海賊王の子供による海兵譚 (ふくふくまる)
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東の海編
第1話 海賊王の父


軽い気持ちで読んでいただけると幸いです。


 

 

 今世の世界は、あまりにも治安が悪すぎた。

 

 大海賊時代といって時代錯誤の海賊達がうじゃうじゃいるし、ナイフや拳銃を携帯している人も多くいる。

 海軍なんて組織はあるけど、島によっては常駐していないところもあり、刃傷騒ぎがあっても対応が遅れることはざらだ。

 

 おまけに私は、この世界では極悪人と名高い『海賊王』の娘だそうで。一緒に生まれた双子の弟も含め普通に生きていくには、それはもう難易度が高かった。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

「アン!!お前は立派な海兵になれ!!」

「わ、分かりました」

「エースみたいに駄々をこねても無駄じゃ!ワシがきちんと………って、ん?」

 

 ───東の海に位置するドーン島コルボ山の麓にて。

 

 可愛らしい犬の帽子を被った筋骨隆々の老海兵の言葉に、私は逆らうこともなく頷いた。

 それにお爺さん、いやガープさんがきょとんとする。

 

「私の身の上を前提にした場合、もしものことを考えて海兵になっておいた方が良いでしょう。もちろん、ガープさんの後ろ盾は必要ですが………」

 

 え?ていうか、この決定に拒否権なんてあるの?

 

 私が海賊王の娘だと知っているガープさんからの命令だ。彼に命が握られてる限り逆らえるはずがないだろう。それをわざわざ知っていながら私に聞くなんて。ガープさんも人が良いのか悪いのか。

 

 すると彼は「お、おう。そうか」と戸惑ったように頷き、私をまじまじと見つめた。

 

「お前は本当にロジャ……じゃなくて、あやつに似てないのう」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 転生した先が『海賊王』の子供という。

 人生難易度のかなり高い星のもとに生まれた私は、割と最初から絶望していた。

 

 海賊王ゴールド・ロジャー。

 この世の全てを手に入れたと言われる男であり、処刑間近に財宝を隠したから探せと言って『大海賊時代』を始めた極悪人である。

 

 そんな彼の子供として生まれたものの、運が良かったのか海兵のガープさんによって保護されたり、忙しい彼に代わってコルボ山の女山賊ダダンさんに面倒を見てもらったりして今日まで何とか生き延びている。

 

 ───ガープさんが海軍の軍艦で島から去っていくのを見送った後、私も世話になっているダダンさんの根城へ戻ろうとする。

 

 するとその時、目の前に一人の少年が立ち塞がった。

 

 今世の双子の弟であるエースだ。

 私と同じ海賊王の子供であり、正真正銘血を分けた兄弟である。

 

 彼は遠くから様子を見ていたのか、私を睨み付けて忌々しそうに口を開いた。

 

「アン。お前、海軍に入るのかよ」

「う、うん。ガープさんの命令を拒否できないし………」

 

 そんなエースの問いに曖昧に答えれば、彼は頭をがしがしとかきながら舌打ちをした。

 そして「腰抜け」と吐き捨てて、そそくさと去ってしまう。

 

 手負の獣のような、どこか危うい雰囲気の少年。

 彼は海賊王である父を憎み、間接的に母を殺した海兵も恨んでいた。

 

 自分達の母親は、海賊王の血を引く赤ん坊の私達を世界政府から守るため、20ヶ月もの間その身に宿し続け、出産後に命を落としたのだ。

 

 結果的に公権力によって殺されたと言っても過言ではなく、海賊王の血を根絶やしにするために海軍は関係のない母子も殺しただろう。

 

「……………」

 

 本当は、私だって海兵なんかになりたくない。

 海軍に不信感があるのは変わらないし、出来るならどこか長閑な島に移住して穏やかに過ごしたかった。

 

 でも、それも無理な話。海兵にならずうまく逃げたとして海軍は血眼になって探すだろうし、いつか殺される。

 

 それなら最初から海軍に入った方が良い。

 もしバレてしまっても『英雄ガープによって海軍入りをした娘が、実は海賊王の子供だった』なんて事実、揉み消すために無かったことにされるのだから。

 

 こんな世紀末な時代と世界で海兵をやるだなんて自殺行為以外何物でもないが、こういった生き方くらいしかできなかった。

 

(でも、もしかしたら殉職を偽装して、いずれ海軍から逃げ出したりできるかな。それで身元を隠して、こっそりどこかの島で暮らしたりとか………)

 

 いやでも殉職の偽装ってどうやるんだ………?

 そうぼんやりと考えながら、弟のエースが去っていった方を見つめる。

 

 そんな組織に姉が入ろうとするのだから、罵りたくもなるだろう。おそらく軽蔑しているはずだ。

 

 おまけに、転生して7年。

 それ以前に、そもそも私とエースは壊滅的に馬が合わなかったりもするのだった。

 

 




2022年11月23日 加筆修正


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第2話 フーシャ村の交流

 

 

 今日も女山賊ダダンさんのもとで世話になりながら、この過酷なコルボ山で何とか生きている。

 

 エースは度々家を抜け出しているため何をしているか分からないが、相変わらず私と彼との間には距離があった。

 

 直情的でどこか頑固なエースと事なかれ主義の私。

 売られた喧嘩は絶対に買うエースとプライドも無く逃げる私。

 自分に嘘をつかないエースと周囲の雰囲気でころころ意見を変える私。

 

 そんなものだから情けないことに姉としての威厳はなく、私は完全にエースから舐められていた。

 

『お前、本当にエースと姉弟なのか?』

 

 たまにダダンさんがそう言ってくるが、これだけ性格が似ていないのだ。言いたくもなるだろう。

 

 とりあえず「はい」と頷いてみせれば、ダダンさんから「澄ました面しやがって」と面白くなさそうに言われる。

 

 実を言うとエースだけでなく、ダダンさんにもハマれてなかったりもした。

 少しおっかないところもあるが、気風の良い姉御肌なダダンさんにこうも距離を置かれるのは中々悲しい。

 

 彼らと暮らして、7年目。

 まだまだ私は馴染めていなかった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「村長さん、今日の授業もよろしくお願いします」

「うむ」

 

 所変わって、フーシャ村の村長宅。

 昔から私はフーシャ村の村長さんに勉強を教わっていた。

 

 コルボ山の山賊達が村へ降りると面倒なことになるため、日用品などの備品は私が買いに出ている。

 その際に、フーシャ村の村長さんから「何か困っていることはないか」とぶっきらぼうに声をかけられ、それならばと週に数回、文字や計算、この世界の歴史や教養を教わるようになったのだ。

 

 前世で培った経験はあるけれど、巷の常識やルールと剥離していないか確認する必要があった。

 

「───計算は問題ないのう。じゃが、文字のココが間違っておる」

「はい」

 

 村長さんお手製のペーパーテストを受け、間違いを修正する。

 

 この世界の文字は不思議なことに英語と日本語と、また見覚えのない文字が混ざっていた。

 それを組み合わせて文章を作るのだが、未だに慣れずこうして間違えてしまう。

 

「村長さん。この文字も、それから私達の話す言語も世界共通なんでしょうか?」

「ん?そりゃ、そうじゃろう。…………いや、もしかすると、この海の果ての未開の地では違った言語が話されているかもしれんのう」

 

 なるほど。大まかには世界共通だと言われて、そういうものかと納得する。

 

 村長さんや海兵のガープさんによれば、この世界での海面積はかなり広いらしい。

 そんな中、どうして言語が統一されているか理解できないが今の私には知る術がなかった。

 

「ところでアン、エースはどうじゃ。授業にはこんのか」

「誘ってみましたが乗り気ではないようで………」

「…………そうか」

 

 この村長さんの授業が始まる際に、一応エースも誘ってみたのだ。今後生きていくのなら知識として学んだ方が良い、と。

 しかしそれも無視されてしまったため何とも言えない。

 

(エースは将来どうするんだろう)

 

 ガープさんはエースを海兵にさせたがっているが、拒否している。

 

(あれだけ父親を恨んでいるんだから、『海賊』にはならないだろうけど………)

 

 あの懐かない獣のような少年がこの先どう生きていくのか、ふと気になった。

 

 

 



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第3話 村の少年と赤髪の海賊

 

 

 ───あれから3年。

 この長閑なフーシャ村に海賊が居座るようになってしまった。

 

「よう、嬢ちゃん!今日も村長のとこで勉強か!」

「偉いな〜!俺がガキの頃はもっと遊んでたよ!」

 

 村長の家への道すがら、海賊達が楽しそうに絡んでくる。

 それに内心怯えながらも「ありがとうございます」とへらへら言えば、海賊達は「おう!」と手を振ってマキノさんの酒場に入っていった。

 

 赤髪海賊団。

 数年前からこの村を拠点として航海する海賊達。

 

 一見気の良さそうな連中に見えるものの、相手は海賊なのだ。

 彼らに目を付けられないよう、私はこそこそと村長さんの家へ向かった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「なあ、アン!勉強ばっかしてないで、シャンクス達のところに行こうぜ!冒険の話をいっぱいしてくれるんだ!」

「それはちょっと難しいかなあ」

 

 村長さんによる授業も終わりコルボ山に帰ろうとすれば、フーシャ村に住んでいる子供──ルフィに声をかけられた。

 

 彼はガープさんの血の繋がったお孫さんであり、私より3つ歳下の少年である。

 村に同い年くらいの子供がいないためか、度々こうして話しかけてくるようになったのだ。

 

「むずかしい?」

「相手はいくら優しそうに見えても海賊だからね。腰に剣や銃が差さっている限り、安心できないよ」

 

 海賊達に懐いているだろうルフィに言うのは酷であるが、こればかりは仕方がない。

 フーシャ村の人達は良い人ばかりだから口にしないものの、彼らの機嫌を損ねないよう遠巻きにしている人もいるはずだ(そしてそれは山賊一味の仲間である私にも言える)

 

「それに帰って家の仕事しなくちゃ」

「アンの家って他所の村にあるんだよな?俺も一回行ってみてえ!」

「遠すぎるから駄目だよ。マキノさんや村長さんが心配するだろうし………それに何も無いところだから、きっとつまらないよ」

 

 村長や村の大人達にはあらかじめ説明しているが、ルフィには私がコルボ山の山賊達のもとで暮らしているのを話していない。

 

 好奇心旺盛なルフィのことだから、それを知れば興味本位に山賊達に近付こうとするだろう。

 気の良い人達だけれど、ルフィには普通に暮らしてほしかった。

 

「こっそりついてっても、何でかバレるんだよなあ」

「ルフィの気配はすぐ分かるからね」

 

 たまにルフィは私の跡をついて行こうと尾行してくるのだが、彼の気配は分かりやすい。

 

 野生動物が多く住むコルボ山で育ったからか。

 またはあの海賊王の血か。

 

 転生してから、生き物の気配をうっすらと感知できるようになっていたのだ。

 

 分かりやすくむくれるルフィに苦笑する。

 そして癇癪でも起こすのか、いよいよごね始めた。

 

「アンってば『だめ』ばっかじゃねえか!シャンクスのところに遊びに行こうぜ〜!そんで海賊になろうぜ〜!」

「海賊は大変だと思うよ。楽しい冒険だけじゃないだろうし。そもそも違法行為なんだから」

「そうだぞ、ルフィ。この嬢ちゃんの言う通りだ」

 

 するとその時、後ろから割って入った男の声に勢いよく振り向く。

 

 そこには赤髪海賊団の船長──シャンクスがいた。

 「よっ」と軽やかに挨拶する彼に思わず冷や汗が流れる。

 

(あれ、いつもなら気配を感じるのに………)

 

 シャンクスさんの登場にルフィが目を輝かせる横で、首を傾げる。

 同時に先の会話について怒っていなさそうであるのと、腰に剣や銃が差さっていないことに安堵した。

 

「…………この嬢ちゃんがアンか。俺はシャンクス。船長をやっている」

「アンです。ご挨拶が遅くなって申し訳ありません」

 

 とりあえず愛想笑いして会釈すれば、何故かツボったのか「随分と畏まった嬢ちゃんだな!」と笑われる。

 何なんだ、この人。

 

 そして気を取り直し「何か御用ですか?」と尋ねれば、シャンクスさんは首を振った。

 

「いや、ちっこい頭が二つ見えたもんでな。ちょっとばかし挨拶にしに来たんだ」

 

 なるほど、つまり特に用はないということだ。 

 

 ふと周りを見渡せば人気があるし、庭先に出ている村人達が微笑ましそうにこちらを見ている。

 

 シャンクスさんのことは何も知らないため、海賊の彼とルフィを二人きりにして大丈夫かと思ったのだが………周りに大人達の目があるなら平気だろう。

 

 ルフィは彼に懐いているようだが、もう少し警戒心を持った方が良いのにと思った。

 

「ルフィ、そろそろ時間だから行くね。シャンクスさんも失礼します」

 

 そう言って踵を返すと、ルフィが元気よく「またな!」と言ってくれる。

 そしてふとシャンクスさんを見れば、彼はどこか仕方なさそうな笑みを浮かべて手を振っていた。

 

 それに改めて会釈し、そのまま足を進めた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「いやあー!やっぱり女の子って難しいな!全然分からん!」

「お頭は大概、女心が分かんねえからなあ」

 

 ───その日の夜。

 マキノの酒場にて、酔い潰れて顔を真っ赤にした赤髪が、笑いながら昼間の出来事を吐露する。

 

 黒髪黒目の、子供にしては不自然なほど丁寧な物言いをする少女。朗らかな笑みを浮かべながらも、目の奥に警戒心を宿らせる彼女は懐かない小動物を連想させた。

 

 しかし───

 一見育ちの良い、良いとこの生まれに見える少女に、シャンクスは既視感を覚えるのだった。

 

 

 

 

 



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第4話 正反対な双子の弟(一部エース視点)

 

 

 エースと私は基本的に性格が合わない。

 

 無鉄砲なところはあれど勇敢なエースと、事なかれ主義で長いものには巻かれる自分。

 

 とはいえこちらは人生2回目の転生者であり、相手は10歳の子供。

 元大人としてエースに合わせたり世話を焼いたり、彼の喧嘩っ早さが落ち着くよう、やんわりと導こうとしていたものの………それは全く上手くいかなかった。

 

 本能的に「コイツは駄目だ。根本的に合わねえ」とでも思われているのか。

 

 今世の双子の弟──エースとは、血の繋がった姉弟と思えないほど冷めた関係を築いていた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 そんな私だけれど、やっぱり彼が10歳の子供である限り完全に距離を置くことはできない。

 

 この過酷なコルボ山で暮らしているものだから流石に普通の子供にするような心配はしていないが、彼が怪我をした時はなるべく手当てし付き添うようにしていた。

 

「───で、一方的にやられたの?」

 

 コルボ山近隣にはフーシャ村以外にも町がある。

 そこの酒場かどこかで荒くれ者達の世間話をこっそり聞いてしまったそうだ。

 

 「もしあの海賊王に身内がいたら、悪魔の化身に違いない」と。

 

 ダダンさんの根城で腕に怪我をしたエースを無理矢理手当していると、彼はそっぽを向きながらぼやく。

 

「やられてねえよ。この傷だってかすり傷だ」

「私達のバックにあのダダンさんがいるから、大事にはなんないだろうけど………。一々カッカしてたらキリがないよ」

 

 海賊王の子供については、この大海賊時代でまことしやかに噂されていた。

 海軍が正式に『存在しない』と表明しているものの、私達が産まれる前に大規模な調査をしたことから信憑性は増し、話の種として度々話題となるのだ。

 

 海賊王の子供は、鬼の子。

 生まれてきてはならない存在。

 

 口さがのない者達の言葉は私の耳にも入った。

 

「…………お前は悔しくねえのかよ」

 

 そしてそれは、エースの心を確実に傷付けてきた。

 

 正直私はそれよりも、海賊王の子供だと疑われた無関係な命が消えていった事実に心が痛む。そんな所業を行った海軍に入るのだから、救いようはないけれど。

 

「私達のことを知らない人に言われても何とも思わないよ」

「…………アイツら、海賊王の子供がいたら殺すべきだって」

「それは、」

 

 エースはたまに、自身の存在の有無について問うことがある。「俺は生まれてきて良かったのか」と聞いてくるのだ。

 

「それは、極論すぎるよ。親の罪を子供が背負うなんてあってはならないし、私は生きていても良いと思う。そもそも、そこに良いとか悪いとか無いでしょう?」

 

 昔からエースに問われるたびに、私はそう返してきた。

 

「それに、私はエースがいてくれて良かったって思うよ」

「……………そんなわけねえだろ。お前は俺なんかいなくてもやっていける」

 

 しかしこれが、エースに響いているという実感は全くない。

 

 私が彼にとって信用ならないというのもあるだろうけど、結局同じ海賊王の子供として生まれたのだ。

 ただの『傷の舐め合い』だと思われているのかもしれない。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 エースには、自分とは正反対の双子の姉がいた。

 

 ポートガス・D・アン。

 生まれも育った環境も同じだと言うのに、大人達の前で行儀良く振る舞い、不自然なほど物分かりの良い子供。

 

 そんな彼女が弟であるエースを気にかけ、親切にしてくれているというのは分かっていた。時に慰め、自分の存在を肯定し、必要としているとまで言ってくれるのだ。

 

 しかし本当はそうではないのを、エースは幼いながらひしひしと感じていた。

 

 出自の理不尽さに折り合いをつけ、大人みたいに感情をコントロールするアン。

 

 彼女は自分なんていなくても生きていけるだろう。周りの環境に適応し、正しく立ち振る舞い、器用に生き抜く様を容易に想像することができた。

 

 自分とは違い過ぎる姉の存在が、よりエースを孤独にさせる。

 

 血を分けた双子であるというにも関わらず、アンとエースは互いに、どこまでも、分かり合うことはできないでいた。

 

 

 

 

 




実際に双子の兄弟が転生者ならば気味が悪いだろうなと思い……


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第5話 見聞色の覇気

 

 

 最近、隣山を拠点とする山賊──ヒグマ達一味の活動が活発化しているらしい。

 

 奴らはコルボ山にまで活動範囲を広げており、賞金首としてビンゴブック入りしたことから調子に乗っているそうだ(ダダンさん談)

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「…………あれ」

 

 その荒々しい人間の集団の気配を感知したのは、ちょうど村長さんの授業を終え、コルボ山に帰る道中のことであった。

 

 生まれつきか、それともコルボ山という過酷な環境で育った影響か。

 

 昔から視界に入れずとも人や動物の気配がぼんやりと把握できるのだが、ダダンさん達一味ではない、野生の獣のような人間の気配にゾッと背筋が凍る。

 同時に禍々しく、強すぎる人の気配にズキズキと頭が痛んだ。

 

 そしてその気配がマキノさんの酒場へ向かうのに気付き、思わず立ち止まる。

 

(これ、もしかしなくても、やばいよね?気配からして堅気じゃない感じの集団だし、それに、マキノさんは女性だし………)

 

 この世界の、この時代の女性が無法者達からどんな目に遭うか嫌でも想像できてしまう。

 それを考えた瞬間、私の体はくるりと踵を返しマキノさんの酒場へ向かって走り出していた。

 

 ───そして近道を通り、奴らよりも先に酒場まで辿り着く。

 

「マキノさん!」

 

 しかしそこにはすでに先客達がいた。

 

 赤髪海賊団の海賊達。彼らの気配に気付いたのは、酒場の扉を開くのとほぼ同時で。突然やって来た10歳の女児の姿に男達は目を丸くし、私も彼らと同じようにギョッとしている。

 

 さ、最悪だ。

 酒場にやって来るのは多分山から降りて来る無法者だろうし、ここで海賊とブッキングしたら乱闘騒ぎになるかもしれない。

 

「あら、アンちゃんじゃない。こんな所まで珍しいわね」

「どうしたんだよ。そんなに焦って」

「ええと、その、何というか…………」

 

 カウンターにはマキノさんとルフィもおり、首を傾げていた。

 正直何の考えもないまま来てしまったため、どう説明をしようかと口籠ってしまう。

 

「急にすみません。変な集団が酒場に向かっているのを見て、マキノさんに伝えた方が良いと………」

「え?」

「もしかしたらトラブルが起こるかもしれないと思って………」

 

 もごもごと話す私にマキノさんが怪訝そうな顔をする。

 ルフィの隣にはシャンクスさんもいて、彼のその視線にますます居心地が悪くなった。

 

 ───するとその時、荒々しい気配が店のすぐ前まで来ているのに気付いた。

 

「ルフィ、ちょっとごめんね」

「ん?何だ?」

 

 とりあえずルフィの手を取り、マキノさんのいるカウンターの裏に身を隠す。

 

 そして、それと同時に酒場の扉が勢いよく開いた。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

「嬢ちゃんは見聞色の覇気が使えんのか?」

「見聞色の覇気?」

 

 酒場にやって来た無法者達──ヒグマ一味が暴れ去った後、マキノさんとともに割れた瓶などを片付けていると、シャンクスさんが聞いてきた。

 

 シャンクスさんはあのヒグマに頭から酒瓶を叩きつけられたというのに、笑ってやり過ごしたのだ。

 

 てっきり乱闘騒ぎが起こると思っていたが、そうなることもなく場が収まりほっと安堵する。

 ルフィが『ゴムゴムの実』という悪魔の実を食べてしまったこと以外、うん、丸く収まったはずだ。た、多分。

 

 そんなシャンクスさんに首を傾げると、黒髪を一つ結びにした鋭い眼光の男の人が口を開く。

 

「見聞色の覇気っていうのは、相手の気配を感じることのできる力さ。他にも覇王色や武装色ってのがあるがな」

 

 男の人──ベックマンさんの話によると、人には潜在的に『覇気』というものを備えており、見聞色の覇気は相手の気配や、感情、果ては未来をも先読みすることのできる力らしい。

 ───所謂、特殊能力というやつだろうか。

 

「山賊達が店に入る前に気付いただろ?」

「そういや、ルフィと一緒にカウンターに隠れていたな」

 

 彼らの言葉にどうしたものかと思案する。

 ふとマキノさんの方を見れば、初めてそんな話を聞いたとでも言うような顔をしていた。

 

 自分に見聞色の覇気が使えているのか、はっきりとは分からない。気配に敏感なだけかもしれないし。

 

「耳が良いだけなんです。店の外から声が聞こえたし……。それよりもシャンクスさん、お酒で濡れて風邪ひかないですか?船でシャワー浴びてきた方が良いですよ」

「ん?ああ、そうだな」

 

 分かりやすく話を変えれば、シャンクスさんは思い出したように自身のシャツを摘んだ。

 そして何故か私に向かって興味深そうに見つめてくる。

 

「な、何でしょう」

「いやあ、話してくれるようになったと思ってな」

 

 確かに、今まで私はシャンクスさん、いや赤髪海賊団の海賊達とはあまり話さないようにしていた。

 

 けれど今回、ヒグマ達の横暴にも笑って流すほどの懐の広さを目の当たりにしたのだ。

 ルフィはそんなシャンクスさんに怒ってどこか行ってしまったけれど、彼らへのイメージは自然と良くなる。海賊であることには変わりないため、警戒は解けないが。

 

「だが嬢ちゃん。どんなに良い奴だと思っても、海賊には気を許さない方が良いぜ」

 

 シャンクスさんもそう思ったのか私に釘を刺す。

 

 それにおそるおそる頷けば「ま、嬢ちゃんはしっかりしてそうだし大丈夫か!」とからりと笑われた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「ルフィ、この間悪魔の実を食べちゃったけど、本当に大丈夫なの?」

「ああ、平気さ!それに見てみろよ!こんなに体が伸びるんだぜ?すっげー面白くねえか!?」

「ワア………」

 

 ───後日。

 シャンクスさんの所有していた悪魔の実『ゴムゴムの実』を食べてしまったルフィが心配になり、私は彼のもとへ訪れた。

 

 しかし予想に反して、ルフィは現状を楽しんでいるようで。びよーんと伸びるルフィのほっぺに思わず目が遠くなる。

 

 まあ、ルフィが良いなら良いのだけど………。

 

 悪魔の実に、ゴム人間に、海賊に、『覇気』とかいう能力。

 

 ここって紛うことなきファンタジーの世界なんだな、と改めて実感したのだった。

 

 

 

 



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第6話 山賊ヒグマの強襲

 

 

 今日も変わらず村長さんの授業を受けに行こうとフーシャ村に向かっていると、村の人達が慌ただしく動いているのに気付いた。

 

 不思議に思って近寄ってみれば、村人達の一人が焦ったように私に話しかけてくる。

 

「嬢ちゃん、ルフィを知らないか!?」

「ルフィ?ルフィがどうかしたんですか?」

「山賊のヒグマに連れ去られたんだ!」

 

 え、ええ!何それ!?

 

 話を聞くところによると、マキノさんの酒場にやって来たヒグマ達にルフィが喧嘩を売ってしまったらしい。

 その際に、赤髪海賊団の海賊達がルフィに乱暴をするヒグマ達を懲らしめたみたいだが、当のヒグマがルフィを連れて逃亡した、とのことだった。

 

 それは………不味いだろう。

 

 一味を壊滅させられた山賊の頭領が大人しく逃げるはずもない。腹いせに村の子供一人、容易に殺してしまうだろう。

 

 事態の深刻さにぞっとしていると、シャンクスさんが私のもとにやって来た。

 

「嬢ちゃん、知らねえか?ここに来るまで、ルフィを見かけたんじゃねえか?」

「ええと………」

 

 慌ただしくルフィを探す村人や海賊達の気配の隙間を縫うように、ヒグマとルフィの気配を感知する。

 

 ───海の方向だ。

 

「ルフィは南の海岸に向かって連れ去られています」

「お、おう!そうか!」

 

 咄嗟にそう答えればシャンクスさんは一瞬目を見開いた後、踵を返して私の前から去っていった。

 は、はやい。あの足の速さなら間に合うかもしれない。

 

 他の村人や海賊達も、シャンクスさんが走っていった南の海岸の方へ向かっていく。

 

 ヒグマとルフィ。そしてシャンクスさんの気配を感じながら、私も行くか行かないか悩んでいると、どこからともなくベックマンさんが現れて「心配なら一緒に行くか」と言ってくれた。

 

 確かにその方が良いかもしれない。

 気配は感じないが、ヒグマ一味の残党が残っていて山から降りてくる可能性だってある。私一人で対処し切れる自信はもちろんないのだ。

 

「……………嬢ちゃん、やっぱり見聞色の覇気が使えるだろ」

 

 海岸へ向かっていると、ベックマンさんが呆れたように言った。

 

 先程のシャンクスさんとの会話を聞いていたのだろう。

 咄嗟に誤魔化そうとしたが、今更隠すこともない。

 

 この人達は海賊ではあるけれど、変な力を持った子供を売買するような外道には見えなかった。

 それならば力の開示をして『覇気』の情報を得た方が良いかもしれない。

 

 ベックマンさんの言葉に頷けば「やっぱりな」と溜め息を吐かれた。

 

「覇気というのは、他の人にも使えるものなんですか?」

「訓練すればな。だが、嬢ちゃんみたいに生まれつき身に付けている奴は珍しい」

 

 やはり海賊王の血がそうさせるのか。

 そう考えると、双子の弟のエースにも自覚がないだけで、すでに覇気を身に付けている可能性がある。

 

「嬢ちゃんが今後どんな道に進んでいくか知らんが………。この長閑な村を出て過酷な海を生き抜いていくのなら、その力は大きな強みになる」

「強み?」

「ああ。………だが、前にも話したように覇気には3つの色がある。独学で学ぶと得意な色に隔たりすぎて使用の幅が制限される」

 

 つまり、覇気を効率よく使いこなすならば師匠が必要ということか。

 

「嬢ちゃんは今のところ見聞色の色が強く、その上精密に気配を感じ取れるようだがな。ただ、それに特化しすぎると、見たくないものも聞きたくないものも感知できるようになっちまう」

 

 どこか同情するように言うベックマンさんに頷く。

 以前、彼から見聞色の覇気は人の感情や未来をも見えると聞いた。

 

 そういったものが感知できるようになった先、新たな苦しみがあることを何となく予感する。

 

 ───その時、前方から海岸が見えてきた。

 村人や海賊達もいるが、肝心のルフィとシャンクスさんがいない。

 

 読みがずれていたのだろうかと、周囲の気配を慌てて探索する。

 

 慌てふためく弱々しい村人

 沖に向かって声を上げる海賊達

 

 そして、海の方にはまるで竜のような威圧感を持つ巨大な生き物と、シャンクスさんとルフィの気配がした。

 

 おそらく近海の主だろう。

 状況を確認するため、より感知の精度を上げる。

 

 獲物を狙う時に放つヒリヒリとした威圧が近海の主から発せられており、冷や汗がどっと流れた。

 

「あ、危ない…… ───」

 

 しかし次の瞬間、何者かからのとてつもない圧が当たり私は意識を保つことができず、そのまま気を失ってしまった。

 

 

 



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第7話 覇気の覚醒

 

 

 目を覚ましてから、私の見聞色の覇気は大きく変わっていた。

 

 人の気配はもちろん、上空を飛ぶ鳥や森に生きる小さな動物達の気配まで、今まで意識的に感知しなければ感じ取れなかった気配が自動で感じ取れるようになったのだ。

 おまけに気配だけでなく、人の感情までもぼんやりと読み取れてしまう。

 

 そのため慢性的に頭はキリキリと強く痛み、常に調子が悪くなってしまった。

 

『大方、お頭の覇気に当てられたんだろう』

 

 そう推測するのはベックマンさんだった。

 近海の主に向けられた覇気を、私が見聞色の覇気で感知していたがために当てられてしまったとのことらしい。

 

 見聞色の覇気を抑えるコツなど教わったが………残念なことに彼らが拠点を変えフーシャ村を出る日までに、うまくコントロールすることはできなかった。

 

 先天的に見聞色の覇気を身に付けているのに、自分のキャパを超えた途端コントロール不全になるセンスの無さ。そんな私に赤髪海賊団の人達が微妙な顔をしていたのが忘れられない。

 

 そして、長期的な訓練を必要とする覇気のコントロールをどうにかすべく、とりあえずその旨と、またルフィがゴム人間になってしまったという手紙をガープさんに出しておいた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 ダダンさんの根城で一人伏していると、エースがやって来た。

 見聞色の覇気の暴走でダウンしているところ、エースがそんな私を一瞥して口を開く。

 

「おい、平気なのか?」

 

 床に適当に敷いたブランケットの上でごろりと寝返りを打てば、エースがむすっとした顔で立っている。

 

 エースには『覇気』の説明とともに、私がこうなったわけをすでに話していた。半信半疑で、どこまで信じてくれているかは分からない。けれどこうして心配してくれるあたり、全てを疑っているわけではないのだろう。

 

 というか、珍しい。あのエースが私の心配なんて。

 上体を起こせば、エースが私の横にどかりと座る。

 

「お前、海賊の奴らにやられたんだよな?」

「いや、あの人達のせいというか。不可抗力でこうなっただけだよ」

「でも海賊の殺気に当てられて倒れたんじゃねえのか?」

「殺気………」

 

 覇気と殺気が似て非なるものであることは何となく分かるが、最近覇気を知ったばかりの私にそこら辺の微妙な違いを10歳の子供相手に説明するのは難しい。私だって理解しきれていないのだ。

 

 とりあえず彼らのせいではないと誤解を解けば、エースは「ふうん」とだけ言って興味を失ったようにそっぽを向いた。

 

 まあ、一応心配してくれているんだよね。エースの感情から、私を心配してくれる気持ちがぼんやりと伝わってくる。

 

 将来海兵になる私にあまり良く思っていないのは確かだ。

 しかし血の分けた双子であるということから、情があるのも事実なのだろう。

 

「でもやっぱり海賊の人達と進んで関わるのは良くないね。覇気とかよく分からないし、普通に関わっているだけで危険なことに巻き込まれそう」

「…………」

「エースもこれから海賊の人達と関わらない方が良いよ。何というかさ、同じ人間だけど別の世界を生きている感じがあって少し近寄り難いし」

 

 とは言え、自分達の生物学上の父親は『海賊王』であるが。しかしきっとエースも私と同じく『海賊』に対して良い印象を持ってないだろう。

 

 普段中々近寄って来てくれない双子の弟との話を盛り上げようと呑気にそう言ってみせれば、何故かエースは何とも言えない顔をしていた。あ、あれ?

 

 しかしそこで、エースから発せられる感情の波が揺らいだのに気付いた。

 私に対する心配やほんの少しの照れ臭さ、そして何故か何かに対する憧憬がない混ぜになっていたのだ。

 

 …………え、ちょっと待って。

 

 『海賊』と聞いてまだ見ぬ彼らへの羨望と焦り。

 そしてそれを感じ取った瞬間、いくら鈍い私でも察してしまった。

 

 え、待って。

 エースって、海賊になりたかったりするの?

