蒼海のアルティリア (山本ゴリラ)
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第1話 目を覚ますと爆乳エルフになっていた件

カクヨム様にて2年くらい前から連載してる作品を試しにハーメルンに投稿。
追いつくまで毎日投稿予定。

<注意事項>
・シリアスとかはあんまり無くて、基本ゆるい感じです。多少はあります。
・気を付けていますが長期連載ゆえ作者が昔書いた事忘れて矛盾が発生したりとか、多少のガバが発生する事があります。気付いたら教えて貰えると助かります。
・TS物にありがちな雌堕ちとか恋愛要素とかは無いです。
・結構人を選ぶ、好き嫌いが分かれる内容だと思います。無理だと思ったら低評価付けてそっ閉じしてください。


 目が覚めたら、オンラインゲームで使っていたキャラクターの体で異世界に居た。

 お前は一体何を言ってるんだ、と言いたくなる気持ちは分かるが、まずは落ち着いて俺の話を聞いてほしい。

 

 俺は、MMORPG『ロストアルカディア・オンライン』、略してLAOにド嵌りし、そのゲームを廃人と呼ばれるレベルまでやり込んだという点以外は特筆すべき事も無い、ごく普通の日本人男性であった筈だ。

 俺は昨日も、そのLAOを深夜までプレイしていた。

 

 昨日はいつものように、メインの狩場である海底神殿の第6層でモンスター狩りをしていたはずだ。

 海底神殿は全域が水中エリアであり、LAOでは『水泳』スキルが低いと、水中の活動に大幅な制限を受ける。具体的には移動や攻撃の速度が大幅に低下したり、一定時間ごとに呼吸ゲージが低下していき、最後には溺れて死亡したりする。

 そんな訳で水中エリアはあまり人気が無く、他のプレイヤーの姿を見る事はあまり無い場所だが、そこをメイン狩場とする俺の愛用するメインキャラクターは、水中戦闘に特化しまくった、だいぶ変わった構成(ビルド)のキャラである。

 昨日も水中を時速200kmオーバーの快速で縦横無尽に泳ぎ回りながら範囲魔法を連発し、数時間にわたってモンスターを狩りまくっていたのだが、流石に飽きてきた俺はそのまま、第7層へと足を向けた。

 ちなみに海底神殿の最下層である第7層の敵は、流石の俺でもソロだと苦戦するレベルの強敵揃いの為、普段は安定して狩れる第6層の敵をメインターゲットにしている。

 

 そんな訳で第7層に進んだ俺は、襲いかかる強敵を何とか撃破したり、逃げ回ったりしながら深海を泳ぎ回っていたのだが、その時だった。

 

「おっ……?何だこの扉。こんなの前に来た時にあったか……?」

 

 第7層の奥に、巨大な扉を発見したのだ。

 滅多に来ない場所なので、たまたま見過ごしていただけか?それともアップデートで告知無しにコッソリと追加されていたのか?

 矢鱈と隠し要素の多いこのゲームの事だ、後者の可能性も十分ありえる。

 

「とりあえず調べてみますか……っと」

 

 俺が自分のキャラクターを扉の前まで移動させ、マウスカーソルを扉に合わせて右クリックでアクセスすると、

 

 『扉を開く』

 『キャンセル』

 

 という選択肢が出現した。

 

「……行くか!」

 

 この先に超強いボスが待ち構えている、という可能性も高いが、同時に未知の隠しエリアへの興味や、レアアイテムを獲得できるかもしれないという期待から、俺は扉を開く事を選択した。

 すると閉じていた扉がゆっくりと開いていき、その向こう側から光が溢れ出した。やがて画面が真っ白に染まっていき、そして……その先の記憶が無い。

 

 次に目を覚ました時、俺は見知らぬ場所に一人、倒れていた。

 俺が倒れていた場所は、小さな無人島のようだった。四方は青い海に囲まれており、空を見上げれば雲一つ無い快晴の青空。

 

 そして平凡な日本人男性であった筈の俺の体は、大きく変貌を遂げていた。

 冒頭で述べた通り、俺の体は……LAOで使用していたメインキャラクター『アルティリア』の物になっていたのだ。

 

 アルティリアは、エルフの女性である。

 職業(クラス)はメインが精霊使い(エレメンタラー)系の最上級職の一つで、水属性に特化した水精霊王(アクアロード)。また、サブクラスとして海賊(パイレーツ)系上級職の船長(キャプテン)等を所有しており、前述した通り、水中戦に特化している。

 見た目も海をイメージして、淡い水色の長い髪に、深海のような濃い青色の瞳をしている。

 身長は176cmと長身で細身。ここまで聞けばエルフらしいと言えるのだが、華奢な体つきに対して胸や尻はドーン!と突き出ており、それはもうむっちむちのバインバインである。

 ちなみに、言うまでもなく俺の趣味だ。

 

 服装はと言えば、設定できる最大サイズの胸や下半身を申し訳程度に覆った白いビキニの水着の上に、水で出来た魔法の羽衣『水精霊王の羽衣』を纏っている。これは水で出来ているので透明であり、この二つの装備の組み合わせによってアルティリアは常に濡れ濡れスケスケの白ビキニという状態である。

 一応、俺の僅かな名誉の為に言い訳をさせてもらうと、このエロ装備は俺の趣味というだけではなく、実用性も兼ねたものである。

 ビキニのほうは水着系装備に共通している泳ぎ速度上昇に加えて、水属性の魔法威力上昇、魚類モンスター撃破時の経験値とアイテムドロップ率上昇、釣りや水中での採集時に採集時間短縮&レアドロップ率上昇、船の移動速度上昇&耐久度の減少速度軽減といった、有用な特殊効果が多数付いた逸品であり、防御力も水着にしてはかなり高い。

 水精霊王の羽衣に至っては、作成に多数のレアアイテム素材とゲーム内通貨を必要とするエンドコンテンツ『神器作成』によって作られた、水精霊王専用の最上級装備だ。

 その驚きの性能は、水属性魔法の消費MP半減&詠唱時間短縮&威力上昇、泳ぎ速度大幅上昇&水中呼吸可能、水精霊の召喚継続時間延長、魚類や水棲生物の捕獲確率上昇、火属性ダメージ半減、水属性ダメージ吸収等だ。

 俺の趣味が全く入っていないとは言えないが、決して濡れスケ白ビキニのむちむちエルフ娘が見たいからという理由だけで選んだ装備ではない、という事は理解していただきたい。

 

 まあ、そんな見た目な上に水中戦に特化しまくり、最大強化状態では時速300kmオーバーの速度で水中を泳ぎ回り、超火力の水属性魔法をバラ撒く俺のキャラクター、アルティリアを、LAOのプレイヤー達はこう呼んだ。

 

 曰く、『水中戦最強』。

 曰く、『LAO水泳部部長』。

 曰く、『大型船を泳いで追い抜く謎の生き物』。

 曰く、『海洋四天王で一番の小物』。

 曰く、『ガチ装備の露出狂』。

 曰く、『変態』。

 曰く、『見た目エルフっぽいだけの新種の海洋生物』。

 

 即ち、『海産ドスケベエルフ』……と。



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第2話 じゃあ俺、水の上走るから。時速250kmで

 さて、そんな訳でここに至るまでの経緯や、何故かプレイヤーである自分が中に入ってしまった我がメインキャラ、アルティリアについて思いを馳せていた俺だったが、これからどう行動するべきかを考える事にした。

 

 だがその前に、まずは自分に何が出来るかを確認する必要がある。

 

「まずは……『水の創造(クリエイトウォーター)』」

 

 右手を前に突き出し、掌を上に向けた状態で、アルティリアが習得している魔法の名を口にした。

 すると、掌から数センチ上。空中にサッカーボールくらいの水の塊が出現する。

 

「おおっ!本当に出た!」

 

 出現したそれを見て、驚いたり喜んだり、念じる事で水球を自由に動かせる事を確認したりしていると、ふと喉の渇きを覚えた為、出した水を手で掬って口に運んでみる。

 

「うっま……」

 

 美味しい水だった事に、ひとまず安心する。周りに海しか無い為、これが塩水だったりしたら早々に詰んでいたかもしれない。

 それと俺が出した水は、地球で飲んだどの水よりも美味かった。なんというか非常にすっきりとした高級感がある。

 

「アイテムはどうだ……?アイテム……アイテム出ろ……」

 

 そう念じると、目の前に小さな布製の袋が出現した。早速、その袋を開けてみると……

 

「おっ、全部入ってんじゃん」

 

 メイン武器にサブ武器、回復アイテムにモンスターのドロップ品など、自分の記憶にあるアルティリアの所持品が、全てその中に入っていた。

 明らかに袋の大きさより中身の体積のほうが大きいのだが、そこは何でも入る魔法の袋的な物なのかもしれない。

 

 だが残念ながら、倉庫に預けてあるアイテムはいくら念じても取り出す事が出来ないようだった。

 また、お金も取り出す事が出来ない。すなわち一文無しである。

 

「後は……船はどうだ?」

 

 アルティリアは海で活動し、滅多に陸に上がらない為、当然のように船にも力を入れていた。

 海洋四天王と呼ばれる四人のプレイヤーの内、船の強化改造に全てを賭けた海戦ガチ勢のキャプテン・バルバロッサや、巨大船団を率いて海を渡り、巨大海洋生物狩りや大陸間貿易で巨万の富を稼ぐ海上王、うみきんぐといった頭のおかしい連中が持つ船に比べれば見劣りはするものの、俺の持つ船も最高クラスの大型船である。

 ちなみにこの俺、アルティリアは海洋四天王の中では一番の小物であり、四人の中では最も控えめで邪悪ではないほうだ。他の連中がトチ狂いすぎているとも言える。

 

「いでよ!グレートエルフ号!」

 

 バッ!と右手を海に向かって掲げてそう叫ぶと、海上に巨大な船が出現した。

 グレートエルフ号はガレオン船のようなデザインの純白の巨船であり、舳先に取り付けられている船首像は、エルフ耳の女神像である。

 イヤッホォォォォウ!やっぱり俺のグレートエルフ号は最高だぜぇ!

 

 しかし残念ながら、雇っていたNPCの船員達は全員、その姿が見えない。

 どうやら持ってこれたのは船だけのようで、船員が居ないと船を動かす事は難しそうだ。

 一応、魔法を使って動かす事も出来なくはないが……自分一人しか居ない状態で、わざわざ船を動かすのも非効率であり、見知らぬ土地では整備も出来なさそうなので、遺憾ながら船は仕舞う事にした。

 

「はぁ……収納」

 

 溜め息をつきながら消えるように念じると、我がグレートエルフ号はその勇姿を消した。

 

「さーて……これからどうするか」

 

 とりあえず魔法が使え、持ち物も取り出せるので一先ずは安心といったところか。

 しかし何故、自分がアルティリアの姿で見知らぬ無人島に居るのかはサッパリ分からないし、その理由を探るための手掛かりも無い。

 ついでに周り一面、海しか無いので何処に行けばいいのかすら分からない状態だ。

 

「はー………………とりあえずおっぱいでも揉むか」

 

 真面目に考え事をしていた反動か、俺は自分の胸部にたわわに実った巨大な膨らみに手を伸ばし、揉んでみるという頭の悪い行動に出た。

 

 LAOは豊富で自由度の高いキャラクターメイキングが可能な素晴らしいオンラインゲームだが、残念ながら女性キャラクターの乳!尻!ふともも!のサイズは最大まで盛ってもせいぜい普通の巨乳(E~Fカップくらいか?)くらいまでしか盛れず、俺を含めたむちむちおっぱい好きな紳士一同は悲しみに包まれた。

 だがそこで終わらないのが頭のおかしい馬鹿集団ことLAOプレイヤーである。

 運営ェ!もっと盛らせろォ!とGM(ゲームマスター)に直訴する俺達に対して、奴等はこう言った。

 

「えー……じゃあ、経験点とゴールド払えばいいよ。結構高いけどね」

 

 運営も大概頭おかしい(褒め言葉)。

 

 言うまでもなく経験点は職業レベルの上昇やサブ職業の取得といったキャラクターの強化に必要であり、ゴールドもまた装備の購入や強化に必要不可欠である。

 決して少なくはない量のそれらを払ってでもやりたいなら、どうぞ。

 

 その運営からの挑戦に対して、俺は迷わず支払った。

 これによって我がメインキャラであるアルティリアは一ヶ月くらいかけて海底神殿で稼ぎまくった経験点とお金を犠牲に、メートル級の爆乳(推定Jカップ)と、細くくびれた腰との落差が物凄い巨尻、むちむちの太ももを手にしたドスケベエルフと化したのであった。

 我ながら実に馬鹿な事をしたとは思っているが、後悔はしていない。

 

 そんな(無駄な)努力の結晶である胸を鷲掴みにして揉む。

 すっげえ柔らかい。が、適度な硬さや張り、弾力があり、柔肉に沈もうとする指を押し返してくる。

 素晴らしい。これで自分に付いているのでなければ最高なのだが、しかし自分に付いているからこそ自由に揉む事ができるというジレンマ。

 

 そんな益体の無い事を考えていた時だった。

 

「……何だ?戦闘の音……か?」

 

 アルティリアの長く尖ったエルフ耳は優れた聴力を持っているようで、遠く離れた場所から発せられる音を敏感に聴き取った。

 それは怒号や悲鳴、大砲の発射音や爆発音、打撃音といった様々な音が入り混じった物だったが、それらを総合的に判断すると、何者かが戦闘を行なっているのだと分かる。

 

「……見に行ってみるか」

 

 どうせこのまま、この無人島に居たところで何かが進展する訳でもなし。

 何か、この世界を知る切っ掛けになるかもしれないと思い、俺は音がした方へと向かう事にした。

 

「『海渡り』」

 

 俺はアルティリアが持つ技能(アビリティ)を発動させた。

 

 ・海渡り

  自分自身が対象。効果発動中、MPを消費し続ける。

  水の上を歩く事ができるようになる。その速度は泳ぎ速度と同等である。

  MPが0になった時、自動的に効果は解除される。

 

 本来はこのようにMPを消費し続け、通常であれば陸地よりも大幅に遅くなる泳ぎ速度と同じで、ゆっくりと歩く事しか出来ない、あまり使い勝手の良くない技能。それが海渡りに対する一般的な評価だったが、俺にとっては違う。

 水中特化型であるアルティリアの泳ぎ速度は、歩く速度の数十倍である。そして神器『水精霊王の羽衣』をはじめとした装備の効果によって、水属性の魔法や技能の消費MP量は大幅に抑えられている。

 これによって俺は地上であっても水がある場所ならば、超高速で走り回りながらの魔法戦が出来るようになった。まさに神技能である。

 

「行くぜ!」

 

 まるでアイススケートのように、俺の足は波を切り裂きながら海面を滑る。その速度は時速にしておよそ250km。

 

「まだだ!もっと速く!」

 

 走りながら、俺は移動速度上昇や、泳ぎ速度上昇の効果を持つ魔法や技能を次々と発動し、更に加速する。爆乳を揺らしながら疾走するエルフに軽々と追い抜かれる魚や鳥達は、果たして何を思うのか。

 

「見えたっ!」

 

 やがて、俺の目がそれを捉える。アルティリアの体になった事で、聴力のみならず視力を含めた様々な感覚や身体能力も、軒並み強化されているようだ。

 

 戦闘を行なっていたのは、片方は船と、それに乗る人間だった。頭に黒い布を巻き、粗末な服装をした十数人の男達だ。彼らの手には曲刀や短剣、マスケット銃のような長銃が握られている。

 一方、そんな彼らと敵対しているのは、巨大な怪物だった。

 その正体は、馬鹿みたいに大きいイカだった。十本の長い、うねうねした足を持った、男達が乗る船よりも巨大な体躯を持つ化け物イカだ。

 どうやら男達の乗る船が、このイカに襲われているようで、だいぶ劣勢の様子だ。船のマストはへし折られ、甲板には既に何人かの男達が倒れている。

 そして今まさに、巨大イカの太く、長い足が船に向かって振り下ろされようとしている。

 

「『激流衝(アクア・ストリーム)』!」

 

 だがその前に、俺が魔法を発動してそれを妨害する。

 俺の指先から放たれた水の奔流が、イカの体に直撃し、その巨体を吹き飛ばした。

 横倒しになり、飛沫を上げながらブッ倒れ、海面に浮かぶイカだったが、どうやらまだ元気なようで、足をぐねぐねと激しく動かして暴れている。大した生命力だ。

 

 では、トドメを刺してやるとしよう。

 俺は水面を蹴り、空高く跳躍した。そして、道具袋から愛用しているメイン武器を取り出し、力強く握った。

 

 それは、一本の槍だった。

 その名も『海神の三叉槍(トライデント・オブ・ネプチューン)』。

 水精霊王の羽衣の他に、俺が持つもう一つの神器だ。

 LAOにおいて、海神の課す厳しい試練を全て乗り越えた者にのみ下賜される、最強クラスの槍のひとつである。

 

 アルティリアが魔法キャラだと言ったな。あれは嘘だ。

 いや、まるっきり嘘という訳ではない。メインクラスは魔法職だし、魔法を中心に戦うスタイルである事は間違いない。

 だが、俺のアルティリアは物理もかなり強い。サブクラスに槍使い(ランサー)系の上級職の槍聖(ランスマスター)や、魔術師(マジシャン)系の上級職、魔法戦士(マージファイター)を習得しているし、本職の戦士ほどではないものの、前衛でそれなりに戦える程度の戦闘力は持ち合わせているのだ。

 

「とうっ」

 

 落下速度を大幅に軽減する技能『空歩き(スカイウォーク)』を使って滞空しながら、上空から巨大イカの巨体目掛けて、槍を投擲する。

 放たれた槍はまっすぐにイカの胴体に深々と突き刺さり、甲高い断末魔を上げさせた。

 

 そして俺は、垂直に突き刺さった槍の柄尻に、ゆっくりと着地した。その状態で長い髪をかき上げ、ドヤ顔で決めポーズを取りながら、そういえば襲われてる連中が居たなと思い出し、そちらに目線を向けるのだった。

 

 ……あれ?なんでこいつら俺に向かって土下座してんの?



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第3話 ロイド=アストレアの転機 ※

主人公以外の視点が入る場合はサブタイトルに※がつきます。


 ロイド=アストレアの人生における転機は、三度あった。

 まず一度目は、六歳の時だ。

 実家の伯爵家が、父親の盛大なやらかし(不正の露見)によって没落した。

 母親と幼い弟、生まれたばかりの妹と共に、父親を見捨てて逃げ出した。

 

 二度目の転機は、二十歳の時だ。

 十六歳で軍に入ったロイドは徐々に頭角を現し、順調に出世街道に乗ろうとしていたが、有能な部下を妬み、疎ましがった上司に横領の濡れ衣を着せられた。

 ロイドは軍を追い出された。

 友人や同僚、結婚を約束していた女までもが掌を返し、ロイドを罵った。

 ロイドを信じてくれたのは、家族とごく少数の理解者だけであった。

 やはりあの男の息子か、血は争えんな。

 元上官が口にした嘲りの言葉が、ロイドの心臓を抉った。

 

 それから、ロイドは海賊になった。

 軍を不名誉な理由で追い出された男に、他に行く場所など無かったからだ。

 似たような境遇の荒くれ者達を束ねて、軍人時代のノウハウを活かして海賊団を結成した。

 

 彼の海賊団は規模こそ小さいが、他の大規模な海賊団が討伐されても、しぶとく生き延び続けていた。

 過去の苦い経験から、出る杭は打たれるという事をロイドは学んでいた為、やり過ぎないように、目立たないようにする事を心がけていたからだ。

 奪う時も全部は奪うな。殺しはなるべく避けろ。手を出す相手は選び、恨みを買い過ぎないように。

 そうした方針もあって多額の賞金をかけられる事もなく、時々やってくる賞金稼ぎを返り討ちにしたり、商船から通行料と称して多少の金を巻き上げたり、海に生息するモンスターを退治し、それらが落とす品を売却したりしながら、ロイドとその部下達は細々と生き残っていた。

 

 だがある日、ロイドが二十六歳の時に、三度目の転機がやってきた。

 航海中に、クラーケンと遭遇したのだ。

 クラーケンは巨大なイカの怪物であり、B級に分類される危険極まりないモンスターだ。

 B級モンスターは単体で小さな町一つを壊滅させられる程の戦力を持ち、出現が認められた場合、軍や騎士団の精鋭部隊や、最上級冒険者の一団が緊急出撃する程の事態になる。

 

 そんな化け物を相手に、小さな海賊団にどうしろと言うのか。

 

「畜生っ!なんでこんな化け物が!?この海域には大した魔物は出てこない筈だろ!?」

 

「言ってる場合か!さっさと逃げるぞ!」

 

 当然のように逃げる事を選んだ海賊達だったが、その目論見はあっさりと打ち砕かれる。

 クラーケンの触手による攻撃で、あっさりと船が半壊し、四人の部下が倒れた。

 もはや逃げられぬと悟ったロイドは部下達を率いて応戦し、彼らはよく戦った。しかし彼我の戦力差はあまりにも大きく、一人、また一人と呆気なく倒されていく。

 

「嫌だ……!死にたくねえ!死にたくねえよぉ!」

 

「神様……!お助け下さい……!」

 

 迫り来る死の恐怖に怯え、神に縋る部下の声を聞いたロイドの心に湧きあがった感情は、怒りであった。

 

(何が神だ……!神なんて、この世にいるものかよ……!今まで俺がどれだけ辛い目にあっても、助けてくれなかった神なんかに、祈ってなんかやるものか……!)

 

 ロイドは憤怒の宿った目で、今まさに触手を振り下ろそうとするクラーケンを睨みつける。

 恐怖は勿論ある。だが飲まれるものかと下腹に力を入れ、せめて一矢報いてくれようと、サーベルを力強く握った、その時だった。

 

 奇跡が起きた。

 突如、凄まじい流水がクラーケンの横っ面を殴り倒し、その巨体を吹き飛ばしたのだ。

 そして、その直後に空から流星が降ってきた。

 いや、それはよく見れば星ではなかった。落ちてきたのは、まばゆい輝きを放つ、穂先が三叉に分かれた一本の槍だ。

 軍に居た時も、これほどの見事な武器は見た事が無い。人の手によって造られた物とは隔絶したオーラを放つそれに、ロイド達は目を奪われた。

 

 だが、その後目にしたものは、それ以上の衝撃をロイド達に与えた。

 天空より、一人の女性が降り立ったのだ。

 青い髪と瞳、特徴的な長く、尖った耳を持ち、はちきれんばかりに豊満で扇情的な肢体を申し訳程度の布で隠し、その上に薄い透明な衣を羽織った美女であった。

 

 その人間離れした容姿と存在感。そして輝ける槍と共に天空より降り立ち、あれほど強大な魔物をあっさりと屠ってみせた力。

 間違いない。この御方は……!

 

「女神様……!」

 

 無意識のうちに、ロイドは跪いていた。部下の海賊達も同様だ。

 

 三度目の転機。

 ロイドは女神に出会い、絶体絶命の危機から救われた。



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第4話 私の名はアルティリアだ

「あー……その、頭を上げて、楽にして下さい」

 

 俺は目の前でDOGEZAをする屈強な男達に対して、そう言った。

 俺の言葉に恐る恐る顔を上げ、こちらを見上げる彼らの目は、真剣そのものだ。

 そのまっすぐな視線を正面から受けて、俺は思った。

 

(さてはこいつら……俺にビビってるな!)

 

 無理もないだろう。巨大イカは俺にとっては大した事のない雑魚だったが、様子を見るに男達にとっては強敵だったのだろう。

 LAOでも初心者がうっかり強敵に遭遇してしまったのを上級者が助ける際に、つい必要以上の火力でオーバーキルしてしまうのは、稀によくある光景だ。MMORPGプレイヤーは皆、初心者に恰好良い所を見せたがるものなのだ。

 

 ところが現実でやるとドン引きされるらしい。俺は一つ賢くなった。

 

 だがとりあえず今は、目の前の男達だ。彼らはじっと俺の言葉を待っている様子なので、何か言ってやらねばならんのだが、生憎とここで気の利いた言葉がすらすらと出てくる程、俺は口が上手くない。

 

 いや、むしろコミュ障の部類である。

 初対面の集団とお話をするという行為は、ゲーム内のチャットを介してならば簡単に出来るのに、こうして生身でやるのは俺のような人間にとって、非常にハードルが高い事なのだ。情けない奴だと笑わば笑え。

 

「……まずは、その怪我を何とかしましょうか」

 

 俺はひとまず、傷ついた彼らを治療してやることにした。中には命に別状はないものの、重い怪我を負って倒れている者も複数いる。

 

「『癒しの雨(ヒールレイン)』」

 

 俺が魔法を発動させると、その効果によって男達の頭上にぽつぽつと雨が降り注ぐ。

 それに打たれた彼らの傷が、みるみるうちに回復していった。

 

 更にその間に俺は、技能『簡易修復(インスタントリペア)』を使い、彼らが乗る船を修復しておく。

 この技能は船舶や馬車などの乗り物の耐久値を回復させる効果を持つ。回復量はあまり多くないが、即座に発動する事が出来るので重宝されている。

 

「神よ……!」

「ありがとうございます!ありがとうございます!」

「女神様……」

 

 すると何故か、男達が再び俺を拝み始めた。

 

「えぇ……」

 

 まさか、これでもやり過ぎだったのだろうか。

 どちらもLAOではそこまで上位の技や魔法じゃないんだが。

 

「……それでは、私はこれで失礼します。気を付けてお帰りなさい」

 

 俺は誤魔化すようにしてそう口にすると、巨大イカの遺体から槍を引き抜き、水面に降り立った。

 この状況下で話を続ける勇気と、話を進めるトークスキルを俺は持っていない。

 ここは一時撤退だ。

 そう考えてこの場を立ち去ろうとした時だった。

 

「おっ、お待ちください!」

 

 彼らのリーダーであろう男が、踵を返した俺の背中に向かって叫んだ。

 おいやめろ馬鹿。何いきなり話しかけてきてるわけ?

 今すぐ水面ダッシュ(200km/hオーバー)で逃げ出したいのをぐっと堪えて、俺はその足を止めた。

 

「危ないところを助けていただき、誠にありがとうございました!俺……いや、わたくしはロイド=アストレアと申します!小さく名も無い海賊団を率いる卑賎の身にて、大変ご無礼ながら伏してお願い申し上げます!何卒、貴女様のお名前をお教えいただけないでしょうか!」

 

 ロイドと名乗ったその海賊団の頭目の願いを聞いた俺は、彼に背を向けたまま答える。

 

「アルティリア。私の名は、アルティリアだ」

 

 俺は日本人男性としての名ではなく、この体の持ち主……LAOというゲームで長く愛用してきた、キャラクターの名前を名乗った。

 後にして思えば、この時、俺は無意識のうちに決めていたのかもしれない。

 『アルティリア』として生きて行く……という意志と覚悟を。

 

「アルティリア様……」

 

 と俺の名を呟く海賊達から逃げるように、俺は眼下に広がる海に飛び込んだ。

 そしてそのまま海底に向かって、猛スピードで海中を駆け抜ける。

 

「ああああああああああああ!やっちまったああああああ!」

 

 何が、私の名は、アルティリアだ(キリッ だ馬鹿野郎め。

 肝心の情報集めは完全に失敗したではないか。

 しかも、あれだけ強キャラムーブしておいて、すぐに戻って実は迷子なんです等と口にする事は断じて許されない。

 

 何故ならアルティリアの名を名乗ってしまった以上、俺は完璧にそのロールプレイをしなければならない。愛するキャラクターのイメージを壊すような事は、他の誰が許しても俺自身が許せんのだ。

 

「ええい、こうなったら自力で何とかするしかねぇ!とりあえず泳いで探検だ!」

 

 幸い泳ぎには自信がある。かくなる上はひたすら泳いで探索を進めるしかないと思い立ち、俺はひたすら泳ぎまくった。

 

 そうして数日にわたって海を泳ぎ、島を見つけては上陸して探索したり、魚を釣って料理をしたり――幸いな事に、水泳同様にアルティリアが持っていた、高レベルの釣りや料理といったスキルは、問題なく使う事が出来た――と、サバイバル生活を送っていた時だった。

 

 ポーン、という甲高い、聞き慣れた通知音が聞こえた。

 それと同時に、これまた飽きるくらいに目にしたメッセージが、突然目の前に表示されていた。

 

『ロイド=アストレアさんからトレード要請が届きました』

 

 一体どういう事だ。誰か説明してくれ。



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第5話 そんな装備で大丈夫か?

 『ロイド=アストレアさんからトレード要請が届きました』

 

 LAOにおいて、他のプレイヤーからトレードを持ち掛けられた場合、このように音とシステムメッセージによる通知がなされ、取引を受けるか否かの選択を迫られる。

 

 トレードとは、プレイヤー間でのアイテムおよび金銭の交換や取引の事を指す。

 MMORPGにおいて、トレードは日常的に行なわれている行為だ。

 キャラクターの構成やプレイスタイルが千差万別である以上、誰かにとっては不要なアイテムが、他の誰かにとっては喉から手が出るほど欲しい物だという事は、現実世界においてもよくある話だろう。

 当然、俺も目当てのアイテムを購入したり、逆に希少で高性能ではあるが、自分には使えないアイテムを売却する為に、トレードは日常的に利用してきた。このシステムメッセージも見慣れたものである。

 

 問題は、なぜ異世界に来てまでそれが目の前に現れるのかという事だ。

 

 しかもトレードというのは通常、直接アイテムや金銭をやり取りする為、近距離で行なうものだ。

 だが現在、俺の視認できる範囲内にロイドの姿はない。なのにトレード要請が来るとは、一体これはどうした事だ。

 

 俺が知る限り、LAOには遠隔で他のプレイヤーとトレードを行なう機能や、それを可能にする技能・アイテム等は存在しない筈だ。

 ならばこれは、この世界特有の物なのか?

 仮にそうだとして、それは誰でも使えるような一般的な物なのか?

 

 疑問は尽きないが、その答えを今すぐ出す事は不可能だろう。

 ならば、ひとまずはこの取引を受けてみようと思う。そこから何か見えるものがあるかもしれない。

 それに何より、正当な理由なしに取引を拒否したり、相手を待たせるような事はしたくない。

 

「トレードを受ける」

 

 俺はそう口にして、取引を受諾する意志を示す。

 すると、突然俺の目の前で、地面に水溜まりが発生した。

 

「何だ、これ……?」

 

 明らかに自然に出来たものではない。まるで魔法や超能力でも使って出したような不自然さだ。新手のスタンド使いか?

 

 訝しみながらその水溜まりを眺めていると、やがてその中から何かが浮かび上がってきた。

 見れば、それは袋だ。中にはぎっしりと何かが詰まっているようだ。

 手に取ってみれば、見た目通りにずっしりと重い。

 果たしてその中身は何かと、口を縛っている紐を解いてみれば、中に入っているのはピカピカに輝く金貨だった。それが、およそ二万枚。

 

「これは……この世界の通貨か?」

 

 果たしてこれが、どの程度の値段になるは分からないが、わざわざ送ってきたのだ。それなりに価値のあるものなのだろう。

 

 恐らく、数日前に彼らを助けた事に対する謝礼のつもりなのだろうな。

 一体どうやってこれを送ってきたかは全く見当も付かないが、殊勝な心掛けだ。今度会ったら優しくしてやろう。

 

 しかし、初心者を助けるのは上級者の義務である。

 それでいちいち謝礼を貰うのも逆に申し訳ない気持ちになるので、こちらからも何か送ってやろうと俺は思った。

 

「さて、何を送るべきか……」

 

 俺はロイドから送られた金貨袋を横にどかして、自分のアイテム袋を取り出して、その中身を物色する。

 そうしながら、彼らの事を思い出した。

 

 思えば、彼らがあの巨大イカ程度の敵に苦戦していた理由は、装備の質が低い事が大きな原因の一つではないだろうか。

 彼らの持つ装備は、かなり粗末なものだった。

 

「そんな装備で大丈夫か?」

 

 大丈夫じゃない、問題だ。

 正直、俺に対する謝礼なんかよりも前に、自分達の装備や船を強化するべきだと思ったが……彼らはあえて、律儀にも俺に対する感謝の気持ちを形にする事を優先したのだろう。大した奴等だ。

 

 ならば、俺もその心意気に応えなければなるまい。

 

「おっ、丁度いいのがあるじゃないの」

 

 俺はアイテム袋の中から、一つのアイテムを発見し、それを取り出した。

 それは、一振りの日本刀だった。

 銘は『村雨』で、海底神殿の第七層に出現するモンスター、ギルマン・エリートウォーリア(刀)というモンスターの希少(レア)ドロップアイテムだ。例の扉があった海底神殿の最下層を探索していた際に、襲ってきたそいつを倒した際に入手したのを覚えている。

 

 その性能は俺の持つ神器『海神の三叉槍』に比べれば流石に大きく劣るが、高難易度エリアのモンスターが落とすレアドロ品だけあって、なかなか悪くないものだ。

 攻撃時に水属性のダメージを追加で与える等の有用な特殊効果が複数付いており、刀使いが水属性に弱いモンスターと戦う時に便利な品だな。

 現状、海底神殿の最下層でしか入手できない事もあって、なかなか良い値段が付いている為、後で売ろうと思って取っておいた品だが……

 どういうわけか異世界に来てしまった以上、売る事は出来ないし、俺のメインウェポンは槍なので無用の長物である。よって、あげてしまっても何も問題はない。

 

 あの男、ロイドは確かサーベルみたいな曲刀を持っていたし、日本刀も問題なく使えるだろう、多分。

 

 と言う訳でロイド君、この村雨を君にあげましょう。

 

 俺は村雨を手に取ると、それをロイドのもとに送るように気合を入れて念じた。

 あいつが遠く離れた場所から金を送ってきたのだ、俺に出来ない訳があろうか。いいや無い(反語)。

 

 すると、村雨が眩い光を放ち、俺の手の中から消え去った。

 俺にはそれが、ロイドのもとに送られたという事が直感的に理解できた。

 

「よしよし。どうやらこの世界では遠隔トレードが出来るみたいだな。実に便利で大変結構!」

 

 俺は満足そうに頷くと、ロイドから送られてきた金貨をアイテム袋へと大事に収納するのだった。

 

「しかし金を貰ったのは良いが、無人島じゃ使い道が無いな……」

 

 いい加減に、そろそろ人の居る場所を目指すのも良いかもしれない。



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第6話 海上警備隊本部にて ※

 ローランド王国は、広大な大陸の北東部に位置する国家である。その最北端にある港町の名を、グランディーノという。

 大陸の北に広がるトゥーベ海域に面するグランディーノは古くから漁港・貿易港として栄え、ローランド王国の海の玄関口として、大きな存在感を誇っていた。

 そのような理由で王都から遠く離れた辺境の町ながらも、それなりに規模の大きい港町であり、グランディーノの港は今日も、漁船や貿易船で賑わっていた。

 大半はそのような一般の船だが、中には厚い装甲と大砲で武装した、大型の戦闘艦の姿も見える。それらは海の治安維持や港の防衛に努める、海上警備隊が所有するものだ。

 

 そんなグランディーノの港に、一隻の船が現れたのは、ある日の夕方の事だ。

 その船は海賊船だったが、海賊旗の代わりに白旗を掲げており、そして驚くべき事に、巨大な魔物の死体を牽引していた。

 

「そこの船、止まって下さい!貴方達と、その魔物について説明を求めます!」

 

 いち早くそれに気付いた、海上警備隊の船がその海賊船へと近付き、甲板上から警備隊の隊員であろう、鎧を着た銀髪の若い青年がそう声をかけた。

 

 魔物を牽引する海賊船の舵を握る、茶色い髪の屈強な男――ロイド=アストレアは、その指示に従って船を停止させると、警備隊の船に向かって敬礼をする。

 元軍人だけあって、ロイドの敬礼は堂に入った見事なものだった。

 

「海上警備隊の方々ですね?自分は代表のロイド=アストレアと申します!」

 

 ロイドに倣い、彼の部下の海賊達も、不格好ながら敬礼をする。それを見た青年以下、海上警備隊の隊員達は面食らいながらも、慌てて敬礼を返した。

 

「こちらは海上警備隊所属、一等海上警備士クロード=ミュラーであります!」

 

 青年の名乗りに、ロイドは驚愕した。彼の階級である一等海上警備士といえば、軍で言ったら大尉に相当する。

 まだ二十歳ほどの若さでその階級とは、よほど有能な男なのだろう。ロイドは気を引き締め直しながら口を開く。

 

「こちらの魔物について、説明をさせていただきます。見ての通り、こちらはクラーケンの死体です。今から四時間ほど前に、ラメク海域で遭遇したものです」

 

「はぁっ!?ラメク海域!?」

 

「馬鹿なっ、そんな近海にクラーケンの成体が!?」

 

 ロイドの説明を聞いた警備隊員達が、その異常事態に恐れ(おのの)く。

 ロイド達がクラーケンと遭遇したラメク海域は、この港町グランディーノが面するトゥーベ海域を超えた先にある場所だ。

 昼間にクラーケンや、それを倒した変なエルフもどきと遭遇したロイド達が、クラーケンを引っ張りながら夕方にはここに来る事が出来ている事を考えれば、そう離れていない事が分かるだろう。

 

「静かに!……失礼しました。それで、そのクラーケンは貴方達が討伐を?」

 

 そう訊ねながら、クロードはとても彼らがクラーケンを倒したようには思えなかった。彼らの乗る船や、装備している武器を見れば、クラーケンを倒せるような戦力を持っていない事は明らかだ。

 

「いえ、クラーケンを討伐したのは、我々ではなく別の御方です。その御方はすぐに立ち去られた為、我々が代わりに報告に参りました」

 

 ロイドの報告を聞き、クロードは驚きに目を見開いた。彼の口ぶりでは、クラーケンを討伐したのは個人であるかのようだったからだ。

 クラーケンの成体といえば、精鋭部隊が操る複数の戦闘艦が同時にかかって、ようやく討伐できるような相手だ。

 それを単体で撃破できるような人物が存在する?一体どのような……?

 疑問が次々と湧きあがるが、クロードは職務のために一旦それを振り払う。

 

「わかりました。詳しい話は後程聞かせていただきますが、まずは我々に続いて入港してください」

 

「承知いたしました」

 

 ロイドは警備隊の船に続いて入港し、船を停泊させた。そしてそのまま港のすぐそばにある、警備隊本部へと案内された。

 会議室と思われる、大きな円形のテーブルと、それを囲む椅子が置かれた部屋へと通され、しばらく待たされる。

 その間に部屋を見回すと、壁には周辺海域の地図や巡回の当番表のような書類が貼られているのが見えた。

 

(あまり部外者がじろじろと見るべきじゃないな)

 

 そこから目を逸らすと、別方向の壁には一本の槍が掛けられていた。

 その槍が見事な造りの業物だという事は見てとれるが、女神が持つ神器を見た後では、それもみすぼらしく見えた。

 

 そうして待っていると、複数の者達が部屋へと入ってきた。

 まず先頭が、背が高く体格の良い、赤い髪の中年男性だ。その後ろに先程の若き一等海上警備士のクロードと、更にもう一人、若い女性隊員が続く。

 

「お待たせして申し訳ない。海上警備隊副長、グレイグ=バーンスタインです」

 

 赤毛の男が敬礼をして、名乗りを上げる。

 だが名乗られるまでもなく、ロイドは彼の名を知っていた。

 

(『赤毛のグレイグ』、『海獣狩りのバーンスタイン』と呼ばれる、海洋モンスター狩りのスペシャリストにして海上警備隊のナンバー2!こいつぁ、凄ぇ大物が出てきやがったな……)

 

「先程はどうも。改めまして、一等海上警備士、クロード=ミュラーです」

「同じく一等海上警備士、アイリス=バーンスタインと申します」

 

 クレイグに続いて、後ろの若い二人も敬礼をしながら名乗る。

 女性の隊員、アイリスの名を聞き、ロイドは思わず驚きを口に出した。

 

「娘さんも警備隊にいらっしゃったのですね」

「ええ。あまり危険な事はして欲しくはなかったので反対したのですが、生憎と頑固で負けず嫌いな所は私に似てしまったようで」

 

 グレイグが苦笑を顔に浮かべながらそう言うと、アイリスは恥ずかしそうに俯いた。

 見れば彼女は、父親と同じ真っ赤な髪の持ち主だ。燃え盛る炎のような明るい髪が、腰のあたりまで伸びている。年齢はクロードと同じで二十歳程度の若さだが、彼と同じで高い地位に就いている。才能のほうも父親譲りという事なのだろう。

 

 それからグレイグはロイドに着席を促し、席に着いた彼らは本題に入る。

 

「それでは早速だが……あのクラーケンについて、詳しい話を聞かせていただけるかな」

 

「わかりました。我々がクラーケンと遭遇したのは本日の正午前頃、場所はラメク海域の西側で……」

 

 ロイドは順番に、その時起こった事について語り始めた。

 彼の話を聞き、グレイグ達海上警備隊の面々は驚きを隠せない様子だ。

 

「神だと……?そのアルティリアという女性は自分がそうだと?」

 

「……いいえ、はっきりとそう言ったわけでは。あの方が名乗ったのは、その名前のみでした。しかしながら流水を自在に操り、空を飛び、水面を歩き、重傷を負った者達を完治させ、半壊した船を一瞬で元通りに修復し、そしてクラーケンを瞬殺する。あれほどの奇跡を、人の身で起こせるとは到底思えません」

 

「むうっ……確かに……」

 

 グレイグは一流の戦士であり、魔法使いの知人や友人も何人か居るが、クラーケンの巨体を押し流すような水魔法の使い手など、今まで会った事がない。癒しの奇跡にしても同様だ。

 

「しかし仮に神だとして、神々は遥か昔に地上を去った筈……どうして今になって……?」

 

 クロードが当然の疑問を口にする。

 この世界では大昔の神話の時代に、神々は一柱残らず地上を去っており、今ではそれらの名が語り継がれるのみである。現在では神官が奇跡を行使したり、古代の遺跡からかつて存在していた神々の痕跡が発見される程度で、神の存在はすっかり遠い物になり果てていた。

 

「長い年月を経て、言い伝えが失われてしまった神も多くいると聞きます。その方もそうである可能性は……。神殿に行けば、何か分かるかもしれませんが」

 

 アイリスがそう提案すると、グレイグも頷き、

 

「そうだな……神の事に関しては、神官に聞けば分かる事があるかもしれん。今日はもう時間が遅いが、明日にでも行ってみるといいだろう」

 

「わかりました。そうします」

 

 話が纏まったところで、クロードがふと、疑問を口にした。

 

「ところでロイドさん、そのアルティリア様の特徴を教えていただけますか?」

 

 その質問を聞き、そういえば彼女の容姿については詳しく話していなかったな、とロイドは反省する。

 

「お?なんだクロード、その女神様が美人かどうかが気になるのか?」

 

 そこでグレイグがニヤリと笑って茶々を入れた。アイリスがむっとした表情でクロードを睨み、それにクロードが慌てて言い訳をする。

 

「ちょっ、違いますよ副長!何を言ってるんですか!僕はただ、偶然その方と会う可能性もあるので、どのような方なのか知っておいたほうが良いと思って……」

 

「ま、確かに一理あるな。どうだろうロイド君、よければ教えて貰えるかな」

 

「わかりました。では……アルティリア様は女性で、髪の色は水色で、長さはそちらのアイリスさんよりも、もう少し長かったです。瞳の色は濃い青で、身長は俺より少し低いくらいでしたね」

 

「なるほど。それくらいだと、女性にしてはかなり高いな」

 

「それから……耳が細長く、尖った形をしていました」

 

「ほほう……それは妖精(フェアリー)のような耳の形か?」

 

 グレイグが立ち上がり、部屋の隅にある本棚から魔物図鑑を取り出し、そのページを捲ると、やがて掌サイズの小さな妖精の絵と、それについての説明が書かれたページが開かれた。

 

「ああ、細かいところは違いますが、こんな感じでしたね。アルティリア様のは、もう少し細長かったです」

 

「そうか……ところで、顔はどうなのだ?美人だったか?」

 

 グレイグが下世話な表情を浮かべて、ロイドににじり寄る。ロイドは警備隊副長の意外に気さくで俗っぽい所に妙な親近感を感じてしまい、苦笑を浮かべて言う。

 

「そりゃあもう、今まで見た事が無いくらいの美形でしたよ。あれこそまさに天上の美!しかも……」

 

「しかも?」

 

「ものすっごい巨乳でした」

 

「何と!どれくらいの巨乳だ?うちの娘くらいか?」

 

「いやいや、アイリス殿もなかなかご立派ですが、もっととんでもない乳でした。大体これくらいで……」

 

「おお……なんという事だ。これは疑いようもなく女神様に違いない」

 

 ロイドは、部下と酒を飲みながら下ネタを話す時のようなノリで、グレイグと盛り上がった。

 だが、そこに冷え切った視線を向ける者がいた。アイリスである。

 

「父上。今の話は母上にご報告します」

 

「なっ……!?ま、待ってくれアイリス!これは違うんだ!」

 

「何が違うというのですか、父上の変態!」

 

 そんな父娘の心温まるコミュニケーション(笑)の横で、クロードがロイドに話しかける。その顔は、火が出るように真っ赤に染まっていた。

 

「あの、ロイドさん。女性の……その、胸の話をそのように口にするのは、あまり良くないと思うのですが……」

 

 この青年ちょっと純情(ピュア)すぎやしないだろうか。ロイドは内心吹き出しそうになりながら、それを必死に堪えた。

 

 ロイドは、彼らの事がいっぺんに好きになった。

 いずれ、クロードを際どい服を着た綺麗な姉ちゃん達が居る酒場にでも連れて行ってやろうと考える。

 あの女神に会う前に、少しは女体に慣れさせたほうが彼にとっても良いだろうし、我ながら悪くない考えだと、ロイドは思った。



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第7話 神の剣 ※

 海上警備隊に所属する三名との話し合いを終えたロイドは、警備隊本部の入口にあるロビーで部下達と合流した。ロビーには来客用の受付があり、女性の警備隊員が複数人、カウンターの向こう側に待機しているのが見える。

 そのまま建物を出ようとするロイド達に、見送りに付いてきていた海上警備隊副長・グレイグ=バーンスタインが話しかける。

 

「ああロイド君、少し待ってくれ。渡す物があるんだ」

 

 グレイグが受付の一人に目配せをすると、彼女はカウンターの下から、大きな袋を取り出した。

 重そうな見た目と、持ち上げた際に聞こえた音からして、中身は金貨だろう。それも大量のだ。

 

「ロイド=アストレア様、冒険者組合からクラーケン討伐の報奨金および、素材の買取金が支給されております。お確かめください」

 

 冒険者組合は、冒険者と呼ばれる魔物退治や遺跡探索などを生業とする、何でも屋のような存在が多数所属しており、所属する冒険者に依頼の斡旋を行なう他に、部外者に対しても危険な魔物の討伐に対する報奨金や、素材の買取を行なっている。

 今回はクラーケンの討伐が報告され、その死体を持ち帰った事で多額の金貨がロイド達に支払われるようだ。

 

「いや、しかし討伐したのは俺達ではないんですが……」

 

「だが、報告したのはお前さん達だ。例の女神様を探そうにも、手掛かりが無いしな。受け取れないって言うなら、今度会った時にでも渡してやればいい」

 

「……わかりました」

 

 ロイドは僅かに逡巡した後に、差し出された金貨を受け取った。

 女神が人間の通貨を必要とするかは分からないが、これは彼女が受け取るべき物であり、叶うならばそれは自分の手で、彼女に手渡したいとロイドは思った。

 

「ああ、ちなみに君達の指名手配を解除するのとか、被害の補填に幾らか使ったから本来の額より幾らか目減りしているが、そこは了承してくれよ」

 

 だが次の瞬間にグレイグが口にした、その台詞を聞いて冷や汗を流す。

 彼らとの会話の中で、一度も自分達が海賊だとは名乗らなかった。薄々、気付かれていながら見逃されているとは感じていたが……どうやら最後に釘を刺しに来たようだ。

 

「……気付いていましたか。流石と言うべきでしょうか」

 

「ここいらで活動している海賊の顔と名前は、一通り頭に入っているんでね」

 

 悪戯が成功した悪餓鬼のような笑顔で、グレイグが勝ち誇る。

 

「捕まえたりはしないんで?抵抗はしませんが」

 

「生憎と、警備隊には現行犯以外への逮捕権ってのが無くてな。それにどうやら件の女神様のおかげで更生したようだしな」

 

「参った、すっかりお見通しだ」

 

「そういう訳で後は好きにすりゃあいいさ。……ああ、警備隊に入りたいって奴がいたら、いつでも歓迎するぞ。最初のうちは訓練はキツいし給料も安いがな」

 

「考えておきますよ。そうなったらお手柔らかにお願いします」

 

 そう言い残して、ロイドは手下を引き連れて警備隊本部の建物を出た。

 外に出ると、もうすっかり日は沈み、代わりに満月が空に昇っていた。

 建物を出て、少し歩いたところでロイドは手下を集めて話しかける。

 

「さて……もう分かってると思うが、海賊稼業は今日で廃業、海賊団も解散だ。指名手配は解かれてるから、好きなように生きればいい。行く所が無い奴は、警備隊に拾って貰うといい」

 

「……お頭はこれから、どうするんです?」

 

「正直な所、まだ具体的なところは何一つ決まってない。だが方針としては……アルティリア様に恩を返したい。そのために行動しようと思ってる」

 

「なら、俺らも付いていきますよ。俺達だって女神様の為に働きたいって話してたんです」

 

「それに、お頭にも拾ってもらった恩を返しきれてねえ」

 

「今までみたいに、俺達も連れていって下さい!お願いします!」

 

 部下達が次々にそう言って、ロイドに付いてくる事を選ぶ。去る者は一人も居なかった。

 

 こうして彼らは夕食を取った後、宿に一泊し、次の日の早朝に神殿を目指した。

 

 遥か昔に神々は地上を去った。しかし当時から続く、彼らに対する人々の信仰は、薄まりはしても完全に消え去ってはおらず、今も神々を祀る神殿が各地に存在していた。このローランド王国内にも、複数の神殿がある。

 彼らは港町グランディーノから、最も近い神殿に向かった。最も近いとは言っても、徒歩で一日半ほどかかる距離だ。

 馬や馬車を使えば行程を大幅に短縮できるが、人数が多いだけに贅沢は出来ない。手元に大量の金貨はあるが、これはあくまで神に渡すべき物である為、使う事は躊躇われた。

 

 道中、夜盗や魔物の襲撃があり、それらを無事に撃退する事は出来たものの時間を食ってしまい、彼らが神殿に到着したのは二日後の事だった。

 

「お待ちしておりました。ロイド=アストレア様ですね?」

 

 神殿に到着した彼らを出迎えたのは、一人の神官だった。

 身長はロイドより頭二つ分くらい低い、金髪の柔和そうな青年だ。

 ロイド達は、クリストフと名乗った彼に、神殿の奥へと案内された。

 

 やけにスムーズに話が進むと思って聞けば、有難い事にグレイグが遣いを出して、事前に話を通しておいてくれたらしい。お陰で事情を一から説明する手間が省けた。

 

 ロイド達は案内される途中、神殿内で幾つもの、神々の姿を模した石像を見かけた。

 天空神や大地母神、騎士神や炎神など、この世界に住む者ならば誰もが知る大神(グレーター・ゴッド)の像が主だが、中には知る人ぞ知る小神《マイナー・ゴッド》の像も、幾つか存在している。

 当然だがその中に、アルティリアの物は無かった。

 

「我々も文献を調査をしてみましたが、アルティリアという名の神についての記述は、一切発見できませんでした」

 

 道すがら、クリストフがそう述べる。

 

「恐らくは水や、海に関係する小神か、それに近い存在ではないかと推測しますが……情報が全く無い為、これ以上の調査は難しいと考えられます。また我々、神殿関係者はまだ、その方が本当に神であるのか、そうではないのか……確信が持てずにいるのです」

 

 彼がそこまで言ったところで、一行は通路の奥にある部屋の前に辿り着いた。その入口の扉に手をかけ、開きながら、

 

「そこで、とある物を用意させていただきました」

 

 と言ったクリストフに入室を促されたロイド達は、その小部屋の中央に鎮座する物体に目を奪われた。

 

「これは……祭壇か?これは一体どういう物だ?」

 

 ロイドがそう呟いた通り、そこにあったのは小さな祭壇だった。

 だが、わざわざ案内したという事は、ただの祭壇という訳ではないのだろう。

 ならば一体どのような代物なのかと疑問を口にした時だった。

 

「よくぞ聞いてくれましたッッ!!」

 

 突然、それまでの穏やかな優男といった雰囲気から一転、ハイテンションになったクリストフが叫ぶ。

 

「この祭壇は『神饌(しんせん)の祭壇』という聖遺物でございます!」

 

 聖遺物とは、かつて神々が存在していた時代に生まれた、人の手では作り出す事の出来ない特殊な物品の総称である。

 それは選ばれた者にしか抜けない剣や、放たれた矢がどこまでも対象を追尾する弓、あらゆる魔法の知識が秘められた本といった伝説級の武器から、一定の重量までなら容量を無視して何でも物が入る鞄や、水が自動的に補充される水筒といった便利な道具や日用品まで、様々な物がある。

 それらは主に冒険者によって遺跡から持ち帰られ、希少度(レアリティ)にもよるが概ね高値で取引されている。

 そういった聖遺物に対して異様な執着を見せる、聖遺物マニアという人物も一定数存在しており、このテンションの上がり具合から察するに、どうやらクリストフはそれに該当するようだ。

 

 クリストフの説明によれば、この『神饌の祭壇』の効果は、神に対して捧げ物をする際に、それを神のもとに直接送る事ができる……という物だという。

 どうやら、かつての神々がいた時代にはありふれていた物らしく、現代まで残っている物も多く、同じ物が各地の神殿に設置されているとの事だ。

 

 だが現代では、この世界の神々は既に去っている為、この祭壇で神のもとに物品を送る事は不可能であり、無用の長物と化しているのが現状である。

 ところが、そんな埃を被っていた、使い道の無かった聖遺物に、思わぬ役目が出来た。

 

「しかぁしッ!もしも貴方がこの神饌の祭壇を使い、アルティリア様のもとに供物を送る事が出来たならば、それはアルティリア様が神である事の証明となる!そう我々は考えましたッ!」

 

「なるほど……しかし、あんたは試してみたりはしなかったのか?」

 

「そうしたいのはやまやまですが、この祭壇で神に供物を捧げるには、対象となる神の御名と御姿を思い浮かべる必要があり、また相手の神も、供物を捧げる者の名と姿を知っている必要があるのです……」

 

「神様も、知らない奴からの贈り物は受け取ってくれないって言う事か」

 

「ええ、よって当時も、使える者は限られていたようです」

 

 神に直接会って、名前を憶えて貰えるような信者が、遠く離れていても神に信仰の証を捧げる事が出来るようにする……そのような目的で作られた物なのだろうと、ロイドは推察した。

 

 そして果たして、自分はそれを使うに足る人間なのだろうか、と考える。

 一方的に助けられただけの存在。去り際に名前を教え合った、ただそれだけの関係。

 果たして彼女は、自分なんかの事を覚えていてくれるだろうか。

 彼女が神である事に対しては一片の疑いも持っていないが、彼女が自分の事など忘れており、それによって祭壇が何の効果も発揮しないという可能性を、ロイドは捨てきれなかった。

 

 そんな不安を抱きながら、ロイドは金貨の詰まった袋を、祭壇にそっと置いた。昨夜、クラーケンの討伐報酬として受け取ったものだ。

 

「アルティリア様。貴女が我々を助けてくれた際に倒した魔物の討伐報酬です。神にとって人間の通貨が有用な物なのかは分かりませんが、これは貴女の功績に対して支払われた物でありますので、お返しいたします。どうか、お受け取り下さい」

 

 ロイドは祭壇に跪き、アルティリアの姿を思い浮かべながら、一心不乱に祈った。彼の後ろでは、その部下の元海賊達が同じように祈りを捧げている。

 

 その時、奇跡が起こった。

 祭壇が淡い光を放ち、捧げられていた金貨の袋の下に、水溜まりのような物が出現したのだ。

 袋はその水溜まりに沈んでいき、やがて見えなくなり、金貨を飲み込んだ水溜まりも小さくなって消えていく。

 最後には、祭壇の上には僅かな水滴だけが残っていた。

 

「やった、消えたぞ!」

 

「アルティリア様が受け取ってくれたんだ!」

 

 捧げ物が無事に、神のもとに送られた事を悟って、元海賊の男達が大喝采する。

 それを背中に受けながら、ロイドは悔やんでいた。

 

(俺は馬鹿だ……!アルティリア様が俺の事を忘れているかもしれない等と、あの慈悲深い御方の事を疑った!申し訳ありません、アルティリア様……!!)

 

 (こうべ)を垂れ、心の中で彼女に詫び続けるロイドだったが、その時、不思議な事が起こった。

 

 神饌の祭壇が、再び光を放ったのだ。

 しかも、それは先程、供物を送った時のような淡い光ではなく、目が眩むような激しい光だった。

 一同は思わず目を閉じ、やがて光が収まって、目を開いた時だった。

 

「なっ……!こ、これはっ!?」

 

 驚くべき物を目にしたクリストフが叫ぶ。彼の視線の先……祭壇の上には、先程までは存在していなかった、ある物が乗っていた。

 

 それは、一振りの刀であった。

 この世界には存在しない、日本刀と呼ばれる独特なデザインのそれは、当然の事ながらこの場に居る全員が、初めて目にする物だった。

 

「あ、ああ……まさか……まさかこんな事が!私の目の前で起こりえるとはァ!」

 

「クリストフさん、これは一体!?」

 

 興奮し、わなわなと体を震わせるクリストフの肩を掴み、ロイドが問い質す。

 

「し、神饌の祭壇には、神のもとに供物を送る以外にも、あともう一つの機能があると伝えられているのです!それは……神から信者への贈り物ッ!それを受け取る機能ッッ!!」

 

 その言葉に、ロイドが受けた衝撃は計り知れない物だった。

 

「しかし、そのような事例はごく僅かであり、眉唾物ではないかとも言われていたのですが……まさか、それを目にする事が出来るとは……!おお……私は今ッ!まさに奇跡を目にしたのだアアアアア!そしてッ!神の実在が今ッ!証明されたァッ!」

 

 体をのけぞらせ、ガクガクと震わせながら絶叫するクリストフの狂態も、最早ロイドの目と耳には入っていなかった。

 

(アルティリア様……あなたはこんな俺を許し、そして、これほどの武器を、俺に授けてくれたのですね……)

 

 ロイドが刀を手に取り、それをゆっくりと鞘から抜く。

 不思議な事に、刀身の表面は水に塗れている。しかしその水は床に零れ落ちるような事はなく、また水に塗れた事によって刀身が錆び付く様子もなく、むしろ清らかな水によって常に洗い清められる事によって、刀身には僅かな汚れや曇りの一つすらなく、清浄な輝きを放っていた。

 

(ならば、俺はこの剣に誓おう。この身の全てを、あの方に捧げると。そしてこの剣を授けられるに相応しい人間になれるよう、誇り高く、強く生きよう)

 

 後に海神(わたつみ)騎士団と呼ばれる、海の女神を祀る神殿直属の騎士団。

 その初代団長、ロイド=アストレア、覚醒の時であった。



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第8話 なぜかは知らんが私が神だ

 それは、俺が異世界に送られた時から一ヶ月くらい前。

 俺がまだ、アルティリアというキャラクターを使ってMMORPG『ロストアルカディア・オンライン』をプレイしていた時の事だ。

 

「アルさんアルさん、暇なら島鯨一緒に行きません?」

 

 そう声をかけてきたのは、クロノという名のプレイヤーだった。

 そいつは銀髪に紫色の瞳をした、金属製のプレートメイルを着た重装備の少年で、俺と同じく海をメインの活動場所にしている海洋民だ。

 この少年は元々、古参の超大型ギルド『アブソリュート』のサブマスターとして、最前線でエンドコンテンツのレイドボスを相手にバリバリ戦っていた、最強候補の一人として常に名前が上がる程のトッププレイヤーだったのだが、色々あってギルドが内部崩壊を起こして解散してしまった。その大手ギルドの解散騒動は、当時プレイヤーの間でかなり大きな話題になっていたのを覚えている。

 聞くところによると、その内紛の原因の一端となったのがクロノだったそうな。

 そんな事があって、彼はギルドの解散にかなり責任を感じており、当時は相当落ち込んで、LAOを引退する事も考えていたそうだ。

 

 そんな感じに落ち込んでいた彼は、海岸で海を見ながら黄昏れていたのだが、そこをたまたま船で通りかかった俺達に見つかったのが運の尽きだった。

 

「ヘイ、そこのボーイ。随分シケたツラしてるじゃないの。やる事ねえなら俺らと一緒に釣りでもしようぜ!」

 

 仲間の一人であり、我々海洋民が集うギルドを作った男、ギルドマスターの『うみきんぐ』――俺達はキングと呼んでいる――という男がそんな感じに声をかけ、半ば無理矢理船に乗せて釣り竿を持たせた結果、奴は釣りにハマった。

 その後もキングを筆頭に、俺たち海洋民が頻繁に声をかけては造船や海上貿易、巨大怪獣討伐といった海洋コンテンツに誘い、沼に沈めていった結果、クロノはすっかり立派な海洋民に変身しており、後に俺たちのギルドに合流する事になった。

 

 後から聞いた話によると、キングはクロノが落ち込んでいた事を別の友人から聞かされており、何とか元気づけようと思って探していた所で、たまたま彼が海の近くに居た為、これ幸いにと偶然を装って話しかけたらしい。面倒見の良い彼らしい話だ。

 

 そのクロノだが、俺達に恩義や友情を感じているようで、よくこうして話しかけてきたり、狩りや冒険に誘ったりしてくる。

 ギルドに所属してはいても、基本ソロで動く事が多い俺をわざわざ誘ってくれるあたり、元大手ギルドのサブマスターだっただけの事はあり、世話焼きでよく気が利く奴だ。

 

 ところで彼が先ほど口にした島鯨とは、正式名称をアイランド・ホエールと言い、その名の通りに巨大な島ほどもある超大型モンスターである。

 島鯨は週に一度、土曜日の深夜にのみ出現し、その出現場所は陸地から遠く離れた海のド真ん中である。

 出現場所への移動はもちろん、討伐も船を使って行なう。プレイヤーが作る事の出来る大型船舶には大砲などの兵器を搭載する事が出来、沢山の大型船による一斉砲火で超巨大モンスターを攻撃する、海の目玉コンテンツの一つだ。

 

「あー島鯨か……最近行ってなかったし、たまには行くかな」

 

 島鯨は出現する時間が決まっており、最近は他の予定があったりして時間が合わなくて、なかなか参加できていなかった。

 今日は暇だし、参加するのもいいな。島鯨の討伐報酬は結構いいのが多いし。

 という訳で、俺はクロノの誘いを了承し、彼とパーティーを組み、船で島鯨の出現する海域に向かった。

 島鯨の出る場所までは遠く、俺達ご自慢の高性能船舶を使っても結構時間がかかる為、移動中は自動運転モードにして、ダラダラとチャットをしながら移動をする事が多い。

 この日も同様に、クロノとボイスチャットで雑談をしながら移動をしていた。その際に、俺は以前から気になっていた事を、何気なくクロノに訊ねた。

 

「そういえばクロノさぁ、ちょっと聞きたい事あるんだけど」

 

「何です?」

 

EX(エクストラ)職業《クラス》って知ってる?なんか隠し要素っぽいんだけど、最近噂になってるんだよな」

 

 EX職業、それは少し前から掲示板やSNSで話題になっていた物で、その存在だけは確認されていたものの、詳細や取得条件などは一切謎のままという物だった。

 それについての様々な噂はあるが、どれも具体性や信憑性に欠けたもので、運営からの回答も一切ない。

 色々と隠し要素の多いLAOらしく、これも何らかの厳しい条件をクリアしなければ出現しない物と思われるのだが……

 元々、最前線でトッププレイヤーだったクロノなら、もしかしたら何か知っているかもしれない。そんな軽い気持ちでした質問だったが、

 

「あー……まあアルさんになら教えてもいいか……。でも、これ絶対秘密にしといて下さいよ?」

 

「お?やっぱ何か知ってるのか?」

 

「知ってるというか……俺、持ってます。EX職業」

 

「おファッ!?」

 

 クロノがウィンドウをPT共有モード(パーティーメンバーにも見えるようにした状態)にして、こちらに見せてくる。

 

 ――職業情報:クロノ――

 

 合計Lv:152

 

 【メイン】

 槍使い(ランサー) Lv15(Max)

 槍聖《ランスマスター》 Lv15(Max)

 神槍騎士《ランスロード》 Lv20(Max)

 

 【サブ・最上級職】

 守護神《ロイヤルガード》 Lv15(Max)

 聖騎士《パラディン》 Lv15(Max)

 海賊王《キングオブパイレーツ》 Lv12

 

 【サブ・上級職】

 守護騎士《ガーディアン》 Lv10(Max)

 司祭《プリースト》 Lv10(Max)

 船長《キャプテン》 Lv10(Max)

 

 【サブ・下級職】

 騎士《ナイト》 Lv10(Max)

 神官《クレリック》 Lv10(Max)

 海賊《パイレーツ》 Lv10(Max)

 

 ――――――――――――

 

 ここまで見て、特におかしい所は無い。

 クロノのメイン職業《クラス》は槍使い(ランサー)で、その上級職の槍聖《ランスマスター》、最上級職である神槍騎士《ランスロード》をそれぞれ最大レベルまで取得している。

 サブの騎士・神官系も最大までキッチリ上げきっており、海賊系は最上級職の海賊王を上げている途中といったところか。

 正直かなりの化け物である。複数の最上級職のレベルがここまで達したプレイヤーなど、そう多くはないだろう。

 

 ちなみにこのLAOというゲーム、下級職と上級職はそれぞれレベル10、最上級職はレベル15まで上げる事ができ、メイン職業に選んだものはレベルの上限が+5される。

 サブクラスの取得数に制限は無いが、クラス数が多ければ多いほど、新たに取得する際に必要な経験点の量が跳ね上がる事、そして合計レベルが高くなるほど、レベル上げが大変になる事から、極端に多くの職業を取得するとメリットよりもデメリットの方が大きくなる為、取得は慎重に行なう必要がある。

 

 話を戻そう。

 ここまで読み進めたクロノの職業情報におかしな点は見つからなかったが、問題はその先を読み進めた所にあった。

 

 【EX職業】

 極光の槍騎士(グローランサー) Lv5

 

「これか……取得条件は!?」

 

「メインクラスが槍使い系の最上級職Lv20、かつ合計Lv100以上。そしてブリューナクを装備してボスモンスターを100体以上撃破……です」

 

「あぁ……そりゃ参考にならんなぁ……」

 

 ブリューナクとは、俺の持っている『水精霊王の羽衣』や『海神の三叉槍』と同じく神器に属するアイテムの名前だ。

 だが神器と一口に言ってもピンキリで、先に挙げた俺が持っている二つは、神器の中では取得難易度・性能ともに中~中の上くらいの代物だ。

 とはいえ、そのレベルでも手に入れるのは相当難しく、手間がかかるのだが。

 

 対して、ブリューナクは神器の中でも最上位に位置する伝説の槍である。

 その取得の為に必要なクエストの難易度や、かかる手間は常軌を逸したもので、定期的に運営チームが発表している『冒険者国勢調査』という名のデータ発表会で、数ヶ月前に明かされた情報によると……ブリューナクの所持者は、日本サーバーにひとりだけ。そしてアジア、北米、ヨーロッパのサーバーには未だ0人。

 

 すなわちブリューナクという槍を持っている人間は――あくまで数ヶ月前に公開された情報による物だが――世界でたった一人、このクロノという名のプレイヤーのみという事だ。

 ゆえに、俺にとってはその取得条件は一切参考にならない。

 

「EX職業はそんな風に、取得職業やレベル以外にも特殊な条件が必要で、むしろそちらの比重のほうが大きいと考えられます」

 

 クロノが言うには、それ以外のEX職業を取得した人も、何らかの変わった条件を満たした事で取得した、という者ばかりらしい。

 またEX職業は本来の職業とはレベルの上げ方も異なる。普通は経験点を消費してレベルを上げるのだが、EX職業の場合は職業毎に設定された条件を満たす事でレベルが上がっていく。

 例えばクロノの『極光の槍騎士』の場合は、ブリューナクを使ってボスモンスターをソロで一定数倒すといった具合にだ。

 

「へー……例えばキングとかバルのは?」

 

「キングは航海時間や距離、バルさんのは船で倒した海洋モンスターや沈めた船の数……あっ!」

 

 うっかり口を滑らせたのに気付いて、クロノが焦った様子を見せた。

 

「ほほーう!やっぱりあいつらも持ってやがったか!」

 

 うみきんぐ(通称キング)とバルバロッサ。

 同じギルドに所属する仲間であり、俺やクロノと共に海洋四天王とか呼ばれている、常に海にいるやべーやつらの筆頭で、俺の仲間にしてライバルだ。

 最近の奴等の様子を見て薄々、何か持ってるんじゃないかと思ってはいたが、やはりそうだったか。

 

「あーあー、お前ら三人だけEX職業手に入れて、俺は除け者かよ」

 

「いやいや、そういうつもりでは。どうせそのうちアルさんも手に入れると思ってたから、わざわざ言わなかっただけですよ。その証拠に、聞かれたらすぐ教えたじゃないですか」

 

「本当かぁ?お前ら三人で俺を仲間外れにしてたり……」

 

「してないですから……あくまで俺の勘ですけど、アルさんもそう遠くない内に取れるでしょう」

 

「本当だな?嘘だったらサブキャラで巨乳エルフ作るんだぞ?」

 

「アルさんが他人に巨乳エルフのサブキャラを作らせようとするのは、いつもの事だからスルーしますが……アルさんみたいな変わった構成や遊び方してる人って滅多に見ないですし、EX職業ってそういう変わった事してる人の所に、よく出てくる印象があるんですよ。だからアルさんの所にも、必ず相応しいEX職業が現れるって、俺は思いますよ」

 

 ……そのクロノが言った台詞を、今になって俺は思い出していた。

 

 と言う訳で、申し遅れたがアルティリアだ。

 一週間くらい前にゲームをしていたら異世界に飛ばされ、しかもゲームで使っていたキャラクター、爆乳エルフの精霊使い、アルティリアの体になっていた俺は、無人島を拠点にサバイバル生活を送っている。

 

 幸いアルティリアが使える魔法や技能はこちらでも問題なく使えるようで、水を自在に操れるおかげで飲料水や生活水には困らない為、それなりに快適に過ごせている。

 

 だが、そんなある日の事、突然異常事態が発生したのだ。

 今日の朝、テント(島に生えてた木や手持ちの素材で作った)の中で目を覚ましてしばらく経った時、頭の中に通知音と共にメッセージが流れ始めたのだ。

 それだけなら、

 

「ああ、またロイドの奴が何か送ってきたのか」

 

 と思う所だ。数日前に金貨を送ってきて以来、奴は毎日のように俺に金貨や物を送ってくる。

 今回もそれだと思ったのだが、今日のそれはいつもとは違ったメッセージだった。

 

『EX職業を取得しました』

 

「……!? 職業ウィンドウ、開け!」

 

 反射的にそう叫ぶと、目の前……何もない空中に、SF映画のようにウィンドウが表示された。

 そこに書いてある情報は、よく見覚えのある、アルティリアの職業構成だ。

 

――職業情報:アルティリア――

 

 合計Lv:148

 

 【メイン】

 精霊使い(エレメンタラー) Lv15(Max)

 水精霊使い(アクアエレメンタラー) Lv15(Max)

 水精霊王《アクアロード》 Lv20(Max)

 

 【サブ・上級職】

 魔法戦士《マージファイター》 Lv10(Max)

 槍聖《ランスマスター》 Lv10(Max)

 高位召喚士《ハイサモナー》 Lv10(Max)

 司祭《プリースト》 Lv8

 船長《キャプテン》 Lv10(Max)

 

 【サブ・下級職】

 魔術師《メイジ》 Lv10(Max)

 槍使い(ランサー) Lv10(Max)

 召喚士《サモナー》 Lv10(Max)

 神官《クレリック》 Lv10(Max)

 海賊《パイレーツ》 Lv10(Max)

 

―――――――――――――――

 

 いつも通りの見慣れたスキル構成だ。

 サブ職業を五系統取得しているので成長は遅いが、魔法を中心に物理や回復・補助も一通りこなせる万能スタイル。

 この先は司祭を10まで上げた後に、最上位職を順次取得していく予定だった。

 

 その一番下に、見慣れない表記があった。

 

 【EX職業】

 小神《マイナー・ゴッド》 Lv1

 

 俺がそれを凝視すると、職業情報ウィンドウの隣にもう一つ、詳細を記したウィンドウが表示された。

 

 『小神《マイナー・ゴッド》』

 EX職業。

 習得条件:一定以上の信仰を集めること

 成長条件:信者を増やし、更に信仰を集めること

 

 詳細:

 あなたは神である。

 人々から集めた信仰はFP(Faith Point)として表示される。

 FPを消費する事で、あなたは神としての格を高めたり、神としての新たな技能や人々に与える加護を習得したり、奇跡を起こす事ができる。

 

 人々からの信仰を失った時、この職業は消滅する。

 

 

「なあクロノ……お前の言った通り、手に入ったよ……EX職業。けど、何がどうしてこうなったんだ……?」

 

 突如、お前は神だと一方的に告げられた俺は、一体どうすればいいのだろうか。

 なあ、教えてくれよクロノ。

 

「無敵のブリューナクで何とかして下さいよォーーーーッ!」

 

 当然、異世界からヤツの元に届くはずもなく。

 俺の助けを求める声は、どこまでも広がる大海原に空しく響き渡るのだった。



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第9話 うるせえ!アジフライぶつけんぞ!

 現実逃避のために釣り竿を握り、一時間ほど魚を釣り続けたところで、俺はようやく落ち着きを取り戻した。

 

 異世界に来てから一週間ほど経過したが、その間行なっていた検証の結果、この異世界はどうやら、LAOと同じようなシステムで動いていると俺は結論付けた。

 『アルティリア』の持つ魔法や技能、所持していたアイテムが使用でき、ステータスや職業、スキルといった情報も、まるでゲームのように閲覧できる。

 極めつけはこの、EX職業だ。

 まるで全てが、LAOのシステムをそのまま現実世界に持ってきたような感じがする為、現状ではLAOの世界そのものに来てしまった可能性も十分ありえると思っている。

 

 条件を満たしたので、EX職業を自動的に獲得した。

 その条件や獲得したEX職業の名称については一先ず置いておくとして、まずは何が出来るのかを把握しなければならないだろう。

 

 自分に何が出来るのか、という事を知るのは、とても重要な事だ。

 LAOにおいても、自分が使う事の出来る技能や魔法の消費MP、射程、ダメージ量、効果範囲、CT(クールタイム)といった知識や、それらを使って狩れるモンスターは何か、そして狩りの効率はどうか……という情報は、ゲームを円滑に進めるために必要不可欠なものだった。

 

 ならば、俺が今するべき事は冷静に、自分に出来る事を把握する事である。

 念じる事でゲームの時と同じように、職業や技能、魔法についての情報を閲覧する事は出来るため、俺は新たに生えたEX職業『小神』についての情報を、改めて確認した。

 その結果、分かった事は次の通りだ。

 

 ・EX職業『小神』

 

 Lv:1/1

 信者数:19人

 FP:638/638(残り数値/累積値)

 

 ・出来る事一覧

 ①FPを消費してレベルを上げたり、技能や魔法、加護を獲得できる

 ②FPの累積値によって職業レベルが自動で上がる

 ③大量のFPを消費して奇跡を起こす事ができる(詳細不明)

 

 ・『加護』について

 俺ではなく、信者に対して作用する。

 俺を信仰し、FPを捧げた人間はその量に対して加護を受ける。

 その内容については俺が決める事ができる。

 

 ・『奇跡』について

 大量のFPを消費し、物理法則や確率なんかを無視して文字通りの奇跡を起こす事が出来る。

 現在はFPやレベルが不足している為か使用できない為、詳細もよくわからない。

 

 ・『FP』について

 人々から神に対して捧げられた信仰心を数値化したものである。

 信者が祈りや捧げ物をする事によって、神にFPが付与される。

 これを消費する事でなんか色々できる。

 

 ・注意事項

 信者が減れば、FPの累積値も下がる。

 FPの累積値が下がった場合、レベルダウンが発生し、500以下になった場合はLv0=EX職業『小神』を消失する。

 

 

 という事らしい。

 そんな訳で何故か俺は神に祭り上げられているようだが、犯人はわかっている。あのロイドという海賊だ。

 まあ俺が接触した人間が現状、奴とその手下しか居ないので当たり前だが。

 

 あの野郎、どうやらガチで俺の事を神か何かと勘違いしていたらしい。

 毎日のように送られてくる金や宝石は賽銭のつもりなのだろうか。

 

 この世界を支配するシステムがLAOの物と同じだと仮定して、俺がEX職業『小神』を獲得する条件……人々からの信仰を一定以上集めるのを達成できたのも、奴が毎日お祈りや贈り物をしてきたのが原因なのだろう。

 ……相変わらず遠距離からのトレードについては原理がさっぱり分からないが。この世界の神官には、そのような技能でもあるのだろうか。

 

 とりあえず原因についてはロイドが悪い、と結論が出たので、後はFPの使い道について考えていこうと思う。

 

 現在、小神Lv1で覚える事ができる技能を調べたところ、以下の三つを習得できるようだった。

 

 『信者との交信(アクティブ)』

  信者一人が対象。対象がどこにいても会話をする事ができる。

  (ただし、会話ができる状態である事が条件)

  会話中、一定時間ごとにMPを消費する。消費量は彼我の距離に比例する。

  使用する際、対象の名前と姿を知っている必要がある。

 

 『神殿への帰還(アクティブ)』

  あなたを祀る神殿ひとつが対象。選択した対象ひとつに瞬間移動する。

  消費MPは移動距離に比例する。

 

 『信者の状態把握(アクティブ)』

  あなたの信者の、おおよその居場所と状態を知る事ができる。

  職業レベルが上昇する事で、この技能の精度も上がる。

 

 各100FPで習得できる為、三つ全てを習得した。

 さっそく『信者の状態把握』を使用してみると、ここからずっと南のほうに、19人全員が集まっている事がわかった。状態は特に異常なし。

 消費MPはごく僅かで、俺のMPならば幾ら使っても問題のない量だ。

 

 さて……次は『信者との交信』を使ってみようと思う。

 俺が名前を知っているのは一人だけなので、必然的に対象はあいつになる。

 

「ロイド……聞こえますか。今、あなたの心に直接語りかけています」

 

 お約束の台詞でそう声をかけると、突然脳内に話しかけられてビビったのか、慌てた様子でロイドが返事をしてきた。

 そのままロイドを軽く問い詰めてみると、やはりこいつが俺の事を神だと触れて回っているようだ。

 実際にその後、神になってしまっているので神である事を否定はしなかったが、あまり目立つ気はないので大っぴらに話して回る事は控えるようにと釘を刺しておいた。

 

 正直、念願のEX職業を手に入れる事が出来たのは嬉しいし、この力でどんな事が出来るのかという興味は尽きない。

 その点に関してはこいつに感謝はしているのだが、来たばかりの見知らぬ世界で神様やれとか言われても、正直なんというか、その、困る。

 だが、なってしまった物は仕方ないので、ここはマイナー路線で細々とやっていきたい。

 この世界にも、他にメジャーな神様とか居るだろうし、新参者がいきなりデカい顔して目を付けられるような事は避けたいのである。

 

 その方針を伝えた後に、ロイドに一つお願いをしておく。

 

「それと、可能であれば一つ、頼み事をしたいのですが……」

 

「はっ、何でもおっしゃって下さい!この命に代えても必ずや成し遂げてみせます!」

 

 ん?今なんでもするって言ったよね?

 ではなく、別に命とか懸けなくてもいいから……

 

「えーっと、私を祀る神殿があれば、そちらに直接行く事が可能になるので、できれば神殿の建築を……」

 

「お任せ下さい!!必ず、アルティリア様に相応しい神殿を建立いたします!!!」

 

 声でけーよ馬鹿。もうちょっとテンション下げろ。

 

「いや……あの、本当に小さい奴でいいからね?……おーい、ロイド?ロイドさん?聞いてる……?」

 

 どうやら奴のクソデカボイスに驚いて無意識に通話を切ってしまったようだ。

 

 まあ、なるべく目立ちたくないって方針は伝えたことだし、奴も考え無しにデカくて立派な神殿とかを建てたりはしないだろう。

 

 ほんの少しだけ不安を抱きつつも、俺は神殿の完成を気長に待つ事にした。

 

 後はそうだな、加護を決めておこうかな。

 加護は前述の通り、俺を信仰する信者が受ける事のできる恩恵だ。これをゲーム的に表現すると、

 

 ・力や素早さなど、特定のステータスが上昇する

 ・剣技や炎魔法など、特定のカテゴリの技や魔法が強化される

 ・料理や鍛冶など、特定の生活スキルが強化される

 

 等があげられる。

 俺が選んだ物が、信者の信仰の深さ(捧げたFP量)によって強化される仕組みのようだ。

 

 加護を選ぶには、初回は100FPが必要らしいので、さっそく支払って選択する。

 俺が一つ目に選ぶ加護は……これだ!

 

 『技能強化:水魔法+』

 あなたの信者は職業に関係なく、水属性の魔法を習得できるようになる。

 また、捧げた信仰の量に応じて、水魔法の性能が強化される。

 

 ……ヨシ!

 やっぱり水魔法マスターであるこの俺の信者なら、初歩的な水魔法くらいは使えないといかんよね。

 炎や雷に比べると威力は控えめだが、攻撃・防御・補助・生活と一通り揃って、扱いやすく万能なのが水魔法の良いところだ。ぜひ使いこなしてほしい。

 

 さて、やる事もやったところで小腹が空いたので、そろそろ食事にしようと思う。

 その為には料理をする必要があるのだが、釣りと同様にアルティリアが持っていた料理スキルも問題なく使えた為、今の俺の料理の腕前はプロも裸足で逃げ出すどころか、泣いて土下座するレベルである。

 

 LAOでは職業レベルとは別に、生活スキルというものが存在する。

 生活スキルは鍛冶や裁縫、料理といった生産系、釣り、伐採、採掘のような採集系、それから水泳、乗馬、操船などの便利系に分かれており、プレイヤーの行動によって上昇するようになっていた。

 俺の料理スキルは968。上限が1000の為、極める一歩手前まで来ている。

 

 余談だがLAOの生活スキルには上限突破という物があり、1000まで到達した上で相当面倒なクエストをクリアする事で、更に上を目指す事も可能だ。それも踏まえて考えれば、俺もまだまだ未熟かもしれない。

 例えば俺の仲間の一人、キングことうみきんぐ氏などは全生活スキル2000オーバー、釣りや水泳、操船、貿易などの海や船に関するスキルに至っては3000を超えるような生活スキルの化け物である。

 そんな奴に対して、俺が唯一勝てていたのが水泳スキルで、その数値は5000。次の限界突破クエストは攻略途中だった。

 

 閑話休題。キングや一部の料理ガチ勢に比べれば未熟とはいえ、それでも俺の料理スキルは大半の料理はきっちり作れる程度には高いので、食材さえあれば食うには困らない。

 そしてここは海。釣り竿一つあれば、いくらでも食材は手に入るのだ。肉や野菜、卵、そして調味料の類は手持ちの物しかない為、いずれは尽きるので買い足しておきたいが……。

 

 料理をする前に、俺はアイテム袋からエプロンを取り出した。

 これは『匠のエプロン』というアイテムで、装備すると料理の品質や料理スキルの成長率にボーナスがかかる品だ。俺は水着の上からそれを装備した。

 

 そう、俺は白いビキニの水着姿である。

 その上からエプロンを付けるので、見る角度によっては……というか、水着もエプロンも同じ白色のため、その境界が曖昧になっており、かなり裸エプロンっぽい見た目になっていた。

 LAOの時は画面越しだったが、実際に改めて目の前で見てみると実にエロい恰好だ。すばらしい。

 しかし問題点が二つ。これが今は自分の体であるという点と、胸が大きすぎて料理をする時に手元が見えづらいという点だ。

 

 さて料理だが、今日のご飯はアジフライだ。

 先程の釣りで大量に釣れた(アジ)を、ぜいごや鱗を取って頭、ヒレ、内臓といった余分な部位を取り除き、魔法で作り出した水で綺麗に洗ったら、同じく魔法で水分を取り除く。

 身を三枚に下ろして骨や皮を取り除いたら塩・胡椒で下味を付け、馴染ませたら小麦粉、溶き卵、パン粉をまぶして……高温に熱した油で揚げる!

 

 アジは俺の故郷、日本においては大衆魚であり、アジフライも実にありふれた料理だ。

 だが安価な大衆魚だからといって甘く見てはいけない。味が良いからアジと呼ばれたという説がある程、アジは美味い魚だ。そして大衆魚という事は、誰でも手に入れやすく、広く世間に普及し、受け入れられているという事だ。

 アジフライも、アジの身と衣だけで構成された、非常にシンプルな料理だからこそ、作り手の腕が試されるのだ。

 LAOにおいても、アジフライは食べると一定時間、筋力(STR)体力(VIT)敏捷(AGI)が上がる、なかなか性能が良い前衛向けの料理だった。

 

「……よし、完璧だ」

 

 皿の上にカラッと揚がったアジフライを乗せ、千切りにしたキャベツとタルタルソースを添える。

 そして、ご飯だ。アジフライを作りながら釜で炊いておいた、ふっくらと炊けた白いご飯である。

 当然だ。サックサクに揚がったアツアツのアジフライが出てきたところで、

 

「ところで、ご飯はどこだい?」

 

 と尋ねたら、

 

「そんな物、うちには無いよ……」

 

 などと言うふざけた答えが返ってきたならば、俺は全力の右ストレートをそいつの頬に叩き込むだろう。

 銀シャリは日本人の魂である。

 今は異世界でエルフをやっているが、元日本人としてお米は欠かせない品だ。

 

 ……ところで、この異世界に米はあるのだろうか。急に不安になってきた。

 LAOにもあったし、きっと存在すると信じたいが……。

 

 ともあれ、これでご飯とアジフライが完成したので、いただくとしよう。

 

 なお、ちょっとだけ魚を釣りすぎた為、大量に作って余った分はロイド達に押し付ける事にした。

 『信者の状態把握』で大体の位置は把握できているので、前に村雨を送った時の感覚で大量のアジフライを送りつけてやったわ。

 まあ、神殿作れとか無茶振りした詫びのようなものだ。手下共と一緒に食うがいい。



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第10話 奇跡の晩餐 ※

 ロイド=アストレアは静かに、眼前に迫り来る敵の姿を見据える。

 敵は、ギャア、ギャアと耳障りな声を上げながら、手に持った粗末な武器――木製の棍棒や、刃毀れし、錆付いた剣などだ――を出鱈目に振り回す、人型の魔物だ。

 背丈は人間の子供ほどしかなく、泥のような濁った色の肌を持ち、長い鼻にぎょろりとした目、歯並びの悪いギザギザした歯と、極めて醜悪な顔つきだ。

 

 その、ゴブリンと呼ばれる魔物の群れと、ロイドは相対していた。

 

「シッ!」

 

 短く息を吐きながら、ロイドが手にした刀を振るう。狙ったのは、先頭に立って棍棒を振りかざし、こちらに飛びかかってきたゴブリンだ。

 ロイドが放った斬撃は、ゴブリンの体を真っ二つに斬り飛ばした。上半身を失った魔物の貧相な下半身が、血飛沫を上げながらゆっくりと地面に倒れる。

 

「セイッ!ハッ!」

 

 返す刀で、後続のゴブリンを二匹、連続で斬殺する。いずれも一刀両断だ。

 ロイドが持つ刀は、魔物の体を紙切れでも切るかのように、抵抗なく真っ二つにしていく。恐るべき切れ味だ。しかも刀身には刃毀れ一つなく、それどころか斬った敵の血に汚れてすらいない。

 よくよく見れば、その刀身からは水が湧き出ており、それによって刃は清浄を保たれているのだ。

 神秘の力が付与された大業物。『村雨』と銘打たれたその刀こそ、女神によってロイドに与えられた神の武器である。

 

 これを与えられてから、ロイドは鍛錬を重ねた。今まで使っていた曲刀とは勝手が違い、最初は戸惑ったものの、元々刀剣の扱いには慣れていた事もあって、今では何とか使いこなせるようになっていた。

 

 やがてロイドと彼の部下達は、海賊をやっていた頃から培っていた連携もあって、苦戦する事もなくゴブリンの集団を殲滅した。

 目の前の敵が全滅し、増援や潜んでいる敵の気配が無い事を油断なく確認した後、ロイドは祈りを捧げて、刀を鞘に納めた。

 彼のその祈りは、倒した敵に対するものではない。魔物に対して慈悲をかける必要はなく、その死に対して祈る事も無い。この祈りは、ただ女神への感謝の為のものだ。

 

 ロイド達はここ数日、冒険者組合からの依頼を受けて魔物を討伐し、報酬を得ていた。

 冒険者とは、魔物の討伐や遺跡の探索を中心に、様々な依頼をこなして報酬を得る者達の事だ。

 彼ら冒険者は皆、依頼の仲介・斡旋や、魔物から取れる素材、遺跡から発見された物品の買取を行なう、冒険者組合に所属している。

 組合への登録は、手続きをして登録料さえ支払えば簡単に行なう事が出来るので、冒険者を名乗るだけならば、そう難しい事ではない。尤もそこから一流の凄腕冒険者へと成り上がるのは、並大抵の事ではないが。最下級のF級から上へ上がる事なく、引退する者も少なくない。

 

「お疲れ様でした、ロイドさん。こちらが今回の報酬になります」

 

 拠点としている港町グランディーノの組合支部へと戻った彼らは、受付嬢に依頼の達成報告と、討伐の証――魔物の死体の一部。今回の場合はゴブリンの耳――を提出し、報酬を受け取った。

 

 組合の建物は冒険者用の酒場を兼ねており、報告を終えた彼らはそのまま、酒場のテーブルへと向かった。

 給仕の女性に人数分の麦酒とつまみを注文し、それを待つ間に報酬の分配を行なう。彼らは収入の半分を女神(アルティリア)に捧げ、残った半分のそのまた半分を共同の資金として貯金、そして残りを各自で自由に使える金として山分けしていた。

 そうこうしている間に注文していた酒と料理が届いた。

 一同は大テーブルの上に所狭しと並べられたそれらを前に、祈りを捧げる。

 

「それでは今日も、全員無事に依頼を終える事が出来た事を女神に感謝し……乾杯!」

 

 それから各々の手に持った、麦酒がなみなみと注がれたジョッキを高々と掲げ、ぶつけ合い、その中身を一気に飲み干した。

 後はそのまま、仕事の疲れを癒すべく酒で喉を潤し、料理で腹を満たしながら騒ぐ。

 そうしている間に、他の冒険者がロイドに話しかけてくる事もあった。

 

「ようロイド、景気良さそうじゃねえか。そろそろE級への昇格試験か?ま、お前らなら簡単に合格するだろうがな」

「違いねえ。さっさと上がってこいよ。C級から上はいつも人手不足だからな」

 

 などと、激励の言葉をかけてくるベテランの冒険者達や、

 

「あっ、ロイドさん!この間は危ない所を助けていただいて、ありがとうございました!」

「ロイドさん、良いクエストがあるんだけど、今度一緒にやりませんか?」

 

 と、謝礼をしたり冒険に誘ってくる、若い駆け出しの冒険者の姿もある。

 冒険者になって間もないが、ロイド達はここで良い関係を築けているようだ。

 

 そうして飲み食いしている間に時間が経ち、明日も早いしそろそろ切り上げて宿に戻るか、と考えていた時だった。

 

「ロイド……聞こえますか。今、あなたの心に直接語りかけています」

 

 突然、崇拝する女神の声が頭の中に響いた。

 

「アルティリア様!?」

 

 ガタッ!と大きな音を立て、思わず叫んだロイドに、すわ何事かと酒場中の視線が集まる。

 

「失礼」

 

 頭を下げ、騒がせた事への謝罪の意を示し、早足で酒場を出る。着いてこようとする部下を手で制しながら、ロイドは急いでアルティリアに返事をした。

 

「ご無沙汰しておりますアルティリア様、ロイドでございます」

 

「急に話しかけて、驚かせてしまったようですね。ごめんなさい」

 

「いえ、そのような事は!確かに驚きはしましたが、アルティリア様にお声をかけていただけて至極光栄です」

 

「そ、そうですか……コホン、今日はあなたに聞きたい事があって話しかけました。ロイド、貴方は私の存在を、他の人間に話しましたか?」

 

「は、はい。アルティリア様に救われた事は、しっかりと伝えております」

 

「……そうですか。ではその際に、貴方は私がどのような存在だと言いましたか?」

 

「はっ、神か、あるいはそれに近しい存在であると……」

 

「なるほど……やはりそうでしたか」

 

 アルティリアの口調から、何か困惑や落胆といった負の感情を感じ取ったロイドの背中に、冷や汗が流れる。

 

「も、申し訳ありません。もしや私は何か、誤っておりましたか!?」

 

 思い返せば、アルティリアが自ら神であると名乗った事はなかった。

 彼女が起こした奇跡から、神に違いないと思ってはいたが、もしもそうではなかったとしたら、ロイドは彼女について間違った情報を吹聴して回った事になる。

 もしやそれで、彼女に何か迷惑をかけるような事態になってしまったのでは……と考えるロイドだったが、

 

「……いいえ、確かに私は神ですよ。誰も名前を知らないような、マイナーな女神ですけどね」

 

 他ならぬ彼女自身が、自分は女神であるとはっきりと口にした事で、ロイドの心はやや軽くなった。

 

「しかし、今はあまり多くの人に、私の存在を知られたくはありません。なるべく目立つような真似は避けて下さい」

 

 しかしアルティリアにそう言われた事で、ロイドは自分が軽率だったと深く後悔した。

 彼女が大陸から離れた海に居たのは、きっと何かの事情があっての事なのだろう。彼女の存在が人に知られる事で、何かよくない事が起こり、彼女の邪魔をしてしまったのではないか……と、ロイドは思い悩んだ。

 

「それと、可能であれば一つ、頼み事をしたいのですが……」

 

「はっ、何でもおっしゃって下さい!この命に代えても必ずや成し遂げてみせます!」

 

 自責の念に駆られていたところに女神から頼みごとをされ、ロイドは一も二もなく飛びついた。

 アルティリアの話によると、彼女は神殿を建設して欲しいとの事だった。

 なんと、彼女を奉る神殿を建てれば、女神が我々の住む大陸に降臨する事が出来るとの事だ。

 

 これは己の軽挙で女神に迷惑をかけてしまった事への償いの機会であり、かの女神にもう一度会える事への期待もあって、ロイドのやる気は最高潮に達していた。

 

 アルティリアとの対話を終えたロイドは酒場へと戻り、部下達と合流しようとする。だが彼らのいるテーブルに近付くと、何やら騒ぎが起きているようだった。

 

「お前ら、どうした?」

 

「あっ、お頭!それが、お頭が席を外してる間に、急にこいつらが絡んできまして……」

 

 ロイドが部下の視線の先へと目をやると、そこには冒険者の一団が立っていた。

 

「よう、お戻りかいロイドさんよ。随分と景気が良さそうじゃねえか」

 

 いかにもチンピラといった風体の、ガラの悪い男ばかりの集団だ。その内の一人がそう言って、ロイドを睨む。

 彼らはロイドと同じ、最下級のF級冒険者のパーティーだ。

 ただし、ロイド達が冒険者としては組合に登録したばかりの新人であるのに対し、この男達は何年も冒険者として活動していながら、未だにF級に留まっている……とだけ述べれば、その程度が知れるだろう。

 彼らは有望そうな新人を見る度に、その才能や活躍を妬み、しばしばこのようにして絡んで来る、どうしようもない最底辺の冒険者だった。

 

「誰だか知らんが、俺達に何の用だ?」

 

「フン……ご立派な剣で魔物をばっさばっさと薙ぎ倒して、調子に乗ってる新人のツラでも拝んでやろうと思っただけさ。それにしても、鞘に入ってる状態でも一目で分かる、それはそれは見事な剣じゃねえの」

 

 ロイドの腰に差された刀を無遠慮にじろじろと眺めた後に、顔に嘲りの色を浮かべて男は言った。

 

「薄汚ぇ元海賊にゃ分不相応な業物だ。一体どこから盗んだんだ?」

 

 男のあんまりな物言いに、ロイドの部下達が激怒して叫ぶ。

 

「てめえ、今なんつった!言うに事欠いて盗んだだと!?」

 

「この剣はロイドさんが女神様に与えられた神聖な物だ!お前らのような連中の目に入れるのも恐れ多いわ!」

 

 また、周囲で遠巻きに見ていた冒険者や、組合の職人達も忌々しそうに彼らを見る。

 

「いくら何でも言い過ぎじゃない?あいつら何様のつもり?」

 

「チッ……あのカス共、また懲りずに新人に絡んでやがる」

 

「万年Fランクの面汚し共が……。そろそろ『再教育』が必要な時期か?」

 

 中には立ち上がり、拳を鳴らす血の気の多い者も居る。そんな彼らや部下達を手で制して、ロイドは男の前に立った。

 

「取り消して貰おうか。確かに俺達は元海賊で、散々人様に迷惑をかけるような真似をしてきた。そこは言い訳のしようもないが、この剣はそんな俺に、ある御方が授けてくれた物だ。断じて盗んだ物などではないし、その方の信頼に応える為にも、俺は二度と人の道を外れる事はしない」

 

 胸を張り、堂々と宣言したロイドの男ぶりに、それを見ていた者達が喝采を送る。それを見て面白くなさそうな顔をしたのは、相対していた男達だ。

 

「ケッ……噂の女神様ってヤツか?その話もどこまで本当なのやら。なぁーにが神様だ、バカバカしいったらありゃしねえ」

 

「おい。俺の事はどう罵ろうが好きに言ってくれて構わんが、アルティリア様を侮辱する事は許さんぞ」

 

 ロイドがその顔に、静かに怒りを滲ませるが、男達は怯んだ様子もなく馬鹿笑いをしながら、好き勝手に叫ぶ。

 

「ハッ!許さねえって言うならどうしてくれるんだ?その女神様が今、この場で俺に神罰でも与えてくれるってか?もし本当に居るのなら、だけどなぁ」

 

「それとも祈れば、俺達にも何かスゲェーお宝を授けてくれるのかい、その女神様とやらはよぉ?」

 

「ギャハハハ、そりゃあ良い。なら試しに祈ってみようじゃねえか!」

 

 そう言って彼らは、ふざけたポーズを取って揶揄うような口調でもって、神官が見れば怒りで卒倒しかねない程の侮辱的な祈祷を行なった。

 

「おぉ女神よ、もしも本当に居るのなら、この空のテーブルの上に、溢れるほどのご馳走をもたらしたまえー……なーんつってな!」

 

 真摯に祈る気持ちなど欠片もない、相手を貶める為だけの行為。そのような物を目の前で見せられては、流石のロイドも怒りで堪忍袋の緒が切れた。

 

「貴様ら……!」

 

 拳を固く握り、ロイドが一歩を踏み出そうとした時だった。

 

「なっ……何だ!?」

 

 奇跡が起きた。

 彼らのすぐ近くにあったテーブルが光り輝き、その上に次々と、皿に乗った料理が現れはじめたのだった。

 その料理は、こんがりと狐色に揚がった、衣の付いた魚だった。上から黄色いソースがかけられており、出来立てである事を証明するように湯気が上がっている。

 それから、無数の小さな白い粒のような物だ。こちらもホカホカと暖かい湯気が立ち上っている。

 

「なっ……何ィーーーーーッ!?本当に料理が出てきたぞォーーーーッ!?」

 

「それもテーブルに納まりきれない程に大量にだっ!所狭しと並んでやがる!十人前以上はあるぞっ!」

 

「この料理、『温かい』ッ!明らかに今作ったばかりの物だ!あらかじめ作っておいた物をトリックで出したとか、そんなチャチな代物じゃあ断じてねえッ!」

 

 その非現実的な光景を目の当たりにした者達が、オーバーなリアクションを取る。だが勿論、一番驚いているのは、テーブルの上に料理を出してみろと言い、実際に目の前に出てきた男達であろう。

 

「こ、こんなバカな事が……」

 

「あわわわわ……ほ、本当に出てきたぞ……!?」

 

 慌てふためく男達に、ロイドが歩み寄った。

 

「どうした、お前達の祈りは通じたぞ。さあ、食すがいい」

 

 そう告げたロイドの顔には、もはや怒りは無かった。

 

(あのような侮辱的・冒涜的な行ないをされても、女神は慈悲をもってその願いに応えて見せたのだ。ならば、ここで自分が怒りのままに行動するような事など、あってはならない。自分はただ、女神の意志に殉じるのみだ)

 

 そう考えるロイドの表情は、穏やかで慈愛に満ちたものだった。

 

「えっ……いいのか……食って……?」

 

「いいも何も、これらは女神様がお前達の願いを聞き届け、授けてくださった物だ。ならばお前達が食べるべきだろう」

 

 その言葉を受けて、男達は恐る恐る、テーブルの上に並べられた料理に手を伸ばした。

 まず最初は、魚の揚げ物と思われる料理に手を伸ばす。ここグランディーノの町は港町であり、魚は一般的(ポピュラー)な食べ物だ。

 だが、よく食べられるのは焼き魚や、干して保存食にした物で、このように衣を付けて揚げる食べ方はあまり見ないものだ。かけられている黄色い、何か細かい物が中に入っているソースも初めて見る。

 魚の揚げ物にナイフを入れると、驚くくらいにあっさりと切れる。切ったそれをフォークで口に運ぶと、今までの人生で味わった事のない美味が口の中に広がった。

 

「こっ、これはッ!?サクサクとした衣と、柔らかい魚の絶妙な舌触り!そして嫌な生臭さの欠片もない、新鮮な魚の旨味ッ!熱と共に衣の中に閉じ込められていたそれが、口の中で爆発するッッ!そしてソース!濃厚でいながらシャキシャキサッパリしたこのソースが、まるで長年連れ添った夫婦のように、魚の揚げ物と実に合うッ!なんという美味だああああああっ!」

 

 男は衝撃のあまり、思わずその味について凄まじい熱量で語ってしまう。

 それから彼は、魚の揚げ物と共に現れた、白い粒の集合体――米をスプーンで掬うと、それを食べる。

 

「こっちの白いのは淡白な味わいだが……温かく、食べると力が沸いてくる。濃厚な味の料理とよく合い、恐らくは肉料理とも相性がいい。パンのような役割を持った料理という事か……!」

 

 彼らは一心不乱に出てきた料理、アジフライと白米を交互に口に運び、気がつけばあっという間に完食していた。

 まさに天上の美味であった。そう満腹感と満足感を得ると共に、彼らは自分の中に溜まった汚れや淀みが、洗い流されていくような感覚を味わっていた。

 

 冒険者を志して田舎を出たものの、いつまで経ってもうだつの上がらない、万年最下級の冒険者。

 簡単な採集や雑魚モンスターの討伐をしながら何とか食いつないではいるが、将来性など欠片もなく、上からは蔑まれ、下からは簡単に追い抜かれる日々。

 やる事と言えば、同じような境遇の連中とつるんで日銭を稼ぎ、新人イビリをするくらいの、クソのような人生。

 そんな日々を過ごす内に、自分の内に溜まっていった世の中への不満や、他人に対する嫉妬、そして自己嫌悪。

 それらが全て、洗い清められてゆく。

 

 それと同時に、倦怠感や疲労感といった悪い物が消え去り、代わりに自分の中から感じた事もないような活力が、ふつふつと湧きあがってくるのを感じる。

 ちなみに、その原因は料理に付与された効果――筋力や体力といったステータスに対する上昇効果――によるものだ。超一流の料理人でもあるアルティリアが作った料理には、かなり強力な強化効果が付与されるのだが、彼らにはそれを知る由もない。

 

 気が付けば、彼らはぼろぼろと大粒の涙を流していた。大の男が、人前だというのに恥も外聞もなく、子供のように泣きじゃくっていた。

 

「女神よ……あなたはこんな俺達を、見捨てないでいて下さったのですね……」

 

 自然と、彼らは跪き、祈りを捧げていた。今の彼らの心にあるのは女神への感謝と崇拝、そして一からやり直そうという意志であった。

 

「すまねぇ、ロイドさん……俺達はあんたに、そして女神様に、酷い事を……」

 

 床に這いつくばって謝罪をする男の肩を、ロイドは優しく叩く。

 

「いいんだ。女神はあなたを許された。ならば俺があなたを罰する理由など無い。これからは共に、女神に尽くしていこう」

 

「ああ……!ああ……!」

 

 こうしてまた、新たな女神の伝説と共に、彼女の忠実なるしもべが生まれたのであった。

 

 そしてその頃、その女神(笑)はと言うと……

 

「グワーッ!なんかまた信仰がいっぱい向けられてる気配がするぞぉぉぉ!?ってなんか信者とFPめっちゃ増えてるんだけど、ちょっとロイドぉぉぉぉ!?一体何やってんのぉぉぉぉ!?」

 

 ロイドは何もしていない。やらかしたのはお前なのだが、アルティリアがそれに気付く事は無かった。



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第11話 海の向こうにいる友へ

 夢を見ていた。俺がまだ地球にいて、LAOをプレイしていた頃の夢だ。

 ただ俺の記憶と異なるのは、アルティリアの体で異世界にいる現在と同じように、アルティリアの一人称視点であるという事だ。

 LAOをプレイしていた時、俺はPCのモニターを通して、アルティリアの後方から三人称視点でゲーム画面を見ていた筈だ。

 

「アルティリアよ……天に還る時が来たようだな」

 

 そう言って構えを取り、こちらに相対するのは身長130cm程の、黒髪に赤い瞳の少年だ。その小さな体躯同様に、顔つきも子供そのものである。

 彼の種族は小人族であり、文字通り体が小さく、幼い容姿が特徴だ。種族の特徴としては素早さや器用さが非常に高い反面、筋力や体力は平均よりかなり低めに設定されている。

 だがその男のその小さな肉体は、細身ながら無駄なく鍛え抜かれた筋肉に覆われており、きりっとした表情からは歴戦の勇士である事が伺える。

 上半身は裸で、両腕には表面が鱗で覆われた腕甲を装着しており、擦り切れてボロボロになった、赤いマントをマフラーのように首に巻いている。

 下半身は七色に輝く鱗の装飾が付いた、褌のような腰衣と、腕甲同様に鱗で覆われた足甲を身に着けている。

 

 その男の名は、うみきんぐ。

 

 小さな巨人、海洋商圏の支配者、大海の覇者、海神の後継者、海皇、海のやべーやつ……等々、様々な二つ名で呼ばれる有名プレイヤーだ。

 LAOのサービス開始時からこのゲームをプレイしており、他のプレイヤーが陸でメインクエストやモンスター討伐を行なう中で、釣り竿を持ってイカダに乗り、迷わず海に漕ぎ出した伝説の男である。

 海をメインの活動場所にして、滅多に陸に戻らない海洋民と呼ばれるプレイヤー達、その原初にして頂点。海洋民でこの男を知らぬ者は皆無と言っていい程で、かく言う俺も初心者だった頃から、随分と世話になったものだ。

 

 その男と、俺は海上で向かい合っていた。

 

「オーケー、まずは落ち着こうぜキング。いったい俺が何をしたって言うんだ」

 

「何をした……だと?とぼけおって。自分の胸に聞いてみるがいい」

 

 言われた通りに視線を下に向けて胸に注目してみるが、そこには大きいお山が二つあるのみである。

 

「残念ながら、俺のおっぱいは身に覚えが無い、潔白だって言ってるぜ。言いたい事があるなら、はっきりと声に出して言ってもらおうじゃないか」

 

「そうか……ならば言わせてもらおう」

 

 キングが俺に指を突きつけて叫ぶ。

 

「テメー何あっさりと結晶ドロップしてんだオラアアアア!!!」

 

「知らねえよ!俺だってビックリだわ!!!」

 

 糾弾するキングに対して、俺は逆ギレして叫び返した。

 

 ここで経緯を説明しよう。

 まず状況だが、今は週に一回だけ出現するワールドボス、アイランド・ホエール(通称:島鯨)の討伐が終了したところである。

 島鯨は週に一度しか出現しない上に、陸から遠く離れた海上に出現するため、戦うには戦闘用の船が必要という、単純に挑むにも少々ハードルの高いボスモンスターである。

 だが、それだけあって討伐した際に得られるメリットも大きい。

 島鯨からドロップするアイテムの多くは、高価な換金物や船を強化する為の素材だ。

 また、島鯨を討伐した際に、参加者は確定で『大洋の欠片』というアイテムを1~2個、得る事が出来る。

 そして、その欠片を100個集めて合成する事で入手できるのが『大洋の結晶』というアイテムだ。その結晶は、一部の神器を作成する為に必要なアイテムなのだが……前述の通り、週に一回のワールドボス討伐で1~2個しか入手できない為、作成するには最低50週間、最大で100週間……ほぼ一年から二年という長い時間がかかるのである。

 しかも、大洋の欠片は取引不可アイテムである為、他のプレイヤーから買い取るという事も出来ない。集めるには毎週地道にボス討伐に通うしかないのだった。

 

 だが、たった一つだけ抜け道があった。

 大洋の結晶はアイランド・ホエール討伐時に、1/8192という超低確率でだが、直接入手する事が出来るのだ。

 運営がそのデータを公開しているというだけで、今まで実際に結晶の直接ドロップを見た者は居なかった為、真偽は不明だったのだが……たった今、俺が入手してしまった事で、その話は本当だったという事が証明されたのだった。

 

 そして、それを見たうみきんぐは激怒した。

 彼はアイランド・ホエールが実装された頃から毎週討伐に通って、地道に欠片を集めていたプレイヤーである。

 それを目の前でいきなり入手されたのだ。怒りたくなる気持ちもよくわかる。

 

「ええい、こうなったら決闘だ!」

 

「望むところだ!」

 

『うみきんぐさんから決闘の申し込みが来ています。決闘を受けますか?』

 

 そのシステムメッセージと共に表示された選択肢から、俺は迷わずYESを押した。

 この男と俺は友達であり仲間だが、同時に好敵手(ライバル)でもある。

 仲間だからといって一切喧嘩をしない等という事はなく、なんなら週イチくらいのペースで下らない理由で殴り合ってるまである。

 なので、このような決闘沙汰も日常茶飯事という事だ。

 

「おっ、喧嘩か?」

 

「いいぞ、やれやれー!」

 

「お前どっちに賭ける?」

 

「キングに100k」

 

「じゃあ俺エルフに100k」

 

 周りのアホ共もすっかり見物モードに入っており、止める人間など誰もいない。

 

「行くぞアルティリアアアアアア!」

 

「来いよキング!うおおおおおおお!」

 

 決闘が始まると同時に、俺は船から飛び降り、水上を走って距離を取りつつ、魔法『最上位水精霊召喚(サモン・アークウンディーネ)』を使用し、お供の精霊を召喚した。

 精霊を召喚し、共闘するのが精霊術師の本領である。特に水属性に特化した俺が召喚する最上位の水精霊は、上位の狩場でも活躍出来るほど強力だ。

 このまま距離を取り、二人がかりで遠距離から攻めたいところだが……

 

「甘いわぁ!」

 

 水中から、全長10メートルくらいある黒い鮫が出現し、俺が召喚した精霊に食らいついた。

 そのモンスターの名は、ブラック・エンペラー・シャーク。キングが捕獲し、育成しているペットの内の一匹だ。

 こいつの相手をしながら俺を援護するのは、流石に厳しいと言わざるをえない。

 

 最上位水精霊VS漆黒の皇帝鮫のバトルが開始すると同時に、キングが彼の操る巨船の舳先から跳躍し、俺に飛びかかってくる。

 

「流水螺旋脚!」

 

 キングが放った蹴りが竜巻を巻き起こし、それが海水を巻き込んで巨大な螺旋を描き、こちらに迫ってくる。

 

水の壁(アクアウォール)!そして流水砲(ウォーターキャノン)!」

 

 それを魔法で水の壁を出して防ぐと同時に、俺は反撃の魔法を放つ。水の塊が砲弾の如く、キングに向かって放たれるが、キングは海面を蹴って跳躍し、回避する。そしてそのまま、空中で両手を腰だめに構えるポーズを取った。

 

「水竜破ァ!」

 

 キングが両手を前に突き出すと、彼の腕から放たれた水が、ドラゴンの形になって俺に襲いかかる。キングの十八番で、強力な水属性のダメージを相手に与える必殺技だが……俺は、それが来ることを読んでいた。

 

水属性完全無効化(パーフェクト・ウォーターマジックシールド)!」

 

 それが水属性であるなら、どれほど威力があっても完全に無効化できる魔法。

 現在の俺は『水精霊王の羽衣』を所持しているので、着ているだけで水属性の攻撃は無効化できてしまうのだが、この当時の俺は持っていなかった。

 その為、キングが放った水竜破を完全無効化する為には、この魔法を使わざるをえなかったのだが、ともあれ奴の得意技を防ぎきった訳だ。

 

 後はカウンターで魔法をお見舞いしてやろうと思った時だった。

 

「使ったな?」

 

 してやったりといった風に、ニヤリと笑うキング。

 

「ならば、もうこれを防ぐ手段は無いという事だ!」

 

 キングが右腕をまっすぐに、空高く掲げる。

 その拳の先には青いオーラで出来た氣弾が浮かんでおり、足下の海から、そこに向かって海水が渦を巻きながら、どんどん集まっていく。

 氣弾が際限なく海水を吸収しながら巨大化していくのを見て、背中に冷や汗が浮かんだ。

 あれはヤバい。どう見てもヤバい。

 撃たれる前に止めないと死ぬ。

 

水魔法最大化(マキシマイズ・ウォーターマジック)……!」

 

 次の一回のみ、水属性魔法の威力を大幅に上げる切り札を使い、

 

海神の裁き(ジャッジメント・オブ・ネプチューン)!」

 

 水を巨大なビーム状にして撃ち出す、俺が使える最大威力の魔法を放つ。

 水属性を完全無効化できなければ、大半のプレイヤーは即死するレベルの必殺コンボだ。例えクロノであっても、無防備な状態でこれを食らえば沈むであろう。

 

 だがキングは防御も回避もせず、俺の放った魔法に対し、真正面から自分の技をブチ当ててきた。

 

「海王拳……20倍だあああああああ!」

 

 恐らくあれは、力を溜めた時間に応じて威力が上がるタイプの技なのだろう。

 周囲の水を吸い込んで巨大化した氣弾が、俺が放ったビームと正面からぶつかり合った。

 

「くそっ、相打ちか……」

 

「くっ、あと数秒溜められれば、打ち勝てたものを……」

 

 その結果、お互いの技と魔法が相殺し合うという結果に終わった。

 

「仕切り直しか……」

 

 次はどう戦うかと、水面に立つキングを油断なく見据える。

 だが、その時だった。

 

「おい、お前ら。ちょっと周り見てみようか?」

 

 俺達に、そう声をかけてくる男がいた。

 真っ赤な髪に赤い瞳、赤い髭の、筋肉モリモリの大男だ。

 こいつも俺の友人で、『赤ひげ』『海賊王』などの異名を持つ、海洋四天王の一人、バルバロッサという名のプレイヤーだ。

 種族は巨人族で、身長は2メートルを軽く超える巨漢だ。髑髏マークが付いた黒い眼帯に、まさに海賊といった服装のおかげで威圧感バリバリの見た目である。

 

 彼の言う通りに周囲に目を向けてみる。

 するとそこには、ボロボロになった幾つもの船と、HPが良い感じに減っているプレイヤー達の姿があった。

 

「むっ!?どうしたお前ら、誰にやられたんだ!?」

 

 キングが彼らを心配して、そう声をかける。しかし……

 

「お前らの技の余波で皆ボロボロになってんだよなぁ!?」

 

 怒りの形相でバルバロッサがそう叫ぶ。そう、この惨状は先程の、俺とキングの奥義のぶつかり合いによるものだった。

 

 そして彼らが乗る、ボロボロになった船の大砲は、全て俺達のほうに向けられていた。

 

「つーわけで二人とも、一回死んどこうか?」

 

「ちょっ、ち、違うんだこれは、キングが勝手に!やめろー!死にたくなーい!そうだクロノ!助けてくれクロノさん!」

 

 俺はクロノのほうに視線を向けて助けを求めた。

 そこには青白い雷光を穂先に纏った純白の槍(ブリューナク)を、こちらに投げつけようとしている少年の姿があった。

 

極光雷葬槍(ライトニング・デス・スピア)はやめろォ!それ人に向けて撃つようなモンじゃねーから!」

 

 ブリューナク装備時のみ使える、EX職業『極光の槍騎士』専用技をこっちに向かって撃とうとしている馬鹿を見つけて、思わずそう叫んだ俺を誰が責められようか。あんなモン食らったら一発で蒸発するわ!

 

 それから、生身で何十隻もの大型戦闘艦に追いかけ回されながら砲撃され、俺とキングは仲良く海の藻屑となったのであった。

 

 

「……懐かしい夢だ」

 

 目を覚まして体を起こしながら、俺はそう呟いた。

 

 最後は酷い目にあったが、ああして他のプレイヤー達と馬鹿みたいな事をやるのは、本当に楽しかったのだ。

 

 あいつらは元気にしているだろうか。

 きっと元気だろう。今日も大海原を舞台に馬鹿騒ぎをしているに違いない。

 

 俺は突然、アルティリアの姿で見知らぬ世界に来てしまったと思ったら、なぜか神様に祀り上げられるという妙な事態になっているが、

 

「ああ。俺も、元気でやってるよ」

 

 水平線に向かって、そう呟く。

 寂しくなる気持ちが無いわけじゃないが、この広い海を見ていると、幾つもの楽しい思い出が蘇ってくる。

 

 ふと、胸の奥に温かいものが広がっていく感覚を覚える。

 それは自分の感情であるようで、そうではない、もう一人の自分のもののようにも感じられた。

 

「そうか、アルティリア。お前も楽しかったんだな」

 

 この世界に来てから暫くして、分かった事がある。

 現在の俺は、身体はアルティリアの物であり、人格はプレイヤーであった『俺』の物なのだが、頭の中には俺の知らない知識や記憶があったり、物の感じ方や考え方が、以前の『俺』とは異なっていると思う事があった。

 知識や記憶に関しては、元々アルティリアというキャラクターが持っていた物なのだろう。魔法の使い方や釣り、料理といった技術に関する知識は、本来の『俺』の頭の中には無かったものだ。

 

 一方、感情や感覚についてだ。

 例えば本来の『俺』のままであれば、自分の性癖をそのまま反映させたキャラクターである、アルティリアの肢体が目の前にあり、しかもそれを自由にできるという垂涎の状況であるのだが、今の俺は不思議と、それに対していやらしい気持ちなどは湧いてこないのだ。

 それどころか露出度の高い恰好をして、このドスケベボディを人目に晒す事に対して、僅かながら抵抗や羞恥心を感じている。

 これも、本来の『俺』であればあり得ない事だ。

 

 結論として、今の俺は『俺』と『アルティリア』の二人が入り混じった状態である……と推測する。

 元々の、ゲームのキャラクターだったアルティリアに人格があったと仮定して、それがどのようなものだったのかは、ゲームの外にいた俺に推し量る事は出来ないが、現在の俺は身体がアルティリア、人格が『俺』ベースで、知識や記憶は両者の物を持っており、物の考え方や感じ方は、両者の物を足して2で割ったような感じではないか、と考えている。

 

 実際、神様扱いにしてもそうなんだよな。かつての俺なら、

 

「やったぜ、うちのアルティリアたんが女神様だってよ!ヒャッホウ!」

 

 くらいにしか思わなかった筈だ。

 まあ、当事者目線だからというのもあるだろうけどな。

 

 そして、その神様扱いの件なのだが。

 なぜか昨日の夕方くらいから、ひっきりなしに人々の信仰が俺に向かってきているのが実感できる。

 そして今確認したら、EX職業『小神』のレベルが2に上がっていた。

 一体何がどうしてそうなったのだろうか。とりあえずロイドを問い詰めなくてはなるまい。



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第12話 ログボの受け取りを忘れてはなりません

 所持しているEX職業(エクストラクラス)小神(マイナー・ゴッド)』のレベルが2に上がった事で、俺は新たな技能(アビリティ)を習得していた。

 新しく覚えたのは、以下の二つの技能だ。

 

 『神託(オラクル)(アクティブ)』

 MPを消費し、信者達に対して一斉にメッセージを送る事ができる。

 一度に送る事が出来るのは全角140文字まで。

 

 『小さな贈り物(リトル・ギフト)

 あなたの信者全員が対象。毎日1回のみ使用可能。

 あなたの所有するアイテム1個を選択する。

 選択したアイテムを消費し、それを対象にプレゼントする。

 対象の人数が何人であっても、消費するアイテムは1個で良い。

 選択できるアイテムは安価な消耗品のみ。

 

 ざっくり言うと、ツ○ッターの発信と信者達に対するログボ(ログインボーナス)配布である。

 

 ついでにFPが貯まった事で、新しく加護を増やす事が出来たので、

 

 『能力強化:体力+』

 あなたの信者のステータス『体力(VIT)』の値と成長率にプラス補正

 

 『生活強化:水泳+』

 あなたの信者の生活スキル『水泳』の値と成長率にプラス補正

 

 以上の二つを習得してみた。

 体力が上がればHPや防御力が増えて死ににくくなるし、走ったり泳いだりといった行動も長時間行なう事ができる。

 こんな俺を信仰してくれている信者の皆には元気でいて欲しいからね。

 

 水泳に関しては、俺の信者であれば必須だと言わざるを得ない。

 そこらの船より速く泳げる俺並みにとは言わないが、できるだけ泳ぎは得意でいてほしいところだ。

 

「次はログボか……何を配るべきか。あまり高価な物は止めたほうがいいかね。それと不特定多数の人に配るから、誰でも使えて便利な物が良いな」

 

 その条件に合致する物を探して、アイテム袋を物色していると、丁度いい物が見つかった。

 

 『治癒の霊水+』

 【タイプ】

  消耗品/回復薬

 【効果】

  使用者の毒/病気/麻痺/火傷/出血/疲労の状態異常を治療する。

  更に、生命力とスタミナを小回復する。

 

 毒などの身体系状態異常を纏めて治せる『治癒の霊薬』というアイテムだ。

 これは俺が調合スキルで作った品で、プレイヤーが作成した物は作成者の生活スキルの熟練度や運によって、確率で追加効果が付いた良品(名前の後ろに+が付いたもの)が出来上がる事がある。

 これはその+品で、HPとSTの回復効果が付いたものだ。

 

 それじゃ早速、ツイートしていくか。

 俺は連絡するべき事を一旦メモに纏め、それっぽい感じの文体に整えた後に、技能『神託』を使用し、信者達にメッセージを一斉送信していった。

 

「こんにちは、あるいは初めまして。アルティリアです。皆さんの信仰のおかげで、このようにメッセージを送る事が出来るようになりました。今後は定期的に情報を発信していきますので、よろしくお願いいたします」

 

「早速ですがお役立ち情報をお届けします。私は信仰の力を集めて、信者の皆に加護を与える事が出来ます。現在の加護は三種類で、次のメッセージから順次伝えていきます」

 

「加護① 水魔法の熟達。私の信者は水属性の魔法を使えるようになります。最初は簡単な魔法しか使えませんが、練習すれば私のように水を自由自在に操れるようになるかもしれません」

 

「最初は『水の創造(クリエイトウォーター)』あたりを試してみるといいでしょう。これは水魔法の基礎で、手元に水を生み出す事ができます。水を作り出す事を強くイメージして呪文を唱えましょう」

 

「加護② 頑健の加護。体力や生命力の強化です。体が丈夫になり、抵抗力が上がります。信者の皆さんは命や健康を大事にしましょう」

 

「加護③ 泳ぎの熟達。水泳の上達が早くなり、水中での活動がしやすくなります。水に慣れ親しむ事は水魔法を使う上でも大事です。私の信者なら、泳ぎの一つくらいはこなせるようになりましょう」

 

「それと今日から皆さんに、ちょっとした贈り物を送れるようになりました。今日の贈り物は、毒や病気などの異常を治療する薬です。少しですが生命力や体力を回復させる効果もあります。いざという時に使ってください」

 

「長々と失礼しました。それでは、またお会いしましょう」

 

 連続ツイートを送信し終えた俺は、技能『小さな贈り物』を使用し、霊薬を信者達のもとに送りつけた。

 

 なんか信者達から信仰がいっぱい飛んできた(定期)



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第13話 一夜明けて※

 騒動から一夜明けた次の日。ロイドは冒険者組合の酒場にて、知己の神官クリストフと合流していた。

 

「やあ、わざわざ来てもらってすまんな」

 

「いえいえ、とんでもない。むしろすぐに声をかけていただき、感謝しかありません」

 

 クリストフはグランディーノの町から少々離れた場所にある、神殿に勤める神官だ。サラサラした金髪の、柔和な雰囲気の優男で、細身で身長は170cmにやや届かない程度。黒い法衣をしっかりと着こなしている。

 ロイドがアルティリアに捧げ物をする為に使っている祭壇は、『神饌の祭壇』という名の聖遺物であり、元々はこのクリストフから――より正確に言えば、彼が所属している神殿組織から――借り受けているものだ。

 

「それで、アルティリア様の神殿を建てたいとの事でしたが」

 

「ああ。神がそう直々に仰られたのだ。是が非でも叶えてさしあげたい。可能か?」

 

 神殿を建てると一言で言っても、それを成す為には様々な問題をクリアしなければならない。

 まずは神殿を建てるには、当然だが土地を確保する必要がある。そして実際に建築する為の資材や人員、それらを確保するための資金なども必要である。

 また、それらの用意が整ったからと言っても、いきなり建築をおっ始める訳にもいかない。何かしらの手続きが必要なのだろうが、ロイドにはそのあたりの知識や伝手も無かった。

 そこで昨夜、神殿に所属する神官であるクリストフに状況を伝えた。

 組合に所属している高位の冒険者の一人に馬術の達人がおり、彼が早馬を飛ばして手紙を届けてくれたのだ。

 それを受け取ったクリストフは急ぎ支度を整え、こうして足を運んでくれたのだった。

 

「まずは土地の選定ですが……こちらをご覧ください」

 

 クリストフが机の上に地図を広げる。ここグランディーノ周辺一帯の地図だ。その地図の一箇所に、大きく丸印が付けられている。

 

「なるほど、東の丘の上にか」

 

 グランディーノは北側に港があり、その先には海が広がっている。西と南にはそれぞれ、他の町に繋がる街道が伸びており、南西には街道沿いに幾つかの農場が存在し、更に先に進むと、魔物が生息する森林がある。

 そして東側には、小高い丘があった。

 

「先に下見を済ませてきましたが、町と海を一望できる景観の良さや面積、町から近く通いやすい点といい、素晴らしい立地です。何故開発されずに手つかずで残っているのかが不思議なくらいでしたよ」

 

「なるほど……確かに良さげな場所だな」

 

「この土地の利用と、神殿の建築については領主や町長に許可を求める必要がありますので、ロイドさんも同行をお願いします」

 

「えっ……俺もか?」

 

「貴方が代表者なのですから当たり前でしょう」

 

「お偉いさんの相手とかは苦手なんだがな……仕方がないか。他にやるべき事は?」

 

「資材の調達は商店組合に、人足の手配は労働者組合に、それぞれ話を持っていきましょう。資金に関しては冒険者組合や海上警備隊、それから恐らく神殿本部からも援助金が出ますので、それで何とかなると思います。各組合への交渉や折衝は私が行ないますので、ロイドさんには代わりに、宣伝と広報をお願いしたいのです」

 

 クリストフの言葉に、ロイドは渋い顔をした。

 

「宣伝か……アルティリア様は、あまり目立つ真似は避けるようにと言っていたが」

 

 その事はロイドからの手紙にも書かれており、クリストフも承知の上だった。

 

「存じております。恐らくアルティリア様が気にされておられるのは、混沌の勢力。そしてその頂点である魔神将かと」

 

 混沌の勢力とは一部の亜人や魔物(モンスター)、魔族などからなる、人類の敵対者の事だ。そして魔神将とは、彼らを束ねる非常に強力な存在だ。

 魔神将は複数存在し、全部で何体存在するのかを正確に知る者は居ないが、これまでの歴史上で、合計で七体の魔神将の存在が確認されている。

 その内の四体は、過去の英雄達の手で滅ぼされているが、残る三体は未だ健在であり、今も人の目が届かない闇の中で暗躍していると噂されている。

 

「魔神将……」

 

 ごくり、と唾を飲む音が、ロイドの耳にはやけに大きく聞こえた。

 魔神将と英雄達の激闘は、この世界の誰もが知る英雄譚で、子供の頃はその強大な存在に立ち向かう、雄々しき勇者に憧れたものだ。しかしまさか、この歳になって自分がそのような物と関わる事になるとは、想像もしていなかった。

 

「神が新たに降臨する……その一大事に、混沌の勢力が動かない筈もなく。アルティリア様もまた、彼らの動きを察知しているのだと考えます。我々は今、歴史の転換点に立っているのかもしれません」

 

「……ならば、尚更慎重に動いたほうが良いのでは?」

 

「しかし、もはや事は動き始めており、新たに神殿を建築し、そこに新たな神が降臨するともなれば、隠し通すのは不可能です。いえ、もうとっくに気付かれていると私は考えています。思えばここ最近の魔物の活発化や、本来出現しない筈の強大な魔物の出現といった予兆はありました。身に覚えがあるでしょう?」

 

 そう言われて、思い浮かんだのは先日討伐した、大量発生したゴブリンの事や、アルティリアと出会う切っ掛けとなったクラーケンの事だった。

 

「もしや、あのクラーケンは……アルティリア様を誘い出す為に仕組まれたものだと?」

 

「恐らくは……」

 

「糞ッ!」

 

 ロイドは思わず拳でテーブルを叩く。

 かの女神の優しさに付け込んだ、混沌の勢力の悪辣な策略についての怒りや憎しみもあるが、何よりも許せないのはそれに助けられながら、危機感もなく過ごしていた自分の能天気さだ。

 彼の部下達も同じように、怒りと情けなさに拳を握り、体を震わせていた。

 

「そうである以上、我々がするべき事は先手を打つ事です。アルティリア様の名の下に一致団結し、混沌の勢力に立ち向かう準備を整えなければならない。私はそう考えます」

 

「……わかった。その件に関しては、俺からアルティリア様に話してみよう」

 

「ありがとうございます。では、さっそく動くとしましょう」

 

 涼やかな笑顔を浮かべるクリストフを見て、やはりこの男に相談して正解だったと思うロイドだったが、彼はふと疑問に思った事を口にした。

 

「しかしアンタ、若いのに随分と物知りだな。もしかして貴族だったりするのか?」

 

 この世界の教育レベルは高くはなく、クリストフの教養は平民のそれとは思えない物だった為、ロイドは彼が貴族の出身なのではないかと思い、そう質問した。

 

「貴族とは言っても、妾腹の四男坊ですけどね。家を継げる筈もないので神殿に入り、そのまま神官にという、よくあるパターンですよ」

 

 本人が言うように、家督の継承権が低い貴族の子弟には神官になる者が一定数いる。その他の進路は官僚や軍人が多い。また、ごく稀にだが冒険者や商人になる変わり者も現れる。

 

 彼らがそんな話をしていた時、酒場に入ってきて、まっすぐにロイドのもとへと駆け寄り、声をかけてくる者達がいた。

 

「お疲れ様です、ロイドの兄貴!」

 

 そう元気よく挨拶をしたのは、先日ロイドに絡んできた男達のリーダーだ。

 彼の名はバーツ。以前はどうしようもない、ゴロツキ同然の底辺冒険者だったのだが、女神の奇跡に触れて改心し、一からやり直そうとしているF級冒険者だ。

 

「ようバーツ、仕事帰りか?」

 

「へい、また農場の近くにゴブリンが現れたっていうんで、とっちめてきた所でさあ。苦戦しやしたが、何とか勝てやした」

 

 見れば、彼らの体には多少の切り傷や殴打の痕が残っている。

 今まで怠けていたせいで、弱小モンスターの代表格であるゴブリン相手でも苦戦はしたものの、それでも彼らはしっかりと、受けた依頼をやり遂げたのだった。

 

「よく頑張ったな。だがあまり無理はするなよ」

 

 ロイドはそう言ってバーツ達を労った後に、彼らにクリストフを紹介した。

 

「神官様でしたか。やはり神殿の件で?」

 

「ああ、色々と動いてもらっているところだ。クリストフ、こいつらは俺と同じ、組合に所属している冒険者で……」

 

 ロイドに彼らを紹介されたクリストフは、興味深そうな表情を浮かべてバーツに近付いた。

 

「貴方達の事は、昨日の騒ぎの件も含めて聞き及んでいます」

 

「へい、昨日は女神様に対して、大変な失礼を……」

 

「クリストフ、こいつらも十分に反省しているし、アルティリア様はお許しになられた事だ。あまり厳しい事は……」

 

 クリストフの追及に対し、反省の色を見せるバーツ達と、そんな彼らを庇おうとするロイドだったが……

 

「そんな事はどうでもいいんじゃい!」

 

「「「!?」」」

 

 バァン!と大きな音を立て、クリストフがテーブルを叩く。

 

「君達!君達が昨日食したという、アルティリア様の手料理について詳しく聞かせてくれたまえ!神が作りたもうた料理を口にする機会を逃すなど、このクリストフ一生の不覚だが、それならせめて己の手で再現を!しなければならないのです!」

 

 そう言ってバーツに詰め寄るクリストフの表情は、鬼気迫っていた。対するバーツ達はその剣幕にたじたじである。

 

「えっ……ちょっ、ロイドの兄貴、この人なんなんすか……」

 

 俺が知るかよ、とロイドは心中で呟いた。

 

「さあ教えてください!はやく!」

 

「えぇ……あの、ちょっと落ち着いて……」

 

「たのむ!!!」

 

「えぇ……」

 

 あまりの必死さに、その場にいた全員がドン引きしていた所に、ロイドが助け舟を出す。

 

「あの料理なら、ここの料理長が再現しようと試行錯誤している最中だから、後で話を」

 

 聞かせて貰え……と続けようとしたところで、既にクリストフは厨房に突撃していた。

 

「……すまんな。悪い奴じゃあないんだが、知的好奇心が強すぎるというか、神様関連の物に対する執着心が凄まじい奴でな」

 

 さて、とりあえず連れ戻しに行くかと、ロイドが席を立とうとした時だった。

 彼らの視界に突然、空中に浮かぶ文字が現れた。

 

「これは……アルティリア様からのメッセージ!」

 

 驚愕する彼らの前に、次々と文章が現れては消えていく。

 それによると、彼ら信者の信仰が高まったおかげで、神が新たな力を行使できるようになった事や、彼女が与える加護によって、信者は水の魔法を使えるようになったり、体力や生命力、水泳の技術が強化される事、神からの贈り物を受け取る事が出来るようになった事が伝えられる。

 

 全てのメッセージが表示された後、彼らの前には透き通った青緑色の液体が入ったガラス瓶が現れていた。

 神からの贈り物であり、様々な状態異常を治癒する事ができる霊薬だ。

 

「アルティリア様……ありがとうございます」

 

 それを受け取り、ロイドはアルティリアに祈りを捧げた。彼の部下やバーツ達、それから酒場内にいる、昨日の一件を見てアルティリアを信仰するようになった冒険者達も同様だ。

 

「お頭、そういえば魔法が使えるようになったとの事でしたが……」

 

「あ、ああ……そうだったな。驚きすぎて忘れるところだったが……魔法か……」

 

 この世界において魔法は、それを専門に学んだ者でなければ使えない希少な技能だ。稀に独学で身につける者も居るが、大半は大都市の魔法学園で学んだり、魔導士に弟子入りして学ぶ事になる為、一般庶民にとってはあまり縁のない物だ。

 それを、信者であれば誰でも使えるようになる等、普通に考えれば信じられないような事だが、

 

「今更、アルティリア様の言葉を疑うものか。俺は魔法が使えると信じる」

 

 一片の疑いもなく、ロイドは女神の加護により、自分が魔法を使えるようになったという事実を受け入れた。

 ロイドは右腕を突き出し、掌を上に向けると、そこに水が現れる事を強くイメージし、教えられた呪文を唱えた。

 

「水よ、此処に生じよ。『水の創造(クリエイトウォーター)』!」

 

 すると、ロイドの右手が淡く発光し、その掌から数センチ上に、野球ボールくらいの小さな水の塊が生まれていた。

 ロイドは驚きつつも、その水の塊に対して、『動け』と念じると、それはロイドの意志に従って上下左右に、ゆっくりと動きだした。

 最後に、ロイドは空の水筒を取り出すと、水に対してその中に入るようにと念じた。すると水は水筒の中へと、吸い込まれるように入っていく。全ての水が水筒の中に入り、見えなくなったところで、ロイドは生み出した水と、自分の間にあった繋がりが断たれた感覚を覚えた。

 

 それを見た周囲の者達が騒ぎ出しながら、自分もやってみようとする。酒場内はあっという間に、魔法の練習場と化した。

 そんな騒ぎが、しばらく続いていた時だった。

 突然、建物の外に繋がる入口の大扉が、大きな音を立てて勢いよく開き、外から人が転がり込んできたのだった。

 その人物は若い男だった。ここまで大急ぎで走ってきたらしく、息を切らせて汗だくで、ひどく慌てた様子だ。

 彼は必死の形相で、冒険者達に訴えた。

 

「た、大変だ!農場のほうで魔物が大量に発生した!急いで助けにいってくれ!」



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第14話 緊急依頼※

 飛び込んできた男からの知らせに、冒険者と組合員達はすぐに動き出した。

 まず最初に声を張り上げたのは、カウンターの奥に立つ受付嬢だ。

 

「緊急依頼を発令します!手空きの冒険者の皆さんは、準備が出来次第すぐに農場に向かって下さい!」

 

 また、職員が知らせを持ってきた男に水を差し出しながら、男に襲ってきた魔物の特徴や大凡の数、被害状況などを質問する。

 男は差し出された水を一気に飲み干し、一息ついた後に、質問に答える。

 

「大きい蜂のような魔物が、数えきれないくらい大量に……農作業をしていた皆は無事に逃げられたけど、近くの街道を通っていた馬車が襲われているのを見ました」

 

「敵は殺人蜂(キラービー)か。馬車は貿易馬車か……?積荷はあったか?」

 

「いえ……積荷はありませんでした。豪華な装飾があって、周りに護衛の兵士が居ました」

 

「……という事は、貴族の馬車か?まずいな……」

 

 殺人蜂(キラービー)はその名の通り、巨大な蜂の姿をした魔物だ。危険度や討伐難易度を表すランクはE級。強さ自体はそれほど高くはないが、凶暴で、常に群れで襲い掛かってくる上に、素早く飛行し、尾が毒針という、色々と厄介な性質を持つため、嫌う冒険者は多い。

 

「聞いての通りだ!敵は殺人蜂の大群!農民や、たまたま通りかかった貴族が襲われている!すぐに出撃するぞ!」

 

「おう!」

 

「いつでも行けるぜ!」

 

 状況を確認した冒険者達は、大急ぎで準備を済ませると、外に向かって飛び出していった。

 

「俺達も行くぞ!」

 

 ロイドもまた、手下達やバーツの一行を率いて出撃する。その時、走り出す彼らをクリストフが追いかけ、声をかけてきた。

 

「ロイドさん、私も同行します」

 

「クリストフ!戦いの心得はあるのか?」

 

「棒術や護身術を少々。それと癒しの魔法も使えますので、お役に立てるかと」

 

「それはありがたい。よろしく頼む!」

 

 集団にクリストフを加え、彼らは町を駆け抜け、街道へと出る。その途中、彼らはある事に気が付いた。

 

「なんだか、全力疾走しても全然疲れないな!」

 

「ああ。アルティリア様が仰っていた、頑健の加護のおかげか?」

 

「ありがてえ。これなら休む間もなくすぐに戦えるぜ」

 

 アルティリアの加護により体力(VIT)が上がった事や、昨夜食べた料理の効果がまだ続いている事で、彼らは無尽蔵のスタミナを手にしていた。

 

「見えたぞ!殺人蜂だ!」

 

「まずは逃げ遅れた人を助けるぞ!」

 

 冒険者達が殺人蜂の群れに襲い掛かる。ロイドはその先頭に立ち、女神より授かった刀『村雨』を振るった。

 

「セイヤッ!」

 

 抜刀からの一閃で、殺人蜂の一匹を真っ二つに切り裂き、更にもう一匹に斬りかかるロイドだったが、次の一撃は危険を察知した殺人蜂が、飛行して空中に逃れた事で空を切った。

 ロイドの攻撃を回避した殺人蜂は、攻撃が届かない上空に逃れながら、歯をガチガチと鳴らして警戒を露わにしている。

 

「チィッ、これだから飛行タイプの魔物は……!」

 

 周囲を見れば、他の冒険者も何匹かの殺人蜂を切り伏せているが、それを見た他の個体が上空に避難したせいで、ロイドと同じように攻めあぐねているようだ。

 だがその時、冒険者の一人が声を上げた。

 

「アンタ達、よく見ておきなさい!飛行タイプの魔物は、こうやって倒すのよ!」

 

 そう言ったのはリンという名の冒険者だ。

 十代半ばくらいで、茶色い髪を長く伸ばした、背の低い少女だ。右手には杖を持ち、つばの広い先が尖った帽子と、ローブを身に着けている。その見た目からわかるように、彼女の職業(クラス)は攻撃魔法を得意とする魔術師(メイジ)である。

 彼女が杖を掲げると、その杖の先、空中にサッカーボール大の水の塊が現れた。

 

「『水の弾丸:拡散(アクアバレット:マルチプル)』!!」

 

 リンが呪文を唱えると、水の塊が八つに分かれて、それらが別々の殺人蜂に向かって高速で飛んでいき、魔物の肉体を貫き、撃ち落とした。

 一撃で八体の殺人蜂を倒した彼女の魔法に、冒険者達が喝采を上げるが、それを成した当の本人は、とても驚いた様子を見せる。

 

「えっ、嘘っ!?」

 

「おいおい、なんで本人が驚いてるんだよ!?」

 

「昨日までは一度に四発しか撃てなかったのよ!それに威力も明らかに上がってるわ!」

 

 初級魔法とはいえ、彼女の年齢で一度に四発もの魔法の弾丸を放てる事は、素晴らしい才能の証明と言えるのだが……それが一夜にして、倍の数を放てるようになった原因は明らかだ。

 

「ロイドさん、あたし一生アルティリア様に仕える事に決めたわ。というわけでパーティーに入れて?」

 

「ハハッ、了解。よかったら今度、魔法のコツを教えてくれよ」

 

 リンの頼みを了承しながら、ロイドは空いた左手を前に突き出し、掌を空中にいる殺人蜂に向けた。

 そして、『水の創造(クリエイトウォーター)』で水を作り出し、それを標的にぶつけるイメージを頭に浮かべる。

 

「『水の弾丸(アクアバレット)』!!」

 

 ロイドの左手から放たれた水弾が、殺人蜂を貫く。リンが放った拡散形態の魔法は高等技術の為、今のロイドに真似る事は難しいが、このように単発の魔法ならば、問題なく発動できるようだ。

 

「流石!」

 

「やるじゃねえかロイド!よっしゃ、俺もやってみるか!」

 

 ロイドに続き、他の冒険者達も魔法で水弾を放つ。こうなれば空を飛べるという敵の利点は無いも同然だ。そうして敵の数を着実に減らしている内に、

 

「待たせたな!逃げ遅れた人々の救助は完了したぞ!」

 

 一般人の救助・保護のために動いていたチームが、人々を連れて戻ってきた。彼らが連れている人々は、およそ二十人ほどだ。半数は怯えた様子を見せているが無傷だが、残りの半分ほどは魔物の攻撃を受けたせいか、苦しそうな表情で倒れている。

 

「頼む、娘を助けてくれ!殺人蜂の毒針を受けてしまったのだ!」

 

 そんな人々のうちの一人が、必死の形相で冒険者達に訴える。身なりのいい服装の若い紳士で、腕には十歳くらいの、幼い少女を抱いている。

 育ちの良さそうな、美しい少女だが、整ったその顔は苦痛に歪み、白いドレスは血や泥で汚れてしまっている。

 恐らくは彼ら親子が、襲われていた貴族なのだろう。

 

「クリストフ!急いで霊薬を飲ませるんだ!」

 

 ロイドは腰に付けていたポーションホルダーから、女神から授かった霊薬を抜き取ると、それをクリストフに渡して少女に飲ませるように指示する。

 クリストフは頷くと、それを手に貴族のもとへと走った。

 

「すぐに治療いたします。彼女をこちらに」

 

「し、神官殿か……!た、頼む……!」

 

 法衣姿のクリストフを見て信頼したのか、安堵の表情を浮かべる貴族から娘を預かり、その小さな体を支えながら、クリストフは少女の口に、霊薬が入った瓶を運ぶ。

 

「もう大丈夫です。この薬を飲んで……そう、ゆっくりでいいですよ」

 

 少女は涙を流し、苦しそうにしながらも、喉を鳴らして少しずつ薬を飲んでいく。すると、あっという間に彼女の体内から毒が消え去り、毒針によって負った傷が癒えていく。致命傷を負っていた筈の少女の体は、一瞬で健康な状態へと戻ったのだった。

 

「もう大丈夫です。よく頑張りましたね」

 

 クリストフの言葉に安らかな微笑みを浮かべながら、少女は目を閉じた。どうやら安心して眠ってしまったようだ。そんな幼子を父親へと返すと、クリストフは彼らに背を向けて、魔物の群れを睨みつける。

 その彼の顔に浮かぶのは、先程まで浮かべていた穏やかなものとは正反対の、怒りに燃える表情だ。

 

「このような幼気(いたいけ)な子供まで手にかけるとは……赦さん!」

 

 クリストフは、背負っていた棒を引き抜き、両手で握って構えを取った。彼の持つ棒は霊木を削って作られた、長さ1メートル少々の細長い木の棒だ。頑丈で、魔法の触媒としても高い適性を持つ逸品であり、たかが木の棒と甘く見れば痛い目を見る事になるだろう。

 

「『粘液の弾丸(スライミーショット)』!」

 

 クリストフが魔法を発動させ、水の弾丸を連続で射出する。だがそれは今まで見た物とは異なり、殺人蜂に命中すると、その体に纏わりついて動きを鈍らせた。

 クリストフが放ったのは、粘液を撃ち出す事で敵の動きを鈍らせる事を重視した、妨害用の魔法だ。

 何匹もの殺人蜂がその攻撃を受けて、素早く飛行する事が困難になる。

 

「今です、トドメを!」

 

 動きが鈍った殺人蜂を、冒険者達が次々と武器で殴り倒したり、魔法で撃ち落としたりしながら倒していく。クリストフ自身も、棒を振り回して殺人蜂を叩き殺して活躍する。

 

「やるなぁ、あいつ。俺達も負けてられんぞ!」

 

 彼の思わぬ活躍ぶりを見て、ロイド達も奮起し、他の誰よりも勇敢に魔物の群れに攻撃を仕掛けて、大量の殺人蜂を駆逐していった。

 

 形勢は完全に冒険者達が有利な戦況だ。

 そうして、誰もが勝利を確信した頃に、それはやって来た。

 

「何だあれは!で、デカいぞ!」

 

「あれは……いかん、殺人女王蜂(キラービー・クイーン)だ!」

 

 C級魔物、殺人女王蜂。

 その名の通り、殺人蜂を束ねる女王であり、全長は2メートル以上。

 高速で飛行する特性はそのままに、力や生命力は殺人蜂の数倍を誇り、強力な猛毒や強酸による攻撃を仕掛けてくる難敵だ。

 

「糞っ!D級以下の者は下がって援護しろ!」

 

 そう言って先頭に立ちながら、盾を構えるのはC級冒険者の一人で、重い板金鎧(プレートメイル)に鉄の盾、戦槌(メイス)を持った重戦士だ。

 

「こっちだ、かかって来い!」

 

 挑発(タウント)を行ない、重戦士が女王蜂の注意を引く。しかし、その魔物の特徴をよく知る冒険者の一人が、その背中に向かって叫ぶ。

 

「待て、避けるんだ!そいつに盾は意味がない!」

 

 しかしその警告も遅く、女王蜂の攻撃が彼に向かって放たれた。

 その正体は、口から放たれる強酸のブレスだった。

 

「た、盾が!」

 

 咄嗟に盾で防御をする重戦士だったが、厚い鉄の盾が強酸のブレスを浴びて、どろどろに溶けていく。

 盾が溶けきって無くなれば、次は鎧が溶けて、最後には生身でそれを浴びる事になる。

 咄嗟に逃げようとする重戦士だったが、鈍重な鎧が邪魔をして素早く回避行動を取る事は不可能だ。

 

「く、糞っ!来るなら来やがれぇっ!」

 

 せめて後ろにいる仲間だけは守ろうと、重戦士は覚悟を決めた。だが強酸が彼に直撃する前に、その間に割って入った男が一人。

 

「させるかあああああっ!」

 

 ロイドだ。彼の持つ刀が、強酸のブレスを切り裂いて、重戦士の危機を救った。

 

「全員、援護しろ!俺がヤツを()る!」

 

 その手に持った銘刀『村雨』の刀身は、鉄をも溶かす強酸にまともにぶつかりながら、傷一つなく清浄な光を湛えている。

 常に清らかな水が湧き出て、刀身を護っている特性を持つこの武器は、酸によって傷つけられる事がない。殺人女王蜂にとっては、天敵といっていい代物だった。

 そんな女神から授けられし刃を携えた男が、巨大な敵に向かって突撃する。

 

「ええい何でもいい、ロイドを援護しろぉッ!あいつを死なせるな!」

 

 冒険者達が、魔法の水弾や弓矢を放って、女王蜂の周囲を取り囲んでいる手下の殺人蜂を撃ち落とし、ロイドの突撃を支援する。

 それによって、ロイドは邪魔を受ける事なく、まっすぐに敵のボスとの距離を詰めていった。

 女王蜂は再度、ロイドに向かって強酸のブレスを放つが、

 

「邪魔だああああ!」

 

 ロイドが走りながら村雨を振るい、それを切り裂く。さっき一度見たばかりの攻撃だ。タイミングを見切る事は容易かった。

 飛び散った酸の飛沫がわずかに体に付着し、肌が焼かれるが、知った事かと走り抜ける。この程度はかすり傷、直撃さえ避ければ問題ない。そんな事より敵を倒す事が最優先と、ロイドは更に加速する。

 

「キシャアアアアッ!」

 

 肉薄するロイドに、今度は女王蜂が尾の毒針で攻撃を仕掛けた。殺人蜂のそれよりも格段に太く、長い毒針がロイドに向かって振り下ろされた。それをロイドは、刀を両手で構えて受け止める。

 

「このっ……負けるかあああッ!」

 

 鍔迫り合いのような形になり、互いに相手の攻撃を弾こうと渾身の力を込めて押し合う。僅かな時間、拮抗状態となるが、すぐにそれが打ち破られる。

 女王蜂が毒針での攻撃をしながら、六本の腕を動かして、ロイドを攻撃しようとしてきたのだ。その腕の先端は鋭利な刃物状になっており、獲物をズタズタに切り裂く事ができる。ロイドの腕は毒針を防ぐために使われており、その攻撃を防御する事は不可能だ。まさしく絶体絶命の危機だが、彼は一人で戦っているわけではない。

 

「させません!『薄氷の盾(アイスシールド)』!」

 

 クリストフが唱えた護りの魔法により、薄い氷の盾が形成されて、ロイドを襲った腕による攻撃を弾き返した。

 それだけに留まらず、攻撃を受けて砕け散った氷の盾が、幾つもの氷の破片となって逆に敵へと突き刺さった。攻防一体のカウンター魔法だ。

 

「ロイドさん、横に避けて!」

 

「……!おうっ!」

 

 そこに、リンが声をかける。その声を聞き、ロイドは迷わず毒針の攻撃に逆らわず、受け流しながら真横に向かって跳んだ。

 

「とっておきを食らいなさい!『流水の刃(アクア・カッター)』!」

 

 リンが放ったのは、圧縮された水を刃状にして射出し、敵を切り裂く水属性魔法だった。放たれたそれが、つい先程までロイドがいた位置……すなわち、女王蜂の毒針を、根本から斬り飛ばした。

 

「ギャアアアアアア!」

 

 びりびりと空気が震えるほどの大音量で悲鳴を上げ、空中でのたうち回る女王蜂に向かって、ロイドが跳躍する。リンの指示を聞いた時から、既にロイドはこの、とどめの一撃を放つ準備をしていたのだった。

 

 しかし、それを察知した女王蜂は、迷わず羽を高速で動かし、上空へと逃れようとする。

 命の危機を前にしたその逃走動作は恐るべき速さで、ロイドの攻撃は寸前で空しく空を切る事になる……と、思われた時だった。

 

「届けえええええええッ!」

 

 全身全霊の一撃を放ちながら、ロイドが強く念じた瞬間。

 ロイドが持つ刀『村雨』の刀身から大量の水が噴き出し、それが長大な刃の形を取った。その長さは本来の刀の長さの数倍にも達し、飛行して逃げようとする女王蜂にも、余裕で届きうる。

 

「こいつで……終わりだあああああああッ!」

 

 届かなかったはずの攻撃が、敵を捉える。水の剣が、女王蜂の巨体を斜めに切り裂き、真っ二つにした。

 二つに分かれた女王蜂の体は地面に落下し、ぴくりとも動かない。誰がどう見ても即死である事は疑いようがない。

 女王蜂が死んだ事で、僅かに残った殺人蜂は統制を失い、四散して逃げようとするが、その大部分は冒険者の手によって討ち取られた。

 

 殺人蜂に襲われた一般人の中に死者はなく、怪我人や毒に侵された者も、女神から齎された霊薬によって癒され、後遺症もなく五体満足で帰る事ができた。

 

「この戦い、俺達の勝利だ!」

 

 こうして冒険者達は町の危機から人々を救い、彼らに加護や聖なる武器、霊薬を与えた女神の名も、より高まるのだった。



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第15話 覗きは犯罪だぞ

 ツイートの送信とログボ配布を終えた俺は、いつものようにサバイバル生活を送っていた。

 今日は、海に潜って貝を採っているところだ。

 

「うおっ、このアワビでっっか」

 

 広範囲の海中を探索すれば、ホタテやアワビ、牡蠣といった美味しい貝がいっぱい採れる。

 俺が居るあたりの海域は陸から遠く離れているため、人が来る事は滅多に無いようで、海中の資源も手つかずのままで非常に豊富だ。食べるのに困る事はないだろう。

 

「おっと、海苔も採っておこう」

 

 採集した海苔は陸地に戻ったら、板海苔に加工するのだ。少々手間はかかるが、加工方法はアルティリアが持っている知識の中にあるので問題ない。

 

 とりあえず、今日の食事は牡蠣にしようと思った。

 食べ方はどうしようか……生で食べるのも勿論良いし、カキフライにしても美味い。いやしかし網で焼いて食べるのも最高だよなぁ。これは悩みどころだ。

 

 ちなみに牡蠣といえば、生で食べると食中毒の危険性があるのは広く知られているところだが、俺の場合は『毒治療キュア・ポイズン』や『病気治療キュア・ディズィーズ』であらかじめ病原菌を排除できるので何も問題はない。魔法万歳。

 

「ククク……メス牡蠣(ガキ)め、わからせてやるぜ」

 

 そんな邪悪な台詞を口にし、さてどうやって食べてやろうかと考えながら、海から島へと戻った時だった。

 

「GYAOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

 突然、そんなクソデカ咆哮と共に、上空から炎の塊が降ってきた。

 

「うっぜ。何だいきなり」

 

 俺はそれを無詠唱『水鏡反射(リフレクトミラー)』で跳ね返しつつ、下手人の姿を見てやろうと視線を上空に向けた。

 

 すると、そこに居たのは赤茶色のドラゴンだった。俺が打ち返した、自分の口から放たれた火球が、その顔面に直撃している。

 

 しかしながら、ドラゴンは火属性に対して非常に高い耐性を持っているため、大してダメージを受けた様子はなく、バサバサと翼を羽ばたかせながら、忌々しそうにこちらを見下ろしている。

 

「なんだ……ドラゴンか」

 

 初めて見るリアルドラゴンは中々の迫力だが、ドラゴンなんぞLAO時代に山ほど狩ったし見飽きているので、大して感動するわけでもない。

 

「これから飯の時間なんでな、お前の相手をするほど暇じゃあないんだ。さっき採ったワカメやるから、大人しく巣に帰れ。ハウス!」

 

 シッシッと追い払う仕草をしながらそう言うと、ドラゴンは怒った様子で、口から火の玉を連続で吐き出してきた。

 

 俺はそれを『水の壁(アクアウォール)』という、文字通り水で出来た壁を生成する魔法で阻む。

 水属性魔法に特化したアルティリアが使うこの魔法の耐久力は相当のもので、生半可な遠距離攻撃ならば、これ一つで防ぎきる事ができる。

 

「『水精霊召喚(サモン・ウンディーネ)』」

 

 続いて、俺は魔法で水精霊(ウンディーネ)を召喚する。召喚されたのは、体が水で形成された、幼い少女の姿をした精霊だ。

 全く同じ容姿の精霊が、俺の目の前に8体同時に召喚される。呼び出された精霊達は一斉に、俺に向かって跪いた。

 

「『攻撃命令(アタックオーダー)氷鴉形態(アイスレイヴンフォーム)』」

 

 命令を待つ精霊達に対して、技能を使って攻撃の指示を出す。すると少女の姿をした精霊達は、氷で出来た鴉の姿をとった。

 

 鴉と化した精霊達が一斉に飛び立ち、上空のドラゴンを包囲する。

 

 水は決まった形を持たず、どんな形にも変化する事ができる。その特性は水精霊も持ち合わせており、水精霊使いは使役する水精霊を様々な形態に変化させて戦う事が可能だ。

 

 この汎用性・多様性こそが、水精霊使いの真骨頂である。

 

「やれ」

 

 鴉たちが全包囲から、ドラゴンに向かって無数の羽を飛ばした。

 その羽も当然、氷で出来ており、無数の小さな氷片がドラゴンの体に突き刺さる。

 

 大半のドラゴンは火に対しては高い耐性を持つが、その反面、氷に弱い個体が多い。このドラゴンも例に漏れず氷に弱いようで、効果は抜群だ。

 

 その攻撃でドラゴンをある程度弱らせたところで、俺は精霊達に攻撃を停止するように命令した。その上で、

 

「力の差はわかっただろう。見逃してやるからさっさと帰れ」

 

 そう告げると、ドラゴンは数秒間、こちらをじっと観察していたが、これ以上戦えば次は殺されると悟ったのか、こちらに背を向けて飛び去っていった。

 

 これにて危機――と呼べるほど大したものではないが――は去り、海に平和が戻った……と、言いたいところだが……

 

 生憎、本番はまだ始まってすらいない。

 

「そこの覗き見野郎、出てこい!」

 

 俺は振り向きざまに、無詠唱で『水の弾丸(アクアバレット)』を放った。俺が水弾を放った場所は、一見して何もない空間のように見えるが……

 

「おやおや……流石でございます。見抜かれていましたか」

 

 水の弾丸が、何かに命中して弾け飛ぶと、そこに一体の魔物が現れた。

 それは人型の魔物であり、道化師(ピエロ)のような恰好をした、長身の男だ。ただし肌は青白く、髪や目の色は妖しげな紫色で、山羊のような二本の巻き角や、細長い尻尾が生えているあたり、どう見ても人間ではない。

 

 そいつは右手で魔力の盾を生成し、俺が放った水弾を受け止めていた。

 

 この男が、先程からずっと『透明化(インビジヴィリティ)』の魔法か何かを使って、隠れて俺を覗き見していた者の正体だ。

 だが、エルフの目は魔力の流れを視る事に長けており、聴覚も人間より優れている為、透明化した程度でバレないと思う浅はかさは愚かしい。

 こいつが観察している事に気付いていたからこそ、俺は先程のドラゴンとの戦いで、思いっきり手を抜いていたのだ。

 

「ワタクシ、地獄の道化師(ヘルズ・クラウン)と申します。どうぞお見知りおき下さいませ、美しき女神よ」

 

 道化師はそう言って、うさんくさい笑みを浮かべながら、慇懃に礼をした。

 

「アルティリアだ。それで地獄の覗き魔(ヘルズ・ピーピングトム)とやら、一体何のつもりで私を見ていた?」

 

 相手の名前を改変しながら、挑発的にそう問いかけると、薄ら笑いが僅かに引きつるが、すぐに取り繕って、作り笑いを継続する。

 

「フフ……突然現れた女神様に興味が湧きましてね。ぜひ、その力をこの目で確認させていただこうと思った次第でございます。不快に思われたならば申し訳ございません」

 

 そう言って頭を下げてくるが、全く罪悪感など感じておらず、口先だけの謝罪である事は、その慇懃無礼な態度から明白だ。

 

「さっきのトカゲはお前の差し金か。あの程度の相手で測れると思われていたとは、随分と甘く見られたものだ」

 

「いやはや、B級魔物の火竜を歯牙にもかけないとは、素晴らしい力でございます。退屈させてしまったお詫びといっては何ですが……次はこのワタクシとひとつ、ダンスでもいかがですかな?」

 

 ふざけた態度の中に殺気を隠しながら、地獄の道化師が邪悪な笑みを浮かべる。

 どうやら、さっきのドラゴンよりは面倒な敵のようだ。少しばかり本気を出す必要があるかもしれない。



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第16話 ロイドの霊圧が……消えた……?

 地獄の道化師と名乗ったモンスターが呪文を唱えると、奴の手元に五つの火の玉が生成された。火属性魔法『火球(ファイアボール)』による物だろう。

 初級魔法とはいえ、なかなかの大きさと威力のものを五つ同時に操れるとは、それなりに魔法に長けているようだ。

 地獄の道化師はそれを、器用にくるくるとジャグリングする。流石に道化師を名乗るだけあって、お手玉は得意なようだ。

 

「では、参ります」

 

 そう言って、地獄の道化師が五つの火球を連続でこちらに放ってくる。見た感じ、なかなかの速度と威力のようだが、

 

「『水の弾丸(アクアバレット)拡散(マルチプル)』」

 

 俺はそれを、拡散形態の水弾で迎撃する。

 合計60発の水の弾丸(アクアバレット)の内、半分の30発を使用し、敵が放った魔力球ひとつにつき、6発の水弾で迎撃・相殺し、それと同時に残りの半分を使って、敵本体に対して波状攻撃を仕掛ける。

 

「おおっと。流石でございます」

 

 地獄の道化師は全包囲から次々と襲いかかる三十発の水の弾丸を、魔力障壁を張って防御した。奴の張った障壁によって、俺の水弾は全て弾かれてしまい、ダメージが通った様子は無い。地獄の道化師はニヤニヤと余裕の笑みを浮かべている。

 低級魔法で、しかも威力の弱い拡散形態とはいえど、俺の魔法を無傷で防ぐとは、なかなか大した魔力の持ち主のようだが、しかし……

 

「その余裕が命取りだ。『氷槍(アイススピア)貫通(ペネトレイト)』!」

 

 俺は巨大な氷の槍を生み出し、高速で敵にぶつける魔法『氷槍(アイススピア)』の、防御貫通に特化させた形態を発動させた。

 回避がほぼ不可能な拡散形態の水の弾丸で防御(ガード)を強要し、貫通形態の氷槍でその防御を崩す。LAOでは水魔法使いの定番コンボの一つだ。

 広く知れ渡っている為、対人ではなかなか決まるような物じゃないが、初見の相手や防御技持ちのモンスター相手には有効打となる。

 

「――ッ!!『短距離転移(ショートテレポート)』!」

 

 地獄の道化師が、短い距離を瞬間移動する魔法『短距離転移』を使って、その攻撃を回避した。

 この魔法はごく僅かな時間だが転移中は無敵状態になり、危険な攻撃を安全に回避できるため、防御が薄い魔法使いにとっては便利な回避手段である。

 また魔法戦士にとっては、安全に敵との距離を詰めたり、背後や側面に回り込む攻撃手段としても使用可能だ。今まさに、地獄の道化師がやろうとしているように。

 

「はい、読み通り」

 

「ぬおっ!?」

 

 短距離転移で氷槍を回避しつつ、俺の背後に回り込んで爪による攻撃を仕掛けようとしていた地獄の道化師だったが、そんな安直な反撃は予想の範疇である。

 先程のドラゴンを追い払う際に召喚していた8体の水精霊を、俺は水中に潜ませていた。そのうちの一体が水中から飛び出し、背後から俺を攻撃しようとしていた地獄の道化師の背中にドロップキックをお見舞いしたのだ。

 そして、体勢が崩れて隙だらけになった所を見逃してやるほど、俺は甘くない。

 

「こいつは痛いぞ。歯ぁ食いしばれ」

 

 俺は水属性魔法『水鞭(アクア・ウィップ)』を使い、水を幾つもの鞭の形に変化させ、それらを操って連続でブッ叩く。

 

「ぐぬ……おおおおおっ……!」

 

 数発叩いてやったところで、奴はたまらず再び『短距離転移』を唱えて、俺から距離を取った。

 

「ふふ……ふ……いやはや素晴らしい、まさかこれほどお強いとは」

 

 鞭で叩かれるのは流石に痛かったようで、ちょっと辛そうな感じではあるが、まだまだ元気いっぱいだとアピールするかのように作り笑いを浮かべて、奴は拍手をして俺を称賛する。

 それに対して、俺は嫌悪感を隠す素振りすら見せずに答える。

 

「そいつはどうも。それで、もう茶番は終わりでいいのか、三下」

 

 俺がそう言ってやると、地獄の道化師は眉をピクリと動かした。俺は思いっきり馬鹿にするように笑顔を作り、続けざまに言う。

 

「何だ、まさか気付いていないとか、今まで本気で戦っていたとでも思っていたか?お目出たいのは見た目だけにしておけよ。今までのは手加減して、軽く遊んでやっていただけの事だ。そちらもやっていた事だ、文句は言うまいな?」

 

 俺はこいつが、俺の力を測るために舐めプをしていた事になど、とっくに気が付いていた。

 何故かというと、俺は『敵情報解析(アナライズ)』という技能(アビリティ)によって、指定した敵の能力値や職業、使える技や魔法といった情報を知る事が出来るからだ。

 『敵情報解析』はLAOのプレイヤーならば、誰でも使える代物だ。相手が自分よりも格下ならば、短時間の観察でほぼ全ての情報が筒抜けになり、逆に格上相手だと、何度も戦わないと全ての情報を抜く事は難しい。

 そしてこの地獄の道化師の情報は、俺の目には全て丸見えである。その強さは……この間倒したイカや、先程のドラゴンに比べるとだいぶマシではあるが、それでも俺からすれば余裕で倒せる程度の相手だ。

 さっきまで初級魔法だけで戦っていたのは、そんなクソ雑魚が大物ヅラしてこっちの力を試そうとしてきやがったので、少しからかってやったまでの事だ。

 

 力を測るつもりが、自分が遊ばれていた事にようやく気付き、地獄の道化師の作り笑いが初めて歪む。

 

「理解したなら、さっさと雇い主の所に帰って泣きつくがいい。ああ……それと、次はもう少しマシな奴を送ってこいと伝えておいてくれ」

 

「ク……ククク……!この屈辱、忘れませんよ……!」

 

 歪んだ笑いを浮かべながら、捨て台詞を吐いて逃げ帰ろうとする地獄の道化師だったが、その去り際に、

 

「む……?」

 

 と、何か電波でも受信したかのように、体の動きと表情が止まった。

 しばらくそうやって固まっていた地獄の道化師は、やがてニタァァ……と、気色悪い満面の笑みをこちらに向けてきた。

 

「そういえば、失礼ながらひとつ、お伝えし忘れていた事がございました」

 

 心底可笑しそうな様子で、地獄の道化師は言う。

 

「実はつい先程まで、ワタクシの同輩が、貴女様の信者の所にお邪魔していたのですが……」

 

 信者……というと、ロイド達の事だろうか。

 

「……ほう。それでどうなった?」

 

 嫌な予感がしつつ、それを表情に出さないようにしながら、俺はそう訊ねる。

 仮にこいつと同格のモンスターが相手となると、ロイド達が相手をするにはだいぶ厳しい……いや、はっきり言って絶望的だ。

 

「ククク……それがあの男、人間相手にボロ負けして逃げ帰ったようで!いやはや全くもってザマぁ無いですな!おめでとうございます女神様、貴女様の信者は見事に大勝利いたしましたとも!」

 

 ……そうか、ロイド達は勝ったか。

 仮に相手がこいつと同格だったとして、よく勝てたものだと感心するが……まあ、他にも仲間がいて、上手くやったという事だろうか。

 

 ……だが、そこで俺は違和感に気が付いた。

 何故こいつはそんな、俺にとってのグッドニュースを嬉々として語っている?

 

 俺がそれに気が付いた時、奴は三日月形の口を耳まで裂けるくらいに広げて、

 

「しかしながらその代償に、彼らのリーダーの方が瀕死の重傷を負ってしまったようで!いやはや誠にご愁傷様でございますッ!ですが人間の身でA級魔物(モンスター)を撃退した偉業の前では、実に些細な犠牲と言えるでしょうなあ!クッ、クハハハハハハ!」

 

 そう告げて、ゲラゲラと笑うゲス野郎を前に、俺はEX職業『小神(マイナー・ゴッド)』の技能、『信者の状態把握』を発動させた。

 それによって、俺は信者の名前や大体の居場所、状態を知る事ができるのだが……それによって表示されたリストの一番上に、その名前はあった。

 

 

 名前:ロイド=アストレア

 居場所:港町グランディーノ近郊

 状態:瀕死

 

 

 奴の言った事は事実だった。

 ロイドの命の火は、もう間もなく消えようとしている。

 それを見た俺は、道具袋からあるアイテムを取り出した。

 

「良い事を教えてくれた礼に、私からもお前に教えておきたい事が二つある」

 

「ほう……?ご拝聴いたしましょう」

 

「まず一つ目だが……この宝玉には、とある魔法が篭められていてな。使い捨てだが、誰でも中に篭められた魔法を使う事ができる優れモノだ」

 

 アイテム袋から取り出した物は、消耗品の魔法のオーブだ。効果はたった今述べた通りで、使う事で魔法が発動する便利アイテムである。

 

「何と、そのような物があったとは驚きでございます。それも女神様が作られた秘宝という事ですか」

 

「いいや、ただの課金アイテムだが……まあそんな事はどうでもいい。本題はこの宝玉に篭められた魔法についてだ」

 

 LAOの課金アイテムの中には、特定の最上級魔法を発動するオーブも存在する。これはその中の一つだ。

 

「これに篭められた魔法は、『上位完全蘇生(グレーター・フルリザレクション)』。対象一人を死から復活させ、更にデスペナルティ……死から復活する際に受ける、能力の低下なども完全に無効化する事ができる」

 

 デスペナ無しでHP全快の状態で復活させる上位完全蘇生の宝玉は、LAOではよく使われる人気のアイテムだ。

 1個50円で購入可能で、11個500円のセット販売もされている他、ログインボーナスで配布されたり、ガチャの外れ枠に紛れ込んでいたりする為、ワールドボス戦などでは湯水のように使われる。

 俺はそれを、水精霊の内の一体に投げ渡した。

 

「それを使ってロイドを蘇生(リザ)してきてくれ。頼んだぞ」

 

 宝玉を受け取った水精霊は、各形態の中で最も移動速度が速い天馬(ペガサス)形態《フォーム》に変身すると、宝玉を口に咥えて南の方角に向かって飛んでいった。

 地獄の道化師は、それを呆気に取られた様子で見送っていたが、すぐに正気に戻り、『転移(テレポート)』の魔法を発動させようとする。

 ロイド達のところに転移で先回りをしようとしたのか、それとも俺がそんな便利アイテムを持っていた事を上司に報告しようとしたのか……それは俺には知りようがないし、どうでも良い事だ。

 俺は即座に『魔法妨害(マジック・ジャマー)』の魔法を使い、転移の詠唱を強制的に中断させて、言った。

 

「なっ……」

 

「どこに行こうというのだね。教える事は二つあると言っただろう?」

 

 圧を込めてそう言いながら、俺は魔法を発動させる。

 先程まで手加減していた初級魔法ではなく、本気のヤツをだ。

 

「二つ目、お前の死因を教えてやろう。私を本気で怒らせた事だ」

 

 まず最初に発動したのは、『水の牢獄(アクア・ジェイル)』。

 対象を包み込むように水の塊を出現させ、その中に相手を強制的に閉じ込める魔法だ。

 それによって地獄の道化師が水の塊の中に閉じ込められる。空中に浮かんでいた筈が、いきなり水の中に放り込まれて驚愕の表情を浮かべている。

 

 『水の牢獄』の持続時間は短く、水属性魔法に特化した俺が使っても、せいぜい15秒ほどだ。それでも厄介な敵を15秒間も強制的に水に閉じ込め、足止めできる便利な魔法ではあるのだが……この魔法の真価は、他の魔法との組み合わせにある。

 何しろ、15秒間も水中でろくに身動きができないのだ。その間に他の魔法でボコボコにしたり、大技の準備をしたりとやりたい放題なのだから。

 しかし今回は、そんな面倒な事はしない。

 

「『氷の棺(アイス・コフィン)』」

 

 俺は相手を氷の塊に閉じ込め、凍結させる魔法を『水の牢獄』の上に重ねて発動させた。これによって、地獄の道化師を完全に閉じ込めた俺は、さっきロイドを蘇生させるために向かわせた子を除く、七体の水精霊に命令した。

 

「このゴミを海底に捨ててきてくれ。なるべく深いところにな」

 

 水精霊たちは頷き、力を合わせて俺が凍らせた塊を持ち、海中に潜っていった。

 

「これで良し……と。しかし、あんなのが出てくるとはな……」

 

 俺にとっては大した事のない相手だったが、A級魔物(モンスター)とか言っていたし、ロイド達のようなこの世界の人間にとっては脅威的な相手なのだろう。

 何故いきなり出てきたのかは不明だが、どうやら俺の事を知っていた様子だったし、どうやら他にも似たような奴が居るようだ。

 警戒し、備える必要があるのかもしれない。



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第17話 紅蓮の騎士※

 遠く離れた海域で、アルティリアがドラゴンや、それを操る地獄の道化師の襲撃を受けていたのと同じ頃。

 殺人蜂(キラービー)の群れと、それを指揮していた殺人女王蜂(キラービー・クイーン)の討伐に成功した冒険者達は、勝利に沸いていた。

 ひとしきり騒いだ後、彼らは襲われた人の治療や避難、状況確認などを行なっていた。

 今回の仕事は、ただ魔物を倒して終わりという訳にはいかない。このような大規模の集団が街の近くまで襲来するような事は殆ど前例が無く、あと少し対応が遅れたり、魔物に敗北したりするような事態になれば、大惨事になっていただろう。

 今後の対策の為にも、群れの規模や被害状況などの正確な情報を纏める必要があり、突発的な襲撃の原因や、その手がかりを探る必要もある。その為、彼らは討伐が終わった後も、この場に残って仕事を続けている。

 

「おいロイド、お前も治療を受けておけよ」

 

 今回の討伐において、女王蜂を討ち取った功労者、ロイド=アストレアは、先輩の冒険者からそんな言葉をかけられた。

 

「いや、これくらい掠り傷ですよ」

 

 そう言って仕事に戻ろうとするロイドだったが、その反論を聞いた先輩冒険者に頭を小突かれる。

 

「あ痛っ」

 

「馬鹿野郎、掠り傷だからって甘く見るんじゃねえ。毒とか食らってるかもしれねえし、傷口が化膿でもしたら大変だろうが」

 

「おう、その通りだ。あんだけ戦って疲れただろ。する必要の無い場面で無理するこたぁ無えぜ」

 

「大体お前、あれだけ大活躍したんだから十分だろ?俺達にも仕事を残してくれや」

 

 その言葉に、周りにいた他の冒険者たちも便乗して、口々にロイドに休むように言ってきたので、その言葉に甘えてロイドは休憩を取り、治療を受ける事にした。

 ロイドは地べたに座り、腰に吊るした水筒を手に取り、中身を飲み干す。水筒に入っているのは、出発前に『水の創造(クリエイトウォーター)』の魔法で作った水だ。激闘で疲れきった体と乾いた喉に、澄みきった水が染み渡る。

 魔法で作った水は、傷口を洗い流すのにも有用だ。混ざり物のない綺麗な水で洗う事で、傷の悪化や化膿を防ぐ事に一役買っていた。

 

 ロイドは治療を受けた後に、休憩しながら装備の手入れをしていたが、そんな彼のもとに、柔和な顔立ちの、金髪の神官がやってきた。なし崩し的に一緒に戦う事になった協力者である、神官のクリストフだ。彼は、一人の男を伴っていた。

 

 クリストフの紹介によれば、貴族の男は彼らが神殿建設の許可を得るために訪ねようとしていた、この地方を治める若き領主、ケッヘル伯爵その人であった。

 その領主もまた、女神の噂を聞きつけて部下に調査をさせたところ、どうやら神の降臨は事実であるようだとの証言を得た為、実際にロイド達に会うつもりでグランディーノを目指していたらしい。

 その際に、幼い娘が自分も行きたいと駄々をこねた。真っ当な領主ともなれば多忙の身なのは当然であり、ましてやこの領主は若くして先代当主の父を亡くし、伯爵家を継いで以来、精力的に領地の発展に力を尽くしてきた俊英だ。

 それゆえに一人娘と共に過ごす時間がなかなか作れない為、寂しい思いをさせている埋め合わせとして同行を許したのだが、まさかそこで魔物の大群の襲撃に鉢合わせるとは予想だにしなかった事だろう。

 

「ありがとう。君達が居なかったら今頃は……。神殿の建築は勿論、女神様に関する事については最大限の協力をしよう」

 

 期せずして領主の信頼を得る事が出来、神殿の建造に向けて一歩前進したロイド達は、後日詳細な話し合いをする事を領主と約束し、別れた。

 

「バーツ、お前達は先に領主様たちを町まで護衛してくれ」

 

「へい、兄貴!蜂退治じゃああんまり活躍できなかった分、命に代えても領主様を無事に町まで送り届けまさぁ」

 

 万が一の再襲撃に備えて、元々いた少数の兵士達に加えて、冒険者達も町まで領主親子を護衛する事となった。そのメンバーはバーツ達、最下級のFランクおよび、その一つ上のEランクの冒険者達だが、下級とはいえ立派な冒険者だ。最悪でも、体を張って領主達を逃がすくらいはやってくれる筈だ。

 そんな張り切った様子を見せるバーツに、領主が声をかける。

 

「どうかよろしく頼む。頼りにしているよ」

 

「へ、へい!お任せくだせえ!よし、行くぞ野郎共!」

 

 雲の上の存在である領主から声をかけられ、どもりながらバーツは他の冒険者達に声をかけ、領主一行や残っていた民間人を連れて出発した。

 彼らを見送り、その姿が見えなくなると、残りの冒険者達がロイドのもとに集まってきた。先の殺人蜂退治でも中核となって動いていた、B~Dランクの中・上級冒険者達だ。

 

「ロイド、お前達のパーティーも先に戻っていろ。神官さんもだ」

 

「申し訳ないですがお断りしますよ。それに今から逃げるのは、ちょっと無理そうですしね……」

 

 そう言ってロイドが、そして冒険者達が一斉に森の奥へと鋭い目を向ける。すると、そこから一人の人物が現れた。

 いや、人物……という記述は正確ではないかもしれない。それはあくまで、その存在が人型をしているからという理由でそう記しただけの話で、正確に言うならば、それは人間ではなかった。

 

 人型の魔物だ。

 それは全身を、燃え盛る炎のような赤い甲冑に身を包み、背中にその背丈ほどもある長い大剣を背負った、騎士のような男だった。

 身長は2メートルを優に超える、巌のような巨漢だ。そして甲冑に包まれたその巨大な体躯は、めらめらと燃える炎に包まれており、鎧の隙間からは高温の蒸気が噴き出している。明らかに人間ではない。

 その姿を見るだけで、先刻撃破した殺人女王蜂(キラービー・クイーン)など足元にも及ばないと理解できるほどの、圧倒的な力と存在感を持った魔物だ。

 その存在に気が付いた為、この場に残った者達は、先に領主や一般人と共に、下級の冒険者達を逃がしたのだった。

 

「あれはまずいぞ……最低でもB級上位、下手すれば……いや、ほぼ確実にA級魔物(モンスター)だ!」

 

 A級魔物は、下位の個体でも大都市を、上位ならば単体で国一つを滅ぼす事が出来るレベルの、現在確認されている中で最上級の強さと危険度を持つ魔物だ。

 その更に上に、全世界を相手に戦える、あるいは滅ぼせるような超位存在であるS級魔物というのも存在するが、そういった物は伝説や神話の中にしか存在せず、現代でそれらの存在は確認されていない。

 

「しかしあの野郎、どういうつもりだ?わざわざ領主様たちを逃がすのを待ってくれてたような、絶妙なタイミングで出てきやがったが……」

 

 現れた騎士のような姿の魔物を睨みながら、冒険者の一人が疑問を口にした時だった。

 

「肯定する。力無き者を手にかけるのは、騎士道に反する故」

 

 彼の言葉に対し、魔物がくぐもった声でそう回答したのだった。

 

「なっ……こいつ、喋ったぞ!?」

 

「言葉を話す魔物だと……」

 

 その事実に驚愕する冒険者達を前に、その魔物は堂々と名乗りを上げる。

 

「我は魔神将■■■■■様に仕える『紅蓮の騎士』。女神の信徒の力を確かめる為にここに来た」

 

 彼の言葉に衝撃が走る。

 その名前は何らかの力が働いたのか、誰にも聞き取る事は出来なかったが、目の前の魔物は確かにこう言った。

 

 『魔神将』と。

 

「馬鹿な……魔神将だと……!?」

 

 人類の……否、世界そのものの敵であり、過去に何度か現れては世界に災厄をもたらし、英雄達との激戦の末に討ち滅ぼされたという、伝説上の存在。

 その直属の部下が目の前に現れたという事実に、冒険者達は戦慄した。

 

「……やはり、既に動き出していましたか」

 

 その存在を予見していたクリストフも、その部下を名乗る魔物が目の前に現れた事で、驚きを隠しきれない様子だ。

 

「女神の信徒。貴様らの力は現状では取るに足らぬ物だが、その成長は侮れぬ。そして貴様らに力を与えている女神の存在は、我が主の脅威となり得ると判断した。よってこの場で、貴様らを討つ」

 

 そう言って、紅蓮の騎士は背負っていた大剣を抜き放った。その刀身もまた、燃える炎に包まれている。

 

「……ちょっと待て。まるで俺達を殺す事で、女神様に対して何か影響があるかのような物言いだな?」

 

「気付いていなかったのか?信徒が神から加護を得るように、神もまた信徒の信仰によって力を得る。よって貴様らのような力ある信徒を殺し、減らす事で神の力を削ぐ事が我の目的だ」

 

 冒険者の一人が鋭い指摘をすると、紅蓮の騎士はそれに対して律儀に回答をした。その情報を知られようとも、どうせこれから全員殺すのだから構わないとでも思っているのだろう。

 

「……ご丁寧にどうも。だがそれを聞かされちゃあ、はいそうですかと死んでやる訳にもいかねえな」

 

「ああ。俺達の信仰が女神様の力になるっていうなら、何が何でも生き残らなきゃならねえ」

 

 冒険者達が闘志を燃やし、紅蓮の騎士に立ち向かう。

 あまりにも絶望的な戦力差の戦いだが、後に引く訳にはいかない。

 決死の戦いが幕を開けた。



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第18話 決着、そして復活の奇跡※

 突如襲来したA級魔物(モンスター)・紅蓮の騎士と、港町グランディーノを拠点とする十数人の冒険者達との戦いが始まって、数分が経過した。

 たったそれだけの時間で、冒険者達は全員が疲労困憊、満身創痍といった有様であり、対する紅蓮の騎士は単体で彼ら全員を相手取りながら、その巨体は小動(こゆるぎ)もせず、大剣を構えて堂々と大地に立っていた。

 

「つ、強すぎる……」

 

「これが……A級魔物……!」

 

 今にも大地に膝を突きそうになりながらも、痛みに耐えて武器を支えにして立ち続け、立ち塞がる強大な敵を睨みつける冒険者達。しかし、彼らの体力はこの短時間の戦いで既に底を突きかけており、立っているのがやっとの様相だ。

 

 それは戦いというより、一方的な蹂躙であった。

 何しろ、こちらの武器による攻撃が全く通用しないのだ。紅蓮の騎士が身に纏っている業火と高温の蒸気は、近付くだけでも冒険者達の肌を焼き、体力を否応なしに消耗させる。

 そして、紅蓮の騎士が振るうのは刀身が炎に包まれた重厚な大剣。それが振るわれるたびに、鋼鉄製の剣や盾が、それによってバターのように溶断されるという理不尽さだ。死人はまだ出ていないが、武器を破壊されて戦闘続行が難しい者や、重傷を負って倒れた者が何人もいる。既に、冒険者達の戦力は半壊していた。

 

「まだまだああああああッ!」

 

 そんな敗北寸前の絶望的な状況の中、一人だけ気を吐いている男がいる。彼の名はロイド=アストレア。ランクは最下級のFランクながら活躍を続け、注目されている新進気鋭の新人冒険者にして、女神アルティリアの第一の信徒だ。

 彼が持つ刀『村雨』はアルティリアから授けられた品で、常に刀身から水が湧き出る魔法の武器だ。

 そんな水を纏う武器の特性によって、ロイドは紅蓮の騎士と正面から打ち合う事が出来ていた。

 ロイドと紅蓮の騎士が同時に斬撃を放ち、それらが両者の間で激しくぶつかり合う。するとたちまち、ロイドの持つ村雨が纏う水が、炎剣が放つ熱によって沸騰・蒸発して水蒸気を撒き散らす。

 同時に、紅蓮の騎士が持つ大剣が纏う炎が、村雨の刀身から出る水によって鎮火していく。

 

「女神より授かりし武器……我が剣の炎をかき消すとは、流石と言っておこう。だが使い手がこれほど非力ではなあッ!」

 

「何っ!?ぐわぁっ!!」

 

 あらゆる面で正反対の特性を持つ武器同士のぶつかり合い……その勝敗を分けたのは、使い手の力量の差だった。

 紅蓮の騎士のパワーに押し負け、かろうじて柄を全力で握りしめることで武器が弾かれるのは防いだものの、ロイドは大きく吹き飛ばされ、地面を転がった。

 

「お(かしら)ぁっ!てめえ、よくもっ!」

 

 それを見て激昂したのは、海賊時代から付き従うロイドの部下達だ。彼らは一斉に水属性魔法『水の弾丸(アクアバレット)』を放ち、ロイドを援護しようとする。他の冒険者達も、動ける者は彼らに倣い、魔法を放った。しかし……

 

「ふんっ、ぬるいわ!」

 

 紅蓮の騎士が全身に力を篭めると、彼が身に纏う熱気や炎が一層激しくなり、それによって水の弾丸が、着弾する前に蒸発させられてしまう。

 この短い戦いの間に、冒険者たちが何度も目にした光景だ。

 

「何度放とうと無駄な事。我が爆炎闘気の前に、そのような貧弱な魔法は通用せぬ」

 

 全く意に介していない様子の紅蓮の騎士だったが、その直後に一人の少女が杖を振りかぶりながら放った魔法を見て、頭部全体を覆う兜に隠された目を見開いた。

 

「だったら、こいつはどう!?『氷槍(アイススピア)』!!」

 

 『魔力凝縮(コンセントレイト・マナ)』『魔法増幅(マジックブースト)』といった魔法使いの技能をフルに使って強化した、必殺の魔法を放ったのは、先程の戦いの際にロイド達のパーティーに加入した魔術師(メイジ)の少女、リンだ。

 彼女が放った巨大な氷の槍が、紅蓮の騎士に向かってまっすぐに突き進む。

 

 冒険者達が放った水弾は囮であり、本命はリンが放った氷槍の一撃だった。

 

「こ、これは……ぬおおおおおっ!」

 

 紅蓮の騎士が、その手に握った大剣を振るって、氷の槍を受け止める。しかし今度は簡単に受け止める事は出来なかったようで、紅蓮の騎士の体が徐々に押されていき、そして……

 

「ぬうっ!?」

 

 氷槍が遂に、紅蓮の騎士が持つ大剣を弾き飛ばした。弾かれた大剣は回転しながら放物線を描き、離れた地面に突き刺さる。

 しかし同時に氷槍も軌道を逸らされ、敵に命中する事はなかったが、敵の武器を弾き飛ばす事には成功した。

 そして武器を失った敵に、復帰したロイドが襲い掛かる。

 

「こいつで終わりだああああっ!」

 

 仲間が時間を稼いでいる間にクリストフの回復魔法を受け、体力を取り戻したロイドが跳躍し、村正を大上段に構える。

 すると殺人女王蜂(キラービー・クイーン)を倒した時と同じように、刀身から大量の水が急激に湧き出て、巨大な水の刀身を作る。ロイドはそれを、重力に従って真下に向かって振り下ろした。

 対する紅蓮の騎士は、身に纏う爆炎闘気を最大限に開放し、ロイドの攻撃を防御する。

 その攻防の結果は……短い拮抗の末に、ロイドの斬撃が爆炎闘気の防御を突き破り、遂に紅蓮の騎士の体へと、その攻撃を届かせたのだった。

 

「やったか!?」

 

 その光景を見た冒険者の一人が、思わず禁句(タブー)を口にした。

 だからという訳ではないだろうが、ロイドの攻撃によって地面に片膝を付き、決して小さくないダメージを受けたであろう紅蓮の騎士が、ゆっくりと立ち上がり、冒険者達を睥睨する。

 

「フゥー……油断したわ。まさか、我が膝を地に付けるとは……」

 

 紅蓮の騎士が、屈辱と賞賛の入り混じった声でそう呟いた。

 その身を包む爆炎闘気は小さく、消えかけているものの、未だに戦闘不能には至っていない様子である。

 紅蓮の騎士はゆっくりと立ち上がると、素手で構えを取った。右腕を真上に掲げて天に向け、逆に左腕はだらりと下げて地に向ける。

 アルティリアが見れば、空手の天地上下の構えとよく似ているという感想が出てくるだろうが、この異世界の住人にとっては、初めて見る異様な構えであった。

 

「かくなる上は、奥義をもって貴様らを葬ろう!」

 

 紅蓮の騎士がそう言った瞬間、彼の身を包む爆炎闘気が全て、その天地に向けられた両手へと集中・極大化する。それと共に放たれた凄まじい殺気を浴び、逃げ出したくなる気持ちを冒険者達は必死に抑える。

 

「撃たせるなあああ!あれはまずい、発動を許したら死ぬぞ!」

 

 冒険者の一人が口にしたその言葉は事実その通りだと、その場に居た全員が本能で理解していた。

 彼らは一斉に、紅蓮の騎士へと攻撃を仕掛けるが……

 

「遅い!」

 

 紅蓮の騎士が力強く大地を踏みしめると、その地点から凄まじい熱波が周囲に拡散し、それを浴びた冒険者達の動きが、ほんの僅かな時間だが止まってしまう。

 そして、その僅かな時間があれば、紅蓮の騎士には十分だった。

 紅蓮の騎士が、炎に包まれた両腕を大きく回した後に、正面に向かって突き出し、

 

「『火竜破』ァッッ!!」

 

 その掌から放たれるのは、(ドラゴン)の形をした紅蓮の業火。必殺の一撃が放たれ、冒険者達を呑み込まんと迫る。

 それを目の当たりにして、ロイドは死を覚悟した。

 死を目前にして、ロイドの脳裏に走馬燈の如く、これまでの人生の記憶が蘇ってきた。

 父の死と逃亡生活。

 貧しい生活の中、自分達を育ててくれた母の横顔。

 自分を慕う弟や妹の笑顔。

 冤罪で軍を追われた時の、自分を陥れた男の醜悪な嘲笑。

 行き場の無いごろつき共を従え、海賊稼業に精を出した日々。

 それらの思い出が次々と目の前に現れては消えていき、そして……女神(アルティリア)と出会った瞬間を想起した瞬間、天啓の如き閃きが、ロイドの脳を走る。

 

 あの時、巨大なクラーケンを一撃で押し流した、奇跡のような一撃。

 ロイドはそれを望み、一心に祈る。

 

「アルティリア様……俺に力を!」

 

 己の全てを注ぎ込み、ロイドはその呪文を唱えた。

 

「『激流衝(アクア・ストリーム)』!!」

 

 渦巻く激流が、ロイドの持つ村雨から放たれ、炎の竜を迎え撃つ。

 ロイドが放った乾坤一擲の魔法が、敵の奥義を貫く。それだけではなく、そのまま紅蓮の騎士本人ごと飲み込んでいく。

 

「ば、馬鹿な!ぐわああああああああ!」

 

 『激流衝』が直撃し、大量の流水に紅蓮の騎士が吹き飛ばされる。

 その奇跡的な勝利を目の前にして、冒険者達、そしてそれを放ったロイド本人も、歓声を上げる事も忘れて呆然とした表情をしている。

 

「勝った……のか……?」

 

 誰かがそう呟いた時だった。

 倒れていた紅蓮の騎士が、ぎこちない動きで体を起こし、よろよろと起き上がった。

 まだ動けるのか、と警戒する冒険者達だったが……

 

「見事だ……。この戦い、貴様らの勝ちだ……」

 

 紅蓮の騎士は、自らの敗北を認めた。先程まで放っていた殺気や戦意は消えており、これ以上戦うつもりは無い様子だ。

 紅蓮の騎士は、ロイドへと視線を向けて尋ねた。

 

「女神の信徒……名を聞いておこう」

 

「……ロイド。ロイド=アストレアだ」

 

「その名前、憶えておこう、ロイド=アストレア。いずれ、もっと強くなった貴様と戦いたかったが……残念ながら、その機会が訪れる事はなさそうだ」

 

 その言葉の意味を、冒険者達が問おうとした瞬間だった。

 

「がふっ……」

 

 ロイドが、口から大量の血を吐き出し、その場に膝を突いた。

 

「ロイドッ!?」

 

「どうした!?おい、しっかりしろ!」

 

 冒険者達は、突然吐血したロイドに慌てて駆け寄り、彼を介抱しようとする。

 

「我に勝利した事、誇りに思いながら逝くがいい。さらばだ、強き戦士よ」

 

 最後にそう言い残して背を向け、紅蓮の騎士はその場を立ち去った。

 そうして歩き続け、人気の無い魔物の住処である森の奥へと入った後に、紅蓮の騎士は『念話(テレパシー)』の魔法を使い、協力者へと連絡を取った。

 

「おやおやァ?珍しいですねェ、貴方がワタクシに連絡を取るなど。何か問題でも生じましたかねェ?」

 

 念話の相手は、地獄の道化師。アルティリアと戦っていたA級魔物であり、紅蓮の騎士と同じく魔神将の配下だ。

 ただし同じ魔神将の配下とは言っても、仕える主は別々であり、また誇り高い戦士である紅蓮の騎士は、軽薄で残忍な性格の道化師を嫌悪していた。逆に地獄の道化師も、紅蓮の騎士に対して騎士道かぶれのいけすかない鉄面皮、と嫌っている。

 

「……作戦は失敗した。詳細を話す」

 

 心底嫌悪する相手に自分が失敗した事を話すのは、紅蓮の騎士の誇りを傷つけた。話をする間、念話の相手が漏らす含み笑いにも大いに苛々させられたが、それでも私情を殺し、協力者に対して情報を提供する事を、紅蓮の騎士は最優先した。

 

「……以上だ。信徒があれほどの力を発揮するのだ、女神の力は決して侮れぬ。貴様も無理はせず、情報を持ち帰る事に専念するべきだ」

 

「はいはい、ご忠告どうも。ですがワタクシは不甲斐ない何処かの騎士様とは違いますのでご心配なく」

 

 そう言って癇に障る笑い声を上げる地獄の道化師との念話を切ると、紅蓮の騎士はその場に膝を突いた。

 どうやら立っているのも辛いほどの重傷を負った様子で、肩で息をしている。

 

「女神アルティリアとその信徒……いずれまた戦う機会は来るだろう。その時こそ必ず、勝利を我が主に捧げよう。その為にも、更に力を付けなければ……」

 

 紅蓮の騎士は兜の奥で決意に瞳をぎらつかせ、全身からゆらゆらと静かに燃える闘気を湧き上がらせていた。

 

 一方その頃、冒険者達は……

 

「くっ、治癒魔法をかけていますが、このままでは……!」

 

 血を吐いて倒れたロイドに、クリストフが治癒魔法をかけて必死に回復させようとしているが、症状が重すぎてほとんど効果が無い様子だ。

 

「お頭ぁ……いきなり血を吐くなんて、一体どうして……」

 

 海賊時代からロイドに付き従っていた男達が、瀕死のロイドの前で涙を流しながら疑問を口にする。

 その問いに対して答えを出したのは、魔術師のリンだった。

 

「……これは、魔力(マナ)の反動よ」

 

「魔力の……反動?それはいったい……?」

 

「……魔力の操作に失敗して、自分の体を傷つけてしまう現象の事よ。魔法っていうのは高位の物ほど精密な魔力の操作が必要なの。だから自分の力量を大きく超えた高位の魔法を無理に使おうとすれば……こうなるわ。普通は魔法学院に通ったり、熟練の魔術師に師事したりして段階的に魔法を学ぶ事で、それが起きないようにしているのだけど……」

 

 それこそが、魔術師の数が少なく、魔法が専門技術とされている理由である。魔法は便利な反面、魔力の扱いを誤れば自らを傷つける危険な物でもあるのだ。

 ロイドが使った『激流衝(アクア・ストリーム)』はかなり高位の魔法であり、魔法を覚えたばかりの彼が使いこなせるような物ではなかった。暴発か、そもそも発動しないのが当然であり、ちゃんと発動しただけでも奇跡であると言える。

 しかしその代償は大きく、無理に行使した上級魔法の反動により、ロイドは瀕死の重傷を負ってしまったのだ。

 

「ごめんなさい……私がちゃんと、そういったリスクを説明していれば……」

 

「いや……お頭ならきっと、知っていても同じ事をした筈でさあ……俺達を護るために、命懸けで……ううっ、お頭ぁ……」

 

 滂沱の涙を流して悔やむリンを、ロイドの部下達が慰める。彼らもまた、涙と鼻水で顔中がぐしゃぐしゃになっていた。

 彼らが見つめる前で、ロイドの命は今まさに、尽きようとしていた。

 瀕死の状態の中、ロイドが口を開く。

 

「クリストフ……俺はどうやら、ここまでのようだ……。神殿の事、それから部下達の事を、頼む……」

 

「ロイドさん!しっかりして下さい!それは貴方が生きて、やるべき事でしょう!」

 

「それから……アルティリア、様に……志半ばで斃れる事を、お許し下さいと……」

 

「ロイドさん!諦めてはいけません!ロイドさん!」

 

「お頭ぁ!死なないでくれぇ!」

 

 ロイドの体から力が抜ける。嘆きと悲しみがその場を支配した、その時だった。

 突然、嘶きと共に、天空から一頭の天馬(ペガサス)がその場に降り立った。

 しかもその天馬は不思議な事に、その体が透き通る水で構成されていた。

 

「何だ!?」

 

「あれは……まさか天馬か!?」

 

「待て、水で出来ているぞ。この馬はいったい……?」

 

 その異様な姿を見て驚愕する冒険者達だが、彼らはすぐに答えに辿り着いた。

 

「まさかこの幻獣は、アルティリア様の遣いか?」

 

「ああ、そうに違いない。しかし一体なぜ?」

 

 皆が疑問に思う中で、クリストフは顔を上げて、天馬に問う。

 

「貴方は、ロイドさんの魂を女神の御許(みもと)にお連れする為に来たのですか?」

 

 神話によれば、敬虔な信者や偉大な英雄の魂は、死後に神の住まう処へと運ばれ、英霊として神に仕える事を許されるのだという。

 もしもそうであるなら、ロイドが死んでしまった事は身が引き裂かれるように悲しいが、信奉する女神の下へと行けるのであれば、彼はきっと喜ぶだろう。

 そう考えるクリストフだったが……

 

「それは違う」

 

 天馬が言葉を発し、クリストフの言葉を否定する。

 かと思えば次の瞬間に、天馬は少女へと姿を変えていた。ただし人間の少女とは違い、その体は天馬の時と同じように、透き通る水で構成されていた。

 

「あ、貴女様はいったい……」

 

「私はアルティリア様に仕える精霊の一体。アルティリア様の意志を伝える」

 

 そう言って、水精霊は天馬形態の時に口に咥えていた宝玉を掌に載せ、それを倒れたロイドの死体に向かってかざした。

 

「ロイド=アストレア。生きよ、汝はここで死ぬ運命(さだめ)にあらず」

 

 すると次の瞬間、宝玉から黄金色の光が溢れ出し、それがロイドの体を包んだ。そうして数秒が経過し、光が収まると……

 

「これは……どうなってるんだ……?俺は、死んだ筈じゃ……」

 

 死んだ筈のロイドが目を開き、体を起こし、言葉を発した。

 死者の蘇生。その奇跡を目の当たりにした冒険者達の様子は、感極まって号泣する者や、生き返ったロイドに抱き着く者、跪き祈りを捧げる者など様々だ。

 

「務めは果たした。さらばだ」

 

 大騒ぎの中、水精霊は再び天馬形態に変身し、悠々と飛び去っていった。

 

 こうして冒険者達の長い一日が、ようやく終わる。

 魔物の群れによる大規模な襲撃、そして魔神将の配下を名乗るA級魔物の襲来という恐るべき事件が起こり、今後も敵の動きを警戒する必要があるだろう。

 しかし、冒険者達の胸に不安は無かった。

 死者の復活という史上最大の奇跡を体験した彼らの心には、女神への信仰が熱く燃え上がっており、彼らはより一層、信じる女神の為に戦う決意を固めていた。

 

 ついでに地獄の道化師を一蹴して、久々に戦闘したから疲れて昼寝をしていた女神(アルティリア)は、急激に膨れ上がった信仰を一身に浴びて、なんかビクンビクンと痙攣しながら飛び起きていた。



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第19話 裏タイトル:ロストアルカディアⅦ ~Goddes of Ocean~

 草生える。

 

 いや何がって、ロイドの死因だよ。

 本人や周りの人間からしたら笑い事じゃないんだろうが、それを聞かされた時は思わず吹き出すのを堪えるのに必死だった。

 

 魔力(マナ)の反動による反動死は、LAOにおける初心者魔法職の死因ナンバーワンである。

 それぞれの技や魔法に設定された、必要なステータスの数値やスキルレベルが足りていないのに、無理に上級の魔法を使おうとして暴発&反動死するのは、初心者がよく通る道であり、俺も初心者だった頃にはやらかした事がある。

 

 反動で思い出したが、数多くある魔法の中には『隕石召喚(メテオ)』や『大崩壊(カタストロフ)』『超新星爆発(スーパーノヴァ)』といった大災害を引き起こすような超級魔法も存在し、それらは俺クラスに魔法を極めたプレイヤーが、自分の特化系統の物に限って、ようやく安全に発動できるレベルの代物だ。

 俺が使える超級魔法は『海神の裁き(ジャッジメント・オブ・ネプチューン)』や『大津波(タイダルウェイブ)』等幾つかあるが、そのどれもが水属性だ。一応、他の属性の超級魔法も使えなくはないが、使えばほぼ確実に反動で死にかけるだろう。しかも水属性に特化した俺が使っても水魔法ほどの威力は出ない為、デメリットに対して使うメリットが小さすぎる。なので使う機会は無いだろう。

 

 ちなみに、世の中には反動上等で死にかけながら超級魔法を連打するような、トチ狂ったプレイヤーも存在する。一発撃つ度にHPとMPを全損しながら死に戻り(ゾンビアタック)を繰り返すような変態だ。

 そう、あれは俺がまだ『俺』、LAOプレイヤーの日本人男性だった頃。俺はギルド間戦争(GVG)に傭兵として雇われて参加した事があった。

 その時に敵側のギルドに雇われていたのがその男。キャラクター名は、スーサイド・ディアボロス。ダークエルフの男で、メイン職業は大賢者(アークウィザード)。魔法攻撃力と詠唱速度に極振りし、いきなり出てきては超速詠唱で超級魔法をブッ放し、反動で勝手に死んでは数分後にまた出てきては別の超級魔法ぶっぱ、以下エンドレスという、傍迷惑な対人ガチ勢にしてLAO日本サーバーが世界に誇る、令和の時代に蘇った特攻兵器だ。

 当時ヤツと戦った時には、それはもう酷い目にあったものだ。思い出したくもないので詳しい説明は省く。

 

 ロイドや信者達にはあの変態のようになってほしくはないので、今後は無理に上級魔法を使うような真似は慎むようにと、きつく言い含めておいた。

 

「という訳で加護ドーン!」

 

 信者達から集まった信仰心を数値化したFPがいっぱい集まったので、新しい加護を取得する。

 なんか知らんけど昨日また物凄い勢いで増えたんだよなぁ。

 というわけで、今回取得した新しい加護は……こちら!

 

 『能力強化:魔力+』

 あなたの信者のステータス『魔力(MAG)』の値と成長率にプラス補正。

 

 『属性耐性強化:水属性+』

 あなたの信者の水属性攻撃に対する耐性にプラス補正。

 

 『生活強化:料理+』

 あなたの信者の生活スキル『料理』の値と成長率にプラス補正。

 

 一気に三つ追加だ。

 ついでにEX職業『小神』のレベルも上がり、新しい技能も手に入れた。

 それがこちらだ。

 

 『神罰(パニッシュメント)(アクティブ)』

 あなたの怒りを買った者に対して使用可能。

 発動後、対象に与えるダメージを大きく上昇させる。

 ただし、対象のレベルがあなたのレベル以上の場合は効果が無い。

 

 完全に戦闘用の技能だ。

 昨日現れた、地獄の道化師という魔物との戦いを経た事で目覚めたのだろうか。

 そう、穏やかな心を持ちながら、激しい怒りによって目覚めた伝説の(スーパー)エルフ神が覚醒したのだ。

 これは今後の魔神将との戦いで役に立ちそうだ。

 

 そう考えたところで思い出した。

 ロイドとの通信によれば、敵が魔神将の配下を名乗っていたそうだ。

 

「よりによって魔神将かぁ……」

 

 魔神将。その名前には心当たりがあった。俺でなくても、LAOプレイヤーなら皆聞き覚えがある名前だろう。

 

 魔神将……それはLAOにおける、全プレイヤーが協力して進めるグランドクエストの討伐対象であるユニークボスモンスター。

 および、その前身であるコンシューマーRPG、ロストアルカディアシリーズの歴代ラスボス、またはそれに準ずる存在である。

 

 そもそもロストアルカディアシリーズは初代から最新作のLA(ロストアルカディア)(シックス)まで、全て同一世界の異なる場所・時間を舞台にしていた。それは、オンラインゲームであるLAOも例外ではない。

 そして、それら全ての作品で世界の敵として存在感を放っていたのが、魔神将というボスモンスターだ。

 

 魔神将はソロモンの使役する72柱の魔神がモチーフになっており、元ネタ通りに全部で72体存在するらしい。

 LAシリーズの各作品でラスボスとして1体ずつ討伐され、LAOでも年に1回くらいのペースで出てきては全世界のプレイヤーが総出でボコって、これまでに3体が撃破されている。

 つまり、俺が知っている限り、魔神将は9体倒され、残りは63体である。

 

 ……で、どうやらこれが、この世界にもいるっぽい。

 どうも長い間、姿を見せていないので詳細はわからないとの事だが、それでも恐怖の象徴として名前が伝わっている程度には恐れられている存在のようだ。

 

「……って事はこの世界、やっぱりLAシリーズの世界なんだろうなぁ」

 

 それはほぼ確定事項として扱うが、問題が一つある。

 あのシリーズの世界はアホみたいに広く、LAOを含めた7タイトル全てで別の場所を扱っているにも関わらず、それは世界のほんの一部に過ぎないのだ。

 一応、LAOでは原作シリーズに登場した範囲も含めて、相当な広範囲を扱ってはいたものの、それでも俺が知る限り、世界地図の3/4くらいは謎に包まれている。

 なので、ここがLAシリーズの世界だとしても、原作に登場していない時代や地域である可能性は高いのだ。そもそもロイドの話に出てきた、ローランド王国とかグランディーノの町なんて聞いた事も無いしな。

 

「って事は、原作知識とか通用しなさそうだなぁ……」

 

 元々はLAOとはまるっきり無関係な異世界に飛ばされたと思っていたので、原作知識とか全く当てにもしていなかった。

 そしてここがLAシリーズの世界だとしても、本来であれば特に必要だとも思わず気にしていなかっただろう。

 だが、魔神将に目をつけられたとなれば話は別だ。

 

 前述の通り、魔神将は各タイトルで英雄達と最後に激闘を繰り広げた末に討伐されたラスボスであり、LAOでも全世界のプレイヤーがタコ殴りにして、ようやく撃破できるレベルの大ボスである。

 なので、俺が一人で戦って勝てるような存在では決してない。

 

 魔神将の本体は狭間(はざま)と呼ばれる異次元に存在しており、本体がこの世界に干渉してくる事は滅多にない。

 そのため、すぐ直接対決する羽目になるような事はないと思うが……連中に敵として認識された可能性が高い以上、油断はできない。

 奴らの攻撃に対する、備えが必要である。

 

「……そうだな。ここは信者達に頑張ってもらおう」

 

 俺一人では魔神将の本体には太刀打ちできない以上は、他の誰かの力を借りる必要があるのは確定的に明らかだ。

 そうなるとその候補として上がるのは、俺に信仰を捧げ、俺が加護を与えている相互互助関係にある信者達である。

 

「というわけで、君達には英雄になってもらおうじゃないか」

 

 方針は決まった。

 信者の皆にはこのまま魔神将を倒せるくらいに強くなってもらおう。その為に俺は加護やアイテムなんかで彼らをバックアップするのだ。

 最終的にはLAOの廃人級に育った彼らに魔神将を討伐させて、俺はその背後で腕組みして師匠面でもしていれば良いんじゃないだろうか。

 おっ、何だかいける気がしてきたぞ。

 

 というわけで本日のログボは……これだ!

