IS学園なかよし部 活動記録 (とんこつラーメン)
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なかよし部 世界を守る

何も…何も言わないでください…分かってますから…分かってるから…。










「はーなちゃん!」

「ふにゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 いきなり後ろから抱き着かれ、クロエは萌えキャラのような可愛らしい叫び声を上げてしまった。

 そんな不本意な声を上げる原因となった相手をキッと睨みつけながら後ろを振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべているクラスメイトであり生徒会長をやっている女子生徒の姿があった。

 

「花ちゃんの可愛い声…聞いちゃった♡」

「花ちゃん言うなし。何度言えば理解するんだよ、お前の脳みそは。いい加減にしないと、今度からお前の事を『たてなっしー』って呼ぶぞ」

「それだけは勘弁してください」

 

 一発で引っ込んだ彼女は、クロエの事を勝手に友人認定しているIS学園の生徒会長でありロシア代表も務めている『更識楯無』。

 もっとも、クロエの前ではどっちの権限も全く意味を成さないが。

 

「ウチの事は『クロエ』って呼べっていつも言ってんだろーが。マジでそろそろ学べ。そんなんだから妹とも疎遠になんだよ」

「ぐはぁっ!? ク…クロエちゃん…それは禁句よ…」

「ちゃんと呼べジャン。それでいいんだヨ。それでサ」

 

 いきなり吐血をしてぶっ倒れる楯無。

 だが、このクラスでは割とよく見る光景なので、誰も何も言わない。

 

「うぅ…普通に『花子』って名前も可愛いと思うんだけどなぁ…」

「それはアンタが他人だから言えるんだッつーの。実際に呼ばれる方の身にもなれよナ。冗談抜きでハズいんですけど。特に受付とかで呼ばれる時な。もうマジで悶絶死しそうになるわ」

「だから『クロエ』って呼べって?」

「そうだよ。『黒江花子』…だから『クロエ』。普通に名前として使っても違和感ないっしょ」

「そりゃまぁ…そんな名前の人も実際にいるし…」

 

 とにかく、この少女…自分の名前を呼ばれるのを嫌う。

 本人的にはかなりの禁句であり、『花子』と呼ばれると明らかに『怒ってます』という顔になる。

 

「ね…ねぇ、クロエちゃん」

「今度はなに?」

「クロエちゃんって確か、今年から文化部系にも入ってたわよね?」

「まぁね。IS学園って一応『運動部と文化部の兼任は許可する』とかいうナイスな校則があるし」

「なんて部活だったっけ?」

「『なかよし部』だけど? それがどうかした?」

「ちょっとね。生徒会として、一応は各部活動の活動内容とかを把握しておかないといけないのよ。特に、新しく出来た部活とかはね」

「あぁ~…そゆこと。つまり、放課後にウチらの部に見学に来たいと。そーゆーワケ?」

「流石ははn…クロエちゃん。話が早いわ」

 

 実際には単純に生徒会の仕事をサボりたいだけだろうが、そんな事はクロエも分かっている。

 別に楯無が何をサボろうとも、クロエは全く気にしないし、自分には関係ない…と本気で思っている。

 なので、ここで何かを言おうとはしない。

 

「別に来るのは構わないけど、何があっても自己責任だから。そこんとこヨロシク」

「一体どんな部活動なのよ…」

 

 名前だけは実にファンシーなのに、全く活動内容が想像出来ない楯無であった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 放課後になり、私はクロエちゃんと一緒に彼女が所属するという『なかよし部』の部室へと足を踏み入れた。

 情報によると、部員三名の顧問一人の小さな部…と言うことらしいけど…。

 

「これより、秘密会議を開始する」

 

 ……ナニコレ?

 えっと…前に立ってる小さい女の子って、三年生にして学園一の天才児と呼ばれている『真行寺由仁』先輩よね?