 

 

 



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第8話 海兵エースとしての未来

 

 

 ガープさんから海兵になれと言われるたびに、エースは心底嫌そうな顔で拒否していた。

 

 しかしそれも今だけだろう。

 母を間接的に殺した公権力の一部になることを厭っていても、いずれ折り合いをつけ、ガープさんの親心を理解し、海兵になっていくのとばかり思っていたのだ。

 

 だからエースが、まさか海賊になろうと思っているとは思いもしなかった。

 

 憎むべき父親が海賊なのだ。

 そんなものに憧れを持つだなんて、私には理解できない。

 

「……………エ、エースは、将来何になりたいの?」

 

 とりあえず遠回しにそう聞いてみれば、エースは頭をがしがしとかいて意を決したように口を開いた。

 

「俺はいつか海に出る。海賊になって『名声』を得るんだ。どんなに否定されようとも俺が生きた証を刻みたい」

 

 そんな彼の言葉に「そ、そっかあ……」と言うことしかできない。エースの言わんとすることは何となく理解した。

 

 海賊である父親のことはさておき、彼がこの時代に名を残す手段として『海賊』になるという方法が一番達成可能な選択肢なのだろう。

 確かにエースの性分からしてみれば、海兵という堅苦しい枠組みで生きるよりも自由に伸び伸びとやれる海賊の方が性に合っているかもしれない。

 でも………

 

「エースは海賊よりも海軍の方が合っていると思うな」

 

 そうしらばっくれてみせれば、エースは分かりやすく目を丸くする。

 

「エースはその歳の割に強いから、きっと海軍に入隊すればその強さで『名声』を得られるよ」

 

 本来ならば、エースは海兵よりも海賊の方が性に合っているだろう。このコルボ山の生活ですらどこか窮屈そうなのだ。

 自由で奔放で、それこそ赤髪海賊団のシャンクスさんのような海賊になり得る可能性が大きいと思う。

 

 けれど、エースが海賊になり『名』まで上げてしまったら確実に政府は放っておかないはずだ。

 そもそも私自身、身内が無法者になると言って黙って頷けるほどの度量はない。

 

(エースが海賊ルートに入ったら、絶対『大海賊時代』を終わらせるための舞台装置として処刑されるでしょ。七武海に入って政府に首輪繋げるんならまだしも………)

 

 出生は秘匿されているものの、それがバレた時の結果は目に見えている。海兵として生きるなら有耶無耶になるだろうが海賊は駄目だ。確実に殺される。

 

 するとエースはむすっとした表情でぼやいた。

 

「俺はあいつを越えたいんだ」

 

 あいつというのは、私達の生物学上の父親のことだろう。

 それにはあ、と大きな溜め息を吐きたいのを我慢し、エースに対して優しく諭した。

 

「あの人を超える手段はいくらでもあるよ。例えば………海軍に入って、この『大海賊時代』を終わらせるとかどうかな?あの人の始めた世界を、エースが終わらせるの」

 

 出生がバレたとしても、亡父の悪道を断ち切った清廉潔白な二世として英雄視されるかもしれない。

 

 ともかくエースは海兵になった方が人生は詰まないのだ。海兵になった後に、名声でも生きた証でもいくらでも考えれば良い。

 

 その時ふと、エースが昔言っていた言葉を思い出した。

 

『───俺は生まれてきて良かったのか』

 

 そのたびに「もちろん」と答えてきたけれど、私の言葉が彼にきちんと届いているという実感は全くなかった。

 

 だけど、他の人ならどうだろう。

 私の言葉ではなく、他の人の気持ちならエースも受け取ってくれるんじゃないだろうか。

 

「…………エース。ガープさんがどうして私達を海兵にさせたがっているか、分かる?」

 

 ぽつりとそうこぼせば、エースは眉を顰める。

 そして「あのジジイが海兵だからだろ」とぼやくエースに首を振った。

 

「エースと私が大事だからだよ。私達に生きててほしいって思っているから、ガープさんは私達を海兵にさせたがっているの。海兵になって強くなって『名声』を得れば、私達の親が誰であるかバレたとしても、おそらく殺されることはないから」

 

 これは推測でしかないし、ガープさんが本当にそう思ってくれているかは分からない。

 けれど海兵である彼は、海賊王の子供である私達を事実保護してくれたのだ。それくらい情が深いと見て間違ってはいないだろう。

 

 するとエースから、ひしひしと動揺と焦燥の感情が伝わってくる。

 

 エースはまだ10歳の子供だし、将来どうするかは分からない。ただ、海賊になるのだけはやめてほしい。

 

 もう後一押しかなと思っていると、その瞬間エースは勢いよく立ち上がった。

 

 感情の揺らぎがすごい。

 しかし彼の中に固い意志も読み取れた。

 

「───お前の言っていることが、正しいとは分かる。だけど何か違う気がするんだ」

「………違う?」

「アン、お前は賢い奴だよ。でもお前の話す通りに生きてみても、きっとそれは自由じゃないんだ」

 

 エース自身も気持ちを言語化出来ないのか、もどかしそうにしている。

 けれどその瞬間、不意に理解してしまった。

 

 ───エースと私は、根本的に分かり合えない。

 

 昔からずっと思い続けていたそれがまざまざと可視化される。

 

 この世界で窮屈に生きるエースと、前世である程度自由に生き、窮屈ささえも逆に落ち着くよねと達観できるまで過ごした私とでは土台からして違う。

 

 こんなこましゃくれた私の言葉はいかにエースにとってみれば空虚なものであろう。

 

 すると彼も私とは分かり合えないと思ったようで、怒りでも悲しみでもない、子供らしからぬ諦めに近い思いが伝わってきた。

 

 そしてエースはそのまま踵を返し、部屋から出て行ってしまった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「おい、起きろ。飯を持ってきてやったぞ」

 

 エースとの話が終わった後、やって来たのはダダンさんだった。

 

 エースへの説得は失敗に終わったのだ。そんなことを思いながらぐったりと横になる私に、ダダンさんが湯気の立つスープの皿を置いてくれる。

 

 優しい………。

 幼い頃から食い扶持は自分で用意し家事をするよう言われてきたが、たまにこうして世話を焼いてくれるのだ。

 気まぐれでも何でも、今はその配慮が非常に有難かった。

 

「ありがとうございます」

「お前がくたばれば、ガープに何を言われるか分からんからな」

 

 ダダンさんの相変わらずの憎まれ口に苦笑してしまう。

 

 しかし見聞色の覇気でダダンさんの感情がぼんやりと読み取ると、呆れや面倒に思う気持ちとともに、私を心配してくれている気持ちも伝わってきた。

 

 ダダンさんはあまり私に対して何か言うことがないため、距離を置かれているかと思ったが……少なからず情はあるみたいだ。それに少しばかり嬉しく思う。

 

 そんな彼女にふと口を開いた。

 

「…………ダダンさんはエースが海賊になりたがっているのを知っていますか?」

「ああ」

 

 し、知っていたのか。

 ダダンさんの返答に自分だけが知らなかったのだと思い知る。

 

 思わず溜め息を吐いていると、そんな私を見たダダンさんが言い放った。

 

「お前はエースに海賊になって欲しくねえのか。………いや、普通はそうだよな」

「はい」

「普通すぎる」

「はい?」

 

 ダダンさんの言っている意味がよく分からない。

 首を傾げていると、彼女は私をまじまじと見つめた。

 

「海賊王の子供として生まれ、山賊に育てられたにしては普通すぎる。───アン、お前は一体何なんだ」

 

 

 



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第9話 マリンフォードへ

 

 

 ダダンさんの探るような気配に言葉を失う。

 

 自分が何者か。前世の記憶をぼんやりとでしか覚えていない、転生した人間であることを正直に話すのは流石に憚られる。

 

 とりあえず首を傾げてみるものの、ダダンさんの疑念に満ちた感情が一気に流れ込んできた。

 これは信用されていないぞ……!10年間共にいた子供にずっと違和感を抱え続けてきたダダンさんの不信感は計り知れない。

 

 どうしようどうしようと冷や汗を流しながら困っていると、そんな私を見てダダンさんがはあと大きく溜め息を吐いた。

 

「………ま、あたしには関係ねえがな。お前が何を思ってるか、どんな奴なのかは興味ねえ。あたしはお前の母親でも何でもねえからな」

 

 そう言って彼女は立ち上がる。

 その時に感じたダダンさんの気配は、先程エースから感じ取った諦めに近いものだった。

 それに、ダダンさんからの分かりにくい配慮を無下にしてしまったことに気付き「すみません」と慌てて謝れば、彼女は私の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でる。

 

「───お前が悪い奴じゃないのは分かってる。あたしらに何か危害でも加えようってんなら殺すが、そうでもないらしいしな」

「ダダンさん………!」

「柄じゃねえんだよ!こういうのは!早く寝てとっとと独り立ちしろ!」

 

 や、優しい〜!さすが見ず知らずの(おまけに海賊王)の双子を何やかんやここまで育てた人!ガープさんに脅されていたとは言え、気に入らないからこっそり殺すような真似をしない辺り情が深いのだなあとは思っていたが………。

 

 まあ、そういう人じゃなきゃガープさんも彼女に私達を預けないよね。

 私に対して不信感を抱くとともに、殺さない程度には情が生まれてしまっただろうダダンさんに感謝する。

 

 そしてそんなダダンさんは私のにまにまとする顔を見て舌打ちし、いそいそとその場から去ってしまった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 ───それから約一週間後。

 コルボ山のダダンさんの根城にガープさんがやって来た。

 

 おまけにガープさんの腕には何故かルフィがおり、彼は嫌々と拒みながら自身の祖父に引き摺られていた。

 

「悪魔の実を食べたとアンの手紙に書いておったぞ!全く!おまけに海賊になりたいと腑抜けたことを言いおって!一度このコルボ山で根性を叩き直してこい!」

「絶対やだ!俺は絶対海賊になる!………って、アン?何でお前がここにいるんだよ?」

 

 そんな騒がしい彼らに気圧されながらも、ダダンさんの後ろでルフィに「ごめん」と謝る。

 

「お前、山賊だったのかよ!俺に嘘ついてたんだな!」

「山賊というか、山賊の皆さんにお世話になってるというか………ごめん。嘘ついてて」

「………──そうか!これからは嘘つくなよ」

 

 意外にもあっけらかんと許すルフィに驚くものの、たまに彼はこちらがびっくりするくらい他人の気持ちを汲み取ってくれることがある。

 それを今回も本能的に感じ取ったのか。ルフィの返事にほっと安堵した。

 

 そしてその横で、ダダンさんとガープさんがルフィの処遇について話を進めている。

 

 どうやらしばらくルフィもダダンさんのもとで暮らすらしい。

 それにルフィが「絶対嫌だ!」と拒否するのだが……ダダンさんとガープさん、それからルフィの三人の強い生命力と押し寄せる感情の波に当てられ酔ってしまう。

 

「それとアン、お前に話さなきゃならんことがある。ちょっと来なさい」

 

 ガープさんに言われて首を傾げる。

 けれど彼から、どこか腹を括るような決意を感じ取り、今後の人生が大きく変わっていくのを予感した。

 

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

 

「私をマリンフォードへ?」

「アンは今、見聞色の覇気をコントロールが出来ない状態じゃろう。他人の気配や感情を無作為に感じ取っておれば、その内精神が持たなくなる。それを防ぐために、お前にはワシやワシ以外の海兵達から覇気のコントロールを覚えさせようと思ってな」

 

 見聞色の覇気は使えるものの、それをコントロールするセンスが一切ないためにマリンフォード行きが決まったそうだ。

 

 コルボ山の麓にて。

 ダダンさん達といた時は荒々しかったガープさんの気配は今、どこまでも凪いでいる。

 けれど彼の言った言葉以上に何らかの思惑があることは、見聞色の覇気で感知せずとも察することができた。

 

(…………海賊王の子供が、幼い内から他人の感情を直接的に感じ取って生きていけばどうなるか。それを危惧した上で私を早めに囲おうとしているってところなのかな)

 

 おまけに私はガープさんに「海兵になる」とすでに言ってしまっている。

 そういうことも含めて、決定がくだされたのかもしれない。

 

 ガープさんはともかく………この決定を決めた上層部が私を洗脳する気満々であろうことに思わず乾いた笑みしか出てこない。

 

「それはもう決まっていることなんですよね」

「………そうじゃ」

 

 彼の言葉に「そりゃそうか」と頷く。

 それならもう無理だ。私が拒否できることではない。これから本格的に海軍に命を握られていくのだろう。

 

(今世の私の人生って最初から詰んでるんだよなあ。どうにか殉職を偽装して海軍から抜け出したいけど………)

 

 一生海軍の犬として生きるか、海賊王の血縁者とばれて処刑されるか、大海賊時代を終わらせるプロパガンダとして祀り上げられるか。

 海賊になるよりかはマシだけれど、ガープさんの偉大な後光と権力で私の命を是非とも守って欲しいところである。

 

「エースは?エースはいつマリンフォードに?」

「エースはまだ先じゃ。マリンフォードにはしがらみが多いからのう。あやつの精神がもう少し安定次第こちらに来させる」

 

 マリンフォードがどんな場所かは、村長さんからの授業で知っていた。海軍本部や海軍学校があり海兵達の家族の住居がある三日月型の島だ。

 

 確かに海兵達の多い島にエースが移住するのは難しいだろう。母を殺したとも言える海軍を現状包括的に恨んでいるのだ。島で問題しか起こさない気がする。

 

「ガープさん、エースは海賊になるつもりみたいですよ」

「何?」

 

 そう言えば、ガープさんは顔を手に当てて「ルフィといい、エースといい………」と項垂れた。

 エースは頑固な面があるため、彼を説得するには相当の時間が必要だ。

 

「───ともかく、アンにはマリンフォードへ来てもらう。良いな?」

「はい」

 

 拒否権なんてどうせないのだ。なら素直に従うしか道はないだろう。

 

 そう思いながら頷けば、ガープさんは小さな声で「悪いのう」と呟く。老兵から私を憐れむ感情とかすかな後悔を感じる。

 

 ガープさんの立場は分かる。海軍中将の身でありながら、彼には随分良くしてもらった。そんな彼に報いたいという気持ちも、少なからずあるのだ。

 

「ガープさん、ありがとうございます。私は大丈夫ですから」

 

 そう答えれば、ガープさんは優しい顔で頷いてくれた。

 

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

 マリンフォードへ向かうと決めたその日の夜。

 ダダンさんの根城の近くにある、巨大な木の根本にエースが座り込んでいた。

 

 痛む頭に手を当てながら近寄っていくと、エースは私の存在に気付く。

 

 私がマリンフォードへ行くことはダダンさんやエースにはすでに伝えていた。

 そんなものだから彼は複雑そうに顔を顰めて、素っ気なくぼやく。

 

「…………何だよ。また海兵になれって言うのかよ」

「違うよ」

 

 こうして、エースと会えるのは最後かもしれないのだ。

 もしかすると彼は海兵にならず、海賊になってしまうかもしれない。

 そんな彼に、最後に伝えておきたいことがあった。

 

「…………エース、前に自分は生まれてきて良かったのかって聞いてきたよね」

 

 そう尋ねれば、エースは一瞬目を丸くし、静かに頷く。

 

 自分達は生まれてきて良かったのか。

 そんな抽象的な問いに答えなんて無いし、それを決めるのは最終的に自分であると理解している。

 けれど───

 

「私達のお母さんが、私達を命懸けで産んでくれたことが何よりも証明していると思うよ」

 

 生まれてきても良かったと。

 エースの心の中に燻るその問いの答えを、命懸けで私達を産んだ今世の母がすでに証明してくれているんじゃないだろうか。

 

「エースがどんな人生を歩んでいこうが、正直言って好きにしたら良い。お母さんもきっと、エースの望むように生きてほしいって思うはずだから」

 

 こんなこと、もう話せないかもしれない。

 エースの求める答えじゃないかもしれないし、私に何を言われたって響かないかもしれない。

 

 しかしこの、たった10歳の子供が自分の存在価値を問うのは、やっぱりあまりにも悲しすぎた。

 

 見聞色の覇気によって、エースから戸惑いと亡き母への郷愁、そして大きな悲しみが押し寄せてくる。

 祈るような小さな希望も、かすかに灯っている。

 

「…………でも、そういうことも含めて海兵になってくれたら私は嬉しいかな」

「結局、海兵になれって話じゃねえか」

「あはは、そうだね。でもエースは良い海兵になると思うから」

 

 

 

 

 ───翌日。

 海軍の軍艦に乗り、マリンフォードに向けて海を悠々と進んで行く。

 

 フーシャ村の村長さんやマキノさん。ルフィやこれまで育ててくれたダダンさん達、そして双子の弟であるエースに別れを告げ、私は島を出港した。

 

 

 



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間章
第10話 海賊王の娘(センゴク視点)


 

 

 

「ポートガス・D・アンです。出生のことがあるにも関わらずお招きいただき、ありがとうございます」

 

 ここまで『Dの意思』を感じさせない者は初めてだった。

 

 海軍本部のとある一室。

 海軍総大将センゴクと中将おつるは、ガープによって連れて来られた『海賊王の遺児』である一人の少女をまじまじと見つめた。

 

 黒髪黒目の小さな少女。彼女はどこか気まずそうにするものの、愛想笑いを浮かべ頭を下げている。

 その姿は一見自身の命が握られていることを自覚しているようで、少女の表情や気配から権力に対して反骨する気概は一切感じられない。

 

 良くて従順。悪くてプライドがなさそう。

 

 そんな彼女にセンゴクは目を丸くし、おつるは嘆息し、ガープは珍しく苦笑したのだった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「ガープから話は聞いておったが………あのロジャーの娘とは思えんな」

 

 海賊王ゴール・D・ロジャー。

 自由を愛し苛烈に生き、立ち塞がる海兵海賊達を鬼のような強さで薙ぎ倒してきた男と、この大人しそうな少女がどうにも結び付かなかった。

 母親似ということを考慮に入れても、血の繋がりを感じさせない少女にセンゴクは一瞬虚をつかれる。

 

 ガープからの定期報告で双子の姉の方の性質は聞いていたものの、出生や環境から想像しうる成長から大きく外れ『きちんとした、ごくまともな感性を持つ子供』として成長したことに、一種の気味の悪さまで感じた。

 

 すると彼女──アンは苦笑し、子供にしてはやや大人びた口調で言った。

 

「血の繋がりはありますが、それだけですから。それにガープさんのご指導が良かったんです。ガープさんが正しく導いてくれたおかげで、今の私があると言っても過言ではありません」

 

 なるほど、ここでガープを立てるか。多少演技めいた言動であるが、自分の立場をよく理解している。これから海兵になるならば、このくらいの従順さは欲しかった。

 

 それと同時にどこまでも『大人』に都合の良い言葉しか返さない少女に違和感を覚える。

 

(…………いや、そうせざるを得なかったのか)

 

 海賊王の娘として生まれ、初めから世間から悪意を向けられてきた子供。また山賊一家のもと、いつ殺されるかも分からない状況で過ごしてきたことで、それは一種の生存戦略として培われてきたものなのかもしれない。

 

 可哀想に、そう呟きかけたものの、センゴクは気を取り直して咳払いをした。

 

「センゴク、アンのこの感じなら海兵にさせても問題ないじゃろ」

「ああ。───だが、奴の娘であることは事実。海軍の管理下で何か企むようであれば………分かっておるな?」

 

 それを言えば、アンは神妙な顔付きで頷く。

 

 見聞色の覇気による暴走から他者の感情や気配を自動で読み取ってしまえるのだ。

 ただでさえ海賊王の遺児という危険性に加え、さらに周囲の悪意や敵意を無作為に察知してしまえば今後どのような大人になるか。

 

 それを見越し、幼い内から海軍で囲っておこうと思ったものの………ロジャーの血や出自の複雑さによって逆にまともに育ってしまった少女の物分かりの良さにやはり同情してしまう。

 手の付けられない獣のような子供ではなかった分ひとまず良かったが、これはこれで一癖も二癖もありそうだ。

 

「……………君はこれから海兵となる。その出自を隠し、半ば自由のない状況で、親の仇であるここに勤めなくてはならん。───そして君の出自がもし暴かれてしまった時、政府は君を利用しようとするだろう」

 

 処刑や暗殺の可能性もあるが、生きたまま『大海賊時代』を終わらせるプロパガンダとして祀りあげ利用した方が価値があるかもしれない。

 

 たった10歳の子供に対して酷すぎる事実である。

 しかし元帥という立場上「それでも良いのか」と厳しく問えば、少女は自嘲したように薄く笑った。

 

「でも、私には選べませんよね?」

「───そうだな。死ぬか、海兵として生きるか。それくらいしか道はない。…………すまないな」

「いえ」

 

 そしてセンゴクは、ガープに向かって言い放つ。

 

「ガープ、この子を養子に入れろ。少しでも出自が暴かれないよう、お前の姓を名乗らせてやれ」

「そりゃ構わん。アン、良いか?お前から母の姓を取っても」

「構いません。これからは『モンキー・D・アン』と名乗ります」

 

 これでもし双子の弟ポートガス・D・エースが捕らえられ処刑されたとしても、この子だけは助かるかもしれない。

 少女にとってある意味残酷な未来を起こさせないためにも、引き続きガープにはエースを海軍に入れさせるよう説得を試みてほしい。

 

 そして、そんなガープは大人しく頷くアンの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

 

 どこか空元気な笑みを浮かべ「ワシのことはおじいちゃんと呼ぶように」と言っている老兵に苦笑する。

 

 おそらくこの男も戸惑っているのだろう。アンのこの物分かりの良さに。

 センゴク自身も彼女のどこまでも従順なその態度に調子が狂いそうになった。本当に君はロジャーの娘なのか、と問い詰めたくなる。

 

 すると、今まで静観していたおつるが口を開いた。

 

「あんた、無理はしてないだろうね?」

「…………無理、ですか?」

 

 それにアンがわずかに目を丸くする。

 先程まで被っていただろう愛想笑いは剥がれ、老成し澄んだ瞳で見つめるおつるに肩を強張らせた。

 

 無理は、きっとしているのだろう。

 アンのその様子を見ただけで察することができる。

 

 しかし彼女はしばらく思案した後、口を開いた。

 

「大丈夫です。頑張ります」

 

 彼女の立場からして素直に本心を言えるわけがなかった。

 否定も肯定もせず、ただ曖昧に答えてみせるアンに三人の老兵達は痛ましく思う。

 

 ロジャー、お前って奴は本当に。

 なんて子を作ったんだ。

 

「…………今日の話はここまでだ。土産に菓子をやろう。煎餅は好きか?」

「ワシの部屋にいっぱいある。ボガードに用意させよう」

「煎餅よりもクッキーの方が良いんじゃないかい?」

 

「え?お、お構いなく………」

 

 センゴク、ガープ、そしておつるの言葉にアンは分かりやすく戸惑う。その姿はまるで年相応の少女に見えた。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

「ロジャーが生きておったら驚くだろうな。自分の娘がまさかあのような子供で」

 

 センゴクによってたくさんのお煎餅の袋を渡されたアンは目を白黒させながら、ガープとともに部屋から出て行った。

 きっとガープの部屋でもたくさんのお煎餅を渡されるし、おつるの部下によってクッキーや甘い紅茶も用意されることだろう。

 

 「大丈夫です!本当に大丈夫です!」と慌てた様子で断りを入れていた少女を思い出し、センゴクははあと大きな溜め息をついた。

 

 いっそ彼女がロジャーのような反骨心を持っていたら良かったのに。それならばここまで罪悪感を抱くこともなかっただろう。

 

「血は水よりも濃いと言うが………あの娘はおそらく母親に似たんだろう。ロジャーの要素が一つもないのが、ある意味奇跡と言える」

 

 おつるも同じことを思ったのか同意する。

 あの娘がロジャーの娘ではなかったら、どれだけ良かっただろう。もしガープの血の繋がった孫娘であったらセンゴクは諸手を挙げて喜んだし、もっと分かりやすく、めいいっぱい可愛がった。ロシナンテのように秘蔵っ子として育てても良い。

 

 しかし、あのロジャーの娘なのだ。

 

 センゴクやおつるの脳裏に「ガハハ」と豪快に笑う海賊王の顔が奇しくも過った。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 それから幾年。

 ポートガス・D・アン──もといモンキー・D・アンは海兵となった。

 

 ガープやセンゴクによって推薦された海兵から覇気のコントロールや六式を学び、13歳になる頃には軍学校に入学。

 そして卒業し、中将つる率いる実働部隊に所属することとなる。

 

 軍学校に入学する前から受けていた地獄のようなガープの扱きと先天的に身に付けていた見聞色の覇気。またつるの指導もあるが、アンは半ば順調に昇進していった。

 

 

 




映画フィルムZのゼファーの設定資料の内、海軍学校への入学の記述がありましたので、主人公もガープの孫として軍学校に入学させています。


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第11話 正反対な双子の姉(エース視点)

 

 

 アンがコルボ山を出てしばらく。入れ替わるようにルフィがやって来てから、エースの生活はガラリと一変した。

 

 気の合う相棒のサボやルフィとともに義兄弟の誓いを交わし、海賊として海に出ることを決意する。

 そんな最中ダダンから聞きつけたのか、サボはエースに問いかけた。

 

「エースには姉がいるのか?」

「……………まあな」

 

 自分と正反対な性格の双子の姉、ポートガス・D・アン。いや、ガープからの手紙によると姓を変えたため、今はモンキー・D・アンとなっているだろう。

 

「どんな子だ?エースの姉ってことは……女版エース?全く想像できないな」

「あいつと俺は全く似てねえよ。変に大人ぶるし口うるせえし」

「ということは、しっかりしているってことか」

 

 エースの捻くれた言葉を拡大解釈したサボが「なるほど」と頷く。

 

 確かに言われてみれば、姉は年相応以上にしっかりしていた。

 自らの立場が脅かされないよう山賊の頭であるダダンの身の回りの世話をよくしていたし、時に山賊達のしょうもない喧嘩をおさめていたこともある。

 

 またこの過酷なコルボ山を生き抜くため定期的に食料調達ができるよう野菜を栽培していたりと、長期目線で快適に過ごす工夫を施していた気がする。

 

 何か所帯染みてたんだよなあ………。

 

 そんな姉について話せばサボは目を丸くさせた。

 

「会ってみたいな。エースの兄弟に」

「あいつは海兵になるため島を出たんだ」

「海兵に?」

 

 頷いて見せれば「………それは複雑だな」と言って、バツが悪そうに頭をかく。

 自分達は将来海賊となるのだ。海兵に身内がいると知って気まずくなったのだろう。サボはそれ以上尋ねてくることはなかった。

 

「………………」

 

 海兵になるためマリンフォードへ向かい、命懸けで自分達を産んだ母の姓を捨てた少女。

 しかしそれに対して何か思うわけでもなく、あの姉のことだから理由があってそうなったんだろうとは思っていた。

 

 

 そしてブルージャム海賊団の強襲にグレイターミナルの火災──サボの死によって、周囲の状況や彼の心情は目まぐるしく変わっていった。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

 エースが初めてフーシャ村に降り立った日。コルボ山とは違う牧歌的で長閑な村の様相に毒気が抜かれる。

 ダダンの住処やグレイターミナルとは全く違う光景に呆然としていると、ルフィがそんなエースの手を引いた。

 

「マキノがエースを紹介しろって言うんだ。早く行こう!」

 

 そしてエースはある女のもとへ連れて行かれる。

 

 

「まあ!この子がエース君?はじめまして、私はマキノよ。よろしくね」

 

 

 黒髪を一つに纏めた若い女。

 小生意気そうなエースを見ても、嫌な顔一つせずにっこりと笑みを浮かべるマキノに目を丸くする。

 

 エースは町のゴロツキやゴア王国の市民達に対してするような不遜な態度を、彼女にはしてはいけないと本能的に思った。

 

 その時、ふと双子の姉のアンのことを思い出す。

 

「…………はじめまして、ポートガス・D・エースです。よろしくお願いします」

「あら!礼儀正しい子じゃない」

 

 姉を真似して言った言葉にマキノは顔を綻ばせる。

 

 ダダン達やガープに礼儀正しく振る舞う姿に「いけ好かねえ」と呆れていた。

 しかしあれは、もしかすると彼女なりの生き延びる術だったんじゃないだろうか。

 

 そうやってエースはマリンフォードにいる姉について少しずつ理解していった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 それから10年後。

 グランドラインにしては珍しく穏やかな気候の海で、巨大な白鯨を模した海賊船の甲板にエースは寝転んでいた。

 

 自身の設立したスペード海賊団は白髭海賊団によって吸収され、現在エースは大海賊エドワード・ニューゲートのもと二番隊隊長として活躍している。

 そんな彼は甲板の上でニュースクーの新聞の、とある記事を読み進めていた。

 

『英雄モンキー・D・ガープの孫――アン大佐によりガウェス王国を占拠していた悪食海賊団を捕縛』

『悪食海賊団賞金額一億ベリーの暴食のベルゼブを撃破』

『ガウェス王国第一王女セレスティア姫を無事救出。英雄の孫娘に姫から感謝の接吻』

 

 新聞の一面には、双子の姉が美しい姫から頬へキスをされている。戦闘直後であったのか、ボロボロの状態で大人しくキスを受けているアンの顔はシュールであった。

 

 それにエースは笑みを浮かべる。

 海軍でも順調に活躍しているらしい姉にほっと安堵した。

 

「エース、女同士がいちゃついている写真にニヤつくのはやめろよい。側から見るとかなり怪しいぞ」

 

 するとその時、どこからともなく一番隊隊長のマルコが現れ寝転ぶエースに呆れた様子で注意した。

 そんな彼の言葉に「そんなんじゃねえよ!」と突っ込めば、マルコはひょいっとエースから新聞を奪い取る。

 

「またガープの孫娘か。………へえ、今度は悪食のベルゼブを」

 

 アンはこれまでに幾つもの功績を上げている。

 海軍中将つるの下、類稀なる見聞色の覇気のコントロールと六式を使いこなすポテンシャルで数々の海賊を捕縛しているらしい。

 

 年若く、器量も悪くない。おまけに英雄の孫娘ということであらゆるマスコミから大々的に取り上げられている。

 英雄の威光を借りた『三世』として揶揄されることはあれど、世間は概ね彼女を好意的に見ていた。

 

「……………こいつは立派だよ」

 

 昔は双子の姉に対してかなり反抗的で、アンを困らせていたと思う。

 

 ガープに逆らうことなく海軍に従属すると決めていたアンを軽蔑し、エースの姉として甲斐甲斐しく話しかけてくる彼女を無視したりもしていたのだ。

 

 しかしこの10年。成長していくにつれて彼女の親心を理解できるようになっていた。

 想像以上に恨まれる海賊王に世間は冷たい。そんな男の遺児の存在は誰も認めないし、その子供が更に海賊だと知れば処刑されるだけだろう。

 

 それをアンは幼い頃から正しく理解し、どんな形であれ生き長らえる道を歩もうともがいていた。

 

 生きていくために、母を殺した海軍に入ると決めた姉の悲痛な思いはどれほどのものだったか。それを彼女はエースに見せもせず「腰抜け」と罵った自分を否定もしなかったのだ。

 そんなアンが海軍に身を置き、海賊を捕縛し、そして市井の人間を助けている。その真っ当な姿がエースには眩しい。

 

 亡き親友の意思を継ぐため海賊になったことに後悔はないが、姉の思いを無下にしたことだけは心残りであった。

 それに……────

 

「そういえばエースはガープと同じ島で生まれ育ったんだよな?この嬢ちゃんとは知り合いかい?」

「────いや、知らねえ」

 

 マルコの問いに首を振る。

 

 せっかく姓を変えたのだ。ガープの孫として保護されている彼女に迷惑はかけられない。元海賊の海兵や身内に海賊がいる海兵等もいる業界であるが、自分達の状況はやはり特殊すぎた。

 

 そして新聞記事に載る姉の写真を改めて見つめる。

 今アンの置かれている状況が彼女にとって辛いものなのは明白だ。

 しかし、それでも海軍に従属するしかない。

 

「……………」

 

 彼女に奔放さがあれば、もっと自由に生きられたかもしれない。

 けれどそれを許さない生真面目さがアン自身を苦しめているような気がしてならなかった。

 

 

 

 

 



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第12話 山賊の母(ダダン視点)

 

 

「ダダンさん、ほつれていた服を繕いましたのでテーブルの上に置きました。あとで確認しておいてください」

 

 まだ十にも満たない小さな少女が、根城へ帰って来たコルボ山の女山賊ダダンに告げる。

 赤ん坊の頃から一緒にいるというのに、どこか遠慮がちで余所余所しい少女アンにダダンは「おう……」と頷く。

 

 そしてアンはフーシャ村の村長のもとへ勉強しに行くと言って、根城から出て行った。

 

 そんな彼女の小さな背中を見つめ、ふと思う。

 

 ───あいつは本当に何なのか。

 

 かの悪名高いゴール・D・ロジャーのようなカリスマ性も、伝説の海兵ガープのような破天荒さも、コルボ山の山賊達のような生き汚さもない。

 親の血筋や身近な大人、そして育った環境の影響を微塵も感じさせない少女にダダンはずっと違和感を抱いていた。

 しかし同時に───

 

 テーブルの上に置かれた、アンによって繕われた自身のシャツを見つめる。

 誰に教わったのか(おそらく村のマキノかもしれない)豪快に破れた箇所が丁寧に縫われていた。

 

 彼女の双子の弟エースに対してもそうであるが、自分がアンに母性のような愛情を抱いているのは紛れもない事実だった。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

 本格的に海兵を目指すことにしたアンがコルボ山を去って幾数年。彼女が現在住んでいるマリンフォードから時折近況報告の手紙が届く。

 

 山賊一家から解放されたというのにまだ気を遣っているのか、身体には気をつけるようにと心配する旨と残されたエースやルフィは元気にやっているかということが書かれている。

 そしてそれはフーシャ村の村長やマキノにも送られているそうで、何と書かれているか分からないが………マキノ曰く、村長は遠い地に行った少女からの手紙に毎年ほくほくしているそうだ。

 

「ほれ、ダダン。アンからの手紙じゃ。海軍中将直々に届けられる手紙に感謝すると良い」

「そりゃあんたがフーシャ村に用があるってんで、ついでに持ってきただけだろ。恩着せがましいこと言うんじゃねえ」

 

 そして今年も(ガープの手によって)アンからの手紙が届いた。乱暴に封を破り、便箋を取り出す。

 一応マリンフォードでもうまくやっているそうで、ガープからの修行にひいこら言いながらも何とかこなしているらしい。またダダンや山賊達、またエースやルフィの体調を気遣うことも書かれており小っ恥ずかしくなった。

 

「……………ガープ、あいつは元気にやってるか?」

「そうやって聞くんなら手紙でも書いてやれ。渡してやるぞ」

「別にそこまでは気にしてねえよ。あいつがくたばっても、あたしはどうでも良いがな!」

 

 そう言ってみせるものの、ガープがさも分かっているとでも言うように笑っているのが憎らしい。

 

 まあ、アンのことだから大丈夫だろうとは思うものの、どこかで無茶をしていないかとも思ってしまう。

 あいつは決して弱音を吐かないし、本音すらも隠すのだ。そういった奴がマリンフォードという土地でちゃんとガス抜き出来ているかと柄にもないことを考えてしまった。

 

 すると、ガープはどこかしんみりとした様子で口を開く。

 

「───アンのあの感じは一体何なんじゃろうな。元来の性質と言えばそれまでじゃが、あやつの生まれや環境によって形成されるだろう人格と現状の人格は大きく違う」

 

 ゴールド・ロジャーの娘。

 ガープから聞くその苛烈な海賊王の話とアンはどうしても結びつかない。母親に似ているのかと聞けばそうでもないらしく、また山賊に育てられたにしては平凡すぎる。

 彼女の双子の弟であるエースの方がまだ血を感じさせた。

 

「ワシは最初、お前さんがこっそりアンを躾けているのかと思ったが………違うみたいだしのう。まあ、大方フーシャ村の村長による影響が大きいんだと思うが」

「それだけじゃないだろ」

 

 確かに村長はアンの人格形成に影響を及ぼしているだろう。幼い頃から村長による授業を受け、教養を学んできたのだ。

 

 しかし彼女のあれはそれだけじゃないと、ダダンはずっと感じていた。

 

 まるで子供の体に大人の魂をそのまま嵌め込んだような歪さと自分の感情をひた隠す性質。それがいつの日か爆発するのではないかという予感もするのだ。

 

「ガープ、あいつのことは………」

「分かっておる。エースやルフィだけでなく、アンにも注意してやらねばな」

 

 分かりやすい問題児よりも目に見えない優等生の方が何を抱えているか分からんからな、とガープは苦笑した。

 

 それなら良い。

 ダダンはじっと少女から送られてきた手紙を読み返した。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「見て!アンちゃんったら、また功績を上げたって!」

 

 それから数年後。

 営業時間後のマキノの酒場にて、店主のマキノが笑みを浮かべながら新聞をダダンに見せる。

 

『英雄モンキー・D・ガープの孫――アン大佐によりガウェス王国を占拠していた悪食海賊団を捕縛』

 

 海兵となってからアンは順調に任務をこなし、昇進していった。海賊王の子供という肉体のポテンシャルと彼女本来の気質により、海軍の若手海兵の中では頭一つ抜きん出ているのは確かだった。

 

 そんなアンの新聞記事を読んでマキノが嬉しそうに「頑張っているのねえ」とこぼす。

 しかしふと、何か思い出したのか。マキノの表情に影がかかった。

 

「…………エース君は海賊で、アンちゃんは海兵なのよね。大丈夫なのかしら」

 

 それはダダンも思っていることであった。

 

 白髭海賊団二番隊隊長として名を上げているエースが、海兵のアンによって捕縛される可能性もあるのだ。

 海賊になると決意し海に出たエースも、姉によって捕らえられるかもしれないという覚悟はしているだろう。

 けれどアンの方は平気だろうか。

 

 それに、もしかしたら海賊と海兵として戦闘し、どちらかが片割れを殺すという最悪な状況も起こり得るのだ。

 

「心配しても無駄だろ。あいつらが決めた道なんだ」

「………ええ、そうなのよね」

 

 マキノが寂しげな表情で静かに頷く。

 アンは酒場の手伝いをよくし、マキノからは妹のように可愛がられていた。エースはぶっきらぼうで懐かない獣のようだったけれど、それでもやんちゃな弟のような存在として接していた。

 

 そんな彼らが対立する今の状況に、マキノが悲しむのも無理はない。

 

(…………ガープ、しっかりやれよ)

 

 間違っても、あの双子が殺し合うような状況だけにはしないでくれと願った。

 

 

 



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第13話 10年後

小説『ONE PIECE novel A』のキャラクターが以降出てきます。


 

 

 フーシャ村から出て10年。

 結局エースは海賊になった。最悪である。

 

 「エースの好きなように生きれば良いんじゃない?できたら海兵になってほしいけど!」みたいなことを言ったのだが、やっぱり海兵にならなかったらならなかったで打ちのめされるものがある。

 

 ちなみに私はというと海兵になった。

 

 ガープさんに特訓という名で扱かれ(殺されかけ)覇気のコントロールセンスの無さに絶望しながら何とかものにし………。

 

 そしておつるさん率いる女性部隊で働き出したものの、比較的穏やかだった時間は一瞬にして過ぎ去った。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 社会の歯車にならないと生きていけない私は今日も海軍上層部に目をつけられながら、海兵として真面目に生きている。

 

 そしてそんな私に上司のおつるさんが大きな溜め息を吐いた。

 

「───アン。お前さんはもう『大佐』なんだから、私の部隊から独り立ちしてさっさと部下でも持ちなさい」

「おつるさん、コネ昇進の私には無理ですよ」

 

 海軍本部おつるさんの執務室。

 先のガウェス王国の報告書を提出しに行けば、開口一番にそう言われたのだ。

 

 他海兵よりも早くに昇進した私は陰で『コネ昇進』または『三世』と揶揄されている。

 

 海賊王の娘として生まれた私は海軍から危険因子として監視され、ガープさんのもと養子入りを果たしたのだが………。

 偉大すぎる『英雄ガープ』の孫であり、成績優秀者のみが入れる軍学校に十代前半の小娘がおそらくコネで入学し、参謀として名高いおつるさんの下で(側から見れば)大事に大事に育成されている私はかなり印象が悪い。

 

 初めから舗装された道を進む二世、いや三世として。叩き上げで昇進していった海兵からは嫌われているだろうし、また同世代の人達なんかからは無視されてしまう。

 いつもあからさまに目線を逸らされるし、なるべく朗らかに話しかけても鬱陶しいと言わんばかりに言葉少なに返されるだけなのだ。

 

 ま、まあ、そうだよね………。

 こんな命懸けの職場で(側から見れば)どう見ても人生勝ち組の女が居座って、大事に育成されていたら面白くもないよね………。

 おまけに私って結構陰気質な人間だし、そもそも体育会系のノリが分からないし………コルボ山でも割とそんな感じだったし………。

 

 比較的おつるさんの部隊の皆様からは優しくしてもらっているのだが、さすがに同じ部隊だし一人ぽつんと孤立している奴を仲間外れにするのは心が痛むのだろう。同情されるのは辛くもあるが、ありがたいことである。

 

 するとおつるさんは肩をすくめ朗らかに笑った。

 

「勤務態度も問題ないし、よく働いてくれている。そんな奴を上に上げないほど海軍は人材豊富じゃないからね」

「いや、でも私の昇進って何というか………」

 

 作為的なものを感じるのだ。

 おそらく私の出生がバレた時、海軍が海賊王の娘を有しているという事実を最大限利用できるよう、センゴクさんがわざと昇進を早めている気がする。

 

(そういう意味では『コネ昇進』で合ってるんだけど…………)

 

 そんなわけで誰も私の下には付きたくないだろうし、明らかに力不足である。

 

「そもそもセンゴクさんが許しませんよ」

 

 腐っても海賊王の血を引いているのだ。そんな危険因子の下に大事な海兵をつかせるとは思えない。

 

 この10年でセンゴクさんが厳しいだけではない(むしろおおらかで優しい)人だとは分かったが、それでも監視対象である私の処遇は割り切って考えるだろう。

 部下を付けるのではなく、事情を把握する上司のもとで見張っておいた方が確実に良い。

 

「そのセンゴクからの命令だよ」

「え?」

 

 呆然とする私におつるさんは気にすることなく茶を啜る。

 しかしふと思った。

 

 あ、もしかしてこれ、試されているのかな?

