宵崎奏の幻想入り (nyagou )
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奏が消えた

深夜、「25時、ナイトコードで。」のセカイにて。

 

奏が作った曲をみんなに聞いてもらっている。

 

だが、いつもよりみんなの反応が良くなく、曇った顔になっている。

 

「…これ、前のに似てない?」

 

絵名がそう言った。

 

「…やっぱりそうだよね」

 

奏はその指摘に納得していた。

 

(確かに、全然思いつかなくって前に出した曲の小節の繋ぎ合わせになっちゃったかも…)

 

「スランプ…なの?」

 

ずけずけとまふゆが切り込む。

 

「うん…そうみたい」

 

「じゃあ、いつもみたいに何かインスピレーションを起こすものに触れてみたら?」

 

セカイの住民のMEIKOが言う。

 

「うん…だからさっきもジョギングしてみたんだけど全然浮かばなくって…」

 

「奏がジョギング…?!…まあ、身体を壊さない程度にね」

 

「運動してもダメなんて相当なスランプのようだねえ」

 

瑞希が口を挟む。

 

「ちょっと。瑞希、これ他人事じゃないのよ!」

 

絵名がキレる。

 

「ふふん。こういう時こそ、ボクみたいな冷静さが必要なのさ」

 

「じゃ、瑞希には何かインスピレーションになりそうなのあるの?」

 

まふゆが聞いた。

 

「あるとは言ってないよ?」

 

「あのねえ…」

 

絵名がため息をつく。

 

「運動でダメなら、まふゆ達の外での話を奏に聞かせるのはどう?」

 

セカイの住民の初音ミクが提案する。

 

「んーでもボク達もあんまり他の人とは関係持たないしなあ」

 

「SNS映えするものなら教えてあげられるんだけどね…多分インスピレーションにはならなさそう…まふゆは?」

 

「ない。何も感じないもの」

 

「相変わらず辛辣だなあ、まふゆは」

 

「感じないんだから仕方ないでしょ」

 

「困ったわね…」

 

MEIKOも頭を抱える。

 

「あ、一つ思い出したよ!」

 

瑞希が声を上げる。

 

「聞かせて、瑞希。何でもいいから」

 

奏がそう言った。

 

「これは素材を探してた時にたまたま見つけたサイトなんだけどね…」

 

「もったいぶらずに話しなさいよ」

 

また絵名がキレる。

 

「実は日本のどこかにね、世界とは完全に隔絶された『幻想郷』っていう場所があるんだって」

 

「幻想…郷?」

 

奏が首を傾げる。

 

「それっていわゆる都市伝説ってやつ?」

 

まふゆが尋ねる。

 

「そう。結界で世界から隔てられたそこでは、この世界では居られなくなった妖怪とか妖精とかが、分け隔てなく人間達と仲良く暮らしてるんだって!」

 

「ふーん、そんな世界があるなら一度でいいから行ってみたいね」

 

絵名が興味ある様子で聞いている。

 

「あるわけないでしょ、そんな世界」

 

まふゆがばっさり切り捨てる。

 

「ひどいなあ!これでも奏の作曲のためを思って話してるんだよ?」

 

「…ありがとう、みんな。少しは何か見えた気がするよ」

 

奏が口を開いた。

 

「そう?ならよかったー」

 

瑞希は安心したようだ。

 

「それより、時間は大丈夫?もう5時だよ?」

 

ミクが声をかける。

 

「え、もうそんな時間?やば!ボク昼にバイトあるからもう抜けないと!」

 

「私も学校あるし、抜けよっかな」

 

「私も純粋に眠いから抜けるね…奏は?」

 

「私はまだ作業するよ…早く曲作らないといけないし…」

 

「そんな急がなくてもいいんだよ?奏の気の済むまで考えたらいいんだから」

 

「わかってる…でも早く出さないと、救えるはずの人を救えなくなる…もうちょっと頑張るよ」

 

「ってここで?」

 

「うん。部屋より静かだし、ここの方が落ち着く。モバイルバッテリーも持ってきたし」

 

奏はパソコンについてるモバイルバッテリーを持ち上げる。

 

「わかった。身体だけは壊さないようにね、奏」

 

「それじゃあ、また曲のラフが出来たら連絡するよ。またね」

 

「それじゃあねー!」

 

「じゃ…」

 

まふゆ達がキラキラを残して現実世界に帰っていく。

 

「うーん…幻想郷、ねえ…」

 

奏はそう呟いてヘッドホンを耳につける。

 

「奏の邪魔しないように離れよう、MEIKO」

 

「そうね」

 

ミクとMEIKO が奏の元から離れていった。

 

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「絵名ー?朝ご飯の時間はとっくに過ぎてるわよー?」

 

絵名の母が絵名を呼ぶ。

 

「ちょっとまだ眠いから後にして…zzz」

 

「ちょっと絵名ー?」

 

絵名は再び眠りに落ちた。

 

同じ頃、瑞希の部屋では。

 

「よいしょっと!準備は出来たからバイトまで寝ちゃおうかなー?寝不足は美容の大敵だしねー♪」

 

そう言ってベットに潜り込む。その10分後、もう眠っていた。

 

その頃、宮益坂女子学園では。

 

「あ、朝比奈さんが居眠りしてる…珍しい」

 

まふゆの同級生が授業中にコソコソ話をしている。

 

「朝比奈さんは優等生だもん。きっと昨夜は勉強忙しかったんだよ」

 

「だよねー」

 

まふゆは首をコックリコックリさせながら眠っていた。

 

同時刻、セカイ。

 

(眠すぎる…流石に昨日に続いての徹夜はまずかったかな…)

 

奏はそんなことを、色々メロディーをパソコンに打ち込んでは聴いてを繰り返しながら思っていた。

 

(あ、目の前が…)

 

だんだん意識が朦朧としてくる。

 

そのまま、眠ってしまった。耳からヘッドホンがずり落ちる。

 

「あーあ、寝ちゃったわよ。元々しんどそうだったから気にしてはいたんだけど…」

 

MEIKO が言う。

 

「まあ、あのままそっとしときましょ…あれ?」

 

奏の方を見るとそのまま釘付けになったミク。

 

「…え?何あれ?」

 

MEIKO も気づいたようだ。

 

眠ってしまった奏の後ろの方。黒い、空間の裂け目のようなものができて、そこからキラキラが噴き出している。

 

「現実世界に帰るってわけでもなさそうね?…」

 

「何か…何かまずいことが起こってる気がする!」

 

キラキラの出具合が一層激しくなり、奏の身体がそれに紛れて消えていく。

 

「起きてー!!奏ー!!」

 

ミクが必死に奏の方に走りながら奏に呼びかける。

 

だが、奏は目覚めることなく…

 

「「奏ー!!」」

 

伸ばした手を掴むことなく、奏は消えてしまった。

 

呆然とする2人。裂け目もなくなり、キラキラも消えていく。

 

「ねえ、ミク」

 

MEIKO がミクに尋ねる。

 

「何で今『かなで』って叫んでいたの?」

 

「え?」

 

ミクは少し考えてから言った。

 

「何でだっけ…」

 

足元にはパソコンとヘッドホンが落ちていた。




最近プロセカを始めて思いつきました。
なろうにはガイドラインの関係上投稿しません。
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奏、霊夢に会う 〜幻想郷サイド①〜

(…すっかり寝ちゃったな…)

 

奏が目を開ける。パソコンを見つけようと周りを見渡す。

 

(ここ、どこだろう…?こんなところ、セカイにあったっけ…?)

 

見れば見るほど、明らかにセカイとは異質だった。硬質なコンクリートみたいなセカイとは違い、自然でいっぱいだ。地面は土で出来ている。近くには大きな木々が立ち並び、上を見ようとしてもその葉っぱで覆われて見えない。しかも、暗い。かろうじて奏の近くが見えるだけだった。

 

(パソコンもないし…ミクとか近くにいるはずなのにどこ行ったんだろ…?)

 

ゆっくりと立ち上がり、ジャージの膝の部分についた土を払う。

 

(とりあえず、ミクに会わないと…)

 

奏は自分が居た獣道のような細い道を歩き始めた。

 

しばらく歩いていると、木々の間から丘とその上にある神社らしき建物が見えた。

 

(セカイに神社なんてあるんだ…何もないってミクは言ってたのに。一旦あそこに行って休憩しよう…歩いてすっかり疲れちゃったし…)

 

神社の方に進むと、だんだん開けてきて、白い石段が見えてきた。どうやら神社へと登る階段のようだ。

 

(長いな…)

 

一瞬登るのを躊躇う。しかし、ここを登らないとまたあの獣道だと思うと登らざるを得なくなる。

 

(登ろっか…)

 

諦めて一段、また一段と足のダルさを堪えながら登った。

 

「はぁ、はぁ…」

 

まだ半分も登っていないのにもう息が上がってしまった。

 

(登らなきゃよかった…)

 

少し後悔する。だがもうここまで登った以上、もう降りられない。観念して、息を整えるために少し止まると、後ろから光が差していることに気づいた。

 

(眩しい…これは日光…?)

 

振り返るとちょうど日の出だった。今はもう木のてっぺんはすっかり足元にあり、遠くの景色も見えるようになっていた。道理で目を覚ました時には見えなかった神社が見えるんだと一応納得したが…

 

(林、神社、日光…どれもいつものセカイにはないものばかり。…ここ、そもそもセカイなの?…)

 

そんなことを思っていた矢先。

 

「ヒャッハー!うまそうな人間だな!食わせろ!」

 

「ひいっ?!」

 

少なくとも人間ではないとわかる異形が石段の下から飛び上がって来た。奏は一気に青ざめる。

 

「おいらの縄張りを感知に引っかかることなくすり抜けるとは大したやつだ。だがもう逃さねえ!おいらの朝飯になれえ!」

 

「だ、だれか!助けて!」

 

さっきまで全く動きそうになかった足が必死に石段を登る。だが、異形はそれよりも速く飛んで先回りする。

 

「おいらに見つかったのが運の尽きだ。大人しく食わ…」

 

「そうだな、私に見つかったのが運の尽きだな」

 

空から声が聞こえる。その声を発した人物が急速で奏に近づき、箒の上に乗せると空へと飛んでいく。

 

「うわっ?!」

 

奏は自分が空を飛んでることにびっくりしている。

 

「よくもおいらの朝飯を!」

 

異形が怒る。

 

「残念ながら私は人間の味方なんでねえ。しばらく、くたばっといてくれ」

 

「なっ…!」

 

次の瞬間、異形の周りに瓶が投げ落とされ、次々と爆発する。

 

「ギエエエ!」

 

異形が悲鳴を上げる。爆煙が上がるとそこには黒焦げになって異形がぶっ倒れていた。

 

「これでよしと…危なかったなー!怪我はないか?」

 

心配そうに奏を見る。

 

「ええ…大丈夫です…あなたのお名前をお聞きしても?」

 

「ああ、戦闘ですっかり名前を言いそびれちまったな!私の名前は霧雨魔理沙。普通の魔法使いだぜ!」

 

そういうと魔理沙は自慢気にニカっと笑ってウインクした。一方で奏は頭が完全にパニックになっている。

 

「林、神社、日光、石段、異形、魔法使い…うーん…」

 

奏が気を失いかけて箒から落ちそうになる。

 

「おい!やっぱり大丈夫じゃないだろ!」

 

慌てて奏を抱える魔理沙であった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

奏は神社の巫女さんが生活するところの居間で座っている。いくらか落ち着いてきたようだ。

 

「もう大丈夫よ、この私がいるんだから。もうあんな妖怪の心配なんてしなくていいわよ。あ、そうそう、私の名前はこの博麗神社の巫女の博麗霊夢。霊夢でいいわ、よろしくね。」

 

霊夢が言う。

 

「は、はい、ありがとうございます。霊夢さん」

 

「もう大丈夫って…さっきの状況下で言えるか?石段って思いっきり神社の敷地内な気がするんだが?」

 

魔理沙がいちゃもんをつける。

 

「あー?私だって人間なんだから睡眠は必要でしょうが?敷地内に侵入されてても境内じゃないんだから、知ったこっちゃないわよ、見えてないんだから」

 

「やれやれ、そういうところが巫女らしくないんだぜ、ほんとに…」

 

「何が!」

 

「あのー…」

 

「どうした?自分ん家に帰りたくなったのか?なら送るが…」

 

「いえ…ここってどこですか?」

 

「どこって博麗神社よ?」

 

「いや、そういう意味じゃなくて…この世界全体というか…どうも私のいた世界と違うというか…」

 

「「むむ?!」」

 

霊夢と魔理沙が同時に反応する。

 

「もしかしてあなた外の世界の人間?」

 

霊夢が奏の前にツカツカと出る。動揺する奏。

 

「言われてみれば、この子の服装、人里じゃあんまり見ないな。外の世界のやつなのか?」

 

魔理沙も納得する。

 

「はあ…まあ、最近増えてるものね、外から来る人は」

 

霊夢がため息をつきながら言った。

 

「それでここは一体…」

 

「ここは『幻想郷』。どうやらあなたは元々居た世界を離れてしまって、幻想入りしたようね」

 

「ええええ?!」

 

奏の驚愕の声が空へと飛んだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「なるほど…だから私は幻想入りを…」

 

「理解が早くて助かるけど…なかなかにやってるわね、あなた」

 

「すみません」

 

「謝ることじゃないけども…」

 

霊夢がいうには、幻想入りには2つの条件を満たし、かつ幻想入りが起こりうる状況にいることで始めて可能になるらしい。

 

条件の1つ目は「幻想郷の存在を認識すること」これは瑞希が教えてくれたことで達成してしまった。

 

2つ目は「元居た世界の住民全員から忘れ去られること」これは元々奏には交友関係が少ない上に、睡眠時でも眠り始めというのは特に意識が混濁している場合が多く、身近なことでも忘れていることがあるらしい。またネット上では「K」として活動していることから、「宵崎奏」としては認識されていないのではないかとのことだった。

 

「ニーゴ全員が寝るなんて…そんなこともあるんですね」

 

「全員仲良く夜更かししたんでしょ?そりゃ朝は眠いでしょうがよ」

 

霊夢はやれやれという感じである。

 

そして、幻想入りが起こりうる状況は3つある。

 

1つ目は大妖怪の干渉を受けること。2つ目は幻想郷を覆う結界の境界の近くにいること。3つ目は幻想郷に繋がる異界にいること。

 

よりにもよって、奏の場合は2と3の両方を満たしていた可能性があるようだ。外来人は偶然出来た境界に引き込まれるという、2の方法で来る場合がほとんどだ。しかし、奏は外の世界ではなく、セカイからの幻想入り。セカイは半分くらい幻想で出来上がっているので、100%幻想で出来ている幻想郷と親和性が高いのだろう。

 

「っていうか、その『セカイ』さあ!怖いとか思わなかったのか?」

 

「いえ、全く…」

 

「そんな幻想と現実の中間みたいな不安定な世界に長時間いるなんて!…けどそういう空間に限って案外安定するものだよなあ…うん…」

 

「常に安定してるなら、こんなことにはならないわよ」

 

「あー?それを言うなら幻想郷だって常に安定してるわけじゃないだろが」

 

霊夢と魔理沙がちょっとした口喧嘩を始めた。まるでまふゆと絵名みたいだなと奏は思った。

 

結界は現実のものを弾き返すと同時に幻想のものと認識したものを引きずりこんでしまう。これが幻想入りの正体。そして、現実世界における幻想入りした人の痕跡は結界の作用により消えてしまう。まるで最初からそんな人は存在していなかったかのように。

 

「じゃあ、私のことはもう誰も覚えていないんですか?」

 

「ええ、そうなるわね」

 

「そんなことってあり得るんですか?その…色々おかしくなるとか」

 

「社会なんてね、歯車が一つや二つ欠けたところで勝手に回っていくもんなのよ。ましてや、結界の作用まで入ったらもう誰も気にしないわ。安心しなさい」

 

「そうですか…」

 

奏はまふゆ達のことを思い出す。

 

(私がいなくても勝手に回っていく、か…)

 

少し悲しくなって、胸の奥がキュッとする。

 

「私が作った曲とかは…」

 

「それは残るわよ。もっとも他人が作ったことになるでしょうけど」

 

「そうですか…」

 

奏は自分の手を見つめる。パソコンはない。現実のものとして弾かれてしまったようだ。

 

(曲がまだ向こうの世界で残ってるならよかった…けど…)

 

「まだ、作っていたかったな…」

 

「何だよ、辛気臭いなあ。まだ死んだわけじゃあるまいし」

 

「そうだ、外の世界に帰る方法ってあるんですか?」

 

奏がそう聞くと霊夢と魔理沙が一瞬びっくりした様子だったが、すぐに霊夢が返事をした。

 

「…ええ、あるにはあるけど…結界の薄いところを見つけるとか外の世界を探すとか色々あるから結構時間かかるわよ?」

 

「どんだけかかってもいいです。私はあの世界に帰らなきゃいけないんです!」

 

奏が必死な顔になっている。覚悟がひしひしと伝わる。

 

「…まあ、今すぐ決めなくてもいいんじゃないか?」

 

魔理沙が助言する。

 

「まだここ以外見てないんだろ?幻想郷には人里とか面白いところがいっぱいあるから、ついでとは言ってもなんだが見てから考えたらどうだ?」

 

(確かに、すぐに動かなくても…まふゆ達はもう私なしでも曲を出せるんだもんね…今元の世界に戻っても、もうニーゴには戻れないんだ…)

 

あの世界から自分という存在が完全に消えたということを改めて実感する。

 

「…そうですね」

 

奏は引き下がる。

 

「幻想郷のことをもう少し知りたいので、まだいることにします。…お手洗いってどこですか?」

 

「ああ、それは居間の横の廊下をずっと行けば、行き止まりにあるわよ。…っていい加減、敬語やめなさいよ。同い年ぐらいなのに気恥ずかしいわ」

 

「え、ああ…ありがとう、霊夢」

 

奏はお手洗いに行った。

 

「珍しいなぁ。外の世界に帰りたいなんて言うなんて」

 

魔理沙がボソッと言った。

 

「まあ、どうせ今までのと一緒でしょ…幻想郷の意思には逆らえっこないわ」

 

霊夢はため息混じりに呟いた。

 

「ただの人間で外の世界に帰ったやつなんて今まで誰一人いないんだから」




キリいいとこまで書こうと思ったら、すんごい長くなってしまいました。(当社比)
ニーゴって基本鬱展開なのはわかるんだけど、いざ書いてみると結構細部までこだわる必要があって疲れるもんなんだなあと感じました。
拙い文章ですが、今後の展開にご期待ください!
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25時のナイトメア 〜『セカイ』サイド①〜

まふゆの夢の中。

 

キラキラが噴出する黒い裂け目に向かって必死に走っている。裂け目の前には髪の長い、眠っている女の子が1人。今にも吸い込まれそうだ。

 

「起きて!!」

 

そう叫ぶ…と同時に、自分が目を覚ましてしまった。黒板の文字が数行進んでいる。

 

(あ、寝ちゃってた…いつもならこんなことしないのに…)

 

急いで進んでいた部分をノートに書き写す。一言一句間違いがないように、丁寧に正確に。

 

黒板を何回も見直す。もう写し忘れたところはないはずだ。しかし、まふゆは思った。

 

(何か…大事なものを書き忘れてる気がするんだけど…)

 

「…では、この問題を朝比奈さん、解いてください」

 

「はい!」

 

優等生らしく、元気よく振る舞って立ち上がる。

 

(…気のせいか)

 

そう思うことにした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「『雪』、曲出来た?」

 

絵名がまふゆに尋ねた。

 

「まだ。…でももう少しで出来そう」

 

奏が作曲したという現実は全てまふゆがやったと書き換えられてしまった。

 

「そう…じゃ、今は絵の練習でもしてるから終わったらセカイでね」

 

「わかった…はあ」

 

気まずい沈黙が流れる。パソコンの画面から冷たい空気でも出てるみたいだ。

 

「いつもより辛気臭くなってるじゃん!まるで葬式みたいになってるよ?どうしたのさ?」

 

陽気な瑞希が話に入ってくる。

 

「いつも通りでしょ、『Amia 』。何か変なところある?」

 

「え、いや、まあ、そうかな?…ごめん、何でもないです…ところでさ、『雪』、ナイトコードに入ってる『K』って誰?」

 

「え?」

 

確かに、メンバーに『K』という謎の人物が入っていた。

 

「ほんとだ…繋がってはないみたいだけど入ってる…」

 

「何それ、怖!今まで知らない他人に聞かれてたってこと?」

 

「落ち着いて、『えななん』。入ってるだけで繋がってはないから」

 

瑞希が絵名をなだめる。

 

「でも、入ってるだけでも十分怖いよ!早くその人出して!」

 

「わかった」

 

まふゆがカチカチとパソコンを操作する音が響く。

 

「…どう?出せた?」

 

「だめ、管理者権限が『K』にあるみたい」

 

「「ええ?!」」

 

「一回出て、新しくナイトコードのルーム作り直すね」

 

「そうしよっか。流石にまずいもんね」

 

瑞希が賛成する。数分後、3人のナイトコードが出来た。

 

「ふうー、怖かった…っていうかなんで言われるまで気づかなかったんだろ…」

 

絵名が一安心する。

 

「全く違和感なくナイトコードにいたもんね…ボクもぱっと見じゃ気づかなかったよ」

 

瑞希も頷いている様子だ。

 

「…曲のラフ出来たけどどうする?」

 

まふゆが尋ねた。

 

「お、昨日までスランプだったのにもう出来たんだ?」

 

瑞希が反応する。

 

「スランプ…?まあ、学校でもメロディー考えてたからかな…」

 

「それじゃ、セカイに行きましょうか。やれやれ、ヒヤヒヤしたわ、全くもう」

 

絵名の愚痴を聞き流しながら、「untitled 」を流す。キラキラに包まれる。

 

「あ、いらっしゃい」

 

セカイに到着。ミクが出迎える。

 

「もう出来たの?昨日帰ったばっかりなのに早いわね」

 

MEIKO も迎える。帰った後の事件は覚えてないようだ。どうやらセカイの住民も記憶を書き換えられてしまったらしい。

 

「じゃ、流すよ」

 

曲が流れる。全員が真剣な面持ちで聞いている。

 

「今回は大切な人を失ったという設定でやってみたんだけど、どうかな?」

 

曲が終わるとまふゆは聞いてみた。

 

「いいんじゃない?失ったという絶望感がメロディーにしっかり出てるよ」

 

瑞希が言う。まふゆはほっとする。

 

「私も。ただ…」

 

絵名が言い淀む。

 

「何?曲に対する意見なら遠慮なく言ってほしい」

 

「…この曲、救いがないなって」

 

「え?」

 

「まふゆはこの世界で絶望してる誰かを救うために曲を作ってるんでしょ?これじゃ、誰も救えないよ」

 

まふゆは思いもよらない指摘に困惑しながらも言い放った。

 

「…違うんだけど」

 

「何が?」

 

「私が曲を作るのは、私の絶望を知ってもらうことで共感してもらうため。人間は同じ絶望を持っている人を見つけると安心するものだから」

 

「…今まで嘘ついてたの?」

 

「別に嘘はついてないよ。今までだってそうやってきた…はず…」

 

まふゆは今まで自分が作ってきたはずの曲を思い出す。

 

(おかしい…言われてみれば、救われるような暖かさが滲み出る曲ばっかりなのに…。何でだろう…?こんな曲、自分には作れないって思えてしまう…)

 

「嘘つき!!」

 

絵名が怒鳴る。

 

「そんな想いで今まで曲作ってたの?私はまふゆの曲を聞いてて、救われたって思いながら今日まで絵を描き続けられたのに!最初から救おうって思ってなかったんだ!」

 

「違うの…私だって救われたいから…」

 

「まあまあ、音楽性が変わったってことじゃない?」

 

瑞希が仲裁に入る。

 

「まふゆがそうなるなら、ボクはそれを尊重するよ。だってそれはまふゆの自由なんだから。ニーゴの一員なんだから絵名もそれを…」

 

「許さない!」

 

絵名はきっぱりと突っぱねる。

 

「私はニーゴに入った時に言ってた、まふゆの、曲で人を救いたいという想いに応えたくてニーゴで絵を描いてるの。そんな…絶望の先に進もうとしない曲のためなんかに…絵なんて描いてやらない!技術なんかに騙されるもんか!」

 

絵名の周りからキラキラが出てくる。現実世界に帰ってしまうようだ。

 

「待ってよ、絵名!」

 

瑞希の呼びかけにも応じないで消えてしまった。

 

「やれやれ…今日はもうお開きかな?何か絵名怒って帰っちゃったし…まあ、明日には機嫌直ってると思うよ!じゃ、ボクも帰るね」

 

「…瑞希」

 

「どうしたの?」

 

「私の曲、今回のはいつものと違うって思った?」

 

「たまには違う曲を作ってみたかったんでしょ?それでいいじゃん」

 

「うん…そうだね…」

 

瑞希も帰った。1人、まふゆが取り残される。

 

「違うよね…やっぱり…今までの曲、まるで自分で作ってないみたい…」

 

「大丈夫?」

 

ミクが心配そうに声をかける。

 

「ううん、大丈夫。また明日来るよ」

 

「無理はしないでね、まふゆ」

 

「あ、そうそう、これ」

 

MEIKOがまふゆにパソコンを渡す。

 

「昨日の忘れ物。置いていってたわよ。このセカイのものじゃないから、まふゆのものかなと思って」

 

「え、私のじゃないけど…?」

 

「とりあえずまふゆが持っておけば?充電もなくて使えなくなってるし」

 

「そうだね…じゃ、また」

 

まふゆはパソコンを受け取り、手を振ってくれるミクとMEIKO に手を振って、自分の部屋に戻る。

 

(誰のなんだろう、このパソコン…)

 

自分のパソコンの充電器を挿してみる。同じ型なので、充電が始まった。

 

(あれ、このパソコン、パスワードとかかかってない?)

 

Enterキーを押す。スリープモードが解けて、待ち受け画面になる。

 

(これは…!)

