気になる人を曇らせたいオペレーター日記 (朝起きるのが嫌い病)
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1話

■月◇日 晴れ

 

俺はある欲求を抱えている。最近はそれが顕著になってきたので、発散するという意味でここに書き記す。

 

俺には気になっている人がいる。天使よりも美しいその女性の名はケルシ―、ロドス・アイランドの医療部門のトップだ。

第一印象は良くなかった。何だこの愛想のない話がクソ長くて無表情女は?透かしやがってこの野郎と思っていた。

 

しかし、いつの間にか毎日ケルシ―に会わないとテンションが上がらないくらい気になっていた。なんだかんだ世話を焼いてしまうところも、かなりツンデレな所も、感情を表に出さない所も、時々あり得ないくらいの激情をちらつかせるところも、服装がエロい所も、なんだかんだ重いところも好きなんだけど………

ある時、とあることを思ったのが決定打だった。

この女曇らせて泣かせたいなーって。

 

ケルシ―はおそらく過去に執着していた相手がいたのではないだろうか。俺を見ているようで違うところを見ている気がする。それが気に入らない。目の前にあるのに手に入らない物とはこうも心を乱すのか?それともあなただけが特別なのでしょうか?まあ、とりあえず俺ことアポピス・ギルティはケルシーを曇らせて泣かせることを目標に掲げたのだった。

 

 

■月◇日

 

俺が所属しているロドスは表向き、製薬会社であり致死率100%にして完全な治療法が現時点で無い感染症オリパシーの治療を目的とした研究を続けている。また感染者の治療と保護も行っており、様々な地域や種族からロドスに身を寄せる感染者が数多く所属している。

色々なやつがいると仲良くできる奴、できない奴がいるわけで今日出会った小娘は仲良くしたくはない人間だった。俺はウサギ耳の女とはウマが合わないのかもしれない。

そもそも、俺転生者であるので精神年齢が他の人よりは高いわけである。まあ、前世の記憶とか殆どないけど。

 

■月◇日

Aceさんにはよくお世話になる。1か月の内、任務が入っていない時間の三分の一はこの人に愚痴を聞いてもらうか、戦闘訓練をしてもらう。

この間もボロボロになった俺を治療するハイビスを尻目に、医療部門の可愛いスタッフについて語り合った。あの時はAceさんだけでなくアンセルやスチュワード、ソーンズ、キアーベなんかもいたが意外とバカ話に花が咲いてしまいアンセルが何故男なのかについての議論が白熱しケルシーに怒られてしまった。いやまあ、俺が悪いんだけどさ。

 

■月◇日

 

Aceさん、最強生物説を推したい…。俺、アーツ使ってるんだよ?あなたの部下のブレイズを初見殺しとは言えボコボコにしたアーツだぞ?何で俺がボコボコにされてるんでしょうか。

 

 

■月◇日

 

ケルシーを曇らせるかつ涙を流させたい。そのために必要なのは好感度と俺の消失。ケルシ―に俺を刻み付け、過去の幻影には勝てなくても大きな爪痕を残す。そして、任務で俺が凄惨な最後を遂げる。きっと、これで泣いてくれる。そう安易な作戦を立てた俺は準備を始めた。

 

ケルシ―の好感度だけど、そこまで低くはないと思う。こちらから好き好きアピールをしているため、向こうも意識を向けてはいる。ここは地道に稼ぐしかないだろう。ただ、やはり正確な好感度を知っておく必要があると思う。っというわけで一度死にかけるとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アポピスが今回請け負った任務は行方不明となったオペレーターの捜索であった。とある物資の輸送を請け負っていたオペレーターが消息を絶っていた。

 

「そんなわけで俺はやっとケルシ―先生の髪を結わせてもらう権利を勝ち取ったわけです。わかります?この全能感」

 

「任務中なので緊張感のない話題はやめてください。仮にもエリートオペレーター何ですから」

「今回はAceさんいないんですよ?緊張感持って」

「アポピスの年齢ってアーミヤさんと変わらないんでしょ?手のかかる子供扱いなのでは?」

「我々から見てもまだ子供ですからね」

 

アポピスとその部下たちが歩きながら談笑していた。アポピスはロドスの中では古株であり、その実力を買われエリートオペレーターとして任務をすることが多かった。

 

部下には伝えていなかったが、アポピスは今回の任務はかなりきな臭いと感じている。数週間後に、ドクターと呼ばれるロドスの指揮官を探しに行くという計画がありその前調査を行っていた同僚が言うにはチェルノボーグ辺りで何やら不穏な噂があるそうだ。

 

そして、消息を絶ったオペレーターの最後の連絡地点がチェルノボーグ近郊。ウルサス政府の動きも不穏だし、面倒だなとアポピスは感じていたが不安はなかった。

 

アポピスは自身のアーツを何よりも信頼しているからである。誰にも話してないが、アポピスはまったく性質の異なるアーツを2つ持っていた。それが転生者由来の力だと何となくアポピスは感じていた。

 

一つは不可視の力場を作る能力。壁を貼ることも不可視のエネルギー弾を放つこともできる。この能力はロドスのメンバーには広く知られており、彼が優秀と言われる所以でもある。汎用性が高く初見殺しに適した能力である。もう一つのアーツは自己蘇生。自身が死んだときに発動し、死後数時間以内に死因が消失した状態で復活する。

 

このアーツがあるため、アポピスは基本的に恐怖を抱いてはいなかった。仲間は一つ目のアーツで守れるし、自分は二つ目のアーツで死なないからである。

 

この慢心は、たった一人の少女によって打ち砕かれることになる。冷気を纏ったウサギ耳の少女によって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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2話

刺すような冷気が辺りを包み込んでいた。吐く息は白く、深呼吸をすれば凍ってしまいそうだった。

 

「………アーツか」

 

油断したとアポピスはため息を吐いた。安易に街の外に出るべきではなかった。天候が雨から霙に変わる。

 

地面が凍り付く音が聞こえる。靴底に感じる地面の感触に変化が生じる。

 

「あ、脚が…」

「靴底を地面に付け続けるな!凍るぞ」

「何だこれ、アーツか?」

「警戒ッ、周囲に人影在り!クッソ、こんなゴーストタウンに来るんじゃなかった」

 

部下たちの動揺をBGMにアポピスはあるものを取り出す。それは杖だった。先端に禍々しい鉱石を輝かせ、持ち手に炎の意匠を施した長さ30cmほどの鉄製の杖だ。

 

「全員その場から動くな。陣形を崩さず全方位を警戒」

 

アポピスが杖を振るうと気温こそ上がらないものの靴底が地面に固定されることはなくなった。

 

「私の冷気を塞き止めるか」

 

そこに立っていたのは少女だった。人形を想起させる端麗な顔立ち、静謐な水面を描いたような蒼い瞳、そして白髪から伸びるウサギ耳。通常であればナンパしていたであろう少女だ。しかし、そうはしなかった。

アポピスは思った。ああ、こいつ天敵かもしれないなと。

 

「初めまして、素敵な白ウサギのお姫様。素敵な歌声ですね。俺はアポピスと言います。お名前をお聞きしても?」

 

アポピスは警戒は解かずにしかし敵意を抱くことはなく話しかけた。部下であるアールドという青年は尊敬の念を抱いた。

 

「この局面でナンパするとか半端ないですね」

「流石我らの隊長。ケルシ―さんの好感度を稼ぐために女遊びを始めた男は違うな」

「これが15歳か」

「………」

 

アールドのセリフに同調するメンバーとフロストノヴァの威圧に言葉を失うメンバーに分かれていた。

 

しかし、そんな彼らの余裕も少女と目が合った瞬間に激減する。少女の冷たいその眼差しに息が詰まった。今もこちらを見つめてくるその瞳が、自身を凍てつかせているように思えて恐怖が身体を苛む。

 

「…フロストノヴァだ」

 

名乗ってくれるんだと思ったのは最も古株のアールドとアポピスだけだった。

 

「要件をお聞きしても?」

 

「…不審な奴らがうろついていたと聞いてな。怪しげな奴らの捕縛、もしくは抹殺が私の仕事だ」

 

多くは語るつもりはない。そう言いたげだった少女にアポピスは目を細めた。

 

「もしかして数日前に俺たちみたいな服装をした者たちを拘束しました?」

 

「ああ、そうだな」

 

「そうか………殺したのか?」

 

アポピスは敬語を止め声のトーンを下げた。少女は少し間を空け、口を開く。

 

「私は殺人狂ではない………抵抗しなければ身の安全を約束しよう。するのであれば、少しも苦しまない様に殺してやる」

 

