蒼海のアルティリア (山本ゴリラ)
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第1話 目を覚ますと爆乳エルフになっていた件

カクヨム様にて2年くらい前から連載してる作品を試しにハーメルンに投稿。
追いつくまで毎日投稿予定。

<注意事項>
・シリアスとかはあんまり無くて、基本ゆるい感じです。多少はあります。
・気を付けていますが長期連載ゆえ作者が昔書いた事忘れて矛盾が発生したりとか、多少のガバが発生する事があります。気付いたら教えて貰えると助かります。
・TS物にありがちな雌堕ちとか恋愛要素とかは無いです。
・結構人を選ぶ、好き嫌いが分かれる内容だと思います。無理だと思ったら低評価付けてそっ閉じしてください。


 目が覚めたら、オンラインゲームで使っていたキャラクターの体で異世界に居た。

 お前は一体何を言ってるんだ、と言いたくなる気持ちは分かるが、まずは落ち着いて俺の話を聞いてほしい。

 

 俺は、MMORPG『ロストアルカディア・オンライン』、略してLAOにド嵌りし、そのゲームを廃人と呼ばれるレベルまでやり込んだという点以外は特筆すべき事も無い、ごく普通の日本人男性であった筈だ。

 俺は昨日も、そのLAOを深夜までプレイしていた。

 

 昨日はいつものように、メインの狩場である海底神殿の第6層でモンスター狩りをしていたはずだ。

 海底神殿は全域が水中エリアであり、LAOでは『水泳』スキルが低いと、水中の活動に大幅な制限を受ける。具体的には移動や攻撃の速度が大幅に低下したり、一定時間ごとに呼吸ゲージが低下していき、最後には溺れて死亡したりする。

 そんな訳で水中エリアはあまり人気が無く、他のプレイヤーの姿を見る事はあまり無い場所だが、そこをメイン狩場とする俺の愛用するメインキャラクターは、水中戦闘に特化しまくった、だいぶ変わった構成(ビルド)のキャラである。

 昨日も水中を時速200kmオーバーの快速で縦横無尽に泳ぎ回りながら範囲魔法を連発し、数時間にわたってモンスターを狩りまくっていたのだが、流石に飽きてきた俺はそのまま、第7層へと足を向けた。

 ちなみに海底神殿の最下層である第7層の敵は、流石の俺でもソロだと苦戦するレベルの強敵揃いの為、普段は安定して狩れる第6層の敵をメインターゲットにしている。

 

 そんな訳で第7層に進んだ俺は、襲いかかる強敵を何とか撃破したり、逃げ回ったりしながら深海を泳ぎ回っていたのだが、その時だった。

 

「おっ……?何だこの扉。こんなの前に来た時にあったか……?」

 

 第7層の奥に、巨大な扉を発見したのだ。

 滅多に来ない場所なので、たまたま見過ごしていただけか?それともアップデートで告知無しにコッソリと追加されていたのか?

 矢鱈と隠し要素の多いこのゲームの事だ、後者の可能性も十分ありえる。

 

「とりあえず調べてみますか……っと」

 

 俺が自分のキャラクターを扉の前まで移動させ、マウスカーソルを扉に合わせて右クリックでアクセスすると、

 

 『扉を開く』

 『キャンセル』

 

 という選択肢が出現した。

 

「……行くか!」

 

 この先に超強いボスが待ち構えている、という可能性も高いが、同時に未知の隠しエリアへの興味や、レアアイテムを獲得できるかもしれないという期待から、俺は扉を開く事を選択した。

 すると閉じていた扉がゆっくりと開いていき、その向こう側から光が溢れ出した。やがて画面が真っ白に染まっていき、そして……その先の記憶が無い。

 

 次に目を覚ました時、俺は見知らぬ場所に一人、倒れていた。

 俺が倒れていた場所は、小さな無人島のようだった。四方は青い海に囲まれており、空を見上げれば雲一つ無い快晴の青空。

 

 そして平凡な日本人男性であった筈の俺の体は、大きく変貌を遂げていた。

 冒頭で述べた通り、俺の体は……LAOで使用していたメインキャラクター『アルティリア』の物になっていたのだ。

 

 アルティリアは、エルフの女性である。

 職業(クラス)はメインが精霊使い(エレメンタラー)系の最上級職の一つで、水属性に特化した水精霊王(アクアロード)。また、サブクラスとして海賊(パイレーツ)系上級職の船長(キャプテン)等を所有しており、前述した通り、水中戦に特化している。

 見た目も海をイメージして、淡い水色の長い髪に、深海のような濃い青色の瞳をしている。

 身長は176cmと長身で細身。ここまで聞けばエルフらしいと言えるのだが、華奢な体つきに対して胸や尻はドーン!と突き出ており、それはもうむっちむちのバインバインである。

 ちなみに、言うまでもなく俺の趣味だ。

 

 服装はと言えば、設定できる最大サイズの胸や下半身を申し訳程度に覆った白いビキニの水着の上に、水で出来た魔法の羽衣『水精霊王の羽衣』を纏っている。これは水で出来ているので透明であり、この二つの装備の組み合わせによってアルティリアは常に濡れ濡れスケスケの白ビキニという状態である。

 一応、俺の僅かな名誉の為に言い訳をさせてもらうと、このエロ装備は俺の趣味というだけではなく、実用性も兼ねたものである。

 ビキニのほうは水着系装備に共通している泳ぎ速度上昇に加えて、水属性の魔法威力上昇、魚類モンスター撃破時の経験値とアイテムドロップ率上昇、釣りや水中での採集時に採集時間短縮&レアドロップ率上昇、船の移動速度上昇&耐久度の減少速度軽減といった、有用な特殊効果が多数付いた逸品であり、防御力も水着にしてはかなり高い。

 水精霊王の羽衣に至っては、作成に多数のレアアイテム素材とゲーム内通貨を必要とするエンドコンテンツ『神器作成』によって作られた、水精霊王専用の最上級装備だ。

 その驚きの性能は、水属性魔法の消費MP半減&詠唱時間短縮&威力上昇、泳ぎ速度大幅上昇&水中呼吸可能、水精霊の召喚継続時間延長、魚類や水棲生物の捕獲確率上昇、火属性ダメージ半減、水属性ダメージ吸収等だ。

 俺の趣味が全く入っていないとは言えないが、決して濡れスケ白ビキニのむちむちエルフ娘が見たいからという理由だけで選んだ装備ではない、という事は理解していただきたい。

 

 まあ、そんな見た目な上に水中戦に特化しまくり、最大強化状態では時速300kmオーバーの速度で水中を泳ぎ回り、超火力の水属性魔法をバラ撒く俺のキャラクター、アルティリアを、LAOのプレイヤー達はこう呼んだ。

 

 曰く、『水中戦最強』。

 曰く、『LAO水泳部部長』。

 曰く、『大型船を泳いで追い抜く謎の生き物』。

 曰く、『海洋四天王で一番の小物』。

 曰く、『ガチ装備の露出狂』。

 曰く、『変態』。

 曰く、『見た目エルフっぽいだけの新種の海洋生物』。

 

 即ち、『海産ドスケベエルフ』……と。



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第2話 じゃあ俺、水の上走るから。時速250kmで

 さて、そんな訳でここに至るまでの経緯や、何故かプレイヤーである自分が中に入ってしまった我がメインキャラ、アルティリアについて思いを馳せていた俺だったが、これからどう行動するべきかを考える事にした。

 

 だがその前に、まずは自分に何が出来るかを確認する必要がある。

 

「まずは……『水の創造(クリエイトウォーター)』」

 

 右手を前に突き出し、掌を上に向けた状態で、アルティリアが習得している魔法の名を口にした。

 すると、掌から数センチ上。空中にサッカーボールくらいの水の塊が出現する。

 

「おおっ!本当に出た!」

 

 出現したそれを見て、驚いたり喜んだり、念じる事で水球を自由に動かせる事を確認したりしていると、ふと喉の渇きを覚えた為、出した水を手で掬って口に運んでみる。

 

「うっま……」

 

 美味しい水だった事に、ひとまず安心する。周りに海しか無い為、これが塩水だったりしたら早々に詰んでいたかもしれない。

 それと俺が出した水は、地球で飲んだどの水よりも美味かった。なんというか非常にすっきりとした高級感がある。

 

「アイテムはどうだ……?アイテム……アイテム出ろ……」

 

 そう念じると、目の前に小さな布製の袋が出現した。早速、その袋を開けてみると……

 

「おっ、全部入ってんじゃん」

 

 メイン武器にサブ武器、回復アイテムにモンスターのドロップ品など、自分の記憶にあるアルティリアの所持品が、全てその中に入っていた。

 明らかに袋の大きさより中身の体積のほうが大きいのだが、そこは何でも入る魔法の袋的な物なのかもしれない。

 

 だが残念ながら、倉庫に預けてあるアイテムはいくら念じても取り出す事が出来ないようだった。

 また、お金も取り出す事が出来ない。すなわち一文無しである。

 

「後は……船はどうだ?」

 

 アルティリアは海で活動し、滅多に陸に上がらない為、当然のように船にも力を入れていた。

 海洋四天王と呼ばれる四人のプレイヤーの内、船の強化改造に全てを賭けた海戦ガチ勢のキャプテン・バルバロッサや、巨大船団を率いて海を渡り、巨大海洋生物狩りや大陸間貿易で巨万の富を稼ぐ海上王、うみきんぐといった頭のおかしい連中が持つ船に比べれば見劣りはするものの、俺の持つ船も最高クラスの大型船である。

 ちなみにこの俺、アルティリアは海洋四天王の中では一番の小物であり、四人の中では最も控えめで邪悪ではないほうだ。他の連中がトチ狂いすぎているとも言える。

 

「いでよ!グレートエルフ号!」

 

 バッ!と右手を海に向かって掲げてそう叫ぶと、海上に巨大な船が出現した。

 グレートエルフ号はガレオン船のようなデザインの純白の巨船であり、舳先に取り付けられている船首像は、エルフ耳の女神像である。

 イヤッホォォォォウ!やっぱり俺のグレートエルフ号は最高だぜぇ!

 

 しかし残念ながら、雇っていたNPCの船員達は全員、その姿が見えない。

 どうやら持ってこれたのは船だけのようで、船員が居ないと船を動かす事は難しそうだ。

 一応、魔法を使って動かす事も出来なくはないが……自分一人しか居ない状態で、わざわざ船を動かすのも非効率であり、見知らぬ土地では整備も出来なさそうなので、遺憾ながら船は仕舞う事にした。

 

「はぁ……収納」

 

 溜め息をつきながら消えるように念じると、我がグレートエルフ号はその勇姿を消した。

 

「さーて……これからどうするか」

 

 とりあえず魔法が使え、持ち物も取り出せるので一先ずは安心といったところか。

 しかし何故、自分がアルティリアの姿で見知らぬ無人島に居るのかはサッパリ分からないし、その理由を探るための手掛かりも無い。

 ついでに周り一面、海しか無いので何処に行けばいいのかすら分からない状態だ。

 

「はー………………とりあえずおっぱいでも揉むか」

 

 真面目に考え事をしていた反動か、俺は自分の胸部にたわわに実った巨大な膨らみに手を伸ばし、揉んでみるという頭の悪い行動に出た。

 

 LAOは豊富で自由度の高いキャラクターメイキングが可能な素晴らしいオンラインゲームだが、残念ながら女性キャラクターの乳!尻!ふともも!のサイズは最大まで盛ってもせいぜい普通の巨乳(E~Fカップくらいか?)くらいまでしか盛れず、俺を含めたむちむちおっぱい好きな紳士一同は悲しみに包まれた。

 だがそこで終わらないのが頭のおかしい馬鹿集団ことLAOプレイヤーである。

 運営ェ!もっと盛らせろォ!とGM(ゲームマスター)に直訴する俺達に対して、奴等はこう言った。

 

「えー……じゃあ、経験点とゴールド払えばいいよ。結構高いけどね」

 

 運営も大概頭おかしい(褒め言葉)。

 

 言うまでもなく経験点は職業レベルの上昇やサブ職業の取得といったキャラクターの強化に必要であり、ゴールドもまた装備の購入や強化に必要不可欠である。

 決して少なくはない量のそれらを払ってでもやりたいなら、どうぞ。

 

 その運営からの挑戦に対して、俺は迷わず支払った。

 これによって我がメインキャラであるアルティリアは一ヶ月くらいかけて海底神殿で稼ぎまくった経験点とお金を犠牲に、メートル級の爆乳(推定Jカップ)と、細くくびれた腰との落差が物凄い巨尻、むちむちの太ももを手にしたドスケベエルフと化したのであった。

 我ながら実に馬鹿な事をしたとは思っているが、後悔はしていない。

 

 そんな(無駄な)努力の結晶である胸を鷲掴みにして揉む。

 すっげえ柔らかい。が、適度な硬さや張り、弾力があり、柔肉に沈もうとする指を押し返してくる。

 素晴らしい。これで自分に付いているのでなければ最高なのだが、しかし自分に付いているからこそ自由に揉む事ができるというジレンマ。

 

 そんな益体の無い事を考えていた時だった。

 

「……何だ?戦闘の音……か?」

 

 アルティリアの長く尖ったエルフ耳は優れた聴力を持っているようで、遠く離れた場所から発せられる音を敏感に聴き取った。

 それは怒号や悲鳴、大砲の発射音や爆発音、打撃音といった様々な音が入り混じった物だったが、それらを総合的に判断すると、何者かが戦闘を行なっているのだと分かる。

 

「……見に行ってみるか」

 

 どうせこのまま、この無人島に居たところで何かが進展する訳でもなし。

 何か、この世界を知る切っ掛けになるかもしれないと思い、俺は音がした方へと向かう事にした。

 

「『海渡り』」

 

 俺はアルティリアが持つ技能(アビリティ)を発動させた。

 

 ・海渡り

  自分自身が対象。効果発動中、MPを消費し続ける。

  水の上を歩く事ができるようになる。その速度は泳ぎ速度と同等である。

  MPが0になった時、自動的に効果は解除される。

 

 本来はこのようにMPを消費し続け、通常であれば陸地よりも大幅に遅くなる泳ぎ速度と同じで、ゆっくりと歩く事しか出来ない、あまり使い勝手の良くない技能。それが海渡りに対する一般的な評価だったが、俺にとっては違う。

 水中特化型であるアルティリアの泳ぎ速度は、歩く速度の数十倍である。そして神器『水精霊王の羽衣』をはじめとした装備の効果によって、水属性の魔法や技能の消費MP量は大幅に抑えられている。

 これによって俺は地上であっても水がある場所ならば、超高速で走り回りながらの魔法戦が出来るようになった。まさに神技能である。

 

「行くぜ!」

 

 まるでアイススケートのように、俺の足は波を切り裂きながら海面を滑る。その速度は時速にしておよそ250km。

 

「まだだ!もっと速く!」

 

 走りながら、俺は移動速度上昇や、泳ぎ速度上昇の効果を持つ魔法や技能を次々と発動し、更に加速する。爆乳を揺らしながら疾走するエルフに軽々と追い抜かれる魚や鳥達は、果たして何を思うのか。

 

「見えたっ!」

 

 やがて、俺の目がそれを捉える。アルティリアの体になった事で、聴力のみならず視力を含めた様々な感覚や身体能力も、軒並み強化されているようだ。

 

 戦闘を行なっていたのは、片方は船と、それに乗る人間だった。頭に黒い布を巻き、粗末な服装をした十数人の男達だ。彼らの手には曲刀や短剣、マスケット銃のような長銃が握られている。

 一方、そんな彼らと敵対しているのは、巨大な怪物だった。

 その正体は、馬鹿みたいに大きいイカだった。十本の長い、うねうねした足を持った、男達が乗る船よりも巨大な体躯を持つ化け物イカだ。

 どうやら男達の乗る船が、このイカに襲われているようで、だいぶ劣勢の様子だ。船のマストはへし折られ、甲板には既に何人かの男達が倒れている。

 そして今まさに、巨大イカの太く、長い足が船に向かって振り下ろされようとしている。

 

「『激流衝(アクア・ストリーム)』!」

 

 だがその前に、俺が魔法を発動してそれを妨害する。

 俺の指先から放たれた水の奔流が、イカの体に直撃し、その巨体を吹き飛ばした。

 横倒しになり、飛沫を上げながらブッ倒れ、海面に浮かぶイカだったが、どうやらまだ元気なようで、足をぐねぐねと激しく動かして暴れている。大した生命力だ。

 

 では、トドメを刺してやるとしよう。

 俺は水面を蹴り、空高く跳躍した。そして、道具袋から愛用しているメイン武器を取り出し、力強く握った。

 

 それは、一本の槍だった。

 その名も『海神の三叉槍(トライデント・オブ・ネプチューン)』。

 水精霊王の羽衣の他に、俺が持つもう一つの神器だ。

 LAOにおいて、海神の課す厳しい試練を全て乗り越えた者にのみ下賜される、最強クラスの槍のひとつである。

 

 アルティリアが魔法キャラだと言ったな。あれは嘘だ。

 いや、まるっきり嘘という訳ではない。メインクラスは魔法職だし、魔法を中心に戦うスタイルである事は間違いない。

 だが、俺のアルティリアは物理もかなり強い。サブクラスに槍使い(ランサー)系の上級職の槍聖(ランスマスター)や、魔術師(マジシャン)系の上級職、魔法戦士(マージファイター)を習得しているし、本職の戦士ほどではないものの、前衛でそれなりに戦える程度の戦闘力は持ち合わせているのだ。

 

「とうっ」

 

 落下速度を大幅に軽減する技能『空歩き(スカイウォーク)』を使って滞空しながら、上空から巨大イカの巨体目掛けて、槍を投擲する。

 放たれた槍はまっすぐにイカの胴体に深々と突き刺さり、甲高い断末魔を上げさせた。

 

 そして俺は、垂直に突き刺さった槍の柄尻に、ゆっくりと着地した。その状態で長い髪をかき上げ、ドヤ顔で決めポーズを取りながら、そういえば襲われてる連中が居たなと思い出し、そちらに目線を向けるのだった。

 

 ……あれ?なんでこいつら俺に向かって土下座してんの?



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第3話 ロイド=アストレアの転機 ※

主人公以外の視点が入る場合はサブタイトルに※がつきます。


 ロイド=アストレアの人生における転機は、三度あった。

 まず一度目は、六歳の時だ。

 実家の伯爵家が、父親の盛大なやらかし(不正の露見)によって没落した。

 母親と幼い弟、生まれたばかりの妹と共に、父親を見捨てて逃げ出した。

 

 二度目の転機は、二十歳の時だ。

 十六歳で軍に入ったロイドは徐々に頭角を現し、順調に出世街道に乗ろうとしていたが、有能な部下を妬み、疎ましがった上司に横領の濡れ衣を着せられた。

 ロイドは軍を追い出された。

 友人や同僚、結婚を約束していた女までもが掌を返し、ロイドを罵った。

 ロイドを信じてくれたのは、家族とごく少数の理解者だけであった。

 やはりあの男の息子か、血は争えんな。

 元上官が口にした嘲りの言葉が、ロイドの心臓を抉った。

 

 それから、ロイドは海賊になった。

 軍を不名誉な理由で追い出された男に、他に行く場所など無かったからだ。

 似たような境遇の荒くれ者達を束ねて、軍人時代のノウハウを活かして海賊団を結成した。

 

 彼の海賊団は規模こそ小さいが、他の大規模な海賊団が討伐されても、しぶとく生き延び続けていた。

 過去の苦い経験から、出る杭は打たれるという事をロイドは学んでいた為、やり過ぎないように、目立たないようにする事を心がけていたからだ。

 奪う時も全部は奪うな。殺しはなるべく避けろ。手を出す相手は選び、恨みを買い過ぎないように。

 そうした方針もあって多額の賞金をかけられる事もなく、時々やってくる賞金稼ぎを返り討ちにしたり、商船から通行料と称して多少の金を巻き上げたり、海に生息するモンスターを退治し、それらが落とす品を売却したりしながら、ロイドとその部下達は細々と生き残っていた。

 

 だがある日、ロイドが二十六歳の時に、三度目の転機がやってきた。

 航海中に、クラーケンと遭遇したのだ。

 クラーケンは巨大なイカの怪物であり、B級に分類される危険極まりないモンスターだ。

 B級モンスターは単体で小さな町一つを壊滅させられる程の戦力を持ち、出現が認められた場合、軍や騎士団の精鋭部隊や、最上級冒険者の一団が緊急出撃する程の事態になる。

 

 そんな化け物を相手に、小さな海賊団にどうしろと言うのか。

 

「畜生っ!なんでこんな化け物が!?この海域には大した魔物は出てこない筈だろ!?」

 

「言ってる場合か!さっさと逃げるぞ!」

 

 当然のように逃げる事を選んだ海賊達だったが、その目論見はあっさりと打ち砕かれる。

 クラーケンの触手による攻撃で、あっさりと船が半壊し、四人の部下が倒れた。

 もはや逃げられぬと悟ったロイドは部下達を率いて応戦し、彼らはよく戦った。しかし彼我の戦力差はあまりにも大きく、一人、また一人と呆気なく倒されていく。

 

「嫌だ……!死にたくねえ!死にたくねえよぉ!」

 

「神様……!お助け下さい……!」

 

 迫り来る死の恐怖に怯え、神に縋る部下の声を聞いたロイドの心に湧きあがった感情は、怒りであった。

 

(何が神だ……!神なんて、この世にいるものかよ……!今まで俺がどれだけ辛い目にあっても、助けてくれなかった神なんかに、祈ってなんかやるものか……!)

 

 ロイドは憤怒の宿った目で、今まさに触手を振り下ろそうとするクラーケンを睨みつける。

 恐怖は勿論ある。だが飲まれるものかと下腹に力を入れ、せめて一矢報いてくれようと、サーベルを力強く握った、その時だった。

 

 奇跡が起きた。

 突如、凄まじい流水がクラーケンの横っ面を殴り倒し、その巨体を吹き飛ばしたのだ。

 そして、その直後に空から流星が降ってきた。

 いや、それはよく見れば星ではなかった。落ちてきたのは、まばゆい輝きを放つ、穂先が三叉に分かれた一本の槍だ。

 軍に居た時も、これほどの見事な武器は見た事が無い。人の手によって造られた物とは隔絶したオーラを放つそれに、ロイド達は目を奪われた。

 

 だが、その後目にしたものは、それ以上の衝撃をロイド達に与えた。

 天空より、一人の女性が降り立ったのだ。

 青い髪と瞳、特徴的な長く、尖った耳を持ち、はちきれんばかりに豊満で扇情的な肢体を申し訳程度の布で隠し、その上に薄い透明な衣を羽織った美女であった。

 

 その人間離れした容姿と存在感。そして輝ける槍と共に天空より降り立ち、あれほど強大な魔物をあっさりと屠ってみせた力。

 間違いない。この御方は……!

 

「女神様……!」

 

 無意識のうちに、ロイドは跪いていた。部下の海賊達も同様だ。

 

 三度目の転機。

 ロイドは女神に出会い、絶体絶命の危機から救われた。



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第4話 私の名はアルティリアだ

「あー……その、頭を上げて、楽にして下さい」

 

 俺は目の前でDOGEZAをする屈強な男達に対して、そう言った。

 俺の言葉に恐る恐る顔を上げ、こちらを見上げる彼らの目は、真剣そのものだ。

 そのまっすぐな視線を正面から受けて、俺は思った。

 

(さてはこいつら……俺にビビってるな!)

 

 無理もないだろう。巨大イカは俺にとっては大した事のない雑魚だったが、様子を見るに男達にとっては強敵だったのだろう。

 LAOでも初心者がうっかり強敵に遭遇してしまったのを上級者が助ける際に、つい必要以上の火力でオーバーキルしてしまうのは、稀によくある光景だ。MMORPGプレイヤーは皆、初心者に恰好良い所を見せたがるものなのだ。

 

 ところが現実でやるとドン引きされるらしい。俺は一つ賢くなった。

 

 だがとりあえず今は、目の前の男達だ。彼らはじっと俺の言葉を待っている様子なので、何か言ってやらねばならんのだが、生憎とここで気の利いた言葉がすらすらと出てくる程、俺は口が上手くない。

 

 いや、むしろコミュ障の部類である。

 初対面の集団とお話をするという行為は、ゲーム内のチャットを介してならば簡単に出来るのに、こうして生身でやるのは俺のような人間にとって、非常にハードルが高い事なのだ。情けない奴だと笑わば笑え。

 

「……まずは、その怪我を何とかしましょうか」

 

 俺はひとまず、傷ついた彼らを治療してやることにした。中には命に別状はないものの、重い怪我を負って倒れている者も複数いる。

 

「『癒しの雨(ヒールレイン)』」

 

 俺が魔法を発動させると、その効果によって男達の頭上にぽつぽつと雨が降り注ぐ。

 それに打たれた彼らの傷が、みるみるうちに回復していった。

 

 更にその間に俺は、技能『簡易修復(インスタントリペア)』を使い、彼らが乗る船を修復しておく。

 この技能は船舶や馬車などの乗り物の耐久値を回復させる効果を持つ。回復量はあまり多くないが、即座に発動する事が出来るので重宝されている。

 

「神よ……!」

「ありがとうございます!ありがとうございます!」

「女神様……」

 

 すると何故か、男達が再び俺を拝み始めた。

 

「えぇ……」

 

 まさか、これでもやり過ぎだったのだろうか。

 どちらもLAOではそこまで上位の技や魔法じゃないんだが。

 

「……それでは、私はこれで失礼します。気を付けてお帰りなさい」

 

 俺は誤魔化すようにしてそう口にすると、巨大イカの遺体から槍を引き抜き、水面に降り立った。

 この状況下で話を続ける勇気と、話を進めるトークスキルを俺は持っていない。

 ここは一時撤退だ。

 そう考えてこの場を立ち去ろうとした時だった。

 

「おっ、お待ちください!」

 

 彼らのリーダーであろう男が、踵を返した俺の背中に向かって叫んだ。

 おいやめろ馬鹿。何いきなり話しかけてきてるわけ?

 今すぐ水面ダッシュ(200km/hオーバー)で逃げ出したいのをぐっと堪えて、俺はその足を止めた。

 

「危ないところを助けていただき、誠にありがとうございました!俺……いや、わたくしはロイド=アストレアと申します!小さく名も無い海賊団を率いる卑賎の身にて、大変ご無礼ながら伏してお願い申し上げます!何卒、貴女様のお名前をお教えいただけないでしょうか!」

 

 ロイドと名乗ったその海賊団の頭目の願いを聞いた俺は、彼に背を向けたまま答える。

 

「アルティリア。私の名は、アルティリアだ」

 

 俺は日本人男性としての名ではなく、この体の持ち主……LAOというゲームで長く愛用してきた、キャラクターの名前を名乗った。

 後にして思えば、この時、俺は無意識のうちに決めていたのかもしれない。

 『アルティリア』として生きて行く……という意志と覚悟を。

 

「アルティリア様……」

 

 と俺の名を呟く海賊達から逃げるように、俺は眼下に広がる海に飛び込んだ。

 そしてそのまま海底に向かって、猛スピードで海中を駆け抜ける。

 

「ああああああああああああ!やっちまったああああああ!」

 

 何が、私の名は、アルティリアだ(キリッ だ馬鹿野郎め。

 肝心の情報集めは完全に失敗したではないか。

 しかも、あれだけ強キャラムーブしておいて、すぐに戻って実は迷子なんです等と口にする事は断じて許されない。

 

 何故ならアルティリアの名を名乗ってしまった以上、俺は完璧にそのロールプレイをしなければならない。愛するキャラクターのイメージを壊すような事は、他の誰が許しても俺自身が許せんのだ。

 

「ええい、こうなったら自力で何とかするしかねぇ!とりあえず泳いで探検だ!」

 

 幸い泳ぎには自信がある。かくなる上はひたすら泳いで探索を進めるしかないと思い立ち、俺はひたすら泳ぎまくった。

 

 そうして数日にわたって海を泳ぎ、島を見つけては上陸して探索したり、魚を釣って料理をしたり――幸いな事に、水泳同様にアルティリアが持っていた、高レベルの釣りや料理といったスキルは、問題なく使う事が出来た――と、サバイバル生活を送っていた時だった。

 

 ポーン、という甲高い、聞き慣れた通知音が聞こえた。

 それと同時に、これまた飽きるくらいに目にしたメッセージが、突然目の前に表示されていた。

 

『ロイド=アストレアさんからトレード要請が届きました』

 

 一体どういう事だ。誰か説明してくれ。



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第5話 そんな装備で大丈夫か?

 『ロイド=アストレアさんからトレード要請が届きました』

 

 LAOにおいて、他のプレイヤーからトレードを持ち掛けられた場合、このように音とシステムメッセージによる通知がなされ、取引を受けるか否かの選択を迫られる。

 

 トレードとは、プレイヤー間でのアイテムおよび金銭の交換や取引の事を指す。

 MMORPGにおいて、トレードは日常的に行なわれている行為だ。

 キャラクターの構成やプレイスタイルが千差万別である以上、誰かにとっては不要なアイテムが、他の誰かにとっては喉から手が出るほど欲しい物だという事は、現実世界においてもよくある話だろう。

 当然、俺も目当てのアイテムを購入したり、逆に希少で高性能ではあるが、自分には使えないアイテムを売却する為に、トレードは日常的に利用してきた。このシステムメッセージも見慣れたものである。

 

 問題は、なぜ異世界に来てまでそれが目の前に現れるのかという事だ。

 

 しかもトレードというのは通常、直接アイテムや金銭をやり取りする為、近距離で行なうものだ。

 だが現在、俺の視認できる範囲内にロイドの姿はない。なのにトレード要請が来るとは、一体これはどうした事だ。

 

 俺が知る限り、LAOには遠隔で他のプレイヤーとトレードを行なう機能や、それを可能にする技能・アイテム等は存在しない筈だ。

 ならばこれは、この世界特有の物なのか?

 仮にそうだとして、それは誰でも使えるような一般的な物なのか?

 

 疑問は尽きないが、その答えを今すぐ出す事は不可能だろう。

 ならば、ひとまずはこの取引を受けてみようと思う。そこから何か見えるものがあるかもしれない。

 それに何より、正当な理由なしに取引を拒否したり、相手を待たせるような事はしたくない。

 

「トレードを受ける」

 

 俺はそう口にして、取引を受諾する意志を示す。

 すると、突然俺の目の前で、地面に水溜まりが発生した。

 

「何だ、これ……?」

 

 明らかに自然に出来たものではない。まるで魔法や超能力でも使って出したような不自然さだ。新手のスタンド使いか?

 

 訝しみながらその水溜まりを眺めていると、やがてその中から何かが浮かび上がってきた。

 見れば、それは袋だ。中にはぎっしりと何かが詰まっているようだ。

 手に取ってみれば、見た目通りにずっしりと重い。

 果たしてその中身は何かと、口を縛っている紐を解いてみれば、中に入っているのはピカピカに輝く金貨だった。それが、およそ二万枚。

 

「これは……この世界の通貨か?」

 

 果たしてこれが、どの程度の値段になるは分からないが、わざわざ送ってきたのだ。それなりに価値のあるものなのだろう。

 

 恐らく、数日前に彼らを助けた事に対する謝礼のつもりなのだろうな。

 一体どうやってこれを送ってきたかは全く見当も付かないが、殊勝な心掛けだ。今度会ったら優しくしてやろう。

 

 しかし、初心者を助けるのは上級者の義務である。

 それでいちいち謝礼を貰うのも逆に申し訳ない気持ちになるので、こちらからも何か送ってやろうと俺は思った。

 

「さて、何を送るべきか……」

 

 俺はロイドから送られた金貨袋を横にどかして、自分のアイテム袋を取り出して、その中身を物色する。

 そうしながら、彼らの事を思い出した。

 

 思えば、彼らがあの巨大イカ程度の敵に苦戦していた理由は、装備の質が低い事が大きな原因の一つではないだろうか。

 彼らの持つ装備は、かなり粗末なものだった。

 

「そんな装備で大丈夫か?」

 

 大丈夫じゃない、問題だ。

 正直、俺に対する謝礼なんかよりも前に、自分達の装備や船を強化するべきだと思ったが……彼らはあえて、律儀にも俺に対する感謝の気持ちを形にする事を優先したのだろう。大した奴等だ。

 

 ならば、俺もその心意気に応えなければなるまい。

 

「おっ、丁度いいのがあるじゃないの」

 

 俺はアイテム袋の中から、一つのアイテムを発見し、それを取り出した。

 それは、一振りの日本刀だった。

 銘は『村雨』で、海底神殿の第七層に出現するモンスター、ギルマン・エリートウォーリア(刀)というモンスターの希少(レア)ドロップアイテムだ。例の扉があった海底神殿の最下層を探索していた際に、襲ってきたそいつを倒した際に入手したのを覚えている。

 

 その性能は俺の持つ神器『海神の三叉槍』に比べれば流石に大きく劣るが、高難易度エリアのモンスターが落とすレアドロ品だけあって、なかなか悪くないものだ。

 攻撃時に水属性のダメージを追加で与える等の有用な特殊効果が複数付いており、刀使いが水属性に弱いモンスターと戦う時に便利な品だな。

 現状、海底神殿の最下層でしか入手できない事もあって、なかなか良い値段が付いている為、後で売ろうと思って取っておいた品だが……

 どういうわけか異世界に来てしまった以上、売る事は出来ないし、俺のメインウェポンは槍なので無用の長物である。よって、あげてしまっても何も問題はない。

 

 あの男、ロイドは確かサーベルみたいな曲刀を持っていたし、日本刀も問題なく使えるだろう、多分。

 

 と言う訳でロイド君、この村雨を君にあげましょう。

 

 俺は村雨を手に取ると、それをロイドのもとに送るように気合を入れて念じた。

 あいつが遠く離れた場所から金を送ってきたのだ、俺に出来ない訳があろうか。いいや無い(反語)。

 

 すると、村雨が眩い光を放ち、俺の手の中から消え去った。

 俺にはそれが、ロイドのもとに送られたという事が直感的に理解できた。

 

「よしよし。どうやらこの世界では遠隔トレードが出来るみたいだな。実に便利で大変結構!」

 

 俺は満足そうに頷くと、ロイドから送られてきた金貨をアイテム袋へと大事に収納するのだった。

 

「しかし金を貰ったのは良いが、無人島じゃ使い道が無いな……」

 

 いい加減に、そろそろ人の居る場所を目指すのも良いかもしれない。



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第6話 海上警備隊本部にて ※

 ローランド王国は、広大な大陸の北東部に位置する国家である。その最北端にある港町の名を、グランディーノという。

 大陸の北に広がるトゥーベ海域に面するグランディーノは古くから漁港・貿易港として栄え、ローランド王国の海の玄関口として、大きな存在感を誇っていた。

 そのような理由で王都から遠く離れた辺境の町ながらも、それなりに規模の大きい港町であり、グランディーノの港は今日も、漁船や貿易船で賑わっていた。

 大半はそのような一般の船だが、中には厚い装甲と大砲で武装した、大型の戦闘艦の姿も見える。それらは海の治安維持や港の防衛に努める、海上警備隊が所有するものだ。

 

 そんなグランディーノの港に、一隻の船が現れたのは、ある日の夕方の事だ。

 その船は海賊船だったが、海賊旗の代わりに白旗を掲げており、そして驚くべき事に、巨大な魔物の死体を牽引していた。

 

「そこの船、止まって下さい!貴方達と、その魔物について説明を求めます!」

 

 いち早くそれに気付いた、海上警備隊の船がその海賊船へと近付き、甲板上から警備隊の隊員であろう、鎧を着た銀髪の若い青年がそう声をかけた。

 

 魔物を牽引する海賊船の舵を握る、茶色い髪の屈強な男――ロイド=アストレアは、その指示に従って船を停止させると、警備隊の船に向かって敬礼をする。

 元軍人だけあって、ロイドの敬礼は堂に入った見事なものだった。

 

「海上警備隊の方々ですね?自分は代表のロイド=アストレアと申します!」

 

 ロイドに倣い、彼の部下の海賊達も、不格好ながら敬礼をする。それを見た青年以下、海上警備隊の隊員達は面食らいながらも、慌てて敬礼を返した。

 

「こちらは海上警備隊所属、一等海上警備士クロード=ミュラーであります!」

 

 青年の名乗りに、ロイドは驚愕した。彼の階級である一等海上警備士といえば、軍で言ったら大尉に相当する。

 まだ二十歳ほどの若さでその階級とは、よほど有能な男なのだろう。ロイドは気を引き締め直しながら口を開く。

 

「こちらの魔物について、説明をさせていただきます。見ての通り、こちらはクラーケンの死体です。今から四時間ほど前に、ラメク海域で遭遇したものです」

 

「はぁっ!?ラメク海域!?」

 

「馬鹿なっ、そんな近海にクラーケンの成体が!?」

 

 ロイドの説明を聞いた警備隊員達が、その異常事態に恐れ(おのの)く。

 ロイド達がクラーケンと遭遇したラメク海域は、この港町グランディーノが面するトゥーベ海域を超えた先にある場所だ。

 昼間にクラーケンや、それを倒した変なエルフもどきと遭遇したロイド達が、クラーケンを引っ張りながら夕方にはここに来る事が出来ている事を考えれば、そう離れていない事が分かるだろう。

 

「静かに!……失礼しました。それで、そのクラーケンは貴方達が討伐を?」

 

 そう訊ねながら、クロードはとても彼らがクラーケンを倒したようには思えなかった。彼らの乗る船や、装備している武器を見れば、クラーケンを倒せるような戦力を持っていない事は明らかだ。

 

「いえ、クラーケンを討伐したのは、我々ではなく別の御方です。その御方はすぐに立ち去られた為、我々が代わりに報告に参りました」

 

 ロイドの報告を聞き、クロードは驚きに目を見開いた。彼の口ぶりでは、クラーケンを討伐したのは個人であるかのようだったからだ。

 クラーケンの成体といえば、精鋭部隊が操る複数の戦闘艦が同時にかかって、ようやく討伐できるような相手だ。

 それを単体で撃破できるような人物が存在する?一体どのような……?

 疑問が次々と湧きあがるが、クロードは職務のために一旦それを振り払う。

 

「わかりました。詳しい話は後程聞かせていただきますが、まずは我々に続いて入港してください」

 

「承知いたしました」

 

 ロイドは警備隊の船に続いて入港し、船を停泊させた。そしてそのまま港のすぐそばにある、警備隊本部へと案内された。

 会議室と思われる、大きな円形のテーブルと、それを囲む椅子が置かれた部屋へと通され、しばらく待たされる。

 その間に部屋を見回すと、壁には周辺海域の地図や巡回の当番表のような書類が貼られているのが見えた。

 

(あまり部外者がじろじろと見るべきじゃないな)

 

 そこから目を逸らすと、別方向の壁には一本の槍が掛けられていた。

 その槍が見事な造りの業物だという事は見てとれるが、女神が持つ神器を見た後では、それもみすぼらしく見えた。

 

 そうして待っていると、複数の者達が部屋へと入ってきた。

 まず先頭が、背が高く体格の良い、赤い髪の中年男性だ。その後ろに先程の若き一等海上警備士のクロードと、更にもう一人、若い女性隊員が続く。

 

「お待たせして申し訳ない。海上警備隊副長、グレイグ=バーンスタインです」

 

 赤毛の男が敬礼をして、名乗りを上げる。

 だが名乗られるまでもなく、ロイドは彼の名を知っていた。

 

(『赤毛のグレイグ』、『海獣狩りのバーンスタイン』と呼ばれる、海洋モンスター狩りのスペシャリストにして海上警備隊のナンバー2!こいつぁ、凄ぇ大物が出てきやがったな……)

 

「先程はどうも。改めまして、一等海上警備士、クロード=ミュラーです」

「同じく一等海上警備士、アイリス=バーンスタインと申します」

 

 クレイグに続いて、後ろの若い二人も敬礼をしながら名乗る。

 女性の隊員、アイリスの名を聞き、ロイドは思わず驚きを口に出した。

 

「娘さんも警備隊にいらっしゃったのですね」

「ええ。あまり危険な事はして欲しくはなかったので反対したのですが、生憎と頑固で負けず嫌いな所は私に似てしまったようで」

 

 グレイグが苦笑を顔に浮かべながらそう言うと、アイリスは恥ずかしそうに俯いた。

 見れば彼女は、父親と同じ真っ赤な髪の持ち主だ。燃え盛る炎のような明るい髪が、腰のあたりまで伸びている。年齢はクロードと同じで二十歳程度の若さだが、彼と同じで高い地位に就いている。才能のほうも父親譲りという事なのだろう。

 

 それからグレイグはロイドに着席を促し、席に着いた彼らは本題に入る。

 

「それでは早速だが……あのクラーケンについて、詳しい話を聞かせていただけるかな」

 

「わかりました。我々がクラーケンと遭遇したのは本日の正午前頃、場所はラメク海域の西側で……」

 

 ロイドは順番に、その時起こった事について語り始めた。

 彼の話を聞き、グレイグ達海上警備隊の面々は驚きを隠せない様子だ。

 

「神だと……?そのアルティリアという女性は自分がそうだと?」

 

「……いいえ、はっきりとそう言ったわけでは。あの方が名乗ったのは、その名前のみでした。しかしながら流水を自在に操り、空を飛び、水面を歩き、重傷を負った者達を完治させ、半壊した船を一瞬で元通りに修復し、そしてクラーケンを瞬殺する。あれほどの奇跡を、人の身で起こせるとは到底思えません」

 

「むうっ……確かに……」

 

 グレイグは一流の戦士であり、魔法使いの知人や友人も何人か居るが、クラーケンの巨体を押し流すような水魔法の使い手など、今まで会った事がない。癒しの奇跡にしても同様だ。

 

「しかし仮に神だとして、神々は遥か昔に地上を去った筈……どうして今になって……?」

 

 クロードが当然の疑問を口にする。

 この世界では大昔の神話の時代に、神々は一柱残らず地上を去っており、今ではそれらの名が語り継がれるのみである。現在では神官が奇跡を行使したり、古代の遺跡からかつて存在していた神々の痕跡が発見される程度で、神の存在はすっかり遠い物になり果てていた。

 

「長い年月を経て、言い伝えが失われてしまった神も多くいると聞きます。その方もそうである可能性は……。神殿に行けば、何か分かるかもしれませんが」

 

 アイリスがそう提案すると、グレイグも頷き、

 

「そうだな……神の事に関しては、神官に聞けば分かる事があるかもしれん。今日はもう時間が遅いが、明日にでも行ってみるといいだろう」

 

「わかりました。そうします」

 

 話が纏まったところで、クロードがふと、疑問を口にした。

 

「ところでロイドさん、そのアルティリア様の特徴を教えていただけますか?」

 

 その質問を聞き、そういえば彼女の容姿については詳しく話していなかったな、とロイドは反省する。

 

「お?なんだクロード、その女神様が美人かどうかが気になるのか?」

 

 そこでグレイグがニヤリと笑って茶々を入れた。アイリスがむっとした表情でクロードを睨み、それにクロードが慌てて言い訳をする。

 

「ちょっ、違いますよ副長!何を言ってるんですか!僕はただ、偶然その方と会う可能性もあるので、どのような方なのか知っておいたほうが良いと思って……」

 

「ま、確かに一理あるな。どうだろうロイド君、よければ教えて貰えるかな」

 

「わかりました。では……アルティリア様は女性で、髪の色は水色で、長さはそちらのアイリスさんよりも、もう少し長かったです。瞳の色は濃い青で、身長は俺より少し低いくらいでしたね」

 

「なるほど。それくらいだと、女性にしてはかなり高いな」

 

「それから……耳が細長く、尖った形をしていました」

 

「ほほう……それは妖精(フェアリー)のような耳の形か?」

 

 グレイグが立ち上がり、部屋の隅にある本棚から魔物図鑑を取り出し、そのページを捲ると、やがて掌サイズの小さな妖精の絵と、それについての説明が書かれたページが開かれた。

 

「ああ、細かいところは違いますが、こんな感じでしたね。アルティリア様のは、もう少し細長かったです」

 

「そうか……ところで、顔はどうなのだ?美人だったか?」

 

 グレイグが下世話な表情を浮かべて、ロイドににじり寄る。ロイドは警備隊副長の意外に気さくで俗っぽい所に妙な親近感を感じてしまい、苦笑を浮かべて言う。

 

「そりゃあもう、今まで見た事が無いくらいの美形でしたよ。あれこそまさに天上の美!しかも……」

 

「しかも?」

 

「ものすっごい巨乳でした」

 

「何と!どれくらいの巨乳だ?うちの娘くらいか?」

 

「いやいや、アイリス殿もなかなかご立派ですが、もっととんでもない乳でした。大体これくらいで……」

 

「おお……なんという事だ。これは疑いようもなく女神様に違いない」

 

 ロイドは、部下と酒を飲みながら下ネタを話す時のようなノリで、グレイグと盛り上がった。

 だが、そこに冷え切った視線を向ける者がいた。アイリスである。

 

「父上。今の話は母上にご報告します」

 

「なっ……!?ま、待ってくれアイリス!これは違うんだ!」

 

「何が違うというのですか、父上の変態!」

 

 そんな父娘の心温まるコミュニケーション(笑)の横で、クロードがロイドに話しかける。その顔は、火が出るように真っ赤に染まっていた。

 

「あの、ロイドさん。女性の……その、胸の話をそのように口にするのは、あまり良くないと思うのですが……」

 

 この青年ちょっと純情(ピュア)すぎやしないだろうか。ロイドは内心吹き出しそうになりながら、それを必死に堪えた。

 

 ロイドは、彼らの事がいっぺんに好きになった。

 いずれ、クロードを際どい服を着た綺麗な姉ちゃん達が居る酒場にでも連れて行ってやろうと考える。

 あの女神に会う前に、少しは女体に慣れさせたほうが彼にとっても良いだろうし、我ながら悪くない考えだと、ロイドは思った。



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第7話 神の剣 ※

 海上警備隊に所属する三名との話し合いを終えたロイドは、警備隊本部の入口にあるロビーで部下達と合流した。ロビーには来客用の受付があり、女性の警備隊員が複数人、カウンターの向こう側に待機しているのが見える。

 そのまま建物を出ようとするロイド達に、見送りに付いてきていた海上警備隊副長・グレイグ=バーンスタインが話しかける。

 

「ああロイド君、少し待ってくれ。渡す物があるんだ」

 

 グレイグが受付の一人に目配せをすると、彼女はカウンターの下から、大きな袋を取り出した。

 重そうな見た目と、持ち上げた際に聞こえた音からして、中身は金貨だろう。それも大量のだ。

 

「ロイド=アストレア様、冒険者組合からクラーケン討伐の報奨金および、素材の買取金が支給されております。お確かめください」

 

 冒険者組合は、冒険者と呼ばれる魔物退治や遺跡探索などを生業とする、何でも屋のような存在が多数所属しており、所属する冒険者に依頼の斡旋を行なう他に、部外者に対しても危険な魔物の討伐に対する報奨金や、素材の買取を行なっている。

 今回はクラーケンの討伐が報告され、その死体を持ち帰った事で多額の金貨がロイド達に支払われるようだ。

 

「いや、しかし討伐したのは俺達ではないんですが……」

 

「だが、報告したのはお前さん達だ。例の女神様を探そうにも、手掛かりが無いしな。受け取れないって言うなら、今度会った時にでも渡してやればいい」

 

「……わかりました」

 

 ロイドは僅かに逡巡した後に、差し出された金貨を受け取った。

 女神が人間の通貨を必要とするかは分からないが、これは彼女が受け取るべき物であり、叶うならばそれは自分の手で、彼女に手渡したいとロイドは思った。

 

「ああ、ちなみに君達の指名手配を解除するのとか、被害の補填に幾らか使ったから本来の額より幾らか目減りしているが、そこは了承してくれよ」

 

 だが次の瞬間にグレイグが口にした、その台詞を聞いて冷や汗を流す。

 彼らとの会話の中で、一度も自分達が海賊だとは名乗らなかった。薄々、気付かれていながら見逃されているとは感じていたが……どうやら最後に釘を刺しに来たようだ。

 

「……気付いていましたか。流石と言うべきでしょうか」

 

「ここいらで活動している海賊の顔と名前は、一通り頭に入っているんでね」

 

 悪戯が成功した悪餓鬼のような笑顔で、グレイグが勝ち誇る。

 

「捕まえたりはしないんで?抵抗はしませんが」

 

「生憎と、警備隊には現行犯以外への逮捕権ってのが無くてな。それにどうやら件の女神様のおかげで更生したようだしな」

 

「参った、すっかりお見通しだ」

 

「そういう訳で後は好きにすりゃあいいさ。……ああ、警備隊に入りたいって奴がいたら、いつでも歓迎するぞ。最初のうちは訓練はキツいし給料も安いがな」

 

「考えておきますよ。そうなったらお手柔らかにお願いします」

 

 そう言い残して、ロイドは手下を引き連れて警備隊本部の建物を出た。

 外に出ると、もうすっかり日は沈み、代わりに満月が空に昇っていた。

 建物を出て、少し歩いたところでロイドは手下を集めて話しかける。

 

「さて……もう分かってると思うが、海賊稼業は今日で廃業、海賊団も解散だ。指名手配は解かれてるから、好きなように生きればいい。行く所が無い奴は、警備隊に拾って貰うといい」

 

「……お頭はこれから、どうするんです?」

 

「正直な所、まだ具体的なところは何一つ決まってない。だが方針としては……アルティリア様に恩を返したい。そのために行動しようと思ってる」

 

「なら、俺らも付いていきますよ。俺達だって女神様の為に働きたいって話してたんです」

 

「それに、お頭にも拾ってもらった恩を返しきれてねえ」

 

「今までみたいに、俺達も連れていって下さい!お願いします!」

 

 部下達が次々にそう言って、ロイドに付いてくる事を選ぶ。去る者は一人も居なかった。

 

 こうして彼らは夕食を取った後、宿に一泊し、次の日の早朝に神殿を目指した。

 

 遥か昔に神々は地上を去った。しかし当時から続く、彼らに対する人々の信仰は、薄まりはしても完全に消え去ってはおらず、今も神々を祀る神殿が各地に存在していた。このローランド王国内にも、複数の神殿がある。

 彼らは港町グランディーノから、最も近い神殿に向かった。最も近いとは言っても、徒歩で一日半ほどかかる距離だ。

 馬や馬車を使えば行程を大幅に短縮できるが、人数が多いだけに贅沢は出来ない。手元に大量の金貨はあるが、これはあくまで神に渡すべき物である為、使う事は躊躇われた。

 

 道中、夜盗や魔物の襲撃があり、それらを無事に撃退する事は出来たものの時間を食ってしまい、彼らが神殿に到着したのは二日後の事だった。

 

「お待ちしておりました。ロイド=アストレア様ですね?」

 

 神殿に到着した彼らを出迎えたのは、一人の神官だった。

 身長はロイドより頭二つ分くらい低い、金髪の柔和そうな青年だ。

 ロイド達は、クリストフと名乗った彼に、神殿の奥へと案内された。

 

 やけにスムーズに話が進むと思って聞けば、有難い事にグレイグが遣いを出して、事前に話を通しておいてくれたらしい。お陰で事情を一から説明する手間が省けた。

 

 ロイド達は案内される途中、神殿内で幾つもの、神々の姿を模した石像を見かけた。

 天空神や大地母神、騎士神や炎神など、この世界に住む者ならば誰もが知る大神(グレーター・ゴッド)の像が主だが、中には知る人ぞ知る小神《マイナー・ゴッド》の像も、幾つか存在している。

 当然だがその中に、アルティリアの物は無かった。

 

「我々も文献を調査をしてみましたが、アルティリアという名の神についての記述は、一切発見できませんでした」

 

 道すがら、クリストフがそう述べる。

 

「恐らくは水や、海に関係する小神か、それに近い存在ではないかと推測しますが……情報が全く無い為、これ以上の調査は難しいと考えられます。また我々、神殿関係者はまだ、その方が本当に神であるのか、そうではないのか……確信が持てずにいるのです」

 

 彼がそこまで言ったところで、一行は通路の奥にある部屋の前に辿り着いた。その入口の扉に手をかけ、開きながら、

 

「そこで、とある物を用意させていただきました」

 

 と言ったクリストフに入室を促されたロイド達は、その小部屋の中央に鎮座する物体に目を奪われた。

 

「これは……祭壇か?これは一体どういう物だ?」

 

 ロイドがそう呟いた通り、そこにあったのは小さな祭壇だった。

 だが、わざわざ案内したという事は、ただの祭壇という訳ではないのだろう。

 ならば一体どのような代物なのかと疑問を口にした時だった。

 

「よくぞ聞いてくれましたッッ!!」

 

 突然、それまでの穏やかな優男といった雰囲気から一転、ハイテンションになったクリストフが叫ぶ。

 

「この祭壇は『神饌(しんせん)の祭壇』という聖遺物でございます!」

 

 聖遺物とは、かつて神々が存在していた時代に生まれた、人の手では作り出す事の出来ない特殊な物品の総称である。

 それは選ばれた者にしか抜けない剣や、放たれた矢がどこまでも対象を追尾する弓、あらゆる魔法の知識が秘められた本といった伝説級の武器から、一定の重量までなら容量を無視して何でも物が入る鞄や、水が自動的に補充される水筒といった便利な道具や日用品まで、様々な物がある。

 それらは主に冒険者によって遺跡から持ち帰られ、希少度(レアリティ)にもよるが概ね高値で取引されている。

 そういった聖遺物に対して異様な執着を見せる、聖遺物マニアという人物も一定数存在しており、このテンションの上がり具合から察するに、どうやらクリストフはそれに該当するようだ。

 

 クリストフの説明によれば、この『神饌の祭壇』の効果は、神に対して捧げ物をする際に、それを神のもとに直接送る事ができる……という物だという。

 どうやら、かつての神々がいた時代にはありふれていた物らしく、現代まで残っている物も多く、同じ物が各地の神殿に設置されているとの事だ。

 

 だが現代では、この世界の神々は既に去っている為、この祭壇で神のもとに物品を送る事は不可能であり、無用の長物と化しているのが現状である。

 ところが、そんな埃を被っていた、使い道の無かった聖遺物に、思わぬ役目が出来た。

 

「しかぁしッ!もしも貴方がこの神饌の祭壇を使い、アルティリア様のもとに供物を送る事が出来たならば、それはアルティリア様が神である事の証明となる!そう我々は考えましたッ!」

 

「なるほど……しかし、あんたは試してみたりはしなかったのか?」

 

「そうしたいのはやまやまですが、この祭壇で神に供物を捧げるには、対象となる神の御名と御姿を思い浮かべる必要があり、また相手の神も、供物を捧げる者の名と姿を知っている必要があるのです……」

 

「神様も、知らない奴からの贈り物は受け取ってくれないって言う事か」

 

「ええ、よって当時も、使える者は限られていたようです」

 

 神に直接会って、名前を憶えて貰えるような信者が、遠く離れていても神に信仰の証を捧げる事が出来るようにする……そのような目的で作られた物なのだろうと、ロイドは推察した。

 

 そして果たして、自分はそれを使うに足る人間なのだろうか、と考える。

 一方的に助けられただけの存在。去り際に名前を教え合った、ただそれだけの関係。

 果たして彼女は、自分なんかの事を覚えていてくれるだろうか。

 彼女が神である事に対しては一片の疑いも持っていないが、彼女が自分の事など忘れており、それによって祭壇が何の効果も発揮しないという可能性を、ロイドは捨てきれなかった。

 

 そんな不安を抱きながら、ロイドは金貨の詰まった袋を、祭壇にそっと置いた。昨夜、クラーケンの討伐報酬として受け取ったものだ。

 

「アルティリア様。貴女が我々を助けてくれた際に倒した魔物の討伐報酬です。神にとって人間の通貨が有用な物なのかは分かりませんが、これは貴女の功績に対して支払われた物でありますので、お返しいたします。どうか、お受け取り下さい」

 

 ロイドは祭壇に跪き、アルティリアの姿を思い浮かべながら、一心不乱に祈った。彼の後ろでは、その部下の元海賊達が同じように祈りを捧げている。

 

 その時、奇跡が起こった。

 祭壇が淡い光を放ち、捧げられていた金貨の袋の下に、水溜まりのような物が出現したのだ。

 袋はその水溜まりに沈んでいき、やがて見えなくなり、金貨を飲み込んだ水溜まりも小さくなって消えていく。

 最後には、祭壇の上には僅かな水滴だけが残っていた。

 

「やった、消えたぞ!」

 

「アルティリア様が受け取ってくれたんだ!」

 

 捧げ物が無事に、神のもとに送られた事を悟って、元海賊の男達が大喝采する。

 それを背中に受けながら、ロイドは悔やんでいた。

 

(俺は馬鹿だ……!アルティリア様が俺の事を忘れているかもしれない等と、あの慈悲深い御方の事を疑った!申し訳ありません、アルティリア様……!!)

 

 (こうべ)を垂れ、心の中で彼女に詫び続けるロイドだったが、その時、不思議な事が起こった。

 

 神饌の祭壇が、再び光を放ったのだ。

 しかも、それは先程、供物を送った時のような淡い光ではなく、目が眩むような激しい光だった。

 一同は思わず目を閉じ、やがて光が収まって、目を開いた時だった。

 

「なっ……!こ、これはっ!?」

 

 驚くべき物を目にしたクリストフが叫ぶ。彼の視線の先……祭壇の上には、先程までは存在していなかった、ある物が乗っていた。

 

 それは、一振りの刀であった。

 この世界には存在しない、日本刀と呼ばれる独特なデザインのそれは、当然の事ながらこの場に居る全員が、初めて目にする物だった。

 

「あ、ああ……まさか……まさかこんな事が!私の目の前で起こりえるとはァ!」

 

「クリストフさん、これは一体!?」

 

 興奮し、わなわなと体を震わせるクリストフの肩を掴み、ロイドが問い質す。

 

「し、神饌の祭壇には、神のもとに供物を送る以外にも、あともう一つの機能があると伝えられているのです!それは……神から信者への贈り物ッ!それを受け取る機能ッッ!!」

 

 その言葉に、ロイドが受けた衝撃は計り知れない物だった。

 

「しかし、そのような事例はごく僅かであり、眉唾物ではないかとも言われていたのですが……まさか、それを目にする事が出来るとは……!おお……私は今ッ!まさに奇跡を目にしたのだアアアアア!そしてッ!神の実在が今ッ!証明されたァッ!」

 

 体をのけぞらせ、ガクガクと震わせながら絶叫するクリストフの狂態も、最早ロイドの目と耳には入っていなかった。

 

(アルティリア様……あなたはこんな俺を許し、そして、これほどの武器を、俺に授けてくれたのですね……)

 

 ロイドが刀を手に取り、それをゆっくりと鞘から抜く。

 不思議な事に、刀身の表面は水に塗れている。しかしその水は床に零れ落ちるような事はなく、また水に塗れた事によって刀身が錆び付く様子もなく、むしろ清らかな水によって常に洗い清められる事によって、刀身には僅かな汚れや曇りの一つすらなく、清浄な輝きを放っていた。

 

(ならば、俺はこの剣に誓おう。この身の全てを、あの方に捧げると。そしてこの剣を授けられるに相応しい人間になれるよう、誇り高く、強く生きよう)

 

 後に海神(わたつみ)騎士団と呼ばれる、海の女神を祀る神殿直属の騎士団。

 その初代団長、ロイド=アストレア、覚醒の時であった。



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第8話 なぜかは知らんが私が神だ

 それは、俺が異世界に送られた時から一ヶ月くらい前。

 俺がまだ、アルティリアというキャラクターを使ってMMORPG『ロストアルカディア・オンライン』をプレイしていた時の事だ。

 

「アルさんアルさん、暇なら島鯨一緒に行きません?」

 

 そう声をかけてきたのは、クロノという名のプレイヤーだった。

 そいつは短い黒髪の、金属製のプレートメイルを着た重装備の少年で、俺と同じく海をメインの活動場所にしている海洋民だ。

 この少年は元々、古参の超大型ギルドのサブマスターとして、最前線でエンドコンテンツのレイドボスを相手にバリバリ戦っていた、最強候補の一人として常に名前が上がる程のトッププレイヤーだったのだが、色々あってギルドが内部崩壊を起こして解散してしまった。

 その大手ギルドの解散騒動は、当時プレイヤーの間でかなり大きな話題になっていたのを覚えている。

 そんな事があって、彼はギルドの解散にかなり責任を感じており、当時は相当落ち込んで、LAOを引退する事も考えていたそうだ。

 

 そんな感じに落ち込んでいた彼は、海岸で海を見ながら黄昏れていたのだが、そこをたまたま船で通りかかった俺達に見つかったのが運の尽きだった。

 

「ヘイ、ボーイ。随分シケたツラしてるじゃねえの。やる事ねえなら俺らと一緒に釣りしようZE!」

 

 仲間の一人、うみきんぐ――俺達はキングと呼んでいる――という男がそんな感じに声をかけ、半ば無理矢理船に乗せて釣り竿を持たせた結果、奴は釣りにハマった。

 その後もキングが頻繁に声をかけては造船や海上貿易、巨大怪獣討伐といった海洋コンテンツに誘い、沼に沈めていった結果、クロノはすっかり立派な海洋民に変身していた。

 

 後から聞いた話によると、キングはクロノが落ち込んでいた事を別の友人から聞かされており、何とか元気づけようと思って探していた所で、たまたま彼が海の近くに居た為、これ幸いにと偶然を装って話しかけたらしい。面倒見の良い彼らしい話だ。

 

 そのクロノだが、俺達に恩義や友情を感じているようで、よくこうして話しかけてきたり、狩りや冒険に誘ったりしてくる。

 

 彼が先程口にした島鯨とは、正式名称をアイランド・ホエールと言い、その名の通りに巨大な島ほどもある超大型モンスターである。

 島鯨は週に一度、土曜日の深夜にのみ出現し、その出現場所は陸地から遠く離れた海のド真ん中である。

 出現場所への移動はもちろん、討伐も船を使って行なう。プレイヤーが作る事の出来る大型船舶には大砲などの兵器を搭載する事が出来、沢山の大型船による一斉砲火で超巨大モンスターを攻撃する、海の目玉コンテンツの一つだ。

 

「あー島鯨か……最近行ってなかったし、たまには行くかな」

 

 島鯨は出現する時間が決まっており、最近は他の予定があったりして時間が合わなくて、なかなか参加できていなかった。

 今日は暇だし、参加するのもいいな。島鯨の討伐報酬は結構いいのが多いし。

 という訳で、俺はクロノの誘いを了承し、彼とパーティーを組み、船で島鯨の出現する海域に向かった。

 島鯨の出る場所までは遠く、俺達ご自慢の高性能船舶を使っても結構時間がかかる為、移動中は自動運転モードにして、ダラダラとチャットをしながら移動をする事が多い。

 この日も同様に、クロノとボイスチャットで雑談をしながら移動をしていた。その際に、俺は以前から気になっていた事を、何気なくクロノに訊ねた。

 

「そういえばクロノさぁ、ちょっと聞きたい事あるんだけど」

 

「何です?」

 

EX(エクストラ)職業(クラス)って知ってる?なんか隠し要素っぽいんだけど、最近噂になってるんだよな」

 

 EX職業、それは少し前から掲示板やSNSで話題になっていた物で、その存在だけは確認されていたものの、詳細や取得条件などは一切謎のままという物だった。

 それについての様々な噂はあるが、どれも具体性や信憑性に欠けたもので、運営からの回答も一切ない。

 色々と隠し要素の多いLAOらしく、これも何らかの厳しい条件をクリアしなければ出現しない物と思われるのだが……

 元々、最前線でトッププレイヤーだったクロノなら、もしかしたら何か知っているかもしれない。そんな軽い気持ちでした質問だったが、

 

「あー……まあアルさんになら教えてもいいか……。でも、これ絶対秘密にしといて下さいよ?」

 

「お?やっぱ何か知ってるのか?」

 

「知ってるというか……俺、持ってます。EX職業」

 

「おファッ!?」

 

 クロノがウィンドウをPT共有モード(パーティーメンバーにも見えるようにした状態)にして、こちらに見せてくる。

 

 ――職業情報:クロノ――

 

 合計Lv:152

 

 【メイン】

 槍使い(ランサー) Lv15(Max)

 槍聖(ランスマスター) Lv15(Max)

 神槍騎士(ランスロード) Lv20(Max)

 

 【サブ・最上級職】

 守護神(ロイヤルガード) Lv15(Max)

 聖騎士(パラディン) Lv15(Max)

 海賊王(キングオブパイレーツ) Lv12

 

 【サブ・上級職】

 守護騎士(ガーディアン) Lv10(Max)

 司祭(プリースト) Lv10(Max)

 船長(キャプテン) Lv10(Max)

 

 【サブ・下級職】

 騎士(ナイト) Lv10(Max)

 神官(クレリック) Lv10(Max)

 海賊(パイレーツ) Lv10(Max)

 

 ――――――――――――

 

 ここまで見て、特におかしい所は無い。

 クロノのメイン職業(クラス)槍使い(ランサー)で、その上級職の槍聖(ランスマスター)、最上級職である神槍騎士(ランスロード)をそれぞれ最大レベルまで取得している。

 サブの騎士・神官系も最大までキッチリ上げきっており、海賊系は最上級職の海賊王を上げている途中といったところか。

 正直かなりの化け物である。複数の最上級職のレベルがここまで達したプレイヤーなど、そう多くはないだろう。

 

 ちなみにこのLAOというゲーム、下級職と上級職はそれぞれLv10、最上級職はLv15まで上げる事ができ、メイン職業に選んだものはレベルの上限が+5される。

 サブクラスの取得数に制限は無いが、クラス数が多ければ多いほど、新たに取得する際に必要な経験点の量が跳ね上がる事、そして合計レベルが高くなるほど、レベル上げが大変になる事から、極端に多くの職業を取得するとメリットよりもデメリットの方が大きくなる為、取得は慎重に行なう必要がある。

 

 話を戻そう。

 ここまで読み進めたクロノの職業情報におかしな点は見つからなかったが、問題はその先を読み進めた所にあった。

 

 【EX職業】

 極光の槍騎士(グローランサー) Lv5

 

「これか……取得条件は!?」

 

「メインクラスが槍使い系の最上級職Lv20、かつ合計Lv100以上。そしてブリューナクを装備してボスモンスターを100体以上撃破……です」

 

「あぁ……そりゃ参考にならんなぁ……」

 

 ブリューナクとは、俺の持っている『水精霊王の羽衣』や『海神の三叉槍』と同じく神器に属するアイテムの名前だ。

 だが神器と一口に言ってもピンキリで、先に挙げた俺が持っている二つは、神器の中では取得難易度・性能ともに中~中の上くらいの代物だ。

 とはいえ、そのレベルでも手に入れるのは相当難しいのだが。

 

 対して、ブリューナクは神器の中でも最上位に位置する伝説の槍である。

 その取得の為に必要なクエストの難易度や、かかる手間は常軌を逸したもので、定期的に運営チームが発表している『冒険者国勢調査』という名のデータ発表会で、数ヶ月前に明かされた情報によると……ブリューナクの所持者は、日本サーバーにひとりだけ。そしてアジア、北米、ヨーロッパのサーバーには未だ0人。

 

 すなわちブリューナクという槍を持っている人間は――あくまで数ヶ月前に公開された情報による物だが――世界でたった一人、このクロノという名のプレイヤーのみという事だ。

 ゆえに、俺にとってはその取得条件は一切参考にならない。

 そもそもブリューナクの取得クエスト自体、メイン職業が槍使いじゃないと発生しないしな……

 

「EX職業はそんな風に、取得職業やレベル以外にも特殊な条件が必要で、むしろそちらの比重のほうが大きいと考えられます」

 

 クロノが言うには、それ以外のEX職業を取得した人も、何らかの変わった条件を満たした事で取得した、という者ばかりらしい。

 またEX職業は本来の職業とはレベルの上げ方も異なる。普通は経験点を消費してレベルを上げるのだが、EX職業の場合は職業毎に設定された条件を満たす事でレベルが上がっていく。

 例えばクロノの『極光の槍騎士』の場合は、ブリューナクを使ってボスモンスターを一定数倒すといった具合にだ。

 

「へー……例えばキングとかバルさんのは?」

 

「キングは航海時間や距離、バルさんのは船で倒した海洋モンスターや沈めた船の数……あっ!」

 

 うっかり口を滑らせたのに気付いて、クロノが焦った様子を見せた。

 

「ほほーう!やっぱりあいつらも持ってやがったか!」

 

 うみきんぐ(通称キング)とバルバロッサ(通称バルさん)。

 俺やクロノと共に海洋四天王とか呼ばれている、常に海にいるやべーやつらの筆頭で、俺の仲間にしてライバルだ。

 最近の奴等の様子を見て薄々、何か持ってるんじゃないかと思ってはいたが、やはりそうだったか。

 

「あーあー、お前ら三人だけEX職業手に入れて、俺は除け者かよ」

 

「いやいや、そういうつもりでは。どうせそのうちアルさんも手に入れると思ってたから、わざわざ言わなかっただけですよ。その証拠に、聞かれたらすぐ教えたじゃないですか」

 

「本当かぁ?お前ら三人で俺を仲間外れにしてたり……」

 

「してないですから……あくまで俺の勘ですけど、アルさんもそう遠くない内に取れるでしょう」

 

「本当だな?嘘だったらサブキャラで巨乳エルフ作るんだぞ?」

 

「アルさんが他人に巨乳エルフのサブキャラを作らせようとするのは、いつもの事だからスルーしますが……アルさんみたいな変わった構成や遊び方してる人って滅多に見ないですし、EX職業ってそういう変わった事してる人の所に、よく出てくる印象があるんですよ。だからアルさんの所にも、必ず相応しいEX職業が現れるって、俺は思いますよ」

 

 ……そのクロノが言った台詞を、今になって俺は思い出していた。

 

 と言う訳で、申し遅れたがアルティリアだ。

 一週間くらい前にゲームをしていたら異世界に飛ばされ、しかもゲームで使っていたキャラクター、爆乳エルフの精霊使い、アルティリアの体になっていた俺は、無人島を拠点にサバイバル生活を送っている。

 

 幸いアルティリアが使える魔法や技能はこちらでも問題なく使えるようで、水を自在に操れるおかげで飲料水や生活水には困らない為、それなりに快適に過ごせている。

 

 だが、そんなある日の事、突然異常事態が発生したのだ。

 今日の朝、テント(島に生えてた木や手持ちの素材で作った)の中で目を覚ましてしばらく経った時、頭の中に通知音と共にメッセージが流れ始めたのだ。

 それだけなら、

 

「ああ、またロイドの奴が何か送ってきたのか」

 

 と思う所だ。数日前に金貨を送ってきて以来、奴は毎日のように俺に金貨や物を送ってくる。

 今回もそれだと思ったのだが、今日のそれはいつもとは違ったメッセージだった。

 

『EX職業を取得しました』

 

「……!? 職業ウィンドウ、開け!」

 

 反射的にそう叫ぶと、目の前……何もない空中に、SF映画のようにウィンドウが表示された。

 そこに書いてある情報は、よく見覚えのある、アルティリアの職業構成だ。

 

――職業情報:アルティリア――

 

 合計Lv:148

 

 【メイン】

 精霊使い(エレメンタラー) Lv15(Max)

 水精霊使い(アクアエレメンタラー) Lv15(Max)

 水精霊王(アクアロード) Lv20(Max)

 

 【サブ・上級職】

 魔法戦士(マージファイター) Lv10(Max)

 槍聖(ランスマスター) Lv10(Max)

 高位召喚士(ハイサモナー) Lv10(Max)

 司祭(プリースト) Lv8

 船長(キャプテン) Lv10(Max)

 

 【サブ・下級職】

 魔術師(メイジ) Lv10(Max)

 槍使い(ランサー) Lv10(Max)

 召喚士(サモナー) Lv10(Max)

 神官(クレリック) Lv10(Max)

 海賊(パイレーツ) Lv10(Max)

 

―――――――――――――――

 

 いつも通りの見慣れたスキル構成だ。

 サブ職業を五系統取得しているので成長は遅いが、魔法を中心に物理や回復・補助も一通りこなせる万能スタイル。

 この先は司祭を10まで上げた後に、最上位職を順次取得していく予定だった。

 

 その一番下に、見慣れない表記があった。

 

 【EX職業】

 小神(マイナー・ゴッド) Lv1

 

 俺がそれを凝視すると、職業情報ウィンドウの隣にもう一つ、詳細を記したウィンドウが表示された。

 

 『小神(マイナー・ゴッド)

 EX職業。

 習得条件:一定以上の信仰を集めること

 成長条件:信者を増やし、更に信仰を集めること

 

 詳細:

 あなたは神である。

 人々から集めた信仰はFP(Faith Point)として表示される。

 FPを消費する事で、あなたは神としての格を高めたり、神としての新たな技能や人々に与える加護を習得したり、奇跡を起こす事ができる。

 

 人々からの信仰を失った時、この職業は消滅する。

 

 

「なあクロノ……お前の言った通り、手に入ったよ……EX職業。けど、何がどうしてこうなったんだ……?」

 

 突如、お前は神だと一方的に告げられた俺は、一体どうすればいいのだろうか。

 なあ、教えてくれよクロノ。

 

「無敵のブリューナクで何とかして下さいよォーーーーッ!」

 

 当然、異世界からヤツのもとに届くはずもなく。

 俺の助けを求める声は、どこまでも広がる大海原に空しく響き渡るのだった。



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第9話 うるせえ!アジフライぶつけんぞ!

 現実逃避のために釣り竿を握り、一時間ほど魚を釣り続けたところで、俺はようやく落ち着きを取り戻した。

 

 異世界に来てから一週間ほど経過したが、その間行なっていた検証の結果、この異世界はどうやら、LAOと同じようなシステムで動いていると俺は結論付けた。

 『アルティリア』の持つ魔法や技能、所持していたアイテムが使用でき、ステータスや職業、スキルといった情報も、まるでゲームのように閲覧できる。

 極めつけはこの、EX職業だ。

 まるで全てが、LAOのシステムをそのまま現実世界に持ってきたような感じがする為、現状ではLAOの世界そのものに来てしまった可能性も十分ありえると思っている。

 

 条件を満たしたので、EX職業を自動的に獲得した。

 その条件や獲得したEX職業の名称については一先ず置いておくとして、まずは何が出来るのかを把握しなければならないだろう。

 

 自分に何が出来るのか、という事を知るのは、とても重要な事だ。

 LAOにおいても、自分が使う事の出来る技能や魔法の消費MP、射程、ダメージ量、効果範囲、CT(クールタイム)といった知識や、それらを使って狩れるモンスターは何か、そして狩りの効率はどうか……という情報は、ゲームを円滑に進めるために必要不可欠なものだった。

 

 ならば、俺が今するべき事は冷静に、自分に出来る事を把握する事である。

 念じる事でゲームの時と同じように、職業や技能、魔法についての情報を閲覧する事は出来るため、俺は新たに生えたEX職業『小神』についての情報を、改めて確認した。

 その結果、分かった事は次の通りだ。

 

 ・EX職業『小神』

 

 Lv:1/1

 信者数:19人

 FP:638/638(残り数値/累積値)

 

 ・出来る事一覧

 ①FPを消費してレベルを上げたり、技能や魔法、加護を獲得できる

 ②FPの累積値によって職業レベルが自動で上がる

 ③大量のFPを消費して奇跡を起こす事ができる(詳細不明)

 

 ・『加護』について

 俺ではなく、信者に対して作用する。

 俺を信仰し、FPを捧げた人間はその量に対して加護を受ける。

 その内容については俺が決める事ができる。

 

 ・『奇跡』について

 大量のFPを消費し、物理法則や確率なんかを無視して文字通りの奇跡を起こす事が出来る。

 現在はFPやレベルが不足している為か使用できない為、詳細もよくわからない。

 

 ・『FP』について

 人々から神に対して捧げられた信仰心を数値化したものである。

 信者が祈りや捧げ物をする事によって、神にFPが付与される。

 これを消費する事でなんか色々できる。

 

 ・注意事項

 信者が減れば、FPの累積値も下がる。

 FPの累積値が下がった場合、レベルダウンが発生し、500以下になった場合はLv0=EX職業『小神』を消失する。

 

 

 という事らしい。

 そんな訳で何故か俺は神に祭り上げられているようだが、犯人はわかっている。あのロイドという海賊だ。

 まあ俺が接触した人間が現状、奴とその手下しか居ないので当たり前だが。

 

 あの野郎、どうやらガチで俺の事を神か何かと勘違いしていたらしい。

 毎日のように送られてくる金や宝石は賽銭のつもりなのだろうか。

 

 この世界を支配するシステムがLAOの物と同じだと仮定して、俺がEX職業『小神』を獲得する条件……人々からの信仰を一定以上集めるのを達成できたのも、奴が毎日お祈りや贈り物をしてきたのが原因なのだろう。

 ……相変わらず遠距離からのトレードについては原理がさっぱり分からないが。この世界の神官には、そのような技能でもあるのだろうか。

 

 とりあえず原因についてはロイドが悪い、と結論が出たので、後はFPの使い道について考えていこうと思う。

 

 現在、小神Lv1で覚える事ができる技能を調べたところ、以下の三つを習得できるようだった。

 

 『信者との交信(アクティブ)』

  信者一人が対象。対象がどこにいても会話をする事ができる。

  (ただし、会話ができる状態である事が条件)

  会話中、一定時間ごとにMPを消費する。消費量は彼我の距離に比例する。

  使用する際、対象の名前と姿を知っている必要がある。

 

 『神殿への帰還(アクティブ)』

  あなたを祀る神殿ひとつが対象。選択した対象ひとつに瞬間移動する。

  消費MPは移動距離に比例する。

 

 『信者の状態把握(アクティブ)』

  あなたの信者の、おおよその居場所と状態を知る事ができる。

  職業レベルが上昇する事で、この技能の精度も上がる。

 

 各100FPで習得できる為、三つ全てを習得した。

 さっそく『信者の状態把握』を使用してみると、ここからずっと南のほうに、19人全員が集まっている事がわかった。状態は特に異常なし。

 消費MPはごく僅かで、俺のMPならば幾ら使っても問題のない量だ。

 

 さて……次は『信者との交信』を使ってみようと思う。

 俺が名前を知っているのは一人だけなので、必然的に対象はあいつになる。

 

「ロイド……聞こえますか。今、あなたの心に直接語りかけています」

 

 お約束の台詞でそう声をかけると、突然脳内に話しかけられてビビったのか、慌てた様子でロイドが返事をしてきた。

 そのままロイドを軽く問い詰めてみると、やはりこいつが俺の事を神だと触れて回っているようだ。

 実際にその後、神になってしまっているので神である事を否定はしなかったが、あまり目立つ気はないので大っぴらに話して回る事は控えるようにと釘を刺しておいた。

 

 正直、念願のEX職業を手に入れる事が出来たのは嬉しいし、この力でどんな事が出来るのかという興味は尽きない。

 その点に関してはこいつに感謝はしているのだが、来たばかりの見知らぬ世界で神様やれとか言われても、正直なんというか、その、困る。

 だが、なってしまった物は仕方ないので、ここはマイナー路線で細々とやっていきたい。

 この世界にも、他にメジャーな神様とか居るだろうし、新参者がいきなりデカい顔して目を付けられるような事は避けたいのである。

 

 その方針を伝えた後に、ロイドに一つお願いをしておく。

 

「それと、可能であれば一つ、頼み事をしたいのですが……」

 

「はっ、何でもおっしゃって下さい!この命に代えても必ずや成し遂げてみせます!」

 

 ん?今なんでもするって言ったよね?

 ではなく、別に命とか懸けなくてもいいから……

 

「えーっと、私を祀る神殿があれば、そちらに直接行く事が可能になるので、できれば神殿の建築を……」

 

「お任せ下さい!!必ず、アルティリア様に相応しい神殿を建立いたします!!!」

 

 声でけーよ馬鹿。もうちょっとテンション下げろ。

 

「いや……あの、本当に小さい奴でいいからね?……おーい、ロイド?ロイドさん?聞いてる……?」

 

 どうやら奴のクソデカボイスに驚いて無意識に通話を切ってしまったようだ。

 

 まあ、なるべく目立ちたくないって方針は伝えたことだし、奴も考え無しにデカくて立派な神殿とかを建てたりはしないだろう。

 

 ほんの少しだけ不安を抱きつつも、俺は神殿の完成を気長に待つ事にした。

 

 後はそうだな、加護を決めておこうかな。

 加護は前述の通り、俺を信仰する信者が受ける事のできる恩恵だ。これをゲーム的に表現すると、

 

 ・力や素早さなど、特定のステータスが上昇する

 ・剣技や炎魔法など、特定のカテゴリの技や魔法が強化される

 ・料理や鍛冶など、特定の生活スキルが強化される

 

 等があげられる。

 俺が選んだ物が、信者の信仰の深さ(捧げたFP量)によって強化される仕組みのようだ。

 

 加護を選ぶには、初回は100FPが必要らしいので、さっそく支払って選択する。

 俺が一つ目に選ぶ加護は……これだ!

 

 『技能強化:水魔法+』

 あなたの信者は職業に関係なく、水属性の魔法を習得できるようになる。

 また、捧げた信仰の量に応じて、水魔法の性能が強化される。

 

 ……ヨシ!

 やっぱり水魔法マスターであるこの俺の信者なら、初歩的な水魔法くらいは使えないといかんよね。

 炎や雷に比べると威力は控えめだが、攻撃・防御・補助・生活と一通り揃って、扱いやすく万能なのが水魔法の良いところだ。ぜひ使いこなしてほしい。

 

 さて、やる事もやったところで小腹が空いたので、そろそろ食事にしようと思う。

 その為には料理をする必要があるのだが、釣りと同様にアルティリアが持っていた料理スキルも問題なく使えた為、今の俺の料理の腕前はプロも裸足で逃げ出すどころか、泣いて土下座するレベルである。

 

 LAOでは職業レベルとは別に、生活スキルというものが存在する。

 生活スキルは鍛冶や裁縫、料理といった生産系、釣り、伐採、採掘のような採集系、それから水泳、乗馬、操船などの便利系に分かれており、プレイヤーの行動によって上昇するようになっていた。

 俺の料理スキルは968。上限が1000の為、極める一歩手前まで来ている。

 

 余談だがLAOの生活スキルには上限突破という物があり、1000まで到達した上で相当面倒なクエストをクリアする事で、更に上を目指す事も可能だ。それも踏まえて考えれば、俺もまだまだ未熟かもしれない。

 例えば俺の仲間の一人、キングことうみきんぐ氏などは全生活スキル2000オーバー、釣りや水泳、操船、貿易などの海や船に関するスキルに至っては3000を超えるような生活スキルの化け物である。

 そんな奴に対して、俺が唯一勝てていたのが水泳スキルで、その数値は5000。次の限界突破クエストは攻略途中だった。

 

 閑話休題。キングや一部の料理ガチ勢に比べれば未熟とはいえ、それでも俺の料理スキルは大半の料理はきっちり作れる程度には高いので、食材さえあれば食うには困らない。

 そしてここは海。釣り竿一つあれば、いくらでも食材は手に入るのだ。肉や野菜、卵、そして調味料の類は手持ちの物しかない為、いずれは尽きるので買い足しておきたいが……。

 

 料理をする前に、俺はアイテム袋からエプロンを取り出した。

 これは『匠のエプロン』というアイテムで、装備すると料理の品質や料理スキルの成長率にボーナスがかかる品だ。俺は水着の上からそれを装備した。

 

 そう、俺は白いビキニの水着姿である。

 その上からエプロンを付けるので、見る角度によっては……というか、水着もエプロンも同じ白色のため、その境界が曖昧になっており、かなり裸エプロンっぽい見た目になっていた。

 LAOの時は画面越しだったが、実際に改めて目の前で見てみると実にエロい恰好だ。すばらしい。

 しかし問題点が二つ。これが今は自分の体であるという点と、胸が大きすぎて料理をする時に手元が見えづらいという点だ。

 

 さて料理だが、今日のご飯はアジフライだ。

 先程の釣りで大量に釣れた(アジ)を、ぜいごや鱗を取って頭、ヒレ、内臓といった余分な部位を取り除き、魔法で作り出した水で綺麗に洗ったら、同じく魔法で水分を取り除く。

 身を三枚に下ろして骨や皮を取り除いたら塩・胡椒で下味を付け、馴染ませたら小麦粉、溶き卵、パン粉をまぶして……高温に熱した油で揚げる!