 

 『大英雄の教本』

 【タイプ】

 消耗品/書物

 【効果】

 使用者が獲得する経験値と戦闘スキルの熟練度を2倍にする。

 効果時間は使用から3時間。

 

 課金アイテム『大英雄の教本』だ。

 過去の英雄が書き記した古い書物であり、一度読むと朽ちて無くなってしまうが、そこに記された偉大な経験を垣間見る事によって、読んだ者の成長を促す代物だ。

 課金アイテムのため、それなりに貴重な品であり、あまりストックは多くないが、1個消費するだけで信者全員に配れるとなれば使う価値はあるだろう。

 

「信者達よ、これを使って更に成長するのです……」

 

 俺はいつでもお前達を応援しているぞ。

 それを使ってレベルアップして、俺のかわりに魔神将をフルボッコにしてくれ。

 

 

 後に結局、最前線で信者達と一緒に戦う羽目になる事を知らず、この時の俺はそんな風に考えていたのだった。



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第20話 このエロ装備を買った奴は誰だぁっ!

 俺がそんな他力本願な決意をしてから、数日が経過した。

 その間は平和そのもので、俺は魚を釣ってバフ料理を作り、それを信者達にお裾分けしたり、便利な消費アイテムを配ったりして彼らのレベリングをサポートしていた。

 ちなみに先日、『生活強化:料理+』の加護を取ったので、配布した料理のレシピは神託(ツイッター)で公開している。

 そしたらなんか信者がけっこう増えた。多分料理人とか主婦あたりだと思う。

 

 さて、その間も信者達の窓口であるロイド=アストレア(26歳独身。最近Eランクに上がった冒険者)との定時連絡は欠かさず行なっており、今日も彼との通信でお互いの状況確認をしていたところ、

 

「アルティリア様、朗報です。神殿ですが、もう数日のうちに完成する見込みです」

 

「……それは大変結構な事ですが、随分と早いですね?」

 

 俺の記憶が正しければ、建築に着手したのが数日前だった筈なんだが。

 

「領主様が全面的に協力してくださいまして、町中の商人・職人達のみならず、近くの町や村からも沢山の人が手伝いに来てくれたおかげで、予定よりも大幅に早く完成しそうですよ」

 

「……なるほど。皆に私が感謝していると伝えておいてください」

 

「勿体ないお言葉です」

 

 予定よりだいぶ早くなってしまったが、これは好都合かもしれない。

 魔神将の配下……地獄の道化師や、ロイドが戦ったという紅蓮の騎士は、俺がタイマンで戦えば普通に勝てるくらいの相手だが、信者達にとっては圧倒的に格上の相手に違いない。

 俺だって、あの連中が束になってかかってくれば苦戦くらいはするだろう。

 そして無いとは思うが、魔神将の本体が襲撃してきた場合はほぼ確実に死ぬ。まあ、あいつら自身が狭間から出てくる事自体が滅多に無い事なので、その可能性は限りなく低いのだが。

 

 そういった次第で、ここはそろそろ信者達と合流して、彼らを鍛え上げ、強固にバックアップする体制を整えるべきだろう。

 正直、神として祀り上げられるのは気が重いのだが、事ここに至っては覚悟を決めるべきだろう。

 俺は神として信者達を導き、いつか来る魔神将との戦いに備えるのだ。

 

 ロイドとの通信を終えた俺は、信者達との対面の準備をしなければと思い立った。

 

「……まずは服装か。流石に水着はまずいか?」

 

 現在の俺の恰好は、白いビキニの水着の上に『水精霊王の羽衣』を羽織った格好である。自慢の爆乳の谷間を惜しげもなく晒した濡れスケ水着姿は大変眼福ではあるものの、流石にこの恰好で大勢の前に出るのは少々恥ずかしいものがある。

 あと、初めての信者達との対面で男の信者達が軒並み前屈みになっているような事態は避けたい。絵面が最悪である。

 というワケで、緊急ドスケベ禁止令を発令する。ここは女神らしい、清楚な服装をチョイスするべきであろう。

 

「とりあえず、持ってるアバター装備並べてみるか……」

 

 アバター装備とは、通常の装備とは別に、キャラの見た目だけを変える事ができる装備品である。

 性能を重視して装備を揃えたら見た目がゴッツい鎧姿になったり、とっ散らかったファッションになったりする事は、よくある事態だ。

 装備の性能は大事だけど、オシャレもしたい。そんな要望に応えるためにあるのがアバター装備というわけだ。

 

 アバター装備はプレイヤーが生産スキルで作るもの、クエストの報酬で入手できる物、そして課金してリアルマネーで購入する物、課金ガチャで出る物など様々である。

 俺は心血を注いで作り、育てたアルティリアというキャラを着飾るために、そんなアバター装備を多数買い揃えていた。それらを道具袋から取り出し、ずらりと並べて見回してみる。

 

「とりあえず……着てみるか」

 

 ゲームの時とは違い、ワンクリックで装備を変えるというのは出来ないので、俺は水精霊王の羽衣と水着を脱ぎ、一糸纏わぬ姿になった。

 一人ファッションショーの始まりだ。

 

 まずは下着だ。白いレースのブラとショーツのセットを手に取る。女物の下着を着る事に対する抵抗は最早無いに等しく、スムーズにそれらを身に着けていった。

 そして、俺は一着目の服に手を伸ばした。

 

 メイド服だった。

 しかも胸の谷間を強調し、スカートはパンツがギリギリ見えるか見えないかくらいのミニスカートだ。

 試しに着てみて、魔法で氷の鏡を作って自分の姿を正面から見てみる。

 ドスケベメイドエルフがそこにいた。

 

「はい却下、次」

 

 次のアバター装備を手に取る。セーラー服だった。

 白いセーラー服に水色のスカーフ、紺色のプリーツスカート、白い二―ハイソックス、革靴のセットだ。

 着てみた結果だが、まず上半身。豊かなおっぱいが制服を大きく押し上げており、そのせいで丈が足りず、おへそがチラ見えしている。

 次に下半身。元々丈の短いスカートが、大きなお尻の盛り上がりのせいで更にギリギリだ。その下にむちむちの太ももが眩しい絶対領域を作っている。

 ドスケベJKエルフがそこにいた。

 

「アウトォ!」

 

 お次は金糸で刺繍された、真っ赤なチャイナドレスだ。

 それに合わせて長い水色の髪をお団子状に纏めて、シニヨンキャップを付ける。

 豊満な体のラインがくっきりと出て、下半身は深いスリットが入っており、健康的な脚がまる見えだ。

 ドスケベチャイナエルフ爆誕である。

 

「はい次……ニンジャナンデ!?」

 

 鎖帷子と、妙に露出度の高い和服のセットだ。首に赤いマフラーを巻き、腰には巻物や苦無が吊るされている。

 確かこれは『忍者』の職業が実装された時に、ガチャの景品で出たやつだ。ガチャ産のアバターなので、忍者の技や術に対して若干のプラス補正がかかる、性能も兼ね備えた逸品である。俺は忍者は取っていないので意味は無いが。

 ドーモ、読者=サン、ドスケベくのいちエルフです。

 

 その他にもスクール水着や露出度の高いウェイトレスの服やら、海賊団のボスを倒した際に入手した女海賊の服、夢魔の女王(サキュバスクイーン)を倒して手に入れた彼女のコスチュームなど、出るわ出るわ、様々なアバターが。

 それらの装備を着たお色気増し増しのアルティリアを眺めるのは大変楽しく、俺もノリノリでそれに着替えてみたりはしたのだが、まるで進展が無いのが問題だ。

 

「ええいエロ装備はもういい!今必要なのは清楚なやつだ!」

 

 ちょっと大勢の人前に出るのに適さないやつを道具袋に押し込んで、俺は数少ない、残った服に手を伸ばした。

 そこで、俺が手に取ったものは……

 

「アイドル……だと……?」

 

 フリフリの装飾がたくさん付いた、可愛いアイドル衣装だった。

 これも課金ガチャのレア景品で、音楽やダンス系の技能に補正がかかる品で、更に待機モーションが専用の物に変化し、衣装専用の動作(エモーション)が使用可能といった効果がある。

 この衣装の専用エモーションは『アイドルポーズ』というもので、キラキラしたエフェクトを出しながら、くるっと一回転した後に

 

「キラッ☆」

 

 と、顔の横でピースサインを決めるものだ。

 ……ハッ!?いつのまにか無意識のうちにアイドル衣装を着て、アイドルポーズをキメていた……だと……!?

 

 俺は咄嗟に周囲を見回した。

 視界には一面に広がる大海原が映っており、誰も居ないのは分かっているが、万が一にも今のを誰かに見られていたらと思うと、顔から火が出そうになる。

 少しの間、顔を真っ赤にしながらうずくまってプルプル震えた後に、俺はアイドル衣装を永久封印する事に決めた。



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第21話 見てわからんか、ドスケベエルフ女神像だ※

「決断する……というのは、とても大事な事だ」

 

 男が語る。

 こちらに背を向け、海を見つめながらそう語る彼の身長は130cmと、子供並に小さい。耳はエルフ程ではないが細長く、先が尖った形をしている。どちらも小人族という種族の特徴だ。

 その小さな体は無駄なく鍛え抜かれ、幼い顔には歴戦の古強者特有の貫禄が宿っている。

 彼の名はうみきんぐ。俺の友人の一人だ。俺達は親しみと敬意を込めて、彼をキングと呼んでいる。

 

「大なり小なり、俺達は生きていく上で、様々な決断をしていく。今日の夕飯は何を食べようかという小さな悩みから、かのデンマークの王子が言った『生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ』といった命題に至るまで。それら全てに対して俺達は決断し、答えを出さなければならない」

 

 随分と勿体ぶった言い回しをする。

 この男は時々このような大仰な、芝居がかった台詞を言う事があった。今回もそれだろうと、俺は当たりをつけた。

 

「しかし、より大切なのは、決断した後だと俺は考える」

 

「決断し、行動したならば、当然それよって結果が生じる。成功か、失敗か……結果がどちらに転ぼうとも、自身の決断とその結果を全て受け入れ、それを後悔しない事……その覚悟こそが、最も重要なのではないだろうか」

 

 俺は、自分の右隣に立つ黒髪の、鎧を着て白い槍を背負った少年、クロノに視線を向けた。彼は気まずそうに目を逸らした。

 次いで逆側の左隣に立つ赤髪の大男、バルバロッサに目をやると、そいつはニヤニヤと愉快そうに含み笑いを浮かべていた。

 それを見て全てを悟った俺は、キングの背中に向かって語りかけた。

 

「キング、また爆死したのか」

 

「ああ、そうだよ畜生」

 

 キングは心底悔しそうに拳を握りしめて、その小さな体を震わせていた。

 

「……天井まで5回回して、全部PUすり抜けだそうです」

 

 クロノが悲しそうに、ぼそりと呟いた。

 天井とは、課金ガチャを回しても最高レアの景品が引けない状態が一定回数まで続いた場合、そこで必ず最高レアが引けるようになるという、一種の救済措置の事だ。

 しかし、そこで引ける最高レアが、アップデートで新たに実装された目玉商品であるとは限らない。最高レアの中にも複数の景品があり、目玉商品はPU(ピックアップ)――同レアリティの他の景品よりも出現確率を多めに設定されている事だ――されているが、それを外して目当ての物とは違う品を引き当ててしまう事を、俗にすり抜けと言う。

 

「頭では分かっていても……難しいものだな、己の決断の結果を受け入れるという事は」

 

 なんか恰好いい事言ってるキングだが、実際はガチャに大金を突っ込んで大爆死をキメただけである。

 そうなった時のキングはこのように、ちょっと情緒不安定な感じになってキャラが崩壊するが、まあ割とよくある事だ。

 ちなみにこの後、俺もガチャを回して、最初の10連で目玉商品を含む最高レアの景品を2つ引いた。キングには内緒だ。

 

 俺は、そんな事もあったなぁ……と、懐かしく感じながら思い出していた。

 決断と、その結果を受け入れる覚悟。果たして今の俺に、それがあるのかと、ふと考える。

 

「だが今更後戻りはできん。なら、突き進むだけだ」

 

 神として信者を導き、魔神将やその配下の魔物達との戦いを始める為には、揺るぎない覚悟が必要だ。

 だから今、その決意を固めよう。

 

 この世界にやってきた日に、俺は『アルティリア』として生きると決めた筈だ。

 女神アルティリアとして、俺は……この世界の人々と共に生きていく。

 俺は、そう決断した。

 

「……さて、そろそろ時間か」

 

 俺は昨日、ロイドとの定時連絡にて、神殿が完成したという連絡を受けた。

 その際に俺は今日、神殿に向かうと返事をした。

 いよいよロイドとその仲間達以外の信者達と対面する事になった為、柄にもなくナーバスになって、決心を固めたりしていた訳だ。

 

 迷走しまくった一人ファッションショーから数日が経ち、人前に出ても恥ずかしくない恰好も見繕う事ができた。

 今の俺の服装は、清楚な白いワンピースの上に水精霊の羽衣を羽織っている。いつもの恰好に服と靴を足しただけとも言う。

 ちなみにこの服は、持っていた布系素材を使って裁縫スキルで作った物だ。

 俺の高い縫製技術で作った為、生半可な鎧よりも防具として優れている。俺レベルの廃人が戦闘時に装備するには頼りないが、普段着としては上出来だろう。

 

「……行ってきます」

 

 地球と、かつての『俺』だった頃の自分と、友達への別れを告げて。

 俺はEX職業『小神(マイナー・ゴッド)』の技能(アビリティ)『神殿への帰還』を使用した。

 

 頭の中に、神殿の位置が浮かび上がってくる。今いる無人島からずっと南の方角に一箇所。その神殿に向かって、俺は転移した。

 

 

  *

 

 

 ……一方その頃。

 同時刻、ロストアルカディア・オンライン 日本サーバー内の、とある島にて。

 

「……ああ、行ってこい」

 

 一人の男が、島の南に広がる海に向かって、そう呟いた。

 彼の頭上には『OceanRoad』というギルド名とギルドエンブレム、それからギルドマスターである事を示すマークと共に、『うみきんぐ』というプレイヤー名が表示されている。

 擦り切れてボロボロになった赤いマントと褌のような形の腰布(ロインクロス)、海獣の鱗で表面を覆った手甲と脚甲を身に着けた、小人族の男だ。

 

 彼がいるのは、エリュシオン島という名の孤島だ。記念すべきシリーズ第一作、ロストアルカディアの舞台となった広大な島である。

 

 伝説に曰く、そこは大洋を超えた世界の中心にあり、神話の時代に人々が神と共に暮らしていた場所である。

 しかし長い時を経て、その島の場所や向かう方法を知る者は、誰もいなくなった。

 広い大洋の果て、嵐の海に囲まれ、誰もそこに辿り着く事が出来ない島。

 そんな忘れ去られた楽園(ロストアルカディア)に一人の冒険者が辿り着いたところから、全ての物語は始まった。

 

 このLAOにおいても、シリーズ第一作の舞台であるエリュシオン島の存在は、サービス開始当初から噂になっていた。

 しかし原作通りに、常に吹き荒れる嵐に囲まれていたこの島に辿り着くのは至難の業であり、またゲーム内に実装されているか否かも定かではなかった。

 だが、このうみきんぐという男は「ある」と信じ、幾度の失敗にも挫けずに挑戦し続け、遂には嵐の海を踏破し、この島へと辿り着いた。

 その偉業を讃えて、運営チームは彼にEX職業『大海の覇者(ロードオブオーシャン)』及びとある神器アイテム、そしてエリュシオン島の領有権を与えた。

 

「実装はしていたが本当に辿り着けるプレイヤーが居るとは思っていなかった。サービス終了時にでも行き方を発表するつもりだったが、まさか正攻法で嵐を超えてくるとは予想も出来なかった。潔く敗北を認めよう。彼はまさしく海の王者であった」

 

 運営チームが上記の発表をするような異例の事態であり、エリュシオン島到達の報告がなされた時には世界中のプレイヤーがお祭り騒ぎになったものだ。

 

 そんな偉大なる大海の覇者たるうみきんぐは、彼の領地となったこのエリュシオン島にて、とある物を作っていた。

 それは……

 

「なあキング、そりゃあ一体何だ?」

 

 友人である巨人族の海賊王、バルバロッサがうみきんぐが作っていた巨大な建造物を見上げながらそう尋ねる。その横には人間の騎士、クロノも居る。

 彼ら二人はうみきんぐがギルドマスターを務めるギルド『OceanRoad』のメンバーであり、エリュシオン島への航路を知る数少ないプレイヤーだ。

 うみきんぐは作業をする手を止める事なく、彼らに答えた。

 

「見てわからんか、ドスケベエルフ女神像だ」

 

 彼が作っていたのは、巨大な女神像であった。

 しかもただの女神像ではない。貴重な神聖石(ホーリーストーン)を惜しげもなく素材に使った、自由の女神くらいのサイズの巨像である。

 更にその女神像の姿は、面積の少ない水着を着た、爆乳巨尻の豊満で扇情的な体つきをした、エルフの美女であった。

 うみきんぐはそれを、たった一人で作り上げていた。完成は間近である。

 

「……どうするクロノ、またキングがおかしな事を始めやがったぞ」

 

「どうするも何も……」

 

 顔を見合わせて困惑する二人だったが、うみきんぐが作っているドスケベエルフ女神像を見ると、不思議と懐かしい気持ちが胸の内に湧きあがってきた。

 

「しかし、なんだ……あの女神像を見てると、なんか懐かしいっていうか……どっかで会った事があるような気がしてきてな……」

 

「バルさんもですか……?俺もなんだか親近感っていうか、よく知っている人のような気持ちが……」

 

「あんな特徴的な見た目のキャラ、一回会ったら忘れらんねぇと思うんだがなぁ……何かこう、喉の奥に引っ掛かってるようなモヤモヤする感じがな……」

 

 その会話が示す通り……彼らの記憶から、アルティリアというキャラクターおよび、そのプレイヤーの存在は消滅していた。

 何故ならば、その人物はもはや存在せず、ある日忽然と、地球およびゲームサーバー上から消え去ったのだ。しかもその原因は、このゲームの舞台と酷似した異世界への転移という異常事態であり、常識的に考えればありえない事だ。万が一にもそれが知れ渡れば、大混乱になるのは火を見るよりも明らかだ。

 その為、そのような人間およびキャラクターは最初から存在しなかったという修正力が働き、人々の記憶と記録は改竄されてしまった。

 最早アルティリアとそのプレイヤーを知る者は、地球上には残っていない……筈であったのだが。

 

「丁度いい、お前達もこの女神像に祈っていけ。この女はアホだが泳ぎが上手いし、ガチャやボスドロップの引きが良い。信仰を捧げればご利益があるかもしれんぞ」

 

「それは良いんだがよ……なあキング、いったい誰なんだ?その女は」

 

「森じゃなくて海に住んでて、乳と尻がやたらとデカい新種のエルフ、通称海産ドスケベエルフだ。ちなみに魔法は水属性だけは超得意だが、それ以外はゴミで弓も一切使えん。槍はそこそこ使えるが」

 

「エルフの特徴全否定じゃないですか……何なんですかその人……」

 

「……変なエルフの女神様で、俺の友達さ」

 

 うみきんぐはそう言って、作業の手を止めた。彼の手によって、女神像が完成したのだ。

 最後に彼は、女神像を支える台座に、その女神の名前を彫った。

 

 アルティリア。

 

 その名前は確かに、そこに刻まれていた。



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第22話 神殿防衛戦※

「ようやく、この日が来た」

 

 完成した神殿の前に立ち、見上げながらロイド=アストレアはそう呟いた。

 彫刻がされた白い大理石の壁や柱が、陽光を浴びてキラキラと光り輝いている。グランディーノの町のみならず、近隣の町や村から、あるいは遠くからも多くの職人や労働者が集まり、昼夜を問わずに働き続けた事によって驚くほどの短期間で完成した、多くの人の力を集結させて作り上げた神殿だ。

 それを見上げるロイドの胸に、達成感がこみ上げる。

 

「おっと、いかんいかん。ここからが正念場だ……気を引き締めねば」

 

 平手で自身の両頬を叩き、ロイドは気合を入れ直す。

 何しろ、これから信奉する女神を迎えなければならないのだ。

 それに伴って、気掛かりな事もある。

 

 神殿の建築は領主や町長、グランディーノの町に拠点を置く各組合のリーダーが主となって行なっていた。その間にロイド達のような冒険者達がやっていた事は、いつも通りに討伐依頼を受けながらの、周辺地域の調査であった。

 少し前から、グランディーノの周辺一帯では魔物の出現頻度が増加傾向になり、しかも強力な魔物の姿を見かける事が多くなった。

 しかし、少し前に起こった殺人蜂の大量襲撃事件および、魔神将の配下を名乗る紅蓮の騎士との戦い以降は、逆に魔物の出現頻度が大きく下がり、特にここ数日は明らかに異様ともいえるほど、魔物の姿が見えない日が続いていた。

 しかも昨日など、受けた討伐依頼が全て、魔物が一匹も見つからずに不発という異常事態が発生したのだ。ロイドのパーティーだけではなく、グランディーノの組合に所属する冒険者全員が、である。

 

 明らかにおかしい。魔物達はどこかに姿を隠している。ならば、奴らの狙いは一体何だ?

 恐らくその狙いは、今日この日に大規模な襲撃をかける事だろう。

 

 今日、この神殿には女神の降臨を一目見ようと大勢の人が集まっている。その中には町長や各組合長、領主をはじめとする貴族、王都の神殿から来た司祭といった、高い地位にいる者も数多くいる。

 その為、襲撃は絶対に阻止しなければならない。港や町周辺は海上警備隊がしっかりと守りを固めており、冒険者達はこの神殿の周囲や街道の警備を行なっていた。

 また、手薄になった他の拠点への襲撃に備えるため、領主が率いる軍の者達は一部の精鋭のみを残し、大部分は他の町や村への襲撃を警戒している為、この場には居ない。

 

 アルティリアが降臨する予定の時間までは、まだ少しある。

 出来ればこのまま、何事もなく時間が来てほしいと、ロイドが思った瞬間だった。

 

 港の方向から、轟音が鳴り響いた。

 これは、海上警備隊が所有する戦闘艦に搭載された、大砲の発射音である。

 この神殿はグランディーノの東側、小高い丘の上にあり、丘の上からは町や港が一望できる。

 ロイドの目には、海からやってくる魔物の群れと、それに対して発砲する戦闘艦の姿が見えた。旗艦の甲板上では、赤い髪の屈強な中年男性が指揮を執っているのが見える。警備隊の副長、グレイグ=バーンスタインだ。

 

 あちらは彼らを信じて任せるしかないだろう。問題は……

 

「兄貴ィ!来ましたぜ!南の街道から真っ直ぐに、こっちに進んでます!」

 

 街道を見張っていた冒険者であり、ロイドを兄貴と慕うバーツという男が、息を荒げながらそう報告をしてきた。

 

「やはりこっちにも来たか!応戦するぞ!」

 

 ロイドが腰の刀に手をかけ、戦闘態勢を整える。

 

「クリストフ、手はず通りに頼むぞ!」

 

「お任せを!」

 

 ロイドの友人であり、神官のクリストフが、領主や各組合長と共に、この場に集まった民衆を集合させる。

 彼らを護衛するのは領主が連れてきた軍の精鋭達であり、クリストフや、王都の神殿から訪れてきた司祭や高位の神官達が、そんな彼らを支援する構えだ。

 

「来たか。あれは……牛頭巨人(ミノタウロス)か!」

 

 街道を通って現れたのは、その名の通りに牛のような頭部を持つ、二足歩行する人型の魔物だった。その体躯は3メートルを超える巨体であり、防具は身に着けていないが、手にはその巨体に相応しい巨大な武器を携えている。

 D級魔物、牛頭巨人の戦士(ミノタウロス・ウォリアー)だ。動きは鈍重で頭も悪いが、筋力と耐久力だけはC級上位の魔物に匹敵する難敵である。

 醜悪な巨人の群れが街道をまっすぐに、神殿に向かって駆けてくるのが見えるのと同時に、彼らの重い足音が幾重にも重なって、地鳴りのような音が響く。

 

「リン!まずは一発ぶちかますぞ!準備出来てるな!」

 

「任せといて!いつでも行けるわ!」

 

 待機していた魔術師の少女が、杖を掲げて元気よく答える。

 

「くらいなさい!『大水球(ウォーター・ボール)』!」

 

 掲げた杖の先に、直径1メートルほどの巨大な水の塊が生成される。

 女神の加護と、リン自身の努力の甲斐があって、彼女は短期間のうちに魔法の実力を大きく伸ばしていた。

 

「いっけぇ!」

 

 リンが杖を、疾走する牛頭巨人の群れに向けると、巨大な水球が彼らに向かって放たれた。

 それを目にした牛頭巨人たちはしかし、足を止める様子も見せずに走り続ける。先頭に立っていた個体がそれを迎え撃たんと、走りながら手にした巨大な斧を振りかぶって、迫り来る大水球に向かって全力で振り下ろす。

 なかなかの勇敢さだが、それが命取りとなった。斧が命中する寸前に、水の球体が破裂したのだ。そして、大量の水がその場に溢れ出した。

 その衝撃と、次々に勢いよく流れ出す水によって、先頭集団の魔物がたまらず転倒する。そうなれば後続の魔物達も、走っている最中に突然前にいる者達が転んだ為、すぐに止まる事が出来ずに前方の集団に激突する。

 その連鎖が次々と続いて、先頭から最後尾に至るまでの大規模な玉突き事故が発生した。

 

「今だ!『凍結(フリーズ)』!」

 

 その様子を見て、すかさず街道に潜んでいた冒険者達が飛び出すと、びしょ濡れになった牛頭巨人に向かって凍結の魔法をかけ、その動きを封じる。

 彼らは続けざまに各々の武器を抜き、動きが止まった牛頭巨人たちに襲いかかり、一方的な攻撃を加えていった。

 いかに頑強な牛頭巨人といえど、無防備な状態で何度も攻撃を受ければたまったものでは無い。苦痛と怒りによって絶叫しながら、牛頭巨人は一方的な暴力によって、次々とその命を散らしていく。

 戦いは冒険者達がかなり優勢に進めていたが、しかし相手もただ手をこまねいて見ている訳ではない。

 突然、動けない牛頭巨人に攻撃を加えていた冒険者のうち数名が、背中に矢を受けて苦悶の声を上げた。

 

「ぐあああっ!」

 

「矢だと!?狙われてるぞ!」

 

 彼らが矢が飛んできた南の方角を見ると、街道の先に新たな敵集団が現れていた。

 

「ゴブリンだ!」

 

 冒険者の一人がそう叫んだ通り、その敵の集団は魔物の中でも最低ランクの強さしか持たない、小鬼(ゴブリン)であった。

 しかし、その数が尋常ではない。低く見積もっても二百匹以上のゴブリンが、道からはみ出してズラリと隊列を組んでいた。

 しかも、ただのゴブリンではない。先程冒険者たちが受けた矢が証明するように、ゴブリン軍団のおよそ1/4程が、弓矢を持った小鬼の射手(ゴブリン・アーチャー)だ。

 そして、脅威は射手だけではなく……

 

騎兵(ライダー)だ!突っ込んでくるぞ、迎え撃て!」

 

 狼や猪といった野獣に乗って、高速でこちらに突進してくるのは小鬼の騎兵(ゴブリン・ライダー)の集団だ。

 手には木や骨を削って作られた粗末な槍を持っており、それを前方に向けたまま、まっすぐに突っ込んでくる。粗野で原始的だが、その速度と突進力は侮れない。

 

 主力と思われた牛頭巨人を囮にしての、雑魚の大群による奇襲攻撃。意表を突いた敵の策と、単体では弱いが数が多いゴブリンの集団攻撃によって、冒険者達は思わぬ苦戦を強いられた。

 しかし、冒険者達も負けてはいない。

 

「上等だこのクソ野郎共!纏めて叩き潰してやる!」

 

「一歩も退かねえぞ!ここは絶対に通さん!」

 

「ゴブリンなんぞ何匹来ようが負けるかよ!」

 

 闘志を剥き出しにして叫びながら、襲い来るゴブリンの群れを剣で、槍で、斧で、魔法で、ばったばったと薙ぎ倒していく。

 傷を負いながらも勇猛果敢に戦う冒険者達の士気は、異様な程に高かった。

 グランディーノの冒険者達はロイドを筆頭に、全員が女神アルティリアの信奉者である。

 その神がいよいよ降臨されるという日に、わざわざ襲撃をかけてきた魔物に対する怒り。愛着のある町や、その住民を守るという覚悟。そして、信じる女神の為に戦うという使命感が、彼らを奮い立たせていた。

 

 一方、街道でそのような戦いが繰り広げられているのと時を同じくして……

 

「海と陸から来るなら当然、空からも来るよなぁ……」

 

 神殿の正面にて、ロイドが刀の柄に手をかけ、鋭い目つきで上空を睨んだ。そこには飛行系の魔物だけで編成された、敵の集団がいる。

 殺人蜂(キラービー)人食い鳥(マンイーターバード)雷鳴鳥(サンダーバード)といった魔物の大群が、空から神殿と、そこに居る人々に向かって襲い掛かってくるが……

 

「『粘液の弾丸(スライミーショット)散弾(ブラスト)』!()ェェェェェッ!」

 

 ロイドの号令により、彼のパーティーメンバーを中心とした神殿の防衛部隊が、一斉に魔法を放つ。

 通常の水弾よりも威力はやや低いが、粘液を纏わりつかせて敵の動きを封じる『粘液の弾丸』を、ロイド達は拡散形態で一斉に放った。

 それを浴びて、飛行能力を奪われた魔物たちが落下していく。中にはそのまま墜落死する個体もある。生きていたものも、落下後に武器でトドメを刺されてすぐにあの世行きだ。

 しかし、それだけで全ての敵を倒せた訳ではない。敵の半数ほどは健在である。その中でも特に強力な魔物として知られる雷鳴鳥(サンダーバード)が、その体に雷を纏いながら、翼を広げてロイドに向かって突っ込んできた。

 この魔物が使う雷を纏いながら上空から急襲をかける高速飛行突撃は、熟練の冒険者であっても回避が難しい攻撃だ。

 しかし、ロイドはそれを前にしても落ち着いた様子で、腰の鞘に入ったままの愛刀『村雨』の柄を握り、

 

「疾風刃!」

 

 踏み込み、鞘から刀を抜き放つと同時に攻撃を放った。

 居合。少し前にその技術の原理をアルティリアに教わったロイドは、独学でその鍛錬を行ない、不完全ながら身に付けていた。

 抜刀と共に放たれた、風の刃を放つ技によって、飛び込んできた雷鳴鳥の体は、ロイドに攻撃を加える前に両断され、羽を撒き散らしながら地面に落下した。

 

「お頭ぁ!なんかデカいのが!」

 

 敵の強襲を一刀の下に切り伏せたロイドだったが、そんな彼に向かって再び、今度は別の魔物が襲い掛かってきた。

 その魔物は悪魔を模した動く石像、ガーゴイル。全長は2メートル程で、飛行能力を持ち、体が石で出来ているため物理攻撃が通りにくい難敵だ。

 向かって来るガーゴイルに正対し、ロイドは右手に握った村雨を両手で構え直した。その刀身から溢れ出る水は勢いを増しながら、零れ落ちる事なく刀に纏わり付いている。

 

「はああああっ!飛水刃!」

 

 ロイドが大上段から刀を振り下ろすと、水が鋭い刃となって、前方に向かって勢いよく放たれた。

 水の鋭刃によって、ガーゴイルの体がガリガリと音を立てて削られていく。一撃で倒すには至らないものの、決して小さくないダメージを受けた事によって、ガーゴイルが後退した。

 大打撃を受けた事で警戒を強めたガーゴイルは、一旦体制を立て直そうと翼をはためかせ、上空に逃れようとするが……そこに、ロイドの仲間達が一斉に魔法を放った。

 

「逃がすか!『氷の弾丸(アイスバレット)』!」

 

 生成した水を冷やして氷にするというプロセスが必要な為、水の弾丸(アクアバレット)よりも長めの詠唱時間(キャストタイム)を必要とするが、その分威力が少し高く、凍結の追加効果を持つ魔法、氷の弾丸が次々と叩き込まれる。

 そして、その集中砲火を受けたところに……

 

「叩き割ってあげるわ!『氷塊撃(アイスブロック)』!」

 

 リンが魔法で巨大な氷の塊を作りだし、それをガーゴイルに向かって高速で叩き付けた。それが直撃した事で、元々ダメージを受けていたガーゴイルの体がバラバラの石片と化した。

 

 今倒した魔物たちは、少し前までの彼らであれば、苦戦は免れないどころか、勝つ事すら難しい存在だっただろう。

 しかし殺人女王蜂や紅蓮の騎士といった強敵を相手取っての激戦から生還した事で、彼らは短期間で急激にレベルアップしていた。

 またロイドとその仲間達は、この世界におけるアルティリアの最初の信者であり、彼女と実際に対面した事がある者達だ。そのため彼らの信仰心は他の者達と比べて極めて高く、その信仰心によって、より大きな加護の恩恵を受ける事が出来ている為、より一層強化されているという訳だ。

 

 こうして、神殿の防衛は冒険者達が優勢のまま進んでいたが……その優勢は、一瞬にして引っ繰り返された。

 

「GOAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

 鼓膜が破れるかと思う程の、大音量の咆哮。

 続いて地面を揺らす程の質量を持った巨大な何かが、轟音と土煙を巻き起こしながらロイド達のすぐ近くに落ちてきた。

 

 それは全身が厚い鱗で覆われた、大きな二枚の翼と長い尾、鋭い爪を持つ、赤褐色の……

 

飛竜(ドラゴン)だと!?」

 

 そう、ドラゴンであった。

 しかもこのドラゴンは、以前アルティリアが撃退した個体だ。彼女に一蹴されて逃げ去った筈のドラゴンが、今度は神殿と、そこに居る人々を襲いにやって来たのだ。

 その瞳からは理性や意志といったものが一切感じられず、凶暴な野生を剥き出しにして、目の前にいる人間達を睨み回している。

 

「GAAAAAAAAAAA!!!」

 

 もうひと吼えすると、ドラゴンは大きく息を吸い込んだ。ロイド達はその際に、ドラゴンの巨大な口の中から燃え盛る炎が溢れ出すのを目撃した。

 次の瞬間には、ドラゴンの口から灼熱の炎の吐息(ファイアブレス)が吐き出される事だろう。

 

「やらせるかああああッ!!」

 

 それをさせる訳にはいかないと、ロイド達は迷う事なく強敵に向かって斬り込んだ。

 しかし、まず戦いの主導権(イニシアチブ)を握ったのは飛竜の側だった。ロイド達が彼我の距離を詰め、攻撃を行なうよりも一手速く、炎の吐息が放たれる。

 

「耐えろおおおおおッ!」

 

 それに対抗して、ロイド達は『水の防護壁(アクア・プロテクション)』の魔法を発動させた。その名の通り、水を使って自身の周囲に防御シールドを張る補助魔法だ。

 それによってロイド達は炎の吐息によるダメージを軽減して、ドラゴンに肉薄しようとするが……炎の威力に対して、その防護壁はあまりにも頼りない。

 今は何とか防げてはいるものの、風前の灯火だ。長くは持たないだろう。このままでは距離を詰めるよりも先に、炎と熱によって戦闘不能になるほうが確実に早い。

 リンやクリストフが後方から魔法で援護しようとしているが、それも間に合うか微妙なタイミングだ。

 もはや万事休すか。その光景を目撃した者達の心が諦めと絶望に囚われそうになった、その時だった。

 

 神殿の奥から、目にも留まらぬ速さで何者かが戦場に躍り出た。

 その人物はドラゴンとロイド達の間に割って入ると、手にした槍を高速で回転させ、それによって生じた風圧で、炎の吐息をかき消して彼らを救った。

 その槍は先端が三叉に分かれており、豪華絢爛な装飾がされた、凄まじい力を感じる逸品だった。ロイドはそれに見覚えがあった。そして、それを振るう者の姿にも。

 汚れ一つない清らかな水を編んで作られたかのような、透き通る羽衣を纏ったその女性の後ろ姿を目にした瞬間、ロイド達の目からは涙が零れていた。

 

「アルティリア様……!」

 

 ここに、女神の降臨という奇跡は成った。

 ロイド達は遂に、信奉する女神との再会を果たしたのだった。



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第23話 スタイリッシュ尻尾切断は上級テク。素人にはお勧めできない

 神殿の内部へと転移した俺は、すぐに外から聞こえる音から戦闘が行われている事に気が付いた。

 すぐさま道具袋から愛用の神器『海神の三叉槍』を取り出して神殿の出入口から飛び出すと、見覚えのある男達の姿が見えた。ロイドとその仲間達だ。

 ロイド達の前方には見覚えのあるデカいトカゲが居た。少し前に、俺を襲撃してきたので追い返したドラゴンだ。そいつが、ロイド達に向かって炎の吐息(ファイアブレス)を吐こうとしていた。

 それに対し、ロイド達は『水の防護壁(アクア・プロテクション)』で防御をしながら正面から突っ込んでいったが……あ、こりゃ無理だわ。このままだと出力不足でギリギリ防ぎ切れずにやられそうな感じだ。もうちょっと鍛えれば防ぎきれそうだが、まだまだ鍛え方が甘い。

 

 ま、ここは俺が助けてやるとしますか。

 俺はドラゴンとロイド達の間に割って入ると、手に持った槍を片手で高速回転させて壁を作り、炎の吐息をかき消した。

 

「アルティリア様……!」

 

「おお、あの御方が……!」

 

「ドラゴンの吐息をあっさりと……あれが神の力……」

 

 ロイドが真っ先に俺に気が付くと、他の連中――ロイドの仲間や、この場に集まっている兵士や一般人が歓声を上げる。

 

「ロイド、直接会うのは久しぶりですね。しかし再会を祝う前に、邪魔者を片付けるとしましょうか」

 

 わざわざ集まって歓迎してくれるのは有難いが、モンスターはお呼びじゃない。招かれざる客には、さっさと退場願うとしよう。

 俺は槍を構えて、ドラゴンと対峙した。

 

「ここは私に任せなさい」

 

「アルティリア様!我々も一緒に……」

 

「下がっていなさいロイド。見る事もまた戦いです」

 

 俺はLAOで慣れているが、ドラゴンは独特な動きが多くて初見だと対処が難しいんだよな。

 下手に動かれて事故られても困るので、対ドラゴン用の動きをしっかり見て学んでもらおうと思った。

 

「さあ、かかって来るがいい」

 

「GAOOOOOOOOO!!」

 

 俺の挑発に応えるように、ドラゴンが吼える。そして前足を上げると、それを左、右と連続で、俺に向かって叩きつけてくる。

 このワンツーパンチは、下手に一発目を防御(ガード)するとそのまま二発目でガードを崩される危険性があるので、防御ではなく弾き(パリィ)で一発目を受け流す。

 俺は振り降ろされる左手を槍で横から叩き、攻撃を逸らした。そのまま間髪入れずに右手の攻撃が襲い掛かってくるが、それに対してはパリィキャンセル(パリキャン)――ジャストタイミングで弾きに成功した時、弾きモーションを途中でキャンセルしてそのまま技を出せる事だ――を使い、FG(フロントガード)付きの槍技『チャージドスピア』を放つ。

 FG(フロントガード)付きというのはその名の通り、発動中に前方ガード判定が発生する技の事だ。敵の攻撃を防ぎつつ技を出せて相打ちに強いのが特徴だが、側面や背面は無防備なので、囲まれている状況などでは過信は禁物だ。

 

「遅い!」

 

 振り下ろされる右腕に対して、俺は退くのではなく逆に、前に踏み込みながら槍を突き出してカウンターを入れる。俺の槍はドラゴンの腕を貫通し、そのまま手首から先を切り落とした。

 

「GUOAAAAAA!!」

 

 ドラゴンは一瞬怯んだが、今度は後ろ足に力を篭めると、その巨体を大きく旋回させる。これは、尻尾による薙ぎ払い攻撃だ。

 広範囲かつ、それなりに高い威力の物理攻撃だが、初見ならともかく慣れている人間にとっては隙だらけの攻撃である。

 

「ほいっと」

 

 ドラゴンが横に一回転して尻尾を振り回してくるが、俺は技能『ハイジャンプ』を使用し、高く跳躍してそれを回避した。

 で、こうやってジャンプ回避すると、次にドラゴンは『サマーソルトテイル』、バク宙しつつ尻尾を強烈に叩き付ける大技を繰り出してくる。

 LAOにおいてドラゴンを相手にする時、下手にジャンプ回避をするとこの技が来るので、ドラゴンを相手にする時はジャンプをしない事が推奨されている。しかし慣れている人間にとっては、次に来る技が事前にわかる状況というのはカウンターを入れる大チャンスである。

 

「流・星・槍!」

 

 ドラゴンがサマソを放つタイミングに合わせて、俺は上空から真下に向かって高速で垂直落下しながら槍を突き下ろす技を放った。

 タイミングはドンピシャだ。振り上げられた尻尾に向かって俺の槍が突き刺さり、それを根本から切断した。

 それによってドラゴンは宙返りをした状態でバランスを崩し、そのまま頭から地面に落下した。

 

「おおっ!流石は女神様!あの飛竜の尾をいとも容易く!」

 

「なんという槍捌きだ!」

 

 俺のスタイリッシュ尻尾切断を目にしたギャラリーが喝采を上げた。この尻尾サマソに落下攻撃を合わせるカウンター尻尾切断はタイミングを測るのに慣れが必要だが、安定して出来るようになればドラゴンを狩る時に便利なテクニックだ。

 俺は尻尾を切断した勢いのまま降下し、地面に槍を突き立てて着地し、油断する事なくドラゴンに向かって槍を構える。

 ドラゴンはすぐに起き上がり、俺を睨みつけながら唸り声を上げている。その様子を見て、俺は何か違和感を感じた。

 

 このドラゴン、前回は俺に近付く事なく遠くから様子を見ながら攻撃してきて、軽く痛めつけてやったら敵わないと悟って逃げていった慎重な、悪く言えば憶病な性格のようだった。しかし今回は全くビビった様子も見せずに、ずっと攻撃的な態度を取り続けている。

 俺の事を忘れているのかとも思ったが、前回来た時は俺との戦力差を察知して慎重に立ち回る程度の知能はあった筈だし、それも考えにくい。

 行動パターンが正反対だし、何より目の前のこいつの目からは理性や知性といったものが一切感じ取れない。

 妙だと思いながら、俺はドラゴンを観察して『敵情報解析(アナライズ)』の技能を使い、その情報を読み取ってみる。

 するとドラゴンのレベルや各種ステータス値、使用する技などの情報が読み取れた。それらの情報は、通常のドラゴンの枠を超える物ではなかったが……一点だけ、おかしな所があった。それは……

 

 『状態異常:狂化(バーサーク)

 

 狂化は精神系状態異常の一種だ。破壊衝動に脳が支配され、攻撃力が大きく上昇するが、代償に回避率や防御力が著しく低下する。攻撃力上昇のメリットこそあるが、防御面はガタガタになるので基本的にはデメリットのほうがデカい。

 ただしLAOには狂戦士(バーサーカー)のような、この状態異常を自分にかけて、そのメリットを最大限に活かす立ち回りをする攻撃特化型の職業も存在するが。

 メイン斧サブ狂戦士みたいな一撃特化とか、メイン銃サブ狂戦士の火力とクリティカル率盛り盛りのロマン砲といった、火力に脳を焼かれたアホ共がサブクラスによく使っていたりする。

 

 話を戻そう。このドラゴンは何者かによって狂化状態を付与されている。目的は……俺を相手にした時に、また逃げ出さないように首輪を付けたという事なのだろう。胸糞の悪い話だ。

 

「はぁ……『状態異常治療(リフレッシュ)』」

 

 俺は状態異常を治療する魔法を唱えて、ドラゴンの狂化を解除してやった。

 すると、殺意でギラついていたドラゴンの瞳が、こころなしか穏やかな物になっていき……そのドラゴンと、俺の目が合った。

 

「GYAAAAAAAA!!」

 

 その瞬間、ドラゴンが悲鳴を上げて物凄い勢いで後ずさった。

 

「……おいィ?」

 

 本来は臆病な性格のドラゴンなのではないかと予想はしていたが、幾らなんでもビビり過ぎではないだろうか。

 正気に戻ったようで大変結構だが、そこまで怯えられると多少は傷付くんだが。

 

「あー……そこのドラゴン。まだ戦うつもりはあるか?」

 

 俺がそう問いかけると、ドラゴンは首を千切れるくらいの勢いで大きく横に振りながら、弱々しい鳴き声を上げた。

 どうやら完全に降伏したようで、その憐れみを誘う姿を見た俺は『上位治癒(グレーター・ヒール)』の魔法でドラゴンの傷を治療してやった。さっき切断した尻尾も、元通りに生えてきている。

 

「立ち去りなさい。二度と人を襲わないように」

 

 俺はそう言って、ドラゴンにここから去るように促した。

 だが、ドラゴンは立ち去る気配を見せずに、俺に向かってゆっくりと歩み寄ってきて……俺の目の前まで来ると、俺に向かって平伏するように頭を下げた。

 

 何だこいつ、いったい何がしたいんだ。

 俺がそう思った瞬間、目の前に例のシステムメッセージのような物が表示された。

 

『ドラゴンが貴方の下僕(しもべ)になりました』

 

「……うん?」

 

 どういう事だ?俺はテイマーもドラゴンライダーも取ってないので、それ系のモンスターを仲間にする技能は持っていない筈なのだが。

 

「おおっ、女神様がドラゴンを手なずけたぞ!」

 

「あの凶暴なドラゴンが、あんなに従順に!」

 

「神の威光の前には、凶悪な飛竜さえ頭を垂れる……なんという……」

 

「アルティリア様万歳!」

 

「万歳!」

 

 混乱する俺をよそに、周りの連中は大喝采のお祭り騒ぎだ。

 さて……この状況、どう収拾をつけたものかと思った、その時だった。

 

 パチパチパチ……と、拍手の音が鳴り響く。

 それはこの喧騒の中にあっても、俺の耳にはっきりとした存在感をもって届いた。

 その拍手の音は、上の方から鳴っていた。俺はその音の出所……上空へと目を向ける。すると、そこには空中に浮かんでいる、一人の男の姿があった。

 

「いやはや、貴女様が来れば狂化した飛竜でも、あっさりと蹴散らされるとは思っていましたが……まさか従えてしまうとは。人知を超えた力ゆえか、それとも女神の威によるものか。はたまた敵対者にも慈悲をかける、その大いなる慈愛の成せる業か。いずれにしても、ワタクシの予想を超えた光景を見せてくださった事に感動を禁じえませんな。実にスバラシイッッ!!」

 

 その奇抜な恰好と胡散臭い声、芝居がかった口調に無駄に大袈裟なモーションは、見覚えのあるものだった。

 その男の名は……

 

「……地獄の道化師(ヘルズ・クラウン)か」

 

「Yes I amッ!どうか拍手でお出迎え下さい。ワタクシ地獄の道化師、海の底より華麗に復ッ活ッ!」

 

 そう言って、地獄の道化師は大仰な礼をするのだった。



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第24話 なんてゲスな野郎だ。レーティングを上げる気か

 この場に集まった者達は皆、空中にいきなり現れて、大袈裟な動きをしながらハイテンションな口調でペラペラとやかましく喋る、派手な恰好をした道化師を見て、何事かと目を白黒させていた。

 

「アルティリア様……何者ですか、あの怪しげな男は」

 

「魔神将の手下らしいですよ。あんな見た目と口調ですが、強さ自体は本物です。油断しないように」

 

 俺はともかく、ロイドや他の連中にとっては相当格上の相手だ。気を付けるように声をかけておく。

 俺の言葉に彼らが警戒を強めると同時に、ドラゴンが地獄の道化師を見上げながら不機嫌そうな唸り声を上げた。前回けしかけて来た時と同じく、今回もこいつに狂化をかけたのは奴の仕業なのだろう。

 

「それにしても貴様、よく生きていたな。氷漬けにして海に沈めてやった筈だが」

 

「フッフッフ……道化師として、脱出マジックくらいはお手の物ですとも。とはいえ痛い目に遭わされたのも事実。折角ですので貴女様に復讐するチャンスを伺っていたところ、紅蓮の騎士めが襲撃計画を立てていたので、便乗してそこの飛竜(ドラゴン)をけしかけてみたのですよ」

 

 そう言って、地獄の道化師はドラゴンに目を向けた。その視線は冷たい。

 

「ところがこの駄竜と来たら、まさか一人も殺せずに降伏するとは……なんと情けない。仕方がないのでワタクシが自ら出張ってきたと、こういった次第であります」

 

 勝手に洗脳しておいて勝手な事を、とでも言いたそうにドラゴンが不機嫌そうに吼えるが、地獄の道化師はそれに対して、うるさそうに侮蔑的な視線を向ける。

 

「アテが外れて残念だったな。張り切って出てきたのは良いが、わざわざ負けに来たのか?この私がここに居る以上、お前に勝ち目は無いぞ」

 

 俺の挑発に、地獄の道化師はニタリと歪んだ笑みを浮かべると、

 

「では、試してみましょうか?」

 

 そう言って、その姿を消した。無詠唱での短距離転移(ショートテレポート)を発動させたのは明らかだ。

 一瞬の後に、地獄の道化師が別の場所にその姿を現す。奴が転移した先は俺……ではなく、ロイドの背後だった。

 地獄の道化師が右手を伸ばし、長く鋭い爪をロイドの首筋に向かって突き出す。しかしその不意討ちは、

 

「悪いが読み通りだ」

 

 事前にそれを察知していた俺が放っていた流水の刃(アクア・カッター)が、地獄の道化師の肘から先を切り飛ばした事で未遂に終わる。

 この卑劣漢の事だ。どうせ俺ではなく、誰か別の奴を狙おうとするだろうと思っていたがドンピシャだった。

 

「ロイド、やりなさい!」

 

「はっ!」

 

 俺が放った流水の刃によって負傷し、一瞬動きが止まった地獄の道化師に対し、振り向きざまに抜刀したロイドが斬撃を放つ。

 

「ちぃッ!」

 

 残った左手を使い、地獄の道化師はそれを咄嗟に受け止める。魔力を纏っているとはいえ、素手で刀を受け止めるとはなかなかの頑丈さだ。しかし流石に無傷でとはいかなかったようで、僅かな切り傷を受けると共に後退を余儀なくされる。

 

「くっ、浅かったか!」

 

 被害を最低限に留め、受け流された事に歯噛みするロイドだったが、

 

「いいえ、よくやりました」

 

 後退した地獄の道化師に向かって、俺が一気に踏み込んで槍を突き出す。俺の槍、海神の三叉槍が、地獄の道化師の胴体を深々と貫いた。致命傷である。

 俺は槍で貫いた奴の体を持ち上げ、そのまま放り投げようとするが……その時、まだ息があった地獄の道化師が、左手で自身の体を貫いている槍を掴んだ。

 貫かれた胸と口から血を流しながら、地獄の道化師がしてやったりといった風に嘲笑を浮かべる。

 

 それを見て、強烈に嫌な予感が膨れ上がった。

 何かヤバい。絶対に何かやらかして来るという、予感というより確信に近いそれに突き動かされ、対応しようとした瞬間に、

 

「『自爆(セルフ・ボム)』」

 

 地獄の道化師が魔法を唱えた。

 自爆(セルフ・ボム)……文字通り、自身の生命力と魔力を全て犠牲にして、大爆発を引き起こす禁じ手である。

 自身の命を対価にするという重過ぎるデメリットと、それに見合った強力無比な威力と絶大な効果範囲を持つ極悪な魔法だ。

 

「『短距離転移(ショートテレポート)』ぉぉッ!!」

 

 俺は咄嗟に、槍で貫いた地獄の道化師ごと、短距離転移で上空へと瞬間移動した。

 あの場で自爆などされたら、至近距離に居る俺は勿論、他の人間達まで自爆に巻き込まれて確実に死んでいた。

 それを防ぐ為にはこのように、地獄の道化師ごと範囲外に転移(テレポート)する以外に無かった。これで他の者が自爆に巻き込まれる事は防げるが、

 

「があああああっ!」

 

 それは同時に、俺自身はヤツの自爆を回避する手段を失うという事だ。

 咄嗟に魔力で体を覆って防御をするが、それでもかなりのダメージを食らってしまった。

 至近距離で自爆の直撃を食らった挙句に、そのまま高所から無防備に落下して地面に叩きつけられた俺の全身に、激痛が走る。頭がクラクラして、耳鳴りも酷い。おまけに服もボロボロだ。

 

「ぐぬぬ……『上位治癒(グレーター・ヒール)』、『自然回復力向上(リジェネレイト)』……!」

 

 流石の俺でも放置するとヤバいレベルのダメージを受けた為、即座に回復魔法を使って傷を癒す。それで負った傷はほぼ完璧に治療できた。

 しかし、この世界に来てから初めてまともにダメージを受けた事や、一歩間違えば他の連中ごと死んでいた事もあって、精神的なダメージもかなりの物だ。

 

「アルティリア様ああああああ!」

 

 俺が敵の自爆に巻き込まれた事で、心配したロイド達が慌てて駆け寄ってくる。兵士や一般人も同様にだ。

 

 ……これは、かなりまずい状況だ。

 皆が冷静さを失っている上に、何よりあのクソ野郎が後先考えずに自爆なんて真似をするだろうか?

 

「全員、止まりなさい!警戒を解いてはいけません!」

 

 俺の言葉に真っ先に反応し、刀の柄に手をかけたのはロイドだった。続いて冒険者や兵士達も、すぐに警戒態勢を取る。しかし……

 

「冷静で的確な判断、流石でございます。しかし一手遅かったですねェ」

 

 その時既に、俺の視線の先には、地獄の道化師の姿があった。

 『自爆』を使ったにもかかわらず五体満足で生きており、その体には先程の戦いで負った傷も見当たらない。

 しかも、その腕の中には一人の少年が捕らえられていた。

 奴の声に反応し、それを見た兵士や住民の顔に驚きや恐怖が浮かぶ。

 

「なっ……貴様、いつの間に!?」

 

「ハンス!おのれ……息子を離せ!」

 

 捕らえられている少年の父親らしき男が、そちらに手を伸ばしながら駆けだそうとするが……地獄の道化師が、鋭い刃物のような爪を少年の首筋に当て、そこから血が僅かに流れ出た事で、その足が止まる。

 

「おぉっと、動かないで。そんなに大勢に詰め寄られては、ワタクシ恐怖のあまり、うっかり手が滑ってしまうかもしれません」

 

 言葉とは裏腹にニヤニヤと笑いながらそうのたまう地獄の道化師だが、その目は全く笑っていない。それどころか油断なく、俺を観察している。

 ……クソが。何とか隙を突いてあの少年を助けたいところだが、残念ながらその隙が見つからない。ならば何とか作るしかないかと、俺は口を開いた。

 

「派手な演出で目を奪って、その間に仕掛けを発動させたか。チンケな手品だが、なかなかどうして上手くやった物だな」

 

「お褒めにあずかり恐悦至極。お楽しみいただけましたかな?」

 

「そうだな。ついでにお前の手品のタネがわかったぞ。分身……あるいは増殖。恐らくは後者だ。それがお前の能力だろう」

 

 氷漬けにして海底に沈めてやったのに、何事もなかったかのように再び出現し。

 一度、手も足も出ずに惨敗したのにもかかわらず、無警戒に姿を見せ。

 そして自爆を使って死んだ筈が、直後に五体満足のまま再び活動した。

 違和感しか感じないそれらの不可解な状況は、その能力で説明がつく。

 

「過去に倒したお前も、先ほど自爆したお前も、そして今こうして話しているお前も、本物ではないコピーだ。そうだろう?」

 

「さて、どうでしょうか……ちなみに、そう考えた根拠をお聞きしても?」

 

 根拠だと?簡単な事だよワトソン君。

 

「根拠も何も、お前はそういう奴だからに決まっている。安全な場所から他人を見下し、支配する事しか考えていないゲス野郎。お前のような奴に、1%でも負ける可能性がある相手の前に出てくる勇気などあるものか」

 

 以上の理由で目の前にいるコイツは増殖能力で作ったコピーである。証明終了。

 俺の答えを聞いた地獄の道化師のニヤケ面が、僅かに引き攣るのを俺は見逃さなかった。

 

「どうした、手品の種が割られて頭に来たか?笑えよ道化師」

 

 俺がそう言って嘲笑すると、地獄の道化師の顔から一切の表情が消えた。目も死んだ魚のように光を失っており、一切の感情が読み取れない。

 

「……もういいでしょう。武器を捨てなさい。僅かでも抵抗する素振りを見せれば、すぐにこの子供を殺します」

 

 その口調も、ハイテンションで狂ったようなものから一転して機械的だ。

 

 ……しまった。こいつ怒ると逆に冷静になるタイプだったか。怒らせて隙を作るつもりだったが、こうなると余計にやりにくくなった。

 やむなく、俺は手にしていた海神の三叉槍を後方に放り投げた。

 

「武器は捨てた。すぐにその子を解放しなさい」

 

「まだです。その水で出来た羽衣もです。ああ、ついでにその服も脱いでいただきましょうか」

 

 このゲス野郎が……

 俺は言われるままに水精霊王の羽衣を脱ぎ捨て、奴の自爆を食らってボロボロになったワンピースを破り捨てた。

 身に着けているのは白いビキニの水着と靴、それから幾つかのアクセサリのみといった格好だ。

 あられもない恰好になった俺を見て、周りの者達が痛ましそうに目を伏せる。

 

「これで満足か?それともこれも脱げと?」

 

 そう言って俺が、水着のブラの紐を軽く摘むと……

 

「それはいい。是非とも脱いでいただきましょうか」

 

 地獄の道化師は、一切躊躇する事なく肯定した。

 うわ、マジかよコイツ。想像を上回るゲス野郎だったわ。

 おいやめろ馬鹿、ロストアルカディアシリーズは(一応)全年齢対象だぞ。このままだとこいつのせいでR-18待ったなしなんだが?

 

 ……しかし遺憾ながら、ここは要求に従うしかないか。

 あるいは俺の生おっぱいを見て、こいつが興奮して隙が出来る可能性もあるかもしれんし。

 俺は油断なく敵の様子を観察しながら、覚悟を決めてブラ紐の結び目に手をかけた時だった。

 

「野郎共ぉぉぉ!今すぐ目を塞げええええええ!」

 

 ロイドが目隠しをしながら、そう叫んだ。それに従って男共が一人残らず、己の視界を両手で覆う。

 ……うん、こいつらは良い奴らだ。同じ男でも目の前のカスとは違う。こいつらのおかげで、少し心が和んだ。

 

「ロイド、目を閉じる必要はありません。戦いの最中に敵から目を離すなど、戦士としてあってはならない事ですよ」

 

「しかしアルティリア様!」

 

「目の前の戦局に集中しなさいロイド。最も大切な事を見失わないように。今重要なのはあの子を無事に助け出し、次にあの男を叩き潰す事。それだけを考えなさい。それに比べたら肌を晒す事など些細な事です」

 

 ピンチの時こそ冷静に、そしてピンチの後にチャンス有り、だ。こういう時こそクールにならねば。

 まあ、俺も当然腸が煮えくり返るくらいに怒ってはいるが、ここは我慢だ。

 

「くっ……!」

 

 ロイドは苦々しい表情を浮かべながら俺から顔を逸らし、地獄の道化師を睨みつける。

 それを横目で見つつ、俺はいつでも魔法を撃てるように準備をしながら、意を決して水着を脱ごうとしたが、その時。

 

「女神様!僕に構わずこいつを倒してください!」

 

 そう叫んだのは、地獄の道化師に捕まっている少年だった。

 

「ハンス、何を言うんだ!早まるんじゃあない!」

 

「いいんだ父さん。これ以上、僕のために女神様や町の皆を危険な目に遭わせたくないんだ」

 

 父の制止に対して精一杯の笑顔を作って、少年はそう言い……その後、彼はまっすぐな瞳で俺の方を見て言った。

 

「女神様、どうかお願いします。僕はどうなってもいいから、父さんや母さん、グランディーノの町の皆の事を助けてください」

 

 まだ幼い少年だ。死への恐怖が無い筈がない。だと言うのにそれを必死に堪えながらそう訴える彼の、純粋でまっすぐな覚悟を前にして、俺は……

 

「私の名前はアルティリアだ。勇敢な少年よ、どうか君の名前を聞かせてはくれないか?」

 

「アルティリア様……僕の名前は、ハンス。ハンス=ヴェルナーです」

 

「よろしい。ハンス、君のその勇気を、私は誇りに思う。どうかいつまでも、それを忘れないでいてほしい」

 

 この身がどうなろうと絶対に、彼を助けなければならないと決意を新たにした。

 そう決意した瞬間……俺の視界が、急激に切り替わった。

 

 地獄の道化師や、奴に捕まっているハンス、ロイド達や住民の姿が全て消え去り、それどころか俺の立っている場所は、神殿のある丘ではなくなっていた。いや、そもそも陸ですらない。

 

 見渡す限り、どこまでも果てしなく広がる海。その水面上に、俺は立っていた。

 

「こ、これは一体……どういう事だ……!?」

 

「案ずるな。ここはお前の精神世界だ」

 

 突然の出来事に狼狽える俺の背中に、何者かの声がかけられた。思わずその声の方向へと振り向いた俺が見たのは、二人の男だった。

 

 一人は子供のような小さな、しかし鍛え抜かれた体の男。黒髪の小人族で、LAO時代の俺の友人、うみきんぐ。

 そしてもう一人は、身長は2メートル程で筋肉モリモリの、青い髪の大男だ。この男も、俺がLAOでよく会っていた相手だ。ただしこちらの大男はプレイヤーではなく……NPC(ノンプレイヤーキャラクター)である。

 

「キング……それにネプチューン……!?」

 

 そのNPCの名は、ネプチューン。LAOでは海底の秘境に隠れ住んでいるユニークNPCであり、この世界における海を支配する大神(グレーター・ゴッド)だ。

 俺の使っている槍『海神の三叉槍(トライデント・オブ・ネプチューン)』や、超級魔法『海神の裁き(ジャッジメント・オブ・ネプチューン)』は、彼の課す試練をクリアした事で授かった物であり、LAO時代は色々とお世話になった神様だ。

 

「アルティリア。新たに生まれし大海の女神よ。汝、奇跡を欲するか」

 

「アルティリア。重き宿命を背負いし我が友よ。汝、新たな力を望むか」

 

 威厳たっぷりの声で、ネプチューンとキングが俺に問いかける。

 俺はその問いに、はっきりと頷いた。

 

「ああ。あの勇敢な少年や、俺を信じてくれる連中の為に、俺はそれを望む!」

 

「「ならば受け取るがいい!!」」

 

 俺の答えを聞いた二人が右手を俺に向けると、そこから謎のオーラのようなものが俺の体に流れ込んでくる。

 

「ゆくがいい、新たな小さき神よ!汝の往く新たな航路に幸あれ!」

 

「俺はいつでもお前を見守っているぞ!さらばだ友よ!」

 

 二人はそう言い放って背を向け、その姿が遠くなり、やがて見えなくなっていった。それを見送っていると、やがてまた視界が切り替わり……

 俺は再び、現世へと戻ってきていた。

 どうやら今起きた出来事の間、時間の流れは止まっていたようで、何事も無かったかのように地獄の道化師と人間達が睨み合っている。

 

 先程まで見ていたのは白昼夢だったのかと錯覚しそうになるが、俺の中で新たに発現している力が、それを否定する。

 俺の覚悟に、神の力が応えて奇跡が起きたのか。それともあの二人が何かをしたのか。或いはその両方か。

 何にせよ、おかげで打開策と俺のやるべき事は見えた。

 

 ……しかしネプチューンに関しては、ここがLAOと同じ世界なら彼も存在しているという事で、干渉してきてもまあ、おかしくはないだろう。彼からすれば俺は海神としての後輩にあたるわけで、力を貸してくれるのもわからんでもない。

 だがキングはいったい何者なのか。あいつ、しれっと人の精神世界に干渉して新たな力を授けていきやがったんだけど。

 前々からキングNPC説とか、キング異世界人説が囁かれるくらいにはLAシリーズの世界について詳し過ぎる男ではあったが……ガチでこの世界の住人なのか?

 まあ聞いても多分、いつも通りに「キングだからだ!」って返ってきて有耶無耶にされるんだろうけど。

 ま、そこらへんの話は結論が出ないので一旦置いておくとして、何はともあれ反撃開始と行こうじゃないか。



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第25話 時よ止まれ。世界よ、俺のほうが美しい

 状況を整理しよう。

 現実に戻った俺の視界内では、今も人間達と地獄の道化師が対峙している。

 地獄の道化師は確かに強力な魔物だが、それはあくまで普通の人間にとってはの話だ。俺がこの場に居る以上、普通に戦えば敗北はありえない。

 ただ厄介な点が二つある。一つは奴が増殖……自身のコピーを作り出す能力を持っており、そのため何度死んでも蘇ってくる上に、自分の命を使い捨てての自爆等の玉砕戦法を、躊躇なく実行してくるという事。

 そしてもう一つは、この場に来ていたハンスという名の少年を人質に取っている事だ。これがある為に、俺は奴に手出しが出来ずにいた。

 

 だが、それらの問題を解決する手段は既に入手してある。それが、先ほど精神世界で会った二人から受け取ったものだ。

 それらを使って、これから奴を倒す。

 

「地獄の道化師よ」

 

 俺がそう話しかけると、騒いでいた人間達が一斉に静まり返り、俺のほうに注目した。話しかけられた地獄の道化師も、こちらに視線を向ける。

 

「一応、最後に提案しておこうか。今すぐその子を解放して、大人しく帰るというなら見逃してやるが、どうする?」

 

「……ハッ。何を言うかと思えば」

 

 俺の提案を、奴は鼻で笑い飛ばして、馬鹿にしたような目を向けてくる。

 ……まあ、きっとそうなるだろうとは思ったよ。

 

「状況を分かっていないので?それともまさか、この土壇場で突然、この状況をどうにかできる手段を思いついたとでも?」

 

「ああ、そうとも。私はここから人質を無事に救出し、その上でお前を完膚なきまでにぶちのめす、とっておきの策を思いついたぞ。どうだ、怖いか?恐ろしければ逃げても構わんと言っているのだ」

 

 俺がそう言い放つと、地獄の道化師の顔が歪んだ。

 

「苦し紛れの下らんハッタリを。良いからさっさと邪魔な布きれを脱いで、無駄に育ったその下品なデカ乳を信者の前に晒せってんだよ、クソ女神が……!」

 

「何だと貴様ァ!許さんぞ!」

 

 荒っぽい口調になって俺を罵る地獄の道化師。それに対してロイドがキレた。

 

「構いませんよロイド、好きに言わせておきなさい。所詮これから死ぬ愚か者の戯言です」

 

 俺がそう窘めると、ロイドは一度深呼吸をして落ち着きを取り戻し、頷いた。

 

「……はっ。確かに、このような輩の言う事など聞くに値しませんな。耳が汚れるし時間の無駄です」

 

 俺達の言葉にいよいよ怒りが限界を超えたのか、地獄の道化師は右腕に力を込め、ハンスの細い首を掻き切ろうとする。

 

「ああ、もういい。だったら望み通り、まずはこのガキから殺してやるよ……」

 

 あと一秒もしない間に、その鋭い爪がハンスの頸動脈を切り裂くだろう。それを止める手段は無い。仮に無詠唱で魔法を放ったとしても、それが届くより奴がハンスを殺すほうが早い。だから手出しが出来なかった。

 

 ……ただしそれは、少し前までの話だ。

 

「『時空凍結(コールドステイシス)』!」

 

 俺がその魔法を発動させると、一瞬にして周囲の全てが色を失い、まるで凍り付いたかのようにその動きを止めた。地獄の道化師の爪も、ハンスの首を掻き切る寸前で停止している。

 

 精神世界において、俺がキングとネプチューンから受け取った力……それは、彼らが持つ技や魔法を行使できるというものだった。

 今使った『時空凍結《コールドステイシス》』はネプチューン専用の魔法で、言うまでもなく超級魔法……その中でも最上位に位置する物だ。

 その効果は神の力で時間の流れに干渉し、絶対零度の冷気の魔力でその流れを強制的に停止させる……つまり早い話が、時間停止である。

 

 動きを止めた世界で、俺だけが何にも縛られる事なく、自由に行動する事ができる。その効果で、まずはダッシュで地獄の道化師に近付き、奴に捕まっているハンスの体を抱き上げ、救出する。1秒経過。

 

 無事にハンスを救出できたところで、次は地獄の道化師への対処だ。

 人質が居なくなったところで転移(テレポート)で逃げられたり、自爆(セルフ・ボム)を使われたりすると厄介なので、今のうちに無力化しておく必要があるのだが……時間が止まっている間に、ただ殺すというのも面白くない。

 そもそもの話、どうせこいつは増殖体(コピー)だ。ただ殺したところで次が出てくるだけなので、ここはひとつ、トラウマになるような死に方をさせてやろうと考えている。

 

 こいつは以前、俺と戦った時の事を覚えていた……という事は、本体とコピー、あるいはコピー同士で記憶の共有が出来ているという事に他ならない。

 それは、本来ならば利点なのだろう。なにしろ倒してもこちらの情報を持ち帰られ、いくら殺しても湧いて出てくるというのだから厄介極まりない。

 だが、そこを逆手に取って、二度とこちらに手出ししたくないと思うくらいに痛い目を見せてやり、精神をズタボロにしてやるのが俺の狙いである。

 

「まずは……『封魔穿孔』!」

 

 俺は人差し指を、地獄の道化師の側頭部にある経穴(ツボ)の一つに突き入れた。

 これはキングが使う技の一つで、HPではなく相手のMPに大ダメージを与えつつ、更に一定時間、魔法の発動を封じるという魔法使い殺しの必殺技だ。

 リーチが短く、発動もあまり速くないのでタイマンではそうそう当たるものではないとはいえ、俺のような魔法系ビルドのキャラが食らったら最後、魔法を封じられて一方的にボコられる未来が見える、恐るべき技である。キングとPVPをする際には最も警戒すべき技の一つだった。

 

 ちなみにキングのメイン職業(クラス)は、格闘家(グラップラー)系の最上位職の一つ『修羅』だ。この封魔穿孔のようなPVP向けの、経絡秘孔を突いて様々な効果を引き起こす北斗神拳みたいな技を多く持つ、トリッキーな職業である。

 本来、奴の種族である小人族は筋力(STR)耐久(VIT)が低いため前衛職には不向きなのだが、代わりに敏捷(AGI)器用(DEX)が非常に高い為、それを活かして素早く接近し、精密な動きでキツい能力低下(デバフ)状態異常(バッドステータス)を付与しまくり、動きを制限したところでタコ殴りにするのが奴の常套手段だった。

 

 さて、これで2秒が経過した。今の俺では、時間を止められるのはあと1~2秒が限界だろう。

 

「魔法を封じたところで……次はこれだ!『封足撃』!」

 

 続けて、俺は地獄の道化師の両腿へと、左右それぞれの手で突きを放った。足を痺れさせ、移動や足を使う技の発動を封じる経穴を突いたのだ。

 

「ラストォ!『惨痛穿孔』!」

 

 最後に、胸の中心に向かって突きを放つ。

 その効果は、痛覚を鋭敏にさせることで、一定時間の間、受けるダメージを倍加させるというものだ。

 

 これでやるべき事は全てやった。

 俺は救出したハンスを抱きかかえたまま、『時空凍結』を発動した際に元々立っていた場所に戻り……

 

「時空凍結、解凍」

 

 そして時は動き出す。

 世界に色が戻り、停止していた俺以外の者達が一斉に、再び動きだした。

 

「……えっ?」

 

 最初にそれに気が付いたのは、地獄の道化師だった。

 当たり前だろう。何しろ抱えていて、今から殺そうとしていた人質が、忽然とその姿を消していたのだから。

 そして、その人質が俺に抱きかかえられているのを見て、地獄の道化師は呆気に取られた顔をしていた。

 

 続いて、他の者達もそれに気が付いて、その視線が俺へと向けられる。彼らもまた、信じられないという表情で俺を見ていた。

 

「見ての通り、人質は救出させてもらったよ。さて……私の大脱出マジックは如何だったかな?」

 

 俺は地獄の道化師を挑発するように、得意げに笑ってそう言った。



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第26話 またの名を「女神のおっぱいで窒息死しかけた漢」

 ――かつて、彼がまだ一人のLAOプレイヤーだった頃。

 アルティリアの友人の一人であるクロノは、彼の事をこのように評した。

 

「アルさんですか?すごく頼りになる人ですよ。普段の言動はちょっとアレですけど……レイド戦とかGVGの時に居ると安心できますね」

 

「よく水中特化のネタビルドとか言われてますし、本人もそう言ってますけど……地上でも普通に廃人下位~準廃上位くらいのスペックはありますし、コンボ精度とかのPスキルもかなり高いです。ていうかメインの水精霊王(アクアロード)がカンストして水属性関連のアビ全部取って、職専用神器まで持ってるんですよ。弱い訳ないじゃないですか」

 

「あと、度胸というか……精神力が凄いですね。うちのギルドはマスターが先頭に立って突撃するようなタイプなんで、集団戦だと後衛のアルさんが指揮をする事が多いんですけど、あの人ピンチの時とか想定外の事があった時でも、すぐ切り換えて立て直してくるので。失敗しても『よし、じゃあ次の策でいくぞ』って感じで。そういう所は頼りがいがありますね」

 

「あー……でもあの人、たまに信じられないようなミスする事が割とよくあるっていうか……。いや、戦闘とか作戦面では大丈夫なんですけどね?そういうのとは関係ない部分で物凄くドジというか、抜けてる部分があって……そこがちょっと心配ですかね……」

 

 

   *

 

 

 拘束され、身動きを封じられた地獄の道化師は、それでもなお不敵な笑みを浮かべていた。その笑いがいつまで続くか楽しみである。

 

「一体どんな手を使ったのか見当もつきませんが……いやはやお見事。どうやらワタクシの負けのようですね」

 

 そう言いながら、地獄の道化師は油断なく魔法を唱えようとしていた。無詠唱だが、魔力の流れをよく観察すれば、奴が魔法を使おうとしているのは見え見えだ。使おうとしているのは転移(テレポート)の魔法だろう。しかし、魔法の発動は俺が時間停止中に放った技により封じられている。

 

「……何をした?」

 

「答える必要はない……が、お前の魔法は封じさせて貰った。ついでに気付いていないようだが、足も動かせないようにしておいたぞ」

 

「ぬっ!?こ、これは……!」

 

 今更ながらに足が動かない事に気付いたようで、自身の動かない足に視線を送りながら、驚愕の表情を浮かべる。

 

「……成る程、これは詰みというやつですか。無念ですが仕方がありませんな。煮るなり焼くなり、好きになさるがいいでしょう」

 

 観念したように殊勝な台詞を吐く地獄の道化師だったが、奴が自身のコピーを生み出す増殖能力を持つ事は既に割れている。ここで奴を殺したところで、また次の奴が出てくるだけだろう。よって……

 

「地獄の道化師。私はお前に対して、三つの罰を与えた」

 

 そう宣言しながら、俺は『水の創造(クリエイトウォーター)』を発動し、手元に野球ボールくらいのサイズの水球を生み出した。

 ちなみにこの水球、サイズは小さいが、中には圧縮された大量の水が詰まっている。

 

「一つ目の罰は、魔法の使用を禁じるものだ。次に二つ目の罰だが、これは足の動きを封じるもの。これらは既に味わっただろう」

 

 生み出した水球を手元で弄びながら、俺は続ける。

 

「そして最後の罰だが……それは痛覚を剥き出しにして、受ける痛みを数十倍に引き上げるというものだ」

 

 俺の言葉を聞いて目を見開く地獄の道化師。俺はその頭上に水球を放ち、弾けさせた。それによって地獄の道化師が、頭から全身に大量の水を浴びる。

 

「つまり……ただの水を浴びただけでも、全身に激痛が走る!」

 

「ぐ……ぎゃああああああああああっ!!」

 

 想像を絶する激痛に、地獄の道化師がもんどりうって倒れ、地面を転がる。

 

「なんという恐ろしい罰……これが神に刃向かった者への報いか……!」

 

「だが、良い気味だぜ。散々好き勝手しやがったからな、あの野郎!」

 

 その哀れな姿を見て、人間達が口々に感想を述べた。

 

「どうせお前は殺したとしても、別のお前に記憶を引き継ぐのだろう?ならば精々、苦しんだ記憶を持ち帰って貰おうか」

 

 楽に死ねると思うなよ。地面に倒れる地獄の道化師を見下ろしながら冷たくそう言うと、奴は恐怖に歪んだ顔でこちらを見上げた。

 

「ま、待ってください……!どうかお慈悲を!せめて一思いにトドメを!」

 

 地獄の道化師は一切躊躇する事なく土下座をして、そう懇願した。いっそ清々しいくらいの、哀れみを誘う三下っぷりだ。

 

「……良いでしょう。そこまで言うなら私は赦そう」

 

 俺がその言葉を与えると、奴は思わず驚きと喜びが入り混じった表情で顔を上げた。

 周りの人間達も、俺が奴を赦した事に対して驚いた顔をこちらに向けている。俺は彼らに視線を送った後に、地獄の道化師に向かって言った。

 

「だが信者達(こいつら)が赦すかな?」

 

 地獄の道化師の表情が絶望へと変わる。

 忘れたのだろうか。彼の周りには、奴への敵意を漲らせた人間達が大勢いるという事を。

 

「住民の皆様はお退がりください。ここは我々軍人にお任せを」

 

「いやいや、兵士さん達は引き続き、住民の皆さんの警護をお願いします。魔物退治は俺達、冒険者の専門分野ですから」

 

「いえ……ここは私達、神官団が引き受けましょう。これほどの邪悪な魔物を相手にするには、我々が使う神聖魔法が一番でしょう」

 

「おっと待ちねえ。確かに俺達ゃ何の力も無い市民だが、ここまで嘗めた真似をされちゃあ、俺達だって黙ってられねえぜ」

 

 兵士、冒険者、神官、そして住民達……彼らの思いは一つだった。

 そんな殺気立つ連中の前に、一組の男女が立った。

 

「待ちな……!最初は俺がやる。これは譲れん……!おい貴様ぁ、よくもうちの自慢の息子に、ふざけた事をしてくれたなぁ……!」

 

「ちょいとお待ちよ、お前さん。……アタシが殴る場所も、ちゃんと残しておくれよ……!」

 

 彼らは人質に取られていた少年、ハンスの両親だった。その怒りは、この場の誰よりも強く、激しいものだった。

 ……それを一身に受ける地獄の道化師の末路は……まあ、俺がわざわざ語るまでもないだろう。

 

 おっと、そういえば。奴に人質にされていたハンス少年の事を忘れていた。

 時間停止中に地獄の道化師から奪い取って、そのまま抱きかかえたままだったのを今思い出した。

 

「ハンス、もう大丈夫ですよ。立てますか?」

 

 声をかけながら目線を下に下げて、ハンスを見る。

 返事が無い。そしてハンスが動かない。

 おかしいとよく見てみるとハンスの頭部全体が、俺の双乳にがっちりとホールドされて、胸の谷間に埋もれていた。

 

「……あっ」

 

 よくよく思い返せば俺は、ハンスを救出する際に抱きかかえて、落とさないようにしっかりと抱いていたのだが……どうやら彼の顔を思いっきり胸に押し付けた上に、爆乳で頭全体を両サイドから包み込んでいた。

 ……その結果どうなるかといえば、当然、息が出来なくなって……

 

「やばっ……」

 

 俺は青ざめながら、すぐにハンスをおっぱいの束縛から解放した。

 よほど息苦しかったのだろう。ハンスの顔は真っ赤に染まっていた。

 そして……ハンスは、呼吸をしていなかった。

 

「ハンスぅぅぅぅぅ!目を開けろぉぉぉぉ!」

 

 その後、どうやらハンスは気を失っていただけで死んではいなかったので、回復魔法による治療で何とか息を吹き返す事が出来た。

 

 

   *

 

 

 ハンス=ヴェルナー。

 ローランド王国の港町、グランディーノにてヴェルナー家の長男として生を受ける。

 幼少期に魔物の襲撃に遭遇し、A級魔物『地獄の道化師』に人質に取られるも、女神アルティリアによって救出された。

 それが契機となったのか、当時よりかの女神や、彼女に仕える海神騎士団の面子とも親交があったようだ。

 長じては海神騎士団の一員となり、すぐに頭角を現す。

 後に海神騎士団6番隊の隊長に抜擢され、魔神将の軍団との戦いでも活躍した。

 

 彼の有名なエピソードといえば、上記の幼少期に人質にされた出来事だ。

 幼い少年が邪悪な魔物に捕えられ、恐怖しなかった筈がない。しかし彼は自身の命よりも家族や隣人、そして女神アルティリアの事を案じて、己の命を懸けて魔物に抵抗した。

 成長してもその勇敢さは消える事なく、より一層その輝きを増していった。

 

 常に先頭に立ち、どんな困難にも一歩も退かずに立ち向かう彼を、人はこう呼ぶ。

 『勇気の騎士(ブレイブナイト)』ハンス……と。

 

 (ローランド英雄譚より抜粋)



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第27話 戦いの後始末。それと風呂

 その後の事を、軽く語ろうと思う。

 地獄の道化師は俺の信者達にボコられて死に、その場に僅かに残っていた魔物達は四散して逃亡。それで神殿付近は安全になったが、まだ戦いは終わっていなかった。

 港湾や街道ではまだ戦いが続いており、ロイド達はすぐさまそちらへ救援に向かおうとしたが、それには及ばぬと俺はそれを止めた。

 

「『水精霊召喚(サモン・ウンディーネ)』」

 

 俺のメインクラスは精霊使い系の最上位職の一つ、水精霊王(アクア・ロード)だ。その名の通り水属性魔法、特に水の精霊を召喚・使役する事を最も得意とする職業だ。

 俺は召喚した8体の水精霊の半数を港に、残りの半分を街道へと向かわせた。

 流石に地獄の道化師レベルのモンスターが相手だと荷が重いものの、雑魚の掃討ならばノーマル水精霊で十分だ。

 俺の命令に従って水精霊達はそれぞれの戦場へと向かい、彼女らの活躍によって無事に街道や港の敵は殲滅された。

 

 こうして戦いは終わった。

 ロイド達が戦った、もう一体のボスモンスター……紅蓮の騎士が姿を現さなかったのは気になるところではあるが、これにて一件落着である。

 

 戦後の処理だが、まず負傷者を俺や水精霊達が魔法で治療した。

 死者は幸い一人も出なかったものの、負傷者の数はかなり多かった。中には放置すると命に関わるような重傷を負った者も居たため、彼らの治療は最優先だ。

 最初に冒険者や軍人を治療し、力自慢の彼らが負傷者を運ぶのを手伝ってくれたおかげで、だいぶスムーズに治療を進める事ができたので助かったぜ。

 やっぱり一箇所に集めて範囲回復で纏めて治療するのが一番効率がいいからね。

 

 ちなみになんか偉そうな神官の人達が、女神様を讃える式典がどうたらとかいう話をしてきたが、それに対しては今はそのような場合ではないと一喝しておいた。怪我人放ってするような話じゃないだろうが。

 そしたらなんか泣きながら土下座してきたんだが。いやそんな事しなくていいから手伝えやお前ら。神官なら回復魔法くらい使えるだろ!

 

 その点、クリストフという若い男の神官は有能だった。奴はやるべき事や優先順位をちゃんと分かってる。

 ただ、俺が怪我人を回復させる時に使った魔法に対する食いつきが尋常じゃなかった。あと俺の槍とかの装備を見る目に、妙に熱が篭もってる。

 こいつはあれだ、レアな装備とかスキルに目がないオタクだな。間違いない。

 だがロイドがいつも世話になっているようだし、こいつ自身も俺の熱烈な信者みたいなので、今度俺のレアアイテム・コレクションを見せてやろうと思った。

 

 まあそんな感じで色々と後始末が終わって、すっかり日が沈んだ頃になってその日は解散。

 ちなみに戦いの最中に従えたドラゴンは逃がしてやろうと思ったが、何故か俺に懐いたようで帰ろうとしなかったので、仕方がないので飼育する事にした。

 今は神殿の周囲で放し飼いにしてあるが、近い内に犬小屋ならぬ竜小屋?竜舎?を作ってやる必要があるだろう。

 

 さて、どうやら俺は神殿で暮らす事になるようで、神殿の奥には俺の居住スペースがあった。

 やけに広い寝室には、なんか貴族が使うようなビッグサイズの豪華なベッドが置いてあったりしたのだが、一人で使うにはちょっと大きすぎやしないだろうか。

 なんか女神とか呼ばれて奉られており、俺自身もその信仰に応えて神として振る舞うつもりはあるのだが、いかんせん俺は元々、一般庶民の小市民であるのでこういった豪華な家具には縁が無かったせいで、どうにも落ち着かない。

 ついでに今はプレイヤーである俺と一体化している、アルティリアという人物(キャラクター)も野宿上等の冒険者である為、彼女の感覚的にもいまいちしっくり来ないようだ。

 

「まあいい。だったら俺に合うようにカスタマイズするだけの事よ」

 

 ハウジング(家作り)もMMORPGの醍醐味だ。寝室のリフォームは当然として、神殿内に色々と追加したい設備も山ほどある。

 

「よっしゃー!やったるでぇ!」

 

 水泳や釣りほどではないが、俺は木材や石材の加工、鍛冶などの生活スキルもかなり高い。俺がLAOで所有していた家や船舶は全て俺が自ら作ったものだ。神殿の増築やリフォームなど朝飯前だ。

 幸い、神殿内の俺の居住スペースには多少の余裕がある。ここに色々と付け加えていくとしよう。

 ただし、その為には当たり前だが、十分な量の建築用資材が必要だ。そこらへんは明日以降に調達する必要があるだろう。よって、本格的な増改築は後日という事になるのだが……どうしても、今日中に作っておきたい物がある。

 

 それは、風呂だ。

 この世界……というか、今俺がいる国ではどうも、入浴の文化が広まっていないようなのだ。これは由々しき事態である。

 水浴びや体を拭く等して、なるべく清潔を保つようにしている他、水属性の初歩的な魔法の中には体の汚れを落とす『清潔(クリーン)』という物もあり、それなりに衛生管理はされているようだ。

 俺も転移して以来、清潔の魔法や、魔法で水を生成してシャワーを浴びる等はしていたが……元日本人として、やはり風呂には入りたいのである。

 

「というわけで、ここに浴室を作ろう」

 

 俺は良い感じの広さの空き部屋に移動し、そこに木材を取り出して並べた。

 これは太古の精霊木板。太古の精霊樹(エンシェント・トレント)という名の、巨大な樹のモンスターが落とすドロップ品だ。

 動きは遅いが防御力やHPが非常に高いタフなモンスターで、強力な魔法を使う侮れない敵だ。そいつが落とすこの木の板は、そこいらの金属よりもずっと頑丈だ。

 最上位の木材である世界樹(ユグドラシル)よりは1ランク落ちるものの、それでもトップクラスの高級素材である事に変わりはない。

 何故俺がこれを都合よく持っているかというと、俺の持っている船の素材がコレだからだ。船を作るのに木材は必要不可欠であり、このエンシェントトレントの木材は船の製作や改造を行なう海洋民に大人気の品だ。船の改造にハマっていた時期は、俺も狂ったようにエンシェントトレントを狩りまくったものだ。

 もちろん船舶用だけではなく、木工製品や家の建築素材としても、エンシェントトレントの木材は大人気であり、常に高値で取引されている。

 

 そんな貴重な素材を使って、俺は浴槽を作った。檜風呂ならぬエントレ風呂だ。なんという贅沢か。

 さっそく作った浴槽に魔法でお湯を張り、俺は羽織っていた水精霊王の羽衣と、身に着けていた水着を脱ぎ捨てて風呂にダイブした。

 

「あぁ^~」

 

 温かい風呂が、疲れた体に染み渡る。

 久しぶりという事もあって、実にたまらん。

 やはり風呂は良い。この文化はこの世界にも広めねばならぬと強く確信した。

 

 あと、おっぱいは本当にお湯に浮く事が判明した。

 

 そんな感じにひとっ風呂浴びた後に良い気分で就寝した、次の日の朝。

 朝早くから神殿の前には大勢の人が集まっており、俺が姿を現すと皆揃って跪き、祈りを捧げ始めた。いやそんな畏まらんでも、楽にしていいから……

 

 そんな彼らを前に、俺は話をした。

 内容は昨日の襲撃を見て分かるように、俺は魔神将に狙われているという事と、いずれ来る連中との戦いに力を貸してほしいという事だ。

 配下の魔物であれば俺一人でも蹴散らせるが、幹部級が複数で来られると流石に苦戦せざるを得ないし、ましてや親玉の魔神将本体は俺一人ではどうやっても太刀打ちできるような敵ではない。

 LAシリーズのナンバリング作品では英雄達が国や神々のバックアップを受けて、激戦の末にようやく倒したような相手だし、LAOでは世界中の廃人プレイヤーが束になってタコ殴りにするワールドレイドボスだ。

 神の力を得て多少強くなったとはいえど、俺がタイマン張って勝てるような甘い相手じゃないという事だ。

 

 なので、信者達(きみたち)の力が必要だという事を力説しておいた。

 戦える者は一人一人が一騎当千の英雄レベルにまで成長し、また戦えない者はそんな彼らの支援をして、一致団結して立ち向かわなければならない。その為に俺も最大限、君達の力になろう、と。

 

 流石に魔神将と一緒に戦ってくれと言われて、尻込みされるか、最悪見放される事も覚悟していたが……信者達はそんな俺の願いに対して、有難い事に喝采をもって応えてくれた。

 

 よし、じゃあ鍛錬(レベリング)の時間だ。

 とりあえず半年で全員、レベル100くらいになろうか。



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第28話 これは教育ですわ

 ロイド=アストレアは、俺がこの世界に来て、アルティリアとなってから最初に出会った人物であり、俺の最初の信者である。

 出会った当初に見た彼の職業構成は、以下のようなものだった。

 

 名前:ロイド=アストレア

 レベル:35

 

 【メインクラス】

 海賊 Lv15(Max)

 船長 Lv5

 

 【サブクラス・下級】

 剣士 Lv8

 兵士 Lv4

 指揮官 Lv3

 

 LAO基準では、ようやく初心者マークが外れるかといった程度の強さだが、この国ではそれなりの強者として扱われるようだ。

 

 それから紆余曲折を経て再会した彼の、現在の職業構成を以下に記そう。

 

 名前:ロイド=アストレア

 レベル:58

 

 【メインクラス】

 神官戦士 Lv15(Max)

 

 【サブクラス・下級】

 海賊 Lv10(Max)

 剣士 Lv10(Max)

 兵士 Lv6

 指揮官 Lv8

 

 【サブクラス・上級】

 船長 Lv5

 侍 Lv4

 

 まず注目するべき点は、メインクラスが海賊系から神官戦士に変わっている点だ。

 これについては、生き方を変えた事でメインクラスが変更されたのだろう。LAOでもレベルダウンはするが、メインクラスを変更する事は可能だった。

 (ちなみに、レベルダウンのペナルティ無しに職業を変える事の出来る課金アイテムも存在する)

 元々メインクラスだった海賊系はサブクラスになり、それに伴ってLv15だった海賊がLv10まで落ちている。

 また、剣士のレベルがカンストして、新たに上級職の侍を取得している。これは刀をメインウェポンにした影響だろう。

 指揮官のレベルも順調に成長しているが、こちらはまだ極めるには至っていないようだ。

 兵士の職業を持っているのは、海賊になる前は軍人だった名残だろう。こちらは成長していないようだ。

 

 総じて、以前会った時より23もレベルが上がっており、他の冒険者や軍人と見比べても、頭一つか二つほど抜きん出ている。よく努力したと褒めてやりたい。

 

 しかし気になる点が一つある。

 何故こいつは、メインクラスの神官戦士をカンストしているのに、上級職を取っていないのだろうか。

 メインより先にサブクラスを上げて、戦略の幅を広げるのも育成方針としては大いに有りではあるが、メインクラスの上級は早めにとっておくべきだと思うんだが。

 

「ロイドは神殿騎士(テンプルナイト)にはならないのですか?」

 

 そんなわけである日、その日も神殿に顔を出しに来たロイドに、上級職の取得をする気がないのか聞いてみた。

 神官戦士の上級職は神殿騎士(テンプルナイト)退魔師(エクソシスト)武闘僧(モンク)の三種類だ。

 神殿騎士(テンプルナイト)は神官戦士をそのままパワーアップした感じの回復・補助魔法も使える物理職、退魔師(エクソシスト)は対悪魔・アンデッド性能に特化した魔法寄りの職業だ。こっちは神官(クレリック)を極めても取得できる。

 武闘僧(モンク)は素手で戦う職業で、刀使いのロイドには不向きのため選択肢から除外する。神官戦士以外にも格闘家(グラップラー)から取得するルートもある……というかむしろ、そっちが主流である。

 以上の三種類から選ぶなら、ロイドの職業構成や能力値の傾向は、どう見ても神殿騎士に向いている為、そちらを薦めてみた。

 

 いきなりクラスチェンジを薦められてロイドはたいそう驚いた様子だったが、隣に居た神官のクリストフのほうはとても乗り気で、ロイドに是非就任するべきだと強く薦めていた。他の仲間達も同様だ。

 

 LAOでは神殿騎士になるには、まず神官戦士のレベルを最大まで上げる事と、各地の町にある神殿から受注できるクエストをこなし、神殿からの信頼度をある程度得た上で転職クエストをクリアする必要がある。

 そうすると司祭長から神殿騎士に任命され、資格を得る事ができるのだ。幸い神殿はここにあるので、後は神殿騎士に任命するだけでいいのだが。

 

「クリストフ、ロイドが神殿騎士になるにあたり、必要な手続きは?」

 

「はっ、お答えいたします。神殿騎士の就任には本来、司祭長以上の位を持つ神官が審査・試験を行なった上で、王都の大神殿の許可を得る必要があります。しかしこの場合は神殿の主にして女神たるアルティリア様が直々に指名されましたので、大神殿への報告のみで構わないと考えます。そちらは私が行ないましょう」

 

「たいへん結構。ああ、それとクリストフ。貴方もさっさと司祭になりなさいな」

 

 クリストフのメインクラスは神官(クレリック)で、レベルは最大の15に到達している。だというのにコイツもメインクラスは下級職のままだ。

 聞いてみればコイツはまだ若くて実績も少ないので、まだヒラ神官のままで、司祭に上がる為にはもっと何年も神殿に勤めて、実績を積む必要があるとの事だが、才能や実力がある人間をいつまでも平社員のまま遊ばせておくのは実に勿体ない。

 

 なので、クリストフを司祭にするように推薦状を書いておいた。

 ついでにクリストフは立場上は中央の大神殿に所属しており、こちらに出向している形になっている為、正式にうちに所属させるように要望も出しておこう。

 それを伝えると、クリストフは滝のような涙を流しながら俺に感謝を伝えてきた。

 そんなに大神殿で働くのが嫌だったのだろうか。まさか大神殿はブラック企業ならぬブラック神殿なのか……?

 

 ちなみにロイド以外の者達も軒並みメインクラスが神官戦士になっており、レベルが上限に達していた為、全員まとめて神殿騎士に任命しておいた。

 例外はリンという名前の少女で、その子はメインクラスが魔術師の、典型的な後衛魔法アタッカーの構成をしている。

 

 クリストフは俺が書いた全員分の任命状や推薦状と、大神殿のお偉いさんへのお手紙を持って王都に向かった。

 最初は馬で行こうとしていたが、馬だとどれだけ急いでも往復に数日はかかってしまうので、水精霊を一体貸し出した。

 それも普通の水精霊ではない。この水精霊王(アクアロード)をカンストして水属性魔法関連のスキルを全部MAXまで上げたこの俺でさえ、二体までしか同時に召喚できない最上位水精霊(アーク・ウンディーネ)だ。

 

 普通の水精霊の外見年齢は小~中学生、上位水精霊(グレーター・ウンディーネ)は女子高生くらいの容姿をしているが、それらに対して最上位水精霊は大人のお姉さんといった感じのクールビューティーだ。俺ほどじゃないが背が高く、おっぱいもデカい。

 当然だが最上位水精霊もノーマル水精霊と同じように、姿形を自由自在に変化させられるという特徴を持ち合わせている。

 俺の命令を受け、天馬形態(ペガサスフォーム)に変化した最上位水精霊は、その背にクリストフを乗せて飛び立った。ちなみに最上位水精霊の天馬形態は、通常の水精霊と比較して、およそ1.5倍ほどの速度を誇る。

 

 ちなみに神殿の敷地内に建築した竜舎から先日手懐けたドラゴンが顔を出し、

 

「えっ、空飛んで行くなら自分の出番じゃないんですか?」

 

 とでも言いたそうな表情でこっちを見ていたが、人を乗せての飛行訓練はまだ行なっていないし、王都にドラゴンで凸すると確実に騒ぎになるので却下である。

 

 そんなわけで朝に出立したクリストフと最上位水精霊は、夜には手紙のお返事を持って戻ってきた。

 手紙の返事をくれたのは、王都大神殿のトップである大司教だ。

 一番上は教皇ではないのか?と疑問に思ったので聞いてみたら、教皇はこのローランド王国ではなく、南西に位置する法国に居るそうで、大司教はこの国における神殿勢力のトップという事らしい。

 大司教がくれた、やたらと長い手紙の内容を要約すると、

 

 ①やけに丁寧な挨拶の言葉。最上位精霊を遣わした事に感激してるっぽい

 

 ②ロイド達の神殿騎士就任については、()が直々に実力・人格を認めた為、許可する。また、それにあたって大神殿から指導員として神殿騎士を派遣する

 

 ③併せて、うちの神殿に騎士団を設立する事になるので、結成し次第、大神殿への届出をお願いしたい

 

 ④クリストフの司祭昇進および、うちの神殿への異動は済ませた。引き続き大神殿や各地の他の神殿との連絡窓口を任せたい

 

 ⑤魔神将および魔物に対抗する為の体制作りには、大神殿や王家も協力する意志がある為、連携して事に当たりたい

 

 ⑥王都の一等地に俺の神殿を建築するので、完成したら是非直接こっちに来てほしい。詳しい話はその時にしたい

 

 ⑦つまらないものですが貢ぎ物です。お納めください

 

 ……といった感じだ。

 贈り物は白金(プラチナ)やミスリルのような貴重な金属や上質な布生地、薬草に香辛料といった各種素材だった。

 

「助言を求められたので、我が主は実用的な物や、物作りをする為の素材を好むと伝えておきました」

 

 それらを俺に手渡しながら、最上位水精霊が淡々と言う。

 ファインプレーだ、よくやった。高価なアクセサリーとか服を贈られるより、こういうのの方がずっと嬉しい。丁度、装備製作をする為の素材が欲しかったところだしな。

 何故かというと、それはロイド達の装備を整えるためだ。

 

 少し時間を戻して、クリストフを待っている間にロイド達と話をしたのだが……こいつら、レベルはしっかり上がってる癖に、装備をろくに更新していないのだ。

 これは問題だ。強くなる為には自分自身のレベルを上げ、成長する事は勿論大事だが、それに合わせて強力な装備品を購入、あるいは製作して入手する事も、同じくらい重要なのは当たり前の事だ。

 いくらレベルが上がっても、装備がヘボいままではその力を十分に発揮する事は難しい。

 幸いロイドの武器に関しては俺があげた村雨があるが、それ以外の装備はほぼ初心者が使うような物だ。

 

 何故そんな有様なのかと言うと、あいつら、稼いだ金の大半を俺に寄付していたからだ。残りは生活費や装備の手入れ代、消耗品代やいざという時の為の貯蓄となっており、装備を更新するほどの余裕が無かったそうだ。

 

 これは教育ですわ。

 装備が充実する→狩りの効率が上がる→レベリングや金策が捗る→更に強くなって効率が上がる正のループ→そして一級廃人へ

 装備を更新しない→効率が上がらない→戦闘がきついし稼げない負のループ→いつまで経ってもうだつの上がらない雑魚のまま→いくえ不明

 ほらこんなもん。わかったら装備には常に注意を払え。

 

 だがしかし、こいつらが俺に寄付した先はこの俺なので、その金を使って俺がこいつらに最適な装備を見繕ってやればいいか。

 というわけで俺は早速、神殿内に作った工房で武器や防具を作るのだった。

 

 あと、大司教には協力やプレゼントへのお礼の手紙と一緒に、俺が打った剣(ミスリル合金製)を贈った。喜んでくれるといいのだが。



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第29話 騎士団発足に向けて※

「ロイドは神殿騎士(テンプルナイト)にはならないのですか?」

 

 女神アルティリアがこの地に降臨してから、数日が経ったある日の事だった。その日も信奉する女神の神殿に顔を出していたロイド=アストレアと彼の仲間達は、当の女神に突然そう言われたのだった。

 神殿騎士とは、その名の通り神殿に所属し、神に仕える騎士である。通常の騎士と違って領地や主を持たず、ただ神の名の下に邪悪な存在を討ち滅ぼし、民を守護する高潔な存在だ。

 そんな神殿騎士はロイド達にとっては雲の上の存在であり、いやいやそんな恐れ多いと固辞するものの、ロイド達は海賊から神官戦士へと生き方を変え、その上で十分な経験と実績を積んでおり、それは神殿騎士になる条件を十分に満たすに足るものだと、アルティリアは言った。

 

「……確かに。正式に神殿には所属していませんが、ロイドさん達はアルティリア様を信仰し、祈り、そしてアルティリア様の為に戦う神官戦士と言って差し支えないでしょう。そして今までの実績も、神殿騎士に叙任されるのに十分なものと思われます」

 

 クリストフも納得したように頷きながらそう言う。それから、とんとん拍子に話が進み、クリストフが王都の神殿まで許可を貰いに行く事になった。

 しかしそれを聞きながら、話の中心である当の本人、ロイド=アストレアは悩んでいた。

 彼の悩みは、果たして自分は、そのような立場に相応しい人間だろうか……という事に尽きる。生きる為に仕方がなかったとは言え、元は海賊としてさんざん人様に迷惑をかけた身だ。到底、清廉潔白で高潔な騎士と呼べるような立派な人間ではない。

 

 ロイドは迷った末に、仕える女神にその悩みを吐露した。彼の懺悔にも似た悩みの告白に対して、アルティリアは言った。

 

「貴方は生き方を変えると決意したのではないのですか?そこで中途半端に立ち止まって如何するのです。男が一度やると決めたのなら、最後まで走り抜きなさい」

 

 その台詞を言った本人(アルティリア)は、せっかくクラスチェンジしたのにメインクラスを下級止めとか何考えてんの? 馬鹿なの? 死ぬの? 程度の考えで口にした言葉だったが、それを聞いたロイドは頭を金槌でガツンと殴られたような衝撃を受けた。

 

(そうだ……! 俺はこの御方の為に変わると決意した筈だ……! だと言うのに、何を下らん事でウジウジと悩んでいたのだ。恥を知れ、ロイド=アストレアの軟弱者め!)

 

 ロイドはこの時、英雄としての第一歩を踏み出した。

 過去の罪は消えずとも、傷つけた人の何百倍、何千倍もの人を救う、女神の騎士として生きようと決意を新たにしたのだった。

 ロイドと同じく尻込みしていた仲間達も、彼と同様に覚悟を決めたようで、決意に満ちた気合の入った顔をしている。

 

「ところでロイド、貴方達にお話があります」

 

 しかしそんな彼らに対して、空気を読まずに説教を始める恥知らずなドスケベエルフが居た!

 

 アルティリアはロイド達に、装備の更新や強化の大切さを力説した。

 所々『エンチャ』や『属性値』、『スキル倍率』、『適正AD値』、『一確A値』、『クリ率とクリダメの比率』、『セットボナ』、『限凸』などといった、ロイド達にとっては意味がよくわからない単語も頻出したが、おそらく神々の間で使われる専門用語なのだろうと彼らは考えた。だいたい間違ってはいない。

 とにかく装備の重要性について理解した彼らだったが、問題はこのグランディーノの町では、そこまで強力な武器や防具は販売していないという事だ。

 王都のような大都市や、鍛冶が盛んな街であれば、良い装備も手に入りやすいのだろうが。港町である事の利点を活かして、船で輸入してもらう事を検討するべきかと考えるロイドだったが、

 

「まあ良いでしょう。ここは私に任せておきなさい」

 

 アルティリアはそう言い残して、神殿の外へと出ていった。慌てて後を追うと、彼女は神殿がある丘を下りて、そのままグランディーノの町へと足を進めた。

 すれ違った者達が思わず視線を奪われ、頭を下げたり祈ったりする中、アルティリアは悠々と港へ向かう。彼女が向かう先は、港の付近にある市場だった。

 

「へいらっしゃい、適当に見ていきな……アルティリア様!?」

 

 アルティリアが店に入ると、商品が並んだ棚に向かったまま、こちらに背を向けてぞんざいな接客をしようとしていた店主がいた。棚に並んでいるのは鉱石の類だ。

 彼は石類を専門に扱っている業者だ。グランディーノの周辺には鉱山は存在しない為、鉱石は専ら輸入品頼りになる。彼は海路を使って輸入した鉱石を、鍛冶場や造船所に卸していた。

 今日は、それらの取引相手が来る予定は無かった筈だが……と、予定に無い客のツラでも拝んでやるかと、ちらりと目線を送った店主は、それはもう驚いた。

 既に神々が地上を去って久しいこの世界において、唯一の現存する神であり、このグランディーノの町を守護する海の女神。この町において彼女の名を知らぬ者など居よう筈もない。

 

「楽にしてください。鉱石を見せてもらいたいのですが」

 

 反射的に平伏しようとした店主を制止して、アルティリアは棚に並ぶ鉱石を見繕っていく。店主は品質の良い物をアルティリアに薦めようとしたが、彼がそうするまでもなく、アルティリアは店内に所狭しと大量に並ぶ鉱石の中から、最も品質が高い物だけを的確に手に取っていった。

 

(なんという素早く、正確な目利き……!この道を二十年以上やって、鉱石を見る目にはそれなりに自信があったが、この御方の目は俺など足元にも及ばない!)

 

 その素早く正確な目利きに、流石は女神だと店主は驚愕し、アルティリアへの信仰を深めたのだった。

 

「では、これらを購入します。お値段はいくらですか?」

 

「いっ、いえそんな! 女神様にお代をいただく訳には……」

 

 無料で提供しようとする店主だったが、アルティリアはそれを固辞した。逆に、商人として取引をする以上、対価を受け取らずに商品を渡す事などあってはならないと店主を諭し、アルティリアは鉱石を定価で購入した。

 その後は皮革や布生地を販売している店でも同じようなやり取りを繰り返した後に、購入した品々を持って神殿に戻った。

 

 夜になると、王都に行っていたクリストフが精霊を伴って戻ってきて、正式にロイド達の、神殿騎士への就任が決まった。

 様々な準備や手続きの必要がある為、叙任式は一週間後に執り行う事となった。

 

 アルティリアは、クラスチェンジなんて今すぐサクッと終わらせたいと思っていたが、周りの人間達にとってはそうもいかないようで、ままならぬ物だとぼやいた。

 

 それから一夜明けて次の日、ロイド達が朝から神殿に向かうと、神殿のある丘の麓に、見覚えの無い建築物が建っていた。

 石造りの、堅牢な砦のような建物で、その周囲を囲む石壁や(やぐら)まである。

 

「アルティリア様、あれはいったい……!?」

 

「あれは貴方達の駐屯地です。必要と思ったので夜の間に作っておきました。兵舎や訓練所を兼ねているので自由に使いなさい。運用・管理・維持に必要な人材はそちらで雇うように」

 

「たった一晩でこれを!?」

 

 ロイド達は信奉する神の行ないに、まさに奇跡だと更に信仰を深めたが、驚くのはまだ早かった。

 

「お頭!兵舎に全員が余裕で入れるくらいのデカい風呂場が!」

 

「お頭!全員分の個室が用意してありますぜ!しかもベッドが凄いフカフカです!」

 

「お頭ぁっ!このトイレ水が流れるっすよ!」

 

 元部下達の報告に逐一驚かされながら、ロイドは拠点をこの場所に移すために活動を開始した。

 まずは宿を引き払い、荷物を砦に移した後に、彼らは所属する冒険者組合に足を向けた。

 今後は神殿騎士として活動する為、冒険者としての活動を打ち切り、引退するつもりで話をしに行った。

 受付嬢にそれを話し、代表として組合長の部屋へと案内されたロイドは、その途中で意外な人物とすれ違った。

 

「あれ、グレイグさんじゃないですか。どうして冒険者組合に?」

 

 その男は赤い髪が特徴的な中年の大男で、名をグレイグ=バーンスタインという。ここグランディーノの町に拠点を構える、海上警備隊の副長を務める歴戦の勇者だ。

 

「おお、ロイド君か。この間のような大規模な魔物の襲撃に備えて、冒険者組合と海上警備隊の連携を強化する為に、つい先ほどまで色々と話し合いをしていた所だ。そういう君は、組合長に用事かな」

 

「はい。実は冒険者を辞める事になるので、その報告と挨拶をと」

 

「なんと!? いったい何故……いや、そうか。アルティリア様の下で働く為か?」

 

 反射的に何故と尋ねようとしたグレイグは、つい先日、彼らの信仰する女神が降臨した事を思い出し、それが原因だろうと当たりを付けた。

 

「ご明察の通りです。アルティリア様の神殿騎士に就任する事になったので、これまで通りに冒険者として活動する事は難しいかと……」

 

「おお、そうか神殿騎士に……凄い栄誉な事じゃないか! いやあ、めでたい!」

 

 我が事のように喜ぶグレイグの様子に、ロイドの顔にも思わず笑みが浮かんだ。

 

「しかし将来有望な冒険者が居なくなるのは、組合としては痛いだろうな……いや、待てよ? ならばいっその事……よし、閃いたぞ!」

 

 グレイグは何かを思いついた様子で、踵を返すと組合長の部屋へと突撃していった。ロイドは慌ててそれを追いかける。

 

「グレイグさん!? どうしたんです!?」

 

「なぁに、任せておきたまえロイド君! 私にいい考えがある!」

 

 そう言って、グレイグはノックもせずに組合長の部屋へと押し入った。

 ついさっき帰った筈のグレイグが、勢いよく扉を開け放って戻ってきたのを見て、組合長が椅子から跳び上がった。

 

「うおおっ!? 何だグレイグ、帰ったんじゃなかったのかお前!?」

 

「ええい、そんな事はどうでもいい! 重要な話があるのだ!」

 

 まずグレイグはロイドに、先程の話を組合長にもするように促した。それに従い、ロイドは神殿騎士に就任する予定である事、冒険者を引退する事を組合長に話した。

 組合長は惜しみながらも、ロイドを気持ち良く送り出してやろうとしていたが、そこに待ったをかけたのがグレイグだ。

 

「そこでさっきの話だ。聞けばロイド君達は、新たに神殿騎士団を設立するそうじゃないか。ならばいっその事、彼らも枠組みの中に入れてみてはどうだね」

 

「……おお、なるほど! その手があったか!」

 

「……いったい、どういう事なんです?」

 

 話についていけないロイドに対し、二人が説明したのは以下のような内容だった。

 

 この町の冒険者組合支部と海上警備隊は、それぞれ独立した戦力を持つ組織であり、前者は魔物退治をはじめとした、様々な民間の依頼を解決しており、後者は港や近海の治安維持を旨としている。

 これまでこの二つの組織には、これまでほとんど接点が無かった。時々近海に現れる水棲の魔物を警備隊が討伐した際に、その死体を冒険者組合に引き渡して、討伐褒賞金を受け取る程度の付き合いだ。

 だが今後、この町を邪悪な存在の魔の手から守護する為に、両者はより一層強固な協力体制を築く事に決めた。

 その一環として、まずは人材交流や技術交換を積極的に行なう予定であった。

 その枠組みの中に、ロイド達が新たに立ち上げる神殿騎士団も入れてしまおうと考えたのだ。

 

 具体的には、ロイド達は神殿騎士であると同時に、冒険者組合にも籍を置き続け、自由に依頼を受ける事が出来る。また、組合側からも困難な依頼があれば、神殿騎士団や海上警備隊に支援を頼んだり、彼らのほうが向いていると判断すれば仕事を回したりもする。

 新人冒険者の中にはロイドを慕う者が多いので、そんな若者達に神殿騎士となったロイド達が指導を行なう事で、良い刺激を与えられるだろうし、逆にロイド達もこれまでのように、先輩冒険者の指導を受けたり、協力して依頼に当たる事も出来る。

 

 ロイドはその話を一旦持ち帰り、仲間達やアルティリアと共に検討した結果、話を受ける事にした。

 具体的な協力体制の構築については今後、三者間で協議を重ねていく予定である。

 

 そうして数日が経過し、いよいよ神殿騎士への就任および、騎士団の発足までもうすぐという時に、ある人物が神殿を訪れたのだった。



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第30話 「あ、アルティリア様!優秀な人材引き抜かないで!」「うるさいですね……」※

「失礼します。私の名はルーシー=マーゼット。新たに神殿騎士となる者達への指導の為、王都の大神殿から派遣されてきた神殿騎士です。女神アルティリア様にお目通りを願いたい」

 

 その日、神殿を訪れたのは一人の女性だった。亜麻色の髪を肩口で切り揃え、意志の強そうな、つり目がちの赤い瞳をした女だ。

 彼女は、自分は王都の大神殿に所属する神殿騎士であり、新たに就任する神殿騎士への指導のために来訪した者だと名乗りを上げた。

 身に纏うのは白く輝く堅固な金属鎧であり、腰に下げた剣は名匠が鍛えた業物だ。立ち居姿に隙は無く、瞳には強い意志が宿っているのが見てとれる。その姿、まさに威風堂々であり、ひとかどの人物である事は疑いようもない。

 

 しかしてその容姿は、どうしようもなく……幼女であった。

 

 最初にその人物と会ったリンなどは、思わず町の女児が騎士ごっこでもしているのかと疑ったほどだ。

 しかし、子供が騎士になりきっているにしては、装備とそれを身に着けた彼女自身が纏う空気が立派に過ぎる。

 これは自分では判断が難しいぞ、さてどうしたものかと思案していると、彼女の仲間の一人が話に入ってきた。

 

「リンさん、どうかしましたか?」

 

「あっ、クリストフさん、丁度いい所に! えっと、神殿からのお客様なんですが……」

 

「……おや? ルーシーさんではないですか。派遣されてくる神殿騎士は貴女でしたか」

 

「む、クリストフ殿ではないですか。ええ、その通りです。これから世話になります」

 

 どうやら二人は知り合い同士のようで、これで話が纏まりそうだと、リンは胸を撫で下ろした。

 

「あっ、申し遅れました。魔術師のリン=カーマインと申します」

 

「リンさんは若いですが、とても優れた魔術の才能をお持ちで、彼女の魔法にはいつも助けられています」

 

 リンの自己紹介に、クリストフが補足する。目の前でまっすぐに褒められて、リンは照れ笑いを浮かべた。

 

「よろしくお願いします、リン殿。ところで貴女も神殿騎士に?」

 

「いえ、私は魔術師ですので……。ただ、顧問魔術師として騎士団に所属してはどうか、とアルティリア様が薦めてくれて……私のような未熟者に務まるかと、不安ではありますけど」

 

「そうですか。しかし騎士団に所属するならば、共に過ごす事も多くなるでしょう。数少ない女同士でもある事ですし、改めてよろしくお願いします」

 

「はい!こちらこそ、よろしくお願いします、ルーシーさん」

 

 握手を交わすと、その背丈と同じように、手も幼児のように小さかったが、その掌は硬く、長く剣を握った者特有のタコが幾つも出来ている、歴戦の戦士の手であった事にリンは驚かされた。

 つくづく見た目と経歴や能力がミスマッチだと、ついまじまじと見つめてしまうと、それに気付いたルーシーが苦笑を浮かべた。

 

「リン殿は、小人族に会うのは初めてですか?」

 

「小人族……ですか? すみません、会うどころか聞いた事がありませんでした。ルーシーさんは人間とは違う種族の方なのですか?」

 

「珍しい種族ですから、無理はありませんよ。私もルーシーさん以外の小人族の方とは会った事がありませんし」

 

 人間(ヒューマン)以外の友好的な異種族と会った事が無いリンにとっては、その名も初めて耳にするものだった。

 

「名前の通りに、大人になってもこのような容姿のままでして。そのせいで侮られる事も多いですが、もう慣れました。……ああ、ちなみに私はこう見えて、今年で25歳になります」

 

「まさかのロイドさんと同い年っ!?」

 

 リンは新たに聞かされた事実に驚愕しながら、ルーシーの小さな体をじっと観察した。

 

(どこからどう見ても十歳くらいの子供にしか見えない……小人族って凄い……)

 

 そうしている内に、リンはある事に気が付いた。

 

「あれっ? ルーシーさんの耳、なんか尖った形をしてますけど、それも小人族の方の特徴なんでしょうか?」

 

「むっ? ええ、確かに私以外の小人族も、皆このような形の耳をしていますが……そうか、人間の耳は丸い形をしているのでしたね。普段、あまり目線が合う事が少ないので意識する事もないのですが」

 

 自分の耳の形を確かめるように触りながらそう言ったルーシーは、次にリンが発した言葉に大きく驚いた。

 

「へぇ……なんだかアルティリア様のお耳に似てますね。あ、でもアルティリア様のほうが、もっと細長い感じかなぁ」

 

「なんと!? よもや、女神様も私と同じ……?」

 

「いえ、アルティリア様はかなり背が高い方なので、違うと思います……」

 

「そうですか(´・ω・`)」

 

 リンがそう告げると、ルーシーは残念そうな顔をした。

 

「リンさん、アルティリア様への連絡をお願いしてもいいですか?ルーシーさんはロイドさん……我々のリーダーの所に案内しますので」

 

「わかりました!それではルーシーさん、また後ほど!」

 

 リンはそう言って、神殿の奥へと入っていった。彼女が目指すのは、アルティリアの私室である。

 その部屋の扉の前には、体が透き通る水で出来た美しい人外の少女……水精霊(ウンディーネ)が立っている。

 

「失礼いたします。精霊様、アルティリア様にお目通りを願いたいのですが」

 

「わかりました。どうぞお入りください」

 

 頷いて扉を開け、入室を促す水精霊に従って部屋に入ると、そこにはベッドに横になりながら読書をしているアルティリアが居た。

 読んでいるのは、今いるローランド王国の歴史について書かれた書物だ。それを読んで、この国について勉強をしている最中なのだろう。

 

 ただし、ベッドのサイドテーブルに置かれた皿の上には香ばしい香りを放つ、食べかけのアップルパイとフライドポテトが乗せられており、食べカスが僅かにベッドの上に落ちており、行儀が良いとは決して言えない状態だ。

 更に彼女の服装は、上半身は正面に無駄に達筆な文字で「エルフの女」と書かれたクソダサTシャツ、下半身はジャージという、とても人前に出せるような恰好ではなかった。今のコレを女神と言っても誰も信じやしないだろう。

 

「む? リンではないですか。どうしましたか?」

 

「あっ、はい。先程、大神殿から派遣されてきた指導員の方がお見えになりました。今はロイドさん達と顔合わせをしているので、後で会っていただけたらと」

 

 本から顔を上げ、体を起こしたアルティリアが声をかけると、リンは我に返って報告をした。

 

「なるほど。それは構いませんが、どういった者ですか?」

 

「名前はルーシー=マーゼットさんで、大神殿に所属する神殿騎士の方です。ただ見た目がその、実年齢よりもだいぶ幼く見える方で……」

 

「ほう。もしや小人族ですか?」

 

「ご存知だったのですか!?」

 

「ええ。私の友人にも小人族が居ましたからね。それにしても小人族の神殿騎士とは、また珍しい……。興味が湧いてきました。早速その者に会いにいきましょう」

 

 本来、前衛タンク職に重要な筋力(STR)体力(VIT)が低く、不向きである筈の小人族という種族であえて神殿騎士になるという珍しい構成(ビルド)に興味を持ったアルティリアは、その人物にぜひ会ってみたくなったのだ。

 

「おっと、すぐに着替えるので少し待ってください」

 

 流石にこのクソダサTシャツとジャージで外に出る訳にもいかない為、着替える必要があると考え、アルティリアは着ていたシャツを豪快に、ベッドの上に脱ぎ捨てた。続いてジャージのズボンも脱いで、身に着けているのは上下の下着のみになる。

 

「!?」

 

 豪快な脱ぎっぷりと、目の前に晒された暴力的に豊満な裸体に、リンは思わずフリーズした。

 平然と着替えをするアルティリアの下着姿を見た後に、リンは目線を下げて自分の胸を見た。そこにあるのは発展途上の、まあ無くはないかなという程度の僅かな膨らみだった。彼女の年齢を考えれば年相応といって差し支えないものだが、目の前で大して激しい動きをしている訳でもないのに、ゆっさゆっさと重量感たっぷりに揺れる物との戦力差は歴然だ。

 リンは深い悲しみと敗北感に包まれた。

 

 無自覚に一人の少女の心に傷を負わせながらも、無事に着替えを終えたアルティリアは、リンを伴って先日作ったばかりの騎士団の拠点へと足を運んだ。

 すると、騎士団の訓練場では、さっそくロイド達がルーシーの指導の下、訓練に励んでいるのが見えた。

 木剣と木の盾を左右の手にそれぞれ握った男達が、同じ装備のルーシーに向かって、一人ずつ打ちかかっていくが、ルーシーは盾を巧みに使って彼らの攻撃を的確に防ぎながら、攻撃の際にできた隙を逃さずに木剣で一撃を加える。

 唯一、ロイドだけは二合、三合と複数回、打ち合う事が出来ていたが、経験の差が出たのかやがて打ち負けて、木剣を弾き飛ばされてしまう。

 

「くっ、参りました……」

 

「筋は良い。それに、よく研鑽も積んでいます。しかし貴方の剣は殆ど自己流のようで、無駄が多い部分があります。まずはそこを修正していきましょうか」

 

「はっ、よろしくお願いします!」

 

 試合が終わって、彼らがそんな言葉を交わしている所に、アルティリアは拍手をしながら近付いていった。その後ろにリンが続く。

 アルティリアの存在に気が付いたロイド達は、訓練で疲労した体に鞭打って姿勢を正した。

 

「アルティリア様! ご覧になられていたのですか」

 

「ええ。良い試合でしたよロイド。しかし彼女の言う通り、まだまだ詰めが甘い所があります。特に貴方の攻撃は少し素直すぎて、勢いはあっても読まれ易いので、フェイントを入れる等の駆け引きを覚えたほうが良いかもしれませんね」

 

「ははっ! 精進いたします!」

 

 次にアルティリアがルーシーに目線を向けると、彼女は跪いた。

 

「ご挨拶が遅れたばかりか、わざわざご足労いただき申し訳ありません。ルーシー=マーゼットと申します、女神様」

 

「謝罪は不要です、どうか楽にしてください。それどころか、我が騎士達の為に来てくれた事、深く感謝します」

 

「おお……なんと寛大な。流石は神……!」

 

 キラキラとした視線と一緒に溢れんばかりの信仰心を向けられて、アルティリアは「コイツもロイド達の同類か……」と、少々げんなりした。

 

「それにしても、本当に小人族の神殿騎士なのですね。小人族の知り合いは何人か居ますが、神殿騎士になった者は初めて見ました」

 

「なんと!? アルティリア様は小人族と面識があったのですか!」

 

 話を変えようとアルティリアが口にしたその言葉に、ルーシーが予想以上の食いつきを見せた。

 

「し、失礼……取り乱しました。同族の手がかりが見つかったと思い、つい……」

 

 ルーシーの言葉によれば、小人族はこの大陸には彼女の家族を含めて、ごく少数しか存在していないらしい。その為に存亡の危機に立たされており、同族の手がかりは喉から手が出るほど欲していたのだった。

 そんな彼女に、アルティリアが齎した情報はまさに希望そのものだった。

 

「ここから海を越え、遥か北西にルグニカという大陸があります。そこには数多くの種族が存在しており、もちろんその中には小人族も多く居ますよ」

 

「ルグニカ大陸……!海の向こうに別の大陸があり、そこの多くの同族が……!」

 

「ちなみに私の出身地でもあるので、一度戻ってみたい気持ちはありますね……いつか、暇が出来たら一緒に行ってみますか?」

 

「是非にッ!」

 

 こうしてアルティリアに心酔したルーシーは、より一層彼女の力になろうと張り切り、ロイド達の訓練量が倍増した。

 そして次の日、送られてきたルーシーからの転属願いを目にした神殿騎士団長は胃に大きなダメージを受けた。

 

 神が降臨して、その神殿騎士団が発足する為、指導員が必要になったと聞いた神殿騎士団員たちは、誰もが我こそはと神の元に派遣される事を希望した。

 その為、誰か一人を選抜する必要があったのだが、そこで選ばれたのが若手の神殿騎士の中で最も優秀で、将来を有望視されていた幹部候補のルーシーだったのだ。

 ただでさえ神殿騎士は少数精鋭で人手不足。そんな彼女が突然、転属願いを出してきた事は貴重な人材が大神殿から離れるという事であり、団長や騎士団の上層部にとっては決して小さくない打撃を与えていた。

 

 しかし、数ヶ月後にアルティリアが王都に訪れた際は、今度は神官や神官戦士になりたいという若者が急増し、人手不足は解消されるものの別の意味で悲鳴を上げる事になるのだった。



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第31話 うちの神殿ではブラック勤務は許さんぞ

 装備が完成した。

 俺のではない。数日前から製作を開始していた、ロイド達神殿騎士の為の装備だ。

 神殿のプライベートエリア内にある工房で、少し前から俺は騎士達の為の武器や防具を毎日少しずつ、せっせと作り上げていたのだが、それが今日になってようやく全て完成したのだった。

 召喚した火精霊(サラマンダー)土精霊(ノーム)に仕事の手伝いを頼んだのだが、彼らも鉱石を溶かし、不純物を取り除いて純粋な金属を精製したりと良い仕事をしてくれた。

 ちなみに俺は水属性に特化しているのは確かだが、他の属性でも下級の精霊を召喚・使役するくらいなら問題無くこなせるのだ。中級以上となると水専門だがな。

 

「ありがとう。お前達のおかげだ」

 

 俺がそう言うと、火精霊と土精霊は恭しく礼をした。火精霊は全体的に赤い色で、火の粉を纏った、竜のような角や尻尾を持つ少年の姿をしており、土精霊は緑色の、だぼっとした全身を覆い隠す服や帽子を身に着けた少女だ。どちらも身長は140~150cm程度である。

 

「お役に立てて光栄でございます、女神様」

 

「またいつでもお呼び下さいませ」

 

 彼らを召喚・使役するにあたって、俺が差し出す対価は魔力である。

 魔法に長けたエルフであり、精霊術師を極めた俺の魔力は精霊にとっては極上のご馳走のような物であるらしく、彼らはいつも俺に召喚されている水精霊達を羨ましがっていた。

 その水精霊達は、今は俺の神殿に留まっている。

 

 精霊とは、大自然の持つ魔力が形と意志を持ち、生物の姿を取った存在だ。

 その為、特にやる事がなく、召喚もされていない時は実体を持たず、自然界に揺蕩っている。いわゆる省エネモードというやつだ。

 しかし、俺の神殿は祀られている神様である俺が住み着いている地上で唯一の神殿というパワースポットであり、しかもその神が自分を召喚・使役している神である為、水精霊達にとっては最高に居心地が良い場所のようだ。

 その為、俺が召喚した水精霊達は今、帰還せずに神殿に滞在している。

 折角なので彼女らには、俺の身の回りの世話や周辺の見回り、参拝者やお客さんの応対、お遣いなどをお願いしている。

 信者達も、水精霊達の事は俺の部下であり、なんかありがたい存在だと思っているようで、敬意を持って接している。

 このあたりではどうか知らんけど、ルグニカ大陸――ロストアルカディアⅢ以降の舞台であり、LAOでもプレイヤー達がメインで冒険する場所だった。ちなみに設定上はアルティリアの故郷でもある、エルフの住む森もこの大陸に存在する――にも精霊信仰はあったし、神秘的な見た目をしているので信仰したくなる気持ちもわからなくはない。

 

 余談だが、クリストフと一緒に王都に行った最上位水精霊(アーク・ウンディーネ)は人間達にめちゃくちゃ拝まれたり祈られたりしてモテモテだったようで、なんか調子に乗っていた。

 

 話を戻すが、作った装備は神殿騎士という職業の職業制服(クラスコスチューム)――LAOにて、各職業に転職した際に貰える装備で、各職業のコンセプトに合わせた見た目と性能が設定されている――を参考にした。

 基本的には防御力重視の金属鎧だが、複数のバージョンを用意しており、一発の攻撃力や耐久力を重視し、正面から殴り合うタイプの者には重装甲バージョンを、スピードを重視する者や遠距離攻撃を主体にする者には、重装甲バージョンよりも防御力は下がるが、軽くて動きやすい軽装甲バージョンを与える。

 後衛のリンとクリストフは、軽装甲バージョンであっても鎧を装備して戦うのは難しそうなので、それぞれローブと法衣を作った。どちらも布製でありながら、半端な鎧よりも防御力・耐久力に優れた逸品だ。

 また、指揮官のロイドと教官のルーシーにはそれぞれ、本人に合わせた特別仕様の物を作成した。

 ロイドは武器が刀の為、盾を使わない。そこで防御面を強化する為に、左腕にギザギザした傾斜を付けて、防御……特に防刃性能を高めた籠手(ガントレット)を装着し、更に耐火性・防刃性・魔法耐性などに優れた特殊な繊維で作った外套(マント)を付けてある。

 彼らの鎧は神殿騎士らしく白と、俺のシンボルカラーである青を基調にしており、淡い青白色に輝く鎧に鮮やかな赤いマントはよく映えるだろう。

 ルーシーの場合は元から神殿騎士だっただけあり、ロイド達に比べればかなり良い装備を持っていた為、それらを改良するに留まったが、少なからず戦力の底上げは出来たと自負している。

 

「と、いうわけで……これが貴方達の新しい装備です」

 

「「「うおおおおおっ……!!」」」

 

 俺が並べた装備を見たロイド達が、どよめきと歓声を上げた。

 

「アルティリア様……! よろしいのですか、これほどの物を……」

 

「当然でしょう。貴方達の為に用意した物です。役立てるように」

 

 遠慮せずに受け取ってもらいたい。

 むしろ受け取り拒否とかされても困るんだが。ロイド達のレベルならかなりの高級装備ではあるが、俺のような一級廃人から見ればオモチャのような物である。残されたところで使い道が無い。

 

「かしこまりました……では、有難く……!」

 

 ロイド達は恭しく頭を下げて、装備を受け取った。彼らはさっそく、受け取った装備を身に着けて、着心地を確かめている。

 

「すごい……! 堅い金属の鎧なのに、ほとんど重さを感じないぞ!」

 

「武器もだ。見ろ、この曇り一つ無い刃を! とんでもない名剣だぞ、これは!」

 

 喜んでいるようだが、一つ釘を刺しておかなければならない事がある。

 

「一つ言っておきますが、そこはまだスタート地点に過ぎません。現状に満足せず、更なる高みを目指すように。さしあたっては……これくらいを目標にするといいでしょう」

 

 そう言って俺は、ロイドから預かっていた刀『村雨』を彼に返した。

 ロイドの成長に合わせた調整と共に、武器自体の強化や、エンチャント――装備に特殊な効果を付与する技術の事だ――を行なった物だ。

 ロイドの奴、せっかく良い装備をあげたというのに未強化のままで使っていたからな。

 どういう事かと聞いてみれば、装備強化やエンチャといった技術は一応存在しているものの、高度な技術を持った職人や高価な触媒が必要であり、下級の冒険者にはとても手が出せるような物ではないとの事だ。

 グランディーノは大きな港町とはいえども、王都から遠く離れた僻地だ。そのような高度な技術を持った職人などおらず、どいつもこいつも武器は買った時のままの未強化状態で使っているようだ。これは由々しき事態である。

 

 仕方がないので、当面の間は装備の製作や強化、エンチャ等は俺が代行する事にした。

 ただし次からは金と素材を持ってくるように伝える。あまり甘やかしてもこいつらの為にならんしな。自分の装備くらいは自分で面倒を見てもらわんと。

 

「こっ、これは凄い……! 強化によってここまで変わるとは……」

 

 受け取った村雨を鞘から抜いて見たロイドの表情が、驚愕に彩られる。

 

「それでようやく半分程度です。ここから先は貴方自身が、武器を成長させてあげられるように頑張りなさい」

 

 ロイドに言ったように、村雨の強化値は最大の半分程度で抑えておいた。それでも攻撃力や魔法攻撃力が約1.5倍くらいまで上がっている為、これまでより狩りの効率が大きく上がることだろう。

 

「ははぁっ! では早速、この装備を試してまいります! クリストフ、冒険者組合からの依頼は来ているか!?」

 

「いえ、今のところ我々への指名依頼はありませんね……」

 

「ならば組合のほうで適当な依頼を見繕ってみるか……よし、行くぞ!」

 

 そう言って冒険に行こうとするロイド達を、俺は止めた。

 

「お待ちなさい。貴方達、明日が就任式だという事を忘れていませんか?」

 

 そう、ロイド達が神殿騎士に就任する日は、明日に迫っていた。

 

「明日はその鎧で式に出席するのですよ。その前に戦いで汚してどうするのですか」

 

『あっ……』

 

 どうやら新しい装備にテンションが上がりすぎて、すっかり忘れていたらしい。元大神殿所属のクリストフやルーシーまでもが、だ。

 まあ新しい装備を手に入れて嬉しい気持ちはわかるけど、少し落ち着こうか。俺は別に鎧が多少汚れてたり傷ついてたりしようが気にしないが、領主さんや大神殿のお偉いさんも出席するんだからさ。

 

「明日は忙しくなりますし、今日は休みなさい。そもそも貴方達、ここのところ毎日神殿に顔を出していますが、ちゃんと休みは取っているのですか?」

 

 問い詰めると、こいつら休み無しで早朝から訓練して、昼間は冒険者組合の仕事して、夕方からまた訓練して……とかやっていたらしい。

 休憩はちゃんと取ってる?夜はちゃんと寝てる?だからなんじゃい!

 せめて週に最低1日、できれば2日は完全にオフの日を作って、心と体をリフレッシュさせないといかんでしょ。

 頑張るのは良いが、適度な休息を入れなければ、いつかは疲れて倒れてしまうものだ。そうならない為にも、お休みは大切である。

 これはロイド達のような神殿関係者以外にも、町の住人達にも徹底させよう。俺の目の届く範囲で、日本のブラック労働者のような真似はさせんぞ……!

 

「今日はお休みです。私がそう決めました。貴方達も今日は仕事や訓練はせずに、自由に過ごすように。はい、解散!」

 

 俺はそう言って号令をかけるが、ロイド達はどうすればいいのかと、顔を見合わせて困惑している。

 この反応……まるで急に休みを言い渡されても、常に仕事をしているのが当たり前の状態になってしまった為に、何をしたらいいのか分からない社畜のような……

 

「仕方ありませんね……では動きやすい恰好に着替えて、三十分後に神殿に集合するように」

 

 俺は彼らにそう命じた。

 遊びを忘れた大人達よ、覚悟するがいい。俺がお前達に童心という物を思い出させてくれるわ。



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第32話 女神の休日 砂浜編

 一度解散した後に、準備を済ませて再度集合したロイド達を引き連れて、俺は神殿のある丘を下り、グランディーノの港へと足を進めた。

 まずは、港にある市場で色々と、食料品などの買い物をする。結構な量の荷物が出来た為、ロイド達がそれを持とうとしたが、俺はそれを止めて、全ての荷物を道具袋の中に収納した。

 明らかに袋の体積を超える量の荷物が、すんなりと袋に収納された事に驚かれたので、そういうマジックアイテムなのだと説明しておいたのだが、クリストフの食い付き方がやばい。原理や、中の空間がどうなっているかといった事に興味津々のようで、目を輝かせている。

 この男、どうやらアイテムマニアでもあるようだ。恐らく興味がある話題の時だけ早口になるオタクみたいなものなのだろう。LAOにもレアアイテムの話をする時だけ、やたらと饒舌になる奴がおったわ。

 

「あっ、女神様!」

 

「アルティリア様、こんにちは!」

 

 そこで俺達に話しかけてきたのは、地獄の道化師との戦いで人質に取られていたのを助けた少年、ハンス=ヴェルナーだった。周りには友人らしき他の子供達の姿もある。

 俺はしゃがんで彼らに目線を合わせ、挨拶を返した。

 

「はい、こんにちは。元気そうで何よりです。貴方達もこれからお出かけですか?」

 

「はい! 今日は家の手伝いも無いので、友達と海で遊びに行きます!」

 

「そうですか……私達も遊びに行くところなのですが、良ければ一緒に来ますか?」

 

 俺がそう言って誘うと、子供達は目を輝かせて頷いた。

 こうして町の子供達を仲間に加えた俺達は、港から海岸沿いに西に向かった。すると、やがて砂浜が見えてきた。21世紀の日本にあった海水浴場のように整備されてはいないが、遊ぶには十分な広さがある。

 

「では、水着に着替えた後に再集合です」

 

 水着は、出発前に全員分を作成済みである。

 港町なので服屋で市販もされているが、どうにも古臭いデザインで、頑丈さ等の性能も俺基準では今一つだった為、自作した。

 しかし、急遽参加する事になった子供たちの分の水着は無い為、それはこれから作る。

 男の子達のは海パンで良いとして……女の子達のは、フリル付きのワンピースタイプにするか。

 俺は子供達に好きな色を聞いた後に、道具袋から手芸キットと、水着の素材となる耐水布を取り出し、すぐに裁縫を開始した。

 俺の裁縫スキルは2000オーバー。常人の目には影さえ映らない程の、人間の限界を超えた速度で正確無比な裁縫が可能だ。あっという間に水着の形になっていく布生地を見て、子供達がわっと歓声を上げる。

 

「はい、出来ましたよ。男の子達はあっちの岩陰で着替えて来なさい」

 

「はーい!」

 

「アルティリア様、ありがとうございます!」

 

「ありがとうございます!」

 

「女の子の皆は、私と一緒に向こうで着替えましょうね」

 

 俺は道具袋に入っていた折り畳み式のテントを展開して、簡易的な更衣室を作る。十人くらいは余裕で入れるくらいの大型テントだ。全員が着替えるスペースは十分にある。

 ちなみに男達にも提供しても良かったのだが、野郎の着替えなんて岩陰で十分ですよと遠慮された。

 

 リンとルーシー、それから町の女児達と一緒にテントに入り、水着に着替える。

 リンの水着は淡い緑色の、動きやすいスポーツタイプのビキニだ。体つきはまだ未成熟で発展途上だが、そんな彼女に健康的な水着がよく似合っている。

 ルーシーは競泳水着のようなデザインの、シンプルなワンピース型の水着だ。彼女は成人済みだが小人族という種族なので、どうみても小学生にしか見えない。スクール水着を着せようかとも思ったが、流石にそれは犯罪臭がするので止めておいた。

 

 しかし、こうして女の子達と一緒に着替える事に対しても、全く違和感が無くなってきたな……と、しみじみ感じる俺であった。

 目の前に少女達の裸体があるというのに、それに対していやらしい気持ちが全く湧いて来ないというのも、元男としてどうなのだろうか。

 既に女として、女神として生きる事を決めた身ではあるが、こういう場面になると少しもやっとする気分になるのも事実だ。しかし、上手く付き合っていくしかないんだろうな。

 

 そんな事を考えながら着替えていると、ふと視線を感じた。

 見れば、一緒に着替えていたリンとルーシー、そして女児達までもが、着替え中の俺の体をじっと見つめていた。

 より具体的に言えば、彼女らの視線は俺の胸に集中していた。

 

「アルティリア様、アルティリア様」

 

「どうしましたか?」

 

「どうやったらアルティリア様みたいに、おっぱい大きくなれますか?」

 

 好奇心に満ちた純粋な瞳で、俺の爆乳を見つめながらそんな質問を投げかけてくる幼女に、果たして俺は何と答えてあげれば良いのだろうか。

 

「私もそれはすごく気になります」

 

 ギリギリBカップくらいの胸を張りながら、魔術師の少女が言う。

 

「……実は私も」

 

 ルーシーよ、お前もか。

 恥ずかしそうに呟いた小人族の騎士の胸は、小さな女児達と大して差が無い。

 

「揉んでみたらご利益があったりしませんか!?」

 

「えぇ……いや、無いと思いますが……」

 

 リンが鼻息荒く、手をわきわきと動かしながら迫ってくる。こわい。

 

「というか気になるので揉んでみてもよろしいでしょうか!?」

 

「落ち着きなさい!」

 

 この後めちゃくちゃ全員におっぱい揉まれた。

 

 

 それから着替えを終えた俺達は、ロイド達男衆と合流した。

 

「あの、アルティリア様……何故リンは頭にでっかいタンコブを……?」

 

「気にしないように。次に同じ質問をしたら同じ目に遭いますよ」

 

「アッハイ……」

 

 不躾な質問をしてきたロイドを黙らせた後に、俺は道具袋からビーチボールを取り出した。

 こういったボール等の遊具は、LAOではプレイヤーが所有する家や船舶などに置ける家具カテゴリのアイテムで、右クリックでアクションする事で、プレイヤーキャラクターを遊ばせる事が出来るという、特に実用性は無い趣味アイテムの一種だった。

 夏にやっていたイベントの景品として入手したそれが道具袋に幾つか入っていた為、丁度いいのでそれを使って遊ぶ事にした。

 

「ルールは簡単です。2チームに分かれて、このボールを手足で打ち、相手の陣地に飛ばしてください。キャッチしたり、地面に落としてしまったら負けです」

 

 最初にやるのはビーチバレーだ。小難しいルールはばっさりカットして、とにかくボールを相手の陣地にシューッ!すれば勝ちである。

 

「行きますよ!」

 

 俺は相手チームの陣地に向かってサーブを放つ。ボールはゆるい放物線を描いて飛んでいき、それを相手チームの男達がこちらに打ち返す。

 俺は、打ち返されたボールの落下地点へと入り……

 

「ロイド! 次、ボールを高く上げなさい!」

 

 ボールを打ち上げると共に、その場から素早く退いた。すると、すぐにロイドがボールの下に入り、それを指示通りに打ち上げる。

 

「承知いたしました、アルティリア様!」

 

 オーダー通りの完璧なトスだ。俺はそれを追って、砂浜を蹴って跳躍し……

 

「とりゃー!」

 

 必殺のエルフスマッシュを叩き込んだ。

 相手チームの男達は、咄嗟に飛び込んで拾おうとするが、空振りに終わり、ボールは砂浜に鋭く突き刺さった。

 

「とまあ、こんな感じの遊びです。ボールは柔らかい素材で地面も砂なので、多少派手に動き回っても怪我をする心配は無いでしょう。存分にやりなさい」

 

 手本を見せたところで、俺は一歩退いて審判を担当する事にした。あいつら俺が相手だと、本気でボールをぶつけるのに躊躇しそうだしな……。

 

「行くぜお頭ぁ! 俺の必殺スマッシュをくらえーっ!」

 

「ふんっ、まだまだ甘いわ! 行けクリストフ、カウンターを決めろ!」

 

「いいですとも! はぁーっ!」

 

「な、何ィーッ!? 陣地のライン際ギリギリを的確に狙っただとぉーッ!?」

 

 つーかあいつら、上達早すぎて笑うわ。

 経験は無くても身体能力がそもそも一般人とは段違いだし、ド派手でアクロバティックな動きをしながら激闘を繰り広げている。

 

 ちなみに女性メンバーと子供達は、少し離れた所で平和に緩やかなラリーを行なっている。あっちも楽しそうなので、後で混ざりに行こうと思う。

 

 

 ビーチバレーが終わった後は、ビーチ・フラッグスを行なった。

 神殿騎士達が全員、砂浜でうつ伏せになっており、彼らの後方、数十メートル先の砂浜には、何本もの小さな旗が立てられている。ただしその合計数は、参加者の数よりも少ない。

 参加者同士で旗を先に奪い合い、旗を掴めなかった者から順に脱落していくゲームだ。

 

「用意……スタート!」

 

 俺の合図で、騎士達が一斉に立ち上がって振り返り、旗を目指してビーチを全力疾走する。

 

「ロイドお兄ちゃん、がんばれー!」

 

「ルーシーさん速ーい!」

 

 子供達は俺の隣で、彼らを応援している。ちなみに後で、子供の部も行なう予定である。

 

 さて、このビーチ・フラッグスというゲーム、ただ速く走ればいいという物ではない。旗の数が参加者の人数よりも少なく、奪い合いになるという性質上、ライバルがどの旗を狙っているのか、自分が狙っている旗を先に取りそうな相手はいないかといった状況を察知する力が求められる。その上で作戦やコース選択を素早く判断しなければならない。勿論、走りにくい砂浜を素早く駆け抜ける走力も重要だ。

 

「無理ぃぃぃ!」

 

 案の定というべきか、身体能力で劣るリンが最初に脱落した。明らかに一人だけ足が遅く、スタミナも無いので仕方が無いだろう。

 

「ふっ、計算通りです!」

 

 しかしクリストフのように、他の連中より足が遅いのを作戦でカバーする者もいる。ヤツは競争が激しい、最も近い位置にある旗を避けて、一番端にあるフリーの旗へと足を進めた。それも最短距離ではなく、他の参加者とのぶつかり合いを避ける為に、あえてわずかに迂回しながらだ。

 

 それから、次々と脱落者を出しながらラウンドを進めていき、最後は参加者が残り2名、旗は1本の決勝戦が行われた。

 決勝はロイドとルーシーの二人の激突となり……激戦の末に、ルーシーが顔面から砂浜にダイブしながら必死に旗を掴み取り、優勝者となった。

 

 うーん、ロイドも良い動きをしていたが、やはり小人族のスピードは凄い。全種族最速なだけはあるわ。

 ちなみにレベルアップの際に上がるステータスは種族と職業毎にそれぞれ設定されており、人間の場合だと、

 

  力+3 耐+3 速+3 技+3 魔+3

 

 といった器用貧……もといバランスに優れた上昇値になり、俺のようなエルフだと

 

  力+2 耐+2 速+3 技+4 魔+4

 

 上記のような、人間と比べるとやや後衛寄りの上昇値になる。

 しかし、ある程度の差はあっても、種族間でそこまで極端な差は出ないようにはなっているのだ。基本的には。

 その例外が、巨人族と小人族である。名前も見た目も正反対の両者は、成長率までもが両極端である。

 

  巨人族:力+6 耐+6 速+1 技+1 魔+1

  小人族:力+1 耐+1 速+6 技+5 魔+2

 

 ご覧の有様だ。見ろよこの尖りまくったステータス。キングとか、このステータスで前衛職のトッププレイヤーやってるんだぜ……?やっぱあいつ頭おかしいわ。

 

 しかし小人族は見ての通り、耐久がやたらと低いのでスタミナ量も小さく、何度も走ればスタミナが切れて、ロイドが有利になるかと思ったのだが……

 恐らくルーシーはメイン職業が神殿騎士の為、普通の小人族と比べると耐久がかなり高いのだろう。神殿騎士は耐久が一番多く上がるタンク系の職業だし。

 最初は種族と職業の長所がちぐはぐで、中途半端になりがちな構成だと思ったが、これはこれで極端な成長率による穴を埋められているので、運用次第では抜群の安定感を誇る良構成になり得るかもしれない。

 

 ちなみに俺は、いわゆるバランス型の構成は決して嫌いではない。

 よくMMORPGを題材にしたフィクション作品だと、妙に特化型や一極型の構成が持て囃されがちだよな。まあ確かに特化型はハマれば強いし、何より特徴が出やすいからキャラクターを作りやすいのも大きいのだろう。

 しかし特化型というのは、裏を返せば数少ない長所以外は弱点や欠点だらけの、ピーキーな構成という事だ。

 それを使いこなすにはゲームの仕様や狩場の知識、適切な装備や立ち回り、そして役割分担をして、互いに欠点を補い、長所を活かし合える仲間の存在が必要不可欠だ。

 そこらへんの事を考慮せず、何も考えずに適当に作った特化型など産廃にしかならないというのが俺の持論である。

 その点に関して言えばバランス型も、適当にやるとすぐに中途半端な器用貧乏になりがちだ。しかしその分、デリケートな構成をしっかりと組み上げ、やれる事が多いだけに素早い判断と繊細な操作が求められるプレイングをきっちりとこなし、パーティーの穴を埋めてくれるバランス型……すなわち万能型の人は本当にリスペクト出来るんだわ。

 俺は俺でかなり変わった、特殊な趣味ビルドなので、そういう人が同じチームに居ると助けられる事が多かった。問題はそれが出来る人が、本当に片手で数えられるくらい少ないって事なんだが……オールラウンダーは運用がクソ難しいからね、仕方ないね。

 

 長くなったが、ルーシーには是非そういう人材に育ってほしいと思っている。

 

 ちなみにルーシーと同じように、種族と職業の相性が悪い構成の見本としては、俺の友人の一人であるバルバロッサの野郎が居る。

 あいつは巨人族なのに、サブクラスに銃使い(ガンナー)系と機工士(マシンナー)系のそれぞれ最上位職という、どちらも器用さが重要な為に一見、相性最悪の頭がおかしいとしか言えない組み合わせをしているのだ。

 しかしその欠点をものともせずに、巨人族特有のバカ高い筋力と、それによる異常に高い装備可能重量を活かして両手に二挺大型ガトリングキャノン、背中にグレネードランチャーとかいうトチ狂った超重量・超火力・超広範囲装備を実現させてしまった。

 しかも巨人族だから遠距離攻撃職なのにめちゃくちゃタフで、正面から攻撃を受けながら構わず敵陣に突っ込み、重火器による高火力の範囲攻撃でゴリゴリにゴリ押しをしてくる頭のおかしい馬鹿である。

 どうかルーシーには、あの馬鹿ゴリラのようにはなってほしくないものだ。心からそう思う。

 



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第33話 一方その頃、海上では※

 グランディーノ海上警備隊副長、グレイグ=バーンスタインは、洋上にて艦隊の指揮を執り、海の魔物を討伐していた。

 組織のナンバー2なのだから、本部でどっしりと構えていてほしいという声も一定数あるが、グレイグがそれに耳を貸した事は無い。

 グレイグは下っ端から現場一筋でバリバリ働き、活躍してのし上がった叩き上げの男である。偉くなっても自分は前線に出るしか能が無い人間だと、はっきりと自覚していた。

 とはいえ、確かな実力と実績、カリスマを持つ彼は各方面に顔が利く為、交渉や折衝を担当する事も多いが……やはり艦隊を指揮して前線で魔物や海賊相手にドンパチする時が、一番生き生きとしている男であった。

 ちなみに、机仕事は大の不得手である。そういうのは事務方や、トップである警備隊長にやらせておけばいいのだと開き直っている節もある。おかげで書類の提出はいつも期限ギリギリだ。

 そんな彼は今、陸地から遠く離れた海上から、グランディーノの町へと戻ってきたところだった。

 

 最近になって、ますます海の魔物の活動が活発化してきており、漁船や貿易船が襲われる事件も発生している為、海上警備隊は大忙しだ。

 海毒蛇(シー・サーペント)人喰い鮫(キラー・シャーク)といった小・中型の魔物に加えて、今日は大型モンスターのクラーケンまで出現した。

 艦隊の砲撃を立て続けに浴びせてやり、何とか撃破出来たものの、思った以上の消耗を強いられた為、予定よりも早いが一度、港に戻ろうとしているところだ。

 

「もうすぐ港に着くが、警戒を怠るなよ」

 

 甲板に居る隊員達に周辺の警戒と索敵を厳にするように命じると、すぐに了解の返事が返ってくる。

 

「あら、あれは……?」

 

 だがその時、双眼鏡を覗いて陸地のほうを見ていた警備隊員、アイリス=バーンスタイン一等警備士が、何かを見つけたようだ。

 その姓が示す通り、アイリスはグレイグの娘である。父譲りの赤い髪を長く伸ばした、若く美しい女性だ。

 珍しい女性の警備隊員であり、副長の娘でもある彼女は常に注目され、特別扱いされてきた。そんな環境下でもプレッシャーに負けず、結果を出し続けてきたからこそ、この若さで一等警備士(軍でいえば大尉に相当する)という地位に就いている、期待の若手である。

 

「アイリス、どうした? 何か問題か?」

 

 父がそう尋ねると、娘は双眼鏡を目から離し、彼のほうを向いて答えた。

 

「副長……いえ、海岸のほうにロイドさん達が居るのを見つけたもので。それに女神様もご一緒にいらっしゃるようで……」

 

「なんとっ!?」

 

 どれどれ、と自身の腰のベルトに吊るされていた双眼鏡を取り出し、グレイグはそれを通して陸地へと視線を向けた。

 すると、彼の視線には水着を着て砂浜で遊ぶ、ロイド達と町の子供達、そして女神アルティリアの姿が見えた。

 

 その姿を目にした時、グレイグの視線は自然と彼女に吸い寄せられていた。

 服の上からでも見事な爆乳の持ち主である事はわかっていたが、今身に着けているのは純白の水着一枚だけであり、その小さな布と細い紐は、大きすぎる乳房を支えるにはあまりにも頼りない。

 真っ先に胸に目が行くのは不可抗力だとして、次は下半身に注目するのだが、ほっそりとくびれた腰に対して、大きく膨らんだ巨大な尻と、肉付きのいい太ももが魅惑の曲線を描き、視線を釘付けにする。

 体だけでなく、顔も勿論絶世の美女であり、サラサラの水色の髪や、染みひとつ無いきめ細やかな肌といい、まさに美の化身と言っていいだろう。

 

 そのアルティリアが、跳躍と共にビーチボールを打つ場面をグレイグは目撃した。着地と同時に彼女の胸に付いている2つのボールが、ばるんばるんと揺れる様を目にしたグレイグは、長年前線で戦い続けて鍛え上げた強靭な精神力を無駄に発揮して、前屈みになるのを防いだ。

 しかし同じ光景を目撃した隊士の中には精神抵抗ロールに失敗し、醜態を晒す者も居た。

 まだまだ鍛え方が足りんな。グレイグはそう思いながら再び女神の姿を目で追おうとしたところで、横から突き刺さる冷たい視線に気が付いた。一人娘である。

 

「この事は母上に報告します」

 

「いや待ってくれアイリス、違うんだ」

 

「何が違うというのですか父上の変態!」

 

 まるでダメな親父、略してマダオと化したグレイグは必死に娘への言い訳をしようとするが、その時、彼らが乗っているのとは別の船が近付いてきて、甲板上の隊員がこんな報告をしてきた。

 

「副長!ミュラー一等警備士が大量の鼻血を出して倒れましたぁっ!」

 

 近くまで来た船の甲板に目をやれば、そこでは一人の青年がうつ伏せに倒れており、銀色の髪が自身が出した血溜まりで赤く染まってしまっていた。

 その青年の名は、クロード=ミュラー。若手随一の才能と実力を持ち、グレイグも彼を、未来の海上警備隊を背負って立つべき男だと見込んでいる有望な若者である。才能、実力、実績のどれも非の打ち所がなく、人格も謙虚で実直、勤勉な努力家であり、ルックスもイケメンだ。

 

 そんなクロードの唯一の欠点というか弱点が、純情(ピュア)すぎるという点だ。この青年、とにかく女性に免疫が無く、ちょっと女性の胸元がチラ見えするだけでも顔を真っ赤にするようなウブな童貞だ。

 そんな彼が先程の光景を目にしてしまった結果が、ご覧の有様である。

 

「もう、クロードの馬鹿っ!」

 

 彼のそんな様に、ぷんすかと怒る娘を見やり、こいつらさっさとくっつけば良いのに……と、グレイグは思った。

 そうすればクロードに女への免疫が出来て、口うるさい娘の鉾先が自分からクロードに逸れて一石二鳥だし、クロードなら娘の相手として文句は無いのだが……この二人、互いに想い合ってるのは誰の目にも明らかなのだが、当人だけがお互いの気持ちに気付いておらず、しかも二人とも奥手な堅物の為、全く関係が進展しないのだ。

 そして周りの隊員達は皆、そんな彼らを生暖かく見守りながら、くっ付くまでに何年かかるかを賭けの対象にしている。

 

「副長、どうやら今度は別の遊びをするみたいですよ」

 

 そうこうしている内に、隊員の一人がそんな報告をしてきた。

 再び双眼鏡を通して砂浜を見てみれば、そこではロイド達がビーチ・フラッグスをしているのが見える。

 それを目撃したグレイグの頭脳に衝撃が走った。

 

「ほう、素晴らしいな……」

 

「はっ?」

 

「走りにくい砂浜を走り、旗を奪い合う身体能力に、瞬時にどのフラッグを取るべきかを決める反射神経や判断力が鍛えられる。実に素晴らしいトレーニングだと思わんかね」

 

「おお……成る程、確かに……」

 

 普段は気さくなダメ親父でも、鬼の副長と呼ばれる男は伊達ではない。グレイグは一目見ただけで、その競技の本質に気付いていた。

 

 その時、ふと閃いた!

 このアイディアは、隊員達のトレーニングに活かせるかもしれない!

 

 そんなメッセージが頭の中に流れた錯覚を覚えながら、グレイグは早速あれを訓練に取り入れるべく、考えを巡らせるのだった。



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第34話 女神の休日 昼食編

「そろそろお昼にしましょう」

 

 よく遊んだところで、もうすぐ時刻が正午になろうとしている。こいつらも走り回って腹が減っただろうし、昼飯にするとしよう。

 

 俺は、道具袋から四本脚が付いた大型の、炭火焼き用のコンロを取り出した。当然、木炭や金網もバッチリ用意してある。

 それから、町で購入した肉や魚介類、野菜などの食材や、調味料を次々と取り出した。

 

「まずは切り分けます。少しお待ちなさい」

 

「アルティリア様、そのような事は我々が……」

 

「いいから見ていなさい。すぐに終わります」

 

 俺は水着の上からエプロンを着け、包丁を握ってまな板の前に立つ。そして各種食材を適切な大きさに、素早く切り分けていった。

 

「なんて素早い、目にも留まらぬ包丁捌き……! アルティリア様が作られた料理を食べた事はあるが、これほどの腕前とは……」

 

「いえロイド、驚くべき点はそこではありません。切られた食材をよく見なさい」

 

「ルーシー教官、それは一体……ハッ、まさか!?」

 

「そうです。あれほどの早さにもかかわらず、同じ食材は全て、均一な大きさに切り分けられています。恐るべき精密さです」

 

 ロイドとルーシーが後ろでなんかゴチャゴチャ話してて気が散るんだが。

 とにかく、具材の切り分けは完了した。

 

「これから作るのはバーベキューという野外料理です。作るとは言いましたが、何も難しい事はありません。ここにある具材の中から各々、好きな物を選び、鉄串に刺していきます」

 

 俺は見本を見せるために、まずは自分が一本作ってみる。

 牛肉、玉ねぎ、ピーマン、鶏肉、エビと適当に串に刺していった。

 

「選ぶ食材は何でも良いです。自分が食べたい物を、好きな組み合わせで作りなさい。それがこの料理の醍醐味です。そして出来上がったら、これを金網の上で焼きます」

 

 串に刺した具材を、炭火で燻しながら焼く。パチパチと音を立てて具材が焼け、香ばしい匂いが辺りに漂う。

 

「これで完成です。後は好きなように作って食べるといいでしょう。火傷には気をつけるように」

 

 俺がそう言って、出来たバーベキュー串を食べながら離れると、ロイド達は具材に群がっていった。

 彼らが選ぶ具材を見ても、それぞれ個性が出て面白い。

 各種バランス良く食べる物、野菜が多めの者、魚介類を好む者、ひたすら肉肉アンド肉で肉ばかり食う者と様々だ。

 

「ご飯も炊けてますからね。いっぱい食べなさい」

 

 貴重なお米を奮発して炊いた白米だ。

 ロイド達、こちらの大陸の人間にとっては馴染みの無い食材だったようだが、その美味さは既に食わせて教育済みである。

 しかし、そろそろ元々持ってた分の米の備蓄が切れそうなんだよな。

 ルグニカ大陸(むこう)では普通にNPCのショップで市販されていたし、この世界にもある筈なので入手できれば良いんだが。

 そんな風に考えていると、白米を見たルーシーがぽつりと呟いた。

 

「おや……お米ですか? 懐かしいですね。この国では初めて見ましたよ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺はシュバババババッ! と一瞬でルーシーの元に駆け寄り、その小さな肩をガシッと掴んだ。

 

「ルーシー、聞きたい事があります」

 

 俺はルーシーに、こっちに米が存在するのかを聞き出した。

 彼女から聞いた話によれば、この国よりずっと南のほうにある、大陸の南東側に位置する別の国では主食として食べられているそうだ。

 南東か……このグランディーノの町が北東の端にある港町だし、船でぐるっと大陸の東側を通って行けば……いけるか?

 とにかく有益な情報を手に入れた。ちょっと勢いよく聞きすぎてビビらせてしまった事のお詫びも含めて、ルーシーには礼をせねばなるまい。

 

「アルティリア様、どちらへ!?」

 

「すぐに戻ります。気にせず食事を続けなさい」

 

 そう言い残して、俺は海に飛び込んだ。

 俺の全LAOプレイヤー中最高の水泳スキルのおかげで、常人の数十倍の速度で水中を泳ぐ事ができる。更にエルフという種族特有の優れた視力のおかげで、水中を時速250km以上の速度で高速移動しながら、目当ての物を見逃さずに探す事が可能だ。

 

「見つけたぞ」

 

 俺は海底で、特徴的な平べったい形をした貝を発見し、それをいくつか纏めて採集して陸に戻った。

 

「戻りました」

 

 俺が海から上がって顔を見せると、ロイド達は一斉にホッとした顔をした。ちょっと海に潜ってきただけなのに、心配性な連中だ。

 

「ルーシーが良い情報をくれて気分が良いので、皆にご褒美をあげましょう」

 

 俺は採ってきたホタテを水洗いして汚れを落とし、貝殻を二つに割ってホタテの身を外し、軽く下処理をした後に、再び貝殻の上に乗せた。

 そして貝の身が乗った貝殻を、丸ごとバーベキュー用の網に乗せる。

 

 単純な料理だが、これがまた美味いんだ。

 今の季節は丁度、夏まっ盛りだ。ホタテの貝柱が丸々と大きく育ち、甘味が強くなって美味しい時期だ。その旬の採れたてのホタテを炭火と網で焼き、バターと醤油を少しだけ加えて味付けする。

 これが美味くない筈があろうか。いや無い(反語)

 

「むむむ……! まさか、この貝がこれほど美味しいものだったとは……」

 

「ありがとうございます、教官!」

 

「しかし、あのように簡単な調理で、これほどの味が出せるとは……」

 

 それを食べた皆も感心しきりである。

 

「難しくて複雑ならば良いという物ではありません。旬の素材の味と、相性の良い調理法や調味料があれば、容易にこれほどの美味が生み出せるのが料理の面白いところです」

 

 俺がそう言ってやると、彼らは「おお……」と感嘆の声を上げた。

 

「なるほど……一見単純に見える事ほど、実は奥が深いということか……」

 

「流石はアルティリア様だ……また一つ世界の真理に近付けた気がする」

 

 何か深読みされている気がするが、まあいいだろう。

 俺も食事をしつつ、折角なので野外で食べられる簡単な料理をこいつらに教える事にした。

 

「これは焼き鳥。鶏肉とネギを串に刺して焼き、塩で味付けをする簡単な料理ですが、具材の大きさや串の打ち方、焼き加減に塩加減など、極めようとすればとても奥深い料理です」

 

「おお……炭火で燻された鶏肉の香ばしさが、なんとも素晴らしいです」

 

「これは……酒にもよく合いそうですなぁ」

 

「その通り、これは主に、麦酒のおつまみとして愛されてきた料理でもあります。ですが午後からも運動をするので、残念ながら今日はお酒はおあずけですよ。子供達も居ますからね」

 

「ううむ、それは残念ですな。仕方がないので今度、酒を飲む時にでも作ってみたいと思います」

 

「それは良い。その時は私も呼ぶように」

 

 ちなみにシェアの名目の下に焼き鳥を串から外して食おうとする輩が居るが、あれは俺からすれば言語道断である。

 これは別にマナーとかの話ではなく、俺が今作ったのもそうだが、焼き鳥は串に刺したまま美味しく食べられるように、具材の大きさや串の打ち方なんかを工夫しているのだ。しかし串から外してバラバラにしてしまうと、そういった美味しく食べるための工夫、ロジックが台無しになってしまうわけだ。

 人様の食い方にケチをつけたいわけではないが、目の前でそういう事をされるのが嫌だったので、日本人男性だった頃の俺は飲み会という物があまり好きではなく、誘われてもほとんど参加する事は無かった。心の狭い奴だと、笑いたければ好きに笑うがいい。

 しかし酒自体は好きだったので、自分でつまみを作って一人で酒を飲むのは日本に居た頃から時々やっていた。

 

「これはお握り。お米を握り固めて表面に塩で味付けをし、焼き海苔を巻いたものです。中に焼いた肉や魚の切身などの好きな具材を入れて、様々な味が楽しめます。お米が主食の地域では、携行食としても愛用されています」

 

「おお、なるほど……冒険に出る時に持っていくのにも良さそうですね!」

 

「うーむ、しかしアルティリア様のように、綺麗な三角形に作るのがなかなか難しいですな」

 

「つーかお前のお握り、なんかグニャグニャ歪んでないか?」

 

「なにぃ!? お前のほうこそ、サイズが異様にデカいじゃないか」

 

 次はお握りの作り方を教えた。気軽に作って素早く食べられるので、仕事で出かける時に弁当として持っていくのもいいだろう。

 ちなみに俺は具材の中では焼き鮭が一番好きだ。しかし梅干しやツナマヨも好きだし、明太子や唐揚げなんかも捨て難い。

 あと、焼きおにぎりとかも良いよな。表面をカリッと焼いて醤油とか味噌を塗ったやつ。丁度ここにバーベキュー用の網があるし作ってみるか。

 

 そんな感じに騎士達と子供達に料理を教えながら食事を取り、お腹いっぱいになったところで海を眺め、波音を聞きながら一休みして、片付けを済ませたところで……

 

「では、午後からは海で泳いでみましょうか」

 

 俺はそう提案した。

 やっぱり俺の信者なら、泳ぎくらいは出来ないといかんでしょ。

 しかし今日は休日の為、本格的な泳ぎのトレーニングではなく、あくまで遊びとして軽く泳ぎを教えてやろうと思った。

 あ、子供達は俺と一緒に浅いところで遊ぼうな。



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第35話 女神の休日 水泳編

 まだLAOのプレイヤーだった頃、何度か他のギルドと戦争になった事がある。うちのギルドメンバーは半分くらいが短気で喧嘩っ早い奴で、残りの半分は普段は大人しいが売られた喧嘩はきっちり買う、やる時はやるタイプの奴だった。

 

 そんな血の気の多い海の男達こと、我がギルド『OceanRoad』の所有する貿易船に、略奪をカマしてきた馬鹿が居た。

 相手は古参の大手ギルドで、PK(プレイヤーキル)や窃盗などの、ゲーム内での犯罪行為も辞さない強硬な姿勢で勢力を拡大してきた連中だ。

 当然、対人戦(PVP)にも力を入れており、過去にも他のギルドに対して積極的に戦争を仕掛けて、領土を拡大してきた油断のならない相手である。

 

 だが、海で俺達に喧嘩を売ったのが運の尽きだ。

 俺達のギルドは、直ちに奴等と全面戦争に突入した。そして手始めに海路を完全封鎖した上で、奴等が所有する港を片っ端から全力の艦隊砲撃で焼き払い、船を全て沈めてやった。

 結果、奴等は海での活動の一切を封じられ、陸地に追いやられたのだが、向こうもそこで引き下がるほどやわな相手ではなかった。

 奴等、今度は莫大な資金を投入して飛行船を開発し、空の機動力を用いて俺達の所有する港(奴等から奪ったものも含む)にちょっかいを出してきたのだ。

 度重なる嫌がらせに堪忍袋の緒が切れた俺達は、遂に奴等を完全に殲滅する事を決意した。

 その為に俺達が決行した作戦は、飛行船の基地に対しての襲撃だった。

 

 俺達は、敵ギルドに対して占領戦を挑んだ。

 占領戦とは、攻撃側のギルドが防御側のギルドが所有する領土に対して攻撃を仕掛け、その領土にある城や砦を占領する事で、その領土を丸ごといただいてしまえるというコンテンツである。

 しかし当然、防衛設備のある防御側が有利であり、攻撃側は領土の奪取に失敗すれば、少なくない額の賠償金を支払わなければならないリスクもある。

 

 攻撃目標である敵ギルドの所有する飛行船の基地は、険しい山の頂にある砦にある。天然の要害であり、砦の規模も大きく、周囲は大量の防衛設備でガチガチに固めてある。更に道中は敵ギルドに所属する精鋭達がしっかりと守っており、砦に辿り着くだけでも一苦労だろう。

 

「だが案ずるな。俺に策がある」

 

 俺は戦場のマップを表示したウィンドウを、共有モードにしてギルドメンバー一同に見えるようにした。

 

「偵察してみたが、山頂の砦に向かう道は完全に封鎖されており、大量の防衛設備で固められている。こいつを正面からマトモに突破するのは……無理とは言わんが、かなりキツいだろう」

 

 俺はマップ上に、防衛設備や敵プレイヤーを表すアイコンを次々と表示させていった。それを見る限り、道は完全に閉ざされたように見えるが……

 

「だが、それならマトモに相手をしなければいい。俺達は水路を使って、泳いで敵陣に侵入する」

 

 俺の言葉に、ギルドメンバー達は驚愕しながら、直ちに反論する。

 

「待て、水路なんてどこにあるんだ。海から山の麓までは川を遡って行けるが、その先は滝になって……おい、まさか」

 

「そのまさかだ。俺達は、ここの巨大な滝を泳いで登る。そうすりゃ山頂付近まで、敵に見つからずに一直線で行けるぜ」

 

 敵さんもまさか、あのナイアガラみたいな巨大な滝を登ってくるとは夢にも思うまい。

 

「幾らなんでもそれは……」

 

「本当にやれんのか……?」

 

 俺の作戦に懐疑的な視線を向けるギルドメンバー達だったが、

 

「俺は楽勝でやれるけど、お前ら滝を泳いで登るのも出来ねぇの? ……まあお前ら所詮、水泳スキル2000程度だもんな、期待した俺が間違ってたか」

 

「「「「「出来らぁっ!!!」」」」」

 

 俺が挑発するようにそう言うと、ギルドメンバー一同は即座に乗ってきた。

 

 ちなみにこの当時の水泳スキルは俺が4000少々、キングが3500程度、他のメンバーは大体2000~3000くらいだった。

 海洋専門ギルドなので、全員が海を泳いで島から島へ渡れる程度の水泳力は持っている。このギルドにしか出来ない作戦だった。

 

「みんな水泳補正装備は持ったな! 行くぞォ!」

 

「持つだけじゃなくて装備しろよ! 武器や防具は装備しないと意味がないぞ!」

 

「うおおおおおお! 登れえええええ!」

 

 川底を泳いで滝まで到達した俺達は、重力に従って落ちてくる大量の水に逆らって、一気に滝を登っていった。

 そして苦戦しながらも、俺達は一人の脱落者も出さずに滝を登りきって、敵陣深くへと侵入する事に成功した。そして手薄になっていた敵本陣を一気に陥落させ、奴等が持っていた空の機動力を奪う事ができたのだった。

 

 その後は飛空艇とその基地を失って大きく力を落とした相手ギルドを更にボコボコにして、更にそれによって弱った相手ギルドは、ここぞとばかりに他のギルドにも袋叩きにされ、トップ層から脱落した。全盛期に散々調子に乗って、他のプレイヤーに対して好き勝手していたツケを支払う事になったのだ。

 

 一方、山と山頂の砦、飛空艇といった大きな戦果を手に入れた俺達だが、海から遠い拠点とか別にいらなかったので、それらは別の、仲が良い大手ギルドに結構な値段で売却し、そのお金で俺達のギルドは新しい大型船を2隻購入した。

 そんな風に大勝利を収め、更に力を付けた俺達のギルドだったが、その一方で、

 

「あいつら滝からショートカットしてきたらしいぜ」

 

「マジ? やっぱあいつら頭おかしいわ……」

 

「またドスケベエルフが何かやらかしたのか」

 

 等と、元々あった『海のやべー奴ら』『キレると何してくるか分かんない変態集団』という悪評がますます高まってしまったのだった。何でや。

 

 回想が長くなってしまったが、何を言いたいかというと、水泳を極めれば普通の人が通れない場所でも泳いで渡り、ショートカットや奇襲が出来るので、冒険や戦闘でとても役に立つという事だ。

 よってロイド達には、最低でも水泳スキル1000くらいを目標に頑張って貰いたい。俺の加護で水泳スキルの数値や成長率に補正かかってるし、多少厳しめにしても大丈夫だろう。よって、

 

「これから貴方達には、あそこの島に立てた旗を取ってきてもらいます」

 

 俺が指差したのは、沖合いに浮かぶ小さな小島だ。砂浜からの距離は、およそ20kmと少しといったところか。

 俺なら一瞬で行って帰ってこれる距離なので、そこにビーチフラッグスで使った旗を人数分立ててきた。

 

「優秀なタイムで戻ってきた子にはご褒美もあるので頑張るように」

 

 俺がそう言うと、彼らはやる気を漲らせて、沖に向かって泳いでいった。

 ちなみに溺死等の事故防止の為、彼らには『水中呼吸(アクア・レスパレーション)』の魔法を教えてあるし、精霊を監視に付けている。

 

 彼らが遠泳をしている間に、俺は子供達に泳ぎを教える事にした。

 子供の手を取って、バタ足や息継ぎのやり方を覚えさせたら、手を放して一人で泳ぐのに挑戦させてみる。

 一人で泳げるようになって、嬉しそうな子供達の笑顔を見ていると心が癒されるな。やはり子供は可愛い。

 

 俺が子供達と遊んでいる間に、ロイド達は小島へと泳いで辿り着いたようだ。

 結構疲れてはいるようだが、島に上陸すると旗を掴んで、そのまますぐに再び海へと飛び込むのが見える。なかなかの根性だ。

 けどリンの奴は一人だけ遅れてるし、かなりキツそうだな。まあ一人だけ未成年の女の子だし、魔術師だから他の連中と比べると体力無いからな。

 仕方ないので神様スキル『信者との交信』による念話でサポートしてやろうと思う。

 

「リン、貴女の職業は何ですか? 頭を使い、自分の持ち味を活かしなさい」

 

 俺がそう語りかけると、リンはようやくそれに思い至ったようで、暫くすると急激に加速し、一気にロイドやルーシー達の先頭集団に追いすがる。

 彼女がやったのは、魔力で自分の周りにある水を操って、泳ぎをサポートさせるという行為だった。

 俺も泳ぐ時は、ほとんど意識する事なく、それを行なっている。普通に考えればわかる事だが、身体能力や技術だけで、そこらの船より速く泳ぐとか不可能だしな。当然、魔力を使って水流を操るくらいの事はしているとも。

 あと俺の場合は、装備やアクセサリのほぼ全てに強力な泳ぎ速度上昇のエンチャントが付いているのも大きい。

 

  さて、沖の方ではいよいよリンが先頭集団に追いつき、そして鮮やかに躱して先頭に立った。

 そして、そのまま一度も先頭を譲る事なく、むしろ更に差を広げながら、リンが一着で砂浜に帰還したのだった。



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第36話 女神の休日 熱血指導編

 見事、最後尾からのごぼう抜きをかまして一着でゴールしたリンに、優勝のご褒美は何がいいかと聞いたところ、彼女はこう答えた。

 

「さっきの、魔力で水を操って速く泳ぐ方法のような、色んな魔法の使い方をもっと教えて欲しいです! まだまだ魔法について、知らない事がいっぱいある事が実感できました!」

 

 向上心があって大変結構だ。

 ならば、魔法を使った様々なテクニックについて、リンに伝授していこうと思ったが、それをする為には彼女には、色々と不足している物がある。

 まずは、それを身につけさせる必要があるな。

 

「いいでしょう。ですがその前にリン、貴女にはある技術を習得して貰います。それを身につける事ができれば、魔法の扱いももっと上手くなるでしょう」

 

「……! はい、ぜひお願いします!」

 

 俺の言葉に、リンは目を輝かせて大きく頷いた。

 

「では、杖を構えなさい」

 

 そう言いながら、俺も道具袋から愛用の槍を取り出して装備する。俺の槍は杖のような魔法の触媒も兼ねており、神器なので生半可な杖よりも遥かに魔法攻撃力が高い逸品だ。

 

「まずは、魔法で泡を作って浮かべるのです」

 

 俺は魔力で水を操り、中に空気を含んだ、直径20cm程の薄い水の球体を作って、それを自分の頭の上あたりに浮かべた。

 俺がそうしたのを見て、リンも少し手間取りながらも同じようにする。それを見届けた俺は、リンから10m程度の距離を取った。

 

「では、互いに礼を。決闘の前にはお辞儀をするのです。格式ある儀式は守らねばなりません」

 

「は、はい! ……って、決闘!?」

 

 俺が優雅にお辞儀をするのを見て、リンも慌てて頭を下げるが、その途中で俺が口にした決闘という単語に気付き、大層驚いた様子だ。

 

「おっと、ルールの説明がまだでしたね。今から行なうのは『水泡決闘(バブル・デュエル)』。先ほど作って浮かべた、この水の泡……ほんの少しの衝撃で割れてしまいそうなこの泡を、先に割ってしまった方が負けになります。互いに移動や物理攻撃は禁止で、魔法を使って自分の泡を破壊から守りつつ、相手の泡を割るゲームです。ああ、それとプレイヤーへの直接攻撃も禁止としましょうか。あくまで攻撃対象は泡のみとなります」

 

「わ、わかりました……!」

 

「先手は譲りましょう。いつでも来なさい」

 

 俺は自然体で槍を構えて、リンの出方を伺う。

 リンは杖を俺へと向けると、呪文を詠唱し……杖の先から、十数発の水弾(アクア・バレット)を、俺の泡に向かって連続で放ってきた。

 

「甘い」

 

 俺は水弾を一発だけ放ち、リンが放った水弾を纏めて吹き飛ばし、相殺した。

 リンには悪いが、発射速度・威力共に今のリンでは俺の足元にも及ばない。正面からの攻撃は、幾ら撃とうが余裕で相殺可能だ。

 しかしリンも当然、その程度は想定済みだろう。その間にも側面や上空から、次々と水の弾丸が俺の泡に向かって襲いかかる。

 

「狙いはまあ悪くないですが、こうされたらどうしますか?」

 

 俺は泡の外側に、追加で水の防護壁を生成した。こうして全周を覆ってしまえば、どこから攻撃が来ようと同じ事だ。

 

「だったら……『氷塊撃(アイスブロック)』! これでっ!」

 

 なるほど、氷の塊をぶつけて、防壁ごと泡を叩き割ろうという算段か。ならば受けて立とう。俺は防壁に魔力を集中させ、リンが放った氷塊を受け止める。

 

「貫けぇーっ!」

 

 リンが氷塊に魔力を込めて、強引に突破を図る。

 威力は悪くない……が、攻撃に意識を集中し過ぎて、視野狭窄に陥っているのはいただけないな。

 

「そろそろ私も攻めさせてもらいましょうか」

 

「えっ……わわっ!?」

 

 俺は防御をしながら、同時に水弾を数発、連続でリンの泡に向かって放った。リンは慌てて泡を動かして、俺が放った水弾を回避させるが……案の定、攻撃に意識を割き過ぎたせいで反応が遅れたな。俺の反撃を想定していたなら、もっと素早く適切な反応が出来ていた筈だ。

 

「まだまだ行きますよ!」

 

 そして俺が更に連続で攻撃すると、もう防戦一方になり、俺の泡を攻撃していた氷塊は力を失って砕け散ってしまっていた。

 そして防御に専念する事で、何とか泡を守る事は出来ているものの、やはりそれだけに集中しすぎていて、周りが見えていない。なので……

 

「はい、これで終わりです」

 

「あっ……!」

 

 俺が空高く放っていた一つの小さな水弾が、リンの頭上にゆっくりと落ちてきて、彼女の泡に命中して叩き割った。

 それを見届けた俺は構えを解き、敗北に落ち込むリンへと近付き、彼女に話しかけた。

 

「さて……リン、貴女の敗因や足りていない物が分かりましたか?」

 

「うっ……攻撃に集中しすぎて、防御の事を考えていませんでした。それでアルティリア様の反撃に対して、碌に対応できなかったです」

 

「そうですね。他には?」

 

「他には……正面からの攻撃を避けるのに精一杯で、上空からの攻撃に気付く事が出来ませんでした。もっと注意深く観察していれば、気付く事ができたと思います」

 

「その通り。今挙げた敗因はどちらも、一つの事に集中するあまり、その他の事が疎かになってしまった事で起こりました。貴女に足りない物はそれです」

 

 リンは高い魔力と集中力を持ち、後方からの魔法攻撃に専念させれば、今でも十分な戦力になるだろう。

 しかし強敵との戦いは、ただ強力な魔法をぶっぱするだけで勝てる程甘くない。敵のターゲットにならないようにしたり、範囲攻撃に巻き込まれないようにする立ち回りや、大技の妨害や味方の援護、残りMPやCT(クールタイム)の管理、ヘイトコントロール、強化効果(バフ)弱体効果(デバフ)の時間管理、そしてそれらを踏まえて、状況に応じて適切な魔法を選択する判断力が求められる。

 ただ考え無しに攻撃魔法を連発するだけで務まるほど、魔法使いは甘くない。賢く繊細な立ち回りが出来てこその一級廃人だ。

 

 ……まあ、中には出てきてソッコーで超級魔法ぶっぱ→死亡上等なスタイルで火力と詠唱速度だけを追求しまくった結果、(ある意味)最強の魔法使いとして君臨したスーサイド・ディアボロスとかいうクソ馬鹿も居るが、あれは例外中の例外だ。

 俺あいつマジで苦手なんだよな……画面に出たと思ったらほぼ無詠唱で超級魔法ぶっ放して来るから防ぎようがないし。まあ向こうも反動で勝手に死ぬんだけど。

 

 とにかく、まともな魔法使いとして大成したいなら、もっと周りをよく見て、冷静に的確な判断が出来るようになりましょう、という事だ。

 

「集中力が強いのは貴女の長所ではありますが、同時に隙も大きくなります。もっと視野を広く持ち、同時に複数の事を考えられれば、貴女はもっと強くなれるでしょう。このゲームはそういった能力を鍛える訓練になると思うので、時間がある時に他の者ともやっておきなさい」

 

「はいっ! ご指導ありがとうございました!」

 

「我々にとっても大変勉強になりました! アルティリア様、ありがとうございます!」

 

 リンに続いて、ロイド達も一斉に頭を下げてきた。

 ううむ、思わず指導に力が入ってしまったが、休日だというのに結局訓練みたいになってしまったぞ。

 ここは軌道修正をするとしよう。

 

「さて、たくさん泳いで疲れたでしょう。後はのんびりと釣りでもしましょうか」

 

 俺は事前に用意していた、全員分の釣り具一式を道具袋から取り出した。

 そして皆で岩場に移動し、魚を釣った後は、各自、自分が釣った魚を調理して夕飯にした。

 海賊をやっていたロイド達や、旅慣れているルーシーは魚釣りや野外調理もそれなりに経験があるようだったが、リンやクリストフは釣りをするのも初めてだったようで、最初はなかなか苦戦していたが、やがてコツを掴んだようで……

 

「いやあ、魚を釣ったのは初めてですが、これは達成感がありますね」

 

 そう言って笑うクリストフが抱えているのは……1メートル程の大きさの魚だ。これは石垣鯛(イシガキダイ)だな。黒い斑模様が特徴的なので一目で分かる。

 刺身にしても良いし、煮ても焼いても蒸しても美味い。

 初めてでこれとは、こいつ神官よりも漁師のほうが才能あるんじゃなかろうか。

 

 子供達にも釣りや、魚の料理の仕方を教えた。初めて自分で釣った魚を焼いて、上手く出来た子供達の嬉しそうな顔を見ていると、俺も自然に笑顔になるってもんだ。

 

 あと、貯まった信仰ポイントを使って『生活強化:釣り+』の加護を習得しておいたので、今後も釣りを楽しんでほしいところだ。

 

 その後は片付けをして、砂浜を綺麗にした後に、子供達を一人ずつ家に送り届けた。子供達の親からはやたらと頭を下げられたが、こちらこそ大事なお子さんを遅くまで付き合わせてしまい恐縮である。今度改めて、お土産を持ってご挨拶に向かおうと思う。

 

 そして、俺達も神殿へと戻ってきた。もうすぐ日が完全に沈む時間帯だ。

 

「休日はどうでしたか?」

 

 俺はロイドの隣に並び、そう問いかけた。ロイドは俺より背が頭一つ分高いので、見上げる形になった。

 

「楽しかったです。未知の遊びや、初めて食べた料理も素晴らしかったですが、あいつらとこうやって遊ぶなんて事は、今までありませんでしたから……うん、とても……良い休日でした」

 

「ならば良かったです。明日は忙しくなりますから、今日は早く休むように」

 

 そう告げて、俺はロイド達と別れて(神殿)に帰ろうとするが、その前にロイドがこう付け加えた。

 

「それと……アルティリア様とご一緒に遊ぶ事が出来て、なんだかアルティリア様を身近に感じる事が出来て、嬉しかったです。その、不敬かもしれませんが」

 

「ならば、いつでも気が向いた時に誘いに来なさい。それと、もう少し気安く接してくれても不敬だなどとは思わないので、あまり堅苦しく考えなくても良いですよ。それじゃ、おやすみなさい」

 

 そう言って手を振り、俺はロイド達と別れた。

 いや本当に、あまり丁寧にされても逆に疲れるっていうかね。もっと雑に、フランクに接してくれたほうが俺は嬉しいのよね。



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第37話 探さないでください。晩ご飯までには帰ります。

 海に行った次の日は、朝早くから忙しかった。

 ロイド達の神殿騎士への就任や、神殿騎士団の結成のための儀式やら式典やらがあって、当然だが俺もそれに参加していたからだ。

 神殿騎士就任の為の儀式では、俺が拵えた鎧を身に着けたロイド達が、一人ずつ俺に対して宣誓の言葉を述べて、それを受けた俺が彼ら一人一人に声をかけて、神殿騎士に任命していった。

 町長や領主、冒険者組合の組合長に、王都から来た神官や神殿騎士も出席する、たいへん堅苦しい式典で肩が凝ったぜ。

 

 あと、うちの神殿の騎士団の名前は『海神(わだつみ)騎士団』に決まった。

 団長はロイドで、副団長にルーシーとクリストフの二名が就任する。

 彼らの仕事は、名目上は神殿や俺の警護に、神殿周辺の治安維持という事になっているが、ぶっちゃけ俺の警護とか不要だし、仮に警護が必要なほどの敵を相手にするとなれば、今の彼らでは正直まだまだ力不足である。

 なので当面は訓練や、冒険者組合から回ってくる仕事をしながらレベル上げを頑張って貰うつもりだ。

 今日も、ロイド達は朝早くから仕事で出かけている。

 彼らが受けた依頼だが、昨日の夜にここから南西のほうにある村が魔物に襲われ、被害が出たそうなので、村周辺の魔物退治と、被害を受けた村人の救助に向かっている。

 馬に乗って行ったので、順調にいけば今日中には戻ってこれるだろう。

 

 そうそう、馬といえば領主さんが、ロイド達全員分の馬をプレゼントしてくれたのだ。LAOでも馬を育成するコンテンツは存在し、捕獲または購入した馬を調教し、育てた馬同士を交配して、より速く、強い馬を作る事が出来た。

 俺を含めたうちのギルドメンバーは、普段は海で生活して滅多に陸に戻らない為、馬を育てている奴はほとんどいなかった。生活マスターのキングと、元々は陸地で戦闘民をしていたクロノ、他に数名程度しかいなかったはずだ。

 俺も馬の育成には手を出してないので、あまり詳しくはないのだが……LAOでは馬の品質は、10段階評価のランクで表される。1が最低で、10が最高だ。その基準で言えば、ロイド達が貰った馬はランク4~5くらいに相当する、なかなか良い感じの馬だった。

 騎士たるもの、馬の一頭くらいは持ってないと恰好つかないしな。領主の気遣いは大変ありがたかったので、今度何かお礼をしなければなるまい。

 

 ところでロイド達が仕事に出ている間、俺は何をしているのかと言うと、今まで通りに神殿に篭もって物作りをしたり、たまに釣りに出かけたりと、のんびり過ごしている。

 神殿に来る信者の対応は精霊達や、クリストフが居る時は彼にやって貰っている。

 

「お祈りに来た信者の前にいちいち神様が出ていっても気を遣わせてしまうので、主様は奥に引っ込んでいてください」

 

 とは、俺が使役する精霊の言葉だ。

 あいつら最近、俺に対する態度がだんだん雑になってきた気がするぞ。

 引き篭ってダラダラしやがって、働けニートとでも内心思っているのだろうか。これでもちゃんと仕事はしとるわ。

 俺の仕事は基本的に、適当な素材を見繕って何か良い感じのアイテムを作って、それを神の技能(アビリティ)小さな贈り物(リトル・ギフト)』で信者達に配る事(ログボ配布)と、『神託(オラクル)』によるお役立ち情報や小ネタの発信(ツイッター)だ。

 他にも浄水設備や上下水道の整備とか、水に関する仕事をちょこちょことこなしていたりする。

 そこまで考えて思ったんだが、何か俺、ネトゲの運営チームみたいな仕事やってんな。

 これはいかん。俺もたまには冒険をしないと腕が鈍ってしまう。というわけで……

 

「少し出かけてきます」

 

 神殿に常駐している精霊達にそう言い残して、俺は旅に出た。心配するな、夕飯までには戻る。

 丘を駆け下り、海岸まで歩いたら大海原に向かって足を踏み出す。俺は技能『海渡り』によって、水上を泳ぐのと同じ速度で走る事が可能だ。

 

「ごきげんよう。ではお先に失礼」

 

 途中、ゆっくり進んでる船――警備隊の制服を着た男達が乗っていたし、おそらく海上警備隊のものだろう――を追い越しながら優雅に手を振り、俺は海岸沿いに近海を西に進む。

 特に急ぐ旅でもないので、速度は時速100km程度でのんびり進んでいると、海辺に小さな村があるのが見えた。

 どうやら漁村のようで、船着き場に小さな漁船が幾つか停泊しており、浜辺では上半身裸の男達が、網を使って漁をしているのが見える。

 心の中で彼らの大漁祈願をしながら、俺は漁村の前に広がる海を通過して、更に西へと向かった。

 

 更に進むと、今度は向こう側から船がやってくるのが見えた。そこそこ大きい帆船で、大砲などの武装は最低限しか積んでいないようなので、おそらく商船や貨物船の類ではないだろうか。

 甲板の上で双眼鏡を覗いていた船員が、俺を見つけて驚いていたので、軽く手を振っておいた。エルフは元々、弓が得意な種族で先天的に高い視力を持っているので、俺もかなり目は良いほうだ。普通の人間であれば双眼鏡を使わなければ視認できない距離であっても、俺の目にははっきりと相手の表情が見えている。

 

 俺が来た方向に向かって進んでいる事から、あの帆船はグランディーノに向かっていると思われる。グランディーノは王国最大級の港町で、港では商品を積んだ船が毎日のように出入りしている。あの船もその一つになるのだろう。

 

 そう考えていた時、突然船の近くの水中から何かが飛び出した。

 水面から跳び上がったそれは、船に向かって勢いよく体当たりをした。それによって船体が大きく揺れる。

 

「あれは……殺人鮫(キラー・シャーク)じゃないか」

 

 殺人鮫は中型の水棲モンスターで、その名の通り人間を襲う凶暴なサメだ。

 全長は平均3~4メートル程度の大きさだが、中には長い年月を生きて5メートル近くまで大型化するものも居る。

 殺人鮫は凶暴なモンスターで、自分の体よりも大きな船に向かって体当たりを仕掛け、破壊する事もある。当然、船を破壊して乗っている人間を食らい尽くす為にだ。そして、巨大化したモンスターはより一層凶暴さを増す。

 今、船を攻撃している殺人鮫もまさにそれで、目算で全長4メートル80センチ程もある大型の個体だ。

 しかもタチが悪い事にあの鮫、群れを率いるボスのようで、船の周りには鮫の背ビレが複数、海面から顔を出している。

 このままではあの船は破壊され、船と積み荷は海の藻屑と化し、乗員は殺人鮫に食われて死ぬか、溺死した後に殺人鮫に食われるかの二択だろう。

 しかし彼らは幸運だ。何故ならこの俺が、たまたま近くを通りかかったからだ。

 

「ふっ!」

 

 俺は水面を蹴り、全速力で船に向かって駆け寄った。その勢いのまま、船に第二撃を加えようとしていたボス鮫の腹に全力のライダーキックをぶちかます。

 蹴りの反動を利用して跳び上がった俺は、そのまま甲板に着地した。

 

「あっ、あなたは!?」

 

「下がっていなさい、次が来ますよ」

 

 ボスが傷つけられた事に怒ったのか、配下の殺人鮫たちが水面から甲板に向かってジャンプして飛びかかってきたのだ。

 巨大な口を大きく開き、その中にはギザギザした歯がずらりと並んでいる。あれで噛まれたら流石に痛そうだ。なので、わざわざ食らってやる訳がない。

 

「『冷気の波動(フロストウェイブ)』!」

 

 前方扇形の範囲に向かって冷気の波を叩きつける魔法を使い、襲い掛かってきた鮫達を氷漬けにして海に叩き返す。

 この魔法は射程距離こそ短めだが、詠唱時間が短く凍結&吹き飛ばしの効果を持つ範囲攻撃の為、多くの敵に近付かれた時は重宝する。

 

「さて……そこの貴方」

 

「はっ、はい!」

 

「私はこれから水中に入り、残敵を掃討します。その間に殺人鮫が襲ってきたら、この魔法が篭められた魔石(ジェムストーン)を掲げて攻撃を防ぐように」

 

 俺はそう言って、彼に『薄氷の盾(アイスシールド)』の魔法を込めた、青い魔石を手渡した。

 『薄氷の盾』は氷の盾で物理攻撃を1回だけ防ぎつつ、割れた氷の破片で反射ダメージを与える攻防一体の魔法だ。これ1個で十回以上は使えるので、彼にはこれで自身や仲間の命を守って貰う。

 

「それから、そっちの貴方は怪我人を一箇所に集めておくように。もしも重傷の者が居たら、これを飲ませなさい」

 

 俺は近くに居た別の船員にそう指示を出して、回復薬(ポーション)を手渡した。

 しかし俺が指示を出した二人とも、突然の事にまごついていたので、少し気合を入れてやる必要がありそうだ。

 

「返事はどうしたァッ!」

 

「は、はいっ! 魔物の攻撃が来たら魔石を使って防ぎます!」

 

「申し訳ありません! 船員の状態を確認し、怪我人を一箇所に集めます! また、重傷の者が居たら薬を使わせていただきます!」

 

 俺が一喝すると、彼らは敬礼をして俺の命令を復唱した。

 

「よろしい。では頼みましたよ」

 

「「アイアイ・マム!」」

 

 俺が海に飛び込むと、ボス鮫が船の真下に潜り込んでいるのが見えた。水上に飛び出してみたら思わぬ反撃を食らって痛い目を見たので、今度は船底に穴でも開けてやろうとでも考えたのだろう。

 

「お前の浅知恵なんぞお見通しだキーック!」

 

 俺はさっき蹴ったのと同じところに、もう一発蹴りを入れてやった。それによって鮫は白目を剥き、口から血を吐いて気を失い、白い腹を見せて水面に浮かびあがった。



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第38話 女神を追って※

 グレイグ=バーンスタインは、港町グランディーノに拠点を置く海上警備隊の副長だ。燃えるように真っ赤な髪に、同じく赤い豊かな髭の持ち主で、人間族(ヒューマン)にしてはかなり大柄で、筋骨隆々の大男だ。

 年齢が中年に差し掛かっても、若い頃から現場一筋でバリバリ働いて鍛え上げた自慢の肉体は衰えを知らず、今日も元気に若い衆を指揮して海に出ていた。

 

 およそ一ヶ月くらい前から、海に棲む魔物の動きが活発化している事で、海上警備隊は毎日のように王国近海の巡回を行なっていた。

 グランディーノの町を含む、大陸北西部が面するトゥーベ海域は元々、小型の魔物が時々出現する程度の平和な海だったが、最近は小型はほぼ毎日、中型の魔物も時々現れる危険地帯と化している。

 また、トゥーベ海域の北にあるラメク海域、更にその先のエッダ海域に至っては、クラーケンのような大型の、極めて危険な魔物が現れるほどだ。かつてロイド達が、アルティリアと出会った際に襲われていた個体の他にも、漁船で漁に出ていた漁師が見つけて、命からがら逃げ帰ってきた事もあった。

 

 今日も、戦闘艦に乗った隊員達が手分けして、日課となったトゥーベ海域全域の見回りをしている所だ。

 グレイグが指揮する船は、本日は海域の西側を担当する。さっそく警戒しながら、船を西進させていた時であった。

 

「あ、アルティリア様!?」

 

 少し前に、グランディーノの町に降臨した女神、アルティリアが、まるで氷の上を滑るかのような優雅な足取りで、海上を移動しているのを発見し、グレイグと彼の部下の隊員達は大いに驚いた。

 

「ごきげんよう。ではお先に失礼」

 

 女神もこちらに気付いたようで、軽く一礼すると、あっさりと警備隊の戦闘艦を追い越して、長い水色の髪を潮風に靡かせ、メートル超えの爆乳を揺らしながら西の海へと駆けていった。

 

「女神様、今日もお美しい……」

 

「話には聞いていたが、本当に女神様は水の上を歩けるのだな……」

 

「ううむ、それにしても何という速さだ。船よりも速く海の上を駆けるとは、流石は女神様……」

 

 警備隊員達は去っていくアルティリアの姿を見て、様々な反応を見せる。海の上を走るという常人には成し得ない行為に驚く者、その速さに感嘆する者、女神の後ろ姿を見て、まん丸い豊かな尻や、むちむちの太ももに思わず見惚れる者など様々だ。

 

「喝ッッッ!!」

 

 だがグレイグは、気合の乗った一喝で、そんな彼らを叱咤した。

 

「お前達、なぜ女神様がこの場に現れ、駆けていったかよく考えろ! 何の意味もなく、あの御方が動く筈もあるまい」

 

 実際のところは特に意味もなく探検、あるいは徘徊しているだけなのだが、そのような事を知る由もないグレイグは、アルティリアの行動に何か重要な理由があるのだと深読みした。

 そしてそれは、部下の隊員達にも伝播する。

 

「ハッ……! 我々がこうして見回りをしているように、最近は凶暴な魔物が多く出現している……。という事は女神様は、何か邪悪な存在を察知して……!?」

 

「うむ……恐らくはそうだろう。ゆえに我々も急がねばならん」

 

 グレイグ率いる海上警備隊の船は、急ぎアルティリアを追って海を西に進んだ。その先で、彼らは一隻の帆船を発見する。

 

「副長! 貨物船です! 周囲に殺人鮫(キラー・シャーク)が多数!」

 

「護衛艦も連れずに何をやっとるんだ、あの船は!? ええい、急いで助けるぞ!」

 

 航海をする時は、海の魔物や海賊への対策の為に、船に装甲や大砲のような戦闘用の兵装を積むか、護衛のために船に冒険者を乗せたり、戦闘用の船を雇ったりする。海上警備隊も時々、グランディーノを出発する要人が乗る船や、貴重な荷物を運ぶ船を護衛する仕事を受ける事がある。

 しかし、襲われている船はそれらの対策をしている様子が一切なく、このままでは魔物の攻撃で成す術もなく沈められるのも時間の問題だ。

 そこで、海から飛び出した一匹の殺人鮫が、甲板に向かって大口を開けて襲い掛かるのが見えた。その先には一人の水夫が居る。

 男が食われる。そう思った瞬間、殺人鮫が何かに弾かれたように吹き飛ばされて、その青黒い巨体から鮮血が噴き出した。

 鮫に狙われた男は、右手に握った青い球体を掲げている。アルティリアに受け取った、『薄氷の盾』の魔法を発動する魔石だ。彼はそれによって殺人鮫の攻撃を防いだのだった。

 

 そして、その直後の事だった。

 海面から突然、巨大な水柱が噴出したかと思ったら、水中に居た殺人鮫たちが次々と、その水柱によって空高く舞い上がった。

 数秒後、海水と共に空から降ってきた十数匹の殺人鮫達は海に向かって高速落下し、勢いよく海面に激突して……そのまま二度と動く事はなく、水面にぷかぷかと浮かんでいた。

 

 それから数秒の後に、アルティリアが海中から浮かび上がってきた。彼女は水面を蹴って跳び上がると、襲われていた船の上へと戻り、甲板上の水夫と話を始めた。

 少し経つと船の奥から別の水夫がやってきて、その者に案内されてアルティリアは船室に入っていった。

 

 グレイグは船を操り、貨物船へと近付ける。目と鼻の先まで近付けたところで船を停泊させ、先ほどアルティリアと話していた水夫へと話しかけた。

 

「失礼。我々はグランディーノ海上警備隊の者だが、話を聞かせてもらっても良いだろうか」

 

「はっ、はい。何でしょうか?」

 

「まずはそちらの船の所属と、どこから来たかを教えて貰えるかな」

 

「この船はミュロンド商会の貨物船です。テーベの港から荷物を運んで来ました」

 

 テーベは、ローランド王国から見て西側にある、自由都市同盟と呼ばれる地域に属する大きな港町だ。その規模はグランディーノにも引けを取らない。

 自由都市同盟は、国家に所属しない複数の大都市から成る自治体だ。同盟に所属する各都市はそれぞれ独自の法律や軍事力を持ち、有事の際は助け合う事で周辺の国家に対抗し、独立自治権を保っている。

 

「ミュロンド商会……初めて聞く名だが、都市同盟の商会かな」

 

「はい。ダルティを拠点にしている商会と聞いています」

 

 ダルティは、テーベと同じく都市同盟に所属する町で、またの名を無法都市、あるいは犯罪都市という。自由と言えば聞こえは良いが、その実態は法律など無いに等しい無法地帯。お尋ね者や無法者、裏稼業の人間が跋扈する、お世辞にも治安が良いとは言えない町だ。

 

 これは()()かな。グレイグは心の中で呟き、部下達に合図を送った。彼のハンドサインを見た警備隊員達は、いつでも武器を取り出し、臨戦態勢に移行できるように覚悟を決めた。

 

「君もミュロンド商会の人間かね?」

 

「いえ、自分を含めた船員は皆、荷運びの為に一時的に雇われただけです」

 

 この船に乗っている船員は特定の雇用主を持たず、必要に応じて雇われて船に乗せられる、フリーの日雇い水夫だった。

 

「では、ミュロンド商会に所属している人はいない?」

 

「いえ、一人だけ雇い主の、商会の方が乗っております」

 

(なるほど、ではそいつに話を聞く必要があるな……)

 

 グレイグは一目見た時から、この船は怪しいと感じていた。

 まず護衛も無しに航海をしている事。これは密航船や密輸船のような、人目に付く事を嫌う連中にありがちな特徴だ。

 何しろ、関係者が増えればそれだけアシがつきやすくなるし、大所帯になれば見つかりやすくなる。特に禁制品を取り扱う密輸船などは、リスクを承知の上で単独の航海をする確率が極めて高い。

 それにしても、この船は碌な武装もしていないのは不用心ではあるが……あまり儲かっていないのか、はたまた単純にケチなだけか。

 ともあれ、密輸船にありがちな特徴を満たしており、しかもミュロンド商会とやらは、悪名高い無法都市を拠点にしている商会だ。

 以上の理由から、この船も恐らくはその類だろうと、グレイグは推理していた。

 問題は船員達だが、果たして知っていて加担したのか、それとも知らずに巻き込まれただけか……そこは、これから話を聞いて判断を下すべき事か。

 

「とりあえず、責任者に詳しい話を聞きたいのだが……」

 

 グレイグがそう言って、水夫に案内を頼もうとした時だった。

 突然、破砕音と共に、貨物船が大きく揺れた。



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第39話 エロい目で見られるのは構わないが、最低限の遠慮や慎みは必要である

 水中に潜って、船を襲うサメを全て蹴散らした後に、俺は船に戻った。

 出迎えた船員が、貸した魔石を返そうとしてくるが、俺は彼に、もしもの時に備えてそのまま持っているように伝えた。魔石に込められている魔力にはまだ余裕があるので、何かあったらそれで身を守ってほしい。

 船員はこんな貴重な品物を……とか言ってたが、別に貴重でも何でもない安物の消耗品なので気にしないでほしい。俺は錬金術の生活スキルも結構上げてるので自作出来るし。

 それに魔法入りの魔石は信者達にも『小さな贈り物(ログボ)』で時々配ってるしな。『上位治療(グレーター・ヒール)』や『癒しの雨(ヒールレイン)』、『状態異常治療(リフレッシュ)』といった回復魔法は特に人気があるようだ。

 

 続いてもう一人の船員から船の中へと案内され、船室の一つに入ると、そこでは数人の怪我をした船員達が、床やベッドの上に座っていた。

 まあ大した怪我じゃなかったようで何よりだ。俺は彼らを魔法でササッと治療してやった。

 その際に名前を名乗ると、

 

「おおっ! もしや貴女様が、グランディーノに降臨された女神様ですか!」

 

「当たり前ではないか。あの凶暴な殺人鮫の群れを一蹴する強さに、見ず知らずの俺達を助けに来てくれた慈悲深さ、そしてこれほどの美しさ! 女神様に違いないだろう!」

 

「おお! まさしくその通りだ!」

 

 等と持ち上げてくるのだが、たまたま通りかかったから助けただけなんだよなぁ。

 まあ、治療も終わったんでそろそろお暇しようと思った時だった。船室の入口の扉を乱暴に開けて、何者かが部屋に押し入ってきた。

 

「おいカス共ぉ、何を騒いどるかぁ! 魔物は追い返せたんだろうなぁ!?」

 

 ダミ声でそうがなり立てるのは、一人の中年男だった。背は低く短足で、腹が突き出た肥満体の、ガマガエルみたいな顔の……まあ率直に言えばブ男だ。ついでに髪の毛も薄い。

 しかしその身に着けた服は、それなりに高価で品質の良い物のようだ。指輪やネックレスのようなアクセサリも幾つか身に着けており、彼が裕福なのが分かる。

 しかし、センスが良いとは口が裂けても言えんがな。せっかくの高級な服は彼のような短足デブが着ても全くサマになってないし、宝石の付いた金のアクセサリは成金趣味全開だ。

 恐らくこの豚みたいな奴が、この船員達の雇い主なのだろう。

 

「魔物は私が退治しました。今は怪我をした者達の治療をしていたところです」

 

 入ってくるなり大声で叫んだ男に、即座に俺がそう言い返す。

 

「おぉん? なんじゃお前は……おっほぉぉぉぉぉう!」

 

 俺の言葉に反応して俺のほうを向きながら、文句を言おうとしたそいつは俺の姿を見るなり、突然奇声を上げた。

 そして視線を上下に忙しなく動かしながら、俺をじろじろと舐め回すように見て、

 

「おおっ、貴女が私の船を邪悪な魔物から救ってくださったと! このモグロフ、何とお礼を申し上げてよいやら! いやはや、あの凶暴な魔物をたった一人で退治するとは、美しさだけでなく強さも天下に並ぶ者が居ないようだ!」

 

 モグロフと名乗ったその男は、揉み手をしながら美麗字句を並べ立て、俺を褒め称えた。

 この世界に来てから、この手の賞賛や崇拝の類は何度も受けてきて、その度に居心地の悪さを感じはしたが、俺に感謝する彼らの言葉を嬉しく、有難い物だとは思っていたし、その思いに応えたいとも思った。

 しかし、賞賛の言葉を聞いて不快になるのは初めての経験だ。

 

「相変わらず強者にすり寄るのは上手いよなこの豚……」

 

「あの凶暴な魔物とか言ってるが、てめえはビビって震えてただけで魔物の姿すら見てねえだろうが……」

 

 船員達が聞こえないように呟いた愚痴を、俺の鋭敏な聴覚はしっかりキャッチしていた。当然だがこの男、船員達にもかなり嫌われているようだ。

 

「それにしても貴女のような美しく、高貴な女性にお目にかかるのは初めてです。まさしく天上の美!」

 

 などと調子の良い事を口にしているが、そういう褒め言葉を口にするならば視線は顔に向けるべきじゃなかろうか。

 男の視線は先程からずっと俺の胸の谷間のあたりに向けられており、ついでに言うなら下心丸出しでだらしなく緩んだ顔や、膨らんだ股間を隠そうともしていない。

 

 元々アルティリアというキャラクターは、俺の性癖をふんだんに詰め込んで、細部までこだわって手間暇をかけてクリエイトした自慢のキャラだ。

 海産ドスケベエルフ等という二つ名で呼ばれるように、エッチな体をした美人のエルフのお姉さんであれと望まれて生まれた存在である。

 それゆえ、他人にエロい目で見られるのは望むところだ。それは俺がエロいと思って丹念に作り上げたキャラクターを、他の人もエロいと思ってくれた事に他ならないからだ。ゆえに、

 

「アルさんそのキャラ相変わらずエロいな!」

 

 等と知己のプレイヤーに声をかけられれば、

 

「ありがとう、最高の褒め言葉だ」

 

 とお礼を言って、エロ衣装を着てのツーショットSS撮影サービスなども行ない、

 

「見抜きしてよろしいでしょうか?」

 

 というセクハラそのものな個人チャットが届いた時も、

 

「いいぞ。存分に俺でシコれ」

 

 と寛大な言葉を返していたものだ。

 その為、この世界に来てアルティリアと一体化して、感性が女性のそれに近くなった後でも、男にそういう目で見られる事に対しては、多少の羞恥心はあっても嫌悪感は無かった。逆に全くそういう目で見られないほうが悲しいくらいだ。

 しかし今、このブタ野郎にいやらしい目つきでじろじろと胸を見られている事に対しては、これ以上ないくらいの嫌悪感を感じる。

 見た目の問題ではなく、この男はそれ以上に心が醜い。短い会話の中でも、それがはっきりと分かる故の気持ち悪さだ。

 俺は一刻も早くこの場を離れて、(神殿)に帰りたい気持ちになったが、

 

「おおっ、そうだ! 是非とも助けていただいたお礼をさせてください! ささ、どうぞ奥のほうへ!」

 

 などと言いつつ、ブタ野郎が俺の手を取ろうとしてきた。俺はこんな奴の手になど触りたくもなかったので、

 

「申し訳ありませんが、まだこの者達の治療が途中ですので。後ほど伺わせていただきますわ」

 

 と、触れようとするのを視線で牽制しながら言った。ちなみに治療は既に終わっており、船員達はHP全快で元気いっぱいだが、俺がそう言うと怪我をしていた者達は、一斉に傷口を押さえて痛がるような仕草をしてくれた。

 

「こ、このような連中の治療などに、これ以上お手を煩わせる訳には……」

 

 などと言ってきたので、俺は少々強めに奴を睨みつけた。

 

「この私に苦しむ者達を放っておけと?」

 

「い、いえ、その……わかりました。では後ほど、奥の船室でお待ちしておりますので……」

 

 などと尻すぼみな言葉を残して、最後に船員達を睨んだ後に去っていった。

 ブタ野郎が去ると、残った船員達は一斉に頭を下げて、俺に謝罪をしてきた。

 

「申し訳ありません女神様! 雇い主が大変な無礼を……!」

 

「どうかこのままお帰り下さい! これ以上、あのような男に付き合う事はありません!」

 

 そう口々に言ってくる彼らに、俺は告げた。

 

「頭を上げなさい。こちらこそ、貴方達の治療を口実に使ってしまってごめんなさい。このまま帰ってはあの男の怒りが貴方達に向きかねないので、後ほどあの男の所に行ってきます」

 

「そんな……俺達なんかの為に……」

 

「それに心配は無用です。あの程度の男に私をどうこう出来るとでも?」

 

「確かに……しかしあの男は小物ですが、同時にとても非情で狡猾な男です。どうかお気をつけて……」

 

 確かにあのブタ野郎はかなりの金持ちのようだ。聞けばどうやらミュロンド商会という、割とあくどい事もやる、最近急成長している商会に所属する、それなりの地位に居る人間らしい。

 どうしてそんな奴の下で仕事を? と聞けば、彼らは西のほうにあるテーベという港町で水夫として働いていたのだが、最近は航海の危険度が増したせいで仕事が少なくなり、生活が苦しかったので高額な報酬につられて、つい仕事を受けてしまったのだという。

 しかし蓋を開けてみれば、護衛艦も無く、最低限の武装しか積んでいない船だけで危険な航海をする羽目になり、その状態で魔物に襲われて絶体絶命の危機に陥ったのだと言う。しかも雇い主があのブタ野郎である。とんだ災難だ。

 高額報酬に釣られて怪しい仕事に飛びついた彼らの愚かさが招いた自業自得だ……と切り捨てるのは容易いが、彼らも自分や家族の生活の為にやむを得なかったのだろう。次からはまともな仕事にありつけるといいのだが。

 

 さて、そろそろあの野郎の所に行くかと俺が席を立った時だった。

 

「あの、女神様! こちらをお返しいたします……!」

 

 甲板上で会った、俺が怪我人を集めるように指示した男がそう言って差し出したのは、俺が彼に預けた回復薬だった。

 

「懺悔いたします。私は重症の者が居なかった為、薬を使う必要が無かった事を報告せず、何も言われなかった事を幸いに、この薬を自分の懐に入れようと企みました! どうか、愚かな私に罰をお与え下さい!」

 

 彼はそう告白し、裁きの時を待つ罪人のような顔で跪いた。

 ……ふむ。いや別に大して高価な薬でもないし、くれてやるつもりで渡したんだから好きにしてくれて良かったんだが。

 しかし、彼は自分が罪を犯したと思って、覚悟を決めて懺悔してくれた訳だしなぁ。それに対してそうぶっちゃけるのも逆に申し訳ない気がするので……

 

「貴方の罪を赦します。自身の罪を認め、償おうとするその心を大切にしなさい」

 

 俺は首を差し出すようにして跪く彼の頭を撫でて、赦しを与えた。

 

「それと、その薬は貴方にあげた物です。売ればそれなりのお金にはなるでしょうから、そのお金で何か商売でも始めなさい。次からは怪しい仕事には気をつけるように」

 

 俺がそう告げると彼は号泣し、周りの船員達も一斉に跪いて涙を流していた。

 俺は彼らに背を向けて、船室を出る。

 さーて、あまり気は進まないが……そろそろブタ野郎に会いにいくか。

 何かよからぬ事を企んでそうな予感はするが。



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第40話 女神怒りの必殺拳!