急激に気温が低下していく。地面の水分が凍り付き霙は雪に変わっていた。

 

「1分以内に周囲が銀世界になるな」

 

そう零したアポピスはアールドに声を掛ける。

 

「アールド!アーツで俺の体温を固定しろ。その後に全員を連れて速やかに撤退!」

 

杖を振り視認不可能な壁を作り上げると自分と敵を閉じ込める形で複製した。アールドのアーツは固定。指定した対象の何かを固定することができる。しかしその時間は3分程度。使いどころがあまりないアーツだった。

 

「ま、待ってください。それなら隊長だって!」

 

「無理だ。お前たちがいると俺は全力でアーツを使えないし、目の前のウサギ耳は逃げ切るよりも早く俺たちを凍らせるだろう。お前たちが逃げてから隙を作るから行け」

 

「スノーデビル、各自散開、配置に付け」

 

少女が命令を下す。時間はあまりなかった。

 

「合理的に考えろ。ここで全員死ねば新しく捜索人員が来てまた同じ目に遭う。俺に後悔をさせないでくれ」

 

その言葉を15歳の少年に言わせたことが悔しかったのか、アールドは唇を噛み拳を握る。そして、未だに恐怖に捕らわれている人員と少年を置いていくことに納得できない人員を連れその場を走り去る。

 

「………悪いな。――――♪」

 

「俺の仲間は追わせねえよ」

 

冷気は不可視の壁に押しとどめられ、拡散を止められていた。

 

「なるほど、透明な壁のようなもので周囲を囲み冷気を閉じ込めているのか」

 

「御明察」

 

体温が下がらないというだけで周囲を凍てつかせる冷気は、依然脅威だ。

 

「勝算もなしにこんな策はとらねーよ」

 

アポピスは不敵に笑うと杖を掲げた。瞬間、レユニオンの構成員が吹き飛んだ。何の前触れもなく、凄まじい衝撃音と共に虚空を舞う。

 

「ッ!」

 

警戒をするも一人、また一人と吹き飛ばされていく。半数以上が無力化されたところで、レユニオンの構成員が不可視の衝撃を避けた。

 

「まあ、気づくよな」

 

吹き飛ばされるレユニオンの構成員は全員、杖の延長線上にいたのである。故に、延長線上にいなければ問題ないと彼ら小隊は判断していた。

 

その油断を杖を下ろした状態で走り回っているアポピスが穿った。

 

「何!?」

 

「ぐわああああ!」

 

「――――!」

 

フロストノヴァ以外の構成員がすべて吹き飛ばされたのである…それも同時に。

 

「別に杖を向けた方向以外に攻撃できないとは言っていないし、広範囲攻撃が不可能とも宣言した覚えはない」

 

不敵な笑みを浮かべて走り回るアポピスだったが内心は冷や汗ものだった。アポピスは殺されても数時間以内に復活できる。しかしそれには弱点もあるのだ。例えば海底に沈められた場合は、詰んでしまう。なぜなら、彼は蘇生できるだけで周囲の環境を復活直後のマリオよろしく無視できるわけでもないからである。蘇生した瞬間に再度死亡するという無限ループに陥ることになる。

 

これが氷漬けにされた場合も同じ可能性があるのだ。

 

つまり、死ぬにしても氷漬けにされるわけにはいかないのだ。まあ、この男仲間がいない場所で死ぬ気などないわけだが。

 

「…最悪自害すればいいか」

 

地面を蹴って距離を詰めていく。確実に相手の意識を刈り取るため、アポピスはフロストノヴァに接触してアーツを放つつもりだった。

 

「ッ!?」

 

その目論見は叶った、しかし目的は達成できなかった。

 

アポピスの指が少女の肌に触れた途端、鋭い痛みを感知したからだ。瞬間、アポピスはアーツを使用しフロストノヴァから離れる。

 

「――――♬」

 

フロストノヴァのアーツが鋭いつららのようなものを作り出し、アポピスへと放った。貫かれればただでは済まないと感じたアポピスは体を捻り、回避するがそこで自身の時間切れを悟った。

 

氷の刃と化したつららが彼の脇腹を貫通する。鮮血が周囲に舞い、苦悶の声が静寂に響いた。

 

「ぐッ………やばいな。明らかに手を抜いてるくせにこれかよ…」

 

二重の意味でアポピスは限界だった。一つは、アールドのアーツが切れ体温が劇的に低下していること。二つ目は、アーツの過剰行使だ。先ほどから冷気の勢いはとどまらず、壁を貫かんと増していた。そのため、攻撃以外にもこの結界を維持するためにアーツを限界まで使用していた。アポピスはガス欠状態だった。

 

先ほどフロストノヴァの額に触れた指先を見れば軽い凍傷になっていた。しかし、指はまだ動く。アポピスは頭をフル回転させていた。どうすれば生き残れるか?氷像になる以外の死に方は何だ?正直自害する前に俺の意識が飛びそうだ。

 

「お前はよくやった。仲間を逃がし、冷気を塞き止め、同胞を薙ぎ倒して見せた。殺さずにな。その上、限界を超えた身体で立ち上がる。素晴らしい戦士だ。殺すのが惜しい」

 

少しづつ身体が凍っていくのを感じながら、アポピスは賭けに出た。冷気で傷が凍り付いていることを幸いに、彼は足を踏み出し続ける。その速度はあまりにも遅いが、その瞳には確かな覚悟があった。

 

「これだけの規模のアーツ、相応の代償を支払っているだろ?命を削って戦っているのか?」

 

「………」

 

「フロストノヴァ、聞かせてくれ。アーツを発現したのはいつだ?いつからそうなっている」

 

アポピスは死に体で幽鬼のように足を前に出す。戦意も敵意もなくただただ、覚悟だけを内包した瞳にフロストノヴァは警戒を僅かに緩めた。

 

「…9歳だ」

 

「その時から身体は凍えているのか」

 

「………そうだ。鉱石病の影響なのか、アーツの副作用なのかは不明だがな」

 

少しづつ距離を詰める。

 

「………そうか」

 

彼女に触れられる距離に来たアポピスは、歩くのを止めた。

 

「寒くて痛かっただろ」

 

アポピスはフロストノヴァの右手を不意打ち気味に握りしめる。

 

「ッ!?」

 

反射的に振り払おうとする少女にアポピスは困り顔で笑みを浮かべる。その笑顔があまりにも優し気でフロストノヴァは抵抗するのを止めた。

 

アポピスの五本の指が少女の手のひらを握った。それは、とてもしっかりとした握り方だった。力まかせに握りこむのではなくそっと包みこんでくるのに、少しもゆるぎがない。思いがけないほど確かで優しい感覚だ。

 

「冷たいな」

 

「当たり前だ。凍傷になるぞ?」

 

動揺するフロストノヴァにアポピスは再度笑いかける。

 

「でも、君の方が痛かったはずだ」

 

凍傷の痛みと寒さに腕を振るわせながらも決して自分から放そうとはしないアポピスに、少女は何を言うべきかわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■月◇日

 

いや、上手くいってよかったよ。なんかいい感じの雰囲気で見逃してもらおう作戦。あの後、適当に俺の身の上話も絡めて時間を稼いだ後体勢を立て直して助けに来たアールドの援護もあり逃げ出すことには成功した。

 

重度の凍傷と失血、脇腹の傷。かなり重症の状態で運ばれたわけなんだけど、ケルシーは全然動じてなかった。

結構ショックだ。もっと動揺してくれると思っていたのに。顔を見に来るくらいだったし。ああ、後アーツはなるべく使うなと言われた。

 

ケルシーは、俺の部下とかAceさんを見習ってくれ。あと、フロストリーフ。むしろ、他のオペレーターたちに心配された。俺の部下の新人君は号泣して謝ってきたし。違うんだよ、俺が泣いてほしいのはケルシーなんだって。あと、俺の病室はウサギ耳は入室禁止でよろです。

 

 

 

 

 

 

 

 



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3話

アポピスは度数の高い酒を飲むことが嫌いだった。喉を焼くあの感覚が好きではなかったからだ。

 

しかし、ケルシーの件や今日が部下の誕生日ということもあり値段も度数も高いブランデーを開け、部下とその他数人でちょっとしたパーティをしていた。

 

「で、どうなんすか隊長!」

 

「え?何が?ケルシー先生がどうして可愛いか?」

 

「違いますよ」

 

「は?ケルシーの可愛さがわからねえのか?目ん玉腐っているのか?」

 

「うわ、だるいな」

「誰だ、アポピスに酒飲ませた奴。5%以上の酒を飲ませるなって厳命しただろ」

「つーか15歳に酒を飲ませるな」

 