 

 アジは俺の故郷、日本においては大衆魚であり、アジフライも実にありふれた料理だ。

 だが安価な大衆魚だからといって甘く見てはいけない。味が良いからアジと呼ばれたという説がある程、アジは美味い魚だ。そして大衆魚という事は、誰でも手に入れやすく、広く世間に普及し、受け入れられているという事だ。

 アジフライも、アジの身と衣だけで構成された、非常にシンプルな料理だからこそ、作り手の腕が試されるのだ。

 LAOにおいても、アジフライは食べると一定時間、筋力(STR)体力(VIT)敏捷(AGI)が上がる、なかなか性能が良い前衛向けの料理だった。

 

「……よし、完璧だ」

 

 皿の上にカラッと揚がったアジフライを乗せ、千切りにしたキャベツとタルタルソースを添える。

 そして、ご飯だ。アジフライを作りながら釜で炊いておいた、ふっくらと炊けた白いご飯である。

 当然だ。サックサクに揚がったアツアツのアジフライが出てきたところで、

 

「ところで、ご飯はどこだい?」

 

 と尋ねたら、

 

「そんな物、うちには無いよ……」

 

 などと言うふざけた答えが返ってきたならば、俺は全力の右ストレートをそいつの頬に叩き込むだろう。

 銀シャリは日本人の魂である。

 今は異世界でエルフをやっているが、元日本人としてお米は欠かせない品だ。

 

 ……ところで、この異世界に米はあるのだろうか。急に不安になってきた。

 LAOにもあったし、きっと存在すると信じたいが……。

 

 ともあれ、これでご飯とアジフライが完成したので、いただくとしよう。

 

 なお、ちょっとだけ魚を釣りすぎた為、大量に作って余った分はロイド達に押し付ける事にした。

 『信者の状態把握』で大体の位置は把握できているので、前に村雨を送った時の感覚で大量のアジフライを送りつけてやったわ。

 まあ、神殿作れとか無茶振りした詫びのようなものだ。手下共と一緒に食うがいい。



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第10話 奇跡の晩餐 ※

 ロイド=アストレアは静かに、眼前に迫り来る敵の姿を見据える。

 敵は、ギャア、ギャアと耳障りな声を上げながら、手に持った粗末な武器――木製の棍棒や、刃毀れし、錆付いた剣などだ――を出鱈目に振り回す、人型の魔物だ。

 背丈は人間の子供ほどしかなく、泥のような濁った色の肌を持ち、長い鼻にぎょろりとした目、歯並びの悪いギザギザした歯と、極めて醜悪な顔つきだ。

 

 その、ゴブリンと呼ばれる魔物の群れと、ロイドは相対していた。

 

「シッ!」

 

 短く息を吐きながら、ロイドが手にした刀を振るう。狙ったのは、先頭に立って棍棒を振りかざし、こちらに飛びかかってきたゴブリンだ。

 ロイドが放った斬撃は、ゴブリンの体を真っ二つに斬り飛ばした。上半身を失った魔物の貧相な下半身が、血飛沫を上げながらゆっくりと地面に倒れる。

 

「セイッ!ハッ!」

 

 返す刀で、後続のゴブリンを二匹、連続で斬殺する。いずれも一刀両断だ。

 ロイドが持つ刀は、魔物の体を紙切れでも切るかのように、抵抗なく真っ二つにしていく。恐るべき切れ味だ。しかも刀身には刃毀れ一つなく、それどころか斬った敵の血に汚れてすらいない。

 よくよく見れば、その刀身からは水が湧き出ており、それによって刃は清浄を保たれているのだ。

 神秘の力が付与された大業物。『村雨』と銘打たれたその刀こそ、女神によってロイドに与えられた神の武器である。

 

 これを与えられてから、ロイドは鍛錬を重ねた。今まで使っていた曲刀とは勝手が違い、最初は戸惑ったものの、元々刀剣の扱いには慣れていた事もあって、今では何とか使いこなせるようになっていた。

 

 やがてロイドと彼の部下達は、海賊をやっていた頃から培っていた連携もあって、苦戦する事もなくゴブリンの集団を殲滅した。

 目の前の敵が全滅し、増援や潜んでいる敵の気配が無い事を油断なく確認した後、ロイドは祈りを捧げて、刀を鞘に納めた。

 彼のその祈りは、倒した敵に対するものではない。魔物に対して慈悲をかける必要はなく、その死に対して祈る事も無い。この祈りは、ただ女神への感謝の為のものだ。

 

 ロイド達はここ数日、冒険者組合からの依頼を受けて魔物を討伐し、報酬を得ていた。

 冒険者とは、魔物の討伐や遺跡の探索を中心に、様々な依頼をこなして報酬を得る者達の事だ。

 彼ら冒険者は皆、依頼の仲介・斡旋や、魔物から取れる素材、遺跡から発見された物品の買取を行なう、冒険者組合に所属している。

 組合への登録は、手続きをして登録料さえ支払えば簡単に行なう事が出来るので、冒険者を名乗るだけならば、そう難しい事ではない。尤もそこから一流の凄腕冒険者へと成り上がるのは、並大抵の事ではないが。最下級のF級から上へ上がる事なく、引退する者も少なくない。

 

「お疲れ様でした、ロイドさん。こちらが今回の報酬になります」

 

 拠点としている港町グランディーノの組合支部へと戻った彼らは、受付嬢に依頼の達成報告と、討伐の証――魔物の死体の一部。今回の場合はゴブリンの耳――を提出し、報酬を受け取った。

 

 組合の建物は冒険者用の酒場を兼ねており、報告を終えた彼らはそのまま、酒場のテーブルへと向かった。

 給仕の女性に人数分の麦酒とつまみを注文し、それを待つ間に報酬の分配を行なう。彼らは収入の半分を女神(アルティリア)に捧げ、残った半分のそのまた半分を共同の資金として貯金、そして残りを各自で自由に使える金として山分けしていた。

 そうこうしている間に注文していた酒と料理が届いた。

 一同は大テーブルの上に所狭しと並べられたそれらを前に、祈りを捧げる。

 

「それでは今日も、全員無事に依頼を終える事が出来た事を女神に感謝し……乾杯!」

 

 それから各々の手に持った、麦酒がなみなみと注がれたジョッキを高々と掲げ、ぶつけ合い、その中身を一気に飲み干した。

 後はそのまま、仕事の疲れを癒すべく酒で喉を潤し、料理で腹を満たしながら騒ぐ。

 そうしている間に、他の冒険者がロイドに話しかけてくる事もあった。

 

「ようロイド、景気良さそうじゃねえか。そろそろE級への昇格試験か?ま、お前らなら簡単に合格するだろうがな」

「違いねえ。さっさと上がってこいよ。C級から上はいつも人手不足だからな」

 

 などと、激励の言葉をかけてくるベテランの冒険者達や、

 

「あっ、ロイドさん!この間は危ない所を助けていただいて、ありがとうございました!」

「ロイドさん、良いクエストがあるんだけど、今度一緒にやりませんか?」

 

 と、謝礼をしたり冒険に誘ってくる、若い駆け出しの冒険者の姿もある。

 冒険者になって間もないが、ロイド達はここで良い関係を築けているようだ。

 

 そうして飲み食いしている間に時間が経ち、明日も早いしそろそろ切り上げて宿に戻るか、と考えていた時だった。

 

「ロイド……聞こえますか。今、あなたの心に直接語りかけています」

 

 突然、崇拝する女神の声が頭の中に響いた。

 

「アルティリア様!?」

 

 ガタッ!と大きな音を立て、思わず叫んだロイドに、すわ何事かと酒場中の視線が集まる。

 

「失礼」

 

 頭を下げ、騒がせた事への謝罪の意を示し、早足で酒場を出る。着いてこようとする部下を手で制しながら、ロイドは急いでアルティリアに返事をした。

 

「ご無沙汰しておりますアルティリア様、ロイドでございます」

 

「急に話しかけて、驚かせてしまったようですね。ごめんなさい」

 

「いえ、そのような事は!確かに驚きはしましたが、アルティリア様にお声をかけていただけて至極光栄です」

 

「そ、そうですか……コホン、今日はあなたに聞きたい事があって話しかけました。ロイド、貴方は私の存在を、他の人間に話しましたか?」

 

「は、はい。アルティリア様に救われた事は、しっかりと伝えております」

 

「……そうですか。ではその際に、貴方は私がどのような存在だと言いましたか?」

 

「はっ、神か、あるいはそれに近しい存在であると……」

 

「なるほど……やはりそうでしたか」

 

 アルティリアの口調から、何か困惑や落胆といった負の感情を感じ取ったロイドの背中に、冷や汗が流れる。

 

「も、申し訳ありません。もしや私は何か、誤っておりましたか!?」

 

 思い返せば、アルティリアが自ら神であると名乗った事はなかった。

 彼女が起こした奇跡から、神に違いないと思ってはいたが、もしもそうではなかったとしたら、ロイドは彼女について間違った情報を吹聴して回った事になる。

 もしやそれで、彼女に何か迷惑をかけるような事態になってしまったのでは……と考えるロイドだったが、

 

「……いいえ、確かに私は神ですよ。誰も名前を知らないような、マイナーな女神ですけどね」

 

 他ならぬ彼女自身が、自分は女神であるとはっきりと口にした事で、ロイドの心はやや軽くなった。

 

「しかし、今はあまり多くの人に、私の存在を知られたくはありません。なるべく目立つような真似は避けて下さい」

 

 しかしアルティリアにそう言われた事で、ロイドは自分が軽率だったと深く後悔した。

 彼女が大陸から離れた海に居たのは、きっと何かの事情があっての事なのだろう。彼女の存在が人に知られる事で、何かよくない事が起こり、彼女の邪魔をしてしまったのではないか……と、ロイドは思い悩んだ。

 

「それと、可能であれば一つ、頼み事をしたいのですが……」

 

「はっ、何でもおっしゃって下さい!この命に代えても必ずや成し遂げてみせます!」

 

 自責の念に駆られていたところに女神から頼みごとをされ、ロイドは一も二もなく飛びついた。

 アルティリアの話によると、彼女は神殿を建設して欲しいとの事だった。

 なんと、彼女を奉る神殿を建てれば、女神が我々の住む大陸に降臨する事が出来るとの事だ。

 

 これは己の軽挙で女神に迷惑をかけてしまった事への償いの機会であり、かの女神にもう一度会える事への期待もあって、ロイドのやる気は最高潮に達していた。

 

 アルティリアとの対話を終えたロイドは酒場へと戻り、部下達と合流しようとする。だが彼らのいるテーブルに近付くと、何やら騒ぎが起きているようだった。

 

「お前ら、どうした?」

 

「あっ、お頭!それが、お頭が席を外してる間に、急にこいつらが絡んできまして……」

 

 ロイドが部下の視線の先へと目をやると、そこには冒険者の一団が立っていた。

 

「よう、お戻りかいロイドさんよ。随分と景気が良さそうじゃねえか」

 

 いかにもチンピラといった風体の、ガラの悪い男ばかりの集団だ。その内の一人がそう言って、ロイドを睨む。

 彼らはロイドと同じ、最下級のF級冒険者のパーティーだ。

 ただし、ロイド達が冒険者としては組合に登録したばかりの新人であるのに対し、この男達は何年も冒険者として活動していながら、未だにF級に留まっている……とだけ述べれば、その程度が知れるだろう。

 彼らは有望そうな新人を見る度に、その才能や活躍を妬み、しばしばこのようにして絡んで来る、どうしようもない最底辺の冒険者だった。

 

「誰だか知らんが、俺達に何の用だ?」

 

「フン……ご立派な剣で魔物をばっさばっさと薙ぎ倒して、調子に乗ってる新人のツラでも拝んでやろうと思っただけさ。それにしても、鞘に入ってる状態でも一目で分かる、それはそれは見事な剣じゃねえの」

 

 ロイドの腰に差された刀を無遠慮にじろじろと眺めた後に、顔に嘲りの色を浮かべて男は言った。

 

「薄汚ぇ元海賊にゃ分不相応な業物だ。一体どこから盗んだんだ?」

 

 男のあんまりな物言いに、ロイドの部下達が激怒して叫ぶ。

 

「てめえ、今なんつった!言うに事欠いて盗んだだと!?」

 

「この剣はロイドさんが女神様に与えられた神聖な物だ!お前らのような連中の目に入れるのも恐れ多いわ!」

 

 また、周囲で遠巻きに見ていた冒険者や、組合の職人達も忌々しそうに彼らを見る。

 

「いくら何でも言い過ぎじゃない?あいつら何様のつもり?」

 

「チッ……あのカス共、また懲りずに新人に絡んでやがる」

 

「万年Fランクの面汚し共が……。そろそろ『再教育』が必要な時期か?」

 

 中には立ち上がり、拳を鳴らす血の気の多い者も居る。そんな彼らや部下達を手で制して、ロイドは男の前に立った。

 

「取り消して貰おうか。確かに俺達は元海賊で、散々人様に迷惑をかけるような真似をしてきた。そこは言い訳のしようもないが、この剣はそんな俺に、ある御方が授けてくれた物だ。断じて盗んだ物などではないし、その方の信頼に応える為にも、俺は二度と人の道を外れる事はしない」

 

 胸を張り、堂々と宣言したロイドの男ぶりに、それを見ていた者達が喝采を送る。それを見て面白くなさそうな顔をしたのは、相対していた男達だ。

 

「ケッ……噂の女神様ってヤツか?その話もどこまで本当なのやら。なぁーにが神様だ、バカバカしいったらありゃしねえ」

 

「おい。俺の事はどう罵ろうが好きに言ってくれて構わんが、アルティリア様を侮辱する事は許さんぞ」

 

 ロイドがその顔に、静かに怒りを滲ませるが、男達は怯んだ様子もなく馬鹿笑いをしながら、好き勝手に叫ぶ。

 

「ハッ!許さねえって言うならどうしてくれるんだ?その女神様が今、この場で俺に神罰でも与えてくれるってか?もし本当に居るのなら、だけどなぁ」

 

「それとも祈れば、俺達にも何かスゲェーお宝を授けてくれるのかい、その女神様とやらはよぉ?」

 

「ギャハハハ、そりゃあ良い。なら試しに祈ってみようじゃねえか!」

 

 そう言って彼らは、ふざけたポーズを取って揶揄うような口調でもって、神官が見れば怒りで卒倒しかねない程の侮辱的な祈祷を行なった。

 

「おぉ女神よ、もしも本当に居るのなら、この空のテーブルの上に、溢れるほどのご馳走をもたらしたまえー……なーんつってな!」

 

 真摯に祈る気持ちなど欠片もない、相手を貶める為だけの行為。そのような物を目の前で見せられては、流石のロイドも怒りで堪忍袋の緒が切れた。

 

「貴様ら……!」

 

 拳を固く握り、ロイドが一歩を踏み出そうとした時だった。

 

「なっ……何だ!?」

 

 奇跡が起きた。

 彼らのすぐ近くにあったテーブルが光り輝き、その上に次々と、皿に乗った料理が現れはじめたのだった。

 その料理は、こんがりと狐色に揚がった、衣の付いた魚だった。上から黄色いソースがかけられており、出来立てである事を証明するように湯気が上がっている。

 それから、無数の小さな白い粒のような物だ。こちらもホカホカと暖かい湯気が立ち上っている。

 

「なっ……何ィーーーーーッ!?本当に料理が出てきたぞォーーーーッ!?」

 

「それもテーブルに納まりきれない程に大量にだっ!所狭しと並んでやがる!十人前以上はあるぞっ!」

 

「この料理、『温かい』ッ!明らかに今作ったばかりの物だ!あらかじめ作っておいた物をトリックで出したとか、そんなチャチな代物じゃあ断じてねえッ!」

 

 その非現実的な光景を目の当たりにした者達が、オーバーなリアクションを取る。だが勿論、一番驚いているのは、テーブルの上に料理を出してみろと言い、実際に目の前に出てきた男達であろう。

 

「こ、こんなバカな事が……」

 

「あわわわわ……ほ、本当に出てきたぞ……!?」

 

 慌てふためく男達に、ロイドが歩み寄った。

 

「どうした、お前達の祈りは通じたぞ。さあ、食すがいい」

 

 そう告げたロイドの顔には、もはや怒りは無かった。

 

(あのような侮辱的・冒涜的な行ないをされても、女神は慈悲をもってその願いに応えて見せたのだ。ならば、ここで自分が怒りのままに行動するような事など、あってはならない。自分はただ、女神の意志に殉じるのみだ)

 

 そう考えるロイドの表情は、穏やかで慈愛に満ちたものだった。

 

「えっ……いいのか……食って……?」

 

「いいも何も、これらは女神様がお前達の願いを聞き届け、授けてくださった物だ。ならばお前達が食べるべきだろう」

 

 その言葉を受けて、男達は恐る恐る、テーブルの上に並べられた料理に手を伸ばした。

 まず最初は、魚の揚げ物と思われる料理に手を伸ばす。ここグランディーノの町は港町であり、魚は一般的(ポピュラー)な食べ物だ。

 だが、よく食べられるのは焼き魚や、干して保存食にした物で、このように衣を付けて揚げる食べ方はあまり見ないものだ。かけられている黄色い、何か細かい物が中に入っているソースも初めて見る。

 魚の揚げ物にナイフを入れると、驚くくらいにあっさりと切れる。切ったそれをフォークで口に運ぶと、今までの人生で味わった事のない美味が口の中に広がった。

 

「こっ、これはッ!?サクサクとした衣と、柔らかい魚の絶妙な舌触り!そして嫌な生臭さの欠片もない、新鮮な魚の旨味ッ!熱と共に衣の中に閉じ込められていたそれが、口の中で爆発するッッ!そしてソース!濃厚でいながらシャキシャキサッパリしたこのソースが、まるで長年連れ添った夫婦のように、魚の揚げ物と実に合うッ!なんという美味だああああああっ!」

 

 男は衝撃のあまり、思わずその味について凄まじい熱量で語ってしまう。

 それから彼は、魚の揚げ物と共に現れた、白い粒の集合体――米をスプーンで掬うと、それを食べる。

 

「こっちの白いのは淡白な味わいだが……温かく、食べると力が沸いてくる。濃厚な味の料理とよく合い、恐らくは肉料理とも相性がいい。パンのような役割を持った料理という事か……!」

 

 彼らは一心不乱に出てきた料理、アジフライと白米を交互に口に運び、気がつけばあっという間に完食していた。

 まさに天上の美味であった。そう満腹感と満足感を得ると共に、彼らは自分の中に溜まった汚れや淀みが、洗い流されていくような感覚を味わっていた。

 

 冒険者を志して田舎を出たものの、いつまで経ってもうだつの上がらない、万年最下級の冒険者。

 簡単な採集や雑魚モンスターの討伐をしながら何とか食いつないではいるが、将来性など欠片もなく、上からは蔑まれ、下からは簡単に追い抜かれる日々。

 やる事と言えば、同じような境遇の連中とつるんで日銭を稼ぎ、新人イビリをするくらいの、クソのような人生。

 そんな日々を過ごす内に、自分の内に溜まっていった世の中への不満や、他人に対する嫉妬、そして自己嫌悪。

 それらが全て、洗い清められてゆく。

 

 それと同時に、倦怠感や疲労感といった悪い物が消え去り、代わりに自分の中から感じた事もないような活力が、ふつふつと湧きあがってくるのを感じる。

 ちなみに、その原因は料理に付与された効果――筋力や体力といったステータスに対する上昇効果――によるものだ。超一流の料理人でもあるアルティリアが作った料理には、かなり強力な強化効果が付与されるのだが、彼らにはそれを知る由もない。

 

 気が付けば、彼らはぼろぼろと大粒の涙を流していた。大の男が、人前だというのに恥も外聞もなく、子供のように泣きじゃくっていた。

 

「女神よ……あなたはこんな俺達を、見捨てないでいて下さったのですね……」

 

 自然と、彼らは跪き、祈りを捧げていた。今の彼らの心にあるのは女神への感謝と崇拝、そして一からやり直そうという意志であった。

 

「すまねぇ、ロイドさん……俺達はあんたに、そして女神様に、酷い事を……」

 

 床に這いつくばって謝罪をする男の肩を、ロイドは優しく叩く。

 

「いいんだ。女神はあなたを許された。ならば俺があなたを罰する理由など無い。これからは共に、女神に尽くしていこう」

 

「ああ……!ああ……!」

 

 こうしてまた、新たな女神の伝説と共に、彼女の忠実なるしもべが生まれたのであった。

 

 そしてその頃、その女神(笑)はと言うと……

 

「グワーッ!なんかまた信仰がいっぱい向けられてる気配がするぞぉぉぉ!?ってなんか信者とFPめっちゃ増えてるんだけど、ちょっとロイドぉぉぉぉ!?一体何やってんのぉぉぉぉ!?」

 

 ロイドは何もしていない。やらかしたのはお前なのだが、アルティリアがそれに気付く事は無かった。



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第11話 海の向こうにいる友へ

 夢を見ていた。俺がまだ地球にいて、LAOをプレイしていた頃の夢だ。

 ただ俺の記憶と異なるのは、アルティリアの体で異世界にいる現在と同じように、アルティリアの一人称視点であるという事だ。

 LAOをプレイしていた時、俺はPCのモニターを通して、アルティリアの後方から三人称視点でゲーム画面を見ていた筈だ。

 

「アルティリアよ……天に還る時が来たようだな」

 

 そう言って構えを取り、こちらに相対するのは身長130cm程の、黒髪に赤い瞳の少年だ。その小さな体躯同様に、顔つきも子供そのものである。

 彼の種族は小人族であり、文字通り体が小さく、幼い容姿が特徴だ。種族の特徴としては素早さや器用さが非常に高い反面、筋力や体力は平均よりかなり低めに設定されている。

 だがその男のその小さな肉体は、細身ながら無駄なく鍛え抜かれた筋肉に覆われており、きりっとした表情からは歴戦の勇士である事が伺える。

 上半身は裸で、両腕には表面が鱗で覆われた腕甲を装着しており、擦り切れてボロボロになった、赤いマントをマフラーのように首に巻いている。

 下半身は七色に輝く鱗の装飾が付いた、褌のような腰衣と、腕甲同様に鱗で覆われた足甲を身に着けている。

 

 その男の名は、うみきんぐ。

 

 小さな巨人、海洋商圏の支配者、大海の覇者、海神の後継者、海皇、海のやべーやつ……等々、様々な二つ名で呼ばれる有名プレイヤーだ。

 LAOのサービス開始時からこのゲームをプレイしており、他のプレイヤーが陸でメインクエストやモンスター討伐を行なう中で、釣り竿を持ってイカダに乗り、迷わず海に漕ぎ出した伝説の男である。

 海をメインの活動場所にして、滅多に陸に戻らない海洋民と呼ばれるプレイヤー達、その原初にして頂点。海洋民でこの男を知らぬ者は皆無と言っていい程で、かく言う俺も初心者だった頃から、随分と世話になったものだ。

 

 その男と、俺は海上で向かい合っていた。

 

「オーケー、まずは落ち着こうぜキング。いったい俺が何をしたって言うんだ」

 

「何をした……だと?とぼけおって。自分の胸に聞いてみるがいい」

 

 言われた通りに視線を下に向けて胸に注目してみるが、そこには大きいお山が二つあるのみである。

 

「残念ながら、俺のおっぱいは身に覚えが無い、潔白だって言ってるぜ。言いたい事があるなら、はっきりと声に出して言ってもらおうじゃないか」

 

「そうか……ならば言わせてもらおう」

 

 キングが俺に指を突きつけて叫ぶ。

 

「テメー何あっさりと結晶ドロップしてんだオラアアアア!!!」

 

「知らねえよ!俺だってビックリだわ!!!」

 

 糾弾するキングに対して、俺は逆ギレして叫び返した。

 

 ここで経緯を説明しよう。

 まず状況だが、今は週に一回だけ出現するワールドボス、アイランド・ホエール(通称:島鯨)の討伐が終了したところである。

 島鯨は週に一度しか出現しない上に、陸から遠く離れた海上に出現するため、戦うには戦闘用の船が必要という、単純に挑むにも少々ハードルの高いボスモンスターである。

 だが、それだけあって討伐した際に得られるメリットも大きい。

 島鯨からドロップするアイテムの多くは、高価な換金物や船を強化する為の素材だ。

 また、島鯨を討伐した際に、参加者は確定で『大洋の欠片』というアイテムを1~2個、得る事が出来る。

 そして、その欠片を100個集めて合成する事で入手できるのが『大洋の結晶』というアイテムだ。その結晶は、一部の神器を作成する為に必要なアイテムなのだが……前述の通り、週に一回のワールドボス討伐で1~2個しか入手できない為、作成するには最低50週間、最大で100週間……ほぼ一年から二年という長い時間がかかるのである。

 しかも、大洋の欠片は取引不可アイテムである為、他のプレイヤーから買い取るという事も出来ない。集めるには毎週地道にボス討伐に通うしかないのだった。

 

 だが、たった一つだけ抜け道があった。

 大洋の結晶はアイランド・ホエール討伐時に、1/8192という超低確率でだが、直接入手する事が出来るのだ。

 運営がそのデータを公開しているというだけで、今まで実際に結晶の直接ドロップを見た者は居なかった為、真偽は不明だったのだが……たった今、俺が入手してしまった事で、その話は本当だったという事が証明されたのだった。

 

 そして、それを見たうみきんぐは激怒した。

 彼はアイランド・ホエールが実装された頃から毎週討伐に通って、地道に欠片を集めていたプレイヤーである。

 それを目の前でいきなり入手されたのだ。怒りたくなる気持ちもよくわかる。

 

「ええい、こうなったら決闘だ!」

 

「望むところだ!」

 

『うみきんぐさんから決闘の申し込みが来ています。決闘を受けますか?』

 

 そのシステムメッセージと共に表示された選択肢から、俺は迷わずYESを押した。

 この男と俺は友達であり仲間だが、同時に好敵手(ライバル)でもある。

 仲間だからといって一切喧嘩をしない等という事はなく、なんなら週イチくらいのペースで下らない理由で殴り合ってるまである。

 なので、このような決闘沙汰も日常茶飯事という事だ。

 

「おっ、喧嘩か?」

 

「いいぞ、やれやれー!」

 

「お前どっちに賭ける?」

 

「キングに100k」

 

「じゃあ俺エルフに100k」

 

 周りのアホ共もすっかり見物モードに入っており、止める人間など誰もいない。

 

「行くぞアルティリアアアアアア!」

 

「来いよキング!うおおおおおおお!」

 

 決闘が始まると同時に、俺は船から飛び降り、水上を走って距離を取りつつ、魔法『最上位水精霊召喚(サモン・アークウンディーネ)』を使用し、お供の精霊を召喚した。

 精霊を召喚し、共闘するのが精霊術師の本領である。特に水属性に特化した俺が召喚する最上位の水精霊は、上位の狩場でも活躍出来るほど強力だ。

 このまま距離を取り、二人がかりで遠距離から攻めたいところだが……

 

「甘いわぁ!」

 

 水中から、全長10メートルくらいある黒い鮫が出現し、俺が召喚した精霊に食らいついた。

 そのモンスターの名は、ブラック・エンペラー・シャーク。キングが捕獲し、育成しているペットの内の一匹だ。

 こいつの相手をしながら俺を援護するのは、流石に厳しいと言わざるをえない。

 

 最上位水精霊VS漆黒の皇帝鮫のバトルが開始すると同時に、キングが彼の操る巨船の舳先から跳躍し、俺に飛びかかってくる。

 

「流水螺旋脚!」

 

 キングが放った蹴りが竜巻を巻き起こし、それが海水を巻き込んで巨大な螺旋を描き、こちらに迫ってくる。

 

水の壁(アクアウォール)!そして流水砲(ウォーターキャノン)!」

 

 それを魔法で水の壁を出して防ぐと同時に、俺は反撃の魔法を放つ。水の塊が砲弾の如く、キングに向かって放たれるが、キングは海面を蹴って跳躍し、回避する。そしてそのまま、空中で両手を腰だめに構えるポーズを取った。

 

「水竜破ァ!」

 

 キングが両手を前に突き出すと、彼の腕から放たれた水が、ドラゴンの形になって俺に襲いかかる。キングの十八番で、強力な水属性のダメージを相手に与える必殺技だが……俺は、それが来ることを読んでいた。

 

水属性完全無効化(パーフェクト・ウォーターマジックシールド)!」

 

 それが水属性であるなら、どれほど威力があっても完全に無効化できる魔法。

 現在の俺は『水精霊王の羽衣』を所持しているので、着ているだけで水属性の攻撃は無効化できてしまうのだが、この当時の俺は持っていなかった。

 その為、キングが放った水竜破を完全無効化する為には、この魔法を使わざるをえなかったのだが、ともあれ奴の得意技を防ぎきった訳だ。

 

 後はカウンターで魔法をお見舞いしてやろうと思った時だった。

 

「使ったな?」

 

 してやったりといった風に、ニヤリと笑うキング。

 

「ならば、もうこれを防ぐ手段は無いという事だ!」

 

 キングが右腕をまっすぐに、空高く掲げる。

 その拳の先には青いオーラで出来た氣弾が浮かんでおり、足下の海から、そこに向かって海水が渦を巻きながら、どんどん集まっていく。

 氣弾が際限なく海水を吸収しながら巨大化していくのを見て、背中に冷や汗が浮かんだ。

 あれはヤバい。どう見てもヤバい。

 撃たれる前に止めないと死ぬ。

 

水魔法最大化(マキシマイズ・ウォーターマジック)……!」

 

 次の一回のみ、水属性魔法の威力を大幅に上げる切り札を使い、

 

海神の裁き(ジャッジメント・オブ・ネプチューン)!」

 

 水を巨大なビーム状にして撃ち出す、俺が使える最大威力の魔法を放つ。

 水属性を完全無効化できなければ、大半のプレイヤーは即死するレベルの必殺コンボだ。例えクロノであっても、無防備な状態でこれを食らえば沈むであろう。

 

 だがキングは防御も回避もせず、俺の放った魔法に対し、真正面から自分の技をブチ当ててきた。

 

「海王拳……20倍だあああああああ!」

 

 恐らくあれは、力を溜めた時間に応じて威力が上がるタイプの技なのだろう。

 周囲の水を吸い込んで巨大化した氣弾が、俺が放ったビームと正面からぶつかり合った。

 

「くそっ、相打ちか……」

 

「くっ、あと数秒溜められれば、打ち勝てたものを……」

 

 その結果、お互いの技と魔法が相殺し合うという結果に終わった。

 

「仕切り直しか……」

 

 次はどう戦うかと、水面に立つキングを油断なく見据える。

 だが、その時だった。

 

「おい、お前ら。ちょっと周り見てみようか?」

 

 俺達に、そう声をかけてくる男がいた。

 真っ赤な髪に赤い瞳、赤い髭の、筋肉モリモリの大男だ。

 こいつも俺の友人で、『赤ひげ』『海賊王』などの異名を持つ、海洋四天王の一人、バルバロッサという名のプレイヤーだ。

 種族は巨人族で、身長は2メートルを軽く超える巨漢だ。髑髏マークが付いた黒い眼帯に、まさに海賊といった服装のおかげで威圧感バリバリの見た目である。

 

 彼の言う通りに周囲に目を向けてみる。

 するとそこには、ボロボロになった幾つもの船と、HPが良い感じに減っているプレイヤー達の姿があった。

 

「むっ!?どうしたお前ら、誰にやられたんだ!?」

 

 キングが彼らを心配して、そう声をかける。しかし……

 

「お前らの技の余波で皆ボロボロになってんだよなぁ!?」

 

 怒りの形相でバルバロッサがそう叫ぶ。そう、この惨状は先程の、俺とキングの奥義のぶつかり合いによるものだった。

 

 そして彼らが乗る、ボロボロになった船の大砲は、全て俺達のほうに向けられていた。

 

「つーわけで二人とも、一回死んどこうか?」

 

「ちょっ、ち、違うんだこれは、キングが勝手に!やめろー!死にたくなーい!そうだクロノ!助けてくれクロノさん!」

 

 俺はクロノのほうに視線を向けて助けを求めた。

 そこには青白い雷光を穂先に纏った純白の槍(ブリューナク)を、こちらに投げつけようとしている少年の姿があった。

 

極光雷葬槍(ライトニング・デス・スピア)はやめろォ!それ人に向けて撃つようなモンじゃねーから!」

 

 ブリューナク装備時のみ使える、EX職業『極光の槍騎士』専用技をこっちに向かって撃とうとしている馬鹿を見つけて、思わずそう叫んだ俺を誰が責められようか。あんなモン食らったら一発で蒸発するわ!

 

 それから、生身で何十隻もの大型戦闘艦に追いかけ回されながら砲撃され、俺とキングは仲良く海の藻屑となったのであった。

 

 

「……懐かしい夢だ」

 

 目を覚まして体を起こしながら、俺はそう呟いた。

 

 最後は酷い目にあったが、ああして他のプレイヤー達と馬鹿みたいな事をやるのは、本当に楽しかったのだ。

 

 あいつらは元気にしているだろうか。

 きっと元気だろう。今日も大海原を舞台に馬鹿騒ぎをしているに違いない。

 

 俺は突然、アルティリアの姿で見知らぬ世界に来てしまったと思ったら、なぜか神様に祀り上げられるという妙な事態になっているが、

 

「ああ。俺も、元気でやってるよ」

 

 水平線に向かって、そう呟く。

 寂しくなる気持ちが無いわけじゃないが、この広い海を見ていると、幾つもの楽しい思い出が蘇ってくる。

 

 ふと、胸の奥に温かいものが広がっていく感覚を覚える。

 それは自分の感情であるようで、そうではない、もう一人の自分のもののようにも感じられた。

 

「そうか、アルティリア。お前も楽しかったんだな」

 

 この世界に来てから暫くして、分かった事がある。

 現在の俺は、身体はアルティリアの物であり、人格はプレイヤーであった『俺』の物なのだが、頭の中には俺の知らない知識や記憶があったり、物の感じ方や考え方が、以前の『俺』とは異なっていると思う事があった。

 知識や記憶に関しては、元々アルティリアというキャラクターが持っていた物なのだろう。魔法の使い方や釣り、料理といった技術に関する知識は、本来の『俺』の頭の中には無かったものだ。

 

 一方、感情や感覚についてだ。

 例えば本来の『俺』のままであれば、自分の性癖をそのまま反映させたキャラクターである、アルティリアの肢体が目の前にあり、しかもそれを自由にできるという垂涎の状況であるのだが、今の俺は不思議と、それに対していやらしい気持ちなどは湧いてこないのだ。

 それどころか露出度の高い恰好をして、このドスケベボディを人目に晒す事に対して、僅かながら抵抗や羞恥心を感じている。

 これも、本来の『俺』であればあり得ない事だ。

 

 結論として、今の俺は『俺』と『アルティリア』の二人が入り混じった状態である……と推測する。

 元々の、ゲームのキャラクターだったアルティリアに人格があったと仮定して、それがどのようなものだったのかは、ゲームの外にいた俺に推し量る事は出来ないが、現在の俺は身体がアルティリア、人格が『俺』ベースで、知識や記憶は両者の物を持っており、物の考え方や感じ方は、両者の物を足して2で割ったような感じではないか、と考えている。

 

 実際、神様扱いにしてもそうなんだよな。かつての俺なら、

 

「やったぜ、うちのアルティリアたんが女神様だってよ!ヒャッホウ!」

 

 くらいにしか思わなかった筈だ。

 まあ、当事者目線だからというのもあるだろうけどな。

 

 そして、その神様扱いの件なのだが。

 なぜか昨日の夕方くらいから、ひっきりなしに人々の信仰が俺に向かってきているのが実感できる。

 そして今確認したら、EX職業『小神』のレベルが2に上がっていた。

 一体何がどうしてそうなったのだろうか。とりあえずロイドを問い詰めなくてはなるまい。



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第12話 ログボの受け取りを忘れてはなりません

 所持しているEX職業(エクストラクラス)小神(マイナー・ゴッド)』のレベルが2に上がった事で、俺は新たな技能(アビリティ)を習得していた。

 新しく覚えたのは、以下の二つの技能だ。

 

 『神託(オラクル)(アクティブ)』

 MPを消費し、信者達に対して一斉にメッセージを送る事ができる。

 一度に送る事が出来るのは全角140文字まで。

 

 『小さな贈り物(リトル・ギフト)

 あなたの信者全員が対象。毎日1回のみ使用可能。

 あなたの所有するアイテム1個を選択する。

 選択したアイテムを消費し、それを対象にプレゼントする。

 対象の人数が何人であっても、消費するアイテムは1個で良い。

 選択できるアイテムは安価な消耗品のみ。

 

 ざっくり言うと、ツ○ッターの発信と信者達に対するログボ(ログインボーナス)配布である。

 

 ついでにFPが貯まった事で、新しく加護を増やす事が出来たので、

 

 『能力強化:体力+』

 あなたの信者のステータス『体力(VIT)』の値と成長率にプラス補正

 

 『生活強化:水泳+』

 あなたの信者の生活スキル『水泳』の値と成長率にプラス補正

 

 以上の二つを習得してみた。

 体力が上がればHPや防御力が増えて死ににくくなるし、走ったり泳いだりといった行動も長時間行なう事ができる。

 こんな俺を信仰してくれている信者の皆には元気でいて欲しいからね。

 

 水泳に関しては、俺の信者であれば必須だと言わざるを得ない。

 そこらの船より速く泳げる俺並みにとは言わないが、できるだけ泳ぎは得意でいてほしいところだ。

 

「次はログボか……何を配るべきか。あまり高価な物は止めたほうがいいかね。それと不特定多数の人に配るから、誰でも使えて便利な物が良いな」

 

 その条件に合致する物を探して、アイテム袋を物色していると、丁度いい物が見つかった。

 

 『治癒の霊水+』

 【タイプ】

  消耗品/回復薬

 【効果】

  使用者の毒/病気/麻痺/火傷/出血/疲労の状態異常を治療する。

  更に、生命力とスタミナを小回復する。

 

 毒などの身体系状態異常を纏めて治せる『治癒の霊薬』というアイテムだ。

 これは俺が調合スキルで作った品で、プレイヤーが作成した物は作成者の生活スキルの熟練度や運によって、確率で追加効果が付いた良品(名前の後ろに+が付いたもの)が出来上がる事がある。

 これはその+品で、HPとSTの回復効果が付いたものだ。

 

 それじゃ早速、ツイートしていくか。

 俺は連絡するべき事を一旦メモに纏め、それっぽい感じの文体に整えた後に、技能『神託』を使用し、信者達にメッセージを一斉送信していった。

 

「こんにちは、あるいは初めまして。アルティリアです。皆さんの信仰のおかげで、このようにメッセージを送る事が出来るようになりました。今後は定期的に情報を発信していきますので、よろしくお願いいたします」

 

「早速ですがお役立ち情報をお届けします。私は信仰の力を集めて、信者の皆に加護を与える事が出来ます。現在の加護は三種類で、次のメッセージから順次伝えていきます」

 

「加護① 水魔法の熟達。私の信者は水属性の魔法を使えるようになります。最初は簡単な魔法しか使えませんが、練習すれば私のように水を自由自在に操れるようになるかもしれません」

 

「最初は『水の創造(クリエイトウォーター)』あたりを試してみるといいでしょう。これは水魔法の基礎で、手元に水を生み出す事ができます。水を作り出す事を強くイメージして呪文を唱えましょう」

 

「加護② 頑健の加護。体力や生命力の強化です。体が丈夫になり、抵抗力が上がります。信者の皆さんは命や健康を大事にしましょう」

 

「加護③ 泳ぎの熟達。水泳の上達が早くなり、水中での活動がしやすくなります。水に慣れ親しむ事は水魔法を使う上でも大事です。私の信者なら、泳ぎの一つくらいはこなせるようになりましょう」

 

「それと今日から皆さんに、ちょっとした贈り物を送れるようになりました。今日の贈り物は、毒や病気などの異常を治療する薬です。少しですが生命力や体力を回復させる効果もあります。いざという時に使ってください」

 

「長々と失礼しました。それでは、またお会いしましょう」

 

 連続ツイートを送信し終えた俺は、技能『小さな贈り物』を使用し、霊薬を信者達のもとに送りつけた。

 

 なんか信者達から信仰がいっぱい飛んできた(定期)



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第13話 一夜明けて※

 騒動から一夜明けた次の日。ロイドは冒険者組合の酒場にて、知己の神官クリストフと合流していた。

 

「やあ、わざわざ来てもらってすまんな」

 

「いえいえ、とんでもない。むしろすぐに声をかけていただき、感謝しかありません」

 

 クリストフはグランディーノの町から少々離れた場所にある、神殿に勤める神官だ。サラサラした金髪の、柔和な雰囲気の優男で、細身で身長は170cmにやや届かない程度。黒い法衣をしっかりと着こなしている。

 ロイドがアルティリアに捧げ物をする為に使っている祭壇は、『神饌の祭壇』という名の聖遺物であり、元々はこのクリストフから――より正確に言えば、彼が所属している神殿組織から――借り受けているものだ。

 

「それで、アルティリア様の神殿を建てたいとの事でしたが」

 

「ああ。神がそう直々に仰られたのだ。是が非でも叶えてさしあげたい。可能か?」

 

 神殿を建てると一言で言っても、それを成す為には様々な問題をクリアしなければならない。

 まずは神殿を建てるには、当然だが土地を確保する必要がある。そして実際に建築する為の資材や人員、それらを確保するための資金なども必要である。

 また、それらの用意が整ったからと言っても、いきなり建築をおっ始める訳にもいかない。何かしらの手続きが必要なのだろうが、ロイドにはそのあたりの知識や伝手も無かった。

 そこで昨夜、神殿に所属する神官であるクリストフに状況を伝えた。

 組合に所属している高位の冒険者の一人に馬術の達人がおり、彼が早馬を飛ばして手紙を届けてくれたのだ。

 それを受け取ったクリストフは急ぎ支度を整え、こうして足を運んでくれたのだった。

 

「まずは土地の選定ですが……こちらをご覧ください」

 

 クリストフが机の上に地図を広げる。ここグランディーノ周辺一帯の地図だ。その地図の一箇所に、大きく丸印が付けられている。

 

「なるほど、東の丘の上にか」

 

 グランディーノは北側に港があり、その先には海が広がっている。西と南にはそれぞれ、他の町に繋がる街道が伸びており、南西には街道沿いに幾つかの農場が存在し、更に先に進むと、魔物が生息する森林がある。

 そして東側には、小高い丘があった。

 

「先に下見を済ませてきましたが、町と海を一望できる景観の良さや面積、町から近く通いやすい点といい、素晴らしい立地です。何故開発されずに手つかずで残っているのかが不思議なくらいでしたよ」

 

「なるほど……確かに良さげな場所だな」

 

「この土地の利用と、神殿の建築については領主や町長に許可を求める必要がありますので、ロイドさんも同行をお願いします」

 

「えっ……俺もか?」

 

「貴方が代表者なのですから当たり前でしょう」

 

「お偉いさんの相手とかは苦手なんだがな……仕方がないか。他にやるべき事は?」

 

「資材の調達は商店組合に、人足の手配は労働者組合に、それぞれ話を持っていきましょう。資金に関しては冒険者組合や海上警備隊、それから恐らく神殿本部からも援助金が出ますので、それで何とかなると思います。各組合への交渉や折衝は私が行ないますので、ロイドさんには代わりに、宣伝と広報をお願いしたいのです」

 

 クリストフの言葉に、ロイドは渋い顔をした。

 

「宣伝か……アルティリア様は、あまり目立つ真似は避けるようにと言っていたが」

 

 その事はロイドからの手紙にも書かれており、クリストフも承知の上だった。

 

「存じております。恐らくアルティリア様が気にされておられるのは、混沌の勢力。そしてその頂点である魔神将かと」

 

 混沌の勢力とは一部の亜人や魔物(モンスター)、魔族などからなる、人類の敵対者の事だ。そして魔神将とは、彼らを束ねる非常に強力な存在だ。

 魔神将は複数存在し、全部で何体存在するのかを正確に知る者は居ないが、これまでの歴史上で、合計で七体の魔神将の存在が確認されている。

 その内の四体は、過去の英雄達の手で滅ぼされているが、残る三体は未だ健在であり、今も人の目が届かない闇の中で暗躍していると噂されている。

 

「魔神将……」

 

 ごくり、と唾を飲む音が、ロイドの耳にはやけに大きく聞こえた。

 魔神将と英雄達の激闘は、この世界の誰もが知る英雄譚で、子供の頃はその強大な存在に立ち向かう、雄々しき勇者に憧れたものだ。しかしまさか、この歳になって自分がそのような物と関わる事になるとは、想像もしていなかった。

 

「神が新たに降臨する……その一大事に、混沌の勢力が動かない筈もなく。アルティリア様もまた、彼らの動きを察知しているのだと考えます。我々は今、歴史の転換点に立っているのかもしれません」

 

「……ならば、尚更慎重に動いたほうが良いのでは?」

 

「しかし、もはや事は動き始めており、新たに神殿を建築し、そこに新たな神が降臨するともなれば、隠し通すのは不可能です。いえ、もうとっくに気付かれていると私は考えています。思えばここ最近の魔物の活発化や、本来出現しない筈の強大な魔物の出現といった予兆はありました。身に覚えがあるでしょう?」

 

 そう言われて、思い浮かんだのは先日討伐した、大量発生したゴブリンの事や、アルティリアと出会う切っ掛けとなったクラーケンの事だった。

 

「もしや、あのクラーケンは……アルティリア様を誘い出す為に仕組まれたものだと?」

 

「恐らくは……」

 

「糞ッ!」

 

 ロイドは思わず拳でテーブルを叩く。

 かの女神の優しさに付け込んだ、混沌の勢力の悪辣な策略についての怒りや憎しみもあるが、何よりも許せないのはそれに助けられながら、危機感もなく過ごしていた自分の能天気さだ。

 彼の部下達も同じように、怒りと情けなさに拳を握り、体を震わせていた。

 

「そうである以上、我々がするべき事は先手を打つ事です。アルティリア様の名の下に一致団結し、混沌の勢力に立ち向かう準備を整えなければならない。私はそう考えます」

 

「……わかった。その件に関しては、俺からアルティリア様に話してみよう」

 

「ありがとうございます。では、さっそく動くとしましょう」

 

 涼やかな笑顔を浮かべるクリストフを見て、やはりこの男に相談して正解だったと思うロイドだったが、彼はふと疑問に思った事を口にした。

 

「しかしアンタ、若いのに随分と物知りだな。もしかして貴族だったりするのか?」

 

 この世界の教育レベルは高くはなく、クリストフの教養は平民のそれとは思えない物だった為、ロイドは彼が貴族の出身なのではないかと思い、そう質問した。

 

「貴族とは言っても、妾腹の四男坊ですけどね。家を継げる筈もないので神殿に入り、そのまま神官にという、よくあるパターンですよ」

 

 本人が言うように、家督の継承権が低い貴族の子弟には神官になる者が一定数いる。その他の進路は官僚や軍人が多い。また、ごく稀にだが冒険者や商人になる変わり者も現れる。

 

 彼らがそんな話をしていた時、酒場に入ってきて、まっすぐにロイドのもとへと駆け寄り、声をかけてくる者達がいた。

 

「お疲れ様です、ロイドの兄貴!」

 

 そう元気よく挨拶をしたのは、先日ロイドに絡んできた男達のリーダーだ。

 彼の名はバーツ。以前はどうしようもない、ゴロツキ同然の底辺冒険者だったのだが、女神の奇跡に触れて改心し、一からやり直そうとしているF級冒険者だ。

 

「ようバーツ、仕事帰りか?」

 

「へい、また農場の近くにゴブリンが現れたっていうんで、とっちめてきた所でさあ。苦戦しやしたが、何とか勝てやした」

 

 見れば、彼らの体には多少の切り傷や殴打の痕が残っている。

 今まで怠けていたせいで、弱小モンスターの代表格であるゴブリン相手でも苦戦はしたものの、それでも彼らはしっかりと、受けた依頼をやり遂げたのだった。

 

「よく頑張ったな。だがあまり無理はするなよ」

 

 ロイドはそう言ってバーツ達を労った後に、彼らにクリストフを紹介した。

 

「神官様でしたか。やはり神殿の件で?」

 

「ああ、色々と動いてもらっているところだ。クリストフ、こいつらは俺と同じ、組合に所属している冒険者で……」

 

 ロイドに彼らを紹介されたクリストフは、興味深そうな表情を浮かべてバーツに近付いた。

 

「貴方達の事は、昨日の騒ぎの件も含めて聞き及んでいます」

 

「へい、昨日は女神様に対して、大変な失礼を……」

 

「クリストフ、こいつらも十分に反省しているし、アルティリア様はお許しになられた事だ。あまり厳しい事は……」

 

 クリストフの追及に対し、反省の色を見せるバーツ達と、そんな彼らを庇おうとするロイドだったが……

 

「そんな事はどうでもいいんじゃい!」

 

「「「!?」」」

 

 バァン!と大きな音を立て、クリストフがテーブルを叩く。

 

「君達!君達が昨日食したという、アルティリア様の手料理について詳しく聞かせてくれたまえ!神が作りたもうた料理を口にする機会を逃すなど、このクリストフ一生の不覚だが、それならせめて己の手で再現を!しなければならないのです!」

 

 そう言ってバーツに詰め寄るクリストフの表情は、鬼気迫っていた。対するバーツ達はその剣幕にたじたじである。

 

「えっ……ちょっ、ロイドの兄貴、この人なんなんすか……」

 

 俺が知るかよ、とロイドは心中で呟いた。

 

「さあ教えてください!はやく!」

 

「えぇ……あの、ちょっと落ち着いて……」

 

「たのむ!!!」

 

「えぇ……」

 

 あまりの必死さに、その場にいた全員がドン引きしていた所に、ロイドが助け舟を出す。

 

「あの料理なら、ここの料理長が再現しようと試行錯誤している最中だから、後で話を」

 

 聞かせて貰え……と続けようとしたところで、既にクリストフは厨房に突撃していた。

 

「……すまんな。悪い奴じゃあないんだが、知的好奇心が強すぎるというか、神様関連の物に対する執着心が凄まじい奴でな」

 

 さて、とりあえず連れ戻しに行くかと、ロイドが席を立とうとした時だった。

 彼らの視界に突然、空中に浮かぶ文字が現れた。

 

「これは……アルティリア様からのメッセージ!」

 

 驚愕する彼らの前に、次々と文章が現れては消えていく。

 それによると、彼ら信者の信仰が高まったおかげで、神が新たな力を行使できるようになった事や、彼女が与える加護によって、信者は水の魔法を使えるようになったり、体力や生命力、水泳の技術が強化される事、神からの贈り物を受け取る事が出来るようになった事が伝えられる。

 

 全てのメッセージが表示された後、彼らの前には透き通った青緑色の液体が入ったガラス瓶が現れていた。

 神からの贈り物であり、様々な状態異常を治癒する事ができる霊薬だ。

 

「アルティリア様……ありがとうございます」

 

 それを受け取り、ロイドはアルティリアに祈りを捧げた。彼の部下やバーツ達、それから酒場内にいる、昨日の一件を見てアルティリアを信仰するようになった冒険者達も同様だ。

 

「お頭、そういえば魔法が使えるようになったとの事でしたが……」

 

「あ、ああ……そうだったな。驚きすぎて忘れるところだったが……魔法か……」

 

 この世界において魔法は、それを専門に学んだ者でなければ使えない希少な技能だ。稀に独学で身につける者も居るが、大半は大都市の魔法学園で学んだり、魔導士に弟子入りして学ぶ事になる為、一般庶民にとってはあまり縁のない物だ。

 それを、信者であれば誰でも使えるようになる等、普通に考えれば信じられないような事だが、

 

「今更、アルティリア様の言葉を疑うものか。俺は魔法が使えると信じる」

 

 一片の疑いもなく、ロイドは女神の加護により、自分が魔法を使えるようになったという事実を受け入れた。

 ロイドは右腕を突き出し、掌を上に向けると、そこに水が現れる事を強くイメージし、教えられた呪文を唱えた。

 

「水よ、此処に生じよ。『水の創造(クリエイトウォーター)』!」

 

 すると、ロイドの右手が淡く発光し、その掌から数センチ上に、野球ボールくらいの小さな水の塊が生まれていた。

 ロイドは驚きつつも、その水の塊に対して、『動け』と念じると、それはロイドの意志に従って上下左右に、ゆっくりと動きだした。

 最後に、ロイドは空の水筒を取り出すと、水に対してその中に入るようにと念じた。すると水は水筒の中へと、吸い込まれるように入っていく。全ての水が水筒の中に入り、見えなくなったところで、ロイドは生み出した水と、自分の間にあった繋がりが断たれた感覚を覚えた。

 

 それを見た周囲の者達が騒ぎ出しながら、自分もやってみようとする。酒場内はあっという間に、魔法の練習場と化した。

 そんな騒ぎが、しばらく続いていた時だった。

 突然、建物の外に繋がる入口の大扉が、大きな音を立てて勢いよく開き、外から人が転がり込んできたのだった。

 その人物は若い男だった。ここまで大急ぎで走ってきたらしく、息を切らせて汗だくで、ひどく慌てた様子だ。

 彼は必死の形相で、冒険者達に訴えた。

 

「た、大変だ!農場のほうで魔物が大量に発生した!急いで助けにいってくれ!」



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第14話 緊急依頼※

 飛び込んできた男からの知らせに、冒険者と組合員達はすぐに動き出した。

 まず最初に声を張り上げたのは、カウンターの奥に立つ受付嬢だ。

 

「緊急依頼を発令します!手空きの冒険者の皆さんは、準備が出来次第すぐに農場に向かって下さい!」

 

 また、職員が知らせを持ってきた男に水を差し出しながら、男に襲ってきた魔物の特徴や大凡の数、被害状況などを質問する。

 男は差し出された水を一気に飲み干し、一息ついた後に、質問に答える。

 

「大きい蜂のような魔物が、数えきれないくらい大量に……農作業をしていた皆は無事に逃げられたけど、近くの街道を通っていた馬車が襲われているのを見ました」

 

「敵は殺人蜂(キラービー)か。馬車は貿易馬車か……?積荷はあったか?」

 

「いえ……積荷はありませんでした。豪華な装飾があって、周りに護衛の兵士が居ました」

 

「……という事は、貴族の馬車か?まずいな……」

 

 殺人蜂(キラービー)はその名の通り、巨大な蜂の姿をした魔物だ。危険度や討伐難易度を表すランクはE級。強さ自体はそれほど高くはないが、凶暴で、常に群れで襲い掛かってくる上に、素早く飛行し、尾が毒針という、色々と厄介な性質を持つため、嫌う冒険者は多い。

 

「聞いての通りだ!敵は殺人蜂の大群!農民や、たまたま通りかかった貴族が襲われている!すぐに出撃するぞ!」

 

「おう!」

 

「いつでも行けるぜ!」

 

 状況を確認した冒険者達は、大急ぎで準備を済ませると、外に向かって飛び出していった。

 

「俺達も行くぞ!」

 

 ロイドもまた、手下達やバーツの一行を率いて出撃する。その時、走り出す彼らをクリストフが追いかけ、声をかけてきた。

 

「ロイドさん、私も同行します」

 

「クリストフ!戦いの心得はあるのか?」

 

「棒術や護身術を少々。それと癒しの魔法も使えますので、お役に立てるかと」

 

「それはありがたい。よろしく頼む!」

 

 集団にクリストフを加え、彼らは町を駆け抜け、街道へと出る。その途中、彼らはある事に気が付いた。

 

「なんだか、全力疾走しても全然疲れないな!」

 

「ああ。アルティリア様が仰っていた、頑健の加護のおかげか?」

 

「ありがてえ。これなら休む間もなくすぐに戦えるぜ」

 

 アルティリアの加護により体力(VIT)が上がった事や、昨夜食べた料理の効果がまだ続いている事で、彼らは無尽蔵のスタミナを手にしていた。

 

「見えたぞ!殺人蜂だ!」

 

「まずは逃げ遅れた人を助けるぞ!」

 

 冒険者達が殺人蜂の群れに襲い掛かる。ロイドはその先頭に立ち、女神より授かった刀『村雨』を振るった。

 

「セイヤッ!」

 

 抜刀からの一閃で、殺人蜂の一匹を真っ二つに切り裂き、更にもう一匹に斬りかかるロイドだったが、次の一撃は危険を察知した殺人蜂が、飛行して空中に逃れた事で空を切った。

 ロイドの攻撃を回避した殺人蜂は、攻撃が届かない上空に逃れながら、歯をガチガチと鳴らして警戒を露わにしている。

 

「チィッ、これだから飛行タイプの魔物は……!」

 

 周囲を見れば、他の冒険者も何匹かの殺人蜂を切り伏せているが、それを見た他の個体が上空に避難したせいで、ロイドと同じように攻めあぐねているようだ。

 だがその時、冒険者の一人が声を上げた。

 

「アンタ達、よく見ておきなさい!飛行タイプの魔物は、こうやって倒すのよ!」

 

 そう言ったのはリンという名の冒険者だ。

 十代半ばくらいで、茶色い髪を長く伸ばした、背の低い少女だ。右手には杖を持ち、つばの広い先が尖った帽子と、ローブを身に着けている。その見た目からわかるように、彼女の職業(クラス)は攻撃魔法を得意とする魔術師(メイジ)である。

 彼女が杖を掲げると、その杖の先、空中にサッカーボール大の水の塊が現れた。

 

「『水の弾丸:拡散(アクアバレット:マルチプル)』!!」

 

 リンが呪文を唱えると、水の塊が八つに分かれて、それらが別々の殺人蜂に向かって高速で飛んでいき、魔物の肉体を貫き、撃ち落とした。

 一撃で八体の殺人蜂を倒した彼女の魔法に、冒険者達が喝采を上げるが、それを成した当の本人は、とても驚いた様子を見せる。

 

「えっ、嘘っ!?」

 

「おいおい、なんで本人が驚いてるんだよ!?」

 

「昨日までは一度に四発しか撃てなかったのよ!それに威力も明らかに上がってるわ!」

 

 初級魔法とはいえ、彼女の年齢で一度に四発もの魔法の弾丸を放てる事は、素晴らしい才能の証明と言えるのだが……それが一夜にして、倍の数を放てるようになった原因は明らかだ。

 

「ロイドさん、あたし一生アルティリア様に仕える事に決めたわ。というわけでパーティーに入れて?」

 

「ハハッ、了解。よかったら今度、魔法のコツを教えてくれよ」

 

 リンの頼みを了承しながら、ロイドは空いた左手を前に突き出し、掌を空中にいる殺人蜂に向けた。

 そして、『水の創造(クリエイトウォーター)』で水を作り出し、それを標的にぶつけるイメージを頭に浮かべる。

 

「『水の弾丸(アクアバレット)』!!」

 

 ロイドの左手から放たれた水弾が、殺人蜂を貫く。リンが放った拡散形態の魔法は高等技術の為、今のロイドに真似る事は難しいが、このように単発の魔法ならば、問題なく発動できるようだ。

 

「流石!」

 

「やるじゃねえかロイド!よっしゃ、俺もやってみるか!」

 

 ロイドに続き、他の冒険者達も魔法で水弾を放つ。こうなれば空を飛べるという敵の利点は無いも同然だ。そうして敵の数を着実に減らしている内に、

 

「待たせたな!逃げ遅れた人々の救助は完了したぞ!」

 

 一般人の救助・保護のために動いていたチームが、人々を連れて戻ってきた。彼らが連れている人々は、およそ二十人ほどだ。半数は怯えた様子を見せているが無傷だが、残りの半分ほどは魔物の攻撃を受けたせいか、苦しそうな表情で倒れている。

 

「頼む、娘を助けてくれ!殺人蜂の毒針を受けてしまったのだ!」

 

 そんな人々のうちの一人が、必死の形相で冒険者達に訴える。身なりのいい服装の若い紳士で、腕には十歳くらいの、幼い少女を抱いている。

 育ちの良さそうな、美しい少女だが、整ったその顔は苦痛に歪み、白いドレスは血や泥で汚れてしまっている。

 恐らくは彼ら親子が、襲われていた貴族なのだろう。

 

「クリストフ!急いで霊薬を飲ませるんだ!」

 

 ロイドは腰に付けていたポーションホルダーから、女神から授かった霊薬を抜き取ると、それをクリストフに渡して少女に飲ませるように指示する。

 クリストフは頷くと、それを手に貴族のもとへと走った。

 

「すぐに治療いたします。彼女をこちらに」

 

「し、神官殿か……!た、頼む……!」

 

 法衣姿のクリストフを見て信頼したのか、安堵の表情を浮かべる貴族から娘を預かり、その小さな体を支えながら、クリストフは少女の口に、霊薬が入った瓶を運ぶ。

 

「もう大丈夫です。この薬を飲んで……そう、ゆっくりでいいですよ」

 

 少女は涙を流し、苦しそうにしながらも、喉を鳴らして少しずつ薬を飲んでいく。すると、あっという間に彼女の体内から毒が消え去り、毒針によって負った傷が癒えていく。致命傷を負っていた筈の少女の体は、一瞬で健康な状態へと戻ったのだった。

 

「もう大丈夫です。よく頑張りましたね」

 

 クリストフの言葉に安らかな微笑みを浮かべながら、少女は目を閉じた。どうやら安心して眠ってしまったようだ。そんな幼子を父親へと返すと、クリストフは彼らに背を向けて、魔物の群れを睨みつける。

 その彼の顔に浮かぶのは、先程まで浮かべていた穏やかなものとは正反対の、怒りに燃える表情だ。

 

「このような幼気(いたいけ)な子供まで手にかけるとは……赦さん!」

 

 クリストフは、背負っていた棒を引き抜き、両手で握って構えを取った。彼の持つ棒は霊木を削って作られた、長さ1メートル少々の細長い木の棒だ。頑丈で、魔法の触媒としても高い適性を持つ逸品であり、たかが木の棒と甘く見れば痛い目を見る事になるだろう。

 

「『粘液の弾丸(スライミーショット)』!」

 

 クリストフが魔法を発動させ、水の弾丸を連続で射出する。だがそれは今まで見た物とは異なり、殺人蜂に命中すると、その体に纏わりついて動きを鈍らせた。

 クリストフが放ったのは、粘液を撃ち出す事で敵の動きを鈍らせる事を重視した、妨害用の魔法だ。

 何匹もの殺人蜂がその攻撃を受けて、素早く飛行する事が困難になる。

 

「今です、トドメを!」

 

 動きが鈍った殺人蜂を、冒険者達が次々と武器で殴り倒したり、魔法で撃ち落としたりしながら倒していく。クリストフ自身も、棒を振り回して殺人蜂を叩き殺して活躍する。

 

「やるなぁ、あいつ。俺達も負けてられんぞ!」

 

 彼の思わぬ活躍ぶりを見て、ロイド達も奮起し、他の誰よりも勇敢に魔物の群れに攻撃を仕掛けて、大量の殺人蜂を駆逐していった。

 

 形勢は完全に冒険者達が有利な戦況だ。

 そうして、誰もが勝利を確信した頃に、それはやって来た。

 

「何だあれは!で、デカいぞ!」

 

「あれは……いかん、殺人女王蜂(キラービー・クイーン)だ!」

 

 C級魔物、殺人女王蜂。

 その名の通り、殺人蜂を束ねる女王であり、全長は2メートル以上。

 高速で飛行する特性はそのままに、力や生命力は殺人蜂の数倍を誇り、強力な猛毒や強酸による攻撃を仕掛けてくる難敵だ。

 

「糞っ!D級以下の者は下がって援護しろ!」

 

 そう言って先頭に立ちながら、盾を構えるのはC級冒険者の一人で、重い板金鎧(プレートメイル)に鉄の盾、戦槌(メイス)を持った重戦士だ。

 

「こっちだ、かかって来い!」

 

 挑発(タウント)を行ない、重戦士が女王蜂の注意を引く。しかし、その魔物の特徴をよく知る冒険者の一人が、その背中に向かって叫ぶ。

 

「待て、避けるんだ!そいつに盾は意味がない!」

 

 しかしその警告も遅く、女王蜂の攻撃が彼に向かって放たれた。

 その正体は、口から放たれる強酸のブレスだった。

 

「た、盾が!」

 

 咄嗟に盾で防御をする重戦士だったが、厚い鉄の盾が強酸のブレスを浴びて、どろどろに溶けていく。

 盾が溶けきって無くなれば、次は鎧が溶けて、最後には生身でそれを浴びる事になる。

 咄嗟に逃げようとする重戦士だったが、鈍重な鎧が邪魔をして素早く回避行動を取る事は不可能だ。

 

「く、糞っ!来るなら来やがれぇっ!」

 

 せめて後ろにいる仲間だけは守ろうと、重戦士は覚悟を決めた。だが強酸が彼に直撃する前に、その間に割って入った男が一人。

 

「させるかあああああっ!」

 

 ロイドだ。彼の持つ刀が、強酸のブレスを切り裂いて、重戦士の危機を救った。

 

「全員、援護しろ!俺がヤツを()る!」

 

 その手に持った銘刀『村雨』の刀身は、鉄をも溶かす強酸にまともにぶつかりながら、傷一つなく清浄な光を湛えている。

 常に清らかな水が湧き出て、刀身を護っている特性を持つこの武器は、酸によって傷つけられる事がない。殺人女王蜂にとっては、天敵といっていい代物だった。

 そんな女神から授けられし刃を携えた男が、巨大な敵に向かって突撃する。

 

「ええい何でもいい、ロイドを援護しろぉッ!あいつを死なせるな!」

 

 冒険者達が、魔法の水弾や弓矢を放って、女王蜂の周囲を取り囲んでいる手下の殺人蜂を撃ち落とし、ロイドの突撃を支援する。

 それによって、ロイドは邪魔を受ける事なく、まっすぐに敵のボスとの距離を詰めていった。

 女王蜂は再度、ロイドに向かって強酸のブレスを放つが、

 

「邪魔だああああ!」

 

 ロイドが走りながら村雨を振るい、それを切り裂く。さっき一度見たばかりの攻撃だ。タイミングを見切る事は容易かった。

 飛び散った酸の飛沫がわずかに体に付着し、肌が焼かれるが、知った事かと走り抜ける。この程度はかすり傷、直撃さえ避ければ問題ない。そんな事より敵を倒す事が最優先と、ロイドは更に加速する。

 

「キシャアアアアッ!」

 

 肉薄するロイドに、今度は女王蜂が尾の毒針で攻撃を仕掛けた。殺人蜂のそれよりも格段に太く、長い毒針がロイドに向かって振り下ろされた。それをロイドは、刀を両手で構えて受け止める。

 

「このっ……負けるかあああッ!」

 

 鍔迫り合いのような形になり、互いに相手の攻撃を弾こうと渾身の力を込めて押し合う。僅かな時間、拮抗状態となるが、すぐにそれが打ち破られる。

 女王蜂が毒針での攻撃をしながら、六本の腕を動かして、ロイドを攻撃しようとしてきたのだ。その腕の先端は鋭利な刃物状になっており、獲物をズタズタに切り裂く事ができる。ロイドの腕は毒針を防ぐために使われており、その攻撃を防御する事は不可能だ。まさしく絶体絶命の危機だが、彼は一人で戦っているわけではない。

 

「させません!『薄氷の盾(アイスシールド)』!」

 

 クリストフが唱えた護りの魔法により、薄い氷の盾が形成されて、ロイドを襲った腕による攻撃を弾き返した。

 それだけに留まらず、攻撃を受けて砕け散った氷の盾が、幾つもの氷の破片となって逆に敵へと突き刺さった。攻防一体のカウンター魔法だ。

 

「ロイドさん、横に避けて!」

 

「……!おうっ!」

 

 そこに、リンが声をかける。その声を聞き、ロイドは迷わず毒針の攻撃に逆らわず、受け流しながら真横に向かって跳んだ。

 

「とっておきを食らいなさい!『流水の刃(アクア・カッター)』!」

 

 リンが放ったのは、圧縮された水を刃状にして射出し、敵を切り裂く水属性魔法だった。放たれたそれが、つい先程までロイドがいた位置……すなわち、女王蜂の毒針を、根本から斬り飛ばした。

 

「ギャアアアアアア!」

 

 びりびりと空気が震えるほどの大音量で悲鳴を上げ、空中でのたうち回る女王蜂に向かって、ロイドが跳躍する。リンの指示を聞いた時から、既にロイドはこの、とどめの一撃を放つ準備をしていたのだった。

 

 しかし、それを察知した女王蜂は、迷わず羽を高速で動かし、上空へと逃れようとする。

 命の危機を前にしたその逃走動作は恐るべき速さで、ロイドの攻撃は寸前で空しく空を切る事になる……と、思われた時だった。

 

「届けえええええええッ!」

 

 全身全霊の一撃を放ちながら、ロイドが強く念じた瞬間。

 ロイドが持つ刀『村雨』の刀身から大量の水が噴き出し、それが長大な刃の形を取った。その長さは本来の刀の長さの数倍にも達し、飛行して逃げようとする女王蜂にも、余裕で届きうる。

 

「こいつで……終わりだあああああああッ!」

 

 届かなかったはずの攻撃が、敵を捉える。水の剣が、女王蜂の巨体を斜めに切り裂き、真っ二つにした。

 二つに分かれた女王蜂の体は地面に落下し、ぴくりとも動かない。誰がどう見ても即死である事は疑いようがない。

 女王蜂が死んだ事で、僅かに残った殺人蜂は統制を失い、四散して逃げようとするが、その大部分は冒険者の手によって討ち取られた。

 

 殺人蜂に襲われた一般人の中に死者はなく、怪我人や毒に侵された者も、女神から齎された霊薬によって癒され、後遺症もなく五体満足で帰る事ができた。

 

「この戦い、俺達の勝利だ!」

 

 こうして冒険者達は町の危機から人々を救い、彼らに加護や聖なる武器、霊薬を与えた女神の名も、より高まるのだった。



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第15話 覗きは犯罪だぞ

 ツイートの送信とログボ配布を終えた俺は、いつものようにサバイバル生活を送っていた。

 今日は、海に潜って貝を採っているところだ。

 

「うおっ、このアワビでっっか」

 

 広範囲の海中を探索すれば、ホタテやアワビ、牡蠣といった美味しい貝がいっぱい採れる。

 俺が居るあたりの海域は陸から遠く離れているため、人が来る事は滅多に無いようで、海中の資源も手つかずのままで非常に豊富だ。食べるのに困る事はないだろう。

 

「おっと、海苔も採っておこう」

 

 採集した海苔は陸地に戻ったら、板海苔に加工するのだ。少々手間はかかるが、加工方法はアルティリアが持っている知識の中にあるので問題ない。

 

 とりあえず、今日の食事は牡蠣にしようと思った。

 食べ方はどうしようか……生で食べるのも勿論良いし、カキフライにしても美味い。いやしかし網で焼いて食べるのも最高だよなぁ。これは悩みどころだ。

 

 ちなみに牡蠣といえば、生で食べると食中毒の危険性があるのは広く知られているところだが、俺の場合は『毒治療キュア・ポイズン』や『病気治療キュア・ディズィーズ』であらかじめ病原菌を排除できるので何も問題はない。魔法万歳。

 

「ククク……メス牡蠣(ガキ)め、わからせてやるぜ」

 

 そんな邪悪な台詞を口にし、さてどうやって食べてやろうかと考えながら、海から島へと戻った時だった。

 

「GYAOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

 突然、そんなクソデカ咆哮と共に、上空から炎の塊が降ってきた。

 

「うっぜ。何だいきなり」

 

 俺はそれを無詠唱『水鏡反射(リフレクトミラー)』で跳ね返しつつ、下手人の姿を見てやろうと視線を上空に向けた。

 

 すると、そこに居たのは赤茶色のドラゴンだった。俺が打ち返した、自分の口から放たれた火球が、その顔面に直撃している。

 

 しかしながら、ドラゴンは火属性に対して非常に高い耐性を持っているため、大してダメージを受けた様子はなく、バサバサと翼を羽ばたかせながら、忌々しそうにこちらを見下ろしている。

 

「なんだ……ドラゴンか」

 

 初めて見るリアルドラゴンは中々の迫力だが、ドラゴンなんぞLAO時代に山ほど狩ったし見飽きているので、大して感動するわけでもない。

 

「これから飯の時間なんでな、お前の相手をするほど暇じゃあないんだ。さっき採ったワカメやるから、大人しく巣に帰れ。ハウス!」

 

 シッシッと追い払う仕草をしながらそう言うと、ドラゴンは怒った様子で、口から火の玉を連続で吐き出してきた。

 

 俺はそれを『水の壁(アクアウォール)』という、文字通り水で出来た壁を生成する魔法で阻む。

 水属性魔法に特化したアルティリアが使うこの魔法の耐久力は相当のもので、生半可な遠距離攻撃ならば、これ一つで防ぎきる事ができる。

 

「『水精霊召喚(サモン・ウンディーネ)』」

 

 続いて、俺は魔法で水精霊(ウンディーネ)を召喚する。召喚されたのは、体が水で形成された、幼い少女の姿をした精霊だ。

 全く同じ容姿の精霊が、俺の目の前に8体同時に召喚される。呼び出された精霊達は一斉に、俺に向かって跪いた。

 

「『攻撃命令(アタックオーダー)氷鴉形態(アイスレイヴンフォーム)』」

 

 命令を待つ精霊達に対して、技能を使って攻撃の指示を出す。すると少女の姿をした精霊達は、氷で出来た鴉の姿をとった。

 

 鴉と化した精霊達が一斉に飛び立ち、上空のドラゴンを包囲する。

 

 水は決まった形を持たず、どんな形にも変化する事ができる。その特性は水精霊も持ち合わせており、水精霊使いは使役する水精霊を様々な形態に変化させて戦う事が可能だ。

 

 この汎用性・多様性こそが、水精霊使いの真骨頂である。

 

「やれ」

 

 鴉たちが全包囲から、ドラゴンに向かって無数の羽を飛ばした。

 その羽も当然、氷で出来ており、無数の小さな氷片がドラゴンの体に突き刺さる。

 

 大半のドラゴンは火に対しては高い耐性を持つが、その反面、氷に弱い個体が多い。このドラゴンも例に漏れず氷に弱いようで、効果は抜群だ。

 

 その攻撃でドラゴンをある程度弱らせたところで、俺は精霊達に攻撃を停止するように命令した。その上で、

 

「力の差はわかっただろう。見逃してやるからさっさと帰れ」

 

 そう告げると、ドラゴンは数秒間、こちらをじっと観察していたが、これ以上戦えば次は殺されると悟ったのか、こちらに背を向けて飛び去っていった。

 

 これにて危機――と呼べるほど大したものではないが――は去り、海に平和が戻った……と、言いたいところだが……

 

 生憎、本番はまだ始まってすらいない。

 

「そこの覗き見野郎、出てこい!」

 

 俺は振り向きざまに、無詠唱で『水の弾丸(アクアバレット)』を放った。俺が水弾を放った場所は、一見して何もない空間のように見えるが……

 

「おやおや……流石でございます。見抜かれていましたか」

 

 水の弾丸が、何かに命中して弾け飛ぶと、そこに一体の魔物が現れた。

 それは人型の魔物であり、道化師(ピエロ)のような恰好をした、長身の男だ。ただし肌は青白く、髪や目の色は妖しげな紫色で、山羊のような二本の巻き角や、細長い尻尾が生えているあたり、どう見ても人間ではない。

 

 そいつは右手で魔力の盾を生成し、俺が放った水弾を受け止めていた。

 

 この男が、先程からずっと『透明化(インビジヴィリティ)』の魔法か何かを使って、隠れて俺を覗き見していた者の正体だ。

 だが、エルフの目は魔力の流れを視る事に長けており、聴覚も人間より優れている為、透明化した程度でバレないと思う浅はかさは愚かしい。

 こいつが観察している事に気付いていたからこそ、俺は先程のドラゴンとの戦いで、思いっきり手を抜いていたのだ。

 

「ワタクシ、地獄の道化師(ヘルズ・クラウン)と申します。どうぞお見知りおき下さいませ、美しき女神よ」

 

 道化師はそう言って、うさんくさい笑みを浮かべながら、慇懃に礼をした。

 

「アルティリアだ。それで地獄の覗き魔(ヘルズ・ピーピングトム)とやら、一体何のつもりで私を見ていた?」

 

 相手の名前を改変しながら、挑発的にそう問いかけると、薄ら笑いが僅かに引きつるが、すぐに取り繕って、作り笑いを継続する。

 

「フフ……突然現れた女神様に興味が湧きましてね。ぜひ、その力をこの目で確認させていただこうと思った次第でございます。不快に思われたならば申し訳ございません」

 

 そう言って頭を下げてくるが、全く罪悪感など感じておらず、口先だけの謝罪である事は、その慇懃無礼な態度から明白だ。

 

「さっきのトカゲはお前の差し金か。あの程度の相手で測れると思われていたとは、随分と甘く見られたものだ」

 

「いやはや、B級魔物の火竜を歯牙にもかけないとは、素晴らしい力でございます。退屈させてしまったお詫びといっては何ですが……次はこのワタクシとひとつ、ダンスでもいかがですかな?」

 

 ふざけた態度の中に殺気を隠しながら、地獄の道化師が邪悪な笑みを浮かべる。

 どうやら、さっきのドラゴンよりは面倒な敵のようだ。少しばかり本気を出す必要があるかもしれない。



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第16話 ロイドの霊圧が……消えた……?

 地獄の道化師と名乗ったモンスターが呪文を唱えると、奴の手元に五つの火の玉が生成された。火属性魔法『火球(ファイアボール)』による物だろう。

 初級魔法とはいえ、なかなかの大きさと威力のものを五つ同時に操れるとは、それなりに魔法に長けているようだ。

 地獄の道化師はそれを、器用にくるくるとジャグリングする。流石に道化師を名乗るだけあって、お手玉は得意なようだ。

 

「では、参ります」

 

 そう言って、地獄の道化師が五つの火球を連続でこちらに放ってくる。見た感じ、なかなかの速度と威力のようだが、

 

「『水の弾丸(アクアバレット)拡散(マルチプル)』」

 

 俺はそれを、拡散形態の水弾で迎撃する。

 合計60発の水の弾丸(アクアバレット)の内、半分の30発を使用し、敵が放った魔力球ひとつにつき、6発の水弾で迎撃・相殺し、それと同時に残りの半分を使って、敵本体に対して波状攻撃を仕掛ける。

 

「おおっと。流石でございます」

 

 地獄の道化師は全包囲から次々と襲いかかる三十発の水の弾丸を、魔力障壁を張って防御した。奴の張った障壁によって、俺の水弾は全て弾かれてしまい、ダメージが通った様子は無い。地獄の道化師はニヤニヤと余裕の笑みを浮かべている。

 低級魔法で、しかも威力の弱い拡散形態とはいえど、俺の魔法を無傷で防ぐとは、なかなか大した魔力の持ち主のようだが、しかし……

 

「その余裕が命取りだ。『氷槍(アイススピア)貫通(ペネトレイト)』!」

 

 俺は巨大な氷の槍を生み出し、高速で敵にぶつける魔法『氷槍(アイススピア)』の、防御貫通に特化させた形態を発動させた。

 回避がほぼ不可能な拡散形態の水の弾丸で防御(ガード)を強要し、貫通形態の氷槍でその防御を崩す。LAOでは水魔法使いの定番コンボの一つだ。

 広く知れ渡っている為、対人ではなかなか決まるような物じゃないが、初見の相手や防御技持ちのモンスター相手には有効打となる。

 

「――ッ!!『短距離転移(ショートテレポート)』!」

 

 地獄の道化師が、短い距離を瞬間移動する魔法『短距離転移』を使って、その攻撃を回避した。

 この魔法はごく僅かな時間だが転移中は無敵状態になり、危険な攻撃を安全に回避できるため、防御が薄い魔法使いにとっては便利な回避手段である。

 また魔法戦士にとっては、安全に敵との距離を詰めたり、背後や側面に回り込む攻撃手段としても使用可能だ。今まさに、地獄の道化師がやろうとしているように。

 

「はい、読み通り」

 

「ぬおっ!?」

 

 短距離転移で氷槍を回避しつつ、俺の背後に回り込んで爪による攻撃を仕掛けようとしていた地獄の道化師だったが、そんな安直な反撃は予想の範疇である。

 先程のドラゴンを追い払う際に召喚していた8体の水精霊を、俺は水中に潜ませていた。そのうちの一体が水中から飛び出し、背後から俺を攻撃しようとしていた地獄の道化師の背中にドロップキックをお見舞いしたのだ。

 そして、体勢が崩れて隙だらけになった所を見逃してやるほど、俺は甘くない。

 

「こいつは痛いぞ。歯ぁ食いしばれ」

 

 俺は水属性魔法『水鞭(アクア・ウィップ)』を使い、水を幾つもの鞭の形に変化させ、それらを操って連続でブッ叩く。

 

「ぐぬ……おおおおおっ……!」

 

 数発叩いてやったところで、奴はたまらず再び『短距離転移』を唱えて、俺から距離を取った。

 

「ふふ……ふ……いやはや素晴らしい、まさかこれほどお強いとは」

 

 鞭で叩かれるのは流石に痛かったようで、ちょっと辛そうな感じではあるが、まだまだ元気いっぱいだとアピールするかのように作り笑いを浮かべて、奴は拍手をして俺を称賛する。

 それに対して、俺は嫌悪感を隠す素振りすら見せずに答える。

 

「そいつはどうも。それで、もう茶番は終わりでいいのか、三下」

 

 俺がそう言ってやると、地獄の道化師は眉をピクリと動かした。俺は思いっきり馬鹿にするように笑顔を作り、続けざまに言う。

 

「何だ、まさか気付いていないとか、今まで本気で戦っていたとでも思っていたか?お目出たいのは見た目だけにしておけよ。今までのは手加減して、軽く遊んでやっていただけの事だ。そちらもやっていた事だ、文句は言うまいな?」

 

 俺はこいつが、俺の力を測るために舐めプをしていた事になど、とっくに気が付いていた。

 何故かというと、俺は『敵情報解析(アナライズ)』という技能(アビリティ)によって、指定した敵の能力値や職業、使える技や魔法といった情報を知る事が出来るからだ。

 『敵情報解析』はLAOのプレイヤーならば、誰でも使える代物だ。相手が自分よりも格下ならば、短時間の観察でほぼ全ての情報が筒抜けになり、逆に格上相手だと、何度も戦わないと全ての情報を抜く事は難しい。

 そしてこの地獄の道化師の情報は、俺の目には全て丸見えである。その強さは……この間倒したイカや、先程のドラゴンに比べるとだいぶマシではあるが、それでも俺からすれば余裕で倒せる程度の相手だ。

 さっきまで初級魔法だけで戦っていたのは、そんなクソ雑魚が大物ヅラしてこっちの力を試そうとしてきやがったので、少しからかってやったまでの事だ。

 

 力を測るつもりが、自分が遊ばれていた事にようやく気付き、地獄の道化師の作り笑いが初めて歪む。

 

「理解したなら、さっさと雇い主の所に帰って泣きつくがいい。ああ……それと、次はもう少しマシな奴を送ってこいと伝えておいてくれ」

 

「ク……ククク……!この屈辱、忘れませんよ……!」

 

 歪んだ笑いを浮かべながら、捨て台詞を吐いて逃げ帰ろうとする地獄の道化師だったが、その去り際に、

 

「む……?」

 

 と、何か電波でも受信したかのように、体の動きと表情が止まった。

 しばらくそうやって固まっていた地獄の道化師は、やがてニタァァ……と、気色悪い満面の笑みをこちらに向けてきた。

 

「そういえば、失礼ながらひとつ、お伝えし忘れていた事がございました」

 

 心底可笑しそうな様子で、地獄の道化師は言う。

 

「実はつい先程まで、ワタクシの同輩が、貴女様の信者の所にお邪魔していたのですが……」

 

 信者……というと、ロイド達の事だろうか。

 

「……ほう。それでどうなった?」

 

 嫌な予感がしつつ、それを表情に出さないようにしながら、俺はそう訊ねる。

 仮にこいつと同格のモンスターが相手となると、ロイド達が相手をするにはだいぶ厳しい……いや、はっきり言って絶望的だ。

 

「ククク……それがあの男、人間相手にボロ負けして逃げ帰ったようで!いやはや全くもってザマぁ無いですな!おめでとうございます女神様、貴女様の信者は見事に大勝利いたしましたとも!」

 

 ……そうか、ロイド達は勝ったか。

 仮に相手がこいつと同格だったとして、よく勝てたものだと感心するが……まあ、他にも仲間がいて、上手くやったという事だろうか。

 

 ……だが、そこで俺は違和感に気が付いた。

 何故こいつはそんな、俺にとってのグッドニュースを嬉々として語っている?

