ダンジョンで英雄を目指すのは間違っているのだろうか (おやしお)
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01 出会い

何番煎じかのベル強化物です。
刀使いが好きだからこそのクロス相手キシュラナ流剛剣術使いのベルの活躍をお楽しみください。
一部独自解釈も含まれています。


 

 ダンジョンに英雄を求めるのは間違っているのだろうか?

 ギルドで冒険者に登録して剣一本でのし上がる。

 向かう先には数多のモンスター。それらを斃し更なる力を得ていつかはお爺ちゃんが絵本から語ってくれた英雄たちの様に。そして僕に力を与えてくれたお師匠の様に英雄になりたい。

 

 そう思っている時期が有りました。

 冒険者になって2週間。ゴブリン、コボルト相手に4階層迄潜り続け今日5階層を挑戦したら上層部LV.1の冒険者が挑戦できる12階層迄には居ない筈の中層部のLV.2のモンスター。

 それも15階層以下に出現する中層最強のモンスター、ダンジョンの代名詞でもある「ミノタウロス」と遭遇したのだ。

 165C(セルチ)の冒険者「ベル・クラネル」の前に居たのは2M(メドル)に達する巨大な牛頭人体の「ミノタウロス」

 ベルが持つその手にある武器は小柄な彼には大き目な刃長80C(セルチ)余りの片刃の軽く湾曲して極東にあるような刀その鍔は安物の刀に不釣り合いな四枚の中央部に鈴の形の花弁を模してある芸術的な美しさを持っている一品であった。

 決して登録2週間の新人貧乏冒険者が持つのに相応しいとは言えなかった。

 

(とうっ)!」

 

 一声と共に腰溜めに構えた刀と共にミノタウロスに躊躇いなく突進するベル。

 低い姿勢と体格差により掻い潜り抜き胴を放ったが、ガキン!岩を切った様な否今のベルなら切り裂ける。むしろ鋼の鎧に斬り付けた様な感触に顔をゆがめる。

 そのまま、恐れずに同じ場所の脇腹めがけて切り返すベル。

 それだけ攻撃しても漸く外皮を切り裂く程度だった。

 そしてその様な攻撃なども意に反さずにその蹄をダンジョンの床を踏み抜いてベルに目掛けて拳を振るうミノタウロス。

 LV.1とは比較にならない速さのギルドに中層最高ランクのモンスターに認定される攻撃に辛うじて躱すがそのまま床を砕き、その破片がベルの顔を傷付ける。

 今までの探索と違う脅威にダンジョンを舐めていたと自覚しツツーッとこめかみから冷汗を垂らし恐怖に囚われそうになる。

 

『僕には英雄は無理なのか?』

 

 そんな弱気に駆られるがそれでも育ての祖父の言葉「いいかベル。(おのこ)ならどんな時も笑って(おなご)を守るんだ。それがハーレムの道じゃ」を思い出し LV.1の女性(ここ重要)冒険者が遭遇したら惨劇となる。

 ここで食い止めないと。

 と英雄と言うのには色々と台無しな内心で決意を新たにしたのだ。

 だが、実際は次々と拳、蹄の攻撃を避けるので精一杯でベルの切り札を出す溜めの時間を稼げなかったのだ。

 それでもミノタウロスの攻撃へカウンターとして刃を合わせて切りかかるのだが硬い外皮に効果が薄く、逆に刀を庇い受け流すのでやっとであった。

 そしてミノタウロスが吠えた。

 咆哮(ハウル)、格下相手には一発で行動不能になる、己と戦う資格の無い者には強制停止(リストレイト)に追い込む怪物の叫び。

 そうなったら蹂躙されるだけである。だが。

 

()は折れていない、まだ戦える』

 

 ベルの心は折れていなかった。

 

 10分?30分?それともまだ1分?体感時間が曖昧になってきた時に簡単に当たらないとミノタウロスは苛立って体当たりを行ったのだ。それを刀身で受け止めて反動を使って後方へ飛び間合いがやっと開いたのだ。

 これを逃したら逆転は出来ないと切り札を出す決意をするベル。

 

「闘の一文字を心に懐け…」

 

 闘気を高めている最中に突如とミノタウロスの身体に銀線が走ったと思ったら線に沿って今迄掠り傷しか与えられていなかった肉体がバラバラになったのだ。

 その様を見て思わず力が抜けそうになるのを慌てて力を入れ直して新たな存在に残心をして脅威があるのか対応をしようとして。

 

 そこに現れた人影を見て全ての心構えが吹き飛んだ。

 蒼色の軽装の美少女。

 ベルよりわずかに低い身長の細身の身体。

 女神と見紛う美しい(かんばせ)に腰まで伸びる金髪に同じく金色の瞳。

 銀色の胸当てと手甲には道化のエンブレム=オラリオ最強の一角ロキ・ファミリア所属の第一級冒険者。

 女性冒険者としてオラリオ最強の一角と名高いLV.5の【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

 オラリオに田舎から来て二週間のベルですら噂で知っている有名人。

 そこで今までの死と隣り合わせの緊張も強大な敵との対峙による脅威も消えた時にアイズが可愛く首を傾げて尋ねた。

 

「大丈夫ですか?」

 

 その言葉にベルは限界だった。

 

「ありがとうございます。僕はヴァレンタインさんのファンです。出会えて嬉しいです」

 

 思わず最初のミノタウロス相手の踏み込みに匹敵するスピードでアイズに近付き手を握るベル・クラネル。

 体重移動だけで足などをほとんど動かさず初動を消す独特の歩法を使ったのだ。

 これはやはり英雄への憧れと同時に祖父からの絵本と共に教えられ(洗脳)ていた英雄になればハーレムが出来る。

 ハーレムは男の浪漫。などと文字が読める様になってから繰り返し語られた言葉もベルの性格形成に影響が有ったのだ。

 だからこそまだ見ぬ(女性)冒険者の為にミノタウロス相手に足止めをして初対面のアイズの手を握ると言う暴挙も行ったのだ。

 

 突然の事に流石のアイズも反応できず、我に返ったベルは顔を真っ赤にして「ごめんなさ~い」とドップラー音を残しながら駆け去っていた。

 気が付いたら刀も背中に戻していたのは冷静なのか、日頃の修練の結果か?

 

「っっく…くっく」

 

 その様子を見た狼人(ウェアウルフ)の冒険者。

 同じLV.5の同僚であるベート・ローガが可笑しくてたまらないと笑っていた。

 

「千人斬りのアイズに新人が見事に特攻とは度胸だけは認めてやる」

 

 そして「鎧は新人っぽい安物だがミノタウロスに耐えた武器やあの動きは新人らしくないな」ともアイズが介入する直前の動きを見ていて、怯えるだけのただの雑魚では無いと内心認めてもいたのだ。

 そしてベルの腕前ではなく刀の性能で耐えたと勘違いしていた。

 

 一方アイズは強大な敵に一人敵わなくても抵抗を続ける姿にかつての幼い自分とも父親とも重ねて見ていたのであった。

 

「白い兎と……」

 

 ベルの白い肌と白い髪、深紅(ルベライト)の瞳とヒューマンでありながら兎人(ヒュームバニー)よりも兎を連想させるのはその姿か動きの早さからか?

 そんな彼にアイズも何故か記憶に残ったのだ(幼いアイズが兎をモフモフしている心象風景が生まれていた)。

 そしてその戦闘能力に『私と似た様なスキル?』という微かな疑惑も……

 

 そうやってベルがダンジョンを出る頃にはアイズたちも他のロキファミリアと合流して遠征からの帰途に付いていたのだった。

 




 祝大森先生6か月連続刊行での見切り発信です。
 ベル君強化物です。
 微妙にベルの呪文の言葉が違いますがその理由は次回に。


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02 剛剣((士))

 

「エイナさ~ん」

 

 ギルドの受付にエイナを呼ぶ元気な声が聞こえた。

 エイナ・チュール。十九歳のほっそりと尖った耳から判るようにハーフエルフで澄んだ緑玉色(エメラルド)の瞳とブラウンのセミロングの髪でエルフの完璧な美と違い親しみのある美しさと冒険者に人気の受付嬢であった。

 そして昼下がりの多くの冒険者がダンジョンに潜っていて暇な時間に自分を呼ぶ声に思わず頬がほころぶのであった。

 半月前にその綺麗な瞳を輝かせて冒険者登録を行った時には多くの受付嬢がファミリアでの門番と同じく例え神の恩恵(ファルナ)によって基礎能力が向上してもその純真な冒険者に相応しくない性格では早晩消えるだろうと。

 だからこそ、その様な評価への反発と少しでも生き延びる様にと受付を行った縁から彼女が迷宮攻略の為の迷宮アドバイザーとなって彼にはダンジョンとモンスターの知識と危険性を叩き込んだのだ。

 

 そして今、ベルの口から5階層に挑戦してそこでミノタウロスと接触しアイズ・ヴァレンシュタインに助けられたと聞いたのだ。

 

「ベル君、冒険者は冒険してはいけないと何度も言ったでしょ。君はダンジョンに夢を見過ぎているのよ」

 

 5階層迄足を延ばしたベルに苦言を呈するがそれもベルの安全を考えての事だった。

 実際ギルドの推奨する基本アビリティは5~7階層はGからF冒険者として半月のベルはHが大半であった。

 そしてソロである為に普通のパーティーで攻略している冒険者よりも更に危険性が高いのだ。

 それでも強くなりたいと出来るだけ適正階層でも深い方を潜り今の上層では敢えて切り札を使わずにいたのだ。

 

「で、ヴァレンシュタインさんの事ね」

 

 溜息を吐きながら「公然の情報だけよ」と前置きをして語った内容には当然彼女の趣味や好みなどプライベートは含まれていなかった。

 ただ一つ最近アプローチを掛けた冒険者を断って千人斬りを達成したとか。「ベル君が1001人目ね」と何故か嬉しそうなエイナ。

 

「それでも彼女も女性だから強い男性には憧れると思うの」

 

 別れ際の最後に強くなれば振り向いて貰えるかもと付け加えたのだ。

 何だかんだと彼女も弟の様に思えて無下にできなった様だ。

 

 ベルは今日はダンジョンへ再挑戦をせずに魔石などを換金後そのまま早くに本拠地に戻ったのだ。

 廃教会の地下がベルのファミリア【ヘスティア・ファミリア】のささやかな根拠地であった。

 

 そして、その中庭でベルは鍛錬を始めていた。

 

『闘の一文字を心に懐け。さすればその一文字は「牙」となる』

 心に念じ呟きその闘気が凝縮し。

 

「闘文字。剛剣()見参」

 

 切っ先より無数の刃を持った人型が現れる。

(ジン)輪廻(リンネ)

 

 そのまま振り下ろし遥かに長い間合いを更に鋭利な切味を持って人型が動く。

 この世界の魔法。魔力=精神力によって世界に干渉する力では無い、闘気=魂の力を具現化して敵を斃す「牙」とする剛剣()術。

 これがダンジョン探索で現状で力と基礎を付ける為に封印しているベルの切り札だ。

 

 キシュラナ流剛剣()

 ベルたちの世界には無いキシュラナという国の誇る流派。

 異世界の剣術を何故ベルが扱えれるのかと言うと、それは8年前ベル6歳の時だった。

 村外れでコボルトに襲われた時に突然空間から現れた男性が戸惑いながらもベルを救ったのだ。

 そこで駆けつけてくれた祖父と出会い、この世界と全く違う世界からの来訪者だと判明した。

 キシュラナ流剛剣()術の使い手ザル=ザキューレ。そう名乗った彼は何故か異世界でも言葉は通じて、

 説明する事によると本来禁じられた私闘を行い敗れて死んだはずなのに失ったはずの左目も復活し致命傷も治った状態で現れたのだと。

 彼の世界では極稀に人間を超えた力を持った者が世界の壁を超える事が有るので異世界が有っても驚かないがその様な力も無い罪人の自分が何故この様な境遇になったのかは不明だと。

 そして英雄に憧れるベルが剛剣()術を学びたいとせがみ、祖父の承認の下教える事になったのだ。

 だがベルのその真直ぐな綺麗な心から殺気の具現化による剛剣()を生み出す事は不可能と早々にザル=ザキューレは見抜き殺気から闘気へと変えていったのだ。

 黒き殺気ではなく自らを高みに向かう白き闘気へと。

 それが殺文字から闘文字へと変わり6年後の2年前に不完全ながら顕現したのを見てから数日後にザル=ザキューレの刀が折れて現れた時の様に姿が薄くなって消えたのだった。

 

「どうやら何者かが、この世界に剛剣()術の芽を残す為に失った命を永えさせられた様だな。

ザル=ザキューレ最後の弟子ベル・クラネルよ今後一人で精進するように。

 そして向こうでの弟子が私の仇を討とうとして返り討ちになった様だ」

 

 折れた己の刀を見て全てを悟ってそう言ったのだった。

 元の世界での最後の弟子サイ=オーと共に最後まで見取れないのは残念だ。これも「四天滅殺交わる事かなわず」を破った報いか。ベルよ一度の敗北で諦めず生き延びて再戦を喫して最後に勝てば紛れもなく勝者だ。

 そう言って最後の力で自らの刀の鍔だけをベルに託し消えていったのを昨日の様に覚えていた。

 師匠が消えた次の年の昨年には祖父も亡くなり、共に遺体が残らずに亡くなった事で信じたくなかったが、心に整理を付けて、祖父のハーレムと冒険、そして師匠からの技を完成させるためにダンジョンのあるオラリオで冒険者を目指して半月前に着いたのだった。

 

「果たして、この剛剣()でも斃す事が出来たのか?」

 

 心の中では自信が無いベルであった、真の一刃である刀であっても掠り傷であってより鍛錬をしなければと思っていた。

 その脳裏には師匠であるザル=ザキューレだけではなくあの時助けてくれたアイズ・ヴァレンシュタインの剣筋もあった。

 素早い太刀筋に筋肉や骨の継ぎ目に精確に切り裂く技。

 決して高レベルのアビリティによる力任せでは無い鮮やかな攻撃に女性としてだけでなく剣士としても憧れを抱いているのだった。

 いつかは彼女の横にそして共に力を合わせる時が来ることを一目惚れと共に夢見ていた。

 

 そして更に振るう。

 剛剣()(ジン)四手(ヨツデ) 剛剣()(ジン)(カイナ)

 殺気ではなく闘気の具現化による巨大な岩をも切り裂く刃。

 何時しか剛剣()が消え無心に振るうベルの太刀筋はあの時見たアイズの太刀筋をなぞりほぼ同じ身長の彼女があの巨体の急所を容易く切り裂く様を自らの物にしようとしていた。

 

 パチ・パチ・パチ

 

「ベル君、今日は早かったけれど鍛錬かい」

 

「神様」

 

 教会の中庭に拍手と共に現れた彼女はベルの主神「ヘスティア」であった。

 黒髪をツインテールに結わえており童顔に140C(セルチ)程度と低身長の為にベルの妹の様にも見えるがそれでも彼女も神の一員。超越存在(デウスデア)である。

 超越存在(デウスデア)、神であっても団員が一人の弱小ファミリアでは彼女も下界の人間に混じってアルバイトで生計を立てなければならず、そのバイトも夕方になり丁度帰って来たところであった。

 そうして二人は本拠地(ホーム)である廃教会の地下室へと入っていく。

 




 ベル君も剛剣死(士)術の使い手です。
 コミックスを見ると刀身が変形している様でありながら剛剣死(士)を搔い潜ると実剣が襲っても来ると言うから切っ先から闘気が出る事にしました。
 あとはベル君には殺気は似合わないので闘気にしました。冒険者に似合わない白い魂ですからね。

 エレたちセヴァールが複数いたら主人公補正も含めて三大クエスト達成できそうだし負けたとはいえ追い込んだザル=ザキューレなどもレベル6~7位ありそうだが世界の強制力でそこまで強くないベル君です。

 素手の格闘技は多くても剣術は飛天御剣流や鳳龍の剣など少なくてベル君に似合う技が中々日本の創作に無くて悲しい。


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03 スキル

 廃教会の地下の隠れ家に入った二人はソファーに座って今日の出来事を話して、ベルの5階層の冒険を聞いてヘスティアは「心配を掛けないでくれ」と。

 

 そして今日のステイタスの更新をしようと。

 大手ファミリアと違って団員一人の弱小の数少ない利点である更新の早さである。

 

 ステイタス

 神が地上で使うことが許された力、神の恩恵(ファルナ)を授かった眷属は、力、耐久、器用、敏捷、魔力の5つの基本アビリティと素質によって最大3つの魔法のスリットを手に入れるのだ。

 最初はどの様な素質、力が有ってもLV.1から始まり基本アビリティもI 0から始まり全ては潜在値として隠しパラメーターとなっているのだ。

 つまり同じステイタスでも同じ力量では無いと言う事でもある

 そしてベルの冒険者として半月でのステイタスは。

 LV.1

 力  I88 →I99

 耐久 I39 →I48

 器用 H105→H112

 敏捷 H162→H190

 魔力 I0

 

 魔法【】

 スキル【】

 

 以上の様にほぼ評価がIで攻撃を避ける見切りによって耐久が低く敏捷が高かったのである。

 そして空白の魔法スリットからベルは魔法を一つは覚える事が出来ると判断出来る。

 この日のステイタスの熟練度のトータル上昇値は65。

 久しぶりに攻撃を受けてはいないがミノタウロスの攻撃による床面などの破片を受けて幾つかの傷を負った分だけ耐久の熟練度が向上した様だ。

 他にも攻撃を掻い潜っての斬撃で敏捷の伸びも上がり器用もそれなりであった、他には少しでもダメージを与えようとした努力から力も成長していた。

 アビリティの評価はIの00~99からAの800~899そしてSの900~999までの十段階の評価と数字による熟練度がある。

 単純に言えば数字が上がればそれだけ強くなると言う事で、ランクアップ。すなわちレベルが上がるとそれぞれの評価がI 0から再スタートするのだ。

 種族による肉体的素質の差もあるが同じLV.2になってもランクアップ前がオールSとオールDで最大600の熟練度の差が潜在値の違いが有るのだ。

 ランクアップによる能力の上昇値は評価の上昇以上の強化が行われるのだが、それでも熟練度が重要なのも確かである。

 つまり目に見えるステイタスだけでは間違える事もあるのだ。

 例えばオラリオに来る前からLV.1の冒険者に近い力を持っていたベルの様に。

 そして力と性格がアンバランスなのを師匠であるザル=ザキューレも育ての祖父も心配していた。

 だからハーレムなどより欲望に近い動機を与えていたのだ。と言う建前で祖父の願望を垂れ流していただけだが。

 