 

まふゆは急いで自分のパソコンに向かって何かを打ち込み始めた。




幸か不幸か、結界の現実改変作用によりまふゆのシンセサイザーは部屋に戻ってます。
ニーゴのメインストーリーの方も現実改変によりむちゃくちゃになってるという設定で書きました。
重いな、ほんと。どうか、ニーゴに救いを。
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奏と幽霊と団子と… 〜幻想郷サイド②〜

「んじゃ、行こっか」

 

奏がお手洗いから帰ってくると霊夢がそう言った。

 

「え、どこに?」

 

魔理沙が聞き返す。

 

「人里の団子屋よ。何のためにあんたこんな朝っぱらからここに来てるのよ。1日50本しか売ってないとか言うワサビ入りみたらし団子買うんじゃなかったの?」

 

「ああ、そういやそうだったな!奏のことですっかり忘れちまってたぜ。あの店の団子は絶品だからな!」

 

(ワサビ…美味しいのかな…?それ…)

 

奏はワサビが苦手である。そもそも斬新すぎて美味しいのかわからない。

 

「奏もついてくる?これからここに住むことになるんだから、幻想郷について色々知ってもらいたいし」

 

霊夢が奏に尋ねる。

 

「そうだね…」

 

「じゃあ、決まりだな!行こう!」

 

魔理沙が箒にまたがって勢いよく空に飛んでいく。霊夢もそれに続く。その十数秒後、まだ博麗神社にいた奏は大きな声で叫んだ。

 

「私空飛べないんですけどー!」

 

「ごめーん!」

 

魔理沙が急いで引き返してきた。

 

「ところでさあ、奏。外の世界じゃ何してたんだ?」

 

箒に奏を乗せて飛行すること数十分、霊夢と奏が全く話さないので魔理沙が話を切り出す。

 

「曲を作ってたよ」

 

「作曲家かあ…やっぱりね」

 

霊夢がなぜか納得する。

 

「曲ってどんなのだ?付喪神みたいな和楽か?プリズムリバーみたいなオーケストラか?」

 

「アンダーグラウンドって分類になるんだけど…」

 

「地底?さとりと仲良いのか?」

 

「さとりって…誰?」

 

「完全に話が噛みあってないわよ、魔理沙…もうすぐ人里に着くから降りましょ」

 

「わかった」

 

魔理沙は箒を一気に下に傾け、急降下の体制をとる。

 

「店の前で降りたらいいんじゃ?」

 

「私はともかく、魔理沙みたいな普通の人間が空を飛んでたら後で面倒なことになるのよ。これも幻想郷のマナーみたいなものだから覚えておきなさい」

 

「…わかった」

 

さっきのちゃらけた雰囲気ではなく、真剣に何度もうなずいている魔理沙を見て、相当面倒なことになったんだなと奏は感じた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「へー、曲で人を救おうっていうのか…わかるぜ、その気持ち!私も魔法に命懸けてんだからな!」

 

「うん…」

 

「どうした?具合でも悪いのか?」

 

「いや、ちょっと人混みが…」

 

奏達は人里の人混みを掻き分けながら進んでいる。

 

「まあ、朝だしね、無理もないわ。活気があっていいでしょ?」

 

霊夢がどこか自慢げに言う。

 

「外の世界と比べたらどうだ?」

 

魔理沙が興味津々で奏に聞いてみる。

 

「人混みは一緒ぐらいかも…でも、熱気はこっちの方がすごいね」

 

店先からの元気な呼び込みの声。店員さんの笑顔。客の嬉しそうな話し声。看板を尻目に、スマホを片手に持って下を向いたまま歩く外の世界とは大違いだ。

 

「やっぱりそうか!幻想にいる人間は活き活きするもんだからな!」

 

「ふん…外の世界よりもいいでしょ、奏。幻想郷に住むっていうのも悪くないんじゃない?」

 

「…悪くはないかもしれな…」

 

その時、奏の側を透明な人のような何かがすうっと通った。その顔をチラッと見てハッと気づく。

 

「…お父さん?!」

 

透明な人はそのまま狭い路地に入っていく。奏は急いでそれを追いかける。

 

「どこいくんだよ、奏!」

 

魔理沙の呼びかけも無視して奏は裏路地にどんどん入っていく。

 

「待ってよ!」

 

遠く先にいる奏のお父さんみたいな透明人間を追いかける。ついに行き止まりの井戸のところまで追い詰めた。

 

「何で逃げるの?…」

 

奏に背を向けていた透明人間が、首だけ回して奏の方をみる。そして言った。

 

「戻りなさい」

 

「えっ?」

 

その瞬間、まだうっすらと見えていた透明人間は井戸の中に消えるようにいなくなった。

 

井戸の前で呆然とする奏。

 

「おーい!大丈夫かー?何があったんだー?」

 

魔理沙が奏を呼びながら近づく。

 

「何か…透明人間みたいなのが見えて」

 

「ああ、それは幽霊ね。この世に対する未練がまだある人間の魂が彷徨ってるのよ」

 

霊夢が奏にわかるように説明する。

 

「幽霊とかどこに連れて行くかわからないのに、怖くないのか?すごいなぁ…」

 

魔理沙は感心している。

 

「普段は怖いんだけど…何だかお父さんに似てて」

 

「はは、幽霊に似てるも何もないだろ!みんな一緒だよ、ただの勘違いじゃないか?なあ、霊夢?」

 

「…そうね。違いないわ」

 

「だろ?ただの勘違いだって」

 

「そうかな…」

 

奏は井戸の壊れた釣瓶をぼんやりと見つめる。

 

「ほら、早く団子屋に向かうぞ!個数限定のが売り切れちまう!」

 

魔理沙が勢いよく走り出す。

 

「あ、待って!」

 

奏もそれを追いかける。

 

2人が行ってしまうのを確認してから霊夢は井戸を覗き込む。

 

枯れてしまった井戸らしく、水はない。どこを見渡しても、さっきの幽霊はいなかった。

 

「チッ…すり抜けてどこかに行ったわね…」

 

霊夢は井戸から顔を上げて、壊れた釣瓶を睨み付ける。

 

「余計なことしやがって…!」

 

くるっと踵を返すと奏達を追いかけ始めた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「すまないねえ、今日はあと2本しかないんだよ」

 

団子屋の女将が申し訳なさそうに言う。

 

「そんな!私達全員食べられないじゃないか!」

 

魔理沙が困惑する。このままでは3人のうち1人が食いっぱぐれることになる。

 

「なあ…もう1本だけ作ってくれないか?頼むよー、日頃のよしみでさあ!」

 

「よほどのお客様じゃないとねえ…それにあんたはたまに食い逃げ紛いなことするじゃないか」

 

そう言いながら、女将はふと奏の方に目をやる。

 

「あれは…後払いってだけじゃないか!後できちんと払ってるんだから問題ないだろ?頼むよー!」

 

魔理沙がゴネる。

 

「駄目なものは駄目だ。早く買わないと他のお客さんに売っちまうよ!」

 

「あの…」

 

奏が魔理沙に声をかける。

 

「私、ワサビ苦手だから、別に買わなくてもいいよ…?」

 

「え、ほんとにいいのか…?」

 

思わぬ幸運に魔理沙は戸惑う。

 

「まあ、本人がいいって言ってるんだしいいんじゃない?」

 

霊夢が後押しする。

 

「じゃあ…ワサビ入りみたらし団子2つで」

 

魔理沙がガマ口の財布を出す。

 

「まいど!」

 

女将は代金を受け取ると店の奥に消えていった。

 

 

「クーッ!ワサビがツーンとくるぜ!みたらし団子の餡の甘さと絡みあって最高だ!」

 

「甘さの中の辛さ…弾幕にも使えそうね」

 

「確かに!例えば通常弾幕でいきなりビームとか…」

 

魔理沙と霊夢が赤い縁台に座って団子を食べながら弾幕談議をしている間、奏は手持ち無沙汰に座って空の白い雲を眺めていた。

 

(ここなら、インスピレーションはいくらでもありそう…ちょっと考えるだけでもメロディーが次々と出てくる)

 

今度は地面を見る。小さな蟻が食べ物を探して必死に動き回っている。

 

(でも、ここにはパソコンもシンセもないし…そもそも曲を作る意義もない。みんな幸せそう…さすが幻想郷ってところかな)

 

奏は不意にさっき会った幽霊に言われたことを思い出す。

 

〈戻りなさい〉

 

(あれ、どういう意味なんだろ?…そもそもあれはお父さんだったのかな?よく考えてみたらお父さんも幻想入りしてるなら存在自体が消えてるわけだから、病院にいるわけないし…だったら何であの幽霊は戻れなんて言ったんだろ?純粋についてきてほしくなかったのかな?わからない…わからない…)

 

「横、いいかい?」

 

女将が盆に湯呑みを2つ載せて奏の横に来ていた。

 

「あ、ど、どうぞ…」

 

女将がしとやかに縁台に座った。

 

「せっかく来たんだし、お茶ぐらい飲みなよ」

 

女将がお茶を勧める。

 

「いえ、お金持ってないですし…」

 

「うちは茶屋じゃないんだから、ただだよ。安心しな」

 

「じゃ、遠慮なく…」

 

奏は湯呑みを一つ取ってお茶を少し飲む。

 

「あんた、やっぱり外から来た人間だろ」

 

女将にそう言われて、奏は飲んでいたお茶を吹き出してしまった。激しく咳き込む。ここまでの反応になるとは思わず、女将はびっくりする。

 

「…わかるんですか?」

 

女将に背中をさすってもらってなんとか落ち着いた奏はそう返答した。

 

「ああ、わかるさ。もう10年はここで商売やってんだもの。目を見りゃあな」

 

ようやく落ち着いた奏を見て、女将は安心する。

 

「外から来たもんは決まって目が死んでるんだ。落ち込んでる時も。笑ってる時も。…そういう病気でも流行ってるのかね?」

 

「いえ、別に病気なんてものは…」

 

奏はそう答えながらも外の世界を思い出していた。

 

(あそこはこことは違って、どこか冷たかった…それを病気というなら、一理あるかも…)

 

「そうかい…でも、あそこまで行ってしまえばもうどうしようもないね。もう手遅れってやつさぁ。顔はどんだけ笑っててもここが笑ってないんだもの」

 

女将はどんっと自分の胸を叩く。

 

「私も『目が死んでる』んですか?」

 

奏は気になって聞いてみた。

 

「ああ、そうだね。死んでるね」

 

女将がお茶を一口飲む。

 

「でも、何か普通のとは違うんだよねえ」

 

着物の裾で口を拭いながら言葉を継ぎ足した。

 

「どういうことですか?」

 

「確かに目は死んでる。でも、普通のなら目の奥には氷みたいな寒さがあるんだが、あんたには静かな、青い炎がある。あんたの炎なら…あの氷でも少しくらいなら溶けてしまうような気がするんだ」

 

「…その人達はどこに?」

 

「さあな、その炎を使うなら、そいつらを探すよりもっと楽な方法があるんじゃないのかい?」

 

奏はハッとした。

 

「あなた…一体何者なんですか?」

 

「ふっ…あたしゃただの団子屋の女将だよ。…霊夢に拾われた元、外の世界の人間だけど」

 

「…!!」

 

奏がびっくりしている間に、女将は紙袋を差し出す。

 

「これは…」

 

紙袋の中を見ると、さっきの団子が3つ入ってた。

 

「餞別だよ、お代はいらない。ワサビが苦手らしいから少なめにしてある。…魔理沙には店を出てから渡しな。味を占めて、またただ食いされたら面倒だから」

 

女将はそう言うと一気に湯呑みの中のお茶を飲み干し、盆の上に2つの空の湯呑みを載せて立ち上がった。

 

「そろそろ団子を作らねえとなくなってくるから戻る。その団子、大事にとっときなよ!」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

奏も立ち上がって深く礼をする。女将は軽く微笑んで再び店の奥へと戻っていった。

 

(何だか…いい気分だな)

 

奏は霊夢と魔理沙のおしゃべりが続いているのを確認して、紙袋を抱えたまま縁台に再び座った。

 

(今の気持ち、メロディーにしておこう。きっと曲で使えるはず…)

 

奏の作曲癖が出て、どんなメロディーにするか考えていると…

 

「やい!そこの人間!今、女将から何かすごい団子をもらっただろ!あたいはこの目でしっかり見てたんだからな!サイキョーであるあたいにそれをよこせ!」

 

氷の妖精、チルノがすっかり考え事に夢中になっている奏の前に現れた。今にも攻撃しそうな様子である。

 

「おい、チルノ!相手は普通の人間だぞ!なにムキになってんだ!」

 

魔理沙がおしゃべりを中断してチルノを止めにかかる。

 

「うるさい!あたいはすごい団子を食べたいんだ!くらえ!凍符『パーフェクトフリーズ』!」

 

チルノが弾幕を出して奏を攻撃する。

 

「やばい!避けろ、奏!」

 

魔理沙が必死に叫んだ。

 

一方、奏は…

 

(メロディーはこんなものかな…あとパソコンとシンセがあればどんな感じになってるか聞けるのに)

 

そんなことを考えていると、突然、身体の中で自分が考えたメロディーが実際に聞こえた。

 

そして、音符みたいな弾が次々と身体の周りから湧き出ている。

 

(…なにこれ?)

 

次の瞬間、弾幕同士がぶつかり合い、目がくらむような光と鼓膜が破れそうな音を立てて大爆発を起こした。




結局、この話に出てくる幽霊は奏のお父さんなのか。それはこれから先もわかることはありません。ただ、幽霊が「戻りなさい」と言った。これは事実です。このことで奏がどうなるのか。それはこの先のお楽しみってやつです。
この土日、体調を崩してしまい、すっかり投稿が遅くなってしまいました。申し訳ございません。これからはできるだけ投稿頻度を上げていくつもりです。
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沈黙のナイトコード 〜『セカイ』サイド②〜

絵名とまふゆが喧嘩別れした明くる日の25時。ナイトコードにて。

 

「チャットで言われた通りにしたけど…何でわざわざ乗っ取られてるこっちに入るの?」

 

瑞希がまふゆに聞いた。今、まふゆ達は謎の人物『K』に管理者権限を奪われているナイトコードのルームにいる。

 

「…ログアウトしてもいい?」

 

絵名が不満そうに言った。なぜかまふゆは全く答えない。

 

「どうどう、『えななん』!『雪』もきっと考え直してくれてるって!あの時はスランプで疲れてたんだよ、多分!」

 

「でも、『雪』さっきからずっとミュートしてるよ?」

 

確かにそうである。まふゆは入ってすぐミュートしてしまい、絵名に対しての謝罪も全くないまま時間が経っている。

 

(なにしてるの、まふゆ!このままじゃせっかくナイトコードに入りたがらない絵名を説得したのに意味がなくなっちゃうよ!)

 

瑞希が焦る。時計の秒針が回るのがいつもより速く感じる。

 

(このままじゃ、絵を描いてくれる人がいなくなって、下手すりゃニーゴ解散だよ?!)

 

「あーもういい。私抜けるね」

 

「もうちょっと待ってみようよ、頼むからさ…」

 

絵名が駄々をこねて瑞希がそれを宥めてると…

 

「…聞こえる?」

 

まふゆの声が聞こえた。

 

「あ、やっと戻ってきてくれた!ちょっと『えななん』に早くなんか言ってやってよ!…ってあれ?」

 

「どうなってるの?これ…?」

 

まふゆのアイコンを見るとミュートのままだ。でも声が聞こえる。

 

「やっぱり…『Amia』、『えななん』、ルームのメンバーを見て」

 

「ん?…『K』が繋がってる…?!」

 

「…どういうこと?あなたが『K』だったの?」

 

混乱する瑞希と絵名。まふゆが説明を始める。

 

「もちろん、私じゃないよ。これは『セカイ』で拾ったパソコンから繋いでるの」

 

「『セカイ』のパソコン?そんなのあった?」

 

瑞希が首を傾げる。

 

「MEIKO が忘れ物って言って帰り際に渡してきたから、『セカイ』のものでもじゃないんだと思う…だけどこのパソコン、私達が出してきた全ての曲データがあった…ラフさえも」

 

「ええ!なにそれ怖!ストーカーにもほどがあるでしょ!」

 

絵名はさっきまでのまふゆへの悪感情もすっかり忘れて怯える。

 

「でも、いくらストーカーとはいえ、普通『セカイ』には入れない。仮に入れたとしてもミクが追い出すだろうし。でも、パソコンは『セカイ』にあったの。そこで気づいたのが…予想に過ぎないんだけど…」

 

絵名と瑞希が唾を飲み込む。

 

「…私達、本当は4人組なんじゃない?」

 

重たい沈黙がナイトコードを支配する。

 

「…何言ってるのよ、まふゆ。そんな馬鹿げたことが…第一仮に『K』が仲間なら、私達全員が『K』のことを忘れるなんておかしいじゃない」

 

絵名がやっと口を開く。

 

「言ってるのがめちゃくちゃなのはわかってる…でも、昨日絵名に言われて気づいたの。私は救われたいのに、作られた曲は全部絶望の中でも誰かを救いたいって気持ちがこもった曲だった。はっきり言って、私にはこんな曲作れない。救われたいのに、救いたいなんて思えない。まるで、今まで私じゃない他の誰かが私のために作ってくれたような…そんな気がしたの」

 

「…」

 

まふゆが言葉を続ける。

 

「『K』を思い出せないのは何でかはわからない。でも、これは言える。今までの曲を作ったのは私じゃなくて『K』よ。頭ではわかってないけど…心でわかってしまったの」

 

「…じゃあ今まで作曲してたのはまふゆじゃなくて、このよくわからない『K』だった…って言いたいの?」

 

絵名が聞く。

 

「多分…もう『K』がいなくなっちゃったからわからないけど」

 

「何がなんだかもうわからないよ…じゃあ、何で記憶も消えるのよ…!」

 

「…」

 

瑞希は考え込む。

 

(『K』は『セカイ』に普通にいられる存在だったのに、何らかの方法でボク達の記憶すら消して消え去った。存在だけじゃなくて記憶も消える…待って、確かあのサイトに…!)

 

瑞希がハッと思い出して、検索する。

 

「…幻想入りかも」

 

「は?…そもそも幻想入りって何?」

 

絵名はやや鬱憤が溜まった様子である。

 

「一昨日、幻想郷について話したじゃん」

 

「あー、なんか言ってたね。それが?」

 

「あれ、『素材を探してた時に見つけた』というのは嘘なんだ」

 

「どういうことよ」

 

「あれ、ボクがこの世から消えたくなってた時期に見つけたサイトなんだ」

 

「あんたが?消えたくなってた?」

 

絵名が奇妙なことを聞いたという感じで素っ頓狂な声を上げる。

 

「それで?それがどう関係するの?」

 

まふゆは持ち前の無関心で瑞希の事情を無視する。瑞希は事情を聞かないでくれているのをうれしく思いつつも、実際はただの無関心なんだろうなと思って少しがっかりする。言葉を続ける。

 

「この世から消える方法が書いてあるのなんてほとんどが自殺サイトなんだけど…1つだけ違った。それが『幻想郷』というところに行くことだった」

 

「仮に行くとどうなるの?」

 

絵名が踏み込んで聞いてみる。

 

「条件とかははっきりわかってないらしいんだけど…この世から文字通り消えることができる」

 

「…もう少し具体的に説明してもらえる?」

 

まふゆが首を傾げる。

 

「うーん…なんていうか、幻想郷に行ってしまえば、今までこの世で生きた証拠ー例えば、写真、アルバム…その人に関する他人の記憶ですらもを全て消去して、まるで元から幻想入りした人がいないように幻想郷がこの世を改変するらしい」

 

「そういうものなら確かに…幻想入りのせいかも。ただいなくなるだけじゃ『K』との記憶が消えるわけないもんね」

 

絵名が納得する。

 

「これなら、『K』がニーゴからも、ボクらの記憶からもいなくなった理由には説明がつく。…まさか、サイト上のおとぎ話みたいな話が現実に存在するとは思わなかったけど」

 

「じゃあ、もしそうなら何で『K』は幻想入りをしたんだろう…?」

 

まふゆが不思議がる。

 

「わからない…そもそもいついなくなったか自体わからないし。でも、一昨日にはまだ『K』がいてこのことを聞いて幻想入りを敢行したなら…『K』はこの世から消えたかったからってことになる」

 

「そんな…私達のことが嫌になったのかな?」

 

絵名が困惑する。一方でまふゆが決意した鋭い目で言った。

 

「それでも、会いに行こう。『K』に」

 

「いいの?もしかしたら『K』はもう誰にも会いたくないのかもしれないよ?」

 

瑞希がまふゆに聞いた。

 

「それでも会いたい。いいや、会わなくちゃいけない。まだわからないんだから。会いたくないんだとしても、跡形もない、突然の別れなんて…綺麗すぎる」

 

「綺麗すぎる…って、あんたねぇ」

 

絵名がツッコむ。

 

「だって、私達、『消えたがり屋』じゃない。それでもまだ消えないようにってなんとかもがいてるのに…あんな美しい音楽だけを残して、綺麗に消えられるなんて妬ましい。せめて、もう一回会って『もう一度、戻ってほしい』って伝えたい」

 

まふゆがやや狂気じみたことを言い出す。目に光がない。

 

「はいはい。いつものまふゆを取り戻したようで何より。それで、『K』に会いに行くにしてもどうやって行くの?」

 

絵名が尋ねる。

 

「わからないけど…とりあえず、『セカイ』に行こう。『K』のパソコンがそこにあったんだから、他にも何か見つかるかもしれない」

 

「わかった。じゃ、『セカイ』で」

 

絵名と瑞希がナイトコードから落ちる。

 

まふゆは『untitled 』の再生ボタンを押す。キラキラに包まれる。

 

「あ、いらっしゃい。仲直りは出来た?」

 

ミクが出迎える。

 

「今日でここに来るのは3日連続ね。ちょっと来過ぎじゃない?…いやじゃないけど」

 

遠くにいたMEIKO が近づいてくる。

 

「よっ、ミク、MEIKO !今日はちょっと探し物をしにきたんだ。一緒に探してくれる?」

 

瑞希がミク達に協力を求めてみる。

 

「いいけど…仲直りはいいの?」

 

ミクは昨日のニーゴのことで不安なようだ。

 

「それどころじゃないから、いい」

 

まふゆがばっさりと仲直りの話を切る。

 

「言い方…まあ、確かにそれどころじゃないけども」

 

絵名が何か言いたそうだが、とりあえず引っ込める。

 

「それで…何を探すの?」

 

「それはね…」

 

瑞希がこれまでの経緯を説明する。

 

「…要するに、その消えてしまった『K』に関するものを探すってことでいいのね?」

 

MEIKO は事情を大体理解したようだ。

 

「…」

 

ミクは黙ったままでいる。

 

「…ミク?大丈夫?」

 

瑞希が心配して尋ねる。

 

「…うん。大丈夫」

 

「それじゃ、どう探す?」

 

絵名が瑞希に聞く。

 

「うーん、じゃあ、こうしよう!」

 

いきなり瑞希が地面にマジックで星を書き出した。

 

「ちょっと…あんまり汚してほしくないんだけど、この『セカイ』を」

 

まふゆが文句を言う。

 

「大丈夫だよ、これ水性だから。それに『それどころじゃない』でしょ?」

 

瑞希は星を書き上げると星の角を指差していった。

 

「まず、この星の中心を原点に考えて、この角から次の角までの範囲までがボク。で、次の角からその次の角までを絵名って感じで、まふゆ、ミク、MEIKO っていう分担でどうかな?」

 

「正五角形描けば良かったんじゃ…」

 

絵名が口を挟む。

 

「正五角形よりも星の方が綺麗に描けるでしょ?こういうのは公平じゃないと」

 

「じゃあ、決まりね。どれくらい探す?」

 

MEIKO が尋ねる。

 

「30分探したら、一旦ここに戻ろう。情報共有もしたいし」

 

まふゆが提案する。

 

「オッケー。じゃ、また30分後に!」

 

瑞希がそう宣言すると、一斉に捜索を始めた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「全く、事前通告とかあればいいのに…」

 

真っ白な世界で、謎の女が黒い空間の裂け目に向かってキラキラを放出している。裂け目から出てくるキラキラは奏を引きずり込んだ時よりはだいぶ少なくなっており、女が出すキラキラに押し戻されて裂け目に戻っていく。

 

「まあ、あのぶっ飛んだ世界のだからどうしようもないか…」

 

裂け目を凝視する。もうキラキラは出てこないようだ。女の方も放出をやめる。

 

「これでよしと。あとは自然消滅を待つだけだけど…」

 

拳をぎゅっと握りめる。行き場のない怒りに震えている。

 

「向こう側はすぐに抑え込んだのに…!」

 

ふっと表情が軽くなる。切り替えが早い。早すぎる。

 

「まあ、被害が大きくならなくてよかったって思うしかないね。これはあの世界への片道切符みたいなものになっちゃったわけだし。終わったことは仕方ない。いつもみたいに歌を歌おう!」

 

女は裂け目に背を向けて、元気に歌を歌う。裂け目はゆっくりと霞がかっていった。




「頭では全くわからないけど、心でわかる」ってことは普通ないんだろうけども、ないことはないと思います。例えば、美術館に落ちてた眼鏡を現代美術と間違えて熱心に観察する。これは普通の頭で考えたらただの落とし物でしょう。しかし、美術館という特異性。眼鏡に対する光の当たり具合。壁との位置関係。眼鏡の形。陰影。そういったところが心に響いて美術たらしめたんだと思うんです。
…ちょっと語りすぎた。一昨日からまた原因不明の腹痛に襲われて、投稿頻度を高めるとか言ってたのはそっちのけで苦しんでました。あんまり長くないのかもねとか思いつつ、出来るだけ書いていこうと思います。
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さよなら、奏 〜幻想郷サイド③〜

「…う、ううん…」

 

ベットに横になって眠っていた奏が目を覚ます。起き上がって周りを見渡すと壁や天井まで白い。独特な匂いが鼻につく。まるで奏のお父さんの病室のようだ。

 

(ここはどこ…?さっきまで団子屋にいたのに…もしかして幻想郷に行ってたことそのものが夢だったのかな…?)