 

 俺がそれに気が付いた時、奴は三日月形の口を耳まで裂けるくらいに広げて、

 

「しかしながらその代償に、彼らのリーダーの方が瀕死の重傷を負ってしまったようで!いやはや誠にご愁傷様でございますッ!ですが人間の身でA級魔物(モンスター)を撃退した偉業の前では、実に些細な犠牲と言えるでしょうなあ!クッ、クハハハハハハ!」

 

 そう告げて、ゲラゲラと笑うゲス野郎を前に、俺はEX職業『小神(マイナー・ゴッド)』の技能、『信者の状態把握』を発動させた。

 それによって、俺は信者の名前や大体の居場所、状態を知る事ができるのだが……それによって表示されたリストの一番上に、その名前はあった。

 

 

 名前:ロイド=アストレア

 居場所:港町グランディーノ近郊

 状態:瀕死

 

 

 奴の言った事は事実だった。

 ロイドの命の火は、もう間もなく消えようとしている。

 それを見た俺は、道具袋からあるアイテムを取り出した。

 

「良い事を教えてくれた礼に、私からもお前に教えておきたい事が二つある」

 

「ほう……?ご拝聴いたしましょう」

 

「まず一つ目だが……この宝玉には、とある魔法が篭められていてな。使い捨てだが、誰でも中に篭められた魔法を使う事ができる優れモノだ」

 

 アイテム袋から取り出した物は、消耗品の魔法のオーブだ。効果はたった今述べた通りで、使う事で魔法が発動する便利アイテムである。

 

「何と、そのような物があったとは驚きでございます。それも女神様が作られた秘宝という事ですか」

 

「いいや、ただの課金アイテムだが……まあそんな事はどうでもいい。本題はこの宝玉に篭められた魔法についてだ」

 

 LAOの課金アイテムの中には、特定の最上級魔法を発動するオーブも存在する。これはその中の一つだ。

 

「これに篭められた魔法は、『上位完全蘇生(グレーター・フルリザレクション)』。対象一人を死から復活させ、更にデスペナルティ……死から復活する際に受ける、能力の低下なども完全に無効化する事ができる」

 

 デスペナ無しでHP全快の状態で復活させる上位完全蘇生の宝玉は、LAOではよく使われる人気のアイテムだ。

 1個50円で購入可能で、11個500円のセット販売もされている他、ログインボーナスで配布されたり、ガチャの外れ枠に紛れ込んでいたりする為、ワールドボス戦などでは湯水のように使われる。

 俺はそれを、水精霊の内の一体に投げ渡した。

 

「それを使ってロイドを蘇生(リザ)してきてくれ。頼んだぞ」

 

 宝玉を受け取った水精霊は、各形態の中で最も移動速度が速い天馬(ペガサス)形態《フォーム》に変身すると、宝玉を口に咥えて南の方角に向かって飛んでいった。

 地獄の道化師は、それを呆気に取られた様子で見送っていたが、すぐに正気に戻り、『転移(テレポート)』の魔法を発動させようとする。

 ロイド達のところに転移で先回りをしようとしたのか、それとも俺がそんな便利アイテムを持っていた事を上司に報告しようとしたのか……それは俺には知りようがないし、どうでも良い事だ。

 俺は即座に『魔法妨害(マジック・ジャマー)』の魔法を使い、転移の詠唱を強制的に中断させて、言った。

 

「なっ……」

 

「どこに行こうというのだね。教える事は二つあると言っただろう?」

 

 圧を込めてそう言いながら、俺は魔法を発動させる。

 先程まで手加減していた初級魔法ではなく、本気のヤツをだ。

 

「二つ目、お前の死因を教えてやろう。私を本気で怒らせた事だ」

 

 まず最初に発動したのは、『水の牢獄(アクア・ジェイル)』。

 対象を包み込むように水の塊を出現させ、その中に相手を強制的に閉じ込める魔法だ。

 それによって地獄の道化師が水の塊の中に閉じ込められる。空中に浮かんでいた筈が、いきなり水の中に放り込まれて驚愕の表情を浮かべている。

 

 『水の牢獄』の持続時間は短く、水属性魔法に特化した俺が使っても、せいぜい15秒ほどだ。それでも厄介な敵を15秒間も強制的に水に閉じ込め、足止めできる便利な魔法ではあるのだが……この魔法の真価は、他の魔法との組み合わせにある。

 何しろ、15秒間も水中でろくに身動きができないのだ。その間に他の魔法でボコボコにしたり、大技の準備をしたりとやりたい放題なのだから。

 しかし今回は、そんな面倒な事はしない。

 

「『氷の棺(アイス・コフィン)』」

 

 俺は相手を氷の塊に閉じ込め、凍結させる魔法を『水の牢獄』の上に重ねて発動させた。これによって、地獄の道化師を完全に閉じ込めた俺は、さっきロイドを蘇生させるために向かわせた子を除く、七体の水精霊に命令した。

 

「このゴミを海底に捨ててきてくれ。なるべく深いところにな」

 

 水精霊たちは頷き、力を合わせて俺が凍らせた塊を持ち、海中に潜っていった。

 

「これで良し……と。しかし、あんなのが出てくるとはな……」

 

 俺にとっては大した事のない相手だったが、A級魔物(モンスター)とか言っていたし、ロイド達のようなこの世界の人間にとっては脅威的な相手なのだろう。

 何故いきなり出てきたのかは不明だが、どうやら俺の事を知っていた様子だったし、どうやら他にも似たような奴が居るようだ。

 警戒し、備える必要があるのかもしれない。



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第17話 紅蓮の騎士※

 遠く離れた海域で、アルティリアがドラゴンや、それを操る地獄の道化師の襲撃を受けていたのと同じ頃。

 殺人蜂(キラービー)の群れと、それを指揮していた殺人女王蜂(キラービー・クイーン)の討伐に成功した冒険者達は、勝利に沸いていた。

 ひとしきり騒いだ後、彼らは襲われた人の治療や避難、状況確認などを行なっていた。

 今回の仕事は、ただ魔物を倒して終わりという訳にはいかない。このような大規模の集団が街の近くまで襲来するような事は殆ど前例が無く、あと少し対応が遅れたり、魔物に敗北したりするような事態になれば、大惨事になっていただろう。

 今後の対策の為にも、群れの規模や被害状況などの正確な情報を纏める必要があり、突発的な襲撃の原因や、その手がかりを探る必要もある。その為、彼らは討伐が終わった後も、この場に残って仕事を続けている。

 

「おいロイド、お前も治療を受けておけよ」

 

 今回の討伐において、女王蜂を討ち取った功労者、ロイド=アストレアは、先輩の冒険者からそんな言葉をかけられた。

 

「いや、これくらい掠り傷ですよ」

 

 そう言って仕事に戻ろうとするロイドだったが、その反論を聞いた先輩冒険者に頭を小突かれる。

 

「あ痛っ」

 

「馬鹿野郎、掠り傷だからって甘く見るんじゃねえ。毒とか食らってるかもしれねえし、傷口が化膿でもしたら大変だろうが」

 

「おう、その通りだ。あんだけ戦って疲れただろ。する必要の無い場面で無理するこたぁ無えぜ」

 

「大体お前、あれだけ大活躍したんだから十分だろ?俺達にも仕事を残してくれや」

 

 その言葉に、周りにいた他の冒険者たちも便乗して、口々にロイドに休むように言ってきたので、その言葉に甘えてロイドは休憩を取り、治療を受ける事にした。

 ロイドは地べたに座り、腰に吊るした水筒を手に取り、中身を飲み干す。水筒に入っているのは、出発前に『水の創造(クリエイトウォーター)』の魔法で作った水だ。激闘で疲れきった体と乾いた喉に、澄みきった水が染み渡る。

 魔法で作った水は、傷口を洗い流すのにも有用だ。混ざり物のない綺麗な水で洗う事で、傷の悪化や化膿を防ぐ事に一役買っていた。

 

 ロイドは治療を受けた後に、休憩しながら装備の手入れをしていたが、そんな彼のもとに、柔和な顔立ちの、金髪の神官がやってきた。なし崩し的に一緒に戦う事になった協力者である、神官のクリストフだ。彼は、一人の男を伴っていた。

 

 クリストフの紹介によれば、貴族の男は彼らが神殿建設の許可を得るために訪ねようとしていた、この地方を治める若き領主、ケッヘル伯爵その人であった。

 その領主もまた、女神の噂を聞きつけて部下に調査をさせたところ、どうやら神の降臨は事実であるようだとの証言を得た為、実際にロイド達に会うつもりでグランディーノを目指していたらしい。

 その際に、幼い娘が自分も行きたいと駄々をこねた。真っ当な領主ともなれば多忙の身なのは当然であり、ましてやこの領主は若くして先代当主の父を亡くし、伯爵家を継いで以来、精力的に領地の発展に力を尽くしてきた俊英だ。

 それゆえに一人娘と共に過ごす時間がなかなか作れない為、寂しい思いをさせている埋め合わせとして同行を許したのだが、まさかそこで魔物の大群の襲撃に鉢合わせるとは予想だにしなかった事だろう。

 

「ありがとう。君達が居なかったら今頃は……。神殿の建築は勿論、女神様に関する事については最大限の協力をしよう」

 

 期せずして領主の信頼を得る事が出来、神殿の建造に向けて一歩前進したロイド達は、後日詳細な話し合いをする事を領主と約束し、別れた。

 

「バーツ、お前達は先に領主様たちを町まで護衛してくれ」

 

「へい、兄貴!蜂退治じゃああんまり活躍できなかった分、命に代えても領主様を無事に町まで送り届けまさぁ」

 

 万が一の再襲撃に備えて、元々いた少数の兵士達に加えて、冒険者達も町まで領主親子を護衛する事となった。そのメンバーはバーツ達、最下級のFランクおよび、その一つ上のEランクの冒険者達だが、下級とはいえ立派な冒険者だ。最悪でも、体を張って領主達を逃がすくらいはやってくれる筈だ。

 そんな張り切った様子を見せるバーツに、領主が声をかける。

 

「どうかよろしく頼む。頼りにしているよ」

 

「へ、へい!お任せくだせえ!よし、行くぞ野郎共!」

 

 雲の上の存在である領主から声をかけられ、どもりながらバーツは他の冒険者達に声をかけ、領主一行や残っていた民間人を連れて出発した。

 彼らを見送り、その姿が見えなくなると、残りの冒険者達がロイドのもとに集まってきた。先の殺人蜂退治でも中核となって動いていた、B~Dランクの中・上級冒険者達だ。

 

「ロイド、お前達のパーティーも先に戻っていろ。神官さんもだ」

 

「申し訳ないですがお断りしますよ。それに今から逃げるのは、ちょっと無理そうですしね……」

 

 そう言ってロイドが、そして冒険者達が一斉に森の奥へと鋭い目を向ける。すると、そこから一人の人物が現れた。

 いや、人物……という記述は正確ではないかもしれない。それはあくまで、その存在が人型をしているからという理由でそう記しただけの話で、正確に言うならば、それは人間ではなかった。

 

 人型の魔物だ。

 それは全身を、燃え盛る炎のような赤い甲冑に身を包み、背中にその背丈ほどもある長い大剣を背負った、騎士のような男だった。

 身長は2メートルを優に超える、巌のような巨漢だ。そして甲冑に包まれたその巨大な体躯は、めらめらと燃える炎に包まれており、鎧の隙間からは高温の蒸気が噴き出している。明らかに人間ではない。

 その姿を見るだけで、先刻撃破した殺人女王蜂(キラービー・クイーン)など足元にも及ばないと理解できるほどの、圧倒的な力と存在感を持った魔物だ。

 その存在に気が付いた為、この場に残った者達は、先に領主や一般人と共に、下級の冒険者達を逃がしたのだった。

 

「あれはまずいぞ……最低でもB級上位、下手すれば……いや、ほぼ確実にA級魔物(モンスター)だ!」

 

 A級魔物は、下位の個体でも大都市を、上位ならば単体で国一つを滅ぼす事が出来るレベルの、現在確認されている中で最上級の強さと危険度を持つ魔物だ。

 その更に上に、全世界を相手に戦える、あるいは滅ぼせるような超位存在であるS級魔物というのも存在するが、そういった物は伝説や神話の中にしか存在せず、現代でそれらの存在は確認されていない。

 

「しかしあの野郎、どういうつもりだ?わざわざ領主様たちを逃がすのを待ってくれてたような、絶妙なタイミングで出てきやがったが……」

 

 現れた騎士のような姿の魔物を睨みながら、冒険者の一人が疑問を口にした時だった。

 

「肯定する。力無き者を手にかけるのは、騎士道に反する故」

 

 彼の言葉に対し、魔物がくぐもった声でそう回答したのだった。

 

「なっ……こいつ、喋ったぞ!?」

 

「言葉を話す魔物だと……」

 

 その事実に驚愕する冒険者達を前に、その魔物は堂々と名乗りを上げる。

 

「我は魔神将■■■■■様に仕える『紅蓮の騎士』。女神の信徒の力を確かめる為にここに来た」

 

 彼の言葉に衝撃が走る。

 その名前は何らかの力が働いたのか、誰にも聞き取る事は出来なかったが、目の前の魔物は確かにこう言った。

 

 『魔神将』と。

 

「馬鹿な……魔神将だと……!?」

 

 人類の……否、世界そのものの敵であり、過去に何度か現れては世界に災厄をもたらし、英雄達との激戦の末に討ち滅ぼされたという、伝説上の存在。

 その直属の部下が目の前に現れたという事実に、冒険者達は戦慄した。

 

「……やはり、既に動き出していましたか」

 

 その存在を予見していたクリストフも、その部下を名乗る魔物が目の前に現れた事で、驚きを隠しきれない様子だ。

 

「女神の信徒。貴様らの力は現状では取るに足らぬ物だが、その成長は侮れぬ。そして貴様らに力を与えている女神の存在は、我が主の脅威となり得ると判断した。よってこの場で、貴様らを討つ」

 

 そう言って、紅蓮の騎士は背負っていた大剣を抜き放った。その刀身もまた、燃える炎に包まれている。

 

「……ちょっと待て。まるで俺達を殺す事で、女神様に対して何か影響があるかのような物言いだな?」

 

「気付いていなかったのか?信徒が神から加護を得るように、神もまた信徒の信仰によって力を得る。よって貴様らのような力ある信徒を殺し、減らす事で神の力を削ぐ事が我の目的だ」

 

 冒険者の一人が鋭い指摘をすると、紅蓮の騎士はそれに対して律儀に回答をした。その情報を知られようとも、どうせこれから全員殺すのだから構わないとでも思っているのだろう。

 

「……ご丁寧にどうも。だがそれを聞かされちゃあ、はいそうですかと死んでやる訳にもいかねえな」

 

「ああ。俺達の信仰が女神様の力になるっていうなら、何が何でも生き残らなきゃならねえ」

 

 冒険者達が闘志を燃やし、紅蓮の騎士に立ち向かう。

 あまりにも絶望的な戦力差の戦いだが、後に引く訳にはいかない。

 決死の戦いが幕を開けた。



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第18話 決着、そして復活の奇跡※

 突如襲来したA級魔物(モンスター)・紅蓮の騎士と、港町グランディーノを拠点とする十数人の冒険者達との戦いが始まって、数分が経過した。

 たったそれだけの時間で、冒険者達は全員が疲労困憊、満身創痍といった有様であり、対する紅蓮の騎士は単体で彼ら全員を相手取りながら、その巨体は小動(こゆるぎ)もせず、大剣を構えて堂々と大地に立っていた。

 

「つ、強すぎる……」

 

「これが……A級魔物……!」

 

 今にも大地に膝を突きそうになりながらも、痛みに耐えて武器を支えにして立ち続け、立ち塞がる強大な敵を睨みつける冒険者達。しかし、彼らの体力はこの短時間の戦いで既に底を突きかけており、立っているのがやっとの様相だ。

 

 それは戦いというより、一方的な蹂躙であった。

 何しろ、こちらの武器による攻撃が全く通用しないのだ。紅蓮の騎士が身に纏っている業火と高温の蒸気は、近付くだけでも冒険者達の肌を焼き、体力を否応なしに消耗させる。

 そして、紅蓮の騎士が振るうのは刀身が炎に包まれた重厚な大剣。それが振るわれるたびに、鋼鉄製の剣や盾が、それによってバターのように溶断されるという理不尽さだ。死人はまだ出ていないが、武器を破壊されて戦闘続行が難しい者や、重傷を負って倒れた者が何人もいる。既に、冒険者達の戦力は半壊していた。

 

「まだまだああああああッ!」

 

 そんな敗北寸前の絶望的な状況の中、一人だけ気を吐いている男がいる。彼の名はロイド=アストレア。ランクは最下級のFランクながら活躍を続け、注目されている新進気鋭の新人冒険者にして、女神アルティリアの第一の信徒だ。

 彼が持つ刀『村雨』はアルティリアから授けられた品で、常に刀身から水が湧き出る魔法の武器だ。

 そんな水を纏う武器の特性によって、ロイドは紅蓮の騎士と正面から打ち合う事が出来ていた。

 ロイドと紅蓮の騎士が同時に斬撃を放ち、それらが両者の間で激しくぶつかり合う。するとたちまち、ロイドの持つ村雨が纏う水が、炎剣が放つ熱によって沸騰・蒸発して水蒸気を撒き散らす。

 同時に、紅蓮の騎士が持つ大剣が纏う炎が、村雨の刀身から出る水によって鎮火していく。

 

「女神より授かりし武器……我が剣の炎をかき消すとは、流石と言っておこう。だが使い手がこれほど非力ではなあッ!」

 

「何っ!?ぐわぁっ!!」

 

 あらゆる面で正反対の特性を持つ武器同士のぶつかり合い……その勝敗を分けたのは、使い手の力量の差だった。

 紅蓮の騎士のパワーに押し負け、かろうじて柄を全力で握りしめることで武器が弾かれるのは防いだものの、ロイドは大きく吹き飛ばされ、地面を転がった。

 

「お(かしら)ぁっ!てめえ、よくもっ!」

 

 それを見て激昂したのは、海賊時代から付き従うロイドの部下達だ。彼らは一斉に水属性魔法『水の弾丸(アクアバレット)』を放ち、ロイドを援護しようとする。他の冒険者達も、動ける者は彼らに倣い、魔法を放った。しかし……

 

「ふんっ、ぬるいわ!」

 

 紅蓮の騎士が全身に力を篭めると、彼が身に纏う熱気や炎が一層激しくなり、それによって水の弾丸が、着弾する前に蒸発させられてしまう。

 この短い戦いの間に、冒険者たちが何度も目にした光景だ。

 

「何度放とうと無駄な事。我が爆炎闘気の前に、そのような貧弱な魔法は通用せぬ」

 

 全く意に介していない様子の紅蓮の騎士だったが、その直後に一人の少女が杖を振りかぶりながら放った魔法を見て、頭部全体を覆う兜に隠された目を見開いた。

 

「だったら、こいつはどう!?『氷槍(アイススピア)』!!」

 

 『魔力凝縮(コンセントレイト・マナ)』『魔法増幅(マジックブースト)』といった魔法使いの技能をフルに使って強化した、必殺の魔法を放ったのは、先程の戦いの際にロイド達のパーティーに加入した魔術師(メイジ)の少女、リンだ。

 彼女が放った巨大な氷の槍が、紅蓮の騎士に向かってまっすぐに突き進む。

 

 冒険者達が放った水弾は囮であり、本命はリンが放った氷槍の一撃だった。

 

「こ、これは……ぬおおおおおっ!」

 

 紅蓮の騎士が、その手に握った大剣を振るって、氷の槍を受け止める。しかし今度は簡単に受け止める事は出来なかったようで、紅蓮の騎士の体が徐々に押されていき、そして……

 

「ぬうっ!?」

 

 氷槍が遂に、紅蓮の騎士が持つ大剣を弾き飛ばした。弾かれた大剣は回転しながら放物線を描き、離れた地面に突き刺さる。

 しかし同時に氷槍も軌道を逸らされ、敵に命中する事はなかったが、敵の武器を弾き飛ばす事には成功した。

 そして武器を失った敵に、復帰したロイドが襲い掛かる。

 

「こいつで終わりだああああっ!」

 

 仲間が時間を稼いでいる間にクリストフの回復魔法を受け、体力を取り戻したロイドが跳躍し、村正を大上段に構える。

 すると殺人女王蜂(キラービー・クイーン)を倒した時と同じように、刀身から大量の水が急激に湧き出て、巨大な水の刀身を作る。ロイドはそれを、重力に従って真下に向かって振り下ろした。

 対する紅蓮の騎士は、身に纏う爆炎闘気を最大限に開放し、ロイドの攻撃を防御する。

 その攻防の結果は……短い拮抗の末に、ロイドの斬撃が爆炎闘気の防御を突き破り、遂に紅蓮の騎士の体へと、その攻撃を届かせたのだった。

 

「やったか!?」

 

 その光景を見た冒険者の一人が、思わず禁句(タブー)を口にした。

 だからという訳ではないだろうが、ロイドの攻撃によって地面に片膝を付き、決して小さくないダメージを受けたであろう紅蓮の騎士が、ゆっくりと立ち上がり、冒険者達を睥睨する。

 

「フゥー……油断したわ。まさか、我が膝を地に付けるとは……」

 

 紅蓮の騎士が、屈辱と賞賛の入り混じった声でそう呟いた。

 その身を包む爆炎闘気は小さく、消えかけているものの、未だに戦闘不能には至っていない様子である。

 紅蓮の騎士はゆっくりと立ち上がると、素手で構えを取った。右腕を真上に掲げて天に向け、逆に左腕はだらりと下げて地に向ける。

 アルティリアが見れば、空手の天地上下の構えとよく似ているという感想が出てくるだろうが、この異世界の住人にとっては、初めて見る異様な構えであった。

 

「かくなる上は、奥義をもって貴様らを葬ろう!」

 

 紅蓮の騎士がそう言った瞬間、彼の身を包む爆炎闘気が全て、その天地に向けられた両手へと集中・極大化する。それと共に放たれた凄まじい殺気を浴び、逃げ出したくなる気持ちを冒険者達は必死に抑える。

 

「撃たせるなあああ!あれはまずい、発動を許したら死ぬぞ!」

 

 冒険者の一人が口にしたその言葉は事実その通りだと、その場に居た全員が本能で理解していた。

 彼らは一斉に、紅蓮の騎士へと攻撃を仕掛けるが……

 

「遅い!」

 

 紅蓮の騎士が力強く大地を踏みしめると、その地点から凄まじい熱波が周囲に拡散し、それを浴びた冒険者達の動きが、ほんの僅かな時間だが止まってしまう。

 そして、その僅かな時間があれば、紅蓮の騎士には十分だった。

 紅蓮の騎士が、炎に包まれた両腕を大きく回した後に、正面に向かって突き出し、

 

「『火竜破』ァッッ!!」

 

 その掌から放たれるのは、(ドラゴン)の形をした紅蓮の業火。必殺の一撃が放たれ、冒険者達を呑み込まんと迫る。

 それを目の当たりにして、ロイドは死を覚悟した。

 死を目前にして、ロイドの脳裏に走馬燈の如く、これまでの人生の記憶が蘇ってきた。

 父の死と逃亡生活。

 貧しい生活の中、自分達を育ててくれた母の横顔。

 自分を慕う弟や妹の笑顔。

 冤罪で軍を追われた時の、自分を陥れた男の醜悪な嘲笑。

 行き場の無いごろつき共を従え、海賊稼業に精を出した日々。

 それらの思い出が次々と目の前に現れては消えていき、そして……女神(アルティリア)と出会った瞬間を想起した瞬間、天啓の如き閃きが、ロイドの脳を走る。

 

 あの時、巨大なクラーケンを一撃で押し流した、奇跡のような一撃。

 ロイドはそれを望み、一心に祈る。

 

「アルティリア様……俺に力を!」

 

 己の全てを注ぎ込み、ロイドはその呪文を唱えた。

 

「『激流衝(アクア・ストリーム)』!!」

 

 渦巻く激流が、ロイドの持つ村雨から放たれ、炎の竜を迎え撃つ。

 ロイドが放った乾坤一擲の魔法が、敵の奥義を貫く。それだけではなく、そのまま紅蓮の騎士本人ごと飲み込んでいく。

 

「ば、馬鹿な!ぐわああああああああ!」

 

 『激流衝』が直撃し、大量の流水に紅蓮の騎士が吹き飛ばされる。

 その奇跡的な勝利を目の前にして、冒険者達、そしてそれを放ったロイド本人も、歓声を上げる事も忘れて呆然とした表情をしている。

 

「勝った……のか……?」

 

 誰かがそう呟いた時だった。

 倒れていた紅蓮の騎士が、ぎこちない動きで体を起こし、よろよろと起き上がった。

 まだ動けるのか、と警戒する冒険者達だったが……

 

「見事だ……。この戦い、貴様らの勝ちだ……」

 

 紅蓮の騎士は、自らの敗北を認めた。先程まで放っていた殺気や戦意は消えており、これ以上戦うつもりは無い様子だ。

 紅蓮の騎士は、ロイドへと視線を向けて尋ねた。

 

「女神の信徒……名を聞いておこう」

 

「……ロイド。ロイド=アストレアだ」

 

「その名前、憶えておこう、ロイド=アストレア。いずれ、もっと強くなった貴様と戦いたかったが……残念ながら、その機会が訪れる事はなさそうだ」

 

 その言葉の意味を、冒険者達が問おうとした瞬間だった。

 

「がふっ……」

 

 ロイドが、口から大量の血を吐き出し、その場に膝を突いた。

 

「ロイドッ!?」

 

「どうした!?おい、しっかりしろ!」

 

 冒険者達は、突然吐血したロイドに慌てて駆け寄り、彼を介抱しようとする。

 

「我に勝利した事、誇りに思いながら逝くがいい。さらばだ、強き戦士よ」

 

 最後にそう言い残して背を向け、紅蓮の騎士はその場を立ち去った。

 そうして歩き続け、人気の無い魔物の住処である森の奥へと入った後に、紅蓮の騎士は『念話(テレパシー)』の魔法を使い、協力者へと連絡を取った。

 

「おやおやァ?珍しいですねェ、貴方がワタクシに連絡を取るなど。何か問題でも生じましたかねェ?」

 

 念話の相手は、地獄の道化師。アルティリアと戦っていたA級魔物であり、紅蓮の騎士と同じく魔神将の配下だ。

 ただし同じ魔神将の配下とは言っても、仕える主は別々であり、また誇り高い戦士である紅蓮の騎士は、軽薄で残忍な性格の道化師を嫌悪していた。逆に地獄の道化師も、紅蓮の騎士に対して騎士道かぶれのいけすかない鉄面皮、と嫌っている。

 

「……作戦は失敗した。詳細を話す」

 

 心底嫌悪する相手に自分が失敗した事を話すのは、紅蓮の騎士の誇りを傷つけた。話をする間、念話の相手が漏らす含み笑いにも大いに苛々させられたが、それでも私情を殺し、協力者に対して情報を提供する事を、紅蓮の騎士は最優先した。

 

「……以上だ。信徒があれほどの力を発揮するのだ、女神の力は決して侮れぬ。貴様も無理はせず、情報を持ち帰る事に専念するべきだ」

 

「はいはい、ご忠告どうも。ですがワタクシは不甲斐ない何処かの騎士様とは違いますのでご心配なく」

 

 そう言って癇に障る笑い声を上げる地獄の道化師との念話を切ると、紅蓮の騎士はその場に膝を突いた。

 どうやら立っているのも辛いほどの重傷を負った様子で、肩で息をしている。

 

「女神アルティリアとその信徒……いずれまた戦う機会は来るだろう。その時こそ必ず、勝利を我が主に捧げよう。その為にも、更に力を付けなければ……」

 

 紅蓮の騎士は兜の奥で決意に瞳をぎらつかせ、全身からゆらゆらと静かに燃える闘気を湧き上がらせていた。

 

 一方その頃、冒険者達は……

 

「くっ、治癒魔法をかけていますが、このままでは……!」

 

 血を吐いて倒れたロイドに、クリストフが治癒魔法をかけて必死に回復させようとしているが、症状が重すぎてほとんど効果が無い様子だ。

 

「お頭ぁ……いきなり血を吐くなんて、一体どうして……」

 

 海賊時代からロイドに付き従っていた男達が、瀕死のロイドの前で涙を流しながら疑問を口にする。

 その問いに対して答えを出したのは、魔術師のリンだった。

 

「……これは、魔力(マナ)の反動よ」

 

「魔力の……反動?それはいったい……?」

 

「……魔力の操作に失敗して、自分の体を傷つけてしまう現象の事よ。魔法っていうのは高位の物ほど精密な魔力の操作が必要なの。だから自分の力量を大きく超えた高位の魔法を無理に使おうとすれば……こうなるわ。普通は魔法学院に通ったり、熟練の魔術師に師事したりして段階的に魔法を学ぶ事で、それが起きないようにしているのだけど……」

 

 それこそが、魔術師の数が少なく、魔法が専門技術とされている理由である。魔法は便利な反面、魔力の扱いを誤れば自らを傷つける危険な物でもあるのだ。

 ロイドが使った『激流衝(アクア・ストリーム)』はかなり高位の魔法であり、魔法を覚えたばかりの彼が使いこなせるような物ではなかった。暴発か、そもそも発動しないのが当然であり、ちゃんと発動しただけでも奇跡であると言える。

 しかしその代償は大きく、無理に行使した上級魔法の反動により、ロイドは瀕死の重傷を負ってしまったのだ。

 

「ごめんなさい……私がちゃんと、そういったリスクを説明していれば……」

 

「いや……お頭ならきっと、知っていても同じ事をした筈でさあ……俺達を護るために、命懸けで……ううっ、お頭ぁ……」

 

 滂沱の涙を流して悔やむリンを、ロイドの部下達が慰める。彼らもまた、涙と鼻水で顔中がぐしゃぐしゃになっていた。

 彼らが見つめる前で、ロイドの命は今まさに、尽きようとしていた。

 瀕死の状態の中、ロイドが口を開く。

 

「クリストフ……俺はどうやら、ここまでのようだ……。神殿の事、それから部下達の事を、頼む……」

 

「ロイドさん!しっかりして下さい!それは貴方が生きて、やるべき事でしょう!」

 

「それから……アルティリア、様に……志半ばで斃れる事を、お許し下さいと……」

 

「ロイドさん!諦めてはいけません!ロイドさん!」

 

「お頭ぁ!死なないでくれぇ!」

 

 ロイドの体から力が抜ける。嘆きと悲しみがその場を支配した、その時だった。

 突然、嘶きと共に、天空から一頭の天馬(ペガサス)がその場に降り立った。

 しかもその天馬は不思議な事に、その体が透き通る水で構成されていた。

 

「何だ!?」

 

「あれは……まさか天馬か!?」

 

「待て、水で出来ているぞ。この馬はいったい……?」

 

 その異様な姿を見て驚愕する冒険者達だが、彼らはすぐに答えに辿り着いた。

 

「まさかこの幻獣は、アルティリア様の遣いか?」

 

「ああ、そうに違いない。しかし一体なぜ?」

 

 皆が疑問に思う中で、クリストフは顔を上げて、天馬に問う。

 

「貴方は、ロイドさんの魂を女神の御許(みもと)にお連れする為に来たのですか?」

 

 神話によれば、敬虔な信者や偉大な英雄の魂は、死後に神の住まう処へと運ばれ、英霊として神に仕える事を許されるのだという。

 もしもそうであるなら、ロイドが死んでしまった事は身が引き裂かれるように悲しいが、信奉する女神の下へと行けるのであれば、彼はきっと喜ぶだろう。

 そう考えるクリストフだったが……

 

「それは違う」

 

 天馬が言葉を発し、クリストフの言葉を否定する。

 かと思えば次の瞬間に、天馬は少女へと姿を変えていた。ただし人間の少女とは違い、その体は天馬の時と同じように、透き通る水で構成されていた。

 

「あ、貴女様はいったい……」

 

「私はアルティリア様に仕える精霊の一体。アルティリア様の意志を伝える」

 

 そう言って、水精霊は天馬形態の時に口に咥えていた宝玉を掌に載せ、それを倒れたロイドの死体に向かってかざした。

 

「ロイド=アストレア。生きよ、汝はここで死ぬ運命(さだめ)にあらず」

 

 すると次の瞬間、宝玉から黄金色の光が溢れ出し、それがロイドの体を包んだ。そうして数秒が経過し、光が収まると……

 

「これは……どうなってるんだ……?俺は、死んだ筈じゃ……」

 

 死んだ筈のロイドが目を開き、体を起こし、言葉を発した。

 死者の蘇生。その奇跡を目の当たりにした冒険者達の様子は、感極まって号泣する者や、生き返ったロイドに抱き着く者、跪き祈りを捧げる者など様々だ。

 

「務めは果たした。さらばだ」

 

 大騒ぎの中、水精霊は再び天馬形態に変身し、悠々と飛び去っていった。

 

 こうして冒険者達の長い一日が、ようやく終わる。

 魔物の群れによる大規模な襲撃、そして魔神将の配下を名乗るA級魔物の襲来という恐るべき事件が起こり、今後も敵の動きを警戒する必要があるだろう。

 しかし、冒険者達の胸に不安は無かった。

 死者の復活という史上最大の奇跡を体験した彼らの心には、女神への信仰が熱く燃え上がっており、彼らはより一層、信じる女神の為に戦う決意を固めていた。

 

 ついでに地獄の道化師を一蹴して、久々に戦闘したから疲れて昼寝をしていた女神(アルティリア)は、急激に膨れ上がった信仰を一身に浴びて、なんかビクンビクンと痙攣しながら飛び起きていた。



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第19話 裏タイトル:ロストアルカディアⅦ ~Goddes of Ocean~

 草生える。

 

 いや何がって、ロイドの死因だよ。

 本人や周りの人間からしたら笑い事じゃないんだろうが、それを聞かされた時は思わず吹き出すのを堪えるのに必死だった。

 

 魔力(マナ)の反動による反動死は、LAOにおける初心者魔法職の死因ナンバーワンである。

 それぞれの技や魔法に設定された、必要なステータスの数値やスキルレベルが足りていないのに、無理に上級の魔法を使おうとして暴発&反動死するのは、初心者がよく通る道であり、俺も初心者だった頃にはやらかした事がある。

 

 反動で思い出したが、数多くある魔法の中には『隕石召喚(メテオ)』や『大崩壊(カタストロフ)』『超新星爆発(スーパーノヴァ)』といった大災害を引き起こすような超級魔法も存在し、それらは俺クラスに魔法を極めたプレイヤーが、自分の特化系統の物に限って、ようやく安全に発動できるレベルの代物だ。

 俺が使える超級魔法は『海神の裁き(ジャッジメント・オブ・ネプチューン)』や『大津波(タイダルウェイブ)』等幾つかあるが、そのどれもが水属性だ。一応、他の属性の超級魔法も使えなくはないが、使えばほぼ確実に反動で死にかけるだろう。しかも水属性に特化した俺が使っても水魔法ほどの威力は出ない為、デメリットに対して使うメリットが小さすぎる。なので使う機会は無いだろう。

 

 ちなみに、世の中には反動上等で死にかけながら超級魔法を連打するような、トチ狂ったプレイヤーも存在する。一発撃つ度にHPとMPを全損しながら死に戻り(ゾンビアタック)を繰り返すような変態だ。

 そう、あれは俺がまだ『俺』、LAOプレイヤーの日本人男性だった頃。俺はギルド間戦争(GVG)に傭兵として雇われて参加した事があった。

 その時に敵側のギルドに雇われていたのがその男。キャラクター名は、スーサイド・ディアボロス。ダークエルフの男で、メイン職業は大賢者(アークウィザード)。魔法攻撃力と詠唱速度に極振りし、いきなり出てきては超速詠唱で超級魔法をブッ放し、反動で勝手に死んでは数分後にまた出てきては別の超級魔法ぶっぱ、以下エンドレスという、傍迷惑な対人ガチ勢にしてLAO日本サーバーが世界に誇る、令和の時代に蘇った特攻兵器だ。

 当時ヤツと戦った時には、それはもう酷い目にあったものだ。思い出したくもないので詳しい説明は省く。

 

 ロイドや信者達にはあの変態のようになってほしくはないので、今後は無理に上級魔法を使うような真似は慎むようにと、きつく言い含めておいた。

 

「という訳で加護ドーン!」

 

 信者達から集まった信仰心を数値化したFPがいっぱい集まったので、新しい加護を取得する。

 なんか知らんけど昨日また物凄い勢いで増えたんだよなぁ。

 というわけで、今回取得した新しい加護は……こちら!

 

 『能力強化:魔力+』

 あなたの信者のステータス『魔力(MAG)』の値と成長率にプラス補正。

 

 『属性耐性強化:水属性+』

 あなたの信者の水属性攻撃に対する耐性にプラス補正。

 

 『生活強化:料理+』

 あなたの信者の生活スキル『料理』の値と成長率にプラス補正。

 

 一気に三つ追加だ。

 ついでにEX職業『小神』のレベルも上がり、新しい技能も手に入れた。

 それがこちらだ。

 

 『神罰(パニッシュメント)(アクティブ)』

 あなたの怒りを買った者に対して使用可能。

 発動後、対象に与えるダメージを大きく上昇させる。

 ただし、対象のレベルがあなたのレベル以上の場合は効果が無い。

 

 完全に戦闘用の技能だ。

 昨日現れた、地獄の道化師という魔物との戦いを経た事で目覚めたのだろうか。

 そう、穏やかな心を持ちながら、激しい怒りによって目覚めた伝説の(スーパー)エルフ神が覚醒したのだ。

 これは今後の魔神将との戦いで役に立ちそうだ。

 

 そう考えたところで思い出した。

 ロイドとの通信によれば、敵が魔神将の配下を名乗っていたそうだ。

 

「よりによって魔神将かぁ……」

 

 魔神将。その名前には心当たりがあった。俺でなくても、LAOプレイヤーなら皆聞き覚えがある名前だろう。

 

 魔神将……それはLAOにおける、全プレイヤーが協力して進めるグランドクエストの討伐対象であるユニークボスモンスター。

 および、その前身であるコンシューマーRPG、ロストアルカディアシリーズの歴代ラスボス、またはそれに準ずる存在である。

 

 そもそもロストアルカディアシリーズは初代から最新作のLA(ロストアルカディア)(シックス)まで、全て同一世界の異なる場所・時間を舞台にしていた。それは、オンラインゲームであるLAOも例外ではない。

 そして、それら全ての作品で世界の敵として存在感を放っていたのが、魔神将というボスモンスターだ。

 

 魔神将はソロモンの使役する72柱の魔神がモチーフになっており、元ネタ通りに全部で72体存在するらしい。

 LAシリーズの各作品でラスボスとして1体ずつ討伐され、LAOでも年に1回くらいのペースで出てきては全世界のプレイヤーが総出でボコって、これまでに3体が撃破されている。

 つまり、俺が知っている限り、魔神将は9体倒され、残りは63体である。

 

 ……で、どうやらこれが、この世界にもいるっぽい。

 どうも長い間、姿を見せていないので詳細はわからないとの事だが、それでも恐怖の象徴として名前が伝わっている程度には恐れられている存在のようだ。

 

「……って事はこの世界、やっぱりLAシリーズの世界なんだろうなぁ」

 

 それはほぼ確定事項として扱うが、問題が一つある。

 あのシリーズの世界はアホみたいに広く、LAOを含めた7タイトル全てで別の場所を扱っているにも関わらず、それは世界のほんの一部に過ぎないのだ。

 一応、LAOでは原作シリーズに登場した範囲も含めて、相当な広範囲を扱ってはいたものの、それでも俺が知る限り、世界地図の3/4くらいは謎に包まれている。

 なので、ここがLAシリーズの世界だとしても、原作に登場していない時代や地域である可能性は高いのだ。そもそもロイドの話に出てきた、ローランド王国とかグランディーノの町なんて聞いた事も無いしな。

 

「って事は、原作知識とか通用しなさそうだなぁ……」

 

 元々はLAOとはまるっきり無関係な異世界に飛ばされたと思っていたので、原作知識とか全く当てにもしていなかった。

 そしてここがLAシリーズの世界だとしても、本来であれば特に必要だとも思わず気にしていなかっただろう。

 だが、魔神将に目をつけられたとなれば話は別だ。

 

 前述の通り、魔神将は各タイトルで英雄達と最後に激闘を繰り広げた末に討伐されたラスボスであり、LAOでも全世界のプレイヤーがタコ殴りにして、ようやく撃破できるレベルの大ボスである。

 なので、俺が一人で戦って勝てるような存在では決してない。

 

 魔神将の本体は狭間(はざま)と呼ばれる異次元に存在しており、本体がこの世界に干渉してくる事は滅多にない。

 そのため、すぐ直接対決する羽目になるような事はないと思うが……連中に敵として認識された可能性が高い以上、油断はできない。

 奴らの攻撃に対する、備えが必要である。

 

「……そうだな。ここは信者達に頑張ってもらおう」

 

 俺一人では魔神将の本体には太刀打ちできない以上は、他の誰かの力を借りる必要があるのは確定的に明らかだ。

 そうなるとその候補として上がるのは、俺に信仰を捧げ、俺が加護を与えている相互互助関係にある信者達である。

 

「というわけで、君達には英雄になってもらおうじゃないか」

 

 方針は決まった。

 信者の皆にはこのまま魔神将を倒せるくらいに強くなってもらおう。その為に俺は加護やアイテムなんかで彼らをバックアップするのだ。

 最終的にはLAOの廃人級に育った彼らに魔神将を討伐させて、俺はその背後で腕組みして師匠面でもしていれば良いんじゃないだろうか。

 おっ、何だかいける気がしてきたぞ。

 

 というわけで本日のログボは……これだ!

 

 『大英雄の教本』

 【タイプ】

 消耗品/書物

 【効果】

 使用者が獲得する経験値と戦闘スキルの熟練度を2倍にする。

 効果時間は使用から3時間。

 

 課金アイテム『大英雄の教本』だ。

 過去の英雄が書き記した古い書物であり、一度読むと朽ちて無くなってしまうが、そこに記された偉大な経験を垣間見る事によって、読んだ者の成長を促す代物だ。

 課金アイテムのため、それなりに貴重な品であり、あまりストックは多くないが、1個消費するだけで信者全員に配れるとなれば使う価値はあるだろう。

 

「信者達よ、これを使って更に成長するのです……」

 

 俺はいつでもお前達を応援しているぞ。

 それを使ってレベルアップして、俺のかわりに魔神将をフルボッコにしてくれ。

 

 

 後に結局、最前線で信者達と一緒に戦う羽目になる事を知らず、この時の俺はそんな風に考えていたのだった。



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第20話 このエロ装備を買った奴は誰だぁっ!

 俺がそんな他力本願な決意をしてから、数日が経過した。

 その間は平和そのもので、俺は魚を釣ってバフ料理を作り、それを信者達にお裾分けしたり、便利な消費アイテムを配ったりして彼らのレベリングをサポートしていた。

 ちなみに先日、『生活強化:料理+』の加護を取ったので、配布した料理のレシピは神託(ツイッター)で公開している。

 そしたらなんか信者がけっこう増えた。多分料理人とか主婦あたりだと思う。

 

 さて、その間も信者達の窓口であるロイド=アストレア(26歳独身。最近Eランクに上がった冒険者)との定時連絡は欠かさず行なっており、今日も彼との通信でお互いの状況確認をしていたところ、

 

「アルティリア様、朗報です。神殿ですが、もう数日のうちに完成する見込みです」

 

「……それは大変結構な事ですが、随分と早いですね?」

 

 俺の記憶が正しければ、建築に着手したのが数日前だった筈なんだが。

 

「領主様が全面的に協力してくださいまして、町中の商人・職人達のみならず、近くの町や村からも沢山の人が手伝いに来てくれたおかげで、予定よりも大幅に早く完成しそうですよ」

 

「……なるほど。皆に私が感謝していると伝えておいてください」

 

「勿体ないお言葉です」

 

 予定よりだいぶ早くなってしまったが、これは好都合かもしれない。

 魔神将の配下……地獄の道化師や、ロイドが戦ったという紅蓮の騎士は、俺がタイマンで戦えば普通に勝てるくらいの相手だが、信者達にとっては圧倒的に格上の相手に違いない。

 俺だって、あの連中が束になってかかってくれば苦戦くらいはするだろう。

 そして無いとは思うが、魔神将の本体が襲撃してきた場合はほぼ確実に死ぬ。まあ、あいつら自身が狭間から出てくる事自体が滅多に無い事なので、その可能性は限りなく低いのだが。

 

 そういった次第で、ここはそろそろ信者達と合流して、彼らを鍛え上げ、強固にバックアップする体制を整えるべきだろう。

 正直、神として祀り上げられるのは気が重いのだが、事ここに至っては覚悟を決めるべきだろう。

 俺は神として信者達を導き、いつか来る魔神将との戦いに備えるのだ。

 

 ロイドとの通信を終えた俺は、信者達との対面の準備をしなければと思い立った。

 

「……まずは服装か。流石に水着はまずいか?」

 

 現在の俺の恰好は、白いビキニの水着の上に『水精霊王の羽衣』を羽織った格好である。自慢の爆乳の谷間を惜しげもなく晒した濡れスケ水着姿は大変眼福ではあるものの、流石にこの恰好で大勢の前に出るのは少々恥ずかしいものがある。

 あと、初めての信者達との対面で男の信者達が軒並み前屈みになっているような事態は避けたい。絵面が最悪である。

 というワケで、緊急ドスケベ禁止令を発令する。ここは女神らしい、清楚な服装をチョイスするべきであろう。

 

「とりあえず、持ってるアバター装備並べてみるか……」

 

 アバター装備とは、通常の装備とは別に、キャラの見た目だけを変える事ができる装備品である。

 性能を重視して装備を揃えたら見た目がゴッツい鎧姿になったり、とっ散らかったファッションになったりする事は、よくある事態だ。

 装備の性能は大事だけど、オシャレもしたい。そんな要望に応えるためにあるのがアバター装備というわけだ。

 

 アバター装備はプレイヤーが生産スキルで作るもの、クエストの報酬で入手できる物、そして課金してリアルマネーで購入する物、課金ガチャで出る物など様々である。

 俺は心血を注いで作り、育てたアルティリアというキャラを着飾るために、そんなアバター装備を多数買い揃えていた。それらを道具袋から取り出し、ずらりと並べて見回してみる。

 

「とりあえず……着てみるか」

 

 ゲームの時とは違い、ワンクリックで装備を変えるというのは出来ないので、俺は水精霊王の羽衣と水着を脱ぎ、一糸纏わぬ姿になった。

 一人ファッションショーの始まりだ。

 

 まずは下着だ。白いレースのブラとショーツのセットを手に取る。女物の下着を着る事に対する抵抗は最早無いに等しく、スムーズにそれらを身に着けていった。

 そして、俺は一着目の服に手を伸ばした。

 

 メイド服だった。

 しかも胸の谷間を強調し、スカートはパンツがギリギリ見えるか見えないかくらいのミニスカートだ。

 試しに着てみて、魔法で氷の鏡を作って自分の姿を正面から見てみる。

 ドスケベメイドエルフがそこにいた。

 

「はい却下、次」

 

 次のアバター装備を手に取る。セーラー服だった。

 白いセーラー服に水色のスカーフ、紺色のプリーツスカート、白い二―ハイソックス、革靴のセットだ。

 着てみた結果だが、まず上半身。豊かなおっぱいが制服を大きく押し上げており、そのせいで丈が足りず、おへそがチラ見えしている。

 次に下半身。元々丈の短いスカートが、大きなお尻の盛り上がりのせいで更にギリギリだ。その下にむちむちの太ももが眩しい絶対領域を作っている。

 ドスケベJKエルフがそこにいた。

 

「アウトォ!」

 

 お次は金糸で刺繍された、真っ赤なチャイナドレスだ。

 それに合わせて長い水色の髪をお団子状に纏めて、シニヨンキャップを付ける。

 豊満な体のラインがくっきりと出て、下半身は深いスリットが入っており、健康的な脚がまる見えだ。

 ドスケベチャイナエルフ爆誕である。

 

「はい次……ニンジャナンデ!?」

 

 鎖帷子と、妙に露出度の高い和服のセットだ。首に赤いマフラーを巻き、腰には巻物や苦無が吊るされている。

 確かこれは『忍者』の職業が実装された時に、ガチャの景品で出たやつだ。ガチャ産のアバターなので、忍者の技や術に対して若干のプラス補正がかかる、性能も兼ね備えた逸品である。俺は忍者は取っていないので意味は無いが。

 ドーモ、読者=サン、ドスケベくのいちエルフです。

 

 その他にもスクール水着や露出度の高いウェイトレスの服やら、海賊団のボスを倒した際に入手した女海賊の服、夢魔の女王(サキュバスクイーン)を倒して手に入れた彼女のコスチュームなど、出るわ出るわ、様々なアバターが。

 それらの装備を着たお色気増し増しのアルティリアを眺めるのは大変楽しく、俺もノリノリでそれに着替えてみたりはしたのだが、まるで進展が無いのが問題だ。

 

「ええいエロ装備はもういい!今必要なのは清楚なやつだ!」

 

 ちょっと大勢の人前に出るのに適さないやつを道具袋に押し込んで、俺は数少ない、残った服に手を伸ばした。

 そこで、俺が手に取ったものは……

 

「アイドル……だと……?」

 

 フリフリの装飾がたくさん付いた、可愛いアイドル衣装だった。

 これも課金ガチャのレア景品で、音楽やダンス系の技能に補正がかかる品で、更に待機モーションが専用の物に変化し、衣装専用の動作(エモーション)が使用可能といった効果がある。

 この衣装の専用エモーションは『アイドルポーズ』というもので、キラキラしたエフェクトを出しながら、くるっと一回転した後に

 

「キラッ☆」

 

 と、顔の横でピースサインを決めるものだ。

 ……ハッ!?いつのまにか無意識のうちにアイドル衣装を着て、アイドルポーズをキメていた……だと……!?

 

 俺は咄嗟に周囲を見回した。

 視界には一面に広がる大海原が映っており、誰も居ないのは分かっているが、万が一にも今のを誰かに見られていたらと思うと、顔から火が出そうになる。

 少しの間、顔を真っ赤にしながらうずくまってプルプル震えた後に、俺はアイドル衣装を永久封印する事に決めた。



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第21話 見てわからんか、ドスケベエルフ女神像だ※

「決断する……というのは、とても大事な事だ」

 

 男が語る。

 こちらに背を向け、海を見つめながらそう語る彼の身長は130cmと、子供並に小さい。耳はエルフ程ではないが細長く、先が尖った形をしている。どちらも小人族という種族の特徴だ。

 その小さな体は無駄なく鍛え抜かれ、幼い顔には歴戦の古強者特有の貫禄が宿っている。

 彼の名はうみきんぐ。俺の友人の一人だ。俺達は親しみと敬意を込めて、彼をキングと呼んでいる。

 

「大なり小なり、俺達は生きていく上で、様々な決断をしていく。今日の夕飯は何を食べようかという小さな悩みから、かのデンマークの王子が言った『生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ』といった命題に至るまで。それら全てに対して俺達は決断し、答えを出さなければならない」

 

 随分と勿体ぶった言い回しをする。

 この男は時々このような大仰な、芝居がかった台詞を言う事があった。今回もそれだろうと、俺は当たりをつけた。

 

「しかし、より大切なのは、決断した後だと俺は考える」

 

「決断し、行動したならば、当然それよって結果が生じる。成功か、失敗か……結果がどちらに転ぼうとも、自身の決断とその結果を全て受け入れ、それを後悔しない事……その覚悟こそが、最も重要なのではないだろうか」

 

 俺は、自分の右隣に立つ黒髪の、鎧を着て白い槍を背負った少年、クロノに視線を向けた。彼は気まずそうに目を逸らした。

 次いで逆側の左隣に立つ赤髪の大男、バルバロッサに目をやると、そいつはニヤニヤと愉快そうに含み笑いを浮かべていた。

 それを見て全てを悟った俺は、キングの背中に向かって語りかけた。

 

「キング、また爆死したのか」

 

「ああ、そうだよ畜生」

 

 キングは心底悔しそうに拳を握りしめて、その小さな体を震わせていた。

 

「……天井まで5回回して、全部PUすり抜けだそうです」

 

 クロノが悲しそうに、ぼそりと呟いた。

 天井とは、課金ガチャを回しても最高レアの景品が引けない状態が一定回数まで続いた場合、そこで必ず最高レアが引けるようになるという、一種の救済措置の事だ。

 しかし、そこで引ける最高レアが、アップデートで新たに実装された目玉商品であるとは限らない。最高レアの中にも複数の景品があり、目玉商品はPU(ピックアップ)――同レアリティの他の景品よりも出現確率を多めに設定されている事だ――されているが、それを外して目当ての物とは違う品を引き当ててしまう事を、俗にすり抜けと言う。

 

「頭では分かっていても……難しいものだな、己の決断の結果を受け入れるという事は」

 

 なんか恰好いい事言ってるキングだが、実際はガチャに大金を突っ込んで大爆死をキメただけである。

 そうなった時のキングはこのように、ちょっと情緒不安定な感じになってキャラが崩壊するが、まあ割とよくある事だ。

 ちなみにこの後、俺もガチャを回して、最初の10連で目玉商品を含む最高レアの景品を2つ引いた。キングには内緒だ。

 

 俺は、そんな事もあったなぁ……と、懐かしく感じながら思い出していた。

 決断と、その結果を受け入れる覚悟。果たして今の俺に、それがあるのかと、ふと考える。

 

「だが今更後戻りはできん。なら、突き進むだけだ」

 

 神として信者を導き、魔神将やその配下の魔物達との戦いを始める為には、揺るぎない覚悟が必要だ。

 だから今、その決意を固めよう。

 

 この世界にやってきた日に、俺は『アルティリア』として生きると決めた筈だ。

 女神アルティリアとして、俺は……この世界の人々と共に生きていく。

 俺は、そう決断した。

 

「……さて、そろそろ時間か」

 

 俺は昨日、ロイドとの定時連絡にて、神殿が完成したという連絡を受けた。

 その際に俺は今日、神殿に向かうと返事をした。

 いよいよロイドとその仲間達以外の信者達と対面する事になった為、柄にもなくナーバスになって、決心を固めたりしていた訳だ。

 

 迷走しまくった一人ファッションショーから数日が経ち、人前に出ても恥ずかしくない恰好も見繕う事ができた。

 今の俺の服装は、清楚な白いワンピースの上に水精霊の羽衣を羽織っている。いつもの恰好に服と靴を足しただけとも言う。

 ちなみにこの服は、持っていた布系素材を使って裁縫スキルで作った物だ。

 俺の高い縫製技術で作った為、生半可な鎧よりも防具として優れている。俺レベルの廃人が戦闘時に装備するには頼りないが、普段着としては上出来だろう。

 

「……行ってきます」

 

 地球と、かつての『俺』だった頃の自分と、友達への別れを告げて。

 俺はEX職業『小神(マイナー・ゴッド)』の技能(アビリティ)『神殿への帰還』を使用した。

 

 頭の中に、神殿の位置が浮かび上がってくる。今いる無人島からずっと南の方角に一箇所。その神殿に向かって、俺は転移した。

 

 

  *

 

 

 ……一方その頃。

 同時刻、ロストアルカディア・オンライン 日本サーバー内の、とある島にて。

 

「……ああ、行ってこい」

 

 一人の男が、島の南に広がる海に向かって、そう呟いた。

 彼の頭上には『OceanRoad』というギルド名とギルドエンブレム、それからギルドマスターである事を示すマークと共に、『うみきんぐ』というプレイヤー名が表示されている。

 擦り切れてボロボロになった赤いマントと褌のような形の腰布(ロインクロス)、海獣の鱗で表面を覆った手甲と脚甲を身に着けた、小人族の男だ。

 

 彼がいるのは、エリュシオン島という名の孤島だ。記念すべきシリーズ第一作、ロストアルカディアの舞台となった広大な島である。

 

 伝説に曰く、そこは大洋を超えた世界の中心にあり、神話の時代に人々が神と共に暮らしていた場所である。

 しかし長い時を経て、その島の場所や向かう方法を知る者は、誰もいなくなった。

 広い大洋の果て、嵐の海に囲まれ、誰もそこに辿り着く事が出来ない島。

 そんな忘れ去られた楽園(ロストアルカディア)に一人の冒険者が辿り着いたところから、全ての物語は始まった。

 

 このLAOにおいても、シリーズ第一作の舞台であるエリュシオン島の存在は、サービス開始当初から噂になっていた。

 しかし原作通りに、常に吹き荒れる嵐に囲まれていたこの島に辿り着くのは至難の業であり、またゲーム内に実装されているか否かも定かではなかった。

 だが、このうみきんぐという男は「ある」と信じ、幾度の失敗にも挫けずに挑戦し続け、遂には嵐の海を踏破し、この島へと辿り着いた。

 その偉業を讃えて、運営チームは彼にEX職業『大海の覇者(ロードオブオーシャン)』及びとある神器アイテム、そしてエリュシオン島の領有権を与えた。

 

「実装はしていたが本当に辿り着けるプレイヤーが居るとは思っていなかった。サービス終了時にでも行き方を発表するつもりだったが、まさか正攻法で嵐を超えてくるとは予想も出来なかった。潔く敗北を認めよう。彼はまさしく海の王者であった」

 

 運営チームが上記の発表をするような異例の事態であり、エリュシオン島到達の報告がなされた時には世界中のプレイヤーがお祭り騒ぎになったものだ。

 

 そんな偉大なる大海の覇者たるうみきんぐは、彼の領地となったこのエリュシオン島にて、とある物を作っていた。

 それは……

 

「なあキング、そりゃあ一体何だ?」

 

 友人である巨人族の海賊王、バルバロッサがうみきんぐが作っていた巨大な建造物を見上げながらそう尋ねる。その横には人間の騎士、クロノも居る。

 彼ら二人はうみきんぐがギルドマスターを務めるギルド『OceanRoad』のメンバーであり、エリュシオン島への航路を知る数少ないプレイヤーだ。

 うみきんぐは作業をする手を止める事なく、彼らに答えた。

 

「見てわからんか、ドスケベエルフ女神像だ」

 

 彼が作っていたのは、巨大な女神像であった。

 しかもただの女神像ではない。貴重な神聖石(ホーリーストーン)を惜しげもなく素材に使った、自由の女神くらいのサイズの巨像である。

 更にその女神像の姿は、面積の少ない水着を着た、爆乳巨尻の豊満で扇情的な体つきをした、エルフの美女であった。

 うみきんぐはそれを、たった一人で作り上げていた。完成は間近である。

 

「……どうするクロノ、またキングがおかしな事を始めやがったぞ」

 

「どうするも何も……」

 

 顔を見合わせて困惑する二人だったが、うみきんぐが作っているドスケベエルフ女神像を見ると、不思議と懐かしい気持ちが胸の内に湧きあがってきた。

 

「しかし、なんだ……あの女神像を見てると、なんか懐かしいっていうか……どっかで会った事があるような気がしてきてな……」

 

「バルさんもですか……?俺もなんだか親近感っていうか、よく知っている人のような気持ちが……」

 

「あんな特徴的な見た目のキャラ、一回会ったら忘れらんねぇと思うんだがなぁ……何かこう、喉の奥に引っ掛かってるようなモヤモヤする感じがな……」

 

 その会話が示す通り……彼らの記憶から、アルティリアというキャラクターおよび、そのプレイヤーの存在は消滅していた。

 何故ならば、その人物はもはや存在せず、ある日忽然と、地球およびゲームサーバー上から消え去ったのだ。しかもその原因は、このゲームの舞台と酷似した異世界への転移という異常事態であり、常識的に考えればありえない事だ。万が一にもそれが知れ渡れば、大混乱になるのは火を見るよりも明らかだ。

 その為、そのような人間およびキャラクターは最初から存在しなかったという修正力が働き、人々の記憶と記録は改竄されてしまった。

 最早アルティリアとそのプレイヤーを知る者は、地球上には残っていない……筈であったのだが。

 

「丁度いい、お前達もこの女神像に祈っていけ。この女はアホだが泳ぎが上手いし、ガチャやボスドロップの引きが良い。信仰を捧げればご利益があるかもしれんぞ」

 

「それは良いんだがよ……なあキング、いったい誰なんだ?その女は」

 

「森じゃなくて海に住んでて、乳と尻がやたらとデカい新種のエルフ、通称海産ドスケベエルフだ。ちなみに魔法は水属性だけは超得意だが、それ以外はゴミで弓も一切使えん。槍はそこそこ使えるが」

 

「エルフの特徴全否定じゃないですか……何なんですかその人……」

 

「……変なエルフの女神様で、俺の友達さ」

 

 うみきんぐはそう言って、作業の手を止めた。彼の手によって、女神像が完成したのだ。

 最後に彼は、女神像を支える台座に、その女神の名前を彫った。

 

 アルティリア。

 

 その名前は確かに、そこに刻まれていた。



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第22話 神殿防衛戦※

「ようやく、この日が来た」

 

 完成した神殿の前に立ち、見上げながらロイド=アストレアはそう呟いた。

 彫刻がされた白い大理石の壁や柱が、陽光を浴びてキラキラと光り輝いている。グランディーノの町のみならず、近隣の町や村から、あるいは遠くからも多くの職人や労働者が集まり、昼夜を問わずに働き続けた事によって驚くほどの短期間で完成した、多くの人の力を集結させて作り上げた神殿だ。

 それを見上げるロイドの胸に、達成感がこみ上げる。

 

「おっと、いかんいかん。ここからが正念場だ……気を引き締めねば」

 

 平手で自身の両頬を叩き、ロイドは気合を入れ直す。

 何しろ、これから信奉する女神を迎えなければならないのだ。

 それに伴って、気掛かりな事もある。

 

 神殿の建築は領主や町長、グランディーノの町に拠点を置く各組合のリーダーが主となって行なっていた。その間にロイド達のような冒険者達がやっていた事は、いつも通りに討伐依頼を受けながらの、周辺地域の調査であった。

 少し前から、グランディーノの周辺一帯では魔物の出現頻度が増加傾向になり、しかも強力な魔物の姿を見かける事が多くなった。

 しかし、少し前に起こった殺人蜂の大量襲撃事件および、魔神将の配下を名乗る紅蓮の騎士との戦い以降は、逆に魔物の出現頻度が大きく下がり、特にここ数日は明らかに異様ともいえるほど、魔物の姿が見えない日が続いていた。

 しかも昨日など、受けた討伐依頼が全て、魔物が一匹も見つからずに不発という異常事態が発生したのだ。ロイドのパーティーだけではなく、グランディーノの組合に所属する冒険者全員が、である。

 

 明らかにおかしい。魔物達はどこかに姿を隠している。ならば、奴らの狙いは一体何だ?

 恐らくその狙いは、今日この日に大規模な襲撃をかける事だろう。

 

 今日、この神殿には女神の降臨を一目見ようと大勢の人が集まっている。その中には町長や各組合長、領主をはじめとする貴族、王都の神殿から来た司祭といった、高い地位にいる者も数多くいる。

 その為、襲撃は絶対に阻止しなければならない。港や町周辺は海上警備隊がしっかりと守りを固めており、冒険者達はこの神殿の周囲や街道の警備を行なっていた。

 また、手薄になった他の拠点への襲撃に備えるため、領主が率いる軍の者達は一部の精鋭のみを残し、大部分は他の町や村への襲撃を警戒している為、この場には居ない。

 

 アルティリアが降臨する予定の時間までは、まだ少しある。

 出来ればこのまま、何事もなく時間が来てほしいと、ロイドが思った瞬間だった。

 

 港の方向から、轟音が鳴り響いた。

 これは、海上警備隊が所有する戦闘艦に搭載された、大砲の発射音である。

 この神殿はグランディーノの東側、小高い丘の上にあり、丘の上からは町や港が一望できる。

 ロイドの目には、海からやってくる魔物の群れと、それに対して発砲する戦闘艦の姿が見えた。旗艦の甲板上では、赤い髪の屈強な中年男性が指揮を執っているのが見える。警備隊の副長、グレイグ=バーンスタインだ。

 

 あちらは彼らを信じて任せるしかないだろう。問題は……

 

「兄貴ィ!来ましたぜ!南の街道から真っ直ぐに、こっちに進んでます!」

 

 街道を見張っていた冒険者であり、ロイドを兄貴と慕うバーツという男が、息を荒げながらそう報告をしてきた。

 

「やはりこっちにも来たか!応戦するぞ!」

 

 ロイドが腰の刀に手をかけ、戦闘態勢を整える。

 

「クリストフ、手はず通りに頼むぞ!」

 

「お任せを!」

 

 ロイドの友人であり、神官のクリストフが、領主や各組合長と共に、この場に集まった民衆を集合させる。

 彼らを護衛するのは領主が連れてきた軍の精鋭達であり、クリストフや、王都の神殿から訪れてきた司祭や高位の神官達が、そんな彼らを支援する構えだ。

 

「来たか。あれは……牛頭巨人(ミノタウロス)か!」

 

 街道を通って現れたのは、その名の通りに牛のような頭部を持つ、二足歩行する人型の魔物だった。その体躯は3メートルを超える巨体であり、防具は身に着けていないが、手にはその巨体に相応しい巨大な武器を携えている。

 D級魔物、牛頭巨人の戦士(ミノタウロス・ウォリアー)だ。動きは鈍重で頭も悪いが、筋力と耐久力だけはC級上位の魔物に匹敵する難敵である。

 醜悪な巨人の群れが街道をまっすぐに、神殿に向かって駆けてくるのが見えるのと同時に、彼らの重い足音が幾重にも重なって、地鳴りのような音が響く。

 

「リン!まずは一発ぶちかますぞ!準備出来てるな!」

 

「任せといて!いつでも行けるわ!」

 

 待機していた魔術師の少女が、杖を掲げて元気よく答える。

 

「くらいなさい!『大水球(ウォーター・ボール)』!」

 

 掲げた杖の先に、直径1メートルほどの巨大な水の塊が生成される。

 女神の加護と、リン自身の努力の甲斐があって、彼女は短期間のうちに魔法の実力を大きく伸ばしていた。

 

「いっけぇ!」

 

 リンが杖を、疾走する牛頭巨人の群れに向けると、巨大な水球が彼らに向かって放たれた。

 それを目にした牛頭巨人たちはしかし、足を止める様子も見せずに走り続ける。先頭に立っていた個体がそれを迎え撃たんと、走りながら手にした巨大な斧を振りかぶって、迫り来る大水球に向かって全力で振り下ろす。

 なかなかの勇敢さだが、それが命取りとなった。斧が命中する寸前に、水の球体が破裂したのだ。そして、大量の水がその場に溢れ出した。

 その衝撃と、次々に勢いよく流れ出す水によって、先頭集団の魔物がたまらず転倒する。そうなれば後続の魔物達も、走っている最中に突然前にいる者達が転んだ為、すぐに止まる事が出来ずに前方の集団に激突する。

 その連鎖が次々と続いて、先頭から最後尾に至るまでの大規模な玉突き事故が発生した。

 

「今だ!『凍結(フリーズ)』!」

 

 その様子を見て、すかさず街道に潜んでいた冒険者達が飛び出すと、びしょ濡れになった牛頭巨人に向かって凍結の魔法をかけ、その動きを封じる。

 彼らは続けざまに各々の武器を抜き、動きが止まった牛頭巨人たちに襲いかかり、一方的な攻撃を加えていった。

 いかに頑強な牛頭巨人といえど、無防備な状態で何度も攻撃を受ければたまったものでは無い。苦痛と怒りによって絶叫しながら、牛頭巨人は一方的な暴力によって、次々とその命を散らしていく。

 戦いは冒険者達がかなり優勢に進めていたが、しかし相手もただ手をこまねいて見ている訳ではない。

 突然、動けない牛頭巨人に攻撃を加えていた冒険者のうち数名が、背中に矢を受けて苦悶の声を上げた。

 

「ぐあああっ!」

 

「矢だと!?狙われてるぞ!」

 

 彼らが矢が飛んできた南の方角を見ると、街道の先に新たな敵集団が現れていた。

 

「ゴブリンだ!」

 

 冒険者の一人がそう叫んだ通り、その敵の集団は魔物の中でも最低ランクの強さしか持たない、小鬼(ゴブリン)であった。

 しかし、その数が尋常ではない。低く見積もっても二百匹以上のゴブリンが、道からはみ出してズラリと隊列を組んでいた。

 しかも、ただのゴブリンではない。先程冒険者たちが受けた矢が証明するように、ゴブリン軍団のおよそ1/4程が、弓矢を持った小鬼の射手(ゴブリン・アーチャー)だ。

 そして、脅威は射手だけではなく……

 

騎兵(ライダー)だ!突っ込んでくるぞ、迎え撃て!」

 

 狼や猪といった野獣に乗って、高速でこちらに突進してくるのは小鬼の騎兵(ゴブリン・ライダー)の集団だ。

 手には木や骨を削って作られた粗末な槍を持っており、それを前方に向けたまま、まっすぐに突っ込んでくる。粗野で原始的だが、その速度と突進力は侮れない。

 

 主力と思われた牛頭巨人を囮にしての、雑魚の大群による奇襲攻撃。意表を突いた敵の策と、単体では弱いが数が多いゴブリンの集団攻撃によって、冒険者達は思わぬ苦戦を強いられた。

 しかし、冒険者達も負けてはいない。

 

「上等だこのクソ野郎共!纏めて叩き潰してやる!」

 

「一歩も退かねえぞ!ここは絶対に通さん!」

 

「ゴブリンなんぞ何匹来ようが負けるかよ!」

 

 闘志を剥き出しにして叫びながら、襲い来るゴブリンの群れを剣で、槍で、斧で、魔法で、ばったばったと薙ぎ倒していく。

 傷を負いながらも勇猛果敢に戦う冒険者達の士気は、異様な程に高かった。

 グランディーノの冒険者達はロイドを筆頭に、全員が女神アルティリアの信奉者である。

 その神がいよいよ降臨されるという日に、わざわざ襲撃をかけてきた魔物に対する怒り。愛着のある町や、その住民を守るという覚悟。そして、信じる女神の為に戦うという使命感が、彼らを奮い立たせていた。

 

 一方、街道でそのような戦いが繰り広げられているのと時を同じくして……

 

「海と陸から来るなら当然、空からも来るよなぁ……」

 

 神殿の正面にて、ロイドが刀の柄に手をかけ、鋭い目つきで上空を睨んだ。そこには飛行系の魔物だけで編成された、敵の集団がいる。

 殺人蜂(キラービー)人食い鳥(マンイーターバード)雷鳴鳥(サンダーバード)といった魔物の大群が、空から神殿と、そこに居る人々に向かって襲い掛かってくるが……

 

「『粘液の弾丸(スライミーショット)散弾(ブラスト)』!()ェェェェェッ!」

 

 ロイドの号令により、彼のパーティーメンバーを中心とした神殿の防衛部隊が、一斉に魔法を放つ。

 通常の水弾よりも威力はやや低いが、粘液を纏わりつかせて敵の動きを封じる『粘液の弾丸』を、ロイド達は拡散形態で一斉に放った。

 それを浴びて、飛行能力を奪われた魔物たちが落下していく。中にはそのまま墜落死する個体もある。生きていたものも、落下後に武器でトドメを刺されてすぐにあの世行きだ。

 しかし、それだけで全ての敵を倒せた訳ではない。敵の半数ほどは健在である。その中でも特に強力な魔物として知られる雷鳴鳥(サンダーバード)が、その体に雷を纏いながら、翼を広げてロイドに向かって突っ込んできた。

 この魔物が使う雷を纏いながら上空から急襲をかける高速飛行突撃は、熟練の冒険者であっても回避が難しい攻撃だ。

 しかし、ロイドはそれを前にしても落ち着いた様子で、腰の鞘に入ったままの愛刀『村雨』の柄を握り、

 

「疾風刃!」

 

 踏み込み、鞘から刀を抜き放つと同時に攻撃を放った。

 居合。少し前にその技術の原理をアルティリアに教わったロイドは、独学でその鍛錬を行ない、不完全ながら身に付けていた。

 抜刀と共に放たれた、風の刃を放つ技によって、飛び込んできた雷鳴鳥の体は、ロイドに攻撃を加える前に両断され、羽を撒き散らしながら地面に落下した。

 

「お頭ぁ!なんかデカいのが!」

 

 敵の強襲を一刀の下に切り伏せたロイドだったが、そんな彼に向かって再び、今度は別の魔物が襲い掛かってきた。

 その魔物は悪魔を模した動く石像、ガーゴイル。全長は2メートル程で、飛行能力を持ち、体が石で出来ているため物理攻撃が通りにくい難敵だ。

 向かって来るガーゴイルに正対し、ロイドは右手に握った村雨を両手で構え直した。その刀身から溢れ出る水は勢いを増しながら、零れ落ちる事なく刀に纏わり付いている。

 

「はああああっ!飛水刃!」

 

 ロイドが大上段から刀を振り下ろすと、水が鋭い刃となって、前方に向かって勢いよく放たれた。

 水の鋭刃によって、ガーゴイルの体がガリガリと音を立てて削られていく。一撃で倒すには至らないものの、決して小さくないダメージを受けた事によって、ガーゴイルが後退した。

 大打撃を受けた事で警戒を強めたガーゴイルは、一旦体制を立て直そうと翼をはためかせ、上空に逃れようとするが……そこに、ロイドの仲間達が一斉に魔法を放った。

 

「逃がすか!『氷の弾丸(アイスバレット)』!」

 

 生成した水を冷やして氷にするというプロセスが必要な為、水の弾丸(アクアバレット)よりも長めの詠唱時間(キャストタイム)を必要とするが、その分威力が少し高く、凍結の追加効果を持つ魔法、氷の弾丸が次々と叩き込まれる。

 そして、その集中砲火を受けたところに……

 

「叩き割ってあげるわ!『氷塊撃(アイスブロック)』!」

 

 リンが魔法で巨大な氷の塊を作りだし、それをガーゴイルに向かって高速で叩き付けた。それが直撃した事で、元々ダメージを受けていたガーゴイルの体がバラバラの石片と化した。

 

 今倒した魔物たちは、少し前までの彼らであれば、苦戦は免れないどころか、勝つ事すら難しい存在だっただろう。

 しかし殺人女王蜂や紅蓮の騎士といった強敵を相手取っての激戦から生還した事で、彼らは短期間で急激にレベルアップしていた。

 またロイドとその仲間達は、この世界におけるアルティリアの最初の信者であり、彼女と実際に対面した事がある者達だ。そのため彼らの信仰心は他の者達と比べて極めて高く、その信仰心によって、より大きな加護の恩恵を受ける事が出来ている為、より一層強化されているという訳だ。

 

 こうして、神殿の防衛は冒険者達が優勢のまま進んでいたが……その優勢は、一瞬にして引っ繰り返された。

 

「GOAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

 鼓膜が破れるかと思う程の、大音量の咆哮。

 続いて地面を揺らす程の質量を持った巨大な何かが、轟音と土煙を巻き起こしながらロイド達のすぐ近くに落ちてきた。

 

 それは全身が厚い鱗で覆われた、大きな二枚の翼と長い尾、鋭い爪を持つ、赤褐色の……

 

飛竜(ドラゴン)だと!?」

 

 そう、ドラゴンであった。

 しかもこのドラゴンは、以前アルティリアが撃退した個体だ。彼女に一蹴されて逃げ去った筈のドラゴンが、今度は神殿と、そこに居る人々を襲いにやって来たのだ。

 その瞳からは理性や意志といったものが一切感じられず、凶暴な野生を剥き出しにして、目の前にいる人間達を睨み回している。

 

「GAAAAAAAAAAA!!!」

 

 もうひと吼えすると、ドラゴンは大きく息を吸い込んだ。ロイド達はその際に、ドラゴンの巨大な口の中から燃え盛る炎が溢れ出すのを目撃した。

 次の瞬間には、ドラゴンの口から灼熱の炎の吐息(ファイアブレス)が吐き出される事だろう。

 

「やらせるかああああッ!!」

 

 それをさせる訳にはいかないと、ロイド達は迷う事なく強敵に向かって斬り込んだ。

 しかし、まず戦いの主導権(イニシアチブ)を握ったのは飛竜の側だった。ロイド達が彼我の距離を詰め、攻撃を行なうよりも一手速く、炎の吐息が放たれる。

 

「耐えろおおおおおッ!」

 

 それに対抗して、ロイド達は『水の防護壁(アクア・プロテクション)』の魔法を発動させた。その名の通り、水を使って自身の周囲に防御シールドを張る補助魔法だ。

 それによってロイド達は炎の吐息によるダメージを軽減して、ドラゴンに肉薄しようとするが……炎の威力に対して、その防護壁はあまりにも頼りない。

 今は何とか防げてはいるものの、風前の灯火だ。長くは持たないだろう。このままでは距離を詰めるよりも先に、炎と熱によって戦闘不能になるほうが確実に早い。

 リンやクリストフが後方から魔法で援護しようとしているが、それも間に合うか微妙なタイミングだ。

 もはや万事休すか。その光景を目撃した者達の心が諦めと絶望に囚われそうになった、その時だった。

 

 神殿の奥から、目にも留まらぬ速さで何者かが戦場に躍り出た。

 その人物はドラゴンとロイド達の間に割って入ると、手にした槍を高速で回転させ、それによって生じた風圧で、炎の吐息をかき消して彼らを救った。

 その槍は先端が三叉に分かれており、豪華絢爛な装飾がされた、凄まじい力を感じる逸品だった。ロイドはそれに見覚えがあった。そして、それを振るう者の姿にも。

 汚れ一つない清らかな水を編んで作られたかのような、透き通る羽衣を纏ったその女性の後ろ姿を目にした瞬間、ロイド達の目からは涙が零れていた。

 

「アルティリア様……!」

 

 ここに、女神の降臨という奇跡は成った。

 ロイド達は遂に、信奉する女神との再会を果たしたのだった。



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第23話 スタイリッシュ尻尾切断は上級テク。素人にはお勧めできない

 神殿の内部へと転移した俺は、すぐに外から聞こえる音から戦闘が行われている事に気が付いた。

 すぐさま道具袋から愛用の神器『海神の三叉槍』を取り出して神殿の出入口から飛び出すと、見覚えのある男達の姿が見えた。ロイドとその仲間達だ。

 ロイド達の前方には見覚えのあるデカいトカゲが居た。少し前に、俺を襲撃してきたので追い返したドラゴンだ。そいつが、ロイド達に向かって炎の吐息(ファイアブレス)を吐こうとしていた。

 それに対し、ロイド達は『水の防護壁(アクア・プロテクション)』で防御をしながら正面から突っ込んでいったが……あ、こりゃ無理だわ。このままだと出力不足でギリギリ防ぎ切れずにやられそうな感じだ。もうちょっと鍛えれば防ぎきれそうだが、まだまだ鍛え方が甘い。

 

 ま、ここは俺が助けてやるとしますか。

 俺はドラゴンとロイド達の間に割って入ると、手に持った槍を片手で高速回転させて壁を作り、炎の吐息をかき消した。

 

「アルティリア様……!」

 

「おお、あの御方が……!」

 

「ドラゴンの吐息をあっさりと……あれが神の力……」

 

 ロイドが真っ先に俺に気が付くと、他の連中――ロイドの仲間や、この場に集まっている兵士や一般人が歓声を上げる。

 

「ロイド、直接会うのは久しぶりですね。しかし再会を祝う前に、邪魔者を片付けるとしましょうか」

 

 わざわざ集まって歓迎してくれるのは有難いが、モンスターはお呼びじゃない。招かれざる客には、さっさと退場願うとしよう。

 俺は槍を構えて、ドラゴンと対峙した。

 

「ここは私に任せなさい」

 

「アルティリア様!我々も一緒に……」

 

「下がっていなさいロイド。見る事もまた戦いです」

 

 俺はLAOで慣れているが、ドラゴンは独特な動きが多くて初見だと対処が難しいんだよな。

 下手に動かれて事故られても困るので、対ドラゴン用の動きをしっかり見て学んでもらおうと思った。

 

「さあ、かかって来るがいい」

 

「GAOOOOOOOOO!!」

 

 俺の挑発に応えるように、ドラゴンが吼える。そして前足を上げると、それを左、右と連続で、俺に向かって叩きつけてくる。

 このワンツーパンチは、下手に一発目を防御(ガード)するとそのまま二発目でガードを崩される危険性があるので、防御ではなく弾き(パリィ)で一発目を受け流す。

 俺は振り降ろされる左手を槍で横から叩き、攻撃を逸らした。そのまま間髪入れずに右手の攻撃が襲い掛かってくるが、それに対してはパリィキャンセル(パリキャン)――ジャストタイミングで弾きに成功した時、弾きモーションを途中でキャンセルしてそのまま技を出せる事だ――を使い、FG(フロントガード)付きの槍技『チャージドスピア』を放つ。

 FG(フロントガード)付きというのはその名の通り、発動中に前方ガード判定が発生する技の事だ。敵の攻撃を防ぎつつ技を出せて相打ちに強いのが特徴だが、側面や背面は無防備なので、囲まれている状況などでは過信は禁物だ。

 

「遅い!」

 

 振り下ろされる右腕に対して、俺は退くのではなく逆に、前に踏み込みながら槍を突き出してカウンターを入れる。俺の槍はドラゴンの腕を貫通し、そのまま手首から先を切り落とした。

 

「GUOAAAAAA!!」

 

 ドラゴンは一瞬怯んだが、今度は後ろ足に力を篭めると、その巨体を大きく旋回させる。これは、尻尾による薙ぎ払い攻撃だ。

 広範囲かつ、それなりに高い威力の物理攻撃だが、初見ならともかく慣れている人間にとっては隙だらけの攻撃である。

 

「ほいっと」

 

 ドラゴンが横に一回転して尻尾を振り回してくるが、俺は技能『ハイジャンプ』を使用し、高く跳躍してそれを回避した。

 で、こうやってジャンプ回避すると、次にドラゴンは『サマーソルトテイル』、バク宙しつつ尻尾を強烈に叩き付ける大技を繰り出してくる。

 LAOにおいてドラゴンを相手にする時、下手にジャンプ回避をするとこの技が来るので、ドラゴンを相手にする時はジャンプをしない事が推奨されている。しかし慣れている人間にとっては、次に来る技が事前にわかる状況というのはカウンターを入れる大チャンスである。

 

「流・星・槍!」

 

 ドラゴンがサマソを放つタイミングに合わせて、俺は上空から真下に向かって高速で垂直落下しながら槍を突き下ろす技を放った。

 タイミングはドンピシャだ。振り上げられた尻尾に向かって俺の槍が突き刺さり、それを根本から切断した。

 それによってドラゴンは宙返りをした状態でバランスを崩し、そのまま頭から地面に落下した。

 

「おおっ!流石は女神様!あの飛竜の尾をいとも容易く!」

 

「なんという槍捌きだ!」

 

 俺のスタイリッシュ尻尾切断を目にしたギャラリーが喝采を上げた。この尻尾サマソに落下攻撃を合わせるカウンター尻尾切断はタイミングを測るのに慣れが必要だが、安定して出来るようになればドラゴンを狩る時に便利なテクニックだ。

 俺は尻尾を切断した勢いのまま降下し、地面に槍を突き立てて着地し、油断する事なくドラゴンに向かって槍を構える。

 ドラゴンはすぐに起き上がり、俺を睨みつけながら唸り声を上げている。その様子を見て、俺は何か違和感を感じた。

 

 このドラゴン、前回は俺に近付く事なく遠くから様子を見ながら攻撃してきて、軽く痛めつけてやったら敵わないと悟って逃げていった慎重な、悪く言えば憶病な性格のようだった。しかし今回は全くビビった様子も見せずに、ずっと攻撃的な態度を取り続けている。

 俺の事を忘れているのかとも思ったが、前回来た時は俺との戦力差を察知して慎重に立ち回る程度の知能はあった筈だし、それも考えにくい。

 行動パターンが正反対だし、何より目の前のこいつの目からは理性や知性といったものが一切感じ取れない。

 妙だと思いながら、俺はドラゴンを観察して『敵情報解析(アナライズ)』の技能を使い、その情報を読み取ってみる。

 するとドラゴンのレベルや各種ステータス値、使用する技などの情報が読み取れた。それらの情報は、通常のドラゴンの枠を超える物ではなかったが……一点だけ、おかしな所があった。それは……

 

 『状態異常:狂化(バーサーク)

 

 狂化は精神系状態異常の一種だ。破壊衝動に脳が支配され、攻撃力が大きく上昇するが、代償に回避率や防御力が著しく低下する。攻撃力上昇のメリットこそあるが、防御面はガタガタになるので基本的にはデメリットのほうがデカい。

 ただしLAOには狂戦士(バーサーカー)のような、この状態異常を自分にかけて、そのメリットを最大限に活かす立ち回りをする攻撃特化型の職業も存在するが。

 メイン斧サブ狂戦士みたいな一撃特化とか、メイン銃サブ狂戦士の火力とクリティカル率盛り盛りのロマン砲といった、火力に脳を焼かれたアホ共がサブクラスによく使っていたりする。

 

 話を戻そう。このドラゴンは何者かによって狂化状態を付与されている。目的は……俺を相手にした時に、また逃げ出さないように首輪を付けたという事なのだろう。胸糞の悪い話だ。

 

「はぁ……『状態異常治療(リフレッシュ)』」

 

 俺は状態異常を治療する魔法を唱えて、ドラゴンの狂化を解除してやった。

 すると、殺意でギラついていたドラゴンの瞳が、こころなしか穏やかな物になっていき……そのドラゴンと、俺の目が合った。

 

「GYAAAAAAAA!!」

 

 その瞬間、ドラゴンが悲鳴を上げて物凄い勢いで後ずさった。

 

「……おいィ?」

 

 本来は臆病な性格のドラゴンなのではないかと予想はしていたが、幾らなんでもビビり過ぎではないだろうか。

 正気に戻ったようで大変結構だが、そこまで怯えられると多少は傷付くんだが。

 

「あー……そこのドラゴン。まだ戦うつもりはあるか?」

 

 俺がそう問いかけると、ドラゴンは首を千切れるくらいの勢いで大きく横に振りながら、弱々しい鳴き声を上げた。

 どうやら完全に降伏したようで、その憐れみを誘う姿を見た俺は『上位治癒(グレーター・ヒール)』の魔法でドラゴンの傷を治療してやった。さっき切断した尻尾も、元通りに生えてきている。

 

「立ち去りなさい。二度と人を襲わないように」

 

 俺はそう言って、ドラゴンにここから去るように促した。

 だが、ドラゴンは立ち去る気配を見せずに、俺に向かってゆっくりと歩み寄ってきて……俺の目の前まで来ると、俺に向かって平伏するように頭を下げた。

 

 何だこいつ、いったい何がしたいんだ。

 俺がそう思った瞬間、目の前に例のシステムメッセージのような物が表示された。

 

『ドラゴンが貴方の下僕(しもべ)になりました』

 

「……うん?」

 

 どういう事だ?俺はテイマーもドラゴンライダーも取ってないので、それ系のモンスターを仲間にする技能は持っていない筈なのだが。

 

「おおっ、女神様がドラゴンを手なずけたぞ!」

 

「あの凶暴なドラゴンが、あんなに従順に!」

 

「神の威光の前には、凶悪な飛竜さえ頭を垂れる……なんという……」

 

「アルティリア様万歳!」

 

「万歳!」

 

 混乱する俺をよそに、周りの連中は大喝采のお祭り騒ぎだ。

 さて……この状況、どう収拾をつけたものかと思った、その時だった。

 

 パチパチパチ……と、拍手の音が鳴り響く。

 それはこの喧騒の中にあっても、俺の耳にはっきりとした存在感をもって届いた。

 その拍手の音は、上の方から鳴っていた。俺はその音の出所……上空へと目を向ける。すると、そこには空中に浮かんでいる、一人の男の姿があった。

 

「いやはや、貴女様が来れば狂化した飛竜でも、あっさりと蹴散らされるとは思っていましたが……まさか従えてしまうとは。人知を超えた力ゆえか、それとも女神の威によるものか。はたまた敵対者にも慈悲をかける、その大いなる慈愛の成せる業か。いずれにしても、ワタクシの予想を超えた光景を見せてくださった事に感動を禁じえませんな。実にスバラシイッッ!!」

 

 その奇抜な恰好と胡散臭い声、芝居がかった口調に無駄に大袈裟なモーションは、見覚えのあるものだった。

 その男の名は……

 

「……地獄の道化師(ヘルズ・クラウン)か」

 

「Yes I amッ!どうか拍手でお出迎え下さい。ワタクシ地獄の道化師、海の底より華麗に復ッ活ッ!」

 

 そう言って、地獄の道化師は大仰な礼をするのだった。



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第24話 なんてゲスな野郎だ。レーティングを上げる気か

 この場に集まった者達は皆、空中にいきなり現れて、大袈裟な動きをしながらハイテンションな口調でペラペラとやかましく喋る、派手な恰好をした道化師を見て、何事かと目を白黒させていた。

 

「アルティリア様……何者ですか、あの怪しげな男は」

 

「魔神将の手下らしいですよ。あんな見た目と口調ですが、強さ自体は本物です。油断しないように」

 

 俺はともかく、ロイドや他の連中にとっては相当格上の相手だ。気を付けるように声をかけておく。

 俺の言葉に彼らが警戒を強めると同時に、ドラゴンが地獄の道化師を見上げながら不機嫌そうな唸り声を上げた。前回けしかけて来た時と同じく、今回もこいつに狂化をかけたのは奴の仕業なのだろう。

 

「それにしても貴様、よく生きていたな。氷漬けにして海に沈めてやった筈だが」

 

「フッフッフ……道化師として、脱出マジックくらいはお手の物ですとも。とはいえ痛い目に遭わされたのも事実。折角ですので貴女様に復讐するチャンスを伺っていたところ、紅蓮の騎士めが襲撃計画を立てていたので、便乗してそこの飛竜(ドラゴン)をけしかけてみたのですよ」

 

 そう言って、地獄の道化師はドラゴンに目を向けた。その視線は冷たい。

 

「ところがこの駄竜と来たら、まさか一人も殺せずに降伏するとは……なんと情けない。仕方がないのでワタクシが自ら出張ってきたと、こういった次第であります」

 

 勝手に洗脳しておいて勝手な事を、とでも言いたそうにドラゴンが不機嫌そうに吼えるが、地獄の道化師はそれに対して、うるさそうに侮蔑的な視線を向ける。

 

「アテが外れて残念だったな。張り切って出てきたのは良いが、わざわざ負けに来たのか?この私がここに居る以上、お前に勝ち目は無いぞ」

 

 俺の挑発に、地獄の道化師はニタリと歪んだ笑みを浮かべると、

 

「では、試してみましょうか?」

 

 そう言って、その姿を消した。無詠唱での短距離転移(ショートテレポート)を発動させたのは明らかだ。

 一瞬の後に、地獄の道化師が別の場所にその姿を現す。奴が転移した先は俺……ではなく、ロイドの背後だった。

 地獄の道化師が右手を伸ばし、長く鋭い爪をロイドの首筋に向かって突き出す。しかしその不意討ちは、

 

「悪いが読み通りだ」

 

 事前にそれを察知していた俺が放っていた流水の刃(アクア・カッター)が、地獄の道化師の肘から先を切り飛ばした事で未遂に終わる。

 この卑劣漢の事だ。どうせ俺ではなく、誰か別の奴を狙おうとするだろうと思っていたがドンピシャだった。

 

「ロイド、やりなさい!」

 

「はっ!」

 

 俺が放った流水の刃によって負傷し、一瞬動きが止まった地獄の道化師に対し、振り向きざまに抜刀したロイドが斬撃を放つ。

 

「ちぃッ!」

 

 残った左手を使い、地獄の道化師はそれを咄嗟に受け止める。魔力を纏っているとはいえ、素手で刀を受け止めるとはなかなかの頑丈さだ。しかし流石に無傷でとはいかなかったようで、僅かな切り傷を受けると共に後退を余儀なくされる。

 

「くっ、浅かったか!」

 

 被害を最低限に留め、受け流された事に歯噛みするロイドだったが、

 

「いいえ、よくやりました」

 

 後退した地獄の道化師に向かって、俺が一気に踏み込んで槍を突き出す。俺の槍、海神の三叉槍が、地獄の道化師の胴体を深々と貫いた。致命傷である。

 俺は槍で貫いた奴の体を持ち上げ、そのまま放り投げようとするが……その時、まだ息があった地獄の道化師が、左手で自身の体を貫いている槍を掴んだ。

 貫かれた胸と口から血を流しながら、地獄の道化師がしてやったりといった風に嘲笑を浮かべる。

 

 それを見て、強烈に嫌な予感が膨れ上がった。

 何かヤバい。絶対に何かやらかして来るという、予感というより確信に近いそれに突き動かされ、対応しようとした瞬間に、

 

「『自爆(セルフ・ボム)』」

 

 地獄の道化師が魔法を唱えた。

 自爆(セルフ・ボム)……文字通り、自身の生命力と魔力を全て犠牲にして、大爆発を引き起こす禁じ手である。

 自身の命を対価にするという重過ぎるデメリットと、それに見合った強力無比な威力と絶大な効果範囲を持つ極悪な魔法だ。

 

「『短距離転移(ショートテレポート)』ぉぉッ!!」

 

 俺は咄嗟に、槍で貫いた地獄の道化師ごと、短距離転移で上空へと瞬間移動した。

 あの場で自爆などされたら、至近距離に居る俺は勿論、他の人間達まで自爆に巻き込まれて確実に死んでいた。

 それを防ぐ為にはこのように、地獄の道化師ごと範囲外に転移(テレポート)する以外に無かった。これで他の者が自爆に巻き込まれる事は防げるが、

 

「があああああっ!」

 

 それは同時に、俺自身はヤツの自爆を回避する手段を失うという事だ。

 咄嗟に魔力で体を覆って防御をするが、それでもかなりのダメージを食らってしまった。

 至近距離で自爆の直撃を食らった挙句に、そのまま高所から無防備に落下して地面に叩きつけられた俺の全身に、激痛が走る。頭がクラクラして、耳鳴りも酷い。おまけに服もボロボロだ。

 

「ぐぬぬ……『上位治癒(グレーター・ヒール)』、『自然回復力向上(リジェネレイト)』……!」

 

 流石の俺でも放置するとヤバいレベルのダメージを受けた為、即座に回復魔法を使って傷を癒す。それで負った傷はほぼ完璧に治療できた。

 しかし、この世界に来てから初めてまともにダメージを受けた事や、一歩間違えば他の連中ごと死んでいた事もあって、精神的なダメージもかなりの物だ。

 

「アルティリア様ああああああ!」

 

 俺が敵の自爆に巻き込まれた事で、心配したロイド達が慌てて駆け寄ってくる。兵士や一般人も同様にだ。

 

 ……これは、かなりまずい状況だ。

 皆が冷静さを失っている上に、何よりあのクソ野郎が後先考えずに自爆なんて真似をするだろうか?