 三年生にも拘らず、その小さく愛らしい姿から『ユニちゃん先輩』の愛称で呼ばれているとか、なんとか。

 まぁ…確かにかなりの美幼女ではあるけど…。

 

「この『なかよし部』こと『ユニちゃんズ』では、このボクこと『真行寺由仁』が指揮を取って毎回に渡って議題を出すが、今回は地球の平和を守るためにはどうしたらいいか…という事について考えていこうと思う」

 

 ち…地球の平和…?

 またえらくスケールが大きいわね…。

 

「異議なーし」

 

 ないんだ…。

 っていうか…何この部活…?

 

「現在、世界中では数多くの事件が多発している。強盗。詐欺。誘拐。殺人。例を挙げていけば本当にキリが無い」

 

 あれ? 意外と真面目に考えてる?

 私の早とちりだったのかしら…。

 

「ボクの調査によると、これらの事件の約9割は…」

 

 9割は…なんなのかしら。

 ちょっとだけ気になるかも…。

 

「地球外生命体が原因であるとされている」

「そんなワケないでしょっ!?」

 

 なにがどう調査したら、そんな結果が出てくるのよッ!?

 

「つまり、宇宙怪人ってコト?」

「なんか特定されちゃったっ!?」

 

 クロエちゃんって、こんなキャラだったっけ!?

 それとも、ここにいるからこんなことになってるのっ!?

 

「さっきから五月蠅いぞ、楯無くん。何か意見があるなら、ちゃんと挙手したまえ」

「あ…ごめんなさい…」

 

 注意されちゃった…。

 

「因みに楯無くん。もしも宇宙怪人が日本に出現するとしたら一体どこにやって来ると思う?」

「え? わ…私?」

 

 急に話を振られても困るんだけど…。

 それ以前に、そんなの絶対にいないでしょ…。

 ま、適当に答えておきましょ。

 

「えっとー…テレビの特撮番組とかたっだら、よく大都会の方に出現するわよね。東京とか大阪とか。あと京都とか」

「確かにそうだな。だが、実際には全く違う」

 

 そ…そうなの? じゃあ、一体どこに…。

 

「正解は……………秋田県だ」

 

 あ…秋田県? なんで?

 

「一言に宇宙怪人と言っても、それこそ種類は星の数ほど存在している。クロエくん。そこにある紙に何か代表的な奴を書いてみてくれないか?」

「りょーかーい」

 

 言われるがまま、クロエちゃんが紙とペンを持って何かを書き始めた。

 そういえば、クロエちゃんの書く絵って初めて見るかも。

 上手なのかしら?

 

「こんな感じでどーよ? 鬼のような形相に包丁を持って…」

「それ違――――う!! 完全になまはげだから―――!! 確かに秋田だけど!!」

 

 というか、なまはげは怪人じゃないからー!!

 中身は立派な人間だからー!!

 

 うぅ…これは一体どういう部活なの…?

 少なくとも、私の知っている部活はこんな奇怪な討論会を繰り広げたりはしない…。

 

(そもそも、見た限りじゃクロエちゃんとユニ先輩の二人しかいないし…。もう一人はどこにいるのかしら? 名簿を見る限りじゃ、一年生の子がいるみたいだけど…)

 

 私が小首を傾げていると、いきなり部室の扉が開かれ、誰かが入ってきた。

 

「ごめんなさーい。遅れちゃいましたぁ~! テヘ♡」

「遅いぞチエルくん」

「思った以上に掃除が長引いちゃってぇ~。ちぇる~ん☆」

 

 この子は確か…あの織斑一夏君と同じクラスの一年生『風間ちえる』ちゃん…だったわよね?

 

「一人でも欠けたら活動が先に進まないじゃないか」

 

 サクサク進んでたけどね。

 

「あれぇ~? どうして生徒会長さんがここにいるんですかぁ~?」

「なんか、生徒会として新しく出来た部活の活動内容を知っておく必要があるんだと。それで見学しに来てるってワケ」

「成る程~…そうだったんですね。さっすがクロエ先輩! 伊達に生徒会長とマブダチしてませんね!」

「べ…別に楯無は友達とかじゃないし…良く話すクラスメイトなだけだし…」

 

 うん。照れてるクロエちゃん可愛過ぎ問題発生。

 アナタは知らないでしょうけど、このIS学園でクロエちゃんの人気って凄まじいのよ?

