枯れた大地に水を (鞍馬エル)
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 見えぬ明日へと

 ノリと勢いのままに突っ走る

多分


 トラキア王国

 

ユグドラル大陸南西部に位置する国家であり、その国土の大半を峻険な山岳地帯で占める国である

 

 

同じトラキア半島にある北部のレンスター王国とはレンスター建国時から常に敵対関係にあり、度々武力衝突を起こしている

 

 

 

そのトラキア王国の王都の一室にて

 

 

 

トラバント陛下御自ら出る必要などございませぬ!

 

出兵なさるというのは結構にございます!

されど陛下自らお出になる必要なぞありますまい!

 

そも派兵先はどこか?

グランベルが敵とあるが

 

アグストリア?

大陸の正反対ともいえる場所ではないか!?

 

いや、それよりも兵を動かしたとなればレンスターの奴等が動きかねませぬ!

軽々に兵を動かす必要などありますまい!

 

 

と室内にいる者達は口々に発言する

 

 

 

(やれやれ。困った事になったな)

部屋の隅にいる男は頭を抱えた

 

 

 

トラキア王国はその国土故農業が大々的に行う事が出来ないという事情を抱えている

何せ国土の3割から2割程度しか平地が存在せず、しかも農耕地として利用できる土地となるとトラキア西部のルテキア城の北部のごく一部という本当に限られた場所しかなかった

 

残りの山岳部とてかなり険しい山々であり、そうであるが故にそこでの農業というのは難しいというレベルではなかった

 

 

その為、トラキア王国における主要産業は他国への傭兵産業となっており、それなりの利益を国にもたらしている

 

が、傭兵ともなれば当然死者も出る訳であり、トラキア王国内における若年層の男性は他の年代に比べ死亡者数が多いという弊害を生む事となった

働き盛りの若年層しかも男性が不足するというのはそのまま出生率の低下に繋がる大問題。元々トラキアにおいて女性が成人する(・・・・)確率は他国のソレに比べると圧倒的に低い

それなのにその相手となる年頃の男性が不足するというのは国の行く末を考える者からすれば文字通り悪夢であった

 

加えて、トラキア王国における製鉄産業はその国土の広さから言えば圧倒的に低く、ともすれば大陸を代表するグランベル王国の有力諸侯領よりも低いという惨状

 

 

傭兵を生業としながら、武器については『使い捨て』とせねばならないのが現在のトラキア王国だったのだ

 

使い捨てはこの大陸においてかなり珍しく、修理して使い続けるのが一般的である

真実の程は定かではないが、『ある一定以上の人の血を吸わせた獲物』は切れ味が良くなるとの通説があるとかないとか

 

 

言うまでもないが、一から武器を調達するよりも修理する方が調達コストは下がる

なお、キチンとした力量のある鍛治師である事が前提であり、もぐりの鍛治師などに頼んだ場合はその限りではない

 

 

傭兵契約を結ぶ際に『武器の調達』は大きな点であり、傭兵ではなく契約相手が武器を用意した場合、相場通りの額を依頼料から差し引く者は殆どおらず、良くて相場の2割増、悪ければ相場の倍額位は平気で差し引いてくる

 

トラキアの傭兵は命と誇りを捨てて金を得る

 

と一部の事情を知らぬ者、特に騎士階級の者からはそう揶揄されていた

 

 

が、同じ傭兵であるヴォルツやベオウルフ、ベオウルフと親交のあるエルトシャンなどは

 

『そこまでせねば食べていけない』トラキアの傭兵達を逆に気の毒に思っていたりする

 

トラキアの傭兵は命を捨て、誇りすら捨て去り国を生かす

 

余りにも切ない現実がそこにあった

 

 

なお、レンスター王国においては戦場にて金を稼ぐトラキア傭兵達を『戦場のハイエナ』と侮蔑している

 

 

 

 

 

そもそもトラキア王国成立はグランベル王国成立と然程に時期は変わらず、現在大陸に存在する国家

 

すなわち

グランベル王国、アグストリア諸侯連合王国、シレジア王国、イザーク王国、レンスター王国、トラキア王国、ウェルダン王国

 

の中でグランベル、アグストリア、シレジア、イザーク、トラキアは大陸を暗黒時代に追いやっていたロプト帝国を打倒した後に成立したという経緯がある

 

アグストリアは黒騎士ヘズル

シレジアは風使いセティ

イザークは剣聖オード

 

グランベル王国は聖者ヘイムのバーハラ王家を筆頭に

聖騎士バルドのシアルフィ

斧騎士ネールのドズル

弓騎士ウルのユングウィ

魔法騎士トードのフリージ

魔法戦士ファラのヴェルトマー

大司祭ブラギのエッダ

 

竜騎士ダインと槍騎士ノヴァがトラキア王国を開いたとされる

 

 

なお、上記のロプト帝国を打倒した解放軍の中核を担った彼等12名を指して『十二聖戦士』と呼称される

 

 

彼等は解放軍を組織し、ロプト帝国に抵抗していたが、ロプト帝国の圧倒的な戦力の前に仲間たちは次々と倒れ、遂にはイード砂漠の南部の都市ダーナに追い詰められる

 

しかし、窮地にあった彼らに遠くアカネイア大陸よりこのユグドラル大陸に渡ってきた古代竜族が自身の力を宿した武器を授けることにより助けた

 

遥か彼方にあるアカネイア大陸の竜族がこの大陸に来たのには当然理由があった

 

 

 

ロプト帝国がこの大陸に暗黒時代をもたらす前、大陸にはグラン共和国が存在していた

 

その共和国時代にガレという人物が如何なる方法を用いたのか定かではないが、単身アカネイア大陸へと渡り、当時ナーガに反発していた地竜族の1人ロプトゥスから彼の者の力を宿した魔導書『ロプトゥス』を授かったらしい

そしてガレはユグドラル大陸へと戻り、迫害されていた者達を率いてロプトゥスを暗黒神として祭り上げる『ロプト教団』を設立

共和国に対して戦争を挑んだ

 

度重なる憎悪などがガレに浴びせられることにより、魔導書に仕込まれていたモノが顕現した

 

 

地竜、いや『暗黒神』ロプトゥス

遥か彼方のアカネイア大陸においてはナーガ率いる神竜族とそれに協力する人間達によりその力を失っていた筈の存在が遠く離れたユグドラルにて力を得た

 

そして、ロプトゥスが率いる『反体制派』は『暗黒神』の力と名の下にその暴虐を遺憾なく発揮

グラン共和国は滅亡

その後、ロプト帝国が誕生するに至ったのである

 

 

つまり、ロプト帝国誕生はアカネイア大陸の竜族に原因があるといえるだろう

その為にアカネイア大陸からロプトゥスとその力を使い大陸を混乱に落としたロプト帝国を止めるべく古代竜族達はこの大陸に来た。と言う訳なのだ

 

 

 

先に挙げた十二聖戦士はそれぞれ古代竜族の力の一部を宿した武器を与えられ、後に建国する国や公爵家などの象徴となった

 

 

黒騎士ヘズルには『魔剣ミストルティン』

風使いセティには『風魔法フォルセティ』

剣聖オードには『神剣バルムンク』

聖者ヘイムには『神聖魔法ナーガ』

聖戦士バルドには『聖剣ティルフィング』

斧騎士ネールには『聖斧スワンチカ』

弓騎士ウルには『聖弓イチイバル』

魔法騎士トードには『雷魔法トールハンマー』

魔法戦士ファラには『炎魔法ファラフレイム』

大司祭ブラギには『聖杖バルキリー』

竜騎士ダインには『天槍グングニル』

槍騎士ノヴァには『地槍ゲイボルグ』

がそれぞれ与えられ、その直系の子孫に代々受け継がれる事となる

 

 

 

大陸は新体制の元で少しずつ復興していくものと思われた

 

しかし、トラキア王国にてダインの息子とノヴァの息子による内乱が発生

 

理由は確かではないが、ダインの息子が恐怖政治を行ないそれにノヴァの息子が反発し、レンスター地方を分離独立させレンスター王国を建国したと言われている

 

 

が、これについてはかなり疑問の残る話だ

 

トラキア王国内において、レンスター地方はレンスター、アルスター、コノートとトラキア王国の存在するトラキア半島における主要な食糧生産地であり、またグランベルやイザークなどとの交易を行う際の要所でもある

 

初めに書いたが現在のトラキア王国は豊かでないどころか、貧しいと言っても過言ではない

それは開発が現在よりも進んでいなかった建国から余り時の経っていない時期ならば尚更だろう

 

苛政に苦しんだとしても、王国の豊かな地方のみ(・・)切り取って独立するというのは出来過ぎではないだろうか?

更にレンスター建国に際して当然だがトラキア側はそれを認めず、レンスター地方へと攻勢をかけるも失敗

そこにグランベル王国が仲裁に入り、レンスター王国の建国は認められる事となった

 

 

だが、豊かなレンスター地方と貧しいトラキア地方両方を持つからこそトラキア王国は国として機能していた訳であり、それを分割するという事はトラキア、レンスター双方に禍根しか残さないものとなり、現在まで敵対関係は続いている

 

 

 

 

その様な経緯からトラキア王国とレンスター王国は常に相手を殴りつける機会を狙っているという、とてもではないが平和とは程遠い状態が続いていた

 

 

グランベル国王アズムールの時代に入ると少しずつではあるが、グランベルによるトラキアへの支援が行われる事になり、貧困に喘ぐトラキア王国の現状を変えようとしていたりする

 

というのも大陸中央部に存在するグランベル王国はその地形的にユグドラル大陸に存在する全ての国家と隣接

その為、仮に何処かで争乱が起きた場合無関係とは言えない立場でもある訳だ

かつてレンスター建国時にはレンスター側に肩入れしていたグランベルであるが、さりとて成人男性皆兵とも言える上に、空を駆ける竜騎士を大量に有するトラキア王国は決して無視出来る軍事力ではない

レンスター王国と仮に戦争になったとすれば、槍をメインとするランスリッターが主力であるという一点において、斧騎士ネールの血をひくドズル公爵家の有する精鋭斧騎士団グラオリッターを主力として対応すれば苦戦はしても勝ちきれる公算が高い

 

だが、同じく槍を装備するトラキア王国には平地だろうが、森林地帯だろうが、山岳地帯だろうが問題なく進軍し、軍を展開出来る

しかも、トラキア王国軍の場合だと新兵はドラゴンライダーで熟練兵はドラゴンナイト。指揮官クラスで傑出した個人戦能力とある程度の指揮能力を有するものはドラゴンマスターと区別されており、トラキア軍の基本編成はドラゴンライダー6名ないし10名に対してドラゴンナイト1名。もしくはドラゴンナイト10名に対してドラゴンマスター1名というものである

 

しかも最下級のドラゴンライダーですら一撃離脱戦法を徹底して叩き込まれており、更に重傷を負わせた兵については回復役がいない場合(・・・・・・・・・)放置して他の者に当たるという事を徹底ぶり

 

 

現在のグラオリッターは指揮官クラスこそグレートナイト(上級斧騎士)であるが、一般兵は全てアクスナイト(下級斧騎士)

しかも騎士団に帯同する回復役は基本グランベル王国のエッダ公爵家から借りねばならない

更にその借りた兵は徒歩である為、高速展開や高速機動を旨とするグラオリッターにとっては足手まといとなる

 

竜騎士の騎乗する飛竜は弓や魔法に弱い為、ヴェルトマーのロートリッターやフリージのゲルプリッターやユングウィのバイゲリッターが有効ではある

 

ロートリッターは炎魔法を使う魔道士を中核とした部隊

ゲルプリッターは雷魔法を操る魔道士と重装騎士であるジェネラルを中核とした部隊

バイゲリッターは弓を操る騎士、ボウナイトを主力とした部隊

 

いずれも大国グランベルを代表する精鋭騎士団であるが、ロートリッターとゲルプリッターは移動力に劣り、バイゲリッターは懐に入られると弱い。という弱点を抱えている

 

その為グランベルの本心としては相手をするのであればまだ(・・)レンスター王国の方がやり易いと言えた

最悪レンスター王国を制圧するとなれば、国境のメルゲンから派兵する事になる

メルゲンからアルスターへ向かう道は狭く激戦になるだろうが、長距離魔法を有するロートリッターがいて、エッダの回復部隊がいるのであれば勝機はある

 

逆にトラキアへの侵攻となるとミレトス地方から攻め寄せる形となるが、トラキアの山岳地帯が多過ぎる点から敵竜騎士達による一撃離脱戦法が間断なく行われる事は想像に容易い

長距離魔法があったとしても、それを活かすための視界が取れなければ到底役に立つとは思いにくい

更に伸び切った補給線をトラキア側が放置するとも考えにくいともなると、トラキア制圧には多大な時間と犠牲が出るものと予想される

 

頭が痛くなる話だが、仮にそこまでの犠牲を払ってトラキアを制圧したとしてもその統治には更に資金と労力が必要となる上にグランベル本国並みの経済基盤を整えるのにどれだけの手間がかかるのか

アズムールが家臣に命じて試算させたが、明らかにトラキア平定は『割に合わない』という結果のみ残った

 

 

その為アズムールはトラキアとの宥和政策を推進する事で寧ろトラキア王国を親グランベルにさせるべきではないか?と宰相でありフリージ公爵家当主のレプトールに相談する

 

レプトールとしてもトラキアと敵対しても何一つグランベルに利益がない事を理解していたので、この話を好意的に受け取りトラキアへの武器や食糧支援をレンスター王国に知られない様に進めていった

 

トラキア王国の国王となったトラバントとしてはグランベル王国にも不満があったが民ありきの我が身(王家)と認識していたからこの提案を受け入れた

 

ただ、この動きは今までレンスター王国と協調路線を取っていたグランベルの方針と真逆であり、諸侯からの反発も予想された為宰相レプトールを始めとした一部の者達のみが知る秘事となる

 

 

 

年を経る事により、グランベル王国がトラキアに配慮している事をトラバントのみならずトラキア王国を動かす立場にある者達は徐々に理解していった

 

であれば、何故今回の様に『グランベルに敵対』する様な行動を取る事が議論されているのか?

 

 

 

 

 

 

大陸最大の国家であるグランベル王国には士官学校という騎士養成の為の学校が存在する

 

これは多数の有力な騎士団を国内に抱えるグランベル王国ならではの制度だ

だが、一方で他国からの生徒も数は少ないものの受け入れる体制も整えられていた

これは士官学校という『制度』を見せつける事によりグランベルに敵対するという選択肢を除こうという狙いもある

 

 

 

そこでシアルフィ公爵バイロンの息子、すなわちシアルフィ公子シグルドとアグストリア諸侯連合が一つノディオンの若き当主エルトシャン、そしてレンスター王国王子キュアンが国という垣根を越えて友誼を結んだ

 

それ自体は何も問題ない

寧ろ次世代の事を考えるならば推奨されて然るべきことだ

 

 

その縁もあってか

 

シグルドの妹であるシアルフィ公女エスリンとレンスター王子キュアンが結婚する事になった

 

 

 

この話を政敵でもあり、同じ公爵家当主であるドズル公爵ランゴバルドから聞いたレプトールは内心で頭を抱えたという

 

何せ国王アズムールの命により、現在トラキア王国との関係改善が水面下で行われている

トラキア王国を支援し、あわよくばレンスター王国をトラキアと協力して滅ぼす事も視野に入れている政策

つまりアズムールやレプトールは『トラキア半島を再びトラキア王国で統一』させるつもりなのだ

 

 

それなのに、グランベル王国の有力な公爵家の公女が他ならぬレンスター王家に嫁ぐとなると、どうなるか?

 

グランベル王国は我々トラキアとレンスターを争わせ、消耗させようとしているのでは?

という疑念が生まれてしまう

 

元々十数年かけて地道にしかも慎重に進めてきた『トラキア王国との宥和政策』

ようやくトラキア王国側もグランベル王国に対して不信感を捨て去ったというこのタイミングでのコレは宜しくない

 

 

何せ下手するとレンスター王国の正当性をグランベル王国が認めたと受け取られかねない

 

 

六公爵家といっても現在のソレは表立っては割れている

 

 

国王アズムールの息子クルト王子支持のシアルフィ当主バイロンとユングウィ当主リング

クルト王子に反発するドズルのランゴバルド

近衛として中立を守るヴェルトマーの若き当主アルヴィスにエッダの当主クロード

宰相である以上、どちらかに肩入れするべきではないと判断しているレプトール

 

だが、事情を知らぬ者。ましてや他国からすれば六公爵家はグランベルの意思の代弁者と見られてもおかしくない立場

 

 

今回の一件は

 

シアルフィ当主がレンスター王国を認めた

のではなく

グランベル王国がレンスター王国の立場を認めた

 

とされる可能性が高まった

 

 

 

 

 

本来ならば、公爵家公子や公女の婚姻について王家に相談があって然るべきなのだが、変なところで開明的なバイロンは『自由恋愛』(当人達の意思)を認めたと今更報告があった

 

 

 

 

この一件により、今までグランベルに対して態度を軟化させてきたトラキア王国側の態度は一転する

 

 

更にグランベルは大陸北東部の国家イザークへの遠征を計画している事がトラキア王国側に発覚した事により、トラキア側はグランベルとの対話を限定的なものとした

 

今までは様々なトラキア王国要人がグランベルの使者に応対していたが、専任の担当者を定めそれ以外との接触すら禁じる

 

イザーク遠征はグランベルによる大陸統一の野望の可能性あり

 

 

その様に一部のトラキアの者は受け止めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(レンスターの王子とシアルフィ公女の結婚。更にイザーク出兵か

これでは大陸統一と疑われたとして容易く否定出来ないだろうに)

 

言い合いの様相を見せている室内で部屋の隅に身を置いている男は現状唯一グランベル側との交渉を担当している人物だった

 

 

 

 

 

皆の懸念は理解した

俺は出るには出るが、戦闘には参加せぬ。案ずるな

 

しかし!

 

パピヨンに前線を任せる

落ちたとはいえ、依頼主はアグストリアの国王であるシャガールだ。俺が行かなければ面倒だろう?

 

それは、そうですが

 

 

室内では国王であり、歴戦の傭兵としての実績も持つトラバントが家臣達を宥めていた

 

 

何、シャガールからは武器の供出も打診されている

滅びゆく国家に興味などないが、それでもそれなりに扱ってやる方がよかろう?

 

…承知しました。無事のご帰還を

 

 

 

最後までトラバントを諌めようとした家臣も渋々ながらにアグストリアへの派兵を認めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

難儀、ですな。陛下

 

ふん、ウェルダンを己が手中に収め、今なおイザークに攻め寄せているグランベルだ

既に先の戦闘でアグストリアの南半分はグランベルの支配下となった以上シャガールとて引き下がれまい

 

 

家臣達が去った室内でトラバントと部屋の隅にいた男は話をしている

 

 

 

既に人心はシャガールより離れているとも聞きます

加えてノディオンの小僧がいるともなれば

 

自国を半分も占拠されておきながら、何とも間抜けな話だ

シグルドだったか?エルトシャンとやらの目も相当曇っていると見えるな

 

 

アグストリアが事実上南北に引き裂かれた事により、賢王として名高いイムカの跡を継いだシャガールの声望は落ちた

しかしながら、トラバント達からすれば救えない事に未だにエルトシャンに対する庶民の期待は高い

 

そのエルトシャンの妹が発した救援要請がアグストリアの混乱の原因であるというのに

更に本人は大人しくアグスティにて牢に繋がれていたそうで、解放された時にはアグストリアの半分がグランベルの

いや、親友であるシグルドの手により制圧されているのだからトラバントや男からすれば滑稽極まりない

 

しかも、再三シグルドを介してグランベルにアグストリアの領土回復を申し入れているらしいが何を期待しているのやら

 

 

シグルドはあくまでも『前線の指揮官』に過ぎず、しかも聖騎士として任命されたとしても国内における立場はあくまでも『シアルフィ公子』に過ぎない

 

一公子がどれだけグランベル王国という巨大な組織の中で影響力を持つというのか?

それは他ならぬエルトシャンがよく分かっているだろうに

 

 

更に男がグランベルの使者から聞いた話では、既にハイライン、アンフォニー、マッキリーそしてノディオンにおいてグランベルの文官が着任しており各地の統治体制の構築に取り掛かっているらしいではないか

 

この一点を見ただけでもグランベルがアグストリア南部を手放す気が無いのは明白

 

 

寧ろ、グランベル側はこうやって目に見える形にする事でシャガールらアグストリアの者達の反発そして武力蜂起を待っているだろう事は少しでも政治に携わっていれば分かりそうなもの

 

 

 

 

その最後の一押しになるわけだな?

 

恐らくは

 

 

 

その後、トラバントと男は今後の話について詳しく議論した

 

 

 

 

 

 

 




という訳で性懲りも無く敵側での二次創作

しかもFEでは割と賛否の分かれる聖戦
頑張るぞい


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 国の明日のために

内政フェイズ的な何か

ついでに現状説明回

この話には多量のアンチ・ヘイト的な表現が含まれます事を予めお伝えしておきます
とくにヘズルの末裔好きの方は読まない事を推奨します








よろしいですか?
それでもよろしければ、どうぞ


 国王トラバント直々にアグストリアへ向かったとはいえ、雛の様に口を開けて親鳥が帰るのを待つ。というのは余りにも非生産的であり、時間の浪費だ

 

出来る事は出来るだけ出来る限りする

 

 

それくらいしなくては、貧困に喘ぐトラキア王国を良く出来る筈もない。だが、だからと言って無謀な事や国王であるトラバントの裁可無く行えるモノと行えぬモノがあるのもまた事実

 

 

王不在なのは傭兵国家であるトラキアでは認めたくはないが、ままある事

その度に政務を止めるなどという愚行を犯せば無能の誹りは免れまい

 

トラキアにおける『無駄飯ぐらい』という扱いは男女、軍民問わず最大の侮辱

トラバント王の父である先王は言った

 

 

我らがトラキアには食糧もなく、金もない

明日に希望を持つことすら許されぬだろう

これは偏に我等王族やトラキア王国を動かす者達の力不足にあろう

我がトラキアの民達よ!我等王族や国を動かす者もより良き明日の為にひたすら足掻こう!皆も自身で出来ることを何でも良い!我等と共により良き明日へ向かって進んでいこうではないか!!

 

国を統べる王としては間違いであろう

自分達の力不足を他ならぬ貧困に苦しむ民の前で公言するなど、大凡国を統べる王族のあり様ではない

 

仮にグランベルやアグストリアの王族がこの様な発言をすればすぐさま諸侯が反発して内乱祭り待ったなしである

 

 

しかしそれは王族が庶民や諸侯に比べて『豊かな生活』をおくっているというある意味では羨望や嫉妬といったモノが根底にあるからではないだろうか?

 

俺たちより豪勢な生活をおくっておいて、仕事すらしないのか!

 

 

そう言った負の感情により反発を生み、最終的には反乱にいたるのではないか?

 

 

 

だが、トラキア王国においては国が貧しいのに我々(王族)だけが贅沢をするなど許される筈もないという気風があった

 

これは建国の功労者である竜騎士ダインが元々貧しい身分であり、トラキア王国の民が豊かになるまでは贅沢を戒めた事により始まったものである

まぁ、ダインの息子はそんな父親に反発して(レンスターにて政務を行う者からすれば)苛政を行なった結果、レンスターが出来てしまったのだが

そも経済的に豊かなレンスターは当然だが、税収入などにおいてトラキア王国全土でも最大だった

トラキア王国という枠組みで考えるのであれば、収入の多いレンスターにある程度(・・・・)の負担をしてもらうというのは別に不思議ではない

仮にトラキア王国の本領が豊かであったとしても、他所の貧しい地方の為に様々な措置を講じたであろう。同じトラキア王国内において多少の格差であれば是認出来たであろうが、トラキア地方では貧しさ故に死者が出るのに、レンスター地方では餓死など考えられないともなれば流石に許容出来なかった

ダインの代においては、レンスターへと代官として妹であり同じ十二聖戦士の一人ノヴァを派遣し、補佐役としてレンスターの者(・・・・・・・)を付けた

元より政治の素人であるダインとノヴァだけでは統治出来る筈もなく、そうであるならば現地の人間を頼るのが最も手早いと考えたとして何の不思議もない。だが、ダインとノヴァが思う以上にトラキア地方の人間とレンスター地方の人間の認識の差は大きく、二人はその立場を退くまで遂に両者の関係を改善する事は叶わなかった

それでもダインは妹であるノヴァを信頼し、ノヴァもまた兄であるダインを信じ臣下として支え続けた

 

だが、ノヴァに仕えているレンスター出身の者からするとこれは不愉快な事でしかなかっただろう

『何故自分達レンスターの富をトラキアの人間に分け与えねばならないのだ』貧しさ故にマトモな産業もなく、飛竜がいる程度しか見どころのないトラキア

そこに自分達の富が注ぎ込まれるなどというのは彼等からすればレンスターに住まう者達への裏切り行為と見えた事だろう

しかし、幾らそれをノヴァに陳情したところで『貧しさ』の辛さや苦しみを理解している彼女は彼等を説得する事はあっても、彼等の主張を認める事はなかった

ノヴァの跡を継いだ息子は元々レンスターの代官である母ノヴァしか知らず、良くも悪くも『貧しさ』については知識の上でしか理解していなかった

結果、ノヴァを動かす事の出来なかったレンスターの者達は自分達と似た価値観を持つノヴァの息子を動かす事が出来た。出来てしまったのだ

 

父であり、先王であるダインと同じく『トラキア王国全土』の生活水準を上げる事を第一としていたダインの息子は当然だが、父ダインの政策を踏襲した

だが、レンスターという豊かな地から離れた事のないノヴァの息子からすれば現国王は理由をつけてレンスターから富を収奪する暴君と見えてしまい、結果として豊かなレンスター地方を丸ごとトラキア王国から独立させたしまったのだ

この事実は事のほか大きく民に寄り添わぬ権力者は国を割るという教訓(勿論事実は異なるが)としてその後の王族や王国を動かす立場の者達に伝えられる結果につながるのは皮肉としか言えないだろう

 

 

トラバントの父であり先王もその教訓に倣い『兵や民と同じ物を食べ、傭兵として生きる』事を是とした。これは息子であるトラバントやトラバントに従う者達にもしっかりと受け継がれており、トラキアにおいて『民を見ない』という事は『他人の上に立つ者に非ず』との評価が下される事になっている

 

それは庶民の視点からも良く分かる事であり、トラキア王国を動かしている役人達も竜騎士達の護衛の元とはいえ、常に農業や産業に適した地を求めて王国内の山岳地帯を見回っている

なお、トラキア王国における役人達もトラキア王国成人男性皆兵の例えにある通り、最下級のドラゴンライダーでこそあるが戦う能力を有している

近年ではトラキア王国内における騎竜の数がこのままいくと不足するのではないか?との意見が出るほどに竜騎士は多くなっている

 

とはいえである

成人男性全てがトラキア王国軍に属しているわけではなく、普通に日常生活を送っている者たちも少なからずおり、農業専従者もいたりする

彼等は動員令がかかるなり、トラキア王国各地において定められた拠点に集結する

つまり、ミーズ、カパトギア、ルテキア、グルティアそして本城でもあるトラキアの何れかとなる

 

そのそれぞれの拠点を守護する将軍の指揮下に入り戦うのだ

 

 

とはいえ、各拠点を守護するのは将軍であり、彼等には直属の兵が幾らか存在するが、竜騎士を統括するのはトラキア本城となっている

 

現在の体制において、トラキア本城に次ぐ戦力を有しているのはカパトギアのハンニバル将軍。彼は国境にあるミーズ、ルテキア両城の中間地点に存在するカパトギアにあって、有事の際には即応軍として敵の撃退ないしはトラキア本城よりの援軍到着までの時間を稼ぐ役割を担っている

その為、トラキア王国においては『第二の軍』と呼ばれる軍団規模とトラキア王国においては稀少ともいえる陸上部隊を有する事を許されていた

度重なるレンスター王国との戦闘においても、一度として彼等のトラキア王国内への侵攻を許さなかった実績より『トラキアの盾』と称される人物でもあり、トラキア王国の役人達や竜騎士達からの人望も厚い

 

トラキア王国の悲願でもあるトラキア半島統一

しかし、その為にはレンスター王国は勿論だが、緩衝地帯であるマンスターを攻め落とさねばならない

だが、マンスターは東西に山脈に囲まれ、南にはトラキア領ミーズ。北にはレンスター領コノートがあり、コノートからミーズに至る山脈に囲まれたマンスター経由ルートを『マンスター回廊』と呼ぶ者もいる

 

トラキア王国軍は竜騎士を主力とする為に地形に左右されない自由な部隊展開や部隊機動が強みである

故に攻め手として、特に野戦におけるトラキア王国軍の強さは大陸でも有数だろう

 

その一方で、兵科が竜騎士にほぼ集中している為、地上部隊は先に挙げたカパトギアのハンニバル将軍麾下の部隊以外、殆ど存在しない

まあ、主要産業が傭兵業である事や大陸全土に顧客がいる事も考えれば迅速に対応出来る竜騎士が多くなるのもある意味では仕方ないだろう

加えて建国者が竜騎士ダインである事も決して無関係とも言えぬ

 

しかし、竜騎士とはいえ重装備で身を固めた鎧騎士(アーマーナイト)に比べたら防御力は劣るし、弓という致命的な弱点もあり、魔法に対する騎竜の耐性はないに等しい

何が言いたいかと言うと、竜騎士は拠点防御において適任とは言えない。という事

 

マンスターを制圧するのは実のところ、そこまで難しくない

それはマンスターがレンスター王国から半ば独立しているからである

 

 

レンスター地方と呼称しているが、正式な呼称はマンスター地方であり、その一点においてマンスターはレンスターの風下に立つ事を嫌っている

トラキア半島の盟主であるトラキア王国にならば仕えられても、レンスターという新興国(マンスターにとっては)に仕えるというのはマンスターからすれば抵抗すべき事象だった

 

その為、レンスター王国にもトラキア王国にも属さない立場をマンスターは欲しており、レンスターがトラキア領ミーズに攻め入る際にもマンスターへの軍の駐留は認めこそすれど、食糧や武器などの供出については一切認めていない

 

だが、これは言い換えれば『レンスター、トラキアどちらから攻められても味方はいない』ともいえる

 

 

だが、現在のマンスターを統べる人物は凡庸ではなく、『マンスターがレンスター、トラキアどちらかの手に落ちれば全面的な戦争に入る』事を理解しており、その事自体がマンスターを護る盾になる事も理解していた

 

 

レンスターからマンスターに部隊を派遣するとなると、かなりの距離があり、しかもコノートからマンスターに至る経路には小さいながらも森林地域があり、レンスター主兵科である槍騎士(ランスナイト)の速やかな行軍を阻む

 

トラキアからマンスターまで迂回すれば(・・・・・)距離は遠いが、トラキアの主兵科は竜騎士であり、地形を無視できる

 

無論、レンスターとて近場のコノートから軍を派遣すればマンスター付近に軍を展開する事も出来るが、それでトラキア王国軍を止めることが出来ると思う程無能でもお気楽でもない

 

 

仮にマンスターがレンスターの手に落ちれば、ミーズに対するレンスターの圧力が強まる事を意味し、現在マンスターと小規模ながらに行われている商取引が停止する事を意味するだろう

前者はともかくとして、後者はトラキア王国にとって認められない

 

逆にトラキアがマンスターを制圧すると、先ず軍事的な意味においてレンスターは苦境に陥る

トラキア王国軍にとって山脈など意味をなさないとなれば、北のコノートは元より、山脈を越えて西にあるアルスターもトラキア王国軍の脅威に晒される

そして、アルスターはレンスター王国本拠地レンスターの南にある拠点であり、アルスターが危険に晒されるという事はレンスターすら危うい事と同義なのだ

 

更にマンスターはレンスターやアルスターほどではないにせよ、食糧生産力がある

食糧自給率底辺のトラキア王国にとってはこの地を得る事はトラキア王国軍の活性化を意味する

 

そうレンスター王国の者達は懸念していた

もっとも、当のトラキア王国としてマンスター攻略は現時点では(・・・・・)考えてなかった

 

 

もしもマンスターを陥落させたなら、そのままの勢いでレンスター王国を滅ぼそうと主張する者が現れる可能性が非常に高い。そうなると国内の意見の再統一に多大な労力と時間を費やす事が予想されていたのだからマンスター攻略を主張する理由もなかった

 

更に現在のマンスター統治者はトラキアとの交易を黙認すると共に、商人達が利益を求めすぎない様に注視している

その一方で、レンスター方面からの商人については割と情け容赦ない利益を上げる事を黙認、いや寧ろ推奨していた

何せレンスターの商人達はマンスターのみならず、北のイザークやダーナに西の大国グランベルと交易を積極的に行なっており、そこで莫大な利益を上げているのだから

 

勿論、レンスターの商人達はそんなやり方をするマンスターに不満を持っていたが、先に挙げた理由からマンスターに反レンスター感情を持たせるのは最悪トラキア側にマンスターがつく可能性がある事からもレンスター王国政府から注意されている為大きな問題となっていない

 

 

国力に反してマンスターはトラキア半島において大きな影響力を持っていると言えるだろう

 

 

 

さて、トラバント不在においてトラキア王国の役人達は話し合いの場を設けて今後の事について議論する事となる

 

 

第一に

アグストリアにてグランベルに属するシグルド公子の軍勢と敵対する以上、今後のグランベルとの関係について。であった

 

 

槍を交える以上、敵対関係となるのは致し方ないのでは?

 

グランベルとの戦ともなると被害が洒落になるまいが、仕方あるまい

 

 

グランベルとの開戦やむなしとの空気になっている中

 

 

いや、どうにもそうではない様だ

 

グランベルとの交渉窓口を務める男が発言する

 

 

どういう事だ、それは

 

室内の者が彼に視線を向ける

それもそうだろう。グランベルに属しているしかもシアルフィというグランベル建国来の公爵家の公子が今回敵対したシグルドなのだ。普通ならば問答無用でグランベルとの全面戦争となったとしてもおかしくはない

仮に傭兵として敵対したとしても、だ

 

 

どうやらシグルド、いやシアルフィ公爵家自体の立場が宜しくない様ですな

 

公子ではなく、シアルフィ公爵家そのものが!?

 

クェム殿、貴殿の発言を疑いたくはないがそれは真かね?

 

交渉窓口を務める男、クェムの発言を疑問を持つ者が問いただす

 

 

どうやらグランベルでも大事が起きた様に見受けます

その当事者が

 

シアルフィ公爵、という訳か

 

 

室内の者達は声にもならないため息をもらす

 

 

しかし、シアルフィ公爵が変事に巻き込まれたとなればイザーク遠征軍の事だろう?

聞けば現国王アズムールの子息クルト王子も居たのではなかったのか?

 

の様ですな

付け加えるならば、ユングウィ公爵もいると聞き及びますが

 

無関係とは思い難いな

ともすればバーハラ王家にグランベルを代表する公爵家の二つを巻き込む、か

 

クェムの発言を受けて室内の者が頭をひねる

 

 

 

 

 

 

 

一つ提案があります

大陸全土にいる熟練の鍛治師を我がトラキアに招聘しては如何でしょうか?

 

鍛治師、とな?

 

確かに我がトラキアの鍛治師は少ないが

 

クェムの発言を受けて室内の者は口々に疑問を出す

 

現在グランベルによる争乱はウェルダンを滅ぼし、恐らく早晩アグストリアも滅びましょう。更にイザーク遠征が一時的に中断したとしても

 

…グランベルの名誉の為に何が何でもイザークを滅ぼす、か

 

間違いなく

 

となれば、グランベルはウェルダン、アグストリアにイザークをも飲み込むとなるか

 

待て待て、そうなればシアルフィ公爵家の立場が悪いとなれば

 

…動くやも知れませぬな

 

現国王は慎重な男だが、生憎息子であるキュアンは他国の紛争に介入する辺りそこまでではなかろうな

 

更に矢面に立つのはシアルフィ公爵バイロンまたは公子シグルド

 

娘であり妹でもあるエスリン殿としては助けたいでしょうな

 

皆思い思いに発言する

 

 

となればレンスターも巻き込まれるのは避けられぬ。そう言いたい訳だな、クェム殿?

 

そうですな

それに噂ではありますが、シグルドの軍に緑色の髪をした風使い(・・・・・・・・・・)がいたとも聞き及びます

 

……それが事実ならば、文字通り大陸全土が争乱、いや最早戦乱に叩き込まれような

 

我等の知る限りシグルド軍がアグストリアから逃れる術はありません

しかし、クェム殿のいう事が正しいとなるとかの中立を守り続けてきた女王とて動くやもしれませぬな

 

となればクェム殿が主張するのは

 

 

ええ、失伝する恐れのある技術の確保ですな

 

 

 

 

この大陸における鍛治師の社会的地位は取り分け高い訳ではないが、かと言って粗忽な扱いをされる事はまず無い立場だ

 

何せ彼等は高度な技術を有する技術者集団であり、剣を始めとして槍、弓に斧はおろか魔道書まで修復出来るのだから

 

同じ剣だとしても、鉄と鋼、銀では当然取り扱い方は変わるし、剣の場合ならば更に大剣といった亜種もある

加えて数こそ少ないものの、『魔法剣』と呼ばれる魔力を内包した特殊な製法で作られた剣などもあり、更に連撃性能を魔法にて付与した『勇者の剣』が存在する

 

当然だが、これら全て製法が変わり、修復方法も異なる

剣一つとってもコレであり、これが槍、弓、斧と更に三種類の武器がある

 

マトモに考えるならばこれらが修復出来るだけで尋常ならざる腕前である事は理解できよう

更に熟練の鍛治師ともなると、これに加えて魔法書の修復まで手掛けられるというからそのレベルたるや想像を絶する

 

魔法書はそれこそ剣などとは全く違った技術体系から生まれたものであり、炎系で言えば

 

ファイアー(最下級魔法)

エルファイアー(中級魔法)

ボルガノン(上級魔法)

となる

 

更に禁呪とも言われる

メティオ(遠距離広範囲魔法)

 

別名、神炎とも呼ばれている

ファラフレイム(魔法戦士ファラ直系専用魔法)

が存在する

 

 

上の各級魔法を修復出来るだけでも大陸全土を見渡してどれだけ居ようか?