 基本アビリティの他にあるスキル。

 これはステイタスの数値とは別に特殊効果を与える能力でステイタスが神の恩恵(ファルナ)を受けた器そのものを強化するのならスキルは経験値(エクセリア)から熟練度の上昇の他に眷属の可能性が表に出て器の中で特殊な反応をもたらすものである。

 発現して有利なものが多いが極稀に損なスキルもあるのだとか。

 

 そんな事を更新中にダンジョンでの出会いを果たしたアイズ・ヴァレンシュタインさんの話をしながら、ステイタスなどの事を思い出していたのだ。

 

 そしてベルが使う剛剣()

 これは【神の恩恵(ファルナ)】による神の手助けで発現するスキルではなく鍛え上げた己の技能(スキル)であってベルはスキル発現に憧れていたのだ。

 

 ヘスティアから渡されたステイタスの共通語に書き直された用紙を見たベルはスキルにスロットが有って聞いてみたら神様は書き間違いと答えて納得はしたが。

 

「スキルもですけど魔法もスロットが一つあるんですから早く覚えたいですね」

 

「ボクも詳しくないけれど魔法は知識知性が重要と聞くけどベル君本を読むのが苦手でしょ」

 

「絵本で神話を良く読んだけれど、勉強はまぁエイナさんのスパルタだけで充分ですし」

 

 冒険者登録後の迷宮アドバイザーとしてのエイナ・チューレの初日の徹夜のスパルタ教育とその後も繰り返し迷宮知識を叩き込まれたのを思い出して遠い目になるベル。

 肉体的に酷使されたザル=ザキューレの鍛錬の方が良かったと。

 後に他の先輩冒険者からも妖精の試練(フェアリー・ブレイク)と恐れられているとコッソリと同情混じりに教えられたのだった。

 

 実はスキルが発現し書き消していたのだった。

 それはベルから聞いたミノタウロスとの一件で運命の出会いと言っているヴァレン何某との邂逅。

 しかも、逃げたと言ってもその前に手を握って告白までした(実際は憧れていると言っただけ)と言う、思わずハーレムへの憧れを刷り込んだ見ても居ない育ての祖父を恨むヘスティアであった。

 有望な経験値(エクセリア)からスキルを抜き出した結果。

 

 スキル【憧憬一途(リアリス・フリーゼ)

 ・早熟する

 ・懸想(おもい)が続く限り効果持続

 ・懸想(おもい)の丈により効果向上

 

 このような巫山戯たスキルが発現したのだ。

 どう見ても自分ではなく宿敵のあのロキ・ファミリアの眷属(こども)の一員と言うだけで許せないのに強くて美少女と言うパーフェクトな存在によって生まれ、彼女への憧れがある限り成長すると言うヘスティア嫉妬間違いなしのスキル。

 故に彼女は黙っていたのだ。

『地上に降りた神々は暇を持て余して娯楽に飢えている。レアだの初だのと言う枕詞があると絶対に突撃してベル君が玩具にされる』

 うん、ボクの決断は正しいと理論武装も完璧だと正当化完了。

 本音の九割九分はヴァレン何某への嫉妬であることには目を背けているが。

 

 そのまま、バイト先で貰って来たじゃが丸くんと残っていた野菜などを使った料理をベルが作ってささやかな夕食を始めていた。

 

 女神ロキのファミリアの本拠地(ホーム)黄昏の館

 

 主神の道化の神(トリックスター)らしくエンブレムだけでなくその館も槍衾の様な尖塔が幾つも並んであり空中回廊によってそれぞれが繋がった迷路の様な作りをしていた。

 その中央部の一番高い尖塔の最上階がロキの私室である。

 朱色の短い髪と朱色の細い目。オラリオ有数のファミリアの主神とヘスティアと正反対の存在であった(胸部の存在感も)。

 そこへ遠征から帰ったアイズが訪れていた。

 ステイタスの更新である。

 背中の白い肌にロキの血を垂らし文様を描くと道化師の紋章が現れた。

 神の恩恵(ファルナ)のロックが外れたのだ。

 そしてこの遠征での経験値を引き出していくロキ。

 LV.5

 力  D549→D555

 耐久 D540→D547

 器用 A823→A825

 敏捷 A821→A822

 魔力 A899

 

 狩人 G

 耐異常 G

 剣士 I

 

 戦闘時に自分と同等ないし格上の方が経験値を得やすいとは言え51階層迄挑戦し始めて見る新種とも戦った2週間余りの遠征で最前線で戦い続けたのに熟練度の上昇値はトータルで僅かに14。

 ベルの半日の上層部5階層での経験で得た65と比べてレベルの違いとは言え全く上がっていなかった。

 それを見たアイズは上昇をしない事への不満と同時に最早LV.5での自分の伸び代が無くなっていると自覚していたのだ。LV.5になって既に3年停滞していると焦りの気持ちも、そしてより強くなると貪欲なまでの願望を。

 

「アイズ……

 何度も言うが周囲を見ずにつんのめりながらだと必ずコケる。走るなとは言わんが周囲を見て頼るんだ」

 

 普段の酒好きで女好きのだらしのない駄女神ではなく慈愛の溢れる親の顔でそう諭すのであった。

 




 みんな大好き憧憬一途獲得しましたベル君です。
 次回より急成長無双のベル君が見られます。


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04 キャッチには気を付けよう

 アイズ・ヴァレンシュタインと出会った次の日。

 ベルは何時もの様に朝の5時に目覚め中庭で素振りと左武頼(さぶらい)として剣術以外に白兵戦としての突き蹴りなどの型を繰り返して身体を動かして温めてからヘスティアへの朝食の準備を行って、その時に作ったサンドイッチを摘まんでバベルに向かったのだ。

 

「お腹が空いたな」

 

 バベルまで朝の素振りと同じく身体を温める為にも軽く走っていたのだが、昨日神様にも言ったが無理をしてギルドに頭金だけで借金をして買った刀もベルの力とミノタウロスの攻撃に耐えきれず近いうちに買い替える必要があるから節約をしなければと食事を減らしたのが不味かった様だ。

 

 ゾクッ!

 

 ベルの背筋に嫌な感触が走った。

 殺気とか敵意ではないがまるで値踏みをする様な人を観る目では無い無遠慮な視線。それでいて視線の方向が探れない。

 通りの中央で思わず周囲を見渡すベルだが怪しい存在は居ない。

 朝のまだ目覚め前の商店街。開店準備に忙しい従業員にベルと同じ様にバベルのダンジョンに向かう少数の冒険者が居るだけだ。

 それでもまだ視線を感じるのだ。

 

「あの~」

 

 そんな警戒をしていると突然背後から声を掛けられ思わず振り返るとヒューマンの少女がいた。

 薄鈍色の髪をお団子に後頭部でまとめてポニーテールの様に一本垂らしている、髪と同色の瞳は純真で、身のこなしも素人で神の恩恵(ファルナ)を授かった身体能力でも無い一般人であった。

 

「え、え~と何か御用でも?」

 

 警戒したところに突然の声で身構えて振り返ったのを誤魔化す為に出来るだけ自然に声を出していた。

 

「はい、これ落としましたよ」

 

 彼女が差し出したのは魔石(欠片)だった。

 いや、昨日換金で全てバックバックから出したはずだし間違いでは無いだろうか?

 そんな疑問を浮かべるも一般人が魔石を持っている訳が無いし上層部のゴブリン、コボルト程度の大きさなら自分が落としたのだろうと無理矢理納得して受け取り会話を交わしていると、グゥと腹の虫が鳴ってしまい顔を赤らめるベルであった。

 

「もしかして朝食を食べていなかったんです?」

 

「一応は食べたんですけど」

 

「冒険者ですから食欲が有りますね、少し待ってください」

 

 そのまま、身を翻して目の前のお店に駆け込む少女を見送るベル。

 

「はい、これ」

 

 バスケットをベルに渡す少女。

 

「まだ店が始まっていないから賄いでもないですけど」

 

「それはあなたの朝食では?」

 

 そのようなものを受け取れないと遠慮するベルに「このままでは良心が咎めます」口説き落とす少女が更に説得としてそれならば今晩この店に来てくれたら給金アップになりますからと渡すと同時に来店を約束させられて、苦笑いと共に承諾してしまったのだ。

 

「そう言えば僕はベル・クラネルと言います。あなたは?」

 

「シル・フローヴァです。ベルさん」

 

 にっこりと無害な笑顔と共に答えるシル。気が付くとあの不快な視線も無くなっていた。

 

 

 

「ギャッ」

 

 ダンジョンに徘徊するニードルラビットを一撃で切り倒すベル。

 喉を切り裂き刀の負担も減らすと同時に確実に止めを刺し刃渡り20C(セルチ)程度の短刀で魔石を取り出すのだ。

 取り出されたモンスターは灰となって死体も残さず消えていく。

 背中の刀の斜めに担いだ隙間の腰の部分に固定しているバックパックに魔石を入れている。

 通路は今迄慣れていた4階層までの所から比べ細く壁面も薄青色から淡い緑になっている。

 今斃したニードルラビットも今迄のゴブリンより個体として強い上に集団で襲い掛かる事もあるのだ、決して油断できる相手ではない。。

 4階層から昨日挫折した5階層を再挑戦していたのだ。

 5階層から新しく出るモンスター「フロッグ・シューター」蛙タイプで長い舌や跳躍力からの体当たりを攻撃手段としてその接近速度からも今迄と比較して間合いが広がっているのだ。

 蛙だからと柔らかい外皮と油断するとその柔軟な外皮で刃が通らず逆襲される恐れもある強敵だ。

 更に長い舌からの攻撃を躱し損ねて打撃を受けたり、体当たりを掠ったりと今までの様に余裕で躱す事も難しかったのだ。

 だからこそあの時のアイズさんの様な神速の切り込みの練習相手に丁度良いとベルは積極的に狩っていく。

 モンスターの中で異常発達した部位が魔石を取った後にも残る事がある。「ドロップアイテム」でこれも換金対象でありゴブリンなどなら指の爪先程度の魔石の欠片よりもまだ高く換金できるのだ。

 フロッグ・シューターの舌や外皮、ニードルラビットの角などが今日は出て来た。

 

「今日はこれ位か」

 

 何度か地上と往復をして魔石などを換金していたがエイナさんも言っていたように「冒険者は冒険をしない」「ダンジョンでは無理をしない」を守って疲労がたまる前に帰還する事にしたのだ。

 尤も5階層を挑戦していたと聞いたら目を吊り上げて怒っていたであろう事は無視して置く。

 実際5~7階層での必要能力値はGからFで剛剣()術を学び敏捷がGに近いと言っても全てがH以下のベルには適正値とは言えないのだ。

 

 

「神様、これ書き間違いなん……じゃ」

 

 ホームに戻りステイタスの更新を行っているとみるみる機嫌が悪くなっていくヘスティアに恐る恐る聞いてみる。

 

「ボクがそんな簡単な文字を間違えるとも?」

 

「でもこの数値の伸びはちょっと」

 

 LV.1

 力  I99 →H144

 耐久 I48 →I98

 器用 H112→H168

 敏捷 H190→G258

 魔力 I0

 

 魔法【】

 スキル【】

 

「確かに今日はフロッグ・シューターの攻撃を受けましたけれど耐久の熟練度が倍になっていますし、他もこの半月の半分位の伸びですけど」

 

 ベルが言う様にトータルの上昇値が199という昨日の65も大きいのにそれから3倍近い数値はどれだけの大きさか判るだろう。

 

「知るもんか。そんな事よりボクはバイト仲間と打ち上げがあるから、君も一人寂しく豪勢な食事をしたら良いよ」

 

 4階層迄の今迄は2,000ヴァリス程度の換金額だったが今日は外食と長く頑張ったのと5階層初挑戦もあって5,800ヴァリスと過去最高額を出していたのだ。

 今後もこれ位を頑張れば刀は無理でも小太刀くらいは買えるかもしれない。そんな事も言った時は喜んでくれたのにと。

 

 そのままコートを羽織り外に出たヘスティアは憧憬一途(リアリス・フリーゼ)】の効果をまざまざと見せられてベルのアイズへの想いを見せ付けられた気がして飛び出したのだ。

 打ち上げでは同じ零細貧乏神仲間の武神「タケミカヅチ」普段はタケと呼んでいるファミリア運営の先輩に眷属(こども)の成長の傾向などを聞くと言う目的もあったのだがヴァレン何某への嫉妬の方が大きかった。

 面倒な処女神である。




 色々と8年の剣術修行でステイタスも原作より向上しています。
 そして安物の刀にも寿命の危機が。
 ギルドの装備はどうしても初心者パックですからね。


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05 ゴブニュ・ファミリア

今回はベル君は出ません


 【ロキ・ファミリア】ホーム黄昏の館。その一室に昨日遠征から帰ったアイズが夢を見ていた。

 

 幼い頃のアイズが無垢な笑顔を向け同じく金髪の女性に本の続きをせがむ。

 眠り姫の物語はやがて終わる。

 そして『あなたも素敵な相手(ひと)に出会えるといいね』と無邪気に微笑む女性に嬉しそうに頷く少女(アイズ)

 

 場面が切り替わり地下迷宮。

 襲われる少女に怪物に銀の光が走った。

 そして現れたのは若い青年だった。

 本日の最後のミノタウロスを仕留めた時の再現の様なシーンだった。

 そして抱き付く少女にぎこちなく髪を撫ぜる青年。

 少女の視線に合わせる様に跪くと語りかけた。

『私にはお前の母親が居るから、いつかお前だけの英雄に巡り合えるといいな』

 その言葉を最後に光景が遠ざかっていくと、突如白い髪に印象的な深紅(ルベライト)の子供が兎の姿になって少女の手を握り締めたと思ったら逃げ出していった。

 

 朝日に目が覚めるアイズは、懐かしい夢を見たが何故か異物が混じっていた様な気がしたがそれでも安らぎを覚えていて口元が微笑んでいた。

 

「アイズー? もう朝食だよー」

 

 ティオナが扉の向こうから呼んできている。

 いつもなら、朝の素振りを行っているのに寝過ごしていた様だ。

 朝食後はアイズたちファミリア総出で遠征の後処理だ。

 ダンジョンから持ち帰った魔石やドロップアイテム、下層、深層の壁面から採れるレアメタルや素材などの売却。

 消耗した武具やアイテムの補充。

 そして個人の損傷したり失った武具の整備や補充と言った次の探索迄に必要な事が山積みである。

 

 バベル迄は荷物も多く全員で向かい、そこで団長のフィンの合図で目的地に沿って各自別れて行った。

 光ある所闇がある。彼ら遠征の成果を持って明るい表情で歩む様子を忌々し気に物陰から睨む複数の視線。

‐喜んでいるのは今だけだ、もうじき慌てふためくだろう‐

‐期待はしていなかったが深層で死者が全く出なかった様だな-

 普段の嫉妬と呼ぶのには悍ましい悪意の視線今後それがどうなるのか?

