にじさんじ×ワールドトリガー (Mr.ソロ)
しおりを挟む

第1話「にじさんじ」

大好きなにじさんじとワールドトリガーの妄想が抑え切れず、また誰も(この時)書いていないようだったので始めました。
ポケモンのクロスオーバーも書いてるので投降頻度はその時々になります。途中で諦めたらすみません!その時は誰か書いて!


 

三門市...人口28万人

 

ある日、この街に異世界へのゲートが開いた

 

 

"ネイバー"

 

後にそう呼ばれる異次元からの侵略者がゲート付近の地域を蹂躙。街は恐怖に包まれた

 

こちらの世界とは異なる技術を持つネイバーには地球上の兵器は効果が薄く、誰もが都市の壊滅は時間の問題と思いはじめた...その時

 

突如現れた謎の一団がネイバーを撃退しこう言った

 

 

「こいつらのことは任せてほしい。我々はこの日のためにずっと備えてきた」

 

 

近界民の技術を独自に研究し、"こちら側"の世界を守るために戦う組織

 

界境防衛機関"ボーダー"

 

彼等は僅かな期間で巨大な基地を作り上げ、近界民に対する防衛体制を整えた

 

 

 

それから約三年と半年...

 

 

とある企業に所属するある者達がボーダーに入隊する

 

 

 

 

 

 

4月の末頃…年に3回あるボーダーの正式入隊日の数日前

 

ボーダーの顔役とも言えるA級5位嵐山隊のメンバーは、その日の夕刻まで隊室で広報関連の仕事をこなしていた

 

 

「ところで、正式入隊日の資料にはもう目を通したか?」

 

 

その日の業務があと少しに差し掛かったところで、隊長の嵐山准が木虎藍、時枝充、佐鳥賢、綾辻遥にそう訊ねる

 

4人は頷き、そのまま今期の新入隊員についての話に移る

 

 

「いやぁ、前回の緑川に続いて今回も大型ルーキーがいますよね〜!」

 

「黒江双葉ちゃん…でしたね」

 

「そうそう!あんな小さくて可愛い女の子がね〜!」

 

「なに浮かれてるんですか、佐鳥先輩。たしかに黒江ちゃんは優秀そうですが、他の新入隊員はパッとしない人ばかり。数ばかり増えても意味はありません」

 

「たしかに、C級であるうちは装備も不十分で実際の戦闘には貢献出来ないだろうけど、同じ志を持つ人が増えることは良いことだ。それに、数の多さが活きる時だってあるはずさ」

 

「そう厳しく見ないで、長い目で見てあげてもいいんじゃないかな?」

 

「先輩達は甘いんです。ボーダーに入れただけで満足するような人はC級止まり。質は当然ですが、努力する精神力と意志がなければボーダーにとっては無価値です」

 

 

木虎はトリオン能力の低さを自身の素質と努力によって補い、それを嵐山に買われてA級隊員となった努力家である

 

彼女が新人や今現在所属しているC級隊員に厳しい評価と態度を取るのはそういう背景があるからであり、それをよく知る嵐山隊の全員は理解しているからこそ、その言い分を強く否定したりはしない

 

真面目な木虎の言い分に嵐山達が苦笑いで応えたところで、隊室の扉がノックされる

 

綾辻が扉を開けると、そこにはボーダー本部長の忍田真史が資料を手に立っていた

 

 

「忍田本部長!」

 

「すまないな、嵐山。こんな時間に」

 

「いえ、構いません。何か急用ですか?」

 

「数日後の正式入隊日に入隊する隊員が急遽追加された。これがその資料だ」

 

「新入隊員の追加…!それもこんなにですか…!?」

 

 

忍田から渡された資料の束を見て、嵐山はもちろん他のメンバーも驚く

 

新入隊員の選定は先月の中旬までに終えており、それ以降の追加はこれまで例になかった

 

その上、1人や2人の追加ではなく、資料の分厚さからしてざっと50人以上。急にしてはありえないくらいの人数であった

 

 

「どうしてこんな急に…!」

 

「あぁぁぁぁぁぁっ…!!?」

 

 

木虎が困惑の声を上げるなか、資料を見た佐鳥が驚いたような叫び声を上げる

 

 

「き、急に大声出さないでください!佐鳥先輩!」

 

「し、忍田本部長!これ…本人達ですか!?というか知ってるんですか!?」

 

 

木虎の文句が届いてないのか、佐鳥は木虎を無視して忍田へ質問を投げる

 

 

「彼等がどういう存在かはつい最近知った。その本人達で間違いはない」

 

「え?これ現実…?夢じゃないんすよね…?」

 

「丁度いいので、よければ1発引っ叩いてあげましょうか?」

 

「まあまあ、落ち着いて」

 

「賢、この新入隊員について何か知ってるのか?」

 

 

佐鳥は一度呼吸を整え、落ち着いてから口を開く

 

 

「嵐山さん達は知らないっすよね。この資料の人達は全員、動画配信サイトにおける超有名事務所…にじさんじのライバーなんですよ」

 

「ライバー…?」

 

「まあ、ネット界隈の芸能人みたいなものです。ただ、この人達は先月に港区で起きたネイバーの侵攻の被害にあって今は活動を休止してるんですよ」

 

 

"港区でのネイバーの侵攻"…それを聞いた嵐山達は更に驚愕する

 

3月の初頭、東京の港区でイレギュラーなゲートが発生。そこから現れたネイバーによって周辺地域は被害を負ったが、偶然近くに居合わせていた玉狛支部の隊員によって沈静化されたという4年前の三門市大規模侵攻以来の大事件があった

 

 

(その被害者達がボーダーに…。まだ事件から日も浅いのに…)

 

 

心身ともにその傷が癒切っていないであろうその者達の入隊に嵐山が心を痛めるなか、この異例な件について木虎が忍田に問い詰める

 

 

「ですが、腑に落ちません。この人数の急な入隊を追加するには相応の理由があると思いますが…忍田本部長、御説明していただけますか?」

 

 

たしかに、資料の者達が例の侵攻に関わっており、一企業のタレント的存在だということを加味してもまずありえない事態だった

 

 

「俺からもお願いします。忍田さん」

 

 

彼等の入隊式のオリエンテーションを担当する以上、こうなったことの理由を知る必要がある。そう思った嵐山も忍田への説明を要望する

 

 

「そうだな、説明しておこう。彼等は玉狛支部がスカウトしてきた隊員だ」

 

 

 

 

5月初旬…この日はボーダーの正式入隊日。入隊式が執り行われる会場には入隊の時を待つ新入隊員で溢れており、ざわついていた

 

だが、そのざわつきは気分が落ち着かなかったり、ボーダーに入隊することへの緊張や興奮等からではない

 

同じ会場内…その端に固まっているある集団の存在があったからだ

 

 

「おい!あれ本物か!?」

 

「うそ...!なんでここに...!?」

 

「なんだ?あそこの集団、有名人なのか?」

 

「お前知らないのか!?にじさんじだよ!にじさんじ!動画配信グループの!」

 

「3月に事務所がある東京の港区がネイバーに襲われて今は活動休止のはずだろ…!?なんでボーダーに...!?」

 

「うわぁ...!久しぶりに見るJK組...!しかも生で...!あれ以来音沙汰なかったからネイバーに攫われたかと思ってたけど...よかったぁ...!」

 

「ねぇ!あそこあそこ!クロノワの2人!あっ...!叶さんがこっち見た...!え...!!?手振ってる...!やばいやばいやばい!嬉しくて手震えて振れないんだけど...!っていうか嬉しすぎて死にそう...!」

 

 

その集団...知る人ぞ知るにじさんじのライバーに会場にいる全新入隊員の視線が集まる

 

 

「おい、叶...。なに浮かれてんだよ」

 

「浮かれてるわけじゃないよ。しばらく活動してなかったわけだし、僕達のことを心配してたリスナーにせめてものファンサをしてるだけだよ」

 

「...なんでもいいけどよ、目的は忘れんなよ」

 

「分かってる。でも葛葉はもう少しその怖い顔をなんとかした方がいいじゃない?」

 

「…そういう気分じゃねぇんだよ」

 

「いやぁ、それにしてもやっぱり目立ちますね。普段は画面越しだから緊張しません?僕はそうでもないですけど」

 

「まあ、人前に出ることなんてなかなかないからね。ライブに出たことある人はそうでもないだろうけど」

 

「そういう黛さんもあまり緊張しているようには見えませんね」

 

「まゆゆはメンタル強いからなぁ」

 

 

集まる視線に動じず談笑をしている者もいれば、自分達のことを知っているであろう同じ新入隊員もといリスナーに手を振るなどのファンサをする者もいる

 

 

「あれが例の...ネットの有名人だかなんだか知らないけど、調子に乗っていられるのも今の内だけよ」

 

 

そんな彼等を会場奥の壇上の端...幕の陰に待機して見ていた木虎はぼそりと呟く

 

別段、彼等が周囲から注目されていることに嫉妬しているとかではない。断じてない

 

ボーダーにおいて重要なのは隊員としての価値

 

これまで動画配信という娯楽産業の一つで人々を楽しませ、それ故の人気があるだけの人がやっていけるほどここは甘くはない

 

木虎が心中で彼等のことを批評していると、会場にボーダー本部長の忍田真史が姿を現す

 

忍田が現れた同時に、会場の新入隊員は中央へと集まり整列。整い次第、忍田が入隊式を執り行う

 

 

「ボーダー本部長:忍田真史だ。君達の入隊を歓迎する。君達は本日、C級隊員...つまり、訓練生として入隊するが、三門市...いや、先月に起きた東京港区の一件...ネイバーによる脅威はこの三門市以外でも起こっている。その脅威に脅かされている人類の未来は君達の双肩に掛かっている。日々研鑽し、正隊員を目指してほしい。君達と共に戦える日を待っている」

 

 

忍田の演説にパチパチと拍手が送られる

 

 

「私からは以上だ。この先の説明は嵐山隊に一任する」

 

 

拍手が収まり、最後にそう告げて忍田が会場から出た後、壇上の幕の奥から嵐山達が現れる

 

嵐山隊の登場に一部の隊員が騒めくが、今は正式入隊の最中

 

程なくして静まり、それを確認した嵐山が説明を始める

 

 

「さて、これからオリエンテーションを始めるが、まずはポジションごとに分かれてもらう」

 

 

そう切り出した嵐山はスナイパーを希望する隊員を佐鳥の案内のもと専用の訓練場へと移動させ、残ったアタッカー、ガンナーを希望する隊員に改めて説明を始める

 

 

「改めてアタッカー組とガンナー組を担当する嵐山隊の嵐山准だ。まずは入隊おめでとう。忍田本部長もさっき言っていたが、君達は訓練生だ。B級に昇格して正隊員にならなければ防衛任務には就けない。じゃあどうすれば正隊員になれるのか...最初にそれを説明する。各自、自分の左手の甲を見てくれ」

 

 

嵐山隊に促され、その場の全員が自身の左手の甲に注目する。そこには4桁の数字が示されていた

 

 

「君達が今起動させているトリガーホルダーには各自が選んだ戦闘用トリガーが1つだけ入っている。左手の数字は君達がそのトリガーをどれだけ使いこなしているかを表す数字だ。その数字を4000まで上げること...それがB級昇格の条件だ」

 

 

"だが..."と嵐山は続ける

 

 

「仮入隊の間に高い素質を認められた者はポイントが上乗せされてスタートする。当然、その分即戦力としての期待がかかっている。そのつもりで励んでくれ」

 

 

本人の強さを数値という目に見えるもので示す

 

ならば当然、より強いと判断され、相応の数値を与えられた者はどんな人なのかと人は新入隊員達は周囲を見渡す

 

 

「おい…!あの小さい女の子見ろよ…!3400ポイント…!」

 

 

それを見つけた1人の声に、新入隊員達はある少女に注目する

 

右手の甲に3400の数値が示された少女…黒江双葉は周囲からの視線などまるで興味無いかのように表情を変えず堂々と佇む

 

新入隊員達がざわつくなか、それを圧し殺すように木虎が大きく咳払いをする

 

 

「静かに。まだ説明の最中よ」

 

 

嵐山とは違い、厳しい姿勢を見せる木虎の注意に全員が一斉に口を閉じ、姿勢を正す

 

 

「じゃあ再開するぞ。そのポイントを上げる方法は2つある。その1つは週2回ある幾つかの合同訓練でいい結果を残すこと。これからその訓練を体験してもらうから、ついて来てくれ」

 

 

 

 

嵐山に案内され、一同は通路を移動して先程の会場よりも広々とした空間に到着する

 

 

「さあ、到着だ。ここでの訓練は対ネイバー戦闘訓練だ。仮想戦闘モードの部屋の中でボーダーの集積データから再現されたネイバーと戦ってもらう」

 

 

入隊初日の最初の訓練が本物ではないとはいえ、ネイバーとの戦闘訓練だと知った新入隊員の多くから戸惑いの声が上がる

 

嵐山がこの訓練の説明を軽くし終え、各自に行うよう促すも、急な戦闘に心の準備が出来てないからか多くの者が訓練室へと入るかどうか足踏みしていた

 

そんな彼等を見兼ねてか、それとも単に誰も始めないから遠慮しなくていいと思ったからか、先程そのポイントの高さから注目されていた黒江…そして、例の集団:にじさんじの中から金髪の青年と白髪の青年の2人が進み出て訓練室へと入る

 

 

(黒江ちゃんはともかく、あの2人…。緊張してる様子もないってことは余程自信があるってことかしら?それとも自惚れてるのか…見せてもらおうじゃない)

 

 

部屋の後方…全体を広く見渡せる場所で監督していた木虎は見下すように彼等を見定めようとするが、当の本人達はそんなことなどいざ知らず、室内に出現した訓練用ネイバーと向かい合う

 

そして訓練開始のアナウンスが流れた...直後

 

 

ザンッ!

ザシュッ!

 

 

一瞬の出来事...アナウンスと同時に金髪の青年と白髪の青年の2人がそれぞれ手にしたトリガーを振るい、訓練用ネイバーの急所となるコアを破壊した

 

『記録...0.1秒』

 

あまりの出来事に数秒の静寂が訪れた後...

 

 

「うおおおおおお!!すげぇぇぇぇぇ!!」

 

 

後方で立ち尽くしていた新入隊員から大きな歓声が上がる

 

 

「見たか今の...!?早すぎて何も見えなかったぞ!」

 

「0.1秒ってマジでヤバくないか!?」

 

「しかも2人同時...マジで何なんだあの人達...!」

 

 

2人が叩き出した記録に新入隊員は興奮や驚愕の色に染まる

 

 

「…っ!」

 

 

その中で、2人から遅れること約11秒…訓練を終えて出てきた黒江は悔しさと怒りが混ざった眼差しを向けていた

 

 

(黒江ちゃんの11秒も流石だけど…)

 

(あの2人…!なんて戦闘能力だ…!)

 

 

そして、この記録の凄さを理解している正隊員は皆同様にして驚愕していた

 

先程まで彼等を見下していた木虎でさえも

 

 

(なによあれ...!明らかに一般人の動きじゃない...!)

 

 

ボーダーに入隊後、嵐山隊に属してA級隊員になってからまだ半年少しの木虎でも、この場にいる新入隊員と違って2人の戦闘能力を真の意味で理解していた

 

現在、ボーダーにおける対ネイバー戦闘訓練の最高記録は草壁隊アタッカー:緑川駿の4秒

 

だが、これはあくまで初訓練時での記録

 

木虎は当初9秒だったが、今行えばもっと速い記録を出せるだろう

 

問題なのは、初めてで1秒...それよりも速い0.1秒という記録を出しているということはそれだけ戦闘能力が優れているということ

 

今しがた訓練をこなした2人は明らかに素人ではなく、戦い慣れた者の動きであり、文句なしの即戦力...A級のトップアタッカーにも勝る可能性すらあった

 

 

(ただの動画配信者がなんで...一体何者なの...!)

 

 

木虎は額から流れる冷や汗に気付かないほどに、謎が深い彼等の正体は何なのか...と思考を巡らせる

 

その後、彼等に続いてにじさんじの隊員が次々と訓練室へと入っていき、その半数以上が1分以内...中には最初の2人と同じく1秒を切る者も現れた

 

にじさんじの隊員が戦闘訓練を終え、残りのC級隊員が訓練を始めたところで、彼等の訓練を監督していた嵐山の隣に一人の青年が現れる

 

 

「よお、嵐山。どうだ?今期の新人は」

 

 

額にサングラスを掛けた青年...迅悠一は手すりにもたれかけ声を掛ける

 

 

「迅!珍しいな、お前がC級のオリエンテーションに顔を出すなんて...!」

 

 

最近では本部...それも上層部への用事くらいでしか訪れない彼の登場に驚く嵐山だったが、すぐに彼等をスカウトしたのが玉狛だということを思い出した

 

 

「…例の事件の時にあの人達をスカウトしたのか?」

 

「まあね」

 

 

嵐山の問いに迅はニヤリと笑いながら答える

 

"やっぱりか…"と、嵐山はそう呟き、話題の彼等に視線を移す

 

しばらく黙った後、1つの疑問が生まれた嵐山は再び迅に問いただす

 

 

「なあ、迅…。どうしてあの人達をスカウトしたんだ?」

 

「…というと?」

 

「あの人達はたしかに逸材だ…これから仲間になってくれると思うと心強い。だが、例の事件の被害者なんだろ?ということは、ネイバーへの恨みも相当なものなんじゃないか?」

 

 

ボーダーには、ネイバーへの恨みを持つ隊員が少なからず在籍している

 

その恐怖を味わった者…家を奪われた者…そして、大切な人を攫われた…又は永遠に奪われた者

 

恨みの程度は人それぞれだが、ボーダーで特にネイバーに強い憎しみを持つ者を嵐山は知っている

 

いや、彼についてそれ以上に知っているのは迅本人だろう

 

ネイバーへの強い憎しみに囚われた彼を見る度に、嵐山の心は苦しくなる

 

彼はいつまで、この憎しみに苦しめ続けられるのだろうと…

 

いつになれば、彼の心に平穏が取り戻されるのだろうと…

 

とはいえ、彼がボーダーに入ったのは彼自信の意思によるものだ…誰かに誘われたわけではない

 

そして、目の前の彼等…にじさんじと呼ばれている人達はつい最近にネイバーの脅威を味わい、にも関わらずボーダーに入隊したということは余程の理由…すなわちは大切な誰かを奪われた憎しみがあるからではないか?

 

だとすれば、彼等の中から第2、第3の彼が生まれるかもしれない

 

何も手を加えずとも、いずれはボーダーの存在を知り、入隊していた可能性もあっただろう。もちろん、そうでない可能性も

 

だが、玉狛は…迅は敢えて彼等の傷が癒え切ってない日の浅い内にスカウトしたのだ

 

そうまでして何故、今彼等をスカウトしたのか?

 

迅が冷酷非道な人間ではないことを知っているからこそ、嵐山はその理由を聞きたかった

 

 

「...まあ、嵐山には言ってもいいかな。その代わり、他言無用で頼むぞ」

 

 

しばらく黙考した後、周囲の誰にも聞かれないよう迅は内部通話に切り替えて嵐山に説明する

 

 

『ーーーーー』

 

『......!』

 

 

誰にもその内容は分からない。ましてや、存在自体には気付いていても、誰も嵐山と迅が内部通話をしているなんて思ってもいない

 

木虎と時枝でさえ、"珍しく迅さんがいる"程度にしか思わず、時枝は黙々と新入隊員の訓練の監督を、木虎はにじさんじの隊員に意識を割いていた

 

だから誰も...嵐山の驚いた顔に気付くことはなかった

 

 

『迅...今の話は本当なのか?』

 

『あぁ、本当だ。俺達玉狛は当然、城戸さんや忍田さん…そして彼等にも伝えてある』

 

『彼等は危険を承知した上で入隊したのか…!どうして…!』

 

 

嵐山からの再びの問いに、迅はにじさんじの面々を見据えながら口を開く

 

 

『俺達と彼等にとって…その未来がとても重要なものだからだ』

 

 

"重要な未来"...その言葉を聞いて、自身が予想している以上の何かがあり、それに彼等が重要な存在であると理解した嵐山は、思わず固唾を呑む

 

 

「まあ、とは言ってもまだ先の話だ。その時が近づいたらまた伝えるよ。あ、それと来月のB級ランク戦は面白くなるぞ、嵐山。楽しみにしてろよ」

 

 

先程までの真面目な雰囲気が嘘かのように明るい表情で内部通話を切った迅は、そう言い残して訓練場から去って行った

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話「エクス・アルビオ」

 

迅が去ってからしばらくして、戦闘訓練を終えた新入隊員はC級ランク戦のロビーに移動し、嵐山からランク戦の説明を受けていた

 

 

「C級ランク戦はここのブースに入った者同士で相手を指名し合い、勝てばポイントが貰え、負ければポイントが減る。自分より高いポイントの相手ほど多く貰えるが、逆に低い相手に負ければ多く減る。自分の腕に自信のある者はこっちの方がポイントを稼ぎやすい。今日のところは以上だ。明日は週2回行われる合同訓練について説明する。今日とまた同じ時間に来て欲しい。では解散とする」

 

 

嵐山の説明が終わり、新入隊員はその場から散らばる

 

いつもならば、新入隊員はボーダー内を見て回ったり、早速友人同士で個人ランク戦をしたりと行動するのだが、今回はほとんどの者がすぐには動かなかった

 

理由は1つ、にじさんじのライバーが気になったからだ

 

"にじさんじのライバーがランク戦をするところを見たい"、"戦闘訓練で高記録を出した彼等の戦いぶりを見たい"、という興味が新入隊員達をその場に留まらせた

 

そんな彼等の期待に応えるかのように、にじさんじのライバーの中から戦闘訓練で0.1秒を叩き出した金髪の青年が嵐山に近寄る

 

 

「あのー、ちょっと質問いいですか?」

 

「構いませんよ」

 

「明日のオリエンテーションなんですけど、今日中にB級上がっても来ないと駄目だったりします?」

 

 

"今日中にB級へ上がる"...その言葉を聞いた新入隊員だけでなく、周りのC級隊員達や木虎、時枝も耳を疑った

 

嵐山も当然驚いたが、先の戦闘訓練の実力から質問してきた青年にそれが可能だと考え至り、不思議に思うことなく返答する

 

 

「訓練自体は自由参加だから強制ではないです。よりポイントの高い相手と何時間も戦闘しないといけないですが…」

 

「その辺は大丈夫です。ありがとうございました〜」

 

 

青年が質問を終えると同時、1人を除いてにじさんじのライバー全員が一斉にブースへと入っていく

 

そこからは凄まじかった

 

にじさんじのライバー…特に戦闘訓練で速い記録を出した者達はポイント上では格上の相手全員と5本勝負ずつで試合を行い、次々と勝利してポイントを稼いでいった

 

そして、にじさんじライバー達のランク戦が始まってから約4時間…最初の4000ポイント到達者、つまりはB級昇格者がブースから出てきた

 

 

「いやぁ、あとちょっとでB級上がれそうだった人達をボコボコにしちゃったけど心折れてないかなぁ...。まあ、責任は取りませんけど」

 

 

出てきたのは戦闘訓練で0.1秒を叩き出し、嵐山に質問をした金髪の青年だった

 

この4時間、常に3500前後の相手とランク戦を行い、その全試合を瞬殺していった

 

餌食となった中には来月のランク戦参加を期待されていた程の実力がある隊員もおり、それをあっさりと倒していった彼の試合を見ていた隊員はその凄さに驚愕の一色となった

 

 

「あれ?もう終わり?」

 

「案外あっけなかったねぇ」

 

「は〜い!対あり〜!」

 

「......」

 

 

更に、金髪の青年に続いて数名のにじさんじライバーもB級昇格を果たし、ブースから顔を出す

 

 

「まあまあ、こんなもんよね」

 

「いやぁ、最近の若い連中もなかなかやるなぁ」

 

「黛さ〜ん!上がり終わったよ〜!褒めて〜!」

 

 

その後、更に数人がブースから顔を出し、ランク戦開始から5時間程で10人以上がB級へと昇格した

 

 

「マジで今日中にB級へ上がりやがった...!」

 

「しかも数時間ぶっ続けでランク戦してるはずなのに少しも疲れてねぇぞ...」

 

「ゲームだけじゃなくて実際の戦闘も強いとか...やっぱ凄ぇな!にじさんじ!」

 

 

彼等を知る者も知らない者もその強さに騒然となるが、当の彼等はそんなことは気にも止めず、他のメンバーが終わるまで待とうとランク戦ロビーの端に集まり談笑を始める

 

ランク戦を終えてなお、にじさんじへの注目は収まなかった

 

彼等を知る者からすれば一瞬でもいいからお話ししてみたい。知りはしないが、その実力の高さに興味を持った者はチームの誘いをかけたい。又は、単純にどれだけ強いか実際に手合わせしてたしかめたい

 

彼等の周囲に群がる隊員はそのような欲望を抱えていたが、誰一人として行動には移さない

 

1つ...彼等を知る者からすれば、彼等だけの空間に異物である自身が一瞬でも割り込むのは恐れ多いことであり、最悪にじさんじが好きな同士からの反感を買う恐れがあった

 

2つ...単純に彼等の空間に入り辛い。2,3人であればそうでもないだろうが、十数人が集まっているところに声をかけにいける精神を持ち合わせる者はそれこそ正隊員くらいなものだろう

 

そういった理由から、周囲の者はただただ彼等を眺めるだけに止まっていた

 

あれだけ大人数の集団に話しかけに行ける者など、余程コミュニケーション能力の高い者か怖いもの知らずな者…

 

 

「へぇ…!なかなか楽しめそうなルーキーじゃん…!」

 

 

そして、強者との戦いにワクワクする戦闘バカくらいなものだ

 

 

 

 

ボーダー本部の会議室。そこでは城戸、忍田、風間、迅が集まっており、C級ランク戦の様子をモニターしていた

 

 

「ね?なかなかいい腕してるでしょ?」

 

 

モニターを鋭い目付きで眺める城戸に、迅はヘラヘラとした軽い雰囲気でにじさんじの面々を自慢する

 

 

「...風間、お前の目からして奴等はどうだ?」

 

 

そんな迅とは正反対に、なまはげも顔負けするほどの強面を持つ城戸正宗は、自身の隣に立つA級3位部隊の隊長を務める風間蒼也ににじさんじの面々に対する正確な評価を問う

 

 

「僅かな期間とは言え、玉狛が訓練を施していたというだけあって多くの者が戦い慣れています。個人差はありますが、彼等のほとんどは10月のランク戦までにはB級に上がっているでしょう」

 

 

"そしてなにより..."と、風間は更に話を続ける

 

 

「戦闘訓練で10秒を切っていた数人は明らかに他の者とは別格の強さを有しています。戦闘用トリガーを使えば、まず間違いなくマスターレベルの実力はあるでしょう」

 

「凄いな...。彼等がこちら側に友好的だったことは幸いだな」

 

「その辺りは田角さんに感謝しないといけないですね」

 

「感謝か…。我々のトリガー技術の一部を勝手に持ち出した挙句"彼等"を秘密裏に匿っていた小僧にそんな気持ちは一切ない」

 

 

城戸は静かな怒りと憎しみの混じった声音でそう吐き捨てる

 

 

「しかし、これほどの実力を持つ者が全員、林道支部長...玉狛側に付くとなるとボーダー内でのパワーバランスが崩れるのでは?」

 

 

ボーダー内におけるパワーバランス...それに関する不安を覚えた風間の発言により、それまでの空気が一変する

 

ボーダーには大きく3つの派閥が存在する

 

ネイバーに恨みを持つ人間が多く集う「ネイバーは絶対に許さない主義」の城戸派

 

ネイバーに恨みはないが、街を守るために戦う「街の平和第一主義」の忍田派

 

そして、「ネイバーにも良い奴はいるから仲良くしようぜ主義」の林道匠を代表とする玉狛派

 

特に1番規模が大きいのが城戸派。そして、この城戸派と玉狛派は考えが正反対が故に、城戸派が一方的に敵意を剥き出しにしているだけだが、対立関係にある

 

これまで規模の大きさ故に、王者の余裕を見せている城戸派だが、にじさんじの隊員が玉狛派に付くことによってその戦力が一気に増強するということは見過ごせないものであった

 

もっとも、見過ごせない理由はそれだけではないのだが…

 

そういった諸々の事情を把握した上で入隊することを許可したのは紛れもない城戸や忍田を含んだ上層部だが、だからこそ、その決定権どころか話し合いにも関わることも出来ない風間は自身が従う相手...城戸正宗がどう考えているのかを知っておきたかった

 

 

「風間さんも疑り深いなぁ。たしかに、彼等をスカウトしてきたのは俺達玉狛だけど、だからと言って彼等が俺達と同じ思想を持ってるわけじゃないよ」

 

「だが、彼等の関係性は玉狛の理想とも言えるものじゃないか?」

 

「...言い方が悪かったかな。たしかに、彼等の関係性は俺達と似てる。でも、こちら側を攻めてくるネイバーやその可能性のあるネイバーに対する思想まで一緒とは限らない。そもそも俺達の間で勝手に決め付けるものでもないでしょ」

 

 

"それに..."と、迅は続ける

 

 

「城戸さん達には勘違いしてほしくないけど、俺達玉狛は別に本部と戦争したいだとか、主導権を握りたいとかそんなこと一切考えてないって。ただ、最良の未来のためにやれることをやってる...それだけだよ」

 

「だが...」

 

「風間」

 

 

まだ迅に物申そうとする風間を城戸が鎮める

 

 

「たしかに、ボーダー内のパワーバランスが崩れることは軽視できない。だが、"例のトリガー"を持つ者を除けば、彼等が"所持していた"未知のトリガーとブラックトリガーの所有権は我々にある。もっとも、ブラックトリガーに関しては今のところ本部の隊員で適応出来ている者はいないがな」

 

 

"加えて..."と、城戸は続ける

 

 

「彼等には監視を付けることを了承されている。もちろん、担当は玉狛ではなく我々だ」

 

「...分かりました」

 

 

城戸の考えと彼等への措置を聞き、ひとまず納得した様子の風間は大人しく引き下がり、迅への追求を止め、一同は再び個人ランク戦を映すモニターに視線を落とす

 

 

 

 

「ちょっといいっすか?そこの皆さん。今日入隊したばかりの新入隊員の人…で間違ってないっすよね?」

 

 

にじさんじライバーがランク戦を始めて数時間…B級昇格を果たし、談笑していた彼等に1人の男が声をかける

 

 

「えぇ、そうですけど...」

 

「試合見てましたよ!めちゃくちゃ強いっすね!あ、俺は米屋陽介!どうぞよろしく!」

 

「あ、はい...よろしくお願いします...」

 

 

金髪の青年は突然話しかけてきた米屋と名乗る隊員の馴れ馴れしさに、やや引き気味になりながらも言葉を返す

 

 

「急で悪いんすけど、今暇なら俺とバトってくれないっすか?」

 

「言われてますよ、チャイカさん」

 

「いや、こいつ明らかおめぇに言ってんだろうが」

 

「いやいやチャイカさんとやった方が楽しいですよ?なんで僕なんですか?」

 

 

チャイカと呼んだオカマの大男に押し付けようとするほどに嫌がる金髪の青年の問いに、米屋はニヤリと笑い答える

 

 

「その質問は野暮なんじゃないっすか?今この場にいる中で1番…あんたが強そうだからに決まってんじゃん」

 

 

米屋の答えに、金髪の青年の態度が一転する

 

 

「まあ、間違ってはないですね。あなたいい目の付け所してますよ」

 

「おい、こいつ調子乗り出したぞ」

 

「でもB級上がってすぐだからなぁ...あり得ないですけどもし負けてポイントが減って降格とかなるとなぁ...」

 

「あぁ、それなら問題ないっすよ。正隊員になったら...どれくらいだっけな?まあ、4000から多少下回ったところで降格したりしませんから。それにポイントが絡まないフリーの試合もあるし、そっちでも俺は構わないっすよ」

 

「あ〜、カジュアルみたいなのもちゃんとあるんですね。うーん...まあ一回だけならいいかな」

 

「よっしゃ!じゃあ早速行きましょう!」

 

 

米屋の押しに負けた金髪の青年は仕方なく一戦だけ付き合うことにし、再びブースへと入っていく

 

 

 

 

 

「おっ...!面白そうなことになってるな...!」

 

 

引き続きランク戦を観戦していた迅が何かを見つけたらしく、あえてその場の全員に聞こえる声を漏らす

 

迅の視線の先にあるモニターを見た一同は、その予想外な光景に目を見開く

 

映っていたのはこれからランク戦を行うために仮想空間に転送された風間と同じA級隊員の米屋陽介

 

そしてその対戦相手は、例の集団の中でも秀でた強さを持つと定められた金髪の青年だった

 

 

 

 

市街地の仮想戦場に転送された米屋は少し離れたところに佇む金髪の青年と視線を合わせる

 

 

「さぁて、お手並拝見といこうじゃん」

 

『ランク外対戦1本勝負...開始』

 

 

試合開始と同時に米屋は金髪の青年に向かって駆け出していく。それに対し、金髪の青年は弧月を右手に構えたままその場からは動かない

 

 

「そっちから来い…ってか?なら遠慮なくいかせてもらうぜ!」

 

 

金髪の青年まで残り十数メートル...米屋は槍を構えて力強く踏み込み、凄まじい威力とスピードを乗せた渾身の突きを繰り出す

 

この一撃をどう捌くか内心ワクワクしていた米屋だったが、金髪の青年の予想外の行動に良い意味で裏切られる

 

 

ガシッ...!

