カラスは鷲を育て、鷲はコートで矛を振るう (ユーヤ256)
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衝撃
衝撃。それが自身の体に起きたのは、蝉が鳴き続ける暑い夏の日のことだった。
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「てんちゃん、こっちだよ、こっち」
「わかってるよ。今、そっちにいくよ」
そうして俺は、トークアプリをやめて、テレビの前に向かった。テレビを見ると、バレーボールW杯日本対カナダと大きくチャンネル名がでていた。しかし、バレーボールという球技には、自分を好奇心旺盛と自覚する俺の12年で全く興味を持たなかったものであり、このときも大した興味はそそられていなかった。
「今、どんな状況なんだい」
「これから東田有心選手っていう、19歳の若い人がサーブをするところ。この人は、めっちゃすごいんだ。言葉で説明するより、まずは見てみて」
この時、俺は正直バレーボールを舐めていたのだろう。ラケットがなくて、そのかわり大人数でコートにボールを落とすだけのテニス紛いのスポーツだと思っていた。
ピッという笛の合図で、東田?西田?選手がボール前上に放り投げた。そして、助走をつけて、地面からロケットが発射されるかのように飛んだ。左腕を振りかぶり、弓の弦を張るように構えて、そしてボールを打った。
そのボールは豪速球とかのレベルではない。まさに、発砲であった。そして、それに撃たれたのはカナダの選手だけではなく、テレビ越しに俺自身も撃たれていた。撃たれたことで、俺の身体全体の神経を痺れさせるほどの電撃を起こし、人生において始めて衝激というものを俺に与えた。
「す、すげえ。とにかくかっこいい。お、おれも」
「お、おれも?」
「俺もあんな風に、空から射撃したい」
「あっはっは。なんだそれ。すごくいいね」
もう頭の中はバレーボールについてでいっぱいだった。帰ったらバレーボールを買ってもらおう。あれはどのようにして打っているのだろう。どのようにして、ボールを打っているのだろう。こうしてバレーのことを考えながら、試合を見ていると今度は重いパンチを喰らい、頭が揺れる。
あの、発砲だったサーブが、相手チームによって綺麗に上げられたのである。会場がサーブが決まった時以上の歓声をあげ、相手チームが得点を決めていた。もう、俺は鳥類になってしまったのだろうと思うほど、鳥肌が立ち続けていた。
「バレーってこんなにかっこいいものだったんだ」
「お、好奇心旺盛のてんちゃんがでてきたね。やってみる?」
「ああ。でも、いつものなんでもやりたいとは違うんだ。これだからやりたい」
「それは、もっとすごくいいね」
■
こうして、俺の人生におけるバレーを熱中する日々が始まったのである。
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幼鳥期
邂逅
高校一年、春。俺は、宮城県立烏野高等学校に進学した。もちろん、入る部活は排球部である。ここのバレー部は、昔、小さな巨人という人で有名だったらしい。どんな練習が行われているのか、期待を膨らませて第二体育館に入った。
「なんでいる!?影山飛雄!!」
「...お前...去年の...名前は知らない」
「おっおれの名前は日向翔陽だ。おぼっ覚えとけ」
「お前は...クソ下手くそな奴!!」
体育館に入ると、どうやらバレーは行われておらず、代わりに喧嘩?言い争い?が行われていた。好奇心旺盛だと自覚する俺だが、争いごとはバレーの試合だけで十分なので、一度出直そうと思った。
「おース。影山だな?よく来たな」
「あっおっ!?、チビの11番!!」
「お前らどっちも烏野か...!」
「あとはそこの端っこにいるお前は新入生か」
俺が体育館から戦略的撤退を行うと決めた同時に、おそらく先輩らしき人たちが入ってきた。中学時代、部活という体育会系組織に所属していなかったが、あいさつぐらいの礼儀は親に教わっている。ひとまず、元気よく声をだして挨拶をした。
「よース。兎飯中学出身。鷲尾 天(わしお てん)だ。こいつらと同じ新入生だ。これから頼むよ」
「すっスガさん。おれ、先輩としての威厳をガッ!と見せないきゃいけねえと思うっス」
「まあまあ、田中落ち着いて。てか、その顔はヤメロ!」
「おっおっおまえ。せっセンパイに対してやべーよ!!」
俺は親から習った礼儀をそのまま披露したのだが、どうやら俺の礼儀と体育会系の礼儀は相違しているらしい。それに気が付いた俺は、このままではまずいと思い、日向に話を逸らした。
