りを含んだ口調で円堂が口を挟む。

 

「メシでも作るって…そんな呑気な事してる場合じゃないですよ。それに世宇子との試合は明後日なんですよ?それまでにマジン・ザ・ハンドを完成させないと………」

 

「出来るのか?…今の練習で必殺技を完成させる事が。」

 

「だから!それはやってみないと…」

 

「無理だ!」

 

響木監督にきっぱりと断言されてしまい、円堂は動揺を隠せない。

 

「マジン・ザ・ハンドは、お前のじいさんが血の滲む努力をして作り上げた幻の必殺技だ。闇雲に練習して完成するほど甘い技じゃないぞ!」

 

「……」

 

「それに今のお前は必殺技の事で頭が凝り固まっている。そんな状態で完成させる事は不可能だ!」

 

「確かに。一度マジン・ザ・ハンドの事は忘れてみてもいいかもしれないな。」

 

鬼道は響木監督の意見に賛成した。他の者達も続いて賛成の意思を示した。

夏未がパンパンと自分の手を叩く。

 

「それじゃあ、合宿という事で決まりね。」

 

「用意をして、5時に集合だ。」

 

「「はーいっ!」」

 

円堂を除く全員が元気に返事をする。

そうして突如、合宿が決まったのだが円堂は内心、納得出来ないままでいたのだ。

 

話は冒頭に戻る。

 

アドニスは春奈と壁山、栗松、少林寺達と一緒に枕投げを楽しんでいた。これでは、まるで小さな子供である。

 

「みんな、やめなさいったら!枕投げに来たんじゃないのよ!?」

 

木野が注意するが、それを素直に聞く彼らではなかった。

投げた枕は、よりにもよって染岡の頭に見事命中し、激怒した彼に追い回される事になったアドニス達。だがそれでも楽しそうに走り回っていた。

つい先程までは落ち込んでいた彼女だったが、こうして皆と集まり騒ぐ事で、その気持ちも大分紛れたようだ。

 

「もう、だから言ったのに…。でもアドニスさん、元気になって良かった。」

 

「ふふ、合宿して良かったでしょう?息抜きも大事よ。」

 

安堵する木野に夏未が微笑んだ。

 

「うん、本当に!あとは円堂くんよね…」

 

肝心の円堂は1人で祖父の必殺技ノートを読みふけっていた。

だが響木監督の言っていた通り、闇雲に練習して簡単に出来るような技ではない。何度見てもやってみても全く理解が出来ず、焦りだけが募っていく。

 

「ここがポイント……ああ、もうどうすりゃ出来んだよ!?」

 

普段の彼なら、皆の輪に入り思いきり楽しんでいた事だろう。しかし今はどうしてもマジン・ザ・ハンドの事しか考えられない。

間もなく迎える決勝戦。絶対にあのシュートを止められる技を取得しなければならないのに。

 

 

夜は校庭で全員でカレーを作りながら、わいわいと賑やかな雰囲気の中で夕食を済ませる。皆でこうして外で食事をする機会はあまり無かった為、普通のカレーでもいつもの倍以上に美味しく感じた。

 

そして食後の落ち着いた頃。アドニスは持参していた弓を見つめる。

必殺技が欲しいのはキャプテンだけじゃない。自分だってそうだ。

 

グラウンドにあるサッカーゴールのネットの真ん中の部分に弓道で使う的を括り付け人が誰もいない事を確認し、そこで弓の練習を始める。

 

神さえも射貫(いぬ)く矢。

イメージをし集中力を高め、的に向かって弓を引く。が、外してしまった。

もう一度弓を引くが、これも的に当たらず地面に落ちてしまった。それから何度も何度も弓を引いた。

しかし全部、的を外してしまう。

 

「…どうして」

 

確かに一度、気分が沈んだ。

でも、さっき皆と遊んでいた時はとても楽しかった。これで気分は完全に晴れたと思っていた。

 

『…キミには幻滅したよ。せいぜい後悔するといい。』

 

それでも、あの時どうしても弓を向けた時のアフロディの顔が頭から離れないのだ。

 

やっぱりもう自分は決勝戦は戦えないかもしれない。

再び気分が沈んでしまったアドニスは、散らかしてしまったその場所を片付ける事にした。

 

 

「………。」

 

その様子を遠くから見ていた鬼道。

そして、ずっとノートから目を離さない円堂に近付いていき声を掛ける。

 

「円堂。焦るのは分かる。だが今、一番辛いのは誰だと思っている?」

 

鬼道の言葉に、顔を上げハッとする円堂。

 

「そうか、鬼道も辛いんだよな…帝国のみんながあんな目に……」

 

「違う、そうじゃない!…ちょっとこっちに来い。向こうを見てみろ。」

 

腕を引っ張られ、言われた方向に目を向けるとアドニスが落ちている矢を拾い片付けている様子が見えた。

何本も落ちている矢は一本も的には刺さっておらず、全て地面に落ちていた。

 

「あ、アドニス…!!」

 

円堂は目を見開く。

 

「元々は世宇子出身という事は覚えているだろう。さっきはアフロディに弓を向けてはいたが、辛いだろうな。前のキャプテンへ弓を向けるなんて。」

 

「……。」

 

「それでも戦おうとしている。雷門の…今の仲間の為に!」

 

「っ!!」

 

鬼道に言い立てられ、ようやく気付いた円堂は自分の頬を両手で叩いた。

 

わざわざ世宇子から転入してきてくれて、野生中戦ではすごく力になってくれたアドニス。その後は怪我で試合に出る事は出来なかったけど、決勝戦こそは出て貰いたい。そう思っていた。

これから前の学校と戦う事になる彼女にとって、今は不安定になってしまう時なのに。それなのに。

 

__オレ、今まで何してたんだ!

必殺技の事だけで頭が一杯で、ノートばっかり見て…仲間の事さえ目に入っていなかった!

 

円堂は、アドニスの所へと駆け寄る。

 

「アドニス!…ゴメン!!」

 

「キャプテン…?」

 

突然のキャプテンからの謝罪にアドニスは驚き、彼を見つめる。

 

「オレ、必殺技を完成させたいばかりに1人で突っ走って、周りを見ていなかった!キャプテン失格だ!!」

 

「そんな、キャプテン……」

 

「アドニス、オレに向かって……矢を打ってくれ!!」

 

唐突で奇妙なその申し入れに、アドニスは戸惑う。

 

「ええ!?危ないですよ?」

 

「これは罰だ!!それにさっきはアイツに向かって打ってたじゃないか。頼む!」

 

厳密にいえば矢までは放っていないのだが。

円堂は頭を下げて引き下がらない。そこに鬼道が歩いて来た。

 

「さすがに人に向けて矢を射るのは危険だ。アドニス。これを使え。」

 

そう言いアドニスに、先端が吸盤になっている玩具の弓矢を手渡した。

 

「でも、これでも人に向けるのは危ないんじゃ……」

 

「頼む!アドニス!打ってくれればオレも必殺技のコツが掴めるかもしれないんだ!!」

 

「…だそうだ。怪我をしても自己責任だ。これも練習だと思ってやってやれ。アドニス。」

 

かすかに微笑みながら、鬼道もそう勧めてくる。

 

「……分かりました。そこまで言うのなら!」

 

練習の為となっては、もはや断る理由は無い。アドニスは承諾した。

円堂は位置に着き構えると、アドニスの弓を待つ。

 

「いきますよ!キャプテン!」

 

「おうっ!来い!!」

 

アドニスは円堂を目掛け、静かに弓を引く。

そして放たれる矢。玩具の弓矢と言えど、その威力は中々のものだった。

 

「おわあっ」

 

円堂は矢を思わず避けてしまった。いつもサッカーでは迫力のあるシュートを受け止めてはいるが、もちろん弓矢など受け止めた事が無い。

 

「はは……結構迫力あるな、これ。」

 

苦笑いをしながら頭を掻く円堂。だがアドニスは矢を射るのをやめず、すぐに二本目が放たれた。

 

「ととっ!うわっ!!ちょ、ちょっと待ってって……」

 

「どうした円堂。避けてばかりでは必殺技の発動は出来ないぞ。」

 

その様子を見ている鬼道は、少し面白そうにしながら口を挟む。

いつの間にかその場には雷門メンバー全員が集まっており、奇妙な特訓をしている円堂とアドニスを楽しく眺めていた。

これは円堂だけでなくアドニスにとっても重要な特訓となりそうであった。

動かない的より動く的の方が感覚が研ぎ澄まされ、これは狩りだという感じがする。

自分は狩人。今は円堂を獲物……いや、的に仕立て静かに玩具の矢を放っていく。

 

吸盤の矢が身体にくっついていき、見る見るうちに矢だらけになっていく円堂。その姿に鬼道と豪炎寺は真面目な感じを装いながらも密かに笑いを堪えていた。既に笑っている者もいるが。

 

そして何十本目かが放たれた時。

 

「今だっ!」

 

ようやく円堂は、しっかりと矢を掴み止めて見せた。

 

何だかコツが掴めてきたかもしれない。ヘソと腰に力を入れれば上手くいく。取れないボールは無い。

でもまだ、明らかに何かが足りていない。

マジン・ザ・ハンドを発動させるのに、必要な動きとは一体___

 

一方アドニスも何十発も弓を引いた事によって、何だか良い着想を得られたような気がした。

やっぱりこれはサッカーに……必殺技に使える!

 

円堂は自分の身体にくっ付いた矢を外し、アドニスに返した。

 

決勝戦は、絶対に大丈夫!!

そう思いながら円堂とアドニスは目を合わせ、お互いに笑い出す。

 

 

「そこまで!」

 

その場に、響木監督の声が響く。

 

「お前達、今日は特訓ばかりでは無くて遊んでも良いんだぞ?もっと息抜きをしたらどうだ。」

 

突然そう言われ、雷門メンバーは頭にクエスチョンマークを浮かべる。

 

「息抜き……ッスか?」

 

「遊ぶって言っても……」

 

「キャプテン達のあの特訓、面白かったけどなあ~。」

 

色々と考え始める壁山、半田、松野達。

そこで円堂は目を輝かせながら全員へ声を上げる。

 

「みんな、ここはやっぱり…………サッカーやろうぜっ!」

 

遊ぶと言ったら…最高の息抜きと言ったらやっぱりこれしか無い!

夜も既に遅い時間なのだが、今日は門限は無い。

今は練習としてではなく息抜きの遊びとして、普段はマネージャーである音無も加わり、楽しくサッカーをやり始めた雷門メンバーであった。

 

「全く……彼らにはサッカーしかないのかしら。」

 

はしゃぐ雷門メンバーを見て夏未が呆れる。

 

「あはは……でも円堂くんもいつもの調子が戻ったみたい。良かった。」

 

いつも通りの明るく朗らかな調子に戻った彼を見て安心する木野。

そこに、その彼から2人に呼び出しが掛かった。

 

「おーいっ、夏未も木野も来いよ!!一緒にやろうぜ、サッカー!!」

 

「うんっ!今行く!行きましょ、夏未さん。」

 

「わ、私はサッカーはやらないわよっ!」

 

「え~!せっかくだから、少しやってみましょうよ。」

 

夏未は参加を拒否するものの、全員がとても楽しそうにしている雰囲気の中、木野に粘られ考えを改める。

 

「……仕方ないわね、もう…………今日だけ特別よ!」

 

そして2人も加わり全員でサッカーを楽しむ雷門一同。響木監督もその様子を満足そうに見守る。

 

 

世宇子との決勝戦は、いよいよだ。

 

 

 



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26話 世宇子戦 開幕、最後の決戦!