 

 アイズはアマゾネスの双子の姉ティオネ・ヒュルテをリーダーに妹のティオナとエルフの魔導士レフィーヤと共に商業街に向かっていくのだ。

 

 昨日アイズが助けた少年は既にバベルからダンジョンに入っており彼らロキファミリアと接触は無かったのだ。

 

 商業系ファミリアで治療と製薬のファミリア光玉と薬草のエンブレムの【ディアンケヒト・ファミリア】に彼女らは入るのだった。

 

 ダンジョンから入手する素材。モンスターから取れる魔石やドロップアイテム。ダンジョンに生えている植物や鉱石などの自然素材様々な物が有るが、魔石製品として魔力灯や発火装置、冷房装置などの様々な動力となる魔石はギルドの管理下で引き取られるが、それ以外の物は商業系ファミリアや大手商人と個人的取引も可能である。

 尤もベルのような新人が取引で冒険しようとしたら大抵は鴨にされて大損をするので最低価格が保障されているギルドで換金すべきである。

 

 そしてアイズたちだが今回は【ディアンケヒト・ファミリア】に冒険者依頼(クエスト)を受けていたのだ。

 

 白い建物に入ると同じく白を基調としたファミリアの制服を着たヒューマンの女性が出迎えたのだ。

 ヘスティアほどではないが150C(セルチ)に届かない小柄な体に細い白銀の長髪と双眸には儚げな長いまつ毛と精緻な人形と思わせる容姿のアミッド・テアサナーレ。

 その容姿から幼く見えてティオネなどから妹扱いをされているが、彼女はそれでも19歳でありファミリアの団長でもあったのだ。

 レベルこそ2と低いがその治療魔法と神秘の発展アビリティによる治療薬などの開発能力は他の追随を許さず神々からも人気の女性であった。

 

 ここはベルが懇意にしている、ヘスティア曰く零細同盟の【ミアハ・ファミリア】のポーションよりも遥かに高額であった。

 

 彼女たちがやってきたのはただ挨拶に来たのではなく冒険者依頼(クエスト)(個人的にまたはギルドを通しての依頼)、を解決したからであった。

 更に51階層でのクエストの時についでに棚ボタで入手した素材も売り込もうとティオネが想い人であるフィン団長に良く見せようと吹っ掛けていたのだ。

 ドロップアイテムその物は棚ボタだが遠征失敗の原因である新種にラウルやティオネが溶解液を被って万能薬(エリクサー)の大量消費と苦労と費用が掛かったのも確かだがそれでもボッタクリだと内心アイズたちは思っていた。

 彼女はそんな事を関係無しにこれでフィンに喜んでもらえるとご機嫌で商談は終わった。

 お人好しのベルでは無理だ、素直にギルドに売りに行こう。アイズも単独では止めようね。

 

 こうしてクエストの報酬である万能薬(エリクサー)のケースとドロップアイテム「カドモスの被膜」の代金にご機嫌なティオネと緊張するレフィーアにこれから愛剣の整備に行くとアイズがホームに戻らない事を告げると、ティオネも武器を失ったからと一緒に行く事になったのだ。

 

 北と北西のメインストリートに挟まれた路地裏深くにある知る人ぞ知ると言うよりも陰湿な雰囲気の【ゴブニュ・ファミリア】の本拠地(ホーム)があるのだ。

 武具や装備品の整備製造の鍛冶の派閥。

 規模こそ小さいが性能はベルも憧れる【ヘファイストス・ファミリア】に勝るとも劣らない質実剛健のファミリア。

 基本受注生産が多くそれを好む冒険者も多いのだ。

 その作風に相応しい質素な建物に三つの槌のエンブレムが刻まれている。エンブレムの横の扉を開けて二人は入っていく。

 

「ごめんくださーい」

「ください……」

 

 二人の性格の違いが良く判る挨拶に作業中の団員が振り返り。

 

「【大切断(アマゾン)】っ!」

「げっ、ティオナ・ヒュリテ!」

 

「二つ名で叫ぶの止めて欲しいんだけど」

 

 彼らの反応に文句を言うティオナを無視して「親方ァー!壊し屋(クラッシャー)が現れましたー!」と奥に入って行く団員。

 出てきた親方に要件を聞かれたティオネは可愛く笑いながら「新しい武器を作って貰いに来たけど」と言ったら。

 

「ウ、大双刃(ウルガ)はどうした。不眠不休でバカみたいな量の超硬金属(アダマンタイト)を鍛えた、オーダーメイドだぞ」

 

 中央の柄の両端に巨大な刃を備えティオナの身長に近い巨大な武器。

 その重量と素材のコストからも破格の大双刃(ウルガ)である。

 

「溶けちゃった」

 

 テヘッと再び可愛く言ったがその言葉に親方は絶叫を上げる。

 

不壊属性(デュランダル)ではないがあれだけの量のアダマンタイトが簡単に溶ける事は無いぞ」

 

 ようやく落ち着いてティオナに状況を聞く親方。

 

「それが、51階層で新種のモンスターが現れて切ったら体液が腐食液で拭う前にあっさりと溶けたの」

 

「何?それなら次のウルガは不壊属性(デュランダル)にするのか?」

 

 鍛冶師にとって自ら鍛えた得物を簡単に破壊するモンスターの存在は例え使用者が壊し屋(クラッシャー)であっても許す事が出来なかった。

 

「切れ味が落ちるから属性は付けなくて良いわ、それに高くなり過ぎるし」

 

「それなら……」

 

 ティアナたちの会話を横に聞きながらとことこと奥に歩いていくアイズ。

 向かう先は奥にある部屋だ。

 そこに居るのは小柄で割腹は良くても弛んでいない筋肉を持ち、白髪と口元を隠す白髭とドワーフを思わす姿の一柱の男神。

 ここのファミリアの主神ゴブニュだ。

 アイズの注文は必ず主神を通す事になっているのだ。

 ゴブニュがアイズを気に入ったのか、共に不器用な性格で気になっているのか、それとも通常の第一級装備だとアイズの剣技に耐えられず不壊属性(デュランダル)を付属されたデスペートを気にしてか?共に口下手な二人は理由を語らず聞いても居ない。

 

 整備を依頼したアイズから受け取ったデスペートを見て劣化した理由を問い、「なんでも溶かす液と、それを吐くモンスターを幾度も」と答える。

 その結果、ティオネのウルガだけでなく予備武器などを失い遠征中止となったのだがそこまでの説明はしていない。

 そして五日後まで整備が掛かると代剣をゴブニュは押し付けた。

 細身のレイピアは威力その物は上だが軽く素振りをして確認するが間合いも重さも違い、何よりも丁寧に扱わないとアイズでは破壊してしまう。

 これは不壊属性(デュランダル)に頼らずに剣技を見直せと言う事だろうか?

 その様な疑問を持ちながらもアイズは礼を言って受け取り部屋を辞する。

 

「アイズー、話し終わった?」

 

 出て来たアイズに発注の終わったティオネは声をかけてホームに戻ろうと言ってきた。

 

 その様な二人を遠目で見ていた小人族(パルゥム)の少女は「第一級冒険者は景気が良いですね」と皮肉気に言っていた。

 彼女はここで購入したクロスボウの専用の(ボルト)で幾種類か破壊力や射程によって違う物ををまとめて購入しに来ていたのだ。

 小人族(パルゥム)専用の連射可能なクロスボウを持ちその専用の矢を購入とはベルの魔石取り用の短刀3,600ヴァリス含め初期装備8,600ヴァリスの全額プラス大刀の残高の借金の身からすればどちらも金持ちだったんだが。

 

 アイズたちはこうして遠征後の資源の売却、失った消耗品などの補充などギルドの報告者を除き一先ず後始末を終えて遠征後の恒例の宴会を行う準備完了したのだ。

 




 ベル君キャッチに引っ掛かって一生懸命稼いでいた時の裏です。
 ロキ・ファミリアは二大派閥と言われるだけあって団員数一人のヘスティアと全く違いますね。


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06 ベート・ローガ【凶狼(ヴァナルガンド)

『ここで、良いんだよね!?』

 

 夕方遅くまでダンジョンに潜り ステイタスの更新後に何時もの習慣の姿見の前での素振りなどの調整を終えてから朝のシルと出会ったメインストリートに向かうと朝のカフェテリア街といった健全な雰囲気から仕事帰りの労働者や冒険者などが徒党を組んで呑み騒いでいる大人の世界になっていた。

 「豊穣の女主人」という覚えのある看板を見付けて中を見たらオッサンたちの出来上がった姿よりもウェイトレスや奥に居る調理人の全店員が見目麗しい女性(ヒューマン、亜人共に)にベルの敷居が高くなっているのだ。

 その様に躊躇っているベルをシルが発見して強引に店内へ引き入れる。

 

「お客様一名入りまーす」

 

 元気な声と共にカウンターの角の場所。一人隣を気にしなくて済む場所に気を使って選んでくれたと察するベル。

 そしてメニューの値段を見て驚く普段の食費は50ヴァリス前後なのに無難なパスタを頼んでも300ヴァリス。

 先ほどシルさんが大食漢と女将さんに紹介していたがどれだけ使わせる心算だったんだと慄くベルであった。

 

 その後仕事が一息ついたシルがベルの隣に座って会話をしていた。

 

「ミアさんはドワーフの元冒険者で主神からの同意で半脱退状態なんですか」

 

 この店の女将はミア母さんと呼ばれていて最初ベルよりも身長が有りハーフドワーフかと思っていたのだ。

 

「そう、そして訳ありの人が結構集まっているの。私は人を観察するのが好きで働いているんですけどね」

 

 だから、「ミア母さんは懐が広いのよ」と続けていた。

 

「確かにシルさんは一般人みたいですけど皆は……」

 

「あれ!? ベルさんはエルフが好みなんですか」

 

 エルフの店員に視線を向けるベルに揶揄ったら。

 

「確かに気になるね」

 

 見事に返されて致命傷を負うシル。

 

「動きを見ると体幹がブレていないし食器を運ぶ時のバランス感覚や膂力を見ただけで只者に見えない。ウェイトレスとしての動きよりも武人の動きに見える」

 

 店員に注視してシルの拗ねた顔を見ていないでそのまま気が付かずに言葉を続けていたのだ。

 それを聞いて女性として見ていないからとシルは安心したが。

 

「ベルさんは冒険者として長いんですか?」

 

 今日始めて見たし、初々しい様子だったのに下級冒険者なら見逃す店員(リュー)たちの身のこなしに注視するベルに疑問を持ったのだ。

 

「半月前にオラリオに来て冒険者になったばかりですよ」

 

 苦笑しながら「漸く5階層に挑戦できたところですよ」と続けていた。

 それを聞いてシルが言葉を続けようとしたら店内がザワッとしたと思ったら十数人の集団が入って来た。

 店内の幾人かの客が声を低めてエンブレムを確認して「ロキ・ファミリアだ」「巨人殺しの【ファミリア】か」などと語っていたがベルは既にアイズを確認して心臓がバクバク言っていてその様な小声は聞こえていなかった。

 

 そしてベルの座席と対角線に有った不自然に空いていた座席が【ロキ・ファミリア】の予約席でエルフの(ベルが身のこなしを注視していた)店員の案内で席に着いていた。

 遠征に出ていたファミリアのメンバーが多く店内には一軍、幹部連中が主役の十数人だけで残りはテラス席でお偉方が居ないと気楽に騒いでいたがベルはそこまでは気が回っていなかった。

 熱心にアイズを見ていたベルに対しシルはこそっと「主神のロキ様がお気に入りで【ロキ・ファミリア】はお得意様なんです」と小声で教えてくれて、いつかは常連となる位に稼いで出会いの機会を増やそうと決意をするベルであった。

 

 

 【ロキ・ファミリア】の席ではアルコールが入って賑やかになっている中に狼人(ウェアウルフ)が酔いが回って発言を始めた。

 

「そうだ、アイズあの話をしてやれよ!」

 

 アイズは最初狼人(ウェアウルフ)。ベート・ローガの言葉が判らなかったが次の言葉で何を言いたいが理解をして思い出を汚さないでと声にならない声を上げていた。

 

「ほら17階層で逃げ出したミノタウロスの最後の一匹が5階層迄逃げた時の雑魚を」

 

「ミノタウロスが上層迄逃げて、他の冒険者は無事やったん?」

 

 流石にロキは主神として他の【ファミリア】への被害を気にしたが。

 

「あ~、腰を抜かした雑魚は居たが怪我人も出なかったぜ。で、最後の一匹だが如何にも貧乏な初心者というギルド支給の防具をしているのが居たんだよ」

 

「それをアイズたんが救ったん?」

 

「そうだが、その雑魚は武器だけは如何にも英雄譚からの憧れから選んだような両手剣を使っていたからかミノタウロスの打撃にも折れていなくて、その上に咆哮(ハウル)にも動きは止めていなかったから間に合ったんだが」

 

「ほぅ~」

 

「ほえ~」

 

 ベートが下級冒険者を褒めるのは珍しく団長であるフィンや普段喧嘩をしているティオナは驚きの声を上げていた。

 

「アイズがそれで切り刻んだが、その後その雑魚がアイズの手を握って告白なんかして、直ぐに逃げて行ったんだよ」

 

「なに~!? アイズたんに告白だと」

 

 ベートの言葉にロキは怒りの声を上げていた。

 

「どうせアイズの1001人目の犠牲者になっただけさ、なぁそうだろ」

 

 アイズは兎との思い出を大切にしたく思っていて黙っていたのだが、更にベートは調子に乗る。

 

「どうだアイズ俺と違ってあんな雑魚は嫌だろ」

 

「少なくとも今のベートさんは嫌いです」

 

 明確な拒絶に更にヒートアップするベート。

 

「戦った姿で少しは見直したのにアイズを口説き直ぐに逃げ出す事など冒険者としての品位を下げるんだよ。あんな雑魚に剣術を教えた奴も大した事は無いさ」

 

「ベートも好い加減にしな、流石に酒が不味くなる」

 

 ロキもくどいベートに苦言を呈した。

 

 ガタッ! だが遅かった。アイズに声を掛け逃げ出したのも、ミノタウロスに歯が立たなかったのも事実で悔しくても我慢していたが、尊敬する師匠を馬鹿にされて黙っている事が出来なかったベル。

 

「ベルさん?」

 

 立ち上がったベルを不安そうな顔で声を掛けるシルに「手持ちが少ないけど、迷惑料込みで」と言いながら金貨(1,500ヴァリス)をテーブルに置き【ロキ・ファミリア】ベートに向かうのだ。

 

「そこの狼人(ウェアウルフ)の冒険者。今の言葉を訂正して貰いたい」

 

「あ~ん!?」

 

 ベルの言葉に酔いが回って座った目で睨み付けるベート・ローガ。

 

「確かに育ての親(祖父)から女の子(おなご)は大切にしろと言われたし。美女美少女を褒めなければ男でないとも教えられていたのは事実だ。そしてアイズ・ヴァレンシュタインさんは褒めるに値する素晴らしい人だ。

 だが、あなたはどうだ、既に一度振られたのか? それとも1001人目が怖くて僕を出汁にして誤魔化している卑怯者ですか?」

 

『まるで糞爺(ゼウス)の台詞だな』

 

「なんだと! このクソガキが」

 

 ロキの感想と同時に図星を点かれたベートが吠えた。そして殴りかかる。

 

 酔って動きが鈍っている上に相手が初級(LV.1)冒険者だからと手加減をしていたとは言え中ればベル程度の冒険者ならタダでは済まなかっただろう。

 周囲の冒険者も思わず制止の声を上げていたが遅かった。

 

「グワッ!?」

 

 僅かに首を傾けてベートの拳を避けてそのまま人中に拳を叩き込むベル。

 ベートの顔が衝撃で変形したのを見て周囲の仲間は驚いた顔をしている中、潰れ流血した右拳を見ながら「流石第一級冒険者の耐久。岩を叩いたみたいだ。だがミノタウロスの鋼の鎧のような硬さよりまだ柔らかい」などと呟いていた。

 

「てめぇ、俺がミノタウロスより弱いと言うのか」

 

 プライドを傷付けられ立ち上がり様に素早くバックハンドブローを繰り出すベート。それを避けるベルと始めから予測していて驚きもせずそのまま後ろ蹴りを叩き込んだベート。

 その蹴り足の間合いを見切って膝にベートの踵を乗せ同時に肘を挟み込むように打ち込む。

 ミスリルで出来たブーツと同じくLV.5の耐久力でダメージを与えられず逆に自らが傷付くベル。

 軸足をひねり更に踏み込み足を延ばし蹴りを届かせるベート。

 その衝撃に骨を逝っても耐えて見せるベルを見て表情を変えるベート。

 

「これが僕の師匠の教え左武頼(さぶらい)は命ある限り戦えと。例え()を失っても、まだ他の()があって戦えるのならば、勝つのを諦めるなと。そして僕なんかより遥かに強い師匠を侮辱するなと」

 

 ベルが吠える。





 ベル君酒場を逃げてダンジョンに潜らずベートと乱打戦です。
 酔って油断のベートに拳が当たってもダメージはほとんど無しの模様。
 レベルの暴力はダンまち世界では厳しい。
 原作でもレベル2になったばかりでアイズとの特訓前だとレベル3のヒュアキントスに手も足も出なかったけれど、ベートが手加減していたと思って下さい。
 原作だとザル=ザキューレも潔い生き方で剣術のみのようだがクルダを支配下に置いた過去があり侍モデルなら武芸百般格闘術もありという独自設定です。


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07 左武頼(さぶらい)

「これが僕の師匠の教え左武頼(さぶらい)は命ある限り戦えと。例え()を失っても、まだ他の()があって戦えるのならば、勝つのを諦めるなと。そして僕なんかより遥かに強い師匠を侮辱するなと」

 

 ベルは吠える己の師匠をもっと強く尊敬できる人物だと。

 【ロキ・ファミリア】の面々は165C(セルチ)の少年が一回りも二回りも大きく見えた

 その背後には剣の化け物が現れている姿も幻視していた。

 

 ロキは神の力(アルカナム)を封じて零能力者と一般人以下だが横から見ていたフィンは理解していた。

 最初の攻撃。右足を前に出して順手で撃ちこんだ拳。

 予備動作も肩の上下動も無く真直ぐに伸びた無拍子と呼ばれる正拳。

 ベートからしたらいきなり顔面に拳が飛んで来た様に見えたであろう。

 もしも相手が上級冒険者かもっとベートが酔っていたらそれで終わったかもしれないと。

 

「吠えるな餓鬼が!」

 

 ベートは雑魚から餓鬼へとベルの評価を向上させていたがそれでも所詮LV.1の初心者に毛が生えている程度と装備などから判断をして手加減をしていたから酒と怒りが有ってもまだ自制心が残っているのだろう。

 

 手加減をしたスピードに拳ではなく掌底による攻撃。

 それでもLV.3程度なら充分斃せるはずだった。

 

「なぁ、フィンうちは動きがほとんど見えないんだが、何故あの武士(さむらい)は斃れないんだ?」

 

「うん、ヒットポイントを上手くずらしている上に受け流してダメージを減らしているみたいだね。

 それに中途半端に強いから下手に中る様なスピードにすると下級(LV.1)冒険者の耐久なら致命傷になりかねないからベートも苦労しているよ」

 

 神の力を封じているロキには見えない動きをフィンは説明していた。

 

「ベートも誤解されやすいけど意外と優しい男だからね」

 

 フィンはそう言って苦戦の理由も話したのだ。

 

 攻撃の瞬間に敢えて前進して腕が伸び切る前に弾いたり肩で受け止めていた。

 だがそこまでで、カウンターを最初の様に決める事は出来ていなかった。

 そして微妙にベルの名乗りを誤解していたロキ。フィンもだが師匠を極東の戦士と思い込んだのだろう。

 

 例えダメージを受け流していても基礎能力が違い過ぎるから斃れるのも近いだろうと言う第一級冒険者たちの読みの中ベルは闘気を溜めてチャンスを窺う。

 その時ベルは背中に刻まれた【恩恵(ファルナ)】がベルを支援するかのように熱く燃えているのを感じていた。

 

「これで終わりだ!」

 

「合気!」

 

 中々倒れないベルに苛立つベートの叫びと同時の大振りとそれを最後のチャンスと叫ぶベルの声が重なる。

 闘気による身体強化と同時にベートへの気に同調しての身体操作。

 ベートに直接触れずに誘導して自ら頭部からの落下。

 だがそこまでであった。

 これ以上の追撃を行うのにはダメージが有り過ぎベルには無理であり、逆にベートにとっては酒場の床ではほとんど痛くも無かったのだ。

 これが石畳やダンジョンであっても落下速度が不足でダメージは少なかったであろう。

 

「この野郎!」

 

 案の定ベートはすぐさま立ち上がり拳を握り殴りかかろうした。

 