 本人非公認のファンクラブまで存在しているぐらいなんだから。

 ダウナー系ツンデレクールビューティーとか、萌えない方がおかしいわよ。

 

「っていうか、普通に遅刻とかすんなし。うち、こう見えても陸上部と掛け持ちしてるから、こっちに出られるのはあと30分が限界なんですケド」

 

 どうして、そこまでして『なかよし部』に執着するのかしら…。

 

 私が呆れていると、再び部室の扉が開かれた。

 

「どーもー宅配便でーす。受付で、ここまで運んでくれって言われて持ってきましたー。真行寺さん宛てに御荷物が……」

「スパイかゴラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」

 

 え…えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!??

 いきなりクロエちゃんが宅配業者の人に向かって蹴りをぶちかましたぁぁっ!?

 幸いにも蹴り自体は頭の真上に行ってるけど、壁が完全に壊れてるわよ…。

 

「ひ…ひ…ひええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――!!!」

「ご苦労様でした―――!!」

 

 せめてものフォロー。

 そうでもしないと申し訳なさすぎるわ!

 

「いきなり何をしてるのよクロエちゃーん!?」

「敵のスパイかと思ってつい…」

「敵って何ッ!?」

 

 アナタ達は一体何と戦ってるのよッ!?

 

「あの場合、誰もがクロエくんと全く同じ行動をしていた事だろう…」

「絶対に取らないわよ!!」

「ナイスファイトですね! クロエ先輩!」

「褒めるんじゃありません!!」

 

 この部活…ツッコミ役が一人もいない!!

 クロエちゃん辺りがしてると思ったけど、完全にボケ役になってるし!!

 

「ところでユニ先輩。この荷物はなんなんですか?」

「開けてみたまえ」

「なんか地味に楽しみかも」

 

 私の意見は全部無視なのね…!

 

「こ…これって…」

戦闘用(バトル)スーツッ!?」

 

 え? ス…スーツっ!?

 そんなのを頼んでたの?

 

「今回の議題に対するボクなりの結論だ。地球の平和を守るためには…我々がヒーローとなって宇宙怪人と戦う!!」

「そ…そっか! ヒーローと言えば戦闘用(バトル)スーツを着てからの滑稽なポーズって相場が決まってますもんね!」

 

 どんな偏見よ、それ…。

 あんまし詳しくない私でも、それぐらいは分かるわよ…?

 

「でもいいわけ? まだ碌に部費も貰ってないのに、こんな高価っぽい物なんか買ったりして」

「その事なら心配無用だよ、クロエくん」

 

 その無駄な自信はどこから来るのよ…。

 

「これの代金に関しては、ちゃんと学園長と交渉をした後に学園の経費から賄われるようになっている」

「なんですって――――――!?」

 

 そんなのマジのマジで初耳なんですけど―――――――!?

 

「そんな事を気にしてたら大成しないよ楯無」

「次のモンドグロッソに出場の暁には、最低でもヴァルキリー受賞してやるってぐらいの気概は見せて欲しいですよねぇ~」

「完全に他人事ね、貴方達…」

 

 クロエちゃんのまだ見ぬ一面を見てしまった気がするわ…。

 

「安心したまえ楯無くん。今回の活動が成功したら、報酬として2千ドルが指定の口座に振り込まれる手筈となっている」

 

 ドルで…一体誰から…?

 

「それじゃあ早速、着替えるとしよう」

「「りょーかーい」」

 

 はぁ…なんかドッと疲れた…。

 要するに、ここはヒーローマニアが集まった部活ってことでいいのかしらね。

 そっち系の部活もあるにはあるし、そこまで気にする必要はなさそう…え?