 

 

 

___これは夢なのだろうか。

 

アフロディは、どこかの広い草原に立っていた。

辺りを見回すと、少し遠くに古代ギリシャ風の服装をした短い黒髪の少年がいた。顔はよく見えないが同じ年くらいだろうか。

彼は何かと戦っている最中なのだろうか。弓矢を構えている。

アフロディは、なぜかその少年から目が離せなくなった。

 

どこからか大きな動物の足音が聞こえて来る。それは巨大なイノシシ。少年目掛けて突進してきていた。その角は鋭く、当たれば無事では済まされないだろう。

少年は弓を射るがイノシシは硬く、その矢など物ともせずに弾いてしまった。

 

「あ、危ない!!」

 

思わず少年へそう声を掛ける。が、その途端、巨大なイノシシはサッカーボールへと変わり、少年は_____

 

 

「…!アドニスッ!!!」

 

見覚えのある少女へと変わった。以前共に居たはずの、しかし自分の元を離れていった彼女に。

 

強力に飛んできたサッカーボールに直撃し倒れ込むアドニス。

全速力で走り、彼女のもとに駆け寄ろうとするが、なぜか近付く事が出来ない。

 

 

_____そこで目が覚めた。

 

無意識に伸ばしていた手を引っ込め、布団から起き上がる。

心臓が激しく鼓動を打ち、汗が止まらない。先程の夢に嫌な予感がする。

 

「でも……もう、やめるわけにはいかないんだ。」

 

決勝戦。後戻りは出来ない。

雷門中を倒し、自分を裏切った彼女へ制裁を加える。圧倒的な神の力の前にひれ伏せばいい。

 

アフロディは無理に余裕のある薄い笑みを浮かべた。

 

 

 

「みんなっ、いよいよ今日は決勝戦だ!頑張って行こうぜ!」

 

決勝戦当日。

フットボールフロンティア会場に向かう前に、集合している雷門イレブン。

円堂は、キャプテンとして全員の士気を上げていた。

しかし。1人だけ、まだその姿が見当たらない者がいた。

 

「アドニス…遅いな。」

 

「連絡は取れないのか?」

 

「それが…何度も電話を掛けても出ないんです…!アドニスちゃん。」

 

皆、なぜかまだ来ないアドニスを待つが、時間も迫って来ている。

もう行かなければ間に合わない。仕方なく、今いる全員だけで会場へ向かう事にした。

春奈は、とりあえず会場に向かっているからね。とアドニスにメールを打つ。

 

 

そして今、会場へと辿り着いたのだが。

 

「何だよ?!これ?」

 

入り口は閉ざされ、閉鎖と書かれた張り紙だけが張ってあるのだ。

その場にいる全員は混乱する。

そこに突然、夏未の携帯電話が鳴り出した。

 

「はい、そうです。……え、どういう事ですか?でも今更そんな…!」

 

電話に出た夏未は何を言われているのか、困惑を隠せない様子だ。

 

「はい。…はい。分かりました。」

 

通話が終わり、電話をしまうと円堂の方を向く。

 

「誰からだ?」

 

「大会本部から。急遽、試合会場が変更されたって……」

 

「変更?変わったってどこへだ?」

 

「それが……」

 

いきなり天気が曇って来たのだろうか。

そこにいる全員を影が覆い、突然辺りは暗くなる。

上を見上げると___

 

「何だあれ?!」

 

土門が驚きの声を上げる。だが、それは全員が思っている事。

 

なぜなら、彼らの上空には巨大な円盤の様なものが浮いていたからだ。

その円盤は白い大理石の様な物で出来ており、翼を広げたギリシャ神話の女神をモチーフにしたような彫刻がいくつか飾り付けられている。それはまるで、そこに神々が存在しているかのような荘厳な印象を与える。

 

「まさか、決勝戦のスタジアムというのは…」

 

そう。この空に浮いた重々しいスタジアムこそ、これから雷門中がフットボールフロンティア決勝戦を行う舞台。

 

世宇子スタジアムだった。

 

「まあまあ、決勝戦が出来るのならどこだっていいさ!!みんな、気合入れていくぞーーっ!」

 

現れた壮大過ぎるスタジアムに圧倒され、重くなってしまった雰囲気を円堂が打破する。

 

「そうだ、円堂の言う通りだ!」

 

「おうっ!!」

 

円堂に続き雷門中イレブン達は世宇子スタジアム内部へと入って行く。

黄金のサッカーボールのオブジェが並べられた広い廊下を歩いて行くと雷門中の控室に辿り着いた。

 

「控室も広いな…」

 

「さすが決勝戦の舞台は違うでやんす!」

 

いつになっても来ないアドニスを心配しながらも、準備に取り掛かる。

 

 

___同じ頃。

アドニスは、どこかのある広い部屋にいた。というよりそれは彼女の意志では無く、閉じ込められていると言った方が正しい。

彼女自身も訳が分からなかった。

 

それは今朝の事。

今日は決勝戦だと意気込み家を出ると、突然見知らぬ黒い服の男達に囲まれたのだ。

 

「雷門中の……アドニスだな?我々と来てもらう。」

 

「え?!あなた達は……?」

 

まだ朝も早く、人気も全く無い場所。

恐怖を感じながら抵抗する間もなく車に乗せられてしまい、どこだか分からない場所へと連れて来られてしまった。

特に手荒な扱いはされなかった為、今のところ無事だと言えば無事ではあったが、今日はフットボールフロンティア決勝戦なのだ。

皆と、戦うと約束したのに。

 

「どうしてこんな目に……」

 

大事な日に訳の分からない事が起こり、悲しく悔しい感情で頭が一杯になり、涙が頬を伝う。

せっかくここまで来たのに。弓矢の練習だって沢山してきたのに。皆………ごめん。

もう時間だ。間に合わない。

 

 

 

準備を終え、グラウンドへと出ていく雷門イレブン。

その有り余るほど多い観客席は既に満員になっており、帝国の時とは比べ物にならない程だった。

観客達は歓声をあげながら、今か今かと決勝戦を心待ちにしている。

 

「これが決勝戦……」

 

「円堂。お前に話しておきたい事がある。」

 

響木監督が真剣な眼差しで円堂を見つめながら言った。

 

___それは、円堂の祖父が、影山によって消されていた、という事。

円堂の祖父によって自分の人生を狂わされたと思い込んだ影山は、復讐を果たした。

そして今、その忌むべき男の孫である円堂守をも、毒牙に掛けようとしているのだ。

 

「……!!」

 

たった今話された事実に円堂は言葉を失い、怒りと悔しさに身体を震わす。汗が止まらず、心臓が波打つ。

 

「キャプテン…」

 

「円堂…」

 

「円堂くん…」

 

その様子を見守る事しか出来ない雷門メンバー。

 

「……じいちゃん。」

 

震駭する円堂だったが、自分の好きなサッカーをこれ以上、影山に汚して欲しくない。汚される訳にはいかない。

今朝家を出る時に母親から渡された、祖父が使っていたというキーパーグローブを見つめる。

豪炎寺と鬼道が、ポンと彼の肩に手を乗せた。

円堂は、目の前の仲間達を見つめる。

 

「監督、みんな………こんなにオレを思ってくれる仲間に会えたのはサッカーのおかげなんだ。影山は憎いけど、そんな気持ちでサッカーはするものじゃない!」

 

「円堂…!」

 

「サッカーは楽しくて面白くて、ワクワクして………一つのボールに、みんなの熱い気持ちをぶつける最高のスポーツなんだ!!」

 

__じいちゃん。どうかオレに力を貸してくれ!

円堂は祖父のキーパーグローブを装着した。雷門メンバーは最後まで戦い抜くという事を決め、全員で円陣を組んだ。

 

「オレ達はオレ達のサッカーで優勝を目指す!!全力でぶつかれば絶対に何とかなる!!行くぞっ!!」

 

「「おうっ!!」」

 

円堂の声に、雷門メンバーは緊張を感じると共に希望の力が湧いてくるような感情で溢れる。

そこに突然、吹き荒れる突風。現れた世宇子イレブン。

 

アフロディは余裕のある笑みで雷門イレブンの方を向いた。

が、よく見渡しても一番会いたい人物の姿がなぜか見当たらず、がっかりしたようなホッとするような複雑な感情が絡み合う。

 

アドニス?どうして…………

 

そう考えている間にも、研究員の男により世宇子イレブンにドリンクが運ばれて来る。

用意された人数分のグラスを、それぞれ手に取る。全員がグラスを掲げた事を確認したアフロディは、キャプテンとして音頭を取り、その場の気勢を高める。

まあ、どちらが勝利するかは決定しているも同然だが。

 

「ボク達の勝利に!」

 

「勝利に!!」

 

世宇子イレブンは、そのドリンクを一斉に飲み干す。

 

「あれって…」

 

「全員で水分補給…?」

 

それを、どこか不審に思いながら見つめる夏未と音無。

 

 

『いよいよフットボールフロンティア全国大会、決勝!!着実に成長してきた雷門中と、神がかった強さを誇る世宇子中!!果たして勝利の女神はどちらに微笑むのでしょうか!!?』

 

実況が始まり、両チームの整列。

それぞれのキャプテン、円堂とアフロディが試合前の握手をする。世宇子イレブンは1人を除いて余裕な表情を崩さない。

 

「…アドニスは…彼女はどうしたんだい?」

 

アフロディは少しだけ迷いながらも、目の前の円堂に聞いた。

円堂は、お前には関係ないと言いたいところだったが、少し心配そうに曇った彼の表情を見て素っ気なく答える。

 

「まだ来てない。連絡も繋がらない。」

 

「…え?」

 

アフロディは目を見開く。

彼女に何が起こったのか。それは、ここにいる誰にも分からなかった。

だがもう時間は来てしまった。両チームはそれぞれのポジションへつき、準備をする。

 

『雷門対世宇子の試合、開始です!!』

 

試合開始のホイッスルが鳴り響く。

アドニスがいないまま遂に始まってしまった決勝戦。いつになく会場は盛り上がりを見せた。

 

世宇子によるキックオフで、試合は始まった。

ヘラからデメテル、そしてバックパスでアフロディにボールが渡る。しかし彼は、目の前にボールが来たにも関わらず走り出そうとしない。

 

「…動かない!?」

 

「舐めんな!!」

 

そこに迫る豪炎寺と染岡。

だがアフロディは余裕のある表情を崩さない。

 