 

メティオなど各系統魔法の禁呪はその危険性より製法は秘匿されており、修復はなされない事も各国の法により定められている

 

 

が何よりも恐ろしいのは十二聖戦士の使った伝説の武器とも言えるものすら『修復出来る鍛治師』が存在する事だ

 

これらの武器は正しく神代の武器と言っても過言ではない

無論数は本当に少数であるが、確かにその様な者達が存在するのである

彼等は王国や公爵家などによる手厚い保護がなされており、一般的な鍛治師と比べると破格の待遇を受けている

 

 

 

その様な者が我がトラキアの招きに応じると思うのか?

 

説得の仕方によりましょう

確かに現時点では地盤の安定しているグランベルやレンスター、シレジアは不可能でしょう。しかし、王家が実質断絶しているイザークや居所を失うであろうノディオンならば可能性はあるかと

 

ふぅむ

 

 

イザーク王国はグランベルによる侵攻を受ける前、当時のイザーク国王が問題を起こしたリボーの族長の首を刎ね、それを持ってグランベルへと釈明と謝罪に訪れたという

だが、国王はイザークに戻る事なくグランベルはイザークへと侵攻した

 

これにより、急遽跡を継いだ王子は『神剣バルムンク』を手にイザークの戦士達と共に頑迷に抵抗

結果、グランベルの侵攻を押し留める事に成功する

 

しかしその代償は大きかった

バルムンクを手に戦士達を鼓舞していた王子が命を落とし、更にイザークの至宝とも言えるバルムンクの行方が分からなくなったのだ

 

グランベルは一度兵を退いたものの、再度の侵攻は疑いようもなく王子なき後のイザークは指揮系統の再構築にかかろうとするも混乱が続いているそうだ

友好関係にあるシレジアやレンスターへ派兵要請を何度も送ったそうだが色良い返事はなく、勝ち目の無い戦いへと身を投じる戦士達の士気は王子が率いていた頃のものほどはないらしい

 

直すべきバルムンクが散逸したとなれば、バルムンクを直す技量を持つ鍛治師の立場は失われよう

それどころか、グランベルからすればバルムンクの修復技術を持つ人物は優先的に始末(・・)すべきだと判断して何もおかしくはない

 

グランベルがバルムンクを確保しているなら話は変わるだろうが、グランベルがそれを知らなければ鍛治師はバルムンクの戦闘能力を保持する為の者であると思うだろう

となれば、いっその事殺すという判断をする筈だ

 

となれば、その鍛治師も自身の命と伝えられてきた技術を遺す為にも生き延びねばならないと考える筈

 

 

幸いというのには些か以上に抵抗があるが、此処トラキアの鍛治師の平均的レベルは大陸国家の中でも低く、唯一トラキア本城にいる鍛治師が『天槍グングニル』の修復方法を会得している規格外なだけ

他の獲物も修復出来るが、短時間で修復出来るものでもないのでどうしても鍛治師は数がいるのだが

 

そんなトラキアにバルムンクを修復出来る鍛治師が居るなどと想像出来るだろうか?

ついでにイザークとトラキアの間に因縁はないが、間にあるレンスターのせいでイザークとトラキアの関係はお世辞にも良いと言えないのも他の者達の目を誤魔化す布石となるだろう

 

 

ノディオンの場合はアグストリアが滅んだ場合、当時の国王シャガールに不満が集まるだろう

しかし、時が経つにつれて詳細が庶民に伝わったとして果たしてアグストリア崩壊の責がシャガールのみになるだろうか?

 

シグルド達がアグストリアへの介入を決めたのは親友であるエルトシャンのノディオンがハイラインにより攻められ、エルトシャンの妹であるラケシスからの救援要請があった為

確かにハイラインがノディオンを攻めたのは問題だが、それもシグルド達がウェルダンに連れ去られたユングウィ公女エーディンを取り戻す為にウェルダン国内へと侵攻した事によるもの

 

隣国のアグストリア諸侯としてウェルダンに侵攻するシグルド達の行動に危機感を覚えたとしても不思議では決して無い

それに対してエルトシャンはノディオンのクロスナイツを率い、当時のシグルド達の本拠エバンスに向かうハイラインに攻撃する事でエバンス攻撃を阻止した

 

ハイライン軍を指揮していたエリオットの父親であるハイライン侯爵ボルドーからすれば、まさか同じアグストリアの諸侯の一つでありアグストリア建国の功労者の末裔であるエルトシャンから攻撃されるとは思わなかっただろう

結果、ハイライン軍はクロスナイツにより敗退し、ハイラインによるエバンス攻撃は頓挫する

 

それ以前にボルドーの息子エリオットがエルトシャンの妹ラケシスと婚約したいというボルドーからの申し入れがあったのだが、ラケシスの猛反発を受けて流れていたりもした

 

 

つまり、ノディオンはハイラインから相当恨まれていたのは疑いようのない事実であり、エルトシャン不在の際のハイライン軍による侵攻となったとも言えなくはないだろうか?

加えて、エバンスを巡る争いにおいてノディオンはシグルド、つまりグランベルの側に立って動いたようなもの

結果としてウェルダンを制圧したグランベルを助けた形となったエルトシャンに対して不信感を強めるのも分からなくはない

 

本来ならば、ラケシスが使者を出すべきはグランベル領エバンスではなく、ノディオンの北にあったマッキリーのクレメンスである筈

クレメンスはハイライン軍を撃退し、ノディオンを守った形となったシグルド達に手を出す事なく静観していた

 

つまり、クレメンスはハイラインの非を認めていたという事にはならないだろうか?

結局はハイラインの北部にあるアンフォニーまで制圧したシグルド達の行動を見て、グランベルによるアグストリア侵攻と判断した結果シグルド達の前に立ち塞がったが

 

 

ハイラインのボルドーやエリオットに非がなかったとは言わないし、シャガールのせいでアグストリアが滅んだのも否定できない

だが、果たしてエルトシャンやラケシスに全く非がないとは言い切れないと思われる

 

さて、ともあれアグストリア崩壊はシグルド達によるノディオン救援がきっかけとなったのは間違いなく、他のアグストリア各地に住むものからすれば果たしてエルトシャン達のした事を好意的に見るだろうか?

 

 

なお、トラキアにいる彼等は知らないがシルベールに移ったエルトシャンとクロスナイツ

マディノから逃れてきたシャガールの命を受けエルトシャンはクロスナイツを率い出撃する。だが出撃したにも関わらず妹であるラケシスの説得を受けて単身シルベールに帰還し、シャガールを説得しようと試みたが

その後、シャガールの命令により処刑されることとなる

 

因みにノディオンがグランベル領になる際、エルトシャンの妻であるグラーニェはシルベールに移り住んだが、夫であるエルトシャンと不仲になり息子である幼いアレスを連れ実家のあるレンスターへと帰国している

彼女は最後まで夫エルトシャンを追い詰めたシグルドとエルトシャンの妹であるラケシスを恨み続けたそうだ

 

 

そんな事までは知らずとも、ノディオンにてミストルティンの修復にあたっていた職人も複雑な思いとなるのは間違いないだろう

何せ同じアグストリアの騎士達、しかも反逆していたわけでも無い騎士達を討つ為に自身が修復したミストルティンが使われたのだから

 

そして国が滅んだとなって、その人物は心穏やかに旧アグストリアで生活を送れるだろうか?

イザークより可能性は低いだろうが、やってみるべきだとクェムは主張する

 

 

 

その後一時間程の話し合いを終えて、一同は大陸全土から鍛治師をトラキアへと招聘する事と決める

 

 




 よくよく考えると聖戦の鍛治師ってチートじゃねぇの?
と思った頃の下書きを発見したので、それをそれっぽくしてみました

なお、基本原作主人公側には辛辣です
というか、FEシリーズにおける貧富の格差が大きすぎるような気がする
まあ、仕方ないと言えばそうなんでしょうけども


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 明日を目指して

成し遂げたい事がある
叶えたい夢がある
守りたいモノがある

誰しも己が正義や信念を持って動いている
強き者、弱き者
光を浴びる者、闇に潜む者

誰もが未来を望んでいる


しかし、それを叶えられるのはほんの一握りの者だけ





今回も前回同様アンチ・ヘイト的な表現があります
更にいつもの様に独自設定や独自解釈が連携して暴れ回ります

それでも宜しければ、どうぞ


陛下、申し訳ございません

 

謝るなパピヨン。確かに犠牲は出た

しかし酷な言い方ではあるが、負けたとはいえ兵員の半数以上を国に連れ帰れるのだぞ。貴様に落ち度はない

 

アグストリアでシグルド達との戦闘を早々に切り上げたトラバントは部隊をまとめトラキアへ帰国している最中、前線指揮官であるパピヨンからの謝罪を受けていた

 

パピヨン。何度も言うが此度の戦闘の被害はレンスターの小僧の持つアレのせいであった

まさかアレを持ち出してくるとは流石に俺も予想出来なかった。クェムを始めとした連中もそうだろう

貴様は限られた範囲の中で恐らく最善の手を選び取った。そうでなくば貴様も含めた全員がアグストリアの栄養になっていただろう

 

…はい

 

(困ったものだ。確かに被害が大きいのは事実。よりにもよって部隊で1番若い者が亡くなったともなれば、パピヨンが気にするのも無理なかろうが)

明らかに士気の下がった部下を見てトラバントも内心顔を顰める

 

今回の依頼にて亡くなったのは2人

まだ駆け出しともいえる10代の若者だった

 

彼等は怨敵であるレンスターの王子キュアンに挑みかかり、そして敗れ死んだ

 

 

(まさかゲイボルグを持ってくるなど想定外だった。いや、想定が甘かったといえばそうなのだろうが、な)

 

トラキア王国に伝わり、トラバントが先王である父より受け継いだ『天槍グングニル』。その対となるともいえるのがレンスター王家の『地槍ゲイボルグ』

だが、ゲイボルグは別の呼ばれ方もする

 

悲劇の槍ゲイボルグ

 

 

レンスター王国を建国したノヴァの息子

だが、彼に着いてくるものばかりではなかった。トラキア本国より彼に付けられた家臣団やノヴァの娘、すなわち彼の妹がそうであった

 

レンスターの代官である彼は任地であるレンスターから離れる訳にはいかず、それ故に彼が信頼出来、トラキア本国に取り込まれる心配のない身内である彼女をトラキア本国に幾度も派遣した

兄ですらレンスターの生活しか知らない以上、彼よりも年下の彼女も同じであった

『貧しさ』を知らなかったのだ

 

だが、トラキア本国に赴けば嫌でも『貧しさ』というトラキア本国の現実に直面する事となる

彼女は槍騎士であったが故にトラキア王国の主要な拠点全てを見て回る事になった

 

ミーズ、カパトギア、ルテキア、グルティア、そしてトラキア

どこの拠点に行っても、レンスターにいた時程の食事は出てこなかった。それどころか、拠点を統べる将軍ですら庶民と同じレベルの食事をしていたのだ

それは本国であるトラキアにおいても同じであり、建国王ダインの息子である現国王ですら例外ではなかった

 

彼女は流石に異様な事だと思い、トラキア本国にて政務を担当する者を捕まえて問いただした

 

 

レンスターではそうやも知れませぬが、トラキア本土ではそうではありませぬ故

 

 

彼女は衝撃を受ける

今まではレンスターが不当に搾取されてきたとばかり思っていたが、そうではなかったのだ

 

レンスターではこの時期でも食事を欠かす事なく出来、しかも彼女くらいの立場となると食事以外の軽食も楽しむ事が出来る

それがレンスターでは当たり前(・・・・)だった

 

しかし、トラキア本国では日々の食事すら困窮していると彼女は初めて知ったのだからその驚きは尋常なものではなかっただろう

 

 

 

レンスターに戻った彼女は兄に報告しようとするが、仮にも代官である彼は多忙であるとの事で兄の側で仕えている者に報告を任せる事とした。勿論彼女としては直接報告したかったのだが

 

 

その後何度もトラキア本国に彼女は赴く事になる

しかし、実は国王が呼んでいたのは代官その人(・・・・・)であり、代理人に過ぎない彼女を呼んでいる訳ではなかったりする

 

が、それを口に出せばレンスターとの関係に罅が入ると考えている国王やその周りの者達は口を閉ざしていた

 

 

 

実はレンスターで代官に仕えている者達は元々レンスターの地でそれなりの立場を持つ者ばかり

その為、レンスターの利益のみ(・・)を重視しており、トラキア王国レンスターという帰属意識は持ち合わせていない者達

 

それ故にトラキア本国に気を遣っていた先代代官であるノヴァに対して良い感情を持っておらず、彼等が願うのはレンスターの更なる発展(レンスター独立)であった

 

その為に現在の代官には出来る限り『レンスターにとって都合の良い現実』だけを認識してもらう必要があり、それを崩しかねない妹の存在は邪魔でしかなかった訳である

 

加えてトラキア本国に向かうという事は短くてもひと月、長ければ半年くらい彼女がレンスターをあける事でもあり、レンスター独立派の影響力を強めたい彼等からすれば彼女をトラキア本国への使者とする事は非常に都合が良かったともいえた

当然代官の側にある人物も彼等の同士であり、彼もまたトラキアの非道とレンスターが受ける被害を殊更強目に代官へと報告する

 

代官である彼からすれば、信頼出来る臣下でありトラキア本国にも詳しいであろう妹と話をしたかったが『トラキア本国に出す報告をまとめるのに忙しい』と言われてしまうと如何に代官である彼とて、無理強いは出来なかった

 

こうして代官とその妹を分断する事に成功した彼等はいよいよレンスター独立に動き出す

 

トラキア王国の国王による苛政を主張し『レンスターに住まう者達を守る』との大義名分を掲げる事で独立の兵を挙げたのだ

正確には近日中に反乱の兵を挙げるとそれとなくトラキア本国から派遣された者達に囁いたのだが

 

 

派遣された者達は当然、反乱の芽を未然に潰そうとする

だが、事情を知らない代官からすれば『何の責もない者達に圧力をかけている』様に見えた

 

結果、代官は派遣された者達の行為を咎め彼の真意はどうあれ『反乱分子に加担する』行動をとってしまった

その一連の流れを

 

トラキア本国によるレンスターへの圧政として独立派はレンスター各地や周辺のアルスター、コノートにも喧伝

各地で反トラキアの動きが活発となる

 

結果、代官はレンスターの民を守るべくトラキア王国からの独立を表明する事となってしまう

 

 

当然、妹はこれに反対したがようやく自分の声が兄に届いていなかった事を理解した彼女はやむなく兄である代官に対し反逆する事を決意。トラキア王国から派遣された者達をまとめ上げ、アルスター東部の森林地帯にある砦に立てこもりトラキア本土からの援軍を待つ事とした

 

最早退けない所にきた事を自覚した元代官は妹であろうとも容赦する訳にはいかないとして討伐軍を差し向けた

幸いというべきかレンスター地方とトラキア地方は同じ国でありながらも、双方のやり取りは少なく反乱が早期に露見する可能性は低い

 

だが、反旗を翻した者達がトラキアに使者を出すのであれば話は別

そこでコノートに急使を出し反乱を起こした者達をマンスター方面に逃さぬ様指示を送ると共に討伐軍を編成、即座に叩こうとした

 

当初は彼自身が率いるつもりだったが、周りの者から止められた為に軍を派遣するに留まった

 

 

これは肉親である相手方の指揮官を討たせる事に同情したからでなく、戦場で(まみ)えた時、万が一にも真実が露見するのを恐れた代官の周囲の者達の考え

 

大した数でもないから王(独立によりレンスター王国を宣言した為)が動くまでもない

そう王の周囲の者達は軽く考えていた

 

しかし代官である兄を支えようとあらゆる努力を惜しまなかった彼女とトラキアを良くしようと命懸けで取り組む漢達の覚悟を彼等は甘く見ていた

 

 

 

全滅

 

それが大した事はないと思い上がっていた彼等に突きつけられた現実だった

 

 

 

元よりレンスター王国に集った者達の大半は『その方が利益になるから』味方しただけに過ぎず、結束としてはあまりにも脆いもの

 

そんな状況で大事な初戦を落としてしまったのだから、レンスターについたアルスターとコノートの動揺は酷いものとなる

 

 

トラキア王国の本軍でない連中に負けるならば、トラキア王国軍に勝てないのではないか?

 

そういった疑念が彼等の中に燻り始める事となる

更にレンスターにつく事なく静観を決め込んでいたマンスターは密かにコノート領主へと接触、レンスター側が言うところの反乱軍使者をトラキア王国に向かう事を見逃す様に囁いた

レンスターが圧倒的に有利ならば一蹴する話であったが、事実として討伐軍は完敗といって良い負け方をしている

 

となれば、コノート領主として最悪トラキア王国に帰参する事も考慮せねばならないと考えを改め、マンスターの意見を是とした

勿論、レンスターにバレる様な迂闊な真似をする事なく、である

 

 

 

レンスターでは全滅との報を受けた王の側近達は動揺していた

当然であろう。独立が発覚すれば間違いなくトラキア王国軍が此処レンスターに攻め寄せてくる

にも関わらず、前哨戦と考えていたはずの戦闘において惨敗という表現すら甘い負け方をしたとなればそうもなろう

 

王は再度の討伐軍編成を命じ、次は自身も出る事を静かに言い渡した

 

 

元より王は妹の実力やトラキア王国から派遣された者達の覚悟を安く見ておらず、そうであるからこそ自分が出る事を主張したのだ

一応、側近達の面子を立てて討伐軍に任せてみたが、やはりと言うべきか負けた

 

となれば、最早自分が戦場に出て槍を振るうほかに収める術はないと確信していた訳である

王の発言に側近達も抗う事は出来ない

 

これ以上の敗北はレンスターの滅亡に直結すると理解していたのだから

 

 

 

レンスター王は討伐軍を編成すると即座に出撃

反乱軍を討つべくアルスター東部にある反乱軍の拠点となっている砦へと攻め寄せた

 

一度は首尾よく撃退出来たとはいえ、二度目はないと考えていた反乱軍のトップとなってしまったレンスター王の妹はトラキア本国に逃れられる竜騎士達に帰国を促した

 

これは私達兄妹の不始末

あなた方を巻き込み死なせる訳にはいきません

 

そう主張するも

 

そう言われましてもな

我等とて先代の陛下や国王陛下からの役目を果たせなかった不忠者です。かくなる上はせめてレンスターの者どもを一人でも減らすまでですじゃ

 

と王国から派遣されてきた者達の顔役ともいえる初老の男性は薄く笑った

 

なおも説得しようとしたが、その眼に宿る光を見た彼女は言葉を飲み込み

 

 

…ならば私と共に死んでくれますか?

 

とだけ問うた

 

全ては我等トラキアに住まう者の為に!!

 

そう彼等は声を揃えて応えたという

 

 

 

その後の事はさして語るべき事もない

レンスター国王自ら兵を鼓舞し、反乱軍の中に斬り込み、ゲイボルグを振るい反乱軍の者達を倒していった

 

そして最後まで抵抗していた自らの妹もその槍により討った

 

 

それだけである

 

 

 

だが、その後も何の因果か身内同士の争いに度々ゲイボルグは持ち出され、その度に肉親の血を吸う事となり、その結果悲劇の槍ゲイボルグと呼ばれる事になる

 

 

なお、その中にはトラキア王家の人間も含まれている。トラキア王家とて元を辿ればダインの血筋であり、レンスターの建国王の母親がダインの妹ノヴァである為に遠いとはいえ血縁関係にあるとも言える

 

 

その為、歴代のレンスター国王(と言ってもレンスターが成立してからまだ200年も経ってないのだが)はゲイボルグの取り扱いにかなり神経質になっていた

何というか『敵に災いを与える対価』として『味方にも犠牲を強いる』呪われた装備にも見えなくもないが

 

 

そのゲイボルグをキュアンがトラキア軍相手に使ってくるのはトラバントとしても理解できなくもない

しかし、レンスター軍(・・・・・・)として自分達と戦うならいざ知らず、まさかグランベル軍(その時点では)の1人の客将として振るってくるとは流石のトラバントでも予想できなかった(シグルドの個人的な誼で参陣したキュアン達レンスター勢はあくまでもシアルフィ公子シグルド率いる軍の客分という扱いに公式にはなっている為)

 

(それにしても、ウェルダンがグランベルに侵攻してから参軍しておきながら今の今までゲイボルグの存在は確認していなかったとクェムは言っていた。グランベルとしても関係が悪化しつつある我等トラキアにわざわざ偽りを言う理由もなかろう)

 

トラバントは帰国の途に着きながら思考する

 

(となれば今まで使っていたとも思えぬ。ふむ、なるほど。そうなればキュアンの奴がゲイボルグを持っていた訳ではなかった訳か。となればあやつの妻であるエスリンがゲイボルグを持っていた、そういう事になるな

我等トラキアの相手は恐らく奴等からすれば予定外だった筈だ。…そうか、エルトシャンのクロスナイツとやらの相手だからこそ、夫であるキュアンめを案じ渡した訳か)

 

トラバントの推測は当たっていた

アグストリアどころか大陸全土でも屈指の実力を持つとされるノディオン所属騎士団クロスナイツ

その実力はクロスナイツを構成する騎士一人一人の実力と騎士として、また指揮官としても高い実力を持つエルトシャンが双方揃ってこそのもの

騎士としたのエルトシャンの実力は兄であるシグルドと夫であるキュアンより何度も聞いていたエスリン。彼女は夫キュアンと兄シグルド達を守ろうと義父であるレンスター国王より預かっていたゲイボルグを夫に託す決断をしたのである

 

クロスナイツとの連戦となったトラキア傭兵騎士団との戦いにおいてもゲイボルグをキュアンは躊躇いなく振るった訳であった

 

 

 

ゲイボルグにより命を落とした若者二人は怨敵レンスターの王子であるキュアンの姿を見るなり、周りの者達の制止を聞く事なく挑みかかった

 

彼等の兄や父は一昨年のレンスターとトラキアの紛争により命を落としており、その時のレンスター軍の指揮官がキュアンだったのだ

故に彼等二人はトラバントに直接懇願した

 

 

()の敵討ちをさせて下さい!!

 

トラバントは私怨で戦場に出る事は無意味に命を危険に晒す事であると理解していたが、それで成長する者もいるのは事実

その為、悩んだがトラバントは今回の部隊編成に加えた形となった

 

が、やはりと言うべきか長年戦場で培ったトラバントの感覚が示していた通り若者二人は還らぬ身となってしまう

 

トラバントは元より、前線の指揮を任されていたパピヨンや彼に従い戦っていた竜騎士達全員がトラキアの次世代を担うべき若者達の死を悼んだ

 

 

しかし、非情であろうとも彼等は祖国トラキアの為にもまだ死ぬ訳にはいかないと思い定めている

散っていった仲間の為にも自分達は生きて豊かなトラキアを作る礎にならなければならない

 

それがトラキア王国にて傭兵稼業をしている者達全てに共通する想いであるのだから

 

 

 

 

 

トラキア傭兵騎士団を苦戦の末退けたシグルド達は親友エルトシャンを死に追いやったアグストリアの国王シャガールを討ち果たした。更にこの混乱に乗じてアグストリアの臨時首都となっていたマディノの北部から侵攻してきたオーガヒルの海賊達をアグストリア北部の離島にあるブラギの塔に神託を受けに行ったエッダ公爵クロードと彼に着いてきたフリージ公女ティルテュ。更にオーガヒルの海賊達を纏めていた女海賊ブリギットの協力を受けて撃退。海賊達の根城であるオーガヒルの城を制圧する事に成功

 

この動乱の最中、シグルドの結婚相手でありシグルドの息子でもあるセリスを産んだ彼の妻ディアドラが謎の失踪をする

 

喪うものの多かったアグストリア北部の激戦は漸く幕を下ろした

 

 

そう、シグルド達は思っていた

 

 

ところが、シグルド達がオーガヒルを制圧した直後、シグルドの元へとグランベル王国ドズル公爵であるランゴバルドからの使者が来訪

 

 

イザーク遠征において、シアルフィ公爵バイロンがユングウィ公爵リングと共謀し、クルト王子を亡き者とした疑いあり。従ってシアルフィ公子シグルドとその軍に所属する者は速やかに武装を解除してアグスティへと帰還すべし

 

との内容の書状をシグルドに手渡した

書状を読んだシグルドは実直である父バイロンが温厚篤実で知られるユングウィのリング卿と共謀して、皇族であるクルト王子を害する。などと言う事はあり得ないと困惑した

更に書状には

 

これらの要件が満たされぬ場合、シアルフィ公子シグルドにグランベル王国への叛意ありと見做し、グランベル王国の一員としてグランベル王国宰相であるレプトール卿の軍勢と共に誅する事となる

 

とも書かれていた

 

 

つまり、速やかにアグスティに向かい武装を全て解いた上で父バイロンと犬猿の仲であるランゴバルド卿に弁明せねばならないという事である

 

 

 

しかし、シグルドは自身が国王アズムールに送った『早期のアグストリア領の返還』の嘆願書を他ならぬランゴバルドが握り潰しているのではないか?という疑念を他ならぬランゴバルドの息子であるドズル公子レックスから聞いており、父バイロンとの関係性も合わせてランゴバルドに対して信用出来るかどうか危ぶんでもいた

 

シグルドの軍には『イザーク王家』に連なるアイラや亡くなった王子の息子であるシャナン王子が身を寄せている

仮にそれが発覚すれば、アイラとシャナンの命の保証は、ない

その他にも未熟な自分に命を預けてくれている仲間達の事を思うと果たして従うべきか悩んでしまった

 

そんな時、オーガヒル城の西にある海岸に数隻の船が接岸した。更にその上空にはシレジア王国にしかいないはずの天馬騎士が展開しており、その中の一騎がオーガヒルの中庭に降りて来た

 

 

その人物はマーニャと言い、北の王国シレジアの四天馬騎士の筆頭てまあり、女王であるラーナの側近だった

 

彼女は

 

我がシレジア王国はシグルド殿。あなた方の軍を受け入れる用意がある

 

と告げた

 

 

 

 

 

 

その一時間後、返答が無い事によりアグスティ付近に展開していたランゴバルドとレプトール率いるグランベル軍はオーガヒルまで北上

しかしオーガヒルに居るであろうシグルド達の姿はそこになかった

 

 

 

居らぬな、レプトール卿

 

どうやら此方の予想通り(・・・・)に動いてくれた様だな

ランゴバルド卿?

 

オーガヒル城の外で陣を張ったグランベル軍

そこで今回の指揮官であるランゴバルドとレプトールは話をしていた

 

 

ふん。どうやら噂通りの放蕩息子だろうと可愛いと見えるな

 

やれやれだ。これでシレジアは国内に大きすぎる爆弾を抱え込んだ訳だな

…さて、シレジア女王ラーナ。お手並拝見といこうではないか

 

 

不機嫌そうなランゴバルドにモノクル(片眼鏡)の奥に危険な光を宿したレプトールはこの先の苦難の道を歩むであろう北の王国を思い、そして嗤う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

森の王国ウェルダン

騎士の国アグストリアを立て続けに制圧したグランベル

その次なる獲物は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリオーン様、如何なさいましたか?

 

くぇむ。ちちうえはまだおもどりになられぬのか?

 

は。後4日もすればお戻りになるかと思われます

 

わたしはいつになったらりゅうきしのくんれんがうけられるのだ?

ちちのようなつよいおとことなり、このくにのたみをまもるのがわたしのつとめであろう?

 

恐れながら、アリオーン王子。武技を学ぶ前にすべき事は幾らでも御座います

勿論我等臣下一同陛下や王子にお仕えするつもりです

なれど、それが真に正しいのか?誰を用いるべきなのかを判断するのが陛下や王子の務めに御座いますれば

 

むぅ、しかたあるまい

くぇむつづきをせよ

 

はっ!

 

 

トラキア王国では次世代を担うべき者の教育も少しずつではあるが進められていた

 




最後に少しだけほんわかする空間を用意してみた(当社比)



聖戦という作品は兎にも角にも誰しもが『望む未来』を手に入れようと必死になっている気がする
だからこそ、混ざり合わないし、噛み合わない
当時プレイしていた私は第五章のアレを見て、暫く聖戦がプレイ出来なくなった程の衝撃を受けました

あれぞ正しく『みんなのトラウマ』と言えるイベントだと思います(超個人的感想)
でもその後立ち直ってプレイを続けると切ない気持ちになったのを10年以上経った今でも鮮明に覚えています


まあ、国を二代に渡って捨てた様な連中もいるんですけどね!!(激怒)


余談はさておき、読んでくださりありがとうございました
お気に入り登録して下さった方々や評価をして下さった方には重ねて御礼申し上げます

なんともアレな出来なので『あ、コイツの書き方読みづらい』とか『いくら何でも捏造が過ぎる』など思われる事もあるかと存じますが、もしもよろしければまたお付き合い下さると幸いにございます


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 それぞれの明日の為に

 推敲に時間がかかった割には内容がない様(・・・)です(会長的激ウマジョーク)

とはいえ、『聖戦の系譜』自体割とFE二次創作では使われている方だと思うので、多少はね?


無駄に長くなったけど、状況説明回という事で見逃して欲しい

それでも「仕方ねぇな、読んでやるよ」
と思われる方は読んでいって欲しいと思います


 ドズル公爵ランゴバルドとフリージ公爵にしてグランベル王国宰相レプトールにより親友であるエルトシャンを喪ってまで守ろうとした平和は砕かれた

 

それどころかシグルド達はグランベルから『叛逆者』の汚名を着せられ、傷心のままシグルド達に協力しているシレジアの天馬騎士フュリーの生国であるシレジア王国へと逃れる事になってしまう

 

シレジア女王ラーナは心身共に深く傷ついたシグルド達を労わる為にシレジア西部にあるセイレーン城を彼等に提供し、そこで傷を癒す事を提案した

シグルドとしては自身もそうだが、自分についてきてくれた仲間達の事も考えるととても魅力的な提案である

 

 

しかし

 

 

恐れながらラーナ様。私や仲間たちにとっては本当にありがたい提案なのですが、何故ここまでしてくださるのでしょうか?

 

シグルドは騎士である

しかも剥奪されたとはいえ、グランベル王国でも数少ない『聖騎士』の称号を与えられていた身。しかし、生憎とシグルド自身は騎士としての武力や軍の統率ならばそれなりのものであると自負していても、グランベル王国の一公爵家の跡取りに過ぎない

本来であれば『聖騎士』というものは『他の騎士達の範となる騎士』であり、そこには武技や統率能力のみではなく『交渉能力』も高いものが必要とされる

 

しかしながら、ウェルダンによるグランベル侵攻という危急な事態であった事やその後シグルド達は殆ど休みなくウェルダンへの逆侵攻やアグストリアへの介入を行なってきた

その為、本来身に付けねばならない筈の『交渉能力』についてはせいぜい士官学校の教育レベルという有様になってしまっていた

本来、アグストリア南部を制圧して半年以上時間的猶予があった筈なのだが妻ディアドラが息子であるセリスを出産したり、グランベルから来た南アグストリアに赴任してきた役人達の監視。更に北部アグストリアに残っているマディノ王宮にいるアグストリア国王シャガールの動向を探り、更に南アグストリアを併合した様な動きを見せているグランベル王国に不信感を募らせていたエルトシャンへの対応

これに加えて、アグストリアの現状を国王アズムールへと報告し、出来る限り早期にアグストリアからの撤退をシグルドは求めていた

 

だが、それでもグランベル王国本国から常ならば(・・・・)聖騎士に相応しい能力を身につけさせる教育係的な人物が派遣される筈だった

 

 

 

なお、その時点におけるグランベル王国庶民からのシグルドの評価は高く『無法にも攻め入ってきたウェルダンの蛮族を撃退』し『攫われたユングウィ公女エーディンを助け出し』更に『混乱するアグストリアの隙をつき南部を平定した』騎士の中の騎士

というものだった

 

概ね高評価といえるだろう

 

 

ところがグランベル王国関係者、特に政務に携わる者からすればシグルドは『無法者』であり『厄介者』でしかなかった

 

これはウェルダンに攫われた公女エーディンを取り返すまでは良かったが、ウェルダンを制圧した事がまず一つ

ウェルダン制圧などと市民は喜んでいるが、それを統治せねばならない立場の者からすれば最悪だった

 

ウェルダンは国土の3割にも及ぶ巨大な湖を国土の中心に持ち、残りの7割のうち約半分程度は森林地帯

食糧自給率は極めて高いが、娯楽などに乏しい

とは言え、大陸全土にある闘技場はあるのだが

 

ウェルダンは制圧される直前に亡くなったバトゥ王が国を治めており、何にしても『力技』や『強引』に物事を進めがちなウェルダンの人間としてはかなり理性的な人物だった

長男ガンドルフ、次男キンボイス、三男ジャムカ

 

長男と次男はウェルダンの男らしく腕っ節が強く、その実力をもって部下達を纏めていた

三男は上の兄弟と異なり、どちらかと言えば父バトゥの様に物事を理性的に考える男

それ故にウェルダンにおいては異端視されていた部分もあったが、ガンドルフとキンボイスはそんな事は些細なことと笑い飛ばすだけの度量があった

 

 

グランベルの役人には到底理解できないが、バトゥ王とその息子達によるウェルダンの治世は上手く行っていたと言っても過言ではない

それ故にジャムカ以外を亡き者としたグランベル王国の統治を果たしてウェルダンの民が素直に受け入れるのか?

という一点において役人達は頭を悩ませる事になる

 

しかも、ウェルダンでは山賊のみならず、湖賊。つまり湖付近を縄張りとする賊徒も確認されており、グランベル王国では全く存在しない湖賊の対応に苦慮せねばならなかった

 

余談ではあるが、トラキア王国内において野盗や山賊の類は確認されていない

何せ成人男性がいるという事は現役の傭兵がいる事と同義であり、またトラキアの女性達も『自分の身を護る』程度の事は出来るからだ

まあ、根本的に賊という者は『奪う』者だ

当たり前の話だが奪う物がないところに彼等は好き好んで行く事など決してない

加えてトラキア王国は大陸中を見ても修羅の国(イザーク)と並び立つ程に庶民に至るまで戦意が高い。常日頃からトラキア王国を衰退させた原因であるレンスター王国に対して憎悪を募らせており、いつレンスターとの全面衝突となっても決して足を引っ張る事のない様に傭兵経験のある成人男性を中心として各村落単位での自衛組織を有している

戦争となれば、幾ら騎士と言えども命令されたならば村落からの物資の徴収をしてくるのは明白

事実過去レンスターとの戦いにおいて、国境近くのミーズ城付近にあった村落がレンスター騎士により襲撃されており、そんな村落は現在存在したが、現在では存在しない

如何に王子であるキュアンが清廉潔白な人物だとしても、彼に従う者はレンスター騎士だけではなかった

正確にはレンスターで叙勲を受けた正式な騎士である。が、彼等はアルスターやコノートと言ったレンスター王国内の別拠点に配置されたもの達であり、いつまでもレンスター本国に戻れない者達だった

彼等からすれば『いつまで辺境に居れば良いのだ?』と言った不満があり、それがトラキアの民への攻撃的衝動に変わったといえる

 

 

騎士だ何だと言っても所詮はトラキアから富を奪った盗人

 

そうその話を知っている者や語り継がれた話を聞いたトラキアの者達はレンスター王国のやり方を嫌悪し、憎悪した

 

 

 

 

 

 

話は戻るが、予定になったとしても制圧した以上はマトモに統治せねばグランベル王国の権威に傷が付きかねぬと関係者は必死に政策などを考え、施行した

 

 

 

ところが、ウェルダンの統治が漸く軌道に乗るかと思った矢先。何をトチ狂ったのかシグルド達はアグストリアの内乱に首を突っ込んだ

 

ノディオンがハイライン軍により攻撃され、ノディオンのラケシス姫より救援要請を受け、ノディオンへの救援を行なう

そんな内容の書状がグランベル王国王都バーハラに届いた時、役人達は

 

 

んなもん、ほっとけや!!

 

と声を揃えて|絶叫し(ブチギレ》た

 

 

 

はっきり言えば

 

何故ノディオンに軍を出した?

しかも、グランベル王国の許可も取ることなく?