 

 今まで上の命令に逆らうことなく過ごしてきたが、自分の指示に従う兵を持った時、反乱を企てやしないかというテストみたいなものではないだろうか。

 

「もしかして私、試されてます?」

「…………試してはいないよ。だが、今後お前さんがどういう風に立ち回るか見せておくれ」

「は、はい」

 

 なるほど、強力な監視の目が外れた時どうするか。そんなセンゴクさんの意図を察してげんなりする。

 

(多分部下の中にセンゴクさんの息のかかった人もいると思うけど、『つる中将』の監視がなくなった状況でどうするかチェックするってことだよね)

 

「いつまでも部下を持たない『大佐』というのは聞いたことがないからね。花を持たせてやりたいという奴の親心も汲んでやりな」

「……………はい」

 

 十歳の頃から世話になっているのだ。

 センゴクさんが私に対して、どこか親心を持ってしまっているのも分かる。誰かと私を重ねているのにも薄々気付いているが。

 

「それと、これは赤犬の推薦でもある」

「え、サカズキさんの?」

「ああ、ぼやいていたよ。いつになったら隊を率いるんだと。…………何だい、その顔は」

「少し、意外だなあと」

 

 海軍大将、通称『赤犬』のサカズキ。

 彼は私を良く思っていない筆頭海兵だった。

 

 元々ガープさんとそれほど仲が良くないのもあるが、私のことをボンクラ三世とでも思っているのか。

 軍学校に入る前から修行する私の前に現れては「なっとらん!」と叱って覇気を極めさせようとするし(もちろん極められていない)海兵になった後も顔を合わせるたびに「修行は続けとるんか」とちくちく言ってくる。

 

 私だって頑張ってやってんの!海賊王の血のポテンシャルでギリやれてるけど、根本的に才能ないからこれでも努力してんの!

 

 そう言いたいものの、上司に向かって歯向かうことはできない。

 

 私のことを海賊王の子供だとは知らないだろうが『ガープの孫』として海軍の規律を乱していないか、目を付けているのは明らかだった。

 

 そんなサカズキさんからの推薦に「え、何で?」と単純に思ったが、きっと私がミスして降格するかクビになるのを狙ってるのだろう。

 

 そんなことを内心苦笑しながら思っていれば、おつるさんは机の引き出しからファイルを取り出した。

 受け取ると、そこには海兵達の写真付きの書類が挟まれている。

 

「お前さんの部下になる子達だよ。大事にしてやりな。───それと副官になるのは、海軍少尉イスカ。通称『釘打ちのイスカ』だ。名前くらい聞いたことがあるだろう?」

 

 『釘打ち』のイスカ。

 詳しくは知らないが、釘打ちという異名通り高速の斬撃で敵を追い詰める女海兵だ。

 

 しかし彼女も部隊を率いてなかっただろうか。

 そう思い尋ねてみればイスカ少尉の部隊は人員整理のため解散し、そして彼女自身しばらく休んでいたらしい。

 

「慕っていた上司から裏切られてね。本人の意思で海兵は続けていたが、無理をする子だったもんでしばらく休ませていたんだよ。詳細はここに書いてあるから、読み終わったら燃やしなさい」

 

 さらに『極秘』と書かれた封筒を渡され、冷や汗がたらりと流れる。

 

(極秘ってどういうこと?部隊初結成でこの人事はいきなり重すぎない?ていうか、別の思惑も動いているような気がするんだけど………)

 

 嫌な予感がひりひりとする。

 見聞色の覇気を使わなくてもはっきりと分かった。

 

 とりあえず、この部隊にはセンゴクさんの息のかかった者が少なからずいる。

 おまけに副官のイスカ少尉は私のようなコネパワーが無くとも、実働部隊を率いれるほど優秀な海兵。将来的にイスカ少尉が私の上司になるかもしれない。

 

 全力で媚を売らせてもらおう。

 そんな情けないことを心に決めるのだった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 サカズキさんの推薦は明らかな嫌がらせであるものの、おつるさんの話を聞いてしまった以上彼に挨拶しなければならない。こうしないと「礼儀もなっちょらんのか」と後でちくちく言われるからだ。

 

 マリンフォードにある少しお高めの店のお茶請けを買い、サカズキさんの執務室に寄る。

 そしてちょうど執務が落ち着いていたのか、彼は煙草で一服していた。

 

「お疲れ様です。この度は部隊の設立に推薦していただき誠にありがとうございました。こちらつまらないものですが、どうぞお納めください。それでは」

「まあ、待て」

 

 さあ帰ろうとするもののサカズキさんに引き止められる。

 そうだよね。あからさま過ぎました。

 

「茶請けを持ってきておいて、上司に茶一つ出さんのか」

「もちろん出させていただきます」

 

 執務室に置いてあるポットのお湯と茶葉でささっとお茶を入れる。そして何か言われる前にそれを机に差し出せば、サカズキさんは静かに口を開いた。

 

「…………部隊の設立は早いと思っちょるが、お前には圧倒的に海兵としての威厳と責任感と精神力と苛烈さが足らん」

「足りないものが少々多いような………」

「じゃが一応、強さはある。お前を十の頃から見ちょったからな。ワシや他海兵………そしてガープさんから特訓を受けたお前には大抵の海賊を倒す力と、敵から逃げない胆力はある」

 

 そりゃあ、私は海賊王の遺児なのだ。

 もし敵から逃げてでもしたら海軍に対して謀反の意思ありと見做されて即処刑されてしまうかもしれない。

 

 そんなことを考えながら、ふと昔のことを思い出す。

 10年前、ガープさんの孫がどんな奴か見に来た彼は私のあまりのへっぽこさ(覇気のコントロール力の無さ)に呆れ半ば強引に特訓を課してきた。

 

 この人殺す気なんじゃ?と思ったことは数知れず。だからこそ今回の部隊設立の推薦も、私がミスした時にてい良く海軍を追い出せる理由付けになるからかと思っていたが………彼の様子を見るに、どうやら違うらしい。

 

 サカズキさんからはいつも「英雄の孫が情けない」だとか「もっと強くしなければこの先やっていけない」だとか「これだけ修行しててこんなことも出来んのか」だとか………思い返せば割と腹の立つ、否定的な感情を感じ取ってきた。

 

 しかし、今目の前にいる彼からはセンゴクさんやおつるさん、そしてガープさんから感じ取る『親心』のような感情も伝わってくる。

 

「……………サカズキさん」

「良いか?徹底的にだ。海賊や無法者共に手を貸す奴らに甘え等いらん。部隊を率いるならそれくらいの覚悟をもって、部下に背中を見せろ」

 

 い、いやあ、それはちょっと、難しいかも………。

 ていうか、これは親心じゃないな。部下に自分の思想を植え付けようとするパワハラ上司特有の洗脳に近いな。

 

 そしてサカズキさんからびしびしと圧を感じるものの、言われるがまま「承知しました」と頷くのだった。

 

 

 

 




書き溜めておりますので、しばらく更新はストップいたします。


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第14話 イスカ少尉

お久しぶりです。
軽い気持ちで読んでいただけると幸いです。


 

 

 

 海軍将校イスカ少尉。

 絆創膏を頬に貼った赤毛の女性で、軽やかな身のこなしと高速の斬撃を得意とする実力者だ。

 

 そんな彼女を副官にし、総勢30名ほどの少数部隊を率いて早半年。

 最初はガープさんの孫であり『コネ昇進』の私に対して、懐疑的な目で見られたものの、半年も経てば皆ある程度割り切ってくれたのか、部隊として纏まるようになっていった。

 

「アン大佐、捕縛した海賊どもの身柄と保護した奴隷達の処遇どういたしますか?」

「海賊達は手錠をかけ身体検査後に檻に入れてください。副船長と船長は個別の檻に入れて離れさせるのを忘れないように。そ、それから保護した元奴隷の方達は重軽傷者を分けて、怪我の酷い方から医療班に引き渡してください。ええと、次に───」

「大変です!海賊団の船長『小鬼のゴラム』が小船で脱走しました!たった今追跡しようとしているのですが………」

「え!?わ、私が行きます!イスカ少尉はここの指揮を頼みます!」

 

 正直私には上に立つ者としての素質は全くなかった。

 こうして咄嗟にイスカ少尉に部隊の指揮を押し付けるくらい向いていなかったりする。

 

 ふと見れば海の向こうにせっせと小舟を漕ぐ船長──小鬼のゴラムがおり、それを追おうと部下達が追跡用の小舟を出そうとしていた。

 

 ゴラムを大砲で撃っても構わないが、彼は五千万ベリーの賞金首であり能力者だ。

 殺すよりも生きたまま捕縛し、見せしめとして処刑した方が海軍的には良いだろう。

 

「すみません!イスカ少尉、ここを頼みます!」

「分かりました。お気をつけて」

 

 わー…イスカ少尉の目が心なしか冷たい気がする。「お前面倒くさいからって指揮押しつけてんじゃねえよ」と目が物語っている気がする。

 ち、違うんだよ。決して指揮が面倒くさいとかじゃなくて、他の人に何か押し付けるのが心苦しいというか。それが原因で不和が生まれたらやだなって思って、それなら私がやっちゃおうかなって………そもそも人に命令するの苦手だし………。

 

 いや、これも言い訳なんだよな……そう心の中でイスカ少尉に謝りながら、月歩を使って宙を駆ける。

 

「何だお前!?……って女じゃねえか!嬢ちゃんが俺に敵うと思ってんのか!」

 

 小鬼海賊団船長ゴラム。所属傘下無し。

 ヒトヒトの実──モデル小鬼を食べた男であり、私を一瞥した瞬間全身を緑に染め上げ、額から角を生やした(小鬼というかゴブリンに見える)海賊だ。

 

 宙を蹴って腕に武装色の覇気を纏う。

 

「───覇気使いか!」

 

 そして奴に向けて思いっきり拳で殴った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 小鬼海賊団の海賊達を近くの島で待機していた軍艦に引き渡し、元奴隷達の身元を確認後、犯罪履歴のない者達のみ専門機関(専門機関というのは過去に奴隷として囚われていた人達が有志で作った保護機関であり、表向き海軍とは何の関わり合いもないとされている)に預けた。

 

 そんな諸々のことを終え、元奴隷達の処遇を婉曲に誤魔化しながら書類を作成していると執務室の扉がノックされた。

 「どうぞ」と言えば、現れたのはイスカ少尉である。

 

「失礼します。負傷した部下ですが軽傷で、医師によると一週間もあれば完治するとのこと。また海賊達との交戦により壊れた備品を確認しましたので、そのリストをまとめました」

 

 仕事が早いよ………。

 

 イスカ少尉に渡された書類を眺めながら彼女の有能さに舌を巻く。

 さすが部隊を率いていただけある。正直彼女の方が部隊長としての風格が備わっていたりするんじゃないか。

 

「ありがとうございます。イスカ少尉、いつも助かります」

「いえ、当然のことです」

 

 イスカ少尉が少しだけ気まずげに顔を俯かせた。

 

 私は見聞色の覇気によって他人の感情を察知することができる。けれどそんなことをせずとも、彼女が私に対して困惑しているのがありありと分かった。

 

 そしてぼんやりと彼女の経歴を思い出す。

 

 イスカ少尉が私の部下になる前、彼女は信頼していた上司──ドロウ中将に裏切られた。

 

 幼い頃、海賊によってイスカ少尉は故郷を焼かれたのだが、実はドロウ中将が海賊討伐のために起こした火災であったらしい。

 

 そしてそれが明るみになったのは彼女が海兵になった後で。何も知らないまま故郷を焼いた海兵に憧れ、裏切られ、上司として中将を慕っていた彼女の心労を思うとあまりにも酷だ。

 

(ドロウ中将の民間人をも巻き添えとした苛烈なやり方は、海軍上層部に秘密裏に処分され、現在彼は囚人としてインペルダウンに収容されている。………そりゃ『極秘』扱いになるよね。中将のスキャンダルなんて)

 

 そういった身の上でありながら、イスカ少尉は海兵をやめることなく続けている。

 

 そしてそんな上司の後釜がこの私だ。

 至らないところが多く申し訳なさを感じるものの「ドロウ中将よりかは………ましかな?」と思ってもらえるよう頑張るしかないだろう。

 

「アン大佐はすごいですね」

 

 するとその時、イスカ少尉がぽつりと呟く。

 

 それに「え、もしかして遠回しな嫌味?でも真面目なイスカ少尉がそんなことしないと思うし……しないよね?」と内心狼狽えていると、彼女は遠くを見つめるように口を開いた。

 

「私と同じくらいの年齢で『大佐』として活躍し、覇気も六式も使える。その上、つる中将のもとで海賊を捕縛した数は百を超えると聞きました。───私は、狙った海賊一人捕まえられない」

「いや、そ、それは………」

 

 私が大佐になっているのは上層部による策略であるし、覇気や六式を使えるのは修行できる環境に恵まれていたに過ぎない。

 それに私が海賊の捕縛に精を出していたのは「海賊王の娘ですが海軍を裏切る気はありません」と必死にアピールしていただけなのだ。

 

 そんな情けない内情を、真面目で正義感の強いイスカ少尉に誤解されていると何だか居た堪れなくなる。

 

「イスカ少尉も充分強いじゃないですか。貴方の強さには私や部隊の皆は頼りにしっぱなしです」

「ありがとうございます。ですが、まだ足りないんです。何かを、自分の正義を守るために私はもっと強くなる必要がある。…………アン大佐を見ると、私はもっと強くならなければいけないと思うんです」

 

 ドロウ中将のことを思い出しているのだろうか。

 海賊討伐のために民間人などの多少の犠牲を良しとするドロウ中将と、生真面目な彼女の弱者を全て守ろうとする姿勢。

 

 犠牲を払わず、それをするには圧倒的な強さが必要だと理解しているのかもしれない。

 私は何となく流されてここまで来たけれど、イスカ少尉みたいな人こそ覇気や六式といった強さが必要で、持つに値するんじゃないだろうか。

 

「………その、覇気は状況によって発現することが大きいので、すぐに出来ることはありませんが、六式には訓練が必要です。───こちらをどうぞ」

 

 デスクの引き出しから書類をまとめたファイルを取り出す。

 そしてそれをイスカ少尉に渡した。

 

「私は部隊の中に希望者がいれば、六式の訓練を受けてもらうつもりです。その書類には六式の適性のある者達がリストアップされています」

 

 もちろん海兵一人一人と面談し、本人が希望すればの話だが。

 六式の訓練を受けたとしても、厳しい話習得できない場合もある。

 しかしリストアップした者達は、六式の『剃』は習得できるであろう先天的なフィジカルを持っていた。

 

「その適性者の中には、イスカ少尉もいます。貴方の身のこなしの軽さや筋力から、六式を習得し得る能力はすでに持っているでしょう」

「六式を………」

「本格的な訓練はもう少し後になりますが、イスカ少尉さえ良ければいかがでしょうか?訓練を受けてみます?」

 

 正直言って私よりもイスカ少尉の方が六式(特に剃)の習得は早いだろうし、能力的に向いているだろう。

 まあ、習得できなかったとしても六式の訓練を受けていれば否応にも強くなる。

 

 部隊の生存率も自ずと上がるし、これをきっかけに少しでも部下の人達と仲良く………とまではいかないかもしれないけど、距離が縮められたらいいな。

 

 そう提案してみれば、イスカ少尉は自分が思っていた以上の食い付きで頷いてみせた。

 

「もちろんです!是非受けさせてください!」

 

 そんな彼女にほっとする。

 

 これから部隊の中で希望者を募らなければならないし、六式の中でも習得できそうな技を各海兵とともに精査していかなければならない。

 

 おまけに私達部隊はおつるさんから一つ任務を下されているため、本格的な訓練はその後だろう。

 

「アラバスタでの任務が終わり次第、通常業務と並行して行いましょう。イスカ少尉ならきっと習得できるはずですよ」

 

 内乱の続くアラバスタ王国での捜査。

 時勢の荒れ狂う王国で何故か大人しくしている『七武海』サー・クロコダイルの様子を見に行ってこいと、おつるさんから言われているのだ。

 

 クロコダイルが今回の内乱に関わってなければ良いなあ。

 

 そんなことを思いながら、部隊の六式の訓練をどうするか思案した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ところで、イスカ少尉。先程言っていた狙った海賊とは誰のことなんですか?」

「スペード海賊団、いえ白髭海賊団に所属する『火拳』ポートガス・D・エースです。アイツ……じゃなくて、火拳には悔しい思いを何度もしましたし、色々ありまして………」

 

 へ、へえ………。

 

 悔しそうに眉を顰めたり、何故か気恥ずかしそうにするイスカ少尉に気まずくなってしまった。

 

 

 

 

 



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アラバスタ編
第15話 アラバスタの英雄


 

 

 内乱状態のアラバスタ王国に海軍が介入するのは意外と難しい。

 時勢が荒れているとはいえ王政が続けられている現状、国の政事に海軍が入る余地はないし、そもそも現アラバスタ国王が良しとしていなかったりする。

 反乱軍とはいえ自国民である彼らに手を出せば、ガープさん曰くお人好しなアラバスタ国王──コブラ国王は政府加盟国として正式に海軍に抗議するだろう。

 

 そのためアラバスタ王国に海軍は表立って介入できないが、ただクロコダイルが裏で何かしているのだとしたら話は別だったりする。クロコダイルが、アラバスタ王国に何らかの被害を及ぼしている場合、海軍がその始末を付けなければならないからだ。

 

 そんなクロコダイルの様子を見に行けとおつるさんに言われたのだが、たった今私の目の前に立っている真っ黒な大男に言葉を失っていた。

 

「これはこれは。海軍の英雄ガープ中将の三世殿じゃあないか。今日は英雄様とご一緒で?いや、失敬。お守りをするほど英雄様も暇ではないか」

 

 無理なんじゃないかなあ………。

 

 アラバスタ王国サンディ諸島港町ナノハナにて。

 海賊による襲撃を受けていると連絡を受け、町を襲う海賊達を捕縛していると、ちょうどタイミング良くクロコダイルが現れた。

 

 黒髪のオールバックに顔に入った横一線の傷跡。

 そして左腕に金のフックを装着した、一見マフィアのように見える大男だ。

 

 おそらくナノハナを襲う海賊達から財宝を略奪すべくやって来たのだろう。それをたまたま私達海軍部隊が横取りする形で先に現れ、海賊達の身柄を拘束してしまった。

 

 彼からしてみれば面白くもなく、文句一つも言ってやりたいだろう。

 

 ナノハナの港につけている船に捕縛した海賊達を収容している横で、クロコダイルが見下ろしてくる。

 後ろでイスカ少尉がきりきりと苛立っているが、私にはクロコダイルの嫌味に一々反応できるほどの度胸はなかった。

 

「お、お久しぶりです。たまたまアラバスタを通りがかったのですが、まさか貴方にお会いできるとは思いませんでした。最近はいかがでしょうか?アラバスタは内乱続きで、拠点として構えるのも大変でしょう」

「こういった騒がしさも悪かねえさ。それに辛気臭えところだが、ここは俺の第二の故郷と言っても良い。そんな住み慣れた場所から離れるほど薄情じゃないんでね」

「そうですか。まあ、貴方がいるだけで他の海賊達への威圧になるので良いですが………。何かありましたら、すぐに海軍にお知らせくださいね。私達は協力関係なのですから」

「ああ、もちろん」

 

 とりあえず愛想笑いをしてみせれば、クロコダイルも胡散臭い笑みで応えてくる。

 クロコダイルは七武海では割と理性的に話せる方だけれど、見た目然り雰囲気然り出来れば関わりたくないタイプだ。割とポップな海賊達が横行する中で、クロコダイルの風貌はまんま反社。怖すぎる。

 

 ねえ、やっぱり無理だよ。

 こんなペーペーの小娘が七武海相手に何にもできないよ。完全になめられてるよ。

 

「……………」

 

 しかし見聞色の覇気によって、クロコダイルが嘘を吐いていると判断できるのも事実だった。

 彼が何を考えているか、詳細までは感じ取れないものの、クロコダイルが何らかの野望を抱えているのは明らかである。

 

(おつるさん。まさか元々クロコダイルが何か隠しているのを感じ取っていて、今回の任務はそれを暴いてこいってこと?)

 

 そんな無茶な。おつるさんの考えは今のところ分からないし、クロコダイルが何を企んでいるのかも分からない。

 

 そして目の前に立ちはだかる黒い大男を見つめる。

 

 え、これをどうにかするの?私が?

 どうにかできるものなの?

 

 しかし私は海賊王の娘であり、海軍からの命令には逆らえない身。拒否権はないだろう。

 そして一連托生となるイスカ少尉や部隊の皆に心底同情する。心の中で謝りながら、今後どうしようかと考えた。

 

 とりあえず調査する前に一度、コブラ国王に話を付けなければならない。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 後日。アラバスタの首都であるアルバーナの宮殿にて、コブラ国王に謁見すれば、既に海軍上層部から話は通っているようだった。

 

 一海兵にコブラ国王自ら会ってはくれないだろうなと思っていたものの、フットワークが軽いのか、それとも人が良いのか。直接私に会ってくれた。

 

「サー・クロコダイルの素行調査か。アラバスタの英雄として尽力している彼を疑うのは忍びないが、奴も海賊である身。内乱続きのこの国で国王軍から人員を割けない今、海軍が調査してくれるのは有難い」

「いえ、とんでもないことです」

 

 宮殿のバルコニーで、外の景色を見据えるコブラ王に礼を言う。

 

 こんな大変な時期に海軍がぞろぞろこの国にやって来るのは、あまり良くないだろう。反乱軍が海軍と国王軍が手を組んだと勘違いするかもしれないし、何がきっかけか余計な波風を立ててしまうかもしれない。

 そうなる前にクロコダイルの調査を終わらせて、早いところこの国を出た方が得策だ。

 

「…………ただ、君も分かっている通りこの国は微妙な時期でね。君ら海兵達の行動がこの内乱にどのような影響を及ぼすか未知数だ」

「もちろん、この国でご迷惑をかけないよう立ち回ります。おっしゃる通り海軍が変に横槍を入れれば、いらぬトラブルを巻き起こしかねませんので」

「そうだな。だが、クロコダイルの調査というだけで出歩くのは対外的な理由としてわずかに弱い」

 

 外の景色から私に視線を移し、穏やかな面持ちで話す。

 彼の様子を窺うに、何か交換条件でアラバスタ王国を自由に出歩く許可を出したいらしい。

 

 何だろうな。私で対応可能な条件だったら良いんだけど。

 

「君はこの国の王女のことは知っているかい?」

 

 コブラ国王の問いにふとアラバスタ王国の王女の情報を頭の隅から引っ張り上げる。

 

 アラバスタ王国王女──ネフェルタリ・ビビ。コブラ国王の一人娘であり、現在行方不明。

 

「書き置きを残して宮殿から出て行ってしまってね。家臣のイガラムを連れているようだが、こちらとしてはどんな理由があれど早く戻ってきてほしいんだ。しかし娘の行き先は見当もつかず、闇雲に兵を動かすのも難しい」

「………………ええ、それは心配ですよね」

「ああ、一人の親として娘の安否が気になって仕方がない」

 

 なるほど。コブラ国王の言わんとすることがはっきりと分かるぞ。

 アラバスタ王国を好きに出歩く代わりに、クロコダイルの調査と並行してビビ王女の捜索をしろとのことだ。

 

 ………まあ、こちらとしても、そういった分かりやすい大義があった方が動きやすい。表向きビビ王女の捜索をし、裏でクロコダイルの調査をした方がやり易いだろう。

 

「承知しました。海軍もビビ王女の捜索に協力いたします」

「それは良かった!礼を言うよ」

 

 ガープさん。この人、ただのお人好しじゃないよ。

 

 にこやかに微笑むコブラ国王を前に思わず苦笑してしまった。

 

 

 

 



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第16話 双子の弟と再会

 

 

 ナノハナを拠点として幾日。

 クロコダイルの企みの他に、私達部隊はアラバスタ王国の王女ネフェルタリ・ビビの行方を探さなければならない。

 こちらについてはコブラ王から要請された依頼であり、見つけ次第すぐに確保せよとのことだった。

 

 ビビ王女の置き手紙があったとはいえ、もしかしたら誘拐されている可能性もある。内乱が激化する今、王女の帰還をこれ以上待っていられるわけがなかった。

 

 そんなわけで私達部隊はたった30名という少数部隊でありながら、身を粉にして働いているのである。

 最近ナノハナに同じ海軍本部のスモーカー大佐も来ているそうだが、もし特別任務がないのなら折を見て協力してもらいたい。

 

(いや、でも協力してくれるかな………?)

 

 一人、ナノハナの大通りを歩きながら、ぼんやりと思う。

 

 何のコネもなく海軍を自分の腕っ節のみで出世していった海兵達には、私の存在はかなり毛嫌いされている。

 叩き上げでのし上がり、上層部の命令よりも自身の正義を優先するスモーカー大佐から見て私はボンクラ三世だ。

 心象は決して良くないだろうし、事実本部での招集があった際に遠くから睨まれることが多々あった。

 

(話したことはないけど………。でも話が通じなさそうな感じではないし、要請したら協力してくれるかな。クロコダイルの監視とビビ王女の捜索はさすがに一部隊では無理があるし)

 

 ひとまずこの町に滞在しているらしいスモーカー大佐を探そうと踵を返す。

 

 するとその時、どこからか「人が死んでいる!」と悲鳴が聞こえてきた。

 見聞色の覇気で周りを感知すれば、大通りから一本外れた通りの飲食店で客達が騒めいている。

 

 そしてその方向に向かって、私は走り出した。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

 背中に白髭の刺青を彫った青年の後ろ姿に、思わずずっこけそうになる。

 出された食事に顔を突っ込む彼は一見死んでいるようにも見えるが実は寝ているのだ。それを私は小さい頃から知っている。

 

「おい、アンタ!この男と知り合いか?飯を食べている途中いきなりぶっ倒れて………」

「お騒がせして申し訳ありません。寝ているだけなので、大丈夫ですよ」

 

 とりあえず羽織っていたジャケットを彼に被せて、白髭の刺青を隠す。

 それから周囲で騒めく客達を宥めた後、まだ寝こけている彼の隣に座った。

 

 白髭海賊団2番隊隊長──火拳のエース。

 

 10年ぶりの再会となる双子の弟との再会に感慨深くなるものの、そうも言ってられない状況に眩暈がする。

 そして腕を武装色の覇気で纏い「ごめん」と一言謝ってから、その呑気な頭をはたいた。

 

「───いで!」

「久しぶり、エース」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 エースには色々と言いたいことがある。

 

 あれだけ海賊にはなるなと止めたのだ。私がマリンフォードに行った後も、定期的にエースに手紙を出しては遠回しに「海兵はいいぞ」と勧めてきた。

 

 しかし結局は海賊になってしまい、更には首に賞金がかけられる始末。白髭に所属できたのは運が良いと言えるもののトータル最悪である。

 

 そんな海賊になった弟が私の隣にいる。

 手配書で散々見た弟の成長した姿に大きくなったものだと思う。昔は手負の獣みたいな雰囲気だったのに、今ではどこか飄々としていて、人間的に成長したのが窺えた。

 

 そして飯屋の店主に出されたコーヒーを飲み、エースに向かって口を開こうとした瞬間、彼の方から先に話し出した。

 

「で、海兵のお前は海賊の俺を捕まえんのか?」

 

 試すように笑みまで浮かべて挑発するエースに「この子もこういう軽口が言えるようになったんだな」と思わず笑みが浮かぶ。

 

 そりゃ捕まえても良いなら、捕まえた方が良い。気は進まないが海賊なのだから。

 でも………

 

「もしそうしたら貴方のお父さんが黙ってないでしょ?白髭に喧嘩を売るのは海軍も避けたいところなんだから」

「へえ、見逃してくれんのか。でもお前にも『立場』ってもんがあるだろ」

「だからその刺青を私のジャケットで隠したんじゃない」

 

 幸い今の私は私服である。

 エースの背中も見えないように隠しているし、何も知らない第三者から見れば、飯屋で話す客にしか見えないだろう。

 そして私は小さな声で囁いた。

 

「今すぐここから出て行った方が良いよ。ここにはスモーカー大佐がいるの。スモーカー大佐はいくら貴方でも捕まえようとする」

「お前、俺に捕まってほしくないのか」

「そりゃそうでしょう。もし海軍が貴方を捕まえたらどうなると思う?さっきも言った通り白髭と全面戦争だよ。めちゃくちゃ大変なことになるよ」

「……………おう」

 

 全面戦争を回避すべく、できればエースには今すぐここから出て行ってほしい。

 

 通常であれば、どんな海賊でも私は捕縛する。海賊と名乗る以上捕まえる義務があるからだ。

 ただしそれは時と場合による。海兵として目の前にいる海賊を捕えるかは個人の裁量によるところが多く、私も時に見て見ぬふりをすることもあった。

 

 それにエースは血の分けた家族だ。正直捕まえづらい。

 

「……………そもそも、どうしてこの前半の海にいるの?」

 

 白髭海賊団なら後半の海にいるか、世界政府非加盟国の島にいるかだ。この国にいるのに違和感がある。

 見聞色の覇気で他に白髭海賊団の仲間がいないのを感知したし、おそらくエース単独で動いているのだろう。

 

「なあ、アン。黒髭の居場所を知らねえか」

「黒髭?───あ、ティーチのことか」

 

 それを聞いて、エースの言わんとすることを理解した。

 海軍本部の通達により、白髭海賊団4番隊隊長サッチが黒髭マーシャル・D・ティーチに殺されたことをすでに知っている。

 

 仲間殺しの報いのために、エースは黒髭を追いかけているのか。

 

 管轄じゃないため黒髭の行方は知らないと言えば、エースは不貞腐れたように溜め息を吐いた。

 

「それじゃあ、忠告はしたからね」

 

 これ以上長居すれば、私が海賊であるエースと一緒にいるのがスモーカー大佐に見つかってしまう。

 そう言って腰を浮かせれば、エースはもごもごとしながら口を開いた。

 

「アン、悪かったな」

 

 そんな彼の言葉の意味が分からず、首を傾げる。

 するとエースは気まずそうに続けた。

 

「言うことを聞かず海賊になって」

 

 それを聞いて「ああ」と一瞬にして理解した。

 

 エースの中で、私に対する罪悪感は多少あったのだろう。

 

 ずっと海兵になるよう手紙を送って言い続けていたのだ。

 せめて海賊にはならないでくれとも言ったのに、結局エースはなってしまった。

 

 本当は今からでも海賊をやめてほしい。やめて、どこか遠い場所で身を隠しながら平和に過ごしてほしい。

 けれどあれだけ止めたにも関わらず、海賊になってしまったエースに私の言葉は届かないだろう。

 

「…………なったものは仕方がないよ。でも海賊になったからといって市井の人に酷いことは絶対にしないでね」

「誓うさ」

「あと食い逃げもしないでね」

 

 エースの食い逃げ代金は、実は私の方でこっそり補填しているのだ。

 そのことを言えばエースは「まじかよ」と言い、複雑そうに顔を顰めた。

 

 どうだ。この歳になって姉から尻拭いを受けるのは、ものすごく気まずいだろう。

 

 そうして私はエースから去った。

 この時エースを無理矢理でも止めておけば良かったと後悔するのは、それから半年後となる。

 

 

 

 

 



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第17話 クロコダイルの企み

 

 

 クロコダイルの企みが分からない。

 この内乱で荒れる国で彼がやっている事業は主にカジノ経営と不動産売買。その二つを支柱に子会社を作り事業を行っているのだが、いくら調査しても彼が何をしたいか見当がつかなかった。

 

(表向きは企業の社長として動いている。カジノ運営で違法な取引を一部しているようだけど、それ以上の犯罪行為はないから海軍側も黙認していることだし…………)

 

 ちなみにスモーカー大佐に任務の協力要請を依頼したところ、意外にもあっさりと承諾してくれた。

 そのため彼らがしばらく港町ナノハナに常駐するとのことで、私達部隊は情報が多く行き交う首都アルバーナにいる。

 

 それによってクロコダイルの運営している企業から子会社、取引先の情報や彼個人の足取りなどを調べ上げているのだが………私の脳みそじゃ、七武海にまで上り詰めた男の企みなんて分かるわけがなかった。

 

 というか、こういうのって諜報部がやるものじゃないの?サイファーポール案件じゃないの?七武海はあくまで海軍の直轄だからって政府に押し付けられたの?

 

 そんなことを考えながら拠点として構えている建物の執務室で項垂れる。

 すると扉がノックされた。

 見なくても分かる。イスカ少尉だ。

 

「失礼します。───先日のビビ王女の一件ですが、どうやら麦わらの一味とともにユバに向かっているそうです」

 

 私達部隊がカトレアを去った後、スモーカー大佐の前に麦わらの一味とビビ王女が現れたらしい。

 麦わらの一味──フーシャ村にいたあのルフィが賞金三千万ベリーの海賊になっているのは知っており、ガープさんが頭を抱えていたのをよく覚えている。

 

 そんなルフィとビビ王女の関係は謎だ。

 おまけにエースがスモーカー大佐の前に立ち塞がって彼らを逃したものだから(ガープさんじゃないけれど)私も頭が痛くなった。あれだけスモーカー大佐に気を付けろと言ったのに。

 

「現在スモーカー大佐の一部隊が足取りを追っており、詳細は後日報告するとのこと。それからスモーカー大佐は何か気掛かりがあるようで、たしぎ曹長とともにしばらくアルバーナ、レインベースを中心に調査を行うそうです」

「分かりました。これまで調べ上げたクロコダイルの情報は共有しておいた方が良いですね」

「あと───」

 

 イスカ少尉が机に盗聴用に使われる(ダイヤル)を置く。

 巷であまり流通されていないはずのそれに首を傾げていると、イスカ少尉はスイッチを押した。

 

『クロコダイル様、例の鉱山の売却先が決まりました。買取後は銀の採掘で掘られた巨大な地下空間を生かし、エネルギー資源の研究施設が建てられるそうです』

『勝手にしろ。必要分の銀は確保できたんだ。それにあの山の名義はお前のものだ。売るなり更地にするなり好きなようにしてくれ』

『そ、そういうわけにはなりません。確かに名義は私のものにしておりますが、実質クロコダイル様の所有地です。貴方の一存も無しに勝手に話など進められませんので………』

『なら、引き続きお前の方で管理しろ。こっちは忙しいんだ』

 

「───これは?」

「アルバーナの豪商サルマーンとクロコダイルの会話です」

 

 アルバーナの豪商サルマーン。

 三年前に何者かによって暗殺された悪評高い商人で、未だ犯人は見つかっていない。

 アラバスタの警備隊に証拠品は押収されているはずだが、サルマーンの秘書が珍しい貝に目をつけ隠れて持っていたらしい。

 

(それにしても銀の買い付け?クロコダイルが?)