「ソーンズの作った理性緩和薬をフロストリーフさんとアポピスが飲んでしまった後の話ですよ。大丈夫ですか?アンセルかハイビスカス呼んできましょうか?」

 

主役の部下の質問をスルーして荒ぶりだしたアポピスと冷静に話を進めるスチュワードを見ながら、溜息を吐くAceとアールドがアポピスの酒を取り上げる。

 

「アポピス、ケルシーから飲酒は禁じられているだろう。その辺にしておけ」

 

「Aceさんがいなかったらこのカオス空間にケルシーさんを呼ぶところでした」

 

「他のみんなも呼べばいいじゃん。ウサギちゃんも呼ぼ?」

 

ブレイズの言葉にアポピスの部下たちが苦笑いを浮かべる。

 

「アーミヤさんを呼んだら隊長の機嫌が急降下しますからそれはなしでお願いします」

「あれって同族嫌悪なのかな。二人ともよく似てるのに」

「そ、それよりもブレイズさんのお話聞きたいな~」

「確かに俺ブレイズさんと話したことないんで聞きたいっス」

 

アポピスがロドスのトップであるアーミヤに何かしら思うところがあるという話は、部下たちの中ではよく知られた話だった。

 

「ブレイズさんと隊長ってAceさん繋がりですか?」

 

「そ!ちょっと前までは訓練も一緒にやってたんだよ?まあ、私が無理やり付き合わせてたみたいなことろはあるけどね」

 

「あー、隊長のアーツの扱いはやばいですからね」

 

「そう!私、最初にあった時ただの子供と思ってたのに全然勝てなくて、ビックリしちゃった!ロドスの中でもアーミヤちゃんとアポピスは戦士の才覚に恵まれてる子よ。戦況の判断ははっきりしてるし、あのアーツは見るだけでも震えが来る。でもよくよく考えてみれば、この歳でどうやってこれだけの力を身に着けたのかな?正直、こんな力は持たないほうが幸せでしょうに………」

 

会話を聞いていたアールドは少し意外に思っていた。ブレイズという女性がここまでアポピスのことを見ているとは思わなかったからだ。

 

「こんな力持たない方が幸せだった。アーミヤさんはわかりませんが、隊長はそう思っていないですよ」

 

部下は頷き、ブレイズはアールドに視線を向ける。

 

「あの人にとってアーツは誇りです。バベル………ロドスに来るまでのことをあの人は語りたがりませんが、色々あったことは知っています。ですが決まってあの人は言います。『これまでの時間でよかったことが二つだけある。一つはケルシ―を含めたロドスの仲間に会えたこと。二つ目は、このクソッタレな世界で仲間を守れる力を得たことだ』とね。下手をすれば鉱石病よりもアーツの扱いで苦しんできた隊長ですが、それでも胸を張ってあの人はそう言います。酒の席でこんな話をして申し訳ないのですが、こんな力持たない方が幸せだったなんて言葉を彼に言うのはやめてください」

 

ブレイズに悪気はなかった。それでもアポピスの誇りを汚す発言は看過できない。年上の部下にそうまでさせるアポピスのカリスマにブレイズは感心していた。アーツだけではない。AceがScoutが、アーミヤが他の仲間たちが彼に一目置く理由の一端を垣間見た気がした。

 

「頭痛い」

 

その光景を見ながらアポピスはグラスの中に三分の一ほど残っていた洋酒を飲み干した。ぬるくなった分、辛く当たってくるような苦みが舌に残って、彼にこの日最後の小さな溜息を吐かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■月◇日

 

明日から任務だ。日記は持っていくのだが、書くことはできないだろう。

 

今回の任務はドクターの救出だ。バカウサギの意志も固く、誰も彼女の考えを変えることはできなかった。あるいは誰しもがそうするべきだと思い込んでいたのだろう。Aceさんですらドクターを救出できれば袋小路の局面を脱出できると思っている。Scoutはもしドクターが昔と同じであれば、抱えている袋小路の多くをなんとかできると確信していた。しかし、それと同時にあいつは不安に思っているようだった。ドクターの眼には勝利の確信以外の情は何もなかったと。ドクターは殺人マシーンになってしまっているのではないかと。ドクターはもう二度と指揮をしてはいけないと。ドクターに重荷を背負わせることを是とする空気を彼は恐れていた。それは俺も同意できる。周囲の期待は重圧となり優しい奴ほど苦しむ。

 

戦う覚悟を、弱さを、逃げを近しい人間に押し付けるきらいが少しある。

 

まあ、俺があの女を嫌いな理由は他にもあるけど。

 

■月◇日

 

どうせ俺が傷ついてもケルシーは曇らない。そこで俺は思った。やり方を変える必要がある。

 

そうだ、闇落ちしよう。

 

レユニオンに寝返ろう。

 

待っていろケルシー!俺が貴方に殺されに行くぞォ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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4話

あれ?闇落ち (ファッション) まで行かなかった。


風の音が聞こえる。朽ちた建物の瓦礫の隙間を焼けた風が吹き抜けていく。

 

悲鳴が聞こえる。助けを求める声、恨み言を吐き出す声、疑問を吐き出す声が周辺の瓦礫に反響する。

 

聞き飽きた。

 

もう聞き飽きたんだ。

 

憎悪も悲鳴も怒りも嘆きも。

 

「いつぞやのサルカズと戦ったのは悪手だったな」

 

ひび割れた天井ごしに炎に焼かれた空を眺めながら、アポピスはため息を吐いた。

 

アポピスは幼少期の記憶が断片的にしか存在しない。しかし、あのサルカズが話していたテレジアという名前を聞いた時、ひどく頭が痛んだ。

 

しかし、過去の記憶について深く考えることはない。思い出してはいけないと、過去が叫んでいるからだ。

 

アポピスは歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

「私が望む結末を贈ってやろう」

 

絶望が立っていた。

 

「―――――滅せよ、ロドス」

 

レユニオンの暴君。タルラ。

 

歩く災害たる怒りの化身がその大地に立っていた。ロドスの人間は、その全員が焦りを覚えた。

 

「アーミヤとドクターを守れ。早く!」

 

「全員、退避しろ!」

 

「逃げろ!」

 

「間に合わないッ、私が止める」

 

「ッ」

 

恐怖で動けなくなるオペレーター、撤退を勧めるAceとドーベルマン、タルラの攻撃を受けようとするニアール。

 

「ロドスはッ、私は!皆さんを傷つけさせはしませんッ!」

 

その誰よりも早く、アーミヤは行動を始めていた。

 

爆発的な気温の上昇で空間が歪み、陽炎ができる。収束された熱は爆炎となり、周囲を焼き尽くしながらドクター達を襲う。

 

「ッ………絶対に、皆さんを傷つけさせはしません!!!!!」

 

強烈な光に目を焼かれながらもアーミヤが展開したアーツが、爆炎を防ぎ続けている。

 

「ほう………」

 

タルラは目を細めて、初めてアーミヤを認知する。このままであれば助かる。そんな安易な安堵は吹き飛ばされる。

 

「嘘………だろ」

 

オペレータが呆然とした声で膝をつく。Aceは上を見て目を見開いた。

 

天災。源石を媒介し、一度で都市を丸ごと破壊するほどの規模である隕石群が降り注いだ。

 

「クソ、このタイミングで?」

 

「助けて!死にたくない!死にたくない!」

 

「もうどうすれば…」

 

怯えるオペレーターたちを背にアーツを酷使するアーミヤを見て、ドーベルマンが悲鳴に似た説得を行う。

 

「よせ!アーミヤ、それ以上のアーツは…このままでは指輪が!」

 

「あああああああ!この体が砕けても私は…!」

 

アーミヤは必死の形相でアーツを行使する。死なせない。絶対に死なせない。ここで自分が砕け散ったとしても、全員を守って見せると固く誓いアーツの範囲を広げた。

 

「だからお前はバカウサギなんだよ」

 

不意に、声が響いた。

 

不可視の力場が展開され、爆炎と隕石を封殺する。それは結果的にロドスだけでなく、レユニオンの構成員すらも災害から救った。

 

「怯えるな、ロドスの同胞たち。安心して前を見ろ。俺がいる場所で仲間は死なせねえ」

 

タルラは再び、腕を伸ばしアーツを行使した。それは灼熱の光線となって数十メートルの距離を一瞬で駆け抜けアポピスが立っていた場所へと接近する。しかしその光線は不可視の力場によって相殺された。

美しい火花が散り一瞬遅れて衝撃が伝わっていく。フードの裾を翻しながら少年は敵陣の正面に降り立った。

 

「俺の目の前で仲間は決して殺させない。そのためのアーツだ」

 