というのが役人達の偽らざる本音である

 

ウェルダンは先に手を出して来た事と、ユングウィのエーディンが攫われたから反撃としての逆侵攻を後から渋々(・・)追認した

 

だが、今回の件はそうではない

確かにシグルドからの報告によれば、ウェルダン侵攻時アグストリアのハイライン軍がエバンスへと攻め寄せる動きを見せた。とある

が、それを阻止したのは同じアグストリアのノディオン軍だった

 

しかもエバンス方面に向かったのは事実だが、決してエバンス城にハイライン軍は手を出していないし、周辺の村落にも手を出したという報告はない

エバンスにハイライン軍が攻め寄せた

というのはあくまでもシグルドの推測の域を出ないとも判断出来る

しかもそれを撃退したのがノディオンとなれば、アグストリア内の内輪揉めでしかない

 

今回もそうである

少なくとも北のマッキリーは静観を決め込んでいる以上、これはノディオンとハイラインの争いに過ぎない筈

 

 

そこにアグストリアの諸侯ですらないグランベル王国のシグルド軍が介入するとなるとどう考えてもロクな結果にならないのは明らか

親友の妹の危機?

 

それがどうした?

騎士として、国や王、主君に仕えるべき立場の者が身内の安全を気にする事自体は悪では無いし、問題にもならない

 

が、そうであるならば『守るべき者を守れる』だけの備えをせねばならない

今回の場合、ノディオンがハイラインに攻められているのはハイライン侯爵ボルドーの息子エリオットとエルトシャンの妹姫ラケシスの縁談を最初から断った事に起因する

別に断る事自体が問題なのではない

断り方が問題なのだ

 

アグストリア建国の功労者である黒騎士ヘズルの末裔であるノディオンのトップであるエルトシャン

先王イムカに重用されていたが、だからとて彼はまだ若い

対してハイライン侯爵ボルドーはエルトシャンの倍以上生きている上に統治者としての経験もエルトシャンに比べ物にならない程積んでいる

当然アグストリアの諸侯への影響力はエルトシャンよりもボルドーの方が遥かに上

 

エリオットとラケシスの縁談を持ちかけたのはボルドーであり、当然国王イムカの許可も取り付けていた

別に断るのはボルドーとしても問題にする事はない

 

しかし、である

エリオットに対して「お兄様(エルトシャン)の様な方でなければお受け出来ません」と直接言ったのは大問題

断るにしても言葉を選ばねばならないのがエルトシャンやラケシスの立場なのだ

 

確かに騎士としても統治者としてもエリオットはあらゆる点でエルトシャンに劣る

それは当のエリオットとて理解していた

だが、事もあろうにそれを縁談の話をする前に言われたのであれば自覚のあるエリオットでも腹が立つというもの

 

騎士にとって名誉とは時に命よりも重んじられるもの

 

それを侮辱されたに等しいのがその時のエリオットだった

なお、その場にハイライン側の護衛として居たフィリップは主君の息子への余りの仕打ちに『小娘(ラケシス)をこの場で殺してしまおうか?』とかなり怒り狂っていたりする程の事

 

 

当然縁談の話は流れる

それどころか、エルトシャンはボルドーというアグストリアでも有数の戦力を持つ人物にその在り方を疑問視される事となってしまう

 

更にエバンスを巡るハイラインとノディオンの戦闘

当時は確かにイムカが存命していたが、既に政務に耐えうる体調になく息子であるシャガールがイムカに変わって国王の職務を代行していた

シャガールから『エバンスを攻めることにより、ウェルダンに侵攻を続けているグランベル軍の勢いを削ぐ』という命令をボルドーは受けており、その為に嫡男であるエリオットを指揮官としてエバンス攻略に派遣した

が、シャガールからの命令には『エバンス付近にて圧力をかけるに留め、ウェルダンに侵攻しているシアルフィ公子の軍が後退したならばそのまま帰還せよ』ともあった

血気に逸った様に見えるグランベル軍の足を止めさせ、理性的な解決をシャガールは望んでいたのである

もしもグランベル王国が望むのであれば、ウェルダンに対してある程度の譲歩をさせる事にシャガールとイムカは同意していた

紛争レベルにあるグランベル王国とウェルダンのソレをどうにかして鎮めようとしていたのがシャガールだった訳である

ところが、エルトシャンは病床の身であるイムカの意に反するとエリオットに発言し、エリオットが退かない事によりハイライン軍に剣を向けた

 

トドメはグランベル王国への『大陸統一の野望を持っているのではないか?』という疑惑を持っていたシャガールへ謁見しグランベル王国、正確には親友であるシグルドを擁護したエルトシャンがシャガールの命によりアグスティにて囚われの身となった事だろう

既にシャガールからすればエルトシャンは『自身の命令を無視して、グランベル王国に与した挙句ウェルダンを滅亡させる片棒を担いだ人物』にしか見えていなかったのだから

 

貴族は何よりも孤立する事(・・・・・)を恐れる

何せこの大陸の貴族は軍事力として私兵を有する事が認められているが、それでも国や主君()他の貴族(同僚)などに妬まれたり、恨まれたりした場合自分のみであるとかなり危険な事になるからだ

であるからこそ、ある程度の協調性は持つ

 

 

だが、若くしてノディオンのトップとなり、才気溢れるエルトシャンにそれを教える者はいなかった

強く、賢く、そして魔剣(ミストルティン)を使いこなせるエルトシャンは彼の部下達や領民からすれば仰ぎ見るべき太陽とも言える存在だったのだから

 

だが、太陽を直視すれば目を灼かれる様に、彼等はエルトシャン様(主君)であれば間違う事なく正しき事を成してくれる

とある意味では盲目的になってしまった

 

 

そんな異様な者達が居揃うノディオンに関わりたいと果たしてどれだけの者が思うだろうか?

しかも、隣の領地を有する。という理由でエルトシャン達との繋がりを強めようとしたアグストリアでも屈指の軍事力と影響力を持つボルドーの気遣いを無駄にした男と

 

仮定の話になるが、もし仮にエルトシャンが他のアグストリア諸侯とそれなりに友好的な関係を築けていたならばエリオットがノディオンに攻め入ったとしても他の諸侯が仲裁に入ったのではなかろうか?

 

マッキリーのクレメントはノディオンの北にあり、領地の境界に兵を置いている

更にマッキリー付近の高台に魔道士部隊を配置している以上、ノディオン付近の様子を全く把握していなかったという事はないだろう

ノディオンはグランベルのエバンスに接している。つまり国境地帯なのだから

 

それにも関わらず、クレメントが静観を決め込み兵を動かさなかったのはエルトシャン(ノディオン)に対して好意的な感情を持っていなかったのではないだろうか?

 

ハイラインの北に位置するアンフォニーのマクベスは簡単に言えば『理に聡い男』であり、そうであるからこそハイラインのボルドーの動きを注視していたとも言える

ハイライン侯爵ボルドーは確かに気難しい人物と言われているが、だからと言って自領の民に対してそこまで苦しませる様な統治方法を認める人物ではなかっただろう

 

言ってしまえば南アグストリアの要と言って良いのがハイライン侯爵であるボルドーであり、それをシグルド達が破った事によりアンフォニーのマクベスは私欲に走り、マッキリーのクレメントもまたシグルド達への危機感を覚えたのではなかろうか?

 

それでもクレメントからすれば当事者であるハイラインが一時的に(・・・・)シグルド(グランベル)の手中に落ちる事までは許容したのだろう

 

そこが恐らく引き返せる最終ラインだったのだ

 

アンフォニーのマクベスは確かに傭兵ヴォルツ率いる傭兵騎士団をシグルド達に差し向けた

しかし、これは『国内を蹂躙しつつあるグランベルへ対抗する』という一点において何の問題もないものだろう

 

この時点でシグルド達がハイラインを制圧したのは『エルトシャンの妹ラケシスのいるノディオンを護る為』でしかなかった訳で制圧したとしてもアグストリア側と協議するならするのが普通だし、正当性を主張する為に王都であるアグスティへと使者を出すなりしなければならなかったのだから

 

最悪、シグルドはここでエバンスかノディオンへと引き下がれば外交問題となったとしてもそこまで大きなものとはならなかっただろう

シグルドが処罰される可能性は非常に高かったが

 

敵が向かってくるから倒す

成程確かに道理だろう

 

しかし、シグルド達がその時点で居たのはアグストリア(他国)であり、グランベルとアグストリアのこれまで築いてきた関係もシグルド自身がアグストリアへと攻め込んだ事により全て崩壊している

 

敵国に踏み込んで、敵が向かってきたから斃す

それは相手からすれば『攻め込んできた侵略者に攻め掛かる』事と同義である

 

 

その点においてマクベスはアグストリアの諸侯として正しい事をしたとすら言えるだろう

勿論、集落の襲撃など褒められた事ではないが、あくまでもそれは『アグストリア国内』の話。しかもグランベルとの国境付近であればその賊がグランベル国内に流れる事もあり得るから交渉次第では介入出来るだろうが場所はアグストリア中心部てまあり、そうでもない

 

『民が苦しんでいるから』と言って他国に介入出来る理由とはなり得ないし、仮にそうだとしてもそれなりに踏むべき手続きというものがあるものなのだ

 

 

それを全部スルーしてのやり方は到底認められない

 

 

言うまでもないが、何処ぞの王族が他国で『民が苦しんでいるから』と賊討伐するのも本来大問題である

アグストリアとシレジアが友好関係にあるのであれば、まだ多少はどうにかなるだろうが

 

というか、『国の継承問題』から逃げ出した王族が他国で『民の為に戦う』とか宣うのであれば、シレジアのマイオスやダッカー(女王の弟達)が聞けば憤慨する事間違いないだろう

 

そもそも曲がりなりにもシレジアを代表する『シレジア四天馬騎士』の末席に名を連ねるフュリーが『王子の捜索』任務に着く時点でその重要性は疑うまでもなかろう

 

 

シレジア王国は中立を守る事により国を護ってきた

友好関係にあるイザークに対するグランベルの侵攻について、抗議はしたが武力抗争などシレジア女王ラーナの望むところではなかったといえる為の措置であった

 

であればこそ、『国を放置して諸国を巡る』様な王子について女王の弟達が懸念を示すのも無理はなかった

野垂れ死ぬのであれば、シレジア王国として関知しない。そう言って方便も使えるのだが、王子は風使いセティの血を色濃く残しており『シレジア人特有の緑髪』に『類い稀なる風魔法』の実力を持っている

庶人はともかくとして、それなりに学のあるものであれば王子の身分に気づく可能性は高い。しかも、自分達が盛り立てようとしている女王の息子がしでかしたとなれば問題にせねばならない上に、相手がアグストリアであり、しかも王子の動きがグランベルのアグストリア侵攻の一助となった事を踏まえればグランベルの主流派からも睨まれるのは間違いない

 

グランベル国内にで強硬派として名が知られているドズルのランゴバルド公爵とて、戦はおろか戦後(・・)の準備もする事なく戦争をする事がどれだけ無意味な事かくらいは理解している

彼とてグランベル、いや大陸に名の知られた聖戦士が一人『斧騎士ネール』の末裔なのだ

偉大な先達の名に泥を塗る事など耐えられる筈もなかったのだから

 

 

そういう意味においてはシグルドや王子のした事は己が立場のみならず、彼等の一族達も誇りとする『名誉』に大きな、そして消し去れぬ程の傷を付ける事にもなりかねない

 

 

そうであるからこそ、彼らは決してシグルドや王子のした事を認めるわけにはいかないのだ

 

加えて女王の弟であるマイオスはシレジア最北端であるトーヴェの領主なのでまだ良いが、マイオスの兄でラーナの弟でもあるダッカーの領有するザクソンはグランベル最北端のリューベックと接している

しかも此処は強硬派として有名なドズル公爵ランゴバルドの領地。問題しかなかった

 

 

 

 

ランゴバルドがシアルフィのバイロンやユングウィのリングと決定的に対立する事になったのは、クルト王子によるイザーク遠征が理由だった

 

そもそもの話として、グランベルの北東にあるイザーク。そこに近い所領を持つのはグランベル最西部のメルゲンを領するフリージ家と先に挙げたリューベック

であれば、動員のしやすさなどにおいてイザーク遠征は両家が主導する形にするのが最も都合が良い

仮に両家が主導しないならばしないで、両家の面目を潰さないやり方が必要な筈

 

ユングウィとシアルフィはグランベル南西部に領地を持つ。つまりイザークから最もグランベル国内で離れているとも言えた

イザークの情報などフリージやドズルからの情報頼りな両家はある意味、最もグランベルにおいてイザークの事に疎いとも言える

 

そんな連中が王子のそばにあって、イザーク遠征を主導している

その事実はランゴバルドにとって何よりの侮辱だった

 

確かに自分は王子の事を良く思ってはおらぬ。しかしそれでもグランベルの公爵として王子に対してすべき事は欠かさず行なったし、王子に忠言するのも全ては次世代のグランベルの為

煩わしいと思われるのも仕方ないが、まさかこの様な仕打ちを受けるなどグランベル公爵として長年国に仕え続けてきたランゴバルドからすれば到底理解できないし、看過し得ないものでしかない

 

なまじ現国王であるアズムールのソレを見ていたが故に、あまりにも目立ってしまう点をランゴバルドはレプトールは事あるごとに指摘した

クルト王子の中では二人は『自分を軽く見ている』と思っているのだろうが、逆であろう

 

好意の反対は嫌悪ではない

無関心なのだから

 

 

逆に年若いクルト王子を長い目で見ようとするバイロンやリングはそこまで指摘することはなく、結果としてクルトはこの二人を重用した

 

レプトールとて内心不満だらけだったが、正直なところとしてそんな事(王子の不満程度)に付き合えるほどグランベル王国宰相の立場は暇でもない

その内レプトールはクルト王子について何も言わなくなった(・・・・・・・・・)

つまりはそういう事である

 

 

レプトールはそうだったが、ある意味実直なランゴバルドは王子に忠言し続け、王子から遠ざけられる結果となったともいえる

 

別に自分が遠ざけられるのは構わない。自分の息子であるダナンやレックスが王子に認められるのであれば、ドズル公爵家としては何の問題もないのだから

だが、イザーク遠征においてランゴバルドは勿論、嫡男であるダナンの帯同すら議論にもならなかった

これを見て、ランゴバルドはグランベルを

いや、正確にはクルト王子(グランベルの未来)を危険だと判断

 

 

元々イザーク侵攻に否定的だった文官やウェルダンやアグストリアを巡る一連の争乱にて、あまりにも先鋭化した(と思われている)シグルド達を危険視したレプトール達と結託してイザーク遠征を主導するバイロン、リング。そしてクルト王子の排除を決断。更にアグストリア北部における戦闘後、叛逆者としてシグルド達を捕らえようとした訳だ

 

 

それはシレジアにより邪魔されたが、そこについては何ら問題としていなかった

『風の王国』などと言われてこそいるが、あくまでシレジア王国が今まで中立を保ってこれたのはグランベルやアグストリアなどがこれを黙認していただけなのだから

 

しかし、今回叛逆者として討伐すべきシグルド達を匿った。その上シグルドの軍勢にシレジアの王子や天馬騎士の中でも有名な騎士が参陣している事も既に判明している

大義名分を用意するなど難しくなかった

 

 

 

 

そしてそれを何より危惧しているのが、シレジア国内で『反女王派』とされるマイオスとダッカーなのだからこれ以上ない喜劇だろう

女王ラーナはグランベル国王アズムールにシグルド達の赦免を求める国書を送っているが、二人は望み薄だろうと見ている

 

 

元々レヴィン王子の行動に不満があった理由の一つが『次期後継者』が国内にいない事で国内の貴族達の中で不穏な動きが活発になっている事があった

女王を支える事をしながら、表向きは『反女王派』の重鎮として振る舞わねばならない

 

余りにも皮肉な立ち位置だった

 

 

 

 

 

そんなシレジアでも屈指の影響力を持つ二人に注視されているシレジア王子レヴィンは自身の護衛をしているフュリーに連れられて、シレジア城へと来ていた

 

 

…なぁ、フュリー。今からでも遅くないから、戻らないか?

 

レヴィン様。ダメですよ

そんな事をしたら、マーニャお姉様たちに

 

シレジア城門前でレヴィンは最後ともいえる抵抗を試みていた

が、説得相手であり幼馴染であるフュリーは彼女らしくない事に一切退いてくれない

 

というのも

 

 

 

 

ねぇ、フュリー?いつまでレヴィン王子はラーナ様に会わないつもりなのかしらね?

 

あ、あの。その

 

やめろ、マーニャ。フュリーの奴が怖がっているではないか

 

 

フュリーは『シレジア四天馬騎士』の一人であり、あくまでも『レヴィン王子の捜索』は女王ラーナからの主命

当然それを果たしたならば、ラーナの元へと報告せねばならない

 

のだが、フュリーは半年以上に渡ってレヴィン共々アグストリアに滞在し、部下の騎士に報告を任せていた

一応報告自体はなされているので、形式としては(・・・・・)問題ない

が、敬愛する主君であるラーナを多大な心配をかけたレヴィンにマーニャ(天馬騎士筆頭)はおかんむりであり、シレジアに帰国して半月以上経つのに未だ女王のところへすら来ないレヴィンとレヴィンを引っ張っても来ないフュリー(実妹)にかなり不満を溜めていた

フュリーの幼馴染であるレヴィンにとって、フュリーの姉であるマーニャは頭の上がらない人物であり、苦手意識を持っていたのだがそんな事は言い訳にもならないしさせる訳もなかった

 

不甲斐ない妹に内心怒り心頭なマーニャ。その為、シレジア城へと『単身』来たフュリーにその不満をぶつけるのは、まあ仕方のないことなのだろう

 

それを苦笑まじりに諌めるのはマーニャとフュリーと同じく『シレジア四天馬騎士』のパメラ

彼女はマーニャに次ぐ実力を持つといわれるシレジア王国屈指の天馬騎士であり、マーニャとフュリーとは異なり女王の弟でありザクソンを領するダッカーの元に付けられている

 

 

まあ、フュリーでレヴィン王子を動かすのは少し難しい。それはお前とてわかっているだろう?マーニャ

 

…そうね

 

 

苦笑いしながらマーニャを諌めるパメラだが、フュリーにもはっきりと言っている

『しっかりしろ』と

 

その気遣いが分かるだけにマーニャもこれ以上フュリーにいう事は出来なかった

 

 

しかし、我ら『シレジア四天馬騎士』が一堂に会する事は今後ないのだろうな

 

 

少し寂しそうな顔をするパメラ

『四天馬騎士』という事はあと一人いる訳だが

 

最後の一人であるディートバは北方トーヴェのマイオスについており、現在女王に反旗を翻した貴族の私兵を討伐するべく、トーヴェの天馬騎士隊を率いていた

 

 

レヴィン王子の帰国は諸手を挙げて歓迎されたのだが、グランベル王国から叛逆者として手配されているシグルド達を受け入れた事にシレジア国内の一部貴族が反発していた

無理もないだろう

シレジア国内に主要な城は僅か四つ

 

北部のトーヴェ

王都のシレジア

グランベル国境を守る南東のザクソン

そして西部のセイレーン

 

女王ラーナは問題が起きぬ様にセイレーンをシグルドたちに貸し与えた。これはシグルド達を一纏めにする事でグランベル王国に対してもグランベルへの隔意がない事のアピールだった

一箇所に纏めれば、いざとなれば纏めて始末出来る

 

そう主張出来るからである

勿論、ラーナとしてはそんなつもりは毛頭なく、シグルド達にはゆっくり休んでもらいたいが故の決断だったが

 

 

だがシレジアの貴族からすれば『他国の厄介者達』に貴重なセイレーン城を明け渡したと見える訳で、それ故の反乱だった

マイオスとダッカーは出来る限り彼等貴族達をコントロールしようとしたのだが、どうしても行き届かない部分は出てくる

結果、余りにも目に余る貴族については最初から放置し、反乱を起こした所で叩き潰す事にしていた

 

パメラにとってライバルでもあるマーニャや妹分であるディートバとフュリーは気心知れた間柄であり、それなりに話の出来る友人とも言えるだろう

 

とはいえ

 

 

だがなフュリー。いつまでも王子の我儘を許す必要はない

分かるな?

 

そうよ

今度は必ず連れて来なさいいいわね?

 

職務について妥協する事はパメラとて許さなかった

言うまでもないがマーニャもである

 

 

 

 

 

 

レヴィン様。今回も逃げるならお姉様やパメラさん達が連行しますが、それでも良いですか?

 

すまん。俺が悪かった

マーニャだけでも無理なのに、そこにパメラとディートバまで加わるとか絶対どうにもならんやつだろう

 

 

フュリーが遠くを見る表情で最後通告してきたのを理解したレヴィンは無条件降伏(項垂れる)しかなかった

 

 

シグルドがラーナの元を訪れる少し前の事である

 

 

 

 

私の息子であるレヴィンが貴方に相当お世話になったとフュリーから聞いています

シレジア女王として、そしてあの子の母として貴方には感謝しているのですよ?シグルド殿

 

レヴィンが、シレジアの王子だったのですか!?

 

 

少しシレジアの祖である『風使いセティ』の知識があれば分かる話なのだが、グランベル王国において他国の聖戦士達について知識を得ようとすると自身で調べる他にない

寧ろ、槍騎士ノヴァの末裔であるキュアンや黒騎士ヘズルの直系であるエルトシャンと親友であるシグルドが異常であったりするのだが

 

 

 

シグルドは納得し、その後ラーナ女王と少し話をした後にシレジア城を去った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、トラキア王国では

 

 

なるほどな。武器の配備数などを充実させるか

 

はっ

今後の我がトラキアにおいて、これは何より重要となりましょう

既にイザークの一部鍛治師はトラキアへの移住を開始しております。この者達は前線に程近く、薪などが不足する事のないであろうカパトギアと此処トラキアに分散して移住させまする。此処についてもカパトギアのハンニバル殿から伐採した後に加工した薪をマゴーネ将軍やパピヨン将軍に新兵たちを率いさせ、輸送させます

これにより陛下がアグストリアにて得たモノについての増産が可能であれば進める事となりましょう

 

ふむ、パピヨンとマゴーネならば間違いないな

だが急げよ。アレはレンスターとの決着をつけるのに必ず必要となるだろうからな

 

はっ

あとアグストリアにて失態をおかしたパピヨン殿ですが、今後は国内の竜騎士達への指導に当たってもらう様にすべきかと

 

任せる

 

 

トラキア城にて帰国したトラバントとクェムは報告と今後の事を話し合っていた

 

現在トラキア王国はアグストリアにて獲得した資金を元にして中規模な農地拡大政策を実行しており、現在農地として利用しているルテキア北部地域以外にカパトギア付近にも農地を増やすべく動いている

トラキアにおいて、騎竜スキルは成人男性であれば強弱の差こそあれど誰もが習得している

なので、農業従事者や森林伐採者などの移動も容易であり、問題となる農地とその周辺に建設すべき農業従事者の家屋。それを作るだけの資材が揃えば然程の手間をかける事もない

更にトラキア城付近の比較的低い山地の一部では水が豊富に供給出来る可能性が高い場所も発見され、現在グランベルにより滅ぼされたウェルダンの住人をトラキアへと移住させるべくグランベル王国と交渉していた

 

 

グランベル王国としてもシグルド側についているレンスターと現在敵対するトラキアは態々敵に回す必要のない相手であり、統治の難しくなっている要因の一つであるウェルダンの民が少しでもトラキアに移住するのであれば、歓迎こそすれど非難するつもりはない

この件についてグランベル王国として少額とはいえ資金を対価として用意する事により、トラキア王国の関心を買うと共に叛逆者シグルド討伐の際、高い確率で援兵を派遣するであろうレンスターに対する備えとした

この資金については、接収したシアルフィ公爵家のものを流用しておりいる

仮にバイロンが生きていたとしても、シグルドを討ち損なったとしても彼等に同調する可能性のあるシアルフィの資金を減らす事により彼等の蜂起を防いだり、規模を小さく収められる効果を期待していた

ユングウィは当主リングが亡くなり、長子であるエーディンはシグルド側にいる為、長男であるアンドレイが跡を継ぐ事になった

 

 

アンドレイは父リングに反発していたが、それでも姉であるエーディンに弓を向ける事に抵抗していた。しかしそうなればユングウィ公爵家を断絶する事となると宰相レプトールから告げられる

そう告げられたアンドレイは跡を継ぐ他にユングウィ公爵家を存続させられぬと諦め、自身が新たなユングウィ当主となる事を受け入れた

 

なお、ユングウィよりもそれなりの資金を徴収しており、これはウェルダンとアグストリア統治に役立てられる事になる予定である

 

 

 

シアルフィは断絶したも同然。ユングウィは当主交代

エッダも当主クロードがシグルド側に手を貸している為、断絶する事のとなった

エッダの資金についてはグランベル国内の整備の為に使われる事となるだろう

 

別にレプトールにせよ、ランゴバルドにせよ他の公爵家を無理矢理断絶させるつもりはない

グランベル王国の基盤を創り上げた聖者ヘイムを始めとした聖戦士達に対して少なからぬ畏敬の念を二人とて持っているのだから

しかし、だからと言って自身の立場を理解せず守るべきグランベル王国が弱っていくのを助長する連中に配慮する必要を彼等は認めなかった。それだけなのだ

 

そう、レプトールとランゴバルドは残すべきは『グランベル王国』であり、その為に国王アズムールや王子であった(・・・)クルト王子を支えたし、糺すべき事については一切妥協しなかった

 

グランベル王国ありきの我が身(公爵家当主)であり、国を滅ぼしたとなれば、それこそロプト帝国を滅ぼす為にグランベル王国を安定させる為に犠牲となった者達が報われない

より良き未来(明日)を創り上げる事は彼等の魂に対する鎮魂ともなると二人は考えていた

 

 

中立の立場であり、グランベル王国近衛を束ねるヴェルトマーのアルヴィス公爵については二人からすれば『味方に敢えて引き込む必要のない』人物だと認識していた

かの人物は近衛であり、それこそ政治的立場を表明してはならない立場である

近衛が優先すべきは『グランベル王国国王の命』ただ一つであり、宰相レプトールやクルト王子の命令を聞く必要はないのだから

 

 

勿論、この様なバイロンとリング。更にクルト王子すらも贄とする様な非情の策を巡らした以上、もし仮にシグルド達に敗北したとしても構わないとすら思っていたりする

 

シグルド軍にはレプトールの愛娘であるティルテュやランゴバルドが密かに長男であるダナンよりも期待しているレックスが参加しているからであった

シアルフィ公子シグルドは騎士として足らぬ部分も多いが、少なくとも国や立場にこだわる事なく様々な人物が彼に協力している。その事から一人の人間としての魅力がある事についてはレプトールもランゴバルドも認めてはいたのだから

 

 

レプトールとしては嫡男であるブルームとティルテュの仲は決して悪くない事。ブルームの妻であるヒルダにティルテュはかなり親身に接していた事。そのティルテュのおかげでヒルダはフリージ家になれていった事。などから仮に自身が破れたとしてもティルテュがフリージ内で孤立しないと判断していたのも大きかった

 

ランゴバルドとて、レックスに対してダナンが良い感情を抱いていない事は理解していたが、それでもダナンとて自身の感情をコントロール出来るだろうと考えていた

 

 

しかしレプトールとランゴバルドは見落としていた

自分達は歴代当主の中でも優秀どころか最優秀と言われてもおかしくない位の能力と高潔な考え方の持ち主である事を

 

 

 

 

この致命的とも言える考え方のズレ(・・)が後に悲劇を生み出す要因となるのだが、この時誰もそれを予想していなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やれやれ、クェムすらもレンスターとの戦に乗り気だとは、な

 

トラバントは自室にてため息混じりの独り言を呟く

 

 

トラバントに近しい文官であるクェム。彼の父親は先王つまりトラバントの父親とトラバント、トラバント国王二代に渡って仕えた老臣であった。だが、二年前にクェムの父親は病により還らぬ者となり、父親の薫陶を受けたクェムは若いながらに地道な努力を怠る事がなかった事などからトラバントも重用している

 

決して議論を絶やす事なく、周りの意見も聞く人物である事から次第に文官達の中でも中心的な存在となっていった

それ自体はトラバントとしても歓迎すべき事だった(・・・)

 

だがクェムは父親と決定的に異なる点が一つだけある

レンスター王国に対する姿勢

 

父親は硬軟使い分けてレンスターと交渉を行うことができた人物だが、クェムは『レンスター側に譲る』という事を認めない

勿論、表向きレンスターに配慮している様な政策もあるが、必ずレンスターに被害を与えられる様に裏で手を回している

 

 

トラバントとて、レンスター。いや正確にはマンスター地方を取り戻してこのトラキアの大地に住む者達の生活を良くしたいと考えているし、その為であればどんな非道とて行なうつもりではある

 

が、時々思うのだ

 

 

血に濡れた刃の先に民が安らげる世界があるのか?

あったとしても、それは一時的なものにしかならぬのではないか?

 

トラバントは最近特にそう思う様になった

 

 

 

というのも、アグストリアにて国王シャガールの依頼を受け、一時的とはいえアグストリア側に立って傭兵として参戦した訳だが、トラキア国王としてアグストリアを見ると違和感が拭えなかったからである

 

無論、シャガールに味方する以上それなりにアグストリアの情勢は調べさせている

シグルドがノディオンに味方し、ハイラインを攻め潰し更にアンフォニー、マッキリーをも陥落させた。更にアグストリアの近衛隊長である騎士ザイン麾下のアグストリア近衛騎士団をも討ち破り、遂には王都であるアグスティをも制圧せしめたのも

 

 

だが、トラバントは思うのだ

 

シグルド公子とやら

これが貴様の望んだ未来なのか?

 

 

シグルドが制圧したハイライン、アンフォニー、マッキリーにはシグルドがアグスティを制圧して程なくグランベル本国の役人が入り、『グランベル王国』の統治方法にて統治体制を確立していった

当然だが、戦火に巻き込まれたアグストリア国民はそこまで多くなく、殆どのアグストリアの民は「何故グランベル王国が?」と不思議に思う事だろう

 

その後、アグストリアの一部地域では『反グランベル』の機運が高まったそうだが、これをグランベル王国は武力にて制圧したらしい

それもそうだろう

いきなり属する国が変わった。などと平然と受け入れられる者はそこまで多くないのだから

 

シグルドやシグルドの親友であるレンスターのキュアン。それにその二人と友誼のあるエルトシャン達からすればアグストリア北部に遷都した王都マディノで挙兵したシャガールの気持ちは理解出来まい

如何に『愚王』と蔑まれようとも『王』とは民があってのもの

 

そうであるが故にアグストリアに想いを寄せるアグストリア南部地域の民の嘆きをシャガールを座視し得ない

仮に放置すれば、シャガールは『アグストリアの王』足り得ないのだから

 

シグルドがノディオンに兵を出した理由

トラバントには些か理解し難いが、それでも『親友の妹』を守る為

という理屈は理解出来た

 

ハイラインは敵の本拠地

アンフォニーは苦しむ民を救う為

マッキリーはやはりノディオンを守る為

アグスティは囚われた親友を助ける為

 

シグルドの選択に一切の悪意はない

全てシグルドという人物の善性からの決断なのだ

 

 

 

だが、結果としてアグストリア全土で血は流れ、トラバント達が撤退してトラキアに帰国するまでの間にアグストリアという国家は消滅した

 

 

善意あるシグルドとやらですら、方向性を間違えるだけでそうなったのだ

間違いなくレンスターに対するトラキアの者達が持つ敵意は隔意は悪意の類だろう

 

もし仮にレンスターを降してトラキア半島を再統一出来たとしても、トラバントは良い未来を築く事が出来ると断言出来ない

 

 

そもそも、クェムを始めとするトラキア王国の人間の言う『トラキア』とトラバントや先王が言う『トラキア』

実は同じ言葉でありながら、意味が異なる

 

クェムらが言うトラキアは現在のトラキア王国

トラバントと先王が言うトラキアはトラキア半島全て(・・・・・・・・)であり、そこにはレンスター王国も含まれる

 

 

レンスター王国はその地形的にはもっと繁栄してもおかしくない場所にある

北にはイザーク

西にはグランベル

南にはトラキア地方

 

実はこれらの国や地方の特産品などは重複する事がほとんど無く、あったとしてもキチンと『棲み分け』が出来ている

なので、レンスターは交易の中継地点としてものを動かす『だけ』でかなりの利益を上げられる

それを妨げているのはトラキア王国との関係であり、レンスターとトラキアの緩衝地帯であるマンスターだった

 

だが、レンスターはトラキア王国と異なり『トラキア王国から独立した』国家であり、実のところレンスター王国に住む人間の気付かない部分にも『トラキア王国の脅威』に対する畏怖とも恐怖とも言い難い感情が根付いていた

 

トラバントと違い、レンスター王国側は『独立した以上、報復されない為にもトラキア王国を滅ぼさねばならない』という考えにトラキア王国側以上に囚われていたのである

とはいえ、レンスター王国の財政を取り仕切る者達の中には

 

 

こんな貧しい土地を得てどうするのだ?

 

トラキア地方を平定する?

そのあとどうするのだ?

 

トラキア王国の民を殺し尽くす事が出来ねばどうにもならん

出来る訳もないのであれば、攻めるだけ無駄な犠牲が出よう

 

 

と言ったレンスターではごく僅かな意見を持つ者も居るが、それが漏れたが最期であるとも確信していたりするのだからどうにもならない

それだけ根の深い問題なのだとも言える

 

 

 

トラバントとしては、トラキア王国の民が今の生活より楽な生活を送れるのであればレンスター王国との関係を改善する事も厭わない

 

勿論、ミーズ周辺での問題解決が前提となるだろうが

 

 

だが、政治中枢である文官。その筆頭とも目されるクェムがレンスターに対して強硬的な姿勢を崩さないというのはトラバントにとってかなりの問題である

トラバントとしては、寧ろクェムは自分がその道を選ぶ事を待っているのではないか?と帰国の途上に考えていたから尚更だ

 

トラバントは自分の息子であり、次期トラキア国王となるアリオーンにレンスターとの戦争(負の遺産)を残したいとは思っていない

騎士同士の決闘。だなんだと言っても所詮は『人殺し』であり、その本質は野蛮そのものだ

 

トラバントは傭兵であり、トラキア国王だ

必要ならば、この身を血で汚す事も手を汚す事も厭いはしまい

 

 

だが、それでも

 

 

我がトラキアを開いた竜騎士ダインよ。願わくば我が民、そして息子か生きる世界に平穏を

 

そう願わずにはいられなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、シレジアにて

 

 

シグルド。私は一度レンスターに戻る。父上を説得し、必ずお前のグランベル帰国を助けよう。約束だ

 

 

レンスター王子キュアンは親友であるエルトシャンを喪ったばかりか守るべき祖国からも裏切られ、心身共に傷付いているシグルド(親友)を助ける為に一時レンスターへと帰国することを伝えた

今は亡きエルトシャンとシグルドはキュアンにとってもかけがえのない友である。更に妻エスリンの兄であるシグルドはキュアンにとって義兄とも言える存在であった

エスリンの話がなかったとしても、キュアンは迷う事なくシグルドを助けるだろう

 

もうすぐ最もシレジアにとっては有利な季節である冬

勿論帰国するキュアン達にもそれなりの負担を強いる事になるだろうが、冬季のシレジア軍というのは大陸全土のどんな国家であったとしても攻める事を躊躇う程の脅威となる

となれば、シレジアのラーナ女王がシグルドを保護している以上はグランベルによる侵攻はないだろうから、シグルド達にとっての危険はない

 

そうキュアンは判断した

本来ならば既に第二子を妊娠しているエスリンに過酷な道中は好ましくないのだが、他ならぬエスリン自身が何よりも兄シグルドの身を案じていたのも判断材料となっている

 

キュアンとエスリンと共にシグルド軍に参加しているフィンはあまりエスリンに無理をさせたくなさそうだったが、それでも主君であるキュアンと当人であるエスリンの嘆願を受けては流石に抗しきれなかった

 

レンスター王国には精鋭騎士団である槍騎士団(ランスリッター)が存在しており、その実力はグランベル公爵家の各騎士団とも戦えるとキュアンは思っている

恐らく父は渋るだろうが、それでもキュアンはシグルドを助けるつもりだ

 

 

 

シグルドとしては親友キュアンや妹エスリンの心遣いは有り難かったが、アグストリアを巡る戦闘でエルトシャンを喪い、更に妻であるディアドラの行方が分からなくなっている

であるからこそ、シグルドは『自分の為』に無理をして欲しくはなかった

これ以上、誰かを喪うなど耐えられないから

 

 

 

シグルドのそんな想いを理解しているからこそ、キュアンはシグルドを助けようと全力を傾ける決意を胸にレンスターへと帰国した

 

 

 

 

 

しかし、キュアンのその動きを見逃さない、いや見過ごせない者達がいる事をキュアン達が知る事はなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから少し後

此処はグランベル王国北西部にあるダーナの街

 

かつて、ロプト帝国を打倒した十二聖戦士達がこの地に立てこもって最期の抵抗を繰り広げようと各々が悲壮な覚悟を決めた。そんな彼等を古代竜族達が力を貸したとされる『ダーナの奇跡』があった場所であり、今回イザーク遠征軍を派遣したグランベル王国軍にとって重要な地でもある

 

 

 

そこにブラムセルという男がいた

彼はダーナやその南部にあるメルゲンを拠点として主にレンスターとの交易にて財をなしていた人物であった

 

ブラムセルはとある事情より、イザーク南部のリボーの族長がダーナへと攻め入る事を知っており、その結果としてグランベルがイザークへと討伐軍を出すだろうと予想している数少ない人物だ。彼はグランベル王国イザーク遠征軍に積極的に武器や食糧を提供する事により、今まで全く無縁であったグランベル王国との繋がりを手に入れる事に成功

更にその繋がりを求めてブラムセルに今まで彼を小物扱いしていた有力商人の一部が彼に協力を申し出てきた事により、正しく『この世の春』を謳歌していたのである

 

 

イザーク遠征軍が敗退したとはいえ、それは一時的なものであり体勢を立て直したグランベル王国軍が既に軍の体を成していないイザーク軍を放置する訳がない

それはグランベル王国という国家の大きさを知る者達からすれば当たり前の事だった

 

ブラムセルとしてはグランベルとの繋がりにより成り上がった事もあり、彼としてもグランベル王国軍には是非ともイザークの再遠征をしてもらい、あわよくばイザーク王国を制圧して欲しいとも考えていた

 

 

そんな彼の元に一つの知らせが届いた

 

 

 

レンスターの王子一行が?