 

「全員、止まりなさい!警戒を解いてはいけません!」

 

 俺の言葉に真っ先に反応し、刀の柄に手をかけたのはロイドだった。続いて冒険者や兵士達も、すぐに警戒態勢を取る。しかし……

 

「冷静で的確な判断、流石でございます。しかし一手遅かったですねェ」

 

 その時既に、俺の視線の先には、地獄の道化師の姿があった。

 『自爆』を使ったにもかかわらず五体満足で生きており、その体には先程の戦いで負った傷も見当たらない。

 しかも、その腕の中には一人の少年が捕らえられていた。

 奴の声に反応し、それを見た兵士や住民の顔に驚きや恐怖が浮かぶ。

 

「なっ……貴様、いつの間に!?」

 

「ハンス!おのれ……息子を離せ!」

 

 捕らえられている少年の父親らしき男が、そちらに手を伸ばしながら駆けだそうとするが……地獄の道化師が、鋭い刃物のような爪を少年の首筋に当て、そこから血が僅かに流れ出た事で、その足が止まる。

 

「おぉっと、動かないで。そんなに大勢に詰め寄られては、ワタクシ恐怖のあまり、うっかり手が滑ってしまうかもしれません」

 

 言葉とは裏腹にニヤニヤと笑いながらそうのたまう地獄の道化師だが、その目は全く笑っていない。それどころか油断なく、俺を観察している。

 ……クソが。何とか隙を突いてあの少年を助けたいところだが、残念ながらその隙が見つからない。ならば何とか作るしかないかと、俺は口を開いた。

 

「派手な演出で目を奪って、その間に仕掛けを発動させたか。チンケな手品だが、なかなかどうして上手くやった物だな」

 

「お褒めにあずかり恐悦至極。お楽しみいただけましたかな?」

 

「そうだな。ついでにお前の手品のタネがわかったぞ。分身……あるいは増殖。恐らくは後者だ。それがお前の能力だろう」

 

 氷漬けにして海底に沈めてやったのに、何事もなかったかのように再び出現し。

 一度、手も足も出ずに惨敗したのにもかかわらず、無警戒に姿を見せ。

 そして自爆を使って死んだ筈が、直後に五体満足のまま再び活動した。

 違和感しか感じないそれらの不可解な状況は、その能力で説明がつく。

 

「過去に倒したお前も、先ほど自爆したお前も、そして今こうして話しているお前も、本物ではないコピーだ。そうだろう?」

 

「さて、どうでしょうか……ちなみに、そう考えた根拠をお聞きしても?」

 

 根拠だと?簡単な事だよワトソン君。

 

「根拠も何も、お前はそういう奴だからに決まっている。安全な場所から他人を見下し、支配する事しか考えていないゲス野郎。お前のような奴に、1%でも負ける可能性がある相手の前に出てくる勇気などあるものか」

 

 以上の理由で目の前にいるコイツは増殖能力で作ったコピーである。証明終了。

 俺の答えを聞いた地獄の道化師のニヤケ面が、僅かに引き攣るのを俺は見逃さなかった。

 

「どうした、手品の種が割られて頭に来たか?笑えよ道化師」

 

 俺がそう言って嘲笑すると、地獄の道化師の顔から一切の表情が消えた。目も死んだ魚のように光を失っており、一切の感情が読み取れない。

 

「……もういいでしょう。武器を捨てなさい。僅かでも抵抗する素振りを見せれば、すぐにこの子供を殺します」

 

 その口調も、ハイテンションで狂ったようなものから一転して機械的だ。

 

 ……しまった。こいつ怒ると逆に冷静になるタイプだったか。怒らせて隙を作るつもりだったが、こうなると余計にやりにくくなった。

 やむなく、俺は手にしていた海神の三叉槍を後方に放り投げた。

 

「武器は捨てた。すぐにその子を解放しなさい」

 

「まだです。その水で出来た羽衣もです。ああ、ついでにその服も脱いでいただきましょうか」

 

 このゲス野郎が……

 俺は言われるままに水精霊王の羽衣を脱ぎ捨て、奴の自爆を食らってボロボロになったワンピースを破り捨てた。

 身に着けているのは白いビキニの水着と靴、それから幾つかのアクセサリのみといった格好だ。

 あられもない恰好になった俺を見て、周りの者達が痛ましそうに目を伏せる。

 

「これで満足か?それともこれも脱げと?」

 

 そう言って俺が、水着のブラの紐を軽く摘むと……

 

「それはいい。是非とも脱いでいただきましょうか」

 

 地獄の道化師は、一切躊躇する事なく肯定した。

 うわ、マジかよコイツ。想像を上回るゲス野郎だったわ。

 おいやめろ馬鹿、ロストアルカディアシリーズは(一応)全年齢対象だぞ。このままだとこいつのせいでR-18待ったなしなんだが?

 

 ……しかし遺憾ながら、ここは要求に従うしかないか。

 あるいは俺の生おっぱいを見て、こいつが興奮して隙が出来る可能性もあるかもしれんし。

 俺は油断なく敵の様子を観察しながら、覚悟を決めてブラ紐の結び目に手をかけた時だった。

 

「野郎共ぉぉぉ!今すぐ目を塞げええええええ!」

 

 ロイドが目隠しをしながら、そう叫んだ。それに従って男共が一人残らず、己の視界を両手で覆う。

 ……うん、こいつらは良い奴らだ。同じ男でも目の前のカスとは違う。こいつらのおかげで、少し心が和んだ。

 

「ロイド、目を閉じる必要はありません。戦いの最中に敵から目を離すなど、戦士としてあってはならない事ですよ」

 

「しかしアルティリア様!」

 

「目の前の戦局に集中しなさいロイド。最も大切な事を見失わないように。今重要なのはあの子を無事に助け出し、次にあの男を叩き潰す事。それだけを考えなさい。それに比べたら肌を晒す事など些細な事です」

 

 ピンチの時こそ冷静に、そしてピンチの後にチャンス有り、だ。こういう時こそクールにならねば。

 まあ、俺も当然腸が煮えくり返るくらいに怒ってはいるが、ここは我慢だ。

 

「くっ……!」

 

 ロイドは苦々しい表情を浮かべながら俺から顔を逸らし、地獄の道化師を睨みつける。

 それを横目で見つつ、俺はいつでも魔法を撃てるように準備をしながら、意を決して水着を脱ごうとしたが、その時。

 

「女神様!僕に構わずこいつを倒してください!」

 

 そう叫んだのは、地獄の道化師に捕まっている少年だった。

 

「ハンス、何を言うんだ!早まるんじゃあない!」

 

「いいんだ父さん。これ以上、僕のために女神様や町の皆を危険な目に遭わせたくないんだ」

 

 父の制止に対して精一杯の笑顔を作って、少年はそう言い……その後、彼はまっすぐな瞳で俺の方を見て言った。

 

「女神様、どうかお願いします。僕はどうなってもいいから、父さんや母さん、グランディーノの町の皆の事を助けてください」

 

 まだ幼い少年だ。死への恐怖が無い筈がない。だと言うのにそれを必死に堪えながらそう訴える彼の、純粋でまっすぐな覚悟を前にして、俺は……

 

「私の名前はアルティリアだ。勇敢な少年よ、どうか君の名前を聞かせてはくれないか?」

 

「アルティリア様……僕の名前は、ハンス。ハンス=ヴェルナーです」

 

「よろしい。ハンス、君のその勇気を、私は誇りに思う。どうかいつまでも、それを忘れないでいてほしい」

 

 この身がどうなろうと絶対に、彼を助けなければならないと決意を新たにした。

 そう決意した瞬間……俺の視界が、急激に切り替わった。

 

 地獄の道化師や、奴に捕まっているハンス、ロイド達や住民の姿が全て消え去り、それどころか俺の立っている場所は、神殿のある丘ではなくなっていた。いや、そもそも陸ですらない。

 

 見渡す限り、どこまでも果てしなく広がる海。その水面上に、俺は立っていた。

 

「こ、これは一体……どういう事だ……!?」

 

「案ずるな。ここはお前の精神世界だ」

 

 突然の出来事に狼狽える俺の背中に、何者かの声がかけられた。思わずその声の方向へと振り向いた俺が見たのは、二人の男だった。

 

 一人は子供のような小さな、しかし鍛え抜かれた体の男。黒髪の小人族で、LAO時代の俺の友人、うみきんぐ。

 そしてもう一人は、身長は2メートル程で筋肉モリモリの、青い髪の大男だ。この男も、俺がLAOでよく会っていた相手だ。ただしこちらの大男はプレイヤーではなく……NPC(ノンプレイヤーキャラクター)である。

 

「キング……それにネプチューン……!?」

 

 そのNPCの名は、ネプチューン。LAOでは海底の秘境に隠れ住んでいるユニークNPCであり、この世界における海を支配する大神(グレーター・ゴッド)だ。

 俺の使っている槍『海神の三叉槍(トライデント・オブ・ネプチューン)』や、超級魔法『海神の裁き(ジャッジメント・オブ・ネプチューン)』は、彼の課す試練をクリアした事で授かった物であり、LAO時代は色々とお世話になった神様だ。

 

「アルティリア。新たに生まれし大海の女神よ。汝、奇跡を欲するか」

 

「アルティリア。重き宿命を背負いし我が友よ。汝、新たな力を望むか」

 

 威厳たっぷりの声で、ネプチューンとキングが俺に問いかける。

 俺はその問いに、はっきりと頷いた。

 

「ああ。あの勇敢な少年や、俺を信じてくれる連中の為に、俺はそれを望む!」

 

「「ならば受け取るがいい!!」」

 

 俺の答えを聞いた二人が右手を俺に向けると、そこから謎のオーラのようなものが俺の体に流れ込んでくる。

 

「ゆくがいい、新たな小さき神よ!汝の往く新たな航路に幸あれ!」

 

「俺はいつでもお前を見守っているぞ!さらばだ友よ!」

 

 二人はそう言い放って背を向け、その姿が遠くなり、やがて見えなくなっていった。それを見送っていると、やがてまた視界が切り替わり……

 俺は再び、現世へと戻ってきていた。

 どうやら今起きた出来事の間、時間の流れは止まっていたようで、何事も無かったかのように地獄の道化師と人間達が睨み合っている。

 

 先程まで見ていたのは白昼夢だったのかと錯覚しそうになるが、俺の中で新たに発現している力が、それを否定する。

 俺の覚悟に、神の力が応えて奇跡が起きたのか。それともあの二人が何かをしたのか。或いはその両方か。

 何にせよ、おかげで打開策と俺のやるべき事は見えた。

 

 ……しかしネプチューンに関しては、ここがLAOと同じ世界なら彼も存在しているという事で、干渉してきてもまあ、おかしくはないだろう。彼からすれば俺は海神としての後輩にあたるわけで、力を貸してくれるのもわからんでもない。

 だがキングはいったい何者なのか。あいつ、しれっと人の精神世界に干渉して新たな力を授けていきやがったんだけど。

 前々からキングNPC説とか、キング異世界人説が囁かれるくらいにはLAシリーズの世界について詳し過ぎる男ではあったが……ガチでこの世界の住人なのか?

 まあ聞いても多分、いつも通りに「キングだからだ!」って返ってきて有耶無耶にされるんだろうけど。

 ま、そこらへんの話は結論が出ないので一旦置いておくとして、何はともあれ反撃開始と行こうじゃないか。



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第25話 時よ止まれ。世界よ、俺のほうが美しい

 状況を整理しよう。

 現実に戻った俺の視界内では、今も人間達と地獄の道化師が対峙している。

 地獄の道化師は確かに強力な魔物だが、それはあくまで普通の人間にとってはの話だ。俺がこの場に居る以上、普通に戦えば敗北はありえない。

 ただ厄介な点が二つある。一つは奴が増殖……自身のコピーを作り出す能力を持っており、そのため何度死んでも蘇ってくる上に、自分の命を使い捨てての自爆等の玉砕戦法を、躊躇なく実行してくるという事。

 そしてもう一つは、この場に来ていたハンスという名の少年を人質に取っている事だ。これがある為に、俺は奴に手出しが出来ずにいた。

 

 だが、それらの問題を解決する手段は既に入手してある。それが、先ほど精神世界で会った二人から受け取ったものだ。

 それらを使って、これから奴を倒す。

 

「地獄の道化師よ」

 

 俺がそう話しかけると、騒いでいた人間達が一斉に静まり返り、俺のほうに注目した。話しかけられた地獄の道化師も、こちらに視線を向ける。

 

「一応、最後に提案しておこうか。今すぐその子を解放して、大人しく帰るというなら見逃してやるが、どうする?」

 

「……ハッ。何を言うかと思えば」

 

 俺の提案を、奴は鼻で笑い飛ばして、馬鹿にしたような目を向けてくる。

 ……まあ、きっとそうなるだろうとは思ったよ。

 

「状況を分かっていないので?それともまさか、この土壇場で突然、この状況をどうにかできる手段を思いついたとでも?」

 

「ああ、そうとも。私はここから人質を無事に救出し、その上でお前を完膚なきまでにぶちのめす、とっておきの策を思いついたぞ。どうだ、怖いか?恐ろしければ逃げても構わんと言っているのだ」

 

 俺がそう言い放つと、地獄の道化師の顔が歪んだ。

 

「苦し紛れの下らんハッタリを。良いからさっさと邪魔な布きれを脱いで、無駄に育ったその下品なデカ乳を信者の前に晒せってんだよ、クソ女神が……!」

 

「何だと貴様ァ!許さんぞ!」

 

 荒っぽい口調になって俺を罵る地獄の道化師。それに対してロイドがキレた。

 

「構いませんよロイド、好きに言わせておきなさい。所詮これから死ぬ愚か者の戯言です」

 

 俺がそう窘めると、ロイドは一度深呼吸をして落ち着きを取り戻し、頷いた。

 

「……はっ。確かに、このような輩の言う事など聞くに値しませんな。耳が汚れるし時間の無駄です」

 

 俺達の言葉にいよいよ怒りが限界を超えたのか、地獄の道化師は右腕に力を込め、ハンスの細い首を掻き切ろうとする。

 

「ああ、もういい。だったら望み通り、まずはこのガキから殺してやるよ……」

 

 あと一秒もしない間に、その鋭い爪がハンスの頸動脈を切り裂くだろう。それを止める手段は無い。仮に無詠唱で魔法を放ったとしても、それが届くより奴がハンスを殺すほうが早い。だから手出しが出来なかった。

 

 ……ただしそれは、少し前までの話だ。

 

「『時空凍結(コールドステイシス)』!」

 

 俺がその魔法を発動させると、一瞬にして周囲の全てが色を失い、まるで凍り付いたかのようにその動きを止めた。地獄の道化師の爪も、ハンスの首を掻き切る寸前で停止している。

 

 精神世界において、俺がキングとネプチューンから受け取った力……それは、彼らが持つ技や魔法を行使できるというものだった。

 今使った『時空凍結《コールドステイシス》』はネプチューン専用の魔法で、言うまでもなく超級魔法……その中でも最上位に位置する物だ。

 その効果は神の力で時間の流れに干渉し、絶対零度の冷気の魔力でその流れを強制的に停止させる……つまり早い話が、時間停止である。

 

 動きを止めた世界で、俺だけが何にも縛られる事なく、自由に行動する事ができる。その効果で、まずはダッシュで地獄の道化師に近付き、奴に捕まっているハンスの体を抱き上げ、救出する。1秒経過。

 

 無事にハンスを救出できたところで、次は地獄の道化師への対処だ。

 人質が居なくなったところで転移(テレポート)で逃げられたり、自爆(セルフ・ボム)を使われたりすると厄介なので、今のうちに無力化しておく必要があるのだが……時間が止まっている間に、ただ殺すというのも面白くない。

 そもそもの話、どうせこいつは増殖体(コピー)だ。ただ殺したところで次が出てくるだけなので、ここはひとつ、トラウマになるような死に方をさせてやろうと考えている。

 

 こいつは以前、俺と戦った時の事を覚えていた……という事は、本体とコピー、あるいはコピー同士で記憶の共有が出来ているという事に他ならない。

 それは、本来ならば利点なのだろう。なにしろ倒してもこちらの情報を持ち帰られ、いくら殺しても湧いて出てくるというのだから厄介極まりない。

 だが、そこを逆手に取って、二度とこちらに手出ししたくないと思うくらいに痛い目を見せてやり、精神をズタボロにしてやるのが俺の狙いである。

 

「まずは……『封魔穿孔』!」

 

 俺は人差し指を、地獄の道化師の側頭部にある経穴(ツボ)の一つに突き入れた。

 これはキングが使う技の一つで、HPではなく相手のMPに大ダメージを与えつつ、更に一定時間、魔法の発動を封じるという魔法使い殺しの必殺技だ。

 リーチが短く、発動もあまり速くないのでタイマンではそうそう当たるものではないとはいえ、俺のような魔法系ビルドのキャラが食らったら最後、魔法を封じられて一方的にボコられる未来が見える、恐るべき技である。キングとPVPをする際には最も警戒すべき技の一つだった。

 

 ちなみにキングのメイン職業(クラス)は、格闘家(グラップラー)系の最上位職の一つ『修羅』だ。この封魔穿孔のようなPVP向けの、経絡秘孔を突いて様々な効果を引き起こす北斗神拳みたいな技を多く持つ、トリッキーな職業である。

 本来、奴の種族である小人族は筋力(STR)耐久(VIT)が低いため前衛職には不向きなのだが、代わりに敏捷(AGI)器用(DEX)が非常に高い為、それを活かして素早く接近し、精密な動きでキツい能力低下(デバフ)状態異常(バッドステータス)を付与しまくり、動きを制限したところでタコ殴りにするのが奴の常套手段だった。

 

 さて、これで2秒が経過した。今の俺では、時間を止められるのはあと1~2秒が限界だろう。

 

「魔法を封じたところで……次はこれだ!『封足撃』!」

 

 続けて、俺は地獄の道化師の両腿へと、左右それぞれの手で突きを放った。足を痺れさせ、移動や足を使う技の発動を封じる経穴を突いたのだ。

 

「ラストォ!『惨痛穿孔』!」

 

 最後に、胸の中心に向かって突きを放つ。

 その効果は、痛覚を鋭敏にさせることで、一定時間の間、受けるダメージを倍加させるというものだ。

 

 これでやるべき事は全てやった。

 俺は救出したハンスを抱きかかえたまま、『時空凍結』を発動した際に元々立っていた場所に戻り……

 

「時空凍結、解凍」

 

 そして時は動き出す。

 世界に色が戻り、停止していた俺以外の者達が一斉に、再び動きだした。

 

「……えっ?」

 

 最初にそれに気が付いたのは、地獄の道化師だった。

 当たり前だろう。何しろ抱えていて、今から殺そうとしていた人質が、忽然とその姿を消していたのだから。

 そして、その人質が俺に抱きかかえられているのを見て、地獄の道化師は呆気に取られた顔をしていた。

 

 続いて、他の者達もそれに気が付いて、その視線が俺へと向けられる。彼らもまた、信じられないという表情で俺を見ていた。

 

「見ての通り、人質は救出させてもらったよ。さて……私の大脱出マジックは如何だったかな?」

 

 俺は地獄の道化師を挑発するように、得意げに笑ってそう言った。



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第26話 またの名を「女神のおっぱいで窒息死しかけた漢」

 ――かつて、彼がまだ一人のLAOプレイヤーだった頃。

 アルティリアの友人の一人であるクロノは、彼の事をこのように評した。

 

「アルさんですか?すごく頼りになる人ですよ。普段の言動はちょっとアレですけど……レイド戦とかGVGの時に居ると安心できますね」

 

「よく水中特化のネタビルドとか言われてますし、本人もそう言ってますけど……地上でも普通に廃人下位~準廃上位くらいのスペックはありますし、コンボ精度とかのPスキルもかなり高いです。ていうかメインの水精霊王(アクアロード)がカンストして水属性関連のアビ全部取って、職専用神器まで持ってるんですよ。弱い訳ないじゃないですか」

 

「あと、度胸というか……精神力が凄いですね。うちのギルドはマスターが先頭に立って突撃するようなタイプなんで、集団戦だと後衛のアルさんが指揮をする事が多いんですけど、あの人ピンチの時とか想定外の事があった時でも、すぐ切り換えて立て直してくるので。失敗しても『よし、じゃあ次の策でいくぞ』って感じで。そういう所は頼りがいがありますね」

 

「あー……でもあの人、たまに信じられないようなミスする事が割とよくあるっていうか……。いや、戦闘とか作戦面では大丈夫なんですけどね?そういうのとは関係ない部分で物凄くドジというか、抜けてる部分があって……そこがちょっと心配ですかね……」

 

 

   *

 

 

 拘束され、身動きを封じられた地獄の道化師は、それでもなお不敵な笑みを浮かべていた。その笑いがいつまで続くか楽しみである。

 

「一体どんな手を使ったのか見当もつきませんが……いやはやお見事。どうやらワタクシの負けのようですね」

 

 そう言いながら、地獄の道化師は油断なく魔法を唱えようとしていた。無詠唱だが、魔力の流れをよく観察すれば、奴が魔法を使おうとしているのは見え見えだ。使おうとしているのは転移(テレポート)の魔法だろう。しかし、魔法の発動は俺が時間停止中に放った技により封じられている。

 

「……何をした?」

 

「答える必要はない……が、お前の魔法は封じさせて貰った。ついでに気付いていないようだが、足も動かせないようにしておいたぞ」

 

「ぬっ!?こ、これは……!」

 

 今更ながらに足が動かない事に気付いたようで、自身の動かない足に視線を送りながら、驚愕の表情を浮かべる。

 

「……成る程、これは詰みというやつですか。無念ですが仕方がありませんな。煮るなり焼くなり、好きになさるがいいでしょう」

 

 観念したように殊勝な台詞を吐く地獄の道化師だったが、奴が自身のコピーを生み出す増殖能力を持つ事は既に割れている。ここで奴を殺したところで、また次の奴が出てくるだけだろう。よって……

 

「地獄の道化師。私はお前に対して、三つの罰を与えた」

 

 そう宣言しながら、俺は『水の創造(クリエイトウォーター)』を発動し、手元に野球ボールくらいのサイズの水球を生み出した。

 ちなみにこの水球、サイズは小さいが、中には圧縮された大量の水が詰まっている。

 

「一つ目の罰は、魔法の使用を禁じるものだ。次に二つ目の罰だが、これは足の動きを封じるもの。これらは既に味わっただろう」

 

 生み出した水球を手元で弄びながら、俺は続ける。

 

「そして最後の罰だが……それは痛覚を剥き出しにして、受ける痛みを数十倍に引き上げるというものだ」

 

 俺の言葉を聞いて目を見開く地獄の道化師。俺はその頭上に水球を放ち、弾けさせた。それによって地獄の道化師が、頭から全身に大量の水を浴びる。

 

「つまり……ただの水を浴びただけでも、全身に激痛が走る!」

 

「ぐ……ぎゃああああああああああっ!!」

 

 想像を絶する激痛に、地獄の道化師がもんどりうって倒れ、地面を転がる。

 

「なんという恐ろしい罰……これが神に刃向かった者への報いか……!」

 

「だが、良い気味だぜ。散々好き勝手しやがったからな、あの野郎!」

 

 その哀れな姿を見て、人間達が口々に感想を述べた。

 

「どうせお前は殺したとしても、別のお前に記憶を引き継ぐのだろう?ならば精々、苦しんだ記憶を持ち帰って貰おうか」

 

 楽に死ねると思うなよ。地面に倒れる地獄の道化師を見下ろしながら冷たくそう言うと、奴は恐怖に歪んだ顔でこちらを見上げた。

 

「ま、待ってください……!どうかお慈悲を!せめて一思いにトドメを!」

 

 地獄の道化師は一切躊躇する事なく土下座をして、そう懇願した。いっそ清々しいくらいの、哀れみを誘う三下っぷりだ。

 

「……良いでしょう。そこまで言うなら私は赦そう」

 

 俺がその言葉を与えると、奴は思わず驚きと喜びが入り混じった表情で顔を上げた。

 周りの人間達も、俺が奴を赦した事に対して驚いた顔をこちらに向けている。俺は彼らに視線を送った後に、地獄の道化師に向かって言った。

 

「だが信者達(こいつら)が赦すかな?」

 

 地獄の道化師の表情が絶望へと変わる。

 忘れたのだろうか。彼の周りには、奴への敵意を漲らせた人間達が大勢いるという事を。

 

「住民の皆様はお退がりください。ここは我々軍人にお任せを」

 

「いやいや、兵士さん達は引き続き、住民の皆さんの警護をお願いします。魔物退治は俺達、冒険者の専門分野ですから」

 

「いえ……ここは私達、神官団が引き受けましょう。これほどの邪悪な魔物を相手にするには、我々が使う神聖魔法が一番でしょう」

 

「おっと待ちねえ。確かに俺達ゃ何の力も無い市民だが、ここまで嘗めた真似をされちゃあ、俺達だって黙ってられねえぜ」

 

 兵士、冒険者、神官、そして住民達……彼らの思いは一つだった。

 そんな殺気立つ連中の前に、一組の男女が立った。

 

「待ちな……!最初は俺がやる。これは譲れん……!おい貴様ぁ、よくもうちの自慢の息子に、ふざけた事をしてくれたなぁ……!」

 

「ちょいとお待ちよ、お前さん。……アタシが殴る場所も、ちゃんと残しておくれよ……!」

 

 彼らは人質に取られていた少年、ハンスの両親だった。その怒りは、この場の誰よりも強く、激しいものだった。

 ……それを一身に受ける地獄の道化師の末路は……まあ、俺がわざわざ語るまでもないだろう。

 

 おっと、そういえば。奴に人質にされていたハンス少年の事を忘れていた。

 時間停止中に地獄の道化師から奪い取って、そのまま抱きかかえたままだったのを今思い出した。

 

「ハンス、もう大丈夫ですよ。立てますか?」

 

 声をかけながら目線を下に下げて、ハンスを見る。

 返事が無い。そしてハンスが動かない。

 おかしいとよく見てみるとハンスの頭部全体が、俺の双乳にがっちりとホールドされて、胸の谷間に埋もれていた。

 

「……あっ」

 

 よくよく思い返せば俺は、ハンスを救出する際に抱きかかえて、落とさないようにしっかりと抱いていたのだが……どうやら彼の顔を思いっきり胸に押し付けた上に、爆乳で頭全体を両サイドから包み込んでいた。

 ……その結果どうなるかといえば、当然、息が出来なくなって……

 

「やばっ……」

 

 俺は青ざめながら、すぐにハンスをおっぱいの束縛から解放した。

 よほど息苦しかったのだろう。ハンスの顔は真っ赤に染まっていた。

 そして……ハンスは、呼吸をしていなかった。

 

「ハンスぅぅぅぅぅ!目を開けろぉぉぉぉ!」

 

 その後、どうやらハンスは気を失っていただけで死んではいなかったので、回復魔法による治療で何とか息を吹き返す事が出来た。

 

 

   *

 

 

 ハンス=ヴェルナー。

 ローランド王国の港町、グランディーノにてヴェルナー家の長男として生を受ける。

 幼少期に魔物の襲撃に遭遇し、A級魔物『地獄の道化師』に人質に取られるも、女神アルティリアによって救出された。

 それが契機となったのか、当時よりかの女神や、彼女に仕える海神騎士団の面子とも親交があったようだ。

 長じては海神騎士団の一員となり、すぐに頭角を現す。

 後に海神騎士団6番隊の隊長に抜擢され、魔神将の軍団との戦いでも活躍した。

 

 彼の有名なエピソードといえば、上記の幼少期に人質にされた出来事だ。

 幼い少年が邪悪な魔物に捕えられ、恐怖しなかった筈がない。しかし彼は自身の命よりも家族や隣人、そして女神アルティリアの事を案じて、己の命を懸けて魔物に抵抗した。

 成長してもその勇敢さは消える事なく、より一層その輝きを増していった。

 

 常に先頭に立ち、どんな困難にも一歩も退かずに立ち向かう彼を、人はこう呼ぶ。

 『勇気の騎士(ブレイブナイト)』ハンス……と。

 

 (ローランド英雄譚より抜粋)



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第27話 戦いの後始末。それと風呂

 その後の事を、軽く語ろうと思う。

 地獄の道化師は俺の信者達にボコられて死に、その場に僅かに残っていた魔物達は四散して逃亡。それで神殿付近は安全になったが、まだ戦いは終わっていなかった。

 港湾や街道ではまだ戦いが続いており、ロイド達はすぐさまそちらへ救援に向かおうとしたが、それには及ばぬと俺はそれを止めた。

 

「『水精霊召喚(サモン・ウンディーネ)』」

 

 俺のメインクラスは精霊使い系の最上位職の一つ、水精霊王(アクア・ロード)だ。その名の通り水属性魔法、特に水の精霊を召喚・使役する事を最も得意とする職業だ。

 俺は召喚した8体の水精霊の半数を港に、残りの半分を街道へと向かわせた。

 流石に地獄の道化師レベルのモンスターが相手だと荷が重いものの、雑魚の掃討ならばノーマル水精霊で十分だ。

 俺の命令に従って水精霊達はそれぞれの戦場へと向かい、彼女らの活躍によって無事に街道や港の敵は殲滅された。

 

 こうして戦いは終わった。

 ロイド達が戦った、もう一体のボスモンスター……紅蓮の騎士が姿を現さなかったのは気になるところではあるが、これにて一件落着である。

 

 戦後の処理だが、まず負傷者を俺や水精霊達が魔法で治療した。

 死者は幸い一人も出なかったものの、負傷者の数はかなり多かった。中には放置すると命に関わるような重傷を負った者も居たため、彼らの治療は最優先だ。

 最初に冒険者や軍人を治療し、力自慢の彼らが負傷者を運ぶのを手伝ってくれたおかげで、だいぶスムーズに治療を進める事ができたので助かったぜ。

 やっぱり一箇所に集めて範囲回復で纏めて治療するのが一番効率がいいからね。

 

 ちなみになんか偉そうな神官の人達が、女神様を讃える式典がどうたらとかいう話をしてきたが、それに対しては今はそのような場合ではないと一喝しておいた。怪我人放ってするような話じゃないだろうが。

 そしたらなんか泣きながら土下座してきたんだが。いやそんな事しなくていいから手伝えやお前ら。神官なら回復魔法くらい使えるだろ!

 

 その点、クリストフという若い男の神官は有能だった。奴はやるべき事や優先順位をちゃんと分かってる。

 ただ、俺が怪我人を回復させる時に使った魔法に対する食いつきが尋常じゃなかった。あと俺の槍とかの装備を見る目に、妙に熱が篭もってる。

 こいつはあれだ、レアな装備とかスキルに目がないオタクだな。間違いない。

 だがロイドがいつも世話になっているようだし、こいつ自身も俺の熱烈な信者みたいなので、今度俺のレアアイテム・コレクションを見せてやろうと思った。

 

 まあそんな感じで色々と後始末が終わって、すっかり日が沈んだ頃になってその日は解散。

 ちなみに戦いの最中に従えたドラゴンは逃がしてやろうと思ったが、何故か俺に懐いたようで帰ろうとしなかったので、仕方がないので飼育する事にした。

 今は神殿の周囲で放し飼いにしてあるが、近い内に犬小屋ならぬ竜小屋?竜舎?を作ってやる必要があるだろう。

 

 さて、どうやら俺は神殿で暮らす事になるようで、神殿の奥には俺の居住スペースがあった。

 やけに広い寝室には、なんか貴族が使うようなビッグサイズの豪華なベッドが置いてあったりしたのだが、一人で使うにはちょっと大きすぎやしないだろうか。

 なんか女神とか呼ばれて奉られており、俺自身もその信仰に応えて神として振る舞うつもりはあるのだが、いかんせん俺は元々、一般庶民の小市民であるのでこういった豪華な家具には縁が無かったせいで、どうにも落ち着かない。

 ついでに今はプレイヤーである俺と一体化している、アルティリアという人物(キャラクター)も野宿上等の冒険者である為、彼女の感覚的にもいまいちしっくり来ないようだ。

 

「まあいい。だったら俺に合うようにカスタマイズするだけの事よ」

 

 ハウジング(家作り)もMMORPGの醍醐味だ。寝室のリフォームは当然として、神殿内に色々と追加したい設備も山ほどある。

 

「よっしゃー!やったるでぇ!」

 

 水泳や釣りほどではないが、俺は木材や石材の加工、鍛冶などの生活スキルもかなり高い。俺がLAOで所有していた家や船舶は全て俺が自ら作ったものだ。神殿の増築やリフォームなど朝飯前だ。

 幸い、神殿内の俺の居住スペースには多少の余裕がある。ここに色々と付け加えていくとしよう。

 ただし、その為には当たり前だが、十分な量の建築用資材が必要だ。そこらへんは明日以降に調達する必要があるだろう。よって、本格的な増改築は後日という事になるのだが……どうしても、今日中に作っておきたい物がある。

 

 それは、風呂だ。

 この世界……というか、今俺がいる国ではどうも、入浴の文化が広まっていないようなのだ。これは由々しき事態である。

 水浴びや体を拭く等して、なるべく清潔を保つようにしている他、水属性の初歩的な魔法の中には体の汚れを落とす『清潔(クリーン)』という物もあり、それなりに衛生管理はされているようだ。

 俺も転移して以来、清潔の魔法や、魔法で水を生成してシャワーを浴びる等はしていたが……元日本人として、やはり風呂には入りたいのである。

 

「というわけで、ここに浴室を作ろう」

 

 俺は良い感じの広さの空き部屋に移動し、そこに木材を取り出して並べた。

 これは太古の精霊木板。太古の精霊樹(エンシェント・トレント)という名の、巨大な樹のモンスターが落とすドロップ品だ。

 動きは遅いが防御力やHPが非常に高いタフなモンスターで、強力な魔法を使う侮れない敵だ。そいつが落とすこの木の板は、そこいらの金属よりもずっと頑丈だ。

 最上位の木材である世界樹(ユグドラシル)よりは1ランク落ちるものの、それでもトップクラスの高級素材である事に変わりはない。

 何故俺がこれを都合よく持っているかというと、俺の持っている船の素材がコレだからだ。船を作るのに木材は必要不可欠であり、このエンシェントトレントの木材は船の製作や改造を行なう海洋民に大人気の品だ。船の改造にハマっていた時期は、俺も狂ったようにエンシェントトレントを狩りまくったものだ。

 もちろん船舶用だけではなく、木工製品や家の建築素材としても、エンシェントトレントの木材は大人気であり、常に高値で取引されている。

 

 そんな貴重な素材を使って、俺は浴槽を作った。檜風呂ならぬエントレ風呂だ。なんという贅沢か。

 さっそく作った浴槽に魔法でお湯を張り、俺は羽織っていた水精霊王の羽衣と、身に着けていた水着を脱ぎ捨てて風呂にダイブした。

 

「あぁ^~」

 

 温かい風呂が、疲れた体に染み渡る。

 久しぶりという事もあって、実にたまらん。

 やはり風呂は良い。この文化はこの世界にも広めねばならぬと強く確信した。

 

 あと、おっぱいは本当にお湯に浮く事が判明した。

 

 そんな感じにひとっ風呂浴びた後に良い気分で就寝した、次の日の朝。

 朝早くから神殿の前には大勢の人が集まっており、俺が姿を現すと皆揃って跪き、祈りを捧げ始めた。いやそんな畏まらんでも、楽にしていいから……

 

 そんな彼らを前に、俺は話をした。

 内容は昨日の襲撃を見て分かるように、俺は魔神将に狙われているという事と、いずれ来る連中との戦いに力を貸してほしいという事だ。

 配下の魔物であれば俺一人でも蹴散らせるが、幹部級が複数で来られると流石に苦戦せざるを得ないし、ましてや親玉の魔神将本体は俺一人ではどうやっても太刀打ちできるような敵ではない。

 LAシリーズのナンバリング作品では英雄達が国や神々のバックアップを受けて、激戦の末にようやく倒したような相手だし、LAOでは世界中の廃人プレイヤーが束になってタコ殴りにするワールドレイドボスだ。

 神の力を得て多少強くなったとはいえど、俺がタイマン張って勝てるような甘い相手じゃないという事だ。

 

 なので、信者達(きみたち)の力が必要だという事を力説しておいた。

 戦える者は一人一人が一騎当千の英雄レベルにまで成長し、また戦えない者はそんな彼らの支援をして、一致団結して立ち向かわなければならない。その為に俺も最大限、君達の力になろう、と。

 

 流石に魔神将と一緒に戦ってくれと言われて、尻込みされるか、最悪見放される事も覚悟していたが……信者達はそんな俺の願いに対して、有難い事に喝采をもって応えてくれた。

 

 よし、じゃあ鍛錬(レベリング)の時間だ。

 とりあえず半年で全員、レベル100くらいになろうか。



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第28話 これは教育ですわ

 ロイド=アストレアは、俺がこの世界に来て、アルティリアとなってから最初に出会った人物であり、俺の最初の信者である。

 出会った当初に見た彼の職業構成は、以下のようなものだった。

 

 名前:ロイド=アストレア

 レベル:35

 

 【メインクラス】

 海賊 Lv15(Max)

 船長 Lv5

 

 【サブクラス・下級】

 剣士 Lv8

 兵士 Lv4

 指揮官 Lv3

 

 LAO基準では、ようやく初心者マークが外れるかといった程度の強さだが、この国ではそれなりの強者として扱われるようだ。

 

 それから紆余曲折を経て再会した彼の、現在の職業構成を以下に記そう。

 

 名前:ロイド=アストレア

 レベル:58

 

 【メインクラス】

 神官戦士 Lv15(Max)

 

 【サブクラス・下級】

 海賊 Lv10(Max)

 剣士 Lv10(Max)

 兵士 Lv6

 指揮官 Lv8

 

 【サブクラス・上級】

 船長 Lv5

 侍 Lv4

 

 まず注目するべき点は、メインクラスが海賊系から神官戦士に変わっている点だ。

 これについては、生き方を変えた事でメインクラスが変更されたのだろう。LAOでもレベルダウンはするが、メインクラスを変更する事は可能だった。

 (ちなみに、レベルダウンのペナルティ無しに職業を変える事の出来る課金アイテムも存在する)

 元々メインクラスだった海賊系はサブクラスになり、それに伴ってLv15だった海賊がLv10まで落ちている。

 また、剣士のレベルがカンストして、新たに上級職の侍を取得している。これは刀をメインウェポンにした影響だろう。

 指揮官のレベルも順調に成長しているが、こちらはまだ極めるには至っていないようだ。

 兵士の職業を持っているのは、海賊になる前は軍人だった名残だろう。こちらは成長していないようだ。

 

 総じて、以前会った時より23もレベルが上がっており、他の冒険者や軍人と見比べても、頭一つか二つほど抜きん出ている。よく努力したと褒めてやりたい。

 

 しかし気になる点が一つある。

 何故こいつは、メインクラスの神官戦士をカンストしているのに、上級職を取っていないのだろうか。

 メインより先にサブクラスを上げて、戦略の幅を広げるのも育成方針としては大いに有りではあるが、メインクラスの上級は早めにとっておくべきだと思うんだが。

 

「ロイドは神殿騎士(テンプルナイト)にはならないのですか?」

 

 そんなわけである日、その日も神殿に顔を出しに来たロイドに、上級職の取得をする気がないのか聞いてみた。

 神官戦士の上級職は神殿騎士(テンプルナイト)退魔師(エクソシスト)武闘僧(モンク)の三種類だ。

 神殿騎士(テンプルナイト)は神官戦士をそのままパワーアップした感じの回復・補助魔法も使える物理職、退魔師(エクソシスト)は対悪魔・アンデッド性能に特化した魔法寄りの職業だ。こっちは神官(クレリック)を極めても取得できる。

 武闘僧(モンク)は素手で戦う職業で、刀使いのロイドには不向きのため選択肢から除外する。神官戦士以外にも格闘家(グラップラー)から取得するルートもある……というかむしろ、そっちが主流である。

 以上の三種類から選ぶなら、ロイドの職業構成や能力値の傾向は、どう見ても神殿騎士に向いている為、そちらを薦めてみた。

 

 いきなりクラスチェンジを薦められてロイドはたいそう驚いた様子だったが、隣に居た神官のクリストフのほうはとても乗り気で、ロイドに是非就任するべきだと強く薦めていた。他の仲間達も同様だ。

 

 LAOでは神殿騎士になるには、まず神官戦士のレベルを最大まで上げる事と、各地の町にある神殿から受注できるクエストをこなし、神殿からの信頼度をある程度得た上で転職クエストをクリアする必要がある。

 そうすると司祭長から神殿騎士に任命され、資格を得る事ができるのだ。幸い神殿はここにあるので、後は神殿騎士に任命するだけでいいのだが。

 

「クリストフ、ロイドが神殿騎士になるにあたり、必要な手続きは?」

 

「はっ、お答えいたします。神殿騎士の就任には本来、司祭長以上の位を持つ神官が審査・試験を行なった上で、王都の大神殿の許可を得る必要があります。しかしこの場合は神殿の主にして女神たるアルティリア様が直々に指名されましたので、大神殿への報告のみで構わないと考えます。そちらは私が行ないましょう」

 

「たいへん結構。ああ、それとクリストフ。貴方もさっさと司祭になりなさいな」

 

 クリストフのメインクラスは神官(クレリック)で、レベルは最大の15に到達している。だというのにコイツもメインクラスは下級職のままだ。

 聞いてみればコイツはまだ若くて実績も少ないので、まだヒラ神官のままで、司祭に上がる為にはもっと何年も神殿に勤めて、実績を積む必要があるとの事だが、才能や実力がある人間をいつまでも平社員のまま遊ばせておくのは実に勿体ない。

 

 なので、クリストフを司祭にするように推薦状を書いておいた。

 ついでにクリストフは立場上は中央の大神殿に所属しており、こちらに出向している形になっている為、正式にうちに所属させるように要望も出しておこう。

 それを伝えると、クリストフは滝のような涙を流しながら俺に感謝を伝えてきた。

 そんなに大神殿で働くのが嫌だったのだろうか。まさか大神殿はブラック企業ならぬブラック神殿なのか……?

 

 ちなみにロイド以外の者達も軒並みメインクラスが神官戦士になっており、レベルが上限に達していた為、全員まとめて神殿騎士に任命しておいた。

 例外はリンという名前の少女で、その子はメインクラスが魔術師の、典型的な後衛魔法アタッカーの構成をしている。

 

 クリストフは俺が書いた全員分の任命状や推薦状と、大神殿のお偉いさんへのお手紙を持って王都に向かった。

 最初は馬で行こうとしていたが、馬だとどれだけ急いでも往復に数日はかかってしまうので、水精霊を一体貸し出した。

 それも普通の水精霊ではない。この水精霊王(アクアロード)をカンストして水属性魔法関連のスキルを全部MAXまで上げたこの俺でさえ、二体までしか同時に召喚できない最上位水精霊(アーク・ウンディーネ)だ。

 

 普通の水精霊の外見年齢は小~中学生、上位水精霊(グレーター・ウンディーネ)は女子高生くらいの容姿をしているが、それらに対して最上位水精霊は大人のお姉さんといった感じのクールビューティーだ。俺ほどじゃないが背が高く、おっぱいもデカい。

 当然だが最上位水精霊もノーマル水精霊と同じように、姿形を自由自在に変化させられるという特徴を持ち合わせている。

 俺の命令を受け、天馬形態(ペガサスフォーム)に変化した最上位水精霊は、その背にクリストフを乗せて飛び立った。ちなみに最上位水精霊の天馬形態は、通常の水精霊と比較して、およそ1.5倍ほどの速度を誇る。

 

 ちなみに神殿の敷地内に建築した竜舎から先日手懐けたドラゴンが顔を出し、

 

「えっ、空飛んで行くなら自分の出番じゃないんですか?」

 

 とでも言いたそうな表情でこっちを見ていたが、人を乗せての飛行訓練はまだ行なっていないし、王都にドラゴンで凸すると確実に騒ぎになるので却下である。

 

 そんなわけで朝に出立したクリストフと最上位水精霊は、夜には手紙のお返事を持って戻ってきた。

 手紙の返事をくれたのは、王都大神殿のトップである大司教だ。

 一番上は教皇ではないのか?と疑問に思ったので聞いてみたら、教皇はこのローランド王国ではなく、南西に位置する法国に居るそうで、大司教はこの国における神殿勢力のトップという事らしい。

 大司教がくれた、やたらと長い手紙の内容を要約すると、

 

 ①やけに丁寧な挨拶の言葉。最上位精霊を遣わした事に感激してるっぽい

 

 ②ロイド達の神殿騎士就任については、()が直々に実力・人格を認めた為、許可する。また、それにあたって大神殿から指導員として神殿騎士を派遣する

 

 ③併せて、うちの神殿に騎士団を設立する事になるので、結成し次第、大神殿への届出をお願いしたい

 

 ④クリストフの司祭昇進および、うちの神殿への異動は済ませた。引き続き大神殿や各地の他の神殿との連絡窓口を任せたい

 

 ⑤魔神将および魔物に対抗する為の体制作りには、大神殿や王家も協力する意志がある為、連携して事に当たりたい

 

 ⑥王都の一等地に俺の神殿を建築するので、完成したら是非直接こっちに来てほしい。詳しい話はその時にしたい

 

 ⑦つまらないものですが貢ぎ物です。お納めください

 

 ……といった感じだ。

 贈り物は白金(プラチナ)やミスリルのような貴重な金属や上質な布生地、薬草に香辛料といった各種素材だった。

 

「助言を求められたので、我が主は実用的な物や、物作りをする為の素材を好むと伝えておきました」

 

 それらを俺に手渡しながら、最上位水精霊が淡々と言う。

 ファインプレーだ、よくやった。高価なアクセサリーとか服を贈られるより、こういうのの方がずっと嬉しい。丁度、装備製作をする為の素材が欲しかったところだしな。

 何故かというと、それはロイド達の装備を整えるためだ。

 

 少し時間を戻して、クリストフを待っている間にロイド達と話をしたのだが……こいつら、レベルはしっかり上がってる癖に、装備をろくに更新していないのだ。

 これは問題だ。強くなる為には自分自身のレベルを上げ、成長する事は勿論大事だが、それに合わせて強力な装備品を購入、あるいは製作して入手する事も、同じくらい重要なのは当たり前の事だ。

 いくらレベルが上がっても、装備がヘボいままではその力を十分に発揮する事は難しい。

 幸いロイドの武器に関しては俺があげた村雨があるが、それ以外の装備はほぼ初心者が使うような物だ。

 

 何故そんな有様なのかと言うと、あいつら、稼いだ金の大半を俺に寄付していたからだ。残りは生活費や装備の手入れ代、消耗品代やいざという時の為の貯蓄となっており、装備を更新するほどの余裕が無かったそうだ。

 

 これは教育ですわ。

 装備が充実する→狩りの効率が上がる→レベリングや金策が捗る→更に強くなって効率が上がる正のループ→そして一級廃人へ

 装備を更新しない→効率が上がらない→戦闘がきついし稼げない負のループ→いつまで経ってもうだつの上がらない雑魚のまま→いくえ不明

 ほらこんなもん。わかったら装備には常に注意を払え。

 

 だがしかし、こいつらが俺に寄付した先はこの俺なので、その金を使って俺がこいつらに最適な装備を見繕ってやればいいか。

 というわけで俺は早速、神殿内に作った工房で武器や防具を作るのだった。

 

 あと、大司教には協力やプレゼントへのお礼の手紙と一緒に、俺が打った剣(ミスリル合金製)を贈った。喜んでくれるといいのだが。



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第29話 騎士団発足に向けて※

「ロイドは神殿騎士(テンプルナイト)にはならないのですか?」

 

 女神アルティリアがこの地に降臨してから、数日が経ったある日の事だった。その日も信奉する女神の神殿に顔を出していたロイド=アストレアと彼の仲間達は、当の女神に突然そう言われたのだった。

 神殿騎士とは、その名の通り神殿に所属し、神に仕える騎士である。通常の騎士と違って領地や主を持たず、ただ神の名の下に邪悪な存在を討ち滅ぼし、民を守護する高潔な存在だ。

 そんな神殿騎士はロイド達にとっては雲の上の存在であり、いやいやそんな恐れ多いと固辞するものの、ロイド達は海賊から神官戦士へと生き方を変え、その上で十分な経験と実績を積んでおり、それは神殿騎士になる条件を十分に満たすに足るものだと、アルティリアは言った。

 

「……確かに。正式に神殿には所属していませんが、ロイドさん達はアルティリア様を信仰し、祈り、そしてアルティリア様の為に戦う神官戦士と言って差し支えないでしょう。そして今までの実績も、神殿騎士に叙任されるのに十分なものと思われます」

 

 クリストフも納得したように頷きながらそう言う。それから、とんとん拍子に話が進み、クリストフが王都の神殿まで許可を貰いに行く事になった。

 しかしそれを聞きながら、話の中心である当の本人、ロイド=アストレアは悩んでいた。

 彼の悩みは、果たして自分は、そのような立場に相応しい人間だろうか……という事に尽きる。生きる為に仕方がなかったとは言え、元は海賊としてさんざん人様に迷惑をかけた身だ。到底、清廉潔白で高潔な騎士と呼べるような立派な人間ではない。

 

 ロイドは迷った末に、仕える女神にその悩みを吐露した。彼の懺悔にも似た悩みの告白に対して、アルティリアは言った。

 

「貴方は生き方を変えると決意したのではないのですか?そこで中途半端に立ち止まって如何するのです。男が一度やると決めたのなら、最後まで走り抜きなさい」

 

 その台詞を言った本人(アルティリア)は、せっかくクラスチェンジしたのにメインクラスを下級止めとか何考えてんの? 馬鹿なの? 死ぬの? 程度の考えで口にした言葉だったが、それを聞いたロイドは頭を金槌でガツンと殴られたような衝撃を受けた。

 

(そうだ……! 俺はこの御方の為に変わると決意した筈だ……! だと言うのに、何を下らん事でウジウジと悩んでいたのだ。恥を知れ、ロイド=アストレアの軟弱者め!)

 

 ロイドはこの時、英雄としての第一歩を踏み出した。

 過去の罪は消えずとも、傷つけた人の何百倍、何千倍もの人を救う、女神の騎士として生きようと決意を新たにしたのだった。

 ロイドと同じく尻込みしていた仲間達も、彼と同様に覚悟を決めたようで、決意に満ちた気合の入った顔をしている。

 

「ところでロイド、貴方達にお話があります」

 

 しかしそんな彼らに対して、空気を読まずに説教を始める恥知らずなドスケベエルフが居た!

 

 アルティリアはロイド達に、装備の更新や強化の大切さを力説した。

 所々『エンチャ』や『属性値』、『スキル倍率』、『適正AD値』、『一確A値』、『クリ率とクリダメの比率』、『セットボナ』、『限凸』などといった、ロイド達にとっては意味がよくわからない単語も頻出したが、おそらく神々の間で使われる専門用語なのだろうと彼らは考えた。だいたい間違ってはいない。

 とにかく装備の重要性について理解した彼らだったが、問題はこのグランディーノの町では、そこまで強力な武器や防具は販売していないという事だ。

 王都のような大都市や、鍛冶が盛んな街であれば、良い装備も手に入りやすいのだろうが。港町である事の利点を活かして、船で輸入してもらう事を検討するべきかと考えるロイドだったが、

 

「まあ良いでしょう。ここは私に任せておきなさい」

 

 アルティリアはそう言い残して、神殿の外へと出ていった。慌てて後を追うと、彼女は神殿がある丘を下りて、そのままグランディーノの町へと足を進めた。

 すれ違った者達が思わず視線を奪われ、頭を下げたり祈ったりする中、アルティリアは悠々と港へ向かう。彼女が向かう先は、港の付近にある市場だった。

 

「へいらっしゃい、適当に見ていきな……アルティリア様!?」

 

 アルティリアが店に入ると、商品が並んだ棚に向かったまま、こちらに背を向けてぞんざいな接客をしようとしていた店主がいた。棚に並んでいるのは鉱石の類だ。

 彼は石類を専門に扱っている業者だ。グランディーノの周辺には鉱山は存在しない為、鉱石は専ら輸入品頼りになる。彼は海路を使って輸入した鉱石を、鍛冶場や造船所に卸していた。

 今日は、それらの取引相手が来る予定は無かった筈だが……と、予定に無い客のツラでも拝んでやるかと、ちらりと目線を送った店主は、それはもう驚いた。

 既に神々が地上を去って久しいこの世界において、唯一の現存する神であり、このグランディーノの町を守護する海の女神。この町において彼女の名を知らぬ者など居よう筈もない。

 

「楽にしてください。鉱石を見せてもらいたいのですが」

 

 反射的に平伏しようとした店主を制止して、アルティリアは棚に並ぶ鉱石を見繕っていく。店主は品質の良い物をアルティリアに薦めようとしたが、彼がそうするまでもなく、アルティリアは店内に所狭しと大量に並ぶ鉱石の中から、最も品質が高い物だけを的確に手に取っていった。

 

(なんという素早く、正確な目利き……!この道を二十年以上やって、鉱石を見る目にはそれなりに自信があったが、この御方の目は俺など足元にも及ばない!)

 

 その素早く正確な目利きに、流石は女神だと店主は驚愕し、アルティリアへの信仰を深めたのだった。

 

「では、これらを購入します。お値段はいくらですか?」

 

「いっ、いえそんな! 女神様にお代をいただく訳には……」

 

 無料で提供しようとする店主だったが、アルティリアはそれを固辞した。逆に、商人として取引をする以上、対価を受け取らずに商品を渡す事などあってはならないと店主を諭し、アルティリアは鉱石を定価で購入した。

 その後は皮革や布生地を販売している店でも同じようなやり取りを繰り返した後に、購入した品々を持って神殿に戻った。

 

 夜になると、王都に行っていたクリストフが精霊を伴って戻ってきて、正式にロイド達の、神殿騎士への就任が決まった。

 様々な準備や手続きの必要がある為、叙任式は一週間後に執り行う事となった。

 

 アルティリアは、クラスチェンジなんて今すぐサクッと終わらせたいと思っていたが、周りの人間達にとってはそうもいかないようで、ままならぬ物だとぼやいた。

 

 それから一夜明けて次の日、ロイド達が朝から神殿に向かうと、神殿のある丘の麓に、見覚えの無い建築物が建っていた。

 石造りの、堅牢な砦のような建物で、その周囲を囲む石壁や(やぐら)まである。

 

「アルティリア様、あれはいったい……!?」

 

「あれは貴方達の駐屯地です。必要と思ったので夜の間に作っておきました。兵舎や訓練所を兼ねているので自由に使いなさい。運用・管理・維持に必要な人材はそちらで雇うように」

 

「たった一晩でこれを!?」

 

 ロイド達は信奉する神の行ないに、まさに奇跡だと更に信仰を深めたが、驚くのはまだ早かった。

 

「お頭!兵舎に全員が余裕で入れるくらいのデカい風呂場が!」

 

「お頭!全員分の個室が用意してありますぜ!しかもベッドが凄いフカフカです!」

 

「お頭ぁっ!このトイレ水が流れるっすよ!」

 

 元部下達の報告に逐一驚かされながら、ロイドは拠点をこの場所に移すために活動を開始した。

 まずは宿を引き払い、荷物を砦に移した後に、彼らは所属する冒険者組合に足を向けた。

 今後は神殿騎士として活動する為、冒険者としての活動を打ち切り、引退するつもりで話をしに行った。

 受付嬢にそれを話し、代表として組合長の部屋へと案内されたロイドは、その途中で意外な人物とすれ違った。

 

「あれ、グレイグさんじゃないですか。どうして冒険者組合に?」

 

 その男は赤い髪が特徴的な中年の大男で、名をグレイグ=バーンスタインという。ここグランディーノの町に拠点を構える、海上警備隊の副長を務める歴戦の勇者だ。

 

「おお、ロイド君か。この間のような大規模な魔物の襲撃に備えて、冒険者組合と海上警備隊の連携を強化する為に、つい先ほどまで色々と話し合いをしていた所だ。そういう君は、組合長に用事かな」

 

「はい。実は冒険者を辞める事になるので、その報告と挨拶をと」

 

「なんと!? いったい何故……いや、そうか。アルティリア様の下で働く為か?」

 

 反射的に何故と尋ねようとしたグレイグは、つい先日、彼らの信仰する女神が降臨した事を思い出し、それが原因だろうと当たりを付けた。

 

「ご明察の通りです。アルティリア様の神殿騎士に就任する事になったので、これまで通りに冒険者として活動する事は難しいかと……」

 

「おお、そうか神殿騎士に……凄い栄誉な事じゃないか! いやあ、めでたい!」

 

 我が事のように喜ぶグレイグの様子に、ロイドの顔にも思わず笑みが浮かんだ。

 

「しかし将来有望な冒険者が居なくなるのは、組合としては痛いだろうな……いや、待てよ? ならばいっその事……よし、閃いたぞ!」

 

 グレイグは何かを思いついた様子で、踵を返すと組合長の部屋へと突撃していった。ロイドは慌ててそれを追いかける。

 

「グレイグさん!? どうしたんです!?」

 

「なぁに、任せておきたまえロイド君! 私にいい考えがある!」

 

 そう言って、グレイグはノックもせずに組合長の部屋へと押し入った。

 ついさっき帰った筈のグレイグが、勢いよく扉を開け放って戻ってきたのを見て、組合長が椅子から跳び上がった。

 

「うおおっ!? 何だグレイグ、帰ったんじゃなかったのかお前!?」

 

「ええい、そんな事はどうでもいい! 重要な話があるのだ!」

 

 まずグレイグはロイドに、先程の話を組合長にもするように促した。それに従い、ロイドは神殿騎士に就任する予定である事、冒険者を引退する事を組合長に話した。

 組合長は惜しみながらも、ロイドを気持ち良く送り出してやろうとしていたが、そこに待ったをかけたのがグレイグだ。

 

「そこでさっきの話だ。聞けばロイド君達は、新たに神殿騎士団を設立するそうじゃないか。ならばいっその事、彼らも枠組みの中に入れてみてはどうだね」

 

「……おお、なるほど! その手があったか!」

 

「……いったい、どういう事なんです?」

 

 話についていけないロイドに対し、二人が説明したのは以下のような内容だった。

 

 この町の冒険者組合支部と海上警備隊は、それぞれ独立した戦力を持つ組織であり、前者は魔物退治をはじめとした、様々な民間の依頼を解決しており、後者は港や近海の治安維持を旨としている。

 これまでこの二つの組織には、これまでほとんど接点が無かった。時々近海に現れる水棲の魔物を警備隊が討伐した際に、その死体を冒険者組合に引き渡して、討伐褒賞金を受け取る程度の付き合いだ。

 だが今後、この町を邪悪な存在の魔の手から守護する為に、両者はより一層強固な協力体制を築く事に決めた。

 その一環として、まずは人材交流や技術交換を積極的に行なう予定であった。

 その枠組みの中に、ロイド達が新たに立ち上げる神殿騎士団も入れてしまおうと考えたのだ。

 

 具体的には、ロイド達は神殿騎士であると同時に、冒険者組合にも籍を置き続け、自由に依頼を受ける事が出来る。また、組合側からも困難な依頼があれば、神殿騎士団や海上警備隊に支援を頼んだり、彼らのほうが向いていると判断すれば仕事を回したりもする。

 新人冒険者の中にはロイドを慕う者が多いので、そんな若者達に神殿騎士となったロイド達が指導を行なう事で、良い刺激を与えられるだろうし、逆にロイド達もこれまでのように、先輩冒険者の指導を受けたり、協力して依頼に当たる事も出来る。

 

 ロイドはその話を一旦持ち帰り、仲間達やアルティリアと共に検討した結果、話を受ける事にした。

 具体的な協力体制の構築については今後、三者間で協議を重ねていく予定である。

 

 そうして数日が経過し、いよいよ神殿騎士への就任および、騎士団の発足までもうすぐという時に、ある人物が神殿を訪れたのだった。



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第30話 「あ、アルティリア様!優秀な人材引き抜かないで!」「うるさいですね……」※

「失礼します。私の名はルーシー=マーゼット。新たに神殿騎士となる者達への指導の為、王都の大神殿から派遣されてきた神殿騎士です。女神アルティリア様にお目通りを願いたい」

 

 その日、神殿を訪れたのは一人の女性だった。亜麻色の髪を肩口で切り揃え、意志の強そうな、つり目がちの赤い瞳をした女だ。

 彼女は、自分は王都の大神殿に所属する神殿騎士であり、新たに就任する神殿騎士への指導のために来訪した者だと名乗りを上げた。

 身に纏うのは白く輝く堅固な金属鎧であり、腰に下げた剣は名匠が鍛えた業物だ。立ち居姿に隙は無く、瞳には強い意志が宿っているのが見てとれる。その姿、まさに威風堂々であり、ひとかどの人物である事は疑いようもない。

 

 しかしてその容姿は、どうしようもなく……幼女であった。

 

 最初にその人物と会ったリンなどは、思わず町の女児が騎士ごっこでもしているのかと疑ったほどだ。

 しかし、子供が騎士になりきっているにしては、装備とそれを身に着けた彼女自身が纏う空気が立派に過ぎる。

 これは自分では判断が難しいぞ、さてどうしたものかと思案していると、彼女の仲間の一人が話に入ってきた。

 

「リンさん、どうかしましたか?」

 

「あっ、クリストフさん、丁度いい所に! えっと、神殿からのお客様なんですが……」

 

「……おや? ルーシーさんではないですか。派遣されてくる神殿騎士は貴女でしたか」

 

「む、クリストフ殿ではないですか。ええ、その通りです。これから世話になります」

 

 どうやら二人は知り合い同士のようで、これで話が纏まりそうだと、リンは胸を撫で下ろした。

 

「あっ、申し遅れました。魔術師のリン=カーマインと申します」

 

「リンさんは若いですが、とても優れた魔術の才能をお持ちで、彼女の魔法にはいつも助けられています」

 

 リンの自己紹介に、クリストフが補足する。目の前でまっすぐに褒められて、リンは照れ笑いを浮かべた。

 

「よろしくお願いします、リン殿。ところで貴女も神殿騎士に?」

 

「いえ、私は魔術師ですので……。ただ、顧問魔術師として騎士団に所属してはどうか、とアルティリア様が薦めてくれて……私のような未熟者に務まるかと、不安ではありますけど」

 

「そうですか。しかし騎士団に所属するならば、共に過ごす事も多くなるでしょう。数少ない女同士でもある事ですし、改めてよろしくお願いします」

 

「はい!こちらこそ、よろしくお願いします、ルーシーさん」

 

 握手を交わすと、その背丈と同じように、手も幼児のように小さかったが、その掌は硬く、長く剣を握った者特有のタコが幾つも出来ている、歴戦の戦士の手であった事にリンは驚かされた。

 つくづく見た目と経歴や能力がミスマッチだと、ついまじまじと見つめてしまうと、それに気付いたルーシーが苦笑を浮かべた。

 

「リン殿は、小人族に会うのは初めてですか?」

 

「小人族……ですか? すみません、会うどころか聞いた事がありませんでした。ルーシーさんは人間とは違う種族の方なのですか?」

 

「珍しい種族ですから、無理はありませんよ。私もルーシーさん以外の小人族の方とは会った事がありませんし」

 

 人間(ヒューマン)以外の友好的な異種族と会った事が無いリンにとっては、その名も初めて耳にするものだった。

 

「名前の通りに、大人になってもこのような容姿のままでして。そのせいで侮られる事も多いですが、もう慣れました。……ああ、ちなみに私はこう見えて、今年で25歳になります」

 

「まさかのロイドさんと同い年っ!?」

 

 リンは新たに聞かされた事実に驚愕しながら、ルーシーの小さな体をじっと観察した。

 

(どこからどう見ても十歳くらいの子供にしか見えない……小人族って凄い……)

 

 そうしている内に、リンはある事に気が付いた。

 

「あれっ? ルーシーさんの耳、なんか尖った形をしてますけど、それも小人族の方の特徴なんでしょうか?」

 

「むっ? ええ、確かに私以外の小人族も、皆このような形の耳をしていますが……そうか、人間の耳は丸い形をしているのでしたね。普段、あまり目線が合う事が少ないので意識する事もないのですが」

 

 自分の耳の形を確かめるように触りながらそう言ったルーシーは、次にリンが発した言葉に大きく驚いた。

 

「へぇ……なんだかアルティリア様のお耳に似てますね。あ、でもアルティリア様のほうが、もっと細長い感じかなぁ」

 

「なんと!? よもや、女神様も私と同じ……?」

 

「いえ、アルティリア様はかなり背が高い方なので、違うと思います……」

 

「そうですか(´・ω・`)」

 

 リンがそう告げると、ルーシーは残念そうな顔をした。

 

「リンさん、アルティリア様への連絡をお願いしてもいいですか?ルーシーさんはロイドさん……我々のリーダーの所に案内しますので」

 

「わかりました!それではルーシーさん、また後ほど!」

 

 リンはそう言って、神殿の奥へと入っていった。彼女が目指すのは、アルティリアの私室である。

 その部屋の扉の前には、体が透き通る水で出来た美しい人外の少女……水精霊(ウンディーネ)が立っている。

 

「失礼いたします。精霊様、アルティリア様にお目通りを願いたいのですが」

 

「わかりました。どうぞお入りください」

 

 頷いて扉を開け、入室を促す水精霊に従って部屋に入ると、そこにはベッドに横になりながら読書をしているアルティリアが居た。

 読んでいるのは、今いるローランド王国の歴史について書かれた書物だ。それを読んで、この国について勉強をしている最中なのだろう。

 

 ただし、ベッドのサイドテーブルに置かれた皿の上には香ばしい香りを放つ、食べかけのアップルパイとフライドポテトが乗せられており、食べカスが僅かにベッドの上に落ちており、行儀が良いとは決して言えない状態だ。

 更に彼女の服装は、上半身は正面に無駄に達筆な文字で「エルフの女」と書かれたクソダサTシャツ、下半身はジャージという、とても人前に出せるような恰好ではなかった。今のコレを女神と言っても誰も信じやしないだろう。

 

「む? リンではないですか。どうしましたか?」

 

「あっ、はい。先程、大神殿から派遣されてきた指導員の方がお見えになりました。今はロイドさん達と顔合わせをしているので、後で会っていただけたらと」

 

 本から顔を上げ、体を起こしたアルティリアが声をかけると、リンは我に返って報告をした。

 

「なるほど。それは構いませんが、どういった者ですか?」

 

「名前はルーシー=マーゼットさんで、大神殿に所属する神殿騎士の方です。ただ見た目がその、実年齢よりもだいぶ幼く見える方で……」

 

「ほう。もしや小人族ですか?」

 

「ご存知だったのですか!?」

 

「ええ。私の友人にも小人族が居ましたからね。それにしても小人族の神殿騎士とは、また珍しい……。興味が湧いてきました。早速その者に会いにいきましょう」

 

 本来、前衛タンク職に重要な筋力(STR)体力(VIT)が低く、不向きである筈の小人族という種族であえて神殿騎士になるという珍しい構成(ビルド)に興味を持ったアルティリアは、その人物にぜひ会ってみたくなったのだ。

 

「おっと、すぐに着替えるので少し待ってください」

 

 流石にこのクソダサTシャツとジャージで外に出る訳にもいかない為、着替える必要があると考え、アルティリアは着ていたシャツを豪快に、ベッドの上に脱ぎ捨てた。続いてジャージのズボンも脱いで、身に着けているのは上下の下着のみになる。

 

「!?」

 

 豪快な脱ぎっぷりと、目の前に晒された暴力的に豊満な裸体に、リンは思わずフリーズした。

 平然と着替えをするアルティリアの下着姿を見た後に、リンは目線を下げて自分の胸を見た。そこにあるのは発展途上の、まあ無くはないかなという程度の僅かな膨らみだった。彼女の年齢を考えれば年相応といって差し支えないものだが、目の前で大して激しい動きをしている訳でもないのに、ゆっさゆっさと重量感たっぷりに揺れる物との戦力差は歴然だ。

 リンは深い悲しみと敗北感に包まれた。

 

 無自覚に一人の少女の心に傷を負わせながらも、無事に着替えを終えたアルティリアは、リンを伴って先日作ったばかりの騎士団の拠点へと足を運んだ。

 すると、騎士団の訓練場では、さっそくロイド達がルーシーの指導の下、訓練に励んでいるのが見えた。

 木剣と木の盾を左右の手にそれぞれ握った男達が、同じ装備のルーシーに向かって、一人ずつ打ちかかっていくが、ルーシーは盾を巧みに使って彼らの攻撃を的確に防ぎながら、攻撃の際にできた隙を逃さずに木剣で一撃を加える。

 唯一、ロイドだけは二合、三合と複数回、打ち合う事が出来ていたが、経験の差が出たのかやがて打ち負けて、木剣を弾き飛ばされてしまう。

 

「くっ、参りました……」

 

「筋は良い。それに、よく研鑽も積んでいます。しかし貴方の剣は殆ど自己流のようで、無駄が多い部分があります。まずはそこを修正していきましょうか」

 

「はっ、よろしくお願いします!」

 

 試合が終わって、彼らがそんな言葉を交わしている所に、アルティリアは拍手をしながら近付いていった。その後ろにリンが続く。

 アルティリアの存在に気が付いたロイド達は、訓練で疲労した体に鞭打って姿勢を正した。

 

「アルティリア様! ご覧になられていたのですか」

 

「ええ。良い試合でしたよロイド。しかし彼女の言う通り、まだまだ詰めが甘い所があります。特に貴方の攻撃は少し素直すぎて、勢いはあっても読まれ易いので、フェイントを入れる等の駆け引きを覚えたほうが良いかもしれませんね」

 

「ははっ! 精進いたします!」

 

 次にアルティリアがルーシーに目線を向けると、彼女は跪いた。

 

「ご挨拶が遅れたばかりか、わざわざご足労いただき申し訳ありません。ルーシー=マーゼットと申します、女神様」

 

「謝罪は不要です、どうか楽にしてください。それどころか、我が騎士達の為に来てくれた事、深く感謝します」

 

「おお……なんと寛大な。流石は神……!」

 

 キラキラとした視線と一緒に溢れんばかりの信仰心を向けられて、アルティリアは「コイツもロイド達の同類か……」と、少々げんなりした。

 

「それにしても、本当に小人族の神殿騎士なのですね。小人族の知り合いは何人か居ますが、神殿騎士になった者は初めて見ました」

 

「なんと!? アルティリア様は小人族と面識があったのですか!」

 

 話を変えようとアルティリアが口にしたその言葉に、ルーシーが予想以上の食いつきを見せた。

 

「し、失礼……取り乱しました。同族の手がかりが見つかったと思い、つい……」

 

 ルーシーの言葉によれば、小人族はこの大陸には彼女の家族を含めて、ごく少数しか存在していないらしい。その為に存亡の危機に立たされており、同族の手がかりは喉から手が出るほど欲していたのだった。

 そんな彼女に、アルティリアが齎した情報はまさに希望そのものだった。

 

「ここから海を越え、遥か北西にルグニカという大陸があります。そこには数多くの種族が存在しており、もちろんその中には小人族も多く居ますよ」

 

「ルグニカ大陸……!海の向こうに別の大陸があり、そこの多くの同族が……!」

 

「ちなみに私の出身地でもあるので、一度戻ってみたい気持ちはありますね……いつか、暇が出来たら一緒に行ってみますか?」

 

「是非にッ!」

 

 こうしてアルティリアに心酔したルーシーは、より一層彼女の力になろうと張り切り、ロイド達の訓練量が倍増した。

 そして次の日、送られてきたルーシーからの転属願いを目にした神殿騎士団長は胃に大きなダメージを受けた。

 

 神が降臨して、その神殿騎士団が発足する為、指導員が必要になったと聞いた神殿騎士団員たちは、誰もが我こそはと神の元に派遣される事を希望した。

 その為、誰か一人を選抜する必要があったのだが、そこで選ばれたのが若手の神殿騎士の中で最も優秀で、将来を有望視されていた幹部候補のルーシーだったのだ。

 ただでさえ神殿騎士は少数精鋭で人手不足。そんな彼女が突然、転属願いを出してきた事は貴重な人材が大神殿から離れるという事であり、団長や騎士団の上層部にとっては決して小さくない打撃を与えていた。

 

 しかし、数ヶ月後にアルティリアが王都に訪れた際は、今度は神官や神官戦士になりたいという若者が急増し、人手不足は解消されるものの別の意味で悲鳴を上げる事になるのだった。



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第31話 うちの神殿ではブラック勤務は許さんぞ

 装備が完成した。

 俺のではない。数日前から製作を開始していた、ロイド達神殿騎士の為の装備だ。

 神殿のプライベートエリア内にある工房で、少し前から俺は騎士達の為の武器や防具を毎日少しずつ、せっせと作り上げていたのだが、それが今日になってようやく全て完成したのだった。

 召喚した火精霊(サラマンダー)土精霊(ノーム)に仕事の手伝いを頼んだのだが、彼らも鉱石を溶かし、不純物を取り除いて純粋な金属を精製したりと良い仕事をしてくれた。

 ちなみに俺は水属性に特化しているのは確かだが、他の属性でも下級の精霊を召喚・使役するくらいなら問題無くこなせるのだ。中級以上となると水専門だがな。

 

「ありがとう。お前達のおかげだ」

 

 俺がそう言うと、火精霊と土精霊は恭しく礼をした。火精霊は全体的に赤い色で、火の粉を纏った、竜のような角や尻尾を持つ少年の姿をしており、土精霊は緑色の、だぼっとした全身を覆い隠す服や帽子を身に着けた少女だ。どちらも身長は140~150cm程度である。

 

「お役に立てて光栄でございます、女神様」

 

「またいつでもお呼び下さいませ」

 

 彼らを召喚・使役するにあたって、俺が差し出す対価は魔力である。

 魔法に長けたエルフであり、精霊術師を極めた俺の魔力は精霊にとっては極上のご馳走のような物であるらしく、彼らはいつも俺に召喚されている水精霊達を羨ましがっていた。

 その水精霊達は、今は俺の神殿に留まっている。

 

 精霊とは、大自然の持つ魔力が形と意志を持ち、生物の姿を取った存在だ。

 その為、特にやる事がなく、召喚もされていない時は実体を持たず、自然界に揺蕩っている。いわゆる省エネモードというやつだ。

 しかし、俺の神殿は祀られている神様である俺が住み着いている地上で唯一の神殿というパワースポットであり、しかもその神が自分を召喚・使役している神である為、水精霊達にとっては最高に居心地が良い場所のようだ。

 その為、俺が召喚した水精霊達は今、帰還せずに神殿に滞在している。

 折角なので彼女らには、俺の身の回りの世話や周辺の見回り、参拝者やお客さんの応対、お遣いなどをお願いしている。

 信者達も、水精霊達の事は俺の部下であり、なんかありがたい存在だと思っているようで、敬意を持って接している。

 このあたりではどうか知らんけど、ルグニカ大陸――ロストアルカディアⅢ以降の舞台であり、LAOでもプレイヤー達がメインで冒険する場所だった。ちなみに設定上はアルティリアの故郷でもある、エルフの住む森もこの大陸に存在する――にも精霊信仰はあったし、神秘的な見た目をしているので信仰したくなる気持ちもわからなくはない。

 

 余談だが、クリストフと一緒に王都に行った最上位水精霊(アーク・ウンディーネ)は人間達にめちゃくちゃ拝まれたり祈られたりしてモテモテだったようで、なんか調子に乗っていた。

 

 話を戻すが、作った装備は神殿騎士という職業の職業制服(クラスコスチューム)――LAOにて、各職業に転職した際に貰える装備で、各職業のコンセプトに合わせた見た目と性能が設定されている――を参考にした。

 基本的には防御力重視の金属鎧だが、複数のバージョンを用意しており、一発の攻撃力や耐久力を重視し、正面から殴り合うタイプの者には重装甲バージョンを、スピードを重視する者や遠距離攻撃を主体にする者には、重装甲バージョンよりも防御力は下がるが、軽くて動きやすい軽装甲バージョンを与える。

 後衛のリンとクリストフは、軽装甲バージョンであっても鎧を装備して戦うのは難しそうなので、それぞれローブと法衣を作った。どちらも布製でありながら、半端な鎧よりも防御力・耐久力に優れた逸品だ。

 また、指揮官のロイドと教官のルーシーにはそれぞれ、本人に合わせた特別仕様の物を作成した。

 ロイドは武器が刀の為、盾を使わない。そこで防御面を強化する為に、左腕にギザギザした傾斜を付けて、防御……特に防刃性能を高めた籠手(ガントレット)を装着し、更に耐火性・防刃性・魔法耐性などに優れた特殊な繊維で作った外套(マント)を付けてある。

 彼らの鎧は神殿騎士らしく白と、俺のシンボルカラーである青を基調にしており、淡い青白色に輝く鎧に鮮やかな赤いマントはよく映えるだろう。

 ルーシーの場合は元から神殿騎士だっただけあり、ロイド達に比べればかなり良い装備を持っていた為、それらを改良するに留まったが、少なからず戦力の底上げは出来たと自負している。

 

「と、いうわけで……これが貴方達の新しい装備です」

 

「「「うおおおおおっ……!!」」」

 

 俺が並べた装備を見たロイド達が、どよめきと歓声を上げた。

 

「アルティリア様……! よろしいのですか、これほどの物を……」

 

「当然でしょう。貴方達の為に用意した物です。役立てるように」

 

 遠慮せずに受け取ってもらいたい。

 むしろ受け取り拒否とかされても困るんだが。ロイド達のレベルならかなりの高級装備ではあるが、俺のような一級廃人から見ればオモチャのような物である。残されたところで使い道が無い。

 

「かしこまりました……では、有難く……!」

 

 ロイド達は恭しく頭を下げて、装備を受け取った。彼らはさっそく、受け取った装備を身に着けて、着心地を確かめている。

 

「すごい……! 堅い金属の鎧なのに、ほとんど重さを感じないぞ!」

 

「武器もだ。見ろ、この曇り一つ無い刃を! とんでもない名剣だぞ、これは!」

 

 喜んでいるようだが、一つ釘を刺しておかなければならない事がある。

 

「一つ言っておきますが、そこはまだスタート地点に過ぎません。現状に満足せず、更なる高みを目指すように。さしあたっては……これくらいを目標にするといいでしょう」

 

 そう言って俺は、ロイドから預かっていた刀『村雨』を彼に返した。

 ロイドの成長に合わせた調整と共に、武器自体の強化や、エンチャント――装備に特殊な効果を付与する技術の事だ――を行なった物だ。

 ロイドの奴、せっかく良い装備をあげたというのに未強化のままで使っていたからな。

 どういう事かと聞いてみれば、装備強化やエンチャといった技術は一応存在しているものの、高度な技術を持った職人や高価な触媒が必要であり、下級の冒険者にはとても手が出せるような物ではないとの事だ。

 グランディーノは大きな港町とはいえども、王都から遠く離れた僻地だ。そのような高度な技術を持った職人などおらず、どいつもこいつも武器は買った時のままの未強化状態で使っているようだ。これは由々しき事態である。

 

 仕方がないので、当面の間は装備の製作や強化、エンチャ等は俺が代行する事にした。

 ただし次からは金と素材を持ってくるように伝える。あまり甘やかしてもこいつらの為にならんしな。自分の装備くらいは自分で面倒を見てもらわんと。

 

「こっ、これは凄い……! 強化によってここまで変わるとは……」

 

 受け取った村雨を鞘から抜いて見たロイドの表情が、驚愕に彩られる。

 

「それでようやく半分程度です。ここから先は貴方自身が、武器を成長させてあげられるように頑張りなさい」

 

 ロイドに言ったように、村雨の強化値は最大の半分程度で抑えておいた。それでも攻撃力や魔法攻撃力が約1.5倍くらいまで上がっている為、これまでより狩りの効率が大きく上がることだろう。

 

「ははぁっ! では早速、この装備を試してまいります! クリストフ、冒険者組合からの依頼は来ているか!?」

 

「いえ、今のところ我々への指名依頼はありませんね……」

 

「ならば組合のほうで適当な依頼を見繕ってみるか……よし、行くぞ!」

 

 そう言って冒険に行こうとするロイド達を、俺は止めた。

 

「お待ちなさい。貴方達、明日が就任式だという事を忘れていませんか?」

 

 そう、ロイド達が神殿騎士に就任する日は、明日に迫っていた。

 

「明日はその鎧で式に出席するのですよ。その前に戦いで汚してどうするのですか」

 

『あっ……』

 

 どうやら新しい装備にテンションが上がりすぎて、すっかり忘れていたらしい。元大神殿所属のクリストフやルーシーまでもが、だ。

 まあ新しい装備を手に入れて嬉しい気持ちはわかるけど、少し落ち着こうか。俺は別に鎧が多少汚れてたり傷ついてたりしようが気にしないが、領主さんや大神殿のお偉いさんも出席するんだからさ。

 

「明日は忙しくなりますし、今日は休みなさい。そもそも貴方達、ここのところ毎日神殿に顔を出していますが、ちゃんと休みは取っているのですか?」

 

 問い詰めると、こいつら休み無しで早朝から訓練して、昼間は冒険者組合の仕事して、夕方からまた訓練して……とかやっていたらしい。

 休憩はちゃんと取ってる?夜はちゃんと寝てる?だからなんじゃい!

 せめて週に最低1日、できれば2日は完全にオフの日を作って、心と体をリフレッシュさせないといかんでしょ。

 頑張るのは良いが、適度な休息を入れなければ、いつかは疲れて倒れてしまうものだ。そうならない為にも、お休みは大切である。

 これはロイド達のような神殿関係者以外にも、町の住人達にも徹底させよう。俺の目の届く範囲で、日本のブラック労働者のような真似はさせんぞ……!