 この船の持ち主、ブタ野郎ことモグロフの部屋を訪ねた俺は、厭らしい笑みを浮かべた部屋の主から中に通された。

 この船自体は小さな貨物船で、船の造りや搭載されている武装を見る限り、言っちゃ悪いが安っぽく、大した事のない船だ。

 しかしこの船長室に配置されている家具や調度品だけは、他と比べると結構いい物を使っているようだ。この成金が持ち込ませた物だという事は想像に難くない。服装にしてもそうだがこの男、どうやら金だけは持ってるようだ。

 

「ささ、どうぞお座りください。……おい、お茶をお持ちしなさい!」

 

 モグロフの勧めに従って、なかなか座り心地の良い椅子に腰かけると、奴はパンパンと2回、手を叩いて何者かに命令を下した。

 すると、部屋の奥側にある扉が開き、そこから二人の人物が姿を現した。

 

 その二人は、まだ幼い子供だった。男の子と女の子の二人組で、男児のほうは執事服を、女児のほうはメイド服を着せられていた。

 二人とも、白い髪に色素が濃い褐色の肌をしており、よく似た顔立ちをしている為、兄妹か姉弟なのかもしれない。

 その二人には、服装以外にも普通の子供とは一目見れば分かる、明らかに変わった点が二つあった。

 一つは、二人の頭には動物のような耳が生えており、臀部からは尻尾が伸びている点だ。男の子は犬耳とボリューム感のある、ふさふさした尻尾。女の子のほうは猫耳と細長い尻尾だ。

 

 彼らの種族は獣人族(ビーストマン)と見て間違いない。LAOやロストアルカディアシリーズの過去作にも獣人族は登場しており、彼らと目の前の二人の特徴は合致している。

 獣人族は筋力・体力・敏捷の三つが得意で、器用と魔力がやや苦手な前衛向けの種族で、巨人族(ジャイアント)などと比べると能力値のバランスが良い為、種族専用技能(アビリティ)に便利な物が揃っているのもあって初心者でも安心して育成・運用できる人気種族だった。勿論、獣耳&尻尾という唯一無二の特徴も大きな人気の理由だ。

 

 それから、目を引く彼らの二つ目の特徴……それは、首に付けられた無骨な黒い首輪だった。

 

「ご紹介しましょう。私が()()している奴隷です。兄がアレックス、妹がニーナ。見ての通り獣人族です。……おい、お客様にご挨拶しろ!」

 

 モグロフに促され、持っていたティーポットやカップの乗ったトレーを机の上に置いた二人が、俺に向かって頭を下げる。

 兄の犬耳少年、アレックスのほうは無表情だが、目にはモグロフに対する怒りや不満がありありと浮かんでいる。

 一方、妹の猫耳少女、ニーナは怯えているようで、泣きそうな顔をしている。

 

「……アレックス、です」

 

「に、ニーナと申します。よろしくお願いいたします」

 

 アレックスは吐き捨てるように、ニーナはビビりながらも精一杯丁寧に、それぞれ名乗りを上げて頭を下げた。

 

「……チッ、もう少し気の利いた事は言えんのか? この……」

 

 モグロフがその言葉を最後まで言う前に、俺はわざと少々大きな音を立てて、椅子から立ち上がって台詞を遮った。

 そして俺は、そのまま二人の子供に近付き、床に膝を付いて目線を合わせた。

 

「アレックス、ニーナ。二人共ありがとう。私の名前はアルティリアだ」

 

 そう言って俺は出来る限りの優しい笑顔を作って、二人に握手を求めた。俺が差し出した右手を見て、まずアレックスが俺の手を握った。握手をした時に手の平に感じた感触は硬く、少年の小さな手は荒れてボロボロになっていた。

 

「……さっきはごめん。あいつの客だから、同類だと思った。無礼を謝る」

 

 モグロフに聞こえないように、小さな声でアレックスが呟いた。

 

「なーに、気にしなくていいさ。だがありがとう。君は良い子だ」

 

 握手をしながら、俺はアレックスに無詠唱で治療(ヒール)の魔法をかけてやった。どうやら手以外にもどこか痛い所があったようで、突然傷と痛みが消えた事に驚いた様子を見せた。

 俺は空いた左手の人差し指を口の前に持ってきて、声に出さないようにとジェスチャーで指示した。

 

「ブタには内緒だぞ」

 

 俺が小声でそう言うと、それまで固い表情だったアレックスの口元が僅かに緩んだ。

 それから、俺はニーナとも同じように握手を交わして、治療をかけて傷を癒した後に、席に戻った。

 

「待たせてすまないね。それと良い子達に会わせてくれてありがとう」

 

 俺にこの二人を引き合わせてくれたという、その一点に関してだけは、このブタ野郎を褒めてやってもいい。

 その事について俺が作り笑顔を浮かべながら礼を言うと、奴はデレデレしただらしない表情を浮かべ、グフグフと気持ち悪い笑みをこぼした。

 

「おいニーナ、そろそろお客様にお茶を淹れてさしあげなさぁい」

 

「は、はいご主人様……失礼いたします」

 

 ニーナがたどたどしい手つきで、ティーポットからカップにお茶を注いで、俺が座る席に置いた。

 それで終わりだ。モグロフの分のお茶は……無い。

 

「ふむ。君の分は無いのかな?」

 

 俺がモグロフに視線を送り、そう指摘すると奴の目が僅かに泳いだ。

 

「私はアルティリア様をお待ちしている間に、既にいただきましたので……どうぞ遠慮なさらずに。最高級の茶葉を使用しておりますので、冷めないうちに」

 

 モグロフは俺にお茶を飲むように促す。

 俺は怪しみながら、目の前のお茶に『鑑定』の技能を使用した。『鑑定』は文字通り、指定したアイテムの詳細な情報を読み取る為の技能だ。『貿易』の生活スキルレベルが高いほど、より高級なアイテムを鑑定でき、詳しく正確な情報を得る事が出来る。

 その鑑定の結果……確かにこのお茶は、なかなか良い茶葉を使って淹れられたお茶のようだ。

 しかし、中には媚薬や睡眠薬が混入されているが。

 

 ……まあ、どうせこんな事だろうとは思っていた。分かりやす過ぎて怒りや呆れを通り越して逆に笑いがこみ上げてくるレベルである。

 しかしこの男、俺にこんなモンが効くとでも思っているのか。こちとらネタ構成(ビルド)とはいえ一級廃人だぞ。状態異常に対する完全耐性くらい持ち合わせとるわアホめ。

 

 しかしまあ、嘗めた真似をされた事には変わりはない。

 こいつには痛い目を見て貰うとして、その口実を作る為にもひと芝居打ってやるかと、俺は薬入りのお茶に口を付ける。

 

 しかし、その時だった。

 

「アルティリア様! そのお茶を飲んじゃだめです!」

 

 俺がお茶を飲む寸前に、ニーナが俺の手からカップを奪って、それを床に放り投げたのだった。

 カップが割れ、お茶が床に撒き散らされる音が船室に響く。

 

「ニーナ貴様ぁ! 何をやっとるかぁ!」

 

 モグロフが激昂して立ち上がり、ニーナの体がビクッと震える。モグロフはそのまま怒りに任せてニーナに手を上げようとし、そうなる事を予想していたアレックスがニーナとモグロフの間に割って入り、妹を庇おうとした。

 

 モグロフの拳が、アレックスの小さな顔に向かって振り下ろされようとする。しかし、それが当たる寸前に、俺の手がそれを受け止め……

 

「ウギャアアアアアア!」

 

 そのまま、俺はモグロフの右拳を握り潰した。

 

「ヒッ、ヒィィッ! な、何をす……」

 

「黙れ。ブタが人の言葉を話すな」

 

 俺は怒りを込めて、モグロフを見下ろしながら罵倒した。

 

「私に対して邪な企みをするだけならば、少し痛い目を見て貰うつもりでいたが……幼気な子供をまるで物のように扱い、下らぬ姦計に加担させ、挙句に思い通りにならなければ暴力に訴えるその非道、断じて許せん!」

 

 俺は拳を鳴らしながら、モグロフに近付き……

 

「アレックス、ニーナの目を塞いでおきなさい」

 

「わかった」

 

 アレックスがニーナを優しく抱きしめて、こちらが見えないようにしたのを確認した俺は、

 

「歯ぁ食いしばれブタ野郎ッッ!!」

 

「ブギィィィィィィィィッ!!!」

 

 死なない程度に手加減した拳を、モグロフの顔面に叩き込んだ。

 丸々と太ったモグロフの体が吹き飛び、壁を突き破って隣の部屋に転がっていく。その際にかなり大きな破壊音が鳴り響き、船がぐらぐらと揺れた。

 

「うーん、危うく船ごと壊してしまうところだったな。いかんいかん」

 

 怒りのあまり、船へのダメージを計算・考慮するのを忘れていた。少々冷静さを欠いてしまったな。反省して次からは気を付けなければ。



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第41話 この子達はうちの子にします。文句がある奴はかかって来い

 ブタ野郎は逮捕された。

 俺がヤツを殴り倒した後、物音を聞いて船員達が船長室にやって来たのだが、彼らと一緒に海上警備隊の副長、グレイグ=バーンスタインがやってきたのだ。

 俺はその場で、彼らにブタ野郎を殴った事とその理由を話したところ、大騒ぎになった。

 

「クソ野郎なのは分かっていたが、まさかそこまでのゲスだったとは」

 

「あんな奴に雇われていた事が恥ずかしい」

 

 等と悲嘆にくれる彼らを宥めている間に、グレイグがブタ野郎を拘束していた。

 手加減したとはいえ、俺の必殺エルフパンチを顔面に食らってブタ野郎が死にかけていたので、回復魔法で最低限の治療を施してやる。

 

「アルティリア様。この男が運んでいた積荷ですが、違法な密輸品の可能性がある為、調査をさせていただきたいのですが」

 

 それに関しては別に俺の許可とかは要らないと思うので任せると答えて、グレイグや後から入ってきた海上警備隊の人達が調査をしている間に、俺はアレックスとニーナを連れて、船内の食堂へと向かった。

 

「この子達にスパゲッティを食わせてやりたいんですが構いませんね!」

 

「「「!?」」」

 

 船員に断りを入れてから、俺はかまどの前に立った。

 まずは寸胴鍋に水をたっぷり入れて、お湯を沸かしたら作り置きしておいたパスタを投入して茹でる。

 さて、スパゲッティと一口に言っても様々な種類があるが、その中から何を作るかが問題だ。

 まず、食べさせるのが小さなお子様なので、辛くて刺激の強いのは避けるべきだろう。後は複雑な味わいの物よりは、シンプルにわかりやすく、子供にも食べやすくて美味しいのが望ましい。

 というわけで、今日使うのはこちら。トマトやバジル、挽き肉などを使って作っておいた自家製ミートソースだ。パスタを茹でている間に、これを隣のかまどでフライパンを使って温める。

 パスタが茹で上がったら皿に盛りつけ、その上に温めたミートソースをかけて完成だ。

 俺はアレックスとニーナの兄妹を食卓につかせて、彼らの前にミートソース・スパゲッティの皿とフォークを置いた。

 

「さ、どうぞ」

 

 美味しそうな料理に目を奪われる二人だったが、どうやって食べればいいのか分からないのか、手に取ったフォークをじっと見つめている。どうやらスパゲッティを食べるのは初めてのようだ。

 俺は予備のフォークを取り出すと、ソースの絡んだスパゲッティを、彼らの前でフォークにくるくると巻き付けて見せる。

 

「こうやって食べるんだ。はい、あーん」

 

 アレックスの前にスパゲッティを巻いたフォークを差し出すと、しばらくそれを見つめた後に食い付いた。

 ミートソース・スパゲッティが口の中に入ると、アレックスはその味に驚いた様子で目を見開いて固まっていたが、やがて咀嚼し、飲み込んだ後に一言、

 

「うまい」

 

 とだけ呟いて、凄い勢いでスパゲッティを食べ始めた。

 そこで隣のニーナを見てみると、彼女は俺が持っているフォークをじっと見つめていた。

 ……もしかして、食べさせてほしいのだろうか。そう思ってニーナの皿からもフォークでスパゲッティを取って、彼女の前に差し出してみると、嬉しそうな笑顔を見せて、ぱくりと口に入れた。

 俺は今世は勿論だが、前世でも結婚はしておらず子供も居なかったので、小さいお子様の相手をするのは、あまり慣れていないのだが……

 こうやって自分のした事で子供を笑顔にさせられるのは、うん……なかなか良い気分である。

 

 あっという間に山盛りのスパゲッティを平らげて、口元にトマトソースを付けた二人の顔を拭いていると、グレイグと警備隊員が食堂にやって来た。どうやら調査が終わったようだ。

 

「どうでした?その様子だと聞くまでもなさそうですが」

 

「クロですな。積荷は一見ただの石像でしたが……」

 

「石像……ふむ、中が空洞で、粉でも入っていましたか?」

 

「流石のご明察でございます」

 

 まあ常套手段だからな。しかし違法薬物か……俺に使おうとした媚薬もその類の物だったりするのだろうか。

 

「ひとまず奴を逮捕し、グランディーノまで連行します。船員達にも事情聴取を行なう必要がありますので、彼らにも同行して貰う必要があります」

 

「わかりました。しかし彼らは積荷については知らない可能性が高いので、手荒な真似はせずに任意同行という形にするといいでしょう。必要ならば私が説得します」

 

「かしこまりました。もしも必要になった時はよろしくお願いいたします」

 

「ええ。それと昼食にパスタを茹でたので、貴方達も今のうちに食べておきなさい。町に戻ったら忙しくて食べる暇もないでしょうし」

 

「なんと……! ありがたく頂戴いたします!」

 

 俺は船員達と警備隊の面々にも、ミートソース・スパゲッティを振舞った。

 

「こっ、これはあああああ! うまい、うますぎる……!!」

 

 グレイグは一口食うなり椅子から立ち上がり、口からビームでも出しそうなくらいのオーバーリアクションで料理を絶賛していた。

 

 さて……その後どうなったかといえば、まずブタ野郎は違法薬物の密輸で1アウト、俺に対して媚薬&睡眠薬入りのお茶を飲ませて事に及ぼうとした罪で2アウト、最後にローランド王国……というか大半の国で禁止されている奴隷を国内に連れ込み、奴隷として取り扱った事で3アウト、ゲームセットだ。

 本人に重い罰が下されるのは当然として、奴の所属する商会に対してもローランド王国からの正式な厳重抗議がされるようなので、それに加えて俺からも遺憾の意を表明するお手紙を出しておいた。

 

 船員達は事情聴取を受けた後に、知らなかったとはいえ違法行為に加担した罪によって厳重注意を受けた上で奉仕活動を命じられ、グランディーノの港で労働に勤しむ事になった。

 キツい肉体労働ではあるが最低限の給料は出るし、宿泊場所も手配されているので食うのに困る事はないだろう。

 むしろ本人達は、グランディーノで働ける事を喜んでいるようだった。今までの職場はそんなに劣悪な労働環境(ブラック企業)だったのだろうか。

 

 そして最後に、アレックスとニーナの兄妹だが……

 まず、モグロフが所有する奴隷という身分からは解放された。

 二人が着けていた黒い首輪は、『隷属の首輪』という奴隷契約を行なうためのマジックアイテムで、それによって彼らは奴隷の身分に縛り付けられていたのだが……その首輪は、俺が『解呪(ディスエンチャント)』で契約を破棄した後に全力の『物品破壊(ブレイク・オブジェクト)』によって消滅させた。

 こうして、二人は晴れて自由の身となったわけだ。

 しかし、ここで問題がひとつ。

 二人はまだ幼い子供であり、他に家族も居ないのだ。

 聞くところによれば、物心ついた頃には既に親は居らず、無法都市と呼ばれるダルティの町にある、スラム街でストリートチルドレンのような暮らしをしていたそうだ。

 残飯漁りやスリ等をしてその日の糧を得ながら、兄妹二人きりで何とか生きていた彼らは、ある日ドジを踏んで捕まり、奴隷として売られてしまい、モグロフに買われたそうだ。

 

 そういった次第で、自由の身になったのは良いが家族も行き場所も無い二人が、その後どうなったのかと言うと……

 

「というわけで、今日からこの二人はうちの子になりました。皆も仲良くしてあげるように」

 

 と、今まさに神殿に常駐している水精霊(ウンディーネ)達に紹介しているように、俺が引き取って育てる事にした。

 なんか懐かれちゃったし、放っとくわけにもいかないし、何より俺がこの二人の事を好きになっちゃったので、そういう事になった。

 

「なるほど。何故そうなったのかは分かりませんが分かりました」

 

「一応聞きますが、犯罪性は無いのですね?」

 

「ほう……ケモ耳幼児ですか。大したものですね」

 

「これで勝つる」

 

 ええい、うるさいぞ水精霊共。

 こいつら最初の頃は真面目っぽかったのに、最近はだんだん俺への態度が適当になってきたし言動がアホっぽくなってきているのは何なんだろうか。

 

「いいから子供部屋の用意と歓迎会の準備をしなさい。はよ」

 

 そんなわけで我が神殿に、新たな住人が二人加わったのだった。



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第42話 女神の育児奮闘記

 アレックスとニーナをうちの子にしてから、およそ半月が経過した。

 とはいえ正式に養子縁組をした訳ではないのだが、まあ親代わりをさせて貰っている。

 日本人男性だった頃は嫁も子供も居なかった俺だが、まさか異世界に来てから二児の母になろうとは流石に予想外である。

 

 さて、そんな獣人の兄妹だが、二人とも自主的に、俺や海神騎士団の皆の手伝いをしてくれている。

 別に子供がそんな気を遣わんでも、今まで苦労した分、楽しく気ままに遊んでいてくれて良いのにとも思うのだが、その事について相談に乗ってくれたクリストフ曰く、

 

「あの子達も、迎え入れてくれたアルティリア様や新しい居場所の為に、何か出来る事をしたいと考えているのでしょう。それから、自分の役割が無い事に不安を感じているのかもしれません。ここは彼らにもこなせそうな簡単な仕事を与えて、見守ってあげてはいかがでしょう」

 

 との事だった。なるほど一理ある。

 クリストフは騎士団の頭脳担当だけあって、俺も時々このように相談させて貰う事がある。頼りになる奴だ。

 しかしマジックアイテム等の珍品・名品が絡むと急にアホになるのが玉に瑕だ。今回も相談に乗って貰ったお礼に釣りスキルにプラス補正がかかる指輪『釣り人の指輪(フィッシャーマンズ・リング)』をあげたら狂喜乱舞していた。

 そんな彼は以前、休日にビーチに出かけた時に釣りを初体験して以来、釣りにド嵌りしているらしく、暇な時間が出来ると釣り竿を持って海に出かけている。けっこう釣りの才能があるようで、釣果は騎士団の連中の夕飯になっているそうな。

 

 折角なのでアレックスを彼の釣りに同行させてみたところ、アレックスの釣りの腕前もめきめき上達していった。

 更に釣った魚の捌き方や調理方法も教えてみたら、料理に関してもスポンジが水を吸うように、どんどん覚えていく。

 おそらく、俺の加護『生活強化:料理+』『生活強化:釣り+』の効果も原因の一つなのだろうが、一番の要因は本人のやる気や向上心だと思う。

 

 という訳で、アレックスの現在の役職は、食材調達担当および料理人見習いだ。

 そしてアレックスは、その仕事の合間に騎士団の訓練にも参加していた。

 流石に幼いアレックスが、ロイド達のきついトレーニングについていくのは厳しそうだったが、自分に出来る範囲で強くなろうとしている様子だ。

 ちょっと心配だが、ロイド達も積極的に面倒を見てくれているので、このまま無理をしないように見守っておこうと思う。

 

 次にニーナだが、彼女には海神騎士団のメンバーが乗る馬の世話をして貰っている。

 騎士団詰所の敷地内にある厩舎には20頭を超える馬がおり、専門の管理人を雇って世話をして貰っている訳だが、ニーナはそこで見習いとして働いていた。

 しかし、そこで予想外の出来事が起こったのだ。

 

「いやあ、びっくりしました。馬達があんなに素直に言う事を聞くとは。私はこの仕事を二十年以上やっておりますが、あんなの初めて見ましたよ」

 

 と厩舎管理人のリーダーを務める中年男性が言ったように、ニーナは動物を手懐ける事に関して天賦の才があったようだ。

 厩舎で仕事をするようになって二日目には元気に馬を乗り回し、それを他の馬達が付き従うように追いかけていく姿が見られた。

 

 気になってニーナのステータスやスキルを『アナライズ』で確認してみたところ、彼女のメイン職業(クラス)調教師(テイマー)であり、サブ職業に騎兵(ライダー)が存在していた。

 

 ……あっ、これ騎乗型テイマーだわ。

 騎乗可能なペットを育成し、それに乗って戦うタイプのプレイヤーの事をそう呼び、LAOにも結構な数の騎乗型テイマーが存在していた。

 ただ、一口に騎乗型テイマーと言っても、騎乗して剣や槍を振り回す前衛型、ペットの機動力を活かして逃げながら弓や魔法で攻撃する後衛型、戦闘力の高いモンスターに乗って戦わせつつ、自分は支援に徹する支援型と様々なタイプに分類され、更にそこからオーソドックスな地上タイプと、天馬騎士(ペガサスナイト)竜騎士(ドラゴンナイト)のような空中タイプに分かれる。

 ちなみに少数派ではあるが、サメやクジラ、シャチなんかに乗って戦う海戦タイプも存在する。まあ大体うちのギルメンかフレンドなんだが。

 

 ともあれ、そんな感じに一日で厩舎の馬達を完全掌握したニーナだったのだが、彼女はそればかりか、俺が以前手懐けた飛竜(ドラゴン)まで従えてしまっていた。

 

「よしよし、いい子いい子」

 

「ぐおーん」

 

 ドラゴンは今もニーナに撫でられて、野生を完全に捨て去った姿を晒してまったりしている。

 そのドラゴンは最近になって、ニーナによって名前を付けられた。

 

「ママ、このドラゴンさんのお名前はなんですか?」

 

 数日前、ニーナがドラゴンの世話をしながら、俺にそう尋ねた。

 ちなみにニーナは引き取って以来、俺の事をママと呼ぶようになった。少しくすぐったいが、本当に子供が出来たみたいで悪くない気分だ。しかしアレックスは恥ずかしがってなかなか呼んでくれないので少し寂しい。

 

「そういえば名前を付けていなかったか……折角だしニーナが付けてみますか?」

 

 俺がそう提案すると、ニーナは少し考えた後に、その名前を呟いた。

 

「つなまよ!」

 

「………………何でツナマヨ?」

 

 俺の質問に、ニーナは可愛く首を傾げた。

 

「さいきょうだから……?」

 

 どうやらニーナの中では、おにぎりの具の中で最強はツナマヨらしい。

 そしてドラゴンはうちで飼ってる動物の中で最強なので、このドラゴン=ツナマヨという図式がニーナの中で成立したようだ。理解するのに少し時間がかかったが。

 

 ついでに、ニーナは厩舎のお馬さん達にも『うめぼし』『おかか』『しゃけ』『こんぶ』『いくら』『しお』等の名前を(勝手に)付けていた。

 お握りの具シリーズがネタ切れになったら次はどうする気なのだろうかと、今から不安と期待が尽きない。

 

「つなまよ、ごー」

 

「ぎゃおーん!」

 

「あまり遠くまで行くんじゃないですよ」

 

 それから少し話して、ツナマヨに乗って飛び立ったニーナを見送った後に、騎士団の訓練所に行くと、今日も騎士団の皆は訓練に励んでいた。

 今は刃を潰した訓練用の武器を使って、模擬戦を行なっているようだ。

 

 それ自体はいつもの光景なのだが、今日はそこにアレックスも参加していた。相手はルーシーで、彼女は防御に徹して、アレックスに好きなように攻めさせている様子だった。

 

「はっ! やっ! せい!」

 

 アレックスがダッシュで距離を詰め、ルーシーの懐に飛び込む。その名の通り、子供のように背が低いのが特徴の小人族であるルーシーにとって、自分より小さい相手と戦い、懐に入られるというのは珍しい体験だろう。

 左、右と素早く拳を繰り出すアレックスだが、ルーシーは冷静にそれを受け流す。次にアレックスが上段回し蹴りを放つが、流石に大振りで隙だらけだ。案の定、蹴り足をルーシーに掴まれて、そのまま投げられてしまった。

 投げ飛ばされたアレックスは空中で一回転して華麗に着地を決め、再びルーシーに向かって構えを取った。

 

「そういった動作の大きい技は、簡単に当たるものではありません。相手の隙を突いたり、体勢を崩してから使う事です。そうでなければ見切られて、今のように反撃を受ける事になりますよ」

 

「むむむ……」

 

「何がむむむですか。今の反省を活かしてもう一回です。さあ、来なさい」

 

「ならば、つぎはひっさつわざをつかう」

 

 そう宣言し、今度は構えを取りながら摺り足でじりじりと距離を詰めるアレックス。ルーシーはいつでもかかって来いと言わんばかりに自然体で待ちの構えだ。

 さて、今度はどう攻めるつもりかな……と、様子を伺っていた時だった。突然、アレックスが腰を深く落とし、開いた両手を前に突き出した。

 ……あのポーズ、何だか見覚えがあるぞ。そう思った次の瞬間、

 

「すいきだん!」

 

アレックスの両掌からサッカーボール程の大きさの水の塊が、高速でルーシーに向かって射出された。

 

「むっ!」

 

 突然の事に驚いたルーシーだったが、向かってくる水の塊を跳び上がって回避する。しかしそこに、一気に距離を詰めたアレックスの追撃が入る。

 

「すいりゅーてんしょー!」

 

 遠距離攻撃技『水氣弾』で牽制し、ジャンプ回避したところに右拳に渦巻く水を纏いながらのジャンピングアッパー『水竜天昇』で追撃。

 ……LAOでよく見たなぁ、この攻撃パターン。

 ルーシーはアレックスが放った水竜天昇を腕でガードし、直撃は防いだものの、想像以上の重い攻撃を受けて、心底驚いた様子だった。

 俺も、まさかアレックスがあんな動きを出来るとは思っていなかったので吃驚しているが、それはそれとしてアレックスに聞かなければならない事がある。

 

「アレックス、今のは惜しかったですね。しかしよく頑張りました」

 

「む、ははうえ。みていたのか」

 

「これはアルティリア様……お恥ずかしい所をお見せいたしました」

 

「いえ、ルーシーも良い動きでした。いつもアレックスの訓練に付き合ってくれてありがとう」

 

「勿体ないお言葉です」

 

「それにしてもアレックス、あの技は一体どこで覚えたのですか?」

 

「えっ、アルティリア様が教えたのではなかったのですか!?」

 

 俺の質問に、ルーシーが驚いた。

 まあ、そりゃ普通に考えれば俺が教えたと思うだろうな。

 しかし俺はアレックスに技など一つも教えていないし、本人が望むなら訓練をするのは好きにさせるつもりではいるが、戦いに関わるのはまだ早いと思っているので積極的に鍛えたり、技や魔法を教えるつもりは今のところ無い。

 では一体どうやって……? そんな疑問の篭もった俺とルーシーの視線を受けて、アレックスが質問の答えを口にした。

 

「キングにおしえてもらった」

 

 え? あいつ何やってんの?



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第43話 レベルアップする度に出てきて技を伝授していく謎の師匠キャラ※

 アレックスは、狼の耳と尻尾を持つ獣人族(ビーストマン)の子供である。一つ年下の妹、ニーナと共に、無法都市のスラム街で育った。

 ある時、捕まって奴隷として売られた後は、モグロフという下衆を絵に描いたような男に買われ、その男の奴隷として下働きをさせられていた。

 それ自体は最悪だが、ニーナと離れ離れにならなかった事だけは幸いだった。

 

(ニーナはおれが守る。いつか絶対に、あいつの下から助けだしてやる)

 

 たった一人の家族である妹を守る。それだけを心の支えにして生きてきたアレックスだったが、辛い日々は突然終わりを告げた。

 

 アルティリアと名乗る女が、アレックスとニーナを助け出してくれたのだった。それだけでなく、自分の子供として一緒に暮らさないかと言ってきた。

 

 変な女だ、とアレックスは思った。

 

(耳が長いし、胸が物凄くでかいし、見ず知らずの自分達を助けた上に、引き取って養子にするとか言い出す、すごく変なやつだ)

 

 しかし、いいやつだと思った。だから、彼女の家で世話になる事にした。

 

 その後で、自分達を引き取った女が神様だという事を知った。

 神様についてはよく知らないが、凄く強くて偉大な存在らしい。昔はいっぱい居たけど、今はアルティリア以外に、地上に残っている神様は居ないそうだ。

 色々と説明されたが、やっぱりよくわからなかった。アレックスにとって神様とは、すごく変だけど強くて優しい女の事になった。

 

 新しい家には、水精霊(ウンディーネ)という体が水でできた女がいっぱい居た。どうやらアルティリアの手下らしい。なぜか事あるごとに頭を撫でられるのは不思議だが、歓迎してくれているらしい。

 それから、神殿で働いている騎士の男達(女も二人いた)も大勢居て、アレックスの周りは一気に賑やかになった。

 新しい家の住人や、町の人達はみんな優しかった。

 同じくらいの歳の友達もできた。ハンスという名前の少年や、彼の友人達。新しく住む事になった町の子供達だ。

 妹と二人だけだった狭い世界が、一気に広がっていった。

 

 そのように、今までにはなかった平和で穏やかな、自分達を脅かす敵が存在しない日々が始まったのだが、ただでそれを享受するのは躊躇われた。

 その為、何か自分達にも出来る仕事が無いかと考えて、それを見つけるために探索をしていたアレックスは、早朝から海神騎士団の詰所へと足を運んだ。

 すると、どこからか美味そうな匂いがしてきたので、思わずそちらに向かってみれば、何人かの団員が厨房で料理を作っているのを発見した。

 料理上手な女神を崇拝する集団であり、彼女が作る絶品料理を何度か口にした事のある神殿騎士達は、自分達も自炊を行ない、料理の腕を磨くべしと考えた。そのため料理人を雇う事はせず、こうして当番制で自分達の食べる料理を作っていた。

 

「おや、アレックスじゃないか」

 

「おっ、どうしたチビ助、腹減ったのか?」

 

 アレックスの姿を見つけた、料理当番の団員達が話しかけてきた。

 

「ちがう。しごとをさがしてる。おれにもてつだわせるべき」

 

 粘り強(しつこ)交渉し(ゴネ)た結果、アレックスは野菜の皮剥きを手伝う事になった。

 

「包丁で指を切らないようにな。包丁はこうやって当てたまま動かさずに、野菜のほうを回して皮を剥いていくんだぞ」

 

「まかせろ。かんぜんにりかいした」

 

 慣れない作業に苦戦しながら、アレックスは何とか野菜の皮剥きを完遂した。皮を剥いた野菜を団員に渡すと、彼はそれを包丁で器用に切り分けていく。

 

「切る時は出来るだけ均等……同じくらいの大きさに切るのが大事なんだ」

 

「なんでだ?」

 

「大きさが違うと、火の通り方も違ってくるからさ。同じ時間煮ても、小さすぎると火が通り過ぎて崩れたり、逆に大きすぎると中まで火が通らなくて固いままだったりするからさ」

 

「なるほど」

 

 団員達の教えを受けながら、アレックスは料理の手伝いをする。子供がやる初めての作業で、大して役には立たなかったが、小さな手で一生懸命に手伝いをする彼の姿に癒された団員達であった。

 

 後の話になるが、アルティリアや彼ら自身が名声を上げるに従って希望者が続出し、大規模になっていく海神騎士団では、新人はまず炊事係として、料理を一から叩きこまれる事になり、所属する団員全員が王都の料理店でもシェフとして立派にやっていける程の腕前を誇る謎の集団と化すのだった。

 

「よーし、今日の朝食が出来たぞー!」

 

「おー」

 

 それから数十分して、料理が完成した。

 本日の朝食のメニューは、

 

 ・厚切りのトースト

 ・挽き肉と野菜がたっぷり入ったオムレツ

 ・山盛りのキャベツの千切りとトマト

 ・野菜とベーコンのスープ

 ・新鮮な果物を絞ったジュース

 

 である。

 彼らが信奉する女神曰く、

 

「朝食は一日の元気の源です。気合を入れて働く為には適当に済ませてはいけません。しっかり元気の出る物を食べるように」

 

 との事で、その言葉を受けたグランディーノの住人達は新しい料理のレシピが増えた事もあって、食事に対して大いに気を遣うようになった。

 今後、グランディーノの町とその周辺地域は料理、特に海鮮料理については右に出るものが無い程の美食の聖地として空前の発展を遂げる事になる。

 

 騎士団の面子と共に朝食をとったアレックスは、その席で他に手伝う事がないかと聞いた。

 そこで団長のロイドは、クリストフと共に釣りをして食材の調達をしてくれと頼んだのだった。

 

「クリストフ、すまんがアレックスの面倒を見てやってくれ」

 

「任せてください。ついでに大物を釣って帰ってきますよ」

 

 そう言いつつ、新しく揃えた本格的な釣り道具一式を準備するクリストフを見て、ロイドは少し呆れた表情を浮かべた。

 

 こうして、料理の手伝いや食材集めがアレックスの日課となった。

 同じように、動物の世話を手伝い始めたニーナを見て、妹も周りに馴染んで頑張っているようだと安心すると共に、自分も負けていられないと、より一層頑張るようになった。

 

 そうして数日経つと、今度は訓練に励む騎士団員達の様子が気になってくる。

 重い鎧を着たまま走ったり、海を泳いだり、訓練用の武器を使って模擬戦をしたりする彼らを見て、アレックスはそれを真似しだした。

 神殿騎士達がランニングや遠泳をすれば後ろをついて行き、戦闘訓練や魔法の練習をすれば、それを横でじっと見ている。

 流石に気になったロイドが、アレックスに目線を合わせて話しかけた。

 

「アレックス、訓練に参加したいのか?」

 

「したい。おれもつよくなりたい」

 

「そうか……理由を教えてくれるか?」

 

「ニーナをまもるためだ」

 

「立派なお兄ちゃんだな。だが、お前達はもう奴隷から解放されて、ここにはニーナに危害を加える悪い奴はいないぞ?」

 

 ロイドが諭すように言うと、アレックスは首を横にブンブンと勢いよく振った。

 

「でも、おれは何もしてない。ははうえが助けてくれたけど、ただ運がよかっただけ。次はちゃんと、おれがまもれるように強くなりたい」

 

 真っ直ぐな決意が篭もった目を見て、ロイドは頷いた。

 

「……そうか。なら、訓練への参加を認める。ただしお前はまだ小さくて、体が出来上がってないから無理は厳禁だ。俺達が見てない所で無理をするのは禁止、わかったな?」

 

「わかった!」

 

 こうして、アレックスは見習い団員として訓練に参加する事になった。

 その日の夜、ロイドから報告を受けたアルティリアは、

 

(うーん、男の子だなぁ)

 

 と、少し懐かしい気持ちになりつつ、

 

「本人が強く思っているなら、私が止める理由はありません。面倒をかけますが、どうかあの子の事をよろしくお願いします」

 

 と、正式にロイド達にアレックスの事を任せるのだった。

 

 そうして、騎士団の手伝いと訓練を繰り返していた、ある日の事だった。

 その日も朝から夕方まで日課を行ない、体力を使い果たしたアレックスは夕食を取って、風呂に入った後に、すぐにベッドに入って眠りについた。

 そうして、すやすやと寝息を立てていたアレックスだったが、彼は気が付くと、見知らぬ場所に立っていた。

 

「ここはどこだ」

 

 目の前には白い砂浜と、どこまでも広がる青い海。視界の遥か先には水平線と、その向こう側から昇ってくる太陽が見える。

 

「ここはエリュシオン島……そして、お前の夢の中の世界だ」

 

「だれだ!?」

 

 突然、背後からかけられた声にアレックスが振り返ると、そこには一人の男が立っていた。

 黒い髪で、身長はアレックスより少し高い程度の小柄な少年だ。

 上半身は裸で、無駄なく鍛え抜かれた筋肉が露わになっている。腰衣と、表面が鱗で覆われた腕甲や脚甲、それからボロボロになった赤い外套を身に纏っており、首からはまるで海の水を凝縮したような、深い蒼色の宝石が付いたネックレスを下げている。

 

「俺の名はうみきんぐ! 気軽にキングと呼ぶがいい!」

 

 胸を張って堂々とそう名乗る謎の男から、アレックスは距離を取った。狼の耳と尻尾が逆立ち、警戒しているのは明らかだ。

 

「おまえがおれをここに呼んだのか!?」

 

「そうだ!!」

 

「どうやってだ!?」

 

「キングだからだ! キングに不可能は無い!」

 

「な、なんだと……!? じゃ、じゃあなんでおれを呼んだ!?」

 

 あまりに堂々と意味不明な回答をされた事で狼狽えながらも、アレックスが重ねてそう尋ねると、うみきんぐは優しい笑みを浮かべて、こう答えた。

 

「それは、お前の強くなりたいというひたむきな願いと努力に応えるためだ」

 

 その顔と言葉を受けて、アレックスは警戒を解いた。

 

「つまり、おまえがおれを強くしてくれるのか」

 

「いいや、そうではない。強くなるのはあくまでお前自身の修練と経験によってだ。俺はただ、少しだけその手助けをするだけだ」

 

「それでいい。たのむ」

 

 正直、何故ここに居るのかも分からないし、目の前の男も正体不明で意味不明だが、強くなる為の切っ掛けが掴めるなら望むところだと、アレックスはうみきんぐの提案に飛びついた。

 

「ならば、まずはお前に我が拳技『水氣弾』を授けよう!」

 

 そう言ってうみきんぐが右手を前に突き出すと、開いた掌の中に巨大な水の球が発生した。

 

「心を静め、己の内を巡る氣を練り、世界に満ちる水と交わらせるのだ」

 

 そう説く間にも、うみきんぐが生成した水氣弾はどんどん巨大化していき、その直径が1メートルを超える程の大きさまで成長する。

 そこで、うみきんぐは腰を深く落とし、右手をより強く突き出した。

 

「見よ、これが『水氣弾』だ!」

 

 うみきんぐが海に向かって水氣弾を放つと、高速で放たれた氣弾によって海が割れ、数十メートル進んだところで氣弾が破裂して、その周辺の海水を纏めて吹き飛ばす程の衝撃が走った。

 

「後は修練を重ね、この技をものにするがいい。では、さらばだ! 俺はいつでもお前達を見守っているぞ!」

 

 そう言ってうみきんぐが背を向けたところで、視界がぼやけていき……そこでアレックスは目を覚ました。

 

「はっ……!?」

 

 目を開けると、いつもの自分達に宛がわれた子供部屋の天井が見える。隣のベッドでは妹のニーナが安らかな寝息を立てている。

 暑かったのか毛布を蹴飛ばして、腹を出して寝ている妹の体に毛布を被せてやって、カーテンを開けると外はまだ薄暗い。

 

「あの夢はなんだったんだ……」

 

 全くもって意味不明だが、とにかく凄い技を見せてもらったのは確かだ。

 あの男もまた、凄まじい強者であるという事だけはアレックスにも理解できた。そしてそんな男が、自分が強くなる為に協力してくれているという事も。

 

「れんしゅうしよう」

 

 とにかく、見せてもらった技を使いこなせるようになる為に、修行あるのみだ。

 こうして、アレックスは周りの目を盗んで――本人はばれていないと思っているが、実際には一部の団員や精霊達は気付いており、無理をしないようにこっそりと見守っていた――修行を重ね、未熟ながらも水氣弾を習得する事が出来た。

 

 そして、また数日が経ったある日。

 

「アレックスよ、よくぞそこまで己を鍛え上げた! 褒美に次は我が拳技『水竜天昇』をお前に授けよう!」

 

 夢の中で再びエリュシオン島に招かれたアレックスは、再びうみきんぐから技を伝授させられていた。

 この強制イベントは彼が立派に成長し、うみきんぐの拳技を皆伝するまで延々と続く事になるのを、今のアレックスはまだ知らない。



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第44話 当時ちょっと話題になった変人初心者エルフ

 アレックスから話を聞いて、俺は呆れていた。

 いや、あのアホは一体何をやってんだ一体……。神は俗世の事に関わるのを禁止されてるんじゃなかったのか。いや、あくまで自粛だったか?

 

 ああそうそう、気になっていたキングの正体だが、ネプチューンと同じで元々この世界に居た神の一柱だと、俺は睨んでいる。

 根拠は幾つかあるが、まずネプチューンと一緒に俺の精神世界に介入してきて力を与えたり、アレックスの夢に入り込んできたりと、LAOというゲームのアバターを通してこちらの世界に干渉してきているのは明白だ。

 明らかに普通のプレイヤーが持つ能力を超越しており、何らかの特異な能力を所有・行使している事は疑いようがない。

 この時点でまあ、ヤツが普通の人間じゃない事は確定だ。

 

 次の根拠だが、それは元々この世界に居たという神々の事だ。

 大昔に、神は地上から去った。そして今となっては、ごく一部を除いて神の名前や姿は、地上の人間達には伝わっていない。

 その神々だが……果たして彼らは、どこへ消えたのだろうか。

 LAOや過去に発売されたロストアルカディアシリーズに登場した天空神ジュピターや海神ネプチューン、冥王プルートといった神たちのように、天界や海底、冥界といった各々のテリトリーに引き篭って、訪ねて来た人間に試練と力を与えてくれる連中も居るが、かつて存在した神々の大部分は、影も形も、彼らが居たという痕跡すら見つからない。

 その理由について考えた時、俺は一つの仮説に思い至った。

 

 恐らく神々は、別の世界へと旅立ったのだ。

 それによって世界との繋がりが断たれた為、この世界の住人達は誰も、彼らの名前や姿を知らないのだろう。

 

 その根拠は他ならぬ俺自身だ。この俺自身が、かつて地球で日本人男性として過ごしていた自分自身の名前や姿、どういう人生を送ってきたかという記憶を、思い出す事が出来なくなっているからだ。

 鮮明に思い出す事が出来るのは、この世界に強く関係している……つまりLAOやロストアルカディアシリーズというゲームに関する事のみで、それ以外の事は記憶にもやがかかったように、断片的にしか思い出す事が出来ない。

 そして恐らく……いや、ほぼ確実に、地球側でも俺が居たという記憶や記録、痕跡は消えていると思われる。世界との繋がりが切れるというのは、そういう事なのだろう。

 今は仕方が無い事だと受け入れているが、最初にその事に気が付いた時はそれなりにショックを受けたものだ。

 今もクロノやバルバロッサ、ギルドメンバーにフレンド達も皆、俺の事をもう覚えていないのだと考えると、やはり心が痛む。

 しかしキングだけは俺の事をしっかり覚えており、そして接触してきたという事は、奴は今もこちらの世界との繋がりを、そして地球からLAOを通じてこちらに干渉する力を持っているという事に他ならない。

 

 では、そのような力を持つ存在とは何か……と考えた時、俺は奴の正体に思い至ったわけだ。

 キング……奴はかつてこの世界にいた神の一柱であり、この世界を去って地球に辿り着いた存在である……というのが俺の推理だ。それも地球に行ってなおこの世界にある程度干渉出来ている事から考えて、かなり位の高い神だと考えられる。

 ついでにロストアルカディアシリーズを作った奴も、間違いなくこの世界出身の神かそれに類する存在に違いない。開発スタッフの中にどれくらい紛れ込んでるかは分からんが、少なくとも中心には間違いなく居るはずだ。

 俺がLAOで使っていたアルティリアという人物(キャラクター)になって、この世界に来たのもそいつらの仕込みなのか、それとも奴らにとっても想定外の事態なのか……前者であるなら一体何の為にそんな事をしているのだろうか。また、俺以外にも地球からこっちの世界に来た奴は居るのか?

 そのような思考に没頭していると、ふと体を揺さぶられる感覚を覚えて、俺はふと我に返った。

 

「ははうえ、だいじょうぶか?」

 

「アルティリア様……お返事をなさらないので心配しました……」

 

 アレックスとルーシーが心配そうに俺を見上げており、周りを見れば他の神殿騎士達も集まって、こちらに注目していた。

 

「ああ……心配をかけてごめんなさい。少し考え事をしていました」

 

 ちょっと色々と考えを纏めていたら、周りが見えなくなっていたようだ。一人の時ならともかく、周りに人が居る時にやる事じゃなかったな。反省しよう。

 

「アレックスが言っていた、キングなる人物についてですか? アレックスは夢で会ったなどと言っていましたが……」

 

 俺の返答に、ルーシーがそう言及する。夢の件については、俺が思考に没頭している間にアレックスから聞いたのだろう。

 

「確かにそうですが、彼については私の友人なので心配には及びません。アレックスに接触してきた事に関しては、理由はよくわかりませんが……」

 

「アルティリア様のご友人……では、その方も神様なのですか!?」

 

 その質問に対しては、そうだともそうでないとも答えづらいので、俺は質問をはぐらかす意味も込めて、あの男の事をこの場に居る神殿騎士達に教えてやる事にした。

 

「では、その男について少し語るとしましょう。私が彼と出会ったのは、私がまだ未熟な、ただの旅人だった頃の事でした……」

 

 そう、俺が奴と出会ったのは、俺がまだ初心者プレイヤーだった頃だ。

 当時の俺は、ごく普通のエルフの精霊術師(エレメンタラー)だった。当時はキャラクリに使えるパーツが今よりだいぶ少なく、ゲームを始めたばかりで自由度も低かった為、今みたいなむちむちドスケベボディの絶世の美女という訳ではなく、普通にそこそこ胸がでかい美少女エルフといった感じの見た目だった。

 そんな俺は森の中にあるエルフの村を旅立ち、ルグニカ大陸の半分以上を占める大国、ルグニカ王国の首都である王都ミルディンを目指していた。

 キャラクターを作成し、ゲームを開始した際のスタート位置は種族によって異なり、各プレイヤーはそこから王都ミルディンを目指し、そこで合流する事になる。そこまでがチュートリアルで、王都に辿り着いてからが本格的なゲームのスタートになる訳なのだが……

 

 俺はその時、王都に辿り着く前に、道に迷った。

 普通に街道に沿って進めば問題なく王都に辿り着き、迷う要素など無い筈なのだが、その道の途中で、あるクエストが発生した。

 道中には大河と、それを渡る為の巨大な橋があったのだが、どうやら橋の途中に魔物が居座っており、橋が渡れなくなっているとの事だった。

 そこでプレイヤーは往来を邪魔している魔物に挑み、それを打ち破るというクエストだったのだが、そこで突然、こんな考えが浮かんだ。

 

「あれ、この河泳いで渡ったらどうなるんだ?」

 

 LAOでは川や海を泳いで進む事ができ、生活スキルの中に水泳スキルがあり、それを鍛える事で泳ぐ速度が上昇する事は、ゲーム開始時に受ける事が出来るチュートリアルで教わって、既に知っていた。

 

「なら、どうとでもなるはずだ!」

 

 やってみせろよアルティー!

 俺は意を決して、大河に飛び込んだ。

 

 ……それから数日が経過し、俺はまだ河を泳いでいた。

 結論から言えば、初心者の水泳スキルや貧弱なスタミナでは、大河を渡りきる事は到底できなかった。

 水泳スキルが低い段階では、思うように進む事が出来ず、途中で力尽きて溺れて死に、セーブ位置に死に戻りする羽目になった。

 普通はそこで諦めてクエストを進めそうなものだが、俺は逆に意固地になって、どうあってもこの河を泳いで突破してやろうと無駄に闘志を燃やした。

 

 攻略wikiを調べたところ、水着系の服はその大半が水泳スキルにプラス補正がかかるという事で、俺が最初にやったのは近くの町に戻り、裁縫スキルを鍛えて水着を自作するところからだった。

 また、同じように水泳スキルに補正がかかるアクセサリを作る為に装飾細工スキルも集中して鍛えた。

 それによって手に入れた水泳装備は、今の俺からしたら鼻で笑うような低品質の品ではあるが、俺の原点であり思い出の品なので、今も捨てずに道具袋の中に仕舞っておいていたりする。

 そんな装備を手にした俺は、再び河へと戻り、ひたすら泳ぎ続けて水泳スキルを鍛える事にした。

 

 水着姿で延々と泳ぎ続けている俺を見て、何やってんのお前と話しかけてきたプレイヤーも結構居た。そいつらに泳いで河を渡ろうとしていると答えたら大いに笑われたが、一週間くらいログイン中にひたすら泳ぎ続けて水泳スキルを鍛え上げ、遂に河を渡り切った時には盛大に祝福してくれた。

 

 さて、無事に河を渡ったところで、次に俺がやったのは王都を目指す事ではなく、

 

「このまま泳いで行けるところまで行ってみるか」

 

 であった。

 俺は再び河へと飛び込み、そのまま下流に向かって適度に休憩を取りながら、ひたすら泳ぎ続け……やがて、終着点である河口へと辿り着いた。

 この先は海だ。視界一面が青に染まり、遥か彼方には水平線が広がっている。その光景に俺は魅せられた。

 

「行ってみるかぁ!」

 

 大海原を見てみれば、かなり遠くに島が見えた。

 まずはあの島を目指してみようかと、俺は波をかき分けて海を進んだ。

 それから数分後、俺は……

 

「ぎゃああああこっち来んなああああ! 待って速い速い!」

 

 数匹の人食い鮫に追いかけ回されていた。

 当時の俺は初心者の魔法職だった為、鮫に噛まれれば1~2発でお陀仏だ。しかもこの鮫がなかなかレベルの高いモンスターで、今の俺ならワンパンで倒せるが、当時の俺にとっては勝ち目がないレベルの強敵だった。

 河にはモンスターが居なかった為、まさかこんなのが居るとは思わなかった俺は必死に泳いで逃げるが、やがて追いつかれて噛まれそうになった、その時だった。

 

 ズドドド! ドゴンッ!

 轟音と共に、海が爆発した。

 俺を狙っていた鮫の群れが吹き飛ばされた後に、腹を見せて海面に浮かぶ。どうやら死んだようだ。

 

 何事かと思い周囲を見回せば、近くに一隻の船があった。

 船の側面には何門かの大砲が取り付けられており、砲門からは白い煙が上がっていた。先ほどの攻撃がこの船によるものだという事は疑いようがない。

 そして、船は俺の近くまでやって来てその動きを止め、やがて一人の男が甲板上から声をかけてきた。

 

「そこのエルフ、このあたりの海はアクティブモンスターが居て危ないぞ! 陸まで送ってやるから乗りなぁ!」

 

 それが長く続く、うみきんぐという男との腐れ縁の始まりだった。



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第45話 周りにやべーやつが多くて自己評価が低い系主人公

 キングの船に乗り、最寄りの港町まで送ってもらった俺は、そこを新たな活動拠点にする事に決めた。

 王都から遠く離れた寂れた港町には、他のプレイヤーキャラクターの姿はほとんど無かった。しかし物好きな少数の者達はそこを拠点としており、マイノリティ同士のシンパシーを感じたのもあって、俺はすぐに連中と仲良くなった。

 狩りもメインクエストも放っぽりだして、海で生きる変わり者……後に海洋民とカテゴライズされる者達の一員となった俺は、釣りや泳ぎをはじめとする生活スキル磨きに精を出し、採集や生産で船の材料を集めて、小さな船を作った。

 一週間くらいの間、ひたすら材料集めに専念して、ようやく小型帆船を完成させた時には、周りの連中も大いに祝福してくれたものだ。

 

「よし、アルティリアの船も完成したことだし貿易するぞ貿易するぞ貿易するぞ」

 

「また貿易するぞBOTが出たぞ! みんな逃げろ!」

 

「くっ、ここは俺に任せて先に行けぇ!」

 

 キングが貿易するぞという言葉をひたすら繰り返す機械と化した瞬間、周りの連中がわっと盛り上がった。

 

 貿易は、各拠点の貿易品商人から買った貴重な品を、馬車や船を使って遠くの町まで運搬し、高く売る事で収益を得るコンテンツだ。貿易品の相場は常に変動する為、上手く高騰している品を遠くまで運んで売る事が出来れば、巨額の銭を得る事が出来る。

 生活スキルの中には貿易スキルもあり、売買を繰り返してこれのレベルを上げれば、より多くの利益を得る事が出来、また特別に貴重な品を取り扱う事も出来るようになる。

 ついでに、得た利益に応じて経験値を得る事も出来るので、職業が商人だったり、戦闘が苦手なプレイヤーのレベル上げにも適している。

 

 ただし気を付けるべき点として、運搬中はモンスターの他に、山賊や海賊といった貴重品を狙う敵に襲われる可能性があり、また他のプレイヤーに襲われて、貿易品を奪われるリスクもあった。

 

「よし、出航だ! 行くぞお前達!」

 

 キングの号令で、貿易品を積載量ギリギリまで積み込んだ船団が港を発つ。

 港から別の港へ、そしてまた次の港へ……と次々に貿易品を運んで取引を繰り返し、ほんの1~2時間程度で俺の操船スキルと貿易スキルはかなり上昇し、経験値やお金も良い感じに稼ぐ事が出来た。

 

「俺は基本的に毎日こうやって船貿易をやってるから、気が向いたら一緒に来な」

 

 そう誘ってくれたキングの言葉に甘えて、俺は奴とつるむようになった。

 生産や船を操っての大型海獣や海賊船との戦闘、大洋とそこに点在する島の探索など、俺は奴から多くの事を教わった。

 

「しっかしキングの奴やべーな。あいつランキングの一位取りすぎじゃね?」

 

 LAOにはランキングシステムがあり、戦闘面では総合レベルや職業レベル、レベルや装備、習得済みアビリティ等から算出される戦闘力、モンスター討伐数、レイドボス討伐の貢献度などの様々な項目でランク付けされ、上位に入賞したプレイヤーには豪華な報酬が与えられる。

 生活・生産の面でも各生活スキルのレベルや生産数、生産品の納品クエストの達成貢献度、稼いだ金額に総資産といったランキングが存在していた。

 

 ランキングが表示されているウィンドウを開いて見れば、キングは生活スキルレベルのランキングでは全て上位5位以内に入っており、うち半分以上は1位を取っていた。

 他にも多くの項目で1位を取っており、特に水泳、貿易、操船のレベルや期間内に稼いだ金額、総資産あたりは2位を大きく突き放すぶっちぎりのトップだ。

 

「まあキングだしなぁ。それよりこのクロノって奴もやべーぞ」

 

「ああ、アブソのサブマスだろ。あいつの堅さ頭おかしいよな。ワールドボス行くといつもボスのまん前でタゲ取ってるぞ」

 

 俺と一緒にランキングを眺めていた海洋民がチャット欄でそんな噂話をしているのを、俺はぼんやりと眺めていた。

 クロノ。戦闘関連のランキング1位を独占している、とんでもなく強い廃人らしい。そいつが所属しているらしい最大手の戦闘系ギルド『アブソリュート』の名前くらいは俺でも知っていた。

 しかし陸で真っ当に活躍している一級廃人と関わる事など無いだろうし、俺には関係の無い事だとスルーした。

 ……この時はまさか、そいつが海洋民に転向して同じギルドに所属し、海洋四天王として一括りにされるとは夢にも思っていなかったんだよなぁ。

 

 まあ、クロノと関わる事になるのは、この時よりだいぶ後になるので今は奴の話はいい。問題はキングだ。

 

 うみきんぐ。奴には最初に会った時に助けられ、それ以降も海洋民としての心得を教えて貰ったり、奴の貿易に同行して稼がせて貰ったりと恩はある。恐らく他の海洋民の皆もそうなのだろう。

 奴こそが海洋民のトップであり、他の者達は奴の手下や子分みたいなものだという風潮が、プレイヤー間に広がっていた。

 違うのかと言われれば、実際に俺達は色々と奴の世話になっているので反論のしようが無いし、キング自身も本人が王様気取りで態度がクソデカいのはともかく、別に俺達の事を下に見ている訳ではなく、対等な友人だと思ってくれているという事は分かっている。

 

 しかし俺は、他の連中にキングの舎弟のように見られる事が、そして何より俺自身が、奴を手の届かない格上の存在だと認める事が、我慢ならなかった。

 だから、キングと対等である為に、俺は何か一つでもいいからあいつに勝ちたいと、そう思ったのだ。

 その為に俺が選んだのが……水泳スキルだった。

 水泳は俺がこの道に進んだきっかけになった原点であり、思い入れのあるスキルだ。極めるならばこの道がいい。

 そして俺は……ログイン時間の9割以上を水中で過ごし、戦闘は海獣を相手に水中で戦いながら鍛え、採集も海底で採れる貴重な食材や海洋資源を集める事でスキルを鍛えつつ、手に入りにくいそれらを販売して資金を稼ぎ、その金で素材を購入して鍛冶や裁縫の技術を鍛えながら装備を整え、再び海に潜っていった。

 

 そんなプレイスタイルを長いこと続け、『深海エルフモドキ』『間違えてエルフに転生したマーメイド』『常に水中に居る変なの』等、様々な異名が付けられる有名プレイヤーになった頃、俺はようやくキングを抜き去り、水泳スキルランキングで1位を獲得したのだった。

 

 それからはキングが海洋民を集めてギルドを作ると言い出したので、特に他に入る当てのあるギルドも無かったため参加したのはいいが、結局は時々GvGに顔を出す程度で、基本的に水中でソロ活動してばかりいた。

 

 その後はバルバロッサの奴が略奪大好きな海賊プレイヤーを纏めてギルドを作り、海の覇権を賭けて俺達に決戦を挑んできて、LAOの歴史に残る大規模海戦の末に俺達のギルドが辛勝し、バルバロッサ率いる海賊達はギルドを解散し、そのメンバーは俺達のギルドに吸収されたり。

 効率を求めすぎてギスギスしていたトップギルド『アブソリュート』が、人間関係が原因で崩壊し、それが理由でゲームから引退しかけていたクロノを俺達が強引に船に乗せて海に連れ出し、その結果クロノが最強の騎士様から伝説の漁師王にジョブチェンジしたり。

 とにかく色んな事があったが、それらの件についてはまたいつか、別の機会に話そうと思う。

 

 キングの奴とは長いこと一緒にいたが、結局は泳ぎと、ガチャやレアドロップの運くらいしか勝てなかったな。

 後者に関しては俺に勝てる奴はそうそう居ないだろうし、キングに負けるレベルの屑運な奴が居たら逆に見てみたいが。

 バルバロッサの奴にも船を操って大砲を撃ち合うタイマンの海戦では勝った事が無いし、クロノと正面から殴り合えば一方的にボコボコにされる。

 今は女神とか呼ばれて持て囃されているが、俺は所詮その程度の腕前のプレイヤーでしかない。

 

 しかし、そんな凄い連中や、他の誰よりも速く泳げるって事は、俺にとっては胸を張って誇れる事だったりするんだな、これが。



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第46話 性欲を持て余す※

 海神騎士団は週に一度、休日を設けている。その日は依頼も訓練も無しで、各団員が自由に過ごす事が出来る日だ。

 これは彼らが信奉する女神の命令によって決まった事だ。適度に休む事で心身の健康を維持し、仕事の能率を上げる事は大切である。

 その為、休日になると団員達は外に遊びに出かけたり、食べ歩きをしたり、自室で趣味に没頭したりと思い思いに過ごしていたのだが……その日は少し、勝手が違っていた。

 騎士団長のロイド=アストレアはその日、騎士団詰所のロビーにて他の団員達から相談を受けていた。

 

「団長……ちょっと聞きたい事があるんですが」

 

 そう声をかけられてロビーに向かうと、そこには騎士団のほぼ全員が集まっていた。彼らは、ロイドが海賊団を率いていた時から一緒だったメンバーだ。

 

「どうしたお前ら、改まって」

 

 何か深刻な悩みでもあるのかと、ロイドが彼らに訊ねると、彼らのうちの一人が全員を代表して、こう言った。

 

「団長、俺らって、そのぉ……娼館とか行って大丈夫なんスかね……?」

 

 娼館とは率直に言えば、お金を払ってそこで働く女性と性行為をするお店の事だ。ここグランディーノは古くから栄えている港町だし、長い航海から帰ってきた男達からの需要もあって、当然そういったお店もそれなりに存在している。

 

「俺たち神殿騎士になったわけですし、その手の店に行くのってまずいですかね?」

 

 彼らが悩んでいるのは、まさにそこだった。

 神殿騎士は神と神殿に使える神官であり、高潔な騎士といえる存在だ。

 そんな存在になった以上、娼館を利用するのは外聞が悪いのではないか、ひいては信奉する女神の名に傷がつくような事にならないかと、彼らは危惧していた。

 

 しかし彼らは若く健康な男であり、性欲を持て余していた。神殿騎士だって女は抱きたいのだ。それは男という生き物の本能であり、彼らを責めてはいけない。むしろよく自制していると褒めてやるべきだろう。

 

「……正直わからん。俺達、真っ当に神殿に勤めて騎士になった訳じゃないしなあ」

 

 ロイドは部下達の疑問に対する答えを持ちえなかった。むしろその答えはロイド自身が一番知りたいと思っている程だ。

 ロイドは騎士団長として自らを律し、日々真摯に町の為、人々の為、そして仕える女神の為に昼夜を問わずに働いている。それは彼自身にとっても充実した日々である事は確かなのだが、それはそれとしてストレスとか性欲とか、色々と溜まる物はあるのだ。

 それにロイドは海神騎士団の纏め役として、アルティリアと直に接する機会も多い。それは彼にとって非常に光栄な事ではあるのだが、同時に試練でもあった。

 男に対する警戒心がまるで皆無な様子で、胸の谷間や太ももといった際どい部分が見えていても気にも留めない無頓着さ、そしてただ歩くだけで、ぽよんぽよんと揺れる巨大すぎる乳房が、嫌でも目に入るのだ。正直たまったものではない。

 信奉する女神に対してそのような卑しい視線を向けるなど、信徒としてあるまじき事だと自戒し、耐え忍んでいたロイドであったが、彼もまた限界を迎えつつあった。

 

「こういう時はクリストフに聞くぞ! あいつなら神殿の仕来りにも詳しい筈だ!」

 

 困った時はクリストフに聞くというのが海神騎士団の、いつものパターンだ。何しろ元ならず者ばかりで、学がない人間が大半だ。博学な神官のクリストフは彼らの知恵袋として、よく相談に乗っている。

 

「しかし大丈夫ですかね? クリストフさんは俺らと違って生粋の神官ですし、そんな相談なんかして、けしからんと叱られたりしないでしょうか」

 

「その可能性はある……が、背に腹は代えられん。一つ聞くがお前ら、このまま次の休日まで我慢できる自信はあるか?」

 

「無理っす。このまま放置してたらキンタマ破裂するっす」

 

「ならば是非も無し! 行くぞ!」

 

 そうして無駄に気合を入れて、神殿騎士達はクリストフの下へと向かい、意を決して彼に相談を持ち掛けたのだが……

 

「……いや、別に自分で処理するなり、娼館に行くなり好きにすればいいじゃないですか。ちゃんとやる事やって、節度を守ってれば誰もそんな堅苦しい事言いませんって」

 

「「「えぇー……」」」

 

 あまりにもあっさりと、呆れた様子で言うクリストフに一同は拍子抜けした。

 

「そうだったのか……神殿ってもっとこう、厳格な規則とかあるものかと思ってたぜ……」

 

「よくそんなイメージを抱かれがちですが、実際はそんなものですよ。まあ表向きは如何にも清廉潔白でございますって顔をする事が多いのは確かですが、あくまで建前のようなものですよ。その建前を守るために、堂々とそういう場所に行くのが好まれないのは確かですがね。時々こっそり通う程度ならば咎められる事はないのでご安心を」

 

「そうか……ならば今夜行くとしよう。久しぶりの娼館に……!」

 

 無駄に気合を入れて、夜のお楽しみに備える神殿騎士達であった。

 

 ……そんな男達の会話を、こっそり盗み聞きしている者がいた。

 それは、神殿に常駐しているアルティリアの従僕、水精霊(ウンディーネ)の一体であった。

 水滴に擬態して、彼らの話をこっそり聞いていたその水精霊は、周囲に誰もいない事を確認すると擬態を解き、体が水で構成された少女の姿へと戻った。

 

「聞いてしまいました」

 

 水精霊はその足で神殿に戻ると、さっそく水精霊達の部屋と化している神殿の一室に仲間達を集めた。

 

「では第24回、水精霊会議を始めます」

 

「ぱちぱちぱち」

 

「一体何が始まるんです?」

 

「第三次大戦だ」

 

「会議だとゆーとるやろがい」

 

 十数人の水精霊が一堂に会する部屋の中心で、先ほどの水精霊が盗聴した神殿騎士達の会話を暴露する。なんてひどいことを。

 彼女の話を聞き終えた水精霊達が、口々に感想を言葉にする。

 

「なんということでしょう」

 

「彼らがそこまで追い詰められていた事に気付かなかったとは、不覚」

 

「ここは我々が責任を持って発散させてあげるべきなのでは?」

 

「名案かと」

 

「騎士達をスッキリさせつつ彼らとの仲を深め、魔力の補給もできる。良い事づくめではないでしょうか」

 

「まさに我が意を得たり。余もそう考えていたところじゃ」

 

「つまり水精霊派遣(デリバリーウンディーネ)サービスを開業するべきと」

 

 彼女ら精霊は人の姿を模しているが、人間とはだいぶ感覚や考え方が違うようで、貞操観念という物はほぼ無いに等しい。

 それに加えて彼女達は海神騎士団の男達を、同じ主に仕える同志として好ましく感じており、彼らへの好感度はかなり高い様子。

 それらの要因が重なり、よその女の所に遊びに行くくらいなら自分達が相手をしたほうが良いのでは? むしろバッチコイという思考に至ったようだ。

 

「彼らは今日の夜にも娼館に出向くつもりのようです。もはや一刻の猶予もありません」

 

「ならば早速行くとしましょう」

 

「ゆこう」

 

「ゆこう」

 

「そういうことになった」

 

 ほぼ同一意見しか出てこない話し合いを終え、騎士達の下へと向かおうとする水精霊達であったが……

 

「やめんかアホ共」

 

 目にも止まらぬ程の恐るべき速さの手刀で水精霊達に突っ込みを入れたのは、彼女達が使える主である女神、アルティリアだ。

 エルフの耳は地獄耳。自室のベッドの上でくつろいでいたアルティリアの耳には別室で行なわれていた水精霊達の会話がバッチリ聞こえており、慌てて飛び起きて、こうして止めにきたのだった。

 なお、休日のだらけモードと化していたので現在のアルティリアの服装は、正面に大きく「メギドラオン」と書かれたクソダサTシャツとジャージのズボンという、折角の美貌が台無しのクソみたいなファッションだった。

 

「お前らなぁ……男には触れられたくない部分ってのがあんだよ。性欲持て余して風俗行く計画立ててたのを同僚の女達に聞かれてたってだけで大ダメージだってのに、それで代わりに相手するとか言われてもあいつらだって困るだろ。連中、何だかんだでクソ真面目だし、絶対気にして後で気まずくなるぞ。だから何も聞かなかった事にして、そっとしておいてやれ。命令だ」

 

 元男ゆえに、そこらへんの機微には敏いアルティリアであった。彼女のおかげで、騎士達の尊厳は危ういところで何とか守られた。

 しかし、水精霊達は不満顔だ。

 

「ぶーぶー」

 

「横暴です」

 

「職場恋愛の自由を要求します」

 

 抗議をする水精霊達に、アルティリアがキレて怒鳴る。

 

「恋愛って言うなら真っ当に口説いて、付き合ってからやれ、そういう事は! それなら俺だって文句は言わんわい!」

 

 その言葉を聞き、騒がしくしていた水精霊達がぴたりと動きを止め、一斉に静まった。

 

「言質を取りました」

 

「では、そのようにいたします」

 

「オペレーション・オフィスラヴを遂行します」

 

「さっそく作戦会議とまいりましょう」

 

「第25回水精霊会議を開催します」

 

 ぞろぞろと部屋に戻っていく水精霊達の背中を眺めて、アルティリアは深々と溜め息を吐いた。

 

「早まったか……? しかしあいつら、アホ化が更に加速している気がするぞ……一体どうなってるんだ」

 

 おもに主人であるアルティリアの影響を受けての変化なのだが、そんな事は露知らず、どうしたもんかと頭を悩ませるアルティリアであった。

 

 ちなみにそんな遣り取りがあった事など全く知らず、予定通り娼館へと遊びに行った神殿騎士達は、次の日の朝、

 

「ゆうべはお楽しみでしたね」

 

 とでも言いたげな女神の生暖かい視線や、妙に熱が篭った視線を向けてきたり、距離が近い水精霊達に困惑する事になるのだった。



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第47話 危険な奴ほど味方に付けると頼もしい※

 今、グランディーノの町が熱い。

 そんな噂が王国全土のみならず、近隣の他国でも流れ始めていた。

 

「グランディーノ? どこにある町だったかな……」

 

「おいおい、商人のくせに知らんのか? この国の最北端にある港町だよ」

 

「思いっきり反対側じゃないか! で、その港町がどうしたって?」

 

 グランディーノから遠く離れた、ローランド王国の南側にある町でもそんな噂話をする者達が居るほどだ。酒場のテーブルで話をしているのは、若い商人達だった。

 

「なんでも女神様が降臨されたそうで、そのおかげで急速に発展を遂げているそうだぜ」

 

「ほほう。その女神様ってのは美人なのか?」

 

「どえらい美人で、しかも物凄くオッパイがでかいって聞いたぞ」

 

「道理でお前が食いつくわけだ。しかしわざわざ国の反対側まで拝みに行くのは、流石に無茶じゃないか?」

 

「いやいや、それだけが目当てって訳じゃないさ。さっきも言ったがグランディーノは短期間で大きく発展している。ならば当然、そこには物や人、そして金がどんどん流れ込んでいるという事だ」

 

「なるほど。儲け話の匂いがするな」

 

「俺はこの流れに乗ろうと思っている。お前はどうする?」

 

「愚問だな。行くしかあるまい」

 

 金の匂いを嗅ぎつければ即座に飛びつくのが商人という生き物だ。彼らは大急ぎで出立の準備を整えるべく、席を立った。

 

「だが気をつけろよ。商人は歓迎されているが、不正や禁制品の取り扱いに対しては相当厳しいって話だ。少し前にも自由都市同盟のデカい商会が、女神様に無礼を働いて潰されかけたらしいぞ」

 

 それはあのモグロフが所属していた、ミュロンド商会の事だ。かの商会は元々黒い噂が絶えず、商会というより半分マフィアのような団体だった。

 モグロフの逮捕と積荷が押収された事で、一部の血気盛んな若い衆は王国許すまじと報復を考えた。

 しかしアルティリアをはじめ領主やグランディーノ町長、商人組合、海上警備隊、海神騎士団といった個人・団体……のみならず、ローランド王国王室や法国の中央大神殿からも宣戦布告や破門状じみた抗議文が次々と届いた事で、彼らは震え上がった。

 これはまずいと、商会長自らが首を差し出す覚悟でアルティリアに対して謝罪と賠償を行ない、どうにか首の皮一枚で助かったが、ミュロンド商会はその力を大きく落とした。

 

親分(オヤジ)、ご無事でしたか!」

 

 その日、グランディーノに出向いてアルティリアに部下の不始末を謝罪してきた、恰幅の良い初老の男性が大勢の部下達に出迎えられていた。

 彼の名はダグラス=ミュロンド。ミュロンド商会を一代で作り、育て上げた裏社会の傑物だ。

 

「オウ、今帰ったぜ。許しちゃあ貰えたが、次にヤク持ち込んだら潰すってよ。あと奴隷は全員解放して、食い扶持を与えてやれってよ」

 

「そんな! どっちもうちのメインの商売(シノギ)じゃねえっすか!」

 

「仕方あるめえよ。例の女神様だがな、実際に会ってきたが……ありゃあ、とんでもねえぞ。うちで雇ってるゴロツキや傭兵共が束になっても、万に一つも勝ち目なんか無え。おまけに王国や神殿勢力がバックに付いてんだ。喧嘩したら骨も残らねえぞ」

 

 裏社会で何度も修羅場を潜ってきただけあって、ダグラス会長の人を見る目は確かだった。会長自ら謝罪に赴いたのは、誠意を見せる為だけではなく、彼自身の目でアルティリアを見極める為だった。

 

「汚れ仕事からは足を洗う。これからはクリーンな方法で再起を図るぞ」

 

 親分の鶴の一声に、逆らえる者は居なかった。

 

「わかりやした……しかし、そうなると当分は地道に商売するしかないですか……」

 

 落胆する部下達だったが、それに対してダグラス商会長はニヤリと笑った。

 

「それがそうでも無えのさ。この俺がタダで頭下げてきただけだと思ったか? ちゃんと次の商売の当ては考えてある」

 

 会長は謝罪に赴いた際に、アルティリア本人は勿論、彼女に近しい人間から町民に至るまで様々な人物と会話や聞き込み調査を行なった。

 彼が知りたかったのはただ一点、女神が何を欲しているかという事だった。

 

「南だ。オウカ帝国に米や食材を仕入れに行くぞ。それと向こうの農民を雇って、移住して貰う必要もある。農地用の土地も大量に用意しなければな」

 

 オウカ帝国は大陸の南側にある大国で、中華風の文化を持つ国だ。かの国の主食は米であり、大陸北部に米食文化は根付いていない為、米を仕入れたければオウカ帝国に行くしかない。

 そして女神が一番欲しいと思っているのは、米を中心とした食材だ。会長はそう当たりを付けていた。

 グランディーノに滞在中、その食文化の発展っぷりを見て大層驚かされたのだが、取材の結果、米や一部の食材の量が十分ではないらしく、その調達手段を探している事が判明したのだ。

 

「米や南方の農作物を輸入・生産して、グランディーノに卸す。俺達はこれで再起を図るぞ……!」

 

 こうしてミュロンド商会はオウカ帝国から米や種籾の他、様々な作物やその種を輸入し、また多額の報酬を支払って、かの国の農民を招聘した。

 元々奴隷としていた者達を奴隷の身分から解放した後は、新たに作った農地で農夫として雇い、農業に従事させた。同時に彼らが知る農業のノウハウを吸収し、技術として体系化する事に成功した。

 こうして彼らは大陸北部で、米や南方由来の農作物を生産する事に成功し、それを女神のお膝元であり、大陸屈指の食の都となったグランディーノに輸出する事で、女神とその関係者との関係を改善しつつ太いパイプを築き、再び大商会へと華麗に返り咲いたのであった。

 また、ダグラス商会長はそれと同時に農地の開拓や農業の発展にも力を尽くし、無法都市ダルティや自由都市同盟全体の食糧問題を解決して見せ、表社会でも大きな名声を手に入れるのだった。

 彼の商売のおかげで、まともに食べる事も出来ない貧民街(スラム)の住民達は、十分な食事を取る事が出来、また大規模な農園に雇われる事で、住む場所や仕事を得る事も出来た。感謝の言葉を口にする彼らに対し、ダグラス商会長はこう言った。

 

「俺ぁ女神様のおかげで悪事から足を洗い、生まれ変わったのよ。結果的にお前らに飯や仕事を与える事になったのも、元々は女神様に尽くす為のついでみてぇなモンだ。だから感謝するなら女神様に頼まぁ」

 

 それを聞いた者達は、なんと謙虚な! 信徒の鑑だ! と彼を称賛した。

 後の世に大陸北部の農業を大いに発展させ、食糧問題の解決と食文化の発展、そして貧民層の救済に力を尽くした聖人、(セント)ダグラスと呼ばれた男は、部下達にこう語った。

 

「タダで頭は下げねえ。どう転んでも勝てねえなら、逆に全身全霊で擦り寄って、一番して欲しい事をして差し上げればいいのさ。そうすりゃあ、こっちも美味い目を見れる」

 

 そんな彼に対しての、他者の反応を以下に紹介する。

 

「恩人ですね。あの人が俺達、貧民街のガキ共に農地を貸して、仕事をくれたおかげで、立派に食っていけるようになったんで、感謝しかないです」

(元ストリートチルドレン・現ミュロンド農園従業員・男性)

 

「高い年貢に苦しんで、いよいよ子供を身売りしなければ生きていけないくらいまで追い詰められていた私達を新天地に連れていってくれたあのお方のお陰で、家族が全員揃って健やかに暮らしていけます。新しい土地では農業の指導員として厚遇してくれて、夫や子供達も見違えるくらいに元気になりました。本当に素晴らしいお方です」

(元オウカ帝国の農民・現ミュロンド農園従業員・女性)

 

「劇物だな。危険だが、上手く扱えれば役に立つ。隙を見せずに、良い取引相手であり続ければ良い関係を築けるだろう」

(ローランド王国伯爵・領主・男性)

 

「米の輸入と生産で俺の悩みを解決してくれた凄い爺さん。今度、俺特製のカレーをご馳走するからうちに来いよ」

(海産ドスケベエルフ・女性)



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第48話 グランディーノへようこそ(前編)※

 グランディーノに女神が降臨し、町が急発展を遂げる。

 その噂を聞きつけて、王国最北端に位置する港町を目指して北上するのは、なにも商人達だけではない。

 グランディーノは女神が降り立ち、滞在している場所であると共に、今や闇と混沌の勢力との戦いの最前線でもあるのだ。

 かの女神が表舞台に現れたのと時を同じくして、王国北部では魔物の活動が急激に活発化し、以前よりずっと強力な魔物が、高い頻度で出現するようになった。

 

 女神が現れた事で、闇に蠢くものどもが本腰を入れてきたのか。

 はたまた人類の危機に対し、女神が救いの手を差し伸べてきたのか。

 その前後関係は不明だが、とにかくその二つの事に因果関係があるのは明らかだ。ならば当然……女神の居る地こそが、敵との戦いが最も激しくなるに違いない。

 

 ゆえに女神は直属の神殿騎士団を組織しながら、冒険者組合や海上警備隊、領邦軍といった勢力との関係性を強化し、彼らに加護を与えながら、時には自らの手で逞しく鍛え上げているという。

 強力な魔物との戦いが頻発している事もあって、かの地で戦う者達は一騎当千の(つわもの)へと育っているという。

 

 戦士よ、強くなりたいか? 強敵と戦いたいか?

 若者よ、冒険がしたいか? 英雄になりたいか?

 ならば北へ向かい、グランディーノを目指せ。そこが人類の最前線だ。

 女神と、同じ夢を抱く同志達が、君が来るのを待っている。

 

 吟遊詩人がそう歌うと、命知らずの冒険野郎共は立ち上がり、迷う事なくグランディーノを目指して旅立つのだった。

 

 ここにも、そんな冒険者の一団(パーティー)の姿がある。

 グランディーノの町を目指して街道を北上するのは、男が二人に女が一人の三人組だ。

 先頭に立って歩くのは背中に長剣を背負った、灰色の髪の逞しい戦士の男で、どうやら彼がリーダーのようだ。その次に小柄で痩身の、オレンジ色の髪の男性。軽装で、腰のベルトに短剣やツールバッグを吊るしている事から盗賊と思われる男が続き、最後尾を歩くのは背が低い緑色の髪の女。背中に弓を背負い、腰には矢筒を下げている弓使いだ。

 彼らは皆、十代後半くらいの年若い少年少女だ。同じ村で育った幼馴染であり、一攫千金を夢見て田舎を飛び出し、冒険者になった、この世界ではよく居るタイプの若者である。

 

 勢いに任せて冒険者になったとはいえ、彼らは選ばれた勇者とかではない、ごく普通の人間族の若者だ。冒険者生活は順風満帆とはいかず、魔物相手の戦いはいつだってギリギリの命懸けだし、生活も楽じゃない。依頼の報酬は装備の手入れや更新でその大半が消え、倹約を余儀なくされている。

 一攫千金や、英雄になるといった夢は早くも破れ、残ったのは目の前にある過酷な現実だ。それでも地道に依頼をこなし、少しずつ強くなっていきながら、いつか凄い冒険をする日を彼らは夢見ていた。

 

 彼らだけではない。冒険者は皆、いつか偉大な冒険(グランドクエスト)に挑む日を夢見ながら、目の前の現実と戦っている。

 しかし、そんな機会を手に入れ、偉大な冒険者として名を残す事が出来るのは、才能や実力と運を兼ね備えた、ごく一握りの者達だけだ。

 残った大半の者達は、その他大勢として名を残す事もなく埋もれていく。

 

 しかし、そんな彼らの前に突然、道が示された。険しいが、栄光へと続く道が。

 

「行こう、グランディーノへ」

 

 そう言って王都を旅立って、歩き続けて半月以上。ようやく彼らは、グランディーノに辿り着こうとしていた。

 

「潮の香りがする……どうやら海が近いみたいだな」

 

「ようやくか……長い旅路だったな……」

 

「遠すぎでしょグランディーノ……足痛いわ……」

 

「そりゃ、王国の最北端だしな……」

 

「だから大人しく馬車に乗ろうって言ったじゃないの……」

 

「そんな金、どこにも無ぇっての……」

 

 長旅で疲労困憊の彼らは、もうひと踏ん張りだと足腰に力を込めて、街道を北に進んでいった。

 それから暫く歩くと、彼らは街道沿いに小さな村を発見した。村の周りには農地が広がっており、農作業をしている村人の姿が多く見られる。

 

「農村か? それも結構規模がでかいし賑わってるな」

 

「おっ、それなら少し休憩させて貰おうか。腹も減ったし、何か軽く口に入れときたいぜ」

 

 彼らは村の中心にある広場へと足を進めるが、歩いていく内に違和感を覚えた。

 

「活気がすごいな……村人達も皆、元気いっぱいで幸せそうだ」

 

「ああ……俺達の田舎とは大違いだな」

 

「本当……同じ農村とはとても思えないくらい」

 

 彼らの故郷である農村は貧しく、生活は苦しかった。粗末な衣服に簡素な食事、疲れた体に鞭打って必死に働いても、一向に暮らしは楽にならず、そんな生活に嫌気がさした彼らは、家を出る事で食い扶持を減らす為という理由もあり、生まれ育った村を飛び出して冒険者になった。

 

 翻って、この村はどうか。

 村中が活気づいており、道中で見かけた野良仕事をする男達は、筋肉モリモリの逞しい体で勢いよく畑を耕し、巨大な岩を一人で持ち上げてどかしたり、太い丸太を平然と担いだまま歩いていたりしている。

 村の女達は清潔で身なりが整っており、簡素だがしっかりした造りの綺麗な服を身に纏っている。髪はサラサラで、肌のツヤや張りも良く健康的だ。

 

「近隣の農村ですら、これほど栄えてるのか……どうやら噂は本当だったみたいだな」

 

 衝撃を受けながらそう口にすると、広場にいた村人達が彼らに気付いて近寄ってきた。

 

「おや……見ない顔だが、よそから来た冒険者の方かい?」

 

「あっ、はい。王都から来ました……」

 

 戦士がそう答えると、村人達は大層驚いた。

 

「王都から! そりゃあ随分遠くから来たなぁ!」

 

「疲れただろう? ゆっくり休んでいきなさい。ほら座って座って」

 

「喉乾いてないかい? すぐ飲み物を準備するからねえ!」

 

「飯もあるぞ! よかったら食っていきな!」

 

「長く歩いたせいで汚れも溜まってるし、風呂も入っていきなさい」

 

 彼らが王都から歩いてきた事を話すと、親切な田舎のおっさん&おばさん達が群がってきて、彼らの世話を焼き始めた。

 

 その結果、まず最初に出されたのはグラスいっぱいに注がれた蜂蜜レモン水だ。

 そんな物、本来は庶民には手が届かない高級品……の筈だったのだが、グランディーノ周辺ではちょっと贅沢な飲み物といった感じで、一般市民にも愛飲されている。

 

「何だこの水!? キンッキンに冷えてやがる……ッ!」

 

「しかもこの上品な酸味と甘味ッッ! 美味い、美味すぎる!」

 

「これが蜂蜜の味……あたし今死んでも悔いはないわ……」

 

 その次に村人が提供したのは、フワフワの真っ白な食パンで具材を挟んだサンドイッチだ。パンの間に挟んである具は、採れたてで新鮮なシャキシャキのレタスやキュウリ、それからタマゴ、薄切りのハム等だ。

 

「これがパンだと!? じゃあ昨日まで俺が食ってた物は何だ!?」

 

「もう二度とパサパサの固い黒パンが食えない体になってしまう……」

 

「何よこのレタスやトマト……異様に美味しいじゃない……」

 

 そして村には公衆浴場があり、男女に分かれて風呂に入れられ、疲れと汚れを落とした後は、用意された簡素だが清潔で着心地のいい服に着替える。

 彼らが元々着ていた服は、入浴中に村の女達によって綺麗に洗濯して干されていた。至れり尽くせりである。

 

「風呂、やべぇな……」

 

「ああ、めちゃくちゃ癒されるな……」

 

「村の女の人達が綺麗な理由が分かったわ……毎日入らないと満足できなくなりそう……」

 

 冒険者達はそうして歓待を受け、長旅の疲れを癒していた。

 しかし、平和な時間は長くは続かなかった。突然、カーン! カーン! と、半鐘の音が何度も鳴り響いたのだ。

 それと共に、遠くから地響きにも似た、幾つもの足音が聞こえてくる。

 

「何だ!?」

 

「魔物よ! 向こうから来るわ!」

 

 弓使いが指差した方を見れば、遠くに幾つもの人影のような物が見えた。

 

「あれはゴブリンか……? それにしても、なんて数だ……!」

 

 ゴブリンは、最下級のE級魔物であり、その強さは大した事は無い。1対1であれば、戦闘経験の無い村人でも互角に戦える程度の力しか無い、最弱の魔物だ。

 

 しかし、それはあくまで単体ならばの話。ゴブリンの最大の脅威はその数にある。常に群れで行動し、知能は低いとはいえ人型で、武器や道具を使い、連携を取る事も出来るため、奇襲を受ければ熟練の冒険者でもやられる可能性があるのが恐ろしいところだ。

 

「村人達を逃がすぞ! あれだけの数とまともに戦うのは無理だが、せめて親切にしてくれた皆さんを助けるくらいはしないと……!」

 

「異議なしだ。何とか攪乱してみる」

 

「そうね。一人でも多く助けないと……!」

 

 若き冒険者達は、そう言って決意を固め、迫り来るゴブリンの群れに相対しようとする。

 しかし、その時だった。

 

 彼らが助けようとしていた村人達は、魔物の群れが迫るのを見ても慌てふためく事も、恐怖に怯える事もなく、きわめて冷静かつ迅速に各自の家へと戻り、各々の手に槍や斧などの武器を持って、再び広場へと集合した。そして……

 

「来やがったなクソゴブリン共! 今日も返り討ちにしてくれるわ!」

 

「毎日懲りずに鬱陶しいんじゃ! まだ殺られ足りねえのか!」

 

「お客さんが来てる時にふざけやがって! 脳天カチ割ったらあ!」

 

 殺意を漲らせ、筋骨隆々の男達がゴブリンの群れに向かって突撃した。



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第49話 グランディーノへようこそ(後編)※

「やっちまえ!!」

 

「「「「「おう!」」」」」

 

 号令と共に突撃した農民達が勢いよく武器を振り回すと、一撃でゴブリンが真っ二つになった。そのありえない光景に、冒険者達が目を見開く。

 

「嘘だろぉっ!?」

 

 村の男達は、よく訓練された戦士に見劣りしない動きでゴブリンの群れを蹴散らしていく。しかし、戦いに参加するのは男達ばかりではない。

 

「いくよアンタ達! 『水の弾丸(アクアバレット)』!」

 

「食らいなさい、『氷の弾丸(アイスバレット)』!」

 

「凍りつけ! 『凍結(フリーズ)』!」

 

「ご婦人方や娘さん達も!?」

 

 女達もまた、魔法で後方から男達を支援し、ゴブリン共を殲滅していた。更に、

 

「今じゃあ! 撃て撃てーい! 撃ちまくれぇ!」

 

「まだまだ若いモンには負けんぞぉ!」

 

「しかしこの武器は使いやすくてええのう!」

 

「ご、御年配の方々まで!?」

 

 村の年寄り達も、元気いっぱいに矢を放っている。彼らが使っているのは、引鉄を引くだけで矢を放つ事ができる(クロスボウ)だ。

 女神が伝えた技術によって造られた最新式で、従来の物より命中精度や射程距離、攻撃力が大幅にアップしている上に、軽くて小型で扱いやすく、子供やお年寄りでも使いこなせる親切設計だ。

 

 そして挙げ句の果てには、いつの間に現れたのか、つい先程までは影も形もなかった、見覚えのない小さな子供達までもが、ゴブリンとの戦いに参戦していた。

 

「させるかっ!」

 

 前衛の隙を突いて、後方の女達に接近しようとした小鬼に向かって飛びかかり、剣を振るったのは金髪の、小さな少年だった。

 その少年は手に金属製の小剣(ショートソード)円形の盾(ラウンドシールド)を持ち、胸部や関節を保護する防具を身に着けている。

 少年は盾で巧みに敵の攻撃を受け流しながら、剣で心臓を一突きしてゴブリンを仕留めてみせた。

 

「村の人達に手は出させないぞ!」

 

 幼い少年ながら、凶暴な魔物に向かって剣と盾を構え、堂々とそう宣言して立ち塞がるその姿は、勇猛果敢な騎士のようだった。

 その少年の名は、ハンス=ヴェルナー。グランディーノの町で暮らす少年だ。

 ゴブリン達は突然の乱入者に面食らったものの、その正体が子供だとわかると、どうやって甚振ってやろうかと邪悪な笑みを浮かべた。相手が自分より弱いと見れば、すぐに調子に乗って嗜虐心を剥き出しにするのがゴブリンという生き物の性質だ。

 

 武器を構え、舌なめずりしながらハンスを取り囲むゴブリン達だったが……

 

「今だアレックス!」

 

「おう! くらえ、ろうらくしょう!」

 

 ハンスの合図と共に、上空からもう一人の少年がゴブリン達を強襲する。

 その少年が上空から急降下しながら、水属性のオーラを纏った右足を地面に叩きつけると、衝撃波と共に大量の水が落下地点を中心とした広範囲に放たれ、十数匹のゴブリン達を纏めて吹き飛ばした。

 うみきんぐより伝授された蹴技『滝落衝』を放ったのは、真っ白い髪に褐色の肌、狼の耳と尻尾が特徴的な獣人族の少年、アレックスだ。

 

「せっかしょう!」

 

 続けざまにアレックスは、両手を前に向かって突き出した。小さな掌から冷気が放たれ、水びたしになったゴブリン達が瞬く間に氷漬けにされていく。凍結を付与する効果がある拳技『雪華掌』だ。

 ハンスを取り囲んでいたゴブリン達が、その連続攻撃を受けて倒れる。

 壁役(タンク)がターゲットを集めて、攻撃役(アタッカー)が固まった敵を纏めて殲滅する。基本的だが有効な戦術を、二人の少年は実践していた。

 

「ギャギャ!」

 

「ギャギャギャギャ!」

 

 突然の攻撃で仲間がやられた事で、ゴブリン達が怒り狂って、でたらめに武器を振り回しながら二人の少年を包囲し、攻撃する。

 それに対してアレックスとハンスは、背中合わせになってお互いの背後を守りつつ、ゴブリン達を拳や剣で迎え撃つ。

 

「ハンス、せなかはまかせた」

 

「オーケー、任された!」

 

 大量の敵に包囲されても、少年達は不敵な態度を崩さない。

 

「小さなお子様まで!? 一体どうなってんだこの村は!?」

 

 驚きながらも、少年達に加勢しようと冒険者達が動き出そうとした瞬間だった。

 

「邪魔だ雑魚共ぉ!」

 

 素早く駆け寄ってきた一人の男が、そう叫びながら武器を一振りする。それによって少年達を取り囲んでいたゴブリンの群れが纏めて吹き飛ばされ、そのまま生命活動を停止した。

 

「今度は何だああああ!?」

 

 二人の少年を助けたのは、冒険者らしき男だった。その手には槍のように長い柄の大斧が握られている。両手斧の一種で、柄が長い分だけ重く取り回しは難しいが、攻撃範囲が普通の斧よりも広い長柄斧(ポールアックス)だ。

 その男の名はバーツ。かつては長らくF級、すなわち最底辺の冒険者として燻っており、ごろつきと大差無い荒んだ状態だったのだが、ロイド達と出会い、女神の慈悲に触れた事によって改心し、今では立派に冒険者として活躍している。

 

「こら、チビ共! 勝手に戦いに参加して、怪我したらどうすんだ! ロイドの兄貴達が心配してたぞ!」

 

 バーツがアレックスとハンスを叱る。更にはバーツの後ろから、ハンスと同じくらいの年頃の少年少女達も現れた。

 

「おいアレックス! お前ばっかりいっぱい敵を倒してずるいぞ!」

 

「ハンスの馬鹿! 心配かけないでよ!」

 

 子供達は二人の下にやってきて、二人の独断専行を責める。

 この子供達はアレックスやハンスと同じく、海神騎士団の見習い団員だった。

 彼らは見習いとして、騎士団の訓練や勉強会に参加していたが、子供には危険だからという至極真っ当な理由で、戦闘に参加する事は許されていなかった。

 ところが、獣人特有の優れた五感によって、真っ先に襲撃に気付いたアレックスが飛び出していき、その時ちょうど一緒に居たハンスも一緒についてきたのだった。

 

「冒険者さんが来てくれたぞ!」

 

「おお! 勝った、勝ったぁ!」

 

 大勢のゴブリンを一撃で纏めて葬ったバーツの勇姿を見て、村人の士気が益々上がった。

 戦局はもはや覆しようもない程に、村人有利に傾いていた。

 その頃になってようやく、ゴブリン達のリーダー格であるホブゴブリン――普通のゴブリンと違い、大型で高い身体能力を持つ個体だ――が多数の手下を引き連れて前線に出てくる。

 しかし、出てくるのがあまりにも遅すぎた。最初から出てきていれば、村人達に対して多少の被害を与える事は出来ただろうが……もはや手遅れだ。

 ホブゴブリンはバーツが周囲の取り巻きごと、あっさりと斧で殴り殺し、リーダーが出てきて早々に殺られて浮き足立った残りのゴブリン達は、逃げ帰る事すら出来ずに村人達によって、次々と討ち取られていった。

 こうしてゴブリンとの戦いは、村人達の完全勝利で終わったのだった。

 

「よう、災難だったなアンタ達。びっくりしただろ? だが今のグランディーノ周辺地域じゃあ、これくらいの襲撃は日常茶飯事だからな。こっちで活動するなら、早く慣れたほうがいいぜ」

 

 戦いの後、そう声をかけてきたバーツが、親切にもグランディーノまで案内してくれる事になった為、若き冒険者達は彼に同行して、グランディーノに向かう事になった。

 村を出る際に、暖かい声をかけてくれた村人達にも、今後グランディーノを拠点とするなら、また会う機会もあるだろう。その時は恩返しをしたいと彼らは思った。

 しかし、彼らの胸中には不安もあった。

 

「しかし、俺達ここでやっていけるんだろうか……」

 

「そうだな……結局、何もできなかったしな……」

 

「ただの村人があれだけ強いとか、自信無くすわよね……」

 

 農民が襲ってきたゴブリンの群れを逆に蹂躙する、目を疑うような光景を見た彼らは、自信を失いかけていた。

 そんな様子を見せる彼らの不安を、バーツは笑い飛ばす。

 

「ハハハ、なーに、お前らもすぐに慣れるさ。俺だって数ヶ月前までは最底辺のF級冒険者だったし、あの村の連中だって戦う力なんて無い農民だったんだぜ」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「ああ。だが皆、アルティリア様のお陰で変われた。俺や他の冒険者達は、自分こそがこの町を護るんだって、初心に返って一から鍛え直した。それに住人達も、いざという時の為に、積極的に強くなろうとしてる。そう決意してから1~2ヶ月しか経ってないが、結果はご覧の通りだ」

 

 だから、お前達も頑張ればすぐに強くなれる。

 そんなバーツの励ましの言葉を受けて、冒険者達はこの場所で頑張って、強くなろうと決意を固めた。

 

 そして一週間が経過した時、そこには村人達と共に、元気に魔物の群れをフルボッコにする冒険者達の姿があった!

 

「いやー、ゴブリンやコボルドとか準備運動にもなんねぇわ。体力有り余ってるし、今日も畑仕事手伝って行こうぜ」

 

「おうよ。やっぱ男の仕事っていったら開墾だよな。おかげで腕とかこんなに太くなって、今まで着てた服が着れなくなっちまってよ」

 

「それならあたしがサイズ直すわよ。おばさま方の手伝いで裁縫も得意になったしね。今日も料理の手伝いで、新しいレシピを教えてもらうんだ」

 

 栄養バランスの取れた美味い食事、優れた装備に先輩達の手厚いサポート、適切なレベリング方法に、激戦区ゆえの戦闘機会の多さ、そして女神の加護。

 それらを受けて急成長した若者達は、あっという間にグランディーノ流に染まりきったのだった。

 

 将来有望な若者よ、グランディーノへようこそ。

 歓迎しよう(もう逃がさんぞ)盛大にな(覚悟しろ)



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第50話 50話記念だからという訳ではないが、サイズが一つ上がった

「アルティリア様! やりましたぞ!」

 

 朝から神殿を訪ねてきて、俺の顔を見るなりデカい声でそう叫んだのは、真っ赤な髪とヒゲのゴツいおっさん、海上警備隊副長のグレイグ=バーンスタインだ。

 

「朝っぱらから騒々しいですよグレイグ。それで何をやったのです?」

 

「おぉっと、これは失礼! 喜びのあまり、つい」

 

 はっはっは! と笑いながら頭をガシガシと掻き、グレイグは頭を下げて謝罪をしてくるが、やはり声がでかい。

 アレックスとニーナは早寝早起きの健康的な生活を送っているので、とっくに起きて朝釣りに出かけているが、もしもこの筋肉親父の大声で子供達の安眠妨害をされていたら軽くブン殴っていたところだ。命拾いしたな。

 

「本題に入りますが、ようやく国から新型艦の建造許可が下りましたぞ」

 

 そう言ってグレイグは、一枚の紙を俺に差し出してきた。

 そこには小さい字で色々と細かい事が書いてあるが、要約するとローランド王国の名の下に、海上警備隊に対して新型の戦闘艦を建造する事を許可するという事が、国王の署名や王室の印章と共に記されている。

 

「それは朗報ですね。完成すれば戦局が大きく有利になるでしょう」

 

 魔物の活発化によって、グランディーノの町や近隣の村には毎日のように魔物が襲ってきている。

 襲撃は散発的で規模もそれほど大きくない為、住民や冒険者達、そしてうちの神殿騎士達の働きのおかげで大した被害もなく対処できており、むしろ彼らにとっては丁度いい経験値稼ぎ(レベリング)になっていると思う。

 

 陸地のほうはそれで良いのだが、問題は海だ。

 陸と同じく、海のほうでも魔物が暴れ回っており、漁業や船での貿易に悪影響が出ているのだ。

 グランディーノは俺が居るし、海上警備隊の連中も頑張ってくれているのでまだ被害は少ないが、西のほうにあるテーベという港町や、他の港では結構な被害が出ているとの事だ。

 俺や水精霊達も、ちょくちょく出向いては近海の魔物を掃討してはいるんだが、俺達だけでは流石に手が回りきらないのが現状である。

 そこらの船よりも速く水中を移動できる俺と違って、他の者達は船が無ければ海上を移動し、海の魔物と戦う事はできない。その為、海における俺達の戦力を増強するには、より性能の高い戦闘用の船を多く用意する事が必要不可欠だ。

 

 しかし、だからと言って好き勝手に戦闘艦を建造する訳にはいかないのだ。

 まず第一に、予算や材料、それに船を作る為の人員の確保だ。

 これに関しては領主の援助や俺のポケットマネーがあるし、グランディーノには各地から人がどんどん集まって来ていて、働き手には困らないので大した問題では無いのだが……問題はもう一つあり、重要なのはそちらだ。

 

 問題なのは、海上警備隊という組織は国家に属する軍ではなく、あくまでグランディーノの町に所属する警備隊でしかないという事だ。

 彼らの任務はグランディーノの港および近海の警備や防衛であり、その職務の為に必要であると認められた戦力しか、保有する事を認められていない。

 まあ、少し考えてみれば当たり前の話である。辺境のいち警備隊が、好き勝手に強力な戦闘艦をポンポン造って良いわけがない。そんな事をすれば最悪、国家への造反を疑われたり、諸外国を刺激して戦争の引鉄になったりする可能性すらあるのだ。

 なので、新しい船を作るには魔物の活性化で海での被害が増大しているから、戦力の増強が必要ですよという事をこの国や他国の偉い人に説明して、戦力を増強する許可を貰う必要があったのだ。

 そこらへんは領主が熱心に働きかけてくれて、俺からも是非とも早急に頼むと大司教さんを通じて口添えをしたので、かなり早く許可を貰う事ができたのだった。これで、ようやく船を造る事ができる。

 

「ではグレイグ、すぐに港に人を集めてください。私も準備を終えたら、すぐに向かいます」

 

「はっ、了解であります!」

 

 俺は一度部屋に戻り、作業服に着替えた。

 俺が着たのは『名匠の作業服(クラフトマスターズ・ウェア)』。白い厚手のツナギで、鍛冶や木工などの様々な生産系スキルにプラス補正がかかるスグレモノで、着心地も良い。俺の胸がでか過ぎるせいで、前を留めるファスナーが胸の途中までしか閉まらない以外は完璧(パーフェクト)な逸品だ。

 

「……なんか、気のせいか更に育ってないか? 先月に着た時はもうちょっと楽だった気がするんだが……。後でサイズ直しとくか……」

 

 着替え終わった俺は道具袋を持ち、神殿に常駐している水精霊達に暫く留守しがちになる事を伝えた後に、ぼやきながら港へと向かった。身に着けているツナギのファスナーや、ブラのホックが悲鳴を上げる音を無視しながら。

 

 そして俺は、港の造船所を訪れた。そこには海上警備隊の隊員達や船大工、労働者達が勢揃いしていた。

 俺の姿を見ると、彼らは一糸乱れぬ動きで整列し、一斉に跪いた。

 

「お待たせしました。それでは早速、船を造りましょう。皆さん、部品は出来ていますね?」

 

「「「「「はい、アルティリア様!」」」」」

 

 確かに新しく船を造るには許可が必要で、許可が下りるまで船を造る事は出来なかった。それは確かだ。

 しかし、船の部品を作る事までは禁止されていない為、許可が下り次第いつでも造れるように、図面を渡して各部品は作らせて保管しておいたのだ。後はこれを組み合わせて船を造るだけよ。

 

 海上警備隊が元々使っていたのは、ガレー船のような大量の長い(オール)を使って、船員が手漕ぎで動かすタイプの船だ。帆も一枚だけあるが、そっちはあくまで補助用であってメインは人力である。

 このタイプの船の利点は、無風や微風、逆風の時でも問題なく動かす事ができ、小回りが利く点だ。

 しかし一方で、人力で動かすので多くの人員を必要とし、船体の大型化が難しい。そして最大速度にはどうしても制限がかかるし、長時間の航海は難しいといった様々な欠点を抱えている。

 

 そこで、新型艦は複数の帆を張って、それによって生まれる揚力によって進む帆船タイプを採用した。

 それに加えて、乗組員の魔力を使って推進力にしたり、周囲の水や大気を操って航海をサポートしたりできる『魔力変換機(マナ・コンバーター)』という装置を搭載したハイブリッド式だ。

 魔力変換機はその名の通り、魔力を別の力に変換する……いわば魔力で動くエンジンのような物だ。LAOで大型船舶や飛空艇を作る時には必ず必要になる物で、俺の船にも当然搭載されている。

 実に画期的で、船の高速化や飛空艇の実現に一役買った偉大な発明ではあるのだが、欠点として大型で製作コストが高く、燃費もイマイチな事が挙げられる。

 これを使って船を高速で動かす(通称ブースト状態)には、プレイヤー自身のMPを大量に消費するか、魔法が得意な船員NPCを雇う必要がある。

 一応、外付けの魔力タンクもあるにはあったのだが、これがまたクソみたいにデカいし重いので、どうしても船の速度が下がったり積載量が減ったりするせいでプレイヤー達には不人気だった。こっちは俺の船には非搭載だ。

 

 この魔力変換機に関しては、現状俺以外に作れる人間が居ないので、新しい船のために全て俺が新しく手作りした。

 一応、こっちの大陸にも銃や大砲は存在するので魔導工学(マジッククラフト)という技術はあるようなのだが、ルグニカ大陸と比べるとだいぶ遅れているので仕方が無い。

 俺も専門ではないが、一応スキルレベル1500くらいまでは上げているので、一定水準まで指導して、知識や技術の引き上げをする事は可能だろう。

 

 しかし、こうなると無い物ねだりではあるが、魔導機械の専門家……バルバロッサや兎先輩の手を借りたいと思ってしまうな。

 二人共メインクラスが機工師系の最上位職で、バルバロッサのほうは大型の重火器や超重量級の戦艦といった、超大型・大火力・高コストと三拍子揃った男の浪漫を形にした物を次々と生み出す変態にして、OceanRoadが誇る海洋四天王の一角だ。

 そして兎先輩というのは俺のフレンドで、βテストからずっとこのゲームをプレイしている一級廃人だ。

 兎先輩はバルバロッサとは真逆で小型で精密な兵器の開発・運用に長けたお方だ。現状、魔力変換機の小型化に成功し、そのレシピを保有している唯一のプレイヤーでもある。常に兎の着ぐるみを着用しているせいで種族や性別といった中の人の情報は一切不明だが、身長が極端に低いので、恐らくは小人族だと思われる。

 「先」「輩」という漢字が描かれた浮遊する二つの球体型自律兵器『先輩玉』や、機械で出来た小型の兎型兵器の群れ『機械兎大隊(メカウサ・バタリオン)』といったハイテク兵器を使いこなす謎の存在であり、兎先輩を呼ぶ時に頑なに先輩を付けなかった無礼なプレイヤーが、先輩玉から放たれた虹色光線で消し炭にされた事件はあまりにも有名だ。LAOの小人族は変態しか居ないのか。

 

 そんな回想をしながら作業を監督していると、労働者達が汗を滝のように流し、暑そうにしているのに気が付いた。

 

「ふぅ……しかしなんだか、今年は暑いな……」

 

「ああ。もう秋になるっていうのに、まだ真夏みたいな暑さだ」

 

 俺は『水精霊王の羽衣』のおかげで自分の周りが常に快適な温度を保たれているし、住居である神殿内も精霊達によって適温に調整されているせいで気が付かなかったが、どうもここ最近は妙に暑い日が続いているみたいだ。

 元々この地方は亜熱帯くらいの気候で、暑い日が続いても、

 

「まあ、そういう事もあるだろう」

 

 と流しがちになりそうだが……仮にこの状態がこのまま続くようであれば、何らかの異常事態が発生している可能性は高い。

 杞憂に終わるかもしれないが、早めに調査をさせた方が良いかもしれないな。何か起こってからでは遅いし、気になった事は早めに調べるに越したことはない。

 

「無理をしないで、体調が悪くなる前に小まめに水分補給をして、体を冷やすようにしなさい」

 

 俺は魔法で飲み水や冷却用の氷を作って、体調を崩す者がいないかをよく観察する事にした。

 

 そうして新艦隊を造るために造船所に通い詰めて、半月ほどが経過した頃。

 合計十二隻の新型戦闘艦が完成し、うち十隻が海上警備隊に、残りの二隻が領主の率いる領邦軍に配備された。

 新型艦は三本のマストに幾つもの帆が張られた帆船で、海上警備隊が元々保有していた物よりもだいぶ大型で、細長い形になっている。

 素材も上質な古木(エルダーウッド)精霊樹(トレント)の木材を贅沢に使い、軽量で耐腐食性に優れるチタン合金の装甲で防御面も大幅に強化されている。

 左右両舷にそれぞれ8門、計16門の新型大砲を備えて火力も比べ物にならないくらいに向上した。

 最高速度・巡行距離・防御力・攻撃力と、全てにおいて大きく改善されたこの船を使って、海上警備隊はいよいよ本格的に、海の魔物を掃討する作戦を開始した。

 それによって、大陸北部の近海における魔物の脅威度はかなり低下し、安全な航海が出来るようになっていったのだった。

 

 しかし、その一方で問題も発生していた。

 一つは、もうすっかり夏が終わり、秋になったというのに一向に下がらない気温だ。むしろ、どういう訳かより一層蒸し暑くなる一方であり、体調を崩す者も度々出ているという話だ。

 

 そしてもう一つだが、俺のブラの紐が遂に限界を迎えて死んだ。

 おかげで持っている服や下着のサイズを調整する為に貴重な時間が丸一日潰れた。



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第51話 上級魔法ぶっぱは健康に良い

 ブラノ=ホック将軍が名誉の負傷によって一階級特進するトラブルがあった事はさて置いて。

 グランディーノの町から見て西南西の方角に、レンハイムという町がある。

 ここら一帯を治める領主であるケッヘル伯爵が住んでいる町であり、伯爵領の中では最も大きく、栄えている都市だ。日本で言うなら県庁所在地といったところか。

 最近はグランディーノが急激に空前の発展を遂げている為、ナンバー1の座から陥落しつつあるが、それでも辺境基準で言えば大都市である事に違いはない。

 俺も数回、領主に会いに訪れた事がある。

 

 そのレンハイムの町から少し離れた南側には、大きな山がそびえ立っている。

 かつては頻繁に噴火を繰り返していた火山だったそうだが、ここ数百年間は目立った活動が無いようだ。

 

 冒険者達が調査した結果、その火山付近のエリアが異常な高温に包まれている事が判明した。

 必然的に、その近くにあるレンハイムの町も猛暑に襲われており、体調を崩す者が多く出ているようだ。

 その上、その火山付近に魔物の大群が集結しつつある事が報告されている。

 

 グランディーノ周辺でも続いている異様な暑さの原因は、ほぼ間違いなくそこにあると考えていいだろう。

 暑さで弱ったところに、大量の魔物に襲われては住民もたまったものではないだろう。仮にそれでレンハイムの町が魔物によって陥落させられるような事があれば、領内の政治や経済に深刻なダメージを負う事になる。

 よって俺達は住民の救助と、この異常な猛暑の原因究明・解決の為に、レンハイムの町へと向かう事になったのだった。

 

「では、行きましょう。私は空から先行します」

 

 俺は最上位水精霊(アーク・ウンディーネ)の一体を天馬形態に変化させ、それに騎乗した。

 海だと自分で泳ぐか『海渡り』の技能(アビリティ)を使って走ったほうが速いが、水が無い場所だと天馬形態の水精霊に乗って空を移動するのが一番速い。

 神殿騎士達はそれぞれ、自分の馬に乗って街道を走って移動する。手綱を握り、馬を走らせる騎士達を上空から見下ろしながら、俺は最上位水精霊に急ぐように指示した。

 

「なあ、もっとスピード出せないか?」

 

「申し訳ありません。アルティリア様が重いのでこれ以上は無理ですね」

 

 なんだとこの野郎。

 

「重くねぇよ! ……ないよな?」

 

 咄嗟に否定するが、ちょっと不安に駆られてそう聞いてみるが、

 

「いえ重いです。主に乳や尻が大きすぎるのが問題と思われますので、減らす事をお薦めします」

 

 と、即座に否定されてしまった。しかしこいつら本当に俺に対して遠慮とか無くなったな。

 あと、それを減らすなんてとんでもない。

 

「あと足も太いですし」

 

「太くねぇって!」

 

「いえ太いです」

 

 そりゃあ確かに太いか太くないかの二択で言うなら太いだろうが、人をまるでデブみたいに言うのはやめて貰いたい。

 乳や尻を限界まで盛るなら太ももも思いっきりむちむちにするべきだと思ったからそうしただけであって、お腹や腰回りはしっかり絞ってあるんだぞ。

 文句を言ってやろうと口を開こうとしたが、その前に後方から猛スピードで迫ってくる何者かの気配と飛行音に気付いたので、俺は後ろを振り返った。

 すると、そこには見覚えのあるドラゴンの姿があった。うちで飼っている、ニーナによってツナマヨと名付けられた飛竜だ。

 飛行するそのドラゴンの背中には、ニーナとアレックスが乗っていた。どうやら勝手に付いてきてしまったようだ。

 

「二人とも、これから行く所は危険な戦いになる可能性が高いから、帰って家で待っていなさい」

 

 俺は二人にそう告げるが、獣人の兄妹は二人揃って同じタイミングで、首をぶんぶんと横に振った。

 

「おれたちも行くぞ。領主には世話になってるし、カレンも心配だ」

 

「ニーナもママを手伝う」

 

 決心は固いようだ。ちなみにカレンというのは、領主の娘の名前だ。領主が俺を訪ねてくる時に、よく一緒にくっついて来ているのだが、歳が近い事もあってうちの子達や町の子供達と一緒に遊ばせていたら、すぐに仲良くなった。

 

「はぁ……わかった。ただし無理はするんじゃないぞ。自分達の身を守る事を第一に考えて、なるべく私から離れないように」

 

 幼いとはいえ二人共、ゴブリンとかの弱い魔物ならソロで薙ぎ倒せる程度の実力はあるのだが、それでも油断はできない。

 俺は念の為、二人と一匹に防御力強化を中心とした複数の支援魔法をかけた。これで仮に被弾したとしても、大抵の攻撃はシャットアウト出来るだろう。

 

「む、あれは……いかん、もう襲われているか……!」

 

 遠くにレンハイムの町が見えてきたのだが、同時に町の周辺で大規模な戦いが起こっている様子が伺えた。

 どうやら既に戦いが始まってしまっているようだが、幸いな事に開戦からそれほど時間は経っていないようだ。

 魔物と戦っている人間達は領主麾下の領邦軍や、レンハイムの町を拠点にしている傭兵・冒険者達が中心となって、町に攻め入ろうとする魔物を押し返している。

 

「数に押されるな、耐え切るのだ! ここで我らが持ち堪えれば、必ず援軍が来てくれる! それまで何としても生き延びよ!」

 

 街を囲む高い防壁の上に立ち、大声でそう叫び兵士達を鼓舞すると同時に自らも弓を取り、壁の上から眼下の魔物に向かって矢を射掛けているのは、他でもないこの町の主である領主ことケッヘル伯爵だった。

 

「領主様、危険です! お下がりください!」

 

「危険は承知の上! この一大事に、私だけが安全な場所で座して待つなど出来るものか! そんな事を言う暇があったら矢弾を持ってこい!」

 

 執事が静止するのも聞かず、領主は再び弓に矢を番えると、配下のゴブリン達の後ろで呪文を唱えて攻撃魔法を発動しようとしていた食人鬼の術師(オーガ・シャーマン)をヘッドショットで射殺していた。

 シャーマンは普通のオーガと比べると小柄で力や体力が低めだが、それでもオーガという種族なだけあって、人間よりもかなり大きく強靭な体を持つ。そんな敵を眉間への弱点攻撃とはいえ一発で倒すとは、なかなかやるじゃないか。

 指揮官の術師が倒れた事で、前衛のオーガやゴブリン達が浮き足立つ。それとは対照的に、人間達は総大将が活躍した事で盛り上がりを見せる。

 

「おおっ、領主様が目にもの見せたぞ! 我らも続くぞ!」

 

「おう野郎共、俺らの大将は物好きで、後ろに下がるのがお嫌だそうだ。仕方がねぇから、代わりに俺らがもっと前に出るぞ! 突撃、突撃!」

 

 総大将の奮戦っぷりに、軍人や傭兵達もハッスルしている。

 ……だが俺は彼らとは逆に、嫌な予感を覚えていた。このように士気が上がり、さあ反撃だと攻勢に出ようとする時ほど、足下を掬われやすいものだ。

 そして、そのように出鼻を挫かれた時のダメージは、無視できないほど大きい物になる。実際に体に受けるダメージ以上に、心理的な物がだ。

 

「ケェェェェッ!」

 

 ほら、やっぱりな。

 現れたのは、全身に燃え盛る炎を纏った、赤い鴉のような鳥型のモンスター『炎鴉《フレイム・クロウ》』だ。何十羽もの飛行型モンスターが、編隊を組んで高速飛行し、領主に向かって一直線に飛んでいく姿は壮観ですらあるが、同時に大きな脅威でもある。

 

「領主様、お逃げください!」

 

 兵士達が襲ってくる炎鴉を弓や銃で撃ち落とそうとするが、小型で高速で飛び回る上に数が多い為、落とせたのはほんの数体だけだ。勝てると思ったところへの強襲だったせいで、反応が遅れたのも痛い。

 確かあのモンスター、自分も反動ダメージを受ける代わりに威力が高い、自爆じみた体当たり技を使ってくる筈なので、このままでは領主がそれを受けて倒れる可能性が高いと言わざるをえない。そうなってしまえば総大将を失った兵士達の士気が大きく下がり、町の防衛が困難になる事は間違いない。

 

 まあそれも、俺が居なければという無意味な仮定の話だ。

 

「予想通り、そして既にそこは俺の射程内だ」

 

 騎乗している水精霊(天馬形態)を最大速度で移動させ、レンハイム上空へと辿り着いた俺は、無数の『水の弾丸(アクア・バレット)』を上空からバラ撒いて炎鴉どもを葬りながら、水精霊から飛び降りて城壁の上へとまっすぐに降下した。

 降下地点は領主のすぐ隣だ。忍者のように音もなく降り立つと、俺は手にしていた槍を無造作に一振りした。狙いは、死角からこっそりと領主に忍び寄って、彼を暗殺しようとしていたモンスターだ。

 その正体はレッドキャップという、その名の通りに赤い帽子を被ったゴブリンだった。普通のゴブリンよりも素早さを中心としたステータスが大幅に高く、隠れ身(ハイディング)背中刺し(バックスタブ)といった技を使う、ゴブリンの暗殺者だ。

 同格の相手にとっては脅威となり得る能力を持つ厄介なモンスターだが、こいつ程度のハイディングは俺の目には遠くからでもバレバレだ。よって、こうして始末させてもらったという訳だ。

 

「アルティリア様……! 助かりました、まさか敵が潜んでいたとは……」

 

「よく持ち堪えてくれました。ですが脇が甘いですよ伯爵。それに戦いはまだ終わっていません。まずは目の前の敵に集中するように」

 

「はっ、おっしゃる通りでございます」

 

 俺の言葉を聞いて気合を入れ直し、領主は大きく息を吸い込んで、

 

「皆の者、アルティリア様が来てくださったぞ! この戦い、もはや我らの勝利は必然である! しかしながら最後まで油断する事なく、一人も欠けずに生き残り、完全なる勝利を我らが女神に捧げるのだ!」

 

 領主の檄に、兵士達が鬨の声を上げて応えた。

 

「アルティリア様、お子様方が反対側の救援に向かうそうです。私も護衛として同行いたします」

 

 最上位水精霊から念話が入った。見上げれば兄妹を乗せたドラゴンと、天馬形態の最上位水精霊が街の北側に向かって飛んでいくのが見えた。

 

「助かる。二人が無茶をしないように気を付けてやってくれ」

 

 うちの最上位水精霊はレベル100超えてるし、あいつが居れば万が一にも子供達がやられるような事はないだろう。

 それは分かっているが心配なものは心配なので、眼下にウジャウジャとひしめいている雑魚の群れをさっさと片付けて迎えに行こうと思った。

 

「私が片付けます。全員、退きなさい!」

 

 城壁の上から兵士達に指示を出すと、彼らはすぐにそれに従って後退した。

 退いていく彼らを追撃しようとするモンスターも居たが、それらは城壁の上から領主率いる弓兵達が放った矢によって次々と討たれていった。

 上出来だ。これで兵士達と魔物の群れの間には十分な距離ができた為、彼らを巻き込む心配もないだろう。後は、敵軍のちょっと後ろの方を狙って撃つだけだ。

 

「さてモンスターの皆さん、レンハイムの町へようこそ。そしてさようなら」

 

 俺は敵軍の真上、上空80メートルくらいの位置に、直径10メートル程度の巨大な水球を生成し……それを、地面に向かって垂直に落下させた。

 

「『天より堕ちる水球(フォーリングスフィア)』!」

 

 言うなればそれは、水属性版の隕石落下(コメットフォール)のような魔法である。重力に従って落下した巨大水球は、地面に着弾すると同時に破裂し、大量の水を周囲に撒き散らしながら魔物の群れを飲み込んで……

 

「そして『天に還る水柱(ライジングピラー)』!」

 

 その水が、今度は巨大な水柱となって重力に逆らい、渦を巻いて螺旋を描きながら真上に向かい、ぐんぐん空へと昇っていく。周囲の魔物を渦に巻き込みながら。

 この『天に還る水柱』は、『天より堕ちる水球』の発動後にのみ使えるコンボ用の魔法だ。威力もさることながら、範囲引き寄せ&強制打ち上げ効果があるので、これで大量の敵を上空に打ち上げた後に対空技で更にコンボを繋げる事もできる。MP消費がちょっと多めな以外は非常に優秀な魔法だ。

 

 とりあえず、城壁のこちら側に来ていたモンスター達はこれで粗方片付いた。運よく巻き込まれずに済んだ奴らがまだ少し残ってはいるが、それは領主や兵士さん達に任せても大丈夫だろう。

 

 しかし普段は住民達のレベリングの為に、俺が手を出す事は殆ど無かったわけだが、たまにはこうやって自分で戦わないとな。

 練習相手にもならない雑魚の群れが相手なので物足りなくはあるが、そこそこ良い運動にはなった。



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第52話 食ってみな、飛ぶぞ

 俺が魔法で敵の大半をブッ飛ばした後に、生き残った僅かな敵を兵士達が掃討した事で、戦闘は終了した。

 しかし町の別方向からも敵は襲ってきている。俺が加勢した箇所が一番、敵の数が多い主戦場ではあったが、別方面の敵も決して侮れない数だとの事だ。

 

 しかし、そちらもアレックスとニーナが……というより二人を乗せたドラゴンが暴れ回ったり、俺達より少し遅れて到着したロイドら神殿騎士が敵軍の背後を突いたりして、あっさりと壊滅させる事ができた。

 

 俺は冷房代わりに町の広場や空き地にでっかい氷の塊を作って置いた後に、領主の館へと向かった。

 戦いに完全勝利し、防衛に成功した事でテンションが上がってはいるが、最近の暑さや魔物の襲撃による疲れは隠しきれないようで、住民達は少々元気がないようだ。そしてそれは、彼らを纏める領主も同様だった。

 特に領主や高い地位にある者は激務が続いている為、彼らの疲労は深刻だ。今はまだ何とか気合と根性、使命感などで誤魔化せているようだが、いずれ限界は来る。

 よって、まずはそれを何とかする必要がある。

 

「料理をしましょう」

 

 俺は神殿騎士達を集めて、そう告げた。

 

「この町の者達は暑さや疲れで活力を失っています。それを何とかしなければなりません」

 

 俺の言葉に真っ先に反応したのはロイドで、

 

「確かに、住民に元気が無いのは気になっていました。暑さで食事が喉を通らない様子の人も多いようです。ならば彼らにも食べやすく、冷たい料理を用意するべきでしょうか……」

 

 ロイドはそう提案するが、俺はその言葉に対して首を横に振った。

 確かに、暑さで弱ってるなら冷たくて食べやすく、消化の良い物を与えるというのも間違ってはいないと思うが、だからと言ってそれで住民達が元気を取り戻せるか……と考えると、否と言わざるをえない。

 ここは、もっと踏み込んで考えるべきだ。食べやすさや冷たさは、今一番必要な要素ではない。

 一口食べればシャキッと目が覚め、完食する頃には気合と元気がモリモリ湧いてくるような……今必要なのはそんな料理だ。

 

 ならば、作るのはあの料理だ。

 

「逆に考えましょう。むしろ、この暑さに負けないくらいの熱気が、体の奥から湧き上がるような料理を提供します」

 

 俺は館で働く使用人達に必要な食材が書かれたメモと金貨の入った袋を渡し、大急ぎで食材を用意するように頼んだ。

 それと同時に手持ちの調理道具や食材を取り出し、神殿騎士達に手順を教えながら調理に取り掛かった。

 

 そして数時間後、料理を完成させた俺は、それを持って領主の部屋を訪れた。

 

「伯爵、お邪魔しますよ」

 

「アルティリア様……それは?」

 

「貴方の夕食です。満足に食事も取っていないのでしょう? 忙しいのは分かりますが、ちゃんと食べないと満足に働けませんよ」

 

 俺は顔に隠し切れない疲労の色が出ている領主に書類仕事の手を止めさせ、机の上を片付けて、持ってきた料理を彼の前に置いた。

 

 俺が用意したのは、一杯の椀に入った麺料理だ。麺は細いストレート麺で、スープは無く、味付けされた挽肉や搾菜(ザーサイ)、刻みネギといった具材が添えられ、ラー油や花椒――南方のオウカ帝国産の山椒で、舌が痺れるような強い辛味が特徴。マフィアの爺さんが南方から仕入れて輸入してくれた物だ――を使った俺特製の辛口タレで味付けした。

 

 その料理の名は、担々麺という。

 日本ではラーメンのようにスープに入っているのが主流で、ラーメンの一種のような扱いになっているが、俺が作ったのは元々中国で作られた、汁なしで小さな椀に入って売られていた物に近い物だ。

 このクソ暑い時にアツアツのスープなんか飲みたくないだろうし、常温の麺だけの料理なら食べやすくもあるだろう。

 

 領主はいきなり料理を出された事で戸惑った様子だったが、意を決してフォークを手に取り、具材が良い感じに絡んだ麺を口に運んだ。

 

「ぬおっ!?」

 

 担々麺を一口食べた領主の額から汗が噴き出る。

 領主は目を見開いて驚いた表情を見せるが、すぐに夢中になって担々麺を食べ続けた。

 元々、小さい椀に少量だけ盛られていた麺はすぐに無くなり、物足りなさそうな様子の領主に、俺はコップに入った飲み物を差し出した。

 頭を下げ、頂戴いたしますと言って俺が差し出した飲み物を一気に飲み干すと、領主は至福に満ちた表情を浮かべた。

 俺が出した飲み物は、キンキンに冷えたレモン水に蜂蜜を加えた物だ。暑さに加えて辛い料理を食べて汗だくになったところに、レモンの酸味と蜂蜜の上品な甘味によって爽やかな清涼感が味わえるって寸法よ。

 

「これは……っ! 血が沸き立ち、筋肉が躍動する! うおおおおおおっ!」

 

 領主が立ち上がり、マッスルポーズを取る。その勢いと膨張する筋肉によって、彼が着ていた上等な上着がビリビリと音をたてて裂けた。

 先程まで感じていた疲労感や倦怠感が吹っ飛び、全身に活力が漲っているようだ。

 

「アルティリア様……この料理はいったい!? あんな少量の麺を食しただけで、これほど力が湧き出るとは……」

 

「ふふふ……まあ、今は細かい事はいいでしょう。それよりも、あれだけでは物足りなかったのでは?」

 

 そう言って俺は……先程の物よりも一回り大きい椀に入った担々麺を、領主に差し出した。

 迷う事なくそれを受け取った領主は、5杯お代わりをしてようやく満足したようだ。

 

「それにしても不思議な料理ですな……暑さや疲労で食欲や体力が減衰し、食事も喉を通らないと思っていましたが、それらが纏めて吹き飛ぶほどの凄まじい力が、全身から湧き上がってまいりました……」

 

「先程の質問に答えましょうか。この料理の名は『担々麺』。元々は労働者の為の軽食であり、疲れた心と体を癒し、活力を与える事で再び仕事に励む事ができる……そんな料理です」

 

 味付けに使った黒胡麻を凝縮した胡麻油や黒酢、にんにく、唐辛子、花椒といった調味料は脳や肉体を刺激・活性化させ、回復を図る効果を持つ。強烈な辛さで汗をかかせて体内の悪い物を外に出し、同時に爽やかな酸味で食欲を増進させる。

 担々麺というのはそういった、きつい肉体労働に勤しむ男達が、午後からまた気合を入れて働く為の飯である。

 更にそれだけではなく、俺独自の工夫としてグランディーノで採れた豊富な海の幸から抽出した栄養満点のエキスや、俺が調合したミックススパイスを隠し味として入れている。

 俺個人が持つ廃人級の料理スキルによるステータス強化効果(食事Buff)もあって、俺が作った担々麺が持つ上記の効能は、通常のそれとは一線を画している。

 一口食べれば頭スッキリ、気合バリバリ。一杯食べきれば筋肉モリモリ、病気知らずの大豪傑に。それが、俺の造った特製担々麺である。

 

「なるほど……素晴らしい料理です。是非とも暑さに苦しむ町の者達にも味わってほしいものですが……」

 

 俺の説明を聞き、深く頷きながら領主はそう零した。領民思いの彼らしい言葉だが、しかし案ずるなかれ。

 

「心配には及びません。そちらは既に我が騎士達が、住人達に振舞っている頃です」

 

 当然そちらも対応済みである。

 俺と一緒に担々麺を大量に作った神殿騎士達には町の各地で屋台を出して、住民達に無料で担々麺を提供させている。

 当然だ。どうせやるなら領主一人だけよりも、町の住人を丸ごと復活させてやるのが一番に決まっている。

 

 こうして猛暑と魔物の襲撃によって弱っていたレンハイムの住民達は一夜にして完全復活し、老若男女を問わず嘗めた真似してきた魔物をブン殴ってやろうと闘志を漲らせるのだった。

 正直やりすぎたかもしれん。



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第53話 火山調査開始!

 翌日、俺達はレンハイムの町を出立した。向かう先は、町の南にある火山である。

 同行者はロイド以下、海神騎士団の正規団員全員だ。

 普段、こういった戦闘や調査に関しては騎士団に任せている俺だが、今回の件に関しては以前から続いていた、モンスターの活性化や異常な暑さの原因となる何かが存在するであろう事から、危険度・重要度が段違いと思われる為、自ら出向く事にした。

 そんなわけで危険なので、アレックスとニーナは置いてきた。この戦いにはついて来れそうにない。

 いや、実を言えばあの子達も大概強くなってるし普通に戦えそうではあるんだが……流石にボス級の敵が居る所に連れていくには心配なんだよな。まだ小さいし。

 なので領主に預けて、俺が留守の間は彼の手伝いをするように言っておいた。仕事を与えれば、勝手について来るような真似はしないだろうと踏んでの事だ。

 

 火山に向かった俺達は、さっそく大量のモンスターから手荒い歓迎を受けた。食人鬼(オーガ)岩の巨人(ロック・ゴーレム)亡霊甲冑(リビングアーマー)といった人型のモンスターが多い印象だ。

 山の麓にはそれらの大群が陣形を組んで、俺達を迎え撃とうと身構えていた。

 

「はい、『激流衝(アクア・ストリーム)』!」

 

 だが、もう居なくなったので先を急ごう。

 騎士達が背後で「流石アルティリア様!」とか言ってるのが聞こえるが、あの程度の雑魚をワンパンで一網打尽にするのは一級廃人なら誰でも出来る事なので、お前らもさっさと出来るようになれ。

 

 そうやってモンスターを雑に蹴散らしながら、俺達は山を登る。日本みたいに登山道が整備されていたりはしないので、岩肌が露出している荒れた山を強引に踏破する必要がある。

 だが、何事も工夫すれば何とかなるものだ。例えば道中、垂直に切り立った断崖絶壁を登るような場面があった。

 

「アルティリア様、どうやらここを登る以外に道は無さそうです。まずは私が登ってみます」

 

 そう言って岩盤に手をかけ、登攀しようとするロイドを俺は止めた。

 

「お待ちなさいロイド。こういった障害に対して馬鹿正直に挑んで、無駄に体力を消耗するのは得策ではありません。頭を使いなさい」

 

 ロイドを下がらせて崖の前に立った俺は、自分の足下を対象に『氷の柱(アイス・ピラー)』の魔法を発動させた。それにより、俺の足元に氷の柱が生み出され、それが俺の体を押し上げる。

 それによって崖の上までショートカットした俺は、水を操ってロープの形にして、人数分のそれを崖下に向けて垂らした。

 

「それを体に巻き付けて、しっかり掴むように。準備が出来たら引き上げます」

 

 後は水のロープをゆっくり縮めていけば、全員を崖上まで引き上げる事が出来るというわけだ。

 水は決まった形を持たず、どんな形にもなれるという特性を活かしたテクニックだな。

 他にも足場を作ったり、水の流れを利用して高速で移動したり、氷の塊でスイッチを押したり等、ショートカットやギミック解除に役立つ小技が沢山ある。

 それらを駆使して山道を進み、俺達は順調に登山をしていった。

 山頂に近付く程に、周囲の気温はますます高くなっているようだ。俺は装備効果で完全にシャットアウト出来ているし、騎士達は俺が水で薄い膜を作って熱波を防ぎ、高温から守っているが、そうしなければ途中で倒れる事は間違いない。

 

 やがて俺達は山の頂へと辿り着いたのだが、そこには予想だにしていなかった物があった。

 それは空間にぽっかりと空いた大きな穴のような物で、穴の向こう側は真っ黒な渦巻き状になっており、見通す事はできない。

 俺はその存在に見覚えがあった。一人のプレイヤーとしてLAOをやっていた時には、飽きるくらいに見たものだ。

 

「こんなところにダンジョンゲートだと……?」

 

「アルティリア様、この奇妙な穴が何なのかご存知なのですか?」

 

 すぐ後ろに立っていたロイドが、俺の呟きに反応して尋ねてきた。

 

「ええ。これはダンジョンゲートと言います。その名の通り、異界の迷宮へと通じる入口です」

 

 ダンジョンとは何らかの原因によって自然界の魔力が異常をきたした結果、歪んで異界化した空間が発生する事で生まれるものだ。

 その内部は複数の階層からなる広大な迷宮と化しており、中には外より強力なモンスターや凶悪な罠、そして数々の財宝が冒険者達を待ち受けており、ダンジョンの中にしか現れないモンスターや、そこでしか得られないレアアイテムも存在する。

 俺はそういった、ダンジョンに関する基礎知識を騎士達に伝えた。

 

「どうやら、このダンジョンの奥にある何かが猛暑の原因のようですね。かなり強力な存在が居ると思われます。何が起きてもおかしくないので、警戒を怠らないように」

 

 俺は騎士達にそう言い含めて、ダンジョンゲートへと足を踏み入れた。

 そうすると次の瞬間、俺達は高温の蒸気が噴き出し、溶岩が流れる灼熱の洞窟へと移動していた。

 

「ここがダンジョン……それにしても何という暑さだ」

 

 温度も外とは比べ物にならず、俺が居なければ入った瞬間に全滅していてもおかしくない程の異常な高温だ。俺は騎士達を守っている水壁の出力を少し上げた。

 

「床や壁から噴き出す蒸気には気を付けて。それと、あそこを流れている溶岩に落ちたら助からないので、くれぐれも足元には注意するように」

 

 ダンジョンの中は広い洞窟になっており、周りを見れば真っ赤な溶岩の川や、その先に溶岩溜まりが見える。

 普通の人間が落ちたら当然死ぬし、俺でも多少のダメージは免れない為、細心の注意を払う必要があるだろう。

 俺達は周囲を警戒しながら、洞窟の奥へと進むのだった。



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第54話 ハック&スラッシュ!

 洞窟の奥を目指して進む俺達の進む道を、多数のモンスター達が阻む。

 通路を抜けて巨大な広間に入るなり、突然襲いかかってきたのは火炎蜥蜴(フレイムリザード)溶岩巨人(ボルケーノゴーレム)といった、火属性の中~大型モンスター達だった。

 いきなり溶岩の中から飛び出して来たので少々面食らったが、落ち着いて対処すれば大して苦戦するような相手ではない。

 俺は火炎蜥蜴が放ってきた炎の吐息を、槍を回転させてかき消した。そしてそのまま槍を回しながら手を放し、その柄を蹴り上げた。

 

「ほいっと」

 

 まるで車輪のように高速で縦回転しながら、槍が敵群に向かって飛んでいく。『大車輪』という、槍の遠距離攻撃技だ。使うと槍が一時的に手元から離れるデメリットはあるが、その分射程距離・威力共に優秀な技である。更にそのデメリットも、コンボ用の技を使えば解消可能どころかメリットと化す。

 俺は残像を残しながら、一瞬で蹴り放った槍の元まで移動した。そこはモンスターの群れの丁度真ん中あたりで、周りには大量の敵が居る。

 そこで再び槍を掴んだ俺は、それを大きく振り回して周囲の敵を薙ぎ払うと再び瞬間移動をして、今度は敵群の真上へと移動する。

 

「瞬速回収からのブランディッシュスピア、短距離転移(ショートテレポート)、そして流星槍っと」

 

 真下に向かって一気に加速し、溶岩巨人を頭から串刺しにして粉砕しながら、地面へと槍を突き立てて……

 

「はい、『トルネードスピン』! 終わり!」

 

 突き立てた槍を両手で掴んでポール代わりにして、俺は横方向に自らの体を高速で回転させ、周囲に竜巻を発生させて、周りの敵を纏めて消し飛ばした。

 これで粗方の敵は倒した。一方、同行している神殿騎士達に目をやると、彼らもそれぞれ自分の武器でモンスターを切り伏せたり、叩き潰したりしている。ロイドは飛びかかってきた火炎蜥蜴や吸血蝙蝠(ドレインバット)を一太刀で纏めて切り伏せてるし、ルーシーは溶岩巨人が投げてきた高温の岩の塊を、右手のメイスで他の敵が固まっている所に打ち返しながら、左手に持った盾で近付いてきた別の敵を殴り倒すといった器用な真似をしている。やはりあの二人は頭一つ抜けているな。

 勿論他の者達もしっかり活躍し、ものの数分で視界を埋め尽くしていた敵は全滅した。

 

 そうして、その場に居たモンスターが全員居なくなると、突然俺達の近くの床に、豪華な装飾がされた大きな宝箱が姿を現した。

 

「ダンジョンの中には、今のように大量のモンスターが現れる部屋や空間が存在します。所謂(いわゆる)モンスターハウスといって、多数のモンスターに囲まれるので非常に危険ではありますが……代わりにそこに居る敵を全滅させる事が出来れば、貴重な財宝を入手する事ができるのです」

 

 いきなり目の前に宝箱が出てきて、ぎょっとしている騎士達に向けて俺はそう説明した。

 ダンジョンは時間や空間の流れが歪んでいる為、遥か昔に失われた筈の物や、異なる世界から流れてきた品が紛れ込む事がよくあるらしい。ロストアルカディアシリーズの設定上ではダンジョンで拾える財宝とは、そういった存在らしい。

 

「ただしダンジョンで宝箱を開ける時は、罠に気を付けるように。宝箱そのものではなく、近くの床や壁に仕掛けられている事もあるから油断は禁物です。それと罠が無くても鍵がかかっている場合もあるので、メンバーに盗賊系の職に就いている者が一人でも居れば、探索がぐっと楽になりますよ。今回は罠・鍵どちらも無いようなので、このまま開けてしまいましょう」

 

 宝箱を開けると、中からは多くのアイテムが姿を現した。

 

「やはりダンジョンの性質と同じで、火属性のアイテムが多いようですね。武器はこの場所のモンスターには通じにくいでしょうが、他の場所では役立つでしょうし、売ってそのお金で装備を整えるのも勿論ありです」

 

 火属性の短剣『フレイムダガー』や、火属性魔法を強化する効果がある杖『ファイアワンド』といった武器や、火属性耐性付きのマント『火鼠の衣』や、腕防具『火精霊の手甲(サラマンダーガントレット)』のような防具類を入手した。

 俺には不要だが、ロイド達にとってはかなり有用なレアアイテムだろう。特に防具類は、この洞窟を進む上でかなり役に立つはずだ。

 

 その中でも一番の目玉は、『火吸(ひすい)の勾玉』というアクセサリだ。緑色の勾玉が付いた首飾りで、これはもしかして翡翠と火吸をかけたダジャレなのだろうか。

 そんな冗談みたいな名前だが、その効果はなかなか優秀だ。火属性耐性上昇、火属性の敵に対するダメージ上昇に加えて、火属性ダメージを受けた際に短時間だが全ステータスとHP・MPの自然回復力を上昇する強化効果(バフ)を受ける事ができる。このダンジョンを攻略するのに使えと言っているような性能だ。

 

 そんな有用なレアアイテムを多数入手した神殿騎士達だったが、ここで問題となるのはアイテムの分配をどうするかだ。

 誰だってレアアイテムは欲しい。しかしその数には限りがあり、全員がそれを手に入れる事は出来ない。

 全部売って換金するには惜しい性能だし、誰がどのアイテムを手にするかを話し合いで決めるという手もあるが、生憎と悠長にそんな事をしている暇もない。

 しかし案ずるなかれ。そのような時に冒険者達が行なう、伝統的な儀式がある。俺はそれを彼らに伝授した。

 

 まず最初に、各人がそれぞれ自分の欲しいアイテムを宣言するのだ。

 その結果、もしもそれを欲しい者が自分以外におらず、被りがなかった場合は、何事もなく指定したアイテムを手に入れる事ができる。

 そして、それを欲しいという者が自分以外にも居た場合は……

 

「いくぞ! 運命のダイスロールッ!!」

 

 賽を振り、その出目に全てを託すのだ。2D6で一番高い目を出した奴が優勝だ。

 

「ッッシャアアア! 火精霊の手甲ゲットォォォォ!」

 

「ぐわああああ! 馬鹿な、何故そこでピンゾロ!?」

 

 ダイスの結果は絶対である。勝ってレアアイテムを手に入れる者も居れば、敗北して何も得られなかった者もいる。

 だが今回負けた奴は次回以降に入手したアイテムに対して優先権を与えられるので、次のチャンスに期待してほしい。

 ちなみに火吸の勾玉はロイドが入手した。驚く事に、それを指定した奴がロイド以外に居なかったからだ。一番レアで便利な装備は団長に使ってほしいという、騎士団員達の心配りの賜物であった。ロイドは部下達の気遣いに感謝しながら、それを自らの首に下げたのだった。

 

 なんてあったかいチームであろうか。少なくとも俺が所属していたギルド『OceanRoad』では見た事がない光景だ。奴らは俺も含めてハイエナのように一番高価なアイテムに飛びつき、ギルドマスターのキングは毎回ダイス競争でいつもの屑運を発揮してボロ負けし、ギルメン達に煽られていた。

 海神騎士団とOceanRoad、一体どこで差が付いたのか。慢心、環境の違い……

 

 それから俺達は幾つかの通路や大部屋を踏破して、遂にダンジョンの最奥へと辿り着いた。

 そこには巨大な金属の扉と、その両脇に鎮座する大きな悪魔像があり、いかにも「この先にボスが居ますよ。回復とセーブを忘れないように」といった雰囲気を漂わせていた。

 

「準備はいいですね。行きますよ」

 

 俺は扉に手をかけて押し開き、部屋の中へと足を進めるのだった。



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第55話 魔神将

 扉を開けた先は広い部屋があった。地面や壁、天井はごつごつした剥き出しの岩肌で出来ており、光源である篝火以外には何も無い、殺風景な大部屋だ。俺達が入ってきた大扉の反対側には、また別の小さな扉があるのが見える。

 その部屋の中心に、一人の人物が立っていた。

 いや……正確にはその、直立不動で俺達を待ち構えていた者は人間ではなく、人型のモンスターだった。

 そいつは真っ赤な鎧を身に着け、その体躯以上に巨大な大剣を背負っており、彼の周囲の景色は、その身から放たれる熱気によって、ゆらゆらと揺らめいている。

 

「来たか……女神とその信徒達よ」

 

「お前は……紅蓮の騎士!」

 

 このダンジョンのボスと思われるモンスターの姿と、彼が発した言葉を受けたロイドが、その名を口にした。

 紅蓮の騎士。その名前には聞き覚えがある。魔神将の配下であり、確か以前ロイド達がグランディーノの冒険者達と共に交戦し、その際にロイドが死にかけたとかいう奴だ。

 かつて苦戦を強いられた強敵の登場に、騎士達が一斉に身構えた。

 

「あれ以来姿を見せないと思ったら、こんなところで何をしている?」

 

 ロイドが紅蓮の騎士に対して、そんな質問をした。当然の疑問ではあるが、敵がわざわざ何を企んでいるか答えてくれるとは思えんのだが……

 俺はそう考えたのだが、紅蓮の騎士は律儀にも、意外な答えを口にした。

 

「修行だ」

 

「……修行ォ!?」

 

「然り。この火山は火属性の魔力が豊富な霊場であり、我が修行に最適な場所であった。……以前、地獄の道化師(ヘルズ・クラウン)が汝らの神殿を襲撃した事があっただろう」

 

 俺が現在の住居である、グランディーノの神殿に移動した時の事だな。あの時からもう、2ヶ月くらいも経つのか。

 

「あの時の奴と女神の戦いを見た我は、現状では勝ち目が無いと判断した。ゆえに自分の力を高めるべく、この山の火口にて己を鍛え直していたところだ」

 

 何でボス級の敵が2ヶ月以上もの間、真っ当に修行回やってんだ。真面目か。

 そうツッコミを入れたくなるのをグッとこらえて、俺は目を凝らして紅蓮の騎士を観察した。

 それによって技能『敵情報解析(アナライズ)』が発動し、俺は奴のステータスや使用技などの情報を知る事が出来る。

 その結果、知る事ができた情報によれば……成る程、以前戦った地獄の道化師よりもレベル・ステータス共に二回りほど上回っている。

 具体的にはレベルは124。ステータスは筋力と耐久が非常に高く、敏捷や魔力はイマイチな典型的なガチガチ前衛タイプだ。ただしそれでも大きな穴はなく、目立った欠点は無い優秀な能力をしている。

 俺が1対1で戦えば……まあ、まず負ける事は無いだろうが、楽に勝てるとも言えない相手だ。

 

「ならば、ここ最近の異常な猛暑や魔物の襲撃、そしてこのダンジョンは何だ? お前の様子を見れば修行をしていたのは本当のようだが、まだ他にも何か企んでいるんじゃないのか!?」

 

 俺が敵の能力について分析・考察している間に、ロイドが次の質問を飛ばす。

 それにしてもロイドも紅蓮の騎士が、以前戦った時より強くなっているのには気付いたようだな。

 敵の力量を推し量り、把握するのは戦闘を行なう上で何よりも大事だという俺の教育が、しっかり行き届いているようで何よりだ。

 

「それについては偶然の産物だが、折角なので利用させて貰う事にした」

 

 紅蓮の騎士が言うには、ここで修業を続ける内に、この地の火属性の魔力がどんどん増幅されていったそうな。

 恐らく、紅蓮の騎士自身が持つ強力な炎の力と共鳴した結果なのだろう。

 それによってこの山は火属性だけが異常な程の高まりを起こし、それによって空間に異常が発生、ダンジョンが生まれたというわけだ。

 更にそれだけではなく、属性異常によって火属性の強力な魔物が大量に出現したり、ローランド王国の北東部全域に渡って異常な猛暑が発生するような事態になったのだった。

 

「猛暑によって広範囲の人間達を弱らせ、更に戦力となる魔物が生み出され、我は増幅を続ける火の魔力を取り込む事で、より強くなる事ができる。結果的に一石三鳥と言うわけだ」

 

 成る程ね。結果オーライとはいえ良い作戦じゃないの。派手にやりすぎて、こうやって俺に目を付けられるって点を除けばな。

 

「律儀に答えてくれたお礼に、今すぐ止めて逃げ帰るなら見逃してあげますが、どうします?」

 

 俺は槍を一回転させた後に、穂先を紅蓮の騎士に向けて言い放った。言うまでもなく挑発だ。

 

「笑止。敵の総大将がわざわざ目前に出てきてくれた好機で、背を見せるなどあり得ぬわ」

 

 確かにそれは大チャンスでもある。ただしそれはあくまで勝てればの話だ。

 

「お前がこの私に勝てるとでも? あまり思い上がるなよ」

 

「逆に訊くが、汝は相手が自分よりも強ければ、尻尾を巻いて逃げ帰るのか?」

 

 あったりめーだバカ。なんでわざわざ格上相手に、馬鹿正直に真っ向勝負なんかしなけりゃならんのだ。一旦逃げて、勝てる策を用意してから戦うに決まってんだろ。

 とはいえ、それが許されない状況というのは勿論ある。例えば退路が封鎖されている時とか、ここで勝たなきゃ目的が達成できない時、後ろに守るべき対象がいる時なんかがそうだ。

 そんな時は戦いながら、何とか打開策を講じるものだが……恐らく、紅蓮の騎士にとっては今がその状況なのだろう。

 

 ……いや、何か違和感を感じるな。

 修行や、この地の魔力を取り込んだ事で以前より強くなっているとはいえ、この紅蓮の騎士という男、俺と戦えば確実に負ける事が分からないだろうか?

 それはあり得ない。何故ならこいつは以前、俺をその目で見て、勝てないと判断して退いたと言った。ならば彼我の実力差くらい判断出来ない筈がないし、勝てない勝負にわざわざ挑むほど無謀な性格でもない。

 ならば何故戦いを挑むのかと考えれば、答えは二つに絞られる。

 何か勝てる算段があるか、あるいは勝てなくても良いと考えているからだ。

 

 とは言ったもののレベル差や属性の相性、装備性能などで総合的に判断すれば、こいつが俺に勝てる可能性など1%も無いはずだ。なので後者を軸に考えてみる。

 じゃあ負けると分かっていても戦おうとする理由って何だ? 幾つか思いつきはするが、とりあえずは……

 

「時間稼ぎか」

 

「……!!」

 

 俺のカマかけに、紅蓮の騎士が驚いたような反応を見せる。どうやら一発目で当たりを引けたようだ。

 なら次に何が目的で時間稼ぎをするのか考えようとした時だった。突然、足下がぐらぐらと大きく揺れた。

 

「うわっ、地震か!?」

 

「大きいぞ、気をつけろ!」

 

 騎士達が慌ててそう叫ぶ声を聞きながら、俺は脳がすーっと冷えていく感覚を覚えていた。頭がスッキリ冴え渡るのと同時に、全身にぞわぞわと寒気が襲ってくるような奇妙な感じだ。

 ただの地震じゃないぞ、これは。そもそもダンジョンは外の世界とは隔絶された特殊な空間なので、その中で地震が起きるなんて事は、通常はあり得ない筈だ。

 

 なら何でこんな揺れが起きてるのか。普通じゃない事が起きているからに決まっている。何かダンジョン内の空間が大きく歪んで、元から不安定な空間が崩壊しかけるような、只事じゃない事が起きている。

 

 紅蓮の騎士に視線を送ると、彼は俺が正解に辿り着いたのを察したようで、

 

「最後の目的に気が付いたか。流石だが、もう手遅れだ」

 

 そう言い放つのを最後まで聞き終える前に、俺は走り出した。

 

「ロイド、ここは任せる!」

 

「はっ、仰せのままに!」

 

 何の説明もなくそう命じられながらも、ロイドは迷う事なく刀を抜き、紅蓮の騎士に水の刃を飛ばして攻撃した。

 紅蓮の騎士がそれを大剣で弾き飛ばすのを横目に見ながら、俺はその横を駆け抜ける。ロイドの援護をしてやりたい気持ちはあるが、正直今は一秒の時間や僅かなMPすら惜しい為、それもままならない。

 俺はそのまま、入って来た方向とは逆側の、小さな扉を蹴り開け、その先へ向かった。

 

 俺は勘違いしていた。

 ここが最後のボス部屋で、この小さな扉の先はクリア報酬が貰える宝箱や出口がある部屋だと思い込んでいたのだが、実はそうではなかった。

 扉の先には更に下層へと向かう階段があり、それを降りるとだだっ広い空間が目の前に広がっていた。

 そこにあったのは、虚空に大きく口を開けた、空間の裂け目のような物だった。俺はそれに、物凄く見覚えがあった。ロストアルカディアシリーズをプレイして、どれか一つでもクリアした事があるプレイヤーなら、絶対に見覚えがある代物だ。

 その中から、おぞましい声が響き渡る。

 

「足止めもままならんとは、紅蓮の騎士も存外使えぬ奴よ……」

 

 そんな言葉の直後、裂け目の中にその存在の両目が浮かび上がった。真っ赤に燃える炎の瞳が、こちらを真っ直ぐに睨みつけてくる。

 

「魔神将……!」

 

「如何にも。我が名を知るが良い、偽りの女神よ。我が名は魔神将が第六十四将、フラウロスなり」

 

 名乗りと共に、裂け目の中からそいつは姿を現した。

 それは見上げる程に巨大な、全身が紅蓮の炎に包まれている豹の姿をしたモンスターだった。

 

 あの裂け目は魔神将がこっちの世界に出てくる時の通り道であり、奴らの本体が存在する異次元と同じように、不安定な空間であるダンジョンの奥に出てくるのもゲームと同様の仕様だ。

 紅蓮の騎士はダンジョン内やその周辺地域の属性バランスを大きく乱す事で空間を不安定にさせ、異次元への門を開こうとしていた。これが奴が隠そうとしていた最後の目的だった。

 それに気付いたので奴の相手をロイド達に任せ、慌てて塞ぎに来たのだが……どうやら間に合わなかったようだ。いや、ギリギリで間に合ったというべきか。

 

 解析の結果、現れた豹型モンスター名称は『魔神将の化身(デモンズアバター):フラウロス』。レベルは……250だ。

 

 化身と付いている通り、こいつは魔神将の本体ではない。どうやら本体がこっちに来れる程、門は開ききっていない様子だ。

 仮に本体がこっちに出てきたら俺一人で止めるのは不可能で、その時点でゲームオーバーだ。先にギリギリで間に合ったといったのはそういう意味である。

 

 しかし、化身の時点でも相当な強敵である事は間違いない。

 俺がアルティリアになって、この世界に来てから初めての、格上相手の戦いという事もあるし、気を引き締めてかかる必要があるだろう。

 

「正直キツいが……やってやりますか!」

 

 俺は槍を構え、魔神将の化身へと挑むのだった。



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第56話 騎士の戦い※

 ロイド=アストレアは愛刀を振り抜いた姿勢のまま、駆けてゆくアルティリアの後ろ姿を見送った。そうしながら、眼前の敵にも油断なく注意を払う。

  信奉する女神が扉の奥へと消えると、彼の視線は改めて敵――紅蓮の騎士へと向けられた。ロイドや彼が率いる海神騎士団にとっては、因縁のある相手だ。

 

「行かせて良かったのか」

 

「構わぬ。もはや我が主の降臨は秒読み段階に入った。かの女神が向かったとて手遅れよ」

 

 ロイドの問いに、紅蓮の騎士は顔全体を覆い隠す兜の奥で、重く低い声を上げてそう答えた。それによってロイド達は、アルティリアが何の為に自分達にこの場を任せたのかを知るのだった。

 しかし、それを聞いたロイド達の心に動揺は無い。

 魔神将。この紅蓮の騎士が主と崇める、恐るべき存在。この世界の生きとし生ける者全ての天敵。それが現れると聞いても、ロイド達は誰一人として恐怖する事なく、逆に奮起する。

 

 女神に仕え、彼女の下で戦うと決めた時から、魔神将と戦う覚悟は出来ている。そして彼女が魔神将の降臨を止める為に単身で向かった今、出来る事は二つ。

 一つは、アルティリアが魔神将の降臨を食い止めるか、あるいはかの存在を打倒する事を信じる事。

 そしてもう一つは、任されたこの戦場で戦い、勝利する事だ。

 

「ゆえに、行かせたとて問題は無い。かの女神と戦う機会が無くなったのは惜しいが……それ以上にロイド=アストレア、貴様に雪辱を晴らしておきたいと思ってな」

 

 紅蓮の騎士が言っているのは、かつて戦った時の事なのだろう。あの時は紅蓮の騎士が放った必殺技を、ロイドが捨て身の上級魔法をもって打ち破った事で、辛くも勝利を拾う事が出来た。

 

「こちらとしても望むところだ、紅蓮の騎士。実を言うと俺も、お前と再び戦いたいと思っていたところだ」

 

 勝利したとはいっても、その代償にロイドも瀕死の重傷を負い、アルティリアの助けが無ければそのまま三途の川を渡っていた事は間違いない。

 そして、そこまでしても紅蓮の騎士に手傷を負わせ、撤退に追い込むのが限界だった事を考えれば、ロイドにとってもあの勝利は手放しで喜べるような物ではなく、勝ちを譲られたという思いが心の奥底にこびり付いていた。

 同時に初めて戦った、魔神将の配下という圧倒的な強敵の存在は、ロイドの心に強い印象を残していた。ゆえにロイドは、この魔物とは再び戦う事になるだろうと考え、その日の為に修行を積んできた。

 

「そこで、一つ提案があるんだが」

 

「聞こう」

 

 ロイドは腰のベルトに付いている道具袋から、ある物を取り出した。

 

「そ、それは!?」

 

「正気か団長!?」

 

 取り出された物を見た神殿騎士達が目を見開くが、構わずにロイドは手にとったそれを、紅蓮の騎士の胸元へと投げつけた。

 ロイドが投げた何かが、紅蓮の騎士の身を包む堅固な赤い鎧の胸部へと当たり、そのまま地面に落下した。

 足元に落ちたその物体に目をやった紅蓮の騎士が、その名を口にする。

 

「何だこれは……手袋だと? こんな物を投げて、一体何のつもりだ?」

 

「知らんのか? 騎士を名乗る癖に不勉強だな。それは騎士にとっての決闘の合図だ」

 

 そう……ロイドが投げつけたのは、白い手袋であった。

 神殿騎士たる者、仮に誰かに己が仕える神の名誉や誇りを傷つけられたならば、いついかなる時でも身命を賭して戦わなければならないが、だからといっていきなり抜刀して斬つけたり、殴りかかったりするような真似は騎士として失格レベルの不名誉である。決闘にはそれに相応しい、由緒ある仕来りがあるのだ。

 ゆえに神殿騎士達は、そのような時の為にこの手袋を常に持参していた。

 

「拾え。それが決闘を受けるという合図だ」

 

「……よかろう」

 

 紅蓮の騎士が身を屈めて、地面に落ちた手袋を拾い上げると、それは一瞬で燃え尽きて消し炭と化した。決闘の成立だ。

 これにより、これから始まる戦闘は1対1での戦いになる。騎士が決闘を申し込み、相手がそれを受けた以上、誰であろうと手出しをする事は許されない。

 

「一人で戦うなんて、何考えてるんだ団長は!?」

 

「ロイドさんを信じましょう。決して勝算も無く、あのような事をする人ではない筈です。それは付き合いの長い貴方達のほうが、よく分かっているでしょう」

 

「そりゃあそうですが……」

 

 独断でそれを決めたロイドの判断に異を唱えようとする団員も居たが、クリストフは彼らを宥めて、ロイドを見守る事に決めた。

 あの日……紅蓮の騎士との最初の戦いの後、ロイドは危うく命を落としかけ、アルティリアが精霊を派遣し、貴重なアイテムを使ってまで助けてくれた事で、己の弱さを恥じた。そして、どんな強敵が相手だろうと二度と負けない為に己を鍛え続けてきた。

 その姿をずっと見てきたから、あるいはあの紅蓮の騎士にも勝てるのでは……と期待を抱くのだった。

 

「我が名はロイド=アストレア! 女神アルティリア様に仕える神殿騎士也! いざ尋常に勝負!」

 

「我が名は紅蓮の騎士! 魔神将フラウロス様の忠実なる僕也! その蛮勇を後悔させてやろう!」

 

 名乗りを上げ、決闘が始まると同時に、紅蓮の騎士が凄まじい熱を放ち、その全身から燃え盛る炎が噴出した。彼が身に纏う炎のオーラ……爆炎闘気を全開にしたのだ。

 その燃え盛る闘気によって、並の戦士であれば近付くだけで炎に焼かれ、一太刀も交える事なく焼かれ死ぬだろう。仮に耐えられたとしても炎が身を焼いて継続的にダメージを与え、熱が体力を奪っていく為、戦いが長引けば長引くほど不利になるのは自明の理だ。

 また、射手による矢も紅蓮の騎士に命中する前に消し炭になり、生半可な魔法も無力化される。まさに攻防一体の難関である。

 

「くっ、何てオーラだ! あの時よりも更に巨大に、激しくなっていやがる!」

 

「離れていても圧力がとんでもねぇ……!」

 

 後ろで見ている事しかできない神殿騎士達が、以前戦った時よりも更に強大になっている爆炎闘気を目にして戦慄する。

 

「よもや忘れてはいないだろうな。我が爆炎闘気、どう攻略する!」

 

 紅蓮の騎士が左手を正面に向かって突き出すと、彼の意志に従って炎が勢いを増しながら、ロイドを焼き尽くそうと襲い掛かった。

 抵抗する間もなく、一瞬の内にロイドの体が炎の中に消える。

 しかし、それはロイドの敗北を意味するものではない。十秒ほど経過した後に炎の勢いが弱まり、その中から現れたロイドは無傷の姿だった。その肉体だけではなく、身に着けた鎧やマントにも焦げ跡一つ残っていない。

 

 そしてロイドはその体に、うっすらと闘気を纏っていた。紅蓮の騎士が纏う爆炎闘気のような大きく激しいものではなく、むしろ真逆でロイドが纏う闘気は小さく、静かなものだった。

 それは彼が信奉する女神の髪の色によく似た透き通った水色の、静かな湖面の如き水属性の闘気であった。これによってロイドは炎から身を守る事が出来たのだった。

 

「これが俺の答えだ。闘気を操れるのが自分だけと思うな」

 

「確かに貴様の闘気がはっきりと見える……! この短期間でそこまで体得するとは、敵ながら見事と言っておこう。だが、その程度の貧弱な闘気で我に勝てると思うたか!」

 

 紅蓮の騎士が更に火力を上げ、爆炎闘気が猛火となって襲い掛かる。だが次の瞬間に紅蓮の騎士は、そして後ろで見ているロイドの仲間達は驚くべき光景を目にするのだった。

 

「見ろ! 団長の闘気が、奴の爆炎闘気を全て受け流している!」

 

 一見小さく弱弱しいロイドの闘気は、最大出力の爆炎闘気の前に圧し潰され、飲み込まれるかのように見えたが、実際は違った。ロイドは身体に薄く纏った最小限の闘気でもって、爆炎闘気を完全に受け流していたのだった。

 

「確かに俺の闘気は量も、強さもお前には遠く及ばない。だがしかし、戦いは闇雲に火力を上げれば良いという物ではないということだ」

 

 真っ直ぐにそう言い放ちながら、ロイドはこの二ヶ月あまりの間に、アルティリアに稽古をつけて貰った事を思い出していた。

 貪欲に強くなろうと努力するロイドに、アルティリアは惜しみなく自身の持つ知識や技術を与え、戦いに臨むにあたって大切な事を幾つも説いてくれた。

 

「正面から戦う事だけが戦いではありませんよ、ロイド。力に対して力で立ち向かえば、仮に勝ったとしても必要以上に傷を負う事になります」

 

「決まった形がなく、どのようにも変われるのが水の一番優れているところです。相手の戦い方に合わせて柔軟に対応する事が肝心ですよ」

 

 言葉は優しいが訓練は厳しく、遠慮なくボコボコにされた後に回復魔法で治療され、休む間もなくそれを何度も繰り返すような拷問じみた代物だったが、アルティリアの教えは確かにロイドの血肉となっていた。

 

「大したものだ……見縊っていた事を詫びねばなるまい」

 

 紅蓮の騎士が、更に闘気による圧を強める。ロイドは僅かに後退に、襲い掛かる猛火を受け流し、勢いが弱まったところで爆炎闘気を押し開きながら前進する。

 

「凄ぇ! 団長は奴の闘気を完全に見切っている! 敵が押してくるなら引きながら受け流し、敵が引くなら流れに逆らわず、すかさず前に出る!」

 

「あれほどの業火の中で冷静で的確な判断を……! あの、以前よりも火力を増した爆炎闘気の中では仮に俺達が加勢していたとしても、逆に団長の足を引っ張っていたかもしれねぇ……」

 

「だから団長は一人で決闘を挑んだのか……流石団長だと言いたいが、力になれないのが悔しくもあるな……」

 

「ならばせめて、あの戦いを見逃さずに己の糧とするぞ。アルティリア様もおっしゃっていただろう、見る事もまた戦いだと」

 

 団員達は瞬きする間も惜しいと、目を見開いて両者の決闘を見届ける。

 

「闘気の量や火力、そして闘気を扱う技術自体は圧倒的に紅蓮の騎士が上だ。流石に経験の差は大きい。しかしながら団長は火に対して水と属性相性で優位に立ち、更に闘気の性質もまた、奴の剛の闘気に対してそれを受け流す柔の性質を持つ」

 

「どうした急に」

 

「地力で上回る紅蓮の騎士に対し、相性でその差を埋める団長……総じて戦況はほぼ五分と見るべきだ。実力者同士の互角の戦いは、一瞬の判断が勝敗を分ける事になる。この勝負……あるいは一瞬で決まるかもしれんぞ」

 

「なるほど。つまり益々目が離せんという事だな……!」

 

 解説が得意な団員が話した通り、紅蓮の騎士は一撃で勝負を決める構えを見せた。理由は属性や戦い方の相性が悪い相手の為、長引くと自分が不利になりかねないと感じた事が一つ。そしてもう一つは、ロイドの成長と実力に敬意を表し、自身の最高の技で葬るべきと考えたからだ。

 一方ロイドもまた、紅蓮の騎士の考えを察知した上で、それを迎え撃つ姿勢だ。必殺の一撃を受け流してのカウンターで勝負を決める腹積もりのようだ。

 

 両者の視線が交差する。二人は互いの思考が手に取るように分かった。

 

(この一撃で決着をつけてくれる。受け流せるものならやってみるがいい)

 

(望むところだ。いつでもかかって来い!)

 

 紅蓮の騎士が両手に持った大剣を大上段に構えた。そして、彼の身体を包んでいた爆炎闘気が消えたように見えた。しかし違う。消えたのではなく、闘気が全て、彼が振り上げた大剣の刀身へと集まったのだ。

 

「爆炎闘気が全て奴の剣に! とんでもねぇ熱量だ……! あんなモン食らったら、ただでは済まねぇぞ……!」

 

「だが同時に、奴は自分の身を守る闘気をも全て攻撃に注ぎ込んだから、守りはだいぶ薄くなった筈だ! そして奴の構えは防御を捨てた大上段、団長のカウンターが決まれば、奴の方こそただじゃ済まん……!」

 

「団長は……居合の構えか。紅蓮の騎士の攻撃を回避しつつ、神速の居合でカウンターを決めようとしているんだな」

 

「静かに! ……始まるぞ」

 

 全員が注視する中、両者は示し合わせたように同時に動きだした。

 

「ぬうううんッ!!」

 

「はああああッ!!」

 

 力強い踏み込みと共に、爆炎を纏った大剣を振り下ろす紅蓮の騎士と、姿勢を低くして駆け抜けながら、流水を纏う刀を鞘から抜き放つロイドの姿が交差する。

 

 すれ違い、紅蓮の騎士は大剣を振り下ろした姿勢で、ロイドは刀を振り抜いた状態で、それぞれ背中合わせに停止する二人の騎士。

 明暗が分かれたのは一瞬の事だった。

 ロイドが右手に握った、全身全霊の居合を放って振り抜かれた状態の彼の愛刀、アルティリアから授けられた銘刀『村雨』の刀身が、中ほどから真っ二つに折れる。

 それを見た者達は、ロイドの敗北を覚悟した。しかし次の瞬間……

 

「見事だ、ロイド=アストレア。我が最大の一撃……敗れたり!」

 

 紅蓮の騎士の身体を覆う赤い甲冑の、胸の部分に横一文字に亀裂が走り、大きな裂け目が生じた。そして、その甲冑の下から鮮血が噴き出した。

 大剣がその手から滑り落ち、地面に落下して重い金属音を響かせた。そして紅蓮の騎士の身体からも、力が失われようとするが……

 

「お、俺は紅蓮の騎士……魔神将フラウロス様の忠実なる僕……! 敗れたとはいえ誇りがある! 二度も膝を地につけはせぬ……!」

 

 最後の力を振り絞り、紅蓮の騎士は倒れようとする自らの巨体を全力で押し上げ、仁王立ちした。このまま立った状態で絶命しようとするつもりのようだ。

 

「紅蓮の騎士……敵ながら見事! まことの騎士の死に様よ」

 

 その死に様にロイドや他の神殿騎士達は、騎士として見習うべきものであるとして最上の礼をもって見送る事にした。

 

 しかし、そんな彼らの心意気を踏みにじるかのように、その場に乱入してきた者があった。

 

「紅蓮の騎士よ、貴様には失望したぞ……」

 

 虚空に浮かぶ、赤く輝く燃える瞳。両目の形をした炎だけが空中に浮かんでいる、異様な光景。それを見た瞬間、ロイド達は心臓を鷲掴みにされたかのような感覚を覚えた。

 絶対的な上位存在による、抗いようもない魂に刻まれた本能的な恐怖だ。すなわち、この存在こそが敵の親玉、魔神将である事は疑いようもない。

 

「フラウロス様……申し訳ありませぬ」

 

「まあ、よかろう。計画は最終段階に入った。最早貴様とその小僧との間の勝敗など、どうでもいい事だ」

 

 フラウロスが地獄めいた低い声でそう告げると共に、突然空中に炎で出来た巨大な手が出現し、それが紅蓮の騎士の身体を掴み上げた。

 

「それに、これからやる事を考えれば、死ぬ寸前まで弱ってくれた事はむしろ都合がよい」

 

「フ、フラウロス様、何を……?」

 

「現在、最下層では我が化身があの女神と戦っているのだが……随分と手古摺っておってなぁ? お陰で門を完全に開くどころか……このままでは、もしかしたら追い返されてしまうかもしれんのだよ。万が一にもそうなれば計画の全てがご破算だ。よって早急に門を開かねばならん。門を開き、我自身がこの世界へと降臨できさえすればあの女神如き、容易く瞬殺してくれよう」

 

 掴み上げる炎の腕に徐々に力が入り、紅蓮の騎士の身を包む鎧がミシミシと悲鳴を上げる。

 

「しかし先に言った通り、あの女神のせいで力が削られていてなぁ……早急に力を補給する必要があるのだが、その為には贄が必要なのだ。ここまで言えば鈍い貴様にもわかるだろう? 我が降臨の為に、貴様の命を寄越せと言っているのだよ」

 

 ぐしゃり。紅蓮の騎士が巨大な炎腕に握り潰されると共に、その体が炎に包まれ、一瞬にして灰燼と化した。

 ロイドの目には紅蓮の騎士は最期の瞬間に抵抗する力を抜き、死を受け入れたように見えた。

 彼が死の直前にどのような感情を抱いたのかはロイドには分からない。信奉する主に使い捨てられた事に絶望したのかもしれないし、もしかしたら自身の死をもって、主の望みを叶える事が出来た事に喜びを感じていたのかもしれない。

 その答えを知る事は不可能であるし、真実がどうであったとしても、ただ一つ言える事がある。それは……

 

「魔神将フラウロス! 貴様は騎士の、男の死に様を辱め、誇りを踏みにじった! その罪、万死に値する!」

 

 ロイドは水で刃を形成し、折れた村雨でフラウロスの腕に斬りかかった。



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第57話 終わりの始まり※

 ロイドが放った水の刃による一撃は、魔神将フラウロスが出現させた炎の巨腕を確かに捉えていた。

 彼が率いる海神騎士団の団員達も、すかさずロイドに続いて連続で攻撃を放つ。剣や槍、斧、魔法といった多種多様な攻撃が、次々と炎腕に命中した。

 

「所詮はこの程度か……しかし、流石にあれに勝っただけの事はある。貴様の攻撃は、ほんの少しだけ痛かったぞ」

 

「何っ……!?」

 

 騎士達の連携攻撃は、並の魔物であれば瞬く間に葬れるだけの威力はある筈だった。しかしその直撃を受けても、魔神将にはほとんどダメージは無い様子だ。

 しかも、これは本体ではなく唯の端末。それも片腕だけである。それでもなお、この圧倒的な戦闘力。一体本体とはどれほどの物なのか。

 

「ではお返しだ」

 

 炎腕が、その大きさに見合わぬ機敏さで空中を動く。それはロイドに狙いを定めて、中指を親指で押さえつけるような形をとった。

 

 それは、親指で押さえつけた反動を使って、中指で相手を打つ……所謂デコピンと呼ばれる形だ。本来なら攻撃とも呼べないような、人を嘗め腐ったような代物だが、しかし魔神将の腕が放ったのは威力・質量共に桁違いの、世界最強のデコピンである。

 完璧なタイミングで防御をしても尚、ガードの上からでもお構いなしに相手を派手に吹き飛ばす強烈な一撃。それによってロイドの身体が宙を舞った。

 

「くっ……そがあああっ!」

 

 ふざけた攻撃手段と、それに見合わぬ恐るべき威力に対し、吹き飛ばされながらも思わず悪態をつくロイドは、同時に衝撃に備えて受け身を取ろうとした。

 しかし、堅い岩盤に叩きつけられる予想に反して、彼の後頭部は柔らかい、弾力のある何かによって受け止められた。

 

「おっと……大丈夫ですかロイド。戻ってきたらいきなり飛んできたから驚きましたよ」

 

 ロイドの背中に、聞き慣れた声がかけられる。その声の主は彼が信奉する女神、アルティリアだった。

 

 アルティリアは最下層にて魔神将フラウロスの化身と戦い、属性の相性差もあって戦いを優位に進めていた。敵は強大であり、無傷でとはいかなかったが被ダメージを最小限に抑えた上で、少しずつ敵の力を削っていった。

 ところが戦いの最中に突然、その姿が消えた。どこに行ったのかと魔力をトレースしてみれば、敵は上層のロイド達が居る場所に移動したではないか。

 かと思えば、今度はそこに居た紅蓮の騎士の魔力が完全に消失し、代わりに魔神将の魔力が急激に増大したのをアルティリアは察知した。

 その為、こうして急いで戻ってきたのだが、そこに突然ロイドが吹き飛ばされてきたので、咄嗟にキャッチしたのだった。

 ちなみにロイドの後頭部はアルティリアの爆乳がクッションになって受け止めたので無傷である。なおロイドの精神へのダメージは考慮しないものとする。

 

「来たか。しかし遅かったな」

 

 駆け付けたアルティリアの姿を見たフラウロスが、嘲笑する。

 

「逃げたと思ったら、自分の腹心を食ってパワーアップと来たか……随分と酷い事をする奴だな。あいつはお前の右腕ではなかったのか?」

 

「右腕だと? 我の右腕はここにある」

 

 そう言いながら、フラウロスが巨大な炎椀を誇示した。

 

「それに、そこの人間に二度も無様に敗北した下僕など、最早不要な存在よ。騎士道などという下らん事に拘るところも鬱陶しかったしなあ。だが、最後は大いに役立ってくれた」

 

「お約束の反応どうも。実に小物臭さ全開で抱腹絶倒の大爆笑モノだわ。お前の存在はこれっぽっちも面白くないがな。つまんない上にキモくて不快だから、お前もう帰っていいぞ」

 

「減らず口を。だがしかし、我は今とても機嫌が良いので赦してやろう。既に貴様らの滅びは確定した事だしなあ」

 

 フラウロスがそう告げた瞬間、全身を圧し潰されるような凄まじい重圧が、その場に居た全員を襲った。

 この世の物とは思えない、圧倒的な存在感。心が弱い者なら浴びただけで死に至るレベルの殺気。そういったものが膨れ上がり、思わず動きが止まる。

 その中で一人だけ、アルティリアだけが動き出していた。

 

「『海神の裁き(ジャッジメント・オブ・ネプチューン)』!!」

 

 いつでも発動できるように準備していた、切り札の一つである超級魔法を放つ。フラウロスを包囲するように十数個の時空の門が開き、そこからレーザービームじみた超高圧水流が一斉に放たれた。どこにも逃げ場の無いオールレンジ一斉攻撃が、あらゆる方向からフラウロスに襲い掛かる。そして……

 

「『集団転移(テレポート・オール)』!」

 

 その結果を見る事なく、アルティリアは間髪入れずに発動した『集団転移』の効果によって、神殿騎士達と共にダンジョンから離脱した。

 

 その直後だった。フラウロスがまるで太陽の如き恐るべき熱量を持った熱風を放ち、『海神の裁き』による流水攻撃を全て一瞬で蒸発させて掻き消した。そればかりかフラウロスが放った灼熱の嵐によって、ダンジョンの床が、壁が、天井が次々と破壊され、崩れ落ちていく。

 もしもアルティリアが欲を出して、自身の魔法による成果を見届けようとしていたならば、間違いなく死ぬか、それに近い状態になっていただろう。迷う事なく即座に離脱した事は英断だったと言える。

 

 しかし、それは死を先延ばしにしたに過ぎなかった。

 

 アルティリア達は『集団転移』によって、全員揃ってレンハイムの町にある中央広場へと帰還していた。

 突然、町に転移した事に驚く騎士達だったが、それについて言及する前に、地面が大きく揺れ、そして……轟音と共に、真っ赤な何かが天に向かって昇ってゆくのを彼らは目にするのだった。

 

「なっ、何だ!?」

 

「見ろ、噴火だ! 火山が火を噴いている!」

 

 そう、先ほどまで彼らが居た火山の火口から、雲を突き破って天空を焼き焦がす程に、炎が止めどなく噴出していたのだった。

 しかし、不気味な事にそれは地面に落ちてくる事はなく、上空に巨大な塊となって留まって、まるで二つ目の太陽のように、空に浮かぶ巨大な赤熱した球体と化した。

 

 それを目撃した人々は、その物体から感じる凄まじい熱量と恐怖によって、立って歩く事すらままならない様子だ。

 

 やがて噴火が収まると、火山上空に出現した巨大灼熱球体が形を変化させていった。徐々に形を変えていったそれは、人の形をとった。

 ただし、人型とは言ってもサイズは人間とは桁違いだ。現れたのは全長およそ90メートル程の巨人。どこか紅蓮の騎士を思わせるデザインの真紅の鎧を身に着け、豹の顔を持つ、全身が炎に包まれた、あまりにも巨大な魔物であった。

 

 魔神将フラウロスの本体。それが遂にこの世界に現出した。

 フラウロスが地面に降り立つと、地面が大きく陥没して地震が起きる。それと同時に、その足元を中心とした広範囲の草木が一瞬で灰となり、草原や森林が見るも無残な、荒れ果てた死の大地と化していった。

 

 世界の終わりのような光景を前にした人々の心に、絶望が広がってゆく。

 

 しかし、彼らにはまだ希望が残されていた。

 その名はアルティリア。この地に降り立った女神。

 そんな、人々に残された最後の希望は……

 

(超やべえ。マジでどうしよう)

 

 こちらを見下ろすフラウロスをキリッとした顔で見上げながら、内心ビビりまくっていた。



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第58話 俺は女神様だからな

 恐れていた事が起きた。魔神将の本体が出てきてしまったのだ。こうなる前にカタを付けたかったのだが、どうやら遅かったようだ。

 今にして思えば、こういった事態になる前にもっと手を打てたんじゃないかとも思うが……後悔先に立たず。今更考えても仕方が無い事でもある。考えたところで事態が好転する訳じゃないし、時間と思考力を浪費するだけなので脳内からシャットアウトする。

 俺が今考えるべき事は、この状況をどうするかって事だけだ。

 

 正直、本体が出てきた時点で打つ手無し、負け確という酷いクソゲーではあるんだが、だからといって諦めるわけにもいかないのが辛いところだ。

 勝てる気はしないが、この場で……いや、この大陸であれと戦えるのは俺しか居ない。他の誰が戦っても一瞬で消し炭にされるだろうが、俺なら時間を稼ぎつつ、あれの力をある程度削るくらいの事は出来る……筈だ。

 まあ、それをやれば俺は確実に死ぬだろうが……それは仕方がない事だ。

 俺はここら一帯の人間達が崇める神様、つまりトップだ。だからあれが出てくるのを止められなかった責任を取る必要がある。

 それに、俺を信じてついて来てくれたロイド達や、信者の人間達を護らなければならない。うちの子になってくれた可愛い子供達、アレックスとニーナもこの町にいる。

 正直、死ぬのが怖い気持ちは勿論ある。だが俺を信じてくれる連中を見殺しにするような事をすれば、俺は彼らの信仰や信頼を受け取る資格を永遠に失うだろう。キングやクロノ、バルバロッサ……向こうにいる友達とも、二度と胸を張って会う事は出来ないと思う。

 ああ、それは嫌だな。死ぬ事よりもずっと怖い。

 

「だったら、やってみせるさ……なんたって俺は、女神様だからな」

 

 ぼそりと呟き、俺は愛槍の柄を握る手に力を込めた。

 

「ロイド、私はあれを倒しに行きます。貴方達は住人を連れて逃げなさい」

 

「なっ……!? 俺達も共に戦います!」

 

「いいえ。あれとまともに戦えるのは私だけ……貴方達が居ても、何の役にも立ちません」

 

 俺の言葉に、騎士達は悲痛な表情を浮かべた。あえて厳しい言葉をかけて切り捨てたが、事実だ。それにそうしないとこいつら、間違いなくついて来るからな。

 

「頼みましたよ。流石にあれを相手にしながら、住民を気にかける事は出来そうにありません。貴方達が皆を護るのです」

 

 そう言い含めて、俺は彼らに背を向けた。

 

「アルティリア様、ご武運を!」

 

「どうか無事にお戻りください!」

 

「女神様! どうか勝利を!!」

 

「アルティリアさまー! がんばってー!」

 

 騎士達や町の住人達がくれる声援を背中に受けて、俺は町の外へと走った。

 

「アルティリア様、我ら水精霊(ウンディーネ)全員、いつでも動ける準備は出来ています」

 

 そんな俺に併走するように、周りには呼んでもいないのに水精霊達が集まって来ていた。

 

最上級水精霊(アーク・ウンディーネ)の二名は私と共に。上級水精霊(グレーター・ウンディーネ)達は距離を取って支援をしなさい。無理はしないように。他の水精霊(ウンディーネ)達は各地に散り、住民を護衛して避難させなさい」

 

 俺は上級・最上級の水精霊を伴い、屹立する炎の巨人へと近付いた。どうやら奴は降臨してから何もせずに、俺が来るのを待っていたようだ。まあ、何もせずに突っ立ってるだけでも辺り一面が焼け野原になる大惨事なんだが。

 

「お待たせ、待った?」

 

「我も今来たところだ……と言うのだったかな、こういう時は」

 

 俺の軽口に、フラウロスは律儀に付き合ってくれた。

 

「何のつもりかは知らんが、わざわざ何もしないで待っててくれた事については礼を言うべきかな? おかげで護る手間が省けた」

 

「問題ない。我がこうして顕現した以上、人間共の死は時間の問題だ。それに貴様を嬲り殺し、それを見た絶望した人間達をゆっくりと焼き殺していく方が、より楽しめるからな」

 

「そういうのを、捕らぬ狸の皮算用って言うんだぜ。可哀想だが余裕ぶっこいたせいで、お前は史上初の人間を一人も殺せず滅んだ魔神将として、歴史に名を残す事になるな」

 

「虚勢もそこまで行けば実に大したものだ。褒美に死をくれてやろう」

 

 さて、挨拶代わりのハッタリと口プロレスで場も暖まってきたところで、そろそろ始めるとしようかね。

 

「お前が死ぬんやで」

 

 俺の人生で最初の、そして……おそらく最後になるであろう、勝算の全く無い戦いってやつをな。



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第59話 VSフラウロス

 超広範囲に爆炎を撒き散らす、回避不可能な火属性魔法が放たれた。俺は水属性の上級魔法を精霊と共に連続で放ち、それを相殺しようとした。

 ある程度軽減する事は出来たが、それでも打ち負けてダメージを負う。俺の火属性耐性は、普通の火属性攻撃なら完全に無効化できる程度には高い筈なのだが、それでも相当なダメージを受けたという事は、かなり強力な耐性貫通能力でも持っているのだろう。一定以上の力量を持つモンスターやプレイヤーならば持っていても全く不思議ではない為、想定の範囲内ではある。俺も水耐性貫通の技能は持ってるしな。

 想定外だったのは、奴が放つ攻撃の威力のほうだ。ただの範囲攻撃がこれ程の威力となれば、直撃は何としても避けなければならない。

 

 そう考えたところで、足下の地面が爆発した。

 恐らくは地面指定の範囲攻撃魔法という、種類としてはありふれた物だ。だがその威力は到底ありふれた物とは言い難い代物だった。

 その直撃を受けた俺は、栽培マンの自爆を食らったヤムチャのような恰好でブッ倒れた。即座に最上位水精霊(アーク・ウンディーネ)蘇生魔法(リザレクション)を使って俺を蘇生してくれたおかげで、体中がめちゃくちゃ痛いがどうにか立ち上がる事が出来た。

 

 そこに、フラウロスが燃え盛るぶっとい足で蹴りを放ってきた。足元に落ちている石ころでも蹴っ飛ばすかのような、無造作で洗練されているとは言い難い動きではあるが、全長数十メートルの巨人による蹴りは、その質量という一点だけでとんでもない脅威となる。

 俺は命中の瞬間に、槍で相手の攻撃を弾いて体勢を崩す、よく使っていた防御技『ランスパリィ』を使用して防御を試みた。

 タイミングはバッチリ、完全にジャストガードが決まった。

 LAOでは攻撃が命中する瞬間に防御技を出す事で、その効果を大幅に上げる事ができる。それがジャストガードだ。JGとかジャスガと略される事が多い。

 完全には防げなくても、流石にJG成功すれば一撃死は無いだろうと踏んだが、予想に反して全く効果は無く、俺はギャラクシアンエクスプロージョンを食らった青銅聖闘士のように、空高く吹っ飛ばされた。

 

 血を吐いて宙を舞いながら、俺は戦闘不能時にデスペナ無しで復活する課金アイテム『世界樹(ユグドラシル)(しずく)』を使って復活した。

 

「起き攻めにガー不(防御不可能)技とかやめろよ、犯罪だぞ……!」

 

 どうにか着地しながら、俺はそう悪態をついた。

 しかし、どうしたものか。勝ち目が無いのは覚悟の上だったが、この短時間で蘇生を二回も切らされたのは流石にきつい。

 ゲームならば初見なので、技の性質を把握する為の必要経費と割り切る事もできるのだが、再挑戦が出来ないリアルではそれも難しい。

 

「ええい、それでもやるしかねえ……! かかって来やがれデカブツがぁ!」

 

 さて……MMORPGをプレイした事のある人間にとっては、今更言うまでもない当たり前の事だが、レイドボスというのは一人で勝てるような存在ではない。

 何十人ものプレイヤーが束になって挑み、敵の攻撃目標になってボスの強力な攻撃を受け止める壁役(タンク)、そうやってダメージを受けた壁役のHPを回復させる回復役(ヒーラー)、自慢の攻撃力でボスの莫大なHPを削る攻撃役(ダメージディーラー)を基本とし、そこに味方の強化や敵の妨害をする支援役(バッファー/デバッファー)や、状況に応じて味方の穴を埋め、臨機応変に立ち回る万能選手(オールラウンダー)といった、様々な役割を持ったプレイヤーが一丸となって立ち向かい、初めて対等に戦う事が出来る。それがレイドボスだ。

 ましてやグランドシナリオのトリを飾るワールドレイドボス……魔神将ともなれば、サーバー全体の万を超えるプレイヤーが一致団結して立ち向かうような相手だ。魔神将を相手にする時だけは、普段は顔を合わせれば互いに無言で武器を抜くような、犬猿の仲のギルド同士ですら一時休戦し、共同戦線を張るくらいだ。

 

 そんな相手にソロで挑めばどうなるか。答えは火を見るよりも明らかだ。

 

 戦いが始まってから、結構な時間が経過した。

 日はすっかり沈んでしまったが、目の前に居るデカブツの巨体がメラメラと真っ赤に燃えているおかげで、視界は明るいままである。

 いったい何時間、戦い続けたのだろうか。こっちは全身ボロボロで疲労困憊だというのに、魔神将はまだまだ元気いっぱいな様子だ。俺は忌々しげに豹頭の巨人を見上げた。

 

 幾ら頑張っても、現実的な問題としてプレイヤー単体の火力では、レイドボスのHPを削りきるのは不可能である。ひたすら殴り続ければ、理論上はいつかは莫大なHPを0にする事は出来る筈だが、しかしその前にこちらの体力や魔力が尽きるのは確定的に明らかだ。仮にここに居るのが俺じゃなくて、クロノや他の戦闘ガチ勢な一級廃人でも同じ事だ。

 

 むしろ俺だからこそ、ここまで持ち堪えられていると言える。

 俺は基本的に火力は(一級廃人基準では)控えめな方で、防御力も高くない。そんな俺の取り柄といえば、まずは水中戦に特化した能力だ。魚以上の速度で水中を泳ぎ回って攪乱し、水上/水中専用の様々な技能を駆使する俺が水中で戦えば、大抵のプレイヤー相手に一方的に完封勝ちすることが出来る。

 水中でならクロノを相手にタイマンしても、5割は勝てるくらいだ。

 逆にあいつ何で水中で俺相手に五分の戦いが出来るんだ。おかしいだろ。

 

 話を戻して、もう一つの俺の得意な事というのが、相手の苛烈な攻めをのらりくらりと躱しながら、じわじわと削っていく戦い方だ。

 前述の通り、俺は純粋なダメージディーラー構成ではないので火力は控えめで、後衛寄りのため防御が薄い。そんな俺が勝つ為に身につけたのが、反射や打ち消し、ターゲット強制変更といった妨害系の技や魔法、無敵時間付きの移動技、自己強化や弱体化、DoT(毒や炎上のような、一定時間毎に徐々にダメージを与える効果)等を駆使した長期戦だ。

 そうやって敵の攻めをいなしつつ、動きのパターンや技の性質、癖などを把握して持久戦で徐々に有利を取っていくのが対人戦での俺の勝ちパターンである。今回もそのつもりで、長期戦の構えで戦いに臨んだ。

 序盤に何回か初見の技を食らって死にかけはしたが、一度見た技ならば次回以降は対処は可能だ。直撃を受ける事は減って、代わりにこちらが攻撃する機会が増え、少しずつ有利に戦えてきてはいるのだが……

 

「流石に、そろそろキツいか……いや、まだいけるぞ……!」

 

 俺のリソースは底を突きかけていた。

 桁外れの熱量を持つフラウロスは、近くにいるだけで凄まじい高熱によって、こちらのHPやスタミナが容赦なく削られる。俺が普段から体の周りに展開している水属性のバリアをもってしても、その影響を完全に抑える事は出来なかった。

 削られた体力を小まめに魔法で回復させてはいるが、そうすれば今度はMPの消費量が増大する。おまけに長時間の戦闘のせいで疲労が溜まっている。

 長期戦とはつまるところ、体力や生命力、魔力といったリソースの削り合いだ。その戦いで、それらの総量が圧倒的に少ない俺が勝てる可能性は万に一つも無かった。

 しかしそれでも、時間を稼ぐ事と、奴のリソースを削る事は出来る。後は俺が死ぬまでに、どこまで削れるかの勝負だ。

 それにしても、奴の攻撃が火属性で本当に助かった。仮に雷属性だったらとっくに敗北している。

 

「本当に大したやつだ。その小さな体で、よくもまあここまで我と戦えるものだ」

 

 フラウロスが俺を見下ろして、そう言った。その声には嘲りの色はなく、本当に感心しているような声色だ。

 

「格上相手の持久戦は得意なんだよ……PVPガチ勢なめんなよ」

 

 俺は疲労や痛みを押し隠し、不敵に笑ってそう答えた。

 てか誰が小さいだこの野郎。でっかいお乳が胸に二つも付いとるやろがい。

 

「貴様はよくやった。その力と技は実に見事なものだった。だが、もういいだろう」

 

 フラウロスがそう告げると、この俺ですら立っているのが辛くなるほどの、途轍もない重圧が巨人の内から放たれた。

 

「これから放つのは我が最大の攻撃。これは我にとっても、そう易々と使えるものではない故に、ここで使う予定はなかったが……」

 

 予定通りに引っ込めてくれていいんだが?

 

「貴様の強さへの敬意を込めて……そして、万が一にも生き残る事がないように、確実に抹殺する為に! ここで使う事に決めたぞ」

 

 恐らくは、ボスのHPが残り僅かになった時に使ってくる切り札的な技なのだろう。

 さて、どんな攻撃が来るかと身構えた瞬間だった。夜中だというのに、まるで真っ昼間のように周囲が明るくなった。

 何が起きたと上を向いてみれば、遥か上空には太陽と見間違えるような、煌々と輝く巨大な火の玉が浮かんでいた。

 ただし、フラウロスが生み出したであろうそれは『大火球(グレーター・ファイアボール)』や『隕石召喚(メテオ・ストライク)』、『地獄の業火(インフェルノ)』のような、プレイヤーが使える魔法による物とは大きさ、質量、熱量のどれもが桁違いである。

 

「これが貴様への手向けだ……受けるがいい! 『魔神の業火(インフェルノ・ディザスター)』!」

 

 炎の塊が降ってくる。

 あんな物が直撃すれば、俺が死ぬのは勿論の事、レンハイムの町を含めたここら一帯にある全ての物が一瞬で燃え尽き、草一本も生える事のない死の大地と化すだろう。

 いや……あれほどの大きさや、魔神将の奥の手だという事も考えれば、グランディーノあたりまで……どころか、この国が纏めて吹っ飛ばされたとしても何も不思議じゃない。遥か上空にある筈なのにも関わらず、とんでもない大きさな上に、あれが現れてから感じる熱さが酷いしな……。

 

 とりあえず、ダメ元で『魔法妨害(マジック・ジャマー)』や『指定変更(ミス・ディレクション)』あたりを使ってみるが、当然のように効果は無かった。

 

「打ち消しは無効、対象変更も無理……と来れば、どうにか相殺するしかない訳だが……」

 

 無理は承知の上で、やるしかない。あんな物を地上に落とさせるような真似を許す訳にはいかないのだから。

 ならば、俺が持つ最大の攻撃で迎え撃つしかない。

 

「これより放つは、我が友の奥義……!」

 

 俺は大地を踏みしめ、右拳を強く握りしめる。

 そして俺の残った魔力を全て注ぎ込み、俺の身を守る水の防壁も全て、攻撃の為に使う。それによって全身が高熱に晒され、容赦なく生命力が削られるが構わない。どっちにしろ、あれが着弾すれば死は確実だ。背に腹は代えられない。

 

「大海の覇者が拳、その目に刻め!」

 

 全身全霊を込めて、自分自身と周囲の大自然が持つ『(オーラ)』と『水』を拳に宿して放つ、キングが持つ最大にして一撃必殺の奥義。その名は……

 

「『海王拳』……!」

 

 この世界そのものである大自然が持つエネルギーは、個人のそれを遥かに上回っている。それを取り込む事で、人の限界を超えた威力の攻撃を放つ事のできるこの技の特性、それは……『溜め(チャージ)時間に比例して、どこまでも際限なく威力が上昇する』という、唯一無二のものだった。

 

「100倍だああああああッ!!」

 

 降ってくる火球を限界まで引きつけ、溜めに溜めた攻撃を……フラウロスの『魔神の業火』に比べても見劣りしない程の、巨大な水の氣弾を真正面からブチ当てた。



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第60話 最終決戦中なのに突っ込み所満載

 大地を踏みしめる両足と、突き出した右拳に全ての力を込める。

 魔力は全て注ぎ込んでカラッケツだ。この攻撃を最後に、俺は倒れるだろう。

 この勝負に勝つにしろ、負けるにしろフラウロスを倒す事は出来ない。なので最終的に負けて、死ぬ事は確定しているのだが……そんな事は今更言うまでもない事であり、とっくに覚悟は出来ている。

 

「だったらせめて、最後に一泡吹かせてやらあッッ!!」

 

 残った命も全て注ぎ込む勢いで、俺は右拳から放った水の氣弾に全身全霊の力を込めて、天から落ちてくる、まるで太陽のような炎の塊を押し返した。

 あんな物が地上に落ちれば、全てが終わる。この地は二度と人が生きられなくなる地獄と化すだろう。

 そんな事を許す訳にはいかない。奥歯が砕けるくらいに強く噛みしめ、俺は拳を突き上げた。

 

「消え去れぇぇぇぇぇっ!」

 

 そして長い拮抗の末に、遂に俺はフラウロスが放った最強の火属性魔法『魔神の業火(インフェルノ・ディザスター)』を……完全に消滅させたのだった。

 

 それと同時に、俺の体が遂に限界を迎えた。足に力が入らず、立っているのも困難な状態だ。咄嗟に地面に突き立てていた槍の柄を掴み、体を支えるが……正直それすらキツい。

 できれば今すぐに地面に体を投げ出したいところだが、残念ながらそういう訳にもいかない。

 最期の瞬間がそれじゃあ恰好つかないからな。最後まで意地を張り通して、ファイティングポーズを取ったままでくたばってやる。

 俺は槍を引き抜き、構えながらフラウロスを見上げ、睨みつけた。こちらを見下ろすフラウロスと、視線がかち合う。

 

「………………素晴らしい」

 

 フラウロスが、感嘆の声を上げた。その声色は、一切の偽りなく本気で俺を称賛している物だった。

 

「なんという力強さ、なんという魂の輝き! 感服したぞ、女神アルティリアよ……。強き事は美しいッ! 強き事は素晴らしいッッ! 貴様の強さに我は猛烈に感動しているぞ!!」

 

 フラウロスが大袈裟に俺を褒めちぎる。

 ああ……そうか、こいつはアレか。力こそ正義、強さが全てという価値観の持ち主なんだな。

 だからこそ弱かったり敗北したりすれば部下でも容赦なく切り捨て、強さを認めれば敵でも惜しみない賞賛を浴びせるのだろう。

 そう理解した次の瞬間に、俺はフラウロスが吐いた台詞に度肝を抜かれた。

 

「アルティリアよ、我が妻となれ! 我は貴様が欲しい!」

 

 【悲報】異世界転移して女になったらクソ強いレイドボスにプロポーズされた件

 

 思わずそんなスレッドを立てたくなる程の衝撃であった。あの、俺今まさに死ぬ覚悟してたところなんで、そういう事するの止めてもらっていいですかね。

 

「あのさぁ……ついさっきまで殺し合いしてた相手にそんな事言われて、はいって言う奴が居ると思うか? お前は人類やこの世界の敵で、私はそれを護ろうとしてんの。相容れる訳ないだろうが」

 

「ならばこの世界に手を出すのは止めよう! そうすれば妻になるのだな!?」

 

 なんか変な事言い出したぞこいつ。

 ……いや、しかし待てよ。これはもしかしてチャンス到来というやつではないだろうか。

 こいつの嫁になるのは論外だが、馬鹿の一つ覚えみたいに人類抹殺! 世界滅亡! と好き勝手に暴れまくりの殺しまくりな魔神将が、あろうことかこの世界に手を出すのを止めると譲歩するつもりになった。これは大きいぞ。

 負け確の状況で死を覚悟していたが、上手いこと言いくるめれば切り抜ける事が出来るのでは?