 

の様です。恐らくはリューベックより砂漠の北端を通り、砂漠の東端を南下。此処ダーナにて領主殿に通行証を貰う手筈ではないか、と

 

うーむ

 

 

ブラムセルが思わず唸った。というのも、レンスター王子キュアン等が此処ダーナの街に立ち寄るというのだ

 

レンスター王国とグランベル王国は表向き友好な関係にある

だが、現在シアルフィのシグルド公子とその軍に属している者達には叛逆者の嫌疑がかけられており、それはレンスター王子キュアンとその騎士フィンにこそ適応されていないものの、元とはいえシアルフィ公女であるレンスター王子夫人であるエスリンには適用されていた

その為、グランベル王国とレンスター王国の境目にあるメルゲン領を抜けレンスター王国領に入る事はキュアンとフィンに出来ても、エスリンには出来ないというややこしい状況となっている

 

メルゲン領主はグランベル王国本国の人物であり、騎士らしい実直な性格の持ち主。融通は効かないとも言えた

だが、此処ダーナの領主は良くも悪くも『騎士らしかぬ人物』であり、グランベル王国本国が把握しているかは知らないが『クルト王子支持者』である

言い方は悪くなるだろうが、バイロン卿の娘(エスリン)にも手心を加える可能性の高い人物でもある訳だ

無論、それ相応の代価は必要となろうがその辺についてブラムセルは然程重要視していない

 

というよりも、ブラムセルからすれば『現在』のダーナ領主は取引相手としても交渉相手としてもあまりにも面倒(不適格)な人物としか思っていなかったのだから

商人とは常に現実主義(拝金主義)であるべきだと思っているブラムセルからすれば、時に感情を優先する連中など理解の外にある存在だし、そんな連中と好んで取引したいと思っていない

 

(とはいえ、この様な情報を手に入れておいて何もせぬ。というのはあまりにも勿体無い。が、どうすれば良いのだ?)

 

グランベルにとって現在レンスター王国は準敵国といえるだろう。だが、イザークの再遠征に旧ウェルダン、旧アグストリア領の併合、更にシレジアに逃れたシグルド達への対応

如何に各公爵家独自の騎士団を有するグランベル王国とて、シアルフィ、ユングウィにエッダの三公爵家の当主を失いシアルフィ騎士団を欠いた状態では厳しいだろう

確かに現在でもヴァイスリッター(バーハラ騎士団)ロートリッター(ヴェルトマー騎士団)ゲルプリッター(フリージ騎士団)グラオリッター(ドズル騎士団)バイゲリッター(ユングウィ騎士団)を有するグランベル王国である。当然ながら大陸に現在残っているシレジア、レンスター、トラキアと比して圧倒的ともいえる軍事力を残している

が、グランベル程ではないにせよ諸侯が戦力を有していたアグストリアでは未だ侮れない戦力があり、これ等が反グランベルでまとまった場合アグストリアの統治体制に悪影響が出るだろう事は疑いない

イザーク再遠征軍を編成するとしても、イザークの剣士隊に対抗する為に適していたグリューンリッター(シアルフィ騎士団)は壊滅しているし、万一残っていたとしてもシアルフィ公爵家自体が『反逆者』として扱われている現状では王国の指揮下に加えるとも思えない

となれば、少なくとも2つ以上の騎士団を動員せねば厳しいと軍事的知識に乏しいブラムセルは思う

 

しかし、『今』のグランベル王国は多方に戦線や火種を抱えている状態である

さしものグランベル王国とて飽和状態となってしまえばどうなるかは予想もつかない

そもそもイザーク遠征軍が一時とはいえど敗退した事自体がブラムセルやダーナの商人からすればあり得ない事であり、その様な事態が一度でも起こったともなると、流石に二度目がないとは言い切れないのも事実だろう

 

『可能な限り被害(リスク)を最小化して利益を得る』

それこそがブラムセル達商人のやり方である以上、軽々に賭けをする気にはならないのも道理

今はブラムセルもダーナで屈指の影響力を持つが、『明日』は分からない

利が無くなれば商人と言うのは掌をあっさり返すものであり、下手をうてば来年には乞食の様な生活を送る事になる事もあるのがブラムセル達の生き方でもあるのだから

 

そうであるからこそ、ブラムセルは慎重にならざるを得ない

 

 

 

 

…ならばアルスターの領主あたりに知らせておくか?

アルスターであれば、曲がりなりにもレンスター王国の一員。下手な事はするまいよ

 

 

ブラムセルとしては安全策をとったつもりであった

が、このブラムセルの知らせがトラキア半島を大きく動かす事になるとはブラムセルは全く予想していなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 本作における主人公はいる様ないない様な微妙な感じになると思います

ま、昔の小説の残骸を拾い集めてるので仕方ないと思いますが
なお、タグは増えますが、ネタバレになるので適時増やします

予めご了承くださいませ
ではご一読ありがとうございました


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 迫る運命

望む明日の為に誰しもが足掻く

運命という歯車は廻る
人の想い、人の願い、人の祈り


その全てを巻き込みながら
止まる事は、ない








いつも通りのクオリティですので、それでも宜しければどうぞ


 レンスター王子キュアン帰国

 

 

その報せはダーナのとある人物により、レンスター王国領であるアルスターやコノートやコノート、トラキア間に存在するマンスターへと届けられる

 

レンスター領コノートでは静観を選択し、マンスターもまた沈黙を選ぶ

 

 

これはコノートにとって、トラキアは直接国境を接していない事や、マンスターにとってはトラキアが勝ち過ぎても、逆にレンスターが優位になり過ぎても困る

そう言った事情によるものだった

 

言ってしまえば、キュアンが帰国しようがコノートからすれば困る事もないし、喜ぶべき事でもない。といえた

マンスターとしては『程良く両国が消耗』してくれれば良い訳であり、トラキアの奥地にレンスターが侵攻するというのは到底許容出来なかった

まぁ出来るはずもないとマンスター領主や領主に近い者達は判断していたのだが

 

マンスターがトラキア各地に比べて豊かであるのはレンスターからの物資をそれなりの価格(・・・・・・・)で売りつけているからであり、物資を得る手段が限定されているトラキア王国にとって手放し難い地域なのだ。それがどれだけ忌々しかろうとも

レンスター王国からすれば、名目上はレンスター王国の傘下にあるマンスターがトラキア王国に必要以上に接近する事は好ましからざる事であったが、さりとてトラキア王国の北への野心や敵意を暴発させては困る為にマンスターの独自政策を認め、マンスターに対しては他の地区よりも高い税をかける事で一応体裁を守っていた

 

マンスターとしても、トラキア王国相手にマンスター独力で相手出来る筈もない事くらいは承知しており、それ故にマンスターとしては不本意ながらレンスター王国の下についている

 

つまり、である

トラキア半島にあるトラキア王国、レンスター王国、マンスターの三勢力は相手に不満を持ちながらも、ギリギリのところで決定的な判断を避けていたとも言える

 

 

だが、この感覚はレンスター王国の一部であるコノートとアルスターの領主には到底理解出来ない感覚であり、そうであるが故にアルスターの領主は判断を間違えてしまった

 

 

 

レンスターのキュアン王子が帰国した事と、王子の妻であるエスリンが第二子を産んだ事を知った彼は即座にレンスター王都に赴き、祝いの品と言葉を国王と王子に届けた

流石に長年国王を務め上げてきた国王は彼に対して、最低限の情報しか与えなかったし、キュアンも同じだった

 

彼とてそれなりに長くアルスターの領主をしてきた人物

元より、国王や王子から話が聞けるとは思っていない

 

 

彼が狙ったのは、王子夫人つまりはエスリンに付けられている侍女やエスリンの近くにいる護衛達だった

彼女達からすれば、エスリンは『余所者』であり、大国グランベルのシアルフィ公爵家の公女とはいえ、手放しで歓迎出来る相手ではなかった

 

それに加えて、シアルフィ公爵家当主バイロンは『クルト王子殺害』の嫌疑をかけられており、此処レンスターにもその報せは届いていた

更にエスリンの兄であるシグルドも父バイロンと共謀してグランベル王国に対して反旗を翻した『叛逆者』とされている

この上、そのシグルドの軍につい先月まで籍を置いていたのがレンスター王子夫妻とその騎士

 

如何にエスリンがレンスター王国の民から受け入れられていようとも、彼女に不満を持つものはいる

一介の従者達にそんな事情を知る術などなかったが、キュアン達が不在時にそんな()が彼等彼女らの近くでもまことしやかに囁かれる様になった

 

侍女は護衛を務めている者達とて、彼女達の出自は平民ではない

レンスター王国の有力者の縁者であったり、その推挙を受けるに相応しい能力を持つ者ばかり

当然だが、寄り親とでも言うべき後援者がおり、彼等は『次期レンスター国王夫妻』や『第一王女』(アルテナ)の覚えを確かなものとし、将来的に自分達が今の立場を保持出来るだけの実績やコネを作りたいが故に彼女達を送り込んでいる

 

が、能力の高い平民ならいざ知らず貴族や有力者の子女や子息からすれば『誰かの世話になる』ならば受け入れられても『誰かの世話をする』などと言うのは我慢ならない者が多かったのも事実であった

そして、それは同じく侍女や護衛を出している者達からすれば『将来のライバル』を引き摺り下ろす好機(チャンス)であり、エスリンを批判する事はあっても、擁護する噂を流す事はなかった

 

 

更に彼女達は仕えるべきエスリンがレンスター王国を長期間空けていた為に、レンスター城内において立場を一時的に失った状態であった事も悪い方に働く

彼女達はエスリン(レンスター王子夫人)あっての立場であり、個々人のみでは何の権威も影響力も持っていなかったのだから

 

当事者であるエスリンは王国にいた時、薄々従者達の感情に気づいてはいたが、エスリンとしてはそれを否定するつもりはなく『少しずつ理解してもらおう』と考えていた

これは夫であるキュアンや義父である国王にフィンなどのレンスター騎士達からは受け入れられているからこそのものだった

ある意味ではエスリンには余裕があったからこその判断といえよう

 

 

話を少し変えるが、エスリンと同じ様な立場でありながら、逆に孤立を深めたのが今は亡きエルトシャンの妻であったグラーニェである

彼女はレンスターの人間であったが、諸々の事情より遠国であるアグストリアのエルトシャンの元に嫁いだ

『騎士の国アグストリア』の功臣である黒騎士ヘズルの血を継承し、しかも『魔剣ミストルティン』を使いこなせるエルトシャン。如何にエルトシャンを信用し、重用していた賢王イムカと言えどアグストリア諸侯と血縁的に結びつくのは流石に頷ける話ではなかったのだろうか?

或いは親友であるキュアンの生国であるレンスターからの話とあってはエルトシャンも断り切れなかったのだろうか?

真実は永遠に闇の中である

 

とにかく、グラーニェはノディオンのエルトシャンの元へと嫁いだ。ところがノディオンに迎えられた筈のグラーニェを待ち受けていたのは、夫エルトシャンからの不確かな愛と義妹ラケシスやノディオンの騎士からの敵意であった

エルトシャンという人物に釣り合うと彼女は見なされていなかったのである

故に彼女は本拠であるノディオンがシグルド軍によるアグスティ制圧後、グランベル側に引き渡される際に息子であるアレスを連れて移転先であるシルベールではなく実家のレンスターへと戻る事にした

彼女が真にエルトシャンを、その家を愛していたのであればエルトシャンらと共にシルベールに移るところ

彼女にとって、愛すべきは息子であるアレスのみであり、夫エルトシャンもノディオンの家もアグストリアもそうではなかったのでないか?

更に言えば、エルトシャンと似合いと民衆から噂されていた義妹(ラケシス)に対して複雑な、恐らくは憎悪にも似た感情を抱いていた事だろう

本来ならばノディオンを統治するエルトシャンの代理として妻であるグラーニェが余り好ましくないが出るのであれば、一応筋が通る

ところが、ノディオンを指揮していたのは実戦経験がある訳でも、武勇や知謀にとりわけ秀でているわけでもないラケシスだった

しかも、夫であるエルトシャンは妻であるグラーニェに護衛を付けていたがラケシスはノディオンでも有数の能力を持つアルヴァ、イーヴにエヴァの三名を付けられている

無論、戦場に出るから。という理由もあろうが、事もあろうにラケシスはハイライン軍をエバンス勢と協力して撃退した後、そのまま三名を護衛としてアンフォニー、マッキリーにあってはならぬはずの主君が居るアグスティにすら攻勢をかけた

 

アグストリアあってのノディオンであり、ノディオンあってのアグストリアではない

グラーニェはそう考えていたからこそ、このラケシスとその指示に従った三名をノディオンに帰還するなり詰問した

 

 

お前達は王家を、主家をなんと心得ているか!

 

確かに夫であるエルトシャンが牢に入れられたのはグラーニェとしても不満であった

だが、エルトシャンから見れば筋の通ったやり方であっても、即位したばかりのシャガール陛下からすれば夫のした事はアグストリアに対する反発でしかなく、今回のウェルダン制圧を受けてのグランベルへの攻勢については正しい面もあったのだから

 

当時、グランベルはイザーク遠征の只中であり、イザークとグランベルの国力や軍事力を知っている者達からすればイザークの敗北は目に見えていた

つまり、短期間でウェルダンとイザークを飲み込まんとしていたのがその時のグランベルだったのだ

 

シャガールとて、グランベル王国を武力で倒すつもりなど毛頭なく、エバンスに兵を進める事によりウェルダン制圧の実行者であるシグルド一派に圧をかけ迂闊な事をさせぬ様にした上でグランベル王国と話し合いの場を持つつもりだった

 

本来ならば、エルトシャンが来た時点でシャガール王がそれを言えばよかったのだ。しかし、度重なるシグルド達への配慮を見たシャガールはエルトシャンを『アグストリアを裏切るかも知れない男』と見ていた

信用していなかったのである

ノディオンにいる者達はエルトシャンを盲信しているとグラーニェは常々思っていた

やる事なす事全て正しい

そんな筈はないのに、彼等彼女達は平然とそれを口にする

 

だからこそ、グラーニェは夫との間に設けたアレスを自分の母国であるレンスターに連れ帰る事にした

 

此処(ノディオン)の連中にアレスは育てられない

と思ったから

 

 

夫とは話をして、それを認めさせた

愛情が無かったとは決して思わない。夫がどう思っていようとも彼女は確かにエルトシャンを愛していたのだと思う

だが、疲れたのだ

 

 

故にアルスターの領主である彼は然程の苦労なく、エスリンの従者達から『キュアン王子がシグルド公子の援護の為に主力騎士団を動員したいと願っている』という情報を得て、悠々アルスターへと帰還した

 

 

この時代において、恋愛結婚(自由恋愛)は貴族や王族に許されるものではなく、政略結婚は当然のものとして行われている

中にはキュアンの様に良縁に恵まれ、恋愛結婚が政略結婚として成り立つ稀有な例もあるにはあるが、往々にしてその様な選択をした者に対する周囲の視線は冷淡である

 

キュアンとて、レンスターでは騎士階級の者達からの支持は受けているものの、実際に国を動かす実務者である役人や能吏からの評価は決して好ましいものではなかったりする

 

 

 

 

父上、何故お分かりになられぬのですか!?

 

キュアン。お主の言う事も理解はできる

が、一国の長としてその判断を認める事は出来ぬ

 

 

そのキュアンは国王である父の自室にて、国王の説得をしようとしていた

が、キュアンの主張に一定の理解を示す事はあっても国王として容易く頷けない理由もある

 

レンスター王国は豊かな国とされているが、それはあくまでもレンスターとレンスターの南にあるアルスター近辺の話

レンスターの東にあるコノートは河川が比較的多く、それ故に古くから水害が絶えない

アルスターの東には広大な森林地帯があり、土地自体は存在するもののそこに手を入れた場合、高い確率でトラキア王国に露見し下手すると戦乱の元にもなりかねなかった

 

 

現在のレンスターを支える主な財源はイザーク〜レンスターないし、レンスター〜グランベル間で交易をする商人達からの税収入である

ところが、グランベルによるイザーク遠征により前者の交易路は使用不能となった

後者についても肝心のレンスターから輸送する物資の殆どがイザークの品であり、ごく一部はマンスター経由のトラキア王国産の商品である。勿論禁制品ではあるが、これについては規制するのが難しいのも実情といえた

だが、バイロンとシグルドの件によりグランベル王国側からグランベル国内の商人に対して『荷止め』が為される可能性が出ている

レンスター王国を支える交易を止められた場合、現在予算の増額しか考えていない騎士団(無駄飯食らい)の予算が明らかに問題となるだろう

 

そもそも騎士団の仕事とは『戦争や紛争に対する抑止力』であり、有事の際の戦力に過ぎない

それが今のレンスター王国では『トラキア王国打倒』との名目で年々増加傾向にあった

しかし、イザーク遠征に伴いレンスター王国が受ける経済的ダメージは彼等騎士が予想するよりも遥かに大きく、前年に比べ七割程度の収入しかなかったのである

 

これには財務担当が大慌てとなり、即日試算をもう一度行なったが数字は変わらなかった

加えてグランベルがイザークを制圧した場合、イザークのものが直接グランベルに渡る

いや、正確には『グランベル国内での物資移動』というものになってしまい、レンスターの商人達がグランベルの商人より優遇される訳もなかった

 

その為、レンスターの商人達は国王に対して『グランベル王国との友好関係の継続』を幾度となく意見している

敵対した場合、レンスターの商人達にとって文字通り『死活問題』となるのは目に見えていたのだから

財務担当を始めとした者達もグランベル王国との決定的は決裂を避けるべきと常に発言しており、逆にグランベル王国の現政権に敵対すべきと主張するのは騎士階級のごく一部くらいである

 

 

以前トラキア王国の入り口となるミーズに軍を派遣したが、ミーズ城自体の守備兵に加え、隣接するカパトギアから若いながらに勇名を馳せるハンニバル将軍の部隊が敵方援軍として参戦

それでもレンスター騎士団は粘り強く戦闘を継続していたが、トラキア本城より『俊英』として名高いマゴーネとその指揮下にある竜騎士団(ドラゴンナイツ)が追加で参戦するとコノートから派遣されていた騎士団の指揮官と次席指揮官が相次いで戦死

アルスター勢も指揮官こそ無事であったが、次席指揮官と副官が瞬く間に討ち死にするという大損害を受けた

混乱するコノート、アルスター両軍の統制が効かないと判断し、当時のレンスター騎士団団長はミーズ攻略を断念しマンスター方面へと撤退した

 

 

だが、寧ろ此処からがトラキア王国軍の恐ろしさを嫌と言うほど実感する事となる

 

マンスター回廊と言われるトラキア領ミーズから北のレンスター領コノートまでは東西を険しい山脈に挟まれた地である

故にレンスター騎士団などの地上戦力を持つ勢力はこの回廊を抜けねばレンスターからトラキアへと入ることができない

つまりそれはトラキアからレンスターへと帰還するにもこの回廊を通らねばならないという事でもあった

 

地上戦力であれば進軍経路が限定される回廊だが、トラキアの竜騎士やシレジアの天馬騎士であれば話は別

この回廊そのものが彼等の『狩場』となるのだ

 

 

 

 

キュアン不在時に行われたこの一連の戦闘により、レンスター勢は投入した戦力のうち半数近くを失い、コノートは七割、アルスターも四割もの損害を出した

逆にトラキア軍に与えた被害は竜騎士が三名とミーズ守備兵が十名ほどのものである

 

なお、レンスターが出したトラキア軍の被害であるが、これは誤りであり、そもそも最前線であるミーズ、ルテキアとそれを支援する役割を担うカパトギアには他のトラキア諸城に比べて回復手段が豊富に用意されていた

トラキア側が出した死者は僅か二名であり、二人はミーズの守兵だった

 

カパトギアとトラキア本城よりの来援までの時間を稼ぐべく、この二人は老齢ながらにレンスター軍相手に獅子奮迅の活躍を見せ、結果として守勢一辺倒となりつつあったミーズ城兵の士気を保つ事に成功し、それがカパトギアの援軍到着までの貴重な時間を稼ぎ出したともいえよう

 

 

 

レンスター側が受けた損害に比べたら、余りにも少な過ぎる犠牲

客観的に判断したのであればトラキア王国の勝利だろう

 

 

だが

 

 

また犠牲を出したか

 

陛下、おそれながら

 

言うな、クェム。勝った事位は理解している

だが、それでもまたトラキアの民を失ったのだ

 

…はっ

 

 

トラバントとて歴戦の戦士であり、傭兵であり、そしてトラキア王国国王だ

犠牲なく戦闘に勝つ

 

などという事は都合の良い世迷言でしかない事を分かっている

 

 

が、それでも喪った命の重みに無頓着であれるほどにトラバントという男は器用でも無責任でもなかったのだ

 

 

 

 

 

 

キュアン王子(ゲイボルグの使い手)が帰国した事により、新たに騎士団長となった人物と軍務の責任者は連名で『トラキアへの再度の侵攻計画』を国王に上奏した

事が事だけに国王は国の上層部を集め、会議を開く事とする

 

 

 

 

ですから!キュアン王子が帰国なされた以上、トラキア王国軍を圧倒する事も可能でしょう

先の戦闘で失われた仲間たちの為にもトラキアを平定する為に軍を動かすべきです!

 

会議で口火を切ったのは、当然ながら侵攻計画を作成した軍務責任者だった

騎士団長もそれに同意する様にしきりに頷いている

彼はその地位に就いてから日が浅く、それ故に先代がなし得なかったミーズ攻略という大功を以って、自身の立場を確たるモノとしようとしていたのであった

 

 

…しかしですな

先の大敗の傷も癒えぬまま、兵を出すと仰るのか?

 

兵については補充すれば良かろう

何、トラキア相手であれば志願者もかなりの数いる筈。不足する事はあるまい

 

レンスターの内政責任者の渋い表情を見ても軍務責任者は自分の意見を曲げない。いや、曲げられないのだ

彼が先代の騎士団長と計ってミーズ侵攻計画を策定し、実行に移した

 

無論、レンスター王国の最高権力者である国王には上奏し、許可も貰ってはいたが近年稀に見る大規模な動員であり、それこそミーズ攻略後にカパトギアとルテキアすら状況によっては攻略するつもりですらあったのだ

一度戦場に出てしまえば、如何に内政屋達(王国の役人達)が五月蝿かろうともその声は届かない

全て『現場指揮官の判断』により動かせる

結果を出して黙らせる

 

それがその時の軍務責任者と騎士団長の方針だった

 

 

当然だが、これは『結果』ありきの話でありトラキア王国軍との本格的戦闘を実際に経験したことのない騎士団長は余りにもトラキア王国軍というものを甘く見過ぎていたのは自明だろう

 

険しい山岳地帯を無視して行軍するトラキアの竜騎士達の弱点(アキレス腱)は補給のみであり、山岳地帯上空に逃げられた場合レンスター王国軍に出来る事など無いに等しい

アルスターやコノートの領主は遠距離狙撃用のロングアーチを少数ながら運用しているが、高速機動するトラキアの竜騎士達に当てるとなれば並外れた技量に勘も必要となる

 

レンスター王国軍は国是として、王国の祖である槍騎士ノヴァに倣い槍騎士を多く育てている

間接攻撃手段として『手槍』を持ち合わせているが、空を駆ける竜騎士達に対する攻撃手段としては不適格極まりなく、効果も望めない

 

 

 

さて、『レンスター王国伝統』という事で編成されているレンスター槍騎士団であるが、この騎士団に対して不信感を強めているのが他ならぬレンスター王国の役人や文官達であった

彼等からすれば『トラキア王国と戦うのであれば、せめて効果の期待出来る弓騎士(アーチナイト)なりを編成すべき』と考えており、ともすれば偏執的とすら言える槍騎士への傾倒と一向に止まらぬ騎士団の膨張には辟易していたとすらいえる

 

 

 

待て待て、まだ兵を増やすつもりなのか?

それは財務責任者として認められぬぞ!

 

騎士団長の発言に今までは聴き手に徹していた財務担当も思わず口を挟む

 

そもそも現在我がレンスターの収入は激減しているのだ。寧ろ軍の予算を削るべきだと私は考えている

増やすなどもっての他だ!

 

しかし、先の戦闘での被害を

 

であれば、現在トラキア相手に戦を仕掛けるなど出来るはずもないでしょう

 

被害の補填を反論材料としようとした軍務責任者だったが、当然それを根拠としてトラキア侵攻に異議を唱えられる

そもそも軍備が整っていないと軍の関係者が言っているのに、何故トラキア侵攻を主張出来るというのか?

 

 

というより、レンスターだけではないと聞きますが?被害を受けたのは

 

確かに。聞けばアルスターもかなりの被害を出したそうだが、コノートに至っては恐らく一年ほど軍事行動が取れぬ程のものと聞く

 

であればレンスターから兵力を供出すれば

 

出来る訳がなかろう!!貴様らの都合だけで戦争出来る訳もない!!

 

レンスターのみの被害であれば、アルスターやコノートの戦力を動かせば再度の侵攻も出来なくは、ない。勿論顔を顰めるなどと言う生やさしい表現にならぬ程一部から反発をくらうだろうが

 

だが、よりにもよっていざという時にあてにする筈のアルスター、コノートの兵力を減らしたのだ

レンスターから正騎士を派遣しているが、それはあくまでも分隊長クラスになる訳であり、一般兵はアルスターやコノートの住民(・・)から志願者を募り、ある程度の練成期間を経て軍に編入する

今回アルスターやコノートの被害の大半は騎士達であったが、それでも撤退中の戦闘において相当数の平民兵とも言える彼等が犠牲になっていた

 

言うまでもなく、アルスターやコノートの領主の最大の目的は『自領の守護』であり、決してレンスター王家や王国に無条件で従うつもりなど彼等にはなかった

当然各々の領地の領民の感情についても領主達はある程度気にせねばならず、少なくない人達が近しい友人や親類を亡くした結果ともなった訳であり、住民達は戦闘を支持した領主。そしてその様な被害を出させたレンスター王国に対しても不満と不信を募らせる結果となる

 

 

元々コノートはそうでもないが、アルスターは南部でトラキア王国と領土を接しており、それ故に歴代領主は常にレンスター王国に従いながらもトラキア王国を意識せざるを得ない状況に置かれてきた

アルスターからすれば、トラキア王国との戦闘を選ぶのであればせめてグランベル王国に援護を頼むなりするべき。そう考えており、レンスター王国の力のみでの制圧など最初から考えるべきではない。と思ってさえいたのである

たとえトラキア王国に勝ったとしてもアルスター(自分達)が深い傷を負ってしまっては意味がないのだから

 

 

その為、キュアン帰国に際してアルスターの領主がレンスターに来た事はレンスター王国の役人や大臣達からすると意外でしかなく、彼の行動の真意を図りかねていた

レンスターの者からすれば、コノートの領主はともかくとしてアルスターの領主は油断ならない人物であり先の戦闘で受けた被害もあってレンスターへ好意的などと思える要素は皆無だったのだから、彼の行動はただ不気味にしか映らなかったとしても不思議ではない

 

 

先の戦闘は『レンスター王国が攻め寄せた』ものであり、レンスター主導の作戦

その為、コノートとアルスターには被害についてある程度の補填が必要であり財務関係者はただでさえ税収が減っている中での、両都市への補填額について非常に頭を抱えていたりする

 

現在、イザーク遠征の混乱により、レンスターへと越境を試みる難民や彼等を狙う賊徒も発生しており其方への対応も必要だ

更に城下の機能を維持する為や老朽化した砦などの修繕費用なども計上されており、内政担当と財務担当は悩みの種が尽きることのない現状に嫌気がさしている

 

故にその問題を考える事なく、自身の都合だけを優先しようとする軍やその関係者に対して隔意や敵意どころか一部では殺意を抱く者もいるくらいであるからして、その深刻さがお分かりになると思う

 

 

 

 

 

キュアンは今回初めてこの会議に出る事となったが、自国を取り巻く情勢の危険さにようやく理解が追いついた

 

 

なお、王子という地位の高いキュアンであるが、この会議における発言権は無いに等しい

 

今回会議に出席したのは

 

 

分かった。お主がそこまで言うのであれば、今度の会議に出て皆を説得せよ。それが出来るのであれば私は何も言わぬ

 

との国王()の話からのものであった

だが、レンスター帰国後それなりに忙しかったキュアンは国を空けていた時に何があったのか理解したのは会議が始まる直前の事であり、それまで彼はレンスターの騎士団は万全の体制を整えている。とばかり思っていた

 

 

シグルド達に協力する前、ミーズへと攻め寄せて失敗して僅か一年足らずのうちに再度出兵しているとはキュアンも予想できなかった

 

 

 

まぁ、状況を理解していない貴殿らに何を言っても仕方ありますまい。とはいえ、軍を動かす立場にある以上はある程度『財務』について理解していただかねば困りますが

 

いくら話をしてもキリが無いと判断した財務担当の人間は軍責任者の二人の目の前に具体的な数値を出した書類を放り投げる

いつもであれば、その様な粗暴な行動を慎む彼であったからこそ、その怒りのほどが理解できるものであった

 

さて、陛下が居られないこの会議に態々お越し頂いた理由。それをそろそろお伺いしたいものですな?王子

 

あ、ああ

 

明らかに好意的とは思えない視線を自分に向ける財務担当にキュアンは気後れしたが

 

実は

 

かと言って、自分のいる理由を説明する事を放棄する訳にもいかなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

……

 

グランベルと、ですか?

 

うむむ、流石にそれは

 

 

キュアンの話を聞き、沈黙する内政担当と財務担当。それに困惑する騎士団長と軍務担当

 

(やはりか)

キュアンは内心溜息をついた

会議において、内政担当と財務担当は軍の予算を増やすどころか、寧ろ縮小するつもりであり、それに対して真っ向から意義を唱えているのが騎士団長と軍務担当である

 

 

…正直申しますと、賛成しかねますな

現在我がレンスターの財源としてもっとも大きいのがグランベルとの交易による商人からの税収です

これを失えば、我がレンスターの収入はイザーク遠征前の三割以下になりましょう。それこそ現在の騎士団の維持すら危うくなるでしょうな

 

率直に申しまして、この際シグルド公子等が真に叛逆者であるかどうかは重要ではありませぬ

王子の仰せになる通り、無実であるのであれば態々シレジアの地に逃れたのは完全に失策でございました。もしグランベル本国に戻っていたのであれば、国王陛下や我々も王子やエスリン様の為にシグルド公子達への支援を惜しまなかったでしょうが

 

財務担当と内政担当がそれぞれの立場から私見の述べる

 

一応、陛下の命によりグランベル側と話し合いの場を設けようとしておりますが、現在グランベル王国では叛逆の疑いのあるシアルフィ公爵とユングウィ公爵に近しい者達の炙り出しを行なっている様です。此方との窓口であったシアルフィ公爵家自体が当事者であるのも災いしてか、中々新しい交渉窓口を見つけるのに苦慮してるのが現状ですな

申し訳ありませぬ

 

仕方あるまい

エスリン様の伝手があった以上、それを最大限活かすのが少し前までは最良の策だったのだからな

 

今までは蚊帳の外であった外交担当は会議の席で謝罪し、財源担当はそれを擁護する

 

王子。あまり申し上げたくはありませぬが、グランベルと事を構えるとなるとかなり厳しいと言わざるを得ませぬ

 

やはり、か

 

騎士団長の発言にキュアンも渋々ながらに同意した

 

そも万全の状態であったとして、不利は否めませぬ

王子も知っておられましょうが現在シグルド公子やバイロン卿と明確な敵対関係にあるのは、ドズル公爵家のランゴバルド卿です

かの人物が統率するはグランベルでも最大戦力の一つ斧騎士団のグラオリッター。どうしても我が槍騎士団(ランスリッター)との相性差で不利になりましょう

 

単独という事はないだろうが

 

内政担当からの発言にキュアンも流石に反論しかけるが

 

 

シレジアからの支援をあてになされると?

残念ですが、シレジアも国内で火種を抱えております。女王の弟であるトーヴェ侯とザクソン侯は女王はともかくとして王子を認めておらぬと聞き及びますが?

 

外交担当の人物はキュアンの反論に疑問を抱く

大陸にあった国家(・・・・・)はレンスター、トラキア、グランベル、ウェルダン、アグストリア、シレジアにイザーク

しかし、その国家群もウェルダンとアグストリアはグランベルに事実上併合されており、国王マナナンや王子であるマリクルを相次いで失ったイザークに統一的反撃を指揮できるだけの人物はおそらく居ない

となれば、イザークは最早国家としての(てい)を成していないだろう

そうなると、残る国家は強大になったグランベルに国家としてのまとまりを欠くイザーク。王子が帰還した事により逆に不穏分子が蠢動し始めたシレジアといがみ合うレンスターとトラキアのみ

 

レンスター以外でシグルド公子達への支援を行なうとなると、シグルド公子達を匿うシレジアくらいである事は自明

 

 

流石にレンスターの外交を担当する人物である。その辺の情報については可能な限り集めていた

 

 

…シレジアも危うくはありませぬかな?

 

ラーナ女王とはお会いしたが、その様な御仁とは見えなかったぞ

 

財務担当の男の呟きにキュアンは反論したが

 

いえ、そうではありませぬ

問題なのは、シレジア国内の争いにグランベルが力を貸す事でございますぞ

 

 

外交担当の男はキュアンの疑問に応えた

 

 

 

シレジア国内において、トーヴェ侯マイオスがその配下の将であるディートバとクブリ司祭を動かして討伐させている『反女王派』の貴族

マイオスにせよ、兄のダッカーにせよ姉であり主君でもあるラーナに対して忠誠を捧げる事に何の不満もない

 

優しい姉がどれだけの無理をしてシレジア女王をしているのかを理解しているが故、である

 

理想のみの王

 

ともすれば、ラーナの事をそう揶揄する貴族もいる事をダッカーやマイオスは知っている

だが、彼等は決まって

 

理想を追い求めるのが愚かと言うがな

より良き明日を目指そうともせぬ主君に貴様等は仕えたいか?