 

 ここ数年遡ってみてもクロコダイルや周辺会社が銀の取り扱いをしていたという事実はない。新しい事業を始めているわけでもないようだった。

 不思議に思って首を傾げていると、イスカ少尉は焦ったように口を開く。

 

「生前サルマーンはクロコダイルとやり取りをしていたのですが………紙面での契約を渋ったクロコダイルに証拠としてサルマーンが盗聴していたようです。何か手掛かりになるかと思い押収しましたが、やはり、ただのビジネスのやり取りでしょうか」

 

 暗い表情でこぼすイスカ少尉に首を振る。

 しかしこれがただのビジネスの会話には聞こえない。何かが頭に引っかかるのだ。

 

 そんな予感めいたものを感じながら、これまでのアラバスタ王国やクロコダイルの動きを思い返す。

 アラバスタ王国の内乱にビビ王女と家臣イガラムの失踪。クロコダイルの動きや彼の要する組織力。

 

 するとその時、ある一つの仮説が思い浮かんだ。

 

「ダンスパウダーの原料って確か………」

 

 ───銀だ。

 

 アラバスタの内乱は『ダンスパウダー』という雨を降らせる粉によって始まる。

 

 アラバスタの王宮に運ぶ積荷にダンスパウダーが見つかったことから、国王は自身の住むアルバーナ以外の町から『雨』を奪っているのではないかという噂が流れた。

 王宮がダンスパウダーを所持していた証拠は見つからなかったものの、そこから反乱は始まり今に至る。

 

 言われてみればおかしいのだ。

 ダンスパウダーは雨を降らせる目的地から離れた場所で使用しなければ意味のないものであり、わざわざダンスパウダーを王宮に運ぶ必要なんてないのだから。

 

 港町に隠れ倉庫でも作って管理した方が一々運搬しなくても良いし、人目にも付かないはずだろう。

 

(ダンスパウダーの露見によって内乱は始まった。それなら、クロコダイルは内乱のきっかけを作ったということ?そもそも何でアラバスタ王国に内乱を仕掛けた?)

 

 その先にあるのは国の秩序を崩壊させる国家の転覆だ。

 

 脳裏に嫌な予想が過ぎる。

 もしクロコダイルがアラバスタ王国の転覆を狙っているのだとしたら、彼を今すぐに止めなくてはならない。

 

「……………クロコダイルは今どこに?」

「レインベースです」

 

 ここで明確な証拠もなく、クロコダイルに突き付けてもシラを通されるかもしれない。

 最悪のパターンは難癖つけられ、七武海を離脱。そうしたら海軍全体に迷惑をかけてしまうだろう。

 

 しかしクロコダイルを前にした時に感じた寒気や、奴がこの国で何もしていないとは到底思えないほどの不快感はどれだけ経っても消えない。

 

「………イスカ少尉、命令です。貴方達は至急アラバスタ国王――コブラ国王のもとに向かってください。そしてクロコダイルが銀によるダンスパウダーの製造で、国家転覆を目論んでいる可能性があることを伝えてください」

 

 もしかして、おつるさんが私にクロコダイルの調査をさせたのはこうなることを見越していたのかもしれない。

 私は海賊王の娘だから死んでも何の問題もないのだ。

 長年世話になってきたものの、どこか諦めに近いような気持ちが胸を占める。

 

 けれど、イスカ少尉や部下達がとばっちりを喰らうのは駄目だ。

 

「このことは全て私の独断ですので、何か言われたら私の命令だと言ってください」

「あの、アン大佐は?」

「私はレインベースにいるクロコダイルのもとへ、自供を取りに行きます。───クロコダイルはロギア系の能力者ですが、私は覇気が使えますので心配しないでください」

 

 もしクロコダイルが無実であれば、私一人の暴走でこの一件は収まるだろう。

 何か言いかけるイスカ少尉に、遮るように言い放つ。

 

「おそらくクロコダイルは組織的に動いているでしょう。二部隊に別れて一つはもしものために、宮殿で待機。もう一つはアルバーナで不審な動きをしている集団がいないか巡回。ただし市民の避難や保護を優先させてください」

 

 とりあえずスモーカー大佐達にもこのことを電伝虫で伝えておかなければならない。

 

 そう考えながら、イスカ少尉をちらりと見る。 

 いきなりこんなこと言われても困るよね。仮説段階なのに、コブラ国王に報告するとか無茶振りがすぎるよね。

 

 しかしイスカ少尉は否定することなく、ただ私を見つめていた。

 同時に迷子の子供のような、不安そうな表情で尋ねてくる。

 

「市民の保護を優先させても良いのですか?」

「え?も、もちろんです。私達海軍は市民を守るために存在していますから」

 

 何をそんな当たり前なことを。

 そんな風に思いながら首を傾げていると、イスカ少尉は何故か深く、深く頷いてみせた。

 

 

 

 

 



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第18話 夢の町レインベース(一部第三者視点)

 

 

 オーナーの名義は違えど、クロコダイルが所持していると思われるレインベースのカジノ『レインディナーズ』

 押し寄せる警備員を軽く払い、気配のする方へ向かえば想像以上に悲惨な光景が広がっていた。

 

「…………サー・クロコダイル、これは一体どういうつもりですか」

 

 鉄の檻にいるスモーカー大佐と麦わらの一味

 バナナワニに襲われているビビ王女

 そしてそれを見つめるクロコダイルと謎の美女

 

 色々言いたいことはあるが、鈍い私でもこれだけは分かる。

 

 一国の王女にしている仕打ちと海兵を檻に捕らえているという状況を見るに、クロコダイルが七武海の権限を超える所業をしているのは明らかだった。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

 イスカ少尉に格好つけたものの、いざクロコダイルを目の前にすると「早まったかもしれない」と後悔してしまう。

 

 見るからに悪者然としたこの男は計算高さとロギア系の能力を以て成り上がった実力者であり、恣意的に昇進し、義理の祖父の威を借りているに過ぎない私にとって荷が重かった。

 こんなことなら海楼石や海水を用意しておけば良かったと準備不足を嘆く。

 

「クロコダイル、やはり貴方はアラバスタ国家転覆を目論んでいるんでしょう。証拠はすでに押さえています」

「どこで聞き付けたのか知らんが、その通りさ。すでにもう遅いがな」

 

 覇気も無いのに圧をかけてくるクロコダイルに冷や汗が流れる。

 

 しかし、これで自供は取れたのだ。こっそり今の会話を盗聴していた貝を証拠として本部に送れば、クロコダイルは七武海から追放されるだろう。

 

 すると突然、クロコダイルは腕の一部を鋭い砂の刃に変えて切り掛かってきた。

 それを何とか避け、武装色の覇気を込めた足で奴の胴体を蹴り上げる。

 

「!? クロコダイルに打撃が通じるの!?」

 

 反動によって瓦礫の中に沈むクロコダイルに檻の中にいるオレンジ髪の少女が驚く、が、それに答える余裕はない。

 向こうは私を殺す気なのだ。

 

 私が先にとどめを刺さないと!私が殺される!

 

 しかしその時、猛烈に嫌な予感がした。

 咄嗟に短剣を構えると、突如私の胴体からにょきりと白い腕が生えて関節技を決めようとしてくる。

 

(って、え!?パラミシア系の能力!?)

 

 構えていた短剣で斬りつければ、それは花びらのように消え去った。

 

「武装色に見聞色か………。Ms.オールサンデー、三世殿の相手を任せても?」

「貴方の計画が夢半ばで頓挫しても良いのなら」

 

 瓦礫から立ち上がり憎々し気に睨み付けてくるクロコダイルに、Ms.オールサンデーと呼ばれた美女が腕に血を流しながら肩をすくめる。

 

 向こうが「やりおる」みたいな顔しているけど、全然やりおっていないのだ。

 武装色と見聞色の覇気を極限まで使うものの、クロコダイルを捕縛できるヴィジョンが全く浮かばない。

 

 ───その時、バナナワニによって襲われるビビ王女が視界に入った。

 咄嗟に助けに行こうとすれば彼女が叫ぶ。

 

「私のことは大丈夫!だからクロコダイルを仕留めて!海兵さん!!」

 

 いや、全然大丈夫じゃないでしょ!

 

 バナナワニの巨大な口が階段ごと飲み込み建物が崩落していく。

 ビビ王女が瓦礫の隙間をぬって逃げていくものの、通路にはまだ大量のバナナワニがおり蠢いている。

 

 私に!覇王色の覇気があれば、覇気によってバナナワニを気絶させられたのに!

 

「どうする、三世。俺の相手をしていると王女様は死んじまうぜ?」

「───言われなくとも。それに貴方がここから逃げたとしても海軍本部が動きます。七武海から追放された貴方は逃げ切れますかね?」

「ほざけ」

 

 するとクロコダイルは体中を砂化して、まるで蜃気楼のように消えていく。

 控えていた女性もいつの間にかその場から去っていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ネフェルタリ・ビビ王女ですよね?ご無事ですか?」

「え、ええ、貴方は………」

「海軍本部のモンキー・D・アンです。本部の命令により貴方の捜索とクロコダイルの調査を行なっていました」

 

 ビビ王女に襲い掛かっていたバナナワニを昏倒させたものの、次から次へとバナナワニは入ってくるし、すでに浸水が始まってしまっている。

 腰まで浸かる程水が入ってきているため、早くここから脱出しなければならない。

 

 するとその時、檻の中で顛末を見ていた麦わら帽子の青年──ルフィが「あ!」と声を上げた。

 

「お前、もしかしてアンじゃねえか!久しぶりだなあ!」

「ルフィ、今あの人モンキー・D・アンって言ってたわよね?アンタと同じ苗字ってことは………」

「ああ、俺の姉ちゃんだ」

 

 あっけらかんと言い放つルフィに彼の仲間であろう子達が驚いた顔をする。

 私がガープさんに養子入りしたのは手紙で伝えていたが、彼が正しくそれを認識してくれていたことに少しばかり感心した。

 

「久しぶりだね、ルフィ。貴方とビビ王女の関係を問い詰めたいところだけど………とりあえず今そこから出すよ。皆、檻から離れて」

 

 サーベルに覇気を纏い、檻を一閃する。

 切り裂かれた鉄の檻にルフィの仲間達が目を丸くするものの、スモーカー大佐は慣れた様子でずかずかと近寄って来た。

 

「お前、どうしてここにいる」

「クロコダイルの会社情報を洗い出している時に不透明な銀山の売買があったんです」

 

 ダンスパウダーの製造とクロコダイルの不動産に何か因果関係があると思い、レインベースまでやって来たのだ。

 

「スモーカー大佐もクロコダイルが怪しいと思って、ここにいたんでしょう?連絡が取れなくて困りましたよ」

 

 そう返せば、何故かスモーカー大佐は視線を逸らした。

 

 ふと横目で見れば、ルフィや緑髪の青年が大量のバナナワニを仕留めている。バナナワニはしばらく彼らに任せておいて良さそうだ。

 

「先程のクロコダイルとの会話は貝で録音済みです。これを差し出せば、海軍本部も動くでしょう」

「お前………祖父に似てちゃっかりしてるな」

 

 いや、ガープさんはちゃっかり………してるか。

 微妙な気持ちになりながら苦笑すれば、スモーカー大佐は珍しく「助かった」と礼を言う。

 本当に珍しい。本部で会えばいつもコネ昇進で昇り詰めたボンクラ三世みたいな目で見てくるのに。

 

「ともかく、急いでここから脱出しましょう。浸水がこれ以上始まったら能力者の貴方は動けないですし、何よりビビ王女を安全な場所に避難させないと」

 

 証拠の貝は後程送るとして本部にクロコダイルの裏切りについて連絡しなきゃいけないし、アルバーナにいるイスカ少尉に小電伝虫で情報を共有しなきゃいけないし、ビビ王女やルフィ達から状況を聞き出さなきゃいけないし………。

 あれ?やること多過ぎない?やることが多すぎて、私のキャパが超えそうだ。

 

 するとその時、長鼻の青年の声が耳に飛び込んでくる。

 

「おい、お前ら!やり過ぎだぞ!建物の壁まで破壊してどうする!!」

 

 え?

 

 振り返れば、バナナワニとの戦闘でか何か知らないが建物の壁が破壊されていた。

 そしてそこから大量の水が津波のように押し寄せてくる。

 

 あ、やばいかもしれない。

 

 慌てて私はスモーカー大佐の首根っこを掴み、ビビ王女を抱える。

 そして覚悟を決める暇もなく、私達は水槽の水にあっという間に飲まれていった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 遡ること数分前。

 アン達よりも一足先にカジノから出たクロコダイルはMs.オールサンデー──ニコ・ロビンに告げる。

 

「Ms.オールサンデー、計画変更だ。今すぐアルバーナのコブラ国王のもとへ行くぞ」

「…………あの子達の相手は良いのかしら」

 

 それにクロコダイルは眉を顰める。

 あの地下空間で麦わら一味共々王女を抹殺するつもりであったが、よりにもよってモンキー・D・アンが嗅ぎつけてやって来てしまったのだ。

 

 腐ってもガープの身内。幼少の頃より訓練をこなし、覇気や六式を習得した娘を真正面から相手取るのは些か分が悪い。おまけに………

 

「あの三世が来ちまった時点で国家転覆計画の一部は漏れているだろう。それにアイツのバックにはガープがいる。証拠はなくとも、ガープの血縁である奴の言葉を海軍は無下にはしない」

 

 このままアラバスタ王国を乗っ取ろうにも、アンからの証言によって海軍本部及び世界政府はクロコダイルを国家元首として認めないはずだ。

 

「それじゃあ、もう一つの計画を優先するというわけね?」

「ああ、最終的に兵器さえありゃどうにでもなる。順序を逆にするだけだ。国盗りも、王家滅亡もその後だ」

「ちなみに反乱軍はどうするのかしら」

「予定通り国王軍とぶつければ良い。国が混乱すればするほど、こっちは動きやすいからな」

 

 それにニコ・ロビンは静かに微笑を浮かべる。

 そして彼らは首都アルバーナへ向かって行った。

 

 

 

 

 



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第19話 麦わらの一味とアルバーナへ

 

 

 水に流されながらも何とかカジノから脱出した私達は、麦わらの一味を一時的に見逃すこととなった。

 クロコダイルの捕縛を最優先事項とすると彼らを捕まえる余力がないからだ。

 

 とりあえずスモーカー大佐は海軍本部に連絡後、人工降雨船の捜索。そして彼の部下であるたしぎ曹長は海兵を招集次第、アルバーナへ。

 私はというと、麦わらの一味やビビ王女とともに特急ガニに乗っていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「───つまり、クロコダイルがバロックワークスという組織を率いて、アラバスタ王国の反乱を秘密裏に扇動していたわけだね」

 

 事情を詳しく知っているらしい彼らと情報を共有したかったし、何よりアルバーナに迫っている反乱軍を止められる可能性がビビ王女にあるということで、王女の護衛という名目で私が付いて行くことになったのだ(ちなみにスモーカー大佐は海賊なんかと行動できるかと難色を示したのもある)。

 このこと、サカズキさんにばれたら殺されるなあと思いスモーカー大佐に口止めを頼んだのはここだけの話である。

 

 そして喋るトナカイとぐる眉の青年と合流し、特急ガニという巨大な蟹に乗って向かっているわけだが………ルフィやビビ王女(あとぐる眉の青年)以外の人達は怪訝そうな顔で私を見つめていた。

 

「そうなんだけどよ。ルフィの姉ちゃんは海兵なんだろ?良いのかよ、俺達みたいな海賊と手を組んで」

「まあ、今は緊急事態というか………。余計な血が流れないのなら、多少のことは目を瞑りますよ。今はクロコダイルのことで手一杯ですし………」

「つまり面倒ってわけか」

「め、面倒って言うか……何と言いますか……!」

 

 長鼻の青年──ウソップ君の言葉にそう返せば、緑髪の剣士(確かゾロ君)が呆れたように溜め息を吐く。

 そして彼のひんやりとした視線に目を逸らしながら、ビビ王女に話しかけた。

 

「ところでビビ王女、クロコダイルのことはもうコブラ国王に?」

「ええ、カルーにメモした紙を預けて届けてもらったわ」

「(カルー?)そうですか。こちらもクロコダイルが国盗りを目論んでいると別部隊からコブラ国王に報告しています」

 

 ───ただ、小電伝虫で先程イスカ少尉に連絡したところ、目を離した一瞬の隙にコブラ国王の姿が消えたという報告があった。

 その上さらに、コブラ国王であろう人物による港町ナノハナの襲撃、反乱軍の侵攻。そしてそれを全面的に迎え撃つ方針を決めた王国軍と、事態は混沌と化していた。

 

(イスカ少尉達には市民の避難をさせているけど、ビビ王女の話が本当なら王国軍に紛れ込んでいるだろうバロックワークス社員も探さなきゃいけない) 

 

(そこら辺は軍の上層部と連携してやってもらう?でもコブラ国王の行方の捜索もしているだろうし………)

 

(おまけにオフィサーエージェントって奴らもアルバーナに潜んでいるらしいから、そいつらの捕縛もしなきゃいけなくて………)

 

 人手が!人手が圧倒的に足りない!

 こんなんルフィ達を捕まえられるわけないでしょ!

 

 ともかく、市民の人命が第一なのだ。

 イスカ少尉達にそれを任せるとして、これ以上状況が悪くならないよう王国軍と反乱軍の衝突は避けなければならない。

 

 しかしこんな状況でも朗報がある。

 

「クロコダイルの国盗りですが、たとえそれが成功したとしても世界政府はクロコダイルを認めることはないでしょう。これから自供の証拠品を提出しますし、すでにスモーカー大佐から本部へ連絡していると思います」

 

 たとえクロコダイルがネフェルタリ家を滅ぼしたとしても、彼が王として政府に認められることはまずないだろう。

 

 それをビビ王女も理解しているのか、覚悟はすでに決まっているような表情で頷く。

 

「ちなみに反乱軍を止めると仰っていましたが、勝算は?」

「反乱軍のリーダーが私の幼馴染なの。だから、もしかしたら、私の声が届くと思って………」

 

 確かに一国の王女であり幼馴染の少女が、健気に止めようとすれば多少話を聞いてくれるかもしれない。

 

「反乱軍の中にもバロックワークスの人間が潜んでいるかもしれません。私も貴方の説得に付いて行き、お守りしますよ」

「あ、ありがとう………!」

「それから王国軍にもバロックワークスの人間がいるのでしょう?アルバーナにいる私の部隊に任せても良いですが、国に所属する者に調べさせた方が確実です。

 今から宮殿に残している海兵に電伝虫を繋ぎますので、信用に足り得る方の名前を教えてください」

「それなら、チャカやペルに!」

 

 ビビ王女に頷き、宮殿の待機組に小電伝虫をかける。

 部隊を二つに分けといて良かった。

 しかし電波(?)が悪いのか中々繋がらない。

 

「……………ねえ、ルフィ。本当に、本当にあの人アンタのお姉さんなの?」

「前に会ったエースって奴は百歩譲って分かるとして、似てないにも程があるだろ」

「アンとは血が繋がってねえからな」

 

 オレンジ髪の少女──ナミさんとウソップ君にルフィがあっけらかんと答える。

 

 海賊と協力する海兵なんて中々いないし、不審そうに見られるのは分かる。現にゾロ君なんて隠しもしないで私を警戒して睨み付けていた(何故サンジ君だけ歓迎モードなのは分からないが………)

 

「───なあ、アン。何でクロコダイルをぶっ飛ばせたんだ?」

 

 するとルフィが尋ねてくる。

 もしかしてガープさんから覇気のことを教わってない?

 そう聞けば「はき?」と首を傾げたため、おそらく伝授されていないのだろう。

 

「覇気っていうのは、ええと……簡単に説明すると『意志の力』を戦闘技能として使う一種の能力みたいなものかな。ほら、殺気とか気合いとかあるでしょ?あれを最大限まで研ぎ澄ませれば、相手の攻撃を防いだり動きを先読みすることが、」

「気合いでどうにかなんのか?」

「ううん、そうだけど、そうなのかな……?」

 

 ルフィの言葉にどうしたものかと悩む。

 改めて覇気について分かりやすく説明するのは難しいな。

 

「ともかくそういった技能があるのよ。でもクロコダイルを倒したいなら覇気なんて使わなくても色々あるんじゃない?水責めとか………」

「水?」

「うん。相手は砂だし」

 

 というかルフィ、まさかクロコダイルを倒すつもりなのだろうか。………ん?あ、あれ?

 

「そういえば何でルフィ達ってビビ王女と一緒にいるの?」

「言ってなかったか?クロコダイルをぶっ飛ばすためだよ」

「ルフィのお姉さん!聞いて!私達はビビをアラバスタに無事送り届けるために一緒にいるだけなの!」

「そうそう!あわよくばクロコダイルの野郎もぶっ飛ばせたらなーって思ってるだけで、決してビビを誘拐していたというわけではなく!」

 

 ナミさんとウソップ君が私達の会話に慌てた様子で割って入る。

 

 それを聞いて何となく状況を理解した。

 そして同時に、彼らのお人好しな性質に思わず苦笑してしまう。

 

 ガープさんからルフィが海賊になったと聞いた時、どうしたものかと不安に思っていたのだ。

 けれど彼は良い仲間を見つけたらしい。

 クロコダイルは海軍の方で処理するつもりだけど、ルフィの気持ちも汲んでやりたくなる。

 

「…………ルフィ、もし私達よりも先にクロコダイルに会っても逃げた方が良いよ。海兵部隊で彼を捕縛するか。七武海を正式に除名後、中将を派遣してクロコダイルを捕まえるから何もルフィが手を下す必要はない」

「やだね。俺がアイツをぶっ飛ばすのと関係ねえじゃねえか」

「いや、まあ、それはそうかもしれないけど………」

 

 けれどその瞬間、絶対にあり得ないはずなのに、何故かルフィがクロコダイルを倒すという予感めいたものを感じた。

 

 

 

 



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第20話 反乱軍と王女の再会

 

 

 

 アルバーナ南門の前に広がる砂漠の中心地。

 そこで私はビビ王女といつの間にか合流していた巨大カルガモのカルーとともに、反乱軍を待ち受けていた。

 そしてルフィ達はビビ王女のふりをして先にアルバーナへ向かっている。

 

「拡声器付きの電伝虫があれば良かったんですが………。もし反乱軍が気付かず侵攻するなら、貴方を抱えて逃げますからね」

「そんなこと、しなくて大丈夫よ」

 

 ビビ王女は震えながら続けた。

 

「リーダーを、反乱軍を止めるためなら、私は死んでもここから動かない」

「───…………」

「あッ!でも貴方は危なくなったらカルーと一緒に逃げて!あれ、海兵に逃げてって言うのは、おかしいわよね……!」

 

 慌てた様子で首を振るビビ王女に思わず苦笑してしまう。

 

 この人の気配は何というか、とても暖かい。

 この世界の王族は、もっとこう、高飛車で選民思想の人達が多いのだ。そんな中で彼女のような人がいると思うと一人の海兵として守りたくもなる。

 

 そしてふと、ここに来るまでのことを思い出した。

 

 ここに来るまでチャカという人物に王国軍の中にバロックワークスらしき社員が潜んでいる可能性があると小電伝虫で伝えたのだ。

 すでにバロックワークスの刺青を入れた兵士が複数見つかっているようで、続々と捕縛されているらしい。

 またイスカ少尉はたしぎ曹長と協力して市民の避難を進めており、現在アルバーナの街の外に集められているそうだ。

 

(もし反乱軍が止められなかった場合も考慮して、アルバーナの門に国王軍が配置されているみたいだけど…………)

 

 アルバーナの南門の上に目視では豆粒のような人影しか見えないものの、戦前のひりついた気配を何百と感じる。

 

(もしかしたらあそこの中にバロックワークスの社員が……いるのかな?いないよね?チャカさん頑張って見つけてるって子電伝虫で聞いたし。いや、でもいたらどうしよう。それに反乱軍の中にもきっと社員はいるだろうし………)

 

 そう思いながら不安に思っていると、砂漠の地平線から砂煙が上がるのが見えた。

 

 目視しなくとも気配で分かる。反乱軍がラクダに乗ってこちらに向かって来ているのだ。

 その勢いと熱気は津波のように地平線から迫り、空気を震わせるような怒声が埋め尽くす。

 

 狂気。

 

 冷静さを失ったそれが砂煙を立てて、アルバーナへ侵攻しようとする。

 そして次の瞬間、ビビ王女は声を上げた。

 

「───止まりなさい!!反乱軍!!」

 

「止まって!!この戦いは仕組まれてるの!!!」

 

「止まりなさい!!!」

 

 張り裂けそうな声を震わせてビビ王女が叫ぶ。

 目の前に広がる巨大な反乱軍に引くことなく叫ぶ彼女に、私も普段腹から出さない声を頑張って出そうとする。

 

 ───しかしその時、国王軍のいる南門から明確な敵意と大砲が撃たれる音がした。

 

 振り返れば、砲弾が近付いてくる。

 

「………───ッ!」

 

 月歩でそれを足で誘導し、上空へ向かって勢いよく蹴り上げた。

 そして宙に飛んだ砲弾は、まるで花火のように爆発する。

 

 反乱軍は咄嗟にラクダの手綱をひき、立ち止まる。

 上空で放たれた轟音と爆発の光に皆空を見上げる。

 

 辺りは一瞬、静寂に包まれた。

 

 

「止まって!!リーダー!!!」

 

 

 ビビ王女が叫ぶ。

 それに反乱軍の一番先頭にいた、サングラスの男は呆けたように口を開いた。

 

「───お前、ビビか………?」

 

 

 

 ◇

 

 

 

(い、いたーーー!国王軍の中にバロックワークスの社員まだいた!!)

 

 南門に配置されている国王軍の中にバロックワークスの社員(もしくは先走って攻撃をした兵士)がいたことに、未だに心臓がどきどきしている。

 

 砲弾によって奇しくも反乱軍を止められたものの………咄嗟のことで武装色の覇気を完全に纏い切れず、弾をいなした方の足は死ぬ程痛かった。多分折れてるかも………。

 

 そして足を抱えて蹲る私の横で、ビビ王女が反乱軍のリーダーであるコーザさんに説明している。

 

「───って、海兵さん!?足は大丈夫なの!?」

「お、お気になさらず………。それより反乱軍の中にもおそらくバロックワークスの社員がいます。ええと、そこと、そこと、そこにいる人が怪しいです」

 

 ある程度話が終わったのか、蹲る私にビビ王女が目を白黒させて心配する。

 そんな彼女に先程から計画が破綻した焦燥や動揺、また敵意を向けてくる気配を辿り、その者達を指差した。

 

「バロックワークスの社員には、体の一部に分かりやすく刺青が彫られています。今差した人達や………反乱軍にいながらも見覚えのない人達の身体検査をしてみてください」

 

 そう言えば、その周りにいる反乱軍の男達は慌てたように奴らの身包みを剥がし出す。

 もしバロックワークスの社員じゃなかったら本当に申し訳ないが、逃げようとしている時点で確定だろう。

 

 とりあえず足は痛いが、武装色の覇気を纏えば動かせないこともない。

 

「私は先にアルバーナへ向かい、行方不明になっているコブラ国王の捜索をします。なので、ここから別行動になりますが………アルバーナにはまだバロックワークスの社員達が潜んでいる可能性があります。だから、その、ビビ王女のことは………」

「ああ、俺達が死んでも守る」

 

 コーザさんの言葉にほっと安堵する。

 

 コブラ国王の捜索やクロコダイルの捕縛。

 やることが多すぎて、最後までビビ王女を護衛できないのが心残りだが、反乱軍の人達には頑張ってほしい。

 

 その時、子電伝虫がぶるぶると震え出した。

 ちょうど良いタイミングだ。

 

「お疲れ様です。無事反乱軍の説得は成功しまし………」

『アン大佐、大変です!コブラ国王を人質にとったクロコダイルが宮殿へ現れました!また一時間後、宮前広場に巨大な砲弾が……にグァッ!!?』

 

 通信向こうの海兵の言葉が途切れる。

 その瞬間、さっと身体中の血の気が引いた。

 

 そして海兵の声とは違う別の者の声が聞こえてくる。

 

『───やあ、三世』

 

 クロコダイルの声に、頭の中で警戒音が鳴り響いた。

 

 

 

 



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第21話 大砲のありか(一部第三者視点)

 

 

 通信の向こうから、全ての元凶が囁いてきた。

 

 七武海サー・クロコダイル。

 クロコダイルに襲われただろう海兵やコブラ国王の安否、そして広間に放たれる砲弾が気になる。

 

『随分と行動が遅いじゃねえか。反乱軍の説得に時間を割いたせいで、この国の王が死ぬぞ』

 

 ───それはおそらく考えられない。

 海軍側に国盗りを暴かれてしまった現状で、クロコダイルがコブラ国王を殺すメリットは少ないのだ。

 ただ彼が国王を人質にとっているのなら、彼から何か引き出したいのか。まだアラバスタに用があるのかだろう。

 

「貴方の目的は何ですか?もう、この国を奪うだけが目的では無いのでしょう」

『勘が良いな。だが、もう遅い』

 

 そう言って通信が切れる。

 

 切れた通信に冷や汗が流れた。

 そしてすぐにイスカ少尉の子電伝虫に繋ぐ。

 

「イスカ少尉、市民の避難は?」

『完了しております。また街に潜んでいたビリオンズらしき者達はたしぎ曹長の部隊と粗方一掃し終えました。ただオフィサーエージェント達は見つからず………』

「………分かりました。それでは今から貴方達はたしぎ曹長の部隊とともにアルバーナに残っている国王軍の兵士達を避難させてください」

 

 イスカ少尉の戸惑ったような空気が通信越しにも分かる。

 それに構わず、先程宮殿に残していた海兵の言葉を伝えた。

 

「今から一時間後、宮殿広間に砲撃が放たれます。おそらく大規模になると思われますので、いち早く周辺区域にいる兵士達を避難させ、貴方達は大砲の在処と狙撃手を捜索してください」

『砲撃が……!?アン大佐は!?』

「クロコダイルがコブラ国王を人質にとっているので、その救出に向かいます」

 

 国王軍と反乱軍の戦いは止められたものの、事態は更に悪くなっていく。

 おまけに七武海が国盗りを目論んでいたことに加え、首都の破壊なんて仕出かしたら海軍の信用は地に落ちるだろう。

 

 そう考えながら、くるりとビビ王女の方へ振り返る。

 

「ビビ王女。そういうことですので、ここで避難していてください」

「ちょっと待って………ッ!」

「それでは失礼します」

 

 おそらく折れた右足が痛い。

 それに無理矢理武装色の覇気を纏わせ、アルバーナへ駆け出した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「───で、どうすんだ?」

 

 砂漠の真ん中にて、反乱軍の兵達とこの国の王女ネフェルタリ・ビビが取り残される。

 そんな中、反乱軍のリーダーであるコーザが横で小刻みに震えているビビに話しかけた。

 

「ルフィさんのお姉さんだけあって話を聞かないんだから………!広場に砲撃?そんなの、私達も止めに行くに決まってるでしょう」

「だな。それに俺達の方がこの国に詳しい。大砲のありかもすぐ見つかるだろう」

 

 コーザも、そして後ろに控える反乱軍の兵士達も覚悟が決まったような、それでいて晴れやかな笑みでビビの言葉に頷いてみせた。

 

「ここは私達の国なのよ。私達が守らなきゃ。───諦めの悪さは、あの人達に教わったんだから!」

 

 反乱軍が鬨の声を上げる。

 

 かつてアラバスタ王国で共に過ごした面々が、巨大カルガモに乗った王女の後を追う。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

『すみません!アン大佐!国王軍の兵士達に説明したところ、自分らも砲撃を止めると言って聞かなくて………!』

「え」

『おまけに反乱軍の方とも合流し、大砲と狙撃手の居場所をアルバーナ中で捜索しています!』

「え、え?」

 

 見聞色の覇気でクロコダイルの気配を探す最中、イスカ少尉からの子電伝虫の通信を取れば、そう報告される。

 

 七武海が仕出かしたことは、あくまで海軍及び世界政府が責任を取らなければならない。そんな思いで国王軍と反乱軍に避難するよう言ったのだが………

 

「……………」

 

 も、もしかしたら海兵なんて頼りにならないし、自分達で何とかせねばと思われているのだろうか。

 

 アラバスタ王国に対する申し訳なさと宮殿に残した海兵達やコブラ国王の安否、そして広場の砲撃等………。折れた右足よりも、胃が捻りあげられたかのようにきりきりと痛んだ。

 

 

 

 



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第22話 決着

 

 

 クロコダイルの不気味な気配が移動する。

 移動先は何故か地下からで、クロコダイルやレインベースのカジノにいた女の他に、息も絶え絶えなコブラ国王らしき気と──ルフィの気配がする。

 

 アルバーナの地下からの荒々しすぎる気の衝突に、何が起こっているかはっきりと分かった。

 ルフィがクロコダイルと闘っているのだ。

 

(ガープさんからの指導があるとはいえ、ルフィは覇気の存在を知らなかった。そんな彼があいつに単独で勝てるとは思えない)

 

 クロコダイルと初めて会った時のことを思い出す。

 

 マリンフォードの海軍本部にて、七武海会議の帰りらしきクロコダイルとたまたま鉢合わせてしまった。

 

『お前があのガープの孫娘か。その小賢しそうな面と言い、英雄殿とは似ても似つかない』

 

 ちょうど虫の居所が悪かった時に会ったのが悪かった。

 笑って場を流そうとすれば、それすらも「薄気味悪い」と言われてしまう。

 

 クロコダイルは覇気使いではないけれど、あの人の底知れない威圧感とけぶるような血の匂いがとても恐ろしかったのを覚えている。

 

 ルフィがクロコダイルを倒すだなんて、そんな予感めいたものを感じたが、やはり無理だろう。ルフィが奴に太刀打ちできるとは思えない。

 

 

 ───しかしその瞬間、暴風雨のような荒々しい覇気が体を貫いた。

 

 

 アルバーナの地下から、いやおそらくルフィから放たれただろう覇気に思わず足が止まる。

 

 圧倒的な覇王色の覇気。

 

 幼い頃にシャンクスさんの覇気によって気絶したことを思い出す。その時の覇気と全く同じであった。

 

 次の瞬間、クロコダイルの気配が一瞬にして遠くなる。

 

「まさか………」

 

 どちらが勝ったのか、本能的に分かってしまった。

 

 ルフィだ。ルフィが勝ってしまった。

 

 やがて空から雨が降り始める。

 針みたいな細い雨が優しく降り注ぎ、アルバーナの町の喧騒を洗い流すようだった。

 

 そして、目の前からルフィを背負った男が現れる。

 クロコダイルに誘拐されていたはずのコブラ国王だ。

 

「……………モンキー・D・アン大佐か」

「はい。クロコダイルとニコ・ロビンは?」

「ニコ・ロビンは消えたよ。それからクロコダイルは………彼が倒してくれた」

 

 砂埃や血で汚れた国王が、気絶しているルフィに笑みを浮かべ穏やかに話す。

 そんな彼に私は自然と口が動いていた。

 

「───申し訳ありません。七武海のクロコダイルをここまで野放しにし、この国を追い詰めてしまったこと。何と謝罪すれば良いか………」

 

 政府から正式な謝罪や賠償が来るかは分からない。ここで私個人が謝罪しても意味はなく、余計話がこじれてしまうかもしれない。

 けれどけじめとして、そう言わざるを得なかった。

 

「……………君はクロコダイルの目的を見破り、我々に教えてくれたろう。責めるような真似はせん」

 

 するとその時、複数の気配がこちらに向かって来るのが分かった。

 振り返れば、そこには麦わらの一味達が集まっていた。

 皆姿はぼろぼろで、ウソップ君なんて包帯でぐるぐる巻きにされている。

 

「彼らは?」

「麦わらの一味です。………貴方の背に背負われているルフィの仲間で、ビビ王女をここまで送り届けてくれました」

 

 そう返せば、コブラ国王は深く息を吐き私に言う。

 