不敵な笑みを浮かべるアポピスの姿に一部のオペレーターから安堵の声が広がった。誰もが知っているからだ。アポピスの偉業を。アポピスと任務を行った人間はよく知っていた。その言葉は虚勢ではなく、彼の信念そのものであると。

 

彼が関わった任務で仲間が殺されたことは一度もない。アポピスが語るその言葉には確かな重さがあった。しかし、Aceを含めた数人は気が付いていた。アポピスが全くの無傷でそこにいるわけではないことを。混じりけのない命の赤が、彼の足元を染めていた。

 

「アポピスさん………血が「アーミヤ」ッ!」

 

「ピークは過ぎた。第二波が来る前に行け」

 

アポピスはこれまで聞いたこともない低い声で、アーミヤにそう告げた。ドーベルマンとオペレーターの数人は、アイコンタクトで現状を把握する。

 

「ニアール先導を頼む!」

「了解」

「退くぞ!走れ!」

「怪我人は担架に、意識のあるものは俺が背負って走る」

 

ロドスを逃がすまいとタルラは熱線を放ち続けるが、その全てを不可視の障壁で受け止める。

 

涼し気な顔でタルラを眺めているアポピスだが、アーミヤだけはわかっていた。その内心はこの状況への焦りとアーミヤへの激情、諦めと迷いとそして安堵の感情で爆発寸前だった。

 

「アーミヤ、俺が引き受ける!ドクターを連れて先に行け!」

 

何かが砕ける音と共に、爆炎がアポピスを襲う。

 

「「アポピス!」」

 

Aceと二アールが焦りで大声を上げる。ロドスだけでなくレユニオンすらも隕石から守っているが故に、彼のアーツの出力は限界に近かった。

 

「………問題ない。後で追いつくから振り返らずに行け」

 

被弾したのは左腕だった。白い肌は黒く焼け、痛みで指先は痙攣している。灼熱の業火で腕を焼かれたアポピスは、肩で息をしながらも引くことはない。

 

「ダメ、ダメです!」

 

必ず追いつくなんてセリフを額面通りに受け取れるほど、無邪気な子供ではない。

 

「後は頼みます、Aceさん」

 

「………ああ」

 

このまま残った彼がどうなるかわからないほど、愚かにはなれない。

 

「ドクター………あんたとは一度きっちりと話すべきだったんだろうけど、残念ながら今はできなさそうだから一つだけ」

 

「………」

 

「ロドスの目指す道は簡単ではない。歩いていくだけで傷つく。常に、この残酷な世界と向き合う必要がある。その覚悟だけはしておいて欲しい。あの人が期待するあんたに俺も期待している。バカウサギを頼む」

 

別れの言葉を告げる彼の思いがわからないほど、アーミヤは不感症になれない。密かに兄のように思っていたアポピスの内心を未だにアーミヤは理解しきれない。その心にあまりにも多くの感情を抱いているから。だが、一つだけ確信がある。アポピスは決して逃げるという選択肢を取らないことである。

 

「お願いしますAceさん!ドーベルマンさん!待って!待ってください」

 

「………俺はお前のことが好きになれない。だけど、結局嫌うこともできなかったな」

 

アポピスはアーミヤに背を向けて一つ一つ、言葉を紡ぐ。

 

「…アーミヤ、逃げてもいい。涙を流すことだって悪くない。迷うことは当たり前だ。だが、その歩みを止めるな。お前は――――ロドスのリーダーだろ?」

 

衝撃が瓦礫を破壊し、レユニオンがロドスを追跡できない様に瓦礫の山を作った。

 

大嫌いだ(応援している)バカウサギ(アーミヤ)

 

爆炎が轟音と共に熱をまき散らした。

 

「あーあ、最後にケルシーに会っておくべきだったな」

 

わざとオープンチャンネルにして囁いた後悔は、ロドス全員の耳に入り通信は途切れた。

 

 

 

 

 

 

「脱出ポイントが無事でよかった。ここで輸送機の到着を待つ。周囲への警戒を続けろ」

 

逃げ延びた先で、アーミヤは座り込み虚空を見つめていた。

 

「――――ッ」

 

耐え切れなかった嗚咽が腕の隙間からこぼれて、空気を僅かに震わせる。無力感と罪悪感で加速する自己嫌悪。

 

罪の意識に苛まれぶるぶると体が震えた。

 

平静を装わないといけない。戦いの後の涙はしまっておくのだと。涙を流せば流石に気が付かれてしまう。

 

ドクターやケルシーと同じく長い付き合いがあり、決して折れることのなかったアポピスの犠牲はアーミヤに大きな傷を残していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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5話

これがランキング一位だと?マジか。

感想、評価ありがとうございます。閲覧者がいるようなのでまだ書きます。

予想よりも多くの感想をいただいたため、全部に返信できるかはわかりませんが目は通しています。


■月◇日

 

レユニオンのリーダー、タルラに焼かれてから数時間後、俺は目を覚ました。というか蘇生した。普通に死んでた。死因は爆死。タルラの業火に焼かれたのが原因だから、タルラ由来の傷はなかったけどそれ以外はそのままで重症だった。その前に戦ったサルカズの傷がやばかった。あの爆弾魔は殺すべきだ。

 

とりあえず、今何をしているかだがスノーデビル小隊と同じ鍋を突いている。どうしてそうなっているのかと、不思議に思うだろう。俺もそう。何故か、白ウサギに気に入られているようで白ウサギの命令を聞くことを条件に匿ってもらえることになった。スノーデビル小隊の一員であるグレス君曰く、天災からレユニオンをも庇ったことについて一定の評価をしている人間がいるらしい。で、スノーデビル小隊の構成員も会話をしてみたかったらしく、軽い治療を施してくれたらしい。

 

色々話しこんだが、白ウサギちゃん可愛くない?という話で盛り上がり、最終的にいつもの好きな女のタイプを暴露するやつで俺と彼らはマブダチになった。

 

フロストノヴァは、呆れながらもレユニオンの構成員が愛用している仮面と服をくれた。俺が勝手なことをしないこと、余力があれば彼らを守ることを条件に傷が治るまでは匿ってくれるようだ。最高か?

 

 

■月◇日

 

パトリオットと名乗る怪しげな人物と酒を飲んだ。どうやらスノーデビル小隊から俺のことを聞いていたらしい。最初は殺されるのかと思ったが、武器もなく抵抗する気もない怪我人を殺す気はないと言われた。加えて、俺を殺すことは殿下への恩を仇で返す行為だと。どういうことだろうか。殿下って誰だよ。パトリオットは、白ウサギの育ての父だったらしい。色々なことを教えてくれた。

 

フロストノヴァの半生を知ってしまった。………パトリオットは、生きるための信念と戦うための精神力を授けたと言えるのだろう。

パトリオットがどう思っているかは聞けなかったが、俺はその選択は地獄に足を踏み出させてしまったのではないかと思う。

 

まだ数日時間を過ごしただけだが、少しだけ彼女が理解できた気がする。

 

白ウサギにとっての最大の苦痛は、彼女が数多の感染者と同じ悲惨な経験を経たことではなく、悲痛の中に希望を見出そうと足掻き続けるも、その全てが挫折に終わっていること。彼女は、鉱山がその身に刻んだ寒さを乗り越え、同胞たちのための新たな理想郷を探し、感染者たちの境遇が少しでも希望に満ちたものとなるよう戦い、正義を勝ち取ることを信じて歩み続けている。

 

フロストノヴァの怒りは絶え間ない努力が奈落の底へと滑り落ちていく現実に振り向けられたものだ。

 

どうして、ウサギ耳の女はこうなんだろうな。

 

 

 

 

■月◇日

 

とりあえず傷が癒えたらロドスの様子を見に行って、ケルシーが泣いてくれたか確認しよう。アールドは俺の遺言を録音した端末届けてくれたかな?