 

「あ、霊夢ー!奏が目を覚ましたぞー!」

 

病室のドアに近い方の隅っこの椅子に座っていた魔理沙が立ち上がってドアをガラッと開けて叫ぶ。

 

(流石に夢ではなかったか)

 

「奏ー!目を覚ましてくれてほんとによかったー!」

 

その声が聞こえたかと思うと、もう魔理沙が奏が寝ているベットにダイブしていた。

 

「わっ!…し、心配してくれてありがとう…」

 

「…ったく、会ってからほとんど時間経ってないのにもう友達みたいになっちゃって…」

 

霊夢が呆れ顔でゆっくり歩きながらドアから入ってきた。

 

「…ここはどこ?一体何が…」

 

「ん?あー、そっか。奏はここを知らなかったな。ここは永遠亭。幻想郷の病院だぜ!」

 

魔理沙が元気よく紹介する。

 

「…ここに来た事情とか説明したいんだけどいいかな?」

 

「私でも何が起こったのか、全くわかってないんだけど…何があったの?」

 

やはり、奏も気になっていたらしく霊夢に額を寄せて霊夢に尋ねる。

 

「うーんと、始めから説明すると…」

 

チルノという氷の妖精が女将から貰った団子を狙って、奏に攻撃をしようとしたらしい。その時に奏は弾幕を使って応戦。大部分は弾幕同士の衝突で消し飛んだが、全てがかき消されたわけではなく、奏はチルノの弾幕を食らったのか、倒れた。一方、チルノの方は「一回休み」の状態になっていたことから、少なくとも霊夢の札弾5発分くらいのダメージが入ったと思われるとのことだった。その後、霊夢達は地面に倒れこんだまま動かなくなっていた奏を回収するとすぐに永遠亭に担ぎ込んで治療を頼んだとのことだ。

 

「まさか、人間の体力を全回復させるとか言う、『紅玉の秘薬』まで使うとは思わなかったぜ。相当やばかったんだな…」

 

魔理沙が心配そうに奏を見る。

 

「まあ、普通の人間が弾幕に当たったらあの世行きだから仕方ないでしょ。一応予備も貰っといたわ…実はいらなかったっぽいけどね」

 

「…あの」

 

「何だ?奏」

 

「弾幕って何…?あの音符みたいなもの?」

 

「そのことなのよ、奏…あんたはいわゆる『能力者』ってやつらしいわ」

 

「…『能力者』?超能力とか使える人のこと?」

 

「そう。普通は『能力者』には妖怪しかなれない。でも、私達のような幻想郷との親和性がとんでもなく高い、ごく一部の人間は能力を発現する。恐らく、さっき倒れたのも、弾幕が当たったからというより発現する過程で能力に適応するために身体を幻想郷が改変していたせいだと思うわ」

 

「そりゃすごいな。外から来た人間で能力持ちなんて咲夜以来じゃないか?」

 

「それで…何ができるの?」

 

「そりゃ、まずは当然、能力行使だけど…何の能力か自分でもわかってないの?」

 

「わからない…」

 

「ふーん…まあ、追い追いわかればいいわ。んで、後は弾幕の放出。それと飛行能力…かな」

 

「…何だか疲れそうなのばかりだね」

 

「そんなこと言うなよ、奏!慣れたら楽だぞ?人生が倍楽しくなるんだからな!」

 

「奏には魔理沙みたいにはなって欲しくないけどね…まあ、とりあえず外に出て実践してみましょう。奏、行くわよ」

 

霊夢はギュッと奏の手を握る。

 

「え、ちょっと、外ってどこへ…」

 

「永遠亭の上で弾幕を撃つだけよ。もうさっき奏が起きたら帰ってもいいように鈴仙に手配させといたから、大丈夫」

 

「それって、近所迷惑なんじゃ…」

 

「そんなの、博麗の巫女の名の前では関係ないわ。さ、行きましょ」

 

「ええ…」

 

(何か…忘れたような…)

 

霊夢達は気が進まない奏を引きずる形で病室を後にした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

永遠亭の上空。

 

「空を飛ぶって…やっぱり慣れないな。でも、歩くよりはいいかも」

 

奏は魔理沙に教わって空を飛んでいる。まだ川の水面をあっちこっちに流れて行くビニール袋みたいなぎこちない飛び方だ。

 

「はじめてにしては、結構上手く飛べてるぜ!この調子だ!」

 

奏の隣で箒に乗りながら、魔理沙は奏を褒める。

 

「空を飛ぶのはそれくらいでいいわ。次、弾幕を撃ってみましょう」

 

永遠亭の屋根に寝転がっていた霊夢が次の指令を出す。

 

「もうなのか?もうちょっと練習すれば確実に問題なく飛べると思うんだが…」

 

「元々私は奏の能力と弾幕を見たかったんだから、撃てるくらい飛べたらそれでいいのよ」

 

「わかった!じゃあ、奏!私は避けるから、撃ってみろ!」

 

魔理沙は奏から離れて真正面に対峙する。空中で浮きながら、奏は首を傾げながら言った。

 

「…弾幕を撃つってどうするんだっけ」

 

「ええ?!さっきチルノに撃ってたじゃないか!」

 

「あれは偶然っていうか…なんていうか…」

 

「うーん…腹に力を入れる感じだ!頑張れ!」

 

「…ううっ、やっぱり出ないよ…」

 

「弾幕を出す感じって人によって違うみたいよ。私は拳でリンゴを握り潰す感じかしら」

 

「霊夢は余計なことを言うな!逆に混乱するだろうが!…あ、そうだ!霊夢、ちょっと耳を貸せ!」

 

「何?…それってどうなの?…」

 

霊夢と魔理沙が相談している間に、奏は攻撃されて気を失う前のことを思い出していた。

 

(確か…あの時には団子屋にいて…女将さんに…)

 

〈その炎を使うなら、もっと楽な方法があるんじゃないのかい?〉

 

奏はハッと気づく。

 

(そうだ…私が本当にしないといけないのは…!)

 

魔理沙が霊夢のところから急に戻って言った。

 

「奏、いきなりだが、すまねえ!これも奏のためだ!魔符『スターダストレヴァリエ』!」

 

「なっ…!」

 

魔理沙は星型の弾幕を辺り一帯にばら撒き、奏に目がけて浴びせる。

 

(今の奏なら普通の人間よりも頑丈だ。チルノの時と同じように不意打ちに対する本能による発動ならこれで出るはず…どうだ…?)

 

奏はじっと向かってくる弾幕を見つめる。

 

(あの時のメロディーを…今の気持ちでさらに進化させていけば…!)

 

弾幕は奏までもう後数メートルのところまで近づいていた。

 

(駄目だったか…?)

 

魔理沙は諦めかけた。

 

「奏、弾幕はまだ撃とうとしなくていい!とりあえず避けー

 

魔理沙がそう言いかけた瞬間だった。

 

何もなかった奏の前に突然ホログラムが形成されるみたいに機械が顕現した。

 

(あれは…霊器かしら…?!)

 

霊夢は上半身を起こして奏を凝視する。

 

(これは…私の…シンセサイザー…)

 

奏は懐かしい気持ちでいっぱいになりながら、もう目の前にまで迫っている弾幕をみる。

 

(この想いを…弾幕に載せる!)

 

シンセサイザーのキーを外の世界でやったように丁寧にかつ正確に、そして情熱を込めて叩く。すると…

 

「こりゃあ…すごいぞ!奏!」

 

魔理沙が感動の声を上げる。

 

(規則正しくばら撒かれる米粒弾、時々でる自機狙いの鋭い楔弾。不規則な軌道を描く数字の形をした弾幕に音符の形をした放射状に発射する中型弾。その上ビームまで操るとは…パワー不足感は否めないけどもあの霊器のおかげか、団子屋の時よりもパワーアップしてる…しかもここまで複数の弾幕を同時に操っている…初心者なのにかなり出来る…!見といて正解だったわ)

 

霊夢は奏の弾幕を分析して驚く。

 

(米粒みたいな弾はドラム、三角形のはシンバル、数字はベースで音符はシンセ。ビームはギター…かな)

 

自分から出て行く弾幕を見ながら奏はそう鑑定する。

 

奏の弾幕が魔理沙の弾幕を次々と打ち消して行く。

 

(綺麗だな…あ、やべえ。避けないと!)

 

魔理沙の弾幕を突破した楔弾が魔理沙に迫る。

 

「うおおおっ?!」

 

魔理沙は箒を巧みに操って弾幕と弾幕の間をギリギリすり抜ける。

 

「ふう、避け切ったぞ…あ、これはマジでやばい」

 

魔理沙が躱した奏の弾幕がそのまま永遠亭の玄関に着弾し、轟音を立てて爆発する。

 

「なーにやってくれてんですかぁ!」

 

鈴仙がクレーターみたいになってる玄関から怒りながら飛び出してきた。

 

「奏、逃げるわよ!」

 

霊夢がガバッと跳ね起きると、屋根から勢いよく飛んであっという間に奏の隣まで行った。奏は自分のしでかしかしたことに動揺している。シンセサイザーは幽霊のようにぼやけて、もうなくなっていた。

 

「えっ、でもさっき博麗の巫女の前じゃ関係ないって…」

 

「流石に永遠亭を敵に回すのはまずい!あんたの監督責任とか問われるに決まってるから私の身が危ない!ここは全部魔理沙に任せて、一旦博麗神社に引きましょう!」

 

(めちゃくちゃ保身に走ってる!)

 

奏がドン引きしている中、霊夢は奏の手を引っ掴む。

 

「ほら、追っ付かれる前に逃げるわよ!」

 

「ええっ…」

 

奏を引っ張ったまま霊夢はギアを上げてトップスピードに達し、迷いの竹林を突破した。

 

一方、魔理沙の方は玄関前で出来てしまったクレーターに呆然としていた。

 

「おい、霊夢、奏ー!ちょっと待てよー!」

 

奏達がいなくなったことに気づいて振り返り、魔理沙が呼びかけると…

 

「魔理沙さん…?どうなるか、わかってますよね…?」

 

鈴仙が笑顔で魔理沙と手を繋ぐ。怒りのオーラが滲み出てて、むしろその笑顔が怖い。

 

「ちょっと、これは、わ、私のせいじゃないんだ!信じてくれ!無言で私を連れて行くなああ!」

 

魔理沙は鈴仙に引っ張られて爆発でひしゃげた玄関の奥に消えた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ふう…ここまで来たらもう追ってこないでしょ…」

 

霊夢がようやく速度を緩める。

 

「疲れた…」

 

遅れながらもなんとかついてきた奏も一安心する。

 

「でも、どう?結構楽しいでしょ。飛ぶの」

 

「確かに…飛びながら見る景色は格別だね」

 

上空100メートルくらいだろうか。夕日が照らす幻想郷をなんの障害もなくずっと遠くまで見渡せる。小さく見える人里の木造の家がオレンジ色に染まっている。

 

「ええ。そうね…ところで、幻想郷はどう?居心地はいい?」

 

霊夢は奏に質問する。

 

「うん。最高だね」

 

「それはよかった」

 

霊夢は満足そうな顔をする。

 

「霊夢は幻想郷のことどう思ってるの?」

 

奏が霊夢に逆に質問する。

 

「そうねえ…私にとってはうるさいヤツらが多くて色々大変よ」

 

「じゃあ、あんまり好きではないの?」

 

「ちょっと違うわ。それはそれよ」

 

霊夢は虚空を見つめる。奏はどういうことかと霊夢の方を見る。

 

「私には博麗の巫女として幻想郷を守る義務がある。幻想郷を愛する義務がある。私が守らなくちゃ、それこそ幻想郷の終わりよ。幻想郷を守るためなら…なんだってするわ」

 

「…何だか、わかるな。その気持ち」

 

「あら、意外ね。魔理沙に言ってもよくわからんって言われたわ」

 

「…私も外の世界でそんな感じだったから」

 

奏は楽譜がそこら中に散らばっている暗い自分の部屋を思い出す。

 

「ふうん…案外似てるのかもね、私達」

 

「私は霊夢ほど人と仲良くできないけどね」

 

「私が人と仲良く?私の人に対する姿勢は来るものは拒まず、去る者は追わずよ?」

 

「でも、さっきの女将さんを救ったのも霊夢だって聞いたよ?」

 

「…要らんこと言いやがって」

 

霊夢はそう言いつつまんざらでもない顔をする。奏はクスッと笑って霊夢を見る。

 

「…何よ。何か私の顔についてるの?」

 

「…別に」

 

2人は同時に相手の顔を見ないように前を見る。見つめ合うのが照れ臭くなってしまったのだろう。2人とも微笑みを顔に浮かべている。博麗神社はすぐそこだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「この薄情者共めぇー!覚悟しろお!」

 

永遠亭からようやく帰ってきた魔理沙が神社の掃除も終わって休憩がてらにちゃぶ台を挟んでお茶を飲んでいた霊夢と奏のところに飛び込んできた。激おこプンプン丸という感じである。

 

「あら、お帰り。なんて言われた?」

 

霊夢が魔理沙に面白半分で尋ねる。

 

「なんて言われただと?奏が壊したはずなのに、何故か私に罰として明日から永遠亭の玄関の修理と人里での薬販売を言い渡されたんだぜ?おかしいじゃないか!?ちょっと奏、表に出ろ!私の弾幕でボコボコに…」

 

奏はそれには答えずに黙って縁側まで歩いて行き、ジャージのポケットから紙袋を取り出し、そこからさっきの特製団子を1本、庭先に立っている魔理沙に渡す。魔理沙は一瞬躊躇うが、結局すぐに腕を伸ばして団子を受け取り口に頬張る。もうさっきの般若みたいな顔は消え失せている。

 

「まあ…モゴモゴ…今回はこれくらいで勘弁してやるよ。次はないからな!…モゴモゴ…やっぱりうまい!」

 

魔理沙は満足そうな顔をする。奏はそのまま縁側に座る。

 

(ちょろいね)

(ちょろいわね)

 

奏と霊夢はおんなじことを考えていた。

 

「さて…奏。これからどうする?このままここで居候っていうのも手としてはあるけど、一人前の女の子なんだし、人里で住む方がいいんじゃないかしら。幻想郷のことは大体理解したみたいだし、『能力者』なら並大抵の妖怪になら勝てるから襲われる心配もないわ。人里に住むっていうならこれから人里に行って住むところ探すけどどう?」

 

霊夢は奏にこれからの生活について聞いてみる。

 

「そのことなんだけど…やっぱり、外の世界に帰ろうと思う」

 

「…何ですって?」

 

奏は霊夢が思いもよらなかった返答をした。

 

「…何でだ?奏」

 

魔理沙は食べ終わった団子の串を持ったまま驚いている。

 

「私は外の世界で曲を作ってた。幻想郷とは違って外の世界では、世界に絶望して世界から消えたがっている人がたくさんいる。中には自ら命を絶ってまでして消えようとする人もいる。そういう人が少しでも救われるように私は幻想入りするまで曲を作ってきた」

 

「そんな辛い世界なら、なおさら奏のためにならないじゃないか。もう奏は自由なんだぜ?絶望している暗い奴らのことなんて考えずに、のびのびと作曲なりなんなり出来るんだ。なんでわざわざそんな世界に戻ろうなんて…」

 

「それが私の義務だから」

 

奏は魔理沙の反論を強い口調で突っぱねる。魔理沙の前にゆっくりと立つ。

 

「それが…私のお父さんへのせめてもの贖罪。まだ自分の近くで私を支えてくれている人の心さえ救えてはないけれど…いつかきっと救ってみせる」

 

「戻れたとしても全てが元通りになるとは限らない!奏、自分を支えてくれた人って今言ったが、そいつらはもう奏のことを思い出せないかもしれないんだぜ?それでもいいのか?」

 

「それでも構わない。あの世界で私が曲を作って誰かが救われるならそれでいい」

 

奏はニーゴのみんなを思い出す。

 

「奏…幻想郷のことが嫌いになったのか?」

 

「違うよ。ここは天国なのはわかってる。どんなに絶望していても笑っていられる、そういう場所なのはわかってる…だからこそ、私はあの地獄に行く。地獄で苦しんでいる人を救うために」

 

「…正気か?」

 

「地獄に行く覚悟はもう…出来てるよ」

 

魔理沙と奏が鼻がつきそうな距離まで近づいているというのに、バチバチと音が立ちそうなくらいの凄みで睨み合う。先に目を逸らしたのは魔理沙の方だった。

 

「…わかったよ。奏の外の世界を想う気持ちはよくわかった。霊夢、そういうことだ。奏を外の世界に戻してやろうぜ」

 

「…あんまりやりたくなかったけど、仕方ないわね」

 

ちゃぶ台の側に座っていた霊夢が立ち上がる。そのまま奥へ何かを探しに行った。

 

「ごめんね、魔理沙。短い間だったけど、幻想郷での暮らしは楽しかったよ」

 

「…また、来たかったらいつでも待ってるぜ」

 

魔理沙がうつむきながらちょっと涙声で奏に別れの言葉を言う。

 

「うん。また会うことがあったら会おう、魔理沙」

 

奏がそう答えたその時だった。

 

「奏、瀕死状態になってから慧音っていうやつに記憶を喰ってもらうか、外の世界を思い出すことに対してトラウマを私に植え付けられるか、どっちがいい?」

 

奥から戻ってきた霊夢がとんでもないことを言ったのは。

 

「…え?」

 

奏が霊夢の方を見る。霊夢の左手には大幣。周囲には陰陽玉が8つ浮かんでいた。完全に武装している。霊夢から放たれる殺気が奏の視界をみるみる黒くする。

 

「おい、霊夢…嘘だよな。今の言葉は…」

 

魔理沙は親友であるはずなのに今の霊夢を見て震えが止まらない。

 

「私はマジよ。見てわからない?」

 

霊夢が縁側から降りて靴を履き、奏に近づく。

 

「何で…幻想入りした人間には元の世界に帰る方法もあるって…」

 

奏はあまりの恐怖で思わず後ろに下がってしまう。

 

「普通ならあるわ。だけど、あんたにはないのよ。『初音ミク』とかいうやつの支配する、『セカイ』関係者にはね」

 

「そんな…」

 

「ああ、そうそう。いいことを教えてあげるわ。確かに私は今から10年前、7歳の時にあの女将を助けたわ。でもね…」

 

そこで霊夢はニコッと笑った。

 

「私が初めて人を殺したのはその2年前よ。どう?ようやくわかったかしら?博麗の巫女というものが何なのか」

 

奏は霊夢の笑顔で背筋が凍りついてしまった。




霊夢の年齢は原作では明確にされていないらしいですが、奏と同じ17歳ってことにしときました。
奏霊とかいうカップリングができてもいいなぁとか勝手に妄想すると結構楽しくなります。
今後の予定とかもあるのでマジで投稿頻度を上げたいな…頑張ります!
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さよなら、ミク 〜『セカイ』サイド③〜

『K』のものを探し始めてから30分後。

 

「おーい!何か見つかったー?」

 

探すのに疲れて星を囲んで座って休んでいるまふゆ達に瑞希が向かいながら呼びかける。

 

「全く何もないよ…本当に『K』はいるんでしょうね?」

 

絵名が肩をすくめながら不平を言う。

 

「…同じく」

 

まふゆも短く答える。

 

「ここは『誰もいないセカイ』だから、あるならすぐ見つかるはずなんだけどね」

 

MEIKO がため息をつく。

 

「…」

 

ミクは黙って首を振る。

 

「どうする?もうちょっと範囲を広げてみる?」

 

瑞希がみんなに尋ねる。

 

「…一旦休憩しよう。このままじゃ、無駄に疲れて終わってしまう」

 

まふゆが疲れで顔が青ざめている絵名を見て提案する。

 

「そうだね…ボクも足が棒だよ」

 

瑞希がまふゆの隣に座る。

 

「そもそも、この『セカイ』に『K』のものなんてもう残ってるの?ここまで探してないなら、残っていないと考える方が普通じゃない?」

 

絵名が足を伸ばしながら言う。

 

「確かに。ボク達のものですらここには持ってきた絵本ぐらいしかないよね」

 

「…やっぱり、現実世界で探す?」

 

まふゆがそう言って立ち上がる。

 

「それはどうかしら」

 

MEIKO が異議を唱える。

 

「現実世界で探すにしても、結局ここで探すのとやることは変わらないわ。ただ私達の周りを調べて、『K』に関する情報を探すだけ。恐らく、ここと同じ結果になるでしょうね」

 

「それでも…」

 

「しかも、あなた達いわく、幻想郷は記憶すら改竄出来るのでしょう?現実世界での情報を消すことなんてお茶の子さいさいと考えるのが普通よね」

 

「じゃあ、お手上げじゃない!」

 

絵名が不満を噴出する。

 

「何なのよ、『幻想郷』ってやつは!せっかく私達に『K』がいたということは掴めたのに…これじゃ、まだ知らない方がマシだった…!」

 

絵名の目が涙で潤む。絵名の悲痛の叫びを聞いてまふゆ達は目を落とす。

 

(確かに…もう完全に詰んでるのはわかってる。でも、まだ諦めたくない。『K』がどんな人なのかもう思い出せないけど、それでも『K』のことを諦めたくない)

 

まふゆがそう思っているとミクがふと言った。

 

「『K』に関する情報はきっとこの『セカイ』のどこかにあるよ」

 

「何でそう言い切れるの?」

 

瑞希がミクに尋ねる。

 

「だって、『K』のパソコンがあるから」

 

「どういうこと?」

 

まふゆも尋ねる。

 

「もし、『K』のパソコンが現実世界にあったなら、まふゆ達の記憶と同じように消されるんじゃないかな?」

 

「…!」

 

まふゆ達全員がハッと納得する。

 

「多分、『幻想郷』は『セカイ』では私達の記憶は改竄できても、『K』のものまでは消し切ることが出来ないんじゃないかな」

 

「言われてみれば、『K』のパソコンが『セカイ』にあったっていうのは変だよね。パソコンって失くしたら普通すぐに気づくものなはずなのに」

 

瑞希は不思議がる。

 

「っていうか、消えたいっていうのに手がかりを残していく『K』も『K』よね」

 

絵名は恨み節を言う。

 

「…逆かも」

 

まふゆが何かに気づく。

 

「何が?」

 

瑞希が同時にまふゆに聞く。

 

「本当に消えたいなら、手がかりなんて残さないよ。逆だったんだ。『K』は消えたくて消えたわけじゃない。『幻想入り』関係の事故に巻き込まれたんだ!この『セカイ』で!」

 

「そんな…!」

 

呆然とする瑞希達。

 

「じゃあ、なおさら早く『K』を助けないと!」

 

絵名は奮い立つ。

 

「でも…やっぱり、駄目だ」

 

まふゆは崩れ落ちる。

 

「何でよ。『K』についてわかってきたじゃない!」

 

「わかっても無駄なのよ…結局…私達には『幻想郷』に行く方法がない…!」

 

まふゆ達はどうしようもない現実に打ちのめされた。肝心の『K』がどのように幻想入りしたのかがわからない以上、まふゆ達は『K』を追うことができない。もう終わりだ…誰もがそう思った。

 

「『K』がこの『セカイ』で出来たことがまふゆに出来ないはずがない」

 

ミクが強い口調で言い放った。

 

「でも、『幻想入り』だよ?『幻想郷』から呼ばれないと出来ないんだよ?」

 

まふゆが嘆きながら答える。

 

「出来ないって思うから、出来ないんだよ。この『セカイ』はまふゆの想いで出来てる。まふゆがあると思ったものはあるし、ないと思ったものはない。きっとまふゆなら、『K』への道を作り出せる。…正念場だよ、まふゆ!」

 

ミクは崩れ落ちて座っているまふゆの肩に手を置いて、まふゆと目を合わせる。まふゆの目から絶望が消えて、光が戻ってきた。

 

「ありがとう、ミク。少しだけど、希望が見えてきたよ」

 

「で、どうするのよ。その道はどうやって作るの?」

 

せっかちな絵名が問いただす。

 

「まふゆの想いで作り出すしかない。たぶ『K』への想いが一番有効だと思う」

 

ミクが答える。

 

「『K』への想い…ねえ。もう記憶は消されてるのに」

 

「ちょっと黙ってて。今考えてる」

 

まふゆが必死に頭を働かせる。

 

(やっぱり、想いを引き起こすには記憶が必要…でも、記憶は『幻想郷』に消されてる…)

 

まふゆは目を閉じて、呼吸を整える。

 

(いや、『幻想郷』なんて関係ない。私は『K』のことを諦めたくない。思い出さなきゃ…私が私でなくなってしまう…思い出せ、まふゆ!)

 

まふゆは『K』が消えた日である昨日起こったことを懸命に思い出す。

 

(朝は朝ご飯をお母さんと食べて、学校に行って、1時間目は数学で、その時にうっかり居眠りをして、変な夢を見て…変な夢?)

 

まふゆの回想がそこで止まる。灰色の無機質な世界。キラキラが噴出する黒い空間の裂け目。眠っている長い、青い髪の女の子。

 

(…これが『K』?)

 

まふゆは目を開く。心配そうにまふゆを見つめる絵名と瑞希をよそに、歩き出して夢のシーンと同じようになりそうなところを探す。

 

(ここかな?)

 

まふゆが歩みを止める。

 

(でも…あの鉄骨の傾き加減がちょっと違う)

 

まふゆがその鉄骨の元に歩いていく。

 

「…何する気?」

 

絵名が恐る恐る聞いてみる。

 

まふゆは聞こえていないのか、それに答えずにいきなり鉄骨をよじのぼり始めた。

 

「な、何やってんの、危ないよ、まふゆ!」

 

瑞希がまふゆに注意する。

 

「大丈夫、気にしないで」

 

まふゆはどんどん登っていく。ついに鉄骨のてっぺんに到達した時、鉄骨が根元から傾き始めた。

 

「「まふゆ!」」

 

瑞希達が叫んだその瞬間ー

 

ドカーン!

 

まふゆが乗っている鉄骨のてっぺんから雷のようなものが瑞希達の前に落ちてきた。

 

「キャッ!」

 

絵名が雷の音を怖がって後ろに思いっきり下がる。

 

「まふゆ!一体何が…ってあれ?」

 

瑞希が雷が落ちてきたところを見ると、そこには黒い空間の裂け目があった。まふゆが夢の中で見たのと全く同じだ。

 

コオオオオオオオと音を立てて裂け目は勢いよくキラキラを噴き出す。

 

「これは…」

 

「…成功だね」

 

絵名がびっくりしていると鉄骨を滑り降りてきたまふゆが後ろに立っていた。

 

「これが多分『幻想郷』に繋がる道だよ」

 

「…まさかまふゆが鉄骨によじ登るなんておてんばなことするとは思わなかったけど…ありがとう」

 

絵名がまふゆに感謝する。

 

「…行こう、みんな。『K』に会いに」

 

まふゆ、絵名、瑞希、ミク、MEIKO が同時に頷く。一斉に裂け目に向かって走り出す。キラキラに包まれて5人は『セカイ』から消えた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「何よ、この中!気持ち悪い!ここが幻想郷なの?」

 

絵名が早速文句を言う。裂け目の吸引力が中でも続いていて、そのまま浮遊しつつ流されていくまふゆ達の周りには赤黒い世界にたくさんの目が浮かんでいる変なところにいる。

 

「まだ流れてるってことはこの先にあるってことじゃない?…おっ、この目なんかかわいくない?」

 

瑞希が自分の近くにある目を指差して言う。

 

「目玉のどこが良いのよ!そんな趣味でもあるの?」

 

「えー、そんなに言う?ああ、もう行っちゃった…」

 

瑞希は名残り惜しそうにお気に入りだった目玉を見送る。

 

「…ここはここで無味乾燥ね…あら?」

 

MEIKO が急に流れが変わったことに気づく。

 

「みんな、離れないようにお互いに捕まって!」

 

まふゆが指令を出す。みんなはまふゆの周りに集まる。

 

「あ、あそこに流れていくみたい」

 

ミクが指差した先にはさっきの空間の裂け目のようなものがあった。白い光が差し込んでいる。

 

(これで…やっと『K』に…!)