 

時に愚かと言われる様な政策を採らねばならぬ時もあろう

現実と剥離している絵空事を理解して尚、それを目指す事もあるだろう

 

しかし、その様な主君であっても支え、過ぎた時には諌める事こそが自分達の務め

どれだけ王という立場が重いものであるのか、(ラーナ)を見て少しばかり理解している二人はそう思い定めていた

 

(レヴィン)については言いたい事が山程あったが、それでも彼等の想いは未だ変わる事ない

 

 

だが、残念な事に如何に二人が奮闘しようとシレジアの一城主より多少権限の強い程度の影響力で近年ウェルダンやアグストリアを滅ぼして勢力を拡大させつつあるグランベル。しかもその主柱たる公爵家の軍勢ともなると残念な事だが、辺境国シレジアの更に一領主が動かせる兵力で対抗出来ると思う程にグランベルという国の武力(ちから)を甘く見ていなかった

 

国を守る為に護るべき女王()に刃を向けるべきか、それともシレジア国民全てを賭けてグランベルと戦うべきか

実は国境の領主であるダッカーはかなり追い詰められている

 

とはいえ、そこまで深い事情をレンスターの外交担当者が知る訳もない。しかし、『叛逆者』であるシグルド一派を匿いあまつさえ彼等の無事な帰国を求めている。という話は担当者もグランベルの外交官の愚痴とも怨嗟の声とも言えぬものから推測出来た

故に彼はグランベルが次に兵を向けるのは遠征に失敗したイザークではなく、シレジアになる公算が高いと見ている

 

 

故に進退窮まったシレジアがシグルド一派の全面的支援に出る事はあり得ない話という訳でもなかった

 

そうなるとグランベルいや正確にはシグルド一派を敵視するレプトールやランゴバルド等にとって面倒極まる話となるのは間違いない

トラキア王国ほどではないにせよ、シレジア王国もまた全土を制圧するとなると非常に手間のかかる国である。天馬騎士という地形を無視する兵種を主力とし、拠点防衛には風魔法を操るウインドマージが多数あたる。一応ヴェルトマーのロートリッターであれば属性有利を取れるが、逆にフリージのゲルプリッターの場合だと属性不利となる

加えて言えば、ヴェルトマーの指揮官は近衛を纏めるアルヴィスである。彼が国王アズムールの側を離れる、しかも国内でなく国外に出る侵攻戦に協力する義務はない。ゲルプリッターの指揮官であるレプトールとてグランベル王国宰相。彼もまた余程の事が無ければグランベル本国から動く理由などないし、あってはならない

となれば、外征担当はランゴバルドのグラオリッターか、当主の座を継いだアンドレイの束ねるバイゲリッターとなる。仮にも一国の正規軍を相手にするとなると、どうしても公爵家の戦力を動員しないと厳しいのだから

 

だが、グラオリッターの場合だと天馬騎士相手ならば武器的には優位となるが機動性において劣ってしまう。ウインドマージ相手の場合だとどうしても魔防が低い為に被害が続出する可能性もあるだろう

バイゲリッターの場合はさらに深刻であり、主力はイザーク遠征により壊滅。現在立て直しの最中であり、その練度に不安が残る

 

 

まぁそれも内通者(離反する者)を作ればなんの問題にもならない程度のものでしかなかったのだが

 

 

 

如何に守りの堅い()であろうとも、内応する者が出てきてしまえば、その時点で終わりである

 

故にこそ、領主や国王ですら家臣や貴族などに一定の配慮をせねばならない

 

 

どれだけ国に忠誠を誓おうとも、国を滅ぼしてしまえば全て終わり。ダッカーやマイオスの様に主君へと忠誠を誓う者が居たとしても国を滅ぼされれば何も残らない。遺せないのだ

 

 

外部からすれば、ならばグランベル王国に従いラーナ女王の体制を壊してその中で自身の有用性とグランベルへの忠誠を誓う事でラーナ女王は無理だとしても、『シレジア王家の血』を護るべきと考えたとして何もおかしくはなかったりする

 

 

 

この後も会議は紛糾し、結局現状確認に留まる事となった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、どうしたものか

 

自領に戻ったアルスター領主は自身の執務室で思案していた

 

 

忌々しいレンスターから派遣されてきた騎士達は先の戦闘にて無視出来ない被害を受けた上に、アルスター軍の被害を抑えきれなかった事からその影響力を落としていた

 

彼等生き残ったレンスター騎士達の大半は、アルスターの兵を見捨てる決断をして撤退した者達であり、殿(しんがり)を務め戦死した騎士や混乱したままにトラキア王国軍に蹂躙された兵が全滅していれば彼等にとって()良かっただろう

だが、残った騎士達は死に物狂いで抵抗し、彼等の奮闘と献身によりごく少数ながらもアルスターまで撤退できた兵も存在した

辛うじて撤退出来た兵達はアルスターの領民であり、彼等は自分達を真っ先に見捨てて撤退した騎士達(恥知らず)を嫌悪、いや憎悪する

 

元々レンスターから派遣されてきた騎士の多くにとってアルスターやコノートは『左遷先』であり、レンスターよりも発展していない同地について不満があった

しかもそれを隠そうともしない騎士もそれなりにおり、そう言った不良騎士とも言える者に対してアルスターやコノートの民衆や直接指揮下に入る兵は不満や不信感を募らせていた

それでも『戦力になる』からそれを抑えていたのだが、そんな中でのこの一件

当然の様にミーズから逃れてきた兵達は先に逃げ出した騎士達の醜聞を吹聴し、それを民衆も怪訝な顔をしながら聞いていた

此処でその騎士達が毅然とした態度をとっていれば問題は小さな形で収束したのだろうが、よりにもよって騎士の一人は民衆の目の前で命を拾った兵に剣を向けたのだ

 

流石にそれはマズイと周囲の騎士が止めようとするも、少しばかり遅く兵を殺しこそしなかったものの、傷を負わせてしまう

こうなると『レンスターの騎士がアルスターの領民を傷つけた』との問題に発展し、兵権を騎士達に渡さざるを得なかった領主はこの一件をもって兵権を剥奪。問題を起こした騎士については即刻アルスターより退去させ、レンスター側に対しても『今後のアルスター軍の兵権は領主が握る』事を認めさせていた

 

 

だが、それは良い事ばかりでなくトラキア王国軍との交戦(有事)の際にも領主である彼が全責任を負う事でもあった為に苦慮せざるを得ない事になってしまった

 

レンスターの尖兵として、また盾としてこのアルスターを捧げる気は最初から彼にはない

正直なところとして、彼からすれば国王はともかく頭ごなしに色々言ってくるレンスターの騎士や役人どもには内心辟易しており、機会があるのであればレンスターの下から抜け出したい。そう思う程度にはレンスター王国に対して不満を抱えている

 

が、彼も幾らレンスターの連中が気に食わないからとて『レンスターを滅ぼそう』とか『レンスターを裏切ろう』と軽々に実行するつもりはない

無論、決定的な事態ともなれば話は変わるだろうが

 

 

 

そうであるからこそ、彼はトラキア王国領地であるルテキアに噂を流す事とした

 

 

レンスターのキュアン王子がシグルド公子帰国の為に兵を出す

 

 

 

 

 

 

 

 

この話を城下の噂として聞いたルテキアの将軍は飛竜便で即座にトラキア本城へと報告

 

事態は大きく動き出そうとしていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本作はゲーム『ファイアーエムブレム聖戦の系譜』のみを参考としており、関連作品である『トラキア776』や各種書籍作品について参考としておりません事を遅ればせながらご報告します

というか、関連書籍多すぎぃ!!

あと、スーファミもいよいよ寿命みたいで動かないしカセットもバッテリーがないのか、セーブがとぶし
トラキアについては元々入手困難という


なお、作者はswitch持ってないので過去作出来ないという微妙な状況だったりします(苦笑)
ではご一読ありがとうございました


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 道を探し、明日を希う

推敲に時間がかかり過ぎて年が変わってしまった

しかも、長い
そして次回の事を思うと筆が重くなる事が確定しているという


相変わらずのクオリティなので期待せずに読んでもらえると嬉しいです


 

 

 

 

シレジアでは明らかに不穏な空気が立ち込めていた シグルド公子達がシレジアのセイレーンに留まって一年が過ぎ、恋人同士となっていた者達が夫婦となりそれぞれが子供を授かり、それが収まった頃

 

トーヴェ侯マイオスが突如として、シグルド一派の拿捕を目的としてトーヴェより天馬騎士ディートバと彼女率いる天馬騎士隊。司祭クブリ率いる魔道士隊がそれぞれセイレーン方面へと侵攻を開始した

 

女王を支えようとしていたマイオスであったが、グランベルにおいて叛逆者として扱われているシグルド一派を引き渡そうとしないばかりか、国王アズムールにシグルド達の窮状や彼等の誠実さを訴えたラーナ女王からの親書

この流れを危険と見た宰相レプトールはランゴバルドとユングウィの新しい当主となったアンドレイと連携して、女王の弟であるザクソン侯ダッカーに圧力をかけるべくザクソンの東にあるグランベル領リューベックにてドズル公爵家騎士団グラオリッターとユングウィ騎士団バイゲリッターによる合同演習を行なう事とした

これは当然示威行為であり、宰相レプトール等からの最後通牒とも言えるものともいえた

 

 

 

アグストリアにおいて、戦闘初期シグルド達が打倒すべきと考えていたのはあくまでもハイラインである

アンフォニーについては傭兵騎士団を動員したものの、非情な言い方になるが『傭兵』(切り捨てられる戦力)なのだ

アンフォニーの正規軍は国境付近の護りのみに注力しており、シグルド達から仕掛けなければ戦闘は起きなかったかも知れない(・・・・・・)

 

 

だが、アンフォニー侯マクベスが用意したならず者達を撃退し、アンフォニーに最初刃を向けたのは『シレジア王子』レヴィンだった

更にレヴィンはシグルド達に対して協力すると共にアンフォニー攻略を成してしまう

無論アンフォニーのマクベスが指示したであろう『民衆からの略奪』は到底統治者として許されるものではないが、それはあくまでもアグストリア国内の話であり、それを処断出来るのはアグストリア国王であるシャガール王のみなのだ

 

穿った捉え方になるが、『アンフォニー攻略はシレジア王子の協力によるもの』だったと言えなくも無い

そして、口実がある以上それを上手くかわす必要があったのだが、タイミング悪くアグスティに『シレジア四天馬騎士』の末席に身を置くフュリーがいた

しかも正式に国王であるシャガール王に『レヴィン王子の捜索』と話してしまっており、シャガール王の発言からエバンスに進軍する事となった

エバンスにて、レヴィンと再会しシャガール王の発言とレヴィン王子の発言に矛盾を感じたフュリーはレヴィンを信じ、シグルド達に協力した

 

 

その後、アグスティへの最後の砦ともいうべきマッキリーを制圧したのだが、この際レヴィンは然程活躍していなかったが、フュリーは高台に配置されたロングアーチ部隊や魔道士隊と交戦しているなど積極的にマッキリー軍と交戦していた

つまり、『シレジア王国の正規軍に属する人間がアグストリアにてシグルド達に協力した』となる訳であり、先のレヴィン王子の行動と合わせて考えると決して無視できる話ではなかった

結果として首都アグスティはシグルド達により解放(占拠)され、アグストリア南部はこれを機にグランベルの統治下へと入ることともなっている

 

今まで問題視されていなかったのは、あくまでもシグルド公子達が『グランベル王国に反逆する意思がない』と考えられていたからであり、そうでなければ実のところシグルド達には様々な問題があったのである

 

敵対国であるイザーク王家のシャナン王子を匿い、王女であるアイラを軍に参加させ、滅ぼしたウェルダンの王族であるジャムカもを迎え入れている

ジャムカはともかくとして、グランベルと交戦しているイザークのしかも王族を匿っていたというのは仮にレプトールやランゴバルドがしていたとしても責任追求は免れない程のもの

言葉を飾らずに言うならばたかが一公子の頸一つで済む問題では決してなかった

 

つまり、シグルド公子自身の本心はともかくとして、少なくとも彼が危険視される要素はあったのだ

更に言うと、アグストリア南部で制圧を繰り返していた時、ハイラインとアンフォニー制圧直後、アルヴィスの部下(ヴェルトマー公爵家)がシグルドと話をする事があったのも問題となった

彼等はあくまでも、主君アルヴィスの話やグランベル王国の歴史などについてシグルドに話をしただけであったが、全く事情を知らない第三者から見ると話が変わる

 

 

再三アルヴィス(ヴェルトマー公爵)が警告したにも関わらず、それを無視してアグストリアでの戦闘を継続した

 

以前記した様にグランベル王国の役人達でも上の方の人間にとって、ウェルダン制圧だけでも大問題。その上、アグストリア南部まで飲み込んだとなるとはっきり言って手が足りなかった

だが、グランベル王国は大陸最大の国家であり、その威を保つには一度制圧した地方をあっさり返す訳にもいかなかった

まぁ、正確には大国特有の『プライドの高さ』故に出来なかっただけなのだが

 

 

ともかく王国の役人達にとってシグルド達の成果、つまりウェルダンとアグストリア南部制圧は全くもって嬉しくないどころか、邪魔でしかなかったのである

グランベル王国として統治するとなると、勿論商人などの行き交いは盛んになるだろう。しかしその一方で、同じグランベル国内(・・・・・・・・・)で余りにも経済的、または統治能力的に差が生じてしまった場合要らぬ諍いの元になりかねない

それは統治機構に属する人間の責任、つまりグランベル王国の役人である自分達にも責任が生じる可能性は否定出来なかった

更に南北に分断される形となったアグストリアでは黒騎士ヘズルの末裔であるエルトシャンがグランベル王国の役人達からすればまるで理解出来ないがかなりの支持を集めていたのだからどうしようもない

そもそもアグストリアにシグルド達が介入した原因だと言うのに、不思議とかの者に対する不平不満よりも、彼を投獄したシャガール王の方が非難されるという訳の分からない事態となっていた

 

これには政治的センスが高く、統治者としてまた調停者としての能力が傑出している宰相レプトールすら匙を投げる程だったのだから、その特異性がどれだけ根深いものであったのか御理解してもらえると思う

下手にアグストリア南部を制圧した事により、アグストリアの住民からは反発され、一度手にした南部を手放すべきと主張するシグルド達(現地軍)とアグストリア南部を足掛かりとしてアグストリア全土を制圧しようとするグランベル国内の一派。エルトシャンとシャガール王の対立など比較にならない程面倒な事態が引き起こされかねなかったのが実情だった

 

 

しかも流石に旧ウェルダン一国や南部アグストリアを一公爵家に管理、統治させるとなると他の公爵家との力関係にも問題があった

かと言ってそれ以外の者に明らかな騒動の元となりかねない同地を与えるなど論外だろう。それだけの家臣や統治能力を持つだけの者はいなかったのだから

加えてその当時はまだ(・・)シアルフィやユングウィの当主であったバイロンとリング両名は存命しており、問題児(クルト王子)も生きていたから尚更だ

王家の直轄領にすれば、フリージ公爵(レプトール)ドズル公爵(ランゴバルド)の立場が将来的に悪くなる可能性がある

役人達から見ても、クルト王子の行状についてはあまり好ましいものと映っておらず言葉を偽る事なく言えばクルト王子の治世となると不安要素しかないと判断する者はそれなりの数いたのである

 

もし仮にイザーク遠征がクルト王子主導で成功した場合、その功績の一部は王子を補佐したバイロン、リング両名のもの

更にやり方に不満はあれど、結果としてウェルダンとアグストリア南部を切り取った形となるシアルフィ公子(シグルド)や彼に力を貸したユングウィ騎士(ミデェール)やウェルダンにて解放されてから従軍したユングウィ公女(エーディン)がいる

となれば、ウェルダンかアグストリア南部、ないしはイザークの何れかにおいてシアルフィ公爵領やユングウィ公爵領を用意せねばならなくなる可能性は決して低くなかった

 

恐らくクルト王子であれば、それを父である国王アズムールに進言するだろう事も

 

 

レプトール、ランゴバルドの両名は文武に優れ、しかも統治者としての能力も非常に高い

レプトールは宰相としてグランベル王国で欠かせぬ人物であり、ランゴバルドもまた北方のシレジア王国牽制の為に必要不可欠な人物

レヴィン王子出奔により、一時的とはいえ混乱した当時のシレジア王国に対して出兵を求める声がグランベル国内であがった際、それを押し留めたのが他ならぬランゴバルドである

 

 

シレジアに兵を入れるだと?

ワシは反対だ。現女王であるラーナはどちらかと言えば理想主義的なところがあろう

その統治体制を受け入れているシレジア国民が我等グランベルのソレを受け入れるものか

それとも貴様らにはそれを受け入れさせられる手段か確信があるのか?

 

そうであればワシは止めぬがな

 

 

その時は公爵家に属さない者達や文官でもない者達が主体となって『シレジアへの介入』を主張していた

彼等からすれば、公爵家に属さない。いや属せない自分達にも大きな権力や発言権が欲しかった

彼等の目は欲望に染まっており、相手国であるシレジア王国の戦力を過小に見積もっており、シレジア独自の戦力である天馬騎士についての理解すら及んでいなかったのだから笑い種である

 

しかも現実路線とは言い難い現在の女王やその息子を支持するシレジアをどうやって治めるのか?という根本的問題もあった

ランゴバルドとしては、あまり所領を増やし過ぎれば要らない軋轢を生みかねず、結果としてグランベル王国にとって好ましからざる事態を招くであろうとも判断している程だった

 

 

 

 

が、事態はここ数年で大きく変わる

こうなってしまえば、最早グランベル王国を残す為に極端な手を打つ他にない

そうレプトールとランゴバルドは結論づけた

 

その一環がクルト王子の排除であり、リンクとバイロンの始末なのだ

誠実なのは結構な事

実直なのも構わない

 

が、道を外れようとする主君やその一族を諌めずして『目が覚めるのを待つ』などと言う悠長な事が出来るほどに国王アズムールは若くなかった

現在グランベル王国にて絶大な権力を有するのは宰相であるレプトールだが、別に彼が斃れたとしてもそう簡単に体制が崩壊しない程度には組織や人を育てている

レプトール亡き後ならば、恐らく国王アズムールの信任厚い近衛のアルヴィスが暫く舵取りをするだろう。レプトールにせよ、ランゴバルドにせよアルヴィスの手腕にそこまでの不安はないので後顧の憂いはないはずだ

 

 

問題なのは、クルト王子が亡くなってから意気消沈した一部の者がバイロンの息子であるシグルドを担ぐ事

今までの実積から、シグルドは『騎士としては優秀だが、政治的駆け引きや配慮が苦手』な人物と判断する他なく、掌握に難航しているユングウィの人間やシアルフィの生き残りとシレジア王国の戦力を合わせて考えると放置する事は許されない

しかも、シグルド軍にはヴェルダンの王族、イザークの王族にノディオンの姫君もいる

 

更に帰国したレンスターのキュアン王子はどうやらシグルド達に手を貸そうとしていると言うではないか

トラキアは動かないだろうが、最悪の場合大陸各地に争乱の火が上がる可能性もあり得なくはない

 

危険すぎるのだ

しかも、それをシグルド達が上手く制御出来るとも思えないのであれば尚更

 

 

それ故に現在のシグルドを支えているシレジア王国には

 

 

消えてもらわねばならなくなった

 

それだけの事なのだ

 

 

 

 

 

 

 

しかし、グランベル(大陸最大国家)からすればその程度(些事)であっても実際に圧力を受ける側(シレジア)からすれば到底受け入れられるものではないだろう

下手すれば亡国待ったなしなのだから

 

その為、グランベルとシレジアの境界を守るザクソンのダッカーはすぐ近くで大規模な演習を行なうグランベル王国正規軍の威容を嫌でも感じざるを得なくなった

確かに相手はシアルフィ騎士団(グリューンリッター)との戦闘で消耗したドズル騎士団(グラオリッター)やイザーク遠征により主力が壊滅したといって良いユングウィ騎士団(バイゲリッター)ではある。

されど、他国の騎士団でも二線級の予備兵力位は用意するものだ。当然グランベル王国を代表する騎士団であるグラオリッターとバイゲリッター。そのクラスとなると、その規模もかなり大きなもの

 

 

しかも、グラオリッターの場合はランゴバルドの副将とも呼ばれるスレイターがリューベック演習直前まで練成を重ね、バイゲリッターもイチイバルも公爵位もないアンドレイが血の滲むような労苦の果てに何とか立て直したものであった

付け加えるならば、そもそも此度の一連の動乱のきっかけはユングウィの居残り組がウェルダン軍により敗北、その後にユングウィ城を制圧された事である

言葉を偽る事なく言えば、ユングウィ城守備隊がウェルダン軍を追い返すか、少なくとも互角に戦闘していればシアルフィは勿論の事、ドズルやフリージなどからの援軍参戦により問題無く収まっていただろう

 

その脅威は確かに以前よりは劣るであろうが、それでも鬼気迫るとも言える訓練を乗り越えた騎士達の雰囲気は相当なものとなる

ドズルの騎士達は『グランベル王国の(きっさき)』としての誇りの為に

ユングウィ騎士達は『ユングウィ騎士の名誉を守る為』

 

 

ダッカーはそれを逐一把握しつつ、国内の不穏分子を始末。更に弟マイオスと共に女王を補佐しながら、綱渡りともいえる様なグランベルとの睨み合いもこなさねばならなかった

 

自身に付けられたパメラより一応レヴィン王子が女王に謁見し、一先ずは後継者問題に解決の目処がついた。とは聞いているがそれだけが彼の救いだった

 

 

しかし、尊敬する兄がそれこそ神経を削るかの様な苦労を重ねているにも関わらず、女王を支えねばならぬはずのレヴィンはセイレーンにあり、ディートバからの報告では子供をもうけたとの話が出てきた

 

跡継ぎをもうける事事態は必要。それはマイオスにも分かる

だが、この緊迫どころか切迫した状況下ですべき事ではない。少なくともマイオスはそう感じた

シグルド達がセイレーンに身を置いてから、国内で武装蜂起(首謀者は貴族や国内の有力者)が頻繁した理由の一つに『レヴィン王子に対する不信感』があった事を他ならぬ彼等の討伐を指揮したマイオスは知っている

 

先ずすべきは『失墜した信用の回復』であり、本来であればラーナ女王の下へ自分から向かうべきだった

しかし、現実は幾度もマーニャやフュリーからの要請や説得の末というのだから全く笑えない

 

 

姉であり女王であるラーナの身を守り、兄ダッカーの命を守る

それがマイオスの望みであり、そこにレヴィン(放蕩)王子の身の安全は彼の中では含まれていなくなっていたのである

 

そして、このままではシレジア王国が、姉が、兄が

レヴィンやシグルド達のせいで危険な事になる

 

 

それ故にマイオスは初めて姉と兄の意思に背く事を決めた

 

 

 

 

 

 

 

 

セイレーン攻略を命じられ、セイレーンへと進軍しつつあるディートバは自身の相棒に騎乗し嘆息する

 

 

戻れぬ道、か

 

それはマイオス侯が自分達を送り出す際に語った言葉である

 

 

私はこのシレジアを守る。だが、そこには女王陛下やザクソン侯が含まれる事はあってもシアルフィ公子やその一味にレヴィン王子は含まれると思ってあらぬ

これは歩き始めたが最期。戻れぬ道となる

私の決定に異を唱える者もおろう。その者達は直ぐに部隊を抜け、女王陛下の元へと参ずるが良い。許す

 

 

 

トーヴェ侯であり、本来ならば到底許す事のないはずの指示

彼は元々自分よりも優秀な兄や尊敬する姉を補佐する事に秀でており、シレジアの民からは『腰巾着のマイオス』と密かに呼ばれている事をディートバも知っている

実は当人であるマイオスも知っているが、さして気にする事もなく放置していたりする。『自分が目立たない方が兄や姉を支えやすいから』という理由で

 

 

 

 

やれやれ、儘ならないものだ

 

ディートバは嘆息しながら、少し後ろを振り返る

 

 

ディートバが率いる天馬騎士は十五名

更にトーヴェから少しセイレーンに近い森の中にはクブリ司祭が率いる魔道士部隊が待機しており、ディートバの部隊と連携して戦う事となっている

 

 

ディートバはあくまでもシレジア王国の騎士であり、トーヴェ侯に仕えているのは女王であるラーナの命だからこそ

彼女に従う天馬騎士達もそうであり、本来の所属であるシレジアへと帰還したとしても何の咎めを受ける事はない立場

 

恐らくトーヴェに来た当時のディートバや彼女の部下達であれば、何の躊躇いもなく戻るだろう

しかし、必死にトーヴェという北の最果てといえる地方を治めているマイオスを見ていた彼女達にその決断は出来なかった

 

 

 

(パメラやマーニャに会う事は叶うまいな、これは)

 

ディートバは『シレジア四天馬騎士』の第三席である。つまりマーニャ、パメラに次ぐ実力者であり、フュリーに勝るとされている

かと言って、自身の研鑽を怠る事も腐る事もなく今日(こんにち)まで過ごしてきた

 

全ては守るべき国と民の為に

 

 

 

それは騎士を目指す者の多くが最初の頃には持っていた思い

しかし、時を重ねるにつれて現実や我欲、失望などにより少しずつ歪んでゆくもの

 

それでもその心を持ち続けたからこそ、今の自分がいる

そうディートバは確信していた

 

 

 

 

ふ、我ながら詮無い事を考えるものだな

 

元よりディートバは考える事をしない訳ではないが、あまり小難しい事を考えるのを厭う人間だ

しかし、今回ばかりはらしくない事だが彼女も色々と考えてしまう

 

 

 

よもや同じシレジアの者と槍を合わせる事となる、か

 

良く誤解されているのだが、シレジア天馬騎士達の憧れともいえる『シレジア四天馬騎士』

末席とはいえ、フュリーがその地位にいる事を不当と考える輩が多い

 

曰く

「レヴィン王子の幼馴染だから」との事だが、思い違いも甚だしい

 

シレジア四天馬騎士とはそんなに安いものではない

国外においては、シレジア王国の外交官とほぼ同じ扱いをされる事もある立場であり、自分やパメラ(次席)の様に国内の有力者に対する牽制役を任される事もある

 

国内最強とも言われているマーニャやパメラはともかくとして、自分やフュリーにとってこの地位があまりにも重いと感じる事は何度もあった

 

時には逃げ出したくなる時もなかった訳ではない。それでも歯を食いしばって食らいついてきた

自分もそうだが、余計な事を言われていたフュリーからすれば自分よりもその重圧は凄いものだったろう

(マーニャ)はシレジア騎士の筆頭であり、昔から見知っているラーナ様は女王。幼馴染のレヴィン様も王子

 

正当にフュリーの実力だけを見る人物がどれだけいただろうか?

 

どれだけマーニャがフュリーの実力を、努力を認めたいとしても

例えラーナ様(女王)がフュリーを褒めたいとしても

二人の立場がそれを許さない

 

そんな中でフュリーを密かに擁護したのがザクソン侯(ダッカー殿)トーヴェ侯(マイオス殿)であった事をどれだけのシレジアの民や騎士が知っていようか?

 

 

 

迷いはある

躊躇いもある、のだろう

 

 

 

隊長

 

分かっているさ

 

 

声をかけてきた部下にそっけなく返す

 

 

シグルド公子。貴殿の立場や境遇には失礼かも知れぬが同情しよう

だが、私はシレジアの騎士。加減はできん

王子。貴方がどれだけシレジアの外で学んだのか、その成果を見せてもらいましょう

 

フュリー。お前が王子を守ろうとするその覚悟、見せてもらうとしよう

 

 

ディートバはそう零すと進軍速度を上げる命令を出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シレジアにて血みどろの戦闘が今まさに行われている時、レンスター王国においてキュアンが主導する『シグルド公子への援軍』について漸く国王からの裁可が下った

 

と言うのも、国防というものは現時点の大陸情勢においてなくてはならぬもの

騎士団長と軍務責任者達は軍務の放棄(切ってはならぬ札)を仄めかす事により財務や内政担当の首を縦に振らせたのだった

とはいえ、それに対する財務や内政に携わる者たちからの反発は尋常なものではなく約3割ほどの人間が職を辞す事態へと発展した

 

国王としてはこの事態が危機的なものである事を理解していたのだが、王の決定というものは容易に覆して良いものでは決してない事が災いして援軍派遣について強行する他に無くなってしまった

しかし、この決定はレンスターに帰国したグラーニェ、つまりエルトシャンの妻であった彼女の実家やその親族達にとっては甚だ不愉快なものに映ったのは仕方のない事だろう

 

グラーニェからすれば、ノディオンで孤立を深めていたとはいえどそれでも『嫁ぎ先』であった

少なくとも、夫との間に(アレス)を作る程度には想ってもいたのだから

 

そんな彼女からすれば、シグルドやラケシスは夫とその国を滅ぼした憎い相手でしかない。特に夫の妹であったラケシスに対する憎悪は一年以上経った今でも全く収まる気配はない

レンスターが援軍を出すという事は『シグルド達のした事をレンスター王国が認める』事と同義

 

元よりレンスター王子夫妻がシグルドの側に立って参戦していたので、グラーニェとその親族達は最初からキュアンやエスリンに期待もしていなかったのだが

その彼等に元々エスリンやキュアンの在り方に不満を持った貴族や有力者。更に今回の援軍決定に不満を持ち職を辞した者達までが『反シグルド』から『反キュアン王子』。更には『反国王派』へと変じるのはある意味では当然だったのかも知れない

 

これには彼等の不満を煽るアルスターやコノートの領主が密かに暗躍していたりするが、様々な混乱が続いた為にこれが露見する事はなかった。というよりもそれどころではなかった。という方が正確だろう

 

 

レンスター軍の主敵はトラキア王国軍であり、ドラゴンナイトを中核とするトラキア軍であれば、武器の相性面からすれば同じ槍であるからそこまでの対策を必要としない

ところが、多種多様な騎士団を国内に抱えるグランベルとなると当然だが話はまるで変わってくる

 

シグルド公子やバイロン卿の影響が強いシアルフィ騎士団(グリューンリッター)やエーディン公女のユングウィ騎士団(バイゲリッター)は敵にならずとも、その他の騎士団が相手になる公算はある

特に武器の相性的に不利なドズル騎士団(グラオリッター)。彼等を相手取るとなると危険な賭けになってしまう事は明らか

 

斧騎士(アクスナイト)やその上位であるグレートナイトは他の騎士に比べると防御力が高い傾向にある

そう言われている

が、何のことはない。最大規模の斧騎士団を有するドズル騎士団がそうであるから言われているだけなのだ

 

斧騎士といえばそのままドズル公爵家の騎士か、その縁者

 

その様な認識が確かにこの時期(・・・・)にはあったのも事実

それ故に派兵するならば慎重に慎重を重ねる必要があった

 

 

 

 

 

やれやれ。軍の連中は威勢の良い事ばかり言いおるわ

 

出兵が決まった以上、それに沿う動き方が要求される

その為、財務担当者は人員を集めてこれからかかるであろう費用の概算を立たねばならない

今更な話ではあるが、既にイザークとグランベルの交易による税収が当てにならない以上は以前の様な無秩序や奔放とも言えるような予算は組むことなど出来るはずもなかった

 

加えて、大幅な減収により国内統治などに充てる予算も減る事が既に確定している。当たり前ではあるが、この事に対して内政担当側から猛反発を受ける

「ふざけるな!」

そう言い返したい感情を無理矢理抑え込み、全く気が進まない事(シグルド公子への援軍に伴う予算編成)の為に財務関係者は一室に集う事となった訳だ

 

集まって開口一番飛び出したのがこの台詞(セリフ)であった事からも彼等がどれだけレンスター軍関係者に不満を持っているのかが分かってしまうだろう

 

 

奴等、早速必要な費用を提出してきましたが

 

恐る恐る一人の人物がソレを出す

 

 

…考慮にも値しませんな。あまりにも非現実的過ぎる

 

これだけの費用をどこから捻出するというのやら

 

そのあまりの内容に批判の声が室内のあちこちから噴出する

 

 

 

軍の希望は

 

装備の更新

現在レンスター軍が主武装として採用している『鋼の槍』。これを見直し、威力に優れ重量の軽い『銀の槍』を採用したい。との事

流石に全軍への配備は難しいと思っているのか、『一部の騎士』限定としている。しかし言うまでもなくそれなりの数になってしまう上に、銀製の武器は元々流通量が少ない為確保も難しいし、価格もそれなりに高くつく

 

ミーズ攻略戦にて大損害を受けた騎士団の早期再建

主力、正確には外征に出せる軍(・・・・・・・)であるのだがこれの早期再建。つまり、武器や鎧に軍馬などの装備に加え、レンスター市民からの志願兵を募る

それが最低ライン(・・・・・)

出来るならば、グランベルとの全面的な衝突の前に現在の騎士団の規模拡大まで言い出しているのだから笑えない話であった

 

主にこの二点

 

 

銀の槍を装備として採用?

何処から仕入れるというのか!?

 

商人達に声をかけるしかなかろうな

 

 

半ば怒声とも聞こえなくもない話し合いの方向性が見えてきた

その時だった

 

 

無理です

 

 

一人の役人が小さな声で反論した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無理とな?

 

はい、不可能です

 

何故?

 

進行役に務める人物は当然その意味を問いたださせねばならない

 

 

 

既に商人達にとって、我が国は利益を生む存在となり得ないからかと

 

…穏便な話ではないな。何があった?

 

質問を受けている人物は唯一商人達との交渉を担当していながら、レンスター王国に残った者

他にも何人かいたのだが、彼等は既に職を辞している

 

 

 

 

レンスター王国は交易により莫大な富を得る事により繁栄している

裏を返せば、交易に支障が出た場合その繁栄に重大な問題が発生する。という事でもあった

 

そして、交易を主導しているのは商人達であり、彼等が落とす(税金)こそがレンスター王国の礎

この様なある意味で歪な体制となったのは、レンスター王国の成り立ちに理由がある

 

 

 

レンスター王国はトラキア王国より独立した国家であり、当時の純粋な軍事力で言えばトラキア王国と比較するのも躊躇われる程の戦力差があった

それ故に当時のレンスター首脳部はトラキア王国に対して、『軍事的な勝利』というものを重視するだけでは立ち行かないと判断していた

当時のレンスター王国首脳部は『トラキア王国』対『レンスター王国』

ではなく、『トラキア王国』対『レンスター王国とその他』という状況を作ろうとしていたのである

 

 

トラキア建国の祖である竜騎士ダイン

彼はその実力を以て解放軍の中で確たる立場を持っていた

加えて、彼を中心とした竜騎士団が偵察や遊撃に監視といった役割を担っていたからこそ解放軍はロプト帝国軍相手にも互角以上に戦えた部分は大いにあった

 

それ故にダインと彼に従う竜騎士達を一部の者達は危惧したのだ

 

 

勿論、解放軍の主だった者達にはそんな考えなど持っている者は居なかった。正確には所謂『十二聖戦士』と呼ばれていた者達には、だったが

 

だが、幾ら最大の功労者達であっても彼等の意見が優先して採用される訳であるはずもない。武に秀でていたが、政務や調整能力には妹であるノヴァの助けが必要であるダインを『トラキア半島』(貧しい地方)へと追いやったと言っても大袈裟な表現ではなかったのだろう

そして、ダインとノヴァが死没した後トラキア半島はトラキア王国とレンスター王国に別れ争う気配を見せた

 

 

この状況をグランベル王国の政治をバーハラ王家から任せられていた者達は大いに喜んだ事だろう

何せ『血族』というある意味で一番固い繋がりがあった筈の竜騎士ダインの子孫(トラキア王国)槍騎士ノヴァの子孫(レンスター王国)が分裂し争う事が避けられぬ事態となったのだから

 

既にヘイムやバルドなどの『十二聖戦士』と呼ばれた者達は鬼籍に入っており、ロプト帝国との凄惨な戦いの記憶は少しずつ、だが確実に過去のものとなりつつあった

勿論ロプト帝国の残党狩りも行なっていたが、それと同じくらい彼等の跡を継いだ者達にとって『神族より与えられた武器』を使いこなせる者達の存在は危険なものに見えていたのかもしれない

その中でもダインとノヴァの兄妹とその後継者たちの存在は頭を悩ませるものであったとしても何ら不思議はなかろう

事実、ダインとノヴァが存命中はレンスター地方にノヴァが派遣され代官としてその地を治めても何の問題も起きなかったのだからダインとノヴァの『互いを信じる』事については相当なものだったはず

 

 

しかしそれはトラキア王国にとって好ましい事ではあっても、それを好ましく思わない者達もいたのもまた悲しい事だが事実

それ故にダインの息子とノヴァの息子の不和は歓迎すべきものに見えただろう

そうであるからこそ、本来大陸の情勢を揺らがしかねないレンスター地方の反乱(・・・・・・・・・・)を認めたのではなかろうか?

 

 

ロプト帝国を打倒した聖者ヘイムを中心とした体制。これは本来揺るぎないものとすべきだろう

しかし、次世代ともいえる時期にあっさりとトラキア王国からレンスターが独立。しかもグランベルなどが独立を認めたというのはあまりにも不自然

 

当時ロプト帝国を打倒して作り上げたグランベル王国を始めとした新国家群

当然まだまだ問題を多く抱えていた。ならば混乱は歓迎すべきものではなかったはず

 

 

 

全ては(いにしえ)の事ゆえに定かではない(実はそこまで古い話でもなかったりするのだが、全力で目を逸らす)

しかしながら、グランベル王国や他の国からして見ても『反乱を正当化』するかの如きレンスター独立は劇薬だった

 

トラキアとレンスターが相争う形となり、グランベルの仲介により停戦は成ったものの、結果レンスター王国とトラキア王国の関係は悪化。元々食糧生産能力や経済的な基盤の弱かったトラキアへの物資の流れはレンスター王国により堰き止められる事になる

 

 

だが、この『十二聖戦士体制』とも言える大陸の国歌群による体制にヒビを入れることになったレンスター独立は後年になって、グランベル王国にその牙を剥く事となる

 

 

 

 

その様な事情からレンスター王国では商業、とりわけ物流に力を入れる事により国を富ませていたのだ

 

だが、イザークはグランベルにより遠からず平定される事になるだろうのに『シグルド公子援護』の兵を挙げると聞いた商人達は当然算盤を弾いた

そして彼らが出した結論は

 

 

《b》グランベルと敵対するのであればレンスター王国で商売する必要はない

というものだった

 

 

現在細々と行なっているイザークとの交易はグランベル王国が『見逃している』だけであり、本来であればイザーク王国への支援と受け取られても文句は言えない

そして、そのグランベルとの交易こそがレンスターにも拠点を持つ商人達の生命線なのだ

 

そんな彼等がどうしてグランベル(最大の顧客)を態々敵にしようとするレンスター王国に拘るというのか?