 

 

 

 

 

深夜…誰もない食堂でAceとブレイズは向かい合って酒を飲んでいた。ブレイズの傍らには、酒瓶が何本も転がっている。

 

「捜索隊は出せないそうだ」

 

「知ってるよ。さっきも聞いた」

 

最初こそ荒れていたものの、ブレイズは静かに会話をしていた。ブレイズよりも仲の良かったAceが黙っているからである。

 

Aceの言葉は未だに震えている。ロドスでも屈指の冷静さと視野の広さを持つ彼は、何もできなかった悔しさに震えていた。

 

「Scoutもおそらくは帰ってこれないだろう」

 

「………」

 

電気もつけず非常灯のみの食堂は、陰鬱な雰囲気を出していた。時折、ブレイズの足に触れた酒瓶が地面を転がり甲高い音を鳴らす。

 

「ウサギちゃんは大丈夫?」

 

その問い掛けを受け、Aceは先ほどのアーミヤの言葉を思い出す。ケルシーに通信越しで報告をしているアーミヤは、年相応の少女にしか見えなかった。

 

『…私は分からないのです…ケルシー先生…私には分かりません』

 

『いえ、私は…私達が何をしているのかは知っています。犠牲が避けられないことも分かっています。でも私は…分からないのです…。なぜ私は救えるであろう一人の命を見ていることしか出来ないのでしょうか…眼の前から消えていってしまうのに?手は届くのに…あとほんの少しだけだったのに…。私の責任は分かっています…アポピスの言う通り、これからも歩み続けます…』

 

『ですが…本当に疲れてしまいました』

 

力なく項垂れるその姿にCEOとしての強さはない。だがそれでも大丈夫だ。

 

「ああ、アーミヤは強い子だからな………それに最悪はドクターが何とかするだろう」

 

Aceの態度の節々からドクターへの信頼が感じ取れた。

 

「問題はロスモンティスとアポピスの部下だろう。危うい人間は多いが彼女たちほどじゃない」

 

「さっき子猫ちゃんには会ってきたけど、部屋に入れてもらえなかったわ」

 

ブレイズはAceや他の仲間が小さな小さな子猫を心配していたことは知っていた。しかし、それ以上にアポピスがロスモンティスを案じていたこともわかっていた。彼女がケルシーの元に来た時からのアポピスが気に掛けていたと教えてもらったことがある。

 

「ロスモンティスのアーツを抑え込める人間が限られていたこともあってな………一時期は四六時中アポピスが傍にいたとそうだ」

 

長い間共に過ごした人間を失う痛みを知っているAceは、ロスモンティスの痛みを深く理解することができる。しかし、Aceと少女では絶対的に異なる部分がある。

 

それはあの場にいてアポピスに任せてしまったことだ。自分が代わりに残ることもできた。だが、残った場合の被害と自分の部下の命。生存率を理性で弾きだしアポピスに頼ってしまった。

 

物分かりのいい大人であるAceと傷だらけの子供であるロスモンティスは決定的に違う生き物だ。

 

「ロスモンティスのことは任せていいか、ブレイズ」

 

「Aceは………それでいいの?」

 

「ああ、俺には俺のやるべきことがある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アーミヤからアポピスの現状を聞いたロスモンティスはその場に崩れ落ちた。ハイビスカスに付き添われて、医務室で記録端末と向き合いしばらくして少女はハイビスカスに声を掛ける。

 

「どうして……どうして感情なんてものがあるのでしょう」

 

「…それは」

 

ハイビスカスは息を呑んだ。ロスモンティスの瞳から零れ落ちるその情が孕んだ大きすぎる痛みに呑まれたからだ。決して通常は見ることのない鮮烈な光景だった。

 

「どうして涙が出て、止まらないのでしょう?色々と忘れたんじゃなかったんでしたっけ?」

 

記憶の中の彼がフラッシュバックする。

 

『安心しろ。何度忘れても、俺がその度に教えてやる。お前は一人じゃない!』

『俺たちは仲間だ。そして、この船はお前の家でもある。帰る場所はここだ。あの狭い部屋に帰る必要はない』

 

何度も抱きしめてくれた彼はもういない。

 

『いいか?やばいと思ったらケルシーか俺、logosを呼べ』

『大丈夫だ。………大丈夫。俺はここにいる。Aceさんもアーミヤもケルシーもみんないるから』

 

暴走する自分を止めてくれた彼はもういない。

 

『安心しろ、俺は死なないしお前も死なない。だけど、もし、俺が帰らないことがあれば、俺のことは忘れてくれ。お前のためにも』

『おはよう、ロスモンティス!今日もキュートだな』

 

「忘れたい………忘れたいけど、忘れたくないよ………アポピスのこと忘れたくない………」

 

震える声が残響となり部屋に響いた。

 

『俺はしぶといからな。簡単に枯れたりはしない。だから、だからさ、泣くな』

 

嘘つき。

 

「あっ………ッッ………!!!!!!!!!!!!」

 

少女は嗚咽にも似た叫び声をあげた。叫びの中身は自分自身でもわからなかった。すぐに喉が限界を超えた。声が全く出なくなってそれでもなお少女は叫び続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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6話

再熱したのと感想をくださる方がいましたので、投稿します。


龍門にて、ウェイ長官と契約を結び終えたアーミヤたちはエレベーターの中で安堵のため息をついた。

 

「うぅ………!あのおじいさん一筋縄でいかないですね…」

 

アーミヤは脱力し、手すりを握った。

 

「話し方はとても静かなのですが、全く動じないというか」

 

「アーミヤ、君はまだまだ未熟だ。ああいった人間と交渉する方法を学ぶ必要があるな」

 

ケルシーの指摘を受け、顔を下に向けたアーミヤに近づきケルシーは彼女の頭を撫でた。

 

「だが、最後の指摘は悪くはなかった」

 

アーミヤは喜びと驚きの感情で固まってしまった。ケルシーが誰かを褒めることは稀にある。しかし、スキンシップを用いて褒めることはほとんどない。

 

犠牲になった仲間を思い傷ついているアーミヤに気を使っているのか、それともケルシー自身の心に影響があったのか。アーミヤは測りかねていた。

 

「…君は」

 

ケルシーはドクターに視線を向け、僅かに目を細めた。

 

「私はあなたを知っているのか、ケルシー?」

 

「…ケルシー先生、ドクターを困らせないでくださいね?」

 

間に入りケルシーを諫めるアーミヤだったが、それほど意味はなかった。

 

「今回の犠牲は特に大きかった。………これまでの犠牲に報いれればいいがな………」

 

熱も色もない声色でケルシーはつぶやく。

 

「歓迎するよ、ドクター」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アールドとAceはエントランスでアーミヤとドクターの帰還を待っていた。窓の外には細かい雨が降っていて、部屋の中は水族館の様にひやりとしている。

 

「何で俺をここに連れてきたのでしょうか。Aceさん」

 

アールドとAceはアーミヤたちのバックアップ要員として駆り出されていた。

 

「何のことだ?」

 

「知っていますよ。元々、今回の龍門での護衛は別のオペレーターが行うはずだった。そこに、俺を捻じ込んだのがAceさんですよね?」

 

「………」

 

「俺をロドスに残せば、勝手にアポピスを探すと思ったんですか?まあ、そういう意見も小隊の中では出ましたけど俺は反対しました」

 

「意外だな…お前たちはロドスの目標に感銘を受けたわけではなく、アポピスの生き方に目を焼かれた人間だろ」

 

「…隊長が生死不明になった時、探すよりもまず先にこれをケルシー先生に渡してくれと頼まれていたので」

 

「録音機か」

 

Aceの視界に映ったのは古びた録音機だった。傷だらけのそれは明らかに型落ちの機械だった。

 

Aceは想像よりも冷静だったアールドが爆発直前の爆弾に見えた。

 

「俺はこの録音機の内容を知りませんが、おそらく遺書替わりなのでしょうね。俺たちよりもケルシー先生に宛てた録音っていうのがあの人らしいです」

 

冷静なアールドが平坦な声で笑う。否、冷静という表現は正しくないだろう。少なくともAceの眼には冷静を装っているようにしか見えなかった。

 

エレベーターの到着を知らせる音と共に、ケルシーを含むドクター達が現れる。明らかに空気が変わったことをAceは感じ取った。

 

「アーミヤ、ドクターを連れて先に行ってくれ」

 

「でも、ケルシー先生………」

 

アーミヤは胸を押さえて苦言を呈する。この場にいる人間の感情が流れ込んだ来ているアーミヤには、結末が見えていた。

 

「アーミヤ」

 

「…わかりました。お任せします」

 

アーミヤとドクターはケルシーの目配せで、この場を離れた。

 

アールドはケルシーに録音機を差し出した。Aceはその様子を不安げに見ている。

 

「…アポピスが死にました」

 

「………ああ、聞いている。残念だったな」

 

ケルシーから帰ってきた返答はあまりにも熱の籠っていないものだった。

 

「残念だったな………ですか。アポピスは最後にあなたの名前を呼んだそうですよ」

 

「それもアーミヤから聞いている」

 

ケルシーから帰ってくる言葉は一貫して、淡白で熱のないものだった。

 

やがて、アールドは肩を、手を、唇を激昂の炎で燃やす。

 

「君は冷静ではないようだ。一度頭を冷やすべきだな」

 