 

「…っ!?」

 

 

なんと金髪の青年は米屋が突き出した渾身の槍を表情一切変えることなく、穂先が顔に届くギリギリで槍の太刀打ちを左手でガッシリと掴んで止めたのだ

 

これには米屋も驚きを隠せずに目を見開き、動きが止まる

 

その隙を逃さなかった金髪の青年はすかさず米屋に弧月を振り下ろし袈裟斬りにする

 

 

「良い動きですね。まあ、僕にとっては対応圏内ですけど」

 

 

トリオン体が崩れ落ちるなか金髪の青年が掛けた言葉に米屋は悔しさ...ではなく、更なる興奮を感じた

 

 

(思った以上じゃねぇか...!こりゃ面白そうなことになりそうじゃん...!)

 

 

米屋は金髪の青年に目をやりながらニヤリと笑いベイルアウトした

 

 

 

 

A級隊員である米屋と金髪の青年の試合を見届けた隊員はその試合結果に騒然となる

 

 

「A級が今日入隊したばかりの新人に負けた...!?」

 

「一体何者なんだあの人...!」

 

「流石にエビオでもあれはやば過ぎだろ…!?」

 

「あの人もうB級なんだろ!?部隊を組むなら来月のランク戦は面白くなるぞ!」

 

 

ブースから出てきた金髪の青年は先程よりも騒がしいロビーの状況を見て少し驚く

 

 

「うわ...なんですかこの騒ぎ...」

 

「A級の俺が新人のあんたに負けたからだよ」

 

 

金髪の青年の隣に同じくブースから出てきた米屋が話し寄る

 

 

「えぇ!?あなたA級なんですか!?」

 

「そういや言ってなかったっすね。俺はA級8位:三輪隊の隊員なんすよ。いやぁ〜!にしてもいい勝負だった!久々にワクワクしたぜ!」

 

「今の試合がいい勝負...?あなた瞬殺でしたけど?」

 

「俺の一撃をあんな方法で止めたのはあんたが初めてだ!これが面白くないわけないじゃないですか!今度また勝負しましょうよ!フル装備の俺はさっきとは比べ物にならないっすから!」

 

「えー...面倒くさいからいいです...」

 

「そう言わずに!この通り!」

 

 

戦闘狂な米屋の強請りに金髪の青年は隠す気もなく嫌そうな顔をして断る

 

次の勝負を強請る米屋はふと金髪の青年の肩に印されたマークがボーダー本部のものではないことに気付く

 

 

「ん?その肩のマーク...見たことないっすね。そういや、あんたの名前も聞いてなかった…なんて言うんすか?」

 

 

米屋の質問に金髪の青年は一拍置いてから答えた

 

 

「にじさんじ支部所属のエクス・アルビオです。A級なんですよね?僕達、遠征のためにここのトップを目指すんで、いつかボコボコにされる覚悟をしておいてください」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話「フレン・E・ルスタリオ」

 

正式入隊日の夜

 

ボーダー本部から西...警戒区域手前の立地に建てられたにじさんじのライバー専用の基地兼住居となる"にじさんじ支部"

 

そこでは、玉狛支部の人達によるにじさんじの面々の入隊を祝う宴会が行われていた

 

 

「皆さん、入隊初日お疲れ様でした!たくさん作ったので、遠慮せずにお腹いっぱい食べてくださいね!」

 

 

玉狛支部のオペレーター:宇佐美栞の言葉を皮切りに、にじさんじの面々は支部の大広間に用意されたご馳走にありつく

 

 

「うわっ...!めちゃくちゃ美味しいんだけど...!」(リオン)

 

「それはとりまる君が作ったものだね」(宇佐美)

 

「へぇ〜!烏丸君料理上手いんだね」(社)

 

「お口にあったなら何よりです」(烏丸)

 

「料理の出来るイケメン...。烏丸さんは優良物件だなぁ…」(アンジュ)

 

「アンジュ...?」(リゼ)

 

「本当にありがとうございます。この人数の分を作るのは大変だったんじゃないですか?」(美兎)

 

「たしかに大変だったけど、半分は出前だからそんなに気にしなくていいわよ」(小南)

 

「椎名ぁ!なに私の皿から奪ってんねん!」(笹木)

 

「だってあたしの位置からじゃこれ取るの遠くて面倒やもん」(椎名)

 

「そういえば、葛葉さんと叶さんはどうしたんだ?」(レイジ)

 

「にいやんは葛葉に付き合って訓練室に...。ごめんなさい、レイジさん。うちの葛葉が...」(ひまわり)

 

「いや、無理に付き合わせるのも悪いからな。2人の分は分けて取っておいておこう」(レイジ)

 

「クレアちゃん!クレアちゃん!これ、どうぞ!」(陽太郎)

 

「わぁ!陽太郎君、ありがとう!」(クレア)

 

「これくらいしんしとしてとうぜんです!」(陽太郎)

 

「まーたお嫁さん候補を増やしたのか?陽太郎」(林道)

 

「ゆりちゃんがひとりめ!クレアちゃんがふたりめ!」(陽太郎)

 

「ふふ。嬉しいけど、お嫁さんにしたいほど好きな人は1人にするべきだよ。陽太郎君」(クレア)

 

「ふたりともすきだからふたりとけっこんするのです!」(陽太郎)

 

「クレアさんに手を出すとは度胸があるなぁ…」(力一)

 

「子供にはリスナーなんか関係ないからなぁ…」(舞元)

 

 

玉狛支部の人達を交えた楽しい宴会の時間はあっという間に過ぎてゆく

 

 

「それで、今日で何人がB級に上がったんすか?」

 

 

賑やかだった宴会が終わりを迎える手前に烏丸が訊ねる

 

 

「俺と周央さんは例外として、エクス、花畑さん、葛葉さん、長尾君、フレン、鈴原さん、剣持さん、ベルモンドさん、ういは、ニュイさん、アクシア、ローレン、レイン…ってところかな」

 

「13人か。ちょっと多いけど、とりあえず今日B級に上がった人達の戦闘用トリガーの構成は俺と宇佐美がやろう。できれば何人かやり方を覚えてくれると助かるから一緒に付いてきてほしいんだが…」

 

「あ、なら俺が行きます。社長もどう?」

 

「そうですね。トリガー技術には前々から興味があったので是非」

 

「私も付いて行きます」

 

 

林道の頼みに社、加賀美、グウェル...更に黛、ハジメが申し出る

 

 

「そういえばエクスさん、陽介とランク戦して勝ったって聞いたんだけど」

 

「ようすけ...?誰ですか?」

 

「槍使ってた人だよ」(アルス)

 

「あ〜!A級のあの人ね!そりゃもう余裕でしたよ!」

 

「相手もトリガー1つだったけどな」(イブラヒム)

 

「でも、米屋先輩は弧月1本でも相当強いですよ。やっぱりエクスさんは只者じゃないっすね」

 

「まあ、僕英雄なんで当然...!」

 

 

エクスは急に言葉を詰まらせたかと思えば、表情も段々と沈んでいく

 

 

「...なのになんで...あの時みんなを助けられなかったんでしょうね...」

 

 

エクスの悲壮を帯びた声に当てられて場の空気が重くなる

 

自称"英雄"を名乗っている彼だが、それは事実であり、実際にそれ相応の人並外れた戦闘能力を有している

 

だからこそ、数ヶ月前に彼等を襲ったネイバーによる侵攻で攫われてしまった仲間を助けられなかったことを悔やんでいる

 

にじさんじの中でも気丈に振る舞う方である彼だが、まだ事件から日の浅いこともあって、その時のことを思い出したことで自身の不甲斐無さを思い出し、思わず精神が参ってしまった

 

 

(それでも、君達は前に進まなくてはいけない)

 

 

だが、彼等と同じく多くの大切なものを失ったことのある迅は、エクスを励まそうと手を伸ばす

 

だが、迅よりも早く彼に手を伸ばす者がいた

 

 

「なに辛気臭い面してんだよ」

 

 

エクスと同じく、にじさんじにおけるネイバーの1人...花畑チャイカはエクスの頭に軽いチョップを入れてそう言った

 

 

「チャイカさん...」

 

「あいつらなら生きてる。幸いにも全員トリオン能力が高い連中だしな」

 

「でも...」

 

「聞きな」

 

 

まだ弱音を吐こうとするエクスに、チャイカは言葉短く黙らせる

 

 

「私等がボーダーに来たのはあいつらを助けるためだろ。くよくよする暇があるならその悔しさをバネにとっととA級に上がって遠征に行くんだよ。あれ以来荒れちまってはいるが、葛葉の奴はそうしてる。あいつぐらいの気持ちでやれなんて言わないけど、それくらいの熱意を持って目的に集中するんだよ」

 

 

チャイカの言葉にエクス以外の面々も顔を上げる

 

 

「...すみません、チャイカさん」

 

「いいんだよ...。それに...」

 

 

"私は任されてるからな"

 

チャイカが最後にボソリと呟いたが、それに気付く者はいなかった

 

 

「花畑さんの言う通りです。それに、これから皆さんに起こる未来は俺達にとっても重要になる。だから可能な限り、俺達も力になります。大丈夫ですよ、きっとハッピーエンドな未来が待っています。俺のサイドエフェクトがそう言ってる」

 

「そうだぞしょくん!われわれがついている!だからげんきをだしてひびしょうじんするのだ!」

 

 

迅、そして陽太郎の励ましを受け、にじさんじの面々は気持ちを取り戻す

 

 

「そうですね。皆さん、元気よく頑張っていきましょう!玉狛の皆さん、今日はありがとうございました!これからよろしくお願いします!」

 

「こちらこそ。困ったことがあればいつでも頼ってくれ」

 

 

美兎と迅…にじさんじと玉狛を代表する2人は握手を交わし、彼等の宴会はお開きとなった

 

 

 

 

「……」

 

 

にじさんじ支部の地下に設けられた訓練室…その一室では、仮想トリオン兵のバムスター、モールモッド数体を前に白髪赤眼の青年…葛葉がスコーピオンを構えて立っていた

 

葛葉は"ふぅ…"、と息を吐いた後、地を蹴り、仮想トリオン兵の群れに突っ込む

 

群れの前衛にいるモールモッドが振るうブレードを正確に避け、素早く急所となる目を切り払う

 

1体目を仕留め、即座に続く別個体のモールモッドへと意識を向けて撃破していく

 

その奥から、数体のバムスターが葛葉へと迫る

 

ドパッ…!

 

そのバムスターの1体が、葛葉の後方にある建物からの狙撃で撃沈する

 

続けて2発、3発目と放たれた狙撃で、確実に急所を射抜かれた数体のバムスターは次々と撃沈する

 

バムスター全てが撃破された後、残った数体のモールモッドも葛葉とスナイパーの連携によって難なく撃破された

 

 

『くず〜、かなかな〜、宴会終わったよ〜!2人の分はひまちゃんが部屋に持ってってる〜!』

 

 

対トリオン兵戦闘シミュレーションが終わったところで、制御室から青髪の少女…勇気ちひろが2人に宴会の終わりを伝える

 

 

「あ、勇気さん…!分かったー!ありがとうー!」

 

 

ちひろに返答したスナイパー…叶は建物から飛び降りて沈黙したモールモッドに腰掛ける葛葉の傍に寄る

 

 

「葛葉、宴会終わったって。今日のところはこの辺にしておかない?」

 

「……」

 

 

叶の呼び掛けに葛葉は答えず、何処か遠くを…何かを睨みつけるかのように見ていた

 

 

「…スコーピオンの訓練は充分やってるんだし、今根詰めることないよ。しっかり休息も取らないと体を壊すよ」

 

「…分かったよ」

 

 

叶の呼び掛けに応じた葛葉はゆっくりと腰を上げ、訓練室の出入り口へと歩き、叶はやれやれと息を吐いてその後を追った

 

 

「…叶、お前も早くB級に上がれよ。来月のランク戦で俺達は必ずA級に上がる。そんで遠征に参加して、ドーラ達を攫ったネイバー共をぶっ潰して全員取り戻す…!」

 

 

振り向かずにそう告げる葛葉…その表情は見えずとも、その雰囲気、声音から自分達の平穏と大切なものを奪った者への憎悪を感じ取れた

 

 

「…うん。分かってるよ、葛葉」

 

 

そんな葛葉を叶は怖いと思うことこそないが、その姿を哀しそうに見つめていた

 

 

 

 

翌日、入隊初日にB級昇格を果たした一部を除いたライバー達は昼から本部に赴いてC級ランク戦に励んでいた

 

 

「3000ポイントの人も増えてきましたけど、そこからはなかなか伸びませんね…」

 

「まあ、私等を含めて昨日B級に昇格した奴以外は戦闘の経験なんてほとんど無いからねぇ。とは言っても、ここの隊員ってほとんど学生なんでしょ?なら、ほぼ四六時中訓練できるウチなら全員B級に上がるのもそう遠くはないだろ」

 

 

C級ランク戦に臨むライバー達の付き添いで共に来た銅髪の女性:フレン・E・ルスタリオとチャイカはロビーに設けられたソファに腰掛けながら彼等の試合を眺めていた

 

 

「お…!いたいた!」

 

「ん…?あいつはたしか…」

 

 

2人がB級予備軍の隊員と互角の試合をするライバー達の展望について話をしていると、昨日エクスと試合を行った米屋が駆け寄ってくる

 

 

「どうも〜。えーっと、にじさんじ支部の…」

 

「花畑チャイカだ。こいつはフレン」

 

「フレン・E・ルスタリオで〜す!」

 

「花畑さんにフレンさんっすね!改めて、A級三輪隊の米屋陽介です!」

 

 

チャイカとフレンに自己紹介され、米屋も改めて自己紹介して返す

 

 

「お二人はランク戦しないんすか?」

 

「まだトリガーの構成も出来てないからね。まあ、今後しばらくはやるつもりもないけど」

 

「そうなんすか?それはなんで…?」

 

「なんでって…来月のランク戦のために決まってるでしょ?ボーダーの隊員は全員ランク戦の録画を観れるんだろ?わざわざランク戦前に情報をやるような真似はしないよ」

 

「あ〜…!たしか、エクスさんも遠征目指してるって言ってたっすね!来月のランク戦でもうそれを狙ってるんすか?」

 

「でなきゃ私等は入隊してないよ」

 

 

さらりと、それでいて相応の覚悟と本気を醸し出しながら質問に答えるチャイカに、米屋は"なるほど…!"とニヤリと笑みを浮かべる

 

 

「ってことは、エクスさんはランク戦が始まるまではもう来ないんすか?」

 

「そうですね。ランク戦まではずっと支部の訓練室に籠ると思います」

 

「そうか〜…。今日は無理でも数日後にまたバトれたらと思ったんだがな〜…」

 

 

自身を打ち負かした相手…エクスがしばらくランク戦に来ないことをフレンから告げられた米屋は残念がる

 

 

「すみません」

 

 

その時、彼等…主にフレンとチャイカの2人に向けられた声が掛かる

 

声のした方へ向くと、そこにはツーサイドアップな髪が特徴の小柄な少女が立っていた

 

 

「昨日の…金髪の人と白髪の人と一緒にいた人ですよね?私は黒江双葉と言います。唐突ですが、私と試合をしてくれませんか?」

 

 

その少女…黒江双葉からの試合の申し出にチャイカ達はきょとんとする

 

 

「本当に唐突だな…。でも悪いね、私等は今ランク戦をするつもりは…」

 

「あ〜〜!!私覚えてる!昨日私達と一緒に入隊してた女の子!」

 

 

黒江の申し出を断ろうとするチャイカの言葉を遮り、フレンが声を上げる

 

 

「間近で見ると本当に可愛いね〜!歳いくつ?」

 

「12歳…今中学1年生です」

 

「12歳…!?うわぁ…!そんなに小さいのに凄いね〜!」

 

「ありがとうございます。それで、試合の方は…」

 

「あ〜、実は来月にあるランク戦のために無闇に試合はするなって言われてるんだよねぇ…。もしよければなんだけど、なんで私達と試合したいの?」

 

「お姉さん達が強いから勝負したいと思った。それだけです」

 

「なるほど…。うん、分かった!私で良ければ1試合だけ!」

 

 

話し合いの末、フレンは黒江の申し出を受け入れた

 

 

「いいのか?エクスはともかく、イブラヒムに怒られないか?」

 

「トリガー構成はまだ決まってないし、1試合くらいなら大丈夫ですって!どうかな?」

 

「はい、それで構いません」

 

「よし!それじゃあ、やろう!あ…!私はフレン・E・ルスタリオって言います!よろしくね、黒江ちゃん!」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 

黒江への自己紹介を済ませ、フレンは彼女と共にランク戦のブースへと向かう

 

 

 

 

仮想戦場の場所は市街地

 

その街中…幅の広い道路上にフレンと黒江は向かい合うように転送された

 

2人は互いにメイントリガーである弧月を構え、試合が始まるその時を待つ

 

 

『個人ランク戦1本勝負、開始』

 

 

数秒後、試合開始のアナウンスが流れると同時に黒江が駆け出す

 

フレンへと迫った黒江は弧月を振るい、それをフレンは軽い剣捌きで難なく弾き、いなしていく

 

だが、それで黒江の攻撃は終わらない

 

二度、三度と絶え間なくフレンへと弧月を振るう

 

だが、フレンもまたそれら全てを弾き、いなし切った

 

 

(この人…!思ってたよりも強い…!)

 

 

幾度か剣を交えたところで、黒江は焦りを感じ始めていた

 

昨日の入隊日…戦闘訓練で自身の11秒よりも早い記録を出したにじさんじのライバーに黒江は負けず嫌いな性格からくる対抗心を燃やしていた

 

仮入隊の時に逸材だと評価された自分以上の新入隊員に劣るはずはないと

 

だが、いざ蓋を開けてみれば相手の実力は自分を大きく上回っていた

 

まだまだ粗さはあるものの、新入隊員にしては別格の戦闘能力を持つ自身の攻撃を目の前の相手は軽々と捌いていく

 

自身と同じくボーダーに入隊したばかりなのに、こんなにも強い相手がいるのかと…黒江は悔しくて歯噛みする

 

そして、黒江が悔しがる理由は他にもあった

 

 

「なんで…攻撃してこないんですか…!」

 

 

ここまでの剣戟でフレンは黒江の攻撃を捌くばかりで反撃をしてこないばかりか、その兆候すら見せていなかった

 

自分とは本気で勝負する気はない、遊んでいるのでないかと感じたを黒江はその理由をフレンに問いただす

 

黒江からの唐突な質問にフレンは思わず目を逸らすも、恐る恐る答えを口にする

 

 

「いやぁ…その…可愛い女の子を容赦なく斬るのは心が痛むというか…」

 

 

フレンが告げたまさかの理由に黒江は一瞬ポカンとするが、すぐに堪え切れない怒りが溢れ出した

 

 

「なんですか…その理由…!私は真剣に勝負に臨んでいるのに…!私が女の子であなたより弱いからって…!そんな理由で本気で勝負してくれないんですか…!」

 

 

フレンは黒江のことを誤解していた

 

まだ12歳という若さに加えて負けず嫌いな性格…そんな彼女を完膚なきまでに打ち負かしたら心が折れてしまわないかと

 

しかし、黒江の勝負に対する想いはそんな柔なものではないと、その怒りの声を聞いてフレンは理解する

 

 

「そっか…。やっぱり強いね、黒江ちゃんは。ごめんね、私の我儘で嫌な思いさせちゃって」

 

 

フレンは素直に謝罪を述べ、改めて黒江に対して構えを取る

 

 

「黒江ちゃんの想いに応えて…今から本気でいくよ!」

 

 

フレンから先程までなかった攻めの意志を感じ取り、黒江は少し嬉しそうに笑みを浮かべながら身構える

 

互いに構えてから数秒…フレンが地を蹴り、黒江へと迫る

 

 

「…っ!?」

 

 

黒江は自身の素早さに自信を持っていたが、それを上回る早さで迫って来たフレンに驚きながら振るわれた弧月を反射的に受太刀する

 

だが、フレンは黒江に息つく暇を与えなかった

 

受太刀した黒江の弧月をフレンは強引に弾いて再び弧月を振るい、黒江は弾かれても体勢が崩れないよう必死に堪えながら紙一重で次々と振るわれる弧月を防御する

 

 

(反撃する隙がない…!)

 

 

フレンのあまりに素早く、重い攻撃に黒江は防戦一方となっていた

 

このままでは押し切られる…そう思った黒江は一度距離を取ろうと後ろへ飛び退くために足に力を入れる

 

その瞬間をフレンは見逃さなかった

 

 

ガッ!

 

「…っ!」

 

 

黒江が地を蹴ろうとしたところに、フレンが足払いを繰り出して直撃…体勢を崩された黒江は横向けで地面へと倒れ込む

 

 

ザンッ…!

 

 

直後、フレンの弧月が振り下ろされ、防御を取れなかった黒江は身体を真っ二つに斬り落とされる

 

 

『戦闘体活動限界、黒江ベイルアウト。1本勝負終了、勝者…フレン・E・ルスタリオ』

 

 

 

 

「お疲れっす!いや〜、フレンさんも相当強いすね!」

 

 

試合を終えてブースから出てきたフレンに、米屋が労いと賛辞の言葉を掛ける

 

 

「思ったより時間かかってたけど、もしかして手抜いてた?」

 

「いやぁ〜、可愛い子を斬るのにちょっと抵抗が…」

 

「そんなこったろうと思ったよ…。お前そんなんでランク戦大丈夫かぁ?」

 

「大丈夫です!可愛い子は極力エビオとイブちゃんに任せるんで!」

 

「何処が大丈夫なんだよ…」

 

 

相変わらずのフレンにチャイカが溜め息を吐くなか、遅れてブースから出てきた黒江がこちらへと寄って来る

 

 

「フレンさん、ありがとうございました」

 

 

フレンにペコリと会釈した黒江はその後すぐに踵を返してフレン達の前から去って行った

 

 

「…強くなるな、あの娘」

 

「はい、私もそう思います」

 

 

チャイカとフレンは去って行く黒江の姿を見つめながらそう短く言葉を交わした

 

豊富な経験を積んだボーダー隊員ならまだしも、同じ時期に入隊した相手に負けて悔しくならない者はいない

 

特に黒江のような高い素質を持つ者ほど、負けた時の自尊心は折れやすい

 

だが、試合後フレンに挨拶をした彼女の表情からは悔しさも自尊心が傷付けられてショックを受けた様子も見受けられなかった

 

むしろ、"今より強くなって、次こそはあなたに勝ちます"と言わんばかりの気概をフレンとチャイカは感じ取っていた

 

 

「なんだか俺もじっとしてられないすわ!花畑さん!1本でいいんで、どうですか!」

 

「私はやんないって言ってるだろ」

 

「そこをなんとか!この通り!」

 

「いくらお願いされても無駄だよ。あ〜、でもそんなにしたいなら打って付けの相手がいるぞ。今あそこ…右端の画面に映ってる女がいるだろ?あいつなら喜んで試合してくれるはずだ」

 

「へぇ〜…!たしかに、あの人もなかなか…!あざっす!」

 

 

米屋は礼を言い、チャイカが売った女性と試合をするべく空いているブースへと向かって行った

 

 

「い、いいんですか…?」

 

「まあ、でびるがいないから、あいつ誰とも部隊組まないだろうしな。それにB級上がってんのに来てるのは試合すんのが楽しいからだろ?だったらあのバトル好きは好都合だろ」

 

 

と、チャイカは茶を飲みながら呑気にフレンの心配に答えた

 

 

 

 

「あの子、良いわね。イニシャルも"K"だし、他が目を付ける前に誘っておきましょうか」

 

 

C級ランク戦ロビー…壁にもたれながらフレンと黒江の試合を見ていたその女性:加古望はロビーから出て行く黒江を見つめながらそう呟いた

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話「エクス・アルビオ②」

 

「皆さん、今日も訓練お疲れ様です!」

 

「夕食はもう出来てるので、しっかり食べてくださいね」

 

 

にじさんじのライバー達がボーダーに入隊してから約2週間後…その日の訓練を終えた彼等は支部の大広間で夕食にありついていた

 

 

「今日までの間でB級に昇格した人も更に増えましたね」

 

「個人ランク戦も皆さんもう少しのところまで来てますからね」

 

 

ライバー達を見渡しながら美兎は今日までの成果を振り返る

 

入隊初日にエクス達がB級に昇格して以降、更に数名のライバーがB級昇格を果たした

 

未だC級の者も個人差はあるが、この間に着実に戦闘の技術を磨き上げ、ほとんどが2000後半から3000ポイント台に達していた

 

 

「とは言っても、B級予備軍である3000ポイント台の隊員相手にはまだ苦戦を強いられている状態です。叶さん達スナイパー組の方はどんな感じですか?」

 

「僕以外は来月までに上がるのは難しいですね。上位15%を3週連続はなかなかキツいから、B級に早く上がりたい人はガンナー辺りに転向するのも1つの手だと思います」

 

「B級昇格に影響する訓練の内容毎週変わるの無理やって〜…。的を撃つだけならまだええけど、隠れながら撃ち合うやつとかしんどいわ…。追い付ける気せぇへん…」

 

 

アタッカーやガンナー、シューターとはB級昇格の条件が異なるスナイパー

 

そのメンバー筆頭の叶が加賀美からの質問に答え、同じスナイパーポジションの椎名が項垂れる

 

 

「じゃあ、それをクリアしちゃう叶先輩化け物じゃん…」

 

「いやいや、余裕で上位15%ってわけでもないんだよ?結構ギリギリ」

 

「それでも初心者なら十分過ぎるくらいですよ…」

 

「ところで、来月から始まるランク戦には誰か出るん?」

 

 

スナイパーとしての高い素質を持っていた叶に星川やリゼが引き気味に感心するなか、あと2週間程に迫ったランク戦について戌亥が全員に尋ねる

 