 

「こっちはこう…で。こうか」

「むむ…クロエくん。ちょっと着るのを手伝ってくれないか?」

「へいへい。ちょっとお待ちをーっと」

 

 気のせいかしら…目の前に非常に見た事のある黄色い梨の妖精がいるんだけど…三体も。

 しかも、何故か手には大量の風船とか『30%オフ』って書かれた立札を持ってるし…。

 

「これならチエル達の正体もバレないし良いんじゃあないんですか?」

「それに、このカッコならイベント時とか普通に街中とかに潜り込めそうじゃね?」

「よし。試しにちゃんと動けるかどうか、その辺を皆で歩いてみるとしよう」

 

 そうして、三体のふなっしーは歩き始めた。

 憧れた事ない…少なくとも、私はこんな異様に怪しい団体に憧れた事は一度も無いわ…!

 

「それじゃあ、まずは自分のヒーロー色を考えるんだ」

「よぉーし! それじゃあ、チエルはペパーミントグリーンにしまーす!」

 

 長いわよ!

 

「なら、ウチは群青色にするわ」

 

 というか、全員揃ってふなっしー(黄色)じゃないのよ!

 

「お次は戦隊名を考えようか」

「レンジャー5とかどうですかね?」

 

 人数足りないから!

 

「新・徳川豊臣連合軍」

 

 意味分んないわよ!!

 

「最後は決めポーズと爆煙だ。いくぞ!」

 

 必要ないから――――――――――――!!!

 げほっ…げほっ…部室全体が煙だらけになっちゃったじゃないのよ!!

 

「では、本日の活動はこれにて終了。解散!」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 次の日。

 私は生徒会室にて虚ちゃんの淹れてくれた紅茶を飲みながら、昨日の事を話していた。

 

「あのユニさんが、そんな部活をしていたとは…」

「彼女の事、知ってるの?」

「えぇ。色んな意味で有名な子ですから」

「そうなんだ…」

 

 確かに、三人揃って非常に個性爆発だったけど…。

 まさか、私の大好きなクロエちゃんにあんな一面があるとは思わなかったなぁ~…。

 

「確かに変な部活ではあったけど、それだけで全てを否定することは出来ないわ。特に、このIS学園ではね」

「そうですね」

 

 IS学園の部活は他の学校とは違い、殆どが趣味の延長線上みたいなものだ。

 公式の試合には出られないし、作品の発表とかもまた出来ない。

 だからこそ、身内だけで楽しんでいる。

 

「もうちょっとだけ様子を見てみるわ。クロエちゃんもいる事だしね」

「分かりました。出来れば、ユニさんの事をよろしくお願いします」

「了解よ」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「今回の議題は『主婦と通販』だ。ということで、まずは主婦の立場から色々な意見を聞いてみようと思う。では、町内婦人会の皆々様、入って来てくれたまえ」

「「おぉ~…」」

 

 やっぱ無理かも…。

 私は早くも挫折しかけた。

 

 

 

 

 



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なかよし部の礼儀作法

 カーテンの隙間から朝日が差し込む。

 チエルは学生寮にある自分の部屋のベッドの上で体をよじらせた。

 

「うぅ~ん…写真撮影は禁止ですよぉ~…むにゃむにゃ…」

 

 なにやら幸せそうな夢を見ているようだが、そんな彼女の瞼を貫通し、太陽の光が網膜を刺激し夢の世界からチエルを戻す。

 

「ん~…ん? もう朝ぁ~…? ふわぁ~…」

 

 大きな欠伸をしながら体を伸ばす。

 IS学園にある学生寮は基本的に二人一組で使うのは通例なのだが、チエルの場合は『とある特権』を利用し一人部屋で暮らしている。

 今回は、それが仇となってしまうのだが。

 

「今何時ぃ~………え?」

 

 枕元に置いていたスマホに表示されている時間を見た瞬間、チエルの頭が真っ白になり、同時に一発目で目が覚めた。

 