「アン大佐、私から頼む。どうか今だけは、そこにいる海賊達を見逃してくれないか」

 

 それに頷くしかない。

 

 まだまだ雨は降り注ぐ。

 アラバスタの動乱が終わったのだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

『───思ったよりもうまくやったじゃないか。ちょっとばかしきな臭いとは思っていたが、クロコダイルが国盗りとはね。お前が無事で良かったよ』

 

 数日後、アルバーナに構えている海軍の拠点にて。

 一先ず上司であるおつるさんに連絡したところ、彼女はころころと笑いながら言った。

 

 それに「何もできなかった」と首を振る。

 私達海兵がやったことは、ルフィ達麦わらの一味のやったことに比べて随分と些細なものだ。

 

 私は本当に、何もできなかったのだから。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 あれからクロコダイルは海軍によって捕縛され、国盗りに協力したオフィサーエージェントやバロックワークスの社員達も彼とともに、インペルダウンへ収監されることが決まった。

 

 そしてアラバスタ王国は、現在復興に向けて動いている。

 

 宮前広間への砲撃は無事止められ、また別に仕掛けられていた時限式爆弾の砲弾は、ペルというハヤブサの姿に変えられる者によって広大な砂漠の上空へ移動されたらしい。

 国王軍と反乱軍、それから海兵達による捜索で早々と見つけられた砲弾は、時間が充分あったことにより被害の届かない場所へ移されたのだ。

 

 それから国王軍と反乱軍の衝突もなく、市民の避難もあらかじめしていたため負傷者は限りなく抑えられた。クロコダイルに襲われた宮殿の海兵も運良く生きている。

 この世界の人達は殊更丈夫であり、ちょっとやそっとのことじゃ死なないけれど………こうして被害が抑えられたことに安堵する。

 

『それからクロコダイルの討伐の件だが、アンの部隊とスモーカーの部隊により討伐されたということになったよ』

「え、それはちょっと。私達が討伐したわけではありませんが………そうしないと海軍の面目は丸潰れなのは分かりますけど。スモーカー大佐は何と?」

『言わずも分かるだろう。あの子がお前みたいに素直に頷くわけないじゃないか』

「な、なるほど………」

 

 おつるさんが通信の向こうでにんまりと笑っている気がした。彼女はスモーカー大佐やたしぎ曹長みたいな真っ直ぐで不器用な人達を殊更気に入る節がある。

 おつるさんも上層部の人間とはいえ、簡単に政府の言いなりにならない彼らの気高さは面倒くさくもあり、心地良いのかもしれない。

 

『アン、代表としてアラバスタ王国の交渉を任すよ』

「口裏を合わせないといけませんからね。あとクロコダイルを野放しにしていた責任をどうするか。…………上層部の意向はありますか?」

『政府としてはアラバスタ王国に謝罪はしないそうだ。政府の目の届かぬところで、クロコダイルが勝手に行ったことだからね。こちらとしては、責任も何もないという姿勢を貫くわけさ』

「それは何ともまあ………」

『代わりに世界政府による復興予算の確保と世界会議での多少優遇を保証する。これでどうにか丸く収めておくれ』

 

 後に、正式に政府からアラバスタ王国に伝達されるとして。この私がコブラ国王に交渉して良い話なのだろうか。

 

「やっぱりスモーカー大佐に任せてみては………」

『あの子に出来ると思うかい?』

「むしろスモーカー大佐がやった方がうまくいくと思いますよ。こんな訳の分からない小娘よりも良いでしょう」

 

 そう返せば、おつるさんに「馬鹿おっしゃい」と一蹴にされる。いや、割と本気なんだけどな………。

 

 その時、部屋の扉がノックされる。

 部屋に入って来たのは、コーヒーカップを持ったイスカ少尉だった。お茶を淹れてくれたのだろう。

 

 すると電伝虫の通信越しで、おつるさんが呆れたように言い放つ。

 

『…………アン、礼を言うよ。お前は自分で思っているよりもよくやってくれた』

「私ではなく部隊の皆が良い仕事をしただけですよ」

『ふふ、そうかい』

 

 おつるさんの顔をした電伝虫が優しい笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 



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第23話 砂漠の王国アラバスタ

誤字修正、また感想ありがとうございます。


 

 

 アルバーナの中央にある宮殿。

 宮殿前には大勢の海兵がいるため裏門から入ろうとすれば、そこにはすでに私を待つ兵士がいた。

 

「アラバスタ王国近衛騎士のチャカだ。コブラ国王より、モンキー・D・アン大佐を迎えに来た」

「貴方がチャカさんですか。これはご丁寧にどうも。海軍本部大佐モンキー・D・アンです。世界政府および海軍本部の代理として参上いたしました」

 

 上背のあるおかっぱ頭の大男にそう言えば、何故かくすりと笑われる。その笑顔は何なんだ………怖いな………。

 

「そう肩肘を張らなくて良い。コブラ国王がお待ちかねだ」

 

 そして断頭台に登るような気持ちで彼の後をついていった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「───ビビから話は聞いたよ。娘に協力して反乱軍の侵攻を止めてくれたそうだね」

 

 宮殿の応接間にはコブラ国王とアラバスタ王国護衛隊長のイガラム隊長が待機していた。

 コブラ国王に勧められ、向かいのソファに腰を下ろせば早々に言われる。

 

「いえ、反乱軍を止めたのはビビ王女ですよ。私は何もしていません」

「バロックワークスの残党の砲撃から守っただろう。あれが無ければ、反乱軍はそのままアルバーナへ侵攻していたよ」

 

 そうだろうか。何やかんやビビ王女の声が届いて、反乱軍の侵攻は止まりそうでもあるが。

 素直に頷くこともできず曖昧に首を傾げれば、コブラ国王はそんな私に苦笑する。

 

 そして今後の動きについて説明した。

 

「───バロックワークスは政府の手によって解体。主犯のクロコダイルと社員達数百名は司法に預けた後、インペルダウンに収監されます。またバロックワークスの残党は見つけ次第、随時捕縛しております」

「ああ」

「それから政府の今後の基本方針ですが、アラバスタ王国に対する復興予算の捻出と世界会議での発言権を優遇するとのことです」

 

 それにコブラ国王はしばらく沈黙する。

 後ろに控えるイガラム隊長も顔色一つ変えていないあたり、政府の方針に何か思うところがあるのかもしれない。

 

「なるほど。政府の見解は理解した」

 

 しかしコブラ国王がそれからあっさりと頷くものだから「あれ?」と拍子抜けしてしまった。

 

 これまで起きたアラバスタの内乱は多くの犠牲を出してきた。クロコダイルを野放しにしていた海軍を非難すると思っていたが………。

 しかしやはりというか、コブラ国王からある提案がされる。

 

「一つ私から頼みがある。アラバスタ王国に彼らがいる間、目を瞑っていてはくれないだろうか」

 

 彼ら、というのはおそらく麦わらの一味だろう。

 見聞色の覇気で宮殿内からルフィ達の気配がするのが分かる。

 

「…………海賊の秘匿は重罪ですよ」

「おや、あの時の謝罪は嘘だったのかい?」

 

 コブラ国王がとぼけたように言うのに、思わず苦笑してしまった。

 

 おまけにクロコダイルが倒された直後、ルフィを背負ったコブラ国王にした私の個人的な謝罪を引き出すとは。

 ガープさん、この人やっぱりただのお人好しの王様じゃないですよ。

 

「…………せめて領土までで構いませんか?」

「まあ、良いだろう。彼らなら何とかして逃げていくさ」

「ありがとうございます」

 

 陸ではなく、麦わらの一味が海を出たら捕縛する旨を後で伝えなければならない。

 このくらいの譲歩なら、きっと上層部も許してくれるだろう。内乱の戦禍の爪痕が残り、また復興で慌ただしいアラバスタ王国内で派手に動くのは渋られたとでも誤魔化せば良い。

 

(麦わらの一味は無銭飲食と無許可の航海、それから海兵に対する威力業務妨害ってところかな。唯一の賞金首であるルフィもガープさんの孫だから、うまく口添えでもすれば軽い罪で収まる、か………?)

 

 彼らにはアラバスタ王国を救ってくれた恩はあるが、これ以上麦わらの一味を特別扱いすることはできない。

 しかし、ルフィ達を捕まえた暁には彼らも海兵になってくれたらなあとは思う。

 

「アラバスタ王国は君らに助けられたよ」

 

 するとコブラ国王が静かに口を開く。

 

 どこがとも思ったが、イスカ少尉やたしぎ曹長によって市民達は避難され、誰一人傷付くことなく無事である。

 また国王軍と反乱軍、それから海兵達による砲撃の阻止は美談として語られていた。

 

 そして私はというと、本当に何もしていないため居心地が悪い。そんな複雑そうな顔をしていれば、何故かコブラ国王に豪快に笑われてしまった。

 

「君はルフィ君の姉だそうだね。まだ眠っているが、彼に会っていくかい?」

「…………いえ、止めておきます」

 

 ここで私が会いに行ったところで、ルフィ以外の麦わらの一味が気まずくなってしまうかもしれない。

 海兵の私がいない方が良いだろう。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「───海兵さん!」

 

 コブラ国王との謁見の帰り、宮殿の長い廊下を歩いていると後ろから声をかけられた。

 

 ビビ王女だ。後ろには白塗りのメイクをした男も控えており、おそらく彼がペル隊長だろう。

 

「もう行ってしまうんですか?貴方達にもまだ満足にお礼できていないのに………」

「お礼は必要ありませんよ。それにこれから後始末に忙しくなると思うので、そろそろお暇させていただきます」

 

 そう返せば、ビビ王女は少しだけ肩を落とす。

 そんな彼女に私はふと口を開いた。

 

「………ビビ王女、もしルフィが起きたら伝えておいてくれませんか?クロコダイルを倒してくれてありがとう、と」

 

 今回の騒動に決着を付けられたのは、彼による功績が大きい。クロコダイルの討伐もアラバスタ王国の救済も全て海軍の功績になってしまい、懸賞金だけが上がる羽目になるだろう。

 ルフィには申し訳なさを感じるとともに、感謝してもし切れない。

 

「ええ、もちろん!」

 

 ビビ王女が晴れやかな笑みで頷く。

 

 それに敬礼し、私は宮殿から去って行った。

 

 

 

 




これにてアラバスタ編は終わります。


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間章
第24話 海軍本部


 

 

 件のアラバスタ王国について、スモーカー大佐の代わりに大量の書類(報告書、是正処置書etc…)を捌き切り、それをようやく本部へ提出できた。

 

 イスカ少尉や部隊の皆はもちろん、たしぎ曹長にも協力してもらい何とかやり切ったのだが……スモーカー大佐では婉曲的なニュアンスをすることはせず、そのまま報告書を書いてしまいそうなのだ。

 

 また今回の騒動で、彼は海兵としての不甲斐なさを痛感したのか。

 最近は海賊の捕縛に精を出し過ぎているせいで、そちらの報告書も捌かなくてはならず、比較的キャパのある私が担当することになったわけである。

 

 スモーカー大佐は人工降雨船を見つけたというファインプレーをしているにも関わらず、今回特に目立った功績を立てていない私が手柄を立てたみたいな感じになっているのは正直居た堪れない。

 たしぎ曹長やイスカ少尉も市民の避難をしたというのに、上司の私がこんな感じで立場がなかった。

 

 そんなへろへろになりながら本部の通路を歩いていると、目の前からよく知る人の気配がする。

 

 げ、海軍大将──赤犬のサカズキさんだ。

 

 一部の上層部のみ麦わらの一味がクロコダイルを倒したということは周知されているが、私と彼らが何やかんや手を組むことになったという事実は話されていなかったりする。

 スモーカー大佐も流石にそこら辺の顛末は不味いと思ったのか、報告しないでくれたらしい。

 

 だから海賊と手を組んだという証拠はないので、サカズキさんに対して堂々としていれば良いのだ。

 けれど海賊に出し抜かれるとはどういうことだと問い詰められ、もしかしたら最悪殺されるかもしれない。

 

 …………よし、逃げよう。

 

 そして私はくるりと踵を返し、本部の窓から身を投げようとする。

 

 こういう時、見聞色の覇気って便利だな。

 苦手な相手から逃げるための手段としてかなり使える。

 

 しかし見聞色の覇気を使えるのは相手も同じで。

 いつの間にか背後に現れたサカズキさんによって、がしりと首根っこを掴まれた。

 

 お、終わった。

 

「此度のアラバスタ王国の任務ではうまくやったようじゃのう。運の良さはガープさん譲りか」

「え、ええ、そうですね。またスモーカー大佐のお力添えもあり何とか任務をこなすことができました。それに優秀な部下のおかげです」

「そうか。噂によると、ある海賊の小童どもがアラバスタをうろついとったらしいが…………まさかお前も祖父のように手を組んじゃあるまいな?」

「当たり前じゃないですか〜〜!そもそもどんな流れで海兵と海賊が手を組むことになるんですか!」

 

 こ、怖ーー!

 きっとサカズキさん、ガープさんがロックスの件でゴールド・ロジャー(実父)と手を組んだことを引き合いに出してるんだ。

 

 まっさか〜!と誤魔化してみるものの、サカズキさんの顔があまりにも怖すぎて直視できない。

 

 もしかして私がルフィ達と一時的に手を組んだのバレていたりする?

 もしかしてアラバスタ王国のコブラ国王やビビ王女辺りからリークされてる?でもこのこと、話さないって約束してくれたんだけどなあ………!

 

 そんなことをぐるぐると考えながら棒立ちのように立ち尽くしていると、サカズキさんが大きな溜め息を吐いた。

 

「お前のことじゃからワシに嘘を吐けるほどの度胸は無いだろうが………もし海賊と手でも組んでみろ。ワシが責任持ってお前を殺す」

「え!?も、もちろん!そんな心配はご無用かと思いますが!」

 

 そしてサカズキさんが私の首根っこをぽいとはなす。

 死期が延びただけなような気もするが、とりあえずこの場を乗り越えられたことに安堵した。

 

 しかしこのままだとサカズキさんの説教が始まりそうだぞと思っていると、ふと彼の持っている茶封筒が目に入る。

 

「センゴクさんへの書類の提出ですか?サカズキさん自らされるのは珍しいですね」

 

 分かりやすく話を変えた私にサカズキさんが眉を顰めるものの、彼はしばらく思案した後口を開いた。

 

「今暇じゃろう」

 

 何でそんな断定的な話し方をするんだ………?

 確かにやることはやったため、後は自分の部隊に戻ってイスカ少尉達に六式の訓練を見るくらいだが………。

 

 そしてサカズキさんは私にその厚さのある茶封筒を押し付ける。

 

「シャボンディ諸島に常駐しているワシの部下に渡してこい」

「お、お使いですね。承知しました」

「それから島にいる海賊どもを一掃してこい。それが終わったら鍛錬だ。そのだらけきった性根を叩き直しちゃる。良いか?お前はただでさえ、出…………」

「しゅつ?」

 

 けれどそこでサカズキさんは沈黙する。

 

 ただでさえ……ただでさえ、しゅつって何……?

 きっと精神的にだらしないとか才能がないとか言おうとしてるのは分かるけど、あのサカズキさんが言葉を選んでいるのは珍しい。

 

「……………」

「あ、サカズキさん!ちょっと!」

 

 するとサカズキさんは制止する私を気にも留めず、そのままのしのしと立ち去って行ってしまった。

 

 な、何だったんだろう。一先ず助かったかな?と思ったものの、シャボンディ諸島から帰ってきた後に待ち受ける彼主導の訓練に吐きそうになる。

 

 あの人、私の直属の上司じゃないんだけどなあ。

 私の管轄はどちらかと言うとおつるさんになるのだが、部隊の設立に推薦したのがサカズキさんというのもあって、彼の派閥に片足を突っ込んでいる状態だ。

 

(私が海賊王の娘って知ったら、サカズキさんどうなるんだろう)

 

 いや、考えるまでもなくノータイムで殺すだろう。

 そもそも海賊と手を組んだだけで殺すとか言ってたし。

 

 ………それよりも、シャボンディ諸島かあ。

 あの島は人攫いや奴隷などがたくさんいて嫌な気持ちになる。おまけに運が悪ければ『天竜人』もいるのだ。

 そんな場所に長々と居座れば居座るほど厄介ごとに巻き込まれるだろう。

 

 とりあえずさっさとサカズキさんのお使いを終わらせて海賊達を捕縛しよう。

 その後待っているのは地獄であるが、天竜人に目をつけられるよりも遥かに良い。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「───あの!」

 

 イスカ少尉に子伝電虫でシャボンディ諸島へ向かうと伝えていると、本部の廊下で後ろから声を掛けられた。

 

 ふと後ろを振り向けば、ピンク髪に丸眼鏡を額にかけた青年とそんな彼に慌てた様子で「止めろって!」と止めに入っている特徴的な顎の青年がいる。

 

 誰だろ、と一瞬思ったが、そういえばガープさんのもとで話題になっている若い海兵コンビが二人みたいな容姿であったのを思い出した。

 

「ガープ中将部隊所属海軍本部曹長のコビーです!たまたまアン大佐のことをお見かけしましたので、無礼かと思いましたがご挨拶に伺いました」

「それはどうもご丁寧に。すでにガープ中将から聞いているかもしれませんが、海軍本部大佐のモンキー・D・アンです。そちらの方は?」

「か、海軍本部軍曹ヘルメッポです」

「ヘルメッポ軍曹ですね。よろしくお願いします」

 

 こうやって私にわざわざ話しかけてくれる人はかなり珍しかったりする。

 昔から私と関わり合いのある海兵達(覇気や六式の修行に付き合ってくれた人達)は「鍛錬してるか?」と割と声をかけてくれたりするが、関係性の薄い人達からはあまり話しかけられない。

 

 英雄の孫であり、コネ昇進でのし上がった三世として見られているからなのだが………チクチクと突き刺さる妬みや軽蔑の視線に居た堪れなくなって、私から逃げていたりもするのだった。

 

(何だろう。見聞色の覇気からするに嫌な感じはないんだけど………。あれかな、ゴシップ的に気になるとかそういった感じで話しかけてきたのかな)

 

「それでですね………!アラバスタ王国にルフィさんがいたという噂を聞いて、何か知っていないかと」

「…………ルフィ?ルフィと知り合いなんですか?」

「ええ!彼は僕の恩人なんです」

「馬鹿野郎!相手はルフィの姉とは言え赤犬の秘蔵っ子なんだぞ!そんなこと言ったら………!」

 

 秘蔵っ子?

 

 ヘルメッポ軍曹の言葉に首を傾げながらも、コビー曹長の口から出た義理の弟の存在にふと納得する。

 

 ああ、なるほど。ルフィ関係か。

 アラバスタ王国のビビ王女といい、きっと彼も海兵でありながらルフィに救われた一人なんだろう。だから表向き姉である私に声をかけたということか。

 

「申し訳ありません。アラバスタ王国にいたとはいえ、彼とはあまり関わることがなかったので………」

「そ、そうなんですか」

「また何か彼の情報を掴んだら貴方に教えますよ。ただ相手は海賊ですので表立って話せませんが」

 

 そう返せば、コビー曹長はぱっと表情を明るくする。

 

 うんうん。ルフィのファンって感じだな。反対にヘルメッポ軍曹は複雑そうな顔をしているが。

 

 イスカ少尉も待っているだろうしこの辺りで踵を返そうとすれば、コビー曹長は朗らかに口を開いた。

 

「それから、是非とも貴方とお話が出来たらと思いまして」

「…………私と?」

「はい!幼い頃から覇気や六式をマスターし、若くして活躍されるアン大佐は同世代からの憧れですよ」

 

 え、ええ、え?そうなの!?

 …………いや、そんなわけないな。

 

 私が10歳の頃にマリンフォードに来て、今の今までボンクラ三世として見られない日はなかったりするのだ。

 私のコミュニケーション能力の低さも相まって軍学校でも基本的にぼっちだったし、海軍に入隊してからも同じくぼっちしていた。

 それに、同世代からの視線なんて大抵良くないものが多い。

 

 まあ、彼が本当に私に対してプラスの感情を持っていたとしても、上官であるガープ中将の孫として見ているだけに過ぎないだろう。

 簡単に浮かれてはいけないなと思いながら一人頷いていると、コビー曹長は静かに話しだす。

 

「よく話を聞くんです。アン大佐のことを」

「話?」

「ええ。最近アン大佐の部隊の方々が本部にいらっしゃるでしょう?彼らから貴方の話を聞くんです」

 

 上司の話と言ったら陰口くらいしか無いよね?

 そう思ったものの、コビー曹長の口ぶりからしてそういった類のものではないと察する。

 

「前線に自ら立ち、市民の命を優先される海兵の鑑だと」

「それに意外と取っ付きやすくて良い上司だってな。修行だって見てやってるんでしょう?」

 

 コビー曹長に続き、まるで苦虫を噛み潰したようにヘルメッポ軍曹が話す。

 確かにアラバスタ王国の騒動が終わって、本部では書類業務の合間に部下達に六式の訓練を見ていた。

 

「世間にはボンクラ二世や三世どもがうろうろいますが、アン大佐がそいつらとは違うって分かるっすよ」

 

 そんなヘルメッポ軍曹に何故かコビー曹長は苦笑する。

 

 そういえば彼らの言う通り、思い返してみれば最近自分に対する視線の種類が少し違うような気もする。

 むず痒いような。見聞色の覇気で察知してもそれが何なのか分からない感情を向けられ、不思議に思っていたのだが………。

 

 しかし今思えば、あれは部隊の部下達が私に向けてくれる信頼の感情に近かったかもしれない。

 

 何だろう。こんな身の上だけど、海軍で少しずつ居場所が出来つつあるのかな。

 相変わらず綱渡りな現状でも、こうも他人から褒められると嬉しくなる。

 

「あ、ありがとうございます…………」

 

 そしてどぎまぎしながら礼を言えば、若い海兵二人は一瞬きょとんとした後どこか微笑ましそうに笑った。

 

 

 

 



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第25話 束の間の平穏

 

 

 

 

 シャボンディ諸島に着き、サカズキさんの部下の方に書類を渡した後。島で乱闘騒ぎをしている海賊や人攫いを目論む海賊達を数十人捕縛した辺りで、そろそろ帰ろうかと思っていた。

 

 しかしそんな時、一人の老人と出会ってしまった。

 

「おじいちゃん、本当に大丈夫?一人で帰れる?」

「お嬢さん、心遣い感謝するが平気さ」

 

 オークション会場付近の飲み屋の前で、高齢の男性がぐっすりと寝こけていたのだ。

 そんな人攫いにあえて狙われにいっているような老人に心配になり声を掛けたものの、何故か飄々と返される。

 

 本当に大丈夫なのか?

 そう思い見聞色の覇気で読み取れば、嫌味なくらいの自信と私に対して微笑ましいものを見るような気持ちを感知する。

 

 もしかしてこの人、酔っ払ってる?

 逆に心配になってきたんだが………。

 

 すると老人は私の顔をじっと見つめ口を開いた。

 

「君はもしかして…………海軍のアン大佐かい?」

「ええ、ご存知でしたか」

「…………そうか。君のような有名人と出会えたんだ。やはり家まで送ってもらおうかな」

 

 そんな彼の言葉に「もちろん」と頷く。

 海賊では無さそうだし、悪人特有の嫌な感じもしない。

 

 しかし、そのどこかで見たことのあるような顔に違和感を覚えた。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

「コーディング屋のレイさん?」

「ああ、皆からはそう呼ばれている。お嬢さんも是非そう呼んでくれ」

「それじゃあ、レイさんと」

 

 そう呼べば、レイさんはくすりと笑った。

 

 彼は13番GRに位置する『シャッキー’S ぼったくりBAR』という酒場に世話になっているらしい。

 羽織っている海軍将校のコートのおかげで無法者達もわざわざ突っかかってこない。そのためスムーズに移動することが出来ていた。

 

 そんなレイさんと横並びで歩いているのだが、ふと彼から視線を感じる。

 

 何故だろう。この人は私を通して誰かを見ているような気がするのだ。

 ちらりと彼の方に顔を向ければ、懐旧の念が綯い交ぜとなった薄い色素の瞳で私を見つめていた。

 

 私を通して、誰を見ているんだろう。

 

 するとレイさんは静かに話し出した。

 

「───昔、私は船乗りをしていてね。かつての船長が、娘が生まれたら『アン』と名付けると決めておったよ」

「私と同じ名前ですね」

「ああ、生まれてくるであろう子に名前を付けるだなんて。そんな普通の親のようなことをするあいつが珍しくてね。柄じゃあないのか、他の奴には言っていないようだったが」

 

 懐かしむように話すレイさんに自然と私も笑みが浮かぶ。

 『アン』という名前はそれほど珍しくない。きっと私の名前を聞いて、その人のことを思い出していたんだろう。

 

「今はその方は?」

「もう随分昔に亡くなったよ」

「……………申し訳ありません」

 

 はっと謝れば、レイさんが首を振る。

 そして彼はゆっくりと言い放った。

 

「その男と君は全く似ていないのに、何故か繋がりを感じてしまう」

「繋がり?」

「ああ、顔や性格なんかではない。君といると、まるであいつのそばにいるような心地がするんだ」

 

 「いや、全く似ていないのにな」と心底不思議そうな顔をするレイさんに私も何とも言えない顔をする。

 

「どんな人だったんですか?」

「もうめちゃくちゃな奴だったよ。人の話は聞かない、思い付きで行動する───豪快で、楽天家で、仲間想いの良い奴だった。君のような真面目そうな子からは人気はなかったがね」

 

 キザっぽく片目を瞑るレイさんに苦笑する。

 確かに私は真面目な人の方がタイプだ。

 

「君はどうして海兵に?」

 

 するとレイさんがじっと私を見つめて尋ねる。

 そんな彼の言葉に当たり障りのない言葉で返答をしようと思ったが、レイさんの澄んだ瞳にいつの間にか口が勝手に動いていた。

 

「───私は最初から海兵になることが決まっていて、望んで海兵になったわけではないんです」

「…………そうか。辞められはしないのかい?協力できることがあれば手を貸すが」

 

 流石に海兵のいざこざに市民を巻き込むことはできない。

 親切から言ってくれたであろう老人のアドバイスに首を横に振る。

 

 それに最近は「海兵になって良かった」なんて思うこともあるのだ。

 

「でも海兵になって良かったって思うこともあるんですよ。誰かを助けることができたり、最近だと海兵の同僚が褒めてくれたりしたんです」

 

 そう話せば、レイさんは眩しいものを見るかのように目を細める。

 

「すごく大変だし死ぬかもしれないと思ったことはたくさんあるけれど、市民の命を救えるとやっぱり海兵になって良かったって思えるんです。…………それに、海軍には私に対して目をかけてくれたり、信頼してくれる人もいるって分かってるから」

 

 たまに試されることはあるけれど、私の出自の複雑さを理解し、一海兵として接してくれようとするセンゴクさん。

 私をここまで強くし、見捨てず導いてくれるガープさんやおつるさん。

 

 イスカ少尉を筆頭に尽くしてくれる部隊の部下達や、先日本部で話しかけてくれたコビー曹長とヘルメッポ軍曹。

 

 そしてよく分からないが、何やかんや鍛錬に付き合ってくれるサカズキさん。

 

 居心地の悪さを感じることは多々あるし、正直『コネ三世』として見られる風潮に嫌な気持ちにもなるが、目をかけてくれる人はいるのだ。

 

(最初の頃はずっと辞めたいと思っていたんだけどな………)

 

 もちろん今も辞めたいことには変わりはないが、あの頃と比べてほんの少しばかり気持ちが変わりつつあるのも事実だった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 何かあったらいつでも連絡するように。

 

 そうレイさんから電伝虫の番号を渡されて幾数日。

 シャボンディ諸島から去った私はあれから本部周辺で待機しつつ、おつるさんからの命令で新世界を目指す海賊達を捕縛していた。

 

 そんな中で部隊の皆がそれぞれ六式の鍛錬をし、イスカ少尉や複数名は既に『剃』や『嵐脚』等を修得している。

 

 ちなみに私に師事したおかげで彼らが修得できたということは………情けないことに全くない。

 たまに私達の部隊に顔を出すサカズキさんや、昔私に覇気や六式を教えてくれた海兵の人達による協力が大きいだろう。

 

 そしてその内の一人であるモモンガ中将が、ふと訓練所で休んでいる時にやって来た。

 

「随分と成長したな」

 

 私がまだ海軍の軍学校に入学する前。

 忙しいガープさんやサカズキさんの代わりに、何名かの人達が鍛錬の面倒を持ち回りで見てくれていたのだ。

 

 その内の一人にモモンガ中将もいて、感覚派なガープさんの指導で分からない点を後でこっそり教わっていた。

 顔は少しだけ怖いが面倒見が良く、こうして私達の部隊の鍛錬にも付き合ってくれる仏のような人である。

 

「私なんてまだまだですよ」

「それに評判も良い」

「評判?」

 

 するとモモンガ中将がどこか誇らしげな顔で口を開いた。

 

「ようやく君の努力が報われたようで、私やアン君の訓練に付き合っていた海兵達は喜ばしく思っている。まあ、君はあまり目立つことは嫌がりそうだから、面と向かって言う奴は少ないだろうがね」

 

 確かに私は戦闘の才能がからっきしだしフィジカルも明らかに弱いため、人よりその手の努力をしなければすぐに死んでしまう。

 

 それに良くも悪くもガープさんの孫ということで、常に注目されている身だ。ガープさんの顔に泥を塗らないよう、否が応でも海兵として望まれる態度を取らなければならない。

 

 別に強くなりたいだとか実力を伸ばしたいだとか、高尚な目的はなかったりする。

 

 けれどそうやって他の人から認められるのは、気恥ずかしいけれど素直に嬉しかった。

 

「いやあ、そんな。自分なんて全然………」

 

 そして元日本人らしく謙遜してみれば、モモンガ中将は呆れたように笑みを浮かべた。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

 それから約一ヶ月後のことだった。

 火拳のエースがマーシャル・D・ティーチに敗れ、海軍に捕縛されたのは。

 

 

 

 



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第26話 エースの処刑

 

 

 

「黒髭マーシャル・D・ティーチにより火拳ポートガス・D・エースを捕縛。黒髭は火拳を手土産に七武海入りをし、今後の予定として火拳はマリンフォードの処刑台にて斬首することとなった」

 

 センゴクさんの言葉が遠くに聞こえる。

 

 私と彼以外誰もいない執務室で、窓の逆光によって表情の見えないセンゴクさんが淡々と告げた。

 

「そして処刑人としての役割を───モンキー・D・アン大佐に一任させると世界政府によって決まった」

 

 センゴクさんから感情の揺らぎが見えない。

 私に見聞色の覇気で感知されないよう、きっと意識を制御しているんだと思う。

 

 それが、つらい。

 

 この人が私に対して情のようなものを抱いてくれているからこそ、こうして一上官として話してくれている。

 

 その配慮が余計私にはつらかった。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

「何で自分なんでしょうか」

 

 センゴクさんからの話によると、すでにエースはインペルダウンへ輸送されているらしい。

 エースが捕まったことといい黒髭の七武海入りといい、ガープさんら海軍上層部には知れ渡っているそうだ。

 

 それにしてもどうして自分が処刑人に。

 そう聞けば、センゴクさんは口を開く。

 

「ガウェス王国での王族救出に、先のアラバスタ王国での活躍。更にはこれまでの海賊討伐数と捕縛数、世間からの印象を鑑み、政府はお前を海軍の新たな『英雄』とすることを考えている」

「新たな英雄って………。でも私は」

「生ける伝説の海兵と呼ばれるガープもそしてワシやおつるもとっくに老い、いずれ引退する。それまでに海賊への抑止力と新たな海軍の象徴を社会全体に知らしめなければならないというのが政府の見解だ」

 

 そんなことを言われたって、私が新たな『英雄』としてアピールするのは無理がある。

 だって私はかの海賊王の血を引いているのだから。

 ガープさんの身内ということになっているけれど、その事実が露呈した途端海軍への信用は失墜する。

 

 けれど、その事実を世界政府が知らないからこそ、私の名が挙げられてしまったのだろうか。

 

 その時、ふと嫌な予感がした。

 

 これが海軍の新たな英雄を作るための処刑だとしたら、白髭海賊団二番隊隊長としてエースを処刑するのはわずかに役不足である。

 

 それを考えた時、最悪の予想が脳裏を過ぎった。

 

 エースは、どちらの存在として処刑されるのだろう。

 

 白髭海賊団の二番隊隊長としてか。

 それとも───

 

「まさか、エースの出自が………」

「ああ、火拳ポートガス・D・エースが海賊王の息子であることが世界政府に暴かれた」

「…………どうして」

「海賊捕縛時、感染病検査や血液検査を一通り行うのは知っているな?今回火拳から採取した血液を黒髭海賊団ラフィットが海軍の目を盗んで、世界政府に直接送りつけた。政府直属の研究機関に登録された海賊王の血統因子と奴の血統因子が一致し、火拳の出自が顕になったというわけだ」

 

 海賊王の処刑当時はまだ科学技術が発達していなかったが、ここ数年で遺伝子技術が飛躍し政府や海軍でも遺伝子検査が運用され始め出したことは知っていた。

 私も血液検査を行う際は身元がばれないよう、センゴクさん達が用意してくれた赤の他人のものを提出している。

 

 もしラフィットが世界政府に送りつけなければ、センゴクさん達はその出自を隠し『白髭海賊団』のエースとして処刑をする予定だったのだろう。

 

 『海賊王の息子を処刑する』となれば、20年前に海賊王の血縁とされる子供やその母を殺し回ったあのおぞましい出来事が、全く無駄であったということを社会全体に知らしめる結果になるのだから。

 

「『海賊王』ゴールド・ロジャーの息子であるポートガス・D・エースを『伝説の海兵』ガープの孫娘であるお前が手を下し、海軍の新たな英雄を生む。───海軍の新時代の幕開けの象徴として、世界政府はお前に目を付けたんだ」

 

 納得はできないものの、私が処刑人として何故選ばれたのかということは理解した。

 

 しかし感情の方が追いついていない。

 

 私がエースを殺す?