「キミ達の力は分かっている。ボクには通用しないという事を。……ヘブンズタイム。」

 

アフロディが左手を上げ指を鳴らすと、彼以外の者の動きが止まる。まるでその場所の彼以外の時間が、止まったかのような光景。

そのまま急ぐ事なく悠々と歩きながら、動きが止まった豪炎寺と染岡を優雅に抜き去る。

そしてもう一度、指を鳴らす。

止まっていた時は再び動き出し、豪炎寺と染岡は愕然とする。彼らからすれば一瞬で、アフロディは既に自分達の後ろにいたからだ。

 

「な、消えた…!?」

 

次の瞬間。

 

「うわああぁ!!」

 

2人はどこからか吹き荒れる爆風に巻き込まれ、飛ばされてしまい地面へ叩きつけられる。

そのまま歩きながら、ゆっくりとしたドリブルで雷門陣へと足を踏み入れていくアフロディ。

 

「全然見えなかった…」

 

「何て速さなんだ!」

 

「ヘブンズタイム。」

 

半田と鬼道も一瞬にして抜かれてしまい、爆風が彼らを襲う。

その圧倒的な力を目の当たりにし、立ちすくみ動けなくなってしまった壁山と土門。

アフロディはその2人にゆっくりと近付いていき、そっと囁くように言う。

 

「…怯える事を恥じる必要はない。」

 

そしてまたも左手を上げ、パチンと鳴らす。時が止まる。

 

「自分の実力以上の存在を前にした時の、当然の反応だ。」

 

壁山と土門も、爆風により呆気なく飛ばされてしまった。

とうとうゴール前に辿り着かれてしまう。

 

「…くっ!」

 

身構える円堂。だが、こうも圧倒的な力を見せつけられてしまい、正直なところシュートを止められる自信は無かった。

 

アフロディはボールと共に空へと飛び立った。

純白の3対6枚の巨大な翼が彼の背に具現化する。その姿は何とも神々しく神聖で、彼は本当に神なのではと思い知らされるような美しさ。その光景に観客も目を奪われる。

 

ボールにまとわりついた白い稲妻が大きくなってゆく。

 

ああ…アドニス。キミにこの力を見せる事が出来なくて残念だ。

そう心に秘めながら、ボールを蹴り出す。

 

「ゴッドノウズ!……これが神の力!!」

 

神の力。それは決して過言ではなかった。

雷門は、これまでもいくつかの強力なチームと戦い抜いてきた。だが、それらを軽く凌駕する強大な力。

今までに無い力を秘めたボールが一直線に白い軌道を描き、雷門ゴールへ……円堂へと迫る。

 

駄目だ、まだあの技は完成していない!

そう思いながらも、円堂は技を発動させるため、構える。

 

「ゴッドハンドォ!!」

 

圧倒的な力の差。

円堂のキーパー技ゴッドハンドは、物ともせず破られてしまった。その瞬間、彼の手には大きな痛みが走る。

 

「うわああっ!」

 

『世宇子のキャプテン、アフロディ!何と開始早々、雷門にボールを触らせる事なく先制点をもぎ取ったあーっ!これはまさしく神の一撃!!』

 

その様子を見たアフロディは、倒れた円堂を見下すように得意げな笑いを浮かべた。

試合を指令室からモニター越しに眺めている男__影山も薄く笑みを浮かべる。

 

「これが、キミが無謀にも挑んだ神の実力だよ。」

 

「…くっ!」

 

円堂は痛みに手を抑えながら、アフロディを見上げる。

 

「困るなあ、今からそんな様子では……まだまだこれからだよ?円堂君。」

 

雷門中。自分からアドニスを奪った学校。

どこへ彼女を隠したのかは知らないが、このまま制裁を加えてやる。逃げる事は許さない。

 

「大丈夫か!円堂!!」

 

風丸が駆け寄り、円堂の手を見る。

その手は震えが止まっておらず、キーパーグローブの上からでも分かるほど腫れ上がっていた。

 

「…!あの一撃で、こんなに!冷やさないと!」

 

「大丈夫だ。サンキュ、風丸。」

 

 

応急処置を施し、試合続行。

 

「今度はこっちが攻める番だ!」

 

豪炎寺と染岡が世宇子陣へと駆け上がっていく。

しかし。世宇子の彼らは一切動こうとしない。

 

『どうした事だ!?世宇子中、ディフェンス陣が一切動かない!これは何を意味しているのかっ!?』

 

「舐めやがって!動かねえんなら、その事を後悔させてやる!」

 

染岡の言葉に頷く豪炎寺。

そのまま染岡がボールを蹴り込むと、青い龍が咆哮を上げながらまとわり付いた。そこに豪炎寺がファイアトルネードを打ち込む。

 

「ドラゴントルネード!!」

 

2人の連携技。

炎をまとい、青から赤へと変貌した灼熱の龍が世宇子ゴール、ポセイドンへと向かった。

 

「ふん。甘いわ!ツナミウォール!!」

 

ポセイドンはそう言うと、その巨体を跳び上がらせ地面を両手で強く叩いた。その衝撃で地面から吹き出た巨大な津波が、ドラゴントルネードを容易くブロックした。

 

『世宇子中キーパーポセイドン!!津波でシュートを止めたぁ!この姿はまさに海神だあーっ!!』

 

「俺達の技が…全く通用しない?!」

 

「まだこれからだ!気を抜くな、染岡!」

 

豪炎寺の前にボールが投げ出される。

投げたのはポセイドンだった。そのまま彼は人差し指を曲げて見せ、雷門を挑発したのだ。

 

『おおーっと?!世宇子中キーパーポセイドン、雷門にボールを渡した!!これはシュートを撃って来いと言う事かぁー?!』

 

「…ボールを渡した事が間違いだったと思い知らせてやるんだ。」

 

鬼道の言葉に静かに頷く豪炎寺。

そして、ツインブースト、ドラゴンクラッシュ、皇帝ペンギン2号___

どの技も海神によって、まるで相手になっていないかのようにいとも容易く止められてしまった。

 

「俺達の必殺技が……」

 

何も通用しない。

これが本当の…神の力だとでも言うのか。

圧倒的な力の差を見せつけられ、雷門メンバーは絶望の淵に追い詰められる。

 

そんな彼らを、世宇子イレブンは嘲り笑いながら見つめていた。

 

 

 



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27話 世宇子戦 神との苦闘

 

 

 

『まだ試合は始まったばかり!だが世宇子中、圧倒的な力で雷門を追い詰めていくっ!彼らは本物の神なのでしょうかっ!!』

 

「ヘブンズタイム。」

 

「うわあああっ!!」

 

アフロディの必殺技により、為す術も無く吹き飛ばされ地面に叩き付けられていく雷門イレブン。

ボールは世宇子フォワードのデメテルへと渡った。

 

「これ以上攻め込まれてたまるかよっ!」

 

「キャプテンだけじゃないッス!俺達みんなで守るッス!!」

 

「ゴールには近付かせない!!」

 

これ以上、円堂に負担を掛けさせる訳にはいかない。

土門、壁山、風丸が力を振り絞り、ボールを奪おうとデメテルへと駆け寄る。しかし。

 

「ダッシュストーム!」

 

急加速し走り出すデメテルに誰も近付く事は出来なかった。

発生した旋風が激しい嵐へと変わり、土門達雷門守備陣は吹き飛ばされてしまい、次々と倒れ込んでいく。

 

「風丸!土門!壁山!」

 

円堂は彼らの身を案じるが、そんな暇も無く。

そのままゴール前へと迫るデメテル。

 

「うおおお!」

 

彼が力を込めると、フィールドの地面から複数の岩盤が浮き出した。

 

「リフレクト、バスタァー!!」

 

そこにボールを蹴り出すと岩盤に当たったボールは跳ね返り軌道を変え、更に別の岩盤にぶつかっていく。それを繰り返し、段々とボールの威力が上がってゆく。

その勢いは収まる事なく雷門のゴールへと飛び込んでいった。

 

世宇子のシュートを止められるのは……もうあの技しかない!

そう思いながら、円堂は技の体勢を取る。

 

「マジン、ザ…………うわああ!」

 

しかし円堂が技を発動させる隙も無く、シュートはゴールへ突き刺さる。

 

『世宇子中、先制点に次ぎ2点目追加だーっ!フォワードデメテル、地形を利用した必殺シュートを決めたぁ!!』

 

「大地が俺に味方してくれる。………ふん、無謀にも神に挑むからだ。」

 

デメテルは雷門メンバーに向かってそれだけ言うと、自分の陣地へと戻って行った。

アフロディは彼に近付き声を掛ける。

 

「やはりまだ、必殺技は完成させていないようだね。」

 

「そのようだな。…それにしても。あの子がいなくて良かったな。」

 

「………。」

 

アドニス。どこへ行ってしまったのか。待ってみても来る気配は無い。奴らが隠したのか、それとも恐れをなして逃げてしまったのか。

まあいい。試合が終わったら探し出して、雷門が負けて傷心しているキミをゆっくりと慰めてあげる事にしよう。

そうすればキミも分かってくれるはずだ。

 

「アフロディ。お前何ニヤニヤしてるんだ?試合中だぞ。…それに。」

 

ヘラにそう注意され、アフロディは我に返った。

腕時計で時間を確認した研究員の男が、アフロディへとハンドサインを送っていた。

アフロディは男の方を見ながら頷く。

 

「もう少しで補給の時間か。その前にもう1点。」

 

ヘラはそれだけ言うとニヤリと笑い、ドリブルで雷門ゴールへ向かって走り出した。

雷門のディフェンスは先程のダメージで立ち上がる事が出来ないままであり、ヘラは何の障害も無く一方的に雷門ゴールへと辿り着く。

そしてバク転を決めながらボールを蹴り上げ、そのまま足の甲を使い連続蹴りを叩き込む。

 

「ディバインアロー!!」

 

その何をも貫いてしまうような神聖なオーラをまとった矢は、何の狂いもなく一直線にゴールへ線を描いていく。

 

「…!」

 

その技は最初の一回戦の野生中戦で、アドニスが使用した技。強力なそのシュートはキーパーのイノシシを貫いて見せたのだ。

だがそれ以上にヘラのディバインアローは、あの時の比較にならない程、強大なものだと分かる。

 

連続蹴りには…連続パンチだ!