「日向。おれ、もしかしてやらかしたのか」
「おっおまえ。見るからに喧嘩売っていただろ!?」
「ぐはっ。だけど、俺はバレー部には入るから気にしない。日向は、その身長だからリベロなのか」
「おいおい。その敬語のなっていない新入生。日向のバネは凄いぞ」
「そうだ!小さくてもおれは飛べる!烏野のエースになって見せます!!」
なんとか日向のおかげで、話を逸らすことができた俺だが、それ以上に俺の好奇心は日向の発言に向いていた。
「おまえ。エースになるっていうからには、ちゃんとうまくなっているんだろうな。ちんたらしてたら、また3年間棒に振るぞ」
そうやって日向と喧嘩中の影山が言った。
「なんだと...でも...今までの全部...無駄だったみたいに言うな!!」
そうして、ただの喧嘩だったものがバレーの勝負に昇華する。そして、バレーの勝負となれば、首を突っ込まずにはいられない。おれは、二人に対して軽いジャブを放った。
「俺と勝負しろ!!おまえのサーブを上げてやる!影山!」
「そうか。俺は去年とは違うぞ」
「アッツアツでバチバチなところ悪いけど、俺のサーブもとってみてよ。誰にも、取らせないけど」
「おまえもか。いいぞ!先にうけてやる!!影山見てろ!!」
俺は、ボールを受け取る。俺は大きく助走をつけ、ボールを前上へ放りなげた。そして、陸上選手のようなスタートダッシュをしスピードを出す。そのスピードに体を乗せ、爆発的に上空へ飛ぶ。俺の左腕は、全体の力を乗せて円を描くように回転し、ボールに触れた。
「ひっひい...はっ速...で、取ったら死ぬ!!」
日向は、俺のサーブを避けた。顔面に当たるすれすれで避けたので、反射神経が凄いと一人で感じていた。
「お前、それのどこが去年と違うんだ。というか鷲尾、お前中学の間にしてた」
「いや兎飯中にバレー部なかったから、地域の社会人サークルに交じって練習してた。でも、週1だ」
「そんなこと聞いているんじゃない。なんで、こんな化け物みたいなサーブが打てる」
化け物とは失礼なやつである。だが、それは誉め言葉であると、理解することはできたので嬉しく感じた。しかし、なんで?と聞かれると答えるのが難しい。しばらく考えた後俺はこう答えた。
「憧れだよ。空へ羽ばたき、狙撃することへの」
「ポエムか!?ちくしょー!鷲尾!もう一本!!」
日向のやる気に応え、俺はもう一度助走をし羽ばたく。そして、ボールはコートギリギリの日向の後方に放たれた。先ほどよりも、調子がよい。これには反応するのが難しいと思ったが、予想に反して日向はボールの正面にいた。
「ほぐっ」
「「「「あー!!!!」」」」
見事、日向は取って見せた。俺は、日向に心のなかで称賛を送った。ボールを上げた先が、影山の体に当たり、跳ね返ったところが、教頭の頭の先でかつらを吹っ飛ばしてしまったことを除いて。
□
その後、日向と影山は澤村部長に、チームの大切さを理解するまで部活に参加させないと言われ、なぜか1週間後試合をすることになっていた。さらに、なぜだか分からないが、俺も部活に参加させないと言われ、試合に勝たないと部に入部できなくなってしまった。
「おい。お前たちのせいで部活に参加できなくなってしまったじゃないか」
「おっおれのせいにするな!だいたい、鷲尾は関係なくやらかしてただろ!」
「くそ、そんなことは俺がセッターできないことよりはどーでもいい!日向、土曜までにお前のクソレシーブをどうにかするぞ!」
こうして、俺の、いや俺たちの毎朝5時の朝練習が始まったのである。そして分かったことは、日向と影山はどうしようもないバカで負けず嫌いという事と、最初めちゃくちゃ怖い顔で俺を睨んでいた田中さんは、超カッコいいという事だ。
鷲尾 天(わしお てん)
身長186.7cm 体重78.3kg 兎飯中学出身
好きな食べ物は、天ぷら。
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美人
土曜。3対3当日。俺ら3人組は、毎朝のレシーブ練習を乗り越えてきた。もっとも、レシーブ練習は日向中心であり、俺と影山はどちらのサーブが凄いかを競っていた。その勝負においては、自分自身ということを抜きにしても俺に軍配が上がっていた。
「懸けている思いや練習量が違うのだよ影山くん」
「くそっ!すぐ超えてやる!!」
「いっいや。おっ俺が超える!!」
「だまれ!へたクソ!お前はまずレシーブ上げろ!!」
こうして軽口を互いに叩きながら、第二体育館に到着した。体育館に入り、周りを見渡すと美女がいた。もう一度言おう美女がいたのだ。それは、俺の人生における二度目の衝撃を与えるほど美女だった。