 

 海軍と海賊の立場に別れたのだから、いずれこうなってしまうのは覚悟していたつもりだった。

 

 しかも、海賊王の息子として処刑するのだ。

 

 コルボ山にいた頃、「俺は生まれてきて良かったのか」と自問するエースに「親の罪を子供が背負うなんてあってはならないし、私は生きていても良いと思う」と何度も言ったくせに。

 

 私も同じ、海賊王の血を引くのに。

 

「だったら私も───」

 

 死ぬべきなんじゃないか。

 

 そう口走ってしまいそうになった時、センゴクさんが息を呑むのが分かった。

 

 その一瞬で、かすかに彼の感情の揺らぎを感知する。

 

 世界政府と自分自身への強い憤り。

 板挟みとなってままならない状況への焦燥感と、私に対して深い悲しみと同情を感じる。

 

 海軍元帥という立場であるものの、10年も彼は私のことを見てくれていたのだ。

 監視目的もあるが、たまに親のような目で見守ってくれていたことをもう知っている。

 

 そんなセンゴクさんに思わず私は「ごめんなさい」と言っていた。

 

「───何故謝る」

 

 分からない。

 

 けれど昔から世話になってきた人が私のことでこうも苦悩し感情を揺さぶられているのを察知してしまった瞬間、謝らずにはいられなかった。

 

 私のせいで困らせてしまい申し訳ありません、と部下として話そうとしたが、言葉がうまく出てこない。

 

 代わりに私の口から自然に出たのは、まるでかつての、幼いエースが言っていたような言葉だった。

 

「───わ、私が生まれたから、そもそも海軍に入らなければ、こんなことに、」

 

 エースの気持ちを今、ようやく理解したような気がした。

 

 多くの人が否定し、時に困惑するこの血は自分の存在価値を激しく揺るがす。

 産まれてきた子供に罪はないと言い切れるけれど、やはり辛い。これはもう、無理だった。

 

 あまりにも辛くて、そう口に出した方が楽である程に。

 

 そもそも私は転生して産まれた身なのだ。

 もしかすると、私の存在はイレギュラーで本来ならば存在しなかったかもしれない。

 

 するとその時、センゴクさんの目から大粒の涙が溢れているのに気付いた。

 

 ぼとぼとと涙を流す彼の姿に困惑し、思わず立ち尽くす。

 

 センゴクさんから深い悲しみが押し寄せた。

 そんな彼に何て声をかけたら良いか分からず、私は彼を見つめることしかできなかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ガープさんやおつるさんは私がエースの処刑に関わることを知っているのかと聞けば、すでに彼らには伝えていると言われた。

 おつるさんはともかく、ガープさんはひどく暴れたそうでマリンフォードの自宅で現在謹慎しているらしい。

 

 センゴクさんの執務室から出て、ぼんやりとしながら本部の廊下を歩く。

 

 …………今このタイミングで海軍を裏切ってしまおうか。

 

 元々殉職を偽造して海軍を辞めるつもりだったんだ。

 病院かどこかで適当な遺体を拝借し、自殺して死んだことにするか。

 

「………………今から間に合うかな」

 

 いや、無理だろう。

 

 そんなすぐには遺体を用意できないし、私がエースの処刑人になったということで何か仕出かさないか。海賊王の身内だからということを差し引いても、処刑人として白髭側に情報を漏洩させないか、世界政府かセンゴクさんの子飼いの部下から監視の目が付くだろう。

 

 ずるずると海軍を続けていたことに後悔する。

 ガープさんへの恩を返せたタイミングで去ろうと思ったけど、こんな風に後悔する日が来るだなんて。

 

 するとその時、前方から見知った気配がやって来るのに気が付いた。

 

「何じゃあ、今にも死にそうな顔をしおって」

 

 じりじりとひりつくような気配に顔を上げれば、そこにはやはりサカズキさんがいた。

 

 そんな彼の言葉に苦笑する。

 指摘されずとも、きっと私の顔は最悪なことになっているだろう。

 

「ワシの執務室に来い。話しておきたいことがある」

 

 何だろう。

 怪訝に思い顔を顰めれば、サカズキさんは珍しく言いづらそうに口を開いた。

 

「……………お前の出自についてじゃ」

 

 その言葉に私は思わず固まってしまった。

 

 

 

 



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第27話 出自(一部第三者視点)

 

 

 

 私の出自。そう聞いて、いよいよ死を悟る。

 

 執務室に連れられ、椅子に深々と座るサカズキさんを前にぼんやりと思った。

 

 どうやって知ったのかは分からないが、サカズキさんは私があの海賊王の娘だということを知ったのだろう。

 

 こうやって誰もいない執務室で話してくれるということは、今まで目をかけてきた海兵に対しての温情なのだろうか。それとも海賊王の娘だと周知はせず、秘密裏に処刑するつもりなのか。

 

 ───私の人生、ここまでなのかな。

 

 けれどこれで、この手で弟を殺さなくて済む。

 

 そう思うと少しだけ心が軽くなった。

 散々死にたくないと思っていたものの、エースを殺さなくて済むとなると肩の荷が降りるようだった。

 

 するとサカズキさんは黙り込む私をじっと見つめ、静かに口を開いた。

 

「お前の出自について調査をしていた。モンキー・D・ガープの身内ということで、ガープさんのもとに養子入りをした人間なのか。それとも本物の血縁なのか」

「何故そんなことを?」

 

 そう聞けばサカズキさんが溜め息を吐く。

 

「お前はメディアにも大々的に取りあげられておるし、ワシの下についている海兵の中で最も目立つ。そんな奴の身辺を調べるのは当然じゃろ」

 

 ワシの下?あれ、私サカズキさん派閥だったっけ?

 

 彼の認識と私の認識がかなり違っているものの───それはそうとして、軍内部の派閥闘争で自身の下につける部下の身辺は重要な意味を持つ。

 それにサカズキさんは将来的にセンゴクさんの後釜に座りたいと考えているから当然か。

 

「フーシャ村で過ごした幼少期やモンキー・D・ルフィとの関係。そしてお前の先天的な覇気の才能をみるに予想していた通り───お前の父親は革命軍総大将ドラゴンじゃろう」

 

 …………ん?

 

 しかし彼の口から出てきた言葉に一瞬固まってしまった。

 

「革命軍総大将の娘として、犯罪者の身内という危険因子であることに変わらん。もしこれがバレた暁には実績のあるガープさんは守られるだろうが、お前の身柄だけはどうなるか分からん」

「はあ」

「だから態々養子にして誤魔化したんだろう。父親の血を隠すために。何だその気の抜けた返事は」

「いや、その」

 

 てっきり海賊王の娘だと言われると思ったけど………。

 サカズキさんの言葉に張り詰めていた緊張の糸が切れる。

 

 肩の力が抜けて、怪訝そうにする彼に改めて口を開いた。

 

「私の生まれは周知されておりませんが………ドーン島にあるグレイ・ターミナルというスラムに捨てられていたそうです。おそらくゴア王国の人間が育児放棄をしたと思うのですが───その後、スラムに迷い込んだフーシャ村の猟師に運良く拾われ育てていただきました」

 

 センゴクさんやガープさん達とあらかじめ決めていた設定を説明する。

 

 調べておいてそんな落ちか。それともそんなはずあるかと激昂されるだろうかと身構える。

 しかしそんな私の予想に反してサカズキさんは気難しそうな顔をして静かに言った。

 

「捨てられたのか」

「は、はい………」

「そうか…………」

 

 そしてサカズキさんはしばらくして「悪かった」ととても小さな声で謝った。

 

 って、え?悪かった?

 あのサカズキさんが謝った?

 あのサカズキさんが………?

 

 けれど、それ以上何も話そうとしない彼の言わんとすることを何となく理解する。

 

 そりゃそうか。一部下の過去を勝手に調べて、革命軍大将の娘だと決めつけ、孤児であることを自分の口から言わせた。

 まともな人間なら少なからず申し訳なく思うだろう。

 

 けれどサカズキさんが謝る必要はない。

 なんせ私だって嘘をついているのだから。

 

 私もサカズキさんに対して申し訳なく思うものの、本当のことは話せず口をもごもごとさせてしまう。

 

 でもこうやって、色んな嘘を積み重ねて生きていくのか。

 

 ずっと、これからも。

 

 何だかそれが、果てしなく思えて立ち尽くす。

 するとサカズキさんはぽつりとこぼした。

 

「噂に聞いたが、ポートガス・D・エースの処刑を任されたそうだな」

 

 彼のその言葉にはっとする。

 急に現実に引き戻されたような感覚がした。

 

「お前さんの後ろにはガープさんがついておるが………生まれによって文句を言う輩は何処にでもおる。組織で上にいくならば、そういった輩を捩じ伏せるほどの、分かりやすい功績が必要じゃ」

「分かりやすい功績………」

「それを示せ。モンキー・D・アン、必ずポートガス・D・エースの処刑を成功させろ」

 

 そして話が終わったとばかりに嘆息する。

 

 ………もしかして、サカズキさんは私がドラゴンの本当の娘だった場合、エースの処刑の成功によって自身の立場を守れと言いたかったんじゃないだろうか。

 

「あの、サカズキさん。もしかして私の出自について心配してくださったんですか?」

「そんなわけあるか。話はもう終わったんだはよう帰れ」

 

 そうして、サカズキさんに追い出されるような形で執務室から出ていく。

 

「……………」

 

 見聞色の覇気で感知した彼の感情は、私への気掛かりに満ちていた。

 口ではああ言っていたけれど、十歳の頃から面倒を見ていた海兵の自分に対して気にかけてくれる気持ちは、彼の中にわずかばかりあるのだろう。

 

 いつもだったら珍しいなと思いつつ、きっと嬉しく思っていた。

 

 けれど今はただ、つらい。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

「ポートガス・D・エースの処刑が決まった………?」

 

 後日、箝口令が解かれたため直属の部下であるイスカ少尉に話せば、彼女は呆然とした様子で私の言葉を反芻した。

 

 イスカ少尉は少なからずエースと関わりがあり、上司である私が処刑を行うため、あらかじめ話しておくことにしたのだ。

 

 彼女の様子を窺えば、分かりやすく動揺している。

 しばらくすると、イスカ少尉は目を伏せて頷いた。

 

「…………そうですか。本来ならば私が奴を倒したかったですね」

 

 彼女から強いほどの感情の揺らぎを感じるけれど、気丈にも表情は崩すことなく耐えていた。

 

「でも、わざわざ何故私に?」

「当日の処刑は私が行うことになったからです」

 

 そう話せば、今度こそイスカ少尉が硬直してしまった。

 そんな彼女をわざと見ないふりをして、そのまま続ける。

 

「ポートガス・D・エースの処刑では、きっと彼の所属する白髭海賊団との戦争は免れないでしょう。私は罪人のそばに控えていますので、当日はイスカ少尉が部隊を率いてください」

 

 イスカ少尉の息を呑む声が聞こえる。

 彼女の顔がうまく見れない。

 

 エースの捕縛を目標としていた反面、彼のことを悪くは思っていなかったのだろう。

 だからイスカ少尉は、こんなにも辛そうにしている。

 覇気を意識的に使わなくとも、ひしひしと彼女の底冷えするような痛みを感じる。

 

 その痛みが私の胸に共鳴する。

 

 センゴクさんも処刑について話す時、こんな気持ちだったのかな。

 

 そんなことをぼんやりと思った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 聖地マリージョア──白亜の城たるパンゲア城内『権力の間』にて。

 鋭い眼光を持つ五人の老人達が一人の女海兵について話す。

 

「───最初からポートガス・D・エースとともにモンキー・D・アンを処刑した方が良かったんじゃないのか?」

 

 火拳のエースの血統因子検査の裏で秘密裏に行われたある海兵の調査。エースの故郷であるドーン島で交流があったと思われる麦わらの海賊と一人の女海兵の血を調べたところ、女海兵の血統因子が海賊王のものと当てはまったのだ。

 

 しかし老人の内一人が首を横に振る。

 

「そうすればガープを筆頭に謀反を企てる海兵が出るかもしれん。センゴクもうまくやりおったのう。海賊王の遺児を秘匿し、安易に手を出させない地位にまで成長させるとは。小賢しい」

「秘密裏に葬っても構わないが、モンキー・D・アンの立場を利用した方が好都合だ。たとえ彼奴の出自が明らかになったとしても、大海賊時代を終わらせようとする海兵として良い広告(プロパガンダ)になるだろう」

「むしろ寛大すぎるんじゃないのか?わざわざチャンスを与えてやったんだぞ」

 

 口々と話す彼らにわずかばかりの笑みが浮かぶ。

 マリージョアの五人の怪物達が、まるでチェス盤の駒のように海賊王の娘の運命を定めていく。

 

「試そうじゃないか。モンキー・D・アンがどのように選択するのかを」

「こちら側で生きる覚悟があるのなら、世界に見せつけてもらわねばならぬ。海賊王の娘として生きるか。それとも海兵として生きるのか」

 

 ポートガス・D・エースの公開処刑は半月後。

 パンゲア城の権力の間で人ならざるものの影がゆらりと動いた。

 

 

 

 

 



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第28話 英雄の孫(ガープ視点)

 

 

 まだアンが海軍の軍学校に入学する以前。

 

 12歳となったアンはガープの下につく若手の海兵達とともに時折鍛錬をすることがあった。

 

 屈強な男達の中で一人、黒目黒髪の小さな少女は海兵用の道着を纏って彼らと同じメニューを黙々とこなしていく。

 

 相手はガープの身内であり、将来的に出世が見込まれているだろう孫娘であるためか。周囲の海兵達は決して表には出さないが大変やり辛く思い、意図的に距離を置いていた。

 そしてそれをアンも理解しているため、彼らと関わることなく、少し離れた場所でトレーニングを積む。

 

 アンがまだ年相応であったら良かっただろう。

 けれどそんなこともなく、誰に頼ることもない。

 

 ガープは少しでもアンを強く、そして海軍に馴染めるよう前段階として自分の部隊と鍛錬させようと思ったのだが、その思惑はあっさりと外れた。

 

「……………ワシが新米だった頃は少し拳を交えれば仲良うなったもんだったがのう」

 

 気まずそうに頭をかくガープが離れたところで一人、他の海兵達と同じように素振りをするアンを見つめる。

 

 この距離。教室の中でぽつんと馴染めていない生徒のような、アンのその余所余所しさに「まあ、そりゃそうか」と思い直す。

 

 こんな屈強な男達の中で子供が一人。気まずいにも程があるだろう。その割にはコルボ山の山賊達とうまくやっていたようだが。

 

「アン、調子はどうじゃ」

「ガープさん」

 

 センゴクから幾度も話が通じないと言われるあのガープでさえ、さすがにアンや海兵達の間に流れる微妙な気まずさは察することができる。

 

 とりあえずアンに声をかければ、彼女の存在を持て余していた海兵達は分かりやすく安堵した。

 

「ちょっと向こうで話さんか。何、大した内容じゃない」

 

 訓練場の脇に設置されたベンチを指差せば、アンは大人しく頷く。

 

 そして彼女を引き連れ座ると、ガープにしては珍しく言葉を選びながら口を開いた。

 

「えーと、そうじゃな。ここに来て二年経つが、どうじゃ?もう慣れたもんだろう」

「はい。慣れました」

 

 そこで会話が終了してしまう。

 

 そうだな……慣れたは慣れたろうが……。

 

 ガープが脳裏で苦笑する。

 

 この二年。アンはマリンフォードで過ごし、海兵としての鍛錬を積んできた。ガープ直々に修行を見たこともあるし、自身に縁のある海兵や時折やって来るサカズキに任せて面倒を見たこともある。

 来月から軍学校に入学するものの、基礎体力は勿論。体術や覇気の使い方は一通りマスターさせたため軍学校でも、その先の海軍でだって問題なくやっていけるはずだ。

 

 そう、彼女の対人能力を除いては。

 

 ガープの孫娘であるということで否が応でも目立ってしまい特別扱いをされてしまう。

 これでアンにルフィやエースのような明るさや奔放さがあれば、周囲の海兵達は時にある種のカリスマとして受け入れ、時に「自分が支えてやらねば」と気にかけたかもしれない。

 

 しかしアンは決してそういったタイプではない。

 はっきり言って『可愛がられないタイプ』だった。

 

「なんじゃ。困ったことはないか?ワシやおつる以外に気軽に話せる奴は………」

「気軽に話せる、やつ………?」

 

 まあ、いないだろう。

 彼女の出自から言って海軍で気の休まるところもなければ、仲間もできないのは当然のことだった。

 話す内容を間違えたなと思い「今のは気にせんでくれ」と言う。

 

 礼儀正しいし、問題も起こさない。

 しかしどこか取っ付きづらい。

 

 ガープやセンゴク、おつるといった老兵達にしてみれば、アンのその性質も可愛いものだが、年若い海兵達からしてみれば小生意気に見えることだろう。

 

 これで突っかかってくる奴が現れて本音を話し合うような関係になれば良いものの、ガープの身内ということで誰も彼も距離を取る。

 

「…………悪かったのう。ワシの身内であるということは、お前にとってはさぞ息苦しいじゃろう」

 

 今更であるけれど、わざわざ養子として引き取らなくとも良かったかもしれない。

 複雑な事情を持つアンの後ろ盾として、ガープは孫として身内に入れたのだが、それは尚早だったかもしれないと後悔した。

 

 するとアンは目を丸くし、焦ったように口を開いた。

 

「そんなことありません。ガープさんには良くしてもらってますよ」

 

 そしてしばらく考え込んだ後、ぽつりとこぼした。

 

「…………普通、こんな子供が海軍にいたら絶対に侮られて嫌がらせを受けると思いますが、ガープさんの身内ということでそういうこともありません。そういった意味で守られているって理解してますし………。それに、この訓練だって海軍に出来るだけ馴染めるよう考えてくれたんでしょう?」

「あ、ああ。そうじゃな」

「私が海軍に馴染めないのは、多分、というか絶対に私が原因です。ガープさんの身内でも、例えばルフィだったらきっと上手くやっていけましたよ。…………だから、うまく馴染めなくて、すみません………」

 

 話している内に段々と声が小さくなり、最後にはしどろもどろとなって気まずそうに謝るアンにガープも唸る。

 謝らせる気は毛頭なかった上に、微妙に気まずい空気になる。

 こういうアンの卑屈さも、周囲と馴染めない一因なのは明らかだった。

 

 やはり、最初から無理なのだろう。

 彼女を海軍に馴染ませるのは。

 

 そもそも間接的にアンの母親を殺したのは、自分達海軍なのだ。父親については何とも思っていなさそうだが、そういった恨み辛みも彼女の中に燻っているはずだ。

 

 けれど、それはそうとして気にかけてしまう。

 

 この道に無理矢理引き摺り込んだ張本人ではあるが、うまくやれていないアンを見るとガープは「どうにかしてやらねば」と親心が湧いてしまう。

 

 そんなことをガープが思案していると、アンは慌てた様子で言った。

 

「すみません。こんなこと言ってガープさんを困らせたいわけじゃなくて………───私も組織に入っている限り、今のままじゃ駄目なのは分かっています。今すぐには難しいかもしれないけれど、少しずつ馴染めるよう努力するつもりです」

 

 苦笑するような、照れたような複雑な笑みを浮かべ言い放つアンに、ガープは目を丸くした。

 同時にガープの口から笑みが溢れ、この小さな少女から珍しく前向きな言葉が出てきた喜びに胸がおどる。

 

 それにやはり孫として可愛かった。

 男親で孫達も男。そんな中で一人素直で礼儀正しいアンは目をかけてやりたくなる。

 

「───そうか!そうじゃな!今はまだかもしれんが、仲間もできる!そんでその内お前さんにも居場所ができるぞ!」

「…………やっぱり出来ないかもしれないので、期待はしないでくださいね………」

「大丈夫じゃよ!お前さんならできる!」

 

 急に弱気になるアンに、ガープは快活に笑って吹き飛ばす。

 そして彼女の小さな頭をくしゃくしゃと撫でた。

 

 

 

 その後、アンは軍学校を卒業し、海軍に入隊した。

 周りから三世と揶揄されながら、粛々と業務をこなしていく中、順調に成果を上げていった。 

 

 そしてその成果によって軍内外で少しずつ認められていき、今では一部隊をまとめる将となった。

 おまけに部下に恵まれたのか。部下達がアンを慕い、鍛錬をする様子が訓練場からたまに見える。

 

 訓練場の隅で一人、鍛錬をしていた小さな少女が輪の中心にいる様にガープは感慨深く思った。

 いつも緊張で張り詰めていたアンの表情が、わずかばかり緩む様にほっと安堵したものだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 三日後、エースの処刑が執行される。

 

 その処刑人として選出されたアンはこれからインペルダウンへ向かう軍艦を港でぼんやりと見つめていた。

 そんな彼女の横に並べば、アンは会釈をして口を開いた。

 

「…………ガープ中将はインペルダウンへ行かれないのですか?」

「センゴク一人で問題ないじゃろう。それにエースとはもう監獄の中で話し終えた」

 

 久しぶりに会った血の繋がらない孫娘は、想像していたよりもずっと理性的であった。

 会った瞬間恨み辛みを吐かれるか、それとも差し違える覚悟をもってガープに襲い掛かるかと思っていたが、そんなこともなく謹慎から解かれたガープに話しかける。

 

 血の繋がった、たった一人の弟をその手で殺す。

 

 いつかそうなるかもしれないと思っていた残酷な未来が現実のものとなってしまった。

 立場上割り切らなければならず、気安くアンに声をかけることすら憚られる。

 

 しかしその時、ガープの脳裏に幼い頃のアンとエースの姿が過った。

 不貞腐れる幼いエースにアンが困ったように宥めている。

 血は繋がらないとはいえ、家族である二人の幼い頃の姿を思い出した途端、ガープは堪らなくなった。

 

「───アン、お前さんもこの軍艦に乗れ」

「は、」

「今からでも十分間に合う。ワシからセンゴクに電伝虫で伝えておくから早く乗れ」

「いや、でも」

「そこでお前さんがどんな決断をしたとしても責めん。ワシが責任をとる」

 

 呆気に取られるアンに憮然と言えば、彼女は理解し切れない顔のまま頷く。

 そしてしばらくして、軍艦へと乗り込んでいった。

 

 

 

 



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第29話 海賊と海兵

 

 

 インペルダウンからマリンフォードへ。

 エースを護送する軍艦が悠々と海原を進んでいく。

 

『そこでお前さんがどんな決断をしたとしても責めん』

 

 そう言ってガープさんは私を軍艦に乗せた。

 きっと最後にエースとちゃんと話すようお膳立てをしてくれたのかもしれない。

 

 軍艦の甲板には、海楼石の鎖で繋がれたエースが見せしめのように座っている。

 そしてその傍にはセンゴクさんと、見張りの海兵が数人。私はというと、そんな彼らの後ろに控えていた。

 

 するとその時、センゴクさんが私の方に振り返る。

 

「しばらくポートガス・D・エースの見張りを頼む。ワシらは中で会議があるんでな。くれぐれも此奴が逃げないよう目を光らせておけ」

 

 会議?そんなのあったっけ?

 私の他に周りの海兵達も「そんなものあったか?」という顔をして怪訝そうにしている。

 

 しかしそんな周囲にセンゴクさんは「さっさと行くぞ」と一喝し、軍艦の中へ入っていった。

 その後ろを海兵達が戸惑いながらも続いていく。

 

 誰もいなくなった甲板で残ったのは、私とエースだけ。

 

 そうか。最後に姉弟できちんと話しておけということか。

 

 エースもその状況に理解したようで、ハッとした様子で私を見た。それに頷き、彼の隣に座る。

 沈黙が続き、海の波打つ音だけが聞こえた。

 

「……………今回の処刑、私が担当するって話は聞いてる?」

「……………ああ。センゴクからすでに聞いてるよ」

 

 そう尋ねれば、エースは静かに頷いた。

 

 困ったな。いざ話すとなると何を話せば良いのか分からない。

 エースもどこか気まずそうにしていて、すでに私から目を逸らしていた。

 

 そんな彼に頭の整理がつかないまま、ぽつりとこぼす。

 

「…………最悪だよね。こんなことになるなんて。まあ、早く海軍を辞めなかった私にも責任があるからね。仕方ないのかな」

「別にお前のせいじゃないだろ。そもそも俺が海賊になったのが原因で………」

「うん、まあ、そうだね。それで捕まるんだから嫌になるよね。ていうか何で捕まったの。そんなに黒髭って強いの?」

「つえーに決まってんだろ。腐っても白髭海賊団の一員だったんだぜ?おまけにヤミヤミの実食ってたし」

「知ってる。黒髭、七武海に入ったからね。軍で悪魔の実の能力は伝達されてる。………そっか、強いんだ。エースよりも」

「いや、つえーけど俺もつえーし。勝てる自信あったし」

「負けてるじゃん。負けて捕まってるじゃん。もう、こんなことになるならアラバスタで意地でも止めれば良かった!だって戦争になるよ!?白髭と!!」

「そんなわけねーだろ!俺が勝手に船を飛び出したんだ!親父達は来ねえよ!」

「来るよ!絶対に来る!海軍と白髭の全面戦争になって、それで、その中で!私はエースを殺さなくちゃいけない!!」

 

 堰き止めていたものが決壊するように、私の口から悲鳴が上がる。

 

 センゴクさん達に聞かれるかもしれないのに、そんなことを考える余裕もなく、ついに蓋をしていた感情が溢れ出てしまった。

 

 海兵になって多くの海賊達を討伐や捕縛をしてきたけれど、やっぱり怖い。それが自分の血を分けた弟であるのなら尚更だった。

 

 けれどふと冷静になり、息を吐く。

 そしてエースに謝った。

 

「…………ごめん。つい、カッとなって」

「…………いや、俺も悪い。カッとなった」

 

 こんなこと、今更話しても遅いのだ。エースを責めてもどうにもならない。

 するとエースは「すまん」と口にする。

 

「お前にこんな重荷負わせて、本当にすまない」

「私も、ごめん。エースを、その………」

 

 そんなエースに耐えられなくて私も謝れば、彼は首を横に振った。

 

「海賊として生きていくと決めたのは俺だ。それで処刑されても何の文句もねえよ。お前に処刑されたとしても恨まねえし、むしろ、悪い」

「……………ううん。私の方こそ、ごめん。こんなことになって」

「でもよ、海賊と海兵になった者同士いつか戦う日が来るんじゃないかって思ってた」

「そうだね。実際起こると打ちのめされるけどね」

「………だな」

 

 再び沈黙が訪れる。

 最後に話す機会が与えられても出てくるのは互いに謝罪だけで、それ以上何も言うことがない。

 

 センゴクさん達も戻ってくる様子はないし、時間の猶予があるのかもしれない。もう少しだけ、まだエースと話して良いのだ。

 

「なあ。俺ら二人を残したってことは、最後に姉弟水入らずで話せって言うことだよな?」

「多分そうなんじゃないかな。あと、軍艦に乗る前にガープさんから言われたよ。どんな決断をしても責めない。自分が責任をとるって」

 

 そう言えばエースの顔が歪む。

 こうやって口にすると、ガープさんの言葉の裏を理解してしまいそうになる。

 エースもそれに気付いたのか、口を結んで項垂れた。

 

「もしかしたらガープさんは私達が逃げるのを期待してるのかもね」

「俺達が逃げたら、ガープはどうなるんだよ」

「まず責任問題として世界政府から追及される。それから海軍自体が批判されて、ガープさんは責任をとって辞職するかも」

 

 辞職だけで済まないかもしれないが。

 

 けれど私は、そこまでしてくれたガープさんを裏切れない。エースもそれを望んでいないのか口を開いた。

 

「お前が俺を処刑してくれ。俺はもう、覚悟を決めた」

「───分かった」

 

 脳裏にふとエースとの思い出が過ぎる。

 と言っても私達が一緒にいたのは10歳までで。それからはアラバスタ王国で再会したことしかない。

 

 コルボ山でのエースは懐かない野生の獣のようで、性格が真反対だった私達はいつもどこかギスギスしていた。

 エースは私の流されやすく意思のないところが嫌で、私はエースの性格に戸惑って必要以上に遠慮していたと思う。喧嘩する以前の問題で、私達は全く相性が悪かった。

 

 けれど、嫌いではなかった。

 自分の血に悩み苛まれる──本当は繊細な少年に何とかして寄り添えないだろうかと思っていた。

 

 エースは血を分けた弟だから。

 この世でたった一人の、同じ海賊王の血が流れる存在だから。

 

 その弟を処刑───いや、私が殺す。

 

 海賊王の血が流れているという理由で。

 

「エース」

「………何だ?」

「私は、エースを一人の海賊として裁くよ。私も一人の海兵として、貴方に向き合う」

 

 海賊王の遺児だからではなく、一人の海賊として。

 それがせめてもの、エースの尊厳を守る行為だと思った。

 

 ───エースを殺したら、私も死のう。

 

 海賊とはいえ、弟をその手にかけるのだ。

 その罪は決して許されないし、耐えられる自信がない。

 

 エースの方に視線をやれば、彼は不思議そうな顔をして私を見ていた。

 幼い顔で、それが何だか小さい頃のエースと重なる。

 思わず苦笑してしまった。

 

「何か言い残したことはない?今だから聞きたいことでも良いし………センゴクさんがいない内に教えて」

 

 誰かに伝えておいてほしい言葉はないだろうか。

 おそらく遺言となるそれを処刑人である私が聞き届け、相手に伝えるなんて真似はひどく残酷だ。

 けれどもうエースに対して、こんなことしかできない。

 

 しかし彼は「そこまでしてもらう必要はねえよ」と言って首を横に振った。

 

「本当に良いの?ルフィやダダンさん達には………」

「良いんだ。それに、お前にはもう負担をかけたくない」

 

 その言葉に「そっか」と頷くしかない。

 

 何だか段々と心が凪いてきた。

 私がエースを殺さなくてはならないというのに、何というか、心が麻痺しているかのように実感が薄れていく。

 現実逃避をしているような、明晰夢を見ているような。

 これ以上心が壊れないよう感情が制御される感覚だった。

 

「…………あ、そうだ。ずっと聞きたかったんだが、アンは本当は何になりたかったんだ?海兵じゃなく」

「私は………本当は子供が好きだから、学校の先生とかになりたかったかな」

「そうだったのか。お前はねえのか?俺に聞きたいこと」

 

 尋ねてくるエースに思案する。

 せっかくだし、何でも答えてくれそうな雰囲気だから気になっていたことを聞こうと口を開いた。

 

「…………ずっと思ってたんだけどさ。エースって勉強、ちゃんとした?腕のスペル間違えちゃってるし、正直それだけが心配で………」

「これはわざとだ!」

「わざと?」

「いや、話せば長くなるんだけどよ………。グレイターミナルにいた頃、サボっていう義兄弟がいたんだよ。もう死んじまってるけど」

 

 気まずそうに話すエースに「なるほど」と納得する。

 話を聞けば、そのサボという子は天竜人の乗った船に砲撃されて死んでしまったらしい。遺体は海に流れ、墓を作ることができず、せめてもの形として腕に刺青を遺したそうだ。

 

 ───そして、そのままドーン島にいた頃の話になる。

 ダダンや山賊の人達、フーシャ村の長閑な人々との繋がりをエースと共に回想する。

 

 正直私は楽しかった思い出の方が少ないけれど、エースから見たドーン島の人達の様子や印象は改めて興味深かったし、島にいた頃は分からなかったあの頃のエースの気持ちが、今になってようやく知れて嬉しくもなる。

 

「アンは昔から賢かったというか、大人びていたよな」

「エースは昔と比べて大分頼り甲斐が出てきたよね。良い出会いがあったの?」

「ああ、17歳で島を出てからになるんだけどよ───」

 

 もっと早く、こんな風に話せたら良かった。

 もっと、もっと、弟と話していたい。

 

 そしてその時、ふと思い出した。

 そういえば、革命軍の参謀に『サボ』という名の青年がいたことを。

 

 

 

 

 




ここまで、ありがとうございました。
書き溜めますので、一旦更新はストップします。


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頂上戦争編
第30話 開戦


 

 

 

 エースの処刑が3時間後に控えている。

 海軍本部のあるマリンフォードでは厳戒態勢がとられており、総勢約10万人の海兵達が白髭海賊団の襲撃に備えていた。

 処刑台の最前面には海軍大将の3人が控え、その後ろ──高く聳える処刑台の上に私はいた。

 視線を下げれば、膝立ちで俯くエースの姿がある。そしてその横にはセンゴクさんとガープさんが佇んでいた。

 

 いよいよ、処刑が始まってしまう。

 センゴクさんはともかく、ガープさんの顔がまともに見れない。けれどガープさんに話さなければならないことがあった。

 

「ガープさ………ガープ中将」

「何じゃ」

 

 この人にはけじめとして言っておかなければ。

 

「私は、望んで一人の海兵として海賊であるエースを殺します。なのでドーン島の皆さんには私が処刑人を希望したと言ってください」

 

 唯一の血の繋がった家族を殺すのだ。家族と呼べるほどの大切な存在を殺すのだから、それくらいの罪は被らないといけない。

 

 それに私やエースのせいで、ガープさんはおそらく責められるだろう。海賊王の実父である男の無責任な頼みで、これ以上ガープさんの人生が振り回されるのは嫌だった。

 

 そう言えば彼はぐっと眉を寄せる。

 そして深く息を吐き、私の頭を撫でる。それに「え?」と思わず驚いてしまった。

 

「あの、ガープ中将?」

「もう良い。今はもう、何も考えるな」

 

 ガープさんが驚く程優しい目で見つめてくる。

 そんな風に見てもらえる資格は私にはないのに。

 

 だって私はエースを殺すのだ。小さい頃のエースはとにかく手が掛かったけれど、その分ガープさんはエースを目にかけていた。

 それこそ、本当は私よりも潜在的な才能に溢れたエースを海兵にしたかっただろう。

 

「アン、お前がエースを処刑したとしても、それはお前のせいではない。ワシら上の世代の人間の責任じゃ」

「……………そんなことは、」

「ワシも覚悟を決めておる。だからお前は自分の任務だけに集中しなさい。フーシャ村やコルボ山のことも、来るであろう白髭の海賊達のことも考えんで良い」

 

 その言葉に素直に頷くことはできなかった。

 ふとエースを見れば、彼も呆然とした様子で俯いている。

 

 私達姉弟はどれだけこの人に負担をかけさせるのだろう。

 

「ガープ、そろそろ」

「ああ、分かっておる」

 

 するとセンゴクさんはガープさんに持ち場に戻るよう言う。

 そして拡張機型の電伝虫を手の平にのせた。

 

 いよいよエースの処刑が始まる。

 

 

 

 ◇

 

 

 

『───諸君らに話しておくことがある。ポートガス・D・エース、この男が今日ここで死ぬことの大きな意味についてだ』

 

 拡張機型の電伝虫を通して、センゴクさんが静かに語りだす。

 それをマリンフォードに集まる10万人の海兵達や七武海、そして映像電伝虫越しに窺う世界中の人間が耳を傾ける。

 

『エース、お前の父親の名前を言ってみろ』

「俺の親父は………」

 

 そこでエースは言葉を止め、不意に私を見つめた。

 きっと彼のことだから、ここで白髭なんて答えたら私が傷付くかもしれないと心配しているのだろう。

 

 もうそんなことで今更いちいち傷付いたりはしない。

 それにこっそり首を振ってやれば、エースは暫し沈黙した後「白髭だ」と答えた。

 

『違うだろう。お前は───』

 

 しかしそれをセンゴクさんは否定する。

 

 そして彼の口からエースの出自が語られた。

 南の海のバテリラという島で、世界政府を欺いて命懸けで私達を産んだ母のことを。

 

 センゴクさんが忌々しげにエースを見下す。

 

『父親の死から一年三ヶ月を経て、世界最大の悪の血を引いて生まれてきた子供………!───お前の父親は【海賊王】ゴールド・ロジャーだ!!』

 

 その瞬間、海兵達の動揺は明らかでエースを見る目が明らかに変わった。

 まるでおぞましいものを見るような、引き攣った顔の数々を見て「やっぱりこうなるか」とぼんやりと思う。

 

 ただの海賊じゃない。【海賊王】の血を引いていることが重要なのだ。きっと私も出自をばらしたらこんな風に見られるのだろう。

 

 海兵達の騒めきをなるべく聞かないようにして、見聞色の覇気で周囲の気配を探る。

 海の向こうの海底からチリチリと嫌でも気配を感じるのだ。殺気に満ちているけれどエースを助けようとする気配が、何百も。

 

 白髭の海賊達が迫っている。

 けれどそれは海の向こうからだけではなく、湾内の海の底からも感じた。

 白髭を慕う魚人達の気配だろうか。

 

(───違う。これは………)

 

「報告します。たった今白髭海賊団が迫っています。コーティングで海中に潜んでいるんでしょう。湾岸からおよそ四十、湾内の海底からも数隻気配を感じます」

「何?」

「湾内の海底にいる気配はおそらく白髭本人だと思われます」

 

 四、いや五隻。このままだと湾内の中心に現れる。

 

「浮上する前に赤犬のマグマを降らせてコーティングを割るか………アン大佐、お前はどう思う」

 

 その言葉に内心苦笑する。

 一海兵の意見を聞くなど元帥のすることではないからだ。

 つまりセンゴクさんは、私にエースの処刑だけでなくエースの仲間を殺す覚悟はあるか。本当に海軍側についているのか試しているのだろう。

 

 エースの処刑を私に命令した時、あんなに泣いていたのに。もう彼も覚悟が決まっているのだ。

 この先、私に対してもっと非情な任務を命令するかもしれない。私を『駒』として扱えるか見極める覚悟が。

 

「………。気配を探ったところ海底の船には練度の高い者達の気配を感じます。おそらく隊長格でしょう。その中にもし魚人のナミュールがいれば、火傷を負わない距離から海流の流れを変えてマグマを流すかもしれません」

「白髭の隊長格ならそれくらいできるだろうな」

「予めクザン大将の能力で湾内を凍らせても良いかもしれませんが、浮上するタイミングで白髭の能力によって氷は破壊されてしまう可能性もあります。………向こうが奇襲としてやって来るならば、こちらも白髭が浮上するタイミングを狙った方が良いと考えます」

 

 砲弾による集中砲火を備えても良い。

 またはクザンさんの氷で凍らせるかサカズキさんのマグマで船を焼いても良い。

 そもそも海中でコーティングを破るのが最も良いが、その手段が今の海軍にはなかった。

 

 しかし次の瞬間、不意に脳裏にマグマに焼かれる海兵達の姿が過った。直感というのか。そうなる予感がしてならない。

 

「……………もしクザン大将やサカズキ大将の能力をもって白髭を迎え打った場合、白髭の能力によって氷は割られ、マグマは弾かれる可能性もあります。最悪、湾内付近に待機する味方の海兵達に被害が及ぶかもしれません」

 

 一歩間違えれば味方に甚大な被害が及ぶ。

 そのことを含め提言すれば、センゴクさんは「砲撃の備えを。海上に現れた瞬間を狙う」と言って、小型電伝虫で砲台手達に指示を飛ばした。

 

 とはいえ、威嚇射撃にしかならないだろう。

 戦いの序盤で味方に甚大な被害が及ぶ可能性があるなら、クザンさんはともかくサカズキさんの能力は今の段階では使わないと決めたのかもしれない。

 

「相変わらず見聞色の精度が高いな」

「いえ」

 

 けれど、もっと何か大きな気配も感じるのだ。

 白髭海賊団には巨人族の海賊もいるだろうが、それじゃあない。緊張感の欠片もなく、この戦争をどこか楽しんでいるような不愉快な気配も近付いてきていることに違和感を覚えた。

 

 しかし、グンッと海上に白髭本人と思われる気配が急浮上してくるのに気付く。

 それをセンゴクさんも察したのか「砲撃用意」と小型電伝虫で指示した。

 

 ……───来る!