「ベートそこまでだ」

 

 フィンがすかさず止めに入りドワーフの重戦士ガレスも間に入った。

 

「邪魔をするな」

 

 激昂するベートにガレスは「もう気を失っている、それ以上はやり過ぎじゃ」とベルを後ろ向きのまま親指で指差していた。

 それを見たベートも漸く気を静め酒場を出ていく。

 

「白けた、俺はもう帰るわ」

 

 一言だけ残して消えていくベートと立ったまま気を失ったベルが残されていた【ロキ・ファミリア】の宴席。

 空気を読まないアマゾネスのティオナがベルに近付いて叫ぶ。

 

「これ傷だらけで失神ていうレベルでは無いよ。ねぇリヴェリア治してやって」

 

「これなら私よりも専門の治療師(ヒーラー)の方が良いだろ、リーネ頼む」

 

「へっ!? 私が」

 

 ハイエルフで副団長でもあるLV.6のリヴェリアは本来三つの魔法しか使えない眷属の枠を超えて詠唱呪文の長短による効果を変える事による治療呪文も使えるのだった。それ故に二つ名は九魔姫(ナイン・ヘル)

 だが治療なら専門家が良いとLV.3のヒューマンの少女に任せたのだった。

 ベートが出て行った事に気を取られていた少女は突然の指名に間の抜けた声を出したが、本来優しいヒーラーの彼女は直ぐさまベルに近寄り様子を見て驚いた。

 拳が砕けベートの足を挟んだ肘と膝も出血をしておりそのまま蹴りが入った肋も折れていた。手加減をして居た筈のベートの攻撃を受けていた腕や肩にも罅が入っていたのだ。

 むしろ激痛で意識が残っているのでは?という酷い有様を聞いたロキは根性はあると感心しガレスも一度手合わせをしたいと思ったりしていた。

 

「ミア母ちゃん、酒場の修理費を含めた賠償金とこの坊主の食費はうちが持つから」

 

「随分と甘いんだね」

 

 ロキの言葉に女将は珍しい事もあるもんだと言っていた。

 

「ベートが言い過ぎたのは確かだし、これだけ根性を見せてくれたんや褒美で坊主の借りや無いんで今度来たら気にすんなと言うとき」

 

 ミアの言葉にニヘラと笑うロキ。

 

「これ、治療魔法だけで間に合わないけれどハイ・ポーションを使って良いですか?」

 

「おう、構よんよ。それにしてもリーネは準備が良いなぁ」

 

 治療の結果怪我も癒え暫くして意識を取り戻したベルは己の身体を動かして不思議そうにしていたが、ロキから手当てをして貰ったと聞き慌てたのだ。

 

「申し訳ありません。師匠を侮辱されたとは言え酒宴を邪魔という無粋な真似をしてしいました」

 

「ベートも言い過ぎたからお互いだよ。それよりも君の師匠は今はどうしているのか聞いても良いかな?」

 

「構いませんがただ、僕の師匠であるザル=ザキューレは既にこの世に居ませんからもう会えません。都市の外の人でこの世界で僕がただ一人の弟子で同じ技の使い手もいません」

 

 フィンの言外にキシュラナ流剛剣()術に付いて問いかけている事を察して答えるベル。

 但し異世界の剣術と言う事は隠しているがそれ以外は本当の事であり、神ロキも嘘は言っていないとフィンに視線で返答していた。

 

「そうか、眷属で無い一般人の剣士だったんだね」

 

「それでも岩だけでなく鋼も切り裂ける人でした」

 

 殺文字剛剣()を使わずに刀だけで兜割りや岩石を切り裂き、弱体化した都市外のとはいえこの世界のモンスターを実際に斬った姿を見た過去の経験とアシュリーナでの魔獣の戦いの話を聞いていたベルの言葉に嘘は聞こえなかった。

 

 その後フィンに再度謝罪をした後にシルにも一言声を掛けて店を出ていくベルであった。

 

 

 

「ただいま」

 

 廃教会の地下室に戻ったベルは習慣で挨拶をしながら俯いたまま扉を開けると魔石灯が点いていて思わず顔を上げるとヘスティアが立っていてこちらを見ていたのだ。

 

「神様…… 今日はバイトの打ち上げで遅くなるのでは」

 

 ベートとの喧嘩で食事もそこそこに帰った自分の方が早いと思っていたベルは思わず聞いたのだ。

 

「嫌な予感がして早く帰ったんだけど、正解だったようだね」

 

「はい、丁度雨が降り始めたから濡れずに済んで良かったですね」

 

 ベルの的外れな台詞に眉を顰めながら指摘する。

 

「ベル君。その服はどうしたんだい? 傷は無いみたいだけどボロボロじゃないか」

 

 ヘスティアの指摘通りベートの蹴りを挟んだ肘と膝の部分は破れ受け流した腕や肩の部分もほつれていて、何よりも血の跡が残っていたのだ。戦闘衣(バトル・クロス)ではない普通の服では一般の冒険者の喧嘩でも耐えられないのに手加減をされたとは言え第一級冒険者の拳撃に耐えられる訳が無かった。

 最初は黙っていたが、漸く口にしたのは祖父に対しては否定できなかったが師匠に対しては莫迦にされて許せなくて喧嘩になったと。

 レベル差で歯が立たず逆に同情されて治療をされてしまったと。

 

「判った。まずはシャワーを浴びなさい」

 

 着替えを持ってシャワーに向かったベルを残し破れた服をチェックしたヘスティアはズボンは繕えそうだが、上着はもう駄目だと、一体どんな喧嘩をしたんだと思ったが、シャワーから上がったベルにはもう寝なさいととだけ告げたのだった。

 

「神様。僕は強くなりたい」

 

 ソファーベッドに横になったベルは一言呟き顔を隠したのであった。

 

「ベル君。君はソロで頑張っているしステータスも成長期で向上している。充分強くなっているよ。

 兎に角もう今日は忘れて寝なさい」

 

 バイト先のマスコット扱いや初めての眷属で浮かれている普段の駄女神振りが嘘の様に本来の権能竈の守護者として家族や孤児への守護者慈母女神としての顔を見せるヘスティアであった。

 




 ベル君敗北しました。
 治療魔法にハイポーション使用を知ったらその必要経費にベルもヘスティアもきっとぶっ倒れていたでしょうね


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08 噂

 ギルド本部事務室

 

「雨が降って来た」

 

 夜の九時を過ぎた頃ギルド職員の多くが祭りの準備に追われ残業を行っている所でベルを担当するエイナも残っていて窓の外を見て呟いていた。

 

「エイナ~助けて~」

 

 同僚で同期のミィシャが書類整理に音を上げていた。

 小柄でピンクの髪をしたヒューマンの彼女はエイナの友人でもあり色々と仕事のフォローをしたりしてエイナにとっては手の掛かる妹のようでもあった。

 

「エイナはもう祭りの書類は終わったんだ」

 

 書類仕事に飽きたのかエイナの書きかけの書類を覗き込んでその様な事を言ってきた。

 

「班長から担当の新しい情報が欲しいと言われて纏めているんだけどね」

 

「エイナの担当って兎人(ヒュームバニー)よりも兎っぽいヒューマンの男の子だったよね」

 

 頭上に手の平で兎の耳の様な格好をして聞いてくる。そして書類を持ち上げて。

 

「ソロで半月でもう5階層って凄いじゃない」

 

「昨日も5階層で死に掛かったのに今日も又忠告を無視して潜っているのよ」

 

「でも昨日のはロキ・ファミリアが討ち漏らしたミノタウロスが登って行った事故でしょう」

 

「それでも、5階層からは構造も出現するモンスターも変わって来て危険なのに無謀すぎるよ」

 

「随分と過保護だね~、一応オラリオに来る前にも訓練はしていたんでしょ」

 

「あくまでも一般人の訓練だから、それに過保護とかそんな事無いわよ、危険なのは間違いないから。それと冒険者の情報は秘密だからね」

 

 ミィシャの言葉に反論するが説得力は無くて強引に話を終わらせたのだ。

 

 

 翌朝ヘスティアファミリアのホーム

 

「今からバイトに行くけど、昨夜の喧嘩の分のステイタスを更新するよ」

 

 朝の素振りを終えてダンジョンに向かう前にヘスティアが声を掛けて来たのだ。

 そして。

 

 LV.1

 力  H144→G228

 耐久 I98 →H192

 器用 H168→G243

 敏捷 G258→F334

 魔力 I0

 

 魔法【】

 スキル【】(【憧憬一途(リアリス・フリーゼ)

        ・早熟する

        ・懸想(おもい)が続く限り効果持続

        ・懸想(おもい)の丈により効果向上)ベルには秘匿

 

 ステイタスの上昇値がトータル329!?ダンジョンに潜った昨夜の更新よりも上昇値が大きいというよりも記録更新も良いところだろう。

 ヘスティアは【憧憬一途(リアリス・フリーゼ)】の効果に戦慄した。

 

「ベル君、昨日喧嘩したと言っていたけれど誰としたのか教えてくれないかな~」

 

 腹の底からゴゴゴという擬音が聞こえる位の暗い声で問い質し漸く口を開いたら。

 

「ロキファミリアの第一級冒険者の狼人(ウェアウルフ)って言ったら凶狼(ヴァナルガンド)ではないですかーッ」

 

 思わず大声を上げそれでボコボコにされたら、そして憧憬のアイズの目の前で遣り合っていたのなら、これだけの上昇もあり得ると納得したが。

 

「君は~、ロキファミリアと抗争をしたいのか?というか噂に聞く凶狼(ヴァナルガンド)だと再起不能になっても知らないわよ」

 

 溜息を吐きながら「今後無茶をしないでね」と言いながらステイタスを紙に書かずに口頭で終わらせたのだ。

 そしてその上昇値に改めて無謀な挑戦をしたと理解して顔を引きつらせるベル。

 だがそれでもこれなら6階層も挑戦できると奮い立ったのだ。

 

 そうやって謎のやる気に満ちたベルを見送って食事と食器洗いを済ませてバイト先のジャが丸くんの屋台へと向かうヘスティアであった。

 

 そこでは昨夜も一緒に飲んだ神友(しんゆう)(貧乏神仲間とも言う)タケミカヅチも同じくじゃが丸くんの屋台で頑張っていた。

 店主から屋台の売り上げでヘスティアに負けていると叱咤されて頭を下げる姿に神の威厳は無い。

 ヘスティアと違って眷属も複数いて上級(LV.2)冒険者が団長で最近もランクアップを果たした眷属も居るそれなりのファミリアだが故郷の極東の孤児院に寄付をしているために万年金欠状態であったのだ。

 

 昼前には「やはりマスコットキャラの有無の違いか?」と売り上げに悩んでいるタケミカヅチを他所にヘスティアの所に新たな客が現れていた。

 

「小豆クリーム抹茶味と新作を一つづつ」

 

「アイズはチャレンジャーだねえ、わたしはバター味を二つ」

 

 昨夜の飲み会から回復したアイズを誘って街に繰り出したティオネが小腹が空いたと屋台に向かった先がアイズのお気に入りの屋台であった。

 

『げっ、ヴァレン何某』

 

 先日のスキル発現以来意識している少女を見たがそれでも客だと無理に笑顔で接客をして揚げ始めるヘスティア。

 

「おっ、居た居た~」

 

 そんなヘスティアを無視して彼女の天敵とも言えるロキがベートとフィンを連れてやってきた。

 ロキが出かける時にベートを無理矢理引っ張り出してそれを見たフィンも親指は疼かないが気になると一緒になったのだった。

 

「タケっちも久しぶりだな」

 

 売り上げに悩むタケミカヅチにロキは絡んでいたのだ。

 

「ちょっと教えて欲しいんだけど良いかな?」

 

「こっちはバイトで忙しいんだが」

 

 ロキに対して貧乏ファミリアを揶揄いに来たと不機嫌に応えるタケミカヅチ。

 

「そう言わんと、じゃが丸くんもまとめて買うから」

 

 色々と説得してロキは武士(サムライ)と合気術に付いて聞いてきた。

 

「極東出身の武神に聞くのが一番だからや、それで今はどれだけ活躍してんのや」

 

「侍か」

 

 難しい顔をしてタケミカヅチが説明する事によると古代から神時代(しんじだい)に移ってからは合気を始め柔術や拳術など格闘術は共に衰退していると。

 

「どうしても神の恩恵(ファルナ)を得ての力任せの方が楽だし基本対人戦の技術だから」

 

 と言ってロキに己の襟元を掴ませれれば、軽く力を入れずに地面に押し付けた。

 それを見て「胡散臭い」とベートが挑戦し同じく抵抗も出来なかったのを見て離れた所に居たアイズとティオナも寄って来ていた。

 

「この様にデミ・ヒューマンの骨格も筋肉の付き方もヒューマンと同じだからてこの原理や動きの初動を抑えると力が無くても取り押さえる事が出来る」

 

 今ならガネーシャの様な治安維持向けだなと続け空気投げと言う相手の力を受け流して崩す技が有るがロキの言う合気がそれだろうとベート相手に実践して見せた。

 

「今でも型ではなく実際に使いこなし第一級冒険者に決める使い手が居るとは知らなかったよ」

 

 短い攻防でもその集中力で汗だくになったタケミカヅチは言った。

 

「冒険者の恩恵からのスキルではなく、鍛え上げた技法(スキル)と言う訳か」

 

 ベルの実力の一端をロキは理解したが説明を聞きその身で体感したファミリアの面々も近いうちに彼が有名になるだろうと、そしてベートが投げ飛ばされたのも決して不名誉ではなく賞賛すべきことだと。

 

「尤も冒険者としてはリザードマンの様に尻尾と言う攻撃手段兼バランサーがある相手やスケルトンみたいな筋肉の代わりに魔力で身体を動かしている相手には効果が薄いし、人型以外のモンスターには剣術の方が有効だから衰退しているのも仕方がないんだ」

 

 そう言って自らが汗だらけで店主に怒られると焦る彼に着替えてからじゃが丸くんをお好みセットを10箱買うから安心せやとロキはフォローしたのだ。

 結局お好みセット10箱の他に後から来たアイズの無言の圧力で新作セット5箱も追加で購入したのであった。

 

「後は、これは情報料や、自分の所で新しくランクアップした()が居たやろ。命名式で庇う気は無いがこれで似顔絵を描いて他の神に気に入られて擁護して貰うのを期待せや」

 

 最後に余分な金を情報量として払ってホームに戻るロキ達であった。

 

「つまり、あの坊主は相手の動きを理解して操作が出来ると言う事は、自らの動きも完璧に制御できるちゅう訳や。

その内に活躍する噂が聞こえて来るやろな。どうだベート自分が嫌っているLV.1で満足している雑魚ではなさそうだぞ」

 

 ロキの言葉にジャが丸の箱を持たされたベートは鼻を鳴らしていただけであった。

 

 

 ギルドも昼頃で暇になっていた頃にミィシャがエイナ元にに駆け込んできた。

 

「聞いた? エイナの担当の子、ロキ・ファミリアのベートと喧嘩したんだって!」

 

「なんですって!」

 

 駆けて来たミィシャを注意しようとしたらそれ以上の驚愕に思わず大声を出すエイナ。

 ゴホンと咳払いをして問い質すと、白髪の少年冒険者が昨夜酒場で一発殴ったらそのまま逆襲でボコボコにされたと冒険者たちが噂していたのとの事だった。

 

 これは今日の報告に来た時に問い質して厳重注意をしなければと怒っていたのだった。

 それを見たミィシャはベル君は今日ギルドから説教で帰れないと同情したのであった。




 原作だと寝込んでいたベル君は元気にダンジョンに。
 喧嘩をした余波で名前が不明でも無謀な兎と冒険者たちに存在を知られたようです。


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09 挑戦

 主神(ヘスティア)がバイトで頑張っている頃ベルは6階に挑戦していた。

 ステイタスも5~7階層の適正値GからFにほぼ達成しており出来る限り資金集めをしたい今、エイナの助言を無視して潜っていたのだ。

 昨夜の酒場の賠償金でロキが払ったと知らず不足(床まで破壊)していると思い込んで払わなければと少しでも多く稼ごうとしていたのだ。

 更にギルド支給の安物の刀がミノタウロスの攻撃をいなしたらガタが来て寿命が近いと買い替えが必要となったのだ。

 6階層の新米殺し、ウォーシャドウは攻撃力と速さはあっても耐久力はゴブリンやコボルト並みと刀の負担と魔石の引き取り価格から見てベルにとっては美味しい存在であった。

 頭部が扁平な楕円型で目などが無くてどこを見ているか判らないが身長が160C(セルチ)程度とベルよりも少し低いだけなので頭部を切り落としたり袈裟切りや心臓への突きが狙い易く新人殺しと言われるがむしろ対処しやすい存在であった。

 

 ルームに入った時ベルにダンジョンが遂に牙を剥く。

 行き止まりの唯一つの通路からは蛙のモンスターであるフロッグシューターが。

 壁からは新たに産まれるウォーシャドウが。ダンジョンのモンスターは成体。直ぐに戦える完全体として生れ落ちるのだ。

 更に次々とルームに侵入するモンスターたち。

 そして、その発生頻度は4階層までと5階層以下では全く異なり危険性が跳ね上がるが故に、エイナはベルに口を酸っぱくしてでも「冒険者は冒険をしてはならない」と無謀な挑戦を戒めていたのだ。

 無論10階層以下、特に中層と言われる13階層以下の大量発生による襲撃、怪物の宴(モンスター・パーティー)よりは少ないが下級冒険者のパーティーですら危険なのにソロのベルにとっては……。

 

「周囲は全て敵。どこを振っても中る訳だな」

 

 危機感は無かった様だ。

 それでも、基本一対一で同時に複数当たる様な位置取りは避けて次々と切っていくのだ。

 

「ふうっ。今日はこれくらいにしようか」

 

 ルームに襲ってきたモンスターを一掃した後、魔石やドロップアイテムを回収の為周囲の壁を傷付けた後(壁が修復中はモンスターは現れない)ベルはそう呟いたのだ。

 今日は既に地上へバックパックが一杯で何度も往復をしていたのだ。

 