 

「爆裂パンチ!!」

 

円堂は目にも止まらぬ速さでボールを連続パンチしていく。…が。

鳴り響く得点のホイッスル。

 

『世宇子、連続得点だっ!!ヘラの聖なる矢が雷門ゴールに突き刺さったぁっ!!実力差を見せていきます!!』

 

雷門0ー3世宇子

 

無慈悲に変わる、電光掲示板に表示された点数。

得点が出来ないまま、3点も取られてしまった。

 

そして何故か、世宇子イレブンは揃ってフィールドから出ていく。

 

『おお!?世宇子中、まだ前半は終わっていないが全員がベンチへと上がっていく!?』

 

その異様な光景。

先程と同じ男がドリンクを運んで来ると、世宇子イレブンは全員で一斉に水分補給をしだしたのだ。

 

『何とっ!世宇子イレブン、優雅に水分補給を始めた!!』

 

「ねえ、あれ…おかしいと思わない?」

 

夏未は、全員で悠々と水分補給をしている世宇子イレブンを不審な目で眺めた。

 

「確かに試合中の水分補給は大事だけど…試合の途中に全員一緒になんて聞いた事ないわ。」

 

木野も訝しげな視線を世宇子へと向ける。

そこで春奈はふと、アドニスから聞いていた事を思い出す。

 

「そういえば…アドニスちゃんが言ってたんです。…彼らは何だか分からない…実力以上の力を発揮するようになった、って……」

 

「それってまさか…!」

 

「でも彼女も、詳しい事までは分からなかったみたいで……」

 

夏未は少し考え込み、決心する。全ては雷門……そして円堂の為に。

 

「2人とも、来て!」

 

マネージャーの3人は気付かれないよう、こっそりと世宇子中の内部へと入って行った。

 

神殿のような建物の内部は入り組んでおり、一歩間違えれば再び出る事は出来ない迷宮のようである。

それでも3人は臆する事無く奥へと進んで行く。

 

すると、警備員の男達が何やら会話しているのが聞こえ、3人は耳を澄ます。

 

「神のアクアか…俺もそれを飲めば強くなれるのかねえ。」

 

「まさか。アンタには無理だろう。アレは強くなる代わりにかなりの劇薬だぜ。アンタにはとても耐えられないだろうさ。」

 

「あの影山様が集めた選手達……すごいよな、あの年でそんな劇薬に耐えるなんて。」

 

「!!!」

 

その事実を聞いた3人は愕然とする。

 

「…やっぱり!」

 

「何て事なの…これじゃ円堂くん達が……」

 

「あんな卑怯な手を使ってるだなんて…許せません!」

 

そこで突然、春奈は後ろから何者かに肩を叩かれる。

 

「きゃ!!」

 

「しーっ!…静かに!」

 

「あ、あなたは…!」

 

それは、警備員に扮した鬼瓦刑事だった。影山が関わっているこの世宇子は、また何か罠を仕掛けているのではないかと潜入捜査をしているところだったのだ。

もちろんそれだけでは無く、この学校に潜んでいる秘密の事も把握していた。

 

「君達、ここで何をしているんだ!ここは君達の来る場所じゃないぞ!」

 

そう注意を促されるが、夏未は黙ってはいられなかった。

 

「だって!…この決勝戦は……世宇子は…!このままじゃ円堂君達が!!」

 

動揺している夏未に、安心させるような口調で鬼瓦刑事は言う。

 

「大丈夫だ。その事なら今、調査しているところだ。危ないから君達はもう戻るんだ。」

 

「でも……」

 

「今は試合中だ。君達は円堂君を、雷門イレブン達を見守ってあげるんだ。君達がいないと彼らは心配で試合どころじゃなくなるかもしれない。」

 

「………円堂くん。」

 

木野が心配そうに囁く。

 

「分かりました。鬼瓦刑事。後はお願いします!」

 

その場は鬼瓦刑事に任せる事にし、3人はグラウンドへと戻り全員の試合を…彼らの戦いをしっかりと見守る事にした。

春奈はアドニスから何か連絡が来ていないかと携帯電話を確認するが、何も通知は無かった。

 

「アドニスちゃん……どうしちゃったの…?」

 

そう呟くものの、どこにいるのか分からない以上どうする事も出来ない。

 

そのまま、外へ出た3人。

 

『ここで前半戦、終了です!!』

 

丁度、前半戦の終わりを告げるホイッスルが鳴り響いた。

スコアは変わらず、雷門0ー3世宇子のままであった。

 

この時点で立ち上がるのがやっとな程ボロボロにされてしまった雷門イレブン。

これ以上、薬で強化されている世宇子と戦い続ければ怪我どころでは済まされないかもしれない。

ここでドーピングを使用しているという事を申し出たとしても、完璧な証拠は手元に無く、影山によって上手く隠蔽されてしまうだろう。

 

やっぱりこのままじゃ危ない!

夏未と木野は、円堂達にはもう試合などして欲しく無い…危険な目に遭ってほしくないと心の底から思った。

 

「円堂君、皆……あの、ね。」

 

そして、夏未は神のアクアの件を全員へと話し始める。

 

 

「何だって!!じゃあ、あいつらは……」

 

「ドーピングを使ってるって事なのか!」

 

話を聞き終え、憤慨する円堂と染岡。

 

「そうよ。危な過ぎるわ。だからもう…円堂君、皆………」

 

夏未は試合の棄権を勧めようとした。

 

「大丈夫だ。夏未。」

 

それを遮る円堂。

 

「確かにあいつらの力は強過ぎるし、もう何度も危ないと思った。」

 

「だったら…!」

 

「でもここで…そんな卑怯な手を使う奴らなんかに…影山に勝ちを譲る訳にはいかない!!これ以上サッカーを汚させる訳には、いかないんだ!!」

 

「円堂君…」

 

「…それに、まだアイツが来ていない。勝手に試合を終わらせちゃ、駄目だ!」

 

「円堂の言う通りだ!」

 

鬼道が円堂の言った事に強く同意を示す。それに頷く豪炎寺。

2人も、神のアクアという道具に頼っている世宇子に静かに怒りの炎を燃やしていた。

いや……円堂、染岡、鬼道や豪炎寺だけでなく他の全員も同じ気持ちであった。

 

「全員サッカー。それがオレ達のサッカーだ!!神のアクアだなんて物を使うヤツらなんかに負ける気はしないぞ!」

 

円堂は世宇子イレブンを見つめる。

今、まさに彼らは神のアクアを補給しているところであった。傍から見れば、ただ水分補給をしているようにしか見えない。

水を飲み終えたアフロディが、じっと円堂を見つめてきた。その顔は不敵な笑みを浮かべている。

負けじと円堂も視線を返す。

 

__絶対に諦めない!影山に……あんなヤツらに!

………待ってるぞ。アドニス!!

 

 

ハーフタイム終了を知らせる実況が響き、両チームは準備をする。

 

『さあ後半戦、開始ですっ!!』

 

「行くぞ、みんな!後半からが本番だ!!」

 

「…おうっ!!」

 

体力の限界が近いが、気力を奮い起こす雷門。

しかし。

 

「メガクエイク!」

 

「裁きの鉄槌!」

 

地面は抉れ、神の巨大な足が雷門イレブンを踏み潰す。

次々に発動される必殺技に傷ばかりが増えていく。

 

『雷門、負傷者続出!!追い詰められてゆく!!世宇子、反撃の隙を一切与えません!!』

 

いくら気力を振り絞ろうとも、止まらない世宇子の猛攻に雷門は何も出来ない。

少林寺、松野、栗松……次々に負傷していき___

そのまま、控えの選手も残りは目金だけとなってしまった。

 

「雷門中……もう無理だろ。」

 

「ああ。充分頑張ったよ。彼らは…」

 

「棄権した方が良いんじゃないのか…」

 

この絶望的な状況に、ざわざわと観客席から、そんな声が響いていた。

 

 

 



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28話 世宇子戦 返り咲く狩人

 

 

 

静まり返った世宇子の廊下。

神のアクア…もといドーピング捜査の為に建物内に忍び込んでいた鬼瓦刑事は、遠くの方に何かを見つけ立ち止まる。

 

「…あれは?」

 

廊下の奥にいるものに目を向ける。

それは人の形をしているが、うっすらと金色に光を放っており、何なのかは分からないが何故か…美しいものだと分かる。

よく目を凝らしてみていると、美しい女性の姿に見えた。どことなく世宇子のキャプテンの子に似ているような…

 

いや、そんな事よりなぜこんな所に女性が?

 

そう不思議に思った鬼瓦刑事は、その人物に近付こうと歩き出す。

 

「あの、あなたは一体?」

 

しかしその人物は何も言葉を発する事なく、奥へと進んで行く。

足を使って歩いているのではなく、まるで幽霊のようにスーッと滑って行ったのだ。

 

「!!」

 

あれは明らかに人間ではない。

まさかここ世宇子には、本当に神が実在するとでもいうのだろうか。

しかし、その人物の美しさに惹かれ考える間もなく鬼瓦刑事は無意識のまま後に続く。

 

少し進むと、ある扉の前で人物は止まり、そこで消えてしまった。

鬼瓦刑事は我に返る。

 

「何だ?この部屋に何かあるのか…?」

 

扉を開けようとするものの、鍵が掛かっている。

警備室から奪っていた鍵の束を取り出し、一つ一つ試していく。

すると、いくつか試していたうちの一つが合い、鍵が開いた。そのまま扉を開ける。

部屋へ入った鬼瓦刑事は、中にいた人物に驚愕する。

 

「君は……雷門の?!」

 

「…!」

 

部屋で1人うずくまっていた人物___アドニスは顔を上げた。

 

「なぜこんなところにいるんだ?!試合はとっくに始まっているぞ!……まさか。」

 

「私にも何が何だか分かりません。今朝、家を出たら黒い服の人達にここに連れて来られて……」

 

安堵したからなのか、アドニスは泣きそうになる。

 

「よしよし。もう大丈夫だ。無事で良かった。恐らく影山の仕業だろう。君は世宇子の生徒だったから秘密を知っていると見たんだろうな。」

 

「…秘密?」

 

「ああ。試合中、世宇子の選手達はある飲み物を飲んでいるんだ。しかも全員いっぺんに。どうやらそれで彼らは強化されているらしい。まるで神になったかのように。今それを調べている最中だったんだ。」

 

「神になったかのように…?…それは……」

 

アドニスには思い当たる節があった。

そういえば彼らは途端に実力以上の力を付け始めた。アフロディは自らを神と称していた。

もしかしてそれが……だとしたら雷門の皆は…………

アドニスの中に嫌な予感がよぎる。

 

「と、話し込んでいる場合じゃない!危険過ぎるから正直、君はこのまま試合に出ない方が良い、と言いたいところだが………それでも強化された彼らと戦う覚悟はあるか?」

 

鬼瓦刑事の問いに、迷いを見せる事無くアドニスは答える。

 

「はい!!」

 

「…よし!外へ案内するから付いて来るんだ!」

 

そのまま、見つからないように慎重にグラウンドへと案内される。

アドニスが閉じ込められていた部屋は、何と世宇子スタジアムの内部にあったのだ。

入り組んだ廊下を抜け無事にアドニスを外に送り届けると、鬼瓦刑事はそのまま再び捜査を続ける為、内部へと戻って行った。

 

アドニスは目を見開く。

既に後半戦が始まっているのだが___

試合が行われているグラウンドを見た途端、そこに広がっている悲惨な光景。

 

「皆!!」

 

雷門イレブンは全員傷だらけで負傷が激しい。ついに染岡も怪我を負ってしまい試合が出来なくなってしまった。控えの選手も、あとは___

 