 

「今日はお休みです。私がそう決めました。貴方達も今日は仕事や訓練はせずに、自由に過ごすように。はい、解散!」

 

 俺はそう言って号令をかけるが、ロイド達はどうすればいいのかと、顔を見合わせて困惑している。

 この反応……まるで急に休みを言い渡されても、常に仕事をしているのが当たり前の状態になってしまった為に、何をしたらいいのか分からない社畜のような……

 

「仕方ありませんね……では動きやすい恰好に着替えて、三十分後に神殿に集合するように」

 

 俺は彼らにそう命じた。

 遊びを忘れた大人達よ、覚悟するがいい。俺がお前達に童心という物を思い出させてくれるわ。



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第32話 女神の休日 砂浜編

 一度解散した後に、準備を済ませて再度集合したロイド達を引き連れて、俺は神殿のある丘を下り、グランディーノの港へと足を進めた。

 まずは、港にある市場で色々と、食料品などの買い物をする。結構な量の荷物が出来た為、ロイド達がそれを持とうとしたが、俺はそれを止めて、全ての荷物を道具袋の中に収納した。

 明らかに袋の体積を超える量の荷物が、すんなりと袋に収納された事に驚かれたので、そういうマジックアイテムなのだと説明しておいたのだが、クリストフの食い付き方がやばい。原理や、中の空間がどうなっているかといった事に興味津々のようで、目を輝かせている。

 この男、どうやらアイテムマニアでもあるようだ。恐らく興味がある話題の時だけ早口になるオタクみたいなものなのだろう。LAOにもレアアイテムの話をする時だけ、やたらと饒舌になる奴がおったわ。

 

「あっ、女神様!」

 

「アルティリア様、こんにちは!」

 

 そこで俺達に話しかけてきたのは、地獄の道化師との戦いで人質に取られていたのを助けた少年、ハンス=ヴェルナーだった。周りには友人らしき他の子供達の姿もある。

 俺はしゃがんで彼らに目線を合わせ、挨拶を返した。

 

「はい、こんにちは。元気そうで何よりです。貴方達もこれからお出かけですか?」

 

「はい! 今日は家の手伝いも無いので、友達と海で遊びに行きます!」

 

「そうですか……私達も遊びに行くところなのですが、良ければ一緒に来ますか?」

 

 俺がそう言って誘うと、子供達は目を輝かせて頷いた。

 こうして町の子供達を仲間に加えた俺達は、港から海岸沿いに西に向かった。すると、やがて砂浜が見えてきた。21世紀の日本にあった海水浴場のように整備されてはいないが、遊ぶには十分な広さがある。

 

「では、水着に着替えた後に再集合です」

 

 水着は、出発前に全員分を作成済みである。

 港町なので服屋で市販もされているが、どうにも古臭いデザインで、頑丈さ等の性能も俺基準では今一つだった為、自作した。

 しかし、急遽参加する事になった子供たちの分の水着は無い為、それはこれから作る。

 男の子達のは海パンで良いとして……女の子達のは、フリル付きのワンピースタイプにするか。

 俺は子供達に好きな色を聞いた後に、道具袋から手芸キットと、水着の素材となる耐水布を取り出し、すぐに裁縫を開始した。

 俺の裁縫スキルは2000オーバー。常人の目には影さえ映らない程の、人間の限界を超えた速度で正確無比な裁縫が可能だ。あっという間に水着の形になっていく布生地を見て、子供達がわっと歓声を上げる。

 

「はい、出来ましたよ。男の子達はあっちの岩陰で着替えて来なさい」

 

「はーい!」

 

「アルティリア様、ありがとうございます!」

 

「ありがとうございます!」

 

「女の子の皆は、私と一緒に向こうで着替えましょうね」

 

 俺は道具袋に入っていた折り畳み式のテントを展開して、簡易的な更衣室を作る。十人くらいは余裕で入れるくらいの大型テントだ。全員が着替えるスペースは十分にある。

 ちなみに男達にも提供しても良かったのだが、野郎の着替えなんて岩陰で十分ですよと遠慮された。

 

 リンとルーシー、それから町の女児達と一緒にテントに入り、水着に着替える。

 リンの水着は淡い緑色の、動きやすいスポーツタイプのビキニだ。体つきはまだ未成熟で発展途上だが、そんな彼女に健康的な水着がよく似合っている。

 ルーシーは競泳水着のようなデザインの、シンプルなワンピース型の水着だ。彼女は成人済みだが小人族という種族なので、どうみても小学生にしか見えない。スクール水着を着せようかとも思ったが、流石にそれは犯罪臭がするので止めておいた。

 

 しかし、こうして女の子達と一緒に着替える事に対しても、全く違和感が無くなってきたな……と、しみじみ感じる俺であった。

 目の前に少女達の裸体があるというのに、それに対していやらしい気持ちが全く湧いて来ないというのも、元男としてどうなのだろうか。

 既に女として、女神として生きる事を決めた身ではあるが、こういう場面になると少しもやっとする気分になるのも事実だ。しかし、上手く付き合っていくしかないんだろうな。

 

 そんな事を考えながら着替えていると、ふと視線を感じた。

 見れば、一緒に着替えていたリンとルーシー、そして女児達までもが、着替え中の俺の体をじっと見つめていた。

 より具体的に言えば、彼女らの視線は俺の胸に集中していた。

 

「アルティリア様、アルティリア様」

 

「どうしましたか?」

 

「どうやったらアルティリア様みたいに、おっぱい大きくなれますか?」

 

 好奇心に満ちた純粋な瞳で、俺の爆乳を見つめながらそんな質問を投げかけてくる幼女に、果たして俺は何と答えてあげれば良いのだろうか。

 

「私もそれはすごく気になります」

 

 ギリギリBカップくらいの胸を張りながら、魔術師の少女が言う。

 

「……実は私も」

 

 ルーシーよ、お前もか。

 恥ずかしそうに呟いた小人族の騎士の胸は、小さな女児達と大して差が無い。

 

「揉んでみたらご利益があったりしませんか!?」

 

「えぇ……いや、無いと思いますが……」

 

 リンが鼻息荒く、手をわきわきと動かしながら迫ってくる。こわい。

 

「というか気になるので揉んでみてもよろしいでしょうか!?」

 

「落ち着きなさい!」

 

 この後めちゃくちゃ全員におっぱい揉まれた。

 

 

 それから着替えを終えた俺達は、ロイド達男衆と合流した。

 

「あの、アルティリア様……何故リンは頭にでっかいタンコブを……?」

 

「気にしないように。次に同じ質問をしたら同じ目に遭いますよ」

 

「アッハイ……」

 

 不躾な質問をしてきたロイドを黙らせた後に、俺は道具袋からビーチボールを取り出した。

 こういったボール等の遊具は、LAOではプレイヤーが所有する家や船舶などに置ける家具カテゴリのアイテムで、右クリックでアクションする事で、プレイヤーキャラクターを遊ばせる事が出来るという、特に実用性は無い趣味アイテムの一種だった。

 夏にやっていたイベントの景品として入手したそれが道具袋に幾つか入っていた為、丁度いいのでそれを使って遊ぶ事にした。

 

「ルールは簡単です。2チームに分かれて、このボールを手足で打ち、相手の陣地に飛ばしてください。キャッチしたり、地面に落としてしまったら負けです」

 

 最初にやるのはビーチバレーだ。小難しいルールはばっさりカットして、とにかくボールを相手の陣地にシューッ!すれば勝ちである。

 

「行きますよ!」

 

 俺は相手チームの陣地に向かってサーブを放つ。ボールはゆるい放物線を描いて飛んでいき、それを相手チームの男達がこちらに打ち返す。

 俺は、打ち返されたボールの落下地点へと入り……

 

「ロイド! 次、ボールを高く上げなさい!」

 

 ボールを打ち上げると共に、その場から素早く退いた。すると、すぐにロイドがボールの下に入り、それを指示通りに打ち上げる。

 

「承知いたしました、アルティリア様!」

 

 オーダー通りの完璧なトスだ。俺はそれを追って、砂浜を蹴って跳躍し……

 

「とりゃー!」

 

 必殺のエルフスマッシュを叩き込んだ。

 相手チームの男達は、咄嗟に飛び込んで拾おうとするが、空振りに終わり、ボールは砂浜に鋭く突き刺さった。

 

「とまあ、こんな感じの遊びです。ボールは柔らかい素材で地面も砂なので、多少派手に動き回っても怪我をする心配は無いでしょう。存分にやりなさい」

 

 手本を見せたところで、俺は一歩退いて審判を担当する事にした。あいつら俺が相手だと、本気でボールをぶつけるのに躊躇しそうだしな……。

 

「行くぜお頭ぁ! 俺の必殺スマッシュをくらえーっ!」

 

「ふんっ、まだまだ甘いわ! 行けクリストフ、カウンターを決めろ!」

 

「いいですとも! はぁーっ!」

 

「な、何ィーッ!? 陣地のライン際ギリギリを的確に狙っただとぉーッ!?」

 

 つーかあいつら、上達早すぎて笑うわ。

 経験は無くても身体能力がそもそも一般人とは段違いだし、ド派手でアクロバティックな動きをしながら激闘を繰り広げている。

 

 ちなみに女性メンバーと子供達は、少し離れた所で平和に緩やかなラリーを行なっている。あっちも楽しそうなので、後で混ざりに行こうと思う。

 

 

 ビーチバレーが終わった後は、ビーチ・フラッグスを行なった。

 神殿騎士達が全員、砂浜でうつ伏せになっており、彼らの後方、数十メートル先の砂浜には、何本もの小さな旗が立てられている。ただしその合計数は、参加者の数よりも少ない。

 参加者同士で旗を先に奪い合い、旗を掴めなかった者から順に脱落していくゲームだ。

 

「用意……スタート!」

 

 俺の合図で、騎士達が一斉に立ち上がって振り返り、旗を目指してビーチを全力疾走する。

 

「ロイドお兄ちゃん、がんばれー!」

 

「ルーシーさん速ーい!」

 

 子供達は俺の隣で、彼らを応援している。ちなみに後で、子供の部も行なう予定である。

 

 さて、このビーチ・フラッグスというゲーム、ただ速く走ればいいという物ではない。旗の数が参加者の人数よりも少なく、奪い合いになるという性質上、ライバルがどの旗を狙っているのか、自分が狙っている旗を先に取りそうな相手はいないかといった状況を察知する力が求められる。その上で作戦やコース選択を素早く判断しなければならない。勿論、走りにくい砂浜を素早く駆け抜ける走力も重要だ。

 

「無理ぃぃぃ!」

 

 案の定というべきか、身体能力で劣るリンが最初に脱落した。明らかに一人だけ足が遅く、スタミナも無いので仕方が無いだろう。

 

「ふっ、計算通りです!」

 

 しかしクリストフのように、他の連中より足が遅いのを作戦でカバーする者もいる。ヤツは競争が激しい、最も近い位置にある旗を避けて、一番端にあるフリーの旗へと足を進めた。それも最短距離ではなく、他の参加者とのぶつかり合いを避ける為に、あえてわずかに迂回しながらだ。

 

 それから、次々と脱落者を出しながらラウンドを進めていき、最後は参加者が残り2名、旗は1本の決勝戦が行われた。

 決勝はロイドとルーシーの二人の激突となり……激戦の末に、ルーシーが顔面から砂浜にダイブしながら必死に旗を掴み取り、優勝者となった。

 

 うーん、ロイドも良い動きをしていたが、やはり小人族のスピードは凄い。全種族最速なだけはあるわ。

 ちなみにレベルアップの際に上がるステータスは種族と職業毎にそれぞれ設定されており、人間の場合だと、

 

  力+3 耐+3 速+3 技+3 魔+3

 

 といった器用貧……もといバランスに優れた上昇値になり、俺のようなエルフだと

 

  力+2 耐+2 速+3 技+4 魔+4

 

 上記のような、人間と比べるとやや後衛寄りの上昇値になる。

 しかし、ある程度の差はあっても、種族間でそこまで極端な差は出ないようにはなっているのだ。基本的には。

 その例外が、巨人族と小人族である。名前も見た目も正反対の両者は、成長率までもが両極端である。

 

  巨人族:力+6 耐+6 速+1 技+1 魔+1

  小人族:力+1 耐+1 速+6 技+5 魔+2

 

 ご覧の有様だ。見ろよこの尖りまくったステータス。キングとか、このステータスで前衛職のトッププレイヤーやってるんだぜ……?やっぱあいつ頭おかしいわ。

 

 しかし小人族は見ての通り、耐久がやたらと低いのでスタミナ量も小さく、何度も走ればスタミナが切れて、ロイドが有利になるかと思ったのだが……

 恐らくルーシーはメイン職業が神殿騎士の為、普通の小人族と比べると耐久がかなり高いのだろう。神殿騎士は耐久が一番多く上がるタンク系の職業だし。

 最初は種族と職業の長所がちぐはぐで、中途半端になりがちな構成だと思ったが、これはこれで極端な成長率による穴を埋められているので、運用次第では抜群の安定感を誇る良構成になり得るかもしれない。

 

 ちなみに俺は、いわゆるバランス型の構成は決して嫌いではない。

 よくMMORPGを題材にしたフィクション作品だと、妙に特化型や一極型の構成が持て囃されがちだよな。まあ確かに特化型はハマれば強いし、何より特徴が出やすいからキャラクターを作りやすいのも大きいのだろう。

 しかし特化型というのは、裏を返せば数少ない長所以外は弱点や欠点だらけの、ピーキーな構成という事だ。

 それを使いこなすにはゲームの仕様や狩場の知識、適切な装備や立ち回り、そして役割分担をして、互いに欠点を補い、長所を活かし合える仲間の存在が必要不可欠だ。

 そこらへんの事を考慮せず、何も考えずに適当に作った特化型など産廃にしかならないというのが俺の持論である。

 その点に関して言えばバランス型も、適当にやるとすぐに中途半端な器用貧乏になりがちだ。しかしその分、デリケートな構成をしっかりと組み上げ、やれる事が多いだけに素早い判断と繊細な操作が求められるプレイングをきっちりとこなし、パーティーの穴を埋めてくれるバランス型……すなわち万能型の人は本当にリスペクト出来るんだわ。

 俺は俺でかなり変わった、特殊な趣味ビルドなので、そういう人が同じチームに居ると助けられる事が多かった。問題はそれが出来る人が、本当に片手で数えられるくらい少ないって事なんだが……オールラウンダーは運用がクソ難しいからね、仕方ないね。

 

 長くなったが、ルーシーには是非そういう人材に育ってほしいと思っている。

 

 ちなみにルーシーと同じように、種族と職業の相性が悪い構成の見本としては、俺の友人の一人であるバルバロッサの野郎が居る。

 あいつは巨人族なのに、サブクラスに銃使い(ガンナー)系と機工士(マシンナー)系のそれぞれ最上位職という、どちらも器用さが重要な為に一見、相性最悪の頭がおかしいとしか言えない組み合わせをしているのだ。

 しかしその欠点をものともせずに、巨人族特有のバカ高い筋力と、それによる異常に高い装備可能重量を活かして両手に二挺大型ガトリングキャノン、背中にグレネードランチャーとかいうトチ狂った超重量・超火力・超広範囲装備を実現させてしまった。

 しかも巨人族だから遠距離攻撃職なのにめちゃくちゃタフで、正面から攻撃を受けながら構わず敵陣に突っ込み、重火器による高火力の範囲攻撃でゴリゴリにゴリ押しをしてくる頭のおかしい馬鹿である。

 どうかルーシーには、あの馬鹿ゴリラのようにはなってほしくないものだ。心からそう思う。

 



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第33話 一方その頃、海上では※

 グランディーノ海上警備隊副長、グレイグ=バーンスタインは、洋上にて艦隊の指揮を執り、海の魔物を討伐していた。

 組織のナンバー2なのだから、本部でどっしりと構えていてほしいという声も一定数あるが、グレイグがそれに耳を貸した事は無い。

 グレイグは下っ端から現場一筋でバリバリ働き、活躍してのし上がった叩き上げの男である。偉くなっても自分は前線に出るしか能が無い人間だと、はっきりと自覚していた。

 とはいえ、確かな実力と実績、カリスマを持つ彼は各方面に顔が利く為、交渉や折衝を担当する事も多いが……やはり艦隊を指揮して前線で魔物や海賊相手にドンパチする時が、一番生き生きとしている男であった。

 ちなみに、机仕事は大の不得手である。そういうのは事務方や、トップである警備隊長にやらせておけばいいのだと開き直っている節もある。おかげで書類の提出はいつも期限ギリギリだ。

 そんな彼は今、陸地から遠く離れた海上から、グランディーノの町へと戻ってきたところだった。

 

 最近になって、ますます海の魔物の活動が活発化してきており、漁船や貿易船が襲われる事件も発生している為、海上警備隊は大忙しだ。

 海毒蛇(シー・サーペント)人喰い鮫(キラー・シャーク)といった小・中型の魔物に加えて、今日は大型モンスターのクラーケンまで出現した。

 艦隊の砲撃を立て続けに浴びせてやり、何とか撃破出来たものの、思った以上の消耗を強いられた為、予定よりも早いが一度、港に戻ろうとしているところだ。

 

「もうすぐ港に着くが、警戒を怠るなよ」

 

 甲板に居る隊員達に周辺の警戒と索敵を厳にするように命じると、すぐに了解の返事が返ってくる。

 

「あら、あれは……?」

 

 だがその時、双眼鏡を覗いて陸地のほうを見ていた警備隊員、アイリス=バーンスタイン一等警備士が、何かを見つけたようだ。

 その姓が示す通り、アイリスはグレイグの娘である。父譲りの赤い髪を長く伸ばした、若く美しい女性だ。

 珍しい女性の警備隊員であり、副長の娘でもある彼女は常に注目され、特別扱いされてきた。そんな環境下でもプレッシャーに負けず、結果を出し続けてきたからこそ、この若さで一等警備士(軍でいえば大尉に相当する)という地位に就いている、期待の若手である。

 

「アイリス、どうした? 何か問題か?」

 

 父がそう尋ねると、娘は双眼鏡を目から離し、彼のほうを向いて答えた。

 

「副長……いえ、海岸のほうにロイドさん達が居るのを見つけたもので。それに女神様もご一緒にいらっしゃるようで……」

 

「なんとっ!?」

 

 どれどれ、と自身の腰のベルトに吊るされていた双眼鏡を取り出し、グレイグはそれを通して陸地へと視線を向けた。

 すると、彼の視線には水着を着て砂浜で遊ぶ、ロイド達と町の子供達、そして女神アルティリアの姿が見えた。

 

 その姿を目にした時、グレイグの視線は自然と彼女に吸い寄せられていた。

 服の上からでも見事な爆乳の持ち主である事はわかっていたが、今身に着けているのは純白の水着一枚だけであり、その小さな布と細い紐は、大きすぎる乳房を支えるにはあまりにも頼りない。

 真っ先に胸に目が行くのは不可抗力だとして、次は下半身に注目するのだが、ほっそりとくびれた腰に対して、大きく膨らんだ巨大な尻と、肉付きのいい太ももが魅惑の曲線を描き、視線を釘付けにする。

 体だけでなく、顔も勿論絶世の美女であり、サラサラの水色の髪や、染みひとつ無いきめ細やかな肌といい、まさに美の化身と言っていいだろう。

 

 そのアルティリアが、跳躍と共にビーチボールを打つ場面をグレイグは目撃した。着地と同時に彼女の胸に付いている2つのボールが、ばるんばるんと揺れる様を目にしたグレイグは、長年前線で戦い続けて鍛え上げた強靭な精神力を無駄に発揮して、前屈みになるのを防いだ。

 しかし同じ光景を目撃した隊士の中には精神抵抗ロールに失敗し、醜態を晒す者も居た。

 まだまだ鍛え方が足りんな。グレイグはそう思いながら再び女神の姿を目で追おうとしたところで、横から突き刺さる冷たい視線に気が付いた。一人娘である。

 

「この事は母上に報告します」

 

「いや待ってくれアイリス、違うんだ」

 

「何が違うというのですか父上の変態!」

 

 まるでダメな親父、略してマダオと化したグレイグは必死に娘への言い訳をしようとするが、その時、彼らが乗っているのとは別の船が近付いてきて、甲板上の隊員がこんな報告をしてきた。

 

「副長!ミュラー一等警備士が大量の鼻血を出して倒れましたぁっ!」

 

 近くまで来た船の甲板に目をやれば、そこでは一人の青年がうつ伏せに倒れており、銀色の髪が自身が出した血溜まりで赤く染まってしまっていた。

 その青年の名は、クロード=ミュラー。若手随一の才能と実力を持ち、グレイグも彼を、未来の海上警備隊を背負って立つべき男だと見込んでいる有望な若者である。才能、実力、実績のどれも非の打ち所がなく、人格も謙虚で実直、勤勉な努力家であり、ルックスもイケメンだ。

 

 そんなクロードの唯一の欠点というか弱点が、純情(ピュア)すぎるという点だ。この青年、とにかく女性に免疫が無く、ちょっと女性の胸元がチラ見えするだけでも顔を真っ赤にするようなウブな童貞だ。

 そんな彼が先程の光景を目にしてしまった結果が、ご覧の有様である。

 

「もう、クロードの馬鹿っ!」

 

 彼のそんな様に、ぷんすかと怒る娘を見やり、こいつらさっさとくっつけば良いのに……と、グレイグは思った。

 そうすればクロードに女への免疫が出来て、口うるさい娘の鉾先が自分からクロードに逸れて一石二鳥だし、クロードなら娘の相手として文句は無いのだが……この二人、互いに想い合ってるのは誰の目にも明らかなのだが、当人だけがお互いの気持ちに気付いておらず、しかも二人とも奥手な堅物の為、全く関係が進展しないのだ。

 そして周りの隊員達は皆、そんな彼らを生暖かく見守りながら、くっ付くまでに何年かかるかを賭けの対象にしている。

 

「副長、どうやら今度は別の遊びをするみたいですよ」

 

 そうこうしている内に、隊員の一人がそんな報告をしてきた。

 再び双眼鏡を通して砂浜を見てみれば、そこではロイド達がビーチ・フラッグスをしているのが見える。

 それを目撃したグレイグの頭脳に衝撃が走った。

 

「ほう、素晴らしいな……」

 

「はっ?」

 

「走りにくい砂浜を走り、旗を奪い合う身体能力に、瞬時にどのフラッグを取るべきかを決める反射神経や判断力が鍛えられる。実に素晴らしいトレーニングだと思わんかね」

 

「おお……成る程、確かに……」

 

 普段は気さくなダメ親父でも、鬼の副長と呼ばれる男は伊達ではない。グレイグは一目見ただけで、その競技の本質に気付いていた。

 

 その時、ふと閃いた!

 このアイディアは、隊員達のトレーニングに活かせるかもしれない!

 

 そんなメッセージが頭の中に流れた錯覚を覚えながら、グレイグは早速あれを訓練に取り入れるべく、考えを巡らせるのだった。



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第34話 女神の休日 昼食編

「そろそろお昼にしましょう」

 

 よく遊んだところで、もうすぐ時刻が正午になろうとしている。こいつらも走り回って腹が減っただろうし、昼飯にするとしよう。

 

 俺は、道具袋から四本脚が付いた大型の、炭火焼き用のコンロを取り出した。当然、木炭や金網もバッチリ用意してある。

 それから、町で購入した肉や魚介類、野菜などの食材や、調味料を次々と取り出した。

 

「まずは切り分けます。少しお待ちなさい」

 

「アルティリア様、そのような事は我々が……」

 

「いいから見ていなさい。すぐに終わります」

 

 俺は水着の上からエプロンを着け、包丁を握ってまな板の前に立つ。そして各種食材を適切な大きさに、素早く切り分けていった。

 

「なんて素早い、目にも留まらぬ包丁捌き……! アルティリア様が作られた料理を食べた事はあるが、これほどの腕前とは……」

 

「いえロイド、驚くべき点はそこではありません。切られた食材をよく見なさい」

 

「ルーシー教官、それは一体……ハッ、まさか!?」

 

「そうです。あれほどの早さにもかかわらず、同じ食材は全て、均一な大きさに切り分けられています。恐るべき精密さです」

 

 ロイドとルーシーが後ろでなんかゴチャゴチャ話してて気が散るんだが。

 とにかく、具材の切り分けは完了した。

 

「これから作るのはバーベキューという野外料理です。作るとは言いましたが、何も難しい事はありません。ここにある具材の中から各々、好きな物を選び、鉄串に刺していきます」

 

 俺は見本を見せるために、まずは自分が一本作ってみる。

 牛肉、玉ねぎ、ピーマン、鶏肉、エビと適当に串に刺していった。

 

「選ぶ食材は何でも良いです。自分が食べたい物を、好きな組み合わせで作りなさい。それがこの料理の醍醐味です。そして出来上がったら、これを金網の上で焼きます」

 

 串に刺した具材を、炭火で燻しながら焼く。パチパチと音を立てて具材が焼け、香ばしい匂いが辺りに漂う。

 

「これで完成です。後は好きなように作って食べるといいでしょう。火傷には気をつけるように」

 

 俺がそう言って、出来たバーベキュー串を食べながら離れると、ロイド達は具材に群がっていった。

 彼らが選ぶ具材を見ても、それぞれ個性が出て面白い。

 各種バランス良く食べる物、野菜が多めの者、魚介類を好む者、ひたすら肉肉アンド肉で肉ばかり食う者と様々だ。

 

「ご飯も炊けてますからね。いっぱい食べなさい」

 

 貴重なお米を奮発して炊いた白米だ。

 ロイド達、こちらの大陸の人間にとっては馴染みの無い食材だったようだが、その美味さは既に食わせて教育済みである。

 しかし、そろそろ元々持ってた分の米の備蓄が切れそうなんだよな。

 ルグニカ大陸(むこう)では普通にNPCのショップで市販されていたし、この世界にもある筈なので入手できれば良いんだが。

 そんな風に考えていると、白米を見たルーシーがぽつりと呟いた。

 

「おや……お米ですか? 懐かしいですね。この国では初めて見ましたよ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺はシュバババババッ! と一瞬でルーシーの元に駆け寄り、その小さな肩をガシッと掴んだ。

 

「ルーシー、聞きたい事があります」

 

 俺はルーシーに、こっちに米が存在するのかを聞き出した。

 彼女から聞いた話によれば、この国よりずっと南のほうにある、大陸の南東側に位置する別の国では主食として食べられているそうだ。

 南東か……このグランディーノの町が北東の端にある港町だし、船でぐるっと大陸の東側を通って行けば……いけるか?

 とにかく有益な情報を手に入れた。ちょっと勢いよく聞きすぎてビビらせてしまった事のお詫びも含めて、ルーシーには礼をせねばなるまい。

 

「アルティリア様、どちらへ!?」

 

「すぐに戻ります。気にせず食事を続けなさい」

 

 そう言い残して、俺は海に飛び込んだ。

 俺の全LAOプレイヤー中最高の水泳スキルのおかげで、常人の数十倍の速度で水中を泳ぐ事ができる。更にエルフという種族特有の優れた視力のおかげで、水中を時速250km以上の速度で高速移動しながら、目当ての物を見逃さずに探す事が可能だ。

 

「見つけたぞ」

 

 俺は海底で、特徴的な平べったい形をした貝を発見し、それをいくつか纏めて採集して陸に戻った。

 

「戻りました」

 

 俺が海から上がって顔を見せると、ロイド達は一斉にホッとした顔をした。ちょっと海に潜ってきただけなのに、心配性な連中だ。

 

「ルーシーが良い情報をくれて気分が良いので、皆にご褒美をあげましょう」

 

 俺は採ってきたホタテを水洗いして汚れを落とし、貝殻を二つに割ってホタテの身を外し、軽く下処理をした後に、再び貝殻の上に乗せた。

 そして貝の身が乗った貝殻を、丸ごとバーベキュー用の網に乗せる。

 

 単純な料理だが、これがまた美味いんだ。

 今の季節は丁度、夏まっ盛りだ。ホタテの貝柱が丸々と大きく育ち、甘味が強くなって美味しい時期だ。その旬の採れたてのホタテを炭火と網で焼き、バターと醤油を少しだけ加えて味付けする。

 これが美味くない筈があろうか。いや無い(反語)

 

「むむむ……! まさか、この貝がこれほど美味しいものだったとは……」

 

「ありがとうございます、教官!」

 

「しかし、あのように簡単な調理で、これほどの味が出せるとは……」

 

 それを食べた皆も感心しきりである。

 

「難しくて複雑ならば良いという物ではありません。旬の素材の味と、相性の良い調理法や調味料があれば、容易にこれほどの美味が生み出せるのが料理の面白いところです」

 

 俺がそう言ってやると、彼らは「おお……」と感嘆の声を上げた。

 

「なるほど……一見単純に見える事ほど、実は奥が深いということか……」

 

「流石はアルティリア様だ……また一つ世界の真理に近付けた気がする」

 

 何か深読みされている気がするが、まあいいだろう。

 俺も食事をしつつ、折角なので野外で食べられる簡単な料理をこいつらに教える事にした。

 

「これは焼き鳥。鶏肉とネギを串に刺して焼き、塩で味付けをする簡単な料理ですが、具材の大きさや串の打ち方、焼き加減に塩加減など、極めようとすればとても奥深い料理です」

 

「おお……炭火で燻された鶏肉の香ばしさが、なんとも素晴らしいです」

 

「これは……酒にもよく合いそうですなぁ」

 

「その通り、これは主に、麦酒のおつまみとして愛されてきた料理でもあります。ですが午後からも運動をするので、残念ながら今日はお酒はおあずけですよ。子供達も居ますからね」

 

「ううむ、それは残念ですな。仕方がないので今度、酒を飲む時にでも作ってみたいと思います」

 

「それは良い。その時は私も呼ぶように」

 

 ちなみにシェアの名目の下に焼き鳥を串から外して食おうとする輩が居るが、あれは俺からすれば言語道断である。

 これは別にマナーとかの話ではなく、俺が今作ったのもそうだが、焼き鳥は串に刺したまま美味しく食べられるように、具材の大きさや串の打ち方なんかを工夫しているのだ。しかし串から外してバラバラにしてしまうと、そういった美味しく食べるための工夫、ロジックが台無しになってしまうわけだ。

 人様の食い方にケチをつけたいわけではないが、目の前でそういう事をされるのが嫌だったので、日本人男性だった頃の俺は飲み会という物があまり好きではなく、誘われてもほとんど参加する事は無かった。心の狭い奴だと、笑いたければ好きに笑うがいい。

 しかし酒自体は好きだったので、自分でつまみを作って一人で酒を飲むのは日本に居た頃から時々やっていた。

 

「これはお握り。お米を握り固めて表面に塩で味付けをし、焼き海苔を巻いたものです。中に焼いた肉や魚の切身などの好きな具材を入れて、様々な味が楽しめます。お米が主食の地域では、携行食としても愛用されています」

 

「おお、なるほど……冒険に出る時に持っていくのにも良さそうですね!」

 

「うーむ、しかしアルティリア様のように、綺麗な三角形に作るのがなかなか難しいですな」

 

「つーかお前のお握り、なんかグニャグニャ歪んでないか?」

 

「なにぃ!? お前のほうこそ、サイズが異様にデカいじゃないか」

 

 次はお握りの作り方を教えた。気軽に作って素早く食べられるので、仕事で出かける時に弁当として持っていくのもいいだろう。

 ちなみに俺は具材の中では焼き鮭が一番好きだ。しかし梅干しやツナマヨも好きだし、明太子や唐揚げなんかも捨て難い。

 あと、焼きおにぎりとかも良いよな。表面をカリッと焼いて醤油とか味噌を塗ったやつ。丁度ここにバーベキュー用の網があるし作ってみるか。

 

 そんな感じに騎士達と子供達に料理を教えながら食事を取り、お腹いっぱいになったところで海を眺め、波音を聞きながら一休みして、片付けを済ませたところで……

 

「では、午後からは海で泳いでみましょうか」

 

 俺はそう提案した。

 やっぱり俺の信者なら、泳ぎくらいは出来ないといかんでしょ。

 しかし今日は休日の為、本格的な泳ぎのトレーニングではなく、あくまで遊びとして軽く泳ぎを教えてやろうと思った。

 あ、子供達は俺と一緒に浅いところで遊ぼうな。



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第35話 女神の休日 水泳編

 まだLAOのプレイヤーだった頃、何度か他のギルドと戦争になった事がある。うちのギルドメンバーは半分くらいが短気で喧嘩っ早い奴で、残りの半分は普段は大人しいが売られた喧嘩はきっちり買う、やる時はやるタイプの奴だった。

 

 そんな血の気の多い海の男達こと、我がギルド『OceanRoad』の所有する貿易船に、略奪をカマしてきた馬鹿が居た。

 相手は古参の大手ギルドで、PK(プレイヤーキル)や窃盗などの、ゲーム内での犯罪行為も辞さない強硬な姿勢で勢力を拡大してきた連中だ。

 当然、対人戦(PVP)にも力を入れており、過去にも他のギルドに対して積極的に戦争を仕掛けて、領土を拡大してきた油断のならない相手である。

 

 だが、海で俺達に喧嘩を売ったのが運の尽きだ。

 俺達のギルドは、直ちに奴等と全面戦争に突入した。そして手始めに海路を完全封鎖した上で、奴等が所有する港を片っ端から全力の艦隊砲撃で焼き払い、船を全て沈めてやった。

 結果、奴等は海での活動の一切を封じられ、陸地に追いやられたのだが、向こうもそこで引き下がるほどやわな相手ではなかった。

 奴等、今度は莫大な資金を投入して飛行船を開発し、空の機動力を用いて俺達の所有する港(奴等から奪ったものも含む)にちょっかいを出してきたのだ。

 度重なる嫌がらせに堪忍袋の緒が切れた俺達は、遂に奴等を完全に殲滅する事を決意した。

 その為に俺達が決行した作戦は、飛行船の基地に対しての襲撃だった。

 

 俺達は、敵ギルドに対して占領戦を挑んだ。

 占領戦とは、攻撃側のギルドが防御側のギルドが所有する領土に対して攻撃を仕掛け、その領土にある城や砦を占領する事で、その領土を丸ごといただいてしまえるというコンテンツである。

 しかし当然、防衛設備のある防御側が有利であり、攻撃側は領土の奪取に失敗すれば、少なくない額の賠償金を支払わなければならないリスクもある。

 

 攻撃目標である敵ギルドの所有する飛行船の基地は、険しい山の頂にある砦にある。天然の要害であり、砦の規模も大きく、周囲は大量の防衛設備でガチガチに固めてある。更に道中は敵ギルドに所属する精鋭達がしっかりと守っており、砦に辿り着くだけでも一苦労だろう。

 

「だが案ずるな。俺に策がある」

 

 俺は戦場のマップを表示したウィンドウを、共有モードにしてギルドメンバー一同に見えるようにした。

 

「偵察してみたが、山頂の砦に向かう道は完全に封鎖されており、大量の防衛設備で固められている。こいつを正面からマトモに突破するのは……無理とは言わんが、かなりキツいだろう」

 

 俺はマップ上に、防衛設備や敵プレイヤーを表すアイコンを次々と表示させていった。それを見る限り、道は完全に閉ざされたように見えるが……

 

「だが、それならマトモに相手をしなければいい。俺達は水路を使って、泳いで敵陣に侵入する」

 

 俺の言葉に、ギルドメンバー達は驚愕しながら、直ちに反論する。

 

「待て、水路なんてどこにあるんだ。海から山の麓までは川を遡って行けるが、その先は滝になって……おい、まさか」

 

「そのまさかだ。俺達は、ここの巨大な滝を泳いで登る。そうすりゃ山頂付近まで、敵に見つからずに一直線で行けるぜ」

 

 敵さんもまさか、あのナイアガラみたいな巨大な滝を登ってくるとは夢にも思うまい。

 

「幾らなんでもそれは……」

 

「本当にやれんのか……?」

 

 俺の作戦に懐疑的な視線を向けるギルドメンバー達だったが、

 

「俺は楽勝でやれるけど、お前ら滝を泳いで登るのも出来ねぇの? ……まあお前ら所詮、水泳スキル2000程度だもんな、期待した俺が間違ってたか」

 

「「「「「出来らぁっ!!!」」」」」

 

 俺が挑発するようにそう言うと、ギルドメンバー一同は即座に乗ってきた。

 

 ちなみにこの当時の水泳スキルは俺が4000少々、キングが3500程度、他のメンバーは大体2000~3000くらいだった。

 海洋専門ギルドなので、全員が海を泳いで島から島へ渡れる程度の水泳力は持っている。このギルドにしか出来ない作戦だった。

 

「みんな水泳補正装備は持ったな! 行くぞォ!」

 

「持つだけじゃなくて装備しろよ! 武器や防具は装備しないと意味がないぞ!」

 

「うおおおおおお! 登れえええええ!」

 

 川底を泳いで滝まで到達した俺達は、重力に従って落ちてくる大量の水に逆らって、一気に滝を登っていった。

 そして苦戦しながらも、俺達は一人の脱落者も出さずに滝を登りきって、敵陣深くへと侵入する事に成功した。そして手薄になっていた敵本陣を一気に陥落させ、奴等が持っていた空の機動力を奪う事ができたのだった。

 

 その後は飛空艇とその基地を失って大きく力を落とした相手ギルドを更にボコボコにして、更にそれによって弱った相手ギルドは、ここぞとばかりに他のギルドにも袋叩きにされ、トップ層から脱落した。全盛期に散々調子に乗って、他のプレイヤーに対して好き勝手していたツケを支払う事になったのだ。

 

 一方、山と山頂の砦、飛空艇といった大きな戦果を手に入れた俺達だが、海から遠い拠点とか別にいらなかったので、それらは別の、仲が良い大手ギルドに結構な値段で売却し、そのお金で俺達のギルドは新しい大型船を2隻購入した。

 そんな風に大勝利を収め、更に力を付けた俺達のギルドだったが、その一方で、

 

「あいつら滝からショートカットしてきたらしいぜ」

 

「マジ? やっぱあいつら頭おかしいわ……」

 

「またドスケベエルフが何かやらかしたのか」

 

 等と、元々あった『海のやべー奴ら』『キレると何してくるか分かんない変態集団』という悪評がますます高まってしまったのだった。何でや。

 

 回想が長くなってしまったが、何を言いたいかというと、水泳を極めれば普通の人が通れない場所でも泳いで渡り、ショートカットや奇襲が出来るので、冒険や戦闘でとても役に立つという事だ。

 よってロイド達には、最低でも水泳スキル1000くらいを目標に頑張って貰いたい。俺の加護で水泳スキルの数値や成長率に補正かかってるし、多少厳しめにしても大丈夫だろう。よって、

 

「これから貴方達には、あそこの島に立てた旗を取ってきてもらいます」

 

 俺が指差したのは、沖合いに浮かぶ小さな小島だ。砂浜からの距離は、およそ20kmと少しといったところか。

 俺なら一瞬で行って帰ってこれる距離なので、そこにビーチフラッグスで使った旗を人数分立ててきた。

 

「優秀なタイムで戻ってきた子にはご褒美もあるので頑張るように」

 

 俺がそう言うと、彼らはやる気を漲らせて、沖に向かって泳いでいった。

 ちなみに溺死等の事故防止の為、彼らには『水中呼吸(アクア・レスパレーション)』の魔法を教えてあるし、精霊を監視に付けている。

 

 彼らが遠泳をしている間に、俺は子供達に泳ぎを教える事にした。

 子供の手を取って、バタ足や息継ぎのやり方を覚えさせたら、手を放して一人で泳ぐのに挑戦させてみる。

 一人で泳げるようになって、嬉しそうな子供達の笑顔を見ていると心が癒されるな。やはり子供は可愛い。

 

 俺が子供達と遊んでいる間に、ロイド達は小島へと泳いで辿り着いたようだ。

 結構疲れてはいるようだが、島に上陸すると旗を掴んで、そのまますぐに再び海へと飛び込むのが見える。なかなかの根性だ。

 けどリンの奴は一人だけ遅れてるし、かなりキツそうだな。まあ一人だけ未成年の女の子だし、魔術師だから他の連中と比べると体力無いからな。

 仕方ないので神様スキル『信者との交信』による念話でサポートしてやろうと思う。

 

「リン、貴女の職業は何ですか? 頭を使い、自分の持ち味を活かしなさい」

 

 俺がそう語りかけると、リンはようやくそれに思い至ったようで、暫くすると急激に加速し、一気にロイドやルーシー達の先頭集団に追いすがる。

 彼女がやったのは、魔力で自分の周りにある水を操って、泳ぎをサポートさせるという行為だった。

 俺も泳ぐ時は、ほとんど意識する事なく、それを行なっている。普通に考えればわかる事だが、身体能力や技術だけで、そこらの船より速く泳ぐとか不可能だしな。当然、魔力を使って水流を操るくらいの事はしているとも。

 あと俺の場合は、装備やアクセサリのほぼ全てに強力な泳ぎ速度上昇のエンチャントが付いているのも大きい。

 

  さて、沖の方ではいよいよリンが先頭集団に追いつき、そして鮮やかに躱して先頭に立った。

 そして、そのまま一度も先頭を譲る事なく、むしろ更に差を広げながら、リンが一着で砂浜に帰還したのだった。



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第36話 女神の休日 熱血指導編

 見事、最後尾からのごぼう抜きをかまして一着でゴールしたリンに、優勝のご褒美は何がいいかと聞いたところ、彼女はこう答えた。

 

「さっきの、魔力で水を操って速く泳ぐ方法のような、色んな魔法の使い方をもっと教えて欲しいです! まだまだ魔法について、知らない事がいっぱいある事が実感できました!」

 

 向上心があって大変結構だ。

 ならば、魔法を使った様々なテクニックについて、リンに伝授していこうと思ったが、それをする為には彼女には、色々と不足している物がある。

 まずは、それを身につけさせる必要があるな。

 

「いいでしょう。ですがその前にリン、貴女にはある技術を習得して貰います。それを身につける事ができれば、魔法の扱いももっと上手くなるでしょう」

 

「……! はい、ぜひお願いします!」

 

 俺の言葉に、リンは目を輝かせて大きく頷いた。

 

「では、杖を構えなさい」

 

 そう言いながら、俺も道具袋から愛用の槍を取り出して装備する。俺の槍は杖のような魔法の触媒も兼ねており、神器なので生半可な杖よりも遥かに魔法攻撃力が高い逸品だ。

 

「まずは、魔法で泡を作って浮かべるのです」

 

 俺は魔力で水を操り、中に空気を含んだ、直径20cm程の薄い水の球体を作って、それを自分の頭の上あたりに浮かべた。

 俺がそうしたのを見て、リンも少し手間取りながらも同じようにする。それを見届けた俺は、リンから10m程度の距離を取った。

 

「では、互いに礼を。決闘の前にはお辞儀をするのです。格式ある儀式は守らねばなりません」

 

「は、はい! ……って、決闘!?」

 

 俺が優雅にお辞儀をするのを見て、リンも慌てて頭を下げるが、その途中で俺が口にした決闘という単語に気付き、大層驚いた様子だ。

 

「おっと、ルールの説明がまだでしたね。今から行なうのは『水泡決闘(バブル・デュエル)』。先ほど作って浮かべた、この水の泡……ほんの少しの衝撃で割れてしまいそうなこの泡を、先に割ってしまった方が負けになります。互いに移動や物理攻撃は禁止で、魔法を使って自分の泡を破壊から守りつつ、相手の泡を割るゲームです。ああ、それとプレイヤーへの直接攻撃も禁止としましょうか。あくまで攻撃対象は泡のみとなります」

 

「わ、わかりました……!」

 

「先手は譲りましょう。いつでも来なさい」

 

 俺は自然体で槍を構えて、リンの出方を伺う。

 リンは杖を俺へと向けると、呪文を詠唱し……杖の先から、十数発の水弾(アクア・バレット)を、俺の泡に向かって連続で放ってきた。

 

「甘い」

 

 俺は水弾を一発だけ放ち、リンが放った水弾を纏めて吹き飛ばし、相殺した。

 リンには悪いが、発射速度・威力共に今のリンでは俺の足元にも及ばない。正面からの攻撃は、幾ら撃とうが余裕で相殺可能だ。

 しかしリンも当然、その程度は想定済みだろう。その間にも側面や上空から、次々と水の弾丸が俺の泡に向かって襲いかかる。

 

「狙いはまあ悪くないですが、こうされたらどうしますか?」

 

 俺は泡の外側に、追加で水の防護壁を生成した。こうして全周を覆ってしまえば、どこから攻撃が来ようと同じ事だ。

 

「だったら……『氷塊撃(アイスブロック)』! これでっ!」

 

 なるほど、氷の塊をぶつけて、防壁ごと泡を叩き割ろうという算段か。ならば受けて立とう。俺は防壁に魔力を集中させ、リンが放った氷塊を受け止める。

 

「貫けぇーっ!」

 

 リンが氷塊に魔力を込めて、強引に突破を図る。

 威力は悪くない……が、攻撃に意識を集中し過ぎて、視野狭窄に陥っているのはいただけないな。

 

「そろそろ私も攻めさせてもらいましょうか」

 

「えっ……わわっ!?」

 

 俺は防御をしながら、同時に水弾を数発、連続でリンの泡に向かって放った。リンは慌てて泡を動かして、俺が放った水弾を回避させるが……案の定、攻撃に意識を割き過ぎたせいで反応が遅れたな。俺の反撃を想定していたなら、もっと素早く適切な反応が出来ていた筈だ。

 

「まだまだ行きますよ!」

 

 そして俺が更に連続で攻撃すると、もう防戦一方になり、俺の泡を攻撃していた氷塊は力を失って砕け散ってしまっていた。

 そして防御に専念する事で、何とか泡を守る事は出来ているものの、やはりそれだけに集中しすぎていて、周りが見えていない。なので……

 

「はい、これで終わりです」

 

「あっ……!」

 

 俺が空高く放っていた一つの小さな水弾が、リンの頭上にゆっくりと落ちてきて、彼女の泡に命中して叩き割った。

 それを見届けた俺は構えを解き、敗北に落ち込むリンへと近付き、彼女に話しかけた。

 

「さて……リン、貴女の敗因や足りていない物が分かりましたか?」

 

「うっ……攻撃に集中しすぎて、防御の事を考えていませんでした。それでアルティリア様の反撃に対して、碌に対応できなかったです」

 

「そうですね。他には?」

 

「他には……正面からの攻撃を避けるのに精一杯で、上空からの攻撃に気付く事が出来ませんでした。もっと注意深く観察していれば、気付く事ができたと思います」

 

「その通り。今挙げた敗因はどちらも、一つの事に集中するあまり、その他の事が疎かになってしまった事で起こりました。貴女に足りない物はそれです」

 

 リンは高い魔力と集中力を持ち、後方からの魔法攻撃に専念させれば、今でも十分な戦力になるだろう。

 しかし強敵との戦いは、ただ強力な魔法をぶっぱするだけで勝てる程甘くない。敵のターゲットにならないようにしたり、範囲攻撃に巻き込まれないようにする立ち回りや、大技の妨害や味方の援護、残りMPやCT(クールタイム)の管理、ヘイトコントロール、強化効果(バフ)弱体効果(デバフ)の時間管理、そしてそれらを踏まえて、状況に応じて適切な魔法を選択する判断力が求められる。

 ただ考え無しに攻撃魔法を連発するだけで務まるほど、魔法使いは甘くない。賢く繊細な立ち回りが出来てこその一級廃人だ。

 

 ……まあ、中には出てきてソッコーで超級魔法ぶっぱ→死亡上等なスタイルで火力と詠唱速度だけを追求しまくった結果、(ある意味)最強の魔法使いとして君臨したスーサイド・ディアボロスとかいうクソ馬鹿も居るが、あれは例外中の例外だ。

 俺あいつマジで苦手なんだよな……画面に出たと思ったらほぼ無詠唱で超級魔法ぶっ放して来るから防ぎようがないし。まあ向こうも反動で勝手に死ぬんだけど。

 

 とにかく、まともな魔法使いとして大成したいなら、もっと周りをよく見て、冷静に的確な判断が出来るようになりましょう、という事だ。

 

「集中力が強いのは貴女の長所ではありますが、同時に隙も大きくなります。もっと視野を広く持ち、同時に複数の事を考えられれば、貴女はもっと強くなれるでしょう。このゲームはそういった能力を鍛える訓練になると思うので、時間がある時に他の者ともやっておきなさい」

 

「はいっ! ご指導ありがとうございました!」

 

「我々にとっても大変勉強になりました! アルティリア様、ありがとうございます!」

 

 リンに続いて、ロイド達も一斉に頭を下げてきた。

 ううむ、思わず指導に力が入ってしまったが、休日だというのに結局訓練みたいになってしまったぞ。

 ここは軌道修正をするとしよう。

 

「さて、たくさん泳いで疲れたでしょう。後はのんびりと釣りでもしましょうか」

 

 俺は事前に用意していた、全員分の釣り具一式を道具袋から取り出した。

 そして皆で岩場に移動し、魚を釣った後は、各自、自分が釣った魚を調理して夕飯にした。

 海賊をやっていたロイド達や、旅慣れているルーシーは魚釣りや野外調理もそれなりに経験があるようだったが、リンやクリストフは釣りをするのも初めてだったようで、最初はなかなか苦戦していたが、やがてコツを掴んだようで……

 

「いやあ、魚を釣ったのは初めてですが、これは達成感がありますね」

 

 そう言って笑うクリストフが抱えているのは……1メートル程の大きさの魚だ。これは石垣鯛(イシガキダイ)だな。黒い斑模様が特徴的なので一目で分かる。

 刺身にしても良いし、煮ても焼いても蒸しても美味い。

 初めてでこれとは、こいつ神官よりも漁師のほうが才能あるんじゃなかろうか。

 

 子供達にも釣りや、魚の料理の仕方を教えた。初めて自分で釣った魚を焼いて、上手く出来た子供達の嬉しそうな顔を見ていると、俺も自然に笑顔になるってもんだ。

 

 あと、貯まった信仰ポイントを使って『生活強化:釣り+』の加護を習得しておいたので、今後も釣りを楽しんでほしいところだ。

 

 その後は片付けをして、砂浜を綺麗にした後に、子供達を一人ずつ家に送り届けた。子供達の親からはやたらと頭を下げられたが、こちらこそ大事なお子さんを遅くまで付き合わせてしまい恐縮である。今度改めて、お土産を持ってご挨拶に向かおうと思う。

 

 そして、俺達も神殿へと戻ってきた。もうすぐ日が完全に沈む時間帯だ。

 

「休日はどうでしたか?」

 

 俺はロイドの隣に並び、そう問いかけた。ロイドは俺より背が頭一つ分高いので、見上げる形になった。

 

「楽しかったです。未知の遊びや、初めて食べた料理も素晴らしかったですが、あいつらとこうやって遊ぶなんて事は、今までありませんでしたから……うん、とても……良い休日でした」

 

「ならば良かったです。明日は忙しくなりますから、今日は早く休むように」

 

 そう告げて、俺はロイド達と別れて(神殿)に帰ろうとするが、その前にロイドがこう付け加えた。

 

「それと……アルティリア様とご一緒に遊ぶ事が出来て、なんだかアルティリア様を身近に感じる事が出来て、嬉しかったです。その、不敬かもしれませんが」

 

「ならば、いつでも気が向いた時に誘いに来なさい。それと、もう少し気安く接してくれても不敬だなどとは思わないので、あまり堅苦しく考えなくても良いですよ。それじゃ、おやすみなさい」

 

 そう言って手を振り、俺はロイド達と別れた。

 いや本当に、あまり丁寧にされても逆に疲れるっていうかね。もっと雑に、フランクに接してくれたほうが俺は嬉しいのよね。



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第37話 探さないでください。晩ご飯までには帰ります。

 海に行った次の日は、朝早くから忙しかった。

 ロイド達の神殿騎士への就任や、神殿騎士団の結成のための儀式やら式典やらがあって、当然だが俺もそれに参加していたからだ。

 神殿騎士就任の為の儀式では、俺が拵えた鎧を身に着けたロイド達が、一人ずつ俺に対して宣誓の言葉を述べて、それを受けた俺が彼ら一人一人に声をかけて、神殿騎士に任命していった。

 町長や領主、冒険者組合の組合長に、王都から来た神官や神殿騎士も出席する、たいへん堅苦しい式典で肩が凝ったぜ。

 

 あと、うちの神殿の騎士団の名前は『海神(わだつみ)騎士団』に決まった。

 団長はロイドで、副団長にルーシーとクリストフの二名が就任する。

 彼らの仕事は、名目上は神殿や俺の警護に、神殿周辺の治安維持という事になっているが、ぶっちゃけ俺の警護とか不要だし、仮に警護が必要なほどの敵を相手にするとなれば、今の彼らでは正直まだまだ力不足である。

 なので当面は訓練や、冒険者組合から回ってくる仕事をしながらレベル上げを頑張って貰うつもりだ。

 今日も、ロイド達は朝早くから仕事で出かけている。

 彼らが受けた依頼だが、昨日の夜にここから南西のほうにある村が魔物に襲われ、被害が出たそうなので、村周辺の魔物退治と、被害を受けた村人の救助に向かっている。

 馬に乗って行ったので、順調にいけば今日中には戻ってこれるだろう。

 

 そうそう、馬といえば領主さんが、ロイド達全員分の馬をプレゼントしてくれたのだ。LAOでも馬を育成するコンテンツは存在し、捕獲または購入した馬を調教し、育てた馬同士を交配して、より速く、強い馬を作る事が出来た。

 俺を含めたうちのギルドメンバーは、普段は海で生活して滅多に陸に戻らない為、馬を育てている奴はほとんどいなかった。生活マスターのキングと、元々は陸地で戦闘民をしていたクロノ、他に数名程度しかいなかったはずだ。

 俺も馬の育成には手を出してないので、あまり詳しくはないのだが……LAOでは馬の品質は、10段階評価のランクで表される。1が最低で、10が最高だ。その基準で言えば、ロイド達が貰った馬はランク4~5くらいに相当する、なかなか良い感じの馬だった。

 騎士たるもの、馬の一頭くらいは持ってないと恰好つかないしな。領主の気遣いは大変ありがたかったので、今度何かお礼をしなければなるまい。

 

 ところでロイド達が仕事に出ている間、俺は何をしているのかと言うと、今まで通りに神殿に篭もって物作りをしたり、たまに釣りに出かけたりと、のんびり過ごしている。

 神殿に来る信者の対応は精霊達や、クリストフが居る時は彼にやって貰っている。

 

「お祈りに来た信者の前にいちいち神様が出ていっても気を遣わせてしまうので、主様は奥に引っ込んでいてください」

 

 とは、俺が使役する精霊の言葉だ。

 あいつら最近、俺に対する態度がだんだん雑になってきた気がするぞ。

 引き篭ってダラダラしやがって、働けニートとでも内心思っているのだろうか。これでもちゃんと仕事はしとるわ。

 俺の仕事は基本的に、適当な素材を見繕って何か良い感じのアイテムを作って、それを神の技能(アビリティ)小さな贈り物(リトル・ギフト)』で信者達に配る事(ログボ配布)と、『神託(オラクル)』によるお役立ち情報や小ネタの発信(ツイッター)だ。

 他にも浄水設備や上下水道の整備とか、水に関する仕事をちょこちょことこなしていたりする。

 そこまで考えて思ったんだが、何か俺、ネトゲの運営チームみたいな仕事やってんな。

 これはいかん。俺もたまには冒険をしないと腕が鈍ってしまう。というわけで……

 

「少し出かけてきます」

 

 神殿に常駐している精霊達にそう言い残して、俺は旅に出た。心配するな、夕飯までには戻る。

 丘を駆け下り、海岸まで歩いたら大海原に向かって足を踏み出す。俺は技能『海渡り』によって、水上を泳ぐのと同じ速度で走る事が可能だ。

 

「ごきげんよう。ではお先に失礼」

 

 途中、ゆっくり進んでる船――警備隊の制服を着た男達が乗っていたし、おそらく海上警備隊のものだろう――を追い越しながら優雅に手を振り、俺は海岸沿いに近海を西に進む。

 特に急ぐ旅でもないので、速度は時速100km程度でのんびり進んでいると、海辺に小さな村があるのが見えた。

 どうやら漁村のようで、船着き場に小さな漁船が幾つか停泊しており、浜辺では上半身裸の男達が、網を使って漁をしているのが見える。

 心の中で彼らの大漁祈願をしながら、俺は漁村の前に広がる海を通過して、更に西へと向かった。

 

 更に進むと、今度は向こう側から船がやってくるのが見えた。そこそこ大きい帆船で、大砲などの武装は最低限しか積んでいないようなので、おそらく商船や貨物船の類ではないだろうか。

 甲板の上で双眼鏡を覗いていた船員が、俺を見つけて驚いていたので、軽く手を振っておいた。エルフは元々、弓が得意な種族で先天的に高い視力を持っているので、俺もかなり目は良いほうだ。普通の人間であれば双眼鏡を使わなければ視認できない距離であっても、俺の目にははっきりと相手の表情が見えている。

 

 俺が来た方向に向かって進んでいる事から、あの帆船はグランディーノに向かっていると思われる。グランディーノは王国最大級の港町で、港では商品を積んだ船が毎日のように出入りしている。あの船もその一つになるのだろう。

 

 そう考えていた時、突然船の近くの水中から何かが飛び出した。

 水面から跳び上がったそれは、船に向かって勢いよく体当たりをした。それによって船体が大きく揺れる。

 

「あれは……殺人鮫(キラー・シャーク)じゃないか」

 

 殺人鮫は中型の水棲モンスターで、その名の通り人間を襲う凶暴なサメだ。

 全長は平均3~4メートル程度の大きさだが、中には長い年月を生きて5メートル近くまで大型化するものも居る。

 殺人鮫は凶暴なモンスターで、自分の体よりも大きな船に向かって体当たりを仕掛け、破壊する事もある。当然、船を破壊して乗っている人間を食らい尽くす為にだ。そして、巨大化したモンスターはより一層凶暴さを増す。

 今、船を攻撃している殺人鮫もまさにそれで、目算で全長4メートル80センチ程もある大型の個体だ。

 しかもタチが悪い事にあの鮫、群れを率いるボスのようで、船の周りには鮫の背ビレが複数、海面から顔を出している。

 このままではあの船は破壊され、船と積み荷は海の藻屑と化し、乗員は殺人鮫に食われて死ぬか、溺死した後に殺人鮫に食われるかの二択だろう。

 しかし彼らは幸運だ。何故ならこの俺が、たまたま近くを通りかかったからだ。

 

「ふっ!」

 

 俺は水面を蹴り、全速力で船に向かって駆け寄った。その勢いのまま、船に第二撃を加えようとしていたボス鮫の腹に全力のライダーキックをぶちかます。

 蹴りの反動を利用して跳び上がった俺は、そのまま甲板に着地した。

 

「あっ、あなたは!?」

 

「下がっていなさい、次が来ますよ」

 

 ボスが傷つけられた事に怒ったのか、配下の殺人鮫たちが水面から甲板に向かってジャンプして飛びかかってきたのだ。

 巨大な口を大きく開き、その中にはギザギザした歯がずらりと並んでいる。あれで噛まれたら流石に痛そうだ。なので、わざわざ食らってやる訳がない。

 

「『冷気の波動(フロストウェイブ)』!」

 

 前方扇形の範囲に向かって冷気の波を叩きつける魔法を使い、襲い掛かってきた鮫達を氷漬けにして海に叩き返す。

 この魔法は射程距離こそ短めだが、詠唱時間が短く凍結&吹き飛ばしの効果を持つ範囲攻撃の為、多くの敵に近付かれた時は重宝する。

 

「さて……そこの貴方」

 

「はっ、はい!」

 

「私はこれから水中に入り、残敵を掃討します。その間に殺人鮫が襲ってきたら、この魔法が篭められた魔石(ジェムストーン)を掲げて攻撃を防ぐように」

 

 俺はそう言って、彼に『薄氷の盾(アイスシールド)』の魔法を込めた、青い魔石を手渡した。

 『薄氷の盾』は氷の盾で物理攻撃を1回だけ防ぎつつ、割れた氷の破片で反射ダメージを与える攻防一体の魔法だ。これ1個で十回以上は使えるので、彼にはこれで自身や仲間の命を守って貰う。

 

「それから、そっちの貴方は怪我人を一箇所に集めておくように。もしも重傷の者が居たら、これを飲ませなさい」

 

 俺は近くに居た別の船員にそう指示を出して、回復薬(ポーション)を手渡した。

 しかし俺が指示を出した二人とも、突然の事にまごついていたので、少し気合を入れてやる必要がありそうだ。

 

「返事はどうしたァッ!」

 

「は、はいっ! 魔物の攻撃が来たら魔石を使って防ぎます!」

 

「申し訳ありません! 船員の状態を確認し、怪我人を一箇所に集めます! また、重傷の者が居たら薬を使わせていただきます!」

 

 俺が一喝すると、彼らは敬礼をして俺の命令を復唱した。

 

「よろしい。では頼みましたよ」

 

「「アイアイ・マム!」」

 

 俺が海に飛び込むと、ボス鮫が船の真下に潜り込んでいるのが見えた。水上に飛び出してみたら思わぬ反撃を食らって痛い目を見たので、今度は船底に穴でも開けてやろうとでも考えたのだろう。

 

「お前の浅知恵なんぞお見通しだキーック!」

 

 俺はさっき蹴ったのと同じところに、もう一発蹴りを入れてやった。それによって鮫は白目を剥き、口から血を吐いて気を失い、白い腹を見せて水面に浮かびあがった。



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第38話 女神を追って※

 グレイグ=バーンスタインは、港町グランディーノに拠点を置く海上警備隊の副長だ。燃えるように真っ赤な髪に、同じく赤い豊かな髭の持ち主で、人間族(ヒューマン)にしてはかなり大柄で、筋骨隆々の大男だ。

 年齢が中年に差し掛かっても、若い頃から現場一筋でバリバリ働いて鍛え上げた自慢の肉体は衰えを知らず、今日も元気に若い衆を指揮して海に出ていた。

 

 およそ一ヶ月くらい前から、海に棲む魔物の動きが活発化している事で、海上警備隊は毎日のように王国近海の巡回を行なっていた。

 グランディーノの町を含む、大陸北西部が面するトゥーベ海域は元々、小型の魔物が時々出現する程度の平和な海だったが、最近は小型はほぼ毎日、中型の魔物も時々現れる危険地帯と化している。

 また、トゥーベ海域の北にあるラメク海域、更にその先のエッダ海域に至っては、クラーケンのような大型の、極めて危険な魔物が現れるほどだ。かつてロイド達が、アルティリアと出会った際に襲われていた個体の他にも、漁船で漁に出ていた漁師が見つけて、命からがら逃げ帰ってきた事もあった。

 

 今日も、戦闘艦に乗った隊員達が手分けして、日課となったトゥーベ海域全域の見回りをしている所だ。

 グレイグが指揮する船は、本日は海域の西側を担当する。さっそく警戒しながら、船を西進させていた時であった。

 

「あ、アルティリア様!?」

 

 少し前に、グランディーノの町に降臨した女神、アルティリアが、まるで氷の上を滑るかのような優雅な足取りで、海上を移動しているのを発見し、グレイグと彼の部下の隊員達は大いに驚いた。

 

「ごきげんよう。ではお先に失礼」

 

 女神もこちらに気付いたようで、軽く一礼すると、あっさりと警備隊の戦闘艦を追い越して、長い水色の髪を潮風に靡かせ、メートル超えの爆乳を揺らしながら西の海へと駆けていった。

 

「女神様、今日もお美しい……」

 

「話には聞いていたが、本当に女神様は水の上を歩けるのだな……」

 

「ううむ、それにしても何という速さだ。船よりも速く海の上を駆けるとは、流石は女神様……」

 

 警備隊員達は去っていくアルティリアの姿を見て、様々な反応を見せる。海の上を走るという常人には成し得ない行為に驚く者、その速さに感嘆する者、女神の後ろ姿を見て、まん丸い豊かな尻や、むちむちの太ももに思わず見惚れる者など様々だ。

 

「喝ッッッ!!」

 

 だがグレイグは、気合の乗った一喝で、そんな彼らを叱咤した。

 

「お前達、なぜ女神様がこの場に現れ、駆けていったかよく考えろ! 何の意味もなく、あの御方が動く筈もあるまい」

 

 実際のところは特に意味もなく探検、あるいは徘徊しているだけなのだが、そのような事を知る由もないグレイグは、アルティリアの行動に何か重要な理由があるのだと深読みした。

 そしてそれは、部下の隊員達にも伝播する。

 

「ハッ……! 我々がこうして見回りをしているように、最近は凶暴な魔物が多く出現している……。という事は女神様は、何か邪悪な存在を察知して……!?」

 

「うむ……恐らくはそうだろう。ゆえに我々も急がねばならん」

 

 グレイグ率いる海上警備隊の船は、急ぎアルティリアを追って海を西に進んだ。その先で、彼らは一隻の帆船を発見する。

 

「副長! 貨物船です! 周囲に殺人鮫(キラー・シャーク)が多数!」

 

「護衛艦も連れずに何をやっとるんだ、あの船は!? ええい、急いで助けるぞ!」

 

 航海をする時は、海の魔物や海賊への対策の為に、船に装甲や大砲のような戦闘用の兵装を積むか、護衛のために船に冒険者を乗せたり、戦闘用の船を雇ったりする。海上警備隊も時々、グランディーノを出発する要人が乗る船や、貴重な荷物を運ぶ船を護衛する仕事を受ける事がある。

 しかし、襲われている船はそれらの対策をしている様子が一切なく、このままでは魔物の攻撃で成す術もなく沈められるのも時間の問題だ。

 そこで、海から飛び出した一匹の殺人鮫が、甲板に向かって大口を開けて襲い掛かるのが見えた。その先には一人の水夫が居る。

 男が食われる。そう思った瞬間、殺人鮫が何かに弾かれたように吹き飛ばされて、その青黒い巨体から鮮血が噴き出した。

 鮫に狙われた男は、右手に握った青い球体を掲げている。アルティリアに受け取った、『薄氷の盾』の魔法を発動する魔石だ。彼はそれによって殺人鮫の攻撃を防いだのだった。

 

 そして、その直後の事だった。

 海面から突然、巨大な水柱が噴出したかと思ったら、水中に居た殺人鮫たちが次々と、その水柱によって空高く舞い上がった。

 数秒後、海水と共に空から降ってきた十数匹の殺人鮫達は海に向かって高速落下し、勢いよく海面に激突して……そのまま二度と動く事はなく、水面にぷかぷかと浮かんでいた。

 

 それから数秒の後に、アルティリアが海中から浮かび上がってきた。彼女は水面を蹴って跳び上がると、襲われていた船の上へと戻り、甲板上の水夫と話を始めた。

 少し経つと船の奥から別の水夫がやってきて、その者に案内されてアルティリアは船室に入っていった。

 

 グレイグは船を操り、貨物船へと近付ける。目と鼻の先まで近付けたところで船を停泊させ、先ほどアルティリアと話していた水夫へと話しかけた。

 

「失礼。我々はグランディーノ海上警備隊の者だが、話を聞かせてもらっても良いだろうか」

 

「はっ、はい。何でしょうか?」

 

「まずはそちらの船の所属と、どこから来たかを教えて貰えるかな」

 

「この船はミュロンド商会の貨物船です。テーベの港から荷物を運んで来ました」

 

 テーベは、ローランド王国から見て西側にある、自由都市同盟と呼ばれる地域に属する大きな港町だ。その規模はグランディーノにも引けを取らない。

 自由都市同盟は、国家に所属しない複数の大都市から成る自治体だ。同盟に所属する各都市はそれぞれ独自の法律や軍事力を持ち、有事の際は助け合う事で周辺の国家に対抗し、独立自治権を保っている。

 

「ミュロンド商会……初めて聞く名だが、都市同盟の商会かな」

 

「はい。ダルティを拠点にしている商会と聞いています」

 

 ダルティは、テーベと同じく都市同盟に所属する町で、またの名を無法都市、あるいは犯罪都市という。自由と言えば聞こえは良いが、その実態は法律など無いに等しい無法地帯。お尋ね者や無法者、裏稼業の人間が跋扈する、お世辞にも治安が良いとは言えない町だ。

 

 これは()()かな。グレイグは心の中で呟き、部下達に合図を送った。彼のハンドサインを見た警備隊員達は、いつでも武器を取り出し、臨戦態勢に移行できるように覚悟を決めた。

 

「君もミュロンド商会の人間かね?」

 

「いえ、自分を含めた船員は皆、荷運びの為に一時的に雇われただけです」

 

 この船に乗っている船員は特定の雇用主を持たず、必要に応じて雇われて船に乗せられる、フリーの日雇い水夫だった。

 

「では、ミュロンド商会に所属している人はいない?」

 

「いえ、一人だけ雇い主の、商会の方が乗っております」

 

(なるほど、ではそいつに話を聞く必要があるな……)

 

 グレイグは一目見た時から、この船は怪しいと感じていた。

 まず護衛も無しに航海をしている事。これは密航船や密輸船のような、人目に付く事を嫌う連中にありがちな特徴だ。

 何しろ、関係者が増えればそれだけアシがつきやすくなるし、大所帯になれば見つかりやすくなる。特に禁制品を取り扱う密輸船などは、リスクを承知の上で単独の航海をする確率が極めて高い。

 それにしても、この船は碌な武装もしていないのは不用心ではあるが……あまり儲かっていないのか、はたまた単純にケチなだけか。

 ともあれ、密輸船にありがちな特徴を満たしており、しかもミュロンド商会とやらは、悪名高い無法都市を拠点にしている商会だ。

 以上の理由から、この船も恐らくはその類だろうと、グレイグは推理していた。

 問題は船員達だが、果たして知っていて加担したのか、それとも知らずに巻き込まれただけか……そこは、これから話を聞いて判断を下すべき事か。

 

「とりあえず、責任者に詳しい話を聞きたいのだが……」

 

 グレイグがそう言って、水夫に案内を頼もうとした時だった。

 突然、破砕音と共に、貨物船が大きく揺れた。



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第39話 エロい目で見られるのは構わないが、最低限の遠慮や慎みは必要である

 水中に潜って、船を襲うサメを全て蹴散らした後に、俺は船に戻った。

 出迎えた船員が、貸した魔石を返そうとしてくるが、俺は彼に、もしもの時に備えてそのまま持っているように伝えた。魔石に込められている魔力にはまだ余裕があるので、何かあったらそれで身を守ってほしい。

 船員はこんな貴重な品物を……とか言ってたが、別に貴重でも何でもない安物の消耗品なので気にしないでほしい。俺は錬金術の生活スキルも結構上げてるので自作出来るし。

 それに魔法入りの魔石は信者達にも『小さな贈り物(ログボ)』で時々配ってるしな。『上位治療(グレーター・ヒール)』や『癒しの雨(ヒールレイン)』、『状態異常治療(リフレッシュ)』といった回復魔法は特に人気があるようだ。

 

 続いてもう一人の船員から船の中へと案内され、船室の一つに入ると、そこでは数人の怪我をした船員達が、床やベッドの上に座っていた。

 まあ大した怪我じゃなかったようで何よりだ。俺は彼らを魔法でササッと治療してやった。

 その際に名前を名乗ると、

 

「おおっ! もしや貴女様が、グランディーノに降臨された女神様ですか!」

 

「当たり前ではないか。あの凶暴な殺人鮫の群れを一蹴する強さに、見ず知らずの俺達を助けに来てくれた慈悲深さ、そしてこれほどの美しさ! 女神様に違いないだろう!」

 

「おお! まさしくその通りだ!」

 

 等と持ち上げてくるのだが、たまたま通りかかったから助けただけなんだよなぁ。

 まあ、治療も終わったんでそろそろお暇しようと思った時だった。船室の入口の扉を乱暴に開けて、何者かが部屋に押し入ってきた。

 

「おいカス共ぉ、何を騒いどるかぁ! 魔物は追い返せたんだろうなぁ!?」

 

 ダミ声でそうがなり立てるのは、一人の中年男だった。背は低く短足で、腹が突き出た肥満体の、ガマガエルみたいな顔の……まあ率直に言えばブ男だ。ついでに髪の毛も薄い。

 しかしその身に着けた服は、それなりに高価で品質の良い物のようだ。指輪やネックレスのようなアクセサリも幾つか身に着けており、彼が裕福なのが分かる。

 しかし、センスが良いとは口が裂けても言えんがな。せっかくの高級な服は彼のような短足デブが着ても全くサマになってないし、宝石の付いた金のアクセサリは成金趣味全開だ。

 恐らくこの豚みたいな奴が、この船員達の雇い主なのだろう。

 

「魔物は私が退治しました。今は怪我をした者達の治療をしていたところです」

 

 入ってくるなり大声で叫んだ男に、即座に俺がそう言い返す。

 

「おぉん? なんじゃお前は……おっほぉぉぉぉぉう!」

 

 俺の言葉に反応して俺のほうを向きながら、文句を言おうとしたそいつは俺の姿を見るなり、突然奇声を上げた。

 そして視線を上下に忙しなく動かしながら、俺をじろじろと舐め回すように見て、

 

「おおっ、貴女が私の船を邪悪な魔物から救ってくださったと! このモグロフ、何とお礼を申し上げてよいやら! いやはや、あの凶暴な魔物をたった一人で退治するとは、美しさだけでなく強さも天下に並ぶ者が居ないようだ!」

 

 モグロフと名乗ったその男は、揉み手をしながら美麗字句を並べ立て、俺を褒め称えた。

 この世界に来てから、この手の賞賛や崇拝の類は何度も受けてきて、その度に居心地の悪さを感じはしたが、俺に感謝する彼らの言葉を嬉しく、有難い物だとは思っていたし、その思いに応えたいとも思った。

 しかし、賞賛の言葉を聞いて不快になるのは初めての経験だ。

 

「相変わらず強者にすり寄るのは上手いよなこの豚……」

 

「あの凶暴な魔物とか言ってるが、てめえはビビって震えてただけで魔物の姿すら見てねえだろうが……」

 

 船員達が聞こえないように呟いた愚痴を、俺の鋭敏な聴覚はしっかりキャッチしていた。当然だがこの男、船員達にもかなり嫌われているようだ。

 

「それにしても貴女のような美しく、高貴な女性にお目にかかるのは初めてです。まさしく天上の美!」

 

 などと調子の良い事を口にしているが、そういう褒め言葉を口にするならば視線は顔に向けるべきじゃなかろうか。

 男の視線は先程からずっと俺の胸の谷間のあたりに向けられており、ついでに言うなら下心丸出しでだらしなく緩んだ顔や、膨らんだ股間を隠そうともしていない。

 

 元々アルティリアというキャラクターは、俺の性癖をふんだんに詰め込んで、細部までこだわって手間暇をかけてクリエイトした自慢のキャラだ。

 海産ドスケベエルフ等という二つ名で呼ばれるように、エッチな体をした美人のエルフのお姉さんであれと望まれて生まれた存在である。

 それゆえ、他人にエロい目で見られるのは望むところだ。それは俺がエロいと思って丹念に作り上げたキャラクターを、他の人もエロいと思ってくれた事に他ならないからだ。ゆえに、

 

「アルさんそのキャラ相変わらずエロいな!」

 

 等と知己のプレイヤーに声をかけられれば、

 

「ありがとう、最高の褒め言葉だ」

 

 とお礼を言って、エロ衣装を着てのツーショットSS撮影サービスなども行ない、

 

「見抜きしてよろしいでしょうか?」

 

 というセクハラそのものな個人チャットが届いた時も、

 

「いいぞ。存分に俺でシコれ」

 

 と寛大な言葉を返していたものだ。

 その為、この世界に来てアルティリアと一体化して、感性が女性のそれに近くなった後でも、男にそういう目で見られる事に対しては、多少の羞恥心はあっても嫌悪感は無かった。逆に全くそういう目で見られないほうが悲しいくらいだ。

 しかし今、このブタ野郎にいやらしい目つきでじろじろと胸を見られている事に対しては、これ以上ないくらいの嫌悪感を感じる。

 見た目の問題ではなく、この男はそれ以上に心が醜い。短い会話の中でも、それがはっきりと分かる故の気持ち悪さだ。

 俺は一刻も早くこの場を離れて、(神殿)に帰りたい気持ちになったが、

 

「おおっ、そうだ! 是非とも助けていただいたお礼をさせてください! ささ、どうぞ奥のほうへ!」

 

 などと言いつつ、ブタ野郎が俺の手を取ろうとしてきた。俺はこんな奴の手になど触りたくもなかったので、

 

「申し訳ありませんが、まだこの者達の治療が途中ですので。後ほど伺わせていただきますわ」

 

 と、触れようとするのを視線で牽制しながら言った。ちなみに治療は既に終わっており、船員達はHP全快で元気いっぱいだが、俺がそう言うと怪我をしていた者達は、一斉に傷口を押さえて痛がるような仕草をしてくれた。

 

「こ、このような連中の治療などに、これ以上お手を煩わせる訳には……」

 

 などと言ってきたので、俺は少々強めに奴を睨みつけた。

 

「この私に苦しむ者達を放っておけと?」

 

「い、いえ、その……わかりました。では後ほど、奥の船室でお待ちしておりますので……」

 

 などと尻すぼみな言葉を残して、最後に船員達を睨んだ後に去っていった。

 ブタ野郎が去ると、残った船員達は一斉に頭を下げて、俺に謝罪をしてきた。

 

「申し訳ありません女神様! 雇い主が大変な無礼を……!」

 

「どうかこのままお帰り下さい! これ以上、あのような男に付き合う事はありません!」

 

 そう口々に言ってくる彼らに、俺は告げた。

 

「頭を上げなさい。こちらこそ、貴方達の治療を口実に使ってしまってごめんなさい。このまま帰ってはあの男の怒りが貴方達に向きかねないので、後ほどあの男の所に行ってきます」

 

「そんな……俺達なんかの為に……」

 

「それに心配は無用です。あの程度の男に私をどうこう出来るとでも?」

 

「確かに……しかしあの男は小物ですが、同時にとても非情で狡猾な男です。どうかお気をつけて……」

 

 確かにあのブタ野郎はかなりの金持ちのようだ。聞けばどうやらミュロンド商会という、割とあくどい事もやる、最近急成長している商会に所属する、それなりの地位に居る人間らしい。

 どうしてそんな奴の下で仕事を? と聞けば、彼らは西のほうにあるテーベという港町で水夫として働いていたのだが、最近は航海の危険度が増したせいで仕事が少なくなり、生活が苦しかったので高額な報酬につられて、つい仕事を受けてしまったのだという。

 しかし蓋を開けてみれば、護衛艦も無く、最低限の武装しか積んでいない船だけで危険な航海をする羽目になり、その状態で魔物に襲われて絶体絶命の危機に陥ったのだと言う。しかも雇い主があのブタ野郎である。とんだ災難だ。

 高額報酬に釣られて怪しい仕事に飛びついた彼らの愚かさが招いた自業自得だ……と切り捨てるのは容易いが、彼らも自分や家族の生活の為にやむを得なかったのだろう。次からはまともな仕事にありつけるといいのだが。

 

 さて、そろそろあの野郎の所に行くかと俺が席を立った時だった。

 

「あの、女神様! こちらをお返しいたします……!」

 

 甲板上で会った、俺が怪我人を集めるように指示した男がそう言って差し出したのは、俺が彼に預けた回復薬だった。

 

「懺悔いたします。私は重症の者が居なかった為、薬を使う必要が無かった事を報告せず、何も言われなかった事を幸いに、この薬を自分の懐に入れようと企みました! どうか、愚かな私に罰をお与え下さい!」

 

 彼はそう告白し、裁きの時を待つ罪人のような顔で跪いた。

 ……ふむ。いや別に大して高価な薬でもないし、くれてやるつもりで渡したんだから好きにしてくれて良かったんだが。

 しかし、彼は自分が罪を犯したと思って、覚悟を決めて懺悔してくれた訳だしなぁ。それに対してそうぶっちゃけるのも逆に申し訳ない気がするので……

 

「貴方の罪を赦します。自身の罪を認め、償おうとするその心を大切にしなさい」

 

 俺は首を差し出すようにして跪く彼の頭を撫でて、赦しを与えた。

 

「それと、その薬は貴方にあげた物です。売ればそれなりのお金にはなるでしょうから、そのお金で何か商売でも始めなさい。次からは怪しい仕事には気をつけるように」

 

 俺がそう告げると彼は号泣し、周りの船員達も一斉に跪いて涙を流していた。

 俺は彼らに背を向けて、船室を出る。

 さーて、あまり気は進まないが……そろそろブタ野郎に会いにいくか。

 何かよからぬ事を企んでそうな予感はするが。



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第40話 女神怒りの必殺拳!

 この船の持ち主、ブタ野郎ことモグロフの部屋を訪ねた俺は、厭らしい笑みを浮かべた部屋の主から中に通された。

 この船自体は小さな貨物船で、船の造りや搭載されている武装を見る限り、言っちゃ悪いが安っぽく、大した事のない船だ。

 しかしこの船長室に配置されている家具や調度品だけは、他と比べると結構いい物を使っているようだ。この成金が持ち込ませた物だという事は想像に難くない。服装にしてもそうだがこの男、どうやら金だけは持ってるようだ。

 

「ささ、どうぞお座りください。……おい、お茶をお持ちしなさい!」

 

 モグロフの勧めに従って、なかなか座り心地の良い椅子に腰かけると、奴はパンパンと2回、手を叩いて何者かに命令を下した。

 すると、部屋の奥側にある扉が開き、そこから二人の人物が姿を現した。

 

 その二人は、まだ幼い子供だった。男の子と女の子の二人組で、男児のほうは執事服を、女児のほうはメイド服を着せられていた。

 二人とも、白い髪に色素が濃い褐色の肌をしており、よく似た顔立ちをしている為、兄妹か姉弟なのかもしれない。

 その二人には、服装以外にも普通の子供とは一目見れば分かる、明らかに変わった点が二つあった。

 一つは、二人の頭には動物のような耳が生えており、臀部からは尻尾が伸びている点だ。男の子は犬耳とボリューム感のある、ふさふさした尻尾。女の子のほうは猫耳と細長い尻尾だ。

 

 彼らの種族は獣人族(ビーストマン)と見て間違いない。LAOやロストアルカディアシリーズの過去作にも獣人族は登場しており、彼らと目の前の二人の特徴は合致している。

 獣人族は筋力・体力・敏捷の三つが得意で、器用と魔力がやや苦手な前衛向けの種族で、巨人族(ジャイアント)などと比べると能力値のバランスが良い為、種族専用技能(アビリティ)に便利な物が揃っているのもあって初心者でも安心して育成・運用できる人気種族だった。勿論、獣耳&尻尾という唯一無二の特徴も大きな人気の理由だ。

 

 それから、目を引く彼らの二つ目の特徴……それは、首に付けられた無骨な黒い首輪だった。

 

「ご紹介しましょう。私が()()している奴隷です。兄がアレックス、妹がニーナ。見ての通り獣人族です。……おい、お客様にご挨拶しろ!」

 

 モグロフに促され、持っていたティーポットやカップの乗ったトレーを机の上に置いた二人が、俺に向かって頭を下げる。

 兄の犬耳少年、アレックスのほうは無表情だが、目にはモグロフに対する怒りや不満がありありと浮かんでいる。

 一方、妹の猫耳少女、ニーナは怯えているようで、泣きそうな顔をしている。

 

「……アレックス、です」

 

「に、ニーナと申します。よろしくお願いいたします」

 

 アレックスは吐き捨てるように、ニーナはビビりながらも精一杯丁寧に、それぞれ名乗りを上げて頭を下げた。

 

「……チッ、もう少し気の利いた事は言えんのか? この……」

 

 モグロフがその言葉を最後まで言う前に、俺はわざと少々大きな音を立てて、椅子から立ち上がって台詞を遮った。

 そして俺は、そのまま二人の子供に近付き、床に膝を付いて目線を合わせた。

 

「アレックス、ニーナ。二人共ありがとう。私の名前はアルティリアだ」

 

 そう言って俺は出来る限りの優しい笑顔を作って、二人に握手を求めた。俺が差し出した右手を見て、まずアレックスが俺の手を握った。握手をした時に手の平に感じた感触は硬く、少年の小さな手は荒れてボロボロになっていた。

 

「……さっきはごめん。あいつの客だから、同類だと思った。無礼を謝る」

 

 モグロフに聞こえないように、小さな声でアレックスが呟いた。

 

「なーに、気にしなくていいさ。だがありがとう。君は良い子だ」

 

 握手をしながら、俺はアレックスに無詠唱で治療(ヒール)の魔法をかけてやった。どうやら手以外にもどこか痛い所があったようで、突然傷と痛みが消えた事に驚いた様子を見せた。

 俺は空いた左手の人差し指を口の前に持ってきて、声に出さないようにとジェスチャーで指示した。

 

「ブタには内緒だぞ」

 

 俺が小声でそう言うと、それまで固い表情だったアレックスの口元が僅かに緩んだ。

 それから、俺はニーナとも同じように握手を交わして、治療をかけて傷を癒した後に、席に戻った。

 

「待たせてすまないね。それと良い子達に会わせてくれてありがとう」

 

 俺にこの二人を引き合わせてくれたという、その一点に関してだけは、このブタ野郎を褒めてやってもいい。

 その事について俺が作り笑顔を浮かべながら礼を言うと、奴はデレデレしただらしない表情を浮かべ、グフグフと気持ち悪い笑みをこぼした。

 

「おいニーナ、そろそろお客様にお茶を淹れてさしあげなさぁい」

 

「は、はいご主人様……失礼いたします」

 

 ニーナがたどたどしい手つきで、ティーポットからカップにお茶を注いで、俺が座る席に置いた。

 それで終わりだ。モグロフの分のお茶は……無い。

 

「ふむ。君の分は無いのかな?」

 

 俺がモグロフに視線を送り、そう指摘すると奴の目が僅かに泳いだ。

 

「私はアルティリア様をお待ちしている間に、既にいただきましたので……どうぞ遠慮なさらずに。最高級の茶葉を使用しておりますので、冷めないうちに」

 

 モグロフは俺にお茶を飲むように促す。

 俺は怪しみながら、目の前のお茶に『鑑定』の技能を使用した。『鑑定』は文字通り、指定したアイテムの詳細な情報を読み取る為の技能だ。『貿易』の生活スキルレベルが高いほど、より高級なアイテムを鑑定でき、詳しく正確な情報を得る事が出来る。

 その鑑定の結果……確かにこのお茶は、なかなか良い茶葉を使って淹れられたお茶のようだ。

 しかし、中には媚薬や睡眠薬が混入されているが。

 

 ……まあ、どうせこんな事だろうとは思っていた。分かりやす過ぎて怒りや呆れを通り越して逆に笑いがこみ上げてくるレベルである。

 しかしこの男、俺にこんなモンが効くとでも思っているのか。こちとらネタ構成(ビルド)とはいえ一級廃人だぞ。状態異常に対する完全耐性くらい持ち合わせとるわアホめ。

 

 しかしまあ、嘗めた真似をされた事には変わりはない。

 こいつには痛い目を見て貰うとして、その口実を作る為にもひと芝居打ってやるかと、俺は薬入りのお茶に口を付ける。

 

 しかし、その時だった。

 

「アルティリア様! そのお茶を飲んじゃだめです!」

 

 俺がお茶を飲む寸前に、ニーナが俺の手からカップを奪って、それを床に放り投げたのだった。

 カップが割れ、お茶が床に撒き散らされる音が船室に響く。

 

「ニーナ貴様ぁ! 何をやっとるかぁ!」

 

 モグロフが激昂して立ち上がり、ニーナの体がビクッと震える。モグロフはそのまま怒りに任せてニーナに手を上げようとし、そうなる事を予想していたアレックスがニーナとモグロフの間に割って入り、妹を庇おうとした。

 

 モグロフの拳が、アレックスの小さな顔に向かって振り下ろされようとする。しかし、それが当たる寸前に、俺の手がそれを受け止め……

 

「ウギャアアアアアア!」

 

 そのまま、俺はモグロフの右拳を握り潰した。

 

「ヒッ、ヒィィッ! な、何をす……」

 

「黙れ。ブタが人の言葉を話すな」

 

 俺は怒りを込めて、モグロフを見下ろしながら罵倒した。

 

「私に対して邪な企みをするだけならば、少し痛い目を見て貰うつもりでいたが……幼気な子供をまるで物のように扱い、下らぬ姦計に加担させ、挙句に思い通りにならなければ暴力に訴えるその非道、断じて許せん!」

 

 俺は拳を鳴らしながら、モグロフに近付き……

 

「アレックス、ニーナの目を塞いでおきなさい」

 

「わかった」

 

 アレックスがニーナを優しく抱きしめて、こちらが見えないようにしたのを確認した俺は、

 

「歯ぁ食いしばれブタ野郎ッッ!!」

 

「ブギィィィィィィィィッ!!!」

 

 死なない程度に手加減した拳を、モグロフの顔面に叩き込んだ。

 丸々と太ったモグロフの体が吹き飛び、壁を突き破って隣の部屋に転がっていく。その際にかなり大きな破壊音が鳴り響き、船がぐらぐらと揺れた。

 

「うーん、危うく船ごと壊してしまうところだったな。いかんいかん」

 

 怒りのあまり、船へのダメージを計算・考慮するのを忘れていた。少々冷静さを欠いてしまったな。反省して次からは気を付けなければ。



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第41話 この子達はうちの子にします。文句がある奴はかかって来い

 ブタ野郎は逮捕された。

 俺がヤツを殴り倒した後、物音を聞いて船員達が船長室にやって来たのだが、彼らと一緒に海上警備隊の副長、グレイグ=バーンスタインがやってきたのだ。

 俺はその場で、彼らにブタ野郎を殴った事とその理由を話したところ、大騒ぎになった。

 

「クソ野郎なのは分かっていたが、まさかそこまでのゲスだったとは」

 

「あんな奴に雇われていた事が恥ずかしい」

 

 等と悲嘆にくれる彼らを宥めている間に、グレイグがブタ野郎を拘束していた。

 手加減したとはいえ、俺の必殺エルフパンチを顔面に食らってブタ野郎が死にかけていたので、回復魔法で最低限の治療を施してやる。

 

「アルティリア様。この男が運んでいた積荷ですが、違法な密輸品の可能性がある為、調査をさせていただきたいのですが」

 

 それに関しては別に俺の許可とかは要らないと思うので任せると答えて、グレイグや後から入ってきた海上警備隊の人達が調査をしている間に、俺はアレックスとニーナを連れて、船内の食堂へと向かった。

 

「この子達にスパゲッティを食わせてやりたいんですが構いませんね!」

 

「「「!?」」」

 

 船員に断りを入れてから、俺はかまどの前に立った。

 まずは寸胴鍋に水をたっぷり入れて、お湯を沸かしたら作り置きしておいたパスタを投入して茹でる。

 さて、スパゲッティと一口に言っても様々な種類があるが、その中から何を作るかが問題だ。

 まず、食べさせるのが小さなお子様なので、辛くて刺激の強いのは避けるべきだろう。後は複雑な味わいの物よりは、シンプルにわかりやすく、子供にも食べやすくて美味しいのが望ましい。

 というわけで、今日使うのはこちら。トマトやバジル、挽き肉などを使って作っておいた自家製ミートソースだ。パスタを茹でている間に、これを隣のかまどでフライパンを使って温める。

 パスタが茹で上がったら皿に盛りつけ、その上に温めたミートソースをかけて完成だ。

 俺はアレックスとニーナの兄妹を食卓につかせて、彼らの前にミートソース・スパゲッティの皿とフォークを置いた。

 

「さ、どうぞ」

 

 美味しそうな料理に目を奪われる二人だったが、どうやって食べればいいのか分からないのか、手に取ったフォークをじっと見つめている。どうやらスパゲッティを食べるのは初めてのようだ。

 俺は予備のフォークを取り出すと、ソースの絡んだスパゲッティを、彼らの前でフォークにくるくると巻き付けて見せる。

 

「こうやって食べるんだ。はい、あーん」

 

 アレックスの前にスパゲッティを巻いたフォークを差し出すと、しばらくそれを見つめた後に食い付いた。

 ミートソース・スパゲッティが口の中に入ると、アレックスはその味に驚いた様子で目を見開いて固まっていたが、やがて咀嚼し、飲み込んだ後に一言、

 

「うまい」

 

 とだけ呟いて、凄い勢いでスパゲッティを食べ始めた。

 そこで隣のニーナを見てみると、彼女は俺が持っているフォークをじっと見つめていた。

 ……もしかして、食べさせてほしいのだろうか。そう思ってニーナの皿からもフォークでスパゲッティを取って、彼女の前に差し出してみると、嬉しそうな笑顔を見せて、ぱくりと口に入れた。

 俺は今世は勿論だが、前世でも結婚はしておらず子供も居なかったので、小さいお子様の相手をするのは、あまり慣れていないのだが……

 こうやって自分のした事で子供を笑顔にさせられるのは、うん……なかなか良い気分である。

 

 あっという間に山盛りのスパゲッティを平らげて、口元にトマトソースを付けた二人の顔を拭いていると、グレイグと警備隊員が食堂にやって来た。どうやら調査が終わったようだ。

 

「どうでした?その様子だと聞くまでもなさそうですが」

 

「クロですな。積荷は一見ただの石像でしたが……」

 

「石像……ふむ、中が空洞で、粉でも入っていましたか?」

 

「流石のご明察でございます」

 

 まあ常套手段だからな。しかし違法薬物か……俺に使おうとした媚薬もその類の物だったりするのだろうか。

 

「ひとまず奴を逮捕し、グランディーノまで連行します。船員達にも事情聴取を行なう必要がありますので、彼らにも同行して貰う必要があります」

 

「わかりました。しかし彼らは積荷については知らない可能性が高いので、手荒な真似はせずに任意同行という形にするといいでしょう。必要ならば私が説得します」

 

「かしこまりました。もしも必要になった時はよろしくお願いいたします」

 

「ええ。それと昼食にパスタを茹でたので、貴方達も今のうちに食べておきなさい。町に戻ったら忙しくて食べる暇もないでしょうし」

 

「なんと……! ありがたく頂戴いたします!」

 

 俺は船員達と警備隊の面々にも、ミートソース・スパゲッティを振舞った。

 

「こっ、これはあああああ! うまい、うますぎる……!!」

 

 グレイグは一口食うなり椅子から立ち上がり、口からビームでも出しそうなくらいのオーバーリアクションで料理を絶賛していた。

 

 さて……その後どうなったかといえば、まずブタ野郎は違法薬物の密輸で1アウト、俺に対して媚薬&睡眠薬入りのお茶を飲ませて事に及ぼうとした罪で2アウト、最後にローランド王国……というか大半の国で禁止されている奴隷を国内に連れ込み、奴隷として取り扱った事で3アウト、ゲームセットだ。

 本人に重い罰が下されるのは当然として、奴の所属する商会に対してもローランド王国からの正式な厳重抗議がされるようなので、それに加えて俺からも遺憾の意を表明するお手紙を出しておいた。

 

 船員達は事情聴取を受けた後に、知らなかったとはいえ違法行為に加担した罪によって厳重注意を受けた上で奉仕活動を命じられ、グランディーノの港で労働に勤しむ事になった。

 キツい肉体労働ではあるが最低限の給料は出るし、宿泊場所も手配されているので食うのに困る事はないだろう。

 むしろ本人達は、グランディーノで働ける事を喜んでいるようだった。今までの職場はそんなに劣悪な労働環境(ブラック企業)だったのだろうか。

 

 そして最後に、アレックスとニーナの兄妹だが……

 まず、モグロフが所有する奴隷という身分からは解放された。

 二人が着けていた黒い首輪は、『隷属の首輪』という奴隷契約を行なうためのマジックアイテムで、それによって彼らは奴隷の身分に縛り付けられていたのだが……その首輪は、俺が『解呪(ディスエンチャント)』で契約を破棄した後に全力の『物品破壊(ブレイク・オブジェクト)』によって消滅させた。

 こうして、二人は晴れて自由の身となったわけだ。

 しかし、ここで問題がひとつ。

 二人はまだ幼い子供であり、他に家族も居ないのだ。

 聞くところによれば、物心ついた頃には既に親は居らず、無法都市と呼ばれるダルティの町にある、スラム街でストリートチルドレンのような暮らしをしていたそうだ。

 残飯漁りやスリ等をしてその日の糧を得ながら、兄妹二人きりで何とか生きていた彼らは、ある日ドジを踏んで捕まり、奴隷として売られてしまい、モグロフに買われたそうだ。

 

 そういった次第で、自由の身になったのは良いが家族も行き場所も無い二人が、その後どうなったのかと言うと……

 

「というわけで、今日からこの二人はうちの子になりました。皆も仲良くしてあげるように」

 

 と、今まさに神殿に常駐している水精霊(ウンディーネ)達に紹介しているように、俺が引き取って育てる事にした。

 なんか懐かれちゃったし、放っとくわけにもいかないし、何より俺がこの二人の事を好きになっちゃったので、そういう事になった。

 

「なるほど。何故そうなったのかは分かりませんが分かりました」

 

「一応聞きますが、犯罪性は無いのですね?」

 

「ほう……ケモ耳幼児ですか。大したものですね」

 

「これで勝つる」

 

 ええい、うるさいぞ水精霊共。

 こいつら最初の頃は真面目っぽかったのに、最近はだんだん俺への態度が適当になってきたし言動がアホっぽくなってきているのは何なんだろうか。

 

「いいから子供部屋の用意と歓迎会の準備をしなさい。はよ」

 

 そんなわけで我が神殿に、新たな住人が二人加わったのだった。



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第42話 女神の育児奮闘記

 アレックスとニーナをうちの子にしてから、およそ半月が経過した。

 とはいえ正式に養子縁組をした訳ではないのだが、まあ親代わりをさせて貰っている。

 日本人男性だった頃は嫁も子供も居なかった俺だが、まさか異世界に来てから二児の母になろうとは流石に予想外である。

 

 さて、そんな獣人の兄妹だが、二人とも自主的に、俺や海神騎士団の皆の手伝いをしてくれている。

 別に子供がそんな気を遣わんでも、今まで苦労した分、楽しく気ままに遊んでいてくれて良いのにとも思うのだが、その事について相談に乗ってくれたクリストフ曰く、

 

「あの子達も、迎え入れてくれたアルティリア様や新しい居場所の為に、何か出来る事をしたいと考えているのでしょう。それから、自分の役割が無い事に不安を感じているのかもしれません。ここは彼らにもこなせそうな簡単な仕事を与えて、見守ってあげてはいかがでしょう」

 

 との事だった。なるほど一理ある。

 クリストフは騎士団の頭脳担当だけあって、俺も時々このように相談させて貰う事がある。頼りになる奴だ。

 しかしマジックアイテム等の珍品・名品が絡むと急にアホになるのが玉に瑕だ。今回も相談に乗って貰ったお礼に釣りスキルにプラス補正がかかる指輪『釣り人の指輪(フィッシャーマンズ・リング)』をあげたら狂喜乱舞していた。

 そんな彼は以前、休日にビーチに出かけた時に釣りを初体験して以来、釣りにド嵌りしているらしく、暇な時間が出来ると釣り竿を持って海に出かけている。けっこう釣りの才能があるようで、釣果は騎士団の連中の夕飯になっているそうな。

 

 折角なのでアレックスを彼の釣りに同行させてみたところ、アレックスの釣りの腕前もめきめき上達していった。

 更に釣った魚の捌き方や調理方法も教えてみたら、料理に関してもスポンジが水を吸うように、どんどん覚えていく。

 おそらく、俺の加護『生活強化:料理+』『生活強化:釣り+』の効果も原因の一つなのだろうが、一番の要因は本人のやる気や向上心だと思う。

 

 という訳で、アレックスの現在の役職は、食材調達担当および料理人見習いだ。

 そしてアレックスは、その仕事の合間に騎士団の訓練にも参加していた。

 流石に幼いアレックスが、ロイド達のきついトレーニングについていくのは厳しそうだったが、自分に出来る範囲で強くなろうとしている様子だ。

 ちょっと心配だが、ロイド達も積極的に面倒を見てくれているので、このまま無理をしないように見守っておこうと思う。

 

 次にニーナだが、彼女には海神騎士団のメンバーが乗る馬の世話をして貰っている。

 騎士団詰所の敷地内にある厩舎には20頭を超える馬がおり、専門の管理人を雇って世話をして貰っている訳だが、ニーナはそこで見習いとして働いていた。

 しかし、そこで予想外の出来事が起こったのだ。

 

「いやあ、びっくりしました。馬達があんなに素直に言う事を聞くとは。私はこの仕事を二十年以上やっておりますが、あんなの初めて見ましたよ」

 

 と厩舎管理人のリーダーを務める中年男性が言ったように、ニーナは動物を手懐ける事に関して天賦の才があったようだ。

 厩舎で仕事をするようになって二日目には元気に馬を乗り回し、それを他の馬達が付き従うように追いかけていく姿が見られた。

 

 気になってニーナのステータスやスキルを『アナライズ』で確認してみたところ、彼女のメイン職業(クラス)調教師(テイマー)であり、サブ職業に騎兵(ライダー)が存在していた。

 

 ……あっ、これ騎乗型テイマーだわ。

 騎乗可能なペットを育成し、それに乗って戦うタイプのプレイヤーの事をそう呼び、LAOにも結構な数の騎乗型テイマーが存在していた。

 ただ、一口に騎乗型テイマーと言っても、騎乗して剣や槍を振り回す前衛型、ペットの機動力を活かして逃げながら弓や魔法で攻撃する後衛型、戦闘力の高いモンスターに乗って戦わせつつ、自分は支援に徹する支援型と様々なタイプに分類され、更にそこからオーソドックスな地上タイプと、天馬騎士(ペガサスナイト)竜騎士(ドラゴンナイト)のような空中タイプに分かれる。

 ちなみに少数派ではあるが、サメやクジラ、シャチなんかに乗って戦う海戦タイプも存在する。まあ大体うちのギルメンかフレンドなんだが。

 

 ともあれ、そんな感じに一日で厩舎の馬達を完全掌握したニーナだったのだが、彼女はそればかりか、俺が以前手懐けた飛竜(ドラゴン)まで従えてしまっていた。

 

「よしよし、いい子いい子」

 

「ぐおーん」

 

 ドラゴンは今もニーナに撫でられて、野生を完全に捨て去った姿を晒してまったりしている。

 そのドラゴンは最近になって、ニーナによって名前を付けられた。

 

「ママ、このドラゴンさんのお名前はなんですか?」

 

 数日前、ニーナがドラゴンの世話をしながら、俺にそう尋ねた。

 ちなみにニーナは引き取って以来、俺の事をママと呼ぶようになった。少しくすぐったいが、本当に子供が出来たみたいで悪くない気分だ。しかしアレックスは恥ずかしがってなかなか呼んでくれないので少し寂しい。

 

「そういえば名前を付けていなかったか……折角だしニーナが付けてみますか?」

 

 俺がそう提案すると、ニーナは少し考えた後に、その名前を呟いた。

 

「つなまよ!」

 

「………………何でツナマヨ?」

 

 俺の質問に、ニーナは可愛く首を傾げた。

 

「さいきょうだから……?」

 

 どうやらニーナの中では、おにぎりの具の中で最強はツナマヨらしい。

 そしてドラゴンはうちで飼ってる動物の中で最強なので、このドラゴン=ツナマヨという図式がニーナの中で成立したようだ。理解するのに少し時間がかかったが。

 

 ついでに、ニーナは厩舎のお馬さん達にも『うめぼし』『おかか』『しゃけ』『こんぶ』『いくら』『しお』等の名前を(勝手に)付けていた。

 お握りの具シリーズがネタ切れになったら次はどうする気なのだろうかと、今から不安と期待が尽きない。

 

「つなまよ、ごー」

 

「ぎゃおーん!」

 

「あまり遠くまで行くんじゃないですよ」

 

 それから少し話して、ツナマヨに乗って飛び立ったニーナを見送った後に、騎士団の訓練所に行くと、今日も騎士団の皆は訓練に励んでいた。

 今は刃を潰した訓練用の武器を使って、模擬戦を行なっているようだ。

 

 それ自体はいつもの光景なのだが、今日はそこにアレックスも参加していた。相手はルーシーで、彼女は防御に徹して、アレックスに好きなように攻めさせている様子だった。

 

「はっ! やっ! せい!」

 

 アレックスがダッシュで距離を詰め、ルーシーの懐に飛び込む。その名の通り、子供のように背が低いのが特徴の小人族であるルーシーにとって、自分より小さい相手と戦い、懐に入られるというのは珍しい体験だろう。

 左、右と素早く拳を繰り出すアレックスだが、ルーシーは冷静にそれを受け流す。次にアレックスが上段回し蹴りを放つが、流石に大振りで隙だらけだ。案の定、蹴り足をルーシーに掴まれて、そのまま投げられてしまった。

 投げ飛ばされたアレックスは空中で一回転して華麗に着地を決め、再びルーシーに向かって構えを取った。

 

「そういった動作の大きい技は、簡単に当たるものではありません。相手の隙を突いたり、体勢を崩してから使う事です。そうでなければ見切られて、今のように反撃を受ける事になりますよ」

 

「むむむ……」

 

「何がむむむですか。今の反省を活かしてもう一回です。さあ、来なさい」

 

「ならば、つぎはひっさつわざをつかう」

 

 そう宣言し、今度は構えを取りながら摺り足でじりじりと距離を詰めるアレックス。ルーシーはいつでもかかって来いと言わんばかりに自然体で待ちの構えだ。

 さて、今度はどう攻めるつもりかな……と、様子を伺っていた時だった。突然、アレックスが腰を深く落とし、開いた両手を前に突き出した。

 ……あのポーズ、何だか見覚えがあるぞ。そう思った次の瞬間、

 

「すいきだん!」

 

アレックスの両掌からサッカーボール程の大きさの水の塊が、高速でルーシーに向かって射出された。

 

「むっ!」

 

 突然の事に驚いたルーシーだったが、向かってくる水の塊を跳び上がって回避する。しかしそこに、一気に距離を詰めたアレックスの追撃が入る。

 

「すいりゅーてんしょー!」

 

 遠距離攻撃技『水氣弾』で牽制し、ジャンプ回避したところに右拳に渦巻く水を纏いながらのジャンピングアッパー『水竜天昇』で追撃。

 ……LAOでよく見たなぁ、この攻撃パターン。

 ルーシーはアレックスが放った水竜天昇を腕でガードし、直撃は防いだものの、想像以上の重い攻撃を受けて、心底驚いた様子だった。

 俺も、まさかアレックスがあんな動きを出来るとは思っていなかったので吃驚しているが、それはそれとしてアレックスに聞かなければならない事がある。

 

「アレックス、今のは惜しかったですね。しかしよく頑張りました」

 

「む、ははうえ。みていたのか」

 

「これはアルティリア様……お恥ずかしい所をお見せいたしました」

 

「いえ、ルーシーも良い動きでした。いつもアレックスの訓練に付き合ってくれてありがとう」

 

「勿体ないお言葉です」

 

「それにしてもアレックス、あの技は一体どこで覚えたのですか?」

 

「えっ、アルティリア様が教えたのではなかったのですか!?」

 

 俺の質問に、ルーシーが驚いた。

 まあ、そりゃ普通に考えれば俺が教えたと思うだろうな。

 しかし俺はアレックスに技など一つも教えていないし、本人が望むなら訓練をするのは好きにさせるつもりではいるが、戦いに関わるのはまだ早いと思っているので積極的に鍛えたり、技や魔法を教えるつもりは今のところ無い。

 では一体どうやって……? そんな疑問の篭もった俺とルーシーの視線を受けて、アレックスが質問の答えを口にした。

 

「キングにおしえてもらった」

 

 え? あいつ何やってんの?