「魔石やドロップアイテムも4階層迄よりも高く換金出来るけれどその分大きくて直ぐに一杯になるからサポーターが欲しいなぁ」

 

 

「ろ・く・階・層?!」

 

 報告に向かったベルの前には瘴気を纏った笑顔でエイナが区切りながら確認してきた。

 

「は、はい。エイナさんに教えられ通りにウォーシャドウは耐久が低くて刀に負担が掛からず斃しやすかったです」

 

『そうではないでしょう』

 

 ベルの言葉に内心頭を抱えるエイナ。

 

「とにかく! 今のベル君には新人殺しの出る6階層はおろか5階層でもステイタス不足で厳禁だと今日は夜通し教育させるわ」

 

「いや、今日は用事があるから、それに昨日でステイタスのほとんどがG以上になったから」

 

「G以上?」

 

「そうです」

 

 これ以上の学習は困ると主張するベルに疑わし気なエイナ。

 

「神様の言う事では今は成長期で伸び盛りだと」

 

「確かに一昨日はミノタウロスと戦い、昨日は第一級冒険者と喧嘩と経験値は得やすかったでしょうけど」

 

「どうしてそれを?!」

 

 エイナの言葉に冷汗を掻くベル。

 

「ロキ・ファミリアと喧嘩をするって何を考えているのっ! 一歩間違ったらファミリア間の抗争になって瞬殺されていたのよ」

 

「す、すいません」

 

 ヘスティアからも言われていて謝るしかないベル。

 

「それで、サポーターね。

 5,6階層で何往復もする位の稼ぎの今なら雇う事は出来るでしょうけど、無所属(フリー)サポーターが何人かこの前まで居たけれど皆別の神様の眷属になって雇えそうな人が居ないの。新しいサポーター志願者か冒険者志望が居たら紹介するから待っていてね」

 

「わかりました」

 

 そう都合よくいかないかと我慢をするベル。

 

「色々言いたいことがあるけど、今日は我慢してあげるからお帰りなさい」

 

「ありがとうございます」

 

 しばらくしてお茶を持ってきたミィシャは「エイナは弟君に甘いわね」と言ってきた。

 

「仕方が無いわよ、あんな顔をされたら。でも熟練度の上昇が早すぎて心配になるわ」

 

「単なる農民ではなくて、剣士だったんでしょそれなら成長する人もいるでしょう」

 

 尤も初対面の様子だとそんな凄い子に見えなかったけどね。と続けるのはミィシャらしかったが。

 

「これ以上無茶をしない様に、そして巻き込まれた時の対策としてダンジョンの知識をもっと叩き込まないといけないわね」

 

「ウッヒャー、お手柔らかにね」

 

 そう言って通常業務に戻る二人であった。

 

 

 この後ベルはご機嫌であった。無事にエイナの説教から逃れられて、残りの魔石を換金したら今日の総額は8,000ヴァレスに近い金額と過去最高の最近の2倍近い稼ぎとなったのだ。

 

 その足でベルは昨夜の酒場「豊穣の女主人」に向かったのだ。

 丁度昼のカフェテリアから仕事帰りの職人や冒険者相手の酒場へと変更の準備中で客が途絶えた時だった。

 

「すみません、シル・フローヴァさんと女将さんがいらっしゃいませんか?」

 

 キャットピープルの店員に声を掛けるベル。

 

「あーっ!昨夜店を壊して逃げたシルの客人ニャー。あれから片付けや弁償でシルも大変だったニャー」

 

「ご、ごめんなさい」

 

「煩い! シルは買い出しで留守ですがミア母さんは居ますので呼んできます」

 

 思わず謝るベルを他所にキャットピープルの後ろから現れたエルフの店員が頭にチョップを喰らわせて黙らせると引き摺って行った。

 

 その実力行使にエルフの幻想がガラガラと崩れたベルは黙って見るしか無かったのだ。

 

「なんだ、坊主態々来てなんの用だい?」

 

 ドワーフと思えない巨体にそれ以上の威圧感に押されながらも「昨日の迷惑料を持ってきました」と答えるベル。

 

「律儀だねぇ。昨日だって食事代よりも余計に支払っていたのにまた払おうって真面目さに気に入ったよ」

 

「それから金は気にしなくて良い。神ロキがお前さんの戦い振りを見て感心したのとベートの方が非が有ると全て立て替えたから」

 

 更にミアはそう言って昨日の支払った金も返そうとしたのだった。

 

「追加は有難くロキ様に甘えますが借りは作りたくないので昨日の分は受け取れません」

 

「意地っ張りだねぇ。……坊主」

 

「なんですか?」

 

 しばらくベルの顔を見て告げた。

 

「冒険者なんてカッコ付けるだけ無駄さ。最初のうちは生きる事だけに必死になれば良い。背伸びしても碌な事にはならないからね、それでも師匠の為に、他人の為に意地を通すのは嫌いではないよ」

 

 そしてニカッと笑い続けた「みじめだろうが、最後まで立っていた奴が一番なのさ」と。

 師匠の最期の言葉「生き伸びて最後に勝てれば良い」を思い出し胸が熱くなったベル。

 

 そう言って胸を叩き「邪魔だから帰るんだ」と追い出されたのだった。




 寝込まずにそのままダンジョン挑戦して「豊穣の女主人」に向かったので埋められると言う警告が有りませんでした。
 そして、6階層をメイン狩場にしているベル君です。


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10 神の宴

 ホームに帰ってからヘスティアに今日の出来事を換金したお金と一緒に報告したベルであった。

 

「それから、刀について気にしなくて良いから無理にダンジョンを挑戦しないで」

 

「それって?」

 

「明日、夕方から出かけてしばらく帰らないと思うけれど、その間に目途を付けて来るから決して無理をしないで」

 

「は、はい」

 

 よく理解を出来なかったがとにかく神様を信用しようと思ったのだ。

 

 そして恒例のステイタス更新

LV.1

 力  G228→G266

 耐久 H192→G202

 器用 G243→G298

 敏捷 F334→F386

 魔力 I0

 

 魔法【】

 スキル【】(【憧憬一途(リアリス・フリーゼ)

        ・早熟する

        ・懸想(おもい)が続く限り効果持続

        ・懸想(おもい)の丈により効果向上)ベルには秘匿

 

 トータルの上昇値が152と相変わらずの数値にヘスティアは内心引き攣っていたのだ。

 

 

「行って来ます!」

 

 今日も元気に朝5時に起きて素振りと型稽古の後に朝食準備とヘスティアを起こし腹ごなしとダンジョン前にウォーミングアップを兼ねてバベル迄駆けていくベル。

 【戦姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。彼女は冒険者仲間からダンジョンに潜る時間の方が地上に居るよりも長くてモンスターの大群を単独撃破を行ったりして二つ名の【剣姫】をもじって付けられた渾名である。

 そしてベル・クラネルと言えばこの半月でダンジョンに潜らなかったのはミノタウロスと接触する前日のみで、その日も半日は鍛錬と連続した戦闘による型の乱れの矯正で疲れも普通なら取れ切れる物では無かったが、そこは若さとキシュラナ流剛剣()術の鍛錬法の効果であろう。

 充分【戦姫】もとい【戦鬼】と呼ばれる素質がある行動であった(既にウォーシャドウ程度なら殲滅している)。

 

 一方本物の【戦姫】ではなかった【剣姫】アイズは昨日タケミカヅチの柔術を見てティオナ、ティオネのヒリュテ姉妹と共に対抗手段などを練習し結論は発展アビリティで拳打を持つ彼女らと違い、剣士であるアイズは同じ土俵の格闘術よりも剣術の方が効果的という当たり前の結論に達しただけであった。

 そして今日は久しぶりにダンジョンと思ったが、朝食後に。

 

「アイズ~! 遊びましょ」

 

 ティオナの乱入に断り切れずに今日も街中へ外出となったのだ。

 遊びに行くメンバーは想い人である団長のフィンと一緒に居たい姉のティオネを無理矢理引っ張り、「わ、私も一緒で良いですか?」とエルフらしく魔導士(後衛)のレフィーヤもおずおずと聞いてきて屈託なく同意して四人で遊びに行く事になったのだ。

 

「それでどこに行くのよ」

 

「まずは買い物。アイズの服を買おうよ。

 アイズは折角美人なのにロキの選んだ服以外は禄に持っていないんだからオシャレをしましょ」

 

 姉の言葉にティオナは答え、バベルを中心に八方向あるメインストリートの内、都市最北端にある黄昏の館に近い北は商店街としても発展しており、世界各国から各種族が集まっているオラリオは種族に地方の風俗が集まり大手商人が注目しそこに商業系ギルドが参入して活況した所に更に神々の先進的なセンスが混ざり服飾関係が発展していたのだ。

 最初に連れられた店は当然アマゾネス専用店でありアイズと何よりもレフィーヤが強硬に反対をしてヒリュテ姉妹が自分用のを幾つか買っただけでエルフ向けを推薦したレフィーヤに対して「動き辛い」とティオナが文句を言って、結局ヒューマン向けの店でアイズを着せ替え人形にして楽しんでいたのだ。

 その後数着を購入し着替えたまま店を出る時に「アイズの笑顔を見たいから勝手にやった事だから」と奢りだと代金受け取りを否定してご機嫌だったティオナだったがすれ違った幼女を見て落ち込んでしまった。

 

「一体どうしたの?」

 

「あの幼女神()小さいのに胸がすごく大きかった」

 

「アホらし」

 

「持つ者には判らないんだ」

 

 双子ヒリュテ姉妹は姉のティオネはフィンに気に入られるように髪を伸ばしたりお淑やかになる様に努力しているが最大の違いはその胸部であった。

 ティオナ曰く母親のお腹の中で全て取られたと虚しく主張しているので何時もの事と聞き流されていた。

 

 

『あの娘、ヴァレン何某と昨日一緒に居たからロキの所のアマゾネスだね。

 神の恩恵(ファルナ)をうまく隠しているが、どんなドーランを使っているのかな?』

 

 ヘスティアは地上に降りてから神友(しんゆう)のヘファイストスの所で追い出されるまで働きもせずに居候をしていたのだった。

 その結果普通なら知っている神の恩恵(ファルナ)を隠す(ロック)の掛け方以前に存在も知らないポンコツであった。

 それはさて置き服屋の店員と必死に交渉中だった。

 

「頼むよ。このケープも買うから仕立て直してよ」

 

「お客様、うちはその様なサービスはしてませんので」

 

「そこを何とか、ここで仕立てたものだし、今晩は宴だから」

 

 神の宴

 様々な神が暇つぶしを主目的に開くパーティー。

 ファミリアの規模や主神の性格で格式が変わりドレスコードも様々だがそれでも最低限の服装が必要で、貧乏ファミリアのヘスティアはドレスではなく一張羅のワンピースの手直しで臨もうとしていたのだ。

 

 

「神様ただいま」

 

 その日の夕方ダンジョンから怪我も無く無事に帰ったベルが見たのは、ベルには読めない神聖文字(ヒエログリフ)で書かれた招待状を手にしたヘスティアだった。

 

「ベルくん、これから何日か留守にするけど心配しないで。そして絶対に無理をしないように」

 

「神様、どこか出かけるのですか?」

 

「友人のパーティーに顔を出して皆の顔を見ようと思ってね」

 

「それなら遠慮なく行って下さい」

 

 ベルの屈託ない声と表情にヘスティアは絶対に成功させて見せると内心生き込んだのであった。

 

 黄昏の館でも四人娘が帰った時にロキが珍しくドレスに着飾って出かける所だった。

 

「お~っ!アイズたん可愛いな」

 

 普段ロキの選んだ服か戦闘服(バトルクロス)しか着ていないのにティオナたちが選んだ服を見てグヘヘと笑うロキ。

 

「ロキこそドレスなんか着てど~したの~」

 

 ティオナの疑問に対してロキは。

 

「ドレスも買えない貧乏なドチビを揶揄ってやろうと思ってな」

 

 普段はティオナと同様に絶壁な胸部でドレスを着ないのにそういう訳かとドチビとは誰か不明でも皆は納得したのだった。

 そして嫌がらせに態々商人から高価な箱馬車まで借りて乗り込むという徹底ぶりである

 御者台のファミリア二軍のリーダーであるラウルは如何にも貧乏籤を引いたという顔でいたが。

 

「ほな、行ってくるわ」

 

「行ってらっしゃい」

 

 神の宴に行く事だけは理解して手を振った四人であった。

 

 神の宴

 一般的には暇つぶし目的で神脈作りや新しい話題の提供などがあるが今回のガネーシャは【群衆の主】と自他ともに認められギルドに協力しての治安維持組織でもある大派閥。

 故に交流も広くオラリオに居る神々にほとんどに案内状を出して大盛況なのはファミリアの本拠地(ホーム)「アイアム・ガネーシャ」である。

 これも普通のファミリアだと防諜と広間の収容人数の関係でギルドなどの公共施設を使うのだが、ここもガネーシャは違っていた。

 そもそも「アイアム・ガネーシャ」自体が全高30M(メドル)の胡坐をかいた自身の像であった。

 素顔は象面で隠されているのは普段からそうだが、出入り口が股間と言う事で団員は泣きながら毎日出入りしているとか、そんなところも神々は気にせずに今も堂々と入っていた。

 目的も暇潰しとか財力の誇示と言った物では無く数日後に開かれるギルド主催、【ガネーシャ・ファミリア】協力の怪物祭(モンスターフィリア)の協力とまでいかなくても愉快犯として邪魔だけはしないでくれと言う懐柔が目的の催しであった。

 ロキは今更そんな事に興味が無くて出席する心算が無かったがにっくきロリ巨乳(ここ重要)なドチビがが出席すると聞いて普段の男装ではなくドレス姿でやって来たのだ。

 その姿を見たゴシップ好きな男神などが「ロキ無乳」や「絶壁」などとドレス姿を嗤っているのを「よし潰す」という意思を込めてニッコリするとそそくさと場から離れるのも愉快犯として生き延びる神らしかった。

 

「それにしてもガセだったか」

 

 ドチビことヘスティアを探していると顔馴染みのデメテルとディオニュソスに出会ったのだ。

 ヘスティアと同様にその巨乳に顔を引きつるが、豊穣神としてその大らかな性格には流石のロキも反感を持つことが出来ないデメテルであった。

 

「ここのワインも君の所の葡萄で出来た物だろう。葡萄酒にうるさい私も認めるよ」

 

「ふふっ、ありがとう」

 

 ロキの様な単純な酒好きではなく酒神としてディオニュソスに認められ商業系ファミリアで農業としてオラリオに農産物を卸しているデメテルは嬉しそうだった。

 

「それでロキは怪物祭(モンスターフィリア)に行くのかい?」

 

 探る様な目をして聞くディオニュソスに対して情報管理を徹底して他派閥を探るのはこいつの何時もの事だと大して気にせずに最初は行くつもりも無かったが気が変わって行く事にすると返事をする。

 

「おーい、ドチビ~」

 

 そして目的の神物(じんぶつ)を見付け駆けだすロキ。

 

「何を考えているの?」

 

「何をって?」

 

 デメテルの言葉に質問で返すが。

 

「あなたのその笑顔の時は決まって悪だくみの時ですから」

 

 同郷の神故に付き合いが長いデメテルの目は誤魔化せなかった様だがそれでも笑顔だけで流していた。

 宴に出席した事により祭に行く事を決めたロキ。

 これが今後どう影響していくのか?




 ヘスティアナイフフラグ回です。これが無いと戦争遊戯後のオリキャラが増えて続きが書けません(ビバ借金生活)
 新しい神物登場です。
 今回の出番はこれだけですけど、今後原作の活躍の様に頑張ってくれます。

 ステイタス更新追加です


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11 道化(ロキ)色欲(フレイヤ)(ヘスティア)

 今回はベルもアイズも出番無しです。


「給仕君、踏み台を持って来てくれ!」

 

「俺がガネーシャである」

 

 ガネーシャの宴会の挨拶を他の神々同様に聞き流し談笑せずに立食形式(タダメシ)と言うパーティーを幸いにファミリアの構成員が務める給仕のしかめる顔を他所にテーブルの奥の料理にも挑戦していたのだ。

 そのかでも日持ちのする物は持参のタッパーにせっせと詰め込み給仕に微妙な顔をされていたが、これもベル君の為と心に棚を作って見えない振りをしていたのだ。

 

「おーい、ドチビ~」

 

 そこへ、ヘスティアの嫌いな。聞きたくない声がして嫌々振り向いた先には、珍しくドレスで着飾ったロキがやって来ていたのだった。

 

「なんで君が来たんだよ」

 

「今宵は宴や~というノリやろ。理由を探す方が無粋や」

 

 そこで嫌らしく笑って続けるロキ。

 

「単純にドレスも着れない貧乏女神を笑いに来たんや」

 

 彼女はフォーマルな装いに誤魔化しているが実際は普段着なのでドレスコードには怪しかったのである。

 

「……」

 

「あら~お二人とも久しぶりね~」

 

 反論をしようとしたら色っぽい声が聞こえてきて振り返ると案の定ロキとは違うベクトルで嫌い(苦手)な女神がワイン片手に微笑んでいた。

 

「フレイヤ……」

 

「なんや自分珍しくこんな所に出て来るとはどうしたんや?」

 

 フレイヤ。美の女神、ただその場に居るだけで人だけでなく神々、男神だけでなく女神すら魅了する黄金律を越えた肢体と美貌を持つ存在であった。

 それだけに人目に触れるだけで混乱を起こすのを嫌ってこの様な催しに参加するのは珍しかったのだ。

 ロキと共に黒いドレスで違いが良く判る(胸部装甲の差が)から更に不機嫌になるロキであった。

 

「ふふふ、私だって偶には遊びたいわよ」

 

「ふん、どうせ男を食いたいだけだろ」

 

 ヘスティアが珍しく口調も荒く話しかけるが、これも処女神と性愛も司る美神の相性の悪さだろうか。

 

「ヘスティアも酷い顔をしているわよ」

 

「ヘファイストス!」

 

 フレイヤの陰から出たのは紅い髪と線が鋭く意思の強さを表した顔立ちの美貌と右目に大きな眼帯をした麗人が同じく深紅のドレスに身を包んで呆れた顔をして現れて来たのだ。

 

「さっき、そこでフレイヤと出会って久しぶりと挨拶して一緒に回っていたら彼女があなたを見付けて向かったから一緒に来たのよ」

 

「か、軽いよヘファイストス」

 

「フェイたん久しぶり」

 

 ロキも同じく軽く挨拶を交わして機嫌も直していた。

 

「ロキの所の眷属()の活躍も聞かない日は無いわよ」

 

「大成功しているファイたんに言われるとはうちも出世したなー」

 

 眷属を褒められて先ほどまでのヘスティアとの諍いやフレイヤの登場を忘れデレるロキ。

 天界でのトリックスターとしての悪名を忘れる位ファミリアを愛しているのが判る程態度が軟化していた。

 これはチャンスとばかりにヘスティアが話しかける。

 

「ロキに聞きたいんだけど……」

 

「ドチビがうちに願い事……?」

 

 警戒をするロキを無視して言葉を続ける。

 

「君の所のヴァレン何某に付き合っているとか、想っている子がいるのかい?」

 

「【剣姫】の話なら私も興味あるわ」

 

 ヘファイストスもヘスティアの言葉に乗って興味を示す。

 

「アイズたんはうちのお気に入りや、手を出そうとする男が居たら八つ裂きや。

 先日もアイズたんの手を握った馬鹿が居たが、これはベートに袋叩きにされとったわ」

 

「あらあら、第一級冒険者にやられて逃げ帰ったのかしら」

 

 それまで黙って聞いていたフレイヤが口を挿んできた。

 

「ベートも下級冒険者相手に消し飛ばさない様に手加減を苦労していたが、それでも根性を見せて立ったまま気絶していたんや」

 

 フレイヤに糸目を小さく開いて知っているだろと気配を滲ませても知らない振りを見せていた。

 

「まぁ、兎に角根性を見せても兎野郎にはアイズたんはやらないがな」

 

「ほう、兎人(ヒュームバニー)の冒険者が【剣姫】を口説いたのか?」

 

 ヘファイストスもベート相手に引かなかった冒険者に興味を持ったようだ。

 だがヘスティアはこの流れは不味いと内心冷汗をダラダラ流していた。

 

「いや違う。ヒューマンだが白い髪に深紅(ルベライト)の瞳に冒険者らしくない可愛い雰囲気で兎みたいな印象のサムライや」

 

「ヘスティア。君んところのたった一人の眷属も確かベルと言って白髪の少年だった筈では?