 

「はい!パタち達出ます!勿論エデン組のメンバーで!ね!」

 

「エバさん以外はB級に上がれてるから戦力的には問題ねぇし、実戦に向けて早いとこ感覚取り戻したいしな」

 

「そういうわけだから、早速で悪いけどオペレーターよろしくね。ヴィンさん」

 

「いいでしょう!私の戦闘員としての腕前を披露出来ないのは非常に残念ですが、この一万垓の頭脳によるオペレーションでローレン君達を勝利へ導いてあげますよぉ〜!」

 

 

ローレン率いるエデン組で構成されたイロアス隊…そのガンナーであるレインがランク戦参加の名乗りを上げる

 

 

「私も出たいところだけど笹木も椎名は間に合いそうにないし、ベルモンドと2人だけじゃ上位部隊相手は流石に人数不利で厳しいだろうからなぁ…。今回は見送るかね」

 

 

笹木、椎名、ベルモンドと共に花畑隊として参加したいチャイカだったが、そのうち2人がランク戦中までにB級へ昇格することが困難であると判断して参加を断念する

 

だが、そんなチャイカ達を気遣ってか楓が提案を持ち掛ける

 

 

「人が足りんだけなら今回は助っ人で私が入ろうか?」

 

「いいのかい?楓ちゃん」

 

「最終的には美兎ちゃん達と部隊を組むけど、美兎ちゃんも凛も今回のランク戦には間に合いそうにないし、実戦に近い経験は早めに得た方がいいと思ってたから。チャイちゃんも出来るなら早めにランク戦に出たいんでしょ?」

 

「まあ、そうだね。ならお願いしようかな」

 

 

楓の助っ人が決まり、チャイカは彼女とベルモンド、そしてオペレーターの夜見と共にランク戦への参加を決定する

 

 

「晴が間に合えば、俺達もランク戦に参加するつもりですよ」

 

 

レイン、チャイカに続き、甲斐田のB級昇格次第でオペレーターの弦月を含めた3人での参加を長尾が表明する

 

 

「ローレン、チャイカ、長尾…それ以外でランク戦に参加する予定の人は?」

 

「あっ…!俺もヒム達と…!」

 

「待てよ、エクス」

 

 

一度参加状況の整理を挟んだ緑仙の追求にエクスが声を上げようとするが、そこに葛葉が割って入る

 

 

「…なに?」

 

「俺も叶と一緒にランク戦に出るんだが…エクス、俺達と組めよ」

 

 

エクスの勧誘…その思い切った葛葉の行動に当の本人達以外の全員が驚愕する

 

 

「…俺を誘う理由は?」

 

「言わなくても分かるだろ…お前の力が必要だからだ。俺達はドーラ達を助けるために一刻も早くA級に上がって遠征に参加しなきゃならねぇ」

 

「で、でも葛葉…!迅さんが言ってやん…!遠くない内にドーラ達を助けるチャンスが来るかもしれないって…!」

 

「その遠くない内ってのはいつなんだよ、姉ちゃん。それにあくまで"かもしれない"だ。未来が視えるだか何だか知らねぇけど、俺は確実性がないなら黙って従うつもりはねぇよ」

 

 

葛葉はひまわりの言葉を否定し、睨みを効かせて黙らせる

 

場の空気がピリつくなか、エクスは葛葉に返答する

 

 

「たしかに、葛葉の言うことは一理ある。迅さんがサイドエフェクトで視える未来は幾つかあって、あらゆる人の行動次第で結末は変わる」

 

「そうだ。だからドーラ達を助ける機会が必ず訪れる保証はない。だが、遠征なら話は別だ。ネイバーフッドで情報を集めて、ドーラ達を攫った奴等が何処のどいつか突き止めるのも難しくはねぇ。お前だって遠征に参加するためにA級を目指すんだろ?だったら俺達と組んだ方がより確実なんじゃねぇか?」

 

「…最速で遠征に参加するためには、それが1番確実だと俺も思う」

 

「アルビオ…!?」

 

 

葛葉の考えに理解を示すエクスに、一緒に部隊を組む予定のフレンが声を上げる

 

 

「なら…」

 

「でも、俺は今の葛葉と遠征には行きたくないね」

 

 

だが、エクスは葛葉の勧誘を断った

 

 

「…そりゃあ、どういう意味だよ?エクス」

 

「今の葛葉は冷静じゃない。そんな状態で遠征に参加するのは危険だと思う」

 

「俺が冷静じゃない…?言ってくれるじゃねぇか、エクス…!」

 

 

勧誘を断ったエクスの理由に葛葉は怒りを露にする

 

 

「だったら証明してやるよ!来月のランク戦で俺の部隊はB級1位になってA級部隊にも昇格する!その時はエクス…!遠征のために俺の部隊に入ってもらうからな!」

 

「落ち着きなって、葛葉。そもそも、そんな要求をエクスが呑むメリットなんて…」

 

「いいですよ」

 

「ちょっ…!?なに勝手にOKしてんのさぁ…!」

 

「問題ないですよ、師匠。だって、来月のランク戦で1位になるのは俺達だから」

 

 

エクスにとってはその自信があっての宣言だが、それを挑発と捉えた葛葉は額に青筋を立てる

 

 

「言ったな?」

 

「ああ、言ったよ」

 

 

こうして、エクスと葛葉もそれぞれの部隊でランク戦に参加することが決まった

 

その後…入隊1ヶ月にして、にじさんじライバーの20人がB級へと昇格。その内16人は6月に行われるランク戦への参加が決まった

 

突如として現れたルーキー達が入隊1ヶ月で怒涛のB級昇格を果たしたことに騒がないボーダーの隊員はおらず、にじさんじの噂は瞬く間に広まった

 

それは当然、正隊員の耳にも届くこととなる

 

 

 

 

「ザキさん、聞きました?今月入隊した新人隊員が沢山もうB級に上がったって話」

 

「ああ、なんでも入隊初日で10人以上はいたらしい」

 

「俺、その人達がランク戦してるとこ見ましたよ。B級に上がった人のは見れませんでしたけど…」

 

「B級に上がった人達はその日以降ランク戦に来ていないみたいなんです。支部があるらしいので、その後は支部で訓練をしている…ということでしょうか?」

 

「噂だと、次のB級ランク戦に参加するかもって話みたいですよ」

 

「大型ルーキーが大量な上に情報の少なさ…次のランク戦は気を引き締めねぇとな」

 

 

 

 

「諏訪さん、もう聞きましたか?今月の入隊日に見た新人の話」

 

「ああ…ったく、とんでもねぇ連中だぜ」

 

「噂だと、その新人の1人は入隊初日で米屋先輩に勝ったらしいですよ」

 

「木虎や緑川に続いて、面倒臭ぇルーキーが来たもんだぜ…」

 

 

 

 

「今日の合同訓練でB級に上がった人、例の今月入隊した新人らしいですよ」

 

「来たか?スナイパー界隈に新星が」

 

「今期のルーキーは粒揃いって話らしいからな。ランク戦に参加してくるなら、油断できないぞ」

 

 

 

 

「あ〜…!叶さん、次のランク戦に参加するのかな〜?なんだか緊張してきた〜…!」

 

「なに呑気なこと言ってんのよ、茜。あんたの話だとその叶って人、今月の入隊から1ヶ月でB級に上がった人が何人もいる支部の隊員なんでしょ?私達もうかうかしてられないよ?」

 

「そうね。最近だと鈴鳴の村上君も強くなってるみたいだから、気は抜けないわ」

 

 

 

 

「入隊初日で米屋君から一本取ったなんて…!今期のルーキーは凄い人達ばかりだね…!」

 

「心配ないですよ、来馬先輩!こっちには鋼さんが付いてるんですから!」

 

「なんであんたが威張ってるのよ…」

 

「頼りにされるのは嬉しいが、実際に戦ってみないことにはなんとも言えないな。ともかく、次のランク戦は気を引き締めないといけませんね」

 

 

 

 

そして、時は経過して6月の初旬第1土曜日

 

遂に年に3回行われるB級ランク戦...その第2シーズンが始まる日を迎えた

 

時刻は午後2時...昼食を取り終わった隊員は待ちに待ったランク戦を観戦しようと3つある会場それぞれに赴く

 

3つの会場はそれぞれ上位、中位、下位のグループで分けられており、普段であれば上位、中位はほぼ満席。下位はぽつぽつと空席がある状態となる

 

だが、この日は違った

 

上位、中位グループの会場と同じく下位グループの会場も満席...それどころか後ろの通路で立ち見する者がいるほど溢れていた

 

何故急にこんなことになっているのか...理由は言うまでもない

 

つい先月に入隊したある界隈で有名な人達...彼等で組まれた計5部隊がデビューするからである

 

加えて、B級昇格の早さとその実力の高さを知る者によって噂が広まっていたこともあり、一目見ようと興味を持った隊員も少なくなかった

 

試合開始前から賑わう会場。その中央に位置する実況席に3人の隊員が腰を下ろす

 

 

『ボーダーのみなさん、こんにちは!B級ランク戦下位グループの実況を担当する武富桜子です!本日より新シーズンが開幕するB級ランク戦!皆さんも気になる今期のB級ランク戦についてお話したいところですが、その前に試合の解説をしてくださる方の紹介を..."ぼんち揚食う?"でおなじみ!S級隊員の迅先輩!そしてA級三輪隊の米屋先輩です!』

 

『どうぞよろしく』

『よろしく〜』

 

 

桜子の紹介に迅と米屋は軽く挨拶する

 

 

『今期のB級ランク戦からはなんと5部隊ものルーキー...それも知る人ぞ知る有名人、あの動画配信グループ"にじさんじ"のライバーがデビューするとのこと!そして、入隊初日から大きく目立ったにじさんじの数々の噂!その注目度の高さからここ下位グループの会場も賑わっています!さて、そんな注目の高いにじさんじの隊員について解説のお二人はどう思いますか?』

 

 

桜子は迅と米屋に話題を振る

 

 

『俺は入隊日のランク戦に居合わせたんだが、粒揃いだったぜ。特にこれから試合するアルビオ隊のエクスさん。あの人と1回だけバトって見事に負けちまったぜ』

 

 

米屋の発言に会場が騒めき出す

 

A級の米屋が新入隊員に負けた、という噂がここ1ヶ月の間に流れており、現場に居合わせていなかった者のほとんどが半信半疑でいた

 

だが、たった今当の本人からそれが事実だと告げられ、驚愕と同時にこれから試合を行うにじさんじの隊員に対する興味が高まる

 

 

『とは言っても、あの時は俺もあの人に合わせて弧月1本だったからな。次にフル装備でバトる時はもっといい勝負をするぜ?そういや...にじさんじだっけか?あの人達をスカウトしたのは玉狛だって聞いたんだけど』

 

 

と、米屋は隣に座っている迅に話を振る

 

 

『あぁ、彼等は俺達玉狛がスカウトしたんだ。例の東京で起こった件で赴いた時にね』

 

『へぇ…もしかしてですけど、玉狛の人達で訓練とかしてたんすか?』

 

『まあ、簡単にね』

 

『なるほどなぁ。思った通り、予想以上に期待出来そうじゃん』

 

『私からすれば推しがランク戦をしているところを見れたらそれで...おっと、失礼しました。では、本日は初日ということで簡単にB級ランク戦の説明をお願いします!』

 

『OK。今回のB級ランク戦参加部隊は22部隊。上位に8部隊、中位と下位のグループにそれぞれ7部隊ずつ分けられ、その中から3又は4部隊が組み合わされて試合を行い、点を取り合う』

 

 

一呼吸置いて、迅は更に続ける

 

 

『点を取る方法は相手を倒してベイルアウトさせること。そして、最後に唯一生き残ることだ。今日の試合を含めて8試合行った合計を競い、上位2位以内の部隊にはA級への挑戦権が与えられる。ただ、前シーズンのランク戦に参加していた部隊には順位に応じて初期ボーナスが付く。それだけ実力に差があるということを指し示していて、初参加の部隊や初期ポイントが低い部隊はそれだけ頑張る必要がある。以上かな』

 

『ありがとうございました!では、最後に本日の試合の組み合わせを改めて確認したいと思います。本日昼の部下位グループの組み合わせは吉里隊、アルビオ隊、花畑隊の3部隊。MAPは市街地Aが選択されています。スタートまであと僅か!間も無く転送が開始されます!』

 

 

 

 

「は〜...!緊張するなぁ...!」

 

 

作戦室で転送を待つアルビオ隊のアタッカー:フレンは自身の初配信の時に似た緊張を憶え、胸に手を当てながら深呼吸する

 

 

「とりあえず最初はどう動く?やっぱ合流?」

 

 

同じくアルビオ隊のガンナー:イブラヒムは転送前に作戦の確認をする

 

 

「1人でも獲れそうなのは積極的に獲って行って、無理なら複数でボコボコにする感じで。あと1人1キルね。じゃないと俺がボコボコにするからな?」

 

「いや言ってることヤバ...」

 

「みんなー!そろそろ転送始まるよー!」

 

 

アルビオ隊オペレーター:メリッサ・キンレンカの呼びかけを受け、エクス・イブラヒム・フレンの三人は気持ちを切り替える

 

 

「よぉし!アルスさんが間に合わなかったからチャイカさん達相手に人数の有利は取れないけど、まあ俺達なら余裕でしょ!」

 

「流石にそれはチャイカさん達を舐めてね?」

 

「じゃあ負けたらアルビオのせいってことで」

 

「じゃあ勝ったら全部俺のおかげな?焼肉奢ってもらうからな?」

 

「じゃあ負けるか」

 

「嘘嘘嘘!冗談に決まってるでしょって!とにかく、全員ボコボコにして勝つぞ!」

 

「「了解!」」

 

『B級ランク戦、転送開始!』

 

 

エクスの掛け声と共に仮想空間への転送が開始される

 

 

 

 

『さあ!全部隊の転送完了!各隊員は一定の距離をおいてランダムな地点からのスタートに...って、これは...!』

 

 

試合開始とともに桜子の実況が始まったかと思えば、モニターに映し出されたものに驚いたらしく、言葉を詰まらせる

 

だが、驚いたのは桜子だけではない

 

 

『おいおい...!どうなってんだこりゃ...!?』

 

 

解説席に座る米屋...そして、観客である隊員のほとんどにとって異様な光景...もっとも、彼等のことを知る者からすれば歓喜せざるを得ない光景なのだが、いずれにしろ会場全体から驚きの声が上がる

 

理由は彼等の隊服。彼等は部隊ごとに統一されたものではなく、それぞれが配信活動上で普段着用している服でランク戦に臨んでいた

 

 

『エクスさんの服...鎧ってまるで騎士か勇者みてぇな格好じゃねぇか!』

 

『エクスさんは"英雄"なんですよ!米屋先輩!』

 

『え、英雄…?』

 

『にじさんじライバーの皆さんは各々が独自のキャラクター性を持っているんです!エクスさんだと"英雄"!フレンさんだと"女騎士"!花畑さんだと"オカマエルフ"と言う風に!いい機会なので後で是非にじさんじの配信アーカイブを見てください!切り抜きでもいいです!』

 

『そ、そうか...教えてくれてサンキューな...?』

 

 

にじさんじについて普段よりも語気は強め、そして熱く説明及び宣伝する桜子に米屋は戸惑いを見せる

 

何を隠そう、桜子はにじさんじのファン...リスナーの1人なのであった

 

 

『まあ、隊服を統一しなければならないなんて規定はないからな。それより桜子ちゃん、解説解説』

 

『はっ...!そうでした...!』

 

 

迅に指摘されて我に返った桜子は、咳払いを挟んでから実況に戻る

 

 

『では気を取り直して...イブラヒム隊員とフレン隊員、花畑隊長がバッグワームを起動!レーダー上から姿を消した!吉里隊が合流を目指すなか、アルビオ隊、花畑隊はバラける模様!』

 

『転送直後は1番無防備な時間ですからね。獲れる相手が単独でいる間に獲りたいといったところでしょう。でも…』

 

『吉里隊の転送位置が結構良かったから接敵する前に全員合流しちまうが…止まる気はないみたいっすね』

 

『MAPの西!合流する吉里隊にエクス隊長が正面から挑む!』

 

 

 

 

市街地Aの西…合流を果たした吉里隊は自分達に向かって来る存在を迎え撃とうと武器を構える

 

 

「来たぞ!一人だ!月見!お前が動きを止めろ!そこを俺と北添で集中攻撃するぞ!」

 

「「了解!」」

 

 

気を引き締める吉里隊に迫るのは、A級の米屋を打ち負かしたことで噂になったルーキー…アルビオ隊の隊長:エクス・アルビオ

 

弧月を抜刀し、臨戦態勢に入った相手を見て、前線に立つ吉里隊の攻撃手:月見花緒も弧月をグッと握り締める

 

だが、まだ距離がある内にエクスが弧月を持つ右腕を大きく振り上げる

 

 

(旋空…!?この距離で…!?)

 

 

瞬間、月見は相手が直後に取る行動を予測して1人驚愕する

 

近接武器である弧月には、刀身を瞬間的に拡張することで本来ならば届くことのない距離の相手に攻撃することができるオプショントリガー…旋空が存在する

 

一般的にその距離は15〜20mなのだが、この時の月見と相手との距離はまだ50m以上はあった

 

旋空を駆使しても届くことは不可能…だがそれは一般的なそれであればの話だ

 

ボーダーの弧月使いには、最大で40mに及ぶ旋空を放つ者がいる

 

もし、目の前の相手もそれが出来る者だとしたら?

 

可能性は否定出来ない。何故ならば、相手はA級を負かした超大型ルーキーなのだから

 

 

(受け切ってみせる…!来い…!)

 

 

放たれるであろうその一撃に対し、月見は防御態勢を取る

 

だが、直後…

 

 

ドスッ!

 

「…えっ?」

 

 

相手から放たれたのは旋空ではなく、弧月そのもの。そして、それは見事に月見の胸を貫いていた

 

 

『トリオン供給機関破損、ベイルアウト』

 

 

何が起こったのか分からないまま、月見のトリオン体は穿たれた胸を中心にヒビ割れ、光となって仮想空間から離脱させられる

 

 

「「…え!?」」

 

 

月見と同様、突然のことに理解が追いつけなかった他2人はベイルアウトした仲間に目が向いてしまう

 

その一瞬が命取りとなった

 

 

ドンッ!

 

 

直後、遠方から放たれた狙撃銃…イーグレットの弾丸が吉里隊万能手:北添秀高の頭を撃ち抜く

 

 

『戦闘体活動限界、ベイルアウト』

 

「き、北添…っ!?」

 

 

開始早々、吉里隊は隊長の吉里雄一郎ただ1人を残すのみとなった

 

 

 

 

『よ、吉里隊の月見隊員と北添隊員が早くもベイルアウト…!先制点2点を取ったのはアルビオ隊のエクス隊長とイブラヒム隊員です…!』

 

 

桜子の響き渡る実況とともに、観覧席から歓声が上がる

 

 

『いやぁ〜!エクスさんは魅せてくれると思ってたが、まさか弧月を投擲するなんてな!やっぱり面白ぇじゃん!』

 

『たしかに、今のは見事な技でしたね。寸分の狂いもなく正確に供給機関を貫いた投擲…エクス隊長の能力の高さが窺えます』

 

『って言うか、イブラヒムさんって人はガンナーなのにスナイパー用トリガーも使ってたな…!』

 

『入隊1ヶ月で異なる2つのポジションのトリガーを使いこなすなんて凄いですね…!』

 

『彼等は支部で寝泊まりしてる上に、訓練量も相手も多いので上達速度が本部に通う隊員に比べて桁違いなんだと思います』

 

『なるほど…!さあ!絶体絶命に追い込まれた吉里隊長!ここから挽回することが出来るのか!?』

 

 

 

 

「くそっ…!見誤った…!そんな予想外の攻撃を誰が予測出来るかってんだよ…!」

 

 

エクスとの交戦開始から僅か1分弱…一瞬にして味方を2人落とされた吉里は弧月の投擲と狙撃を警戒しながら逃げ走っていた

 

 

「逃がすわけないだろって」

 

 

そして、逃げる吉里をエクスはそれ以上の速さで追い掛ける

 

その距離が段々と縮まるなか、吉里がある曲がり角を横切る直前にエクスへメリッサから通信が入る

 

 

『エビオ先輩!北から1人接近して来てる!』

 

『…!ヒム!誰が来てるか見える!?』

 

 

メリッサからの通信を受けて、エクスは内部通信でイブラヒムに相手が誰なのか確認させる

 

 

『チャイカさんだ…!今そっちに繋がる路地に入った…!』

 

「…っ!」

 

 

イブラヒムが視認した相手の名前を叫んですぐ、これまで培ってきた戦闘経験による勘から危険を察知したエクスは咄嗟に姿勢を低くする

 

ズバン…ッ!

 

直後、2つの旋空が曲がり角の路地先から放たれ、周囲の住宅の塀ごと吉里が斬り払われる

 

 

「なっ…!?」

 

『トリオン体活動限界、ベイルアウト』

 

 

無情な機械音声から敗北を告げられ、吉里のトリオン体は崩壊してベイルアウトする

 

 

「ふぅ〜…。危なかったぁ…」

 

「あら、やっぱり避けられてたか。まあ、そう簡単に倒せたら逆に心配するところだったわ」

 

 

勘によって死角からの旋空を避けられたエクスが一息吐くなか、曲がり角の路地からチャイカが顔を出す

 

 

「やあ、エクス。私と遊ばないかい?」

 

「遊ぶつもりはないです。ボコボコにするんで」

 

 

試合開始早々…部隊の隊長同士であるエクスとチャイカが相見える

 





6月ランク戦初期順位

上位
1位:二宮(15
2位:影浦(14
3位:生駒(13
4位:弓場(12
5位:王子(11
6位:東(10
7位:香取(9
8位:漆間(8

中位
9位:諏訪(7
10位:荒船(6
11位:那須(5
12位:鈴鳴(4
13位:柿崎(3
14位:早川(2
15位:松代(1

下位
16位:吉里(0
17位:間宮(0
18位:アルビオ隊(0
19位:イロアス隊(0
20位:葛葉隊(0
21位:長尾隊(0
22位:花畑隊(0


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話「エクス・アルビオ③」

 

『花畑隊長の旋空一閃…!吉里隊長ここでベイルアウトォ…ッ!花畑隊が1点を獲得し、早くも吉里隊は全滅です…!』

 

 

桜子の実況と共に会場から歓声が沸き上がる

 

吉里隊がB級下位部隊とはいえあっさりと全滅してしまい、にじさんじを知る者からすれば興奮せざるを得ない試合展開に観覧席の隊員達は目を見張っていた

 

 

『さあ、B級ランク戦1日目昼の部・下位グループの試合は早くも予想外の展開となりました!吉里隊が全滅して残るは先月入隊して結成から日も浅いにじさんじ支部の2部隊!交戦を開始したエクス隊長は左手にレイガストも起動し、花畑隊長の弧月二刀と鬩ぎ合う!しかしこの状況、イブラヒム隊員の援護があるエクス隊長が有利か!』

 

 

桜子が実況するなか、モニターに映る2人は交戦を開始…二刀の弧月で強気に攻めるチャイカをエクスは弧月とレイガストで捌いていく

 

その最中、エクスを攻めるチャイカの顔面を狙ってイブラヒムが狙撃

 

だが、それをチャイカは集中シールドで防ぎ切る

 

 

『イブラヒム隊員の狙撃!しかし、花畑隊長!集中シールドで見事に防御!』

 

『先程の北添隊員への狙撃でイブラヒム隊員の位置は割れていますからね。弾の出処が分かっていれば、トリオン体の反応速度次第で防御は可能です』

 

『とは言っても、他に意識を割かなきゃならない状況でやってのける奴もそういねぇ。花畑さんもなかなかの手練れっすね』

 

 

チャイカの戦闘能力の高さに迅と米屋が解説するなか、交戦しているエクス達以外も動きを見せる

 

 

『おっと…!ここで花畑隊の樋口隊員とベルモンド隊員がバッグワームを起動!位置が割れたイブラヒム隊員を獲りに行く動きか…!』

 

 

桜子の実況に、観客の隊員達は指摘された楓達の動きに注目する

 

 

 

 

「おらぁっ!」

 

「フンッ!」

 

 

市街地A西…住宅に囲まれた通りでエクスとチャイカは互角に凌ぎ合っていた

 

ドンッ!

 

その最中、イブラヒムのイーグレットによる狙撃がチャイカを襲うが、チャイカはその瞬間に急所を集中シールドで守りつつ、体を僅かに動かしたり捻ることで手脚等への被弾を回避する

 

 

『マジで全然当たんねぇんだけど、チャイカさん…!反射神経ヤバ過ぎだろ…!』

 

『しかも狙撃に合わせた俺の攻撃にも完璧に対応してくる…!この人を落とすなら狙撃は弾速と連射性のあるライトニングじゃないと通らないな…!』

 

 

ライバーとして活動していた頃はこのような機会はなかったため、初めて体感させられたチャイカの強さにエクスとイブラヒムはそれぞれの所感を内部通信で口にする

 

 

『エビオ先輩!レーダーから2人消えたよ!』

 

 

そんななか、内部通信に割り入ってきたメリッサからの報告にエクス達は耳を傾ける

 

 

『樋口さんとベルモンドさんか…!ヒム!そこから2人は見えるか!?』

 

『え〜っと…!ベルさんが真っ直ぐこっちに向かって来てるのは見えた!でろーんさんは…見当たらねぇ!』

 

『見当たらないか…。まあでも、樋口さんも間違いなくヒムを狙いには来てるだろうな』

 

『向こうからしたら俺が1番獲りやすい相手だろうからな。どうする?狙撃場所を移動するか?』

 

『…いや、俺の方に合流して来ていいよ。チャイカさんには初弾しか狙撃は通用しないだろうし、ここは連携した方が勝ち目があると思う』

 

『それもそうか。OK、そっちに向かうわ』

 

『フレンさんはベルさんを頼む!樋口さんが何処にいるか分からないから、奇襲にも警戒しろよ!』

 

 

"了解!"と、エクスの指示と警告フレンは返答する

 

 

 

 

(狙撃が止んだ…。移動したか…?)

 

 

市街地A中央…南東からイブラヒムがいるとされる建物に向かって走っていた花畑隊アタッカー:ベルモンド・バンデラスは同じく花畑隊のアタッカーである樋口楓と共にバッグワームを起動して以降狙撃が止んでいることから、イブラヒムがその位置から移動したのではないかと考える

 

だが、そう思わせるために沈黙して次の狙撃の機会を窺っている可能性も0ではない。

 

なにより、ベルモンドにはチャイカから任された役目がある

 

故にベルモンドは作戦を変えず、真っ直ぐイブラヒムがいるであろう建物へと走り続ける

 

 

「見つけた…っ!」

 

「おっと、フレンか…!まあ、そりゃ当然か…バッグワームを着ているとは言え、イブラヒムが索敵していないわけないもんな…!」

 

 

目標の建物との距離が残り300m程まで迫ったその時、家屋の屋根上から自身を見つけて声を上げると共に飛び降りて来たフレンが目の前に立ち塞がり、ベルモンドは弧月とレイガストをそれぞれ両手に起動させる

 

 

「へぇ、ベルさんもアルビオと同じで弧月+レイガストなんですね」

 

「お前さんやエクス相手に剣1本じゃ勝てないからな。まあ、これで互角になるとも思っちゃいないんだが…」

 

「勿論です!ベルさんには悪いですけど、勝たせてもらいます!」

 

「随分と余裕な上に、隠す気もなく堂々と言ってくれるな…!」

 

「それじゃあ、いきますよ!」

 

 

そう言い放つとフレンは弧月を抜刀し、ベルモンドへと突っ込んだ

 

 

 

 

『MAP中央でフレン隊員とベルモンド隊員が交戦を開始!その北では建物の屋上で陣取っていたイブラヒム隊員が西へと移動!エクス隊長との合流を目指す模様!』

 

『花畑隊長には今のところ狙撃が通用していませんからね。ガンナーとして連携した方が勝算があると考えたんでしょう』

 

『しかし、樋口隊員も狙って来ていることを考えるならすぐ近くのフレン隊員と合流して、ベルモンド隊員を落とす方が良いように思えますが…』

 

『そうしないってことは、ベルモンドさんよりもチャイカさんを重く見てるってことなんだろ。サシでエクスさんと張り合える相手だしな』

 

 

自身の意見に対する米屋の考えに桜子は"なるほど…!"と相槌を入れる

 

 

『しかし、ここでイブラヒム隊員が移動したということは…!』

 

『ああ…。どうやら、花畑隊の思惑通りになりそうだな』

 

 

 

 

ガキンッ!

 

 

市街地A西側…並び建つ住宅の屋根上に上がったエクスとチャイカは激しい攻防を繰り広げていた

 

ただし、先程と違ってチャイカが2刀の弧月を絶え間なく振るい、エクスがそれを弧月とレイガストでひたすら捌くという一方的なものであった

 

 

「さっきまでと違って守ってばかりとは随分と消極的だなぁ、エクス!俺をボコボコにするんじゃなかったのかぁ!?」

 

「勿論ボコボコにしてあげますよ!でも、1人でやるとは言ってません!」

 

 

楓とベルモンドがバッグワームを起動してレーダーから姿を消したと共に、イブラヒムの狙撃が止んだ辺りからエクスの攻めは鳴りを潜めていた

 

そのことをチャイカは挑発するように指摘し、エクスはそれに普段の調子で返答する

 

 

「だろうな!どうせ、お前はこの試合で本気を出すつもりはないんだろう!?」

 

「…!」

 

 

だが、チャイカから返された予測で図星を突かれたのか、エクスは少し驚いたように目を見開く

 

 

「1試合目から手の内も実力も全部曝け出したくない。だが、手を抜いたら俺には勝てない。だからイブラヒムの狙撃準備が整うまたは合流するまで時間を稼いでる…そうだろ?」

 

「…さあ、それはどうですかね?」

 

「しらばっくれても意味ねぇぞ。まあ、考えてることはこっちも同じなんだけどなぁっ!」

 

 

答えをはぐらかすエクスにチャイカはそう言い放つと急に後ろへと大きく飛び退く

 

 

ダンッ!