 

「撃て!!」

 

 湾内の海面が大きく膨れ上がった瞬間、同時に何百もの大砲が撃ち込まれる。真っ白な巨大な水飛沫と火の粉が上がり、中心のそれは爆発した。そう、見えたはずだった。

 

 見えないはずの大気の割れ目がピシリと広がり、雨のように降り注ぐ水飛沫の中から巨大な海賊船が現れる。

 

「挨拶もまだだって言うのに、随分と手荒な歓迎じゃねえか。なあ、センゴク」

 

 白鯨を模した巨大な海賊船の甲板に佇む大男が覇王色の覇気を僅かに発しながら威嚇する。

 

 大海賊『白髭』エドワード・ニューゲート。

 山のように盛り上がった筋肉とおそらく巨人族の血が混ざっているだろう人間離れした体躯。

 白鯨の海賊船は砲撃によって何箇所か破壊されており、彼の守備範囲外だった船員達は爆発に巻き込まれたのか。仲間に引きずられて船の奥に消えていった。

 続いて三隻の船も同時に現れる。

 

 威嚇射撃、と言ったが何百もの砲撃を放ったのだ。

 それをここまで封じる白髭の怪物っぷりに彼は何をしたら倒れるのかと恐ろしくなる。

 

(あともう一隻、海底にいる………)

 

 また海底に未だ沈む船の気配に不気味に思う。

 

「報告します。未だ海底に白髭の船が一隻潜んでいます。浮上する様子は今のところありません」

「そうか」

 

 私の報告にセンゴクさんが短く返す。

 

 するとその時、ふと白髭と目が合った気がした。

 きっと気のせいだろうけれど、ひりつくような殺気にゾッと冷や汗が流れる。

 

 そして次から次へと湾岸の付近から何十もの海賊船が現れた。いずれも新世界で名を馳せる海賊達で、エースを助けにここまで来たのだ。

 皆一様にエースの首に剣を構える私を見て、好戦的な笑みを浮かべて殺気を飛ばしてくる。

 

 それを見て、心臓を掴まれたようなヒヤリとした感覚になるものの、どこか他人事のように「すごいな」と思っていた。

 

(エースはこれだけの人に愛されてるんだ)

 

 反面、私はどうなんだろう。

 今まで考えないようにしていたことを、つい考えてしまいそうになる。

 

「おれの愛する息子は無事なんだろうな!!」

 

 白髭の言葉にエースが茫然とする。

 

 それを横目で見ながら、私は今回の戦争の流れと自分の優先すべき役目を整理した。

 

 

 



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第31話 新しい勢力(一部白髭視点)

 

 

 

 

 この処刑には、旧時代の遺物を削除するという別の目的もある。

 表向きゴールド・ロジャーの血を絶やすというエースの処刑が主目的となっているが、彼の所属する白髭海賊団の海賊達の戦力を大幅に削ぐという目的もあった。

 

 だからこそエースの処刑は大々的に報じられ、白髭海賊団と交戦する。ある程度の戦力──白髭海賊団の名の知れた隊長達や白髭本人を戦闘不能にした後、見せしめるようにエースの首を飛ばすのだ。

 

 しかし、状況により優先順位は変わる。

 エースを殺すことは海軍側の最低ラインとして。センゴクさんの指揮によって白髭との交戦を優先することもあれば、処刑時間よりも前にエースの処刑が実行されることもあるだろう。

 実際にエースの処刑は早まると作戦変更がなされた。

 

 海賊と海兵達による戦闘を処刑台の上から見つめる。

 今のところ海軍側が押しているようだ。

 

 ふと視線を外せば、本物の山のような巨体が倒れ伏している。オーズJr.という巨人の海賊がドフラミンゴによって倒されたのだ。

 死んではいないようだが、気を失う最後までエースを助けようと手を伸ばしていた巨人の海賊に何とも言えない気持ちになる。

 

(…………変だな)

 

 この戦争が始まった直後から何故か気持ちがざわざわするのだ。

 エースを殺すという覚悟はとっくに出来ているものの、それとは違う───エースを助けようとする白髭の海賊達を見ると、何故か羨ましく思えてしまう。

 

 エースの出自を知っても尚、助けようとする。

 その事実がどうしようもなく胸に突き刺さる。

 

「アン大佐、海底に潜んでいる船の動きは?」

「未だ白髭の船が一隻海底に待機していますが、浮上する気配はありません」

「そうか」

 

 自分の気持ちから目を逸らすようにセンゴクさんに報告する。

 

 エースを横目で見れば、項垂れていた。

 見聞色の覇気で察知しなくとも分かる。もう、心が折れそうなのだ。自分のせいで仲間が傷付くという事実に耐えられないのだろう。

 

「早く俺を処刑しろ………!そうすれば終わるんだろう!」

 

 そうセンゴクさんに叫ぶエースに何も言えない。

 しかしちらりとセンゴクさんを窺えば、顎でエースをさした。自分の代わりに答えてやれと言うことか。

 

「それは出来ない。白髭の戦力を削ぐこともこの処刑の目的だから」

「そんな………」

 

 私も、もしエースの立場なら死にたくなる。

 タブーだった自分の出自を認めてくれて、尚助けようとしてくれる人達が傷付いているのだ。

 私にはそういう人はいないけれど、もしそういう人が現れたなら何に代えても守りたい。

 

「……………確認させてください。ポートガス・D・エースの処刑は」

「まだだ。海軍側の勝利を意味付けるような主戦力を潰せていない」

 

 少なくとも白髭エドワード・ニューゲートは参戦していない。旧時代の象徴である男を海軍大将が全員揃っている今一撃でも当てたいのだろう。

 

 センゴクさんのその考えを理解する。

 しかしその時、ふと空から何かの気配を感じた。

 

(あれ?)

 

 もしかして空島の住人か、世界経済新聞の記者が潜んでいるのだろうか。

 けれど段々と降下していく豆粒のような──決して鳥ではない複数の人間の気配に呆然とする。

 

 すると処刑台の階段の下から一人の海兵がセンゴクさんに叫んだ。

 

「センゴク元帥!報告が遅れて申し訳ありません!!正義の門が何者かによって開場させられたとのことです!!」

「何だと!?」

「───センゴク元帥!上に何かいます!!」

 

 空からものすごい勢いで落下する懐かしい気配に気付く。

 

 ルフィだ。

 何でこんなところに。

 

 おまけにクロコダイルや他多数の気配も落下してくる。

 そこでハッとルフィがインペルダウンに侵入していたことを思い出した。

 

 つまりインペルダウンの囚人達を引き連れてエースの処刑を阻止しようとしているのか。

 まさかここまで追いかけてくるとは思わなかったが、あの破天荒なルフィだ。恐ろしいほどの天運でやってのけてしまうかもしれない。

 

「報告します!頭上からモンキー・D・ルフィ、クロコダイル、他数百名の気配が落下していきます!」

「落下……落下!?」

「はい!」

 

 私の報告にセンゴクさんが泡を吹きそうになる。

 

「…………落下地点の計算はできるか?」

「申し訳ありません。できません。───ですが、巨大な無機物の気配もします。おそらく奴らは船で移動してきたのでしょう。船の気配はちょうど湾内の真上にありますので、湾内に凍るクザン大将の氷塊か白髭の船に落ちる可能性があります」

 

 運が良ければ、湾内の凍っていない海面に落ちるかもしれないが。

 センゴクさんが頭を抱えながら、各海兵部隊に頭上注意と可能ならばと狙撃の許可を下す。何人かは落下中に始末されるだろう。

 

 やがて空から落下してくる気配が、目視できる距離まで迫ってきた。

 ルフィの参戦によって起こり得るだろう影響を考えた時、背筋がぞっとする。だって彼は私の出自について知っているのだから。

 

 アラバスタでは彼の仲間しかおらず、もし口を滑らせたとしてもいくらでも誤魔化せただろう。

 しかし今は状況が違う。この世界中の人間が見ている中で、もし悪気なく私の出自を明かしたら、もう誤魔化すどころの話ではない。

 

「あ、はは………」

 

 まずルフィだ。

 まずルフィを仕留めなければならない。

 

 エースだけでなく、更に自分も海賊王の子供だと全世界にバラされるリスクがあるだなんて。

 

(甘かったなあ。私………)

 

 とりあえず私の出自がバレる覚悟はしておこうと思った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「───妙だな」

 

 処刑台に項垂れるエースの姿を一瞥し、白髭は怪訝そうにぼやく。エースと、そしてその横に並ぶ処刑人モンキー・D・アンの姿にふと違和感を感じた。

 

「オヤジ、どうした?」

「いや、何でもねえ」

 

 戦況を見極める最中。処刑台の方を見ればそれほど険悪な様子もなく、むしろアンの表情はエースを気遣うようなものだった。彼らは同郷であるため知り合いかもしれない。

 おまけに隣り合う姿を見た瞬間、何故か「似ている」と感じてしまった。

 

 豪胆なエースと噂によれば真面目な女海兵。似ているはずもないのに、目鼻立ちや時折醸し出す繊細な空気感が重なる。

 

 いや、違う。あの女海兵に何故かゴール・D・ロジャーの面影を重ねてしまうのだ。

 全く似てはいないというのに、初めてエースと出会った時と同じ予感をアンにも感じる。

 

(………………まさかな)

 

 するとその時、白髭の隣にマルコが降り立った。

 青い炎に包まれながら、不死鳥の姿から人間の姿に戻った男が溜め息を吐く。

 

「しかしエースも難儀な奴だよい。あの女海兵のファンだっていうのに、処刑人が本人だなんて」

「エースの奴、あの小娘を気に入っていたのか?」

「ん?ああ、よく世経に載ったアン大佐の記事を読んでニヤニヤしてたよい。同郷だからかもしれねえが」

 

 そういえば、エースが新聞の記事を読んで一人笑みを深めていたことがあった。弟について書かれた記事なんかは嬉しそうに周囲に自慢するが、そういったこともせず、ただ静かに読んでいたものだから珍しいと思ったのだ。

 

 一つの疑念が白髭の中でしゅるしゅると纏まっていく。

 そしてある可能性に辿り着いた時、政府のあまりの残虐性に反吐が出そうになった。

 

(おい、ロジャー。お前、まさか………!)

 

 同郷で同い年の、雰囲気の似た子供。

 ただの可能性ではあるが、もしアンが、エースと同じゴール・D・ロジャーの子供だとしたら。

 

 そう考えた瞬間、ふと耳に何かの叫び声が聞こえてくる。

 上を見上げれば空から人間の人影が迫ってくるのが見えた。

 

 小粒だ。覇気も何一つ身についていない無鉄砲な若い気配が真っ逆さまに落ちてくる。

 そしてそいつは戦場に響き渡るような声を張り上げた。

 

 

「エーース〜〜〜〜ッ!!!助けに来たぞーーーッ!!!」

 

 

 

 

 



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第32話 処刑の真実

 

 

 

「エーース〜〜〜〜ッ!!!助けに来たぞーーーッ!!!」

 

  

 ルフィが空から降ってきた。

 インペルダウンの囚人達を大量に引き連れて。

 しかも運良く凍っていない湾内の海面部分に落ちた。

 

 そんな信じられない光景を私だけでなく、海軍も白髭の海賊達も呆然と見ている。彼の参戦によって海軍側にどのような影響を与えるかは未知数だ。

 

 また彼は私がゴールド・ロジャーの娘でありエースの双子であるという事実を知っている。

 将来ルフィが海兵になった時、私やエースの出自がばれないようフォローさせるつもりでガープさんが伝えたのだ。現状完全に裏目に出ているそれに、ガープさんも同じことを思ったのか頭を抱えている。

 

(でも………もし世間にバレるのであれば、そのきっかけがルフィならマシかもしれない)

 

 エースや私を海賊王の子供だと知りながら慕ってくれた無邪気な彼なら、他の人間にバラされるよりもずっと良い。

 バラすとしても悪意は何一つないだろう。あの子なら仕方ないかと諦められる。

 

(……………あれ?)

 

 けれど意外にもルフィは私の出自について口にする様子はなかった。

 懐から取り出した双眼鏡でルフィや彼の周りを観察していると、革命軍のイワンコフは暴れているし、クロコダイルは白髭に喧嘩を売ってる。

 ルフィは何故か七武海のハンコックと仲良さげに話して……話して………

 

(何で鍵なんか貰ってるんだ………?)

 

 海賊海兵問わず攻撃をしかけ、あまつさえルフィに鍵(おそらくエースの手枷の鍵)を渡している女帝に呆然とする。

 

 え、二人ってどういう……?ていうかこれ戦争が終わったら七武海から外されないか?大丈夫なのか………?

 

「あの、センゴク元帥。報告します」

「何だ今忙しいんだが!?」

「モンキー・D・ルフィの様子を見るに、海賊女帝ハンコックからポートガス・D・エースの手枷の鍵を渡されたようです。念の為手枷の鍵穴部分を封じた方が良いかもしれません」

「次から次へと一体何なんだ!!」

 

 そしてセンゴクさんが小電伝虫でクザンさんを呼ぶ。

 頭をかきながらヒョイっと処刑台にやって来た大将にセンゴクさんの代わりに伝えた。

 

「お忙しいところ申し訳ありません。ポートガス・D・エースの手枷の鍵穴部分を氷で凍らせていただくことはできますか?」

「用心深いね。はいよっと」

 

 鍵穴を埋めるように凍らせたそれに「ありがとうございます」と礼を言う。サカズキさんのマグマで溶接した方が良いと思ったが………あの人だとエースの手ごと溶かしてしまいそうだ。

 簡単に解除できないだろうか、念のため確かめているとクザンさんはまだ残っていたらしく私に声をかけてきた。

 

「君さあ、一体何したわけ?」

「………………何、とは」

 

 上から私とエースを見比べてクザンさんが「んー…」と唸る。センゴクさんは小電伝虫に指示を飛ばしているようで、クザンさんの様子に気付いてないようだった。

 

「……………今回、ポートガス・D・エースの処刑人に選ばれた理由として、アンタを次世代の英雄に担ぎ上げるためのプロパガンダでもあるんだよな」

「政府からはそう聞いています」

「んー…おかしくねえか?あの『英雄』ガープさんの孫にそんな汚れ仕事させるかね?次の英雄として担ぎ上げるための絶好の機会ではあると思うんだが………少なくともエリートにそんなことさせる必要はないんじゃねえの?」

 

 それに私は言葉を失う。

 そんな私に彼は淡々と続けた。

 

「君、もしかして政府に弱みでも握られてるんじゃない?それかガープさんと血が繋がってなくて、生まれに問題あるとか」

 

 「サカズキに聞いたら余計な詮索はするなって言われたよ」と何とでもないように言うクザンさんに立ち尽くす。

 

(確かにそうだ…………)

 

 罪人の処刑は英雄の誕生としての要素として仄暗い。

 世界政府がもし私を『英雄』として担ぎ上げたいのなら、こんなことではなくもっと違ったやり方をするんじゃないだろうか。

 それこそ何も出来ないエースの首を刎ねさせるのではなく、白髭の名のある海賊達を討伐させようと現場に投入させるんじゃ………。

 

 それを思った瞬間、ある可能性に辿り着いて凍りつく。

 

 きっとサカズキさんは私の生まれがスラムだから政府はこんな処刑をやらせるのだと思い、クザンさんをいなしてくれた。

 

 けれど、違う。

 世界政府はもしかして、私が海賊王の娘だと知って、こんなことをやらせているんじゃないだろうか。

 

「…………あらら。アン大佐は分かるけど、どうして火拳まで動揺するんだろうね」

 

 エースの顔も俯いている。

 しかし見聞色の覇気で察知すれば、彼もひどく動揺していた。エースも私と同じ可能性が頭に過ぎったのだろう。

 

「もしかしてさあ、君達恋人同士なんじゃない?」

「………………」

「無視は良くないんじゃないの?まあ、こんなことになって落ち込むのも分かるけど、処刑失敗ってことだけは勘弁してよね」

 

 クザンさんの言葉に否定する気力も湧かない。彼が本当に私達を恋人同士だと勘違いしているのか。それとも真実まで知ってしまっているのか、見聞色の覇気で探ろうとももう思わなかった。

 

 黙り込む私にクザンさんは大きく溜め息を吐いて立ち去る。

 

(私達は、一体どこまで…………)

 

 海賊王の子供だからという理由で、どこまで命を弄ばれるのだろうか。

 そんなに、そんなに罪なんだ。海賊王の血が流れているということが。

 

 その事実に私もエースも打ちのめされてしまった。

 

 するとその時、処刑台から離れた海賊船の方で男達の絶叫が飛んでくる。

 ハッと顔を上げれば、そこには白髭の胸に剣を刺す男──大蜘蛛スクアードの姿があった。

 

「親父………ッ!!」

 

 エースの息が詰まる。

 もうこれ以上、エースを生かしておくことの方が彼を苦しめるんじゃないか。

 

 大蜘蛛スクアードから語られるゴールド・ロジャーにされた仕打ちと、今回の戦争は白髭海賊団とエースの命の引き換えに他海賊は討伐されるという海軍との茶番の詳細。

 

 海軍側にそんな事実はない。

 おそらくセンゴクさん辺りが説得力のある中将以上の部下を使って、嘘のリークをさせたんだろう。

 

 白髭は海賊側の自爆によって致命傷を受けた。

 海軍側の勝利を意味付ける一撃を加えられた。

 

 配信されていた電伝虫はクザンさんによって凍らされ、あと残すはエースの処刑のみとなる。

 

(これだけ世界政府に利用されて尚、私は………)

 

 未だにエースを殺そうとする自分が怖い。海軍に染まりすぎて、上からの命令にもう背けない。戦争によって傷付く海兵達を前に『こんなことをしたくない』と言うことは決して出来なかった。

 それにもう、覚悟は決まっているはずだから。

 

 しかし次の瞬間、マリンフォード中の大気にヒビが割れた。

 白髭の怒りは全て海軍に向いていた。

 

 

 



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第33話 覚悟(第三者視点)

 

 

 白髭がいよいよマリンフォードの地に降り立った。

 しかし海軍はその時を待っていたかのように防御壁を作動し、海賊達を包囲する。その上からサカズキのマグマが降り掛かり場は地獄と化していた。

 

『───これより、ポートガス・D・エースの処刑を執行する』

 

 センゴクの声が戦場に響き渡る。

 ガープは振り返れば、アンがエースの首に刃をかけていた。その光景に言葉を失う。

 

 そしてこの戦争が始まる前、アンがガープに向けて言った言葉が過った。

 

『私は、望んで一人の海兵として海賊であるエースを殺します。なのでドーン島の皆さんには私が処刑人を希望したと言ってください』

 

 ガープのもとにはフーシャ村やコルボ山から何通もの嘆願書が来ていた。エースの処刑中止ではなく、アンに処刑させるなという内容がいくつも来たのだ。

 二人の事情を知る故郷の人々からすれば当然のことだ。

 アンもガープ一人が悪者にならないように、先の言葉を言ったのだろう。

 

 するとその時、海軍の防御壁を海水の渦が乗り越えて何者かが処刑台の前に降り立つ。

 

 ───ルフィだ。

 

 白髭の海賊達も力尽きたと思われたはずのオーズJr.や新たなコーティング船の出現によって、続々と防御壁を超えて湾内に侵入していく。

 そしてルフィは革命軍や白髭の海賊達に後押しされる形で、処刑台の上に向かって行った。

 その前に、ガープは静かに立ち塞がる。

 

「ッ!? じいちゃん!どいてくれ!!」

「お前は…………」

 

 お前も知っているだろう。

 アンとエースが血の繋がった家族だということを。同じ父親から産まれた子供だということを。

 そんなアンが、弟であるエースを自らの手で処刑することに相当の覚悟をもって挑んでいると理解しているはずだ。

 それを止めようとするのか。

 

「じいちゃん!どいてくれ!こんなの間違っているって分かってんだろ!?アンがエースを殺しても本当に良いのかよ!?」

「ルフィ」

「見てみろよ!アイツがどんな顔してエースの首に剣を構えてるか!俺はエースを助けたいし、これ以上アイツを苦しめたくない!!」

 

 ガープをも思っていた本心をルフィはいとも簡単に口にする。

 それはガープも思うところだった。

 けれど様々なしがらみが許さない。悲痛なアンの覚悟を前にガープは裏切れなかった。

 

 アンが海兵として海賊の弟を殺すならば、自分も一人の海兵として覚悟を決めなければならない。

 

 ルフィの、振り上げられた拳がすぐ目の前まで迫る。

 赤く滲み、無意識下からかすかに武装色をまとうそれは槍のようにガープを狙った。

 

「じいちゃんッ!!」

「───ルフィ!!!」

 

 ガープの脳裏に子供の頃のルフィの姿が蘇る。

 しかしそれと同時に、同じ孫であるアンの姿が過った。

 

 彼女が12歳の頃。海兵達にうまく馴染めず隅の方で一人訓練をしていたアンの、心配するガープに気遣った言葉が鮮明に思い出される。

 

『…………私も組織に入っている限り、今のままじゃ駄目なのは分かっています。今すぐには難しいかもしれないけれど、少しずつ馴染めるよう努力するつもりです』

 

 真面目で、人との交流が苦手な──小さな少女の言葉にガープは嬉しくなったものだ。

 その出来事を思い出した瞬間、ガープは胸が苦しくなり堪らなくなる。

 

 そして、決意は固まった。

 アンがこの処刑から「逃げたい」と言わない限り自分は全ての力をもって敵を討つ。

 

「お前にワシは倒せん!!!」

 

 武装色の覇気を一瞬で纏った漆黒の拳がルフィの顔面に突き刺さる。隕石のようなそれにルフィは放物線を描いて後方にまで飛んでいった。

 

 死んではないだろう。

 だが、しばらく動けないはずだ。

 

「麦わらボーイッ!だからアンタにゃまだ早いって言ったっちゃブルね!」

「オイッ!誰かコイツの手当てをしてくれ!白目剥いて動かんぞ!」

 

 向こうで革命軍のイワンコフに連れられていくルフィを確認する。ルフィはアンの出自を知っているのだ。早いところこの戦場から退場させた方が良い。

 そしてガープはぐるりと戦場を見渡し、そのままセンゴクに向かって叫んだ。

 

「センゴク!!ワシは前に出て白髭を抑える!!良いな!?」

 

 白髭とまともにやり合えるのは、海軍大将か自分くらいだろう。センゴクは頷き「行け」と言ってくる。アンを見れば心配そうにガープを見つめていた。

 

(身内殺しの罪はお前だけには背負わせん)

 

 そしてガープは白髭のもとへ飛んでいく。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「言わんこっちゃないったら!麦わらボーイ、アンタ死にたいのッ!?」

 

 処刑台から離れた後方。革命軍のイワンコフはガープによって飛ばされたルフィを介抱しながら叫んだ。

 脳震盪を起こしているかもしれない。死んではないが、意識はなく、白目を剥いて手足をぴくぴくと震わせていた。

 

(血の繋がった孫でも容赦なし。でも殺してない辺り温情はあるッチャぶるね)

 

 他の者なら確実に死んでいただろう。

 それにイワンコフはゾッと冷や汗が流れた。

 

「元々麦わらボーイにこの戦場は早すぎたんだわ!この子を早く下がらせて!今、私達が出来ることはルフィちんを死なせないことよ!」

 

 そして近くにいた者に指示を飛ばし、担架を持って来させようとする。

 しかしその時、ルフィの手はイワンコフの腕を強く掴んだ。

 

「ッ! 意識が……!?」

「…………待ってくれ、イワちゃん」

 

 ルフィの細い声が口から溢れる。

 息も絶え絶えになりながらも、イワンコフに縋りながら続けた。

 

「頭の中でガンガン聞こえんだ………!アンがこんなことしたくないって………!アイツ、ずっと悲鳴を上げてるんだよ!」

「ルフィちん、貴方まさか見聞色の覇気が………!?」

「ずっと苦しんでるんだ………!昔からアイツは真面目だから誰かが止めてやらないと、取り返しのつかないことでもやろうとしちまう………誰かが()()にしてやんねえといけないんだ………!」

 

 けれど、ルフィはそこで力尽き倒れ込んでしまう。

 息を切らしながらもたれ掛かる男にイワンコフは何も言えなかった。

 

 ルフィの姉ということは、おそらく同郷のエースとも仲が良かったんだろう。それを思うと、今彼の前で行われている処刑はあまりにも残酷過ぎた。

 自分の姉が義兄を殺そうとするなんて。

 

(それよりもこんな急に覇気に目覚めるだなんて………!差し迫った過酷な状況が才能を一気に目覚めさせたというの!?)

 

 しかしイワンコフはルフィの身体でもうひとつの異変が起きていたことに気付かなかった。

 聞き慣れない、ドラムの音のような心音が彼の身体の中で小さく響き始めていたことに。

 

 

 

 



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第34話 処刑執行(一部センゴク視点)

 

 

 

 白髭エドワード・ニューゲートとガープさんが戦場の真ん中でやり合っている。地面は大きく割れ、瓦礫は抉れている。おおよそ人間が起こしたとは思えない災害のような状況に海兵達は決して近付くことはなかった。

 

 白髭の振動を拳一つで抑え込むガープさんを処刑台から見つめる。

 そしてセンゴクさんは戦況を見渡し、言い放った。

 

「───……そろそろだな」

 

 センゴクさんが私を見つめ、頷く。

 私もそう思う。処刑を行うなら今しかない。

 

『これより、ポートガス・D・エースの処刑を執行する』

 

 センゴクさんの声が戦場に響き渡った。

 それに海賊達の怒号と悲鳴が上がる。

 

「おい!誰でも良い!!エースのもとに行けねえのか!?」

「親父はッ!?他の隊長達は!?」

「ガープの奴に止められている!隊長も足止めを喰らってる!!」

「誰かッ!処刑を止めるんだ!!」

 

 そんな彼らの声を背に、剣を握る。

 今回使うのは処刑用に誂えられた処刑剣──通称『正義の剣』だ。鍔の短く真っ直ぐな刀身で、柄頭は丸く描いている。いつも使用している愛刀は腰に差し剣をエースの首に構える。

 

 エースを見るが、項垂れていて表情が分からなかった。

 仲間達の声をあえて聞かないようにしているのか。それとももう、あまりの光景に心が折れてしまっているのかもしれない。

 

 覚悟は決めたはずなのに手が震える。

 脳裏に幼い頃のエースの姿が過ってしまった。

 

 いつも何かに傷付いていた繊細なあの子が海に出て、海賊として活躍して。たまに見る新聞の写真では生き生きとした表情で武功を上げていた。

 海兵として彼の行いは看過できないけれど、コルボ山では決して見れなかった姿に感慨深くもなった。

 

(それを私が終わらせる)

 

 同時に心が悲鳴を上げる。

 

「…………モンキー・D・アン大佐。やれ」

「───はい」

 

 そして剣を振り上げた瞬間、ぞくりと背筋が凍るのが分かった。見なくとも分かる。白髭の殺気が私を射抜く。

 しかしその時、ふと別の気配を僅かに感じた。覚えのあるそれに一瞬動揺しながらも、そのまま剣を振り下ろす。

 

 私がエースを殺す。

 本当は嫌だ。本当はこんなことしたくない。

 

(本当は…………ッ!)

 

 その瞬間、突き刺さるような覇気を一身に浴びる。

 ルフィだ。ガープさんの攻撃から目を覚ましたのだろう。

 クロコダイルを撃破した時と同じ、覇王色の覇気が大砲のように放たれ、意識を押し潰そうとする。

 

「ッ! やめろーーーーーーッ!!!」

 

 周辺の海兵が次々と倒れる。

 空気が震え、あまりの圧に意識が一瞬飛ぶ。

 

 けれど歯を食いしばり、足に力を入れ、そのまま剣を振り落とす。

 エースの首に刃が当たる──その瞬間。

 轟音と衝撃とともに、私の視界は真っ黒になった。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

  

 一瞬、何が起こったのか理解できなかった。

 足場は崩れ、処刑台ごと破壊されたのだと気付く。

 慌ててエースを担ぎ、崩れ行く瓦礫を蹴り上げながら地面に降りれば、目の前に巨大な拳が鎮座していた。

 

 オーズJr.かと思ったが、彼は倒れ伏している。

 じゃあ一体誰が、と辺りを見渡している内に、その巨大な腕は風船が萎むように縮んでいった。

 

 そしてその縮んでいく腕の先を目視した瞬間、アンの耳に少年の声が飛び込んだ。

 

「───アン!!!」

 

 ルフィだった。

 身体中真っ白に色付き、羽衣のような覇気を靡かせた──まるで神様のような姿に見えた。

 

 しかし瞬きすれば、その姿は蜃気楼のように一瞬にして消える。

 代わりに全身に禍々しい武装色の覇気を纏ったルフィの姿があった。荒削りではあるものの、ルフィ自身が一つの武器になったようだ。

 

(あの姿は一体…………)

 

 見間違いか。それとも見聞色の覇気による未来視か。

 分からなかったけれど、あの真っ白な神様のような姿が未来のルフィであることを何となく予感した。

 しかも近い未来にあの浮世離れした姿になると断言できる。

 

 するとルフィは息も絶え絶えになりながら叫んだ。

 

「お前が選んだ道なら何になっても構わねえ!海賊でも海兵でもなるのは自由だ!だけど、これは本当にお前が選んだことなのか!?」

「ルフィ、」

「望んでもないことをするんじゃねえよ!本当は覚悟なんてできてねえくせに!!」

 

 その言葉に一瞬胸が燃えるようにカッとなる。

 私がどんな思いでこの場に立っているのか知らないくせに。そんな思いが湧き上がる。

 

 それと同時に処刑が阻止されたことによって白髭の海賊達の士気が上がったのに気が付いた。

 まずい。このままだと処刑する前に海兵達が押し負けてしまう。一旦彼らの心を完膚なきまでに折らないと、この戦争はたとえエースが死んだ後も続く。

 

「エース」

「…………何だよ」

「エースはどうしたい?このまま仲間と逃げたい?…………私を、置いて」

 

 当てつけるように言えば、傍でエースが怪訝そうに眉を顰めた。

 

 最低だ。相手に対する守るべき配慮を捨てたやり口に軽蔑する。

 けれどここでエース自らの意思で処刑を望めば、流石に白髭達やルフィの気も削げるだろう。エースの善意に付け込んだ残酷な物言いだけれど、もう手段なんて選んでられない。

 

 おまけに一瞬幻のように見たルフィの真っ白な姿が頭から離れなかった。

 あれは、今はまだ出してはならない。

 この戦争がもっと過酷に、もっと長引けば、ルフィがあの姿になってしまう気がしてならないのだ。

 

 しかしエースはそんな私に反して落ち着いていた。

 そして、何故か痛々しいものを見るかのような瞳で私を見つめている。

 

「───アン、俺と今この場で逃げねえか」

「な、何言ってるの。だって、軍艦で散々話し合ったじゃ」

「状況が変わったのは分かるだろ。お前の出自が世界政府にバレて利用されている可能性があるんだ。今俺の処刑を成功させても、この先ずっと出自を盾に利用され続けることになるぞ」

 

 言葉を失う私にエースが続ける。

 

「俺は海賊だからまだ良い。だが、もしかするとこれから罪のない人間を殺す羽目になるかもしれないんだぞ」

 

 それは私も思っていた。

 もし世界政府に出自がバレているとしたら、この処刑は私に対する踏み絵で、これからそれを盾に『英雄』をする傍ら人の道に外れた任務を宛がわれるかもしれない。

 

 私はエースを殺したら死ぬつもりだけれど、そんな政府に振り回されたまま人生を終わらせるのだろうか。

 

「アン、逃げよう。事情を話せば親父達は分かってくれる。甘いこと言っているのは分かってるが、俺は何度だって頭を下げる。…………最悪、白髭海賊団だって抜けてもいい。お前はもう、自由になって良いんじゃねえか」

 

 敬愛する白髭のもとを離れてでも、私と逃げてくれる。

 

 何を馬鹿なことを。けれどその言葉に思わず立ち尽くしてしまった。願ってもないその申し出に咄嗟に手を取ってしまいそうになる。

 

 そんなことをして良いのだろうか。

 不意にこれまでの海軍での日々が過る。

 

「───アン!!!」

 

 するとその時、センゴクさんの声が耳に飛び込んできた。

 焦ったように私の名を呼ぶ彼の姿が目に入る。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 アンが望んで海兵になったというわけではないことを、センゴクはずっと理解していた。

 

 海賊王の子供として監視目的で海軍に身を置き、幼い頃から肌に合わない海兵として過酷な任務に就く彼女が、本当はこの環境から逃避して静かに暮らしたいと願っていることも薄々気付いていた。

 本人の意思に反して、アンの生真面目さと高い倫理観が海兵という職務と合致してしまっているだけなのだ。

 

 そして、今回の処刑だ。

 唯一血の繋がった家族を殺せと命じられて、海軍への信頼はもうないだろう。

 最初から無かったかもしれないが、今回の件で僅かにあった情も無くなっているに違いない。

 

 逃げようと言うエースにアンは呆然と立ち尽くしている。

 

 このままではまずい。

 道化のバギーが強奪した映像電伝虫で、この様子が世界中で配信されてしまっている(・・・・・・・・・・・・・・・)のだ。

 

「───アン!!!」

 

 叫べば、彼女は振り返った。

 

 そしてアンは空を仰ぐ。

 まるで憑き物が取れた表情をしていた。

 

 

 

 

 



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第35話 海兵として(一部第三者視点)

 

 

 

 道化のバギーが強奪した──もといインペルダウンの囚人達が手に入れた映像電伝虫は赤犬のマグマの熱によって解凍され、ルフィの覇気によって意識を取り戻す。

 

 そして白髭の首を取る勇姿を映そうとバギーは思ったが、天災が如き白髭とガープの戦いに近寄ることはできず──彼らの衝撃波によってバラバラになった身体ごと映像電伝虫は戦場のどこかに飛ばされてしまった。

 

 電伝虫がむくりと起き上がる。

 瓦礫の間に落ちてしまったが、その隙間から外の様子を見ることができた。

 

 その先にはポートガス・D・エースとモンキー・D・アンの姿があった。

 

 そしてその映像を電伝虫越しに世界中の人間が見つめる。

 

 これまで海兵のアンによって助けられたことのある者達は彼女の行く末を案じ、ドーン島の故郷の者達は見ていられないと目を背ける。

 一部のマスメディアは政府に利用される程のアンの出自と聞いて考察し、エースとの関係を疑った。

 

 

 ───シャボンディ諸島の中継を見る、とある一人の少女が隣に佇む母親に向かって口を開く。

 

「アン大佐、どうしたのかな?」

 

 その少女はかつてアンに助けられたことがあった。

 人攫いである海賊に攫われかけた少女は、巡回中のアンに救助されたのだ。

 そんな少女の瞳を母親は優しく手のひらで覆う。もしかしたら、海兵であるアンが海賊と手を組むかもしれないから。

 海賊に襲われた経験をもつ娘を思い、母親は「帰りましょうか」と誤魔化した。

 

 世界中の人間がアンの言葉を固唾を呑んで待ち望む。

 そして、彼女はゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ───アン、俺と今この場で逃げねえか。

 

 エースにそう言われた直後、私は海軍での日々を思い出していた。

 

 いつまで経っても馴染めない海兵暮らし。

 出自のため監視され、いつ殺されないかと怯える日々。

 そして英雄ガープの孫であるために受ける揶揄。

 訓練は辛くてきついことばかりで、死ぬまでこれが続くのかと嫌になったこともあった。

 

 けれど思い出してしまう。

 任務を通して多くの海賊達を討伐し、その中でこれまで助けてきた市井の人達の顔がゆっくりと過ぎる。

 そしてふと、何故かシャボンディ諸島で出会った老人との会話が蘇った。

 