 初めての眷属で喜んでいたが自分よりもダンジョンに出会いを、一攫美少女を狙っていると言って怒っていた」

 

 ロキの言葉からかつての愚痴を思い出したヘファイストスの発言に彼女は反論する。

 

「口ではハーレムは男の浪漫と言っても女の子とまともに口を利けずに固まっているだけだから無罪だよ。

 とにかくダンジョンと女の子に夢を持たせ過ぎた育ての(そふ)が悪い」

 

 フレイヤの存在から男神たちも耳を傍立てていたがヘスティアの発言から彼女の眷属について共通認識を持ってしまった。

 

「DTだな」

 

「間違いない」

 

【悲報】神々にベルはDTと知られてしまう。

 

「ふ、ふ、ふ。それならロキと気が合いそうだけどあなたの所を選んだのね」

 

「ロキん所は門前払いされたと言っていた。他のファミリアも皆断れていて落ち込んでいたからボクみたいな眷属ゼロでも喜んでくれたんだけどね」

 

「ウチんトコの門番には希望者には面説させるから勝手に追い出すなと言っている筈だぞ」

 

「ベル君曰く、これから遠征で団長たちが不在になって戻ってくるのが半月以上先だから滞在費が持たないって言っていたよ」

 

「ウチが居るんだから呼べばよかったのに、信用しなかったのか」

 

 能力よりも趣味や面白そうで選ぶロキ単独で面接は大きくなった今は控える様に団長(フィン)から言われていたのだった。

 

 実際酒場での動きと台詞から気に入っていたロキには逃がした魚は大きすぎたようだ。

 

「というかフィンたちが遠征の時に眷属になったのなら半月程度で5階層に挑戦する素質があったのにどこも受け入れんかったのか?」

 

「自分も眷属にした後話をしたけど、最初は連敗記録で項垂れていて頼りなく見えていたし、元気になったら目をキラキラさせて冒険者とダンジョンに夢を見過ぎな会話をしてきてちょっと引いちゃう位だから眷属の居る所だとリスクが高いと判断されたみたいでね更に落ち込んでの悪循環だったよ」

 

 そのままグラスをテーブルに置いたフレイヤは身を翻して四人から離れようとしていた。

 

「何か用事があると言っていたのにもう帰るのか?」

 

 一緒に会場を歩いていたヘファイストスがそう疑問を投げ掛けるが。

 

「面白い話も聞けたし、ここの男たちはみんな食べ飽きちゃったもの」

 

 周囲の男神たちは悪びれもせずに「サーセン」と言っていたがヘスティアは違った。

 

「だからベル君はロキん所には行っても君の所には行かなかったんだよ」

 

「あら、どうして?」

 

 振り返り妖艶な笑みを浮かべ問い質す彼女に、ダンジョンで美女、美少女との出会いを望むベル君がダンジョン探索よりもホーム内で争って君の寵愛を受けようと必死な所だと出会いは望めないから説明を聞いた瞬間に候補から外したと。

 

「面白い子ね」

 

 更に笑みを深めて今度こそ帰る姿に男神たちは「自分はあんなDTと違ってフレイヤ様一筋です」と声を掛けていたのだ。

 

「やっぱりフレイヤも「美の女神」でだらしがないよ」

 

「でも愛や情欲を司るためにはそれも仕方が無い事だよ」

 

「ダメダメ、ドチビの様な処女神には理解出来ないし、だからこそ彼女を恐れたDTが眷属になるのも納得や。

 それでもウチのアイズたんを褒める目の高さだけは感心だがな」

 

「ベル君はロキに上げないからね。それとも【剣姫】をボクのファミリアに入れてくれる」

 

「それこそアホか認める訳が無いし彼女も行く訳が無い」

 

「せめてタケの様に仲の良いファミリア同士ならワンチャンあったんだけどね」

 

 ヘスティアの言葉にかつての大騒動を思い出し懐かしそうな顔をするヘファイストス。

 

「そう言えばヘラのお気に入りに手を出して生き延びた眷属()が居たわね。決してゼウスファミリア内では強くないのにあの子はどうなったのかしら?」

 

「ああ、居たな。無事に産まれたと聞いたが両ファミリアとも壊滅したし今頃どうなっているのか、幸せになっていれば良いが」

 

「???」

 

 地上に降りて間が無いヘスティアには過去を思い出す二人の会話は疑問だけであった。

 

「ドチビを揶揄いに来ただけだったが珍しい神物に会ったり面白い話を聞けて久々の宴に出て満足だったわ」

 

 そう言い残してロキも会場を後にしたのだ。

 

「あなたはどう? もし残るのなら一緒に飲み直さない?」

 

 彼女の言葉に本来の目的を思い出し一大決心で言葉を紡ぐ。

 

「ヘファイストス。君にお願いがあるんだ」

 

 その言葉に目をスッと細めるヘファイストスであった。




 フレイヤが先に居たため喧嘩にならずベルの所属が知られました。
 そして神々にも【剣姫】を口説く勇者(DT)現ると知名度が上がりました。
 15巻だと遠征帰りだけどそれだとロキファミリアが1週間足らずで遠征再開だから無かった事にしました。
 日持ちのする料理。クッキーなど焼き菓子や果物くらいかな?下手に調理済みだと傷んでしまいそうだし。


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12 鍛冶神(ヘファイストス)誇り(プライド)

「フレイヤ様、昨夜宴からお帰りになってから随分とご機嫌が宜しいようですが何か嬉しい事があったのですか?」

 

「オッタルそうね……」

 

 ダンジョンの蓋でありオラリオで最も高い摩天楼のバベルの最上階。そこをフレイヤの住居として貸し出されているのだ。

 そこから彼女は女王として朝の街並みを見渡していた。

 そして後方には忠実な従者。身の丈2M(メドル)を越える猪人(ボアズ)の武人オッタル。

 その重厚な肉体は二つ名【猛者(おうじゃ)】に相応しく間違いなく都市最強LV.7を納得させる威風の男である。

 

「宴で面白い噂を聞いたわ」

 

 そしてベルの名を出さなかったがフレイヤの美貌の噂とその崇拝と寵愛を得る為に戦いの野(フォールクヴァング)での死闘を聞いて決して入団しないと宣言したこどもが居たとか「オッタルはどう思う?」と聞いたのだ。

 

「そうやって、苦手な事から逃げるようでは大成しないが、フレイヤ様が気にすると言う事はまだ他が有るのですね」

 

「そうね、逃げるのでは無くてダンジョンでの女性との出会いを求めるのに戦いの野(フォールクヴァング)に籠っていたら出来ないとか、私一人より多くの出会いでハーレムが希望だから嫌だと言ったらしいのよ」

 

 コロコロと笑いながら「ねっ、楽しいでしょ」と続けるのだった。

 

「もし、フレイヤ様を見て同じ事を言えたのなら大物ですな」

 

「嬉しいわ。他の眷属()、特にアレンやガリバー兄弟なら問答無用に八つ裂きにしかねない言葉でも落ち着いて返答するから」

 

「恐縮です」

 

 そのまま頭を下げるオッタルだが内心は敬愛する主神を軽く扱う名も知らぬ冒険者に怒りを覚えていたのだった。

 そして、魂の色を見る事が出来るフレイヤが見覚えのある特徴ある魂の輝きの持ち主がダンジョン(バベル)に駆けて来るのを見ていたのだった。

 

 この日も無事にバベルから戻ったベルだが昨日神様が言われたように数日留守にすると言われ不在でも不安では無いが誰も居ない寂しい部屋と言うのはお祖父ちゃんが亡くなった当時を思い出しそれを忘れる為にも中庭で刀を振るう事にしたのだ。

 

 

 

「それで、何時までその変な格好をしているの?」

 

 昨夜ガネーシャの所でヘスティアからお願いと言われ最後まで聞かずに拒否をしたヘファイストスだが、そのまま執務室にまでやってきたヘスティアはタケミカヅチ直伝のドゲザで彼女にヘファイストスの所の武器を譲って欲しいと願っているのだ。

 下界に降りてきて面倒を見ていたが一向に独立をする気が無く居候を決め込んでいた事に腹を立てて、追い出したら神の力(アルカナム)の無い彼女は文字通り零能力者で生活が出来ないと当座の生活資金を渡しても生活費が稼げないと泣き付かれバイト先の世話を焼き、住居として廃教会の隠し部屋を融通と毎回これが最後と言いながらも世話をしたがこればかりは首を縦に振れなかった。

 

「自慢では無いけどヘファイストスのロゴは安くないのよ。オラリオだけでなく都市外の世界中に知られるブランドでその為に多くの眷属(こどもたち)が研磨をしてきて、鍛冶師でありながら必須技能である発展アビリティ【鍛冶】を得る為に上級冒険者を同時に目指してきた彼らの努力は決して安売り出来ないのよ」

 

 彼女の言葉にもそれでもヘスティアはドゲザで頼むしか無かった。

 

「第一冒険者になって半月足らずの子に身の丈の合わない武装は身を亡ぼす元よ。それが判っていないあなたでは無いでしょう」

 

 更に溜息を吐いて言葉を重ね「何故それ程こだわるか?」と再び問い質す彼女。

 

「ベル君は今強くなろうと足掻いているんだ」

 

 ヘファイストスの言葉に説得するのは今しかないと己の想いを全てぶつけるヘスティア。

 

大きな壁(ベート)にぶつかりそれでも越えて目指す頂きに立ち向かおうとしている時に、ボクは君も知っているように無力で何も出来ない。それでは嫌なんだ、せめて少しでも力になりたい、駄目なボクを慕ってくれたあの子を後悔させたくない我儘だと知っているが上を目指すのに相応しい武器を与えたいんだ」

 

「わかったわ。作ってあげる」

 

 ヘスティアの願いに神意を全てぶつけた事に応えてやろうと「甘やかせ過ぎ」と自覚しながらも彼女は立ち上がった。

 

「それでも何十年、何百年掛かろうともあなたが代金を支払うのよ。ただで渡す事はあり得ないんだからね」

 

 釘を刺し彼女の決意を確かめ、ついでに怠惰な性格を改める好機だとも思わないとやっていられなかった。

 

「あなたの子供の使う得物は確か極東の刀だったわね」

 

 ロキとの口喧嘩でサムライでミノタウロス相手に凌いでいたと言っていたのを覚えていたのだ。

 

「そうだよ。研ぎ直したけれどガタが来て寿命が近いんだ」

 

 だからこそ入手の難しい刀で出来るだけ上等なのが欲しいと続けるのだった。

 

「ソロで上層ならそろそろ帰っているわよね」

 

「えっ? 本当だもうこんな時間になっている。うん、いつもなら戻って来ている筈だけど?」

 

 疑問に思う彼女を他所に、その言葉を聞いたヘファイストスは魔道具(マジックアイテム)の呼び鈴を鳴らしたのだ。

 

「主神様お呼びですか?…… おや久しぶりに元居候殿も居られるのですか」

 

 しばらくして現れたは派閥の団長である椿・コルブランド。極東のヒューマンの女性と大陸のドワーフの男性との間のハーフドワーフで170C(セルチ)に届く長身の褐色の肌と黒髪赤眼の端正な女性であり主神と反対の左目を眼帯で隠している彼女は挨拶通りに豪放快活な性格でドゲザから痺れが取れずに床に座ったままのヘスティアにも気にせずに挨拶をしていたのだ。

 

「あなたに来て貰ったのは、ヴェルフを呼んでほしいの」

 

「ヴェル吉を? いよいよ売れないから最後通牒ですかな」

 

 カラカラと笑いながら物騒な事を告げて主神を呆れさせていた。

 

「違うわよ。今日はバベルに納品に向かっているから連れてきてね」

 

「あい、判った」

 

 そのまま特に理由を聞かずに出かける椿。

 

「バベルだから直ぐに戻ると思うから待っていてね」

 

「そのヴェルフって人の作品を売ってくれるの?」

 

「まさか! これはあなたとの完全なプライベートな案件なのよ。他の団員を巻き込む事は出来ないわよ」

 

「それじゃぁ、神匡の君が打ってくれるんだ。これ以上嬉しい事は無いよ」

 

「忘れているかもしれないけれど神の力(アルカナム)を封じられている私には一切の力も使えないのよ」

 

 むしろ発展アビリティのある上級鍛冶師の方が特殊効果のある強力な武器を打てるだろう。

 

「でもそれでも君に打って貰う方が嬉しいよ」

 

 ヘスティアの裏表のない笑顔にこれだから嫌いになれないと内心思っていたりする。

 しばらくして片手に青年を引き摺って椿が現れた。

 LV.5の椿にLV.1(ヒラ)団員のヴェルフが敵う筈もなく強引に走ってきたのが伺える青い顔をしていた。

 

「ヘファイストス様、何か用事があるとお聞きしましたが」

 

 椿が冗談で口にしたように自分の作品が売れていない事を自覚していて、無茶な移動だけでなく緊張で顔を青くしていたのだった。

 

「ちょっとお使いに言って貰いたいの。椿だと目立つからこの地図の所のベル・クラネルという冒険者を武器を持って来て欲しいと告げてここに案内して」

 

「???」

 

 ヴェルフが態々主神が気に掛ける冒険者を自分が呼ぶ理由が判らず、他の女神も同席しているのを見て尚更疑問が重なっているが敬愛する女神からの叱責ではなく依頼だったから「判りました」と素直に応じて「出来るだけ急いでという言葉に頷いて部屋を出て行ったのだ。

 

「椿も仕事に戻ってよいのよ」

 

「主神様が気に掛けるベル何とかという冒険者と、何をするのか興味が有って残らせてもらう」

 

 そう言って椿も同席してヴェルフの帰還を待つことになったのだ。

 




 原作よりも早く折れたヘファイストスは甘いのか?
 椿も彼の存在を早く知った模様
 そしてオッタルのベルへの感情は今後どうなるか?