 ……と、そう考えたのは良いのだが、どこを落としどころにした物か。正直、体力も魔力も底を突いているせいで頭が上手く回らない。

 

 目を閉じて、さてどうしたものかと頭を悩ませていると、突然周りの空気が変わった感覚を覚えた。

 肌を焼くような熱さが消えてなくなり、爽やかな潮風や波の音が、俺の嗅覚や聴覚を刺激する。

 まさかと思って目を開くと、そこにはかつて見慣れた風景と、よく見知った人物の姿があった。

 

「何か用か、キング」

 

 俺の目の前に立っていたのは、赤い外套を身に着けた黒い髪の小人族の男……うみきんぐだった。周囲の地形はエリュシオン島のものに間違いない。

 

「うむ。困っているようなので少し助言をと思ってな」

 

「……そりゃあ有難い事だが、助けに来るならもうちょっと早く来てくれても良かったんじゃないか?」

 

「すまんな。しかしこちらの世界からLAOを通してでは、お前達の精神に干渉する程度がやっとでな。俺もかつての力の大部分を失っているし、直接手助けする事は出来ないのだよ」

 

 そう言ってキングは自嘲気味に笑った。

 

「なので俺に出来たのは人間達の精神に語りかけて危機を伝え、安全な逃走ルートや危険そうな場所を教えて避難をさせ、絶望しそうになっている者達をキング演説で励ましてやったくらいだ。無力な俺を許してくれ」

 

 いや大助かりだわ。サンキューキング、フォーエバーキング。

 

「というわけで住民達が全員無事に、ひとまず安全な場所まで避難したのを確認した俺は、熱烈なキングコールを送る人間達に惜しまれながら別れを告げて、お前に必勝の策を授けようと精神に干渉しようとしたのだが、何やら妙な事態になっていたので出るタイミングを見失いかけた」

 

「それは何かすまん。だがあれは俺にとっても予想外なんだわ。それで必勝の策というのはいったい?」

 

「うむ……ではそろそろ本題に入ろう。しかしその前に、お前に一つ言っておく事がある」

 

 キングは右手の人差し指で、俺をビシッ! と指差した。

 

「アルティリア、お前は戦い方を間違えている!」

 

「何……? どういう意味だ、キング!?」

 

「わからんのか。お前があの魔神将を相手にした戦い方は、冒険者(プレイヤー)としての戦い方だ。それはLAOプレイヤーとしてのお前の記憶と、アルティリアという女の肉体に深く馴染んだものではある……が、そのやり方で、単独で魔神将に勝つ事が不可能であるという事は、お前にも分かっている筈!」

 

「うっ、それは……その通りだが……」

 

「強力無比なボスモンスターを相手に、プレイヤーが単独で勝利する事は不可能! お前は勿論、俺にも、クロノやあるてま、兎先輩のようなバグキャラじみた頭のおかしい一級廃人共にも出来ん! かつてこの世界で魔神将を倒した勇者達(原作主人公)ですら、仲間と大勢の人々の助けがあってこそ、それを成し遂げる事が出来たのだ」

 

「分かっているさ、そんな事は! だったらどうすれば良かったって言うんだ!」

 

「ええい、まだわからんのか。そもそも冒険者(プレイヤー)として戦うなと言っておるのだ! アルティリア、お前は何者だ!?」

 

「何者か……だと? それは……」

 

 キングの問いに、思考を巡らせる。

 己はいったい何者か。

 

 俺は……元日本人の男で、LAOというゲームにドハマりしていたプレイヤーで、アルティリアというキャラクターを使っていた。

 独特すぎる構築(ビルド)容姿(キャラデザ)のせいで、LAOプレイヤーの間ではちょっとした有名人で『海産ドスケベエルフ』『水棲エルフモドキ』『LAO最強(ただし水中戦に限る)』『エルフと人魚族(マーメイド)の区別がついてない馬鹿』『頭のおかしい巨乳』等の様々な異名で呼ばれていた。

 そして数ヶ月前に、LAOをプレイ中に突然、愛用しているキャラクターのアルティリアの身体でこちらの世界にやってきた。

 それからすぐにロイド達に出会って、彼らを助けたら何故か女神と勘違いされたと思えば、本当に女神とやらになってしまい、そのままなし崩し的に女神として彼らを導く事になった。

 

 そこまで思い返したところで、俺はようやくキングが何を言いたいか理解した。

 

「ようやく理解したようだな。そうだ、お前は最早プレイヤーではなく、一柱の神である。そして、神には神の戦い方がある」

 

「いや、しかしだなキング……俺だって女神として色々やってはいたんだぜ? 住民達に加護や知識を与えて、戦闘力や文明レベルを底上げする事で、将来起こるであろう戦いに備えてたんだ。……まあ結局、俺の想定以上に敵の動きが早かったせいで、まったく間に合わなかったけどさ……」

 

 正直、俺の計画はかなり長期的な目標に基づいた物であり、これからようやく本格的に稼働するところだったのだ。

 しかし魔神将とその配下達は、俺がこっちに来るよりもずっと前から計画を練っていたようで、俺が来た時には既に最終局面が近付いていた。

 俺の登場により、ある程度奴等の企みを妨害する事は出来たようだが……俺の立てた戦略は、そもそも前提から間違っていたようだ。

 俺達には、そもそも時間が足りなさ過ぎたのだ。必要だったのは早急な対策だった。

 しかし、仮にそうだと分かっていたとしても、果たして有効な手が打てただろうか? あの時点ですぐに魔神将に対抗できる戦力を早急に用意する事など、不可能だと判断した為、俺は長期的な戦略を立てたのだから……

 俺が思考の堂々巡りに陥っていると……

 

「馬鹿、頭固いんだよお前は。もっと柔らかくなれ、このおっぱいのように」

 

 キングがそう言って、俺の乳を指で突いてきた。

 反射的に右ストレートで顔面を思いっきり殴り飛ばしたが、俺の拳にはまるで空振りでもしたかのように、何の手応えも感じられなかった。

 そして俺に殴られた筈のキングは、まるで羽毛のように軽やかに宙を舞って一回転すると、音もなく静かに着地した。

 

「なんだ今のは」

 

消力(シャオリー)だ。簡単に言えば、究極の脱力によってあらゆる打撃を受け流し、無力化する中国拳法の秘技だ」

 

「どうやって身に付けたんだそんな物」

 

「キングだからだ!!!」

 

 もうやだこいつ。突っ込み役(クロノ)早く来てくれ。



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第61話 さらば、友よ

「お前は神を、人々を導く者として捉えたわけだな」

 

 何事も無かったかのように、キングが話を戻した。色々と突っ込みたい事はあるが、また脱線して更にグダグダになりそうなので大人しく話を聞く事にする。

 

「確かにそれもまた、神の一側面ではある。しかし、それは本質ではない」

 

 温度差で風邪を引きそうだが、キングが重要な事を言おうとしているのは分かるので、俺は気を引き締めて彼の言葉に耳を傾けた。

 

「俺はこう考えている。神の本質とは……人々の祈りに応える者だと」

 

「祈りに……応える……?」

 

「ああ、そうだ。神とはつまるところ、人々の願いによって生まれた存在だ。人の祈りや願い、信仰こそが、神を神たらしめる。それら無くして、神は在る事が出来ないのだ。古い神話には、神が世界や人を作ったという内容の物もあるが……実際は逆だ。まず人があり、その祈りによって神が生まれた」

 

 おい、世界設定の根幹に関わるような重要な事をさらっと言いやがったぞこいつ。

 

「それは今のお前も同じ事。魔神将に狙われ、滅びを迎えようとしている大陸の大地や海……大自然に宿る世界の意志が救いを求め、それを阻止し得る者を呼び出そうとした。その結果として、この世界とリンクしている異世界のゲーム……LAOを通じてお前が召喚された。それがお前の異世界転移の原因だ。そして、丁度その時に命の危機に陥り、救いを求めていたロイド=アストレアとその一党の近くに召喚された事や、彼らの信仰心によってお前が新たな神となった事……それも全て彼ら人間が持つ、祈りの力によるものだ」

 

 キングの口から、次々と真実が明かされる。うーん、まさかこの世界の人間の祈りが、それほどの力を秘めていたとは……

 

「事実、これまでお前は人々の信仰を集めて、その力を消費する事で神としての力が強くなったり、新たな加護や権能を得る事が出来ていただろう? ……ここまで言えば、流石にもう分かった筈。神の戦い方とは即ち、人々の祈りを力に変える事だ」

 

 人間ひとりひとりは弱く、その祈りが持つ力も小さく儚い物だが、数多のそれを己の身に集め、束ねる事で大いなる奇跡を起こす事ができる。それこそが神の本来の役目であると、キングは俺に説いた。

 

「わかったよキング。やってみる」

 

 俺は目を閉じ、意識を集中させ……信者達の事を心に思い浮かべながら、ゆっくりと語りかけた。

 

「皆、私の声が聞こえますか」

 

 すると、すぐに次々と返事が返ってくる。グランディーノの住人達に冒険者達、海神騎士団のメンバー、海上警備隊の隊員達、アレックスとニーナ……聞き覚えのある声が大半だが、中には会った事の無い者の声も混ざっている。

 

「今、私は単独でレンハイムの町付近に襲来した、魔神将フラウロスと戦っています。しかし敵はあまりに強大で、正直このままでは勝てそうにありません」

 

 俺がそう言うと、俺の身を案じる悲痛な声が多く伝わってきた。中には今からでも俺を助けに行こうとする者も居るくらいだ。

 

「そこで、皆の力を貸してほしいのです。魔神将に勝利する為には、貴方達の力が必要です。どうか、私を助けてください」

 

 肯定と、どうすればいいのかという疑問の声に、俺は答える。

 

「祈りを。私を信じ、勝利するように祈ってください。それが私の力になります。皆の祈りによって生まれる力を私の身体に集め、魔神将に打ち勝つ為に使います」

 

 そう伝えた瞬間、俺の身体に力が集まり、内側から何かが湧き上がってくるのを感じた。

 これは人間達に信仰を向けられた時に感じたものと同じだが、その規模は今までに感じた事のない、桁違いの物だった。

 正直、甘く見ていたと言わざるをえない。何千、何万という人間が心を一つにし、一心不乱に祈りを捧げ、それが一点に集まるとこれほどのエネルギーを生み出すとは、予想だにしていなかった。

 しかし、これほどの力があれば、魔神将を倒せる程の奇跡が起こせるかもしれない。いや、起こしてみせる。

 俺は目を開き、目の前に立つ男に軽く頭を下げた。

 

「世話になった、キング。あんたにはいつも助けられてばかりだな」

 

「気にするな。何故なら俺は……」

 

「キングだから……か?」

 

「ふっ……その通り、キングだからだ!」

 

 いつも通りの物言いに苦笑を浮かべながら彼に背を向け、魔神将との戦いに戻ろうとした時だった。

 

「ところでアルティリアよ」

 

「……? どうした?」

 

 まだ何か言いたい事でもあるのかと、背を向けたまま返事をすると、

 

「突然だがここでキングクイズだ!!」

 

「!?」

 

 いきなり何言ってんだお前。そう突っ込む間もなく、キングは問題を出してきた。

 

「割と抜けてはいるが聡明なお前の事だ、俺の正体にはもう見当が付いていると思う。そこで問題だ。そちらの世界に居た時の、俺の名前を答えよ。正解すれば豪華賞品をプレゼントしよう」

 

「……お前の正体は、かつてこちらの世界に居たという神の一柱。そして……楽園(ティル・ナ・ノーグ)の管理者。海神リールの息子にして、自身もまた大海を司る神。マナナン=マク=リール。それがお前の名だ」

 

 かつて彼と数えきれないほど交わした会話や、原作(LAシリーズ)内の記述から得た僅かな手がかりを頼りに導き出した回答を、俺は口にした。

 

 マナナンという名の神は、LAシリーズに名前だけ登場する神だ。

 かつて楽園と呼ばれていたこの島、エリュシオン島を管理していた神であり、彼が残した様々な神器やマジックアイテムは、原作主人公達が魔神将を倒す為の大きな助けとなった。

 

「……正解だ。では豪華賞品をプレゼントするとしよう」

 

 キングがそう言うと、背後から新たに二人分の足音と気配がした。それは俺にとって、よく知る人物の物であった。

 

 振り向くと、そこには二人の友人……バルバロッサとクロノの姿があった。

 

「よう、おっぱいエルフ、元気だったか!?」

 

「アルさん……お久しぶりです」

 

「お前ら……!?」

 

 思わず二人の顔を交互に見た後に、キングに視線を向ける。

 地球の者達は、キングのような例外を除けば異世界に行った人間の事は忘れ、記録にも残らないんじゃなかったのか!?

 

「俺に残された力を使い切って、こいつらにお前の記憶を戻して精神をここに連れてきた。正直もうこれで正真正銘、俺の神としての力はスッカラカンだ。しばらくは助言も出来なくなるから、次からは自分で何とかしろよ」

 

 そう言って、キングはふてぶてしい笑みを浮かべたのだった。

 この野郎……最後にとんでもないサプライズを用意してきやがった! だがそれは、俺にとっては何よりも嬉しいものだった。

 こいつらに別れも言えずに、二度と会えなくなる事は……どうにもならない事だと分かってはいても正直、ずっと気にしていたのだ。

 

「よう。いきなり居なくなって悪かったな。なんか知らんけど、異世界で女神やる事になっちまってな」

 

 二人に向かってそう言うと、クロノは困ったような、呆れたような半笑いを浮かべ、バルバロッサは歯を剥き出しにして豪快に笑った。

 

「アルさんは本当に、目を離すとすぐに予想外の事態に巻き込まれて、意味わかんない状況になってますよね。わざとやってるんです?」

 

「そのおっぱいで女神は無理だろ。親に向かってなんだその乳は」

 

「わざとな訳ねーだろ、俺だって不本意だわ! それとてめーの娘になった覚えはねぇよ、このクソ脳筋!」

 

 感動の再会かと思ったらすぐにこれだよ。こいつらは本当にもう……

 

 それから少しの間、お互いの近況を報告したり、かつてのような馬鹿話をして親交を深め、ほんの数か月前の事だというのに懐かしさを感じたりしていると……

 

「さて……名残は惜しいが、そろそろ俺の力も尽きる。お互いの現実世界に戻る時間だ」

 

 キングがそう口にした。今居る空間は精神の世界であり、現実世界では一秒も経っていないそうだが、当然ながらそれをいつまでも維持出来る訳ではない。

 むしろキングは別離を惜しむように、本当の限界まで待ってくれていたのだろう。

 

「これで、本当にお別れだな。……じゃあ、行ってくる」

 

 俺は、彼らに別れを告げて魔神将との戦いに戻る。

 

「アルさんなら、絶対にやれるって信じてます」

 

 クロノが。

 

「おう! 行って一発、かまして来いや!」

 

 バルバロッサが。

 

「がんばれ、アルティリア。俺は……いや、俺達はいつでもお前を見守っているぞ!」

 

 キングが。

 仲間達が、俺に向かって拳を突き出す。

 俺もまた、同じように右拳をまっすぐに、彼らの拳にぶつけるのだった。

 

 そして次の瞬間、俺の視界が切り替わり……目の前には俺を見下ろす魔神将フラウロスの姿があった。



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第62話 決着

「女神よ、返答や如何に!?」

 

 フラウロスが俺に詰め寄る。

 ああ、そうだった。俺はこいつにプロポーズされていたんだったな。向こうで色々ありすぎて、すっかり忘れるところだったぜ。

 

「……本当に、お前の妻になれば、この世界や住人達に手出しはしないと約束してくれるんだな?」

 

「うむ。我が名に誓って、約束しようではないか」

 

 俺の問いに、フラウロスが鷹揚に頷いた。

 それを聞き届けた上で、俺は彼のプロポーズに対して回答をする。

 

「そうか……だが断る」

 

「なっ……何だとぉ……!?」

 

「同じ事を二回言うつもりは無いぜ。誰がお前のような奴と結婚などするものか。そもそもお前、勝てないからって易々と敵対している相手に嫁ぐ程度の女を妻にして、本当に嬉しいのか?」

 

 俺は右手に握った三叉槍の穂先をフラウロスに突きつけて、そう問い質した。

 

「そうじゃないだろう? お前がしたいのは自分を倒せる程の強者を相手にしての、殺るか殺られるかの闘争だ。……安心しろよ。プロポーズは断ったが、その願いは私が叶えてやるよ」

 

 俺がそう宣言した瞬間、フラウロスが大声を上げて笑った。その巨体から発せられる笑い声は相応に大きく、空気がびりびりと振動する。

 

「初めて味わう感情だ……これが感謝という気持ちか」

 

 奴から伝わってくる感情は……歓喜。そして周囲の空間が歪む程の闘争心だ。

 

「そこまで言ったのだ、簡単に潰れてくれるなよ!」

 

 炎の巨人が、その拳を俺に向かって叩きつけようとする。

 つい先程までの俺であれば、その一撃で成す術もなく潰されて死んでいただろう。しかし、今の俺ならば……

 

「皆の祈りを、願いを……ここに束ね、我が手に奇跡を!」

 

 俺の身に宿った信仰の力……FP(FaithPoint)をありったけ消費して、奇跡を願う。

 願う内容はただ一つ、こいつを倒せるだけの力を俺によこせ!

 そう強く念じた瞬間、俺の身体に変化が訪れた。

 

 まず最初に……着ていた服が消失し、全裸になった。しかし肝心な所は謎の光によって隠されている。

 これは……魔法少女の変身シーン的なアレか?

 そして次の瞬間には、身体が眩い光に包まれたと思ったら、俺の姿が変化していく。

 まず衣装が鎧に変わった。ただし全身鎧(フルプレートメイル)ではなく、胸や肩、腕、腰、脛あたりの、特定部位のみを保護するハーフ・プレートメイルだ。

 より正確に言えば、所謂ビキニアーマーである。

 色は青色がベースで、鎧部分の表面は半透明の水で覆われている。これは恐らく、俺が元々着ていた水着と、水精霊王(アクアロード)の羽衣が元になっているせいで、このような形状になっているのだろう。

 

 そして、俺自身の身体も変化している。まず一番目立つ変化としては、背中に大きな二枚の白い翼が生えた。

 次に身体が少し成長したようで、背が少し伸び、胸やお尻のサイズも一回り大きくなって、髪も元々腰くらいまであったのが膝あたりまでの超ロングになっている。

 

 ……これ元に戻るんだよな? ついこの間ブラジャーのカップサイズがJカップからKカップになって、持ってる下着を全部手直ししたばかりなんだが。

 

 そんな事を考えている間にも変身は続く。最後に変化したのは装備だった。

 深い蒼色の大きな宝石の付いた首飾り、黄金色に輝く布で作られた腰帯(ベルト)が装着され、左手には聖なる輝きを放つ、純白の槍が握られていた。

 

 これは……見間違える筈もない。俺の仲間達が愛用していた神器たちだ。

 キングの首飾り『大海の心(オーシャンハート)』、バルバロッサの腰アクセ『メギンギョルズ』、そしてクロノの愛槍『ブリューナク』。

 そのどれもが作成難易度・性能共に世界最高クラスの神器である。

 

「有難く使わせて貰う」

 

 右手に海神の三叉槍(トライデント・オブ・ネプチューン)、左手にブリューナクを装備した俺は、二本の槍をフラウロスの拳に向かって突き出した。

 

「何ぃっ!?」

 

 先程、拳で防御技を弾かれて吹っ飛ばされた時と違い、今度は当たり負ける事は無く、逆に二本の槍による攻撃でフラウロスの拳を弾き返してやった。

 俺自身のステータスが大きく上がっているのもあるが、やはり装備による影響も大きいだろう。

 バルバロッサの神器・メギンギョルズの効果は、筋力《STR》・耐久《VIT》の上昇と所持重量の増加のみという、トップクラスの作成難易度を誇る神器としては、いささか物足りない物だが……効果が少ない代わりに、その効果量がえげつなかった。

 その効果量は、それら全てが『元々の数値の50%上昇』というブッ飛んだ物だ。

 元から筋力と耐久、そして筋力によって上昇する所持重量が極めて高い巨人族(ジャイアント)のバルバロッサがこれを装備する事で、上昇量はとんでもない事になり……そのせいで奴は機械仕掛けのパワードスーツめいた全身鎧に加え、両手に二挺ガトリング砲、両肩に超大型グレネードキャノン&ミサイルポッドという……普通のプレイヤーならば間違いなく重量過多で一歩も動けなくなるような、トチ狂った超重武装を実現させていた。

 

 そして、今の俺も奇跡パワーで通常のプレイヤーにはありえないステータス値に超強化されている為、バルバロッサ以上に上昇量がやばい事になっている。おまけにキングの神器・大海の心にも全ステータス上昇の効果があったりするので、更に倍率ドン! というわけだ。

 その状態で神器の二槍流による攻撃だ。力任せのパンチくらい弾き返せて当然よ。

 拳を弾いて体勢を崩したフラウロスの隙を見逃さず、俺は追撃を加える。

 

「『気象操作(コントロール・ウェザー)』!!」

 

 超級魔法・気象操作(コントロール・ウェザー)。効果はその名の通り、今いる地域全体の天候を強制的に変更する事ができるという物で、ダメージや回復等の直接戦闘に関わる効果は無いが、周囲の環境を自分にとって有利な物に変える事が出来る独特で便利な代物だ。

 プレイヤーが通常の方法で習得する事は出来ず、神器アクセサリ『大海の心(オーシャンハート)』、『天空の心(テンペストハート)』、『大自然の心(ネイチャーハート)』のいずれかを装備時にのみ使用可能な、装備専用技/魔法の一種である。

 

 その魔法によって、俺は天候を暴風雨へと変更した。

 バケツをひっくり返したような豪雨が降り注ぎ、人が簡単に吹き飛ばされて宙を舞う程の強風が吹き荒れる。まるで大型台風が直撃したような悪天候だ。

 

 普通の人にとっては、この暴風雨という天候は最悪の環境だろう。強い雨風によって視界が遮られ、動きが阻害されてしまい、戦うどころかまともに動く事すらままならない。訓練を受けていない一般人ならば嵐に吹き飛ばされて大怪我をするか、最悪死ぬ。

 

 しかし、この俺にとっては最高の環境である。何しろあたり一面、見渡す限り水だらけであり、ほぼ水中エリアのような状態になっている。

 つまり、水中同様に高速移動や、大量の水を操っての攻撃が可能になるという事だ。

 水精霊達も、大量の雨が降った事で元気いっぱいだ。

 

「ヒャッハー! 水だぁー!」

 

「水だあああああ!」

 

 なんか元気すぎて世紀末のモヒカンみたいになってるが、あえて気にしない事にして……反撃開始じゃあ!

 俺は背中の翼を広げて飛び立ち、風に乗って空を舞う。降り注ぐ雨や吹き荒れる嵐は俺の動きを阻害する事なく、むしろそれらを操る事で、人の限界を超えたスピードで飛行しながら二本の槍を振るい、魔法を連発して猛攻を仕掛けた。

 

「ヌゥーッ! 何という攻撃! 素晴らしい!」

 

 決して小さくないダメージを負いながら、フラウロスは歓喜の表情を浮かべて、巨体を活かした物理攻撃や、炎で反撃してくる。

 俺の攻撃も相当効いている筈なのだが、それにも関わらずノーガードでガンガン攻めてくるのは、流石大ボスといったところか。

 恐らく、主導権を渡せばそのまま押し切られると判断し、攻め合いを選択したのだろう。

 その判断はきっと正しい。人々の祈りによる奇跡の力と、仲間達に借り受けた神器によって大幅にパワーアップし、有利に戦えてはいるが……奴の攻撃が、どれも直撃すれば一撃死レベルのヤバい威力である事に変わりはないのだ。

 なので、決して油断はできない。俺は積極的に攻撃しながらも、受けたらまずい攻撃だけはしっかり回避する。LAOのレイドボス戦と同じだ。火力役(ダメージディーラー)は基本的に攻撃だけに専念するが、壁役(タンク)が庇う事のできない反撃技(カウンター)や広範囲攻撃は、自分で対処する必要がある。俺は今回ソロなので尚の事、食らってはいけない攻撃はしっかり避けなければならない。

 

「戦況が有利な時ほど守りには気を遣え。有利な時ほど一発逆転のリスクは高まる……か。ちゃんと覚えてますよ、あるてま先生」

 

 これは、過去にあるてまという名のプレイヤーに言われた言葉だ。

 『あるてま先生』『頭のおかしい魔法戦士』等と呼ばれる有名な一級廃人で、かつて不遇職と呼ばれていた魔法戦士をメイン職業にしながら、レイドボス戦や集団対人戦などの様々な場面で異様な強さを見せつけた、やべー奴しか居ない一級廃人共の中でもトップクラスのやべー奴である。

 定期的に開催される対人戦(PvP)の大会にて彼と対戦した時に、有利な状況に持ち込んで、勝てると踏んで攻勢に出た俺は、その隙を突かれてあっさりと敗北した。有利と思い込んでいた戦況は全て、彼の誘いだったと知ったのは全てが終わってからだった。

 俺が慎重な立ち回りを心がけるようになったのはそれからだ。サブクラスに魔法戦士を取得して槍と魔法を併用するようになったのも彼の影響で、立ち回りや戦術も随分と参考にさせて貰っている為、キングと並んで頭が上がらない相手である。恩返しをする機会は失われてしまったが、彼の教えは今後も守り、伝えていこうと思う。

 

「それはそれとしてチャンスだ、貫けブリューナク! 『極光翔槍(ライトニングジャベリン)』!」

 

 翼を使って飛翔して相手を攪乱し、上手い具合にフラウロスの真上を取った俺は、ブリューナク専用技のうちの一つを発動させた。左手に持った純白の槍が投げ槍へと形態変化し、穂先に白い稲光を纏う。

 俺はそれを、フラウロスの頭に向かって全力で投げつけた。手から離れた瞬間、至近距離に雷が落ちたような轟音と共に、ブリューナクがまるで吸い込まれるように、フラウロスの脳天へと突き刺さった。威力が通常攻撃の6倍で光&雷属性付き・溜め無しで即時発動のインチキ遠距離技を食らえオラァ! しかも発動後、ブリューナクはすぐに自動で手元に帰ってくるオマケ付きである。普段からこんなのを使い放題なクロノを少し羨ましく思いながら、俺は魔法を発動させた。

 

「『海神の裁き(ジャッジメント・オブ・ネプチューン)』!!」

 

 海神ネプチューン直伝の、召喚した水をビーム状の高圧水流にして何十発も射出する範囲攻撃魔法。俺がLAO時代から愛用していた切り札の一つだ。

 しかも今回は、召喚するのではなく絶え間なく降り注ぐ大雨による、周囲にある大量の雨水を使用しての攻撃だ。暴風雨により全方位が水に囲まれた状態でそれを発動した事や、俺自身の能力が大幅に強化されている事もあって、範囲・威力共に普段の数倍の規模と化した超級魔法が炸裂した。

 

「ヌ……グゥオオオオオオオオオッ!!」

 

 全身を極太の水ビームでくまなく撃ち抜かれたフラウロスが、ついに膝をついた。

 しかし、その次の瞬間……

 

「み、見事だ……だが……これで終わりと思ったかああッ!!」

 

 両掌を俺に向かって突き上げ、咆哮と共にフラウロスが炎の氣弾を放つ。その大きさは奴の巨大な両手を広げたくらいで、大きさだけではなく感じる熱量や威力も相当な物だ。

 勝ったと思って油断したところに、これを食らったならば……あるいは勝敗は逆になっていたかもしれない。しかし……

 

「ああ、思ってねえよ」

 

 巨大な炎の氣弾は、俺に命中する前にその動きを止めた。

 それだけではなく、フラウロスも、俺が召喚した水精霊達も、そして降り注ぐ雨水や吹き荒れる嵐すらも……世界の全てが停止した。

 

「読み通りだ」

 

 超級魔法『時空凍結(コールドステイシス)』。自分以外の時間を停止させる効果を持つその魔法を、俺はあらかじめ、いつでも発動できるように準備していた。

 そして止まった時間の中で、俺は遥か上空に向かって飛翔した。

 高度およそ1000メートルまで到達したところで、時間が再び動き出した。

 

「世界に満ちる水よ、我が槍に集え!」

 

 海神の三叉槍を両手で構え、海王拳を撃つ時のように、その穂先に周囲の水を集める。降り続けていた大量の雨水が全て、俺の槍へと宿り……その穂先に、長大な水の刃を生成した。

 

「これで……終わりだ!」

 

 それを構え、俺はフラウロスに向かってまっすぐに急降下し、その巨体を貫いた。槍はフラウロスの身体を貫通して地面にまで深く、深く突き刺さり……地面に入った亀裂から、大量の水が噴き上がった。

 

「み、見事だ女神よ……! 素晴らしき戦い、良き……敗北であった……!」

 

 フラウロスが遂に倒れ、その身体が崩壊してゆく。豹の顔が、最後に満足そうに笑ったように見えたが、すぐに地面から噴き出す水に飲み込まれ、見えなくなっていった。

 

「……終わったのか」

 

 魔神将の姿が完全に見えなくなったところで、俺はようやく勝利を確信する事ができた。

 その瞬間、一気に身体から力が抜け……同時に、俺が発動していた魔法もその効果が途切れる。

 『気象操作』の効果が終了したところで、天候も元に戻り……凄まじい暴風雨が止んで、天空を覆っていた黒い雨雲が晴れていく。

 その雲の隙間から、光が射した。

 

「ああ……もう、すっかり朝になってたのか……」

 

 戦っている間に、どうやら朝日が昇っていたようだ。

 まずいな、朝帰りになってしまった。アレックスとニーナが心配するし、早く帰らないと……

 そう考えながら、俺は意識を手放したのだった。



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第63話 女神再臨

 目の前に同じギルドのメンバーであり、親しい友人でもある巨人族の男、バルバロッサの姿があった。

 頭に髑髏マークの付いた黒い海賊帽を被り、逞しい筋肉を誇示するかのように、上半身は前を全開にした露出度の高い恰好をした、いかにも海賊団の親分といった風体の男だが、一つだけ、明らかにいつもの彼とは異なる部分があった。

 

 それは、海賊帽の下にある彼の頭部だ。いつもはボリュームのある真っ赤な髪があったその場所には……髪の毛が一本も残らず、無くなっていた。

 

 ハゲである。まごう事なきツルッパゲである。

 おい、一体その頭は何だと問い質そうとしたが、その前にバルバロッサ(ハゲVer)が口を開いた。

 

「よう! 今日は禿ジャイ祭りだぞ!」

 

 何だその得体のしれない祭りは。俺が呆気に取られていると……

 

「来たかアルティリア、遅かったな」

 

 背後からキングの声がした。思わず俺が振り返って背後に視線を送ると、そこには……

 

「待たせたな! 俺が禿ジャイのキングだ!」

 

 そこにはバルバロッサ同様、禿ジャイと化したキングの姿があった。服装はいつも通りだが、そこには子供らしい見た目の小人族の面影は残っておらず、筋肉モリモリの半裸に赤いマントの巨漢(ハゲ)が立っていた。

 

 いったい、どういう事なんだ……どうして巨人族(ジャイアント)(ハゲ)になってるんだ……そもそも禿ジャイ祭りって何なんだ……と、俺が頭を抱えていると、

 

「禿ジャイ祭りは禿ジャイ祭り。お前が禿ジャイなら禿ジャイがわかるはず」

 

 と、意味不明な台詞をのたまうクロノが現れた。当然のように奴もハゲ頭の巨人族と化しており、どちらかといえば線の細い少年が、ガチムチマッチョの兄貴と化していた。堅牢な金属製の全身鎧(フルプレートアーマー)は筋肉で内側から弾け飛びそうで、本人がデカ過ぎるせいで右手に持ったブリューナクが短槍みたいに見える。

 

「だから禿ジャイ祭りって何だよ!?」

 

 あまりの地獄めいた光景に思わず絶叫した俺を、誰が責められようか。しかし仲間達はそんな俺に対し、呆れたような視線を向けた。

 

「わからんのか。この戯けが」

 

「わからんわ! わかってたまるか!」

 

「ならば説明しよう。禿ジャイ祭りとはクソ運営に反省を促す為、我々プレイヤーが皆で禿ジャイと化して歌い、踊り、暴れ狂う祭りである!」

 

 つまりデモ活動のような物か。しかしこの悪夢のような光景は、もはやデモを超えてテロの類では……?

 俺がそう考えていると……

 

「「「禿ジャイわっしょい! 禿ジャイわっしょい!」」」

 

 声を揃えてわっしょいわっしょいと騒ぎ立てながら、大勢の禿ジャイが現れた。そんな禿ジャイ共の中には、見慣れた装備の知り合いの姿も多く見受けられる。友人や知り合い一同が全員禿ジャイと化した地獄が目の前にあった。

 

「さあ、お前も禿ジャイになるがいい!」

 

「嫌じゃああああああ!」

 

「ドスケベエルフが逃げたぞ! 追え!」

 

 俺は禿ジャイの群れに背を向け、全力で逃走した。

 

 そして………………

 

「うわあああああああ……ハッ!? ゆ、夢か……!?」

 

 俺の人生で史上最悪の、下水で煮込んだクソみたいな悪夢だった。

 

「何て悪夢だ、全く……そしてここは何処だ!?」

 

 更に飛び起きると、知らない部屋のベッドの上で横になっていた事に気付いて軽く混乱した。

 

 結論から言うと、俺が目を覚ましたのは海底だった。

 魔神将フラウロスを倒した後、俺が目を覚ました場所は深い海の底にある、海神ネプチューンが治める聖域にある海底都市。その宿屋の一室で俺は目覚めた。

 

 この海底の聖域だが、場所が場所なので、LAOのプレイヤーでこの場所を訪れた事のある者は、あまり多くない。何故ならばここに辿り着くには危険な水属性モンスターが多数棲息し、水中を移動しなければ突破出来ない箇所が多く存在する、長い洞窟を抜けて辿り着く必要があるからだ。相当な戦闘能力と、水中への適応能力が求められる高難易度の洞窟を突破するのは容易ではない。

 

 ちなみに俺は洞窟を使わずに、泳いで海から直接来た。その方法で訪れた者は俺が最初で最後らしい。

 

 さて、そんな海神の大先輩が治める聖域で目覚めた俺は、部屋の外で警備をしていた人魚族の衛兵(マーメイド・ガーディアン)たちに、ネプチューンの下に案内された。

 その道中、彼女らに質問する。

 

「状況の説明を頼む」

 

「かしこまりました。アルティリア様は魔神将を討伐後、力を使い果たして眠りにつきました。あのままでは危険な状態だった為、ネプチューン様がアルティリア様を、聖域へと招かれました。それが二週間ほど前の事です」

 

「……待て、私は半月近くも眠っていたのか?」

 

「はい。魔神将を相手に単身で長時間の戦闘を行なった事による肉体的・精神的な疲労に加えて、限界を超えた力を行使した事による反動によるものと推測します」

 

 彼女の話によれば、どうやら一時は本気で死にかねないくらいに身体がヤバい事になっていたようだが、聖域でしっかり休んだ事で、すっかり元通りになっている。

 元通りといえば、背中に生えた翼や成長した肉体は元に戻っている。あの状態は変身時のみの変化だったようで、ひと安心だ。

 おっぱいのせいでうつ伏せで寝れないのに、常時翼が生えた状態になったら、一体どうやって寝ればいいのかと本気で悩むところだったぜ。

 

 信者達はロイド率いる神殿騎士達と、俺が使役する水精霊達が手分けして避難をさせた事で、多少の怪我人は出たが重傷者や死者は出ず、無事に避難する事が出来たそうだ。今は皆、家に戻って復興作業を始めているようだ。

 しかし俺の安否が不明な事で、当初はかなりの動揺があったそうだが……ネプチューンが水精霊達を通して、俺の無事と、休息が必要である事を知らせてくれた事で混乱は収まったとの事だ。

 

 聞きたい事は粗方聞き終えたところで、聖域の最奥にあるネプチューンの宮殿へと辿り着いた。俺はその奥へと足を進め、謁見の間に入った。そこには玉座に腰を下ろした、青い髪の巨漢の姿があった。海神ネプチューンだ。

 謁見の間に入った俺を見ると、ネプチューンは玉座から立ち上がり、こちらに歩み寄ってきた。

 

「ネプチューン、また世話になったみたいだな。随分と寝坊をして、待たせてしまったようですまない」

 

「気にするな。それよりもアルティリアよ、此度はよくやってくれた。汝の働きにより、かの大陸の者達は魔神将の脅威から救われたのだ」

 

 ネプチューンのその言葉で、ようやく終わったのだと実感する事が出来た。

 これで、アルティリアの身体に宿ってこの世界に呼ばれた俺の役目を、果たし終える事が出来たのだろう。

 そう考えていたのも束の間だった。

 

「次の脅威が訪れるまでは、暫く時間が空くだろう。その間に己を更に鍛えると共に人間達を導き、戦いに備えるといい」

 

「ああ。………………えっ、今何て言った」

 

 次の……脅威? 戦い? えっ、あれで終わりじゃないの?

 

「……言っていなかったか? あの大陸を狙っている魔神将はフラウロスだけではなく、他にも何体かの魔神将が裏で蠢いている」

 

「いや聞いてねえよ!?」

 

「現に、以前汝が倒した地獄の道化師(ヘルズ・クラウン)などはフラウロスではなく、別の魔神将の眷属である。冷静に考えれば、その主が裏で動いている事は想像できる筈」

 

 そういえばそんな奴も居たな! あのゲス野郎の事とかすっかり忘れてたわ!

 

「まあいい、とにかく別の魔神将が現れるけど、ある程度は時間の猶予があるって事で良いんだな……?」

 

 そういう事なら、信者達の育成計画を更に進める必要がある。

 今回は育ちきる前に、急にフラウロスが出てきたので俺が一人で戦う羽目になったが、あんな無茶は出来ればもうやりたくない。

 幸い、準廃人レベルに育っているロイドを筆頭に、神殿騎士達は良い感じに強くなっているし、時間の余裕があるなら彼らを中心に、信者達を強く育てていこうと思う。

 

「それじゃあ私は自分の神殿に戻るぞ。皆も心配しているだろうしな」

 

 そう言って俺は謁見の間を退出しようとするが、その前にネプチューンが声をかけてきた。

 

「少し待て、アルティリアよ」

 

「何だ? まだ何かあるのか?」

 

「汝はこの短い期間で、人々の祈りに応え、彼らを導き、多くの信仰を得た。そしてその力を使い、魔神将を単身で討伐するという偉業を成し遂げた」

 

 改めて言葉にされると、とんでもない事やってるな俺。

 とはいえ最後の戦いは文字通りに奇跡が起きて勝てただけで、分が悪い博打と呼ぶのも憚られるような物だったので、次はちゃんと勝算を用意してから戦いたいものだ。

 

「よって、海神ネプチューンの名に於いて、汝を『大神』と認定する」

 

「………………パードゥン(なんだって)?」

 

「汝を大神と認定すると言ったのだ。兄者(冥王)(天空神)、天界の神々の承認も既に得ておる。満場一致で汝可決されたぞ」

 

 聞き間違いじゃなかった上に、寝てる間に神様会議みたいなので決まってた!?

 

【EX職業(クラス)大神(グレーター・ゴッド)』を取得しました】

 

 そして通知音と共に、目の前にシステムメッセージが表示された。

 これは……通常職業(クラス)で言うところの、基本職を極めて上級職を取得したのと同じ扱いになるのか?

 それならば出来る事も増えそうだし、有難く受け取っておくとするか。色々と責任とか使命とか人々の信仰とか、背負う物も大きくなりそうで気が重いが。

 ……まあ、それも今更か。

 

「じゃあ、そろそろ帰るよ。またな」

 

「うむ。最も新しき神よ、地上を頼んだぞ」

 

 俺はネプチューンに背を向け、玉座の間から退出する。そして技能『神殿への帰還』を発動した。

 神になってから習得した、使用すれば自分を祀っている神殿へと一瞬で帰還できる便利な技能だ。その効果でグランディーノにある神殿へと帰ろうとした時だった。

 

「……反応が、多いぞ……?」

 

 グランディーノだけでなく、俺の神殿が他にも何箇所もあるのを感じた。

 これは……方角や距離的に、レンハイムの町やその周辺にある小さな町や、規模が大きい村あたりか? それと、大きく離れた場所にも一つある。これはローランド王国の首都である、王都ローランディアと思われる。

 

 半月ほど寝ていたら神殿がたくさん増えていた。

 俺がいない間に何やってんだあいつら。

 

 新しく増えた神殿について聞くのは後にするとして、俺は移動先にグランディーノの神殿を選択し、瞬間移動(テレポート)をした。

 

 視界が揺らめき、次の瞬間には見慣れた神殿へと移動していた。

 この技能は転移する距離に比例して消費する魔力が増えるので、海底の聖域から超長距離の移動をしたので、流石の俺でもかなりMPを削られたが、二週間も寝て回復したので問題は無い。

 

 と、その時だ。神殿の入り口の扉が勢いよく開いて、入ってくる者達がいた。

 二人の子供、アレックスとニーナの兄妹だ。二人は駆け寄ってきて、俺に向かって勢いよく飛びついてきた。

 

「おっと……おいおい、いきなり強烈だな……」

 

 腹に向かって二人がかりの全力ダイブは、小さい子供が相手とはいえ受け止めるのがなかなか大変である。

 と、そこで二人が俺のお腹に顔を埋めたまま、小さな体を震わせて泣いているのに気がついた。

 

「……ごめんな、心配をかけた。でも、ちゃんと帰ってきたからな。もう大丈夫だ」

 

 俺は身を屈めて、二人をまとめて抱きしめた。

 暫くそうやって二人の頭を撫でていると、やがて落ち着いたようで顔を上げてくれた。二人とも、目元や鼻が真っ赤になっている。

 

「母上」

「ママ」

 

 アレックスとニーナが同時に、俺に話しかけた。どうした? と訊くと、二人は声を揃えて、こう言うのだった。

 

「「おかえり!」」

 

「ああ。ただいま、二人とも」

 

 そして次の瞬間、外から大勢の人間達が神殿内へと入ってきた。

 

「お帰りなさいませ、アルティリア様!」

 

「もうお体は大丈夫なのですか!?」

 

「お帰りをお待ちしていました!」

 

 うちの神殿騎士達を先頭に、領主や町長、冒険者に海上警備隊員、領邦軍の軍人に商人達、そしてグランディーノや近隣の町村の住民達と、様々な種類の大勢の人間達が次々と入ってきて、俺に声をかけてきた。

 

「皆ぁ! 女神様のご帰還だ!」

 

「何ぃ!? 仕事なんかしてる場合じゃねえ、全員で盛大にお出迎えをするぞ!」

 

「港の方に居る連中にも伝えろ! 急げ!」

 

 遠くの方からはそんな声も聞こえる。そうしている間にも、次から次へと神殿に人が集まってきた。

 

 ええいお前ら、少し落ち着け! 人が多すぎて神殿のキャパシティを完全にオーバーしてるし、俺は聖徳太子じゃないのでそんな一気に話しかけられても聞き取れんわ!

 

「あーもう、静まりなさいアホ共ぉー!」

 

 こうして、二週間のお休みから復帰した後の、俺の最初仕事は……テンションが上がりすぎた信者達に水をぶっかけて、頭を冷やしてやる事となったのであった。

 実に締まらないが、まあ……これくらいが俺には丁度いいのだろう。

 うちの信者達は俺に似たのか馬鹿ばっかりなので、放っとくと何をしでかすか分かったもんじゃないしな。

 仕方がないので、今後も俺が面倒を見てやろうと思うのだった。

 

 

 

 第一部 完



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第64話 大型新人加入!?※

 ロイド=アストレアは、女神アルティリアに仕える海神騎士団の団長を務める、神殿騎士である。

 紆余曲折の末に海賊に身を堕とした彼とその部下達はある日、女神に命を救われた。それ以来、改心した彼らは世の為人の為、そして敬愛する女神の為に、身命を賭して戦ってきた。

 そして、心身共に成長したロイドは先の魔神将との戦いでは、魔神将の腹心であるA級魔物(モンスター)、『紅蓮の騎士』を一対一の決闘の末に討ち破るという大手柄を上げたのだった。

 とはいえ、手放しで喜んでばかりもいられない。肝心の魔神将との戦いは女神に全て任せる事になってしまったし、彼女の話によれば、あのフラウロスとはまた別の魔神将が、虎視眈々とこの世界を狙って裏で動いているらしい。

 

 また、紅蓮の騎士を倒した際に女神に授かった愛刀を折ってしまったのも、ロイドにとっては痛恨の極みであった。非常に優れた性能の武器である事も勿論だが、女神に下賜された品を破損させてしまったという事実、それ自体が許し難い事である。

 しかし、それを隠し立てする等という不誠実な真似は、尚更許されない。ロイドは意を決して、女神にそれを告白したのだが……

 

「いいでしょう。私に任せなさい」

 

 懺悔じみた武器破損の報告を受け、折れた村雨を受け取ったアルティリアは、事も無げにそう言った。

 

「修理できるのですか!?」

 

 刀身の真ん中あたりから、真っ二つに折れた刀である。ロイドは正直、修復は不可能であると思っていた。

 

「修理……とは違いますね。完全に折れていますし、元通りにするのは不可能です」

 

「そう……ですよね。いえ、それでもまた使えるのであれば……」

 

 アルティリアの言葉を聞いて落胆しそうになるが、気を取り直してロイドはアルティリアに、可能な限り修理して貰うように頼もうとしたが、

 

「なのでこれを(ベース)にして、もっと強い刀を作ります」

 

「えっ」

 

「それに、これを貴方に与えた時には、武器の性能が貴方の力量(レベル)よりも相当上でしたが……今はその逆で、武器の性能が今の貴方の力量に対して、やや物足りない感じになっています。交換する頃合いとしては丁度いいでしょう」

 

 ロイドはこれまでの数多くの激闘や、過酷な訓練、そして決闘によって紅蓮の騎士に勝利した得難い経験により、大幅なレベルアップを果たしていた。

 それによってレベルも110を超え、LAO基準でも一線級の実力に達している。村雨も決して悪い武器ではないが、このまま成長を続ければ、いずれロイドの力量に追いつけなくなるだろう。それを見越して、アルティリアは新たな武器を作る事を提案したのだった。

 

「というわけでロイド、材料は貴方が用意するように。購入しても良いし、自分で採集しても構いません。そこは貴方に任せます」

 

 そんな命令を受けて、騎士団の宿舎に帰ったロイドは団員達を集めて話し合い、その話し合いの結果、次の日には……

 

「みんな鶴嘴(ピッケル)は持ったな! 行くぞォ!」

 

 ロイドの号令と共に、鶴嘴を担いだ数十人の男達が、洞窟へと突入した。彼らはロイドの部下である神殿騎士と、グランディーノの町を拠点とする冒険者達である。

 武器を作る為の素材をどうやって調達するかを話し合った際に、海神騎士団の団員達の中にも、武器や防具を強化・新調する為の素材を欲している者が多く居た事が判明した。

 ついでに冒険者組合に顔を出し、冒険者達に話を聞けば、やはり彼らも装備を強化したいと考えていた為、それならばと合同で素材探しの冒険に出かける事になったのだ。

 海神騎士団の約半数と、冒険者のパーティーが数組という大所帯となった彼らが向かったのは、レンハイムの町の南にある火山洞窟であった。ほんの数週間前に女神と共に進入し、紅蓮の騎士との決闘を演じたあの洞窟だ。

 

「頭上や足元に注意しろよ、溶岩に落ちたら助からんぞ。それと中は相当暑いから、水属性の魔力でシールドを作って熱気を防ぐんだ」

 

 紅蓮の騎士やフラウロスを打倒し、この地方を襲っていた火属性の異様な活性化が無くなった事で、気候は元に戻り、この火山洞窟もかつてのような異常な暑さではなくなった。

 しかし、溶岩の流れる洞窟内が他の場所よりも高温である事は間違いない為、暑さ対策は必須であった。

 

 このダンジョン内の壁や通路に希少な鉱石が点在していたのは、以前探索した時に確認済みである。その時は先を急いでいたので残念ながら無視して進んだが、今回こうして採集する機会に恵まれたというわけだ。

 道中の魔物もなかなか強力であり、希少な鉱石を採取しつつ経験値稼ぎ(レベリング)も出来る為、しばらく通うのも良いと彼らは思った。

 

 魔物を討伐して採集物(ドロップ品)を拾いながら、彼らは鉱石のある場所まで辿り着くと、おもむろに鶴嘴を振るって採掘を試みた。

 その結果……

 

「鉄だ! 良質な鉄鉱石がボロボロ出てるぞ!」

 

「ふっ、甘いな。こっちはレアな銀鉱石を見つけたぞ」

 

「うおっ、何だこれは!? 赤みがかった色の、透き通った水晶みたいな石が出てきたぞ! しかも中から強い火属性の魔力が感じられる!」

 

「何ぃ!? ちょっとよく見せてくれ!」

 

「う、うわああああああ!?」

 

「どうした!? 魔物か!?」

 

「ち、違う! ミスリルだ! 地面を掘ったらミスリル鉱石が出た!」

 

「何だとぉぉぉ!?」

 

 アルティリアの加護によって採集スキルにプラス補正がかけられている事もあって、彼らは良質な鉱石を大量に入手できたのだった。

 更にダンジョン内の魔物からのドロップ品や、ダンジョンに流れ着いた財宝の入った宝箱からも多くの有用なアイテムを入手する事が出来た。今回の遠征は大成功といって良いだろう。

 しかしそれも、無事に戻れたらの話だ。最後まで気を抜かないように指示し、ロイドは彼らを率いてダンジョンの奥へと向かった。

 

 そしてロイド達は、大きな扉のある部屋へと辿り着いた。そこは以前、紅蓮の騎士と決闘をした大部屋だった。

 その部屋の中心には、一本の剣が地面に垂直に突き立てられていた。赤い色の金属で出来た、ブ厚く長い刀身を持つ両手剣だ。刀身に罅が入って損傷しており、持ち主は不在であるが、それでもなお強い存在感と威圧感を放つ大業物。紅蓮の騎士が使っていた大剣だった。

 

「あいつの剣か……。むっ、これは?」

 

 その大剣が突き立てられている場所のすぐ近くに、掌に丁度収まる程度の大きさの球体が転がっていた。傷一つない、真っ赤な球だ。金属のように堅いが、それとは違う未知の材質で出来たそれは、淡い赤色の光を放っていた。

 

「クリストフ、これが何かわかるか?」

 

「……いえ、私もこのようなものは初めて見ました。魔石と似ていますが、中に込められている力は比べ物になりません。恐らくはあの、紅蓮の騎士ゆかりの品と思われますが……」

 

「そうか……」

 

 悩んだ末に、ロイドはその球と、紅蓮の騎士が使っていた大剣を持ち帰る事にした。

 無事にダンジョンを脱出し、希少な鉱石とダンジョン内の財宝を持ち帰った彼らは、レンハイムの町で一泊する事にした。

 レンハイムの町は、空前のお祭りムードだ。魔神将が現れた時の、この世の終わりのような光景を目にした住民達は、最早これまでと諦めに心を支配された。しかし女神がただ一人で魔神将に立ち向かい、彼らを逃がした。

 孤立無援の状況で絶望的な強敵に立ち向かう女神の姿を目にした彼らは、その優しさに応える為にも、誰一人として死なせず、石にかじりついてでも生き延びようと必死に逃げ延びながら、女神の無事と勝利を祈り続けた。

 

 そして、奇跡が起きた。魔神将は女神の手によって討ち滅ぼされ、半月ほど時間は空いたが、女神も無事に戻ってきた。

 魔神将討伐から女神の帰還までの期間は、住民達は彼女の身を案じつつも、それを押し殺して復興に精を出していた。しかしグランディーノに再び女神が降臨したとの知らせを受けた時、彼らは弾けた。

 戦勝&女神復活のお祭り騒ぎでテンションがMAXまで振り切った彼らによって、レンハイムの町は王国内の他の都市がちょっと引くレベルの速度で急発展していた。そしてグランディーノの町は勿論、周辺の町や村も同じような状態になっている。

 それによってケッヘル伯爵領は、GDPが去年の数十倍で王都に迫るレベルという、ちょっと頭がおかしい事になっているのだった。

 ちなみにアルティリアと魔神将フラウロスが戦ったレンハイム近郊の草原は、アルティリアが最後に放った攻撃の影響で巨大な湖になっており、新たな観光名所として話題となっていた。今後その湖は遠方からも多くの観光客が訪れるようになり、それによってレンハイムの町は更に潤うのだった。

 

 レンハイムの町で一泊し、翌日の早朝に出発したロイド達は、数時間後にグランディーノへと帰還した。

 冒険者達と別れ、騎士団宿舎へと戻ったロイドは風呂で身を清め、旅の汚れと疲れを落とした後に、騎士団の制服(騎士団長バージョン)をしっかりと身に付けて、神殿へと足を運んだ。

 

「アルティリア様、ロイド=アストレア以下、神殿騎士十六名、只今戻りました」

 

「お帰りなさいロイド。それで収穫はありましたか?」

 

「はっ、希少な鉱石を数多く入手する事が出来ましたので、これから金属に加工いたします。また、それとは別に……このような物を見つけました」

 

 ロイドはアルティリアに、大剣と赤い球体を差し出した。

 

「……これは」

 

 大剣については、壊れかけてはいるが紅蓮の騎士が愛用していただけあって中々の性能で、修理さえすればまた使えるようになるだろう。重さや大きさが相当な物なので、使える者は限られるだろうが。

 しかし、そっちは言ってしまえばただの剣なのでどうでもいい。問題は真っ赤な球体で、アルティリアはそれに見覚えがあった。

 

「やはり、魔物の核(モンスター・コア)か」

 

 魔物の核(モンスター・コア)は、モンスターという存在の根幹となる物で、人間でいえば心臓や脳のような物である。

 核さえ残っていれば、死んで肉体を失った魔物もいずれ再生は可能である。

 とはいえ、大抵は死亡時に核も同時に砕け散る為、これが残る事は滅多に無いのだが……ごく稀に、強力なモンスターが死亡した時に、無傷のままの核がドロップする事があった。

 そして、その使い道を、アルティリアは知っていた。

 

「では、これらは私が預かりましょう」

 

 ロイドから魔物の核を受け取ったアルティリアは、それを持って神殿の奥へと戻っていった。

 

 退出したロイドは、自室に戻って作業服に着替えた後に、騎士団宿舎内にある工房にて、溶鉱炉で採ってきた金属を精錬する作業に没頭していた。アルティリアの教えにより、彼らは一通りの生産活動が出来るように教育されており、宿舎には立派な工房がある。それを使って騎士達は日夜、自分達が使う装備やアイテムの製作や強化を行なっている。

 その作業を終えて、シャワーを浴びた後に、騎士達と一緒に食堂で夕食を食べた。

 本日のメニューは山菜やキノコを使った炊き込みご飯と、脂の乗った秋刀魚の塩焼き、大根おろし、野菜の漬物、そして豚汁であった。フラウロスが倒されて以降、気候は元通りになって、すっかり秋らしくなった。そんな秋の味覚をふんだんに使った和食の献立に舌鼓を打ち、少し休憩したら訓練でもするかと考えていると、騎士団の宿舎にアルティリアが訪ねてきた。

 慌てて身なりを正して集合する騎士達に、アルティリアは言った。

 

「突然ですが新入りを紹介します。入ってきなさい」

 

 その言葉に従い、一人の人物が宿舎に入ってきた。その姿に、ロイド達は見覚えがあった。

 

「なっ……紅蓮の騎士!? アルティリア様、これは一体……!?」

 

 そう、入ってきた人物とは、赤い全身鎧と顔全体を覆い隠す兜を身に付け、背に巨大な両手剣を背負った巨漢。見間違える筈もない、あの紅蓮の騎士であった。

 しかし以前見た時とは少々、鎧のデザインが異なっており、赤色がベースになっているのは共通しているが、所々に青色のラインが入っているのが分かる。

 

「違います。彼は新人騎士のスカーレット=ナイト君です。貴方達の後輩になるので仲良くするように」

 

「新人のスカーレット=ナイトである。よろしく頼むぞ人間達よ」

 

 仁王立ちしてこちらを見下ろしながら、臆面もなく堂々と宣言するその声は、紅蓮の騎士のものであった。そしてこの自称新人、身長と武器と態度がでかい。

 

「アルティリア様、これは一体どういう事でしょうか」

 

「えっ? だから新人だって……」

 

「いやどう見てもあいつ紅蓮の騎士でしょう!? 何をどうやったら奴が新人騎士などという事になるのですか!?」

 

「チッ、流石に誤魔化されないか……まあいい、ならば説明しましょう」

 

 アルティリアの説明によれば、ロイドが持ってきた赤い球体……死んだ魔物が残した核は、魔力を注ぎ込む事でその魔物を復活させ、仲間にする事ができるレアアイテムであり、それを使って紅蓮の騎士を復活させたとの事だ。

 

 そして復活させた彼と話をしたところ、最初はアルティリアや、この町の者達と敵対した自分が仲間になる訳にはいかないと断ったのだが、そんな彼にアルティリアは、人を傷つけたんならその何十倍、何百倍もの人を護って幸せにすればええやろがい! それが騎士ってモンだろ!(意訳)と説得し、紅蓮の騎士はその言葉を受けてアルティリアに仕える騎士となる事を選んだのだった。

 それを聞いたロイドは、かつて紅蓮の騎士と呼ばれていた男に問う。

 

「問おう。人間達に害する意志や、敵対した俺達に対する怒りや憎しみは無いのか?」

 

「無い。今の我は女神アルティリアによって再構築された存在である故、かつてのような人間に対する敵対心は失われている。また、かつての敗北は騎士として正々堂々と戦った結果。恨みなどあろう筈もない」

 

「続けて問おう。お前の望みは何だ? 何の為にお前は再び生を受け、戦う事を選んだのだ?」

 

「騎士道に殉じ、騎士として正々堂々と戦い、そして今度こそ、騎士として死ぬ為に」

 

「ならば最後に聞こう。女神アルティリア様の忠実なる信徒として、力無き民を守護する騎士として、己が信じる騎士道に恥じない生き方をする事を誓えるか」

 

「誓おう。我が名はスカーレット=ナイト。女神アルティリア様に仕える騎士にして汝らの同胞、天下万民を守護する騎士として生まれ変わる事を、ここに宣言する」

 

「ならばよし! 海神騎士団団長ロイド=アストレアの名に於いて、神殿騎士スカーレット=ナイトの入団を正式に許可する! 異議ある者は今すぐに名乗り出よ!」

 

「「「「「異議無しッ!!」」」」」

 

 こうして、海神騎士団に紅蓮の騎士改め、新人神殿騎士スカーレット=ナイトが加わったのであった。

 

 後日、そんな彼を紹介する為に、ロイドが冒険者組合へと連れていったところ、かつて町を襲撃しに来た紅蓮の騎士を目にし、実際に戦った事のある冒険者達の間で軽くパニックはあったものの……

 

「えっ、ちょっ、紅蓮の騎士……!? 何で……!?」

 

「違います。新人のスカーレット=ナイト君です。紅蓮の騎士じゃないです」

 

「……マ?」

 

「他人の空似です」

 

「………………」

 

 冒険者達はしばらくロイドとスカーレットを交互に見比べた後に、まあ実際に戦って倒したコイツが言うんなら、そういう事でええか……と、考えるのをやめた。

 

「「「「「冒険者組合へようこそスカーレット君! はじめましてよろしくね!!」」」」」

 

 そういう事になった。



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第65話 ニーナ・イン・ワンダーランド※

 ニーナは退屈していた。

 女神アルティリアの養女となり、神殿で暮らす彼女は獣人族の少女である。褐色の肌に赤い瞳、白い髪の持ち主で、頭頂部には猫の耳、臀部からは細長い尻尾が生えている。

 ニーナは普段、動物の世話をしている。神殿で飼育している飛竜や、神殿騎士団員達の馬がその対象だ。

 しかしこの日は騎士達はほぼ全員が仕事で遠出しており、馬も不在であるため手が空いていた。また、養母の女神アルティリアも領主との会談の為にレンハイムの町に赴いている為、不在である。

 一つ上の兄、アレックスも朝起きた時から姿が見えない。きっといつものように港に居るだろうと、ツナマヨと名付けた飛竜に餌を与えてからニーナは一人、港へと向かったのだった。

 

 果たして港に足を運ぶと、予想通りに兄の姿があった。他にも数人、町の子供達が一緒に居るのが見える。彼らは堤防の上で釣りをしていた。

 

「おいアレックス、めちゃくちゃ引いてるぞ!」

 

「竿が物凄くしなってる! 大物か!?」

 

「ああ、かなり重い。お前ら手伝え」

 

 丁度大物がかかったようで、アレックスが周りの子供達と一緒に竿(ロッド)を押さえながら、リールを回して魚を釣り上げようとしていた。

 

「おっ、見えてきたぞ!」

 

「ん……? あれ、なんか赤いぞ!? もしかして鯛じゃね!?」

 

「マジで!? ほんとだ、鯛っぽいぞ!」

 

 水面近くに引っ張り上げる事で姿を現した魚を見て、子供達がわっと歓声を上げる。その渦中にあってもアレックスは冷静だ。

 

「ハンス、あみ」

 

「任せて!」

 

 アレックスの指示で、彼の友人である町の子供、ハンス=ヴェルナーが攩網(たもあみ)――長い棒の先に網が付いた物だ――を構え、アレックスが釣り上げた鯛を網の中へと入れ、持ち上げた。

 

「でっけぇ!」

 

「うおおおお! アレックスすげー!」

 

「どうする!? 食うのか、それとも売るのか?」

 

 少年達は氷を詰めた木箱に釣り上げた鯛を入れ、それを持って市場の方へとまっしぐらに走っていった。それを見送ったニーナは、不機嫌そうに頬を膨らませた。

 

「……むー」

 

 無口だが物怖じしないアレックスとは逆で、ニーナは気が弱く、人見知りが激しい方だ。騒がしい男児達の間に入っていくのに躊躇していたら、話しかける機会を逸してしまったようだ。

 仕方なく港を後にして、アレックス達を追って市場の方に行こうとした、その時だった。何か小さな生き物が、ニーナの目の前を横切っていった。

 

 その正体は、一匹の兎だった。しかし、明らかにただの兎ではない。何故ならばその兎は、燕尾服のようなデザインの服を着て、頭には長い耳の間にシルクハットを乗せていた。更に右手には懐中時計を持っている。

 しかも、あろうことかその兎は、突然人語を喋りだしたではないか。

 

「大変だ、大変だ。このままでは遅れてしまう」

 

 懐中時計の盤面を見ながら、慌てた様子で兎は二本の足で走っていった。そんな異様な生き物を目撃したニーナの瞳が大きく見開かれ、猫耳と尻尾がピクピクと激しく震えた。

 

「変なうさぎさん!」

 

 謎の兎に興味を惹かれたニーナは、それを追いかけて走っていった。

 

「まてー!」

 

 子供とはいえ、獣人族は身体能力や敏捷性に優れている。ニーナは大人顔負けの速さで兎を追いかけるが、しかしその差はなかなか縮まらない。

 いつしか、ニーナは兎を追いかけて森の中へと入っていた。

 そして、森の奥へと入っていったニーナは、兎が洞窟へと飛び込んでいくのを見た。その洞窟の奥は暗く、外からは中の様子が伺えない。

 少しだけ恐怖を感じるが、しかし好奇心が上回ったのか、ニーナは洞窟の中へと飛び込んでいった。

 

 すると、突然視界が切り替わり、ニーナは先程まで居た森とは全く別の場所に立っていた。

 そこは海に浮かぶ、小さな孤島であった。

 

「なんで???」

 

 いきなり森の奥にある洞窟から、海へと移動した事でニーナは混乱ながら周囲を見回した。

 島には木が何本か生えている程度で、他には何もない。背後を見ても、そこには通ってきた筈の洞窟は無く、見知らぬ場所で帰り道すら見つからないという絶望的な状況に、ニーナはパニックを起こしかけるが……

 

「んっ!」

 

 パーン! と、自身の両頬を平手で叩いて気合を入れ、ニーナは周囲をよく観察する。

 

「ピンチのときこそ、おちついてまわりをよくみる!」

 

 養母の教えを口に出し、それを実践すると、島から少し離れた場所に、陸地があるのが見えた。白い砂浜が広がっており、その奥には草原や森が見える。それは最初からそこにあったが、冷静さを欠いた状態のニーナには見えていなかったようだ。

 まずはこの何もない島を離れ、そこを目指すべきだと考えるが、その為の手段をニーナは考える。

 真っ先に思いついたのは泳いで向こう岸まで行く事だが、果たして体力が保つだろうかと不安になる。ニーナはそれなりに泳げはするが、母や兄ほどには泳ぎが得意ではない。それでも他に方法が無い以上致し方なしと、意を決して海に飛び込もうとすると、

 

「キュイー!」

 

 という鳴き声と共に、海面に白いイルカが顔を出した。

 

「いるかさん!」

 

 ニーナが目を輝かせて手を伸ばすと、イルカは人懐っこい様子でニーナの手に顔を擦り付けた。そして、「乗れよ」とでも言いたそうな様子で、海面に浮かんだ状態で背中を向けるのだった。

 ニーナがそっと背中に乗ると、イルカは向こう岸に向かって泳ぎ出した。あっという間に対岸に辿り着くと、イルカはニーナをそっと砂浜に降ろし、背中を向けてクールに泳ぎ去るのだった。

 

「いるかさん、ありがとうー」

 

「キュイッ」

 

 ニーナがそう言って手を大きく振ると、イルカは振り返って、短くひと鳴きすると海へと潜り、そのまま姿が見えなくなった。

 

 イルカを見送ったニーナは、海岸から草原へと移動した。草原の向こうには森があり、その更に向こう側には、丘の上に巨大なお城が建っているのが見えた。

 

「おしろ……きっと人がすんでるよね」

 

 もしかしたら、そこに居る人が家に帰る方法を知っているかもしれない。

 そう考えて、ニーナは遠くに見える城を目指す事を決めたのだった。

 

 

  *

 

 

 そして同時刻。

 世界の中心に位置する孤島・エリュシオン島にて、うみきんぐは崖の上に立ち、眼下に広がる海を見下ろしていた。

 しかしその目に映るのは、目の前の雄大な景色のみにあらず。彼の持つ千里眼は、遠く離れた場所の光景をも正確に観る事ができる。

 

「これは……少々まずいか」

 

 それによって彼は、ニーナの身に何が起きたかを正確に把握していた。それゆえに彼は、このままではニーナの身が危ないと判断し、対応策を講じる必要があると考えていた。

 しかし、彼が持っていた神としての力の大部分は枯渇しており、直接手助けする事は出来そうにない。

 ならばどうするか……と考えていた時、彼に向かって近付いてくる人物が居た。足音に振り返り、その人物の姿を見たうみきんぐは、少しの驚きと共に、

 

「珍しいな、お前がここに来るとは。……行ってくれるのか?」

 

 うみきんぐの問いに、その人物は無言でこくりと頷き……そして、音もなくその姿を消したのだった。



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第66話 きびだんごが無くても魔物はオートで仲間になる※

 遠くに見える城を目指して進むニーナを、物陰からこっそりと監視する者が居た。その正体は二足歩行する、白い体毛と長い耳を持つ、燕尾服とシルクハットを着用した小動物。そう、ニーナがこの謎の場所へと迷いこむきっかけになった、あの兎であった。

 

「まずは計画通り。それにしても、こうも簡単に引っ掛かるとは」

 

 ニタリ……と、可愛らしい兎に似つかわしくない、邪悪で厭らしい笑みを浮かべながら、兎は低い声でそう呟いた。

 

「さてさて……それではお城への道中、せいぜい怖い目に遭ってもらいましょうか」

 

 兎が指を鳴らす。すると、その周りに様々な種類の魔物が出現した。

 

「行きなさい。ただし殺してはいけませんよ」

 

 あくまで生かしたまま、恐怖を与えるように……と、兎は魔物達に指示するのだった。その目に狂気を宿し、醜悪な笑みを浮かべながら。

 

 そんな邪悪な企みがある事など露知らず、ニーナは意気揚々と城への道を進んでいた。

 そんな彼女に向かって、兎の指示を受けた魔物達が、続々と襲い掛かろうとして近付いていった。

 

 それから約1時間後。

 ニーナは白字に黒い縞模様の入った、大型の猫科動物……虎のようなモンスターの背中に乗って、森の中を進んでいた。

 ニーナを乗せた虎を先頭に、豹や狼、猿といった動物系の魔物が何匹も、ぞろぞろとその後に続いている。更に上空では巨大な鷹や隼のような鳥系モンスターが地上を見下ろし、周囲を警戒していた。

 

「どういう……事だ……?」

 

 離れた場所から双眼鏡を使い、その様子を見ていた兎は思わずそう呟いた。

 

「見た目はただの獣人の小娘で、特別な力など感じられないが……なぜ、出会う魔物全てをあっさりと従える事が出来る……?」

 

 ニーナという少女は、魔物調教師(テイマー)が天職と呼べるほどの、それに特化した才能の持ち主だった。そしてその才能は、ニ十頭以上の駿馬や飛竜といった強力な動物や魔物の世話を一ヶ月以上、毎日行なってきた事で磨き抜かれた。

 その結果、幼くして多数の魔物を従える女王が誕生した。

 

 魔物調教師は、その者が持つ高い実力やカリスマによって魔物を従えている者が多い。例えばうみきんぐ等はその筆頭であるが、ニーナの場合はその逆であり、本人はか弱い少女でしかないが、魔物に庇護欲を抱かせる事によって能動的に自身を護らせていたのだった。

 

 そんなニーナを背中に乗せたり、その後ろに付き従う魔物達の心は一つだった。

 

(((俺が守護(まも)らねばならぬ)))

 

 姫君に付き従い、その身を守護する騎士のように、魔物達は強烈な使命感に駆られていた。彼らの脳内には、既に兎によって下された命令など残っていなかった。

 

「ガルルルル(そもそもあの兎野郎、胡散臭くて気に入らなかったしな)」

 

「ワオーン(全くだ。何で俺達があいつの命令なんか聞かなきゃならんのだ)」

 

「グルルゥ(つーか虎、そろそろニーナちゃんを乗せる役目を俺に交代しろ)」

 

 そんな訳で本来ならば邪悪な魔物によって見知らぬ場所へと誘い込まれ、絶体絶命の危機であった筈が、出てくる魔物がオートで仲間になるヌルゲーと化していた。

 こうして、ニーナは何の障害も無く、目的地の城まで辿り着いた。

 

 城の入り口では、二人の兵士が見張りをしていた。しかしその兵士は人間ではなく、それどころか生き物ですら無かった。

 

 トランプのカードが胴体になっており、そこから手足が生え、頭部はトランプのスート(スペードやハート等のマーク)の形をしており、目や口が付いているようには見えない。

 そのトランプ兵の胴体になっているカードは、ハートの2だ。右手に槍を持った二体の兵士は、ニーナ達を見つけると城門の前に立ち、その行く手を阻んだ。

 

「止まれ! ……いや、止まって下さいお願いします!」

 

 大量の魔物達から「テメー何うちのニーナちゃんに命令してんだ殺すぞ」とでも言いたそうな剣呑な目つきで睨まれ、ビビったトランプ兵は慌てて言い直すのだった。しかし腰が引けていながらも城門を死守しようとする気概はあるようで、門の前から退こうとする様子は無い。

 

「こ、ここはハートの女王様の居城である! あなた達は何者で、何をしにここに来たのだ!?」

 

 若干声が震えているが、トランプ兵はニーナにそのような質問をした。

 

「ニーナです。まいごになったので、おうちに帰る道をききにきました」

 

「そ、そうか……それは……大変だな、うん……」

 

 大量の魔物を連れてきたので敵襲かと思えば、ただの迷子であった事に拍子抜けする兵士だったが、しかし彼らは主である女王に、何者も通すなという命令を受けていた。

 

「しかし、すまないが女王様の命令により、ここを通す訳にはいかんのだ」

 

 トランプ兵がそう告げると、ニーナは明らかにしょんぼりした顔を見せた。

 

「ガウッ!(は? お前かわいそうだとか思わないわけ?)」

 

「あおーん!(ここの王様は迷子の女の子を保護する度量もないんか?)」

 

「クエーッ!(つべこべ言ってないでさっさと入れろや!)」

 

 そして次の瞬間には、魔物達がそれに対して一斉に猛抗議を開始した。トランプ兵には何を言っているかは分からないが、明らかに怒っており自分の身がヤバいという事だけは理解できた。

 

 しかしこの魔物達は目の前の少女に従っているようだし、何とか説得して事なきを得るしかないかと思ったトランプ兵だったが、その時だった。

 

「構いません。その者達の入城を許しましょう」

 

 突然その場に、そのような内容の声が響き渡った。声の主は女であった。

 

「じょ、女王様!」

 

 同時に、堅牢な城門がひとりでに開いていった。

 ニーナ達はトランプ兵に案内され、城内へと足を踏み入れ……ハートの女王と対面するのだった。

 

 

   *

 

 

 一方その頃、アルティリアはレンハイムの町、領主の館にて会談を行なっていた。主な話題は近隣の、別の領主貴族との折衝についてだ。

 

 アルティリアが降臨して以来、彼女が最初に降り立ったグランディーノの町や、魔神将との決戦の舞台となった領主の住む都、レンハイムを中心として、その周辺地域であるケッヘル伯爵領が空前の発展を遂げているのは以前述べた通りである。

 それは大変良い事ではあるのだが、それが面白くないという人間も居る。ケッヘル伯爵の領土に隣接する土地を持つ、他の貴族達だ。

 人々を導き、文明を発展させて大いなる恵みをもたらし、そして魔神将という超特大の脅威を退けたという女神の噂は、近隣のみならず王国全土、そして国外にも広がっている。同時に、伯爵領の発展ぶりもだ。

 となれば当然、人が集まる。今よりももっと良い暮らしをしたいと思うのは人間として当然の考えだ。女神のお膝元で繁栄の恩恵にあずかろうと、各地から移住してこようとする者が急増している。

 しかし、そうなると他の領地では人が減る。人が減れば働き手も減り、彼らから取れる税金も少なくなる。他の貴族達が、それを許容できる筈もなかった。

 

 しかし、だからといってケッヘル伯爵に直接文句を言ったり、真っ向から喧嘩を売るような真似をすれば、アルティリアの不興を買いかねない為、そのような行為に出る者は()()()()居なかった。その代わりに彼らは、アルティリアに接近してきた。

 伯爵を通して贈り物をしたり、自身の領土にアルティリアの神殿を作ったりと、様々な手で歓心を買おうとする貴族への対応に、アルティリアは悩んでいた。

 下心が混じっているとはいえ、こちらに対して下手に出て仲良くなろうとしている相手を無下に扱うわけにはいかないが、ある程度の距離感を保って上手く付き合う必要はある。

 そういった貴族への対応について、専門家である領主と話し合っていたところだ。

 

 その話し合いの最中に、アルティリアに対して彼女が使役する水精霊の一体から、念話による通信が入った。

 

「何だと!?」

 

 その内容を聞いた途端にそう叫びながら、思わず椅子から立ち上がったアルティリアを見て、領主が驚きに目を見開く。

 

「アルティリア様、いかがなさいましたか!?」

 

「ん……突然すまない。今、精霊から連絡があってな。ニーナがダンジョンに迷い込んでしまったようなのだ。すまんが急いで救けに行かねばならん。話の続きはまた今度で頼む」

 

「なんと! かしこまりました。どうかお気をつけて……」

 

 アルティリアは領主に別れを告げると、道具袋から一つのアイテムを取り出した。それは、紙で出来た巻物(スクロール)だ。

 『救援の巻物(レスキュー・スクロール)』という名の課金アイテムで、使用する事でフレンドやギルドメンバーの近くへと一瞬で移動する魔法が発動する。

 水精霊の話によれば、ニーナが入った瞬間にダンジョンの入り口が跡形もなく消えてしまい、追跡が不可能になってしまったとの事で、それは通常であればあり得ない現象だ。それは逆に言えば、普通でない事が起きているという事に他ならない。

 

 そんな普通でない事が何故起きたのか。それはニーナという個人が狙われた計画的な犯行であり、その目的は恐らく自身であろうとアルティリアは考えていた。

 そうなると、こうして自分が助けに行く事そのものが、犯人の目的の可能性すらあるが……

 

「だからといって、助けに行かない訳にも行くまいよ。大事な娘が泣いてるかもしれんのだ」

 

 アルティリアは『救援の巻物』を使用し、それによって発動した転移魔法によって、領主の前から一瞬で姿を消したのだった。



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第67話 玉兎の拳 ~異世界先輩伝説~※

 トランプ兵に案内され、ニーナは城内へと足を踏み入れた。魔物は城門付近で待機しており、ついて来てはいない。入城を許されたのはニーナだけであり、魔物を城内に入れる事は流石に許されなかったからだ。

 

「こちらで女王様がお待ちです」

 

 先導するトランプ兵により、城内の一室へと案内されたニーナを出迎えたのは、この城の主であるハートの女王だった。

 妙齢の、妖艶な美女であった。豊満な肢体を豪華なドレスに包み、金色の長い髪の上には、色とりどりの宝石をあしらった王冠が載せられていた。

 椅子に腰かけ、テーブルを挟んでニーナと向かい合った女王は、着席を促した。ニーナが女王の対面にある椅子に座ると、控えていたトランプ兵が空のティーカップに紅茶を注いだ。

 

「我が居城へようこそ、小さなお客人よ。妾がハートの女王である」

 

「ニーナ、です。おまねきありがとうございます」

 

 ニーナがぺこりと頭を下げると、女王は薄っすらとした笑みを口元に浮かべた。

 

「さて、いきなり本題に入るのも無粋であろう。まずはお茶会を楽しもうではないか」

 

 女王に促され、ニーナは目の前のテーブルの上に置かれたティーカップに目をやれば、先ほど注がれた琥珀色のお茶が湯気を出している。テーブル全体を観察してみれば、花瓶に活けられた赤い薔薇の花や、クッキーやケーキといった洋菓子が皿に乗っているのが見える。

 女王は人畜無害な穏やかな笑みを浮かべており、こちらに悪意があるようには見えない。勧められた物に手をつけないのも失礼と思い、ニーナは紅茶の入ったカップに手を伸ばし、それを口元へと運び、カップの縁に唇をつける。

 

 その瞬間、ニーナは首筋に、ぞくりとした寒気を感じた。まるで冷たく光る刃を首筋に押し付けられたような、濃密な死の気配に猫耳と尻尾が逆立った。

 飲む寸前だったティーカップを慌ててテーブルに戻し、女王の顔に視線を送る。するとそこにあったのは、さっきまでの人の好さそうな笑顔とは違う、口が三日月のように大きく耳の近くまで裂けた、悪意に満ちた醜悪な笑みであった。

 

「おっと」

 

 ニーナの視線に気付くと、女王は頬に手をやり、表情を元の笑顔へと戻した。あっという間に少し前と同じ、上品な美女の顔へと戻ったが、ニーナにとってはその変わりようが一層恐ろしい物に見えた。

 

 もはや疑いようがない。目の前にいるのは、こちらに悪意を持った敵だ。ニーナは椅子を蹴り倒すくらいの勢いで立ち上がり、女王から距離を取った。

 

「おやおや、ばれてしまいましたか。いけませんね、どうも。あと少しで目的が達成できると思ったら、どうにも堪えきれませんでした。これはうっかり」

 

 無機質な声で、先ほどまでとは違った口調でニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべながら、女王はニーナのティーカップを手にとり、少女が飲まなかった紅茶を一気に飲み干す。ちなみに飲んだのは、ニーナが口を付けたのと同じところからだ。

 

「フゥ~、やはり麻痺毒入りの紅茶の味は格別ですなァ~。舌がピリピリ痺れて実にデリシャス!」

 

 ゲラゲラと笑うハートの女王を怯えた目で見ていると、突然その場に現れた存在があった。それは、ニーナが追いかけていた、燕尾服を着た兎であった。

 その兎は突然現れると、フレンドリーにハートの女王へと話しかけるのだった。

 

「やれやれ、計画に失敗した癖に随分と良いご身分ですな。ワタクシを差し置いて一人で猫耳幼女との間接チッス付きの毒入り紅茶を楽しむとは」

 

「おや、これは失礼。代わりにこちらの毒入りケーキはいかがかな?」

 

「では有難くいただきましょう。びゃあああうまいいいいい」

 

 兎は勧められた毒入りケーキを手掴みで下品に貪り、歓声を上げた。そして女王と共にゲラゲラと哄笑を上げる。

 ひとしきり笑った後に、一人と一匹は同じタイミングで笑うのを止め、同時に怯えるニーナに顔を向けた。

 姿や声こそ違うが、口調や動きが全く同じで、感じる気配も同じ。まるで同一人物のような印象を受ける。

 

「さて、もう茶番はよろしいでしょう」

 

 兎が言うと、女王もそれに同意する。

 

「そうですな。なかなか楽しかったので、もう少し続けたい気持ちもありますが……目的を優先させるといたしましょうか」

 

 そして、彼らの姿が変化する。鏡合わせのように同じポーズを取った兎と女王の姿が、黒い燕尾服とシルクハットを着て、顔に仮面を付けた長身痩躯の男へと変わった。

 仮面は兎だったほうが笑った顔で、女王だったほうが泣き顔の物を付けていた。それぞれ額の部分にCXⅢとLⅡという文字が書かれている。

 

「改めてご挨拶いたしましょう、ハートの女王改め地獄の道化師(ヘルズ・クラウン)52号!」

 

「そしてワタクシが、白ウサギ改め地獄の道化師113号!」

 

 彼らの正体は、かつてアルティリアに敗北し、グランディーノの住民達によってボコボコにされて死んだ地獄の道化師……その分身体であった。

 彼らの目的はただ一つ、憎き女神への復讐である。そんな彼らが目を付けたのが、アルティリアの養子であり、無力な幼い子供にすぎないアレックスとニーナであった。清々しいまでのゲス野郎である。

 

「ところで、兄のほうを誘拐しに行った34号がやられたようですな」

 

「どうやらガキと精霊と冒険者達に集団でボコられて死んだようですな。なんと情けない。しかし奴は我々の中でも一番の小物」

 

「感覚の共有をOFFにする術を身に付けた我々は痛くも痒くもありません。ゆえに全く問題なし! しかし同胞がやられた恨みを、この少女にぶつけて晴らすべきでは?」

 

「おやおや、それはいけませんよ52号。どうせやるなら痛めつけるのはあの女神の前でやるべきです。どうも貴方はせっかちでいけませんね」

 

「そうでしたね。これは失礼」

 

 再び顔を見合わせてゲラゲラ笑う二人の道化師。その隙にニーナは彼らに背を向け、部屋から脱出しようとするが……

 

「あかない!?」

 

 扉は施錠されており、開かなかった。それならばと小さな体で体当たりをして扉を破ろうとするが、びくともしない。

 

「おっと逃がしませんよ。その扉は魔法でロックしてあります。そもそもここはワタクシが作った迷宮(ダンジョン)の中ですので、大抵の事はワタクシの思い通りになるのですよ。ほら、このように」

 

 地獄の道化師52号がそう言って指を鳴らすと、床を突き破って植物のツタが何本も伸びてきて、ニーナの手足に巻き付いた。

 ニーナはじたばたと暴れて拘束を解こうとするが、非力な少女の細腕ではそれは叶わなかった。

 

 もはやこれまでかと思った、その時だった!

 

 ガシャーン! と、大きな音をたてて窓ガラスを突き破り、乱入してきた人物が居た。

 

「ヌッ!?」

 

「何者!?」

 

 突然の乱入者に、二人の道化師が全く同じタイミングで振り返る。ニーナも同じように、その者へと視線を向けた。

 

 窓ガラスをブチ破り、その勢いのままテーブルを引っ繰り返したその人物が、ゆっくりと立ち上がり、その姿があらわになる。

 

 まさか、あの女神が来たのかと地獄の道化師達は警戒し、ニーナは母が来てくれたのかと期待していたが、その人物はアルティリアではなかった。

 

 それは、兎であった。いや、より正確に言えば、白い兎の着ぐるみを着た人物であった。身長は170センチと少し。直立した長い兎の耳を入れれば180センチほどの、二足歩行するぬいぐるみの兎である。

 その兎の頭の近くには、二つの球体が浮遊していた。SFチックな機械仕掛けの黒い金属球体の表面には、それぞれ「先」「輩」のホログラフィック文字が浮かんでいた。

 

「わたしは兎先輩(ウサギセンパイ)である」

 

 機械合成音声によって、その兎の着ぐるみ……兎先輩が名乗りを上げた。

 

「無垢な少女を攫おうとする不届き者め、義によって成敗いたす」

 

 兎先輩が両手を前に突き出してファイティングポーズを取り、同時にその両脇に浮かぶ機械球体……『先輩玉』がそれぞれ、赤と緑色に発光した。

 

「兎先輩だか何だか知りませんが、あの女神でないなら問題無し!」

 

「いでよトランプ兵! あの妙な着ぐるみ野郎を始末しなさい!」

 

 地獄の道化師52号の号令で、多数のトランプ兵が室内に召喚され、それらが一斉に兎先輩へと襲い掛かった。

 

 ……もしもその光景を、アルティリアや他のLAOプレイヤーが見ていたら、「馬鹿め」と呆れた事だろう。

 この兎先輩という人物は、アルティリアが「無策で正面から殴り合ったら絶対に勝てない相手」の一人に挙げる程の、LAO内でも有数の一級廃人の一人であり、「絶対に敵対してはいけないPCリスト」の筆頭格でもある。

 そして、うみきんぐの要請に応えて、ニーナを救出する為にやってきた者こそが、この兎先輩であった。

 

 多数のトランプ兵が、武器を構えて兎先輩へと殺到する。それを前に、兎先輩はとある技能(アビリティ)を発動させた。

 

「どうだ、たった一人でこの数に勝てるかぁーッ!?」

 

「ならば、こちらも数でお相手しよう」

 

 兎先輩が発動させた技能は、機工師系の最上位職『機工神』の技能『軍団召喚(レギオンコール)』。その効果は、自身が製作した自律兵器の軍団を、その場に召喚するというものだった。

 

「いでよ、機械兎軍団(メカウサ・レギオン)!」

 

 その声と共に、50匹ほどの小さなロボット兎の軍団が、兎先輩の周りに召喚された。

 

「メカウサ!」

 

 そんな鳴き声と共に、機械兎たちが一斉に人参型ミサイルを発射する。それらがトランプ兵に着弾し、爆発。室内は爆炎に包まれた。

 そしてその爆発に紛れ、兎先輩は音もなく一瞬でニーナの元へと移動すると、その拘束を解いて彼女を救出するのだった。

 お姫様抱っこでニーナを抱き上げ、兎先輩は素早く元の位置へと移動した。

 

「もう大丈夫だ。危ないから少し下がっていなさい」

 

 ニーナを優しく床に下ろし、兎先輩はそう告げると地獄の道化師達へと向き直った。その部下であるトランプ兵達は、人参ミサイルによって全滅していた。

 

「あ、ありがとう、うさぎさん!」

 

「どういたしまして。だが私を呼ぶ時は、敬愛を込めて兎先輩と呼びなさい」

 

「うさぎせんぱい!」

 

「うむ。先輩に任せたまえ。後輩を護るのは先輩の役目だからね。さて……」

 

 着ぐるみなので表情は変わらないが、兎先輩が二人の地獄の道化師を睨みつけた……ように見えた。

 

「悪事を働いた後輩を罰するのもまた、先輩の使命である。かかって来るがいい」

 

 それに対し、地獄の道化師達は……

 

「何が先輩だこのウサ公!」

 

「調子に乗るなよ変態着ぐるみ野郎がーッ!」

 

 同時に『短距離転移(ショートテレポート)』を発動し、兎先輩に対して左右から一斉に襲いかかった。その右手には、魔力で作られた鋭い鉤爪が装着されている。並の戦士が相手ならば一瞬でズタズタに切り裂ける程の切れ味を誇るその爪による攻撃は、残念ながら当たる事はなかった。

 

「破ァッ!!」

 

 兎先輩が、気合の入った掛け声を放つと、先輩の左右に浮かんでいた先輩玉が、左右に向かってそれぞれ光線(ビーム)を放った。それが、丁度先輩の左右から襲い掛かろうとしていた地獄の道化師達に命中し、その動きを止める。

 

「「う、動けん!?」」

 

 先輩玉が放った光線は、地獄の道化師の経絡秘孔を機械特有の精密無比なエイミングによって寸分違わず突いており、それによって敵の動きを止め、また次に受けるダメージを倍加させる。

 

「『玉兎(ぎょくと)破岩拳(はがんけん)』!」

 

 そして無力化された地獄の道化師に向かって、兎先輩が左右にそれぞれの腕を振るい、衝撃波を放った。それが正中線へと綺麗に命中すると……

 

「い、痛い! 体が割れるぅぅぅぅっ!?」

 

「ぎゃ、ぎゃあああああっ! い、いだあああああっ!」

 

 地獄の道化師の体に、真ん中からまっぷたつに割れるように、激痛と共に亀裂が走っていった。あまりの痛みに悶えながら、地獄の道化師の体がバラバラになっていく。

 

「げばぼぁっ!」

 

「えびゃおっ!」

 

 断末魔の奇声を発しながら、地獄の道化師52号と113号は絶命した……かと思われたのだが、彼らは死んではいなかった。

 ただし、無事かと言われればそうではない。その姿は、地獄の道化師113号がニーナをこのダンジョンへと誘い込む為に変身した姿……燕尾服を着てシルクハットを被った、小さな白い兎の姿へと変わっていた。

 兎先輩は、兎と化した地獄の道化師達の体を掴み上げ、取り出した小動物用のケージへと入れた。

 

「ま、待て! ワタクシ達をどうするつもりだ!?」

 

 死んだと思ったら突然兎の姿に強制的に変身させられ、任意で変身が解除できなくなっている上に捕獲されて檻に入れられた事で、思わずそう質問する地獄の道化師に対し、兎先輩は言った。

 

「お前達を兎の国に連れていく」

 

 こうして、地獄の道化師の企みは失敗し、自分達が連れ去られる事になった。そして2体の分身体はこの世界から消え去り、代わりに兎の国(?)に兎が2匹増えたのだった。



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第68話 どけ! 俺はお母さんだぞ!

 巻物の効果で転移した俺は、見知らぬ場所へと転移していた。周囲を観察すれば、すぐ近くに立派な城が建っているのが見えた。

 ニーナの気配を探ってみると、どうやらあの城の中に居るようだ。俺は早速、城に足を進める。急ぎ足で城門に向かうと、そこには門を守護するトランプの兵隊と、彼らと対峙するようにして門に視線を向けている、動物型の魔物達の姿があった。

 

「止まれ! 何者だ!?」

 

 槍を構えたトランプ兵達が俺を見つけ、そう言って俺の行く手を阻んできた。

 

「ニーナの母親だ。うちの娘が迷子になったようなので、引き取りに来た。門を開けてくれ」

 

 俺はそう言って、通すように要求したのだが、それに対するトランプ兵達の反応は……

 

「ならぬ! 何人もここを通すなという命令が出ており、女王様は現在取り込み中だ!」

 

 という、強硬なものだった。

 

「ならば今すぐニーナを返してもらおうか。娘を返してくれるなら用は無い。大人しく引き返そうじゃないか」

 

「……そのような娘は知らぬ!」

 

 改めてニーナを返すように要求したが、兵士は知らぬ存ぜぬと言い張った。しかしニーナがこの城に居る事はわかっている。

 よって、こいつらは悪意をもって俺に嘘をついている、敵である事が明白となった。

 ならば実力行使だと、俺は三叉槍を取り出して構えたのだが、その前に、

 

「グルァアアアアアッ!」

 

 魔物達が、一斉に怒号のような咆哮を上げながら、兵士達に襲い掛かった。

 いきなり魔物に噛みつかれた事で、兵士達はパニックになりながら悲鳴を上げている。

 

「お前達、もしかしてニーナと一緒にここに来たのか?」

 

 ニーナのメイン職業(クラス)魔物調教師(テイマー)である事や、この魔物達が兵士達と敵対しているように見えた事、そして兵士の嘘に反応して襲い掛かった事から俺はそう推測し、魔物達に訊ねてみた。すると、魔物達は俺の問いに対し、喉を鳴らしたり、鳴き声を上げたりしながら頷いた。

 

「ならば一緒に来なさい。ニーナを迎えにいくぞ」

 

 言いつつ、俺は槍を振るう。目にも留まらぬ高速の穂先が生み出す真空波と共に、水を薄い刃状にして放ち、城門の扉を切り刻んでバラバラに解体する。

 

「行くぞ」

 

 城門を超え、城内へ。俺は広いエントランスホールへと足を踏み入れた。すると、

 

「曲者!」

 

「ものども、であえ、であえ! 侵入者を捕えよ!」

 

 どこから出てきたのか、トランプ兵の大群がワラワラと集まってくる。

 

「どけ! 俺はお母さんだぞ!」

 

 槍を横薙ぎに一閃し、突っ込んできた十数人の集団を纏めて吹き飛ばし、同時に後ろで弓を構え、番えた矢をこちらに向けていた部隊の頭上に大水球を落として壊滅させる。

 

「馬鹿な、一瞬だと!?」

 

「なんという強さと乳のでかさだ……数字の小さい兵士では相手にもならぬ……」

 

「くっ、こうなったら仕方がない、絵札の皆様をお呼びしろ!」

 

 次に出てきたのは、ハートのジャック、クイーン、キングのトランプが胴体になった、一回り大きなトランプ兵達だった。

 

「侵入者よ、なかなかやるようだがここまでだ」

 

「我らが来たからには、貴様の命運ももはやここまで」

 

(ナイン)10(テン)。お前達も来い。あれをやるぞ!」

 

 ハートの9と10も戦列に加わり、5体のトランプ兵が横一列に並んだ。

 

「くらうがいい、我らの最強の奥義! 『ストレート・フラッシュ』!!」

 

 赤、青、黄、緑、白の五色の光線をそれぞれが放ち、それを一つに束ねた虹色のぶっといビームになった。それが俺に襲い掛かってくる。なるほど、5体のモンスターによる合体技であり、ポーカーでも最強クラスの役の名を冠するだけあって、なかなか大した威力のようだ。

 

「はい『水鏡反射(リフレクト・ミラー)』」

 

 だが無意味だ。

 そんな出が遅い上に反射無効も付いてない技が俺に効くわけがなかろう。

 

「「「「「グワーッ!!」」」」」

 

 魔法で跳ね返された自分達のビームが直撃し、5体の上級トランプ兵が無惨に爆発四散した。

 

「ば、馬鹿な……絵札の方々があっさりと……」

 

 それを目撃した下級トランプ兵が絶望に膝を付き、これで終わりかと安心しかけた時だった。

 

「やれやれ、情けない奴らだ」

 

「しかしこうなった以上、我々が出る他あるまい」

 

「トランプ兵の中でも最強の我らがお相手しよう」

 

「侵入者よ、覚悟するがいい!」

 

 現れたのは、スペード、クラブ、ダイヤ、ハートの図柄を持つトランプ兵が1体ずつ。それぞれの図柄はバラバラだが、数字は統一されていた。その数字はトランプの中でも最強……すなわち、(エース)であった。

 四体のエースが、俺を四方から取り囲む。

 

「待ちな! この敵はお前達四人をもってしても厳しいだろう。ここは俺も手を貸すぜ」

 

「あ、貴方は……ジョーカー隊長!」

 

 更にジョーカーの絵柄を持つ、特に強そうな1体のトランプ兵が増援として現れた。

 

「行くぞ! 皆の心と力を一つに合わせるのだ! そうしなければ奴には勝てぬ!」

 

「はい、隊長!」

 

「「「「「『ファイブ・オブ・ア・カインド』!!」」」」」

 

 まるで戦隊ヒーローみたいなやり取りの後に、合体技を繰り出してくる四体のエースとジョーカーだったが、

 

「『激流衝(アクア・ストリーム)』!」

 

 残念ながらこいつらはただのモンスターであり、何百匹集まろうが俺に勝てるような相手ではない。上級魔法一発で吹っ飛ばして終わりだ。

 まあ俺に上級使わせただけでも大したもんじゃないかね、うん。

 

「無駄に時間を使わせられたな。急ぐぞ」

 

 周りの雑魚共も纏めて吹き飛ばし、無人となった大広間を後にして、俺は城の奥へと進んだ。

 時々、散発的に襲ってくるトランプ兵を瞬殺しながら進撃し、やがて俺はニーナが居るであろう部屋まで辿り着いた。

 扉にかかっている施錠の魔法を解除し、勢いよく開いた。その瞬間、俺の目に映ったものは……

 

「玉兎破岩拳!」

 

 両サイドから襲い掛かろうとしていた地獄の道化師(恐らく分身体)に奥義を放つ、白い兎の着ぐるみであった。

 

「う、兎先輩……!?」

 

 特徴的すぎて見間違えようもないその姿は、俺がよく知る超一級廃人、兎先輩に間違いない。しかし、どうして兎先輩がここに……?

 

 小兎化した地獄の道化師をケージに納めた兎先輩は、そこで部屋の入り口に立つ俺へと視線を向けた。

 

「やあ、久しぶりだねアルティリア君。だが旧交を温める前に……ニーナ君、お母さんが迎えに来たよ」

 

「あ、ママー!」

 

 ニーナが俺を見て駆け寄ってきて、胸にダイブしてきたのをしっかりと受け止める。どうやら怪我は無く、無事な様子を見てほっとした。

 

「助けに来るのが遅くなってごめんな。でも今度からは、一人で変なのについて行ったら駄目だぞ。せめて誰かに声をかけて一緒に行くように。いいね?」

 

 ニーナが俺の胸に顔を埋めたまま頷くのを見て、俺は兎先輩に向き直った。

 

「兎先輩、この度はうちの娘が大変お世話になりました。なんとお礼を言えばいいか……」

 

「気にする必要はないさ。後輩を助けるのは先輩の役目だからね」

 

 頭を下げて謝意を伝える俺に、兎先輩は気にするなと言い、着ぐるみを着ているので表情は変わらないが微かに笑ったように見えた。

 

「しかし兎先輩、どうしてここに?」

 

 どうやってここに来たのかはあえて聞かない。この人は恐らくキングと同類で、常識が通用しないタイプの御方だ。

 

「キングだからだ!」

 

 という、キングがよく口にするあれと同じで、

 

「先輩だからね」

 

 と返されるのがオチである。だが、手段はともかくとして理由は気になるところだった。

 

「うみきんぐ君のところに依頼の品を納品しに行った時に、困っているようだったからね。聖域から動けない彼の代わりに、先輩が動いたという訳さ。久しぶりに君にも会いたかったしね」

 

「そうでしたか……キングにも世話になりっぱなしだな。今度改めて礼をしないと……」

 

「彼にとっては、君達が元気でいる事が一番のお礼だろう。仲間と離れて見知らぬ土地で神様として頑張っている君の事を、気にかけているようだった」

 

 そこで兎先輩は、どこからか1メートル四方ほどの大きさの、なかなか大きい黒い立方体を取り出した。どうやら機械製品のようで、幾つもの細かい部品の集合体のようで継ぎ目がある。

箱の正面には、兎と歯車をモチーフにした絵……兎先輩がギルドマスターを務める、ギルド『兎工房(ラビットファクトリー)』のギルドエンブレムが描かれていた。

 

「兎先輩、その四角いのはいったい」

 

「折角会えたことだし、君にプレゼントだ」

 

 兎先輩は四角い金属の箱のような物を床に置き、次にタブレット端末のような薄い板状の機械を取り出し、着ぐるみの手でそれを器用に操作する。

 すると、ウィーン……ガシャコン! プシュー! ブッピガァン! という音をたてて、謎の立方体が変形した。

 十数秒後、そこにはコンロやオーブン等が一通り揃った調理設備が姿を現していた。

 

「更にこうだ」

 

 続けて兎先輩が端末を操作すると、今度は同様の工程を経て、鍛冶用の溶鉱炉や金床になった。更にミシンや裁断機、挙げ句の果てには印刷機や旋盤、溶接機といったハイテクな物にまで姿を変える。

 

「これは万能製作ツール『Rabbit 3.0』。本来はうちのギルド専用の製作ツールであったRabbitシリーズを、一般販売用に小型化・低コスト化した物さ」

 

 兎先輩のギルド『兎工房』は前々から謎の技術で変な機械製品を作って販売したり、他にはない兵器の製造・運用を行なっていたのは知っていたが、まさかこんな物まで作っていたとは……

 兎工房のギルドハウス(という名の工房)は部外者が一切立ち入る事は禁止されている為、中がどうなっているのかは不明だったが……恐らくはこれと似たような設備が大量にあるのだろう。恐ろしい事だ。

 ちなみに、兎工房のメンバーは全員が兎の着ぐるみor兎耳のヘアバンドを着用おり、そして何らかの製造技術を極めた変態技術屋集団である。

 

「しかし兎先輩、こんな凄いの貰っちゃっていいんです?」

 

「うむ。実はさっき言った、うみきんぐ君への用事というのはね……これを彼のギルドである、OceanRoadに納品していたのさ。遠くにいるとはいえ、君もそのメンバーの一人だ。受け取る資格はあるだろう。お代は既に彼から貰っているので、遠慮なく受け取ってくれたまえ。マニュアルは操作端末に入っているので、一緒に君の神殿に送っておこう」

 

 兎先輩が手をかざすと、再び元の箱型に戻ったRabbit 3.0はその姿を消した。グランディーノにある俺の神殿へと転送されたのだろう。

 

「では、さらばだ。兎先輩はいつでも君達を見守っているよ」

 

 最後にそんな事を言い残して、兎先輩は手を振りながら大きく跳躍し、空へと消えていった。向こう側へと帰っていったのだろう。

 

「私達も家に帰ろうか、ニーナ」

 

 俺もニーナを連れて神殿へと戻り、こうしてニーナ誘拐未遂事件は終わりを告げたのだった。

 ニーナが手懐けた動物型の魔物達は、結局そのまま神殿で飼う事になり、飛竜(ドラゴン)のツナマヨを筆頭(リーダー)にしたニーナ親衛隊が結成された。

 



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第69話 むかしむかし、あるところに

 それから数日後。

 俺はアレックスとニーナ、それから海神騎士団のメンバーを集めて、あるイベントを開催していた。

 

「今日は満月なので、お月見をします」

 

 お供え用の月見団子とススキ、芋や果物、酒を祭壇に供えた上で、各自に餅と酒(子供のアレックスとニーナ、未成年のリンにはお茶)を配る。

 

「アルティリア様、お月見とは?」

 

「私の故郷にある風習で、満月の日にお供え物をして無病息災や豊作を祈り、夜空に浮かぶ綺麗な月を見上げながら家族や友人、仲間と共に心穏やかに過ごす行事の事です。主に秋……丁度今の時期に行われますね」

 

 ロイドの質問に答えると、彼は感心したように頷いた。

 

「そのような風習が……なるほど、確かに今の時期は月がはっきりと綺麗に見えますね」

 

 地面に敷いたシートに座り、月を見上げながら団子を一つ摘んで口に放り込む。うむ、会心の出来だ。

 そして杯を傾け、酒を飲み干す。うまい。

 俺の杯が空になったのを見て、ロイドが酒を注いできた。お返しに俺もロイドに酒を注いでやる。ロイドは最初は畏れ多いとか言って遠慮していたが、こういう時は断るほうが無粋だと言って半ば無理矢理注いでやった。

 

 そうしていると、ニーナが俺のそばに来て、月を指差してこう言った。

 

「ママ、うさぎせんぱい!」

 

 見れば、満月には兎のように見える模様が浮かび上がっていた。

 

「ああ。兎先輩も今頃、あっちで楽しくやっているだろうね」

 

 頭を撫でながらそう言ってやると、ニーナは嬉しそうに笑った。

 

「言われてみれば、確かに兎みたいな模様ですね」

 

「月に兎か……もしかして本当に居たりして」

 

 騎士団員達がそう話しているのを聞いて、俺は口を挟んだ。

 

「居ますよ。兎先輩は月で暮らしています」

 

 俺の発言に、一斉に驚愕の声が上がった。

 

「アルティリア様、それは真ですか!?」

 

「兎先輩というと、ニーナを助けてくれたという、アルティリア様の御友人の事ですよね!?」

 

「いや待て、アルティリア様の御友人という事は、その方もまた神……月に住んでいても不思議ではないのでは」

 

 口々に疑問を口にしながら、気になると目で訴える彼らに、俺は話をしてやる事にした。

 

「では、昔話をしましょうか。まだ神々が地上で人と共にあった頃の話です」

 

 俺の言葉に、その場の全員が期待に目を輝かせる。特にクリストフとニーナの食い付きが尋常じゃない。

 そんな彼らを前にして、俺はゆっくりと語り始めるのだった。

 

 

  ※

 

 

 むかしむかし、まだ神と人が共に暮らしていた頃。

 あるところに、兎と、狐と、猿がいました。

 共に野山を駆け、気ままに暮らしていた3匹の獣達でしたが、そんな彼らの前に、一人の旅人があらわれました。

 旅人は力尽き、今にも倒れてしまいそうなほどに弱り切っていました。

 

「この人を助けよう」

 

 3匹の獣は、力を合わせて食糧を集め、旅人に与えようとしました。

 猿は高い木に登って木の実を集め、狐は川で魚を捕って、それぞれ旅人に与えました。

 しかし兎は、どんなに頑張っても、何も用意する事ができませんでした。

 己の無力さを嘆く兎でしたが、そうしている間にも旅人は弱っていきます。

 兎は意を決して、狐と猿にこう言いました。

 

「友よ、ひとつ頼みがあるのだが、焚き火を焚いてくれないか」

 

 狐と猿は、いったいなぜ? と思いながらも、友達の頼みを聞き、火を焚きました。その火をじっと見つめて、兎は言いました。

 

「最後に、もうひとつだけ頼みがある。私をこの方に与えてほしい」

 

 そう言い残して兎は、狐と猿が止める間もなく、燃え盛る火の中へとその身を投げたのでした。

 猿と狐は泣きながら、友の最期の頼みを聞き、その肉を旅人に与えました。

 

 それによって、死の淵にあった旅人は力を取り戻します。それは、肉を食したからというだけではありません。兎の献身と愛こそが、旅人の力となったのです。

 

 力を取り戻した旅人は、その姿を変え、正体を現しました。

 旅人の正体は、魔神将が率いる軍勢との大戦で傷つき、その力の大半を失った神でした。名を、帝釈天(インドラ)。雷を司る大神です。

 戦には辛くも勝利し、魔神将の軍勢を打ち滅ぼし、魔神将の本体も次元の狭間へと追い返す事ができましたが、その代償として力を使い果たし、自らに信仰という名の力を与えてくれた人々をも戦で失ったその神は、心身共に傷つき、滅びを迎えようとしていました。

 しかしそんな彼を、一匹の兎がその命を使って救ったのでした。

 

「兎よ、お前の献身はこの世の何よりも美しく、お前の愛は何よりも尊いものだ」

 

 神は涙を流し、兎の献身に報いようと力を使いました。

 神に導かれ、兎の魂は天へと昇り、そして月へと辿り着きました。

 

 こうして、兎は月で新たな生を受け、そこで暮らすようになりました。

 今も兎は月明かりと共に、地上の人々を優しく見守っています。

 

 そして、兎が月で暮らすようになってから、長い年月が経った後。

 地上から、月へと移住してくる者達がいました。

 それは傷つき、力のほとんどを失った月の神と、その信者達でした。

 

 地上から月へと退避し、そこに安住の地を求めようとしていた彼らを、兎が出迎えました。

 傷ついていた彼らを歓迎してあげようと思っていた兎でしたが、彼らは突然現れた兎に驚いて、こう言いました。

 

「う、兎!? どうして月に兎が!? いったい何者だ!?」

 

 そんな彼らに、兎は言いました。

 

「わたしはこの月で暮らす兎である。月は帝釈天(インドラ)様より認められた、このわたしの棲家であり、わたしは君達の先住者である」

 

「よって、わたしの事は敬愛を込めて、兎先輩と呼びなさい」

 

 という、お話でしたとさ。

 めでたし、めでたし。



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第70話 新しい武器を使ってみたくなる気持ちはわかる

 俺の神殿がある小高い丘の麓には、海神騎士団の本部がある。

 そこにある訓練所は、学校の体育館よりもう少し広いくらいのスペースがあって、団員達が日々、武器術や体術の訓練に明け暮れている。

 その中央で、二人の男が向かい合っていた。

 一人は長身で、精悍な顔つきの茶髪の若い男だ。見た目よりもずっと軽い、ミスリル合金製の青みがかった銀色の金属鎧の上にサーコートを着用しており、両手に刀を握って正眼に構えている。

 海神騎士団の団長、ロイド=アストレアだ。

 それに相対するのは、赤い全身金属鎧(フルプレートアーマー)を着て、頭部全体を覆い隠す兜を被った巨漢。両手で持った幅広でブ厚い刀身の大剣を、右肩にかつぐようにして構えている。

 彼の名はスカーレット=ナイト。最近、新たに海神騎士団に入団した騎士であり、かつては魔神将フラウロスの腹心、紅蓮の騎士という魔物であった事は公然の秘密となっている。

 

「ゆくぞ、ロイド!」

 

「かかって来い、スカーレット!」

 

 どうやら二人は模擬戦を行なうようだ。他の団員に聞いてみれば、あの二人は毎日こうやってタイマンバトルを繰り広げているらしい。

 戦績は6:4の割合でスカーレットがやや勝ち越しているが、毎回かなりの接戦になっており、筋力や耐久力といった地力の差で勝るスカーレットに対して、多彩な技と器用さで食い下がるロイドといった図式になっているようだ。

 

「ぬうんっ!」

 

「せいやあっ!」

 

 スカーレットの大剣による豪快な一撃を受け流し、ロイドはカウンターを仕掛ける。しかしスカーレットはカウンターを被弾する事を覚悟の上で、強引に押し切る作戦に出たようだ。

 一見、無理攻めのように見えるが、実は悪くない作戦だ。カウンターというのは相手が攻撃する際に出来た隙を突き、攻撃に意識を割かれて防御が疎かになっているところに大ダメージを与えられるのが利点だ。

 しかし、それがあるとわかっていれば、けっこう耐えられるものだ。ダメージは勿論あるが、意識の外からいきなり攻撃されるのに比べれば、来るとわかっている攻撃を耐えるのは容易い。

 強引な攻めで守りを突破され、防戦一方になるロイドだが、あいつはここからが強い。守りに徹しながら、虎視眈々と反撃のチャンスを伺っている。

 スカーレットもそれは分かっているのだろう。気持ち良くガン攻めしているように見えて、反撃のチャンスを潰すように慎重さも残している。

 しかし、そのせいでロイドの守りが崩せない。かといって攻撃に意識を割きすぎればカウンターで一発逆転もあり得る為、思い切った攻めがしにくい状況だ。

 

 と、そこでスカーレットが赤い闘気(オーラ)を大剣の刀身へと集め、大技を繰り出そうとした。対するロイドも、青い闘気を全身に薄く纏い、刀を鞘に納めて居合の構えを取った。

 

 それを見た団員達が「げっ」と声を漏らしながら、彼らから距離を取る。

 そして、全力の二人が訓練所の中央でぶつかり合う……

 

「はい、そこまで」

 

 寸前に、一瞬で間に割って入った俺が、二人を止めた。

 片手で槍を使ってスカーレットの大剣を受け止め、もう片方の手でロイドの刀の柄を押さえて抜刀を寸前で止める。

 

「二人共、熱くなりすぎです。少し落ち着きなさい」

 

 刃を潰した模擬戦用の武器とはいえ、闘気まで使って本気でぶつかり合ったら周りが危険だからね。

 こいつら何度も訓練所の床や壁をブッ壊して、そのたびに自分達で修理してるみたいだし。

 

「アルティリア様……申し訳ありません、つい勝負に熱中してしまい……」

 

「面目ありません。しかし、我の一撃を片手で受け止められるとは……」

 

 スカーレットは、大剣による一撃を片手で止められた事にショックを受けた様子だ。

 

「模擬戦用の武器でしたからね。実戦で本来の武器を使った状態でならば、あれほど簡単にはいかないでしょう」

 

 ま……出来ない、とは言わんがね。

 

「そうそう、その武器の事で来ました。貴方達の新しい武器が完成したので届けに来たのです」

 

 俺はそう言って、布に包まれた二振りの武器を道具袋から取り出した。

 

 完全に折れてしまったロイドの刀と、それに比べれば軽傷だが大きく欠けて破損したスカーレットの大剣を俺は預かっており、壊れたそれらを素材にして新しい武器を作ろうとしていた。

 先日、兎先輩がくれた万能製作デバイスのお陰もあって、かなり……いや、とんでもなく良い物が出来たと自負している。

 

「こ、これはっ!?」

 

「ぬぅっ!?」

 

 俺から武器を手渡され、包みを解いて刀を鞘から抜いたロイドが目を見開く。スカーレットも兜のせいで顔は見えないが、だいぶ驚いているようだ。

 そりゃあそうだろう。何しろ俺が二人に手渡したのは、新しく作った()()なのだから。

 

 神器。

 それは俺が持つ海神の三叉槍(トライデント・オブ・ネプチューン)水精霊王(アクアロード)の羽衣、クロノのブリューナクやイージス、キングの大海の心(オーシャンハート)に放浪者の外套、バルバロッサのメギンギョルズや魔弾の射手の指輪(リングオブタスラム)のような、固有の名称と抜きんでた性能、唯一無二の特性を持つ最高位のアイテム達の総称である。

 

 そして、それらの神器は全て、かつて地上に存在していた神々が、己の力を注ぎ込んで作った武器や道具である。

 神がその手で作り、力を注いだからこそ神器……神の器と呼ばれるのだ。

 

 そしてこの俺は、新米とはいえ少し前に魔神将フラウロスを討伐し、大神(グレーター・ゴッド)に昇格した神である。

 ゆえに、新たな神器を作成する資格と力は持ち合わせていた。

 

 勿論、そう簡単にポンポン作れるわけでもないのだが。

 神器作成には神の力……すなわち人々の信仰を集めたFP(FaithPoint)を大量に消費し、更にそれを受け止める為の器である武器にも、それに相応しい最上級の素材を使った最高の物が求められる為、一切の妥協は許されない。

 

 なかなか苦労したが、そのおかげで二人の為に新たな神器を作る事が出来た。

 

 まずロイドの刀だが、村雨をベースにした水属性の刀でありながら、攻撃力や耐久力は村雨の比ではないほど強化されている。刀身は俺の髪色にそっくりな、薄い水色の輝きを湛えていた。

 付加効果(エンチャント)には水属性攻撃強化、物理攻撃時に与ダメージに応じてHP回復、HPMPの自然回復量増加、カウンター技の威力強化など、やや防御寄りにしながら攻防共にバランスの取れた優秀な物が揃った。

 銘は『海割り』。その名の通り、完成した後に海に向かって一発思いっきり素振りしてみたら、海が真っ二つに割れた事から名付けた。これにはモーセのおっさんもビックリだわ。

 

 スカーレットの大剣は、彼が元々使っていた大剣を元にして新しく作ったもので、元の剣を順当に強化した物だが……一つだけ、他の神器とは全く異なる点がある。

 それはこの剣には、俺の神としての力だけではなく、スカーレットの旧主である魔神将フラウロスの力も宿っているという事だ。

 

 フラウロスを討伐した後しばらくして、奴の力の一部が俺の中に宿っている事に気が付いた。どうやら倒した際に吸収してしまったようで、特に悪影響や副作用は無かったのだが……

 悪影響が無いとはいえ、あいつの力が自分の中にあるのもなんか気持ちが悪かったので、スカーレットの神器を作る際に半分くらい注ぎ込んでやったのだ。

 本当なら全部注いで俺の中から完全に除去してやりたかったが、流石に魔神将の力を100%注いで作ると凄まじく禍々しい、ヤバイ級の呪物が出来上がりそうだった為、半分をフラウロスの力、残り半分を俺の力で中和して作った。

 フラウロスの力を俺の中から半分追い出しつつ、使うFPを節約出来たので結果的には良かったんじゃないかと思う。

 そうして出来たのが、この魔剣『緋色の豹(スカーレットレオパルド)』である。柄にはフラウロスのシンボルである豹頭の彫刻がされた、緋色に輝く大剣だ。

 

 新たな神器を受け取った二人は恐縮しながらも、大層喜んでくれた。これを使って今後、大いに活躍してくれれば俺も嬉しいし助かる。

 俺は、いい仕事をしたと満足感に包まれていた。

 

「これは素晴らしい……! さっそく試してみたいな!」

 

「うむ……! ロイド、これはやるしかあるまい!」

 

「おう!」

 

 しかし、その余韻に浸る間もなくアホ共が神器を使って模擬戦を始めようとしたので、俺は奴等を訓練所から叩き出した。

 訓練所がブッ壊れるから外行ってやれ!



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第71話 少年冒険団、出航!※

 クロード=ミュラーは、海上警備隊に所属する一等警備士である。一等警備士は、軍でいえば大尉に相当する。二十歳を少し過ぎたくらいの若さでこの地位にあるという事から、彼が優秀な警備隊員であり、将来を嘱望されている若手である事が伺えるだろう。

 それに加えて長身で、体つきはやや痩せ型だが無駄なく鍛えられており、短い白銀色の髪が特徴的なイケメンだ。昔から女によくモテていたが、残念ながら彼は女性が苦手である。決して嫌いなわけではないが、初心で同年代の女性に近付かれるとすぐに赤面し、身動きが取れなくなるような有様である。例外は姉や妹と、長い付き合いの同僚であるアイリス=バーンスタインくらいであろう。

 アイリスは、上司であり海上警備隊の副長、グレイグ=バーンスタインの娘だ。容姿は母親似だが、髪の色と戦士としての才能は父親譲りの才媛だ。

 

 そのアイリスを含めた十数名の海上警備隊員と共に、クロードは船を操り、海を進んでいた。

 操縦する船は、少し前に建造された最新型の戦闘艦だ。速度、耐久力、火力……その全てが従来の艦と比べて、大きく向上している。それによって、より広い範囲で活動する事が出来るようになり、海の魔物や海賊との戦いも楽に、そして安全に行なえるようになった。素晴らしい事だ。クロードはそんな新型艦の内の、一艦の運用を任されていた。

 陸地で活発化していた魔物の動きは、女神(アルティリア)が魔神将を討伐した事で、ある程度鎮静化されたが……海では相変わらず危険な魔物の出現が確認されている。

 それを討伐するのがクロード達の仕事であり、今日もグランディーノの北にある海域を見回りながら、魔物を見つけ次第攻撃を行ない、これを撃破している。

 

「艦長、2時の方角に船を発見しました」

 

 操舵室で舵を取っていたクロードの下に、見張り員がやってきてそのような報告をしてくる。海上なので船があるのは何もおかしくはないが、問題はその船がどこの所属なのかという点だ。貿易船や漁船ならば良いが、海賊船や他国の軍艦であれば大問題だ。

 

「どこの船だ? 紋章などはあったか?」

 

 大抵の船は帆や船体の側面などに、その船がどこの所属で、どういった目的で運用されているのかを示すエンブレムが表示されている。

 国軍が所有する軍艦であれば国旗、貴族の持つ領邦軍の軍艦であれば、その貴族の紋章が。海賊船なら、帆に髑髏マークをモチーフにした、その海賊団固有の紋章が描かれている事が多い。

 見張り員が発見した船も例に漏れず、帆に紋章が描かれていた。それは……

 

「帆に王冠を頭に載せた、鮫の絵が描かれています」

 

「見た事の無い紋章だな……一体どこの船だ?」

 

 クロードは見張り員と共に甲板に出ると双眼鏡を取り出して、その船をよく見てみる事にした。

 小型の帆船だ。小さいがしっかりとした作りで、しかも普通の木造船ではなく、船体は装甲で覆われていた。明らかに普通の商船や漁船にはありえない特徴だ。

 

「どうします?」

 

「気になるな。接近してみよう」

 

 操舵室に戻ったクロードは、謎の船の方に向かって舵を切る。その船は幸いにも停泊中のようで、すぐに追いつくことが出来た。

 果たして、その船に乗っていたのは……

 

「あ、海上警備隊の人だ!」

 

「こんにちはー!」

 

 船に乗っていた者達が、元気よく挨拶をしてくる。彼らは、グランディーノの町や、その近隣の村に住む子供達だった。その中にはアレックスの姿もある。

 

「あー……君達、こんな所で何をしているのかな……?」

 

「つり」

 

 まさか子供達だけで船に乗っているとは思わなかったクロードが訊ねると、アレックスが簡潔に一言で答えた。

 見れば、彼らはそれぞれ釣り竿を手に持っていた。

 

「どうして、わざわざこんな所まで?」

 

「マグロをつりにきた」

 

「そ、そうか……ところで、この船はどうしたんだい?」

 

「おれたちがつくった」

 

「作った!?」

 

 正確に言えば全て一から作ったわけではないが、子供達は自分達で採集した素材を使って素材を作ったり、魔物退治や依頼(クエスト)で得たお金で素材を買ったり、船大工を雇ったりしながら地道に船作りを進めていた。

 また、アルティリアや周りの大人達が多少の援助をしたのは確かだが、それでも子供達が自分達の努力で船を造ったのは確かである。

 ちなみに船の図面はアルティリアが書いた。ギルド『OceanRoad』で運用しているスタンダードモデルの小型帆船を、子供達でも作成・運用できるようにデチューンした廉価版モデルだ。それでも十分に高い性能は保持しているのだが。

 

「しかし、子供達だけで海に出るのは危なくないかい……?」

 

「だいじょうぶだ。じゅんびはしてきた」

 

 心配するクロードに、アレックスは鞄から様々なアイテムを取り出して見せた。

 海図やコンパス、水筒、携帯食料、治療薬(ポーション)や各種水薬、それに魔法の巻物(スクロール)や、帰還(リターン・ホーム)の魔法が込められた魔石など、様々な便利アイテムが鞄に詰め込まれていた。それはクロードの目から見ても、不足の無いラインナップだった。

 

「なるほど、準備はしっかりして来ているみたいだね。偉いぞ。だけどこのあたりには魔物も出るから、もうちょっと陸に近い場所で釣りをしたほうが……」

 

「モンスターならたおしたぞ」

 

「……えっ」

 

「たおした」

 

 アレックスが指差す方を見ると、そこには甲板の上に横たわる、人喰い鮫(キラー・シャーク)の死体があった。

 

「さっきおそってきた。ぶんなぐったらしんだ」

 

「なー、大した事なかったよなー!」

 

「この間倒した巨大猪(ラージ・ワイルドボア)の方がまだ手応えがあったぜ!」

 

「えぇぇぇぇ……」

 

 子供達が事も無げに魔物を倒したという事実と、その証拠を前にしたクロードがドン引きするが、そこで甲板に居た一人の少年が声を張り上げた。

 

「かかった! この手応えでかいぞ!」

 

 すると、子供達は一斉に彼の所に集まって、釣り竿を引くのを手伝い始めた。

 

「重い!」

 

「マグロか!?」

 

「そうかも!」

 

 喜び勇んで釣り竿に群がる子供達。アレックスとクロードもそこに合流する。

 

「はなしはあとだ。いまはマグロだ」

 

 まだマグロがかかったと決まったわけではないが、アレックスも他の少年達と一緒に竿を引く。

 

「なら、折角だから手伝うとしようか」

 

「あんた、釣りはできるのか?」

 

「僕はグランディーノ生まれの海上警備隊員。海で育った男だぞ。釣りは勿論得意だとも」

 

「なら、たのむ!」

 

 こうしてクロードや海上警備隊員も加わって、釣り竿にかかった大物を引き上げるのだが……

 

「何だ、この手応えは……? 確かに重さは巨大魚のようだが、暴れる様子や動きが感じられない……本当に魚か、これは?」

 

 釣り上げている最中に、釣りに慣れ親しんだクロードは、竿から感じる感覚に違和感を覚えた。

 その感覚は正しかった。数十分後、全員の力を合わせて釣り上げたのは、魚ではなかった。その正体は……

 

「た、宝箱だー!?」

 

 そう、それはダンジョン最深部の報酬部屋に出てくるような宝箱だった。元は光り輝く豪華な箱であっただろうそれは、長年海水に晒されたせいで表面がボロボロになっていた。

 丁度、鍵穴のところに釣り針が引っ掛かっていたようだ。

 その大きさは、縦横がそれぞれ1メートル弱程度、高さがその半分くらいの結構な巨大さだ。

 箱には鍵がかけられていた為、残念ながら開けて中を見るのは不可能かと思われていたが……

 

水精霊(ウンディーネ)、いるかー?」

 

 アレックスが海に向かって呼びかけると、水中から蒼い水でできた体を持つ少女が顔を出した。

 

「アレックス様、お呼びでしょうか」

 

 彼女は言うまでもなく、アルティリアが召喚・使役している水精霊の内の一体だ。アレックスや子供達に万が一の事があった時の備えとして着いてきており、普段は目立たないように水中に待機している。

 

「この箱、あけられるか?」

 

「可能でございます。それでは失礼して、船に上がらせていただきますね」

 

 水精霊が船上に姿を現した。体が水で出来た人外とはいえ、一糸纏わぬ姿の美少女なのは確かであり、幼さを残す顔立ちでありながら主人に似たのか、女性らしい豊かなプロポーションを誇る水精霊の姿に、クロードをはじめとする海上警備隊の男達は目のやり場に困った。

 そんな彼らの思惑をよそに、水精霊は呪文を唱える。

 

「『開錠(アンロック)』」

 

 鍵開けの魔法により、閉ざされていた宝箱の蓋が開かれた。

 その中に入っていたのは、大量の金貨や宝石類だった。

 

「おぉー!」

 

「すげぇ! お宝だ!」

 

 目当てのマグロは釣れなかったが、予想だにしなかった収穫に子供達が沸いた。

 

 宝箱はそのまま持ち帰って、子供達がその中身を山分けする事になった。子供達は最初、釣り上げるのを手伝ったクロードや海上警備隊員達にも分け前を与えようとしていたが、自分達はあくまで手伝っただけだし、任務外の事で報酬を貰うわけにはいかないと固辞した。

 

「……ところで、この宝箱は一体どこから来たのだろうか」

 

 クロードは、ふと浮かんだ疑問を口に出した。宝箱が魚みたいに、意味もなく海を泳いでいるなんて事はありえない話だ。必ず出所があるはずだ。

 その疑問に答えたのは水精霊だった。

 

「先ほど海中を探査したところ、海底に沈没した船がございました。恐らくはその船の積み荷が外に投げ出され、海中を漂っていたものと思われます」

 

 水精霊の話によれば、船は結構な大きさの、恐らく貿易船だったそうだ。

 そして、お宝とその話を持ち帰った結果、

 

「よし、冒険だ。宝探しに行くぞ!」

 

 更なるお宝の匂いに冒険心を擽られたアルティリアが、再び海に出る事になった。



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第72話 グレートエルフ号、発進!

 作ったばかりの船で釣りに出かけた筈のアレックスと彼の友人達が、海から財宝を持ち帰ってきた。

 このビッグニュースには流石の俺もビックリである。

 

 LAOでも釣りをしてると魚以外の物がかかる事は時々あり、俺もゴミとか宝箱とか水棲モンスターなんかを釣り上げた事は何度もあるが、初めての遠洋釣りで財宝をゲットするとは、我が息子ながらアレックスの奴め、なかなかやりおる。

 子供達は海上警備隊の連中と一緒に俺に報告に来た後、金貨の山を抱えて港のほうに走っていった。どうやらその金で、早速船をカスタムするつもりらしい。

 

「でっかくしようぜ!」

 

「いやいや、ここはスピード優先だろ!」

 

「俺は大砲を強化してえ!」

 

 そんな風に大声で話しながら走っていく少年達を見て、男の子だなぁ……と、微笑ましい気持ちになった。

 思えば一ヶ月くらい前、丁度俺がフラウロスとの戦いを終えてこの町に戻ってきたばかりの頃に、アレックスから船を造りたいと相談された時から、少年達はずっとあの調子だ。

 あの時は廉価版の小型帆船とはいえ、まさかほとんど自分達の力で、一ヶ月弱で完成させるとは思わなかったが……若い情熱というのは侮れないものだ。

 ……なんか親目線というか、年寄りみたいな思考になってきていかんな。歳を重ねても、気持ちは常に若々しくありたいものだ。

 

 なので宝探しに行くぞぉ! 出航じゃあ!

 俺は港から少し離れた海岸に足を向け、そこで船を召喚した。

 

 この世界に来てしばらくの間は気ままな一人旅で、グランディーノに来てからも船を使う用事は無かったので放置していたが……ようやく使う機会が来たな。

 

 俺の船、グレートエルフ号は純白に染まった船体を持つ大型船だ。ガレオン船のように、多くのマストに帆がたくさん付いており、船首には俺をモデルにしたドスケベエルフ船首像が取り付けてある。

 スピードや火力などの性能面では、どれも一級廃人海洋民の基準ではそこそこレベルで突出した物は無いが、欠点が無く全体的にバランスの良い能力と、積載量の多さが長所といったところか。

 

「アルティリア様、この船はいったい!?」

 

 いきなりデカい船が現れたせいか、驚いた様子の海神騎士団のメンバーや町の人達が集まってきた。

 

「これは私の船です。これに乗って財宝を探しに行きます。もちろん貴方達にも付き合って貰いますよ」

 

 俺がそう宣言すると、騎士団の男達は目を輝かせた。

 更生したとはいえ、こいつら元海賊だからな。財宝探しとか好きそうだとは思っていたが、予想通りだったようだ。

 住民達は俺の船に向かって手を合わせて拝んでいる。

 

「ただ、もっと多くの船員が必要ですね。人を集めるとしましょう」

 

 船を動かす為の船員を募集すると共に、沈没船を探索し、財宝を持ち帰る為に戦闘や探索の心得のある者も集める事にした。

 まあ魔物とかが出てきても、俺や神殿騎士達が居ればそれだけで事足りるだろうが、乗れる人数にはだいぶ余裕があるしな。どうせ行くなら人を集めて大人数で効率的に進めようと思ったのだ。冒険者達にも良い経験になるだろうし。

 

 そうして船に乗るメンバーを募集したところ、定員を大きく超える応募があった為、くじ引きによる抽選をする事になった。

 そして、数日後の出航当日。

 港には、俺の船出を見送りや見物に多くの人が集まっていた。

 

「アルティリア様ー!」

 

「いってらっしゃいませ! 吉報をお待ちしております!」

 

「ママー! 見て、おっきいお船!」

 

「おお……なんという壮大な船じゃあ……長生きはするもんじゃのう。ありがたやありがたや……」

 

 そんな人でごった返す港の中で、なにやら騒がしい集団が居た。

 

「離せぇ! わしはアルティリア様の船に乗るんじゃあ! せっかく十数倍の倍率をくぐり抜けて当選したのだぞ!?」

 

「いけません副長! 今週中に提出しなければならない書類がまだ残っています!」

 

「お偉いさんとの会合の予定もあるんですよ!」

 

「仕事がまだ山積みです! デスクに戻ってください!」

 

「「「副長! 副長! 副長!」」」

 

 赤い髪とヒゲが特徴的な、中年の大男。海上警備隊の副長、グレイグ=バーンスタインだ。船に乗り込もうとしたところを部下達に囲まれ、静止されている。

 

「ええい、ならもういい! わし警備隊やめて冒険者になる!」

 

「ちょっ、やめてくださいよ副長!」

 

「だからやめるって言ってんだろ!!」

 

「そういう意味じゃありません!」

 

「だいたい副長が矢鱈と前線に出たがるから、その分書類仕事が溜まってるんでしょうが!」

 

「うるさいバーカ! 現場に出れずに休暇も好きに取れない管理職なんて大っ嫌いだ! 畜生めえええええ!」

 

「副長ご乱心! 誰か団長呼んでこい!」

 

 収拾がつかなくなりそうなので、仕方なく俺が説得する事にした。

 

「グレイグ、乗りたければ今度暇な時にでも乗せてあげますから、少し落ち着きなさいな」

 

 そう言うと、グレイグはそれまでの狂乱っぷりが嘘だったかのように、スンッ……とその動きを止め、キリッとした顔で俺に目線を合わせた。

 

「それは真ですか、アルティリア様」

 

「うわぁっ! 急に落ち着かないでください副長!」

 

「我が名にかけて、偽りは言いません。予定が合う日を事前に伝えるように。ただし……」

 

「ただし……?」

 

「舵を握るのは私です。そこは譲れません」

 

 俺が伝えた言葉に、グレイグはショックを受けた様子だった。やっぱり自分で動かしてみたかったんだろうな、このオッサン。

 

「な、なんと……!? そ、そこを何とか、ほんの少しだけでも……」

 

「だめです。この船は貴方達が使っている物よりも大型で高性能な分、動かすにはそれ相応の操船技術を必要になります。貴方にはまだ早い」

 

 俺の見たところ、グレイグは現地人の中では操船スキルが一番高いようだが、それでもこのグレートエルフ号を運転するには、まだ少々物足りない。

 

「なので、今は自分の船を使って技術の向上に努めなさい。そうすればいずれ、もっと良い船を提供したり、私の船を任せる事もあるかもしれません」

 

 そう伝えてやる気を引き出そうとしたが、その効果は想像以上のものだった。

 

「フフフ……この港町で生まれ育ち、海上警備隊に入って数十年。自分以上の船乗りなど居ないと自惚れていましたが、それでもアルティリア様からすれば物足りないレベルであったと。このグレイグ、目が覚める思いでございます。より一層、修練に励まなければ」

 

 明らかに目つきが変わった。赤い瞳の奥に、燃え盛る炎が見える。どうやらやる気に火がついた様子だ。

 

「この私とて、いまだ道半ば。修練の道に終わりはありません。精進なさい」

 

 俺の生活スキル全般もかなり高い水準にあるとはいえ、水泳以外はそれぞれの専門分野のトップに居る連中と比べると一段落ちるしな。操船にしたって全プレイヤー中トップのキングと比べると、かなり見劣りする。

 なので、この俺もまだまだ修行不足であり、逆にいえば伸びしろがあるという事だ。努力を怠ってはならない。

 

「はっ、不肖グレイグ、より一層の努力を重ね、アルティリア様の船を任せられるほどの船乗りになって見せまする!」

 

 跪き、そう宣言したグレイグは立ち上がって、俺に背を向けた。

 

「そうと決まればさっそく練習じゃあ! 行くぞぉ!」

 

「待ってください副長! デスクワークはどうしたんですか!?」

 

「副長ぉぉぉぉ!」

 

 最後まで騒がしい奴らだった。

 彼らを見送った後しばらくして、出航の準備が整った。

 メンバーは俺と海神騎士団のメンバー全員、ニーナとアレックスに財宝の発見者である少年達、冒険者に海上警備隊、グランディーノの町に住む船乗り達で、合計100人ほどの大所帯になる。

 

「出航だ! 錨を上げよ!」

 

 こうして俺達は、沈没船に眠る財宝を探しに大海原に出たのだった。



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第73話 沈没船探索開始

 俺が操るグレートエルフ号は、グランディーノ港を出発してから一時間少々の航海で、目的の海域へと辿り着いた。

 他の船なら最低でも倍以上の時間がかかるだろうが、俺の操船スキルと船の性能が合わされば、このくらいは容易い。

 到着後、錨を下ろして船を停泊させると、俺達は装備を整えて甲板に集合した。

 

「それでは、これより沈没船の調査に向かいます。海に潜るので、くれぐれも溺れないように注意しなさい。緊急時は躊躇わずに、先程配った魔石を使うように」

 

 探索メンバーを集めて、そのように指示をする。事前に配っておいたのは、『水中呼吸』と『帰還』の魔法がそれぞれ込められた石だ。

 他にも、魔法が使える者には俺が『水中呼吸』『泡の護り』『人魚の祝福』といった、水中での活動を助ける魔法を伝授しておいた。他にも召喚した水精霊の約半数を緊急時にいつでも動けるように準備させている。これで恐らくは問題ないだろう。

 

 いつになく慎重だが、それには勿論理由がある。普段より大人数での冒険だし、水中での冒険というのはそれだけ危険が多いのだ。

 俺のような例外はあるが、基本的に人間は水中では、地上よりも動きが大きく制限されて、素早く自由に動く事は難しい。その上、魔法や道具による補助がなければ水中で呼吸をする事が出来ず、溺れてしまえばまず助からない。

 そのため、水中での冒険に慣れていない者達を補助する為に、入念な準備をする必要があった。

 装備も防水性が高くて丈夫な、ダイバースーツのような服を着ている者が多い。俺が事前に作っておいた物だ。ちなみに俺は白いビキニの水着の上に水精霊王の羽衣を羽織った、この世界に来たばかりで無人島生活をしていた頃によくしていた服装である。

 

 俺を先頭に甲板から海へと飛び込む。地球でいえば東南アジアくらいの温暖な気候とはいえ、季節は冬のため水はそれなりに冷たい。俺は平気だが、他の者達には少々きついだろうか?

 

「二人とも、大丈夫か?」

 

 俺の右手にはアレックスが、左手にはニーナがそれぞれ手を繋いでいた。二人の体は俺が魔法で生成した泡で覆われており、水中での呼吸を可能にすると共に、海水で濡れる事からも守っていた。

 

「だいじょうぶ」

 

 二人が平気そうなのを確認して、手を引きながらゆっくりと海底に向かって泳ぐ。

 海神騎士団のメンバーは勿論、冒険者や海上警備隊の物達も俺の信者である為、俺の加護のおかげもあって水泳の技術や水への耐性はそこそこ高いようで、問題なく泳げている様子だ。

 

「皆は海中を冒険するのは初めてでしょう。どうです? なかなか新鮮な気分ではありませんか」

 

 先導しつつ彼らに問いかけると、次々に返事が返ってくる。

 

「確かに……最初は不安でしたが、これは素晴らしい景色です」

 

「海底で宝探しなんて、昔は想像もしてなかったですけど、なんだかワクワクしますね」

 

 特に冒険者達は、海中を進む未知のシチュエーションでの冒険や、近くを通り過ぎる魚群、海底に棲息する見慣れぬ生物といった物に目を輝かせている。

 

 やがて俺達は、海底へと辿り着いた。そこにはボロボロになった、一隻の大型船がその体を横たえていた。

 さっそく入ろうと思って近付くと、俺は違和感に気付いた。

 沈没船の周に、うっすらとした膜のような物がある。それが海水の侵入を防ぎ、そして見えない壁となって、俺達の侵入を阻もうとしていた。

 軽く手を触れてみると、バチッという音と共に衝撃が走り、俺の手を弾き返した。どうやら結界が張られているようだ。

 

「アルティリア様、大丈夫ですか!?」

 

「問題ありません。軽く弾かれただけです」

 

 俺は手を魔力で防御しながら再び結界に触れ、干渉する。

 

「……これで大丈夫でしょう」

 

 海水を通さず、人や物は通れるように結界の効果を改変してやった。先に俺が通って確認してみると、結界を通り過ぎて沈没船の甲板に辿り着いた際に、強烈な違和感を感じた。

 

「アルティリア様、この船はもしや、異界化しているのでは?」

 

 俺のすぐ後を追いかけてきたロイドが告げたように、結界内の空気というか、雰囲気は明らかに元の世界とは異なる物だった。

 ロイドは過去に何度か火山のダンジョンに入った事がある為、それに気付く事が出来たのだろう。

 あの洞窟と一緒で、この沈没船もまたダンジョン化し、世界から切り離された空間になっていた。

 

「その通りです。ダンジョン内は元の世界の法則が通用しない場所。気を引き締めていきましょう」

 

 ダンジョン化した沈没船の奥へと向かって足を進めると、何十人も居たはずのメンバーの大半が、その姿を消した。

 残っているのは、入る時に俺のすぐ近くにいたロイド、アレックス、ニーナ、それとアレックスの友人である少年達だけだった。

 

「アルティリア様、皆の姿が!?」

 

「落ち着きなさいロイド。恐らく人数制限に引っ掛かったのだと考えられます。他の者達は別の入り口に転送されただけでしょう」

 

 LAOにおいて、ダンジョンには一度に突入できる人数に制限がかけられている場合が多い。主に、数の暴力による強引なクリアを避ける為だ。

 規定人数を超えるプレイヤーが同時に侵入しようとした場合は、新たにダンジョンエリアが生成され、それに対してメンバーが自動的に振り分けられる。その為、普通はそのような事はせずに、あらかじめ規定人数ギリギリに収まるようにパーティーを組んでから突入するのだ。

 しかし今回はそれを失念しており、自動マッチングでの突入となってしまった。こうなるとパーティーの戦力や、役割(ロール)のバランスが崩れる事になりかねない。これは俺のミスであった。

 

 だが幸い、最大戦力の俺と、だいぶ差はあるとはいえそれに次ぐ強さのロイドが子供達と一緒だというのは助かった。

 

「こうなった以上、各自で奥を目指すしかありません。ロイド、子供達は私が護ります。戦闘や探索は貴方がメインで進めなさい」

 

「はっ!」

 

 折角なのでロイドに前衛を任せ、経験を積ませる事にする。俺も支援はするし、彼のレベルならよほどの相手が来なければ、単騎でも問題なくこなせるだろう。

 

「ははうえ、おれたちも戦うぞ」

 

 しかし、それに異を唱えたのがアレックスだった。見れば、ニーナや他の子供達も武器や道具を手にとり、やる気に満ちた顔をしている。

 

「これはおれたちが始めた冒険だぞ」

 

「そうです! 僕達だって足手まといになる為に来たんじゃない!」

 

「俺達だって戦えます!」

 

「ニーナもがんばる!」

 

 真っ直ぐな目で俺を見上げながら懇願する子供達を見て、これを説得するのは無理だと俺は諦めた。

 

「決して無理はせず、危ないと感じたら後ろに下がる事。それから私とロイドの指示には必ず従う事。守れない場合は船に戻します。いいですね?」

 

 子供達が頷くのを見て、俺はロイドに視線を送った。

 

「そういう訳です。ロイド、貴方にも苦労をかけますが、子供達を一緒に戦わせてあげてください」

 

「問題ありません、アルティリア様。それに彼らはよく我々の訓練や魔物退治に、見習いとして同行しております。足を引っ張る事は無いでしょう」

 

 話は纏まったので、ロイドを先頭に、その後ろに子供達が続き、最後尾は俺というフォーメーションで船内を進んだ。

 所々に穴の開いた床に気をつけながら廊下を進んでいると、前方の左右の壁に並んだ扉が勢いよく開いて、そこから複数の魔物が現れ、俺達に襲い掛かってきた。

 

 現れた魔物は、髑髏マークが描かれたバンダナを頭に巻き、手には曲刀を持った骸骨型の魔物……海賊骸骨(パイレーツスケルトン)だ。その後方には、矢を番えた長弓を構える海賊骸骨の射手(パイレーツスケルトン・アーチャー)の姿もある。

 顎の骨をカタカタと鳴らしながら、海賊骸骨たちが先頭のロイドに襲い掛かった。

 

「遅い! 『螺旋水撃』!」

 

 ロイドが腰の鞘から刀を抜き放つと、刀が閃くと同時に、その刀身から流水が放たれる。それが螺旋の形を描きながら多数の海賊骸骨を巻き込み、バラバラに粉砕した。

 まあ、今更あの程度の魔物じゃロイドの相手にはならんだろうな。

 

 分が悪いと見て、後方の海賊骸骨の射手たちはターゲットを子供達に変更したようだ。奴らが長弓に番えた矢が、一斉に子供達に向かって放たれる。

 

「おれが防ぐ! ハンスを先頭につっこめ!」

 

 放たれた矢に対し、アレックスが前に出ながら床に向かって右拳を叩き付けた。すると、そこから勢いよく水が噴き出して、彼の正面に壁を作った。噴き上がる水の壁によって矢が弾き飛ばされ、無力化された。

 『水氣壁』という、遠距離攻撃を防ぎつつ、近くに居る敵を吹き飛ばしてダメージを与える事ができる防御寄りの必殺技だ。

 アレックスが水氣壁で矢を防いだと同時に、剣と盾を構えた少年、ハンスが一切減速する事なく敵陣に向かって突撃した。アレックスが確実に矢を防いでくれると信頼していたからというのもあるだろうが、全く躊躇わずに突っ込んでいけるあたりは流石の勇敢さと言うべきか。

 ハンスが左手に握った盾を海賊骸骨の射手の頭に叩きつけ、ひるんだところに右手の剣を振るい、首を刎ね飛ばした。

 そのすぐ後に斧を持った少年が別の個体に飛びかかり、頭上から両手で握った斧の厚い刃を振り下ろした。

 彼らの攻撃によって数を減らした海賊骸骨の射手だったが、残った者達が再び矢を番えて、反撃しようと試みる。

 しかし、彼らが番えた矢が突然、次々と弾き飛ばされた。それをやったのはニーナだ。彼女がその手に握っているのは、長くしなる革製の鞭であった。それが敵の手を正確に打ち据え、矢を弾き飛ばしたのだ。

 あまり使う者の居ない珍しい武器ではあるが、魔物調教師(テイマー)は鞭に対して高い適性を持つからな。鞭はニーナにはピッタリの武器だろう。

 

 矢を失ってしまえば、射手など無力なものだ(極一部のやばい例外は除く)。アレックスやロイドも合流し、彼らは残った敵を掃討していった。

 その間にも後ろからこっそり近付いてきた骸骨の暗殺者(スケルトン・アサシン)が、短剣で背後から俺を襲おうとしてきたが、俺は槍を一振りして、そいつを木っ端微塵のオーバーキルしてやった。俺を暗殺したけりゃメイン職業がシーフ系かアサシン系、あるいは超長距離狙撃が可能な一級廃人を連れてこい。

 

 LAO時代はPVPガチ勢として決闘・集団戦問わず色んな相手とバトルしたものだが、俺達レベルの戦いともなると、不意討ちの一撃で勝負が決まるという事は滅多に無い為、先手必勝・奇襲特化型の構成(ビルド)は割と下火ではあった。逆に低レベル帯だと奇襲ワンパンが普通によくある光景だったけどな。

 しかし、そんな環境下でも元気に暗殺構成で頑張ってる連中の実力は正直、侮れる物ではなかった。奴らは様々な制限を乗り越えて、先攻ワンショットキルを成し遂げようとその牙と研いでいたからだ。

 特にスナイパーおじさん(通称スナおじ)というプレイヤーが極悪だった。メイン職業がスナイパーロード、サブ職業にアサシンマスターとトラップマスターという奇襲超特化型の構築で、誰もが「まさか」と思うような絶妙な場所に仕掛けられたトラップコンボによる多重状態異常からの、狙撃銃(スナイパーライフル)による一撃必殺のヘッドショットで多くの廃人が殺されてきた。この俺も何度かやられた事がある。

 この骨共も少しはスナおじを見習うべきだ。何も工夫せずに遠くから矢を撃つだけじゃ、今時通用しないぞ。



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第74話 一方その頃、一級廃人共による蹂躙劇(前編)※

 アルティリア達が沈没船を探索していた頃。

 

「ぶぇーっくしょい! ええいチキショーめ、誰か(おい)らの噂でもしてんのかね? ったく、モテる男は辛いぜぇ」

 

 遠く離れたある場所で、大きなクシャミの後で独り言をぼやいているのは、四十歳くらいに見える男だった。黒い髪をオールバックにして、整った髭を生やしたナイスミドルだ。背は高く、がっしりとした体つきのマッチョボディを包むのは、オーダーメイドの高級な黒いスーツである。

 その男の名は、スナイパーおじさん。通称スナおじと呼ばれて親しまれ、あるいは恐れられている。

 そんな彼は突然独り言を止めると、懐に手を入れると拳銃を取り出した。そして素早く振り返りながら、拳銃を背後に向かって突きつけた。

 

 そこには、白い兎の着ぐるみが立っていた。

 「先」「輩」というホログラム文字が浮かんでいる機械球体を顔の近くに浮かべているその人物の名は、兎先輩。

 拳銃を突きつけられた兎先輩は、両手を顔の近くに挙げて降参の意を示した。

 

「誰かと思えば兎先輩じゃねぇの。俺の背後に立つなって言わなかったっけ?」

 

「いやはやお見事。すまないね、つい死角に入って人を驚かせたくなるのが兎先輩の悪い癖でね。おっと、降参するので先輩のプリチーフェイスを撃つのは止めてくれたまえ」

 

 悪びれもせずそんな事を言う兎先輩に毒気を抜かれたのか、スナおじは溜め息をひとつ吐いて、拳銃を下ろした。

 

「それで、何の用だい? まだ銃のメンテが必要な時期じゃあないが」

 

 彼が使う重火器の類は、兎先輩のギルド『兎工房』から購入した物であり、中でもメイン武器の狙撃銃は兎先輩お手製の一点物だ。その為、メンテナンスや改良も兎先輩が直接請け負っている。

 しかし、銃は少し前にメンテナンスをしたばかりである為、それとは別件で訪ねてきたという事になる。一体何の用かと訊いてみれば、

 

PT(パーティー)のお誘いさ。ちょっと先輩達とダンジョンに行ってみないかい?」

 

 と、兎先輩は言った。

 

「わざわざこの俺を誘うってこたぁ、結構な難関ダンジョンが新しく見つかったって事かい?」

 

「うむ。まあ敵の強さ自体は我々から見ればそれなり程度で、そこまで苦戦するような相手ではないのだがね。なにしろ敵の本拠地で、数が多いんだ。先輩一人じゃ全滅させるのに苦労しそうだから、手伝ってくれる腕の立つ人を集めているのさ」

 

「なるほど。で、報酬は? 手伝ってくれっていうなら、タダじゃ動かねぇぜ俺は。なんてったって傭兵だからな」

 

 スナおじは特定のギルドには属さず、必要に応じて様々なギルドに雇われて戦力になる傭兵稼業をしているプレイヤーだ。主にGvG……ギルド間の抗争でその腕を振るっており、その実力は折り紙付きだ。だが対人戦を主戦場としているとはいえ、PvE……対モンスターの戦闘であっても、その実力は超一流である。

 

「銃の改良を無料で請け負おう。もちろん素材も先輩持ちさ」

 

「オーケイ、その話乗った。で、いつ行くんだ?」

 

「それは勿論、今からさ」

 

「ヒューッ、話が早くて良いじゃねぇの。だが40秒だけ待ってくれ、準備をする」

 

 こうして兎先輩に案内され、スナおじはダンジョンの入口へと移動した。するとそこでは、4人の人物が彼らを待っていた。

 

「おぉっと、こいつぁ豪華なメンバーを揃えてきたな」

 

 4人のうちの3人は、ギルド『OceanRoad』のギルドメンバーと幹部……すなわち、うみきんぐ、クロノ、バルバロッサの三名であった。アルティリアの友人であり、同等以上の実力を持つ一級廃人の海洋民だ。

 そして残りの一人は、濃い青色に染められたミリタリーウェア風の衣服に身を包んだ、長身痩躯の若い男だった。髪や瞳の色も、衣服と同じで青色である。

 その男の名は、あるてま。『コンボマスター』『永パのマエストロ』『頭のおかしい魔法戦士』等の異名で呼ばれる一級廃人である。対人ガチ勢である点はスナおじと一緒だが、彼は大規模集団戦も得意ではあるが、主戦場はむしろ1対1での決闘、あるいは少人数同士の対人戦だった。

 

「兎先輩に加えてオーシャンロードのBIG3にあるてま先生、そしてこの俺……とんだ過剰戦力だ。第三次世界大戦でも始める気かい?」

 

 両手を大きく広げ、おどけた様子でそう問いかけるスナおじに、うみきんぐが答えた。

 

「俺らの友達(ダチ)とその娘に上等(ジョートー)くれやがった馬鹿が居るんでな。ちょっと殴りに行くところだ」

 

「なるほど? その馬鹿が何やらかしたのかは知らんが、あんたらを怒らせた事に関しては、まあご愁傷様と言っておこうかね。で、その敵さんの詳細は?」

 

「そいつの名前は『地獄の道化師(ヘルズ・クラウン)』。魔神将の配下で、無数に複製体を作り出す能力と、変身能力の二つを持つ。決して本体は表に出て来ず、複製体を使って神出鬼没に暗躍している。性格は残忍で卑劣な小物。戦闘力自体は俺達から見れば大した事はないが、前述の通り自身と全く同じ能力の複製を作り出す事が出来るので、放置しておくとまずい相手だ。よって、こちらから向こうの本拠地に乗り込んで叩こうと思う」

 

「ほほう。そんな奴が居たとは知らなかったぜ。だがそんな奴の本拠地をよく見つけられたもんだ。本体が表に出てこないって事は、慎重な奴のようだが」

 

「そこは兎先輩が先日、奴の複製体と交戦・捕獲してな。捕獲した複製体を通して逆探知を仕掛け、居場所を特定できたそうだ」

 

「さすが兎先輩だ。じゃあ早速殴りに行くか?」

 

「うむ」

 

「ゆこう」

 

「ゆこう」

 

 そういう事になった。

 

 兎先輩が開けた時空の扉(ワープポータル)を潜った先にあったのは、研究所のような場所だった。広い空間のあちこちには培養液が詰まったカプセルがあり、その中に様々な魔物が浮かんでいるのが見える。そして、そこには一人の男が居た。

 

「ヌッ!? 貴様はあの時の兎!? どうやってここに!?」

 

 その男は勿論、今回の標的である地獄の道化師だ。彼は先頭に立つ兎先輩を見つけ、驚愕と共にそう問いかけてきた。

 

「先輩を付けろデコ助ェ!」

 

 兎先輩に対して先輩を付けない事は最大級の無礼であり、万死に値する。着ぐるみの瞳が剣呑な光を発すると共に、浮遊する二基の先輩玉から怪光線が放たれた。地獄の道化師はそれを、ギリギリ間一髪のところでアクロバティックな宙返りで回避した。

 しかし、空中で二回転して着地した、その瞬間。

 

「おぉっと、足下注意だ」

 

 スナおじがそう呟くと同時に、着地した地獄の道化師の足元で派手な爆発が起きる。地獄の道化師は爆炎に吹き飛ばされ、天井に頭から突き刺さった。

 

「ふっ、スナおじのピンポイント地雷投げは相変わらず芸術的だな」

 

 それを見たうみきんぐが賞賛の声を上げた。スナおじが使用したのは『地雷設置(ランドマイン)』という、すぐ近くに地雷を設置する罠系技能(アビリティ)と、『罠投げ(トラップスロー)』という、罠を投げて離れた場所に設置する技能の組み合わせである。

 この組み合わせによる、敵が回避した先にピンポイントで地雷を設置する百発百中の回避狩りは彼の得意技の一つである。

 

「ぐぐぐ……味な真似を! ええい、ものども、出会え出会えー! 侵入者を排除せよ!」

 

 天井から頭を引き抜き、床に着地した地獄の道化師がそう叫ぶと、施設内にけたたましい警告音が鳴り響き、部屋の四方にある扉が開いて大量の魔物が雪崩れ込んできた。

 現れたのは蜥蜴人(リザードマン)食人鬼(オーガ)小鬼(ゴブリン)のような人型の魔物達だが、それらは通常の個体よりも大幅に強化されているようだった。

 

「あれは……この施設で改造されたものでしょうか」

 

「そうに違いない。敵とはいえ、むごい真似をする。せめて速やかに葬ってやるのが情けというものだろう」

 

 クロノが浮かんだ疑問を口にすると、うみきんぐがそれに答えた。続いて、彼らの友人である巨人族の男が、力強く足を一歩前に踏み出した。

 

「なら、ここは俺に任せてもらおうか! 対集団なら俺の出番だろうよ!」

 

 襲来する魔物の集団に対し、バルバロッサが単身で立ち塞がった。その両手には、それぞれ巨大なガトリングキャノンが握られている。本来であれば両手で扱う筈の大型重火器を、片手で二丁拳銃のように扱う非常識な戦闘スタイル。それがバルバロッサという男の特徴であった。

 

「いくら貴様らが強かろうと、これだけの数の強化魔物を一人で相手にできるものかァーッ! まずはあのデカブツを始末してさしあげなさい!」

 

 地獄の道化師の号令の下、魔物の群れが一斉にバルバロッサへと襲い掛かり……

 

「ガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガト!!」

 

 それに対し、二挺の大型ガトリングキャノンが火を噴いた。凄まじい勢いで大量の、一撃必殺級の銃弾が百発単位でバラ撒かれ、鉄の暴風が吹き荒れる。

 

「ガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガトガト!! ガトリングゥゥゥ! フィーバァアアアアッ!!」

 

 それが収まった時、既に立っている魔物は存在しなかった。しかし、暴君はまだ止まらない。全弾撃ち尽くしてオーバーキルし、用済みとなったガトリングキャノンを手から離すと、今度は両肩に担いだ折り畳み式の超大型グレネードキャノンを展開し、それを前方に向けて……一切躊躇する事なく、ブッ放した。

 

「グレネードォォォォ! フィニーッシュ!!」

 

 着弾、そして大爆発。強化魔物達は、一匹残らず塵も残さず消滅したのだった。



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第75話 一方その頃、一級廃人共による蹂躙劇(後編)※

「わ、ワタクシの強化魔物達が……ぜ、全滅……? あれほど手間と資金をかけたのが、一瞬で……?」

 

 そのありえない光景を見て、地獄の道化師がワナワナと震える。

 

「赦しませんぞ貴様ら! かくなる上は我々の全力をもって、切り刻んで新たな実験体の素材にしてくれましょう! いでよ我が分身達!」

 

 号令と共に、100体を優に超える数の地獄の道化師が姿を現した。複製体(コピー)とはいえ、その全てがレベル100を超える強力なモンスターだ。並のプレイヤーでは一瞬で惨殺される事は確実。そして一級廃人といえども、流石にこの数を相手にするのは厳しいと思われた。しかし……

 

「クロノ、やれ」

 

「了解ッ!」

 

 あるてまが技能を使用し、クロノに指示を出す。彼はサブ職業に指揮官系の最上級職『軍神(グランドマスター)』を所有しており、指揮官として味方プレイヤーに指示を出しつつ、それを実行する為に必要な能力を強化する事が出来る。

 あるてまが使用した技能は二つ。敏捷(AGI)を大上昇させ、次に放つ技や魔法のチャージ時間を大幅に短縮させる『計略(ストラテジー):疾如風』と、対象に指定した技や魔法を使わせ、その性能を強化した上でMP等のコストを肩代わりする『戦術命令改(コマンドオーダー・プラス)』だ。

 

「『ジャッジメント・レイン』!」

 

 クロノが高く跳躍し、バチバチと白い稲光を放つ神槍、ブリューナクを投げ放つ。クロノの手から離れたブリューナクは槍としての実体を失い、一条の白き雷と化した。そしてそれが無数に分裂し、豪雨のごとく降り注ぐ。

 

「「「「「ウギャアアアアア!!」」」」」

 

 高火力の超広範囲攻撃が、部屋全体に分散していた地獄の道化師達を、次々と貫いていき、急所に直撃を受けた何体かはそれだけで絶命に至った。

 

「もう一発だ。『再行動命令(リ・アクションオーダー)』!」

 

 更にあるてまが使用した、直前に行なった行動を再使用制限時間(クールタイム)を無視して再度実行させる技能により、同一の攻撃が再び放たれた。

 これには地獄の道化師達も泡を食って、防御や回避に専念してどうにか被害を最小限に抑えるのだった。しかし、それでも少なくない数の複製体が死に、傷を負った者も多数存在する。

 その上、数を頼みに圧し潰そうとした目論見が外れ、守勢に回らざるを得なくなった。こうなれば数の強みは半減以下だ。

 更に、彼らがその隙を見逃す筈もなく、容赦のない追撃が襲い掛かる。

 

「海王豪烈掌!」

 

「玉兎彗星脚!」

 

 うみきんぐが広げた右掌を突き出すと、激流と共に衝撃波が放たれ、前方の敵を大きく吹き飛ばした。一方、反対側ではオーラを纏った兎先輩が、まるで重力が無いかのように空中を自在に飛び回りながら、強烈な蹴りを見舞っていた。

 

「ええい、こうなったら指揮官だ! 指揮官を狙え!」

 

 可能であるならば、まずは指揮官を狙って集団の頭を潰す。その考えは多くの場合において正しい。しかし、この状況においては大いなる間違いであった。

 

「遅い……」

 

 あるてまは低い声でそう呟くと同時に、襲い掛かってきた地獄の道化師を蹴り上げる。そして間髪入れずに、()()()()火弾(ファイアボルト)水弾(アクアボルト)風弾(エアリアルボルト)岩弾(ロックボルト)雷弾(ライトニングボルト)の五発を同時に放った。

 更に、それをしながら全くの同時に、蹴り上げた地獄の道化師に、跳躍しながらのアッパーカットで追撃を仕掛けたのだった。

 

「えっ……?」

 

 自分が一体何をされたのか、地獄の道化師は理解する事が出来なかった。

 魔物・人間を問わず、物理攻撃と魔法の両方を得意とする者は一定数存在する。地獄の道化師自身もそうだ。であるが故に、よく分かっている事がある。

 

 それは、物理と魔法による攻撃を、同時に使う事は不可能だという事だ。

 確かにそれらを組み合わせ、それぞれの長所を活かし、欠点を補って戦う事は出来る。しかし、真逆の攻撃を完全に同時に行なう事は出来ない。どうやっても僅かなタイムラグが発生する。それが常識であった。

 一切の遅延を発生させずに物理と魔法を併用させるなど、地獄の道化師自身にも、あの憎き女神(アルティリア)にも、創造主である魔神将にすら不可能な、世界の理に反する行為だ。そんな事が出来る筈がなく、あってはならない。宇宙の法則が乱れる……!

 ならば、今自らの身に起きている事は何だ? 地獄の道化師の混乱はピークに達した。

 その間も、あるてまは空中で素手による物理攻撃と魔法を一切のタイムラグを発生させずに同時使用しながら、次々と地獄の道化師に攻撃を加えていた。

 そんな彼は、激しい連撃を加えながら顔色一つ変えず、何かを呟いていた。

 

「23、24、25、26……」

 

 彼が呟いていたのは数字であった。それは、彼が目の前の敵を宙に浮かせた状態で加えた攻撃の数。すなわち空中コンボ数であった。

 

「27!」

 

 そして27発目で、あるてまは真下に向かって地獄の道化師を蹴り落した。当然のようにその体は床に激突するのだが……その時、不思議な事が起こった。

 蹴り落とされ、地面にぶつかった地獄の道化師の体が、まるでゴムボールのように大きく弾んで、元の高さまで浮かび上がったのだ。

 そこからは、まるで空中でバスケットボールをドリブルするかのように、あるてまが滞空したまま地獄の道化師を延々と地面に叩き付ける光景が繰り返された。そしてそれは、相手が死ぬまで繰り返される事になる。

 相手を空中に浮かせたまま、ごく短時間で一定以上のコンボを稼いだ上である程度の高さから地面に叩き付ける事で発生するこの謎の現象は、元はLAOというゲームに存在した物理エンジンの不具合であった。しかし条件が酷く限定的かつ厳しい物であった為、長らく発見される事は無かったのだが、この男が発見して永久パターンに組み込んだ事で大勢の人間が知る事になった。

 その後、この不具合は運営に周知されてしまった事で修正され、最悪バグ利用として処分の対象になる可能性すらあったのだが、結果としてそうはならず、逆に、

 

「これは非常に限定された構成で高難易度のコンボを成功させなければ成立しない為、それを発見し、成立させた並々ならぬ努力に敬意を表して正式に仕様として採用する」

 

 という斜め上の対応がされた事で、この異次元バウンドを利用した永久コンボ『ドリブル』は完成を見たのだった。

 ちなみに彼は、これを含めた全部で13パターンの永パを完成させており、その全てを廃人プレイヤー相手の決闘で成功させた実績を持つ、ちょっとおかしい一級廃人共の中でもトップクラスのやべー奴である。

 これには視界や記憶を共有している、他の地獄の道化師の複製体たちも、

 

(えっ、あいつ今、何されて死んだ……?)

 

(物理法則おかしくなってね……?)

 

(こいつら全員やばいけど、あの青いのに関しては本気で何やってるのかサッパリわからんのですが?)

 

 と、ドン引きで距離を取る始末であった。

 

(ええい、ならばこの中年を後ろから始末してくれるーッ!)

 

 窮地に陥った地獄の道化師の一体が、今度はスナおじの背後を狙う。見れば彼は他の仲間達の活躍をニヤニヤと笑いながら眺めており、

 

「いやぁ、みんな相変わらずやるねぇ。こりゃあおじさんの出番は無ぇかな?」

 

 等と軽口を叩いており、隙だらけに見える。『短距離転移(ショートテレポート)』で背後に回って、その無防備な背中を突こうとした複製体は、次の瞬間、

 

「俺の背後に立つんじゃねえ!」

 

 怒号と共に放たれた後ろ蹴りで宙を舞った。棒立ちの状態から、発生が全く見えない程の高速で放たれた蹴りに、地獄の道化師は反応すら出来ず、

 

「カスが!」

 

 直後に振り向きざまに放たれた、対物狙撃銃(アンチマテリアルライフル)の弾丸を脳天に受けて、頭部を吹き飛ばされて死亡した。

 更に、突然の反撃に混乱しながらも他の複製体が魔法で彼に反撃を行なおうとすれば……

 

「魔法なんぞ使ってんじゃねええええ!」

 

 魔法を放つよりも早く、詠唱開始直後に眉間に銃弾を叩き込まれる始末である。

 

「相変わらずスナおじのカウンター戦法はえげつねえな」

 

「離れると超高精度の狙撃で、近付いてもアレがありますからねぇ、あの人……」

 

 自分から攻撃をしない代わりに、相手の特定の行動に反応して痛烈なカウンターを仕掛ける技能や多彩な罠を使っての、徹底した「待ち」の戦法。それこそがスナおじの真骨頂であった。彼と戦う際は焦って仕掛けたら死ぬというのがLAO対人勢にとっての常識である。

 

 このようにして、100体以上いた複製体は次々と倒されていったのだった。

 そして、地獄の道化師の本体は……

 

「おのれぇぇぇっ! ですがワタクシは諦めませんぞぉぉぉぉ! この恨み、必ず倍にして返して差し上げます! 楽しみにしていろアルティリアアアアアア!」

 

 複製体の大部分と研究所を失い、ズタボロになりながらも何とか逃げ出し、女神に向かって怨嗟の声を上げるのだった。

 そんな逆恨みの念を向けられた、沈没船を探索中のアルティリアは、

 

「くしゅん!」

 

 と、小さなくしゃみをして、その拍子に白い水着に包まれた胸がばるんっと大きく揺れた。

 

「アルティリア様、お体が冷えましたか!?」

 

 慌てて上着を脱いで差し出そうとするロイドに、大丈夫だと告げて気持ちだけ受け取りながら、アルティリアは言った。

 

「きっと信者が噂でもしているのでしょう。心配には及びません。それよりも先を急ぎますよ」



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第76話 航海日誌

 黒いボロ布を身に纏い、浮遊する骸骨が、右手の人差し指でこちらを指差す。その当然のように白骨化した指先から、黒炎が放たれた。

 あれは火と闇の複合属性中級魔法『地獄の炎(ヘルブレイズ)』だ。目の前の敵のように、種族がアンデッドや悪魔族の魔法使い系モンスターがよく使ってくる魔法である。

 扱いが難しい複合属性なだけあって攻撃範囲が広く、威力も中級魔法としては高めな優秀な魔法ではあるが……

 

「その程度ではな」

 

 俺が放った水属性中級魔法『流水砲(ウォーターキャノン)』……圧縮された水の砲弾が炎をかき消しながら、敵のどてっ腹を撃ち抜いた。

 それと同時にもう一匹の同じモンスターが、ロイドが振るった水の刃で魔法ごと縦に真っ二つにされた。

 ふむ……死霊(レイス)も一刀両断か、ロイドもなかなかやるようになった。

 

 奥に進むごとに強力な魔物も現れるようになり、たった今倒した死霊の他にも騒霊(ポルターガイスト)動く鎧(リビングメイル)骸骨魔術師(リッチ)といったアンデッド系のモンスターが多数現れた。

 どれも俺からしたら遥かに格下の雑魚である事には変わりないが、子供達には少々きつい相手かもしれない。見た目もホラーチックだしな。

 

 俺達はアンデッドモンスターを掃討しながら、船内の探索を進めた。この沈没船ダンジョンは沢山ある船室を回りながら室内の魔物を倒して鍵を手に入れたり、ギミックを解除したりして新しい部屋を開放しながら進むタイプのようだ。

 よくあるタイプのダンジョンではあるが、単純な迷路型のダンジョンと違って道に迷う事はあまり無い代わりに、鍵集めや船内のあちこちにある部屋を回るのが少々面倒だ。

 そんな感じに探索を進めていると、俺は船室の一つで棚の引き出しの中から航海日誌を発見した。

 どうやらこの船に乗っていた船員の一人が書き記していた物のようだ。

 端がボロボロになって、黄ばんだ紙のページをめくって中身を読んでみると、色々な事が分かってきた。

 

 まず第一にこの船は、アクロニア帝国の貴族であるオリバー伯爵家の所有する船だという事がわかった。

 アクロニア帝国というのは、ローランド王国から見て西側にある、長い歴史を持つ大国だ。ローランド王国とは昔から戦争と休戦を繰り返しており、伝統的に仲が悪い。

 

「アクロニアの船が、何故こんな場所に沈んでいたのでしょうか……」 

 

 ロイドが当然の疑問を口にする。ここはグランディーノ北方の海域、つまり大陸の北東だ。西側にあるアクロニア帝国からは大きく離れている。

 その理由は、後のページに書かれていた。

 当時のオリバー伯爵家の当主は平時は善政を敷く名君であり、戦時には縦横無尽に兵を操る知勇兼備の名将として知られる、皇帝の覚えもめでたい大人物であったという。

 

「その方については私も聞いた事があります。彼は敵国である我が国の兵士や民にも必要以上に危害を加える事を良しとせず、捕虜や敗残兵、敵地の民に対しても慈悲深かった為、今でも国内外を問わず彼を尊敬する人は多いと」

 

 横で一緒に読んでいたロイドがそう付け加える。なるほど、大した人物だったようだ。

 さて、そんな当時のオリバー伯爵はある時、ローランド王国と大規模な貿易を行なったようだ。その際に使われたのが、この船のようだ。

 オリバー伯爵はローランド王国に対し、食糧を輸出したらしい。その理由だが、当時ローランド王国では自然災害による飢饉によって、地方の農村では餓死者が多く出る程の事態に陥ったそうだ。

 帝国では、これ幸いとローランド王国に攻め入ろうとする血気盛んな貴族が多数派を占める中、オリバー伯爵と一部の心ある貴族は、こう進言した。

 

「今、混乱に乗じて王国に攻め入れば、勝利する事は可能でしょう。ですが王国を滅ぼす事は無理でございます。そして王国の兵や民は、我らに対して深い憎悪を抱くに違いありません。いずれ必ず、手痛い反撃を受ける事になりましょう。また、王国とはつい先日に休戦協定が結ばれたばかり。それを災害に乗じて破棄し、騙し討ちをするような卑怯な振舞いをすれば、周辺諸国から強い非難を浴びる事は避けられますまい。そうなれば戦に勝つ事は出来ても、外交では風下に立つ事になります」

 

 オリバー伯爵は静かに「今は王国に恩を売り、外交と経済による勝利を目指すべきだ」と皇帝に説いて、当時の皇帝はそれを受け入れた。

 そして伯爵が中心となって、ローランド王国に多くの食糧物資が送られた。価格も変に釣り上げたりせず、相場通りの値段だったという。

 ローランド王国側でその貿易のその窓口になったのが、王国北部最大の港町であるグランディーノを治めていた、当時のケッヘル伯爵……現領主のご先祖様だった。

 オリバー伯爵自身もこの船に乗っており、当主自らが王国に乗り込んで交渉を行ない、取引は無事に成立した。彼の堂々たる振る舞いと慈悲深さに、多くのローランド王国貴族や一般市民たちが感銘を受けたという。

 こうして王国では多くの飢えた民が救われ、オリバー伯爵の名声は大きく高まった。

 食糧物資を売ったお金や、ローランド王国で仕入れた貿易品、それに王国の王侯貴族から謝礼にと贈られた多くの宝物を積み込んで、帝国に帰還するためにこの船はグランディーノを出発した。

 

 ……そこで終わっていればハッピーエンドだったのが、問題はその後だ。

 帰路にて、この船は突然、大規模な海賊の船団に襲撃された。

 伯爵を乗せた船である為、当然この船にも護衛の船はついており、結構な戦力を持っていた。その為、その場で船団同士の激しい戦いが発生した。

 しかしそこに、運悪く魔物の襲撃や悪天候が重なってしまい、周りの護衛船や海賊船ごと、この船は海底へと沈む事になってしまった……というのが、この船がここに沈んでいた経緯のようだ。

 

「思い出しました。確かに昔、帝国の貴族が海賊に襲われて亡くなった事件があったと聞いた覚えがあります。帝国政府は王国が海賊を雇ってやらせたのだと非難しましたが、証拠は見つからず……結局、両国の仲が以前より悪化しただけに留まったようですが」

 

 ロイドが呟く。そりゃあ、皇帝も信頼する大貴族が敵国の民を救う為に出かけていって死んだと聞かされりゃあブチ切れるだろうよ。

 

「それにしても……原因となった海賊の襲撃ですが、本当に王国なのでしょうか」

 

「ふむ……私は逆ではないかと疑っているところですが」

 

 ロイドが口にした疑問に、俺はそう答えた。

 

「逆……ですか?」

 

「ええ、つまり黒幕は……」

 

 俺がロイドに説明をしようとした時だった。

 突然、船がグラグラと揺れて、下の方から、

 

「ウオオオオオオ……オオオオオオ……」

 

 という、大きな呻き声のようなものが聞こえてきた。まるで地獄の亡者の恨み言のような、怒りや憎しみが込められた声だ。

 

「話の続きは後にしましょう。今は先を急ぎましょう」

 

 下の方で何かあったのかもしれない。俺は船室のベッド(汚れていたので『清潔(クリーン)』の魔法で綺麗にした)をトランポリンのようにして遊んでいた子供達に準備をするように言い、船室を出て下層へと向かった。

 

 そして船内を進んだ俺達は十数分後に最深部にて、巨大な扉を発見した。

 

「どうやら、ここがボス部屋のようですね」

 

「ええ。私が開けます。あなた達は後ろに」

 

 俺は子供達を下がらせて、ボス部屋の大扉を開いた。

 すると、その中には魔物達と、それと戦う人間達の姿があった。

 人間の方は、俺達と別れてダンジョンに突入した者達だ。どうやら俺達を除く全員が、既に揃っているようだ。

 対する魔物の軍勢は、アンデッド系の魔物が大部分である。その親玉は、ひときわ巨大な、海賊船長のような服装をした骸骨(スケルトン)だった。

 

 どうやら既に戦いは始まっており、俺達は出遅れてしまったようだ。子供連れなので慎重に進んだ事や、航海日誌を読む等して手掛かり探しに時間を割いた事が原因だろうか。

 遅刻はしたが、戦いはまだ中盤戦といったところのようなので、今からでも参加させてもらおうと思う。

 俺は槍を構え、ボス部屋へと突入した。



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第77話 緊急ミッションを発令する

 この沈没船ダンジョンのボスであろう、海賊船長の恰好をした巨大なスケルトンと対峙しているのは、我が海神騎士団の団員達だった。

 ルーシーとスカーレットの二人を壁役(タンク)にした2トップ編成で、リンを中心に他の団員達が魔法や射撃武器による遠距離攻撃で削る、強敵を相手にする時の守備重視の陣形だ。司祭兼軍師のクリストフは最後方に控え、壁役の二人に回復・支援魔法を飛ばしながら全体の指揮を行なっている。

 

「皆、待たせてすまない!」

 

 そこにロイドが合流し、前衛の二人に並び立った。

 

「来た! 団長来た!」

 

「これで勝つる!」

 

「アルティリア様もいらっしゃったぞ!」

 

「おおっ! これで我らの勝利間違い無しだ!」

 

 俺達の姿を見て、人間達が歓声を上げた。

 それを身て、俺は少しばかり良くない流れだと感じた。

 士気が上がったのは良い事なのだが、俺達が合流した事で彼らに油断……とまではいかないが、気の緩みのような物が生じたと感じたからだ。

 確かに俺さえ居れば大抵の敵には勝てるし、あのボス骸骨も、ダンジョンボスだけあってそれなりの強さだし、大人数で突入したから補正がかかっているのか、本来のレベルよりもHPを中心に、あらゆるステータスがだいぶ強化されている感はある。しかし、それでも俺から見れば格下だ。ぶっちゃけソロでも倒せる相手だろう。

 だが、俺に頼りすぎる事で彼らの心に甘えが生じ、成長が阻害される事になってしまっては、それこそ彼ら連れて来た意味が無い。

 そう考えた俺は、心を鬼にして突き放すべきかと思ったのだが、

 

「皆、気を抜くな! まだ勝っても、戦いが終わってもいないんだぞ!」

 

 穂先が大型で鎌状の刃が付いた槍を振り回し、骸骨を数匹纏めて吹き飛ばしながらそう叫び、仲間を叱咤する者が居た。海上警備隊の制服に金属製の部分鎧を身に付けた銀髪の青年、警備隊のクロード=ミュラーだ。

 

「クロードの言う通りだ。お前達、この程度の相手にいちいちアルティリア様の手を煩わせるつもりか?」

 

 刀を鞘から抜きながら、ロイドもそれに続き、

 

「そうじゃないだろう。ここはアルティリア様に我らの戦いを見守っていただける事に奮起し、恥ずかしい戦はお見せできぬと気合を入れ直すべき場面だ。この時点でまだアルティリア様に助けてほしいと思っている者は、今すぐ帰還の魔石を使って町に帰れ」

 

 そう言い放つと、周りの者達の表情と身に纏う空気が明らかに変わった。

 

「フゥー……すまんなロイド、よく言ってくれた」

 

「ああ、どうやら寝惚けていたようだが目が覚めたぞ」

 

「よく考えれば、アルティリア様に恰好いい所を見ていただく大チャンスというわけだ。逃がす手は無いな」

 

 気合十分で、冗談を言えるくらいに余裕もある。良い状態だ。これなら心配はいらないだろう。

 

「と、いうわけですアルティリア様。ここは我らにお任せ下さい」

 

 ロイドが背中越しに顔をこちらに向けてそう言った事で、俺は一瞬で玉座のようなデザインの氷の椅子を作って、それに腰を下ろした。

 手出しはしない、というポーズだ。

 

「そこまで言うのなら任せましょう。ただし大口を叩いておいて、みっともない戦いをしたら罰を与えますよ」

 

「はっ! 必ずや、完璧な勝利をアルティリア様に捧げます!」

 

「いいでしょう。では……」

 

 俺はEX職業(クラス)大神(グレーター・ゴッド)』の技能(アビリティ)の一つを発動させた。

 その技能の名は、『神の特命(ゴッズ・ミッション)』。その名の通り、信者達に対して課題を出し、それを達成出来れば報酬を与え、出来なければペナルティを課すという物だ。

 

「女神アルティリアの名に於いて命ずる! 各自、己の役割を果たし、誰一人欠ける事なく速やかにこの魔物達を殲滅せよ!」

 

 というわけで、緊急ミッション発生である。

 達成条件は5分以内にボスを含めた室内の全モンスターの殲滅。

 失敗条件は制限時間の経過または参加メンバーの誰かが戦闘不能になる事。

 クリア報酬は経験値やスキル熟練度、失敗時のペナルティはダンジョンクリア時の報酬を一部没収としておこうか。

 

「「「「「了解ッ!!!」」」」」

 

 ついでに、手は出さないが神の常時発動型技能(パッシブ・アビリティ)である『神聖なる指揮(ディヴァイン・コマンド)』……自身の命令に従っている際、信者の全ステータスを上昇させる技能による支援を行なっておく。これくらいなら構わないだろう。

 さて、後は座ってのんびりと、彼らの戦いぶりを見せて貰うとしようか。

 俺は懐中時計を取り出し、彼らがモンスターを全滅させるまでの時間を計測し始めたのだった。



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第78話 戦いの基本は囲んで叩く※

「スカーレット、クリストフ。あれをやるぞ!」

 

 敵の親玉である巨大骸骨船長(ヒュージ・スケルトン・キャプテン)を前にしたロイドは、仲間の二人に向かってそう叫んだ。

 呼ばれた二人は、すぐに彼の意図を察知して横に並び立つ。

 

「いいだろう」

 

「ええ、いつでも行けますよ」

 

 スカーレットが赤い大剣を肩に担ぐようにして構え、クリストフが世界樹(ユグドラシル)の枝を削り出して作られた長棒を、錫杖のように掲げる。

 彼らの武器は、どちらもアルティリアが彼らの為に作った逸品だ。特にスカーレットの剣は、彼の亡き旧主である魔神将フラウロスの力と、現在の主である女神アルティリアの力が込められた唯一無二の神器だ。

 ロイドもまた、刀を両手でしっかりと持って正眼の構えを取る。彼の刀もまた、かつての戦いで折れてしまった愛刀をアルティリアが鍛え直し、彼女の力が込められた神器である。

 

 三人は構えた武器を、それぞれ同じタイミングで……床に向かって、勢いよく突き刺した。

 

「「「凍りつけ! 『氷結波動(フローズン・ドライブ)』!!」」」

 

 その瞬間、彼ら三人の武器が刺さった場所から、一直線に冷気の波が敵に向かって迸る。それによってボスの足元から膝のあたりまでが、一瞬にして氷漬けになった。

 しかし、彼らの連携技はそれで終わりではなく、むしろここからが本番である。

 

「ロイドさん!」

 

「おうッ!」

 

 続いて、ロイドとクリストフがそれぞれの武器を振るい、巨大な氷の刃を放った。Xの字を描く氷刃が敵の胴体を深く切り裂き、命中した体と両腕を凍結させて動きを封じる。

 ボスは身体と四肢が凍結し、頭部以外の動きを完全に封じられた。

 

「ぬおおおおおっ! 『業炎撃(インフェルノ・ブレイク)』ッ!」

 

 直後、爆炎を纏う大剣を大上段に構えたスカーレットが、ボスに向かって飛びこんだ。対する巨大骸骨船長は凍結によって動きを完全に封じられている為、防御も回避も不可能だが、

 

「グゴオオオオオオッ!」

 

 体は完全に動きを封じられようと、唯一自由に動かせる頭部を突進してくるスカーレットへと向けると、骨だけの口を大きく開いておぞましい叫び声を上げた。すると空洞の口腔内に燃え盛る黒い炎が生じ、それがスカーレットに向かって勢いよく放たれる。『地獄の炎(ヘルブレイズ)』による反撃だ。

 だがそれは、目の前の相手に対しては悪手であった。

 

「効かぬ! 我は炎の騎士、炎は我が力の源よ!」

 

 スカーレットは大剣のブ厚い刀身の腹で、飛来する地獄の炎を受け止めると、それを自らの剣に取り込んだ。それによって一層火力を増したスカーレットの大剣による一撃が、真正面から襲いかかる。

 体の動きを封じられ、反撃の魔法も敵をパワーアップさせる結果に終わり、無防備な状態で敵の全力攻撃を受けざるをえない状況に追い込まれた巨大骸骨船長は、

 

「何だよこれ、ふざけんなよお前……」

 

 とでも言いたそうな表情を浮かべながら、脳天に必殺の一撃を受け、ダウンした。

 

「今です!」

 

 更に次の瞬間、クリストフの号令と共に、待機していた団員達が動き出した。

 

水属性誘導魔弾(アクアマジックミサイル)、全弾発射!」

 

 魔導士の少女、リンがチャージしていた誘導(ホーミング)性能付きの魔力弾を一斉に放つ。それを皮切りに、団員達が一斉攻撃に移った。

 後はもう、一方的にボッコボコにするだけの簡単なお仕事である。

 

「最後まで油断するなよ! 反撃の隙を与えず、徹底的に囲んで叩け!」

 

 有利な状況にあっても決して慢心する事なく、彼らは敵が完全に倒れるまで万全の構えで戦いに臨んだ。

 

「フザケルナ貴様等……渡サンゾ……俺ノ……財宝……ォォ……!」

 

 怨嗟の声を上げる船長とその取り巻きのモンスター達も必死の抵抗をしたものの、士気がMAXの彼らの勢い押し切られ、あえなく撃沈するのだった。

 冒険者や海上警備隊、それにアレックスら少年達といった者達もまた、ボスが召喚した手下のモンスター……海賊骸骨(パイレーツスケルトン)骸骨狼(ボーンウルフ)死霊(レイス)といったアンデッドモンスターを次々と撃破していき……戦いは、彼らの完全勝利に終わった。



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第79話 レスト・イン・ピース

「うん……上出来だ」

 

 最後のモンスターが消滅するのを見届け、俺は懐中時計の蓋を閉じた。

 彼らがボス部屋内のモンスターを全滅させるのにかかった時間は3分34秒。制限時間の5分に対して、余裕を残しての達成である。

 よくやった。やっぱりやれば出来るじゃないか君達。

 俺は氷の玉座から立ち上がり、彼らを労おうとしたが、その時だった。

 

「ありがとう、勇敢な戦士達よ……よくぞこの船に巣食った悪霊達を退けてくれた……」

 

 突然、広いボス部屋の中央に現れてそう告げたのは、豊かな髭を蓄えた初老の紳士だった。着ている服や立ち居振る舞いからして、高い地位と教養を持つ高貴な身分の者である事は間違いない。

 ただしその男は、体が半透明で実体を持たず、宙に浮かんでいた。彼が生者ではなく、幽霊である事は明らかだ。

 しかし今まで倒してきたアンデッドモンスターとは異なり、こちらに対する敵意は見られず、むしろ好意的だ。

 俺は彼の正体に心当たりがあった。

 

「アルフレッド=オリバー伯爵とお見受けします。私の名はアルティリア、お目にかかれて光栄です」

 

 あの航海日誌に書かれていた、かつてこの船と共に海に散った帝国貴族。それが彼の正体と見て間違いないだろう。

 

「いかにも私めがアルフレッド=オリバーでございます、女神様。此度の事、何とお礼を申し上げてよいか……」

 

「頭をお上げください。我々は偶々、この地に眠る財宝を求めて訪れただけで、むしろ貴方の遺品を奪いに来たのですから」

 

「だとしても、長らくこの船に囚われていた我らの魂が救われたのは紛れもない事実。感謝の言葉もありませぬ。それに財宝も、この場所で人知れず眠りにつくよりも、貴女様方が有意義に使われたほうが喜ぶでしょう。どうかお持ち帰り下さい」

 

 オリバー伯爵の、幽霊になっても健在な良い人&大物オーラのおかげで、いつになく丁寧な口調で遣り取りをする事になった。これがカリスマって奴か。

 ともあれ、意図せぬ事とはいえ俺達の行動によって、彼らの魂が解き放たれたのはめでたい事だ。

 

「わかりました。ではこの財宝は有難くいただいて行きます。貴方が生前に願った通りに世の為、民衆の為に役立てると約束します」

 

「感謝いたします、女神よ。ああ……それと最後に一つ、私の願いを聞いていただけますか?」

 

「私に出来る事であれば、何なりと」

 

「では、こちらを……」

 

 オリバー伯爵が俺のほうに向かって右手を掲げると、俺の手元に一つのアイテムが出現した。

 それは、曇り一つない、緑色に輝く大粒の宝石だった。

 

「これは……ッ!」

 

 俺はそれに見覚えがあった。LAOにも存在した、神器作成の素材にもなる、非常に入手困難な激レアアイテムにして、宝石系アイテムの中でも最高位の物の一つ。

 

「やはり、天空の翠玉……」

 

 非常に強力かつ純粋な風属性を宿した、大きなエメラルドであり、俺が知っている限り手に入れた人間は一級廃人の中でもほんの一握り。

 『グングニル』や『ストームブリンガー』、『天空の心(テンペストハート)』といった風属性神器を作るのに必須の素材である為、求める者は多かった。何故、そんな代物がここに……!?

 

「ご存知でしたか……流石の慧眼でございます。それは、かつて私が、当時のケッヘル伯爵より贈られた物なのです」

 

 それは、彼が存命だった頃の話だ。

 ローランド王国とアクロニア帝国は、過去に何度も干戈を交え……その戦の中には、大海原にて船団同士の海戦もあったという。

 王国最大級の港であるグランディーノを治める当時のケッヘル伯爵――現領主のご先祖様だ――は、その海戦でも主力として活躍したが、あるとき帝国の海軍を率いるオリバー伯爵、つまり今、俺の目の前にいる男の巧みな指揮によって戦に敗れ、撤退する事になった。

 その際、戦に勝利したオリバー伯爵は、追撃よりも敵である王国軍の者達を、沈んでゆく船から可能な限り救出する事を優先し、捕虜に対しても決して酷い扱いをする事はなかった。

 その事に感激したケッヘル伯爵は、敵軍の将でありながらオリバー伯爵を、貴族の鑑であり最高の将軍であると褒め称え、尊敬するようになったという。

 それから、彼らは敵国の貴族同士でありながら交流を始め、友となった。

 そして最終的に、飢えに苦しむ民の為に自ら敵地へと足を運び、食糧を売ってくれたオリバー伯爵への尊敬と感謝の意を込めて、友情の証として……ケッヘル伯爵は彼の家に代々伝わる家宝である、この天空の翠玉をオリバー伯爵へと贈ったのだった。

 

「どうかこれを、彼の子孫へと返却していただきたいのです。そしてお伝えください。私は海に散る事になって、彼も既に生きてはいないでしょうが……それでも我らの友情は不変であると」

 

 俺は手の中にある天空の翠玉を握りしめて、しっかりと頷いた。

 

「その願い、我が名にかけて必ず果たしましょう。安心して冥府に旅立ちなさい」

 

「感謝いたします、女神よ……」

 

 オリバー伯爵は跪き、俺に向かって祈りを捧げた。すると彼の身体が光に包まれ、だんだんとその姿が消えていく。

 それと共に、彼の周りには幾つもの光の玉……彼と共にこの船に乗っていた者達の魂が集まってきて、一緒に天に向かって昇っていった。

 

「全員、オリバー伯爵と、この地に散った者達の魂に……黙祷!」

 

 俺の命令に従い、その場の全員が跪き、彼らの魂の安らぎを願って祈りを捧げた。

 

 その後、俺達はボス部屋の奥にあった倉庫に眠る、大量の財宝を持って沈没船を脱出し、グレートエルフ号へと帰還したのだった。



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第80話 グランディーノ印度化計画

 グレートエルフ号へと戻った俺達は、船内の倉庫に沈没船から運び出した財宝を移した後に、各自休憩を取った。

 表情に出さないようにしているが、全員ダンジョン探索で疲れているようだし、休息は必要だろう。

 丁度、時刻は正午を少し過ぎたくらいになっているし、帰る前に昼休みといこうじゃないか。

 

 昼休みとなれば当然、必要なのは昼食だ。

 ダンジョンを攻略して消耗した彼らの心と体を癒すべく、栄養があって美味い昼飯を食わせてやらなければならないだろう。

 

「というわけで、貴方達にはもうひと働きしてもらいます」

 

 俺は船内のキッチンに、海神騎士団のメンバーを集めて宣言した。

 ちなみに、見習い団員である子供達は船室で休ませている。流石に初めてのダンジョン探索で疲れていたようだったからな。

 

(アルティリア様、アレックス様が部屋から脱け出して海に飛び込みました)

 

 と思ったら水精霊(ウンディーネ)から念話でそんな報告が入った。

 うちの息子ちょっと元気すぎん? あいつの体力どうなってんだ。

 とりあえず、水精霊には着いて行って見守るように指示しておいた。

 

 気を取り直して、今は料理だ。

 キッチンには大量の肉や野菜が並べられており、大人数の食事を一度に作る為の、業務用の大型鍋も用意してある。

 そして、作る料理も決まっている。船で出す料理といえば、やはりアレだ。

 

「今日の昼食はカレーライスです。各自、速やかに食材の下拵えと炊飯をするように」

 

 カレーライス。言わずと知れた日本人にとっては誰もが知るソウルフードだ。その起源はインドの料理だが、イギリスを経由して、良い物は何でも自分達の文化に取り込んで、お好みに魔改造するのがお家芸の日本人に伝わった結果、元の姿とはだいぶ違う代物になった。

 そんな日本のカレーは日本人のみならず、外国人の間でも人気の料理だった。

 

 ところで、海上自衛隊には毎週決まった曜日にカレーを作って食べる習慣があったり、艦や部隊ごとに独自のカレーのレシピが伝統として伝わっていたりと、やたらカレーに対するこだわりが強いイメージがある。

 横須賀なんかを中心に、港町にはカレーが名物の町が多かったりするし、そんな訳で俺の中では船で出す料理というと、真っ先に思い浮かぶのがカレーであった。

 

 ちなみにカレーは海神騎士団のメンバーには、何度か振る舞った事があって好評だった。しかしカレーを作る為のスパイスの類が、一般庶民にとっては入手困難な物が結構ある為、カレーのレシピは一般公開してはいない。

 他の、手軽に作れる家庭料理のメニューは結構公開してるんだけどな。

 

 そんな訳で、領主とその家族やミュロンド商会の会長なんかの例外を除けば、今日がカレーを外部の人間に食わせる最初の日になる。

 それに踏み切った理由だが、ある物が完成したというのが大きい。

 俺は、道具袋からそのアイテムを取り出した。それは、瓶に入った濃い黄色の粉であった。

 

 そう、カレー粉だ。俺が研究したレシピをミュロンド商会の会長に伝え、商品化させた物だ。もうすぐ、これが一般に流通するようになる。一般庶民にとっては少々高価な買い物かもしれないが、グランディーノの町とその周辺地域はどんどん発展して豊かになり、人々の所得も上がっているので、恐らく問題なく売れる。

 だが、買ってもらう為にはカレーという料理と、その魅力を知って貰う必要がある。その為の宣伝も兼ねてカレーライスを振る舞うのだ。

 

 騎士団員たちが手際よく野菜の洗浄や皮剥きを行なっている間に、俺は肉の下拵えをする。牛肉、豚肉、鶏肉……カレーにはどれも合うので、どれを使うか迷うところだが……そういう時は全部作ればいい。どうせ食う奴が100人近く居るんだ。色んな味のカレーを作って好きなのを食わせてやればいい。

 あと海老やホタテ、イカなんかを使ったシーフードカレーも良いな。丁度ここは海で、新鮮な海産物が沢山採れるだろうし。

 そう考えていたらアレックスがキッチンに入ってきた。水精霊の話だと、海に飛び込んでどこかに泳いで行ったようだが……

 

「ははうえ、これ取ってきた」

 

 なんとアレックスは俺に、様々な海産物が入ったカゴを差し出してきた。海に潜ったのはこれを取ってくる為だったようだ。

 それにしても俺の考えを先回りするとは……うちの息子、やはり天才か?

 思わず抱きしめてやったら逃げられた。逃げ足が速い。

 とにかく、これで海産物も用意できたのでシーフードカレーも作る事にする。

 

 そして全員が極めて効率的に作業をこなす事によって、大人数用のカレーが入った鍋が、俺達の前にずらりと並んだ。

 俺が騎士団員たちに皆を食堂に集めるように言うと、彼らは素早く船内に散らばっていった。

 それから数分も経たずに、腹を空かした人間達が食堂へと集合した。

 

「これはカレーという食べ物で、このカレー・ソースをご飯にかけて食べます。なかなか辛い味の料理ですので、子供や辛い物が苦手な人用の甘口、ほどほどの辛さの中辛、辛い物が好きな人用の辛口に分かれています。それと具材も牛肉、豚肉、鶏肉、海鮮の4つに分けられているので、好きな物をかけて食べるように」

 

 3種類の辛さと4種類の具材で、合計12種類のカレーが入った鍋を見つめて、人々は興味深そうだったり、不安そうにしていたりと様々な反応を見せた。

 

「うおっ、この匂いは確かに辛そうだ……!」

 

「確かに……だが実に食欲をそそるぜ!」

 

「さて、問題はどの鍋を選ぶかだが……やはりここは堅実に、中辛から挑むべきか」

 

「うむ……初めて食べる料理だからな。やはり最初はスタンダードな物から行こう」

 

「ふっ……お前ら、それでも男か? 真の勇者たる俺は折角だから、俺はこの辛口ビーフカレーを選ぶぜ!」

 

 更にご飯を盛り、好みのカレーの鍋の前に並ぶ彼らに、俺は一つ忠告をした。

 

「ああ、それと……見栄を張って辛口を選んで、やっぱり無理とか言って残すような真似をしたら罰を与えます。ちゃんと無理せず、自分に合った物を選ぶように」

 

 俺がそう言うと、大口を叩いて辛口の鍋に向かおうとした男性冒険者の顔が青ざめた。

 

「おっ、どうした? やっぱり止めるのか口だけ野郎。まあアルティリア様もああ言ってるし、無理はしない方がいいと思うけどな」

 

「どうしたんですか真の勇者さん、早く僕らに男気を見せて下さいよ。嫌なら別に構いませんけどね、女神様から罰を受けるのは怖いでしょうし」

 

「ぐがっ……このっ……! 上等だ、やってやろうじゃねぇか!」

 

 大口を叩いた結果、仲間達にニヤニヤ笑いながら煽られた彼は、大盛りのご飯の上に辛口のビーフカレーを盛りつけ、席について……勢いよくカレーを口に運んだ。

 

「ぬおおっ! 美味ぇっ! だがめちゃくちゃ辛ぇぇっ! しかし俺は真の勇者! 食いきって見せらあああ!」

 

 彼以外にも、その美味さと辛さに吃驚している者が多く見られた。

 

「ぬぅっ、このカレーソースとやらは随分と辛いな……!」

 

「ああ、だがなんというか、癖になる味だ……!」

 

「おいおい、お前ら馬鹿か? 米と一緒に食うからカレーライスなんだろうが。こうやってご飯と一緒に食う事で、辛さが良い感じに中和されるんだぜ」

 

「なんとっ! 確かにその通りだ……しかもカレーのおかげでご飯が進む! 手が止められん!」

 

 いい感じにカレー中毒になる者も出始める中、俺に話しかけてくる者が居た。

 その者の名はクロード=ミュラー。海上警備隊に所属する、長身痩躯の銀髪の青年だ。

 

「アルティリア様……不躾ですが一つお願いがございます」

 

 過去に何度か話した事はあるが、女に免疫がないようで俺と話す時は視線が横に逸れていたり、挙動不審だったりしていた筈だが、現在の彼は真剣な顔で、まっすぐな瞳でしっかりと俺の目を見て話していた。

 

「聞きましょう」

 

 何やら真面目かつ急を要す話なのだろうか。俺は襟を正して、彼の話を聞く事にした。

 そんな俺に対し、クロードは言った。

 

「このカレーの作り方を教えて下さいッ! お願いします!」

 

 おい、真面目な話かと思って真剣に聞こうとした俺に謝れ。いや本人は大真面目なんだろうけど。

 

「……カレーのレシピ公開および、材料であるカレー粉の販売を近い内にする予定です。それまで待ちなさい」

 

「はっ、ありがとうございます! 楽しみにお待ちしております!」

 

 そう言って頭を深く下げると、クロードは空になった皿にご飯を大盛りにして、辛口シーフードカレーの鍋へと向かっていった。

 奴もまた、カレーの魅力に脳を焼かれた者だったか……

 

 カレーを山盛りにして席に戻ろうとするクロードに、俺は言った。

 

「私の故郷にも、海上警備隊のような組織があり、そこでは各艦艇や部隊毎に独自のカレーを作り、その製法を伝える伝統がありました。貴方達が作るカレーがどのような物になるのか、期待しています」

 

 後に俺のその言葉がきっかけになり、グランディーノの海上警備隊でも部隊毎にオリジナルのカレーを開発し、食べ比べをするコンテストが開催されるようになるのはまた別の話である。

 

 さて、それじゃ俺もそろそろカレーを食べるとするか。どの具材も好きだから迷うところだが、やはり最初は一番好きなチキンカレーの辛口から行ってみようか。

 俺は自分の皿にカレーを盛って、自分の席へと向かった。その途中で、甘口のシーフードカレーを食べていたアレックスとニーナが俺に話しかけてきた。

 

「ははうえ、今思いついたんだが、カレーにトンカツを乗せるととてもうまいと思う」

 

「はい! ニーナはエビフライが合うと思います!」

 

 やはり俺の子供達、天才だったわ。



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第81話 深き地の底にて※

 深い深い地の底、人が決して行く事の出来ない場所に、死者の住まう世界である冥界があった。

 そこを治めるのは一柱の神。冥界の支配者である冥王プルートだ。彼の役目は冥界の秩序を維持し、死して冥界を訪れた者達に裁きを下す事だ。

 冥界を治める神であるため、まるで恐ろしい魔王のようなイメージを持たれがちではあるが、本来の冥王は厳格だが慈悲深い性格の名君であった。確かに厳しいが、それは死者を裁き、秩序を守るという使命に対して真摯であるがゆえだ。実際のところはフリーダムな弟達や他の神々に比べれば、遥かに真面目で良心的な神であった。比較対象が悪すぎると言われればそれまでだが。

 

 そんな冥王プルートは、いつになく満足げな様子で玉座に腰かけていた。重厚な鎧と、顔全体を覆い隠す兜のせいで表情は見えないが、彼をよく知る者達が見れば、冥王が上機嫌である事は明らかであった。

 

 そんな彼の前に、一人の人物が音もなく現れ、跪いた。その者は紫がかった銀色の長い髪と赤い瞳を持つ、全身を覆い隠す黒いローブを着た少年であった。

 

「冥王様、只今帰還いたしました」

 

「うむ……面を上げよ。ご苦労であったな、フェイトよ」

 

 威厳のある低い声で冥王が告げると、フェイトと呼ばれた少年が顔を上げた。恐ろしく端正な顔立ちをした美少年であった。しかし、まるで少女と見間違うようなその容姿に反して、彼が冥王と直接面会できる程に信頼されている実力者である事は、見る者が見れば分かるだろう。

 

「冥王様、ご機嫌そうですね」

 

「フフフ、わかるか。優秀な人材が冥界に来てくれたからな」

 

「私が先ほど迎えに行った、あの者ですね」

 

「うむ……長い間、魂だけで現世に留まっていたようなので、暫しの休息を与えた後に、余自らスカウトしようと思っておる」

 

 彼らが話題に出したのは、アルティリア達の活躍によって成仏したオリバー伯爵の事だった。

 沈没船に囚われていた伯爵の魂はその後、冥界へと向かった。生前、偉業を成して多くの人に尊敬されたオリバー伯爵の魂が冥界を訪れたのを察知した冥王は、彼を出迎える為に側近の一人であるフェイトを迎えに出したのだった。

 

「彼にはどのような仕事を?」

 

「死者を裁く裁判官を、とも考えたが……あの者はいささか優しすぎるきらいがあるゆえ、冥府の行政官に加えようと思っておる」

 

「それがよろしいかと」

 

 死者の魂は死後、冥界を訪れ……その後は生前の行ないに応じて、冥王や彼に仕える裁判官たちによって裁きを下される。

 大半の者は生前の罪を償う為に冥府で働く。その刑期は生前の行ないに応じて変わり、それが終わればその魂は、全ての罪と記憶を洗い流され、次の命へと転生する。

 また、どうしようもない極悪人や重罪人、あまりにも危険な力や思想を持った者は、冥府の最下層である奈落(タルタロス)へと封印される。

 そして、生前に偉業を成した英雄や偉人は、楽園へと導かれるか、あるいは冥王の直属の部下となって働く事ができる栄誉を与えられる。

 オリバー伯爵もまた、冥王のお眼鏡に叶って、直々にスカウトをされる事になったようだ。

 

「かの新たな女神……アルティリアにも感謝をせねばならんな。海の女神であり、愚弟(ネプチューン)の関係者の割には、実に良心的なところも気に入っておる」

 

 プルートの弟である海神ネプチューンは、若い頃はとんでもなくやんちゃな暴れん坊であり、プルートにとっては頭痛の種であった。

 

「ネプチューン様も、聖域に入られてからは随分と落ち着いたと聞いておりますが……」

 

「何が落ち着いたものか、あの愚弟め。少し前に優秀な後継者が出来たぜイェーイ、うちのアルティリアたんは最高だぜ、魔神将だって一捻りだ! などと我らに自慢してきおったのだぞ! 全く、魔神将なんぞうちのフェイトだってアルティリアよりも先に倒しておるというのに!」

 

「落ち着いて下さい冥王様……」

 

 ちなみに、このフェイトという少年は冥王直属の騎士、『冥戒騎士』達のリーダーであり、アルティリアが言うところの原作……『ロストアルカディアⅥ ~Knight of Abyss~』の主人公であった。過去に仲間達と共に、魔神将エリゴスを討ち滅ぼしている。

 ついでにフェイト達が魔神将を倒した時には、プルートも「冥戒騎士最強! 冥戒騎士最強!」「余の腹心が優秀すぎるんじゃが」などと弟達や他の神々に自慢しまくっていたので、どっちもどっちである。神々はこんな感じで、隙あらばすぐに他の神を煽ってマウントを取ろうとしてくる畜生ばかりだ(極一部の例外を除く)。

 

「コホン……ともあれ、アルティリアには何か礼をせねばなるまい……むっ?」

 

 そう言って、地上のアルティリアの様子を見ようと『千里眼(クレアボヤンス)』の技能を使ったプルートは、ある事に気が付いた。

 

「ふむ……フェイトよ、地上へ向かうがいい。冥戒騎士としての務めを果たす時だ」

 

 プルートがそう告げて、千里眼で観た物を共有すると、フェイトはすぐさま真剣な顔で頷いた。

 

「はっ、必ずや!」

 

 彼らの目には、アルティリア達に迫る危険と、その正体がはっきりと見えていた。

 立ち上がり、すぐに出発しようとするフェイトだったが、プルートはそれを呼び止め、ある物をフェイトへと手渡した。上質な布生地に包まれている為、その正体は分からないが、形状は150センチ超の長い形をしている。フェイトは受け取ったそれを、道具袋――アルティリアが持っているのと同じ、無限に近い容量を持つマジックアイテムだ――に入れた。

 

「行くついでに、アルティリアへの贈り物を届けるがいい。ああ、それと……あのカレーは実にうまそうだったので、貰ってきてくれ。余はビーフカレーの辛口を所望する」

 

「冥王様、カレーは帰ってきたら俺が作るので我慢してください……」

 

 筆頭冥戒騎士フェイト。

 冥王の側近にして魔神将を討伐した英雄も、普段は主の無茶振りに苦労させられる、見た目相応の少年であった。



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第82話 海戦勃発

 大量に作ったカレーは、冒険を終えて腹を空かした大勢の人間達によって全て食い尽くされ、完売御礼。片付けや洗い物も終わって一段落といったところだ。

 さて、後はのんびりとグランディーノに戻るだけになった。食後の休憩を終えたところで、俺は船内の人間達に出航を知らせた。

 そして舵を握って、錨を上げて出発し、進路を南、つまりグランディーノの方向へと向けて、十分ほど船を進めていた時だった。

 それまで快晴だった空模様が、突然暗雲に覆われたかと思ったら、瞬く間に凄まじい暴風雨へと変わっていったのだ。

 

 いったい何だろうな、これは。

 突然の嵐……というには、天候の変わり方が不自然かつ急激すぎる。明らかにこれは自然に起きる物ではない。という事で……

 

「警戒! 全員、至急戦闘配備につきなさい! 何か良くない事が起ころうとしています!」

 

 前兆を感じたら、事が起きる前に警戒態勢を整えるのが定石である。万が一杞憂に終わっても、楽観視して手遅れになるよりは万倍マシだ。

 俺の号令によって、船内の者達が速やかに戦闘準備を整えた。

 やがて暗雲が空を覆い尽くし、雷鳴が轟き、並の船であれば転覆しかねない程の嵐が俺の船を襲った時、どこからともなく響いてきたのはしわがれた低い声だった。声の主が放つのは、どこまでも暗い怨嗟の声。

 

「逃ガサン……逃ガサンゾ……! 俺ノ物ダ! 財宝ハ全テ、俺ノ物ダ! 渡シテ……ナルモノカアアアアア!」

 

 それは沈没船で倒した筈の、敵の親玉である海賊船長の声だった。その叫びと共に、俺の船のすぐ近くに、海底から何か巨大な物が飛び出してきた。

 その正体は……一隻の船であった。しかし、ただの船ではない。何百体もの死体の骨を繋ぎ合わせて作ったかのような、骨で出来た醜悪な船体。船長帽を被った髑髏マークの描かれた、ボロボロの帆。船の周りに漂う、幾つもの鬼火。

 それは、巨大な亡霊船だった。

 

「どうやら、これが本当のボス戦のようだな……」

 

 呟くと同時に、亡霊船がその側面をこちらに向けて、ずらりと並んだ大砲を一斉に発射し、砲弾が俺の船に向かって放たれる。だが……

 

「当たるかよ、そんな砲撃……!」

 

 俺は操船スキルを一定以上の数値まで上げる事で習得可能な技能(アビリティ)、『高速巡航』を発動させ、船の速度を一時的に大きく上昇させる事で、敵の砲撃を回避した。

 この技能は便利だがMP消費量がなかなか多い為、流石の俺でも考え無しに乱発する事は出来ない……とは言え、出し惜しみして船を沈められては本末転倒である。使うべき時を見極めながら戦う必要があるだろう。

 

「さて……こっちも反撃といこうか」

 

 俺は『高速巡航』によって上昇したスピードに乗って、敵船の背後を取った。そして俺はその勢いのまま、『急旋回』という技能を発動させた。それによって船がドリフトするように、減速しつつ方向転換する。

 それによって亡霊船のガラ空きの背中に向かって、俺の船が右側面を向けた。それを確認し、俺は艦内放送用のマイクを手にとって叫んだ。

 

「右舷斉射! 撃てぇーっ!」

 

 俺の号令の下、大砲が亡霊船に向かって一斉に放たれ、弾が船尾やマストに次々と砲弾が直撃した。大ダメージによって亡霊船がぐらりと傾き、そのまま海に沈んでゆく。

 

 他愛なし。やはり俺のグレートエルフ号は最強だぜ……と言いたいところだが、喜ぶのはまだ早い。むしろ、こんなにあっさりと終わる筈が無い。

 俺は警戒を解く事なく、船を高速で移動させた。同時に、船員となった信者達に注意喚起をしようとするが、

 

「次弾装填用意! いつでも撃てるようにしておけよ!」

 

「気を抜くなよ! まだ嵐が続いている。警戒を怠るな!」

 

「おうよ、当然だ! 見張り員は敵の増援や奇襲に気をつけろ!」

 

 どうやら、いらぬ心配だったようだ。彼らは現状の把握と適切な判断がしっかりと出来ている。うむ、彼らもちゃんと成長しているようで俺も嬉しい。

 

 そして俺と彼らの予想通り、まだ戦いは終わってなどいなかった。

 直前まで俺の船が居た場所に、亡霊船が物凄い勢いで海底から上がってきて、水面に向かって船首を突き上げ、まるでアッパーカットを放つように急浮上してきたのだ。

 よもやの真下からの衝角突撃(ラムアタック)という、普通の船には絶対に不可能な奇襲攻撃であった。もしも勝ったと判断を誤り、油断していたらその攻撃をまともに食らって、まずい事になっていたであろう事は想像に難くない。

 俺は素早く船を回頭させて、左舷を浮上してきた亡霊船に向けた。

 

「撃て!」

 

 再び砲弾をブチ当てて撃沈させるが、今度は数秒後にまた別の場所に浮かび上がってきた。それも、次は単体ではなく3隻同時にだ。

 

「きりが無いな。まるでモグラ叩きだ」

 

 どうにも手応えが無い。次々と浮かび上がってくる亡霊船を倒しても、敵に有効打を与えられている感じがしない。

 という事はつまり、本体は別の所に居て、安全な場所から遠隔操作であの亡霊船を操っているのだろうと考える。

 

水精霊(ウンディーネ)隊、水中を索敵!」

 

 ならばその場所はどこかと考えた時に、真っ先に思いつくのは海中だ。今、海面に出ている亡霊船もそこから出てきたしな。

 俺は使役している水精霊達に、そこを探すように命令した。それに従って水精霊達が、一斉に海に飛び込んでいった。

 そしてすぐに、水精霊達から報告が入る。

 

「海中に多数の亡霊船を発見しました!」

 

「ひとつ、凄く大きい亡霊船があります。恐らくあれが本体と思われます」

 

 やはり思った通り、船の上からは死角になる水中に隠れていたようだ。普通の船が相手ならば、なかなか良い作戦だと褒めてやりたいところだが……この俺とグレートエルフ号を相手にするには、あまりに浅はかであると言わざるをえない。

 LAO時代にも水中に潜って隠れたり、奇襲してくる敵を相手にした事は何度もあるのだ。対処は心得ている。

 俺は水精霊と視界を共有し、水中に隠れている亡霊船の位置を確認し……

 

「爆雷投下! 更に対潜魚雷発射!」

 

 俺に限らず、海洋民の船には大抵、兎工房(ラビットファクトリー)製の高性能な対潜魚雷や対空用の高射砲、ミサイルといった兵器が積んである。大砲だけじゃ空や水中の敵には対応出来ないので、当然の備えである。

 

 さて、対潜兵器の攻撃によってダメージを受けた敵の親玉、ひときわ大きな亡霊船の旗艦が海上にその姿を現した。

 あのまま潜っていても居場所がバレている以上、一方的に攻撃を受けるだけだと判断し、直接やり合おうという魂胆なのだろう。

 それはこちらも望むところだ。俺は顔を出した敵の旗艦に近付き、砲撃戦を挑もうとするが……

 

「海ニ眠る怨霊達ヨ……今コソ生者ヘノ復讐ノ時! 我ガ下ニ集エ!!」

 

 突然、海中から多数の亡霊船が飛び出すと、それらが砕け散って実体を失い、黒い霧のような物へと姿を変えた。そして、唯一元の形を保っている亡霊船の旗艦の下に集まっていき、吸収されていった。そして……

 

「おいおい……いくらなんでもデカ過ぎんだろ」

 

 他の亡霊船を次々と吸収していった結果、出来上がったのは……俺の船よりもずっと大きな、超弩級戦艦の如き巨大な亡霊船だった。



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第83話 レイドボスと1隻で戦うとかいう暴挙

 あの亡霊戦艦は、LAOで言うところのレイドボスに相当する敵だ。

 レイドボスとは何十人、あるいは何百人ものプレイヤーが集団で戦う事を前提に設計された、非常に強力で高いHPを持ったボスモンスターの事である。

 LAOでは地上やダンジョンだけではなく、海にも何匹か存在していた。

 例えば島一つに匹敵するほどの巨大さを誇り、何十隻もの艦船の砲撃が無ければ倒せない『アイランド・タートル』や、中型以下の船なら体当たり一発で粉砕し、大津波でエリア全体を纏めて薙ぎ払うような化け物レベルのサイズと戦闘力を持つ古代魚『リヴァイアサン』といった連中だ。

 あれはその手の、大規模な艦隊で戦うべき相手である。流石にリヴァイアサンのような、うちのギルドメンバーが総出で戦わないと勝てないレベルのヤバいボスモンスターではないだろうが……それでもレイドボスに相当する相手である事は間違いない。

 

 そんな相手と船一隻で戦うのは、正直馬鹿げている。ここは撤退するのが定石ではあるのだが……問題は、それも難しいという事だ。

 亡霊戦艦の航行速度は俺の船に匹敵し、振り切るのは厳しそうだ。そしてゲームではプレイヤーが撤退すれば、ボスモンスターはエリア外まで追いかけてくる事はないのだが……敵は俺達が船に積んだ財宝に執着している様子なので、これを手放さない限り、どこまでも追いかけてきそうな雰囲気である。

 最悪の場合はグランディーノまで追いかけてきて、町が壊滅的な被害を受けるという事もあり得るだろう。

 

「なら、やるしかないって事か……!」

 

 俺は勝算の低い戦いはしたくない主義なのだが、何故かこっちに来てからそれを強いられる事が増えた気がする。

 そんな理不尽を嘆きつつも、何とか勝利を掴み取る方法を思考するが、敵はこちらが考えを纏めるのを待ってくれはしない。

 

 亡霊戦艦が、船体側面にズラリと並んだ大砲を一斉に放った。放たれたのは実弾ではなく、黒い霧が丸い塊と化した物だ。

 あれは恐らく怨念や悪意といった物が元になった、闇属性の魔力弾だ。

 魔力弾なので当然、物理的な装甲では防ぐ事が出来ず、実弾で相殺する事も不可能だ。なので対処としては回避するか、あるいはこちらも魔法で相殺する必要がある。

 

 俺は回避を選択し、船を一気に加速させて着弾予測地点から離れたのだが……

 

「チッ、やっぱり追尾弾か……!」

 

 放たれた闇の魔力弾は海に着弾する事なく、回避した俺の船を追いかけてくる。この自動追尾性能があるからこそ、敵は実弾ではなく魔力弾を選んだのだろう。

 しかしそれは予想の範囲内だ。

 

「全員、甲板に上がってあれを迎撃しなさい!」

 

 俺が船を操って魔力弾から逃げつつ、亡霊戦艦との距離を詰める。それと同時に甲板上に集まった他の者達が、追いかけてくる魔力弾に魔法をぶつけて相殺する方針を取った。

 

 敵の魔力弾は強力で、簡単には相殺できそうにないが、こちらにも百人を超える信者達が居る。全員が俺の与える加護によって魔力と水属性魔法に結構な補正をかけられている為、勝算はあると見た。

 加えて、ここは海上。水属性魔法を使う上で、わざわざ水を生成する必要はなく、エリア全体が強力な水属性を持っている為、とても相性がいい。

 

「『水属性強化領域(ウォーターフィールド)』!」

 

 更に俺は、範囲内の味方が使う水属性攻撃の威力を強化する支援魔法を発動させた。範囲はこの船全体をカバーする程度には広い為、これ一つで味方全員を支援できる。

 

 信者達が甲板から次々と魔法を放ち、魔力弾を撃ち落としていくのを見ながら、俺は亡霊戦艦に向かって、まっすぐに船を突っ込ませた。

 

 敵艦はサイズもさることながら、攻撃力・耐久力が俺のグレートエルフ号と比較して非常に高い。よって、俺の船単独で大砲の撃ち合いを挑んでも勝率は低いどころか、ほぼゼロに等しい。

 ならば、どうやって勝利するか。俺が導き出した答えは、懐に入り込んで敵艦に乗り込み、白兵戦で制圧するしかない……という物だった。

 

 敵艦に近付けば、それだけ被弾のリスクも高まる。普通の船が相手であれば、大砲が存在しない死角である船首や船尾側から近付けばそのリスクも減るのだが、相手は普通の船じゃない。

 いきなり何も無い場所に大砲を生やしたり、見当違いの場所に撃った魔力弾がこっちを追尾して戻ってきたりと、やりたい放題である。

 信者達も頑張ってくれてはいるが、それでも敵の魔力弾を完全に相殺する事はできず、俺の船が何発かの魔力弾を被弾し、そのたびに船が大きく揺れた。俺のおっぱいもばるんばるんと揺れた。

 

「全員無事ですか!?」

 

「大きい怪我を負った者はいません! しかし船が……!」

 

 どうやら、船体や帆が損傷したようだ。被弾した以上、それは当然の事だった。

 

「船は後から直せます。貴方達が無事ならば結構。自分達の身の安全を第一に考えなさい」

 

 愛用の船が傷ついたのは確かに悲しいが、船を使って戦うならば、それはどうやっても避けられない事だ。それよりも最重視するべきは人だ。そこの優先順位を履き違えてはならない。そう伝えたかったのだが……

 

「なんと慈悲深い……流石は女神様……!」

 

「皆、アルティリア様の為にこの戦い、必ず勝利しよう!」

 

「おう! だが全員、必ず生きて帰るぞ! いいな!」

 

 何故か士気と信仰心が爆上がりした。

 とにかく、被弾しながらも俺の船は亡霊戦艦の真横にぴったりと付いて、敵艦の甲板に縄梯子やフック付きのロープをかけ、それを使って次々と、我が船員達が敵艦へと乗り込んでいった。

 彼らの先頭に立つのは、ロイドと海神騎士団の面々だ。主要メンバーの大半が元海賊だけあって、非常に手慣れている。

 

「乗り込めえええええ! このまま敵艦を占拠する!」

 

「オノレッ! 迎エ撃テ!」

 

 互いに錨を下ろし、船を停泊させた状態で白兵戦へと移行する。そしてそれは、俺が船を操作する必要が無くなり、戦場に立てるという事だ。

 

 さて……よくも俺の船に向かって薄汚い魔力弾を好き勝手に撃ち込んでくれたな。褒美にもう1回ブチ殺してやる。

 俺は槍を片手に甲板に飛び出し、そのまま敵艦に向かって跳躍した。



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第84話 甲板戦※

「ロイド=アストレア一番乗りぃッ!」

 

 敵艦に引っ掛けたフック付きロープを器用に伝って甲板によじ登り、ロイドは高らかに名乗りを上げた。

 濡れ衣を着せられて王国軍を追放された後、まともな職に就けずに海賊に身を堕とした事は、今のロイドにとっては恥ずべき過去である。しかし、

 

「当時の経験が思わぬところで役に立った……なっ!」

 

 そう言いながら勢いのままに、ロイドは抜刀しながら近くに居た骸骨兵を二体纏めて真っ二つにした。数ヶ月間、強敵を相手に刀を振り続けたおかげで、彼の抜刀術は相当上達した様子であり、生半可な敵が相手ならばこのように、出会い頭にあっさりと斬り伏せる事が出来る。

 

「うおおおお! 団長に続けぇ!」

 

 ロイドに続いて、海賊時代からの部下である海神騎士団の団員達が次々と甲板に上がってきた。その更に後に、冒険者や海上警備隊の者達が続く。彼らは無事に、敵艦への乗り込みに成功した。

 

「このまま敵艦を制圧するぞ!」

 

 いかに巨大で、圧倒的な火力と堅牢な装甲を誇る巨大戦艦といえど、船内に乗りこまれて船員を無力化され、中枢部を制圧されてしまえば無力な物である。

 逆に言えば、そうでもしなければ勝ち目がない敵ではあるのだが……兎にも角にも、彼らはその唯一の勝ち筋を通すために、最善を尽くしていた。

 

 だがしかし、敵もそれを簡単に許しはしない。敵からすれば、こちらの僅かな勝ち目を潰しにかかるのは当然の事だ。ゆえに、阻止しにかかる。

 

「オノレ人間共! 者ドモ、奴等ヲ排除シロ!」

 

 甲板上に居た骸骨兵に加え、新たに船室内から現れた増援までもが弓矢を構え、一斉に矢を放つ。矢の雨が人間達に降り注いだ。

 

「ぐわっ! しまった!」

 

「くそっ……気をつけろ! 奴等、沈没船に居たのよりも、だいぶ強化されているぞ!」

 

 大量の矢を避けきれず、受けた数人の冒険者が負傷する。それを見て骸骨船長が高笑いを上げた。

 

「ガハハ! イイゾ、コノママ奴等ヲ針鼠ノヨウニシテヤレ!」

 

「くそっ、そうはさせるかよっ!」

 

 こちらにも遠距離武器を扱う者は居るが、とにかく敵の数が多く、矢がひっきりなしに飛んでくる。その状況を打破しようと、一人の冒険者が剣を手に、敵群に向かって突進する。

 

「フン……馬鹿メ、カカッタナ!」

 

「なっ……しまった!?」

 

 弓兵は剣士に対して、遠距離から一方的に攻撃できれば有利に立てるが、逆に懐に入られてしまえば弱いというのが一般的な常識である。中には普通に接近戦で剣士を圧倒するような変態も存在するが、そういうのは極僅かな例外なので、ここでは考えない事にする。

 ……さて、それを踏まえた上で問題だ。果たして弓兵は、そんなわかりやすい弱点を、弱点のまま放置するだろうか?