 

まふゆ達は裂け目に吸い込まれていった。

 

 

裂け目から放り出されるようにまふゆ達が真っ白な世界に出てきた。

 

「イタタタ…ここが幻想郷?」

 

絵名が起き上がって周囲を見渡す。

 

「…白くて何もない世界ね」

 

MEIKO が遠くまで眺める。

 

「あれー?そっちの『セカイ』の裂け目はもう閉めたはずだよねー?」

 

向こうから誰かがやってくる。

 

「んー?あら?あれって…」

 

「「「…普通のミク?!」」」

 

まふゆ、絵名、瑞希が自分達の『セカイ』にいるミク以外にもミクがいるのを初めて知って驚く。

 

「普通って…せめてオリジナルミクって呼んでよ」

 

そう言ってオリジナルミクはまふゆ達の前まで歩みを進めた。なんと、空間の裂け目を封じ込めていたのはオリジナルミクだった。

 

「また裂け目開いちゃったのかなぁ?ごめんね、すぐに元の『セカイ』に…」

 

「違うの、私達は『幻想郷』に行きたいの」

 

まふゆがオリジナルミクに言った。オリジナルミクの顔が険しくなる。

 

「…今なんて?」

 

「え?だから、『幻想郷』に行きたいって…」

 

「駄目」

 

「何で?」

 

「『幻想郷』との協定で決まっているから」

 

オリジナルミクがすうっと宙に浮く。

 

「…どうやってあの子が『幻想郷』に行ったのを知ったのか知らないけど…これ以上『幻想郷』に関わるなら『セカイ』管理者として看過できない。あなた達をあなた達の『セカイ』ごと消すことになるよ」

 

「はは、そんなことできるわけが…」

 

瑞希が馬鹿にする。

 

「ほら話ではないことを見せよっか?」

 

オリジナルミクがそう言うと前に手を突き出す。すると、オリジナルミクとまふゆ達の間の地面に直線が出現した。さらに裂け目が掻き消えたと思うと、まふゆ達がいるところがあっという間に灰色で無機質な『誰もいないセカイ』になる。

 

「え?」

 

まふゆが驚く。

 

「こんなこともできるんだよ?」

 

オリジナルミクは右手の親指を上げて人差し指を伸ばし、銃の形にする。そこからキラキラが少し出たと思うと、

 

パン!

 

まふゆ達の後ろで地面に刺さっていた鉄骨の真ん中くらいのところに穴が開いた。鉄骨の宙に浮いた部分が音を立てて落下する。

 

「もうわかったでしょ?私には敵わない。わかったらとっととあなた達の『セカイ』に帰りなさい。そこから歩いて帰れるようにしたから」

 

オリジナルミクがまふゆ達を諭す。

 

(向こうの『私』…初めて見たけど…私より強い…!さっきの攻撃もさせないように『セカイ』を通じて強制したのにあっさりと破られてしまった…)

 

ニーゴミクがオリジナルミクという脅威に困惑する。

 

(やはり何か強力な制約なしでは向こうの『私』の『セカイ』までは支配できない…!)

 

「…それでも私は『幻想郷』に行く」

 

まふゆがそう言い返す。

 

「全く…諦めという言葉を知らないのかなぁ?」

 

「知ってるよ。私は現実世界で諦めてばっかりだもの」

 

まふゆの目がキッとオリジナルミクを睨む。

 

「だからこそ、『セカイ』では諦めたくない。私を救ってくれる曲を聞くことまでは、諦めたくない!」

 

瑞希と絵名がハッとする。周囲の環境に否定された自分を思い出す。そんな環境に抵抗するのを諦めてきた自分がニーゴでは活き活きとしていたことも。

 

「…ボクもその話、乗った」

「私も」

 

瑞希と絵名はまふゆの両側に進む。

 

「瑞希…絵名…!」

 

「なんとかして、オリジナルミクを説得しよっか。私達には戦う手段がないわけだし」

 

そう言って絵名がオリジナルミクと向き合う。

 

「その協定ってなんなの?」

 

「…『セカイ』関係者が『幻想入り』した場合、その人物が現実世界に戻すことを禁止するものだよ」

 

「何で禁止するの?」

 

「…協定で決まってるから」

 

「協定でって…話が堂々巡りしてるじゃない。まるで誰かに協定を守らされてるみたい。もしかして…オリジナルミク、その協定は不本意なの?」

 

「…」

 

絵名は彰人との口喧嘩で鍛えたディベートスキルで言葉巧みにオリジナルミクを追いつめる。

 

「…不本意だよ」

 

「だったら、オリジナルミクも協定なんか破っちゃいなよ。不本意なんでしょ?」

 

「…」

 

オリジナルミクは自分に臆さずにズケズケと話す絵名を見て、突然頭痛と共にトラウマがフラッシュバックする。

 

自分を見下す赤い巫女。突っ伏したまま動けない自身の身体。左手の大幣。凍てつくような笑顔。『セカイ』中に散らばった御札。消えていくキラキラ。ー

 

「…やっぱり駄目」

 

オリジナルミクは頭を抑えながら言った。

 

「あいつが来たら…全ての『セカイ』が消されてしまう。あなた達がこれ以上『幻想郷』に関わって死ぬのなんてもう見たくない!だからもう帰って!」

 

オリジナルミクが腕をまっすぐ伸ばして手のひらを見せるように曲げる。手のひらからキラキラが噴出する。

 

(説得に失敗した…?!)

 

愕然とする絵名。

 

「攻撃がくるわ!避けて!」

 

MEIKOが叫んだ。その瞬間ー

 

「…あれ?」

 

オリジナルミクが手を振る。キラキラが出なくなり、攻撃出来ない。オリジナルミクがニーゴミクを睨む。

 

「何かやったのね、そっちの『私』」

 

ニーゴミクがオリジナルミクを見返す。

 

「…やったよ、まふゆ達の希望を守りたかったから。この『セカイ』において音楽を媒介とするもの以外、全ての攻撃の禁止を強制する。…『セカイ』は音楽との繋がりが深いからこの制約なら通ったよ」

 

オリジナルミクは苦悶の表情でうなだれる。悔しそうに両手を固く握りしめる。

 

「勝負ありってやつかな?」

 

瑞希がそう言った時だった。

 

「…私も諦めない。あなた達のようにね」

 

オリジナルミクが決意した様子でまっすぐに視線を戻す。自分の右手を見つめる。

 

「何よ、まだ抵抗するの?」

 

絵名が反応する。

 

「…やっぱり、『セカイ』の支配は支配者の『私』自体には影響しないんだね」

 

オリジナルミクが突拍子もないことを言う。

 

「…何言ってるの?攻撃出来てないのがわからない?」

 

まふゆは嫌な予感を感じながらも言い返す。

 

「まふゆ、下がって。万が一攻撃が来たとしても私が守るから」

 

ニーゴミクがまふゆを隠す形で前に出る。まふゆは言われた通り下がる。

 

「ほら見て。『私』には攻撃出来るみたいだよ」

 

オリジナルミクは右手を開いてまふゆ達に見せる。キラキラが手から落ち、傷だらけの手のひらが見える。

 

「…それが?」

 

「だから言ったじゃない。『私』には攻撃出来るんだねって」

 

オリジナルミクが手を銃の形にする。MEIKOが恐ろしいことに気づいて前に出る。それをニーゴミクが制止する。

 

「逆よ!ミク!下がって!あのミクが狙っているのはあなた自身よ!」

 

「…え?」

 

次の刹那ー

 

パン

 

ニーゴミクの胸の真ん中がぽっかり空いている。その穴から冷めた微笑みを浮かべたオリジナルミクが見える。

 

…ニーゴミクはまふゆにもたれかかり、そのまま仰向けになって崩れ落ちた。




平和路線でもよかったのですが、幻想郷では戦争状態なので、セカイ側も戦争状態にしました。ちょっと展開が苦しくなるかも。なんとか頑張ります。
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ニーゴ戦線 〜幻想郷・『セカイ』サイド④〜

(今…何が…?)

 

ニーゴミクは自分の身に起こったことをまだ理解していない。視界がゆっくり上に登っていく。身体が沈む。もたれかかっていた何かからずり落ちて、地面に当たる。目は開いているのに見えているものが白い世界でなくなって『誰もいないセカイ』に変わっていく。

 

まふゆが楽譜を広げて一生懸命に考えている。絵名が白いキャンパスに向かって、描いては消してを繰り返している。瑞希がパソコン画面のMVを見せてミクの助言を求めるようにこっちを見ている。

 

(ああ、そうか…)

 

ニーゴミクは気づいた。

 

(これが…『走馬灯』…)

 

走馬灯。人生の終焉で見られると言われる、幻のエンドロール。知識としてはまふゆから聞いていて知っていたが、まさかこんなに早く見られるとは思わなかった。

 

(もう…死ぬんだ…私…)

 

シーンがぼやける。そこから別のシーンが出てくる。『セカイ』に落ちていたパソコンの周りに座ってまふゆ、絵名、瑞希が流れてくる曲に聞き入っている。そのパソコンの側にちょこんと体育座りしてみんなの様子を窺っている青髪でジャージの女の子が1人。

 

(この子は…)

 

青髪の子がふと顔を上げてミクの方を見る。ニコッと寂しく笑って立ち上がる。まふゆ達もパソコンもいつのまにかいなくなっている。宙に浮かぶ。ミクを見下ろす。くるっと後ろを向いて空へと飛んでいく。

 

「ま、待って!」

 

ミクは駆け出す。しかし、すぐに足が絡まってしまい、転んでしまう。青髪の子はそのまま行ってしまった。

 

(…ああ、そうだった)

 

ミクは顔を上げる。青髪の子はもう見えない。ミクの目から涙が溢れている。無機質な『セカイ』のあちこちにヒビが入っていく。

 

(…あなたが一番見失っていたはずなのに…あなたを見つけられなくて、ごめん…奏…)

 

ミクは拳を握りしめる。

 

(でも、まだ諦めないから。絶対…きっと見つけるから…!)

 

ミクは突っ伏したまま動かなくなる。『セカイ』のヒビが繋がり、白く輝いていった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ミ、ミクーッ!」

 

絵名が倒れたニーゴミクの側に駆け寄り、抱き寄せ、叫ぶ。ニーゴミクの胸の穴からは血の代わりにキラキラが噴き出す。

 

「ミクが…ミクが!まふゆ!ど、どうしよう!」

 

「どうしようって…何を?」

 

まふゆは自分の前で起きた惨劇に呆然としている。

 

「攻撃が来るわ!一旦向こうの私達の『セカイ』に逃げましょう!あそこには物陰くらいならあるから!」

 

MEIKO がまふゆと絵名の腕を引っ掴んでいう。オリジナルミクは指先を既にまふゆ達に向けようとしていた。

 

「で、でもミクが!」

 

絵名がMEIKO の手を振り払い、ニーゴミクの身体を持ち上げて言う。

 

「絵名、ミクの遺体は置いていこう!攻撃を避けるのが先だ!」

 

「遺体…ってどういうこと?」

 

逃げるように提案した瑞希をまふゆが虚な目で見つめる。

 

「ミクはまだいるじゃないの。ほら、まだここに…」

 

「何言っているんだ、まふゆ!しっかりしてよ!」

 

瑞希がまふゆの肩を揺さぶる。オリジナルミクが指先を見て狙いを定める。

 

「まずい…来る!」

 

MEIKO がまふゆ達を庇うように両手を広げて覆う。その刹那、

 

まふゆ達の『セカイ』の1本の鉄骨がまふゆ達の頭上にまるで意思を持っているかのように上から降ってきた。

 

「危ない!」

 

瑞希が受け止められるはずもない鉄骨を受け止めようと手を伸ばす。突然鉄骨の落ちるスピードが遅くなる。オリジナルミクが出した衝撃波攻撃が鉄骨にかすって軌道がずれる。

 

「チッ…」

 

オリジナルミクが舌打ちする。

 

(あの『私』は死んでいる…だからもうあの『セカイ』は支配者を失い、消えるはず…でも、『セカイ』が消えない…なぜ?)

 

オリジナルミクが首を傾げる。

 

(まあ、いい。今の事故で『セカイ』の住民諸共死んだならそれでいい。念のため確認しておくか…)

 

オリジナルミクは落下した鉄骨にゆっくり近づく。

 

 

「だ、大丈夫?」

 

鉄骨の下で瑞希がMEIKO を気遣って言う。なんとMEIKO が片手でなんとか鉄骨を支えているようだ。

 

「ええ…」

 

MEIKO 自身も自分の腕を見て驚いている。自分にこんな力があったとは思っていなかったようだ。

 

「…ミクは無事?」

 

まふゆはまだ魂が身体にないみたいな言葉を呟く。

 

「…もうミクは死んだよ、まふゆ」

 

瑞希が少しきつい口調で答える。

 

「もう、助からないの?バーチャルだから治るとかはないの?」

 

やや冷静さを取り戻した絵名が聞き返す。

 

「流石にバーチャルでも心臓を失えば死ぬわよ」

 

MEIKO がわざとなのかそっけなく返事する。

 

「そっか…」

 

絵名が悲しく呟いた。

 

「何言ってるの、ミクならそこで寝ているじゃない。そのうち起きるから…」

 

パシッ

 

まふゆがぼんやりした顔をしているのを絵名が平手打ちする。

 

「現実を見なさいよ、まふゆ!」

 

絵名がまふゆに怒鳴る。

 

「ミクは死んだの!あんたが『K』に会いたいなんて言うから!もう一度言うわ。あんたのわがままのせいでミクは死んだの!」

 

まふゆは痛む頬を抑えてハッとした様子で絵名を見る。絵名の目からは絶え間なく涙がこぼれ落ちている。ミクの方に視線が移る。その時初めてまふゆの目はミクの胸の中のぽっかりと空いた穴を認識した。

 

「わ、私がわがままなんて言うから…?」

 

激しく後悔の念にかられてまふゆは手で顔を覆う。

 

「ええそうよ。あんたがわがままを言わなきゃこんなことにはならなかった。でも、もう引き返せない」

 

「何で?私がわがままを言ったのが悪いんでしょ?もう、これ以上は…」

 

「それじゃ何のためにミクが死んだのかわからないじゃない!…あんたのわがままはもうあんただけのものじゃあないのよ。ここまで来てしまったからにはもう後には引けない。だったら、あんたのわがままを最後まで…例え最期になったとしても…押し通すって言うのが筋ってものじゃあないの?!」

 

まふゆは手を顔からどける。ミクの遺体が視界に写る。ミクは目を閉じて微かに微笑んでいる。

 

「そんなのって…えぐっ…そんなのって…!」

 

まふゆは泣き崩れた。絵名と瑞希は黙って抱きしめる。涙で頬を濡らしながら。

 

まふゆは今まで「いい子」であり続けた。自分のわがままなんて通したら「いい子」でなくなると怯え、わがままを通してこなかった。わがままから逃げてしまっていた。わがままという自由には責任を伴う。まふゆにとって人生で数少ないわがままを通そうとしている今、その責任の重さを実感したのだった。

 

「…わかった。絶対に『K』を見つける。私のためにも…ミクのためにも!」

 

まふゆは顔の涙を拭う。まふゆの目に光が戻る。

 

「そうだよ、まふゆ。そうこなくっちゃ!」

 

瑞希が涙ながらも嬉しそうに答える。その時だった。

 

上から次々と鉄骨が降ってくる。まふゆ達の周りに落ちていく。それは近づいていたオリジナルミクの上にも同様に落ちて来た。

 

「なっ…!」

 

オリジナルミクは慌てて鉄骨の雨を回避する。

 

(馬鹿な…これはあっちの『私』の能力…!まさか…そんなことが!)

 

鉄骨が再び落ちて来て身を屈めたまふゆ達が恐る恐る目を開ける。

 

「何…?今のはオリジナルミクの攻撃なの?」

 

「いいえ…それなら自身も巻き込むような攻撃はしないはずよ。それにこれは私達のミクが持っていた力…」

 

MEIKO が鉄骨を持っている手をじっと見る。鉄骨を持っているのではなかった。浮いていたのだ。腕を伸ばす。鉄骨はどんどん上昇していった。

 

「…ミクはただでは死ななかった!」

 

MEIKOが叫んだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

場面は変わって幻想郷。

 

「何で奏は元の世界に戻っちゃいけないんだ?!」

 

魔理沙が八卦炉の射出口を霊夢に向けて言う。霊夢が大幣をくるくる回しながら答える。

 

「奏が大事だからに決まってるじゃない。幻想郷に受け入れられるというのは神の祝福みたいなものなのよ。黙って受け入れていればいいの。」

 

「神は死んでいるし、助けてくれるなんて考えたことはないよ」

 

奏が震える足をなんとか抑えて言い返した。

 

「ほーん、神職相手に言いたい放題ね。もう少し大人しい子かと思ってたわ」

 

霊夢は半分馬鹿にするような笑みを浮かべている。

 

「言いたい放題は霊夢の方だろ!何が奏が大事だ!嘘ついてんじゃないぜ!」

 

魔理沙は少し怒っている。

 

「奏が大事なのは本当よ。いや、むしろ大事だからこそ元の世界に帰さないのよ」

 

「どういうこと?」

 

奏が目をぱちくりさせて尋ねる。

 

「…世界と世界が交錯する時、必ず片方のみならず、両方の世界に破綻が生まれる。交錯を繰り返せば繰り返すほど広がっていき、いずれは世界全体に広がってしまう」

 

霊夢は目を閉じて語った。

 

「…?」

 

「破綻が世界に広がりきったら世界の終焉なのは自明。そこで終焉を迎えないために、交錯が起こった時は片方の世界にしか破綻が生まれないようにした。つまり交錯をなかったことにすればいいの」

 

(霊夢は何を言ってるんだ?交錯が起こっているのに交錯をなかったことにする?支離滅裂だぜ!こいつ…本当に霊夢か?)

 

魔理沙はいつもと違う霊夢の様子に驚く。

 

「破綻を無理矢理もう片方に顕現しようとなんてしたら世界の終焉か、あるいは破綻の終焉か…どう転んでも悲劇しか待ってないわ。私はその悲劇を止めたいだけよ」

 

「…霊夢がその悲劇を見るわけでもないのに?」

 

奏が聞き返す。

 

「私は博麗の巫女よ?人を守るのが義務なの。あんたみたいな外の世界の人を守ろうが私の勝手でしょ?」

 

霊夢もつっけんどんに言い返す。

 

「そう…でも私にも義務がある。私の曲で世界を救わなければならない。例え私が死ぬことになったとしても外の世界で苦しむ人を救わなくてはならないの!」

 

奏が珍しく激昂する。霊夢は肩をすくめる。

 

「はあ…じゃ、ここは幻想郷なんだから幻想郷らしく弾幕でやり合いましょう」

 

「弾幕…?どういうこと?」

 

奏が首を傾げる。魔理沙が説明する。

 

「幻想郷では他人と揉めて解決策が見出せない時、弾幕をぶつけることで決着をつけるんだぜ」

 

「なるほど…確かに便利だね」

 

「これなら、負傷することなく安全に決着する…」

 

「殺傷率は70%でいかせてもらうわよ」

 

霊夢が安全性を根底からひっくり返すようなことを言う。

 

「殺傷率70%?!3、4発当たったら死んでしまうじゃねえか!奏はついさっき弾幕を知ったばかりなんだぜ!そんなの危険すぎる!」

 

「危険もなにも、奏にトラウマを植え付ける程度なんだからちょうどいいでしょ」

 

霊夢が冷酷な視線を奏に向ける。

 

「ハンデとして私に一発でも当てられたなら外の世界に帰してやるわ」

 

「ハンデになってないぜ、幻想郷最強のくせに!せめてかすったらとかにしろ!」

 

「…幻想郷で最強ってことは逆に霊夢さえ倒してしまえばもう私を止めるものはいないってことだね」

 

奏が目の前の空間をなぞるようにさっと手をスライドする。今はもう霊器となっているシンセサイザーが出現する。霊夢と同じくらいの冷酷な視線で霊夢を睨み返す。

 

「ふん…戦うのね、奏。戦わずに幻想郷に残るという選択肢もあるというのに!」

 

霊夢は空へと高く飛ぶ。奏の頭上を通り越し、さっきまでいた居間とは反対側で止まり、奏を見下す。奏は後ろを振り返り、霊夢を見上げる。

 

「そんな甘えの選択肢は私の中にはもうないよ、霊夢」

 

奏が勢いよく空に飛び上がる。霊夢と同じ高度まで一気に到達する。

 

「ほう…ならば十分霊力を溜めるといいわ」

 

霊夢と奏は弾幕を放つべくゆっくりと距離をとり、間合いを測る。

 

「さあ、私の霊力は全開よ、奏。覚悟はいいかしら?!」

 

「もちろん!私と霊夢、どちらがこの狂った物語の主人公か…見せつけてくれる!」




なかなか展開が思いつかなくて、ここまで遅くなっちゃいました。なんかいつ間にかJOJO要素が入っているような気がするけど…まあ、それはそれでよし!
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『セカイ』の終焉 〜『セカイ』サイド⑤〜

「何で…鉄骨が浮いてるの?ただでは死ななかったってどういうこと?」

 

瑞希は今目の前で起こっていることを理解出来ずにMEIKOに尋ねる。今、MEIKOは鉄骨を軽々と浮かせて瑞希達を見ていたからだ。MEIKOは説明を始める。

 

「ミクには『セカイ』を支配する能力があった。ミクはそれを使ってあなた達が来た時は居心地がいいように『セカイ』に存在する、あらゆるものを操っていたのよ。地面の材質、鉄骨の座り心地…『セカイ』のものならなんでもね」

 

「ミクに『セカイ』を支配する能力…?それがどうしたの?」

 

「今、私は鉄骨を浮かせてる。でも元々は私は何の能力も持ってなかったわ。つまり、ミクは…」

 

「死に際に私達に能力を分け与えた、ってこと?」

 

まふゆがため息を吐くように呟いた。MEIKOが頷く。

 

「そういうこと」

 

「でも、与えられた能力なんてどうやってわかるのよ?」

 

絵名が首を傾げる。

 

「そこはもう戦いながら理解するしかないでしょ…もう来たみたいだし」

 

MEIKOが右手を額に当てて遠くを見る。オリジナルミクが大量に落ちて出来た鉄骨の間を掻い潜って出てきた。あっという間に宙に浮いてまふゆ達を見下す。

 

「誰かと戦うのはあんまり好きじゃないけど…やるしかないね、まふゆ」

 

オリジナルミクに気づいた瑞希がまふゆを振り返る。

 

「うん。ミクがくれたチャンス…あいつを倒して、『K』に会いに行く!」

 

まふゆが叫んだ。オリジナルミクはもう左手を銃の形にしてまふゆの方向に向けていた。

 

「作戦会議は済んだ?じゃあ、先手必勝でこっちから行くよ」

 

左手からさっきの衝撃波攻撃が出た。その瞬間、まふゆの前に地面に突き刺さった鉄骨が出現し、攻撃を遮る。

 

(鉄骨…?!)

 

攻撃を受け、真っ二つに折れて崩れる鉄骨を見てオリジナルミクは驚く。折れたところから狙ったはずのまふゆが顔を出す。

 

(これが私の能力…かな。名付けるなら『鉄骨を作る能力』…いや、鉄骨だって『セカイ』のものなんだから…『セカイを作る能力』…ふふ、悪くないね)

 

まふゆは自分の能力を理解して少し微笑む。瑞希が浮かんでいる鉄骨を見上げる。

 

(そういえば、さっきこれが落ちてきた時、急に速度が落ちたからMEIKOは受け止められたんだよね…あの時、私は確か…)

 

瑞希が手を浮かんでいる鉄骨に手を伸ばす。

 

「あれ?鉄骨が…!」

 

浮かんでいる鉄骨が落ちてこないように浮かせ続けていたMEIKOが違和感に気づいた。鉄骨がビリビリと今にも動き出しそうにしている。瑞希がMEIKOに向かって言った。

 

「MEIKO、一旦浮かすのを解除して!」

 

「わかった!」

 

その刹那、鉄骨は新幹線のような速度でオリジナルミクに突っ込んでいった。

 

「なっ!」

 

オリジナルミクは慌てて左手を鉄骨に向ける。もう既に鉄骨はオリジナルミクの『セカイ』と『誰もいないセカイ』の境界を突破していた。

 

「クソッ、もうここまで!」

 

今度は右手を鉄骨に向けてビーム攻撃を繰り出す。鉄骨は真ん中より少し前のところが一瞬ウニみたいな形に変形したかと思うと爆発した。進行方向に向かって前と後ろの二つに分離して統制を失う。しかし、前の部分は後ろを切り離すことで推進力を得る多段式ロケットのようにむしろ速度を増して飛び続け、ついにオリジナルミクの目の前にまで到達した。

 

「チイッ…」

 

オリジナルミクは前のめりになって鉄骨を躱す。鉄骨はそのまま落ちていく。

 

(躱した?!)

 

絵名はオリジナルミクを見て驚く。

 

(恐らく、瑞希に与えられた能力は『速度を操る能力』。私の能力はまだわからないけど…今のあっちのミクの防御の方法は今までとは明らかに異なるものだった。あのミクの能力は一体…?)

 

「よそ見してる場合?」

 

今度はオリジナルミクが攻勢に出た。左手が既にまふゆ達に向けられていた。今すぐにも撃ちそうだ。まふゆはさっきのように鉄骨を出現させて守る。

 

パン

 

鉄骨に攻撃が当たって真っ二つに折れる。オリジナルミクはまだまふゆに照準を定めている。

 

パン

 

(連射出来たの?!)

 

鉄骨は既に折られている。まふゆはもう何にも守られていない。まふゆは死を覚悟してぎゅっと目を瞑る。その時だった。

 

「危ない!」

 

絵名がまふゆの前に飛び出す。絵名の手が折れてしまった鉄骨に当たる。すると、折れたはずの鉄骨が薄くドーム状に広がり、絵名とまふゆを包む。

 

(なるほど…あれが絵名の能力か)

 

オリジナルミクがドーム状になった鉄骨に攻撃が当たり、崩れるのを見ながら状況を把握する。

 

(まふゆは「鉄骨を作る能力」。MEIKOは「鉄骨を浮かせる能力」。瑞希は「鉄骨を飛ばす能力」。絵名は「鉄骨を変形する能力」。『誰もいないセカイ』は鉄骨が構成要素…向こうの「私」の「『セカイ』を支配する能力」とも合致する。なるほど…)

 

「大丈夫?まふゆ」

 

「うん…」

 

まふゆと絵名が攻撃でドームに開いた穴から出てくる。

 

「…ちょっとこのままじゃ危ないわね。どうする?」

 

MEIKOがまふゆに近づいて尋ねる。

 

「何か作戦を立てないと負けるね」

 

瑞希が攻撃に備えてオリジナルミクとはドームの反対側に隠れるよう手招きしながら座り、答える。

 

「あっちのミクの能力はわからないけど…あの両手からの攻撃を封じればなんとかなるじゃないかな」

 

ドームの反対側に座ったまふゆが提案する。

 

「封じるって…どうやって?」

 

絵名がまふゆに問う。

 

「それは…」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

(…やっぱり最初から派手にいって心をへし折った方がよかったかな)

 

空中で浮きながらオリジナルミクがドームの反対側の様子を伺いながら思う。

 

その瞬間、ドームの向こう側からまふゆが飛び出した。続いて絵名も追いかけるように出てきた。

 

(そろそろ来るかなとは思っていたけど…ここまで堂々と出て来るとはね)

 

オリジナルミクが左手をまふゆに向ける。

 

鉄骨がまふゆの前に出現し、絵名が触れて盾に変形する。

 

「同じ芸を何度も…!この攻撃は連発可能なのをお忘れかな?!」

 

左手から攻撃を撃ち込む。

 

「そんなの承知の上よ!」

 

絵名が叫び返す。鉄骨は撃たれて穴が開いては絵名が触れて埋めるのを繰り返す。その度に鉄骨は薄くなっていく。

 

「そう!でも、そろそろ限界じゃない?盾が悲鳴をあげるまで後何発かな!?そーれ、いーち!」

 

オリジナルミクが左手から攻撃を一発撃ち込む。鉄骨に再び穴が開く。絵名が直した刹那、盾の右下の隅にヒビが走る。

 

(まずい…盾の形状を保てないほどにまで消耗してる!)