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13 神匡

「ここか」

 

 地図に描かれていた廃教会を一緒にメモられていた目立たない様に行く事という注意書きに倣って周辺の住民に聞く事も無く無事に着いたのは適切な地図だったからだろう。

 教会の陰になっている奥の方で人の気配を感じたヴェルフが目的の人物か?と行くとそこには一人の少年が素振りをしていたのだった。

 刀をLV.1とは見えない速さで振るっていて次々と繰り返していた姿に声を掛けられずにいるとヴェルフの気配を感じたのか振り返って「神様?」と声を出してそこで始めて見る顔に警戒をしていた少年に誤解を解かねばと挨拶を始めたヴェルフである。

 

「あぁ邪魔をして済まん。俺の名はヴェルフ・クロッゾ、ヘファイストス・ファミリアの下級鍛冶師(スミス)だ」

 

「ヘファイストスってあのヘファイストスですか!?」

 

「お前の言うヘファイストスが何を指しているか判らないがオラリオにあるファミリアはただ一つだけだ」

 

 剣を振るっていた時の姿と違い己の主神の名前を聞いてからの姿は年相応に、いや、それ以下の子供の様に見えたのだ。

 

「で、その主神様からベル・クラネルという冒険者を連れてきて欲しいと頼まれたのだが君で間違いないな」

 

 メモにあった白髪で赤い瞳のヒューマンという特徴に合っている少年に確認をしたヴェルフ。

 

「はいっ! ベル・クラネルは僕です」

 

 姿勢を正して返事をする彼に好感を持ちながら武器を持参して一緒に来るように促したのだ。

 道中何故呼び出されたのかヴェルフもベルも理由が皆目見当がつかず共に理由を聞くというギャグが有ったがとにかく何時もベルがバベルから帰る時に覗くショーウィンドーのあるヘファイストスの支店に着いたのだ。

 

「今日はここに主神様が居られてお待ちかねだ」

 

 そう言って3階にある執務室に入る二人。

 

「あれっ? 神様どうしてここに?」

 

 中には長身の神威から女神と判る女性と長身のハーフドワーフ?の女性と言う見知らぬ二人の他にベルの主神、ヘスティアも居たのだった。

 

「ベ…「お主がベル・クラネルか。手前は椿。椿・コルブランドだ。一応ここの団長をやっている」

 

 ヘスティアが声を掛ける上から被せてベルの両手を握ってブンブンと振り回す豪傑に目を白黒とさせていると言葉を続けて。

 

「お主が来るまでに神ヘスティアから惚気を聞かされておったぞ。剣ダコを見ても充分鍛錬を積んでいるようじゃな。

それに見た所骨格や肉の付き具合からあと10C(セルチ)は伸びそうであるな」

 

 バンバンと身体を叩き骨格を確認しながらそんな事を言う椿にヘファイストスは呆れていたがお構いなしに更に。

 

「ミノタウロスと戦って刀にガタがきてキラーアントとやりたくても不安だからウォーシャドウ相手に稼いでいるんだともな」

 

 

「そこまでにしとけ、彼も戸惑っているだろ」

 

「悪い主神様つい面白そうな冒険者だと思ってな」

 

「ベル・クラネル。悪いが地下の広場に来てくれないかな? 剣の動きを見たい、少し演武をしてくれないかな」

 

「???」

 

「地下には客の冒険者や鍛冶仲間が納品前に製品の性能確認で試し切りが出来る場所があるんだ」

 

 ヘファイストスの言葉に戸惑っているとヴェルフがそう小声で教えてくれた。

 

「流石世界的に有名な鍛冶(スミス)ファミリア。施設も凄いですね」

 

 そして、広場を見て感心した後に促されるままに幾つかの型を背中の刀を抜いて披露するベル。

 そうなると雑念が消え刀と一体となって次々と刀が振られていく。

 その動きは基本モンスターよりも対人の型であったが充分実践的で現状の6階層のウォーシャドウ相手にはソロでも余裕で7階層のキラーアントにも通用すると見ている者にも納得させるほどだった。

 それはミノタウロス相手に斃せなくても捌き、時間稼ぎが出来たのもデマでは無いとオラリオに来るまでどれほどの鍛錬を積んでいたか感じさせていた動きであった。

 

「有り難う、大体あなたの戦闘スタイルを理解出来たわ。今は背中に担いでいるけど将来的には背が伸びた時に腰に差す長さにして置くわね」

 

「もしかして、ヘファイストス様が鍛えてくれるのですか!? いやただでさえ高価なヘファイストス製の武具が主神様自らとなればどれだけになるか」

 

 ヘファイストスの言葉にベルは驚いたのだ。

 

「これはヘスティアとのプライベートだから他の眷属()の手を煩わせれないわ。それに代金についても彼女と話が付いているから君には負担が無いから安心して」

 

「そうだよ、ボクと彼女の仲だから君に迷惑が掛からない様にしているから安心しておくれ。何よりも天上では神匡と呼ばれた腕前だから絶対に満足するよ」

 

 二柱の女神の言葉に安心したベルだが副音声で『ヘスティアに何十年掛かっても払わせる』『ボクの生活どうなるの?』と言うのは幸い聞こえなかった様だ。

 

「どれ、ガタが来たと聞いたが少し見せてくれ」

 

 そして、椿がベルの刀を取り上げ検分したが唸って言葉を続けた。

 

「鍔は違っているが随分前にヴェル吉がギルドに初心者向けに打った刀だな」

 

「鍔は師匠の形見です。茎の銘を見たらからヴェルフ・クロッゾ作で合っています。サイズと値段で購入しましたけれど本気で悩んで予算が有れば別のにしたんですけどね」

 

「何故だ性能も充分だと自負しているんだぞ」

 

 ヴェルフの抗議にベルも反論する。

 

「冒険者、剣士は験を担ぐんです。いちご丸なんて可愛い名前の刀を持っていると知られたらどれだけ莫迦にされる事か。第一武具として情けないです。

 何よりそんな名前のが遺品として残されたら死んでも死に切れませんよ」

 

「俺が打った極東風刀の販売第一号だからいちご丸。何も可笑しくないだろ」

 

 ヴェルフの返答を聞いて駄目だこの人と思い、ヘスティアは額に手を当て、ヘファイストスと椿は諦めた目をしていた。三人ともベルの後ろに居たから気が付かなかったが。

 

「それでいちご丸は幾らで購入したんだ?」

 

「椿さん、7,000ヴァリスです。他の刀と比べて6割くらいだったから仕方なく。兎に角バベルに担ぎ込まれるような怪我だけはしない様にと誓いました」

 

「ほぼ捨て値の半額の値段にまで下げて漸く売れたんだ、自分のネーミングセンスが悪いと認めろ」

 

 椿に切って捨てられてぐうの音も出ないヴェルフ。実際数年間店晒しになっていて半値で売られていたら文句も言えないのも事実だ。

 

「ほれ、アフターサービスで打ち直して修復を今からしてやれ。手前は主神様の手伝いで見てやれないからな」

 

「飽く迄も仕事で無いから手伝いは無用よ」

 

「そう言わずに主神様の本気の仕事を間近で見れる数少ない機会。金を払っても観たい位だし、手伝いも鍔や鞘と言った装飾品だから許してくれ」

 

「仕方が無いわね、言い出したら聞かないから手伝って貰うわ。それからベル君、明後日の9時いえ10時に来て頂戴、受付に話をしておくからその時に渡してあげる」

 

「は、はいっ!」

 

 ヘファイストスの言葉に喜色を浮かべ返事をするベル。そしてヴェルフが自分の工房を案内して修復すると言って出て行ってから表情を変え彼女は言った。

 

「繰り返すけど代金はキッチリ返して貰うわよ、そしてあなたも作るのに手伝って貰うからね」

 

 彼女は執務室に戻り白銀色の金属塊「ミスリル」を選んだ。

 零能力の女神の細腕でも操れる上等級金属の精製金属(インゴット)だ。

 一方椿は最硬金属(オリハルコン)を選んでいた。

 

「ヘスティア殿はまだファミリアのエンブレムは決めていないが、天上での権能は竈の炎で合っているのですな」

 

「椿君それがどうかしたのかな?」

 

「鍔のデザインでヘスティア殿とベル殿、両者の物と一目でわかるデザインにしようと思ってな」

 

 そう言ってニヤッと笑って主神に続いて鍛冶場に入っていった。

 一方ヘファイストスはミノタウロスにも生き延びたがそれでも新人でありステイタスがこれからも伸びる事を考えると更に性能が良いのが将来必要になるが始めから高性能なのは最初に言った様にベル本人の為にならないのは確か。

 一方ヘファイストスのブランド力だけでなくヘスティアが言った様に神匡として手抜きの武具を鍛えるのも良しとは出来なかった。

 

『難しい物ね』

 

 刀の刃長や身幅は将来175C(セルチ)の身長になるとの予想と演武からの戦闘スタイルから直ぐに決まったが、初心者とは言えないが下級冒険者に持たせる第一級装備と言う相反する要素をどの様に実現するか……。

 

『これこそが神匡として腕とセンスの見せ所ね』

 

 難しい条件を前に燃えるのは職人の性。そこは地上の子供も神も関係が無かった。




 ベルは既にヘファイストス派閥のトップとヴェルフに出会ってしまいました。
 ヴェルフの作品が売れないのはやはり遺品として残された時に我らのPCのデータが消去されなかった様な状態ですからそりゃあ売れないと
 日本刀の場合は刀匠の銘だけでその後の活躍で自然と二つ名が付くがこの世界は違うようだからセンスで売れ行きが違ってしまう。
 頑張れヴェルフ。


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14 上層と中層

今回キシュラナ流剛剣()術で一部独自解釈が有ります



「ここが俺の工房だ」

 

 北西のメインストリートにあった支店からホームもある工業区の北東のメインストリートに移って案内されたのは平屋の如何にも鍛冶屋という小さな建物だった。

 

「ほわぁ!」

 

 建物を見て口を開けて感心するベルを中に入れてから改めて刀をチェックして罅など目に見える傷こそ無いが何度も打撃を受けて寿命が近いのが見えていた。

 目釘を抜き焼き直しから打ち直して「いちご丸」は生き返ったのだ。

 

「遅くなったがこれで戻ったぞ」

 

「ありがとうございますクロッゾさん」

 

「クロッゾは止めてくれ俺は家名が嫌いなんだ」

 

「ではヴェルフさん? ありがとうございます」

 

「おう、それでよい。それに自分以外の者が使ってどう言う状態か滅多に見れないから感謝する。それにしてもそんなに名前が嫌か」

 

 ニカッと笑った後に眉を下げてそんな事を聞いてきたのだった。

 

「一度同僚の銘を確認したり相談するだけで売り上げは変わると思いますよ」

 

 お世辞も言えずに、そう返事を返してベルは落ち込んでいるヴェルフの工房を遅くに後にしたのだ。

 その頃は工房の周囲の職場も仕事を終了して家に帰ったり酒場に向かう職人や既に出来上がっている職人があちこちにストリートいたのだった。

 

 

 

 ピピピ!

 日の出と共に小鳥の囀りで目を覚ましたベルは今日もダンジョンに向かう。

 

「よし! 今日も5時ピッタリ。昨日は夜遅くなったが体調も大丈夫」

 

 時計で時間を見てから、身体を揉み解して異常が無い事を丹念に確認しそう呟く。

 

「昨日はヴェルフさんに悪い事を言ったかな? 鍛え直した刀は購入時よりも切味も強度も高くなってキラーアント相手にも問題が無さそうな程手を入れてくれたのに名前だけで駄目出しをしちゃって」

 

 ダンジョンに入る前での朝の素振り後軽く刀身を叩いて澄んだ音色を響かせる「いちご丸」を見ながら呟くベル。

 

「兎に角今日からは新しい階層だ気を引き締めないと」

 

 実は昨日で一番嬉しかったのは今の愛刀の修理でもヘファイストスによる新調でもなく椿の後10C(セルチ)は背が伸びるという言葉だった。

 これでアイズさんの横に並んでも外見上は見劣りしない。後はレベル上げだけだ、目指せ都市最強LV.7。

 目標は高い方が良い。その為にも第一歩として今日は7階層。

 頑張れベル・クラネル、最初の強敵は今日報告する迷宮アドバイザーのエイナ・チュールの叱責だ。

 

 1~4階層迄のモンスターはほぼ躱して戦闘をせずに5階層にまで到達し新たなモンスター【フロッグ・シューター】が集団で通路を塞いでいたのでこれらを一閃。

 

「凄い!」

 

 単に鍛え直しただけでなく柔らかく切れにくく、打撃にも強いフロッグ・シューターの外皮を今まで以上に容易く切り裂く切味に改めてヴェルフの制作時から数年の間の鍛冶の腕前の上昇を感じさせる物だった。

 これならミノタウロスであってもと、もしもを考えてしまうベル。

 

 6階層初出の「新米殺し」である【ウォーシャドウ】。素早い動きと長い腕に伸びている爪による攻撃力の高さと間合いの違いでゴブリンなどに慣れた者が命を落とすが耐久力がゴブリン、コボルト並みの為に既にベルの敵では無かった。

 

「ㇱッ!」

 

 鋭く息を放つと共に一撃で首を刎ね、返す刃で宙に舞う前の頭部を唐竹で真っ二つにするベル。

 

「凄い。今迄だったら首を刎ねても唐竹は無理だった。ヴェルフさんにちゃんとお礼を言っておかないと」

 

 何よりもガタが来る前の新品の頃よりも気が闘気の乗りが違っていた。結果刀身が強化され強度も切味も更に向上してのウォーシャドウとの戦闘結果である。

 内心で「いちご丸」から「切り裂きの剣(仮)」に勝手に改名するベル。

 

 そして初挑戦の7階層。

 そこで初出の「新米殺し」第二弾【キラーアント】と7階層到達早々に出会ったベル。

 

 巨大な蟻に似た赤い姿。

 縊れた腰を起点に持ち上がった上半身はベルに匹敵する高さ。

 アリと違い細い双腕に四本の鋭い爪による強力な攻撃力。四本の足で移動も早い。

 堅い外皮に手古摺る間に鍵爪で致命傷を負い命を落とす冒険者が多いと。

 5階層までのモンスターと勝手が違う故に上層に慣れた冒険者が手間取る間に焦ってミスを誘発するのだ。

 そして、傷を負い危険と判断するとヒューマンには感知できないフェロモンを発して仲間を呼び寄せると。

 速攻で斃さないと更なる【キラーアント】に集られて逃げる事も出来なくなる危険性故に「新米殺し」。

 

 散々エイナにダンジョン攻略情報を叩き込まれ決して冒険しない様にと、だから7階層は危険だと言われたがベルは自分のステイタスが5~7階層の適正値(但しパーティー推奨)に達していて自分が学んだキシュラナ流剛剣()術と打ち直し生まれ変わった「切り裂きの剣(仮)」であれば挑戦できると。

 そうでなければ【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインさんに決して追い付けないと斬りかかるのだった。

 

 斬! 5階層初挑戦の時のミノタウロス戦の様に踏み込み抜き胴を放つと前回と違い今度はその細い胴のつなぎ目を切り裂くベル。

 斬られた事に気が付かず後ろに抜けたベルを探そうと振り返る時に胴が離れ遅れて落下したキラーアント。

 それでもまだ切味が良すぎて生命力が残っているのを確認したベルは状況を理解していない隙に首を切り落とした。

 その間一秒にも満たない時間であった。

 

「良しっ!」

 

 7階層でも行けると手応えを感じ、エイナさんから教わった正規ルートを進む事にしたベル。

 その後もキラーアントと何度か遭遇し危なげなく倒していくと今度は4階層より高くなった天井に【パープル・モス】が飛んでいた。

 

 攻撃力が小さく耐久も弱いが上空に居るから、中後衛の弓手(アーチャー)や魔導士など遠距離攻撃手段のメンバーが居ないと倒すのが困難で今のベル君では無理に飛び上がって怪我をしない様に。

 それに遅効性で弱くて気が付くのが遅れるけど毒鱗粉にも気を付けてね。

 逆にランクアップした時には発展アビリティで耐異常を発現しやすくなる相手よ。

 

 エイナの教育を思い出しながら「でも、僕には攻撃手段がある」と刀に気を込める。

 

剣風(ケンプァー)」 

 

 鋭い剣筋と共に大気を切り裂き真空波(かまいたち)が発生し油断したパープル・モスを両断するのだ。

 

 バックパックが一杯となり一度戻る事を決意するベル。無理は厳禁と戒めるのだった。

 

 

 

 20階層、ベルの上層と違う中層と呼ばれる階層にアイズが居た。

 

 一閃、二閃、三閃。

 襲ってくる蜻蛉型モンスター【ガン・リベルラ】を次々と斃し灰と化す。

 片手剣程度の大きさでも複数が灰となると視界が悪くなりその陰から大型級の熊に似た【バグベアー】が待ち構えたが、そのまま手にしたレイピアで振り下ろされる腕を切り落とし間髪入れずに胸の中央部に突き刺すアイズ。

 

 【ガン・リベルラ】同様に【バグベアー】も灰となる。これは魔石を取り出し時と同じ様に砕かれてもモンスターは灰となるのだ。

 既にバックパックが一杯のアイズには魔石を持ち帰る余裕が無い為に態と砕きドロップアイテムだけを持ち帰る様にしていた。

 

 ここ数日遠征帰りの後ティオナとの付き合いやベルとのベートの喧嘩を見た後の格闘技などの技について考えさせらていた為に【戦姫】と渾名されるくらいダンジョンに潜っていた彼女にしては長かった空白期間を取り戻す様に一人挑んでいた。

 

『使いにくい』

 

 アイズは代剣のレイピアにそう思っていた。

 愛剣のデスぺレートはサーベルタイプに対し刺突中心のレイピアは使い方も射程も重さも違う。

 不壊属性(デュランダル)を与えられた特殊武装(スペリオルズ)のデスぺレートは実は攻撃力は低くレイピアとさして変わらないのだった。

 だが彼女の風魔法、エアリエルは防御に攻撃にそして武器に纏わせる付与魔法(エンチャント)と万能だがその剣技と併せて与えられた武器にもそれ相応の負荷が掛かり繊細なレイピアでは何時もの様な使い方が出来なかったのだ。

 それは今回の遠征で下層に現れた新種。極彩色のモンスターとも言われる芋虫型とその上位種の女王タイプの腐食液を充満したモンスターを強引に切り捨てた彼女への武器を労われというゴブニュの無言の警告と受け取っていたからこそベルのサムライの技に興味を持っていたりもしていたのだ、そしてそれが今回のダンジョン挑戦の空白となって表れていたが結局は潜って試すしかないと脳筋思考となってしまった。

 アイズにとってはソロで潜るのも慣れたものでこの20階層もバックパックが一杯で戻る途中であったのだ。




 ダンジョンと言えばWiz。Wizの+1ソードと言えば「切り裂きの剣」ベルが命名しても当然ですね。
 大森さんはダイ大やアバンストラッシュが好きなのに何故か斬撃を飛ばす技やスキルが無い。
 キシュラナ流剛剣()術もだが交殺法の方が飛ばす技が多いけどそれらを使えるのがこの世界のベルの強みです。
 単純な真空波にしては威力が有り過ぎるから気を上乗せしている事にしました。


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15 ミアハ・ファミリア

 何回目かの往復で帰ろうかと思ったベルはダンジョンの出口にあるカーゴが揺れていてそこからモンスターの気配を感じ取り、疑問に思った所で周囲の冒険者の会話を拾い怪物祭(モンスターフィリア)という初めて聞く単語を疑問に思った所でアドバイザーのエイナさんを見かけ聞こうとしたが真剣な顔で書類を持っていて仕事中だったので今日は止めようと思ったのだ。

 7階層迄挑戦したのを知られて怒られるのも嫌と思ったわけではないよ。誰にも聞かれていないのにベルはそんな事を呟いてバベルを出るのであった。

 