勿論レンスターを本拠とする商人達であれば『国に尽くす』という考えの元で動くのかもしれない。が、殆どの商人からすればレンスターが顧客としての価値を持っているならばいざ知らず、それをむざむざ手放そうとしているのであれば手を切るのみだ

そもそも、既に大陸の3割以上の地域に純然とした影響力を持つ事となったグランベルと友好関係にあった筈のイザークを見殺しにし、相変わらずトラキアとの戦争を止めようともしないレンスターでは比べるまでもない

 

既にグランベル国内の商人達は旧ウェルダン地方や旧アグストリアにも販路を拡げている。宰相レプトールを始めとしたグランベルの政務担当達はレンスターのそれと比べて経済や商業への関心や理解が深く、それ故に税金を徴収しているとはいえレンスターと比べるならば安い

更に国境というものが無くなっている現状、国家間の取引ではなく国内での取引となった事により納税するのも以前より簡素となっているのも大きい

 

無論、グランベル国内において公爵領などでは独自の税金を徴収される事はあっても商人からすれば煩わしい事この上ない賄賂などについては必要ないとは言わないもののレンスターに比べたらその額は少ないとも彼等は聞いている

 

既に北方のシレジアとの戦端を開くのが避けられないともなっている現状において、大陸最大国家はグランベルである事に何の疑いもないだろう。であれば、自身の身代を大きくするにはグランベルに拠点を移すのが上策である事もまた確実

軍事的な知識は然程にない商人達であっても、南にトラキア王国という敵を抱えた上でそんなグランベル王国と戦ってレンスターが勝てるなどと思う事はない

 

その為既にグランベルへの派兵が議論され始めた頃から一部の商人達はグランベル国内へと自身の商会や家族などを移り住ませていたのである

 

 

 

レンスターの商業、いや正確には税の徴収を担当する者はそれを遅れながら把握し驚愕。その後に愕然としたのも仕方のない事だった

更に今はレンスターに居る商人も次々と国外(グランベル)へと出ていく事が容易に想像出来てしまったからこその絶望

 

彼の同僚の殆どはマンスターやグランベル。果てはトラキアに行くと言っていた。彼はそれを止める事も出来ず、かと言って自分までレンスターを見捨てる様な事も出来ずにこの日を迎えてしまっている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

室内を沈黙が支配していた

 

 

つまり何かね?キュアン王子や軍の連中はシグルド公子支援を決めたが、その財源となるはずの商人達はレンスターを見捨てつつある、と?

 

自身も出来れば発言したくなかったが、己はこの室内に集まった中で最上位の地位にある事を誰よりも自覚している人物は認めなくない現実を皆に確認という形で突きつけるしかなかった

 

 

はい、その通りです

加えて軍からは商人達の資産を強制的に徴収すべきとの意見も

 

馬鹿な!その様な事をすれば二度とこの国に商人が寄り付かなくなろう!!忌々しいがトラキアの連中みたいに食料や資金を稼ぎ出そうという様な連中などこのレンスターには居らんのだぞ!

 

 

彼等が敵視しているトラキア王国

その主力たる竜騎士は強力。だが、レンスターの文官達からすればレンスターの騎士連中よりも余程話の分かる者達に見えていた

 

日々訓練という名の元で悪戯に費用を浪費するレンスター騎士に比べ、トラキアの竜騎士達は傭兵という形で少なからず資金を稼ぎ出しているのだから

加えて貧しいという事情があるのだろうが、トラキアの竜騎士達は贅沢をせず常に国の為、民の為に命を賭けていると聞く

なんとも羨ましい話だと彼等レンスターの文官達は誰しもが思っている

 

 

精兵の上に自分達のところ(レンスター騎士)の様に事あるごとにやれ装備だ。やれ自分達の名誉だ、地位だ

などと言う(宣う)事なく、ただひたすらに国王を信じて日々鍛錬しているのだから

 

今回少なくない人数が貧しいはずのトラキアへと向かったのも、あまりにも我の強すぎる特権意識の高いレンスター騎士達に辟易したのだろうから、残された彼等とてそこまで強く否定出来なかった

 

 

文武両官をもって国を支える事

これはある意味では国の理想の一つだと思うのだから

 

 

 

 

商人の協力が得られぬとなると面倒ですな

 

だな。となると王家の資産を崩すしかない、か?

 

待て待て。それをするとなるとまた騎士ども(やかましい連中)が騒ぐだろう

 

ふん、金ばかり使って大した事も出来ないと言うに

忌々しい事だ

 

それも重要だが、アルスターとコノートへの手当ても必要ではないか?

 

それもあったか

 

 

室内に集まった男達は苦い顔をする

 

 

レンスター王国と言っても、その中でアルスターとコノートはかなり大きな影響力を持っており、レンスター国王であったとしてもアルスターとコノートの領主に配慮せねばならないほど

 

コノートは緩衝地帯となるマンスターがある為にそこまで戦力を有していない。それでも有事に備えて独自の戦力を持つ様にレンスターから働きかけたという事情があった

その部隊の指揮はレンスターから派遣されたレンスター騎士が取ることになっているのだが、以前のミーズ攻略において大損害を受けている。加えて指揮官であるレンスター騎士のうち数名は指揮を放棄して勝手に帰還していた

しかも、コノートではなくレンスターに

 

指揮官不在の部隊が精強なトラキア軍に対して効果的な抵抗が出来るはずもなく、コノート独自の戦力は壊滅的といえる被害を受ける事態となってしまう

当然その戦力はコノート市民からの志願者や徴兵した者ばかりであり、戦力再建を求めた場合には『人的被害』と『金銭的被害』に対する補填に加えてそれ相応の資金を融通しなければならない

 

 

アルスターの場合は更に問題であった

アルスターはレンスターの南に位置し、トラキア領ルテキアから北上した場合『レンスターの盾』となりうる場所

此処もまた最前線と言える場所なのだ。更に西にはグランベル領メルゲンが存在し、アルスターはトラキアのみならずグランベルにも備える必要すらある要衝なのだ

 

今まではグランベルとの関係も良好である為に『対トラキア』のみに注力すれば良かったが、今回の派兵でシグルド公子らがグランベル王国の対立派であるレプトールやランゴバルドを打ち倒し、しかも彼等の行動の正当性をグランベル国王であるアズムールが認めなければならない

そうならなかった場合、ほぼ確実にシグルド公子側についたレンスターはグランベルによる報復を受けるだろう事について疑いの余地はない

 

キュアン王子(レンスター王子)がどれだけ主張しようとも、そんなものは何一つグランベルの行動を掣肘出来るものではないのだから

というより、シレジアのラーナ女王がシグルド公子らを保護しているところからしてラーナ女王からもシグルド公子等への支援はあったはず。それでもグランベルはシグルド公子の『叛逆者』を取り消す事がない。一国の女王が口添えしても不可能なものを一国の王子が声を上げた態度で覆るはずもない

 

しかも相手はグランベル有数の戦上手であるランゴバルドと政戦両略に秀でているレプトール

配下の部隊も大陸有数の規模と練度を誇るのだ。そんな相手ではウェルダンとアグストリアで連戦連勝したシグルド公子と言えど苦戦は必至。練度において再建途中のレンスター側と大陸最強国家の武を象徴するグランベルが公爵家騎士団では比較できるのかすら怪しいまである

 

文官達は軍事的な知識に乏しいが、それでもキュアン王子や彼に従って戦い続けてきたフィンは良くとも名誉欲などに塗れたレンスター騎士がどれだけグランベルとの戦いにおいて機能するのか?と疑問すら持っていたりするのだから、どれだけグランベル王国軍を脅威と思っているのであろうか

 

 

内心では大反対であるが、曲がりなりにも国王が認めてしまった以上は彼等もそれの実現の為に様々な手を講じなければならない

とはいえ、『ない袖はふれぬ』訳で

 

 

…マンスターから徴収する他あるまいな

 

やはりそうなりますか

 

 

 

マンスターは形式上レンスター王国に従属しているとはいえ、あくまでもトラキア半島における国家である

とはいえ、マンスターもまたレンスター同様交易により経済を回している都合上レンスター王国に従属する形でレンスター国内の物流にも関与出来ていた

が、レンスター王国の国是である『トラキア討伐による半島統一』については賛意を示す事は今までなかったのだが

 

 

緩衝地帯としてマンスターは敢えて放置されているところもあり、マンスター側もそれを理解しているのか軍備については山賊対策の為に自警団レベルの戦力を有するにとどまっている

強過ぎればレンスターに戦力としてあてにされるし、トラキアからも脅威と見做されかねない

 

いつでも占領出来るが、直接統治するよりもマンスターの連中に任せた方が面倒がなくて良い

 

そう周囲から思われる事こそがマンスターの生存戦略の基本であった

加えて、レンスターでは(おおやけ)に禁止されているトラキアとの交易。しかし、マンスターの地であれば『マンスターの問題』として言い訳もたつ

レンスター側としてもトラキアとの交易は決して損のないものであり、税収的にも嬉しいものである事から黙認していたりする

 

だが、それはマンスターという独立国の地で行なうからこそであり、レンスターかトラキアがこの地を有してしまうとこの密貿易といえる交易ルートは維持できなくなる

トラキアとしてもグランベルとの交易に比重を置きつつあるものの、ミーズやカパトギア向けの物資調達はマンスターの方が効率が良い事もあってこのルートを維持する事としていた

 

 

その辺の事情についてはレンスターも理解していたが、そうであるからこそ(・・・・・・・・)マンスターに対しての措置はアルスターやコノートに比べ厳し目になってしまう

 

 

血を流す事なく、利益を享受しているのだから

 

 

 

その特殊な事情故に軍役を課す訳にもいかず、結果経済的な徴収。つまり資金をレンスターに供出させる事によりアルスターやコノートの不満を抑えている部分もあった

とはいえ、それはあくまでも『レンスターの都合』に過ぎずマンスターからすれば『生き残る為』に取れる方法の中では比較的マシな選択をしただけなのだから堪ったものではない

 

表立って不満を口にする事こそないものの、マンスターのレンスターに対する不満は日に日に高まっており、マンスターの有力者の中には『トラキアとの交易』をもっと大規模に行うべきではないか?との意見も強まりつつある

 

レンスターに従おうとも、我等はレンスターの人間ではない

 

それがマンスターの人間の偽らざる本音だった

事あるごとに資金を徴収してくるレンスター

 

 

彼等にとって、資金とは自身の身を守る盾である。正確にはその資金によりトラキア向けの物資を用意するからであるのだが

レンスターに寄りすぎてはトラキアの不審を

トラキアに寄りすぎればレンスターの不興を

どうしても買ってしまう

 

幸いと言うべきか、現在のトラキア国王トラバントやその部下達はマンスターを取り巻く情勢に一定の理解を示している。それ故にマンスターはレンスター側に寄る事により仮初とはいえ、平穏を享受出来ている

 

財を搾ることしかせぬレンスターと自分達(マンスター)の立場を理解しているトラキア

マンスター上層部やマンスターの商人にとってどちらに心が傾くか、など言うまでもなかった

 

 

 

マンスターは密かにコノートの領主と繋がりを持ち、事あるごとにレンスターに対する不信感を植え付ける

元々距離的にはコノートからレンスターとマンスターは同じくらいだが、経済的な繋がりはマンスターの方が強かった

 

それ故にコノート側としてもマンスターに与する事自体にはさしたる抵抗もない。が、その場合面倒なのがコノートに常駐するレンスター騎士であった

彼等は戦闘の際に指揮権を有するだけでなく、有事の際(コノート独立の動きが出た時)にはその鎮定の役割も担っている

レンスターとしては当然の事であるが、コノートからすれば厄介者でしかない

しかも彼等はコノートやアルスターを『左遷先』と認識しており、レンスター本国の騎士に比べると全体的に士気は低く、また純粋な騎士としての技量も鍛錬を真剣に行わぬ為低い。それだけでも問題なのに、コノートに駐留する騎士の意識も低く、一部とは言え問題を起こす者すらいるという有様であった

 

直接被害を受けるコノートの市民やコノートの支配階級の者達からすれば忌々しい事この上ないのが、彼等であった訳である

度々金を無心してくるレンスターや領内で大きな顔をするレンスター騎士

例え気に食わなくともマンスターの人間に礼儀をもって接しているトラキア騎士やトラキアの商人

 

伝聞であっても、少なくともマンスターが不信を抱かない程度にはちゃんとしているという事実はレンスターに対して不平不満を溜め込んでいるコノート領主からすればレンスターより心が離れるのもやむを得ない事であったのだろう

 

 

これ以降、マンスターとコノートはレンスターと自領にいるレンスター騎士に気づかれぬ様密かに連携を強めていく事になる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユングウィ新当主アンドレイとその配下の軍勢であるバイゲリッターがシレジア王国軍を打ち破り、シレジア近衛騎士マーニャとその配下の天馬騎士団を破る

 

その報は瞬く間に大陸全土へと拡がった

というのも、これはある意味で『グランベル王国に敵対的行動を取ろうとする国家への牽制』であり、みせしめの意味を兼ねてのシレジアへの派兵だった

 

表向きは『間違った方向へ向かおうとするシレジアを正そうとしたザクソン侯ダッカーへの援軍』であったが、その真意がシレジア王国軍主力の壊滅であるのは少しグランベル王国の内情を理解している者たちからすれば明白

 

とはいえ、『グランベル王国に敵対する国家』といっても大陸に現在残る国家は事実上グランベルに近年友好関係を構築しつつあるトラキア王国。そのトラキアと対立し、反逆者であるシグルド公子の縁者を抱えるレンスター王国位である

 

全土平定という意味においてならば、イザークやシレジアも数に含められなくもないがイザークは纏めるべき王族が相次いで戦死しており、残るイザーク王家の人間はシグルド達に同道するアイラ王女とシャナン王子のみ

シレジアでは女王ラーナこそ健在であるものの、シレジアを外敵から守るべき王弟ダッカーにマイオスの両名はシグルドにより討ち取られており、その配下の軍勢もほぼ壊滅。女王直下の部隊もまたバイゲリッターにより殲滅されている

名高き『シレジア四天馬騎士』も筆頭マーニャ、三席ディートバが戦死。末席のフュリーはレヴィン王子と共にシグルド達の帰国に力を貸している

残るは次席のパメラのみであるが、彼女の部隊もまた著しく消耗しており再度グランベルが侵攻してきた場合とてもではないが満足な戦闘が出来ると言えない惨状であった

 

シレジアの王弟二人が中心とした反乱劇により国内の多くの戦力が動員され、それ以前のマイオスによる反女王派の討伐作戦によりまた多くの有力者が泉下へと旅立っている

シグルド達が制圧したザクソンとトーヴェには女王支持の役人などが配属されることとなったが、ダッカーとマイオスは国内において女王ラーナに次ぐ影響力を持つ侯爵

残念ながら、彼等の穴を埋めるには役人達の実績などが圧倒的にふそくしていると言わざるを得ないのが実情

 

しかもトーヴェとザクソンには2人の真意を知る補佐してきた者達がいるのだが、彼等はシレジアを結果的に破滅へと導いた様に見えるシグルド達に対して好意的な態度を一切見せなかった

無論、ラーナの書面による説得やダッカーに仕えていたパメラなどが説得したが彼等のシグルド達やレヴィンへの反感は根強いものがあり、殆どのものは協力を拒んでいる

 

その為、トーヴェとザクソン領内の統治や統制は上手く行っておらず、結果として混乱が収束する目処は立っていない

 

 

一時的にザクソンへと駐留している自分達にはあまり時間的な猶予は残されていないと他ならぬシグルド公子が認識している

 

ザクソン領民の中にはグランベル王国の戦力であるシグルド達が駐留する事に不快感を持つ者もそれなりにおり、女王ラーナと王子であるレヴィンの名をもって物資調達をしなければならなかったほどだ

特にザクソン領民はレヴィン王子の出奔騒ぎを覚えている者も多く

 

 

 

今更どのつら下げて帰って来た

といった感情を抱く者も多い

 

というのも、レヴィン王子が廃嫡されていた場合王弟であり歳上であるダッカーが次期国王になる可能性が高く、ラーナ女王の伴侶は亡くなっており新たに後継が出る公算は皆無だったからである

無論、ダッカーとてラーナ女王と比べてそこまで歳が離れているわけではない為王位に就く可能性はそこまで高くないものの、ザクソンの有力者の中にはダッカー侯の立場が盤石になればザクソンの更なる発展が見込めるのではないか?との見立てがあったからだ

 

曲がりなりにも王子でありながら、諸国を吟遊詩人として放浪していたレヴィンと心血を注いで女王と国を支えてきたダッカーでは後者に信頼が集まるのも仕方ない事だろう

加えて軽挙妄動しがちなトーヴェ侯を抑えて国内の安定に貢献し続けたダッカー侯の功績たるや加増されてもおかしくないもの

 

故にそのダッカー侯を追い詰めたグランベルやその原因ともいえるシグルド。遠因であるレヴィンに不満を持つのもある意味ではやむを得ない事であった訳だ

 

結果としてザクソンに駐留するシグルド達は休息というものではなく、寧ろ『針の筵』とすらいえる状態となっていたりする

 

 

女王ラーナこそ好意的であるが、実際に総数で見るとシグルド達に不満や不信感を抱いている者の方が多いのが現在のシレジアだった

こんな状況ならとてもではないがシグルドへと支援など出来るはずもない

 

 

だが、グランベルにとってシレジアやイザークなど『敵ではない』

グランベルが見つめるのはレンスター王国だったのだ

 

何せレンスター王子とその妻はシグルドの縁者であり、シグルドと共にウェルダンとアグストリアの戦いの渦中にいたのだから

 

 

無論、トラキア王国に対する牽制の意味合いも含まれていたがグランベル王国宰相レプトールやドズル公爵ランゴバルドは現時点での(・・・・・)トラキア王国がグランベル王国に対して戦争を仕掛けてくるとは考えてもいない

 

 

自身の息子であり、後継者であったクルト王子を喪った現国王アズムールは老齢に心労が祟ったのか病にたおれてしまい、現在の王国は宰相であるレプトールが中心となって動かしていると言っても過言ではなかった

近衛のまとめ役であるヴェルトマー公爵アルヴィスはあくまでも政治的中立を堅持しており、それは主流派となったレプトールやランゴバルドから見ても好ましいもの

逆に今は亡きクルト王子やバイロン、リングらを支持している非主流派ともいえる者達からすればアルヴィスのあり方は好ましからざるものであったのだが

 

 

 

 

 

 

 

 

既にシレジアにおいてグランベルとの決定的な決裂ともいえる行動をとったシグルド達

彼等は現在の王国を動かしているレプトールやランゴバルドを討ち、王国首都であるバーハラにて国王アズムールへ直言する他に事態を打開する事は出来ないと覚悟を決める他なかった

 

話し合いなど平行線であり、時間はシグルド達にとって優位に働く事は決してない

が、レプトールらからすれば時間をおけばおくほどにウェルダンやアグストリアの統治が安定してしまい、同地からの兵力の抽出も可能となる。加えてイザークへ再遠征されればイザークという国は崩壊する事もまたほぼ確実

シグルド達にとっての味方と呼べる者は先の戦乱で国内が混乱し、未だに収束の気配が見えないシレジアとシグルドの親友キュアンのレンスターだけ

既にレンスターよりの使者が到着しており、キュアンが援軍を率いてリューベック付近で合流出来る予定。との話を受けている

しかし、リューベックとリューベック南部のイード砂漠に繋がる回廊にはリューベック城が管理している砦があり、双方の行き来を制限しているだろうと予測された

 

キュアン達と合流するにはその砦を制圧する必要があり、それはリューベックを治めているドズル公爵家との全面的な衝突を意味するのだ

 

 

 

今までシグルド達はウェルダンやアグストリアにシレジアといった大陸各国の正規軍とも剣を交えてきた

だが、グランベル王国軍主力ともいえる公爵家直轄の各騎士団は精鋭揃いである。加えて指揮官もまた優秀であり、公爵家当主が動かずとも脅威となる

 

 

 

 

 

 

 

 

つまり、ランゴバルド卿が出ない場合はその騎士スレーターが指揮官なのですね

 

ああ

 

レックス。聞きづらい質問だが、やはり

 

言うまでもないだろうな。あの親父や親父に心酔する連中が欠員が出たからと言って弱い自分達を許すはずもないだろう

 

 

となると、やはりリューベック攻略は相当厳しいものになりますね

 

だが、やる他に道はない。そうだろう、シグルド

 

 

 

此処はザクソン城の会議室

現在、バーハラへと向かうにあたって敵対するであろう敵について確認作業を行なっていた

と言っても、詳細が判明するのはドズル騎士団であるグラオリッターのみではあるのだが

 

レックスはドズル公爵ランゴバルドの次子であり、兄であるダナンの補佐をせねばならない立場。それ故に自兵力についても無関心という訳にはいかない為、ある程度の情報を知っている

 

が、シレジアにてシレジア天馬騎士隊を壊滅に追いやったユングウィ騎士団バイゲリッターや間違いなく立ち塞がるであろうフリージ騎士団ゲルプリッターについてはそうではない 

 

ユングウィの公女であるエーディンはその辺については詳しく知らなかったし、ユングウィ騎士であるミデェールは主力ではなく精々が予備兵力程度の力しか当時は持っていなかった。その為知る必要もない情報と言えたのだ

当然だが、オーガヒルで海賊の頭領をしていたブリギットはユングウィ第一公女であったことがつい最近判明したばかりであり、知っている事などエーディンやミデェールよりも少なかった

 

フリージ公女であるティルテュであったが、あくまでも次期当主はブルームである。兄である彼としては妹である彼女には自由であって欲しいと願っており、実のところ父親であるレプトール共々血生臭い戦場や政争から彼女や彼女の妹であるエスニャは遠ざけられている

加えて、ブルームの妻であるヒルダもまたそれを良しとしており、結果としてティルテュは自身の家の軍備についての知識は殆ど持ち得なかった

 

加えてエーディンにせよ、ティルテュにせよ弟であるアンドレイや父親であるレプトールに兄であるブルームと対峙せねばならぬというのはかなり精神的な負担となっている。特に産後直ぐに戦場に出た2人に負担をかけるべきではないとシグルドや夫であるジャムカにアゼルは考えこの話をするつもりはない

 

 

 

衝突は避けられない、か

 

公子。少しばかり甘いと思うがな

親父は敵と見定めた相手には一切躊躇わんし、容赦もしない。アンタがそう揺れていたら犠牲が出かねないだろうよ

 

…そうだな。すまない

 

 

どの様な事があっても、祖国であるグランベルを支え続けた人物に剣を向ける事に未だ躊躇うシグルド。それを見かねてレックスは忠告した

 

 

自分の父は迷いを抱きながら戦って勝てる相手ではない

 

 

 

 

 

 

 

 

ところ変わりフリージ城

 

 

ブルームよ。近々私はバーハラへ戻るであろうシグルド達を迎撃する為に出撃しよう。事と次第によっては私が帰る事がないやも知れぬ

 

っ!それは、父上

 

黙って聞け

良いかブルーム。仮にそうなったとしても誰かを恨む事は許さぬ。戦場での事よ

ヒルダ。すまぬがブルームの事、エスニャの事を頼むぞ

 

お義父様。それは

 

 

レプトールの自室にブルームとその妻であるヒルダは呼び出されていた

息子であるブルームであっても、滅多に入室する事を許されない父親の自室。そこに呼び出された事の重大性を間違える程にブルームとヒルダは愚かでも鈍くもない

 

そこで聞かされたのは、ウェルダン侵攻から始まった一連の動きであった。そしてこの後の事もまた

 

 

 

ヒルダはヴェルトマーの傍系の血筋を引く

しかしながら、ヴェルトマー公爵家とは縁も所縁も程遠い家に生まれた。ヒルダは同世代の人間に比べて高い魔力を有しており、魔道士としてならば高い素養を秘めていた

 

が、彼女の家はそこまで裕福ではなく魔道士としての教育を彼女に施す程の余裕もない

詮無い話ではあるが、もしグランベルにおいて女性魔道士などの教育が盛んに行われていたのであればヒルダは間違いなく注目されただろう

 

だが現実はヒルダにとって非情であった

シグルド軍において女性ながらに前線に立つ者達を見れば分かるだろうが、女性が戦場に立つのであればそれ相応の立場(・・)が求められるのがこの時代

もしかしたら、ヒルダが血筋などの(しがらみ)を持っていなければ或いは市民軍などに志願できたのかも知れない

 

そうはならなかった

 

 

自分達の娘が聡明であり過ぎた(・・・・・)が故にヒルダの両親は彼女を持て余したといえよう

ヒルダもまた上昇志向の強い人物に育ってしまった故に両親に反発し、日々鬱屈とした生活を送っていた

 

そんな中でとあるきっかけにより、レプトールの眼に留まりその後ブルームと良い仲となった結果彼女は此処にいる

 

 

故にこそヒルダにとって、義父であるレプトールは尊敬してやまない人物であり、自身を苦々しい顔をしながらも認めてくれているランゴバルドもまた経緯を持つに相応しい人物と考えていた

 

 

義理の妹にあたるティルテュやエスニャにも色々とフリージで慣れるまで苦労をかけたと自覚するヒルダ

ヒルダの本心としてはティルテュ(義妹)は助けたいと思う

しかし、自分の夫や尊敬する義父の立場。そして息子イシュトーやこれから生まれてくるかもしれない子供達の事を考えれば、ヒルダにティルテュを助ける手段がないのが解ってしまった

 

義父と夫を見る

 

いつもにも増して無表情な義父

能面の様に感情を消している夫

 

 

ヒルダは目の前の2人がどれだけ感情を押し殺そうとしているのかを理解出来た

出来てしまったのだ

 

 

故に

 

…分かりました。お義父様

ブルーム様とこの家を守ってみせます

 

 

涙を堪えてそう答えるしかなかったのである

 

 

 

 

これから半月後、グランベル王国宰相の地位を返上したフリージ公爵レプトールはフリージ公爵軍の半数を率い一路ヴェルトマー方面へと向かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レンスターが動くか

 

はい。絶好の機会かと

 

まだまだ甘いな、キュアン。そしてレンスター国王よ

パピヨンを呼べ。出撃()るぞ!

 

 

 

レンスター王国軍がメルゲン方面へと出撃した報を受けたトラキア国王トラバントは速やかに部隊を招集

国内にで増産された武器を各員に装備させ、イード砂漠へと向かう事となる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時代の奔流は力の有る無しを問わず、全てを飲み込もうとしていた

 

その先に待つのは、光か闇か




誰しもが『信じる明日』の為に必死になって歩む

しかし『望む未来』を掴めるのは本当にごく一部
本年がそんな一年になると良いな、と思います



遅くなりましたがあけましておめでとうございます
新年早々この様な文章を読んで下さりありがとうございました

皆様の2023年がより良いものになる事をお祈りしております


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 掴んだ者、掴めなかった者達

時代は留まることを許す事はない

自分の意思で
ここまで歩いてきた


本当に?
後悔はない?

友も国も部下さえも失ってなお、何故貴方は歩くのか?

その先に明日はあるのか?


 グランベルがシレジアがレンスターが

そしてトラキアが

 

それぞれ生き残りをかけて血みどろの戦いへと突き進もうとしていた頃、『貧しき国』トラキアは少しずつ

だが、確実に変化しようとしていた

 

 

 

 

 

  とある鍛治師の回想

 

俺はアグストリアで曾祖父さんの代から鍛治師をやっている家に生まれた

王都であるアグスティで主にアグストリア騎士。その中でも近衛隊にすら依頼される程度には王家より信頼されていたと思う

 

曾祖父さんも爺さんも親父も、そして俺も

アグストリアの騎士に

そして王家に俺たちのちから(技術)が貢献出来ている。その事が何よりも誇らしく、そして毎日が充実していた

息子は武器鍛治ではなく、包丁や農作業に使う鎌等を取扱う鍛治師になった事こそ不満ではあったが、それでも息子に俺達の技術が受け継がれていく事を親父や嫁と共に喜んだもんだ

 

 

ところが、そんな平穏な日常があっさり崩れさるなんて事を俺たちは理解していなかった

 

グランベル王国に南方にあるウェルダン王国の軍勢が攻め寄せたと城下で噂になった

別に王家が報せた訳ではない。アグストリアの商人達にとってウェルダン王国は良質な木材や獣肉などを取り引きしてくれる上客だ

だからこそ、商人達はウェルダン王国の動きに注目していた。そうだから王都にまでウェルダン王国の動きが伝わった

 

続報ではグランベル王国に攻め寄せたウェルダン軍はグランベル王国の軍勢により壊滅。そしてグランベル王国のシグルド公子とその軍勢はアグストリアとウェルダンの国境に接するエバンスに兵を入れたとも

 

 

だが、そんな話を聞いても俺たちからすれば殆ど関係のない話だった

 

 

 

その無関心さが命取りになるとも知らないで

 

 

ウェルダン王国を制圧したシグルド公子の軍勢

しかし、俺たちにとってもっと問題になる事が起きていた

 

 

賢王と呼ばれ、グランベル王国と長年の間緊張状態にありながらもそれを維持し続けてきたイムカ王の容体が悪化したのだ

イムカ王の子息であるシャガール様はこれを国内に知らせる事を是とした

元々近頃体調を崩しがちだった王の補佐を積極的に行なっていたシャガール王子

誰もが王子が跡を継ぐ事に不安を抱くはずはないと思っていたのだ、俺たちは

 

 

シグルド公子らがウェルダン王国に侵攻した際、シャガール王子は攫われたユングウィ公女について『これ以上の武力侵攻による解決』を不安視。グランベル王国の名誉もあり、ウェルダン王国の東端であるジェノアの制圧を以てグランベルの武威は示された。とした

その上で、これ以上ウェルダンへの侵攻を止めさせるべくハイラインのボルドー侯にエバンスへの派兵を命じる

拠点であるエバンスへの攻撃があれば、たとえ血気に逸るシグルド公子とてエバンスへと戻らねばならない

そう考えたからだ

 

本来ならば、ノディオンのエルトシャンへ命じるところであったがシャガールはシグルド公子とかの人物に協力しているレンスターのキュアン王子がエルトシャンと既知の間柄である事を知り、敢えてボルドー侯に命じたという背景があった

 

エルトシャンとて騎士だ

だが、それはそうとしても友人に剣を向けるのは辛かろう

 

シャガール王子は当時ボルドー侯を動かす事に納得のしていない者達にそう話したという

 

シャガール王子より命を受けたハイライン侯ボルドーは速やかにエバンスへの戦力を編成した

だが、ハイライン侯爵軍の主力は動員する事なく、あくまでも機動力を重視したハイライン騎兵団、通称『ハイランダー』のみとした

 

 

 

アグストリア諸侯連合やグランベル王国などは国内の有力な侯爵や公爵が率いる軍勢に特色がある

 

アグストリアにおいては名高きノディオン騎士団『クロスナイツ』は騎兵のみで編成されている

アンフォニー侯マクベス配下の軍勢は直属兵は全て重騎士であり、機動戦力として傭兵ヴォルツが率いる傭兵騎士団が

マッキリー侯クレメントの軍勢は魔道士と高台からの狙撃兵が主兵力

 

だが、ハイラインは違う

先に挙げたハイランダーとボルドー侯の副将フィリップが指揮する重騎士団2つを有しており、その兵力はアグストリア諸侯の中で最大

 

 

今回本気でエバンス制圧を企図するのであれば、フィリップ将軍配下の部隊も一部なりとも動員すべきである

が、ボルドー侯もシャガール王子もそれをしなかった

 

何故ならば本気でエバンスを攻め落とす気などなかったのだから

 

 

 

だが、此処でシャガール王子やボルドー侯にとって予想外の出来事が起きる

そう。アグストリアの一員である筈のノディオンのエルトシャンがハイライン軍に敵対したのだ

 

まさか友人の為に国にすら剣を向けるなど、それこそアグストリアの発展に人生を捧げてきたシャガールやボルドーにとって理解不能な行動

結果、牽制目的の為そこまで練度の高い部隊を動かさなかった事もありハイライン軍はボルドーの息子であるエリオットを残し全滅

 

その後マーファを制圧したシグルド公子の軍勢はウェルダン王都まで攻め寄せ、ウェルダン王国は滅亡した

隣国であり、少なからず経済的に繋がりのあったウェルダン王国の滅亡は正式に国王となったシャガールにとって憂慮すべき事

 

何故ならば

グランベル王国による大陸覇権の野心の発露

とも取れるものだったのだから

 

本来ウェルダン軍によるグランベル侵攻とて、国境にあるユングウィ公爵軍とそれに隣接するシアルフィ公爵軍が主力を配備していればそれこそ鎧袖一触となったであろう

しかし、ユングヴィ主力とシアルフィ主力は当主共々大陸北東部にあるイザーク遠征に動員されていた

 

ユングヴィとシアルフィはグランベル王国『南西部』に領地を持つ

派兵するのであれば『近くに拠点を持つ』者が動くのが常道

ましてやグランベル王国には各公爵家が有する精鋭騎士団があり、武器の相性面で不利となるドズル公爵家騎士団グラオリッターですらイザーク軍と互角に渡りあえると見られていた

 

どこの騎士団を出しても問題ない

 

そう周囲から思われる程グランベル王国の各公爵家が擁する戦力は強力なのだから

 

ウェルダンがグランベル王国に侵攻した理由の一つは『国境付近』の戦力の低下である事は恐らく事実

 

 

なお、大陸西部にあるアグストリアで集めた情報においても『グランベル王国によるイザーク遠征』を正当化するに足る根拠を見出す事は出来なかった

 

発端はダーナにおけるリボー族長らによる虐殺

確かにこれは大問題だろう

 

しかし、大国グランベルではそうでないが『国家に対する帰属意識』が低い者というのは決してこの時代珍しくない

リボーは確かにイザークの領土だ

 

故にリボー族長の不始末をイザーク国王たるマナナンがつけるのも道理。しかし、マナナン王はリボー族長を始めとしたダーナにおける虐殺に関わった者達を自ら処断し、その頸をもってグランベルへ謝罪に向かった

少なくとも、アグストリアではそう伝わっている

 

だが、グランベル側は謝罪しにきたマナナン王を捕え、処刑

その後国王不在で混乱するイザークへ侵攻

それがアグストリアから見たグランベルによるイザーク遠征なのだ

 

 

アグストリアは前王イムカの代において、険悪であった北の国家であるシレジアとの関係を修復しておりイザーク王国と友好関係にあるシレジア経由でイザーク王国の事情を把握していた

であるからこそ、イザーク遠征について危機感を持っている。その上ウェルダン制圧となればグランベルの領土的野心を絵空事と断じる事は出来なかったのである

 

それ故に

 

 

当時の俺たちにからすれば、エルトシャン様の行動は理解の範疇を超えていた

いや、理解出来なかったというべきだったか

そう鍛治師の男は述懐する

 

 

当然だが、このエルトシャンの行動はアグストリアの諸侯より疑問視される。直接被害を受けたハイラインにおいてはノディオンの在り方について不満が噴出

騎士と言えど、ハイライン領に家庭を持つ者ばかりであるが故にこの一戦で家族や友人を亡くした者達は同じアグストリアの一員でありながら剣を向けてきたエルトシャンに不満や怨嗟の念を抱く事となる

彼等を纏めるべき立場にあるハイライン侯ボルドーとて、自軍を失わせ事もあろうに友好国(ウェルダン)を見捨てシャガール王子の気遣いを無にしたエルトシャンに危険なものを感じたという

実際戦闘を行ない、ハイライン騎士達の献身により辛うじて命を繋いだエリオット。彼は部下達を失い、父やシャガール王子の気遣いを無駄にしたエルトシャンとその配下の騎士達を恨んだ

 

己は騎士。敵と相対して命を落とすのであれば、それは戦闘の結果である。そこに怨恨を挟む気は毛頭ない

が、今回の一件に関してはとても納得が出来なかった

 

 

 

そして、ウェルダン制圧後も国境のエバンスに尚も駐留し続けるシグルド公子の軍勢

既にウェルダン王国を滅ぼしたという前科がある軍勢

となればアグストリアとしても警戒を解く訳にもいかない

 

 

その一方でアグストリア国内において動きがあった

ウェルダンを滅ぼし、イザークに兵を送り出し、尚もエバンスに兵を置くグランベル。本来であればシアルフィ公子であるシグルド公子は『ユングヴィ公女エーディンの救出』の為に兵を動かした

となれば目的を果たした以上、自領(シアルフィ)へ帰還するのが筋である

 

にも関わらずシグルド達はアグストリアとの国境にあるエバンスに未だ駐留していた。ウェルダンについては後続のグランベルの役人などが統治体制を整えつつあり、既にまとまった軍勢と呼べるものが存在しないウェルダンである。それこそ役人達の護衛としてウェルダンに派遣された少数の騎士でも充分対応できるのだ。更に紛争の元ともなり得ないデリケートな場所にまとまった兵力を置く事についてはアグストリアとグランベル間で話し合う事が通例となっていた。その為グランベルはアグストリアに対して領土的野心を抱いていると判断せざるを得ない

しかしその動きに対してノディオンのエルトシャンは異を唱えた

それ自体に問題はない

問題があるとしたら

 

前王であるイムカの意志に背くとシャガールに直言した事である

 

確かにアグストリアは諸侯と呼んでいるものの、ノディオンなど各地は国として機能している部分はある

侯爵としているものの、領民などからすれば国主として受け入れている者も多く、それ故にアグストリアにおいても帰属意識の低い者は存在する

 