 

「…っ!?」

 

 

それとほぼ同時に、自身の左…南側の建物の屋根上から足音が聞こえたエクスは咄嗟にシールドを展開する

 

 

ドドドドドッ!

 

 

直後、足音が聞こえた建物の屋根上に姿を現した花畑隊の楓の突撃銃の銃口が火を噴き、アステロイドの銃撃がエクスに襲い掛かる

 

 

(樋口さん…っ!ベルさんと一緒にヒムを狙いに行ったにしては合流が早過ぎる…!ってことは樋口さんの狙いは最初から俺で、バッグワームで身を潜めたのはチャイカさんとの合流を気付かせないためか…!)

 

 

イブラヒムの狙撃位置が割れた直後にベルモンドと楓の2人共がバッグワームでレーダーから消えたことから彼を仕留めに来るとエクスは考えていた

 

だが、チャイカはエクスがそう考えることを予測し、イブラヒムを狙撃位置から移動させると踏んで、その間に数の有利を活かしてエクスを仕留めるべく楓を合流させたのだ

 

 

(イブラヒムが次の狙撃位置に移動していようとエクスとの合流を目指していようとも、このタイミングですぐに援護は出来ない…!この好機を失う前に仕留める…!)

 

 

思惑通り、イブラヒムを狙撃位置から移動させたことでエクスがすぐさま援護を貰えない状態を作り出せたチャイカは邪魔が入らない内に仕留めようと2刀の弧月で旋空を放つ構えを取る

 

 

「…っ!」

 

 

それを見たエクスは素早く楓のアステロイドに対する防御をシールドからレイガストへと変える

 

 

「スラスター・オン!」

 

「「…っ!?」」

 

 

その直後、即座にレイガストのオプショントリガーであるスラスターを起動させたエクスはその推進力を以って楓へと突進する

 

撃ち続けるアステロイドはレイガストの堅い防御を破ることは出来ず、楓らスラスターでの突撃を受けて吹き飛ばされ、道路を1つ挟んだ向かいの建物の屋根上に叩き付けられる

 

 

「ふんっ…!」

 

 

楓が吹き飛ばされた瞬間、チャイカは構えていた2刀の弧月による旋空をエクスへと振るう

 

即座にチャイカへと向き直ったエクスは右手の弧月で旋空の1つを受太刀して防ぎ切るが、もう1つを防ぐことは間に合わず、それによって左脚の膝から下を斬り飛ばされる

 

 

「…っ!」

 

『でろーんさん、大丈夫か…!』

 

『大丈夫…!ビックリしたけど、もう同じ手は食わんからな…!』

 

 

楓はチャイカからの内部通信を受け取るとすぐに起き上がり、再びエクスの動きを封じるために突撃銃を構える

 

 

ドンッ!

 

「…っ!?」

 

 

楓が突撃銃の引き金を引こうとしたその瞬間、東側から放たれた弾丸が彼女の右肩を撃ち抜くと共に右腕を吹き飛ばした

 

 

(狙撃…っ!ってことは…っ!)

 

 

意識外からの狙撃に驚いた楓が視線を移す東に約200m先の建物の屋根上…そこにはバッグワームを身に纏い、イーグレットを構えたイブラヒムの姿があった

 

そして、楓が負傷したことに合わせてエクスは弧月を構えて彼女の下へと飛び出す

 

 

「させるかよ…!」

 

ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 

 

楓を仕留めようと動くエクスを阻止するべく、旋空の射程範囲内に捉えようとチャイカも後を追おうと飛び出す

 

だが、それを見越していたイブラヒムがイーグレットとバッグワームを解除して2丁の拳銃を構え、左手の拳銃で弧を描くようにハウンドを撃ち上げると共に右手の拳銃でアステロイドを射撃する

 

 

「…っ!」

 

 

同時に着弾してくるアステロイドとハウンドから身を守るため、エクスへの攻撃を阻止されたチャイカはそれぞれの弾丸を展開したシールドで防御する

 

 

「くっ…!」

 

 

チャイカの援護も叶わなくなった楓はエクスから振われる弧月を受太刀しようと左腰に弧月が収まった鞘を生成する

 

 

ズバンッ!

 

 

だが、弧月を引き抜くことは間に合わず、反射的に展開したシールドも割られた楓はエクスに両断される

 

 

『トリオン体活動限界、ベイルアウト』

 

 

機械音声から脱落を告げられた楓は光の柱となって仮想戦場を離脱し、その後すぐにエクスはイブラヒムの下へ駆け寄る

 

 

「危なかった〜…!ヒム、ナイス援護!」

 

「いや、お前こそ無傷じゃないにしてもよく持ち堪えたな。さてと…」

 

 

楓を落として一呼吸入れたエクスとイブラヒムは目の前に佇むチャイカを見据える

 

 

「予定通り、俺が射撃で援護する感じでいいんだよな?」

 

「それなんだけど…やっぱりヒムはフレンさんの援護に行ってもらっていい?」

 

「はあ…!?お前片脚やられてんだろ…!それでチャイカさんに勝てんのか…!?」

 

「正面からじゃまず勝てないな…。というか、片脚失くなったこの状態だと正直ヒムの援護があっても勝てる可能性低いぞ…」

 

 

片脚が無いということは即ち、機動力の低下に加えて踏ん張りが弱まるために力で押し負けたり、体勢を崩しやすくなる

 

そのため、これまで互角だったチャイカとの戦闘はエクスにとって不利に傾いていた

 

 

「…つまり、フレンと合流してベルさんを無傷で倒す方が勝算があるってことか」

 

「そういうこと。それに多分、ベルさんはフレンさんに勝つつもりがないだろうから時間稼ぎの守りに徹してるはず。チャイカさんが俺を倒すまでな」

 

「そういうことか…。分かった、なるべく粘ってくれよ!」

 

 

エクスの意図を理解したイブラヒムはそう言い残してフレンの下へと駆け出して行った

 

 

「粘る…ね。まあ、時間を稼ぐだけ稼いで負けるつもりは全く無いんだけどな」

 

 

 

 

『樋口隊員ベイルアウト!均衡を破ったのはアルビオ隊:エクス隊長!イブラヒム隊員の援護に助けられ、弧月で一刀両断!』

 

『イブラヒムさんの位置が割れた直後のバッグワームで上手く騙して、エクスさんに気付かれることなく挟撃出来たまでは良かったんだがなぁ…』

 

『エクス隊長がレイガストのオプショントリガーであるスラスターを上手く活かしましたね。追い込まれても冷静かつ素早く対応してみせたのも素晴らしかったです』

 

 

楓のベイルアウトを告げる桜子の実況に会場は盛り上がり、その決め手となったエクスの行動に迅が評価を述べる

 

 

『さあ、これで状況は逆転!今度は花畑隊長が追い込まれる展開となったか!』

 

『片脚をやられちまってるが、ガンナーの援護もあるならこの勝負は…ん?』

 

『イブラヒム隊員…!エクス隊長と離れてフレン隊員の下へ向かった…!?』

 

 

エクス側が数の有利を取り、ここからの試合展開がどうなるのかと見守るなか、合流したばかりのイブラヒムがその場から離脱し始めたのを見た桜子は驚いた様子で実況する

 

 

『これは…より可能性の高い選択を取りましたね。エクス隊長はガンナーの援護があるとは言え、片脚を失った状態では花畑隊長に勝てないと踏んだんでしょう』

 

『あ〜…たしかに花畑さん結構動けるし、対応力も凄ぇしなぁ』

 

『援護を受けても負ける可能性がある負傷した自身よりも、まだ負傷していないフレン隊員の援護にイブラヒム隊員を回し、無傷の状態でベルモンド隊員を落とす。その後に残った2人で花畑隊長と戦う方が勝算があると考えたんでしょう』

 

 

"なるほど…!"と、桜子は迅の解説に納得の声を漏らす

 

 

『とは言え、あくまでもこれはエクス隊長がただ負ければの話だ。どんな結果になるかはその時まで分からない。さあ、試合もいよいよ大詰めだ』

 

 

 

 

ガキンッ!

 

 

市街地A西側…イブラヒムがフレンの下へと向かった後、エクスとチャイカは再び交戦を再開した

 

しかし、今度は一方的な攻防ではない

 

守りに入り過ぎれば踏ん張りの利かない片脚では押し切られると考えたエクスは先程とは打って変わり積極的に攻勢に出ていた

 

 

(ちぃ…っ!片脚でよく粘るじゃねぇか…!自称"英雄"は伊達じゃないってかぁ…!?)

 

 

そのエクスに対し、チャイカは攻め切れないでいた

 

片脚を失っているにも関わらず、エクスの動きは万全だった時と遜色ないものだった

 

つまり、片脚を失ったことで先程まで実力を抑えていたエクスはこの試合に勝つため本気を出してきたのだ

 

とは言え、今の片脚を失った本気は万全でありながら手を抜いた状態…結局のところは互角なのである

 

だが、チャイカが攻め切れないでいる理由はエクスが本気を出してきたからではない

 

時間稼ぎに留まるつもりがない…つまりは自身の敗北を引き換えに大ダメージを与える

 

あわよくば、刺し違えることを覚悟で倒そうとしているからであった

 

交戦を再開してからというもの、エクスは何度かチャイカに大きなダメージを与えるために自身へのダメージを顧みない捨て身の攻撃やカウンターを狙ってきていた

 

エクスを落とした後、フレンとイブラヒムを相手にしなければならないチャイカにとってここで大きなダメージを受けるのは避けたかった

 

故に捨て身で仕掛けてくるエクスに対してチャイカは慎重に立ち回り、攻め切ることが出来ないでいたのだ

 

 

(なにより、あのレイガストの堅さは厄介だな…!出来ればまだ使いたくねぇけど、このままじゃ埒が明かねぇし、このチャンスを無駄に終わらすわけにもいかねぇからなぁ…!)

 

 

加えて、シールドと違って弧月やスコーピオン等のブレード型トリガーも防ぐ耐久力を誇るレイガストの守りも1つの要因だった

 

この膠着状態を続ければ先にベルモンドが落ち、最後にはアルビオ隊3人に自身も落とされる

 

突破する手段が無いわけではない。だが、それはこれから先に待ち受けるB級中位・上位部隊との試合まで隠し玉にしておきたかった

 

だが、それを差し引いても使わざるを得ない理由がチャイカには出来てしまった

 

隠し玉の1つをここで使うと決めたチャイカはエクスの弧月とレイガストと鍔迫り合う2刀の弧月をパッと手放すと共に横へ飛び退く

 

 

「…っ!」

 

 

チャイカが突然鍔迫り合いから抜けたことで相手を押していた力は行き場を失い、エクスは前のめりに転倒してしまう

 

そして、転倒した隙をチャイカが突いてくるとすぐさま予測したエクスは防御のために体を捻ってレイガストを相手へと向ける

 

 

「なっ…!?」

 

 

だが、チャイカの攻撃に備えてレイガストを向けたエクスの視線の先には予想外の光景があった

 

 

「認めてやるよ、エクス。互いに武器を縛ったさっきまでの状態じゃお前に負けることはなくても勝つも出来ん。そういう意味では諦めた俺の負けだ。だが、悪いな…!落ちちまったでろーんさんのためにも、お前を倒すことだけは譲れねぇわ…!」

 

 

そう言い放つチャイカが構えていたのは手放した2刀に代わる新たに生成した弧月ではなく、銃型トリガーの中でも脅威の威力と連射性を誇る機関砲だった

 

 

(マジか…っ!それはヤバ過ぎぃ…っ!)

 

ドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!

 

 

これには流石に焦りを覚えたエクスは体を起き上がらせて建物を遮蔽とするために路地へと向かって走り出し、同時にチャイカは機関砲の銃口に火を噴かせ、通常よりも高威力となった弾幕状のアステロイドを浴びせる

 

路地へと飛び込むまでの間、エクスはレイガストとシールドを盾に機関砲のアステロイドを防御するもあまりの弾幕と威力に耐え切れず、シールドは3秒と保たずに割れ、飛び込み切る直前でレイガストも割られ、それを握っていた左手も被弾して弾け飛んだ

 

 

(くそ…っ!間に合わなかった…!流石に片腕片脚じゃチャイカさん相手に保たねぇ…!ここは逃げて時間を…いや、それでもすぐ追い付かれる…!こうなったら、一か八か賭けるしかねぇ…!)

 

 

左脚に続いて左手も失って圧倒的に不利な状況に追い込まれたエクスは苦悶の表情を浮かべるも、思考の末に逆転の一手を考え付き、一先ず飛び込んだ路地から北側の道路へと出て西に向かって駆けて行く

 

 

「流石のお前も片腕片脚失くなっちゃあ敗走かぁ?でも、そうはさせねぇよぉっ!」

 

 

自身から逃げるように移動するエクスをレーダーで確認したチャイカは機関砲を消滅させ、両腰の鞘から引き抜いた2刀の弧月を手に後を追う

 

建物の屋根を超えて北側の道路へ飛び出したチャイカは片脚で懸命に西へ向かうエクスとの距離をどんどん縮めていく

 

追い掛けること十数秒…残り25mの距離まで迫ったチャイカは背を向けるエクスを仕留めるべく旋空を放つ構えを取る

 

 

「旋空…弧月っ!」

 

 

そして、射程範囲にエクスを捉えた瞬間にチャイカは旋空を起動して一閃する

 

 

「スラスター…オンッ!」

 

「…っ!?」

 

 

それと同時、エクスがレイガストをブレードモードに切り替えてスラスターを起動する

 

振るわれた旋空によってエクスは体を上下真っ二つに両断されるが、レイガストの刃に貫かれた上半身はスラスターの推進力によってチャイカへと一気に迫り、彼の心臓…トリオン供給器官を貫いた

 

 

「…やってくれたな、エクス」

 

「ベイルアウトまでに間に合うか賭けでしたけどね。まあ、今回は引き分けってことで」

 

「ふっ…そうだな。次にやる時は互いに全力の上で決着を付けるとしよう」

 

『トリオン体活動限界、ベイルアウト』

 

『トリオン供給機関破損、ベイルアウト』

 

 

互いに笑みを浮かべてそう伝え合ったエクスとチャイカは脱落を告げる機械音声と共にトリオン体が砕け、光の柱となって仮想戦場から離脱した

 

 

 

 

 

吉里隊:0pt

アルビオ隊:4pt

花畑隊:2pt

 





エクス・アルビオ

部隊:アルビオ隊
ポジション:アタッカー

トリオン8、攻撃9、防御援護8、機動8
技術10、射程3、指揮6、特殊戦術2
合計54

メイントリガー:弧月、旋空、シールド、???
サブトリガー:レイガスト、スラスター、シールド、バッグワーム


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話「葛葉」

 

『エクス隊長と花畑隊長がベイルアウト…っ!?花畑隊長の機関砲による追い込みから旋空で決まったかに思われましたが、エクス隊長のスラスターで供給機関を貫かれて相打ちとなった…っ!』

 

 

まさかの結果に驚く桜子の実況と共に会場に歓声とどよめきが沸き上がる

 

誰もがエクスの敗北を予想していたなか、勝てこそしなかったものの相打ちに持ち込んだ思いもよらぬ方法を目の当たりにして何も思わない者はいなかった

 

 

『まさか、花畑隊長が銃型トリガーでも使用者の少ない機関砲を装備しているとは驚きましたね…!』

 

『見た通り、機関砲は銃型トリガーの中でも脅威の威力と連射性を誇る火力特化のトリガーですが、その重量と形状から取り回しが難しい上にトリオンの消耗も激しいという難点があります』

 

『遮蔽物もあまりない開けた場所とか活かせる場面も少ないっすからね』

 

『とは言え、有効な場面においては非常に強力なトリガーとなります。花畑隊長はしっかりとその使い所を見極めていましたね』

 

 

と、迅と米屋は使い手も限られる銃型トリガー:機関砲について軽く解説を述べる

 

 

『にしても凄ぇことやるな、エクスさん…。スラスターを起動した時、花畑さんの方見てねぇんだろ?よく急所を狙えたな…』

 

『花畑隊長の位置は背を向けててもレーダーで確認出来ますが、急所はある程度の予測からでしょう。とは言え、旋空で斬られた後、ベイルアウトまでトリオン体が保っていられるかも含めてかなり分の悪い賭けだった』

 

 

"ですが…"と、迅は言葉を続ける

 

 

『勝ち目が薄くとも、それを諦めなかった。諦めていれば、この結果は最初から無かった。あくまでも賭けではありましたが、エクス隊長の意志の強さがこの結果に繋がったと俺は思います』

 

 

時と場合にもよるが、どんな窮地に立たされても諦めずに勝機を見出すこと

 

エクスの戦いを通して迅はその大切さを述べ、それを聞いた会場の隊員達は各々の反応を示し、同じ実況席にいる米屋と桜子は笑みを浮かべた

 

 

『さぁ!エクス隊長の奮戦により、これで残すはアルビオ隊のフレン隊員とイブラヒム隊員、そして花畑隊のベルモンド隊員の3名となった!これは勝負ありか!』

 

 

 

 

(ベイルアウトが2つ…!?チャイカがやられた…!)

 

 

市街地A中央…チャイカがエクスを仕留めるため、その間にフレンを押さえるべく交戦していたベルモンドは西側から天へと昇る2つのベイルアウトの光を見て目を見開いた

 

 

『ベル先輩!チャイカ先輩がエクス君と相打ちになっちゃいました!ハムちゃんももうすぐそこに来ます!』

 

(くっ…!どうする…!フレンに勝つにはアレを使うしか…!だが、ここで使えばこの先の試合は厳しくなる…!)

 

 

その直後、花畑隊オペレーター:夜見れなからの通信を受け取ったベルモンドはこの局面に対してどう出るか思考を巡らせる

 

フレンを突破する手段があるにはあったが、それは先に待つB級中位以上の部隊との試合までの隠し玉にしておきたかったトリガーだった

 

そのために、すぐさま答えを導き出せずにいたベルモンドは更なる窮地に追い込まれることとなった

 

 

ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 

「…っ!」

 

 

ベルモンドがフレンの攻撃に耐える最中、そこへ到着したイブラヒムが50m程離れた建物の屋根上に姿を現し、両手に構えた2丁の拳銃によるアステロイドとハウンドで射撃してくる

 

ベルモンドはフレンからの攻撃を凌ぐためにレイガストを残し、代わりに弧月をオフ状態にしてイブラヒムからの射撃を防ぐためにシールドを展開する

 

 

「イブちゃん…!」

 

「フレン!このまま挟撃してベルさんを削り切るぞ!」

 

 

イブラヒムの提案にフレンは"分かった!"と返答し、射線の邪魔にならないようベルモンドから少し距離を取り、そこから絶え間なく旋空を振るってレイガストに叩き込む

 

 

(ぐっ…!このままじゃ、いずれシールドを割られてお終いだ…!だが、攻勢に出るならどちらかの攻撃は避けられない…!)

 

 

フレンとイブラヒム…2人に挟撃され、防戦一方となったベルモンドはここから勝つ方法を模索するが、1人ではどうあっても試合に勝つことは出来ないとすぐに悟ってしまった

 

 

(どのみち、負けは変わらないか…!なら、足掻くだけ足掻かせてもらおう…!)

 

 

試合の敗北を覚悟…しかし、タダで負けるわけにはいかないと思い立ったベルモンドはスラスターを起動させ、シールドモードのレイガストによる突進をフレンに繰り出す

 

 

「…っ!?」

 

「フレン…っ!」

 

 

スラスターの突進を受けたフレンは十数m程離れた場所まで吹き飛ばされるも素早く体勢を立て直す

 

だが、ベルモンドにとってそれは十分なチャンスを生み出した

 

フレンを吹き飛ばしたベルモンドはその直後にレイガストを消滅させ、新たに展開したシールドを盾にイブラヒムへと迫る

 

 

「うわっ…!そう来んのか…!」

 

 

今のベルモンドはフレンを見向きもせず、この後に仕掛けられる攻撃に対して何も備えていない…否、備えようとしていない様子だった

 

それはつまり、自身との道連れを狙っていることに他ならなかった

 

そのベルモンドの狙いに気付いたイブラヒムは焦りを抱くと共にそう呟き、攻撃が届く前にシールドを割ってやろうとアステロイドとハウンドを撃ち続ける

 

 

「旋空弧月…っ!」

 

ズバンッ!

 

 

だが、シールドを割るには至れなかったイブラヒムは射程範囲に捉えられた瞬間に放たれたベルモンドの旋空によって両断される

 

 

『トリオン体活動限界、ベイルアウト』

 

 

脱落を告げる機械音声が流れ、トリオン体が完全に崩壊したイブラヒムは光の柱となって仮想戦場から退場する

 

そして…

 

 

ズバンッ!

 

 

イブラヒムがベイルアウトした直後、ベルモンドがレイガストを構えるよりも先にフレンが振るった旋空が彼を両断した

 

 

「…まあ、そうなるわな」

 

『トリオン体活動限界、ベイルアウト』

 

 

なるべくしてなった結果に苦笑をこぼしながらベルモンドのトリオン体は崩壊し、ベイルアウトした

 

 

 

 

『イブラヒム隊員に続いてベルモンド隊員ベイルアウト!!ここで決着!最終スコア7対3対0!アルビオ隊の勝利です!』

 

 

アルビオ隊:7

花畑隊:3

吉里隊:0

 

 

桜子の盛大なアルビオ隊勝利の宣言と共に会場は試合を通して1番の大きな歓声に包まれた

 

 

『いやぁ〜!なかなか面白ぇ試合だったな〜!』

 

『はい!B級下位の試合とは思えない白熱した試合でした!それでは、振り返ってみてこの試合はいかがだったでしょうか?迅さん』

 

 

歓声が少し収まってきた頃を見計らい、試合の総評に移った桜子は迅に話を振る

 

 

『まずは無得点で敗れてしまった吉里隊…これは仕方がないですね。アルビオ隊と花畑隊それぞれのエースに目を付けられてた上に、情報量も相手に分があった』

 

『なるほど!ルーキーであるアルビオ隊と花畑隊の各隊員はB級昇格後の試合データが皆無。対する吉里隊はこれまでのランク戦等、膨大な記録がありますからね』

 

『相手の手の内、行動パターン、実力…そういった情報アドバンテージの差がこの結果に繋がったと思います』

 

『吉里隊も決して侮っていたわけじゃねぇだろうけど、エクスさんがその予想を遥かに上回ってきたからなぁ』

 

 

情報が少なく、相手を強く警戒していた吉里隊に対して、情報のあるエクスには余裕があり、更には弧月の投擲という誰も予想出来なかった攻撃手段を持ち合わせていた

 

そもそもの実力差もあるが、試合が始まる前から吉里隊は他2部隊に対して不利な状況にあったため、この結果は仕方がなかったと言えた

 

 

『その後のアルビオ隊と花畑隊。勝敗を分けたのはやはり、エクス隊長の活躍ですね』

 

『花畑隊長と樋口隊員に挟撃された時と最後のスラスターですね!』

 

『はい。レイガストの使い手であるA級の一条隊員やB級の村上隊員にも引けを取らないレベルで使いこなしていたと思います』

 

 

同じブレード型トリガーである弧月と比べて扱いにくく、正隊員の使用者も指で数える程しかいないレイガスト

 

それをオプショントリガー:スラスターと合わせてエクスは巧みに使いこなしていたと、迅は改めて評価する

 

 

『ベルモンドさんも最後、スラスターを上手く使ってイブラヒムさんを落とすことに繋げてたな』

 

『たしかに!あまり使用者の少ないレイガストの強みが大いに披露された試合でしたが、これは評価が見直されるかもしれませんね!』

 

 

そう言って、桜子は試合の総評を締め括った

 

 

『それでは、これにてB級ランク戦ROUND1昼の部を終了致します!皆さん、お疲れ様でした!解説の迅さんと米屋先輩、ありがとうございました!』

 

『『ありがとうございました〜』』

 

 

桜子から閉幕を告げられ、B級ランク戦ROUND1は終わりを迎えた

 

 

 

 

「ごめんな、チャイちゃん。私が落ちてなかったら勝てたかもしれんかったのに…」

 

 

ボーダー本部:花畑隊作戦室…そこで総評を聞き終えた楓は申し訳なさそうに反省の言葉を呟く

 

 

「いや、今回の負けはエクスのことを侮った俺のミスなんで。ベルモンドも悪かったな」

 

 

試合を反省する楓にチャイカはそう返答し、自身のせいで厳しい状況を強いられたベルモンドに謝罪する

 

 

「まあ、しょうがねぇよ。隠し玉の1つを晒してまで負けたんじゃ、エクス達の方が一枚上手だったってことだろ?」

 

 

あの状況は誰もがエクスに打つ手はないと思っていた

 

だからこそ、チャイカが油断してしまったことは責めることではなく、むしろ予想を超えてきたエクスに完敗したと受け入れる他なかった

 

 

「…そうだな。次に当たる時は手加減は無しだ」

 

「それまでにもっと強くならんとな!」

 

「今回はあまり役に立てなかったけど、次は私もしっかりチャイカ先輩達をサポートしますよ〜!」

 

 

敗北こそしたが、ランク戦はまだ始まったばかり

 

これを通して更に強くなることをチャイカ達は決意し合った

 

 

 

 

「おっけ〜〜いっ!7点獲得は出だしいいんじゃないの〜?」

 

「まあ、結果としては上出来だな」

 

 

ボーダー本部:アルビオ隊作戦室では、試合を終えたエクス達は勝利を喜んでいた

 

 

「でも、アルビオはチャイカさんに負けそうだったんでしょ?そんなんでこの先の試合大丈夫なの?」

 

「まあまあ、まだ慌てる時間じゃないんじゃない?今回はトリガーの一部を縛ってて、最初から本気も出してなかったわけだから」

 

「あ…!他のグループの試合結果も出たみたいだよ!」

 

 

フレンの指摘にエクスが返答するなか、オペレーターのデスクに座っていたメリッサが全員に声を掛ける

 

 

「諏訪隊が5点、那須隊が3点、柿崎隊が2点だって!」

 

「たしか、柿崎隊は持ち点4スタートだったから合計は6点。夜の部の結果次第で次の試合からは中位グループになりそうだな」

 

「夜の部って何時から?」

 

「19時から会場入り。20時から試合開始だな」

 

「じゃあ、あと5時間くらいか。それまで寝てようかな?」

 

「んじゃ、俺も」

 

「暇ならブースにでも行けばいいのに…」

 

「ここから外に出たらあの槍の人に出くわす可能性が高いから嫌だね。フル装備になった今、あの人と個人ランク戦をするとなったら流石に本気を出さないといけないからな。その記録はまだ残したくない」

 

「俺達もA級目指してるわけだし、この先の試合に勝ち続けるためにも情報アドバンテージの維持は出来るのに越したことはないからな」

 

「へぇ〜、そうなんだ。なら、メリー。私達はC級ランク戦やってるアルスさん達の様子を見に行くついでに初試合勝利のご褒美にデザートでも食べに行かない?」

 

「行く〜!」

 

「いてら〜」

 

 

こうして、夜の部が始まるまでの時間をエクス達はそれぞれに過ごした

 

 

 

 

『B級ランク戦、新シーズン!初日、夜の部がまもなく始まります!下位グループの実況は昼の部に続いてスケジュールが上手いこと空いた私、武富桜子!解説席には嵐山隊の嵐山隊長と佐鳥先輩ににお越し頂きました!』

 

『どうぞよろしく』

『どーもどーも』

 

 

時は経過し、時刻は夜の19時過ぎ…ボーダー本部内B級ランク戦下位グループの観戦会場は既に満席となっており、中央の実況席には桜子と嵐山、佐鳥の3人が座っていた

 

 

『昼の部でもお伝えしましたが、今シーズンのB級ランク戦にはあの有名配信者であるにじさんじの方々がデビュー!昼の部では、エクス・アルビオさん率いるアルビオ隊と花畑チャイカさん率いる花畑隊が期待を大きく上回る活躍っぷりを見せてくれました!』

 

『いや〜、俺も嵐山さん達と見てたけど本当に凄い試合だったね〜』

 

『入隊初日からその実力の高さを示してきた彼等がどのような試合を行うのか、楽しみです』

 

『さあ、A級隊員のお二人も注目する試合!その組み合わせを改めて確認したいと思います!夜の部下位グループの組み合わせは間宮隊、イロアス隊、葛葉隊、長尾隊の4部隊!MAPは工業地区が選択されています。スタートまであと僅か!間も無く転送が開始されます!』

 

 

 

 

「工業地区…。建物に囲まれた入り組んだ地形を利用して、叶の狙撃やローレン達の射撃戦を有効に機能させないのが狙いか?」

 

 

ボーダー本部:葛葉隊作戦室…そこで、葛葉隊のオペレーターを務める社築は長尾隊の選択したMAPを確認してそう考察を述べる

 

 

「じゃあ、かなかなはちひろ達と動く?」

 

 

社の考察を聞いた葛葉隊ガンナー:勇気ちひろは葛葉隊スナイパー:叶に行動の方針を尋ねる

 

 

「いや、僕はスナイパーとして行動するよ。ローレン達や甲斐田君に建物の上を取らせたくないし、射線は通りにくいだけで何処にも通らないわけじゃない。勇気さん達が上手く誘い込んでくれればやれないことはないよ。それでいいかな?葛葉」

 

「…全体の指揮は基本お前に任せる。ただ、場合によっては俺は好きなように動く」

 

「好きなようにって…。葛葉、お前A級目指してるんだよな?だったら単独で勝手な行動するよりもチームで動くのが…!」

 

 

葛葉の意向に葛葉隊アタッカー:剣持刀也が物申すが、叶がそれを制止する

 

 

「いいんだ、剣持さん。分かったよ、葛葉。でも必要な時は遠慮なく声を掛けてくれよ?」

 

「ああ…」

 

 

叶の呼び掛けに葛葉が短く返答したところで試合開始の準備が整い、仮想戦場への転送が行われる

 

 

『B級ランク戦、転送開始』

 

 

 

 

『さあ、転送完了!各隊員は一定以上の距離を置いてランダムな位置からのスタートになります!』

 

 

試合の開始と共に、桜子はハキハキとした声で実況を始める

 

 

『バッグワームを起動したのは葛葉隊の叶隊員、イロアス隊のローレン隊長とアクシア隊員、長尾隊の2人の5人!まずは全部隊合流を選択か!?』

 

『イロアス隊以外は部隊全員の位置がそれほど離れていませんからね。ですが…』

 

『おっと…!?葛葉隊長…!真っ直ぐ間宮隊の合流地点へと向かって行った…!』

 

 

モニターに移る全体MAP場でほとんどの隊員が味方との合流を目指すなか、西側で合流しそうな間宮隊に向かって葛葉が単独で迫っていた

 

 

『まさか、昼の部のエクスさんと同じで間宮隊を1人で落とすつもりなんじゃ…!?』

 

『しかし、それに気付いている間宮隊は開けた場所で葛葉隊長を迎え撃つ構え!間宮隊には多方位から襲い掛かる3人同時フルアタックの"ハウンドストーム"があります!待ち構えられている状態ではあまりに無謀と思えますが…!』

 

『それでも仕掛けるということは、何か策があるということでしょう』

 

 

嵐山の言葉を受け、観戦席の隊員達は葛葉の動向に注目する

 

 

 

 

「来るぞ…!構えろ…!」

 

 

工業地区西側中央寄り…縦に長く開けた場所で東側から自分達へと迫る相手を待つ間宮達

 

彼等の目線の先…日の差さない薄暗い通路の奥には獲物を食らい殺さんとするような鋭い眼をギラつかせて駆ける葛葉の姿があった

 

 

「1人で来るなんて俺達も舐められたもんだ…!」

 

「ネットの有名人だか何だか知らないが、返り討ちにしてやる!」

 

 

昼の部の試合であっさりと全滅した吉里隊同様、自分達も大した相手ではないと考えているからこそ葛葉が1人で突っ込んで来ていると感じた間宮達3人は"痛い目を見せてやる"と苛立ち交じりに意気込む

 

そして、葛葉が通路から自分達が待つ開けた場所へと飛び出した瞬間に間宮達は動いた

 

 

「「「ハウンド!」」」

 

 

3人同時フルアタックのハウンドストームが葛葉へと向かって射出される

 

1人分の多方位からの射撃であれば1方向に対する威力も小さいため、シールドを全周囲に向けたフルガードで容易に防御することが出来る

 

だが、3人がそれぞれ異なる方位に向けたフルアタックの射撃はシールドの厚みが薄くなる全周囲に向けたフルガードでは相当なトリオン差でもない限り防御するのは不可能

 

葛葉のトリオン量は平均よりも高い程度…フルガードをしても間宮隊のハウンドストームを防ぐことは出来ない

 

だが…

 

 

キィィン…!