「こ、交代です!僕も戦います……僕だって…雷門の一員だ!」

 

震えながら目金は手を上げていた。この状況でフィールド入りするのは、いつもベンチにいる彼には荷が重過ぎる。

アドニスは急いで走り出し彼らの前へと姿を見せる。

 

「その必要はありません!私が戦います!」

 

アドニスの姿を確認した雷門メンバーは、驚くと同時に安堵の表情を見せた。

 

「アドニスちゃん!!どこにいたの!?心配したんだよ!!」

 

「良かった、無事だったのね!」

 

春奈と木野が、アドニスに駆け寄る。その後ろから夏未と響木監督も続いた。

 

「駄目よ、アドニスさん。危険過ぎるわ。彼らは…世宇子は神のアクアと言うドーピングを使って……あなたが出れば……」

 

夏未が慌てた様子でそう言い、響木監督も苦渋の表情を浮かべ首を横に振った。しかしアドニスは微笑んだ。

 

「大丈夫です。私が彼らに伝えに行きます。神では無いという事を!」

 

 

そして準備を済ませ、ようやく決勝戦のフィールド入りを果たした。

 

「…アドニス、遅いぞ、お前……」

 

彼女の姿を見た円堂はボロボロだったが、笑顔を浮かべた。

 

「…………」

 

豪炎寺は立ち上がり、無言のまま笑みを浮かべた。

やっと来たな、と言うように。

 

世宇子イレブンも途中で入って来たアドニスに目を向ける。

かつての自分達の仲間だった彼女。それが今は敵として目の前に立ち塞がっている。

 

「…アドニス。来てしまったか。」

 

アフロディはアドニスを見て苦い表情を浮かべる。その姿を見る事が出来たのは嬉しい。でも。

このまま彼女が来ないままだったら傷つけずに済んだ。

 

だが仕方がない。もう後には引けないのだから。

 

アフロディは構わず続けて円堂にボールを蹴り出す。

それはゴールを決める為ではない。

 

「…く!」

 

アドニスは円堂の前へと走り、代わりにそのボールを受けた。

円堂を庇うアドニス。強力なシュートが彼女に容赦なく激突する。

 

「アドニス!!邪魔をするな!そこをどけ!!」

 

強い口調でアフロディは叫んだ。

キミを傷つけたくなどない!いや、他の男を庇うキミなんて……

彼の中に何なのか分からない……熱く悔しいような、どうしようもない感情が込み上げてくる。

 

その感情に任せボールを何度も蹴り出す。

その都度、アドニスに強力なシュートがぶつかる。

あくまで得点を狙いゴールにシュートしているように見える為、ファウルの判定は下されなかった。

 

「アドニス、もうやめるんだ!オレは大丈夫だから…」

 

見兼ねた円堂が、そう言った。

 

円堂キャプテン。サッカーをさせてくれた人。雷門中へと導いてくれた人。

そしてようやくこの決勝戦まで来る事が出来た。自分は2回とも試合に出る事は出来なかったが今こそ、ここで活躍を見せたい。

 

「なあ、アフロディ。もういいんじゃないのか?何もそこまでは…」

 

そこまでするのかと若干、アフロディに引いたヘラが彼を止めさせようとするが、それを素直に聞く彼ではない。

デメテルも白けた目で、その光景を見ていた。

だが今のアフロディにその言葉は届かない。

 

「彼女はボクを裏切った。神として制裁を加えなくてはいけないんだ!」

 

アフロディは円堂の前から離れないアドニスに容赦なく何度もボールを打ち込む。

 

「アドニス。ボクから離れたりしなければ、そんな痛い思いをせずに済んだんだ。」

 

一見、毅然とした態度でそう言いながらも彼の目には動揺が見られた。

お願いだ。アドニス。もうこれ以上は___

 

「うっ……く。」

 

ノーマルシュートだが、強力な攻撃が彼女を襲い続ける。その度、痛みが走り傷が増えていき遂に倒れてしまう。

でも、そんなものはアドニスにとって大した事では無い。

 

__こんなもの。

前世で自分を殺したイノシシに比べれば…!

 

「アフロディさん…例えどんな薬を飲んだとしても……」

 

アドニスはそう言い、立ち上がるとボールを奪い走り出す。

 

「本物の神様(アフロディーテ)になる事は出来ません……!」

 

「何だと…?」

 

傷だらけの身体にまだそれだけの力が!?アフロディは驚愕する。

 

 

__どうか女神アフロディーテ様。見て下さっているのでしたら私に力をお貸し下さい。

この状況を突破できる力を………!

 

アドニスは意欲を燃やし、傷だらけの痛みを乗り越えボールを前線へ運び出す。

その間、世宇子のディフェンス陣は何故か動く事が出来なかった。

 

彼女が何か強い存在に守られている___そんな気がしたからだ。

 

アドニスは更に強い気を込め、弓矢をイメージする。神をも貫いてしまうような強い弓矢を。

 

「…!」

 

驚くアドニス。なぜならその手に大きな弓矢が現れたからだ。

そしてボールを蹴り出し、その直後に手に持った具現化した弓を引き狙いを定め、それをボールへと打ち込む。

 

__これが。私の必殺技!!

 

その矢のシュートはただの獣を狩る矢ではなく。

神殺しの矢へと変貌し一直線に世宇子ゴールへと向かっていく。

 

「あ、あれは?!」

 

「すごい、アドニスちゃん…!!」

 

そのとてつもない力に雷門メンバーも思わず目を向ける。

 

ポセイドンはその巨体を更に巨大化させ、技を構える。

ふん、あんなシュートなど簡単に止められる。そう高を括る。

 

「ギガントウォー………な、何だこのパワーは!?ぐわああっ」

 

ギガントウォールでさえも防ぎきれない。

その見た事も無い威力に適わず、点を許してしまった。

 

得点を知らせるホイッスルが鳴り響く。

 

『雷門、何とっ!途中参加のアドニスが遂に1点を決めたああぁーーーっ!これはまさしく神殺しの弓!!それが鋭く世宇子ゴールへ突き刺さった!!このまま巻き返しなるかあぁっ!?』

 

スタジアム全体に歓声が響き渡る。

 

「…なっ!」

 

思わない出来事に驚愕を隠せない世宇子イレブン。

 

中でもアフロディはその驚きが大きかった。

だが、ヘラとデメテルは気付かれないように密かに感心の表情を浮かべていた。

 

「何だと…!あの小娘!」

 

指令室から試合を見ていた影山。完璧な勝利を欲していたのだが、思い掛けない人物に1点を取られてしまい、先程までの余裕は無くなりサングラスの下から驚愕の表情を見せ震える。

 

「や、やりました…よ。キャプテン、皆さん……」

 

神殺しの強力な技を使い切ったアドニスの体力はほぼ限界に近かった。呼吸も荒くなっており、今にも倒れそうなくらいにふらついているが内心は嬉しさで一杯だった。

でも、まだだ。まだこれからだ。

 

「アドニス……!よしっ、みんなぁーーー!!この勢いを無駄にしないで行こうぜっ!!オレ達は勝つぞぉーーーっ」

 

アドニスが突破口を開いてくれた。

疲労が溜まっていたはずの円堂の目が輝きを取り戻した。

と同時に、グローブの左手の平が目に入る。これは___

 

「おうっ!!」

 

円堂の声に力を振り絞り、一同となる雷門イレブン。

 

しかしそれを黙って見ているアフロディではなかった。

そんな事があるものか、アドニスがそんなに強い訳があるものか。

 

「さっきのはまぐれだ!神と人間の力の差を思い知らせてあげよう…!」

 

そう叫びボールごと宙に浮き出すアフロディ。

彼の背に神々しい6枚の翼が具現化しはじめる。ゴッドノウズの体勢だ。

 

「円堂くん!」

 

「円堂!」

 

「キャプテン!」

 

響木監督、マネージャーと雷門メンバーが円堂の身を案じる。

 

__じいちゃん。ようやく分かったよ。

左の手の平。明らかにこっちだけが焦げている。心臓のある左。右側に気を溜めて、左に送るには___こうすればいいんだ!!

 

円堂は右手を心臓に当てながらゴールの方向に向かって体を捩らせ、屈んでしまった。

それを見たアフロディは、とうとう円堂が怖じ気づいたのかと思い、笑みを浮かべる。

 

「諦めたか!…だが今更遅い!」

 

強力な神の白い稲妻をまとったボールが蹴り出される。

ゴッドノウズがまたもや雷門ゴールを揺らす……雷門メンバー全員がそう思い目を覆う。

 

「マジン・ザ・ハンド!」

 

しかし得点のホイッスルが鳴る事は無かった。

ボールは円堂の手の中に収まっていた。具現化した巨大な魔神と共に。

 

『何と、円堂!アフロディのシュートを見事止めたぁ!!神よりも強い…魔神が現れたぁーっ!!』

 

「神を超えた……魔神だと?」

 

そんなはずはない。人間は絶対に神には敵わない!!

アフロディは焦燥感に駆られながらも、ボールを奪い再び雷門ゴールへと攻め込む。そして左手を上げ、時止めの必殺技ヘブンズタイムの体勢に入った。

マジン・ザ・ハンドを無事決めたとは言え、円堂も既にボロボロな状態なのに、またあの技を使われてしまうと……!

 

誰もがそう思ったその時。

 

 

___アドニス。彼を魅了しなさい。

 

アドニスの中に美しい声が響く。

……この声は!

 

力を振り絞り、アドニスはその声に従った。

技を発動させる前の彼の目の前に素早く走り込み……ウィンクを決める。

 

「…なっ!?」

 

アフロディは鼓動が高鳴り、顔が熱くなってゆくのを感じアドニスに見惚れてしまう。これは初めて彼女を見た時と同じ感覚。

上げていた手を無意識に下ろし、ヘブンズタイムの使用を中止する。

その隙にボールを奪われるのを許してしまった。だが今はボールなど、どうでもいい。一秒でも長く彼女を見ていたい。

アドニスを見つめたまま、そのまま動く事が出来なくなった。

 

「あれは…ファッシハント……」

 

それをベンチから見ていた目金がそう技名を呟いた。

 

魅了する、という意味を持つファッシネイトと狩りの意味を持つハントを掛け合わせた言葉。

相手の心を自分の獲物にしてしまうかのように魅了し、その隙にボールをも獲物にする技。

前世で美の女神をも虜にした彼女、アドニスになら容易い技だった。

 

アドニスは豪炎寺へとパスを繋げる。

お願いです。そのままゴールへ……!

 

パスを受け取った豪炎寺は頷きながら走り出す。

___俺は夕香に誓った。だからこの試合にも絶対に勝つ!

 

世宇子のディフェンス陣を躱していきゴール前へたどり着く。

夕香。力を貸してくれ!!