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第43話 レベルアップする度に出てきて技を伝授していく謎の師匠キャラ※

 アレックスは、狼の耳と尻尾を持つ獣人族(ビーストマン)の子供である。一つ年下の妹、ニーナと共に、無法都市のスラム街で育った。

 ある時、捕まって奴隷として売られた後は、モグロフという下衆を絵に描いたような男に買われ、その男の奴隷として下働きをさせられていた。

 それ自体は最悪だが、ニーナと離れ離れにならなかった事だけは幸いだった。

 

(ニーナはおれが守る。いつか絶対に、あいつの下から助けだしてやる)

 

 たった一人の家族である妹を守る。それだけを心の支えにして生きてきたアレックスだったが、辛い日々は突然終わりを告げた。

 

 アルティリアと名乗る女が、アレックスとニーナを助け出してくれたのだった。それだけでなく、自分の子供として一緒に暮らさないかと言ってきた。

 

 変な女だ、とアレックスは思った。

 

(耳が長いし、胸が物凄くでかいし、見ず知らずの自分達を助けた上に、引き取って養子にするとか言い出す、すごく変なやつだ)

 

 しかし、いいやつだと思った。だから、彼女の家で世話になる事にした。

 

 その後で、自分達を引き取った女が神様だという事を知った。

 神様についてはよく知らないが、凄く強くて偉大な存在らしい。昔はいっぱい居たけど、今はアルティリア以外に、地上に残っている神様は居ないそうだ。

 色々と説明されたが、やっぱりよくわからなかった。アレックスにとって神様とは、すごく変だけど強くて優しい女の事になった。

 

 新しい家には、水精霊(ウンディーネ)という体が水でできた女がいっぱい居た。どうやらアルティリアの手下らしい。なぜか事あるごとに頭を撫でられるのは不思議だが、歓迎してくれているらしい。

 それから、神殿で働いている騎士の男達(女も二人いた)も大勢居て、アレックスの周りは一気に賑やかになった。

 新しい家の住人や、町の人達はみんな優しかった。

 同じくらいの歳の友達もできた。ハンスという名前の少年や、彼の友人達。新しく住む事になった町の子供達だ。

 妹と二人だけだった狭い世界が、一気に広がっていった。

 

 そのように、今までにはなかった平和で穏やかな、自分達を脅かす敵が存在しない日々が始まったのだが、ただでそれを享受するのは躊躇われた。

 その為、何か自分達にも出来る仕事が無いかと考えて、それを見つけるために探索をしていたアレックスは、早朝から海神騎士団の詰所へと足を運んだ。

 すると、どこからか美味そうな匂いがしてきたので、思わずそちらに向かってみれば、何人かの団員が厨房で料理を作っているのを発見した。

 料理上手な女神を崇拝する集団であり、彼女が作る絶品料理を何度か口にした事のある神殿騎士達は、自分達も自炊を行ない、料理の腕を磨くべしと考えた。そのため料理人を雇う事はせず、こうして当番制で自分達の食べる料理を作っていた。

 

「おや、アレックスじゃないか」

 

「おっ、どうしたチビ助、腹減ったのか?」

 

 アレックスの姿を見つけた、料理当番の団員達が話しかけてきた。

 

「ちがう。しごとをさがしてる。おれにもてつだわせるべき」

 

 粘り強(しつこ)交渉し(ゴネ)た結果、アレックスは野菜の皮剥きを手伝う事になった。

 

「包丁で指を切らないようにな。包丁はこうやって当てたまま動かさずに、野菜のほうを回して皮を剥いていくんだぞ」

 

「まかせろ。かんぜんにりかいした」

 

 慣れない作業に苦戦しながら、アレックスは何とか野菜の皮剥きを完遂した。皮を剥いた野菜を団員に渡すと、彼はそれを包丁で器用に切り分けていく。

 

「切る時は出来るだけ均等……同じくらいの大きさに切るのが大事なんだ」

 

「なんでだ?」

 

「大きさが違うと、火の通り方も違ってくるからさ。同じ時間煮ても、小さすぎると火が通り過ぎて崩れたり、逆に大きすぎると中まで火が通らなくて固いままだったりするからさ」

 

「なるほど」

 

 団員達の教えを受けながら、アレックスは料理の手伝いをする。子供がやる初めての作業で、大して役には立たなかったが、小さな手で一生懸命に手伝いをする彼の姿に癒された団員達であった。

 

 後の話になるが、アルティリアや彼ら自身が名声を上げるに従って希望者が続出し、大規模になっていく海神騎士団では、新人はまず炊事係として、料理を一から叩きこまれる事になり、所属する団員全員が王都の料理店でもシェフとして立派にやっていける程の腕前を誇る謎の集団と化すのだった。

 

「よーし、今日の朝食が出来たぞー!」

 

「おー」

 

 それから数十分して、料理が完成した。

 本日の朝食のメニューは、

 

 ・厚切りのトースト

 ・挽き肉と野菜がたっぷり入ったオムレツ

 ・山盛りのキャベツの千切りとトマト

 ・野菜とベーコンのスープ

 ・新鮮な果物を絞ったジュース

 

 である。

 彼らが信奉する女神曰く、

 

「朝食は一日の元気の源です。気合を入れて働く為には適当に済ませてはいけません。しっかり元気の出る物を食べるように」

 

 との事で、その言葉を受けたグランディーノの住人達は新しい料理のレシピが増えた事もあって、食事に対して大いに気を遣うようになった。

 今後、グランディーノの町とその周辺地域は料理、特に海鮮料理については右に出るものが無い程の美食の聖地として空前の発展を遂げる事になる。

 

 騎士団の面子と共に朝食をとったアレックスは、その席で他に手伝う事がないかと聞いた。

 そこで団長のロイドは、クリストフと共に釣りをして食材の調達をしてくれと頼んだのだった。

 

「クリストフ、すまんがアレックスの面倒を見てやってくれ」

 

「任せてください。ついでに大物を釣って帰ってきますよ」

 

 そう言いつつ、新しく揃えた本格的な釣り道具一式を準備するクリストフを見て、ロイドは少し呆れた表情を浮かべた。

 

 こうして、料理の手伝いや食材集めがアレックスの日課となった。

 同じように、動物の世話を手伝い始めたニーナを見て、妹も周りに馴染んで頑張っているようだと安心すると共に、自分も負けていられないと、より一層頑張るようになった。

 

 そうして数日経つと、今度は訓練に励む騎士団員達の様子が気になってくる。

 重い鎧を着たまま走ったり、海を泳いだり、訓練用の武器を使って模擬戦をしたりする彼らを見て、アレックスはそれを真似しだした。

 神殿騎士達がランニングや遠泳をすれば後ろをついて行き、戦闘訓練や魔法の練習をすれば、それを横でじっと見ている。

 流石に気になったロイドが、アレックスに目線を合わせて話しかけた。

 

「アレックス、訓練に参加したいのか?」

 

「したい。おれもつよくなりたい」

 

「そうか……理由を教えてくれるか?」

 

「ニーナをまもるためだ」

 

「立派なお兄ちゃんだな。だが、お前達はもう奴隷から解放されて、ここにはニーナに危害を加える悪い奴はいないぞ?」

 

 ロイドが諭すように言うと、アレックスは首を横にブンブンと勢いよく振った。

 

「でも、おれは何もしてない。ははうえが助けてくれたけど、ただ運がよかっただけ。次はちゃんと、おれがまもれるように強くなりたい」

 

 真っ直ぐな決意が篭もった目を見て、ロイドは頷いた。

 

「……そうか。なら、訓練への参加を認める。ただしお前はまだ小さくて、体が出来上がってないから無理は厳禁だ。俺達が見てない所で無理をするのは禁止、わかったな?」

 

「わかった!」

 

 こうして、アレックスは見習い団員として訓練に参加する事になった。

 その日の夜、ロイドから報告を受けたアルティリアは、

 

(うーん、男の子だなぁ)

 

 と、少し懐かしい気持ちになりつつ、

 

「本人が強く思っているなら、私が止める理由はありません。面倒をかけますが、どうかあの子の事をよろしくお願いします」

 

 と、正式にロイド達にアレックスの事を任せるのだった。

 

 そうして、騎士団の手伝いと訓練を繰り返していた、ある日の事だった。

 その日も朝から夕方まで日課を行ない、体力を使い果たしたアレックスは夕食を取って、風呂に入った後に、すぐにベッドに入って眠りについた。

 そうして、すやすやと寝息を立てていたアレックスだったが、彼は気が付くと、見知らぬ場所に立っていた。

 

「ここはどこだ」

 

 目の前には白い砂浜と、どこまでも広がる青い海。視界の遥か先には水平線と、その向こう側から昇ってくる太陽が見える。

 

「ここはエリュシオン島……そして、お前の夢の中の世界だ」

 

「だれだ!?」

 

 突然、背後からかけられた声にアレックスが振り返ると、そこには一人の男が立っていた。

 黒い髪で、身長はアレックスより少し高い程度の小柄な少年だ。

 上半身は裸で、無駄なく鍛え抜かれた筋肉が露わになっている。腰衣と、表面が鱗で覆われた腕甲や脚甲、それからボロボロになった赤い外套を身に纏っており、首からはまるで海の水を凝縮したような、深い蒼色の宝石が付いたネックレスを下げている。

 

「俺の名はうみきんぐ! 気軽にキングと呼ぶがいい!」

 

 胸を張って堂々とそう名乗る謎の男から、アレックスは距離を取った。狼の耳と尻尾が逆立ち、警戒しているのは明らかだ。

 

「おまえがおれをここに呼んだのか!?」

 

「そうだ!!」

 

「どうやってだ!?」

 

「キングだからだ! キングに不可能は無い!」

 

「な、なんだと……!? じゃ、じゃあなんでおれを呼んだ!?」

 

 あまりに堂々と意味不明な回答をされた事で狼狽えながらも、アレックスが重ねてそう尋ねると、うみきんぐは優しい笑みを浮かべて、こう答えた。

 

「それは、お前の強くなりたいというひたむきな願いと努力に応えるためだ」

 

 その顔と言葉を受けて、アレックスは警戒を解いた。

 

「つまり、おまえがおれを強くしてくれるのか」

 

「いいや、そうではない。強くなるのはあくまでお前自身の修練と経験によってだ。俺はただ、少しだけその手助けをするだけだ」

 

「それでいい。たのむ」

 

 正直、何故ここに居るのかも分からないし、目の前の男も正体不明で意味不明だが、強くなる為の切っ掛けが掴めるなら望むところだと、アレックスはうみきんぐの提案に飛びついた。

 

「ならば、まずはお前に我が拳技『水氣弾』を授けよう!」

 

 そう言ってうみきんぐが右手を前に突き出すと、開いた掌の中に巨大な水の球が発生した。

 

「心を静め、己の内を巡る氣を練り、世界に満ちる水と交わらせるのだ」

 

 そう説く間にも、うみきんぐが生成した水氣弾はどんどん巨大化していき、その直径が1メートルを超える程の大きさまで成長する。

 そこで、うみきんぐは腰を深く落とし、右手をより強く突き出した。

 

「見よ、これが『水氣弾』だ!」

 

 うみきんぐが海に向かって水氣弾を放つと、高速で放たれた氣弾によって海が割れ、数十メートル進んだところで氣弾が破裂して、その周辺の海水を纏めて吹き飛ばす程の衝撃が走った。

 

「後は修練を重ね、この技をものにするがいい。では、さらばだ! 俺はいつでもお前達を見守っているぞ!」

 

 そう言ってうみきんぐが背を向けたところで、視界がぼやけていき……そこでアレックスは目を覚ました。

 

「はっ……!?」

 

 目を開けると、いつもの自分達に宛がわれた子供部屋の天井が見える。隣のベッドでは妹のニーナが安らかな寝息を立てている。

 暑かったのか毛布を蹴飛ばして、腹を出して寝ている妹の体に毛布を被せてやって、カーテンを開けると外はまだ薄暗い。

 

「あの夢はなんだったんだ……」

 

 全くもって意味不明だが、とにかく凄い技を見せてもらったのは確かだ。

 あの男もまた、凄まじい強者であるという事だけはアレックスにも理解できた。そしてそんな男が、自分が強くなる為に協力してくれているという事も。

 

「れんしゅうしよう」

 

 とにかく、見せてもらった技を使いこなせるようになる為に、修行あるのみだ。

 こうして、アレックスは周りの目を盗んで――本人はばれていないと思っているが、実際には一部の団員や精霊達は気付いており、無理をしないようにこっそりと見守っていた――修行を重ね、未熟ながらも水氣弾を習得する事が出来た。

 

 そして、また数日が経ったある日。

 

「アレックスよ、よくぞそこまで己を鍛え上げた! 褒美に次は我が拳技『水竜天昇』をお前に授けよう!」

 

 夢の中で再びエリュシオン島に招かれたアレックスは、再びうみきんぐから技を伝授させられていた。

 この強制イベントは彼が立派に成長し、うみきんぐの拳技を皆伝するまで延々と続く事になるのを、今のアレックスはまだ知らない。



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第44話 当時ちょっと話題になった変人初心者エルフ

 アレックスから話を聞いて、俺は呆れていた。

 いや、あのアホは一体何をやってんだ一体……。神は俗世の事に関わるのを禁止されてるんじゃなかったのか。いや、あくまで自粛だったか?

 

 ああそうそう、気になっていたキングの正体だが、ネプチューンと同じで元々この世界に居た神の一柱だと、俺は睨んでいる。

 根拠は幾つかあるが、まずネプチューンと一緒に俺の精神世界に介入してきて力を与えたり、アレックスの夢に入り込んできたりと、LAOというゲームのアバターを通してこちらの世界に干渉してきているのは明白だ。

 明らかに普通のプレイヤーが持つ能力を超越しており、何らかの特異な能力を所有・行使している事は疑いようがない。

 この時点でまあ、ヤツが普通の人間じゃない事は確定だ。

 

 次の根拠だが、それは元々この世界に居たという神々の事だ。

 大昔に、神は地上から去った。そして今となっては、ごく一部を除いて神の名前や姿は、地上の人間達には伝わっていない。

 その神々だが……果たして彼らは、どこへ消えたのだろうか。

 LAOや過去に発売されたロストアルカディアシリーズに登場した天空神ジュピターや海神ネプチューン、冥王プルートといった神たちのように、天界や海底、冥界といった各々のテリトリーに引き篭って、訪ねて来た人間に試練と力を与えてくれる連中も居るが、かつて存在した神々の大部分は、影も形も、彼らが居たという痕跡すら見つからない。

 その理由について考えた時、俺は一つの仮説に思い至った。

 

 恐らく神々は、別の世界へと旅立ったのだ。

 それによって世界との繋がりが断たれた為、この世界の住人達は誰も、彼らの名前や姿を知らないのだろう。

 

 その根拠は他ならぬ俺自身だ。この俺自身が、かつて地球で日本人男性として過ごしていた自分自身の名前や姿、どういう人生を送ってきたかという記憶を、思い出す事が出来なくなっているからだ。

 鮮明に思い出す事が出来るのは、この世界に強く関係している……つまりLAOやロストアルカディアシリーズというゲームに関する事のみで、それ以外の事は記憶にもやがかかったように、断片的にしか思い出す事が出来ない。

 そして恐らく……いや、ほぼ確実に、地球側でも俺が居たという記憶や記録、痕跡は消えていると思われる。世界との繋がりが切れるというのは、そういう事なのだろう。

 今は仕方が無い事だと受け入れているが、最初にその事に気が付いた時はそれなりにショックを受けたものだ。

 今もクロノやバルバロッサ、ギルドメンバーにフレンド達も皆、俺の事をもう覚えていないのだと考えると、やはり心が痛む。

 しかしキングだけは俺の事をしっかり覚えており、そして接触してきたという事は、奴は今もこちらの世界との繋がりを、そして地球からLAOを通じてこちらに干渉する力を持っているという事に他ならない。

 

 では、そのような力を持つ存在とは何か……と考えた時、俺は奴の正体に思い至ったわけだ。

 キング……奴はかつてこの世界にいた神の一柱であり、この世界を去って地球に辿り着いた存在である……というのが俺の推理だ。それも地球に行ってなおこの世界にある程度干渉出来ている事から考えて、かなり位の高い神だと考えられる。

 ついでにロストアルカディアシリーズを作った奴も、間違いなくこの世界出身の神かそれに類する存在に違いない。開発スタッフの中にどれくらい紛れ込んでるかは分からんが、少なくとも中心には間違いなく居るはずだ。

 俺がLAOで使っていたアルティリアという人物(キャラクター)になって、この世界に来たのもそいつらの仕込みなのか、それとも奴らにとっても想定外の事態なのか……前者であるなら一体何の為にそんな事をしているのだろうか。また、俺以外にも地球からこっちの世界に来た奴は居るのか?

 そのような思考に没頭していると、ふと体を揺さぶられる感覚を覚えて、俺はふと我に返った。

 

「ははうえ、だいじょうぶか?」

 

「アルティリア様……お返事をなさらないので心配しました……」

 

 アレックスとルーシーが心配そうに俺を見上げており、周りを見れば他の神殿騎士達も集まって、こちらに注目していた。

 

「ああ……心配をかけてごめんなさい。少し考え事をしていました」

 

 ちょっと色々と考えを纏めていたら、周りが見えなくなっていたようだ。一人の時ならともかく、周りに人が居る時にやる事じゃなかったな。反省しよう。

 

「アレックスが言っていた、キングなる人物についてですか? アレックスは夢で会ったなどと言っていましたが……」

 

 俺の返答に、ルーシーがそう言及する。夢の件については、俺が思考に没頭している間にアレックスから聞いたのだろう。

 

「確かにそうですが、彼については私の友人なので心配には及びません。アレックスに接触してきた事に関しては、理由はよくわかりませんが……」

 

「アルティリア様のご友人……では、その方も神様なのですか!?」

 

 その質問に対しては、そうだともそうでないとも答えづらいので、俺は質問をはぐらかす意味も込めて、あの男の事をこの場に居る神殿騎士達に教えてやる事にした。

 

「では、その男について少し語るとしましょう。私が彼と出会ったのは、私がまだ未熟な、ただの旅人だった頃の事でした……」

 

 そう、俺が奴と出会ったのは、俺がまだ初心者プレイヤーだった頃だ。

 当時の俺は、ごく普通のエルフの精霊術師(エレメンタラー)だった。当時はキャラクリに使えるパーツが今よりだいぶ少なく、ゲームを始めたばかりで自由度も低かった為、今みたいなむちむちドスケベボディの絶世の美女という訳ではなく、普通にそこそこ胸がでかい美少女エルフといった感じの見た目だった。

 そんな俺は森の中にあるエルフの村を旅立ち、ルグニカ大陸の半分以上を占める大国、ルグニカ王国の首都である王都ミルディンを目指していた。

 キャラクターを作成し、ゲームを開始した際のスタート位置は種族によって異なり、各プレイヤーはそこから王都ミルディンを目指し、そこで合流する事になる。そこまでがチュートリアルで、王都に辿り着いてからが本格的なゲームのスタートになる訳なのだが……

 

 俺はその時、王都に辿り着く前に、道に迷った。

 普通に街道に沿って進めば問題なく王都に辿り着き、迷う要素など無い筈なのだが、その道の途中で、あるクエストが発生した。

 道中には大河と、それを渡る為の巨大な橋があったのだが、どうやら橋の途中に魔物が居座っており、橋が渡れなくなっているとの事だった。

 そこでプレイヤーは往来を邪魔している魔物に挑み、それを打ち破るというクエストだったのだが、そこで突然、こんな考えが浮かんだ。

 

「あれ、この河泳いで渡ったらどうなるんだ?」

 

 LAOでは川や海を泳いで進む事ができ、生活スキルの中に水泳スキルがあり、それを鍛える事で泳ぐ速度が上昇する事は、ゲーム開始時に受ける事が出来るチュートリアルで教わって、既に知っていた。

 

「なら、どうとでもなるはずだ!」

 

 やってみせろよアルティー!

 俺は意を決して、大河に飛び込んだ。

 

 ……それから数日が経過し、俺はまだ河を泳いでいた。

 結論から言えば、初心者の水泳スキルや貧弱なスタミナでは、大河を渡りきる事は到底できなかった。

 水泳スキルが低い段階では、思うように進む事が出来ず、途中で力尽きて溺れて死に、セーブ位置に死に戻りする羽目になった。

 普通はそこで諦めてクエストを進めそうなものだが、俺は逆に意固地になって、どうあってもこの河を泳いで突破してやろうと無駄に闘志を燃やした。

 

 攻略wikiを調べたところ、水着系の服はその大半が水泳スキルにプラス補正がかかるという事で、俺が最初にやったのは近くの町に戻り、裁縫スキルを鍛えて水着を自作するところからだった。

 また、同じように水泳スキルに補正がかかるアクセサリを作る為に装飾細工スキルも集中して鍛えた。

 それによって手に入れた水泳装備は、今の俺からしたら鼻で笑うような低品質の品ではあるが、俺の原点であり思い出の品なので、今も捨てずに道具袋の中に仕舞っておいていたりする。

 そんな装備を手にした俺は、再び河へと戻り、ひたすら泳ぎ続けて水泳スキルを鍛える事にした。

 

 水着姿で延々と泳ぎ続けている俺を見て、何やってんのお前と話しかけてきたプレイヤーも結構居た。そいつらに泳いで河を渡ろうとしていると答えたら大いに笑われたが、一週間くらいログイン中にひたすら泳ぎ続けて水泳スキルを鍛え上げ、遂に河を渡り切った時には盛大に祝福してくれた。

 

 さて、無事に河を渡ったところで、次に俺がやったのは王都を目指す事ではなく、

 

「このまま泳いで行けるところまで行ってみるか」

 

 であった。

 俺は再び河へと飛び込み、そのまま下流に向かって適度に休憩を取りながら、ひたすら泳ぎ続け……やがて、終着点である河口へと辿り着いた。

 この先は海だ。視界一面が青に染まり、遥か彼方には水平線が広がっている。その光景に俺は魅せられた。

 

「行ってみるかぁ!」

 

 大海原を見てみれば、かなり遠くに島が見えた。

 まずはあの島を目指してみようかと、俺は波をかき分けて海を進んだ。

 それから数分後、俺は……

 

「ぎゃああああこっち来んなああああ! 待って速い速い!」

 

 数匹の人食い鮫に追いかけ回されていた。

 当時の俺は初心者の魔法職だった為、鮫に噛まれれば1~2発でお陀仏だ。しかもこの鮫がなかなかレベルの高いモンスターで、今の俺ならワンパンで倒せるが、当時の俺にとっては勝ち目がないレベルの強敵だった。

 河にはモンスターが居なかった為、まさかこんなのが居るとは思わなかった俺は必死に泳いで逃げるが、やがて追いつかれて噛まれそうになった、その時だった。

 

 ズドドド! ドゴンッ!

 轟音と共に、海が爆発した。

 俺を狙っていた鮫の群れが吹き飛ばされた後に、腹を見せて海面に浮かぶ。どうやら死んだようだ。

 

 何事かと思い周囲を見回せば、近くに一隻の船があった。

 船の側面には何門かの大砲が取り付けられており、砲門からは白い煙が上がっていた。先ほどの攻撃がこの船によるものだという事は疑いようがない。

 そして、船は俺の近くまでやって来てその動きを止め、やがて一人の男が甲板上から声をかけてきた。

 

「そこのエルフ、このあたりの海はアクティブモンスターが居て危ないぞ! 陸まで送ってやるから乗りなぁ!」

 

 それが長く続く、うみきんぐという男との腐れ縁の始まりだった。



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第45話 周りにやべーやつが多くて自己評価が低い系主人公

 キングの船に乗り、最寄りの港町まで送ってもらった俺は、そこを新たな活動拠点にする事に決めた。

 王都から遠く離れた寂れた港町には、他のプレイヤーキャラクターの姿はほとんど無かった。しかし物好きな少数の者達はそこを拠点としており、マイノリティ同士のシンパシーを感じたのもあって、俺はすぐに連中と仲良くなった。

 狩りもメインクエストも放っぽりだして、海で生きる変わり者……後に海洋民とカテゴライズされる者達の一員となった俺は、釣りや泳ぎをはじめとする生活スキル磨きに精を出し、採集や生産で船の材料を集めて、小さな船を作った。

 一週間くらいの間、ひたすら材料集めに専念して、ようやく小型帆船を完成させた時には、周りの連中も大いに祝福してくれたものだ。

 

「よし、アルティリアの船も完成したことだし貿易するぞ貿易するぞ貿易するぞ」

 

「また貿易するぞBOTが出たぞ! みんな逃げろ!」

 

「くっ、ここは俺に任せて先に行けぇ!」

 

 キングが貿易するぞという言葉をひたすら繰り返す機械と化した瞬間、周りの連中がわっと盛り上がった。

 

 貿易は、各拠点の貿易品商人から買った貴重な品を、馬車や船を使って遠くの町まで運搬し、高く売る事で収益を得るコンテンツだ。貿易品の相場は常に変動する為、上手く高騰している品を遠くまで運んで売る事が出来れば、巨額の銭を得る事が出来る。

 生活スキルの中には貿易スキルもあり、売買を繰り返してこれのレベルを上げれば、より多くの利益を得る事が出来、また特別に貴重な品を取り扱う事も出来るようになる。

 ついでに、得た利益に応じて経験値を得る事も出来るので、職業が商人だったり、戦闘が苦手なプレイヤーのレベル上げにも適している。

 

 ただし気を付けるべき点として、運搬中はモンスターの他に、山賊や海賊といった貴重品を狙う敵に襲われる可能性があり、また他のプレイヤーに襲われて、貿易品を奪われるリスクもあった。

 

「よし、出航だ! 行くぞお前達!」

 

 キングの号令で、貿易品を積載量ギリギリまで積み込んだ船団が港を発つ。

 港から別の港へ、そしてまた次の港へ……と次々に貿易品を運んで取引を繰り返し、ほんの1~2時間程度で俺の操船スキルと貿易スキルはかなり上昇し、経験値やお金も良い感じに稼ぐ事が出来た。

 

「俺は基本的に毎日こうやって船貿易をやってるから、気が向いたら一緒に来な」

 

 そう誘ってくれたキングの言葉に甘えて、俺は奴とつるむようになった。

 生産や船を操っての大型海獣や海賊船との戦闘、大洋とそこに点在する島の探索など、俺は奴から多くの事を教わった。

 

「しっかしキングの奴やべーな。あいつランキングの一位取りすぎじゃね?」

 

 LAOにはランキングシステムがあり、戦闘面では総合レベルや職業レベル、レベルや装備、習得済みアビリティ等から算出される戦闘力、モンスター討伐数、レイドボス討伐の貢献度などの様々な項目でランク付けされ、上位に入賞したプレイヤーには豪華な報酬が与えられる。

 生活・生産の面でも各生活スキルのレベルや生産数、生産品の納品クエストの達成貢献度、稼いだ金額に総資産といったランキングが存在していた。

 

 ランキングが表示されているウィンドウを開いて見れば、キングは生活スキルレベルのランキングでは全て上位5位以内に入っており、うち半分以上は1位を取っていた。

 他にも多くの項目で1位を取っており、特に水泳、貿易、操船のレベルや期間内に稼いだ金額、総資産あたりは2位を大きく突き放すぶっちぎりのトップだ。

 

「まあキングだしなぁ。それよりこのクロノって奴もやべーぞ」

 

「ああ、アブソのサブマスだろ。あいつの堅さ頭おかしいよな。ワールドボス行くといつもボスのまん前でタゲ取ってるぞ」

 

 俺と一緒にランキングを眺めていた海洋民がチャット欄でそんな噂話をしているのを、俺はぼんやりと眺めていた。

 クロノ。戦闘関連のランキング1位を独占している、とんでもなく強い廃人らしい。そいつが所属しているらしい最大手の戦闘系ギルド『アブソリュート』の名前くらいは俺でも知っていた。

 しかし陸で真っ当に活躍している一級廃人と関わる事など無いだろうし、俺には関係の無い事だとスルーした。

 ……この時はまさか、そいつが海洋民に転向して同じギルドに所属し、海洋四天王として一括りにされるとは夢にも思っていなかったんだよなぁ。

 

 まあ、クロノと関わる事になるのは、この時よりだいぶ後になるので今は奴の話はいい。問題はキングだ。

 

 うみきんぐ。奴には最初に会った時に助けられ、それ以降も海洋民としての心得を教えて貰ったり、奴の貿易に同行して稼がせて貰ったりと恩はある。恐らく他の海洋民の皆もそうなのだろう。

 奴こそが海洋民のトップであり、他の者達は奴の手下や子分みたいなものだという風潮が、プレイヤー間に広がっていた。

 違うのかと言われれば、実際に俺達は色々と奴の世話になっているので反論のしようが無いし、キング自身も本人が王様気取りで態度がクソデカいのはともかく、別に俺達の事を下に見ている訳ではなく、対等な友人だと思ってくれているという事は分かっている。

 

 しかし俺は、他の連中にキングの舎弟のように見られる事が、そして何より俺自身が、奴を手の届かない格上の存在だと認める事が、我慢ならなかった。

 だから、キングと対等である為に、俺は何か一つでもいいからあいつに勝ちたいと、そう思ったのだ。

 その為に俺が選んだのが……水泳スキルだった。

 水泳は俺がこの道に進んだきっかけになった原点であり、思い入れのあるスキルだ。極めるならばこの道がいい。

 そして俺は……ログイン時間の9割以上を水中で過ごし、戦闘は海獣を相手に水中で戦いながら鍛え、採集も海底で採れる貴重な食材や海洋資源を集める事でスキルを鍛えつつ、手に入りにくいそれらを販売して資金を稼ぎ、その金で素材を購入して鍛冶や裁縫の技術を鍛えながら装備を整え、再び海に潜っていった。

 

 そんなプレイスタイルを長いこと続け、『深海エルフモドキ』『間違えてエルフに転生したマーメイド』『常に水中に居る変なの』等、様々な異名が付けられる有名プレイヤーになった頃、俺はようやくキングを抜き去り、水泳スキルランキングで1位を獲得したのだった。

 

 それからはキングが海洋民を集めてギルドを作ると言い出したので、特に他に入る当てのあるギルドも無かったため参加したのはいいが、結局は時々GvGに顔を出す程度で、基本的に水中でソロ活動してばかりいた。

 

 その後はバルバロッサの奴が略奪大好きな海賊プレイヤーを纏めてギルドを作り、海の覇権を賭けて俺達に決戦を挑んできて、LAOの歴史に残る大規模海戦の末に俺達のギルドが辛勝し、バルバロッサ率いる海賊達はギルドを解散し、そのメンバーは俺達のギルドに吸収されたり。

 効率を求めすぎてギスギスしていたトップギルド『アブソリュート』が、人間関係が原因で崩壊し、それが理由でゲームから引退しかけていたクロノを俺達が強引に船に乗せて海に連れ出し、その結果クロノが最強の騎士様から伝説の漁師王にジョブチェンジしたり。

 とにかく色んな事があったが、それらの件についてはまたいつか、別の機会に話そうと思う。

 

 キングの奴とは長いこと一緒にいたが、結局は泳ぎと、ガチャやレアドロップの運くらいしか勝てなかったな。

 後者に関しては俺に勝てる奴はそうそう居ないだろうし、キングに負けるレベルの屑運な奴が居たら逆に見てみたいが。

 バルバロッサの奴にも船を操って大砲を撃ち合うタイマンの海戦では勝った事が無いし、クロノと正面から殴り合えば一方的にボコボコにされる。

 今は女神とか呼ばれて持て囃されているが、俺は所詮その程度の腕前のプレイヤーでしかない。

 

 しかし、そんな凄い連中や、他の誰よりも速く泳げるって事は、俺にとっては胸を張って誇れる事だったりするんだな、これが。



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第46話 性欲を持て余す※

 海神騎士団は週に一度、休日を設けている。その日は依頼も訓練も無しで、各団員が自由に過ごす事が出来る日だ。

 これは彼らが信奉する女神の命令によって決まった事だ。適度に休む事で心身の健康を維持し、仕事の能率を上げる事は大切である。

 その為、休日になると団員達は外に遊びに出かけたり、食べ歩きをしたり、自室で趣味に没頭したりと思い思いに過ごしていたのだが……その日は少し、勝手が違っていた。

 騎士団長のロイド=アストレアはその日、騎士団詰所のロビーにて他の団員達から相談を受けていた。

 

「団長……ちょっと聞きたい事があるんですが」

 

 そう声をかけられてロビーに向かうと、そこには騎士団のほぼ全員が集まっていた。彼らは、ロイドが海賊団を率いていた時から一緒だったメンバーだ。

 

「どうしたお前ら、改まって」

 

 何か深刻な悩みでもあるのかと、ロイドが彼らに訊ねると、彼らのうちの一人が全員を代表して、こう言った。

 

「団長、俺らって、そのぉ……娼館とか行って大丈夫なんスかね……?」

 

 娼館とは率直に言えば、お金を払ってそこで働く女性と性行為をするお店の事だ。ここグランディーノは古くから栄えている港町だし、長い航海から帰ってきた男達からの需要もあって、当然そういったお店もそれなりに存在している。

 

「俺たち神殿騎士になったわけですし、その手の店に行くのってまずいですかね?」

 

 彼らが悩んでいるのは、まさにそこだった。

 神殿騎士は神と神殿に使える神官であり、高潔な騎士といえる存在だ。

 そんな存在になった以上、娼館を利用するのは外聞が悪いのではないか、ひいては信奉する女神の名に傷がつくような事にならないかと、彼らは危惧していた。

 

 しかし彼らは若く健康な男であり、性欲を持て余していた。神殿騎士だって女は抱きたいのだ。それは男という生き物の本能であり、彼らを責めてはいけない。むしろよく自制していると褒めてやるべきだろう。

 

「……正直わからん。俺達、真っ当に神殿に勤めて騎士になった訳じゃないしなあ」

 

 ロイドは部下達の疑問に対する答えを持ちえなかった。むしろその答えはロイド自身が一番知りたいと思っている程だ。

 ロイドは騎士団長として自らを律し、日々真摯に町の為、人々の為、そして仕える女神の為に昼夜を問わずに働いている。それは彼自身にとっても充実した日々である事は確かなのだが、それはそれとしてストレスとか性欲とか、色々と溜まる物はあるのだ。

 それにロイドは海神騎士団の纏め役として、アルティリアと直に接する機会も多い。それは彼にとって非常に光栄な事ではあるのだが、同時に試練でもあった。

 男に対する警戒心がまるで皆無な様子で、胸の谷間や太ももといった際どい部分が見えていても気にも留めない無頓着さ、そしてただ歩くだけで、ぽよんぽよんと揺れる巨大すぎる乳房が、嫌でも目に入るのだ。正直たまったものではない。

 信奉する女神に対してそのような卑しい視線を向けるなど、信徒としてあるまじき事だと自戒し、耐え忍んでいたロイドであったが、彼もまた限界を迎えつつあった。

 

「こういう時はクリストフに聞くぞ! あいつなら神殿の仕来りにも詳しい筈だ!」

 

 困った時はクリストフに聞くというのが海神騎士団の、いつものパターンだ。何しろ元ならず者ばかりで、学がない人間が大半だ。博学な神官のクリストフは彼らの知恵袋として、よく相談に乗っている。

 

「しかし大丈夫ですかね? クリストフさんは俺らと違って生粋の神官ですし、そんな相談なんかして、けしからんと叱られたりしないでしょうか」

 

「その可能性はある……が、背に腹は代えられん。一つ聞くがお前ら、このまま次の休日まで我慢できる自信はあるか?」

 

「無理っす。このまま放置してたらキンタマ破裂するっす」

 

「ならば是非も無し! 行くぞ!」

 

 そうして無駄に気合を入れて、神殿騎士達はクリストフの下へと向かい、意を決して彼に相談を持ち掛けたのだが……

 

「……いや、別に自分で処理するなり、娼館に行くなり好きにすればいいじゃないですか。ちゃんとやる事やって、節度を守ってれば誰もそんな堅苦しい事言いませんって」

 

「「「えぇー……」」」

 

 あまりにもあっさりと、呆れた様子で言うクリストフに一同は拍子抜けした。

 

「そうだったのか……神殿ってもっとこう、厳格な規則とかあるものかと思ってたぜ……」

 

「よくそんなイメージを抱かれがちですが、実際はそんなものですよ。まあ表向きは如何にも清廉潔白でございますって顔をする事が多いのは確かですが、あくまで建前のようなものですよ。その建前を守るために、堂々とそういう場所に行くのが好まれないのは確かですがね。時々こっそり通う程度ならば咎められる事はないのでご安心を」

 

「そうか……ならば今夜行くとしよう。久しぶりの娼館に……!」

 

 無駄に気合を入れて、夜のお楽しみに備える神殿騎士達であった。

 

 ……そんな男達の会話を、こっそり盗み聞きしている者がいた。

 それは、神殿に常駐しているアルティリアの従僕、水精霊(ウンディーネ)の一体であった。

 水滴に擬態して、彼らの話をこっそり聞いていたその水精霊は、周囲に誰もいない事を確認すると擬態を解き、体が水で構成された少女の姿へと戻った。

 

「聞いてしまいました」

 

 水精霊はその足で神殿に戻ると、さっそく水精霊達の部屋と化している神殿の一室に仲間達を集めた。

 

「では第24回、水精霊会議を始めます」

 

「ぱちぱちぱち」

 

「一体何が始まるんです?」

 

「第三次大戦だ」

 

「会議だとゆーとるやろがい」

 

 十数人の水精霊が一堂に会する部屋の中心で、先ほどの水精霊が盗聴した神殿騎士達の会話を暴露する。なんてひどいことを。

 彼女の話を聞き終えた水精霊達が、口々に感想を言葉にする。

 

「なんということでしょう」

 

「彼らがそこまで追い詰められていた事に気付かなかったとは、不覚」

 

「ここは我々が責任を持って発散させてあげるべきなのでは?」

 

「名案かと」

 

「騎士達をスッキリさせつつ彼らとの仲を深め、魔力の補給もできる。良い事づくめではないでしょうか」

 

「まさに我が意を得たり。余もそう考えていたところじゃ」

 

「つまり水精霊派遣(デリバリーウンディーネ)サービスを開業するべきと」

 

 彼女ら精霊は人の姿を模しているが、人間とはだいぶ感覚や考え方が違うようで、貞操観念という物はほぼ無いに等しい。

 それに加えて彼女達は海神騎士団の男達を、同じ主に仕える同志として好ましく感じており、彼らへの好感度はかなり高い様子。

 それらの要因が重なり、よその女の所に遊びに行くくらいなら自分達が相手をしたほうが良いのでは? むしろバッチコイという思考に至ったようだ。

 

「彼らは今日の夜にも娼館に出向くつもりのようです。もはや一刻の猶予もありません」

 

「ならば早速行くとしましょう」

 

「ゆこう」

 

「ゆこう」

 

「そういうことになった」

 

 ほぼ同一意見しか出てこない話し合いを終え、騎士達の下へと向かおうとする水精霊達であったが……

 

「やめんかアホ共」

 

 目にも止まらぬ程の恐るべき速さの手刀で水精霊達に突っ込みを入れたのは、彼女達が使える主である女神、アルティリアだ。

 エルフの耳は地獄耳。自室のベッドの上でくつろいでいたアルティリアの耳には別室で行なわれていた水精霊達の会話がバッチリ聞こえており、慌てて飛び起きて、こうして止めにきたのだった。

 なお、休日のだらけモードと化していたので現在のアルティリアの服装は、正面に大きく「メギドラオン」と書かれたクソダサTシャツとジャージのズボンという、折角の美貌が台無しのクソみたいなファッションだった。

 

「お前らなぁ……男には触れられたくない部分ってのがあんだよ。性欲持て余して風俗行く計画立ててたのを同僚の女達に聞かれてたってだけで大ダメージだってのに、それで代わりに相手するとか言われてもあいつらだって困るだろ。連中、何だかんだでクソ真面目だし、絶対気にして後で気まずくなるぞ。だから何も聞かなかった事にして、そっとしておいてやれ。命令だ」

 

 元男ゆえに、そこらへんの機微には敏いアルティリアであった。彼女のおかげで、騎士達の尊厳は危ういところで何とか守られた。

 しかし、水精霊達は不満顔だ。

 

「ぶーぶー」

 

「横暴です」

 

「職場恋愛の自由を要求します」

 

 抗議をする水精霊達に、アルティリアがキレて怒鳴る。

 

「恋愛って言うなら真っ当に口説いて、付き合ってからやれ、そういう事は! それなら俺だって文句は言わんわい!」

 

 その言葉を聞き、騒がしくしていた水精霊達がぴたりと動きを止め、一斉に静まった。

 

「言質を取りました」

 

「では、そのようにいたします」

 

「オペレーション・オフィスラヴを遂行します」

 

「さっそく作戦会議とまいりましょう」

 

「第25回水精霊会議を開催します」

 

 ぞろぞろと部屋に戻っていく水精霊達の背中を眺めて、アルティリアは深々と溜め息を吐いた。

 

「早まったか……? しかしあいつら、アホ化が更に加速している気がするぞ……一体どうなってるんだ」

 

 おもに主人であるアルティリアの影響を受けての変化なのだが、そんな事は露知らず、どうしたもんかと頭を悩ませるアルティリアであった。

 

 ちなみにそんな遣り取りがあった事など全く知らず、予定通り娼館へと遊びに行った神殿騎士達は、次の日の朝、

 

「ゆうべはお楽しみでしたね」

 

 とでも言いたげな女神の生暖かい視線や、妙に熱が篭った視線を向けてきたり、距離が近い水精霊達に困惑する事になるのだった。



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第47話 危険な奴ほど味方に付けると頼もしい※

 今、グランディーノの町が熱い。

 そんな噂が王国全土のみならず、近隣の他国でも流れ始めていた。

 

「グランディーノ? どこにある町だったかな……」

 

「おいおい、商人のくせに知らんのか? この国の最北端にある港町だよ」

 

「思いっきり反対側じゃないか! で、その港町がどうしたって?」

 

 グランディーノから遠く離れた、ローランド王国の南側にある町でもそんな噂話をする者達が居るほどだ。酒場のテーブルで話をしているのは、若い商人達だった。

 

「なんでも女神様が降臨されたそうで、そのおかげで急速に発展を遂げているそうだぜ」

 

「ほほう。その女神様ってのは美人なのか?」

 

「どえらい美人で、しかも物凄くオッパイがでかいって聞いたぞ」

 

「道理でお前が食いつくわけだ。しかしわざわざ国の反対側まで拝みに行くのは、流石に無茶じゃないか?」

 

「いやいや、それだけが目当てって訳じゃないさ。さっきも言ったがグランディーノは短期間で大きく発展している。ならば当然、そこには物や人、そして金がどんどん流れ込んでいるという事だ」

 

「なるほど。儲け話の匂いがするな」

 

「俺はこの流れに乗ろうと思っている。お前はどうする?」

 

「愚問だな。行くしかあるまい」

 

 金の匂いを嗅ぎつければ即座に飛びつくのが商人という生き物だ。彼らは大急ぎで出立の準備を整えるべく、席を立った。

 

「だが気をつけろよ。商人は歓迎されているが、不正や禁制品の取り扱いに対しては相当厳しいって話だ。少し前にも自由都市同盟のデカい商会が、女神様に無礼を働いて潰されかけたらしいぞ」

 

 それはあのモグロフが所属していた、ミュロンド商会の事だ。かの商会は元々黒い噂が絶えず、商会というより半分マフィアのような団体だった。

 モグロフの逮捕と積荷が押収された事で、一部の血気盛んな若い衆は王国許すまじと報復を考えた。

 しかしアルティリアをはじめ領主やグランディーノ町長、商人組合、海上警備隊、海神騎士団といった個人・団体……のみならず、ローランド王国王室や法国の中央大神殿からも宣戦布告や破門状じみた抗議文が次々と届いた事で、彼らは震え上がった。

 これはまずいと、商会長自らが首を差し出す覚悟でアルティリアに対して謝罪と賠償を行ない、どうにか首の皮一枚で助かったが、ミュロンド商会はその力を大きく落とした。

 

親分(オヤジ)、ご無事でしたか!」

 

 その日、グランディーノに出向いてアルティリアに部下の不始末を謝罪してきた、恰幅の良い初老の男性が大勢の部下達に出迎えられていた。

 彼の名はダグラス=ミュロンド。ミュロンド商会を一代で作り、育て上げた裏社会の傑物だ。

 

「オウ、今帰ったぜ。許しちゃあ貰えたが、次にヤク持ち込んだら潰すってよ。あと奴隷は全員解放して、食い扶持を与えてやれってよ」

 

「そんな! どっちもうちのメインの商売(シノギ)じゃねえっすか!」

 

「仕方あるめえよ。例の女神様だがな、実際に会ってきたが……ありゃあ、とんでもねえぞ。うちで雇ってるゴロツキや傭兵共が束になっても、万に一つも勝ち目なんか無え。おまけに王国や神殿勢力がバックに付いてんだ。喧嘩したら骨も残らねえぞ」

 

 裏社会で何度も修羅場を潜ってきただけあって、ダグラス会長の人を見る目は確かだった。会長自ら謝罪に赴いたのは、誠意を見せる為だけではなく、彼自身の目でアルティリアを見極める為だった。

 

「汚れ仕事からは足を洗う。これからはクリーンな方法で再起を図るぞ」

 

 親分の鶴の一声に、逆らえる者は居なかった。

 

「わかりやした……しかし、そうなると当分は地道に商売するしかないですか……」

 

 落胆する部下達だったが、それに対してダグラス商会長はニヤリと笑った。

 

「それがそうでも無えのさ。この俺がタダで頭下げてきただけだと思ったか? ちゃんと次の商売の当ては考えてある」

 

 会長は謝罪に赴いた際に、アルティリア本人は勿論、彼女に近しい人間から町民に至るまで様々な人物と会話や聞き込み調査を行なった。

 彼が知りたかったのはただ一点、女神が何を欲しているかという事だった。

 

「南だ。オウカ帝国に米や食材を仕入れに行くぞ。それと向こうの農民を雇って、移住して貰う必要もある。農地用の土地も大量に用意しなければな」

 

 オウカ帝国は大陸の南側にある大国で、中華風の文化を持つ国だ。かの国の主食は米であり、大陸北部に米食文化は根付いていない為、米を仕入れたければオウカ帝国に行くしかない。

 そして女神が一番欲しいと思っているのは、米を中心とした食材だ。会長はそう当たりを付けていた。

 グランディーノに滞在中、その食文化の発展っぷりを見て大層驚かされたのだが、取材の結果、米や一部の食材の量が十分ではないらしく、その調達手段を探している事が判明したのだ。

 

「米や南方の農作物を輸入・生産して、グランディーノに卸す。俺達はこれで再起を図るぞ……!」

 

 こうしてミュロンド商会はオウカ帝国から米や種籾の他、様々な作物やその種を輸入し、また多額の報酬を支払って、かの国の農民を招聘した。

 元々奴隷としていた者達を奴隷の身分から解放した後は、新たに作った農地で農夫として雇い、農業に従事させた。同時に彼らが知る農業のノウハウを吸収し、技術として体系化する事に成功した。

 こうして彼らは大陸北部で、米や南方由来の農作物を生産する事に成功し、それを女神のお膝元であり、大陸屈指の食の都となったグランディーノに輸出する事で、女神とその関係者との関係を改善しつつ太いパイプを築き、再び大商会へと華麗に返り咲いたのであった。

 また、ダグラス商会長はそれと同時に農地の開拓や農業の発展にも力を尽くし、無法都市ダルティや自由都市同盟全体の食糧問題を解決して見せ、表社会でも大きな名声を手に入れるのだった。

 彼の商売のおかげで、まともに食べる事も出来ない貧民街(スラム)の住民達は、十分な食事を取る事が出来、また大規模な農園に雇われる事で、住む場所や仕事を得る事も出来た。感謝の言葉を口にする彼らに対し、ダグラス商会長はこう言った。

 

「俺ぁ女神様のおかげで悪事から足を洗い、生まれ変わったのよ。結果的にお前らに飯や仕事を与える事になったのも、元々は女神様に尽くす為のついでみてぇなモンだ。だから感謝するなら女神様に頼まぁ」

 

 それを聞いた者達は、なんと謙虚な! 信徒の鑑だ! と彼を称賛した。

 後の世に大陸北部の農業を大いに発展させ、食糧問題の解決と食文化の発展、そして貧民層の救済に力を尽くした聖人、(セント)ダグラスと呼ばれた男は、部下達にこう語った。

 

「タダで頭は下げねえ。どう転んでも勝てねえなら、逆に全身全霊で擦り寄って、一番して欲しい事をして差し上げればいいのさ。そうすりゃあ、こっちも美味い目を見れる」

 

 そんな彼に対しての、他者の反応を以下に紹介する。

 

「恩人ですね。あの人が俺達、貧民街のガキ共に農地を貸して、仕事をくれたおかげで、立派に食っていけるようになったんで、感謝しかないです」

(元ストリートチルドレン・現ミュロンド農園従業員・男性)

 

「高い年貢に苦しんで、いよいよ子供を身売りしなければ生きていけないくらいまで追い詰められていた私達を新天地に連れていってくれたあのお方のお陰で、家族が全員揃って健やかに暮らしていけます。新しい土地では農業の指導員として厚遇してくれて、夫や子供達も見違えるくらいに元気になりました。本当に素晴らしいお方です」

(元オウカ帝国の農民・現ミュロンド農園従業員・女性)

 

「劇物だな。危険だが、上手く扱えれば役に立つ。隙を見せずに、良い取引相手であり続ければ良い関係を築けるだろう」

(ローランド王国伯爵・領主・男性)

 

「米の輸入と生産で俺の悩みを解決してくれた凄い爺さん。今度、俺特製のカレーをご馳走するからうちに来いよ」

(海産ドスケベエルフ・女性)



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第48話 グランディーノへようこそ(前編)※

 グランディーノに女神が降臨し、町が急発展を遂げる。

 その噂を聞きつけて、王国最北端に位置する港町を目指して北上するのは、なにも商人達だけではない。

 グランディーノは女神が降り立ち、滞在している場所であると共に、今や闇と混沌の勢力との戦いの最前線でもあるのだ。

 かの女神が表舞台に現れたのと時を同じくして、王国北部では魔物の活動が急激に活発化し、以前よりずっと強力な魔物が、高い頻度で出現するようになった。

 

 女神が現れた事で、闇に蠢くものどもが本腰を入れてきたのか。

 はたまた人類の危機に対し、女神が救いの手を差し伸べてきたのか。

 その前後関係は不明だが、とにかくその二つの事に因果関係があるのは明らかだ。ならば当然……女神の居る地こそが、敵との戦いが最も激しくなるに違いない。

 

 ゆえに女神は直属の神殿騎士団を組織しながら、冒険者組合や海上警備隊、領邦軍といった勢力との関係性を強化し、彼らに加護を与えながら、時には自らの手で逞しく鍛え上げているという。

 強力な魔物との戦いが頻発している事もあって、かの地で戦う者達は一騎当千の(つわもの)へと育っているという。

 

 戦士よ、強くなりたいか? 強敵と戦いたいか?

 若者よ、冒険がしたいか? 英雄になりたいか?

 ならば北へ向かい、グランディーノを目指せ。そこが人類の最前線だ。

 女神と、同じ夢を抱く同志達が、君が来るのを待っている。

 

 吟遊詩人がそう歌うと、命知らずの冒険野郎共は立ち上がり、迷う事なくグランディーノを目指して旅立つのだった。

 

 ここにも、そんな冒険者の一団(パーティー)の姿がある。

 グランディーノの町を目指して街道を北上するのは、男が二人に女が一人の三人組だ。

 先頭に立って歩くのは背中に長剣を背負った、灰色の髪の逞しい戦士の男で、どうやら彼がリーダーのようだ。その次に小柄で痩身の、オレンジ色の髪の男性。軽装で、腰のベルトに短剣やツールバッグを吊るしている事から盗賊と思われる男が続き、最後尾を歩くのは背が低い緑色の髪の女。背中に弓を背負い、腰には矢筒を下げている弓使いだ。

 彼らは皆、十代後半くらいの年若い少年少女だ。同じ村で育った幼馴染であり、一攫千金を夢見て田舎を飛び出し、冒険者になった、この世界ではよく居るタイプの若者である。

 

 勢いに任せて冒険者になったとはいえ、彼らは選ばれた勇者とかではない、ごく普通の人間族の若者だ。冒険者生活は順風満帆とはいかず、魔物相手の戦いはいつだってギリギリの命懸けだし、生活も楽じゃない。依頼の報酬は装備の手入れや更新でその大半が消え、倹約を余儀なくされている。

 一攫千金や、英雄になるといった夢は早くも破れ、残ったのは目の前にある過酷な現実だ。それでも地道に依頼をこなし、少しずつ強くなっていきながら、いつか凄い冒険をする日を彼らは夢見ていた。

 

 彼らだけではない。冒険者は皆、いつか偉大な冒険(グランドクエスト)に挑む日を夢見ながら、目の前の現実と戦っている。

 しかし、そんな機会を手に入れ、偉大な冒険者として名を残す事が出来るのは、才能や実力と運を兼ね備えた、ごく一握りの者達だけだ。

 残った大半の者達は、その他大勢として名を残す事もなく埋もれていく。

 

 しかし、そんな彼らの前に突然、道が示された。険しいが、栄光へと続く道が。

 

「行こう、グランディーノへ」

 

 そう言って王都を旅立って、歩き続けて半月以上。ようやく彼らは、グランディーノに辿り着こうとしていた。

 

「潮の香りがする……どうやら海が近いみたいだな」

 

「ようやくか……長い旅路だったな……」

 

「遠すぎでしょグランディーノ……足痛いわ……」

 

「そりゃ、王国の最北端だしな……」

 

「だから大人しく馬車に乗ろうって言ったじゃないの……」

 

「そんな金、どこにも無ぇっての……」

 

 長旅で疲労困憊の彼らは、もうひと踏ん張りだと足腰に力を込めて、街道を北に進んでいった。

 それから暫く歩くと、彼らは街道沿いに小さな村を発見した。村の周りには農地が広がっており、農作業をしている村人の姿が多く見られる。

 

「農村か? それも結構規模がでかいし賑わってるな」

 

「おっ、それなら少し休憩させて貰おうか。腹も減ったし、何か軽く口に入れときたいぜ」

 

 彼らは村の中心にある広場へと足を進めるが、歩いていく内に違和感を覚えた。

 

「活気がすごいな……村人達も皆、元気いっぱいで幸せそうだ」

 

「ああ……俺達の田舎とは大違いだな」

 

「本当……同じ農村とはとても思えないくらい」

 

 彼らの故郷である農村は貧しく、生活は苦しかった。粗末な衣服に簡素な食事、疲れた体に鞭打って必死に働いても、一向に暮らしは楽にならず、そんな生活に嫌気がさした彼らは、家を出る事で食い扶持を減らす為という理由もあり、生まれ育った村を飛び出して冒険者になった。

 

 翻って、この村はどうか。

 村中が活気づいており、道中で見かけた野良仕事をする男達は、筋肉モリモリの逞しい体で勢いよく畑を耕し、巨大な岩を一人で持ち上げてどかしたり、太い丸太を平然と担いだまま歩いていたりしている。

 村の女達は清潔で身なりが整っており、簡素だがしっかりした造りの綺麗な服を身に纏っている。髪はサラサラで、肌のツヤや張りも良く健康的だ。

 

「近隣の農村ですら、これほど栄えてるのか……どうやら噂は本当だったみたいだな」

 

 衝撃を受けながらそう口にすると、広場にいた村人達が彼らに気付いて近寄ってきた。

 

「おや……見ない顔だが、よそから来た冒険者の方かい?」

 

「あっ、はい。王都から来ました……」

 

 戦士がそう答えると、村人達は大層驚いた。

 

「王都から! そりゃあ随分遠くから来たなぁ!」

 

「疲れただろう? ゆっくり休んでいきなさい。ほら座って座って」

 

「喉乾いてないかい? すぐ飲み物を準備するからねえ!」

 

「飯もあるぞ! よかったら食っていきな!」

 

「長く歩いたせいで汚れも溜まってるし、風呂も入っていきなさい」

 

 彼らが王都から歩いてきた事を話すと、親切な田舎のおっさん&おばさん達が群がってきて、彼らの世話を焼き始めた。

 

 その結果、まず最初に出されたのはグラスいっぱいに注がれた蜂蜜レモン水だ。

 そんな物、本来は庶民には手が届かない高級品……の筈だったのだが、グランディーノ周辺ではちょっと贅沢な飲み物といった感じで、一般市民にも愛飲されている。

 

「何だこの水!? キンッキンに冷えてやがる……ッ!」

 

「しかもこの上品な酸味と甘味ッッ! 美味い、美味すぎる!」

 

「これが蜂蜜の味……あたし今死んでも悔いはないわ……」

 

 その次に村人が提供したのは、フワフワの真っ白な食パンで具材を挟んだサンドイッチだ。パンの間に挟んである具は、採れたてで新鮮なシャキシャキのレタスやキュウリ、それからタマゴ、薄切りのハム等だ。

 

「これがパンだと!? じゃあ昨日まで俺が食ってた物は何だ!?」

 

「もう二度とパサパサの固い黒パンが食えない体になってしまう……」

 

「何よこのレタスやトマト……異様に美味しいじゃない……」

 

 そして村には公衆浴場があり、男女に分かれて風呂に入れられ、疲れと汚れを落とした後は、用意された簡素だが清潔で着心地のいい服に着替える。

 彼らが元々着ていた服は、入浴中に村の女達によって綺麗に洗濯して干されていた。至れり尽くせりである。

 

「風呂、やべぇな……」

 

「ああ、めちゃくちゃ癒されるな……」

 

「村の女の人達が綺麗な理由が分かったわ……毎日入らないと満足できなくなりそう……」

 

 冒険者達はそうして歓待を受け、長旅の疲れを癒していた。

 しかし、平和な時間は長くは続かなかった。突然、カーン! カーン! と、半鐘の音が何度も鳴り響いたのだ。

 それと共に、遠くから地響きにも似た、幾つもの足音が聞こえてくる。

 

「何だ!?」

 

「魔物よ! 向こうから来るわ!」

 

 弓使いが指差した方を見れば、遠くに幾つもの人影のような物が見えた。

 

「あれはゴブリンか……? それにしても、なんて数だ……!」

 

 ゴブリンは、最下級のE級魔物であり、その強さは大した事は無い。1対1であれば、戦闘経験の無い村人でも互角に戦える程度の力しか無い、最弱の魔物だ。

 

 しかし、それはあくまで単体ならばの話。ゴブリンの最大の脅威はその数にある。常に群れで行動し、知能は低いとはいえ人型で、武器や道具を使い、連携を取る事も出来るため、奇襲を受ければ熟練の冒険者でもやられる可能性があるのが恐ろしいところだ。

 

「村人達を逃がすぞ! あれだけの数とまともに戦うのは無理だが、せめて親切にしてくれた皆さんを助けるくらいはしないと……!」

 

「異議なしだ。何とか攪乱してみる」

 

「そうね。一人でも多く助けないと……!」

 

 若き冒険者達は、そう言って決意を固め、迫り来るゴブリンの群れに相対しようとする。

 しかし、その時だった。

 

 彼らが助けようとしていた村人達は、魔物の群れが迫るのを見ても慌てふためく事も、恐怖に怯える事もなく、きわめて冷静かつ迅速に各自の家へと戻り、各々の手に槍や斧などの武器を持って、再び広場へと集合した。そして……

 

「来やがったなクソゴブリン共! 今日も返り討ちにしてくれるわ!」

 

「毎日懲りずに鬱陶しいんじゃ! まだ殺られ足りねえのか!」

 

「お客さんが来てる時にふざけやがって! 脳天カチ割ったらあ!」

 

 殺意を漲らせ、筋骨隆々の男達がゴブリンの群れに向かって突撃した。



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第49話 グランディーノへようこそ(後編)※

「やっちまえ!!」

 

「「「「「おう!」」」」」

 

 号令と共に突撃した農民達が勢いよく武器を振り回すと、一撃でゴブリンが真っ二つになった。そのありえない光景に、冒険者達が目を見開く。

 

「嘘だろぉっ!?」

 

 村の男達は、よく訓練された戦士に見劣りしない動きでゴブリンの群れを蹴散らしていく。しかし、戦いに参加するのは男達ばかりではない。

 

「いくよアンタ達! 『水の弾丸(アクアバレット)』!」

 

「食らいなさい、『氷の弾丸(アイスバレット)』!」

 

「凍りつけ! 『凍結(フリーズ)』!」

 

「ご婦人方や娘さん達も!?」

 

 女達もまた、魔法で後方から男達を支援し、ゴブリン共を殲滅していた。更に、

 

「今じゃあ! 撃て撃てーい! 撃ちまくれぇ!」

 

「まだまだ若いモンには負けんぞぉ!」

 

「しかしこの武器は使いやすくてええのう!」

 

「ご、御年配の方々まで!?」

 

 村の年寄り達も、元気いっぱいに矢を放っている。彼らが使っているのは、引鉄を引くだけで矢を放つ事ができる(クロスボウ)だ。

 女神が伝えた技術によって造られた最新式で、従来の物より命中精度や射程距離、攻撃力が大幅にアップしている上に、軽くて小型で扱いやすく、子供やお年寄りでも使いこなせる親切設計だ。

 

 そして挙げ句の果てには、いつの間に現れたのか、つい先程までは影も形もなかった、見覚えのない小さな子供達までもが、ゴブリンとの戦いに参戦していた。

 

「させるかっ!」

 

 前衛の隙を突いて、後方の女達に接近しようとした小鬼に向かって飛びかかり、剣を振るったのは金髪の、小さな少年だった。

 その少年は手に金属製の小剣(ショートソード)円形の盾(ラウンドシールド)を持ち、胸部や関節を保護する防具を身に着けている。

 少年は盾で巧みに敵の攻撃を受け流しながら、剣で心臓を一突きしてゴブリンを仕留めてみせた。

 

「村の人達に手は出させないぞ!」

 

 幼い少年ながら、凶暴な魔物に向かって剣と盾を構え、堂々とそう宣言して立ち塞がるその姿は、勇猛果敢な騎士のようだった。

 その少年の名は、ハンス=ヴェルナー。グランディーノの町で暮らす少年だ。

 ゴブリン達は突然の乱入者に面食らったものの、その正体が子供だとわかると、どうやって甚振ってやろうかと邪悪な笑みを浮かべた。相手が自分より弱いと見れば、すぐに調子に乗って嗜虐心を剥き出しにするのがゴブリンという生き物の性質だ。

 

 武器を構え、舌なめずりしながらハンスを取り囲むゴブリン達だったが……

 

「今だアレックス!」

 

「おう! くらえ、ろうらくしょう!」

 

 ハンスの合図と共に、上空からもう一人の少年がゴブリン達を強襲する。

 その少年が上空から急降下しながら、水属性のオーラを纏った右足を地面に叩きつけると、衝撃波と共に大量の水が落下地点を中心とした広範囲に放たれ、十数匹のゴブリン達を纏めて吹き飛ばした。

 うみきんぐより伝授された蹴技『滝落衝』を放ったのは、真っ白い髪に褐色の肌、狼の耳と尻尾が特徴的な獣人族の少年、アレックスだ。

 

「せっかしょう!」

 

 続けざまにアレックスは、両手を前に向かって突き出した。小さな掌から冷気が放たれ、水びたしになったゴブリン達が瞬く間に氷漬けにされていく。凍結を付与する効果がある拳技『雪華掌』だ。

 ハンスを取り囲んでいたゴブリン達が、その連続攻撃を受けて倒れる。

 壁役(タンク)がターゲットを集めて、攻撃役(アタッカー)が固まった敵を纏めて殲滅する。基本的だが有効な戦術を、二人の少年は実践していた。

 

「ギャギャ!」

 

「ギャギャギャギャ!」

 

 突然の攻撃で仲間がやられた事で、ゴブリン達が怒り狂って、でたらめに武器を振り回しながら二人の少年を包囲し、攻撃する。

 それに対してアレックスとハンスは、背中合わせになってお互いの背後を守りつつ、ゴブリン達を拳や剣で迎え撃つ。

 

「ハンス、せなかはまかせた」

 

「オーケー、任された!」

 

 大量の敵に包囲されても、少年達は不敵な態度を崩さない。

 

「小さなお子様まで!? 一体どうなってんだこの村は!?」

 

 驚きながらも、少年達に加勢しようと冒険者達が動き出そうとした瞬間だった。

 

「邪魔だ雑魚共ぉ!」

 

 素早く駆け寄ってきた一人の男が、そう叫びながら武器を一振りする。それによって少年達を取り囲んでいたゴブリンの群れが纏めて吹き飛ばされ、そのまま生命活動を停止した。

 

「今度は何だああああ!?」

 

 二人の少年を助けたのは、冒険者らしき男だった。その手には槍のように長い柄の大斧が握られている。両手斧の一種で、柄が長い分だけ重く取り回しは難しいが、攻撃範囲が普通の斧よりも広い長柄斧(ポールアックス)だ。

 その男の名はバーツ。かつては長らくF級、すなわち最底辺の冒険者として燻っており、ごろつきと大差無い荒んだ状態だったのだが、ロイド達と出会い、女神の慈悲に触れた事によって改心し、今では立派に冒険者として活躍している。

 

「こら、チビ共! 勝手に戦いに参加して、怪我したらどうすんだ! ロイドの兄貴達が心配してたぞ!」

 

 バーツがアレックスとハンスを叱る。更にはバーツの後ろから、ハンスと同じくらいの年頃の少年少女達も現れた。

 

「おいアレックス! お前ばっかりいっぱい敵を倒してずるいぞ!」

 

「ハンスの馬鹿! 心配かけないでよ!」

 

 子供達は二人の下にやってきて、二人の独断専行を責める。

 この子供達はアレックスやハンスと同じく、海神騎士団の見習い団員だった。

 彼らは見習いとして、騎士団の訓練や勉強会に参加していたが、子供には危険だからという至極真っ当な理由で、戦闘に参加する事は許されていなかった。

 ところが、獣人特有の優れた五感によって、真っ先に襲撃に気付いたアレックスが飛び出していき、その時ちょうど一緒に居たハンスも一緒についてきたのだった。

 

「冒険者さんが来てくれたぞ!」

 

「おお! 勝った、勝ったぁ!」

 

 大勢のゴブリンを一撃で纏めて葬ったバーツの勇姿を見て、村人の士気が益々上がった。

 戦局はもはや覆しようもない程に、村人有利に傾いていた。

 その頃になってようやく、ゴブリン達のリーダー格であるホブゴブリン――普通のゴブリンと違い、大型で高い身体能力を持つ個体だ――が多数の手下を引き連れて前線に出てくる。

 しかし、出てくるのがあまりにも遅すぎた。最初から出てきていれば、村人達に対して多少の被害を与える事は出来ただろうが……もはや手遅れだ。

 ホブゴブリンはバーツが周囲の取り巻きごと、あっさりと斧で殴り殺し、リーダーが出てきて早々に殺られて浮き足立った残りのゴブリン達は、逃げ帰る事すら出来ずに村人達によって、次々と討ち取られていった。

 こうしてゴブリンとの戦いは、村人達の完全勝利で終わったのだった。

 

「よう、災難だったなアンタ達。びっくりしただろ? だが今のグランディーノ周辺地域じゃあ、これくらいの襲撃は日常茶飯事だからな。こっちで活動するなら、早く慣れたほうがいいぜ」

 

 戦いの後、そう声をかけてきたバーツが、親切にもグランディーノまで案内してくれる事になった為、若き冒険者達は彼に同行して、グランディーノに向かう事になった。

 村を出る際に、暖かい声をかけてくれた村人達にも、今後グランディーノを拠点とするなら、また会う機会もあるだろう。その時は恩返しをしたいと彼らは思った。

 しかし、彼らの胸中には不安もあった。

 

「しかし、俺達ここでやっていけるんだろうか……」

 

「そうだな……結局、何もできなかったしな……」

 

「ただの村人があれだけ強いとか、自信無くすわよね……」

 

 農民が襲ってきたゴブリンの群れを逆に蹂躙する、目を疑うような光景を見た彼らは、自信を失いかけていた。

 そんな様子を見せる彼らの不安を、バーツは笑い飛ばす。

 

「ハハハ、なーに、お前らもすぐに慣れるさ。俺だって数ヶ月前までは最底辺のF級冒険者だったし、あの村の連中だって戦う力なんて無い農民だったんだぜ」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「ああ。だが皆、アルティリア様のお陰で変われた。俺や他の冒険者達は、自分こそがこの町を護るんだって、初心に返って一から鍛え直した。それに住人達も、いざという時の為に、積極的に強くなろうとしてる。そう決意してから1~2ヶ月しか経ってないが、結果はご覧の通りだ」

 

 だから、お前達も頑張ればすぐに強くなれる。

 そんなバーツの励ましの言葉を受けて、冒険者達はこの場所で頑張って、強くなろうと決意を固めた。

 

 そして一週間が経過した時、そこには村人達と共に、元気に魔物の群れをフルボッコにする冒険者達の姿があった!