「ちょ…ヤバ! 冗談抜きでマジヤバ星人なんですけどぉっ!? もうとっくに朝練が始まっちゃってる感じですかぁッ!?」

 

 昨日、次の日の早朝から朝練があるとユニから連絡があり、優等生を自称しているチエルは遅れないようにちゃんとアラームをセットしてから早めに就寝した…筈だった。

 

「な…なんでアラーム鳴ってないのっ!? ちゃんとセットして……あ」

 

 慌てて調べてみると、アラームはセットしてなかった。

 単純にチエルの勘違い。

 セットした気になっていただけだった。

 

「や…や…や…やっばぁ~い!! このままじゃ、またクロエ先輩からお小言言われちゃうぅ~!! いっそげぇ~!!」

 

 かなり焦ってパニくっていたチエルは、髪も碌に整えずに顔だけ軽く洗い、朝ご飯も食べずに適当に制服を羽織ってからダッシュで自室を出た。

 まだ早朝と言うこともあり、寮の廊下にはまだ殆ど人はいない。

 仮に誰かがいたとしても、チエルは気にせずに走っていただろうが。

 

 だが、そんな彼女の姿を自分の部屋のドアの隙間から覗き見ていた一人の人物がいた。

 

「なんか騒がしいと思って見てみたら…さっきのって同じクラスの風間さん…だよな? 一体どうしたんだ?」

 

 IS学園唯一の男子の織斑一夏。

 色んな意味でこの世界線における特異点のような存在の少年だが…この物語では大した意味は無い。

 

 そんな彼の部屋の窓から、遠くの方に立ち上る謎の煙が見えたという。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 私の名前は『織斑千冬』。

 少し前まではISの日本代表などをやっていたが、諸事情により引退をし、今はIS学園にて教員をやっていて、同時に『とある部活』の顧問もやっている。

 

 教員をやっているとは言っても、私にとっては慣れない事の連続で、毎日が緊張の連続だったりする。

 昔に比べて身体を動かす機会が減ってしまったが、それでも体を動かすと言うこと自体はそう簡単には止められない。

 時折、今日のように朝早く起きて学園の周辺をランニングすることがある。

 適度にいい汗を流せるし、ストレス発散にもなる。

 まさに一石二鳥だ。

 

(現役時代は、こうして外をランニングしているとよく朝練の部活動の学生と出会ったりしたもんだ…)

 

 私自身、事情があり学生時代は部活動に入った事は一度も無い。

 だからだろうか、そんな光景を見ると不思議と憧れの念を抱いたりしたもんだ。

 

「ま…ウチの珍妙な部には全く関係のない話か」

 

 あそこは一応『文化部』に属しているからな。

 朝練なんて習慣とは最も縁が無いだろう。

 

 なんてことを考えている内に学園まで戻って来ていた。

 よし、ここらで止めて部屋に戻り、シャワーでも浴びてから…。

 

「これより、なかよし部の朝練を開始する」

「なぁぁぁぁ――――――っ!?」

 

 こけた。盛大にこけた。

 大人になってから初めて外でこけた。

 

「おや。織斑教諭、おはよう」

「ちーっす」

「真行寺に黒江っ!? こんな朝から一体何をやってるんだーっ!?」

 

 校門前に椅子と教壇を並べて、明らかに違和感しかないぞ!!

 というか、見た目は完全な不審者だ!!

 

「真行寺! 部活は放課後だろうが!!」

「だから朝練だ。さっきそう言ったではないか」

 

 あ…朝練? こいつらが?

 いや…黒江は見た目に反して割と真面目な奴だから分からなくもないが、真行寺は自他共に求める自堕落女だろう。

 こいつを見ていると、どうも私の傍迷惑な友人を思い出す…。

 

「そんな話、私は全く聞いてないぞ」

「昨日、確かに狼煙を上げて通達した筈だが…?」

「もしかして、気が付かなかったんスか?」

「もし仮に気が付いても分からんわ…!」

 

 こいつらちゃんとスマホを所持していた筈だよな?