 

「おにいちゃん……かっこいいシュート……うたなきゃだめ…だよ……」

 

豪炎寺の妹、夕香が眠っている病室に彼女自身の声が小さく響いた。

意識が無いのだとしても彼女は、しっかりと兄の試合を感じ取っている。

 

「ファイア……トルネード!!」

 

ボールに炎が纏う。

それは雷門中での、帝国との練習試合の時に1点を取った始まりの技。

全ての気迫を込め世宇子ゴールに叩き込む。

 

「ふんっ、そんなシュートごとき、この海神には適わんっ!」

 

ポセイドンは今度こそ止めると意気込み、余裕な笑みを浮かべた。

しかし。

 

「な、なにい?!」

 

先程までと全然違う、その圧倒的な力の強さ。神をも凌駕する炎の力。炎は海神を飲み込んでいく。

得点のホイッスルが、またも鳴り響いてしまった。

 

『雷門、追加点だぁー!エースストライカー豪炎寺のファイアトルネードはやはり本物だぁあああ!』

 

「やったぜえぇ!」

 

喜びに叫ぶ円堂。

 

雷門2ー3世宇子

 

 

ようやく調子を取り戻した雷門。

反撃は、ここからだ。

 

 

 



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29話 世宇子戦 戦いの果てに

 

 

 

「ボクは……ボクは確かに神の力を手に入れたはずなんだあぁ!!」

 

アドニスによる魅了状態からようやく目を覚まし、2点も追い上げられていたアフロディは顔色が青ざめていた。もう完璧な勝利を影山総帥に捧げる事は出来ない。

それでも神が負けるはずが無いと、素早いドリブルで雷門ゴールへ……円堂へと迫る。

 

円堂の前に辿り着くと6枚の翼を背に具現化させ、空へと飛び立ち技の体勢に入る。

白い稲妻がボールを包み始めた。

 

彼は、雷門は既に限界のはず。今度こそ終わりだ!神の前に倒れ伏せばいい!!

 

「ゴッドノウズゥッ!!!」

 

余裕を失い、明らかに動揺の隠しきれていない声で必殺技を叫びボールを蹴り出す。

しかし。

 

「マジン・ザ・ハンド!」

 

またも円堂の魔神によって止められてしまう。

 

「そんな……!」

 

アフロディが驚愕し立ち止まっている間にボールは円堂から鬼道へ渡される。そのまま渾身の力で上がっていく。

しかし、ディフェンスのディオが立ち塞がった。

 

「メガクエイク!」

 

地面が抉れ盛り上がり、鬼道はバランスを崩してしまう。ボールは鬼道から離れていく。

 

「くっ!」

 

ここまで来て、奴らにボールを渡す訳にはいかない!!

鬼道は力を振り絞りヘディングで豪炎寺へボールを託した。そこに風丸が走り込む。

2人で同時にボールをそれぞれ逆方向から蹴り上げ、スピンを掛けると空中へとボールが舞い上がる。それを上と下から蹴り出すと、けたたましい咆吼(ほうこう)を上げた巨鳥が現れた。

 

「炎の風見鶏!!」

 

その炎をまとった巨鳥は風見鶏というより、神と同等の存在である不死鳥。その威力に押され、ポセイドンは技を発動させる事が出来なかった。

 

「ぐわああーー!」

 

豪炎寺と風丸の連携技が決まり、ようやく同点へと追いついた。

 

『雷門、同点に追いついたぁーー!このまま逆転なるか!?だが残り時間もあとわずか!このまま延長戦突入かぁーーっ!!?』

 

延長戦に入ってしまうと自分達雷門は、今度こそ体力が持たないかもしれない。

円堂は残っている力を振り絞り、全速力でゴールから離れ前線へと走り出す。

せっかく…アドニスが全力を尽くして流れを変えてくれたんだ!それを無駄にしない!!

ここまで一緒に戦い抜いてくれたみんなの為にも!!じいちゃんの為にも!!

 

___絶対に、負けやしない!!!

 

「オレ達は…」

 

「最後の1秒まで…」

 

「諦めないッ!!」

 

円堂、鬼道、豪炎寺の3人による最強の連携技。

天から落ちる紫と黄色の激しいイナズマがボールにまとう。それはまるで、神話の主神ゼウスが怒りのままに振り下ろす、この世の全てを焼き尽くしてしまうかのような強大なイナズマ。

その凄まじい迫力に、観客達は最後まで見届けようと目を見張った。

 

「イナズマブレイク!!!」

 

__もう敵わない。彼らに神の力は通用しなくなってしまった。アフロディは絶望に目を見開く。

神としてのプライドは打ちのめされ目の前が真っ暗になる。

いや、最初から自分達は………

そして遂に戦意喪失をしてしまい、その美しい金髪が地面に付く事も構わず、その場に項垂れてしまった。

 

人間に負ける。神が、負ける___

それは世宇子の敗北を表していた。

 

「う……うわあああぁ!!」

 

収まる事のない雷門の威力にポセイドンは恐れをなし、遂にゴールを捨て逃げ出してしまった。ゴールキーパーとしてあってはならない姿だが、強大なイナズマを目の前にしては海神ですら敵わないのは誰が見ても一目瞭然だった。

 

『雷門、遂に逆転だああああぁーーっ!!神の力を打ち破りましたあーーっ!!』

 

雷門4ー3世宇子

 

電光掲示板に表示された雷門の点数が世宇子を上回る。

何重にも鳴り響く得点のホイッスル。__それと同時に試合終了。

 

『フットボールフロンティア決勝戦はっ!激しい激闘の末、雷門中の逆転勝利だアァーーーッ!!!』

 

実況の声が、観客席からの歓声が、スタジアム全体に盛大に響き渡る。

遂に、遂に勝ち取った。

勝利の女神は雷門中へと微笑んだのだ。

 

「すごい…!雷門中……!!」

 

「あの状況から勝利するなんて!」

 

「ま、まあ俺は最初から雷門が勝つって信じてたけどな!」

 

その予想もしていなかった結果に、観客達は感嘆の声を漏らす。

そして勝利を祝福する紙吹雪が舞い、会場全体に雷門!雷門!とコールが響き渡る。

 

「…っ!勝った……勝ったぞオーーーーッ!!」

 

喜びに興奮する円堂。先程までの疲弊はすっかり忘れて満面の笑みを浮かべ、豪炎寺と鬼道と肩を組み合う。

普段はクールな2人も、激闘の末の勝利に顔をほころばせた。

 

「俺達…勝ったんだ………」

 

「そうッスよ…!勝ったんスよ!」

 

雷門イレブンも響き渡るコールに答え、観客席に向かって手を振り始めた。ただ1人を除いては。

 

「やったね!アドニスちゃんっ!!雷門が勝ったんだよっ!」

 

春奈が何故か先程から俯いて動かないアドニスに声を掛ける。円堂も喜びを分かち合おうと、彼女の所へと駆け寄ろうとした。

その瞬間、その場にドサッと乾いた音が響く。

 

既に力を消耗し尽くしていた__アドニスが意識を失い倒れたのだ。

 

「アドニスちゃん?……そんな、アドニスちゃんっ!!!」

 

春奈の叫び声に、全員が一斉に彼女を見る。

円堂以上にアフロディの猛攻を受けていたアドニス。その上、強力な技を多用した為、彼女の身体は既に限界に達しており、皆と勝利の喜びを分かち合う前に耐えられなくなっていたのだった。

 

「…っ!!」

 

驚きと悲しみに我に返り、雷門中のメンバーの誰よりも早く。

 

「アドニスッ…!!」

 

倒れてしまった彼女へと一瞬で駆け寄った者がいた。

 

『キミにはサッカーは危な過ぎるんだ。キミには怪我をして欲しくないんだよ。危ない事をして、もしもの事があったら…』

 

かつて彼女にそう言ったはずの自分を悔いながら。

 

 

 

 

 

ああ…自分はまた……死ぬ事になるのか。

今度はイノシシではなくサッカーボールにやられてしまうとは…。

 

アドニスは無意識の中で、真っ暗な空間を感じていた。

とりあえずはまだ生きているようだ。今のうちに何か……何かを考えなくては。

 

前世の狩りの事も今世のサッカーの事も、好きな事にはつい夢中になり過ぎてしまった。まさかそのせいで2度も命を落としてしまう事になるとは。

自分は熱くなると止まれない性質を持っていたのか。

だから前世でも、イノシシを仕留めようと決めたらどんなに危険な事でも引き下がれなかった。

結局、強い英雄になる事は出来なかったけど。

 

でも、この世界では好きな事を一生懸命にやり、最後は雷門中の皆と勝利を掴む事が出来た。後悔という言葉は全然出て来ない。思い切り活躍する事が出来て、嬉しかった。

すごく楽しかった。この世界に転生する事が出来て本当に良かった。

 

さて。今度ばかりは生まれ変わる…なんて事はないだろう。そのままゆっくりと目を閉じ、自分という存在が薄れていくのを感じ取る。

不思議と怖くはない。

 

 

___嫌よ、アドニス。お願い。私を悲しませないで。

 

「…!!」

 

また、どこからか声が聞こえた気がした。時々聞こえてくる神々しくて美しい___この声は____

 

 

 

「…ん。……んん。」

 

彼女の目は再び開かれた。

白い天井。白いベッドにアドニスは寝かされていた。身体の節々に痛みを感じる。

自分は生きているのか?そう思いながら少しだけ顔を上げると腕には点滴が繋がれている。

その反対の腕には_____

 

長い金髪の人物が、アドニスの腕の辺りに顔を埋め震えながらうずくまっていた。

 

「……泣いているんですか?」

 

小さな声で、アドニスはその人物に声を掛ける。

その声に、人物はハッと顔を上げアドニスの顔を見つめる。その紅い瞳には涙が溜まっていた。

ずっと泣いていたのだろうか。泣き腫らした目は更に真っ赤になってしまっていた。

 

「…アドニス…………アドニスッ………」

 

「…ふっ、ふふ…酷い顔ですね、アフロディーテ……いやアフロディさん。」

 

彼のその泣き顔を見たアドニスは、つい小さく笑い出してしまうが、そんな事はお構いなしに、アフロディは寝たままのアドニスの肩に顔を埋めてきた。

その涙に肩が濡れてゆく。

 

「ごめ…ごめんね……アドニス……」

 

震える声で彼女に謝罪の言葉を綴っていく。

 

「どうして謝るんですか?あなたは悪くないのに。」

 

神のアクアの件なら、どうせ影山が唆したのだろう。

良い年をした大人が子供を騙すなんて。責めるべきはアフロディではない。

彼の背中に片腕を回し、その金髪を撫でる。アドニスの優しい声に更に涙が出てきてしまう。

 

「…うっ……うう………」

 

何を話し掛けても、アフロディは泣きじゃくるか謝るかのどちらかだった。

前世でイノシシに追突され、命を落とした時も女神アフロディーテは、こんな風に泣いてくれていたのだろうか。

 

このままでは何も会話が出来ない。とにかく、彼が落ち着くのを待つ事にした。

 

 

 



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30話 アネモネに込めた想い

 

 

 

あれから、落ち着きを取り戻したアフロディだったが、そのままアドニスが寝ているベッドに突っ伏したまま眠ってしまっていた。

 