 

ドッ…!

 

「なっ…!?」

 

 

ハウンドストームが当たる直前、葛葉は自身の正面から来るハウンドに対するシールドを展開すると同時に空中機動を可能にするジャンプ台トリガー:グラスホッパーを起動

 

それを踏んだ葛葉は一気に加速し、正面以外の方位から迫ったハウンドは追尾を振り切られて命中せず、正面に放たれたハウンドは十分に狭めたシールドによって全て防ぎ切られた

 

 

「グラs…!」

 

 

"グラスホッパーだと…!?"と、最前線にいた間宮が慌てた様子で声を上げようとするが、言葉を言い切る前に1番近くにいた鯉沼と共にグラスホッパーによって迫った葛葉の目にも止まらぬ早さのスコーピオンによって首を斬り飛ばされる

 

 

『『トリオン体活動限界、ベイルアウト』』

 

 

動揺してから数秒にも満たない一瞬の間にやられた間宮と鯉沼は理解も感情も追いつかないまま、敗北を告げる機械音声を耳にしてベイルアウトした

 

 

「ひ、ひぃ…っ!?」

 

 

そして、1人残された秦はあまりに一瞬の出来事と改めてこちらを鋭く睨む葛葉に腰を抜かし、尻餅を突いて顔を引き攣らせる

 

 

「おい、何ビビってんだよ。お前それでもボーダー隊員か?」

 

 

そんな秦に葛葉は近寄り、声を掛ける

 

その言葉は煽りというより、失望に近かった

 

 

「まあ、お前のことなんてどうでもいいんだけどな。俺がA級に上がるための糧になってくれりゃ、それで十分だ」

 

 

戦意を喪失した秦にそう告げ、葛葉はスコーピオンを振り下ろす

 

 

ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 

「…っ!」

 

 

だが、その時に拳銃の銃声が背後から轟き、葛葉は反射的に急所である頭と心臓を守るようにフルガードでシールドを展開する

 

 

バリンッ!

 

「…っ!?」

 

 

だが、飛来した弾丸の1発目でシールドにヒビが入り、2発目でシールドが割れ、3発目は咄嗟に飛び退いたことで急所は免れたが左腕に直撃してしまった

 

そして、目の前にいた秦は別方向からの射撃によって急所を撃ち抜かれてベイルアウトした

 

 

「チッ…!」

 

 

左腕を失い、獲物を横取りされた葛葉は舌打ちをするとグラスホッパーを起動し、貯水タンク等の遮蔽物がある建物の上へと退避する

 

そして、隠れた遮蔽物の陰から葛葉は自身を襲った新たな相手を視認する

 

 

「ローレン…!それにアクシア…!」

 

 

秦を落とし、葛葉の左腕を削ったその相手はイロアス隊の隊長:ローレン・イロアスとガンナー:アクシア・クローネの2人だった

 





イブラヒム

部隊:アルビオ隊
ポジション:ガンナー

トリオン7、攻撃6、防御援護6、機動5
技術7、射程8、指揮5、特殊戦術2
合計46

メイントリガー:アステロイド(拳銃)、イーグレット、シールド
サブトリガー:ハウンド(拳銃)、???、シールド、バッグワーム


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話「葛葉隊」

 

『間宮隊があっという間に全滅…っ!?葛葉隊長に2人落とされ、残された秦隊員もローレン隊長とアクシア隊員の集中砲火の餌食に…!奇しくも昼の部の吉里隊と同じ末路となった…!』

 

 

実況席の桜子が間宮隊の全滅を伝え、その一部始終を見ていた会場の隊員達からは歓声と驚きの声が上がる

 

 

『なるほど、グラスホッパーか〜!だから葛葉あんなに自信があったんすね!』

 

『相手を自動追尾するハウンドはたしかに強力ですが、先程のグラスホッパーや昼の部で大活躍していたレイガストのスラスター等、爆発的な加速に対しては追尾し切れないという弱点があります。トリガーの特徴について、しっかりと把握していますね』

 

 

と、まずは間宮隊の2人を落とした葛葉に対して、嵐山と佐鳥はそれぞれ感想と評価を述べる

 

 

『2点を獲得した葛葉隊長!しかし、そこへ奇襲を仕掛けたのはイロアス隊のローレン隊長とアクシア隊員!なんとか窮地を脱しましたが、左腕を負傷してしまった!というか、アステロイドの威力がおかしいぞ…!?』

 

 

続いて、漁夫の形で介入してきたローレン達の射撃によって葛葉のシールドが容易に破られてしまったことに桜子が言及する

 

 

『いえ、あれはアステロイドではありません。ギムレットです』

 

 

嵐山の言葉に、観覧席の隊員達がどよめき出す

 

 

『ギムレット…!?たしか、アステロイドとアステロイドを組み合わせた合成弾だったでしょうか…!』

 

 

合成弾…A級1位:太刀川隊の出水公平が思いつきで生み出した2つの弾型トリガーを組み合わせることで出来る更に強化された弾型トリガー

 

シューターはともかく、ガンナーでその使い手のいないトリガーに桜子は驚きの声を上げた

 

 

『はい。ギムレットは弾型トリガーの中で威力のあるアステロイド同士の合成弾ということもあって、威力と共に貫通力が増しています。葛葉隊長のシールドを容易に割ることが出来たのはそのためです』

 

『なるほど…!しかし、これまでガンナーで合成弾を使用する隊員は見たことがありません』

 

『銃型トリガーは2種類まで弾丸をセットすることが出来ますが、合成弾ではそれのみになってしまう欠点がありますからね』

 

『はい。ですが、持ち回しの良い拳銃型なら、複数の弾種が使える利点を差し引いても採用されることも不思議ではないように思われますが…』

 

 

ここで、桜子は1つの疑問を投げ掛けた

 

これまでに合成弾を使ったことのある隊員はその全員がシューターであった

 

シューターが合成弾を使う場合は、メインとサブそれぞれに装備された2つの弾型トリガーを実際に合成する必要がある

 

ただし、合成にはある程度時間がかかる上にその間は他のトリガーが使用出来なくなる隙が生まれる欠点が存在する

 

対して、ガンナーにはシューターのような使用時のデメリットはなく、精々が合成弾を装備した銃はそれのみしか撃てなくなるというものだった

 

しかし、戦闘時におけるデメリットの有無を考慮すれば合成弾はシューターよりもガンナーの方が扱い易いように思える

 

更にガンナーには、装備しているメイン又はサブトリガーの銃に1種類の弾型トリガーしか装備していない者もいる

 

1種類だけなら、性能が強化された合成弾を装備した方が良いのでは…という考えに至るのは至極当然であった

 

多くの隊員も同じように考えるその疑問に、嵐山と佐鳥は返答する

 

 

『たしかに強力だけど、ガンナーにおける合成弾はシューターよりもトリオンの消費が大きいんだよね』

 

『乱用すれば、僅かな負傷でも簡単にトリオン切れでベイルアウト…ということにもなりかねないので、継続的な戦闘をする上では相性が悪いんです。百発百中で当てられるなら、話は変わるかもしれないけど』

 

 

強力故の消費するトリオンの大きさ、そしてガンナーとして高い技術が求められることを説明した嵐山と佐鳥に桜子及び会場の隊員達は"なるほど…!"と納得の声を漏らす

 

 

『さあ、狩る側から狩られる側となってしまった葛葉隊長!2対1のこの状況は流石に万事休すか!?』

 

 

 

 

「まずは1点だな、ローレン」

 

 

工業地区西側中央寄り…葛葉が身を隠した建物の向かいの屋上でアクシアは相手を警戒しつつ、ローレンと合流する

 

 

「ああ。くっさんは仕留められなかったけど、左腕は削ったし、単独でいる今が落とすチャンスだ。叶さんの狙撃に注意しながら…!?」

 

 

と、ローレンがすぐさま葛葉に仕掛けようと提案するなか、その相手が身を隠している遮蔽物の裏から上空へとハウンドが撃ち上がり、山なりの弾道を描いて降り掛かる

 

それをローレン達が展開したシールドで防御するなか、葛葉は遮蔽物から飛び出してグラスホッパーを踏み、自分達から逃げるように東へ向かう

 

 

「逃すかよ…!」

 

 

それを見たローレンとアクシアも葛葉の跡を追い掛けようと起動したグラスホッパーを踏んで飛び出す

 

 

ドッ!

 

「なっ…!?」

 

 

その直後、飛んだ先の屋上で再びグラスホッパーを踏んだ葛葉が突然ローレンに向かって突っ込んでき、スコーピオンを振り下ろす

 

咄嗟にシールドを展開したローレンは間一髪のところで葛葉のスコーピオンを防御し、加速の勢いが相殺された2人はぶつかった地点の屋上に降り立つ

 

 

「ローレンッ!」

 

 

アクシアは飛んだ先の屋上に着地した瞬間、葛葉に向けて拳銃を構える

 

 

ドンッ!

 

「…っ!?」

 

 

だが、拳銃の引き金を引くよりも先に、アクシアは北東方面から放たれた狙撃によって胸部を撃ち抜かれてしまう

 

 

(しまった…!叶さんの狙撃…!)

 

『トリオン供給機関破損、ベイルアウト』

 

 

ローレンの身を案じたばかりに叶の狙撃に対する警戒を一瞬怠ってしまったことを悔い、機械音声に敗北を告げられたアクシアはベイルアウトした

 

 

「アクシア…っ!?くそっ…!やってくれたな、くっさん…!」

 

 

ローレンとアクシアは最初に葛葉がグラスホッパーで逃げたのは叶の援護が無く、不利な状況にあったからだと思った

 

しかし、その後の不意打ちも含めて、行動の全ては叶の狙撃を確実に決めさせるための布石だったのだ

 

その罠にまんまと嵌まり、アクシアを落とされてしまったローレンは悔し紛れにそう呟く

 

 

「俺を恨むなよ。全部お前等の甘さが招いた結果だ」

 

「ああ、そうだな…!」

 

 

耳の痛い正論を突きつけられたローレンは苛立ちながらそう返答し、起動させたグラスホッパーを踏んで葛葉との距離を取る

 

 

「おいおい、そっちから仕掛けておいて、返り討ちにあったから尻尾巻いて逃げる気かぁ…!?ローレン…!」

 

 

逃げようとするローレンに葛葉は起動したグラスホッパーを踏んで跳躍し迫る

 

 

ドンッ!

 

「…っ!」

 

 

その瞬間、南東の方角から狙撃による弾丸が頭部目掛けて飛来し、葛葉はそれを集中シールドで防御する

 

直後、ローレンが拳銃を発砲するが、葛葉は起動させたグラスホッパーを踏んで素早く回避し、狙撃の射線を切るため遮蔽物のある場所まで退避する

 

 

『叶…!』

 

『分かってる、レインさんだな。でも、僕の所からじゃ遮蔽物が邪魔で撃てない』

 

 

ローレンを仕留める邪魔をしてきた狙撃の主…イロアス隊ガンナー:レイン・パターソンの対処を叶に促す葛葉だったが、相手を狙えなかったためそれは実行出来なかった

 

 

『葛葉、ここは無理しない方がいい。僕の援護がある以上、ローレンは無理せずに退くはず。でも、それを追ってお前が僕の援護が届かない場所へ誘導されたら勝てないよ』

 

『…チッ。分かったよ』

 

 

叶の提案を葛葉は仕方なく受け入れ、バッグワームを起動して屋上から飛び降りてローレンの前から姿を消す

 

葛葉が退いたのを確認したローレンは叶からの射線を完全に切るため、建物の屋上から飛び降りつつバッグワームを起動する

 

それと同時、レインから通信が入る

 

 

『ローレン!大丈夫か!?』

 

「ああ、おかげさまでな。助かったぜ、パタさん」

 

『葛葉先輩は?』

 

「流石に深追いはしないで退いたっぽいわ」

 

 

2人が安否と状況を共有するなか、イロアス隊オペレーター:レオス・ヴィンセントも通信に加わる

 

 

『今、MAPの東南から2人…長尾君達が叶君のいる位置に向かっていますねぇ。でも、このままだと数の差で葛葉隊に食われる可能性は高い。ローレン君達も連動して仕掛けた方がいいですよ』

 

「そうだな。パタさん、俺の方へ合流しに来てくれるか?」

 

『分かった!』

 

 

レオスの提案に同意したローレンとレインは互いの合流を目指しつつ、葛葉隊を長尾隊と挟み込める位置に向かって移動する

 

 

 

 

『叶隊員の狙撃でアクシア隊員がベイルアウト!そして、葛葉隊長に追い込まれるローレン隊長でしたが、レイン隊員の援護が間に合って危機を脱した!ここは互いに一度退く様子!』

 

 

横槍を入れてきたローレン達を逆に手痛い返り討ちにした葛葉と叶の連携に会場からは"おお…っ!"と驚嘆の声が上がる

 

 

『不意打ちで隙を作ったところをすかさず狙撃か〜!』

 

『相手の虚を突いた良い作戦だったな』

 

 

と、嵐山と佐鳥はそれぞれ感想を述べる

 

 

『葛葉隊長とローレン隊長はそれぞれ味方との合流を目指す!そして、MAPの東では長尾隊と葛葉隊の剣持、勇気隊員が交戦の予感!』

 

 

葛葉とローレン達の戦闘が終わったも束の間、新たな戦闘に会場の注目が再び集まる

 

 

 

 

「来たぞ!ちーちゃん!」

 

「うん!」

 

 

工業地区東側…周囲に建物が密集した入り組んだ区画の一際広い通路で、葛葉隊アタッカー:剣持刀也とガンナー:勇気ちひろは叶を狙いに来たと思われる長尾隊隊長のアタッカー:長尾景とシューター:甲斐田晴の姿を視認して迎撃態勢に入る

 

ちひろが突撃銃の引き金を引いてアステロイドを射撃し、向かって来た長尾達は展開したシールドで防御しながらそれぞれ左右の路地へ飛び込む

 

 

『葛葉さんはバッグワームを着けてるから、到達時間は正確には分からないけど、狭いMAPだからそう長くはかからずに合流されるよ』

 

「なら、出し惜しみ無しの速攻で最低でも1人は落とすぞ!晴、援護は頼んだ!」

 

「分かってるよ!ハウンド!バイパー!」

 

 

長尾隊オペレーター:弦月藤士郎からの報告に応答しつつ、長尾は援護を呼び掛けると共に飛び出し、甲斐田は路地に身を隠した状態からハウンドを上空へ山なりに、バイパーを長尾と並走させる形で相手の正面へ向けて射出する

 

 

『剣持さん、勇気さん!上からハウンドが来るよ!』

 

「分かった!ちーちゃんは僕の後ろに!上から来るハウンドを頼んだ!」

 

「了解!」

 

 

叶から通信を受け取った剣持はちひろに指示を出し、正面から迫るバイパーを自身のシールドで防御し、上から飛来するハウンドを彼女が展開したシールドで防いでもらう

 

 

「おらぁっ!」

 

 

その最中、バイパーと共に迫って来た長尾が弧月を抜刀…振るわれた一閃を剣持は腰に携えた鞘から引き抜いた弧月で受太刀する

 

 

「僕と剣で勝負か…!受けて立ってやるよ!」

 

「そうしたいのは山々なんですけど、状況的に手を抜いて戦うなんて悠長もしてもいられないんすよ…!」

 

 

"だから…"と、長尾は受太刀された弧月の角度を調整しながら言葉を続ける

 

 

「悪いっすけど、俺は最初から本気でやらせてもらいますよ!」

 

ドッ…!

 

「…っ!?」

 

 

長尾がそう告げた直後、彼の弧月の刃から突如として新たな刀身が生え伸び、それが剣持の首に突き刺さる

 

反射的に避けたことで、辛うじて伝達系への損傷は免れた剣持は予想外の攻撃に面食らいながらも後ろへと飛び退き、首に突き刺さった弧月の刃から抜けると共に長尾との距離を取る

 

パパパッ…!

 

その直後、剣持達からは見えない建物の影に隠れている甲斐田がハウンドとバイパーを上空へと弧を描いて放つ

 

 

『また甲斐田の射撃か…!ちーちゃん、もう一度頼む…!』

 

『分かった!』

 

 

甲斐田の射撃を援護に、再び長尾が攻め込んで来ると踏んだ剣持はちひろに射撃からの防御を頼み、自身は長尾の攻撃に身構える

 

 

「…っ!?」

 

 

その時だった…対面にいる長尾の背後から左右それぞれへと弾丸が飛び出し、直後に剣持に向かって弾道を変えて迫る

 

剣持は甲斐田から放たれた上空から降り注ぐハウンドとバイパーをちひろの援護によるシールドが防ぐなか、長尾が放った左右から迫るバイパーは自身のフルガードでなんとか防御する

 

 

「旋空弧月!」

 

 

直後、長尾が旋空を振るい、防御の手が足りなくなった剣持は成す術なく真っ二つに斬り払われた

 

 

『トリオン体活動限界、ベイルアウト』

 

 

無機質な音声に戦闘不能を告げられ、トリオン体が崩れた剣持はベイルアウトする

 

 

 

 

『剣持隊員ベイルアウトッ!甲斐田隊員との射撃による連携で作った隙を狙い、長尾隊長の旋空弧月が決まった!』

 

 

桜子の実況と共に観客席からは"おお〜!!"と、歓声が上がる

 

 

『今のは良い連携だったね〜!それに珍しいトリガーもありましたよ!』

 

『長尾隊長が使用した弧月のオプショントリガー:幻踊ですね!』

 

『はい。幻踊はスコーピオン程の自由度はありませんが、先程のように弧月の刀身を変化させることが出来て、本来なら不可能な攻撃を可能とします』

 

『あの不意打ちで仕留められこそしなかったけど、その後のバイパーと旋空に繋げたのは上手かったですよね〜!』

 

『と、言いますと?』

 

『長尾隊長が幻踊を見せたことで、剣持隊員にはそれが強く印象付けられたと思います。長尾隊長が再び甲斐田隊員の援護と共に仕掛けてきた時、剣持隊員は後に待っているであろう接近戦での幻踊を警戒していたはずです』

 

『でも、そこに突然の長尾さんのバイパー。直前とは違う相手のアクションに剣持隊長は咄嗟に"シールドで防御する"ことを選んだ。この時点で剣持さんは詰んでたんだよね』

 

『長尾隊長のバイパーも防ぐためにフルガードをしてしまったから、旋空を防ぐことが出来なくなった…!』

 

 

解説を素に出した桜子の答えに、嵐山と佐鳥は正解と示すようにコクリと頷き、観客席の隊員達からは"おお〜っ!"関心の声が上がる

 

 

『柔軟な思考と数ある選択肢の中から最良の一手を素早く判断させる余裕。幻踊の使用はそれらを奪うためでもあったんです』

 

『なるほど…!弧月のオプショントリガー:旋空と幻踊の両方を使いこなす長尾隊長!このまま勇気隊員もその餌食となってしまうのか!?』

 

 

 

 

「よっしゃ!まずは1点!」

 

 

連携が見事に決まって剣持を落とし、甲斐田は拳を握り締めて歓喜の声を上げる

 

 

「ああ!このまま、ちーさんも落とすぞ!」

 

「ひぃ…っ!?」

 

 

出だしは上々…と、勢いに乗る長尾は続けてちひろも落としに地を蹴る

 

ドンッ!

 

 

「…っ!?」

 

 

だがその時、正面奥の建物の屋上が一瞬光ったかと思いきや、直後に狙撃が飛来し、長尾は既の所でシールドを2枚張ることで辛うじて防ぎ切る

 

 

『長尾…!?』

 

『当たってねぇ…!でも、面倒な展開になってきたぞ…!叶さんが狙撃位置に着いちまった…!』

 

 

心配する甲斐田へ長尾は手短に無事を告げると共に狙撃への警戒を促し、射線を切るべく建物を遮蔽物に路地へと飛び込む

 

 

『長尾…っ!反対から来てる…っ!』

 

 

続け様、弦月の警告が耳をつん裂き、その直後…

 

ドッ!

 

 

「ずはさ…っ!」

 

 

ガキン…ッ!

 

広い通路を挟んだ反対側の路地…そこからグラスホッパーを踏んで肉迫してきた葛葉がスコーピオンを振るい、長尾は弧月で受太刀する

 

 

「チッ…!」

 

 

長尾を仕留められなかった葛葉は舌打ちを鳴らすと、深追いはせずに叶とちひろの援護を受けられる通路へと退がる

 

 

『あっぶねぇ〜…!ナイス警告だったわ、藤士郎…!』

 

 

葛葉の奇襲には流石に長尾も冷や汗を流し、それを防ぐに至った警告をくれた弦月に礼を伝える

 

 

『うん…!でも、これで葛葉隊が揃っちゃったよ…!』

 

『ああ。でも、まだスナイパーのいるずはさん達が優勢。この状況をローレン達も良しとするはずはねぇ。必ず向こうに仕掛けてくれるはずだ』

 

『でも、葛葉さん達もそれは予想してるだろうから、叶さんのカバーを考えて退かないかな?』

 

『いや、少なくとも葛葉さんは得点が欲しいはずだから、叶さんが犠牲になることは必要経費と考えて俺達との戦闘に臨んでくれると思うぞ』

 

『だとしたら向こうが仕掛けてるのは速攻…。それも狙撃がある分、僕達から仕掛けることは出来ないよ』

 

『それじゃあ、僕達は逃げるのが駄目な上に、こっちから仕掛けるのは返って危険ってこと…?そんなクソゲーある…?』

 

『腹括れよ、晴。勝つためには時にリスクを背負わなきゃならねぇもんだからよ』

 

 

自分達が置かれた不利な状況に対し、慣れている長尾はあっさりと覚悟を決め、甲斐田はガクリと項垂れる

 

 

『どうする?ローレン達はこっち…まず僕を落としに来ると思うんだけど』

 

『だろうな。まあ、だからと言って引き下がるわけにもいかねぇだろ』

 

『じゃあ、長尾達とこのまま戦闘?』

 

『そうっすね。ローレン達が叶に戦力を割くなら、その間に長尾達を速攻で潰せば、俺とちーさんの2人で漁夫を気にせずにローレン達とやり合える』

 

 

一方の葛葉隊は葛葉の作戦方針によって、このまま長尾隊と交戦することが決まった

 

 

『なら、先手で長尾達の隙を作らないとな。正面から仕掛けても簡単に落とせる相手じゃないから、まずはちーちゃんがメテオラで長尾達が遮蔽物にしてる建物を爆撃。葛葉はそれに合わせて仕掛ける。叶君は可能なら狙撃で援護。どうだ?』

 

『分かった!』

 

『ああ、それでいい』

 

『了解』

 

 

葛葉隊オペレーター:社築の提案に3人は同意し、ちひろはメテオラを起動、分割し、それを長尾達が陰にしている建物へと射出する

 

ドゴォォォンッ!!

 

着弾したメテオラは派手な爆発を起こし、建物を崩壊させる

 

直後、葛葉は長尾に仕掛けるべく地を蹴る

 

その時だった

 

ドンッ!ドンッ!

 

 

「…っ!?」

 

 

背後から2回の銃声が鳴り響き、葛葉は思わず振り返ると、そこには頭部を撃ち抜かれたちひろの姿

 

そして、加速の勢いで素早く路地へと消えて行った襲撃の主…ローレンの姿が視界の端に映った

 

 

「ローレン…!」

 

ドッ!ドッ!

 

 

葛葉が怒りを込めてその名を呼んだ直後、トリオン体が崩壊したちひろがベイルアウトし、更に葛葉が仕掛けようとした先…長尾達2人がいるであろう場所からもベイルアウトの光が1つ、天へと昇っていった

 

 

 

 

『ここでローレン隊長とレイン隊員が奇襲!背後を取られた勇気隊員と甲斐田隊員がそれぞれベイルアウト!』

 

 

剣持のベイルアウトに続いて更に戦況が大きく動き、観覧席の隊員達は歓声を上げ、目を見張る

 

 

『イロアス隊は位置が割れた葛葉隊のスナイパーではなく、相手2部隊両方を狙いましたね』

 

『これには予想外と思った人も多いと思うけど、実はそうでもないんだよね〜』

 

『へ?そうなんですか?』

 

『先程も言いましたが、イロアス隊は全員がガンナー。つまり、相手と距離を取って戦うことが出来る部隊なんです』

 

『対する葛葉隊はアタッカー2人にガンナー、スナイパーが1人ずつ。長尾隊はアタッカーとシューターの2人編成。ここからアタッカーを援護出来る射程持ちの隊員がいなくなると…』

 

『相手を寄せ付けなければ、距離を取って戦えるイロアス隊が勝てる…!』

 

 

位置が割れたスナイパーではなく、各部隊の射程持ちを先に狙った理由に気付いた桜子は興奮気味にそう答え、嵐山と佐鳥は頷いて正解を示す

 

 

『それにローレンさんにはギムレットがあるから、普通ならシールドで防がれる射撃も押し切れちゃうからね〜』

 

『まだスナイパーが残ってますから、グラスホッパーを持っているローレン隊長が必ず狙いに行くでしょう。それに対し、葛葉隊長がどう動くかで試合の結果が変わると思います』

 

 

嵐山のその言葉に、会場の注目が葛葉へと向けられる

 

 

 

 

「ローレン…!やってくれたなぁ…!」

 

 

ちひろを落としたローレンに葛葉は敵意を剥き出し、仕返してやろうと言わんばかりにグラスホッパーを起動する

 

ドンッ!

 

 

「…っ!?」

 

 

だがその時、叶の狙撃が飛来し、葛葉の目の前に着弾する

 

 

『叶…っ!何のつもりd』

 

『葛葉!ローレンは構わず長尾達を獲りに行け!俺達には1点でも多く点が必要なんだろ!』

 

「…っ!」

 

 

"冷静になれ"…と、誤射になりかねない狙撃をしてまで伝えてきた叶に、葛葉は苛立ちをグッと堪えて踏み止まり、作戦通りに長尾へ向かって地を蹴る

 

 

 

 

(くっさんは…こっちには来なかったか。なら、向こうはパタさんに任せて、俺はこのまま叶さんを獲る!)