が、前王であるイムカには従いながら現国王たるシャガールに前王の名を使い進言するというのはあまりにも危険な事であった

諸侯はシャガールの権威を認めていたものの、あくまでも『現時点』という但し書きが付くものであり、まだまだシャガールを頂点とした新体制は固まりきっていない

しかもエルトシャンはエバンスへの派兵を妨害し、ハイライン軍に甚大な被害を与えていた

いわばエルトシャンの真意はどうあれ第三者から見れば『反シャガール派』と取られかねない行動を既にしている

 

実はハイラインがエバンスに牽制の兵を派遣した際、エルトシャンは事の些細を知らされていなかった。とはいえ、シャガールの意を無視している。その時点では王子であったシャガール。だが今はアグストリアの国王であり、その決定に異を唱えるとしてもエルトシャンの立ち位置が非常に悪かった

その為シャガールはエルトシャンをアグスティに拘束するほか無く、更にノディオンを一時的に掌握する様ハイラインに命じる。ノディオンにおいてエルトシャンの求心力が高すぎた。それこそアグストリア王家に背きかねない程に

それ故に一時的にノディオンにハイライン軍(シャガール支持派)を駐留させる事で孤立しつつあったエルトシャンやノディオンの立場を守る意味があった

南部アグストリア諸侯の筆頭と目されるハイラインであれば、それだけの軍勢を動かしても何ら問題なかったのだから

 

 

そこでノディオン側がハイライン軍を受け入れれば問題なかった

が、留守を預かっているラケシスはこれを拒否。事もあろうに緊張状態にあるグランベル王国のシグルド達に救援を求めた

 

この報がハイラインにもたらされた時点でノディオン攻めは避けられぬ事となってしまった。外敵であるグランベルに通じたのだから

 

 

この動きに対して、若いエルトシャンに対して好意的だったマッキリーのクレメントはボルドーとシャガール王に対して『中立』を申し出る。

外敵を招き入れたノディオンは許されるべきではないが、かと言ってノディオン側の考えもまた騎士の正道に通じるものが多少なりともあると考えたからである

 

 

この時点で王都アグスティでは近衛騎士団に所属する騎士達かもしもの事態に備えて、武器の修復を行うべく王都にある鍛治師の元へと向かっている

 

鍛治師の男は彼等から少しばかり事情を聞き、絶句した

イムカ王から代替わりしてまだ数年にもならぬと言うのに、ここまでアグストリアが乱れるとは思ってもみなかったのだから

 

 

しかも近衛を束ねるザイン将軍やシャガール王はグランベルによるアグストリア侵攻の手が止まる可能性はそこまで高くないと判断しているそうだ

アグストリアの諸侯の中で最も王家の意に従っていた筈のノディオンは既に彼等の中では潜在的敵であり、そのノディオンを抑えるハイラインは現在交戦中

楽観視など出来よう筈もなかった

 

 

国内での戦闘に伴い、アグストリア南部における物流は寸断された

戦地に物を売りに行く商人は大陸全土を見渡せばいなくもないが、その殆どはグランベルかレンスターの商人

言うまでもなく危険だから、である

 

ノディオンを救援(・・)したシグルド達(グランベル軍)はその後ハイラインを制圧(占領)。更にアグストリア北西アンフォニーに兵を進める

アンフォニーのマクベスは傭兵ヴォルツの傭兵団を迎撃に当たらせるも、ヴォルツ傭兵団のNo.2であるベオウルフが離反。混乱した所にシグルド等に攻撃され壊滅した。その後寡兵でアンフォニーを守備するもあえなく戦死した

更にアグストリア中央部にある農村地帯。此処はノディオン支持者が多かった事もあってか、シグルド公子らに恭順

アグストリアにてシレジアの王子を捜索していたシレジア天馬騎士団。彼女達はシグルド公子側にレヴィン王子がいると知るなり、シグルド側に対する攻撃を中止。部隊の指揮官であるフュリーはシグルド公子等に協力し、残存部隊はシレジアへと帰国

 

 

事態を静観していたマッキリーのクレメントであったが、最早シグルド公子等グランベル軍の目的はアグストリア侵略と判断

救援目的であったノディオンを救援した以上、アグストリアに深入りする理由はない筈

エルトシャンの解放を望んでいるとも聞くが、それはあくまでもアグストリア国内の問題であり、他国の人間であるシグルド公子が介入して良い話ではない

シグルド公子等グランベル軍を招き入れたノディオン勢。特にエルトシャンの妻ですらないラケシスが決定したとなるとその正当性にも疑問が残る。ラケシスはあくまでも『エルトシャンの妹』に過ぎず、外交などについて権限を有しているわけではないのだから

 

そしてなによりも問題なのが

救援目的の一つであるラケシスがどうして前線に出ているのか?であった

加えてラケシスの護衛との名目でノディオンの騎士。イーヴ、アルヴァにエヴァの三名がシグルド公子等に同道している

護るべき存在を前面に出す。戦力が多いところで護る。理屈としては分からなくもない

 

が、それはあくまでも『当主』や『騎士』としての立場のある人物であればこそ

 

はっきり言って、この時期のラケシスは回復の杖を振うのがやっとの姫君

同じ様な立場としてはユングヴィのエーディン公女が居たが、彼女はウェルダンにおける激戦を経て、既に初級とはいえ攻撃魔法も扱えるハイプリーストとなっていた

護身すら出来ないラケシスとでは全く事情が異なる

 

面倒なのが、ラケシスを守護する筈の三人

彼等はラケシスの護衛が任務であるにも関わらず『眼前の敵』を討ち果たす事に注力していた

 

つまり

『ノディオンの騎士』が直接他のアグストリア諸侯の兵を害していたのである

 

如何にエルトシャンが素晴らしい人物だとしても、グランベル軍を招き入れた挙句、友軍である筈のアグストリア諸侯の軍勢に剣を向けるのであれば、最早シャガールやクレメントとて甘い顔をしている訳にはいかなかった

 

シャガールはアンフォニーが制圧されたとの報を受けると速やかに近衛を束ねるザイン将軍にグランベル軍への攻撃を指示すると共に、マッキリーのクレメントにも徹底抗戦の命を下す

 

 

その後の事はアグストリアの民にとって余り語りたくない話となった

 

 

王都のしかも王家や近衛からも信をおかれていた鍛治師であったが、鍛治師とはきちんとした設備や人が居て初めて十全の能力を発揮出来るもの

彼等にも家族がおり、養わねばならぬ人達もいた

 

シグルド公子等はアグストリアの民に配慮してこそいたが、シグルドとてあくまでも『一公子』に過ぎず、グランベル王国の意を受けた者達の動きを掣肘する事は終ぞ叶わなかった

加えて鍛治師もアグストリア各城下におり、北アグストリアに臨時首都としての機能を移されたマディノにも当然いる

 

近衛騎士団という大口の需要があったからこそ、王都アグスティの鍛治師達は生活に困る事なく過ごせたが、それが居なくなった事により生活に支障が出る事は容易に想像出来た

 

しかしながら、彼等とてアグストリアの民に違いなくアグストリアを潰そうとしているグランベル王国に好んで協力したいと思う者はいなかった

そして明らかに非協力的な鍛治師を城下に住ませる必要をグランベルの役人達は認めない

役人達は本国より鍛治師を移住させる事を計画し、元々いたアグスティの鍛治師は様々な理由をつけて追放する事とした

 

鍛治師というのは武器を供給出来る技能者

反乱の芽を摘むという意味においても、彼等を放置は出来ますまい

 

とはグランベルから来たとある役人の話

 

 

次々とアグスティや南アグストリア各地を追われる鍛治師達

男もまたこのままではアグスティを追われ、生活にすら困る事になると頭を抱えていた

 

 

ところが

そんな彼の元にある日使者が訪れる

 

曰く

 

その技術を失わせるのはあまりにも忍びない

我がトラキアにてその技術を振るう気はないか?

 

との事だった

 

男は戸惑い、考える時間が欲しいと即答を避けた

使者は男の言に

 

道理ですな。しかし私とて申し訳ないがそこまでの時間はない

七日間は待ちましょう。ご家族達と相談なさるが宜しかろう

 

と言い残し、その場を後にした

 

 

その日の夜

彼は家族を集めて話し合った

 

彼の息子は既に結婚して、アグストリア中央部の農村地帯で農家向けの鍛治師をしている

彼の妻は残念そうに

 

仕方ないのかも知れないわね

 

と呟き

 

私はどっちでも良いさ。アンタらの足手まといになるのなら此処に置いて行っても構わないしね

と妻の母親は力無く微笑んだ

 

彼の父親は数年前に亡くなっており、今の鍛冶場は父親から受け継いだもの。だが、その父親もその親から受け継いでおり、王都アグスティにおいてそれなりに有名な鍛治師一族であった

故郷を捨てるのは嫌。だが、マディノに移住したところで他の鍛治師の下につかねば鍛治師として働く事も無理だろう。かと言ってグランベルが支配する王都、いや()王都に居たとしてもその内追い出される事は明白

 

 

彼は翌日、使者が滞在している宿を訪れトラキアへ移住する事を告げた

 

 

鍛治師であった彼の様にトラキアへと移住する人間は少ないながらもおり、トラキア国王トラバントの許可を得たクェムはグランベル側に対して『内乱の芽を摘む』という名目を以てウェルダンやアグストリアからの移住者の誘致を認めさせている

本来であれば、国家を跨ぐ移住についてはかなりの制限を受けるのだが、不幸中の幸いとでもいうべきかウェルダンや当時のアグストリア南部は『元』がつく。現在はグランベル王国の一地方に過ぎない以上、グランベル王国の意向で国内として扱える

そこでクェムは練成途中の騎士を編成。実戦経験のある竜騎士を隊長として、即席の移民移動軍団とした。グランベル王国に対して今後数年間敵対しない事を誓約書として書面に残す事を対価としてグランベル王国内の通過が認められる事となる

 

更にトラキアは反グランベルの感情の色が濃いイザークにも移住者を募る事により、イザーク王国の後方支援体制の崩壊を助長させる事にもなった

先にも触れた通り、イザーク王国の国民の戦意は高い

だが、何事にも例外はつきものである。特にマナナン王により頸を刎ねられたリボー族長に近しい者達はあくまでも自分達の範疇で行なった事であり、それをイザークの人間に咎められる謂れはない。そう思っている者も多かったのである

そういった者達の中には

 

何故俺たちがグランベルと戦わなくてはならないんだ?

 

とイザーク王家の為に戦う事を良しとしない者もいた

彼等からすれば、グランベル王国と戦争するとなると最前線はリボーであり、当然最も被害を受けるのもまたリボー

 

王都イザークはリボーの東に位置し、同じイザークにあるソファラはリボーの北部にある山岳地帯を越えた先

どちらもリボーにグランベル軍が攻め寄せたとしても即座に援軍を差し向けられる程近くなかった。しかもイザーク王国の兵力全てが歩兵。つまり徒歩で移動するのだから、当然騎馬よりも時間を要する

ただでさえリボーは族長以下主要な人物を欠いた状態。それでグランベル軍を押し返すのは難事どころか無茶振りである

更にマナナン王の跡を継いだマリクル王子改め、マリクル王はイザーク全土を利用した戦闘を指示

 

つまり、リボーは見捨てられるのだ

 

 

いくらなんでも命は誰しも惜しいもの

リボーにいた者達は命を長らえようと逃げ出したとて何の不思議があろうというのか?

しかし、彼等リボーの民とて意地があった

 

自分達を追い詰めているグランベルや、交易を積極的にしておきながらあっさり見殺しにするレンスターには頼りたくない。理解し難いだろうが、それでも彼等にとっては譲れない一線

ではシレジアに逃れるか?と言われてもそれも難しい

何せリボーからシレジアに向かう為には、グランベル王国領リューベックという障害をどうにかせねばならないのだから

 

 

そんな中、トラキアから移住の話が舞い込んできたのである

トラキアは現在グランベルと友好関係を築きつつあるが、国力の面ではグランベルが圧倒的に勝る。かと言って過度な干渉をグランベルがしてくる訳でもなく、あくまでも独立国家としてのトラキアを尊重する事をグランベル王国宰相レプトールは自身と国王アズムールの名で保証しているとの事を説明されていた

大国であるグランベル王国。その国家元首とその国の実務最高責任者が連名で約したとなれば万一があって、彼等を欠いたとしてもその後継も無視出来ないというレプトールの思惑だ

 

トラキア王国に人が集まれば、当然食料の消費量は増える。種子を提供したからといって、それが上手くいく保証もない

よしんば上手くいったとしても、そんな短期間で劇的な改善が見られる程にトラキア王国が抱える『飢餓』は甘くも優しくもない。そこにウェルダンやアグストリアにイザークを吸収し、肥大化したグランベル王国の手を出す余地が出る。レプトールはそう考えていた

加えて、グランベルからトラキア王国に配慮している姿勢を見せる事により、大衆はグランベルに対する敵意を少なくしてゆくだろう

 

そして、トラキア王国の安定はグランベル王国にとって目下邪魔者であるレンスター王国への圧力となる

レンスター王国はトラキア本国による搾取が原因となり興った

 

そこにレプトールは一つの可能性を見た

レンスターの市民は分からないが、所謂知識階級や支配階級と呼ばれる者達。彼等は何よりも『貧しさ』を嫌うのではないか?と

トラキアの一部であった頃レンスターはトラキア王国全土の為に度々食料や資金を徴発されている

それが当時のレンスター住民の一部が耐えかねて独立した

となればその可能性はある

 

レプトールは日々の政務の合間を見て、レンスター王国について調べ始めた

すると、レプトールからすれば妙な事に

 

大規模な出兵の後には必ずと言って良い程、マンスターなどから資金を臨時に徴収していたのである

無論、貧しさを厭う気持ちは良くわかる。レプトールとて好んでその様な生活を送りたいとは思わない

 

が、貧しい生活を送っている者達が必ずしも能力や人格において劣っているとレプトールは思えない

特に若い連中で生まれながら騎士の家系にいる者達に多い考え方だが、そういう連中に限って『向上心』や『危機感』が欠如している者が多いとレプトールは常々感じている

レプトールが指揮をとるゲルプリッターにおいて1番若い人物であっても三十代半ば

グランベルの武の象徴とも目されるグラオリッターでもやはり主力部隊になると平均年齢は上がる

 

指揮官のスレイターや当主であり、総指揮官であるランゴバルド曰く

 

つまらない考え方をする者より、自身を磨き上げる努力をする者の方がマシとのこと

 

グラオリッターの場合は二十代の人物もそれなりにいるが、偏見を持っていたとしてもそれを表に出す事は禁じられている

仮にそれを表に出して、問題となった場合にはスレイターが直々に処置(処刑)する事に決まっていた

 

 

我等は誇り高き騎士

主君に従い、力無き民を守るべきものである。その重みが理解できぬ愚か者に騎士の名は相応しくない。騎士としての名誉を汚すくらいならば、私が騎士としてヴァルハラに送るとしよう

 

とスレイターは先代の騎士団長からの教えを忠実に守っている

 

その為、ドズル公爵家に仕える騎士はその敷居が尋常ならざる程に高い

 

 

 

確かに現ドズル公爵ランゴバルドとフリージ公爵レプトールは共謀して同じ公爵であるユングヴィ公爵リングを亡き者とし、シアルフィ公爵であるバイロンやエッダ公爵クロードに叛逆者の汚名を着せて始末するつもりだ。大逆の徒との誹りは免れまい

 

近頃体調の優れない国王を補佐するべきクルト王子

隣国であった(・・・)アグストリアのシャガール元王子の様に積極的に治世に携わるでもなく、己が責任の元で次世代を担う者達を集めこそすれど、彼等について殆ど知らぬ存ぜぬ

あくまでも自身の支持をしている。その一点でのみ安心している始末

 

事情を知るレプトールやランゴバルドは口を閉ざしているが、前ヴェルトマー公爵ヴィクトルと公爵夫人シギュンの事もある

 

 

シギュン

それは事情をどの程度知っているかで全く感じ方の違う女性だ

 

詳しい事情を知りもせぬ者達は、一様にシギュンを愛さなかったヴィクトルにこそ非がある。或いはシギュンにこそ非がある

と言うだろう

だが、詳しく事情を知るものからすればそうではない

事情を知る彼等はあまりの悍ましき所業に

 

 

…いや既にレプトールとランゴバルドは引き返せないところにいる

今更ヴァルハラにあるかも知れない王子の事など些事に過ぎない

 

 

 

為政者として、武人としても破格の実力を有するのが彼等

だが、だからとて自分達のみで全てを動かせると思う程に彼等は自惚れてもいない

 

 

 

 

 

 

父と子

 

 

 

時と場所は移り、グランベルリューベック

 

 

 

ふん。この程度か?

シレジアの風使いセティの血を色濃く継ぐシレジア王子ですら、このザマとはな

 

グランベル王国の入り口たるリューベック

既に機動戦力であったドズルの斧騎士スレイターと彼の率いていたグラオリッター。それに父リングの跡を継いだアンドレイが率いるバイゲリッター。その2つを打ち破ったシグルド達をランゴバルドは彼なりに認めその評価を改めていた

 

力無き理想は絵空事であり、それならば唯の害悪

 

ランゴバルドは常々そう思っていた

もしも、この大陸から戦争が無くなったとしたら力無き理想もまた価値あるものなのかもしれない。が、現実として武力を用いねば解決の叶わぬ問題があり、話をいくらしても話にならない者達も一定数存在するのだ

少なくともランゴバルドはこの歳になるまでの間、『平和的』に解決した物事を見るよりも『血を流して』解決した物事の方が多かった

 

 

女性の悩みにつけ込んで、部下の妻を奪おうとした者

戦争により自分の立場を押し上げようとした者達

国よりも個人の情を優先し、国を滅ぼした者

 

勿論、自身もまた主家の王子を害し同じ主君を持つ者を手にかけた

言い訳はしない。それが最善だと思えばこそのことであり、たとえその結果自身が斃れたとしても何一つ恨む気はない

 

 

だが、今目の前にいる者達は弱い

今もって指揮官であるシグルドには迷いが見える

それは良い

 

何よりランゴバルドが許せないのは

 

 

ふん、シグルド公子について戦功を挙げたと聞いたが何一つ貴様は成長しておらんな

レックス(自身の息子)であった

 

 

 

ランゴバルドにとって長男ダナンにせよ、次男のレックスにせよ然程に扱いを変えるつもりはなかった

(ドズル公爵家)を継ぐに相応しい()を見せれば良し。そうでなければ長男だろうが次男だろうが見るべき必要はない。仮に息子2人が家を継ぐに足る覚悟を示さずのうのうと時を過ごすのであれば、その時は潔く家を取り潰す。主君アズムールと祖先ネールには申し訳が立たぬ故、その場合は自身の首を差し出し『ドズル公爵家を滅ぼした最後の無能な当主』の悪名を背負う

そう思い定めていた

 

幸いと言うべきか、嫡男であるダナンは聡明でも勇猛でもないがだダナン(息子)なりに次期ドズル公爵家当主としての覚悟を決めている事が見てとれた

それに対して父親である己に対しての反発からか、物事を素直に受け止められぬ性根になったレックス。それはそれで構わないとランゴバルドは思っている

右も左も分からぬ幼子(おさなご)でもあるまい。既に曲がりなりにも騎士として拝命されているのだ。自分の行動の責任くらいは取らねばならない

そのままの道を突き進むもよし、どこかで道を改めるもよし

そうランゴバルドは思っていたが故に何も語らなかった

 

ウェルダンがユングヴィ領に攻め入ったと聞いたレックスは友人であるヴェルトマーのアゼル公子と共に救援に向かった。そう聞いた時ランゴバルドは内心では

 

あれもあれなりに考えてあるのだな

 

と多少なりともレックスの行動を認めたものだ

だが、その後の彼の動き方はまるで自身の立場を理解していないかの様なもの

シアルフィのシグルド公子の軍に加わったとはいえ、全く発言権がなかったとは思えない

にも関わらず、アレは流されるままにウェルダンを滅ぼし、アグストリアをも滅ぼす事に加担した

ドズル公爵家公子としての立場など問題ではない

騎士として、グランベル王国の一員としてアレは動いた自覚はあるのだろうか?

 

更にシレジアにおいては自分やレプトール卿が圧力をかけたとはいえ、シレジアの王弟を手にかけた

スレイターやアンドレイを破ったから多少なりとも成長しているものと思っていたが

 

 

 

 

 

 

 

成長、していないだと?

 

口だけは一人前か

貴様はドズル公爵家を出てから何一つ変わっておらん

 

レックスはランゴバルドの発言に反論しようとした

が、出来ない。レックスは自身を見るランゴバルド(父親)の目を見て息を呑んだ

 

 

まるで(取るに足らないもの)を見るかの様な冷たい眼だった

 

 

貴様が儂を嫌っておる事など知っておるわ

そんな事はどうでも良い。ユングウィの倅とてリングの事を内心疎んでいた

だが

 

それがどうした?

 

 

ランゴバルドの纏う雰囲気が変わる

 

 

気に入らぬからと目を背ける

そんな者がこのグランベルの明日を創ってゆけるものかよ

理不尽と思えば、糺せ

力が無ければ集めよ

話し合っても意味がなかろうが、相手を理解する努力を怠るな

その程度の事すら出来ない者が、何故新たな明日を掴めると思うたか

 

っ!

 

 

挙句、自分達と共にあれた筈の者を死なせ

手を差し伸べた国を破壊した

レックス

これが貴様らが我らを倒す為に必要として贄か?

 

断言してやろう。仮に儂やレプトール卿を討ち破ろうとも貴様らに明日はない

ならばせめて苦しまぬ様此処でヴァルハラに送ってやるとしよう

 

 

 

 

グランベルの(きっさき)と呼ばれた男は遂にその暴威をシグルド達に振るった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

親父っ

 

激戦であった。風魔法『フォルセティ』を使い熟しシグルド軍最高の回避力を持つレヴィンは早々に戦闘不能

神弓『イチイバル』を妹エーディンより託されたブリギットもまた遠距離反撃が可能であったランゴバルドによりあっさり沈められている。敢えて手加減したのか不明であるが、『スワンチカ』ではなく威力の低い手斧であった。しかし、ランゴバルドの膂力の乗った手斧の威力はブリギットに深手を負わせるのに問題なかったようだ

父バイロンより託された『ティルフィング』を手にランゴバルドへ挑んだシグルドもあっさりうちのめされている

 

それでも彼等がランゴバルドに与えた傷はそれなりのものであったらしく、動きの鈍ったランゴバルドに対してアイラとホリンがそれぞれ『流星剣』と『月光剣』(本来月光だが、変更している)により更にダメージを与える

 

最後はレックスが勇者の斧によりランゴバルドを討ち果たした

 

 

が、父を超えた筈のレックスの胸に去来するものは高揚感でも歓喜でもなく、戸惑いであった

 

 

父ランゴバルドが何を想い、何を成そうとしたのか

レックスは遂に知る事はなかったのである

 

 

 

 

 

 

壊滅的な被害を受けたシグルド軍はリューベックにて各員の治療の為、進軍を一時中止する事となる

 

 

 

 

 

 

彼等は知らなかった

 

その時間もし、進軍出来ていれば或いは防ぐことか出来た悲劇が起こっていた事を

 

 

 

イザーク、ウェルダン、アグストリア、シレジア

大陸各地で悲劇が、惨劇が起きた

 

その大乱の結末まで、あと僅か

 




 誰もがより良い明日を望み、そして砕かれる

手を伸ばされても、掴めない者もいる
掴んだとしても諸共に落ちる者もいる

本当に苦境にあって助けられる者はごく僅か


目を背け続けた対価を支払う時だ


次回

悲劇の先へ


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 悲劇の先へ

原作きってのトラウマシーン(前編)です

聖戦は本当にファンタジーというよりも、ダークファンタジーだと個人的には思います

ホント五章は重い


時間は少し巻き戻る

 

 シレジア領ザクソン城下では騒ぎが起きていた

 

ザクソン侯ダッカーが敗死した事により、彼や彼の部下達が抑えていた現在のシレジアの在り方に不満を持つ者達が動き始めたのだ

と言っても彼等は王家転覆などという大それた考えを持っている訳ではなかった

 

ただ、グランベル(シグルド)軍に早々に退去して欲しいだけなのだ

 

 

彼等の視点からすれば、シグルド達をシレジアに匿ったからこそグランベルの軍勢がザクソンを脅かした様にしか見えなかった

そもそもシレジア国内において、シグルド達がグランベル王国より『叛逆者』として追われている事自体を知る者は数える程である

 

何故なら、いわばシグルド達は『どこの国にも所属していない』軍勢である。そんな軍勢を喜んで受け入れる程にシレジアは荒廃していなかったのだから

 

シレジアのセイレーンに匿われたシグルドに一度だけダッカーは会うことがあり、その際

 

形だけでもシレジアに属するべきではないだろうか?

と実は提案していた

 

所属不明の軍勢よりも『シレジアに協力する軍勢』の方が国内の貴族や有力者達を説得しやすかった事と、物資を融通する商人達の心証も良くなるだろうとの考えからであったのだ

 

ダッカーとしては、別にシグルド達がシレジアの指揮下に入る事を望んではいなかったが彼等の存在によりシレジア国内に不和の種を蒔かれては困るからこその提案

 

だが、シグルドはあくまでも『グランベルの騎士』としての立場を捨てる訳にはいかないと思っていた為に断った

勿論シグルドの言う事も決して間違いではない

そもそも冤罪でシグルドはグランベルを追われたのであり、シグルド自身としては自分の行動に後悔こそしても間違いではなかったと思っているのだから

 

が、シグルドは何度も記したが『グランベル王国』の中の『一公爵家の公子』に過ぎず、政治的視点から物事を見るという点においては残念ではあるが力不足

それを補えるのはシグルドの親友にしてレンスター王子であるキュアンであったが、当時既にキュアンは帰国の準備で忙しくシグルドとしても声をかけるのが躊躇われた

 

このシグルドの発言と今までのシグルドがしてきた事

それにシグルドに力を貸し、このシレジアで保護する理由となったレヴィンの今までの行状を見てダッカーは迷いに迷った

 

 

そこで、自身に付けられたパメラを通じて王子付きの騎士として帯同しているフュリーに働きかけたのだ

 

早く女王陛下に謁見せよ

 

これはダッカーにとって『今』のレヴィン王子がどれだけ成長したのかを見定める為のものであった

 

 

 

だが、マーニャとパメラの働きかけがあってなおレヴィン王子が王都に来るまで半月もの時間を要した

言うまでもないが、その間もダッカーや弟マイオスは女王に不満を持つ貴族達を宥め、それでも強硬的姿勢を崩さない貴族はマイオスが攻め潰した。ダッカーはリューベックに展開しているグランベル軍の動きを注視しながら決定的な決裂や隙を見せぬ様に細心の注意をはらいながらなんとかザクソンの安定を維持している

 

事ここに至り、マイオスはレヴィン王子への不信と不満をダッカーに漏らす様になる

加えてグランベル王国を実質的に動かしているグランベル王国宰相レプトールより正式に『叛逆者シグルドとその軍勢』の引き渡し要請が届く事となってしまう

 

ダッカーは姉であり女王ラーナの身の安全を保証してもらう事を条件としてシグルド軍の討伐を決意

必要ならばグランベル軍を国内に引き入れる事すら承諾したのである

 

 

結果としてマイオスとダッカーは敗死したものの、姉であり女王でもあるラーナへの両名の頑迷ともいえる忠誠はシレジア国内においても広く知られており、彼等を追い込んだ形となったシグルドやレヴィン王子への不信感はますます高まる事となってしまった

 

レヴィン王子は確かに民衆から人気がある

と言われているが、此処で言うところの民衆とは王都の住民の事である。シレジア辺境を治め開発を推進してきたマイオスやそれを指示したダッカーの支持は王都でこそ低いものの、辺境における2人の人気はレヴィン王子のそれを遥かに上回るものであった

 

シグルド達が駐留していたセイレーンとて女王ラーナの希望をダッカーとマイオスが自身の影響力や財力を以て発展させたに過ぎなかったりする

そしてそんなダッカーとマイオスを支えたのがザクソンやトーヴェの商人や有力者

彼等としては女王の弟でありながら現体制に不満を持つ事なく組み込まれ、しかも国主である女王ラーナからの信頼も厚い2人は自分達の更なる栄達の為にも居てもらわねばならない存在

そうであるからこそ、彼等はダッカーとマイオスへの資金的、人的な援助を絶やす事はなかったのである

 

そんな彼等にとって長い間力を注いできたダッカーとマイオスを殺したシグルド軍やシレジアの王子でありながら、国の現状を直視しないレヴィンは忌々しい存在だ

そも、ラーナ女王はシグルド公子らをシレジアに匿ったがシレジアの周辺地域はグランベル王国の影響が日に日に強まっている

友好関係にあったイザーク王国も既に崩壊したも同然であり、取引相手として大きな市場(しじょう)であったアグストリアはグランベル王国に飲み込まれた

 

シレジアが生き残る為にはグランベル王国との協調しかないと言うのに、グランベルから追われているシグルド公子らを受け入れてしまっている

こうなってしまえば、シレジアが生き残るにはシグルド公子らをグランベル王国に引き渡すしかない

 

方法は問わない

そう彼等とダッカーとマイオスは結論づけた

 

しかし人情家であるラーナ女王がその様な事を受け入れるとは彼等も2人もつゆほどに思っていない

そこで幾つかの方策を考えた

 

 

先ずはダッカーとマイオスが共謀して女王ラーナを一時的に拘束。しかるのちにシグルド公子らを捕らえ、グランベルに差し出す

ダッカーとマイオスは姉であるラーナがどれだけ意志の固い人物であるかを良く知っている為、ここまで来ると穏便な解決法をとる選択肢はない

それ故にこれが最上

 

 

最悪はグランベル王国軍を国内に引き入れ、全面的に協力しシグルド公子らを捕らえる

この場合、女王ラーナもシグルド公子らを匿ったとして処罰する事になるだろうし国内も荒れる事が予想された

加えて『他国の軍勢』を引き入れた以上、ダッカーに対するシレジア国民の印象は最悪となるであろうからダッカーへの処罰も必要となるだろうし、残ったマイオスへの悪感情も予想できる

ここまで来ればマイオス排斥の動きが出てこない方がおかしいであろうから、マイオスも失脚するだろう。下手をすればマイオスすら命を落としかねない

が、それ以上に問題なのはこのシレジアにグランベル王国のレプトールやその配下の官吏達と互角に交渉出来る人材がいなくなる可能性が高い事である

 

現在のシレジアにおいて外交担当は王都の官吏とザクソンのダッカーとその家臣達。この策を実行した場合、親シグルド公子の政策を実行してきた女王派は間違いなくグランベル王国から何らかの制限を受けるだろう。それは当然排斥されるであろうダッカーの家臣達もそうなろう

そうなると残るはシレジアというグランベル王国に比べたらあまりにも政治的闘争の少ない国で政争を繰り広げてきた者達になるはず

経験という意味においてグランベル王国の官吏に及ぶと思えない

恐らくこの未来を選択すればシレジアは徐々に国力や民心を失い、やがてシレジアという国自体がなくなるのではないかとダッカーとマイオスは危惧した。その為最悪の手段と定義している

 

 

では最善でも最悪でもない方法はないのか?

と当然ダッカーとマイオスは考えた

 

そして思い至ったのだ

シグルド公子らを引き渡すのではなく、シグルド公子達自らシレジアを出てもらう術を

 

シグルド公子らはどれだけシレジアの女王であるラーナが親書という形でアズムール王に連絡を取ろうとしても無理である以上、祖国であるグランベルへの帰国は叶わない公算が非常に高い

しかし以前ダッカーが会った時のことを考えれば、公子は汚名を着せられた父の名誉や自分に従い戦ってきた者達の為にもなんとしてでも帰国するだろう

ダッカーは気付かなかったのだが、その話をマイオスにしたところマイオスは行った

 

かの御仁は踏ん切りがつかないのではないか?

 

ダッカーが詳しく聞くと、「今の公子達は冤罪により追われています。が、此処で帰国するとなればほぼ間違いなくグランベル王国軍との衝突は避けられますまい。となれば反逆者としてかの者に付けられた罪状は真のものになりましょう。それを危惧してあるのではないかと」

との事だった

 

その発言を聞いた時はただ感心するのみであったが、少し考えたダッカーはそこに活路を見出したのである

そしてダッカーは今までのシグルド公子らが戦った戦闘の詳細やセイレーンにいる人間にシグルド公子がどの様な人物であるかを密かに調べさせた

その結果、シグルド公子は『自分に近しい者や民を攻撃されることを非常に嫌う』人物ではないか?と考える

であるならば、ダッカーが望む未来の為に有効利用出来、いやしなければならない

1週間ほど考えた末に出した結論は

 

自身がシレジアの災いとなり、それをシグルド達に討ってもらう

というものであった

無論シグルド公子らを捕らえられるのであれば、即座にグランベルへ引き渡すプランへと変更するが

グランベル王国軍がシレジアの争いに介入したとなれば嫌でもシグルドはグランベルの変容を直視する事になる

そしてその事態を無視できるほどにシグルドという人物は曲がっていないだろう。間違いなくグランベルへの帰還を考えよう

 

シグルド公子ならば、女王であるラーナにグランベルと繋がって反逆する者達を許しはしまい

ダッカーの元に今なお女王の治世に不満を持つ者を集め、その者達も道連れにする。そうすればダッカーやマイオスという女王を補佐する両輪が居なくとも国内は女王支持でまとまるだろう

もしもグランベルとの関係が悪化したとして、あちらがこちら側に内応の手を伸ばそうとしてもその手を取る者がいなければグランベルとて都合が悪いはず

 

 

シレジアはこれから暫くの間、気候の変動が非常に読みづらくなる。シレジア国民ですら多少苦慮する季節に年中温暖な気候であるグランベル軍が容易に適応する訳もないだろう

加えて、シレジアに伝わる風の遠距離魔法であるブリザードを解禁する事により仮に進行してきたとしても遅延戦術が行使できる

ザクソンは真っ先に攻略されるであろうが、グランベル軍が利用出来る様な大きな回廊はこのシレジアに数えるほどしか存在しない。王都にこそ進軍は容易であるものの、王都からセイレーン方面に向かうには狭い山道を通過する他に道はない

本来国内の物や人の動きを活性化させるのを優先(・・)するのであればこの様な場所が主要経路にあるのは問題だ

 

しかし、この問題を知りながらも歴代の王族や貴族、有力者に至るまで誰一人としてここの問題を指摘するものはいない

何故ならば

 

アグストリア方面からの敵や王都が陥落した場合の迎撃地点であり、また敵の進軍速度を奪う場所なのだから

 

シレジアの天馬騎士(ペガサスナイト)による一撃離脱戦法(ヒット&ウェイ)や山頂付近に建設している魔道士の狙撃場所

これらの攻撃により、足の鈍った敵を確実に仕留めるポイントなのだ。此処は

更に言えばセイレーンは有事の際の王族や国民の避難場所ではなく、それはトーヴェの役割

 

セイレーンから北東に位置するトーヴェであるがセイレーンからトーヴェまでに目立った障害となるものはない

が、トーヴェ付近にはいくつかの河が流れており、此処は高低差が大きい為か余程の寒さでなければ凍りつく事もない

そしてこの河を渡る橋は『一つだけ』

 

つまり、そういう事である

 

 

セイレーンまでが敵に制圧された場合でも、トーヴェには常駐の天馬騎士隊が存在し、敵がトーヴェに近づく頃には必ず敵を捕捉できる

確認次第、橋を落とす事により敵の足を止める

仮に敵が渡河を試みたとしても、河幅がそれなりにある上ただでさえ寒いシレジアの地での寒中水泳は寒さに慣れているシレジア国民ですら命を落とす者が出るくらい過酷

 

寒さに適応しきれてない国外の敵では命を落とす事になるだろう

もし仮に渡河出来たとしても、寒さに震える身体でマトモな戦闘行為が出来るはずもない

 

 

ザクソンが王国の盾であるならば、トーヴェは最後の砦となる拠点なのだ

更にダッカーとマイオスは女王の許可の上でトーヴェに南と東に広がる山岳地帯に規模こそ小さいものの拠点を幾つか作っている

無論、セイレーンなど程に防衛能力や、生産能力は高くないが道を知らねば到底辿り着けないほどに奥深い所へ用意した

既に少人数ではあるが住民を移住させており、小規模ではあるが生活基盤を整えている

 

全てはシレジアという国とその民の為に

 

それこそがどの様な事をしようともダッカーの根本にある信念だった

 

 

 

その姿を支援者として間近で見ていた者達は亡きダッカーの意志を優先すべく、シグルド達を早々に国外へと出すべく動き出したのだ

 

更にシグルド達にとって急報がかれらのもとに舞い込む

グランベルとシレジアの国境付近に傷付いた老齢の騎士とそれを護ろうとする数名の騎士がいるとの事であった

しかもその一団には『シアルフィ公爵家の旗』が見られた。と

 

 

シグルドは直ちにメンバーを集め、その一団を救援すべく進軍する事を決めた

 

 

 

 

 

 

シグルド殿。王子くれぐれもお気をつけを

 

お世話になりました

私達が休息できたのはあなた方のおかげです。感謝します

 

いえいえ。あなた方の事についてはパメラ様よりも聞いておりました故。無事バーハラに辿り着かれる事を祈っておりますぞ

 

町長。助かった

 

 

シグルド達はザクソンの町長らの見送りを受け、全員が出撃していった

父を、名誉を、明日を守る為に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふん。ようやく出ていきおったわ。直ぐに門を閉めよ

二度と此処に奴等が戻らぬ様にな

 

シグルド達が去った後、ザクソンの町長は顔を嫌悪に歪ませながら門番達に指示を出した

 

(精々最後まで足掻け。このシレジアに貴様らの居場所なぞないのだからな)

 

 

 

 

 

 

ドズル公爵家に仕える騎士スレイターは複雑な心境であった

反逆者であるシグルド一味がザクソンを出た事を確認したからである

 

その生涯をドズル公爵家に捧げているスレイターとしては、どの様な事情がありシアルフィのバイロン卿を叛逆者とせねばならないのか理解していない。が、そんな彼自身が持つ疑問など瑣末事であり、主君であるランゴバルドよりバイロン卿討伐の命が下りた以上そこに一切の躊躇いはない

 

しかし、バイロン卿に従う騎士達の捨て身の奮闘によりバイロン卿がシグルド一味に合流する事は最早避けられない

それはどうでも良かった

問題はシグルド一味に自身をスレーターと幼き頃から呼んでくれたレックス公子がいる事である

 

 

ドズル公爵ともなると多忙であり、次男であるレックス公子を産んで直ぐに公爵夫人は亡くなっている

その為、愛妻家でもあったランゴバルドはどうしても赤子であったレックスに複雑な思いを抱いていた

故にランゴバルドは可能な限りレックスに接しない事とし、レックスの世話は乳母や成長しても自身が信頼する騎士に任せきりの状態が長く続いていたのである

スレイターは従騎士であった頃に幼いレックスの面倒を良く見ていた。幼いレックスはそれ故に彼の事を『スレーター』と間違えて覚えてしまい、未だ稀に間違う事すらあった

そんなレックスを身の程を弁えぬ事と知りながらもスレイターは好ましく思っていた。だからこそ、一連の戦いが始まる前まではスレイターがレックスの指導などを請け負っていたのである。無論、主君であるランゴバルドの許可あっての事だが

 

しかし、レックスはシグルド公子が叛逆者とされてなお彼と共に行動している。残念ながらレックスもシグルド公子に同心する1人として処断されねばならなくなった

ランゴバルドがレックスの事を好ましく思っていない。などとスレイターは全く思っていないし、それは確信だった

自身の主君が不器用なのはスレイターの先達達から良く聞いているし、スレイター自身も幾度も目にしていた

であれば、レックスをランゴバルドの元にまで行かせるというのはあまりにも酷な話。ランゴバルドはレックスであろうとも、最早殺す他にないのだから

 

ランゴバルドはレックスを殺す事に躊躇いはしないだろう。しかし悲しむ事だろう

レックスもまた父に斧を向ける事を躊躇いはしないだろう。がやはり悲しむだろう

 

 

ならばその2人を会わせる訳にはいかない

たとえ臣下として今後仕える事に支障が出ようとも。たとえ自身を師と仰ぐ若者に恨まれようとも

 

 

 

 

 

ユングウィ公爵アンドレイの心境は複雑などとひと言で表せるものでは到底無い程千々に乱れていた

父リングは温厚な人物であったが、決して公爵家当主としてユングウィ騎士団たるバイゲリッターの指揮官として無能ではなかったはず

父の敵であったランゴバルド、レプトール両卿も父の政治的な立ち位置にこそ苦言を呈する事はあっても騎士としての実力や実績を非難したことをアンドレイは聞いた事がない

 

だが、その尊敬する父はランゴバルド、レプトール両卿による策謀により遠くイザークの地にて果てた

そして頼りにすべき姉はシグルド公子らと共にいた事より叛逆者一味と見做され、最早帰国どころか助命すら叶わなくなっている

 

 

長子ではないが、長男であるアンドレイはいずれユングウィを継ぐ事になったであろう

アンドレイもまたユングウィの次代を担う人間として鍛錬を怠る事なくしてきたと断言出来る。しかし、公爵家当主として好ましいであろう『聖痕』。即ち公爵家や王家などに伝わる『十二聖戦士が使っていた武器』を扱える印は姉であるエーディンもアンドレイはおろか当主であるリングにすら無かった。父の場合は父以外に後継者候補がいないから問題とならなかったそうだが、自分は違う。姉であるエーディンも一応後継者候補であるのだ。無論、ユングウィ騎士として弓を扱えるのが前提であるが故にアンドレイが後継と目されているのだが

 

しかし、父リングは何故か後継者として自分を認めていると思えなかった。そもそも自身を後継者と認めているならば、何故聖弓イチイバルを姉に持たせていたのか?