彼も体力増強ドリンクの神のアクアを飲んでいたとはいえ…いや飲んでいたからこそ、試合の疲労がどっと押し寄せていた事、そしてアドニスが目覚めて安堵した事により急激に眠気が襲って来てしまったのだろう。

 

彼ら世宇子中の選手達は試合終了後に無事に保護され、神のアクアの副作用が無いか一時的に検査入院していたのだった。

神のアクアには体力筋力増強の他、飲んだ者の心に取り憑き狂暴化させるという効果もあった。

普通の者が飲めば、無事では済まない。

 

影山も今度こそ、神のアクアと言う決定的な証拠が出た為、逮捕されていった。

 

 

「アフロディさん、アフロディさん!駄目ですよ。ここで寝たら…自分のベッドに戻ってきちんと……」

 

アドニスは何度もアフロディをゆさゆさと揺らしたが、彼は一向に起きる気配が無い。

そんな体勢で眠ってしまったら身体が痛くなってしまう。それに重い。

 

そうだ。看護師さんを呼ぼう。

そう思いつきナースコールへ手を伸ばすが、その時コンコンとドアがノックされた。

 

「はーい。」

 

誰だろう、看護師さんかな。丁度良かったと思いながら返事を返す。

ドアが開き、そこに入って来たのは世宇子のヘラとデメテルだった。2人ともパジャマ姿である。

かつて、アドニスに必殺技を教えてくれた先輩2人だった。

 

「ヘラ先輩!デメテル先輩!」

 

「アドニス。久しぶり…でも無いよな。……目が覚めていたのか!良かった。」

 

きまりが悪そうに、でも安心した様にヘラが言った。

 

「うん。本当に良かったよ。ってアフロディどうしたの?!」

 

続いてデメテルも安堵の言葉を掛けると同時に突っ伏して寝てるアフロディに突っ込みを入れる。

それに対しアドニスは困った顔で返答する。

 

「それがここで寝てしまって…何度起こしても起きないんです。お二人とも後で連れて行って貰えませんか?」

 

「姿が見当たらないと思ってたらここにいたのか…分かった。俺達が連れて行くよ。」

 

「お願いします。」

 

「そんな事よりアドニス。…本当に申し訳なかった。」

 

ヘラがアドニスに向かって頭を下げる。それにデメテルも続いた。

 

「…!そんな、ヘラ先輩、デメテル先輩!嫌だなあ、そんな事しないで下さい。どうして、先輩方は何も悪くないじゃないですか。」

 

「いや、俺もコイツの先輩として…止めさせる事が出来たはずなんだ。それが、君にこんなに怪我をさせてしまって……いや、俺達も神のアクアに……」

 

こういう空気は苦手だ。それにアドニスは怪我をさせられた事など特に気にしてはいなかった。

 

「はいはい、謝るの禁止!です。そんな事より他の皆さんは大丈夫なんですか?」

 

アドニスはパンパンと手の平を叩いて謝り禁止令を出した。

他の部員達の事も気になるので、その事で話を逸らす。

それを見た2人は目を見開いた後、笑顔を見せる。

 

「うん。皆、異常は無いから大丈夫だよ。もう少しだけ入院するけど。」

 

デメテルがそう答える。

 

良かった。と内心安堵するアドニス。

正直、あまり他の部員達とは会話した事が無かったが、彼らの事は気になっていた。

 

影山によって彼らの選手生命が無くなる事がありませんように。

…でもサッカーが本当に好きならきっと大丈夫。

 

それからは少しの間、決勝戦の試合の時の事について色々と雑談をした。

 

「アルテミスが、君の弓の技を褒めていたぞ。」

 

あの時の弓のシュートを凄かったと褒めて貰い、アドニスは照れくさくなった。

無我夢中で、なぜ発動できたのかは分からなかったが。

 

「さて、俺達はそろそろ行こう。おい、アフロディ。起きろ。」

 

ヘラがずっと寝ているアフロディの腕を引っ張る。

少しだけ身じろぎするものの、起きない。

 

「アフロディ!もう、行くぞ!」

 

デメテルも、もう片方の腕を引っ張る。

すると少しだけ意識を取り戻したが、寝惚けているのか。

 

「……ん、やだ………アドニ、スと一緒に……いる」

 

「そのアドニスが困ってるんだよ、重いってさ。」

 

「そうですよ。アフロディさん。自分の所へ戻って下さい。」

 

アドニスがそう言うと、彼はガバッと起き出し、悲しそうな目で彼女を見つめる。

 

「…アドニス、やっぱりボクの事嫌いになっちゃった?そうだよね。あんな事をして……」

 

「いえ、全然そういう事ではなく自分のベッドできちんと寝て下さい。ヘラ先輩、デメテル先輩、連れて行ってください!」

 

そう言われた2人は、アフロディを引きずっていく。

その光景は少し面白く、アドニスはその姿を見送る。

 

これでやっとゆっくり眠れる。

1人になったアドニスは布団をかぶり直し、目を閉じる。すると。

 

 

__アドニス。どうか彼を許してあげてね。

 

それは決勝戦の時に聞こえた美しい声。再びアドニスの中へと響き渡る。

 

__そして。出来るのなら……彼の………

 

「………」

 

その声はまだ続いていたのだが、全て聞き取る前にアドニスは眠りに落ちてしまっていた。

 

 

「…やっぱり嫌われてしまったんだ。」

 

ヘラとデメテルの間に挟まれ引きずられながら、アフロディは不安を拭いきれず呟く。

それを静かに聞く2人。

 

「あんな事をしたから、ボールを何度も何度も当てて怪我させて……でも、自分でも制御する事が出来なかったんだ……」

 

「………」

 

「よく分からない…悔しいような熱い気持ちがして…どうしても……!」

 

「それは神のアクアの作用もあったんじゃないか?」

 

デメテルが口を挟む。

そう言われれば、その通りなのかもしれない。

でも、絶対にそれだけではない事は確か。

 

「それと明らかに嫉妬だったな。あれは。」

 

続いてヘラに断言される。

 

「雷門の円堂を庇ってばかりいたからな。それでムッときたんじゃないか?」

 

「…!」

 

ヘラ自身も嫉妬深い性質がある為、あの時のアフロディの気持ちは理解していた。

 

嫉妬……。熱く悔しい、苦しい感情。確かにそうかもしれない。いや、絶対にその通りだ。

元々は自分の世宇子にいたアドニスを奪った雷門中。そして離れて行ったアドニスに何としても制裁を加えたかった。

あれは神のアクアだけの作用ではなかった。自分自身の感情の問題。それは痛感していた。

 

「大丈夫。アドニスはお前を怒ってもいないし嫌ってもいない。とりあえず今は休むんだ。行くぞ。」

 

ヘラはそれだけ言うとそのままデメテルと共に、アフロディを引きずるのを再開し病室へと連れて行った。

 

 

 

そして、それから数日間。

入院中、アフロディは出来る限りアドニスの傍に居た。

今しか彼女とこうしてゆっくりと会える機会はないのだ。

あんなひどい仕打ちをした自分を、彼女は嫌な顔せずに受け入れてくれた。

 

だが、彼ら世宇子の選手達は短期入院の為、もう退院する時が来ていた。

 

 

__ああ、アドニス。出来る事ならまた…………もう一度一緒に……

 

いや、どの口でそんな願望が言えるのか。

彼女が離れて行った時は裏切られたと思っていた。実際裏切ったのは自分の方なのに。

 

別れを言う為、アドニスの病室のドアをノックする。

しかし返事が返って来ない。いつもなら一言、返事が聞こえるのだが。

もう一度ノックをするが、やはり何も聞こえない。

 

「…アドニス?いないのかい?……入るよ。」

 

一方的にではあるが許可を取り、ゆっくりとドアを開け、恐る恐る部屋へ入って行く。

ベッドに目を向けると、アドニスは静かに寝息を立て眠っていた。その寝顔を見ると、溢れ出る愛しさで胸がいっぱいになり切ない気持ちが込み上げてきた。

 

「何だ……眠っていたのか。」

 

最後の挨拶が出来ない事を残念に思いながらも、彼女の寝顔に見惚れる。その頬に思わず手を出し、しばらくの間そっと撫でる。

ここで時間を止める事が出来ないのが残念だ。

 

「もう行かなくちゃ。アドニス。どうか元気で、ね。」

 

アフロディはアドニスの手をぎゅっと握りながら静かに囁いた。

そして、音を立てないようにベッド脇のテーブルへ彼女への花束を置き、そっと部屋を出る。

 

その直後、アドニスは目を覚ました。

 

「……ん?今…誰かがいたような……?」

 

 

 

「…う……ううっ…。」

 

もっと彼女の傍に居たかった。でももう、会う事は無い。

病室を出た途端、感情が抑えきれなくなる。涙が頬を伝っていき顔を俯かせながら歩き出す。

溢れ出る彼女への想いを何とか無理矢理押さえつけながら病院の廊下を歩いて行く。

 

 

「あれっ、お兄ちゃん、あの人って……」

 

「………。」

 

鬼道と春奈がすれ違った事にアフロディが気が付く事はなかった。

 

 

アドニスの病室のドアをノックし返事が聞こえると、春奈はドアから顔を覗かせ部屋に入って行き、その後に鬼道が続く。

 

「アドニスちゃん、調子はどう?」

 

「あ!春奈ちゃん、鬼道さん、来てくれたんですね。まだ少し入院してないといけないけど…ここの食事も美味しいし中々楽しいです。」

 

「もう、アドニスちゃんたら…でも元気そうで良かった。これお見舞い。」

 

「わあ、ありがとう!」

 

春奈から、お見舞いのお菓子を喜びながら受け取るアドニス。

それを見た鬼道はフッと微笑みを浮かべる。

 

「それだけ元気ならもう大丈夫だろう。…そういえばさっきアフロディとすれ違ったぞ。あっちは俺達に気がつかなかったようだったが。」

 

「なんか泣いてたよね?」

 

アフロディなら、つい先程この部屋を出て行ったところだ。アドニスはその事を知らないが。

 

鬼道はふと、ベッド脇のテーブルに目を向けた。

そこには中心部の白い、鮮やかな赤色の花びらと優しいピンク色の花びらの2種類の色が入った可愛らしい花束が置かれていた。

鬼道はその花束を手に取り、じっと眺める。

 

「これはアネモネの花か…」

 

「わあ、可愛い。春奈ちゃん達が今、持って来てくれたんじゃないの?」

 

「ううん、これは私達じゃないよ。ねえ、お兄ちゃん。」

 

これは恐らく____

思えばアドニスが倒れた時、真っ先に彼女へ駆け寄ったのはヤツだった。

他の世宇子の面々も彼女を心配そうに眺めていた。

意外とアドニスは大事にされていたという事が分かったのだった。

それに思い返してみれば彼は以前、何度も雷門へと来ては彼女を取り返そうとしてきた。

 

___成程。そういう事か。

 