 

 

一方、建物を遮蔽に移動するローレンは葛葉が自身を追い掛けて来ないことを把握し、グラスホッパーを踏んで、そのまま叶に向かって進んで行く

 

 

 

 

「晴…っ!クソッ…!まさか、そうくるなんてな…っ!」

 

 

メテオラの爆撃により起きた建物の崩壊になんとか巻き込まれずに済んだものの、後衛の甲斐田がレインに落とされ、長尾は舌打ちする

 

 

『長尾…っ!正面から葛葉さんが来る…っ!』

 

「…っ!?」

 

 

建物崩壊による土煙が立ち込むなか、弦月の警告を受けて長尾は迫る脅威に身構える

 

瞬間、土煙の奥から葛葉が勢いよく飛び出し、右手に生成した鉤爪型のスコーピオンを振り下ろす

 

ガキンッ!

 

長尾は右手の弧月をそれを受太刀すると共に、左手の弧月を葛葉の腹部に目掛けて振るう

 

ガキンッ!

 

だが、葛葉も上げた左膝から生成させたスコーピオンで長尾の弧月を食い止める

 

ガガガガガッ!

 

 

「…!」「…!?」

 

 

葛葉と長尾が交戦を始めたそこへ、レインが突撃銃で射撃しながら介入する

 

葛葉と長尾はそれぞれシールドを張ってアステロイドの弾丸を防御するなか、レインは更に左手に拳銃を持ち、フルアタックの態勢を取る

 

 

(グラスホッパーを持ってる葛葉先輩を落としたいところだけど、長尾先輩が壁になって上手く狙えない…!でも、この際贅沢は言ってられない…!パタち達が勝つために、確実にどちらか1人は落とす…!)

 

 

手負いとは言え、ローレンと同じくグラスホッパーを持つ葛葉を無理に狙おうとはせず、レインは自身と葛葉に挟まれて1番落としやすい状況にある長尾に狙いを定める

 

パパパパパパパッ!

 

 

「「…!」」

 

 

だが、レインが拳銃の引き金を引くよりも先に長尾がバイパーを起動、放ち、葛葉とレインそれぞれに向かって射出される

 

多角的に迫るバイパーを葛葉は更にシールドを張って防御し、レインもフルアタックを止めてシールドを張って防御する

 

ダッ!

 

その瞬間、長尾はアステロイドの弾丸を防ぐためのシールドを張りながら、レインに向かって力強く地を蹴り迫る

 

 

(こっちに来た…!?いや、そりゃ上手くはいかないよね…!)

 

 

長尾の狙いが自身に向いてレインは一瞬驚くも怯みはせず、迎撃すべく左手の拳銃を構える

 

ドンッ!ドンッ!

 

直後、レインの拳銃から2発のギムレットが放たれる

 

ガキンッ!バリンッ!

 

1発目のギムレットは集中シールドで防がれるも大きな亀裂を入れ、2発目は耐久力が限りなく無くなったそのシールドを破壊し、長尾の左腕に命中して吹き飛ばす

 

 

「旋空弧月!」

 

「…っ!?」

 

 

ズバンッ!

 

だが、その程度で長尾が怯むことはなく、そのまま距離を詰められたレインは振り払われた旋空弧月によって袈裟斬りに真っ二つにされる

 

 

『トリオン体活動限界、ベイルアウト』

 

 

長尾の動体視力と腕を吹き飛ばされたくらいでは怯まなかった精神力により、相手を倒すに至れなかったレインは敗北を喫し、ベイルアウトする

 

 

(よし…っ!次…っ!)

 

 

一方、レインを下した長尾はすぐさま次の相手…背後から仕掛けてくるはずの葛葉を迎え撃つべく、振り向きながら右手の弧月を振るう

 

スカッ…!

 

ゴッ…!

 

 

「…っ!?」

 

 

だが、直後に起こったのは予想外の出来事だった

 

振るった弧月が空を切り、何かが長尾の顔面に激突する

 

 

(瓦礫の…破片…っ!?)

 

 

よろめくなか、長尾は自身の顔面に飛来、激突したソレの正体を知って驚く

 

そして、同時に"やっちまった…"と、自身の敗北を悟る

 

ドッ!

 

よろめいたことで出来た隙…それを逃さず、葛葉がスコーピオンで長尾の胸の急所を刺し貫く

 

 

『トリオン供給機関破損、ベイルアウト』

 

「あらら…。やっぱ無理だったか…」

 

 

敗北を受け入れてそう呟いた長尾はトリオン体が崩壊し切り、ベイルアウトして仮想空間から消えて行った

 

 

 

 

『長尾隊長ベイルアウトォッ!葛葉隊長が三つ巴を制した!』

 

 

時間にして1分にも満たない短い戦闘

 

しかし、確かに各々がB級下位とは思えない実力を有していると感じられたその一戦に、観覧席の隊員達は"おお…っ!!"と感銘したとも気圧されたとも取れる声を上げる

 

 

『レインさんは2人が交戦したタイミングで仕掛けたのは良かったけど、長尾さんが想像以上に手強い相手だったね〜』

 

『直後の葛葉隊長も、長尾隊長の迎撃を想定して敢えてすぐには接近せず、瓦礫を用いた投擲で隙を作ってから確実に仕留めました。あの一瞬でこれほど冷静かつ素早い判断能力…凄いですね』

 

 

と、佐鳥と嵐山は葛葉、長尾、レイン3人の刹那の戦いに評価を述べる

 

 

『さあ!長尾隊も全滅して、残るは葛葉隊2名とローレン隊長のみ!果たして、勝利はどちらの手に渡るのか!』

 

 

 

 

ドンッ!ドンッ!

 

ガキンッ!ガキンッ!

 

 

拳銃の引金を引き、ギムレットを射撃するが、叶は頭と胸の急所を2枚の集中シールドで防ぐ

 

 

(防がれたか…!まあそりゃ、くっさんから情報は共有されてるよな…!)

 

 

後に控えている葛葉との戦闘も考慮し、ローレンはトリオン温存のために叶をギムレットで仕留めるのを辞め、スコーピオンを構えてグラスホッパーを踏み、距離を詰める

 

 

「……」

 

 

ローレンが接近戦に切り替えてきたことに気付いた叶はイーグレットから突撃銃に持ち替え、振り向いて後ろ走りになりながら射撃する

 

 

「うおっと…!当たらねぇよ…!」

 

 

突撃銃から放たれた無数のアステロイドをローレンはシールドで防御しつつ、グラスホッパーでの機動力で出来る限り被弾を避けながら突っ込む

 

距離はどんどん縮まり、残り10mを切ろうとしたところで建物屋上の端へと追いやられた叶はローレンに体を向けたまま飛び出し、背を向けた形でその場から落下する

 

 

「…っ!逃がすかよ…!」

 

 

何食わぬ顔で飛び降りた叶に少し驚きはしたものの、ローレンも屋上から飛び出して落下する叶を追う

 

 

タタタタタタッ!

 

 

叶は落下しながらも、ローレンに向けて突撃銃の引金を引き、アステロイドの弾丸を撃ち込む

 

 

ガガガガガッ!

 

パッ!パッ!パッ!

 

 

だが、ローレンはアステロイドを全て凌ぎ切って遂に叶へと肉迫し、右手に生成したスコーピオンを突き出す

 

叶は頭と胸の急所だけは守るべくシールドを張り、ローレンの胸を狙ったスコーピオンは防がれるも、即座に左手に生成し直して叶の右肩を切り落とす

 

ブシューーーッ!

 

と、切断された叶の右肩の断面から勢いよく大量のトリオンが漏れ出す

 

 

「ぐっ…!」

 

「念の為、もう片腕も貰いますよ!」

 

 

ザシュッ!

 

と、ローレンは更に叶の左腕も切り落とし、武器を持つことが出来ない…事実上の戦闘不能状態まで追い込む

 

 

「悪いっすね、叶さん。これで残すはくっさんだけっす」

 

 

ローレンは笑みを浮かべ、叶へ勝ち誇るようにそう告げる

 

 

「その徹底さは流石だね、ローレン。でも、僕から気を抜くには早いよ」

 

 

だが、叶はニヤリと不敵な笑みを浮かべると共にそう告げると、最後の抵抗を言わんばかりにローレンを抱き締め捕らえる

 

 

「なっ…!?何のつもり…!?」

 

 

突然の叶の行動に驚くローレンだったが、直後にある人物が視界の端に入って身を震わした

 

数十m先の路地…そこから、自身を狩らんとする鋭い眼光を放つ葛葉が飛び出し、グラスホッパーを踏んでこちらへと迫って来た

 

 

(マッズい…っ!もう来やがったのかよ…!早く距離を…って、ああ…っ!そういうことかよ…っ!)

 

 

自身もグラスホッパーを踏んで距離を保ちながら迎撃しよう…そう考えかけたローレンだったが、そこで叶の行動の意図に気付く

 

グラスホッパーは踏んだ又は触れた対象を加速させるトリガーであり、特に空中戦においては身軽な者がその効果を大きく受けられる

 

逆に言えば、重い者や物は軽いのに比べてその効果が小さくなる

 

つまり、叶はベイルアウトの瞬間まで掴まることで、ローレンがグラスホッパーで葛葉から距離を取れないように体重を掛けているのだ

 

 

「こんの…っ!」

 

 

ドッ!

 

ローレンは体からスコーピオンを生やし、密着している叶の胸の急所を刺し貫く

 

 

『トリオン供給機関破損、ベイルアウト』

 

 

急所をやられた叶のトリオン体は急速に崩壊して破裂すると共に、光となって天へと上っていった

 

そして、叶の拘束から解放されたローレンは即座にグラスホッパーを踏み、葛葉から距離を取ろうとする

 

 

「もう遅ぇよ」

 

「…っ!」

 

 

だが、葛葉は既に目の前にまで迫って来ており、右手に生成した鉤爪のスコーピオンを振り下ろしてくる

 

ガキンッ!

 

ローレンはそれを集中シールドで防ぐが、更に葛葉は左脚の脛から突出させたスコーピオンを蹴り出してくる

 

ドッ!

 

 

「ぐっ…!」

 

 

これには防御の手が回らなかったか、ローレンの腹部にスコーピオンが突き刺さる

 

 

「捕まえたぞ、ローレン」

 

 

ローレンを捉えた葛葉は敗北を宣告するように冷たく言い放った

 

だが…

 

 

「…へっ!」

 

 

ローレンはニヤリと笑みを浮かべ、葛葉が蹴り出してきた左脚を右手で掴んだ

 

ここで1つ訂正しよう

 

ローレンは葛葉から繰り出された2度のスコーピオン…その後者に対する防御は出来なかったのではない

 

ここで相手を仕留めるために敢えてしなかったである

 

 

「それはこっちの台詞っすよ、くっさん…!」

 

 

葛葉の右手のスコーピオンは集中シールドで防御し、左脚蹴りのスコーピオンをその身で受け止め、更に右手で掴み捉えたローレンは自由に動かせる左手にギムレットを射撃出来る拳銃を構える

 

葛葉にグラスホッパーで動き回られては流石のローレンも正確に射撃することは出来ない

 

だからこそ、相手の動きが止まるこの瞬間を身を削ってまで作り出したのだ

 

 

(動きは止めた…!あとはギムレットを叩き込むだけだ…!)

 

 

葛葉が再び右手のスコーピオンで攻撃してくる前に仕留め切ろうと、ローレンが拳銃の引き金を引く…その時だった

 

 

「悪ぃけど、お前の負けだ。ローレン」

 

ドドドドッ!

 

「…っ!?」

 

 

葛葉がそう告げた直後、ギムレットを射撃すると同時に数弾のハウンドが上空から降り注ぎ、ローレンの身体を貫いた

 

更に、ローレンは左肩を撃ち抜かれて左腕が機能しなくなってギムレットを撃ち続けることが出来なくなり、葛葉は集中シールドでギムレットを防ぎ切っていた

 

 

『トリオン体活動限界…』

 

「マジか…やられたよ、くっさん」

 

『ベイルアウト』

 

 

自身の敗北にローレンは苦笑を浮かべ、勝利した葛葉に称賛の言葉を贈ってベイルアウトする

 





葛葉

部隊:葛葉隊
ポジション:アタッカー

トリオン9、攻撃9、防御援護6、機動9
技術8、射程3、指揮5、特殊戦術2
合計51

メイントリガー:スコーピオン、シールド、グラスホッパー、???
サブトリガー:スコーピオン、ハウンド、シールド、バッグワーム


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話「鈴原るる」

 

『ローレン隊長ベイルアウトォッ!!ここで試合終了ぉっ!!B級ランク戦ROUND1下位:夜の部は最終スコア7対4対2対0…葛葉隊の勝利です!!』

 

 

葛葉隊:5+2(生存点)=7pt

イロアス隊:4pt

長尾隊:2pt

間宮隊:0pt

 

 

"うおおおおおおおっ!!!"と、桜子の葛葉隊勝利宣言と共に会場は大きな歓声に包まれた

 

 

『接近戦でもつれ込むことを見越しての死角からのハウンドか〜!』

 

『建造物が密集して射線が読めなかったこと、叶隊員の抵抗も含めてローレン隊長の意識を他に向ける余裕を与えなかったことが大きかったな。加えて、この短期間でグラスホッパーだけじゃなく、サブトリガーもしっかりと物にしているとは驚きました』

 

『ローレン隊長も惜しかったですが、最後は葛葉隊が一枚上手だった!昼の部に続き、B級下位とは思えない実力を魅せた にじさんじの各部隊が目立った試合!振り返ってみていかがでしたでしょうか?』

 

 

と、桜子は嵐山と佐鳥に試合の総評を伺う

 

 

『間宮隊は残念でしたね。昼の部の吉里隊と同じく、自分達は相手の情報をほとんど得られず、逆に自分達の情報は記録から一方的に得られてしまう不利を抱えていました』

 

『やはり、情報アドバンテージの差がこの結果に繋がってしまったんですね』

 

『間宮隊を象徴する戦術ハウンドストームは強力だからね〜。何かしら対策はされると思ってたけど、まさか葛葉さんが単身で突破するとは思わなかったよ』

 

『あれには私もビックリしました!では、にじさんじの各部隊についてどうでしたか?』

 

『まずは長尾隊。特筆すべき点は2人の連携の練度。1ヶ月…いや、部隊編成からを考えるともっと短い期間の中でこの仕上がりは素晴らしいです』

 

『たしかに、剣持隊員を討ち取った際の連携は見事でした!』

 

『長尾隊は2人編成の部隊なんで、1人落ちるだけで苦しくなるのが弱点だけど、にじさんじ支部にはB級予備軍となる隊員が大勢いるから、増員は検討してるんじゃないかな〜、と思いますね』

 

 

 

 

「それは正解」

 

「ウチは3人目として、まひが控えてるからな」

 

 

ボーダー本部のにじさんじ専用区画にある長尾隊作戦室で、佐鳥の解説を聞いていた甲斐田と長尾はそう口にする

 

 

「まひまひも着実にポイントを上げてるし、次はどうか分からないけど、3試合目までには合流出来るだろうからね」

 

「次の試合は組み合わせ次第にもなるけど、今回の反省も踏まえてしっかりと作戦を立てないとな」

 

「そうだね」

 

「僕もオペレーターとして、もっと長尾と甲斐田を助けられるよう勉強しないと」

 

 

 

 

『イロアス隊は最初の戦闘でアクシア隊員が落ちちゃったのが大きかっただろうな〜。ギムレットの拳銃にグラスホッパー…ローレン隊長と似たトリガー構成だったから、機動力を活かした2人の連携で相手を圧倒するのがメインの戦術だと思うんだよね』

 

『たしかに、試合開始直後のローレン隊長とアクシア隊員は部隊の合流ではなく、2人での合流を優先していましたからね!』

 

『あの狙撃でアクシア隊員がベイルアウトではなく、四肢の一部損傷程度に済んでいれば、イロアス隊が勝っていた可能性は高かったと思います』

 

 

 

 

「そうなんだよなぁ…!マジでごめん!ローレン!パタさん!あの時、思わず狙撃への警戒を怠ったから…!」

 

 

イロアス隊作戦室で解説を聞いていたアクシアは試合に敗北した責任を感じ、ローレン達に手を合わせて謝る

 

 

「いや、あれはくっさんも上手かったわ。それにまんまと嵌められたのは俺も一緒だしな」

 

「しかし、葛葉君も卑怯な手を使うねぇ〜。人の心はないんですかぁ〜?」

 

「葛葉先輩の手は間違いじゃないよ、ヴィンさん。実際の戦場だと、卑怯だなんだってのは通用しないからね」

 

「まあ、そういうこと。くっさんが予想以上に本気で、俺達の認識が甘かった結果だ」

 

「うん、反省しないと。次の試合ではしっかりと挽回するよ!」

 

「まあ、B級ランク戦もまだ始まったばかりだし、気を落とさずに頑張ろうよ!」

 

「呑気なものだねぇ。まあ、我々もまだ全力を出していた訳じゃないですし?次の試合でがっぽり点を稼いで中位グループ入りしてやろうじゃないの!」

 

 

 

 

『それでは、最後に葛葉隊はいかがだったでしょうか?』

 

『葛葉隊長の強さと叶隊員のサポートが印象的でしたね』

 

『葛葉さんが積極的に攻勢に出て、叶さんが要所要所で的確に狙撃で援護!クロノワールの絆を感じましたよ〜!』

 

『今回、惜しくもあまり活躍出来ずに落ちてしまった勇気、剣持両隊員ですが、葛葉隊長や叶隊員に比べてそれほど多く情報を残していないため、次の試合における2名の情報アドバンテージはまだあると言えます』

 

『なるほど!さて、本日の試合が全て終了!暫定順位が更新されます!』

 

 

嵐山と佐鳥の総評を終え、桜子はモニターに更新されたROUND1終了時点の暫定順位を表示する

 

 

上位

1位:二宮(20

2位影浦(18

3位:生駒(18

4位:弓場(14

5位:王子(14

6位:東(12

7位:諏訪(12

8位:香取(11

 

 

中位

9位:漆間(10

10位:荒船(10

11位:那須(8

12位:鈴鳴(7

13位:アルビオ(7

14位:葛葉(7

15位:柿崎(5

 

 

下位

16位:イロアス(4

17位:早川(3

18位:松代(3

19位:花畑(3

20位:長尾(2

21位:吉里(0

22位:間宮(0

 

 

『この試合で7点を獲得した葛葉隊と同じく昼の部のアルビオ隊が早くもB級中位グループに食い込んだ!更に次回の組み合わせも出ました!注目のアルビオ隊、葛葉隊が水曜日に当たる第2戦の相手は…!』

 

 

観覧席の隊員達がエクス、葛葉の2部隊の第1戦目を経て中位グループ入りしたことに驚くなか、桜子は早くも決められた第2戦の組み合わせも表示する

 

 

中位グループ:昼の部

11位:鈴鳴第一

12位:アルビオ隊

14位:柿崎隊

 

 

中位グループ:夜の部

8位:漆間隊

9位:荒船隊

10位:那須隊

13位:葛葉隊

 

 

『アルビオ隊は暫定11位:鈴鳴第一と暫定14位:柿崎隊!葛葉隊は暫定8位:漆間隊と暫定9位:荒船隊、暫定10位:那須隊です!』

 

 

"おお…っ!!"と、表示された第2戦の組み合わせに観覧席の隊員達から期待と興奮を帯びた歓声が上がる

 

 

『おお〜!これは面白い組み合わせですね!』

 

『はい!個人的には、アルビオ隊と鈴鳴第一の試合に注目です!』

 

『たしかに、アルビオ隊のエクス隊長は今実力を大きく伸ばしてきている鈴鳴第一のエースアタッカー:村上隊員とメインのトリガー構成が同じですからね。葛葉隊の試合も含めて、彼等がB級中位部隊にどう挑むのか楽しみです』

 

 

最後に嵐山が述べたその言葉で、会場の隊員達はアルビオ、葛葉両部隊の次の試合に大きな期待を寄せる

 

 

『では、以上をもってB級ランク戦ROUND1夜の部を終了します!皆さん、お疲れ様でした!嵐山さん、佐鳥先輩、解説ありがとうございました!』

 

『『ありがとうございました』』

 

 

 

 

「もう次の相手がB級中位部隊か…」

 

「どの隊も下位部隊と比べて隊員の実力は上だし、次に当たる3部隊の隊長は全員曲者だよ」

 

「ああ、油断はしねぇ。ちーさん、もちさん…次の試合はお前等の働き次第だ。気ぃ抜くなよ?」

 

 

ボーダー本部葛葉隊作戦室…次の試合相手を確認するなか、葛葉は今試合でほとんど活躍出来なかった ちひろと剣持にやや圧をかけて忠告する

 

 

「任せろよ、くずぅ!」

 

「そう怖い目で訴えなくても分かってるよ。奥の手はまだ見せるつもりないけど、隠し玉はしっかり次の試合で使うよ」

 

「…ならいい。試合は終わった。さっさと帰るぞ」

 

 

次の試合に向けて意気込む ちひろと剣持に葛葉は一言だけ返答し、足早に支部への帰路につく

 

 

 

 

「やるなぁ、葛葉のやつ。宣言しただけのことはある」

 

「ああ。まさか、ローレンと長尾達と一緒の試合で7点なんてな」

 

 

アルビオ隊作戦室…そこで葛葉達の試合を観戦していたイブラヒムとエクスは所感を告げ合う

 

 

「なに?アルビオ、もしかして葛葉先輩が予想以上に強くてビビってる?」

 

「んなわけないだろ。思いの外やるなぁ、って関心した程度よ」

 

「お〜。エビオ先輩、余裕だね〜」

 

「でも油断はすんなよ。葛葉はお前と違ってトリガーに触れてまだ日が浅ぇ。これからもっと強くなるぞ」

 

「分かってる。だとしても負けるつもりはないし、負ける気もしないね」

 

 

葛葉の更なる成長を予期しつつも、エクスの表情には一切の焦燥はなく、自信に満ち溢れていた

 

 

「さて、試合も終わったことだし、俺達も帰るとするか」

 

「そうだな。次の対戦相手の情報収集は明日から取り掛かるか。フレンはアルスさん達の付き添いでいいぞ」

 

「え?私も情報収集しなくていいの?」

 

「お前に情報収集なんて無理だろ」

 

「言ったなぁ!?だったら私もアルスさん達の付き添いしながら情報収集してくるから!作戦会議の時に私の優秀さを改めて教えてやる!」

 

「はいはい、期待はしねぇよ」

 

「頑張れ〜!」

 

 

と、じゃれ合いながら、エクス達も支部への帰路に着いた

 

 

 

 

そして、新たな幕を開けたB級ランク戦新シーズンROUND1を終えたその翌日…

 

 

「……」

 

「あ…!カゲ…!」

 

 

ボーダー本部影浦隊作戦室…その扉を開けて中へ足を踏み入れた影浦隊の隊長:影浦雅人は先に部屋にいた同じく影浦隊のガンナー:北添尋に声を掛けられ、"おう…"と素っ気ない返事をする

 

 

「…ユズルと光はどうした?」

 

「光ちゃんなら、夜勤の防衛任務が終わってからずっとそこの炬燵で寝てるよ。ユズルは…今日はまだ見てないね」

 

 

北添からの返答に影浦は"そうか…"と、呟くとソファに寝転がる

 

先月の半ば…ボーダーでは立て続けに2つの事件が起きていた

 

1つは鳩原未来という女性の隊員が重要規律違反を犯したことから懲戒解雇及び彼女が所属していたA級の二宮隊が降格処分となったこと

 

そして、その約1週間後に影浦がボーダーの広報を担う根付室長に暴行を加えたことで影浦隊も降格処分が下されていた

 

B級へ降格した影浦隊は共に降格した二宮隊と同じく今期のB級ランク戦に臨んでいるが、ボーダーを辞めさせられた鳩原を慕っていた隊員の1人:絵馬ユズルに元気が無く、昨日のランク戦では何処か上の空な様子で力も出せず早々に脱落し、今は自宅に引き篭もっている状態だった

 

ユズルの心配に加え、ボーダー上層部に対する不満も重なり、影浦もまた気分の晴れない日々を過ごしていた

 

そして、そんな影浦を心配し、少しでも元気付けられないかと考えた北添は昨日のランク戦のことを思い出す

 

 

「そうだ…!カゲ知ってる?昨日のB級ランク戦なんだけど、先月入隊したばかりの人達の試合が凄かったんだって!」

 

「あぁ?先月入隊ってことはルーキーだろ?」

 

「まあまあ、疑いたくなるのも無理ないけど、この録画を見てみてよ!」

 

 

と、ゾエはB級ランク戦下位グループの昼と夜の部それぞれの第1試合の録画を影浦に見せる

 

 

「…悪くねぇな」

 

 

そう呟きながら、影浦は試合の録画を興味深そうに見る

 

特にエクス、チャイカ、葛葉、長尾…この4人のアタッカーと勝負してみたいと闘争心が駆り立てられた

 

 

(どうせ暇だしな…。気晴らしには丁度いいか)

 

 

影浦は試合の録画を見終わるとソファから起き上がり、扉へと真っ直ぐ向かって行く

 

 

「あれ…!?来たばっかりなのにもう何処かに行くの…!?」

 

「ああ、ちっとばかり今見た録画の奴等と遊んでくる」

 

「あっ…!ちょっと待って、カゲ…!この人達は本部にほとんど来な…!って、行っちゃった…」

 

 

北添は無駄足にある可能性が高いことを伝えようとするも聞き逃され、影浦は個人ランク戦ロビーへと向かって行った

 

 

 

 

「「「「「おおおおお…っ!!」」」」」

 

「なんだ…?」

 

 

個人ランク戦のロビーに着いた矢先、注目度の高い試合を映し出す大型モニターの前に出来た歓声を上げる大勢の人集りが目に止まり、影浦は首を傾げる

 

 

「あれは太刀川と…誰だ…?あの女…?」

 

 

影浦がモニターに視線を移すと、そこにはA級1位部隊の隊長にしてボーダー攻撃手ランク及び個人総合ランク1位の男:太刀川慶

 

そして、ピンクを基調とした服とベレー帽を装い、嬉々とした表情で両手にスコーピオンを構え、太刀川に攻め込んでいく見覚えのない少女の姿があった

 

 

(見たことねぇ奴だな…。最近Bに上がったばかりのルーキーか…って…!おいおい、どうなってやがる…!?)

 

 

試合に目を向けながら謎の少女について思考を巡らせるなか、あることに気付いた影浦は驚きのあまり目を見開く

 

その理由は、太刀川の弧月と幾度なく刃を交わす少女のスコーピオン…それが少しも刃こぼれしていないことだった

 

 

(あの女のスコーピオン…!あれだけ弧月と打ち合って全くの無傷だと…!?スコーピオンの耐久じゃあ、弧月と打ち合い続けるのは不可能のはずだろうが…!)

 

 

通常、耐久力が圧倒的に低いスコーピオンは弧月と打ち合えばたちまちにボロボロとなって破壊される

 

故に、弧月と打ち合う際は適度に新たなスコーピオンを生成するか、耐久力のある同じ弧月かレイガストを用いるしかない

 

しかし、モニター越しの少女はその常識を破っていた

 

スコーピオン自体に特殊な改造がされていない限り、この状況が成立すると考えられる理由は1つしかない

 

 

(あれだけ打ち合って傷一つねぇってことは…!あの女のトリオン量が桁違いに高ぇってことか…!)

 

 

それはトリオンの差…トリオンはトリガーの動力源である生命エネルギーであり、トリオン器官と呼ばれる人間なら誰しもが心臓の横に持つ見えない内臓から生み出される

 

そして、トリオン器官は筋力や運動神経と同様に個人差があるため、トリオン器官の性能も人によって優劣がある

 

トリオン器官の性能はトリガーの出力に直結するため、基本性能で弧月よりも耐久力が低いスコーピオンもトリオン能力が高い人間が使えば、並の人間が使うスコーピオン以上の耐久を得て、弧月とも打ち合える性能を誇れる

 

 

(っつーか、あの女…!太刀川と互角に打ち合ってるじゃねぇか…!何者だ…!?)

 

 

少女の桁違いなトリオンの高さを理解した矢先、影浦は少女が太刀川と互角の勝負をしていることにも気付き、更に驚愕する

 

 

「お…!そこにいるのはカゲじゃんか!」

 

「本当だ。珍しいな」

 

 

少女の正体とその実力に興味が増すなか、自身に向けられた感情と声に意識を戻された影浦が振り向くと、そこにはA級三輪隊の米屋と鈴鳴第一の村上がいた

 

 

「米屋に鋼…お前等もこれの見物か?」

 

「まあ、そんなとこだな」

 

「それにしてもカゲ、どうしてお前がここに?」

 

「ゾエの奴に最近面白そうなルーキーが入ったって教えてもらってな。気晴らしにそいつ等と遊ぼうと思ったんだよ」

 

「最近入った面白そうなルーキー…。もしかして、にじさんじの隊員のことか?」

 

「にじさんじ…?」

 

「まあ、カゲは知らねぇよな。簡単に説明するとだな…」

 

 

と、米屋は簡潔に にじさんじについて影浦に説明する

 

 

「…なるほどな。ってことは、もうBに上がった奴等は来ねぇのか?」

 

「少なくとも、まだしばらくは来ないだろうな。本部の個人戦だとデータが残っちまうから」

 

「本当に徹底してる。おかげで、次の試合アルビオ隊と当たる俺達はデータが少なくて困ってるよ」

 

「チッ、つまらねぇ…。じゃあ、ここに来たのは無駄足じゃねぇか」

 

「いや、そうでもねぇよ。B級に上がってるにじさんじ隊員でお前のお眼鏡にかなうかもしれない相手が1人来てる」

 

 

米屋は影浦にそう告げると村上と共にモニターへ視線を向ける

 

 

「おい、まさかあの女が…?」

 

「ああ。あの人は鈴原るるさん。お前が興味を持った1人、アルビオ隊のエクスさんと同じで入隊初日でB級に上がった にじさんじ支部の隊員だよ」

 

 

記録で見たエクスやチャイカにも引けを取らない鈴原がお目当ての にじさんじ支部の隊員だと知って、ますます影浦の興味が湧くなか、鈴原と太刀川の試合が大きく動く

 

弧月とスコーピオンの激しい打ち合いでは決定打を見出せなかったか、それに根を上げた太刀川が後ろへ大きく飛び退く

 

そして、太刀川を逃しはしないと鈴原は迷いなく、再び距離を詰めようと地を蹴る

 

その鈴原に対し、距離を取った太刀川は二刀の弧月を後ろへと引く

 

 

「ここで旋空弧月か…!」

 

(あれだけ打ち合った後だ。あの鈴原って奴のスコーピオンの耐久もそろそろ限界だろ。

 

 

旋空はブレードが瞬間的に伸縮させ、その攻撃範囲を拡張するだけでなく、振り回されるブレードは先端に行くほどその速度と威力が増す

 

如何にトリオンに大きな差があるとは言え、新たに持ち替えてもいないスコーピオンで受太刀は出来ないだろう

 

そう影浦が予想するなか、太刀川が二刀の弧月による旋空を振るう

 

だが…

 

ガキン…ッ!