 どうして通話やらメールやらチャットやらの近代的手段を使おうとしない!?

 

「そもそも、お前達の部活はいつも『本日の議題はエスパーだ』的な感じのやつだろう? どうして突如として校門前で朝練をする必要がある?」

「ここならランニングをしてる織斑センセーに確実に遭遇できるだろうからってユニパイセンが」

「勝手に私の行動を先読みするな!!」

 

 真行寺由仁…やっぱりそっくりだ…あのバカに…嫌味な程に…!

 

「ん? そういえば風間はどうした? まだ来ていないのか?」

「ついさっき連絡をしたのだが、どうやら少し遅れるとのことだ」

 

 まさか、あいつにも狼煙で連絡したんじゃあるまいな…?

 

「ったく…こちとら陸上部の朝練を蹴ってまでこっちに来たっつーのに…何やってんだか」

 

 前々からずっと疑問に思っていたが、お前がそこまでこの部に執着する理由は一体なんだ…?

 

「すいませぇ~ん! 遅れちゃいましたぁ~!」

 

 お。どうやら風間もやって来たようだな。

 これで全員集合か…って!?

 

「途中で道に迷っちゃってぇ~…ハァ…ハァ…」

「パジャマの上に制服を着て、枕まで持っている時点で絶対に寝坊だろ!! 見ていて悲しくなるような言い訳をするな!!」

 

 普段からお洒落に気を使っている風間が、髪もボサボサで制服をちゃんと着る暇もなく走ってきたという時点で、本気で遅刻を焦っていた事は分かるが…。

 この三人のこの執着具合が本気で理解出来ん…。

 

「実は今日、いきなり朝練をする事になったのは急を要するからに他ならない。まずは諸君、我が『なかよし部』宛に届いた、このハガキの内容を是非とも聞いてほしい」

 

 流れで朝練が始まり、私も思わず傍にあった椅子に座ってしまった。

 というか、ハガキだと? そんな物がウチ宛に届いたというのか?

 

「『ペコリーヌさん、こんにちは。いつも楽しく番組を拝聴しています』」

「それ絶対になかよし部(うち)宛のハガキじゃあないぞっ!?」

「『今日は私の普段からの悩みを聞いて頂きたく、こうして筆を執りました』」

 

 これ…絶対にラジオか何かのお悩み相談のハガキだろう…。

 どうして、そんな物をこいつは持っているんだ…?

 

「『実は、うちの主人が全くの無作法者なのです。私の友人が家に来ても挨拶一つしないし、何をするにしてもとにかく雑。8歳になる娘が真似をしたりしないか非常に心配です』」

 

 ふむ…内容はともかく、どうやら真剣な悩みのようだな。

 

「『その事を考えると、家事も碌に手が付かず、お蔭で我が家は毎晩がレトルト食品になっています』」

「完全に主婦の怠慢じゃないか」

「『主人の為にも、どうか正しい礼儀作法というものを教えてあげてください』」

 

 真剣に考えてしまった自分がバカバカしくなってきた…。

 途中のレトルト食品の話が無ければ、私ももっと真面目に話を聞く気になれたのに…。

 

「…以上。島根県在住の主婦。ペンネーム『仮面夫婦』さんからのおハガキだ」

「随分とリアルな名前にしたな…」

 

 それでいいのか仮面夫婦さん。

 

「これは一大事ですね! 一刻も早く何とかしないと、仮面夫婦さんの家の夕食が永遠にレトルト食品になっちゃいますよ!」

「子供への発育への影響が超心配なんですケド…」

 

 どうして、お前達がそんなにも真剣になる。

 

「というわけで、今日の我々は礼儀作法について考えていこうと思う。猶、一家離散の危機が掛かっているので、決して気を抜かないようにしてほしい」

 

 急に場の空気を重苦しくするな!!

 変な汗が流れてきてしまったぞ!!