 答えはノーだ。その対策方法としては色々な物があるが、最もメジャーな物といえば、やはり罠や消耗品アイテムだろう。

 飛び出した冒険者に対して、待ってましたと言わんばかりに骸骨兵たちが爆弾を取り出し、一斉に放り投げた。しかも爆弾を投げた後、すぐに矢を番えている。爆弾で敵を吹き飛ばし、弓矢で追撃をする隙の無い構えだ。

 もはや万事休すかと思われた、その時だった。

 

「させない!」

 

 素早く彼の前に出て、盾を構えた者が居た。海神騎士団の副団長、神殿騎士ルーシー=マーゼットだ。彼女は小人族であり、その名の通り幼い少女のような容姿をしているが、海神騎士団のメンバーに神殿騎士としての振る舞い、戦闘技術、集団戦術などを叩き込んだ教官であり、実力は確かだ。

 

「破ァッ!」

 

 ルーシーは縦に長い形をした、重厚なカイトシールドを体の正面に構えると、その盾を中心に、前方に闘気の壁(オーラシールド)を展開し……爆弾の爆発を防ぎ、更にその後に飛来した大量の矢も全て吹き飛ばして、無傷で味方を護ってみせた。

 

「盾持ちは前へ! このように防いで仲間を護りなさい!」

 

「「「イエス・マム!」」」

 

 彼女の檄を受け、壁役(タンク)職の者達が気合を入れ直して前に出て、仲間を守護する構えを取った。

 

「回復・支援はお任せを。さて……魔術師の皆さんはあちらの敵集団へ攻撃を。戦士系の方々は、合図をしたら右サイドから回り込んで下さい」

 

 そんな彼らを回復魔法で癒しつつ、司祭のクリストフが戦況を分析しつつ、仲間達に指示(オーダー)を出す。彼の仕事は基本的に後方支援と司令塔だ。

 

「やるなぁ、流石はルーシー教官だ」

 

 ルーシーの防御技術と指揮能力に感心しながら、ロイドが水の刃を飛ばして飛来する矢諸共、骸骨兵を斬り捨てた。

 

「うむ……彼女の護りの技には、我も一目置いている」

 

 彼のすぐ近くで大剣を振るい、炎でアンデッドモンスターの群れを纏めて焼き払った巨漢の騎士、スカーレットもそのように、ルーシーを称賛した。そして、

 

「ふむ……こうか?」

 

 彼の代名詞でもある爆炎闘気、その身を包む炎のオーラを前面に展開し、ルーシーがやったように盾の形を持たせようとする。

 しかし、その結果出来上がったのは、燃え盛る炎の壁であった。

 

「これは違うか。制御が難しいな」

 

「あの盾型の闘気、何気に高等技術だからな。しかし、お前のそれはそれで悪くないんじゃないか?」

 

「うむ……」

 

 スカーレットは前方に展開した炎の壁を、より前へと押し出し、敵にぶつけた。その結果起こったのは、壁状のオーラに圧し潰されながら炎で焼かれるという、アンデッドモンスターからすれば堪ったものではない現象だった。

 

「確かに悪くない」

 

「だろう?」

 

「あ、スカーレットさん! それ、もうちょっと後ろのほうまで押してから、そのまま固定してください!」

 

 後方で杖を両手で持ちながら、呪文を詠唱していた魔術師の少女、リンが叫んだ。スカーレットが彼女の言う通りにすると、数秒後に炎の壁で圧迫されていた敵群の真上に、巨大な氷の塊が落下した。言うまでもなく、リンの魔法によるものだ。

 氷塊は落下の衝撃で砕け散ると共に、スカーレットが出していた炎の高熱によって一瞬で蒸発し、水蒸気と化し……爆発する。

 

「おーい、範囲気を付けろよー! 味方を巻き込まないようにな!」

 

「すみません! でも良い火力が出ました! スカーレットさん、ナイスアシスト!」

 

 想像以上の威力と範囲が出た事に驚きつつも、喜びを隠せないリンに対し、スカーレットは頷いた。

 

「うむ……良き火力だ」

 

「おいスカーレット、あまりこいつを甘やかすなよ。すぐ調子に乗るからな」

 

「あっ、ロイドさんったらひっどーい!」

 

 余裕が出てきた彼らが和やかな空気になりかけるが、そこに水を差すのは敵の首魁、骸骨船長だった。

 

「エエイ、ヤハリコノ程度デハ相手ニナランカ! 流石ダナ人間共! 褒美ニ死ヲクレテヤル!」

 

 砕け散った骸骨兵の残骸が実体を失い、黒い霧と化す。それが骸骨船長のもとに集まって、吸収されていった。

 力尽きた配下を吸収する事で、更にパワーアップした骸骨船長が跳躍し、空中でサーベルを鞘から抜き放つ。柄に豪華な装飾がされた業物だ。

 

「お前ら下がれ! こいつは俺が相手をする!」

 

 沈没船で戦った時とは、明らかにレベルが違う。危険を察知したロイドは仲間達に後退を指示しながら、敵の攻撃を迎え撃とうと刀を構えた。

 だが、その時だった。

 

「いえ、ここは私に任せなさい」

 

「……! アルティリア様!」

 

 甲板に降り立ち、アルティリアが戦闘に割り込んだ。彼女は骸骨船長が振り下ろした業物のサーベルを、その手に携えた三叉槍の穂先で弾き返し、

 

「遅い!」

 

 神速の三段突きで骸骨船長の喉元、鳩尾、下腹部を一息で突き刺した後に、槍から手を放して柄を蹴り、車輪のように高速回転させて、それに巻き込む事で連続でダメージを与えた。

 そして最後に再び槍を掴むと、横一文字に薙ぎ払って吹き飛ばした。

 

「まだまだぁ!」

 

 直後、アルティリアは空いた左手に、水で出来た槍を出現させた。それを一回転させた後に、まっすぐに投擲して……

 水槍が、骸骨船長の頭部を貫いた。



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第85話 問1・急に推しが目の前に来た時の女神(笑)の心境を答えなさい

 頭部を水の槍でブチ抜かれた骸骨船長は、しかし何事もなかったかのように起き上がり、俺に反撃をしてきた。

 無詠唱で放たれた、十発の『闇の弾丸(ダークネスバレット)』を、こちらも同数の『水の弾丸(アクアバレット)』で迎撃・相殺し、同時にサーベルで斬りかかってきたのを、槍の穂先で刀身の腹を弾く。

 はいジャストパリィ成功、からの『水霊歩法』で一瞬だけ体を水化して、敵をすり抜けるようにして移動し、背後を取る。

 

「一気にいくぞ!」

 

 槍を甲板に突き立て、その反動を利用して跳躍しながら顎を蹴り上げ、更に間髪入れず脳天に強烈な踵落とし、そして右足に水を纏いながら急降下しての踏みつけに繋げる。

 着地した後は氷の衝撃波を放ち、同時に至近距離での素手による攻撃で相手を吹き飛ばした後に、蹴りで水の竜巻を放ちつつ魔法で大量の水をぶっ放してやった。

 

 昇竜脚→竜爪脚→滝落衝→冷気の波動(フロストウェイブ)→寸勁→海王螺旋脚→激流衝《アクア・ストリーム》のコンボだ。

 俺の本来の戦闘スタイルはコントロール系……慎重に立ち回って戦場全体を観察しつつ、状況に応じて攻撃と支援を切り替えるタイプの為、コンボはあまり重視していないのだが、明らかな隙があれば、そりゃ叩き込むわ。

 ちなみにそんな俺の対極に位置するのが、あるてま先生のようなコンボ特化の鬼畜永パ中毒者共や、バルバロッサやスーサイド・ディアボロスといった一撃ぶっぱ系のガン攻めタイプである。

 

 さて、そんな俺のコンボで派手に吹っ飛ばされた骸骨船長だが、結構なダメージを受けて甲板の床に膝を付いてはいるものの、まだまだ健在のようだ。流石はレイドボスであり、怨念の集合体であるアンデッドモンスターと言うべきか。驚くべきタフさだ。

 しかし、巨大戦艦を相手にする程の絶望感は、はっきり言って無い。要はごく平凡なレイドボスモンスターに過ぎないレベルであり、LAO時代に散々戦って、倒してきた奴らと似たような物だ。

 魔神将(フラウロス)に比べれば、だいぶ格が落ちる相手だ。正直、時間はかかるが今の俺ならソロでも倒せるだろう。

 それとこの場に居る信者達も、俺から見ればまだまだではあるが、十分に戦力としてカウント出来る程度の力量は持っている。

 つまりこの戦いは、甲板に乗り込む事ができた時点で、ほぼ勝ちが確定していた。

 

 その、筈だった。

 

「成ル程……コレガ、女神ノ、チカラカ……。流石ダト言ウベキカ……コノママデハ勝テソウニナイナ……」

 

 それは相手もよくわかっているようで、負けを認めるような発言をしてきた。

 

「ならばどうする? このまま負けを認めて成仏すると言うなら許してやるが?」

 

「……否! マダダッ! コノ俺ノ本当ノチカラヲ、今コソ見セテヤル!」

 

 そう叫ぶと、骸骨船長は突然、空高く跳び上がった。

 

「亡霊達ヨ、我トヒトツニナレ! 今コソ最強ノチカラヲ手ニスル時ゾ!」

 

 怨念を吸収し、骸骨船長が空中で更に巨大化する。そしてそのまま甲板に落下し、着地……するかと思われたが、その勢いのまま甲板に突き刺さった。

 

「ウオオオオオオオオッ! 見ロォッ! コレガ俺ノ、真ノ姿ダァッ!」

 

 下半身が亡霊戦艦とドッキングして、合体した骸骨船長の上半身が雄叫びを上げた。

 

「戦艦と……合体した……だと!?」

 

 まさかの事態だが、これには流石の俺もビックリ&ドン引きである。

 

「女神アルティリアヨ、ココカラガ本当ノ戦イダ!」

 

 しかし、驚いてばかりもいられない。敵は戦艦と合体した事で、体の一部を船の大砲に変えて砲弾(闇属性の魔力弾だ)を撃ってきたり、甲板から生やした巨体を生かして巨大な腕で広範囲を薙ぎ払ってきたり、また甲板からいきなり手を生やしてきたり等、やりたい放題して来やがった。

 そんな戦艦と合体した骸骨船長の攻撃に、苦戦を強いられる俺達だったが、それ以上に問題なのが、敵の耐久力だ。

 何しろ奴は、戦艦と合体しているのだ。その為、亡霊戦艦のHPがそっくりそのまま、奴のHPに加算されていた。

 これは大問題である。船の耐久力というのは当然だが、人間や生物と比較して非常に高い。あの巨大な超弩級亡霊戦艦に至っては、廃人海洋民が艦隊を組んで砲撃を繰り返す事でようやく倒せる、海洋レイドボス並の堅さである。

 そんな物を生身で殴って倒す? 無理に決まってんだろふざけんな馬鹿。

 

 そういった次第なので、俺が今考えるべきなのは、この状態の敵を倒す方法ではなく、どうやって骸骨船長を戦艦から分離させるのか、だ。

 ダメージを与え続ければ引き剥がせるか? その場合、狙うのはダメージを与えやすい頭部か、それとも戦艦との結合部である腰か?

 戦いながら考えを巡らせていた時だった。突然、骸骨船長の腹部が変形し、そこに骨が集まって出来た、巨大な大砲が生成された。

 

「全員、射線から離れなさい!」

 

 あれはヤバい。見るからに威力がとんでもない奴だ。俺は敵の正面で戦っていた者達に対して、逃げるように指示をするが……

 

「死ヌガイイ!」

 

 彼らが退避する前に、巨砲から黒色の光線が発射された。真っ直ぐに発射されたそれが、射線上に居た者達を飲み込もうとする。

 

 だが、その時だった。

 突然、何者かが上空から甲板上に降り立ち、敵が放った闇属性ビームの間に立ち塞がった。

 そして、その人物は直後にその身へと命中しようとする光線に向かって、左手を突き出した。すると、光線がその者の左手へと、吸い込まれるようにして消えていった。

 

 突然現れて敵の強力な攻撃を防いだ人物は、黒いフード付きのローブを着ており、顔も体型も判別しにくい状態だ。しかし、俺はその正体不明の人物に見覚えがあった。

 

「あの黒いローブは、まさか……!」

 

「アルティリア様、お知り合いですか!?」

 

 俺の反応と、彼が敵の攻撃を事も無げに防いだ事からそう判断したのであろう、ロイドがそう訊ねてくる。

 

「直接の面識はありません。しかし、私の勘が正しければあの者は……」

 

 俺の言葉の途中で、件の人物はその頭部を覆うフードを脱ぎ、顔を露わにした。まず最初に銀色の髪が、そして次に、少女と見間違うような美しい顔が現れる。

 やはり間違いない、あの人物は……

 

「我が名は冥戒騎士フェイト! 主命により、女神アルティリア様にご助力致す!」

 

 やはりフェイトだ。ロストアルカディアⅥの主人公、冥戒騎士フェイトに間違いない。

 冥戒騎士フェイト……彼について簡単に紹介すると、フェイトは元々、リオール王国という国の王子として生を受けた。

 リオール王国は、世界地図で見ると北東に位置するハルモニア大陸に存在する大国だ。そんな豊かな国の王子様というだけでも凄いが、彼の場合はそれだけでなく、彼が生まれる前……フェイトの母が彼を妊娠した際に、彼女のところに天使が訪れ、受胎告知をした上で、こう予言した。

 

「その子はやがて、この世界を救う光、救世主となるでしょう。どうか大切に育てるように」

 

 これには王城中がひっくり返るような騒ぎになり、国王も生まれてくるその子供を、救世主として立派に育てる事を決意した。

 天使によって予言された救世主の誕生に、国中が喜び沸く中で、しかしその誕生を忌々しく思う者達がいた。王太子である第一王子とその母親である王妃、およびその一派であった。

 フェイトの母は第二妃、すなわち側室である。正室である第一王子の母は、側室の第二妃が救世主を生むという予言を聞き、焦りと憎しみを抱いた。

 また、第一王子とその母親に与する派閥の者達もまた、これを機に第二妃の派閥が巨大化する事を恐れ、寝返りを考える者も現れた。大国といえど一枚岩ではなく、貴族社会にはこういった派閥抗争が付き物である。

 

 そんな状況に目を付けたのが、魔神将とその配下の魔物達である。なにしろ彼らにとっても、救世主の誕生というのは他人事ではない。救世主とはすなわち、世界の敵である彼らを滅ぼす者に他ならないのだから。

 ゆえに彼らは人間に姿を変え、第一王妃の一派へと潜り込んで、とある貴族に目を付けた。功名心と自尊心(プライド)だけは立派で、単純で騙されやすい愚かな男だった。

 悪魔の囁きによって、その男は第二妃を殺害するという凶行に走った。魔物に唆された愚かな男の手で王妃と、そして彼女の胎内にいた、もうすぐ生まれるはずだった王子が殺害され……世界を救う筈だった光は、生まれる前に消え去った。

 深い悲しみに包まれたリオール王国はその数年後、魔物の大群による攻撃と国内の貴族派閥同士の内紛、民の反乱などが重なって、あっさりと滅んでしまった。

 

 こうして、世界は闇に包まれ……る事は無かった。

 生まれる前に死んでしまったフェイトだったが、彼の魂は冥界を治める王、冥王プルートの下を訪れ……冥王の手によって新たな命を授かり、冥王夫妻の子として直々に育てられる事になった。

 こうして冥界にて新たな生を受け、冥王の養子兼直臣としてエリート教育を施されたフェイトはすくすくと立派に育ち、冥王直属の騎士団である冥戒騎士の団長にまで出世し、彼らを率いて魔神将の軍団と戦い、見事勝利して魔神将を討ち滅ぼした救世主となり、予言は果たされたのであった。

 というのがロストアルカディアⅥのざっくりとしたあらすじなのだが、その主人公であるフェイトという少年はシリーズを通してもかなりの人気キャラであり、そして俺の推しキャラの一人である。

 銀髪に赤い瞳、黒いローブに闇属性でメイン武器が大鎌という中二心を擽りまくる設定に加えて、本人がクールで無表情、騎士道精神と冥王への忠誠心に篤いストイックな男の娘というのも、刺さる人にはブッ刺さる部分だろう。

 あと普段は騎士として振る舞ってるから堅物に見えるけど、プライベートでは冥王夫妻の前では年相応に子供らしいところを見せたり、魔術の師匠であるヘカテー(通称ヘカ様。魔術の女神であり魔女達の長。そして俺に匹敵するレベルの爆乳とむちむちボディを持つセクシーなお姉さんキャラであり、こちらも言うまでもなく俺の推しキャラの一人である)との、おねショタめいた絡みが多い所も人気がある。

 

 そんな推しキャラがすぐ目の前に居るんだが、俺はどうしたらいいのだろうか。



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第86話 PON☆とくれたぜ

 名乗りを上げた後に虚空に手をかざし、フェイトが取り出したのは……長い柄と三日月型の刃を持つ、死神が持つような巨大な処刑鎌(デスサイズ)だった。命を刈り取る形をしている。

 

 フェイトは主人公でありながらメイン武器が処刑鎌、更に即死魔法が得意という珍しいタイプのキャラクターで、ステータスも主人公キャラにありがちなバランス型ではなく、攻撃力&魔法攻撃力が突出して高い。

 その特性上、フェイトは多数の雑魚を掃討する性能にかけては他の追随を許さない。しかも中盤以降はイベントで対ボス用の単体超火力攻撃技を習得する隙の無さで、終盤に専用神器……そう、まさに今取り出した、あの処刑鎌を入手してからは元々高かった火力に拍車がかかり、手の付けられない状態になる。

 

 そんなフェイトの周囲に多数の骸骨兵が出現し、彼に向かって襲いかかった。一人で相手をするには、あまりにも多い数。それも前から横から後ろから、包囲状態での一斉攻撃だ。

 しかもその骸骨兵はレイドボスの取り巻きだけあって、あれだけの数を一度に相手にするのは、俺でも出来れば避けたいところである。まあ勿論、勝てないとは言わないけどね。

 そのように質・量共に申し分のない骸骨兵の群れは、しかし。

 

「死は必定。生きとし生ける者、全てに訪れる。その運命(さだめ)に逆らう者……」

 

 フェイトが処刑鎌の柄を強く握ると、その刃が白い炎に包まれた。それは、穢れた魂を浄化する聖火だった。

 

「冥戒騎士の名に於いて、裁きを下す!」

 

 聖火を纏う処刑鎌の刃が、フェイトを中心に円を描くように閃く。それによって彼を包囲していた骸骨兵たちが、まとめて薙ぎ払われ……消滅した。

 

「馬鹿ナッ! 何故再生シナイ!」

 

 骸骨船長が驚愕しているが、再生しないのは当然だ。骸骨兵たちは魂を直接攻撃され、強制的に成仏させられたのだから。

 ゲーム風に表現するなら、『それらは再生できない』ってやつだ。

 それにしても、あんなデカくて重い鎌を使っているというのに、フェイトの一閃は恐るべき速さと正確さだった。うちの信者達も驚いて目を見開いている。半分くらいは目で追う事も出来なかったんじゃなかろうか。

 

 そんな一撃で骸骨兵の群れを完全消滅させたフェイトが大鎌を消滅させ、こちらを向いた。近付いてくるフェイトと目が合った。

 ちょっと待ってくれ、推しキャラが目の前で戦ってるのを見てテンションが上がりっぱなしなので、会話するのはもうちょっと心の準備が!

 とか考えている内に、彼は俺の目の前にやってきて、そして跪いた。

 

「拝顔の栄に浴し、真に光栄でございます。私は冥戒騎士フェイトと申します。我が主、冥王プルートの命により推参致しました」

 

「頭をお上げ下さい、冥戒騎士殿。冥王様にはご助力のほど、大変感謝しているとお伝えください」

 

 何とかキリッとした顔を維持しつつ、そう返答する。並列思考により、内心ではーもうマジ無理てぇてぇと限界オタク化しながら、それを全く表に出さずに失礼のないように対応するくらいは造作もない事だ。

 

「エエイッ、貴様ラ、何ヲ呑気ニ話ヲシテイルッ! コッチヲ向ケイッ!」

 

 自分を無視して話を始めた俺達に苛立ったのか、骸骨船長がその巨体を震わせて怒りを露わにしつつ、その腕を大砲の形に変えて、俺達に向かって砲弾を放ってきた。

 あっ、てめえせっかく生フェイト君と話してるのに邪魔すんなこの野郎ボコすぞ。

 思わずノータイムで海神の裁き(ジャッジメント・オブ・ネプチューン)をぶっ放しかけたが、その前に、

 

「今は大事な話をしている! 少し静かにしていろ!」

 

 フェイトが骸骨船長に向かって一喝した。その際に彼から放たれた圧力(プレッシャー)は、レイドボスも思わず黙り込む程の物だった。

 その余波でうちの信者達の中にも、思わずへたりこんで膝を付く者も出るくらいだ。

 

「ただ叫ぶだけで、あれほどの重圧感を……それにあの戦闘能力、あの少年はいったい何者だ……?」

 

「わからん。だが只者ではなさそうだ。アルティリア様も一目置く程の御方のようだが……」

 

 いかんな、フェイトの正体について疑問を持った者達がざわついている。気になって戦いの最中に集中を欠いてしまっては困るし、ここは俺が一肌脱ぐとしよう。

 

「皆の者、落ち着きなさい! 彼については、私から紹介しましょう」

 

 俺がそう声を上げると、彼らは落ち着きを取り戻して俺が話を続けるのを待った。

 

「コホン。この方は冥界を支配する大いなる神、冥王プルート様に仕える騎士……冥戒騎士団の筆頭騎士にして、かつて魔神将エリゴスを討伐した英雄です。最大限の敬意を持って接するように」

 

 俺がそう告げると、信者達は心底驚いた様子を見せた。

 

「ご存知でしたか。流石はアルティリア様」

 

 ついでにフェイトも感服した様子で俺を見てくる。いや、原作(ゲーム)をやった人間なら皆知ってる事なので、そんな目で見るのはやめてほしい。酷くむず痒い。

 

「さて……たった今アルティリア様に紹介されたように、冥王様に仕えている冥戒騎士、フェイトだ。英雄扱いされるのは苦手なので、気軽に接してくれると嬉しい。今回は冥王様からアルティリア様への使者兼援軍として出向いた為、微力ながら助太刀させて貰う。よろしく頼む」

 

「冥界の神様の……筆頭騎士……!」

 

「魔神将を討伐した……!?」

 

「なんと心強い……!」

 

 続けてフェイトが自己紹介をすると、次々と上がる賞賛の声。それを受けてフェイトは困った顔で、指で頬を掻いた。だがすぐに気を取り直して俺に向き直った彼は、ローブの下に着ている服の、腰のベルトに吊るした道具袋から何かを取り出して、それを両手で持って俺に差し出した。

 

「アルティリア様、こちらは我が主からの贈り物です」

 

「ありがとう。冥王様に私が感謝していたと伝えて欲しい。それと後ほど返礼の品を渡したいので、戦いが終わったら是非、グランディーノまで同行して貰いたい」

 

 フェイトが差し出した物を受け取る。それは上質な布に包まれており、細長い形をしていた。手に取ると、ずっしりとした重さを感じる。

 この形や手応えは……間違いない。これは槍だ。長らく槍を振るい続けた、アルティリアの肉体が持つ記憶がそうだと言っている。

 

 しかし槍かぁ……いや確かに俺は槍使いであり、その点だけ見れば槍をプレゼントするというのは正しい選択なのだろうが、しかし俺には既に愛用している槍が存在する。

 それもただの槍ではなく、海神ネプチューンが持つ『海神の三叉槍』の複製品だ。複製品とはいってもオリジナルのそれに劣らない性能を持つ、正真正銘の神器武器である。

 なので、今更新しい槍とかプレゼントされても、正直使いどころに困る感じだ。両手にそれぞれ槍を持って二槍流というのも出来なくはないし、実際にフラウロスと戦った時は左手にクロノから借りたブリューナクを持ってそれをやっていたが……ただそれも、ブリューナクという神器の中でも最上級に位置する武器の性能があっての事だ。

 また、バルバロッサから借りたメギンギョルズという神器による補助も大きい。あれは装着者の筋力を大幅に強化しつつ、更に最大所持重量および装備可能重量を大きく上昇させるという、非常に珍しい特性を持っている。その為、重装備のタンク職や大型武器使いに愛されている神器だ。俺が二本の槍を自在に操って戦う事ができたのも、その性能に拠るところが大きい。

 ……まあ、バルバロッサ本人はその性能を、ダブルガトリングキャノン&大口径グレネードランチャーとかいう実に頭の悪い構成のために使ってるわけだが。

 

 そんなわけで、プレゼントしてくれるのは嬉しいんだけど、今更槍なんか贈られても正直なぁ……俺の使ってる三叉槍みたいな神器とかなら話は別だが、そんな物をポンとくれるなんて、そんな事がある訳ないしなぁ。

 

 俺は布を解き、贈られた槍をその目で確認した。同時に鑑定の技能が自動的に発動し、その装備の名称と性能が俺の目に入ってくる。

 

 ……それは、通常の槍よりも大きな、二又に分かれた穂先が特徴的な、神々しい槍であった。

 名称は『冥王の二叉槍(バイデント・オブ・プルート)』。

 闇属性大幅強化や対不死型(アンデッド)超特効、死亡時にHP全快で自動復活(当然だが長めのCT(クールタイム)あり)等の様々な特殊効果が盛り盛りの、紛う事なき……神器であった。

 

 神器武器、ポンとくれたぜ。

 あの、冥王様、期待してくれてるのは十分過ぎる程に伝わりましたけど、流石に太っ腹すぎやしませんかね……?



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第87話 意外な決め手

 とてもタダで貰って良いような物ではないので、こちらも相応の返礼をする必要があるのだが、それは後で考えるとして。

 俺自身との相性は水属性超強化などのオプションが付いた『海神の三叉槍』の方が良いが、この相手との戦いでは対不死超特効付きの『冥王の二叉槍』の方が有利に戦えるだろう。

 さて、どっちを使おうか悩むぜ。

 二槍流で両方使う? あれは正直付け焼き刃なので、レイドボスとの実戦でいきなりやるのは正直、不安がある。冥王槍の方は初めて使う武器で、まだ手に馴染んでいないしな。

 女神形態(ゴッデス・フォーム)に変身すればやれるとは思うが、あれは魔神将クラスの敵との戦いなど、いざという時の為にとっておきたい。信仰の力(フェイスポイント)を大量に消費する上に、俺の体への負担も大きい切り札だからな。

 

 どうすっかなー、いっそ合体して一本の槍にならねーかな。

 

 なんとなく、そんな事を考えた瞬間。不思議な事が起こった。

 左右の手に握ったそれぞれの槍が、共鳴するように震えると、それぞれ青色と漆黒の光と化して、俺の手から離れた。

 そして二色の光は螺旋を描くようにして、空へと昇っていき……やがて上空でぶつかり合い、紫紺色の大きな光が爆発を起こした。

 そして直後、その場所から俺に向かって何かが飛来してきて、俺の目の前に突き刺さったのだった。

 その正体は、一本の槍だ。海神の三叉槍と酷似しているが、柄が金の装飾がされた紫紺色の物になっており、穂先がより鋭利で大型の物へと変わっていた。

 

 マジで合体した……!? え、これ性能はどうなってるんだ……?

 俺は鑑定技能を発動させ、その槍を観察し……目を見開いた。

 え、何だこれ……水・闇属性超強化、物理攻撃ヒット時に水・闇属性追加ダメージに加えて一定確率で凍結&即死付与、魚介系・不死系超特効、水・闇属性&状態異常耐性貫通、水中またはダンジョン内で全ステータス上昇、等々……二つの槍が持つ特殊効果を良いトコ取りした、強い事しか書いてないヤケクソじみた特殊能力の数々に加えて、武器としての素の性能がエクスカリバーやブリューナクのような、最上級神器クラスにまで底上げされている。

 そして肝心の使い心地だが、軽く振り回してみた感じ……扱いなれた三叉槍をベースにしているためか、びっくりするくらいに手に馴染む。

 うむ、何故こうなったのかよくわからんが、とにかくヨシ! これは良い物だ。

 

「さて……待たせたな。続きといこうか!」

 

 俺は新たな武器を手に、骸骨船長に向かって突撃した。超弩級亡霊戦艦と融合したその恐るべき巨体は、以前戦った魔神将フラウロスを彷彿とさせる。

 

「構ワヌ……コチラモ十分ニ準備ヲサセテ貰ッタカラナ!」

 

 骸骨船長の巨体から、幾つもの銃口が生えてきて、俺へと向けられた。それだけではなく甲板の上にも機銃が生えて、無数の銃口から銃弾がばら撒かれた。

 俺だけではなく、甲板上を薙ぎ払い、そこに居る全ての人間を対象にした無差別攻撃だ。

 

「抜け目の無い奴! だがその程度ではな!」

 

 俺は足を止めずに自分に向かってきた物を含めた、届く範囲の物を水の壁で迎撃した。信者達に向かった分は完全に撃ち落とせたわけではないが、後は各自でどうにか対処してくれるだろう。

 俺はそのままの勢いで、骸骨船長の胴体に槍を突き刺した。元の攻撃力が上昇している上に、不死者(アンデッド)への特効もあって、相当効いている様子だ。明らかにダメージの通り方が違う。

 

「よし、このまま……!」

 

「サセルカァッ!」

 

 骸骨船長の巨体を壁登りの要領で駆け上がって、頭部に直接攻撃しようと試みるが、敵はそれを阻止する為に、俺の目の前に大砲を形成して、ノータイムで零距離砲撃、さらにその直後に大砲を自爆させるというコンボをかましてきやがった。

 水の壁での防御が間に合った為、ダメージそのものは大した事はなかったが、大きく吹き飛ばされてしまった為、そのまま甲板に着地する。

 フェイトも同じように、敵の妨害によって上に行く事が出来ないでいるようだ。

 

「仕方がない、今は地道に下から削るしかないか……」

 

「どうやらそのようです。敵は上から好き勝手に撃ち放題なのは気に入りませんが」

 

「全くだ。とはいえ下から魔法で狙うにも、少々遠すぎるか」

 

 メテオ系の地面指定で物を落下させる魔法で、直接頭にブチ当てるという手も無くはないが、甲板上に多数の味方が居る状態でそれをやるのは結構危険そうなので、リスクを考えて取り下げる。

 その間にも敵は上からこちらを撃ちまくり、甲板上にも取り巻きの骸骨兵や機銃に大砲、トラップ等を生成し続けている理不尽っぷりである。

 

 わかってはいたが、敵がとにかく頑丈でしぶとすぎる。これだからアンデッド系ボスの相手をするのは嫌なんだよなぁ。

 これはもう女神形態(ゴッデス・フォーム)になるしかないかと考えた時だった。

 視界の隅で、何か、赤い物が揺らめいた。

 それは、炎だった。何かが燃えている。しかもそれは甲板上ではなく、もっと上の方でだった。

 視線を上に向け、その正体を確かめようとすると、すぐに判明した。

 燃えていたのは……亡霊戦艦のメインマストに掲げられていた、髑髏マークが描かれた帆……すなわち海賊旗であった。

 あっという間に、海賊旗が燃え尽きて灰燼に帰した。

 そして次の瞬間、海賊旗があった場所には、新しい帆が張られた。それには頭に王冠を乗せた、デフォルメされたサメの絵が描かれていた。

 そしてマストの上には、アレックスとニーナ、そして町の子供達の姿があった。彼らはこの場にいた全員の目を盗んで海賊旗を燃やし、自分達の紋章(エンブレム)を掲げて見せたのだ。

 

「その手があったか……ッ」

 

 そんな俺の小さな呟きは、同時にマストの上から放たれた大声にかき消された。

 

「この船は、おれたちグランディーノ少年冒険団が制圧した! おとなしく武器を捨てて投降しろ!」

 

「そうだそうだー!」

 

「この船は僕達の物だ!」

 

 アレックスの宣言に続き、子供達がそう囃し立てた。しかして、その効果は劇的であった。

 カラーン、と音を立てて、骸骨兵が手に持ったサーベルを甲板に落とす。骨だけの顔は燃え尽きた海賊旗を見上げ、呆然としているようにも見える。

 そして武器を落とした骸骨兵たちが、次々とその体を自壊させていった。更には、彼らのボスである骸骨船長までも、

 

「オ、俺ノッ、俺ノ船ガアアアアアアアアアア!! ウワアアアアアアアアアッ!!」

 

 頭を抱え、絶叫する骸骨船長の体が、ボロボロと崩壊してゆく。

 

「どういう事だ……? なぜ奴等は急に……」

 

 その様子を見て、フェイトが訝しむ。まあ、知らなければ疑問に思うのも無理はないだろう。

 フェイトの呟きを聞き、ロイドが彼に話しかけた。

 

「フェイト殿。海賊にとって海賊旗というのは自分達が何者かを示すシンボルであり、拠り所……誇りと言っていい物なんですわ。船に乗り込まれてそれを燃やされるって事は、ただの負けじゃない。二度と海賊を続けられなくなる程の決定的な敗北であり、最大の不名誉なんです」

 

 流石に元海賊だけあって、ロイドには奴等がそうなった理由がよく分かっているようだ。

 

「成る程……つまり、敵国の兵に城に忍びこまれて国旗を焼かれたような物という事か。それは確かに、ああなってもおかしくはないか……」

 

「ええ、しかもそれをやったのが、ただの子供じゃないとは言え、あんな小さい子達です。奴が負った精神的なダメージは測り知れないでしょうな。まったく末恐ろしい」

 

「そうだな。船と合体しているせいで強化されているなら、船のほうを落とせば良いという発想も素晴らしい」

 

 うちの子供達はすごいなぁ。もっと褒めてくれ。

 しかし、本体が倒せないなら船を制圧すればいい、か……。俺とした事が、それを思いつけなかったとは情けない。

 いや……自省よりも先に、真っ先にそれを思いついて実行に移した子供達を褒めてやるべきだろうな。本当によくやってくれた。

 

 後は……大きく弱体化した骸骨船長を倒すだけだな。俺は槍を構えて、仲間達と共にボスに向かって突撃するのだった。

 



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第88話 祝杯

 メンタルに大ダメージを受け、弱体化した骸骨船長は、俺達の総攻撃によって遂に倒された。

 亡霊戦艦と合体していた胴体部分が崩壊し、分離した上半身が吹き飛んで落水し、そのまま海へと沈んでいく。

 未練と恨みの篭もった視線をこちらに向けながら、骸骨船長は叫んだ。

 

「ヌオオオオオッ! 俺ハ諦メンゾォォォッ! 財宝ヲ必ズコノ手ニ取リ戻……」

 

 うっせぇ、黙って死ね。俺は高圧水流を放ち、骸骨船長の頭部を粉砕しながら海中へと押しやった。

 ……よし。流石にもう上がってこないな。まったく、しぶとい敵だった。おかげでだいぶ苦労させられたが、何はともあれ……

 

「我らの勝利だ! 勝ち鬨を上げよ!」

 

 俺が勝利を宣言すると、皆が声を張り上げて、苦しい戦いの疲れを吹き飛ばすように叫んだ。

 すると、俺達全員の目の前に、それぞれ豪華な宝箱が出現した。レイドボス討伐報酬が入った箱だろう。

 

「アルティリア様、この宝箱は……!?」

 

「強大な魔物の討伐に参加すると、このように貴重な財宝を入手する機会を得る事ができます。どのような原理で出現するかは不明ですが……とにかく、この亡霊戦艦も何時崩壊するか分かりません。全員、速やかに自分の宝箱を開けて中身を回収し、私の船に戻りなさい」

 

 彼らに指示しつつ、俺も自分の箱を開けた。中には金貨がみっちり詰まった袋や宝石、銀細工などの高く売れそうな品物、それから何点かの装備品が入っていた。

 

「うおおっ! これはかなりの名剣の予感がするぜ!」

 

 冒険者の男が、宝箱の中から一振りの剣を取り出して、自慢げに掲げて見せていた。俺の目から見ても、それなりに良い品であるというのが分かる。

 うんうん、レア装備を入手して自慢したくなるのは分かるよ。でもね……

 

「急いで回収しろって言われてんだろ! 後にしろ馬鹿野郎!」

 

「逃げ遅れたらその剣没収すんぞ、このスカタン!」

 

 と、近くにいた仲間達から罵倒されていた。残当。

 そうこうしている間にも、亡者の骨で構成された亡霊戦艦が崩れかけている。恐らくもう十分もすれば完全に崩壊するだろう。

 俺は全員が報酬を回収してグレートエルフ号に戻るのを見届け、最後に自船の甲板へと飛び移った。その数分後に、亡霊戦艦は完全に崩れ去り、その巨大な姿を消した。

 それと同時に、戦いの始まりからずっと続いていた嵐が過ぎ去り、波は穏やかになり、空は雲一つない快晴へと戻った。

 空を見れば、太陽は中天を過ぎ、西の海へと沈みかけていた。

 俺達は日が沈む前に、損傷した船を修理する事にした。皆、戦いで疲れているようだが、文句の一つも言わずによく働いてくれた。

 もちろん、俺も自ら工具を手に船の修理に勤しんだ。それを見て、

 

「アルティリア様、そのような事は我々が……」

 

 などと、俺を止めようとしてくる者もいた。その気持ちは有難いが、この中で一番修理が上手いのは俺だし、この船の事を一番よく知っているのも俺だ。

 

「私よりも上手く修理できると言うなら代わりましょう。そうでないなら私の作業を見て学びなさい」

 

「はっ、速い! しかも何という正確さだ!」

 

 驚愕しながら、彼は俺の作業を見逃さないように、しっかりと凝視し、

 

「生意気な事を言いました。しっかりと学ばせていただきます!」

 

「よろしい。では私の手伝いを命じます」

 

 余談だがこの時に俺の助手を務めた事で覚醒したのか、その後彼は船大工として大成し、名匠として後世に名を残す事になる。

 

 船の応急修理が終わった頃には日が沈み、夜になっていた。修理したとはいえ、損傷した船で最大速度を出すのは不安がある為、比較的ゆっくり帰る事になる。まあ、それでも並の船よりは速いがね。

 そんな感じで舵を握り、船をのんびり航行させて帰路についていると、甲板が何やら騒がしくなってきた。

 何だ、また魔物か何かが出たのか? と一瞬不安になったが、戦闘の音は聞こえてこないし、見張りを任せている水精霊達からも何の報告もない事から、敵襲ではなさそうだ。

 じゃあ何だ? ちょっと外の様子を見てみるかと思った時だった。操舵室の扉を開けて、ニーナが顔を覗かせた。

 

「ママ、流れ星!」

 

「流れ星?」

 

「うん、いっぱい!」

 

 前方の窓からはそれらしい物が見えなかった為、俺は船を停泊させて甲板に出て、上空を見上げた。するとニーナが言った通り、東の空に沢山の星が流れ、線を描いていくのが見えた。

 うーん絶景である。この世界は地球に比べると環境汚染とかの影響が無く、空が綺麗ではっきりと見えるのもあって、思わず圧倒されるほどの美しさだ。

 

「ロイド。予定より早いですが、皆に酒を振る舞いなさい。おっと、子供達と未成年者にはジュースを」

 

「かしこまりました。これ程の絶景を肴にできるとあれば、皆も喜ぶでしょう」

 

「ええ、ただし飲みすぎに注意するように。泥酔して海に落ちたりしたら助かりませんからね」

 

「はっ、気を付けます。アルティリア様は……」

 

「私は船の操縦があるので、後でいただきます。貴方達は先に楽しむといいでしょう」

 

 俺もこの景色を見ながら勝利の美酒を味わいたい気持ちはあるが、飲酒運転は怖いから仕方がない。

 ま、彼らも上司が一緒の宴会とか肩が凝るだろうし、俺は家に帰ってから一人でのんびりと楽しませて貰うとするさ。

 そう思って操舵室に戻ってきたのだが、そんな俺にアレックスとニーナの兄妹が一緒について来た。

 

「皆と一緒じゃなくて良かったのか?」

 

「かまわない」

 

「ママと一緒がいいの!」

 

 アレックスが大きな瓶に入った葡萄ジュースを、ニーナが三人分のコップを持ってきていたので、ジュースの入ったコップで乾杯をした。

 子供達とジュースを飲みながら、俺は呟いた。

 

「帰ったらワインでも飲むかと思ったが、やめておこうかね……」

 

 恐らく、これより美味いとは思えないだろうからな。

 俺がまだ『俺』だった頃は、飯や酒なんて一人で好きなように楽しむのが一番で、それを誰かと一緒にするという事に、さして意義を感じる事は無かったものだが……こっちに来て、アルティリアになった事で、俺の内面も随分と変わったと実感する。

 恐らく、今後もそういった変化は続き、元の『俺』からは更にかけ離れていくのだろうという予感はあるのだが……

 困った事に今の俺は、そういった変化が嫌いじゃないようだ。

 

「勝利と我らの女神に、乾杯ッ!」

 

 甲板の方から聞こえるロイドの声と、それに続く大勢の信者達の声を聞きながら、そんな風に思いを馳せるのだった。



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第89話 謎の吟遊詩人、来訪※

 丁度、アルティリア達が海に出ている頃。

 一台の、四頭立ての馬車が駅――現代日本に住む我々が利用する鉄道の駅ではなく、馬車の停車や馬の休憩・交換を行なう施設の事だ――に停まった。

 グランディーノと他の街を行き来する乗り合い馬車だ。従来、馬車は高価な乗り物であり、庶民には乗る機会など無い物だったのだが、女神が降臨して以来、このグランディーノの街とその周辺地域は空前の発展を遂げており、様々な産業が大きく成長した。中でも大きく成長した物の一つが、交通と流通だ。

 自動車や電車、飛行機で簡単に長距離を移動できる我々の世界とは異なり、街から街への移動は時間と体力を大きく消費し、また危険を伴う物だった。それを少しでもマシにする為に、女神とその信奉者たちは空前の好景気によって得た富を活用して、街道の整備や街道周辺の危険の排除、新型馬車の開発と量産、駅の設立、そして決まった時間で一定のルートを往復する乗り合い馬車を作った。

 おかげで、これまでとは比較にならないほど早く安全に移動する事が可能になった。それによって沢山の人が街同士を気軽に行き来するようになった。

 人が行き交えば、同時に物や金も行き交う。交通を便利にする為の公共事業は、地域をますます発展させる為には欠かせない物だった。

 

 さて、そんな乗り合い馬車が停車し、御者が車の扉を開けると、中から何人かの乗客が降りてきた。

 その中に一人、目立つ容姿の男がいた。体型は長身でやや痩せ型、男にしては長めの金髪と、琥珀色の瞳が特徴的な、二十代前半くらいの男性だ。

 服装は、明るい緑色の外套と、同じ色のつばが広く、羽飾りの付いた、先が尖った大きな帽子を被っている。そして背中には、ギターケースのような物を背負っていた。

 

 男はそのまま、グランディーノの方向へと足を進めた。駅から少し歩けば、すぐに街の入口へと辿り着く。

 

「ほーう、久しぶりに来たが……噂に違わぬ、とんでもない発展ぶりじゃあないか。昔もそれなりに賑わってはいたが、それでも今とは比べ物にならんなぁ」

 

 男は街並みと、そこを行き交う人々を観察しながら、街の中心部へと向かった。大通りは清潔で、汚れやゴミは見つからない。また、そこを行く人々も清潔で、上等な作りの衣服を着ており、活力に溢れている。

 

(こりゃ凄い。王都とは大違いだ)

 

 男は普段、自分が暮らす王都……この国の首都であるローランディアの城下町を思い出し、脳内で比較する。大国の首都なだけあって、王都もこの街に負けないほどの賑わいを見せる大都市である事は確かだが、彼が驚いたのは、

 

(これだけ人通りが多く、賑わっているというのに、ここでは清潔さや秩序がしっかりと保たれている。これは凄い事だぞ)

 

 という事であった。為政者や官僚がしっかりと良い仕事をしているだけではなく、住人ひとりひとりが自分達の街を愛し、綺麗に保とうと意識していなければ、とてもこうはならないだろう。

 

(ますます興味深い)

 

 男はその要因となった女神に対する興味を深めながら、大広場へと足を運んだ。

 広場にはたくさんの人だかりがあった。よく見れば、彼らの多くは一列に並んでおり、その先には幾つもの屋台があった。そこで買ったのであろう食べ物を手に、ベンチに座って談笑している者達の姿も多くある。

 

 (そういえば、ずっと馬車に乗っていたから腹が減ったな)

 

 何か食べていくか、と屋台を観察してみるが、そこには男が今まで見た事のない食べ物ばかりが売られていた。

 はて、あれはどういう物なのかと男が考えていると、その背中に声をかけてくる者がいた。

 

「ようアンタ、見ない顔だがグランディーノは初めてかい?」

 

 男が振り返ると、そこには筋骨隆々の、むさくるしい男が立っていた。半袖のシャツと厚手のズボンを着て、背中には巨大な斧を背負っている。

 

「いや、何年か前に来た事はあるが、あまりの変わりように驚いていたところだ。ところで、そういうアンタは?」

 

「おっと、俺はおせっかい焼きのバーツってんだ。見ての通り冒険者さ。最近はよく他の街から来た人が、今のお前さんみたいに突っ立ってる事が多いんでね。そういう奴を見つけたら、案内を買って出てるのさ」

 

 そう言ってニヤリと笑うバーツを見て、男は、

 

(なるほど、人相は悪いが良い奴のようだ)

 

 と胸中で呟いた。

 

「俺はジャン。見ての通りの吟遊詩人さ。あそこで売ってる食べ物を買おうと思ったんだが、見た事のない物ばかりで何を買おうか悩んでいたところでね」

 

「ほほう、成る程なぁ……」

 

 ジャンの言葉を聞いたバーツは、深く二回頷いた後に、広場の中心に顔を向けると、

 

「おうテメェら! 久しぶりにこの街に来てくれた吟遊詩人の旦那が、どれ食ったらいいのかわかんねぇって悩んでいらっしゃるぞ! ちょっとアピール足りてねぇんじゃねーの!?」

 

 と、大声で叫んだ。それを聞いた屋台の店主達が一斉にこちらを向き、その瞳がギラリと光る。

 

「何ィィ!? そいつは聞き捨てならねぇなぁ! おい詩人の兄ちゃん、グランディーノに来たならウチのあんかけ海鮮焼きそばを食わなきゃ始まらねーぜ! お代は要らねぇから持っていきな!」

 

「どけぇい若造! それよりグランディーノの名物といえば、わしの店のカニチャーハンよ! 絶対美味いから食ってみろ!」

 

「引っ込んでろジジイ! ここで一番美味い物は、当店自慢の醤油ラーメンに決まってんだろぉ! 上質なアジの煮干しで出汁を取った、アルティリア様も絶賛の一品だぞ!」

 

「アルティリア様は割と何でも美味いって褒めてくれるだろうがこのスカタン! それより兄ちゃん、この鰯の塩漬けとトマトソースのパスタはどうだい!? 癖になる味だぜ!」

 

「おーっとここで満を持して唐揚げ様のご登場だァ! カラッと揚げたてジューシーな鶏肉に勝てる奴は居ねぇ! 雑魚共は引っ込んでな!」

 

「何ぃぃ! 鶏肉ならそれよりも俺の焼き鳥だろぉぉぉ!」

 

「待ちな! この俺のタコ焼きを忘れて貰っちゃあ困るぜ! 外はカリカリ、中はトロトロ、そしてプリプリのタコ足が織り成す魅惑の食感を味わって貰おうか! もちろん食感だけじゃねぇ、味も最高だぜ!」

 

「いいえ、真に最高なのは、この焼き牡蠣よ! ちょうど今が旬の時期の、殻付きのマガキを網で炭焼きにした物よ。食ってみなさい……飛ぶわよ」

 

「フッ、愚かな……この俺が作ったお好み焼きが最強だという事が、まだ分かっていないようだ……!」

 

 次々と駆け寄って来ては料理を押し付けていく店主達によって、ジャンの目の前に料理の山が出来上がった。

 

「飯が来たな! ヨシ!」

 

「何故こうなったのかサッパリわからんがヨシ!」

 

 ジャンは思考を放棄し、細かい事を考えるのをやめた。

 

「とはいえ一人では食べきれそうにないな。君も手伝ってくれるんだろう?」

 

「おう、その言葉を待っていたぜ」

 

 二人は早速、食事にありつこうとした。その時、広場の中心付近から彼らに近付いてくる者達がいた。

 

「お兄さん達、ビールはいかがですか~?」

 

「グランディーノ名産の生ビールです~。キンキンに冷えてますよ~」

 

 背中にビールサーバーを背負い、ビール販売を行なっている若い女性達だ。

 

「おっ、流石だぜ姉ちゃん達、ナイスタイミングだ。生ビール大を二つくれ!」

 

 バーツはズボンのポケットから革財布を取り出し、代金を売り子に支払ってビールの入ったジョッキを受け取った。

 

「これは麦酒(エール)か?」

 

「似てるが全く違う酒だ。女神様が伝えてくださった新しい醸造法で作られた麦酒で、グランディーノを中心に人気爆発中だぜ。ま、細けぇ事ぁいいじゃねぇか。ほら、カンパーイ!」

 

 掲げたジョッキをぶつけ合って、ビールを口に運び、一気に喉に送ると、ジャンは目を見開いた。

 

「ぷはぁーっ! うまいな、これは!」

 

「だろう!? おっと、飯も食おうぜ。どれも酒に合うぜ。特に揚げ物や焼き鳥はビールとの相性が最高だな」

 

 それから、バーツと意気投合したジャンは存分に飲み食いし、気分が良くなったところで背負っていた楽器入れから、リュートと呼ばれる弦楽器を取り出した。

 

「ではここで、新たな出会いと美味い食事と酒を祝して一曲」

 

「ヒューッ! いいぞー!」

 

 ジャンは激しく盛り上がる曲を選択し、慣れた手つきでリュートをかき鳴らした。彼の吟遊詩人としての腕前は確かなようで、酒に酔っていてもミスをするような事はなく、広場に激しく、しかし美しい旋律が流れ、人々の足を止めた。

 やがて演奏が終わると、周囲の人々から一斉に拍手と共におひねりが投げられた。

 

「やあ、ありがとう。楽しんでいただけたかな?」

 

 ジャンが笑顔を浮かべて観衆に手を振っていると、隣にいたバーツが立ち上がった。

 

「やるじゃねぇかジャン! よっしゃあ、なら次はお前の演奏に合わせて、俺様が歌を……」

 

「Booooo! 引っ込めバーツ!」

 

「詩人の兄ちゃんの演奏が台無しになるだろうが、この音痴!」

 

「何だとてめえらああああ!」

 

「うわぁっ、ゴリラが怒った! 皆逃げろぉ!」

 

「誰がゴリラだオラアアアア! ウホォォォォォォッ!」

 

 ゲラゲラ笑いながら逃げる人々と、そんな彼らをおどけた調子で追いかけ回すバーツの姿を見ながら、ジャンは腹を抱えて笑った。

 

 それから数時間後、時刻は夕方になり、ジャンは一人、街の郊外へと向かって歩いていた。

 郊外の丘の上には、女神アルティリアの住まう立派な神殿が建てられており、その丘のふもとには、ちょっとした要塞のような建物があった。

 

「どうやら、ここのようだな」

 

 その建物、海神騎士団の駐屯基地が、ジャンの目的地であった。ここに住む友人を訪ねるのが、今回の旅の目的の一つであったからだ。しかし、

 

「……どうやら留守のようだな」

 

 門は施錠されており、人の気配も無い。声をかけてみても返事がなかった事から、どうやら騎士団の者達は不在のようだった。

 

「あてが外れたな……しまった、いつ戻ってくるのか、街で聞いておくべきだったか……」

 

 思いの外、楽しい時間を過ごす事が出来たおかげで、すっかりその事を失念していた事に気付いたジャンだったが、後の祭りである。

 

「仕方がない。今日は宿を取るとして、せっかくここまで来たのだ。神殿で礼拝をしていこう」

 

 もしかしたら、噂の女神に会えるかもしれないという期待もあって、ジャンは丘を上って神殿へと向かった。

 

「おお……これは見事な」

 

 神殿に入ると、広い礼拝堂がジャンを待っていた。礼拝堂の奥には、大理石で作られた大きな女神像が立っている。言うまでもなく、アルティリアの姿を模したものだ。三叉槍を掲げた勇ましい姿のドスケベエルフ女神像である。

 更にその両隣には、小さな少年と屈強な壮年の男の像が並んでいた。ジャンはそれらの大理石像へと近付き、像の台座へと目をやった。

 

『アルティリア様 この地に住まう我らの神。大海の女神』

『マナナン=マク=リール様 アルティリア様の御友人にして航海の神』

『ネプチューン様 アルティリア様の師であり深海の聖域に住まう大神』

 

 そこには神の名と共に説明文が書いてあった。どうやら海の三神を祀る神像のようだ。ジャンはそれらの神像の前に跪いて祈りを捧げた。

 

「ううむ、どうやら女神様もご不在のようだな」

 

 騎士団を引き連れて、出陣されたのであろうか。神殿内にも人の気配がしない事から、恐らくはそうなのだろうとジャンは当たりをつけた。

 

「ならば仕方がない、また明日来てみるとしよう……」

 

 そう呟いて神殿を後にしようとするジャンだったが、そこで少々、足がふらついた。

 どうやら長旅の疲れが今になって襲い掛かってきたようで、昼間に飲んだ酒が残っていた事もあって、急激に体が重くなってきた。

 

「おっと、これはいかん……仕方がない、少し座って休むとしよう……」

 

 礼拝堂の長椅子に腰をかけ、少しだけ体を休めようとしたジャンだったが、やがて彼の意識は、ゆっくりと遠のいていった。

 

 ……そして、更に数時間後。

 深夜になって、航海を終えたアルティリアが神殿へと帰ってきた。

 遅い時間の上に長時間の冒険と航海の疲れもあって、アレックスとニーナの兄妹は、それぞれアルティリアの腕の中と背中ですやすやと眠っている。

 小さい子供とはいえ、流石に二人も抱えて丘を上るのはキツいなコンチクショーと呟きながら、神殿に入ったアルティリアが見たものは……

 

「……なんか礼拝堂でスナフキンみたいな奴が寝とる。誰なんだこいつは」



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第90話 水精霊裁判だ……!

 俺はアレックスとニーナを子供部屋のベッドに送り届けて寝かせた後、再び礼拝堂へと戻ってきた。

 ……うむ、やはりスナフキンみたいな恰好した男が長椅子に座って寝落ちしておる。

 見覚えのない顔で、服装や持ち物を見る限り吟遊詩人のようなので、こいつは恐らく他の街から来たのだろうと推測する。

 正直言って怪しい男だが、しかし仮に間者(スパイ)の類だったらこんな場所で呑気に寝ている筈もないし、恐らくはただの吟遊詩人なのだろう。

 それにこの男からはほんの僅かだが、うちの信者達と同じように俺に対して信仰心を向けている気配を感じる為、無下に扱うような真似はしたくない。

 

 とりあず、椅子に座ったまま寝ていると体を傷めかねないので、俺は彼の身体を抱えて空き部屋へと向かった。

 そして部屋の中央に水で作ったベッドを置き、その上に仮称スナフキンの身体を横たえた。水製とはいっても、ある程度の柔らかさを保ったまま固めて固体化させたものなので、服や身体が濡れる心配は無い。

 

「これで良し」

 

 後はこのまま寝かせておくかと考え、部屋を後にして自室に戻ろうとした時だった。

 部屋の入口のドアを少しだけ開けて、室内を覗き込んでいる者達を見つけた。それは俺が使役している水精霊(ウンディーネ)達であった。

 

「じー…………」

 

「アルティリア様が男を連れ込んでいます」

 

「服装はみすぼらしいですが中々のイケメンです」

 

「大変なものを見てしまいました」

 

 ドアの隙間からジト目でこっちを覗き込みながら、水精霊達は好き勝手にそんな事を口にしてきた。

 

「何を勘違いしてるアホ共。寝落ちしてたからベッドに寝かせようとしただけで……」

 

 俺は連中を落ち着かせようと、状況を説明しようとするが……

 

「寝ているところを……無理矢理……?」

 

「もう()ったんですか?」

 

水精霊(ウンディーネ)裁判だ……! 被告人を我々が食べるお菓子作りの刑に処します」

 

 と、こいつらは聞く耳を持たない。あと開廷直後に求刑すんな。RTAでもやってるのか。

 

「聞けや」

 

 とりあえず全員に一発ずつ拳骨を落として、俺は部屋に帰って寝た。

 久しぶりの航海や冒険で疲れていたのもあって、ベッドに横になってすぐに、俺は眠りへと落ちていった。

 

 そして……次の瞬間、俺はエリュシオン島にいた。目の前にはボロボロに擦り切れた赤いマントをマフラーのように首に巻き付けた、半裸の小人族がいる。

 

「待たせたな。俺がキングだ」

 

 待ってねえしお前がキングなのは知ってるよ。誰に向かって言ってんだ。

 こいつ……また勝手に人の夢にアクセスしてきやがった。

 

「あの時に力を使い果たしたんじゃなかったのか?」

 

 魔神将フラウロスとの戦いの時に、俺を助けるために神としての力を使い果たしたので、しばらくは助けてやれないと言っていた筈だ。それを指摘すると、

 

「お前やアレックスが色々と頑張ってくれたのでな。こうして夢に干渉するくらいならば問題なく出来るようになった」

 

 こいつの神像を作ったり、エピソードを信者達に話してやった事で予想以上に信仰の力が集まり、ある程度回復できたようだ。

 しかし元気になったのなら良かったが、もう少し大人しくしていればいいのに。

 

「話はお前の船……グレートエルフ号についてだ。実はお前が呼び出していない時、お前の船はこの島の、ギルド所有の船渠(ドック)に保管されていてな。今回、久しぶりにお前が使って、戻ってきたと思ったら激しく損傷していたのでな。現在、バルバロッサ達が修理をしているところだ」

 

「なるほど、呼び出していない時はそっちにあったんだな。それについては面倒をかけてすまない」

 

「構わん。今でもお前は我がギルドのメンバーだ。ギルドの施設を使う資格はあるし、困っている時は助け合うのが仲間というものだ」

 

「キング……!」

 

「だがそれはそれとして、こちらが修理・メンテナンス費の見積もりだ」

 

「キング……!?」

 

 キングが差し出してきた見積書に書かれていた金額は、払えなくはないが財布に結構なダメージが入る額であった。

 俺のグレートエルフ号は大型船の中でも最高クラスの性能を誇っているが、その分部品の一つ一つが専用のオーダーメイド品で、価格やランニングコストも非常にお高くなっている。

 その為、大破して部品がダメになったりしたら修理費が恐ろしい事になるのだが……今回、応急修理はしたものの中破レベルにまでダメージを受けてしまった為、結構な額の修理費が必要になってしまったようだ。

 

「ちなみにバルバロッサの奴が、ウルトラバルバロッサ砲Ver8.0を取り付けていいなら修理費をタダにすると言っているが」

 

「一括で払うから絶対にやめさせろ!」

 

 俺の大事な船に、あんな下品な大口径船首砲を取り付けさせてなるものか。

 俺は道具袋から提示された値段分の金貨を取り出して、キングに手渡した。

 

「うむ、確かにいただいた。ではアフターサービスという事で、幾つかお前に教えておこう。まずはそうだな……お前達が戦った、あの骸骨船長だが」

 

 あれか……まさか亡霊船が幾つも合体して巨大戦艦になって、更にボスがそれと合体するとは予想外で、苦戦させられた。

 俺達の手で倒された後は、亡霊戦艦と分離して海に沈んでいった筈だが。

 

「奴自身は既に冥界で冥王の裁きを受け、奈落(タルタロス)に幽閉される事になったのだが、その際に気になる事を言っていたらしい」

 

「気になる事?」

 

「お前達に倒された後も、奴は完全に滅んではいなかったそうだ。とはいえ相当弱っていたので、しばらくは海底に潜んで再起の時を待つつもりでいたようだが……突然、海底で何者かに襲われてトドメを刺され、完全に死を迎えたらしい」

 

「……それの正体はわかるか?」

 

「わからん。海底に棲息する魔物あたりかもしれんが……とにかく、奴はかなり怯えた様子を見せており、冥王の裁きも全く抵抗する事なく受け入れたらしい。余程恐ろしい目に遭ったようだ」

 

 ……それは、つまり。

 

「奴にトドメを刺した何者かが、あの海域の海底に潜んでいる可能性があると」

 

 あの往生際が悪かった骸骨船長が、それほど怯えて奈落への幽閉を受け入れるようなクソヤバい存在が居るとか、やめて欲しいんだが。

 

「リヴァイアサンとかダゴンみたいな巨大ワールドボス的な奴か……?」

 

「その可能性はある。警戒してくれ」

 

「了解だ……他に何かあるか?」

 

 幾つか伝える事があると言っていたので、まだ他にも何かあるだろうと踏んで訊ねると、キングは次にこう言った。

 

「ならば次は、そうだな。お前が先ほど保護した、あの男について話そうか」

 

「ああ、あのスナフキンか」

 

「あの男は王都から来たようだな。グランディーノに来た理由は、お前に仕える司祭のクリストフを訪ねて来たようだ」

 

「……という事は神殿関係者か?」

 

「さて、それはどうだろうな。どうやら王都で何かあったみたいだな。丁度いいからお前もそろそろ、国王や大司教と直接会っておくといいんじゃないか」

 

 なぜ王都で何かがあったと判明した直後にそれを勧めるのか。さてはこいつ、面倒事を俺に解決させようとしているな。

 

「まあ、詳しい話は起きたら本人達に聞くといい。そして最後にもう一つだけ、お前に伝えておくべき事があった。心して聞くがいい」

 

 真剣な顔でキングが告げる。どうやら、それほどの一大事らしい。俺は覚悟を決めて、続きを促した。

 

「では話そう。これはつい先日の話なのだが、遂に……」

 

「遂に……?」

 

 何だ? また魔神将でも現れたか? それとももっとヤバい何かか? と戦慄しながら待つと、キングの口から飛び出した言葉は予想外の物だった。

 

「ロストアルカディアⅦの発売が発表された」

 

「……なん……だと……!?」

 

 ある意味とんでもない一大事であった。



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第91話 ロストアルカディアⅦ発売告知に対する反応※

 数日前。動画サイト内のメーカー公式チャンネルにて、新作『ロストアルカディアⅦ ~Goddes of Ocean~』の発売告知の生放送が行なわれた。

 ファンの多い人気シリーズの最新作が発表されるとあって、当然のように多くの視聴者が集まったその放送内で、発表されたイラストとゲーム内画面に映っていたのは……青い髪と瞳の、長身で色んなところがやたらとデカい豊満なボディのエルフ……アルティリアであった。

 

「ファッ!?」

「でかい(でかい)」

「おっぱい!」

「おおすっげぇでけえな! おおすっげぇでけえな!」

「エッチコンロ点火! エチチチチチ勃ッ!」

「大きすぎる……修正は必要ない……」

「顔もめっちゃ美形だけどまず乳に目が行く」

「新作を見にきたら開始0秒でえちえちエルフが出てきた件」

「キャラデザ今回はかなり攻めたなぁ」

 

 コメントが主に彼女の特徴的な容姿について盛り上がる中で、同時に彼女についての説明文が流れる。どうやら画面内に映っているのは、次回作のキーキャラクターで、プレイヤーが仕える事になる女神であるらしい。

 

「え、神?」

「神ってもう地上に残ってないはずだよな? どういう事?」

「つまりⅥの冥王様枠って事?」

「エルフが女神ってどういう事だ?」

「つーかあれエルフか? 耳が尖ってるだけでエルフではないのでは?」

「でも水精霊王の羽衣着てるし、メイン職業は精霊使い→水精霊使い→水精霊王で確定だろ? じゃあエルフじゃね?」

「精霊使いってエルフしかなれないっけ?」

「いやエルフ以外もなれるけど転職クエの場所が精霊の森にあるエルフ村だし、キャラクリ時から無条件でなれるのはエルフだけ。だからエルフ以外でメイン精霊使いってあんまり居ないと思う。少なくとも俺は見た事ない」

「じゃあやっぱエルフじゃん」

 

 彼女の設定について、視聴者たちが様々に考察しながらコメントすると、動画内の場面はアルティリアの戦闘シーンへと移り変わった。

 

「つっよ……」

「総合レベル推定150以上」

「あれ海神の三叉槍じゃね? ネプチューンの関係者?」

「海の女神らしいし、おそらくそう」

「挙動からしてメイン水精霊王でサブに槍と格闘と魔法戦士、他にも何か持ってそう」

「考察助かる」

「魔法の詠唱速度と威力がやばい。水属性特化タイプか」

「てか水中移動はえーよ。水泳スキル幾つあるんだ」

「俺は純粋な気持ちで新作を楽しみにしていたのに

 いきなり無限に性癖に刺さる奴が出てきやがった

 いい加減にしろよドスケベエルフ

 俺達をゲームに集中させろ

 戦闘中もばるんばるん揺れよる

 その乳で女神は無理でしょ

 腰ほっそい癖にケツがでかすぎて落差がえぐいぞ

 なんだその太ももはニーソ虐待罪で現行犯逮捕する

 だが好きだ

 栄えあれ我が母校

 嗚呼ドスケベエルフ女神大好き高校」

「校歌助かる」

 

 それから動画は舞台設定の説明へと移った。

 これまでに発売された過去のシリーズ及びLAOの舞台であったエリュシオン島、ルグニカ大陸、ハルモニア大陸とはまた別の新たな大陸、遥か南方に位置するルフェリア大陸が今作の舞台である事。

 更にその中でも、冒険のスタート地点となるローランド王国および港町グランディーノが紹介された。

 

「ほう、過去作とは別の場所なのな」

「久々に新しい大陸来たな!」

「ちょっと待てよ、エルフって設定的にルグニカ大陸にしか居ない筈だよな? じゃあアルティリアって何者? なんでこの大陸に居るの?」

「海を超えてこの大陸に渡ったエルフが現地で信仰を集めて神になった説」

「↑多分こいつ正解。エルフって長生きだし普通にありそう」

「確か過去作で海を超えて新天地に渡った小人族の伝説とかもあったし、ありえる」

「しかしこっちの大陸、ルグニカと比べると科学技術とかはあんまり発展してないっぽい?」

「ルグニカ大陸はほら……長い事大陸全土を巻き込んで大国同士がドンパチやってた影響で技術競争がね……」

「女神の影響で空前の発展を遂げているって説明あったし、やっぱり向こうの技術や文化を持ち込んだルグニカ産エルフの可能性が高まったな」

 

 次に紹介されたのはゲームシステム関連だ。

 まず、固定の主人公となるキャラクターはおらず、プレイヤーはオンラインゲームであるLAOのように、自身の分身となるキャラクターを作成して操作する。

 

「名無し主人公か。ナンバリングタイトルだとⅠ・Ⅱ以来だな」

「キャラクリはLAOベースっぽいな。かなり細かく設定できそう」

 

 ゲームの流れは、探索や採集、魔物討伐のクエストを受注して、それを達成する事で経験値と報酬を得て、自身のキャラクターを鍛えつつ、条件を満たす事でイベントを進行させていくオーソドックスな物だ。

 

 それから戦闘システムは、このシリーズでお馴染みの高速でアクション性の高い物であり、更に最大の特徴として戦略性の高さが挙げられる。

 ロストアルカディアシリーズでは伝統的に、多数の敵味方が入り乱れての大規模戦闘が数多く繰り広げられ、その状況下で勝利条件を満たす為に、プレイヤーには戦闘中にリアルタイムで様々な任務(ミッション)が課される。

 例えば、押し寄せる敵軍から都市を防衛する戦いであれば、勝利条件は敵から都市と住民を護りきる事になる。その目標を達成する為にどのような行動を取るかは、プレイヤーの判断に任される。

 街の外に打って出て、敵軍の陣地や兵糧庫を攻撃して敵の攻勢を削ぐか。あるいは門を突破しようとする敵兵を攻撃したり、攻城兵器を破壊して街への被害を防ぐのか。はたまた、街の中に侵入した敵から住民を護る事を優先するか。

 同じように、大勢のNPCもまた各自の判断でそれぞれ動くため、場合によっては彼らの手助けをする事で、戦況を有利にする事もできるだろう。

 プレイヤーの行動次第で戦闘の結果も大きく変わり、任務を効率よく達成して最高の結果を導く事が出来れば、高い評価や報酬を得る事が出来る。

 

「これに関しては毎回お馴染みだな」

「むしろこれが無いとロストアルカディアじゃないとも言える」

 

 今作はその大規模戦闘がよりパワーアップした。女神の加護を受けたグランディーノの住民達は、一般市民であっても魔物に抗う力を持っている為、農村の防衛といった序盤のクエストであっても、武装した村人VS魔物の大群の大規模戦闘が発生する。

 

「農夫が斧ブン回してゴブリンを薙ぎ倒しとるw」

「今まで放っとくとすぐやられてた一般市民が超強化されてるううう」

「おいちょっと待て、なんだあの獣人の子供クソ強ぇぞ」

 

 味方NPCが強化されたのは良い事ではあるが、逆にそれが原因で手柄を立てる事が難しくなる場合もある為、今作ではむしろ、どうやって目立った活躍をして勲功を得るか、という点にも重きを置かれている。

 今作では戦闘や生産、依頼達成による功績を重ねる事で、女神からより強い加護を得る事ができ、女神もまた信者の活動によって信仰の力を得る事で力を増す。

 そうして神と人とが力を合わせ、困難に立ち向かうというのが今作のコンセプトのようだ。

 

「過去作でも色々と力を貸してくれたりはしたし、前作の冥王様とかだいぶ距離感近かったけど、今回はそれ以上に身近な存在になるようだな」

「普通に大規模戦闘に参加してたしなぁ。パーティーに誘えたりするんか?」

「一緒に戦えるくらいに強くなれればワンチャン……?」

「てかメインヒロイン枠? 攻略できる?」

「女神様を口説けるくらいの英雄になれればワンチャン……?」

「オーケーわかった、ちょっと魔神将ブッ殺してくる」

「それが彼の最後の言葉だった……」

「無茶しやがって……」

 

 それからも彼らは与えられた情報を元に様々な考察を好き勝手に書き込みながら、発売を心待ちにするのだった。

 

「とまあ、これが地球におけるプレイヤー達の反応だ。じゃ、俺はアレックスを鍛える用事があるからこれで」

 

 フリーズしたPCのように固まって動かなくなったアルティリアに対して無慈悲にそう告げて、うみきんぐはその場を後にした。



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第92話 前作主人公がパーティインしました

 俺は手にした槍を、目の前の相手……冥戒騎士フェイトに向かって突き出した。予備動作なしで、最短距離で繰り出される刺突を防げる奴はそうそう居ない……筈なのだが、フェイトは最小限の動きで一歩、横に逸れる事でそれを回避した。

 それを追うように、続けざまに槍で薙ぎ払う。その攻撃は、彼が手にした大鎌による斬り上げで弾かれ、俺の持った槍が跳ね上げられた。

 

「やはり力では敵わんか……」

 

 俺がどちらかといえば後衛タイプなのもあって、真っ向からのパワー勝負は不利ってレベルじゃないな。あっさり力負けする。

 すかさず、ガラ空きになった俺の胴に向かって大鎌が振るわれる。直撃したらひとたまりもないので、俺は足元に生成した水の上を滑るようにして、一瞬で大きく後退して距離を取った。それと同時に水弾を15発同時に放って牽制するが、フェイトは大鎌を風車のように回転させてそれを弾き飛ばすと、その回転の勢いを利用して大鎌を俺に向かって投擲した。

 

 車輪のように高速で縦回転する大鎌を、氷の壁を出現させて食い止め……その瞬間、ほんの僅かに目を離した隙に視界からフェイトの姿が消えている事に気付き……半分くらいは無意識で、背後に向かってノールック後ろ蹴りを放っていた。

 

「くっ……!」

 

 しっかり命中した手応え。いや足応えか? とにかく、俺が放った蹴りは背後に回っていたフェイトに直撃し、咄嗟に腕でガードしたようだが、それでも十分なダメージを与えつつ吹き飛ばす事に成功した。

 

「そこまで! 勝者、アルティリア様!」

 

 審判を務めていたロイドがそう宣言すると、俺とフェイトは同時に構えを解いた。

 

「流石です、アルティリア様。 読まれていましたか」

 

「いえ、偶々です。後僅かでも気付くのが遅れていたら、結果は逆になっていたでしょう」

 

 そう言って謙遜するが、俺が勝てたのはフェイトの動きのパターンを、散々ゲームで見て覚えていたのが大きい。

 さっき彼がやった、破滅の車輪(ホイールオブルイン)幽玄歩法(ファントムムーブ)瞬間換装(クイックチェンジ)で武器を双剣に切り替えて背後攻撃(バックアタック)とか、タイマン時の基本コンボの一つだしな。

 

 沈没船での冒険から帰ってきた次の日、俺達は海神騎士団の訓練所にて模擬戦を行なっていた。

 最初は騎士団員達とフェイトが手合わせをしていたのだが、フェイトが連戦を全く苦にもせず団員達を次々に瞬殺していった。

 ロイド、スカーレット、ルーシーの三人はまだ何とか勝負にはなっていたが、残りのメンバーは30秒も持たずに、ほとんど最初の攻撃で倒されていた。

 

 で、そんな無双モードのフェイトを見ていた俺は、折角だから俺も混ぜろよと模擬戦に乱入してみたのだった。理由は同格以上の相手と戦う機会がなかなか無かったので、俺のスキルアップの貴重なチャンスであった事と、ストレス発散の為である。

 今回は何とか俺が勝ったが、実際に戦ってみた感じ、やはり地力ではフェイトのほうが俺よりも上だろうと感じた。ルールも先に直撃を与えた方の勝ちという一撃ルールでの模擬戦だった為、これが実戦であればまた話は変わってくるだろう。

 

 そんなフェイトだが、海神騎士団の客将として、グランディーノに滞在する事が決定した。

 とはいえ、ずっとこっちに居る訳ではなく、冥王の側近としての本来の仕事もある為、冥界とこちらを行き来する感じになるようだ。それでも心強い、貴重な戦力である。冥王様には頭が上がらんな。

 これは是非とも何か礼をしなければ……と考えたところで、一つ思いついた事があった。

 

「ところでフェイト、一つ提案があるのですが……この街に冥王様の神殿を建てませんか?」

 

 俺の神殿と同じように、冥王プルートの神殿を建てる事で彼に対する信仰を集める事を、俺は思いついた。

 フェイトの地上での滞在先にもなるし、彼には地上に居る時は冥王の名代として布教活動を行なって貰えば、冥王やその配下であるフェイトの戦力も増すのではないだろうか。

 

「よろしいのですか!?」

 

「よろしいですとも。冥王様には今回、大変お世話になりましたし、貴方がこれからこの街で活動する拠点としても相応しいでしょう」

 

 というわけで、俺は信者に対して一斉に言葉を伝える権能『神託(オラクル)』を発動し、信者達に向けて連続でメッセージを飛ばした。

 

『今回、私が大変お世話になった冥界の神、冥王プルート様の側近であらせられる、冥戒騎士フェイト殿がグランディーノに滞在する事となりました』

 

『フェイト殿は冥王様に仕える冥戒騎士団の団長にして、かつて魔神将エリゴスを討伐した英雄でもあります』

 

『そんな彼が仕える冥王プルート様は、死後の世界である冥界を治める大神であり、死者に対し、生前の行ないに応じて裁きを下す役割を担っています』

 

『その役割から恐ろしい神だと誤解されがちですが、死が生きとし生ける者全てに平等に訪れるように、公正で厳格な神様です』

 

『さて、今回はそんな冥王プルート様への感謝を込めて、またフェイト殿の地上における活動拠点用に、グランディーノ郊外に冥王神殿を建築したいと思っております』

 

『その為の協力者を広く募集します。我こそはという者はグランディーノに集まるように』

 

 よし。これできっと協力者が集まってくれるだろう。

 

 とか考えていたら建築家や作業員のみならず、資材を提供する商人や出資しようとする貴族など、予想を遥かに超える人数が集まり、急ピッチで建築が進められる事になった。

 聞くところによると、俺の神殿を作る時も似たようなノリで人が集まったらしいが、今回はそれに輪をかけて人や物が集まったようだ。

 フェイトに対して興味を持ち、話しかける者も数多くいた。また、彼に対して冥王についての質問をする者もだ。

 

「騎士様、冥王様はどうすれば我々が犯した過ち赦して下さるのですか?」

 

「冥王様が罪や悪行を見逃す事は無い。だが同時に、善行や償おうとする心を見逃す事も無い。罪や過ちを犯したならば悔い改め、善を成すがいいだろう」

 

 不安そうに訊ねる商人の男に対しては、そのように答えた。次にフェイトの前に出たのは、修道服を着た神官の女だった。

 

「騎士様、なぜ人は必ず死ななければならないのですか? その定めから逃れる事はできないのでしょうか?」

 

「生と死は表裏一体。ゆえに生を受けた以上、死もまた必定である。生死の境界は冥王の領域ゆえ、その定めを侵す事は許されない」

 

「では……死ぬ事が逃れられない運命ならば、なぜ私達は生きるのでしょうか」

 

「その答えは、それぞれが限りある生の中で見つけるしかない。ただ、私の意見を述べるならば、死は辛く苦しいだけの物ではなく……いつか必ず終わるからこそ、限りある生を大切に出来るのだと思う」

 

 悩める修道女の問いにも、彼は真摯に向き合っていた。

 ただし彼は優しいだけでなく、神殿に寄付をすれば悪行に対して目を瞑ってくれる事を期待して来るような貴族や成金に対しては、毅然とした態度で喝破しており、その姿に庶民は喝采を送った。

 

 そんな感じでグランディーノを中心に、地上に冥王信仰が蘇るのだった。

 「生前に善行を積み重ねたり、偉業を成し遂げれば死後に楽園へと導かれ、逆に悪い事をすれば、死後に冥王によって罰が下される」という話は子供への教育や、人々に法や秩序を守らせるのに大いに役に立ったという。

 

 こうして外部協力者ではあるが、頼もしい仲間がグランディーノに滞在する事になった。



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第93話 クリストフとジャン※

 丁度、騎士団の訓練所にて、アルティリアとフェイトが模擬戦を行なっていた頃。海神騎士団に所属する神殿司祭、クリストフは一人、騎士団と別行動を取っていた。

 いや、正確には一人ではない。彼の隣にはもう一人の男がいた。緑色の外套を着て、同じく緑色の、つばが広い羽付き帽子を被った痩せ型の若い男だ。帽子の下にあるサラサラの髪は男にしては長く、綺麗な金色をしている。ジャンという名の、旅の吟遊詩人である。

 

「それにしても驚きましたよ、精霊様から貴方が神殿で寝ていると連絡が来た時は」

 

 それは今朝の事だった。早朝にクリストフが目を覚まし、身支度を整えていると、彼の部屋に水精霊がやって来て、

 

「おはようございます。このような時間に申し訳ありませんが、神殿にて貴方の友人らしき男を預かっている為、準備が出来ましたら引き取りをお願いします」

 

 と宣った。

 

「……その男の特徴は?」

 

「金色のサラサラヘアーが特徴的な優男。年齢は見たところ二十代前半くらい。背は普通からやや高め。緑のローブに羽根付き帽子を着て、リュートを持った詩人風の男です」

 

「………………把握しました。その者は確かに私の友人です。すぐに引き取りに向かいます」

 

 そうして足早に神殿に向かったクリストフは、既に起きていたアルティリアや、彼女が使役する精霊達に挨拶をした後に空き部屋へと向かい、水を半固形状に固めて作られたベッドの上で呑気に眠っていた友人を叩き起こしたのだった。

 そして今、クリストフは久しぶりに会った友人と二人で海辺を歩いていた。周りに人の姿や気配が無い事を確認して、クリストフは口を開いた。

 

「……して、此度の要件は何でしょうか、ジュリアン王子?」

 

 クリストフは、その男をジャンではなく、ジュリアン王子と呼んだ。

 そう、彼の本名はジュリアン=ド=ローランディア。このローランド王国の第四王子であった。

 

「王子はよせ。今の俺はほぼ平民と変わらんさ。お前と同じでな」

 

 王子とはいえ、身分の低い愛妾との間に出来た子であり、また四男ということもあって、王位継承権などあって無いようなものだ。

 また、本人が自由を愛し、放浪癖のある貴族社会に馴染めない性格なのもあって、王子であるにも関わらず王宮に帰る事が滅多に無いという困った男だった。彼が吟遊詩人の恰好をしているのは身分を隠す為……というのもあるが、彼は実際、本当に吟遊詩人として各地を気ままに放浪しながら弾き語りを行ない、日銭を稼いで旅をしていた。

 

「それでもまだ俺を王子と呼ぶつもりなら、俺もお前の事をクリストファー=ベレスフォード公子と呼ぶぞ」

 

「OK、この話はやめにしましょう。はい、止め止め」

 

 痛い腹を探られたクリストフが会話を打ち切る。クリストフもまた、貴族……それも最高位である公爵家の子として生を受けた。彼もまた庶子の末弟であった為、幼い頃に神殿に入り、神官として育った。

 

 クリストフとジャンは似たような境遇であり、歳も近く、しかもお互いに家を継ぐ気や野心など更々なく、気楽に好きな事をして生きたいと思っていた為、出会ってすぐに意気投合した。

 そうして成長した後に、クリストフは辺境の、滅多に人が訪れない神殿に自ら志願して派遣され、趣味の考古学やマジックアイテムの研究に没頭し、一方ジャンは王宮を飛び出して気ままに各地を放浪しながら物語のネタを集め、それをリュートの演奏と共に語る日々を過ごしていた。

 ジャンは時折、クリストフの下を訪れては旅先で見聞きした事柄を彼に知らせて、その対価として食事と酒を奢らせていた。前回会ったのは、およそ一年ほど前の事だった。

 

「しかし、あの考古学の勉強や遺物集めにかまけてお祈りも真面目にやってなかった不良神官が、今や司祭か。随分と真面目になったものだ」

 

「ふふふ……それはまあ、本物の女神様に会ってしまいましたからね。今では日々の祈りも欠かさず行なっておりますとも。それと、こちらに来てから新しい趣味が出来ましてね」

 

 そう言ってクリストフは、道具袋から釣り道具一式を取り出し、その場で海に向かって釣りを始めた。

 

「釣りはいいですよ。魚と1対1の駆け引きと力比べの真剣勝負! そして釣り上げた魚で魚拓を取ってコレクションしたり、美味しい料理を作って皆で食べたりと様々な楽しみがあります。一度ハマれば抜け出せなくなりますよ」

 

「ふっ……充実しているようで何よりだ」

 

 趣味に没頭するオタク気質なのは相変わらずかと、ジャンは苦笑した。

 

「さて……それじゃあ本題に入るとするか」

 

 釣りをするクリストフの隣に並び、ジャンは語り始めた。

 

「半月くらい前に、王宮に立ち寄ったのだがな」

 

 帰った、ではなく立ち寄ったと表現するあたり、この男がいかに普段、外を放浪しているかが分かるというものだ。

 

「親父がまた体調を崩したみたいでな。まあ、今すぐくたばる程じゃあないんだが……」

 

 ジャンの父親、すなわちローランド王国の現国王はもうすぐ五十歳になる。最近は体力の衰えと共に、体調不良を訴える事が多くなってきた。

 

「問題は兄貴達と、取り巻きの貴族共だ。このまま親父が死ねば、恐らく……いや、間違いなく国が割れるだろうな」

 

「……やはり、そうなりますか」

 

 ジャンの上には三人の兄王子がいる。長兄アンドリュー、次兄サイラス、三兄セシルだ。その内、正室の子は第三王子のセシルのみであり、彼が王太子である。

 セシル王子は見目麗しく、また正義感が強く、誰にでも分け隔てなく接する優しさを持っていた為、家臣達や王都の民から絶大な人気を集めていた。

 しかし、それが面白くないのが二人の兄であった。

 

「サイラス兄貴はまだ良いが、問題はアンドリューだ」

 

 長兄アンドリューは軍事、次兄サイラスは政務面で才覚を表し、それぞれの分野で活躍している。

 一方、王太子でありセシル王子は血統や人柄といった面では全く問題が無いものの、二人の兄のような際立った才能や能力は無く、悪く言えば凡庸であった。しかし本人に突出した才能が無くとも、人を惹きつけ、配下の者から慕われるという得難い才があった。

 セシルを王として、二人の兄が軍事・政務それぞれの専門分野で支えれば、王家は安泰、ローランド王国は盤石の体制で発展する事ができるだろう。しかし……

 

「あの野郎、最近は野心を隠しもしなくなった」

 

 第一王子アンドリューは欲深く、野望に溢れた男であった。

 

「俺が王宮に寄った時も、奴は取り巻き共にこう言っていた。サイラスは理屈をこねる事しかできない頭でっかち、セシルは家臣に媚を売る軟弱者、ジュリアンはただの阿呆だとさ。ったく、合ってるのは最後だけだっつーの」

 

 悪態をつきながら、ジャンは後頭部を右手でぼりぼりと掻いた。

 

「まあ、あの阿呆はいつも通りだとして……問題はサイラス兄貴だ」

 

「サイラス様ですか……しかし、あの方は理性的な方です。そうそう問題を起こすとも思えませんが……」

 

「本人はそうでも、周りがな……。アンドリューは頭がアレだし、セシル兄貴は……正直、一部の貴族からは嫌われてるからな……」

 

 セシル王子は公正で、正義感が強く、民を思いやる優しさを持っていた。それは間違いなく、人としては美徳であり、民衆にとっては好ましい物だろう。

 しかしその反面、民に対して重税を課したり、不正や悪政を行なっている領主貴族にとっては煙たい存在であった。もしもこのままセシル王子が即位すれば、確実に目の上のたんこぶになるのは明らかであった。

 

「大貴族の中にはサイラス兄貴を支持する連中も多い。その筆頭が……」

 

「ベレスフォード公……父上ですか」

 

 クリストフの父親であるベレスフォード公爵は、ローランド王国内で最大の、王に準ずる力を持つ大貴族であり、公爵派と呼ばれる派閥の筆頭格であった。

 

 貴族は名目上は王に臣従しているものの、無条件で従っているわけではない。

 封建制度において、王というのは言ってしまえば『連合の盟主』であり、『最も力のある貴族』である。諸侯が従うのは、王家が最も強く、臣従する事によって自身の持つ土地や、既得権益が保証されているからだ。

 ゆえに、弱体化すれば別のものに取って代わられ、下手に諸侯の機嫌を損ねれば逆らわれる事もある。なので王は適度に、諸侯の力が大きくなり過ぎないように頭を押さえつつ、臣従させ続ける為に機嫌を取らなければならない。要は飴と鞭である。

 同時に、貴族は隙あらば自らの力を増大させ、王家や国家に対する影響力を強めようと虎視眈々と狙っている。王家に準ずる力を持ち、王に対して強硬姿勢に出る事がしばしばあるベレスフォード公爵は、国王に対抗する貴族派閥を形成していた。

 対して、ベレスフォード公爵の専横を許すなという反公爵派や、王家に対して心から忠誠を誓う者達が集まっているのが国王派である。現在のローランド王国に属する諸侯は、この二派閥に大分されていた。

 言うまでもなく国王派はセシル王子を、公爵派はサイラス王子を強く推している。

 

「そんな訳で、王都は今、なかなか荒れそうな雰囲気だ。そして、とっくの昔に家を出たとはいえ、お前は公爵の実子だ。下手をすれば、お前の身も危なくなる可能性もあるから気を付けろ……と、今回はそれだけ伝えたかったんだ」

 

「ありがとうございます。ですがまあ……私の身に関しては、全く心配はいらないですよ」

 

「……随分と自信満々だな?」

 

「ええ。……そうですね。これから私について来れば理解できますよ」

 

 そう言ってクリストフは、話の最中も釣っていた魚が入ったクーラーボックスを担いで立ち上がり、ジャンを伴って騎士団の詰所へと戻った。

 クリストフは荷物を置いて、訓練所へと顔を出した。するとそこでは……

 

「行くぞスカーレット! 今日は俺が勝つ!」

 

「ふん、返り討ちにしてくれるわぁ!」

 

「螺旋水撃ッ!」

 

「業炎撃ィッ!」

 

 ロイドが刀に螺旋状の流水を纏わせて振り下ろし、激流が襲いかかるが、スカーレットは爆炎闘気を手にした大剣に集中させ、それを迎え撃つ。

 

「甘い! その程度では私の護りを突破する事など不可能ですよ!」

 

「まだまだぁーっ! 『流水砲(ウォーターキャノン)』・三連発でどうだ!」

 

 杖を向けて水属性の攻撃魔法を連続で放つリンに、大盾を正面に構えてそれを防御するルーシー、そして……

 

「よう……負けた方が昼のオカズを一品献上って事でどうよ……? ちなみに今日の昼飯は、エビ炒飯と鶏の唐揚げ、蒸かしイモ、マカロニサラダ、コーンスープの予定だぜ」

 

「ほーう、負けそうになってる癖に言うじゃねぇか、このギャンブル好きめ」

 

「ハッ、当然。ここから華麗に逆転するからさ……!」

 

 と、模擬戦中に賭けを始める者や、

 

「おう、向こうでアホ共が何かやってるが、俺らはどうするよ? ビビってる奴いる?」

 

「冗談……! 俺はデザートのプリンも上乗せ(レイズ)してやるよ……! 受ける(コール)か? それとも降りる(ドロップ)か?」

 

 等と、便乗する者まで出てくる有様であった。

 しかし、そんな彼らの戦う様子は真剣そのもので、そのどれもが、ジャンがこれまで見た事もない程にハイレベルな力と技の応酬であった。

 

(あれ……こいつら近衛騎士団とか王国軍の精鋭より強くねえ……? 特にあっちで戦ってる茶髪の兄ちゃんと全身鎧の赤い奴、動きや技の威力がヤバいが本当に人間か?)

 

 ジャンが心の中で呟く中、クリストフは訓練所に入っていき、騎士団の皆に向かって声をかけた。

 

「すみません皆さん、実は私の実家って結構大きめの貴族の家でして、実家が政争に負けると私の身も危なくなるかもしれないんですけど、助けてくれます?」

 

 クリストフがそのように、ぶっちゃけた話をすると……

 

「当ったり前だ馬鹿」

 

「聞くまでもなかろうよ!」

 

「愚問ですね」

 

「誰が相手だろうと、仲間を見捨てるなんて事ありえないですから!」

 

「ビビってる奴いる? 居ねぇよなぁ!」

 

「つーかクリストフさん、何訓練サボってるんスか。早く入ってホラ」

 

「そんな当たり前の事聞く前に、はよ回復魔法かけて。やくめでしょ」

 

「ところでクリストフさんも昼のオカズ賭けません?」

 

 模擬戦をする手を一切緩める事なく、次々にそんな答えが返ってきた。

 

「……という事ですので、私に関しては全く心配はいらないです」

 

「……ふっ、そうか。ハハハハハ! 俺とした事が、全く要らん心配をしていたようだ」

 

 久しぶりに会った友人の仲間が、とんでもない戦力を持っていた事が可笑しかったのと、それ以上に……

 出会った頃は、一人きりで考古学の本に向かってばかりだった少年が、いつの間にか沢山の仲間に囲まれるようになった事が嬉しくて、ジャンは腹を抱えて笑うのだった。

 

 ちなみに、もし仮にクリストフに刺客が送られるような事があった場合は、女神(アルティリア)が出張ってきて強制的にゲームセットである。

 基本的に人間の政治に関わる気は無いが、信者に手を出されたら話は別だ。黒幕まで芋蔓式で引っ張り出されて裏世界でひっそりと幕を閉じる。



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第94話 お嬢様は冒険したい※

「ずるいですわ!」

 

 立ち上がり、そう叫んだのは、白金色の長い髪をツインテールにして、白色をベースに赤の補色が入ったドレスを着た、幼い少女であった。

 

「お二人だけ冒険に行って、ずーるーいーですわああああ!」

 

 そう叫んで、少女はベッドにその体を投げ出すと、じたばたと手足を動かした。

 彼女の名はカレン=ケッヘル。レンハイムやグランディーノといった都市を含む、王国北東部の辺境を治めるケッヘル伯爵の一人娘だ。年齢は9歳。

 そんな彼女の自室には、アレックスとニーナの兄妹が招かれていた。アルティリアが領主と会談を行なう為にレンハイムの街を訪れたのについて来たのだ。親同士が話し合いをしている間、子供達は子供同士で遊ぶべしと、こうして子供部屋へと送られたのだった。

 親同士が懇意にしている為、アレックスとニーナは以前からカレンと交流があった為、こうして部屋に招かれるのは過去に何度もあった。

 そこでアレックス達は、先日の大冒険……沈没船の探索と、亡霊戦艦との激闘の話をカレンに対してしてみせたのだが……その反応が、これであった。

 

「わたくしも冒険に行きたいですわっ!」

 

 柔らかいベッドに埋めていた顔を上げて、カレンはそう叫ぶが、

 

「いや、むりだろ」

 

「うん。むりだとおもう」

 

「なんでですのっ!?」

 

 兄妹に揃って即座に否定され、カレンは抗議の声を上げた。それに対し、アレックスはこう返した。

 

「おまえ、領主の娘だし……」

 

「それを言ったらあなた達だって女神様の息子と娘でしょう!?」

 

「それに、まだ魔物(モンスター)が怖いんだろ?」

 

「うっ……! そ、それは……」

 

 カレンはかつて、父と共にグランディーノを訪問した際に、道中で魔物に襲われた事があった。彼女を襲ったのは、殺人蜂(キラービー)の群れであった。

 殺人蜂は巨大な蜂の姿をした魔物で、空中を素早く飛び回り、鋭い足や発達した顎による攻撃は脅威の一言だ。そして一番の脅威は、尻の毒針による一撃である。

 カレンは、その殺人蜂の毒を受けた。不幸中の幸いで、すぐに冒険者達が救助に来てくれて、解毒薬を飲ませてくれた事で助かりはしたが、救助がもう少し遅ければ彼女は助からなかっただろう。

 その時に受けた体の傷は癒えても、心の傷はまだ癒えきってはいなかった。

 

 ちなみに、カレンの父であるケッヘル伯爵は、十代の頃は文武両道で鳴らした才子だったのだが、若くして伯爵家の家督を継いでからは政務で忙しい事もあり、すっかり武の道からは離れ、得意だった弓を手にする事もなくなっていた。

 ところがそんな時に、先に述べた魔物の襲撃があり、自分と、そして愛娘が危機に陥った際に何も出来なかった事を、彼は大いに恥じた。

 それ以降は政務の傍ら、時間を作って修練に励み、錆び付いた腕を鍛え直し……二ヶ月ほど前に魔物の大群がレンハイムの街を襲った時は、自ら弓を手に陣頭に立ち、兵を指揮しながら自らも弓術で多くの魔物を射殺して味方の士気を上げ、アルティリアと海神騎士団が援軍に来るまで、しっかりと街を護り抜いている。

 今ではすっかり王国でも有数の弓使いとして、有事の際にはいつでも戦えるようにと修行を欠かしていない。最近では馬に乗って駆け回りながら弓を扱う修行をしているようだ。

 

 さて、そんな伯爵の娘であるカレンは、かつて魔物に襲われた時のトラウマが蘇りながらも、ええいっと勢いをつけて立ち上がり、ベッドから飛び降りた。

 

「だからこそ、今こそその恐怖を克服しなければならないのですわ! わたくしとて伯爵家の……お父様の娘として、弓の修行は欠かしておりませんわ!」

 

 カレンはそう叫び、壁に掛けてあった弓と矢筒を手に、部屋を出ようとしたのだが、それをアレックスが止めた。

 

「まてカレン」

 

「止める気ですの!? お二人が行かないと言うなら、わたくし一人でも……」

 

「ちがう。冒険するなら準備が大事だ。だいたい、そんな恰好で冒険する気かお前」

 

 アレックスが指差したカレンの服は、見るからに高級そうな子供用のドレスだった。とても冒険に向いた格好ではない。

 

「まずは着替えて、それから準備だ。冒険者組合にいくぞ」

 

 ……それから、およそ30分後。

 カレンは獣人の兄妹を伴って、レンハイムの街を真ん中から南北に分けるように引かれた大通りのそばにある、冒険者組合の支部へと足を運んでいた。

 カレンの服装は、地味だが厚手の生地を使った頑丈な、それでいて動きやすい冒険者用のシャツとズボン、シャツの上に革のジャケットを着て、足には長靴(ブーツ)を履き、手には弓使い用の指貫グローブを着け、頭にはゴーグル付きのキャスケットを被っていた。また、腰のベルトには革の矢筒が固定されており、背中に短弓(ショートボウ)を背負っている。

 

「たのもー! ですわっ!」

 

 バァンッ! と大きな音を立てて、勢いよく扉が開かれたかと思ったら領主の娘が乗り込んできたのを見て、建物内に居た冒険者達がぎょっとして目を見開いた。

 

依頼(クエスト)を受けますわ!」

 

 カレンはずかずかと受付のカウンターに向かってまっすぐに進み、受付嬢に対して依頼の受注を宣言した。突然の事態に、薄茶色の長い髪に青い瞳の、組合の制服を着た若い受付嬢は困惑した。

 

「まてカレン、先に組合に登録してからだ」

 

「ではそれをお願いしますわ!」

 

 アレックスに訂正されると素直にそれを受け入れ、冒険者組合への登録をする事になった。

 

「えぇ……ねぇ、ちょっとアレックス君……いいの……? この子、ケッヘル家のお嬢様よね……?」

 

 受付嬢はアレックスに目配せして近くに来させると、カレンに聞こえないように小さな声でアレックスに話しかけた。

 

「登録させないとこいつ、勝手に行くぞ。簡単なクエストを紹介してやったほうが、安全だと思う」

 

「そ、そう……。それなら仕方ない……のかしら?」

 

 何やら勢いで誤魔化された気がするが、カレンの冒険者登録は無事に受理された。これで彼女は最初のランクである、F級冒険者としてデビューする事になった。

 ちなみにアレックスとニーナは既にグランディーノ支部で冒険者登録を行なっており、現在のランクはアレックスがC級、ニーナがD級である。先日、沈没船の発見や、そこでの冒険で活躍した功績が認められた事で昇級したばかりだ。

 

「何かおすすめの依頼はあれば、紹介してくれ」

 

 アレックスが受付嬢に近付き、そう促す。そして小声で、

 

「初心者向けの、簡単なやつをたのむ」

 

 と付け足した。

 何て気遣いの出来る良い子なんでしょう、と受付嬢は感激した。しかし同時に、できればここに来る前に止めてやって欲しかった……とも思った。

 ともあれ、こうなった以上は万が一にも領主の娘が怪我など負わないように、初心者向けの比較的安全な依頼を紹介しなければと、全神経を集中させてリストの中から最適な依頼を探し出そうとする。

 やがて、彼女は一枚の依頼書を取り出して、受付のカウンターに置いた。

 

「では、こちらの依頼などはいかがでしょうか? 今朝届いたばかりの依頼です」

 

 その紙に書かれていた内容は、以下の通りである。

 

 『害獣の撃退』

 クエストランク:F級

 報酬:銀貨20枚+戦果に応じてボーナス

 内容:

 最近、また村の近くに獣系の魔物がよく現れるようになったんだ。

 単体ではそれほど強くないが、なにしろ数が多くてな……

 おまけに連中、畑を荒らして作物を奪っていこうとするんだ。

 奴らを討伐するか、最低でも痛い目に遭わせて、襲ってこないようにしてほしい。

 畑に深刻な被害が出る前に頼むぜ。

 

 



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第95話 クエスト中に条件を満たしたので派生ルートに突入します※

 クエストを受けて冒険者組合の支部を出たカレン、アレックス、ニーナの三人は、そのまま依頼の場所……レンハイムから西北西の方向にある農村へと向かった。

 移動手段は徒歩でも、馬や馬車のような通常の乗り物でもない。飛竜(ドラゴン)だ。

 このドラゴンは今から半年くらい前にアルティリアが倒した時にその軍門に下り、その後、ニーナがアルティリアの養女になって以降は彼女が世話をしている。野生だった頃の凶暴さはすっかり消えてなくなり、今では様々な動物型モンスターからなるニーナ親衛隊のボスを務めている。名前はツナマヨで、名付け親はニーナだ。

 ツナマヨは三人の子供をその背中に乗せても全く苦にせず、悠々と大空を飛んで、あっという間に農村へと到着した。

 

 村人達はいきなりドラゴンが村の近くに降り立ったのを見てビビった。

 グランディーノやレンハイムの街では既に見慣れた存在であり、子供達の送迎担当として親しまれているツナマヨではあるが、見慣れていなければこんなのが突然出てきたらそりゃビビる。

 よく見ればドラゴンは鞍や鐙といった騎乗道具を身につけており、人に飼われているのだとわかるが、その背中から降りてきたのが幼い子供達だった事で、村人は再び混乱した。

 

 その子供達が、自分達は冒険者組合から依頼を仲介されて、魔物退治に来たと言った時は何の冗談かと思ったが、彼らが提示したカード状の、冒険者組合の登録証(通称・冒険者カード)は本物であり、その内の一人はC級冒険者であった事、また、ドラゴンを連れている事から、

 

「幼く見えるが、この子供達は実は凄腕の冒険者なのでは……?」

 

 と考え、正式に魔物退治を依頼する事にした。

 ちなみに、彼らはカレンが領主の娘である事には気が付かなかったようだ。彼らが都市部から離れた農村に住んでいる事や、服装を地味な物に変えている事が主な原因だろう。

 そして、子供達が村を訪れてから、数十分が経過した頃に、魔物が現れた。

 

「ガルル……」

「グルルル……」

 

 唸り声を上げながら鋭い目つきでこちらを睥睨するのは、灰色狼(グレイ・ウルフ)の群れだった。

 

「な、なんで狼が!?」

 

 その姿を見て、村人達が驚いた様子を見せた。

 

「む……? 村を襲ってきてたのは、こいつらじゃないのか?」

 

「あ、ああ……一昨日、畑を荒らしにきたのは大きいイノシシで、その前は鹿みたいな奴だった……そいつらは、俺達でも何とか追い払えたんだが……あ、あんなデカい狼が出るなんて……」

 

 アレックスが口にした疑問に答えながら、村人が指差したのは群れの最後尾に居る、他の狼よりも二回りくらい大きな、黒い狼だった。それは、ダイアウルフというモンスターだ。

 ダイアウルフは群れのリーダーであり、通常の狼よりも高いレベルとステータスを持つだけでなく、群れ全体に対して命令を下し、統率する事で手下を強化する指揮能力も持っている。

 そんなリーダーに率いられた狼の群れは、一般人にとっては恐ろしい敵だ。

 

「き、君達、逃げるんだ……! 子供をあんなのと戦わせるわけにはいかない……!」

 

 恐怖に震えながらも、村人は子供達を逃がそうと勇気を振り絞り、狼に立ち向かおうと武器を取った。

 しかし、ここに居る子供達は、普通とはだいぶかけ離れている。

 

「大丈夫だ。おれたちに任せろ」

 

 アレックスを先頭に、子供達は狼達に向かって踏み出し、そして戦いが始まる。

 その直後の事であった。

 

「めっ! おとなしくしなさーい!」

 

 ニーナが狼達を叱りつけながら、鞭で地面を叩いた。すると狼達は一瞬にして戦意を失い、その場で土下座でもするかのように身を伏せて、微動だにしなくなった。

 

「ガウッ!? ギャウッ、バウッ!」

 

 突然、配下の狼達が自分の支配下から外れ、戦意を失った事に驚いたダイアウルフは、「おい何をしている、攻撃しろ!」とでも言いたそうに、狼達に向かって吼えた。しかし、狼達は動かない。

 業を煮やして、ダイアウルフは自ら敵に向かって飛びかかった。狙うのは、手下を無力化した小娘である。その細い首に向かって牙を突き立てようと、地面を蹴って真っ直ぐにニーナに向かって突撃する、その寸前に。

 妹の前に立ち塞がり、きつく握った右拳に水の闘気を纏わせているアレックスと、その後方で弓を引き絞って矢をこちらに向けているカレンと、炎の吐息(ファイアブレス)をいつでも発射できる状態で見下ろしているツナマヨの姿を目にした。

 

「……クゥーン」

 

 ダイアウルフは腹を見せて情けない鳴き声を上げ、降伏した。

 狼軍団がニーナ親衛隊に加わった。

 

 

     *

 

 

 狼達を無力化した後に、アレックスは村周辺の見回りを行ない、他に魔物の気配や痕跡を探し、問題が無い事を確認した。

 その間、ニーナは狼達に躾を行ない、カレンは村人達が農作業をする様子を興味深そうに観察していた。

 

「むむむ……完全勝利できたのはよかったですが、戦う機会が無かったのは少々物足りませんわね……」

 

 カレンがぼやいていると、やがてアレックスが見回りから戻ってきて、最後にニーナが狼達を引き連れて合流した。

 

「お兄ちゃん、カレンちゃん、狼さん達だけど、森に変なのが出てきたから、逃げてきたって言ってる」

 

 ニーナが狼達から聞き出した話によると、少し前から、森にそれまで居なかった魔物が現れて、元々そこにいた動物型の魔物達は縄張り争いに負けて、森から追い出されてしまったらしい。

 まず草食系の動物達が森から追われ、食物を求めて畑を荒らすようになったが、彼らは村人に追い払われて、食べ物がろくに手に入らなくて弱っていたところを、この狼達のような肉食獣に捕食されたようだ。

 そして狼達も、周りに餌となる草食動物が居なくなった事で飢えて、仕方がないので村を襲いにきたのだそうだ。

 

「と言う事は、森に出たっていう魔物がそもそもの原因なのか」

 

「でしたら、そちらも退治するべきですわ!」

 

「いや、まずは敵がどんなやつで、どれくらい居るのか調査してからだ。俺達でやれそうならやる。無理なら組合に報告だ」

 

「……わかりましたわ。確かに、敵の正体や規模も不明のまま、相手の縄張りに突撃するのは得策ではありませんわね」

 

 こうして子供達は、まずは敵情視察をする為に、村から西の方角にある森へと足を踏み入れるのだった。

 

「ところでニーナ、狼達は敵がどんな奴だって言ってた? 何か特徴とかがあれば、敵の正体を推理できるかもしれない」

 

 道すがら、アレックスはニーナにそう訊ねるが……

 

「わかんない。なんか大きくて、うるさくて、凄く変な奴らだったって言ってる」

 

 ニーナを通して得られた狼達からの回答は、そのような不明瞭なものだった。

 果たして、森に現れた魔物の正体とは一体、どのようなものなのだろうか……?



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第96話 突撃! 魔物の森※

 森に入った三人の子供達は、そこに現れたという正体不明の魔物を調査する為に、痕跡を探す事にした。

 巨大なドラゴンであるツナマヨは、森に入るには大きすぎる為、外で待機している。代わりにニーナに付き従っているのは、村で仲間にした狼たちだ。

 獣道を進みながら探索をしていると、彼らはすぐにそれを発見した。

 

「これは……足跡ですわね」

 

「ああ。人の足跡に似てるが、かなりでかいぞ」

 

「狼さん達も、これが変なやつの足跡だって言ってるよ」

 

 どうやら件の魔物は、かなり大型で人間のように二足歩行するタイプの生物のようだ。

 

牛頭巨人(ミノタウロス)とか食人鬼(オーガ)みたいなやつか?」

 

 過去に交戦・撃破した事のある大型の人型モンスターを思い浮かべながら、アレックスは呟いた。

 どちらも素早さや器用さ、魔力は低いが、代わりにその巨体に見合った高い筋力と耐久力を持つ敵だ。そして、ただでさえ大きい上に、人型ゆえに武器を使う事が出来る為、かなり広い間合いを誇るのが厄介なところだ。

 鈍重ではあるものの、長いリーチと高い攻撃力という単純だが強力な組み合わせを攻略できず、命を落とす初心者は多い。

 

「気をつけていくぞ。ニーナ、狼たちに横や後ろを警戒させろ」

 

 自身は先頭に立って前方を観察しながら、妹にそう指示を出して、アレックスは森の奥へと進んでいった。

 そして十分ほど進んだ時、彼らは開けた場所に出た。そこは木が生えておらず、背の低い緑色の草がまばらに生えた、広場のような場所だった。

 そこには丸太とボロ布を組み合わせて作られた、粗末な大型のテントや焚き火といった物があり……そして、広場の中心には、焚き火を囲む5体の魔物の姿があった。

 

 五体の魔物は、全員が似通った見た目であり、同一の種族である事が伺える。先程発見した足跡から推測した通りに、やはり大型の人型モンスターであった。

 

 そのモンスターの特徴は、以下のようなものだった。

 まず身長は、多少の個体差はあるが、直立状態であれば平均で2メートル少々といったところか。確かに大きいが、牛頭巨人(ミノタウロス)岩巨人(ロック・ゴーレム)等に比べれば、まだ常識的なサイズだ。

 肌の色は濃いめの、やや黒ずんだ肌色だ。衣服は一応身に付けてはいるが、腰や腹部に布きれで作った腰布を巻いただけの状態であり、肌の多くを露出している。

 体型は、かなりの肥満体で、腕に足、胴体とあらゆる場所が太く、ブ厚い。特に腹は丸く膨らみ、大きく前方に突き出している。

 そして最も特徴的なのが、その頭部だ。全体的なシルエットは一応人型をしているが、その頭部は人間の物とはかけ離れていた。

 

 それは、豚であった。大きい鼻と、その下から生えたイノシシのような2本の牙が特徴的な、豚に酷似した顔が巨大な肥満体の上に乗っかっていた。

 

 その魔物の名を、オークという。

 

 5匹のオーク達は広場の中心に集まり、焚き火を囲んでいた。更に彼らが囲んでいる焚き火をよく観察してみれば、彼らは焚き火を使って何かを焼いていた。

 それは、木の杭で貫かれた、大猪(ラージ・ボア)の死体であった。

 

「もう食っていいかブヒィ?」

 

「まだ生だブヒ。もっと焼いてからブヒィ」

 

「まだブヒィ? 腹減ったブヒィ……」

 

「つべこべ言わねーで回せブヒィ! ぐるぐる回して、全体にまんべんなく火を通すと美味いんだブヒィ!」

 

「ところで今更ブヒけど、こいつ俺らとちょっと似てるブヒィ。食って大丈ブヒ?」

 

「こまけー事気にすんなブヒィ! うめーから大丈ブヒィ!」

 

 どうやらオーク達は、森に棲んでいた動物系モンスターである大猪を仕留めて、丸焼きにして食べようとしているようだった。

 

「なんだあいつら」

 

 それを観察していたアレックスが抱いた感想は、

 

「変な魔物だ」

 

 の一言に尽きる。

 人語を話す魔物は時々いるが、この魔物達のように原始的ではあるが住居を作ったり、料理をするような魔物は初めて目にした。

 あの魔物達は見た目に反して、知能はかなり高いのかもしれない。そう考えて、アレックスは警戒を強めた。

 

「ん? 誰だブヒィ?」

 

 その時だった。オーク達が一斉にアレックス達の存在に気が付き、こちらに視線を向けてきて、お互いの視線が交差した。

 戦いになる可能性を考え、子供達はいつでも戦闘態勢に移れるように備える。だがその前に、オーク達が口を開いた。

 

「なんだブヒィ、獣人と人間のガキかブヒィ」

 

「ここは俺達の縄張りブヒ、人間は帰るブヒィ」

 

「ロリには興味ないから見逃してやるブヒィ。次は乳とケツがでかいチャンネーを連れてくるブヒィ」

 

「俺は興味津々ブヒけどYesロリータ、Noタッチの原則に従って、眺めるだけで我慢しておくブヒヒィ」

 

「こいつロリコンだったブヒィ!?」

 

 凶暴そうな見た目に反して、どうやら彼らは戦うつもりはないようだ。あるいは、こちらを脅威と認識しておらず、1体を除いて特に興味も無さそうである。

 それを感じ取ったアレックスは構えを解き、オーク達に歩み寄った。

 

「話がしたい」

 

 アレックスはオーク達にそう提案した。しかし、それに対するオーク達の回答は、

 

「だが断るブヒィ」

 

「俺達は肉を焼くのに忙しいブヒィ」

 

「人間と話す事なんか無いブヒ。ガキはさっさと帰れブヒィ」

 

「犬耳ショタも有りだなブヒィ。妹っぽい猫耳ロリとセットで二重にブヒれる」

 

「こいつ変態ブヒィ!?」

 

 という冷淡な物であった(約1名を除く)。

 

「どうするんですの? 向こうは話を聞く気はないようですわよ?」

 

 ボコりますの? と、カレンは弓矢を構えようとする。お嬢様は思考が蛮族に染まっているようだ。

 

「いや、それは最後の手段だ。その前に、おれに良い考えがある」

 

 そう言って、アレックスが道具袋から取り出したのは……黒光りする中華鍋だった。



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第97話 自家製オイスターソースが決め手※

 アレックスは中華鍋の次に、おたま、包丁、まな板……と、料理道具を、続いて食材を取り出していった。

 食材はご飯、長ネギ、タマネギ、鶏卵、そして叉焼(チャーシュー)だ。この食材と中華鍋を使う事から、アレックスが作ろうとしているのは炒飯に間違いないだろう。

 

「俺達も飯にしよう」

 

「食ってる場合ですの!? あの豚さん達、変な奴を見るような目でこっちを見てますわよ!?」

 

 突然料理の準備を始めたアレックスに、カレンが思わず大声で突っ込みを入れた。

 

「あいつら、おれ達に興味ないみたいだからな。あれじゃ話のしようがない。だからこっちを見てるなら、おれ達に興味を持ったってことだ。良い調子だな」

 

 そう言って、得意げに頷くアレックスだったが、

 

「狙いはわかりましたわ。けどあの目、どう見ても不審者を見るそれですわよ。大丈夫なんですの?」

 

「何とかなるだろ、多分」

 

「多分て……」

 

 大丈夫かコイツ? とカレンが目を細めてアレックスを見ていると、彼の服の裾をニーナが引っ張るのが見えた。

 

「お兄ちゃん、あのね」

 

「どうしたニーナ」

 

 いいですわよ! ニーナさんも言ってやってくださいまし! と、カレンは心の中で叫んだ。しかしニーナが次に発した一言は。

 

「ニーナ、前にママが作ってくれたオウカ風オムライスがいい」

 

「わかった。カレンはどうする?」

 

「……美味しそうなので、わたくしもそれで」

 

 ずっこけながら、カレンはそう呟いた。

 そしてアレックスは調理に入る。一定のリズムで調子よく、トントントンと包丁が具材を切り刻む音がこだまする。その間にニーナが道具袋から、薪と固形燃料と火打石がセットになったキャンプファイアキットを取り出し、薪を組んで火を起こす。

 

「お兄ちゃん、火の用意できた」

 

「よくやったニーナ」

 

 焚き火を使って、アレックスは炒め工程に入った。まずは大きめに切られたネギ、次に細かくみじん切りにされたタマネギを油をひいた中華鍋で炒め、ある程度火が通ったところで叉焼、そしてご飯が投入される。

 塩、胡椒、おろしにんにく、そして固形化された中華スープが中華鍋に入り、炒飯を味つけする。アレックスは更に、母親(アルティリア)が作った特製のオイスターソースを投入し、最後にそれを半固形になるまで加熱した溶き卵で包んだ。

 

「できたぞ。炒飯の卵包み……オウカ帝国風オムライスだ」

 

 出来上がった人数分の料理を皿に盛りつけ、食べる。

 

「美味しいですわ! 味もさることながら、フワフワトロトロの卵の中から現れた、シャキシャキのネギとパラパラのご飯が織り成す新食感! たまりませんわ!」

 

 パクパクですわ! とカレンが夢中で食べ続けている間……

 

「ブヒィ……なんかすげぇ美味そうな匂いがするブヒィ……」

 

「見た目も綺麗で美味そうブヒねぇ……」

 

「奪い取るブヒィ?」

 

「やめろブヒィ。ガキから食べ物盗むとか恥知らずってレベルじゃねーブヒィ。俺達は小鬼(ゴブリン)食人鬼(オーガ)のような蛮族とは違うブヒィ」

 

「その通りブヒ、すまんブヒィ」

 

「じゃあ分けてもらうブヒ?」

 

「でもさっき冷たくあしらっておいて、それはちょっと恥ずかしいブヒィ」

 

「でも美味そうブヒよ」

 

 オーク達が大猪の丸焼きを食べながら、巨体を寄せ合ってそんな事を話していると、そこに再びアレックスがやって来た。ただし先程と違い、その手には巨大な皿を持っていた。

 皿の上には、オークが食べても満足できるであろう、特大サイズのオウカ帝国風オムライスが乗っていた。

 

「作り過ぎた。食うか?」

 

「……ありがたくいただくブヒィ!」

 

 アレックスが切り分けた料理を、オーク達はその大きな手に対して小さすぎるスプーンを慎重に使って、逸る心を抑えながらゆっくりと口に運んだ。

 

「ブヒィッ!? 美味すぎるブヒィ!」

 

「人間共の飯やべぇブヒィ!」

 

「これに比べたら今まで食ってきたモンとか全部クソだブヒィ!」

 

 オーク達は、奪い合うようにして残りの料理を貪り食った。そして完食後、

 

「さっきは悪かったブヒィ。話を聞くブヒィ」

 

 美味しい物を食べて上機嫌になったオーク達は、子供達の話を聞いてくれる気になったようだ。

 子供達はオークに、この森から逃げ出した獣型の魔物が近くの村を襲っている事と、その原因を調査しに来た事を説明した。

 

「マジかブヒィ」

 

「俺達は少し前にここに来たブヒが、そんな事になってるとは知らなかったブヒィ」

 

「来た時に襲い掛かってきたからブッ殺して食ったブヒ。そしたらビビって襲って来なくなったと思ったら、そんな事になってたブヒか」

 

 やはり、魔物達が森から逃げ出したのはオーク達が原因のようだった。

 

「おまえら、どこから来たんだ?」

 

 アレックスの質問に、オーク達はこう答えた。

 

「俺達は元々、こことは違う世界に住んでたブヒィ。俺達が居た場所は大地が荒れてて、草や木も生えてない、魔物しか居ない世界だったブヒィ」

 

「ついでにいつも薄暗くて、辛気臭い場所だったブヒィ」

 

 どうやら彼らは、魔物ばかりが生息する魔界のような場所の出身らしい。そんな彼らが、何故ここに現れたのか。それは……

 

「少し前に俺達の前に、変なやつが現れたんだブヒィ」

 

「そいつは俺達を変な魔法でこの世界に送って、人間を襲えとか、女神を倒せとか言ってたブヒィ」

 

「俺達の事を、耳が長い女の天敵とか意味わかんねー事を言ってたブヒねぇ」

 

 その言葉を聞いて、アレックスが拳をきつく握る。オーク達をこの世界に送った犯人……それは間違いなく、魔神将に連なる者に違いない。

 そして、そのような手段を取りそうな者に、アレックスは心当たりがあった。

 

「そいつ、派手な色の服を着て、背が高くて痩せてる、気取った喋り方をする男じゃなかったか」

 

「そうだブヒィ。口調は丁寧だけど胡散臭くてゲスそうな奴だったブヒィ。知ってるのかブヒ?」

 

 その男は地獄の道化師という、魔神将の配下の魔物である。これまでも様々な魔物を支配下に置いて手駒にして、グランディーノへの侵攻やニーナの誘拐未遂などを行なって暗躍してきた敵だ。

 個としての強さはそこまで強力でもない――それでも並の魔物に比べれば遥かに強いが――が、地獄の道化師の厄介なところは、自身のコピーを作り出す分身能力や、変身能力といったいやらしい技能を所持している点だ。

 最近は姿を見せなくなったが、直接戦うのは不利と見たのか、その能力を活かして、また裏でコソコソと暗躍しているようだ。

 

「それで、おまえらはそいつに従ってるのか?」

 

 問題はそこだ。もしもそうであるなら、戦わなければならないと決意して、アレックスはそう訊ねた。

 しかしその質問に対して、オーク達は一斉に首を横に振った。

 

「なんで俺達があんな奴に従わなきゃいけないんだブヒィ」

 

「従う理由がないブヒ。俺達は自分より強い奴にしか従わないブヒィ」

 

「第一めんどくせぇブヒィ」

 

「何日か前に人間の街を襲いに行けとか言いに来たから、囲んでブン殴ってやったブヒィ。なかなか強かったけど、5人に勝てるわけないブヒィ」

 

「殴り倒して、ついでに顔面に向かって屁をこいてやったブヒィ」

 

 その時の事と、悶絶する地獄の道化師の姿を思い出してオーク達はゲラゲラと下品な笑い声を上げた。

 どうやら、彼らに人間を襲う意志は無いようで一安心といったところだ。

 

「それならおまえら、俺達と一緒に来る気はないか?」

 

 アレックスは、オーク達にそう提案した。

 このまま森に居座られるよりも、連れて帰って監視下に置いたほうが良いと判断した為だ。魔物ではあるが、既にニーナ親衛隊という名の魔物達が大勢仲間になっている為、問題はないと考えた。

 その提案に対して、オーク達は答えた。

 

「確かに悪くない話ブヒ」

 

「お前、美味いメシくれたし、あの胡散臭い奴よりはだいぶ話がわかる奴ブヒ」

 

「小さいけどよく鍛えてるし、俺達に囲まれてもビビらない勇敢なガキだブヒィ」

 

「しかし、さっきも言った通り、オークは自分より強い相手にしか従わないブヒ」

 

「だから俺達を仲間にしたいなら、力を示すがいいブヒィ」

 

 その言葉に対して、アレックスは力強く頷いた。

 

「わかった。勝負だ!」

 

 こうして、アレックスはオークに己の力を示す為、戦いを挑む事になった。



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第98話 激闘! アレックスVSオーク・ウォリアー!※

 5体のオークの中から1体が前に出て、アレックスと距離を取って向かい合った。

 

「いくぞ!」

 

「かかって来いブヒィ!」

 

 拳を握りしめて、まっすぐに突撃するアレックスを、オークはその場から動かずに迎え撃つ構えだ。

 

「ブヒィ!」

 

 アレックスが間合いに入った瞬間、オークは右の拳を振り下ろした。アレックスは小さな体を更に縮めて、オークの巨拳を掻い潜った。

 続けざまにオークは左の拳で攻撃するが、アレックスはこれも躱しながら、オークの手首にカウンターの肘鉄をくらわせた。

 

「ブヒッ……小さくて速いせいで狙いにくいブヒィ……」

 

 サイズの差がありすぎて、リーチの長さでは圧倒的に有利なオークではあったが、アレックスが小さな子供である事が有利に働く点もあった。

 巨大な肥満体の持ち主であるオークは、力こそ強いものの動きはあまり速くないし、小さくて素早く動き回る相手を正確に狙う事もできない。また、関節の可動域も小さく、死角が多い。

 アレックスは素早くオークの攻撃を回避しながら、敵が攻撃に使う手足の関節にカウンターを入れつつ、隙を伺った。

 

「巨大な敵を相手にする時は死角に入りつつ末端を狙うべし、ですわね! 流石アレックスさん、よくわかっていますわ!」

 

「お兄ちゃん、がんばれー!」

 

 カレンとニーナの応援を背に受けて、アレックスはオークを翻弄しながら戦闘を有利に進めていた。

 しかし、彼が行なっているのはあくまで手足への攻撃に過ぎず、決定的なダメージを与える事は出来ていない。体格や筋力の差を考えれば、一撃で戦況が引っくり返される事も十分にありえる為、油断はできない状況だ。

 

 しかし、そこでチャンスが訪れた。なかなか攻撃が当たらない事に焦ったオークが、雑な大振りで盛大に攻撃を空振ったのだ。

 

「もらった!」

 

 力強く大地を蹴って、アレックスが前方に素早く踏み込み、そして跳躍する。同時にその右拳に水属性の闘気(オーラ)を纏い、高らかに突き上げた。

 

「水竜天昇!」

 

 水属性の強力なジャンピングアッパーカットが、オークの鳩尾に突き刺さった。しかし、命中したその瞬間に、アレックスは「しまった」とでも言いたそうな表情を浮かべた。

 カウンターで会心の当たりが急所に命中したにも関わらず、なぜアレックスはそのような表情を浮かべたのか?それは……

 

(手応えが変だ……! 効いてない!)

 

 アレックスが右拳から感じたのは、柔らかく弾力のある、ゴムのような感触だった。それを感じた瞬間、アレックスは本能で理解した。

 オークの腹部に蓄えられたブ厚い脂肪と、その下に眠る強靭な筋肉が、衝撃を大幅に吸収している事を!

 

「ブヒィィィィィ!」

 

 そこに、オークの左拳が襲い掛かり、アレックスを吹き飛ばした。アレックスがカウンターで放った水竜天昇は敵に大したダメージを与える事は出来ず、逆に自らがカウンターを食らってしまうという、非常にまずい状況だ。

 

「お兄ちゃん!」

 

「アレックスさん!?」

 

 しかしアレックスは大きく後方へと吹き飛ばされながらも、空中でくるくると縦方向に三回転して、軽やかに地面に着地して、ファイティングポーズを取った。

 それを見て驚いたのは、戦いを見守っていた4体のオーク達だ。

 

「ブヒィッ!? あのガキ、オークの拳をくらってピンピンしてるブヒィ!?」

 

「確かに獣人はタフな種族ブヒ……しかしあんな小さいのに、なんというタフさブヒィ!?」

 

「馬鹿者、何を見ていたブヒ。あの少年は攻撃に逆らわず、あえてその流れに身を任せながら自ら後方に跳ぶ事で、ダメージを最小限に抑えたのだブヒィ」

 

「こいつ何者ブヒィ!?」

 

 しかし、いかに上手く受け流したとはいっても、受ける衝撃を完全に0にする事は出来なかったようで、戦闘不能になるほど深刻な物ではないものの、アレックスは小さくないダメージを受けていた。

 

「どうするんですの!? 何とか防御する事は出来たみたいですけど、アレックスさんの攻撃が効いていないですわ! まずいですわ!」

 

 悲観的になってそう叫ぶカレンだったが、隣にいるニーナは慌てる事なく、静かに兄の姿を見つめていた。

 

「だいじょうぶ。お兄ちゃんは負けない」

 

 その瞳にあるのは、彼に対する絶対の信頼だ。この状況でもニーナは、アレックスの勝利を微塵も疑ってはいなかった。

 それを見て、カレンも落ち着きを取り戻す。

 

「そうですわね! アレックスさん、がんばって下さいまし!」

 

「まかせろ」

 

 応援する二人の少女に向かって頷きながら、アレックスは思考を巡らせる。

 

(さて、どうする。打撃はあの肉のせいで効きにくい。なら……)

 

「波濤刃!」

 

 アレックスが、両手に水の刃を纏う。打撃が駄目なら斬撃でどうだと言わんばかりに、素早い踏み込みと共に両手で高速の連続手刀を放ち、オークを切り裂こうとする。

 これがゴブリンのような弱い魔物が相手なら、反応する事も出来ずに全身をズタズタに切り裂かれて絶命するだろう。しかし、このオークはそんな雑魚魔物(モンスター)とは格が違った。

 

「無駄だブヒィィィ!」

 

 オークが重心を低く落として、全身に力を込める。するとその体が一回り大きく、筋肉質な物へと変貌した。

 その結果、アレックスが放った左右それぞれ3連続、合計6連撃の手刀による攻撃は、オークの肌の表面を浅く切り裂くに留まった。

 自身の筋力を増幅させつつ、全身に力を込めて防御力や物理攻撃への耐性を一時的に大きく上昇させる技能(アビリティ)、『筋肉防御(マッスルガード)』によって、アレックスの攻撃は不発に終わった。

 

「まだだ!」

 

 防がれるのは想定済みだと言わんばかりに、アレックスはオークの頭を飛び越えるくらいに、高く跳躍し……

 

「昇竜脚!」

 

 オークの顎を、左脚で力強く蹴り上げる。そして直後に、

 

「竜爪脚!」

 

 オークの脳天に向かって、右足の踵を振り下ろした。

 体と違って、顎や頭頂部といった鍛える事が出来ない場所への二連撃だ。これならば、いくら体重や筋力があっても関係ない。そう考えての攻撃だったが、

 

「今のはちょっと痛かったブヒ……しかし、その程度で俺を倒す事は出来んブヒィィィィ!」

 

 脳天に振り下ろされたアレックスの足を、巨大な手で鷲掴みにしたオークは、彼の小さな体を振り回し、遠くに向かって放り投げた。

 

 確かにアレックスの狙いは悪くなかったが、オークの体には、人間とは決定的に異なる点が幾つかある。

 そのうちの一つが、骨だ。あの巨大で、非常に重い身体を支えるための骨……とりわけ中枢である脊椎や頸椎は、人間のそれと比べて非常に太く、頑丈な作りをしている。これは巨人族(ジャイアント)食人鬼(オーガ)といった、巨大な人型の種族にも共通する特徴だ。

 また、首そのものも非常に太い為、顎や頭部への攻撃による脳に対するダメージが、とても通りにくいのだった。

 オークは物理攻撃に対する耐性という点については、かなりの強度を誇るモンスターであった。

 

 投げ飛ばされたアレックスは、再び空中で体勢を整えて着地する。再びダメージを受けるが、その瞳に宿る闘志は少しも衰えていないようだ。

 

「まだやるブヒか? 次は手加減せず、地面に叩き付けるブヒよ」

 

 子供であり、オークの特徴を知らない初見の相手であった事から、オークは手加減をしていたようだ。

 しかし、まだ続けるつもりならば容赦をしないと言い放つ。

 

「あたりまえだ。俺はまだ、全てを出しきっていない!」

 

 その脅しにも臆せず、アレックスは言い放った。

 

「俺が今できる、最強の技を見せてやる!」

 

 そしてアレックスは、精神を集中させ、全身から蒼い闘気を放出させた。それと共に、ゆっくりとした動きで特徴的な構えを取り始めた。

 両脚を肩幅に開いてまっすぐに立ち、両腕を大きく上下に開き、開いた右掌を頭上へと向け、反対の左掌を足下へと向ける、その構えは……

 

「ブヒッ!? あ、あれは天羅地網の構え!」

 

「ブヒ!? お前、知ってるのブヒか!?」

 

「うむブヒ……あれこそは全部で八つ存在する、徒手空拳の奥義の型の一つ、天羅地網の構えブヒ! 高く真上へと掲げた掌は天空への、低く真下へと下ろした掌は大地への祈りを表し、大自然の氣を借り受け、己が身に取り込む事で闘気を最大限に増幅させる構えブヒィ! まさか、あの歳であれが出来るとは……末恐ろしい少年ブヒィ……」

 

 謎の物知りオークがそんな蘊蓄を披露する中、アレックスは天地に向けた両手を、ゆっくりと体の前へと持ってくる。

 取り込んだ大自然の氣と、自らの闘気を合一させ、放たれる奥義の名は……

 

「水竜破ぁーッ!!」

 

 まっすぐに前に突き出されたアレックスの両掌から、水属性の巨大な闘気が放たれた。それは(ドラゴン)の形をとって、オークへと襲い掛かった。

 

「ブヒッ……!?」

 

 あの攻撃はまずい、とオークは直感で理解した。

 物理攻撃と違い、オークは魔法や属性攻撃に対する耐性は高くない。いや、むしろ低いほうである。

 そして、あの攻撃はオークの強靭な肉体をもってしても、耐えられない可能性がある程に強力な物である。

 避けるべきだ。逃げるべきだ。本能がそう叫ぶ。

 しかし、あんな小さな、しかし勇敢な少年が全身全霊で放った奥義を……

 

「避けちまったら……男じゃねえブヒィィィィィィ!!」

 

 オークは覚悟を決めて、闘気を両手の拳に漲らせた。

 

「よく言ったブヒィ!」

 

「意地を見せろブヒィ!」

 

「根性で耐えきれブヒィ!」

 

「いっけええええブヒィィィ!」

 

 仲間の声援を背に受けて、オークは迫り来る水竜破に対して、逆に力強く一歩、踏み込んだ。

 

「ブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒブヒ、ブッヒィーッ!」

 

 見た目の印象から受ける鈍重さをまるで感じさせないほどの、闘気を纏った高速の拳打のラッシュを水の竜に向かって叩き込んだ。

 アレックスの水竜破とオークのラッシュが、ぶつかりあって拮抗する。

 しかし、その拮抗は永遠には続かず……やがて崩れる。

 

「おれは……負けない!」

 

 アレックスが全身全霊の力と意地を込めて、水竜破を押し込み……ラッシュを突き破って、遂にオークの体に直撃させた。

 

「ブ……ブヒィィィィィッ!」

 

 水竜破を受けたオークの体が後退する。倒されないように踏ん張るオークの両足が、20メートル以上も地面を削りながら、どんどん後ろに向かって押されていって……

 

「み、見事……ブヒィ……」

 

 がくん、と、その両足から力が抜け、崩れ落ちるように膝をついた。

 それを見届けて、アレックスはゆっくりと、右拳を天に向かって突き上げ、勝利宣言を行なった。

 しかし、直後にその小さな体から力が抜けて、アレックスは倒れそうになった。持てる力の全てを使い切って、もはや立っている事も適わない様子だ。

 

 倒れるのならば、せめて前のめりに倒れようとするアレックスであったが、その前に体が何者かによって持ち上げられた。

 そして直後に、何か柔らかい物によって抱きしめられる感覚がした。

 

「こら、アレックス。勝ったならば、ちゃんと最後まで立っていなさい。それが勝者の義務というものです」

 

「……ははうえ」

 

 いつの間に現れたのだろう。そこにいたのは、アレックスの養母である女神、アルティリアであった。

 

「しかし、本当によく頑張りましたね。流石は我が自慢の息子」

 

 そう言って、アルティリアはアレックスを優しく、愛おしそうに抱きしめるのだった。



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第99話 オーク達は思った事を隠せない

 今日もこの俺、アルティリアは領主との会談の為に、レンハイムの街にある領主官邸を訪れていた。一緒についてきた子供達は、いつものように領主の娘と一緒に遊ばせている。

 今回はいつもの領主やこの地域の有力者達との話し合いとは違って、遠くからお客様が来る事になっていた。俺が領主官邸を訪れると、既に客人は到着していたようだった。

 領主一家が自ら玄関先まで出て俺を出迎えてくれるのはいつもの事だが――わざわざそこまでしてくれなくても、と言ったのだが、女神様に対しては最大の礼を尽くしたいとの事だったので、好きにさせている――、今回は彼らの他に、もう一人の人物が出迎えに加わっていた。どうやら、彼がその客人のようだ。

 

「スチュアート=オリバーと申します。女神様にご拝謁する事が叶い、大変嬉しく思います」

 

 跪いてそう言ったのは、青い髪に翠色の瞳の若者だった。年齢は見たところ、線が細く、端正で中性的な顔立ちから十代の少年にも見えるが、後から聞いたところによると、実年齢は二十代半ばなのだとか。

 彼は、あの沈没船ダンジョンの奥で出会った幽霊……アルフレッド=オリバー伯爵の子孫にあたる人物だった。

 先日、沈没船探索および亡霊戦艦との戦いから戻った後、俺は領主にその時の出来事を報告し、オリバー伯爵から預かった秘宝『天空の翠玉』――かつて領主の御先祖様が、オリバー伯爵に贈った物だ――を返却した。

 それと同時に、沈没船から持ち帰った財宝の半分を彼に預け、公共事業の為に役立てるように頼んである。街道や港の整備、病院や公衆浴場の設立の他に、近い内に領内の子供なら誰でも通える学校を建てる予定になっている。

 

 さて、そんな訳で領主の元に、先祖がオリバー伯爵に贈った宝石が戻ってきたわけなのだが……領主はそれをそのまま受け取る事を良しとせず、当代のオリバー伯爵家当主であるスチュアートに対して手紙と共に、改めて天空の翠玉を贈ったのだった。

 ちなみに、手紙と翠玉を彼の元に送り届けたのは、帝国にも伝手のあるミュロンド商会のボス、ダグラス=ミュロンドであった。

 

 それに泡を食ったのが、スチュアートを筆頭とするオリバー家の物達だった。

 オリバー伯爵家はかつて、ローランド王国に行ってきた帰りに当主が船ごと海に沈んで亡くなった事で、大混乱に陥った過去を持つ。

 いや、オリバー伯爵家のみならず、当時は帝国全体が荒れに荒れた。ローランド王国の陰謀だ、ただちに王国との戦争を再開すべしと声高に叫ぶ者がいれば、逆に帝国内でオリバー伯爵を邪魔だと思う者が手を下したのではと言う者も出てくる始末。何が真実かも分からぬまま、人々は好き勝手に自分達の憶測を口にして、帝国は一時的に政治的混乱に陥った。

 そんな事があったので、オリバー伯爵家の者達はローランド王国に対して強い不信感を抱き、ケッヘル伯爵家との交友関係も、当主の死をもって断たれた。それと同時に帝国に対しても信頼が置けぬと、政治の中心部からも距離を置くようになっていったという。

 こうして、帝都から遠く離れた領地で細々とやっていたオリバー伯爵家だったのだが、そんな時にいきなり、仲の悪い隣国の貴族から手紙が届いた。何かと思って中を見てみれば、そこに書いてあったのは偉大な先祖の死の真相や、その遺言。そして霊になっていた彼が、どのような最期を迎えたかが記されていた。

 そして最後には領主……ケッヘル伯爵からの、このようなメッセージが添えられていた。

 

「かつて我が父祖がアルフレッド=オリバー伯爵に贈った、この天空の翠玉を、改めてオリバー伯爵家に贈ります。我らの父祖が願った、両家の変わらぬ友情を祈って」

 

 手紙を読んだスチュアートは、すぐに僅かな供回りを連れて王国へと旅立ち、こうして領主の住むレンハイムの街を訪れたのだった。

 そして直接、領主から詳しい話を聞いた事で、わだかまりは完全に解けたようだ。

 

 そんなわけで今日の会談は、帝国貴族のスチュアート=オリバー伯爵を交えての物になる。

 スチュアートはケッヘル伯爵領の統治システムや、この地方で花開きつつある文化――特に、食文化について大いに関心を寄せていた。そして、それを齎した俺という存在についても。

 

「必ずや我が領内にもアルティリア様の教えを広め、神殿を建立いたします。その際は是非とも、我が領地においでください」

 

 最後にスチュアートはそんな事を言ってくれやがった。

 やったねアルちゃん! 帝国にも信者が増えるよ!(白目)

 

 さて、俺達がそんな話し合いをしている最中に、子供達はこっそりと三人でお出かけした様子である。

 あの子達はバレていないと思っているだろうが、残念ながらエルフの耳は地獄耳。いくら物音をたてないように、こっそり出ていこうとも俺の耳には丸聞こえである。

 ついでに、うちの子達には護衛として水精霊(ウンディーネ)をつけているので、バレない筈がないのだった。

 

「子供達を迎えに行ってきます」

 

 そう言って、俺は領主官邸を出た。

 

「こちらHQ(ヘッドクオーター)、護衛担当水精霊、応答せよ」

 

 そう呼びかけると、すぐに返答があった。

 

「こちらスネーク。どうしましたかアルティリア様」

 

「子供達の様子はどうだ」

 

「はっ、お子様達は農村にて畑を荒らす魔物退治の依頼を受け、遂行しました。その後、原因を調査する為に森に入り、現在はアレックス様がその魔物の一体と交戦中です」

 

「その魔物の特徴は?」

 

「見た目は二足歩行する豚で、人語を話しますがブヒブヒとうるさいです」

 

 オーク……だと……!?

 オークはファンタジー物の作品では定番の、豚を人型にしたようなモンスターだが、ロストアルカディアシリーズには登場した事が無かったはずだ。勿論、LAOにも存在しなかった。

 それが何故こんな所に居て、アレックスがそれと戦っている……?

 

「見た目に反してそこそこ理性的なようですが、戦闘力はかなり高いようですね。アレックス様がやや押され気味です」

 

「わかった。すぐにそっちに行く」

 

 俺は水精霊から送られてきた位置情報を使って、そこを目標に転移(テレポート)の魔法を使った。

 そして転移した先で、俺が見た物は……天羅地網の構えから、水竜破を放つアレックスの姿だった。それが、一瞬だけ(キング)の姿と重なって見えた。

 

「……ああ。本当に、強くなったなぁ」

 

 子供の成長は早いものだと言うが、それにしても本当に、男の子というのは知らない内に強く、大きくなっていくものだ。

 勝ったものの最後まで立っていられなかったのだけは減点だが、そこ意外は本当によくやった。自慢の息子だ。

 

「ママ!」

 

「アルティリア様!」

 

 俺がアレックスを抱き上げると、ニーナとカレンが駆け寄ってきた。

 

「二人共、怪我は無いようですね。では、二人はアレックスを連れて先に帰りなさい。私は彼らと話があります」

 

「わかった!」

 

 ニーナは元気よく返事をしてツナマヨを呼びにいったが、カレンはおずおずと俺に話しかけてきた。

 

「わ、わかりました。あの、アルティリア様……わざわざ探しにきてくれて、申し訳ありませんわ」

 

「構いません。それよりも謝罪はむしろ、貴方のご両親にするといいでしょう。きっと心配していますよ」

 

「うぐっ……、はい……帰ったらお父様とお母様に、黙って出ていった事を謝ります」

 

「よろしい。まあ、きちんと謝れば、そうきつく叱られる事はないでしょう」

 

 こうして、子供達を先に帰した俺は、改めてオーク達に向き直った。

 オークは全部で5体。そのどれもが2メートルを超える巨体の持ち主だ。ぱっと見ではだらしのない肥満体質に見えるが、よく見るとよく鍛えられており、かつ柔軟性に富んだ肉弾戦に適した体だという事がわかる。

 

「さて……君達、少しいいかな」

 

 アレックスとのやり取りを見聞きした限り、理性があって話が通じる相手のようだったので、俺はオーク達と話をするべく、彼らに近付いたのだが……

 

「おっぱいブヒィ」

 

「……は?」

 

 突然オークの一体が、俺を指差してそう言った事で、俺は呆気に取られた。

 

「でっかいブヒィ」

 

「すごいでっかいブヒ」

 

「えっちブヒねぇ」

 

「魔界にいた淫魔(サキュバス)の姉ちゃん達よりデカいブヒィ」

 

「あいつら美人だけど、お高くとまってるし俺達の事を馬鹿にするから嫌いブヒィ」

 

「あんな奴らの事はどうでもいいブヒ。今は目の前のおっぱいに集中するブヒ」

 

「こいつ良い事言ったブヒィ」

 

 なんやこいつら。

 

「揉みたいブヒね」

 

「俺は吸いたいブヒ」

 

「俺は顔を埋めたいブヒ」

 

「僕はちんちんを挟んで気絶するまで延々と搾精していただきたいですねブヒ」

 

「こいつドMブヒィィィ!?」

 

 俺を見ながら好き勝手に語り合う豚共を前に、俺は進化した愛槍……『深海の三叉槍(トライデント・オブ・アビス)』を構えた。

 

「君達……少し、頭冷やそうか」

 

 魔力凝縮(コンセントレイト・マナ)! 魔力増幅(マジックブースト)! 水魔法最大化(マキシマイズ・ウォーターマジック)! 冷気の雨(フリージングレイン)オラァ!

 

 ……そして数分後。

 オーク達は身体に霜を付けた状態で、俺の前で土下座をしていた。

 

「すみませんでしたブヒ」

 

「つい本音がブヒ」

 

「思った事をつい口に出しちゃうだけで悪気はないんですブヒ」

 

 どうやらオーク達は良くも悪くも、自分に素直な奴らのようだ。

 さて……こいつらをどうするべきかと、俺は頭を悩ませるのだった。



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未来におけるオーク達に関する報告書※

 

 『魔物大全 第442項 【豚鬼の戦士(オーク・ウォリアー)】』

 

 種別:亜人型

 等級:C級(戦闘力B/危険度E)

 能力:筋力A 敏捷C 耐久A 技巧D 魔力E

 属性:土

 知能:人間並 言語・文字による意思疎通が可能

 性質:「陽気」「友好的」「正直」「武人気質」

 

 概要:

 豚鬼の戦士は、ローランド王国北部にて発見された魔物である(※1)

 元々はこの世界とは異なる世界(本人達曰く、魔界という悪魔(デーモン)が支配する世界)に住んでいたが、とある魔物(※2)によって魔界からこの世界に連れて来られた。

 転移後はレンハイム近郊の森で暮らしていたが、その際に現地の魔物達を森から追い出してしまった為、逃げ出した魔物が近辺の村を襲った事で森に調査に入った冒険者(※3)によって発見された。

 5体居た豚鬼の戦士の1体が件の冒険者と決闘を行ない、冒険者が勝利した事で人間と交流する事を決めた彼らは、その後女神アルティリア様(※4)と出会い、彼女の導きによって現地の人々と深く交わっていく事になる。

 後の魔神将勢力との戦いでも、人間側に立って戦い、活躍した。

 

 その後は森を開拓して集落を作り、周辺の街や村の人間達と協力して危険な魔物を駆逐し、またその巨体と怪力を活かして未開拓地の開拓や農地の開墾、街道の整備、神殿や橋などの巨大建造物の建築といった様々な事業に従事し、活躍した。

 

 彼らの性格としては、陽気で大らか、細かい事は気にしない大雑把な性格である。

 人間に対して友好的ではあるが、本質的には戦闘民族である。戦い、特に己の肉体のみを頼りにした肉弾戦を好み、またお祭り好きで目立ちたがり屋である為、その欲求を満たしつつ人間との友好を深めるため、彼らは自分達の戦いを試合形式の興行として度々、人間達に披露している。

 『スモウ』『ボクシング』『プロレス』『ラグビー』等、様々な形式で試合を行なっており、その興行収入によって彼らは地域の発展に大いに貢献している(※5)。

 特に彼らの巨体が狭い土俵の上でド派手にぶつかり合う豚鬼大相撲(オーク・スモウレスリング)は定期的に開催されるレンハイム地方の名物となっており、開催時期になると多くの観客が彼の地を訪れている。

 

 戦闘能力:

 筋力・耐久共に非常に高く、接近戦が非常に得意。また鈍重そうな見た目に反して、素早さも決して低くはない。

 その反面、あまり器用なほうではなく、また魔法が苦手であり魔法への抵抗力も低い。

 武器は素手での格闘や、大型武器を得意とする。また、闘気を操っての自己強化も使用可能。

 友好的な相手ではあるが強者との力比べを好むため、彼らに力を認められれば戦う機会があるかもしれない。その際は強烈な一撃や、体格・重量差を活かした拘束に対して注意を払う必要があるだろう。

 物理攻撃(特に打撃)と土属性・雷属性に対する耐性が高いので注意。

 魔法や風属性での攻撃が有効に働くだろう。

 

 注意事項:

 基本的に人間に対して友好的である為、何もしなければ敵対する事はないだろう。

 人間に対するのと同じように接すれば問題はない。

 ただし注意するべき点として、彼らは卑劣な振る舞いや嘘を嫌い、戦士としての誇りを大切にしている。

 よって、彼ら自身や彼らが大切に思う存在を侮辱するような真似をした場合は、命の保証はできない。十分に気をつけるように。

 

 ※1:一般的には亜人の一種として定着しているが、生物学的には魔物である

 

 ※2:本書第433項 【地獄の道化師】参照

 

 ※3:後に冒険王と呼ばれる例のS級冒険者。当時は8歳の少年だった。

 

 ※4:言わずと知れた、この大陸全土で広く信仰されている主神である。地上に住むオーク達もアルティリア様の信者であり、ゆえに我らの同胞である事は疑いようが無い。

 

 ※5:これらの競技はアルティリア様によって、彼らに伝えられた。



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第100話 わがまま女神様

 オーク達との出会いから一週間が経った。あれからオーク達は彼らが住んでいた森に村を作って、人間達と共存する為に動き始めている。

 俺は彼らに建築や木工、農業、料理などの知識・技術を伝え、彼らが文明的な生活を手に入れるのを手助けした。また、領主以下レンハイムの街の住人達も、彼らに協力する事を約束してくれたので心配はいらないだろう。

 俺も、向こうに行った時には顔を出して様子を見に行ってみようと思う。

 

 さて、そんなわけで早急に片付けるべき仕事も無く、暇になったので、俺はかねてより予定していた王都観光……もとい訪問を実行する事にした。

 

「そろそろ王都に出向こうと思います。完成したあちらの神殿も見に行きたいですしね」

 

 海神騎士団の面々に対してそう宣言した。

 

「かしこまりました。我らもお供いたします」

 

 ロイドが当然のようにそう言うと、続けてクリストフが進言する。

 

「丁度、領主様も国王陛下に呼び出されているとの事。そのタイミングで一緒に行くのがよろしいかと」

 

「よろしい。では各々、王都行きの準備をしておくように」

 

「「「「「ははっ!」」」」」

 

 そんなわけで出発の前夜、夕食を済ませた後に、

 

「アレックス、ニーナ。お母さん明日から王都に行って来るけど一緒に来るかい?」

 

 と、ショッピングモールに買い物に行くようなノリで子供達も一緒に誘ってみた。

 

「もちろん行くぞ」

 

「ニーナも行く!」

 

 子供達も即決で一緒に来ると言ってくれたので、二人も連れていく事になった。

 

「よし。じゃあ準備をするように。明日の朝に出発するよ」

 

 『神殿への帰還』を使えば、王都の神殿まで一瞬で転移する事は可能なのだが、それで移動できるのは俺一人である事、初めて行く場所なので折角だから最初は自分の足で訪れてみたい事、いきなり俺が転移したら向こうの人達が驚くであろう事などから、今回は陸路で王都に向かう予定だ。

 

 そして次の日、神殿の前には四頭立ての立派な馬車が停車していた。馬車を引く馬は、どれも選りすぐりの駿馬である。

 馬車も俺がもたらした新技術によって設計された最新型の高級馬車であり、領主をはじめとする近隣の貴族や大商人に対して販売され、好評を博している。

 ちなみに装飾が取り払われ、小型で実用性重視の廉価版は、交易商人の行商用や、この地方の街を行き交う定期運行馬車として重宝されている。

 今回用意されたのは、そんな新型馬車の中でも最高グレードの物だ。

 

「馬車をご用意いたしました。どうぞお乗りください」

 

 ロイドがそう言って、馬車の扉を開けようとする。

 

「ええ。なかなか良い馬車です」

 

 俺は鷹揚に頷いて、そのまま御者台に飛び乗った。

 おっと、ロイドがぎょっとした顔で俺を凝視しておる。

 

「あ、アルティリア様……なぜ御者台に……?」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

「「………………」」

 

 沈黙がその場を支配したが、このままでは話が進まないので、

 

「私が運転したほうが早いでしょう?」

 

「アルティリア様、運転ならば私がやりますので馬車の方へ……」

 

 俺とロイドがほぼ同時に口を開き、それぞれ発言した。

 ちなみに俺は操船ほどじゃあないが、馬への騎乗や馬車の操縦も結構得意である。俺の華麗なドラテクを騎士団の皆や子供達に見せてやりたい気持ちもあるし、俺が馬車を運転したい理由はそれだけではない。

 

「いいですかロイド。ここから王都までは、それなりに長い道のりになるでしょう」

 

「はっ、その通りです。ですのでその間、アルティリア様にはできるだけ快適に過ごしていただきたく……」

 

「貴方の気持ちは有り難く受け取りましょう。ですが旅の途中で不測の事態に陥った時に、リーダーである私は周囲の状況を確認しやすく、すぐに動ける所に居るべきです」

 

「な、なるほど……それは確かにその通りかもしれません……」

 

「そして何よりも……」

 

「ま、まだ何か重要な理由が……?」

 

「初めての場所に行く時は、自分の力で行きたいじゃないですか。旅の間、馬車の中で座ったままというのも退屈ですしね」

 

 俺は自分で出来る事は自分でやりたいのだ。後部座席にふんぞり返ってくつろぐより、自分でハンドルを握ってアクセルをベタ踏みしたい派である。

 

「そのお気持ちはわかります。わかりますがご自身の立場という物をお考え下さい。女神様に自ら御者をさせたなどとあっては、我らが天下に恥を晒す事になります」

 

 ……まあ、言われて冷静に考えてみればそりゃそうだ。

 例えば国のトップである国王に置き換えてみれば、王様が自ら御者を努めたりなんかしていたら、それを見た者はどう思うだろうか。

 お前の国は御者を雇う金も無いの? つーか王様は余計な事で体力使ってんじゃねーよ、それお前の仕事じゃないだろ。馬鹿なの? 死ぬの? そもそも家臣は何やってんだよ止めろよカス共……と、恐らくそんな感想を抱くのではないだろうか。

 

 俺はそっと御者台から降りて、ロイドに頭を下げた。

 

「少し舞い上がっていたようです。ごめんなさい」

 

 俺が謝罪すると、ロイドは慌てて俺よりも更に低く頭を下げた。

 

「いえ、私のほうこそアルティリア様のご希望を叶えられず、大変申し訳なく……」

 

「いやいや私のほうこそ……」

 

 お互いに頭を下げ続ける謎の光景が繰り広げられた。このまま戦型は相土下座に移行するかと思われた時だった。

 

「ははうえ、ロイドを困らせたらいけない」

 

「ママ、めっ」

 

「はい、すいませんでした……」

 

 子供達に叱られたので、俺はしょんぼりしながら大人しく馬車の中に入るのだった。

 俺に続いてアレックスとニーナも乗り込み、席についた。ロイドが御者台に座り、馬車を出発させる。

 

「ロイド、街を出る前に交易所に寄りましょう」

 

 俺はロイドにそう指示を出した。ロイドはすぐに俺の意図を汲み取ってくれたようで、

 

「かしこまりました。」

 

 と返事をして、馬車を交易所に向かって走らせた。

 

「ははうえ、なんで交易所に向かうんだ?」

 

 向かい側に座るアレックスが、興味深そうな目で俺にそう質問してきた。

 

「せっかく遠出するのだから、交易をしようと思ってね。二人は交易がどういう物かは分かるかな?」

 

 俺が問題を出すと、二人はそれぞれ答えを出す。

 

「物を買って、それを別のところに運んで売るやつ」

 

「安く買って高く売るの」

 

 俺は二人の回答に頷いて、補足をする。

 

「そうだね。ではどうして遠くに運ぶと高く売る事が出来るのか。それは、それぞれの街で手に入れやすい物、手に入れにくい物が違うからなんだ。例えばグランディーノのような港町では、海の幸……魚や貝類は手に入れやすいけど、内陸にある王都では、それらは遠くから運ばなければ手に入らないんだ」

 

 俺の説明に二人は納得がいったようで、しきりに頷いている。

 

「他にも鉱山が近くにある町なら、鉱石や金属類が手に入りやすいだろう。穀倉地帯の街ならば、麦や野菜が他よりも安く買えそうだね。そういった各地域の特色の他にも、それぞれの街にある名物・名産品といった物を買う事ができれば、それを遠くに運ぶ事で大きな利益を得られるだろう」

 

 LAO時代、俺は交易をかなりやり込んでいた。俺が所属していたギルド『OceanRoad』は海洋ギルドであり、全員が高性能な大型船を所持していた事もあって、船での交易が主ではあったが……馬車を使っての陸路での交易にも、それなりの心得はある。

 以前より、我がギルドは週に一度は全員で集まって船団を組織し、限界まで交易品を積み込んだ船で大洋を渡り、大陸間貿易で莫大な利益を上げていた。

 比較的小規模で海洋民だらけの俺達が、他の戦闘民族だらけの大手ギルドと互角に渡り合えていたのは、そうした活動によって得た財力によるところが大きい。

 

 ちなみに名産品は、その地域で交易を繰り返し、地域の信頼度を稼ぎつつ交易スキルのレベルを一定以上まで上げる事で、新たに買えるようになる物だ。遠くの街に運んだ時の距離ボーナスが一般の交易品よりも高く設定されており、金策や交易スキル上げに便利だった。

 

「というわけで二人共、騎士団の皆と一緒に、何を王都に運んで売ったら利益が出るか考えながら買ってみようか」

 

 折角の馬車で遠出する機会なので、子供達や騎士団員の教育にも活用していこうという魂胆だ。

 金策の手段が大いに越したことはないし、いざという時にお金を多く持っていれば助かる事も多いからね。そして何より経済や流通について勉強する事は、将来の彼らにとっても役に立つだろう。



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第101話 家宝にするな。普通に使え

 交易所は馬車持ちの交易商人がよく利用する事もあって、駐車用の広いスペースが確保されているが、それでも俺達が5台(俺の乗る馬車の他に、騎士団員達が乗る馬車が4台だ)で乗り込んだ事で、多少の混雑が発生したのは正直すまないと思っている。

 

「やっぱり缶詰がいいか?」

 

 グランディーノで生産されているツナ缶やサバ缶のセットを手に、アレックスが呟いた。そこに、同じように品物を物色していた交易商人が声をかけてきた。

 

「おや坊ちゃん、交易は初めてかい? 確かに食料品……特に保存食の類は相場が大きく変動する事が少なく、安定して利益を出しやすいからな。悪くないと思うぜ。しかし逆に言えば、大きく稼いで一山当てるのには向いてないけどな」

 

 あっ、あれはチュートリアルおじさん!? プレイヤーが初めて挑戦するコンテンツの冒頭で、突然出てきて説明をしてくれるシリーズお馴染みのチュートリアルおじさんじゃないか! こっちにも居たのか!

 アレックスは、その男……チュートリアルおじさんに詳しい話を聞く事にしたようだ。ニーナや騎士団員達も耳をそばだてている。

 

「なるほど。詳しく聞かせてほしい」

 

「ああ、いいぜ。さっきも言ったが食料品や雑貨、衣類といった日用品は相場が大きく変動しにくく、安定した稼ぎが見込めるだろう。逆に場所によって相場が大きく変わるのは、武器や防具、銃器や火薬なんかだな。強力な魔物が出現する場所の近くや、隣国の帝国と緊張状態にある国境沿いの街なんかでは需要が多く、高く売れるぜ。また、工芸品や美術品、生地や高級衣装なんかは流行の影響を受けて、相場が大きく変動する事がある。下手をすれば赤字になるが、大きく儲けられる可能性もある。ハイリスク・ハイリターンな物品と言えるだろう」

 

 一同はチュートリアルおじさんの説明を聞きながら、要所要所を手元のメモに書き記していった。そして彼にお礼を言って、交易品の購入を行なった。

 ついでに俺も、ある品物を購入しておいた。

 

「何を買った?」

 

 俺は馬車に戻ってきた子供達に問いかけた。

 

「缶詰と塩」

 

 アレックスはド安定のチョイスだな。どちらもグランディーノでは安価に手に入るし、海産物の保存食品と塩は、内陸では重宝するだろう。

 

「かみー」

 

 ニーナが買ったのは神……ではなく、紙だ。グランディーノで作られている紙は品質が高く、俺も愛用している。

 俺は普段、信者向けに様々な技術書を書いて書店に卸しているので、紙はよく使うのだ。俺の書いた本はどれも、何度も重版がかけられているベストセラーではあるが、中でも一番よく売れているのは四則演算や図形の面積・体積の求め方について解説した、算数の教科書的なやつだな。

 この国では数学は貴族などの高等教育を受けられる者や、商人以外にとってはあまり縁が無い物のようだが、やはり簡単な計算くらいは出来ないと色々と不便なので、本を書いて勉強を推奨したらバカ売れした。

 信者達からの反応も、計算を覚えた事で悪どい商人に作物や魚を売る時に不当に買い叩かれる事が無くなった、帳簿を付けて収支の管理ができるようになって、家計が楽になった等と喜びの声が上がっている。

 

「ママは何買ったの?」

 

 ニーナが首を傾げながらそう訊ねてきた。その答えは……

 

「これだよ」

 

 俺が袋から取り出して見せたのは、毛糸の玉だった。色とりどりの毛糸の塊を大量に購入しておいたのだ。

 

「折角だから、道中で編み物でもしようと思ってね」

 

 俺は裁縫スキルもかなり高いので、編み物だってお手の物である。今は季節が冬だし、温暖な気候のグランディーノよりも、南のほうにある王都は結構寒いと聞く。

 ロイドが馬車を走らせている間、手持ち無沙汰になるので編み物をして暇を潰しつつ、向こうで着用するための防寒具を用意しようという魂胆であった。

 

 俺は馬車の中で、編み棒を巧みに操って毛糸を編んでいき……

 

「よし、出来た。二人にこれをあげましょう」

 

 アレックスには青と黒の、ニーナにはピンクと白の毛糸で編んだマフラーを手渡した。

 向こうで寒かったら首に巻くようにと言おうとしたが、二人が目を輝かせて早速マフラーを首に巻き始めたので、そのまま好きにさせる事にする。

 それと、ついでにロイドの分も編んでおいたので、御者台にいるロイドに向かって声をかけつつ手渡しておく。

 

「ロイド、貴方の分です。御者台は中より冷えるでしょうし、寒いと感じたら使いなさい」

 

「はっ、有難き幸せ! 家宝にいたします!」

 

 いや普通に使えや。確かに俺のスキル値による補正とか、中に仕込んだミスリル糸のおかげで防具としてもなかなか高水準な一品に仕上がってはいるが、言ってしまえば所詮はただのマフラーだからな。そんな大層な物ではない。

 

 それから、俺達一行はグランディーノから南西に進み、2時間程度でレンハイムの街へと辿り着いた。

 さっそく領主官邸へと向かい、領主と合流した俺は、彼にも手編みのマフラーを手渡しておいた。

 

「当家の家宝といたします」

 

 領主よお前もか……。

 後に騎士団の全員にも同じようにマフラーを手渡した時も、全員が同じような反応をしてきたのは一体何なのだろうか。

 ともあれ、領主と合流した俺達は、そのまま彼が乗る馬車と護衛の騎兵隊を伴って、南へと向かうのだった。

 

「今日の目的地は……イルスターの街か」

 

 地図を見ながら呟く。道中で小さな町を幾つか通過し、小休止や補給を挟みながらではあるが、今日はレンハイムからずっと南にあるその街まで進み、そこで一泊する予定だ。

 グランディーノやレンハイムに比べると規模は小さいが、それなりに大きくて賑わっている街だと聞く。イルスター周辺地域の特産品は葡萄と、それによって作られるワインだ。ローランド王国でも有数のワインの名産地として名が知られている。

 俺もこっちに来てから、イルスター産のワインを飲んだ事は何度かあるが、確かに言うだけあって悪くない味であった。

 領主はゴドリック子爵。内政手腕に優れた人物ではあるが、本人がかなりお年を召しており、後継ぎの息子を早くに亡くしている為、後継者が居ない事が気掛かりである。

 そんなゴドリック子爵領・イルスターの街にて、俺達はちょっとしたトラブルに巻き込まれるのだった。



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第102話 いや、誰だよそいつは

 道中の馬車内で、子供達と騎士団員の全員分のマフラーや手袋を作り終えた俺は、余った毛糸で編みぐるみを編んでいた。

 

「出来たぞー」

 

 俺は完成したばかりの、全長およそ20cmの兎先輩を模した編みぐるみをニーナに差し出した。我ながら、なかなかの完成度である。

 

(ひかり)あれ」

 

 完成した瞬間、手元の兎先輩が七色に光りながらそんな声を発したが、気のせいだという事にする。ニーナが嬉しそうに抱いている兎先輩から目を逸らしつつ、俺は馬車のカーテンを開けた。すると、山の向こうに沈んでゆく夕日が見えた。

 

「アルティリア様、まもなくイルスターの街に到着いたします」

 

 ロイドがそう声をかけてくる。どうやら、目的地が近いようだ。彼も長い事馬車を運転して疲れただろうし、今日はゆっくり休んでほしい。

 そして、ロイドがその言葉を発してから十分も経たずに、馬車が停車する。どうやら街の入口に到着したようだ。

 

「海神騎士団の方ですね? 話は聞いております。イルスターへようこそ。どうぞお通り下さい」

 

「ご苦労様です。馬車はどちらに停めれば?」

 

「すぐ近くに停留所がございます。私が案内しましょう」

 

 それから、馬車はゆっくりとした速度で街の中へと入り、入口からすぐ近くにあった停留所で止まった。

 

「アルティリア様、到着いたしました」

 

 ロイドが馬車の扉を開ける。俺は座りっぱなしで固くなった体を立ち上がって伸ばし、子供達を伴って馬車から出て、自らの足でイルスターの街へと降り立った。

 

「人が集まっていますね」

 

「アルティリア様の御姿を一目でも見ようと、住民達が集まっているようです」

 

 なるほど。じゃあ少しくらいはファンサービスでもしておくかと微笑を浮かべて軽く手を振ってみると、彼らは平伏した。いや誰もそこまでしろとは言ってないんだが……。

 しかしグランディーノに来たばかりの時も、最初は皆こんな反応だったなぁと少々懐かしくはある。俺が初めてグランディーノで人々の前に姿を現してから、もう半年以上も経っている。月日が経つのは早いものだ。

 

 それから俺達は、街で一番高級な宿屋へと案内された。俺が泊まる部屋は最上階のスイートルームで、子供達も俺と同じ部屋に泊まる。

 案内された部屋には、俺と子供達が一緒に寝てもまだ余裕がありそうな、キングサイズのベッドが置かれていた。

 その他の家具も、なかなか豪華な物が揃っているが……俺の目から見れば悪くはないが、品質的にちょっと物足りないところがある。

 

「確かに装飾は豪華だが、肝心の造りが少々甘いな……」

 

 まあ一般人からすれば十分以上にしっかり造られているとは思うが、俺の評価では甘めに採点してもせいぜい60点といったところである。造船をやってる関係で木工に関してはガチ勢なので、見る目が厳しくなるのは仕方がない。

 しかし、こっちの世界に来てからはレンハイムの領主官邸に泊まる事は時々あったが、宿に泊まるのは初めてなので少々ワクワクしている俺が居るのだった。

 

「二人共、お腹は空いてないかな?」

 

 子供達にそう訊ねると、空腹だという返事が返ってきたので、食事に行く事にする。ホテルの中にレストランがあるようなので、俺達はそこに行く事にした。

 

「その前に着替えようか」

 

 長距離の旅をするために動きやすい服装――俺は膝丈くらいまでのワンピースの上に水精霊王の羽衣を羽織っており、アレックスとニーナは獣耳型のフード付きパーカーと革ズボンを着ている――をしていたが、高級ホテルに行くとなれば、それなりのフォーマルな服装をする必要がある。

 俺はこっちに来る前から持っていた、青いカクテルドレスを。アレックスとニーナには、それぞれ子供用のタキシードと薄いピンク色のドレスを着せた。

 テーブルマナーに関しても、二人に基本的な事は教えてあるので問題はない筈だ。

 さて……ここのレストランの味はどんなものか、お手並み拝見といこうじゃないか。

 俺は二人を伴い、部屋を出ようとするのだが、その直前に……

 

「アルティリア様、失礼いたします。たった今、この街の領主より使いの者が来まして、ぜひアルティリア様と伯爵をご招待したいと申し上げているのですが……いかがいたしますか?」

 

 ノックと共に、ロイドがそんな事を言ってきた。

 実にタイミングが悪い……が、立場上、無視する訳にもいかんよなぁ。

 俺は溜め息をひとつ吐いて、ロイドに返事をする。

 

「わかりました、会いましょう。ロイド、貴方も同行するように。それとクリストフに、子供達をレストランに連れて行くように伝えなさい」

 

「かしこまりました」

 

「……というわけで、すまないが私はやる事ができたから、一緒に行けなくなった。一緒に食事に行くのは、また今度な」

 

 俺は子供達にそう謝ったのだが、

 

「ははうえといっしょに飯食うのは、いつもやってるから別にいい」

 

 などと息子が可愛くない事をぬかしおる。

 

「こやつめ、ハハハ」

 

 なので抱き上げて、顔をおっぱいに押し当てて抱き締めながらわしゃわしゃと頭を撫でてやった。

 

「ママ、いってらっしゃい。はやくかえってきてね?」

 

 ニーナは俺を見上げながら素直にそう言ってきたので、任せろと返事をして髪を優しく撫でた。

 

 それから俺はケッヘル伯爵とロイド、それからこの街の領主であるゴドリック子爵の部下の男性2名を伴って、領主官邸へと向かった。

 レストランに行く為にドレスに着替えたのは、ある意味丁度良かったかもしれないな。この服装なら貴族の館に招待されるのに不足は無いだろう。

 

 宿の前には馬車が手配されており、それに乗って領主の館に行く事になった。ドレス姿だと目立つし、ヒール付きの靴は歩きにくいので馬車を用意してくれるのは正直助かる。

 

 十分弱くらいの間、馬車に揺られていると、やがて領主の館に到着したようで、馬車から降りた俺達は中に通され、応接間へと案内された。

 そこで数分ほど待っていると、やがて一人の人物が部屋に入ってきた。

 入ってきたのは、一人の年老いた男だった。背はそこそこ高いが、年齢のせいか痩せ細っており、腰が少し曲がっていて杖をついているせいか、長身というよりもむしろ一見、小柄に見える。それでも目つきは鋭く、弱々しい印象は受けなかった。

 

「この地の領主、エーギル=ゴドリックと申します。女神アルティリア様、お目にかかる事ができ、光栄でございます。それからケッヘル伯爵も、ご無沙汰しております。本来ならば私から挨拶に参り、跪いて祈りを捧げるところですが……生憎、数年前より脚を悪くしておりましてな……。どうか、ご容赦願いたく」

 

 そう言って頭を下げるゴドリック子爵に対して、俺と伯爵もそれぞれ挨拶を返した。

 顔を上げたゴドリック子爵は俺の、続いて伯爵の顔を見て、最後にロイドを見て……その動きが止まった。そして、まるでそこにあってはならない物を見たような、驚愕に満ちた表情を浮かべるのだった。

 

「なっ……! き、貴様は……っ!?」

 

 そして次の瞬間には、ロイドを指差して怒りに染まった顔でゴドリック子爵は、

 

「おのれジョシュア=ランチェスター! 化けて出おったかぁ!?」

 

 と、謎の人物の名を叫んだのだった。



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第103話 ジョシュア=ランチェスター

 突然、ロイドをジョシュア=ランチェスターという謎の人物の名で呼びながら詰め寄ったゴドリック子爵を止めたのは、彼の後ろに控えていた執事だった。

 

「お止めください旦那様! この方はジョシュア様ではございません! あの方はとうにお亡くなりになっております!」

 

「黙れ! ではこやつは何じゃ!? 生前のあの男に瓜二つではないか!」

 

「そ、それは確かによく似ておりますが……しかし別人に決まっております! 落ち着いて下さいませ!」

 

 執事が主を羽交い絞めにして必死に止めようとしているが、ゴドリック子爵は完全に冷静さを失っているようで、拘束を振りほどこうと暴れている。

 どうやら、彼らが知るジョシュアという男は故人であり、ロイドにそっくりな見た目の男らしいのだが、果たしてその人物の正体は何だろうな?

 まあ俺の勘では、恐らくその男はロイドの……

 

「ええい離さんか! おのれジョシュアめ、覚悟せよ!」

 

 どこにそんな力があったのか、ゴドリック子爵はついに執事を振りほどき、ロイドに向かって駆け寄り、拳を振るった。

 その、顔面に向かって突き出された拳は……ロイドの掌によって受け止められていた。

 

「ぐっ……き、貴様……!」

 

 ゴドリック子爵はロイドを睨みつけるが、ロイドはその視線を正面から受け止めながら、口を開いた。

 

「改めて名乗らせていただきます。海神騎士団団長、神殿騎士ロイド=アストレアと申します。そして……元王国貴族、ジョシュア=ランチェスターの息子です」

 

 ロイドの名乗りに、ゴドリック子爵とその執事、それからケッヘル伯爵までもが驚きに目を見開いていた。

 

「なっ……あやつの息子……だと……!? うぐっ……!」

 

 わなわなと震えるゴドリック子爵だったが、彼は突然うずくまって、苦しげな表情で胸を押さえた。

 

「ああっ、旦那様、しっかり!」

 

 執事が駆け寄って彼の身体を支える。

 

「病か?」

 

「はっ、はい……旦那様は近年、時おり胸の痛みや呼吸困難を訴えるようになり……」

 

 執事に対して問うと、彼は頷いてそう答えた。

 

「わかりました。私に任せなさい」

 

 俺はゴドリック子爵に近付き、『病気治療(キュア・ディズィーズ)』と『上位治療(グレーター・ヒール)』、それから『睡眠(スリープ)』の魔法を使用した。

 するとゴドリック子爵は先程までとはうってかわって、安らかな表情で眠りについた。

 

「うむ。ひとまずはこれで良いでしょう」

 

「おおっ……! ありがとうございます! 何とお礼を申し上げてよいか……」

 

「構いません、この程度は造作もない事です。それよりも彼を寝室に運んでさしあげなさい」

 

「ははぁっ!」

 

 執事と他の使用人達が子爵を寝室へと運び、そして数分後に戻ってきた。そして執事は、戻ってくるなり床に頭をこすりつけて土下座をした。

 

「旦那様をお救いくださり、感謝の言葉もございませぬ。そしてお招きしておきながら大変なご無礼を働き、大変申し訳ございませんでした! しかしながら旦那様は病床の身です故、何卒寛大なご処置を! ここはどうか私の首でご容赦を願いまする!」

 

 まあ確かに、何か複雑な事情があったにせよ、招いた客の従者を罵倒して暴力を振るおうとしたのは、ブッ殺されても文句を言えないレベルの無礼ではあったが……

 

「主の為に自らの首を躊躇わずに差し出す、貴方のその忠義に免じて許します。伯爵、ロイド、貴方達はどうか」

 

「はっ……貴族としての立場で申せば何らかの処分は必要と思いますが、アルティリア様がそうおっしゃるのであれば、できるだけ寛大な処置を致そうかと」

 

「私も異論はありません。しかし、我が父との因縁については、話を聞かせていただきたく思います」

 

 確かに、ロイドの父親であるジョシュアという男を、何故あれほど憎んでいるのかは俺も気になっていたところだ。

 

「事情を話してくれますか? ゴドリック子爵と、ロイドの父の関係について」

 

「かしこまりました……では、私の口からお話しいたします……」

 

 執事は、ジョシュアについてぽつりぽつりと語り始めた。

 

 ジョシュア=ランチェスターは、かつてこのローランド王国で伯爵の地位にあった男だった。

 容姿は今のロイドによく似た、長身で精悍な男前。武芸に秀でており、若くして戦場で武功を立てるなど、将来を嘱望されていたそうだ。

 しかし彼は、今から20年くらい前……ロイドが6歳の時に、罪に問われて失脚。ランチェスター伯爵家は没落し、ジョシュアはそのまま処刑台に送られた。

 

「ふむ……彼が犯した罪とは?」

 

「アクロニア帝国への内通や、かの国への資金の横流しと聞いております」

 

 まあ、貴族が一発で死刑になるような罪といったら、そこらへんの敵国への内通や、国家に対する謀反レベルの重罪だよな……。

 ちなみに罪が露見し、拘束される少し前に、ロイドは母親や弟妹と共に逃がされたらしい。

 彼がなぜ、そのような犯罪に手を染めたのかは執事も知らなかった。ロイドは当時まだ6歳で、父親の陰謀など知るよしもなかっただろうし……

 

「伯爵は何か知っていますか?」

 

「私も存じ上げませんな……。彼が処刑された当時は、私もまだ8歳の子供でございましたし、当家は国王派、ランチェスター伯爵家は貴族派ということで、家同士の付き合いもほぼ皆無でしたので……」

 

 ふむ……まあジョシュアがどういう立場の人間だったかは把握した。では次に、一番気になっていた事を聞こうか。

 

「では、いよいよ本題……ゴドリック子爵とジョシュア=ランチェスターの関係について聞きましょうか。あの憎みようは尋常ではありませんでした。いったい何があったのですか?」

 

 俺の質問に、執事は目を伏せて逡巡する。どうやらかなり言いにくい事情があるようだが、ここに至っては言わぬ訳にもいかぬと決意を固め、顔を上げて口を開いた。

 

「では、お話しいたします……。ジョシュア殿は、旦那様にとっては娘婿にあたる方でございました。かつて帝国との紛争にて、ジョシュア殿が縦横無尽に軍勢を巧みに操り、自らも陣頭で勇猛果敢に戦う勇姿を近くで目にした旦那様は、ジョシュア殿を大層見込まれ、一人娘であるエレナ様を嫁がせたのでございます……」

 

 執事の言葉を聞き、ロイドが思わず椅子から立ち上がった。

 

「ま、待ってくれ! ではあの方、ゴドリック子爵は……」

 

「はい……。ロイド様、旦那様は貴方様の、母方の祖父にあたります。そしてロイド様、貴方様も過去に一度だけ、この館を訪れた事があるのですよ……。ジョシュア殿が処刑された少し後に、お嬢様……エレナ様と共に」

 

 ジョシュアが処刑された後、ロイドの母親は子供達を連れて、実家を頼ってきたそうなのだが……

 

「しかし、それを受け入れる事は出来ませんでした……。大罪を犯したジョシュア殿の妻子である皆様を匿えば、当家にも累が及ぶ可能性が高く、最悪の場合はゴドリック子爵家までもが取り潰される恐れも……。どうにか、王国の目が届きにくい辺境へと皆様を逃がすのが精一杯でございました」

 

 それから、ロイド達は王国南部へと逃れ、しばらくは街を転々としながら過ごしていたらしい。

 一方、ゴドリック子爵はジョシュアの内応については当家は無関係であると主張するために様々な交渉・政治工作を行ない、ゴドリック子爵家とその娘であるエレナ、そしてロイド達兄弟の無罪を認めさせる事ができた。

 そして、ようやく娘や孫を大手を振って迎え入れる事ができると喜んでいた矢先に、跡取りである息子を病で亡くしたのだった。

 後継ぎが居なくなり、失意も冷めやらぬ中で領地の統治で多忙を極め、それによって身を隠しているジョシュアの妻子達を探す余裕も無くなった。

 ゴドリック子爵は嘆き悲しみ、その悲しみはやがて、全ての原因となった男……ジョシュア=ランチェスターへの怒りと憎しみへと変わっていったという。

 

「私は南方に居た時に、あちらの知人からある日突然、自分達の無罪が認められたと聞かされたのですが、そうですか……子爵が手を回してくれていたのですね」

 

「旦那様はよく、寝室にて一人で酒を飲みながらお嬢様に詫びておりました……。エレナよ済まぬ。わしがあんな男にお前を嫁がせなければ……と。エレナ様は旦那様に残された最後の家族でございましたゆえ、何としても命をお救いしたかったのでございましょう。ロイド様、誤解からあのような事になってしまいましたが、どうか旦那様が貴方達の事を案じていた事だけは、信じていただきたいのです……!」

 

「顔を上げて下さい。疑うはずもありません。私もお爺様の苦しみや、母への想いを知る事が出来ました」

 

 そう告げるロイドの顔には、ゴドリック子爵を案じる翳りがあった。あの子爵は随分と歳を取っているし、長年そんなストレスと戦い続けていた事もあって、心身共に随分と弱っているようだったから、心配なのはわかる。

 そこで、俺はロイドに提案する事にした。

 

「ロイド、貴方の家族はまだ南方にいるのですか?」

 

「アルティリア様……。はっ、今も南部の街で暮らしており、定期的に手紙でやり取りをしております」

 

「よろしい。では迎えに行きますよ」

 

「はい。………………えっ!?」

 

「子爵に会わせてあげれば全部解決するんだから、連れてくれば良いのです。そうと決まればさっさと行きますよ」

 

 俺はロイドの手を掴んで、外へと連れ出した。ついでに去り際にケッヘル伯爵に声をかけておく。

 

「そういうわけで伯爵、少し別行動を取るのですみませんが、先に戻っていてください。それとアレックスとニーナに帰りが遅くなると伝えておいてください」

 

「かしこまりました、アルティリア様。お早いお帰りをお待ちしております」

 

 伯爵は柔和な笑顔を浮かべて頷いた。それを見て頷き、俺はロイドを連れて屋敷の外へと出た。

 

最上位水精霊召喚(サモン・アークウンディーネ)!」

 

 屋敷の外に出た俺は、最上位水精霊を召喚する。普通の水精霊はやや幼い,JC(女子中学生)くらいの見た目だが、最上位の子は大人びた容姿で背が高く、乳や尻も俺ほどじゃないがデカくてムチムチなエロい体をしている。

 

「何やら不埒な思考を感じましたが、ご命令に応じて参上いたしました」

 

「ご苦労。ちょっと急用が出来たので天馬形態(ペガサスフォーム)になるように」

 

「承知いたしました」

 

 ちなみに最上位水精霊を呼んだのは、普通の水精霊だとロイドと二人乗りをするのが難しいからだ。

 俺は大きな天馬の形をとった最上位水精霊の背に乗って、ロイドに声をかける。

 

「ロイド、私の後ろに乗りなさい」

 

「えっ!? いや、しかし……」

 

「いいから早く乗りなさいな。場所を知ってるのは貴方だけなのだから、案内して貰わないと」

 

「わ、わかりました……! では失礼いたします!」

 

 ロイドが後ろに乗ったのを確認して、俺は天馬形態になった最上位水精霊を発進させた。



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第104話 信頼度が上がると対応が雑になる系女神

 俺は天馬形態(ペガサスフォーム)になった最上位水精霊(アーク・ウンディーネ)の背に乗り、ロイドと共に空の上の人になっていた。

 地球と違って地上の灯りは極端に少ないが、日本に比べると空気が澄んでいる為か、夜空に浮かぶ月や星は明るく、綺麗に見える。あと俺は暗視技能もしっかり持っている為、暗闇でも問題なく活動可能である。

 

「ロイド、寒くはないですか?」

 

「問題ありません。アルティリア様は?」

 

「私は平気です。水使いは寒さに強いですから」

 

 子爵邸に招かれた時のドレス姿のまま出発した為、いつも着ている高温・低温に対する耐性完備の神器『水精霊の羽衣』は着ていないが、素の状態でも俺の冷気に対する耐性は初期装備で雪山に篭れるくらいには高いので全く問題ないのである。

 

「それよりも、もう少ししっかり掴まりなさい。万が一この高さから落ちたら助かりませんよ」

 

 上空をそれなりの高さで飛行している為、振り落とされて地上に落下でもしたら落下ダメージが非常にやばい事になるのは確定的に明らかである。クロノでも即死するレベルのダメージが発生して確実に死ぬ。

 ロイドは俺に遠慮して、あまり体に触れないようにしているようだが、俺は別に多少体が触れ合う程度は気にしないし(勿論相手にもよるが)、それよりも落下のリスクを回避する事を優先するべきだ。

 

「ロイド様、アルティリア様もこう言っておりますしチャンスです。後ろから胸を鷲掴みにするべきかと。大きいので掴みやすくて安定感バツグンです。いえ、しかしとても掌に収まりきれないサイズなので、逆に不安定なのでしょうか」

 

「うるさいぞ水精霊。妙な茶々を入れてないで飛ぶのに集中しろ」

 

 俺が水精霊の頭に軽くチョップを落とすと、背後でロイドが小さく吹き出した声が聞こえた。

 

「ロイド」

 

「失礼いたしました。しかしアルティリア様は、そっちが素の口調でしたか。いつもより自然な印象を受けます」

 

「……まあ、そうだな。普段は女神らしさを出すために女らしい丁寧な口調を心がけているが、いつもそうだと疲れるのでな。気心の知れている相手や、こいつらの前ではこんなものだ。幻滅したか?」

 

「いえ、むしろ……こう言っては失礼かもしれませんが、今の口調の方が親しみを覚えます」

 

「そうか。なら今後は遠慮せずに素の口調でビシビシ言ってやるから覚悟するがいい。それとお前達も、私に対して遠慮は要らんぞ? あまり畏まられれるのは慣れていないんでな。もっと気安く接してくれていい」

 

「わかりました。ではお言葉に甘えます」

 

 そう言うとロイドは、俺の腰に手を回してしがみつくのだった。まだ遠慮がちだが、少し壁が無くなった気がする。

 こうやって改めて話す機会があまり無かった……というより、俺が作ろうとしなかったので、ロイド達海神騎士団の面々とはお互いに遠慮して距離があったように感じるが、それが少しだけ取り払われた気がする。

 もっと早く、こうやって話をしていれば良かったのだろうが……今にして思えば、俺は無意識の内に、彼らや他の人々と深く繋がる事を避けていたのかもしれない。

 今はもう、未練は完全に振り切ったつもりだが、キングにクロノ、バルバロッサ達……OceanRoadの仲間達との別離は、俺の心にけっこう深い傷として刻まれていたようだ。グランディーノに来たばかりの頃は、今ほど割り切れていなかったし……つまり壁を作っていたのは俺の方で、その理由はまた仲良くなって別れるのが怖かったから……と、つまりはそういう事なのだろう。

 ……うむ。俺もまだまだ青いな。己の若さゆえの未熟さというのは、なかなか認めたくないものである。

 

 まあ、それはそれとして、一つ言っておかねばならぬ事がある。

 

「ロイド、お前いま私の腰に手を回した時に少し驚いた様子を見せたな? その理由を速やかに答えなさい」

 

 俺の詰問に、ロイドはビクッと体を震わせた。だが彼が口を開く前に、最上位水精霊が声を上げた。

 

「乳や尻の印象が強すぎて腰が思ったより細い事に驚いたのでは?」

 

「なるほど。そうなのか?」

 

「………………黙秘権を行使いたします」

 

 ちょっとだけイラッとしたので急加速をかけた。

 

 

 そんな風に異世界の夜空を天馬でカッ飛ばして1~2時間。俺達は目的地である王国南部の小さな街、ザクソンへと辿り着いた。

 街のすぐ近くに降り立った俺達は、そのまま徒歩で街へと足を踏み入れた。大きな街と違って町を囲う壁や検問は無い。

 しかし着いた時には既に時刻は深夜であり、見張りどころか人通りも皆無であった。

 グランディーノでは商店街や歓楽街、冒険者組合の周辺は夜遅くまで賑わっているが、地方の小さな街ではこれが当たり前の光景なのだろう。まばらに立った僅かな街灯の光が、無音の夜の街を照らしていた。

 

「まあ、誰もいないなら面倒が無くて好都合。ロイド、貴方の家族はどちらに?」

 

「街外れの赤い屋根の家です。案内いたします」

 

 ロイドの案内で、俺達は無人の街を進む。道中、ロイドは懐かしむように街の建物に視線を送っていた。

 

「やはり、故郷(ふるさと)というのは懐かしいものか」

 

 俺がそう話しかけると、ロイドは少し悩むような仕草をした。

 

「故郷……と呼んでいいのでしょうか? 私はここで生まれた訳ではないので……」

 

「人生で一番長く過ごした場所なのだろう? それで久しぶりに帰ってきた時に懐かしく思えるなら、そう呼んでも良いんじゃあないか?」

 

「そう……ですね。ええ、ここが私の故郷、ザクソンの街です。何にもない寂れた田舎街ですが、久々に目にすると懐かしさや愛おしさを感じます」

 

「そうか。なら、その気持ちは大事にするといい」

 

 俺はそう言って話を締め括るが、そこでロイドが逆に質問をしてきた。

 

「アルティリア様の故郷は……と、お聞きしてもよろしいでしょうか」

 

「私のか? ……そうだな」

 

 俺の記憶には、故郷と呼べる物は二つある。プレイヤーである『俺』の生まれ育った都市である東京と、『アルティリア』の記憶にある精霊の森だ。

 前者はこの世界から見れば異世界であり、普通の手段ではどうやっても辿り着けそうにない場所であり、また俺自身にろくな思い出が無く、帰るつもりも最早ない為、話すのには適さないだろう。

 というわけで必然的に、この世界にあるアルティリアの故郷……精霊の森にあるエルフ村の話をする事になるのだが。

 

「ここを遥かに超えるレベルの田舎だぞ。何しろ森の中にある小さな村だ。面白い物なんて何一つ無い。おまけに住民は排他的で頭の固いエルフ共だけの限界集落だ」

 

「エルフ……というのは、アルティリア様のような?」

 

「そういえば、話した事は無かったか。エルフというのは私の種族で、見た目は人間に似ているが、このように耳が尖っているのと、寿命がやたらと長く……他には人間と比べると力や体力は劣るが、器用さや魔力に優れるのが特徴だ。それゆえ弓使いや魔法使いが多い。あと自分で言うのもなんだが美男美女が多い」

 

 種族としての特徴はそんな所だが、種族特性とは別に彼らには少々困ったところがあった。

 

「ただ長寿ゆえか出生率が低く、全体数が少ないのが問題でな。少数で森の中に引き篭っているせいで、外の世界の出来事や常識を知らない者が多いんだ。そのくせ他の種族を見下して排斥しようとする、自分が頭が良いと思い込んでるアホが多い」

 

 昔に比べると多少マシになったとはいえ、エルフの頑迷さはなぁ……。

 過去作のロストアルカディアⅢのヒロインがエルフで、彼女はそんな排他的で退屈なエルフの村を飛び出して、主人公と出会って世界を救う冒険の旅に出た。そんな彼らのおかげで少しは外の世界を受け入れるようになったんだがなぁ。

 それから少しばかり時間が経ち、俺のように外の世界に憧れて旅に出る若いエルフも増えてきたが、恐らく彼ら彼女らは大半が『俺』のようなプレイヤーによって生まれた存在なのだろう。

 

「ここまで聞いて既に分かっていると思うが、私はエルフの中でも相当な変わり者でな。胸が大きすぎて弦が引けないから弓なんて一度も使った事が無いし、なんなら森の中より海のほうが落ち着くくらいだ。向こうの友人には海産ドスケベエルフだの、エルフの皮を被った魚人(マーメイド)だのと好き勝手言われたもんだ」

 

 そんな笑い話で締める俺に対して、ロイドは言った。

 

「アルティリア様がそのような方だからこそ我々はあなたに出会う事ができ、救われました」

 

 真面目か。笑い飛ばすような話に対してマジレスすんな。逆に恥ずかしくなるわ!

 思わず先を歩くロイドのケツにタイキックを入れてしまったが、俺は悪くない。



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第105話 女神の家庭訪問

 隙間から薄明かりが漏れる家のドアをロイドが2回叩くと、向こう側からこちらに近付いてくる足音がして、次いで女の声がした。

 

「どちら様ですか……?」

 

 こんな遅い時間の来訪だ。高い声には警戒の色が含まれているのも無理はないだろう。

 

「メアリか? 俺だ、ロイドだ。母さんとウィルはまだ起きているか? 急で悪いが大事な用があるんだ」

 

「えっ、ロイド兄さん!?」

 

 だがその警戒も、ロイドが声をかけた事ですぐに解かれ、すぐに鍵が開く音がして、ドアが開かれた。

 

「うわっ、本当にロイド兄さんだ……。しかもなんか立派な鎧着てるし、神殿騎士になったのって本当だったんだ……」

 

「おいおい、疑ってたのか?」

 

 ロイドの姿を見て、大きくぱっちりした目を見開いて驚いた様子の若い女性……彼女がロイドの妹なのだろう。

 妹さんは兄と同じで茶髪に赤みがかった瞳の、美人というより可愛い系の顔立ちだ。ロイドの話によれば年齢は20歳らしいが、やや小柄な体格な事もあって、実年齢よりも幼く見える。しかしお胸はなかなか立派な物をお持ちでスタイルも良い。いわゆるトランジスタグラマーというやつだ。

 そんな感じにロイド妹を観察していたら、こちらに目をやった彼女とバッチリ目が合った。そしてまず顔を見て驚かれ、次に胸を凝視されて「えっ、これ本物? ヤバない?」みたいな顔をされた。まあ気持ちはわかる。

 

「メアリ、この方が俺が仕えている女神、アルティリア様だ。失礼のないように頼む」

 

 ロイドがそのように俺を紹介したが、彼はそのまま妹に腕を掴まれると、そのまま家の中へと引きずり込まれた。鎧を着た長身で屈強な男であるロイドを掴んで引きずるとは、彼女は見た目によらず、なかなかのパワーの持ち主のようだ。

 そしてドアが閉じて、俺は家の外で放置される形になった。

 

「お、おいメアリ、急にどうした」

 

「どうしたじゃない! 数年ぶりにいきなり帰ってきたと思ったら女神様も一緒とか、一体どういう事よ!? 驚きすぎて心臓止まるかと思ったわ!」

 

「そ、それは本当にすまん。だがさっきも言った通り、大事な用があるんだ」

 

 閉じられたドア越しに小声で話しており、常人には聞き取れないだろうが一級廃人エルフの俺には丸聞こえである。エルフイヤーは地獄耳。エルフビームは水光線。

 

「しかも何ですかあの凄い巨乳。私も胸のサイズにはそこそこ自信あったけど、あれと比べたら全然貧乳だったわ」

 

「お前それご本人の前では絶対言うなよ……」

 

 別に構わんしバッチリ聞こえてるんだよなぁ……。あと比べる相手が悪いだけで十分大きいし、低身長巨乳は好きな男が多いから自信持っていいぞ。

 

 

   ※

 

 

 それからすぐにロイドだけが外に出てきて、準備のために少しお待ちいただきたいと告げられた。そして待つこと数分後、俺はロイドの実家のリビングにて、彼の家族と対面していた。

 

「お初にお目にかかります、アルティリア様。ロイドの母、エレナ=アストレアと申します」

 

 そう言って頭を下げたのは、緩くウェーブした長い銀髪の、妙齢の女性だった。年齢は40代との事だが、それよりもだいぶ若く見える。スタイルも崩れておらず、かなりの美人だ。

 

「兄がお世話になっております。弟のウィリアム=アストレアです」

 

「同じく妹のメアリ=アストレアです」

 

 彼女の両脇には母親と同じで銀髪の青年と、ロイドと同じ茶髪の女性が座り、同時に頭を下げた。ロイドの弟妹だ。

 そしてテーブルを挟んで彼らの対面に、俺とロイドが並んで座っている形である。

 ロイドの母であるエレナさんは小柄な女性であり、弟と妹も母親同様に背が低めだった。対して俺の隣に座ってるロイドは180センチを超える長身であり、ゴドリック子爵が見間違えたように父親に似たのだろう。

 俺の身長も177センチと女性としてはかなり高めである為、テーブルのこちら側と向こう側で体格差が凄い事になっている。

 

「アルティリアと申します。こちらこそ、ロイドにはいつも助けられています」

 

 そう告げると、エレナさんは露骨に安心した様子を見せた。ロイドが何か問題を起こして訪問したとでも思われていたのだろうか。だとしたら申し訳ない。

 誤解を解く為にも、俺はさっそく用件を切り出す事にした。

 

「さて……こんな夜分遅くの訪問になってしまい、大変申し訳ないのですが……大事な用があってお邪魔させていただきました。まずは経緯(いきさつ)を説明しましょう……」

 

 俺は彼らに、王都に向かう途中に立ち寄ったイルスターの街で、ゴドリック子爵邸に招かれた事、そこで出会った子爵がロイドを、彼の父であるジョシュアと見間違えた事でロイドの出自が判明した事、そしてゴドリック子爵が老いと病によって倒れ、先があまり長くなさそうだという事を伝えた。それからゴドリック子爵が、エレナさん達一家を救えなかった事をずっと後悔していた事や、もう一度会いたいと思っている事もだ。

 

「そう、でしたか……。父がそのような事を……」

 

 エレナさんが目を伏せる。色々と複雑な思いがあるのだろう。対して彼女の子供達は、初めて聞く情報の多さに目を白黒させていた。

 

「そこで皆さんがよろしければ、イルスターの街までお連れしたいと思いますが」

 

 俺がそう提案すると、エレナさんとメアリは明日にでもすぐに出発できると返事をしたが、難色を示したのはロイドの弟、ウィリアムだった。

 彼はこの街の自警団に所属しており、とある理由から今は街を離れるのが難しいとの事だった。その理由とは……

 

「ここ最近、南の森から凶暴な魔物が多く現れるようになり、街の安全が脅かされているのです。多くの団員が苦戦している中で、私だけが街を離れる訳には……」

 

 という事らしい。ウィリアムは自警団の中でも特に実力が高く、目覚ましい活躍をしているエースであり、そんな彼が不在になれば自警団の士気に悪影響が出て、最悪戦線が崩壊しかねなかった。

 

「よろしい。ではロイド、少しお手伝いをしてさしあげなさい」

 

「ははっ、故郷と弟を助ける機会をいただき、ありがとうございます。アルティリア様」

 

 そんな訳で、俺達はロイドの実家で一泊する事になった。技能『信者との交信』を使い、帰りは明日になる旨を騎士団員達に伝え、明日は一日、イルスターにて自由行動をする事、俺とロイドが不在の間はルーシーとクリストフが騎士団の指揮を執る事、それからアレックスとニーナの世話をよろしく頼むと伝えた。

 

 そして、次の日の早朝。

 俺とロイドは、ウィリアムと共に自警団の詰所を訪れていた。

 

「なあ、あれってロイドだよな……?」

 

「おお……あの悪ガキが、すっかり立派な騎士様になって……」

 

「隣に居る、とんでもない別嬪さんは誰だ?」

 

「どうやらロイドが仕えている神様らしいぞ」

 

 現れた俺達を見て、自警団員たちがざわついている。そんな彼らを前に、ロイドが声を張り上げた。

 

「見知った顔ばかりだが、一応名乗らせていただこう。海神騎士団団長、神殿騎士ロイド=アストレアだ。此度は故郷の危機とあって、皆様と共に戦わせていただく事になった。何卒よろしく頼む。そしてこの方が、私が仕える女神アルティリア様だ」

 

「アルティリアです。ロイド共々よろしくお願いします」

 

 そんなふうに俺達が自警団員達と顔合わせをしていた、その時だった。

 

「魔物の大群だー!」

 

 外から半鐘の音と共に、そんな声が響き渡ったのだった。



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第106話 俺は2秒で十分だがな

 俺達が今いるザクソンの街を出て、南におよそ5~6キロほどの場所には森があった。森の大きさは、この街が2つ入るくらいの結構な広さだ。

 森は魔物の巣窟と化しており、住民達は誰も近付こうとはしない。時々、冒険者が素材を求めてやってきて、魔物を討伐してくれる事もあるが、田舎ゆえに訪れる冒険者は少なく、稀なケースだ。

 そんなわけでザクソンを含むこの地域の住民は、この森から外に出てきては人を襲う魔物の存在に、昔から悩まされていた。

 とは言え、魔物の襲撃は散発的な物であり、一度に襲ってくる数はそう多くはなく、また魔物の質もそこまで高いものではなかったという。そうでなければ、今頃この街は魔物によって滅ぼされているだろう。

 

 ……しかし、だとしても魔物の棲息地が近くにあるのだから、もうちょっと襲撃に対するしっかりした備えとか、しておくべきだと思うんだが。予算とか無いんだろうか?