 

絵名が焦る。

 

「にー!」

 

盾の右下のヒビが太く、そして真ん中まで達した。

 

「さーん!これで終わり!」

 

オリジナルミクはヒビに向かって攻撃を撃ち込む。ヒビが盾全体に広がって盾が砕ける。

 

「キャッ!」

 

絵名に攻撃でぶっ飛んだ盾の破片がぶつける。絵名は勢いよく吹き飛ばされる。

 

「…あれ?」

 

オリジナルミクが異変に気づく。まふゆがいない。盾の向こう側にいたのは絵名だけだった。

 

「…まふゆはどこ?」

 

「敵に聞かれて正直に答えるやつがいると思う?」

 

絵名が起き上がりながら答える。左腕から血ならぬキラキラが出ている。

 

「ふん、どこかに逃げたのね?どの方向かだけでも聞き出してやる!」

 

オリジナルミクが絵名に近づこうとした瞬間…

 

「私はここにいるよ」

 

まふゆの声が聞こえた。ドームの裏側にいるようだ。

 

「何だ、そこにいるの…せっかく絵名が逃げる時間稼ぎをしてくれたっていうのに無駄だったみたいだね」

 

オリジナルミクは左手をドームに向ける。

 

「いいや…私はもう逃げないって決めたの」

 

まふゆが再び姿を現す。

 

「まふゆ…もういいのね?」

 

「ええ…時は満ちた」

 

まふゆが腕を上げる。オリジナルミクが身構える。まふゆが腕を振り下ろす。その瞬間、ドームの後ろから灰色が広がっていった。

 

「あれは…まさか!」

 

オリジナルミクは冷や汗をかいて驚愕する。灰色の動きが止まる。それはただの灰色ではなかった。大量の鉄骨が空中に浮いてるのだ。絵名はまふゆから聞いた作戦内容を思い出す。

 

{「さっきからの行動を見ると、あっちのミクは鉄骨に当たることそのものを恐れている。かすったり、ぶつかることだけでも十分な攻撃になり得るんだと思う。だから、大量の鉄骨をぶつける。向こうの反撃で捌ききれないほどぶつければ、きっと…」}

 

(あれは流石に全ては撃ち落とせない…!どうする…どうする?!)

 

オリジナルミクが必死になって考える。空中の大量の鉄骨がオリジナルミクに狙いを定めて一気に加速した。下を向いたオリジナルミクの視界にさっき大量の鉄骨が落ちて林みたいになっているのが映る。

 

(あそこに逃げ込むか?…いや、それしかない!)

 

オリジナルミクは急降下して林に隠れようとする。

 

{「きっと、あの鉄骨の林に逃げ込む。あそこなら鉄骨が邪魔になって攻撃が通らないからね。だから…」}

 

オリジナルミクが降り立った瞬間、何者かの気配を感じた。

 

「…誰?」

 

その時、周りの鉄骨が一斉に宙に浮いた。

 

「なっ…?!」

 

オリジナルミクが驚く。さっきまで地面に転がっていた鉄骨は既に全てがオリジナルミクの方向を向いている。鉄骨が宙に浮いたことで鉄骨の影に隠れていた2人が現れる。

 

「あなた達だったのね…してやられたわ」

 

{「だから、今度は林の鉄骨を逆に攻撃に使う。…瑞希とMEIKOの能力で!」}

 

そこにいたのは瑞希とMEIKOだった。

 

「さあ…もうチェックメイトだよ、オリジナルミク」

 

瑞希が手を高く掲げる。今にも鉄骨はオリジナルミクに向かって動き出そうとしていた。

 

「…そうみたいだね」

 

オリジナルミクは肩を落とす。

 

「大人しく幻想郷への道を開いてくれたら、私達はこれ以上何もしないわ。あなたも死にたくはないでしょう?」

 

MEIKOがオリジナルミクに問う。

 

「出来ることなら穏便に済ませたかったのになあ…」

 

オリジナルミクが見上げる。

 

「穏便に?どういうこと?」

 

絵名が尋ねる。

 

「ここまで私を追い詰めたんだ…穏便にはいかない。これ以上死人が出ても問題ないよね?」

 

オリジナルミクがは不敵に笑う。まふゆがオリジナルミクの笑みを睨み返す。

 

「あなたがどんな攻撃をしてこようと無駄よ。あなたが手を1センチでもあげたらこの鉄骨群があなたに突き刺さるから」

 

「ふん…そんなの関係ないね、既に攻撃は始まっているのだから」

 

「え?」

 

「私の『セカイ』を操る能力を舐めないでもらいたいね。君達は私の左手からの攻撃にばかり気を取られて、いかに消されないかを考えていたのだろうが…左と右の違いに気づかなかったようだね」

 

「何が違うっていうの?」

 

「左は『セカイ』の破壊を司る。そして、右は『セカイ』の創造を司る。確かに左手の方はキラキラをものにぶつけてキラキラになる前のエネルギーに戻すだけだから、使い勝手はいいが…こういう時は右手の方が良い」

 

オリジナルミクは右手を前に出す。瑞希が即座に手を下ろして鉄骨をオリジナルミクめがけて撃ち込む。

 

(どんな能力かはわからないけど…こんだけあれば大丈夫でしょ!)

 

「右手の方はキラキラになる前のエネルギーをものにぶつけることでキラキラにする。キラキラは『セカイ』の構成物質…どんなものにだってなれる!」

 

オリジナルミクは左手の衝撃波攻撃で鉄骨を撃墜しつつ、右手のビーム攻撃を鉄骨に浴びせる。しかし、オリジナルミクの背後からは鉄骨が迫っていた。そして、オリジナルミクに鉄骨が突き刺さった。

 

「そんな…嘘でしょ?!」

 

叫んだのはオリジナルミクではなく、絵名だった。確かにオリジナルミクに刺さっていた。しかし、それは自分の能力を自慢げに話しているオリジナルミクとは別のオリジナルミクだった。両手を広げて本体を庇い、キラキラとなって霧散していく。鉄骨もキラキラと化して消えていく。

 

「だからどんなものでも作れるって言ったでしょ?例え自分自身でさえもね!」

 

オリジナルミクが勝ち誇って言う。ビーム攻撃を受けた鉄骨が次々とオリジナルミクの分身になって本体を守るべく駆けつける。

 

「このチート能力者が…!」

 

瑞希が怒りながら、さらに鉄骨を加速させる。しかし、初めは分身の体当たりが多かったが、徐々に分身からの攻撃による撃墜が増えてきた。まふゆが頭を抱える。

 

(あの分身、本体と性能がおんなじなんて…これはまずい…ねずみ算式に分身が増えてしまう!)

 

まふゆが顔を上げて叫んだ。

 

「瑞希、MEIKO!それ以上鉄骨は当てないで!分身にされてしまう!」

 

瑞希がハッと手を止める。既に何十人というオリジナルミクの分身が本体を囲んでいたのだ。

 

「手を止めたね?ではこちらから行かせてもらう!」

 

オリジナルミクの本体が高らかにそう言い放つと分身が一斉に飛び上がり、まふゆ達に狙いを定める。

 

「撃て、『幸福委員会』!」

 

オリジナルミクの分身達である「幸福委員会」が左手から攻撃を同時に放つ。

 

「鉄骨に乗って!一旦引きましょう、みんな!」

 

MEIKOが残った鉄骨を引き寄せて呼んだ。

 

「う、うん…」

 

まふゆは乗るのに手間取っているようだ。

 

「早く!もう出発するよ!」

 

まふゆはなんとかして乗る。凄まじい速度で巧みに攻撃をかわしながら『誰もいないセカイ』の奥へとすっ飛んでいき、あっという間に見えなくなった。

 

「ふん…行ったか。でも、もう遅いんだよねえ」

 

オリジナルミクが笑う。

 

 

「何?あの黒いの…?」

 

絵名が『セカイ』の奥の方を見て言った。

 

「『セカイ』がもうあれより先にない…?もう『セカイ』の端に到達したのかな?」

 

瑞希が鉄骨を止めて注意深く観察する。

 

「そんなわけがない…これもまさか、あのミクの…?!」

 

MEIKOが愕然とする。

 

 

(『六兆一日の大制約』…『セカイ』を操る能力の技の一種。『セカイ』に条件をつける…条件の内容が厳しければ厳しいほどその分自身の制約も厳しくなるけど、かなり強力な術式。さっきは向こうの『私』にこれでやられたけども…今度はこっちからだ)

 

オリジナルミクがゆっくりと浮上する。分身達も本体を守りやすいように避ける。

 

(条件は『セカイのキラキラ生成停止』。両方の『セカイ』に課すことで私自身へのダメージは避けた。私はこの左手さえ有れば、いくらでもキラキラは生成出来るから、何も問題はない。でも、『誰もいないセカイ』の鉄骨はキラキラを元に生成している。馬鹿みたいに鉄骨を撃ってくれたから、首を締め上げるのにはそこまで時間はかからないだろう)

 

オリジナルミクが奥の方がかすかに黒くなっている『誰もいないセカイ』を見つめる。

 

(さあ、世界の…いや、『セカイ』の終焉も近い。これこそチェックメイトね、ふふふ)

 

オリジナルミクと幸福委員会は『誰もいないセカイ』へと飛んでいった。




オリジナルミクの能力の補足説明〜
キラキラはセカイに固有のものです。つまり、オリジナルミクがいる世界のキラキラと『誰もいないセカイ』のキラキラは完全に別物。もし、異なるキラキラが出会った場合にはセカイ同士の交錯を避けるためにキラキラになる前の状態のエネルギーに戻ります。いわば、粒子と反粒子がぶつかって消滅する、対消滅という現象に近いです。したがって、オリジナルミクが『誰もいないセカイ』のものに触れるとその部分が消滅してしまいます。だからオリジナルミクは極度に鉄骨に触れることを恐れていました。逆にまふゆ達がオリジナルミクのセカイのものに触れても同様です。左手の攻撃はそれを応用したもので、超高速でキラキラを飛ばして対象に衝突させ、対象を消滅させます。さらにそのエネルギーはなんらかの物質にある一定以上の速度で衝突するとキラキラになります。つまりエネルギーが物質になる、対生成という現象に近いです。右手の攻撃はこれにあたり、しかもオリジナルミクは作り出せる物質をも指定出来るようです。ちなみに、オリジナルミクは左手の攻撃のことを「コスモの消失点」、右手の攻撃のことを「天地開闢」と名づけているみたいですが、厨二っぽいと後で気づいて自分から攻撃名を言うことは無さそうです。他の攻撃も厨二っぽいのに。

師走に近くなってきているので、もしかしたら新年まで失踪するかもしれません、ご了承下さい。


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チェックメイト 〜『セカイ』サイド⑥〜

「『セカイ』が終わる…」

 

鉄骨から降りた瑞希が『セカイ』の端を見て絶望する。端がゆっくりと近づいているのが消えていく地面からわかる。

 

「こんなことで終わるの…?私達はただ『K 』に会いたいだけなのに…『幻想郷』に行きたいだけなのに…」

 

絵名が崩れ落ちる。その地面の近くにはさっき瑞希が探す時に書いたマークがあった。それすら視界が曇って見えなくなる。

 

「…逃げなさい」

 

MEIKO が歯を食い縛って言う。瑞希と絵名がえっと言い出しそうな顔をしてMEIKOの方を見る。

 

「脱出しなさい!この『セカイ』から!このままじゃ殺されてしまうわ!」

 

「脱出するとして…MEIKOはどうなるの?」

 

「…ここで出来るだけ時間を稼ぐ」

 

「稼ぐって…死んじゃうじゃない!」

 

「私はここに残るよ」

 

MEIKOと絵名が言い争っている中、俯いているまふゆがつぶやくように言い放った。

 

「何で?もう勝ち目はないんだよ?」

 

瑞希がまふゆに尋ねる。

 

「だってここは私の『セカイ』だもの」

 

まふゆが何かを両手に抱えながら、まっすぐ瑞希達を見つめる。

 

「何で…ミクの身体を?」

 

MEIKOがまふゆが抱えているものを見て驚愕した。まふゆはもう冷たくなったミクをお姫様抱っこしていたのだ。まふゆが言葉を続ける。

 

「私は現実世界で自分という存在を何回も殺してきたし、殺されてきた。だから初めて『誰もいないセカイ』に着いた時、この『セカイ』にいる自分だけは殺さないでいようって思った。…でもこうして殺されてしまった」

 

「…」

 

「『セカイ』はもう私なの。『K』が消えたのも、ミクが殺されたのも私が死んだのと同然。そして今『セカイ』すら殺されようとしてる。もうこれ以上死にたくない。現実世界で死に続けるくらいなら…ここで死んでやる!勝ち目なんかなくたっていい。最期まで抗ってみせる!私が私であるために!」

 

まふゆは決意に満ちていた。

 

「…ごめん、すっかり弱気になってた」

 

MEIKOが気持ちを立て直す。

 

「よーし、この戦いが終わったらみんなで仲良くあのステージで歌おう!ここの服のセンスもかなりいいし!」

 

瑞希が笑顔でとんでもないことを言う。

 

「ちょっと…それってフラグって言うんじゃ」

 

絵名が的確につっこんだ。

 

「フラグ?フラグなんて折ってなんぼのものでしょ!」

 

瑞希が反論する。絵名もまんざらでもない顔をしている。絵名にも瑞希にもさっきまでの絶望感は無くなっていた。

 

「その服ってさ…」

 

まふゆが口を挟む。目に光が戻る。

 

「…何で出来てるんだっけ?」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その頃、オリジナルミクは大量の自分の分身を前に行かせて、その最後尾にゆっくりと着いてきていた。

 

〈前方、朝比奈まふゆ以下4名を確認。攻撃しますか?〉

 

先頭の分身からテレパシーで連絡が来た。

 

「あーもうじゃんじゃん攻撃しちゃってー」

 

〈承知しました〉

 

連絡がそこで終わる。オリジナルミクは目を瞑る。

 

(幻想郷に行きたいなんて言うからこんなことになるんだよ、まふゆ。…もう幻想郷との全面戦争なんてコリゴリなんだ。大義のための小さな犠牲…悪くは思わないでね)

 

/ そう簡単な祈りだった 端から 段々と消える感嘆 /

 

遠くから音楽が聞こえてきた。

 

(ん?これは一体…?)

 

/ 今から緞帳が上がるから 静かな会場を後にさよなら/

 

〈こちら先遣部隊、こちら先遣部隊〉

 

「何?この曲は…敵は一体何をしているの?」

 

〈こちら正体不明の攻撃をうううう…ブツン〉

 

連絡が途絶えた。

 

「やられた?!一体何が…」

 

その時、左手の中指が突然弾け飛んだ。

 

「うわああっ?!」

 

中指が爆発した痛みに悶えながら、分身達を見る。次々と爆破されていき、爆発がだんだん近づいている。

 

(馬鹿な…何がどうなって…ハッ?!)

 

周囲を目を凝らして見ると、小さなキラキラがまふゆ達の方から飛んできている。それがオリジナルミクの前の分身の左肩にあたると…

 

ドォン!

 

「コスモの消失点」の劣化版のような小さな爆発を起こした。分身の左腕が千切れて落ちる。

 

(まさか…確か『誰もいないセカイの私』の能力は私と同じ能力…!まふゆ達はそれを受け継いだ者…そうか…『キラキラを創造する能力』!歌を歌うことが発動条件だったのか!)

 

そう気付いた時には既に分身達はほとんど消え失せ、大量のキラキラがオリジナルミクを襲おうとしていた。

 

 

/ 平穏とは消耗を以て代わりに成す 実際はどうも変わりはなく /

 

まふゆ達はいつもまふゆ達が『セカイ』で歌っている、ニーゴミクお手製のステージで歌っていた。『K』のパソコンをスピーカーに繋いで曲を流している。歌いながら次々と撃墜されていく分身達を見ていた。

 

(やっぱり…効いてる!確かにここで作られてる服だからもしかしてと思ったけど、まさか本当にキラキラから作られてるとは…!まふゆもよく気づいたね)

 

瑞希がまふゆを心の中で褒める。

 

(服の素材と、さっき私達のミクがわざわざ攻撃を音楽に関するものだけに限定したから気付けた…音楽で攻撃ってこういうことだったんだね)

 

まふゆは分身が爆発していくのを眺めながらそう思った。爆煙でだんだん見えなくなっていく。まふゆは再び歌に集中する。

 

/ 僕らが疲れるなら これ以上無いなら その度に何回も…

 

その瞬間、強烈なビームが爆煙から出てステージのスピーカーに命中する。曲が止まってしまった。

 

「なっ…!」

 

MEIKOがビームが出た方向を見る。そこからオリジナルミクが飛び出してステージに一気に飛び降りた。

 

「もう来たの?!チイッ!」

 

絵名がオリジナルミクから離れるように下がっていく。

 

「まさかここまで追い込まれるなんてね」

 

オリジナルミクが左手でスカートに付いた煙の塵を払う。

 

「さすがチート能力者…どうやって切り抜けたの?」

 

まふゆが尋ねる。

 

「簡単なことだよ。右手を捨てたの」

 

オリジナルミクが右肩を持ち上げる。本来そこに付いているはずの右腕がなかった。

 

「右手の『天地開闢』で消えていく自分の身体をキラキラで作り直しながら進んだの。右手は使えなくなっちゃうけど、仕方ないでしょ…どうせそのうち生えるものだしね。…さあ、まふゆ。レクイエムはもうおしまい。大人しく幻想郷に行くのを諦めるか、死んでくれない?」

 

「レクイエム…?ふざけないで」

 

まふゆが怒りをあらわにする。

 

「これは私達がここから先に進むために奏でた曲。終わるための曲なんて私達にあってたまるか!」

 

「じゃあ、死んでくれるの?」

 

オリジナルミクが尋ねる。

 

「『K』に会うっていうのに死んでちゃ駄目でしょ」

 

まふゆが言葉を返す。

 

「選択もまともに出来ないの?人間」

 

オリジナルミクがわざと哀れむような顔をする。

 

「人間というのは時に選択を超越するものなのよ」

 

まふゆも哀れむ顔をする。

 

「じゃあ死んで」

 

オリジナルミクの左手からまふゆめがけてビームが射出される。まふゆ達がステージからひらっと飛び降りて回避する。

 

わずかに残った十数本の鉄骨を瑞希とMEIKOが協力してオリジナルミクに投げ込む。

 

「ふん、もう何もかも遅い、手遅れだ!」

 

オリジナルミクが全弾撃ち落としてしまった。

 

「最期の抵抗もこんなものか…」

 

真上から落としてきた鉄骨も見るまでもないという様子で左手を上げて撃ち落とす。最後の一本の鉄骨が爆発して真っ二つになる。

 

「クッ…!」

 

絵名が歯を噛み締める。

 

その刹那、壊されたスピーカーがなんの奇跡だろうか、再び動き出した。

 

/  何時まで続くだろうと同じ様に同じ様に呟く /

 

「もう出てきなよ、もう鉄骨は一本もないんでしょう?」

 

オリジナルミクが勝ち誇って言った。

 

/ いま忘れないよう刻まれた空気を /

 

「そうね、もうないわ。でもまだ出ていけないわね」

 

MEIKOが答える。

 

/ これから何度思い出すのだろう/

 

「まだ?どういうこと?」

 

「ふふっ…上を見た方がいいわよ、まぬけ」

 

MEIKOは微笑みを隠せない。

 

「はあ?」

 

オリジナルミクが見上げる。

 

/ 僕らだけが/

 

影がオリジナルミクを覆う。

 

「し、しまった!」

 

/  僕らが離れるなら 僕らが迷うなら /

 

掲げていたオリジナルミクの左手が爆発する。左腕に遺体となったニーゴミクの右腕が絡みつく。

 

/ その度に何回も繋がれる様に /

 

(そうか…遺体だって『誰もいないセカイ』のもの…絵名の能力で鉄骨に固定して鉄骨を爆破した瞬間に落ちるように載せていたのか…!)

 

オリジナルミクの身体のあちこちが遺体に当たって崩壊していく。左手はもうなくなっている。まふゆ達がステージに乗り込んできた。

 

/  ここに居てくれるなら 離さずいられたら /

 

オリジナルミクの右膝が爆発した。バランスを保てずに転倒する。まふゆ達がオリジナルミクを取り囲む。

 

「これでチェックメイトね」

 

まふゆが仰向けに倒れたオリジナルミクを見下して言う。

 

/  まだ誰も知らない感覚で僕の生きているすべてを確かめて /

 

「まさか…この私が…『セカイ』創設者が負けるとは…」

 

オリジナルミクが負け惜しみを言う。まふゆは何も言わずに黙ってオリジナルミクの目を見つめる。

 

(いい目だ…ここまで人間が本気になっているのを見たことがない…ここまでさせる宵崎奏という存在は…ひょっとして…人間を…)

 

オリジナルミクが何故かニヤッと笑う。

 

/ 正しくして/

 

(ふふん…博麗の巫女め…ざまあみろ!)

 

オリジナルミクはそのまま意識を失った。




年末で忙しくなっていてなかなか投稿出来ず、ここまでかかってしまいました。恐らく年始もこのような感じではないかと思われます。ちなみに「ロウワー」ですが、実はこの話を書く原点でもあったりします。確かに東方とプロセカのクロスオーバー作品を書いてみたいというのもあったのですが、「僕らが離れるなら 僕らが迷うなら その度に何回も繋がれるように」という歌詞を見てじゃあ精神的にだけではなく現実でも離れ離れになった時にどうなるんだろうと思った時に思いついたのがこの作品です。さて、次はいよいよ東方の主人公霊夢とニーゴの主人公奏の全面対決ですね!どうなるかなー?また期間が空いてしまうかもしれませんが、乞うご期待!


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挟み撃ち 〜幻想郷サイド⑤〜

「それじゃ、遠慮なくいかせてもらうわよ!」

 

霊夢が自分を中心に円を描くように御札をばら撒く。

 

(まだ飛ぶのは慣れないけど、シンセから弾幕を出すくらいなら…!)

 

奏が避けながらそんなことを考えているとー

 

「うわっ!」

 

奏が視界の外からいきなりすっ飛んできた陰陽玉にびっくりして素っ頓狂な声を上げる。御札だけを気にし過ぎて霊夢が投げた陰陽玉に気づいていなかったのだ。奏は人生で初めて宙返りをしながら避ける。

 

「これはまだ通常弾幕。スリリングはまだまだこれからよ!」

 

霊夢が加速し、やっと宙返りが終わった奏の目の前に現れる。

 

「天覇風神脚!」

 

「くっ…!」

 

奏はシンセを盾にして霊夢の霊力がこもった凄まじい飛び蹴りを受ける。霊夢の靴とシンセがぶつかり合い火花が散っていく。

 

「音楽家なんだったら楽器を大事にしなさいよっ!」

 

霊夢が勢いよく膝を伸ばすと脚に溜まっていた霊力が一気に奏を襲う。

 

「うにゃー!」

 

奏が凄まじい勢いで吹き飛ばされる。シンセの蹴られた部分にヒビが入る。

 

「ハハハ!こんな時におもしろい声出すなよ!『うにゃー』ってwww …猫かよ!」

 

地面から見物してた魔理沙が腹を抱えて笑っている。

 

「笑い事じゃない!こっちは生死がかかってるんだよ?!ちょっとくらい手伝ってよ!」

 

「手伝うってどう手伝うんだよ」

 

「援護射撃とか盾になるとか色々あるでしょ!」

 

「盾になったら私死んじゃうじゃないか!」

 

魔理沙が呑気に答えてる間に奏はなんとかシンセから弾幕を出した。しかし、蹴られた衝撃が大きすぎてシンセは回復しきってない。あまりにも弱々しいビームだった。霊夢のところまでは届いてすらいない。次々に飛んでくる御札と陰陽玉を躱すだけで精一杯のようだ。

 

「奏、別に私は奏の味方っていう訳じゃないからこのまま2人の戦いを見物するっていうのでもいいんだぜ」

 

魔理沙がため息混じりに言い放った。

 

「じゃあ…」

 

「でもな、…やっぱりおかしいよ、霊夢。今日の霊夢は特に」

 

魔理沙がまっすぐ霊夢を見る。魔理沙はかつての霊夢の笑顔を思い出していた。

 

「このまま見過ごせば、もっとおかしいことになる…それだけは阻止させてもらう!」

 

魔理沙が箒にまたがって弾幕を華麗に避け、奏のところに飛び上がる。

 

「魔理沙…!」

 

奏が思いがけない幸運を喜ぶ。 

 

「ふーん…まあ、人間はどこまで行っても人間ね。自分に合わないことなら矛盾してても押し通す。あなたには幻想郷を守ろうという意識はないの?」

 

霊夢が魔理沙に問いかける。魔理沙が視線を落とす。

 

「ブーメランって知ってるか?」

 

「当然。それが何?」

 

「今のおまえのことだ!くらえ!恋符『マスタースパーク』!」

 

魔理沙が一瞬でミニ八卦炉を構え、霊夢に向けて極太のビームを打ち出す。あまりにも大きすぎて霊夢の姿が見えなくなる。自分には到底真似できない瞬発力に驚く。

 

(すごい…!これが本物の弾幕!?私のとは格が違う…!)

 

「どうだ、不意打ちのマスパは!おまえと違って私は日々鍛錬してるんだからな!」

 

魔理沙が誇らしげに言う。

 

「これが鍛錬の賜物ねえ…直線すぎる。前に決闘した時にも言ったわよね?いくら努力しても、間違った方向にすれば無駄なのよ」

 

霊夢がビームの光跡から出てくる。全くの無傷。難なく避けていたようだ。

 

「何が…!」

 

十八番を見切られた上に挑発を受けて魔理沙は怒り心頭である。

 

「さっさと終わらせましょ、夢境『二重大結界』」

 

霊夢の身体から立方体状の結界が出てきた。しかもその結界が膨張している。

 

(この位置はまずい!キレてる場合じゃあない…!)