「ありがとうございました」

 

 礼を言ってベルはギルド本部で換金した後外に出ると既に夕暮れになっていた。

 

「おお、ベルではないか!」

 

「あっ、神様こんにちは」

 

 北西のメインストリートを歩いていると男神に声を掛けられたのだった。

 

「ミアハ様は買い物ですか?」

 

 手に買い物袋を掲げた様子を見てそう問いかけるベル。

 

「主神自ら夕餉の買い出しだ。互いに零細ファミリアは辛いな」

 

 その様な事を言っても神様特有の人を越えた美貌と気品が卑しさを感じさせずむしろ気高く感じるのだ。

 実際はベルのヘスティア・ファミリア同様に眷属一人という弱小ファミリアでポーションを中心の治療系の商業ファミリアを運営していて資金不足の発足当初からヘスティアとの付き合いからベルも良くお世話になっていた。

 

「そうだ、ベルにはこれを渡して置こう。出来立ての新作ポーションだ」

 

 そう言って陽気に笑いながら二本の試験官入りのポーションを手渡す。

 

「えっ! 悪いですよ」

 

「何日頃お世話になっている近所の誼さ。これからも贔屓を頼むよ」

 

「ありがとうございます」

 

 そして太腿にあるレッグホルスターの空きにセットした時ベルは気が付かなかったがミアハのキラリと目が光り一瞬厳しい顔つきになっていたのだ。

 

「これからベル君はどうする?」

 

「7階層でドロップアイテムを獲得したので幾つかをミアハ様の所で買い取ってもらいたいと思って寄ろうとしていたのですけど迷惑ですか?」

 

「まさかそんな事は無いぞ。一緒に行こう」

 

 何故かミアハの方が積極的にベルを誘ってくるのだ。

 そうしてミアハ・ファミリアのホーム「青の薬舗」に着いたのだった。

 

「神様。それにベル…」

 

 唯一の眷属犬人(シアンスロープ)の女性であるナァーザが相変わらず眠そうな表情で対応してきた。

 

「ナァーザさん、毒消しを有り難う。7階層で早速使わせてもらいました。

 それでお礼と言っては何ですけどドロップアイテムを買って貰えないかと」

 

 そう言って差し出すのはパープル・モスとレアモンスターであるブルー・パピリオの翅をそれぞれ2枚見せたのだ。

 

「これはっ!」

 

 何時もは半眼のナァーザも目を見開いて驚いていた。ベルの横にいるミアハも同じ様に驚いている。

 オラリオの冒険者の半数近くが下級(LV.1)冒険者の為に上層のモンスターは狩りの対象として多く狙われる為にドロップアイテムもそれだけ多いが、ブルー・パピリオは数が少なくドロップアイテムも出現し辛いからそれなりに高価な物であった。

 ベル自身他に1枚があってそれをギルドで換金したからどれだけ高価が把握していたが、普段から世話になり今日の様に無償で新作を貰っているので恩返しを兼ねて売ろうとしたのだ。

 

「現金は手持ちが少ないからポーションで良いかな?」

 

「ええ、それで充分です」

 

 ナァーザの問いに快諾し10本ものポーションを取り出されたのを見て、普段は1本500ヴァレスのポーションだから計5,000ヴァレスとギルドでの換金で1枚1800ヴァレスだったからパープル・モスの分を含めても充分以上に高値買取になってむしろベルが恐縮しようとした時にミアハが待ったをかけた。

 

「ナァーザ、私の眼は誤魔化されないよ」

 

 普段と違う厳しい声にベルはエッとした顔を向け彼女は冷汗をダラダラと流したのだった。

 

「ポーションを薄めて特有の甘味も調味料で誤魔化しているな! 零能の私でも純粋な技術ではまだまだ負けはしない。先ほどベル君のポーションを見て疑惑を感じたが改めて確認をしたが効能は半分以下、200ヴァリスもしない代物をどうして騙すようなことをして売っていたんだ」

 

 試験管から一滴手の甲に垂らして直ぐさま見破るのは流石治療系の主神と言った所か。

 それ以前に夕暮れの中の試験管のポーションを見て違和感を覚える方が凄いのか。

 

「彼は技術が有り上層の4階層迄なら重傷も避けれるだろうがこれから7階層以降を挑むのならポーションの効能が文字通り命取りになる事が判らないのか!」

 

 それに対する反論は、ミアハのその八方美人で無償配布のポーションで財政が火の車や勘違いをする女性への尻拭いに苦労をしていると不満をぶつけるのだった。

 そしてベルも初めて知ったがナァーザがダンジョンでモンスターに全身を砕かられ更に右腕を食われ右腕だけは治らなかったと。

 そこで治療の施術とアイテムの販売を行っているライバル関係でもあるディアンケヒトの所に頭を下げて義手を作って貰ったのだと。

 左右不対象のの衣服から袖をめくり右腕をベルに見せるナァーザ。

 そこに滑らかな銀の腕が有った、関節部分は宝石で内部が見える。更に手袋を外すと指先まで銀色の光沢で出来た義手が顕わになった。

 この義手の所為でファミリアが莫大な借金を背負いかつては中堅どころとしてディアンケヒト・ファミリアに匹敵する力を持っていたのに団員が皆去り、この様に零落れているのだと。

 すべてが自分の所為だと語る彼女に自分は後悔していないとミアハは言うがそれでも彼女の涙は止まらなかった。

 

「あぁ、悪いが今日はもう遅いから明日、いや明日はフィリア祭があるか。明後日にはヘスティアと一緒に来てくれるかな?こちらから謝罪に行くのが筋だが店を空ける事も出来ないからもう一度謝罪を行いたいと伝えて欲しい」

 

「分かりました。今日は神様は居ないので明日連絡してみます」

 

 そう言ってベルは「青の薬舗」を後にするのだった。

 

 たった一度の失敗で冒険者として活躍出来なくなる。例えアイテムで喪われた四肢が戻っても生きながら食われる恐怖で二度とモンスターと戦えなくなったり、その借金で眷属が主神を見限ってしまう事があると言う事を初めて知ったベルには衝撃的であった。

 

 もしも、自分があの時ミノタウロスに負けていたら彼女の様にダンジョンに挑めなくなったのか? それ以前に生き残れたのだろうか?と実戦では封印しているが剛剣()をより練り込んであのような事は二度と起きない様にしなければと決意を固めたのだった。

 

 

 一方アイズは20階層からの帰還途中にベルも見たコンテナとそれを運ぶ冒険者(象の面のエンブレム)=ガネーシャファミリアを見かけ明日は怪物祭(モンスターフィリア)があるのかと今更のように思い出して邪魔にならない様に別ルートから地上を目指したのだった。

 黄昏の館に着いた時は既に夜も遅くなっていたが、門番に礼を言って入った後は無駄に警戒をしてこそこそと私室に向かったが結局部屋の前で待ち構えていたリヴェリアに見つかりもっと身体を労われと短い説教を受けたのだった。

 

「なんだアイズたん今日もダンジョンに向かったのか。うちに心配を掛けた罰だ、明日はフィリア祭に朝から一緒にデートや」

 

 宴から戻ってから難しい顔をしていたが「アイズたんとデート」とロキの久しぶりの笑顔に愛剣の引き取りに行こうと思ったが延期を決意したのだった。




 クエスト×クエストのフラグが早く立ちました。
 ロキもヘスティアにガネーシャの所で敗れていないので酔いつぶれてはいませんでした。

 それでは良いお年を


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16 怪物祭(モンスターフィリア) その1

 

「まだ早いけど、これから行ってくるか」

 

 朝の9時。今日は待望の新作の刀を渡される日と有って何時もの5時起きからの鍛錬も身に入らず時間が過ぎるのを待っていたベルであった。

 

「行って来ます」

 

 無人のホームだが習慣で出かけの挨拶をして切味を確認する為にもそのままダンジョンに潜れるようにと何時もの皮の軽鎧と武装をして飛び出していくのだった。

 

 

 早朝の黄昏の館

 

 昨夜ロキに心配を掛けた罰だと遊び(デート)に行くと約束させられたアイズは先日ティオナたちに選んでプレゼントをされた丈の短い上衣にミニスカートを折角だからと着込んだが普段と違う可愛い服装に何故か照れてしまったが、それでも一応は主神の護衛も兼ねるからと代剣のレイピアを腰に吊るすと一気に物々しくなってしまったのは残念にも思うアイズであった。

 そして、玄関先でのアイズをみて興奮したロキといつもの遣り取り(セクハラ)があったが街に出るとまずは喫茶店にロキの案内で入ったのだ。

 

「朝食ですか?」

 

「それもあるけどな」

 

 予め予約をしていたのか店員にスムーズに案内され店内へ入ったが言葉を濁すロキ。

 

「またせたか?」

 

「いえ、今来たばかりよ」

 

 気軽にロキが声を掛けるのは声からして女性とわかるフードで顔を隠した神物であった。

 その時アイズは周囲が時間が止まった様に他の客が身動きもせずに静寂に満ちていた事に気が付いた。

 紺色のローブのフードから僅かに見えるプラチナブロンド。一言聞こえた声だけで心奪われる美声。

 これは美の神の持つ権能。神の力(アルカナム)を使わずとも神としてのあるべき姿。

 一般人にはそれだけで魅了されて動けなくなるのも納得だとアイズも得心いったのだ。

 

「それで何時紹介してくれるのかしら?」

 

 そのまま食事を頼んだロキに対し後方で護衛として控えるアイズを見ながら訊ねる美の女神。

 その素顔を見るとハイエルフのリヴェリアを始めて越える美貌を見たと思うアイズ。

 そして油断をすると魅了を発揮していなくても心が持っていかれそうになり思わず心を引き締めると会話が聞こえてきた。

 

「今更そんな必要が有るのか?」

 

「一応彼女とは初対面よ」

 

「それもそうか」

 

 ロキも納得したのか【ロキ・ファミリア】と同等の戦力を有し何かと対立もする都市最強のLV.7【猛者(おうじゃ)】オッタルを団長とするオラリオの双璧または都市最強派閥【フレイヤ・ファミリア】の主神フレイヤにアイズを紹介するのであった。

 紹介が終わり一頻り雑談が済むと雰囲気が一変した。

 隣にロキから座る様に促されたアイズも未だ美に魅了されている周囲の客すらも緊張したのだ。

 

「それで私を態々呼び出した理由は? あなたの所の眷属()も宴の後は引きこもっていて酒も飲んでいなくておかしいと噂していたわよ」

 

「あんの連中~」

 

 フレイヤの言葉に歯噛みするロキ。

 

「それで? 興味が無いと言ったガネーシャんトコの宴に参加したり、今もウチの噂を知っているように情報収集をしている理由はなんだ?」

 

 二柱の女神の神威の圧力に一般客は我に返り恐れて逃げ出したらしい。気が付けば二柱とアイズの三人だけになっている。

 

「男か…」

 

 しばらく睨み付けていたロキがそう結論付けた。

 

「またどっかのファミリアの子供に目を付けた訳かこの色ボケが」

 

 その眷属が普段から対立している【ロキ・ファミリア】や最大人数を誇りギルドに協力して治安維持を行う【ガネーシャ・ファミリア】他には武闘派では無いが都市郊外に広大な農場を持っていてオラリオの食糧供給に重要な働きをしている【デメテル・ファミリア】など都市最強派閥であっても迂闊に触れると火傷で済まないファミリアも幾つもあるから事前に確認をしたと言う事かとロキは見抜いたのだ。

 遅れてアイズもロキの言葉を理解したが、フレイヤは黙って微笑んでいるだけだった。

 

「それで? 今度はどんな奴なんや。色々悩ませたんだから教えろ」

 

「そうねぇ。私の所やロキの所の子と違ってとても弱いわ今はね。でも透き通ってて綺麗だったわ…」

 

 そこまで語って窓の外を見ていた彼女は突然立ち上がり「用が出来たわ」と言って一方的に席を立ったのであった。

 

「なんじゃ? 弱い子などはあの女の好みでは無いだろうに、どんな冒険者だ?」

 

 フレイヤの視線を追っていたアイズも一瞬白髪頭の少年が駆けて行ったのを見かけていた。

 

『まさか、フレイヤが気にしているのは』

 

 アイズの内心も懸念と否定を往復させていた。

 一方ロキはガネーシャの所でのヘスティアが明確に本人が拒否をしたと言ったのに執着をする様な性格と思っていなかったからベルが相手とは思っていなかった。

 

「まぁ兎に角腹ごしらえが終わったらアイズたんとフェリア祭でデートや」

 

 ロキ派閥との対立をする気が無い事を確認した後はアイズとお楽しみやとばかりに宣言をして喫茶店を出るのであった。

 

 

 『どこに行ったのかしら?』

 

 近くで隠れている護衛のオッタルなどに探させても良いがこのまま歩けば見付かる様な気がして一人気ままに散策するフレイヤ。

 

 

 

「よう、早かったな」

 

 ホームの廃教会から完全装備で駆けてきたベルを店前でヴェルフが待っていた。

 

「ヴェルフさん、どうして?」

 

 それなりの距離を走って来たのに息も切らさずに尋ねるベル。

 

「何、待ちきれずに時間前に来るだろうと思って待っていたのさ。それに俺もヘファイストス様の本気の作品をもう一度見たいと思ってな」

 

 そう言いながら背中をバンバン叩きながら店の勝手口から入る二人。

 

「おお、待っていたぞ」

 

 社長室に入ると既に椿が待ち構えていて、どうだ見て見ろと刀を差し出すのだった。

 柄も黒絹で固められ鞘もまた黒漆で全てが黒き刀。

 刃長が更に伸びて約85C(セルチ)(2尺8寸余り)重ねも厚く打ち刀でも太刀に近い反りと外皮の固いモンスターにも足元を襲う小型種にも充分考慮された作りであった。

 そして背が伸びた時には腰に差す事も出来る長さでもある。

 ベルが緊張しながら抜いた刀身は紫紺に輝き自分には読めない神聖文字(ヒエログリフ)が根元に描かれていたのだった。

 それがベルの手に渡った時歓喜するかのように刻印が光り輝いた。

 

「これは…」

 

「ヘスティアの髪の毛と血を混ぜて神聖文字(ヒエログリフ)を刻む事で疑似的な神の恩恵(ファルナ)を得た刀よ。いわばもう一人の眷属でもあるわ。

 成長する武器であり、ベル、君の成長に合わせて威力が増して至高へと至る刀だ。

 逆に言うと君が成長しなければ何時までもニ流三流のままと言う事よ。

 銘はこれは神の刀その物、ヘスティアブレイドね」

 

 そう説明するヘファイストスの言葉も耳に入らない位魅入られているベル。

 同じく主神の渾身の作をヴェルフも見ている。

 鍔を見ると4つの炎が囲み間にベルがあるデザインだった。

 

「手前の傑作の鍔だ。ヘスティア殿の権能の竈の炎とお主の名前のベルを掛け合わせたお主だけの刀だと一目でわかる様にした」

 

 鍔を見るベルに気が付き椿がそう説明をする。

 

「それで試し切りをするか?」

 

 椿の提案に賛同し地下室に向かう四人。

 ヒュン! ヒュン! 幾度か素振りを行い予め準備されていた試し切りのポールに向かうベル。

 上下で50C(セルチ)、中央部で30C(セルチ)ほどの楕円形(ラグビーボール型)の素材を支柱で支えられたポールである。

 

『違う、一昨日の素振りからもう鋭さも気合も違っている。本当に半月前に恩恵を受けた新人冒険者か?

 これではもう少し堅い素材でも良かったか』

 

 第一級冒険者でもある椿すら瞑目するベルの剣速。

 

「闘っ!」

 

 気合一閃。八双の構えから切りかかる。

 刻印だけでなく刀身からも光を放つように見えた(実際は闘気を感じられる椿が見えただけだが)ヘスティアブレイドがポールに唐竹で切り裂く。

 次に返す刀で左切り上げで次のポールを両断更に袈裟切り迄そのまま止まらずに切っていった。

 四本目に斬りかかった右薙は途中までで引き抜きざまに袈裟切りを行いそれでも切断できずに次のポールに向かう。

 一瞬力と気を貯めて上段からの唐竹を再び行ったがやはり刃が食い込むだけであった。

 

「残念ながら、ここまでですね。もう少し斬れたら良かったんですが」

 

 爽やかな笑顔で「実力が有ればもっと切味が上がって最後まで斬れたのに残念だ」と言っているベルに何とも言えない顔で椿が告げる。

 

「最初の三つのポールはキラーアントを想定した硬さで、後ろはハード・アーマードより少し柔らかい程度でキラーアントのは途中までで後ろの方は弾かれると想定していたんだが」

 

 その言葉に「えっ?」と驚く顔をするベル。ついでにヘスティアとヴェルフも。

 

「それでは今日はこれからダンジョンに向かって7階層で確認してきます」

 

「まぁ、待て。今日はせっかくの怪物祭(モンスターフィリア)だ、ここまで尽力してくれたお主の主神様を労わる為にも一緒に遊んでやれ」

 

怪物祭(モンスターフィリア)?」

 

 椿の言葉に疑問を浮かべるベルにオラリオに来てから一月も経っていなかったなと後頭部を掻きながら説明をする。

 ギルド主催で【ガネーシャ・ファミリア】協力で行われる催しでモンスターを調教(テイム)するところを見せると。

 それもテイムが難しい迷宮産を行う事で人気が有り都市外の人間も見物に来るほどだから行ってやれと。

 それで昨日のコンテナとエイナさんの忙しそうな理由も判ったベルであった。

 

「なら神様行きましょうか」

 

「うん!」

 

 ベルの言葉にヘスティアは頷いていた。

 

「服装は仕方が無いが刀二本は見た目が物騒だ。いちご丸だけは俺が預かってやる」

 

 ヴェルフの言葉に素直に従って切り裂きの剣(仮)とバックパックを渡し街に向かう二人だった。




 剣技は凄くてもダンジョンばかりでオラリオの常識に疎いベル君。
 やはりアイズとお似合いですね。
 日本刀の試し切りなら死刑囚や遺体で、なければ巻き藁ですが流石にどれも無いからポールになりました。


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