 ちなみに俺の本拠地であるグランディーノは凄いぞ。お隣のアクロニア帝国の海軍が全軍で襲ってきても海上警備隊の戦闘艦と、住民や冒険者達が持ってる民間船だけで返り討ちにできるくらいの海上戦力を持ち、陸上戦でも数ヶ月は籠城戦が出来るくらいの備蓄と防御設備が揃っている。

 まあ、うちの場合は仮想敵が魔神将だからな。普通の敵を相手にするには戦力過剰気味であり、実際に王都から来た役人からそれをツッコまれたりはしている。

 実際、国王の目が届きにくい辺境の地で、こんな大量の戦力を集めていたら、普通は反乱か独立運動でも始める気かこいつら、と疑われそうなものだが、

 

「魔神将対策だから! 実際に1回襲われてるから!」

 

 と、領主・町長・海上警備隊隊長・冒険者組合長・商業組合長・港湾管理組合長・そして俺が口を揃えて言い、しかもそれが嘘偽りない事実である為、なら仕方ないと黙認されている状態である。

 

 話を戻して、そんな大して防衛力の無いザクソンの街に、大量の魔物が接近中との報を受けて、住民達はパニックに陥っていた。それは、街を守るべき自警団員たちも例外ではなかった。

 無理もないだろう。自警団は軍人のように専門的な訓練を受けた訳でもなく、想定している相手は小規模な盗賊や魔物だ。このような事態に相対し、解決する能力は最初から求められていない。

 とはいえ、実際にそれが起きてからオタオタと慌てふためくようでは、この先が不安である。ここはひとつ、気合を入れてやる必要があるだろう。

 

「ロイド、やりなさい」

 

「はっ」

 

 ロイドは俺の端的な命令に、迷う事なく頷き、そして……

 

「うろたえるな未熟者共!」

 

「「「「「!?」」」」」

 

 ロイド一喝し、魔法で生成した大量の水を彼らの頭上に降らせた。そして続けざまに言う。

 

「頭は冷えたか? このような事態の時こそ冷静かつ迅速に人々を守るべき者達が、そのようなザマで何とするか! すぐに装備を整え、事態の解決に当たれ! ……返事はどうしたぁッ! まだ冷やし足りないなら、強めにもう一発かましてやろうか!?」

 

「「「「「い、イエッサー!!!」」」」」

 

「よし! では全員、一分以内に装備を整えて出撃! 街の南で迎え撃つぞ!」

 

「「「「「サー! イエッサー!!!」」」」」

 

 指示に従い、自警団員達は慌ただしく準備を始めた。

 

「パーフェクトだ、ロイド」

 

「お褒めにあずかり光栄の至り」

 

 俺は満足げに頷き、ロイドと自警団を引き連れて町の南へと向かった。その途中で、ロイドの妹が駆け寄ってきて、

 

「ロイド兄さん、森から凄い数の魔物が! 早く逃げないと!」

 

 と訴えてきたが、

 

「わかってる。兄ちゃんに任せろ」

 

 そう言って、ロイドは余裕の笑みを浮かべて妹の頭を乱暴に撫でたのだった。

 

 そして町の南にある平原にて、俺達は魔物の群れを待ち構える。既に魔物の姿は見えており、粗末な武器や防具で武装した小鬼(ゴブリン)食人鬼(オーガ)のような人型に、灰色狼(グレイウルフ)剣牙虎(サーベルタイガー)といった動物系、精霊樹(トレント)妖花精(アルラウネ)等の植物系、雷鳥(サンダーバード)やハーピィのような飛行系、スケルトンや竜牙兵等の不死(アンデッド)系と、バラエティ豊かな……悪く言えば節操が無い、ごった煮のような構成だった。

 おっと、最後尾には骸骨術師(リッチ)まで居るじゃないか。あれは流石に、俺が魔法で支援しても自警団にはキツそうだな。

 ただ、まあ……俺は勿論、今のロイドならば、あの程度の相手は……

 

「三分あればいけるか?」

 

「二分で十分でございます、アルティリア様」

 

「よろしい。ではやってみせなさい」

 

「仰せのままに」

 

 うやうやしく礼をして、ロイドは迫り来る魔物の大群に向かって一歩を踏み出した。

 何も知らぬ余人が見れば、無謀としか言えないその行動を見て、自警団員達がロイドを止めようとするが、その心配は無用である。

 

「水平斬!」

 

 居合一閃、目にも止まらぬ速度で抜き放たれた刀から、横に大きく伸びた一筋の水の刃がまっすぐに放たれ、魔物の先頭集団を十二匹ほど纏めて真っ二つにした。

 更にロイドは、振り抜いた刀の柄を両手で持ち、刀を肩で担ぐように構え、

 

「飛水六連!」

 

 ほぼ同時に放たれた六発の斬撃と共に、水の刃を飛ばして空中の敵を次々と撃ち落とした。

 

「エエイッ、何ヲヤッテイル! 相手ハ所詮ヒトリダ! 一斉ニカカレ!」

 

 次々とやられていく味方を見て、ロイドを脅威に感じたようで、指揮官の骸骨術師がロイドを指差して、魔物達に命令を飛ばしている。

 魔物達も味方の死体を踏み潰しながら、必死そうな表情を浮かべてロイドに向かって殺到した。

 

「遅い! 氷華輪(ひょうかりん)!」

 

 しかし、ロイドに向かって襲い掛かった魔物達は、彼が自身の周囲に幾重にも円を描くように放った、冷気を纏った斬撃によって凍結しながらバラバラに切り刻まれた。

 そして、更にその後ろに続く魔物達も……

 

「まだだ! くらえ、螺旋水撃ッ!」

 

 刀身に纏った、渦巻く水が螺旋となって襲いかかり、魔物の大群を纏めて吹き飛ばす。

 その光景を目撃した魔物達が恐慌状態に陥り、攻撃の手が緩んだ。ロイドはその隙を見逃さず、両手で握った刀を、大上段に構える。その刀身から大量の水が噴き出し、巨大な水の刃を形成した。

 それと同時に、ロイド自身も清流のように静かな、しかし力強さを感じる闘気を全身に纏う。

 

「貴様ラ逃ゲルナ! 進メ! 戦エ!」

 

 骸骨術師が、士気が崩壊した魔物達に向かって命令を飛ばすが、それに従う者はごく僅かだった。

 

「これで終わらせる! 奥義……!」

 

「調子ニ乗ルナアアア! 地獄の炎(ヘルブレイズ)!」

 

 半ば破れかぶれで、骸骨術師が黒い炎をロイドに向かって放つ。流石に敵の指揮官だけあって、まともに受ければ、それなりに手痛いダメージを負うだろうが……

 

「海破斬!!」

 

 ロイドがまっすぐに振り下ろした刀から放たれた、極大の水の斬撃は、拡散する事なく、その巨大なエネルギーを一点に集中させていた。

 過去にロイドが使っていた似たような技とは違い、力を一切の無駄なく一直線に放っている為、横方向の攻撃範囲は狭くなっている……が、代わりに、縦方向の範囲の長さと威力が大幅に上がっていた。

 見れば、ロイドの足元から数百メートル先まで、地面に長い直線状の切断痕が出来上がっており、そこから水が噴き出しているではないか。

 それほどの現象を引き起こした、ロイドの放った技……『海破斬』は、骸骨術師を彼が放った地獄の炎や、周りに居た護衛の魔物ごと、跡形もなく消し飛ばしていた。

 

「ご命令を完遂いたしました、アルティリア様」

 

 生き残った僅かな魔物達も尻尾を巻いて逃げ去り、脅威は完全に消え去った。彼がそれを成し遂げたのにかかった時間は、僅か1分48秒。

 

「大変よくできました」

 

 俺の見立てではもう少しかかると思っていたが……ロイドめ、俺が思っていた以上に腕を上げていたようだ。

 さて……ロイドが俺の想像を超えて頑張ってくれたので、次は俺が腕を振るう番だな。

 そう考えて視線を前方に向けると、森の奥から更なる魔物の大群が出てくるのが見えた。敵の増援部隊……WAVE2ってところか。こうやって次々に敵の増援が出てきて波状攻撃を仕掛けてくるミッションは、LAOでもお馴染みの物だった。

 

「しかし、これだけの数の魔物が出てくるという事は、自然発生した物とは考えにくい」

 

「では、召喚している者がいると?」

 

 ロイドの相槌に、俺は確信を持って頷いた。

 

「あの森の奥で、今も頑張って呼び出し中でしょうね。第一陣が速攻で全滅させられたせいで、今頃焦ってるんじゃない?」

 

「なるほど。では、更に敵の心胆を寒からしめる必要がありますな」

 

「話が早くて大変結構。という訳で、ここは私に任せなさい」

 

 俺は槍を手にとり、再び襲い掛かってきた魔物達に対峙した。

 

「皆、注目! これよりアルティリア様が敵群を掃討なされるぞ! 決して見逃すでないぞ!」

 

 ロイドがそう言って自警団員達の期待を煽ると、視線が俺の背中に集まるのを感じた。

 じゃあ、その期待に応える為にも一発、派手にかましてやりますかね。

 

 

「『激流衝(アクア・ストリーム)』!!」

 

 安定と信頼の開幕上級範囲魔法ぶっぱじゃい! 死ねぇ!

 渦巻く水が激流となって魔物の群れを飲み込み、視界内の全ての敵を纏めて葬り去った。

 見たか。ロイドが2分なら、俺は2秒で十分である(謎の対抗心)

 

「見ろ! アルティリア様が一瞬で敵を蹴散らした! 今こそ好機、敵陣に斬り込み、敵将の首級を上げるぞ! 全員、俺に続けぇッ!」

 

「「「「「おおおおおおおおおッ!!!」」」」」

 

 そして、直後にロイドを先頭に、自警団員達が森に向かって突撃を開始した。その勢いに、先陣を立て続けに全滅させられて、混乱&士気低下した敵に対抗する術は無く……敵のボスはロイドによってあっさりと討ち取られ、残った敵も自警団員達が始末した。

 ちなみに敵のボスは、邪悪召喚師(イービル・サモナー)という名前の、悪魔族の術師であった。レベルは88で、雑魚モンスターとしては結構強い部類に入るが、今のロイドならば接近さえできれば簡単に始末できる程度の相手である。

 

 こうして、俺達さえ居なければ滅ぶ筈だったザクソンの街は、怪我人の一人も出す事なく、魔物の襲撃を退けたのだった。



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第107話 アルティリア様のおかげでこんな俺達も立派に更生しました!※

 アルティリアとロイドがザクソンの街を防衛、あるいは魔物の群れを相手に無双している時、イルスターの街では……

 

「……という訳で、アルティリア様とロイド団長が不在の為、今日はこの街で仕事をしますよ」

 

 残された海神騎士団のメンバーを前に、そう宣言したのは副団長のルーシー=マーゼットだ。彼女は小人族であり、その容姿は幼い少女そのものだが、神殿騎士としてのキャリアは団員の中で最も長い実力者である。

 

「承知いたしました。して、どのような仕事を?」

 

 団員の一人が発した質問に答えたのは、ルーシーではなくもう一人の副団長、司祭にして騎士団の参謀役、クリストフだった。

 

「こちらをご確認ください。領主官邸と、この街の冒険者組合から依頼を紹介されています」

 

 既に手回しを終えていたクリストフが、依頼内容が書かれた複数枚の紙を団員達に提示した。

 

「色々あるけど……一番緊急性が高いのは、これかな? 山賊退治。こっちの、謎の巨大モンスターの調査なんかも重要そうだけど」

 

 メンバーの中で最年少の魔術師の少女、リン=カーマインが、そう呟きながら一枚の紙を摘まみ上げた。それに書かれている内容によると、この街から少し離れた場所に山賊が出没し、街道を行き交う旅人や交易商人を襲い、通行料と称して金品を略奪しているらしい。ここ最近になって被害が急増しており、放置してはおけない話だ。

 

「では、まずはこの賊を捕え、奪われた物を取り返すとしましょう。出撃!」

 

 ルーシーがそう宣言すると、団員達は各々の得物を手に立ち上がり、素早く出撃の準備を整えた。

 そして街道を南へと進み、山賊の目撃情報があった箇所へと近付くと……

 

「居たぞ! ちょうど隊商が襲われている!」

 

 道の真ん中で、複数の馬車を取り囲んでいる山賊の群れと遭遇したのだった。見れば、商人の男が山賊達に囲まれて剣を突きつけられている。

 また、護衛と思われる武装した者達も居たようだが、数の暴力には勝てなかったようで、彼らは血を流して地面に倒れ伏していた。

 

「リン、魔法で狙えますか!?」

 

「当然! 束縛する水縄(アクア・バインド)!」

 

 リンが杖を掲げ、呪文を唱えると、山賊達の体に水で出来た縄が巻き付き、その体を拘束した。

 

「うげっ!? なんだ、動けねえぞ!?」

 

「なんだってんだこのロープは、水で出来てんのか!? くそっ、だめだ解けねえ!」

 

「何だこりゃ、どっから出てきやがった!」

 

 突然の事態に面食らって、商人を囲んでいた山賊達は混乱した。そこに神殿騎士達が一気呵成に襲い掛かった。

 

「覚悟しろ賊共! 貴様らを拘束する!」

 

「動くな、大人しくしろ!」

 

「もう大丈夫です、我々の後ろにお下がりください」

 

 騎士達は束縛された山賊達を地面に引き倒して武器を没収し、襲われていた商人達を安全な場所まで退避させた。

 それと同時に、クリストフが倒れていた護衛に対して範囲回復魔法『癒しの雨(ヒールレイン)』を使用して、彼らを回復させた。

 護衛達は倒れてはいたものの、幸いにして死んではいなかった為、回復魔法によって助かる事ができた。しかし、出血が激しかった為、戦線に復帰するのは難しいだろう。

 

「この方達も安全な場所へ!」

 

「了解!」

 

 護衛の者達も後方に退かせ、海神騎士団は残った山賊達に対峙した。

 

「やいやいてめえら、一体どこのモンだ! よくも俺らのシノギを邪魔してくれたな!」

 

「そんな少人数で俺達に勝てるとでも思ったか!? 田舎騎士は数も数えられねえようだな!」

 

「俺達、黒虎山賊団に楯突くたぁ良い度胸だ! ブッ殺してやる!」

 

 山賊達は、邪魔者に対してそのように口汚く罵声を浴びせたが、元海賊の神殿騎士達も負けじと言い返す。

 

「ほざけ山賊風情が! 貴様らごときに名乗るのは勿体ないが、我らは偉大なる女神アルティリア様に仕える海神騎士団! 義によって成敗いたす!」

 

「数の差など問題ではないな。ここに居る全員、貴様ら程度なら一人で片付けられるし四則計算はもちろん因数分解もできるんだが?」

 

「更にクリストフさんとリンちゃんは微分・積分も修めておられる。まあお前らとは頭の出来が違うってことだ」

 

「だいたい何が黒虎山賊団だ、海老みてぇな名前しやがって! フライにして食っちまうぞ!」

 

「よせよせ、あんな薄汚えのを食ったら腹を壊すぜ」

 

「違いねえ、ガッハッハ!」

 

 そのように煽られた山賊達は、顔を真っ赤にして怒りを露わにした。

 

「やっちまえ!!」

 

「「「「「うおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」」」

 

 いきり立った山賊達が、剣や斧を手に海神騎士団に向かって突撃を開始した。

 だが、その直後。山賊達は不可視の、透明な壁にぶつかったかのように弾き飛ばされ、一斉に地面に転がった。

 

「いてえ……一体何が……ッ!?」

 

 その時、山賊達は見た。自分達の前に立つ、一人の男の姿を。

 その者は真っ赤な全身鎧と兜を身に纏い、素人目にも一目で最上級の大業物だとわかる大剣を携えた巨漢であった。

 彼の名はスカーレット。かつては魔神将フラウロスに仕える魔物であったが、ロイド=アストレアとの一騎討ちに敗北した後に死亡し、その後、女神アルティリアに力を分け与えられた事で人として復活を遂げ、その後はアルティリアの忠実な僕として、また海神騎士団の主力メンバーとして、世の為人の為にその力を振るっている。

 山賊達が一斉に吹き飛ばされたのは、彼が生成した闘気の壁によるものだった。

 

「げぇっ!? なんだコイツは!?」

 

 赤い! デカい! ゴツい! あからさまにヤバい奴だこれ!

 さすがの命知らずの三下山賊にも恐怖を抱かせる程の威圧感に満ちた、威風堂々たるその姿。しかしそれを見てもなお、虚勢を張って挑もうとしてくる者達もいる。

 

「ええい、あんな奴、しょせんは虚仮威しだ! 一斉にかかれえええ!」

 

 筋骨隆々で髭面の、頭目と思わしき山賊がそう叫んで、真っ先にスカーレットに向かって斬りかかろうとした。

 だが、その瞬間。彼らは自分達に向かって迫り来る、炎を纏った斬撃を目の当たりにした。

 

「あ……? あれ、俺の首……まだ繋がってる……?」

 

 腰を抜かしながら、思わず首に手を当てて、山賊団の頭目は自分がまだ生きている事を確認した。その周りの部下達も、彼と同じ状態に陥っていた。

 彼らが目撃した炎の斬撃……それは、スカーレットが放った、闘気による幻影であった。実際にはスカーレットは、大剣を構えてすらいない。

 ただ剣気を発しただけで、彼は数十人もの山賊を制圧してのけたのだった。

 

「貴様らごときが我と戦えると思ったか。身の程を知るがいい」

 

 スカーレットは静かに、しかし威厳と重圧感に満ちた声でそう言い放った。

 

「降伏します」

 

 山賊達は一斉に武器を捨て、命乞いをした。

 こうして、捕縛した山賊達を連行して、街に戻ろうとした海神騎士団だったが……その時だった。

 彼らは突然、地鳴りのような轟音を上げながら、何かがこちらに向かって近付いてくるのを察知した。

 

「何だ、この音は……足音か!?」

 

「この気配……かなり強力な大型モンスターか!」

 

 騎士達は、すぐさま警戒態勢を取った。ほどなくして、そのモンスターが姿を現した。

 

「メエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!」

 

 空気をびりびりと震わせて、そんな鳴き声を上げた魔物の正体は……

 

「羊!? いや、山羊か!」

 

「あんなデカい山羊がいてたまるか! 手配書にあった魔物だ!」

 

 出発前に見た、冒険者組合からの依頼の中にあった、正体不明の大型モンスターの調査および、可能ならば討伐の依頼書に書かれていた対象の魔物……それが目の前に居る、5メートル程もある巨大な山羊の姿をした魔物なのだろう。

 そいつが、運悪く逃げ遅れた山賊達を吹き飛ばしながら街道を全力疾走し、更に横転した交易商人の馬車をも、その力強い走りで木端微塵に粉砕した。

 更に、その後方からは小型の、しかし普通の山羊に比べればだいぶ大きな、同じく山羊型のモンスターが次々と姿を現した。

 

「ぎゃああああっ! いてえ、やめてくれぇ!」

 

「死にたくねえ! 助けてくれええっ!」

 

 それらが山賊達に襲いかかり、その体を食い尽くそうと大口を開ける。草食動物そっくりな見た目をしながら、人間を捕食しようとするおぞましい様を見て、山賊達は恐怖しながら死を悟った。

 しかし、彼らが覚悟した最期の瞬間は、来る事がなかった。

 

「海神騎士団、総員攻撃開始!」

 

 高く跳躍し、ボス山羊の顔面に強烈なシールドバッシュを叩きつけながらルーシーが叫ぶ。しかしそれを待つ事なく、騎士達はそれぞれ武器を手にして、大山羊の群れに対して攻撃を仕掛けていた。

 

「オラッ山賊共、ぼさっとしてんじゃねえ! 動ける奴は負傷した奴を助けて下がれ!」

 

「こいつらの相手は我々が引き受けた!」

 

 大山羊を殴り倒しながら、こちらに背を向けて叫ぶ神殿騎士達に、山賊団の頭目は驚きながら声をかける。

 

「あ、あんた達、俺達を助けようってのか……? なぜだ? 騎士ってのは、俺達みたいな山賊なんぞ、虫ケラみてえに死んで当然って思ってるんじゃあ……」

 

 少なくとも、過去に彼ら山賊達が出会った騎士や軍人はそうだった。しかし、その言葉に対する神殿騎士達の反応は、彼らが予想だにしない物だった。

 

「うるせえ! 死んでもいい奴なんぞこの世には居ねえ!」

 

「だいたい、それを言ったら俺らの大半は、元は人様に迷惑ばっかかけてた海賊、お前らの同類よ!」

 

「だがな、そんなどうしようもない俺達を救ってくれた女神様が居た! そして、アルティリア様のおかげで俺達は変わる事が出来た!」

 

「だから俺達も、誰も死なせねえし、誰も見捨てねえんだ! 分かったらさっさと下がりやがれ!」

 

 彼らが発した言葉に、頭目は衝撃を受けた。周りを見れば、俯いて涙を流していたり、歯を食いしばって拳を握りしめている部下の姿があった。

 

「変われるんだろうか……俺達も……。いや、違うな」

 

 変わるならば、今を置いて他になし。黒虎山賊団の頭目は、気合を入れて立ち上がると、喉が張り裂けんばかりに大声を上げた。

 

「野郎共おおおおおッ! 命を救われた挙げ句、こんなあったけえ言葉をかけていただいたからには、俺はこの人達の下に付く! 俺に賛同し、動ける奴は全員武器を取って立ちあがれぇッ!」

 

「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」」」

 

 山賊達が次々に立ち上がり、武器や拳を振り上げて鬨の声を上げ、海神騎士団に加勢して山羊達を攻撃し始め……彼らの協力もあって、巨大な山羊型モンスターの群れは全滅したのだった。

 

 その後、黒虎山賊団は解散。団員達は奪った金品を全て返却した上で領邦軍に自首をして、裁きを待つ事になった。

 それから彼らがどうなったかは、世間の人々は誰も知らない。だがもしかしたら、イルスターの街に戻ってきたエルフが彼らに課せられた懲罰金を全て建て替えた上で、

 

「人に迷惑かけたんなら、その倍の人を救え(意訳)」

 

 的な事を言って、彼らを解放した可能性もあるが、事実は不明のままである。

 ただ、丁度この少し後の時期に、グランディーノの街に新人冒険者や海上警備隊の新入団員、それから海神騎士団の見習い騎士が数十人単位で増えたりしたのだが、この件との関連性は不明である(大本営発表)。



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第108話 アルティリア、人生最大の窮地に陥る

 街を襲撃してきた魔物の群れを掃討し、それを召喚・使役していた悪魔をロイドが斬り殺した後、俺達は森の中を探索し、残敵の掃討と安全の確認を行ない、その後にザクソンの街へと戻った。

 街に戻った後は、改めてロイドの家族をイルスターに連れていく事を、なぜか集まっていた街の住人達へと伝えた。

 それと、この街はあんまり豊かではないようで、俺達が粗方掃討したとはいえ近くに魔物の巣窟があるのに防備も貧弱だった為、少しお手伝いをする事にした。

 

 という訳で、ロイド達が出立の準備をしてる間に街の南と北にそれぞれ(やぐら)を1本ずつ建てるように指示し、建築図面を書いて渡し、更にケッヘル伯爵家の領邦軍でも制式採用されている、小型で軽量かつ射撃精度やメンテナンス性に優れた最新式のクロスボウ(もちろん俺が設計・開発した物だ)を幾つかその場で組み立てて、自警団に配布した。

 あと、街にお金があんまり無さそうなので、防衛設備に投資する為のお金を俺のポケットマネーから少し出しておく。

 

 そんな事をしている間に、ロイドの家族は出発の準備を終えたようなので、俺達は街の全住民に見送られながら、『集団転移(テレポート・オール)』……一度行った事のある町や村に、仲間全員と一緒に転移できる便利な魔法で、イルスターの街へと転移したのだった。

 

 イルスターの街に戻った俺達は、すぐに領主官邸へと向かった。

 

「私は席を外そう。家族だけでしっかり話をするといい」

 

 俺はアストレア一家が揃って領主の寝室へと入っていったのを見送って、その場を後にした。

 その後、倒れた領主に代わって政務を代行していたケッヘル伯爵と合流し、領地の状況などの報告を受けた。

 この街の内政状況は、当主が老齢で体調を崩しがちな上に、人手不足のために仕事が滞っていたが、伯爵が徹夜して、一晩で仕事の大半を片付けてくれたらしい。

 

「大した仕事ぶりだと褒めてあげるべきか、他人の領地の為に随分と無理をしたものだと呆れるべきか……ま、これでも飲んで一息入れなさいな」

 

 俺は伯爵に自作の栄養ドリンク(HPとスタミナが500回復するやつ)を手渡し、休憩を取るように伝えた。

 それから領主官邸を出ると、ちょうど海神騎士団のメンバーも一仕事を終えて戻ってきたようだった。

 

「アルティリア様、お帰りなさいませ。団長はまだ中に?」

 

「ええ。今は家族と話をしています。貴方達は仕事を終えてきたようですね」

 

「はっ。早速ですが、本日の任務についてご報告いたします」

 

 ルーシーが彼らを代表して、本日の仕事内容を報告する。彼らは山賊団を捕縛し、賞金をかけられていた巨大な魔物を討伐し、街周辺の治安向上に貢献したようだ。

 捕縛された山賊達はどのような経緯があったかは不明だが改心し、人々から奪った物を可能な限り返上した上で自首をしてきた為、罪をある程度免除され、懲罰金あるいは一定期間の懲役を科されるようだ。

 本来ならば奪った物を全て返したので金は残っていない為、懲役刑になるだろうという話だったが……

 

「そういう事ならグランディーノの為に役立って貰いましょう。今は人手がいくらあっても足りないですからね」

 

 グランディーノの街は現在もバリバリ発展中であり、常に人材を求めている。更に想定している敵が魔神将およびその配下達なので、戦える人間は誰でもウェルカム。初心者や新人でも優しい先輩達がきっちり安全マージンを確保した上で指導・育成しているので安心だ。

 

「ではクリストフ、幾ら必要ですか?」

 

「全員分の懲罰金と、彼らの身支度や装備を整えてグランディーノに送り出すのに必要な支度金を合わせて、金貨10万枚ほどあれば十分かと」

 

 俺の質問に、既に計算を終えていたのであろうクリストフがすらすらと答える。俺は満足そうに頷き、彼に金貨の入った袋を手渡した。

 

「では、そのように手配なさい」

 

「かしこまりました、アルティリア様」

 

 よし、これで後はロイド達が領主との話を終えたら、この街でやる事は全て終了だな。

 色々あったが、一段落して何よりである。さて、俺も一旦宿に戻るとするか……と、そう考えていた時だった。

 

「ところでアルティリア様、一つ問題が……」

 

 クリストフがそんな事を口にした。え、まだ何かあったのか?

 見れば、クリストフは何だか言いにくい事を口に出す時のような態度で、他の団員達も気まずそうに目を逸らしている。

 一体何があったと言うんだ……!? 俺は急いで続きを促した。

 

「では、報告いたします……。実は、アレックス君とニーナちゃんが、部屋に立て篭もって出てきません。どうやらアルティリア様が相談も無しに外泊した事に対してお怒りのようで……」

 

 彼の報告を最後まで聞く事なく、俺は宿に向かって全力ダッシュした。

 

 流石に領主官邸から宿屋まで、一切休まずに全力で駆け抜けたせいで疲れたが、俺はそのまま階段を駆け上がって最上階まで辿り着いた。

 そして、俺が泊まっていた客室へと向かうと……ドアの前には手作り感満載のバリケードが張られており、その手前で数人の従業員がおろおろしている。彼らと目が合うと、すがるような目でこっちを見てきた。

 

「うちの子供達が申し訳ない。後は私に任せてください」

 

 彼らに謝罪をして、俺はバリケードを片付け……意を決して、客室のドアをノックした。

 

「この部屋はわれわれが占領した」

 

「われわれは脅しにはくっしない」

 

 すると、部屋の中にいる二人から、そんな返事が返ってきた。まるでテロリストのような言いぶりである。

 

「あー……二人共、ただいま。帰りが遅くなってごめんな。中に入れてもらっていいかな?」

 

 俺はドア越しに、アレックスとニーナにそう伝えた。するとドアが半開きになって、二人が隙間から顔を覗かせた。

 

「おかえり。ずいぶんと遅いお帰りだな母上」

 

「すぐ帰るって言ったのにね」

 

 ご機嫌斜めな表情で、二人は俺を責める言葉を口にした。

 

「それに関しては本当にすまない。ちょっと急ぎの用事が出来てだな……」

 

 それに対して、俺が思わずそう言うと……

 

「言い訳をする人間に進歩はないぞ」

 

「反省するように」

 

 そう言い残して、バタンと音を立ててドアが閉められた。

 俺は膝から崩れ落ちた。

 

 その後、平謝りして何とか許して貰った後、子供達の機嫌を取るために丸一日、付きっきりで一緒に遊ぶ事になり、イルスターの街での滞在期間が更に伸びる事になったのだった。

 

 畜生、これじゃあまるで俺が、子供達を放っておいて男と一緒に外泊して子供達に怒られるダメな母親みたいじゃないか。

 事実だけ切り取ると全くもってその通りなので反論のしようが無かった。深く反省して、今後はこのような事がないように努めたいと思う。



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第109話 深海からの呼び声※

 一隻の船が、海上を航行していた。船体の表面は金属装甲で覆われ、側面には砲がずらりと並んだ、大型の戦闘艦だ。マストに掲げられた旗や、装甲に刻まれたエンブレムを見れば、それがグランディーノの海上警備隊に所属する警備艦だとわかるだろう。

 その船の主は、海上警備隊に所属する若き士官、クロード=ミュラー。二十歳そこそこの、やや痩せ型で端正な顔立ちをした、銀髪の青年だ。

 彼が乗る船は、グランディーノを出航して北に進路を取り、ある海域を目指していた。

 

「艦長、まもなく目標の海域に到達します」

 

 部下の一人がクロードに近付き、そう言ってきた。

 

「ああ。戦闘準備は出来ているな?」

 

「はっ。いつでも戦えるように準備出来ております」

 

「よし」

 

 部下に頷きながら、クロードは警戒を強めた。

 彼らが目標としているのは、以前アルティリアが海に眠る亡霊の集合体である、巨大な亡霊戦艦と戦った、あの海域だ。クロードも、その戦いに参加していた。

 あれ以来、その周辺には幽霊船が――あの時のような規格外の物ではなく、あくまで通常の船くらいのサイズだが――頻繁に出没するようになっていた。

 幽霊船はそこを通る船を手当たり次第に襲撃する為、海上警備隊や船持ちの高位冒険者、それから近場の海賊団が幽霊船の討伐を行なっていた。

 海賊は、基本的に海上警備隊とは敵対関係にあるが、魔物や幽霊船は共通の敵である為、海に強大な敵が現れた時には協力する事もある。それに女神アルティリアが降臨して以来、グランディーノが経済的、軍事力に大きく強化された事や、元海賊であるロイド達が女神の神殿騎士として取り立てられた事によって、海賊達も歩み寄りの姿勢を見せており、関係は改善傾向にあった。

 

「艦長、前方に幽霊船が3隻、それから武装した民間船と海賊船が1隻ずつ、幽霊船と戦闘中です!」

 

 見張りがそのような報告をしてきた。民間船のほうはグランディーノで生産・販売されている装甲キャラック船であり、冒険者が乗っているようだ。海賊旗を掲げているほうの船はガレー船であり、幽霊船に接弦して白兵戦を挑んでいる。

 

「よし。我々も戦闘に参加するぞ! 砲撃戦用意!」

 

 海上警備隊の乗る船も幽霊船との戦いに加わり、遠距離から強力な砲撃を次々と浴びせ、幽霊船を粉砕した。

 心強い援軍を得た冒険者や海賊団も、海上警備隊と連動して幽霊船を撃破していく。

 その後も数隻の幽霊船がこの海域に出現したが、人間達の手によって次々と沈められていったのだった。

 

「それにしても多いな……。あの亡霊船長はアルティリア様たちに倒された筈だが、この海域には、まだ何かあるのだろうか……?」

 

 目に見える範囲にいた幽霊船を一掃し、周囲に漂っていた不気味な瘴気交じりの霧が晴れた事を確認した後に、クロードは波打つ海面をじっと見つめて、深い海の底へと思いを馳せた。

 船の上からでは見通す事のできないその場所……深く、暗い海底に意識を向けると、だんだんと吸い込まれそうになってくる。

 その時だった。クロードは一瞬、何かと目があったような……より正確に言うならば、意識のチャンネルが重なったような感覚を覚えた。

 

「ぐあっ…………!?」

 

 そして次の瞬間、クロードは海底に引きずりこまれ、心臓を鷲掴みにされたかのような、強烈なイメージに意識を支配され、思わず甲板に膝をついた。

 

「艦長!?」

 

「だ、大丈夫だ……!」

 

 こみ上げてくる嘔吐感や、滲み出る嫌な汗による嫌悪感、そして、それをもたらした原因である何かに対する恐怖を必死に堪えながら、クロードは部下達に撤収を指示した。

 

 いる。確実に、何かとてつもなくやばい存在が、海の底に潜んでいる。それは海上からそれに対して意識を向けたクロードの存在を察知し、こちらの存在を認識したのだ。クロードは直感で、それを確信した。

 クロードは生まれて初めて、海に対して恐怖を抱いた。

 

 それから、グランディーノに帰還した彼は、上司である海上警備隊の副長、グレイグ=バーンスタインに自分が感じたものを報告した。

 

「それが事実なら捨て置けぬ話だな。すぐにでもアルティリア様に報告すべき大事ではあるが、生憎とアルティリア様は現在、王都に向かっていらっしゃるため不在だ。すぐに人を送り、報告するとしよう。その間に、お前はあの方のところに相談に行って貰いたい」

 

 その指示を受け、海上警備隊本部を後にしたクロードは、街の外れにある神殿へと向かった。彼が向かったのは、アルティリアの神殿ではなく、この街にあるもうひとつの神殿であった。

 それは、死後の世界である冥界を統治する大神、冥王プルートを祀る冥王神殿であった。

 そこに住まうは、筆頭冥戒騎士フェイト。見た目は少女のようなあどけない顔立ちの小柄な少年だが、その実力は測り知れない。現在はグランディーノに滞在しているが、彼は本来ならば冥王の側近であり、彼の指揮下にある冥戒騎士を纏める立場にある英雄だ。

 そんなアルティリアに並ぶグランディーノの最強戦力の片割れが街に残っている事実は、クロードにとってこの上なく頼もしい事だった。

 

 冥王神殿を訪れたクロードは、あの場所で感じた事の全てをフェイトに報告した。それに対して、フェイトは次のように述べた。

 

「実はあの海域については、私も気になっていた。あの亡霊船長を覚えているな?」

 

 彼が口にしたのは、言うまでもなく、あの巨大な亡霊戦艦を操っていた存在だ。

 

「あの者は我らに倒された後、海底へと沈んだが……あの時点では完全には滅んではいなかったように思える。しかしあの戦いの後にすぐ、あの者は滅びを迎え、冥界を訪れたようだ。そして奴について、冥王様が気になる事をおっしゃっていた。まるで人が変わったように、何かに怯えていた……と」

 

 最後まで往生際が悪く、足掻いていた姿からは想像もできない様子ではある、が……それは逆説的に言えば、

 

「そうなってしまう程の、何かが奴の身に起きたと考えるのが自然だ。君が感じたものと合わせて考えれば……」

 

「あの亡霊船長は、私が一瞬だけ感知した何かに襲われて、トドメを刺された……という事ですか」

 

「恐らくそうだろう。肝心の奴が恐慌状態にあって、その事については一切話そうとしなかった為、憶測でしかないが……。一刻も早く現地に行って調査をしてみたいところだが、残念ながら私はアルティリア様と違って、水中での活動は不得手だからな……」

 

 フェイトは少し考え込んだ後に、顔を上げてクロードに言った。

 

「一度冥界に戻るゆえ、しばし留守にする。冥王様を通して、海神……ネプチューン様の御力を借りる事が出来ないか、相談してみよう」

 

「わかりました。よろしくお願いします」

 

「私とアルティリア様が共に不在となる為、よからぬ事を企む輩が出てこないとも限らない。この街の事をよろしく頼む」

 

 こうしてフェイトは冥界に一時帰還し、冥王の協力を仰ぐ運びとなった。

 

 

 

 そして一方その頃、グランディーノの遥か北に位置する絶海の孤島、エリュシオン島では……

 

「キング、おいキング! 寝てんのか?」

 

「最近多いですね、キングの寝落ち。疲れてるんでしょうか」

 

 大海を一望できる岬の先端にて、海に向かって座り、目を閉じて静かな眠りに落ちている黒い髪の小人族の男……うみきんぐに、赤い髪の巨人族の男が揺すっていた。その名の通り、屈強で巨大な体を持つ巨人族の中でも特に大柄で筋肉質の男、バルバロッサだ。その隣には騎士甲冑を着て、背中に純白の槍を背負った金髪の人間族の少年……クロノも居る。

 

「む……? 眠っていたのか、俺は」

 

 バルバロッサの大声と、体を揺すられる感覚によって、うみきんぐが目を覚ました。

 

「おうキング、起きたか!」

 

「キング、大丈夫ですか? どこか体調でも悪いんじゃあ……」

 

「……平気だ。確かにあまり調子は良くないが、そこまで深刻なものじゃない。少し、力を使い果たして疲れているだけだ。少し休めばすぐに良くなるさ。何故なら俺は……キングだからだ!」

 

 いつもの調子でふんぞり返って宣言するうみきんぐであったが、付き合いの長い二人にはそれが空元気である事がすぐに分かった。いつもより動きのキレが悪く、声に張りがなかったからだ。

 

「そんな事よりも、二人とも久しぶりだな。少しはゲームをする余裕が出来たのか?」

 

 再会を喜ぶように、うみきんぐが笑顔を浮かべた。彼が言うように、バルバロッサとクロノは事情により、ここ数週間はLAOへのログイン率が大きく低下していた。

 

「まあな。三人目だから、前の時に比べりゃあ全然マシよ。といっても、しばらくは前みたいに毎日来る訳にもいかねぇだろうがよ」

 

 バルバロッサの理由は、妻の出産と育児によるものだった。彼は現実世界でも筋肉モリモリ、マッチョマンの中年男性であり、このたび目出度く三児の父となった。

 

「こっちもセンター試験は終わって、手応えは上々です。卒業や引っ越しで、もうしばらくは忙しくなりそうですが」

 

 クロノは現在、高校三年生であり、今年度に入ってから徐々にログイン率が低下してきており、特にここ最近は大学受験や卒業、引っ越しで多忙であった。

 

「そうか。まあ、無理はせずにリアルの生活を優先して、余裕ができたらまた遊びに来るといい。俺はいつでもここで待っているからな」

 

 うみきんぐがそう言うと、バルバロッサがニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「だが俺達も居なくなると、キングが寂しがるんじゃないかと思ってなあ。アルティリアの奴も遠くに行っちまったし」

 

 すると、クロノもそれに続いて悪ノリを開始した。

 

「あ、もしかしてキングが調子悪そうにしてたのって寂しかったからなんですか? 意外と繊細なんですね」

 

 彼らの揶揄いを受け、うみきんぐは飛び上がるように、勢いよく立ち上がった。

 

「よーし良い度胸だカス共。闘技場(アリーナ)に行こうぜ……久しぶりにキレちまったよ」

 

 そう告げて、歩き出そうとした時だった。

 突然、うみきんぐは何かを感じ取ったのか、驚愕の表情と共に、南方に広がる海の方向へと顔を向け……そして、一言呟いた。

 

「今の感覚は……!」

 

 そして険しい表情で歯を食いしばり、拳を血が出るほどに強く握りしめて、遥か遠くを睨みつけた。

 

「き、キング……!?」

 

 バルバロッサとクロノは、うみきんぐの様子を見て困惑する。それは彼らが見た事のない、明確な怒気と殺気を漲らせた覇王の姿であった。

 

「眠気が吹き飛んだ。悪いがしばらく修行(レベリング)に没頭するので留守にするぞ。二人共、落ち着いたらまた会おう」

 

 そう言い残して、うみきんぐは岬の先から海に向かって飛びこみ、一瞬でその姿が見えなくなった。

 残された二人は、顔を見合わせ……

 

「どうやら、何か只事じゃねえ何かがあったみてえだな……」

 

「アルさん関連ですかね……?」

 

「どうかな。無関係じゃあねえと思うが、どうもキング本人にとって、かなり重い因縁がありそうだったが……」

 

「俺達も、いつでも動けるようにしておいたほうが良さそうですね」

 

「おうよ。忙しいだろうが、いつでもディスコ繋げられるようにしとけよ」

 

「了解です。それじゃあまた」

 

「ああ」

 

 こうして、グランディーノを離れた女神(アルティリア)の知らないところで、何かが動き出そうとしていたのだった……。



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第110話 おい、決闘しろよ

 ワインの名産地、イルスターの街に滞在すること数日。予定よりも長い滞在期間になったが、いよいよ出発する時がやってきた。

 

「アルティリア様、此度は大変お世話になりました。この御恩は一生忘れません」

 

 一家を代表して、そう言って俺に向かって頭を下げたのは、ウィリアム=アストレア。ロイドの弟だった。

 彼ら一家をイルスターの街に連れてきた後に家族で話し合いをした結果、ウィリアムと彼の母親のエレナはこの街に残り、ゴドリック子爵と一緒に暮らす事にしたそうだ。

 そしてウィリアムは、エレナ以外の子は既に亡く、本人も年老いて弱っている子爵の跡継ぎになる予定だそうな。

 

「僕には父や兄のような武の才はありませんでしたが、政の道で祖父の跡を継ぎ、家族やこの地に住む人々を助けていきたいと思います」

 

 ウィリアムはそう言い、静かな決意を滲ませた。

 

「ウィル、母さんとお爺様を頼んだぞ」

 

「任せてください、兄さん」

 

「ロイド、どうか体に気をつけてね……」

 

 力強く頷く弟と、心配そうに見つめる母に頷いた後に、ロイドはその後ろに控える人物へと視線を送った。

 ゴドリック子爵だ。数日前に目を覚まし、起き上がって事情を知った彼には、逆にこっちが気の毒になるくらいに随分と頭を下げられたものだ。

 

「ロイド……お前にも本当にすまない事をした」

 

「もう良いのです、お爺様。そのおかげで、こうして家族が集まる事が出来たのですから」

 

「ああ……そうだなぁ。こんなに嬉しい事はない……」

 

 ロイドの言葉を聞いて、子爵はゆっくりと頷きながら涙を流していた。

 

 ちなみにもう一人の家族、ロイドの妹のエレナ=アストレアは、既にこの街には居ない。彼女はグランディーノで仕事を探すと言って、既に馬車でグランディーノに向かっていた。

 どうも彼女は地元では商店で働く看板娘だったようなので、絶賛発展中で商売が盛んなグランディーノで、自分の力を試したくなったようだ。いつかグランディーノで一番の商人になると言っていたが、はたしてどうなる事やら。ま、向こうに帰ったら顔を合わせる機会もあるだろう。

 

 そんな感じに領主一家の見送りを受けた俺達は、馬車に乗り込んだ。

 予定以上に長期滞在になった為、馬車に積んでいた生鮮食品などの食料品はこの街の交易所で売却し、代わりにこの街の名産品であるワインを購入し、馬車や装備のメンテナンス、生活用品の購入も全て終え、出発の準備は万端だ。

 イルスターの街を後にした俺達は王都に向けて、街道を南へと進んだ。

 

 

     *

 

 

 それからの旅は特に何事もなく――多少のモンスターや賊の襲撃があったり、道中の村で起こった問題を解決したりはしたが、大して苦労もしなかったので詳細は割愛する――旅は順調に進み、イルスターの街を出立してから数日後、俺達は王都の北に位置する関所へと辿り着いていた。

 峡谷……つまり切り立った崖の間に出来た谷の間に、堅牢な白亜の城壁が高くそびえ立つこの関所は、王都の北方を魔物などの敵対者から守護する難攻不落の城塞として知られている場所だ。

 そして、難攻不落の要塞を守護するのは王国軍に属する部隊。王国軍は貴族諸侯の指揮下にある領邦軍とは異なり、その名の通りに国家と王に仕え、有事の際には国王や王家の人間が指揮し、軍団の中心となる精鋭達である。

 北部から王都に直通するルートは全て、最終的にはこの場所に行き着く事になる為、王都を目指すならば、この関所は必ず通る事になる。そして、ここを通過すれば王都までもうすぐだ。

 

「なるほど。話に聞くだけあって、正攻法で落とすには骨が折れそうだ」

 

 関所というより、まるで砦だ。まあ、実際に攻めるとなれば色々と思いつく手段はあるが……俺が軍を指揮して攻め落とすならば、正面から力押しは避けたいと思う程度には守りが堅い。それならそれで、他にいくらでもやりようはあるけどな。

 

「うおおっ、何だあの立派な馬車の行列は!? あんなの見た事がないぞ」

 

「どこかのお貴族様かのう?」

 

「何だ、あんたら知らないのか? 今、王都じゃあ北から女神様が来られるって噂になってるそうだぜ。恐らく、あれに乗っているのがそうなのだろう」

 

 関所の前には、順番待ちをしている人が多く並んでおり、彼らが俺達の乗る馬車を見て、噂をしている声が耳に飛び込んできた。

 すると騒ぎを聞きつけたのか、関所から揃いの甲冑と兜を身につけ、帯剣した兵士達がぞろぞろと現れて、俺達の馬車に近付いてきた。

 

「女神アルティリア様とケッヘル伯爵様、神殿騎士の皆様ですね。どうぞこちらへ」

 

 兵士達に案内され、俺達は馬車に乗ったまま、あっさりと関所の門を通過した。

 並んで順番待ちをしている人々にとっては不公平に見えるかもしれないが、あそこに居たままだと騒ぎが大きくなる恐れがあった為、仕方が無いだろう。勿論、女神の俺や大貴族のケッヘル伯爵を長時間待たせる訳にはいかないという思惑もあっての事だろうが。

 

「念の為、お荷物を(あらた)めさせていただいてよろしいでしょうか?」

 

「勿論構いません。よろしくお願いします」

 

 とはいえ、万が一にも禁制品や危険物の持ち込みがあってはいけない為、荷物のチェックをするのは当然の事であり、それが彼ら兵士達の仕事なのだから、文句などつけられる筈もない。

 関所を通過したところで馬車を路肩に停車させて、俺達は荷物検査を受ける事になった。

 

「こちらの積荷は交易品ですか?」

 

「はい。こちらが交易所から発行された目録と保証書になります」

 

「拝見いたします。……………はい、問題ありません。やはりグランディーノ交易所の文書は良いですね。他よりも内容が詳細で、それでいて読みやすい。この紙の手触りも良いですね」

 

 お、この兵士君はよく分かってるじゃないか。こういった文書の書式は俺が原案を作成し、それを元に街の官僚や事務員の皆さんから意見を集めながら、より使いやすく、読みやすいように洗練させていった物である。それと、俺自身が信者向けに技能書(スキルブック)を執筆・発行している事もあって、品質にはこだわっているのだ。

 ちなみに俺が発行している技能書『アルティリアのよくわかる〇〇シリーズ』は全て重版がかかっているベストセラーだ。最も売れているのは、小学生レベルの算数について書いた『よくわかる算術の初歩』、野営や野外活動、街の外において緊急時に生存・帰還する為に取るべき行動、避けるべき行動について書いた『よくわかるサバイバルの基本』、港町であるグランディーノではお馴染みの新鮮な魚介を使ったレシピを多数記した『よくわかる家庭料理 魚料理編』等である。

 ちなみにグランディーノ・レンハイム等のケッヘル伯爵領内の書店でしか販売されていない為、お求めの際はそちらに足をお運びください。

 ちなみに『よくわかる弾道学』『よくわかる兵法』の2冊については、絶対に領外、特に帝国には持ち出さないようにという命令が出されているとか。まあ書かれている内容を考えれば頷ける話ではあるのだが。

 

 さて、荷物の検査も粗方終わって、そろそろ出発できるかといった時だった。俺の長くてよく聞こえる耳が、少し離れた場所の話し声を拾った。

 

「おい貴様、何だこの騒ぎは? 原因はあっちに停まってる複数の馬車か?」

 

「大佐殿……三日前に通達があった、女神様の御一行です。現在、お荷物を検めさせていただいております」

 

「ああ……そう言やぁ、何か将軍が朝礼でそんな事言ってたか……?」

 

「はぁ……やっぱ真面目に聞いてなかったよコイツ……いつもの事だけどさ……」

 

 大佐と呼ばれた男がそう言ったのに対して、彼と話していた兵士が聞こえないように、ごく小さい声で呟いた。俺の耳には丸聞こえだが。

 

「ん? なんか言ったかぁ?」

 

「いえ、何も」

 

「それにしても女神ねぇ……? 眉唾物だが、まあ本物か偽物かなんざどうだって良い。問題は美人か、そうじゃないかだ。で、どうなんだ?」

 

 美人だよ(自画自賛)。

 それにしてもこの大佐と呼ばれている男は、なかなか人格に難がある人物のようだ。

 

「大佐殿! その言い様は不敬では……!」

 

「あ? てめえ誰に意見してんだ。いいからさっさと答えやがれ」

 

「……ッ! ……いえ、女神様の御姿は誰も拝見しておりません」

 

「チッ、使えねえ。まあいい、俺が直接見てきてやる。あの、先頭の一番豪華な馬車の中だな?」

 

「大佐殿! 貴い御方の馬車を勝手に開け、御姿を見るなど我々には……ぐあっ!」

 

 殴打音と、人が地面に倒れる音がした。

 

「てめえ、さっきから上官に対してゴチャゴチャ意見しやがって、何様のつもりだ! この俺をなめてんのか!」

 

 その怒鳴り声は、俺でなくても聞き取れた事だろう。馬車の周りに居る兵士からも、

 

「何だ……? またボルカノ大佐が騒いでるのか?」

 

「あの人は本当に……勘弁してくれよ……名門出身で大きな武功を立てて、王子の後ろ盾があるからって、いつもやりたい放題しやがって……」

 

「何もこんな時に……おい、誰か手が空いてる奴いたら、急いで副官殿を呼んできてくれ! 流石に今騒ぎを起こされるのは非常にまずい!」

 

 と、次々に声が上がっていた。

 俺の向かいの席座っていたニーナは、聞こえていた怒鳴り声に猫耳を畳んで警戒を強めており、その隣に座るアレックスは腰を浮かせて、臨戦態勢に入っている。

 

「大佐殿! お下がりください!」

 

「いけません大佐殿!」

 

「ええい、やかましいぞ貴様ら! 上官に楯突くつもりか!」

 

 聞こえてくる声や音から、大佐が兵士達を突き飛ばしながらこちらに向かって近付いてきているようだ。

 そして彼が馬車に接近しようとしたが、そこに立ち塞がる者がいた。つい先程まで、馬車の外で兵士と話していたロイドだ。

 

「お待ちを。女神様への狼藉は見過ごせません。それ以上近付くのならば剣を抜きます。お下がり下さい」

 

 刀の柄に手をかけ、馬車の扉を遮るように立つロイドがそう警告した。それと同時に、他の海神騎士団のメンバーも、いつでも武器を抜けるように身構えているようだ。

 アレックスも拳を握り、馬車の外に飛び出そうとしている。俺はそれを、肩をポンと叩いて止めた。

 

「なんだとぉ……? って、おい貴様、まさかロイド=アストレアか?」

 

 なんと、この男はロイドの事を知っていたようだ。イルスターの街でのゴドリック子爵といい、旅に出てからはロイドに縁のある者と会う機会が多いな。

 しかしゴドリック子爵の時とは違って今回のこれは、縁は縁でも悪縁のようだが。

 

「……どうも、お久しぶりですねボルカノ中佐……いえ、今は大佐でしたか」

 

「これは驚いた。軍を追放された横領野郎が、随分とまあ立派な神殿騎士様に化けたじゃねえか。……で? 今度はどんな不正をして、女神様に取り入ったんだ?」

 

「あれは濡れ衣であると申したはずです。今も、かつて貴方の部下だった時も、私は誓って不正など働いてはおりません」

 

「ふん……強情なのは相変わらずか。軍に居場所を無くして追い出されても、性根は変わらんと見える。六年前にも言ったが……やはりあの男の息子か、血は争えんなぁ!」

 

「結構。例え反逆者と呼ばれ蔑まれようとも、私は父上の息子である事を誇りに思っている。貴方の言葉など、もう私の心には何も響かない。……もう一度だけ警告します。お引き取りください」

 

 ロイドの過去については……詳しくは知らず、過去に王国軍に所属していて、横領の濡れ衣を着せられて軍を追放された事を軽く聞いた程度だが、その時に目の前の男から同じ罵声を浴びせられた時は、大層傷ついたのだろうと想像がつく。

 しかし、どうやらイルスターの街での一件で、ロイドの中にあった父親への蟠りは完全に無くなったようだ。口汚く罵られても、全く動じていない。精神的に一皮剥けた、より大きくなったみたいだな。

 

「きっ、貴様……この俺に向かってよくもそのような口を! 分かっているのか、貴様! この俺は第一王子アンドリュー殿下の覚えもめでたい、王国軍大佐ボルカノ=カンパーノ様だぞ!」

 

 さて……そろそろ馬鹿が大声で馬鹿な事を言ってるのを聞くのも飽きてきたところだ。俺は座席から立ち上がり、ドア越しにロイドに声をかけた。

 

「ロイド、扉を開けなさい。どうやらその男は私の姿を見たいようだ。ならば見せてさしあげよう」

 

「アルティリア様、よろしいのですか?」

 

「構いません。扉を開けなさい」

 

「……仰せのままに」

 

 ロイドが馬車の扉を開く。俺は子供達に、中に居るように伝えた後に、颯爽と大地へと降り立った。

 

「ボルカノとやら、これで満足か」

 

 俺は目の前に居る、頭髪が薄い三十代半ば程の筋肉達磨を見下ろすように冷たい視線を向けて、そう言い放った。

 ボルカノ大佐は少し腹は出ているが、流石に武功を重ねている軍人だけあって、よく鍛えられているようだ。軍人や戦士としては、まあ無能ではないのだろう。

 だが今までの言動から既に明らかではあるが、人間としてはだいぶ……いや、相当にアレな人物のようだ。今も視線が俺の顔から下のほうへと向かって動いていき、ある一点で止まって顔がだらしなく緩んでいる。

 

 俺は隣に立つロイドに向かって言った。

 

「ロイド、手袋を」

 

「アルティリア様!? 何も自ら手を下さずとも、そのような事は私が……」

 

「構わん。私がやると言っているのだ」

 

 俺は決断的にそう言ってのけた。俺の意志が固いと見て、ロイドはうやうやしく跪いて、俺に向かって汚れひとつ無い、純白の手袋を献上した。

 俺は右手でそれを受け取り……ボルカノ大佐の顔面に向かって、勢いよく投げつけた。

 

「この私に対する不愉快な視線は、まあ赦そう。権力を笠に着ての横暴も、実に気に入らんがわざわざ手を下す程でもない。しかしそれらに加えて我が騎士に対する再三の侮辱とあっては、最早赦し難い」

 

 突然の事態に目を白黒させている彼に向かって、俺は言った。

 

「拾え。貴様に決闘を申し込む」



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第111話 王国軍人に対するインタビュー記録※

「あの時の事ですか……ええ、よく覚えていますよ」

 

 後日の昼下がり、グランディーノから来たという記者の取材に対して、王都北関門の守備隊に勤務する王国軍准尉(23歳・男性)はそう答えた。

 

「ボルカノ大佐……いえ、元大佐ですね。彼が女神様に決闘を申し込まれた時の狼狽え様といったら、今思い出しても笑えますよ。必死な顔で苦しい言い訳を繰り返していました」

 

「ですが、女神様はそれを一蹴されました。決闘を拒否するのであれば、今この場でロイド=アストレア殿に対する侮辱を撤回し、彼に対して謝罪をするように申しつけたのですが……まあ、自尊心と虚栄心の塊のようなあの男が、それを受け入れる筈もないですよね」

 

「それで、結局ボルカノは進退窮まって決闘を受ける事になったのですが……そこで奴は臆面も無く、決闘を受ける条件としてハンデを要求しました。『わかりました、かくなる上は潔く決闘の申し込みをお受けしましょう。しかしながら、決闘とは対等な条件にて行われるべき物。貴女だけが魔法や神の力を行使して遠くから一方的に攻撃したり、強力な装備や道具を使えるのは些か不公平なのでは?』などと。したたかと言うべきか、恥知らずと言うべきか……」

 

 ――それに対して女神はどう答えた?

 

「女神様は全く気にもしていない様子で、ボルカノの要求を受け入れました。『いいだろう。私は魔法も奇跡も行使しないと誓おう。武器や防具も必要ない。素手で相手をしてやろう』と」

 

「えっ? そこまで譲歩して大丈夫なのかって? ハハッ……いやいや、ボルカノの奴も、それを聞いた途端にさっきまで狼狽え、怯えていたのがまるで無かったかのようにイキイキと、自分が勝った時はどうするのか等と訊ねたりしていましたが……その程度のハンデ、あの方にとっては無いも同然ですよ」

 

「女神様は『お前が勝った時には何でも要求を飲もう。殺すなり犯すなり好きにするがいい。ただし私が勝ったら、お前には質問に答えて貰う』と言い、ボルカノもそれを承諾しました」

 

 そして、いよいよ決闘が始まった。その戦いがどのようなものだったかと記者が問いかけると……

 

「いやいや、そもそも戦いになんてなりませんでしたよ。一撃です。開始の合図がされ、ボルカノが剣を構えて斬りかかろうとした瞬間に、アルティリア様が放った拳でボルカノが吹っ飛ばされて、それで終わり。あそこ、見えるでしょう?」

 

 そう言って少尉が指差したのは、関門の白く高い壁に刻み込まれた、人型にへこんだ箇所であった。

 

「あれが、ボルカノが吹っ飛ばされて叩き付けられた痕です。元々立ってたのがあのあたりだから……まあ、100メートル以上飛んでますね」

 

 その人型の痕は、今では観光名所として多くの人が見学に訪れている。すぐ隣には石碑があり、『ボルカノ打痕 女神アルティリア様を怒らせ、打擲された愚か者が叩き付けられた痕である。後世の人々への教訓の為、この後は修繕せずに残す事とする』という文章が刻まれていた。

 ボルカノは、実に不名誉な形で後世に名を残す事になりそうだ。

 

 ――成る程、あれが噂の。後でじっくりと見学させていただきます。ところで、あんな痕が残るほどの勢いで壁に叩き付けられたボルカノは大丈夫だったのですか?

 

「いや、もう全身ズタボロの血まみれでしたが、女神様が手をかざして魔法を使われると、奴の怪我はあっという間に無くなりました。私も軍人ですので、戦いや訓練で怪我をして、神官の方々が使う治癒魔法のお世話になる事はあるのですが……女神様が使われた魔法は、私が知るそれとは次元が違いましたね」

 

 ――その後はどうなりましたか?

 

「決闘……と呼べるか怪しいくらいの一方的な展開でしたが、女神様が勝利した為、ボルカノに対して質問をされましたよ。その内容は、『6年前にロイドが軍を追放された事件について、知っている事を全て話せ』というものでした。それに対してボルカノはロイド殿を指差しながら、あの男が全て悪い、自分は何も知らないと、この期に及んでみっともなく苦しい言い訳を重ねていましたが……その時、不思議な事が起きたのです」

 

 ――いったい何が?

 

「突然、女神様が指をボルカノの頭部に突き入れたのです。すると、ボルカノは先程までとはうって変わって、本当の事を白状し始めました。その内容は……既にご存知ですよね?」

 

 アルティリアが秘孔を突いた事によって、自分の意志とは無関係に質問に対して本当の事を答えるようになったボルカノは、自白を始めた。

 曰く、若く優秀で、めきめきと頭角を現していたロイドが目障りだった。今は亡きロイドの父ジョシュアに対しても、若い頃に槍試合や軍事演習でコテンパンに負けた事があって恨んでおり、彼に生き写しなロイドを貶めてやろうと思った。自分が行なっていた横領や違法行為を、ロイドがやったように見せる為に偽の証拠を作らせ、賄賂をばら撒いて複数の高官に偽りの証言をさせた。

 そんな醜悪極まりない陰謀を本人の口から聞かされた兵士達は、怒りに震えた。

 ボルカノが起こした騒ぎを聞きつけ、決闘を見る為に集まっていた通行人達も、軍上層部の腐敗ぶりに怒りや嘆き、呆れといった様々な負の感情を抱いた。

 

 奴を逮捕しろ!

 誰かが叫んだその言葉を皮切りに、その場に居た兵士達が一斉にボルカノを包囲する為に動き出した。

 

「知っての通り、ボルカノは逮捕されて失脚。彼の不正に関わっていた軍上層部の人間や役人も、後日一人残らず逮捕されました。軍に対する国民の信頼を損なう事件ではありましたが、汚職に関わっていた者達が一掃された事で、健全な体制になって再出発する事ができました」

 

 ――その後、女神様はどうされたのですか?

 

「予定通り、王都へと向かわれました。ですが……」

 

 ――何か問題が?

 

「あの御方の勇姿を見た民や、兵士達までもが女神様について行こうとして、ちょっとした騒動が起こりましてね。結局、関所を通過した人々と護衛の兵士達も加わって、大所帯で王都へと向かう事になりました」

 

 ――そのような事が。ところで、貴方はその時には……

 

「勿論、女神様の供をして王都へと向かいました」

 

 ――実に羨ましい。その時の事もぜひお聞かせいただきたいのですが……

 

「そうしたいのはやまやまですが、もう昼休みが終わるので、また後日にでも」

 

 ――わかりました。本日はお忙しいところ、本当にありがとうございました。



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第112話 王都到着

 ボルカノとの決闘は終わった。結果はもちろん俺の完勝である。開始早々にワンパンで吹っ飛ばして関所の壁にめり込ませてやって、終わりだ。

 ちなみに決闘を行なう前に、俺が勝利した場合は質問に対して正直に答えるという条件を飲ませたので、俺はさっそく奴に回復魔法をかけた後に、尋問を開始した。

 

「では約束通り、質問に答えてもらいましょうか。6年前にロイドが軍を追放されたという件について、知っている事を全て話しなさい」

 

「し、知らん! あの男が勝手にやった事だ! 俺は悪くない!」

 

 俺の問いに対してボルカノは次々と、誰の目にも明らかに嘘と分かるような苦しい言い逃れをして、正直に答える事は無かった。

 決闘の取り決めを反故にするとなれば、これは首を刎ねられても仕方なかろうなぁ……

 正直そうしてやっても良かったのだが、その前に……真実を明らかにする必要がある。

 というわけで、キング直伝の点穴術によって、秘孔の一つを指でブスリと突き刺した。

 

「ぐえっ! なっ、何を……」

 

「経絡秘孔の一つを突いた。お前は自分の意志とは無関係に口を割る。では改めて質問だ。6年前にロイドが軍を追放された件について、知っている事を全て答えろ。はっきりと、大きな声でだ」

 

「はい! 若くして頭角を現しており、清廉で正義感が強い部下のロイド=アストレアが目障りになってきた為、自分のやっていた不正の罪をそのまま奴に着せて陥れました! 証人として何人もの同僚や上司、監査の役人にまで賄賂を贈って偽の証拠もしっかり捏造し、なかなか手痛い出費になりましたが手回しはバッチリです! また、奴の父であるジョシュア=ランチェスターには若い頃から演習や槍試合で一度も勝てた事がなく、奴は皆に慕われていたのに対して自分は嫌われ者で、いつも苦々しく思っていた為、奴の息子であるロイドの名誉を貶めて追放してやった事で、実にスッキリした気分になりました! ざまあみろ!」

 

 ボルカノがとても良い笑顔でそんな自白を終えたのと同時に、俺は秘孔から指を抜いた。すると、ボルカノが糸の切れた操り人形のように力を失い、地面に倒れ伏した。

 

「……ですってよ、兵士さん達?」

 

 俺が水を向けると、ボルカノのあまりの言い様に呆気に取られていた兵士達は我に返り……

 

「奴を拘束しろおおおお!」

 

 一人がそう叫ぶと、一斉に動き出してボルカノを縄で縛り上げた。

 また、周囲には騒ぎを聞きつけた人々が多く集まっていた。ここは北へと向かう交通の要所の為、通行人の数は多い。彼らもボルカノが大声で口にした自白の内容をばっちり聞いていた為、口々に噂話を始めていた。

 

「なんて野郎だ。あんなクソみてぇな奴が高い地位にあって、こんな要所の責任者をしているだなんて、軍の体制は一体どうなってるんだ」

 

「ボルカノの野郎、ざまあ見やがれ。あの野郎、いつも難癖を付けて俺達商人から賄賂を受け取ろうとしやがってたからな。いつかこうなると思ってたぜ」

 

「それにしても、あの方が北部に現れたという女神様か……なんという強さだろうか。あのボルカノがまるで子供扱いだったぞ」

 

「何にせよ女神様のおかげで不正は暴かれ、ボルカノは失脚したんだ。これからは、この関所も使いやすくなるだろう」

 

「ああ全くだ! 女神様万歳!」

 

「女神様万歳!」

 

 噂話はいつしか、俺を讃える声へと変わっていた。集まった人々や兵士達から、大量の信仰心が俺に向かって一気に集まってくる。

 あーっお客様! 困りますお客様! あーっ困りますお客様! 大量の信仰を一気に送るのはお止めくださいお客様! あーっお客様! ちょっと加減して下さいお客様! あーっ!

 

 

 そんなわけで俺達は、兵士さん達や通行人の皆さんを引き連れて、まるで大名行列みたいな状態になって王都へと向かったのだった。

 

 王都ローランディアは、ローランド王国の中央部にある大都市である。周辺の大部分が山や丘陵で囲まれた盆地に位置しており、四方にはついさっき通ってきた堅牢な関門が設けられている。

 その為、関所の内側である王都の領域内には侵入してくる外敵はおらず、王の直轄地だけあって豊かで、治安も悪くないため盗賊の類もあまり出る事がない。街の外に魔物は出現するものの、大して強くないものばかりのようだ。

 つまり、平和という事だ。実に羨ましい事である。俺が住んでるグランディーノなんか、週イチくらいのペースで陸と海から魔物の大群が押し寄せる危険地帯と化しているというのに。

 まあ俺が出るまでもなく殲滅されて、連中から採れた素材のおかげで街が潤い、冒険者や兵士達の装備が強化されているが。

 

 さて、そんな王都ローランディアに、ようやく到着した俺達は、街の入口で簡単な検査を受けた後に、王都に入る事を許された。

 関所の兵士達が口利きをしてくれたおかげで、時間が短縮できたのは有難い事だ。

 

「それでは女神様とお連れの皆様、我々はこれで失礼いたします」

 

 ボルカノを護送している兵士達が、俺の乗る馬車に向かって敬礼をした。俺は馬車の窓を開けて、彼らに顔を覗かせた。

 

「ご苦労様です。我々はしばらく王都に滞在する予定なので、何かあれば神殿に顔を出しなさい」

 

「ははっ! 必ずや、後日改めて礼拝に向かわせていただきます!」

 

 そう言って、兵士達は去っていった。

 そして、それと入れ替わるようにして、俺達の前に姿を現した一団があった。それは、揃いの白い鎧に身を包んだ騎士の集団だった。

 

 彼らは、王都の大神殿に勤める神殿騎士(テンプルナイト)達だった。どうやら迎えに来てくれたようなので、彼らに案内されて、俺達は王都に新しく建設されたという、俺の神殿へと向かったのだった。



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第113話 謎の女騎士フルアーマードエルフ

 王都ローランディアに到着してから、一日が経った。

 アレックスとニーナは兄妹揃って、朝食を終えてすぐに外へと遊びに行った。ちなみに今日の朝食は、ラピュタに出てきた異様に美味そうな目玉焼きを乗せたトーストとサラダ、それからコーンポタージュスープである。

 季節は冬真っ盛りで、王都の気候はグランディーノに比べるとだいぶ寒いのだが、子供達は気にした様子もなく、元気に外へ駆けていった。俺が編んだニット帽(獣耳を外に出せるように、耳の部分は開けられるようにしてある)とマフラーを着用しているので、まあ心配はないだろう。

 

 ケッヘル伯爵と彼が連れてきた兵士は、王都にある彼の邸宅に滞在している。まあ大貴族だし、当然首都に家くらい持ってるわな。

 いつでも訪ねて来てくださいと言っていたので、そのうち遊びに行こうと思う。

 

 うちの騎士達は、王都の神殿のすぐ隣に騎士団の詰所が建てられていたので、そちらに滞在中だ。彼らも朝食を終えた後に、俺のところに挨拶に来て、そのまま出かけていった。どうやら、王都の神殿騎士達との合同訓練を行なうらしい。

 うちの連中も結成以来、何度も強敵と戦ってきて実力はかなり上がってきたと思うが、先輩騎士達に稽古をつけて貰う事で得られる物もあるだろう。

 

 さて、そんなわけで俺は一人で神殿に取り残されていた。ぶっちゃけ暇である。

 

「というわけで遊びに行ってくるぜ。留守番は任せた」

 

 俺は水精霊(ウンディーネ)共に留守を任せて、颯爽と神殿を飛び出……そうとしたところで、水精霊に呼び止められた。

 

「お待ちくださいアルティリア様。貴女様は今、王都のそこらじゅうで噂になっている有名人な上に、無駄に目立つ容姿をしています。そのまま外に出たら騒ぎになるのでは?」

 

「それについては良い考えがある。任せておけ」

 

 俺はそう言って、道具袋からアイテムを取り出した。

 『ホーリーナイトアーマー』『ホーリーナイトヘルム』『ホーリーナイトガントレット』『ホーリーナイトグリーブ』の四つがセットになった、ホーリーナイトアバター装備一式である。

 これはその名の通りに、聖騎士をイメージした衣装(アバター)装備であり、金属製の全身鎧(フルプレートアーマー)と顔を覆い隠す兜といった装いのため、身バレ防止にはもってこいである。

 そんな重装備の元々の色は白がベースになっているが、俺は自身のイメージカラーである青系の色に染色している。

 ちなみに、衣装装備であるため厳つい外見に反して、この鎧自体の防御力は皆無である。あくまで見た目を変える為のアイテムなので、着用する際には注意が必要だ。

 

 着用する際に、俺の身体に合わせてサイズが自動で調整される都合上、胸の部分が大きく突き出している為、女である事はばれそうだが、まあ顔は隠れているし、知らない人が見てもバレる心配は無いだろう。

 

「よし。それじゃあ王都見学に行くぞー!」

 

 俺は金属鎧をガシャガシャと鳴らしながら、神殿の外へと足を踏み出した。

 

 

     *

 

 

「うーん、なかなか賑わっているな」

 

 俺の神殿は、広い王都のほぼド真ん中に建てられており、神殿を出ると中心に噴水のある、大きな広場があった。

 元々、この広場は出店を出す人や、待ち合わせをする人で賑わっていたそうだが、最近になって俺の神殿が出来た事で、多くの見物客や礼拝に訪れる人でますます人が集まるようになったとか。

 噴水の前には待ち合わせをしていたらしきカップルや、聴衆を前に楽器を演奏し、詩を唄う吟遊詩人の姿がある。おっと、向こうに居るのは大道芸人かな?

 さすがに首都だけあって、グランディーノよりも通行人の数が多い。老若男女、様々な人が行き交う様は、この街の平和さと豊かさを表している。

 そんな人々が、神殿から出てきた俺に向かって、一斉に視線を送ってきた。

 

「あれは……アルティリア様に仕える神殿騎士の方か?」

 

「おお、なんと立派な騎士様じゃあ……」

 

「あの鎧、なんと神々しいんだ。さぞ名のある騎士に違いあるまい」

 

「どうやら女性のようだが……立ち姿に全くと言っていいほど隙が見当たらない。あれほどの鎧を身に纏うだけあって、相当な強者なのだろうな」

 

「流石は女神様に仕える騎士という事か……」

 

 うーむ、思った以上に注目を浴びているようだが、正体がばれるのに比べたらだいぶマシではあろう。

 俺は彼らに向かって恭しく一礼すると、素早くその場を立ち去った。

 

 そうして、あてもなくぶらつき始めてから十数分後。常人の数倍の聴力を誇る俺のエルフ耳が、遠くから聞こえる歓声をキャッチした。

 それが聞こえる方向に足を向けてみれば、歓声に加えて金属や木材のような、硬い物がぶつかり合う音、馬の足音や嘶きの声も聞こえてくるではないか。

 気になった俺は、足早にそれらの発生源へと近付いていった。そうしてしばらく歩いた後に、俺の両目は巨大な建造物を捉えたのだった。

 

「おっと。これは……闘技場か?」

 

 そこにはローマのコロッセウムのような、円形の巨大建造物が存在していた。そして近くに来ると、その中から戦いの音や馬の足音、そして大勢の人の歓声がはっきりと聞こえてくる。

 それに興味を惹かれた俺は、ちょっと覗いてみようかと建物の入口へと近付いた。入口の横には鎧を着て、右手に槍を持った男が二人立っており、そのうちの一人が俺に話しかけてきた。

 

「ん? あんたも参加者かい? だが、もう予選は始まってるぞ」

 

「参加者? いや、たまたま気になって訪れただけなのだが、ここでは一体何を?」

 

 俺がそう返すと、その男は驚いた顔をした。

 

「おや、知らないのか? さてはあんた、王都に来たばかりだな。ま、そんな立派な鎧を着てる女騎士だっていうのに、初めて見るどころか噂にも聞いた事がないんだから当たり前か。……コホン、ここでは今、王都の騎士団が馬上槍試合(トーナメント)を行なっているんだ」

 

 ほう、槍試合か。懐かしいな、俺もLAOのプレイヤーだった頃は、アルティリアを操作して他の槍使いのプレイヤーとよくやっていたもんだ。

 ちなみに、俺の生涯戦績は勝率約6割程度である。あまり高くないように見えるかもしれないが、対クロノの戦績を除けば勝率は9割を超える。対クロノの戦績? 聞くな。

 

「騎士団の人間以外にも、腕に覚えのある冒険者や遍歴騎士も参加する事が出来るから、てっきりあんたもそのクチかと思ったんだ。まだ予選試合は終わっていないし、今から受付に行けば参加できるかもしれないが……どうだい? あんたなら、かなり良いところまで行くと思うんだが。俺の見たところ、あんた相当な腕前の持ち主だろう?」

 

「ふむ……まあ、槍の腕前にはそれなりに自信があるがね。さて、どうするか」

 

「やっぱりそうか。俺は人を見る目には自信があるんだ。ついでに兜の下は相当な美人と見た。是非とも拝んでみたいもんだ」

 

「おい、仕事中だぞ。そこらへんにしておけ」

 

 俺と話していた男に向かって、もう一人の男が注意をした。

 

「おっと、すまんすまん。まあ、もし参加しなくても見物する事も出来るから、よかったら中に入ってみたらどうだい? ちなみに入場両は銀貨3枚だ」

 

「では、折角だし中に入れてもらおうか」

 

 俺は男に銀貨を手渡すと、闘技場の中へと入っていくのだった。



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第114話 通りすがりの正義の騎士ムーブをする女神(笑)

 それから数十分後。俺は闘技場内で馬の背に跨り、突撃槍(ランス)を手にしていた。

 どうしてそんな事になっているのかというと、闘技場内に入った俺は、槍試合を見物して行こうと思って観客席に向かって歩いていたのだが、その時にちょっとしたトラブルに巻き込まれたのである。

 

 まず歩いている途中に通路の隅で、膝を抱えて座っている人物を見つけた。見たところ十代半ばくらいの、背が低く痩せた体型の少年だ。くすんだ金髪に灰色の瞳をしたその顔は、今にも死にそうなくらいに沈みきっている。

 

「君、大丈夫か?」

 

 どうも酷く落ち込んでいる様子だったので、お節介かもしれないと思いつつも、ついそう話しかけてしまった。困っている様子の人に話しかけるとクエストフラグが立つ事がよくある為、これは冒険者としての癖のようなものだ。

 

「えっ? あ、あなたは……?」

 

 気が弱そうな印象を受ける顔を上げて、少年は俺が何者かと問いかけてきた。

 

「ただの通りすがりだ。名乗る程の者ではないさ。そんな事よりも少年、見たところ随分と落ち込んでいる様子だが、何かお困りかね?」

 

 俺がそう問いかけると、少年は悩む様子を見せた。困っている事はあるにはあるが、それを俺に打ち明けるべきか迷っている……といったところだろうか。

 彼はしばらくそうしていたが、やがて口を開き、少しずつ自分の事を語り始めた。

 

「僕は、落ちこぼれなんです」

 

 ケイと名乗ったその少年は、悔しそうにそう呟いた。

 彼は王都にある騎士学校の生徒であり、見習いとして未来の騎士を目指して修行に励んでいるのだという。騎士学校の生徒は卒業後に従騎士(スクワイア)として先輩の騎士の付き人のような仕事を数年間こなした後に、正式な騎士として叙任される。

 王都に住む平民出身のケイ少年は幼い頃に見た騎士の姿に憧れ、数年前に騎士学校の門を叩いた。それから騎士を目指して修行を続けていたが……残念ながら、なかなか芽が出ない日々が続いていたようだ。

 

「座学の成績は、何とか上位をキープ出来ています。剣術や槍術、馬術の訓練も、成績はあまり良くはないですけど、何とかついていけてはいるんです。だけど試合の本番ではいつもあがってしまって、何もできずに負けてしまって……。今だって、自分の出番が近付くのが怖くなって、こうして逃げ出してきたんです」

 

 彼や他の騎士学校の生徒達も、希望すれば馬上槍試合(トーナメント)に参加する事は出来る。腕試しや修行の為、あるいは活躍する事で先輩騎士や見物人の貴族の目に留まる事を目当てに、毎回何人もの騎士見習いが参加しているらしい。

 

「僕も、気弱な自分を変えたくて、思い切ってエントリーしてみたんです。それなのに、いざ本番を迎えようって時になって、急に怖くなってしまい……控室から逃げ出して、なのに出ていく勇気も無くて、こうやって通路に座り込んでいました……」

 

 俯いて、悔しそうな声色でそう溢す彼の身体は、小さく震えていた。その震えの原因は恐怖か、それとも不甲斐ない自分に対する憤りか。

 そんな彼に向かって、俺が声をかけようとした時だった。

 

「おっ、ケイの野郎、こんな所に居やがったぜ!」

 

 笑い声と共に、三人の男がこちらに近付いてきた。全員が十代の少年であり、同じデザインの鎖鎧(チェインメイル)を身に付けている。

 どうやら、彼らもケイ少年と同じ騎士学校の生徒のようだが……

 

「あっ……い、イザーク君……」

 

 ケイが残りの二人を引き連れて、先頭に立っていた少年の名を呼んだ。イザークと呼ばれた大柄で筋肉質、緑色の短く刈り上げ、逆立った髪に、同じく緑色の瞳をした厳つい見た目の少年は、ケイを見下ろして嘲りの笑みを浮かべた。

 

「よう、弱虫ケイ。珍しく馬上槍試合にエントリーしてるから様子でも見てやろうと思ったら、ビビリ癖は相変わらずみてえだな。いったい何しに来たのか分かんねえが、お前みたいな雑魚が対戦相手に決まったのはラッキーだったぜ。ああ、言っとくけど棄権なんかするんじゃねえぞ? お前には俺の引き立て役……いや、踏み台になって貰わなきゃあならねえからな」

 

「そ、そんな……」

 

「お? なんか文句あんのか弱虫ケイの癖に!」

 

「イザークさん、コイツやっちまいましょうぜ!」

 

 イザークの後ろにくっついていた二人の少年が、そう言って囃し立てる。ガキ大将とその取り巻きって感じだな。

 しかしまあ、こういった虐めを見てるのも気分が悪いので、割って入る事にする。

 

「おい、そこらへんにしておけよ小僧共。騎士を目指す者が、大勢で寄ってたかって弱い物いじめをするのか?」

 

「何ぃ!?」

 

 上手い具合に悪ガキ三人組のヘイトがこっちに向いた。リーダーの少年、イザークが代表して俺に向かってくる。

 

「てめえ、いったい何者だ?」

 

「はぁ……誰だって良いだろう。ただの通りすがりだ。そんな事より己の行為が恥ずかしいとは思わんのかね、君達は」

 

「なっ……! う、うるせえ! 関係ねえ奴は引っ込んでろ!」

 

 イザークは俺に向かって啖呵を切るが、後ろの二人は慌てた様子で彼を止めた。

 

「ま、まずいっすよ兄貴! この女の鎧、正騎士(ナイト)か、もしかしたら聖騎士(パラディン)の可能性も……! 喧嘩売るのはやばすぎますって!」

 

「そ、そうっすよイザークさん! ここは引き下がったほうが!」

 

 手下の二人は小物だが、保身には長けているようだ。彼らに言われて、イザークは初めて気が付いたかのように俺の姿を凝視して、一瞬だけ『しまった』とでも言いたそうな表情を浮かべたが……引っ込みがつかなくなったのか、

 

「う、うるせえ! 女なんぞに嘗められて引き下がれるか!」

 

 と言って、俺に向かってガン飛ばしをしてきた。

 

「女なんぞと来たか。ふん、そう言うお前は騎士どころか男ですらないがな」

 

「なっ、何ぃぃぃ!? 男ではない……だとぉ! き、貴様! その暴言、どういうつもりだ!?」

 

「分からないなら、頭を冷やして己の言動をよく省みてみるがいい。お前の愚かな言動の、一体どこに騎士の誉れや男らしさがあるというのだ?」

 

「てめえ……ッ! そこまで言ったからには許さねえ! この俺と勝負しろ!」

 

「貴様ごときがこの私に挑むだと? 身の程を弁えよ」

 

「黙れ! 考えてみれば、弱虫ケイなんかに勝っても何の自慢にもならねえ! お前がこいつの代わりに試合に出やがれ! お前を倒して名を上げてやるぜ!」

 

「私は一向に構わんがね。ケイ君、君はそれで良いかな? 君の出番を奪ってしまう形になるが……」

 

 俺の質問に、ケイ少年は少しばかり迷う様子を見せたが、やがてしっかりと頷いた。

 

「はい、構いません。情けないですが、今の僕には彼に勝つには実力も、勇気も足りていません。ですが、会ったばかりの僕の為に本気で怒ってくれた貴女になら、託す事ができます」

 

「良いだろう。では、私の戦いをしっかりと見て学ぶがいい」

 

「話は纏まったようだな! それじゃ、試合を楽しみにしてるぜ!」

 

 そう捨て台詞を残して、イザークと取り巻きの二人は去っていった。

 

「しかし、イザーク君は素行は悪いですが、槍術の成績は学校でも一番で、この馬上槍試合でも過去に従騎士の先輩に勝利する程の実力者です。気をつけて下さい!」

 

 俺を心配するケイ少年に、俺は力強く頷いて答えた。

 

「安心したまえ。この世界広しと言えど、槍で私に勝てる者など精々………………両手の指で数えられる程度しかおらんよ」

 

 脳内で該当する人間(廃人共)を思い浮かべてみたら、意外と多く居た。

 槍って剣に比べるといまいち人気が無いような印象を受けるが、他の近接武器に比べて射程が長めな上に、騎乗戦闘への適正や防御貫通率が高いので、上級者の中には愛用してる奴も多いんだよな。扱いやすさや攻撃速度、技の多彩さでは剣に、破壊力では鈍器や斧に劣るものの、その攻撃範囲の広さと貫通力は根強い人気を誇っている。

 そんな槍使いの中には、クロノを筆頭に超反応持ちや半永久コンボ持ちが結構な割合で存在しており、決して油断できない相手ばかりである。

 というか一級廃人共は大半が超反応によるカウンター・無限コンボ・ワンパン即死技のいずれかを所持している為、PVPでは何か一発でも先に刺されば、そこから一気に勝負が決まる光景がよく見られる。酷いレベルで逆にバランスが取れていた。

 

 そんなわけで俺はケイ少年の代理として出場する手続きを済ませ、馬と馬具一式、それから突撃槍をレンタルした。突撃槍は先端が丸めてあり、落馬の際によほど打ち所が悪かったりしない限り、怪我をさせる心配は無い。

 そして数十分後、俺は武装した馬に騎乗して、闘技場で観衆の視線を集めていた。

 

「さあ、いよいよ予選第一試合も最後の試合となりました。それでは、これより戦う二名の選手を紹介させていただきましょう。まずは東の方角より現れましたのは新進気鋭の騎士見習いイザーク! 騎士学校の生徒の中でも槍術の成績は主席! 過去の大会でも卒業した先輩を相手に金星を収めるなど活躍しております。その戦いぶりに期待しましょう」

 

 司会者の紹介に、馬上のイザークが突撃槍を掲げて観客にアピールをした。

 

「続きましては、その対戦相手となる選手をご紹介しましょう。西の方角より現れたるは、正体不明の女騎士! 本来の登録選手である、ケイ選手の代理として急遽参戦が決定いたしました。果たしてその実力の程はいかに!? そして、その豪奢な甲冑の下の素顔は!? 気になり過ぎて目が離せません。要注目の選手であります!」

 

 そんな紹介を受けた俺は、馬上で突撃槍を派手に振り回して演武を行なった。それを見た観客が、俺に向かって声援を送る。

 また、俺に注目しているのは観客だけではなかった。

 

「女の騎士だと? なんとも珍しいな……」

 

「しかし、初めて見る者だな。我が騎士団の者ではないようだが……」

 

「しかし見てみろ、あれほどの見事な甲冑を身につけ、槍捌きも見事なものだ。相当な実力を持つ、高位の騎士である事は疑いようがない」

 

「うむ……ぜひとも我が隊に迎え入れたいほどの逸材だな……」

 

「イザークも逸材ではあるが……あれを目にした後では、どうしても見劣りするな」

 

 闘技場の反対側にいるイザークは、俺を今にも飛びかかってきそうな、忌々しそうな目で見つめていた。

 

「それでは予選第一回戦・最終試合……始め!」

 

 その声と共に、俺とイザークは同時に馬を闘技場の中心に向かって走らせる。

 闘技場には柵が東西にまっすぐ伸びるように設けられており、その柵を挟んですれ違うように馬を走らせ、交差する瞬間に突撃槍で相手を攻撃させ、落馬させれば勝利となる。

 一度の激突で勝敗がつかなかった場合は、柵の終点で馬をUターンさせて、再び突撃。それを勝敗がつくまで繰り返すのだ。

 そして、俺達の試合はどうなったかというと……

 

「決っ……ちゃああああく! なんと最初の一撃で勝負が決まってしまった! 女騎士が放った目にも止まらぬ神速の突きによって、イザーク選手が落馬! あっという間の決着となってしまいました第一回戦最終試合!」

 

 まあ、当然の結果である。

 さて、折角だからこのまま優勝をかっさらって来るか。



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第115話 大海の覇者曰く「あいつは頭は回る癖に、時々とんでもないドジを踏む」

「強ぉぉぉぉぉいッ! 強すぎるぞ謎の女騎士! ここまで全戦全勝、しかもその全てが初撃での決着だ! まさに鎧袖一触! 彼女に敵う者はいないのか!?」

 

 初戦を終えた後も俺は順調に勝ち進み、本戦の準々決勝まで駒を進めていた。ここまで来ると見習いや従騎士(スクワイア)ではなく、正規の騎士団員や高位の冒険者といった腕利きの者達を相手にするようになったが、まあ俺の敵ではない。だってこいつら俺の知ってる廃人共と違って俺の突きを見てから馬をサイドステップさせて回避したり、騎馬突撃を連続ジャストパリィしてからその場で急旋回して背後に回りながらカウンター入れてきたりしないし。

 

「ええい、情けない連中だ! だが次はこの王国騎士団第四大隊の隊長、ガーランドが相手だ! これまでの相手と同じと思うな!」

 

 準々決勝では、第三騎士団の隊長を名乗るおっさんが俺の相手になるようだ。なるほど、これまで倒してきた者達に比べれば少しはマシなようだが、しかし……

 

「ぐわあああああーっ!」

 

「あーっとガーランド選手が派手に吹き飛ばされた! なんと、あの第四大隊隊長ガーランドをも一撃で仕留めたぁーっ! やはり彼女の強さは本物だ!」

 

「ふふふ、ガーランドがやられたようだな……」

 

「くっくっく、奴は我ら四大隊長の中でも槍試合においては最強の男……」

 

「もうだめだぁ……おしまいだぁ……」

 

 これでベスト4に進出し、お次は準決勝である。

 その相手は騎士団に所属する騎士ではなく、俺と同じ外部からの参加者のようだった。

 

「それでは準決勝第二試合を始めます! 注目を集める謎の女騎士の次なる相手は、王都最強と噂されるA級冒険者、ウェインであります! 槍にかけては右に出る者が無い実力者の上に魔法も使えるA級の名に恥じない実力者、ルックスもイケメンだ!」

 

 そんな紹介を受けて登場したのは、二十代半ば程の長身の男だった。なるほど確かに槍を振るう姿は中々サマになっている。

 

「キャーッ! ウェイン様ぁーっ!」

 

 実力・容姿共に優れているだけあって、観客席の女性客からは、彼に向かって黄色い声援が飛んでいた。なかなかおモテになるようだ。

 

「よう、見てたぜ今までの試合。是非あんたのような強者と戦いたいと思ってたんだ。それと、できれば試合が終わった後にもお付き合いして貰いたいね。その鎧の下の姿を、俺だけに見せてほしいんだ」

 

 その優男は俺のほうに近付いてくると、ニヤケ面でそんな誘い文句を口にした。なかなかに軽薄そうな印象を受ける。

 

「よかろう。万が一、私に勝てたら一晩中でも付き合ってやるさ」

 

「ヒューッ、そう来なくっちゃな。こりゃあ益々負けられなくなったぜ。やる気がギンギンに漲ってきた。おっといけねえ、俺様自慢の下半身の長槍も一緒にギンギンになっちまうところだった」

 

「そっちの短槍は仕舞っておけ……」

 

 そんな下品な軽口を叩きながら、この男は微塵も油断した様子が無く、むしろこちらの隙を虎視眈々と伺っているようだ。

 あの軽薄そうな様子も半分はポーズであり、俺を精神的に揺さぶるつもりで仕掛けてきたのだろうが、その程度の揺さぶりで俺の精神は揺れたりしないし、おっぱいも今はコルセットと金属鎧でしっかりと抑え込まれているので揺れない。

 である以上、俺の勝ちもまた揺るがないのである。

 

「……遅い!」

 

「あじゃぱぁーっ!」

 

「おーっと! ウェインの突きが当たるかと思われた瞬間、女騎士の華麗なカウンターが直撃したぁーっ! ウェインが錐揉み回転しながら派手に吹っ飛んだ! どうやら起き上がれない様子! 黄色い声援を送っていた観客席のファンも呆然としております! 王都最強のA級冒険者をも難なく一蹴だ! 強すぎるぞ謎の女騎士!」

 

 試合開始直後に先制で放たれた彼の突きを弾き、そのままカウンターを入れて俺の勝利である。

 

「王都最強といってもこんなものか。グランディーノではせいぜい中堅といったところだな」

 

 まあ、今のグランディーノで中堅クラスという事は、なかなか良い腕をしてはいるのだが。今回は相手が悪かったので腐らずに精進するといい。

 

 そして、次はいよいよ決勝戦だが……そこで出てきた騎士は、俺の目から見ても、「おっ?」と瞠目せざるを得ない、それは見事な鎧を身に付けていた。それを纏う本人も、鎧に着られているような不格好さは無く、むしろしっかりと着こなしている。

 

「初参加にして破竹の勢いで決勝へと駒を進めた謎の女騎士だが、快進撃もここまでか!? 最後の相手はこの男、近衛騎士団の若きエース、レオニダスだぁーっ!」

 

 なるほど、あの男は近衛騎士団の者だったか。

 近衛騎士団はその名の通り、国王や王族のすぐ側に控え、その身を守護する存在だ。国家元首の直属の部下であり、非常事態が起こった時には身命を賭して主君の身を護る最後の砦である為、精鋭中の精鋭のみが在籍する事を許される、騎士の最高位の一つだ。

 若くしてその地位にいるだけあって、相当な実力者である事は疑いようがない。というわけで、『敵情報解析(アナライズ)』発動だ。

 ふむふむ、メインクラスは騎士(ナイト)Lv15、守護騎士(ガーディアン)Lv15、守護神(ロイヤルガード)Lv5か。しっかり最上級職まで到達してるのは流石といったところか。

 サブクラスは上級騎兵(ハイライダー)剣闘士(グラディエーター)槍聖(ランスマスター)等、バリバリの前衛系だな。合計レベルはもうちょっとで100に届く程度か。

 

 中々やるじゃない。少しは楽しめそうな相手が出てきたな。

 

「我が名は近衛騎士レオニダス! いざ尋常に勝負!」

 

「故あって名乗れぬが、通りすがりの謎の女騎士だ。かかって来るがいい!」

 

 俺とレオニダスは闘技場の中心に向かって騎馬突進し……俺は、あえて攻撃をしない事を選択した。

 これまでの試合は全て、先制の一突きで勝負を決めていたが、この相手はそれで落馬させられるほど、ぬるい相手ではないと判断したからだ。

 俺が考える最適な間合いとタイミングで、近衛騎士レオニダスが突きを繰り出す。良い判断力と、それを実行に移すだけの実力を兼ね備えているようだ。こいつならば、それが出来るだろうとは思っていた。

 

「だから完璧に読み通りだ」

 

 来るのが分かっていれば、迎撃するのは容易い。

 元々、俺の槍術は魔法の補助や、接近戦を仕掛けられた時の護身用の物だ。自分から攻撃するより、広い間合いを活かしたディフェンシブな戦い方のほうが得意である。

 俺は右手に持った突撃槍で、レオニダスが突き出した突撃槍を下から上に向かって弾き、軌道を逸らした。

 未熟者ならば、そのまま槍を弾き飛ばされて武器を失う事になるだろうが、目の前の騎士はそのような失態を犯す事は当然なかった。

 しかし、攻撃中に槍をかち上げられた事で胴体がガラ空き、カウンターを決める大チャンス到来だ。

 俺は素早く、コンパクトな動きでレオニダスの胴体に向かって突きを放った。これで決着かと思われたが……

 

「まだだ!」

 

 なんとレオニダスは左手で握っていた手綱を手放すと、馬上で上半身を仰向けに寝転がるように馬の背中へ向かって倒し、俺の突きをブリッジ回避したのだった!

 この手の変態回避は騎兵系の廃人共の中には使い手もいる為、初見ではないが……まさかこんな所に使い手がいるとは、流石の俺も驚きである。

 レオニダスはそんな不安定な状態で俺の攻撃を避けながら、落馬するどころか馬をしっかりと制御して、すぐさま体勢を立て直していた。

 しかし、流石に馬のスピードは鈍ったようだ。ならば、ここは追撃のチャンス。

 

「はっ!」

 

 一度目のぶつかり合いを終えて、俺達はすれ違いながら闘技場の端に向かって馬を走らせる。

 そして、設置された柵をUターンして反対側のコースへと入り、再び闘技場の中心へと向かうのだが……そこで、俺は連続で技能(アビリティ)を発動させた。

 

 まず『急旋回』。騎乗動物にドリフト走行をさせ、減速しつつ大きく旋回して、向きを素早く変える為の技能だ。

 続いて『瞬間加速』。その名の通り、騎乗動物を一瞬で急加速させて速度をトップスピードまで持ってくる技能である。

 この急旋回と瞬間加速のコンボ、通称ドリ瞬によって、すれ違いざまに180°旋回した後に一気に加速して突進を行なうのは、騎兵(ライダー)系の職業に就いている者を中心に、ある程度騎乗戦闘の心得があるプレイヤーにとっては常套手段だ。

 ごくありふれた、陳腐な戦術ではあるが……メジャーな戦法というのは、それが優れているからこそ、多く用いられるのだ。

 対戦相手のレオニダスもこれくらいの芸当は当然出来るだろうし、俺が使ってくる事も予測できるだろうが……対応できるかは、また別の話だ。

 一度態勢を崩し、速度を落としたレオニダスに対して、悠々とトップスピードに乗って突撃を仕掛ける俺のほうが有利なのは明らかだ。

 

「……来い!」

 

 それはレオニダスにとっても承知の上。ゆえに、奴は待ちの構えを取り、カウンターで一発逆転を狙う腹づもりのようだ。

 

「その意気や良し。勝負!」

 

 俺は最大加速する馬の勢いを乗せた全力突きをレオニダスの胸に向かって放ち、同時にレオニダスも、狙いすましたカウンターを放った。その結果は……

 

「決ッッッッ……ちゃぁ~~~~く!! 最後はレオニダスのカウンターが一瞬速くヒットするかと思われたが、紙一重でそれを躱しつつ女騎士の必殺の一撃が、レオニダスを吹き飛ばしたぁーっ!」

 

 正直危なかった。レオニダスが最後に放った渾身の突きは、速さ、鋭さ、そして放つタイミングが全て神懸かっていた。

 地力では俺のほうが上だが、あの一瞬だけは、奴は俺を僅かに上回っていただろう。

 俺が奴の突きを躱す事が出来たのは、慣れによる部分が大きい。レオニダス程の実力者ならば、格上を相手に対人戦をする機会はあまり多くなかっただろう。それ程に、彼と他の参加者の実力差は大きかった。

 対して、俺はクロノを筆頭に、一瞬でも隙を見せたら瞬殺されるようなヤバい連中と頻繁に対人戦を行なってきたガチ勢である。その結果が明暗を分けた。

 

 頭部を狙って放たれたレオニダスの上段突きは、咄嗟に回避した事で俺の兜の側面を掠めるに留まっていた。

 いや、しかし危なかったな。俺が着ている甲冑一式……ホーリーナイトシリーズは、あくまで見た目を変える為のアバター装備であり、防御性能など皆無だからな。試合用の槍とはいえ、そんなハリボテ装備を着てトップスピードに乗った状態で彼のような実力者が放つ全力のカウンターを脳天に食らえば、流石の俺でもかなり痛かっただろう。

 

 ホッと一息を吐くところだが、俺はひとつ失念していた事があった。

 ゲームとしてLAOを遊んでいた時には、アバター装備はアバタースロットという、ステータスに反映されずに見た目を変更するだけの装備欄にセットする物であり、耐久度などは設定されていなかった。

 だから、どれだけそれを着て戦闘を行なっても、破損したり壊れたりする事は無かったのである。

 だが、ゲームが現実になった今では、アバター装備は実際に存在する物として実体化されており、実体化されているという事は当然、他の装備品と同じように破損する事もあるという事だ。

 そして、前述の通りアバター装備は見た目を変える為のおしゃれ用品であり、まともな防御力など持たない。

 

 ここで問題だ。そんなハリボテ装備が、俺でもかなり痛いレベルのダメージを受けると、果たしてどうなるでしょうか。

 その答えは……

 

「あっ……」

 

 レオニダスが放った突きは、兜の留め具を易々と吹っ飛ばし、兜の側頭部やフェイスガードに罅を入れていた。それによって俺が装備していたアバター装備、ホーリーナイトヘルムが俺の頭から外れ、地面に落下した。

 

 謎の女騎士(笑)の素顔が衆目に晒された。




予約投稿の際に手違いで1話飛ばしてしまっておりました。


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第116話 終わり良ければ総てヨシ!

「おい、兜が落ちたぞ!」

 

「レオニダスの突きは兜を掠めていたみたいだな。しかし掠めただけであれほどの威力とは、敗れたとはいえやはり、レオニダスの腕も大したものだ」

 

「そんな事より見ろ、とんでもない美女だぞ!」

 

「待て、よく見ると耳の形が違うが、もしや人間ではないのか?」

 

「あの美貌と青い髪に長い耳……間違いない、あの方は北部からいらした女神、アルティリア様に相違あるまい!」

 

「おおっ、あの方が!」

 

「なるほど、神とあらば、あれほどの強さも納得がいくと言うものだ」

 

「しかし、何故女神様が槍試合に参加を……?」

 

 観客席から次々と起こるそんな声を、俺の鋭敏な聴覚は全て正確に聞き取っていた。

 さて、どうやら正体がばれてしまったようだし、どう対応したものかと思案していると、レオニダスが立ち上がり、こちらに近付いてきた。

 レオニダスは俺の突きを直撃して落馬していながら、多少ふらついてはいるものの二本の足でしっかりと立っており、意識もはっきりしている様子だ。流石はメインクラスがタンク系の最上級職なだけあって、呆れるほどのタフさである。

 

「やはり女神様でしたか」

 

 ほう? この男、俺の正体に勘付いていたか。

 ま、近日中に王城を訪ねる予定もある事だし、近衛騎士なら、俺が王都に入った事は知っているだろう。その上で、こいつに勝てるレベルの槍使いともなれば……俺が第一候補に上がるだろう。

 

「本当に良い経験が出来ました。女神様と戦えた事は身に余る光栄です」

 

「うむ……良い試合だった。特に最後の突きは見事だったぞ。一つ間違えれば私が敗れていただろう」

 

 俺はレオニダスに右手を差し出し、彼はそれをしっかりと握り返した。

 熱戦を繰り広げた両者が握手を交わす様を見た観客から、惜しみない歓声と万雷の拍手が発せられる。

 

 ……何とか良い感じに話を持っていけたな! ヨシッ!

 

 その後は表彰式を行ない、優勝トロフィーと賞金を受け取った後に、俺は司会者から優勝者へのインタビューを受けた。

 

「アルティリア様、優勝おめでとうございます」

 

「ああ、ありがとう」

 

「ところで、どうして正体を隠してご参加を?」

 

「騒ぎにしたくないので甲冑を着て正体を隠していた。最初は観るだけのつもりだったが、参加者の一部……名前は出さんが、彼らが目に余る言動をしていたのが目についてな。少々思い上がりが過ぎるようなので、これは性根を叩き直してやらねばと思ってな」

 

「な、なるほど……」

 

「あえて言わせてもらうが、決勝で戦ったレオニダス以外の者は未熟もいいところであった。その程度の実力しかない初心者が、他より多少強い程度で他者を見下し、不遜な態度を取るのは滑稽極まりない。そのような事をしている暇があったら、高みを目指して愚直に修練に励むべきであると、私は声を大にして言いたい。その為に手本を見せてやろうと思い、私はこの大会に参加し、優勝する事を決めたのだ」

 

 俺の言い様に絶句し、冷や汗を流す司会者に背を向け、最後に一言、

 

「ではな。驕る事なく精進せよ」

 

 そう言い残して、俺は会場を後にした。

 そうして通路へと戻ると、ケイ少年が駆け寄ってきた。

 

「アルティリア様!」

 

「やあ。約束通り勝ってきたぞ。言っただろう? 私に勝てる者などそうは居ないと」

 

「は、はい……! 凄かったです! 僕もいつか、あんな風に戦いたい……!」

 

「なら、頑張りなさい。誰だって……私とて最初は弱かった。そこから強くなれるかは君次第だ」

 

 ケイ少年にそう告げて彼と別れると、次に俺の前に現れたのは、一回戦で戦った大柄な少年、イザークとその取り巻きの二人だった。

 青ざめた顔で、彼らは俺の前で膝を付き、深々と頭を下げた。

 

「女神様とは知らず数々の無礼、大変申し訳ありませんでしたぁっ!」

 

「頭を上げなさい。今後は心を入れ替え、慢心を捨てて立派な騎士になれるように、修行に励むのですよ」

 

 声を揃えて謝罪を伝える彼らを、俺は許した。

 元より子供のした事だし、特に俺が迷惑をかけられた訳でもないしな。先述した通り、多少目に余る言動があったのでお仕置きをしただけで、それはもう済んだので怒りも収まっている。

 

「ははーっ! 今後は騎士として恥ずかしくない行いをする事を誓います!」

 

「よろしい。では、貴方達のこれからを信じて見守るとしましょう」

 

 これにて一件落着である。

 俺は満足して、意気揚々と別荘(神殿)へと帰っていった。

 

 そして一夜明けて、次の日……

 

「アルティリア様、何故か早朝から海神騎士団への入団を願い出る者が大勢、騎士団の詰所に来ているのですが……。しかもその中に現役の王国騎士や騎士見習いの者が多数おりますし、近衛騎士の方まで居るのですが……。もしかしてアルティリア様、また何かやらかしましたか? アルティリア様? なぜ目を逸らすのですかアルティリア様!?」

 

 俺は起きて早々にロイドの追及を受けていた。

 まあ、結果的に戦力増強に繋がるし、大変だろうけど選別や訓練のほうを頑張ってもらいたい(丸投げ)。



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第117話 がんばれ新入団員※

 ロイド=アストレアが率いる海神騎士団は、女神アルティリアに仕える神殿騎士の集団だ。およそ30人の神殿騎士の他に、見習い団員や非戦闘員の職員が合わせて50名ほど。正規の団員は全員、アルティリアと共に王都を訪問し、現在は王都の中心にそびえ立つ神殿の隣にある、騎士団詰所に滞在していた。

 神殿騎士たちの朝は早い。日の出と共に起床した彼らはまず、風呂で身を清めて身なりを整えた後に敬愛する女神に祈りを捧げる。しかる後に、朝食の準備に取り掛かった。

 今日のゴキゲンな朝食は山盛りのご飯に海苔の佃煮、目玉焼き、千切りキャベツとキュウリのサラダ、オニオンスープ、そしてチキンステーキだ。彼らは朝からよく食べる。

 人によってはそれを見て、神官や神殿騎士は清貧を旨とするんじゃなかったのか、教えはどうなってんだ教えは……などと口にするかもしれないが、何でも好き嫌いせずにいっぱい食べて元気に働けというのが、彼らの信じる女神の教えである。

 清貧なんぞクソ食らえだ、朝っぱらから腹いっぱい肉食って気合入れようぜぇ! というのが海神騎士団の、いつものノリだ。

 

 朝食を終えた団員達は、装備の点検と昼に食べる弁当の用意を済ませると、詰所を出立した。

 彼らがグランディーノに居た頃は、そのまま戦闘訓練や魔物退治を行なっていたが、王都に来てからは、その前にとある場所へと向かう事になっていた。

 

 神殿騎士たちが向かった先は、王都の北東側にある大神殿の、すぐ隣にある神殿騎士団の詰所であった。

 アルティリア直属の軍団であり、独立勢力の海神騎士団と違って、こちらの神殿騎士団は王都大神殿に属している。海神騎士団の副団長であるルーシー=マーゼットは、元々はこちらに所属していた。

 

 王都に滞在する間は、こちらの神殿騎士団と合同で訓練を行なう予定が組まれている。

 アルティリアの指揮の下、およそ半年間に渡って強敵との激戦や厳しい訓練を繰り返してきた海神騎士団は精鋭揃いではあるが、神殿騎士としてのキャリアはまだまだ浅く、その実力に反して知識や経験が不足しているという弱点があった。

 それを解消するのが合同訓練の主な目的であり、また王都の神殿騎士団と交流を深め、連携しやすくする為……という側面もあった。

 

「よーし、それじゃあ今日の訓練は、甲冑を着たままレア湖まで走って競争だ! 上位入賞者には賞品が、最下位には罰ゲームがあるぞ!」

 

 レア湖は王都を出て、街道沿いに東南東に進むと見える巨大な湖で、旅人や王都周辺に住む釣り人に人気のスポットだ。

 王都からの距離は、およそ6~70km程度といったところか。歩いて行くには中々遠い場所にあり、朝早くから鎧を着て走るには辛い距離である。しかしその程度で弱音を吐く人間は、この場には居なかった。

 

「スタート!」

 

 ロイドの合図で、神殿騎士達が走り出す。それなりに重い甲冑を着ているとは思えないような、軽やかな足取りで街道を駆けていく彼らは、甲冑を着たまま長距離を走る事を全く苦にしていないように見える。

 ただし、それは海神騎士団の古参メンバーや、王都の神殿騎士団達に限った話だ。王都に来てから入団する事になった、海神騎士団の見習い団員達は、最初のうちはついて行けていたものの、次第にスピードが鈍ってくる。

 

「ぜぇぜぇ……やべぇ、最初は気にならなかった鎧の重さが、だんだんキツくなってきやがった……」

 

「重さもそうだが、暑さもやばいな……今は冬だってのに汗が止まらん」

 

「水分補給はしっかりしないとな……ただし必要以上に飲みすぎるなよ、腹がきつくなるぞ」

 

 そんな苦しそうな様子の見習い団員達の中で、平気そうなのは古参メンバーに交じって先頭集団を走る元近衛騎士・レオニダスだった。

 

「あいつ、やるな。体幹が全くぶれていない」

 

「流石は元近衛騎士ってところか。体力だけじゃなく、槍の腕前もアルティリア様が認めたほどらしいからな」

 

「スカーレットの時といい、うちには定期的にとんでもない大型新人が入ってくるな。だが先輩として、そう簡単に負けちゃあ面子が立たねえ」

 

「だな。気合入れるとすっか!」

 

 そんな彼の存在は、古参メンバーにも良い刺激になっているようだ。

 そこで再び、最後尾を走る見習い達に視線を戻すと、息も絶え絶えの彼らの中に、一人だけ気を吐いている男がいた。

 

「うおおおお! まだまだ、これからだぁ! ド根性ぉぉぉっ!」

 

 最後尾を走る集団から脱け出し、中団との距離を詰めようとしているのは、まだ十代ながら恵まれた体格と武の才能を持つ少年だった。

 彼の名はイザーク。先日、馬上槍試合(トーナメント)の一回戦においてアルティリアと戦い、手も足も出ずに完敗した少年だ。

 彼は、同じ見習い騎士であり、元々1回戦対戦予定だったケイという少年に対して暴言を吐いて侮辱していたのを、その時はまだ正体を隠していたアルティリアに咎められた。そしてその結果、アルティリアがケイの代わりに試合に出場する事になった。

 イザークはアルティリアに対しても同様に大口を叩いて暴言を撒き散らし……そして、一突きであっさりと落馬させられた。ぐうの音も出ないほどのボロ負けである。

 

 その後、アルティリアの正体が判明した後に必死に頭を下げて、赦されはしたが……イザークにとっては、そのまま終わらせてしまうのは気が済まなかった。

 

「クソッ、慢心した挙げ句にこのザマとは、自分で自分が情けねぇっ! 女神様に誓ったように、心を入れ替えてイチから鍛え直さなきゃならねえ!」

 

 そう考えていたところで、彼はこれまで臆病者と呼んで馬鹿にしていた、アルティリアに助けられた少年……ケイが騎士学校を辞めて、王都に来ている海神騎士団の門を叩いたという事を、学友に知らされた。

 

「ちぃっ、ケイの野郎、抜け駆けか! こうしちゃいられねえ、俺も学校を辞めるぞぉぉぉぉぉぉっ!」

 

「まずいっすよイザークさん!」

 

「落ち着いて下さい! まずは冷静になりましょう!」

 

 止めようとする取り巻き達を振り切って、イザークは教官に退学届を叩き付けると、その足で海神騎士団の詰所を訪れて、入団の希望を伝えたのだった。

 

 それから数日、見習いとして訓練に参加しているが、これがまたキツい内容で、騎士学校で受けていた訓練が子供のお遊戯に思えるレベルの密度であった。

 しかし見習いにも給料が出るし、飯は腹いっぱい食えるし驚くほど美味い。古参メンバーはどいつもこいつも、明らかに腕利きと分かる面子だし、幹部共に至っては英雄の領域に片足突っ込んでる。

 

(来てよかったぜ……。俺はここで成り上がり、立派な神殿騎士になってみせる!)

 

 その為には、他の見習い達より一歩先んじて、訓練で目立った結果を出す必要がある。そう考えて、イザークは張り切ってペースを上げたのだった。

 

 しかし、そう考えていたのは彼一人だけではなかった。彼のすぐ後ろに、同じような考えを抱いて中団を目指し、疾駆する者が居た。

 

「僕だって……!」

 

 彼こそが、ケイという名の見習い騎士だった。真面目で勤勉ではあるが小柄で気が弱く、とてもじゃないが騎士には向かない少年だったが、アルティリアに助けられ、励まされた事でケイはなけなしの勇気を振り絞って一念発起した。

 

(いつまでも弱虫のままじゃいられない! 僕は変わるんだ……! いつか一人前の騎士になって、アルティリア様に恩返しをするんだ!)

 

 顔だけで振り返り、追走してくるケイの姿を認めたイザークは、小さく舌打ちをした。

 

「チッ、ケイの野郎、柄にもなく張り切りやがって。だがてめえにだけは負けられねえ!」

 

 イザークは更にスピードを上げて、ケイを突き放す。体格や単純な身体能力では、ケイはイザークに比べればかなり劣っている。狙い通りに、イザークはケイを置き去りにして、ぐんぐんと前方の集団に迫っていった。

 

「へっ、勝ったな」

 

 そう、思った時であった。

 

「負けるもんかあああああああ!」

 

 何と、後方からケイが猛追してきたではないか。身体能力で劣るならば気合と根性で補うと言わんばかりに、必死の形相でイザークを追いかけてくるではないか。

 

「てめっ……! 鬱陶しいんだよこの野郎! これで終わりだああああ!」

 

「あああああああああああああああああ!」

 

「うぜぇっつってんだろうが! 良い加減にしやがれ! だったらこれでどうだ!」

 

「あああああああああああああああああああああああ!」

 

 それを見たイザークは対抗心を剥き出しにして、更にペースを上げて引き離そうとする。しかしケイもまた、言葉を失って叫ぶ事しかできないほど余裕を無くしながらも、絶対に逃がさないと決死の追跡を仕掛けていき……

 

 結果、二人だけで地獄のデッドヒートが繰り広げられた。

 

「ああああああああああああああああ!」

 

「あああああああああああああああああああああああ!」

 

「あああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 獣のような雄叫びを上げながら、肉体の限界を超えた走りで中団どころか先頭集団をも纏めてブチ抜いて暴走する二人は、やがて当然のように道半ばで力尽きた。

 

「なーにやってんだあいつら……」

 

 ロイドは呆れながら、生命力と活力を回復させる為の上級スタミナライフポーションを鞄から取り出し、彼らを救助する為に駆け寄っていくのだった。



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第118話 固有技能:調合時、完成した薬品の効能×1.5倍 ただし味は最悪※

「皆、ご苦労だった。各自休憩を取ってくれ……と言いたいところだが、その前に渡す物がある。まずは上位入賞者には、アルティリア様謹製のレシピで作られた最高級のプロテインと栄養ドリンクだ。これを飲んでより力を付けてくれ」

 

 王都からレア湖までの長距離マラソンを終えて、全員を集めたロイドが宣言して、まずは上位入賞者への賞品を一人一人に手渡していった。

 ちなみに一着でゴールしたのは海神騎士団の副団長、ルーシー=マーゼットである。小人族は生まれつき素早く、そして滅多に定住する事が無く、各地を放浪する性質を持つ種族である為、長距離移動はお手の物だ。また、彼女本人もよく鍛えられた精鋭の神殿騎士である事も、優勝の原動力となった事は言うまでもない。

 それからロイド自身や海神騎士団の主要メンバーも、しっかり上位入賞を果たしていた。

 

「残念ながら入賞できなかった皆には、グランディーノで市販されてる普通のプロテインと栄養ドリンクを」

 

 一般向けの市販品とはいえ、女神のお膝元であるグランディーノで作られた品は、他の地域に住む者から見ればかなりの高級品である。

 

「すまないロイド殿、このプロテイン……? とかいう粉末は何なのだ?」

 

 王都の神殿騎士が、初めて見るそれに対してロイドに質問する。ロイドはそれに対して、淀みなく答えた。

 

「はい、それはタンパク質という、筋肉を作るのに必要不可欠な栄養素を抽出し、粉末にした物です。運動の直後にプロテインを摂取する事で、不足したタンパク質を効率よく吸収し、体がより強靭な筋肉を作るのを助ける事ができます」

 

「なんと! そのような物があったとは……」

 

「栄養とな……。強い身体を作るには、口に入れる物にも気を配らねばならぬという事か……?」

 

「はい、その通りです。今渡したプロテインや栄養ドリンクは、体に必要な栄養素を効率よく補給する為の物ですが、我々が日々口にする食事も勿論重要です。我々の肉体は食事によって得られる様々な栄養によって維持・成長をするのだから、強く健康である為には良い食事をする事は不可欠です。また、美味い物を食べればストレスが減り、士気も上がるでしょう? 強くなりたければ良い物を食べろというのが、アルティリア様の教えです」

 

「なるほど……言われてみれば成る程、全くもってその通りだ」

 

「我らは食事に関しては軽視しがちだったが、考えを改める必要がありそうだな」

 

 話が纏まった所で、ロイドは最後にある物を取り出して、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「さて、話が逸れたが改めて……ぶっちぎり最下位の見習い騎士イザーク! 並びに見習い騎士ケイ! お前達には別の物をプレゼントしようと思う」

 

 序盤に猛スパートをかけて競り合った挙句に二人仲良く体力切れでブッ倒れ、救助された後はヘロヘロになりながら何とかゴールした二人の少年が、その声を聞いて顔を引き攣らせた。

 

「我が海神騎士団が誇る魔術師、リン=カーマイン特製の、クッッッッッソマズい代わりに効果は最高レベルの、特製プロテインと栄養ドリンクだ!」

 

 ロイドがそれらを掲げると、海神騎士団の古参メンバーから爆笑と共に拍手が巻き起こった。

 

「うわ、出やがった!」

 

「ヒューッ! 喜べお前ら、効能は俺達、上位入賞者が貰った奴よりも上だぞ!」

 

「代わりに死ぬほど不味いけどな!」

 

「つーか、リンちゃんの調合した薬って何でもクソ不味い代わりに効果はやたら高くなるんだよな……ある意味稀有な才能だぜ……」

 

 イザークとケイ、二人の見習い騎士はそれを聞いて、青ざめた顔でそれを調合したという魔術師の少女に視線を送った。騎士団には珍しい後衛職であり、二人と同じくまだ十代半ばのその少女は、長距離を走り終えたばかりだというのに大して疲れた様子もない。

 二人の視線を受けたリンは、彼らの方へと顔を向けると、

 

「(*^ー゚)b」

 

 凄く良い笑顔でウィンクしながら親指を立てた。

 体には良いから頑張って飲め、という事だろうか。二人は手渡されたプロテインと栄養ドリンクを手に、ごくりと生唾を飲んだ。

 彼らが言うクソ不味い代物とは、一体どれほどの物かと恐怖を感じるが、しかし、

 

(ええいビビるな俺ッ! 俺はイザーク、強い男だ! この程度の事で尻込みして、立派な騎士になんてなれるもんかよ!)

 

(行くんだ……! 変わるって決めたんだろう! ここで逃げたら、僕はいつまでたっても弱虫ケイのままだ! アルティリア様、僕に試練に立ち向かう勇気を!)

 

 二人は同時に、プロテインを溶かした水の入ったコップをがっしりと右手で掴み、

 

「「ド根性おおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」

 

 中身を一気に喉に流し込み、更に間髪入れずに左手に持った栄養ドリンクの瓶を口へと運び、それも一気に飲み干して……あまりの不味さに、二人同時にブッ倒れたのだった。

 

 

 それから数時間後。

 レア湖の湖畔で昼食を取った後に、巨大な湖を泳いで横断する訓練を行なって、クタクタになった状態で騎士達は王都へと帰還した。帰りは流石に走る体力が残っていなかった為、神官達が使う『集団転移(テレポート・オール)』での帰還だ。

 海神騎士団のメンバーは王都の神殿騎士達と別れ、詰所に帰還した。彼らの詰所は王都の中央広場にある、アルティリアの神殿のすぐ隣だ。

 

「ふー、今日も良い訓練が出来たな! それじゃあ風呂で汗を流した後に、夕食の準備をするぞ」

 

 ロイドがそう言って、扉の鍵を開けようとした時だった。彼の顔が、一瞬で険しい物へと変わった。

 

「……! 全員静かに!」

 

 小声で、しかし強い口調でロイドが言う。彼の左手は、腰に差した刀の柄へと伸びていた。

 一瞬で緊張が走り、全員が口を噤みながら、音を立てないように武器を握り、いつ戦闘が始まってもすぐに動けるように準備をする。

 

 ロイドの隣に立っていた神官の青年、クリストフがハンドサインで「何があった?」と訊ねると、ロイドはそれに「扉の鍵が開いている」と、同じくハンドサインで返事をした。

 

 扉の鍵は、出る時にしっかりと施錠した事を全員が確認している。では、何故それが帰った時には開いているのか?

 決まっている。何者かがこの扉の鍵を開けて、中に侵入したからに違いない。

 

(王都のド真ん中で、しかもアルティリア様がいらっしゃる時にわざわざ俺達の拠点に空き巣だと……? ふざけやがって……!!)

 

 怒り狂いそうになりながらも、必死に冷静さを保ちながら、ロイドは後ろ手にハンドサインで仲間達に幾つかの指示を出した。

 全員がそれに頷いたのを確認した後に、ロイドは口を開いた。

 

「これより1班は中に突入し、内部を確認する。2班は建物の周りを包囲せよ! 怪しい者を見つけたらひっ捕らえろ!」

 

 そう叫びながら、ロイドは扉を開けようと手を伸ばし……扉に触れる直前で、その手を止めて、

 

「今だ!」

 

 彼がそう叫んだ瞬間、海神騎士団のメンバーが一斉に、真上に向かって魔法を放った。

 その直後に、複数の人影が彼らを包囲するように着地したが、中にはダメージを受けて膝をついている者が何人か見られた。

 その謎の集団は、全員が身体をすっぽりと覆い隠す黒いフード付きのローブを身に纏っており、正体は不明である。判明しているのは彼ら全員が全く同じ服装をしている事と、身長が130cm前後と幼い子供程度しかない事、そして彼らが海神騎士団の敵であるという事のみだ。

 

「気付かれていたか。見事」

 

 その内の一人が、フードの奥からくぐもった声でそんな言葉を発した。

 

 ロイドが先程、ハンドサインで出した指示は三つ。

 

「扉に罠が仕掛けられている」

「敵は外に潜んでいる」

「この後口に出す指示はフェイク」

 

 である。

 敵の狙いは、鍵が開けられた扉をこれ見よがしに放置し、こちらにわざとそれを気付かせる事で、建物の中へと注意を引き付ける事にあった。

 そして、扉および建物の中へと注意を向けさせた上で、敵はその意識の外……すなわち、屋根の上へと身を潜めていたのだった。

 もしも、それに気付かずにロイド達がそのまま中に入ろうとしたならば、扉を開けた瞬間に罠が発動し、同時に真上からの奇襲によって大打撃を受けていただろう。

 ゆえに、ロイドはあえて気付いていないフリをして敵の奇襲を誘い、寸前で逆撃を仕掛けたのだった。

 

「何者かは知らんが、敵である事は疑いようがない。海神騎士団、戦闘開始! 奴らを一人残らず捕えるのだ!」

 

 夕暮れの王都の中心で、突如として謎の集団との戦闘が開始された。



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ロストアルカディア速報まとめ記事

 ロストアルカディア速報は、LAOをメインにロストアルカディアシリーズについて語られた、匿名掲示板のスレッドを纏めている、所謂まとめブログである。

 以下に記すのは、そこに掲載されたいくつかの記事の内容である。

 

 

 記事タイトル:【LA7】レオニダスが倒せない【槍試合】

 

1

ワイ、数日前に王都に到着し闘技場で馬上槍試合をやってるのを発見。

槍試合はLAOで何度かやった事あるしレベルも十分、槍と騎乗の熟練度も上々だし余裕やろと思って挑んだらNPC共にボコボコにされた。

鍛え直してリベンジを繰り返し、何とか決勝まで進んだら出てきたレオニダスとかいう奴にワンパンで殺されたんだが。

あの化け物どうやって倒せばいいんだ……

 

2

今作はアル様を筆頭にNPCがやたらと良い動きするからな。AIがかなり優秀。

勿論闘技場の連中も勝ち進むとLAOのランカー並の動きする奴がワラワラ出てきて草生える。

 

3

レオニダスは初見殺しの超反応+一撃必殺のカウンター持ちだからな

あれを躱さないとまず勝てない

 

4

で、その方法は……?

 

5

気合で避ける

 

6

あの、精神論とかやめてもらっていいですか

 

8

>>5 ところでお前は避けられたんですかね……?

 

11

てか勝てた奴いるのか? あれ

 

18

>>4

まず出すタイミングだけど、こっちが最大速度で突っ込んで強攻撃するとほぼ確実にカウンター合わせてくるから、そこでこっちもタイミング合わせて回避入れる。

あいつの特殊カウンターは頭部狙いの上段突き固定だから、何度も見てモーション覚えてタイミング掴むといい。

回避の入力間に合えばあいつのカウンターを避けつつ逆にカウンターで突進強攻撃が入って大ダメージ+体勢崩し狙える。後はそのまま押し切ればいい。

まあ失敗すると死ぬんだが。

 

20

>>18 有能

 

21

>>18 助かる

 

22

やっぱ死にながら覚えるしかないかー

 

25

あ、猶予はカウンター発動してモーション開始から3(フレーム)以内な。

それより遅いと回避間に合わなくて死ぬ。

 

26

!?

 

28

いやーキツいっす……

 

32

あと、こっちの攻撃は向こうの上段突きの軌道に入らないようにする事。

あのカウンターの仕様として、ぶつかると槍ごとこっちが一方的に吹っ飛ばされて死ぬ(特殊カットイン&実況付き)

 

34

それはもっと早く教えて欲しかった(3敗

 

35

じょ、冗談じゃ……

 

 

 

 

 

126

おい、何とかレオニダス倒したらエキシビションでアル様出てきたんだが

 

129

おめでとう、ここからが本当の地獄だ

 

136

強すぎるんだが?

これどうやって倒すの?

 

137

俺が聞きたい

 

138

乗馬して揺れてるおっぱい見てたら死んでた

 

139

俺も

 

140

我も

 

141

拙者も

 

 【管理人コメント】

 私も皆さんのアドバイスを参考にして勝つ事ができました。

 次はアルティリア様に勝てるように頑張ってます(23連敗

 

 

 

 

 記事タイトル:【ALO】バレンタインガチャ戦果報告会場

 

587

ところでお前ら今日はガチャの更新日なわけだが

 

589

ガチャ……? 知らない子ですね……

 

592

ガチャ……? うっ、頭が……

 

598

すまないが今日の夕方くらいからの記憶がないんだ。その質問には答えられない

 

600

今回の目玉URはバレンタイン仕様の新規衣装とアクセサリのセット(染色可)

ピックアップSSRは親愛の指輪

新規SRはバレンタイン仕様のハウジングアセット等

 

606

10連でUR新規衣装セットとUR交易神の指輪とSSRペット引換券が出ました(小声

 

(画像)

 

607

>>606 異端者だ! 囲め!

 

608

>>606 動くな! ガチャ警察だ!

 

609

>>606

えっ、今何か言った?(難聴系主人公

 

610

うーんこれはギルティ

 

 

649

【悲報】うみきんぐ氏、今日も元気に大爆死【定期】

 

(ツイッターリンクと共に張られた大量の画像)

 

650

 

651

い つ も の

 

652

相変わらずの爆死っぷりで草生える

 

653

俺ですらここまで酷くはなかった……

 

654

天井もきっちりすり抜けて前回のPU引いてるあたり芸術点高い

 

655

キングの爆死報告がメンテ後の楽しみ

 

656

いつも体を張って俺達に笑顔を届けてくれる、奴こそはまさに大海の覇者

 

658

運営と裏で繋がってる疑惑を自らの爆死で否定していくスタイル

好き

 

664

ケッ、どうせ爆死SS貼っといて裏ではしっかり当たり引いてるんだろ

 

665

仮に裏で引いてたとしてもこれだけ外しまくってんだから良いだろ……

 

667

むしろ引いててほしいまである

 

 

 【管理人コメント】

 メンテの日にキングの投稿を出ると元気になりますね!

 私のガチャ結果……? すみませんがが曖昧で

 

 

 

 

 

 記事タイトル:【ネタバレ注意】女神様の態度が急に変わったんだが

 

 

1

ワイなんかしたんか……?

急にめちゃくちゃ雑な対応されるようになったんだが?

 

2

安心せえ、ちゃんと信頼度上がっとる

 

3

ちゃうねん、信頼度上がったから素顔を見せてくれるようになったんや

つまり今までの清楚な女神様は猫被ってた。本来の性格はこっち。

 

4

まあ初見はビビるよな

 

6

口調はだいぶ雑になったけど、ちょくちょく本音で喋ってくれるようになるぞ。

知ってから改めて見ると、お清楚モードの時は口調は丁寧だけど明らかに距離取ってるし、優しいけど当たり障りのない事しか言ってくれない。

 

7

急に面白い事言い出すようになって笑うわ

 

9

あと今まで居なかった場所にも出現するようになるぞ。

週末の夜に歓楽街の酒場に行くと一定確率で酒飲んでる姿が拝める

あとアル様が居る時は酒場のショップに特別メニューが出現するし、話しかけると奢ってくれる。

 

 [酒場で飲んでるアルティリアのSS(スクリーンショット)]

 

10

焼き鳥をつまみにビール飲んでる姿が堂に入っておられる

 

11

草。これは知らなかった

 

15

アル様にプレゼントした時の反応

 

高級アクセサリー:

「ありがとうございます。とても綺麗ですね」(信頼度+1)

 

高級酒:

「ありがとうございます。後ほどいただきますね」(信頼度+5)

 

希少食材:

「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」(信頼度+7)

 

本性判明後

 

高級アクセサリー:

「くれるのは有り難いが、生憎こういう実用性の無い装飾類はあまり好きではないんだ。次からは好きな女にでもやるといい」(信頼度+1)

 

高級酒:

「おっ、いいじゃないか。お前分かってるねぇ!」(信頼度+5)

 

希少食材:

「ふっ……実に素晴らしい。これは是非とも礼をしないとな。少し待っていなさい」(信頼度+7&渡した食材を使った最高品質の料理を貰える)

 

16

草ァ!

 

17

変化前と後で信頼度の上昇量は全く同じっていう

 

18

アル様、女性NPCが好むプレゼントアイテムの大半が嫌いな物だからな……

鋭い奴はそこで気付いてそう

 

19

ちなみにアル様の飯はバフ量ごっついから攻略に便利。きついと感じたら希少食材探してアル様に渡せ。おすすめは海でサメ釣ってフカヒレ渡す

 

20

アレックスの信頼度をある程度上げた状態でアルティリアについて会話

「母上は普段家にいる時は、けっこうだらしないぞ」

 

21

ちゃんと伏線はあったんやな

 

25

ミッション評価もだいぶ手厳しくなってて泣いた

 

27

お前ならもっと出来るだろっていう信頼の表れやぞ

 

32

おもしれー女神

 

39

ちなみに知らない奴も多いと思うが、対応変わった後はSR以上の衣装プレゼントすると着てくれるぞ

攻略そっちのけで裁縫を極めた俺に隙はなかった

 

[チャイナドレスを着たアルティリアのSS]

[巫女服を着たアルティリアのSS]

[ウェディングドレスを着たアルティリアのSS]

 

問題は露出多めの衣装を渡すとジト目で呆れられながら罵られる事だ。

でもなんだかんだ言ってちゃんと着てくれるアル様好き

 

40

むしろご褒美では?

 

  【管理人コメント】

  ちょっと裁縫スキル上げるのでしばらく留守にします。探さないでください

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 記事タイトル:【悲報】ギルドOceanRoad、活動停止を発表



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第119話 暗殺拳の達人※

 黒ローブのリーダーが、一瞬でロイドの懐へと入って拳を振るう。下から鳩尾に向かって突き上げるように繰り出されたその攻撃を、ロイドは刀の腹で受けながら、足払いで敵の体勢を崩そうと目論んだ。

 しかし、最初に距離を詰めたのと同じような軽やかなステップで、襲撃者は一瞬にして元の場所へと戻り、回避した。そして両掌を手前に突き出した構えを取る。

 

(驚いた。単純な速さもそうだが、何より技の()()()が無いから動きが酷く読みにくい上に、足音が全くしない。恐らく職業(クラス)構成は格闘家(グラップラー)暗殺者(アサシン)盗賊(シーフ)のそれぞれ上級職の組み合わせ……下手したら最上級職も混ざってるか? とにかく、相当な手練れである事は間違いない)

 

 油断なく刀を構え直しながら、ロイドは胸中でそのような考察をした。彼の推測は正しく、襲撃者の職業構成は以下のようなものだ。

 

 合計Lv:88

 

 【メインクラス】

 盗賊 Lv15/斥候(スカウト) Lv20/密偵(エージェント) Lv5

 

 【サブクラス】

 格闘家 Lv10/上級格闘家(ハイグラップラー) Lv10

 暗殺者 Lv10/上級暗殺者(ハイアサシン) Lv8

 軽業師(アクロバット) Lv10

 

 LAOのプレイヤーにも一定数存在する、アサ格シーフと呼ばれる定番の組み合わせだ。防御力に難はあるが、とにかく機動力と回避力に特化し、素早い動きで敵を翻弄しながら側面や背後からクリティカル攻撃を連打するタイプの構築(ビルド)である。

 単純なレベルこそロイドのほうが上だが、特定分野に特化した相性の良い組み合わせは、カタに嵌まれば脅威である。決して油断できるものではない。

 しかも、目の前の相手は体格からして、ほぼ間違いなく小人族だろう。筋力・耐久・魔力は全種族で最も低いが、その代わりに敏捷と技巧がダントツ1位という極端なパラメータを持つ彼らは、この構築に最も向いている種族である。

 ロイドが戦っている相手以外の黒ローブも、大半は似たような職業構成の者達だ。他の者達もなかなか腕が立つようだが、最も強いリーダーはロイドが相手をしている為、他のメンバーはおおよそ互角以上に戦えているようだ。

 そう考えたところで、見習い騎士のケイとイザークが、それぞれ相手をしていた黒ローブが放った飛び蹴りを食らって吹き飛ばされた。

 

(見習いには荷が重かったか。しかし……それにしても妙だな)

 

 縦横無尽に動き回りながら上下左右から次々とコンビネーションブローを繰り出す、黒ローブの怒涛の連撃を受け流しながら、ロイドは違和感の正体を探る。

 

(あまりにも殺気が無さ過ぎる。気配を殺しているからとか、そういう話じゃない。こいつら、明らかに最初からこっちを倒すつもりが無いとしか思えん)

 

 それに気が付いた事で、冷静になって周囲を観察してみれば、更に多くの事が、そして事の全貌が明らかになってくる。そうしながら、ロイドは矢継ぎ早に繰り出される鋭い突きを刀で弾き、直撃を許さない。

 

(連中、どういうつもりだ……? いや落ち着け、ならば奴等はそれとは別の目的で動いているという事だ。となれば……そうか。なるほど、そういう事だったか)

 

 丁度その時、ロイドの背後に近付いてきて、話しかけてくる者がいた。海神騎士団の副団長、ルーシー=マーゼット。世にも珍しい、小人族の神殿騎士(テンプルナイト)である。

 

「ロイドさん、あの者達ですが……」

 

「ああ、分かってる。彼らはルーシーの知り合いか?」

 

「お察しの通りです。身内がご迷惑をおかけして、大変申し訳ない」

 

 その会話の内容が聞こえたのか、黒ローブの襲撃者達が一斉に戦いの手を止めて、距離を取った。ロイドが刀を鞘に納めると、彼と戦っていた黒ローブのリーダーの視線が交差する。

 

「ふむ……どうやら、ここまでのようじゃな」

 

 黒ローブのリーダーが、そう言ってフードを脱いだ。すると、その下から現れたのは、白い髪と、同じく白い髭を長く伸ばした、小人族の老爺であった。

 

「実に良い目を持っておるな、お若いの。短時間で我らの狙いを見抜くばかりか、この儂の攻撃を全て見切るとは。実に大したものじゃ、いやはや恐れ入った」

 

「恐れ入った、ではないですよ長老! 突然訪ねて来たと思ったら、一体何のつもりですか!」

 

 ルーシーが、長老と呼ばれた小人族の老爺に向かって叫ぶ。

 

「落ち着けルーシー。これはただの訓練だ。実戦形式のな」

 

「訓練……!?」

 

「ほっほっほ、やはり気が付いておったか。して、どうして分かった?」

 

 顎に手をやって、興味深そうに訊ねる長老に対して、ロイドは右手の、親指を除いた四本の指を立ててみせた。

 

「理由は四つ。まず、貴方達の拳には殺気や敵意といった者が一切篭っていなかった。本気でこちらを倒そうという意志が全く見られなかった為、貴方達の行動には何か別の理由があるのではないか、と考えました」

 

「うむ。まあそれくらいは簡単に気付くであろうな。では、二つ目は?」

 

 その質問に対して、ロイドは視線を広場のほうへと向けた。王都の中央広場は、夕方になってもいつも通りに人通りが多く、賑わっている。

 そう、いつも通りだ。ついさっきまで、ここで大人数での戦闘があったというのにだ。

 

「戦闘が起こったというのに、住民や通行人に何の反応もない。それはつまり、事前にここで戦うという周知がされていたという事に他ならない。奇襲をする前にわざわざそんな事をする意味とは何だろう、と考えた結果です」

 

「なるほど。しかし、奇襲の際に騒ぎが起きないように、事前に根回しをしただけという事も考えられると思うが?」

 

「しかし、貴方達がそのような根回しをしたところで、果たして全員がそれを信じて、全く騒ぎが起きないという事があるでしょうか? そう考えれば、我々の側に貴方達に協力した方がいると考えるのが自然です。……そうですよね、アルティリア様?」

 

 そう言ってロイドが視線を上に……少し前まで黒ローブの小人族たちが潜伏していた、詰所の屋根の上へと向けると、そこから飛び降りて地面に降り立った者がいた。アルティリアだ。着地の際に胸が大きくばるんっと揺れた。

 

「ばれたか。それにしても、よく私があそこに居ると分かったなロイド。けっこう頑張って気配を殺していたのだが、よく気が付いたと褒めておこう」

 

「光栄の極み」

 

 恭しく頭を下げるロイドだったが、周りの騎士達はいきなり信奉する女神が目の前に現れた事で、慌てて跪こうとする。しかし、その前にアルティリアが彼らを止めた。

 

「ああ、楽にしてくれ。それで、私の存在に気付いていた事が三つ目の理由という事だな、ロイド?」

 

「その通りです。事前にアルティリア様に話を通しており、アルティリア様から住民への説明があったと考えれば、この平静さにも頷けるというもの」

 

「ふっ、正解だ。それじゃあ予想はつくが、四つ目の理由も聞かせてもらおうか?」

 

 そう言ってアルティリアがニヤリと笑うと、長老や他の小人族たちも、フードの奥で楽しそうな笑みを浮かべた。海神騎士団の面々も、気が付いていた者は笑みを浮かべている。

 するとロイドは黒ローブの小人族のうちの、ぴったりと横に並び立っている二人組へと歩み寄った。

 

「最後の理由は……お前らだ!」

 

 ロイドがその二人が着ていたローブを掴んで脱がすと、その下から現れたのは二人の獣人族の子供……アレックスとニーナであった。

 幼い子供である二人は、小人族の中に混ざっていても背丈がほぼ一緒なので、注意深く観察しなければ気付かなかっただろう。

 

「ばれたか」

 

「ばれちゃった」

 

 二人は捕まえようとするロイドの手からするりと逃れると、アルティリアに駆け寄ってその後ろに隠れた。

 ちなみに小人族に扮していたアレックスとニーナが戦っていたのは、見習い騎士のケイとイザークである。二人共、子供達が放ったライダーキックの直撃を受けてノックアウトされている。

 

「お、俺はあんなチビガキに負けたのか……馬鹿な……」

 

「あ、あんな小さな女の子に……ううっ……」

 

「まあ、そう落ち込むな。あいつら普通の子供じゃねえから」

 

 二人の見習い騎士はショックを受けて崩れ落ち、先輩達に慰められている。それを横目で見つつ、ルーシーは長老に訊ねた。

 

「さて……長老、一族の皆を集めてまでここに来た理由は何でしょう?」

 

 小人族は放浪種族であり、広範囲を旅する習性を持つ。決まった場所に定住する事は滅多に無く、子供も一定の年齢に達すると集団から離れて一人または少人数のグループで旅をする為、このように大人数が集まる事も滅多に無かった。

 そんな中でルーシーだけは、神殿騎士になり以前は王都へ、そして今はグランディーノに定住しているが、これは非常に珍しい事だ。この大陸全土に散らばっている小人族の間で、彼女は変わり者として有名であった。

 そんなルーシーの元に、長老が多くの一族の者を連れてやってきたのだ。これは只事ではないだろう。

 

「うむ……だが話せば長くなるゆえ、まずは落ち着いた場所で、改めて話すとしようではないか」

 

 確かに、海神騎士団の者達は訓練を終えて帰ってきたばかりであり、そしてつい先程まで小人族達と戦闘を繰り広げていた為、疲労しており汗だくで、更に空腹だ。こんな状態で落ち着いて長話など、できよう筈もなかった。

 

「では皆、まずは風呂で汗を流し、体を清めて来るように。その間、小人族の方々には広間でお待ちください。私はその間に夕食の準備をしてきます」

 

 アルティリアがそう指示をして、その場は一旦解散となった。

 



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第120話 その剣の名は

 小人族の集団が俺の神殿を訪ねてきたのは、正午を少し過ぎた頃だった。彼らはどうやら同胞であり、俺の神殿に所属する神殿騎士であるルーシー=マーゼットに用がある様子だった。それと、俺にも話したい事があったようだ。

 しかし海神騎士団のメンバーは訓練に出ており、戻るのは夕方になる為、また後で来るかしばらく待つようにと伝えたところ、

 

「ところで、ルーシーは女神様のお役に立てておりますか?」

 

 と、一人の黒髪の小人族の男が聞いてきた。彼はルーシーの兄であるという。

 

「あの娘は昔から変わった子で、旅を止めて神殿に仕えると聞いた時は皆が驚きました。しかし、ご存知の通り我ら小人族は素早さと器用さこそ優れておりますが、力が弱く、魔力も低い。それが不向きな神殿騎士になった事で苦労をしたり、周りの足を引っ張るような事が無ければいいのですが……」

 

「ふっ……お前は彼女の事を分かっておらんな。ルーシーは我が騎士達の中で、誰よりも努力し、工夫をしている。己の強みも弱みも理解した上で、自分だけのスタイルをしっかりと確立しつつある、我が自慢の騎士だ。返せと言われても返さんぞ」

 

「そうでしたか……。それを聞いて安心しました」

 

 俺は、彼の不安が杞憂であると一笑に付した。

 実際、彼女が元々持っていた防御技術に加えて、俺が教えた素早い動きと小さい身体を活かして敵の攻撃範囲から外れる回避移動のテクニックや、複数の武器を使い分けて的確に相手の弱点を突く戦術、要所要所で盾を使って攻撃を防ぎつつカウンターを入れる技術が合わさって、相手に合わせて柔軟に立ち回る変幻自在の動きと鉄壁の守りが組み合わさった一風変わったタンクが完成しつつある。

 普通、タンク職って防御型と回避型(無敵時間を活かした無敵型もここに含む)で分かれているものだが、ルーシーの場合は両方やるしカウンターも入れる。更にその上、副団長として分隊の指揮やサブヒーラーまでやれる多芸っぷりだ。

 うちの連中は前衛組はロイドが指揮官兼回避クリティカルアタッカー、スカーレットが脳筋アタッカー兼タンク、期待の新人レオニダスがカウンターランサー、後衛組はリンが魔法特化の大砲、クリストフがヒーラー兼バッファー兼軍師役と、やれる事がはっきりしてる連中が多い為、ルーシーのような個々の得意分野では他より一歩劣るが、色々やれて穴埋めができる器用な人材はとても貴重なのだ。

 MMORPGでも、この手の器用万能タイプはパーティーに一人居ると助かる場合が多いぞ。それぞれの分野に特化したメンバーでパーティーを組んで、それがガッチリ組み合わさったパーティーは確かに強いが、誰か一人が崩れて欠けた瞬間に、そこから一気に全体が崩壊するリスクがあるからな。そういう時に色んな事がやれる奴が一人居るだけで、立て直しが非常にスムーズにやれるようになる。

 

 小人族達はそんな俺のルーシーに対する高評価を聞いて、彼女の成長を是非、その目で見てみたいと発言した。

 俺はそれならば、と彼らに一つの提案をした。

 それは、訓練から帰ってきた彼らに対する待ち伏せだ。罠を仕掛け、奇襲する事で彼らの対応をテストする。

 長老やルーシーの兄弟はレベル80前後の実力者であり、他の小人族もなかなかの腕前だ。とはいえ海神騎士団は主要メンバーが軒並みレベル100オーバー、他の古参メンバーもレベル90台という精鋭揃いの為、単純な実力では彼らに劣っている。

 しかし、罠や奇襲、戦術が上手く嵌れば、その程度の差など簡単にひっくり返るのが実戦というものだ。

 はてさて、結果はどうなる事か……と、俺は小人族達と共に準備を終えると、騎士団詰所の屋根の上に登って、海神騎士団の帰りを待ち構えた。アレックスとニーナも小人族から借りた黒いローブを着用して、彼らに扮してやる気満々だ。背丈が成人の小人族より少し小さい程度なので、混ざっていても違和感がない。

 

 その後、予定通りに戻ってきた海神騎士団に対する小人族の襲撃は、我が騎士達に見事に防がれて失敗に終わった。

 ううむ、しかしロイドの奴め。俺が潜伏して見張っていた事や、アレックスとニーナが小人族の中に紛れ込んでいる事までも見抜くとは、中々やるようになった。

 万が一にも罠や奇襲を見抜けず惨敗するようなら、足手纏いにしかならんので気合を入れ直す為に全員グランディーノまで走って帰らせるつもりだったが、予想以上の成長っぷりで満足である。

 

 その後、海神騎士団は身を清める為に風呂へと向かい、その間に俺は訪ねてきた小人族を歓迎する為の晩餐会の準備を進める事にした。

 

「今日の夕飯はピザとアメリカンクラブハウスサンドだ。勿論フライドチキンとポテトもあるぞ」

 

 昼過ぎから仕込んでいたピザを大窯に入れて焼きつつ、鶏肉や芋を上質な油で揚げる。手伝っている子供達も尻尾をぶんぶん振り回して大興奮だ。

 小人族はコース料理みたいな畏まった物より、こういった皆でワイワイ騒ぎながら手軽に食べられる物を好む。ゆえにこのチョイスだ。勿論、俺や子供達も大好きだ。

 

「アルティリア様、お待たせしました。俺もお手伝いを……」

 

「む、良いところに来たなロイド。ではお前に重要な役割を与える。ビールサーバーとコーラの瓶を大広間に運び、円卓の準備をしてくれ」

 

「それは非常に責任重大な任務ですな。かしこまりました、すぐに取り掛かります」

 

 身なりを整えて手伝いに来たロイドに最重要任務を言い渡す。この食事のメニューでビールやコーラが用意していない等とほざけば軍法会議ものだ。失敗は許されない。

 

 その後、無事に調理を終えた俺は、それを子供達や騎士団の皆と一緒に大広間へと運んだ。大広間には、既に小人族が全員集まっていた。

 

「それでは、小人族の方々との出会いを祝して……乾杯!」

 

「「「「「乾杯ッ!!」」」」」

 

 俺の音頭に合わせて、グラスが打ち鳴らされる。

 さっそく料理に手を伸ばした小人族達からは、歓喜と驚きの声が上がっていた。

 

「このピザっちゅうのは美味いのう! この溶けたチーズがアツアツの肉や野菜に絡んで、こりゃあたまらん!」

 

「なるほど、パンのように丸く膨らませるのではなく、薄く伸ばした小麦粉の生地の上に、様々な具とソースを乗せて焼いているのか……この発想は新しい……!」

 

「揚げて塩を振っただけの芋がこんなにも美味いだと!? じゃあ俺が今まで食ってきた物は何だ!?」

 

「ビールうめぇ!」

 

「この薄切りのパンに肉と野菜を挟んだやつは、携帯食にも良さそうだな!」

 

 こうして和気藹々とした食事が終わり、一通り片付けを終えた後に、俺は改めて小人族の長老へと訊ねた。

 

「さて、それではそろそろ本題に入ろうか。ルーシーに用という事だったが、私達もこの場に立ち会って良かったのか?」

 

「ええ、構いませぬ。むしろその方が都合がよろしいかと。さて……ルーシーよ、こちらへ」

 

 長老に呼ばれたルーシーが、彼の前にやってくる。

 

「我らがおぬしの元へとやってきたのは、この剣に導かれたからじゃ」

 

 そう言って、長老は布に包まれた、一振りの長剣らしき物を荷物から取り出した。その布が彼の手で取り払われ、剣の正体が露わになる。

 それは刀身が鞘に納められ、その上から鎖が巻かれた長剣だ。刀身はやや幅広で、柄には青い宝石を中心に、その周りに見事な金の装飾がされている。

 

「そ、それは初代様の剣!」

 

「うむ……。まさしく、これこそは我らの遠いご先祖様……遥か異郷の地よりこの大陸を訪れた、偉大なる小人族の長が使っていたとされる剣じゃ。代々の部族長達がこの剣を受け継いできたが、誰一人としてこの剣を鞘から抜く事は出来なかった。それは、お主もよく知っていよう」

 

「勿論です。しかし、剣に導かれたとはいったい……」

 

「うむ、あれは半月ほど前の事じゃった。突然、この剣が何かに反応するように眩い蒼光を放ち、自ら鞘から抜け出そうと動き始めたのじゃ。しばらくしてその動きは止まったが、これは何かの予兆かと、わしは大陸中に散らばる皆に呼びかけ、集まる事にした。そして、各々が剣を鞘から抜く事ができるか試してみたのじゃが、やはり誰も抜く事は出来なかった……。しかしその日の夜、わしの夢の中に初代様が現れ、こう言った」

 

 長老曰く、夢の中に現れた小人族は、漆黒の髪に真っ赤な瞳の、小人族の男であったという。赤い外套(マント)を身に纏い、手には鞘から抜かれた、この剣を携えていたそうだ。

 ……それにしても、その初代様とやら、なんだか凄く見覚えのある特徴をしてるな?

 さて、その初代様が長老へと伝えた言葉とは、

 

「『海の女神の下へと向かえ。彼女に仕える同胞こそが新たな担い手である。相応しい担い手が手に取り、我が剣の名を唱えよ。さすれば剣は長き眠りから目覚めるだろう』。これが初代様がわしに伝えたお言葉じゃ。その言葉に従い、わしらはお主を訪ねてきたというわけじゃ」

 

「初代様がそのような事を……」

 

「思えば、お主は小さい時から初代様の伝説を聞くのが好きじゃったなぁ。神様からこの剣を授かり、共に巨大な悪と戦った初代様への憧れがあったから、お主は神殿の扉を叩いたのじゃろう? いつかあの方のように、心から信じられる神と出会い、共に戦いたいと」

 

「や、やめて下さい長老! 改まってそう言われると凄く恥ずかしいです!」

 

 ルーシーが赤面し、焦った様子を見せる。まあ、志望動機が幼い頃に憧れたヒーローだというのを同僚や家族の前でバラされるのは、そりゃあ恥ずかしいだろうな。

 見れば、海神騎士団のメンバーや小人族の者達が、ルーシーに向かって微笑ましい物を見るような、優しげな視線を向けている。

 

「しかし、そんなお主の夢は叶った。どうやら出会えたようじゃな、お主の神様に」

 

「はい。私は心から信じられる女神様と、かけがえのない仲間に出会う事ができました。私はそれを誇りに思います」

 

「そんなお主だからこそ、この剣に選ばれたのじゃろう。さあ、手に取るといい」

 

 ルーシーが、差し出された剣の柄を握る。

 

「しかし、初代様は剣の名を唱えよとおっしゃいましたが、私はこの剣の名を知りません。長老はご存知なのですか?」

 

「いいや……それはわしも知らぬ。初代様が亡くなられた後、その奥方の元に届けられたのは、今のように封印された状態の剣だけで、名は伝えられておらぬそうじゃ」

 

「では、どうすれば……」

 

「案ずるな。その剣の名ならば、私が知っている」

 

 困惑する彼らに向かって、俺は口を開いた。

 

「おお、アルティリア様!」

 

「なんとっ! 流石は女神様じゃあ!」

 

 沈んでいた彼らの顔が、朗報がもたらされた事で明るくなる。

 そう、俺はその剣の名前を知っていた。何故ならこの剣、ロストアルカディアシリーズの第2作目、『ロストアルカディアⅡ 妖精郷の勇者』にバッチリ登場しており、その作品の主人公が使っていた剣だからだ。

 とはいえ、LAⅡの主人公が終盤で入手するそれは、妖精郷の王と女王、それから大精霊達が力を合わせて再現した物、つまり性能はオリジナルと遜色無いとはいえ、複製品(レプリカ)である。

 

 しかし目の前にあるこの剣は、神と共に戦ったという初代様が使っていた物だ。つまり神代には既に存在していた。という事は……オリジナルの神器である可能性が極めて高い。

 オリジナルの神器は、流石の俺も自分が作った物と、実際に会った事がある神ネプチューンの槍、フェイトが持っていた大鎌物以外では初めて見た。それくらいの超絶レアアイテムである。

 俺は、その剣の名前を口に出した。

 

「その剣の名は、フラガラッハ。かつて大海の神にして妖精郷の主……我が友、マナナン=マク=リールが作ったとされる聖剣だ。恐らく、奴がお前達の先祖に与えたのだろう」

 

 俺がそう伝えると、小人族達は感涙に咽び泣いていた。

 

「初代様が仕えていた神様の……ご友人!」

 

「マナナン様とおっしゃるのか、初代様の神様は……。ああ、ようやくその名を知る事が出来た……」

 

「伝説は真実だったんだ……」

 

 小人族達から信仰力がブワァーッと流れ込んできた。あと、半分くらいはキングの方に向かっていってる気がする。

 

「フラガ……ラッハ……」

 

 そんな中、ルーシーが涙を流しながら、その名を告げた。すると、鞘に巻かれていた鎖が砕け散って、柄に嵌められていた宝石が眩い光を放ったのだった。

 



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第121話 小さな王の物語(1)※

 ルーシーの手の中で、聖剣フラガラッハが光を放ち、その場に居た全員を包み込んだ。

 聖剣が放った光はとても優しく、暖かかった。そして、それに包まれた彼らは、とても不思議な体験を共有する事になった。

 彼らが体験したのは……かつて、その剣を手にしていた男達の人生そのものであった。

 

     *

 

 

「かみさまー! おきて、かみさま!」

 

「おきろー!」

 

 男が目を覚ますと、彼の周りには耳元でわめいたり、無遠慮に体をペシペシと叩いている、蝶のような羽の生えた少女達の姿があった。その体躯は、男の掌に乗れる程に小さい。

 彼女達は妖精だ。その妖精達が、眠っていた男を騒がしく起こそうとしていた。

 

「騒々しいぞ妖精共、一体何だ」

 

 眠っていたところを無理矢理覚醒させられた男が、不機嫌そうな声を上げた。その切れ長の瞳は、眠気と機嫌の悪さによって細められている。

 非常に整った、美しい顔をした男だ。長身で、金糸で刺繍がされた白い衣服を纏った体はよく鍛えられており、無駄の無い筋肉が全身に付いている。いわゆる細マッチョというやつだ。白銀色の髪の一部に青いメッシュが入っている。

 男の名はマナナン=マク=リール。この世界に数多存在する神々のうちの一柱であり、大海原の中心に浮かぶ孤島エリュシオン島と、そこの奥地に存在する妖精郷を支配する神だ。

 マナナンは、エリュシオン島に幾つか存在するお気に入りスポットで昼寝や釣りをして、のんびりと過ごすのが好きだ。今日も、そんなお気に入りの場所……大海を見渡せる岬の先で昼寝をしていたところを、妖精達によって叩き起こされたところだ。

 

「かみちゃま、あっちにへんなのがいるの」

 

「へんなのきたー」

 

 妖精達が浜辺のほうを指差しながら騒いでいる。

 

「……それはどんな奴だ。具体的にどう変だというのだ」

 

「ちっちゃいにんげんさん」

 

「みみがとがってる」

 

「なんかさけんでて、うるさいの」

 

「何だそれは。まあ良い、見に行ってみるか……」

 

 妖精達は一部の例外を除き、あまり知能が高くない為、彼女達から詳しい情報を得るのは難しいと判断したマナナンは、己の目で『変なの』の正体を見極めようと、浜辺へと足を向けた。すると、そこには浜辺に打ち上げられ、大破した小舟と、一人の男だった。

 

「あれは小人族か? 驚いたな、まさかこんな所まで来るとは……」

 

 その男は小人族であった。エルフ程には目立たないが尖った耳を持ち、成人でも人間の子供程度の背丈しかなく、幼い顔立ちをしているのが特徴だ。それ以外にも、敏捷さや器用さは群を抜いて優れているが、力や体力は見た目通りに子供レベルである。

 また、小人族は決まった住処を持たず、各地を放浪しながら生活をする習性を持っている事は、マナナンもよく知っていた。しかし、それにしてもまさか、こんな絶海の孤島にまで旅をしてくる者が居るとは、思いもよらなかった。

 

「ん? よう。あんた、この島の人かい?」

 

 マナナンが海を眺めていたその小人族に近付くと、その足音を聞いて振り返った彼は、右手を挙げて気さくな挨拶をしてきた。

 珍しい、漆黒の髪に真っ赤な目をした小人族だった。長旅のせいで襤褸切れのようになった旅装に、同じく擦り切れてぼろぼろになった、赤い外套(マント)をマフラーのように首に巻いていた。背中には、一振りの長剣を背負っている。それは一般的なロングソード程度の大きさではあるが、背の小さい小人族が背負うと、まるで大剣のようだ。

 

「俺の名はマナナン=マク=リール。この島を支配する神だ」

 

 小人族の青年を見下ろして、マナナンは己の名を告げた。

 

「小人族の男よ、お前は……」

 

 何用でこの島を訪れた? と、マナナンが問い質そうとした時、小人族の青年は食い気味に言った。

 

「おっ、神様が直々にお出迎えとは気が利いてるねぇ! いやぁ、何とか陸地に辿り着いたのは良いけど、船がオシャカになっちまって困ってたんだ! しばらくこの島に滞在するから、ひとつよろしく頼むぜぇ!」

 

 あっけらかんとした明るい笑顔を浮かべながら、気安い態度で接してくる小人族を見て、マナナンは『こいつはアホだ』思った。

 まあ、アホだが何か悪い事を企んでいる様子も無いし放置で構わんか……と考え、マナナンは口を開いた。

 

「島の住人に迷惑をかけなければ、滞在するのは構わん。好きにするといい」

 

「ありがとよ神様! あ、ついでに船を修理したいから、この島に生えてる木を伐採してもいいかい?」

 

「まあ、良かろう。しかしお前……まさかこんな小さな船で、この島を囲む嵐の結界を突破して来たのか?」

 

「ああ、あの嵐って結界だったのかい? 道理で何回来ても同じ場所で嵐が起きてると思ったよ。まあ、そのおかげで何度もチャレンジして抜け道を探す事が出来たんだけどな!」

 

「何度も来ていたのか……」

 

 エリュシオン島を守護する嵐の結界は、強い風と荒れ狂う波によって島に近付く船を阻むが、特定の箇所にのみ、嵐が弱まる抜け道があった。

 しかしそのルートを見つけたとしても、こんな小さな船で通過するのは無謀極まりない事だが……そんな無理を通して見せた者が、実際に目の前に居る。

 

 馬鹿だが面白い奴だ、とマナナンは思った。これまで、この島を目指して無謀な挑戦を行なう者は何人も居たが、その全てが嵐の結界に阻まれて逃げ帰り、二度と来る事はなかったか、あるいは無謀にも嵐に立ち向かい、船ごと海の藻屑と化した。

 何度失敗しても諦めずに挑戦し続け、突破したのはこの男が初めてである。

 

「お前は、何を考えて無謀な挑戦を繰り返したのだ? いったい、何を求めてこの島にやって来た? 教えてくれないか」

 

 純粋に興味を惹かれて、マナナンは小人族の青年にそう訊ねた。すると、彼は真剣な顔つきになって、自らの動機を語り始めたのだった。

 

「俺はね、神様。同胞達に、帰る場所を作ってやりてえのさ」

 

「帰る場所……?」

 

「ああ。俺たち小人族は放浪種族だ。決まった住処を持たずに、旅をしながら一生を過ごす。そうしていつか、旅先で誰にも看取られる事なく一人で死んでいく。皆、それを当たり前だと思っているけど、俺はある時、それに疑問を抱いたんだ」

 

 彼が生まれた大陸……この島より遥か北西に位置するルグニカ大陸には、小人族が多く生息しており、その全てが旅人として一生を終えるのだと語った。

 

「俺たち小人族は弱い種族なんだ。逃げ足だけは速いけど、魔物に襲われて体力が尽きて逃げきれなかったり、他種族の争いに巻き込まれて命を落とす奴もいっぱい居る。だからこそ俺たちも人間(ヒューマン)のように、同じ種族の者同士で助け合わねえと、って思ったんだけど、小人族ってのは好き勝手に放浪するのが好きな奴が多くてさ。なかなか纏める事が出来ないんだ。だから……」

 

 そこで、青年は立ち上がって、拳を天に向かって突き上げた。

 

「俺は、同胞が平和に笑って暮らせるような、国を作りてえ! 小さくてもいい。あったかい、帰れる場所がある事の幸せを、同胞に教えてやりてえんだ! けど、俺の故郷は人間が作った馬鹿でっかい国が幅を利かせてて、それは出来そうになかった。だから、それが出来る場所を探して旅をして来たんだ!」

 

 小人族の青年は、そんな荒唐無稽で大それた夢を、臆面もなく語るのだった。

 

(……全く、本当に変わった奴だ。まさか、そんな夢を見る小人族が居たとはな)

 

 マナナンはそんな彼を、眩しい物を見るように、優しく目を細めて見るのだった。

 

「……そういえば、まだお前の名を聞いていなかったな。教えてくれないか?」

 

 マナナンがそう問いかけると、彼は不敵な笑みを浮かべて答えた。

 

「おっと、名乗りが遅れて申し訳ねえ。俺の名はレグルス! いつか小人族の王になる男だ!」

 

「……小さな王(レグルス)、か。ああ、全く、お前らしい名前だな」

 

 これは、海の女神(アルティリア)の物語よりもずっとずっと昔、人と神々が共存していた、神代の物語。

 大海の男神(マナナン)と、小さな王(レグルス)の物語である。



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第122話 小さな王の物語(2)※

 マナナンがレグルスと出会ってから一週間が経過した。その間、レグルスは森に入って木を伐採し、船の修理を行ないながら、マナナンに旅の間に見てきた様々な物や出来事について話していた。

 物心ついた時から旅を続け、大陸全土を渡り歩いて更には大洋を小舟一艘で超えてきた彼の冒険譚は、マナナンにとっても興味深いものだった。

 そんな日々はあっという間に過ぎ去って、そして今日、ようやく船の修復が完了したところだ。

 

「じゃあ神様、俺は一旦故郷に戻るぜ! 次に来る時は同胞達も連れてくるから、よろしくな!」

 

 そう言って船に飛び乗るレグルスを、マナナンは呼び止めた。

 

「待てレグルス。帰る前に、これを持っていけ」

 

 そう言って手渡したのは、中心に深い蒼色の宝石が埋め込まれた首飾りだった。

 

「神様、こいつは?」

 

「それは俺の力が込められたアクセサリーだ。それを装着していれば、嵐の結界に阻まれる事なく、この島に出入りできるだろう。貴重な物だから無くしたりするなよ」

 

「おおっ、そいつはありがてえ! 大事にするよ!」

 

「それと、航海の加護を与えておこう。これで今までよりも、ずっと楽に海を渡る事が出来るはずだ」

 

「何から何まですまねえな神様! 何か礼がしたいところだが、生憎今の俺には支払える物が何も無いから、出世払いって事にしといてくれ!」

 

「構わん。この一週間、お前と共に過ごせて楽しかった。これはその礼だと思ってくれ。……ではな、レグルス。いつかお前の夢が叶う事を、俺も願っている」

 

「ありがとう、神様。それじゃ、行ってくるぜ!」

 

 そうして、レグルスは船に乗って去っていった。それを見送って、マナナンはぽつりと呟いた。

 

「やれやれ、島が静かになるな。いや、やかましい妖精達が居るからそう変わらないか……? まあ、これでようやくのんびり過ごせるというものだ……」

 

 どことなくつまらなそうにそう言って、マナナンは浜辺を後にするのだった。

 

 そして、それから一月ほどが経過した。その間は特に何事もなく、退屈だが平和な日々が過ぎていったが、そんなある日の朝の事だった。

 

「かみさまー! またへんなのがきたー!」

 

「こんどはいっぱいきたのー!」

 

 以前と同じように、妖精達がやかましく喚きながら纏わりついてくるのを宥めながら砂浜へと向かうと、そこにはレグルスの姿があった。

 

「よう神様、一ヶ月ぶりだな! 元気だったか!?」

 

 片手を挙げて、笑顔を浮かべたレグルスが挨拶をしてくる。その直後、彼の頭が後ろから強く叩かれた。

 

「ちょっとレグルス! 神様相手に失礼でしょ!」

 

 レグルスの頭を叩いて叱りつけたのは、小人族の女であった。亜麻色の長い髪に、青い瞳の美少女だ。小人族らしく背が低く、幼い顔立ちをしているが、服の上からでもしっかりと胸部の膨らみが分かる、女性らしい体型をしている。

 

「おいおい、いってーなジゼル……別にいいだろ、俺と神様の仲だぜ? あ、神様これお土産な。大陸から持ってきた酒」

 

 レグルスは、ジゼルと呼ばれた女を軽くあしらいながら、マナナンに近付くと酒の入った瓶を手渡してきた。

 

「有難くいただいておこう。それにしても、今回はまた大勢で来たものだな」

 

 見れば今回、レグルスはジゼルの他にも、多くの小人族を引き連れて来訪していた。彼が連れてきた小人族は総勢30名ほどで、船も前回の小舟ではなく、もっと立派な帆船に乗ってきていたようだ。

 

「ああ。俺の考えに同意してくれた仲間達さ。まだ数は少ないけど、俺が将来作る国の、大事な民だ!」

 

「そうか。彼らもこの島に滞在するのか?」

 

「ああ、そのつもりだけど構わないかな? 神様に迷惑はかけないようにするからさ」

 

「島の中心に近付かず、騒がしくし過ぎなければ構わん。好きにするといい。……ところで、あれはどうしたのだ?」

 

 浜辺に係留されている船のすぐ側には、全長15メートル程もある巨大なサメのような魔物が浮かんでいた。全身に切り傷が刻まれており、頭に剣が突き刺さっており動く気配は無い。どうやら既に死んでいるようだ。

 

「近くで俺達の船に襲いかかってきたから返り討ちにしてやったんだ。流石にデカ過ぎて一刀両断とはいかなかったけどな。ところで神様、あいつって食えるかな?」

 

「身は一応食えるが、丁寧な下処理が必要で、そのまま食すのには向かんだろう。しかしヒレは乾燥させると高級食材になるし、鋭く堅固な牙は貴重な武器の素材として重宝されている」

 

「そっか。それなら解体してみるよ。おーい皆、このデカブツを引き上げるから手伝ってくれ!」

 

 レグルスは他の小人族と共に、魔物の死体のほうへと走っていった。その背中を見送って、マナナンは呟いた。

 

「……海上でメガロドンを討伐し、あの様子では大した傷を負った様子も無いか。やはりレグルス……あの者は相当な強者のようだな」

 

 その言葉に、近くに居た小人族の女、ジゼルが相槌を打つ。

 

「レグルスは、昔から同族に対する仲間意識が強くて。私たち小人族は弱いから、そんな同族を護る為に、剣聖と呼ばれる人間に弟子入りをしたり、強い魔物がたくさん生息する地域を旅したりして、必死に腕を磨いてきたんです」

 

「そうか。仲間想いなのは知っていたが……奴がそこまでする程に、小人族の状況は良くないのか?」

 

「はい……。元々、小人族は身体が小さくて弱いので、旅の途中で魔物にやられて命を落とす者は少なくなかったのですが、故郷にある人間が作った大国が、人間以外の異種族に対する差別を強めるようになってからは、ますます生き辛くなりました」

 

 この時代、ルグニカ大陸はそのほぼ全土を、人間至上主義を掲げる超大国、神聖ルグニカ帝国に支配されつつあった。それによって小人族だけではなく、巨人族やエルフ、ダークエルフ、ドワーフ、鬼人族、龍人族……と、様々な亜人と呼ばれる種族は迫害され、殺されたり奴隷にされたりといった、過酷な目に遭っていた。

 そんな彼らにとっての冬の時代は、神聖ルグニカ帝国が滅びるまで長らく続く事になるのだった。そして、そんな巨大帝国が滅びた後も、人間達は複数の国に分かれて争う事を止めず。

 ルグニカ大陸に平和が訪れ、人間と異種族が手を取り合うのには、長い長い年月を経た果てに、一人の英雄が現れるのを待つ必要があるのだった。

 

「だから、レグルスは新天地に、私達が安心して暮らせる国を作ろうとしてるんです。あんまり、無茶はしてほしくないんですけど」

 

 心配と親愛が入り混じった目で、ジゼルはレグルスを見つめていた。人の感情の機微に疎いマナナンにも、彼の事を大切に思っているのだという事は確信できた。

 

 

 それから、小人族は浜辺に小さな港を作り、そこを拠点にして新天地を探す為の航海へと出発していった。

 一月か、二月ほど旅をした後に戻ってきては、レグルスは旅先で見つけた珍しい物を土産として渡しながら、マナナンに旅の話をするのだった。

 

「……とまあ、そんな訳で今回は南のほうに行ってみたんだけどさ。大陸は見つからなかったけど、小さい島は幾つかあったぜ。その内のひとつに拠点を作ってきたから、次はそこを中継してもっと遠くまで行ってみるつもりなんだ。あ、ところでこの木の実はその島で見つけた物なんだけどさ、めちゃくちゃ硬くて食えたもんじゃないんだけど、中に詰まってる汁が甘くて美味いんだよ。神様も飲んでみようぜ」

 

「ふっ……そうか。それは楽しみだな」

 

 そんな日々が何年も続いた。レグルスの新天地探しは難航していたが、少しずつ遠くまで航海する事が可能になっていき、また故郷のルグニカ大陸からはレグルスを慕う者や、故郷で行き場所を無くした小人族が何人も付いてくるようになって、彼が率いる集団はより大規模になっていった。

 

 そしてある日、レグルスが率いる小人族の船団は、遂にエリュシオン島より遥か南方にある大陸へと辿り着いたのだった。

 彼らが辿り着いたのは、海沿いにある小さな漁村であった。そこはこれよりずっと未来に、グランディーノという都市になる場所でもあった。

 



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第123話 小さな王の物語(3)※

「そうか、発見したか」

 

 エリュシオン島にて、マナナンはレグルスから、遥か南に位置する大陸を発見したという報告を受けていた。

 この時、彼らが初めて会った時から既に、数年の年月が経過しており、エリュシオン島にはレグルスがルグニカ大陸から連れてきた、故郷を失った人間やエルフ、ドワーフ等の様々な亜人種が、少数だが住むようになっていた。

 居場所を失った彼らは藁にも縋る思いでレグルスについて海を渡り、絶海の孤島にて新たな生活をスタートした。果たしてそこは、外敵に晒される事もなく自然の恵みが豊かな、神が治める地であった。彼らにとって、そこはまさしく楽園であった。

 

 レグルス達小人族も、やろうと思えばエリュシオン島に留まり、定住する事も出来ただろう。少なくともマナナンは、彼らがそうしたいと望んだなら喜んで迎え入れるつもりだった。

 しかし小人族の血に刻まれた宿命か、彼らは歩みを止める事なく、自分達だけの国を求めて遠い地へと旅立っていった。

 

「ああ。人間も居たけど、ルグニカ大陸やハルモニア大陸と比べると原始的というか、まだ色んな技術や文化は未成熟みたいで、これなら俺達が開拓する余地も大いにあると思うんだ」

 

「うむ……お前達が辿り着いたのはルフェリア大陸と呼ばれる場所だ。北の二大陸に比べると人口は少なく、歴史も浅い。向こうに居る神も何柱かは居るが、やはり他の場所と比べると少ないようだな……」

 

「何だ、やっぱり神様は知ってたのか」

 

「当然だ。俺には千里眼があるからな。先に教えてほしかったか?」

 

「まさか。それじゃあ自分で探して見つけ出す楽しみが無くなっちまう。黙っててくれて大感謝さ」

 

「ああ。お前ならそう言うだろうと思って黙っていた」

 

 この場に居る小人族は、レグルス一人だった。彼の同胞達は、既にルフェリア大陸に活動拠点を作ったり、現地の人間との交流を試みたりと探索の準備を進めていた。

 

「……そういう訳でさ、お別れを言いにきたんだ。俺達はこれから新大陸を旅する事になるから、これからは簡単に会いにこれないと思う」

 

「ああ、そうだろうな。……しばらくはお前のやかましい声も聞けなくなるか」

 

「でも俺は心配だぜ。神様、俺が居なくなって寂しくなったりしないか?」

 

「ふん……お前が連れてきた者達も居るし、そんな気遣いは無用だ。そんな事より自分の心配をするのだな。分かっているとは思うが、見知らぬ地で国を作るなどというのは簡単な事ではないぞ」

 

「ああ。困難なのはわかってる。けど、俺は必ず成し遂げてみせるぜ!」

 

 拳を握り、力強く頷くレグルスの瞳は、出会った時と同じように一切の迷いも無く、まっすぐに前を見つめていた。

 

「レグルス、餞別だ。これを持っていけ。今のお前ならば使いこなせるだろう」

 

 そんな彼に、マナナンは一振りの剣を差し出した。柄に青い宝石が嵌め込まれた、幅広の長剣だ。

 

「神様、この剣は?」

 

「俺の持つ神器の内の一つ……フラガラッハだ。彼の地は人の住む領域が少なく、強力な魔物が棲む秘境が多く存在する。きっとお前の助けになる筈だ」

 

 差し出されたフラガラッハの柄を、レグルスはその小さな手で力強く握った。これまでに見たどんな名剣でも足元にも及ばない程の、凄まじい力と存在感が伝わってくる。

 

「ありがとう、神様。じゃあ、行ってくるぜ!」

 

「ああ。お前の旅路に幸運を」

 

 そして彼らは別れた。レグルスは再びルフェリア大陸へと渡って同胞と合流し、自分達の国を作る為の冒険を始めたのだった。

 

 彼らの旅は、決して順風満帆な物ではなかった。険しい旅路、行く手を阻む強大な魔物、現地人との衝突……数多くの障害やトラブルが彼らを襲った。しかし、それらに対して正面から向き合い、一つずつ解決していった。

 その歩みは遅くとも、確実に前へと進んでおり、数多の試練は彼らを大きく成長させた。

 そのまま進んでいけば、彼らはいつか必ず、宿願を果たす日を迎える事が出来ただろう。

 

 しかし、残念ながらそうはならなかった。

 遥か未来、アルティリア達の居る時代になっても、小人族は自らの国を持つ事なく、放浪の旅を続けていた。彼らに残されたのは担い手を失った聖剣と、長い時の流れの中に名前を置き忘れ去られた、小さな王の物語……その断片のみであった。

 

 なぜ、彼らの夢が果たされる事なく終わりを迎えたのか。

 それは、その冒険の途中で、ある事件が起こったからである。

 

 その日、突如として空が罅割れ、天空より72の光の柱が天より降り注いだ。

 罅割れた蒼天は鮮血のような赤色に染まり、大地が鳴動し、空と同じく赤く染まった海は荒れ狂った。

 

 後の世に魔神戦争と呼ばれる、神々と魔神将との全面戦争。

 神々の時代が終わる日が訪れたのだった。

 

 

 世界各地で、神々は己を信奉する者達と共に、世界を守護する為に戦った。

 魔神戦争は、その緒戦の戦況は神と信者達が有利であった。決して小さくない犠牲を出しながらも、生きとし生ける者全てがあらゆるしがらみを捨てて力を合わせ、万物の敵対者(パブリック・エネミー)に対して全力で抵抗し、彼らからもたらされる信仰の力をもって、神々は絶大な力を揮って魔神将と戦った。

 

 72体の魔神将のうち、およそ半数が封印、あるいは次元の狭間へと追い返され、戦況がいよいよ神々と人間達の勝勢へと傾きかけた、その時であった。

 魔神将の長、第一将バエルが満を持して放った呪いが、世界を覆い尽くした。

 

 その名は、『絆断ちの呪詛』。それまで共にあった神々と人々の絆を分かつ最悪の呪い。

 それによって人々は神の名を、姿を、共に過ごした思い出を忘れていき、神は人から信仰の力を得る事が出来なくなった。

 一部の強者達はある程度は抵抗する事が出来たが、それでも大切な記憶が少しずつ薄れてゆく事を止められはしなかった。そして、大多数の弱き者達は、自分達が忘れてしまった物が何なのかもわからないままに、それを奪い去られた。

 それでも、最後の力を振り絞って神々は抵抗を続けた。

 

 そんな中、エリュシオン島ではマナナンが魔神将の一体と激戦を繰り広げ、辛うじて勝利していた。

 彼が戦っていた相手は、第八将バルバトス。完全に滅する事は出来なかったが、妖精の王オベロン、女王ティターニアと力を合わせ、妖精郷の最奥へと封印する事に成功していた。

 この時に封印された魔神将バルバトスが討伐され、完全に消滅するのはずっと後。遥かな未来に、エリュシオン島を一人の旅人が訪れる日を待つ事になる。

 

「なんとか、封印できたか……」

 

 マナナンが大地に膝をつく。数日間にも及ぶ激戦によって疲労困憊といった様子で、その端正な顔からはいつもの余裕が失われて久しい。

 

「「マナナン様!!」」

 

 妖精王オベロンと妖精女王ティターニアが、その体を支える。彼らは低位の妖精達とは異なり、その体のサイズは人間と遜色ない大きさだ。

 

「大丈夫だ……。お前達も満身創痍だろう。今のうちに体を休めるといい」

 

「我らは大丈夫です!」

 

「マナナン様こそ、どうかお休みください! もうとっくに限界を超えている筈です!」

 

「良いのだ。それよりも、私は行かねばならぬ。懐かしい友が、訪ねてきたようなのでな……」

 

 マナナンは、静止する二人を振り切って、妖精郷を出た。妖精郷を出た先にあるのは、絶海に浮かぶ自然豊かな楽園、エリュシオン島だ。

 しかしその楽園も、今ではすっかりと荒れ果て、破壊されてしまっていた。島に居た住民達も、その多くが死んでしまった。

 マナナンは、友と初めて出会い、彼が訪れるたびに語らった砂浜へと足を進めた。すると、そこには懐かしい友の姿があった。

 

「……やあ、神様」

 

「……やあ、レグルス。……随分と老けたな」

 

「神様は、変わらないな。出会った時のままだ」

 

 彼らが最後に別れた日から、十年以上の月日が流れていた。



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第124話 小さな王の物語(4)※

「全部、無くなってしまったよ。俺についてきてくれた仲間も、大勢死んだ」

 

 レグルスが、静かに語る。既に枯れ果てたのか、涙を流す事はなかった。

 

「ジゼルも、さ……。ようやく落ち着ける場所が出来て、俺との子供が産まれて、幸せそうに笑ってたのに、今は塞ぎ込んで、泣いてばかりいるんだ。あいつと子供の命は何とか守る事が出来たけど、それでもあいつの心は深く傷ついてしまった。いや、ジゼルだけじゃない。生き残った人達は、誰もが苦しんでいる」

 

 かつてその赤い瞳に宿っていた輝きは失われ、そこには暗い憤怒の炎が燃えていた。

 

「あちらの戦局は……どうやら落ち着いたようだな」

 

「ああ。なんとか敵を退ける事が出来たよ。向こうに居た神様達が、その身を削って俺達を護ってくれた」

 

 マナナンが千里眼でルフェリア大陸へと視線を飛ばすと、大地は荒れ果て、多くの者が傷ついているが、戦いは既に終わったようで、残された者達は立ち上がり、復興に力を入れているようだった。

 しかし、心身共に深く傷ついて、今も立ち上がれないでいる者も多い。レグルスの妻となったジゼルのように。

 

「こっちの戦いは終わったから、神様を助けようと思って来たんだけど……一足遅かったみたいだな」

 

「ああ、その通りだな。今更お前が来てもやる事など残っていない。まあ、折角来たのだ。今日はこの島に泊まって、体を休めていくと良い」

 

 マナナンは復興中の、島にある街へとレグルスを案内した。

 

「この街も、お前が去ってから随分と発展したのだがな……」

 

 魔神将や、その眷属との戦いで大部分が破壊した町は、立て直しに長い年月が必要になるだろう。崩れた街並みを悔しそうな目で見つめながら、二人は人々が寝泊まりしている仮設拠点へと足を進めた。

 

「これはマナナン様! それに貴方はレグルス様! お久しゅうございます!」

 

 二人の姿を見つけた、生き残りの住人達が駆け寄ってくる。

 

「楽にしてくれ。すまんが、こいつを泊めてやってくれるか?」

 

「ええ、勿論構いませんとも! まだ片付けが終わっていなくて、狭いところで申し訳ありませんが……」

 

「なら、俺も作業を手伝おう。世話になるんだ、遠慮なくこき使ってくれ」

 

 マナナンが腕まくりをして、瓦礫を片付けている者達を手伝おうと近付いていった。

 それを見送ると、マナナンはその場を後にした。そしてその足で海岸まで戻ると、彼は海に向かって足を踏み出した。

 その体は水に沈む事なく、地上に居る時と何ら変わらない様子で海の上に直立していた。そして水流を操る事で、その体は並の船など足下にも及ばないほどのスピードで、あっという間に島から遠ざかっていった。

 

 マナナンが向かったのは、南の方角。エリュシオン島とルフェリア大陸との間にある海域の一つであった。

 

「さて……ここまで離れれば十分だろう。わざわざ付いてきてくれた事だし、そろそろ始めようじゃあないか」

 

 マナナンが、彼が立つ大海原へと向かって声をかける。すると、

 

「よかろう……」

 

 女の声が響く。その源はマナナンの足元、すなわち海中だ。直後、マナナンが立つ海が爆ぜ、そこから何者かが姿を現した。

 それは、透明感のある青い肌に、同じく青い髪をした美しい女であった。しかし、明らかに人と異なる点がふたつあった。

 一つはその下半身だ。彼女の下半身は人のものではなく、表面に光る鱗がびっしりと生えた魚のものであった。

 そしてもう一つは、体のサイズである。巨人と呼ぶのも控えめな表現になるレベルの大きさだ。

 

「我が名は魔神将が第四十二将、ウェパルなり……! マナナン=マク=リール、その命を頂戴する!」

 

「ふん、水の魔神将か……。わざわざ大海の神である、この俺を狙ってくるとは大した自信だが……すぐに後悔する事になるだろう」

 

「ほざくがいい。その満身創痍の身体で何ができる? バルバトスを封印したのは大したものだが、既に力は使い果たしていよう。大海の神たる貴様を食らい、その力を吸収すれば、私は更なる強さと美しさを手にする事が出来るだろう」

 

 そう言って舌なめずりをして妖艶な笑みを浮かべる魔神将ウェパルに対し、マナナンは嘲笑を浮かべた。

 

「敵が弱ってなければ挑む気概もない臆病者の分際で、随分と勇ましい口をきく。ならば試してみるがいい。貴様のような性根の腐った女に出来るものならばな」

 

 そして両者が激突しようとした、その時であった。

 

「ちょっと待ったああああ! その戦い、俺も交ぜろアターック!」

 

 高速で迫ってきた船で、ウェパルに対して捨て身の体当たりをした者がいた。レグルスである。ウェパルの巨体に全速力でぶつかった事で玉砕し、バラバラになった船から飛び降りて、華麗に水上に降り立ったレグルスが、マナナンの隣に並び立つ。その手にはマナナンから授かった聖剣、フラガラッハが握られていた。

 

「レグルス!? 貴様、わざわざ巻き込まないように島から離れたというのに、どうして来たのだ!?」

 

「へっ、どうせそんな事だろうと思ったんでね。見つからないように、こっそり着いてきたって寸法さ。……そんな事より水臭いじゃねえか神様よ。友達が一人で死にに行こうとしてるのに、それを見逃せる訳ないだろう?」

 

「………………馬鹿者が。子供が産まれたばかりで、妻が苦しんでいると言っていたではないか。俺の事より、家族や同胞の事を考えてやらんか。小人族の国を作るという夢は……」

 

「確かに、まあ、それも大事なんだけどさ……。でもやっぱ、放っとけねえよ。神様、実はもう立ってるのもやっとの状態なんだろ? 俺は神様にも死んでほしくねえよ。俺の恩人で、何より大事な友達だから」

 

「……ッ! 馬鹿者が……」

 

 マナナンは、思わず目頭を手で覆った。それに気付かぬふりをしながら、レグルスは不敵な笑みを浮かべる。

 

「それに、あいつはどう見ても水属性。海の神様である神様の攻撃は効きにくいと見た。ここは頼れる前衛が必要なんじゃないかな?」

 

「ふっ……ならば援護に回る、前衛は任るぞ! そこまで大口を叩いたんだ、さっさと沈んだりしたら許さんからな!」

 

「おう、任されたぜ!」

 

 二人は並び立ち、構えを取った。その先には、怒りに顔を歪めた魔神将ウェパルの姿。

 

「痴れ者が……! 小さき定命の者ごときが割り込んで来たかと思ったら、男同士でイチャイチャと戯れおって、寒気がするわ! 小物はさっさと消え失せよ!」

 

 ウェパルが水を、太いビーム状にしてレグルスに向かって射出した。それはウェパルにとっては大した事のない、軽くひっぱたく程度のものであったが、熟練の戦士であろうと一撃で葬り去るだけの威力を秘めた恐るべき攻撃だ。

 しかしそれはレグルスに命中する事なく、彼に命中する寸前に軌道を変えて、逆に放った本人であるウェパルの顔面に向かって襲い掛かった。

 

「見たか、これが聖剣の力だ! そんな半端な攻撃が通じると思うなよ!」

 

 レグルスが構えていた聖剣フラガラッハが、ウェパルの放った激流をそのまま相手に跳ね返したのだった。

 フラガラッハに秘められた能力、その名を『応報者(アンサラー)』という。相手の攻撃を防ぎ、それを相手に跳ね返すカウンターに特化した神器。それがフラガラッハの正体だ。

 

「おのれええええっ! よくも、よくもこの私の顔に傷を! 許さんぞ、小人の分際で!」

 

「馬鹿め、相手を甘く見るからそうやって痛い目を見るのだ。それにこいつはただの小人族ではないぞ。おいレグルス、名乗ってやれ」

 

 ウェパルを嘲りながら、マナナンが水を向ける。それに頷きながら、レグルスは高らかに名乗りを上げるのだった。

 

「おう! 俺の名はレグルス、大海の神マナナン=マク=リールの親友にして、小人族の王である!」



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第125話 小さな王の物語(5)※

 魔神将ウェパルとの戦いは、三日三晩の間続いた。

 マナナンとレグルスはとうに限界を超えながらも、力を合わせて果敢に戦った。

 そして、四日目の未明……遂に彼らは、魔神将ウェパルを討伐したのであった。

 

 しかし、その代償は大きかった。

 最後の最後に、いよいよ追い詰められたウェパルが放った最後の攻撃『腐敗の波動(コラプション・ウェイブ)』。肉体を腐敗させ、魂を堕落させ、尊厳を破壊する最悪の攻撃が、マナナンを襲った。

 既にいつ死んでもおかしくない状態だったマナナンに、それを防ぐ術は無かった。しかし……

 

「やらせるかぁーっ!」

 

 レグルスがマナナンを庇い、フラガラッハの力を限界を超えて引き出し、魔神将が放った最大最強にして最悪の攻撃を、ウェパル本人に向かって跳ね返したのだった。

 

「フラガラッハ、これが最後だ! 俺に力を!」

 

「ば、馬鹿なああああ! 私の、私の身体が腐敗していく!? 嘘だ……私の、私の美しい顔が! 認めん……認められるか、こんな、こんな終わり……がっ、ぎゃああああああああああああっ!」

 

 ぐずぐずとその身を腐らせながら、力尽きたウェパルが海へと沈んでいく。

 

「おのれ……赦さぬ、赦さぬぞ……! レグルス……! レグルスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」

 

 怨嗟の声を上げながら、ウェパルは海底に消えた。

 そして、後に残されたのは……

 

「レグルス! おい、しっかりしろ! レグルス!」

 

 力尽きて倒れたレグルスと、その小さな体を抱き上げるマナナンの二人であった。

 

「へへっ……どうよ神様……。魔神将をぶちのめしてやったぜ。しかも、あいつにとって最高に屈辱的な方法でな……」

 

「ああ……ああ! 見事だったぞ! 本当によくやってくれた! だからもう喋るな、すぐに治療を……」

 

「いいんだ……。神様も分かってるだろう……? もう……無理だって……」

 

「…………ッ!」

 

 レグルスの命の灯は、もう消える寸前であった。激戦の中で積み重なったダメージによって、既に何度も死んでいてもおかしくなかったのを、気力だけで持ち堪えていたのだ。

 しかし、最後に人の身の丈を超える奇跡を起こした事、そして戦いが終わった事で、これまでの反動が一気に彼に襲い掛かったのだった。

 

「お別れだ……神様。神様と一緒に過ごした日々は……楽しかったよ。俺の宝物だ……」

 

「馬鹿者が……! 俺の事など放っておけばよかったのだ! 家族や同胞が帰りを待っているのだろう! 国を作るという夢も、まだ果たし終えていないだろうが!」

 

「ああ……そう、だな……。それだけは……無念だ……。俺達の国を……帰る場所を、あいつらに……作ってやりたかった……なぁ……」

 

「くっ……!」

 

 死にゆく友を腕に抱き、マナナンは最後の力を振り絞って立ち上がり、レグルスの小さな体を掲げ、そして張り裂けんばかりに声を上げた。

 

「聞け! 大海を司る神々よ! 精霊よ! この海に住まうあらゆる生命よ! 大海と航海の神、マナナン=マク=リールの名において、ここに宣言する!」

 

「神様……?」

 

「我が持つエリュシオン島と、この大海原の支配権を、全てこのレグルスに与える! この者こそが大海の王であり、大海は全てレグルスの王国、彼の領地である! これは我が全てを懸けた誓いにして、最後の命令である! 何者であろうと逆らう事は許さぬ!」

 

 マナナンが告げると、海が黄金に光り輝き、まるで彼を祝福するかのように、優しい光がレグルスを包んだのだった。

 

「すまぬ。今の俺にはこれくらいしか、お前にしてやれない……」

 

 涙を流しながら言うマナナンに、レグルスはゆっくりと首を横に振った。

 

「十分さ……俺には、過ぎたくらいのご褒美だ……。死ぬ前に、夢が叶えてくれて……ありがとう、神様……」

 

 最後にそう言って……レグルスは静かに、息を引き取った。

 

「さらばだ、友よ……。案ずるな、俺もまた、海へと還る……」

 

 そしてマナナンもまた、とうに限界を超えており、存在を維持する事が出来なくなっていた。

 夜が明け、朝日が昇るのと同時に、彼の命も尽きようとしていた。

 

「美しいな……」

 

 暁に染まる水平線を見つめながら、マナナンの身体がだんだんと透明になっていく。存在自体が、この世界から消えようとしているのだ。

 やがて、マナナンの姿が完全に消滅すると、彼に抱えられていたレグルスの遺体は、海の底へと沈んでいったのだった。

 

 

 ……そして、数年後。

 未来において、グランディーノと呼ばれる地。そこにある小さな村には、小人族の女が暮らしていた。

 彼女の名はジゼル。かつて夫であるレグルスと共に、遠い場所からここまで旅をしてきた。

 数年前に起きた大規模な災厄によって、多くの仲間を失っていた事で悲しみにくれていた彼女は、残された同胞や、生まれたばかりの息子を護る為に、悲しみを堪えながら必死に立ち上がった。

 そして今は、この小さな村で子供を育てながら、夫の帰りをずっと待っている。

 

「お母さん! こっちこっちー!」

 

「こら、待ちなさい。よそ見をしていると転んじゃうわよ」

 

 幼い息子は、父親に似た黒い髪の、元気いっぱいの腕白小僧だ。今日も力いっぱい、砂浜を駆け回る彼を追いかけていると、

 

「あっ! 何か光ったぞ!」

 

 息子が何かを見つけたようで、急いで波打ち際まで駆けていく。それを追っていくと、やがて何かを拾ったらしい息子が、満面の笑みを浮かべてこちらに振り返った。

 その腕に抱えられていた物を見たジゼルの目が、大きく見開かれた。

 

「お母さーん! 何か凄そうな剣があったよ!」

 

 息子が抱えていたのは、かつてその父親……レグルスが大事にしていた、神様に貰った剣であった。

 息子が自慢げに差し出してきた剣を受け取った時、ジゼルはレグルスの身に何が起きたのかを知った。

 

「おかえりなさい……レグルス」

 

 フラガラッハを抱きしめながら、ジゼルは静かに涙を流すのだった。

 

 

 

 そして時は戻り、現代。

 レグルスの人生を追体験したアルティリア達の意識が、現在へと戻ってきた。

 アルティリアに、アレックスとニーナ、海神騎士団のメンバー、そして小人族たち……全員が同じ記憶を共有していた。

 小人族たちが全員、滂沱の涙を流しているのは言うまでもなく、海神騎士団のメンバーも貰い泣きしている者が大勢いる。

 

「初代様……」

 

 そして聖剣フラガラッハの継承者であるルーシーも、聖剣を抱きしめながら涙を流している。その姿は、かつてのジゼルの姿によく似ていた。

 その肩を、アルティリアが優しく叩く。

 

「ルーシー、その剣と彼の想い、それを受け継ぐ覚悟はできたか」

 

「アルティリア様……はい! 私はレグルス様と先人達の想いを背負い、これからも戦い続けます! 我が神と共に!」

 

「よろしい。だが彼のように、私を庇って死ぬような真似は許さんからな。そんな事したら泣くぞ、私は。あと怒るぞ。怒りのあまり小人族の女の胸が未来永劫Aカップより上に成長しない呪いをかけるかもしれん」

 

「かしこまりました。アルティリア様や皆を護るし、私も死にません! どんな困難な戦いでも、必ず皆で生きて帰ると……この剣と、アルティリア様に誓います! ……あと、その呪いは絶対に止めてください。アルティリア様なら本当に出来そうで怖いです」

 

 こうして、小人族の騎士ルーシー=マーゼットは、聖剣の継承者となったのであった。

 

 

 

 ルーシーは『小さな王の聖剣(フラガラッハ・レグルス)』を手に入れた。

 メイン職業(クラス)・最上級職『聖騎士(パラディン)』 Lv1を取得した。

 EX職業(クラス)・『獅子心の騎士(ナイトオブライオンハート)』Lv1を取得した。



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第126話 大海の覇者の物語※

「……ここは、どこだ……? 俺は……あの時に消滅した筈……」

 

 マナナン=マク=リールが目を覚まし、ベッドから体を起こすと、そこは見覚えのない部屋であった。

 内装や調度品、それに証明に至るまで、これまでの長い生の中で一度も目にした事のない物であり、それどころか窓の外に見える、天高くそびえ立つ高層建築物に至るまで、馴染みのない物ばかりである。

 これは一体どういう事だと、マナナンの思考は混乱の極致に達した。

 その時、部屋の入口のドアを開けて、何者かが部屋の中へと入ってきた。振り返るマナナンの目に映った、その人物は……

 

「おっ、ようやく起きたか」

 

 無造作に伸ばした黒い髪に、同じく黒い瞳の、長身の中年男性であった。背は高く、鍛え抜かれた屈強な体格。顔は整っているほうだが、目が大きく鋭いせいで、えらくガラが悪い印象を受ける。

 

「お前は……バロールか? お前が俺を助けたのか……?」

 

 マナナンは、その男をバロールと呼んだ。それは、あの世界にいた神の一柱。闇と魔眼の神の名であった。マナナンとは旧知の間柄だ。

 

「ああ。とはいえ、流れ着いてきたのを拾って看病しただけだがな」

 

「流れ着いた……だと? この場所にか? そうだ、ここは一体どこなのだ?」

 

「まあ落ち着け。一から説明してやるから、まずはお茶でも飲んでリラックスしな」

 

 そうしてバロールが淹れた茶を飲んで一息ついた後に、この世界について説明を受けたマナナンは、驚きに目を見開いた。

 

「別の世界……だというのか……」

 

「ああ、そうだ。どうもかつて俺達が居た世界と、今いるこの世界は近い場所……何て言ったっけな、位相だか座標だかいうのが物凄く近いんだそうで、俺達のように向こうで存在を維持できなくなった神が、何人も流れついてきてるらしい。尤も、この世界じゃあ向こうと違って碌に力を使えず、ほぼ人間と変わらない存在になっちまっているがな」

 

 バロールの説明によれば、マナナンや、魔神戦争で力を使い果たして消滅した神々が何人も、こちらの世界……地球へとやって来ているらしい。また、この地球とはまた別の異世界へと渡った神々も存在するとの事だ。

 

「死に損なった、という事か」

 

「そう言うな。生き延びたって事は、まだ天命は尽きちゃあいない。まだやるべき事が残ってるって事だろうよ。俺も、お前もな」

 

「……そう、だな。力を失い、見知らぬ地でのスタートになるゆえ、何から始めるべきか見当もつかんが……生き残ったからには、まずは精一杯生きねばな。そうでなければ、死んでいった者達に申し訳が立たん」

 

 こうして、マナナン=マク=リールの地球での生活が始まった。バロールや、その後に出会った他の神々とも協力しながら、住居や仕事を見つけ、地球に来てから数年が経つ頃には、すっかり暮らしも安定してきた。そんなある日の事だった。

 バロールが、とある物を持ってマナナンが住む家を訪れた。

 

「よう、最近神々(おれたち)の間で話題になってる面白い物を持ってきたぜ」

 

「それは確か、コンピューターゲームというやつだな?」

 

「ああ。そしてソフトがこいつだ」

 

「ロスト……アルカディア……? このパッケージの背景に描かれているのは……エリュシオン島か? なんだこれは?」

 

 バロールが持ってきたのは、ゲーム機とそれで遊ぶ為の一本のソフトであった。そのソフトのタイトルは、ロストアルカディア。

 

 早速ゲーム機をテレビに繋ぎ、マナナンはそのゲームをプレイしてみた。

 内容は……遥かな昔、かつて神々が人と共に暮らしていた世界で、世界の中心、大洋の彼方に浮かぶ孤島、エリュシオン島の伝説を耳にした一人の旅人が、嵐の海を超えてエリュシオン島へと辿り着いたところからスタートして、かつてこの島に住んでいた人々の末裔との交流や、島の各地に点在する遺跡やダンジョンの探索、そして襲い来る魔物との戦いを繰り返しながら、エリュシオン島に隠された謎を解き明かし、遠い神代の歴史や消えた神々について知ってゆく……という物だった。

 

 強い興味を惹かれたマナナンは、バロールが帰った後にすぐ自分でゲームを購入し、続きをプレイした。

 そして長い冒険の末に、旅人はエリュシオン島の全土を踏破し、八つの秘宝を集めて島の中心、そこに隠された妖精郷へと辿り着いた。

 しかしその直後、封印から目覚めた魔神将バルバトス……かつてマナナンが封じた恐るべき存在が目を覚ます。旅人は、島で出会った仲間や妖精達と力を合わせて戦い、長い封印から目覚めたばかりで弱っていた事もあって、どうにか魔神将を討伐する事に成功するのだった。

 

 クリア後にひとしきり余韻に浸った後に、マナナンはバロールに連絡を取った。

 

「あれは何だったのだ? なぜ我らの世界がゲームになっている? しかも、エリュシオン島の細部や妖精郷の門を開く方法まで、何故ああも正確に再現出来ている? 最初は誰か他の神が状況を提供したのかと思ったが、俺しか知り得ないような事までしっかり描写されていたのだが……」

 

「ああ、それなんだがな。お前さんが最初にこっちに来た時に言ったよな? 俺達がいた世界と、今いるこの世界は近い場所にあるって」

 

「ああ、確かに言っていたな。そのおかげで俺達がこちらに来られたと」

 

「それは逆にこの世界から見ても、あの世界は身近な物だって事だ。そんな訳で時々出てくるんだよ。こっちの世界の人間で、あちら側に繋がっちまう奴がな。俺達のような向こう側の神々が、全く同じ名前でこっちの世界でも神話に出てくるのもそのおかげって奴だ。だからこそ、向こうの世界で人間達との絆を断たれ、名前を忘れ去られて消えた俺達が、こちらの世界で存在を保つ事が出来ている……ってのが俺の見解だ」

 

「……成る程。つまり、このゲームは……向こうの世界を見た者が、その記憶を元に作った物だと?」

 

「ああ、その通りだ。普通は見れたとしても断片的な物になる筈なんだがな。これを作った奴は、よほど深くあっちと繋がれる異才の持ち主らしい。ついでに少し前に本人と話をして聞いてきたんだがな、ゲームにするにあたって多少の脚色はしているが、ゲーム内で描写された話の大まかな流れは、あっちの世界で実際にあった事らしいぜ」

 

「……………そうか。それは、よかった」

 

 あちらの世界では、神々が消えた後に随分と長い時間が経っていたらしい。

 その長い時間の末に、神はその姿を見せる事は無くなり、人々の多くはその名と、共に過ごした記憶を忘れ去ってしまっても。

 彼らが護った者達の末裔は、逞しく生きていた。そして、ついに魔神将を討伐する勇者が現れたのだ。何と嬉しく、誇らしい事か。

 

 ……それから、また年月が経過した。

 マナナンはこの世界で、ただの人間と変わらぬ日々を過ごしていた。人間と違って歳を取らず、何年経っても容姿が変わらない為、あまり人と関わる事はないが、悠々自適に地球での生活を満喫していた。

 ロストアルカディアをプレイした後にゲームにハマったマナナンは、すっかりゲーマーになっていた。幸いにして事業に成功し、当分遊んで暮らせる程度の稼ぎはある。今日もマナナンは、様々なゲームを買い漁っては遊んでいる。

 

 ロストアルカディアの続編も、出るたびに購入してプレイした。

 まずは『ロストアルカディアⅡ 妖精郷の勇者』。

 1の直後、封印から目覚めた魔神将を討伐した旅人が、妖精郷を拠点にバルバトス討伐の余波で開いてしまった次元の裂け目の先、次元の狭間にある様々なダンジョンを攻略して混沌の勢力の侵略を防ぎ、最終的にもう一体の魔神将、第六十八将ベリアルを討伐した。

 主人公の使う神器が思い入れのあるフラガラッハである事や、自身がかつて治めた妖精郷を舞台にしていた事から、マナナンにとっては特にお気に入りのタイトルだ。

 

 続いて『ロストアルカディアⅢ 戦火の大地』。

 舞台をエリュシオン島からルグニカ大陸へと移し、フィールドマップの広さは前作までの数倍になり、それに伴ってボリュームも大幅アップした。

 かつてこの大陸に存在した巨大帝国が崩壊後、様々な国が誕生しては消えていき、最後に残ったのは二つの大国、ルグニカ王国とアグニカ帝国。長い時を経ても争いは絶えず続いており、また人間と亜人種の間にも、差別や諍いが絶えなかった。

 そんな争いと問題だらけの修羅の国で、一人の冒険者が大志を胸に旅に出る。底抜けの明るさと前向きさを武器に、他種族の者達とも分け隔てなく接し、様々な問題に体当たりでぶつかって行き、国も種族も関係なく、様々な者達と絆を深めていく。

 やがて彼らは、大国同士の争いの裏で手を引く巨大な悪と対峙する事になるのだった。

 主人公が使う神器は『極光槍ブリューナク』。そして敵役として登場する魔神将は、第二十九将アスタロト、そして第一将バエルの二体。なんと、この時点で既に魔神将の長であるバエルは討たれていた。

 前作までは無かった人間同士の戦いや、以降の作品でシリーズの名物として定番になる軍団同士の大規模戦闘の原点となった作品であり、シリーズ最高傑作として挙げるファンも多い作品だ。

 

 『ロストアルカディアⅣ ルグニカ大戦』は、シリーズ最大の問題作と呼ばれた。

 Ⅲから数年後のルグニカ大陸で、二大国間の全面戦争、そしてその結末が描かれた今作では、主人公はルグニカ王国の若き王子として軍を指揮して戦う事になる。

 そんな彼が率いる仲間達は、とにかく一癖も二癖もある者ばかりであり、また複雑な事情を抱えた者ばかりが彼の下に集まった。

 問題はその仲間達だ。メンバー内に別の仲間が家族の仇で、いずれ復讐する為に表面上は仲良く接して弱点を探ろうとしている者が居るなど可愛いもので、主要登場人物が全員何かしらの爆弾を抱えており、バッドエンドルートでは終盤にそれらが連鎖爆発した末に目も当てられない事態になった。

 前作がとにかく明るく前向きな主人公を中心に和気藹々としたパーティーだったのもあって、落差で大ダメージを負うプレイヤーが多数発生した。

 『史上最大のギスギスPT』『人間関係が複雑骨折してる』と言われたそんな軍団を纏める主人公は『爆弾処理担当』と呼ばれ、全ての爆弾をきっちり処理しきって仲間達を一つに纏め上げたトゥルーエンドルートでは、バッドエンドの反動で大きな感動と達成感をユーザーに齎した。

 主人公の使う神器は『聖剣デュランダル』、登場する魔神将は第二十八将ベリト。シリーズ中、最も賛否両論の好き嫌いが分かれる作品であった。

 

 『ロストアルカディアⅤ 叛逆のダインスレイヴ』は、舞台をハルモニア大陸へと移し、これまでとは異なる土地での物語が描かれた。

 主人公は逃亡奴隷の少年。追手に追い詰められ、逃げ込んだ遺跡の奥で発見した神器『魔剣ダインスレイヴ』を手にした彼が、持たざる者から成り上がっていくストーリーだ。シリーズ初となる最初から神器使いの主人公であり、本人は元奴隷なので最初は弱く、何の力も持たないが、魔剣の力を解放すればほぼ敵無し、どんな強敵が相手でも纏めて斬り伏せる事ができる。

 しかし、そんな強大な力には当然リスクがあり、考え無しに使いまくったら最後、魔剣の呪いに心身共に侵食されて、あっという間に悪堕ちバッドエンド一直線である。

 魔剣を手にした事を切っ掛けに剣士として名を上げていく中で、主人公は小国の王女と出会い、彼女を助けた事で騎士として取り立てられる。王女の志に共感した主人公は、騎士として彼女を公私共に支え、戦場では比類なき活躍を見せた。それによって並居る敵を次々と退け、国は大国へと成長していき、主人公もまた王女の近衛騎士へと出世していった。

 しかし中盤以降、王位を継いで女王となったヒロインは、人が変わったかのように野心を露わにし、覇道を歩み始める。その裏で蠢く巨悪に気付いた主人公は、彼女を解放する為に、反旗を翻す。

 主人公は後の世に『叛逆の騎士』の悪名で呼ばれる事になる。そのように、これまで積み上げてきた地位や名声の全てを(なげう)ってでも、彼は愛する王女を救おうと決意したのだった。

 登場する魔神将は、第三十二将アスモデウス。お察しの通り、ヒロインが豹変した元凶であり、彼女に憑依している。

 

 『ロストアルカディアⅥ Knight of Abyss』は、冥界騎士フェイトの物語だ。冥王の指示の下、生と死の理を侵す者に裁きを下す。そうやって現世へと介入していく中で、フェイトは地上の者達と出会い、絆を交わす。そんな普通の人間達との交流の中で、特異な出自を持つ彼は自分自身のあり方や、人との関わり方について悩みながら、その心を成長させていった。

 主人公の使用する神器は処刑鎌『マリシャスセイヴァー』および双銃『カストール/ポルックス』。ラスボスとして登場する魔神将は、第十五将エリゴスだ。

 

 そして、シリーズ初のMMORPG……ロストアルカディアオンライン(ALO)が、サービス開始した。

 マナナンも、当然βテストの初日からALOに参加した。クライアントソフトをダウンロードし、アカウント登録も済ませ、意気揚々とゲームを開始した。

 

 最初に行うのはプレイヤーである自身の分身となるキャラクター作成である。

 そんなプレイヤーキャラクターは、人間は勿論、獣人族、エルフ、ダークエルフ、ドワーフ、鬼人族、巨人族、龍人族……様々な種族を選ぶ事ができる。

 そんな選択可能な中に、小人族も存在していた。それを選択し、画面上に現れた男の小人族を見た時に、マナナンは深い懐かしさを感じた。

 

 それから時間をかけてキャラクタークリエイトを終わらせたマナナンの視線の先に映っていたのは、懐かしい友にそっくりな見た目の、小人族の少年であった。

 

「ふっ……何をやっているんだかな、俺は。まあ、あいつの姿を借りて遊んでみるのも面白い。別に構わんだろう? なあ、レグルス……」

 

 もう居ない友にそう呼びかけながら、マナナンは最後にキャラクターネームの入力欄に、『レグルス』と入力し、エンターキーを叩いた。

 

 『その名前は本作中にて歴史上の重要人物の名前として登録されている為、使用できません』

 

 しかし、返ってきたのはそのようなシステムメッセージである。製作者は奴の事まで把握しているのかと、驚きつつも嬉しい気持ちを抱くマナナンだったが、ではどのような名前を付けるかと悩んだが、そこで彼は思い出した。

 

「そういえば、あいつには大海の王の座をくれてやったな。だったら……」

 

 マナナンが再びキーボードを叩き、キャラクターネームを入力する。そうして入力された文字列は、

 

 『うみきんぐ』

 

「少々バカっぽいが、まあそれも、奴らしくて良いだろう」



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第127話 大海の覇者の追憶※

 小人族の冒険者、うみきんぐとしてALOにログインしたマナナンは、その名に相応しく全てのプレイヤーの中で真っ先に船を造って、海へと漕ぎ出した。彼のように海洋コンテンツをメインに活動する、通称海洋民と呼ばれる者達と交流しながら、船を使って港から港へ交易品を運んで利益を上げる海上交易で資金を稼ぎながら、未知の島や航路を発見したり、海に生息する魔物や海賊を討伐して自らを鍛えたりと、充実した冒険の日々を過ごしていた。

 

 そんなある日の事だった。港町で交易品を購入し、出航する準備を整えていたうみきんぐは、港にいた海洋民のプレイヤーに話しかけられた。

 

「ようキング、儲かってるかい?」

 

「ボチボチといったところだな。そっちはどうだ?」

 

「こっちは大赤字だよ。運悪く、交易品を運んでる時にバルバロッサの野郎に襲われてよぉ。積荷は奪われるわ、船は中破して修理代が嵩むわで散々だわ」

 