その言葉が理性を決壊させる。アールドは怒りのままにケルシーの首を掴み、エントランスの壁に叩きつけた。ケルシーは一切の抵抗を行わなかった。それもまた彼を苛立たせる。

 

「俺は昔からあんたが嫌いだった!アポピスはあんたを好いていたから、口には出さなかった!だけど、嫌っていて正解だった!この冷血女!!!!!」

 

危惧していた通りの結果となった。溜まっていた衝動が爆発する。怒りで顔を染め上げるアールドをAceが止めに掛かる。

 

「落ち着け!」

 

「落ち着けだと!?これが落ち着いていられるか!」

 

「アポピスが!こんなことを望むと思うのか!」

 

アールドは、水を掛けられたように静寂を帯び拳を握る。青年とてわかっている。アポピスはこんなことを望んではいないことを。ケルシーの反応は間違いではない。多くの仲間が死んだ。アポピスだけを特別扱いはできない。わかっている。わかっているが………だが、それでも納得はできない。

 

板挟みの感情で揺らぐ瞳がケルシーを捉える。

 

「ケルシー先生、アポピスの死に意味はあったと思いますか?」

 

「………少なくともロドスは決して忘れない。ロドスは永遠に彼らの名を刻み込む。アポピスがロドスのために成したすべては、この大地に軌跡として残っていく」

 

アールドはケルシーの首を絞めていた手を外し、録音機を再度差し出した。

 

「ロドスは………か。すいません、冷静さを欠いていました。処分は如何様にでも」

 

「………君はアーミヤの護衛だろう。ここにアーミヤはいないぞ」

 

おおよそ意味のない釈明と知りながら、アールドは謝罪の言葉を口にした。それに対し、ケルシーは御咎めなしを言い渡し、青年は黙ってエントランスを出ていった。

 

「人間は強くなればなるほど脆さも内包するものだとアポピスはよく言っていた。ケルシー…アポピスはあんたの身を案じ続けていた。お節介だとわかっているが、自分を追い詰めるのはやめておけ」

 

Aceはそう言い残し足早に出ていった。彼だけは気が付いていた。明らかにいつもよりも話が短く、口数が少なかったケルシーに。

 

 

 

 

 

 

 




アニメのアーミヤがスカルシュレッダーを手に掛けてしまったシーンで、絶頂したそこの君!仲間だね。


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7話

申し訳ない。遅れました。そしてこの話は助走なので誰も曇りません。

話は変わりますが私はフロストリーフが好きです。


■月◇日

 

レユニオンの幹部が殺されたらしい。そんな報告をわざわざ俺にしてきたのはWというサルカズの女だった。そう何を隠そう、事あるごとに俺に突っかかってくる爆弾魔本人である。

 

この女、俺がアポピスであると気が付いているらしく仮面越しでもちょっかいを掛けてくる。俺の怪我が長引いているのはこいつのせいと言っても過言ではない。

 

爆弾魔のちょっかいを往なしつつスノーデビル小隊と共に行動する。どうやら大規模な作戦があるらしくタルラからの指令が色々と増えたらしい。作戦に関しては俺は教えてもらえていないが、レユニオンの構成員の情報は得ている。各諸点についてもクソ爆弾魔に聞いた。

 

ただここにいるだけだと、流石にロドスに言い訳できないからな。ロドス側だけど、スパイとしてレユニオンに入り込みました。その過程でケルシーに殺されましたが成立しないといけないのである。普通に裏切り者だと衝撃が薄いからな。

 

 

 

 

 

 

 

アーミヤの依頼で廃都市の探索に来ていた、フロストリーフ、メテオリーテ、ジェシカの三人は窮地に追い込まれていた。

 

レユニオンのリーダー二人に遭遇し、応戦をしながら逃げる機会を窺っていたが、大気を覆う冷気が彼女たちを追撃する。

 

加えて、レユニオンの憎悪の塊ともいうべきオブジェが精神的に彼女たちを追い詰めていた。悍ましきそのオブジェを見て、応援に来たアーミヤですら取り乱しかける。

 

人間で作り上げた悪趣味なオブジェを炎で彩ったそれは、レユニオンの怒りそのものだった。

 

「これは貴方が作り出したのですか、メフィスト!」

 

アーミヤの怒りにメフィストは哂っている。

 

「そうだよ、テロという手段を使わずにいかに損失を減らすか。10分の1を殺せば、10分の9を恐怖に叩きいれることが可能だと僕は思ってね」

 

アーミヤは瞳を閉じ、戦意を纏う。

 

「ドクター。私はあの時の私ではありません。覚えていないでしょうが」

 

「………」

 

「あの時の私は臆病で弱かった。すぐに怖がってしまっていましたが…あなたのお陰で私は前に行くことが出来ました」

 

アーミヤの周囲に黒い火花が散る。

 

「私の姿はあの時と変わらないままに見えるかもしれません。ですが、私はもう惨劇を見るのは十分です」

 

アポピスやミーシャの顔を描く。

 

「私はもうあんな悲劇が起こる場面を見たくはありません…ですが、それらと向き合わないといけないのです」

 

歩みを止めるな。アポピスの言葉が、彼女の頭を滑っていく。

 

「私は自分に戒めます。まだ下がるわけにはいかない。私は戦い続けます!」

 

少女の決意が戦いの火蓋を切った。ドクターの指示で四名がレユニオンと交戦を行う。レユニオンの構成員をアーツで、武器で、弾丸で薙ぎ払っていく。ロドス側が有利。

 

「フロストリーフ、前に出過ぎよ!」

 

フロストリーフのアーツが、敵陣深くまで切り込む。しかし、メフィストの余裕は崩れなかった。

 

「贖罪し、泣き伏せてほしいところだが………今は、お前の命が欲しい」

 

フロストリーフの瞳に怒りの炎が冷たく宿り、冷気がレユニオンの構成員ごと切り裂いた。

 

「命を尊重しないやつは――命を持つべきではない」

 

「あっそ」

 

余裕と嘲笑は、フロストリーフが喉元に牙を突き付けても変わりはしない。

 

その理由を少女は何となく知っていた。同系統のアーツを扱う彼女だけが予感じみた何かを感じている。

 

「しまった!?」

 

「アーミヤ!四方からレユニオンが現れたわ!数は少ないけど…」

 

メテオリーテの叫びがアーミヤに聞こえた瞬間、フロストリーフの足は氷によって凍結していた。焦りと痛みで顔を歪める彼女を見て、メフィストは哂う。

 

「さあ、お出ましだよ。北西雪原の悪夢、スノーデビルのプリンセス」

 

凍気がその場を蹂躙する。辺り一面が銀世界に切り替わり、オブジェの炎も氷によって沈下する。フロストリーフの視線の先、そこに死神が立っていた。冷気と凍てつくような孤独を纏い、周囲を睥睨する雪原の怪物が。

 

「フロスト―――ノヴァ!」

 

演劇のように高らかに、彼は少女の名を呼んだ。

 

メフィストに名を呼ばれた彼女は、不快そうに眉を歪め殺意を向ける。

 

「――メフィスト――――」

 

美しい声が響く。重く、美しく、凍てつく声が。

 

「お前のような獣にも及ばない殺人狂は雪原の人柱にでもしてやるべきか」

 

「あら、怖い怖い。でも、ロドスはあそこにいるよ」

 

彼女の登場にアーミヤは、即座に撤退を決めた。

 

同時にフロストリーフは、犠牲なしに撤退が成立しないと悟った。

 

「フロストリーフさん、下がってください」

 

「アーミヤ、二人を連れて逃げて」

 

地面を霜が覆い、空を黒雲が隠す。大気が凍え、気温が急激に低下する。

 

「できません!」

 

凍傷の痛みを感じながら、少女は思う。数日前に行方不明になった少年を。彼ならきっと、同じ選択肢を取るだろう。

 

「………あれが、私たちに狙いを定めたら勝ち目がほぼない」

 

アーミヤの動きもメテオリーテの狙いも予想できる。自分を見捨てるという選択肢を、二人は選ばないだろう。特に、アーミヤは絶対にここで見捨てて逃げたりしない。

 

「フッ………まだ十分に生きたとは言えないけど………お前たちに会えてよかった」

 

様々な感情が複雑に絡み合う。

 

「私の足はもう動かないし、あと一分で広場全体をあの化物が凍り付かせる。私の命を無駄にしないで」

 

「フロストリーフさん!?」

 

「行って」

 

「ダメ、ダメよ!アーミヤ」

 

アーミヤはメテオリーテが吐いた拒否反応に頷く。

 

「わかっています!」

 

「行くのッ!」

 

「決して、誰も見捨てたりしません!」

 