 

 

「なんだと…!?」

 

 

鈴原は2本のスコーピオンを素早く振るい、接触させた旋空の軌道を強引に逸らして直撃を回避した

 

そのあまりの力技に耐え切れなかった2本のスコーピオンは粉々に砕け散るが、鈴原はすぐさま新たなスコーピオンを生成し、太刀川へと肉薄する

 

ズババッ!!

 

太刀川は旋空で振り切った両腕を防御に回そうとするが間に合わず、鈴原の2本のスコーピオンによって上半身を十字に斬りつけられる

 

 

『トリオン体活動限界、ベイルアウト』

 

 

そして、それが決め手となった太刀川はトリオン体が崩壊し、ベイルアウトした

 

 

「「「うおおおおおおおおおっっ!!!」」」

 

 

ボーダー隊員なら誰もが知るA級トップアタッカーの太刀川を下した鈴原の勝利に、集まっていたギャラリーから大歓声が上がる

 

 

「うおっ…!?マジかよ、鈴原さん…!とうとう太刀川さんに勝っちまったぞ…!」

 

「とうとう…?前からあの女は太刀川と勝負してたのか?」

 

「ああ。たしか、入隊1週間後くらいからほぼ毎日だったと思う」

 

「毎日だと…?今日までずっと負け続けてんのによく続けたな」

 

「鈴原さん曰く、"強い人との戦いは楽しいから飽きない"ってな」

 

「なるほど。太刀川の野郎と同類ってわけか」

 

「お前も似たようなものだぞ、カゲ」

 

「それにしても、機会がある度にその日の内に100戦挑み続けてたとは言え、入隊1ヶ月で太刀川さんから1本取るなんてな〜」

 

「は…?100戦目…?」

 

「カゲ、モニターをよく見ろよ」

 

 

村上に言われて影浦がモニターをよく見ると、そこには鈴原と太刀川の1試合目から100試合目までの勝敗…鈴原視点で99敗1勝が示されていた

 







部隊:葛葉隊
ポジション:スナイパー

トリオン7、攻撃8、防御援護8、機動5
技術10、射程9、指揮6、特殊戦術2
合計55

メイントリガー:イーグレット、シールド、突撃アステロイド、FREE(アイビスorライトニング)
サブトリガー:シールド、バッグワーム、???


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話「鈴原るる②」

 

「ふぅ〜…っ!なんとか最後に1本取れました〜!」

 

「やるなぁ、鈴原。最後のアレには驚かされた」

 

「ああでもしないと、太刀川さんには近付けないと思ったので!でも太刀川さん、まだまだ本気じゃないですよね?」

 

「おっと、バレてたか…。だが、鈴原の成長速度に驚いてるのは本当だ。陽介や鋼に勝ち越せる日もそう遠くはないと思うぞ」

 

「はい!鈴原、いつか米屋さんに鋼さん、太刀川さんを超えてみせます!」

 

「ああ。俺もこれからもっと強くなるだろうお前との勝負が楽しみだ」

 

 

試合を終え、ブースから出てきた鈴原と太刀川が今後の楽しみに期待を膨らませるなか、2人を待っていた村上達が合流する

 

 

「お疲れ様です。太刀川さん、鈴原さん」

 

「良い試合だったっすね。ギャラリーも大盛り上がりでした」

 

「あ〜!米屋さん!と…後ろの方は鋼さん達のお知り合いですか?」

 

 

太刀川との試合前から共にいた鋼の傍に米屋の姿を捉えた鈴原は嬉しそうな声を上げるが、直後に2人のすぐ後ろに見知らぬ人がいるのに気付いた

 

 

「ああ、紹介します。こいつは影浦雅人。A級6位:影浦隊の隊長です」

 

「ちなみに、攻撃手ランキングは鋼より上の4位なんすよ」

 

「わぁ…!そんなに凄い人だったんですね…!私、にじさんじ所属の鈴原るると言います!よろしくお願いしますね、影浦さん!」

 

「…ああ、よろしくな」

 

 

愛想の良い自己紹介をする鈴原に影浦は素っ気ない返事をする

 

 

「まったく…。すみません、鈴原さん。でも、誤解しないでください。カゲは見ての通り近寄り難い印象ですが、根は単純で裏表のない奴です。よければ、これから仲良くしてやってください」

 

「そうなんですね!はい!分かりました!」

 

「…余計なお世話だっつーの」

 

「つーか、カゲがここに来るなんて珍しいな?」

 

「カゲは昨日のランク戦の記録を見て、にじさんじ支部の隊員に興味が湧いて来たそうです」

 

「あ〜、そういうことか。でも、残念だったな。今期のB級ランク戦に参加してるにじさんじの隊員は…」

 

「いねぇんだろ?鋼達から聞いた。だが…」

 

「…?」

 

「代わりの面白そうな奴を今見つけた」

 

 

と、影浦は鈴原に目をやりながらニヤリと笑みを浮かべた

 

 

「鈴原っつったよなぁ?俺と遊びねぇか?」

 

「遊ぶ?」

 

「試合をしないか、ってことです。だがカゲ、鈴原さんは休憩を挟まずに俺と50戦、太刀川さんと100戦試合を続けてる。少し休む時間が必要だろうし、なんなら後日また…」

 

「鈴原は全然大丈夫ですよ?」

 

「「「え…?」」」

 

 

と、累計150戦の個人戦を行って尚、まだ続けられるとけろりと答えた鈴原に村上達は思わず呆けた声を溢した

 

 

「ほ、本当に大丈夫なんすか?鈴原さん…?」

 

「いくらトリオン体でも、疲れが溜まってきてるんじゃ…」

 

「いえいえ!私まだまだ元気ですよ!影浦さんからのお誘いがなかったら、このまま米屋さんと50戦勝負しようと思ってたくらいなんですから!」

 

「マ、マジすか…」

 

 

米屋達の心配を意に介さず、鈴原は影浦との個人戦を強く望む

 

 

「なら、さっさと試合を始めようぜ…!何本勝負するかは好きにしていい…!」

 

「それじゃあ、50戦でどうでしょうか!」

 

「ああ、それで構わねぇよ…!」

 

「では、よろしくお願いしますね!」

 

 

影浦と鈴原は嬉々とした表情を浮かべながら個人ランク戦に臨むため、それぞれ空いているブースへと入って行った

 

 

 

 

『個人ランク戦50本勝負、開始』

 

 

市街地を模した仮想空間への転送が完了すると共に、鈴原と影浦の勝負の開戦を告げるアナウンスが流れる

 

 

「よ〜し!いきますよ〜!」

 

 

気合いを入れた鈴原はワクワクとした表情で突っ込んで行く

 

対する影浦は武器も出さずに手をぶらんと下げ、構える様子なく鈴原の接近を待つ

 

 

(構えてない…。でも、分かる…!影浦さんは全く油断してない…!私を倒そうって意志が凄く伝わってくる…!)

 

 

影浦の姿は傍から見ればやる気がないようにも見えたが、彼の闘争心を本能で感じ取った鈴原は遠慮なく、急所となる首を狙ってナイフ型のスコーピオンを振るう

 

 

「えいっ!」

 

ビュッ…!

 

ドッ!

 

「…!?」

 

 

そして、1本目の勝負は一瞬で片が付いた

 

鈴原の渾身の一振りは屈んで躱され、直後に影浦が反撃として突き出したスコーピオンが鈴原の心臓…急所を貫いた

 

 

「最初から首を狙ってくるたぁ、見かけによらず血の気が多いなぁ?鈴原ァ」

 

『トリオン体活動限界、ベイルアウト』

 

 

影浦がそう告げられるなか、鈴原のトリオン体は完全に崩壊し、ベイルアウトした

 

 

 

 

「まずはカゲが1勝っすね」

 

「まあ、アイツのサイドエフェクトを考えれば当然の結果だな」

 

 

個人ランク戦ロビーに設けられたソファに腰掛けて鈴原と影浦の試合をモニター越しに見ていた太刀川達は早速決着の着いた1本目の試合への所感を述べる

 

 

「とは言え、鈴原さんは動きだけで言えばもうB級上位に通用するレベルです。今みたいに避けられたらデカい隙が生まれてしまう大振りの攻撃じゃなく、打ち合いに持ち込めば勝機もあるのでは?」

 

「そうだな。鈴原の桁違いなトリオン量なら、スコーピオンの削り合いでカゲを追い詰められる。あいつのスコーピオンは性能が実質弧月みたいなものだからな」

 

「問題は、カゲが素直に打ち合いに乗ってくるかどうかっすよね。鈴原さんと太刀川さんの最後の試合は見てたし、鈴原さんのスコーピオンの性能が異常なことには気付いてるでしょ」

 

「だろうな。その辺も含めて、鈴原がどうカゲを攻略するのか見物だな」

 

 

影浦を相手に鈴原がどうやって勝ちを取りにいくか

 

その点に注目しながら、太刀川達はまだまだ始まったばかりの2人の試合に目を向ける

 

 

 

 

続く2本目、3本目…5本目と、流石に急所は警戒されているかと感じた鈴原は初撃の狙いを腕や足に変えながら仕掛けたが、影浦はその悉くを見切り、躱して、返しの反撃で彼女をベイルアウトさせた

 

 

(影浦さん、まるで私が何処を狙ってるか分かってるみたいに簡単に避けちゃう…!もしかして、視線や表情でバレちゃってるのかな…?よし!今度は少し工夫して…!)

 

 

と、鈴原は影浦に感心しつつ、どうやって攻撃を届かせるか、次の試合が始まるまでのインターバルを使って考える

 

 

『6本目、開始』

 

 

そして始まる6本目…住宅街に囲まれた道路上に向かい合う形で転送された鈴原はそれまでと違って試合開始と共に影浦へと突っ込んでは行かず、キョロキョロと辺りに目をやる

 

 

(何やってんだ…?)

 

 

これまでの5試合とは行動が一変した鈴原に影浦が疑問符を浮かべる

 

 

(あった…!よ〜し!まずはアレを使って…!)

 

 

そんななか、ある物を見つけた鈴原はすぐさまそれに向かって走り出す

 

 

(あぁ…?どういうつもりだ…?)

 

 

その後、鈴原が取った行動に影浦は更なる疑問符を浮かばせる

 

影浦へと突っ込んで行かなかった鈴原が向かった先は道路の真ん中

 

そこで立ち止まった鈴原はその足下にあったマンホールの蓋を急に取り外し、それを盾のように持ち構えた

 

 

「…おい、そのマンホールはなんだ?防御するために持ってんなら意味ねぇぞ。つーか、んなもん使わなくてもシールドがあんだろうが」

 

「それは私も知ってます!でも、教えませんよ!」

 

(教えねぇ…ってことは、何かしら考えがあって持ち出したってことか)

 

 

影浦は鈴原がシールドの存在を忘れてマンホールを持ち出したと思い、声を掛けるが、彼女の返答を聞いて何かしらの意図があると察する

 

 

「それじゃあ、いきますよ〜!」

 

 

マンホールを持ったことで準備が完了した鈴原は改めて影浦に向かって走り出す

 

 

(差し詰め、あのマンホールを攻撃に利用するつもりか。いいぜ、乗ってやるよ!)

 

 

鈴原の狙いを予測した上で、それでもまだ影浦は自ら攻撃には出ず、彼女の出方を窺う

 

 

(よし、ここ!)

 

 

影浦との距離が残り10m程に迫ったところで、鈴原が動く

 

 

「えいっ!」

 

「…っ!」

 

 

鈴原は力の込もった掛け声と共に、手に持っていたマンホールを地面に向かって垂直に手放すと、次の瞬間にその面に対して強烈な掌底を繰り出し、影浦に向けて勢いよく押し飛ばした

 

これには予想外だったか、影浦は少し驚いたように眉をピクリと動かし、飛んでくるマンホールを切り払おうと鉤爪型のスコーピオンを掌から生やした右手を振りかぶる

 

その最中、影浦から見て、押し飛ばしたマンホールの面と重なって見えなくなるようにしながら鈴原が迫って来ていた

 

 

(影浦さんが動いた…!)

 

 

鈴原が立てた作戦の1つ…それは大きめの投擲物によって影浦の注意を引かせると共に、その陰に隠れ接近することで自身の攻撃、その狙い所を読ませないことだった

 

飛来するマンホールに対応すべく、影浦の振りかぶった右手が視界に重なったマンホールからはみ出て見えた鈴原は作戦が上手くいったと確信する

 

そして、影浦がマンホールを切り払うと同時に、その太刀筋を避けるように低姿勢を取り、右足に目掛けてスコーピオンを振るう

 

 

バカッ!

 

ガキィンッ!

 

「…っ!?」

 

 

だが、現実は鈴原の想像通りにはならなかった

 

飛んできたマンホールの陰に隠れていた鈴原が攻撃するタイミング、その動きがほとんど視界に入っていないはずの影浦は、彼女が右足に目掛けて振るったスコーピオンをその狙われた右足から生やしたスコーピオンで完璧に受太刀した

 

 

(防がれちゃった…!上手くいったと思ったのに…!)

 

 

今度は避けられこそされなかったものの、またしても攻撃を読まれたことに鈴原が驚くなか、影浦はニヤリと笑みを浮かべる

 

 

「今のは悪くない手だったぜ、鈴原ァ。でも、悪ィな…俺にその手は通用しねぇ」

 

ドッ!

 

 

影浦はそう告げると、右手のスコーピオンを振り下ろし、鈴原の急所を貫いた

 

 

 

 

「これで14敗…。流石にカゲのサイドエフェクトには鈴原さんも苦戦してるっすねぇ〜」

 

「流石の鈴原もそろそろ違和感に気付く頃だろうが、分かったところで容易に対策出来るものじゃないからな」

 

 

あれから更に8本…鈴原は消化器を使った目眩しやフェイントを入れる等、様々な方法を駆使して攻撃を仕掛けたが、そのどれもが影浦に通用することはなく、苦戦を強いられていた

 

 

「それにしても、カゲは一向に自分からは仕掛けませんね。もしかして、遊んでるんでしょうか?」

 

「だろうな。最初は様子見だったろうが、鈴原の実力を把握してからはまともにやり合う気はないみたいだ」

 

「たしかに、まだアレも使ってないっすもんねぇ〜」

 

 

その上、鈴原に対して影浦がまだ本気を出していないと太刀川達は見破る

 

そんななか、鋼は太刀川の言葉に疑問を感じた

 

 

「鈴原さんが実力不足…?あの身体能力であれば、十分な実力があると言ってもいいんじゃ…?」

 

「身体能力はそうだな。だが、それだけじゃ今の鈴原はカゲには勝てない、足りていない。この戦いの中で、それに気付くことが出来ればあるいは…」

 

「気付く…?何にですか…?」

 

 

意味深に呟く太刀川に村上が尋ねる

 

 

「鈴原と何度も試合をしてきたお前なら分かるはずだ、鋼。鈴原は身体能力こそ既にボーダーでもトップレベルだが、あいつはまだスコーピオンというトリガーを使い切れてない」

 

「…っ!」

 

 

太刀川の言葉を聞いて、村上はハッと目を見開く

 

これまでの鈴原との試合で垣間見た、彼女の凄まじい成長率と身体能力が強く印象に残り過ぎて見落としていたあることに気付いて

 

 

 

 

(う〜ん、考えた手がどれも上手くいかない…。影浦さん、本当に私の考えが分かってるみたいに全部防いでくる…。もしかして、本当に心が読めたりするのかな…?)

 

 

15本目…影浦と共に市街地の大通りに転送された鈴原はこれまでの試合を振り返り、影浦の異常過ぎる読みに疑問を抱え、難しい顔になる

 

 

「…おい、急に大人しくなってどうした?まさかとは思うが、もうお手上げだなんて言わないよな?このくらいの負けなんて、鋼や太刀川達ともあったろ」

 

 

その様子を見て影浦が声を掛けるなか、鈴原はある質問をすることを決心する

 

 

「影浦さん、もしかして私の心が読めたりしますか?」

 

「…どうした急に?」

 

「最初は影浦さんの反射神経が凄いだけなのかと思ってました。でも、攻撃が読まれないようにって色々考えた手も影浦さんは全部防いでて…。流石にちょっとおかしいかもって思ったんです」

 

「…それで、もしかしたら俺がお前の心を読めるから攻撃が通らない。そう思ったのか?」

 

 

その問いに鈴原がコクリと頷くと、影浦はニヤリと笑みを浮かべた

 

 

「ハッ…!まあ、流石にこれだけやれば勘付くか」

 

「じゃあ、本当に…!」

 

「ああ。でもな、俺のクソ能力はそんな便利なもんじゃねーよ」

 

「能力…?それってもしかして、迅さん達が言ってた…えーっと…」

 

「サイドエフェクトだ。聞いたことくらいはあるみたいだな」

 

 

サイドエフェクト…高いトリオン能力を持つ人間に稀に見られる、トリオンが脳や感覚器官に影響を及ぼして発現する超感覚の総称である

 

 

「俺のサイドエフェクトは感情受信体質っつってな。他人が向けてくる感情や意識が肌に刺さる感覚で伝わんだよ」

 

「感情や意識が伝わる…!それで鈴原が何処に攻撃するかも分かったってことですか…!?」

 

「そういうこった。おかげで斬り合いにスリルが無くなっちまってつまらねぇ。その上、感じたくもねぇ他人からの感情が嫌でも常に刺さってきやがる。とんだクソ能力だよ」

 

「そうだったんですね…。ごめんなさい、嫌なこんなことを聞いてしまって…」

 

「…気にすんな。んなことより、これでお前の疑問は解決してやったわけだが、それでどうする?」

 

(たしかに…。どんなに隙を作ろうとしても、攻撃する時の意識や感情が読まれちゃうなら意味がない…。どうしたら…)

 

「考えんのは勝手だが、何か策を思い付くまで待ってやれるほど俺は優しくねぇぞ!」

 

 

意識や感情を感知するサイドエフェクトの攻略に頭を悩ませる鈴原のことはお構いなしに、じっとすることが性に合わない影浦は向こうから来ないならばと自ら攻めに出る

 

 

「…っ!」

 

ガキィンッ!ガギギキィン…ッ!」

 

 

絶え間なくスコーピオンを振るってくる影浦の容赦ない猛攻をなんとか凌ぎつつ、鈴原は突破の糸口を見出そうと思考を巡らせる

 

 

(影浦さんの動きには付いていける…!でも、こっちから攻撃しても避けられるか、あの時みたいに…!あっ…!)

 

 

と、思考の途中で鈴原は6本目の試合の時に影浦が右足を狙った自身の攻撃を右足から生やしたスコーピオンで防御したことを思い出し、同時にボーダーへ正式に入隊する前、迅達からトリガーについての指導を受けたことを思い出す

 

 

 

 

「…弧月についての説明は以上です。次に、このスコーピオンについて説明します」

 

 

遡ること4月初旬…ボーダーへの入隊を決めた鈴原を含む一部のにじさんじメンバーは、玉狛支部にてそれぞれの希望ポジションに分かれて指導を受けていた

 

その時のアタッカーのポジションを希望するメンバーの指導を担当していた迅が、ボーダーの有するアタッカー用トリガーについて順に説明を行っていた

 

 

「スコーピオンは弧月に比べて軽く、スピード型の隊員がよく使います。ですが耐久力は低く、受太刀すると結構簡単に折れてしまうので、守りに入ると弱いトリガーでもあります」

 

「ってことは、弧月との打ち合いは不利…」

 

「防御に不安がある以上、そりゃ弧月が1番人気のブレードトリガーになるわけだ」

 

 

スコーピオンの欠点を聞いて、剣持や葛葉が思ったことを呟き、他の一部メンバーもスコーピオンには惹かれないといった微妙な表情を浮かべる

 

 

「はい。ブレードそのものの性能では、高いレベルでバランスの取れた攻撃力と耐久力を持ち合わせる弧月にスコーピオンは劣ります」

 

 

"ですが…"と、迅は続ける

 

 

「スコーピオンにも弧月に無い優位性があります。それはブレードを体の何処からでも自由に出し入れ出来ること。そして、ブレードの形や長さも自由に変えられる点です」

 

 

"たとえば、こんな風に…"と、迅は実際に頭や膝からスコーピオンを生やしてみせる

 

 

「「「「「おお…っ!!」」」」」

 

 

と、最初の説明でスコーピオンに対する興味を無くしていたメンバーも含め、それを見た一同は驚きの声を上げ、その評価を改める

 

 

「何処からでも生やせる…ということはつまり、どんな状況からでも攻撃や防御を可能にするということです。まあ、いきなりやろうとするのは大変なので、まずは慣れてから、その後スコーピオンをよく使う隊員の記録等を参考にしていただければと思います」

 

 

 

 

(そうだ…!スコーピオンは体の何処からでも出すことが出来るんだ…!)

 

 

ボーダーへ正式に入隊してからもずっと、鈴原はスコーピオンをナイフ型のブレードとして常に手に持つ形で使用していた

 

そして、これまでの試合で対戦してきた相手は弧月使いが多く、スコーピオンを使う隊員も鈴原と同じく手に持つブレードとして使用していたため、その優位性をすっかり忘れていた

 

 

(なんか思い付いたって顔だな…?)

 

 

影浦との試合を経て、それを思い出した鈴原は意気込み、その気持ちが笑みとして表れた顔を見た影浦は何か思惑があると察する

 

 

チリッ…

 

(首か…!)

 

 

激しい打ち合いの最中、影浦が振るった右手のスコーピオンを左手のスコーピオンで弾いた鈴原は直後に右手のスコーピオンを影浦の首に目掛けて突き出す

 

 

ドッ!

 

 

だが、それをサイドエフェクトで感知していた影浦は刃が届く直前で膝を上げ、そこから突出させたスコーピオンで鈴原が突き出した右手を切断する

 

 

チリッ…

 

「…っ!?」

 

 

だが、影浦の首を狙う鈴原の攻撃の感情はまだ消えてはおらず、直後…

 

 

ドッ!

 

 

鈴原は切断された右手の断面からスコーピオンを突出させ、影浦の首を貫いた

 

 

『トリオン体活動限界…』

 

(やった…!)

 

「やるじゃねぇか…!これで少しは楽しめそうだな、鈴原ァ…!」

 

『ベイルアウト』

 

 

試合を始めてようやく攻撃が通り、勝ち星を1つ上げた鈴原は内心で声を上げるもその表情には誰が見ても分かるほどの喜びを表し、スコーピオンを活かし始めた彼女の成長に影浦もまたニヤリと笑みを浮かべた

 

 

 

 

「おお…っ!?鈴原さんが1本取ったぞ…!」

 

「ああ…!それに今のは…!」

 

「どうやら、鈴原も気付いたみたいだな。さぁて、ここからもっと面白くなるぞ」

 

 

鈴原が上げた初めての勝ち星に村上達を含む観戦していた隊員達から大きな歓声が上がり、更に激しさを増すここからの試合に太刀川は嬉しそうに笑みを浮かべた

 

 

 

 

ガギキィンッ!ガギガギィンッ!

 

 

それから40本目まで、スコーピオンを活かし始めた鈴原は影浦と互角の勝負を繰り広げた

 

 

(楽しい…!楽しい…!!)

 

(ハッ…!この試合を始めてからそうだったが、見た目の割に不気味なくらいずっと笑ってやがる…!テメェもこっち側ってことか、鈴原ァ…!)

 

 

激しいスコーピオンの応酬のなか、鈴原と影浦は戦いの楽しさからずっと笑みを浮かべており、その姿は観戦していた多くのC級隊員に一種の恐怖を感じさせるほどだった

 

 

(こいつも良い感じになってきたことだ…!そろそろ本気で行かせてもらうぜ…!)

 

 

そして、41本目の試合の最中で遂に本気を出すことを決めた影浦は鈴原との打ち合いを止めて後ろへ飛び退く

 

 

(逃がさない…!)

 

 

距離を取る影浦を鈴原はすぐさま追う

 

 

ビュカッ!

 

「…っ!?」

 

 

その瞬間だった

 

スコーピオンの刃が届かない距離で影浦が右手を素早く振るったかと思えば、そこからスコーピオンが鞭のように変形し伸びて、鈴原の左足を斬り飛ばした

 

 

(何…今の…!?スコーピオンが伸びた…!)

 

 

片足を奪われて体勢を崩し、転倒するなか、鈴原は初めて見る予想外の攻撃に驚くと共に胸を高鳴らせる

 

 

ドッ!

 

 

そして、生まれた隙を逃すはずもなく、影浦は転倒した鈴原の背中に容赦なくスコーピオンを突き刺した

 

 

『トリオン体活動限界、ベイルアウト』

 

 

 

 

「マンティス…!カゲの奴、遂に本気を出しやがった…!」

 

 

マンティス…影浦が編み出したスコーピオンを2本繋げることで射程を大幅を伸ばし、スコーピオンが持つ自由な変形を合わせた防御しにくい攻撃を可能とする荒技

 

ボーダーでも使えるのが影浦ただ1人であるその技の披露に、影浦を知る者達は彼が本気を出したことを察する

 

 

「これはまた形勢が逆転しそうですね…」

 

「ああ。だが、あんなのを見せられて鈴原が何もしないとは思えない」

 

「そうっすね。また俺達をアッと驚かせてくれる大番狂せがあるかもしれない」

 

「はい。最後まで目が離せませんね」

 

 

本気を出した影浦を相手に、このまま鈴原がタダで終わるはずはないと太刀川達は確信し、その行末に目を見張らせる

 

 

 

 

(さっきの影浦さんのスコーピオン、凄かった…!私にも出来るかな…!)

 

 

続く42本目…影浦のマンティスに興味を持った鈴原は早速自分もやってみようと意気込む

 

 

『42本目、開始』

 

チクッ…

 

(あぁ…!?あの距離からだと…!?弾か…!いや、まさかあいつ…!)

 

 

市街地へ転送され、試合開始のアナウンスが流れた直後、まだ位置が数十mも離れているというのに、影浦のサイドエフェクトが鈴原からの攻撃の意思を感知する

 

 

「えいっ!」

 

グンッ!

 

「…っ!?」

 

 

直後、掛け声と共に鈴原が右手を突き出すとそこからスコーピオンが勢いよく生え伸びるが、そのスピードはマンティスには遠く及ばず、影浦は簡単にそれを躱す

 

 

(この距離で攻撃出来んのか…!いや、考えてみりゃ当然か…!あいつのトリオン量は桁違いだからな…!なんならもっと伸びてもおかしくは…っ!?)

 

チクッ…

 

 

鈴原のスコーピオンの射程の長さに驚く影浦だったが、その最中にあることに気付いてハッと見開くと同時に、再びサイドエフェクトによる攻撃の意思を背後から感知する

 

 

ガキィンッ!

 

 

背後から迫っていた攻撃…それは影浦が躱した後、その軌道を変えて攻撃を続ける鈴原が今尚伸ばしているスコーピオンだった

 

影浦はそれをサイドエフェクトの感知と同時に、鈴原のトリオン量からスコーピオンの射程の長さに納得した時に気付き、振り返って左手のスコーピオンで受太刀する

 

 

チクッ…

 

 

そして、畳み掛けるように鈴原へ向けた背後から更なる攻撃の意思をサイドエフェクトが感知する

 

チラリと影浦が後ろを見ると、右手で伸ばしたスコーピオンを維持したまま、鈴原が距離を詰めに迫って来ていた

 

 

(こいつ…!俺のマンティスを見様見真似してきたこっちを囮にして…!)

 

 

マンティスを真似して伸ばした右手のスコーピオンとの挟み撃ちを仕掛けてきた鈴原の戦法に影浦は厄介そうに顔を顰めながら、右手のスコーピオンを最初に横切ったまま伸び続けている鈴原のスコーピオンへと振り下ろす

 

伸ばしたことでその耐久力が更に落ちた鈴原のスコーピオンは簡単に折れてしまい、そのまま影浦は振るった右手のスコーピオンをマンティスへと変形させ、鈴原へと飛ばす

 

 

キィンッ!

 

 

初見だった先程とは違い、鈴原は影浦が飛ばして来たマンティスを左手のスコーピオンで弾き、次の瞬間に力強く地を蹴り、影浦の懐へと一気に迫る

 

 

ガキィンッ!