「アドニス。怪我が全快したら、世宇子に戻ってやってはどうだ。」

 

鬼道の突然の発言に驚くアドニスと春奈。

 

「もう、いきなりどうしたの、お兄ちゃん!」

 

「どうやらあいつには、お前が必要なようだぞ。」

 

そう言いながら、アドニスにアネモネの花束を渡す。

 

「……!?あれ。」

 

その花を間近で見た途端、なぜかアドニスの目から涙が溢れる。

どうしてだろう。この花を見るとなぜか悲しくなる。それと同時に誰かに__とても強く想われているような。そんな気がした。

 

「アドニスちゃん?!どうしたの、大丈夫?」

 

泣き出してしまったアドニスを見て、春奈がハンカチを渡す。

 

「ごめんね…ありがとう……」

 

「春奈。行こう。アドニスも1人でゆっくりと考えればいい。お前の決めた事は誰も責めはしないさ。じゃあな。」

 

鬼道は優しい口調でそう言い病室を出て行った。心配そうにしながらも春奈もそれに続く。

 

「もう!お兄ちゃん!アドニスちゃん、泣いてたのに帰って良かったの?」

 

「だからこそ1人にしたんだ。春奈。こんな神話を知っているか?」

 

鬼道はとある神話を語り出す。

 

「美しい女神はある少年を想い続けた。その少年は趣味の狩りに多少の怪我をしようが毎日のように明け暮れていた。危ない事はするな、と女神は忠告するが少年はそれを聞かなかった。少年はそのまま、イノシシの角に突かれて命を落としたんだ。」

 

「何なの?その話……」

 

「女神は三日三晩泣き崩れ、その涙と混ざった少年の血は鮮やかな赤いアネモネの花となったんだ。…おかしいかもしれないがアフロディとアドニスを見るとなぜか、この神話を思い出すんだ。…………女神の元へ少年を返してやろうと思わないか?」

 

「…う…うん…?そう、なのかも…?でも私だって、せっかくアドニスちゃんと仲良くなったのに…」

 

「そこは許してやれ。春奈。俺は雷門に残るから。」

 

「うーん……」

 

春奈は、よく分からなかったが、なぜかアドニスに当てはまる気がするように感じた。

女神は少年を待ち続けているのだろうか。

 

 

 

 

 

それから何日かが経ち………

影山はいなくなり、残された世宇子スタジアム。

 

神のアクアの一件が終わってからも皆でサッカーの練習を続けていた。あのような紛い物に惑わされてしまっていたとしても、サッカーが大好きだからだ。

 

「キャプテン、大分元気になってきたよね。」

 

アフロディがボールを蹴り出す姿を見ながら部員の1人がそう言った。

世宇子が落ち着いてからも元気が無かった彼だったが、時が経ち、ようやく少しずつ覇気を取り戻し始めていた。

 

もちろん彼女の事を忘れた訳では無い。

またいつか…もしもではあるが彼女とサッカーをするその時の為に、今は練習に励んでいた。

 

「アフロディ。入部希望者が来たぞ。」

 

突然、先輩部員のヘラがそう伝えてくる。普段厳しそうな彼のその顔には、にこやかな笑顔が見られた。

 

「入部希望…?こんな時期に珍しいな。」

 

「ああ。1年生で転入して来たばかりだそうだ。……入って来ていいぞ。」

 

ヘラが外にいる転入生に優しく声を掛ける。

そして中に入って来たのは。

 

「……っ!」

 

嬉しさと驚きが入り交じり、胸が高鳴りを告げる。周りの景色が彩られていく。この感じは前にも感じた事がある。

幻じゃないのかと、アフロディは目を見開く。

入って来たのは彼が一番会いたかった人物。

 

「アドニス…!」

 

嬉しさのあまり、涙がにじみ溢れる。

無意識に身体が動き、アドニスへ近付く。本物なのかを確かめる為にも彼女をありったけの力で強く抱き締めていた。

 

___本物…だ。

 

「うわっ!ちょ、ちょっと!痛いです、痛いんですけど!」

 

骨が軋むような程の力。

アフロディが近付いて来た時、嫌な予感がしたアドニスは彼を避けようとしたのだが避けきれないまま、こんな状態にされてしまった。

だがそれを見ているヘラは、彼らを引き離そうとしない。

 

「アドニス。しばらくそのままでいてやれ。」

 

「そんな…」

 

 

その様子を、姿の見えない…とある美しい女神が微笑ましく見つめていた。

 

 

 



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エピローグ 

 

 

 

古代ギリシャを思わせる、世宇子中の白いユニフォーム。

以前、この学校にいた時は貰う事が出来なかった。

 

今、アドニスはそのユニフォームに袖を通す。

サイズもぴったりと合い、まるで以前から着ているかのように彼女に馴染んだ。

鏡で確認し、着替えを終え更衣室を出ると、入り口にはアフロディが待っていた。

 

「…!」

 

彼はユニフォーム姿のアドニスを見るなり、その場に固まってしまった。

自分と同じユニフォームへと身を包んだ彼女。

それは似合っているという言葉だけでは足りず、何と表現していいのか分からない。顔が熱くなり体温が上昇していき、鼓動が速くなる。

 

「変、ですか?」

 

自分を見て動かなくなってしまった彼に、アドニスは恐る恐る尋ねる。

アフロディはその声に我を取り戻す。

 

「ううん、そんな事ない。とても…すごくよく似合っているよ。アドニス。」

 

以前より彼女が自分の傍にいてくれるのだという事を強く実感する。

でも、これでいいのだろうか。

 

「アドニス。今更だけど…本当にいいのかい?世宇子に戻って来て。知っての通り、ボク達は大きな過ちをしてしまった。ここに来たら、キミも……」

 

「それ以上言ったら…また雷門へ戻りますよ?」

 

アドニスはニコリと笑いながら彼の言葉を遮った。

 

「鬼道さんからも言われたんです。世宇子が同じ事をしでかさないように見張ってやれって。」

 

「鬼道君が?」

 

「はい。それに。キャプテン達もサッカー大好きですよね?私は今度こそ、皆とサッカーをしたいんです!」

 

「アドニス…!」

 

抱き付こうとしてきたアフロディを、今度こそ上手くかわす。

またベアハッグをされたら、たまったものではない。

 

 

「よく似合ってるじゃないか。」

 

「おお!ピッタリだね!」

 

ヘラとデメテルを始め、他の部員もアドニスの前へ集まってくる。

改めて、これから仲間となる彼らに1人ずつ握手をしていく。

 

「はは。戻って来てくれたんだ。よろしくね。」

へパイス。

 

「おかえり。ようやく本当の仲間になれるんだな。」

アテナ。

 

「戻って来たんだねぇ。アドニスちゃん。」

ディオ。

 

「これから頑張ろうぜ!」

アポロン。

 

「お前がいないとキャプテン怖えんだよ。」

ヘルメス。

 

「あの時の弓…凄かったですよ!」

アルテミス。

 

「……よろしく。」

アレス。

 

「お前の弓矢、怖かったぞ!……次は手加減してくれ。」

ポセイドン。

 

 

全員との挨拶を済ませ、その日は過ぎていった。

 

 

 

そして翌日の世宇子中。

巨大な女神の石像が視線を向けるその先には、広大な芝生のグラウンドがあった。

天井の開いた部分からは青い空が見え太陽の光が差しており、芝生は暖められていた。

 

周りを見渡し、今1人だと確認したアドニスはグラウンドの真ん中に寝転がる。

広く暖かい芝生のベッドはとても気持ちが良い。

この景色は、前世の世界を思い出すなぁ…

 

そう思っていると、その心地良さに、うとうとしてきた。

寝たら駄目だ、と思いつつも彼女の意識は薄れていく。

 

 

しばらく時が経ったのか、誰かに膝枕をされながら頭を撫でられていている心地の良い感覚に目が覚めると、彼女は少年になっていた。というよりは戻っていたの方が正しいのかもしれない。

アドニスが上を向くと、そこには。

 

「…!」

 

「アドニス。よく頑張ったわね。」

 

女神アフロディーテが美しく微笑んでいた。

女神はアドニスの黒髪を撫でながら、優しく囁く。

度々聞こえていたこの美しい声は、やはり女神アフロディーテの声であった。

 

「私は、死んでしまったあなたを、どうしても冥界のペルセポネなんかに取られたくなかった。だから、あなたを別の世界へと転生させたの。」

 

そういう事だったのか。

この世界に転生したのは、アフロディーテ様の仕業だったのか。

 

「女の子にすれば無理をする事はなくなる…と思っていたのだけど、そうはならなかったわね。全く…無茶ばかりするんだから。」

 

そう言い終えると女神は、少し悲しそうな表情に変わる。

 

「アドニス。私はもう次元の関係でここにはいられないの。」

 

今までアドニスを密かに見守ってきた。

しかし住む世界の次元が違い過ぎる為、そう長くこの世界に干渉は出来ないのだ。

 

驚くアドニス。

 

「でも。これからは………彼がいるから大丈夫よ。」

 

__さよなら。アドニス。

 

その女神の言葉を最後にそこで意識が途切れた。

 

 

 

「…起きたかい?アドニス。」

 

再び目を覚ますと、アドニスは少女に戻っていた。

アフロディは彼女に膝枕をしながら、その黒髪を撫でている。

顔は、とても優しく美しい微笑みを浮かべていた。それは女神にも引けを取らない。

そして髪を撫でる手を止める事なく、そっと囁くように言った。

 

「最初は倒れていると思って驚いたよ。キミが気持ちよさそうに眠っていたから、つい。ふふ、暖かいね。」

 

まだ、このままでいたい。

心地よさにアドニスはもう一度目を閉じ、まだこうしていていいかを尋ねる。

 

「ああ。もちろん。今日くらいは、ゆっくりしよう。」

 

アフロディは優しく承諾する。

あの時の病室でゆっくりと見る事の出来なかったアドニスの寝顔が、今はこの青空の下で見る事が出来て、どうしようもない多大な幸福感に包まれる。

今日は練習はやめて、このままこうしている事にした。たまになら罰は当たらないだろう。

 

「…ねえ、アドニス。ボクは………」

 

愛しさ。

溢れ出て今にも零れそうな彼女への想い。

ゆっくりと彼女へと言葉を発する。今なら、この想いを伝えられる。

 

しかし既にアドニスは、静かに寝息を立て夢の中だ。

 

「おやすみ。アドニス…」

 

この想いを伝える事が出来ず残念だが、これはまたいつかでいいだろう。

今は彼女の寝顔をじっくりと見ていよう。

 

 

その後、他の部員達が来たが誰も2人を止める事なく、彼らも芝生の上に寝転がり始めた。

 

 

影山のいなくなった世宇子中学。

神のアクアによって出来てしまった過ちを、自分達で正していかなくてはならない。彼らはこれからどんな活躍をしていき、どんな功績を残していくのか。

 

 

それは、神のみぞ知る。

 

         

 




これにて完結となります。ありがとうございました!

【挿絵表示】





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