 バルバロッサは、後にうみきんぐが結成するギルドの主要メンバーとなる赤毛の巨人族だが、この当時はまだ海賊プレイヤーとして活動していた時期である。他のプレイヤーやNPCの船を襲って積荷を略奪する、腕利きの悪名高い海賊として知られていた。

 

「あいつか……。また派手に暴れているようだな。個人的にあいつの事は嫌いではないが、あまりやり過ぎるようなら懲らしめてやる必要があるか」

 

「その時は声かけてくれよ! あの野郎、絶対倍返しにしてやる……!」

 

 バルバロッサにしてやられたそのプレイヤーは、復讐に燃えているようだ。

 

「ところで聞いたか? なんかキングが気に入りそうな、面白い新規が出たって噂になってるんだけど」

 

 その彼が話題を変えた。有望な新規プレイヤーの話題は、古参勢にとってはいつも興味深々の話題である。

 

「ほう? どんな奴なんだ?」

 

「それがな、大橋のメインシナリオを無視して、大河を泳いで渡ろうとしてるらしい。もう何日も、ログインしてる間ずーっと泳いで水泳スキル上げをしてるとか。今頃はもう、泳いで渡りきれるようになってるんじゃねえかな?」

 

「ほう、それは……どうやら見込みのある奴が現れたようだな。その手の馬鹿は好きだ」

 

「ああ。きっと立派な海洋民になるぞ」

 

 ニヤリと邪悪な笑みを浮かべる両者。彼らのように特定のコンテンツに特化した、王道から外れたプレイスタイルの者達は新人が現れると、熱烈歓迎して沼に沈めようとする習性を持つ。

 

「ちなみにエルフの女で、かなりキャラクリのセンスあるみたいで、かなりレベルの高い巨乳美少女だったぜ。キャラクリ&コスプレガチ勢も注目してるみたいだ」

 

「なるほど、なかなか有望そうな奴だ。興味深いな」

 

 うみきんぐはその新規プレイヤーに、強い興味を抱いた。

 

「まあ、そういう奴ならば誘われなくても、自然に海洋民になるんじゃないか? 近いうちに接触する事になるだろうよ」

 

「うむ、そうだな。その時を楽しみにしておくとしよう」

 

 そう結論付けて彼と別れ、うみきんぐは積荷を満載した船に乗って、港を出航した。そして複数の港を巡って交易を行ない、そして元の港に戻ろうと船を操っている時に、彼は先程話題に上がった新人……アルティリアと出会ったのだった。

 

 それ以降、海洋民となったアルティリアとは何かと一緒に行動する機会が増えた。元々ゲームに関する知識やセンスが優れていた事もあって、アルティリアはめきめきと頭角を現し、海洋民の中でも一目置かれる存在になっていった。

 

 その後はアルティリアや他の海洋民達と共にギルドを立ち上げた。ギルド名は、うみきんぐ自身を表す海の王(OceanLord)ではなく、海の道(OceanRoad)。大海原はどこまでも無限に続く道であり、我々はそんな果て無き道を旅する者達という意味を込めた。

 彼らを率いてバルバロッサ率いる海賊連合と、海洋民を二分する大海戦を繰り広げた。両軍合わせて数十隻の船が沈み、被害総額5億ゴールド超えの、ALOの歴史に残る大戦であった。その時の戦場の様子を映した動画は、永久保存版としてALOの公式ホームページに掲載されている。

 後に第一次ルグニカ海戦と呼ばれたその戦いは、うみきんぐ率いるOceanRoad連合が勝利。敗軍の将であるバルバロッサはギルドを解散し、うみきんぐの傘下に入った。

 

 それから、トップギルドの一角である『アブソリュート』が内紛により解散し、その引き金を引いたそのギルドのサブマスターにしてALO最強候補の一角、クロノが新たに仲間に加わり、ギルドOceanRoadは全盛期を迎えた。

 

 かつて己が治めた地であった、エリュシオン島。かの島がこのゲームにも必ず存在する筈だと信じて、大海の果てを目指したりもした。

 その際に、島を囲む嵐の結界を抜ける航路なら完全に頭に入ってるぜガハハと余裕をこいていたら物の見事に難破して、

 

「嵐の結界についてですが、答えを知っている方への対策の為に、あえて正解の航路を元ネタとは異なるように改変を加え、更に難易度を大幅に上方修正しております。

 ズルはいけませんよマナナン様、かつてこの結界を自力で超えた小さな王や旅人のように、己の知恵と力で乗り越えてみせる事を期待しております」

 

 というメッセージを運営チームから直々に送られ、そこまで言われたら己の意地にかけて成し遂げねばなるまいと挑戦を繰り返した。

 

 それから月日は流れ、やがてアルティリアは異世界へと旅立ち、うみきんぐはほんの僅かに残った、大海神マナナン=マク=リールとしての力を使って、陰ながら彼女を見守り、助けてきた。

 共に遊ぶ事が出来なくなったのは寂しいが、それでもかつて自身が旅立ったあの世界で戦う友を、できる限り支えてやりたいと思った。

 そんな中で、残る二人のサブマスター、バルバロッサとクロノもまた、それぞれの事情からログイン率がだんだんと減らすようになってきた。

 バルバロッサは妻子持ちの社会人であり、育ち盛りの子供達を抱え、新たに子供が産まれる事でリアルを優先せざるを得なくなった。

 クロノは、リアルの姿は女子高生であり、人間関係の問題によって、かつては不登校で引きこもりだった。深く傷ついて現実から逃避し、ゲームにのめり込む事で行き場のない思いを発散する日々を過ごしていたが、今では立派に立ち直って、遅れを取り戻そうと勉強に励んでおり、大学受験の為に努力している。

 二人ともそれぞれの人生に対して真剣に向き合っており、それ自体は歓迎すべき事であり、心から応援したいと思っている。

 しかし、やはり友と疎遠になるのは寂しさを感じるのも、また事実であった。

 

 そして、時は現在へと戻る。

 エリュシオン島の、いつもの定位置である大海を一望できる岬の先端にて、うみきんぐはゆっくりと、閉じていた瞳を開いた。

 これまでの己の生を振り返り、見つめ直した彼は、決意を固める。

 

「どんな物も、いずれは終わりを迎える日は来る。わかってはいたが、やはり寂しいものだな」

 

 うみきんぐが決断した事……それは、ギルドOceanRoadを解散するという事であった。

 前述した仲間達のログイン率低下の件も、全く無関係ではないが、最大の理由はそれとはまた別にあった。

 その理由とは、うみきんぐが少し前に気付いた、ある者の存在である。

 

 以前、アルティリアが海上にて討伐した亡霊船長を覚えているだろうか。

 倒された後に、海底へと沈んでいった亡霊船長は、諦め悪く再び復活する事を宣言して沈んでいったが、その後に何者かによって完全に滅びを迎え、魂だけになって冥王が支配する冥界へと下っていった時には、人が変わったかのようにすっかりと怯えきっていたという。

 そして、その後にその海域を調査に向かったグランディーノ海上警備隊の若き士官、クロード=ミュラー。彼はその調査の際に、何かとてつもなく強力で、邪悪な存在が放つ殺気を感じ取った。

 また、その付近に生息する魔物や海洋生物は軒並み姿を消しており、かの海域は生物が住まう事がない、死の領域と化していた。

 

 そして、その海域こそが……遥かな昔、マナナン=マク=リールとレグルスが、魔神将ウェパルと戦った場所だった。

 そして、先日クロードが感じ取った謎の存在が放つ殺気……それは、マナナンにとっては忘れえぬものであった。

 

 そう、その海底に潜む謎の存在の正体こそは、魔神将ウェパル。

 宿敵が生存を確信したからこそ、うみきんぐ……マナナン=マク=リールは、この世界で得た物を全て捨てて、再び自らが戦場に立つ事を決意したのだった。

 

 

 そして、海底。

 ばり、ぼり、ばり……と、暗く濁った水の中で、咀嚼音が響く。

 そこに潜むのは巨大な、腐敗した肉の塊であった。

 跳ね返された自らの呪詛によって、もはや原型を留めてはいないそれは、無数の触手を伸ばして手当たり次第にあらゆる物を捕食し、咀嚼する。腐敗し、欠損した自らの身体を補おうとするかのように。

 

「Regulus……Regulusuuuuuuuuuuuu!!」

 

 かつて魔神将ウェパルであった()()からは、既に理性や知能は失われている。残されているのは無限に続く苦痛と憎しみ。そして、その源となった者の名だけであった。



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第128話 名前を言ってはいけないあの人※

 海神騎士団に所属する魔術師の少女、リン=カーマインは悩んでいた。

 悩みといっても、胸がA寄りのBカップから一向に大きくならない事についてではない。信奉する女神との格差に落ち込む事は多いし、それについても常日頃から悩んではいるが、今回の悩みはもっと真面目な内容である。

 

 彼女の視線の先には、同僚の神殿騎士、ルーシー=マーゼットの姿があった。男所帯の騎士団の中で、数少ない同性の仲間であり、控えめな乳に悩む同志でもある。

 そのルーシーは現在、団長であるロイドと模擬戦を行なっていた。ただしお互いにフル装備で、実戦形式での真剣勝負である。

 ロイドが戦技を次々に、途切れる事なく連続で放つ。ルーシーはそれを、左手で構えた盾を巧みに使って防ぎながら、要所要所でカウンターを入れていく。一方ロイドのほうも、連続攻撃を仕掛けながらも攻めだけでなく、回避にもしっかりと意識を割いており、ルーシーの反撃をしっかりと受け流しながら攻め続けていた。

 

「はああああっ! 海破斬!」

 

 ロイドが、彼が使う技の中で最大の威力を持つ奥義を放つ。大海を断ち割るほどの威力を誇る水の斬撃が、ルーシーを襲う。

 それに対し、ルーシーは先日入手した、先祖代々伝わる聖剣を真っ直ぐに構えた。

 

「フラガラッハ、その力を解放しなさい! 『応報者(アンサラー)』!」

 

 あらゆる攻撃を反射する、神器に宿った固有技が発動し、ロイドが放った海破斬を、そのまま放った本人に向かって跳ね返した。

 大技は放った後にできる隙も大きいものだ。自分の技をそのまま返されたロイドは、成す術なく敗北する。そのようなリンの予想を、ロイドは軽々と上回った。

 

 自身に向かって襲い掛かる水の斬撃を、ロイドは刀で受け止めた。しかし技の威力を完全に殺しきれずに、足裏で床を削りながら、後ろに向かって後退していった。

 そのまま巨大な水の斬撃が、ロイドを飲み込むかと思われたが……

 

「まだだッ!」

 

 しかし、海破斬によって形成された水の刃は、ロイドの意のままに彼が持つ刀へと吸収されていった。

 

「元は俺が放った攻撃、ゆえに受け止めさえすれば元に戻すのは容易い! もう一発いくぞ!」

 

 寄せては返し、また寄せる波のように、ロイドが再び刀身に長大な高密度の水の刃を纏わせて、ルーシーに向かって突撃する。

 再び両者がぶつかり合い、一度では決着が付かずに二度、三度と強者同士の激しい激突が繰り返された。

 それを見ながら、リンは無意識のうちに溜め息を吐いていた。

 

 

 訓練が終わり、いつものように破損した訓練所の修理と清掃を行ない、風呂で汗を流して着替えた後に、リンはクリストフの部屋を訪れていた。クリストフは、海神騎士団の初期メンバーであり、頭脳労働・後方支援担当として重宝されている司祭だ。金髪碧眼の、線の細い優男だが、騎士団の厳しい訓練にも涼しい顔で付いてこれるだけあって、身体能力の高さもかなりの物だ。それに関しては、リンも同様だが。

 

「どうぞお座りください。まずはお茶でも」

 

 勧められるままに席について、出されたお茶を飲む。リンは茶については詳しくないが、果物のような良い香りと、僅かな酸味と甘味を含んだ心が安らぐ味がした。

 リンがクリストフの部屋を訪れたのは、訓練の後に、クリストフに言われた事が原因だ。

 

「リンさん、何かお悩みですか? よろしければ相談に乗りますが」

 

 そう声をかけてきた彼に、何故そう思ったのかと訊ねれば、見学中に溜め息を吐いていたのを見られていたらしい。

 流石に支援担当だけあって、よく周りを見ている。そんな彼であれば、自分の悩みについても良い答えを出してくれるかもしれないと期待して、リンは相談に乗ってもらう事にしたのだった。

 そして今、彼の部屋を訪れてお茶と茶菓子をご馳走になった後に、リンは改めて相談の内容を口にするのだった。

 

「実は最近、伸び悩んでいるというか、自分がどんな方向に進めばいいかと悩んでまして……」

 

 リンがそう切り出すと、クリストフは「なるほど」と相槌を打ち、

 

「周りの皆さんと自分を比べて、焦っていらっしゃるようですね」

 

 と、核心を突いてきた。

 

「うっ……やっぱり、分かっちゃいますか」

 

「それはまあ、私も多少は似たような事を考えますからね。元々ロイドさんやスカーレットさんの強さは騎士団の中で突出しており、競い合うように更なる成長を続けていますし、元近衛のレオニダスさんを筆頭に即戦力のメンバーも新たに入ってきております。そしてルーシーさん。先日の一件以来、一皮剥けたようで素晴らしい成長を遂げております。彼らと比べて、自分の力不足を嘆きたくなる気持ちは私にも分かりますよ」

 

 そう言われて改めて考えて見れば、リンとクリストフの立場は似ている部分がある。二人とも騎士ではなく、それぞれ魔術師と司祭であり、火力役と参謀兼支援役の違いはあれど、どちらも後衛の立ち位置だ。

 

「それで、私ももっと戦力になれるように成長したい……とは思ってるんですけど、どういう方向に伸ばしていけばいいのかなぁ……って悩んでいる次第でして。そもそも他の魔術師の人達ってどうしてるんでしょう……?」

 

 また、他の騎士団のメンバーは揃いも揃って前衛職の者ばかりである為、比較して参考になる相手が居ないというのも悩みの種であった。

 元々、リンの魔術は独学であり、普通の魔術師と違って学園に通ったり、先人に師事したりといった、多くの魔術師がする筈の経験をしてこなかった。それによる知識の不足もまた、彼女が進むべき方向性に悩んでいる原因だった。

 尤も、完全な独学で一流と呼べるレベルの魔術師として成長出来ている事自体が凄まじい事なのだが、幸か不幸か本人はその事に全く気付いていなかった。

 

「ふむ……そういう事でしたら、私よりも相応しい相談相手がいるではないですか」

 

 そう告げたクリストフの後について、向かった先は……リン達が過ごしている海神騎士団詰所のすぐ隣に建っている、海の女神アルティリアの神殿であった。

 

「なるほど、話はわかった。しかし難しい問題だな、それは」

 

 クリストフが言った相応しい相談相手とは、他でもないアルティリアの事だった。確かに彼女自身が卓越した魔術師であり、また様々な構築(ビルド)に対する深い知識を持つ一級廃人である為、相談相手としてはこの上ない存在だろう。

 しかし、リン達の相談内容を聞いたアルティリアの答えは、芳しい物ではなかった。

 

「確かに私は魔術師の構築については色々と知っているし、ある程度の助言をする事は出来るとも。しかしそういった、自分がどのように成長したいか、その為にどの職業に就き、どの技能や魔法を習得するかといった悩みは誰もが行き当たる壁であり、また、それについてあれこれ考える時間はある意味一番楽しい、冒険者にとっての醍醐味でもあるからなぁ。他人がああしろこうしろと指示したり、何も考えずにテンプレ……定番の組み合わせ通りに組むようなのは好きじゃないんだ」

 

 アルティリアの言う事はリンにはよくわからない部分もあったが、つまりそれぞれ自分に合ったスタイルがあるのだから、よく考えて試行錯誤しながら自分だけの構築を見つけるのが一番だという事らしい。

 

「とは言え、それで終わっては何のアドバイスにもならんからな。あくまで参考だが、定番の組み合わせや少々変わった構築について教えておこうか」

 

 アルティリアによる臨時講義、魔術師の構築(ビルド)についてが始まった。

 

「魔術師の構築(ビルド)だが、これは大きく二つに分かれる。一つは言わずと知れた魔法だけに特化した、完全に後衛に割り切ったスタイルだ。そこから更に特定の分野に特化するか、状況に応じて役割を切り替えるかに分類するが、そこはまず置いておこう。そしてもう一つが、必要に応じて前に出たり、別の役割を兼ね備えたタイプだな。まずは前者の後衛専門型についてだが、これは高火力・広範囲の攻撃魔法による範囲殲滅型、単体指定かつ高火力・短詠唱で回転率が良い魔法を連打する対レイドボス型といったダメージディーラーの他に、デバフと持続ダメージ(DOT)、足止めに特化した遅延イビルネクロ、召喚魔法で呼び出したモンスターを強化・回復魔法で支援する支援サモナー、強化術師《エンハンサー》踊り子(ダンサー)付与術師(エンチャンター)等の組み合わせで仲間のステ強化に振り切った支援ダンサー、後は純ヒーラーあたりが代表格だな。今挙げた連中は完全に一つの役割に振り切ったタイプで、それ以外の事はほとんど出来ん。融通が利かない代わりに特定の分野に関しては他の追随を許さない点と、やるべき事が明確なので考える事が少ないのが利点だ。次に後衛特化型でも複数の役割を兼ねるタイプだが、こっちは攻撃・回復・支援を状況に応じて切り替える賢者型と呼ばれる構築がメインになるな」

 

 そして怒涛の勢いで次々と状況を叩き付けてくる。隣で一緒に聞いているクリストフは、なるほど興味深いなどと呟きながらメモを取っているが、リンは何とかついていくのが精一杯だった。

 一方、アルティリアの方も、

 

(後衛の特化型魔術師だと、真っ先に思いつくのが自殺式……ALOを代表する珍プレイヤーのスーサイド・ディアボロスが考案・実践した、あえてサブ職業に魔術師と相性最悪の狂戦士(バーサーカー)を加え、その技能であえて自分のDEX(器用さ)を大幅に下げつつ魔力制御系の技能を一切取らない事で魔法の発動判定に失敗し、暗黒魔導師(イビルメイガス)の技能『暴走魔法・極』を確実に発動させる事で、自分も反動で致死ダメージを受けながら常識外れの高火力をぶっ放す奴だが、あんな物紹介できるか! ええい思い出したくもねえ)

 

 と、密かに集団PVPにて開幕暴走メテオぶっぱで全滅しかけたトラウマを呼び起こされていた。

 

「次に後衛にこだわらないタイプの魔術師だが、これはとにかく多種多様な構築があって、とても全ては紹介しきれない……というか私でも全部は把握しきれていないので、代表的な物だけ紹介しよう。まずは魔法戦士タイプ……前衛として戦いながら、魔法も行使する構築だが、これ一つ取っても多岐に渡る。自己強化格闘(セルフバフグラップラー)、魔法剣二刀流侍、弱体化暗殺者(デバフアサシン)、あるてま式……ん゛ん゛っ! すまん、最後のは忘れてくれ。とにかく、魔法戦士と一口に言っても、様々な組み合わせがあるという事だ。他にも壁役(タンク)職をやりつつ高火力だが防御が薄い召喚獣に攻撃を任せる共闘サモナー等、前衛職と魔法職の組み合わせは多い。ぜひ自分だけの、オリジナルの組み合わせを考えてみてほしい」

 

 アルティリアがそのように話を纏めた。そして、今まで挙げた中で気になった物や、それ以外でもこのような組み合わせはどうか、といった質問はないかと訊ねた。

 

「あの、ところでアルティリア様? 途中で何か言いかけてませんでしたか? 確か、あるてま式とか……」

 

「その名前は禁忌だ、口にしてはいけない。いいね?」

 

 あるてま式、それはALOが誇る珍プレイヤーの筆頭格、あるてまという名のプレイヤーが編み出した、仕様やシステムの抜け道を利用した永久コンボを軸にした史上最強にして最悪の戦術である。しかも性質の悪い事に、永パだけではなく前衛・中衛・後衛と立ち位置を問ない隙の無い立ち回りと、戦局を巧みにコントロールしてじわじわと相手を追い詰めていく戦略を兼ね備えた、ただの一芸特化ではないヤバい代物である。

 ALOでは過去に2度、魔神将襲撃の大規模イベントが開催されており、その内の1回では魔神将フェネクスを相手に永久コンボを叩き込んでおり、ツイッターでは、#魔神将フェネクス や#ALO といった単語と共に、 #あるてま被害者の会 というワードがトレンド入りした。

 

 とにかく、あんな物をこちらに上陸させる訳にはいかない。アルティリアは断固として阻止するべく、二度とその単語を口にしないように厳命するのだった。

 まあ、どうせ無駄な努力なんですけどね。



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第129話 全てを見通す者※

「むっ……! 誰かが俺の戦術を求めている気がする……!」

 

「お前は何を言ってるんだ」

 

 ロストアルカディアオンラインにて、機械系の巨大レイドボス、古代兵器ガルガンチュアの巨体の上で、何かを受信した様子で呟いたのは青い衣服を身に纏った人間族の男性だ。名をあるてまと言う。

 彼は現在、脚部への蓄積ダメージによってダウンしたガルガンチュアの胴体を駆け上がって、頭部への攻撃を試みている最中である。折角の大ダメージを狙えるチャンスタイムがやってきたという時に、エースアタッカーであり指揮官でもある彼が突然わけのわからない事を言い出したとなれば、近くに居るプレイヤーが思わずツッコミを入れたくなる気持ちも分かるだろう。

 

「となれば、こうしてはいられないな。さっさとこいつを片付けるとしよう」

 

「えぇ……」

 

 腰のホルスターから二挺拳銃を取り出し、空中で回転しながら銃弾を連射しつつ、同時に複数の魔法を並列詠唱して一瞬で大量のヒット数を稼ぐあるてま。

 

「よーしお前らヒット数が500超えたら順次バースト入れろー。シールド割れたら俺がEXブレイク入れるから、その後に各自全力攻撃で、はいよろしく」

 

「もう何なのこの人、こわい」

 

 ちょっとした作業でもするような気軽さでレイドボスをあっさりと追い込み、そのままトドメを刺したあるてまはレイドボス討伐の報酬を受け取ると、挨拶もそこそこにパーティーを脱退し、そのままとある場所へと魔法で転移(テレポート)した。

 彼が向かったのは、ギルド『兎工房』の本拠地であった。兎耳が生えたドーム状の建築物に入ると、ギルドマスター自らが彼を出迎えた。

 

「やあ、あるてま君。先輩に用かな」

 

「ああ。わざわざ出迎えて貰って済まないな、兎先輩」

 

「構わないとも。後輩を気遣うのもまた、先輩の務めだからね」

 

 二足歩行する兎の着ぐるみを着た、正体不明の人物。着ぐるみの頭の横には二つの、黒い球状の機械が浮遊しており、それぞれ「先」「輩」のホログラム文字が浮かんでいる。兎先輩である。

 

「では用件を聞こうじゃあないか」

 

「うむ。実はこれこれこういう物を作って、届けてほしいのだ。届け先は……恐らくアルティリアに送れば目的の人物の所へと届くと俺の勘が言っている」

 

「ふむふむ、なるほど。承ったよ。しかし先輩の技術力をもってしても、なかなか難易度の高い依頼だね、それは。出来ないとは言わないが、そう簡単には……」

 

「報酬に取れたてホヤホヤの、ガルガンチュア産のエレメンタルコアとAIチップを渡そう。その他の機械部品もだ」

 

「先輩に任せたまえ。明日には完成させて届けてみせよう」

 

 着ぐるみのつぶらな瞳がギラリと輝く。エレメンタルコアは、機械系のボス級モンスターからのみ入手できる希少素材であり、兎先輩のようなメカニックにとっては垂涎の品だ。特にレイドボスであるガルガンチュアがドロップした物は、その中でも最高品質の物だ。AIチップも高度な機械を作るには欠かせない、エレメンタルコア程ではないが貴重で高額なアイテムである。

 

「よろしく頼む」

 

 そう言って各種機械パーツを兎先輩に渡し、あるてまはその場を後にした。

 

「うーむ、それにしてもあの子は相変わらずよくわからないね。しかし向こうの神々特有の気配は全くしないし、本当にただの人間? この兎先輩の目をもってしても底が見通せないとは」

 

 ただの地球人であるにも関わらず、あの男は物が見えすぎている。しかも世界による改変の影響を受けた様子も無く、アルティリアの事や向こうの世界の事もしっかりと把握している等、とにかく謎が多い。

 

「このゲームの開発者と同じタイプの、突然変異の天才……なのかな? あんなのがそう簡単にポンポン出てくるとも思えないのだが……ううむ、やはり人は可能性に満ちている。これだから人間というのは興味深く、そして愛おしい」

 

 うんうん、と満足そうに頷いた後に、兎先輩は我に返り、

 

「おっと。豪語した以上、しっかりと仕事はやらないといけないね。先輩たるもの、納期は厳守しなければ」

 

 そう言って、軽やかなスキップで工房の奥へと消えていったのだった。

 そして、次の日……

 

「配達です。受け取りのサインをお願いします」

 

 頭に兎耳の生えた、メイド服を着た女性……段ボール箱を持った兎メイドがアルティリアの元を訪れ、荷物を渡してサインを求めてきたのだった。

 

「兎先輩の使者か……? わざわざご苦労様だ」

 

 段ボール箱に兎工房のエンブレムが描かれている事から、荷物は兎先輩からで間違い無いだろう。そう考えたアルティリアは、特に疑う事もなく伝票にサインをして、荷物を受け取った。

 そして兎メイドが立ち去ってから、中身は何かなと段ボール箱を開封したところ、中からは兎耳付きのVRヘッドギアのような物と、手紙の入った封筒が入っていた。

 封筒を開き、中身を拝見してみると、そこに書いてあったのは以下のような文章であった。

 

 

 アルティリアへ。

 久しぶりだな、あるてまだ。

 早速だが本題に入ろう。今回用意したのは、兎先輩に注文して作って貰った訓練用の装置だ。

 お前の所に、己の進む道に迷い、俺の戦術を必要とする者が居ると感じたので、その者の助けになればと思って発注した。

 また、お前や他の仲間の修行の手助けにもなるだろう。ぜひ役立ててくれ。

 それとお前は頭は良いが想定外の事に弱かったり、一人で抱え込みがちな所があるので、もっと周りの者に頼る事を意識するといい。

 異郷の地で大変な事も多いだろうが、体に気を付けて、これからも頑張れ。

 

 

「何で俺の事を覚えてて、こっちの事情を把握してるのかとかはまあ、あるてま先生だし仕方ないで片づけるとして、だ。あんたは俺の親か何かか……?」

 

 アルティリアは手紙を読んで困惑した。地球に居た頃は実の両親との関係が冷え切って絶縁状態であった為、これまでの人生でかけられた事のない言葉が最後に付け足されていた事も、それに拍車をかけていた。

 

「……しかし、この装置は一体……訓練用の装置だと……?」

 

 アルティリアは段ボール箱から取り出したヘッドギア型の装置を、目を細めて不審そうに眺めるのだった。



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第130話 危険物封印

 付属の取扱説明書を読むと、どうやらこの兎耳付きヘッドギアはフルダイブ型VR装置らしい。地球でもまだ実現できていない物をあっさりと製品化する兎先輩の技術力には恐れ入るばかりだ。

 続きを読むと、これは仮想空間内でトレーニングをする為に作られた物のようだ。あくまで現実世界ではなく仮想空間内でのトレーニングなので、経験値の取得によるレベルアップやステータスの上昇は望めないものの、現実世界では実現が難しい特殊な条件下での訓練をする事でPスキルの向上が見込めるようだ。

 

「スペックは……なるほど、かなりやべーなコレ。地球に居た時に知ってたら兎先輩にPC作って貰いたかったが……ってこのマシン、電源どうしてんのかと思ったら動力にエレメンタルコア使ってんのかよ。兎先輩本気出し過ぎだろ……こっわ……」

 

 説明書を流し読みしてマシンの詳細について把握した俺は、早速それを使ってみる事にした。

 同封されていたあるてま先生からのメッセージによれば、どうやらうちの騎士団の連中向けに作ったそうだが、奴らに使わせる前に安全面をチェックする必要がある為、まずは俺が使ってみる事にする。

 兎先輩の仕事だし危険は無いと思うのだが、万が一に備えての事だ。

 俺はソファーに深く腰掛けた状態で兎耳付きヘッドギアを頭に被り、側面にあるスイッチを入れた。

 すると、すぐに視界が切り替わる。俺は何もない、白い空間に立っていた。

 

「訓練モードを選択して下さい」

 

 そして、そんな合成音声がどこからともなく聞こえてくる。直後、俺の目の前の空間にウィンドウが表示された。SF作品でよくある、空間に直接文字や枠が浮かんでいるやつだ。

 そこに表示されている、選択可能な項目は3つあった。

 

 一つ目は、『戦術踏破』。

 ただ敵を倒すのではなく、各ステージ毎に設定された戦術目標の達成を目指しながら、現れる敵を時間内に倒す必要があるようだ。

 例えば、背後からの攻撃を一定回数以上行なった上で敵を殲滅するとか、ボスの部位破壊を行なった状態で撃破するとか、フィールド上に多数の自動砲台やトラップが設置された状態で、被弾回数を一定回数以下に抑えたまま全ての敵を倒すとかだ。

 

 二つ目は『百錬闘舞』。

 こちらはコンボ練習用のモードで、訓練を受ける者が使う武器ごとにオススメのコンボが提示され、それを実践してしっかりとコンボを成立させられれば次のステージに進む事が出来る。ただし、先に進むごとにより複雑で高難易度のコンボを正確に実行する事が求められる。

 訓練の相手は攻撃してこない為、ひたすらコンボを練習するだけの安全なモードのように思えるのだが、一定回数を超えて失敗するとあるてま先生が出てきて、「これが手本だ、体で覚えろ」とばかりに正確無比な殺人コンボを叩き込まれる恐ろしいモードである。

 

 そして最後の三つ目は『英雄決闘』。

 こちらは強敵との1対1でのタイマンを行なえる単純明快なモードだ。対戦相手は訓練を受ける者の力量に合わせた候補の中から、ランダムで選ばれるようだ。

 

「……じゃ、これをやってみるか」

 

 俺は英雄決闘モードを選択した。

 こっちに来て以来、魔神将フラウロスみたいな例外を除けば同格や格上の相手と戦う機会が無くて、腕が鈍り気味だったからな。

 さて、どんな相手が出てくるのか。そう思いながらメニューをタップすると、周りの風景が殺風景な白い空間から、闘技場へと変化した。

 とても見覚えがある、ALOでプレイヤー同士が戦う為のPVPエリア、アリーナをそのまま再現したフィールドのようだ。

 

「いよいよ熱き決闘の幕が上がります。本日の対戦相手をご紹介しましょう!」

 

 闘技場内には燕尾服を着て、マイクを持った司会者が立っており、どうやら対戦前に彼が対戦相手の紹介を行なうようだ。無駄に手が込んでやがる。

 

「その姿、まさに疾風迅雷! 鍛えに鍛えた足技で全てを粉砕する蹴りの申し子、【天下一蹴撃】神足(しんそく)だぁーっ!」

 

 ふざけんな加減しろ馬鹿。確かに強敵を望みはしたが、いきなりこんなやべー奴を出すな。

 神足は、LAOの一級廃人の一人だ。俺個人はあまり交流は無かったが、確かキングやあるてまとは仲が良かった筈なので、顔見知りで友達の友達といった程度の距離感である。

 小人族の女で、その戦闘スタイルはスピードと蹴り技だけに特化しまくった格闘家だ。一芸に特化した相手で、何をして来るかが丸分かりなので対策も立てやすい……と言いたいところではあるが、こいつのレベルにまで一芸を極めまくった奴は、分かっていても対処が難しい。

 

「ちょわーっ!」

 

 変な掛け声と共に、チャイナドレスを着た金髪の小人族が飛び蹴りを放ってくる。ちなみに俺と神足の距離は10メートル以上離れていた筈だが、一瞬で目の前に現れた。このとんでもないスピードがあるから恐ろしいのだ。

 俺はサイドステップで神足の飛び蹴りを躱し、魔法の並列詠唱を開始する。

 

「ほあたーっ!」

 

 神足は最初の飛び蹴りを避けられても、着地と同時にすぐさま距離を詰めてきて、ロー→ミドル→ハイの神速三段蹴りを放ってきた。それを槍で受け流しつつ魔法で反撃する。使うのは鈍足効果付きの『粘液の散弾(スライミー・ブラスト)』だ。

 しかし神足は、蹴りを放ち終えると即座に大地を蹴って、一瞬で俺の視界から消え去った。足だけをひたすら鍛え抜いた事で得た物は蹴りの威力だけではなく、規格外の機動力と跳躍力。それによって、神足は一足跳びで闘技場の高い天井にまで到達していた。

 そして天井を蹴って、その反動で急降下しながらこちらを狙う神足に対し、俺は真上に向かって『激流衝(アクア・ストリーム)』をブッ放す。

 渦巻く激流が神足を襲うが、その瞬間に彼女の右足が黄金の輝きを放ち……俺が撃った『激流衝』を蹴り返してきた。

 『マジックシューター』。ごく一部の物を除いて、大抵の攻撃魔法を蹴り一発で跳ね返す事ができるという反則じみた性能の技だが、タイミングがシビアな上に、失敗すれば無防備な状態で直撃を受けるので使いにくいと言われている。だが彼女ほどの腕利きならば、当然百発百中で合わせてくるだろう。

 

「だが、隙ありだ」

 

 俺は跳ね返された『激流衝』をノーガードで受けるが、そもそも俺は水属性に対しては完全耐性を持っている為、防御をする必要がない。

 そして、マジックシューターを使った事で僅かながら隙が出来た神足に向かって、俺は跳躍しながら槍を振り上げる。

 『ライジングサン』。天高く跳躍しながら上空に居る敵に大ダメージを与えつつ、炎&光属性の追加ダメージを与える槍の必殺技を直撃させた。

 続けて空中で複数の技と魔法を連続で叩き込み、地面に向かって叩き付けてコンボを〆た。

 

「やれやれ、何とかなったか……」

 

 槍と魔法による間合いの広さを活かす事で、危うげなく勝利する事が出来た。幸いリーチの差で相性の良い相手ではあったが、それでも手数と機動力がとんでもない為、一手間違えればそこから一気に崩されて押し負けかねないので、決して油断は出来なかったが。

 

 うーむ、このモードは俺以外にやらせるにはまだ早いかもしれんなぁ。先に他の2つのモードをやらせてみて、そっちをクリア出来たら解禁してみるか。

 俺がそう考えて、訓練を終えようとした時。

 

「お見事! それでは次の対戦相手を紹介しましょう! 次の相手はこいつだ!」

 

 司会がそんな言葉を発し、次の対戦相手が闘技場へと現れた。おいふざけんな、これ勝ったら強制で連戦する仕様か。

 

「ネタ武器だと笑わば笑え、それでも俺が使う限り、こいつは地上で最強だ! 個性派武装集団ファンタスティック・アームズ筆頭、【飛棍無双】メランだぁーっ!」

 

 げっ、しかも相手ブーメランマスターかよ……。

 奴はネタ武器をこよなく愛する者のみが所属する変態ギルド、ファンタスティック・アームズの元締めであり、ドラゴンだろうと古代兵器だろうと、どんな強敵にもブーメラン縛りで挑んで勝ち続けてきた超一流の変態である。しかし、その腕前は驚異的の一言に尽きる。決して油断して良い相手ではない。

 

「君もブーメラン使いにならないか?」

 

「お断りだ、かかって来い変態!」

 

 数十個のブーメランが四方八方から息をつく暇もない程に次々と襲い掛かってくるのを片っ端から魔法や槍で撃ち落とす。

 ええい、こいつの手数マジでどうなってんだ。こいつと戦う時だけ弾幕シューティングみたいになるの、もはやバグだろ。修正されろ。

 

「爆熱ブーメラン! 雷撃ブーメラン! 竜巻ブーメラン! 暗黒ブーメラン!」

 

「うざってぇ……!」

 

 しかもなんか別々の属性乗せながらノータイムで放ってくるのでキリがない。しばらくは防御に徹しながら自己バフをかけて、中盤戦に向けた準備をしようと考える。

 しかし、その瞬間……

 

「俺がブーメランだあああああああああ!」

 

「なっ、何ぃぃぃぃぃぃ!?」

 

 体をブーメランのように「く」の字に折り曲げたメランが、自ら闘気を纏って高速回転しながら俺に向かって突っ込んできた。

 驚きながらも、咄嗟に槍を構えて受け止めるが、凄まじい威力で真正面から完全に受け切るのは無理だった。俺の体勢が大きく崩れ……そこに時間差で次々と飛来したブーメランの大群によって、俺のHPがゴリゴリと削られていった。

 

「決っっちゃあああああく! どうやら惜しくも挑戦者の敗北のようです。また次の挑戦に期待しましょう! それでは会場の皆さん、またお会いしましょう!」

 

「お前に、ブーメラン」

 

 司会とメランのそんな声を聞きながら、俺の視界がぼやけていく。そして次の瞬間には、俺は現実世界へと戻ってきていた。

 

「二度とやるかこんな物」

 

 俺は決闘モードは封印しようと固く決意した。



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第131話 お主も悪よのう

 兎先輩謹製のVR訓練マシンは、海神騎士団のメンバーにとって良い刺激になっているようだ。

 あるてま先生直々に設計した戦術ミッションの攻略や、廃人達のノウハウの結晶である必殺コンボの練習は、彼らに新しい戦法を与える事だろう。

 ……ただ、まあ。やはり廃人共との決闘(デュエル)に関しては流石に制限を設けざるを得なかったが。生半可な腕であいつらに挑んだら心が折れるか脳が破壊されかねないからな。

 現状では俺が認めた3名……ロイド、スカーレット、ルーシーにのみ、1日に1回だけ挑む事を許可している。

 丁度今も、ロイドが神足に挑んでいるのが外付けのモニターに映っているところだ。闘技場を縦横無尽に駆け回りながら、上下左右から次々と必殺の蹴りを繰り出す神足に対して、ロイドは守勢に回っているが、決して勝負になっていない訳ではない。

 

「……やはりロイドは目が良いな」

 

 彼の瞳は神足の動きをしっかりと捉えていた。彼女のスピードはLAOプレイヤーの中でも五指に入る程のものであり、それを目で追えるだけでも賞賛に値する。ちなみに世界最速は水中に居る時の俺だ。

 それにしても、電光石火の猛攻にしっかり対応するばかりか要所でしっかりと反撃を加えているあたり、ロイドも腕を上げたものだ。

 だが、しかし……残念ながら、まだ俺や廃人達には及ばないか。

 

「はああああっ! 四神八門蹴皇陣!」

 

 モニターに映る闘技場の中央で、神足が切り札を発動させた。神足の足元に東洋風のデザインの魔法陣が出現し、彼女の身体から黄金色の闘気が溢れ出す。

 次の瞬間、四体に分身した神足がロイドを四方から囲み、一斉に襲い掛かった。

 

「青龍嵐迅脚!」「朱雀炎舞脚!」「白虎轟雷脚!」「玄武絶凍脚!」

 

 四種類の奥義による同時攻撃。これがあるから、あいつと戦う時は長期戦は避けるべきなんだよなぁ。幸い防御は紙だから、俺がやったように一瞬の隙を突いて一気に削り切るのがベストである。蹴皇陣を発動できるまで闘気ゲージを貯めさせた時点で、ロイドの敗北は決定していた。

 

 しかし、ロイドは倒れる寸前だが、まだ立っている。食いしばり発動したか? あの四連撃を耐えるとは大したものだが、しかし……

 

「天 破 黄 龍 脚 !」

 

 分身が消え去ると同時に、上空から降ってきた神足(本体)が最終奥義を放った。

 

 ド派手なエフェクトと共に、画面にFATAL K.O.の文字が踊る。よく食い下がったが惜しくも敗北したロイドの姿を見て、海神騎士団のメンバーから悲鳴や残念そうな声が上がった。

 

「くっ、負けたか……! やはりまだ修行が足りん……!」

 

「いや惜しかったっすよ団長!」

 

「そうそう、ちゃんと対応できてました! 次は勝てますって!」

 

 意識が現実世界に戻ってきたロイドはVRヘッドギアを外して、今の戦いを振り返って反省する。そんな彼に、団員達が励ましの声をかける。

 

「いや、悔しいが今の俺では勝つ事は難しいだろう。だが良い経験になった。勝利以上に価値ある敗北だったと思う」

 

 しかしロイドは謙虚にもそう答えた。そんな彼に、俺はタオルを投げ渡しながら声をかけた。

 

「よく分かっているじゃないかロイド。自分より強い相手との戦いこそ最高の鍛錬だ。今後も驕る事なく精進するといい」

 

「アルティリア様、お恥ずかしいところをお見せいたしました」

 

「いや、彼女を相手に奥義を使わせるまで戦えただけでも大したものだ。胸を張るといい」

 

「はっ……! しかし善戦したとはいえ、負けは負けです。相手がいかなる強者であろうと、敗北して良い理由には……」

 

 成る程、確かにその通りだ。実戦では敗北=自分や仲間の死というシチュエーションなど腐る程ある。それを考えれば負けた事を誇る気になれないのも分かる、が。

 

「確かに実戦では負ける事が許されない事は多い。だがこれは負ける事が前提の訓練だ。その悔しさをばねにして、敗北から学べ」

 

 そうロイドに伝えていると、その間にスカーレットがVRヘッドギアを装着していた。彼はいつもフルフェイスヘルムを被っているが、素顔は濃い褐色肌の、いかにも武人といった感じの厳つい顔立ちだ。不細工という訳ではなく、むしろ顔立ち自体は男前なほうだと思うが、とにかくゴツい。

 そんな彼がVR空間にログインすると、モニターにはいつもの真っ赤なフルプレートアーマーを着用した姿が現れる。

 そして、その対戦相手は……

 

「体が巨体(デカ)い! 武器が巨砲(デカ)い! 態度が尊大(デカ)あああああい! 海上最大最強のTHE BIG BOSS! 【赤き暴君(レッド・タイラント)】バルバロッサの登場だああああッ!」

 

 俺の友人であり、ギルドの同僚であるよく見知った顔、巨人族の重火器使い、バルバロッサである。

 画面内では赤くてデカくてゴツい二人の大男が向かい合っており、暑苦しい事この上ない。今は冬だというのに、見てるだけで室温が一気に上がったような錯覚を覚える。

 

「さて、それでは私は少し出かけてくる」

 

 正直ちょっと興味がある対戦カードだが、予定があるので試合を最後まで見る事なく、俺はそう言い残してその場を後にした。

 外に出ると、神殿の前には既に、迎えの馬車が待機していた。ケッヘル伯爵の家門が描かれた、彼の領地で使われている最新式の馬車である。

 

「どうぞお乗り下さい、アルティリア様」

 

「うむ。道中よろしく頼む」

 

 恭しく礼をして馬車の扉を開ける御者に従って、俺は馬車へと乗り込んだ。貴族が使う馬車だけあって、馬車の内部も華美でこそないが、シックで落ち着いた雰囲気の高級な内装だ。また、しっかりと清掃されており、中にはゴミは勿論、埃一つも落ちていない。俺の目から見ても合格を与えられるレベルだ。

 

 馬車は中央広場を出発して、大通りを北に進む。目的地は貴族が住むお屋敷が立ち並ぶ貴族街だ。地方領主が王都滞在時に利用する邸宅は勿論、法服貴族……領地を持たず、高官として国王の傍で働く貴族達の住居もここに集まっている為、かなりの規模を誇る区域である。

 俺が懇意にしている王国北東部を治める領主であり、共に王都を訪れたケッヘル伯爵の館もここにある。今日は彼に招かれて、ここに来た次第だ。

 グランディーノに居た頃から、月に一度か二度くらいのペースで伯爵に招待されて、タダ飯&酒をご馳走になりつつ、建築・治水・造船・農業……と、様々な分野に関する知識・技術を彼に伝えて、それらを編纂する作業を共に行なってきた。そういった知識・技術の中で、一般に公開しても構わないと両者が判断した物は、俺の名義で技術書として出版し、大衆向けに販売している。

 ちなみに政治の話は滅多にしない。地球における現代社会や、歴史上の国家の政治に関する多少の知識はあっても、俺は元々政治に関わる実務の経験など一切ない一般人だ。俺が出来るのは精々、少しばかり大衆目線での意見を伝える程度の物である。

 

 ケッヘル伯爵の館に到着すると、伯爵自身が玄関の外で俺を出迎えた。これもいつもの事だ。しかし今日は彼以外にももう一人、俺を待っていた者がいた。

 その法衣を着た初老の男性もまた、俺の知り合いだった。彼こそは王都の大神殿のトップ……すなわち大司教だ。細身で温和な顔立ちだが、立ち姿には一切のぶれが無く、高齢にもかかわらず、足腰も非常にしっかりとしている。見る者が見れば、長年修行を積んだベテランの風格が見てとれるだろう。

 彼とは、グランディーノに居た頃から何度も手紙や贈り物のやり取りをしていた仲である。実際に顔を合わせたのは王都に来てからだが、高い地位に居るのに堅苦しいところが無く、なかなか話がわかる爺さんだ。

 

「おや、これはこれは大司教様が地方領主とズブズブの関係だったとは驚きだ。これは何やら悪巧みの匂いがするのう」

 

「いえいえ、わたくしはただ、プライベートな友人の下を訪れていただけでございますとも。そういう女神様こそ、伯爵様とは随分と仲良くされているご様子で」

 

「ふっふっふ、言うではないか大司教……お主も悪よのう」

 

「ほっほっほ、アルティリア様には敵いませぬ」

 

 と、このように俺の冗談にもノリノリで付き合ってくれる。



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第132話 嵐の使者

 ケッヘル伯爵の邸宅へと招かれた俺は、そこで伯爵と大司教の二人と共にテーブルを囲んでいる。

 昼食にはまだ早い時間なので、お茶と一緒に俺が持ってきた菓子をつまみながら話をする。

 

 最初に上がった話題は、ケッヘル伯爵が国王より辺境伯の地位を与えられたという報告だ。

 辺境、という単語だけ見れば田舎の貧乏貴族のように思われるかもしれないが、情報伝達の技術が現代の地球よりも大幅に遅れているこの国では、辺境とはすなわち、首都より遠く王の目が行き届かない、交易や軍事における要所や他国との国境付近の事であり、信頼のおける者にしか任せられない重要な場所だ。それゆえ辺境伯とは、ノーマル伯爵とは一味違うエリート伯爵であるとも言える。むしろ侯爵に近く、場合によっては同列に扱われる事もある。

 

「実にめでたい事だ。しかし伯爵、いや辺境伯の功績を考えれば当然の事か」

 

「恐れ入ります。全てはアルティリア様のご加護があっての事です」

 

「いやいや、確かに私も色々と知恵を授けはしたが、それを成し遂げた者の功績を横からかっさらう気はないよ」

 

 そこで俺は、道具袋からある物を取り出し、テーブルに置いた。

 

「そういう事なら丁度いい。元々渡そうと思って持ってきた物だが、祝いの品として受け取ってくれ」

 

「アルティリア様、これは?」

 

 俺が取り出したのは、布に包まれた一張の弓だった。勿論、俺が自ら作った品であり……

 

「私が作った神器だ。銘は『ストームヘラルド』。水と風の二属性を宿し、矢を放てば嵐を巻き起こす。自信作だ」

 

「なんと……」

 

 俺が手渡した弓を、辺境伯はしげしげと見つめ……その中心に嵌め込まれた、ある物を見つけて目を見開いた。

 

「こ、これは天空の翠玉(すいぎょく)! 何故、これがここに……!?」

 

 天空の翠玉は、深い(みどり)色をした、強力な風属性を宿した宝石だ。

 この宝石は、これまで数奇な運命を辿ってきた。まず最初に、辺境伯の先祖である当時のケッヘル家当主が帝国の英雄、アルフレッド=オリバー伯爵へと贈ったのが始まりだ。

 その後、オリバー伯爵は王国から帝国に帰還する途中に、船ごと海へと沈んで帰らぬ人となった。

 そして時は流れて現代。以前、俺達が沈没船を冒険した時に出会ったオリバー伯爵の幽霊から、俺はこの天空の翠玉を受け取った。そして当代のケッヘル家当主……つまり、辺境伯へと返還した。辺境伯はそれを、祖先の死の真相や遺言を記した手紙と共に、両家の友好の証として現在のオリバー家当主、スチュアート=オリバーへと改めて贈ったのだった。

 ここまでは以前に語った通りだが、この話には続きがある。

 レンハイムの街にあるケッヘル家へと訪れたスチュアート=オリバー……彼が訪れた時、俺もその場に立ち会っていたのだが、彼は帰り際に俺に話しかけてきて、この宝石を渡してきた。そして、俺に頼み事をするのだった。

 

「この宝石はただ美しいだけでなく、とてつもない力を秘めた宝物、強力無比な武具の素材となる品であるとお聞きしました。ならば私の下でただ飾られているよりも、彼の力となれるように、アルティリア様の手でふさわしい形にしていただきたいのです」

 

「良いのですか? それを知りながら、停戦中とはいえ敵国の貴族の手にそれを返す意味が、分からない筈はないでしょう?」

 

「構いません。彼ならばその力を、誤った使い方をしないと信じております。そうでなければ、どうしてこれを敵国の貴族であり、遠い昔に関係が途切れた当家に贈ったりするでしょうか。これは彼の誠意に対する礼であり、私が彼に示す事が出来る友情の証でございます。何卒、よろしくお願いいたします」

 

「良くわかりました。ならばそれを形にする役目は、私が果たしてみせましょう」

 

 こうして俺は天空の翠玉を素材に、辺境伯に渡す為の神器制作に取り掛かった。しかし俺は剣や槍に比べると弓作りはそこまで得意ではないので、なかなか時間がかかってしまったが。おかしいな、エルフって種族特性で弓制作にプラス補正がある筈なんだが。

 まあ、そんなわけで少しずつ制作を進めていき、先日ようやく完成したのがこの弓の神器、ストームヘラルドである。

 神器というのは高品質で、なおかつ限界まで強化された装備品を核として様々な希少素材を加え、最後に神の力を注いで完成する。注がれたのがこの俺の力なので、当然のように属性は水となる。更にメインにした素材が強力な風属性を持つ天空の翠玉の為、水と風の二属性を高いレベルで併せ持つ、嵐の弓が完成したというわけだ。

 正直、制作に時間がかかった最大の理由はそれである。二つの属性のバランスを取りつつ高いレベルで共存させるのは物凄く難しいのだ。火と水、光と闇みたいな反属性じゃないだけ、まだだいぶマシではあったが。『光と影の剣』みたいな超高レベルの反属性神器を作った大昔の神様、マジでパネェわ。

 ところで、そのストームヘラルドを受け取って、俺の話を聞いた辺境伯は猛烈に感動していた。

 

「この力、必ず正しき戦の為に使うと、オリバー伯爵とアルティリア様に誓います」

 

 そう宣誓した彼は、後に魔神将陣営との戦いでも軍勢を率いて、自ら最前線で弓を手に奮戦し、大いに活躍し……後の世に『王国一の弓取り』『嵐の大公』といった二つ名呼ばれる事になるのだった。

 

 その後は再び、和やかに茶会を再開したのだが……

 

「そろそろ本題に入りましょう。王宮より、準備が整ったので近い内にアルティリア様をお招きしたいという連絡がありました」

 

 本日のメインの用件はそれだったらしい。

 これまでは辺境伯を中心に近隣の貴族と個人的な付き合いがある程度だったが、本格的に社交界デビューする羽目になりそうだ。面倒な事この上ない。



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第133話 王宮襲撃

昨日は投稿出来ずにすみませんでした。
普段は最新話を執筆終了後に投稿予約とかの作業をしているのですが、昨日は見事に寝落ちしました


 辺境伯の家に招かれた数日後、俺は招待状を持って、王宮を訪れていた。

 馬車を降りた先には真っ赤なカーペットが城の入口まで敷かれており、その左右には兵士達が直立不動でずらりと並んでいる。

 馬車の中から俺が姿を現すと、兵士達は一瞬驚いた様子を見せたが、大半の者はすぐに平静を装った。よく訓練されているようだ。

 しかし中には俺に視線を向けながら、だらしなく鼻の下を伸ばしている者もいるが、彼らは他の兵士から自分に向けられている厳しい視線には気付いていないようだ。ご愁傷様である。

 そんな俺の恰好は、胸元を大胆に露出させた、青いドレス姿だ。スカート部分の丈が長く、ヒールの高い靴を履いているので実に歩きにくい。

 俺の後ろには子供用の礼服やドレスで着飾ったアレックスとニーナ、その後に、鎧の上にサーコートを着た、完全武装の海神騎士団が続く。司祭のクリストフだけは鎧姿ではないが、式典の際に着る高級な法衣に身を包んでいる。

 

 俺を先頭にゆっくりと歩みを進め、俺達は王宮へと足を踏み入れた。入ってすぐに、俺達は立派な鎧を着た近衛騎士たちに出迎えられた。

 

「ようこそいらっしゃいました、女神様とそのお連れの皆様。王の下へとご案内いたします」

 

 どうやら王様もお待ちかねのようで、俺達は一切待たされる事なく、城の奥へと案内された。

 まず俺達は、賓客用の控室に通された。部屋は広く、清掃が行き届いており、調度品も上質な物ばかりだ。

 

「お連れの皆様は、こちらでお待ちください」

 

 彼らを残して、俺は一人だけ案内される。これから向かうのは、謁見の間ではなく、王の寝室。プライベートな空間だ。

 普通は王にとって信頼の置ける者のみが入る事を許される場所だが、そこに俺が案内される理由は、一言で言ってしまえば、公の場で顔を合わせると色々と面倒臭い問題があるからだ。

 

 国王というのはあえて言うまでもなく、国のトップであり凄く偉い人だ。そして俺は、数多くの信者を抱える女神……という事になっており、凄く偉いエルフである。

 そんな凄く偉いA君とBちゃんが初めて顔を合わせるにあたって、問題が一つ。

 

「で、どっちの立場が上なんだい?」

 

 という事である。

 普通に考えれば神>人、という事で俺のほうが立場は上になり、向こうが頭を下げて俺を迎えるべき……って話になるのだが、事はそう簡単な話じゃない。

 このローランド王国は王家の下に大小様々な貴族が仕える封建制国家であり、名目上、諸侯は王家に対して忠誠を誓ってはいるものの、決して一枚岩ではない。貴族は、王家が強大で逆らうと危険であり、また大人しく下につく事でメリットがあるからこそ従っているのだ。中には純粋に忠義を尽くす者もいるが、そんなのは少数派だ。

 そういった油断のならない貴族達を従える王様は、言葉を飾らずに言えば「ナメられたら終わり」な職業だ。失態を犯し、隙を見せたならば、諸侯は即座にそこを腹を空かせた啄木鳥みたいな勢いで突っついてくるだろう。

 

 俺もそこそこ名前が知られるようになってきたとはいえ、それでも王国の中には俺の事をよく知らない貴族も多い。そんな彼らにとって俺は、言ってしまえば、

 

「なんかよく分からない、女神を名乗る妖しげな乳のでかい小娘」

 

 でしかないのである。

 そんな状態で国のトップである王様が俺に頭を下げれば、王が侮られ、権威に傷がつきかねないのだった。

 そういう訳で、公の場ではなくプライベートな空間である王の寝室へと向かっている次第だ。なので寝室に向かっているといっても、別に王様に夜伽を命じられてエッチな事をしに行くわけではないので安心してほしい。万が一俺に対してそれを要求した場合は、その日がローランド王国の命日だ。

 

「この先が王の寝室になります。このままお進みください」

 

 長い廊下の先に扉があり、そこが王の寝室のようだ。俺にそう声をかけて控えようとした近衛騎士だったが、俺は彼を呼び止めた。

 

「……待て。血の匂いがする」

 

「なっ!?」

 

 部屋の扉からはそれなりに距離が離れているが、それでも微かに感じる事ができる程度には、血の匂いが濃い。

 

「ついて来い! 嫌な予感がする」

 

 近衛騎士にそう命じながら、俺は寝室へと急ぐ。近付くにつれて、より血の匂いが強くなってくる。俺の隣を走る騎士も、嗅ぎつける事が出来たようで顔に焦りの表情を浮かべている。

 

「まさか王の身に何かが……! ええい、護衛の者達は何をしている……!」

 

「最悪の場合、護衛諸共やられている。その場合、敵はかなりの手練れだ。警戒を怠るなよ」

 

「ははっ……!」

 

 そんな会話を交わしながら、俺達はすぐに王の寝室へと辿り着いた。そして扉に手をかけて、一気に開け放った。

 すると、その先にあった光景は……

 

「へ、陛下あああああああっ!」

 

 部屋の中心、床の上に仰向けで倒れた、国王らしき初老の男性。そしてその周りには、倒れ伏す甲冑姿の騎士達の姿があった。

 部屋の床や壁には赤い血が飛び散っており、実に凄惨な光景だ。また、血だけではなく、部屋中が不自然に透明な液体で濡れているのを、俺は見逃さなかった。

 

「陛下……そんな……」

 

 王に駆け寄って、彼の身体に触れた近衛騎士が、絶望の表情を浮かべて涙を流している。どうやら、もう生きてはいないようだ。

 

「諦めるな!」

 

 俺は彼に近付いて一喝し、魔法を詠唱する。死体や室内の様子を見る限り、何者かの襲撃にあい、死んだのはほんの少し前の事のようだ。ならば十分に間に合う筈だ。

 

集団上位完全蘇生(グレーター・フルリザレクション・オール)!」

 

 自分の周囲に居る者を完全回復状態で蘇生させ、更に復活時の弱体化(デスペナルティ)を打ち消す、最上位の蘇生魔法を発動した。

 それによって、王とその護衛達は息を吹き返した。

 

「おお……陛下が蘇った……! 女神様、ありがとうございます……!」

 

「礼には及びません。それよりも、早く彼らを安全な場所に。肉体は完全に回復させましたが、意識を失ったままです。早く休ませてあげるべきでしょう。しかし、その前に……」

 

 俺は愛用の三叉槍を取り出して……部屋の隅にあった、不自然な水溜まりへと向けた。

 

「そこの者、出てこい」

 

 俺が告げると、そこにあった大きな水溜まりから、ずるり……と音を立てて、何者かが這い出てきた。その人物こそが、王とその護衛を襲撃・殺害した犯人である事は疑いようがない。

 しかし、人物とは言ったが、そいつは正確には人間ではなかった。

 上半身こそ人間に酷似したものだが、前腕部には鱗が生えており、指先からは鋭利な刃物のような長い鉤爪が伸びている。また、人間であれば本来耳がある箇所には、魚のヒレのようなものが付いている……と、明らかに人間離れした箇所が幾つかある。

 そして、下半身は人の物ではなかった。びっしりと鱗が生えたそこは、魚のものであった。

 その者……彼女は青緑色の髪に紫の瞳を持つ、人魚《マーメイド》だった。

 

「おや、見つかってしまいましたか」

 

 整った顔に嗜虐的な表情を浮かべて、その人魚はニタリと嗤った。

 



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第134話 紺碧の女王※

 魔神将ウェパル。

 それは遥か昔の神代の時代に、小人族の王レグルスと、大海神マナナンによって敗北し、倒された筈の存在だった。

 しかし、かの存在は未だ完全には滅せず。反射された自らの権能によって肉体は朽ち果てて腐敗し、理性や知能の大部分を失ってしまっても、深き海の底にて生き永らえていた。

 長い、途方もなく長い時間、ウェパルは眠りについていた。目覚めたのはつい最近の事である。

 忌まわしき神の気配と、それによって同胞――とはいっても、魔神将たちの間に仲間意識のようなものは無いが――の魔神将、フラウロスが滅びた事を感じ取った事で、ウェパルは長い微睡みから目覚めた。

 目を覚ましたウェパルが感じたのは、強い怒りと憎しみ、そして強烈な飢餓感であった。腐敗した巨大な肉の塊のような姿をして、海底に沈んでいたウェパルは、手始めに自らの身体の一部を触手状に変化させ、海底の生物や植物を捕食し始めた。

 

 しかし足りない。全くもってこの飢えを満たすには物足りない。ウェパルは貪欲に、そして手あたり次第に目につく物を捕食していった。

 そんな時に、ウェパルが潜む場所の近くに落ちてきたアンデッド(骸骨船長)は美味かった。骨だけで肉は無いのは不満だが、それが抱えていた恨みや憎しみは、魔神将にとって極上の餌であった。

 

 そのようにして、ウェパルは次々にあらゆる物を捕食しながら更に巨大化し、遂には海域中の生物を食らい尽くす程になった。

 そんな時に、ウェパルは不快な気配を感じ取った。何者かが自分を認識し、見ようとしている気配だ。

 かつての美しい人魚の姿は見る影も無く、腐敗した醜い肉塊と化したウェパルにとって、己を見つめようとする視線は何よりも不快なものであった。激しい憎悪と共に、ウェパルは殺気を撒き散らした。

 

 自分を見ようとしていた者が去っていったのを認識し、満足したウェパルであったが、しばらくした後に、先程の行為によって他者が自身の存在に気付いてしまった事を認識した。

 

 実に面倒だ。人間共など戦えば敵ではないが、この醜い姿を晒すのは嫌だ。

 ああ、そうだ、配下の者に奴等を殺させよう。

 そう考えて、ウェパルは己の眷属へと呼びかけた。

 

 その呼び声に応えたのは、青緑色の髪を持つ人魚の女(マーメイド)だった。

 名は、紺碧の女王(クイーン・オブ・アズール)

 最古の人魚にして、その名の通り、人魚族の女王……その初代である。

 

「あらあら、随分とお久しぶりですわね創造主サマ。ようやくお目覚めですか? それで、今更この私めに何の御用で?」

 

 魔力による念話によって、そんな言葉を返してくるしもべに、ウェパルは命じた。

 

 ――殺せ。

 

「指示は具体的にしてくれませんこと? いったい何を殺せばいいのやら」

 

 ――人間を殺せ! ヒューマンを、エルフを、ダークエルフを、ドワーフを、小人族を、巨人族を、龍人族を、鬼人族を、ありとあらゆる人間種と亜人種を殺せ! 神を殺せ! 人類に与する裏切者の人魚族や魔物共も殺し尽くせ! この私を見ようとする、ありとあらゆる者を滅ぼせ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!

 

 尽きる事のない憎悪に駆られながら、本能のままにウェパルは叫んだ。彼女の中から既に理性は失われており、あるのは狂気的な憎しみだけだ。

 

 そして、そんな命令を受けた紺碧の女王は……

 

「はぁ……全く、創造主サマにも困ったものですわねぇ」

 

 呆れたようにそう吐き捨てると、その端正な顔を忌々しげに歪めた。

 

「それにしても……あんな醜く、無様な姿にされても、まだしぶとく生きてるとは思いませんでしたわぁ。やれやれ……美しい間に、さっさと滅びておけばよかったものを」

 

 主に対して言いたい放題の紺碧の女王だが、彼女の中には既に、主に対する敬意などは欠片も残っていなかった。

 何故なら、彼女が敬愛し、忠誠を誓っていたのは強く、美しかった魔神将ウェパルだからだ。神がついていて、本人も英雄級の力を持つ者だったとはいえ小人族なんぞに敗北した挙げ句に、あのような醜い姿になって知性も失った存在に対して、忠誠を誓う気にはなれなかった。

 とっくの昔に死んだものとして扱い、一匹の人魚として気楽に生きていたというのに、そいつが今更になって起きてきて、無茶な命令を一方的に下してきたのだ。文句の一つも言いたくなるだろう。

 

「まぁ、あんなザマとはいえ一応は創造主サマですし、命令には逆らえませんわね。しかし殺せと言われましてもねぇ……」

 

 単騎で人間の街に突撃して、手当たり次第に殺せとでも言うのか。そりゃあ出来なくはないし、並の人間など何人来ようが相手にならず、一方的に殺せるだろうが……

 

「そんなお馬鹿さんみたいなやり方は御免ですわ。何より美しくない」

 

 どうせやるなら効率的に、美しくやるべきだ。

 紺碧の女王はそう考えて、まずは情報を集める事にした。まずは変化の魔法を使って、人間に擬態して街に潜り込む。

 そうして彼女は、人間の女に化けて近くにある港町へと潜り込み……

 

「どうなっていますの、この街は……」

 

 住民の大半が戦闘技能持ちで、冒険者や軍人のような者達の中には英雄級に手が届きそうな連中がちらほらと存在しており、中にはこちらの擬態を見破りかけていた者もいた。遠目に見られただけなので気付かれなかったが、近くに長時間居たり、直接話していたら看破されていたかもしれない。

 彼ら一人一人の力量は、紺碧の女王に比べればかなり格下であり、戦えば負ける事はないだろうが、

 

「流石にあんな魔境に無策で単騎正面突破とかあり得ませんわ……」

 

 あんな連中に囲まれるとか冗談じゃないと、紺碧の女王は早々にその港町……グランディーノを脱出した。

 続けて幾つかの町や村を回って情報を集めると、分かった事が幾つかあった。

 

「アルティリア……フラウロス様を倒したという女神ですか。彼女が拠点にしているのが、あの港町だったという訳ですわね。あの町の住人の戦闘力が異様に高いのも、その影響ということですか」

 

 その女神は、現在王都に向かっており不在だというのは幸いだった。仮に正面から喧嘩をふっかけて、その女神が出てきたら最悪だった。いくらなんでも魔神将を正面から打倒し、滅ぼした相手とタイマンなど御免被る。

 しかも集めた情報によれば、深海に潜む危険な何者か――つまり魔神将ウェパルの事だ――の存在をグランディーノの住人の一人が察知した事で、それを知らせる為の伝令が女神の下に向かっているという。

 

「まずはその伝令を人知れず始末して、情報をシャットアウトするべきですわね……」

 

 紺碧の女王は方針をそう決めて、王都方面へと向かった。そして数日後、彼女は馬に乗って街道を進む伝令の男たちを発見し、人目の無いところで襲撃し……

 

「はぁ……してやられましたわね」

 

 紺碧の女王が溜め息をこぼす。男達のほぼ全員を始末できたものの、彼らの激しい抵抗のせいで戦いが長引き、目撃者が増えた。

 不幸な目撃者達も同じように始末したが、厄介な事に伝令の一人に逃げられてしまったのだ。

 しかし、良い事もあった。それは、戦った男達が美しかった事だ。

 容姿が、ではない。紺碧の女王が美しいと感じたのは、彼らの目と、その行動であった。

 伝令の男達は、勝ち目の無い強敵との戦いに臆する事も、諦める事もなく果敢に立ち向かい、そして最も若い隊員を生き残らせる為に先に逃がすと、決死の覚悟で足止めや時間稼ぎに徹し、その命を散らせた。

 

「美しい散り様でしたわ。実に素晴らしい。殿方はやはりこうでなくては」

 

 強敵に対して勇敢に立ち向かう勇者達の戦いぶりを目にし、その彼らの命を自らの手で摘み取った事に深い快感と高揚感を得て、紺碧の女王は淫靡な笑みを浮かべた。

 彼女はとにかく美しいものが好きだ。ゆえに敵であっても、彼女の基準で美しいふるまいを見せた者には惜しみない賞賛を与える。まあ、そんな美しい存在を自らの手で殺害・破壊する事に強い快感を覚える、度し難い性癖の持ち主でもあるのだが。

 そして逆に、醜悪なものに対しては、例え自らの創造主であろうと嫌悪・侮蔑している。

 

「それはさておき、逃げた者を追跡しないとですわ」

 

 冷静さを取り戻した紺碧の女王は、そう呟いて生き残りを始末する為に動き出そうとした。しかし、その時だった。

 

「おっと、その必要はありませんよ」

 

 何者かが彼女にそう声をかけてきた。それと同時に、足下に何かが転がってきたではないか。

 その転がってきた物は……先程逃げた筈の、若い伝令の男の頭部だった。首は鋭利な刃物で綺麗に切断されている。

 紺碧の女王は、それを投げてよこした者へと視線を向けた。するとそこには、黒い燕尾服を着て、頭にはシルクハットを被り、顔をのっぺりした仮面で覆った長身の男が立っていた。

 その男の名は、地獄の道化師(ヘルズ・クラウン)。紺碧の女王と同じく、魔神将の眷属だ。どの魔神将が生み出した者なのかは不明だが、何やら悪だくみをしているようで、各地で頻繁に暗躍している姿が目撃されている。

 

「どうやら失敗して一人、逃がしてしまったようですので、僭越ながらお手伝いをさせていただきました。つきましては……そのお礼にといってはなんですが、貴女様に一つお願い事がございまして」

 

(クッソ醜くて面倒臭い奴が来やがりましたわ……!)

 

 こちらを揶揄うように、上ずった声と慇懃な口調でそう語りかけてくる地獄の道化師を前に、紺碧の女王は露骨に顔をしかめたのだった。



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第135話 彼らの企み※

「数日後に、この国の王宮を襲撃いたします。お付き合いいただけませんか?」

 

 地獄の道化師は、紺碧の女王に対してそんな誘いをかけてきた。

 

「王宮を……? 何の為に?」

 

「おや、これは異な事を。我ら魔物が人間を襲い、殺す事に理由が必要で?」

 

 とぼけるようにそう言って、地獄の道化師は仮面の下で嘲笑を浮かべた。

 

「わざわざ警備が厳重な敵の巣窟に乗り込む理由を訊いているのですわ。ただ殺したいだけなら、適当に通行人や集落でも襲えばいいでしょうに。この国の王を殺したい理由でもあるんですの?」

 

 苛立ちが篭もった強い口調で、紺碧の女王が問い質すと、地獄の道化師は一転して真面目な様子で語り始めた。

 

「いいえ、それは主目的ではありません。ワタクシの標的は、女神アルティリア。この地の人間共の信仰を集め、魔神将の一柱を撃ち滅ぼした存在。かの女神に向かう人々の信仰心は日に日に高まり、それによって彼女はより強くなっている。我々にとっての最大の障害となっている事は、もはや疑いようがないでしょう」

 

「私は件の女神と会った事は無いですが、どうやらそのようですわね。……それで? なぜ王宮を襲撃する事が、女神を倒す事に繋がるというのですの?」

 

「ではご説明いたしましょう。ワタクシが掴んだ情報によると、どうやら数日後に、女神が王宮へと招待されるようなのですよ。そして、王都に居る貴族を集めてパーティーが行なわれるそうで。それに合わせて、我々が王宮に襲撃をかけます」

 

「わざわざ最大の敵である女神が居る時に襲撃を? 何を考えてますの?」

 

 ただリスクが増すだけではないか、と紺碧の女王が憤る。

 

「おっと落ち着いて。勿論危険ではありますが、そのリスクを背負うだけのリターンがあるからこそです」

 

「……その、リターンとは?」

 

「コホン。まず我らの敵、女神アルティリアはこれまで、魔神将フラウロス様を筆頭に数々の強敵を打ち破り、この国と人々を守護してきた存在です。偉大な英雄であり神、人々の心の拠り所と言っていいでしょう。……ところが、そんな彼女が居るにもかかわらず王宮への襲撃を許し、王や諸侯が無惨に殺されたとなれば……?」

 

「なるほど。その場に居たのに目の前でむざむざと王族を殺され、それを見過ごしたとなれば、国民の彼女に対する信仰や信頼は揺らぐ、と」

 

「それだけではございません。上手くいけば、女神に罪を被せる事も出来るやもしれません。そうでなくとも、人間達に女神への不信感を抱かせる事が出来れば上々。そして国王や王族、大貴族が倒れる事で、政治的な不安材料を抱えているこの国は大いに乱れるでしょう。そして、そうなればすぐ隣の大国も、黙って見ている筈もなく」

 

「場合によっては、一気に乱世に突入……という訳ですわね。話は分かりました。いいでしょう、その話、乗りましたわ」

 

「ありがとうございます。では詳しい打ち合わせをいたしましょうか……」

 

 そして数日後。

 アルティリアが王宮入りするのに合わせて、紺碧の女王は王宮へと侵入した。

 彼女は人間に擬態する他にも、自らの身体を水に変化させる事ができる。それを使えば、王宮に侵入するのは簡単だった。決まった形を持たない水に変化できるという事は、僅かな隙間さえあれば、どんな場所にも入り込めるという事だ。

 そして紺碧の女王は、王の寝室前まで易々と侵入すると、今度は人間の姿をとった。青緑色の長い髪をした、豪奢なドレスを身に纏う、すらりとした細身の美女だ。

 そして彼女は、ノックも無しに王の寝室へと繋がる扉を無造作に開けると、部屋の中へと無遠慮に足を踏み入れた。

 

「何者だ!?」

 

 部屋の中、王のすぐ近くに控えていた騎士達が、腰に差した剣に手をかけながら誰何する。彼らに対し、紺碧の女王は臆面も無く答えた。

 

「我が名は女神アルティリア。頭が高いですわよ人間共」

 

 堂々とアルティリアの名を騙る紺碧の女王。これは、地獄の道化師からの指示であった。曰く、

 

「騙せるかどうかはさておき、アルティリアを名乗る女が王を襲ったという事実を残す事が大事なのです」

 

 との事だ。その言葉に従って、彼女は女神の名を騙ったのだが……

 

「ふざけるな! 貴様のような奴がアルティリア様のわけがあるか!」

 

「よりにもよって女神様の名を騙るとは、不届き者め! 叩き斬ってくれる!」

 

 騎士達は一切迷う事なく剣を抜き放ち、殺気立って睨みつけてきた。

 

(しまった……この者達、既に女神に会った事がある……!? ええい道化師め! 聞いてた情報と違うではありませんの……!)

 

 そう判断し、心中で毒づく紺碧の女王であったが、実は彼らはアルティリアに会った事もなければ、その姿を直接目にした事も無かった。

 それなのに何故、目の前の女神を騙る女が偽物なのか、一瞬で気付く事が出来たのか。それは……

 

「女神様は王国一の巨乳というのは有名な話だ! そんな事すら知らずに名を騙ったのか! 幼い子供でも一目見れば分かるわ!」

 

「ああ全くだ、貴様のどこが女神様だ! 真っ平じゃねえかこのド貧乳が!」

 

 そう。紺碧の女王……彼女は絶世の美女と呼んで差し支えない美貌であり、体も均衡の取れた、美しいスタイルの持ち主ではあったが……しかし、その胸は、悲しい程に平坦であった。そしてそれが美しい物をこよなく愛し、自らを誰よりも美しいと豪語する彼女にとっての、唯一のコンプレックスであった。

 

 脳裏に、まるでこうなる事が分かっていたと言わんばかりに、こちらを指差して笑う地獄の道化師の姿がよぎった。

 

「何だァ……てめぇ……!」

 

 紺碧の女王、キレたッッ!

 

 

     ※

 

 

「はぁ……ついやってしまいましたわ。もっと美しく殺すつもりでしたのに」

 

 惨殺現場と化した王の寝室の中心で、紺碧の女王が溜め息を吐いた。彼女の周りには、出来立てホヤホヤの死体が幾つも転がっている。その内の一つは、この国の王のものだ。

 

「一人か二人くらいは目撃者として残す予定でしたが……、まあ、忌々しい事に偽物だと確信されていた以上は、殺してしまっても構いませんわね。後は……ッ!?」

 

 そこで、紺碧の女王はこの部屋へと近付いてくる、何者かの気配を感じた。同時に、その人物が凄まじい力の持ち主である事にも同時に気付く。

 

(間違いない、このプレッシャー……あれが女神アルティリア! くっ、予想以上の強敵のようですわね……そして予定よりも早いですわ!)

 

 予定ではアルティリアが王宮に到着してから、王と会うまでには少々時間が空いていた筈だ。女性は身支度に準備に時間がかかるであろう事から、余裕を持たせたタイムスケジュールになっていたのだが、残念ながらアルティリアは普通の女性ではないので、あまりそういった事に時間をかけない方だ。それどころか、特に出かける予定が無い時などは平然とクソダサプリントTシャツとジャージで過ごすような、基本的にずぼらでだらしない方である。

 

 紺碧の女王は咄嗟に水に変身して、室内の人間を殺害する際に水属性の魔法を使い、撒き散らされた普通の水に擬態した。

 

 次の瞬間、アルティリアが騎士を伴い、部屋に入ってきた。そして死体を手早く観察した後に、

 

集団上位完全蘇生(グレーター・フルリザレクション・オール)!」

 

 復活の奇跡を起こし、つい先程殺害したばかりの者達を蘇生させたのを見て、紺碧の女王は驚愕した。

 

(広範囲の完全蘇生魔法! それも、ほぼ無詠唱で!?)

 

 卓越した水属性攻撃魔法の使い手だと聞いてはいたが、まさか回復魔法においても最上位の実力者だったとは……と戦慄しながらも、紺碧の女王の視線はある一点に集中していた。

 

(ていうか、ふざけんじゃねーですわ! 何ですの、あの大玉のスイカみてーな馬鹿でかい乳は! エルフってもっとこう、繊細で儚げな感じじゃありませんでしたの?  何よこのムチムチは! 謝れ!)

 

 紺碧の女王が、そんな私怨が篭もった視線をアルティリア(の胸)に送っていると……

 

「そこの者、出てこい」

 

 アルティリアが槍を構え、その穂先を水に擬態した紺碧の女王へと向けながら、強い口調でそう言った。

 

「おや、見つかってしまいましたか」

 

 内心ヤバいと思いながら、紺碧の女王は引き攣った笑みを浮かべて言うと、本来の……人魚の女王としての姿を現した。

 

「そんなに殺気が漏れていてはな。見つけて下さいと言っているようなものだ」

 

 アルティリアが油断なく三叉槍を構え、攻撃の意志を見せる。

 

(くっ、見つかった以上は仕方ありませんわ……! それに元々、女神の足止めが私の主目的! 勝つのは正直厳しそうですが……せいぜい時間を稼いでやりますわ!)

 

 とんだ貧乏籤を引いたと思いながら、紺碧の女王は覚悟を決めて、アルティリアと対峙するのだった。



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第136話 煽り煽られ※

 俺は動きにくい事この上ないドレスとハイヒールを下着ごと豪快に脱ぎ捨てると、いつもの装備……最大強化&フルエンチャント済みの水着と水精霊王の羽衣を取り出して、一瞬で着用した。

 それと同時に、敵の人魚……紺碧の女王もまた、水を固めて細長い槍を作り出して、穂先を俺に向けて構えを取った。

 

「お前も槍使いか。ならばお手並み拝見をいこうか」

 

「ええ。お手柔らかに」

 

 その直後、無詠唱で『水の弾丸(アクア・バレット)』を15発同時に放った。紺碧の女王は、それを防御するそぶりも見せずに余裕の表情で受け、俺が放った水の弾丸は全て、彼女に直撃した。

 直後、紺碧の女王は驚愕に目を見開いた。

 間違いなく、こいつは水属性に対する完全耐性持ちだ。しかし、水精霊王(アクアロード)という職業を極め、水属性魔法に特化した俺が使う魔法は、素の状態で敵の水属性耐性を半減させてダメージ計算を行なう。よってアルティリアとPVPする時は水耐性を最低でも150%以上盛れ、というのは対人勢の中では常識だった。

 そんな訳で、俺は水属性の敵を苦にしていない。でなければ、海底神殿という水耐性持ちしか居ない難関エリアでソロ狩りなんか出来る訳がなかろう。

 

 しかし、耐性を半減させてダメージを与えたといっても、そのダメージ量は微々たる物だった。仮にこいつの水耐性が100%だったと仮定して、半減だと50%は残るからな。それに加えて、こいつ自身の魔法防御力もかなり高そうだ。

 だが、大事なのはダメージを与えたという事実だ。完全耐性を過信して余裕ぶっこいてた所に、受ける筈のないダメージを受けた事で動揺したところに、俺はすかさず飛びかかり、槍で追撃をかける。

 しかし、紺碧の女王は俺の一撃を、手にした水槍で受け止めてみせた。力を込めて押してもびくともせず、見た目に反して相当な腕力の持ち主のようだ。

 ならばと、俺はあえて引く事で力の均衡を崩し、空中で一回転して相手の頭上から踵を落とす。

 それに対し、紺碧の女王は魚の下半身を力強く跳ねさせ、それを叩き付けるようにして迎撃した。結果はお互いの攻撃が相殺し合ってノーダメージ。

 

 俺達がそんな風にぶつかり合っている間に、俺と一緒に来た騎士の人は王様を担いで、部屋を出ていった。彼では俺達の戦いについてこれないだろうし、居られても邪魔なだけだし、一度殺されて復活したばかりで衰弱している王様を、安全な場所で休ませてやるのは最優先事項だ。自分が今やるべき事をしっかり理解出来ていて大変よろしい。

 

「なるほど、中々やるようだな」

 

「そちらこそ。まさかこの私の耐性を貫通してくるとは思いませんでしたわ」

 

「私のように一つの系統を極めた者なら、出来て当然の事だ。どんな相手にも自分の強みを押し付けられるからな。完全耐性くらいで過信していたら痛い目を見るぞ」

 

「勉強になりましたわ。それにしても、得意な属性が同じで、武器も同じ槍同士とは。貴女、わたくしと色々被っておりませんこと?」

 

「ほう、私とお前が似ていると?」

 

 そう言われて、俺は改めて目の前の人魚を観察する。

 まず人魚の女王だけあって、属性は水。見る限り魔力もかなり高そうだし、高位の水属性魔法の使い手である事は間違いない。勿論、泳ぎもかなり上手いだろう。

 次に、武器は槍を使う。先程、俺の一撃を正面から受け止めただけあって、槍の腕前もかなりのものだ。見た目は華奢だが、ユニークボスモンスターだけあって腕力もかなり強い。単純なSTRやVITの値だけなら俺よりも上だろうな。

 髪や目の色は、緑がかってはいるが青系の色だ。俺は水色の髪に濃い青色の瞳なので、違いはあるが同じ系統の色である事は間違いない。

 なるほど、こうやって見てみると、なるほど俺と似通った部分が多いように見える。

 

 次に、俺は紺碧の女王の胸部へと視線を向けた。なだらかな大平原が広がっている。

 

 おっぱいスカウター起動! ピピピピ! 計測開始!

 出ました! 71センチ、AAカップです!

 まさかうちのルーシー(小人族・Aカップ)以下とは恐れ入った。

 

 そして、次に俺は視線を下へと向けた。見事なお山が二つ並んでいて、足下が見えない。

 

 おっぱいスカウター再起動! ピピピピ! 計測開始!

 出ました! 110センチ、Kカップです!

 ちなみに俺の成長期はまだ終わっていない。

 

 俺は視線を紺碧の女王へと戻した。

 

「ハッ。どこが似てるって?」

 

「今どこ見て嗤いやがってテメエッ!」

 

「答える必要は無いな。自分の胸に聞いてみろよ」

 

 我ながら会心の返しができたと思う。

 一転して猛攻を仕掛けてきた人魚の攻撃を捌きながら、そう思うのだった。

 

 

     *

 

 

 一方その頃、別室では海神騎士団のメンバーが、突然天井を突き破って室内に現れた、地獄の道化師と対峙していた。

 

「どうも、クソ女神に仕えるクサレ騎士の皆様、ご無沙汰しております。ワタクシ地獄の道化師による残虐王宮破壊ショーのお時間がやってまいりました。是非お楽しみいただきたい」

 

 天井をブチ破り、高価な調度品を見るも無惨に破壊しておきながら、臆面もなく慇懃無礼な態度でそう言ってのける地獄の道化師に対し、騎士達は武器を抜いて構えを取った。

 

「たった一人で乗り込んでくるとは良い度胸だな。裏でコソコソと動き回るのが得意な貴様らしくもない」

 

 赤い大剣を肩に担ぐようにして構えるスカーレットが言うと、地獄の道化師は仮面の下で嘲笑を浮かべた。

 

「はァん? おやおや、何やら空耳が聞こえた気がいたしましたが……? 生憎とワタクシは耳が悪くて、人間にブザマに敗北した上に主を失い、そのままおっ死んでればよかったものを、よりにもよって人間なんぞに転生して旧主の仇に仕えている、裏切り者の騎士(笑)の言葉は聞こえませんなぁ! アナタ達、今何か聞こえましたか?」

 

 地獄の道化師がそう言って煽ると、床下、窓の外、天井に空いた穴から三人の地獄の道化師(複製体)が顔を出し、

 

「聞こえませんねェ」

 

「何か言いました?」

 

「ワタクシのログには何もありませんよ」

 

 と口々に言い、そのまま何もせずに去っていった。

 

「貴様……そこまで言った以上、覚悟は出来ておろうな!」

 

 スカーレットが激昂し、業火を纏う大剣を大上段から振り下ろす。彼の攻撃力は海神騎士団の中でも右に出る者がおらず、この一撃を受ければ、地獄の道化師などひとたまりも無い筈……だった。

 しかし、そのスカーレットが放った渾身の一撃を、地獄の道化師は易々と受け止めて見せた。それも、片手でだ。

 全体重を乗せた大剣による唐竹割を、片手でいとも容易く受け止める程の筋力は、かつての地獄の道化師には無かったものだ。更に、スカーレットの大剣が放つ高熱や炎によるダメージも、一切受けていないように見える。

 

「フッ……フハハハハハ! 効きませんねぇ!」

 

「ぬぅッ!?」

 

 そして空いた手で、地獄の道化師はスカーレットを殴りつけた。重い全身鎧を身につけた巨漢のスカーレットを、素手の殴打で吹き飛ばす程の強烈な一撃だ。

 強い。これまでに見た地獄の道化師からは、考えられない程の強さだ。こいつは一体どういう事だと、海神騎士団の面々は疑問を抱いた。

 それに対する答えは、目の前の地獄の道化師、本人からもたらされた。

 

「それでは、改めまして自己紹介いたしましょう。ワタクシは地獄の道化師、その複製体の一体にして、これまでの研究と実験の集大成!」

 

 地獄の道化師が両腕を大きく広げる。すると、彼が着ていた燕尾服の、肩の部分から先が千切れ飛び、両腕が露わになった。

 その腕は筋骨隆々で、表面にびっしりと鱗が生えており、その先端には毒々しい色の鋭い爪が生えていた。

 

蜥蜴人の王(リザードマン・ロード)の腕! バジリスクの爪!」

 

 続いてズボンの脚の部分が千切れ、脚部が露出する。それは人間のものではなく、機械仕掛けの戦闘用義肢であった。

 

太古の殺人機兵(エンシェント・キラーマシン)の脚!」

 

 続けてスーツが完全に弾け飛んで、上半身が完全に露出する。青白い肌で、痩身だった筈の地獄の道化師は、世紀末覇者の如きムキムキマッチョマンに変貌していた。

 

千年竜(サウザンド・ドラゴン)の臓器!」

 

 仮面を外して、素顔が露わになる。そこには縦に細長い瞳孔の入った、金色に光る瞳があった。また、三日月型に大きく裂けた口からは、蛇のような細長く、先端が二又に分かれた舌が伸びていた。

 

単眼巨人(サイクロプス)の邪眼!」

 

 更に背中からは巨大な鳥の翼が生え、それを大きく広げる。

 

「ロック鳥の翼!」

 

 そして最後に、残ったズボンの腰部分が吹き飛び……

 

「馬のチンチン!」

 

 モザイクをかけなければお見せできない、大きくそそり立ったモノを露出させ、地獄の道化師はドヤ顔をキメた。

 

「これら様々な最強生物の部位を移植し、融合させた究極完全生命体! それがこのワタクシ、地獄の道化師666号!」

 

「何ぃ……っ! 馬のチンチンだと……!?」

 

「くっ、まさか馬のチンチンを出してくるとはな……!」

 

「大きすぎる……修正が必要だ……」

 

 その異形の姿を見て、海神騎士団の男達は恐れ慄くのだった。

 



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第137話 魔神将の遺訓※

「フッフッフ、さあ、どこからでもかかって来なさい。面倒ですし、全員まとめて相手をしてさしあげましょう」

 

 そのように勝ち誇る地獄の道化師666号の前に、立ち塞がったのは赤い鎧を纏い大剣を持った重騎士、スカーレットだった。

 

「スカーレット、派手に吹き飛ばされていたが大丈夫か?」

 

 ロイドが彼にそう声をかけると、スカーレットは心外だというように、不機嫌そうな声色で答えた。

 

「大した事はない。それよりもロイド、この者の相手は我に任せ、貴様らは先に行くがいい」

 

「何だと? どういう事だ!?」

 

 この強敵を一人で相手にするという宣言に、ロイドは疑問を抱いた。その時、団員の一人が口を開く。

 

「いや、スカーレットならば奴に対抗できるかもしれん! 何故なら奴は……海神騎士団の中で一番……チンコがでかい!」

 

「ハッ、確かに! 前に大浴場で見た時はマジでビビったからな……非戦闘モードの状態であのサイズとは……と」

 

「なるほど、あのナチュラルボーン・馬並み・チンチンならば対抗できる、あるいは勝てるかもしれん……! 所詮こいつの馬のチンチンは後付け品よ……!」

 

「そういう事ではない……」

 

 にわかに沸き立つ神殿騎士達に、スカーレットは冷静にツッコミを入れた。同時に数少ない女性団員達が彼らにゴミを見るような視線を送る。

 

「いや待て、そういう事か……。お前達、冷静になって考えてみろ、こいつは自身の複製体を作り出す能力を持っている。目の前のこれもその内の一体だ。なのに、この場に居るのはこいつ一体だけだ。なら、他の奴はどうしていると思う?」

 

 ロイドがそう言うと、その隣でクリストフがそれを引き継いで団員達に説明をする。

 

「そもそも、我々を襲うのが目的ならば、わざわざ王城を訪れた時に行なう必要など無いのですよ。では何故今、このタイミングで? そう考えると、色々と見えてくるのではないですか?」

 

 それを聞いて、団員達の顔にも理解の色が浮かんだ。

 

「こいつの目的は俺達の足止めか!」

 

「真の狙いは王族や、今日のパーティーの為に集まった貴族! そういう事か!」

 

「という事は、国王陛下のもとに向かったアルティリア様も襲われているに違いない!」

 

 彼らの言葉を聞いた地獄の道化師666号が、鱗がびっしりと生えた異形の腕を大袈裟に動かして拍手を鳴らした。

 

「ご名答。一部を除いて気付くのが遅かったのは残念ですが、正解でございます。さて、随分と時間をロスしてしまいましたが、間に合うといいですねェ?」

 

「ちぃっ……! スカーレット、勝算は!?」

 

「愚問だな。勝算など無くとも、やると決めた以上は身命を賭して戦うだけだ」

 

 猛々しく口にするスカーレットだったが、それはつまり、勝算は無いに等しいと言っているようなものだった。

 しかし、だからといってこの男は決して退く事はないだろう。そう長くない付き合いではあるが、過去二度に渡って命懸けの死闘を繰り広げ、その後は仲間でありライバルとして鎬を削ってきたロイドには、痛いほどよく分かっていた。

 

「……ここは任せた! 死ぬなよ!」

 

「任せろ」

 

 部屋を出ていくロイド達に背を向け、スカーレットは大剣を地獄の道化師666号へと向けた。

 そんな彼に、地獄の道化師666号は嘲笑を向けた。

 

「ンッフッフ、実に愚かですねェ……。全員でかかれば勝算もあったでしょうに、わざわざ負けて死ぬとわかっている戦いに挑むとは。まったく騎士というのは、どうしてこうも、お馬鹿さんなんでしょうかねェ」

 

「貴様のような下衆には分からぬだろうが、男には死ぬと分かっていても、戦わねばならん時があるのだ。そして騎士は戦いに臨むにあたって、常にそう心掛けるべきだと思っている。我はただそれを実践にしているに過ぎない。分かったら、下らんお喋りは終わりにしろ。貴様の声を聞いているだけで耳が汚れる」

 

「ククク……ヒッヒッヒ……ハハハハハハハハ! ああ下らねぇつまらねぇ気に入らねぇ! 主を失って、魔物ですらなくなった敗北者の裏切り者ごときがでけえ口叩きやがって! 楽に死ねると思うんじゃねえぞ!」

 

 地獄の道化師はスカーレットの言葉を聞き、腹を抱えて大笑いしたかと思えば、一転して凄味のある憤怒の表情を浮かべ、粗野な口調で罵詈雑言を放った。

 

「裏切りだと? 下らぬ戯言を。我は何も裏切ってなどいない」

 

「あぁーん!? テメー自分が元々魔神将の手下で、人間を数えきれないくらい殺してきた事をお忘れですかぁ!? それが今や女神の飼い犬になって、人間を護る為に戦ってやがる、それのどこが裏切りじゃないんですかねェ!? 僕ちんにも分かるように教えて貰えますかァ!?」

 

「知れた事。我が忠誠を誓ったのは、魔物でも他の魔神将でもない、創造主たるフラウロス様ただ一人のみ。そのフラウロス様が我に望んだものは、ただ二つ」

 

 スカーレットは、かつて紅蓮の騎士という名の魔物だった頃の、魔神将フラウロスと交わした会話を回想する。

 普段は主の命令を受けて、それを果たすだけで会話らしい会話などは無かったが、ほんの数回だけ、主の機嫌が良い時に話をする機会があった。

 

「我らの眷属は、基本的に主の性質を色濃く受け継いで生まれるものだが……それにしては貴様は随分と、正々堂々とした戦いに拘るな。騎士道とかいったか? 我には理解できんな」

 

 ある時、フラウロスはそんな疑問を口にした。

 

「ご不満でしょうか」

 

「いいや構わん。ただ少し疑問に思っただけの事よ。いったい貴様は我のどこに似たのであろうか、とな」

 

 そう告げるフラウロスに、紅蓮の騎士は訊ねてみた。

 

「フラウロス様にとって、戦とはいかなるものでしょうか」

 

「ふん……決まっておる。戦いとは、ただ己の望むままに力を振るい、破壊し、蹂躙する……それだけの事よ。ただ一つ、付け加えるなら……」

 

「付け加えるなら?」

 

「この我が全力で攻撃しても、なお壊れず、倒れず、恐れずに立ち向かってくるような……そのような強者を前に、思う存分に力をふるって戦う事が出来たなら、それはこの上ない歓びであろうな……。やはり力だ。力こそがこの世で最も尊きものだ」

 

 もっとも今の世に、そのような強者など殆ど残ってはおらぬだろうがな……と、フラウロスは残念そうに付け加えた。

 

「紅蓮の騎士よ……」

 

「はっ」

 

「貴様が戦い方に拘ろうが、騎士道とやらを大事にしようが、そんな事はどうでもよい。我が貴様に望む事は二つ。たった二つだ」

 

「それは一体?」

 

「強くあれ。そして我が儘であれ」

 

「我が儘……でございますか」

 

「そうだ。強者は我が儘であるべきだ。力がありながら他者に気を遣い、阿るような真似はするな。力とは、強さとは、つまるところ我を通す為のもの。ゆえに強者たらんとするならば、いかなる時でも己を曲げるな。弱者の戯言に耳を貸すな。他人の意見なんぞ全て、クソ食らえだと突っぱねろ」

 

 我の眷属ならば、貴様も当然そうあるべきだ……と、フラウロスは告げるのだった。

 

「我は今も、フラウロス様の教えを守り続けている。誰よりも強くあらんとし、折れず、曲がらず、己の信じる騎士道を歩み続けている。それはアルティリア様に仕え、人として生きようと、何も変わらぬ!」

 

 そう力強く宣言したスカーレットに対して、地獄の道化師は嫌悪感を露わにした。

 

「チッ、あーハイハイもういいですよ、相っ変わらずの暑苦しい騎士道バカ! あー気持ち悪い! おまけに今は新しい主に仲間も出来て、高潔な騎士様らしく人間共を護って正々堂々と戦え、リアルが充実しているようで何よりですなぁ! 全く、おかげでタダでさえキモかったのが、キモさ倍増でキモ of the キモイスト(最上級)!」

 

 吐き捨てるように言った地獄の道化師の体が、ボコボコと沸き立つような音や、肉が千切れ、骨が折れるような音を立てながら変形していく。

 肩からは更に二本の腕が生え、体中に角のような突起が皮膚を突き破って現れ、下半身からは蛸のような、うねうねした吸盤付きの触手が何本も生える。また、体色も毒々しい汚れた緑色へと変色していき、更に体の裂け目からは紫色の体液が滴り落ちて、鼻を突き刺すような凄まじい悪臭を放ちはじめた。

 地獄の道化師はもはや、人の形すら留めていない醜悪な化け物へと変わっていた。

 

「げひゃひゃひゃひゃ! 前々からずぅーっと、お前の事は気に入らなかったんだよォ! いつかブッ殺してやろうと思ってたから丁度いいぜェ! この究極! 完全! 最強ォ! の肉体が持つ力で、てめえを粗挽き肉団子にしてくれるぜぇぇぇッ!」

 

「珍しく気が合うな。我も貴様を、初対面の時からずっと嫌悪していた」

 

 スカーレットはそう言い捨てると、真っ赤な刀身を持つ大剣『スカーレットレオパルド』を大上段に構えた。



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第138話 王太子の矜持※

 一方、部屋を出たロイド達は、城内に入りこんだ敵を探して移動を開始したのだが、その直後。

 

「おい……アレックスとニーナはどうした?」

 

 違和感に気が付いたロイドがそう口にすると、その場に居た全員が驚いて辺りを見回した。

 

「なっ……い、居ない!?」

 

「あれっ!? いつの間に居なくなったんだ!?」

 

「まさか、俺達よりも先に部屋を脱け出してたのか?」

 

 そう……彼らがたった今気付いたように、アレックスとニーナの兄妹は、彼らが地獄の道化師と対峙している最中に、密かに部屋を脱出していたのだった。

 その理由は、二人が遠くから聞こえる戦いの音を聞き取ったからだ。彼ら兄妹の種族は獣人族であり、獣人は種族特性として、生まれながらにして他の種族よりも遥かに優れた五感や直感、すなわち『超感覚』を持っている。それによって他の者達には察知する事が出来なかった、城の各所で発生した戦闘を誰よりも早く知る事ができたのだった。

 その為、アレックスとニーナは襲われている人を助ける為に、密かに部屋を脱出して救援に向かっていた。

 

「二人の事は心配だが、今は城内の平和を取り戻す事が最優先だ。手分けして索敵をしよう」

 

 そう指示したところに、窓ガラスを突き破って、悪魔を象った石像のようなモンスター、ガーゴイル・ロードが突撃してきた。ロイドは振り向きざまに抜刀し、堅牢な岩の体を真っ二つに斬り捨てた。

 

「今のように、既に城内に入り込んでいる魔物の襲撃は確実にあるだろう。今の俺達には大した敵じゃあないが、もしかしたらボス級の奴も居るかもしれん。油断するなよ」

 

 そう言ったそばから、廊下の向こう側から複数の魔物が姿を現した。

 

「突破するぞ!」

 

 海神騎士団はロイドを先頭に、魔物の群れに突撃した。

 

 

     ※

 

 

 一方、城内の別の場所では、一人の男が魔物に包囲されていた。

 背が高い金髪碧眼の、二十代半ばほどの男性だ。柔和な整った顔立ちに、一目で高級なものだと分かる服装から、彼が高貴な身分である事が伺える。

 彼の名は、セシル=ド=ローランディア。ローランド王国の王太子である。

 彼は現在、地獄の道化師の複製体と、彼が率いる魔物達に包囲されていた。更に、セシル王子を守護する騎士達は、既に敵の苛烈な攻撃を受けて、半死半生の状態だ。

 セシル自身も業物の剣を手にして、近衛騎士たちと共に数倍の数の敵を相手によく戦い、多くの魔物を討ち取りはしたが、その命運は尽きつつあった。

 

「まだだ! まだ私は倒れるわけには……!」

 

 普段の温和な姿からは想像できない、闘志を燃やして絶望に立ち向かう主君の姿に、周りの騎士達も命懸けで彼を守護しようと、倒れそうになる体に喝を入れた。

 

「おやおや、実に頑張り屋さんですねェ。どうせ無駄なんだから、とっとと諦めればいいものを」

 

 そんな彼らの必死な姿を、地獄の道化師は嘲笑う。先程から彼は自ら手を下す事はなく、手下の魔物達に任せて高見の見物を決め込んでいる。まるで、いつでも殺せる弱者を嬲り者にするかのように。

 

「諦める? 諦めるだと……? ふざけるなよ悪魔め。私はこの国の王太子であり、この国の未来を背負う者! 諦める者がどうして民を、国家を導けようか。ゆえに私は死ぬまで、諦める事だけはせぬ!」

 

 セシルが言い放った言葉を聞いて、地獄の道化師は露骨につまらなそうな様子で吐き捨てる。

 

「やれやれ、無駄な事を。どうせこの国はもう終わりだというのに。どうせお前の親父も、とっくに殺されてるっていうのによぉ」

 

「何っ、父上が……!?」

 

 その衝撃的な発言に、セシルが思わず目を見開くと、地獄の道化師は一転して楽しそうに笑う。

 

「ええ、ええ。頼りになるワタクシのお友達が、貴方のパパをサクッとブチ殺しておりますとも。勿論、それだけではありません。集まった貴族の皆様も、ワタクシ達と仲良くしている、協力的な一部の方以外は、さっさとこの世からご退場していただきます」

 

 地獄の道化師は暗に、貴族の中に襲撃を手引きした者がいると告げていた。

 彼の言う事が事実であれば、この国はトップである王が殺され、更にそれを幇助した裏切者を内部に抱えた絶望的な状況下にある。

 

「それを聞いて、ますます諦めるわけにはいかなくなったな。ここで私が死ねば、誰がこの国を立て直すというのだ!」

 

 しかしそんな中でも、セシルは毅然とした態度を崩さなかった。地獄の道化師は舌打ちを一つして、

 

「あーツマラン。ここで絶望して惨めに泣き叫んでくれれば面白かったってのに。まあ良いでしょう、諦めなくても、どうせ君達は今からおっ死ぬんだから」

 

 今まで指示だけ出して見物に徹していた地獄の道化師は、自ら手を下そうと呪文を唱え、彼の周りに幾つもの火球が生み出された。

 それが放たれ、セシルとその周りに居る騎士達を纏めて焼き殺されようとした、その時だった。

 

「水竜破ーっ!」

 

 部屋のドアをぶち破りながら、ドラゴンの頭部を象った水属性の闘気が、地獄の道化師の背後から襲いかかった。

 

「なんとぉっ!?」

 

 突然の奇襲に、地獄の道化師は派手に吹き飛ばされて、ギャグ漫画のように壁にめり込んだ。

 その攻撃を放ったのは、頭頂部に狼の耳が生えた、白い髪の幼い少年……アレックスだった。その隣には、妹のニーナの姿もあった。

 

「ぐぬぬ……おのれジャリガキ、背後から奇襲とは卑怯なり! お前達、やっておしまい!」

 

 自分の所業を棚に上げてのたまいながら、地獄の道化師が配下の魔物達に攻撃を命令した。

 子供達に向かって、魔物達が一斉に襲い掛かる。しかしその時、ニーナが腰のポーチから何かを取り出した。

 彼女が取り出した物は、ソフトボールくらいの大きさの球体であった。横にラインが1本入っており、それを境に上下に赤と白の二色に分かれている。そして、中心にはボタンのような物があった。そして、何故かその球体には兎の耳のような物が生えている。

 ニーナがボタンを指で押して、ボールを投擲する。

 

「つなまよ、ゴー!」

 

 すると空中でボールが中心に入ったラインを境に二つに割れて……中から巨大な、赤いドラゴンが壁を破壊しながら姿を現した。

 

「GOAAAAAAAAAAA!!!」

 

 呼び出されたドラゴンが咆哮する。それだけで、大半の魔物は戦意を喪失した。中には恐怖に耐えて向かってくる個体もいるが、それもドラゴンが腕を一振りするだけで、あっさりと弾け飛ぶ。

 それと同時にアレックスが床を蹴り、天井付近まで跳躍する。そのまま天井を蹴って、反動で急降下しながら地獄の道化師の顔面にライダーキックを直撃させたのだった。



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第139話 俺は大洋の子※

 スカーレットは苦境に立たされていた。

 目の前の敵、地獄の道化師666号は既に人の姿を留めていない、異形の怪物と化しており、その肉体は神器をもってしても簡単には刃が通らないほどの強靭さで、スカーレットが操る炎も殆ど効き目がない。

 また、敵は力自慢の重騎士であるスカーレットをも上回るほどの怪力の持ち主で、更に魔法や腐食粘液による遠距離攻撃まで仕掛けてくる難敵だ。

 

「ぬぅんっ!」

 

 スカーレットが、彼が操る火属性の闘気(オーラ)、爆炎闘気を全身から放つ。並の相手であれば、その熱量と重圧によって近付く事さえ出来なくなる巨大な闘気を身に纏うが、しかし地獄の道化師666号は気にも留めていない様子だ。

 

「またそれですか。馬鹿の一つ覚えが!」

 

 スカーレットの大剣と地獄の道化師666号の剛腕が、幾度もぶつかり合う。業火を纏う大剣の連撃を素手で弾き返しながら、地獄の道化師は嗤った。

 

「無駄無駄無駄ァーッ! この完全・完璧な肉体の前に炎など無意味!」

 

 背中から生えた幾つもの触手が、スカーレットを殴りつける。それらの幾つかを切り飛ばしたものの、即座に再生した触手の群れに派手に吹き飛ばされ、壁に叩き付けられたスカーレットは、決して小さくないダメージを受けながら、闘志は些かも衰えていない様子で再び立ち上がり、大剣を構えた。

 

「……やはり、力ではどうにもならぬか」

 

「今更お気づきですかァ~? どうやら脳ミソまで筋肉で出来ているご様子!」

 

 醜悪極まる異形の怪物と化してはいるが、それを代償に得た凄まじい身体能力や再生力は脅威の一言だ。正面から殴り合っては勝ち目が無い。

 ならば、とスカーレットは戦い方を変えた。

 

 思い出されるのは好敵手(とも)の言葉。

 

「戦いは闇雲に火力を上げれば良いというものではない」

 

 そして、仕える女神の教え。

 

「力に対して力で立ち向かえば、勝ったとしても必要以上に傷を負い、負けた場合はただでは済まない。躱して、受け流す為の戦い方も身につけておくといい」

 

 スカーレットの闘気の質が変化する。それは先程までの、燃え盛る炎のようなそれではなく、静かなる水のようなものへと変わっていた。

 地獄の道化師666号の猛攻を、スカーレットは最小限の動きで受け流していった。これは本来の彼の戦い方ではなく、むしろ彼の好敵手であるロイドの戦い方そのものだった。

 ロイドと毎日のように剣を交わした結果、スカーレットは彼の戦い方を、かなりのレベルで再現できるようになっていたのだ。

 

「ええい猪口才な! ビビって守りに入りやがりましたね! だがそんな弱腰では、僕ちんに勝つなど夢のまた夢!」

 

「そうだな。今の我では貴様を倒すのは無理のようだ。ならば、せいぜい時間稼ぎに付き合って貰おうか」

 

「無駄なあがきを! そのような付け焼き刃で対抗しようという浅知恵なんぞ、この圧倒的パワーで叩き潰してくれましょう!」

 

 

     ※

 

 

「アルティリア様、現在、王宮の各地で魔物の襲撃が発生しており、海神騎士団の皆様が分散して対処しております。また、同時に王都に魔物の大群が襲来。四方の関所は既に突破され、王国軍と騎士団が王都周辺にて共同で防衛戦を行なっています」

 

「ロイド様とケッヘル辺境伯は貴族の皆様を襲っていた魔物を殲滅し、辺境伯が彼らを避難させています。アレックス様とニーナ様は第三王子を救出し、敵と交戦中。リン様とレオニダス様は第一王子の、ルーシー様、クリストフ様は第二王子の執務室へと向かいました。それと……スカーレット様が敵の最大戦力と交戦中で、窮地に立たされています」

 

 俺の命令で王宮内の状況を探らせ、伝令をさせていた水精霊たちが戻ってきて、そのような報告をしてくる。

 

「ご苦労。引き続き彼らのサポートを行なってくれ」

 

 俺は紺碧の女王と戦いながら、彼女達に命令を下した。直後、紺碧の女王が魚の下半身をしならせて、鞭のように横薙ぎに叩き付けてくる。

 

「戦闘中にお話とは、随分と余裕そうですわね」

 

「そうでもないさ。実際どう攻めたものかと悩んでいたところだ」

 

 俺はそれをジャンプ回避しながら突きを放つ。喉元を狙った俺の突きは、紺碧の女王の槍で防がれ、同時に放った魔法も同じ魔法で相殺された。

 

 実際、攻めあぐねているのは確かである。

 この女は俺と同じ戦闘スタイル……槍使いで、水属性に特化した魔法戦士で、そして有利な状況を作りながらジワジワと攻める、長期戦が得意なタイプだ。

 このタイプのミラーマッチは、お互い決め手に欠けて、とにかく戦いが長引きやすい。地力や装備の性能では俺のほうが上回っている為、戦況は有利に傾いてはいるが……敵が防御主体の戦い方をしており、またボスモンスター特有の高いHPを持ち、回復魔法まで使うので、これを削り切るのは骨が折れそうだ。

 

「まさかな。国王暗殺が陽動とは恐れ入った」

 

 こいつの狙いは最初から、俺をこの場所に留めておく事だった。俺さえいなければ、他の魔物が城を制圧できると考えたのだろうか?

 とはいえロイド達海神騎士団も、今や軽視できない戦力となっている。今の彼らであれば、並の魔物なら軽々と蹴散らせるだろう。彼らを相手にしても勝てる見込みがあった?

 それとも他に何か、隠された別の目的でもあるのか?

 

 敵の狙いが何にせよ、敵の軍勢が大規模であり、少なくない被害が出ている以上、俺がいつまでもここに留まっている訳にもいくまい。

 

「なあ紺碧の女王、そろそろ退くつもりはないか? 今なら五体満足で帰してやるが」

 

「あら、敗北宣言(ギブアップ)ですの?」

 

「いいや最後通牒さ。これ以上やるつもりなら本気を出す。命の保証は出来んっていうな」

 

「なるほど。出来るものならどうぞ?」

 

「いいだろう。なら見せてやる。……変身!」

 

 俺は昭和最後の仮面ライダーっぽい芸術的な変身ポーズを決めながら跳躍し、奇跡の力を解放し、女神形態(ゴッデスフォーム)に変身した。

 この形態になった俺は身長が伸び、体つきはより豊満に、そして背中からは光り輝く翼が生え、親友達が愛用している神器を使用可能になる。

 それを見て、紺碧の女王はやばい物を見たような表情を浮かべるが、もはや手遅れだ。

 

「行け、ブリューナク!」

 

 右手に握ったクロノの愛槍、ブリューナクを投げ放つ。純白の槍は空中で雷光そのものへと姿を変え、防御をすり抜けて紺碧の女王へと突き刺さった。

 ブリューナクの神器専用技の一つ『雷光飛槍(ライトニング・シュート)』。投げられた槍が実態を持たない雷光と化して敵を貫く、自動追尾&ガード不可のチートじみた技である。

 

「もう一丁!」

 

 続けて、俺は自分の三叉槍も同様に投擲した。雷光飛槍の直撃によって硬直状態にある紺碧の女王に直撃した俺の槍は、突き刺さると同時に彼女を氷漬けにした。

 

「まだ生きてるか。だが、当分は動けんだろう」

 

 俺は槍を引き抜いて、そのまま窓から城の外へと飛び出した。

 背中の翼によって自由に空を飛ぶ事が出来る為、上空から王都全体を観察する為……それから、広範囲に魔法をかける為だ。

 

 王都は既に魔物の群れに包囲されており、防衛線が突破されるのも時間の問題だろう。城内はロイド達が上手く対応してくれているようだが、もし王都の中に魔物の侵入を許してしまえば、多くの無力な市民が犠牲になる。それは何としても防がなければならない。

 

「『海の女神の聖域(サンクチュアリ・オブ・アルティリア)』!」

 

 女神形態時のみ使用可能な魔法を発動させる。その効果は、超広範囲の持続回復&強化(バフ)で、俺に対する信仰心が強いほど効果が高まる。

 

 俺が魔法を発動させると、王都の上空を覆っていた暗雲が消し飛び、雲一つない青空が現れた。その空から、癒しと強化効果を持つ水が天気雨のように、大地に降り注いだ。

 

 続けて、俺は上空から王都を包囲している魔物の群れに向かって高圧水流をビームのように放って、敵を殲滅するのだった。



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第140話 女神の鼓舞※

 王都を訪れていた女神が王宮に招かれたという事で、王都の民はこれでますますこの国と女神の結びつきが強化されて、王国の未来は明るいと希望を抱いていた。

 しかしその日、突如として現れた魔物の大群が王都へと侵攻を開始し、王都の四方を守護する関所は数の暴力によって、抵抗空しく陥落。数千、あるいは万にも届こうかという数の魔物が王都を包囲した。

 それと同時に、王宮の方からは黒い煙が上がっており、建物が崩れるような轟音や激しい戦闘音が聞こえてくるではないか。

 

 外は魔物の軍団に包囲され、いつ守りが突破されて魔物がなだれ込んでくるか分からない状態な上に、中は王宮で争いが起きている不穏な状況下にあって、王都の民は絶望に沈んでいた。それを表すように、天は黒い雲に覆われて、昼だというのに薄暗く、どんよりした空気が流れていた。

 

 しかし、その時だった。突然、青空を覆い隠していた暗雲が消し飛ばされ、王都に光が射した。俯いていた民が顔を上げれば、そこには雲一つない美しい青空と、そこに浮かぶ女神の姿があった。

 次の瞬間、王都全体に雨が降り始めた。静かに優しく降る水滴が身体に当たると、体の奥から活力がふつふつと湧き上がってくるのを感じる。また、魔物との戦いで傷を負っていた兵士達の傷が、みるみるうちに癒えていくではないか。瀕死の重傷を負っていた者ですら、立ち上がって戦えるようになっていた。

 

「奇跡だ……女神様が奇跡を起こして下さった!」

 

 諦めかけていた兵達が奮い立つ。敵は恐るべき数の大軍だが、それに対する恐怖は彼らの中にはもはや存在しなかった。

 

 上空から射出された高圧水流が数十匹の魔物を纏めて吹き飛ばし、そのまま戦列を薙ぎ払ったのを見た彼らの高揚は、そこで頂点に達した。

 

「おおっ、見ろ! 魔物の軍団が消し飛んだぞ!」

 

「我らも続くぞ! 矢を射掛けよ! 混乱している魔物どもに、大量の矢を馳走してやれ!」

 

 にわかに活気づいた兵士達は、押し寄せる魔物を撃退する為に奮戦する。

 それを見下ろしながら、アルティリアはアイテムバッグから、一本のマイクを取り出した。ガチャ産のアイテムで、アイドル衣装とセットになっている片手用装備だ。吟遊詩人が使う呪歌や、戦士(ウォリアー)が使う『ウォークライ』や『勝利の雄叫び』といった叫び(シャウト)系技能を強化する効果を持つ、使い手を選ぶが優秀な装備である。

 

「私の名はアルティリアだ。王都の民よ、私の声が聞こえるか」

 

 アルティリアはマイクに口を近付け、声を張り上げた。手にしたマイクの効果で、その声は広範囲に拡張され、地上の者達の耳まで届く。

 

「皆、既に分かっていると思うが、王都は未曽有の危機に陥っている。外を包囲している魔物の大軍だけではなく、既に王宮も襲撃を受けており、国王も生きてはいるが、刺客の凶刃に斃れて意識不明だ。王宮内の敵は私の神殿騎士達が対応中だが、敵もなかなかの強敵のようで、苦戦しているようだな」

 

 アルティリアが、現在の状況を王都の民や兵に説明する。その内容……とりわけ王が倒れたという情報に、彼らは衝撃を受けた。

 

「なかなかに絶望的な状況だな。この街が、国が滅びる瀬戸際というわけだ。このまま我々が手をこまねいていれば、邪悪な魔物どもの手によって街が破壊され、国が滅び、そこに住む民が蹂躙されてしまうだろう」

 

 アルティリアは、あえて最悪の未来を語った。それを想像するだけで、胃がむかむかして反吐が出るほどの。

 

「お前達、それで良いのか?」

 

 アルティリアの問いかけに、王都のそこらじゅうから否定の声が上がる。

 

「良いわけがあるかあああ!」

 

「冗談じゃない!」

 

「あんな奴らに好き勝手されてたまるか!」

 

 彼らの声にアルティリアは頷いて、

 

「そうだ。そんな事が許されていい筈がない。だからこそ……」

 

 大きく息を吸い、より一層声を張り上げて、叫ぶ。

 

「王都の兵よ、民よ、今こそ立ち上がれ! 絶望に立ち向かい、人間の底力を見せつけてやる時が来たのだ! 戦える者は武器を取り、大切な物を護る為に奮起せよ! また、戦えぬ者は己の出来る範囲で彼らを助けよ。物資を運ぶ、怪我人を搬送や治療をする、兵士達の為の食事を作る等、何でも良い。声援を送るだけでも、ただ信じて祈るだけでも良い。心を一つにして立ち向かうのだ!」

 

 アルティリアの鼓舞によって、王都の民の顔に闘志が宿る。絶望に沈んでいた彼らは立ち上がって、己の成すべき事を成すために動きだした。

 

「私の力を皆に貸そう。代わりに、皆の力を私に貸してくれ。共にこの困難に立ち向かおう。この国の明日の為に!」

 

 アルティリアがそう言ってマイクのスイッチを切ると、直後にそこに住む者達の声によって、王都が揺れた。

 

「戦うぞ皆、アルティリア様の為に!」

 

「行こう、この国の明日の為に!」

 

 士気が最高潮に達した兵士たちが、王都を囲む魔物の大軍を押し返していった。冒険者や商人、市民達も一丸となって彼らに協力し、圧倒的不利だったはずの戦局を互角以上に押し戻していく。

 しかし、まだ決して油断して良い状況ではない。アルティリアは引き続き、上空から彼らに支援・回復魔法をかけながら、敵陣に向かって範囲攻撃魔法を飛ばす。

 

「よし……これでこっちは何とかなりそうだが……」

 

 気になるのは城内だ。アルティリアは神としての権能で、離れていても顔見知りの信者の状況を把握する事ができる。それによれば、海神騎士団のメンバーは全員、苦戦を強いられているようだった。

 しかし今のアルティリアには、直接彼らを助けに行けるだけの時間が無い。彼らが自力で勝利し、生還できるように心の中で応援しながら、アルティリアは魔法の詠唱を続けるのだった。



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第141話 覚醒・炎の守護騎士※

 スカーレットが床に片膝を突く。既に体力・生命力は尽きており、精神力だけで必死に持ち堪えていたが、それにも限度がある。

 とっくに限界を超えていた彼の肉体は、二度目の死を迎えつつあった。

 

「フシュー……全くしつこい人ですねェ。ですがそれもここまでです。無駄な足掻き、ご苦労様!」

 

「まだだ……まだ終わらぬ……!」

 

 既に人の形を留めておらず、毒々しい紫色の有害体液を垂れ流す怪物と化した地獄の道化師666号が嘲笑する。スカーレットは崩れ落ちそうになる体を起き上がらせて、再び大剣を構えるが……その姿から普段の力強さは感じられず、押せば簡単に倒れそうなほどに頼りない。

 

「いいえ、もう終わりですよ」

 

 地獄の道化師666号がそう言った直後、スカーレットの背後の壁を突き破って、一匹の魔物がスカーレットに襲い掛かった。

 薄い紫色をした大型の鳥系モンスター『轟雷鳥(ローリング・サンダーバード)』だ。下位存在の雷鳥(サンダーバード)と同様に、致命的に低い防御力と、それを代償に手にした、極めて高い機動力と攻撃力を併せ持つ厄介な魔物である。

 万全な状態のスカーレットであれば、この程度の奇襲には容易に対処できたであろう。しかし現在の瀕死の彼は、それに気付くのが遅れた。

 自爆特攻めいた轟雷鳥の、紫電を纏った高速突撃を背後からまともに食らったスカーレットに、地獄の道化師666号が襲い掛かる。

 

「かかったな! 死ねぇーい!」

 

 鋭利な先端を持つ極太の触手が、鎧ごとスカーレットの腹部を貫通した。

 

「1対1の決闘だとでも思ったのかぁ、この甘ちゃんがぁ! 何をしようが勝ちゃあ良いんだよ!」

 

「ぐっ……ふ、不覚……!」

 

 致命傷を負ったスカーレットの意識が薄れていく。

 怨敵の嘲笑う耳障りな声を聞きながら、スカーレットの体から力が抜けていき……

 

 そして次の瞬間、気が付けばスカーレットは、周囲に何もない、真っ白な空間に立っていた。

 

「ここは……どこだ? 我は死んだのか……ならばここは死後の世界か……?」

 

 スカーレットが呟いた時だった。その問いに答えを返す者が現れた。

 

「ここは貴様の精神世界。生と死の狭間にある貴様の心が作り出した場所だ」

 

 その声がした瞬間、周りの景色が一面の白から、燃え盛る炎の海へと切り替わった。そして、スカーレットの目の前に、業火を纏った一頭の巨大な豹が姿を現した。

 

「あ、貴方は……フラウロス様!?」

 

 その豹はスカーレットの創造主である、魔神将フラウロスの化身(アバター)の一つだ。

 アルティリアと戦い、滅びた筈の創造主が目の前に現れた事に驚愕するスカーレットに対し、フラウロスは語りかける。

 

「我が本体は既に滅んでおる。今、貴様の前にいる我はその残滓。あの女神が我を斃した際にその身に吸収し、そして貴様を転生させた際に一部を分け与えた、魔神将フラウロスの力の断片に過ぎん」

 

 それが、目の前にいるフラウロスの正体であった。

 

「それにしても、全くなんというザマだ。我が眷属ながら、あの程度の者に負けるなど情けない。最後の不意討ちを防げなかった甘さもさる事ながら、その以前に貴様の戦い方は下手糞すぎて呆れ果てるわ。アルティリアが見ておったら、奴も笑ったであろうよ」

 

 突然出てきたと思ったら辛辣な駄目出しを始めるフラウロス。彼はスカーレットを罵倒しながら、何が悪かったのかを教授する。

 

「そもそも我や貴様の戦い方は、剛腕と圧倒的な火力で押す。何はなくとも渾身の力で押して、押して、押し倒すものだ。我はそれしか出来ぬし、我の眷属である貴様も当然そうだ。だというのに貴様は、相手がちょっと強くてそれが通じないと見るや、勝利を諦めて時間稼ぎに走り、技で受け流すような戦い方に変えたな? だがああいう戦い方はアルティリアや、あのロイドとかいう騎士だからこそ出来る物だ。所詮不器用なパワー馬鹿の貴様がやっても、不格好な劣化コピーにしかならん!」

 

 フラウロスの叱責に、スカーレットは項垂れて反省する。あの状況ではそうするしか無かったのは確かだが、それでも己のやり方を曲げて、付け焼き刃の戦法を採った時点で、僅かにあったかもしれない勝ちの目が消えたのは事実だ。

 

「なっとらん! 良いか、貴様は所詮、相手の攻撃を真正面から受けて、火力でブン殴り返すしか出来ない脳筋だという事を自覚せよ! ジャンケンで言えばグーしか出せんアホじゃ! そんな貴様がパーに勝つ為にやるべき事は、不格好なチョキの真似事をするのではなく、相手パーより百倍でかいグーを叩き付けて、問答無用で粉砕する事よ! 道理なんぞ力で押し退けろ!」

 

 清々しい程の脳筋理論を叩き付けてくるフラウロスに、目を白黒させるスカーレットだった。

 

「まあ良い、分かったら次はもっと上手くやれ……いや違うな。下手でいいから、もっと伸び伸びとパワフルにやれ」

 

「次……と言われましても、我はもう死ぬ筈では……」

 

「フン……我はあんな無様な戦いをした貴様なんぞ、さっさとくたばっちまえと思ったのだがな。どうやら、貴様を見捨てられなかった者もいたようなのでな。そら、貴様に客だぞ」

 

 フラウロスがそう言うと、その場にもう一人、別の人物が現れた。

 女だ。ただし、ただの人間の女性ではない。白い衣服を着て、頭にはヴェールを被った、黒い髪の乙女だ。人間離れした美貌だが、垂れ目で柔和そうな顔つきで、おっとりしている印象を受ける。また、胸はアルティリアに引けを取らないほど豊かであった。

 

「貴女は女神か?」

 

 スカーレットが訊ねると、彼女はこくりと頷いた。

 

「私は、炉の女神ウェスタ。死に瀕している貴方を助ける為に来ました」

 

 ウェスタは大海神(ネプチューン)冥王(プルート)ら六兄弟の長姉であり、炉や竈、そしてそこで燃える聖火を司る女神だ。苛烈な性格で武闘派な問題児だらけの弟妹達とは真逆で、穏やかで貞淑な女性であるため侮られがちだが、その力量は決して彼らに劣らぬ大神だ。

 

「何故、貴女は我を助けようと?」

 

 元は世界の敵である魔神将の眷属だった自身を、見知らぬ女神が助ける理由を尋ねる。

 

「そこの魔神将はああ言っていましたが、私は貴方の行ないに感銘を受けました。仲間の為に己が身を犠牲にして、強敵に立ち向かった貴方の高潔な精神は、決して恥じるものではありません」

 

 そう言ってウェスタが横にいるフラウロスにジト目を向けると、フラウロスは気に入らなさそうに、フン! と鼻を鳴らした。

 やはり女神と魔神将だけあって、相当に仲は悪そうだ。

 

「それと、貴方が仕える女神……アルティリアに対しては、弟達のように手助けをしたいと思っていたのですが、私の能力は彼女とはあまり相性が良くないので、どうしようかと悩んでいたのです。ですが今の貴方ならば、私の力を使いこなす事が出来ると思い、こうして声をかけたのですよ」

 

 そう言うと、ウェスタはスカーレットの前に手を差し出した。その広げた掌の上に、小さく暖かな炎が灯る。

 炉の女神の聖火。邪なものを退け、家庭を守護する聖なる炎が、スカーレットの身体に宿る。その炎は彼の身体を焼き、傷つける事はなく、むしろ優しく包み込むように癒していった。

 

「炎は敵を燃やし、破壊するだけのものではなく、夜の寒さから身を護り、闇を明るく照らして人を導くものであると、私は信じています。どうか貴方も、人々を守護し、夜明けを導く騎士として、これからも正道を歩んでください」

 

 ウェスタがそう告げると、続けてフラウロスが口を開いた。

 

「我は貴様が今後、どのような道を歩もうと興味は無い。もとより、我は既に滅び去った身ゆえ、貴様の未来に対して何かを言う権利などある筈もなし。だが、これだけは言っておく。……いつまでも、あのような三下相手に良いようにさせておくでないぞ。散々無礼(ナメ)た真似をされたのだ、さっさと戻ってブチ殺して来い!」

 

 そして、二人の姿がじょじょに薄れ、消え去っていく。

 それを見送りながら、スカーレットは拳を強く握りしめた。

 

「お二方の教え、この身と魂に、確かに刻み申した!」

 

 そして、彼の意識は現実世界へと戻る。

 次の瞬間、スカーレットの身体から放たれた炎が、地獄の道化師666号の身体を焼いた。

 

「ギャアアアアアアッ! な、なんだこの炎は!? なぜこのワタクシの完全な肉体が燃える!? い、いや違う! これは炎によるダメージではないっ! こ、これは浄化の力……光属性!」

 

 スカーレットを貫いていた触手が全て灰になり、しかも再生できない事に困惑しながらも、その原因をしっかりと分析する地獄の道化師666号。彼の視線の先では、真っ赤な炎に包まれたスカーレットの傷が、みるみるうちに癒えていくのが見えた。

 

「せ、聖なる炎だとぉ~っ!? 馬鹿な、何でキサマがそんなものを使えるんだ!?」

 

「答える必要はない。さあ、続きといこうか……」

 

 ゆらり、と立ち上がったスカーレットが、大剣を大上段に構える。

 

「チィッ、ちょっと新しい力を使えるようになったからといって図に乗るなよ! この圧倒的パゥワァーに太刀打ちできるものかよォーッ!」

 

 勝ち誇る地獄の道化師666号に対して、スカーレットは炎を纏ったまま、まるで火の玉そのものになったかのように、一直線に突っ込んでいった。

 両者が激突する。互いの力と意地を真正面からぶつけ合う、小細工なしの力勝負だ。

 単純なパワーだけなら、地獄の道化師666号のほうが圧倒的に上だ。だからこそスカーレットは力比べを避けていた。しかし……

 

「とにかく押す。ひたすら押す。何も考えずに渾身の力で押す……! 真っ直ぐ行って、相手の百倍でかいグーを叩き付けて、全力で押し潰す……ッ!」

 

「こっ、こいつ、どこにこんな力が……!?」

 

 ただし今のスカーレットは気迫が違う。それしかない、と決めて一切迷う事なく、己の持てる力全てを込めた全身全霊の突進は、地獄の道化師666号との力量差を覆すほどの突破力を秘めていた。

 そして、一切の雑念を切り捨てたスカーレットと違い、地獄の道化師666号は、そこで揺らいで、迷いが生じてしまった。そうなれば、当然のように押し負ける。

 

「押し切る……ッ!」

 

「ぬおおおおおっ……! 馬鹿なああああっ!」

 

 スカーレットの大剣を受け止めながら、ガリガリと足裏で床を削って地獄の道化師666号が後退する。そして遂に壁際まで追い詰められると、そのまま壁を突き破って城の外へと放り出された。

 

「これで……終わりだ!」

 

 スカーレットが炉の女神の聖火を大剣に宿し、一閃する。剣から放たれた聖火は、巨大な豹の姿をとって、地獄の道化師666号へと襲い掛かった。

 

「ウギャアアアアアアアアアアア~ッ!」

 

 聖なる炎による全力の一撃を受けて、地獄の道化師666号は完全に浄化され、この世から消え去ったのだった。



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第142話 参戦ッ!※

「嫌ああああ! 誰かぁぁぁ!」

 

「やだ……来ないで……助けてぇ……」

 

 甲高い悲鳴を上げる者、か細い声で救いを求める者、ただ泣くしかできない者と、彼女らが起こす行動は様々だが、共通するのは全員が恐怖に囚われているという点だ。

 現在、王宮の一室で魔物に襲われているのは、この城に勤めるメイド達だ。清潔なエプロンドレスを着て、頭には白いホワイトブリムをつけている。

 メイドの中には主人の護衛を務める、戦闘能力を持つ者もいるが、この場にいるのはそうではない。彼女達の出自は下級貴族の娘で、戦闘経験など皆無である。

 現在、王宮は魔物の襲撃により混乱に陥っている。海神騎士団が散開して魔物の掃討や救助を行なっているが、広大な王宮の全てをカバーするには、どう考えても手が足りなかった。

 ゆえに、どうしても犠牲は出る。今まさに、か弱いメイド達が魔物の毒牙にかかって、その命を儚く散らそうとしていた。

 

 しかし、その時だった!

 

「とうっ!」

 

 ガシャーン! と派手な音を立てて窓ガラスをぶち破りながら、城の外から何者かが部屋へと飛び込んできた。

 それは、二足歩行する人間サイズの兎……の、着ぐるみを着た人物だった。その着ぐるみの兎ヘッドの横には、二つの黒い金属球体が浮遊しており、それらには「先」「輩」のホログラム文字が浮かんでいる。言うまでもなく兎先輩だ。

 

 窓ガラスを派手に割りながら室内に乱入し、ヒーローポーズで華麗に着地した後に、もったいつけて「ゆらり……」と立ち上がった兎先輩は、背中を向けたまま顔だけで振り返るポーズを決めた。

 そして『兎先輩 参戦!』の金枠赤文字カットイン(激熱!)が浮遊する先輩玉のプロジェクター機能によって空中に投影された。

 

 突然の意味不明な出来事と意味不明な兎先輩に、思わず動きを止めて兎先輩を凝視する魔物の群れとメイド達だったが、先に我に返ったのは魔物達であった。

 何だこの変な奴は、邪魔するならお前から始末してやると、彼らは一斉に兎先輩へと襲いかかった。

 

「玉兎破軍擲!」

 

 兎先輩が両手で二つの先輩玉を掴んで投げつける。投擲された先輩玉は魔物の1匹に命中すると、跳ね返ってまた別の魔物にぶつかっていく。スーパーボールのように跳ね返りながら次々と魔物を薙ぎ倒した先輩玉は、全ての魔物を倒し終えると、自動的に先輩の頭の横にある定位置へと戻った。

 

「他愛無し」

 

 襲ってきた魔物達は一般人にとっては脅威だが、一級廃人の兎先輩にとっては造作もない相手であった。

 

「怪我はないかね。ここは危ないので早く避難するといい。ここを出て廊下を進み、西の階段を下りた先にある部屋に行くといいよ」

 

 先輩は着ぐるみに内蔵されたレーダーによるエリアサーチを行ない、安全な避難経路をメイド達に示した。

 

「あ、ありがとうございます! 何とお礼を言えばいいか……」

 

「先輩として当然の事をしたまでさ。さあ、早く行くといい」

 

 目にも留まらぬ早業でメイド達のホワイトブリムを兎耳付きの物にすりかえた兎先輩は、彼女らを見送った後に別方向へと足を進めた。

 

「いでよ十二支」

 

 兎先輩が命令すると、先輩の周りに12羽の巨大な兎が現れた。

 今年の干支はもちろん兎だが、来年の干支も先輩特権によって当然のように兎であり、再来年の干支もやっぱり兎なのは確定的に明らかなので、十二支といえば兎、兎、兎、兎、兎、兎、兎、兎、兎、兎、兎、そして兎である。

 

「行くがいい。逃げ遅れた後輩達を助けるのだ」

 

 兎先輩の命令により、配下の兎たちが王宮中に散った。これで犠牲者をかなり減らす事ができるだろう。

 そのまま兎先輩は歩みを進め、やがて城の一室へと辿り着いた。

 壁に大きな穴が開いたその部屋の中では、二人の獣人の子供……アレックスとニーナが、地獄の道化師と対峙しているのが見えた。

 

「ふむ」

 

 ここで兎先輩が助けに入れば、簡単に片がつくのは確実だ。だがしかし、兎先輩は室内に足を踏み入れる事なく、停止した。

 

「見守る事もまた、先輩の務め也」

 

 兎先輩は手を出さず、後方腕組師匠面で子供達の試練を見守る事に決めたのだった。

 一方、室内ではアレックスが地獄の道化師に猛攻を仕掛けている。小さな体躯と素早い動きで相手に狙いを絞らせず、一気に懐に入って拳を鳩尾に向かって突き上げる。

 地獄の道化師はそれを半歩後退して紙一重で回避しつつ、右手の長く鋭い爪による

カウンターを仕掛ける。鋼鉄の金属鎧をもズタズタに引き裂く事ができる危険な攻撃だ。アレックスはそれを床に転がって回避し、素早く起き上がりながら水属性の闘気を纏ったジャンピングアッパー、『水竜天昇』で反撃した。

 それが命中するかと思われた瞬間に、地獄の道化師の姿が消える。そして直後、地獄の道化師はアレックスの背後に現れた。これは『短距離転移(ショートテレポート)』の魔法による移動回避と背後取りを合わせた一石二鳥のテクニック、タイミングもドンピシャだ。

 無防備な背中に、地獄の道化師の回し蹴りがクリーンヒットし、アレックスは壁まで吹き飛ばされる。

 

「なかなか素早くて良い動きですが、所詮はお子様。駆け引きはまだまだ甘いですねェ」

 

 吹き飛ばされたアレックスは空中で回転しながら体勢を立て直し、壁を蹴った反動を使って大きく跳躍して、飛び蹴りを放ったが、

 

「不意討ちでなければ当たりませんよ、そんな物」

 

 地獄の道化師はアレックスの右足首を掴んで蹴りを止めて、そのまま少年の小さな体を床へと叩き付けようと腕を振るい……それをする前に、彼の後頭部に強い衝撃が加えられた。

 

「ふいうちだから、当たった」

 

 その正体は獣人の少女、ニーナによる空中後ろ回し蹴り(フライング・ローリングソバット)だ。そして直後に、アレックスが左足で地獄の道化師の脳天に踵落としを入れた。

 アレックスはあえて見え見えの攻撃を仕掛けて相手のカウンターを誘い、その隙にニーナに背面攻撃(バックアタック)を仕掛けさせたのだった。仲の良い兄妹ならではの息の合った連携攻撃が見事に決まった形になった。

 兄妹は着地し、ハイタッチをした後に並んで構えを取り、反撃に備えた。

 

「やってくれましたねェ、ジャリ共。しかし今のは小娘から目を離したワタクシの失策。反省しなくてはなりません」

 

 首をゴキゴキと鳴らしながら、地獄の道化師が立ち上がる。二人分の攻撃が直撃したにもかかわらず、大したダメージは受けていないようだ。

 そこで、地獄の道化師はチラリと、部屋の外にいる兎先輩を見た。

 

「どうやら招かれざるお客様も来ていらっしゃるようですし、そろそろ遊びは終わりにしましょうか」

 

 その言葉に反応して、部屋の外に視線を向けた子供達が兎先輩に気が付いた。アレックスは構えを崩さないまま、兎先輩に向かって小さく頭を下げる。ニーナは笑顔を浮かべながら、小さく手を振ってきた。

 二人とも、こちらに気を取られて目の前にいる敵への警戒を解くような愚は犯さない。兎先輩はその事に対して満足そうに頷くと、どこからともなくポンポンを取り出してキレキレのチアダンスを踊り、子供達にエールを送った。先輩玉のホログラム文字も「応」「援」に切り替わり、ミラーボールのように踊る兎先輩にライトが浴びせられる等、細かい部分に対するこだわりが感じられる。

 

「アーッ! 視界がうるさいッ!」

 

 甲高い声で地獄の道化師が叫ぶ。至極尤もなツッコミだが、兎先輩もお前にだけは言われたくないだろう。



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第143話 地獄のショータイム!※

「さぁお子様達、愉しい愉しい、地獄のサーカスの開幕でございます。どうぞ最期まで味わって下さいな」

 

 地獄の道化師はそう言うと、闇属性の魔力を球状にしたものを幾つも生成し、その場でジャグリングを始めた。

 

「Show Must Go On!」

 

 掛け声と共に、地獄の道化師が一斉に、ジャグリングしていた魔力球を放つ。アレックスとニーナはそれを横っ飛びして回避しながら、左右から地獄の道化師を挟撃しようと接近した。

 しかしそこで、地獄の道化師はどこからともなく一輪車を取り出すと、それに乗って高速で移動し、距離を取った。その一輪車はフレームが生物の骨で出来ており、サドルの下には髑髏が飾られており、タイヤにはびっしりと棘が生えている悪趣味なデザインだ。そんな物に乗って部屋中を縦横無尽に走り回るので、当然のように床や高級な絨毯がズタズタに傷つけられているが、地獄の道化師はお構いなしに、好き勝手にスカル一輪車を乗り回している。

 

「水氣弾!」

 

氷槍(アイス・スピア)!」

 

 アレックスとニーナが氣弾や魔法で遠距離攻撃を仕掛けるが、地獄の道化師は一輪車に乗ったまま、器用に宙返りをして回避した。

 

「次の演目は火の輪潜りでございます! 猛獣はお前!」

 

 地獄の道化師が大きな炎の輪を、アレックスに放った。

 

「お断りだ!」

 

 アレックスはそれを、闘気を纏った右足で地獄の道化師に向かって蹴り返した。

 

「おやおや、なんて躾のなってないワンちゃんなんでしょう。仕方がないのでワタクシが手本を見せてさしあげましょう」

 

 返ってきた炎の輪を、地獄の道化師は一輪車に跨ったまま、空中で潜り抜ける。そして今度は、袖口からトランプの束を取り出して素早くリフル・シャッフルをした。

 

「はぁーっ!」

 

 地獄の道化師はトランプの束を二つに分けて両手に持つと、それらを連続で投擲した。アレックスとニーナは素早く動き回ってそれを回避するが、完全に躱しきれなかったものが彼らの髪や衣服を切断したり、肌に浅い切り傷を付けたりしながら、壁や床に鋭く突き刺さった。

 地獄の道化師が投擲したトランプのカードは、その全てが危険極まりない、鋭利な刃物であった。

 

「隙ありでございます!」

 

 妹のニーナを庇いながら無数のトランプを回避、あるいは闘気を纏った拳で弾き飛ばしていたアレックスだったが、そのうちの一つを迎撃し損ねてしまい、肩へと突き刺さった。

 地獄の道化師はその隙を見逃さず、アレックスの頭上へと短距離転移(ショートテレポート)で移動しながら、一枚のカードをアレックスの首筋めがけて素早く振るった。その手に握られていたのは、トランプの中で最強のカードであるスペードのエース。

 

「波濤刃!」

 

 右手に集めた水属性の闘気を刃状にして、アレックスがそれを迎え撃つ。アレックスの波濤刃と、地獄の道化師のカードがぶつかり合って、鍔迫り合いの形になった。

 

「よく受け止めました。しかぁーしッ!」

 

 すかさず、地獄の道化師はアレックスの右脇腹に向かって蹴りを放った。右手は防御に使って上げられている為、ガラ空きの脇腹に強烈な蹴りが突き刺さる。

 

「チッ、自分から跳んで衝撃を逃がしやがったか。ガキの癖に中々可愛くない真似をしますが、中々やるじゃあないですか」

 

 蹴った際の感触から、地獄の道化師はアレックスが行なった行動を正確に察知し、彼を称賛した。

 それと同時に、彼の背後に回り込んで攻撃を仕掛けようとしていたニーナを、ノールック裏拳で吹き飛ばす。咄嗟の防御の上からでも、十分な衝撃とダメージを与えられる強烈な拳だ。

 

「チミはそっちのお兄ちゃんと比べると、まだまだ未熟ですねェ。以前攫った時に比べると見違えるくらいに成長していますが、それでも全然、ワタクシと戦うには不足しています。さて……」

 

 吹き飛ばされて床に転がったニーナに向かってそう言うと、地獄の道化師は再びアレックスへと向き直った。

 

「ここはやはり、まずは目障りな坊やから先に始末するとしましょうかね」

 

 地獄の道化師が、被っていたシルクハットを左手に取って掲げた。続いて、虚空からステッキを取り出して、くるくると回して見せる。

 そして、シルクハットの中にステッキの先端を入れると、明らかにシルクハットよりも長い筈のステッキが、全てシルクハットの中に飲み込まれていった。

 

「さあ皆様ご注目。今からこのシルクハットに入れたステッキが、3つ数えると大変身! 何に変身するのかは見てのお楽しみッ! スリー、ツー、ワン……」

 

 マジックショーを始める道化師の姿に、不吉なものを感じたアレックスは、そこで特徴的な構えを取った。腰を深く落として重心を低くし、掌を広げて両腕を体の前に真っ直ぐに突き出した、中国拳法でいう馬歩の構えに似た構えだ。

 

「イッツ! ショウタイムッ!」

 

 次の瞬間、地獄の道化師が掲げたシルクハットから飛び出したものは、一羽の鳥だった。しかしそれは、普通のマジシャンがシルクハットから出す鳩のような、平和的で可愛いものではない。それは紫電の雷を纏う巨鳥……雷鳥(サンダーバード)という魔物の上位種、轟雷鳥(ローリング・サンダーバード)だった。

 召喚された轟雷鳥が、真っ直ぐにアレックスに向かって突進する。

 

「『玄武水氣壁』ッ!」

 

 アレックスがその技を発動させると、彼の背後に四聖獣の一つ、黒い蛇が巻き付いた亀の姿が現れる。それと同時に、アレックスの正面に堅牢な水の障壁が生成された。

 それによって、轟雷鳥の突撃は受け止められた。それと同時に轟雷鳥に水属性の反射ダメージが与えられて、その生命力を大きく削る。しかし……

 

「無駄ァーッ! 『爆炎槍(バースト・ジャベリン)』ッ!」

 

 地獄の道化師が呪文を唱え、炎の槍を放つ。それが、彼自身が召喚した轟雷鳥の体を貫通しながら、アレックスが展開した障壁へと突き刺さった。

 どうして地獄の道化師は、わざわざ自分が召喚した魔物ごと攻撃したのか? その答えは、すぐに明かされた。炎の槍に貫かれた轟雷鳥の身体が痙攣しながら風船のように膨れ上がり、その身に纏う電気がバチバチと音を立てながら増大していったのだ。

 

 次の瞬間、地獄の道化師が放った炎槍が爆発を起こした。それと同時に、膨れ上がった轟雷鳥の身体が爆ぜて、強烈な電撃が撒き散らされた。

 雷鳥やその上位種が持つ自爆能力。しかもその威力は、火属性の爆発系魔法と組み合わされる事によって、より危険で強力な物になる。

 その威力は、アレックスが使用した護りの奥義をブチ破って、彼に重傷を負わせるのに十分なものだった。

 

 爆発が収まると、アレックスは仰向けに倒れていた。息はあるようだが、かなりの深手を負って気を失っているようだ。

 

「わああああああああーっ!」

 

 倒れた兄の姿を見て、激昂したニーナが地獄の道化師に襲いかかるが、その拳はあっさりと地獄の道化師によって受け止められてしまった。

 

「そんな感情に任せた雑な攻撃が通用するとでも? 怒ったところで実力差は埋まりゃあしねぇんだよォ!」

 

 そのままニーナを掴み上げて、床に叩き付ける。彼女が気絶したのを確認した地獄の道化師は、そこで巨大なギロチンアックスを取り出した。

 

「それではいよいよ最後の演目、人体切断マジックのお時間でございます。しかし残念ながらワタクシは未熟者でして、このマジックは成功した事が無いんですよねぇ。いつもいつも、ついうっかり本当に切断してブッ殺しちゃうんですが、果たして今回は無事に成功するのでしょうか!? さあ皆様ご注目ゥ!」

 

「待つがいい。次は私が相手だ」

 

 しかしその前に、地獄の道化師を止める為に戦いを挑む者がいた。それは、この部屋の主であり、この国の王太子であるセシル王子であった。

 長剣を手に、まっすぐに地獄の道化師を睨みつける彼の姿を見て、道化師が嗤う。

 

「おや? アナタ、まだ居たんですか? ガキ共が戦ってる間に、大人しく逃げていればよかったものを。そもそも、アナタ程度でワタクシに勝てるとお思いで?」

 

「勝てぬであろうな。だが、それがどうした。私を護る為に傷つき、倒れた子供達を見殺しになど出来るものか。それに……この子達は我が国民、我が国の未来そのものだ! 貴様如きに奪わせはせんぞ!」

 

「良い度胸です。ならば今度こそ、褒美に死をくれてやりましょう!」

 

 地獄の道化師が腕を振るい、セシル王子を鋭い爪で刺し貫こうとした。その瞬間。

 

「待ちたまえ」

 

 部屋の外から一瞬で目の前に現れた兎先輩が、セシル王子の前に立ち塞がって、その攻撃を止めた。

 

「来やがったかウサ公! 最初からてめえが出てくれば、ガキ共も無駄に傷つく事は無かっただろうになぁ! 丁度いい、ここで以前の雪辱を果たしてやるぜ!」

 

「何を勘違いしているのかね君達は。まだ彼らの戦いは終わっていないのだが?」

 

 兎先輩が指差した先では、アレックスとニーナが起き上がっていた。二人はダメージを負ってふらついているが、それでも両足でしっかりと立ち上がり、拳を握って構えを取ろうとしていた。

 

「なっ……! もう止めるんだ! それ以上戦ったら、君達の身体がもたない!」

 

「気持ちはありがたいけど、引っ込んでてくれ。これは、おれ達の戦いだ」

 

「だいじょうぶ。わたし達、負けないから」

 

 セシル王子は二人の身を案じて止めようとするが、当の本人達がそれを突っぱねる。そして二人は並んで、アレックスは右拳を、ニーナは左拳を突き出した対称の構えを取るのだった。



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第144話 玉兎転生※

「むっ、あれは陰陽の構え!」

 

 アレックスとニーナの兄妹がとった、互いに左右対称の構えを目にした兎先輩が、驚きの声を上げた。

 

「知っているのですか!?」

 

「うむ。彼らの体格や戦闘スタイルに合わせて、本来の物と比べると若干変化が加えられているが、間違いない」

 

 隣に立つセシル王子の疑問に答えて、兎先輩は解説を始めた。

 

「光と影、天と地、善と悪、昼と夜、男と女、剛と柔、先輩と後輩。この世の万物は表裏一体、二つで一つ。それらは相反しつつも、一方が存在しなければ、もう一方もまたその存在たりえない。真逆の存在でありながら調和し、共存する。これすなわち『陰陽』なり。あの構えは、それを表したものだ。二人が完全に息を合わせて戦う事で、非常に強力な奥義を放つ事ができる。ただし、それを成すのは決して容易な事ではない」

 

 兎先輩の言う通り、二人が行なおうとしているのは、とても難易度の高い攻撃であった。

 LAOでは陰陽の構えから放つ協力奥義は、二人のプレイヤーが殆どズレが許されないタイミングでコンボを繋げる必要があり、どちらか一人がコマンド入力をミスったり、タイミングがズレたりした瞬間に不発となり、致命的な隙が生まれてしまうハイリスクな物だった。一部の廃人共は当たり前のように成功させてくるが、一般プレイヤーにとっては敷居が高く、使いにくい存在だった。

 

「いくぞ、ニーナ!」

 

「うん!」

 

 アレックスとニーナが、同時に動き出した。一足跳びに地獄の道化師との距離を詰めて、同じタイミングで拳を放つ。

 地獄の道化師は左右の手でそれぞれの拳を受け流した。

 

「まだだ!」

 

 左右から地獄の道化師を挟み込み、アレックスとニーナが交互に拳や蹴りを矢継ぎ早に繰り出した。

 地獄の道化師は両サイドから次々と襲い掛かる連撃を、巧みな防御技術で捌いていたが、二人の攻撃はどんどん激しさを増していき、また相方の隙を消すように、完璧なタイミングで次々に攻撃が来る為、防御に専念せざるを得ない状況に追い込まれていた。

 

(ちぃっ、中々やりますねェ……! しかしこんな事、いつまでも続けられるものではないでしょう。疲れや焦りから、いずれは綻びが生まれるはず。そうなった時が君達の最期です!)

 

 そう考えて、地獄の道化師は守りに徹する。その判断は決して間違ったものでは無かった。事実、アレックスとニーナは後先考えない全身全霊のラッシュを仕掛けており、しかもそれはお互いに息を完全に合わせたものでなければ破綻する代物だ。ゆえに敵だけではなく、相方の動きにも気を配る必要があり、大きく神経を擦り減らす。普通であれば、すぐに連携攻撃を繋げるのに失敗して致命的な隙を晒してしまう事だろう。

 しかし、二人は間違える事も、動きが鈍る事も無く、限界を超えて更に加速しながら攻撃を続けていった。

 

 もしもここで地獄の道化師が防御をかなぐり捨てて、捨て身で攻撃を仕掛けていたならば、結果はまた違ったものになっていたかもしれない。しかし、

 

「ば、馬鹿な! 何故止まらない!」

 

 加速し続ける二人のラッシュが、次第に地獄の道化師の防御を抜いて命中し始める。次第にガードが間に合わなくなってきた事に焦りを感じた地獄の道化師は後退を考える。

 その思考のノイズが、致命傷になった。

 二人が同時に放った上段蹴りが、地獄の道化師の腕を大きく弾く。次の瞬間、ガラ空きになったボディに拳が突き刺さった。

 

「ぐぼぁっ!」

 

 防御破り(ガードブレイク)。防御の上から攻撃を続ける事で強引に突き破り、態勢を崩す現象が地獄の道化師に発生した。それが発生すると短時間の間、完全に無防備な状態で攻撃を受け続ける事になる。そして激戦の最中にそれが発生した場合、往々にしてそれは避けられない死を意味する。

 

「「はあああああああッ!!」」

 

 棒立ちになった地獄の道化師に、怒涛の連撃が叩き込まれる。アレックスとニーナは最後まで、一切間違える事なく完璧なタイミングで連携を繋いでみせた。

 

「「双 龍 無 尽 拳 ! !」」

 

 ラッシュの〆に、二人同時にジャンピングアッパーを放ち、地獄の道化師が天井付近まで大きく打ち上げられる。地獄の道化師はそのまま頭から床に落下し、大の字になって仰向けに倒れた。

 それを見届けるアレックスとニーナは、体力と気力を使い果たしており、お互いに支え合う格好になりながら、しっかりと両足で立っていた。

 

「お見事! 二人共、よく頑張ったね」

 

 兎先輩が『天晴!』と書かれた扇子を広げて、二人を褒め称えた。そして彼らを治療しようと近付いた、その時であった。

 

「まだだッ!!」

 

 倒れていた地獄の道化師が立ち上がる。既に全身ズタボロで、口から血を吐き出しながら、ゆっくりと立ち上がって、

 

「かくなる上は、死なば諸共! 最後にドデカい花火をブチ上げて差し上げましょう! ケェーッ!」

 

 地獄の道化師が跳び上がって、アレックスとニーナに向かってフライング・ボディプレスのような態勢で落下攻撃を仕掛けた。そしてその体が、風船のように大きく膨らんでいく。

 

「『極大自爆(サクリファイス・エクスプロード)』ッ!!」

 

 地獄の道化師が発動したのは、『自爆(セルフ・ボム)』の上位魔法であり、自身の死と引き換えにとてつもない大爆発を引き起こす禁呪であった。

 それが発動すれば最後、今いるこの城のフロアごと纏めて吹き飛ばすほどの破壊力を誇る。当然、爆心地にいるアレックスとニーナや、セシル王子も助からないであろう。

 もはや絶体絶命という、その瞬間。兎先輩が地獄の道化師に飛びかかり、そのまま彼に抱き着いた。直後、先輩玉が兎先輩と地獄の道化師を囲むように、何重にもバリアフィールドを展開した。

 

「チイッ! ええい邪魔です、放しなさいウサ公!」

 

「いいや離さないよ。それと先輩を付けろデコ助野郎!」

 

「糞が! ならば貴様だけでも地獄に道連れにしてくれるわァーッ! 『極大自爆』発・動ッ!」

 

 地獄の道化師の極大自爆が発動し、大爆発が引き起こされる。その爆発は、兎先輩が展開したバリアフィールドによって、バリアの外にいる者達に対する被害は皆無であった。人は勿論、建物に対する被害も一切ない。

 

 しかし、至近距離でその爆発をまともに受けた兎先輩は、当然無事では済まなかった。床に倒れた兎の着ぐるみが炎に包まれ、黒い灰と化している。

 

「兎先輩ーーー!!」

 

 アレックスとニーナが兎先輩の身を案じて、倒れた先輩に駆け寄った。しかし彼らの目の前で、兎の着ぐるみは無情にも燃え尽きていき……

 

「とうっ!」

 

 その炎の中から、何者かが勢いよく飛び出してきた。

 

「兎先輩、復活ッ!」

 

 そう叫んでポーズを取り、『玉兎転生』と書かれた扇子を広げたのは、身長160センチほどの美女であった。薄桃色の長い髪の上には大きな兎耳が生えており、豪華絢爛な着物を身に付けている。そしてその胸は、アルティリアに勝るとも劣らないほど豊満であった。

 死んだと思った兎先輩(着ぐるみ)の中からセクシーな和服美女が現れた事で、目をぱちぱちと瞬かせる子供達の前で、彼女は言った。

 

「ふふふ、これが兎先輩の真の姿である。おっと、お母さん達には内緒だぞ」

 

 兎先輩はそう言って、子供達に回復光線(ヒーリングビーム)を浴びせて傷を治療させると、彼らに背を向けるのだった。

 

「残念ながら着ぐるみが壊れてしまったので、兎先輩は一旦帰らなければならない。では子供達よ、さらばだー」

 

 そう言って兎先輩は、窓からその身を躍らせた。そして、どこからともなく取り出した人参型ロケットに掴まって、空の果てまでカッ飛んでいったのだった。



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第145話 蛮族王子登場!※

 海神騎士団は手分けして城内の魔物の掃討と、城内に取り残された人の救助を行なっている。また、その中でも特に戦闘能力に秀でた幹部達は、敵のボスを討伐したり、王族などの重要人物の救援をしたりする為に動いていた。レオニダス=グランツとリン=カーマインの二名もそうだった。

 レオニダスは、海神騎士団が女神(アルティリア)と共に王都を訪れてから加入した新人だが、元は王宮を守護する近衛騎士団の若きエースだった男だ。その戦闘技術はロイドやスカーレットにも引けを取らず、また王宮の構造を熟知している、頼れる存在だ。

 重装備と盾、突撃槍(ランス)で武装したレオニダスが前衛の壁役(タンク)を務め、リンがその後ろから攻撃魔法で殲滅するツーマンセルは、今のところ上手く機能していた。

 

「この先がアンドリュー殿下の執務室だ。急ごう」

 

 廊下で待ち構えていた魔物の群れを殲滅した後に、レオニダスが促した。彼の後ろをついていきながら、リンが疑問を口にする。

 

「ところでレオニダスさん、アンドリュー殿下ってあまり良い噂を聞かないですけど……。野心や野望に溢れてるとか、王子とは思えないくらい粗野な乱暴者だとか……。なんか会うのが怖いんですけど……」

 

「確かにアンドリュー殿下は粗暴な振る舞いが目立つゆえ、頭が悪いと侮られがちだが……実際は軍事学や古今の戦術に精通した、超一流の軍人だ。また剣術の達人で、その腕前はロイド団長やスカーレット殿と比べても見劣りしないだろう。そして、大部隊を指揮する能力に関しては本物の天才だ。指揮官としての能力は、間違いなくこの大陸でも五指に入るほどの傑物だぞ」

 

 レオニダスが第一王子へのフォローを入れる。事実、彼が言う通りにアンドリュー第一王子は、戦士や軍人としては極めて有能な人物であった。

 

「なるほど。……ところで、人格のほうは?」

 

 リンがそう訊ねると、レオニダスはそっと目を逸らした。リンはそこで全てを察して、それ以上の追及を避けた。

 そこで彼らは第一王子の執務室の前まで辿り着いた。部屋の中からは戦闘の音がしており、二人は急いで中に入ろうとしたが、その時だった。

 彼らのすぐ目の前で、扉を突き破って何者かが吹き飛んできた。それは、鎧を着た騎士であった。

 彼が身に纏うのは、レオニダスにとってはよく見知った鎧だ。それは近衛騎士の制式装備であった。

 レオニダスとリンはそれを見て、第一王子の護衛をしていた近衛騎士が、魔物にやられたものだと考えたのだが……

 

「ふん……雑魚共が! 貴様らごときが、この俺様に敵うとでも思ったか!」

 

 そうダミ声で叫びながら、一人の男が執務室の中から姿を現した。巨体(デカ)い。身長は190センチメートルを優に超え、体は縦にも横にも大きく、そしてブ厚い。短いくすんだ金髪に髭面の、三十代半ばほどの筋骨隆々のマッチョガイだ。

 金属製の胸部鎧(ブレストプレート)に棘付きの肩当てを身に付け、左右の手にはそれぞれ、業物の幅広の長剣(ブロードソード)を所持している。

 

「カス共が!」

 

 その男……アンドリュー第一王子は、床に転がった近衛騎士の身体を容赦無く蹴り飛ばした。蹴られた近衛騎士が苦悶の声を上げながら床を転がる。

 

「王子、一体何を……!」

 

 レオニダスが思わずそう声をかけると、アンドリュー王子が面倒臭そうに振り向いた。

 

「あん? 貴様は確かレオニダスだったか。近衛騎士を辞めた奴が何故ここにおるのかは知らんが……まあいい。こやつらは裏切り者だ。見てみるがいい」

 

 アンドリュー王子が指差した執務室内を見れば、そこには気を失って倒れている、何人もの近衛騎士の姿があった。

 

「こ、これは……!」

 

「何を血迷ったのか、突然襲い掛かって来おったのでな。返り討ちにしてやったところだ。それで、貴様は何をしに来た? 見たところ、こやつらの仲間という訳でもなかろう」

 

 王子の質問に、レオニダスは王宮が魔物の襲撃を受けている事と、その対処の為に自分達、海神騎士団が動いている事を伝えた。

 

「そうか。ではついて来い。テオドールの所に向かうぞ。奴を殺す」

 

「テオドール団長を!? 一体どういう事ですか?」

 

 テオドールとは、近衛騎士団の団長を務める騎士の名であった。レオニダスの質問に対して、アンドリュー王子は「察しが悪い」と溜め息をひとつ吐いて、

 

「貴様も内通者が居る事くらいは気付いておるだろう」

 

 と、断定口調で訊ねた。アンドリュー王子は、襲撃に際して敵の手際が良すぎる、これは明らかに城の構造や要人の居場所を全て把握している動きだと付け加えた。

 レオニダスも、内通者の存在には気付いていた。しかし、それが誰かを特定するまでには至っていなかった。

 

「テオドール団長がそうであると、王子はお考えですか」

 

「トチ狂った近衛騎士が俺様を襲ってきた事から、奴が一番疑わしい。他の候補としてはベレスフォードの爺だが、奴はどうでもよい。俺様はテオドールのところに行くぞ。貴様らもついて来い」

 

 アンドリュー王子はそう一方的に命令してレオニダスを、続けてリンを見て、そこで視線を止めた。

 

「な、何ですか」

 

 じろじろと無遠慮に顔や体全体を見回す視線に対して、思わず身構えながらレオニダスの背中に隠れてしまうリンに向かって、アンドリュー王子は言った。

 

「イモ臭え田舎娘だが、顔はなかなか悪くない。だが体が貧相すぎて犯る気になれん。駄目だな」

 

「んなっ……!」

 

 憤慨するリンに対して、完全に興味を失ったアンドリュー王子は彼女に背を向けて、面倒臭そうにケツをボリボリと手で掻きながら、レオニダスを伴って歩きだした。

 

「おいレオニダス、そういえば貴様が今仕えているという、アルなんとかって女神は大層な巨乳だと聞いたが、それは真か?」

 

「真でございますが」

 

「ほう。ところで美人か?」

 

「この世のものとは思えぬほどの美貌でございます」

 

「ケツはどうだ。乳ばかりに目が行って軽視する者もいるが、俺はそんな青二才とは違う。とても大事だぞ」

 

「とても大きく、それでいて良く引き締まっているかと存じします」

 

「大変結構。おかげでヤル気がムラムラと湧いてきたぞ」

 

 ガッハッハと下品な笑い声を上げながら廊下の真ん中をのしのしと闊歩しながら、出てくる魔物を片っ端から左右の手に握った長剣で斬り捨てるアンドリュー王子の背中を見ながら、リンは小声でレオニダスに声をかけた。

 

「ちょっとレオニダスさん……! 何であんな最低な奴に、素直に従ってるんですか! 王子だからですか!? 権力者には尻尾を振るのが貴方のやり方なんですか!?」

 

 八つ当たり気味に、リンがレオニダスを問い詰める。それに対してレオニダスは、至極あっさりとこう答えた。

 

「そういう訳ではない。俺もあの方の人格については正直、問題があると思っている。王子という身分についても、さほど気にしてはいない」

 

「じゃあ何で……」

 

「俺にとってはどうでもいい事だからだ。俺は無能な善人よりも、性格はゴミカスでも才能や実力のあるクズのほうが好きだ。あの方の戦士としての力量や、軍人としての才覚を認めているから従っているし、現在の俺がアルティリア様に仕えているのも、あの御方の強さに惚れたからだ。俺にとって最も大事なのは、それだという単純な話だ」

 

 そう伝えてアンドリュー王子を追いかけるレオニダスの背中を眺めながら、リンは思った。

 

「ようやく正統派の騎士っぽい真面目そうな人が入ってきたと思ったら、こいつも結局癖の強い変人枠かいっ!」

 

 こんなトップが変人ドスケベエルフ女神の騎士団にそんな普通でまともな人材が入ってくる訳がないだろうに。常識的に考えて。

 そしてお前もその変人共の一員だ。そろそろ自覚しよう。



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第146話 全部だ※

 王宮の北東・北西・南東・南西にある、高く伸びた4本の塔はそれぞれ近衛騎士団の詰所になっており、常に大勢の近衛騎士たちが常駐している。近衛騎士団の団長であるテオドールの部屋は、北西側の塔の最上階にあった。

 レオニダスとリン、そして第一王子アンドリューは道中で魔物を掃討しながら、そこを目指した。出てくるのは魔物だけで、近衛騎士の姿は無い。

 

「他の近衛騎士共も全員裏切ったのか、あるいは消されたか……フン、どちらにしても役に立たん奴らだ」

 

 襲ってきた魔物を斬り捨てながら、アンドリュー王子が吐き捨てる。

 

「ちょっと! そういう言い方は酷くないですか!?」

 

 その言い様に反感を抱いたリンが食ってかかると、アンドリュー王子はあからさまに馬鹿にしたような表情を浮かべた。

 

「何が酷い? 奴等はこの王宮や俺様たち王族を護る為に存在し、その為に高い給金を貰い、様々な特権を与えられておるのだ。だというのにその役目も果たせない無能共なんぞ、存在する価値もなかろう。この下らん騒動が終わったら、全員クビにしてくれるわ。裏切った奴等は死刑だ!」

 

 そう言い捨てて、アンドリュー王子は無人の野を行くように、廊下を進んでいった。

 やはりこの男は好きになれないと思いながら、リンは憮然とした表情を浮かべながらその後ろに続いた。周囲を警戒しながら、レオニダスが最後尾につく。

 そうして幾度かの襲撃を退けながら、彼らは北西の塔の最上階へと辿り着き、団長の部屋の扉をアンドリュー王子が乱暴に蹴り開けた。

 

「来たか……。ふむ、そうか。お前が来たか、レオニダス」

 

「テオドール団長……」

 

 そこに居たのは、近衛騎士団の制式甲冑を身に付けた、白く染まった髪と、同じく白く長い髭が特徴的な老人だった。深い皺が刻まれた顔と鋭い眼光は、その者が歴戦の武人である事を、百の言葉よりも雄弁に語っていた。

 彼こそが、近衛騎士団の団長を長年務め続けた老練の騎士、テオドールだ。

 

「それと王子も一緒でしたか……。あやつらは、やはり失敗したか」

 

「フン、当然だ。あんな雑魚共が俺様に勝てぬ事など、わからぬ貴様ではあるまい。最初から俺様を誘き寄せるつもりだったのだろうが」

 

「お気づきでしたか。流石ですな。しかし、あやつらには少しは期待していたのですが……力を与えられたとはいえ、元が未熟者ではやはり駄目ですな」

 

「力……? 何の事だ?」

 

 アンドリュー王子が疑問を口にすると、テオドールは懐から、ある物を取り出して、掌に乗せて見せてきた。

 その、彼の掌に乗っていた物は、水晶玉のような球体だった。しかしその色は漆黒であり、見るからに邪悪な気配を漂わせながら不気味に輝いている。

 

「それは一体……!?」

 

「気を付けてください! あれから非常に強い、闇属性の魔力を感じます!」

 

 明らかに異質なそれを見て、レオニダスとリンが警戒する。彼らの様子をちらりと見た後に、テオドールはアンドリュー王子に向かって、その球体を差し出した。

 

「これこそが、さる偉大なる御方に与えられた、所有者に大いなる力を授ける宝珠でございます。アンドリュー殿下、貴方もこの力が欲しくはありませんか? お望みならば、貴方にもこの力を分け与えてさしあげますが」

 

 そんなテオドールの誘惑に対して、アンドリュー王子は……ニヤリと愉しそうな笑みを浮かべた。

 

「ほーう? そんな便利な物を隠し持っていたのか。だが、俺を襲ってきた無能(カス)共は、その力を与えられた割に大した事がなかったが?」

 

「それは彼らが元々弱者だった故、強すぎる力に肉体と精神が耐えられず、最低限の力しか与えられなかったからでしょう。しかし殿下ほどの武才の持ち主であれば、より巨大な力を引き出す事ができるでしょう。それこそ、己の武力のみで玉座につける程の」

 

「ほう、そうかそうか。俺様が玉座に、か。それはなかなか興味深いな」

 

「いけません王子! あれは危険です!」

 

 レオニダスが制止するが、アンドリュー王子はそれに構う様子もなく、テオドールに対してこう言った。

 

「よし。じゃあテオドール、それを俺様によこせ」

 

「………………は?」

 

「そんなにも素晴らしい力なら、この俺様が有効活用してやろうではないか。だからさっさとそれを献上せよと言っている。貴様はもう用済みだが、そうすれば命だけは助けてやろうではないか」

 

 自分と手を組めば世界の半分をお前にやろうという質問に、やかましい全部渡してお前は死ねと要求するような、清々しいほどの図々しさ! あまりに傍若無人かつ尊大な態度で、そのような要求を突きつけるアンドリュー王子に、テオドールは激怒した。

 

「この……身の程知らずの若造がッ!」

 

「うおっ!? なんだこいつ急にキレやがったぞ!?」

 

 黒い球体を懐に戻しながら、すぐ隣に立てかけてあった突撃槍(ランス)を手にして、テオドールがアンドリュー王子に突きを放つ。アンドリュー王子は二本のブロードソードを交差させて、寸前で穂先を弾いて防御に成功した。

 

「まさかここまで愚かだったとは。馬鹿に話が通じると思っていた、わしが間違っておったわ」

 

「何ぃぃぃ! 話の途中でいきなりキレ始めた上に俺様を馬鹿呼ばわりするとは、どういう事だこの無礼者め! 貴様は死刑だ!」

 

 アンドリュー王子がブロードソードの二刀流で斬りかかる。それに対し、テオドールは姿勢を低くして突撃槍を構えた。

 

「王子! カウンターを狙われています! 注意を!」

 

 レオニダスがアンドリュー王子に向かって叫ぶ。テオドールが取った構えは、レオニダスがよく知る、突撃槍による一点突破のカウンターの構えであった。

 このランス・カウンターは、レオニダスの十八番でもある。それをテオドールが使う理由……それは、このテオドールこそ、レオニダスの槍術の師だからだ。

 

 アンドリュー王子が射程内に入った瞬間、テオドールが稲妻のように速く、鋭い突きを放った。それはアンドリュー王子の眉間へと、吸い込まれるように突き刺さる。

 

「ふんッ!」

 

 そう思われた瞬間、アンドリュー王子が上体を大きく逸らし、紙一重でそれを回避した。テオドールが放った一撃必殺のカウンター突きは、アンドリュー王子の前髪を何本か切り飛ばしながら空振った。

 

「甘いわボケがああああああ!!」

 

 そしてカウンターを空振りし、無防備になったテオドールの隙を見逃さず、アンドリューが二刀を振るった。テオドールの胴体に、×の字に深く斬られた。

 

「ば、馬鹿な……」

 

「フン! どうだ見たか、所詮貴様のような凡人では、天才! かつ、王族! であるこの俺に勝つ事など不可能! どれだけ怪しげな力を与えられようが、カスは所詮カスに過ぎんのだァーッ!」

 

 まるで悪役のような台詞を吐いて勝ち誇るアンドリュー王子に反して、レオニダスは苦い顔をしていた。

 

「テオドール団長……そこまで衰えておられたか……」

 

 レオニダスは、槍術の師であるテオドールの槍捌きをよく知っていた。だからこそ、テオドールが突きを放った瞬間に、彼はアンドリュー王子の死を覚悟した。全盛期の彼が放つ突きは、速さ、鋭さ、タイミング……その全てが非の打ち所が無い、芸術的とも言える至高のカウンターと言えるものだった。

 しかし、高齢のテオドールは体力も、技のキレも年々衰えており、数年前には弟子のレオニダスとの模擬戦でも後れを取るようになっていた。尤も、それは決してテオドールの衰えだけではなく、レオニダスの才能と努力の成果でもあるのだが。

 

「ぬぅぅ……まだじゃ、まだわしは死なんぞ……!」

 

 致命傷を負った筈のテオドールの身体が、邪悪な黒いオーラに包まれて活力を取り戻す。

 

「ふふふ……やはり宝珠の力を使っても、老いと病には勝てぬか……。これでも宝珠を与えられる前に比べれば、随分と回復したのだがな……。これが人の身の限界というものか……。ならばわしは……人の身など捨ててくれるわ!」

 

 再び黒い球体を取り出したテオドールは、それを握りしめて高々と掲げる。

 

闇黒宝珠(ダークオーブ)よ! 全ての力を解放し、わしに与えよォッ!」

 

 その言葉に反応し、宝珠が夜の闇よりもなお暗い、ドス黒い光を放ち、テオドールの身体を侵食し始めた。

 

「うおおおおッ! 今こそわしは、人間を超越するぞおおおッ!」

 

 そしてテオドールは、二十代前半ほどの若々しい青年の姿へと変化した。ただし、その姿は明らかに人間のものではない。頭部からはねじれた二本の角が生え、背中からは蝙蝠のような翼が広がっている。更にその身に纏う甲冑や、手にした突撃槍もまた、黒く濁った色で悪魔的なデザインの物へと変化していた。



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第147話 雷光一閃※

「ふふふ……体が軽い。力が湧き上がる! 全盛期の……否! それを遥かに超える力だ! 素晴らしいぞ!」

 

 哄笑するテオドールだった存在へと、レオニダスは突撃槍を手に近付いた。

 

「何故だ、テオドール団長。どうしてそこまでして、力を求める!?」

 

 レオニダスの問いに、テオドールは笑うのを止めて、かつての弟子へと視線を向けた。

 

「若く才能のある貴様にはわかるまい……。長きに渡って積み上げてきた技が! たった一つの拠り所としていた力が! 己が存在価値そのものであった武が! それら全てが衰え、消えてゆく苦しみが! 貴様なんぞにわかるものかよッ!」

 

「その為に、全てを裏切ったというのですか……そんな事の為に、陛下や同胞達の信頼を裏切り、人である事すらも止めたと……!」

 

「それの何が悪い? お前とて、復讐の為の力を求めていたではないか……!」

 

 テオドールはレオニダスを指差し、嘲笑う。彼の放った言葉を聞いて、リンが疑問を口にする。

 

「復讐……?」

 

「ええ。たしかに俺は復讐と、それを成し遂げる為の力を求めていた……いえ、今も求めています。幼少の頃、家族と故郷を失ったあの日から……」

 

 その疑問に、レオニダス自身が答える。彼の言葉を引き継いで、テオドールが語り始めた。

 

「そう。こいつの故郷は帝国との国境付近に、かつて存在していた小さな村だった。今から二十年以上も前に、帝国軍が起こした侵攻に巻き込まれて無くなってしまったがな。こいつはその村の、ほんの僅かな生き残りの一人よ。そして、その戦いにおける帝国側の指揮官こそが……若き日のレイドリックであった」

 

「レイドリック……。帝国の不敗将軍と呼ばれている、あの……?」

 

「そう。アクロニア帝国が大将軍、不敗のレイドリック。それこそがこいつの仇の名よ。帝国……いや、この大陸でも最強レベルの武人を斃す為に、この男は力を求め続けた! 執念を燃やして血の滲むような修練を続け、十代の若さで史上最年少の近衛騎士となったのも! その地位をあっさりと投げ捨てて女神に尻尾を振ってついていったのも、全てはレイドリックに勝利する為の力を手に入れたいが為だ! 貴様が仕え、信奉しているのは王や女神などではなく、力そのもの! そんな貴様にわしを非難する資格があるとでも?」

 

 テオドールの誹りを正面から受け止めて、レオニダスは語る。

 

「……確かにあなたの言う通りだ。俺は海神騎士団の皆とは違い、アルティリア様への信仰など無い。俺はただ、あの方と槍を合わせ、その強さに憧れ、追いつきたいと思ったただけに過ぎない。もしかしたら、俺もあなたの同類に過ぎないのかもしれん。だが、それでも! 人として決して踏み超えてはいけない一線という物はある! 俺が欲しいのは、人としての強さだ!」

 

 レオニダスが吼え、突撃槍を構えてかつての師と相対する。奇しくも、両者の構えは同じ。姿勢を低くして、槍を持った右手を引き、左手を前に突き出した構えだ。

 戦いが始まるかと思われたその時、アンドリュー王子がレオニダスに声をかけた。

 

「おいレオニダス、奴と戦っていたのは俺様の筈だが? 第一王子たるこの俺を無視して割り込むとは無礼な奴め、死刑にするぞ」

 

「申し訳ありません王子、ここだけは譲れません。かつての師だからこそ、私の手で引導を渡さねばならないのです」

 

「……フン。まあいいだろう。貴様は堅物で無能揃いの近衛騎士にしては、まあまあ有能で話がわかるヤツだったからな。特・別・に! 頼みを聞いてやろうではないか。だがそこまで言って、つまらん戦いを見せたら貴様は死刑だ!」

 

「感謝いたします、王子」

 

 続いて、リンがレオニダスに声をかける。

 

「レオニダスさん。私はただの魔術師ですし、クリストフさんと違って信仰についてどうこう言えるような知識も経験もないですけど……アルティリア様はそんな事、全然気にしていないと思います! だから、あんな人の言う事なんか気にしないでください!」

 

「リン殿……ありがとうございます」

 

「それと、この戦いが終わったら皆で一緒にグランディーノに帰るんですから、死んだり大怪我したりしないでくださいね! 海が綺麗で、食べ物が美味しい良い街ですから!」

 

「ふっ……そうですね。楽しみにしておきます。ああ、グランディーノといえば海神騎士団の皆さんが、巨乳の美人が多いから楽しみにしておけよ、帰ったらオススメの娼館に連れてってやると言っていたのを思い出しました」

 

「あの人達は本当に……っ! 神殿騎士の自覚あるんですかね……!」

 

 珍しくレオニダスが冗談めかして言い、リンが突っ込みを入れる。弛緩した空気が流れるが、それも一瞬の事だ。

 

「お喋りは終わりか? 随分と余裕そうだな」

 

「ええ。負けられない理由が幾つもありますので」

 

「貴様は何もわかっておらん。戦いにおいてそのような物は、全く意味が無い。あるのはただ力のみ! 純粋な力だけが全てを決めるのだ!」

 

「かつての貴方ならば、そうは考えなかっただろうに……そこまで堕ちたか」

 

 老いと病、そしてそれによる武の衰えによって歪み、心身共に堕落しきってしまった師の姿を見て、レオニダスは決意する。

 

「ならばせめて、武人として葬ろう」

 

「ぬかせ! ならば見せてやろう、我が最大の奥義を!」

 

 テオドールの身体に闘気が漲り、手にした突撃槍が黒き稲妻を纏う。

 

「これを防ぐ事が出来たのは、たった三人のみ! 一人は帝国大将軍レイドリック、もう一人は南方の剣聖ゲンカイ! そして最後の一人はかつて我が国最強の戦士にして最優の軍人と言われた男、ジョシュア=ランチェスター! 貴様が奴等と並ぶ強者たりえるか、試してみるがいい!」

 

 テオドールが、黒雷を纏った神速の突きを放つ。それは、命中すれば一撃でレオニダスを絶命せしめるだけの威力と、防御も回避も不可能な程の速さを誇る究極の一撃であった。しかし。

 

「やはり、貴方は衰えた……」

 

 そう呟いて、レオニダスはそれを、必殺のカウンターで迎え撃った。

 

「かつての貴方であれば、敗北した事を嬉々として語るような事はしなかった!」

 

 テオドールの突きが放たれてから、後出しでそれを上回る高速の突きを、最速最短で突き入れる。カウンター、後の先の極致。アルティリアとの槍試合での敗北や、その後の海神騎士団との修練、そしてかつての師に引導を渡してやるという決意が彼の十八番、必殺のランス・カウンターを完成させたのだった。

 雷光の如き一閃が、テオドールが放った突きを弾き返しながら、一直線にテオドールの胸を突く。

 もしもアルティリアがこの場に居たら、目を瞠ったであろう。レオニダスが放った一撃は、彼女の友である極光の槍騎士のそれに迫るほどの完成度であった。

 

「さらばです。師匠」

 

「……ぐふっ! み、見事……! わ、わしの教えたカウンターが、これ程までに完璧に……! な、なんと力強く、美しい一撃か……!」

 

 甲冑ごと胸の真ん中を貫かれたテオドールが、手にした槍を取り落とした。もはや戦えるだけの力は残っていないのは明らかだ。

 

「嗚呼……お前の言う通りだ……。わ、わしは、弱くなった……。戦士としてのわしは、いつのまにか死んでいたのだと、今になってようやく気が付いた……。その事実から目を逸らし、闇の誘惑に負けた事が、過ちであった……」

 

 致命傷を負いながら、テオドールはそれを感じさせない安らかな笑みを浮かべる。

 

「だが、お前のどこまでも真っ直ぐな一撃が、わしの心を覆っていた闇を晴らしてくれた……。レオニダス……力を追い求めるのも、家族の仇に復讐するのも良い……だが、お前はどうか、わしのようにはならないでくれ……。お前が見せてくれた、人としての強さを……忘れる……な……」

 

 そう言い残して、テオドールの体は灰となって、跡形も無く消え去った。

 最期に正気に戻り、高潔な武人としての精神を取り戻しはしたが、魔に魅入られて心身共に悪魔へと堕ちた者の末路がこれだ。テオドールは身をもって、力だけに固執した者の末路をレオニダスに示したのだった。

 

「最後の教え、確かに受け取りました。師匠」

 

 テオドールが使っていた槍を拾い、レオニダスはその場を後にする。その後ろに、アンドリュー王子とリンが続いた。

 まだ城内には数多くの敵が残っている。彼らはそれを掃討する為に、城内探索を続けるのだった。



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第148話 貴族とは※

 王宮の貴賓室では、集まった貴族達が魔物に包囲されていた。

 

「や、やめろ! 来るな! わ、私を誰だと思っている!」

 

 取り乱しながらそう叫ぶ中年男の姿を見て、これが有事の際には国と民を守護するべき貴族の姿かと失望を抱いたのは、この場に集まった貴族の一人。王国最北端を治める若き俊英、ケッヘル辺境伯だ。

 魔物相手に言葉が、ましてや貴族の地位などというものが通用するとでも、本気で思っているのだろうか。

 彼だけではなく、この場に集まった他の貴族達を見回してみれば、同じように怯えたり喚き散らしたりするばかりで、立ち向かおうとする気概のある者は、ごく一握りであった。

 

「嘆かわしい」

 

 隣接する巨大な敵国、アクロニア帝国との休戦による平和が長く続いた弊害か。貴族の中には、いくさを知らぬ者や、地位に見合った気高さを持たぬ者が増えた。

 しかし、だからといって彼らを見捨てるという選択肢は、辺境伯の中には無かった。むしろ、今こそ貴族としての矜持を示すべき時である。

 飛び込んできた魔物を見た瞬間に、辺境伯は腰のベルトに吊るした革製のポーチ――当然、見た目の大きさ以上の容量を持つマジックアイテムだ――に手を突っ込み、その中から弓と矢筒を取り出していた。そして淀み無い動きで弓に矢を七本纏めて番えて、それらを次々と魔物に向かって放って、今まさに貴族達に襲いかかろうとしていた魔物の頭部を正確に射抜いたのだった。

 

 それを目撃した魔物の一体、魔術師のようなローブを着たアンデッドモンスター『エルダーリッチ』が、辺境伯を指差して人間には聞き取れない言葉で何事かを叫んだ。恐らく、あいつを狙えとでも指示を出しているのだろう。それに従って、辺境伯にターゲットを変えた魔物達が襲い掛かってくる。だが、

 

「遅い!」

 

 素早く後退しながら複数の矢を番え、即座に放つ。攻防一体の戦技『スウィフトアロー』によって、真っ先に殴りかかってきた食人鬼(オーガ)小鬼(ゴブリン)を次々とヘッドショットで瞬殺。続けて上から飛びかかってきた猿のような魔物、殺人猿(キラー・エイプ)を華麗に撃ち落とす。そうして魔物の攻撃を捌いた辺境伯は、深く息を吸って一本の矢を弓に番え、強く引き絞った。

 

「父たる天空よ、母なる大海よ、我に力を! 大いなる嵐を我が矢に宿らせ給え!」

 

 彼が祈りを捧げると、それに応えるように弦の中心に据えられた大粒の翠玉(エメラルド)が、眩い緑色の光を放ち、同時に弓全体が淡い青色に輝いた。

 『水』と『風』の二属性を合わせた、『嵐』の力が番えた矢へと宿り……それが放たれる。

 解き放たれた矢は、真っ直ぐにエルダーリッチが咄嗟に展開した矢避けの結界を容易く貫通し、その頭に突き刺さる。

 そしてその瞬間、矢に込められた魔力が解放されて暴れ狂う。まるで体内で暴風雨が発生したかのような感覚を味わいながら、エルダーリッチは木っ端微塵になって消滅した。

 

「おお! なんという威力!」

 

「流石は名高いケッヘル辺境伯! いやあ助かりましたぞ!」

 

 自らの武勇と、それによって蹴散らされた魔物を見たことで安心した様子で、顔に笑みを浮かべて近付いてくる貴族達の姿を目にして、辺境伯は怒りに震えた。

 

「各々方、いったい何を安心しておられるのか! 王宮内に魔物が大量に侵入している事から分かるように、今この王都は未曽有の危機に陥っているのですぞ! このような時こそ、我ら貴族が国家と民を守護する為に動くべきでしょう! 戦いはまだ始まったばかりだという事をお忘れか!」

 

 言われるまでもなく戦いに備えていた少数の者達と、辺境伯の叱咤によって気を引き締め直した者達は見込みがある。しかし、何故怒られているのか分かっていない者や、この期に及んでまだ狼狽えている者も少なくない。

 そのような者達に向かって、辺境伯は鬼の形相で声を張り上げた。

 

「そもそも、貴族とは何か! 我ら貴族は作物を収穫する農民や、魚を捕る漁師、ものづくりをする職人のような者達と違って何も生み出さず、商人のように流通を担うわけでもない。そのような()()()()()が存在を許され、民に敬われて不自由ない暮らしをしていられるのは、いったい何故か? それは、我らが民にとって頼りになるリーダーであり、領地とそこに住まう民の暮らしと安全を保障する者、有事の際には矢面に立ち、彼らを護る為に働くからに他ならない!」

 

「その通りだ!」

 

「よく言った辺境伯!」

 

 辺境伯の宣言に、良識ある貴族達が声を上げる。そんな彼らに向かって、辺境伯は問いを投げかけた。

 

「貴族が真の貴族たりえるには、ただ家柄や領地があれば良いものではないと、私は考える。大切なものは矜持であり、生き様である。それを示し、高貴なる者の義務(ノブリス・オブリージュ)を果たす者のみが真の貴族である。問おう! 諸君らは真の貴族なりや!?」

 

 その問いに、貴族達は大声で是であると答えた。辺境伯の大演説に感化され、怯えていた者、右往左往していた者も闘志を漲らせている。

 

「ならば共にゆくぞ! 城内には海神騎士団の精鋭達がいる。ゆえに、我らはこれより城外に打って出る! 王都の民を救い、貴族の生き様を見せる時は今ぞ!」

 

 辺境伯を旗頭に、貴族とその護衛の兵達が出撃する。士気はきわめて高く、襲い掛かってくる魔物達を蹴散らしながら、彼らは城下町に向かって驀進した。

 

「素晴らしい、まさに貴族の鑑だ」

 

「うむ。私は彼に王の器を見た」

 

 貴族達の中からは、辺境伯を称賛する声が上がる。

 

「辺境伯は側室がいらっしゃらないと聞く。是非うちの娘を側室に迎えて貰いたいものだ」

 

「おっと、抜け駆けは感心しませんな」

 

「ご令嬢の婚約相手は決まっておられるのだろうか……」

 

 中には思わず、そんな思惑を口にする者もいた。また、若い令嬢や婦人の中には、辺境伯に熱っぽい視線を送っている者も多かった。

 

「そなた達、今はそのような事を考えている時ではないぞ! 後にせい!」

 

「失礼。そうでしたな。今は敵を討ち、平和を取り戻さなくては……」

 

 こうしてケッヘル辺境伯が率いる貴族達は、王都の民や守備兵達と合流し、彼らを指揮して街を包囲する魔物と戦うのだった。



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第149話 騎士よ、弱き者の庇護者たれ※

「どけぇっ!」

 

 叫びながら刀を一閃し、行く手を遮る魔物達を鮮やかに両断しながら長い廊下を駆け抜けるのは、女神アルティリアが一の騎士にして、海神騎士団の団長を務めるロイド=アストレアだ。

 

「ロイド様、アレックス様とニーナ様が第三王子の救出に成功しました。また、レオニダス様が裏切っていた近衛騎士団長を撃破。辺境伯は貴族の方々を率いて城外に向かいました。スカーレット様も勝利しましたが、かなり深手を負って消耗している模様です」

 

「わかった。無理をさせてすまないが、ここが正念場だ。スカーレットには回復し次第合流するように伝えてくれ」

 

 追走してきた伝令役の水精霊(ウンディーネ)にそう伝えながら、ロイドは襲ってくる魔物を次々に斬り伏せていった。

 その時だった。ロイドの耳に複数の、女の悲鳴が届く。

 

「くっ、まだ魔物に襲われている人がいたか……!」

 

 音を頼りにロイドが現場に駆け付けると、そこにあった光景は、魔物に襲われている人々……ではなかった。

 室内に捕らえられているのは、年若い貴族の令嬢や、その母親らしき夫人や、彼女らに仕えるメイド達だった。この部屋に集められているのは、どうやら女達だけのようだ。

 この部屋は、本日開催される予定であったパーティーの参加者の内、男性の当主が都合により欠席で、夫人やその娘が代理として出席する予定の家の、女達が控えていたサロンであった。

 集まった女性達は、パーティーが始まるまで優雅に茶会を楽しんでいたのだが、突然の襲撃によってこの部屋に監禁されてしまった。彼女らは貴族の妻や娘であり、武器を持った経験など一切無い者も多い。当然、抵抗する事も出来ず、成すすべなく囚われの身となったのであった。

 そして、そんな彼女達を監禁していたのは、魔物ではなかった。

 より正確に言えば、魔物も交じってはいる。しかし、主体となっているのは甲冑を着た、複数人の人間の男性だ。

 ロイドが駆けつけた時に目にしたのはそのような、下卑た笑いを浮かべながら女達を囲む、魔物を従えた男達の姿であった。

 

「貴様ら、何をしている!」

 

 扉を豪快に開け放ち、室内に足を踏み入れながらそう詰問するロイドに男達と、囚われの身の女達の視線が集中する。

 見れば、その男達は今まさに、若い貴族の娘を押し倒し、その衣服に手をかけようとしていたところであった。

 

「あぁん? 見てわかんねえか? これからこの女達を使って楽しもうって所に邪魔しに来やがって。おい魔物共! 奴を排除しろ!」

 

 犯人の一人が魔物に命じると、その言葉に従って室内の魔物がロイドに向かって一斉に襲い掛かってきた。

 

「遅い――無想水平斬ッ!」

 

 しかし次の瞬間、ロイドが鞘から抜き放った刀を一閃させると、その刀身から放たれた水の刃が、一撃で魔物達の首を刎ね飛ばした。

 

「ば、馬鹿な! あの強力な魔物達が、たったの一撃で!?」

 

「み、見えなかった……! 気付いた時には、魔物の首が飛ばされてたぞ……!」

 

 ロイドの恐るべき剣技を目の当たりにした男達が恐れを抱き、後退する。彼らに捕まっていた貴族の娘が、床にへたり込みながら、助けを求めるような目でロイドを見上げた。

 高級なドレスは乱暴に破られ、豊かな胸元を覆う下着が見えてしまっており、可憐な顔は涙に濡れ、そして髪は乱れ、頬は赤く腫れてしまっている。

 

「貴様ら……この娘を殴ったのか」

 

 ロイドは静かに、しかし威圧感のある声で男達を問い詰めた。

 

「う、うるせえ! この女が無駄に反抗的な態度をとって、抵抗するのが悪ぶべぇっ!」

 

 開き直って自分の行為を正当化しようとした男は、台詞の途中でロイドに殴られ、床に転がった。顔面は無惨に陥没して鼻から血を噴き出し、前歯が何本も折れてしまっている。

 

「貴様らのその装備は、この国の騎士か。騎士たる者が国の大事だというのに、この蛮行は一体どういうつもりだ! 答えろ!」

 

 ロイドが言った通り、犯人の男達は全て、裏切った近衛騎士であった。団長のテオドールが率先して王国を、そして人間を裏切った事で、近衛騎士団の約半数は裏切り者となった。

 そして、裏切らなかった残りの半分もまた、裏切り者達の謀略や襲撃によって無力化され、近衛騎士団は壊滅状態になったのだった。

 この場で女達を襲っていたのは、裏切った者達の中でも特に救いようのない……己の欲望を満たす事を優先した下衆共であった。

 

「黙れ黙れ! 何が騎士だ、くだらねぇ! 我々は大いなる御方に力を授かった、選ばれた存在だぞ! もはや騎士としての地位なんぞ、どうでもいいわ!」

 

「ああ、その通りだ! 近衛騎士の堅苦しい規範なんかウンザリだぜ! これからはこの力を使って、好き勝手に暴れてやる! その手始めに、高慢ちきな貴族の女共をブチ犯してやるんだよ!」

 

「だがその前に、邪魔なてめえをブッ殺してやるぜぇぇ!」

 

 そして彼らは、懐から邪悪な気配を纏う、黒い宝珠を取り出して掲げた。

 

「「「闇黒宝珠(ダークオーブ)よ、力を解放せよぉッ!」」」

 

 暗黒宝珠が黒い光を放ち、堕落した近衛騎士達は悪魔へと転生し、黒い全身甲冑(フルプレートメイル)に身を包んだ闇黒騎士(ダークナイト)へと姿を変えた。

 

「ははははは! 素晴らしいぞ、この力ぁっ!」

 

「お前はもうお終いだぁ!」

 

 闇の力がもたらす全能感に酔いしれる闇黒騎士達に対して、ロイドの視線は冷ややかだ。違和感を覚えるほど静かで、落ち着いた様子だ。

 

「騎士の誇りを失い、護るべき弱者を手にかけるか……。ましてや女を……ッ!」

 

 しかし、穏やかな水面のようだった彼の様子が、一瞬で荒れ狂う嵐の海のように変わり、その怒りを爆発させる。

 

「万死に値する。貴様らだけは絶対に赦さんッ!!」

 

 鬼の形相で、ロイドが刀を振るう。無数の斬撃が奔り、暗黒騎士の一人が甲冑ごと細切れになって絶命した。

 

「て、てめぇっ!」

 

 仲間が殺されて激昂した別の闇黒騎士がロイドに斬りかかる。しかしロイドは雑なその斬撃を、最小限の力で受け流しながら、返す刀でがら空きになった首を刎ねた。

 続いて襲い掛かる闇黒騎士や配下の魔物も、ロイドの剣技によって一撃で敗れ去り、その命を落とした。

 

「ひぃっ! な、何故だ! 俺達は最強の闇の力を手に入れたんだぞ! なのに、何でそれが通用しないんだ!」

 

「誇りを失った者の剣など、所詮こんな物だ。さあ観念しろ、残りは貴様一人だ……!」

 

「何なんだ貴様は……! 何なんだ、貴様はああああ!」

 

 最後に一人だけ残った闇黒騎士は、恐慌状態に陥り、破れかぶれでロイドに向かって突撃する。しかしそのような精神状態で行なった、魂の篭もっていない攻撃が今のロイドに通用する筈もなく。

 武器ごと体を真っ二つにされて、闇黒騎士の最後の一人は恐怖に歪んだ表情を浮かべながら、死んだ。

 それを見届けて、ロイドは愛刀を鞘へと納める。

 

「わ、私達、助かったの……?」

 

 目の前で繰り広げられた英雄と人外の者達の戦いに、目を白黒させていた女達だったが、やがて自分達が絶体絶命の危機から助かったという事実を認識した。彼女らの反応は、喜びを爆発させる者や、緊張が解けた事で泣き出してしまう者、母親や娘の身体を抱きしめてその身を案じる者と様々だ。

 

 ロイドは、襲われていた令嬢のもとに近付くと、自分が羽織っていたサーコートを彼女の肩にかけて、露わになった胸元を隠すように促した。

 そして彼女の頬にそっと手を添えると、回復魔法で犯人に殴られて腫れた頬を治癒するのだった。

 

「もう大丈夫です。よく頑張りましたね」

 

 彼女が感じた恐怖は、一体どれほどのものであろう。男であり、戦う者であるロイドには想像もつかない程のものに違いないだろう。

 しかしその令嬢は、目に涙を浮かべながらも、気丈に泣き出すのを堪えていた。そんな彼女に敬意を抱きながら、男である自分がずっと近くにいては彼女が心に負った傷を刺激するだろうと、ロイドは彼女から距離を取って、背を向けた。

 

「皆様、現在この王宮は危機に陥っています。しかしご安心ください。我々が必ずや脅威を排除し、平和を取り戻して参ります。それまで、もうしばらくお待ちください。……精霊様、いらっしゃいますか?」

 

「はい、ここに」

 

 ロイドの呼びかけに応えて、水精霊が姿を現した。

 

「彼女達を安全な場所に避難させたいのですが、私にはまだ戦いが残っていますし、男達に酷い目に遭わされた彼女達をエスコートするのは女性の方にお願いしたいのです。頼めますか?」

 

「かしこまりました。その任務、アルティリア様の名にかけて必ずや果たしてみせましょう」

 

「よろしくお願いします」

 

 囚われていた女達の避難と、道中の護衛を水精霊に任せて、ロイドはその場を後にしようとするが、その背中に声をかける者がいた。先程、ロイドに介抱された貴族の令嬢だった。

 

「お、お待ちください! どうか、貴方様のお名前を聞かせてくださいまし!」

 

「申し遅れました。私は女神アルティリア様に仕える神殿騎士、ロイド=アストレアと申します。私が信奉する女神の名において、必ずやこの国に平和を取り戻す事を誓います。それでは、まだ戦いが残っておりますので失礼いたします」

 

 振り返ったロイドは、恭しく礼をして名乗りを上げた。彼の態度は、貴族の目から見ても堂に入った、見事なものであった。それを見る令嬢たちの視線に熱が篭る。

 

「ロイド様……♥」

 

 特に、彼に介抱された令嬢は完全に恋する乙女の顔をしている。また、彼女らの母である夫人達は、懐かしむような目をしていた。

 

「あの方がジョシュア様の遺児……かつてのジョシュア様に瓜二つですわね……」

 

「ええ。容姿もさる事ながら、あの高潔な振る舞いといい、戦鬼と呼ばれた程の剣の冴えと、鬼気迫る戦いぶりといい……まるで生き写しのようですわぁ」

 

「懐かしいですわねぇ……わたくし、幼い頃はあの方に憧れておりましたの」

 

「あら、貴女も?」

 

 夫人たちはロイドの姿に彼の父、ジョシュア=ランチェスターを重ね、若き日の淡い恋の思い出話に花を咲かせるのだった。

 

「ところであの方……ロイド様は独身でいらっしゃるのかしら」

 

「もしもそうなら、是非とも当家にご招待しなければいけませんわね。娘もあの方に助けられたお礼をしたい様子ですし、是非ともうちの娘と()()()なっていただきたいですわぁ」

 

「あらあらあら。抜け駆けは感心しませんわよ」

 

 その一方で、優良物件を巡った水面下での争いも勃発しつつあるのだった。

 

 

     ※

 

 

 そして、同時刻。

 

「ふんッ!!」

 

 上空で戦場全体を俯瞰しながら、魔法による攻撃と支援を状況に応じて使い分けていたアルティリアが、突然魔物に向かって急降下しながら二本の槍を豪快に振り回し、魔物の群れを力任せに薙ぎ倒した。

 

「オラァ!」

 

 いきなり敵陣のド真ん中に降下して暴れ回り、無双ゲームのように敵を蹴散らすアルティリアの勇姿を見て、王都を護る兵士達の士気も鰻上りだ。

 

「おおっ! 女神様が敵陣に斬り込んだぞ! 見よ、魔物達が空を舞っておるわ!」

 

「女神様が目に物見せたぞ! 我らも奮起せねばな!」

 

 結果的に士気が向上して戦況は有利になったが、いきなり後方支援から単騎突撃へと作戦を切り替えたアルティリアに、彼女に付いていた水精霊が近付いて苦言を呈する。

 

「アルティリア様、急に突撃かましたりして一体どうしたのですか?」

 

 その質問に、アルティリアは槍で魔物を数匹纏めて城外ホームランしながら答える。

 

「いや……その、何故かは知らんが急にイラッと来たから、魔物をブン殴ってストレス解消をだな。大丈夫だ、もうちょっとやって気が済んだら戻る」



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第150話 鬼の剣※

 貴族の夫人や娘達を救出したロイドは、彼女らと別れて王宮内を進んでいた。その彼の足が止まった。

 

(感じる。()()()のがこの先に居る。そして、向こうも俺の事を認識している)

 

 強烈な重圧感(プレッシャー)と存在感。肌を突き刺し、自然と鳥肌が立ちそうになる濃厚な殺気。姿は見えずとも、強敵の存在をロイドは感じ取っていた。彼が足を止めたのは、それが理由だ。

 アルティリア。紅蓮の騎士(スカーレット=ナイト)地獄の道化師(ヘルズ・クラウン)。魔神将フラウロス。冥戒騎士フェイト。敵味方問わず、これまでにロイドが出会ってきた、人間離れした実力を持つ者だけが持つ特有の気配。今やロイド自身も身に纏うそれを、廊下の先からはっきりと感じる。

 

(近付いてくる)

 

 相手もロイドの事を認識し、向こう側からゆっくりと歩いてきている。その相手が敵であり、決して楽に勝つ事は出来ない強敵である事は疑いようがない。

 

(どうする。進むか、退くか)

 

 ロイドは選択を迫られる。

 これほどの存在感を放つ敵となれば、それは魔神将の眷属である可能性が高い。決して楽観視は出来ない相手だ。しかし、

 

(進もう)

 

 一瞬の逡巡の後、ロイドは進む事を選択した。

 己は誇り高き女神の騎士。戦略的撤退ならまだしも、強敵の気配に臆して退く事は、たとえ女神が赦しても己自身が赦せない。

 心を静めながら、ロイドは腰の刀に手をかけながら、静かな足取りで前へと進んだ。

 そして、通路の向こう側から歩いてきたその者の姿を、ロイドははっきりと目にした。

 

 それは、先程撃破した闇黒騎士(ダークナイト)達のような漆黒の金属鎧と、赤い外套を身に纏った人物であった。しかし言うまでもなく、この者とあの闇黒騎士達とでは、戦闘力は雲泥の差であろう。

 右手には抜き身の片刃剣(サーベル)を所持している。形状は反りが小さく、従来の物よりも長い。そしてロイド程の剣士であれば、一目見て大業物であると分かる逸品だ。

 そしてその者本人の見た目は、長身の男性のようだが……最大の特徴として、その男には頭部が存在しなかった。いや、正確には存在はしている。ただしそれは本来あるべき場所には無く、黒いフルフェイスヘルムで覆い隠された彼の頭部は、彼自身の左手によって抱えられていた。

 

不死者(アンデッド)か!?)

 

 頭部が首から切り離された状態で生きているような存在が、人間である筈がない。魔物、それも不死者であると、ロイドは当たりをつけた。

 

「止まれ! 貴様もこの城を襲ってきた魔物や、地獄の道化師の仲間だな!?」

 

「聞くまでもなかろうよ。道化や人魚とは、一時的な協力関係にあるだけで、仲間とは言えぬがな」

 

 ロイドの問いに、男は切り離された頭部より言葉を発して、そう答えた。

 

「……お前も魔神将の眷属とやらか」

 

「然り。名乗らせて貰おう。我が名は首無し剣士(ヘッドレス・ソードマスター)。魔神将ビフロンス様の眷属なり」

 

「俺はロイド=アストレア。女神アルティリア様に仕える神殿騎士だ。突然こんな大がかりな襲撃をして来て、貴様等は一体何を企んでいる!? もしやアルティリア様が狙いか!」

 

 名乗りを返した後に、ロイドは彼の目的を問い詰める。それに対する返答は、

 

「私は女神に用は無い。協力関係にある道化が彼女を狙っている故、女神がここに居るタイミングでの襲撃になりはしたが」

 

 というものだった。

 

「では、貴様の目的は何だ!」

 

「この国を滅ぼし、この国の人間を一人残らず殺し尽くす事だ」

 

 ロイドが重ねて訊ねると、首無し剣士は簡潔に答えた。

 

「この国を……!? そんな事が出来ると思っているのか!?」

 

「その為に策を練り、準備を進めてきた。既に計画は最終段階に入っている。最早誰にも止める事は出来ん」

 

「ならばその企て、貴様を斃して阻止させて貰う!」

 

「よかろう。出来るものならやってみるがいい」

 

 ロイドの右手が刀の柄を握る。神速の抜刀術により、刀を抜くと同時に先制攻撃を仕掛けようとするロイドだったが、しかし。

 

「――ッ!!」

 

 ぞわり、と背筋が凍りつくような、嫌な予感が全身を駆け巡る。直感に従い、ロイドは攻撃を中断して、咄嗟に真横に跳んだ。

 

 その直後、まるでジェット機が通過した時のような轟音と共に、不可視の攻撃がロイドが立っていた場所を襲った。

 

(今のは何だ!?)

 

 ロイドが視線を向けた先では、首無し剣士が剣を振り抜いた姿勢をしていた。

 即座に立ち上がりながら、ロイドは目を見開く。

 

「馬鹿な……! 全く見えなかった、だと……!?」

 

 動体視力や見切りの技術に関しては天賦の才を持ち、アルティリアの下で超一流の域にまで鍛えられたロイドの目を持ってしても、初見では目で追う事すら出来なかった、超高速の剣技。それによって放たれた衝撃波が、廊下の床を一直線に抉り取っていた。

 なんという剣速! そして威力! しかし、それに驚いている暇は無い。首無し剣士は間髪入れずに、第二撃を放とうとしている!