「ちわース。田中さん、あっあちらいる美しい方は...どっどこの方でしょうか」
「よくぞ気が付いたな、鷲尾後輩。あの方は清水先輩と言ってな、この烏野バレー部のマネージャーであり、天使だ」
「天使!?」
俺はこの世に天使がいたことに驚愕を覚えながら、天使の人を目に焼き付けていた。そうすると、菅原さんがやってきた。
「よース。田中、鷲尾に変なこと吹き込むなよ。鷲尾、清水は烏野高校排球部のマネージャーだよ」
「ちわース、菅原さん。あのお方はマネージャー兼天使でしたか」
「おいおい。というか鷲尾、敬語さまになってきたな。いい感じだぞ」
「あざース。田中さんに朝練でいっぱいしごいてもらいました」
一週間、日向はレシーブ地獄だったと思うが、俺はあいさつから敬語まで、田中さんのスパルタ教育を受け、ある意味地獄であった。
「よーし。じゃあ、はじめるぞー!俺は月島達の方に入るから」
「ええっ。キャプテンが!?」
「ははは!お前ら、おれの話をさんざん聞かなかったんだ。俺を納得させたかったら、試合でチームを見せてみなさい。もちろん、手は抜かないからな~!」
俺や田中さん、菅原さんが端で話をしている間、また新一年生同士で喧嘩をしていた。というか、先日出会った月島が影山のことを煽っていた。影山は朝練の間、日向に王様と呼ばれることを嫌がっていたので、心配していたが杞憂に終わった。
「小さいのとデカ筋肉、どっちを先に潰...抑えましょうかあ。あっそうそう王様が負けるとこも見てみたいですよねえ。とくに、家来に見放されて一人ぼっちになってしまった王様が見ものですよねえ」
「ちょっ。ツッキー聞こえてるんじゃ...」
「聞こえるようにいってるんだろうが。冷静さを少しでも欠いてくれたらありがたいなあ」
だが、俺たち3人は話した言葉は一つだった。
「日向、鷲尾、勝つぞ」
「「おー!」」
□
話は前日に戻る
□
金曜日。3対3前日。
「オラッ。次は後ろだっ!!」
「!よっしゃ!」
「日向、出だしが遅い!」
この日も俺らは、日向のレシーブ練習に付き合っていた。1週間という短い間で変わるのかという疑問があると思うが、その通りであり、あの日俺のサーブを上げて見せた時のようなレシーブの位置取りはできていなかった。
「君らが初日に問題を起こしたっていう1年か」
「だっ誰だお前は!?」
「入部予定の他の1年...か」
「俺と身長が同じくらいだ」
どうやら、俺ら以外の1年が来たらしい。眼鏡が本体かもしれないが、188㎝ほどの大きな体を操縦していると考えると、メガネ界におけるエースなのか!?とくだらないことを考えていた。
「アンタは北川第一の影山だろ。なんでそんなエリートがここにいるのさ」
「...あ!?」
「おっおい!!明日は絶対!!まけないからな!!」
「そっか。君たちほど僕は勝敗にはこだわりがないし...。手抜いてあげよっか!?」
鷲尾天は激怒した。188㎝の巨体を操縦し、身体的にも精神的にも相手を見下し侮辱するメガネに。
「まあ、メガネくんが手を抜こうが全力を出そうが、俺のサーブは取れないけどねー!」
「ははっ。凄い自信。さすが王様の仲間だね」
「おい。その呼び方」
「おおっ。本当だ!コート上の王様って呼ばれると、キレるっていう噂」
メガネくんは、影山を煽る。県予選という過去を話し、影山の自己中心的な行動がどのような結果を生んだかをナイフのように影山に切りつけた。
「おい。切り上げるぞ!」
「ええっ!おい!」
そして、帰り道。
「影山、王様っていいな。俺と交代してくれないか」
「ああっ!?なにいってるんだお前」
「だめかー。じゃあ、俺はじゃじゃ馬兼大砲だ。使いこなしてみてよ」
「...っ!?お前は仲間が王様でもいいのか」
王様でもなんでもいい。おれの憧れにそんなものは関係しない。俺はただ、あの日の憧れが見ていた景色を見てみたい。そして、その憧れは見ている人を引っ張るのだ。王様でも小さな巨人でもその高さへ連れていく。
「ああ...。王様でもいいけど、おまえと...俺たちで勝つんだ」
「おっおれもいる!!王様なんて、見向きもしないぐらい、上から打ち抜いて見上げさせてやる!」
「...くそ!...あっありがとう...明日...勝つぞ」
「さっ寒気が!!でっでも、「「おー!!」」」
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そうして、3対3開始!!
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