 

「いやー、ゴブリンやコボルドとか準備運動にもなんねぇわ。体力有り余ってるし、今日も畑仕事手伝って行こうぜ」

 

「おうよ。やっぱ男の仕事っていったら開墾だよな。おかげで腕とかこんなに太くなって、今まで着てた服が着れなくなっちまってよ」

 

「それならあたしがサイズ直すわよ。おばさま方の手伝いで裁縫も得意になったしね。今日も料理の手伝いで、新しいレシピを教えてもらうんだ」

 

 栄養バランスの取れた美味い食事、優れた装備に先輩達の手厚いサポート、適切なレベリング方法に、激戦区ゆえの戦闘機会の多さ、そして女神の加護。

 それらを受けて急成長した若者達は、あっという間にグランディーノ流に染まりきったのだった。

 

 将来有望な若者よ、グランディーノへようこそ。

 歓迎しよう(もう逃がさんぞ)盛大にな(覚悟しろ)



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第50話 50話記念だからという訳ではないが、サイズが一つ上がった

「アルティリア様! やりましたぞ!」

 

 朝から神殿を訪ねてきて、俺の顔を見るなりデカい声でそう叫んだのは、真っ赤な髪とヒゲのゴツいおっさん、海上警備隊副長のグレイグ=バーンスタインだ。

 

「朝っぱらから騒々しいですよグレイグ。それで何をやったのです?」

 

「おぉっと、これは失礼! 喜びのあまり、つい」

 

 はっはっは! と笑いながら頭をガシガシと掻き、グレイグは頭を下げて謝罪をしてくるが、やはり声がでかい。

 アレックスとニーナは早寝早起きの健康的な生活を送っているので、とっくに起きて朝釣りに出かけているが、もしもこの筋肉親父の大声で子供達の安眠妨害をされていたら軽くブン殴っていたところだ。命拾いしたな。

 

「本題に入りますが、ようやく国から新型艦の建造許可が下りましたぞ」

 

 そう言ってグレイグは、一枚の紙を俺に差し出してきた。

 そこには小さい字で色々と細かい事が書いてあるが、要約するとローランド王国の名の下に、海上警備隊に対して新型の戦闘艦を建造する事を許可するという事が、国王の署名や王室の印章と共に記されている。

 

「それは朗報ですね。完成すれば戦局が大きく有利になるでしょう」

 

 魔物の活発化によって、グランディーノの町や近隣の村には毎日のように魔物が襲ってきている。

 襲撃は散発的で規模もそれほど大きくない為、住民や冒険者達、そしてうちの神殿騎士達の働きのおかげで大した被害もなく対処できており、むしろ彼らにとっては丁度いい経験値稼ぎ(レベリング)になっていると思う。

 

 陸地のほうはそれで良いのだが、問題は海だ。

 陸と同じく、海のほうでも魔物が暴れ回っており、漁業や船での貿易に悪影響が出ているのだ。

 グランディーノは俺が居るし、海上警備隊の連中も頑張ってくれているのでまだ被害は少ないが、西のほうにあるテーベという港町や、他の港では結構な被害が出ているとの事だ。

 俺や水精霊達も、ちょくちょく出向いては近海の魔物を掃討してはいるんだが、俺達だけでは流石に手が回りきらないのが現状である。

 そこらの船よりも速く水中を移動できる俺と違って、他の者達は船が無ければ海上を移動し、海の魔物と戦う事はできない。その為、海における俺達の戦力を増強するには、より性能の高い戦闘用の船を多く用意する事が必要不可欠だ。

 

 しかし、だからと言って好き勝手に戦闘艦を建造する訳にはいかないのだ。

 まず第一に、予算や材料、それに船を作る為の人員の確保だ。

 これに関しては領主の援助や俺のポケットマネーがあるし、グランディーノには各地から人がどんどん集まって来ていて、働き手には困らないので大した問題では無いのだが……問題はもう一つあり、重要なのはそちらだ。

 

 問題なのは、海上警備隊という組織は国家に属する軍ではなく、あくまでグランディーノの町に所属する警備隊でしかないという事だ。

 彼らの任務はグランディーノの港および近海の警備や防衛であり、その職務の為に必要であると認められた戦力しか、保有する事を認められていない。

 まあ、少し考えてみれば当たり前の話である。辺境のいち警備隊が、好き勝手に強力な戦闘艦をポンポン造って良いわけがない。そんな事をすれば最悪、国家への造反を疑われたり、諸外国を刺激して戦争の引鉄になったりする可能性すらあるのだ。

 なので、新しい船を作るには魔物の活性化で海での被害が増大しているから、戦力の増強が必要ですよという事をこの国や他国の偉い人に説明して、戦力を増強する許可を貰う必要があったのだ。

 そこらへんは領主が熱心に働きかけてくれて、俺からも是非とも早急に頼むと大司教さんを通じて口添えをしたので、かなり早く許可を貰う事ができたのだった。これで、ようやく船を造る事ができる。

 

「ではグレイグ、すぐに港に人を集めてください。私も準備を終えたら、すぐに向かいます」

 

「はっ、了解であります!」

 

 俺は一度部屋に戻り、作業服に着替えた。

 俺が着たのは『名匠の作業服(クラフトマスターズ・ウェア)』。白い厚手のツナギで、鍛冶や木工などの様々な生産系スキルにプラス補正がかかるスグレモノで、着心地も良い。俺の胸がでか過ぎるせいで、前を留めるファスナーが胸の途中までしか閉まらない以外は完璧(パーフェクト)な逸品だ。

 

「……なんか、気のせいか更に育ってないか? 先月に着た時はもうちょっと楽だった気がするんだが……。後でサイズ直しとくか……」

 

 着替え終わった俺は道具袋を持ち、神殿に常駐している水精霊達に暫く留守しがちになる事を伝えた後に、ぼやきながら港へと向かった。身に着けているツナギのファスナーや、ブラのホックが悲鳴を上げる音を無視しながら。

 

 そして俺は、港の造船所を訪れた。そこには海上警備隊の隊員達や船大工、労働者達が勢揃いしていた。

 俺の姿を見ると、彼らは一糸乱れぬ動きで整列し、一斉に跪いた。

 

「お待たせしました。それでは早速、船を造りましょう。皆さん、部品は出来ていますね?」

 

「「「「「はい、アルティリア様!」」」」」

 

 確かに新しく船を造るには許可が必要で、許可が下りるまで船を造る事は出来なかった。それは確かだ。

 しかし、船の部品を作る事までは禁止されていない為、許可が下り次第いつでも造れるように、図面を渡して各部品は作らせて保管しておいたのだ。後はこれを組み合わせて船を造るだけよ。

 

 海上警備隊が元々使っていたのは、ガレー船のような大量の長い(オール)を使って、船員が手漕ぎで動かすタイプの船だ。帆も一枚だけあるが、そっちはあくまで補助用であってメインは人力である。

 このタイプの船の利点は、無風や微風、逆風の時でも問題なく動かす事ができ、小回りが利く点だ。

 しかし一方で、人力で動かすので多くの人員を必要とし、船体の大型化が難しい。そして最大速度にはどうしても制限がかかるし、長時間の航海は難しいといった様々な欠点を抱えている。

 

 そこで、新型艦は複数の帆を張って、それによって生まれる揚力によって進む帆船タイプを採用した。

 それに加えて、乗組員の魔力を使って推進力にしたり、周囲の水や大気を操って航海をサポートしたりできる『魔力変換機(マナ・コンバーター)』という装置を搭載したハイブリッド式だ。

 魔力変換機はその名の通り、魔力を別の力に変換する……いわば魔力で動くエンジンのような物だ。LAOで大型船舶や飛空艇を作る時には必ず必要になる物で、俺の船にも当然搭載されている。

 実に画期的で、船の高速化や飛空艇の実現に一役買った偉大な発明ではあるのだが、欠点として大型で製作コストが高く、燃費もイマイチな事が挙げられる。

 これを使って船を高速で動かす(通称ブースト状態)には、プレイヤー自身のMPを大量に消費するか、魔法が得意な船員NPCを雇う必要がある。

 一応、外付けの魔力タンクもあるにはあったのだが、これがまたクソみたいにデカいし重いので、どうしても船の速度が下がったり積載量が減ったりするせいでプレイヤー達には不人気だった。こっちは俺の船には非搭載だ。

 

 この魔力変換機に関しては、現状俺以外に作れる人間が居ないので、新しい船のために全て俺が新しく手作りした。

 一応、こっちの大陸にも銃や大砲は存在するので魔導工学(マジッククラフト)という技術はあるようなのだが、ルグニカ大陸と比べるとだいぶ遅れているので仕方が無い。

 俺も専門ではないが、一応スキルレベル1500くらいまでは上げているので、一定水準まで指導して、知識や技術の引き上げをする事は可能だろう。

 

 しかし、こうなると無い物ねだりではあるが、魔導機械の専門家……バルバロッサや兎先輩の手を借りたいと思ってしまうな。

 二人共メインクラスが機工師系の最上位職で、バルバロッサのほうは大型の重火器や超重量級の戦艦といった、超大型・大火力・高コストと三拍子揃った男の浪漫を形にした物を次々と生み出す変態にして、OceanRoadが誇る海洋四天王の一角だ。

 そして兎先輩というのは俺のフレンドで、βテストからずっとこのゲームをプレイしている一級廃人だ。

 兎先輩はバルバロッサとは真逆で小型で精密な兵器の開発・運用に長けたお方だ。現状、魔力変換機の小型化に成功し、そのレシピを保有している唯一のプレイヤーでもある。常に兎の着ぐるみを着用しているせいで種族や性別といった中の人の情報は一切不明だが、身長が極端に低いので、恐らくは小人族だと思われる。

 「先」「輩」という漢字が描かれた浮遊する二つの球体型自律兵器『先輩玉』や、機械で出来た小型の兎型兵器の群れ『機械兎大隊(メカウサ・バタリオン)』といったハイテク兵器を使いこなす謎の存在であり、兎先輩を呼ぶ時に頑なに先輩を付けなかった無礼なプレイヤーが、先輩玉から放たれた虹色光線で消し炭にされた事件はあまりにも有名だ。LAOの小人族は変態しか居ないのか。

 

 そんな回想をしながら作業を監督していると、労働者達が汗を滝のように流し、暑そうにしているのに気が付いた。

 

「ふぅ……しかしなんだか、今年は暑いな……」

 

「ああ。もう秋になるっていうのに、まだ真夏みたいな暑さだ」

 

 俺は『水精霊王の羽衣』のおかげで自分の周りが常に快適な温度を保たれているし、住居である神殿内も精霊達によって適温に調整されているせいで気が付かなかったが、どうもここ最近は妙に暑い日が続いているみたいだ。

 元々この地方は亜熱帯くらいの気候で、暑い日が続いても、

 

「まあ、そういう事もあるだろう」

 

 と流しがちになりそうだが……仮にこの状態がこのまま続くようであれば、何らかの異常事態が発生している可能性は高い。

 杞憂に終わるかもしれないが、早めに調査をさせた方が良いかもしれないな。何か起こってからでは遅いし、気になった事は早めに調べるに越したことはない。

 

「無理をしないで、体調が悪くなる前に小まめに水分補給をして、体を冷やすようにしなさい」

 

 俺は魔法で飲み水や冷却用の氷を作って、体調を崩す者がいないかをよく観察する事にした。

 

 そうして新艦隊を造るために造船所に通い詰めて、半月ほどが経過した頃。

 合計十二隻の新型戦闘艦が完成し、うち十隻が海上警備隊に、残りの二隻が領主の率いる領邦軍に配備された。

 新型艦は三本のマストに幾つもの帆が張られた帆船で、海上警備隊が元々保有していた物よりもだいぶ大型で、細長い形になっている。

 素材も上質な古木(エルダーウッド)精霊樹(トレント)の木材を贅沢に使い、軽量で耐腐食性に優れるチタン合金の装甲で防御面も大幅に強化されている。

 左右両舷にそれぞれ8門、計16門の新型大砲を備えて火力も比べ物にならないくらいに向上した。

 最高速度・巡行距離・防御力・攻撃力と、全てにおいて大きく改善されたこの船を使って、海上警備隊はいよいよ本格的に、海の魔物を掃討する作戦を開始した。

 それによって、大陸北部の近海における魔物の脅威度はかなり低下し、安全な航海が出来るようになっていったのだった。

 

 しかし、その一方で問題も発生していた。

 一つは、もうすっかり夏が終わり、秋になったというのに一向に下がらない気温だ。むしろ、どういう訳かより一層蒸し暑くなる一方であり、体調を崩す者も度々出ているという話だ。

 

 そしてもう一つだが、俺のブラの紐が遂に限界を迎えて死んだ。

 おかげで持っている服や下着のサイズを調整する為に貴重な時間が丸一日潰れた。



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第51話 上級魔法ぶっぱは健康に良い

 ブラノ=ホック将軍が名誉の負傷によって一階級特進するトラブルがあった事はさて置いて。

 グランディーノの町から見て西南西の方角に、レンハイムという町がある。

 ここら一帯を治める領主であるケッヘル伯爵が住んでいる町であり、伯爵領の中では最も大きく、栄えている都市だ。日本で言うなら県庁所在地といったところか。

 最近はグランディーノが急激に空前の発展を遂げている為、ナンバー1の座から陥落しつつあるが、それでも辺境基準で言えば大都市である事に違いはない。

 俺も数回、領主に会いに訪れた事がある。

 

 そのレンハイムの町から少し離れた南側には、大きな山がそびえ立っている。

 かつては頻繁に噴火を繰り返していた火山だったそうだが、ここ数百年間は目立った活動が無いようだ。

 

 冒険者達が調査した結果、その火山付近のエリアが異常な高温に包まれている事が判明した。

 必然的に、その近くにあるレンハイムの町も猛暑に襲われており、体調を崩す者が多く出ているようだ。

 その上、その火山付近に魔物の大群が集結しつつある事が報告されている。

 

 グランディーノ周辺でも続いている異様な暑さの原因は、ほぼ間違いなくそこにあると考えていいだろう。

 暑さで弱ったところに、大量の魔物に襲われては住民もたまったものではないだろう。仮にそれでレンハイムの町が魔物によって陥落させられるような事があれば、領内の政治や経済に深刻なダメージを負う事になる。

 よって俺達は住民の救助と、この異常な猛暑の原因究明・解決の為に、レンハイムの町へと向かう事になったのだった。

 

「では、行きましょう。私は空から先行します」

 

 俺は最上位水精霊(アーク・ウンディーネ)の一体を天馬形態に変化させ、それに騎乗した。

 海だと自分で泳ぐか『海渡り』の技能(アビリティ)を使って走ったほうが速いが、水が無い場所だと天馬形態の水精霊に乗って空を移動するのが一番速い。

 神殿騎士達はそれぞれ、自分の馬に乗って街道を走って移動する。手綱を握り、馬を走らせる騎士達を上空から見下ろしながら、俺は最上位水精霊に急ぐように指示した。

 

「なあ、もっとスピード出せないか?」

 

「申し訳ありません。アルティリア様が重いのでこれ以上は無理ですね」

 

 なんだとこの野郎。

 

「重くねぇよ! ……ないよな?」

 

 咄嗟に否定するが、ちょっと不安に駆られてそう聞いてみるが、

 

「いえ重いです。主に乳や尻が大きすぎるのが問題と思われますので、減らす事をお薦めします」

 

 と、即座に否定されてしまった。しかしこいつら本当に俺に対して遠慮とか無くなったな。

 あと、それを減らすなんてとんでもない。

 

「あと足も太いですし」

 

「太くねぇって!」

 

「いえ太いです」

 

 そりゃあ確かに太いか太くないかの二択で言うなら太いだろうが、人をまるでデブみたいに言うのはやめて貰いたい。

 乳や尻を限界まで盛るなら太ももも思いっきりむちむちにするべきだと思ったからそうしただけであって、お腹や腰回りはしっかり絞ってあるんだぞ。

 文句を言ってやろうと口を開こうとしたが、その前に後方から猛スピードで迫ってくる何者かの気配と飛行音に気付いたので、俺は後ろを振り返った。

 すると、そこには見覚えのあるドラゴンの姿があった。うちで飼っている、ニーナによってツナマヨと名付けられた飛竜だ。

 飛行するそのドラゴンの背中には、ニーナとアレックスが乗っていた。どうやら勝手に付いてきてしまったようだ。

 

「二人とも、これから行く所は危険な戦いになる可能性が高いから、帰って家で待っていなさい」

 

 俺は二人にそう告げるが、獣人の兄妹は二人揃って同じタイミングで、首をぶんぶんと横に振った。

 

「おれたちも行くぞ。領主には世話になってるし、カレンも心配だ」

 

「ニーナもママを手伝う」

 

 決心は固いようだ。ちなみにカレンというのは、領主の娘の名前だ。領主が俺を訪ねてくる時に、よく一緒にくっついて来ているのだが、歳が近い事もあってうちの子達や町の子供達と一緒に遊ばせていたら、すぐに仲良くなった。

 

「はぁ……わかった。ただし無理はするんじゃないぞ。自分達の身を守る事を第一に考えて、なるべく私から離れないように」

 

 幼いとはいえ二人共、ゴブリンとかの弱い魔物ならソロで薙ぎ倒せる程度の実力はあるのだが、それでも油断はできない。

 俺は念の為、二人と一匹に防御力強化を中心とした複数の支援魔法をかけた。これで仮に被弾したとしても、大抵の攻撃はシャットアウト出来るだろう。

 

「む、あれは……いかん、もう襲われているか……!」

 

 遠くにレンハイムの町が見えてきたのだが、同時に町の周辺で大規模な戦いが起こっている様子が伺えた。

 どうやら既に戦いが始まってしまっているようだが、幸いな事に開戦からそれほど時間は経っていないようだ。

 魔物と戦っている人間達は領主麾下の領邦軍や、レンハイムの町を拠点にしている傭兵・冒険者達が中心となって、町に攻め入ろうとする魔物を押し返している。

 

「数に押されるな、耐え切るのだ! ここで我らが持ち堪えれば、必ず援軍が来てくれる! それまで何としても生き延びよ!」

 

 街を囲む高い防壁の上に立ち、大声でそう叫び兵士達を鼓舞すると同時に自らも弓を取り、壁の上から眼下の魔物に向かって矢を射掛けているのは、他でもないこの町の主である領主ことケッヘル伯爵だった。

 

「領主様、危険です! お下がりください!」

 

「危険は承知の上! この一大事に、私だけが安全な場所で座して待つなど出来るものか! そんな事を言う暇があったら矢弾を持ってこい!」

 

 執事が静止するのも聞かず、領主は再び弓に矢を番えると、配下のゴブリン達の後ろで呪文を唱えて攻撃魔法を発動しようとしていた食人鬼の術師(オーガ・シャーマン)をヘッドショットで射殺していた。

 シャーマンは普通のオーガと比べると小柄で力や体力が低めだが、それでもオーガという種族なだけあって、人間よりもかなり大きく強靭な体を持つ。そんな敵を眉間への弱点攻撃とはいえ一発で倒すとは、なかなかやるじゃないか。

 指揮官の術師が倒れた事で、前衛のオーガやゴブリン達が浮き足立つ。それとは対照的に、人間達は総大将が活躍した事で盛り上がりを見せる。

 

「おおっ、領主様が目にもの見せたぞ! 我らも続くぞ!」

 

「おう野郎共、俺らの大将は物好きで、後ろに下がるのがお嫌だそうだ。仕方がねぇから、代わりに俺らがもっと前に出るぞ! 突撃、突撃!」

 

 総大将の奮戦っぷりに、軍人や傭兵達もハッスルしている。

 ……だが俺は彼らとは逆に、嫌な予感を覚えていた。このように士気が上がり、さあ反撃だと攻勢に出ようとする時ほど、足下を掬われやすいものだ。

 そして、そのように出鼻を挫かれた時のダメージは、無視できないほど大きい物になる。実際に体に受けるダメージ以上に、心理的な物がだ。

 

「ケェェェェッ!」

 

 ほら、やっぱりな。

 現れたのは、全身に燃え盛る炎を纏った、赤い鴉のような鳥型のモンスター『炎鴉《フレイム・クロウ》』だ。何十羽もの飛行型モンスターが、編隊を組んで高速飛行し、領主に向かって一直線に飛んでいく姿は壮観ですらあるが、同時に大きな脅威でもある。

 

「領主様、お逃げください!」

 

 兵士達が襲ってくる炎鴉を弓や銃で撃ち落とそうとするが、小型で高速で飛び回る上に数が多い為、落とせたのはほんの数体だけだ。勝てると思ったところへの強襲だったせいで、反応が遅れたのも痛い。

 確かあのモンスター、自分も反動ダメージを受ける代わりに威力が高い、自爆じみた体当たり技を使ってくる筈なので、このままでは領主がそれを受けて倒れる可能性が高いと言わざるをえない。そうなってしまえば総大将を失った兵士達の士気が大きく下がり、町の防衛が困難になる事は間違いない。

 

 まあそれも、俺が居なければという無意味な仮定の話だ。

 

「予想通り、そして既にそこは俺の射程内だ」

 

 騎乗している水精霊(天馬形態)を最大速度で移動させ、レンハイム上空へと辿り着いた俺は、無数の『水の弾丸(アクア・バレット)』を上空からバラ撒いて炎鴉どもを葬りながら、水精霊から飛び降りて城壁の上へとまっすぐに降下した。

 降下地点は領主のすぐ隣だ。忍者のように音もなく降り立つと、俺は手にしていた槍を無造作に一振りした。狙いは、死角からこっそりと領主に忍び寄って、彼を暗殺しようとしていたモンスターだ。

 その正体はレッドキャップという、その名の通りに赤い帽子を被ったゴブリンだった。普通のゴブリンよりも素早さを中心としたステータスが大幅に高く、隠れ身(ハイディング)背中刺し(バックスタブ)といった技を使う、ゴブリンの暗殺者だ。

 同格の相手にとっては脅威となり得る能力を持つ厄介なモンスターだが、こいつ程度のハイディングは俺の目には遠くからでもバレバレだ。よって、こうして始末させてもらったという訳だ。

 

「アルティリア様……! 助かりました、まさか敵が潜んでいたとは……」

 

「よく持ち堪えてくれました。ですが脇が甘いですよ伯爵。それに戦いはまだ終わっていません。まずは目の前の敵に集中するように」

 

「はっ、おっしゃる通りでございます」

 

 俺の言葉を聞いて気合を入れ直し、領主は大きく息を吸い込んで、

 

「皆の者、アルティリア様が来てくださったぞ! この戦い、もはや我らの勝利は必然である! しかしながら最後まで油断する事なく、一人も欠けずに生き残り、完全なる勝利を我らが女神に捧げるのだ!」

 

 領主の檄に、兵士達が鬨の声を上げて応えた。

 

「アルティリア様、お子様方が反対側の救援に向かうそうです。私も護衛として同行いたします」

 

 最上位水精霊から念話が入った。見上げれば兄妹を乗せたドラゴンと、天馬形態の最上位水精霊が街の北側に向かって飛んでいくのが見えた。

 

「助かる。二人が無茶をしないように気を付けてやってくれ」

 

 うちの最上位水精霊はレベル100超えてるし、あいつが居れば万が一にも子供達がやられるような事はないだろう。

 それは分かっているが心配なものは心配なので、眼下にウジャウジャとひしめいている雑魚の群れをさっさと片付けて迎えに行こうと思った。

 

「私が片付けます。全員、退きなさい!」

 

 城壁の上から兵士達に指示を出すと、彼らはすぐにそれに従って後退した。

 退いていく彼らを追撃しようとするモンスターも居たが、それらは城壁の上から領主率いる弓兵達が放った矢によって次々と討たれていった。

 上出来だ。これで兵士達と魔物の群れの間には十分な距離ができた為、彼らを巻き込む心配もないだろう。後は、敵軍のちょっと後ろの方を狙って撃つだけだ。

 

「さてモンスターの皆さん、レンハイムの町へようこそ。そしてさようなら」

 

 俺は敵軍の真上、上空80メートルくらいの位置に、直径10メートル程度の巨大な水球を生成し……それを、地面に向かって垂直に落下させた。

 

「『天より堕ちる水球(フォーリングスフィア)』!」

 

 言うなればそれは、水属性版の隕石落下(コメットフォール)のような魔法である。重力に従って落下した巨大水球は、地面に着弾すると同時に破裂し、大量の水を周囲に撒き散らしながら魔物の群れを飲み込んで……

 

「そして『天に還る水柱(ライジングピラー)』!」

 

 その水が、今度は巨大な水柱となって重力に逆らい、渦を巻いて螺旋を描きながら真上に向かい、ぐんぐん空へと昇っていく。周囲の魔物を渦に巻き込みながら。

 この『天に還る水柱』は、『天より堕ちる水球』の発動後にのみ使えるコンボ用の魔法だ。威力もさることながら、範囲引き寄せ&強制打ち上げ効果があるので、これで大量の敵を上空に打ち上げた後に対空技で更にコンボを繋げる事もできる。MP消費がちょっと多めな以外は非常に優秀な魔法だ。

 

 とりあえず、城壁のこちら側に来ていたモンスター達はこれで粗方片付いた。運よく巻き込まれずに済んだ奴らがまだ少し残ってはいるが、それは領主や兵士さん達に任せても大丈夫だろう。

 

 しかし普段は住民達のレベリングの為に、俺が手を出す事は殆ど無かったわけだが、たまにはこうやって自分で戦わないとな。

 練習相手にもならない雑魚の群れが相手なので物足りなくはあるが、そこそこ良い運動にはなった。



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第52話 食ってみな、飛ぶぞ

 俺が魔法で敵の大半をブッ飛ばした後に、生き残った僅かな敵を兵士達が掃討した事で、戦闘は終了した。

 しかし町の別方向からも敵は襲ってきている。俺が加勢した箇所が一番、敵の数が多い主戦場ではあったが、別方面の敵も決して侮れない数だとの事だ。

 

 しかし、そちらもアレックスとニーナが……というより二人を乗せたドラゴンが暴れ回ったり、俺達より少し遅れて到着したロイドら神殿騎士が敵軍の背後を突いたりして、あっさりと壊滅させる事ができた。

 

 俺は冷房代わりに町の広場や空き地にでっかい氷の塊を作って置いた後に、領主の館へと向かった。

 戦いに完全勝利し、防衛に成功した事でテンションが上がってはいるが、最近の暑さや魔物の襲撃による疲れは隠しきれないようで、住民達は少々元気がないようだ。そしてそれは、彼らを纏める領主も同様だった。

 特に領主や高い地位にある者は激務が続いている為、彼らの疲労は深刻だ。今はまだ何とか気合と根性、使命感などで誤魔化せているようだが、いずれ限界は来る。

 よって、まずはそれを何とかする必要がある。

 

「料理をしましょう」

 

 俺は神殿騎士達を集めて、そう告げた。

 

「この町の者達は暑さや疲れで活力を失っています。それを何とかしなければなりません」

 

 俺の言葉に真っ先に反応したのはロイドで、

 

「確かに、住民に元気が無いのは気になっていました。暑さで食事が喉を通らない様子の人も多いようです。ならば彼らにも食べやすく、冷たい料理を用意するべきでしょうか……」

 

 ロイドはそう提案するが、俺はその言葉に対して首を横に振った。

 確かに、暑さで弱ってるなら冷たくて食べやすく、消化の良い物を与えるというのも間違ってはいないと思うが、だからと言ってそれで住民達が元気を取り戻せるか……と考えると、否と言わざるをえない。

 ここは、もっと踏み込んで考えるべきだ。食べやすさや冷たさは、今一番必要な要素ではない。

 一口食べればシャキッと目が覚め、完食する頃には気合と元気がモリモリ湧いてくるような……今必要なのはそんな料理だ。

 

 ならば、作るのはあの料理だ。

 

「逆に考えましょう。むしろ、この暑さに負けないくらいの熱気が、体の奥から湧き上がるような料理を提供します」

 

 俺は館で働く使用人達に必要な食材が書かれたメモと金貨の入った袋を渡し、大急ぎで食材を用意するように頼んだ。

 それと同時に手持ちの調理道具や食材を取り出し、神殿騎士達に手順を教えながら調理に取り掛かった。

 

 そして数時間後、料理を完成させた俺は、それを持って領主の部屋を訪れた。

 

「伯爵、お邪魔しますよ」

 

「アルティリア様……それは?」

 

「貴方の夕食です。満足に食事も取っていないのでしょう? 忙しいのは分かりますが、ちゃんと食べないと満足に働けませんよ」

 

 俺は顔に隠し切れない疲労の色が出ている領主に書類仕事の手を止めさせ、机の上を片付けて、持ってきた料理を彼の前に置いた。

 

 俺が用意したのは、一杯の椀に入った麺料理だ。麺は細いストレート麺で、スープは無く、味付けされた挽肉や搾菜(ザーサイ)、刻みネギといった具材が添えられ、ラー油や花椒――南方のオウカ帝国産の山椒で、舌が痺れるような強い辛味が特徴。マフィアの爺さんが南方から仕入れて輸入してくれた物だ――を使った俺特製の辛口タレで味付けした。

 

 その料理の名は、担々麺という。

 日本ではラーメンのようにスープに入っているのが主流で、ラーメンの一種のような扱いになっているが、俺が作ったのは元々中国で作られた、汁なしで小さな椀に入って売られていた物に近い物だ。

 このクソ暑い時にアツアツのスープなんか飲みたくないだろうし、常温の麺だけの料理なら食べやすくもあるだろう。

 

 領主はいきなり料理を出された事で戸惑った様子だったが、意を決してフォークを手に取り、具材が良い感じに絡んだ麺を口に運んだ。

 

「ぬおっ!?」

 

 担々麺を一口食べた領主の額から汗が噴き出る。

 領主は目を見開いて驚いた表情を見せるが、すぐに夢中になって担々麺を食べ続けた。

 元々、小さい椀に少量だけ盛られていた麺はすぐに無くなり、物足りなさそうな様子の領主に、俺はコップに入った飲み物を差し出した。

 頭を下げ、頂戴いたしますと言って俺が差し出した飲み物を一気に飲み干すと、領主は至福に満ちた表情を浮かべた。

 俺が出した飲み物は、キンキンに冷えたレモン水に蜂蜜を加えた物だ。暑さに加えて辛い料理を食べて汗だくになったところに、レモンの酸味と蜂蜜の上品な甘味によって爽やかな清涼感が味わえるって寸法よ。

 

「これは……っ! 血が沸き立ち、筋肉が躍動する! うおおおおおおっ!」

 

 領主が立ち上がり、マッスルポーズを取る。その勢いと膨張する筋肉によって、彼が着ていた上等な上着がビリビリと音をたてて裂けた。

 先程まで感じていた疲労感や倦怠感が吹っ飛び、全身に活力が漲っているようだ。

 

「アルティリア様……この料理はいったい!? あんな少量の麺を食しただけで、これほど力が湧き出るとは……」

 

「ふふふ……まあ、今は細かい事はいいでしょう。それよりも、あれだけでは物足りなかったのでは?」

 

 そう言って俺は……先程の物よりも一回り大きい椀に入った担々麺を、領主に差し出した。

 迷う事なくそれを受け取った領主は、5杯お代わりをしてようやく満足したようだ。

 

「それにしても不思議な料理ですな……暑さや疲労で食欲や体力が減衰し、食事も喉を通らないと思っていましたが、それらが纏めて吹き飛ぶほどの凄まじい力が、全身から湧き上がってまいりました……」

 

「先程の質問に答えましょうか。この料理の名は『担々麺』。元々は労働者の為の軽食であり、疲れた心と体を癒し、活力を与える事で再び仕事に励む事ができる……そんな料理です」

 

 味付けに使った黒胡麻を凝縮した胡麻油や黒酢、にんにく、唐辛子、花椒といった調味料は脳や肉体を刺激・活性化させ、回復を図る効果を持つ。強烈な辛さで汗をかかせて体内の悪い物を外に出し、同時に爽やかな酸味で食欲を増進させる。

 担々麺というのはそういった、きつい肉体労働に勤しむ男達が、午後からまた気合を入れて働く為の飯である。

 更にそれだけではなく、俺独自の工夫としてグランディーノで採れた豊富な海の幸から抽出した栄養満点のエキスや、俺が調合したミックススパイスを隠し味として入れている。

 俺個人が持つ廃人級の料理スキルによるステータス強化効果(食事Buff)もあって、俺が作った担々麺が持つ上記の効能は、通常のそれとは一線を画している。

 一口食べれば頭スッキリ、気合バリバリ。一杯食べきれば筋肉モリモリ、病気知らずの大豪傑に。それが、俺の造った特製担々麺である。

 

「なるほど……素晴らしい料理です。是非とも暑さに苦しむ町の者達にも味わってほしいものですが……」

 

 俺の説明を聞き、深く頷きながら領主はそう零した。領民思いの彼らしい言葉だが、しかし案ずるなかれ。

 

「心配には及びません。そちらは既に我が騎士達が、住人達に振舞っている頃です」

 

 当然そちらも対応済みである。

 俺と一緒に担々麺を大量に作った神殿騎士達には町の各地で屋台を出して、住民達に無料で担々麺を提供させている。

 当然だ。どうせやるなら領主一人だけよりも、町の住人を丸ごと復活させてやるのが一番に決まっている。

 

 こうして猛暑と魔物の襲撃によって弱っていたレンハイムの住民達は一夜にして完全復活し、老若男女を問わず嘗めた真似してきた魔物をブン殴ってやろうと闘志を漲らせるのだった。

 正直やりすぎたかもしれん。



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第53話 火山調査開始!

 翌日、俺達はレンハイムの町を出立した。向かう先は、町の南にある火山である。

 同行者はロイド以下、海神騎士団の正規団員全員だ。

 普段、こういった戦闘や調査に関しては騎士団に任せている俺だが、今回の件に関しては以前から続いていた、モンスターの活性化や異常な暑さの原因となる何かが存在するであろう事から、危険度・重要度が段違いと思われる為、自ら出向く事にした。

 そんなわけで危険なので、アレックスとニーナは置いてきた。この戦いにはついて来れそうにない。

 いや、実を言えばあの子達も大概強くなってるし普通に戦えそうではあるんだが……流石にボス級の敵が居る所に連れていくには心配なんだよな。まだ小さいし。

 なので領主に預けて、俺が留守の間は彼の手伝いをするように言っておいた。仕事を与えれば、勝手について来るような真似はしないだろうと踏んでの事だ。

 

 火山に向かった俺達は、さっそく大量のモンスターから手荒い歓迎を受けた。食人鬼(オーガ)岩の巨人(ロック・ゴーレム)亡霊甲冑(リビングアーマー)といった人型のモンスターが多い印象だ。

 山の麓にはそれらの大群が陣形を組んで、俺達を迎え撃とうと身構えていた。

 

「はい、『激流衝(アクア・ストリーム)』!」

 

 だが、もう居なくなったので先を急ごう。

 騎士達が背後で「流石アルティリア様!」とか言ってるのが聞こえるが、あの程度の雑魚をワンパンで一網打尽にするのは一級廃人なら誰でも出来る事なので、お前らもさっさと出来るようになれ。

 

 そうやってモンスターを雑に蹴散らしながら、俺達は山を登る。日本みたいに登山道が整備されていたりはしないので、岩肌が露出している荒れた山を強引に踏破する必要がある。

 だが、何事も工夫すれば何とかなるものだ。例えば道中、垂直に切り立った断崖絶壁を登るような場面があった。

 

「アルティリア様、どうやらここを登る以外に道は無さそうです。まずは私が登ってみます」

 

 そう言って岩盤に手をかけ、登攀しようとするロイドを俺は止めた。

 

「お待ちなさいロイド。こういった障害に対して馬鹿正直に挑んで、無駄に体力を消耗するのは得策ではありません。頭を使いなさい」

 

 ロイドを下がらせて崖の前に立った俺は、自分の足下を対象に『氷の柱(アイス・ピラー)』の魔法を発動させた。それにより、俺の足元に氷の柱が生み出され、それが俺の体を押し上げる。

 それによって崖の上までショートカットした俺は、水を操ってロープの形にして、人数分のそれを崖下に向けて垂らした。

 

「それを体に巻き付けて、しっかり掴むように。準備が出来たら引き上げます」

 

 後は水のロープをゆっくり縮めていけば、全員を崖上まで引き上げる事が出来るというわけだ。

 水は決まった形を持たず、どんな形にもなれるという特性を活かしたテクニックだな。

 他にも足場を作ったり、水の流れを利用して高速で移動したり、氷の塊でスイッチを押したり等、ショートカットやギミック解除に役立つ小技が沢山ある。

 それらを駆使して山道を進み、俺達は順調に登山をしていった。

 山頂に近付く程に、周囲の気温はますます高くなっているようだ。俺は装備効果で完全にシャットアウト出来ているし、騎士達は俺が水で薄い膜を作って熱波を防ぎ、高温から守っているが、そうしなければ途中で倒れる事は間違いない。

 

 やがて俺達は山の頂へと辿り着いたのだが、そこには予想だにしていなかった物があった。

 それは空間にぽっかりと空いた大きな穴のような物で、穴の向こう側は真っ黒な渦巻き状になっており、見通す事はできない。

 俺はその存在に見覚えがあった。一人のプレイヤーとしてLAOをやっていた時には、飽きるくらいに見たものだ。

 

「こんなところにダンジョンゲートだと……?」

 

「アルティリア様、この奇妙な穴が何なのかご存知なのですか?」

 

 すぐ後ろに立っていたロイドが、俺の呟きに反応して尋ねてきた。

 

「ええ。これはダンジョンゲートと言います。その名の通り、異界の迷宮へと通じる入口です」

 

 ダンジョンとは何らかの原因によって自然界の魔力が異常をきたした結果、歪んで異界化した空間が発生する事で生まれるものだ。

 その内部は複数の階層からなる広大な迷宮と化しており、中には外より強力なモンスターや凶悪な罠、そして数々の財宝が冒険者達を待ち受けており、ダンジョンの中にしか現れないモンスターや、そこでしか得られないレアアイテムも存在する。

 俺はそういった、ダンジョンに関する基礎知識を騎士達に伝えた。

 

「どうやら、このダンジョンの奥にある何かが猛暑の原因のようですね。かなり強力な存在が居ると思われます。何が起きてもおかしくないので、警戒を怠らないように」

 

 俺は騎士達にそう言い含めて、ダンジョンゲートへと足を踏み入れた。

 そうすると次の瞬間、俺達は高温の蒸気が噴き出し、溶岩が流れる灼熱の洞窟へと移動していた。

 

「ここがダンジョン……それにしても何という暑さだ」

 

 温度も外とは比べ物にならず、俺が居なければ入った瞬間に全滅していてもおかしくない程の異常な高温だ。俺は騎士達を守っている水壁の出力を少し上げた。

 

「床や壁から噴き出す蒸気には気を付けて。それと、あそこを流れている溶岩に落ちたら助からないので、くれぐれも足元には注意するように」

 

 ダンジョンの中は広い洞窟になっており、周りを見れば真っ赤な溶岩の川や、その先に溶岩溜まりが見える。

 普通の人間が落ちたら当然死ぬし、俺でも多少のダメージは免れない為、細心の注意を払う必要があるだろう。

 俺達は周囲を警戒しながら、洞窟の奥へと進むのだった。



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第54話 ハック&スラッシュ!

 洞窟の奥を目指して進む俺達の進む道を、多数のモンスター達が阻む。

 通路を抜けて巨大な広間に入るなり、突然襲いかかってきたのは火炎蜥蜴(フレイムリザード)溶岩巨人(ボルケーノゴーレム)といった、火属性の中~大型モンスター達だった。

 いきなり溶岩の中から飛び出して来たので少々面食らったが、落ち着いて対処すれば大して苦戦するような相手ではない。

 俺は火炎蜥蜴が放ってきた炎の吐息を、槍を回転させてかき消した。そしてそのまま槍を回しながら手を放し、その柄を蹴り上げた。

 

「ほいっと」

 

 まるで車輪のように高速で縦回転しながら、槍が敵群に向かって飛んでいく。『大車輪』という、槍の遠距離攻撃技だ。使うと槍が一時的に手元から離れるデメリットはあるが、その分射程距離・威力共に優秀な技である。更にそのデメリットも、コンボ用の技を使えば解消可能どころかメリットと化す。

 俺は残像を残しながら、一瞬で蹴り放った槍の元まで移動した。そこはモンスターの群れの丁度真ん中あたりで、周りには大量の敵が居る。

 そこで再び槍を掴んだ俺は、それを大きく振り回して周囲の敵を薙ぎ払うと再び瞬間移動をして、今度は敵群の真上へと移動する。

 

「瞬速回収からのブランディッシュスピア、短距離転移(ショートテレポート)、そして流星槍っと」

 

 真下に向かって一気に加速し、溶岩巨人を頭から串刺しにして粉砕しながら、地面へと槍を突き立てて……

 

「はい、『トルネードスピン』! 終わり!」

 

 突き立てた槍を両手で掴んでポール代わりにして、俺は横方向に自らの体を高速で回転させ、周囲に竜巻を発生させて、周りの敵を纏めて消し飛ばした。

 これで粗方の敵は倒した。一方、同行している神殿騎士達に目をやると、彼らもそれぞれ自分の武器でモンスターを切り伏せたり、叩き潰したりしている。ロイドは飛びかかってきた火炎蜥蜴や吸血蝙蝠(ドレインバット)を一太刀で纏めて切り伏せてるし、ルーシーは溶岩巨人が投げてきた高温の岩の塊を、右手のメイスで他の敵が固まっている所に打ち返しながら、左手に持った盾で近付いてきた別の敵を殴り倒すといった器用な真似をしている。やはりあの二人は頭一つ抜けているな。

 勿論他の者達もしっかり活躍し、ものの数分で視界を埋め尽くしていた敵は全滅した。

 

 そうして、その場に居たモンスターが全員居なくなると、突然俺達の近くの床に、豪華な装飾がされた大きな宝箱が姿を現した。

 

「ダンジョンの中には、今のように大量のモンスターが現れる部屋や空間が存在します。所謂(いわゆる)モンスターハウスといって、多数のモンスターに囲まれるので非常に危険ではありますが……代わりにそこに居る敵を全滅させる事が出来れば、貴重な財宝を入手する事ができるのです」

 

 いきなり目の前に宝箱が出てきて、ぎょっとしている騎士達に向けて俺はそう説明した。

 ダンジョンは時間や空間の流れが歪んでいる為、遥か昔に失われた筈の物や、異なる世界から流れてきた品が紛れ込む事がよくあるらしい。ロストアルカディアシリーズの設定上ではダンジョンで拾える財宝とは、そういった存在らしい。

 

「ただしダンジョンで宝箱を開ける時は、罠に気を付けるように。宝箱そのものではなく、近くの床や壁に仕掛けられている事もあるから油断は禁物です。それと罠が無くても鍵がかかっている場合もあるので、メンバーに盗賊系の職に就いている者が一人でも居れば、探索がぐっと楽になりますよ。今回は罠・鍵どちらも無いようなので、このまま開けてしまいましょう」

 

 宝箱を開けると、中からは多くのアイテムが姿を現した。

 

「やはりダンジョンの性質と同じで、火属性のアイテムが多いようですね。武器はこの場所のモンスターには通じにくいでしょうが、他の場所では役立つでしょうし、売ってそのお金で装備を整えるのも勿論ありです」

 

 火属性の短剣『フレイムダガー』や、火属性魔法を強化する効果がある杖『ファイアワンド』といった武器や、火属性耐性付きのマント『火鼠の衣』や、腕防具『火精霊の手甲(サラマンダーガントレット)』のような防具類を入手した。

 俺には不要だが、ロイド達にとってはかなり有用なレアアイテムだろう。特に防具類は、この洞窟を進む上でかなり役に立つはずだ。

 

 その中でも一番の目玉は、『火吸(ひすい)の勾玉』というアクセサリだ。緑色の勾玉が付いた首飾りで、これはもしかして翡翠と火吸をかけたダジャレなのだろうか。

 そんな冗談みたいな名前だが、その効果はなかなか優秀だ。火属性耐性上昇、火属性の敵に対するダメージ上昇に加えて、火属性ダメージを受けた際に短時間だが全ステータスとHP・MPの自然回復力を上昇する強化効果(バフ)を受ける事ができる。このダンジョンを攻略するのに使えと言っているような性能だ。

 

 そんな有用なレアアイテムを多数入手した神殿騎士達だったが、ここで問題となるのはアイテムの分配をどうするかだ。

 誰だってレアアイテムは欲しい。しかしその数には限りがあり、全員がそれを手に入れる事は出来ない。

 全部売って換金するには惜しい性能だし、誰がどのアイテムを手にするかを話し合いで決めるという手もあるが、生憎と悠長にそんな事をしている暇もない。

 しかし案ずるなかれ。そのような時に冒険者達が行なう、伝統的な儀式がある。俺はそれを彼らに伝授した。

 

 まず最初に、各人がそれぞれ自分の欲しいアイテムを宣言するのだ。

 その結果、もしもそれを欲しい者が自分以外におらず、被りがなかった場合は、何事もなく指定したアイテムを手に入れる事ができる。

 そして、それを欲しいという者が自分以外にも居た場合は……

 

「いくぞ! 運命のダイスロールッ!!」

 

 賽を振り、その出目に全てを託すのだ。2D6で一番高い目を出した奴が優勝だ。

 

「ッッシャアアア! 火精霊の手甲ゲットォォォォ!」

 

「ぐわああああ! 馬鹿な、何故そこでピンゾロ!?」

 

 ダイスの結果は絶対である。勝ってレアアイテムを手に入れる者も居れば、敗北して何も得られなかった者もいる。

 だが今回負けた奴は次回以降に入手したアイテムに対して優先権を与えられるので、次のチャンスに期待してほしい。

 ちなみに火吸の勾玉はロイドが入手した。驚く事に、それを指定した奴がロイド以外に居なかったからだ。一番レアで便利な装備は団長に使ってほしいという、騎士団員達の心配りの賜物であった。ロイドは部下達の気遣いに感謝しながら、それを自らの首に下げたのだった。

 

 なんてあったかいチームであろうか。少なくとも俺が所属していたギルド『OceanRoad』では見た事がない光景だ。奴らは俺も含めてハイエナのように一番高価なアイテムに飛びつき、ギルドマスターのキングは毎回ダイス競争でいつもの屑運を発揮してボロ負けし、ギルメン達に煽られていた。

 海神騎士団とOceanRoad、一体どこで差が付いたのか。慢心、環境の違い……

 

 それから俺達は幾つかの通路や大部屋を踏破して、遂にダンジョンの最奥へと辿り着いた。

 そこには巨大な金属の扉と、その両脇に鎮座する大きな悪魔像があり、いかにも「この先にボスが居ますよ。回復とセーブを忘れないように」といった雰囲気を漂わせていた。

 

「準備はいいですね。行きますよ」

 

 俺は扉に手をかけて押し開き、部屋の中へと足を進めるのだった。



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第55話 魔神将

 扉を開けた先は広い部屋があった。地面や壁、天井はごつごつした剥き出しの岩肌で出来ており、光源である篝火以外には何も無い、殺風景な大部屋だ。俺達が入ってきた大扉の反対側には、また別の小さな扉があるのが見える。

 その部屋の中心に、一人の人物が立っていた。

 いや……正確にはその、直立不動で俺達を待ち構えていた者は人間ではなく、人型のモンスターだった。

 そいつは真っ赤な鎧を身に着け、その体躯以上に巨大な大剣を背負っており、彼の周囲の景色は、その身から放たれる熱気によって、ゆらゆらと揺らめいている。

 

「来たか……女神とその信徒達よ」

 

「お前は……紅蓮の騎士!」

 

 このダンジョンのボスと思われるモンスターの姿と、彼が発した言葉を受けたロイドが、その名を口にした。

 紅蓮の騎士。その名前には聞き覚えがある。魔神将の配下であり、確か以前ロイド達がグランディーノの冒険者達と共に交戦し、その際にロイドが死にかけたとかいう奴だ。

 かつて苦戦を強いられた強敵の登場に、騎士達が一斉に身構えた。

 

「あれ以来姿を見せないと思ったら、こんなところで何をしている?」

 

 ロイドが紅蓮の騎士に対して、そんな質問をした。当然の疑問ではあるが、敵がわざわざ何を企んでいるか答えてくれるとは思えんのだが……

 俺はそう考えたのだが、紅蓮の騎士は律儀にも、意外な答えを口にした。

 

「修行だ」

 

「……修行ォ!?」

 

「然り。この火山は火属性の魔力が豊富な霊場であり、我が修行に最適な場所であった。……以前、地獄の道化師(ヘルズ・クラウン)が汝らの神殿を襲撃した事があっただろう」

 

 俺が現在の住居である、グランディーノの神殿に移動した時の事だな。あの時からもう、2ヶ月くらいも経つのか。

 

「あの時の奴と女神の戦いを見た我は、現状では勝ち目が無いと判断した。ゆえに自分の力を高めるべく、この山の火口にて己を鍛え直していたところだ」

 

 何でボス級の敵が2ヶ月以上もの間、真っ当に修行回やってんだ。真面目か。

 そうツッコミを入れたくなるのをグッとこらえて、俺は目を凝らして紅蓮の騎士を観察した。

 それによって技能『敵情報解析(アナライズ)』が発動し、俺は奴のステータスや使用技などの情報を知る事が出来る。

 その結果、知る事ができた情報によれば……成る程、以前戦った地獄の道化師よりもレベル・ステータス共に二回りほど上回っている。

 具体的にはレベルは124。ステータスは筋力と耐久が非常に高く、敏捷や魔力はイマイチな典型的なガチガチ前衛タイプだ。ただしそれでも大きな穴はなく、目立った欠点は無い優秀な能力をしている。

 俺が1対1で戦えば……まあ、まず負ける事は無いだろうが、楽に勝てるとも言えない相手だ。

 

「ならば、ここ最近の異常な猛暑や魔物の襲撃、そしてこのダンジョンは何だ? お前の様子を見れば修行をしていたのは本当のようだが、まだ他にも何か企んでいるんじゃないのか!?」

 

 俺が敵の能力について分析・考察している間に、ロイドが次の質問を飛ばす。

 それにしてもロイドも紅蓮の騎士が、以前戦った時より強くなっているのには気付いたようだな。

 敵の力量を推し量り、把握するのは戦闘を行なう上で何よりも大事だという俺の教育が、しっかり行き届いているようで何よりだ。

 

「それについては偶然の産物だが、折角なので利用させて貰う事にした」

 

 紅蓮の騎士が言うには、ここで修業を続ける内に、この地の火属性の魔力がどんどん増幅されていったそうな。

 恐らく、紅蓮の騎士自身が持つ強力な炎の力と共鳴した結果なのだろう。

 それによってこの山は火属性だけが異常な程の高まりを起こし、それによって空間に異常が発生、ダンジョンが生まれたというわけだ。

 更にそれだけではなく、属性異常によって火属性の強力な魔物が大量に出現したり、ローランド王国の北東部全域に渡って異常な猛暑が発生するような事態になったのだった。

 

「猛暑によって広範囲の人間達を弱らせ、更に戦力となる魔物が生み出され、我は増幅を続ける火の魔力を取り込む事で、より強くなる事ができる。結果的に一石三鳥と言うわけだ」

 

 成る程ね。結果オーライとはいえ良い作戦じゃないの。派手にやりすぎて、こうやって俺に目を付けられるって点を除けばな。

 

「律儀に答えてくれたお礼に、今すぐ止めて逃げ帰るなら見逃してあげますが、どうします?」

 

 俺は槍を一回転させた後に、穂先を紅蓮の騎士に向けて言い放った。言うまでもなく挑発だ。

 

「笑止。敵の総大将がわざわざ目前に出てきてくれた好機で、背を見せるなどあり得ぬわ」

 

 確かにそれは大チャンスでもある。ただしそれはあくまで勝てればの話だ。

 

「お前がこの私に勝てるとでも? あまり思い上がるなよ」

 

「逆に訊くが、汝は相手が自分よりも強ければ、尻尾を巻いて逃げ帰るのか?」

 

 あったりめーだバカ。なんでわざわざ格上相手に、馬鹿正直に真っ向勝負なんかしなけりゃならんのだ。一旦逃げて、勝てる策を用意してから戦うに決まってんだろ。

 とはいえ、それが許されない状況というのは勿論ある。例えば退路が封鎖されている時とか、ここで勝たなきゃ目的が達成できない時、後ろに守るべき対象がいる時なんかがそうだ。

 そんな時は戦いながら、何とか打開策を講じるものだが……恐らく、紅蓮の騎士にとっては今がその状況なのだろう。

 

 ……いや、何か違和感を感じるな。

 修行や、この地の魔力を取り込んだ事で以前より強くなっているとはいえ、この紅蓮の騎士という男、俺と戦えば確実に負ける事が分からないだろうか?

 それはあり得ない。何故ならこいつは以前、俺をその目で見て、勝てないと判断して退いたと言った。ならば彼我の実力差くらい判断出来ない筈がないし、勝てない勝負にわざわざ挑むほど無謀な性格でもない。

 ならば何故戦いを挑むのかと考えれば、答えは二つに絞られる。

 何か勝てる算段があるか、あるいは勝てなくても良いと考えているからだ。

 

 とは言ったもののレベル差や属性の相性、装備性能などで総合的に判断すれば、こいつが俺に勝てる可能性など1%も無いはずだ。なので後者を軸に考えてみる。

 じゃあ負けると分かっていても戦おうとする理由って何だ? 幾つか思いつきはするが、とりあえずは……

 

「時間稼ぎか」

 

「……!!」

 

 俺のカマかけに、紅蓮の騎士が驚いたような反応を見せる。どうやら一発目で当たりを引けたようだ。

 なら次に何が目的で時間稼ぎをするのか考えようとした時だった。突然、足下がぐらぐらと大きく揺れた。

 

「うわっ、地震か!?」

 

「大きいぞ、気をつけろ!」

 

 騎士達が慌ててそう叫ぶ声を聞きながら、俺は脳がすーっと冷えていく感覚を覚えていた。頭がスッキリ冴え渡るのと同時に、全身にぞわぞわと寒気が襲ってくるような奇妙な感じだ。

 ただの地震じゃないぞ、これは。そもそもダンジョンは外の世界とは隔絶された特殊な空間なので、その中で地震が起きるなんて事は、通常はあり得ない筈だ。

 

 なら何でこんな揺れが起きてるのか。普通じゃない事が起きているからに決まっている。何かダンジョン内の空間が大きく歪んで、元から不安定な空間が崩壊しかけるような、只事じゃない事が起きている。

 

 紅蓮の騎士に視線を送ると、彼は俺が正解に辿り着いたのを察したようで、

 

「最後の目的に気が付いたか。流石だが、もう手遅れだ」

 

 そう言い放つのを最後まで聞き終える前に、俺は走り出した。

 

「ロイド、ここは任せる!」

 

「はっ、仰せのままに!」

 

 何の説明もなくそう命じられながらも、ロイドは迷う事なく刀を抜き、紅蓮の騎士に水の刃を飛ばして攻撃した。

 紅蓮の騎士がそれを大剣で弾き飛ばすのを横目に見ながら、俺はその横を駆け抜ける。ロイドの援護をしてやりたい気持ちはあるが、正直今は一秒の時間や僅かなMPすら惜しい為、それもままならない。

 俺はそのまま、入って来た方向とは逆側の、小さな扉を蹴り開け、その先へ向かった。

 

 俺は勘違いしていた。

 ここが最後のボス部屋で、この小さな扉の先はクリア報酬が貰える宝箱や出口がある部屋だと思い込んでいたのだが、実はそうではなかった。

 扉の先には更に下層へと向かう階段があり、それを降りるとだだっ広い空間が目の前に広がっていた。

 そこにあったのは、虚空に大きく口を開けた、空間の裂け目のような物だった。俺はそれに、物凄く見覚えがあった。ロストアルカディアシリーズをプレイして、どれか一つでもクリアした事があるプレイヤーなら、絶対に見覚えがある代物だ。

 その中から、おぞましい声が響き渡る。

 

「足止めもままならんとは、紅蓮の騎士も存外使えぬ奴よ……」

 

 そんな言葉の直後、裂け目の中にその存在の両目が浮かび上がった。真っ赤に燃える炎の瞳が、こちらを真っ直ぐに睨みつけてくる。

 

「魔神将……!」

 

「如何にも。我が名を知るが良い、偽りの女神よ。我が名は魔神将が第六十四将、フラウロスなり」

 

 名乗りと共に、裂け目の中からそいつは姿を現した。

 それは見上げる程に巨大な、全身が紅蓮の炎に包まれている豹の姿をしたモンスターだった。

 

 あの裂け目は魔神将がこっちの世界に出てくる時の通り道であり、奴らの本体が存在する異次元と同じように、不安定な空間であるダンジョンの奥に出てくるのもゲームと同様の仕様だ。

 紅蓮の騎士はダンジョン内やその周辺地域の属性バランスを大きく乱す事で空間を不安定にさせ、異次元への門を開こうとしていた。これが奴が隠そうとしていた最後の目的だった。

 それに気付いたので奴の相手をロイド達に任せ、慌てて塞ぎに来たのだが……どうやら間に合わなかったようだ。いや、ギリギリで間に合ったというべきか。

 

 解析の結果、現れた豹型モンスター名称は『魔神将の化身(デモンズアバター):フラウロス』。レベルは……250だ。

 

 化身と付いている通り、こいつは魔神将の本体ではない。どうやら本体がこっちに来れる程、門は開ききっていない様子だ。

 仮に本体がこっちに出てきたら俺一人で止めるのは不可能で、その時点でゲームオーバーだ。先にギリギリで間に合ったといったのはそういう意味である。

 

 しかし、化身の時点でも相当な強敵である事は間違いない。

 俺がアルティリアになって、この世界に来てから初めての、格上相手の戦いという事もあるし、気を引き締めてかかる必要があるだろう。

 

「正直キツいが……やってやりますか!」

 

 俺は槍を構え、魔神将の化身へと挑むのだった。



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第56話 騎士の戦い※

 ロイド=アストレアは愛刀を振り抜いた姿勢のまま、駆けてゆくアルティリアの後ろ姿を見送った。そうしながら、眼前の敵にも油断なく注意を払う。

  信奉する女神が扉の奥へと消えると、彼の視線は改めて敵――紅蓮の騎士へと向けられた。ロイドや彼が率いる海神騎士団にとっては、因縁のある相手だ。

 

「行かせて良かったのか」

 

「構わぬ。もはや我が主の降臨は秒読み段階に入った。かの女神が向かったとて手遅れよ」

 

 ロイドの問いに、紅蓮の騎士は顔全体を覆い隠す兜の奥で、重く低い声を上げてそう答えた。それによってロイド達は、アルティリアが何の為に自分達にこの場を任せたのかを知るのだった。

 しかし、それを聞いたロイド達の心に動揺は無い。

 魔神将。この紅蓮の騎士が主と崇める、恐るべき存在。この世界の生きとし生ける者全ての天敵。それが現れると聞いても、ロイド達は誰一人として恐怖する事なく、逆に奮起する。

 

 女神に仕え、彼女の下で戦うと決めた時から、魔神将と戦う覚悟は出来ている。そして彼女が魔神将の降臨を止める為に単身で向かった今、出来る事は二つ。

 一つは、アルティリアが魔神将の降臨を食い止めるか、あるいはかの存在を打倒する事を信じる事。

 そしてもう一つは、任されたこの戦場で戦い、勝利する事だ。

 

「ゆえに、行かせたとて問題は無い。かの女神と戦う機会が無くなったのは惜しいが……それ以上にロイド=アストレア、貴様に雪辱を晴らしておきたいと思ってな」

 

 紅蓮の騎士が言っているのは、かつて戦った時の事なのだろう。あの時は紅蓮の騎士が放った必殺技を、ロイドが捨て身の上級魔法をもって打ち破った事で、辛くも勝利を拾う事が出来た。

 

「こちらとしても望むところだ、紅蓮の騎士。実を言うと俺も、お前と再び戦いたいと思っていたところだ」

 

 勝利したとはいっても、その代償にロイドも瀕死の重傷を負い、アルティリアの助けが無ければそのまま三途の川を渡っていた事は間違いない。

 そして、そこまでしても紅蓮の騎士に手傷を負わせ、撤退に追い込むのが限界だった事を考えれば、ロイドにとってもあの勝利は手放しで喜べるような物ではなく、勝ちを譲られたという思いが心の奥底にこびり付いていた。

 同時に初めて戦った、魔神将の配下という圧倒的な強敵の存在は、ロイドの心に強い印象を残していた。ゆえにロイドは、この魔物とは再び戦う事になるだろうと考え、その日の為に修行を積んできた。

 

「そこで、一つ提案があるんだが」

 

「聞こう」

 

 ロイドは腰のベルトに付いている道具袋から、ある物を取り出した。

 

「そ、それは!?」

 

「正気か団長!?」

 

 取り出された物を見た神殿騎士達が目を見開くが、構わずにロイドは手にとったそれを、紅蓮の騎士の胸元へと投げつけた。

 ロイドが投げた何かが、紅蓮の騎士の身を包む堅固な赤い鎧の胸部へと当たり、そのまま地面に落下した。

 足元に落ちたその物体に目をやった紅蓮の騎士が、その名を口にする。

 

「何だこれは……手袋だと? こんな物を投げて、一体何のつもりだ?」

 

「知らんのか? 騎士を名乗る癖に不勉強だな。それは騎士にとっての決闘の合図だ」

 

 そう……ロイドが投げつけたのは、白い手袋であった。

 神殿騎士たる者、仮に誰かに己が仕える神の名誉や誇りを傷つけられたならば、いついかなる時でも身命を賭して戦わなければならないが、だからといっていきなり抜刀して斬つけたり、殴りかかったりするような真似は騎士として失格レベルの不名誉である。決闘にはそれに相応しい、由緒ある仕来りがあるのだ。

 ゆえに神殿騎士達は、そのような時の為にこの手袋を常に持参していた。

 

「拾え。それが決闘を受けるという合図だ」

 

「……よかろう」

 

 紅蓮の騎士が身を屈めて、地面に落ちた手袋を拾い上げると、それは一瞬で燃え尽きて消し炭と化した。決闘の成立だ。

 これにより、これから始まる戦闘は1対1での戦いになる。騎士が決闘を申し込み、相手がそれを受けた以上、誰であろうと手出しをする事は許されない。

 

「一人で戦うなんて、何考えてるんだ団長は!?」

 

「ロイドさんを信じましょう。決して勝算も無く、あのような事をする人ではない筈です。それは付き合いの長い貴方達のほうが、よく分かっているでしょう」

 

「そりゃあそうですが……」

 

 独断でそれを決めたロイドの判断に異を唱えようとする団員も居たが、クリストフは彼らを宥めて、ロイドを見守る事に決めた。

 あの日……紅蓮の騎士との最初の戦いの後、ロイドは危うく命を落としかけ、アルティリアが精霊を派遣し、貴重なアイテムを使ってまで助けてくれた事で、己の弱さを恥じた。そして、どんな強敵が相手だろうと二度と負けない為に己を鍛え続けてきた。

 その姿をずっと見てきたから、あるいはあの紅蓮の騎士にも勝てるのでは……と期待を抱くのだった。

 

「我が名はロイド=アストレア! 女神アルティリア様に仕える神殿騎士也! いざ尋常に勝負!」

 

「我が名は紅蓮の騎士! 魔神将フラウロス様の忠実なる僕也! その蛮勇を後悔させてやろう!」

 

 名乗りを上げ、決闘が始まると同時に、紅蓮の騎士が凄まじい熱を放ち、その全身から燃え盛る炎が噴出した。彼が身に纏う炎のオーラ……爆炎闘気を全開にしたのだ。

 その燃え盛る闘気によって、並の戦士であれば近付くだけで炎に焼かれ、一太刀も交える事なく焼かれ死ぬだろう。仮に耐えられたとしても炎が身を焼いて継続的にダメージを与え、熱が体力を奪っていく為、戦いが長引けば長引くほど不利になるのは自明の理だ。

 また、射手による矢も紅蓮の騎士に命中する前に消し炭になり、生半可な魔法も無力化される。まさに攻防一体の難関である。

 

「くっ、何てオーラだ! あの時よりも更に巨大に、激しくなっていやがる!」

 

「離れていても圧力がとんでもねぇ……!」

 

 後ろで見ている事しかできない神殿騎士達が、以前戦った時よりも更に強大になっている爆炎闘気を目にして戦慄する。

 

「よもや忘れてはいないだろうな。我が爆炎闘気、どう攻略する!」

 

 紅蓮の騎士が左手を正面に向かって突き出すと、彼の意志に従って炎が勢いを増しながら、ロイドを焼き尽くそうと襲い掛かった。

 抵抗する間もなく、一瞬の内にロイドの体が炎の中に消える。

 しかし、それはロイドの敗北を意味するものではない。十秒ほど経過した後に炎の勢いが弱まり、その中から現れたロイドは無傷の姿だった。その肉体だけではなく、身に着けた鎧やマントにも焦げ跡一つ残っていない。

 

 そしてロイドはその体に、うっすらと闘気を纏っていた。紅蓮の騎士が纏う爆炎闘気のような大きく激しいものではなく、むしろ真逆でロイドが纏う闘気は小さく、静かなものだった。

 それは彼が信奉する女神の髪の色によく似た透き通った水色の、静かな湖面の如き水属性の闘気であった。これによってロイドは炎から身を守る事が出来たのだった。

 

「これが俺の答えだ。闘気を操れるのが自分だけと思うな」

 

「確かに貴様の闘気がはっきりと見える……! この短期間でそこまで体得するとは、敵ながら見事と言っておこう。だが、その程度の貧弱な闘気で我に勝てると思うたか!」

 

 紅蓮の騎士が更に火力を上げ、爆炎闘気が猛火となって襲い掛かる。だが次の瞬間に紅蓮の騎士は、そして後ろで見ているロイドの仲間達は驚くべき光景を目にするのだった。

 

「見ろ! 団長の闘気が、奴の爆炎闘気を全て受け流している!」

 

 一見小さく弱弱しいロイドの闘気は、最大出力の爆炎闘気の前に圧し潰され、飲み込まれるかのように見えたが、実際は違った。ロイドは身体に薄く纏った最小限の闘気でもって、爆炎闘気を完全に受け流していたのだった。

 

「確かに俺の闘気は量も、強さもお前には遠く及ばない。だがしかし、戦いは闇雲に火力を上げれば良いという物ではないということだ」

 

 真っ直ぐにそう言い放ちながら、ロイドはこの二ヶ月あまりの間に、アルティリアに稽古をつけて貰った事を思い出していた。

 貪欲に強くなろうと努力するロイドに、アルティリアは惜しみなく自身の持つ知識や技術を与え、戦いに臨むにあたって大切な事を幾つも説いてくれた。

 

「正面から戦う事だけが戦いではありませんよ、ロイド。力に対して力で立ち向かえば、仮に勝ったとしても必要以上に傷を負う事になります」

 

「決まった形がなく、どのようにも変われるのが水の一番優れているところです。相手の戦い方に合わせて柔軟に対応する事が肝心ですよ」

 

 言葉は優しいが訓練は厳しく、遠慮なくボコボコにされた後に回復魔法で治療され、休む間もなくそれを何度も繰り返すような拷問じみた代物だったが、アルティリアの教えは確かにロイドの血肉となっていた。

 

「大したものだ……見縊っていた事を詫びねばなるまい」

 

 紅蓮の騎士が、更に闘気による圧を強める。ロイドは僅かに後退に、襲い掛かる猛火を受け流し、勢いが弱まったところで爆炎闘気を押し開きながら前進する。

 

「凄ぇ! 団長は奴の闘気を完全に見切っている! 敵が押してくるなら引きながら受け流し、敵が引くなら流れに逆らわず、すかさず前に出る!」

 

「あれほどの業火の中で冷静で的確な判断を……! あの、以前よりも火力を増した爆炎闘気の中では仮に俺達が加勢していたとしても、逆に団長の足を引っ張っていたかもしれねぇ……」

 

「だから団長は一人で決闘を挑んだのか……流石団長だと言いたいが、力になれないのが悔しくもあるな……」

 

「ならばせめて、あの戦いを見逃さずに己の糧とするぞ。アルティリア様もおっしゃっていただろう、見る事もまた戦いだと」

 

 団員達は瞬きする間も惜しいと、目を見開いて両者の決闘を見届ける。

 

「闘気の量や火力、そして闘気を扱う技術自体は圧倒的に紅蓮の騎士が上だ。流石に経験の差は大きい。しかしながら団長は火に対して水と属性相性で優位に立ち、更に闘気の性質もまた、奴の剛の闘気に対してそれを受け流す柔の性質を持つ」

 

「どうした急に」

 

「地力で上回る紅蓮の騎士に対し、相性でその差を埋める団長……総じて戦況はほぼ五分と見るべきだ。実力者同士の互角の戦いは、一瞬の判断が勝敗を分ける事になる。この勝負……あるいは一瞬で決まるかもしれんぞ」

 

「なるほど。つまり益々目が離せんという事だな……!」

 

 解説が得意な団員が話した通り、紅蓮の騎士は一撃で勝負を決める構えを見せた。理由は属性や戦い方の相性が悪い相手の為、長引くと自分が不利になりかねないと感じた事が一つ。そしてもう一つは、ロイドの成長と実力に敬意を表し、自身の最高の技で葬るべきと考えたからだ。

 一方ロイドもまた、紅蓮の騎士の考えを察知した上で、それを迎え撃つ姿勢だ。必殺の一撃を受け流してのカウンターで勝負を決める腹積もりのようだ。

 

 両者の視線が交差する。二人は互いの思考が手に取るように分かった。

 

(この一撃で決着をつけてくれる。受け流せるものならやってみるがいい)

 

(望むところだ。いつでもかかって来い!)

 

 紅蓮の騎士が両手に持った大剣を大上段に構えた。そして、彼の身体を包んでいた爆炎闘気が消えたように見えた。しかし違う。消えたのではなく、闘気が全て、彼が振り上げた大剣の刀身へと集まったのだ。

 

「爆炎闘気が全て奴の剣に! とんでもねぇ熱量だ……! あんなモン食らったら、ただでは済まねぇぞ……!」

 

「だが同時に、奴は自分の身を守る闘気をも全て攻撃に注ぎ込んだから、守りはだいぶ薄くなった筈だ! そして奴の構えは防御を捨てた大上段、団長のカウンターが決まれば、奴の方こそただじゃ済まん……!」

 

「団長は……居合の構えか。紅蓮の騎士の攻撃を回避しつつ、神速の居合でカウンターを決めようとしているんだな」

 

「静かに! ……始まるぞ」

 

 全員が注視する中、両者は示し合わせたように同時に動きだした。

 

「ぬうううんッ!!」

 

「はああああッ!!」

 

 力強い踏み込みと共に、爆炎を纏った大剣を振り下ろす紅蓮の騎士と、姿勢を低くして駆け抜けながら、流水を纏う刀を鞘から抜き放つロイドの姿が交差する。

 

 すれ違い、紅蓮の騎士は大剣を振り下ろした姿勢で、ロイドは刀を振り抜いた状態で、それぞれ背中合わせに停止する二人の騎士。

 明暗が分かれたのは一瞬の事だった。

 ロイドが右手に握った、全身全霊の居合を放って振り抜かれた状態の彼の愛刀、アルティリアから授けられた銘刀『村雨』の刀身が、中ほどから真っ二つに折れる。

 それを見た者達は、ロイドの敗北を覚悟した。しかし次の瞬間……

 

「見事だ、ロイド=アストレア。我が最大の一撃……敗れたり!」

 

 紅蓮の騎士の身体を覆う赤い甲冑の、胸の部分に横一文字に亀裂が走り、大きな裂け目が生じた。そして、その甲冑の下から鮮血が噴き出した。

 大剣がその手から滑り落ち、地面に落下して重い金属音を響かせた。そして紅蓮の騎士の身体からも、力が失われようとするが……

 

「お、俺は紅蓮の騎士……魔神将フラウロス様の忠実なる僕……! 敗れたとはいえ誇りがある! 二度も膝を地につけはせぬ……!」

 

 最後の力を振り絞り、紅蓮の騎士は倒れようとする自らの巨体を全力で押し上げ、仁王立ちした。このまま立った状態で絶命しようとするつもりのようだ。

 

「紅蓮の騎士……敵ながら見事! まことの騎士の死に様よ」

 

 その死に様にロイドや他の神殿騎士達は、騎士として見習うべきものであるとして最上の礼をもって見送る事にした。

 

 しかし、そんな彼らの心意気を踏みにじるかのように、その場に乱入してきた者があった。

 

「紅蓮の騎士よ、貴様には失望したぞ……」

 

 虚空に浮かぶ、赤く輝く燃える瞳。両目の形をした炎だけが空中に浮かんでいる、異様な光景。それを見た瞬間、ロイド達は心臓を鷲掴みにされたかのような感覚を覚えた。

 絶対的な上位存在による、抗いようもない魂に刻まれた本能的な恐怖だ。すなわち、この存在こそが敵の親玉、魔神将である事は疑いようもない。

 

「フラウロス様……申し訳ありませぬ」

 

「まあ、よかろう。計画は最終段階に入った。最早貴様とその小僧との間の勝敗など、どうでもいい事だ」

 

 フラウロスが地獄めいた低い声でそう告げると共に、突然空中に炎で出来た巨大な手が出現し、それが紅蓮の騎士の身体を掴み上げた。

 

「それに、これからやる事を考えれば、死ぬ寸前まで弱ってくれた事はむしろ都合がよい」

 

「フ、フラウロス様、何を……?」

 

「現在、最下層では我が化身があの女神と戦っているのだが……随分と手古摺っておってなぁ? お陰で門を完全に開くどころか……このままでは、もしかしたら追い返されてしまうかもしれんのだよ。万が一にもそうなれば計画の全てがご破算だ。よって早急に門を開かねばならん。門を開き、我自身がこの世界へと降臨できさえすればあの女神如き、容易く瞬殺してくれよう」

 

 掴み上げる炎の腕に徐々に力が入り、紅蓮の騎士の身を包む鎧がミシミシと悲鳴を上げる。

 

「しかし先に言った通り、あの女神のせいで力が削られていてなぁ……早急に力を補給する必要があるのだが、その為には贄が必要なのだ。ここまで言えば鈍い貴様にもわかるだろう? 我が降臨の為に、貴様の命を寄越せと言っているのだよ」

 

 ぐしゃり。紅蓮の騎士が巨大な炎腕に握り潰されると共に、その体が炎に包まれ、一瞬にして灰燼と化した。

 ロイドの目には紅蓮の騎士は最期の瞬間に抵抗する力を抜き、死を受け入れたように見えた。

 彼が死の直前にどのような感情を抱いたのかはロイドには分からない。信奉する主に使い捨てられた事に絶望したのかもしれないし、もしかしたら自身の死をもって、主の望みを叶える事が出来た事に喜びを感じていたのかもしれない。

 その答えを知る事は不可能であるし、真実がどうであったとしても、ただ一つ言える事がある。それは……

 

「魔神将フラウロス! 貴様は騎士の、男の死に様を辱め、誇りを踏みにじった! その罪、万死に値する!」

 

 ロイドは水で刃を形成し、折れた村雨でフラウロスの腕に斬りかかった。



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第57話 終わりの始まり※

 ロイドが放った水の刃による一撃は、魔神将フラウロスが出現させた炎の巨腕を確かに捉えていた。

 彼が率いる海神騎士団の団員達も、すかさずロイドに続いて連続で攻撃を放つ。剣や槍、斧、魔法といった多種多様な攻撃が、次々と炎腕に命中した。

 

「所詮はこの程度か……しかし、流石にあれに勝っただけの事はある。貴様の攻撃は、ほんの少しだけ痛かったぞ」

 

「何っ……!?」

 

 騎士達の連携攻撃は、並の魔物であれば瞬く間に葬れるだけの威力はある筈だった。しかしその直撃を受けても、魔神将にはほとんどダメージは無い様子だ。

 しかも、これは本体ではなく唯の端末。それも片腕だけである。それでもなお、この圧倒的な戦闘力。一体本体とはどれほどの物なのか。

 

「ではお返しだ」

 

 炎腕が、その大きさに見合わぬ機敏さで空中を動く。それはロイドに狙いを定めて、中指を親指で押さえつけるような形をとった。

 

 それは、親指で押さえつけた反動を使って、中指で相手を打つ……所謂デコピンと呼ばれる形だ。本来なら攻撃とも呼べないような、人を嘗め腐ったような代物だが、しかし魔神将の腕が放ったのは威力・質量共に桁違いの、世界最強のデコピンである。

 完璧なタイミングで防御をしても尚、ガードの上からでもお構いなしに相手を派手に吹き飛ばす強烈な一撃。それによってロイドの身体が宙を舞った。

 

「くっ……そがあああっ!」

 

 ふざけた攻撃手段と、それに見合わぬ恐るべき威力に対し、吹き飛ばされながらも思わず悪態をつくロイドは、同時に衝撃に備えて受け身を取ろうとした。

 しかし、堅い岩盤に叩きつけられる予想に反して、彼の後頭部は柔らかい、弾力のある何かによって受け止められた。

 

「おっと……大丈夫ですかロイド。戻ってきたらいきなり飛んできたから驚きましたよ」

 

 ロイドの背中に、聞き慣れた声がかけられる。その声の主は彼が信奉する女神、アルティリアだった。

 

 アルティリアは最下層にて魔神将フラウロスの化身と戦い、属性の相性差もあって戦いを優位に進めていた。敵は強大であり、無傷でとはいかなかったが被ダメージを最小限に抑えた上で、少しずつ敵の力を削っていった。

 ところが戦いの最中に突然、その姿が消えた。どこに行ったのかと魔力をトレースしてみれば、敵は上層のロイド達が居る場所に移動したではないか。

 かと思えば、今度はそこに居た紅蓮の騎士の魔力が完全に消失し、代わりに魔神将の魔力が急激に増大したのをアルティリアは察知した。

 その為、こうして急いで戻ってきたのだが、そこに突然ロイドが吹き飛ばされてきたので、咄嗟にキャッチしたのだった。

 ちなみにロイドの後頭部はアルティリアの爆乳がクッションになって受け止めたので無傷である。なおロイドの精神へのダメージは考慮しないものとする。

 

「来たか。しかし遅かったな」

 

 駆け付けたアルティリアの姿を見たフラウロスが、嘲笑する。

 

「逃げたと思ったら、自分の腹心を食ってパワーアップと来たか……随分と酷い事をする奴だな。あいつはお前の右腕ではなかったのか?」

 

「右腕だと? 我の右腕はここにある」

 

 そう言いながら、フラウロスが巨大な炎椀を誇示した。

 

「それに、そこの人間に二度も無様に敗北した下僕など、最早不要な存在よ。騎士道などという下らん事に拘るところも鬱陶しかったしなあ。だが、最後は大いに役立ってくれた」

 

「お約束の反応どうも。実に小物臭さ全開で抱腹絶倒の大爆笑モノだわ。お前の存在はこれっぽっちも面白くないがな。つまんない上にキモくて不快だから、お前もう帰っていいぞ」

 

「減らず口を。だがしかし、我は今とても機嫌が良いので赦してやろう。既に貴様らの滅びは確定した事だしなあ」

 

 フラウロスがそう告げた瞬間、全身を圧し潰されるような凄まじい重圧が、その場に居た全員を襲った。

 この世の物とは思えない、圧倒的な存在感。心が弱い者なら浴びただけで死に至るレベルの殺気。そういったものが膨れ上がり、思わず動きが止まる。

 その中で一人だけ、アルティリアだけが動き出していた。

 

「『海神の裁き(ジャッジメント・オブ・ネプチューン)』!!」

 

 いつでも発動できるように準備していた、切り札の一つである超級魔法を放つ。フラウロスを包囲するように十数個の時空の門が開き、そこからレーザービームじみた超高圧水流が一斉に放たれた。どこにも逃げ場の無いオールレンジ一斉攻撃が、あらゆる方向からフラウロスに襲い掛かる。そして……

 

「『集団転移(テレポート・オール)』!」

 

 その結果を見る事なく、アルティリアは間髪入れずに発動した『集団転移』の効果によって、神殿騎士達と共にダンジョンから離脱した。

 

 その直後だった。フラウロスがまるで太陽の如き恐るべき熱量を持った熱風を放ち、『海神の裁き』による流水攻撃を全て一瞬で蒸発させて掻き消した。そればかりかフラウロスが放った灼熱の嵐によって、ダンジョンの床が、壁が、天井が次々と破壊され、崩れ落ちていく。

 もしもアルティリアが欲を出して、自身の魔法による成果を見届けようとしていたならば、間違いなく死ぬか、それに近い状態になっていただろう。迷う事なく即座に離脱した事は英断だったと言える。

 

 しかし、それは死を先延ばしにしたに過ぎなかった。

 

 アルティリア達は『集団転移』によって、全員揃ってレンハイムの町にある中央広場へと帰還していた。

 突然、町に転移した事に驚く騎士達だったが、それについて言及する前に、地面が大きく揺れ、そして……轟音と共に、真っ赤な何かが天に向かって昇ってゆくのを彼らは目にするのだった。

 

「なっ、何だ!?」

 

「見ろ、噴火だ! 火山が火を噴いている!」

 

 そう、先ほどまで彼らが居た火山の火口から、雲を突き破って天空を焼き焦がす程に、炎が止めどなく噴出していたのだった。

 しかし、不気味な事にそれは地面に落ちてくる事はなく、上空に巨大な塊となって留まって、まるで二つ目の太陽のように、空に浮かぶ巨大な赤熱した球体と化した。

 

 それを目撃した人々は、その物体から感じる凄まじい熱量と恐怖によって、立って歩く事すらままならない様子だ。

 

 やがて噴火が収まると、火山上空に出現した巨大灼熱球体が形を変化させていった。徐々に形を変えていったそれは、人の形をとった。

 ただし、人型とは言ってもサイズは人間とは桁違いだ。現れたのは全長およそ90メートル程の巨人。どこか紅蓮の騎士を思わせるデザインの真紅の鎧を身に着け、豹の顔を持つ、全身が炎に包まれた、あまりにも巨大な魔物であった。

 

 魔神将フラウロスの本体。それが遂にこの世界に現出した。

 フラウロスが地面に降り立つと、地面が大きく陥没して地震が起きる。それと同時に、その足元を中心とした広範囲の草木が一瞬で灰となり、草原や森林が見るも無残な、荒れ果てた死の大地と化していった。

 

 世界の終わりのような光景を前にした人々の心に、絶望が広がってゆく。

 

 しかし、彼らにはまだ希望が残されていた。

 その名はアルティリア。この地に降り立った女神。

 そんな、人々に残された最後の希望は……

 

(超やべえ。マジでどうしよう)

 

 こちらを見下ろすフラウロスをキリッとした顔で見上げながら、内心ビビりまくっていた。



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第58話 俺は女神様だからな

 恐れていた事が起きた。魔神将の本体が出てきてしまったのだ。こうなる前にカタを付けたかったのだが、どうやら遅かったようだ。

 今にして思えば、こういった事態になる前にもっと手を打てたんじゃないかとも思うが……後悔先に立たず。今更考えても仕方が無い事でもある。考えたところで事態が好転する訳じゃないし、時間と思考力を浪費するだけなので脳内からシャットアウトする。

 俺が今考えるべき事は、この状況をどうするかって事だけだ。

 

 正直、本体が出てきた時点で打つ手無し、負け確という酷いクソゲーではあるんだが、だからといって諦めるわけにもいかないのが辛いところだ。

 勝てる気はしないが、この場で……いや、この大陸であれと戦えるのは俺しか居ない。他の誰が戦っても一瞬で消し炭にされるだろうが、俺なら時間を稼ぎつつ、あれの力をある程度削るくらいの事は出来る……筈だ。

 まあ、それをやれば俺は確実に死ぬだろうが……それは仕方がない事だ。

 俺はここら一帯の人間達が崇める神様、つまりトップだ。だからあれが出てくるのを止められなかった責任を取る必要がある。

 それに、俺を信じてついて来てくれたロイド達や、信者の人間達を護らなければならない。うちの子になってくれた可愛い子供達、アレックスとニーナもこの町にいる。

 正直、死ぬのが怖い気持ちは勿論ある。だが俺を信じてくれる連中を見殺しにするような事をすれば、俺は彼らの信仰や信頼を受け取る資格を永遠に失うだろう。キングやクロノ、バルバロッサ……向こうにいる友達とも、二度と胸を張って会う事は出来ないと思う。

 ああ、それは嫌だな。死ぬ事よりもずっと怖い。

 

「だったら、やってみせるさ……なんたって俺は、女神様だからな」

 

 ぼそりと呟き、俺は愛槍の柄を握る手に力を込めた。

 

「ロイド、私はあれを倒しに行きます。貴方達は住人を連れて逃げなさい」

 

「なっ……!? 俺達も共に戦います!」

 

「いいえ。あれとまともに戦えるのは私だけ……貴方達が居ても、何の役にも立ちません」

 

 俺の言葉に、騎士達は悲痛な表情を浮かべた。あえて厳しい言葉をかけて切り捨てたが、事実だ。それにそうしないとこいつら、間違いなくついて来るからな。

 

「頼みましたよ。流石にあれを相手にしながら、住民を気にかける事は出来そうにありません。貴方達が皆を護るのです」

 

 そう言い含めて、俺は彼らに背を向けた。

 

「アルティリア様、ご武運を!」

 

「どうか無事にお戻りください!」

 

「女神様! どうか勝利を!!」

 

「アルティリアさまー! がんばってー!」

 

 騎士達や町の住人達がくれる声援を背中に受けて、俺は町の外へと走った。

 

「アルティリア様、我ら水精霊(ウンディーネ)全員、いつでも動ける準備は出来ています」

 

 そんな俺に併走するように、周りには呼んでもいないのに水精霊達が集まって来ていた。

 

最上級水精霊(アーク・ウンディーネ)の二名は私と共に。上級水精霊(グレーター・ウンディーネ)達は距離を取って支援をしなさい。無理はしないように。他の水精霊(ウンディーネ)達は各地に散り、住民を護衛して避難させなさい」

 

 俺は上級・最上級の水精霊を伴い、屹立する炎の巨人へと近付いた。どうやら奴は降臨してから何もせずに、俺が来るのを待っていたようだ。まあ、何もせずに突っ立ってるだけでも辺り一面が焼け野原になる大惨事なんだが。

 

「お待たせ、待った?」

 

「我も今来たところだ……と言うのだったかな、こういう時は」

 

 俺の軽口に、フラウロスは律儀に付き合ってくれた。

 

「何のつもりかは知らんが、わざわざ何もしないで待っててくれた事については礼を言うべきかな? おかげで護る手間が省けた」

 

「問題ない。我がこうして顕現した以上、人間共の死は時間の問題だ。それに貴様を嬲り殺し、それを見た絶望した人間達をゆっくりと焼き殺していく方が、より楽しめるからな」

 

「そういうのを、捕らぬ狸の皮算用って言うんだぜ。可哀想だが余裕ぶっこいたせいで、お前は史上初の人間を一人も殺せず滅んだ魔神将として、歴史に名を残す事になるな」

 

「虚勢もそこまで行けば実に大したものだ。褒美に死をくれてやろう」

 

 さて、挨拶代わりのハッタリと口プロレスで場も暖まってきたところで、そろそろ始めるとしようかね。

 

「お前が死ぬんやで」

 

 俺の人生で最初の、そして……おそらく最後になるであろう、勝算の全く無い戦いってやつをな。



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第59話 VSフラウロス

 超広範囲に爆炎を撒き散らす、回避不可能な火属性魔法が放たれた。俺は水属性の上級魔法を精霊と共に連続で放ち、それを相殺しようとした。

 ある程度軽減する事は出来たが、それでも打ち負けてダメージを負う。俺の火属性耐性は、普通の火属性攻撃なら完全に無効化できる程度には高い筈なのだが、それでも相当なダメージを受けたという事は、かなり強力な耐性貫通能力でも持っているのだろう。一定以上の力量を持つモンスターやプレイヤーならば持っていても全く不思議ではない為、想定の範囲内ではある。俺も水耐性貫通の技能は持ってるしな。

 想定外だったのは、奴が放つ攻撃の威力のほうだ。ただの範囲攻撃がこれ程の威力となれば、直撃は何としても避けなければならない。

 

 そう考えたところで、足下の地面が爆発した。

 恐らくは地面指定の範囲攻撃魔法という、種類としてはありふれた物だ。だがその威力は到底ありふれた物とは言い難い代物だった。

 その直撃を受けた俺は、栽培マンの自爆を食らったヤムチャのような恰好でブッ倒れた。即座に最上位水精霊(アーク・ウンディーネ)蘇生魔法(リザレクション)を使って俺を蘇生してくれたおかげで、体中がめちゃくちゃ痛いがどうにか立ち上がる事が出来た。

 

 そこに、フラウロスが燃え盛るぶっとい足で蹴りを放ってきた。足元に落ちている石ころでも蹴っ飛ばすかのような、無造作で洗練されているとは言い難い動きではあるが、全長数十メートルの巨人による蹴りは、その質量という一点だけでとんでもない脅威となる。

 俺は命中の瞬間に、槍で相手の攻撃を弾いて体勢を崩す、よく使っていた防御技『ランスパリィ』を使用して防御を試みた。

 タイミングはバッチリ、完全にジャストガードが決まった。

 LAOでは攻撃が命中する瞬間に防御技を出す事で、その効果を大幅に上げる事ができる。それがジャストガードだ。JGとかジャスガと略される事が多い。

 完全には防げなくても、流石にJG成功すれば一撃死は無いだろうと踏んだが、予想に反して全く効果は無く、俺はギャラクシアンエクスプロージョンを食らった青銅聖闘士のように、空高く吹っ飛ばされた。

 

 血を吐いて宙を舞いながら、俺は戦闘不能時にデスペナ無しで復活する課金アイテム『世界樹(ユグドラシル)(しずく)』を使って復活した。

 

「起き攻めにガー不(防御不可能)技とかやめろよ、犯罪だぞ……!」

 

 どうにか着地しながら、俺はそう悪態をついた。

 しかし、どうしたものか。勝ち目が無いのは覚悟の上だったが、この短時間で蘇生を二回も切らされたのは流石にきつい。

 ゲームならば初見なので、技の性質を把握する為の必要経費と割り切る事もできるのだが、再挑戦が出来ないリアルではそれも難しい。

 

「ええい、それでもやるしかねえ……! かかって来やがれデカブツがぁ!」

 

 さて……MMORPGをプレイした事のある人間にとっては、今更言うまでもない当たり前の事だが、レイドボスというのは一人で勝てるような存在ではない。

 何十人ものプレイヤーが束になって挑み、敵の攻撃目標になってボスの強力な攻撃を受け止める壁役(タンク)、そうやってダメージを受けた壁役のHPを回復させる回復役(ヒーラー)、自慢の攻撃力でボスの莫大なHPを削る攻撃役(ダメージディーラー)を基本とし、そこに味方の強化や敵の妨害をする支援役(バッファー/デバッファー)や、状況に応じて味方の穴を埋め、臨機応変に立ち回る万能選手(オールラウンダー)といった、様々な役割を持ったプレイヤーが一丸となって立ち向かい、初めて対等に戦う事が出来る。それがレイドボスだ。

 ましてやグランドシナリオのトリを飾るワールドレイドボス……魔神将ともなれば、サーバー全体の万を超えるプレイヤーが一致団結して立ち向かうような相手だ。魔神将を相手にする時だけは、普段は顔を合わせれば互いに無言で武器を抜くような、犬猿の仲のギルド同士ですら一時休戦し、共同戦線を張るくらいだ。

 

 そんな相手にソロで挑めばどうなるか。答えは火を見るよりも明らかだ。

 

 戦いが始まってから、結構な時間が経過した。

 日はすっかり沈んでしまったが、目の前に居るデカブツの巨体がメラメラと真っ赤に燃えているおかげで、視界は明るいままである。

 いったい何時間、戦い続けたのだろうか。こっちは全身ボロボロで疲労困憊だというのに、魔神将はまだまだ元気いっぱいな様子だ。俺は忌々しげに豹頭の巨人を見上げた。

 

 幾ら頑張っても、現実的な問題としてプレイヤー単体の火力では、レイドボスのHPを削りきるのは不可能である。ひたすら殴り続ければ、理論上はいつかは莫大なHPを0にする事は出来る筈だが、しかしその前にこちらの体力や魔力が尽きるのは確定的に明らかだ。仮にここに居るのが俺じゃなくて、クロノや他の戦闘ガチ勢な一級廃人でも同じ事だ。

 

 むしろ俺だからこそ、ここまで持ち堪えられていると言える。

 俺は基本的に火力は(一級廃人基準では)控えめな方で、防御力も高くない。そんな俺の取り柄といえば、まずは水中戦に特化した能力だ。魚以上の速度で水中を泳ぎ回って攪乱し、水上/水中専用の様々な技能を駆使する俺が水中で戦えば、大抵のプレイヤー相手に一方的に完封勝ちすることが出来る。

 水中でならクロノを相手にタイマンしても、5割は勝てるくらいだ。

 逆にあいつ何で水中で俺相手に五分の戦いが出来るんだ。おかしいだろ。

 

 話を戻して、もう一つの俺の得意な事というのが、相手の苛烈な攻めをのらりくらりと躱しながら、じわじわと削っていく戦い方だ。

 前述の通り、俺は純粋なダメージディーラー構成ではないので火力は控えめで、後衛寄りのため防御が薄い。そんな俺が勝つ為に身につけたのが、反射や打ち消し、ターゲット強制変更といった妨害系の技や魔法、無敵時間付きの移動技、自己強化や弱体化、DoT(毒や炎上のような、一定時間毎に徐々にダメージを与える効果)等を駆使した長期戦だ。

 そうやって敵の攻めをいなしつつ、動きのパターンや技の性質、癖などを把握して持久戦で徐々に有利を取っていくのが対人戦での俺の勝ちパターンである。今回もそのつもりで、長期戦の構えで戦いに臨んだ。

 序盤に何回か初見の技を食らって死にかけはしたが、一度見た技ならば次回以降は対処は可能だ。直撃を受ける事は減って、代わりにこちらが攻撃する機会が増え、少しずつ有利に戦えてきてはいるのだが……

 

「流石に、そろそろキツいか……いや、まだいけるぞ……!」

 

 俺のリソースは底を突きかけていた。

 桁外れの熱量を持つフラウロスは、近くにいるだけで凄まじい高熱によって、こちらのHPやスタミナが容赦なく削られる。俺が普段から体の周りに展開している水属性のバリアをもってしても、その影響を完全に抑える事は出来なかった。

 削られた体力を小まめに魔法で回復させてはいるが、そうすれば今度はMPの消費量が増大する。おまけに長時間の戦闘のせいで疲労が溜まっている。

 長期戦とはつまるところ、体力や生命力、魔力といったリソースの削り合いだ。その戦いで、それらの総量が圧倒的に少ない俺が勝てる可能性は万に一つも無かった。

 しかしそれでも、時間を稼ぐ事と、奴のリソースを削る事は出来る。後は俺が死ぬまでに、どこまで削れるかの勝負だ。

 それにしても、奴の攻撃が火属性で本当に助かった。仮に雷属性だったらとっくに敗北している。

 

「本当に大したやつだ。その小さな体で、よくもまあここまで我と戦えるものだ」

 

 フラウロスが俺を見下ろして、そう言った。その声には嘲りの色はなく、本当に感心しているような声色だ。

 

「格上相手の持久戦は得意なんだよ……PVPガチ勢なめんなよ」

 

 俺は疲労や痛みを押し隠し、不敵に笑ってそう答えた。

 てか誰が小さいだこの野郎。でっかいお乳が胸に二つも付いとるやろがい。

 

「貴様はよくやった。その力と技は実に見事なものだった。だが、もういいだろう」

 

 フラウロスがそう告げると、この俺ですら立っているのが辛くなるほどの、途轍もない重圧が巨人の内から放たれた。

 

「これから放つのは我が最大の攻撃。これは我にとっても、そう易々と使えるものではない故に、ここで使う予定はなかったが……」

 

 予定通りに引っ込めてくれていいんだが?