あの日の光景がアーミヤの頭を掠める。見捨てるという選択肢はなかった。

 

それを見て、彼女は目を細める。似ていると思う。小さな体に大きな理想と過ぎたる力を背負って、現実に弄ばれても折れない力強い瞳がアポピスと同じだった。

 

「ドクター、指示を出してください!ここでレユニオンを撃退します」

 

「――――アーミヤ。少しだけ待て。すぐに戦況が逆転する」

 

アーミヤの言葉に制止で答えた指揮官は、メフィストの方を向いていた。

 

ドクターが左腕を掲げゆっくりと振り下ろす。瞬間、廃ビルの屋上から何かが降ってきた。戦場のど真ん中、敵の幹部が立っているその場所は敵に囲まれた超危険地帯。しかし、それは裏を返せば敵にとっては油断できる安全地帯であり、虚を突ければ奇襲が成功する場所ともいえる。

 

「フンッ!!!!!」

 

現れたのはAceとその部下たちだった。彼の武装であるハンマーがメフィストの胴体を殴りつける。骨の軋む感覚を手放さんと武器を振り抜いた彼の元に狙撃が襲う。しかし、矢は彼には届かず持っていた盾で弾く。

 

ノールックで狙撃を迎撃したAceは、事前にドクターから説明を受けていたのだ。狙撃手の存在もメフィストを襲えば狙撃手が動く可能性も。戦場のど真ん中に上空から飛び込み、単身で敵を奇襲する。

 

絶対的なまでの信頼をAceがドクターに持っているからこその動きだった。

 

壁に叩きつけられたメフィストは、意識を手放した。動揺するレユニオンの構成員が、隙を見せた瞬間ドクターの指示でアーミヤのアーツが戦場を蹂躙する。

 

「ッ!?」

「うわあああああ!」

「ぐぇ!」

 

「メテオリーテは、フロストリーフの保護。Ace小隊は狙撃手の捕捉と敵の迎撃。その他はスノーデビルをッ」

 

戦場の趨勢はすぐに変動する。ロドスに攻撃を受けた構成員が倒れていく。司令官の一人が撃たれた影響は大きく、動揺は彼らの足並みを乱す。

 

「―――――♬」

 

フロストノヴァの元に冷気が集まる。冷気は氷塊を形成し、殺傷力を持った弾丸となりロドスを襲う。

 

「させません!!!」

 

アーミヤのアーツが氷弾をすべて叩き落すが、それを見て警戒心を跳ね上げたフロストノヴァが徐々に弾幕を広げる。

 

「ッ!」

 

弾丸を防ぐ度苦し気なアーミヤと同様にフロストノヴァの顔色もよくない。凍傷で傷つく身体を庇いつつ、戦況を見極めるドクターは一人の構成員を見た。

 

スノーデビルと同じ格好で武装しているが、何故か目を離せない。あまりにも異質な雰囲気を醸し出している。彼はフロストノヴァの傍に歩み寄り、フロストノヴァの腕を掴み小声で何かを囁いている。

 

瞬間、広場全体を蹂躙していた凍気がAceたちの方へ集まっていく。異変に気付いたアーミヤとドクターは、一瞬構成員から意識を逃がした。

 

爆音が響く。地面を踏み砕き、フロストリーフを救出しようと走っていたメテオリーテの前に傷の入った仮面を付けた構成員(アポピス)が立ち塞がった。

 

「なッ!?」

 

フロストノヴァが立っていた地点から、一気に駆け抜けたアポピスを見てメテオリーテは警戒心を引き上げる。

 

「悪いな………死ぬなよ?」

 

アポピスが拳を鋭く突きだした瞬間、メテオリーテは武器を拳と体の間に滑り込ませた。炸裂音にも似たインパクトが、周囲に響いた。周囲の大気は激震を起こし、アポピスとメテオリーテの接点、拳と武器の間を爆心地として余剰の衝撃波が瞬時に広がる。レユニオンの身に着ける白いコートが、バサバサと風で靡いている。背後の建物の窓ガラスと外壁が、下から上階に向かって駆け上がる衝撃により、割れていく。

 

不可視の力場を攻撃に使用し、力場を拳にインパクトに合わせて放つだけでこうなる。故に、アポピスはアーツを攻撃に使用したがらない。加減を間違えると殺してしまうからだ。

 

メテオリーテは武器を砕かれ、その場に膝をついた。加減したとはいえ、これで済んでいる少女の頑丈さは流石だとアポピスは思った。

 

「さて、次はAceさんかな」

 

 

 

 



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8話

書き直す気がします。


『フロストノヴァ、これ以上、アーツを使うな。ひとまず、レユニオンを下がらせる時間は作る』

 

『許可できない。ロドスはアレックスを殺害した。彼女らを…脅威を龍門に向かわせることはできない』

 

『………追撃するなら好きにしろ。でも体勢は建て直せ』

 

アポピスは考える。自分の役割はこれ以上の損害を出さずに、レユニオンの撤退を終わらせること。これがフロストノヴァにアーツを使わせない条件だった。加えて、アポピスとしてはロドスのメンバーにもこれ以上の無理はして欲しくない。

 

 

 

アポピスは再びアーツを使って一足飛びにAceの背後を取る。完璧な奇襲。強者とは言え、通常は反応できるはずのない一撃だが歴戦の男はそれを超えてくる。

 

懐から取り出した短剣を盾で往なし、武器を振るう。紙一重で躱したアポピスの前髪は風圧でパタパタと揺れる。

 

「時間稼ぎか………ドクター!」

 

撤退するレユニオンを視界の端で捉えたAceはドクターの指示を仰ぐ。その間、アポピスは斬撃を繰り出し続けているが、Aceの守りを崩せずにいた。

 

(やっぱりだめだな………アーツなしじゃ、この人には勝てない)

 

彼は先ほどから全くと言っていいほど、動いていない。多少の移動はあれど立ち位置が1m以上動くことはなかった。

 

アポピスの短剣をハンマーで受け、彼はアポピスを正面から見据える。そして、鍔迫り合いを放棄し短剣を振り払った。

 

「………誰だ」

 

「?」

 

「いや、そんなはずはない。だがその技、その体捌き、そのアーツ。お前は………」

 

自らの思考に否を突きつけたがる彼に動揺が走り、隙が生まれる。Aceの言葉にアポピスも動揺していた。

 

(いやいや、この一瞬で違和感を持つのか。おかしいだろ)

 

瞬間、アポピスの背後に衝撃が走る。凄まじい衝撃に襲われ、前方に吹き飛ばされたアポピスは顔を引きつらせる。アーミヤのアーツに吹き飛ばされたことよりも、目の前に迫っているAceのシールドが問題だった。

 

(このまま強打を受ければ、仮面が割れる!)

 

腕をシールドに突き出し、咄嗟にアーツを発動させる。衝撃と共にAceを含めた小隊が吹き飛ばされ、冷たい土煙が視界を包む。

 

「Aceさん!」

 

メテオリーテの回収を行っていたアーミヤは悲鳴を上げる。凄まじい衝撃と音の津波がアーミヤを通過し、そして背後の建物に影響をもたらした。

 

フロストリーフが気絶している真後ろに佇む建物は、衝撃の余波によって瓦礫を吐き出す。

 

「フロストリーフさんッ」

 

瓦礫に押しつぶされることを危惧し、アーミヤがアーツで瓦礫を吹き飛ばすのと同時に赤い流星を描く白い人影が少女を回収し、勢いのまま建物に突っ込んだ。

 

 

 

 

 

瓦礫で建物の入り口が倒壊しているが、僅かに空間ができており二人はそこに転がっている。フロストリーフを助けに建物にダイナミックエントリーしたアポピスとフロストリーフが、この場にいた。

 

意識を取り戻したアポピスの眼前にはフロストリーフの大斧が迫っていた。

 

「ッ」

 

アポピスを敵だと思っている少女からすれば、自身を守るために最低限の防衛行動だったのだろう。殺意はなかった。ただ手傷を負わせるための攻撃。

 

赤色が舞い地面を汚していく。

 

「ぐッ!」

 

腕に軽い切り傷が入っただけだった。アポピスはそのまま、少女を突き飛ばす。

 

「仮面がねえな………」

 

ついでにアポピスの仮面は大斧を受け止めた衝撃で、外れていた。一応、顔を隠す布はあるのだが、その前に対処すべき問題があった。

 

「アポ…ピス」

 

「久しぶりだな、フロストリーフ」

 

少女は、舌を縺れさせ言葉にならない音を吐き出す。少女が見たのは、殺されたと思っていた仲間の顔。動揺しない方がおかしい。何せその仲間の身体を傷つけたのも自分だから。