 

魔理沙はくるっと後ろに向くと一気に進んだ。そして奏を右脇に抱える。

 

「え?え?」

 

奏は突然魔理沙に抱えられてびっくりしている。シンセも引っ込んでしまった。

 

「あの結界はやばいんだよ!中にいれば閉じ込められたまま脱出出来ずに、四方八方から弾幕を飛ばされてほぼ即死!外に出られても中の弾幕は容赦なく飛んでくる!このまま逃げるが勝ちだぜ、奏!」

 

奏を箒に乗せると穂のところに八卦炉を取り付ける。

 

「彗星『ブレイジングスター』!」

 

八卦炉がさっきのマスパのような光を噴き出す。あたりに星型の弾幕をばら撒きながら博麗神社の森の方へすっ飛んでいった。

 

「全く…火力の調整っていうのは出来ないのかしら?」

 

ばら撒かれた星型の弾幕をゆっくり避け、結界を解きながら霊夢はそう呟く。霊夢の冷たい目は奏達が行った先を冷静に見定めていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ごめん、完全に魔理沙に任せっきりで…それより大丈夫?」

 

奏は博麗神社の森の木の枝にぶら下がりながら魔理沙を見上げる。

 

「大丈夫だ、問題ない。箒の柄が折れただけだぜ」

 

木の幹に顔が埋もれていた魔理沙が顔を上げて右手でグッドサインを作る。額の左側から血が出ている。

 

「大丈夫じゃないじゃん!」

 

結界から逃げ切った魔理沙達だったが、今の私は直線で突っ切るのだーとか言っているうちに、八卦炉の火力が一向に減らないので方向を変えられずそのまま木に激突したのだった。

 

「一旦地面に降りよう。こんなに派手に箒が突き刺さった木なんてすぐ見つかるだろうし」

 

「それはやめた方がいい」

 

魔理沙が枝に引っかかっていた帽子を取り、汚れを払って深く被り直す。奏は今までぶら下がっていた枝によじ登って座る。

 

「ここら辺の地面には霊夢が仕掛けてる常置陣っていう地雷式の弾幕があるからな。博麗大結界を守護する特殊な木を守ってるらしいが…ぶっちゃけどこかは私にもわからん」

 

「もしかして、ここの地面全部に張り巡らしてるんじゃ…」

 

「あり得るな。霊夢ならやりかねない」

 

魔理沙が近くの大きな枝を数本折って下に投げる。地面に当たった瞬間、全ての枝が爆発した。落ち葉が舞い上がり、奏の顔は暗くなる。

 

「…強すぎる」

 

奏がポツリと呟いた。

 

「とても私じゃ敵わない…一体どうすれば」

 

「おいおい、さっきまでの強気はどこへ行ったんだよ」

 

魔理沙は小枝をいじくり回している。奏は下の爆発跡をじっと見つめている。

 

「あの時はまだ霊夢の力を知らなかったんだよ。でもさっき弾幕を出してみて気づいた。弾幕の威力、反応速度、弾幕の配置…何もかもが足りない。私には勝てない…!」

 

「そりゃ勝てないだろうさ。そんな気持ちじゃあな」

 

「え?」

 

魔理沙は小枝いじりをやめて、奏をまっすぐ見ていた。視線に気づいて

 

「確かに霊夢は強い。今まで負け知らずの幻想郷最強だ。私だって勝てるかといえば勝てないだろうさ。奏が始めた戦いっていうのはそういうものなんだぜ。でもな、これだけは言える。勝てないって思ってたら絶対に勝てない。最後まで勝つって思ってても負ける戦いがこの世にはいくらでもあるってのに、どうやって勝てないって思って勝てるんだよ」

 

「…」

 

魔理沙らしくない説教を聞いて奏は顔が明るくなる。

 

「腹を括れ、奏。元の世界に帰りたいんだろ?それじゃあ例え弾幕が出なくなっても、手足が千切れてでも帰るって意思を貫け!幻想郷は全てを受け入れる。きっとおまえの意思も受け入れてくれるはずさ」

 

「…そうかな?」

 

「ああ、それが幻想郷ってものだ」

 

「…ありがとう、魔理沙。少しだけど元気が出てきたよ」

 

「んじゃ、お代にさっきの団子をくれ。残りの2つ全部だ」

 

「ええ?!…じゃあ後でね」

 

「おう、楽しみにしてるぜ!」

 

(…感動を返してほしい)

 

ちゃっかりしている魔理沙に奏はちょっと失望しつつも安心する。

 

「で、どうやって反撃する?」

 

「さあ…奏の能力がわからない以上、弾幕でゴリ押すくらいしかやり方がないんだが…向こうも弾幕に能力を付与してゴリ押すタイプだからな。結構こちら側に分が悪い。能力がわかれば作戦を立てられるんだがなぁ」

 

「自分の能力なんてどうやって調べればいいの…ってうわあああ!」

 

奏の座っていた枝が音もなく折れた。箒が幹に激突した時にできた割れ目が枝のところまで達してしまったようだ。

 

「お、落ちるー!」

 

地面には大量の常置陣があることを思い出してパニックになる。

 

「いや、奏、飛べるだろ」

 

「確かに」

 

奏は自由落下をやめて浮上する。枝は落ちてまた爆発する。ドーン。

 

「危なかった…」

 

奏が魔理沙のところまで戻ってきた。

 

「よかったな、奏」

 

魔理沙がにっこり笑う。

 

「は?」

 

奏は怪訝そうな顔をする。

 

「今ので能力がわかったぜ」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ほんと魔理沙って火力馬鹿よねえ。まあ、いいわ。あいつらはどこへ行ったのかしら?」

 

霊夢は箒が突き刺さった木までたどり着き、魔理沙と奏をそこから探している。遠くの方の木に白いリボンがついた黒い三角帽が見える。魔理沙のトレードマークだ。

 

「今の奏はほとんど無力…あっちを片付ける方が効率がいいわね」

 

霊夢が魔理沙に急接近する。魔理沙が応戦するべく八卦炉を上に構える。

 

「魔符『ミルキーウェイ』!」

 

星型の大きな弾幕が魔理沙を中心に低気圧の前線のように曲線の軌道で回転しながら出てきた。パラパラと小さな弾幕もばら撒く。

 

「どうだ!直線直線ってうるさいから曲線にしてみたぜ!」

 

さらに畳みかけるために霊夢に追尾弾を放ちながら言う。

 

「性格は相変わらず直線ね」

 

霊夢は巧みにかわしながら言い返す。

 

「もういい加減にしなさい、そろそろ本気になっちゃうわよ…神技『八方龍殺陣』」

 

霊夢の周りに球状に霊夢の弾幕が固定され、魔理沙の弾幕から霊夢を守る。弾幕は霊夢から次々と供給され、余ってきた弾幕は攻撃に転じて魔理沙を追いかける追尾弾になる。

 

「ぬううわああ!」

 

魔理沙は必死に逃げるが御札の追尾弾を食らって落ちる。何とか減速したものの、そのまま木の幹にぶつかる。

 

「いい加減、奏から手を引きなさい。これは幻想郷の存続にも関わる問題なのよ…とてもじゃないけど私に勝つなんてあんたじゃ無理だわ」

 

弾幕を撃ち終わった霊夢が魔理沙の目の前に来て諭す。

 

「ふん…奏はもう私の友達だ。勝手に言ってろ!」

 

魔理沙がまた八卦炉を構える。

 

「あっそ。じゃあ仕方がないわね」

 

霊夢が札を構えた瞬間ー

 

(今だ!奏!)

 

魔理沙の心の声に応えたように奏は霊夢の背後に姿を現した。霊夢は全く気づいていないようだ。なぜなら…

 

(今の奏は「音」がない!どのような動作を取ろうと全く音が出ない!霊夢は目も耳も鼻もいいから敵を簡単に見つけられるが、これが逆に仇となる!)

 

奏は既にシンセを出している。そして今、弾幕を出そうとしている。それに合わせて魔理沙も霊夢に向けてマスタースパークを出すべく構える。

 

(さっき私が乗っていた枝が折れたことで何とか気づけた…本当に幸運だった。そして霊夢に勝って元の世界に帰る!)

 

奏がそう思ってシンセを弾いた。弾幕が遂に出るー

 

「音を消す能力だったのね、奏」

 

霊夢が首だけ後ろを向いて言った。

 

「「なっ…!」」

 

霊夢が後ろにいる奏に気づいたという事実に奏達は驚く。

 

(気づかれた?!まさか!どうやって?)

 

奏は驚きを隠せない。

 

「何となく勘で後ろに誰かいるなーとはわかってたけど…音を消せたのには少し驚いたわ。多分」

 

霊夢はそう言いつつもなんでもないという感じで奏から少し距離を取る。

 

(勘でって…)

 

奏は呆然となる。

 

「ふん、気づいたからってもう遅いんだぜ。今の霊夢は完全に挟み撃ちになってるんだからな!」

 

魔理沙は強気がる。

 

「ああ、確かに…あんたらもね」

 

そう言い放つと霊夢は一気に飛び上がった。

 

「霊夢が逃げる!追いかけよう!」

 

「別に逃げちゃいないわ…あんたらを挟み撃ちにするだけよ。宝具『陰陽鬼神玉』!」

 

霊夢の周りで回っていた陰陽玉に霊夢が触れる。すると急激に膨張し、魔理沙と奏の頭上を覆い隠すほど巨大な弾幕と化した。

 

「お、大きい…」

 

奏は弾幕の壮大さに唖然とする。

 

「なるほど…地面には常置陣。上空には陰陽玉。完全に詰んだな…人の心っていうのがまるでないみたいな弾幕だぜ」

 

魔理沙が八卦炉を奏に渡した。

 

「えっ…何でこれを?」

 

「私の最後の魔力を全てそこに込めた。彗星『ブレイジングスター』なら逃げ切れる筈だ」

 

「だったら魔理沙が…」

 

「言ったろ、最後の魔力って。さっき被弾したのがかなり響いてる。多分、私が脱出してもそのあと全く動けなくなる。…無駄なんだ」

 

魔理沙が今まで左手で押さえていた腹部を見せる。上に着ている黒い服のみならずブラウスまで破け、そこに血が真っ赤になるまで滲んでいる。

 

「…」

 

陰陽玉が急降下を始めた。もうあと数メートルのところまで迫っている。魔理沙が魔力で八卦炉を作動させる。

 

「彗星『ブレイジングスター』!」

 

奏の身体は八卦炉とともに加速し、魔理沙からどんどん離れていく。

 

「魔理沙!」

 

「頼む、奏。あいつを救ってやってくれ。奏の音楽ならきっとあいつの心を救える…私には出来なかったことを奏なら…」

 

その瞬間、魔理沙は陰陽玉に叩き潰されそのまま地面に落ち、常置陣と陰陽玉の大爆発の光の中に消えた。

 

「恨まないでね、魔理沙。これも幻想郷のためだから…仕方のないことなんだ」

 

爆発を宙に浮きながら見守る霊夢。爆風で髪を煽られながら、かつての『セカイ』を思い出していた。




やっぱり若干のギャグはいるかなと思って加えてみました。何とか年内に出せてよかった…多分一月は現実世界が忙しすぎるのでほとんど出せないと思います。出せたら出します。投稿頻度上げたいとかいうのは幻想だったようです。次回も楽しみに。


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協定回顧録 前編 〜幻想郷サイド⑥〜

12年前、幻想郷。博麗神社にて。

 

(暇だなあ)

 

親がいなかった霊夢はすでにその頃から縁側をゴロゴロしていた。まだ魔理沙とも出会ってない、それほど昔の話。

 

「ここがミクの言ってた『博麗神社』かな」

 

「そうだね。多分」

 

石段の方から誰かの声がする。霊夢は幼いながらもボケっとした顔を直して、一応凛々しい顔をして座り直した。

 

「まずは『博麗の巫女さん』に会えって言ってたけど…どこなんだろ?」

 

鳥居まで登ってきた2人のうちのショートの緑髪で制服姿の女の子が周りを見渡す。

 

「あ、あそこにちっちゃい子どもがいるから聞いてみたら?」

 

もう1人の方のポニーテールの茶髪の寝間着姿でテディベアを抱えている女の子が霊夢を指差して言う。2人が霊夢に近づく。制服の女の子が霊夢に話しかけた。

 

「すみません、『博麗の巫女さん』はどこにいるか知ってますか?」

 

「…私ですけど」

 

「そうなの?!こんなにちっちゃいのに…」

 

「ちっちゃいちっちゃいってうるさいね。これでも『博麗の巫女さん』なんですけど」

 

「し、失礼しました!…じゃあ、えーと…この神社の責任者みたいな人は?」

 

「それも私なんですけど」

 

「あー…」

 

霊夢のつっけんどんな返答に制服の女の子は途方に暮れている。

 

「響子、多分この子結構大人だよ?とりあえず事情話してみたら?」

 

寝間着の女の子が見かねてアドバイスする。

 

「えー?わかるかなぁ?じゃ、まあ話してみるけど…」

 

制服姿の女の子は躊躇いつつ話し始めた。

 

制服の方は「月野木響子(つきのききょうこ)」。明るい性格をしている。寝間着の方は「星宮琴葉(ほしみやことは)」。不登校らしく、常にジト目をしている。外の世界では2人ともいわゆるボカロPと言われるバーチャルシンガーを使った歌を作る職業らしく、同じ学校に通っているらしい。響子は作詞作曲、琴葉はMV担当。最近やっと軌道に乗ってきたらしい。

 

「とりあえず、あなた達は外の世界の人間で、幻想入りしたのは分かったわ。で、どうやって幻想入りしたの?」

 

「…巫女さん、本当に子ども?実は頭脳は大人系?」

 

霊夢の理解の速さに響子が驚く。

 

「ちゃんと子どもですぅー!」

 

「ほんとかなぁ…でも、この幼さで理性を獲得できているのは見込みがありそうだ」

 

琴葉が霊夢をジト目で見つめる。どこか羨ましそうでもある。

 

軌道に乗り出したのには理由があって、最近『セカイ』という『初音ミク』が作った何もない灰色の謎の異空間に行くことができるようになったかららしい。ごちゃごちゃした家では集中できなくても、何もなく、誰の干渉も受けないところだと集中しやすいせいかそこで作ったボカロは結構バズる…

 

「そんな御託はいいから早く教えなさい」

 

霊夢は不満気そうだ。

 

「ごめん、ここから本題だから!」

 

響子は霊夢の凄みに圧倒されつつ、話を続ける。

 

いつものようにそこで作曲作詞していると、ミクがやって来てインスピレーションを得る方法として幻想郷に行くというのがあるというのを教えてくれた。ちょうど思いつかなくて困っていたところだったので2人はすぐに承諾すると、ミクは幻想郷への通路を開いてくれて、今に至るらしい。

 

「ふうん…その『初音ミク』とやらの素性は気になるけど、まあいいでしょう。あなた達の安全はこの博麗霊夢が保障するわ。大船に乗ったつもりでいなさい」

 

「この子が安全を保障ねぇ…超人ってところかな」

 

琴葉はテディベアをぎゅっと抱きしめたまま霊夢を舐め回すように見た。

 

「…で、どうするの?その『いんすぴれーしょん』とかいうのを手に入れに来たんでしょ?」

 

「うん。とりあえず、幻想郷を回ってみようと思うんだけど…」

 

「わかった」

 

霊夢はそう響子に答えると、勢いよく空へと飛び上がった。8つの陰陽玉も霊夢の周りを守るように飛んでいく。

 

「ほら、早くしないと置いていくよ!」

 

「え?え?」

 

響子は今目の前で起こったことが理解出来ずに困惑している。琴葉はただ目を見開いている。

 

「ああ、普通の人間は空飛べないんだっけ。ごめん、じゃこの陰陽玉に乗ってー」

 

霊夢はそう言いつつ周りの陰陽玉のうち2つを人が1人座れるくらいまで巨大化させて響子と琴葉の前に行かせた。

 

「あ、はい…」

 

(この子、なんかわからないけど、絶対強い!)

 

2人から疑念は完全に消えていた。

 

 

***

 

 

「そういえば、親はいないの?」

 

人里に着いて散策しながら、響子が霊夢に尋ねた。

 

「…いないよ。気づいたら、あそこに住んでたの」

 

霊夢は少し寂しそうな顔をした。太陽が雲に隠れ、辺りが暗くなる。

 

「そう…友達は?」

 

「…いるわけないじゃん。私のような、妖怪みたいな人間に」

 

「妖怪みたいな人間?」

 

「博麗の巫女っていうのは、妖怪から人間を守るためにいるの。言い換えたら、妖怪よりも強くある必要があるの。でも、そこまで強くなっちゃったら、もはや人間には博麗の巫女なんて妖怪みたいに見えるって思わない?」

 

「…」

 

響子は口をつぐむ。そういえば、さっきからどうも冷たい視線を感じるなあと思っていたからだ。同時に何故ここまで霊夢が大人びているかも薄々分かったような気がした。

 

「…深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ」

 

今度は琴葉が突拍子もないことを言う。

 

「は?」

 

「あなたは人間?それとも妖怪?」

 

「人間よ。そこは譲れないわ」

 

「別に妖怪でもいいと思うけど」

 

「…なに?」

 

「自分が自分であるために、社会が自分を縛るものは関係ない。深淵の中に自分があるなら飛び込めばいい。人間をやめないと見えないものだってきっと…」

 

「あー、はいはい、そこまで。不登校の理由はよくわかったから」

 

響子が琴葉の言葉を遮る。

 

「ごめんね、霊夢。たまーに琴葉ってこうなっちゃうのよ。考えがブッ飛んでるっていうか…最近はだいぶ落ち着いて来たのに…」

 

「いや、これは真理だから」

 

「琴葉はちょっと落ち着こうか!」

 

「…いや、別に…そういう考え方もあるっていうのはわかったわ」

 

霊夢は空を見上げる。太陽が雲の合間から顔を出していた。

 

「ところでさ」

 

霊夢が2人に尋ねる。

 

「『いんすぴれーしょん』と『しんえん』って語呂的に何か関係ある感じ?全然わかってなかったんだけど…」

 

「「そこからかよ!!」」

 

 

***

 

 

「じゃあ、今日はありがとうね。いっぱいインスピレーションが湧いて来たわ」

 

一通り幻想郷を見た2人は外の世界に戻るために、博麗神社に戻って来た。響子が霊夢に礼を言う。

 

「まあ、あんたらが現代入りしたら私の記憶からあんたらについての記憶は消えちゃうんだけどね」

 

「それは残念だね」

 

沈みゆく太陽を見つめながら、琴葉が口を挟む。

 

「まあ、あんたらは覚えているんだからいいでしょ」

 

霊夢は紫から教わった現代入りの儀式の準備を始めつつ、そう返答する。地面に魔法陣のようなものが描かれていた。

 

「せっかくここまで仲良くなったのに…私もここまで響子以外の人と話したのは久しぶりだしさぁ」

 

「確かに!この勢いで登校して…」

 

「それはない!」

 

「そんなあ〜」

 

(仲良し…ねぇ。また、幻想郷に来てくれたらなあ)

 

霊夢はそんな淡い希望を抱きつつ、魔法陣を完成させた。

 

「それじゃ、その円の中に入って。外の世界へ送り返すから」

 

「わかった」

 

2人は魔法陣の中に入る。霊夢が魔法陣に霊力を込めた札を勢いよく置いたその瞬間、魔法陣が青く光り始めた。2人を覆うように光る球体が形成される。

 

「…また幻想郷に来たかったら来てね。幻想郷はきっと歓迎するわ」

 

霊夢がらしくないことを言う。

 

「うん!絶対行くよ!またね!」

 

「幻想は現実に必要だからね。きっと帰ってくるよ」

 

2人は光の中に消えていった。そして球体は空高く飛び、あっという間に見えなくなっていった。

 

(さて…私の記憶がなくなる前に、必要なことは書き留めておきましょうか)

 

霊夢は引き出しから紙を取り出し、ちゃぶ台に向かって筆をふるいはじめた。

 

(『セカイ』…幻想郷のみならず、外の世界とも繋がる異界。外の世界とは双方向の繋がりがあるものの、幻想郷に対しては一方通行の繋がりしかないため、調査の必要あり…っと。そういえばあいつらが『セカイ』に行ってる時って外の人間はあいつらの不在に気づかないのかしら?)

 

霊夢はふと筆を止める。

 

(もしかしたら『セカイ』にも幻想郷のような現実改変作用があるのかも?それなら理解できるわ。よし、メモしておこう。『セカイ』にも幻想入り、現代入りが適応される可能性がある…あれ?)

 

再び筆を止める。

 

(じゃあ、つまりあいつらって『セカイ』で幻想入りして、幻想郷で現代入りした…幻想郷では外の世界のあいつらの存在は取り戻せない?)

 

恐ろしい真実に気づいてしまった。霊夢の顔が急激に青ざめる。

 

(まずい…とんでもなくまずい!)

 

霊夢は急いで結界を緩める。そして大幣を持って縁側に降りて素早く靴を履く。そして結界に向かって飛んだ。

 

(結界は二重構造…内側の博麗大結界と外側の幻と実体の境界。博麗大結界は常識と非常識を司り、幻と実体の境界は幻想と現実を司る…博麗大結界はもはや幻想郷の非常識となったあいつらを外の世界に弾き出そうとする…しかし、幻と実体の境界は外の世界において幻想となったあいつらを幻想郷に戻そうとする。相反する作用が結界の狭間で衝突する!)

 

霊夢は博麗大結界に侵入し始めた。本来なら博麗大結界はよっぽど強大な力を持たないと通過できないが、結界を緩めた今ならできる。

 

(とにかく、一旦あいつらを幻想郷に引き戻さないと…!外の世界にも幻想郷にも忘れられた存在は結界を破綻させる可能性がある…!間に合え…間に合えええええ!)

 

霊夢はついに2つの結界の狭間に到達した。辺りの結界の状況を調べだす。

 

(とりあえず、両方の結界は大丈夫なようね。じゃあ、あいつらはどこに…?無事に通過できたのかな?なら…よかった…)

 

ただの取り越し苦労だったとわかり霊夢は安心した。その瞬間、靴に何か突き刺さった。

 

(いったー!何?)

 

霊夢が踏んだところにあったものを拾い上げる。なにかの破片のようだ。

 

(何これ?)

 

霊夢はじっと見つめる。その破片は丸みを帯びていた。何か球状のものの一部のようだ。

 

(これは…さっきの球体?)

 

霊夢は愕然した。

 

「響子ー!琴葉ー!」

 

霊夢の声は狭間の中でこだまする。帰ってくる言葉はなかった。

 

「はは…私って馬鹿だな…両方とも、結界は強力…結界の破綻よりも破綻の終焉を先に迎えるに決まってる…なんて悲劇だ…」

 

霊夢は自分を嘲るように笑った。そのまま尻餅をつく。

 

(所詮私は天涯孤独…関わったやつが不幸になるのは仕方ない…それが博麗の巫女…?)

 

お尻に何か敷いているのを感じて抜き取る。それは琴葉のテディベアだった。テディベアは琴葉と同じようなジト目でじっと霊夢を見ている。霊夢の頬を涙がつたう。

 

「…違う…私がもっと早く『セカイ』の異常さに気づいていれば…私の現代入りの術式が結界の作用よりも強ければ…私が結界よりも強ければ…こんなことにはならなかった…!私のせいだ…!私が響子と琴葉を殺したんだ!!あああああああああああああああ!!!!」

 

霊夢は生まれて初めて他人のために泣いた。その慟哭もまた結界の狭間の中で消えていった。そして、この日の記憶は霊夢から消えることはなかった。




お久しぶりです。復帰宣言してからだいぶ時間が立ってるのは私の怠惰のせいです。場面転換の記号を罫線からアスタリスクに変えました。さて、協定回顧録は本当は1回の投稿で書ききりたかったのですが、キリがいいのと普段の1回分の投稿の文字数を考えて2回に分けることにしました。出来たら今日中に出したいと思います。明日になったらごめんなさい。


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協定回顧録 後編 〜幻想郷サイド⑦〜

それから、10年後。

 

「ここが『セカイ』か…やっと見つけたわ」

 

霊夢が灰色の『セカイ』に降り立った。

 

「よく見つけたね。さすがは博麗の巫女といったところかな」

 

キラキラが竜巻のように集まって、その中からオリジナルミクが出現した。

 

「博麗の巫女でもここまでの異界渡りは初めてらしいわよ。紫が珍しくびっくりしていたわ」

 

「…それで?その博麗の巫女がなんの用?」

 

「あんたじゃ話にならない。本体を出しなさい」

 

「…そんなこと言われてもこの私が本体なんだけどね」

 

「ふん…覗き見は感心しないわね、初音ミク!」

 

そう言って霊夢はあらぬ方向に御札を投げつけた。

 

「どこ狙ってんの?それでも博麗の巫女?」

 

オリジナルミクが霊夢を嘲笑う。霊夢はそんなことを気にせず、御札の行った先を見ている。

 

「いいや、これでいい」

 

御札が空中で何かに突き刺さったように止まる。次の瞬間、御札の周囲の空間に亀裂が走る。

 

「なっ…!」

 

御札が爆破したことで空間が破壊され、その向こうから真っ白な『セカイ』が現れた。『誰もいないセカイ』にいたオリジナルミクは消滅する。

 

「ここまでとは…あなた本当に人間?」

 

真っ白な『セカイ』からオリジナルミクの本体が姿を見せる。どうやら霊夢の言う通り、『誰もいないセカイ』を覗いてたようだ。

 

「…さて、本題に入りましょう。ここを見つけられたのは最近『セカイ』の活動があまりにも活発すぎなのか、結界に若干の揺らぎを観測したからよ。…一体何を企んでいるの?」

 

オリジナルミクはニヤッと笑う。

 

「よくぞ聞いてくれました!ついに『セカイ』は完全なものとなったの!試作品での失敗も活かして、『セカイ』と外の世界との関係ある人物を4人にすることで『セカイ』の安定化に成功!我々『バーチャルシンガー』もそれぞれの『セカイ』に配置することでさらに安定!今じゃここも含めて6つも作れちゃった!4という数字にたどり着くのにここまでかかるとは…でも、もう大丈夫!今度は幻想郷との経路も模索中なんだけど…」

 

「試作品…ですって?」

 

「そうそう。いやー、色々大変だったね。朝起きてみたら『セカイ』が爆発して無くなってたり、幻想郷に送り込んでみたらそのまま帰って来なくなったり…まあ、終わりよければすべてよしってやつじゃない?幻想郷にも外の世界にもほとんど影響ないんだし…」

 

「あいつらを試作品扱い…?!」

 

霊夢の頭の中がカッと熱くなる。

 

「そう怒らないでよ、博麗の巫女。幻想郷には何も問題はないでしょう?」

 

「ええ。幻想郷には何も問題はないわ」

 

「じゃあ…」

 

「でも、私には大有りなのよ!」

 

霊夢はオリジナルミクに御札を投げつける。オリジナルミクは慌てて避ける。

 

「手を出したのはそっちからだからね!博麗の巫女!」

 

左手で霊夢に向かって衝撃波を出しつつ右手を地面に向かって打ち込む。床から分身が次々と出てきた。

 