『すごく大変だし死ぬかもしれないと思ったことはたくさんあるけれど、市民の命を救えるとやっぱり海兵になって良かったって思えるんです』

 

 私は確かにああ言った。

 あの時の言葉は決して嘘ではない。

 

 それを思い出した瞬間、ルフィやエースの言う自由や私を囲う様々なしがらみ。そして世界政府に利用されているだろう事実なんて、とても小さなものに思えてしまった。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

「……………ありがとう。でも、ごめん」

「は?」

「私はやっぱり逃げないよ。それに貴方を処刑する役目からも逃げない」

「な、」

 

 素直に謝り、そしてそのままエースに向かって剣を振るう。しかしそれは届かなかった。

 脚を武装色の覇気で纏ったルフィが一瞬の内に距離を詰め、私の振り下ろした処刑剣を蹴り飛ばしたからだ。

 

 ルフィがそのままエースを奪還しようとするのを察知し、咄嗟に弟を抱えて距離を取る。

 今ここでエースを処刑しようとしても邪魔されるだろう。

 とりあえずエースを地面にべしゃりと落とし、腰にさしていた愛刀を構えた。

 

 すると彼は信じられないような顔をして叫ぶ。

 

「アン!何でエースと逃げない!?お前はエースを殺したくねえんだろ!?」

 

 ルフィは理解ができないのだろう。

 エースを殺したくないはずなのに、自らの意思で処刑を遂行しようとする私のことを。

 それに、おそらくエースも理解できていない。彼の顔を見れば、地面に落ちたまま呆然と私を見つめていた。

 

 今まではあやふやな気持ちに蓋をし、無理矢理エースを殺そうとして心が悲鳴を上げていた。

 けれどもう、今は違う。

 

「…………ルフィの言う通り、私には本当は覚悟なんて出来ていなかった」

「なら、どうして!?」

「もし今ここで私が任務から逃げたら、市井の人達はどう思うかな」

 

 そう言えば怪訝そうに眉をよせる。

 そして「自分がどうしたいかで決めろよ」と言った。それに思わず苦笑してしまう。

 

 そうだね。

 ルフィなら、自分が何をしたいかで真っ直ぐ決められるよね。

 

 一見それは彼の我儘とされるけれど、そんなことはない。

 多くの人々はルフィの意思によって救われる。アラバスタでクロコダイルを倒した時のように、彼の真っ直ぐな願いは大多数を救うから。

 

 でも私は、きっとそうなれない。

 それに……───

 

「私には、やっぱりそれはできない。自分のしたいことを優先して責任(・・)を放棄することはできない」

「責任?」

「───ルフィは知ってる?海賊によって虐げられてきた人達を」

 

 そしてゆっくりと続ける。

 

「村や国を滅ぼされた人達を。男は殺されて、女子供は慰み者にされて、傷付いたり、尊厳を踏み躙られてきた人達のことを」

 

 これまで請け負ってきた任務の中で、様々な市民と出会ってきた。それらの出会いが脳裏を過ぎる。

 

 私が過去に討伐した小鬼海賊団のゴラムは小さな島を一つ滅ぼし、島民達を奴隷にしていた。時に商品として輸出し、気に入った者や使えると判断した者を自身の船で弄んだ。

 

 グランドラインの長閑なガウェス王国では悪食海賊団が占拠し、国家を蹂躙し、年若い姫に乱暴しようとした。

 

 ルフィだって知っているはずだ。先のアラバスタ王国でクロコダイルが国家転覆を目論み、恣意的に内乱を起こし、多くの血が流れたのだから。

 

 それらを思い出し、海兵として助け出した瞬間の───彼らの安堵しきった顔が忘れられない。

 

「今、世界のどこかで、海賊から虐げられている人達がいる。海兵である私が一個人の理由で海賊を見逃せば、海軍を信じてくれる人達の気持ちを裏切ることになる」

 

 海軍が一枚岩でないことは分かっている。

 イスカ少尉の故郷を焼いた中将や海賊と癒着して金品をせしめるような海兵がいることも知っている。天竜人の暴挙を黙認したり、非政府加盟国なんて区切りで弱者を守らない腐った側面があることも知っている。

 挙げればキリがない程、様々な権力と思想によって腐敗した正義があることも理解しているのだ。

 

 けれど、それでも、海のどこかで海軍を信じてくれる人達がいるのなら、私の気持ちだけでエース(海賊)を許してはいけない。

 

「『正義』という信条を背負って海兵をやっているのなら、私達はその人達の拠り所にならなくちゃいけない!」

「アン、お前………」

「そうしなければ、この世界で虐げられる人達は海兵を信じられず誰にも救いを求めなくなる。───そんな残酷なこと、起こって良いはずがない!!」

 

 一度『海兵』として名乗ったら、その責任を持つべきだ。辛いけれど、私にはその事実を無視して自由にはなれない。

 

 うまく生きていけなくて、心は疲弊してばかりだけど、もうしょうがない。

 私はきっとこうでしか生きていられないんだろう。自然と苦笑してしまう。

 

 そして愛刀に武装色の覇気を纏い、隙をついてエースの首に斬りかかった。しかしそれをやはり武装色を纏ったルフィに遮られたため、刀をそのままルフィに目掛けて振るう。

 

「危な………ッ!」

「武装色に見聞色。こんな短時間でよく身に付けられるね」

「………? これがアラバスタで言ってた覇気ってやつか!」

 

 無意識で使っているのか。さすがルフィ。

 けれどそう長くは使えないだろう。勘で使い熟せる程、覇気は万能ではない。きっとすぐにガス欠になる。

 

「麦わらに手を貸せ!!」

「今の内にエースを逃せ!!」

 

 続々とやって来る海賊や革命軍を見聞色の覇気で探る。

 

 目の前にはルフィが拳を振り上げている。

 彼の右後ろから革命軍の一人が剣で襲い掛かろうとしている。左後ろからは狙撃手が弾を放ち、空からは不死鳥のマルコがエースを救出しようとする。

 

 ───全部見える。

 彼らの動きが全て見え、次の動きがまるで予知するかのように分かってしまう。

 

 狙撃手からの弾を避ける。

 そのまま革命軍の男を斬りつけ、ルフィの腕を掴んで不死鳥のマルコに向かって投げ飛ばす。

 武装色の覇気を纏ったルフィとマルコは衝突し、地面に落ちた。

 

 キンと耳鳴りがする。全方位、まるで俯瞰して見えているようだった。

 現に背後で海兵の姿をし、コソコソとエースに向かっていく眼鏡をかけた海賊が分かる。

 剃で移動し、鳩尾を落とせばソイツは呆気なく伏した。

 

 それでもやって来るルフィを剣でいなす。

 動きに精彩がない。武装色の覇気も剥がれ落ち、無理矢理動かしていた身体はがたつき始めている。

 そんな彼に周りに聞こえないくらいの小さな声で尋ねた。

 

「…………ルフィ、どうして私の出自について何も言わないの。言えば、貴方の有利になるよ」

「今それは関係あるのか!?お前が誰から生まれたかなんて俺はどうでも良い!」

 

 その言葉に泣きそうになる。

 そういえば、人からそう言ってもらうのは初めてだった。

 

「ルフィはすごいね。本当に。ありがとう」

 

 心から彼に礼を言う。

 するとセンゴクさんの怒号が飛んだ。

 

「モンキー・D・アン大佐に加勢しろ!!」

 

 乱戦だ。

 エースを逃そうとする海賊達と処刑の手助けをしようとする海兵達の戦いが、私達のすぐ側で行われる。

 

「小娘がァ!!させんぞ!!」

 

 白髭の斬撃が来るのも分かった。

 ガープさんとの戦いで死に体だろうに。

 ビリビリと大気を揺らす振動とともに飛んでくる怪物の斬撃は地面を抉り、割った。そして海軍本部の建物までも崩壊していく。

 

 それを跳躍で避け、宙を舞う瓦礫を渡ってエース目掛けて進む。

 

(エース、ごめんね)

 

 せっかく逃げようと言ってくれたのに、ごめん。

 

「………───え?」

 

 けれど次の瞬間、いつの間にか現れた巨大な気配に思わず固まる。

 ほんの数分前まで無かったから油断していたものの、見聞色の覇気を研ぎ澄ませて気付いた複数のおぞましい気配に動揺する。

 

 海軍本部の建物の裏に、何かいる。

 気配は意図的に消されているけれど、確かに潜んでいる。

 

 それを察知した時、白髭の斬撃によって海軍本部の一部が崩れゆく。

 そこで目にした巨大な影に戦場は止まった。

 

 本当の地獄は、ここからだった。

 

 

 

 



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第36話 海賊王のもう一人の子供

 

 

 

 まだ私がコルボ山にいた頃。

 あまりにもエースが麓の酒場にいるゴロツキ達とトラブルを起こすため、こっそり見に行ったことがあった。

 

 海賊王についてどう思うかと聞く幼いエースに酔っ払った男達は笑いながら答える。

 

『史上最悪の極悪人だよ!世界中の海を暴れ回っただけでなく死ぬ間際にした遺言のせいで、この最悪な大海賊時代が来ちまった!』

『全く迷惑なもんだよな。おまけに南の海では奴の子供も潜んでるって噂だぜ』

『生まれてくること自体が罪だって言うのにな。もし見つかったら、ロジャーに被害を被った人間が好きにしても良いって法律を作るのはどうだ?』

 

 何を馬鹿なことを言っているんだろう。

 倫理観の欠けた前時代的な物言いに、他人事のように思ったのを覚えている。

 

 けれど海軍に入り、実父によって私の想像以上の被害が及んでいることを知ってしまった。

 

 ある海兵は自分の父親を海賊王との交戦で亡くした。

 ある島では海賊王の妻と子であるとの勘違いにより多くの母子が殺された。

 ある国は大海賊時代が始まってしまったがために海賊に滅亡させられた。

 

 数え切れないほどの罪の量に眩暈がした。

 

 海軍に保管されている映像記録の実父はいつも楽しそうだった。大きな口で笑い、歴戦の猛者のように海兵を薙ぎ倒す彼は神話の英雄みたいに見えたけれど、その実、正真正銘の『無法者』だ。

 

 海軍に入隊してから私はその映像越しの父を戒めるかのように、決して彼のようにならないよう見続けた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 白髭の一撃によって崩れかけた──海軍本部の裏から山のような巨体の男が現れる。

 ぬらりと現れた巨人の男は戦場には似つかわしくない呑気な声音で「見つかっちまった」とこぼした。

 

(あれは………)

 

 海賊『巨大戦艦』サンファン・ウルフ。

 インペルダウンLevel6の死刑囚で、おそらくルフィ達の騒動とともに脱獄してきたのだろう。

 

 しかし彼の出現と同時に複数の気配が私達の前に現れた。その瞬間、サンファン・ウルフ並びに()()が誰の傘下に下ったのか理解する。

 

「ゼハハハハッ!!!しばらく様子見しようと思っていたが………久しいな!死に目に会えそうで良かったぜ、オヤジィ!!!」

 

 黒髭海賊団の船長マーシャル・D・ティーチ。

 またラフィットなどの船員達と同じようにインペルダウンLevel6の脱獄囚が並ぶ。

 『悪政王』アバロ・ピサロに『大酒』のバスコ・ショット。『若月狩り』カタリーナ・デボン……と過去の事件の残虐性により世間から存在を消される程の海賊達がいる。

 おまけに何故かインペルダウンのシリュウ看守長まで、あちら側に立っていた。

 

「センゴク元帥!先程再び正義の門が開き、認証のない軍艦が一隻通ったという報告が!」

「そいつがコイツらか!!」

 

 呆気に取られ黒髭達を見ていると、背後から凄まじい覇気を感じた。振り返れば、白髭がぐっと拳を振りかぶっている。

 

「ティーチ!!!!」

 

 そして大気はひび割れ、黒髭に向かって砲撃のような衝撃波が放たれた。

 

「てめえだけは息子と呼べねえな!!ティーチ!俺の船のたった一つの鉄のルールを破り、お前は仲間を殺した!───4番隊隊長サッチの無念!この馬鹿の命を取ってケジメを付ける!!」

「おいおい!エースが今にも死にそうなんだぜ!?俺に構ってる暇があるなら、そこにいるモンキー・D・アン………いや、この『大嘘吐き』を殺しちまった方が良いんじゃねえか!?」

 

 その言葉に青褪める。

 黒髭が私を指差し、まるでプレゼントを開ける子供のような笑みを浮かべて口を開く。

 

 この男は、まさか───

 

「エースの血統因子を渡すついでに、政府に麦わらと小娘の血も調べてみろと言ったんだよ!年近い同郷の子供!怪しいだろ!?…………そしたらどうだ!麦わらはともかく、小娘の血統因子はエースのものとピタリと当て嵌まっちまった!!」

 

 戦場中にいる海賊や革命軍、そして海兵達が動きを止め、立ち尽くす私を見つめる。

 

「結果は教えられなかったが、政府の目を盗んで情報を得た甲斐があったぜ!」

 

 いやだ。

 

 止めて。

 

 

「なんせそこにいる小娘はエースと血の繋がった───あの海賊王ゴールド・ロジャーの娘なんだからな!!!」

 

 

 血の気が一気に引くのが分かった。

 

 ───ルフィなら、構わないと思っていた。

 エースや私を出自関係なく慕ってくれた彼ならば、たとえ全世界にバレたとしても構わないと。

 でもルフィはそんな出自のことなんてどうでも良いと言ってくれた。だから安心し切っていたのだ。

 

 けれど、突如現れた黒髭による悪意ある暴露に心がついていかない。

  

 周囲が騒めき、一瞬にして私を見る目が変わる。

 あまりにも恐ろしくて、周りの感情を察知しないよう咄嗟に見聞色の覇気を抑えてしまう。

 

 一度覚悟はしていたはずなのに、いざ晒されると怖くて途方に暮れる。

 

 どうしよう。

 怖い。

 顔が上げられない。

 身体が動かない。

 

「『英雄』と持て囃されて世界中を騙すのはどんな気分だった!?しかも血の繋がった、たった一人の家族をその手で殺すと来たもんだ!流石は海賊王の娘!血も涙もねえ、出世欲に目の眩んだトンデモねえ女だよ!!」

 

 黒髭の声が頭から降り掛かり、肩が震える。

 

 けれど、これも自業自得だと思った。

 出世のために殺すわけではないけれど、黒髭の話しているのは大方事実だ。

 世界中の人を騙していたのも、たった一人の家族を殺そうとしているのも事実だから。

 

「どうだ親父!俺に構ってる暇があるなら、先にそこの卑怯者を殺るべきなんじゃねえか!?海軍もそうだろ!存在してはならない子供がいるんだ!嘘の正義を語るコイツをここで始末しておいた方が良いんじゃねえか!?」

 

 存在してはならない子供。

 彼の言う通り、こうなってしまえば私は殺される。

 白髭の海賊からも海軍の人達からも。

 

 そっと辺りを見渡せば、海賊も海兵も茫然と私を見つめていた。

 そしてその中で唯一、こちらに真っ直ぐ向かってくる影がある。

 

 ───サカズキさんだ。

 

 帽子のツバで表情は分からないが、身体のマグマを滾らせながら私の方へやって来る。そんなサカズキさんにいよいよ始末されると理解した。

 

(………………そうだよね。そりゃ、殺すよね。サカズキさんなら)

 

 あれだけ世話になっておいて、裏切ったのだ。

 それを思えば彼自身の手で私を始末しようとするだろう。

 逃げようかとも思ったが、もうする気も起きない。

 

 サカズキさんが近くまでやって来て、マグマを滾らせた拳を振り被った。

 ぐっと目を瞑り、衝撃と熱に備える。

 

 怖い。本当に死ぬんだ。

 でも、自業自得だから。

 

「───アン!!!」

 

 エースの叫び声が聞こえる。

 熱をすぐそばまで感じる。

 

 しかし、衝撃はいつまで経っても来なかった。

 同時に蛙が潰れたような断末魔が耳に飛び込んでくる。

 

「……………?」

 

 おそるおそる目を開けば、サカズキさんは目の前にいなかった。

 見れば彼は私に背を向けており、拳から放たれたであろうマグマは黒髭の腕に当たったらしく奴を燃やしていた。

 

「グアアアアアッ!!赤犬!!ちげえだろ!?俺じゃねえだろ!!?」

 

 マグマによって失った右腕に苦悶し絶叫をあげる黒髭にサカズキさんは何も言わない。正義と書かれた真っ白なコートが靡くだけである。

 

「あの、サカズキさん………?」

 

 何が何やら分からなくて立ち尽くしていると、サカズキさんは再びマグマを滾らせる。

 そして凄まじい熱を放ちながら、彼はそのまま黒髭海賊団に向かって飛んで行った。

 

 

 

 

 



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第37話 黒髭の目的(サカズキ視点)

 

 

 

『初めまして、モンキー・D・アンと申します。よろしくお願いいたします』

 

 サカズキが初めてアンと出会ったのは彼女がまだ齢10の頃。ガープに連れられてやって来たアンはあまりにも小さく、細く、そして子供らしからぬ愛想笑いを浮かべる小生意気そうな少女だった。

 

 あのガープの奔放さから似ても似つかない子供に違和感を覚えたものの、もしかすると別の意味で問題児であり、大人を見下すような捻じ曲がった性根の小娘かもしれないと思ったのを覚えている。

 

 しかし鍛錬は真面目にこなす。

 ガープの身内ということで偉ぶった態度も取らない。

 特に問題行動を起こす様子もない。

 

 ただ、周囲の大人達から一歩引いて、どこか余所余所しい様子で関わる姿に「コイツは単に人付き合いが苦手なだけかもしれない」と思ったのだ。

 

 そういった気質を持つ少女だからか年若い海兵達から舐められやすい。

 遠回しに揶揄を受ける姿を見て「あの『英雄』ガープの孫として情けない」とも思った。

 

 おそらくそこからだっただろう。

 サカズキがアンに目をかけだしたのは。

 

 見聞色の覇気の精度は良いのにコントロールが悪くて度々酔う。

 口達者で愛想笑いも出来るというのに、肝心なところで周囲から引いてしまう。

 戦闘センスは良いのにフィジカルが付いていっていない。

 

 色々と惜しい(・・・)少女にサカズキは歯痒く思いながら世話を焼いてきたのだ。

 

 そしてそれは昇華し、今では海軍の若手の中でも頭一つ抜きん出るほどの海兵に成長した。

 脱落者の方が多いと称されるサカズキの苛烈な鍛錬に耐え、長年真面目に取り組んできたのだから当然であろう。

 少しばかり怯えられてしまっているが、時折任務帰りに土産を買ってきたり、仕事の手伝いを申し出るあたり世話になった自覚があるらしく義理堅い。

 

 比較的ベテランの部下が集まる中、その中で若いアンには未来の海軍を託しても良いと思えるほどであった。

 

 ───そして同郷であるらしいポートガス・D・エースにこの処刑から逃亡しようと唆された時の、アンの青臭い言葉がサカズキの脳裏を過ぎる。

 

 

『今、世界のどこかで、海賊から虐げられている人達がいる。海兵である私が一個人の理由で海賊を見逃せば、海軍を信じてくれる人達の気持ちを裏切ることになる』

 

 

『正義という信条を背負って海兵をやっているのなら、私達はその人達の拠り所にならなくちゃいけない!』

 

 

『そうしなければ、この世界で虐げられる人達は海兵を信じられず誰にも救いを求めなくなる。───そんな残酷なこと、起こって良いはずがない!!』

 

 

 その言葉に、嘘偽りは見当たらない。

 海兵として長年アンがどのように任務に当たってきたか見ていれば分かる。

 

 何よりも市民の命を優先させる彼女の言葉には説得力があった。サカズキにとってそれは若い海兵らしい甘い思想ではあるが、決して踏み躙られて良いものではない。

 

 だからこそ、サカズキは激怒した。

 黒髭マーシャル・D・ティーチによる、アンの出自の暴露に対してではない。

 

 海賊であり、血を分けた双子の弟の処刑を『海兵』として逃げず遂行しようとしたアンを侮辱したことを。

 踏み躙られるべきではない正義に泥を塗ったことを、サカズキは誰よりも激怒した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 サカズキのマグマによって焼け爛れ、欠けた右腕にティーチが苦悶する。

 咄嗟に他黒髭の海賊達が後ろに下げようとするが、それでもサカズキはティーチに向かってマグマをたぎらせ拳を振るおうとする。

 

「赤犬!!こんなことしてる場合じゃねえだろ!!白髭も死ぬ間際!エースの処刑もまだ!そこにいる小娘の処理だって今の内にやるべきなんじゃねえのか!?」

 

 唾を飛ばしながら絶叫するティーチにふと立ち止まった。

 そして後ろで茫然と立ち尽くしているだろうアンに向かって言い放つ。

 

「……───モンキー・D・アン!!」

「は、はい!」

「貴様は何を突っ立っておる!貴様の任務は何じゃ!?火拳の処刑じゃろう!!さっさと仕留めんか!!」

「あ、あの、今明かされたような出自なら………その私が火拳の処刑をするとなると海軍のパブリックイメージが。そもそも私も処刑される身で………」

「何をごちゃごちゃ言っとる!!海兵なら早う海賊を仕留めんか!!」

 

 一喝すると、アンは「はい」と返す。その声は震えていた。

 そしてサカズキは再び黒髭と対峙する。

 アンの出自が暴露されてから、彼の頭の中で引っかかっていた彼女に対する違和感がしゅるしゅると解けていくようだった。

 

 するとその時、背後から衝撃波がサカズキを越えて黒髭海賊団に放たれる。

 見れば白髭が一人立っていた。ガープとの闘いで疲弊し切った男は黒髭を見つめ、そしてサカズキを睨みつける。

 

「どけ赤犬!!そいつを殺すのはこの俺だ!サッチを殺し、エースを追い詰めたケジメを取らせんと気が済まん!!」

「ワシに命令する気か!?これは海軍の問題じゃ!!」

 

 白髭と闘っていたガープは何をしていると思えば、ガープを見れば動き回る麦わらを捕らえ気絶させていた。

 しかし遠目からでも分かる程、壮絶な形相で睨みつけており、わざと白髭を行かせて黒髭を葬ろうとしたのかもしれない。

 

(麦わらといい、白髭といい、火拳といい………!)

 

 黒髭だけではなく奴らに対する怒りも沸々と湧いてくる。

 そもそも、海賊王の血をひいているにも関わらず海賊をやる火拳と、自分の出自に負い目を感じながらも海兵をやるアンとは対照的すぎて、やはり二人は血が繋がってないのではと思ってしまう。

 

「……………黒髭。まさか貴様、アン(アイツ)が海賊王の娘であると虚言を吐いているんじゃなかろうな」

「そんな訳あるか!見てみろ!似てんだろ!」

「似とるわけあるかァッ!!」

「いや、似てるだろう。俺はあの小娘がロジャーの娘だと気付いたぞ」

 

 白髭の言葉に苛立つ。

 似ていると言えば、癖のついた黒髪くらいだ。纏う雰囲気だって似ていない。

 

 気を取り直し、ふと黒髭を見据える。

 エースの処刑は引き続きアンに任せるとして、インペルダウンLevel6の死刑囚が野放しにされている状況は流石にまずい。

 けれど、冷静になれば白髭は黒髭を殺すと言う。潰し合わせれば良いかとサカズキは思い直した、が。

 

(何故ここにいる。死ぬ間際の白髭を見物したいのならば隠れておれば良い。この舞台で黒髭海賊団の名を知らしめるためか?)

 

 しかし、それならば崩落した基地本部からサンファン・ウルフの巨体が現れた瞬間、名を上げて戦場からさっさと逃げれば良いのだ。

 白髭にトドメを刺すつもりで来たのかとも思うが、奴の口ぶりからするに『白髭を自身の手で倒す』ことを望んでいるわけではないだろう。

 

(アンの出自を明かして世界を混乱させるためか?………いや)

 

 殺されるリスクがある上で現れた黒髭の目的。

 ありとあらゆる仮説が脳裏を過り、その中でふと思い付く。

 

 ポートガス・D・エースとモンキー・D・アン───ロジャーの血が流れる両者の抹殺。

 

 また、思い返せば黒髭は死に目の白髭に会えて良かったと言っていた。世話になった義理で放った言葉ではない。侮蔑でもなく、おそらく本気でああ言ったのだろう。

 

(白髭に用がある。………───死にかけている白髭の何に用がある)

 

 そこまで考えが辿り着き、再び黒髭を見る。

 得体の知れない相手に対しての嫌な予感がさざなみのように押し寄せてくる。

 

 コイツをこのまま放っておいたら、白髭が死ぬよりも厄介なことが起こりそうだという予感がするのだ。

 

「……………おい、白髭。奴は死に体のお前に何の用じゃ。何が目的でここにおる」

 

 聞けば白髭が眉を寄せる。

 そしてしばらく黙り込んだ後、何かに気付いたかのように顔を上げた。

 

 

 

 同時刻。

 背後から海賊達の歓声が湧く。

 ポートガス・D・エースの手枷が何者かによって外された。

 

 

 

 

 



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第38話 最後の闘い(一部第三者視点)

 

 

 時を遡って、黒髭によりアンの出自が明かされた直後。

 あまりの恐怖から意図的にアンが見聞色の覇気を抑えた同時刻。エースの側に忍び寄る一つの影があった。

 

 男は赤犬のマグマによって灯した火を蝋で燃やして手枷の氷を溶かす。

 そして蝋の鍵で開錠させた。

 

「───アンタ、何者だ?ルフィの仲間か?」

「仲間なものか。亡き同胞の弔いのためにやっただけに過ぎん」

「………そうか。ありがとう」

 

 自由の身になった途端、エースはぶわりと燃え上がる。

 3の形をした奇妙な髪型の男は足早に去っていき、代わりに切羽詰まった表情のアンが弾丸のように飛んできた。

 

「アン、お前と闘うことになるとはな」

「そうだね」

 

 武装色の覇気で黒く染め上げた愛刀を構え、凄まじい殺気を放つアンにエースは苦笑する。

 

 本人は気付いていないかもしれないが、覇王色の覇気を放っていた。身体中から黒い稲妻を瞬かせながら迫るアンに乾いた笑みが浮かぶ。

 無理矢理連れて海軍から逃がそうと思ったが、この様子だと難しいだろう。

 

 自由となったエースに周囲の海賊達が「早く逃げろ」と叫ぶ。

 そして同時にアンの刀が襲いかかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 サカズキさんの言葉に背を押されるようにエースに向かう。

 いつの間にか自由の身となったエースの炎は熱く、今にも焼け爛れそうではあるけれど、身体や刀に武装色の覇気を纏いながら応戦する。

 

 きっと私は、許されたわけではない。

 海賊王の娘であることが明かされたのだ。エースの処刑が終わったら私も海軍から何らかの沙汰が下されるだろう。

 

(それでいい。元々エースを殺したら私も死ぬつもりだったから)

 

 けれど、まるで許されたような気持ちになってしまう。

 今から家族を殺し、その後処罰されるかもしれないのに。海賊王の娘であるのに「それでも良い」とサカズキさんが認めてくれたように思えてしまった。

 

 そして全身炎となってマリンフォードから逃げようとするエースを捕える。

 彼の首に向かって刃を下ろそうとした瞬間、白髭の海賊に妨害されてしまったが、それを一人の海兵が受け止めた。

 

「モモンガ中将!」

「アン、ここは私が抑える!早く仕留めろ!!」

 

 突如現れたモモンガ中将が海賊達の相手を引き受けてくれる。周りを見れば他海兵達も白髭の海賊に応戦していた。

 その中にはかつて幼い私の修行を見てくれた人達もたくさんいる。

 

 するとその時、目にも止まらぬ速さ──剃でエースに飛び込んできた赤毛の女海兵が現れた。

 

「イスカ少尉!」

「エース貴様!!アン大佐が今までどんな思いで海兵として働き、処刑の役目を背負ったか!!腹を切って詫びろ!!」

「イスカ少尉!?」

 

 しかしエースはそれをするりとかわし(「イスカごめん!」と叫んでいた)湾岸で待機する船に向かって走り出す。

 

 ───そうはさせない!

 

「アン!!」

「絶対に逃がさない!!」

 

 エースを武装色の覇気を纏った腕で捕らえ、そのまま首に向かって刀を振るう。が、間一髪のところで避け、エースは自身から無数の火の弾を放った。

 

「火銃!!」

 

 それを避け、間合いを詰める。

 しかし次の瞬間、エースは爆発的に燃え上がった。武装色の覇気を纏っていても爛れそうな熱と放出される火の威力に弾かれる。

 

(ロギア系は面倒だな)

 

 唯一燃えていないエースの髪を咄嗟に掴み上げ、彼の頭を地面に叩き付けた。

 するとエースは地面に伏したまま、戦場に火の海を浮かべる。直後嫌な予感がして退けば、火の海から巨大な火柱が上がった。

 

(直接トドメをさすのは難しいか)

 

 見聞色の覇気を最大まで研ぎ澄ませてみるが、エースに隙はなく広範囲に燃え上がる彼には死角もない。

 逃亡を阻止することは辛うじて出来るものの、白髭が放つ衝撃波やガープさんの技のような強大な一撃でないと討つことはできないだろう。

 

「お前、本気で俺を殺すつもりなんだな」

「うん」

「俺達は………あの男の血が流れてるんだぞ。海軍側にいて無事で済むわけないだろ」

 

 その言葉に苦笑する。

 彼を処刑したら私も死ぬつもりだ。だからある意味この後のことなんて考えなくても良い。

 

 それにたとえ鬼の血が流れていようと、それが海軍を裏切る理由にはならないから。

 

「この血のせいで、きっと私に裏切られたと思う市民は多くいると思う。私なんかに助けてもらいたくなかったとか、殺せば良かったなんて思う人もきっといる。…………でも、もう良いの」

「アン」

「海兵はそういう人達を含め、救わなければならない。理不尽な目に遭っても、辛くても。その先に平和があるのなら、自分の正義に反しないのなら………誰かが助けを求めているなら、どんな敵からも逃げちゃ駄目だと思う」

 

 私に対してエースが「頑固者」とぼやく。

 

 あと少し。あと少しだけ成長しなければならない。

 その時、ぐるりと身体の中で覇気が流転するような感覚がした。今まで感じたことのない覇気のエネルギーが身体の中で燻り続ける。

 

(………───そういえば、ガープさん言ってたっけ)

 

 覇気使いの、特に選ばれた者達は武装色ではなく覇王色の覇気を放出し技に昇華すると。ガープさんの『拳骨衝突(ギャラクシー・インパクト)』しかり、実父である海賊王の『神避(かむさり)』しかり。

 

(『神避(かむさり)』なら使い方を知ってる)

 

 最大限まで極めた覇王色の覇気を剣にまとい、敵に振るったタイミングで覇気を放出する斬撃。

 映像電伝虫に遺されたゴールド・ロジャーの戦闘記録でこの技を見た時、そもそも覇王色の覇気が使えない私には無縁の話だと思った。

 

 けれどもし誤って似たような技を使ってしまったら、余計に海軍から目を付けられてしまうかもしれない。

 そんな思いで間違っても同じような技を使わないよう、戦闘記録を何度も確認し研究してきたのだ。

 

 ───だからこそ、分かってしまう。

 覇王色の覇気をどのように武器に纏わせ、どのタイミングで放てば良いかを。

 

 ふと顔を上げれば、火柱で集めた炎を巨大な球体状にして掲げるエースの姿があった。

 まるで手の中に太陽があるみたい。

 

 それを見た白髭の海賊達が「巻き込まれるぞ!」と言って蜘蛛の子を散らすように逃げていく。おそらく、それ程までの大技なんだろう。

 

「アン、俺はここで逃げる。これを喰らいたくなかったら、お前も一緒に『逃げる』と言ってくれ」

「……………私は逃げないよ」

 

 私の身体に黒い稲妻のような覇気が流れる。きっとこれは覇王色の覇気だ。私には到底使えないと思っていたものの、海賊王の血が流れているためか素質はあるようだった。

 

 覇王色の覇気を刀に纏わせる。

 黒く染まった刀身から無数の稲妻が弾ける。

 身体中の血潮が沸騰するように煮えくり返り、視界には太陽を掲げるエースしか見えない。

 

 実戦で使うのは初めてだけれど、何故かやれる(・・・)という自負と高揚感が湧き上がった。

 

(海賊王の技を使ったら、彼の脅威に怯えていた人達は嫌な気持ちになるかな。………───いや)

 

 この技をもって『大海賊時代』を終わらせる。

 

 エースが動く。

 掲げていた太陽が迫る。

 

 身体中のエネルギーを刀に込める。

 愛刀の刀身が黒い稲妻で爆発するかのように瞬く。

 

 

「─────炎帝!!」

 

「─────神避(かむさり)!!」

 

 

 太陽と黒い稲妻を纏った斬撃が直撃する。

 信じられない程の熱の塊を切り裂くが、同時に身体が蒸発していくような感覚がした。

 

 瓦礫は粉々に崩れ、地面は海面が見える程に割れていく。

 凄まじい轟音に鼓膜は破れ何も聞こえない。

 

 その時、ふと走馬灯のようなものが脳裏を過った。

 

 うまく付き合えなかった幼い頃のエース。

 ダダンさんや山賊達とのコルボ山での暮らし。

 子犬のように明るいルフィと長閑なフーシャ村との交流。

 ガープさんに連れて行かれたマリンフォードではいつまで経っても慣れなかったけど、それでも世話を焼いてくれた海軍の人達。

 そして私を慕ってくれたイスカ少尉や部下の海兵。

 

 出自は最悪だったけれど、出会う人には恵まれていた。

 良い人生だったと胸を張って言える。

 

「ああああああああッ!!!」

 

 最後の最後で力を振り絞り、研ぎ澄ませた覇王色の覇気を刀に纏わせ叩き斬る。

 灼熱の太陽が真っ二つに割れる。

 そして足場が崩れた。

 

 同時に力が抜けていき、月歩で地上に戻る気力も湧かない。

 ふと横を見ればエースも力尽きたのか、瓦礫と共に地面の割れ目に吸い込まれていく姿が目に入った。

 

(……………相打ちか)

 

 私も割れた地面の、深い闇にゆっくりと落ちていく。

 頭はぼんやりとし、身体の感覚はもうない。

 海面がどんどん迫ってくる。

 

 そのまま私は目を覚ますことなく、海に沈んだ。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

 微睡む意識の中、ふと気が付けば私は一面真っ白な空間にいた。

 

 戦争をしていたはずなのに、と思うこともなく、ただぼんやりと辺りを見渡すと、少し離れた場所に熊のような巨体の男とエースが立っていた。

 

 立派な髭に黒いざんばら髪。そして血のように真っ赤なコートを羽織った大男だ。

 その男にエースは頭をワシワシと楽しげに撫でられている。

 エースは嫌そうに手で振り払っているが、それでも子犬と遊ぶように男が撫でるから「助けなきゃ」と走り出した。

 

 しかし後ろからちょん、と触れられて動きが止まる。

 振り返ってみれば、そこには薄桃色の長い髪をした女性がいた。

 

 誰だろう。

 

 気付けばエースも私の隣に並んでいて、熊のような男は目を細めて私達を眺めていた。

 

 そして女性は両手を広げて、私とエースの首に腕を回した。されるがまま抱きしめられた私達は呆然と立ち尽くしてしまう。

 そんな私達に女性は囁いた。

 

 ────生まれてきてくれて、ありがとう。

 

 その優しい声に何故だか分からないが泣きそうになる。

 ずっと言われたかった言葉を言われたようで胸が痛い。

 

 女性の体温が温かくて、心地よくて、もう離れたくない。

 

 そう思っていると、後ろからガシリと首根っこを掴まれた。

 雰囲気も何もかも台無しにする暴挙に「え」と驚けば、熊男………もといゴールド・ロジャーがにんまりと笑う。隣のエースは小脇に抱えられ暴れていた。

 

 父は私達をべしゃりと地面に落とす。

 そして私を指差して悪戯っ子のように笑った。

 

 ────俺の神避はあんなもんじゃねえぞ。

 

 だから何だと言うんだ。

 女性、もとい母との再会に浸っていたのに。

 エースなんかは今にも掴みかかりそうだし、母もいつの間にか父の隣に立っていて彼の背中をべしッと叩いていた。

 

 すると次の瞬間、急激な眠気に襲われる。

 私もエースも目を開けられなくて倒れ伏してしまう。

 

 ────ここに来るのはまだ早えよ。

 

 不意に父の声が聞こえた。

 

 ここで何が起き、誰と再会したのかも忘れていく。

 

 そして、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 



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