 

「貴様の強さへの敬意を込めて……そして、万が一にも生き残る事がないように、確実に抹殺する為に! ここで使う事に決めたぞ」

 

 恐らくは、ボスのHPが残り僅かになった時に使ってくる切り札的な技なのだろう。

 さて、どんな攻撃が来るかと身構えた瞬間だった。夜中だというのに、まるで真っ昼間のように周囲が明るくなった。

 何が起きたと上を向いてみれば、遥か上空には太陽と見間違えるような、煌々と輝く巨大な火の玉が浮かんでいた。

 ただし、フラウロスが生み出したであろうそれは『大火球(グレーター・ファイアボール)』や『隕石召喚(メテオ・ストライク)』、『地獄の業火(インフェルノ)』のような、プレイヤーが使える魔法による物とは大きさ、質量、熱量のどれもが桁違いである。

 

「これが貴様への手向けだ……受けるがいい! 『魔神の業火(インフェルノ・ディザスター)』!」

 

 炎の塊が降ってくる。

 あんな物が直撃すれば、俺が死ぬのは勿論の事、レンハイムの町を含めたここら一帯にある全ての物が一瞬で燃え尽き、草一本も生える事のない死の大地と化すだろう。

 いや……あれほどの大きさや、魔神将の奥の手だという事も考えれば、グランディーノあたりまで……どころか、この国が纏めて吹っ飛ばされたとしても何も不思議じゃない。遥か上空にある筈なのにも関わらず、とんでもない大きさな上に、あれが現れてから感じる熱さが酷いしな……。

 

 とりあえず、ダメ元で『魔法妨害(マジック・ジャマー)』や『指定変更(ミス・ディレクション)』あたりを使ってみるが、当然のように効果は無かった。

 

「打ち消しは無効、対象変更も無理……と来れば、どうにか相殺するしかない訳だが……」

 

 無理は承知の上で、やるしかない。あんな物を地上に落とさせるような真似を許す訳にはいかないのだから。

 ならば、俺が持つ最大の攻撃で迎え撃つしかない。

 

「これより放つは、我が友の奥義……!」

 

 俺は大地を踏みしめ、右拳を強く握りしめる。

 そして俺の残った魔力を全て注ぎ込み、俺の身を守る水の防壁も全て、攻撃の為に使う。それによって全身が高熱に晒され、容赦なく生命力が削られるが構わない。どっちにしろ、あれが着弾すれば死は確実だ。背に腹は代えられない。

 

「大海の覇者が拳、その目に刻め!」

 

 全身全霊を込めて、自分自身と周囲の大自然が持つ『(オーラ)』と『水』を拳に宿して放つ、キングが持つ最大にして一撃必殺の奥義。その名は……

 

「『海王拳』……!」

 

 この世界そのものである大自然が持つエネルギーは、個人のそれを遥かに上回っている。それを取り込む事で、人の限界を超えた威力の攻撃を放つ事のできるこの技の特性、それは……『溜め(チャージ)時間に比例して、どこまでも際限なく威力が上昇する』という、唯一無二のものだった。

 

「100倍だああああああッ!!」

 

 降ってくる火球を限界まで引きつけ、溜めに溜めた攻撃を……フラウロスの『魔神の業火』に比べても見劣りしない程の、巨大な水の氣弾を真正面からブチ当てた。



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第60話 最終決戦中なのに突っ込み所満載

 大地を踏みしめる両足と、突き出した右拳に全ての力を込める。

 魔力は全て注ぎ込んでカラッケツだ。この攻撃を最後に、俺は倒れるだろう。

 この勝負に勝つにしろ、負けるにしろフラウロスを倒す事は出来ない。なので最終的に負けて、死ぬ事は確定しているのだが……そんな事は今更言うまでもない事であり、とっくに覚悟は出来ている。

 

「だったらせめて、最後に一泡吹かせてやらあッッ!!」

 

 残った命も全て注ぎ込む勢いで、俺は右拳から放った水の氣弾に全身全霊の力を込めて、天から落ちてくる、まるで太陽のような炎の塊を押し返した。

 あんな物が地上に落ちれば、全てが終わる。この地は二度と人が生きられなくなる地獄と化すだろう。

 そんな事を許す訳にはいかない。奥歯が砕けるくらいに強く噛みしめ、俺は拳を突き上げた。

 

「消え去れぇぇぇぇぇっ!」

 

 そして長い拮抗の末に、遂に俺はフラウロスが放った最強の火属性魔法『魔神の業火(インフェルノ・ディザスター)』を……完全に消滅させたのだった。

 

 それと同時に、俺の体が遂に限界を迎えた。足に力が入らず、立っているのも困難な状態だ。咄嗟に地面に突き立てていた槍の柄を掴み、体を支えるが……正直それすらキツい。

 できれば今すぐに地面に体を投げ出したいところだが、残念ながらそういう訳にもいかない。

 最期の瞬間がそれじゃあ恰好つかないからな。最後まで意地を張り通して、ファイティングポーズを取ったままでくたばってやる。

 俺は槍を引き抜き、構えながらフラウロスを見上げ、睨みつけた。こちらを見下ろすフラウロスと、視線がかち合う。

 

「………………素晴らしい」

 

 フラウロスが、感嘆の声を上げた。その声色は、一切の偽りなく本気で俺を称賛している物だった。

 

「なんという力強さ、なんという魂の輝き! 感服したぞ、女神アルティリアよ……。強き事は美しいッ! 強き事は素晴らしいッッ! 貴様の強さに我は猛烈に感動しているぞ!!」

 

 フラウロスが大袈裟に俺を褒めちぎる。

 ああ……そうか、こいつはアレか。力こそ正義、強さが全てという価値観の持ち主なんだな。

 だからこそ弱かったり敗北したりすれば部下でも容赦なく切り捨て、強さを認めれば敵でも惜しみない賞賛を浴びせるのだろう。

 そう理解した次の瞬間に、俺はフラウロスが吐いた台詞に度肝を抜かれた。

 

「アルティリアよ、我が妻となれ! 我は貴様が欲しい!」

 

 【悲報】異世界転移して女になったらクソ強いレイドボスにプロポーズされた件

 

 思わずそんなスレッドを立てたくなる程の衝撃であった。あの、俺今まさに死ぬ覚悟してたところなんで、そういう事するの止めてもらっていいですかね。

 

「あのさぁ……ついさっきまで殺し合いしてた相手にそんな事言われて、はいって言う奴が居ると思うか? お前は人類やこの世界の敵で、私はそれを護ろうとしてんの。相容れる訳ないだろうが」

 

「ならばこの世界に手を出すのは止めよう! そうすれば妻になるのだな!?」

 

 なんか変な事言い出したぞこいつ。

 ……いや、しかし待てよ。これはもしかしてチャンス到来というやつではないだろうか。

 こいつの嫁になるのは論外だが、馬鹿の一つ覚えみたいに人類抹殺! 世界滅亡! と好き勝手に暴れまくりの殺しまくりな魔神将が、あろうことかこの世界に手を出すのを止めると譲歩するつもりになった。これは大きいぞ。

 負け確の状況で死を覚悟していたが、上手いこと言いくるめれば切り抜ける事が出来るのでは?

 ……と、そう考えたのは良いのだが、どこを落としどころにした物か。正直、体力も魔力も底を突いているせいで頭が上手く回らない。

 

 目を閉じて、さてどうしたものかと頭を悩ませていると、突然周りの空気が変わった感覚を覚えた。

 肌を焼くような熱さが消えてなくなり、爽やかな潮風や波の音が、俺の嗅覚や聴覚を刺激する。

 まさかと思って目を開くと、そこにはかつて見慣れた風景と、よく見知った人物の姿があった。

 

「何か用か、キング」

 

 俺の目の前に立っていたのは、赤い外套を身に着けた黒い髪の小人族の男……うみきんぐだった。周囲の地形はエリュシオン島のものに間違いない。

 

「うむ。困っているようなので少し助言をと思ってな」

 

「……そりゃあ有難い事だが、助けに来るならもうちょっと早く来てくれても良かったんじゃないか?」

 

「すまんな。しかしこちらの世界からLAOを通してでは、お前達の精神に干渉する程度がやっとでな。俺もかつての力の大部分を失っているし、直接手助けする事は出来ないのだよ」

 

 そう言ってキングは自嘲気味に笑った。

 

「なので俺に出来たのは人間達の精神に語りかけて危機を伝え、安全な逃走ルートや危険そうな場所を教えて避難をさせ、絶望しそうになっている者達をキング演説で励ましてやったくらいだ。無力な俺を許してくれ」

 

 いや大助かりだわ。サンキューキング、フォーエバーキング。

 

「というわけで住民達が全員無事に、ひとまず安全な場所まで避難したのを確認した俺は、熱烈なキングコールを送る人間達に惜しまれながら別れを告げて、お前に必勝の策を授けようと精神に干渉しようとしたのだが、何やら妙な事態になっていたので出るタイミングを見失いかけた」

 

「それは何かすまん。だがあれは俺にとっても予想外なんだわ。それで必勝の策というのはいったい?」

 

「うむ……ではそろそろ本題に入ろう。しかしその前に、お前に一つ言っておく事がある」

 

 キングは右手の人差し指で、俺をビシッ! と指差した。

 

「アルティリア、お前は戦い方を間違えている!」

 

「何……? どういう意味だ、キング!?」

 

「わからんのか。お前があの魔神将を相手にした戦い方は、冒険者(プレイヤー)としての戦い方だ。それはLAOプレイヤーとしてのお前の記憶と、アルティリアという女の肉体に深く馴染んだものではある……が、そのやり方で、単独で魔神将に勝つ事が不可能であるという事は、お前にも分かっている筈!」

 

「うっ、それは……その通りだが……」

 

「強力無比なボスモンスターを相手に、プレイヤーが単独で勝利する事は不可能! お前は勿論、俺にも、クロノやあるてま、兎先輩のようなバグキャラじみた頭のおかしい一級廃人共にも出来ん! かつてこの世界で魔神将を倒した勇者達(原作主人公)ですら、仲間と大勢の人々の助けがあってこそ、それを成し遂げる事が出来たのだ」

 

「分かっているさ、そんな事は! だったらどうすれば良かったって言うんだ!」

 

「ええい、まだわからんのか。そもそも冒険者(プレイヤー)として戦うなと言っておるのだ! アルティリア、お前は何者だ!?」

 

「何者か……だと? それは……」

 

 キングの問いに、思考を巡らせる。

 己はいったい何者か。

 

 俺は……元日本人の男で、LAOというゲームにドハマりしていたプレイヤーで、アルティリアというキャラクターを使っていた。

 独特すぎる構築(ビルド)容姿(キャラデザ)のせいで、LAOプレイヤーの間ではちょっとした有名人で『海産ドスケベエルフ』『水棲エルフモドキ』『LAO最強(ただし水中戦に限る)』『エルフと人魚族(マーメイド)の区別がついてない馬鹿』『頭のおかしい巨乳』等の様々な異名で呼ばれていた。

 そして数ヶ月前に、LAOをプレイ中に突然、愛用しているキャラクターのアルティリアの身体でこちらの世界にやってきた。

 それからすぐにロイド達に出会って、彼らを助けたら何故か女神と勘違いされたと思えば、本当に女神とやらになってしまい、そのままなし崩し的に女神として彼らを導く事になった。

 

 そこまで思い返したところで、俺はようやくキングが何を言いたいか理解した。

 

「ようやく理解したようだな。そうだ、お前は最早プレイヤーではなく、一柱の神である。そして、神には神の戦い方がある」

 

「いや、しかしだなキング……俺だって女神として色々やってはいたんだぜ? 住民達に加護や知識を与えて、戦闘力や文明レベルを底上げする事で、将来起こるであろう戦いに備えてたんだ。……まあ結局、俺の想定以上に敵の動きが早かったせいで、まったく間に合わなかったけどさ……」

 

 正直、俺の計画はかなり長期的な目標に基づいた物であり、これからようやく本格的に稼働するところだったのだ。

 しかし魔神将とその配下達は、俺がこっちに来るよりもずっと前から計画を練っていたようで、俺が来た時には既に最終局面が近付いていた。

 俺の登場により、ある程度奴等の企みを妨害する事は出来たようだが……俺の立てた戦略は、そもそも前提から間違っていたようだ。

 俺達には、そもそも時間が足りなさ過ぎたのだ。必要だったのは早急な対策だった。

 しかし、仮にそうだと分かっていたとしても、果たして有効な手が打てただろうか? あの時点ですぐに魔神将に対抗できる戦力を早急に用意する事など、不可能だと判断した為、俺は長期的な戦略を立てたのだから……

 俺が思考の堂々巡りに陥っていると……

 

「馬鹿、頭固いんだよお前は。もっと柔らかくなれ、このおっぱいのように」

 

 キングがそう言って、俺の乳を指で突いてきた。

 反射的に右ストレートで顔面を思いっきり殴り飛ばしたが、俺の拳にはまるで空振りでもしたかのように、何の手応えも感じられなかった。

 そして俺に殴られた筈のキングは、まるで羽毛のように軽やかに宙を舞って一回転すると、音もなく静かに着地した。

 

「なんだ今のは」

 

消力(シャオリー)だ。簡単に言えば、究極の脱力によってあらゆる打撃を受け流し、無力化する中国拳法の秘技だ」

 

「どうやって身に付けたんだそんな物」

 

「キングだからだ!!!」

 

 もうやだこいつ。突っ込み役(クロノ)早く来てくれ。



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第61話 さらば、友よ

「お前は神を、人々を導く者として捉えたわけだな」

 

 何事も無かったかのように、キングが話を戻した。色々と突っ込みたい事はあるが、また脱線して更にグダグダになりそうなので大人しく話を聞く事にする。

 

「確かにそれもまた、神の一側面ではある。しかし、それは本質ではない」

 

 温度差で風邪を引きそうだが、キングが重要な事を言おうとしているのは分かるので、俺は気を引き締めて彼の言葉に耳を傾けた。

 

「俺はこう考えている。神の本質とは……人々の祈りに応える者だと」

 

「祈りに……応える……?」

 

「ああ、そうだ。神とはつまるところ、人々の願いによって生まれた存在だ。人の祈りや願い、信仰こそが、神を神たらしめる。それら無くして、神は在る事が出来ないのだ。古い神話には、神が世界や人を作ったという内容の物もあるが……実際は逆だ。まず人があり、その祈りによって神が生まれた」

 

 おい、世界設定の根幹に関わるような重要な事をさらっと言いやがったぞこいつ。

 

「それは今のお前も同じ事。魔神将に狙われ、滅びを迎えようとしている大陸の大地や海……大自然に宿る世界の意志が救いを求め、それを阻止し得る者を呼び出そうとした。その結果として、この世界とリンクしている異世界のゲーム……LAOを通じてお前が召喚された。それがお前の異世界転移の原因だ。そして、丁度その時に命の危機に陥り、救いを求めていたロイド=アストレアとその一党の近くに召喚された事や、彼らの信仰心によってお前が新たな神となった事……それも全て彼ら人間が持つ、祈りの力によるものだ」

 

 キングの口から、次々と真実が明かされる。うーん、まさかこの世界の人間の祈りが、それほどの力を秘めていたとは……

 

「事実、これまでお前は人々の信仰を集めて、その力を消費する事で神としての力が強くなったり、新たな加護や権能を得る事が出来ていただろう? ……ここまで言えば、流石にもう分かった筈。神の戦い方とは即ち、人々の祈りを力に変える事だ」

 

 人間ひとりひとりは弱く、その祈りが持つ力も小さく儚い物だが、数多のそれを己の身に集め、束ねる事で大いなる奇跡を起こす事ができる。それこそが神の本来の役目であると、キングは俺に説いた。

 

「わかったよキング。やってみる」

 

 俺は目を閉じ、意識を集中させ……信者達の事を心に思い浮かべながら、ゆっくりと語りかけた。

 

「皆、私の声が聞こえますか」

 

 すると、すぐに次々と返事が返ってくる。グランディーノの住人達に冒険者達、海神騎士団のメンバー、海上警備隊の隊員達、アレックスとニーナ……聞き覚えのある声が大半だが、中には会った事の無い者の声も混ざっている。

 

「今、私は単独でレンハイムの町付近に襲来した、魔神将フラウロスと戦っています。しかし敵はあまりに強大で、正直このままでは勝てそうにありません」

 

 俺がそう言うと、俺の身を案じる悲痛な声が多く伝わってきた。中には今からでも俺を助けに行こうとする者も居るくらいだ。

 

「そこで、皆の力を貸してほしいのです。魔神将に勝利する為には、貴方達の力が必要です。どうか、私を助けてください」

 

 肯定と、どうすればいいのかという疑問の声に、俺は答える。

 

「祈りを。私を信じ、勝利するように祈ってください。それが私の力になります。皆の祈りによって生まれる力を私の身体に集め、魔神将に打ち勝つ為に使います」

 

 そう伝えた瞬間、俺の身体に力が集まり、内側から何かが湧き上がってくるのを感じた。

 これは人間達に信仰を向けられた時に感じたものと同じだが、その規模は今までに感じた事のない、桁違いの物だった。

 正直、甘く見ていたと言わざるをえない。何千、何万という人間が心を一つにし、一心不乱に祈りを捧げ、それが一点に集まるとこれほどのエネルギーを生み出すとは、予想だにしていなかった。

 しかし、これほどの力があれば、魔神将を倒せる程の奇跡が起こせるかもしれない。いや、起こしてみせる。

 俺は目を開き、目の前に立つ男に軽く頭を下げた。

 

「世話になった、キング。あんたにはいつも助けられてばかりだな」

 

「気にするな。何故なら俺は……」

 

「キングだから……か?」

 

「ふっ……その通り、キングだからだ!」

 

 いつも通りの物言いに苦笑を浮かべながら彼に背を向け、魔神将との戦いに戻ろうとした時だった。

 

「ところでアルティリアよ」

 

「……? どうした?」

 

 まだ何か言いたい事でもあるのかと、背を向けたまま返事をすると、

 

「突然だがここでキングクイズだ!!」

 

「!?」

 

 いきなり何言ってんだお前。そう突っ込む間もなく、キングは問題を出してきた。

 

「割と抜けてはいるが聡明なお前の事だ、俺の正体にはもう見当が付いていると思う。そこで問題だ。そちらの世界に居た時の、俺の名前を答えよ。正解すれば豪華賞品をプレゼントしよう」

 

「……お前の正体は、かつてこちらの世界に居たという神の一柱。そして……楽園(ティル・ナ・ノーグ)の管理者。海神リールの息子にして、自身もまた大海を司る神。マナナン=マク=リール。それがお前の名だ」

 

 かつて彼と数えきれないほど交わした会話や、原作(LAシリーズ)内の記述から得た僅かな手がかりを頼りに導き出した回答を、俺は口にした。

 

 マナナンという名の神は、LAシリーズに名前だけ登場する神だ。

 かつて楽園と呼ばれていたこの島、エリュシオン島を管理していた神であり、彼が残した様々な神器やマジックアイテムは、原作主人公達が魔神将を倒す為の大きな助けとなった。

 

「……正解だ。では豪華賞品をプレゼントするとしよう」

 

 キングがそう言うと、背後から新たに二人分の足音と気配がした。それは俺にとって、よく知る人物の物であった。

 

 振り向くと、そこには二人の友人……バルバロッサとクロノの姿があった。

 

「よう、おっぱいエルフ、元気だったか!?」

 

「アルさん……お久しぶりです」

 

「お前ら……!?」

 

 思わず二人の顔を交互に見た後に、キングに視線を向ける。

 地球の者達は、キングのような例外を除けば異世界に行った人間の事は忘れ、記録にも残らないんじゃなかったのか!?

 

「俺に残された力を使い切って、こいつらにお前の記憶を戻して精神をここに連れてきた。正直もうこれで正真正銘、俺の神としての力はスッカラカンだ。しばらくは助言も出来なくなるから、次からは自分で何とかしろよ」

 

 そう言って、キングはふてぶてしい笑みを浮かべたのだった。

 この野郎……最後にとんでもないサプライズを用意してきやがった! だがそれは、俺にとっては何よりも嬉しいものだった。

 こいつらに別れも言えずに、二度と会えなくなる事は……どうにもならない事だと分かってはいても正直、ずっと気にしていたのだ。

 

「よう。いきなり居なくなって悪かったな。なんか知らんけど、異世界で女神やる事になっちまってな」

 

 二人に向かってそう言うと、クロノは困ったような、呆れたような半笑いを浮かべ、バルバロッサは歯を剥き出しにして豪快に笑った。

 

「アルさんは本当に、目を離すとすぐに予想外の事態に巻き込まれて、意味わかんない状況になってますよね。わざとやってるんです?」

 

「そのおっぱいで女神は無理だろ。親に向かってなんだその乳は」

 

「わざとな訳ねーだろ、俺だって不本意だわ! それとてめーの娘になった覚えはねぇよ、このクソ脳筋!」

 

 感動の再会かと思ったらすぐにこれだよ。こいつらは本当にもう……

 

 それから少しの間、お互いの近況を報告したり、かつてのような馬鹿話をして親交を深め、ほんの数か月前の事だというのに懐かしさを感じたりしていると……

 

「さて……名残は惜しいが、そろそろ俺の力も尽きる。お互いの現実世界に戻る時間だ」

 

 キングがそう口にした。今居る空間は精神の世界であり、現実世界では一秒も経っていないそうだが、当然ながらそれをいつまでも維持出来る訳ではない。

 むしろキングは別離を惜しむように、本当の限界まで待ってくれていたのだろう。

 

「これで、本当にお別れだな。……じゃあ、行ってくる」

 

 俺は、彼らに別れを告げて魔神将との戦いに戻る。

 

「アルさんなら、絶対にやれるって信じてます」

 

 クロノが。

 

「おう! 行って一発、かまして来いや!」

 

 バルバロッサが。

 

「がんばれ、アルティリア。俺は……いや、俺達はいつでもお前を見守っているぞ!」

 

 キングが。

 仲間達が、俺に向かって拳を突き出す。

 俺もまた、同じように右拳をまっすぐに、彼らの拳にぶつけるのだった。

 

 そして次の瞬間、俺の視界が切り替わり……目の前には俺を見下ろす魔神将フラウロスの姿があった。



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第62話 決着

「女神よ、返答や如何に!?」

 

 フラウロスが俺に詰め寄る。

 ああ、そうだった。俺はこいつにプロポーズされていたんだったな。向こうで色々ありすぎて、すっかり忘れるところだったぜ。

 

「……本当に、お前の妻になれば、この世界や住人達に手出しはしないと約束してくれるんだな?」

 

「うむ。我が名に誓って、約束しようではないか」

 

 俺の問いに、フラウロスが鷹揚に頷いた。

 それを聞き届けた上で、俺は彼のプロポーズに対して回答をする。

 

「そうか……だが断る」

 

「なっ……何だとぉ……!?」

 

「同じ事を二回言うつもりは無いぜ。誰がお前のような奴と結婚などするものか。そもそもお前、勝てないからって易々と敵対している相手に嫁ぐ程度の女を妻にして、本当に嬉しいのか?」

 

 俺は右手に握った三叉槍の穂先をフラウロスに突きつけて、そう問い質した。

 

「そうじゃないだろう? お前がしたいのは自分を倒せる程の強者を相手にしての、殺るか殺られるかの闘争だ。……安心しろよ。プロポーズは断ったが、その願いは私が叶えてやるよ」

 

 俺がそう宣言した瞬間、フラウロスが大声を上げて笑った。その巨体から発せられる笑い声は相応に大きく、空気がびりびりと振動する。

 

「初めて味わう感情だ……これが感謝という気持ちか」

 

 奴から伝わってくる感情は……歓喜。そして周囲の空間が歪む程の闘争心だ。

 

「そこまで言ったのだ、簡単に潰れてくれるなよ!」

 

 炎の巨人が、その拳を俺に向かって叩きつけようとする。

 つい先程までの俺であれば、その一撃で成す術もなく潰されて死んでいただろう。しかし、今の俺ならば……

 

「皆の祈りを、願いを……ここに束ね、我が手に奇跡を!」

 

 俺の身に宿った信仰の力……FP(FaithPoint)をありったけ消費して、奇跡を願う。

 願う内容はただ一つ、こいつを倒せるだけの力を俺によこせ!

 そう強く念じた瞬間、俺の身体に変化が訪れた。

 

 まず最初に……着ていた服が消失し、全裸になった。しかし肝心な所は謎の光によって隠されている。

 これは……魔法少女の変身シーン的なアレか?

 そして次の瞬間には、身体が眩い光に包まれたと思ったら、俺の姿が変化していく。

 まず衣装が鎧に変わった。ただし全身鎧(フルプレートメイル)ではなく、胸や肩、腕、腰、脛あたりの、特定部位のみを保護するハーフ・プレートメイルだ。

 より正確に言えば、所謂ビキニアーマーである。

 色は青色がベースで、鎧部分の表面は半透明の水で覆われている。これは恐らく、俺が元々着ていた水着と、水精霊王(アクアロード)の羽衣が元になっているせいで、このような形状になっているのだろう。

 

 そして、俺自身の身体も変化している。まず一番目立つ変化としては、背中に大きな二枚の白い翼が生えた。

 次に身体が少し成長したようで、背が少し伸び、胸やお尻のサイズも一回り大きくなって、髪も元々腰くらいまであったのが膝あたりまでの超ロングになっている。

 

 ……これ元に戻るんだよな? ついこの間ブラジャーのカップサイズがJカップからKカップになって、持ってる下着を全部手直ししたばかりなんだが。

 

 そんな事を考えている間にも変身は続く。最後に変化したのは装備だった。

 深い蒼色の大きな宝石の付いた首飾り、黄金色に輝く布で作られた腰帯(ベルト)が装着され、左手には聖なる輝きを放つ、純白の槍が握られていた。

 

 これは……見間違える筈もない。俺の仲間達が愛用していた神器たちだ。

 キングの首飾り『大海の心(オーシャンハート)』、バルバロッサの腰アクセ『メギンギョルズ』、そしてクロノの愛槍『ブリューナク』。

 そのどれもが作成難易度・性能共に世界最高クラスの神器である。

 

「有難く使わせて貰う」

 

 右手に海神の三叉槍(トライデント・オブ・ネプチューン)、左手にブリューナクを装備した俺は、二本の槍をフラウロスの拳に向かって突き出した。

 

「何ぃっ!?」

 

 先程、拳で防御技を弾かれて吹っ飛ばされた時と違い、今度は当たり負ける事は無く、逆に二本の槍による攻撃でフラウロスの拳を弾き返してやった。

 俺自身のステータスが大きく上がっているのもあるが、やはり装備による影響も大きいだろう。

 バルバロッサの神器・メギンギョルズの効果は、筋力《STR》・耐久《VIT》の上昇と所持重量の増加のみという、トップクラスの作成難易度を誇る神器としては、いささか物足りない物だが……効果が少ない代わりに、その効果量がえげつなかった。

 その効果量は、それら全てが『元々の数値の50%上昇』というブッ飛んだ物だ。

 元から筋力と耐久、そして筋力によって上昇する所持重量が極めて高い巨人族(ジャイアント)のバルバロッサがこれを装備する事で、上昇量はとんでもない事になり……そのせいで奴は機械仕掛けのパワードスーツめいた全身鎧に加え、両手に二挺ガトリング砲、両肩に超大型グレネードキャノン&ミサイルポッドという……普通のプレイヤーならば間違いなく重量過多で一歩も動けなくなるような、トチ狂った超重武装を実現させていた。

 

 そして、今の俺も奇跡パワーで通常のプレイヤーにはありえないステータス値に超強化されている為、バルバロッサ以上に上昇量がやばい事になっている。おまけにキングの神器・大海の心にも全ステータス上昇の効果があったりするので、更に倍率ドン! というわけだ。

 その状態で神器の二槍流による攻撃だ。力任せのパンチくらい弾き返せて当然よ。

 拳を弾いて体勢を崩したフラウロスの隙を見逃さず、俺は追撃を加える。

 

「『気象操作(コントロール・ウェザー)』!!」

 

 超級魔法・気象操作(コントロール・ウェザー)。効果はその名の通り、今いる地域全体の天候を強制的に変更する事ができるという物で、ダメージや回復等の直接戦闘に関わる効果は無いが、周囲の環境を自分にとって有利な物に変える事が出来る独特で便利な代物だ。

 プレイヤーが通常の方法で習得する事は出来ず、神器アクセサリ『大海の心(オーシャンハート)』、『天空の心(テンペストハート)』、『大自然の心(ネイチャーハート)』のいずれかを装備時にのみ使用可能な、装備専用技/魔法の一種である。

 

 その魔法によって、俺は天候を暴風雨へと変更した。

 バケツをひっくり返したような豪雨が降り注ぎ、人が簡単に吹き飛ばされて宙を舞う程の強風が吹き荒れる。まるで大型台風が直撃したような悪天候だ。

 

 普通の人にとっては、この暴風雨という天候は最悪の環境だろう。強い雨風によって視界が遮られ、動きが阻害されてしまい、戦うどころかまともに動く事すらままならない。訓練を受けていない一般人ならば嵐に吹き飛ばされて大怪我をするか、最悪死ぬ。

 

 しかし、この俺にとっては最高の環境である。何しろあたり一面、見渡す限り水だらけであり、ほぼ水中エリアのような状態になっている。

 つまり、水中同様に高速移動や、大量の水を操っての攻撃が可能になるという事だ。

 水精霊達も、大量の雨が降った事で元気いっぱいだ。

 

「ヒャッハー! 水だぁー!」

 

「水だあああああ!」

 

 なんか元気すぎて世紀末のモヒカンみたいになってるが、あえて気にしない事にして……反撃開始じゃあ!

 俺は背中の翼を広げて飛び立ち、風に乗って空を舞う。降り注ぐ雨や吹き荒れる嵐は俺の動きを阻害する事なく、むしろそれらを操る事で、人の限界を超えたスピードで飛行しながら二本の槍を振るい、魔法を連発して猛攻を仕掛けた。

 

「ヌゥーッ! 何という攻撃! 素晴らしい!」

 

 決して小さくないダメージを負いながら、フラウロスは歓喜の表情を浮かべて、巨体を活かした物理攻撃や、炎で反撃してくる。

 俺の攻撃も相当効いている筈なのだが、それにも関わらずノーガードでガンガン攻めてくるのは、流石大ボスといったところか。

 恐らく、主導権を渡せばそのまま押し切られると判断し、攻め合いを選択したのだろう。

 その判断はきっと正しい。人々の祈りによる奇跡の力と、仲間達に借り受けた神器によって大幅にパワーアップし、有利に戦えてはいるが……奴の攻撃が、どれも直撃すれば一撃死レベルのヤバい威力である事に変わりはないのだ。

 なので、決して油断はできない。俺は積極的に攻撃しながらも、受けたらまずい攻撃だけはしっかり回避する。LAOのレイドボス戦と同じだ。火力役(ダメージディーラー)は基本的に攻撃だけに専念するが、壁役(タンク)が庇う事のできない反撃技(カウンター)や広範囲攻撃は、自分で対処する必要がある。俺は今回ソロなので尚の事、食らってはいけない攻撃はしっかり避けなければならない。

 

「戦況が有利な時ほど守りには気を遣え。有利な時ほど一発逆転のリスクは高まる……か。ちゃんと覚えてますよ、あるてま先生」

 

 これは、過去にあるてまという名のプレイヤーに言われた言葉だ。

 『あるてま先生』『頭のおかしい魔法戦士』等と呼ばれる有名な一級廃人で、かつて不遇職と呼ばれていた魔法戦士をメイン職業にしながら、レイドボス戦や集団対人戦などの様々な場面で異様な強さを見せつけた、やべー奴しか居ない一級廃人共の中でもトップクラスのやべー奴である。

 定期的に開催される対人戦(PvP)の大会にて彼と対戦した時に、有利な状況に持ち込んで、勝てると踏んで攻勢に出た俺は、その隙を突かれてあっさりと敗北した。有利と思い込んでいた戦況は全て、彼の誘いだったと知ったのは全てが終わってからだった。

 俺が慎重な立ち回りを心がけるようになったのはそれからだ。サブクラスに魔法戦士を取得して槍と魔法を併用するようになったのも彼の影響で、立ち回りや戦術も随分と参考にさせて貰っている為、キングと並んで頭が上がらない相手である。恩返しをする機会は失われてしまったが、彼の教えは今後も守り、伝えていこうと思う。

 

「それはそれとしてチャンスだ、貫けブリューナク! 『極光翔槍(ライトニングジャベリン)』!」

 

 翼を使って飛翔して相手を攪乱し、上手い具合にフラウロスの真上を取った俺は、ブリューナク専用技のうちの一つを発動させた。左手に持った純白の槍が投げ槍へと形態変化し、穂先に白い稲光を纏う。

 俺はそれを、フラウロスの頭に向かって全力で投げつけた。手から離れた瞬間、至近距離に雷が落ちたような轟音と共に、ブリューナクがまるで吸い込まれるように、フラウロスの脳天へと突き刺さった。威力が通常攻撃の6倍で光&雷属性付き・溜め無しで即時発動のインチキ遠距離技を食らえオラァ! しかも発動後、ブリューナクはすぐに自動で手元に帰ってくるオマケ付きである。普段からこんなのを使い放題なクロノを少し羨ましく思いながら、俺は魔法を発動させた。

 

「『海神の裁き(ジャッジメント・オブ・ネプチューン)』!!」

 

 海神ネプチューン直伝の、召喚した水をビーム状の高圧水流にして何十発も射出する範囲攻撃魔法。俺がLAO時代から愛用していた切り札の一つだ。

 しかも今回は、召喚するのではなく絶え間なく降り注ぐ大雨による、周囲にある大量の雨水を使用しての攻撃だ。暴風雨により全方位が水に囲まれた状態でそれを発動した事や、俺自身の能力が大幅に強化されている事もあって、範囲・威力共に普段の数倍の規模と化した超級魔法が炸裂した。

 

「ヌ……グゥオオオオオオオオオッ!!」

 

 全身を極太の水ビームでくまなく撃ち抜かれたフラウロスが、ついに膝をついた。

 しかし、その次の瞬間……

 

「み、見事だ……だが……これで終わりと思ったかああッ!!」

 

 両掌を俺に向かって突き上げ、咆哮と共にフラウロスが炎の氣弾を放つ。その大きさは奴の巨大な両手を広げたくらいで、大きさだけではなく感じる熱量や威力も相当な物だ。

 勝ったと思って油断したところに、これを食らったならば……あるいは勝敗は逆になっていたかもしれない。しかし……

 

「ああ、思ってねえよ」

 

 巨大な炎の氣弾は、俺に命中する前にその動きを止めた。

 それだけではなく、フラウロスも、俺が召喚した水精霊達も、そして降り注ぐ雨水や吹き荒れる嵐すらも……世界の全てが停止した。

 

「読み通りだ」

 

 超級魔法『時空凍結(コールドステイシス)』。自分以外の時間を停止させる効果を持つその魔法を、俺はあらかじめ、いつでも発動できるように準備していた。

 そして止まった時間の中で、俺は遥か上空に向かって飛翔した。

 高度およそ1000メートルまで到達したところで、時間が再び動き出した。

 

「世界に満ちる水よ、我が槍に集え!」

 

 海神の三叉槍を両手で構え、海王拳を撃つ時のように、その穂先に周囲の水を集める。降り続けていた大量の雨水が全て、俺の槍へと宿り……その穂先に、長大な水の刃を生成した。

 

「これで……終わりだ!」

 

 それを構え、俺はフラウロスに向かってまっすぐに急降下し、その巨体を貫いた。槍はフラウロスの身体を貫通して地面にまで深く、深く突き刺さり……地面に入った亀裂から、大量の水が噴き上がった。

 

「み、見事だ女神よ……! 素晴らしき戦い、良き……敗北であった……!」

 

 フラウロスが遂に倒れ、その身体が崩壊してゆく。豹の顔が、最後に満足そうに笑ったように見えたが、すぐに地面から噴き出す水に飲み込まれ、見えなくなっていった。

 

「……終わったのか」

 

 魔神将の姿が完全に見えなくなったところで、俺はようやく勝利を確信する事ができた。

 その瞬間、一気に身体から力が抜け……同時に、俺が発動していた魔法もその効果が途切れる。

 『気象操作』の効果が終了したところで、天候も元に戻り……凄まじい暴風雨が止んで、天空を覆っていた黒い雨雲が晴れていく。

 その雲の隙間から、光が射した。

 

「ああ……もう、すっかり朝になってたのか……」

 

 戦っている間に、どうやら朝日が昇っていたようだ。

 まずいな、朝帰りになってしまった。アレックスとニーナが心配するし、早く帰らないと……

 そう考えながら、俺は意識を手放したのだった。



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第63話 女神再臨

 目の前に同じギルドのメンバーであり、親しい友人でもある巨人族の男、バルバロッサの姿があった。

 頭に髑髏マークの付いた黒い海賊帽を被り、逞しい筋肉を誇示するかのように、上半身は前を全開にした露出度の高い恰好をした、いかにも海賊団の親分といった風体の男だが、一つだけ、明らかにいつもの彼とは異なる部分があった。

 

 それは、海賊帽の下にある彼の頭部だ。いつもはボリュームのある真っ赤な髪があったその場所には……髪の毛が一本も残らず、無くなっていた。

 

 ハゲである。まごう事なきツルッパゲである。

 おい、一体その頭は何だと問い質そうとしたが、その前にバルバロッサ(ハゲVer)が口を開いた。

 

「よう! 今日は禿ジャイ祭りだぞ!」

 

 何だその得体のしれない祭りは。俺が呆気に取られていると……

 

「来たかアルティリア、遅かったな」

 

 背後からキングの声がした。思わず俺が振り返って背後に視線を送ると、そこには……

 

「待たせたな! 俺が禿ジャイのキングだ!」

 

 そこにはバルバロッサ同様、禿ジャイと化したキングの姿があった。服装はいつも通りだが、そこには子供らしい見た目の小人族の面影は残っておらず、筋肉モリモリの半裸に赤いマントの巨漢(ハゲ)が立っていた。

 

 いったい、どういう事なんだ……どうして巨人族(ジャイアント)(ハゲ)になってるんだ……そもそも禿ジャイ祭りって何なんだ……と、俺が頭を抱えていると、

 

「禿ジャイ祭りは禿ジャイ祭り。お前が禿ジャイなら禿ジャイがわかるはず」

 

 と、意味不明な台詞をのたまうクロノが現れた。当然のように奴もハゲ頭の巨人族と化しており、どちらかといえば線の細い少年が、ガチムチマッチョの兄貴と化していた。堅牢な金属製の全身鎧(フルプレートアーマー)は筋肉で内側から弾け飛びそうで、本人がデカ過ぎるせいで右手に持ったブリューナクが短槍みたいに見える。

 

「だから禿ジャイ祭りって何だよ!?」

 

 あまりの地獄めいた光景に思わず絶叫した俺を、誰が責められようか。しかし仲間達はそんな俺に対し、呆れたような視線を向けた。

 

「わからんのか。この戯けが」

 

「わからんわ! わかってたまるか!」

 

「ならば説明しよう。禿ジャイ祭りとはクソ運営に反省を促す為、我々プレイヤーが皆で禿ジャイと化して歌い、踊り、暴れ狂う祭りである!」

 

 つまりデモ活動のような物か。しかしこの悪夢のような光景は、もはやデモを超えてテロの類では……?

 俺がそう考えていると……

 

「「「禿ジャイわっしょい! 禿ジャイわっしょい!」」」

 

 声を揃えてわっしょいわっしょいと騒ぎ立てながら、大勢の禿ジャイが現れた。そんな禿ジャイ共の中には、見慣れた装備の知り合いの姿も多く見受けられる。友人や知り合い一同が全員禿ジャイと化した地獄が目の前にあった。

 

「さあ、お前も禿ジャイになるがいい!」

 

「嫌じゃああああああ!」

 

「ドスケベエルフが逃げたぞ! 追え!」

 

 俺は禿ジャイの群れに背を向け、全力で逃走した。

 

 そして………………

 

「うわあああああああ……ハッ!? ゆ、夢か……!?」

 

 俺の人生で史上最悪の、下水で煮込んだクソみたいな悪夢だった。

 

「何て悪夢だ、全く……そしてここは何処だ!?」

 

 更に飛び起きると、知らない部屋のベッドの上で横になっていた事に気付いて軽く混乱した。

 

 結論から言うと、俺が目を覚ましたのは海底だった。

 魔神将フラウロスを倒した後、俺が目を覚ました場所は深い海の底にある、海神ネプチューンが治める聖域にある海底都市。その宿屋の一室で俺は目覚めた。

 

 この海底の聖域だが、場所が場所なので、LAOのプレイヤーでこの場所を訪れた事のある者は、あまり多くない。何故ならばここに辿り着くには危険な水属性モンスターが多数棲息し、水中を移動しなければ突破出来ない箇所が多く存在する、長い洞窟を抜けて辿り着く必要があるからだ。相当な戦闘能力と、水中への適応能力が求められる高難易度の洞窟を突破するのは容易ではない。

 

 ちなみに俺は洞窟を使わずに、泳いで海から直接来た。その方法で訪れた者は俺が最初で最後らしい。

 

 さて、そんな海神の大先輩が治める聖域で目覚めた俺は、部屋の外で警備をしていた人魚族の衛兵(マーメイド・ガーディアン)たちに、ネプチューンの下に案内された。

 その道中、彼女らに質問する。

 

「状況の説明を頼む」

 

「かしこまりました。アルティリア様は魔神将を討伐後、力を使い果たして眠りにつきました。あのままでは危険な状態だった為、ネプチューン様がアルティリア様を、聖域へと招かれました。それが二週間ほど前の事です」

 

「……待て、私は半月近くも眠っていたのか?」

 

「はい。魔神将を相手に単身で長時間の戦闘を行なった事による肉体的・精神的な疲労に加えて、限界を超えた力を行使した事による反動によるものと推測します」

 

 彼女の話によれば、どうやら一時は本気で死にかねないくらいに身体がヤバい事になっていたようだが、聖域でしっかり休んだ事で、すっかり元通りになっている。

 元通りといえば、背中に生えた翼や成長した肉体は元に戻っている。あの状態は変身時のみの変化だったようで、ひと安心だ。

 おっぱいのせいでうつ伏せで寝れないのに、常時翼が生えた状態になったら、一体どうやって寝ればいいのかと本気で悩むところだったぜ。

 

 信者達はロイド率いる神殿騎士達と、俺が使役する水精霊達が手分けして避難をさせた事で、多少の怪我人は出たが重傷者や死者は出ず、無事に避難する事が出来たそうだ。今は皆、家に戻って復興作業を始めているようだ。

 しかし俺の安否が不明な事で、当初はかなりの動揺があったそうだが……ネプチューンが水精霊達を通して、俺の無事と、休息が必要である事を知らせてくれた事で混乱は収まったとの事だ。

 

 聞きたい事は粗方聞き終えたところで、聖域の最奥にあるネプチューンの宮殿へと辿り着いた。俺はその奥へと足を進め、謁見の間に入った。そこには玉座に腰を下ろした、青い髪の巨漢の姿があった。海神ネプチューンだ。

 謁見の間に入った俺を見ると、ネプチューンは玉座から立ち上がり、こちらに歩み寄ってきた。

 

「ネプチューン、また世話になったみたいだな。随分と寝坊をして、待たせてしまったようですまない」

 

「気にするな。それよりもアルティリアよ、此度はよくやってくれた。汝の働きにより、かの大陸の者達は魔神将の脅威から救われたのだ」

 

 ネプチューンのその言葉で、ようやく終わったのだと実感する事が出来た。

 これで、アルティリアの身体に宿ってこの世界に呼ばれた俺の役目を、果たし終える事が出来たのだろう。

 そう考えていたのも束の間だった。

 

「次の脅威が訪れるまでは、暫く時間が空くだろう。その間に己を更に鍛えると共に人間達を導き、戦いに備えるといい」

 

「ああ。………………えっ、今何て言った」

 

 次の……脅威? 戦い? えっ、あれで終わりじゃないの?

 

「……言っていなかったか? あの大陸を狙っている魔神将はフラウロスだけではなく、他にも何体かの魔神将が裏で蠢いている」

 

「いや聞いてねえよ!?」

 

「現に、以前汝が倒した地獄の道化師(ヘルズ・クラウン)などはフラウロスではなく、別の魔神将の眷属である。冷静に考えれば、その主が裏で動いている事は想像できる筈」

 

 そういえばそんな奴も居たな! あのゲス野郎の事とかすっかり忘れてたわ!

 

「まあいい、とにかく別の魔神将が現れるけど、ある程度は時間の猶予があるって事で良いんだな……?」

 

 そういう事なら、信者達の育成計画を更に進める必要がある。

 今回は育ちきる前に、急にフラウロスが出てきたので俺が一人で戦う羽目になったが、あんな無茶は出来ればもうやりたくない。

 幸い、準廃人レベルに育っているロイドを筆頭に、神殿騎士達は良い感じに強くなっているし、時間の余裕があるなら彼らを中心に、信者達を強く育てていこうと思う。

 

「それじゃあ私は自分の神殿に戻るぞ。皆も心配しているだろうしな」

 

 そう言って俺は謁見の間を退出しようとするが、その前にネプチューンが声をかけてきた。

 

「少し待て、アルティリアよ」

 

「何だ? まだ何かあるのか?」

 

「汝はこの短い期間で、人々の祈りに応え、彼らを導き、多くの信仰を得た。そしてその力を使い、魔神将を単身で討伐するという偉業を成し遂げた」

 

 改めて言葉にされると、とんでもない事やってるな俺。

 とはいえ最後の戦いは文字通りに奇跡が起きて勝てただけで、分が悪い博打と呼ぶのも憚られるような物だったので、次はちゃんと勝算を用意してから戦いたいものだ。

 

「よって、海神ネプチューンの名に於いて、汝を『大神』と認定する」

 

「………………パードゥン(なんだって)?」

 

「汝を大神と認定すると言ったのだ。兄者(冥王)(天空神)、天界の神々の承認も既に得ておる。満場一致で汝可決されたぞ」

 

 聞き間違いじゃなかった上に、寝てる間に神様会議みたいなので決まってた!?

 

【EX職業(クラス)大神(グレーター・ゴッド)』を取得しました】

 

 そして通知音と共に、目の前にシステムメッセージが表示された。

 これは……通常職業(クラス)で言うところの、基本職を極めて上級職を取得したのと同じ扱いになるのか?

 それならば出来る事も増えそうだし、有難く受け取っておくとするか。色々と責任とか使命とか人々の信仰とか、背負う物も大きくなりそうで気が重いが。

 ……まあ、それも今更か。

 

「じゃあ、そろそろ帰るよ。またな」

 

「うむ。最も新しき神よ、地上を頼んだぞ」

 

 俺はネプチューンに背を向け、玉座の間から退出する。そして技能『神殿への帰還』を発動した。

 神になってから習得した、使用すれば自分を祀っている神殿へと一瞬で帰還できる便利な技能だ。その効果でグランディーノにある神殿へと帰ろうとした時だった。

 

「……反応が、多いぞ……?」

 

 グランディーノだけでなく、俺の神殿が他にも何箇所もあるのを感じた。

 これは……方角や距離的に、レンハイムの町やその周辺にある小さな町や、規模が大きい村あたりか? それと、大きく離れた場所にも一つある。これはローランド王国の首都である、王都ローランディアと思われる。

 

 半月ほど寝ていたら神殿がたくさん増えていた。

 俺がいない間に何やってんだあいつら。

 

 新しく増えた神殿について聞くのは後にするとして、俺は移動先にグランディーノの神殿を選択し、瞬間移動(テレポート)をした。

 

 視界が揺らめき、次の瞬間には見慣れた神殿へと移動していた。

 この技能は転移する距離に比例して消費する魔力が増えるので、海底の聖域から超長距離の移動をしたので、流石の俺でもかなりMPを削られたが、二週間も寝て回復したので問題は無い。

 

 と、その時だ。神殿の入り口の扉が勢いよく開いて、入ってくる者達がいた。

 二人の子供、アレックスとニーナの兄妹だ。二人は駆け寄ってきて、俺に向かって勢いよく飛びついてきた。

 

「おっと……おいおい、いきなり強烈だな……」

 

 腹に向かって二人がかりの全力ダイブは、小さい子供が相手とはいえ受け止めるのがなかなか大変である。

 と、そこで二人が俺のお腹に顔を埋めたまま、小さな体を震わせて泣いているのに気がついた。

 

「……ごめんな、心配をかけた。でも、ちゃんと帰ってきたからな。もう大丈夫だ」

 

 俺は身を屈めて、二人をまとめて抱きしめた。

 暫くそうやって二人の頭を撫でていると、やがて落ち着いたようで顔を上げてくれた。二人とも、目元や鼻が真っ赤になっている。

 

「母上」

「ママ」

 

 アレックスとニーナが同時に、俺に話しかけた。どうした? と訊くと、二人は声を揃えて、こう言うのだった。

 

「「おかえり!」」

 

「ああ。ただいま、二人とも」

 

 そして次の瞬間、外から大勢の人間達が神殿内へと入ってきた。

 

「お帰りなさいませ、アルティリア様!」

 

「もうお体は大丈夫なのですか!?」

 

「お帰りをお待ちしていました!」

 

 うちの神殿騎士達を先頭に、領主や町長、冒険者に海上警備隊員、領邦軍の軍人に商人達、そしてグランディーノや近隣の町村の住民達と、様々な種類の大勢の人間達が次々と入ってきて、俺に声をかけてきた。

 

「皆ぁ! 女神様のご帰還だ!」

 

「何ぃ!? 仕事なんかしてる場合じゃねえ、全員で盛大にお出迎えをするぞ!」

 

「港の方に居る連中にも伝えろ! 急げ!」

 

 遠くの方からはそんな声も聞こえる。そうしている間にも、次から次へと神殿に人が集まってきた。

 

 ええいお前ら、少し落ち着け! 人が多すぎて神殿のキャパシティを完全にオーバーしてるし、俺は聖徳太子じゃないのでそんな一気に話しかけられても聞き取れんわ!

 

「あーもう、静まりなさいアホ共ぉー!」

 

 こうして、二週間のお休みから復帰した後の、俺の最初仕事は……テンションが上がりすぎた信者達に水をぶっかけて、頭を冷やしてやる事となったのであった。

 実に締まらないが、まあ……これくらいが俺には丁度いいのだろう。

 うちの信者達は俺に似たのか馬鹿ばっかりなので、放っとくと何をしでかすか分かったもんじゃないしな。

 仕方がないので、今後も俺が面倒を見てやろうと思うのだった。

 

 

 

 第一部 完



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第64話 大型新人加入!?※

 ロイド=アストレアは、女神アルティリアに仕える海神騎士団の団長を務める、神殿騎士である。

 紆余曲折の末に海賊に身を堕とした彼とその部下達はある日、女神に命を救われた。それ以来、改心した彼らは世の為人の為、そして敬愛する女神の為に、身命を賭して戦ってきた。

 そして、心身共に成長したロイドは先の魔神将との戦いでは、魔神将の腹心であるA級魔物(モンスター)、『紅蓮の騎士』を一対一の決闘の末に討ち破るという大手柄を上げたのだった。

 とはいえ、手放しで喜んでばかりもいられない。肝心の魔神将との戦いは女神に全て任せる事になってしまったし、彼女の話によれば、あのフラウロスとはまた別の魔神将が、虎視眈々とこの世界を狙って裏で動いているらしい。

 

 また、紅蓮の騎士を倒した際に女神に授かった愛刀を折ってしまったのも、ロイドにとっては痛恨の極みであった。非常に優れた性能の武器である事も勿論だが、女神に下賜された品を破損させてしまったという事実、それ自体が許し難い事である。

 しかし、それを隠し立てする等という不誠実な真似は、尚更許されない。ロイドは意を決して、女神にそれを告白したのだが……

 

「いいでしょう。私に任せなさい」

 

 懺悔じみた武器破損の報告を受け、折れた村雨を受け取ったアルティリアは、事も無げにそう言った。

 

「修理できるのですか!?」

 

 刀身の真ん中あたりから、真っ二つに折れた刀である。ロイドは正直、修復は不可能であると思っていた。

 

「修理……とは違いますね。完全に折れていますし、元通りにするのは不可能です」

 

「そう……ですよね。いえ、それでもまた使えるのであれば……」

 

 アルティリアの言葉を聞いて落胆しそうになるが、気を取り直してロイドはアルティリアに、可能な限り修理して貰うように頼もうとしたが、

 

「なのでこれを(ベース)にして、もっと強い刀を作ります」

 

「えっ」

 

「それに、これを貴方に与えた時には、武器の性能が貴方の力量(レベル)よりも相当上でしたが……今はその逆で、武器の性能が今の貴方の力量に対して、やや物足りない感じになっています。交換する頃合いとしては丁度いいでしょう」

 

 ロイドはこれまでの数多くの激闘や、過酷な訓練、そして決闘によって紅蓮の騎士に勝利した得難い経験により、大幅なレベルアップを果たしていた。

 それによってレベルも110を超え、LAO基準でも一線級の実力に達している。村雨も決して悪い武器ではないが、このまま成長を続ければ、いずれロイドの力量に追いつけなくなるだろう。それを見越して、アルティリアは新たな武器を作る事を提案したのだった。

 

「というわけでロイド、材料は貴方が用意するように。購入しても良いし、自分で採集しても構いません。そこは貴方に任せます」

 

 そんな命令を受けて、騎士団の宿舎に帰ったロイドは団員達を集めて話し合い、その話し合いの結果、次の日には……

 

「みんな鶴嘴(ピッケル)は持ったな! 行くぞォ!」

 

 ロイドの号令と共に、鶴嘴を担いだ数十人の男達が、洞窟へと突入した。彼らはロイドの部下である神殿騎士と、グランディーノの町を拠点とする冒険者達である。

 武器を作る為の素材をどうやって調達するかを話し合った際に、海神騎士団の団員達の中にも、武器や防具を強化・新調する為の素材を欲している者が多く居た事が判明した。

 ついでに冒険者組合に顔を出し、冒険者達に話を聞けば、やはり彼らも装備を強化したいと考えていた為、それならばと合同で素材探しの冒険に出かける事になったのだ。

 海神騎士団の約半数と、冒険者のパーティーが数組という大所帯となった彼らが向かったのは、レンハイムの町の南にある火山洞窟であった。ほんの数週間前に女神と共に進入し、紅蓮の騎士との決闘を演じたあの洞窟だ。

 

「頭上や足元に注意しろよ、溶岩に落ちたら助からんぞ。それと中は相当暑いから、水属性の魔力でシールドを作って熱気を防ぐんだ」

 

 紅蓮の騎士やフラウロスを打倒し、この地方を襲っていた火属性の異様な活性化が無くなった事で、気候は元に戻り、この火山洞窟もかつてのような異常な暑さではなくなった。

 しかし、溶岩の流れる洞窟内が他の場所よりも高温である事は間違いない為、暑さ対策は必須であった。

 

 このダンジョン内の壁や通路に希少な鉱石が点在していたのは、以前探索した時に確認済みである。その時は先を急いでいたので残念ながら無視して進んだが、今回こうして採集する機会に恵まれたというわけだ。

 道中の魔物もなかなか強力であり、希少な鉱石を採取しつつ経験値稼ぎ(レベリング)も出来る為、しばらく通うのも良いと彼らは思った。

 

 魔物を討伐して採集物(ドロップ品)を拾いながら、彼らは鉱石のある場所まで辿り着くと、おもむろに鶴嘴を振るって採掘を試みた。

 その結果……

 

「鉄だ! 良質な鉄鉱石がボロボロ出てるぞ!」

 

「ふっ、甘いな。こっちはレアな銀鉱石を見つけたぞ」

 

「うおっ、何だこれは!? 赤みがかった色の、透き通った水晶みたいな石が出てきたぞ! しかも中から強い火属性の魔力が感じられる!」

 

「何ぃ!? ちょっとよく見せてくれ!」

 

「う、うわああああああ!?」

 

「どうした!? 魔物か!?」

 

「ち、違う! ミスリルだ! 地面を掘ったらミスリル鉱石が出た!」

 

「何だとぉぉぉ!?」

 

 アルティリアの加護によって採集スキルにプラス補正がかけられている事もあって、彼らは良質な鉱石を大量に入手できたのだった。

 更にダンジョン内の魔物からのドロップ品や、ダンジョンに流れ着いた財宝の入った宝箱からも多くの有用なアイテムを入手する事が出来た。今回の遠征は大成功といって良いだろう。

 しかしそれも、無事に戻れたらの話だ。最後まで気を抜かないように指示し、ロイドは彼らを率いてダンジョンの奥へと向かった。

 

 そしてロイド達は、大きな扉のある部屋へと辿り着いた。そこは以前、紅蓮の騎士と決闘をした大部屋だった。

 その部屋の中心には、一本の剣が地面に垂直に突き立てられていた。赤い色の金属で出来た、ブ厚く長い刀身を持つ両手剣だ。刀身に罅が入って損傷しており、持ち主は不在であるが、それでもなお強い存在感と威圧感を放つ大業物。紅蓮の騎士が使っていた大剣だった。

 

「あいつの剣か……。むっ、これは?」

 

 その大剣が突き立てられている場所のすぐ近くに、掌に丁度収まる程度の大きさの球体が転がっていた。傷一つない、真っ赤な球だ。金属のように堅いが、それとは違う未知の材質で出来たそれは、淡い赤色の光を放っていた。

 

「クリストフ、これが何かわかるか?」

 

「……いえ、私もこのようなものは初めて見ました。魔石と似ていますが、中に込められている力は比べ物になりません。恐らくはあの、紅蓮の騎士ゆかりの品と思われますが……」

 

「そうか……」

 

 悩んだ末に、ロイドはその球と、紅蓮の騎士が使っていた大剣を持ち帰る事にした。

 無事にダンジョンを脱出し、希少な鉱石とダンジョン内の財宝を持ち帰った彼らは、レンハイムの町で一泊する事にした。

 レンハイムの町は、空前のお祭りムードだ。魔神将が現れた時の、この世の終わりのような光景を目にした住民達は、最早これまでと諦めに心を支配された。しかし女神がただ一人で魔神将に立ち向かい、彼らを逃がした。

 孤立無援の状況で絶望的な強敵に立ち向かう女神の姿を目にした彼らは、その優しさに応える為にも、誰一人として死なせず、石にかじりついてでも生き延びようと必死に逃げ延びながら、女神の無事と勝利を祈り続けた。

 

 そして、奇跡が起きた。魔神将は女神の手によって討ち滅ぼされ、半月ほど時間は空いたが、女神も無事に戻ってきた。

 魔神将討伐から女神の帰還までの期間は、住民達は彼女の身を案じつつも、それを押し殺して復興に精を出していた。しかしグランディーノに再び女神が降臨したとの知らせを受けた時、彼らは弾けた。

 戦勝&女神復活のお祭り騒ぎでテンションがMAXまで振り切った彼らによって、レンハイムの町は王国内の他の都市がちょっと引くレベルの速度で急発展していた。そしてグランディーノの町は勿論、周辺の町や村も同じような状態になっている。

 それによってケッヘル伯爵領は、GDPが去年の数十倍で王都に迫るレベルという、ちょっと頭がおかしい事になっているのだった。

 ちなみにアルティリアと魔神将フラウロスが戦ったレンハイム近郊の草原は、アルティリアが最期に放った攻撃の影響で巨大な湖になっており、新たな観光名所として話題となっていた。今後その湖は遠方からも多くの観光客が訪れるようになり、それによってレンハイムの町は更に潤うのだった。

 

 レンハイムの町で一泊し、翌日の早朝に出発したロイド達は、数時間後にグランディーノへと帰還した。

 冒険者達と別れ、騎士団宿舎へと戻ったロイドは風呂で身を清め、旅の汚れと疲れを落とした後に、騎士団の制服(騎士団長バージョン)をしっかりと身に付けて、神殿へと足を運んだ。

 

「アルティリア様、ロイド=アストレア以下、神殿騎士十六名、只今戻りました」

 

「お帰りなさいロイド。それで収穫はありましたか?」

 

「はっ、希少な鉱石を数多く入手する事が出来ましたので、これから金属に加工いたします。また、それとは別に……このような物を見つけました」

 

 ロイドはアルティリアに、大剣と赤い球体を差し出した。

 

「……これは」

 

 大剣については、壊れかけてはいるが紅蓮の騎士が愛用していただけあって中々の性能で、修理さえすればまた使えるようになるだろう。重さや大きさが相当な物なので、使える者は限られるだろうが。

 しかし、そっちは言ってしまえばただの剣なのでどうでもいい。問題は真っ赤な球体で、アルティリアはそれに見覚えがあった。

 

「やはり、魔物の核(モンスター・コア)か」

 

 魔物の核(モンスター・コア)は、モンスターという存在の根幹となる物で、人間でいえば心臓や脳のような物である。

 核さえ残っていれば、死んで肉体を失った魔物もいずれ再生は可能である。

 とはいえ、大抵は死亡時に核も同時に砕け散る為、これが残る事は滅多に無いのだが……ごく稀に、強力なモンスターが死亡した時に、無傷のままの核がドロップする事があった。

 そして、その使い道を、アルティリアは知っていた。

 

「では、これらは私が預かりましょう」

 

 ロイドから魔物の核を受け取ったアルティリアは、それを持って神殿の奥へと戻っていった。

 

 退出したロイドは、自室に戻って作業服に着替えた後に、騎士団宿舎内にある工房にて、溶鉱炉で採ってきた金属を精錬する作業に没頭していた。アルティリアの教えにより、彼らは一通りの生産活動が出来るように教育されており、宿舎には立派な工房がある。それを使って騎士達は日夜、自分達が使う装備やアイテムの製作や強化を行なっている。

 その作業を終えて、シャワーを浴びた後に、騎士達と一緒に食堂で夕食を食べた。

 本日のメニューは山菜やキノコを使った炊き込みご飯と、脂の乗った秋刀魚の塩焼き、大根おろし、野菜の漬物、そして豚汁であった。フラウロスが倒されて以降、気候は元通りになって、すっかり秋らしくなった。そんな秋の味覚をふんだんに使った和食の献立に舌鼓を打ち、少し休憩したら訓練でもするかと考えていると、騎士団の宿舎にアルティリアが訪ねてきた。

 慌てて身なりを正して集合する騎士達に、アルティリアは言った。

 

「突然ですが新入りを紹介します。入ってきなさい」

 

 その言葉に従い、一人の人物が宿舎に入ってきた。その姿に、ロイド達は見覚えがあった。

 

「なっ……紅蓮の騎士!? アルティリア様、これは一体……!?」

 

 そう、入ってきた人物とは、赤い全身鎧と顔全体を覆い隠す兜を身に付け、背に巨大な両手剣を背負った巨漢。見間違える筈もない、あの紅蓮の騎士であった。

 しかし以前見た時とは少々、鎧のデザインが異なっており、赤色がベースになっているのは共通しているが、所々に青色のラインが入っているのが分かる。

 

「違います。彼は新人騎士のスカーレット=ナイト君です。貴方達の後輩になるので仲良くするように」

 

「新人のスカーレット=ナイトである。よろしく頼むぞ人間達よ」

 

 仁王立ちしてこちらを見下ろしながら、臆面もなく堂々と宣言するその声は、紅蓮の騎士のものであった。そしてこの自称新人、身長と武器と態度がでかい。

 

「アルティリア様、これは一体どういう事でしょうか」

 

「えっ? だから新人だって……」

 

「いやどう見てもあいつ紅蓮の騎士でしょう!? 何をどうやったら奴が新人騎士などという事になるのですか!?」

 

「チッ、流石に誤魔化されないか……まあいい、ならば説明しましょう」

 

 アルティリアの説明によれば、ロイドが持ってきた赤い球体……死んだ魔物が残した核は、魔力を注ぎ込む事でその魔物を復活させ、仲間にする事ができるレアアイテムであり、それを使って紅蓮の騎士を復活させたとの事だ。

 

 そして復活させた彼と話をしたところ、最初はアルティリアや、この町の者達と敵対した自分が仲間になる訳にはいかないと断ったのだが、そんな彼にアルティリアは、人を傷つけたんならその何十倍、何百倍もの人を護って幸せにすればええやろがい! それが騎士ってモンだろ!(意訳)と説得し、紅蓮の騎士はその言葉を受けてアルティリアに仕える騎士となる事を選んだのだった。

 それを聞いたロイドは、かつて紅蓮の騎士と呼ばれていた男に問う。

 

「問おう。人間達に害する意志や、敵対した俺達に対する怒りや憎しみは無いのか?」

 

「無い。今の我は女神アルティリアによって再構築された存在である故、かつてのような人間に対する敵対心は失われている。また、かつての敗北は騎士として正々堂々と戦った結果。恨みなどあろう筈もない」

 

「続けて問おう。お前の望みは何だ? 何の為にお前は再び生を受け、戦う事を選んだのだ?」

 

「騎士道に殉じ、騎士として正々堂々と戦い、そして今度こそ、騎士として死ぬ為に」

 

「ならば最後に聞こう。女神アルティリア様の忠実なる信徒として、力無き民を守護する騎士として、己が信じる騎士道に恥じない生き方をする事を誓えるか」

 

「誓おう。我が名はスカーレット=ナイト。女神アルティリア様に仕える騎士にして汝らの同胞、天下万民を守護する騎士として生まれ変わる事を、ここに宣言する」

 

「ならばよし! 海神騎士団団長ロイド=アストレアの名に於いて、神殿騎士スカーレット=ナイトの入団を正式に許可する! 異議ある者は今すぐに名乗り出よ!」

 

「「「「「異議無しッ!!」」」」」

 

 こうして、海神騎士団に紅蓮の騎士改め、新人神殿騎士スカーレット=ナイトが加わったのであった。

 

 後日、そんな彼を紹介する為に、ロイドが冒険者組合へと連れていったところ、かつて町を襲撃しに来た紅蓮の騎士を目にし、実際に戦った事のある冒険者達の間で軽くパニックはあったものの……

 

「えっ、ちょっ、紅蓮の騎士……!? 何で……!?」

 

「違います。新人のスカーレット=ナイト君です。紅蓮の騎士じゃないです」

 

「……マ?」

 

「他人の空似です」

 

「………………」

 

 冒険者達はしばらくロイドとスカーレットを交互に見比べた後に、まあ実際に戦って倒したコイツが言うんなら、そういう事でええか……と、考えるのをやめた。

 

「「「「「冒険者組合へようこそスカーレット君! はじめましてよろしくね!!」」」」」

 

 そういう事になった。



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第65話 ニーナ・イン・ワンダーランド※

 ニーナは退屈していた。

 女神アルティリアの養女となり、神殿で暮らす彼女は獣人族の少女である。褐色の肌に赤い瞳、白い髪の持ち主で、頭頂部には猫の耳、臀部からは細長い尻尾が生えている。

 ニーナは普段、動物の世話をしている。神殿で飼育している飛竜や、神殿騎士団員達の馬がその対象だ。

 しかしこの日は騎士達はほぼ全員が仕事で遠出しており、馬も不在であるため手が空いていた。また、養母の女神アルティリアも領主との会談の為にレンハイムの町に赴いている為、不在である。

 一つ上の兄、アレックスも朝起きた時から姿が見えない。きっといつものように港に居るだろうと、ツナマヨと名付けた飛竜に餌を与えてからニーナは一人、港へと向かったのだった。

 

 果たして港に足を運ぶと、予想通りに兄の姿があった。他にも数人、町の子供達が一緒に居るのが見える。彼らは堤防の上で釣りをしていた。

 

「おいアレックス、めちゃくちゃ引いてるぞ!」

 

「竿が物凄くしなってる! 大物か!?」

 

「ああ、かなり重い。お前ら手伝え」

 

 丁度大物がかかったようで、アレックスが周りの子供達と一緒に竿(ロッド)を押さえながら、リールを回して魚を釣り上げようとしていた。

 

「おっ、見えてきたぞ!」

 

「ん……? あれ、なんか赤いぞ!? もしかして鯛じゃね!?」

 

「マジで!? ほんとだ、鯛っぽいぞ!」

 

 水面近くに引っ張り上げる事で姿を現した魚を見て、子供達がわっと歓声を上げる。その渦中にあってもアレックスは冷静だ。

 

「ハンス、あみ」

 

「任せて!」

 

 アレックスの指示で、彼の友人である町の子供、ハンス=ヴェルナーが攩網(たもあみ)――長い棒の先に網が付いた物だ――を構え、アレックスが釣り上げた鯛を網の中へと入れ、持ち上げた。

 

「でっけぇ!」

 

「うおおおお! アレックスすげー!」

 

「どうする!? 食うのか、それとも売るのか?」

 

 少年達は氷を詰めた木箱に釣り上げた鯛を入れ、それを持って市場の方へとまっしぐらに走っていった。それを見送ったニーナは、不機嫌そうに頬を膨らませた。

 

「……むー」

 

 無口だが物怖じしないアレックスとは逆で、ニーナは気が弱く、人見知りが激しい方だ。騒がしい男児達の間に入っていくのに躊躇していたら、話しかける機会を逸してしまったようだ。

 仕方なく港を後にして、アレックス達を追って市場の方に行こうとした、その時だった。何か小さな生き物が、ニーナの目の前を横切っていった。

 

 その正体は、一匹の兎だった。しかし、明らかにただの兎ではない。何故ならばその兎は、燕尾服のようなデザインの服を着て、頭には長い耳の間にシルクハットを乗せていた。更に右手には懐中時計を持っている。

 しかも、あろうことかその兎は、突然人語を喋りだしたではないか。

 

「大変だ、大変だ。このままでは遅れてしまう」

 

 懐中時計の盤面を見ながら、慌てた様子で兎は二本の足で走っていった。そんな異様な生き物を目撃したニーナの瞳が大きく見開かれ、猫耳と尻尾がピクピクと激しく震えた。

 

「変なうさぎさん!」

 

 謎の兎に興味を惹かれたニーナは、それを追いかけて走っていった。

 

「まてー!」

 

 子供とはいえ、獣人族は身体能力や敏捷性に優れている。ニーナは大人顔負けの速さで兎を追いかけるが、しかしその差はなかなか縮まらない。

 いつしか、ニーナは兎を追いかけて森の中へと入っていた。

 そして、森の奥へと入っていったニーナは、兎が洞窟へと飛び込んでいくのを見た。その洞窟の奥は暗く、外からは中の様子が伺えない。

 少しだけ恐怖を感じるが、しかし好奇心が上回ったのか、ニーナは洞窟の中へと飛び込んでいった。

 

 すると、突然視界が切り替わり、ニーナは先程まで居た森とは全く別の場所に立っていた。

 そこは海に浮かぶ、小さな孤島であった。

 

「なんで???」

 

 いきなり森の奥にある洞窟から、海へと移動した事でニーナは混乱ながら周囲を見回した。

 島には木が何本か生えている程度で、他には何もない。背後を見ても、そこには通ってきた筈の洞窟は無く、見知らぬ場所で帰り道すら見つからないという絶望的な状況に、ニーナはパニックを起こしかけるが……

 

「んっ!」

 

 パーン! と、自身の両頬を平手で叩いて気合を入れ、ニーナは周囲をよく観察する。

 

「ピンチのときこそ、おちついてまわりをよくみる!」

 

 養母の教えを口に出し、それを実践すると、島から少し離れた場所に、陸地があるのが見えた。白い砂浜が広がっており、その奥には草原や森が見える。それは最初からそこにあったが、冷静さを欠いた状態のニーナには見えていなかったようだ。

 まずはこの何もない島を離れ、そこを目指すべきだと考えるが、その為の手段をニーナは考える。

 真っ先に思いついたのは泳いで向こう岸まで行く事だが、果たして体力が保つだろうかと不安になる。ニーナはそれなりに泳げはするが、母や兄ほどには泳ぎが得意ではない。それでも他に方法が無い以上致し方なしと、意を決して海に飛び込もうとすると、

 

「キュイー!」

 

 という鳴き声と共に、海面に白いイルカが顔を出した。

 

「いるかさん!」

 

 ニーナが目を輝かせて手を伸ばすと、イルカは人懐っこい様子でニーナの手に顔を擦り付けた。そして、「乗れよ」とでも言いたそうな様子で、海面に浮かんだ状態で背中を向けるのだった。

 ニーナがそっと背中に乗ると、イルカは向こう岸に向かって泳ぎ出した。あっという間に対岸に辿り着くと、イルカはニーナをそっと砂浜に降ろし、背中を向けてクールに泳ぎ去るのだった。

 

「いるかさん、ありがとうー」

 

「キュイッ」

 

 ニーナがそう言って手を大きく振ると、イルカは振り返って、短くひと鳴きすると海へと潜り、そのまま姿が見えなくなった。

 

 イルカを見送ったニーナは、海岸から草原へと移動した。草原の向こうには森があり、その更に向こう側には、丘の上に巨大なお城が建っているのが見えた。

 

「おしろ……きっと人がすんでるよね」

 

 もしかしたら、そこに居る人が家に帰る方法を知っているかもしれない。

 そう考えて、ニーナは遠くに見える城を目指す事を決めたのだった。

 

 

  *

 

 

 そして同時刻。

 世界の中心に位置する孤島・エリュシオン島にて、うみきんぐは崖の上に立ち、眼下に広がる海を見下ろしていた。

 しかしその目に映るのは、目の前の雄大な景色のみにあらず。彼の持つ千里眼は、遠く離れた場所の光景をも正確に観る事ができる。

 

「これは……少々まずいか」

 

 それによって彼は、ニーナの身に何が起きたかを正確に把握していた。それゆえに彼は、このままではニーナの身が危ないと判断し、対応策を講じる必要があると考えていた。

 しかし、彼が持っていた神としての力の大部分は枯渇しており、直接手助けする事は出来そうにない。

 ならばどうするか……と考えていた時、彼に向かって近付いてくる人物が居た。足音に振り返り、その人物の姿を見たうみきんぐは、少しの驚きと共に、

 

「珍しいな、お前がここに来るとは。……行ってくれるのか?」

 

 うみきんぐの問いに、その人物は無言でこくりと頷き……そして、音もなくその姿を消したのだった。



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第66話 きびだんごが無くても魔物はオートで仲間になる※

 遠くに見える城を目指して進むニーナを、物陰からこっそりと監視する者が居た。その正体は二足歩行する、白い体毛と長い耳を持つ、燕尾服とシルクハットを着用した小動物。そう、ニーナがこの謎の場所へと迷いこむきっかけになった、あの兎であった。

 

「まずは計画通り。それにしても、こうも簡単に引っ掛かるとは」

 

 ニタリ……と、可愛らしい兎に似つかわしくない、邪悪で厭らしい笑みを浮かべながら、兎は低い声でそう呟いた。

 

「さてさて……それではお城への道中、せいぜい怖い目に遭ってもらいましょうか」

 

 兎が指を鳴らす。すると、その周りに様々な種類の魔物が出現した。

 

「行きなさい。ただし殺してはいけませんよ」

 

 あくまで生かしたまま、恐怖を与えるように……と、兎は魔物達に指示するのだった。その目に狂気を宿し、醜悪な笑みを浮かべながら。

 

 そんな邪悪な企みがある事など露知らず、ニーナは意気揚々と城への道を進んでいた。

 そんな彼女に向かって、兎の指示を受けた魔物達が、続々と襲い掛かろうとして近付いていった。

 

 それから約1時間後。

 ニーナは白字に黒い縞模様の入った、大型の猫科動物……虎のようなモンスターの背中に乗って、森の中を進んでいた。

 ニーナを乗せた虎を先頭に、豹や狼、猿といった動物系の魔物が何匹も、ぞろぞろとその後に続いている。更に上空では巨大な鷹や隼のような鳥系モンスターが地上を見下ろし、周囲を警戒していた。

 

「どういう……事だ……?」

 

 離れた場所から双眼鏡を使い、その様子を見ていた兎は思わずそう呟いた。

 

「見た目はただの獣人の小娘で、特別な力など感じられないが……なぜ、出会う魔物全てをあっさりと従える事が出来る……?」

 

 ニーナという少女は、魔物調教師(テイマー)が天職と呼べるほどの、それに特化した才能の持ち主だった。そしてその才能は、ニ十頭以上の駿馬や飛竜といった強力な動物や魔物の世話を一ヶ月以上、毎日行なってきた事で磨き抜かれた。

 その結果、幼くして多数の魔物を従える女王が誕生した。

 

 魔物調教師は、その者が持つ高い実力やカリスマによって魔物を従えている者が多い。例えばうみきんぐ等はその筆頭であるが、ニーナの場合はその逆であり、本人はか弱い少女でしかないが、魔物に庇護欲を抱かせる事によって能動的に自身を護らせていたのだった。

 

 そんなニーナを背中に乗せたり、その後ろに付き従う魔物達の心は一つだった。

 

(((俺が守護(まも)らねばならぬ)))

 

 姫君に付き従い、その身を守護する騎士のように、魔物達は強烈な使命感に駆られていた。彼らの脳内には、既に兎によって下された命令など残っていなかった。

 

「ガルルルル(そもそもあの兎野郎、胡散臭くて気に入らなかったしな)」

 

「ワオーン(全くだ。何で俺達があいつの命令なんか聞かなきゃならんのだ)」

 

「グルルゥ(つーか虎、そろそろニーナちゃんを乗せる役目を俺に交代しろ)」

 

 そんな訳で本来ならば邪悪な魔物によって見知らぬ場所へと誘い込まれ、絶体絶命の危機であった筈が、出てくる魔物がオートで仲間になるヌルゲーと化していた。

 こうして、ニーナは何の障害も無く、目的地の城まで辿り着いた。

 

 城の入り口では、二人の兵士が見張りをしていた。しかしその兵士は人間ではなく、それどころか生き物ですら無かった。

 

 トランプのカードが胴体になっており、そこから手足が生え、頭部はトランプのスート(スペードやハート等のマーク)の形をしており、目や口が付いているようには見えない。

 そのトランプ兵の胴体になっているカードは、ハートの2だ。右手に槍を持った二体の兵士は、ニーナ達を見つけると城門の前に立ち、その行く手を阻んだ。

 

「止まれ! ……いや、止まって下さいお願いします!」

 

 大量の魔物達から「テメー何うちのニーナちゃんに命令してんだ殺すぞ」とでも言いたそうな剣呑な目つきで睨まれ、ビビったトランプ兵は慌てて言い直すのだった。しかし腰が引けていながらも城門を死守しようとする気概はあるようで、門の前から退こうとする様子は無い。

 

「こ、ここはハートの女王様の居城である! あなた達は何者で、何をしにここに来たのだ!?」

 

 若干声が震えているが、トランプ兵はニーナにそのような質問をした。

 

「ニーナです。まいごになったので、おうちに帰る道をききにきました」

 

「そ、そうか……それは……大変だな、うん……」

 

 大量の魔物を連れてきたので敵襲かと思えば、ただの迷子であった事に拍子抜けする兵士だったが、しかし彼らは主である女王に、何者も通すなという命令を受けていた。

 

「しかし、すまないが女王様の命令により、ここを通す訳にはいかんのだ」

 

 トランプ兵がそう告げると、ニーナは明らかにしょんぼりした顔を見せた。

 

「ガウッ!(は? お前かわいそうだとか思わないわけ?)」

 

「あおーん!(ここの王様は迷子の女の子を保護する度量もないんか?)」

 

「クエーッ!(つべこべ言ってないでさっさと入れろや!)」

 

 そして次の瞬間には、魔物達がそれに対して一斉に猛抗議を開始した。トランプ兵には何を言っているかは分からないが、明らかに怒っており自分の身がヤバいという事だけは理解できた。

 

 しかしこの魔物達は目の前の少女に従っているようだし、何とか説得して事なきを得るしかないかと思ったトランプ兵だったが、その時だった。

 

「構いません。その者達の入城を許しましょう」

 

 突然その場に、そのような内容の声が響き渡った。声の主は女であった。

 

「じょ、女王様!」

 

 同時に、堅牢な城門がひとりでに開いていった。

 ニーナ達はトランプ兵に案内され、城内へと足を踏み入れ……ハートの女王と対面するのだった。

 

 

   *

 

 

 一方その頃、アルティリアはレンハイムの町、領主の館にて会談を行なっていた。主な話題は近隣の、別の領主貴族との折衝についてだ。

 

 アルティリアが降臨して以来、彼女が最初に降り立ったグランディーノの町や、魔神将との決戦の舞台となった領主の住む都、レンハイムを中心として、その周辺地域であるケッヘル伯爵領が空前の発展を遂げているのは以前述べた通りである。

 それは大変良い事ではあるのだが、それが面白くないという人間も居る。ケッヘル伯爵の領土に隣接する土地を持つ、他の貴族達だ。

 人々を導き、文明を発展させて大いなる恵みをもたらし、そして魔神将という超特大の脅威を退けたという女神の噂は、近隣のみならず王国全土、そして国外にも広がっている。同時に、伯爵領の発展ぶりもだ。

 となれば当然、人が集まる。今よりももっと良い暮らしをしたいと思うのは人間として当然の考えだ。女神のお膝元で繁栄の恩恵にあずかろうと、各地から移住してこようとする者が急増している。

 しかし、そうなると他の領地では人が減る。人が減れば働き手も減り、彼らから取れる税金も少なくなる。他の貴族達が、それを許容できる筈もなかった。

 

 しかし、だからといってケッヘル伯爵に直接文句を言ったり、真っ向から喧嘩を売るような真似をすれば、アルティリアの不興を買いかねない為、そのような行為に出る者は()()()()居なかった。その代わりに彼らは、アルティリアに接近してきた。

 伯爵を通して贈り物をしたり、自身の領土にアルティリアの神殿を作ったりと、様々な手で歓心を買おうとする貴族への対応に、アルティリアは悩んでいた。

 下心が混じっているとはいえ、こちらに対して下手に出て仲良くなろうとしている相手を無下に扱うわけにはいかないが、ある程度の距離感を保って上手く付き合う必要はある。

 そういった貴族への対応について、専門家である領主と話し合っていたところだ。

 

 その話し合いの最中に、アルティリアに対して彼女が使役する水精霊の一体から、念話による通信が入った。

 

「何だと!?」

 

 その内容を聞いた途端にそう叫びながら、思わず椅子から立ち上がったアルティリアを見て、領主が驚きに目を見開く。

 

「アルティリア様、いかがなさいましたか!?」

 

「ん……突然すまない。今、精霊から連絡があってな。ニーナがダンジョンに迷い込んでしまったようなのだ。すまんが急いで救けに行かねばならん。話の続きはまた今度で頼む」

 

「なんと! かしこまりました。どうかお気をつけて……」

 

 アルティリアは領主に別れを告げると、道具袋から一つのアイテムを取り出した。それは、紙で出来た巻物(スクロール)だ。

 『救援の巻物(レスキュー・スクロール)』という名の課金アイテムで、使用する事でフレンドやギルドメンバーの近くへと一瞬で移動する魔法が発動する。

 水精霊の話によれば、ニーナが入った瞬間にダンジョンの入り口が跡形もなく消えてしまい、追跡が不可能になってしまったとの事で、それは通常であればあり得ない現象だ。それは逆に言えば、普通でない事が起きているという事に他ならない。

 

 そんな普通でない事が何故起きたのか。それはニーナという個人が狙われた計画的な犯行であり、その目的は恐らく自身であろうとアルティリアは考えていた。

 そうなると、こうして自分が助けに行く事そのものが、犯人の目的の可能性すらあるが……

 

「だからといって、助けに行かない訳にも行くまいよ。大事な娘が泣いてるかもしれんのだ」

 

 アルティリアは『救援の巻物』を使用し、それによって発動した転移魔法によって、領主の前から一瞬で姿を消したのだった。



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第67話 玉兎の拳 ~異世界先輩伝説~※

 トランプ兵に案内され、ニーナは城内へと足を踏み入れた。魔物は城門付近で待機しており、ついて来てはいない。入城を許されたのはニーナだけであり、魔物を城内に入れる事は流石に許されなかったからだ。

 

「こちらで女王様がお待ちです」

 

 先導するトランプ兵により、城内の一室へと案内されたニーナを出迎えたのは、この城の主であるハートの女王だった。

 妙齢の、妖艶な美女であった。豊満な肢体を豪華なドレスに包み、金色の長い髪の上には、色とりどりの宝石をあしらった王冠が載せられていた。

 椅子に腰かけ、テーブルを挟んでニーナと向かい合った女王は、着席を促した。ニーナが女王の対面にある椅子に座ると、控えていたトランプ兵が空のティーカップに紅茶を注いだ。

 

「我が居城へようこそ、小さなお客人よ。妾がハートの女王である」

 

「ニーナ、です。おまねきありがとうございます」

 

 ニーナがぺこりと頭を下げると、女王は薄っすらとした笑みを口元に浮かべた。

 

「さて、いきなり本題に入るのも無粋であろう。まずはお茶会を楽しもうではないか」

 

 女王に促され、ニーナは目の前のテーブルの上に置かれたティーカップに目をやれば、先ほど注がれた琥珀色のお茶が湯気を出している。テーブル全体を観察してみれば、花瓶に活けられた赤い薔薇の花や、クッキーやケーキといった洋菓子が皿に乗っているのが見える。

 女王は人畜無害な穏やかな笑みを浮かべており、こちらに悪意があるようには見えない。勧められた物に手をつけないのも失礼と思い、ニーナは紅茶の入ったカップに手を伸ばし、それを口元へと運び、カップの縁に唇をつける。

 

 その瞬間、ニーナは首筋に、ぞくりとした寒気を感じた。まるで冷たく光る刃を首筋に押し付けられたような、濃密な死の気配に猫耳と尻尾が逆立った。

 飲む寸前だったティーカップを慌ててテーブルに戻し、女王の顔に視線を送る。するとそこにあったのは、さっきまでの人の好さそうな笑顔とは違う、口が三日月のように大きく耳の近くまで裂けた、悪意に満ちた醜悪な笑みであった。

 

「おっと」

 

 ニーナの視線に気付くと、女王は頬に手をやり、表情を元の笑顔へと戻した。あっという間に少し前と同じ、上品な美女の顔へと戻ったが、ニーナにとってはその変わりようが一層恐ろしい物に見えた。

 

 もはや疑いようがない。目の前にいるのは、こちらに悪意を持った敵だ。ニーナは椅子を蹴り倒すくらいの勢いで立ち上がり、女王から距離を取った。

 

「おやおや、ばれてしまいましたか。いけませんね、どうも。あと少しで目的が達成できると思ったら、どうにも堪えきれませんでした。これはうっかり」

 

 無機質な声で、先ほどまでとは違った口調でニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべながら、女王はニーナのティーカップを手にとり、少女が飲まなかった紅茶を一気に飲み干す。ちなみに飲んだのは、ニーナが口を付けたのと同じところからだ。

 

「フゥ~、やはり麻痺毒入りの紅茶の味は格別ですなァ~。舌がピリピリ痺れて実にデリシャス!」

 

 ゲラゲラと笑うハートの女王を怯えた目で見ていると、突然その場に現れた存在があった。それは、ニーナが追いかけていた、燕尾服を着た兎であった。

 その兎は突然現れると、フレンドリーにハートの女王へと話しかけるのだった。

 

「やれやれ、計画に失敗した癖に随分と良いご身分ですな。ワタクシを差し置いて