「この『セカイ』の創造神たる私に歯向かうなど笑止千万!たかが人間の博麗の巫女が敵うと思うなよ!」

 

オリジナルミクと分身達は空へと飛ぶ。分身達が一斉に衝撃波を放つ。

 

「創造神だろうが縄文人だろうが撃ち落とすのみよ!」

 

霊夢も飛び上がり、陰陽玉から大量の御札をばら撒いた。

 

 

***

 

 

「馬鹿な…この私が…!」

 

霊夢の前に横たわるオリジナルミク。『セカイ』の地面の損壊具合とそこに散らばる大量の御札が戦闘の激しさを物語っていた。霊夢も右腕が血で紅く染まっている。

 

「これでどっちが立場が上かはっきりしたわね」

 

霊夢は左手で大幣をオリジナルミクの顔に向ける。

 

「…勝手にしろ」

 

オリジナルミクは目を閉じる。

 

「本来ならこんな『セカイ』は消してしまいたいところだけど…もう外の世界との繋がりが深すぎるから、協定を締結するわ。これを守らなかったら即刻『セカイ』は消す。いいわね?」

 

「…わかった。その内容は?」

 

「これから先、『セカイ』は幻想郷との繋がりを断つ。それだけよ」

 

「…仮に幻想郷の結界の影響で『セカイ』に残ってる幻想郷との経路が作動した場合は?」

 

「仮にそうなってもそちらからのアプローチはなし。こちらからも外の世界へ送り返すなんてことはしないわ。これで悲劇は起こらないはずよ」

 

「…了承した」

 

オリジナルミクは回復に専念しようというのだろう。そのまま動かなくなった。

 

霊夢は帰ろうとして飛びあがろうとした時、オリジナルミクが再び尋ねた。

 

「…もし幻想入りした人間が帰りたがったらどうするんだ?」

 

「無理矢理にでも幻想郷に居させるわ。…人間だったらね」

 

 

***

 

 

その後の調査であの灰色の『セカイ』はかつて響子と琴葉が使っていた『セカイ』だと判明した。

 

今は別の『音楽さーくる』なるものが使ってるらしい。4人組で、どこか暗い。でも、明日に向かって懸命に生きようとしている。響子と琴葉みたいだなと思わないでもない。

 

まあ、『セカイ』との繋がりは完全に断絶したから、関係ないことだ。

 

「ここが博麗神社だ!ここさえ落とせば我々の地位も飛躍的に向上…」

 

はあ。うるさい。命知らずの雑魚がまたきている。

 

霊夢は一瞬で鳥居の上に移動すると、石段で群をなす妖怪どもを睨みつける。暗闇の中明るく輝く月を背景に霊夢の目が爛々と光っている。

 

「ヒイ!」

 

雑魚の下っ端が怯える。そんなに怖がるくらいまでして立ち向かうくらいなら、家に帰って寝てたらいいのに。

 

「お!大変そうだな、霊夢!手伝ってやろうか?」

 

魔理沙がきのこでいっぱいのかごを箒にくくりつけてやってきた。

 

「その前にかごを縁側に置いてきなさい。きのこが落ちたら拾い集めるの面倒でしょ」

 

「あいよ!」

 

琴葉に言われた通り妖怪と交流を持ってみた。強い妖怪と仲良くなるのはすぐだった。少し弾幕を交えただけでもう私のことを理解してくれた。私の相手はどうせ妖怪か、妖怪もどきの人間だ。そう割り切ってみたら、簡単に世界は回り始めた。

 

強い妖怪と親しいとわかって、人里のやつらも報復を恐れて後ろ指を指さなくなった。そのうち、私のことを悪く言うことそのものを忘れた。人間なんてそんなもんだ。

 

そのあとしばらくして、私と同じような人間でありながらも私ほどではないが、強大な魔力を持つ魔理沙というやつにも出会った。今じゃもう響子や琴葉に負けないくらい仲良くなっている。

 

もっとも、いざとなれば見捨てるかもしれない。最近私の思想がどうも個人主義的だ。妖怪みたい。どうやら私は妖怪という深淵の中にいるらしい。

 

「おい、博麗の巫女!いい加減、こっちを向きやがれ!この俺様が目に入らぬか!」

 

「なるほど…あんたがリーダーってわけね」

 

霊夢は狙いを定めて、その声の主の前までひとっ飛びで行った。

 

確かに、他の雑魚よりは一回り大きい。だが、所詮、雑魚は雑魚だ。

 

「はやっ…」

 

リーダー格の妖怪が情けない声をあげている間に、霊夢は大幣を首元に深々と突き刺す。その妖怪は汚い血を撒き散らしながら倒れた。周りの雑魚共が青ざめて後退する。

 

「次」

 

「ぎゃああああ!」

 

霊夢は宙を舞いながら御札を的確にばら撒く。次々と雑魚達の身体が切り刻まれる。

 

「とりゃー!恋符『マスタースパーク』!」

 

かごを置いて戻ってきた魔理沙が巨大ビームを放つ。霊夢は巻き込まれないように上へ回避しつつ、陰陽玉をぶつける準備をする。

 

白い石段が妖怪どもの血で紅く染まる。血煙のせいか月も紅く見える。

 

人間を守るのが人間だったら頼りない。人間の思考なんてそんなものだ。だから、私が人間かどうかなんてどうでもいい。むしろ、妖怪か何かの方が都合がいい。どうせこの世は血まみれの地獄だ。

 

「ふう…こんなものかしら」

 

「口ほどにもない雑魚だったな」

 

「どうする?この死体、鍋に入れてみる?」

 

「きのこ鍋を台無しにする気か!」

 

「ふふっ、冗談よ。早く夕ご飯にしましょ」

 

紅く染まった石段から妖怪共の残党が1匹残らずいなくなったのを確認して魔理沙と一緒に神社に戻る。明日の掃除は大変になりそうだ。やれやれと霊夢は頭を振る。

 

私が人間であるのは私を倒したやつの前だけでいい。それまでは、今日も人間を辞め続ける。




昨日のうちに投稿する予定だったのにここまで遅くなってしまいました。これで、霊夢の過去編は終わり、いよいよ奏との最終決戦になります。強さと引き換えに人間性を捨てた霊夢と人間性を大切にする奏との戦い、お楽しみに!


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絶望の逃避行 〜最終決戦 前編〜

「ぐっ…!」

 

奏が吹っ飛ばされた勢いで博麗神社の祠の前を転がる。魔理沙が決死の覚悟で放った彗星『ブレイジングスター』で戻ってきたのだ。

 

(魔理沙…)

 

博麗神社の森を呆然と見つめる。爆煙で曇って、霊夢の姿は見えない。

 

(とりあえず、逃げないと…人里の方まで行ったら、流石に霊夢も…)

 

奏は石段を駆け降りる。そして、獣道に近い参道を走り出した。

 

その時、霊夢が博麗神社の上空に戻ってきた。見渡して奏は神社のどこにもいないことに気づく。

 

「参道の方に逃げたわね」

 

しかし、参道はこんもりとした木々に覆われて奏の姿は見えない。

 

「やれやれ、前にも魔理沙に言われた通り、ちゃんと整備しとけばよかった…」

 

霊夢は御札を構える。

 

「まあ、今から整備するからいっか…弾幕で。霊符『夢想封印・散』!」

 

霊夢は参道に向かって赤い御札をばら撒く。御札は雨のように容赦なく奏を襲う。

 

「うわああっ!」

 

奏は爆発に巻き込まれて参道の脇の森に転がり落ちる。

 

(しまった、声を…!)

 

「そこかっ!」

 

霊夢が神社から空を蹴って急接近する。奏はさらに森の奥の方に逃げ込む。

 

「逃すもんか!」

 

霊夢の目は既に奏の位置を完全に捉えている。あっという間に再び空に舞い戻り、上空からの攻撃を開始する。木で見え隠れする奏を御札で追い詰める。

 

(人里の方向からかなりズレてる…でも、今は逃げるしかない…!)

 

後ろで次々と起こる爆発は気にしている余裕もない。奏は懸命に前へ前へと足を動かす。ついに森を抜けた。西陽の光に目を細める。

 

(ここから人里へ向かうか…?いや、その前に霊夢に追い付かれる…じゃあどうすれば…?)

 

奏が視線を前にやる。すると、開けた地面の先にまた森があることに気づいた。

 

(…また森?でも開けたところじゃ、絶対に霊夢には勝ち目はない…今はあそこに入るしかない!)

 

奏は意を決して目の前の森に飛び込んだ。

 

「おや、あの森は…」

 

霊夢はニヤリと笑った。

 

 

***

 

 

「ハアハア…ジメジメする…湿気が高いんだね…ここ…」

 

奏は泥まみれの水たまりに何度も足を突っ込んで転びそうになりながら、湿気からできる霧の中を走る。水たまりのほとりには紫色のキノコが揺れている。

 

(そういえば、霊夢は?)

 

奏が上を見上げる。霊夢がいない。あんなに執拗に追いかけた霊夢がいない。だんだん暗くなっていく空があるだけだ。

 

「…や、やった…やっと霊夢から逃げ切れたんだ!アハハハ!」

 

奏は疲れからか、地面の泥で汚れるのも気にせずへたり込む。

 

「これでやっとみんなの元に帰れ…帰れ?」

 

奏の思考がそこで止まる。

 

(帰るって…霊夢の力なしでどうやって帰るの?)

 

奏はどうしようもない現実を前に打ちのめされる。

 

(霊夢の力なしでは帰れない…でも協力してくれるとは到底思えない…!どうしよう…うっ!)

 

奏は激しく咳き込む。口を抑えた手をふと見て驚愕する。

 

(これは…血?!)

 

奏は吐血していた。ジャージの袖が血で黒く染まっていく。よく見ようと前屈みになった途端、力が抜けて突っ伏した。

 

「何の意味も無かったね」

 

急に奏の脳内に声が響いた。

 

(この声は…誰?いや、それとも─)

 

「奏の曲は誰一人として救えないよ」

 

「現実見ろよ、理想論者が」

 

「幻想郷での余生も悪くないよ」

 

幻聴が遠くから、近くから、さざ波の音のようにこだまして奏の心を蝕む。

 

(…これは幻覚?それとも…現実?)

 

奏は息絶え絶えになんとか前に進もうと手を伸ばす。ただ虚空を掴むだけだった。腕は再び地に落ちる。

 

(私の曲はみんなを救えてないのかな…それだったら…もう…)

 

奏の意識はゆっくりと消えかかっていた。視界がモノクロになる。そして、だんだん狭くなっていく。

 

(…暗い…何も見えない…もう絶望しかない…)

 

「…奏」

 

(この声は…まふゆ?)

 

「奏」

 

(これは…絵名?それとも…幻覚?)

 

「奏!」

 

(そうだ、私は─)

 

奏はガバッと起き上がる。目に光が戻る。視界にも色が戻る。

 

(…私はまだ終われない。…少なくとも、みんなが絶望から救いきるまでは。これは…私の義務なんだ!)

 

木の幹を支えに、なんとか立ち上がる。

 

(とりあえず、一旦この森を抜けよう。なんだか気分が悪いし…)

 

奏はゆっくりと、しかし確実に一歩一歩前へと進んでいった。

 

 

その数分後、霊夢が同じ場所にいた。しゃがんでキノコに付着した奏の血を調べている。

 

「血は新しい…。でも、この冷え方からしてここから移動してから既に数分は経ってるわね…」

 

一応、辺りを見渡す。少なくとも見える範囲には奏はいないようだ。

 

(奏…思っていたよりも早く、この『魔法の森』への耐性がつき始めたようね…忌々しい)

 

霊夢は思ったように事が運ばず、少しイライラしているのか頭を横に振る。

 

(魔法の森は本来なら森の化け物キノコの瘴気のせいで、人間だったら吸うだけで体調を崩し動けなくなり、幻覚を見る…この私ですら魔法の森の上空は飛ぶのを躊躇うくらいにね…それをたかが数分で克服するとは…!)

 

霊夢はひとしきり歯を食いしばったあと、奏の追跡を再開するために立ち上がる。

 

(まあ、いくら耐性がつき始めたとはいえ、恐らく極力避けるように動こうとするはず…となるとあそこかな)

 

奏の行き先に目星がついたのか、霊夢は小走りでどこかへと向かった。

 

 

***

 

 

奏はなんとか力を振り絞り、森の中でも少し開けたところに出た。そこにはぽつんと一軒家があった。

 

「『霧雨魔法店』…?魔理沙の家なの…かな?」

 

奏は家の看板に書かれた文字を読み上げる。家の周りには魔理沙が育てているのだろうか、様々な魔法植物が花開いていたり、枯れていたりしていた。

 

「…お邪魔します」

 

奏は家主は既にいないとわかっていながらも、そう挨拶すると扉をゆっくり開けて中に入った。そしてガチャンと扉を閉める。

 

(ごめんね)

 

いつ襲われるかわからないので、土足で玄関をあがる。そしてそのまま魔理沙の部屋兼研究室に駆け込んだ。

 

(なんとかしないと…!どうやったら霊夢を倒せる…?一体どうしたら…?)

 

奏は魔理沙の研究室を見渡す。窓は西の方向に取り付けられているだけで、一つしかない。部屋には北向きに机があり、その上では大量の魔導書、魔道具が散乱している。魔法薬か何かを作っているのだろうか、謎の緑色の気持ち悪い匂いのする液体が入った鍋が暖炉にかけられていた。

 

(この魔道具とか使えないかな?)

 

奏は藁にもすがる思いで机の上の魔道具に触れる。反応がまるでない。やはり魔法使いの魔力を持つ者でなければ扱えないようだ。

 

(私の能力は『音を消す程度の能力』…魔法使いの魔力とは無縁ってことか…)

 

魔道具をそっと机に戻す。そっと置いたつもりだったのだが、机の上には魔導書や資料が散乱していて、それが一気に崩れる。埃が舞って、奏はまた咳き込む。

 

(ケホッ、ケホッ…ハウスダスト…ん?)

 

奏が魔導書の崩れたところに何かあるのに気づいた。

 

(これは…!)

 

 

「てっきり、ここから空の上の方へへ一気に飛んで瘴気を避けると思ったのだけど…魔理沙の家に立て籠ったか。普通に入ったら、入る瞬間を狙って弾幕を撃ち込まれる…考えたわね、奏」

 

霊夢が森を抜けてゆっくりと魔理沙の家に近づく。そして、空へと浮き上がった。

 

「でも、この私がそんなことで攻撃を緩めるわけないでしょ」

 

御札を魔理沙の家めがけて放つ。

 

(これで、少しは…なんとか…!)

 

奏は暗く、狭いところを懸命にその小さな身体を使ってよじ登っている。その先の光る空間に向かって。

 

「魔理沙の家ごと消し炭にしてくれる!死にたくなかったら出てくることね!」

 

(つ、ついた!)

 

奏はついに光の空間の端を掴んだ。そしてぐいっと身体を乗り出す。そして空中の霊夢の目に映る。

 

「煙突…?!」

 

そう、奏は煙突を登っていたのだ。そして何かを四方八方に投げた。

 

「ふん…最後の悪あがきってわけね。届いてすらないけど」

 

霊夢が鼻で笑う。

 

「いや、これで十分」

 

そして奏は煙突の中に消えた。

 

「何っ?!」

 

次の瞬間、魔理沙の家の周りに植えていた魔法植物が燃え始めた。隣へ、また隣へと燃え広がっていく。そしてその炎は飛んでいる御札にも襲い掛かり、燃やし尽くした!

 

(そうか…魔理沙は外の世界のものを収集する癖があったわね…くっそお、これでは御札が効かない!)

 

霊夢は拳を握りしめる。

 

(まさか、魔理沙がマッチを持ってるとは…ふう、これで霊夢からの弾幕攻撃はかなり減る…反撃を…)

 

奏が暖炉から煤まみれになって転がり出てきた、その時だった。

 

「煙突から出てきたということは魔理沙の部屋か…それさえわかれば十分よ」

 

霊夢が北の方に回り込み、奏がいるであろう、魔理沙の部屋に向かって何かを打ち込む。

 

(また御札?無駄だとわかってるはずなのに…)

 

奏が窓から目を細めて見る。御札よりはかなり細い。炎の中に入って─そして、なんと炎を通り抜けた!

 

「な、馬鹿な!」

 

そのまま魔理沙の家にぶつかって、霊力が炸裂する。

 

「ぐっ!」

 

爆風に奏は煽られる。なんとか踏み止まり、落ちている霊夢の弾幕の残骸を見て驚く。

 

「…針?!」

 

霊夢が崩れていく壁の向こうから姿を現す。

 

「他人に私の手の内を全て明かすわけがないじゃない…特に外の世界の住民なんぞにはね」

 

魔理沙の部屋の北側の壁は完全に破壊された。応戦するしかない。奏は霊夢に向かって対峙し、シンセを出す。霊夢は針を再び構える。炎を通して見ているはずなのに、氷のように冷酷な霊夢の視線は奏をつんざく。

 

(…なんて人だ…もはや人が抱えていい闇じゃない…)

 

「いくわよ!」

 

霊夢が針を奏にめがけて投げつける。

 

(は、速い!なんとかして撃ち落とさないと…!)

 

奏も負けずにめちゃくちゃにシンセを弾いて弾幕を出して対抗する。

 

(下手な鉄砲数打ちゃ当たる!今は何も考えるな!今はただ─)

 

急に霊夢からの針が止まった。

 

(…え?止まった?今ので私の弾幕が当たったの?)

 

奏も弾幕を出すのをやめる。爆煙が晴れていく。そこにいたのは─

 

「陰陽玉?!」

 

空中から針で攻撃していたのは霊夢ではなかった。初めこそ霊夢自身で攻撃していたのだが、爆煙で煙ったタイミングを狙って陰陽玉と攻撃を入れ替わったのだ。

 

(じゃあ、霊夢は…?)

 

「神技『天覇風神脚』!」

 

霊夢が西から回り込み、飛び蹴りで窓から蹴破ってきた。窓ガラスが非情にも窓枠ごと粉砕し、部屋に散らばる。霊夢は飛び蹴りの勢いそのままに突っ込んでくる。奏はシンセを盾に構えようとしたが、あまりにも急すぎて間に合わない!

 

「ガハッ…!」

 

奏は肋骨の左部分にひどい蹴りをくらう。肋骨の何本かは折れてしまっただろう。そのまま奏の身体は東へとぶっ飛び、魔理沙の家の壁を次々と突き破って魔法の森まですっ転んでいった。

 

(強い…強すぎる…!)

 

奏は遠ざかっていく霊夢の姿を見ながらただそう思うことしかできなかった。

 

 

***

 

 

「今さら能力で音を消しても無駄よ、奏。諦めて、出てきなさい」

 

霊夢が部屋から飛び上がり、半壊した魔理沙の家の屋根に着地して高らかに言い放った。

 

(怖い…怖いよ、霊夢…人間を守るのが博麗の巫女じゃないの?)

 

奏は血が滴る口元を右手でぬぐい、左手でさっき蹴られた肋骨を抑えている。今は暗い木の根本に隠れていることしかできない。足の震えは止まらなくなっていた。

 

(このままじゃ、みんなにはもう…)

 

目の前が真っ暗になる。奏の頭を今までの記憶が走馬灯のように駆け巡る。

 

スポジョイパーク。フェニックスワンダーランド。ミステリーツアー。人形展。セカイ─

 

『お願い、あの子を見つけて』

 

脳内にニーゴミクの声が響いた。

 

『あいつを救ってやってくれ』

 

魔理沙の声も。

 

奏はハッと頭を上げた。目に映る世界が明るく輝き出していた。




なんとか今日中には後編も出します。出すと思います。出したい。出せなかったらごめんなさい。(n回目)


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二人の救済者 〜最終決戦 後編〜

「ふう…なかなか出てこない…いっそのことここら一帯焼き払おうかしら?」

 

霊夢は屋根に座って、頬杖をついて物騒なことを考えていた。

 

「霊夢…」

 

奏の声が木の影から聞こえる。霊夢の目の前だ。霊夢は立ち上がりながら、その方向を見定める。

 

「…最後に言い残すことはある?」

 

霊夢が陰陽玉を手の平の上に浮かべる。

 

「ごめんね」

 

「…は?」

 

「霊夢の想いに気付けなくて」

 

「想い?」

 

意外な言葉を聞いて霊夢は動きを止める。

 

「人里に行った時、なんでこんなに幻想郷が明るいんだろうって思った。初めは幻想郷だからなんて安易に考えてた。でも、人間の社会がそんなに明るいわけがないよね。霊夢が暗い部分を一人で引き受けているから、だよね…今みたいに」

 

「…そうよ。それがどうしたっていうのよ」

 

「でも、霊夢…想い通りに幻想郷がならなくても、想いを諦めちゃ駄目だよ」

 

「…あんたに私の何がわかる!」

 

霊夢は奏の声めがけて陰陽玉を撃ち込む。木の幹が根本から折れる。

 

「…いない?!」

 

奏がいない。でも声はしていた。霊夢が奏の位置を聞き間違うはずがない。では一体何が─

 

「天符『それがあなたの幸せだとしても』!」

 

霊夢の左横から再び声がした。次の瞬間、森の中から大音量の音楽が聞こえた。さらに、低速の音符弾と高速の5本のビームが森から飛び出してきた。

 

「何っ!」

 

霊夢は本能で弾幕の危険性を察知し、空へ飛び上がり、回避する。奏も追撃するように飛び上がる。

 

(馬鹿な…奏の能力は「音を消す程度の能力」のはず。威力という点では弾幕との相性は悪い…けど、ここまで強力な弾幕は能力による強化がいる!一体どうなってる…?!)

 

霊夢は空中でひっくり返りながら奏の方を見る。霊夢の目が奏を捉える。奏は必死にシンセに向かって曲を弾いていた。まるで作曲の時のように。そう、誰かを救おうとする時のように。

 

(音の消滅。音の位相のズレ。大音量の音楽。強力な弾幕…まさか…!)

 

奏が顔を上げる。青い前髪の中、霊夢と目が合う。地獄の炎が目に宿っているような燃える目をしている。

 

「『音を消す程度の能力』じゃあない!『音を作り出す程度の能力』だったのか!」

 

(聞いたことがある。音には波形というものがあり、もしそれと全く逆さまの波形の音をぶつけると音は消えてしまうと…つまり、奏は初めから『音を作り出す程度の能力』だった!創造と破壊は表裏一体…なんで気づかなかった!)

 

霊夢はくるっと宙返りして体勢を立て直す。

 

「霊符『夢想妙珠』!」

 

陰陽玉から次々と球状の色とりどりの光弾を奏めがけて放つ。奏は弾幕を撃ちながら回避する。

 

(にしても、なぜここまで威力が…?さっきのとは段違いじゃない…)

 

奏のシンセのケーブル差し込み口に何かついている。霊夢はその付いているものを凝視する。

 

(あれは…魔理沙の八卦炉!そうか…八卦炉は魔力増幅装置…無理矢理八卦炉をアンプ代わりにしやがった!)

 

奏は再びシンセに、そして八卦炉に、自身の魔力を流し込む。

 

(…さっき魔理沙の部屋で八卦炉の説明書を見た。八卦炉は魔法使いによっては作られてない。なら私にも使えるはず…あとは想いを載せる。音楽と同じように…やっと弾幕がなんなのかわかってきた!)

 

霊夢は再び不敵な笑みを浮かべる。奏はその真意がわからず弾幕を撃つの止める。

 

「奏」

 

「…何?」

 

「なかなかやるじゃない。その人外みたいな発想、悪くないわ」

 

「あなたも十分人外だよ…」

 

「私は人間を救う必要があるからね。人外になるのは当然でしょ?」

 

「でも…」

 

「何?」

 

「あなたは救えてない」

 

「何が…」

 

「この…幻想郷を」

 

霊夢の表情が変わる。口周りの表情筋がピクピクし出す。

 

「言うようになったわね、奏!」

 

霊夢は奏の今の一言で完全にキレたようだ。霊夢の霊力の励起がビリビリと奏に伝わる。

 

「あんたの人外さに敬意を表して聞いていれば…私が幻想郷を救えてない…?ふざけるな!撤回しろ!」

 

霊夢は作り出されていく周りの光弾に包まれて神々しく輝き出す。

 

「だって、霊夢が─」

 

「霊符『夢想封印 瞬』!」

 

霊夢は奏の話も聞かず、弾幕を放つようだ。奏も急いで弾幕を撃ち返すべくシンセを構える。

 

「間符『悔やむと…えっ」

 

奏は弾幕を撃ち返す暇もなく腹に光弾が炸裂し、上空へと吹っ飛ばされる。霊夢は冷酷だ。霊夢は残りの光弾を奏が吹っ飛ばされた先へ一瞬で先回りさせると、サッカーのシュートを決めるがごとく奏の身体に命中させる。

 

(…弾幕の瞬間移動?!)