 

 

そして、懐へと入り込んだ鈴原は下から勢いよく右手のスコーピオンを振り上げ、影浦はそれをスコーピオンで受太刀する

 

 

「やるなぁ…!鈴原ァ…!俺のクソ能力が無けりゃ勝負が付いてたところだぜ…!」

 

「ありがとうございます…!でも、鈴原はまだ諦めません…!」

 

 

影浦からの称賛に鈴原はそう答えた直後、影浦のスコーピオンと押し合っている右手のスコーピオンの刃を極端に短くした

 

 

「…っ!?」

 

ガキィンッ!

 

ザンッ!

 

 

次の瞬間、真下にいる鈴原のスコーピオンを受太刀するために力を入れていた影浦は、そのスコーピオンが突然無くなったことでガクンと体勢を崩して倒れ込む

 

その際、受太刀のために起動していたスコーピオンは真下にいる鈴原の顔へと直撃するはずだったが、鈴原はそれを残していた左手から生やしたスコーピオンで受け止める

 

そして、鈴原の極端に短くなったスコーピオンは影浦が受太刀させたスコーピオンを通過した直後に元の長さへと戻り、体勢を崩して倒れ込んできた影浦の顔を縦に斬り裂いた

 

 

(俺が受太刀したスコーピオンを抜けるために、一瞬だけスコーピオンの長さを調整しやがった…!?ハハハ…ッ!思った以上に面白ぇじゃねぇか…!鈴原るるゥ…!)

 

 

これまでに味わったことのない面白い勝負を繰り広げてくる鈴原に、影浦は狂気的にも見える心底嬉しそうな笑みを浮かべ、ベイルアウトした

 

そこから最後まで、鈴原と影浦は思う存分に互いの本気をぶつけ合った

 

 

 

 

『50本勝負終了。勝者…影浦雅人』

 

 

影浦ー鈴原

 

35ー15

 

 

「「「「「うおおおおおおおっ!!!」」」」」

 

 

時間にして約2時間半…長丁場となった鈴原と影浦の試合に終わりが告げられ、それと共に観戦していた隊員達から大きな歓声が上がった

 

 

「いやぁ〜、良い勝負だったっすね!」

 

「ああ。スコーピオンを活かし始めてからの鈴原さんの戦いぶりには驚かされっぱなしだった」

 

「最後10本だけ本気を出したカゲにも2本取れてる。入隊1ヶ月でこれなら十分な戦績だ。スコーピオンの可能性に気付いた鈴原はこれからもっと強くなるぞ」

 

 

結果こそ影浦の勝ちに終わったが、この試合で鈴原は大きな成長を遂げた

 

そして、ここから更に強くなるであろう鈴原を太刀川達は楽しみに思うと共に、大きな期待を寄せた

 

 

 

 

『お疲れ様です、影浦さん!とっても楽しい試合でした!』

 

「みたいだな。負けてるってのに随分と元気なもんだ」

 

『勝ち越せなかったのは勿論悔しいですけど、それ以上に影浦さんとの勝負が楽しかったですし、おかげで鈴原はもっと強くなれて嬉しいですから!』

 

 

試合を終えた鈴原と影浦はそれぞれのブースを出る前に一息つきながら、音声通話を通して試合の感想を伝え合い、その余韻に浸っていた

 

そんななか、影浦はふと気になったことを鈴原に尋ねる

 

 

「そういやぁ、昨日のランク戦の録画を見たんだけどよ。鈴原、お前は参加してないのか?」

 

『ランク戦…?あ〜!B級ランク戦のことですね!はい、鈴原はまだ部隊を組んでないですから!』

 

 

"部隊を組んでいない"…その言葉に影浦は眉を顰める

 

 

「どういうことだ?鋼から聞いた話じゃ、お前等は遠征目指してるんだろ?」

 

 

影浦は鈴原を含むにじさんじ支部のメンバーがボーダーに入隊した経緯も村上と米屋から大まかに聞いていた

 

その事情が事情なだけに、鈴原がB級上位の隊員にも通用する実力と素質を持っていると確信した影浦は、彼女が何故ランク戦に参加していないのか疑問に思った

 

 

『…私、初めて部隊を組む相手を決めてるんです。でも、その人は今いなくて…』

 

「…!」

 

 

何処かはっきりしない最後の言葉…しかし、通話越しでも分かる鈴原の少し悲しそうな声を聞き、影浦はその概ねを理解する

 

 

「…悪ぃこと聞いちまったな」

 

『いえ、そんなことは…』

 

「けどよ、それなら尚更だろ。そいつを助けるためには遠征への参加を狙うしかねぇ。拘ってる場合じゃねぇだろうよ」

 

 

鈴原の辛い過去を掘り起こしてしまったことには申し訳ないと思いつつも、その想いと行動が噛み合っていないと納得がいかなかった影浦は苦言を呈する

 

 

『…ごめんなさい。これ以上詳しく話すことは出来ないんです』

 

 

"詳しく話せない"…その言葉から本部あるいは、にじさんじ支部と関わりがあるとされる玉狛支部から、何らかの守秘義務が課せられていると影浦は察する

 

 

「…ワケありか。まあ、べつに深入りするつもりはねぇよ」

 

『…はい、ありがとうございます』

 

 

これ以上の詮索は野暮だと悟り、影浦は口を閉じた

 

 

(…少なくとも、こいつはその連れ去られた奴を助けることを諦めちゃいねぇ。辞めさせられちまったが、鳩原も連れ去られた弟を助けることを諦めねぇで、人が撃てなくても遠征に行きたがってた)

 

 

鈴原の話を聞いた影浦は、ふと先月半ばにボーダーを辞めさせられた鳩原のことを思い出し、同時に彼女の力になれなかったことを今尚後悔している絵馬のことが頭に浮かぶ

 

 

(遠征以外の方法が何かあんのか、それともこいつに遠征に行きたくても行けない理由があるのか、そこんとこまでは分からねぇ。ただ、鈴原には十分な力も素質もある。だが、もしこの先、こいつに何かあって鳩原の二の舞になったら…)

 

 

出逢って間もないが、影浦は鈴原のことを自身を楽しませてくれる存在の1人として気に入っていた

 

そんな彼女が、もし鳩原のように大切な人を助ける希望を失い、ある日突然に目の前からいなくなってしまったら、自身も絵馬のように彼女の望みが果たされるよう力になってやれていれば…等と思うのだろうかと考えた

 

 

(いや、どうだろうな…)

 

 

だが、そんなことはその未来が訪れてからでないと分からない

 

 

(分からねぇ…。分からねぇけど、そんな終わり方はこっちも後味が悪ぃ…)

 

 

そう影浦は思い、鈴原に対して自分なりに出来る助力をしようと思い立った

 

 

「…おい、鈴原ァ」

 

『はい、なんですか…?』

 

「お前、毎日個人戦しに来てるんだったな?相手が欲しくなったら付き合ってやるよ」

 

『え…!いいんですか…!?』

 

 

影浦からの嬉しい申し出に鈴原の声音に明るさが戻る

 

 

「お前との勝負は面白かったからな。それに、お前はこれからどんどん強くなるはずだしな」

 

『…ありがとうございます、影浦さん!鈴原、もっともっと強くなって、いつか影浦さんを超えてみせます!』

 

「ハッ!やれるもんならやってみろ!」

 

『はい!やってみせます!』

 

 

純粋にこれからの鈴原と勝負したい気持ちは勿論ある

 

だが、それ以上に勝手で余計なお世話かもしれないが、何か彼女の力になれればという想いを胸に影浦は自身を超えると宣言する鈴原と笑い合った

 





鈴原るる

部隊:未所属
ポジション:アタッカー

トリオン30、攻撃13、防御援護5、機動8
技術7、射程3、指揮2、特殊戦術2
合計70

メイントリガー:スコーピオン、シールド、FREE、FREE
サブトリガー:スコーピオン、シールド、バッグワーム、FREE


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話「アルビオ隊」

 

「ふぅ〜…っ!なんとか間に合った〜…!」

 

 

B級ランク戦ROUND2が行われる日の2日前…C級ランク戦に臨んでいたにじさんじ支部所属の隊員:アルス・アルマルは、苦戦を強いられたB級予備軍の隊員達との試合になんとか勝ち抜き、遂にB級隊員への昇格を果たした

 

 

「お疲れ様です、アルスさん!」

 

「これでアルスさんB級昇格。エクスさん達に合流出来ますね。出水先輩も、ご協力ありがとうございました」

 

 

アルスを含むC級ランク戦に臨むにじさんじの隊員達の付き添いで来ていたフレンが駆け寄り労うなか、共に来ていた烏丸はその隣に立つ彼女のB級昇格に助力してくれたボーダーのA級隊員:出水公平に感謝を伝える

 

 

「気にすんなって、京介。そう大したことはしてねぇんだから」

 

「そんなことないですよ!出水さんのレクチャーのおかげで、B級昇格までもう少しのところで足踏みしてた僕や社長、オリバーもB級に上がれたんですから!本当にありがとうございました!」

 

 

と、アルスは謙遜する出水に感謝を伝える

 

入隊から1ヶ月、にじさんじのメンバーは着々とC級ランク戦で勝利を収め、B級昇格に必要なポイントを稼いでいた

 

アタッカーやガンナーの隊員の多くはこの期間で見事B級への昇格を果たしていたが、他のポジションと違ってB級への昇格条件が特殊なスナイパー組を例外とし、シューター組のメンバーのほとんどが3000ポイントを超えた辺りで伸び悩んでいた

 

理由は、シューターがガンナーと異なり、弾丸の射出までに手間がかかることと命中精度がやや粗い欠点があること

 

そして、3000ポイント超えのB級予備軍達にはそれぞれのポジションへの対策も用意している者も少なくなく、戦闘経験の浅い者や身体能力がそれほど秀でていない者は苦戦を強いられることとなった

 

そんな折、入隊前に玉狛でシューター組の指導を請け負っていた烏丸が彼等の相談を受け、元太刀川隊での縁があるボーダーのNo.2シューターである出水に協力をお願いし、今に至る

 

 

「ただ、俺が皆さんに教えたのは、あくまでシューターがC級ランク戦で勝つための立ち回りや戦法です。トリガーをフルセット出来るB級以上の戦いは全くの別物になるんで、気を抜かないでください」

 

「うん!ここからが本番だもんね!帰ったら早速ランク戦に向けて訓練しないと!」

 

 

と、やる気十分といった様子でアルスはグッと拳を握る

 

 

「たしか、アルスさんはアルビオ隊に加わるんでしたよね?俺、次の試合の解説に呼ばれてるんで、楽しみにしてますよ」

 

「えぇ…っ!そうなの…!?な、なんか今から緊張してきたぁ…!仮病でも何でもいいから、何か理由つけて来るの辞めれたりしないですか…?」

 

「どんだけ嫌なんですか…」

 

 

知り合ってまだ日が浅いとは言え、些細ながらもシューターの手解きをしてくれた出水に直接試合を見られることにアルスはプレッシャーを感じ、それを嫌がる彼女の姿に出水は苦笑いする

 

 

「大丈夫ですよ、アルスさん!私も出来る限り力になりますから!」

 

「う、うん…!僕、頑張るよ…!」

 

 

フレンの励ましを受け、気を取り直したアルスはランク戦に向けて気を引き締める

 

 

 

 

そして時は流れ、B級ランク戦ROUND2が行われる6月の第1水曜日…

 

 

「よし。じゃあお前ら、試合前の最終確認するぞ」

 

 

最後のメンバーであるアルスが加わったアルビオ隊の一同は、本部の作戦室にて昼の部中位グループの試合開始前のブリーフィングを行おうとしていた

 

 

「まず、今回MAP選択権のある柿崎隊はスナイパーがいない近中距離戦がメインの部隊。突出して強い奴はいねぇけど、部隊で固まって行動してて、全員の集中攻撃で確実に仕留めてくるスタイルだ」

 

「前の試合の吉里隊以上に部隊としてしっかり仕上がってるから、必ずこっちも人数を揃えて当たらないと全然負けはある。それで、柿崎隊の相手をフレンさんに任せたくて、その援護にヒムかアルスさんのどっちか付く感じで」

 

「いいよ〜!」

 

「でも、何でフレンを指名なの?状況によってはエビ先輩が相手するとかじゃ…?」

 

 

柿崎隊の相手を状況に応じてエクスかフレンではなく、最初からフレンに任せる判断にアルスが尋ねる

 

 

「多分、俺じゃないと相手し切れない奴がもう1つの部隊に関係してるからですね」

 

「たしか、鈴鳴第一だっけ?」

 

「そう。アタッカー、ガンナー、スナイパーのバランスが取れた部隊で、その中のアタッカー:村上鋼って奴が要注意人物なんだわ」

 

「聞いたところによると、ここ半年で急激に力をつけてる隊員で、個人の実力だけで言えばA級にも匹敵するらしい。装備が俺と同じ弧月とレイガストで、ここ最近の記録を見た限りでは、攻守ともに隙が無い噂通りの実力者でしたよ」

 

「なるほどね〜。でも、なんだか今の話だとアルビオならその人に勝てて、私じゃ勝てないみたいに聞こえるんだけど?」

 

 

と、エクスとイブラヒムの見解にフレンが不満そうに顔を顰める

 

 

「純粋な剣の腕ならフレンさんが上だけど、この村上って人は特に守りが固い。鈴鳴第一もちゃんと全員で動く部隊だから、村上を落とし切れないと集中攻撃で返り討ちに合う」

 

「つまり…どういうこと…?」

 

「鈴鳴全員を相手にすることになったら、少なからず時間がかかる。そして、持久戦にはフレンさんより俺の方が向いてる。要は俺が適任って話」

 

「あ〜!そういうこと!」

 

 

エクスの話を理解したフレンはポンと手を打つ

 

 

「本当はこっちも全員で相手出来れば楽なんだけど、今回の試合はそうならないだろうからな」

 

「それはどうして?」

 

「自分で言うのもなんだが、前の試合で俺達は結構暴れたからな。おそらく、他の2部隊からはめちゃくちゃ警戒されてると思う」

 

「両方から狙われるってこと…!?」

 

「結託するなんてズルくないの…!?」

 

「んなことねぇよ。バトルロイヤルではよくある戦法だ。それを想定して、俺達は2部隊両方を相手取るために最初から二手に分かれて行動するんだ」

 

「もし、転送直後からの時間で孤立してるところを狙えそうだったら、フレンさんには狙ってほしい。アルスさんとヒムは無理しないで、合流か狙撃地点への移動優先で。メリッサさんは主にアルスさんとフレンさんのサポートを頼みます」

 

「「「「了解!」」」」

 

「よし。あとは柿崎隊がどのMAPを選んでくるかだな…」

 

 

 

 

「今回のMAPは市街地Dだ」

 

 

柿崎隊作戦室…そこでエクス達と同じく、これから始まるB級ランク戦に備えて柿崎達もブリーフィングを行っていた

 

 

「市街地Dということは、鈴鳴とアルビオ隊のスナイパー封じが狙いなんですか?」

 

「それもある。だが、最大の理由は市街地DがどのMAPの中でも1番狭いステージだからだ」

 

 

柿崎隊の隊員:巴虎太郎の問いに、隊長の柿崎国治は堂々と答える

 

 

「前の試合、アルビオ隊のエクスさんは開始から単独で吉里隊に仕掛けていた。今回もそうしてくる可能性は否定出来ない」

 

「つまり、合流までの早さを優先した選択…ということですね?」

 

 

柿崎隊オールラウンダー:照屋文香の指摘に柿崎は頷いて肯定する

 

 

「工業地区も候補にあったが、入り組んでいるあのMAPだと、いざ転送直後の時間に絡まれた時に苦しくなる」

 

「その点、市街地Dは入り組んだ場所は建物が密集しているMAPの端のみ。中央の大通りに出れば、射撃の援護も通る」

 

「ああ。1人増えたアルビオ隊のアルスさんがどのポジションかは分からないが、射撃戦の火力では俺達に分があるはずだ。そして、これは鈴鳴に対しても有効になる」

 

 

柿崎が考える勝ち筋を照屋と巴は理解する

 

アルビオ隊で射撃がメインの隊員は多く見積もってイブラヒムとアルスの2人

 

鈴鳴も同じく来馬と別役の2人だった

 

柿崎隊は3人全員が射撃トリガーを装備しており、そのレベルはB級中位の実力として申し分ない

 

つまり、射撃戦に持ち込めば他の2部隊に勝てる可能性は高いと言える

 

だが、そのためには3人全員が揃っていることが前提であり、1人でも欠ければ勝てる可能性は大きく下がる

 

 

「いつも通り、転送直後は合流を優先する。仕掛けるのは全員が揃ってからだ」

 

「「了解!」」

 

「それでザキさん。3人全員が合流出来たら、どっちの部隊に仕掛けるんですか?」

 

 

柿崎隊オペレーター:宇井真登華の問いに、柿崎は一呼吸挟んで答える

 

 

「決まってる。狙いは当然、アルビオ隊だ」

 

 

 

 

「僕達は事前に決めた作戦通り、柿崎隊と連携してまずはアルビオ隊を倒す…!」

 

「「はい!」」

 

 

鈴鳴第一の作戦室では、その隊長:来馬辰哉がやや緊張した様子で試合前のブリーフィングを行う

 

 

「米屋君が認めてるエクスさんは勿論、フレンさんも相当な実力の持ち主だ…!僕と太一じゃ手も足も出ない…!だからこの2人の相手は…!」

 

「分かってます。エクスさんとフレンさんの相手は俺に任せてください」

 

「ありがとう、鋼…!でも、2人同時に相手することになったら、いくら鋼でも危ういと思う…!だから…!」

 

「柿崎隊と一緒にアルビオ隊を狙う…ですよね!」

 

 

元気よく答える鈴鳴第一のスナイパー:別役太一に来馬はコクリと頷く

 

 

「前の試合を見ているなら、柿崎君達もアルビオ隊を脅威と捉えているはず…!向こうも出来るなら、アルビオ隊の戦力を僕達に分散させたいと思ってるはずだよ…!」

 

 

来馬の推測に村上と別役は首を縦に振り、同意を示す

 

 

「とは言え、作戦通りにアルビオ隊の戦力を分散させられたとしても油断は禁物だよ…!」

 

「分かっています。これだけ情報を与えないようにしているということは、まだ明らかにしたくない何かを隠しているということ」

 

「無難に考えるなら、まだ空いている枠のトリガーの有無だけど…」

 

「前の試合が全力じゃなかった…という可能性もある」

 

「うん…!その辺りもしっかり念頭に入れて戦おう!」

 

 

自分達の作戦、注意するべき点を念入りに再認識し終え、来馬達は試合が開始されるその時を静かに待つ

 

 

 

 

『ボーダーの皆さん、こんにちは!B級ランク戦2日目昼の部中位グループ!実況の武富桜子です!解説には、A級1位:太刀川隊の出水先輩と現在B級暫定7位:諏訪隊の堤先輩にお越し頂きました!』

 

『『どうぞよろしく』』

 

 

B級ランク戦中位グループ…その昼の部の試合を観戦する会場には用意されている座席以上の隊員達が集まり、これから始まる試合を前に賑わっていた

 

そして、まもなく試合が開始されるところで、実況解説席にて今試合の実況を務める桜子と解説役として呼ばれた出水、諏訪隊の堤大地が挨拶をする

 

 

『さあ、会場にお集まりの皆さんも非常に気になるであろうこの一戦!今回の注目はなんと言っても前回の試合で7点をあげたアルビオ隊でしょうか!』

 

『そりゃそうだろう。特にエクスさんは別格、フレンさんも相当な実力だ。ウチの隊長も機会があれば戦ってみたいって言ってたぜ?』

 

 

出水の隊長…それはボーダー隊員なら知らない者はいないA級1位:太刀川隊の太刀川慶

 

No.1アタッカーにして、個人総合1位でもあるボーダー随一の実力者

 

前の試合で解説役に呼ばれていたA級の米屋に続き、そんな大物にまでエクス達が認められていると告げられ、観覧席の隊員達からどよめきが上がる

 

 

『そうですね。それに、今1番注目されてる点はアルビオ隊の隊員が1人増えていることじゃないですか?』

 

 

そんななか、堤はアルビオ隊に増えた新たな隊員…アルスの存在に触れる

 

 

『アルス・アルマルさんですね!駆け出しの魔法使いである彼女の魅力!それは何と言っても、特徴的なもちもちした声が合わさった小動物のような可愛さ!そして、その見た目から時折垣間見える毒舌やキレが非常にギャップもあって…!』

 

『さ、桜子ちゃん…!分かったから、少し落ち着いて…!』

 

 

にじさんじのリスナーである桜子がアルスの魅力について熱く語り始めるが、その勢いに気圧された堤が思わず止めに入り、桜子はハッと我に返る

 

 

『んん…っ!失礼しました…。前情報だと、アルス隊員のポジションはシューターみたいですね』

 

『アルスさんは凄いですよ。試合が始まったら、みんな驚くだろうな〜』

 

『出水は何か知ってるのか?というか、その感じだと既に交流があるのか?』

 

『まあ、色々ありましてね。アルスさんのことは、試合が始まってからのお楽しみってことで』

 

 

アルスについての話に区切りが着き、次に試合全体に関する話題へ移る

 

 

『さて、そんな大注目のアルビオ隊の今日の相手はB級暫定12位:鈴鳴第一と15位:柿崎隊!MAPは市街地Dが選択されました!』

 

『市街地Dか…。中央の大型ショッピングモールに大通り、それに面した大きな建物が周囲に続く狭めのMAPだ。特にモールは中央にあることと中が広いことから、他のMAPよりも屋内戦が起きやすい』

 

『アルビオ隊と鈴鳴には最低でも1人ずつスナイパー持ちがいますから、モールでの戦闘でその有利を封じる狙いですね』

 

 

と、まずは地形戦の手本とも言えるスナイパーを封じる狙いに堤は言及する

 

 

『あとは戦闘が起こりやすいモール周辺が入り組んだ地形じゃないのもあるだろうな。この3部隊の中だと、全員が射撃トリガーを持ってる柿崎隊が射撃戦で分がある』

 

『遮蔽の少ないところ場所ほど、射撃は有効ですからね』

 

『それに入り組んでいないからこそ、相手の動きも読みやすい。縦に広いモールでバッグワームを使われると相手が何階にいるか分からないが、階層を移動する道も身を潜められる場所も限定されてる。つまり、奇襲の起こる箇所が簡単に絞れる』

 

 

市街地Dのショッピングモールは屋上を含めた7階の構造となっており、周囲のビルや高い建物に比べて中が倍近く広い

 

そして、ボーダーが隊員に常備させているレーダーは平面上での敵の位置こそ捉えられるが、その上下までの正確さは有していない

 

このため、ショッピングモールでバッグワームを使われれば、相手が何処にいるのかより分からなくなる

 

だが、基本的に建物内の階層を上り下りする方法は階段やエレベーター等に限られている

 

ジャンプ台トリガーであるグラスホッパーがあればモール内の吹き抜けから自由に移動出来るが、今回試合する3部隊にその使い手はいない

 

また、身を隠せる場所もモール内であれば幾つかある店内に限られる

 

つまり、同じ階層に敵が見られないなら、そこからの接敵や奇襲の警戒は階段やエレベーター等の移動場所か身を隠せる店内にのみ絞られる

 

これが複雑に入り組んだ地形であれば、警戒すべき点はより多くなる

 

まとめると、モール周辺における戦闘においては奇襲方法も限られているため、そこに割ける意識が極めて少なくなるということである

 

 

『アルスさんのことも含めて、アルビオ隊に関しては情報が少ないから、鈴鳴も柿崎隊もアルビオ隊を最も警戒して立ち回る試合になりそうですね』

 

『あと気になるのはやっぱ、エクスさんと鋼の対決だろ』

 

 

出水の指摘に桜子は勿論、観覧席の隊員の多くが大きく頷く

 

 

『現在、急激にその実力を伸ばしている注目のアタッカー:村上隊員!そして、A級隊員もその実力を認めるエクス隊長!未だ個人ランク戦でも実現されない対決が今日見られるのかと、私も大いに期待しています!』

 

 

と、そうこうしている内に試合開始時間まで残り30秒を切り、桜子は意識を切り替える

 

 

『さあ、スタートまであと僅か!全部隊…転送!』

 

 

 

 

仮想戦場の市街地D…その上空から飛来した10の光がMAPの各地へ降り落ちる

 

その南…中央のショッピングモールから大通りを含んだ2本先の大きな建物に挟まれた道路上に転送されたエクスはレーダーを確認すると共に、メリッサへ通信を入れる

 

 

「メリッサさん、アルスさん達以外に1人バッグワームで消えてるんだけど!」

 

『モールにあった反応が1つ消えてました!』

 

「なら、それが鈴鳴のスナイパーだな!他の部隊の動きはどうですか!」

 

『エビオ先輩とイブラヒムの近く…南西の人が真っ直ぐ北に進んでます!その先に1人いて、同じ場所に北東の人が向かってます!』

 

「バッグワームを着けてないってことはその3人が柿崎隊だな!ということは…!」

 

 

メリッサからの情報で敵部隊の位置を把握したエクスはモール内に1人転送されているフレンへ呼び掛ける

 

 

「フレンさん!レーダーに映ってる相手が誰が見つけられないですか!?」

 

 

 

 

「えっと…!ちょっと待ってて…!」

 

 

MAP中央のショッピングモール…その中の3階に転送されたフレンはエクスの指示を受けて、吹き抜けから顔を覗かせて周囲を見渡す

 

 

「…っ!」

 

タタタタタタッ!

 

 

フレンが上に目を向けたその時、向こうも同じくレーダーに映る相手の1人を探そうとしていたのか、5階から顔を覗かせていた来馬と目が合い、直後に彼が持つ突撃銃が火を吹いた

 

 

「アルビオ、見つけたよ!鈴鳴のガンナーの人だった!」

 

『モール内はその2人か…!ありがとう、その情報めっちゃ助かる!ヒム、近くで北上してる相手は無視して南側で狙撃位置に着いてくれ!アルスさんはそのまま南側を迂回してモール内のフレンと合流してください!』

 

『『了解!』』

 

『フレンさんは相手を逃さないようにしてくれ!もし、スナイパーに合流されたら無理はしないでアルスさんの合流を待ってて!』

 

「分かった!」

 

 

 

 

『各隊員、転送完了!各隊員は一定以上の距離をおいて、ランダムな地点からのスタートになります!』

 

 

全隊員の転送の完了に伴ってランク戦が開始され、桜子もハキハキとした口調で実況を始める

 

 

『バッグワームを起動したのはアルビオ隊のイブラヒム隊員とアルス隊員、そして鈴鳴第一の別役隊員の3人!各部隊、まずは味方との合流を目指す動き!』

 

『今回は近くに柿崎隊の照屋ちゃんが孤立していますが、アルビオ隊のエクス隊長は獲りに様子が無いですね。照屋ちゃんのすぐ西側にはイブラヒムさんもいるから、合流も兼ねて仕掛けてもおかしくないですが…』

 

 

堤は前の試合で開始から吉里隊に単独で仕掛けたエクスが今回その動きをしないことに疑問を抱く

 

 

『何か意図があるってことでしょう。それと、MAPが狭いだけあって早速始まるみたいですよ』

 

 

出水がモニターへの注目を促すと、そこには来馬がフレンと交戦し始めたところが映されていた

 

 

『おっと…!早くも来馬隊長とフレン隊員がモール内で接敵!フレン隊員は真っ直ぐ来馬隊長のいる5階を目指します!』

 

『モールの1階には太一がいるから、合流まで持ち堪えられれば鈴鳴の有利だ』

 

『ええ。それに、MAPの東からは村上も…!?』

 

 

と、突然に堤が声を詰まらせる

 

 

『堤先輩…?どうかしましたか…?』

 

『桜子ちゃん、モニターモニター』

 

 

何事かと思った桜子だったが、声を詰まらせた堤の隣で楽しそうな笑みを浮かべる出水にモニターを見るよう促される

 

 

『こ、これはまさか…っ!?』

 

 

そして、モニターに映されたある人物の行動を目にした桜子は堤と同様に驚愕を露わにする

 

 

 

 

『太一…!モールの3階にアルビオ隊のフレンさんだ…!今、階段を使ってこっちへ上って来てる…!急いで合流に来てくれ…!』

 

『うひぃ〜…!鋼さんが合流してない内に接敵なんて…!』

 

 

MAPの東側…来馬達が転送されたモールへと真っ直ぐ進んでいた村上は2人の状況を知って足を速める

 

 

「ちょっと待ってろ、太一。すぐにそっちへ合流…」

 

『みんな!1人レーダーから消えてる!多分…!』

 

「…っ!」

 

 

不安そうな太一を安心させようと、村上が通信越しに声を掛けたその時、鈴鳴第一のオペレーター:今結花からの警告が入り、直後にモール手前の大通りに出た村上はその目の前にある人物を捉えて足を止める

 

 

「…まさか、こんなにも早くそちらから来るとは思っていませんでした」

 

「僕達から見て1番厄介な相手は貴方なんですから、部隊との合流を阻止するためにも、孤立してるこの状況を逃す手は無いでしょ」

 

 

村上の前に現れた男…エクスは緊張感のない様子で問答に応じる

 

 

「…そう都合良くはいかせてもらえませんか」

 

「そりゃね。僕達も本気で勝ちに来てるんで」

 

「あなたとは是非一度戦ってみたいと思っていましたが、今は急いでいるので、そこを通してもらいます」

 

「通りたいなら、僕を倒すことですね。それ以前に、あなたが僕に倒されなければの話ですけど」

 

 

その言葉を最後に、互いに弧月とレイガストを構えたエクスと村上は地を蹴った

 





フレン・E・ルスタリオ

部隊:アルビオ隊
ポジション:アタッカー

トリオン6、攻撃9、防御援護6、機動8
技術9、射程3、指揮2、特殊戦術2
合計45

メイントリガー:弧月、旋空、シールド
サブトリガー:???、???、シールド、バッグワーム


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。