姉は弓を扱えぬのは周知の事実。にも関わらず父はユングウィ城に置いているべきはずのイチイバルを姉に持たせていた。それ故にウェルダンがユングウィに侵攻して城が陥落し、姉が攫われた時イチイバルもまたユングウィより消えたのだ

流石に蛮族であるウェルダンの王子であろうとも、イチイバルに粗忽なマネをするとは思えないし、もし仮に紛失したとしても律儀な姉である。一時エバンスに留まった時か、アグスティに滞在した時にでも連絡くらいは寄越すだろう

それがなかったとなれば、今もって姉はイチイバルを保持している事になる

 

幼い頃から面倒見の良かった(エーディン)。なんとかして助命したいと未だに考えている自分の甘さに自己嫌悪するが、それでも今となってはただ1人残った肉親なのだ

シレジアにて王国主力を担う天馬騎士団を一方的に殺戮(アンドレイとしてはアレを戦闘と呼びたくはなかった)した。が、それでも少数ながらに犠牲が出てしまい、その戦績を武功とする事も憚られた

アレはあくまでもシレジアの内乱に自分達が便乗しただけであり、『グランベル王国所属の騎士団』という名目があったからこそ相手も積極的に攻撃出来なかったに過ぎない。そうアンドレイは考えている

 

ユングウィ公爵家を守る為と言いながらも、そのユングウィの名誉を貶める様な戦いしか出来ない自分に嫌気がさす

今も深手を負ったシアルフィ公爵とその配下を追撃しているだけなのだから

 

(このざまでユングウィ公爵か。なんとも滑稽な事だな)

ユングウィ公爵アンドレイは内心吐き捨てた

 

バイロン配下の騎士達の中には積極的に深手を負いながらも主君であるバイロン卿を逃がそうと決死の覚悟で挑んできた者もいた。それを自身の部下達の多くは集団で嬲るかの様に弓を射っていたのである

 

今自身の配下になっている騎士達はユングウィにおける主力とは名ばかりの連中が少なからずいる。いや、正確には大部分がそうだ

そもそも、自分と共にアグストリアへの牽制の為に動いていた者達はともかくとしてウェルダンがユングウィ城に侵攻してきた際、抵抗し姉を護ろうとしたのは騎士としての実績も実力も不足していたミデェールのみ

他の連中は姉が攫われるのをただ我が身惜しさに黙って見ていただけの者ばかり。勿論、シグルド公子らにより解放された後に急いで帰還したアンドレイや彼に従っていた騎士にそんな事を正直に報告した者は皆無である。アンドレイがそれを知ったのは、ユングウィ公女である姉の世話を幼い頃から担って来た侍従長よりの報告があってから

そんな騎士の風上にもおけぬ連中などアンドレイは認めたくない。まだ未熟でありながら、単身的な指揮官であったガンドルフ王子に立ち向かったミデェールの方が遥かにマシだと今でも口にこそ出さないもののそう思っている程

 

しかし、イザーク遠征において国王を騙し討ちされたと士気をあげたイザーク軍とそれを率いていたマリクル王子により父リングが率いていたバイゲリッター主力はそれなりの損害を受けた。加えてランゴバルド卿による強襲により文字通り『全滅』したのだ、主力部隊は

結果、アンドレイの元に残ったのはアンドレイが率いていた準主力とも言える騎士達だった。が、父であり先代当主であるリングを謀略により反逆者として葬ったランゴバルドやレプトールらに迎合する様に見える自分の動きに少なからぬ騎士が反発。先代当主リング支持の声を上げてしまう

 

当然、その様な動きをグランベル国内の維持に苦労しているランゴバルド、レプトール両卿が許す筈もなく速やかに鎮圧の兵を動かし彼等を『反逆者に同調する者』として処理した

その様な事があり準主力にすら多数の欠員が出てしまった為に已む無くユングウィの準主力以下の騎士すら動員しなければならなくなったのである

 

ユングウィ新当主(アンドレイ)が主力騎士団であるバイゲリッターの再編すらできていない。とあっては自分は元よりグランベル王国の兵力に対して少なからぬ疑問を持たれてしまう。補充戦力的な意味において

その為、数を揃えて練度の底上げにアンドレイは尽力していたのだ。だが、技量ばかりに目がいってしまった結果として、『騎士としての心構え』とでもいうものについては未だもって満足のいく水準に至っていないのが実情だったりする

シレジアにおける戦果はあくまでも敵が天馬騎士であり、尚且つザクソンのパメラ麾下の天馬騎士隊と交戦していた為に、奇襲となったからに過ぎない

 

仮にこれが真っ向からの戦闘であったとしたら、それこそバイゲリッターは良くて半壊。悪ければ7割ほどの戦力を失っていただろうとアンドレイは思っている

 

 

最早、グランベル王国の最精鋭弓騎士団として名高かったバイゲリッターに往年の実力はなく、誇りもない。

現に僅かな手勢であったバイロン卿に忠誠を誓い散って行った騎士の最期の特攻により、数名が傷を負う始末

 

そう。たかが数名が『傷を負った』程度なのだ

にも関わらず、多くの騎士が無様に動揺し、隊列を乱す

最終的にはアンドレイとアグストリアへ牽制任務に出て今なお自身に従ってくれる数少ない者が討ち取ったが、その騎士の表情は苦いものだとと聞く

 

 

ドズル公は若い自分に実績を上げさせる為に、態々バイゲリッターと共に追撃にあたっていた部隊を少しばかり下げた

つまり、そうせねばならぬ程に今のバイゲリッターは弱いと公から見えていたという事でもある

 

 

守るべきはずの家名も誇りも失いつつある自身

それを立て直せると思えるほどにアンドレイは楽観的にも呑気に構えて居れるほどに愚かでなかった事が彼にとっての不幸であったとも言えるだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遂にシグルド公子達とグランベル正規軍の衝突が避けられぬ状況となっている頃、レンスターにも大きな動きがあった

 

 

レンスター王国の財務官僚らを始めとした多くの不満を出しながら、レンスター王子であるキュアンは再建したランスリッターを率いてグランベル王国領、リューベックへ向けて進軍していた

 

レンスターよりリューベックに行く為には、レンスターより南下しアルスターで西に進路を変える必要がある

アルスターの西に位置するグランベル王国フリージ公爵領メルゲンより北上するか、それともそのまま西進するかで迷うところだったが、本来であれば戦闘が予想されたメルゲン城の部隊は城の守備と北方の守備に全戦力を傾けていた

その為、メルゲンを西進しイード砂漠南岸より北上。リューベックを目指す事とした

メルゲンの部隊はフリージ公爵軍の中では二戦級であったが、かと言って無力という訳ではない。その上、フリージ軍の編成が前衛を重騎士が固め、後方より魔道士部隊による魔法攻撃や回復魔法を自在に行使するものであり、メルゲン勢もまたその編成に則った軍勢であったからだ

 

 

度重なるトラキアとの戦闘により消耗してしまったレンスター騎士団。数こそ揃えはしたものの、遠路はるばるグランベルの中枢まで状況次第とは言え進軍せねばならない

となれば、長距離行軍に慣れていないレンスター騎士の中で技量に優れている者達を優先して選抜する他に犠牲を減らす方法は無かった

 

その為、異例ではあるがアルスターとコノート、更にマンスターの各地に派遣ないしは配備している騎士達のレンスター本国への召還すら行う事で何とか騎士の練度の水準を維持した

勿論、これによりマンスターは当然としてコノートやアルスターから戦力の大半を抽出した結果、同地におけるレンスターの影響力が一時的に(・・・・)低下する事となる

 

この事をレンスターの一部文官達は憂慮し、アルスターなどからの戦力増強策については最後まで反対の立場を取ったのだが、『レンスター国王の決定』という大義名分を持った軍関係者は強行

コノートは諸手を挙げてその判断を歓迎し、アルスターとマンスターはあまりにも危険な賭けに踏み切ろうとしているレンスターの正気を疑うと共にレンスターより離れる事を密かに、だが急いで議論する事となった

 

特に元々騎士を駐留させていなかったマンスターにおいては、騎士の駐留がレンスターの支配下であるかの様なイメージを市民に持たせてしまう。その事に不快感を持っている者が極めて多く『レンスターとの関係の見直し』を騎士達がレンスターに帰国して僅か2日後には公然と議論される事となる

 

アルスターは行軍経路にあったが事と領主がマンスターに比べ慎重であった事から軽挙妄動とはならなかった。が、グランベル遠征の結果如何では自分達とて仰ぐ旗を変えるべきではないか?との意見が交わされ始めた

勿論トラキアと結ぶのではない

 

誰からも手を出される事のない国に従うのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

トラキア騎士パピヨンは耳を疑った

 

確かにトラバント国王陛下と陛下に従ってマゴーネが部隊を率いて慌ただしく出撃しているのはパピヨンとて聞き及んでいる

が、その理由がレンスターの主力騎士団たるランスリッターを殲滅する為。であればトラキア軍の一員として理解もできよう

 

しかし、グランベルに向かっているレンスター軍の撃破

とは一体どういう事か?

 

 

パピヨンは疑問を抱いたが、トラキア本国の軍で地位の高さから言えば自身もかなり高い地位にある事を理解していた

 

 

遅ればせながら、トラキア本国軍の地位について触れたいと思う

 

 

第一位たる総指揮官は言うまでもなく、トラキア王国国王トラバント

ダインの直系にして、かのものの血を色濃く引き継ぐ証たる聖痕も有し、天槍グングニルを十全に扱える

 

それ抜きにして考えても、トラキア王国随一の竜騎士であり、またその部隊統制能力も非常に高い

血筋も、実力も、人心もある。納得の人事といえよう

 

 

次席指揮官はマゴーネ

彼は元々パピヨンの朋友であり、パピヨンにとっては同郷の友でもある。トラキア本国の騎士団に入団したのはパピヨンが先であった。しかし先のアグストリアにおける戦闘により自身の指揮能力は未だに十全でないと自ら降格をトラバント王に願い出た

パピヨンとしては、今一度自分を鍛え直す事と自戒の意味も込めて、一兵卒からやり直したいと希望したのだが

 

パピヨン。貴様のその責任感は俺も良いものだと思っている

 

とした上で

 

だが、我がトラキアに貴様ほどの力量を持つ竜騎士を一兵卒で使える余裕はないのだ。そこは許せ

 

と降格こそ認められたものの、『見習い騎士達の教育』という大任を仰せつかる事となってしまった

 

しかも

 

 

トラキア本国の騎士団における指揮系統。その第三位として失態を犯したはずの己が認められてしまったのだから困惑する他なかったのも無理ない話だ

 

だが、今回の出撃に際し何の話も聞いていない

今現在トラキア本国の軍を統括せねばならない立場となったのは、総指揮官と次席が不在である以上第三位である自分の役目

 

全く何も知らぬでは動くに動けない公算が高い

 

 

 

そこで、陛下に信任されているクェム殿に話を聞きに行く事とした

 

 

 

 

…なるほど。些細を知りたいと?

 

ああ

 

トラバント国王陛下の懐刀として王国において名高いクェム

当然今回のレンスター軍攻撃についても自身より情報を持っているとパピヨンは考えた

他国においては文官と武官は対立する事が多いと聞くが、ことトラキアにおいては問題になったという話をパピヨンは聞いた事がない

無論、トラキアという国が他国に比べて圧倒的に貧しい事もあるだろうが『疑問に思った事を正直に聞ける』環境を他国がどれだけ持っているのか?と問われればパピヨンは即答出来る訳もなかった

 

武官として動く己があっさりと文官筆頭と目されるクェムと会える程度にはトラキアという国はまだ正常なのだろうとパピヨンは思っている

 

 

 

パピヨン殿は陛下やマゴーネ殿不在の間、部隊の指揮をとって頂く必要があります

私が取るという話もなくはありません。が陛下に重用されているとて所詮私は一介の文官に過ぎませぬ。故に武官として、また前線指揮官としての実績もある貴殿に任せるが最善と考えた次第

貴殿の様に身軽に動く訳にも参りませぬ故、この様な仕儀となりました事を申し訳なく思っております

 

 

クェムの執務室を訪れたパピヨン。クェムは己の来訪に速やかに応じ、彼の補佐役などを一時的に退室させている

 

 

…人目を憚る話、という事か?

 

今後の我等がトラキアに関わる秘事にもなり得ることゆえ

 

 

そうクェムは前置きして己に語った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

信じられぬが、貴殿がそう言う以上そうなのだろうな

 

私はこの道こそが最良と思っております

されど、どうも私は陛下の心情を勝手に慮っていると思い込んだ(・・・・・)愚か者

故にパピヨン殿やマゴーネ殿を始めとした皆々様の力や知恵をお借りすべきと考えを改めました

 

貴殿が愚かとは俄かに思い難いが、陛下とこのトラキアに住まう者たちの為なれば私やマゴーネ。それにハンニバル殿らも協力を惜しむまい

委細承知した

 

 

些か以上にクェム殿の変わり様を目の当たりにした為か、あまり長居すべきでないと当時の私は考え、クェム殿の執務室を辞した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マゴーネ隊長!

先発していた部隊より、レンスター軍を捕捉したと!

 

ようやくか。要らぬ手を散々煩わせてくれたレンスター

遂に彼奴等と決着をつける時が来た様だ

 

 

キュアンが指揮するレンスター軍を追跡していたトラキア王国軍はレンスター軍を捉えた

その報告を聞いた隊長であるマゴーネは感慨深く呟く

 

 

トラキア王国にとって確かにレンスター王国は許し難い敵である

が、それがレンスター王国を必ず滅ぼさねばならないという訳では決してない

トラキア王国が繁栄する為、レンスター地方の再平定が『望ましい』だけであり、既にトラキア王国はクェムを始めとした文官達の努力とマゴーネ達武官や兵士達の献身によりグランベル王国との交易が拓かれつつあった

 

全てをグランベルに依存する訳ではない

マンスターにも物資を求め、少しずつではあるが国内の食糧事情を改善しようと皆が必死に足掻いていた

 

 

グランベル王国はウェルダンとアグストリアを併合した。その結果、ウェルダンとアグストリアにおける農産物をグランベルは取り込む事に成功している

アグストリアとグランベル国境付近に南北に広がる山岳地帯において少数ながら生産されている農作物。これの種子をトラキア王国はグランベル側に求め、グランベルとしても敵対的行動を慎む事を条件にトラキアへと輸出する事を決めていた

 

 

 

トラキアが打ち倒すべき敵はレンスターに有らず

打ち倒すべきは貧しさ

 

そう主導したクェムはトラバントが臨席する会議にて主張し、これを皆が受け入れた

傭兵として血を流す事なく、明日を当たり前に享受できる

 

それこそが、先王いや建国の祖たるダインより続くトラキアの悲願だったのだから

 

 

が、度々出兵してきて犠牲を出すレンスター軍はトラキア王国軍の人間にとって忌々しいものである事は変わらない

そもそも、トラキアは近年レンスターへの出兵を控えておりレンスターとの境に位置するマンスターとは協調路線を維持している

 

レンスターにとって莫大な富を生むであろうトラキアとの交易

確かに今は禁じられているが、トラキア側としては別に交易の再開をしても構わないとすら思っている

が、露骨に敵視されているが故にそれを言い出そうとは決してしない

 

その程度なのだ、今のトラキアにとってのレンスターなど

 

 

だが、レンスターいや正確には『レンスター騎士』にとってはそうではない

トラキア王国という身近なしかも強大な脅威があるからこそ、レンスター王国は規模にそぐわない程の軍事力を有さねばならなかった

仮想敵国としてのトラキア王国があるからこそ、レンスター騎士団は大きな影響力や発言権を有している。そういう事である

 

であればこそトラキア王国との和平や協調などもっての外

そう考えているのだ、歴代の騎士団長などは

 

 

 

度々出兵してはレンスター騎士団の存在を強調せねばならぬレンスターと余計な戦闘の為に貴重な人員や資源を浪費せねばならないトラキア

 

 

トラキアとしては、先だってのミーズ攻防戦においてレンスター騎士団に痛撃を与え、彼等の行動に掣肘を加えたと思っていた

ところが、キュアン王子が帰国するなり急速にレンスター騎士団は戦力の回復を行なう

 

アルスターなどからの話により、目的がバーハラへと向かうであろうシグルド軍への支援。と判明したが、これは言い換えれば現在のグランベル王国体制の打倒ともいえる

トラキアとしては現在国内の再開発などの為にグランベルと協調関係を構築しており、グランベルの現体制の崩壊は好ましいものではない

 

しかも、増強したレンスター騎士団が仮に帰国した場合。高い確率でトラキアへの出兵も考えられる

認められるはずもなかった

 

 

 

それ故に今回、キュアン率いるレンスター軍への追跡と可能であれば撃破いや撃滅が決まったのである

 

トラバントは勿論の事、実働部隊の前線指揮官であるマゴーネも国内の守備にあたっているパピヨンも誰一人としてトラキアの民を失いたくない

だが、攻めてくる姿勢を一切崩さない相手に同情や加減をする程彼等は甘くもなかった

 

 

 

 

陛下。ここは敢えてイード砂漠の奥深くまで奴等を引き入れましょう

 

…そうだな。

『例のモノ』は皆に持たせておるな?

 

はっ、皆持っております

しかしながら、良く我等がトラキアでコレ(・・)が作れましたな

 

あれがその辺は采配した。手抜かりはなかろうよ

 

なるほど。クェム殿であれば納得です

何にせよ実際に兵を率いる身としてはありがたいものですな

 

マゴーネはトラバントの言葉を聞き、少しばかり表情を緩めた

 

 

アグストリアのシャガール王より一振り寄越されたモノ。それを増産したそうだが、詳しくは知らぬ

 

であれば、皆を無事に国へと帰さねばなりませぬな

 

 

ナイトキラー(騎士殺しの槍)

今は亡きアグストリア諸侯連合。その近衛隊長たるザインに国王シャガールが与えた武器

そして、マディノよりシルベールに逃れたシャガールが傭兵を率いて参じたトラバントへ同じ国王として渡したモノでもあった

 

当時のトラキア王国では増産など到底不可能であったが、クェムが主導した大陸各地の『鍛治師招聘』により少なくない鍛治師を集められた結果の一つである

特にグランベルいやシグルド達に敵意を持つ旧ウェルダンの魔道士や旧アグストリアの鍛治師が中心となってこのナイトキラーの増産が進み、ようやく部隊全てに配備出来るだけの数を有する事となった

 

 

 

ナイトキラーとは文字通り『騎士を殺す為の槍』

その始まりについては諸説あるが、アグストリアで伝わるのはこの様な話である

 

 

 

 

アグストリアにて騎士を志した若者がいた

若者は己が力を高める事や弱き者を守る為に戦う事を躊躇う事はなかったそうな

しかし、かの者を慕う者も多かったが、若者は終ぞ騎士になる事は叶わなかった

 

かの者は女性であり、当時の考え方においては『女性が騎士になる』という事は全く認められておらずそれ故の事であった

彼女が成した多くの事は彼女の従者であった筈の男の手柄となり、彼はその功績を持って騎士となる

 

そう、自分の主人であった人物が望んでも手に入れる事が出来なかった騎士に

 

 

それだけであれば、彼女は我慢できた

 

ところが、従者だった男は騎士となるなり彼女を支持していた民衆を偽りの罪を着せ、全てを殺し尽くした

彼は自分『だけ』が彼女の理解者であるべきだと思っていたから

 

 

自身を慕っていたはずの男の凶行を知った彼女は当然彼の凶行を訴えた。しかし、女性の身でありながら騎士を志した彼女に対する当時の騎士階級の者達への風当たりは強く彼女の妄言であると一蹴される

 

弱き者を、民を守るのが騎士ではないのか!!

 

 

彼女は失望した

騎士という生き物に

 

 

彼女は幸か不幸か魔法の才もあった

そこで彼女は数少ない生き残りであった老齢の鍛治師と協力し、(まじな)いを込めた槍を創り上げた

 

それこそが、ナイトキラー

騎士たり得ぬ騎士を討つ為に造られた呪いの槍

 

 

 

しかし、どの様な想いが込められようとも月日というものは残酷であり、いつしか彼女達が創り上げたナイトキラーは騎士達の戦争の為の武器(道具)となった

 

 

 

1人の女性が『騎士あれかし』と願った祈りすらも時代のうねりにおいては全くの無力である

 

 

 

 

ナイトキラーを全員が装備し、なおかつ牽制用の手槍すら有し、空という地形に左右されぬ場所を駆るトラキア軍。鋼の槍を装備し馬にとっては負担となる砂漠地帯を征くレンスター軍

 

戦う前から勝負はついていたと言っても過言ではなかった

 

レンスター側が唯一持つ強みといえば、キュアンの持つゲイボルグであったがそれとてトラキアの兵がキュアンの槍が届く範囲に居らねばどうにもならない

ゲイボルグの脅威を知るマゴーネは終始部下達に対して、敵に近接攻撃を仕掛けても即座に離脱する事を徹底させていた

王子夫人であり、唯一回復の杖が使えるエスリンもいたがレンスター騎士に一撃で致命傷を与えることの出来るナイトキラーを標準装備していたトラキアの猛攻を前にして回復が追いつくはずもなかった

 

トラキア軍は女性であるエスリンに攻撃する事を良しとせず、基本的に彼女への攻撃を控えていた。しかしながら、彼女は光の剣を所持しておりこれにより兵に被害が出た事を受けてマゴーネはエスリンの排除を決断

如何にウェルダンの侵攻以降、第一線で活躍してきたキュアンとエスリンであっても、配下の騎士という足手まとい(・・・・・)がいる以上行動は制限されてしまう

特に今回動員した騎士の殆どはアルスターやコノート、マンスターから集めた者ばかりであり、彼等を失う事はレンスターの同地における影響力の低下を意味する

 

 

トラキア軍側は絶命したレンスター騎士達が持っていた鋼の槍すら投擲し、徹頭徹尾キュアンに対しては遠距離からの攻撃に終始していた

 

 

卑怯だなんだと言いたい者には言わせておけ。戦場において何より大事なのは『生きて帰る』事よ

それ以外の名誉だ誇りだなどというものは些事に過ぎぬ。心しておけ

 

トラバント(国王陛下)は言うだろう

 

名誉?誇り?

はぁ、私としては理解し難い考え方ではありますな

そも我等がトラキアにその名誉だ誇りの為に浪費して良い様な命など一つたりともないのですよ?

家族を失えば憎しみとなり、友を喪えば嘆きと悲しみとなりましょう

その果てに出来るのは血塗れの国だと私は思うのです

 

とクェム殿は言った

 

 

 

キュアン王子は言った

「死ね、ハイエナども」と

 

 

ならばハイエナらしく無慈悲に敵を殺す事にしよう

マゴーネはキュアンを仕留めるべく、部下に号令をかけた

 

 

 

 

 

 

 

 

エスリン、大丈夫か!

 

ええ。なんとか

でも皆が

 

イード砂漠の中でキュアンとエスリンは何とか防戦していた

が、2人の様に立ち回れたレンスターの騎士は誰一人としていない

レンスター騎士は三十名以上いたにも関わらず、その尽くが命を散らせた

対して敵であるトラキア兵は未だに落伍者はただ一人としていない

キュアンの持つゲイボルグは強力無比の武器であるが、敵に届かなければ意味はない

エスリンの持つ光の剣は『光魔法ライトニング』の術式を埋め込まれた剣。だが、エスリン自身が攻撃魔法について扱った事がほとんど無い事もあり有効な打撃を与える事が出来ないでいた

 

 

エスリンはキュアンを気遣っているが、キュアンとしては自身よりも遥かにエスリンの方が心配である

そもそも産後半年ほどしか経たぬエスリンだ。当然だが身体にかかる負荷はキュアンの想像が及ぶものではない筈

 

しかも、エスリンはアルテナを連れて来ている

 

 

 

 

王子。最早お止めはしませぬ

されど、エスリン様を途中までとはいえど同道させるのはおやめになるべきかと

敵はグランベルのみではありませぬ。いつトラキアが御身やエスリン様を狙うか分かりませぬぞ

 

ああ、分かってはいる

だがエスリンの気持ちも考えると、な

 

 

レンスターを出る直前に文官の一人が進言してきたのを結果として無視した事を今更ながらに思い出す

 

 

(くっ、私は甘かったのか!)

 

そう意識を逸らしたのが悪かったのだろうか

 

 

 

レンスター王子!覚悟!!

 

っ、ちっ!

 

キュアンの目の前にトラキア兵が投擲した鋼の槍が迫っていた

 

 

キュアンッ!

 

愛する妻の声が聞こえた

 

 

 

 

 

 

エスリンはレンスターのキュアンの所に嫁いだ事を後悔した事は一度もない

だが、今回自身が招いたと言っても過言ではないこの状況を作り出した事には後悔しかなかった

 

戦場の無慈悲さはアグストリアで嫌というほど理解していた筈。なのに夫であるキュアンの身を案じ、見送ろうと安易に考えた結果がコレ

騎士達は全滅、残るは産後程ない為に動きの鈍い自分と砂漠と敵が空を駆ける竜騎士である為に力を発揮できない夫

 

トラキア軍は襲撃しておきながら最初自分を意図的に目標から外していた様にも見えた

が、それも光の剣によりトラキア軍に被害を与えるまで

彼等の思惑は分からないが、少なくとも混乱するレンスター騎士達よりも自分を脅威と見たのだろうか?

 

撤退しようにも、ここは砂漠のど真ん中と言える場所。砂漠の南岸に辿り着くまでにトラキア軍は自分を10回以上殺せるだろう

パラディンとなった自分であっても、あくまで前線でしていたのは戦闘の補助と仲間の回復

 

 

味方は全滅。隣には夫のみ

正しく孤立無援

 

…もう私もキュアンも助からない

でも、せめてこの娘だけは守らないと

 

 

そう私が決意を改めて固めていると、夫キュアンにむけてトラキア兵達が鋼の槍を一斉に投擲するのが見えた

キュアンは数秒遅れた気付いたが、アレでは間に合わない!

 

 

(ごめんなさい、キュアン。アルテナ、リーフ)

私は母親として恐らくしてはならない事をするのだろう

 

それでも

 

 

 

 

 

全く貴様はいい加減にしておけ、シグルド

 

すまない。エルトシャン、助かったよ

 

そう言ってやるな、エルトシャン

シグルドが無鉄砲なのは今に始まった事ではないだろう?

 

だがな、キュアン。このままでは先が思いやられるぞ

 

大丈夫だ。流石にシグルドでも同じ事を何度もする事はない

そうだろう?

 

あ、ああ。そう努めるよ、キュアン

 

 

 

まだ私が小さかった頃

シアルフィに来たエルトシャンさんと兄上、それにキュアンの3人が他愛もない話を楽しそうにしていた

 

その光景は私にとって好きなものだった

だから

 

エルトシャンさんはいないけれど

あの時の様に兄上にも、そしてキュアンにも笑って欲しいから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…エスリン?

 

キュアンは我が目を疑った

 

なんだ、これは?

 

…見事

 

トラバントが何かを呟いていた

 

自分は確かにトラキア兵の槍を身に受けている筈

なのに、何故自分は生きている?

 

 

そして

 

 

 

 

 

何故エスリンは自分を庇うようにして地に倒れている?

 

 

 

 

 

 

マゴーネは驚愕していた

間違いなく、あの鋼の槍の一斉投擲を食らえば如何に堅牢と言われるフリージの重騎士相手でも絶命させる事は敵わずとも、深手を負わせる事の出来る攻撃であった

それをパラディンとはいえ、女性の身でしかも聞く話によれば半年程前に子供を産んだばかりの人物が総身に受けたのだ

 

その悲壮な決意に敬意を

その壮絶ともいえる愛情に憧憬を

 

敵であったとしても、死んだ相手の想いを汲む程度の事は許される事。そうでなければ我等トラキアの傭兵はレンスター王子の言う通り、ただの獣でしかないのだから

 

 

 

 

トラバントは内心失望すると共に、余りにも情けない敵手に苛立っていた

戦場に女子供が出るな。とはトラバントは言わない

本人が覚悟し、周りがそれを認めたのであればその決意や覚悟は寧ろ称賛されて然るべきもの

戦闘後の後味は苦く、そして不快なものになるだろうが『それはそれ』として割り切ればよいだけの事

 

だが、戦場に立っておりながら考え事に気を取られた挙句、守るべき伴侶に助けられる。何とも滑稽な話ではないか

しかもその男がレンスター建国の祖たるノヴァの血を色濃く残している『ゲイボルグの使い手』というのだから笑えない

 

トラバントが戦場に出向きながらもレンスター騎士達との戦闘に一切関与しなかったのは、あまりにも情けなさ過ぎる相手にグングニルを振るう必要性を認めなかったから

戦場に伴侶を連れて来ようが、足手纏いを連れて来ようがそれは良い

が、ひとたび戦場に身を置くつもりであれば、ありとあらゆるものが敵として立ちはだかる事を覚悟せねばならぬ

そうトラバントは思っている

 

イザークではこの気構えを『常在戦場』と言っているそうだが、正しくそうあるべきなのだ

 

 

グランベルに兵を派遣するのであれば、有事に備えて国境付近に守兵を配置するのは当然

近年トラキア側から攻め寄せてないとはいえど、物事に絶対はないのだから

 

ところが、トラバントが各方面に出撃より先行させた偵察部隊によればアルスター、コノート、マンスター。何れの都市にも先月までいた筈のレンスター騎士や現地の兵が居ないとの事

それでいて、市民は普段通りの生活を営んでいるというのだからトラバントとマゴーネはレンスターの正気を疑うのも無理はない

 

 

確かにマンスターはトラキアにとってグランベルと並ぶ貴重な交易相手。だが、形ばかりとはいえマンスターはレンスターに従属しており、レンスターとトラキアは交戦状態にあると言って良い

マンスターはこちら(トラキア)を刺激する事のない様に元々兵を置く事を避けていた

 

軍事的脅威のないマンスター。しかも此方に敵対的ではなく比較的とは言え友好的である。これに対してもし武力侵攻し、制圧したとなればどうしても統治に手間を要する。更に幾らトラキア側が統治に慎重だとしてもレンスターの様に『自分達の富がトラキアに奪われる』と反発されるのも間違いない

 

トラバントの腹心であるクェムは

 

 

マンスターは現状にあってこそ、我等にとって最大の利益となりまする。態々攻め寄せて憎悪を買うこともありますまい

 

とマンスター侵攻について否定的だ

 

 

 

愚かな、そして勇敢な女だった

見事だ、レンスター王子夫人よ

 

 

それはトラバントにとって最大の賛辞だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エス、リン?

動かなくなってエスリン(愛する妻)を呆然と見つめ、立ち尽くすキュアン

 

戦場において、余りにも無様で愚かな決断をした自身が死ぬのは良い。だが、何故彼女がそんな自分の代わりに死なねばならない?

 

 

残念だが、戦場に情を持ち込んだ時点で貴様達に生きる道はなかった

やれ

 

そんなキュアンにトラキアの竜騎士達の投擲した手槍が襲いかかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この様なところに放置するわけにもいきませぬ。レンスターの憎き王子とその伴侶であっても、その死は安らかであるべきかと

 

…そうだな。せめてもの情けだ

近くの緑がある所に葬ってやるとするか

 

マゴーネとトラバントはキュアンとエスリンの亡骸を見下ろしながら話をする

 

 

マゴーネ隊長、陛下!

 

どうした?

 

こ、これを

 

 

 

エスリンの遺体を丁重に運ぼうとしていた竜騎士が何かを見つけたのだろうか?声をかける

 

 

 

…なんと

 

女連れだけでも話にならんと思ったが、まさか幼児(おさなご)まで連れていようとは

 

エスリンが庇ったのだろうか、彼女の遺体に縋り付く様に泣いている子供がいた

 

 

…始末しますか?陛下

 

いや、連れ帰る。ゲイボルグ共々な

 

…はっ

 

 

 

トラバント達はキュアンとエスリンの遺体を丁重に葬った後、二人の遺品であるゲイボルグと光の剣、そしてアルテナを連れトラキアへと帰国の途についた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ナイトキラー標準装備、地形無視の広範囲移動ユニットのみによる部隊とかいう控え目に言ってヤバすぎる部隊

乱数と育成次第でレンスター軍が勝てる可能性も極小ながらある(でもリューベック制圧するとレンスター軍は消える)
地獄かな?(白目)

そしてこの章においては寧ろ此処からが本番という恐怖

スワンチカ装備のランゴバルド
遠距離魔法装備の魔道士
頭おかしい防御力のゲルプリッターとトールハンマー装備のレプトールとかいうバグレベルのボスユニット(しかも動き回る)


そしてバーハラ



うん、難易度ここだけ無茶苦茶高いと思うのは私だけ?

さて、プレイヤーのトラウマイベントを書くのに相当精神力が必要だと思うので以降の更新はドン亀レベルとなります


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