 

「え?あ、何で…」

 

理解が追い付かないのだろう。

 

「あ、ああッ………ああああああああああああッ」

 

絶叫する。伏せた獣耳ごと頭をぐしゃぐしゃにして、目の前の光景を否定する。手足が震える。奥歯がかみ合わない。眩暈と耳鳴りがする。

 

「どう、して………」

 

「しぶといもんでな」

 

「生きてるのか………」

 

フロストリーフはアポピスの方に駆け出し躓きかけたところを、受け止められた。少女は、そのまま思い切り抱き着いた。

 

そして自身の身体に付着した少年の返り血で再度現実を観測し、感情が揺らぐ。

 

絶叫は出なかった。キャパシティを超え、微かに漏れる嗚咽に少年は目を細め少女を引きはがす。

 

「本当に生きているのか?」

 

「足は付いているぜ」

 

「わ、私は………」

 

「謝らなくてもいい、この程度の傷ならすぐ治るさ」

 

アポピスは困ったように眉を下げて、笑って見せた。古参メンバーを除くと、アポピスと最も交流があったのは、フロストリーフである。衝撃は大きかった。

 

「事情はあまり詳しく説明できないが、俺は生きてる。でもこれは隠せ。レユニオンを止めるためには俺がここにいる方が良い」

 

震える手をそっと頬に添えて、アポピスは少女が流す涙を受け止める。

 

「どうして………?」

 

フロストリーフは頑固な子供の如く、首を横に振った。

 

「内外から攻略しないと余計な犠牲者が出る。フロストリーフ、わかってくれ」

 

瓦礫が砕かれる音が聞こえる。おそらく数分後に、アーミヤたちが道を開けるのだろう。少年は一枚のメモを差し出した。

 

「これには、レユニオンの幹部と構成員の規模が書いてる。ここぞという時に、ドクターに見せろ。ただし俺の存在は隠してくれ」

 

フロストリーフは、メモを受け取ると泣きそうな顔で立ち上がる。そして、瓦礫の方へ歩き始める。危うい足取りだがアポピスは声を掛けない。

 

少女は、歩きうつむきながら、振り返り立ち止まる。足元に落ちる水滴を眺めながら、覚悟を決める。顔を上げ、顔をくしゃくしゃにしてそれでも彼女は言い切った。

 

「必ず帰ってこい」

 

切なさに濡れた涙声を覚悟に変えて、彼女は少年を見た。

 

「ああ、死ぬ気はねえよ」

 

少年は真っ赤な嘘をついたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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9話

アポピスは瓦礫を反対側からアーツで吹き飛ばし、身を隠した。その間にフロストリーフから受けた切り傷を広げ出血死することで傷のリセットを行った。アポピスは思う。不死の身体は人の心を壊す。現に、アポピスは死に対する恐怖や自死に対する抵抗が少ない。

 

白いウサギに合流すると、ロドスと会敵していたらしいが一時的に休戦したようだ。

 

「ロドスの奴ら、別に憎むべき敵ってわけじゃなかったな」

 

「アポピスみたいのがいるから会話はできると思ったけど」

 

そんなことを彼らはアポピスに話した。彼らの言葉に口を挟まないフロストノヴァもロドスを倒すべき障害と思っているだけで、憎いとは思っていないのだろう。

 

「作戦通り、龍門に向かう。アポピスお前はどうする?ついてくるか?」

 

「それ以外の選択肢はないだろ?」

 

「………傷は完全ではないが治っているはずだ。ロドスに戻るという選択肢も「ないな」」

 

「………少なくとも傷が完全に塞がるまでは、お前たちを守るし無駄な犠牲は出させない」

 

「………好きにしろ」

 

アポピスは彼女にアーツを使わせる気がなかった。アーツというものの造詣が深いが故に、彼は知っている。強力なアーツほどリスクがあるのだ。

 

 

 

目を覚ましたアポピスは思わず、壁を殴りつけた。小休憩中に眠気に襲われ、気が付けば誰もいなかった。

 

「クソ!」

 

直感した。薬で眠らされて置いて行かれたのだと。

 

龍門の方角へアポピスは走った。アーツを併用すれば、30分ほどで付く距離だ。

 

肺が上下に掻き回される。空気が喉の隙間につまり、脳みそから酸素を奪っていく。頬の表面に、熱が集まり恐怖にも似た感情がじわりじわりと足の裏を蝕んでいる。

唇に食い込んだ犬歯の跡。そこに残るじくじくとした感覚を反芻しながら、ただひたすらに龍門へ向かう。

龍門の中のスラムに侵入し、その惨状にアポピスは僅かに目を細めて、内に溜まった感情を吐き出すかのように壁を蹴りつけた。

これはどういう状況だろうかとアポピスは考えていた。目の前に広がる惨状を把握するのには若干時間を要する。

 

レユニオンの人間もスラムの感染者も、その大半が殺されていた。僅かに残っているのはスノーデビル小隊の一部だけ。

 

「………」

 

それを成したであろう黒い装束の人間が生き残りを刈り取らんとしている。

 

「………おい」

 

少年の殺気に反応した彼らよりも先に、アポピスの怒りがアーツになって放たれる。ギリギリでブレーキを踏んだものの、それでも容赦は含まれていない攻撃だった。

 

黒装束の内一人が紙屑のように吹き飛ばされた。

 

「これをやったのはお前か?」

 

敵を見つめるアポピスは無表情のまま、緩やかな足取りで近寄り、彼らに問いかける。

 

「…感染者はすべて排除する」

 

建物の影から飛び出すアポピスが疾走した。30歩以上あったはずの距離が一歩で潰される。

 

「お前たちはいつもッ!無駄に犠牲を作り出す。自分で追い詰めて!歯向かってきたから、被害者ですってか?ふざけんな!!!!!」

 

少年は瞳を極限まで、見開き怒号と共に男の側頭部を蹴り抜いていた。守る両手を弾き飛ばして蹴る。

 

男たちが警戒していなかったわけではなく、ただアポピスの怒りを込めた一撃がこの一瞬、彼らの反応速度をはるかに上回っただけだ。

 

不意打ちに意識が飛びそうになるも、渾身の力でその場に踏みとどまる。

 

「逃がさねえぞ」

 

アポピスは男の手首を握りしめ、力任せに叩きつけた。憤怒に染まったアポピスは一切の自制心を捨て周囲への影響など一切破棄して男たちを追撃する。

 

僅か数回の攻撃にもかかわらず、嵐の如き猛攻だった。

 

側頭部、脇腹、左肩と立て続けにアーツで殴られた男の口から吐血を漏らして膝から崩れ落ちる。5体が無事なだけでも驚異的だがまだ意識があるというのはさらに脅威だ。

 

残り1人に対しては一瞬だった。

 

「………失せろ」

 

瞬間、男の身体は不可視の衝撃によって消し飛んでいた。砂埃と轟音と共に、周辺を吹き飛ばし肉片が周囲に散乱する。

 

血の雨を浴びる少年はその場で叫ぶ。

 

「クソがあああああああああああ!!!!!」

 

絶叫する。思い上がっていた。助けられると。酔っていた、自分の力に。一人では限界があると忘れていたのだ。

 

アポピスは自分の未熟に頭がどうにかなりそうだった。

 

「あ、アポピス………」

 

「お前たちだけか」

 

寒冷地帯のような鋭く冷たい声が響いた。抑揚のないその声音は、アポピスを知るものならば誰もが鳥肌が立つほど冷徹な響きで発せられていた。

 

彼らもこんな声色で言葉を吐くアポピスを初めて見た。

 

スノーデビル小隊の人数は15名。12名が足りていなかった。

 

「あ、わ、わからない。姐さんがアーツを使って倒れてから仲間と姐さんが逃げる時間を稼ぐために残ったんだ。俺たち三人以外にもスラム各地に仲間がいる………」

 

アポピスの怒りに気圧されながらも、懸命に弁明を行う。

 

「アポピス、姐さんにアーツを使わせちまった。面目ねえ」

 

「お前を置いていったのは姐さんの優しさだ!だから頼む、姐さんを責めないでやってくれないか」

 

「………そういうのは全部、終わってから聞く。全員だ、全員俺が助ける。立ち塞がる敵は全員倒す」

 

黒装束とこの惨状から推察するに、不殺は無理だと判断した。少なくとも、スラムの人間を殺している奴らはダメだ。

 

そう、結論を出した。アポピスの部下の不在。少年にとってこれは大きい。諫めてくれるブレーキは見当たらない。アポピスは、感情でアーツを高ぶらせ歩き出す。

 

彼は発展途上の少年だと思い知るべきだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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