 

「無想水平斬!」

 

 当然、座してそれを待つロイドではない。抜刀と同時に、前方に向かって一直線に水の刃を放つ戦技で反撃する。

 

「――甘い」

 

 しかし首無し剣士が再び神速の剣を振るうと、空気が爆ぜる轟音と共に衝撃波がロイドを襲う。その威力は、ロイドが放った戦技を相殺しながら、ロイド自身を激しく後退(ノックバック)させる程のものだった。

 

「ぐはっ……! つ、強い……! なんという剣の冴え……!」

 

 アルティリアやフェイト、それにVRシミュレータで対戦した英雄(一級廃人)達に匹敵する強さ。あるいは攻撃速度だけなら、彼らをも凌駕するか。

 

「だが、負けるわけにはいかん……!」

 

 ロイドは闘志を漲らせ、刀を正眼に構える。

 

「力の差を理解しても、まだ戦意は衰えぬか」

 

「当たり前だ! もう勝ったつもりか、勝負はまだこれからだ!」

 

「いいだろう。ならば我が奥義・鬼鳴剣……再び受けるがいい!」

 

 首無し剣士が再び、神速の剣技と共に衝撃波を放つ。ロイドは闘気を込めた刀で防御をするが、それでも完全に威力を殺しきる事は出来ず、派手に吹き飛ばされた。

 

「くっ……! 鬼鳴剣とはよく言ったものだ……。まるで鬼の鳴き声の如き、空を裂く巨大な音を伴う衝撃波! その原動力となっているのが、貴様の剣を振る速度か」

 

「その通りだ」

 

 ロイドの推察通り、トップスピードが音速(マッハ)を超える程の、超高速の剣より放たれる闘気。それによって巻き起こされるソニックブーム現象こそが、首無し騎士が放った鬼鳴剣の正体だ。

 

「しかし原理が分かったとて、対応できなければ無意味だ」

 

 首無し剣士の言う通りだ。これはタネが割れれば対処が可能なトリックなどではなく、ただ単純に速く、単純に強い『技術』だ。

 

「それはどうかな……!」

 

 しかしロイドの目は、その超音速の剣技を捉えつつあった。幾度も衝撃波を受けて吹き飛ばされ、傷を負いながら果敢に立ち向かい、次第に吹き飛ばされる距離やダメージが少なくなっていく。

 

「――ここだ!」

 

 首無し剣士が放った、幾度めかの鬼鳴剣による衝撃波がロイドを襲う、その瞬間。完璧なタイミングでロイドが水の闘気を纏った刀を振るい、衝撃波を切り裂いた。

 まるで黒板を爪で思いっきり引っ掻いたような音と共に、ロイドの刀が鬼鳴剣を正面から弾き返した。

 

「螺旋……水撃ッ!!」

 

 ロイドの刀から、渦巻く激流が放たれて首無し騎士を襲う。剣で防御され、大したダメージを与える事は出来なかったが、しかし。

 ロイドの攻撃が、初めて首無し騎士にダメージを与え、その体を僅かではあるが後退させた瞬間であった。

 

「鬼鳴剣……見切ったぞ……!」

 

 それを成し遂げる為に、幾度も敵の奥義を受け続けたロイドは満身創痍で、出血も激しい。身に付けた鎧も耐久値が残り僅かで、壊れる寸前だ。

 しかし、そこまでしてでも彼が格上の強敵に一矢報いたのも、紛れもない事実。

 

「――見事だ。良い眼をしている」

 

 首無し騎士は、それを成し遂げたロイドを手放しに賞賛した。そして……一切の出し惜しみをしない事を決めたのだった。

 

「敵ながら実に惜しい男よ。しかし……だからこそ全力を揮う価値がある。受けるがいい……」

 

 首無し剣士が、ロングサーベルを両手持ちにして、大上段の構えを取った。

 

「秘剣・百鬼哭!!」

 

 鬼鳴剣を幾重にも重ねたような、凄まじい轟音を伴う衝撃波が次々とロイドに襲いかかる。

 廊下の壁や床、天井に罅が入り、窓は割れ、建物自体が崩壊しそうな程の、とんでもない威力の攻撃だ。

 当然、その真っ只中に居るロイドが無事に済む筈もなく……

 

「ぐっ……がはぁっ……!」

 

 崩壊しかけた床に膝を突き、倒れそうになる上半身を刀を床に突き刺して支え、どうにか意識を保ってはいるが、口から大量の血を吐き、目は虚ろだ。既にロイドは瀕死の状態であった。

 

「よもや、我が秘剣に初見で対応し、生き残るとは……つくづく惜しい。しかし……」

 

 首無し騎士が剣を振り上げる。振り下ろす先は当然、蹲るロイドの首だ。

 

「せめて苦しませず、一瞬で首を落とそう。それが強敵に対する礼だ」

 

 そしていよいよ、その剣がロイドの首を斬り落とそうとされた瞬間だった。

 

「――ぬぅっ!? 何者だ!?」

 

 突然、何者かが音も無く現れ、首無し騎士へと襲い掛かった。首無し騎士はその人物の攻撃を、ロイドの首を落とそうとしていた剣で咄嗟に受け止めるが、想定を超える攻撃の重さに、首無し騎士は吹き飛ばされた。

 すぐに立ち上がり、襲撃者の正体を確認する首無し騎士に対して、その人物はロイドに最上級治癒(アーク・ヒーリング)の魔法をかけながら名乗りを上げた。

 

冥戒騎士(アビスナイト)フェイト。主命により参上した」

 

 その人物は巨大な大鎌を手に持ち、黒いローブを着た薄い紫銀色の髪と赤い瞳の、少女と見紛うような小柄な少年だ。しかしその正体は、冥界を統治する大いなる神・冥王プルートの側近にして、配下の冥戒騎士を束ねる騎士団長。そして、かつて魔神将エリゴスを討ち滅ぼした英雄である。

 

 そして、この場に救援に来たのはフェイトだけではない。

 

「更に冥戒騎士アステリオス! 只今参上ォッ!」

 

「同じく冥戒騎士オルフェウス。お見知り置きを」

 

 巨大な両刃斧を持った、赤いメッシュが入った金髪の、頭部から二本の角が生えた大男と、竪琴を持った黒髪の、詩人風の物静かな優男。

 二人の仲間と共に、冥戒騎士フェイト、参戦。



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第151話 兜の下の素顔※

「フェイト殿、何故ここに……」

 

 意識はまだ朦朧としているが、フェイトの回復魔法によって致命傷から脱したロイドが問いかける。

 

「アルティリア様に危機を伝え、助力する為に来た。だがその前に、ロイド殿の命が危険だったので急いで助けに入らせて貰った」

 

「お手を煩わせてしまい、申し訳ありません。して、その危機とは一体?」

 

「その話はまた後に。今は治療と、あの敵との戦いに集中するべきだ」

 

 そう告げるフェイトの視線の先では、彼の仲間の一人が首無し剣士と対峙していた。

 

「行くぜオラァ!」

 

 豪快にラブリュスと呼ばれる両刃の長柄斧を振り回し、頭部に二本の角が生えた大柄な青年、冥戒騎士(アビスナイト)アステリオスが首無し剣士に突撃する。

 それに対し、首無し剣士は轟音と共に衝撃波を放つ神速の剣技、鬼鳴剣で迎撃するが、しかし。

 

「しゃらくせえっ!」

 

 アステリオスはそれを、防御も回避もする素振りを見せず、真正面から受け止めた。強敵の必殺技をまともに食らって、決して小さくないダメージを受けて出血しているが、しかしアステリオスは全く怯んだ様子を見せず、突撃を続ける。

 彼の持ち味は、生まれ持った怪力と両手斧による破壊力と、天性の打たれ強さに任せたノーガード戦法だ。当然リスクは高いが、その攻撃に全振りしたスタイルは上手く嵌れば凄まじい爆発力を発揮し、格上の相手でも一方的に殴り倒してしまう事もある程だ。

 

「轟雷閃ッ!」

 

 アステリオスが雷を纏う斧を振り下ろし、床に叩き付ける。通路の床や壁を削り、焦がしながら、幾つもの雷撃が迸り、首無し剣士を襲う。

 だが、それが命中するかと思われた瞬間、首無し剣士の姿がぶれる。その場に残像を残しながら、首無し剣士は一瞬でアステリオスの左側面へと移動した。

 

「何ぃっ……!?」

 

 剣の振りだけでなく、移動速度や身のこなしも途轍もない速さだ。首無し剣士は斧を振り下ろした姿勢で、隙を見せているアステリオスの首筋に向かって、ロングサーベルを振るおうとしたが、その直前に身を翻し、素早く飛び退いた。

 直後、首無し剣士が立っていた場所を二発の銃弾が通過する。それを放ったのはフェイトだ。彼は回復魔法でロイドを治療しながら、二挺拳銃を構えて援護射撃を行なっていた。

 

「アステリオス、油断するな。あの敵はかなりの手練れだ」

 

「すまねぇ大将、助かったぜ」

 

「協力して当たるぞ。オルフェウス、いつも通りに援護を頼む」

 

「いいですとも」

 

 フェイトが大鎌を手に、アステリオスの隣に並ぶ。その後ろでは、冥戒騎士オルフェウスが竪琴を奏で始めた。

 

「これは呪歌か……! 演奏の技術もさる事ながら、なんという効果だ……!」

 

 思わず戦いの最中である事を忘れて聞き惚れそうになる程の甘美な音色と共に、全身に活力が漲り、限界を超えた力が湧き上がってくるのを感じ、ロイドは驚愕した。

 冒険者時代、歌や演奏によって様々な強化(バフ)弱体化(デバフ)を引き起こす呪歌を得意とする吟遊詩人(バード)と組んだ経験はあり、その性能はよく知っているつもりではあったが、極めればこれほどの物になるとは……と感銘を受ける。

 

(流石はフェイト殿の仲間というだけはある……! 冥戒騎士の実力は底が知れぬ……。俺達も、もっと力を付けなければ……)

 

 同時に自分と彼らとの間にある実力差を肌で感じて、拳を血が出る程にきつく握る。しかしその悔しさをバネにして、もっと強くなる事を決意するのだった。

 

「ところでフェイト、いつもみてぇに首狩りは出来なさそうだが大丈夫か? 何せあの野郎、最初から頭と胴体が離れてやがる」

 

「問題ない。俺の鎌が真に断つのは肉体ではなく、生への未練と魂。首を断つ事自体は、さして重要じゃない」

 

 フェイトの回答にアステリオスは、じゃあ何でこいつは毎回毎回、不死者の首を鎌で斬り飛ばしてんだ? 趣味なのか? と、訝しむような目で見るのだった。

 

「何だ?」

 

「いや何でもねぇ。それより、捉えられそうか? 随分と速ぇが」

 

「問題ない。行くぞ!」

 

 黒いローブを翻し、フェイトが巨大な処刑鎌を手に躍り出る。対する首無し剣士は、鬼鳴剣をフェイトに向かって撃つが、それが相殺される。

 それをしたのはフェイト……ではなく、彼の仲間、オルフェウスだ。彼は首無し剣士が鬼鳴剣を放った瞬間に、竪琴を強くかき鳴らし、魔力を乗せた音を衝撃波として前方に放った。それを鬼鳴剣にぶつけて相殺したのだ。これには、流石の首無し剣士も驚いたようだ。

 

「まさかそのような方法で!」

 

「さあ、それじゃあお楽しみの、接近戦(インファイト)の時間だぜぇ!」

 

 アステリオスが、ラブリュスを横薙ぎに振るう。両手斧の豪快な一撃は、いかに業物とはいえ、サーベルでまともに受ければ腕ごと破壊されるだろう。首無し剣士は当然、回避を選択する。

 一瞬でアステリオスの背後に回り、回避と同時に背面攻撃(バックアタック)で反撃をしようと企む首無し剣士だが、その隙を与えずにフェイトが襲い掛かる。

 

「くっ!」

 

 それを見た首無し剣士は、反撃を諦めて大きく飛び退いた。フェイトが持つ処刑鎌『マリシャスセイヴァー』は、極めて高いアンデッドに対する種族特攻能力を持つ、不死者殺しの神器。不死者にとってはカスっただけでも大ダメージ、まともに食らえば一撃必殺もあり得る、相性最悪の特級危険物だ。一目見ただけで、首無し剣士はその危険性を見抜いていた。他の攻撃は兎も角、あれだけは受けてはならない。ゆえに退いた。

 

「分が悪いか……。仕方があるまい。不承不承ながら、ここは退かせて貰うとしよう」

 

 勝ち目が薄いと悟った首無し剣士は、冷静に撤退を決断した。そうと決めたら一切迷わずに、素早く逃げ帰ろうとしたが、しかし次の瞬間。

 

「逃がさん!」

 

 フェイトが左手で拳銃を抜き、早撃ちで首無し剣士に銃弾を放った。撤退しようとしていた首無し剣士の、意識の間隙を縫うように放たれた一発の弾丸が、命中する。

 その弾が撃ち抜いたのは……首無し剣士の、胴体から離れて左手に抱えられていた、兜に覆われた頭部であった。

 

 フェイトが放った銃弾によって兜が破壊され、その顔が露わになる。壊れた兜の下から現れたのは、三十歳前後の男性の顔だった。

 濃い茶髪の、端正な顔立ちの精悍な男前だが、その顔は……どういうわけか、ロイドとそっくりな見た目をしていた。

 そしてよく見れば、頭部の無い肉体のほうも背格好はロイドと似通っており、まるでロイドがもう少し経験を積んで、歳を重ねればこうなるであろうと思わせる程に、両者の容姿はよく似ていた。

 

「何だと?」

 

 流石のフェイトもそれを見て困惑する。ロイドと初対面のアステリオスやオルフェウスも、両者の顔を見比べて驚いた様子を見せている。

 

「馬鹿な……! そんな筈が無い……! 父上は二十年も前に死んだ筈だ!」

 

 そして、当事者であるロイドはそう叫んだ。

 首無し剣士の、兜の下から現れた顔……それはロイドの記憶にある亡き父、ジョシュア=ランチェスターの物だった。ロイドと似ているのも当然である。

 

「貴様は何者だ! 何故、俺の父と同じ顔をしている!?」

 

 そう問い詰めるロイドを前に、首無し剣士は……にやりと嗤った。

 

「知らんぷりはよせ、ロイドよ。お前はもう分かっている筈だ。……本来は明かすつもりは無かったが、見られてしまった以上は仕方あるまい。そう、私こそがジョシュア=ランチェスター。お前の父だ」



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第152話 父を超える時※

「嘘だッ! そうだというなら何故、死んだ筈の父上が魔神将の配下なんぞになっていると言うんだ!」

 

 自分こそが亡き父、ジョシュア=ランチェスターだと名乗る首無し剣士に、ロイドが激昂する。

 

「決まっているだろう。復讐だよロイド。私は私を貶め、殺したこの国に対して復讐をする為に蘇ったのだよ」

 

「復讐……」

 

「そうだ。私は二十年前、私の栄達を妬んだ者達の奸計によって国家反逆の罪を着せられ、斬首刑に処せられた。ギロチンの刃が私の首を断ち切り、私は死を迎えた……その筈であった」

 

 そう告げる男の頭部が胴体から切り離されているのは、或いはその死因のせいなのか。

 

「死の瞬間に私の心を支配したものは、私を裏切り、陥れた者達への怒り。そしてこの国に対する憎しみだけだった。そんな私に目をつけ、蘇らせてくれたのが、魔神将ビフロンス様だった。ゆえに私は決めた。この王都に住む全ての者を、ビフロンス様がこの世界に顕現する為の生贄として捧げようと」

 

 恐るべき企みを、首無し騎士……ジョシュアが告げる。

 

「そうはさせない。お前はここで滅する」

 

 フェイトが処刑鎌を手に、ジョシュアにとどめを刺そうと足を踏み出そうとする。だがその前に、ロイドがそれを制した。

 

「お待ちを、フェイト殿。どうか、この場は私に譲っていただきたい」

 

「……良いのか。父親なのだろう?」

 

「父親だからこそ、私が止めねばならないのです」

 

 その言葉に、フェイトはロイドの心にある深い悲しみと、それ以上に強い覚悟を感じ取り……一歩、後ろに下がった。

 

「愚問だった……許してくれ。武運を」

 

「感謝いたします、フェイト殿」

 

 ロイドが更に一歩、前へと進み、ジョシュアと向き合った。

 

「やはり……私の正体を知って尚、立ち向かうか。せめて何も知らないまま死なせてやりたかったのだがな」

 

「父上……。もう止めましょう。私も父上を陥れた者達は許せないし、俺も貴方のように冤罪によって軍と王都を追われた時は、人を憎んだ事もあった。それでも、罪の無い普通の人々までをも復讐の対象にするなど、あってはならない」

 

「ロイドよ、お前は何も知らぬからそう言えるのだ。あの日……私が処刑された日に、刑場に集まった民衆は、私にどのような言葉を投げかけたと思う? かつて私が助けた市民や、私を慕っていた部下達もが、私を口汚く罵り、石を投げた。与えられた情報を疑う事もなく、鵜呑みにしてな。それを目にした時、私は気付いたのだ。人とはこれほどまでに愚かしく、醜い存在なのだと。お前の言う、罪の無い普通の人々とやらこそが、無自覚に人を貶め傷つける、この世で最も度し難い存在だ。そんな者達に生きる価値など無い」

 

「それは違う! 貴方の死を悲しんでいた者は確かに居たんだ! それに、確かに人は道を間違えたり、互いに傷付けあったりもする! それでも、過ちを正し、手を取り合ってより良い方向へと進んでいく事だって出来る筈だ! 俺はアルティリア様と出会って、それを教えられた! 誰だって、何度だってやり直せるのだと!」

 

「私もかつては、そのように思っていた……いや、或いは私が間違っていて、お前の言う事が正しいのかもしれぬ。だが私はもう、人を信じる事が出来ないのだ」

 

 真っ直ぐな視線と言葉を向けてくる息子を眩しそうに見て、一瞬だけかつての彼を思わせる、穏やかで優しげな表情を見せるジョシュアだったが……

 

「もはや言葉で我が憤怒、我が憎悪を止める事は出来ん! お前が己の信念を貫こうというのなら、その剣で私を止めてみるがいい!」

 

 再び鬼の貌を浮かべ、ジョシュアがサーベルを構える。最早言葉は出尽くした。ここから先は剣で語れと促す父に対し、ロイドは頷き、刀を抜いた。

 

「いいだろう。言葉を交わしても止められないと言うならば、俺が貴方を止めてみせる……!」

 

 明鏡止水。一切の雑念を捨て去った、澄み切った心で静かなる闘気を纏って、ロイドは次の一撃に全神経を集中させる。

 それに対し、ジョシュアは荒れ狂う嵐のような、凶暴な鬼気を漲らせる。

 

「ゆくぞ……秘剣・百鬼哭ッ!」

 

 再び放たれる、戦鬼と呼ばれた男の奥義。闇属性の闘気と共に、幾重にも連なった黒き衝撃波が、ロイドに襲い掛かる。

 それを目の前にしても、ロイドの心は凪いでいた。恐怖も、悲しみも、怒りも、迷いも、全てを振り切って。ただ次に放つ一撃だけに集中し、剣に全てを委ねる。明鏡止水を超えた無念無想の境地に、この土壇場でロイドは足を踏み入れた。

 

「無想海破斬!」

 

 どこまでも澄み切った水の刃が、一直線に放たれた。両者の奥義がぶつかり合い、中間地点で拮抗する。

 

「くっ……! これでも、まだ届かないのか……!」

 

 その攻防は最初は互角だったが、徐々にロイドが押され始める。本人の力量、そして技の熟練度共に、ジョシュアのほうがロイドよりも一歩先を行く。ゆえにその結果は必然であった。

 

「所詮は付け焼き刃よ! お前の力、お前の信念など、これくらいで折れる程度のものに過ぎんというのか!」

 

 ジョシュアが言葉でロイドを責めたて、同時に追加で放たれる衝撃波がロイドの無想海破斬を押し返し、追い詰めていく。

 通路全体をズタズタに傷つけ、王宮全体を軋ませる程の衝撃波が、ロイドの身体を傷つけ、その体力と生命力を容赦なく奪う。

 足が震え、たまらず膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪えるロイドに向かって、ジョシュアは更に言葉を重ねる。

 

「どうした、もう諦めたか! そんな無様な恰好で、よくもこの私を止めようなどと思い上がったものだ!」

 

「諦める、だと……! 絶対に諦めるものか……! 諦めたのは……人を信じる事を諦め、人である事すら諦めたのは、貴方のほうだ……!」

 

 ロイドが限界を超えて力を振り絞り、押し返す。ジョシュアが目を見開く。

 

「アルティリア様は、たった一人で魔神将に絶望的な戦いを挑んだ時も諦めなかった! 俺の仲間達や王都の民も、誰一人として諦める事なく、生きる為に戦っている! だから俺だって、貴方に負けるわけにはいかない! 今ここで、貴方を超えてみせる!」

 

 更に押し返す。信奉する女神や、これまで共に戦ってきた仲間達の手に背中を押される感覚を覚えながら、ロイドは渾身の力で、最後の一押しを放った。

 その瞬間、彼の視線の先で……ジョシュアが憑き物が落ちたような微笑を浮かべた。

 

「ああ……それでいい。それでこそ私の……自慢の息子だ」

 

 そう呟いて脱力したジョシュアに、ロイドの奥義が直撃する。

 

「ち……父上ええええええっ!!」

 

 邪悪な力によって蘇生させられた体が消滅し、後にはジョシュアの頭部と、彼が手にしていたサーベルだけが残っていた。駆け寄ったロイドが、ジョシュアの頭部を抱え上げる。

 

「父上、正気に戻られたのですか……!」

 

「ふっ……私は最初から正気だったとも……。今でも人間に対する怒りや憎しみは、全て消えたわけではない……。だがな……逞しく成長した、私を超えた今のお前の姿を見て、思ってしまったのだ……。人間も、捨てたものではないのかもしれんと……な……」

 

「父上……ッ!」

 

「あの日、死を迎えた時……私の中には怒りと憎しみ、後悔しか無かった……。だが今は……悪くない気分だ……。私を超えるほどに、立派に成長した息子の胸の中で……逝けるのだから……」

 

 そう呟いて、瞳を閉じるジョシュア。偉大な父の二度目の死を、ロイドは彼の頭を抱きしめ、涙を流しながら見送る。

 しかしその時、父子の別れに水を差す、無粋な輩がその場に割り込んできた。

 

「実に感動的だな。しかしそれが赦されると思うたか、ジョシュアよ」

 

 地獄の底から響いてくるように低く、聞いているだけで吐き気を催し、背筋が凍るような恐ろしい声。それを発したのは、虚空に浮かぶ巨大な骸骨の頭部であった。

 

「貴様は……! 貴様が父上を蘇らせた魔神将か!」

 

「その通りだ、ジョシュアの息子よ。我こそが魔神将ビフロンスなり」

 

 現れたのは、人知を超えた死霊術の使い手である、魔神将ビフロンス。ただし本体ではなく、あくまで化身(アバター)での現界だ。

 

「我と契約し、魂を売り渡した貴様に人間らしい最期など、赦されると思うたか。敗北して計画に失敗した挙げ句、人間ごときに絆された貴様には、ほとほと失望したぞ。ゆえに貴様には死すら赦さん。貴様の魂を回収し、永劫の苦痛を味わわせてやろう」

 

 骸骨の手が現れ、ジョシュアへと伸びる。

 

「やめろおおおおおッ!」

 

 ロイドが叫びを上げ、それを止めようとする。しかし彼の体力は先程の激闘によって、とっくに限界を超えており、それを阻む力は最早残っていない。万事休すかと思われたが……突然、その手が見えない障壁に弾かれる。

 

「させん。死は冥王の領域であり、死者の魂は須らく冥王の物。誰であろうと、それを侵す事は赦されない」

 

 そう告げて、ビフロンスを阻んだのは冥戒騎士(アビスナイト)フェイトだった。その隣には、アステリオスとオルフェウスも臨戦態勢で控えている。

 

「冥戒騎士か……! おのれ……ッ!」

 

「失せろ魔神将! この者の魂は冥戒騎士の名に於いて、冥王プルート陛下の下に送らせて貰う!」

 

 フェイトが手にした鎌の先端を、ロイドに抱えられたジョシュアへと向ける。すると、鎌の刃部分が優しい光を放ち、ジョシュアの頭部がその光に包まれた。

 

「そうか、私は人として逝けるのか……感謝します、冥王の騎士よ……」

 

「それが私の使命ゆえ、礼には及ばない。それに死んだからといって安心は出来んぞ。冥界に行ったら冥王様が直々に裁きを下されるから、覚悟しておく事だ」

 

「ふっ……それは恐ろしい……。ではロイド、さらばだ……。最期にお前の成長した姿を見る事ができて、悔いはない……」

 

 そう言い遺して、ジョシュアの姿が消え去った。彼の魂はフェイトによって冥界へと送られ、この後は冥王の審判を受ける事になる。

 

「フェイト殿……父の魂の尊厳を守っていただき、何と礼を申せば良いか……!」

 

「先にも言ったが、それが私の仕事だ。それよりも……」

 

 フェイトがビフロンス・アバターに向かって、処刑鎌と鋭い視線を向ける。

 

「目当てのジョシュアの魂にはもう手出しが出来んが、さあどうする。本体ではない化身の状態で我々に勝てるかどうか、試してみるか」

 

「おのれ、冥王の犬め……! まあ良い、ここは引き下がろう。これで終わったと思うなよ……。我が計画の駒は、ジョシュアだけではない……! 我が復活は最早秒読みの段階よ……! 復活が成れば、貴様らは真っ先にひねり潰してくれるわ!」

 

 負け惜しみを言いながら、ビフロンス・アバターは退散した。それを見送った直後に、ロイドが力尽きてその場に倒れた。

 

「限界か……。オルフェウス、治療を頼む。俺はアルティリア様のもとに行かねばならない。アステリオスは敵の掃討をしてくれ」

 

 仲間の二人に指示を出して、フェイトは城を出てアルティリアの処に向かった。

 

 こうして敵の幹部は倒れ、海神騎士団の活躍によって城内の敵の大部分は倒され、また一方、城下町ではアルティリアと、彼女に率いられた守備隊や住人達による奮戦によって、魔物の大軍による襲撃を防ぎ、逆に殲滅しつつあった。

 人間達の勝利による、戦いの決着は近い。しかしその裏では、恐るべき陰謀が繰り広げられているのだった。




 <ミッションリザルト:ロイド=アストレア>

 ・メインクラス、クラスチェンジ。
  神殿騎士(テンプルナイト)Lv20→聖騎士(パラディン)Lv1

 ・サブクラス、クラスチェンジ。
  侍Lv15→剣鬼Lv1
  騎士団長(ナイトリーダー)Lv15→騎士王(ナイトロード)Lv1

 ・新規技能習得。
  『無念無想』『不撓不屈』

 ・新規戦技習得。
  『無想海破斬』『鬼鳴剣』『秘剣・百鬼哭(未完成)』


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第153話 第二次魔神戦争

 王都を包囲する魔物の大軍との戦いは、俺が率いる王国軍&王都の民が優勢のまま進んでいた。

 俺の参戦により士気が最大までブチ上がった人間達は、押し寄せる魔物達の侵入を決して許さず、城壁の外に単身躍り出た俺が、後方の敵陣を薙ぎ倒して指揮系統をズタズタにする。

 

「ええい、人間共はもういい! 女神を狙え! 奴を止めるのだ!」

 

 敵の部隊を指揮している、他の奴より上等な装備をしたアンデッドモンスター……『マスターリッチ』が泡を食って叫ぶ。アンデッドの魔法型モンスターであるリッチ系の最強個体で、最上級の攻撃魔法や召喚魔法を使いこなす強敵だ。負けはしないものの、俺でもソロで倒すには少しばかり時間を要し、無傷で倒せるような相手ではない。

 マスターリッチが指揮する魔物達に、俺への攻撃指示を出す。このまま俺を自由にさせていれば敗北確定と判断しての事だろう。その判断自体は正しい、が……

 

「今だ、アルティリア様に気を取られている奴等の頭に、矢の雨(アローレイン)を降らせてやれ!」

 

 その声と共に、こちらに向かってきていた魔物の群れに、無数の矢が降り注いだ。それをしたのは、ケッヘル辺境伯が率いる部隊のようだ。

 不意討ちで射撃を食らった魔物達の中心に、辺境伯が放った矢が着弾する。着弾地点を中心に暴風が巻き起こり、魔物達を派手に吹っ飛ばした。

 

「よくやった辺境伯! 実に良いタイミングだ」

 

「お褒めにあずかり光栄でございます、アルティリア様」

 

 馬上で矢を放った姿勢から優雅に一礼した後に、辺境伯は周りにいる貴族らしき者達に指示を出し、別方向の敵部隊に向かって矢を射掛ける。狙いは正確で、長距離だというのにかなりのヘッドショット率を誇っている。大したものだ。

 

「おのれ! だが抵抗もここまでだ! 最上級儀式魔法を受けるがいい!」

 

 マスターリッチが俺に向かってそう叫び、手に持った杖を振りかざす。

 儀式魔法か……。儀式魔法とはその名の通り、集団で儀式を行なって魔力消費や反動を分担する事で、単体では行使できない高位の魔法を発動させる為のものだ。

 儀式の為には専用のマジックアイテムや、儀式に適した地形、そして大人数が必要で準備に時間がかかるといった様々な欠点や制約はあるものの、術者の実力以上の魔法を少ない負担で使う事ができるという利点がある。

 さて、そんな儀式魔法で、どんな凶悪な魔法を撃ってくるのか……と警戒したが、

 

「何だ、ただのメテオじゃねーか」

 

 マスターリッチが使ったのは、上空に巨大隕石を召喚して落下させる最上級魔法『メテオストライク』だった。火属性・土属性・召喚の三種複合魔法で、その三種のスキル熟練度が全て、極めて高くなければ使えないというだけあって、その破壊力と攻撃範囲は確かに大したものだ。しかし。

 

「ただの単発メテオぶっぱ如きが、この私に通用するかボケがぁ!」

 

 こちとら自爆覚悟で開幕爆速詠唱暴走メテオストームを連発してくる馬鹿(スーサイド・ディアボロス)とか、前線で近接戦闘しながら並列詠唱で後衛にメテオぶっ放しつつ、爆煙に紛れてアサシン軍団に奇襲させる馬鹿(あるてま)みたいな連中と常日頃からバチバチやり合ってたんだよ。PVPガチ勢なめんじゃねえ。

 

 しかも都合よく敵陣で孤軍奮闘してる俺に向かって撃ってきたので、周りの味方を護る必要もない。というわけで着弾の瞬間に流水歩法(アクア・ミラージュ)使って無敵時間で物理ダメージを回避! 続いて範囲魔法ダメージが襲ってくるが、それは自分の周りに最上級の水属性シールドを張ってガード! はい終わり!

 いくらLAOでトップクラスの魔法防御力を誇る俺でも、流石に直撃したら結構痛かったとは思うが、なら避けちゃえばいいよねって事だ。というか、これくらいは出来ないとワールドレイドボスとの戦いで一撃死クラスの範囲攻撃を避け損なって死ぬので、廃人連中なら全員、俺がやったのと似たような方法で回避できるだろう。あとクロノみたいなガチガチのタンク連中なら普通に盾で受けられると思う。

 

「何なんだぁ……今のはぁ……?」

 

「ば、馬鹿な!? 効いていないだと!?」

 

 メテオストライクが巻き起こした爆煙の中から無傷の状態で出てきた俺を目にしたマスターリッチが、恐怖した様子で後退する。

 

「もう終わりか? ならお返しだ!」

 

 俺は『天より堕ちる水球(フォーリングスフィア)』を詠唱し、マスターリッチの頭上に向かって巨大な水の球体を上空から降下させた。水属性版のメテオストライクみたいな魔法だ。

 そんでもって、着弾直後に『天に還る水柱(ライジングピラー)』にコンボを繋げ、水柱で空高く打ち上げてトドメだ。ド派手な範囲攻撃に味方の士気は鰻登り、切り札が全く効かなかった上に、指揮官をあっさり処された敵軍は浮き足立つって寸法よ。

 さーて、これで大体戦局は勝勢に傾ききった頃合いだし、さくっと残敵を掃討して終わりにするか。

 俺がそう考えた時だった。

 

「伝令! ロイド様が敵将との戦いの結果、勝利しましたが重傷を負い、意識不明の重体です!」

 

 伝令の水精霊が、そんな報を知らせてきた。

 

「何ぃ!? で、あいつは無事か?」

 

「命に別状はありませんが、治療が完了するまで今しばらく時間を要するかと」

 

「そうか……しかし今のロイドに深手を負わせるとは、相当な強敵だったようだな」

 

「はい。敵は魔神将ビフロンスの配下、首無し剣士と申す者で……その正体はかつて反逆者の汚名を被せられ、処刑された元王国貴族、ジョシュア=ランチェスター」

 

「おい待て、ジョシュアだと? 確かその名前は……」

 

「はい。ロイド様のお父上です。ロイド様は死闘の末に、魔神将によって蘇り、その配下になっていた父親を打ち破り、その魂を魔神将のもとから解放されました」

 

「……そうか。ロイドは随分と辛い戦いを乗り越えたようだな」

 

 幸い、この戦いももうすぐ終わりそうだし、ゆっくり休ませてやりたいところだ。そう思っていると、何者かが上空から、俺のすぐ近くに降り立った。その人物は、俺がよく知る相手だった。

 

「お久しぶりです、アルティリア様」

 

「フェイト殿か!? 援軍に来てくれたのか。感謝する……」

 

 冥戒騎士(アビスナイト)フェイト。ロストアルカディアⅥの主人公であり、現在は冥王の名代としてグランディーノの冥王神殿に滞在している、冥王プルートの腹心だ。

 

「いいえ。たまたまロイド殿に加勢はしましたが、私の本来の役目は伝令です。アルティリア様、すぐにグランディーノにお戻りください。危機が迫っております」

 

「何だと!? どういう事だ?」

 

「この王都への襲撃と時を同じくして、グランディーノに対しても海から魔物の大軍が襲撃を開始しました。現在はグランディーノの海上警備隊や船持ちの冒険者達が防衛に当たっていますが、敵の数が多すぎて苦戦を強いられている模様です。更に……」

 

 おい、まだ何かあるのか?

 

「これはアルティリア様には直接は関係の無い事ですが、ルグニカ大陸やハルモニア大陸、それからこの大陸の西側でも、同時刻に大規模な魔物の襲撃が発生したとの事。……まるで神代に起きた、かつての魔神戦争の時のように、世界中で同時に魔神将勢力による攻撃が起こっているのです」

 

「何だと……!?」

 

 魔神戦争の再来……それが今、起こっているというのか!?

 流石に魔神将72柱が全員で襲ってきて、神々と世界各地でガチバトルを繰り広げた当時に比べればだいぶマシな状況だろうが、それでも相当やばい事になっているようだ。

 

 フェイトの言う通り、グランディーノの方はかなり苦戦しているようだし、王都を襲ってきた魔物共はだいぶ片付いたから、急いで帰還するべきか。

 その為に、まずは海神騎士団の皆やアレックス、ニーナと合流しなければならない。そう考えた矢先に、それは起こった。

 

 地鳴りと共に、王宮が吹き飛んだ。

 比喩でもなんでもなく、王宮がその下から現れた巨大なナニカに持ち上げられて、文字通りに空高く吹っ飛ばされて、バラバラの瓦礫と化したのだ。

 

「……は?」

 

 王宮の下から現れたのは、天を衝くような巨人であった。

 しかしそれは血も肉も持たぬ、無数の手を持つ、地獄のようにドス黒い瘴気を纏った、巨大な骨の怪物だった。

 

「魔神将……ッ!」

 

 あんなとんでもなく巨大で、醜悪で、凄まじい威圧感を放つ存在が普通のモンスターの訳がない。

 顕現してしまったのだ。魔神将の本体が。

 

「って、そんな事より王宮には……!」

 

 アレックスとニーナ、海神騎士団の主要メンバーはまだ王宮に残っていた筈だ。俺は慌てて神としての技能(アビリティ)、『信者の状態把握』を発動させて、彼らの生存を確認する。アレックスとニーナは信者ではないので確認できないが、海神騎士団のメンバーに関しては問題なく確認可能だ。

 それによると……負傷している者が多いが、どうやら全員生きてはいるようだ。しかし問題はアレックスとニーナだ。二人は無事なのかと肝を冷やしていると……

 

「ガオオオオオオオオオオン!」

 

 上空から、飛竜の咆哮が響き渡った。

 

「あれはツナマヨか。という事は……」

 

 俺がかつて打倒し、従えた後はニーナのペットと化した飛竜が、俺の近くに降下してきた。その背中にはニーナとアレックス、それから数名の神殿騎士が騎乗していた。あとは見覚えのない、身なりの良い金髪の美青年も乗っている。

 

「二人共、無事だったか……」

 

 子供達が無事だった事に思わずホッとするが、安心している場合ではなかった。

 いきなり王宮を吹っ飛ばして、王都のド真ん中に巨大な化け物が現れたのだ。王都の住民はパニックになって、開け放たれた門から王都の外に続々と逃げ出している。

 

「やるしか無いのか……!」

 

 突然現れた魔神将によって、戦いは新たな局面に突入したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆運営チームからのお知らせ◆

 

 大規模イベント『第二次魔神戦争』を開始します。

 世界各地に魔神将勢力が同時襲撃を行なう、これまでにない規模のイベントになっております。

 イベントの詳細については続報をお待ちください。

 なお、対象のゲーム・エリアは以下の通りです。

 

 『ロストアルカディア・オンライン』

 ルグニカ大陸

 ルグニカ王国・王都ルグニカ

 ルグニカ王国・旧都アグニカ

 

 ハルモニア大陸

 ヴァリエール王国・王都ティオール

 サラブリア共和国・首都タンザーナ

 

 ※イベントにはLv100以上かつメインクラスが最上級職にクラスチェンジ済のキャラクターで参加可能です。

 

 『ロストアルカディアⅦ Goddes of Ocean(オンラインモード)』

 ルフェリア大陸

 ローランド王国・港町グランディーノ

 ローランド王国・王都ローランディア

 

 ※イベントには王都ローランディアに到達済みのキャラクターで参加可能です。



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第154話 第二王子救出作戦※

 アルティリア達が目にした魔神将の復活から、少しだけ時を戻そう。

 

「クソッ! 次から次へと湧いてきやがって! どけ!」

 

 そう叫びながら素早くクロスボウに矢を番え、即座に放ったのはジャンという名の青年だ。彼は羽飾りが付いた、幅広のつばがあって先が尖った緑色の帽子とローブを着用し、背中には楽器ケースを背負った吟遊詩人といった風貌の、明るい金髪と琥珀色の瞳を持つ男だ。ちなみにアルティリアは、心の中で彼の事をスナフキンと呼んでいる。

 ジャンという名と吟遊詩人の立場は偽りであり、彼の本名はジュリアン=ド=ローランディアという。このローランド王国の第四王子だ。普段は吟遊詩人として各地をふらふらしながら、たまに王宮に帰ってきては旅先で見聞きした物事を父である国王や、王太子のセシル王子に報告していた。

 そんな彼がいつものように旅から戻ったタイミングで、王宮を魔物の大軍が襲ってきたのだ。王子兼吟遊詩人とはいえ、ジャンも様々な土地を渡り歩いてきた熟練の旅人なので、戦いの心得はある。特にクロスボウの腕前に関しては一流といって差し支えないだろう。ろくに狙いも定めずに、装填した直後に放った矢がガーゴイルの眉間に突き刺さった事からも、それは明らかだろう。

 しかし、そんな彼でも通路を塞ぐ大勢の魔物には苦戦を強いられていた。クロスボウは普通の弓に比べて、矢の装填に時間がかかり、その間は敵の攻撃に対して無防備になりやすい。一部のトチ狂った廃人のような例外を除けば、単独(ソロ)で多数の敵を相手にするのには不向きな武器だ。

 戦況は明らかに不利だ。しかし、ジャンにはどうしてもこの先へと進まなければならない理由はある。なので後退するわけにはいかず、何とかこの通路に陣取る敵を突破しなければならないが、現実的な問題としてそれ以前に、自分の命が危ない状況だ。

 八方塞がりの劣悪な状況に陥ったジャンであったが、しかし天は彼を見捨ててはいなかった。

 避け損ねた骸骨弓兵(スケルトン・アーチャー)の矢を膝に受け、足を封じられたところにガーゴイルが遅いかかり、手にした両手剣をジャンの頭に向かって振り下ろし、最早ここまでかという場面で、素早くジャンの前に立ち塞がって、盾でガーゴイルの攻撃を受け止めた者がいた。

 

「確か、ジャン殿でしたか。何故貴方がここに居るのかは分かりませんが、どうにか間に合ったようですね」

 

 金属鎧(プレートアーマー)を着た、小人族の女性だ。体格の小ささ故に巨大な盾を装備する事は出来ないが、彼女の盾防御や受け流しの技術は超一流だ。現に今も、左手に持つヒーターシールドで、自身よりも遥かに巨大で重いガーゴイルの両手剣による振り下ろし攻撃を、小動(こゆるぎ)もせずに受け止めている。

 そして彼女が右手に持った聖剣を一振りすると、ガーゴイルの石でできた堅い肉体が、まるで熱したバターのようにあっさりと両断された。

 この小人族の女騎士こそ、聖剣フラガラッハの継承者にして小人族の王の遺志を継ぐ者。女神アルティリアに仕える聖騎士、ルーシー=マーゼットだ。

 

「『凍結拡散弾《フローズンブラスト》!』」

 

 ルーシーがガーゴイルを斬り伏せるのと同時に、後方から別の者が魔法を放った。無数の小さな氷の弾丸が魔物の群れに降り注ぎ、氷漬けにする。そうして動きを封じられた魔物は、

 

「終わりです! 激流衝(アクア・ストリーム)!!」

 

 続けてその男が放った水属性の上級魔法によって発生した、渦巻く激流によって一網打尽にされたのだった。

 それを放ったのは、法衣を着た柔和な顔立ちの金髪の青年。同じくアルティリアに仕える司祭、クリストフである。

 

「ジュリアン王子、ご無事ですか!」

 

「王子はよせと言ってるだろう。ちょっと膝に矢を受けただけだ、大した事はないさ」

 

 ジャンは顔を顰めながら膝に刺さった矢を抜き、駆け寄ってきたクリストフにそう言った。

 

「いけません! アルティリア様によると、膝に矢を受けた事で再起不能になり、引退する事になった冒険者は多いと聞きます。すぐに治療するので大人しくしていて下さい」

 

 クリストフが回復魔法を唱えると、ジャンが負った傷が癒えていく。それを横目で見ながら、ルーシーが呟いた。

 

「えっ、王子……とは?」

 

「「あっ」」

 

 うっかり口を滑らせてしまった事を悟って、クリストフとジャンは二人揃って同じタイミングで、ルーシーから目を逸らした。

 

「どういう事ですかクリストフさん」

 

「あーっとお嬢さん、こいつを責めないでやってくれ。俺は普段は吟遊詩人に扮して旅をしてる身でね。身分がバレると色々と面倒な事になるんで口止めしてるんだ」

 

 思わずクリストフを詰問しようとするルーシーを止めたのは、ジャンであった。

 

「……わかりました。今はそれで納得しておきましょう」

 

「助かるよ……っと、今はそんな事を言ってる場合じゃあなかった。クリストフ、それとルーシーさんも、手を貸してくれないか?」

 

 いつになく真剣な顔で、ジャンが頼み込む。彼の言葉によると、彼の兄である第二王子サイラスが、謎の黒い鎧を着た騎士達に連れ去られた、との事だ。彼らは第二王子を連れて、この通路の先……城の地下へと向かったそうだ。ジャンは急いでそれを追い、兄を救出しようとしたが、魔物達に行く手を阻まれていた。

 彼が口にした黒い鎧を着た騎士というのは、レオニダスやロイドが交戦した闇黒騎士……魔道に堕ちてこの国を、ひいては人間を裏切った近衛騎士達で間違いないだろう。

 

「私達は一度、サイラス王子の執務室へと向かったのですが、不在だったのはそのような理由からでしたか……。それにしても、王宮の地下ですか……。重罪人を捕らえている地下牢があると聞いた事がありますが……彼らはそんな場所で一体何を?」

 

「わかりません。しかし、どうせろくでもない事でしょう。急ぐ必要がありそうですね」

 

 クリストフが疑問を浮かべるが、ルーシーはそれを考えるよりも先を急ぐべきだと促した。その言葉にもっともだと頷き、三人は地下への道を進んだ。

 道中で待ち受けていた魔物や闇黒騎士を倒しながら、彼らは長い階段を降りて地下牢へと降り立った。

 

「誰も居ない……いえ、おかしいです。看守や囚人すら一人も居ない!」

 

「こっちもだ! 牢は全てもぬけの空だ!」

 

 クリストフとジャンが手分けして地下牢の中を探すも、辺りは静まり返っており、鼠一匹すら見つからない。しかし、彼らとは別の方向を探していたルーシーが何かを発見したようだ。

 

「こっちです! 鍵がかかっている扉がありました!」

 

「ナイスだ! だが鍵は!?」

 

「今は緊急事態なので、鍵を探している暇はありません! 突破します!」

 

 ルーシーが聖剣による開錠(物理)を行ない、扉を破る。その先には更に下へと続く階段があり、三人は更に地下深くへと足を踏み入れた。そうして辿り着いた先にあったものは、地面には魔法陣のような模様が描かれ、中央に祭壇が置かれた儀式場のような空間だった。

 



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第155話 馬鹿※

「むっ、何者だ!?」

 

 見張りの闇黒騎士達を倒して、地下儀式場へと乗り込んだ三人を前に誰何するのは、豪奢な金の装飾がされた高級そうな衣服を着た、初老の男だった。

 その隣には金髪に青い瞳で眼鏡をかけた、長身痩躯で二十代後半と見られる男性が手足を拘束された状態で、椅子に座らされている。

 

「サイラス兄貴、無事か!?」

 

 拘束されている男に、ジャンが声をかける。どうやら彼が第二王子サイラスのようだ。その声に反応して、サイラスが皮肉げな笑みを浮かべる。

 

「ジュリアンか。ふっ、まさか貴様が助けにきてくれるとはな。ああ、今のところは無事だが、一体これから何をされるのかと戦々恐々としていたところだ。出来れば早々に救出してくれると有難いね」

 

 その言葉とは裏腹に余裕綽々なふてぶてしい態度でサイラスが言う。続けて彼は、クリストフとルーシーへと視線を向けた。

 

「そちらのお二人は初めて見る顔だな。見たところ、本日登城する予定だった女神様に仕える方々かな? このような恰好で申し訳ないが、名乗らせていただこう。この国の第二王子、サイラス=ド=ローランディアだ。お見知り置きを」

 

 椅子に拘束されたまま自己紹介を行なうサイラスを、隣に立つ初老の貴族が苛ついた様子で見ながら、口を開いた。

 

「随分と余裕ぶった態度ですが、自分の立場を弁えていただきたいですな王子」

 

 彼こそが王子をこの場所に攫い、拘束している犯人である事は明らかだ。お前は俺に捕まっているのだから、大人しく従っていろと命じるが、サイラスはそれを鼻で笑った。

 

「ハッ。立場を弁えろだと? この国の重鎮たる大貴族、公爵という立場でありながら魔物共に与し、謀反を企てた貴様が言える事か? 全くお笑いだ、実に滑稽だなベレスフォードよ。それともこれは私を笑い死にさせる為の策略か何かか?」

 

 邪悪な笑みを浮かべながら、サイラスが痛烈な皮肉の刃を突き刺す。犯人の男……ベレスフォード公爵がますます苛立った様子を見せる。

 

「全く口の減らないお方だ。だが、いつまでその態度が続きますかな。貴方様にはこれから、私の野望の為の礎となっていただきます」

 

「フン……野望。野望か。貴様の野心には気付いていたが、貴様は私を王位に着け、傀儡とする事で実権を握って、この国を牛耳るつもりでいると思っていたのだがな。いつから魔物共に鞍替えした?」

 

「ええ。最初はそのつもりでしたとも。しかし残念ながら、貴方は私の想像を超えて優秀で、賢くなり過ぎた。傀儡にするつもりで、逆に我々貴族派の者達が良いように飼いならされてしまう程に。私は貴方様が立派に成長するにつれて、危機感を抱くようになっていきました。……この者は天下の宰相たる大器の持ち主だ。私に飼いならせる器ではないと」

 

「……それは買い被りすぎだな。私は貴様の野心に気付いていながら、それを利用して飼い慣らせると思っていたから側に置き続けた。その結果がこのザマだ。どうやら私は理詰めで考えるのは得意でも、人の心がわからぬらしい」

 

 そう自嘲し、サイラスは改めてベレスフォード公爵に訊ねる。

 

「それで? 貴様は私をどうするつもりで、ここに連れてきたのだ? 大方の予想はつくが、貴様の口から説明して貰おうじゃないか」

 

「フフフ……簡単な事ですよ、殿下。貴方様にはこれから、生贄となっていただきます。そう……偉大なる魔神将、ビフロンス様復活の為の生贄にね!」

 

「「「魔神将!?」」」

 

 看過できない固有名称が出た事で、たまらずクリストフ達が叫び声を上げる。

 

「そうですとも。この地下儀式場こそ、かつて神代の時代にビフロンス様が封じられた場所なのです! この王宮、そして王都そのものが、ビフロンス様の本体を封印する為の結界であり、蓋の役割をしているのだ!」

 

 そして神代の時代、神々と共に魔神将ビフロンスと戦った勇者こそが、後にローランド王国の初代国王となった男であった。彼はこの魔神将が封印された土地の上に街を作り、街そのものに結界の役割を持たせる事で、強固な封印を施したのだった。

 

「その封印を解く為に必要な、心に闇を抱えた多くの者達の命! それは地下牢に捕えられた罪人達を生贄に捧げた事で、既に達成済み! 後は仕上げの為に……勇者の末裔たる殿下、貴方をビフロンス様復活の依代として捧げる事で、儀式は完了する!」

 

 そう叫び、ベレスフォード公爵はサイラスを手にかけようとする。だが、彼らがそれをみすみす許す筈もなく。

 

「させない!」

 

 ジャンがクロスボウの矢を放ち、同時にクリストフが水の弾丸(アクア・バレット)を連続で放った。それと共に、ルーシーが聖剣を手に斬りかかる。

 

「ちぃっ! 忌々しい女神の信徒共め! それにジュリアン殿下も一緒とは。丁度いい、貴方もサイラス殿下と同じように、ビフロンス様の復活儀式に捧げてさしあげましょう!」

 

「お断りだ、魔神将に魂を売った裏切り者め!」

 

 身を翻して攻撃を回避したベレスフォード公爵は右手に杖を、そして左手には邪悪なオーラを放つ闇黒宝珠(ダークオーブ)を手にして、闇属性の魔法を次々と放って攻撃してくる。闇黒騎士と同様に、闇黒宝珠によって能力が大幅に底上げされているようだ。

 

「何故ですか。何故貴方はこのような暴挙を!? このような大逆を仕出かした以上、ベレスフォード公爵家はお終いです! 貴方の妻や子も、ただで済む筈もない。領民達も多くが路頭に迷うでしょう。貴族としての責務や誇りは、一体どこへ行ったというのですか!」

 

 クリストフが、ベレスフォード公爵を問い詰める。その問いに対して、公爵はあからさまに侮蔑の表情を浮かべた。

 

「貴族としての責務や誇りだとぉ? 下らん! 民などは所詮、我ら貴族の為の道具に過ぎんのだ! 第一、どうせこの国は消えて無くなり、この私こそがビフロンス様の腹心として新たな国の王となるのだ! ゆえに、誰も私を罪に問う事など出来ぬ! むしろ弱く愚かな人間共は首を垂れて、私に忠誠を誓って赦しを請うであろう!」

 

 下衆な本性を剥き出しにして、公爵が嗤う。

 

「そもそも、貴様のような下賤の者に貴族としての在り方をどうこう言われる筋合いなど無いわ。神官如きが無礼であるぞ! 身の程を弁えよ!」

 

「てめぇッ! その言葉、どういう了見だ! その腐った目ん玉をひん剥いてよく見やがれ! こいつはてめぇの息子、クリストファー=ベレスフォードだろうがッ!」

 

 公爵の罵倒に、ジャンが逆上してそう言い放った。ルーシーはそれを聞いて、思わずクリストフの顔を二度見する。

 そして、それを聞かされた当の本人である公爵はと言うと……首を傾げながら、記憶を探っている様子であった。まるで、「はて? そんな息子うちに居たかな?」とでも言いたげだ。クリストフが妾腹の子であり、幼い頃に神殿に入れられた身の上だとしても、あまりにも酷い。

 

「てめぇはッ……! それでも人間かああああッ!!」

 

 怒髪天を衝いたジャンが放ったクロスボウの矢を、闇の魔力で弾き返しながら公爵はクリストフへと話しかける。

 

「まあ良い。お前が私の息子だというならば丁度いい。お前も私と共にビフロンス様のもとに来るがいい。共に愚かな人間共を支配しようではないか」

 

 そう言って、公爵はクリストフに向かって手を差し伸べる。

 

「何を言っている……てめぇ、どこまで腐ってやがる……!」

 

 ジャンの怒りの声も届かず、公爵はなおも続ける。

 

「お前も私の、大貴族の貴い血を引いているならば理解するがいい。民草など、所詮は我らに支配されなければ生きていく事すら出来ない、脆弱で愚鈍な存在なのだ。我らのような選ばれた者こそが世を統べ、人を支配する権利を有するのだ。さあ、理解したなら我が手を取るがいい」

 

 そんな悪魔の誘惑を前にして、クリストフは……

 

「馬っっっっっ鹿じゃねぇの?」

 

 端正な顔に心底馬鹿にした表情を浮かべて目の前の、父親と呼ぶのも恥ずかしい愚物に向かって罵倒を浴びせたのだった。



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第156話 生贄※

今回からカクヨム版と同時投稿になります。


「……何ぃ?」

 

 息子に罵声を浴びせられ、公爵が呆けた顔でそう声を漏らす。それに構わず、クリストフが語り始める。

 

「以前、アルティリア様のところに訪問してきた愚かな貴族に、貴方と似たような事を言った者が居ましたよ」

 

 呆れながら溜め息を吐いて、クリストフはその時の事を回想する。

 魔神将フラウロスの討伐後、グランディーノのアルティリアが住む神殿には、多くの貴族が挨拶に訪れたのだが、その中には悪徳貴族と呼ぶべき者達も交じっていた。

 そして、その中の一人がアルティリアに向かって、こう言ったのだ。

 

「それにしても女神様は、民草に対して甘すぎではありませんかな? 奴等は甘やかすとすぐに付け上がりますぞ! 我々貴族や女神様のような、選ばれし高貴な者が強固に支配しなければ」

 

 その者は領民に圧制を敷く悪徳貴族で、彼の領地では耐えきれずに逃げ出した領民が、アルティリアが降臨して以来、どんどん豊かになっているグランディーノに亡命する事が相次いでいた。彼は逃げた領民を返還するようにとグランディーノの町長や、領主であるケッヘル辺境伯――当時は伯爵である――へと要請していたが、両者共に彼らは既に我が土地の民であるとして断固拒否していた。

 それを気に入らないと思っていた彼は、遂にこうしてアルティリアへと直談判をしようと目論んだのであった。

 アルティリアの豊かに盛り上がった胸にチラチラと厭らしい視線を向けながら、そんな台詞を放った小太りの貴族に、周りに居た他の貴族から突き刺すような視線が向けられる。

 

(この馬鹿! いきなり何を言っておるのか!)

 

(貴様のように圧政を敷けば、民が耐えきれずに逃げ出す事など当たり前であろうが! それをまるで自分に非が無いかのような言いっぷり……反吐が出る!)

 

(そもそも、女神様の方針に貴様のような木っ端貴族が口出しするなど、身の程知らずにも限度があるわ! 我らまで女神様の不興を買ったらどうする……ヒィッ!)

 

(ど、どうした!?)

 

(め、女神様の奴を見る目が……まるで虫ケラを見るような……!)

 

(なんという冷たい視線じゃあ……まさに絶対零度……!)

 

(だが美しい……)

 

 身を寄せ合い、小声でひそひそと囁き合う貴族達を尻目に、アルティリアは問題の悪徳貴族に対してこう言った。

 

「馬鹿か?」

 

「なっ……!」

 

「貴様は大きな勘違いをしている。貴族が存在するから民がいるのではない。その逆だ。まず人が居て、その人々が敬い、従うからこそ貴族は貴族でいられるのだ。それは神である私にとっても同じ事。私を女神と信じ、奉ってくれる人が居るからこそ、私は神として君臨できているのだ。だからこそ、そんな彼らを愛し、大切に扱うのは当然の事だ。逆に自分の為に尽くしてくれる彼らを粗略に扱って、一体どんな得があると言うのだ? まともな頭を持っているなら、少し考えれば分かるだろうに」

 

 淡々と述べるアルティリアに対して、悪徳貴族は混乱した様子で、酸欠になった金魚のように口をぱくぱくとさせている。

 

「はぁ……そもそもの話だがな……」

 

 その時に呆れた顔で言ったアルティリアの台詞をそのまま、クリストフはベレスフォード公爵に向かって叩き付ける。

 

「この世界に存在し、構成している大部分は、お前が言うような選ばれた者ではなく、普通に生きている普通の人達だ。そんな彼らを認めず、彼らに認められもしないお前のような奴が、人の上に立ったところで、一体何が出来ると言うのだ?」

 

 公爵に絶対零度の視線を向けながら、そう言い放ったクリストフの姿を見たルーシーとジャンの目には、彼にアルティリアが重なって見えた。

 

「フッ……ハーッハッハッハッハッハ!」

 

 そして、高らかに笑い声を上げる者が一人。椅子に拘束されたまま、身を捩りながらサイラス王子が嗤っていた。

 

「ククク……いやはや、言われてみれば全くもってその通りだな。セシルの奴は民の言葉を聞く事ばかりに力を入れ、民を甘やかしてばかりいるのではないか? 人としては美点であろうが、王としては頼りないのではないかと思っていたが……フッ、実は奴こそが、支配者として必要なものを一番よく分かっていたのかもしれぬな」

 

 妙にすっきりとした顔をして、サイラスがクリストフに話しかける。

 

「其方、クリストフと言ったか。このサイラス、其方のおかげで閉じていた目が開いた心境だ。礼を言わせて貰うぞ」

 

「光栄でございます、殿下。こう呼びたくもありませんが、父がした無礼を少しでも帳消しに出来たなら幸いです」

 

「うむ。では私を助けてくれるか? クリストフ。私にはやるべき事が出来た。宰相として父と弟を助け、この国を早急に立て直さねばならんからな」

 

「御心のままに」

 

 この時、サイラスは僅かにあった王位を目指す野心や、弟である王太子セシルを侮る気持ちを完全に捨て去った事で、天下の宰相としての器を完成させた。

 

「クリストファー! 貴様、赦さんぞ! 父であるこの私に対して無礼な物言いの数々! 最早貴様など息子でも何でもない! 王子共々、この場でビフロンス様の生贄となるがいい!」

 

「それはこちらも同じ事! 私は今よりクリストファー=ベレスフォードの名を棄てる! 私はクリストフ。蒼海の女神アルティリア様に仕える司祭、ただのクリストフだ!」

 

 クリストフがベレスフォード公爵に飛びかかり、高速回転させた長棒を遠心力を利用して強烈に叩き付ける。ただの木の棒と侮るなかれ。彼が手にするのはアルティリアが世界樹の枝を手間暇かけて削って作った、物理・魔法共に優秀な攻撃力を誇る強力な武器だ。

 クリストフは後衛の回復・支援職ではあるが、それでも海神騎士団の神殿騎士達と同じように厳しい訓練や実戦を乗り越えてきた猛者である。ゆえに彼の攻撃はそこらの神官が普通の棒切れで叩くのとは雲泥の差だ。しかしベレスフォード公爵はクリストフの攻撃を、手にした黄金の杖で易々と受け止めて見せた。

 

「なにっ!」

 

「ふんっ、甘いわ! この私が戦を知らぬ、温室育ちの貴族共と同じだと思うたか! 見よ! この日の為に、鍛えに鍛えたこの体ッ!」

 

 ベレスフォード公爵が上半身の筋肉を膨張させ、着ていた服を内側から破り捨てる。破れた服の下から現れた肉体は、とても初老の大貴族とは思えない程に見事に仕上がっていた。陰謀家ではあるが、流石は隣のアクロニア帝国とバチバチに争っていた時代を生き抜いただけの事はあり、そこいらの貴族のお坊ちゃんとは鍛え方が違っていた。

 

「なんの! それはこちらも同じ事! 私とてアルティリア様や仲間の為に戦い続けてきた! 戦いに捧げた年月の長さは貴方に劣ろうとも、その密度は決して劣るものではない!」

 

 クリストフもまた、筋肉で法衣の上半身部分を破り捨てる。鍛え抜かれた細マッチョボディが露わになった。

 

「でやあああああっ!」

 

「小賢しいわあああああッ!」

 

 手にした棒と杖で打ち合う両者の戦いは、最初は完全に互角であった。しかし20、30、40と打ち合いを続けていく内に、だんだんとクリストフが攻撃する機会が目に見えて増えていく。

 その原因は単純明快、基礎体力の差だ。クリストフは普段から、仕える女神や仲間の為に精力的に働き、またロイドやスカーレット、ルーシーのような自分よりも実力が上の前衛職を相手に、日々過酷な戦闘訓練を行なっているのだ。しかも海神騎士団は長距離マラソンや遠泳といった体力づくりに関しては特に力を入れており、クリストフやリンのような後衛職でも、スタミナ量は本業の軍人が裸足で逃げる程だ。

 いくら鍛えているとはいっても、クリストフとベレスフォード公爵とでは普段の運動量が桁違いなのであった。汗を流し、息を切らしている公爵とは裏腹に、クリストフはまだまだ元気いっぱいな様子だった。

 

「隙あり!」

 

「ぐぼぉっ!」

 

 疲労困憊のところに鳩尾への突きを食らい、公爵は手にした杖と宝珠を取り落としながら、悶絶して地面を転がる。

 勝負はついた。そこで、周りに居た漆黒の鎧を着た闇黒騎士達が、無言で頷きあって、祭壇の上で蹲る公爵の周りへと集まってきた。

 

「げほっ、ごほっ! お、おのれぇぇ! ものども、何をしている! 早く奴等を排除して私を護らぬか!」

 

「いざとなったら手下頼りか! いいでしょう、この者達を片付けたら、次は貴方の番だ!」

 

 クリストフが闇黒騎士達に対峙し、父親との決別の為の決闘ゆえと見守っていたルーシーとジャン、それからジャンによって拘束を解かれていたサイラス王子も、クリストフの横に並んで構えを取った。

 

「兄貴、戦えるのか?」

 

「フン、魔法はそれなりに使えると自負している。接近戦は不得手だがな」

 

 ジャンの問いにサイラスがそう答え、シニカルな笑みを浮かべる。

 

「では、前衛はお任せを。援護をお願いします」

 

 ルーシーが一歩前に出て、盾と聖剣を構える。体は小さくとも、とても頼りになる背中だ。彼女の後ろほど安全な場所は、この国には他に存在しないだろう。

 四人の勇者達は、闇黒騎士達との戦いに備えて身構える。だがその時、予想だにしない出来事が起こった。

 

 その場に居た闇黒騎士は11人。その11人が全く同じタイミング、全く同じ動作で一斉に剣を鞘から抜いた。そしてその直後、彼ら11人はその剣を……なんと、ベレスフォード公爵の身体に、全くの同時に突き立てたのだった!

 

「がはっ……! き、貴様等……な、何を……!?」

 

 突然の裏切りに混乱しながら、息も絶え絶えに訊ねる公爵に対し、闇黒騎士の一人が回答する。

 

「儀式の仕上げに必要なものは、このローランド王国の始祖の血を引く、高貴なる者の魂。直系の王族よりは薄いですが、貴方にもそれが流れている事はよくご存知でしょう? ベレスフォード公爵様? 第二王子を生贄に捧げるのに失敗した時には、貴方がビフロンス様復活の為の礎になるのは決まっていた事なのです」

 

 ベレスフォード公爵家はローランディア王家に次ぐ権勢を誇る大貴族だ。ゆえにその血筋には過去の政略結婚によって、王家の血も混ざっている。

 

「き、貴様等……は、謀ったな……!」

 

「裏切り、謀略は貴方のお家芸でしょう。ま、ご安心下さい。すぐに我々も後を追いますゆえ」

 

 そう言って、闇黒騎士達は剣を公爵の身体から引き抜くと、今度はそれを自らへと向けた。

 

「我等が魂、大いなる魔神将ビフロンス様の復活の為に捧げんッ!」

 

 11人が同時にそう叫び、全く同じタイミング、全く同じ動作で手にした剣を、自らの喉へと深々と突き刺し、彼らは絶命した。

 

 直後、地下儀式場全体を、まともに立っていられない程の地震が襲った。それと同時に、真下から途轍もなく恐ろしい、邪悪な気配が漂ってくる。

 

「いけない! 皆さん集まってください!」

 

 瞬時に状況判断し、一刻も早くこの場を離れなければまずいと悟ったクリストフが、仲間と共に転移魔法で地上へと脱出する。

 

「精霊様、聞こえていますか! 皆に今すぐ城を脱出するように指示を!!」

 

 地上に出てすぐに、クリストフは腹の底から大声を出して、伝令として王宮中に散っている水精霊(ウンディーネ)に呼びかけた。

 その声を彼らの近くに居た水精霊の一体がキャッチすると、即座に意識が繋がっている他の水精霊へと伝え、彼女らは付近にいた神殿騎士や、まだ王宮内に残っていた者達と共に転移魔法で脱出する事に成功した。

 

 王宮を吹き飛ばしながら、地下から魔神将ビフロンスが出現したのは、全員が脱出に成功した直後の事だった。




こちらが最新話になります。
カクヨム版に追いついたので、以降は毎日更新はありません。


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第157話 離脱※

「おやおや、ようやく始まりましたか。随分と時間がかかりましたねェ」

 

 王都から少し離れた場所にある丘の上で、王宮を下から打ち上げて吹き飛ばしながら現れた魔神将ビフロンスの巨体を見上げ、そう呟いたのは地獄の道化師であった。もちろん複製体であり、その顔につけた仮面の額部分には482という数字が刻まれている。

 彼のすぐ隣には、アルティリアによって氷漬けにされた人魚の美女、紺碧の女王の姿もあった。王宮から脱出する際に、地獄の道化師が回収したものだ。

 その、紺碧の女王を覆っていた分厚い氷が罅割れて、中から氷を割りながら女王が出てくる。

 

「はぁ……ようやく脱出できましたわ。貴方にも手間をかけさせて悪かったですわね」

 

「いえいえ、お気になさらず。今のワタクシは気分が良いので、特別に貸し借り無しにしておきますとも」

 

「それはどうも。……ビフロンス様は予定通り復活されたご様子ですわね。ところで首無しは?」

 

「くたばりましたよ。やはり腕が立とうと、元人間など使い物になりませんね」

 

「そう。あの男の剣技は美しかったので、もう見れないのは惜しくはありますわね」

 

 吐き捨てるように答えた地獄の道化師に対し、紺碧の女王は惜しむように言った。

 

「主に呼び出しを受けているので、私はこれで失礼しますわ。貴方はどうするんですの?」

 

「さて、どうしましょうかね。次の計画の為に暗躍するのもいいですが、それは他の分身達が既に動いておりますので、ワタクシはここで人間共がビフロンス様に屠殺される姿を、ワインでも片手に高見の見物と洒落込むのもいいですなぁ」

 

「醜い……」

 

 同じ魔神将の眷属としてそれなりに付き合いは長いが、やはりこいつは不気味な存在だと嫌悪感を露わにしながら、紺碧の女王はその場を後にした。

 今の、狂った主の処に帰るのは気が重いが、逆らう事は不可能である為、紺碧の女王は渋々、転移魔法で魔神将ウェパルのもとに帰還するのだった。

 それを見送った地獄の道化師もまた、何処かへと消え去った。きっとまた、どこか別の場所で邪悪な企てをするつもりなのだろう。

 

 

 一方、王宮があった場所ではアルティリアが、海神騎士団のメンバーと合流していた。

 

「お前達、無事か!?」

 

「はい、アルティリア様! 全員、五体満足で揃っております!」

 

 アルティリアの問いに、ロイドが答える。その後ろには、海神騎士団の正規メンバーが全員、整列していた。

 

「よし。では早速だが、あの巨大骸骨を討伐するぞ。私が先頭に立って戦うので、お前達は援護してくれ」

 

「お待ちください、アルティリア様」

 

 神殿騎士達にそう指示を出して、アルティリアは魔神将ビフロンスに戦いを挑もうとする。しかし、そんな彼女を止める者が居た。冥戒騎士フェイトだ。

 

「この場は私に任せ、アルティリア様はグランディーノに帰還してください。グランディーノもこの王都同様に、魔神将によって危機に陥っており、アルティリア様の救けを必要としています」

 

「……だが、勝算はあるのか? 魔神将の本体を相手に、お前達3人だけでは……」

 

 フェイトは過去に魔神将を討伐しているが、それは彼が長い冒険の末に絆を結んだ、多くの仲間と共に戦ったからだ。現在、彼と共に居るのはアステリオスとオルフェウスの2名のみで、彼らも前衛アタッカーやバッファーとしては非常に優秀ではあるが、それでも3人だけでは戦力不足は否めない。

 

「策はあります。正直に申せば、もう少し戦力が欲しいところではありますが」

 

 俺が戦力不足を察しているのを彼も解っているようで、隠す事なくそう言ってきた。

 

「ならば……ロイド!」

 

「はっ!」

 

「お前達はこの場に残り、フェイト殿と共に魔神将ビフロンスを討つがいい。お前にとっても、あれは因縁のある相手なのだろう?」

 

「はい。あの者は我が父ジョシュアを亡者として蘇らせ、利用してきた憎い仇でもあります。騎士として、戦に個人的な感情を持ち込むのはあるまじき事ではありますが、あの魔神将、ビフロンスだけは赦しておけません」

 

 恐らくロイドは、アルティリアが言い出さなければ自らこの場に残る事を志願していただろう。それを理解していたからこそ、アルティリアは率先して、彼にフェイトを助けるように命令した。

 

「ならば、しっかりと落とし前をつけて来るといい」

 

 ロイドが強く頷くと、彼の周りにいる仲間達も口々に同意する。

 

「そういう事なら、私も奴と戦わなければなりませんね。愚かな父ではありましたが、彼が分不相応な野望に取り憑かれ、無惨な死を遂げる元凶となったビフロンスを赦す訳にはいきません」

 

「俺も同じだ。我が師父テオドールもまた、己の心の弱さ故に道を誤ったが……彼を唆し、悪の道へと誘ったのが奴だというのなら、この槍と、師より受け継いだ技で報復しなければ気が済まん」

 

「我も手を貸そう。人の心の弱さに付け込み、影から操るような卑劣な行ない、断じて赦せぬ」

 

 クリストフ、レオニダス、スカーレット……彼らもまた、ロイドと同様にこの戦いの中で、父親や父親同然の人物との決別(わかれ)を経験してきた者達だ。男達の間には奇妙な一体感が生まれ、その心は一つになっていた。

 他の団員達も、ただ一名を除いて全員この場に残って魔神将ビフロンスと戦う決意を固めていた。その残った一名とは……

 

「アルティリア様、私もグランディーノに同行させてください」

 

 聖剣フラガラッハを掲げ、頭を下げる小人族の聖騎士、ルーシー=マーゼットだ。彼女が持つ聖剣の柄に嵌め込まれた宝珠が、持ち主に何事かを伝えようとしているように明滅している。

 

「聖剣が伝えているのです。我ら一族の怨敵は完全に滅んではおらず、決戦の時は近いと。グランディーノを襲っている敵とは、間違いなく……」

 

「魔神将ウェパル、だな。ならば当然、お前の手で神代から続く因縁に決着を付けるべきだろう。頼りにさせてもらうぞ」

 

「はい!」

 

 そうしてルーシーを伴い、グランディーノに転移しようとするアルティリアにロイドが、続いてニーナとアレックスが声をかけてくる。

 

「アルティリア様、ご武運を!」

 

「お前もな、ロイド。皆の事を頼んだ。だが大怪我をしたばかりだと聞いている。あまり無理をするなよ」

 

「母上! ニーナは俺が護る。だから何も心配するな!」

 

「ママ、ニーナもがんばって皆を助けるから、無事に帰ってきて!」

 

「ああ、任せろ。厳しい戦いになるとは思うし、もしかしたら少し時間がかかるかもしれないが……ちゃんとお前達のところに帰ってくるさ。約束だ」

 

 そう言い残して、アルティリアはルーシーと共に転移し……残された者達は、魔神将ビフロンスに戦いを挑む。

 

「別れは済んだか? あの厄介な女神が勝手に居なくなるとは好都合だ。まさか自ら勝機を手放すとは愚かな事よ」

 

 ビフロンスの低く、おどろおどろしい声が響き渡る。心身の弱い者ならば、その声を聞いただけで重篤な恐慌状態に陥るであろう。だがこの場に怯える者など一人も居らず、全員が静かに闘志を漲らせている。

 

「勘違いするな。貴様など我等だけで十分、アルティリア様が出るまでもないという事だ!」

 

 ロイドが刀の切先を向けながら、ビフロンスに向かってそう言い放つ。

 

「随分と大きい口を叩いてくれるな、小さく脆い定命の者ふぜいが! ならば思い知るがいい、絶対なる死を貴様等にくれてやろう!」



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第158話 ただ、今できる事を※

 王国が誇る絢爛な王宮が無残に吹き飛ばされ、山のように巨大な怪物が現れたのを見て、王都の民は恐怖した。

 それも無理のない事だろう。空は黒い雲に覆われて稲光が走り、大地からはおぞましい不死者の群れが湧き出る、この世の終わりのような光景を目の当たりにして、正気を保っていられる者は少ない。

 しかし、絶望する者ばかりではない。中には希望を失わず、立ち向かう者達も確かにいた。

 

「僕だって、見習いだけどアルティリア様に仕える騎士なんだ! 皆を護らないと!」

 

「オラオラァ! 戦えねぇ奴は邪魔だから後ろに下がりやがれぇ!」

 

 海神騎士団に所属する見習い騎士、ケイとイザークの二人だ。彼らは街中に出現した大量のアンデッドモンスターに対して勇敢に立ち向かい、戦えない市民を逃がしていた。

 

「団長達はあのデカブツと戦ってる頃だってのに、俺らはここで雑魚の相手かよ」

 

 スケルトンの群れを斬り払いながら、イザークがぼやく。

 

「僕達が行っても足手纏いにしかならないよ……。それでも、今の僕達にできる事を精一杯やらないと!」

 

「ケッ、良い子ちゃんが。てめーに言われなくたって分かってらぁ! 見てろよ……この戦いで更に成長して、いつかは団長達に並び……そして超えてみせらぁ! オラッ、ゾンビ共! 未来のアルティリア様の一の騎士、イザークが相手をしてやる! かかって来やがれぇ!」

 

 彼らの活躍は、全体から見れば微々たるものでしかないかもしれない。それでも若い少年騎士達が、おぞましい不死の魔物達を退ける勇姿は、それを見た人々の心に勇気と希望を灯していた。

 

「見事な心意気! 我ら神殿騎士も遅れを取るな!」

 

「あの若者達を死なせてはならん! 全員、突撃じゃあ!」

 

 大聖堂の神殿騎士や、王都守備隊の者達も、その姿に胸を打たれて意気揚々と魔物の群れに向かって突っ込んでいった。

 

 また、剣を取って戦うのは騎士や軍人だけではなかった。この国で最も高貴な身分にある王子達も、自ら最前線に立って民を鼓舞し続けていた。

 

「皆、希望を捨ててはならぬ! 我らの手でこの国の未来を勝ち取るのだ!」

 

 業物の長剣を振るい、市民を襲おうとする魔物を斬り捨てながら、セシル王子が叫ぶ。

 

「あ、あの方は……王太子殿下!?」

 

「で、殿下! お逃げください! 私達などの為に貴方様の身を危険に晒すわけには……」

 

「案ずるな。私は大丈夫だ。何故なら私には……信頼する兄弟がついている」

 

 次の瞬間、セシル王子を殺そうと殺到した魔物達が、一撃で纏めて吹き飛ばされて宙を舞った。

 

「ガハハハ! セシルよ、貴様も少しは総大将の心得という物が分かってきたようだな! やはり大将たる者、自ら先頭に立って敵を殲滅して勇を示さねばなぁ!」

 

 言いつつ、幅広直剣(ブロードソード)の二刀流で魔物を薙ぎ倒しながら笑う筋骨隆々の大男は、第一王子アンドリューだ。とても王子とは思えない、粗野で下品な男ではあるが一人の戦士や軍人としては天賦の才を持ち、見た目や普段の言動に反して、優れた戦略眼の持ち主だ。ゆえに、この鉄火場でやるべき事はしっかりと弁えている。

 

「私もこの国難にあって、王族も国や民を護る為に強くあらねばならぬと心から実感しました。兄上、今後ともご指導をよろしくお願いいたします」

 

「ガハハハ! よかろう、この偉大な兄の背に、しっかり付いてくるがいい!」

 

 持ち上げられて上機嫌になったアンドリューは、そのまま敵陣に向かって単騎突撃を開始するが、そこで側面から敵の増援が現れた。

 

「かかったな猪武者め! 貴様ら、たっぷりと矢を浴びせてやれ!」

 

「かかったのは貴様らだ馬鹿め! この俺様がその程度の伏兵に気付かんとでも思ったかマヌケがぁーッ!」

 

 指揮官のリッチの号令の下、骸骨弓兵が弓に矢を番えて、一斉にアンドリューに狙いをつける。しかし……

 

「『雷の嵐(サンダーストーム)!!』

 

 矢が放たれる寸前、天から無数の雷が降り注ぎ、骸骨弓兵を一掃した。それをしたのは右手に杖を、左手に魔導書を持った、眼鏡をかけた怜悧な男性……第二王子サイラスであった。

 

「ガハハ! ナイスタイミングだ愚弟、褒めてつかわす!」

 

「お褒めにあずかり光栄ですよ愚兄。ほら、さっさと戻ってきなさいよ」

 

「馬鹿な! 誘導されたというのか! あんな頭の悪い原始人のような奴に! ぐわっ!」

 

 その事実が認められず、取り乱すリッチの額に、クロスボウの矢が突き刺さった。

 

「悪いね。生憎とうちの長兄は、戦に関してだけは頭の回る原始人なんでね!」

 

 シニカルな笑みを浮かべながら、精密なヘッドショットで指揮官を撃ち抜いたのは、第四王子ジュリアンだった。

 

「おおっ……! 我が国の王子様たちが力を合わせ、魔物を打ち破ったぞ!」

 

「王家は健在! 我が国にはまだ希望が残っている!」

 

「俺達も王子と共に戦おう! 俺達の手で王国の希望を護るのだ!」

 

 市民達もまた、武器を手に彼らに続いた。

 

「おお……不仲だった息子達が、あのように一致団結する姿を見れるとは……。あの光景を見れただけで、我が人生に悔いは無い……」

 

 遠目から、目に涙を浮かべながらその光景を見て、老いた国王は呟いた。老いによる衰えに加えて、紺碧の女王の手で一度殺害された後に復活したばかりの為、生命力を失っており、左右から御付の騎士に支えられながら立っているのがやっとの様子だ。

 

「陛下、お体に障ります。どうかご自愛を……」

 

「いや……息子達があのように活躍しているというのに、動けぬ我が身が口惜しいが、戦う事は出来ずとも、兵を鼓舞するくらいの事はしなければならん。余も己の出来る限りの事はしなければ、死んでいった者達に申し訳が立たぬわ」

 

 崩れ落ちそうになる体に鞭を打ち、老王は腹の底から声を張り上げて、兵士達を激励するのだった。

 誰もが、生きる為に自分が出来る最大限の事をしようと足掻いていた。

 

 

     ※

 

 

 そしてその頃、地上から遠く離れた月面では……

 

「新しい着ぐるみ、ヨシ。先輩玉のエネルギー充填、ヨシ。消耗品の補充、ヨシ。お届け物、ヨシ」

 

 兎先輩が、指差し呼称をしながら持ち物チェックを行なっていた。先の戦いでは地獄の道化師の自爆によって着ぐるみを破損してしまった兎先輩だが、既に新品の着ぐるみに着替え終えている。

 

帝釈天の金剛杵(ヴァジュラ・オブ・インドラ)、ヨシ」

 

 その手には、黄金色に輝く金剛杵が握られていた。兎先輩が敬愛する帝釈天(インドラ)によって授けられた神器であり、滅多に使われる事はない、兎先輩の切り札である。

 しかし、地上に数多の魔神将が襲撃してきた今、その封印は解かれた。

 

「兎先輩、行かれるのですか」

 

「お気をつけて。月の事は我らにお任せください」

 

 そんな兎先輩を見送るのは、一組の男女であった。首元に勾玉を付け、和装をした中性的な見た目の男性と、弓を持ったスレンダーな体型の、髪の長い美女だ。

 

「うむ。この月面都市にも魔神将や、その配下が襲ってくる可能性は十分にある。ここは任せたよ、月詠(ツクヨミ)君、アルテミス君」

 

 彼らはかつて魔神戦争の後、地上を離れて月に移り住んだ神々であった。彼らが司る天体である月に拠点を作ろうとしていたところで、先に月に住み着いていた兎先輩を発見し、なんだ兎かと侮って高圧的に接した事で兎先輩の怒りを買い、軽くボコられてそのまま舎弟と化した過去を持つ。

 

「「いってらっしゃいませ、兎先輩」」

 

「うむ。行ってきます」

 

 そして兎先輩は、人参型ロケットに乗って地上に向かってダイブした。



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第159話 あっ! これ、あるてまゼミでやった所だ!※

「あれを、この場で完全に滅ぼす事は不可能だ」

 

 冥戒騎士(アビスナイト)フェイトは魔神将ビフロンスの巨体を見上げながら、はっきりとそう言った。

 

「ならばどうします? 何か策は?」

 

「ある。作戦(プラン)は二つ。一つは、我々全員で戦って、ある程度弱らせたところで、この地に再封印する事。お薦めするのはこっちだ」

 

 ロイドの質問に、フェイトはそう答えた。

 

「では、もう一つは?」

 

「最上級儀式魔法を用いて、奴を冥界の最下層、奈落(タルタロス)へと引きずり込む。これならば奴をきっちり殺しきれるだろう。ただしこちらを選んだ場合、我ら冥戒騎士は儀式魔法に専念する必要がある為、戦闘には参加できない。魔法が発動するまで、海神騎士団の方々に奴を止めて貰う必要がある為、相当に難易度が高い作戦になるな」

 

 フェイトら冥戒騎士という最大の戦力なしで魔神将に立ち向かわねばならず、なおかつ儀式魔法を使う彼らに魔神将の攻撃を届かせてしまえば作戦失敗になる。ただでさえとんでもない強敵を相手にするというのに、更に縛りを設けるような無茶な作戦だ。ゆえに、フェイトはこちらを薦める事はなかった。

 

「後者の作戦でいきましょう。儀式魔法の準備をよろしくお願いします」

 

 しかしロイドは迷う事なく、そちらを選んだ。海神騎士団の他のメンバーも、その意見に同意する。

 

「では、我々はこれより魔神将の注意を引き付け、足止めする! かかれ!」

 

 ロイドの号令の下、騎士達は魔神将ビフロンスへと挑み……

 

 

「クリストフ! あと何秒だ!?」

 

「残り3分30秒です!」

 

「嘘だろ!? まだそんなに残ってるのか!?」

 

「言っている場合か! 範囲魔法が来るぞ、避けろ!」

 

 およそ90秒後、彼らは壊滅寸前の状況に追いやられていた。

 何しろ、相手は山のような巨体の持ち主であり、腕が何十本も生えている異形の怪物なのだ。その何十本もある腕の一振り、その全てが直撃すれば一撃必殺レベルの攻撃であり、しかも同時に上級・最上級魔法がひっきりなしに飛んでくる有様だ。

 近付くだけでも一苦労な上に、こちらの攻撃が命中しても奥義や最上級魔法以外では殆どダメージが通らず、しかも相手の生命力(HP)は文字通り、桁違いに高い。

 流石はシリーズの各作品でラスボスを務めるだけの事はあり、どうやって倒せばいいんだ、こんな化け物……と絶望するのも無理はないだろう。むしろ、よく90秒も持ち堪えたと彼らを褒めるべきである。

 

 彼らはよく頑張ったが、とてもこのまま5分も耐えられるとは思えない。このまま全滅し、作戦は失敗に終わるかと思われた、その時だった。

 突如、暗雲を切り裂いて天より雷光が降り注ぎ、魔神将ビフロンスを撃った。

 

「ぐおおおおおッ! ら、雷神の雷だとッ!?」

 

 突然の神雷による奇襲に、流石の魔神将も大ダメージと共に衝撃を受けた。

 

「何者だ……!」

 

 魔神将ビフロンスが、そして地上の者達が視線を上に向ける。そして彼らは見た。暗雲の切れ間から差し込む陽光と、光に包まれたその者の神々しい姿を。

 

「やあ、兎先輩だよ!」

 

 そう、兎先輩である。その真名は聖獣・玉兎。

 太古の昔、魔神戦争にて魔神将と戦い、力を使い果たして衰弱していた雷神インドラの為に、己の身を炎に投げ入れた一羽の兎が、その優しさと貴い自己犠牲の心に感動した雷神によって、天に昇って聖獣として生まれ変わった存在である。

 その手には、恩神である雷神より託された、金色の金剛杵を携えていた。

 

「そして受けるがいい、雷神(インドラ)の矢を!」

 

 兎先輩が持つ金剛杵より雷光が迸り、再びビフロンスを撃った。魔神将であろうと、思わずのけぞり硬直する程の凄まじい攻撃力だ。

 兎先輩は魔神将ビフロンスを攻撃しながら、同時にコンテナボックスを掴んだ飛行ドローンを取り出して、それを放った。

 

「リン君! 君にご注文の品のお届け物だよ! お代は既にあるてま君から貰っているから、気にせず使ってくれたまえ!」

 

 飛行ドローンはプロペラを回転させながら高速飛行し、そのまま海神騎士団に所属する魔術師の少女、リンのもとに降り立った。

 

「ご注文の品って、一体何の事……?」

 

 リンは困惑しながら、ドローンが置いていったコンテナボックスの蓋を外して、中を覗き込んだ。その中身は……二挺一組の拳銃と、一枚のメモ書きであった。

 

「これは……!」

 

 二挺拳銃を手に持つと、それは不思議とリンの手によく馴染んだ。そして同梱してあったメモにはただ一言、「STAGE46-5」の文字が。

 それを見たリンは、目をかっと見開いて、叫んだ。

 

「皆! 全力で攻撃して、魔神将への道を切り開いて! あたしがあいつを止めるから!」

 

「「「「「了解ッ!!!」」」」」

 

 その突拍子もない指示に、騎士達は迷う事なく頷いた。

 魔神将に向かって一斉に突撃を開始する騎士達の背中を見ながら、リンは二挺拳銃を握りながら、魔法を詠唱し始めた。

 

 この武器は、ただの拳銃ではない。頭のおかしい魔法戦士、永パ神拳創始者、妖怪青マント等の様々な異名を持つ超級廃人あるてまが愛用する物と同じモデルの特注品であり、魔法を弾丸として装填・発射する事が可能な『魔導銃』という名の武器だ。

 

詠唱(チャージ)装填(セット)……!」

 

 リンが詠唱を終え、魔法を魔導銃へと装填する。すると、右手に持った魔導銃の銃身に、六つ付属している透明な宝珠の一つが青く発光した。

 どうやら一つの魔導銃に、最大で六発まで魔法を装填可能なようだ。リンはそのまま引き続き魔法を装填しながら、魔神将に向かって走り出した。

 そして騎士達は全力で、そんな彼女の為に道を作る。

 

「ゆくぞ! 『ライジングサン!』」

 

 レオニダスが、跳躍と共に烈火を纏う突撃槍(ランス)を突き上げる。

 

「合わせるぞ! 『聖火剛破斬』!」

 

 それと同時にスカーレットが、炉の女神ウェスタより授かった聖火を宿した大剣を振るう。二人の攻撃によって、魔神将の腕が纏めて吹き飛ばされる。

 

 そしてロイドが、リンに併走しながら、彼女を攻撃しようとする腕を次々に切り払う。

 

「邪魔だ! 『鬼鳴剣』!」

 

 更に、父より受け継いだ音速の剣技による衝撃波が、触れる事なく無数の腕を吹き飛ばした。

 

「羽虫共が……図に乗るな!」

 

 上空からはホバリング浮遊する兎先輩が雷撃やビームを撃ちまくり、地上では騎士達の捨て身の攻撃で次々と腕を破壊された事で、ビフロンスは激怒した。

 

「死ぬがよい! 『魔神の殲光(カラミティ・デッドエンド)』!」

 

 ビフロンスが、残った数十本の腕から漆黒の光線を同時発射する。そのどれもが必殺級の攻撃で、具体的に言うと一発毎に魔法攻撃力の150%の闇属性ダメージ(闇属性耐性を-100%した状態でダメージ計算を行なう)を与え、更に命中した回数分、50%の確率で即死判定(即死耐性100%未満の場合、完全無視)を行なう、使用者の魔法攻撃力が高すぎるので一発当たっただけで大ダメージ、更に50%の確率で問答無用で即死、それが数十発まとめて襲ってくるというチート級の大技だ。

 

「あれを全部避けるのは無理だ! 相殺しろ!」

 

 騎士達は各々、全力の攻撃で無数の光線を相殺しようとするが、あまりにも強力で数が多い為、完全に相殺するのも無理そうだ。このままでは犠牲者が出るのは避けられそうにない。誰もがそう思った時だった。

 

「今、ここで終わってもいい……アルティリア様、私に皆を護れる力を……!」

 

 クリストフが魔法を詠唱する。唱える魔法は、彼には本来、使う事を許されていない最上級魔法。

 発動する為に必要な魔力と、発動させた魔法を正しく制御する為の技量。それを満たさずに分を超えた魔法を発動させれば、反動で自らの身も無事では済まない。しかし、今この場にいる全員を救うには、その魔法を使うしかないとクリストフは判断した。ゆえに、

 

「『海神の裁き(ジャッジメント・オブ・ネプチューン)』!!」

 

 クリストフは、その魔法を行使した。

 本来は、大海神(ネプチューン)に認められた者でなければ使う事を許されない秘術であり、その禁を破った以上、裁きは使用者であるクリストフ自身にも下されるであろう。反動によるダメージが無くても、これを使ってしまった以上、クリストフの死は確定した。その筈であった。

 しかしその瞬間、クリストフの脳内に直接、声が響いた。

 

「汝の勇気とアルティリアに免じて、この一度だけ赦そう。……貴様ならば、いずれ正式な使い手となれるやもしれぬ。その時が来たら我が聖域に訪れるがいい。待っておるぞ、女神の使徒よ」

 

 それは、大海神ネプチューンからの赦しであった。

 

「……ッ! 感謝いたします、大海の神よ」

 

「よい。さあ、我が裁き、あの醜悪な侵略者めに、存分に見せつけてやるがいい!」

 

 クリストフが発動した『海神の裁き』によって、空間に開いた穴から無数の水流がレーザービームのように噴き出して、ビフロンスが放った光線を次々に相殺する。

 

「これで最後です!」

 

 最後に、放たれた水を一点に集めて極太のビームを放ち、ビフロンスの頭部へと直撃させる。魔神将の桁外れのHPからすれば、そのダメージ自体は微々たるものだったかもしれないが、しかし隙を作るには十分であった。

 魔神将が大きくのけぞったのを目にして、クリストフは反動ダメージによって力尽きた。息はあるようだが、戦闘を続行する事は不可能だろう。

 

 そして遂に、リンが魔神将へと肉薄する。そうしながら、彼女は思い出していた。

 あるてまが書いたメモに書いてあった『STAGE46-5』という文章。それは以前、彼の注文によって兎先輩から海神騎士団へと届けられた、VR訓練装置。そのコンボ練習モードのステージを表していた。

 ステージ46の5段階目……それは、自由にさせれば即死級の攻撃を放ってくる巨大モンスターを、延々とコンボを繋げて浮かし続ける事で自由にさせず、そのまま殺しきるという物だった。

 

解放(リリース)!」

 

 ほぼ密着状態から、魔導銃の銃口を向けて引鉄を引いた。すると即座に、装填していた魔法の一つが発動する。

 

轟風爆発(エアバースト)! 烈風撃(ジェット・ストライク)!」

 

 強制的に相手を浮かし、吹き飛ばす風属性魔法が発動し、魔導銃の、緑色に光っていた二つの宝珠が消灯した。

 

氷の散弾(アイスブラスト)! 冷気の波動(フロストウェイブ)! 大流水砲(グレーター・ウォーターキャノン)! 激流衝(アクア・ストリーム)!」

 

リンは更に、装填していた魔法を間髪入れず、連続で叩き込む。そうしながら、蹴りを主体とする戦技を間に挟んでコンボ数を稼ぎながら、再び吹き飛ばし効果を持つ魔法を放つのを繰り返す。そうしてビフロンスの巨体を徐々に浮かせていった。

 

「俺達もいくぞ! まだ動ける者はリンに続け! 絶対に地上に落とさず、このまま延々と浮かし続けるんだ!」

 

「兎先輩もお手伝いするよ!」

 

「「「「「せーの! わーっしょい! わーっしょい!!」

 

 ロイド達や兎先輩も参戦し、ビフロンスを延々と打ち上げ続ける作業が続く。見よ、これこそが永パ神拳・九の型『神輿』である!

 

「ば、馬鹿な……動けぬ! 何なのだこれは……!? だがその程度の攻撃で我を殺す事は出来ぬ! 貴様らの体力が尽きた時が最期だ……!」

 

 ビフロンスはそう言うが、しかし彼らの目的はビフロンスを殺す事ではなく、あくまで時間稼ぎである。そして……約束の5分は、たった今経過した。

 

「いいや、時間切れだ。儀式魔法【奈落の門(ゲートオブタルタロス)】……発動ッ!」

 

 フェイト、アステリオス、オルフェウス……三人の冥戒騎士が、ビフロンスに向かって手を翳し、魔法を発動させた。

 次の瞬間、ビフロンスの足元に奈落へと続く黒い大穴が開き、そこから無数の鎖が飛び出して、ビフロンスの身体に巻き付いた。

 

「ぐわああああ! な、なんだこの鎖は……我の力でも千切れぬだと……!? い、いかん! 吸い込まれる……! 馬鹿な! な、何故止まらん! う、うわあああああああああああ!」

 

 そしてビフロンスは、奈落へと引きずり込まれていき……地上から、永遠にその姿を消したのだった。

 

「やった……のか?」

 

 上空を覆っていた暗雲は消え去り、地上には光が戻った。

 勇敢なる若者達の手によって、無事に魔神将は退けられ、王都に平和が戻ったのだった。

 

 

 そして、魔神将ビフロンスが引きずり込まれた奈落の底では……

 

「お、おのれ人間共め……この屈辱、忘れはせんぞ……必ず地上に戻り、貴様等を滅ぼし尽くしてくれる……」

 

 鎖に雁字搦めにされたビフロンスが、拘束から逃れようと藻掻いていた。そこに、何者かが声をかけてくる。

 

「残念だが、その時は永遠に来る事はない」

 

「何者だ!?」

 

 その声にビフロンスが顔を上げると、そこに立っていたのは……豪奢な甲冑と兜、真っ赤なマントを身に纏い、先端が二又に分かれた槍を携えた偉丈夫であった。

 

「頭が高い。我こそがこの冥界の支配者、冥王プルートである」

 

 そう、彼こそは偉大なる冥界の王、プルートである。その後ろには、冥妃プロセルピナと魔導の女神ヘカテー、死の神タナトス、魔獣ケルベロスと、錚々たる面子が控えていた。

 

「さて魔神将ビフロンスよ、冥界へようこそ」

 

 そう声をかけて、プルートは二叉槍をビフロンスへと向けた。

 

裁き(ジャッジメント)の時間だ……!」

 

 魔神将ビフロンスは冥王の手によって、完全に消滅した。



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第160話 女神帰還、そして出航

 ルーシーと共に転移し、グランディーノに帰還した俺を待っていたのは、クソのような光景だった。

 空は暗雲に覆われ、海は赤黒い血のような色に染まって異臭を放ち、そこからは身体が半分腐った、異形の深海魚のような姿をした魔物が顔を覗かせ、他には頭部が魚で人間の身体を持った半魚人が港に上陸して暴れ回ったり、どういうわけか渦巻く風を纏い、空飛ぶサメが上空から人々を襲っていた。

 

「ふざけんな……!」

 

 胸に抱いた激しい怒りと共に、俺は数十発の高圧水流を同時に放ち、港を襲っていた魔物達を殲滅した。

 海をこんな色にして汚して、水棲モンスター達をこのような異形の化け物へと変容させた敵の行ないや、護るべき街と信者達を傷付けられた事、そして、肝心な時にこの場に居らず、それを防げなかった自分に対して腹が立つ。

 

「ここから居なくなれ! 『ジャッジメント・レイン』!」

 

 背中に生えた光の翼で空を舞い、俺は上空から左手に持ったブリューナクを、地上に向けて投擲した。

 放たれた極光の槍は、その姿を一筋の閃光へと変えて、それが無数に分裂して地上に降り注ぎ、うじゃうじゃと湧いて出てきていた敵を一匹残らず焼き払った。その後、純白の槍となって俺の手元に舞い戻る。

 

「おおっ! アルティリア様だ! アルティリア様が助けに来てくれたぞ!」

 

 街の者達が俺の姿を見て歓声を上げ、俺を讃える言葉を次々と投げかけてくるが、俺が居ない間、死に物狂いで戦ってボロボロになった彼らの姿を見た今だけは、彼らからの賞賛が少しだけ辛い。

 だが、それだって俺が負うべき責任の一つだ。目を逸らさずに受け止めた上で、俺は彼らを安心させる為に、毅然とした態度を取り続けなければならない。

 

「皆、遅くなってすまない! 私が来たからにはもう大丈夫だ! 負傷した者は後方の安全な場所に下がり、治療を受けるように! 瀕死の重傷を負った者は私が使役する精霊が治療するので、急いで連れてきなさい! そして、まだ戦える者は私のもとに集え!」

 

 俺の指示に、住民達は一斉に動き出した。俺は使役する水精霊(ウンディーネ)の内、上級・最上級の水精霊を手元に残し、通常の個体には重症者の治療や住民の救助を任せる事にした。

 

 そして、そんな俺のところに赤い頭髪と髭が特徴的な、筋肉モリモリのヒゲ親父が部下をぞろぞろと連れてやって来た。海上警備隊の副長、グレイグ=バーンスタインだ。

 

「アルティリア様……我々の至らなさ故に、街に被害を出してしまいました。何とお詫び申し上げれば良いか……」

 

「頭を上げてくれ、グレイグ。何も謝る事など無い。お前達は私が戻るまで、よく持ち堪えてくれた。詫びるべきは肝心な時に留守にして、戻るのが遅れた私の方だ」

 

「そのような事はありませぬ……! 元より、この街と海の平和を護る事は我らの使命! それを果たせなかったのは我らの落ち度でございます……!」

 

「下を向くなと言っている! まだ何も終わってなどいない! そうだろう?」

 

 俺の言葉に、俯いていた者達は顔を上げ、俺の顔を見る。そんな彼らに俺は言う。

 

「皆の者、聞け! 我らが愛する海をこのように汚し、この街を襲わせた敵の名は、魔神将ウェパル。その身は腐り果て、異形の怪物と化しながらも生にしがみ付き、あらゆる物を憎悪する醜悪な化け物だ」

 

 俺の口から出た、魔神将という単語に彼らがざわつく。それに構わずに俺は続けた。

 

「私はそのような存在、断じて赦せん。私は今、かつてない程に怒りを感じている。ゆえに奴を討伐しに向かう。お前達はどうか?」

 

 俺の問いかけに、彼らは咆哮をもって答えた。

 

「アルティリア様の言う通りだ! おのれ魔神将め!」

 

「ああ、断じて赦せるものか!」

 

「よくも俺達の海を! 生まれ育った街を! こんな風にしやがって!」

 

「俺達には女神様がついている! 魔神将がなんぼのもんじゃい!」

 

「報いを受けさせてやる!」

 

「アルティリア様! どうか私も共に戦わせてください!」

 

 大いに沸き立つ者達の中で、一人、冷静に進言してくる者が居た。グレイグであった。

 

「しかしアルティリア様、海がこのように変異してしまった影響で、船がみるみるうちに朽ちてしまい、まともに動かせなくなってしまったのです。そのせいで、海上で魔物を掃討する事が出来ず、街まで魔物が押し寄せる事態となってしまいました。この状態では、とても船を出す事は……」

 

 彼の言う通り、港は半壊状態でその機能を停止しており、また赤黒く染まり、腐臭を放つ海は、船や人に対して常時ダメージを与え続けるダメージフィールドと化しているようだ。

 いくら俺のフルカスタム超大型ガレオン船・グレートエルフ号とはいえ、こんなクソみたいな場所を航行するのはかなりキツいだろう。しかし、

 

「グレイグよ……私を誰だと思っている! 私はアルティリア。お前達が信じる、蒼海の女神である!」

 

 そう宣言して、俺は神の権能……奇跡を起こす力を発揮した。

 港に、そして海に向かって手を向け、全力で力を解き放つ。すると崩壊した港や、大破した船がみるみるうちに、ピカピカの新品同様に修復されていった。

 そして、ゾンビの血液みたいな色と臭いになっていた海が、元通りの青く美しい蒼海へと戻っていく。

 だがその時、まるで抵抗するかのように、俺の中にドス黒い思念のようなものが侵食してきた。

 生きとし生ける者全てへの嫉妬、憎悪……反吐が出るような負の感情の奔流が、俺を蝕もうと牙を剥く。

 

「ぐっ……! ふざけんな……ッ! そんなものに負けるかああああっ!」

 

 海を汚している元凶、魔神将ウェパルが放つ圧倒的な負のエネルギーが、俺の奇跡を押し返し、逆に俺を飲み込もうとしてくるが、俺は気合を入れてそれを跳ね返した。

 その結果……少なくとも視界に映る範囲の海は全て、元の姿を取り戻していた。

 

「おお……! 奇跡だ、奇跡が起きた……!」

 

「ああ……そうだ、失いかけて改めて気付かされた……! 海はこんなにも美しかったんだ……!」

 

「これで戦える!」

 

「万歳! アルティリア様万歳!」

 

 喜びに沸き立つ彼らの声を聞きながら、俺は地面に膝を突いた。

 くそっ……! 何とか押し返したが、かなりキツかった。息が乱れ、背中には嫌な汗が流れ、体に上手く力が入らない。

 

「アルティリア様!」

 

 隣に居たルーシーが咄嗟に、その小さな体で俺を支えようとしてくる。

 

「大丈夫……少し疲れただけだ」

 

「しかし、アルティリア様は王都からずっと、その状態で戦い続けています! 少しはお休みになられなければ、アルティリア様のお身体が……」

 

 確かに、王都での戦いからずっと女神形態(ゴッデスモード)を維持し続けた状態で戦っている為、体力・気力共にそこそこ消耗しているのは事実だ。更にそこに先程、全力で奇跡を起こした上にウェパルのキモい思念が侵食してきたせいで一気に疲労が襲ってきた訳だ。

 

「出来ればそうしたいところだがな……そうも言ってられんだろう。相手は魔神将、ここで私が動かなければ話にならん」

 

「……では、私が絶対に、アルティリア様をお守りいたします!」

 

 ルーシーも渋々ながら納得してくれたので、俺は立ち上がり、戦える者達を引き連れて港へと向かった。

 

「来い、グレートエルフ号!」

 

 船を呼び出すと、港に俺の所有する、純白の超大型ガレオン船が現れた。以前、幽霊船との戦いで中破してしまっていたが、キングが言っていたようにギルドメンバー達がきっちり修理をしてくれたようで、整備状態は完璧だ。

 

 だが一つ、いつもと違う事があった。俺の船そのものには変わった部分は見られなかったのだが、何故か俺の船と一緒に、もう一隻の船が一緒に現れたのだった。その姿は、俺にとってはよく見覚えがあるものだった。

 

「あれは……トゥアハ・デ・ダナンか……!?」

 

 それは、うみきんぐが持つ快速巡洋戦艦で、彼がメインで愛用している船だ。だがよく見れば、見た目はそっくりだがサイズは一回り小さくなっており、細かい装飾や装備が違っている事がわかる。

 そして、その船には……何十人もの船員が既に乗員しており、その船員達は全員が、見覚えのある小人族だった。

 

「おぉーい、ルーシーやーい」

 

 甲板から身を乗り出してルーシーに手を振るのは、白髪と白いおヒゲの、小人族の長老だった。

 そう、その船に乗っていたのは、ルーシーの一族の者達だった。

 

「長老!? それに皆も、一体どうして!? そして、その船はいったい!?」

 

「うむ……話せば長くなるのじゃが、おぬしが聖剣フラガラッハを受け継いだ後、わしらはおぬしと別れて再び旅に出たのじゃが……その直後、わしらの夢の中にマナナン=マク=リール様が現れて、神託を授けて下さったのじゃ。そして次の朝、わしらは目を覚ますとエリュシオン島にいた。そして、マナナン様にお目通りする事が出来たのじゃ」

 

「えっ……ずるい……」

 

 一族の者達が、始祖王たるレグルスとマナナンが出会った聖地を訪れ、大恩ある神との邂逅を果たしたと聞き、一人だけ除け者にされたルーシーがぼそっと呟いた。

 

「マナナン様は我らに、かの怨敵……魔神将ウェパルとの決戦が近い事を伝え、その戦いの為の船を造る事を命じられたのじゃ。そして光栄な事に、マナナン様が愛用する船と同じ型式の船を造る事を我らにお許し下さり、図面や素材を惜しみなく提供してくださった。そうして完成したのがこの、我ら一族の船……『サン・レグルス』じゃあ!」

 

 長老と小人族の者達は始祖王の名を冠する船を見せびらかして、誇らしげにその名を告げたのだった。

 

「さあ、乗るがいい! そしておぬしが舵を取るのじゃ。聖剣の担い手にして王の後継者、我らが族長よ!」

 

 そう告げられたルーシーは、ひとっ跳びで甲板へと飛び移って、彼らに向かって言った。

 

「族長? 違いますね。船長と呼びなさい!」

 

「「「「「うおおおおお!! 船長! 船長! 船長!」」」」」

 

 そんな風にはしゃぐ彼らを見ていると、疲れて重くなっていた身体が少しだけ楽になった。

 

「皆の者! 小人族の勇者達に後れを取るな! 戦闘用の大型船を持つ者達はすぐに出航の準備に取り掛かれ! そうでない者は各自、希望する船に乗って船員として働くがいい! 勿論、私の船でも船員を募集中だ!」

 

 そう言うと、フリーの人間は全員俺の船へと集まってきた。

 

「全員乗せられる訳ないだろ、加減しろ馬鹿共!」

 

「しかし、やはりどうせ乗るならアルティリア様の船が!」

 

「はい、じゃあ近くの人と三人組作って、ジャンケンして勝った奴だけ私の船な! 負けた子はさっさと別の船に行くように! はいスタート!」

 

 俺がそう言って手を鳴らすと、ジャンケンの合図の後に歓声や悲鳴が次々と上がるのだった。



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第161話 なかなかの成長ぶりだ※

 グランディーノ港を出航した船団は、北へと舵を取った。俺の船を旗艦に、20を超える数の大型船舶がズラリと並んだ大船団を見ると、所属していたギルド『OceanRoad』の事を思い出す。所属メンバー全員が海洋民のギルドでは、よくこうやって皆で自慢の愛船に乗って航海をしたものだ。

 だが、そんな楽しい思い出とは逆に、今の状況は全く面白くない。なんてったって、ひっきりなしに襲ってくる異形の怪物共を、船の大砲や甲板からの射撃で撃破しながらの強行軍だからだ。

 俺は操舵を水精霊に任せ、甲板上でウェパルが放つ瘴気によって汚染された海を浄化しながら指揮を執っている。本当なら自分で槍を振り回し、魔法を放って暴れたいところではあるが、体力や魔力を温存する為に、戦闘は信者達に任せている状態だ。

 

 時刻はもう間もなく夜を迎えようとしており、夕陽が完全に西の水平線へと沈もうとしている。

 今日は激動の一日だった。朝から王宮に出向き、そこから襲撃してきた魔神将ビフロンスの軍勢と数時間ぶっ通しで戦い、グランディーノに戻ってきた後は街を襲ってきた魔物を蹴散らして、海を浄化した後に急いで出航して今に至る。そして本番はまだこれからという、かつてないハードスケジュールだ。休憩を入れたくても、ウェパルのせいで海がどんどん汚染されているせいで時間を置くわけにもいかない。

 おかげで俺のコンディションはだいぶ悪いが、信者達がそんな俺を助けようと死に物狂いで戦ってくれているので、ここで俺が泣き言を言うわけにもいかない。

 

「くそっ、全部終わったら一か月くらい有給を取るぞ。高級レストランやカジノで豪遊するんだ。暖かくなってきたしアレックスとニーナを連れて、キャンプに行くのもいいな」

 

 そんなぼやきを口にしながら船の進行方向へと目を向けると、俺の目が他の魔物とは毛色の違う奴等を捉えた。どうやら向こうも俺が気付いた事を察したようで、高速でこちらに接近してくる。

 どっかで見た貧乳だと思ったら、その相手は王宮で戦った人魚のユニークボス個体、紺碧の女王だった。氷に閉じ込めてやった筈だが、どうやら脱出して先回りして来たようだ。その背後には、彼女と同じ人魚タイプの魔物を従えている。

 彼女は俺の船の近くまでやって来て、水上で優雅に一礼した。

 

「またお会いしましたわね」

 

「何をしに来た……とは聞くまでもないか。しかし生憎だが私は今、あまり機嫌が良くないんだ。どうしてもやると言うなら、次は氷漬けだけでは済まさんぞ?」

 

「おお怖い。わたくしとしても気は進まないのですけれど、一応は主の命令ですので、ここで足止めをさせていただきますわ」

 

「残念だが先を急いでるんだ。押し通らせて貰うぞ」

 

 この女は中々の強敵だ。この船に乗っている船員や冒険者達では止められないだろう。ここは俺がやるしかなさそうだ、と槍を構えようとした時だった。

 

「待て! 貴様の相手は我々だ!」

 

 高速で接近してきた船の甲板から飛び降りながら、紺碧の女王に攻撃を仕掛けた男がそう叫んだ。

 銀髪の、海上警備隊の制式鎧を着て十文字槍を持った青年、クロード=ミュラーだった。彼の十文字槍は、紺碧の女王が持つ細身の槍に受け止められていた。

 攻撃を押し返され、着水するクロードの身体は水に沈む事なく、彼は波打つ水の上に、二本の足でしっかりと立っている。水上を歩く為の『海渡り』の技能は、完璧にものにしているようだ。

 

「何ですの? いきなり横から現れて、無粋な男ですこと」

 

「黙れ! アルティリア様の邪魔はさせんぞ、海を汚す邪悪な魔物め!」

 

 クロードが繰り出した連続突きを、紺碧の女王が槍の穂先を使って、最低限の動作で次々に逸らしていく。クロードの槍の腕前は一流と呼んで差し支えないものだが、それを軽々と受け流す紺碧の女王もまた、大した腕の持ち主だ。乳は無いが。

 

「クロード! 一人で先走ってはだめよ!」

 

「うむ、その通りだ。まずは冷静になれ。あれはお前一人で勝てる相手ではないぞ」

 

 海上警備隊の副長グレイグと、その娘のアイリスがクロードに追いつき、彼の隣に立つ。アイリスは刺突細剣(レイピア)、グレイグは巨大な斧槍(ハルバード)を手にしている。親子だけあって二人とも鮮やかな赤い髪の持ち主だ。しかし筋肉モリモリ髭親父のグレイグと違って、アイリスのほうは推定Fカップの巨乳美人だ。

 ……いや待て、どうやらしばらく見ない間に育ったようで、改めて俺のエルフアイで彼女の胸部装甲を測定してみると、約95センチのGカップという測定結果が出た。

 くっ、俺としたことが間近で観察してみるまで気が付かなかったとは一生の不覚。まだまだ精進が足りないようだ。

 

 それはさておき、グレイグは勿論、その娘のアイリスも中々の腕利きだ。彼らと共に戦い、海上警備隊の精鋭達の援護があれば、クロードにも勝機は十分にあるだろう、と判断する。

 

「よし。ではクロード、そして海上警備隊の諸君。人魚共の相手を任せる。必ずしも勝利する必要は無い。誰一人欠ける事なく、生きて帰還する事を第一に考えよ」

 

「はっ! アルティリア様の仰せのままに!」

 

 俺は彼らに紺碧の女王と、その配下の人魚達と戦うように指示して、他の船に進軍命令を出した。

 人魚達を無視して進む船団への、彼女らの追撃は無い。

 まあ……それも当然だろう。紺碧の女王はリーダーだけあってポーカーフェイスも得意なようで分かりにくかったが、配下の人魚達はあからさまに士気が低く、やる気が無さそうだったからな。海に棲む彼女らにとっても、ウェパルが行なった海に対する広範囲汚染は赦し難い行為だったのではなかろうか。

 しかし創造主にして上位存在である魔神将には逆らえない為、こうして渋々俺達を足止めしに来たんだろうが、最初からやる気が無いので素通ししても仕方がないという言い訳さえ用意できれば、簡単に通してくれる。

 あくまで俺の推測ではないが、概ね間違ってはいないだろう。その証拠に人魚達、すぐ近くを通る船に対して敵意も攻撃しようとする意志も全く感じられない。だからこそ俺も、勝利よりもあくまで生還を優先するように指示したのだ。

 

 ともあれ、これで障害は無くなった。後はウェパルのもとに辿り着き、撃破するのみだ。



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第162話 決戦、開幕

 グランディーノを出航してから数時間後。汚染された海を浄化し、襲ってくる異形の怪物達を退けながら、俺達は遂に魔神将ウェパルが居る海域へと辿り着いた。

 そこで俺達を待っていたのは、あまりにも異様でおぞましい姿の怪物だった。横幅は小さな島くらいのサイズで、奥行きも同様。高さは俺の超大型ガレオン船のメインマストよりも高い、海洋レイドボス『アイランド・タートル』を思わせる、規格外の大きさだ。そんな超大型の、無数の触手が生えた腐敗した肉塊としか形容できない代物が、月明かりに照らされて水面に浮かんでいた。

 見た目もさることながら、悪臭も酷い。奴が浮かんでいる周辺は俺の力も届かず、赤黒く濁って汚染された水域となっており、相乗効果で俺達の視覚と嗅覚に対して持続ダメージを与えてくる、存在自体が害悪極まりない化け物だ。

 

「各船、散開して砲撃! あれだけのサイズだ、ろくに狙わずとも当て放題だぞ! ただし絶対に足を止めず、奴に近付きすぎるな! 敵の遠距離攻撃に注意!」

 

 そう指示を出して、俺は船の甲板から飛び降りて、水面に降り立った。その直後、小人族の乗る快速巡洋戦艦『サン・レグルス』の甲板から、一人の小人族が俺の隣に降下してきた。その人物は勿論、小人族の王の後継者にして我が騎士、ルーシー=マーゼットである。

 

「あれが魔神将ウェパル……その成れの果て、ですか……」

 

「一族の宿敵を前にして、やる気になっているのは良いが、あまり気負い過ぎるなよ、ルーシー」

 

「はい、お任せください。アルティリア様は必ず、私がお護りいたします」

 

 聖剣フラガラッハを手に、ルーシーが魔神将ウェパルをまっすぐに見据える。それに反応したのか、ウェパルの注意が俺達に向いたようだ。

 

「Regulusuuuuuuuuuuuuu!!!」

 

 巨大な腐敗肉塊が全身を震わせながら、地獄の底から響いてくるかのような低い声で叫び声を上げた。あのような姿になっても……いや、ああなったからこそ、自分をそのような目に遭わせた者の事だけは覚えているのだろうか。ウェパルはレグルスの剣、フラガラッハを持つルーシーに向かって、無数の触手を鞭のように叩きつけて攻撃を仕掛けてきた。

 

「『プロテクトオーラ』! 『セイクリッドシールド』!」

 

 ルーシーはそれに対して、全身に闘気を纏って守りを固め、光属性を付与した盾を前面に構えて攻撃を受け止めた。そして、盾で弾き返した触手を聖剣で斬り飛ばす。

 

「ふむ、あれを切断したところで、本体にダメージは無いか」

 

 触手は本体とは別のモンスター扱いになっているようで、何本か斬り飛ばしたところでまだまだ沢山生えており、いちいち倒してもキリがなさそうだ。

 

「ですが、聖剣のおかげか再生は出来ていないようです。片っ端から斬ってしまえば、攻撃の頻度も減るかもしれません」

 

「そうだな。ならば守りを優先しつつ、可能なら斬っておいてくれ。私は本体を攻撃しよう。そこでルーシー、お前に頼みがある」

 

 俺はそう言いつつ、道具袋からとあるアイテムを取り出した。

 

「何なりとお命じ下さい」

 

「私を護ってくれ。私はこれから攻撃に専念するので、無防備な状態になる。あの触手の攻撃を一発でも受ければ、それだけで倒れかねない危険な状態だ。……本当ならこんなリスクのある策は取りたくないんだが、相手が相手なので、勝ちを拾う為にはそうせざるを得ない」

 

「わかりました。ならばその間、アルティリア様には指一本触れさせません」

 

「頼んだぞ」

 

 そして俺は意を決して、取り出したアイテムを装備した。

 そのアイテムの名は、『青き叡知の冠(サークレット・オブ・ウィズダム・ブルー)』。頭に装備する防具であり、深海の三叉槍(トライデント・オブ・アビス)水精霊王(アクアロード)の羽衣に続く、俺が持っている3つ目の神器(アーティファクト)だ。

 その名の通り、額の部分に蒼い大粒の宝石……『大洋の結晶』が嵌められている冠であり、水精霊(ウンディーネ)達の親玉である、水の大精霊『叡知の青(ウィズダム・ブルー)』から授けられたものだ。

 大精霊自らが作り出した神器なので、凄まじい効果を持ってはいるのだが……俺がこいつをこの世界に来てから、一度も使ってこなかった事から分かる通り、このアイテムにはメリットと同時に、とんでもないデメリットが存在しているハイリスク・ハイリターンな代物なのだ。その効果はと言うと、

 

 ➀装備者の物理攻撃力を0にして、減少した数値を魔法攻撃力に加える

 ②装備者の物理防御力を0にして、減少した数値を魔法防御力に加える

 ③装備者の物理耐性を0%にして、減少した数値を魔法耐性に加える

 ④装備者の移動速度を半分にして、減少した数値を詠唱速度に加える

 ⑤HPとスタミナの自然回復が停止し、MPの自然回復速度が大きく上がる

 

 ……という、とてつもなく極端なものだ。これを装備した瞬間、俺は接近戦では初心者以下のクソ雑魚に成り下がる。

 しかもこの装備、純粋な魔法使いが装備したところで元々持ってる攻撃力や防御力が低い為、大して強化されないというのが実にクソである。ゆえに使いこなせるのは俺のような魔法戦士タイプのキャラクターだけなのだが、それにしたって普段と戦闘スタイルをガラッと変える必要がある上に、習得している接近戦用の技能は全て使い物にならなくなる為、普段使いするにはあまりにもデメリットが大きすぎる。

 なので、この神器はLAOに存在する神器の中でもトップクラスの外れ扱いされており、作った事のある人間は俺を含めて、片手で数えられるくらいではなかろうか。

 

 だが、この神器は特定条件下で俺が装備した時のみ、凄まじい性能を発揮する。

 特筆すべきは④の能力、移動速度の半分を詠唱速度に加えるというものだ。

 これを、水泳スキル4000オーバー、時速200キロを超える速度で水中を移動できる俺が、水上や水中で装備した場合……詠唱速度が限界を超えて跳ね上がり、あらゆる魔法を無詠唱で行使可能になる。

 

「ダイヤモンドダスト! コールドディザスター! アイスコメット! グレイシャルウェーブ! アクアストリーム! コキュートス! ヘルブリザード!」

 

 いつもは消費MPや詠唱速度の関係であまり使わない上級・最上級魔法だって、今だけは無詠唱で使いたい放題だ。壁役(タンク)のルーシーが俺を護ってくれると信じて、全力全開で最大火力を発揮して、魔神将ウェパルに攻撃を仕掛ける。

 それと時を同じくして、ウェパルを包囲する船から照明弾が上がり、続いて艦砲による一斉砲撃が、ウェパルを襲ったのだった。



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第163話 変態海洋廃人、全員参戦!※

 王都、そしてグランディーノ北方の海域に魔神将が出現し、アルティリアや現地の民がその脅威に抗っている、丁度その頃。

 MMORPG『ロストアルカディアオンライン』、通称LAOでも、同時に複数の魔神将と、その配下の軍勢が襲撃をかけてくるという史上最大の期間限定イベントが開催されていた。

 今回のイベントは主戦場となる場所が複数に分かれている為、各プレイヤーはどの戦場に参戦するかを自由に選択する事が出来るのだが、非常に難易度が高いイベントの為、各自の自由にさせて戦力が偏ってしまった場合、一気に崩れて失敗になる恐れがあった。

 トッププレイヤー達、そして大型ギルドといった主戦力を、どのように各戦場に割り振るか……という非常に重要な事を話し合う為に、著名な一級廃人達および、大型ギルドの代表者が集められた。

 彼らが集められたのは、ルグニカ大陸最大の都市である、王都ルグニカの王宮にある一室だった。

 そして、そこに集められた者達の前で、一人の男が口を開いた。青い外套を身に付けた、長身でイケメンの人間族(ヒューマン)の魔法戦士、あるてまという名のプレイヤーだ。

 

「各ギルドとソロプレイヤーの担当はこの紙に書いておいた通りで頼む。異論や別の案がある場合は今、この場で申し出てくれ」

 

 あるてまが分担と、各戦場における陣形と作戦を書いたプリントを集まった者達に配布する。それを読んだ者達が口々に言う。

 

「異論ないよ」

 

「ああ、こっちも問題ない」

 

「うむ、従おう」

 

「よく分かんねーけど、あるてま先生が決めたんなら間違いねえべ」

 

「おっ、そうだな。んじゃ解散すっか」

 

「おう。さっさと帰って準備しようぜ」

 

 LAO日本サーバー名物、カップラーメン作ってる間に終わるグランドクエスト作戦会議は、今回も滞りなく始まってすぐに終わった。いつも通りに、あるてまが作戦立案および総指揮を執る流れだ。

 会議室からぞろぞろと出ていく参加者の一人が、ふと呟いた。

 

「あれ、そういえば今回はキング来てないのな」

 

 その呟きに、他のプレイヤー達が反応する。

 

「引退したんじゃなかったっけ? 前にギルド解散するって言ってたろ」

 

「いや、年度末にって言ってたしもう少し先じゃない?」

 

「だがまあ、居ないって事はオーシャンロード、不参加って事なんじゃね」

 

「マジか。クロノ居ないと壁役(タンク)がキツいんだよな……」

 

 そんな中で、一人だけ渡された紙に視線を向けて、怪訝な顔をする者がいた。それは、黒いスーツに身を包み、大型の対物狙撃銃(アンチマテリアルライフル)を背負った、筋肉質の中年男性であった。

 そのプレイヤーのキャラネームは、『スナイパーおじさん』。特定のギルドには所属せず、傭兵として雇われてギルド間戦争(GVG)に参加し、猛威を振るう凄腕のソロプレイヤーだ。

 彼に渡された紙には、ただ一言こう書いてあった。

 

「うみきんぐに同行し、アルティリアを助けろ」……と。

 

 会議室を後にしたスナイパーおじさんは、転移の巻物(テレポートスクロール)を使用して、エリュシオン島へと転移した。

 島の中央に降り立った彼は、その足で岬へと向かった。そこには、いつものように目当ての男が立っていた。

 

「よう、しばらくぶりだなマナナン」

 

 スナイパーおじさんは、あえて神としての名でうみきんぐを呼んだ。その声に振り返った小人族の男も、同じように返す。

 

「俺に何か用事か、バロール」

 

 うみきんぐがそう呼んだ通り、スナイパーおじさんの正体はマナナンと同じように、かつての魔神戦争後に地球にやってきた異世界の神、闇と魔眼の神バロールであった。地球にやって来たばかりのマナナンを保護し、ロストアルカディアシリーズを布教したのも彼だった。

 

「あるてま先生がこんな紙をよこして来やがったんだがよ。お前さん、向こうに戻るのかい?」

 

 そう言って紙を手渡すと、それを一瞥したうみきんぐは納得したように頷いた。

 

「ああ、そのつもりだ。相変わらず、あの男は何でもお見通しだな」

 

「それなんだがよ、あいつ本当に何者なんだ? この俺様の魔眼をもってしても、全く正体が掴めないんだが……。俺達の同類にしては、全くそれらしい気配すら感じられないしな……」

 

「ああ……それはそうだろう。あるてま本人はあくまで、ただの人間だからな」

 

「は????? いや、そりゃ無ぇだろ? ただの人間にしては神々(おれたち)以上に見え過ぎてるし知り過ぎてるじゃねえか。未来視や運命視の魔眼でも持ってるってんなら分からなくもねぇが、それなら魔眼の神である俺様が気付かない訳がねぇしな……」

 

「いや、奴はそういう特殊能力も一切持っていない。ただ単に……俺達が根源とか知識の泉とか、全知存在(アカシックレコード)とか呼んでるアレに自由に接続できるというだけの、普通の人間に過ぎない」

 

「待てや。は? そりゃ何の冗談だ? 人間があんなモンに接続したら、自我なんて一瞬で吹っ飛んで廃人化待ったなしだろ? 俺達のような神だって、そう簡単に触れて良いようなもんじゃ無ぇぞ? それを自由に? ノーリスクで接続して便利な百科事典や検索ツール代わりに使ってるって事か? どういう事だ? 普通の人間って何だ?」

 

「知らん。奴に関しては俺も意図的に考えない事にしているが、多分アイデアロールで1クリ出した後に、SANチェックで再度1でも出したんじゃないか? 知らんけど」

 

「人間こえー……」

 

「人間は凄いぞ。あいつら可能性の塊だからな。いつだって俺達の予想を超えて、世界を動かしてきたのは人間達だ。だからこそ神々(おれたち)は彼らを愛したのだろう」

 

「ああ、そうだ……そうだったな……」

 

 いやでも流石に全知存在に自在アクセス出来るのとかは無いわ……。こっわ、近寄らんとこ。

 魔神バロールは心の中で、そう呟いた。

 

「ところで、お前さんは……もう戻らねぇつもりなのかい?」

 

 一転して真面目な表情を浮かべて、スナイパーおじさんはそう訊ねた。

 

「さてな……。戻って来たいと思う気持ちは勿論あるのだが、相手はあの魔神将ウェパルだ。アルティリアの奴も、苦戦は免れないだろうし、俺とて生きて帰れる保証はない。それに本音を言えば、向こうの世界やアルティリアに対する未練が無いとは言いきれん。二度と戻って来れなくなる可能性もあるだろう」

 

 それが、うみきんぐがギルドの解散を選んだ本当の理由だった。

 

「ギルメン共は、連れて行かねぇのかい?」

 

「ああ。向こう側に連れて行くとなれば、本当に命を懸けた戦いになる。そんな戦いには付き合わせられんよ。それにあいつらにとって、この世界はあくまで、楽しく遊ぶ為のゲームの舞台。それを命懸けの危険な現実にしたいと思う、酔狂な者など居らんだろうよ」

 

 うみきんぐがそう呟いた、その時だった!

 

「居るさっ、ここにひとりなっ!」

 

 何者かがそう叫び、テーマソングを高らかに歌いながらゆっくりと姿を現した。

 その人物は、筋骨隆々のマッシヴボディを、肌にぴったりと張り付いた白と黒のストライプ模様のボディスーツに包み、そして頭部には同じく縞々の馬の覆面(ホースマスク)を被った、変態シマウマ男であった。

 

「ゼブラじゃねーか!」

 

「3回も言ったぞ! あのやずやでさえ2回なのに!」

 

 彼の名はゼブラ。宇宙海賊を自称する不審者にして、ギルドOceanRoadの古参メンバーである。

 更に彼に続いて、別のギルドメンバーも続々とその姿を現した。

 

「水臭ぇぞキング! ガチ異世界転移? 望むところだバカヤロウ!」

 

「丁度、強化改修が終わったばかりの船で魔神将に凸したいと思ってたところなんでね。俺も連れていって貰おうか」

 

「拙者、爆乳ドスケベエルフ大好き侍。義によって助太刀いたす」

 

 少し前に活動終了と解散を告げて以降、この島に集まる事も少なくなっていたギルドメンバーが、この場に全員集まっていた。

 そしてその中には当然、クロノとバルバロッサの姿もあった。

 

「当然、俺も行きますよ。壁役、必要でしょう?」

 

「サクッと行って、パパッと倒して帰って来りゃあいいじゃねえか。ついでにアルティリアの野郎も、メインマストにふん縛って連れて帰ろうぜぇ」

 

「お前達……全く、馬鹿野郎共が……」

 

 呆れた口調とは裏腹に笑顔を浮かべ、うみきんぐは宣言する。

 

「では、これより我々は異世界へと渡り、勝手に出て行った元サブマスターの手助けをする! これが我がギルドの、最後の船旅だ! ギルドOceanRoad、出航するぞ!」



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第164話 禁じ手

 魔神将ウェパルとの戦いが始まってから、どれくらい経っただろうか。

 実際は一時間も経っていないのだろうが、俺の体感時間だと、もう何時間も経過したように感じられる。それくらいに過酷な戦いだった。

 

 敵の攻撃自体は、無数の触手を鞭みたいに叩きつけてくる物理攻撃をルーシーが、そして各種魔法攻撃を俺が防ぐことで対処は出来ている。

 更に二十を超える数の大型船舶が、遠距離からウェパルの巨体に向かって艦砲射撃を続けている。あれだけの大きさなので、多少狙いが適当でも簡単に命中する。

 そして、神器の効果で固定砲台モードと化した俺が最上級魔法を連打することで、更に大ダメージを与えて危なげなく勝利……といきたいところだったが……

 

「くそっ、あいつの再生速度はどうなってるんだ……!」

 

 ダメージは通っている。相手の攻撃にも対処できている。明らかに戦況はこっちが有利だ。

 当然だ。そうなるように準備を重ねて、作戦を立ててきたんだからな。本能のままに暴れる怪物と違って、こっちは勝つべくして勝つ為に行動してきた。

 フラウロスの時は時間も戦力も足りなかったので俺一人で勝算の無い戦いに挑む羽目になったが、今回は別だ。近い内に、また次の魔神将が現れるとネプチューンに伝えられていた俺は、魔神将を戦う事を前提にした戦力を整える為に動いていた。

 ……正直、もう少し時間はあると思ってたんだけどな。何でこんな短いスパンで来るんだか。フラウロスの時から半年くらいしか経ってないんだぞ。

 

 ともあれ、そういうわけで俺達は有利に戦えている……筈だったのだが、魔神将ウェパルの再生能力が想定以上だった。

 俺は敵の生命力(HP)を、フラウロスやLAOで戦った魔神将たちを基準にして考えていた為、現在の火力でなら十分に倒しきれると判断したのだが、そこが計算違いだった。

 奴の再生能力の源となるのは、他者を捕食して取り込む、スライム系のモンスターがよく持っている能力だと思われる。ただし、海域を丸ごと生命が存在しない死の海へと変えて、亡霊船長のような不死者をも捕食した事から、規模や強度は桁違いだろうが。

 ……あの化け物は、今この時に至るまでに、いったいどれほどの命を捕食してきたのだろうか。考えたところで、奴の犠牲になったものが戻ってくるわけではないが。

 

「せめて奴は、この場で倒さなくてはな……」

 

 元より撤退は選択肢に無い。

 奴が海を汚染し、海に棲む生物の命を貪る以上、ここで俺達が逃げてしまえば、いずれ全ての海が死の領域へと変わり、人々は船に乗って移動する事も、海で魚を捕る事も出来なくなる。そうして制海権を完全に失えば、人類はそう遠くない未来、確実に詰む。

 である以上、戦って勝つ以外に無いのだが、持久戦ではジリ貧だ。

 船団がバカスカ撃ちまくってる砲弾は無限ではなく、いつかは尽きるし、人間の体力や集中力には限界があり、この激戦の中では消耗も激しいだろう。

 

 そして、俺自身の限界も近い。

 王都での戦いからずっと、女神形態(ゴッデスフォーム)を維持した状態で、魔神将ウェパルが放つ邪悪なオーラを相殺しながら、グランディーノから航海をして、更に会敵してからは浄化と戦闘を平行して行なっているのだ。正直、今すぐにでもブッ倒れそうな勢いだ。今ベッドに横になったら、5秒も経たずに意識を失うだろう。

 『青き叡知の冠』を装備して固定砲台モードになっているのも、火力を求めてというのも勿論あるが、今の体調で高機動戦闘なんかやったら、ほぼ間違いなくリバースするからだ。

 要するに、今の俺は絶不調で、かなり体調がヤバいという事だ。どれくらいヤバいかというと、レイドボス出現の待機中に、もうすぐボスが現れるというタイミングで猛烈にウンコが出そうになる時くらいのヤバさだ。ちなみにそのレイドボスは高耐久の超大型モンスターで、討伐には最低でも10分はかかるものとする。

 

 というわけで、選択肢は短期決戦の一択しかないのである。よって俺は、出来る事なら使いたくなかった切り札を切る事にした。

 

「ルーシー、とっておきを使う! 防御を頼む!」

 

「はっ! お任せください!」

 

 俺は、今まで女神としての力でウェパルが放つ瘴気を浄化していたのだが、それを止める。

 そんな事をすれば、みるみるうちに海への汚染が広がっていき、それを放置すれば船に乗っている仲間達が危険に晒されるのは確実だ。だが、そうはさせない。

 

「こっちだ!」

 

 俺は、ウェパルの瘴気を浄化せず、逆に引き寄せて、積極的に自分の中に取り込んだ。

 手足の先からウェパルの瘴気が俺の身体を侵食し始め、俺の白い肌が末端から徐々に、黒く染まっていく。

 それを呼び水に、俺は自分の中にある、かつて取り込んだ魔神将フラウロスの力の残滓を活性化させる。

 

「『魔神形態(デモニックフォーム):フラウロス』……!」

 

 青い髪が赤く染まり、肌には炎紋のような黒い染みが刻まれた、女神と呼ぶには禍々しすぎる姿に変貌した俺は、右手を魔神将ウェパルへと向けた。

 

 今から放つのは、俺のオリジナル魔法。理論上は可能だが、出力不足でどうやっても実現が不可能だった為、開発を断念したものだ。

 だが今の状態なら出来る。そう判断して、俺はその魔法を発動させた。

 

 俺は周囲にある大量の海水を操り、右手の先へと集める。そして、全身全霊の魔力を込めた右手で、それを圧縮する。

 

 ところで、水の沸点……加熱し続けて、沸騰して水蒸気になる温度は何度かご存知だろうか。そう、100℃だ。海水の場合はもう少しばかり高くなるが、まあ純水と大差は無い。

 だがその100℃という沸点は、あくまで地上の、大気圧での環境に限った話だ。例えば山頂などの高所で、気圧が低い環境下においては、水の沸点は100℃を下回る。逆に高気圧であれば、水の温度は100℃を超えても、沸騰する事なく上昇し続ける。圧力鍋なんかは、その原理を使って内部を高圧状態にして、沸点を上げてやる事で高温による短時間の調理を可能にしている。

 つまり結論を言うと、水の沸点は、水にかかる圧力によって変動し、より高圧状態になればなる程、沸点は上昇するという事だ。

 

 そして、俺がこの手元に集め続けている海水に対してかける圧力は、大気圧の200倍以上。その状態で水の沸点は300℃を超え、蒸発する事なく水の温度が上がり続ける。

 この収束・超圧縮・加熱を同時に行なう工程が、どう頑張っても個人の魔力では厳しいものがあった為、以前思いついた時は断念したのだが……桁外れの膂力と、業火を操る能力を持つ魔神将フラウロスの力を、その身に宿した今の俺ならば、それを行使できる。

 

 ひたすらに圧縮と加熱を重ねた事で、水の性質が変容する。

 およそ220気圧もの圧力によって圧縮され、374℃まで加熱された状態の水を、こう呼ぶ。

 

 『超臨界水』と。

 

 液体と気体の中間のような状態のそれは、そこらの溶剤が裸足で逃げ出すレベルの、有機物を溶解する性質を持つ危険物だ。そんな性質を持つ超高密度かつ高温の物体を、魔法でビーム状にして撃ち出したら、果たして一体どうなってしまうのでしょうか。

 

 答えは一つ、『相手は死ぬ』、だ。

 

「超臨界、海神の裁き(ジャッジメント・オブ・ネプチューン)!」

 

 無数の超臨界水によるビームが降り注ぎ、魔神将ウェパルの腐敗した肉体を穿ち、溶解していく。

 未知のダメージにウェパルが絶叫しながら触手を振り回し、大暴れする。それによって津波が発生し、俺達や周りの船団を襲うが……

 

「させません! 報いを受けなさい、『応報者(アンサラー)』!」

 

 聖剣が光を放ち、放たれた津波が物理法則を無視し、反転してウェパルを襲う。その直後に、俺が放った最後の一撃、極大の超臨界水ビームがウェパルに直撃した。

 

 魔神将ウェパルの巨体が倒れる。それを見届けた瞬間、俺の身体は遂に限界を迎えた。

 女神形態(ゴッデスフォーム)魔神形態(デモニックフォーム)共に強制的に解除され、立っているのもままならないような状態だ。つーか体力・魔力・気力が全部底を突いてる為、水上に立つのも厳しいかもしれん。いかん、このままでは水泳スキル宇宙一位たるこの俺が、水没して溺れるという醜態を晒す事になりかねない。

 あと瘴気を取り込んで、魔神将の力なんか借りてしまった反動のせいか、体中がめちゃくちゃ痛いし、腹がむかむかして気持ちが悪く、今にも吐きそうだ。つーか口から血が出てたわ。

 

「アルティリア様! しっかりして下さい! すぐに治療を!」

 

 俺の状態を見て、ルーシーが駆け寄ってくるが、そんな彼女を俺は止めた。

 

「大丈夫だ。そんな事よりも、魔神将ウェパルはまだ生きているぞ。私はしばらく動けん、お前がトドメを刺すのだ」

 

 俺が指差した先では、だいぶサイズが小さくなったウェパルが触手をうねうねと動かしながら蠢いている。許容量を超えたダメージにより再生は止まっているようだが、このまま放置しておけば、いずれまた復活するだろう。

 

「行け、ルーシー。一族の悲願を果たして来い」

 

「……はい! すぐに奴を始末して戻ります!」

 

 俺に背中を押され、ルーシーが聖剣フラガラッハを手に駆け出す。力を使い果たした俺に出来るのは、それを見送る事だけだった。

 ならばせめて、彼女の勝利を祈り、信じて待つ事にしよう。そう思った時だった。

 

「……ごほっ」

 

 俺の口から、大量の血が溢れ出た。同時に、胸に謎の熱さを感じる。

 俺が視線を下に向けると、左胸の下あたり……丁度心臓のある辺りに、背中から胴体を貫通して、刃が生えているのが見えた。



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第165話 勝利条件変更:制限時間内に魔神将ウェパルを倒せ

 背後からの刺突(バックスタブ)。それも心臓への直撃。

 ただでさえ満身創痍な上に、今の俺は装備している『青き叡智の冠』の効果で物理防御力・物理耐性共に0。間違いなく致命傷だ。

 タイミングも絶妙だ。大技をぶちかまして力を使い果たしたのを代償に、強大な敵に大ダメージを与える事が出来、一息ついたところに背後からズドン! である。

 俺は首だけで振り返り、それを行なった犯人の顔を見る。

 口元だけを露出した仮面を付け、シルクハットを被った燕尾服の魔族。地獄の道化師(ヘルズ・クラウン)だ。

 

「やってくれたなこの野郎……」

 

「乾坤一擲、ここしかないというタイミングでの、一世一代の大・奇・襲・攻撃でございました。いかがでしょう? お気に召していただけましたかな?」

 

「敵ながら実に見事だったと褒めてやるよクソが。覚えてろよ、次は私がやってやる」

 

 めちゃくちゃ痛いし命の危険を感じるが、まだ俺はギリギリ生きている。無詠唱で回復魔法をかけてHPを回復するが、瘴気の侵食に加えて心臓に刃がブッ刺さったままの状態なので、治りが遅い。

 

「残念ながら、貴女に次はありませんよ。これにてカーテンコールでございます」

 

 地獄の道化師はそう言って、俺を掴んだまま浮かび上がり、そのままウェパルのいる方へと飛んでいく。

 

「ところでアルティリア様、貴女ともそれなりに長い付き合いになりましたが、ワタクシと初めて会った時の事は、覚えておりますかな?」

 

「何だいきなり……思い出話でもしようってのか……。あの時は確か、まだ無人島でサバイバル生活してたところに、いきなり襲ってきたんだったか……。それで、氷漬けにして海底に放り込んでやったんだったな。ざまあみろだ」

 

 ついでにお前がけしかけてきたドラゴンは、今ではうちの娘のペット兼乗騎だ。重ねてざまあと言っておこう。

 

「随分と前の事だというのに、よく覚えていただき光栄でございますなァ。ではここで明かさせていただきましょう。実はワタクシ、あの時貴女様に氷漬けにされ、哀れにも海底に投棄された地獄の道化師でございます。感動の再会ですなァ」

 

「何……?」

 

 てっきり別の複製体だと思っていたが、あの時の奴だと……? とっくに死んだと思っていたが、あの状態で生きていたというのか。

 

「脱出マジックはワタクシの得意技ですので。しかし氷の中から脱け出せたのは良かったものの、そこは深海。流石のワタクシもあまりに過酷な環境に死を覚悟いたしました。しかし、そこでワタクシを待っていたのは、死よりもなお恐ろしい出来事でございました……」

 

 俺を掴む地獄の道化師の手に力が入る。防御力0の今の俺の身体は、それだけで骨が軋み、奴の鋭い鉤爪で肌が裂け、血が噴き出る。

 

「深く暗い海の底で、ワタクシが出会ったのは……そう、あのウェパル様でした。あの方の触手に捕まり、抵抗する間もなく捕食されそうになりながら、ワタクシは必死に生き延びようと足掻き続けました。本体や他の複製体との意識の共有が断たれ、何も見えず聞こえない状態で、じわじわと消化されていく絶望! その中で、ある一つの想いだけを頼りに生にしがみ付き……結果的に、ワタクシは生き延びる事が出来ました。まあ尤も……気付いた時には、こぉんな姿になってしまいましたがねェ!」

 

 どろり……と、地獄の道化師の肌が溶け落ちる。奴の姿は、グズグズに腐敗した水死体のような、見るに堪えない不死の怪物(アンデッドモンスター)へと成り果てていた。

 

「ちなみに、その想いというのはですねェ……。いつかテメェも同じ目に遭わせてやるって事なんだよォーッ!」

 

 そう叫び、地獄の道化師は俺の身体を、下に向かって放り投げようとする。そして、眼下には無数の触手を生やした、腐敗した巨大な肉塊が。

 

「お前、まさか……ッ!」

 

「そのまさかだッ! さあウェパル様、お食事の時間ですよォーッ!!」

 

 放り投げられた俺の身体に、ウェパルが何本もの触手を伸ばす。

 

「くそっ、冗談じゃない……!」

 

 俺は即座に、転移魔法で離脱を図るが……

 

「無駄だァ! 時既にチェックメイト!」

 

 四方八方から高速で飛来したトランプの札が俺の身体に突き刺さり、魔法の発動を阻害し……そして、ウェパルの触手が俺の身体を捕らえた。感触はヌメヌメブヨブヨしていて非常に気色悪い上に、悪臭が酷い。

 

「しまった……!」

 

 先端で食らい付いて、そのまま俺を飲み込もうとする触手に抗おうとするが、今の消耗しきった俺にとっては、あまりにも厳しい状況だ。

 

「アルティリア様を離せぇっ!」

 

 眼下では、ルーシーが俺を助けようとウェパルの巨体を駆け上がり、それを妨害しようとする触手の群れを次々と斬り払っている。

 

「アルティリア様を助けるのだ! 皆の物、行くぞ!」

 

「アルティリア様、今しばらく耐えてください! すぐにお助けします!」

 

 ウェパルから距離を取って、艦砲射撃による援護に徹していた船団も、俺を助ける為に全速力で突撃を敢行しようとしている。

 俺は、そんな彼らに向かって声を振り絞った。

 

「無理だ、間に合わん! だからお前達……そのまま全力で、魔神将ウェパルを攻撃しろ! 私はそれまで耐える!」

 

 正直、今にも死にそうな状態なので耐え切れる自信は無いが……この状況ではそうする以外に無い。

 

「この土壇場でふがいない姿を見せてすまない。だが……お前達なら出来ると信じている! 後は任せたぞ!」

 

 そう言っている間にも、俺の身体は触手に取り込まれていく。既に下半身は飲み込まれており、上半身が徐々に沈んでいっている。胸のところでつっかえて止まったりしないだろうか。流石に無理か。

 

「アルティリア様! すぐにこいつを倒してお助けします! それまで頑張ってください!」

 

「うおおおお! さっさとくたばれ、クソ魔神将! アルティリア様を離しやがれ!」

 

 信者達が全力で魔神将に攻撃を加えるのを見ながら、俺は最後にこちらを見下ろす地獄の道化師に向かって言い放つ。

 

「おい、地獄の道化師。ひとまずはお前の勝ちだ、おめでとうと言っておこう。だがな、お前に出来た事が私に出来ないと思うなよ。必ず戻ってきて、ぶちのめしてやるから震えて待ちやがれ」

 

 そんな捨て台詞を残して、俺はウェパルの触手に全身を飲み込まれた。

 さて、あいつらがウェパルを倒すのが先か、俺がくたばるのが先か……我慢比べといこうか。



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第166話 それは紛れもなく

 しくじったな。火力が必要な状況だったので仕方なかったとはいえ、やはりデメリットが大きい装備を使う時は細心の注意を払う必要がある。十分気を付けてはいたし、今回は地獄の道化師がドンピシャのタイミングで奇襲をかけてきたのが大きいとはいえ、もう少し上手くやれていれば……という後悔は尽きない。

 しかし、起きてしまった事を悔やむばかりでは何も進展しない。反省はするが、この失敗を糧にして次に繋げる事を第一に考えるべきだろう。

 

 俺の全身を締め上げながら生命力と魔力を吸い取り、代わりに濃密な瘴気を侵食させてくる触手に抵抗しながら、ぼんやりとした頭でそんな事を考える。

 一体どれくらいの時間が経ったのか分からないが、そうやって身動きが取れない状態でひたすら耐える事を続けていると、だんだんと意識が遠くなってくる。

 

 すると、俺の脳裏に幼い頃の光景が次々と浮かび上がっては消えていった。これは……走馬灯とかいう奴か……?

 

 

 この異世界に来て、アルティリアになる前の『俺』は、いわゆるエリートの家系に生まれた。

 誰でも名前を知ってる一流の大学を出て、一流の企業に勤務し、トントン拍子に出世の階段を登る選ばれたエリートである彼らは、その子供である俺にも当然のように、エリートである事を求めた。

 家は裕福で、何不自由なく育つ事が出来たが、実のところ俺に自由などは無かった。

 物心ついた頃から、ひたすら勉強や習い事を詰め込むように強制させられた。頭の出来は両親の遺伝子が仕事をしてくれたようで覚えが良く、俺は大抵の事は頑張れば人並み以上に出来たのは幸いだったが。

 

 両親からは褒められた事も、優しい言葉をかけられた事も、抱きしめて貰った事もない。かけられた事のある言葉の大半は、一方的な命令や叱責だ。

 彼らにとって子供とは課題を与え、優秀な自分達に相応しい後継者に育成する為の存在でしかなかったという事だ。

 勉強は特に苦ではなかったが、それに対する意義が見出せず、ただ惰性でこなしていた。

 彼らが俺個人の人格に対して無関心であったように、俺も彼らには何も期待していなかった。

 そんな冷え切った親子関係しか知らない為、アレックスとニーナを引き取った当初は、母親って何をどうすればいいのかと悩んだものだが、結局は彼らを反面教師にして、完璧とは言えなくても何とか上手い事やれていたんじゃないかと思う。

 

 それから、俺には兄と弟がいた。俺は三人兄弟の真ん中だ。

 歳の離れた兄は、端的に言うと変人や狂人の類であった。

 それほど仲良くはなかったが、酷く冷たい目の奥に、ギラギラとした燃え滾るような狂気を宿していた事は印象に残っている。

 両親は兄を、居ないものとして扱っていた。今思えば、両親は兄が宿していた得体の知れない狂気を恐れていたのだろう。

 

 兄は、博打(ギャンブル)に取り憑かれた人間だった。無口で、あらゆる物を感情の無い冷え切った目で見ていた彼の瞳に狂気が宿るのは、決まって博打の事を口にする時だった。

 

「勝負が人生の全てだ。それ以外の全部は寄り道に過ぎん」

 

「破滅に向かって突っ走っている時が、最も生を実感できる」

 

「人は一人で生きて、一人で死ぬべきだ。そうは思わんか」

 

 当時小学生だった俺に向かって真顔でそんな事を言う男だ。控え目に言ってイカレポンチの狂人ではあったが、両親に比べると会話をするのにストレスを感じなかったので、あの家族の中では比較的よく話をした方である。

 そんな生まれつきナチュラルにトチ狂っていた兄は、俺が10歳くらいの時にふらっと居なくなって以来、長らく行方知らずとなっていたのだが、数年前に死んだと聞いた。

 兄は裏社会の住人になっており、違法な高レートの博打を繰り返していたらしい。その結果、死んだ。

 負けたからではない。その逆で、あまりにも派手に勝ちすぎて、恨みを買いすぎたせいで殺されたそうだ。

 たった一人で大勢に囲まれながら大立ち回りをして、刺客を何人か道連れにして死んだという話を聞いた時は、あの男ならやるだろうな。実に似合いの最期だと思ったものだ。

 

 一方、弟のほうはその逆で、気弱で鈍臭い子供だった。

 要領が悪く、死んだような目で勉強机に向かっていたり、よく両親に叱責されて泣いていたのを覚えている。

 長男の兄がアレで、次男の俺もある程度大きくなってからは両親に対してバリバリ反抗しまくりだった為、両親の弟に対する期待はより一層大きいものとなっていたのだろうが、それに潰されかけていたようだった。

 

 ……一度、捨てられた犬みたいな、すがるような目で俺を見てきた事があったが、俺は当然のようにそれを無視した。

 当時の俺にとって、家族とは血が繋がっているだけの他人であり、唾棄すべき存在だったからだ。

 俺も中学を卒業した後は全寮制の高校に入って、それ以来実家との関わりを断った為、弟がその後どうなったのかを直接見たわけではないが、ある日突然ハジけて家を飛び出したと聞いた。

 跡継ぎの息子が三人揃って家を去り、エリート街道をドロップアウトした両親には心からざまあみろと言ってやりたい。弟がその後どうなったのかは、気になるところではあるが。

 あの時、弟の助けを乞う目を無視した俺に、彼を心配する資格など無いのは分かっている。だが、もしもあの時に手を差し伸べていれば、家族との関係も少しは違ったものになっていたのではないか……と、今更ながらに思う。

 

 

 さて、そんな家族に対する好感度がマイナスに振り切ったこの俺は、中学卒業後に全寮制の進学校へと進学し、晴れて実家から解放された。

 一応、それなりに高成績は維持しつつも、家庭教師やら習い事やらの束縛から逃れた俺は、ようやく手にした自由な時間を活用する為に趣味を持とうとした。

 ところがどっこい、あんなクソみたいな環境で育った事もあって、当時の俺はだいぶ人間不信気味で、他人と関わる事に忌避感を持った人嫌いであった。

 ……いや、決して環境のせいだけじゃないな。どうせ分かり合える筈が無いと、最初から諦めて拒絶していたのは、ひとえに俺の心の弱さゆえだ。今なら素直にそう思える。

 ともあれ、ちょうど中二病が治りきってない年齢だったという事もあり、俺に近寄るんじゃねーよカス共が。ブッ殺すぞ、と全方位に尖りまくった痛いイキリ陰キャ様である。正直黒歴史だ。

 

 そんな他人に関わりたくない人間が持つ趣味など、まあ大抵の場合は一人で出来るインドア系の趣味になるだろう。その中で俺が選んだのは、コンピューターゲームであった。

 高校に入ってから初めてゲームに触れた俺は、衝撃を受けた。世の中にはこんなに面白いモノがあったのか……と。

 ゲーマーとして覚醒した俺は、高校生活の大半をバイトとゲームに明け暮れ、卒業する頃には立派なゲームオタクへと成長(?)していた。その頃には人間不信も多少改善され、多少はオタク仲間とゲーム談義をするようになっていた。

 大学生になる頃には、だいぶ今の俺に近付いたと思う。相変わらず他人とは距離を置いていたが、上辺だけの付き合いは無難にこなせるようにはなっていた。

 

 俺が、オンラインゲームという物にハマり始めたのはその頃だ。

 明確な終わりが無く、自分のやりたいように好きなだけやり込む事が出来て、他のプレイヤーとの会話も、アバターとキャラクターネームを使って、インターネットを介しての気楽なもので、それも俺にとっては心地良いものだった。

 ……丁度、大学の卒論でクッソ忙しかった時期にLAOのサービスが開始した為、始めるのが遅くなってしまったのだけは痛恨の極みであったが。しかし半年遅れの後発プレイヤーでありながら、俺は趣味に走ったネタビルドのキャラクターで、トッププレイヤーの一角へと登り詰めた。

 

 その道の途中で、友達が出来た。

 うみきんぐ、バルバロッサ、クロノ、あるてま先生、兎先輩、ギルドの仲間。他にも沢山のプレイヤー達。

 相変わらずの性分の為、普段はソロで活動する事が多かったが、彼らと一緒に遊ぶ時間は苦痛ではなく、むしろ俺にとっての最大の楽しみになっていた。

 

 所詮はネットゲームの中だけの友情に過ぎない、と他人は笑うかもしれない。

 どうせお前の事だ、リアルで同じように彼らに友情を抱き、変わらぬ付き合いをする事なんか出来やしないだろうと揶揄されれば、当時の俺は胸を張って違うとは言い切れなかったかもしれない。

 

 それでも。今なら胸を張って言える。

 当時は自覚していなかったが、彼らと過ごした日々は、とても楽しかった。俺は確かに、彼らとの間に絆を感じていた。

 

 そう言えるようになったのは、彼ら……この世界で出会った、俺を信じてくれた人々のおかげだ。

 正直、最初はただの義務感や責任感だけだった。関わってしまった以上、放っておくのも寝覚めが悪いという、ただそれだけの理由だった。女神扱いされるのも、むず痒いとか座りが悪いとか、そんな感じばかりだった。

 だけど、この世界で彼らと共に生き、共に戦っていくうちに、俺は少しずつ変わる事ができた。

 

「こんな、俺にも……この世界に来て、大事なものが……護りたいものが出来た……!」

 

 だから、もうそろそろ、過去を振り返るのは終わりにしよう。

 こんな俺を信じてくれる者達が……愛する信者達が、俺を待っているから。

 彼らが俺を助ける為に、必死に捨て身の攻撃を続けているのを、見えなくても確かに感じる事が出来る。だからこそ。

 

「こんなところで……終われねえッ!!」

 

 傷つき、疲れ果てた体に力が宿る。光を放ち、侵食しようとして来る瘴気を押し返しながら、俺の身体を無遠慮に締め上げてくるクサレ触手肉を強引にかき分けて、俺は上に向かって必死に進む。

 だが、後少しで脱出できそうだと思った瞬間に、絶対に逃がさん、とばかりに触手が大きく蠕動して俺を飲み込もうとする。どうやら、そう簡単に脱け出せるほど甘くはないようだ。

 

「だったら根競べだ、どっちが先に音を上げるか勝負といこうじゃないか……!」

 

 そう言い放った時だった。突然、何者かの手が俺の右手首を掴んだ。そして、そのまま力強く、俺の身体を引っ張り上げる。

 その人物の手に引かれて、俺は魔神将ウェパルの触手から脱け出す事が出来た。

 

「誰……だ……?」

 

 触手の中に閉じ込められて、ドロドロのくっさい粘液まみれの為、視覚や嗅覚が上手く働かない。とりあえず早急に『水の創造(クリエイトウォーター)』で生み出した清浄な水を浴びて粘液を洗い流しつつ、『清潔(クリーン)』、『消臭(デオドラント)』の魔法で汚れや悪臭を落とす。

 そうして、俺を助けてくれた人物を見上げる。まだ視界はぼんやりしており、よく見えないが、どこか懐かしい気配がする。

 

 この気配は、この世界に来てから感じたものとは違う。俺の中にいるもう一人の俺、アルティリアの記憶にあるものだ。

 LAOで、共に過ごした友人達……彼らなのか。まさか、そんな筈は。そう思いながらも、つい期待してしまうのを止められない。

 うみきんぐ……大海神マナナン=マク=リールなのか。元々こっちの世界の神であった彼ならば、次元の壁を超えて俺を助けに来る事も可能なのかもしれない。というか、この状況で俺を助けに来る事が出来るのは、あいつと兎先輩くらいのものだろう。

 

「すまないキング、助かったよ……。あんたにはいつも助けられてるな……」

 

 俺は目の前にいる、うみきんぐと思われる人物に、そう話しかける。それと同時に、徐々に視界がクリアになってきた。

 しかし、そこで違和感を感じる。俺の前に居るのはうみきんぐの筈なのに、そのサイズは明らかに小人族の範疇を超えて、177cmの俺よりも頭二つ分くらい大きい。

 しかも、その身体は鋼のような筋肉に覆われた屈強極まりないマッシブボディであり、白と黒のストライプ柄の、肌にぴったりと貼り付いたタイツに覆われたその肉体の上にある頭部は……どう見ても、シマウマであった。

 

「ゼブラじゃねーか!!!」

 

 思わず、腹から全力で声を出して突っ込んだ俺を誰が責められようか。



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LAO廃人名鑑 ➀クロノ 前編

キャラクターネーム:クロノ

種族:人間 

性別:男性

所属ギルド:『アブソリュート』→『OceanRoad』

メインクラス:神槍騎士

サブクラス:聖騎士・守護神 等

 

戦闘スタイル:近接アタッカー兼タンク

主な生活スキル:釣り、水泳、操船 等

 

ステータス評価:筋力S 耐久S 敏捷B 技巧A 魔力B

 

所有神器:

ブリューナク(片手槍)

イージス(盾)

明けの明星(ルシファー)(重鎧)

運命の石(リア・ファル)(アクセサリ)

 

 

【解説】

 ガチガチに装甲を固めた近距離パワー型。防御がクッソ硬くて生半可な攻撃じゃビクともしない上に、ちょっとでも隙を見せるとブリューナクによる超反応カウンターが容赦なく飛んでくる。

 堅実で、わかりやすく単純に強く、目立った弱点も無いLAO最強の一角。

 

 

【クロノの物語】

 リアルネームは白崎 乃亜。18歳の女子高生である。

 彼女は非常に容姿に恵まれており(APP18)、それゆえに思春期を迎えてからは様々な男達に言い寄られ、その中には強引に関係を持とうとしてくる者もいた。

 更に同年代の少女達からの嫉妬による嫌がらせ等もあり、精神を病んだ彼女はやがて不登校になり、引きこもりになった。

 

 幸いな事に優しく理解のある両親からは、

 ・学校には行かなくてもいいけど、勉強はちゃんとする事

 ・不健康にならないように、体も動かす事

 ・家族とは一緒にご飯を食べて、会話をする事

 ・外に出なくても、だらしない恰好をしないでちゃんとお洒落をする事

 ・できる限りでいいから、家事を手伝う事

 を条件に引きこもりを許された。本編主人公との親ガチャの格差……!

 

 そんな感じに引きこもり生活をして数ヶ月。少しずつ元気を取り戻した彼女は、知らない人と会うのは怖いけど、全く他人と関わらない事に寂しさを感じていた為、オンラインゲームを始めた。丁度その時期にサービスを開始したMMORPG、ロストアルカディアオンラインである。

 

 過去のトラウマから、女である事を隠して男性キャラクターを作り、男性らしく振る舞った。

 キャラクターネームの由来は、最初は苗字と名前の頭を取って(キ〇トさん方式)シロノ、としようと思ったが、少しひねって白→黒、でクロノ。

 

 ゲームを始めて少し経った後に、全滅しかけていたパーティーのプレイヤー達を助けた縁で、彼らと固定PTを組む事になり、その後彼らと共にギルドを結成した。

 そのギルドの名は、『アブソリュート』。

 このゲームの中で最強になるという目的を掲げたギルド『アブソリュート』の仲間達は様々な強敵と戦い、幾多の冒険を繰り広げた。

 その中で、クロノは厳しい試練を乗り越えて神器ブリューナクを入手する。神槍の力で強大な敵を打ち破り、クロノと仲間達はますます戦力を増強させていく。

 その名声に惹かれて人が集まり、より大規模になったギルド『アブソリュート』はトップギルドへの道を駆け上がっていった。

 

 しかし、栄光の日々は長くは続かなかった。

 強さを求める者、最強の座に固執する者達が多く集まった事で、ギルド内には効率至上主義や、強ければ何をしても許されるといった傲慢な考えが、徐々に蔓延していった。

 そんな時だった。一人のメンバーが、他ギルドとの戦争中に最悪なタイミングで判断ミスを犯し、戦闘不能に陥り……そこから一気に戦線が崩壊した。

 それによってギルドの領地を失った事で、ミスをしたプレイヤーはギルドメンバー達から責められる。そのミスをしたプレイヤーは初期メンバーの一人であり、ずっとクロノと一緒に冒険をしてきた女性プレイヤーだった。

 彼女を責める者達の中には、同じ初期からのメンバーもいた。それを目にして、クロノの中で何かが切れた。

 

「ふざけるな!」

 

 一緒に冒険をして、共に笑い、負けた時でも励まし合ってきたギルドの姿は、もうそこには無かった。

 

「ミスをした仲間にかける言葉は……罵りじゃ責任の追及なんかじゃなく、励ましの言葉じゃなかったのか! 俺達はいつから、こんな風になってしまったんだ!」

 

 クロノの訴えに、自分達の過ちを悟る者も確かに居た。前述の初期メンバーを中心に、主に古参の者達だ。

 だが逆に、クロノに対して冷ややかな視線と言葉を投げかける者達もいた。

 

「はぁ? サブマス、何青臭い事言ってんの? 俺達は最強である事を求めてここに集まってるんだ。遊びでやってるんじゃねーんだよ。経験値! 金! そしてレアアイテム! それが欲しいからこうやって集まってんでしょうが。アンタだってそうだろ? なぁ、ブリューナク使いの最強騎士様よ?」

 

 悪意をもって放たれたその言葉に、クロノを支えていた最後の一線が切れた。

 

「ふざけるな……! 遊びじゃなくなったゲームなんか、ただのクソゲーだろうが!」

 

 仲間達と一緒に沢山の冒険をして集めたレアアイテム。強力な装備。そして、それによって強くなった己が分身。

 乃亜にはそれらが唐突に色褪せて、醜悪なものに見えた。

 

「こんな物!」

 

 アイテムストレージを開き、そこに入っているレアアイテムを、片っ端からその場に投げ捨てる。

 

「こんな物の為に、俺達は!」

 

 泣きながらキーボードとマウスを操作し、クロノが身に纏っていた、仲間との冒険で集めた強力無比な装備をも放り投げる。

 

『非常に高価なアイテムをドロップしようとしています。本当によろしいですか?』

 

 繰り返し表示されるそのシステムメッセージによる警告に対し、躊躇う事なくYESを押し続ける。

 

「いくら最強だからって……一緒に遊ぶ仲間を蔑ろにして……! こんな物が、何になるって言うんだよ、馬鹿野郎ぉーっ!」

 

 そして最後に残った、神槍の所有権をも破棄する。クロノはその場で、地面にブリューナクを力いっぱい、深々と突き刺した。

 

 そしてギルドメニューを操作し、ギルドを脱退したクロノは、その場を後にした。

 

「へっ、何熱くなってんだか。ばっかじゃねーの! ひひひ、要らねぇって言うなら、ブリューナクは俺が貰っておいてやるぜぇ」

 

 クロノと言い争いをしていたそのプレイヤーが、汚い言葉を吐いて彼を揶揄しながら放棄されたブリューナクへと手を伸ばし、その所有権を主張しようとした。

 だが、その瞬間。白き神槍がまるで意志を持ち、『汚ぇ手で触んじゃねーよカス』とでも言うように閃光と轟音を放ち、そのプレイヤーは凄まじい轟雷に打たれ、HPと全ての装備の耐久度を全損させたのだった。

 

 

 その後すぐに、ギルド『アブソリュート』は解散した。

 ギルドマスターをはじめとする初期メンバーからは、クロノに対して変わってしまっていくギルドを止められなかった事、いつのまにか大事なものを忘れてしまっていた事に対する謝罪のメッセージが届いた。

 そして、ミスをして責められていた女性メンバーからは、小規模でもいいから気の合う仲間達と一緒に冒険できればそれでいいと思っていたけど、勇気が無くて言い出せなかった。クロノがあんな風に言ってくれて嬉しかった。クロノはたくさん傷ついただろうけど、あなたの勇気と優しさを心から尊敬している……というメッセージが届いていた。

 彼らの言葉に少しだけ救われはしたが、強くなる事や、ゲーム自体に対するモチベーションを完全に失ったクロノは、あてもなく街やフィールドをふらふらと徘徊していた。

 

 様々なプレイヤーを見た。自分よりもずっと弱いが、それでも仲間と一緒に楽しそうに遊ぶ彼らを眩しそうに眺めながら、歩いている内にいつのまにか、クロノは海岸へと辿り着いていた。

 

 波の音と、水平線に、夕陽が沈む景色。強くなる事に夢中で、こんな綺麗な景色がある事も、ずっと忘れていた気がする。

 いっそこのまま海に飛び込んで、呼吸ゲージが無くなって死んだらそのままログアウトして、二度とログインしないでおこうか。

 

 そう考えた時……突然、沖の方から物凄いスピードで大型帆船が急接近してきて、クロノの目の前で停泊した。

 そこで出会った奇妙なプレイヤー達に誘われ……そして、クロノの新しい冒険が始まった!

 

 

【余談】

 ブリューナクは誰も手に取れなかった為、その場に放置されていたのだが、元アブソリュートのメンバーの一人が、クロノがブリューナクを突き刺した場所に祠を建てて、クロノが捨てていった他の装備と一緒に安置していた。

 そして数ヶ月後、魔神将討伐イベントの際、魔神将の攻撃でクロノが瀕死になり、プレイヤー達も全滅の危機に陥った際に、ブリューナクがまるで意志を持ったようにひとりでに動き、他の装備と一緒にクロノのもとに帰還した。

 再びブリューナクを手にしたクロノは、新たな仲間達と共に魔神将を討ち滅ぼしたのだった。なんだこいつ主人公か。

 



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LAO廃人名鑑 ➀クロノ 後編

【余談2】

 LAOサービス開始から二周年のアニバーサリー・リアルイベントが開催された際、過去のトラウマもだいぶ癒えて外に出られるようになっていた乃亜はリアルイベントに参加したのだが、その会場にて特別仕様の超強力ボスに挑戦! というイベントが開催されていた。

 運営がイベント用のキャラクターを用意しているが、希望すれば自分の持ちキャラを使用する事も可能という事で、運営スタッフに自キャラを使う旨と、IDとキャラクターネームを伝え、クロノでログインした。

 そしてトップレベルのキャラスペックと装備、そして卓越した一級廃人のプレイングスキルをもってイベントボスを撃破し、賞品をゲットした乃亜だったが……

 実は、リアルイベントの光景は動画配信サイトで生中継されており、その事も事前に通知はされていたのだが、乃亜はそれを失念していた。

 以下が当時の動画配信サイトのコメントである。

 

『しかしボスバトル誰も倒せてねーな』

『ブレスの範囲と威力がやべーわ』

『誰もHP半分も削れてねーし、会場お通夜状態じゃん』

『これ調整ミスじゃね?』

『プレイヤーの顔映ってるから参加しにくいってのもあるかもな。特に自キャラの場合は顔割れるし、誰もやらんだろ』

『そもそも運営が用意したキャラ、どれも大抵のプレイヤーより強いしな』

『誰も参加しようとしなくなったじゃん……』

『いや待て、参加希望者きたぞ』

 

『!?』

『!!!????』

『美少女キター!!!』

『黒髪ロング巨乳美少女キター!』

『えっ何この娘めっちゃ可愛いんだけど』

『運営の仕込みか!?』

『エッチコンロ点火! エチチチチチチチ勃ッ!』

『声もいい』

『えっ自キャラ使うの?』

『マ?』

『運営になんか伝えてる』

『うわ本当だ。マジで自キャラ使うくさい』

 

『!?』

『ファッ!?』

『クロノさん!?』

『これマジで言ってる!?』

『ウッソだろお前ぇ!?』

 

『あっこれ本物のクロノさんだわ』

『あの超精度連続ジャスガは間違いなく本物』

『強すぎィ!!』

『うっっっっっま! 今の避けんの!?』

『可愛くてオパーイでかくてゲームも上手くてブリューナク持ってるとか神か?』

 

 そして余裕綽々で超強力だった筈のボスを倒して、討伐成功の賞品を受け取って嬉しそうな笑顔を浮かべていた乃亜だったが、運営チームの女性スタッフから、

 

「配信サイトの方のコメントも大盛り上がりですよ!」

 

 と伝えられたところ、表情が固まって絞り出すように一言。

 

「え゛っ!? これカメラ回ってるんですか!?」

 

 

『ちょっwwwww』

『気付いてなかったwwwww』

『放送事故じゃんw』

『おいカメラ止めろwww』

 

 後に言う『これカメラ回ってるんですか事件』である。

 これによってクロノのプレイヤー(黒髪ロング美少女、Gカップ)の姿は多くのLAOプレイヤーの知るところとなったのであった。

 

 その場で固まってしまった乃亜と、予想外の反応に困惑するスタッフであったが、そこに颯爽と登場する者がいた。二十代半ばほどの男性だ。

 

「すんませーん、次挑戦しまーす。あ、俺も自キャラ使うんで」

 

 その男が現れた事で、スタッフは気を取り直して対応に向かった。そしてその男性はスタッフに自分のIDとプレイヤーネームを伝え、PCの前に座る。

 

『おっ、また挑戦者が出たぞ』

『今度はなんか地味な兄ちゃんだな』

『地味って言ってやるなよw』

『服装は地味だけど割とイケメソじゃね?』

『普通かと』

『どっちかというと顔は良い方だけど、さっきの子見た後だとな……』

『それよりこの兄ちゃんも自キャラ使うっぽいぞ』

『マジか。まさかまた廃人か?』

『あるてま先生だったりしてな』

『(ヾノ・∀・`)ナイナイ』

 

 そして、その男性が使うキャラクターがPCのモニターに、それと連動している会場の大型モニターに、そして動画配信サイトを見ている者達の前に表示された。

 

『!!!?????』

『アルティリアじゃねーか!!』

『ドスケベエルフキターーーーーーー!』

『海産ドスケベエルフ! 海産ドスケベエルフじゃないか!』

『OceanRoad二連発じゃねーか』

『こいつ……! 普通のサラリーマンっぽい兄ちゃんかと思ったら唐突にブッ込んで来やがった……!』

 

 そしてその男……本編主人公の前身、アルティリアのプレイヤーはカメラに向かってこう言った。

 

「はい、じゃあ今からこいつを嵌め殺していきますよっと。まず前準備として殺界・無拍子・ラピッドアーツ・ソニックムーブその他色々を使ってスピードアップしながらCT(クールタイム)を短縮していきます。代わりに防御がガタ落ちするけど、まあ当たらなければ問題ないって事で」

 

『おいなんかさらっと解説し始めたぞこいつ』

『一部の軽戦士(フェンサー)とか暗殺者(アサシン)みたいな事するじゃん』

『あ、あれはまさか……永パ神拳!?』

『知っているのかライディーン!?』

 

 そしてゲーム内のアルティリアが動き出す。流水歩法の無敵時間を使ってボスモンスターの攻撃を回避しながら、一瞬で懐に入ったアルティリアは、垂直に跳躍しながら三叉槍を力強く突き上げ、ボスモンスターを真上に向かって吹き飛ばした。

 

『!?』

『何だ!? いきなりボスが吹っ飛んだぞ!?』

『あれはもしや……HJ破天槍か!』

『知っているのかライディーン!?』

『うむ、間違いない……HJ破天槍とはその名の通り、『ハイジャンプ』と槍の対空技『破天槍』の組み合わせだ。ハイジャンプの直後、猶予およそ5フレーム以内に破天槍を入力する事で、地面を蹴った反動が破天槍にそのまま乗って、敵を一撃で空高く吹き飛ばす事が出来る隠しコンボ! ちなみに本来は格闘のライジングアッパー系列の技でやる物だ!』

『ちなみに発見者はあるてま先生な』

『ま た あ い つ か』

 

「はい、HJ破天槍で浮かせたところで、あらかじめ詠唱しておいた短距離転移(ショートテレポート)を使って上に回り込みます。そしてここで流星槍」

 

『さらっと超絶技巧を見せつけていくスタイル』

『短距離転移の転移先、なんであんなピンポイントに合わせられるん?』

『ドンピシャじゃん』

『で、流星槍に繋げてそこからどうする気だ』

 

 一瞬でボスモンスターの頭上へと転移したアルティリアが、今度は槍を真下に向けて急降下する。アルティリアは槍で攻撃しながら、そのままボスモンスターを追い越して、地面に向かって猛スピードで落ちていき……

 

「ここで着地の瞬間に合わせて、もっかいHJ。これで着地硬直をキャンセル出来るんで、今度はこのまま跳び上がってノーマル破天槍を当てて浮かせる」

 

 再びアルティリアは急上昇しながら、槍を上空のボスモンスターに突き立てる。

 

『?????』

『嘘だろ今の猶予何フレーム?』

『おかしなことやっとる』

 

「後はこのまま流星槍、ハイジャンプ、破天槍、流星槍、ハイジャンプ……と繰り返して、はい、パターン入ったんでここからは魔法も織り交ぜていくぞー」

 

『永パ完成したあああああ!』

『あるてま式きたああああああ!』

『えげつねえ……』

『うわ詠唱はっや!』

 

「オラッ! 流星! 破天! 流星! 破天! あるてま先生直伝の永パ神拳奥義・トランポリンで死ねっ!」

 

『草』

『こんな物騒なトランポリンがあるか』

『催眠! 催眠解除! みたいなノリで言うなwww』

『あるてま先生直伝=本人から直接食らって死んだ』

『嫌な事件だったな……』

 

 そこで、アルティリアのプレイヤーは遊び心に火を点けた。

 

「はい、じゃあ完全にパターン入って見てる人達は退屈だと思うんで、ここで皆様の 為にぃ~、ちょっとカメラの角度を調節させていただきますよっと」

 

 彼はゲーム内のカメラ角度を調節し……自身が操作するキャラクター、アルティリアの豊満すぎる胸部をアップにした。

 

『!?』

『乳が』

『おっぱいだ! ドスケベエルフのおっぱいだ!』

『ちょっwww』

『爆乳ドアップカメラすなwww』

 

「このトランポリンの最大の利点はですね。ほらここ、アルティリアのおっぱいにご注目下さい。この着地キャンセルHJの時とか、流星槍がヒットした時にばるんばるん揺れよるんです。どうです? 実に良い眺めでしょう」

 

『こいつwwww』

『どうです? じゃないんだわ』

『だがGJ』

『ちょっと待て、これセンシティブ判定食らったりしないか……?』

『!?』

『あーっいけませんお客様! エッチすぎます! あーっお客様! お客様ーっ!』

『これで放送BANされたら完全に放送事故だな……』

『既に放送事故では? ボブは訝しんだ』

『つーか何でこいつ、アルティリアの乳しか画面に映してない状態で平然とコンボ繋げてんだ……? 化け物か?』

 

 こうして、後に登場したプレイヤーが巻き起こした放送事故によって、クロノのやらかしは有耶無耶になったのだった。

 

 

【余談3】

 アルティリアのプレイヤーは、ゲーム内の友人が巨乳美少女だった事に内心めちゃくちゃ驚きながら、意図せず目立ってしまった彼女を助ける為にあえて悪目立ちするような行動を取った。

 この事が切欠で乃亜とはリアルでも時々遊んだり、大学受験の為に勉強を教えたりする機会ができた。

 あとついでにアニバーサリーイベントの放送をセンシティブBANにさせかけた事のペナルティとして、アカウント一週間停止の処分を科された。



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第167話 再会※

 うみきんぐが神力を用いて開いた門を通って、ギルド『OceanRoad』の所属メンバー一同は、異世界へと転移した。

 現実世界にいるプレイヤー達は、目の前のモニターに映る、自らが操るゲーム内のキャラクターが虚空に開いた門に入るのを見届けた直後に、意識が遠くになるのを感じた。そして一瞬の後に、彼らの意識と感覚は先程までマウスとキーボード、あるいはゲームパッドを通して操っていたキャラクターと一つになっていた。

 

「うおおっ!? マジでゲーム内のキャラになってるぞ!」

 

「異世界転移キター!」

 

 事前に知らされていたとはいえ、超常現象を目の当たりにして彼らのテンションは爆上がりだ。

 

「落ち着け、これからガチで命懸けの戦いに行くんだぞ。気を引き締めろ」

 

「お、おう。そうだな。アルティリアの奴を助けるんだったな」

 

 そんな中でも冷静な者達が注意を促し、シリアスな空気が戻った。

 

「しかしリアルで船の操縦とか戦闘なんかやった事ないが、大丈夫なのか?」

 

「きっと大丈夫だ。キャラクターの経験や記憶、技能はしっかりと受け継がれているみたいだ。感覚でどうやればいいのかわかる」

 

「なら、長らくゲーム内で愛用し続けてきた、この身体の記憶を信じて委ねるか」

 

 ところが、そんなシリアスな空気も長くは続かない。その切欠は、あるプレイヤーが放った一言だった。

 

「あっ、ところでリアルの身体と体格違う奴、大丈夫か? 俺もそうだが、けっこう身体を動かす時の感覚が違うから、違和感があるなら今のうちに慣らしておいた方がいいぞ」

 

 その人物は極めて真面目であり、その発言も真っ当なものだったが……

 

「俺、女キャラだから違和感バリバリだわ。リアルおっぱい付いてて草なんだが」

 

「それな。俺も巨乳に設定してたから動くたびにめっちゃ揺れて大変だわ。俺のサイズでこれなんだから、アルティリアはもっとやべーだろ」

 

「それな。ところであいつ自分で揉んだと思う?」

 

「そら揉むだろ、あんなでっかいの」

 

「揉んだほうに10M賭ける(ベット)

 

「じゃあ俺も揉んだ方に花京院の魂を上乗せ(レイズ)

 

「賭けになんねーだろ」

 

 真っ直ぐに進んでいた筈の話の航路は、いつのまにか下ネタ方向へと舵を切り……

 

「あっ、そういえばクロノは大丈夫か?」

 

「おっ、そうだな。おっぱい消えてチンコ生えたけど大丈夫か?」

 

 その矛先は、過去にある出来事によって多くのプレイヤーにリアルの姿が割れているクロノへと向かった。

 彼らのセクハラに対して、クロノは笑顔を浮かべながらブリューナクを取り出した。純白の神槍の穂先が、雷を纏ってバチバチと音を鳴らしながら発光している。

 ブリューナクを片手で軽く振り回しながら、クロノは言った。

 

「そうですね。多少違和感があるので、ここで貴方達相手に軽く準備運動でもしておきましょうか」

 

「「「すいません許して下さい! アルティリアが何でもしますから!」」」

 

 彼らは一糸乱れぬ揃った動きでDOGEZAをしつつ、しれっとアルティリアに責任をなすり付けるクズムーブを見せつける。

 

「お前達、はしゃぐのはそれくらいにしておけ。そろそろ出発するぞ」

 

 そんな彼らに声をかけたのは、彼らのリーダーである男、うみきんぐだ。しかしその姿は、いつもの黒髪の小人族のものではなく……

 

「ああ、すまねぇキング……って、誰だお前は!?」

 

「ど、どちら様ですか……?」

 

 彼らの前に立っていたのは、青いメッシュが入った白銀色の髪に蒼い瞳の、長身の美青年であった。

 

「我が名は大海神マナナン=マク=リール。そしてお前達のキングの真の姿である。こうして俺にとっての故郷に戻ってきた事で、本来の姿と力をある程度取り戻す事が出来たようだ」

 

「アルティリアに関する記憶を戻したり、人をこうやって異世界に送ったりできるんだから普通の人間じゃあないとは思っていたが……」

 

「まさかのガチ神様だったとは恐れ入った」

 

 マナナンの名乗りにギルドメンバー一同は驚きながらも納得し、それを受け入れる。

 

「そして俺がスナイパーおじさんこと、魔眼の神バロールだ」

 

 その隣には、マナナンよりも一回り背が高く、筋骨隆々で鋭い目つきの、黒髪の中年男性が立っていた。

 

「スナおじはあんまり変わってねぇな……」

 

「いや、目つきと人相の悪さと威圧感が5割増しになってる……うおっ危ねぇっ!」

 

 不用意な口をきいた男は、腰のホルスターから無造作に抜かれた拳銃からノールック射撃で放たれた銃弾を、咄嗟にブリッジ回避した。

 

「チッ」

 

「こいつ何の躊躇いもなく人の頭に向かって銃弾を……! しかも避けられて舌打ちしやがったぞ!」

 

「まあスナおじだしな……拳銃使っただけ有情。狙撃銃だったら死んでたぞ」

 

「しかし銃弾を見てから回避できるあたり、本当にLAOのキャラと一体になってるんだな。リアルの身体じゃ絶対に無理だわ」

 

 思わぬところで、彼らは自分がいつもゲームで使用している超人の持つ力を、現実で手にした事を実感したのだった。

 

「バロール、これから戦いだというのに味方を撃つんじゃあない」

 

「おう悪いな、ついやっちまったぜ」

 

 そんな軽いノリで人を撃つな、と一同は心の中で突っ込んだ。

 口には出さない。目の前の男が特に理由も無く、ただ単にムカついたというだけで他人に向かって鉛弾をブッ放すような危険神物だという事が、言葉ではなく魂で理解できたからだ。

 

「まあいい。では各自、自分の船に乗って出発だ! 航路を南方に取れ!」

 

 そうして、マナナン=マク=リール率いるOceanRoadの面々は、アルティリアを助けるべく出航した。

 全員がアルティリアに並ぶレベルの、超一流の航海士である彼らは、航海の神であるマナナンの権能もあって、凄まじい速度で大洋を南下していき……

 

「見えたぜ。アルティリアの野郎、敵にとっ捕まってやがる」

 

 最初にそれを発見したのは、バロールであった。魔眼の神である彼の人間離れした視力は、地獄の道化師に捕まっている瀕死状態のアルティリアの姿を確かに捉えた。

 

「助けられるか?」

 

「……駄目だな。もう間に合わん。ちょうど今、あの化け物に食われたところだ。急いで助けてやらにゃあ、手遅れになるぞ」

 

 バロールの視界に、丁度アルティリアが魔神将ウェパルの触手の先端に飲み込まれた姿が映った。

 

「そうか。ところで、俺達の友達に"上等(ジョートー)"くれやがった野郎への報復は?」

 

「ああ……それなら、もう済んだ」

 

「パーフェクトだ。よくやった」

 

 その時既に、バロールは狙撃を終えていた。常人には視認すら不可能な距離で、対物狙撃銃による狙撃で地獄の道化師に対してヘッドショットを決め、相手が撃たれたという自覚すら無いままに、鮮やかに殺傷して見せたのだった。

 

「さて皆、聞いての通りだ。アルティリアがいつものようにドジこいて敵にとっ捕まったそうなので、さっさと助けに行くぞ」

 

「おう、了解」

 

「しゃーねぇな、俺達が尻拭いしてやるとするか」

 

「あいつのデカい尻をな」

 

「拙者、むちむちケツデカエルフ大好き侍。義によって助太刀いたす」

 

 そして彼らは、友を救出する為に迅速に動き出した。

 

「現地の連中も、アルティリアを助ける為に一斉突撃してるみてーだな」

 

「うっし、じゃあ俺達も便乗するか」

 

「それにしても、あいつ向こうじゃ相当慕われてる様子だな。かなり必死になってるぜ」

 

「だが、ちょいと冷静さを欠いてるみてーだな。仕方ねーから俺様が軽く強化魔法(バフ)でもかけてやるか」

 

「ってお前、メイン聖者(カーディナル)でサブ大軍師(グランドマスター)のガチガチ支援特化構成じゃねーか。お前の軽くとか並の人間にとっては過剰なんだが?」

 

「ところでさ、あの派手に動き回ってる触手に飛び移って、アルティリアを助けに行ける奴いるか? 移動だけでもだいぶ骨が折れそうなんだが」

 

「居るさっ、ここに一人なっ!」

 

「ヒューッ!」

 

「ゼブラじゃねーか!」

 

 OceanRoadのメンバーが、現地の者達と合流して彼らを支援し、ある者は自らアルティリアを救出する為に、危険な任務を買って出る。

 

 一方、魔神将ウェパルのすぐ近くでは、ルーシーが強大な魔神将を相手に、一歩も退かずに奮戦していた。

 

「アルティリア様、すぐにこいつを倒してお助けします……!」

 

 聖剣フラガラッハを手に、ルーシーは魔神将の巨体を幾度も斬り続ける。確実にダメージを重ねている実感はあり、このまま攻撃し続けていれば、この怨敵を倒す事は可能であるという確信も持っている。

 だが、瀕死の状態でこの化け物に飲み込まれたアルティリアの命が尽きるまでに、果たしてこの存在を倒す事ができるのか。その考えが焦りを生み、ルーシーに攻めを急がせ、隙を作らせた。

 

「しまった……!」

 

 信奉する女神の十八番である『激流衝(アクア・ストリーム)』に似た、黒い渦巻く激流による魔法攻撃が、至近距離からルーシーに襲い掛かる。

 防御や迎撃は間に合わないタイミングだ。かくなる上はライフで受けつつ、相打ち上等で全力の一撃をブチかましてやろうと覚悟した瞬間、突如ルーシーに向かって放たれた激流が霧散し、無力化された。

 

「落ち着け。そして気を静めよ。どんな時でも冷静さを欠いてはならぬ。全く……すぐ熱くなるところも、あの馬鹿者にそっくりだな」

 

 いつの間にそこにいたのか。ルーシーは自分のすぐ後ろに、誰かが立っているのに気付いた。その人物の気配に、知らない筈なのに、どこか懐かしい感覚を覚え、目から涙が溢れ出る。

 

「あ、貴方様は……まさか……!」

 

 振り返ったルーシーが見たものは、始祖王の記憶にあったものと寸分変わらぬ、神の姿だった。

 

「既に分かっているとは思うが、名乗っておこう。我が名はマナナン=マク=リール。……ようやく会えたな、小さな王(レグルス)の後継者よ」

 

 気が遠くなる程の長い年月の果てに、大海神と小人族の王は再び邂逅した。



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第168話 夜明けを導く光

「アルティリア様! 良かった……間に合わないかと思いました……」

 

 魔神将ウェパルの触手による拘束から脱出した俺がルーシーのもとに戻ると、彼女は心底安堵した様子を見せた。

 

「すまない、心配をかけた。だが、もう大丈夫だ」

 

 そう告げて、次に俺はルーシーの隣に居る男へと視線を向けた。その銀髪の青年は見慣れた姿とは違うが、こっちの……本来の姿もレグルスの記憶の中で見た覚えがある。

 

「キング、世話をかけたな」

 

「なに、礼には及ばん。元々この魔神将は俺にとっても因縁の相手だし、俺がギルドメンバーであり、友であるお前を助けるのは当然の事だ。何故ならば俺は……」

 

「キングだから……か?」

 

「そう。キングだからだ!」

 

 ふんぞり返っていつもの決め台詞を言い放った後に、キングは周りに集まったギルメン達に指示を出す。

 

「奴を仕留めるぞ。各自、現地の者達を援護し、魔神将ウェパルを攻撃せよ!」

 

 キングがそう言った直後、轟音と共に放たれた砲弾がウェパルの巨体に直撃し、爆発した。自然と全員の視線が、それを放った者のところに集まる。

 そこでは一隻の戦列艦が、とんでもなく巨大な砲身を持つ船首砲から白煙を上げていた。

 そして、舳先にはよく見覚えのある、赤い髪の巨人族(ジャイアント)の巨漢……バルバロッサが仁王立ちしている。

 

「お先に失礼! 続けて行くぜ! ガトガトガトガトガトガトガトガトガトガト!! ガトリングフィーバー!!」

 

 両手に持ったガトリング砲を全弾一気に打ち尽くしたバルバロッサが次に取り出したのは、二挺の大口径バズーカだ。

 

「ダブルバズーカって男の子だよなぁ!」

 

 バルバロッサは一切躊躇う事なく片手でロケット弾をブッ放し、最後には桁外れの巨体と怪力を誇る彼でも、肩にかついで両手で構えなければ扱えないほどの、ロボットアクションゲームでガチタンに載せるような、化け物サイズの超巨大グレネードランチャーを装備した。

 

「正義とは(パワー)! ならば力とは何か? これこそが俺の答え、全てを破壊し尽くす暴力だ!」

 

 間違いなく、奴以外には使うどころかまともに持つ事すら出来ない規格外兵器から、破滅的な一撃が放たれる。

 

「消し飛びやがれ! 『暴君の火(タイラント・ファイア)』!!」

 

 夜空を消し飛ばし、地上に太陽が落ちたと錯覚したかのような、とてつもない大爆発に、ウェパルが苦悶の叫びを上げる。

 

「あれ一発撃つのに200M(メガ)かかるんだよな……」

 

「ようやるわ……」

 

 近くにいたギルメンが呟く声が聞こえた。マジかよ俺達クラスのプレイヤーでも、一週間みっちり狩りしないと稼げない金額じゃねーか。

 

「クロノぉ! ダメ押し頼むぜぇ!」

 

「了解……!」

 

 そしてバルバロッサが放った砲撃によって出来た隙に、クロノが追撃を入れる。

 クロノがブリューナクを投擲すると、それが無数の小さな光の矢へと分裂して、ウェパルの身体へと降り注いだ。

 あのブリューナク専用の広範囲多段必中技、相変わらずのチート性能で草生える。俺も女神形態で借りてる時は便利だから使わせて貰っている。

 

「こうしちゃいられねぇ、俺達も続くぞ!」

 

「おうよ、海洋民の力を見せつけてやるぜ!」

 

「海を汚してんじゃねーぞこのグロ肉塊が! 汚物は消毒だァー!」

 

「拙者、重装甲ロリ騎士大好き侍。義によって助太刀いたす!」

 

 頼りになるギルメン達が一斉に、ウェパルに対して攻撃を開始した。あと大好き侍はうちのルーシーに変な視線を向けるんじゃない。殺すぞ。

 

 あいつらだけに戦わせるわけにはいかない。ここは俺も……と思ったが、

 

「無理はするな。お前はもう、ろくに動けんだろう」

 

 マナナンが俺の肩を掴んで止めてきた。確かに、ギルメンに回復魔法をかけてもらって傷は治ったが、疲労困憊でまともに動けそうにないが、

 

「なーに、確かに疲れちゃあいるが、後ろから魔法で援護するくらいなら出来るさ」

 

 そう言って強がってみせるが、マナナンは首を横に振った。

 

「それよりも、お前にはやって貰いたい事がある。ルーシー、こちらへ」

 

「は、はい! マナナン様!」

 

 ルーシーがこちらに近付いてきて、マナナンは彼女に……正確には、彼女が持つ剣へと視線を向けた。

 

「アルティリア、これからフラガラッハを覚醒させる。お前にはその手伝いを頼む」

 

「フラガラッハを?」

 

「うむ。お前もこの剣に宿る記憶を見たならば知っているだろうが、このレグルスが使っていたフラガラッハには、あの魔神将ウェパルとの間に神代から続く因縁がある。そして、奴を一度倒したのもこの剣だ」

 

 ルーシーが差し出したフラガラッハの柄を握り、彼は言う。

 

「なるほど、話が読めてきたぞ。つまりこの剣は、あれに対する特攻武器になりえるという事か?」

 

「話が早くて助かる。この剣に俺とお前が持つ神の力を注ぎ込み、覚醒・進化させる」

 

 そう告げて、マナナンは剣に自らの力を注入する。俺も彼に倣って、一緒に柄を握って残った力を振り絞り、一心に念じた。

 フラガラッハよ、どうか頼む。今度こそ、レグルスの時のような悲しい別れが訪れないように、俺の騎士を護ってやってくれ……と。

 本当は、魔神将を倒す為の力を望むべきなのかもしれないが……俺が一番最初に思い浮かべた願いはそれだった。

 

 そして、俺達の力を注ぎ込まれた剣が、新たな姿を得る。蒼い刀身に金色のオーラを纏った聖剣を、マナナンと俺が二人でルーシーに差し出すと、彼女は跪いてそれを受け取った。

 

「マナナン様、お会いできて嬉しかったです。今日ここで、私が始祖王レグルスとの因縁に決着をつけて参ります」

 

「うむ。全てが終わったら、ゆっくり話をしよう。お前の一族の者達も一緒にな。話したい事が沢山あるんだ」

 

「はい、是非とも。楽しみにしておきます」

 

 マナナンとの会話を終えたルーシーは、今度は俺のほうを向いた。

 

「アルティリア様。剣からアルティリア様の想いが伝わってきました。ご安心下さい。必ず勝って、アルティリア様のもとに戻って参ります」

 

「ああ。それが分かっていれば十分だ。前にも言ったが、勝手に死んだら冥界まで追いかけていって、ブン殴って連れ戻すからな」

 

 そうなったら冥王(プルート)はきっと、ルーシーを冥戒騎士団にスカウトしたがるだろうが、邪魔をするなら冥王でも殴り倒す所存である。

 

 ルーシーは俺に対して頷き、魔神将ウェパルに向かってフラガラッハを構えた。ギルメン達や現地民が猛攻を仕掛け、確実にダメージは与えていて弱らせてはいるが、魔神将ウェパルはまだ死んでいない。

 つーか何だあいつ、しぶとすぎるだろ。魔神将がゾンビ化するとあれほどまでに死ににくくなるのかと、改めて戦慄する。

 だが、それもここまでだ。

 

「これで、終わらせます! 『コル・レオニス』!!」

 

 ルーシーが聖剣を振りかぶって……全力で振り下ろす。フラガラッハが纏う黄金に輝くオーラが、津波のように魔神将ウェパルを襲った。

 

「Regulusuuuuuuuuuuuuu!!」

 

 魔神将ウェパルが、最後の抵抗とばかりに全ての力を振り絞って漆黒の瘴気を放ち、ルーシーの攻撃に対してぶつける。

 この攻防が、この長い戦いの決着になるだろう。

 

「負ける……ものかあああああ!」

 

 魔神将が全身全霊をかけて放つ濃密な瘴気の波を、ルーシーは小さな身体で一人、押し返そうとする。

 少しでも気を緩めれば圧倒されそうな重圧の中、必死に踏ん張っているルーシーが持つ聖剣の柄を、俺とマナナンは彼女の背後から同時に握った。

 

「あの時はただ、友が犠牲になるのを見ているだけだった。だが今度こそ、必ず助けると誓った」

 

「頑張れルーシー、私達がついているぞ」

 

 そして、彼女の味方は俺達だけじゃない。

 

「皆、これが最後の攻撃だ! どうか我が騎士ルーシーに、皆の祈りを、力を集結させてくれ!」

 

 俺の呼びかけに、魔神将ウェパルとの戦いに参加している者達が全員、祈りを捧げる。俺はその祈りによって生まれた力を集めて、聖剣へと注ぎ込む。

 

 かつて、マナナンは俺に言った。神とは人々の願いによって生まれ、その祈りに応え、力に変える存在だと。ならば出来る筈だ。

 頑張れ、負けるな、魔神将を倒してくれ、誰一人として死ぬな、皆で生きて帰ろう……と、皆の祈りが俺の身体に集まって、力に変わる。

 

「もう一息だ! パワーをフラガラッハに!」

 

「「「「「いいですとも!!」」」」」

 

 そして遂に、ルーシーが魔神将ウェパルの瘴気に打ち勝って、黄金色の閃光がウェパルの身体を切り裂いた。

 

「Regulusuuuu……!」

 

 その原型を留めない、腐敗した肉塊が、切り裂かれた箇所から白い灰になり、徐々に消滅していく。

 魔神将ウェパルは、今度こそ本当に滅びを迎えるのだ。

 それを見届けた瞬間、一気に身体から力が抜けて、俺は意識を失ったのだった。



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第169話 突きつけられた選択肢

 目を覚ました時、聞こえたのは波の音だった。それと同時に、潮の香りを感じる。海がすぐ近くにある。

 瞼を開くと、俺の身体はどうやら砂浜に横になっていたようだった。

 ひどく疲れているせいか、いつも以上に胸の重さで上体を起こすのが辛いが、それに耐えて起床する。

 

「目が覚めたか」

 

 俺が起きると、隣に居た男が声をかけてきた。マナナン=マク=リールだ。

 

「ここは……エリュシオン島か。そういえば、あの後どうなった?」

 

「うむ。お前も見届けた通り、魔神将ウェパルは消滅した。その直後にお前が意識を失ったので、治療の為に俺の船に乗せてこの島まで連れてきた。それから丸一日、お前は眠っていた訳だが……ずっとベッドに寝ているだけでは身体が固くなってしまうだろうと海に連れてきた途端に起きるとは、流石は俺が認めた海洋民だと感心していたところだ」

 

「丸一日……まあ、前回のフラウロスと戦った時に比べると、だいぶ早起き出来たほうか……。他の皆はどうなった?」

 

「現地の民、お前の信者達は全員無事だ。既にグランディーノに帰還している頃だろう。彼らは意識の無いお前を連れ帰ろうとしたが、外傷は治癒したが中身は瘴気に侵されていたお前を完治させる為には、聖域に連れていく必要があると説得して先に帰らせた」

 

 そうか、全員無事か。ならば良かった。

 それと、もう一つ気になる事がある。

 

「ところで、まさかギルメン全員にスナおじまで連れてくるとは思わなかったが……あいつらは何処に?」

 

「奴等なら、今はリアル妖精郷探索と銘打って、全員揃って妖精郷(ティル・ナ・ノーグ)へと出向いている」

 

「は? あいつら何で俺が起きるまで待たねーんだよ……」

 

 俺も行きたいわそんなもん。今ので奴等に感謝する気持ちが半減した。

 

「おっと、丁度戻ってきたようだぞ」

 

 キングが俺の後方へと視線を向けてそう言ったので、俺は振り返った。すると、森のほうからぞろぞろと見慣れた顔が歩いてくるのが見えた。

 

「おっ、アルさん起きてんじゃーん!」

 

「アルティリア、もう起きて大丈夫なのか!?」

 

 俺が目覚めたのに気付いた彼らが駆け寄って、声をかけてくる。だがそんな彼らに応えるよりも先に、俺は気になるものを見つけた。

 

「なあ、何でバルバロッサは檻に入れられてるんだ?」

 

 俺の視線の先では、バルバロッサが木で出来た檻に入れられた状態で、バナナを貪り食っていた。

 

「ああ……あのキングコングはデカくてゴツい上に声もデカくてうるさいから、奴を見た妖精ちゃん達がビビり散らかしてたせいで檻に監禁された」

 

「ああ……そりゃ残当だわ」

 

 つーかアイツ、こうして檻に入れられてると本当に猛獣か類人猿にしか見えんな。

 

「ウホッホウホッホ」

 

 俺と目が合ったバルバロッサが、ゴリラ語で何かを訴えてくる。

 

「遂に脳味噌まで猿に退化したのか……」

 

「実はあれはバルバロッサではなく、この島に居る新種の類人猿かもしれん。学名はガトリング・ゴリラ・ゴリラ」

 

 そんな言葉を好き勝手に言っているギルメン共を放置して、俺はマナナンと一緒に、彼がよく居る場所、大洋を一望できる岬の方に向かって歩き出した。

 そうしながら、隣を歩くマナナンに話しかける。

 

「あいつらは、いつまでここに?」

 

「こちら側に居られるのは、今日いっぱいが限度だろう。夜には門を開き、向こう側に帰す予定だ」

 

「そうか……。まあ、そりゃそうなるよな。キングはどうするんだ?」

 

「俺とバロールはこちら側に残る。元々、あちらの世界に渡った事自体がイレギュラーな事態だったからな。再びこの世界に戻って来た以上は、神としての本分を果たすさ……。だが門を開いて大人数をこっちに転移させた事で、僅かに残っていた神としての力を使い果たした為、当分の間、大した仕事は出来そうにないが」

 

 マナナンはそう言ったが、元々、妖精達や小人族のような熱烈な信者が居るし、俺の信者達にも彼の事を(俺なんかとは格が違うレベルの最古参の海神で、俺達の纏め役だった偉大なリーダーであると)紹介するつもりの為、信仰によって彼が往年の力を取り戻すのには、さほど時間はかからないだろうと俺は読んでいる。

 という訳で、お前だけは逃がさんぞ。俺に対してやや過剰に向けられている信仰を分散して受け持つのに役立って貰おう。

 

 そう考えてニヤリと笑みを浮かべた時だった。マナナンは俺の方を向いて、改まった口調で問いかけた。

 

「ところで、お前はどうする。今ならば、あいつらと一緒にお前を向こう側……地球に送る事が出来るが」

 

「………………は?」

 

 突然突きつけられた想定外の選択肢に、頭が真っ白になる。

 

「ふざけんなよお前……! 今更になって、そんな事を……!」

 

 俺に胸倉を掴まれ、マナナンは申し訳なさそうな目を俺に向けながら、しかし毅然とした態度で告げる。

 

「断っておくが、向こうに戻るならばこれが正真正銘、最後のチャンスだと思え。そして魔神将による大規模侵攻を退けた事で、神としてあれらからこの世界を守護し、人々を導くというお前の使命は、ほぼ終わったと言っていいだろう。ゆえに、後はお前がどうしたいか……という、それだけの問題だ。よく考えて答えを出すといい」

 

 そう言い残して、マナナンは去っていった。

 

「………………俺が、どうしたいか」

 

 岬の先端に座り、眼下に広がる海を見下ろしながら、俺は考える。

 神としてこの地に残るのか、それとも……人として、元の世界に帰るのか。

 

 元の世界に帰りたいと思った事が、無いと言ったら嘘になる。特にこの世界に来たばかりの頃は、そちらの感情のほうが強かっただろう。ただ単に戻る方法が分からず、帰る事は不可能なのだろうと思っていた為、意識して考えないようにしていただけだ。

 しかしそんな感情も、この世界の人々と関わり、向き合っていく中で少しずつ消えていき、今となってはアルティリアとして、この世界の住人として生きるのが、俺の中では当たり前のようになっていた。その筈だった。

 しかし先程、唐突に新たな選択肢を突きつけられた事で、俺は揺らいでいる。

 

「……さて、どうしたものか」

 

 最後は俺の意志次第。ならば目の前にある問題から目を逸らさずに、考え続けるしかないだろう。

 俺は目を閉じて、自分の心に問いかけ続ける。

 

 じっと静止したまま考え続けて数時間。やがて日が沈み、空と海が夕焼けに赤く染まりだした頃、俺はようやく答えを出して、立ち上がり、その場を後にしたのだった。

 

 



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最終話 蒼海の女神

 日がすっかり沈み、夜になった。ギルメン共はキャンプファイアーを囲んで、大量の料理に舌鼓を打っている。

 我がギルドに所属するのは、全員が釣りや料理に長けた海洋民だ。こと海鮮料理に関しては、料理人専門のギルドをも上回る。そんな彼らが自らの手で釣った魚を調理して作った料理はどれも、文句のつけようが無い絶品ばかりだ。まあ、勿論この俺が作ったやつが一番美味いけどな……と、対抗意識を燃やしてみる。

 

 そんな豪勢な宴も、やがて終わり……そして遂に、別れの時がやって来る。

 

「では、名残惜しいが地球に帰る時だ。しかしその前に、アルティリア。お前の答えを聞いておこう。さあ、お前はどちらの世界を選び、どう生きるのか。この場で聞かせてもらおうか」

 

 その質問に、俺は迷う事なくこう答えた。

 

「ああ。俺は……この世界に残る!」

 

「そうか……。きっとそう言うだろうと思っていたが……それで良いのだな? 未練は無いのか?」

 

「あるさ。平凡で、大した事の無い人生だったかもしれないが、それでも今にして思えば、向こうにだって好きな物や、大事な物は確かにあった。例えば……異世界にまでわざわざ助けに来てくれた友達(こいつら)とかな」

 

 本人達を目の前にして口にするのは照れくさいが、あえて言葉にする。彼らと会えるのは、これが最後だからな……。

 

「けどそれ以上に、俺にはこの世界に大切なものが出来た。もちろん未練はある。あるが……だからこそ、大好きだったと気付けた。それに、二度と会えないと思っていたのがこうやって最後に会う事が出来た。だから、もうこれで十分だ」

 

 俺の言葉を聞き、マナナンは頷き……最後に一つだけ質問をする。

 

「門が閉じれば、今度こそ宮田洋介という男が存在していた全ての記憶と記録は地球上から消滅し、この場に居る者達以外がお前を思い出す事は二度とないだろう。その覚悟は出来ているな?」

 

 その言葉を聞いて……俺は思わず吹き出してしまった。

 

「なぜ笑う?」

 

「いや……な。そういえば『俺』は、そんな名前だったな……と思ったら、なんだか可笑しくてな」

 

 元の人間だった頃の名前を、呼ばれるまですっかり忘れていたくらいに、俺の中では「自分はアルティリアである」という意識が根付いていたのだろう。

 それに気付いた時に……ほんの僅かに残っていた、身体と精神の間にあった僅かなズレが無くなり、ぴったりと嵌った感覚がした。

 

「ああ。それでいい。今の『私』はアルティリアだ。それでいいんだ」

 

 笑顔でそう言い切る事が出来た。心の中にあった『(宮田洋介)』に別れを告げる事で、アルティリアとしての自分をしっかりと認識し、確立する。

 

「わかった。お前の決断に最大の敬意を。では、転移門を開こう」

 

 マナナンが立ち上がり、そう宣言すると、彼の後ろに侍っていた妖精の男女……妖精王オベロンと王妃ティターニア、そしてもう一人……スナイパーおじさんこと魔眼の神バロールが、マナナンの隣に並び立つ。

 彼らの補助を受けて、マナナンは世界を超える為の転移門を、その場に開いた。空間に開いた大きな穴の向こう側は、もやがかかっていてよく見えない。

 

「では、お別れだ。皆、来た時と同じように転移門を潜り、地球へと帰還するといい」

 

 マナナンの言葉に全員が立ち上がり、そして俺の方を向いた。そしてその中の一人、赤毛の巨人族(ジャイアント)が口を開く。

 

「おう、アルティリア。最後にハイタッチしようぜ、ハイタッチ。ゲートの前で待ち構えて、全員と順番にな。ほらお前ら一列に並べ」

 

 バルバロッサの提案で、全員とハイタッチをして別れる事になった。最初は先頭に立つバルバロッサだ。

 

「つーかお前、背が高すぎてハイタッチになんねーよ」

 

 私も身長は177cmと、女性にしてはかなり高いほうだが、それでも巨人族の中でも最大級のゴリマッチョ野郎と比べると、まるで大人と子供だ。

 

「しゃーねぇな、俺が合わせてやんよ。ほら、ハイターッチ」

 

 バルバロッサが私に合わせて手を下に下げて、俺はそれを迎えるように手を上に上げて……

 

「イェーイ!」

 

 バルバロッサの右手が、私の左乳を鷲掴みにした。

 

「ってオイィィィィィィ!! 馬鹿! これじゃあハイタッチじゃなくてパイタッチじゃねーか!!」

 

 アイドルゲームのプロデューサーか、お前は!

 

「おーっといけねぇ、手が滑った!」

 

「嘘つけぇ! 絶対わざとだろ!」

 

「ばれたか! だが勝負は俺の勝ちだ! あばよ!」

 

 何の勝負だ! と突っ込む間もなく、バルバロッサはそのまま転移門の中に飛び込んでいった。

 あいつめ……最後だっていうのに湿っぽさの欠片もなく、人をおちょくって去っていきやがった。

 まあ、それも奴らしいのだが……

 

「よし、じゃあ次は俺だな! パイタッチ!」

 

「ちょっ……こらー!」

 

 そして次から次へと、ギルメン共が揃いも揃って胸を触ってきやがった。ったくこいつらは、ここぞとばかりに……おい今両手でガチ揉みしたの誰だ!?

 

 そんな変態共が全員、私のおっぱいを弄んでから去った後に、最後に残ったのは銀髪の、甲冑姿の少年……クロノだった。

 

「アルさん」

 

「クロノ……」

 

 クロノ。ある一件からリアルでも度々会うようになった友人で、休日に一緒に遊びに行ったり、復学や大学受験の為に勉強を教えたりしていた。リアルの彼女は女性で、本名は白崎乃亜。

 友人達の中でも、彼女は私にとって、特別な存在だった。

 過去の出来事でたくさん傷ついて、それでも人に優しくあろうとする彼女の事を、宮田洋介はきっと、愛していた。

 彼女とはもう二度と会う事はなく、私は宮田洋介としての自分よりも、アルティリアとして生きる事を選んだ。だからこの想いを伝える事はしないでおこう。そう思った。

 

「さようなら、クロノ。いつでも君の幸せを祈ってるよ」

 

「アルさんも、どうかいつまでも元気で」

 

 握手を交わす。言いたい事は沢山あったけど、それだけで十分だった。

 

「やれやれ、いかんな。最後の最後で湿っぽくなってしまった」

 

 私がそう呟くと、クロノは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「じゃあ折角(クロノ)の身体になってる事ですし、俺も最後に揉ませて貰いますね」

 

 そう言って、クロノは先に帰ったメンバーと同じように私の胸を揉んできた。

 

「うわっ、でっか……分かってたけどこんなに重いんだ……」

 

「ちょっ、おまっ……! お前だって十分でかいんだから帰ってから自分の揉めばいいだろ……!」

 

「あっ、やっぱりリアルで会った時、私の事そういう目で見てたんですね。さいてーです」

 

「んなっ、てめっ、ざけんな! くそっ、こ、こっちだけ揉まれるのは不公平だろ! 揉み返してやりたいところだが、今は男でそれは出来ないので仕方ねえ! オラッ、代わりにチンポを出せ! 挟んでやるからチンポ出せっ!」

 

「お断りしますっ!! 相変わらずアルさんはテンパると勢い任せで馬鹿な事言い出すの、変わってないですね!」

 

 そのままギャーギャー騒ぎながら追いかけっこをした後に、クロノは転移門を通って地球に帰っていった。

 最後までグダグダで無駄に疲れたが……まあ、これも俺達らしいと言えるのではないだろうか。

 

 開いていた転移門が閉じる。これで、私とあちらの世界との繋がりは完全に断たれた。

 仲間達との別れを済ませ、その帰還を見届けた。

 ならば後は、私も帰るべき場所に帰る時だ。

 

「行くのか」

 

「ああ。私も家に帰るよ。待っている者達が居るからな」

 

「そうだな。では、またな。いずれ俺の方から、グランディーノに会いに行こう」

 

「その時は住民総出で歓迎してやるよ。じゃあ、またな。キング」

 

 この地に残った最後の友人に別れを告げて、俺は神殿への帰還を使おうとするが……上手く発動しない。

 

「恐らく、お前の神力が先の戦いで底を突きかけているのと、距離が遠すぎるせいで転移が出来ないのではないか?」

 

 残念! FP(Faith Point)が足りない!

 

「……なあキング、私の船は?」

 

「修理中だ。俺の船で送っていくか?」

 

「いや、いい。泳いで帰る」

 

「……かなり遠いが大丈夫か?」

 

「水泳全一なめんな。ここからグランディーノまで泳ぐくらいヨユーよ」

 

 そう言い残して、私は海へと飛び込んだ。ここからまっすぐ南に向かって泳げば、グランディーノに辿り着くだろう。

 月と星の光に照らされた真夜中の海は暗く、神秘的だ。魔神将ウェパルによって汚染されていた海は、すっかり元の姿を取り戻していた。

 

 潮の香りと波の音に包まれながら、家路を辿る。そうしている内に、次第に夜が明けてきた。

 水平線から朝日が顔を出す。朝焼けに照らし出された一面の大海原の、なんと美しい事か。

 その光景に心を奪われながら泳ぎ続けて、太陽が中天に昇った頃、私は海に浮かぶ、ある小さな孤島へと辿り着いていた。そこは、私にとっては見覚えのある場所だった。

 

 この島は、この世界に来て、初めて目を覚ました場所だ。

 始まりの場所に立ち、改めて視界一面に広がる美しい蒼海を見て、思いを馳せる。

 

 世界を、そしてこの綺麗な海を、護る事が出来て良かった。

 これからも私は、この世界で強く生きていこうと思う。

 どこまでも蒼い海と、愛する者達と共に。



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