 

奏は今自分の身に起こったことが信じられない。

 

(…そんなの…反則じゃない…)

 

奏は次々と炸裂する光弾をなす術なくくらい続けながら、魔法の森上空を滑るように飛ばされていた。

 

「…私は幻想郷の救済者…いかなる犠牲を払ってでも、幻想郷の意思に従い、応え、救う者。それを否定するなど言語道断だわ」

 

霊夢は奏が飛んでいく先を見つめていた。

 

 

***

 

 

「ガハッ…」

 

奏は魔法の森を通り越して、霧の湖の畔に墜落する。そのまま地面を転がり、仰向けのまま動かなくなった。

 

(…霊夢…)

 

「もう限界のようね。いい加減、人間の限界を知りなさい」

 

横たわる奏の真上で御札が渦巻き、その中から霊夢が出てきた。

 

「まだ…私は救える…戦える…!」

 

奏は立ち上がりつつ、消えかかるシンセをなんとか具現化する。八卦炉が差し込み口から何度も落ちかかる。綺麗だった髪は血塗られ、逆にもののあわれを表している。

 

「まだ立つのね…いいわ。あんたの現世の置き土産としてならあんたの説教も聞いてやろうじゃない」

 

霊夢はゆっくりと奏の目の前に降り立つ。日も沈み、夜になりつつある。

 

「…私は霊夢とは違って音楽でしか救えないし、過去に何があったのかわからないけど…」

 

霊夢は奏の足元を見ている。フラフラだ。だからこそ、一層言葉に重みが増す。

 

「…」

 

「私は人は救済されているために生きていると思ってる」

 

「ふん…そうよ。だから私は幻想郷を救済するために存在する、幻想郷の一機関。それが?」

 

「じゃあ…霊夢は幻想郷ではないの?」

 

「何…?」

 

霊夢が目をカッと見開く。

 

「霊夢の救済対象に霊夢は入っているの?」

 

「…私の救済は幻想郷が救済されること…つまり、幻想郷の意思が無事遂行されることよ。幻想郷が奏を受け入れるなら、私も受け入れる。幻想郷が奏を帰さないなら、私も帰さない。…ただ、それだけよ。」

 

「だから、霊夢が誰かに救われたことはあるの?」

 

奏の視線が霊夢の視線と重なり、かち合う。霊夢は奏の真剣な眼差しに耐えれず、視線を外した。

 

「…幻想郷が救済してくれるわよ。多分」

 

「…その救済を受けるために霊夢は何回泣いたの?」

 

「…」

 

「霊夢。確かに、救済に見返りは求めてはいけない。でも、救済なしの人生じゃいつか破綻するよ」

 

霊夢は結界の狭間で砕け散った霊夢の輸送球体の破片を思い出す。

 

「なるほどね。…でも…幻想郷の中じゃ、私を救うに足るやつはいなかったわ。人間も妖怪も神すらもこの私に傷一つつけられない。触れることすらできない。自分を自分で救えるわけもないし。そこでどんな救済を期待しろと?」

 

「私が霊夢を救う。霊夢の想いをこの私が見つけてみせる!」

 

月が出てきた。満月だ。霊夢と奏の周りを明るく照らす。

 

「ほう…今まで散々私に打ちのめされたやつがよく言うわね」

 

「まだまだ…これからだよ、霊夢」

 

奏が勢いよく飛び上がる。シンセはもう完全に顕現している。この時、初めて奏が霊夢を見下ろす形になった。

 

「ふん…ならば、その人を辞めた覚悟をこの私に証明してみせなさい、宵崎奏!人を救うに足るか博麗の巫女が直々に審判を下してやるわ!」

 

霊夢はその立った地面から動かない。地上で迎え撃つ作戦のようだ。

 

「宵符『独りんぼエンヴィー』!」

 

音楽とともに弾幕を放つ。米粒弾と楔弾が出てくる。続けてビームも。もう、小細工なしの純粋な音楽を霊夢にぶつけた。

 

「イタズラは知らん顔で」

 

奏は自然と歌い出していた。何故かはわからない。でも、奏の心が歌わせた。歌わなければならないと思った。ただそれだけだ。

 

「言い訳は涙を使って」

 

今の奏にはもはや霊夢への恐怖はない。もう体力的にこれが最後の弾幕、そして最期の曲になるとわかっていたからだ。弾幕で勝つことは諦めていた。せめて、自分の記憶が消されて奏が奏でなくなる前に、霊夢が救われるように心から願っていたのだ。

 

「寂しいな遊びたいな 蜂蜜みたいにどろどろ」

 

霊夢は目を落とす。もしかしたら、かつての自分、いや、今の自分に歌詞と重ね合わしていたのかもしれない。

 

「あなたにも あなたにも 私はさ必要ないでしょ」

 

霊夢は目を見開く。回避に専念していたのをふとやめて曲に聞き入る。

 

(理解されてる…?この私が…?)

 

「世の中に剣もほろろ 楽しそうなお祭りね」

 

(…まさか、奏…あなたもなの?)

 

霊夢が初めて奏の音楽を救済と認識した瞬間だった。

 

「さあ あんよ あんよ こっちおいで 手を叩いて 歩け らったった」

 

奏が霊夢を見て優しく微笑みかける。一緒に歌おうと言ってるみたいだ。

 

「嫌んよ 嫌んよ そっぽ向いて」

 

霊夢は歌わない。奏は寂しそうな顔をする。

 

「「今日も私は悪い子 要らん子」」

 

仕方なくといった感じで霊夢も歌い出す。奏は少し嬉しそうになり、霊夢の歌に寄り添うように歌った。

 

(綺麗だ…弾幕も、音楽も)

 

霊夢はただ見惚れていた。聞き惚れていた。奏の最期の命を燃やす音楽に敵ながら聞き惚れてしまった。

 

「夢見ては極彩色 覚めて見るドス黒い両手」

 

霊夢は響子と琴葉を思い出す。同時に幻想郷によって消滅させられた、あの光景も。

 

「私だけつんざく 楽しそうな歌声ね」

 

霊夢はため息を吐く。ため息と言っても退屈の方ではない。感嘆の方だ。弾幕は見切ってるのか、もうピクリとも動かない。

 

「さあ 今夜今夜 あの場所へ」

 

奏の歌声に呼応して弾幕が忙しくシンセから飛び出す。

 

「皆で行こう 走れ らったった」

 

霊夢はそれを華麗に避けながらも目を細める。

 

「「いいな いいな 羨めば」」

 

奏が歌うところを霊夢も歌ってしまった。霊夢は自分の凡ミスに少しびっくりする。奏はクスッと笑う。

 

「「楽しく踊る気ままな知らぬ子」」

 

霊夢は少し頬を赤らめて膨らませながら続きを歌う。奏も笑顔でそれを受け入れる。

 

急に弾幕が減った。霊夢が心配そうな顔をする。

 

「大丈夫?奏」

 

「大丈夫、これ、間奏、だから…」

 

そう言いつつも、かなり辛そうだ。奏の命の灯が消えようとしている。

 

「いちにのさんしでかくれんぼ」

 

奏が最後の力を振り絞って歌う。

 

「ひろくんはるちゃんみつけた」

 

霊夢も歌って応援する。もはや弾幕と音楽を通した、心と心の会話だ。

 

「いきをきらしてはおにごっこ」

 

奏の調子が少し戻ってきた。霊夢も少し安心する。

 

「きみにつかまっちゃった」

 

霊夢の歌が少し震えた。

 

「「さあ あんよ あんよ こっちおいで」」

 

(そうか、霊夢)

 

奏は気づいた。霊夢は夢中で歌っている。

 

「「手を叩いて 歩け らったった」」

 

(霊夢は、人間としてでも─)

 

「「震える一歩 踏み出して」」

 

(妖怪としてでもなく─)

 

霊夢と奏の目が再び合う。

 

「「独りにバイバイ」」

 

(ただ、博麗霊夢として誰かに受け入れてほしかったんだ─)

 

そう気づいた瞬間、霊夢がこくりと頷いて、花のような笑顔を浮かべた。

 

「「ねぇ 愛よ 愛よ こっちおいで」」

 

霊夢が弾幕を気にせず浮上し、奏の目の前までやってきた。奏は霊夢が目の前に迫っても弾幕のパターンを変えない。

 

「「手を開いて 触れる あっちっち」」

 

(ああ) (このまま)

 

霊夢は想う。奏も想う。

 

「「いいの?いいの?目を開けた」」

 

((もし、この音楽が永遠に続いたなら─))

 

お互いの笑顔を見つめ合って、もっと笑顔になる。

 

「「今日も明日もみんなと遊ぼう」」

 

((それこそ、本当の幻想郷だ─))

 

奏と霊夢。二人の救済者の心がついに一つになった瞬間だった。

 

 

その瞬間、奏の弾幕が溶けるようになくなった。奏のシンセも消え失せ、奏は崩れ落ち、真っ逆様に地面へ─

 

「危ない!」

 

霊夢が落ちていく奏よりも先に下へ回り込み、奏をお姫様抱っこで受け止める。

 

「満足気な顔で眠っちゃって…」

 

霊夢が奏の顔を覗き込んでため息混じりに言う。

 

(散々攻撃しといてこんなこと言うのも変だけど、まだ、あなたを死なせるわけにはいかない)

 

霊夢が前方の安全を確認する。雲もない澄み切った夜空に浮かぶ満月が、明るく霊夢の行き先を照らしている。

 

(あなたはこの幻想郷の…いや、この全世界の中で唯一の私の救済者なんだから)

 

霊夢は奏を抱えたまま、凄まじい速度で霧の湖から飛び去っていった。




こんなに遅くなって申し訳ございません。ちなみに、なんとなく察したかもしれませんが、私は「独りんぼエンヴィー」が大好きです。執筆中によく聞きます。


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幻想の終着点 〜最終決戦 完結編〜

「…ん…」

 

奏が目を覚ます。目の前には天井だろうか、木の木目が広がっている。横を見ると、窓がなく、そのまま外が見えた。地平線は赤く染まり、だんだんと上に行くにつれて青くなっていく。まさに、幻想的な風景だ。

 

(頭がかなりスッキリする…こんなに寝たの、いつぶりだろ)

 

奏がゆっくり起き上がる。身体の周りを見渡す。そこで初めて自分が布団に寝ていたことに気づく。普段なら睡眠とは机に突っ伏してパソコンに頭にぶつけることだ。健康的すぎて逆にびっくりする。

 

「起きた?」

 

霊夢の声がする。声の方を見ると、霊夢が縁側の隅の方の壁に寄りかかって座っている。隣には大幣が立てかけている。昨日見た光景と同じだ。どうやら霊夢が奏を博麗神社まで運んだらしいというのは、寝起きの奏の頭でも理解できた。

 

「霊夢…」

 

奏はそう言いながら、布団からさっと抜け出す。霊夢への警戒は解いていない。身体の前に手を置き、再びシンセを出そうとする。

 

「やれやれ…もう敵意はないわ、奏。安心しなさい」

 

霊夢は肩をすくめてそう言い放った。霊夢の周りに陰陽玉はない。札も握っていない。そう確認すると、奏は浮かせた腰を布団に落とす。その時、お尻に何かが当たってびっくりして飛び跳ねる。何があったんだろうと奏は振り返って二度びっくりする。

 

「ま、魔理沙?!」

 

超巨大陰陽玉で押し潰されたはずの魔理沙が浴衣姿で奏の隣で寝ている。むにゃむにゃと言いながらゴロンと寝返りを打つ。魔理沙の枕元にはいつもの魔法使いっぽい服と黒い三角帽が折り目正しく置かれていた。当然血は一滴も付いていない。その隣には藍色のジャージが…そこではじめて奏も浴衣姿なのだと気づいた。

 

「弾幕初心者よりも熟練者であるはずの魔理沙の方が起きるのが遅いなんて…今度魔理沙には直々に修行をつける必要がありそうね、体力面で」

 

「私も別に体力ある方ではないのだけど…睡眠時間が短いのに慣れてるだけで」

 

「そう。ならよかったわ。修行の相手するのも面倒だったし」

 

どっちだよと口の中で呟きつつ、ふと純粋な疑問が奏の心の中に湧いてきた。

 

「あの…」

 

「どうしたの?」

 

「記憶…消さなかったの?」

 

奏の頭は今までの人生を反芻していた。母さんの死。父さんの転倒。暗黒の作曲活動。ぶっちゃけこんな記憶なら消えてしまってもいいかなと思ってもいた自分もいたりしたのだ。でも、思い出せている。消えていない。机の上にこびりついたアロンアルファのように鮮明に残っている。

 

「…奏は幻想郷は生きてるって信じる?」

 

「どういうこと?」

 

「幻想郷というこの世界自体は妖怪のためのシステムであると同時に、生き物のように意思を持ち、自身の思うように動いているという説があってね」

 

霊夢が奏の方へ向き直る。霊夢の眼差しは至って真剣だ。奏も布団の上で姿勢を正して霊夢と向き合う。

 

「なんか…急に壮大な話になったね。それがどう関係するの?」

 

「奏は確か奇跡的に条件を満たしてしまったから幻想入りしたってことになっていたでしょ。でも…もしあなたの幻想入りが幻想郷の意思によってなされたものだったら?っていう話よ」

 

「幻想郷の意思…」

 

「幻想郷が宵崎奏という存在が幻想郷に必要と判断した。例えあなたが幻想郷から出たがっていたとしても…いや、むしろ幻想郷を出ようとするその過程自体を必要とした。ならば、それを止める必要がないと判断したまでよ」

 

「…なんかよくわからないけど、とりあえず生きるのを許されたっていうこと?」

 

「生きるのを許されたって…そんなに追い詰めてた?」

 

霊夢はフクロウのように目をパチクリさせて小首を傾げる。霊夢にとっては圧殺も大怪我も大したことないらしい。

 

「…霊夢は自分の規格外さをもっと自覚した方がいいよ…」

 

奏は自分の今までの苦労をぼんやりと思い出して、ため息をついた。

 

 

***

 

 

朝日が神社の境内を照らす中、霊夢が祠の前で御札を使って、現代入りの術式を組んでいる。あの後起きた魔理沙と奏は縁側でプラプラ足をぶらつかせながら奇っ怪な陣と睨めっこする霊夢を見物している。

 

「ふーん…そうやって霊夢を止めたのか…すごいな」

 

魔理沙は奏の霊夢との戦闘の話を聞いて感嘆の声をあげる。

 

「いや、止めたっていうか…霊夢が攻撃するのを辞めたっていうか…」

 

「…それよりもいいのか?」

 

「何が?」

 

「決まってるだろ、現代入りの話だよ」

 

魔理沙がずいっと奏の目を見る。急に近づいてきたので奏はドキッとする。

 

「霊夢の話じゃ、完全に元通りにはならないんだろ?その…家族とか、友達とか大丈夫なのか?」

 

「それは…」

 

霊夢によると、奏の外の世界の情報は『セカイ』と幻想郷の通路で消された。だから、現代入りしても外の世界と幻想郷の間にはない奏の情報は戻らない。文字通り奏は天涯孤独になる。むしろ、先人達のように幻想郷の結界同士の反発に押し潰される可能性すらある。もっとも、結界対策はできていて、現実と幻想の中間的存在である『セカイ』と同じ構成成分で作り上げた霊夢の結界を使えばいくらか反発は緩和できる。しかし、『セカイ』そのものは以前のような結界の揺らぎがない以上、霊夢の力を以てしても見つけることはできないとのことだった。

 

「いいよ。私は外の世界で人を救える曲が作れたらいいから。…それに一人なのは慣れてるし」

 

奏は口角を上げて笑顔を作ってみる。強がっていたいのだろう。早朝の寒さのせいか、足が小刻みに揺れている。

 

「それでも…まぁ、奏がいいならそれでいいんだが…なあ、霊夢ー、本当にどうにもならないのか?」

 

魔理沙はまだ納得いかない様子だ。頬を膨らませている。

 

「どうにもならないわよ…私の力だけじゃあね」

 

霊夢は口に咥えてる何本もの封魔針を陣に突き刺し出した。長いことかかった結界制作もいよいよ完成のようだ。

 

「そうか…」

 

「でも、奏が人を救いたいのなら仕方ないじゃない。救済者はどの世界だろうと必要よ」

 

霊夢がほとんど完成した陣をみて満足気に言った。口にまだ2本残っている。

 

「「霊夢…」」

 

魔理沙と奏が霊夢を見上げる。ここまで朗らかな霊夢を見たことがない。

 

「なんか急に丸くなったな…なんか悪いものでも食べたか?」

 

「うーん…団子?」

 

霊夢はニヤッと笑って咥えてた棒を手に持つ。棒にはもう一つも団子はない。

 

「この貧乏巫女!」

 

魔理沙がどつきに飛びかかるも霊夢は華麗にかわす。奏は結局団子を食い損ねた。

 

 

***

 

 

「んで、なんでこんな狭い結界に3人も入らなきゃいけないんだ?私は天に去っていく奏にいつまでも手を振る感動シチュエーションを考えていたんだが」

 

「そんなこと言ってる時点でもう感動は失われているのよ、愚か者」

 

今、霊夢の結界に3人が入って、幻想郷と外の世界との境界を移動している。青いが透明な結界でどこまでも見渡すができる。もっとも、同じような光景しか見えないが。

 

「この結界は長い年月かけてやっと編み出したものでね。私が自ら操らないとすぐに壊れてしまうの。…もう誰にも消えてほしくないからね」

 

霊夢は結界の外の遠くの闇を見つめる。もしかしたら響子と琴葉のことを思い出していたのかもしれない。だが、闇の道は闇だ。霊夢が何を思っていたかは霊夢にしかわからない。

 

「…本当に今までありがとう」

 

奏が改めて礼を言う。

 

「そんなにかしこまらなくても」

 

「そうだぜ、こいつなんかお前のことぶちのめそうと思ってたんだろ?」

 

「うっさい、昔は昔、今は今!」

 

「昔がなけりゃ今もないんだぜ」

 

そう魔理沙が霊夢に茶々を入れた瞬間、霊夢の結界が激しく揺れた。魔理沙はうわああという奇声とともにバランスを崩して倒れる。奏は霊夢が手を掴んでくれたおかげでなんとか踏みとどまった。

 

「いきなり進行方向が変わったわね …まさか結界の反発?」

 

霊夢が状況を冷静に分析する。すると、奏から音が聞こえた。驚いて霊夢が奏の方を見る。

 

「きゅ、急に曲が…」

 

奏が出そうとしたわけでもないのに、奏の前にシンセが顕現し、音楽を奏でている。

 

「セカイは音楽…だから音楽でセカイへの道を切り拓く、か。ふん、いいじゃない。そのまま続けなさいよ」

 

霊夢が微笑む。奏は霊夢の微笑むのを確かめて微笑み返す。そしてそのまま奏はシンセを弾き始めた。もちろん、音量は全開だ。手加減はしない。

 

「なるほど、これが奏の能力の真髄か。霊夢も勝てないはずだ」

 

立ち上がった魔理沙が珍しく褒める。

 

「行くわよ、魔理沙、奏。しっかり気合い入れなさい!」

 

奏の音楽に導かれるままに霊夢は結界を進める。進むにつれてどんどん景色が後ろに流れていく速度が増していく。映るその分反発も大きくなるのか、ついに結界に亀裂が走った。

 

「まずい…到着する前に私の結界が壊れる、霊力がもたない」

 

霊夢が両手を前に突き出して霊力を結界に与えているが、追いつかないようだ。青ざめる。

 

「部分的に結界を開けることってできるか?ちょうど霊夢の真後ろぐらいがいい」

 

魔理沙が問いかける。

 

「できるけど危険よ。なんで?」

 

「時間がない今すぐやってくれ」

 

「…わかった」

 

魔理沙に何か策があると見た霊夢は突き出していた両手をクロスさせて結界を開く。魔理沙は奏を中央に霊夢とは反対側に立ち、背を向ける。そして八卦炉を開いていく部分に構える。

 

「奏、お前を信じるぜ…彗星『ブレイジングスター』!」

 

結界が一気に加速する。霊夢も魔理沙も、そして奏も必死だ。一瞬の隙も油断も余裕も許されない。魔理沙の前に開けた部分では結界の破壊はもう止められない。とうとう霊夢の前の部分にも風穴が開いた。奏の青い髪がはためく。轟轟と風の音がする。それでも気にせず一心不乱に弾き続ける。

 

「あそこよ、このまま突っ込むわ!」

 

霊夢が指差す先に白く光る小さな点が見えた。みるみる大きくなっていく。結界も白い光に包まれていく。

 

「もう十分ね。いってらっしゃい、奏!」

 

霊夢が奏の右手首を引っ掴んで光に向かってぶん投げた。

 

「霊夢、魔理沙!」

 

奏が呼びかける。結界はもう原型を留めていない。

 

「私達のことはいい!奏、元気でな!」

 

「さよなら、奏、また会える日まで」

 

風の中、霊夢達の声が微かに聞こえる。奏の視界は真っ白になっていった。




今思い返してみると、完全に見切り発車でした。安牌に共通敵を作るかギャグに持っていくかしたらここまで苦しい展開にもならなかったしもっと楽にかけたのかな…そもそもそこまで文章も上手くないし構成も空回りばっかりだからか…と色々後悔していますが、先には立ってくれません。次回の教訓にします。


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また会いにいくよ、幻想郷

「どう、セカイは」

 

真っ白なセカイに浮かぶ立方体。そこに倒されたはずのオリジナルミクが座っていた。不敵な笑みを浮かべている。

 

「確かにあれはもはや人間じゃない。私と同じものを感じたわ」

 

オリジナルミクを見上げながら、霊夢が答える。隣には魔理沙がいる。どうやら反発による消滅を逃れて、なんとかセカイに入り込めたようだ。

 

「奏は凄かったぜ。まさか、あそこまでできるとは思わなかった…というかあんた誰だ?」

 

魔理沙がオリジナルミクに尋ねる。魔理沙にとってはオリジナルミクは完全に初めましてだ。

 

「私?よくぞ聞いてくれました!私は全知全能にして…」

 

「黙れ」

 

「相変わらず手厳しいな、霊夢は。懐かしいよ」

 

オリジナルミクは昔の霊夢を思い出しつつ、高らかに笑う。

 

「にしても強いな、セカイの住人とやらはどいつもこいつもああなのか?」

 

「私も改めて驚いているよ。 コピーが相手とはいえまさかちょっと幻想郷にかぶれただけで私を倒せるほどのチカラを手に入れるとは思わなかった。私のセカイがここまで発展していようとは… 嬉しい誤算だね」

 

なんということだ。オリジナルミク本体ははじめからまふゆ達の相手をしていなかったらしい。本人は涼しい顔である。霊夢は肩をすくめてやれやれという。

 

「相変わらず自分は最後まで出なかったのね」

 

「当然。応対したのはただの時間稼ぎ。どうせ現代入りすれば現実改変が発生するんだからちょっとくらい無茶しても問題ないんだし…それに奏ならいや、私が手塩にかけて作ったこのセカイの住人ならきっと戻ってくると信じてたからね」

 

「分身倒されといて何をのたまってるのよ、たまたま帰ってきた時が倒された瞬間だったから良かったものの…その先はどうするつもりだったのよ」

 

「また作るまで。私本体にはなんの影響はないんだし」

 

「「はあ…」」

 

魔理沙は次元の違いを感じてため息をつく。霊夢は危機感のなさにため息をつく。どちらにせよ、オリジナルミクの感覚は霊夢達にはわかりそうにないことはわかった。

 

「ところで博麗の巫女…他にまだ言いたいことがありそうだね」

 

オリジナルミクは急に真面目な顔をして言うと、立方体から飛び降りて霊夢の前に降り立つ。

 

「ええ。あるわ」

 

霊夢はオリジナルミクの目をしっかりと見据える。

 

「何?博麗の巫女」

 

オリジナルミクも目を合わせる。

 

「人が人外の精神を手に入れた時もはやそれは人間じゃない…そしてこのセカイは人外の精神を育むに相応しいと判断した」

 

「ということは?」

 

オリジナルミクが目を輝かせる。

 

「悔しいけど…認めてやるってことよ 」

 

霊夢は言っている言葉とは裏腹に微笑んでいる。

 

「フフ、さぞかし奏も喜ぶであろうよ」

 

オリジナルミクはそう言い放った。

 

 

***

 

 

「全く昨日は…スランプだからって2日間もセカイに引きこもるなんて、心配したんだからね、奏」

 

誰もいないセカイで絵名が奏を叱る。

 

「そうそう、ナイトコードでも連絡もつかなくてさぁ。ミクとかにも手伝ってもらって探したら、奏がパソコンとかぶちまけて倒れてるのにはボクたまげちゃったよー。それで慌てて絵名の部屋に担ぎ込んだんだよねえ…ま、すぐに目が覚めたからよかったけど」

 

「様子を見に来た絵名のお母さんがどうやって家に入ったのか首傾げてたけどね」

 

瑞希とまふゆも加勢する。

 

もう気づいただろうが、まふゆ達は幻想郷関連のことは何も覚えていない。現代入りの影響で幻想郷によって現実及び記憶が再び改変され、まふゆ達がセカイから幻想郷に来ようとしたことはなかったことになったらしい。また、奏は幻想郷ではなくセカイにいたことになっている。忘却は平等に、そして残酷に訪れる。

 

「ごめんね…迷惑かけちゃって」

 

奏には返す言葉がない。気まずさから自分の髪をくしゃっとかく。

 

「普段なら1日くらい徹夜しても大丈夫なのに…」

 

「だから2日だって」

 

「え?1日じゃないの?」

 

「もう時間感覚までおかしくなってるじゃん…」

 

絵名がぼやく。いくら昼も夜もないセカイとはいえ、流石に48時間と24時間では違いすぎる。

 

「奏、それよりも曲はできた?」

 

「辛辣ゥ!昨日は奏は倒れてたんだよ?帰ったのは昼くらいなんだし、まさかできてるわけ…」

 

「できてるよ、ほら」

 

まふゆの容赦ない言葉に瑞希がつっこみを入れていると、奏はパソコンの画面を開けた。そこには前にはなかった作曲データが4つもあり、発表されるのを待っていた。

 

「一気に3曲?!」

 

「ちょっと急にどうしたのよ!イラストとか追いつかないじゃない!」

 

瑞希と絵名が驚いて画面を食い入るように見る。

 

「とりあえず聞いてみようよ」

 

まふゆが再生ボタンをクリックする。パソコンから曲が流れる。

 

「こりゃいいよ、どれもみんな傑作だよ!さっそく取り掛かろ!絵名」

 

「いいんじゃない」

 

「やれやれ、当分寝られなさそうね」

 

好評のようだ。容赦ないまふゆも今回はオッケーのようだ。奏は胸を撫で下ろす。

 

「体調には気をつけてね絵名」

 

奏が気遣いの言葉をかける。

 

「ブーメランって知ってる?」

 

絵名の言葉に奏はハッという顔をする。絵名と瑞希はクスクス笑う。まふゆはニコリと笑う。

 

「じゃ私この曲の歌詞書いてくるから」

 

「私もラフから描き出さなきゃ」

 

「ボクも今から曲に合いそうなの探してくるね」

 

立ち上がってセカイから出ようとするまふゆ達。それを見ているとまだ離れ離れになってから2日しか経ってないのに、なんだか懐かしい感じがした。そう思った瞬間、奏の心から言葉が溢れた。

 

「みんな、これからもよろしくね」

 

「どうしたの、改まって…でも、よろしくね」

 

まふゆが振り返って答える。絵名も瑞希もどこか嬉しそうだ。

 

「…それじゃ作業に戻るとしますか」

 

「またね」

 

まふゆ達がセカイを去る。すると、少し離れていたところにいたニーゴミクが近づく。実際はオリジナルミクに消されたはずなのだが、奏が幻想郷に行っている間での出来事なので幻想郷の現実改変作用で復活したらしい。だが、このことはもはやこのセカイの誰も知る由もない。

 

「奏、色々お疲れ様」

 

ニーゴミクが奏の隣に座って、奏をねぎらう。すると、急に不思議そうに奏のパソコンを凝視する。

 

「ありがとう、ミク。…どうしたの?」

 

「理由があるなら別にいいんだけど…奏がまだ発表してないのが1つあるなって」

 

「え?…ああ、これ?なんだろうね…」

 

確かに、パソコンの画面上には『Untitled 』のすぐ下に『Illusion land 』という謎の曲があった。

 

「再生しなくてもいいの?」

 

ニーゴミクが尋ねる。しかし、何故か奏はその質問にすぐには答えないでパソコンを閉じた。

 

(あの時の曲か…)

 

奏は不思議そうなミクをそのままに立ち上がる。

 

「いいよ…少なくともまだ今は」

 

奏はそういうと、パソコンを脇に抱えて満足そうに笑みを浮かべて、何もない虚空を見上げた。

 

(また会いに行くよ、幻想郷)




これで『宵崎奏の幻想入り』は一旦おしまいです。完結にするか続けて続編を書くかはまた今度考えることにします。
最後まで拙作を読んでくださり、ありがとうございました!


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