 

「礼儀作法で最も重要な事柄と言えば『挨拶』。人間関係を潤滑にする上で最も押さえておきたい部分とも言えるだろう」

 

 ふむ…確かにな。何事も挨拶は非常に大事だ。

 それは分かる。分かるのだが…。

 

「そこで、まずは挨拶に関する問題だ。これから諸君にはそれぞれに絵柄の異なるフリップを配る」

 

 そう言って、真行寺は私達三人にどこからともなく取り出したフリップを手渡してきた。

 これ…どこから調達したんだ?

 

「その空欄には初対面の時に使う挨拶の言葉が入るようになっているのだが、きっと全員同じようになる筈だ。因みに、三枚を繋げると物語になるから、その辺りも考慮して空欄を埋めて欲しい」

 

 ふっ…なんだ。そんなの簡単じゃないか。

 小学生レベルの問題だな。

 真行寺の奴、意外と可愛い所もあるじゃあないか。

 

「因みに、物語はエリックが外回りをサボって憂さ晴らしに立ち寄った喫茶店でとある女性客のナンパを試みるところから始まる」

「仕事をサボって何をやってるんだエリック…」

 

 現代社会ならまず確実に叱咤される事をやってるぞ…。

 まぁ、とっとと答えを書いてしまうか。

 

「では、織斑教諭から順にフリップを上げてくれ」

「私か。では…」

 

【『はじめまして』。ボクの名前はエリックです。お会いできて光栄です】

 

「次にクロエくん。頼む」

「へーい」

 

【『はじめまして』。私はトメです。あなたとはなんだか初めて会った気がしない。これって…もしかして恋?】

 

「最後はチエルくんだ」

「りょーかいでーす!」

 

【『はじめまして』。トメの夫の正吉です。エリック…貴様にだけは絶対にトメは渡さん…!】

【複雑な三角関係の行方は…? 次回に続く】

 

「正解」

「よっし」

「ちょっと自信無かったんですよねぇ~」

「なんなんだこの話は―――――――――――――――!!!」

 

 しれっと次回に続くような言葉まで残して!!

 連載してるのか? これは連載しているのかッ!?

 

「チエル、この話知ってますよ。確か次回、エリックは若さ故の暴走でトメの愛犬であるポチと結婚しちゃうんですよねぇ~」

「本気でどうでもいい情報を言うな!!」

 

 誰もエリックたちの三角関係の行方なんて求めてないわ!!

 完全に話が脱線してるぞ!!

 礼儀作法云々はどこに行ったッ!?

 

「どうやら、挨拶に関する一般常識はちゃんと備わっているようだな。それじゃあ次は…」

「今度は何をさせる気だ…?」

 

 真行寺が教壇から離れて、どこかへと歩いて行く。

 その先にあったのは…。

 

「作法の方を見せて貰うとしようか」

「なんでここに野点があるっ!?」

 

 今まで気が付かなかった私も私だがな!!

 

「あらゆる状況に置いてそつなく作法をこなしてこそ真の礼儀を知る者…即ち淑女と言えるだろう」

「言いたい事は分かるが…茶道具なんて一体どこから用意したんだ?」

 

 心配になって置いてある茶道具を調べてみると、そこにはこう書かれた一枚の紙が貼りつけられてあった。

 

【茶道部。持ち出し厳禁】

 

「…ちゃんと許可は取ってあるとも」

「その間は一体なんだ―――!? ちゃんと私の目を見てから言えぇ―――!!」

 

 絶対に無断で持って来てるだろ―――!!

 はぁ…ちゃんと後で元に戻しておかなくては…。

 

「細かいことはさておいて」

「早く茶席につきましょ!」

 

 いや…全く細かくは無いんだがな。

 

「そうだな。今回、この為だけに屋外で活動をしていると言っても過言じゃない」

 

 じゃあ、さっきまでのフリップ問題は一体何だったんだ…。

 

 精神的に疲れ果てた私を余所に、三人は茶席についていた。

 これ…私もやらないといけない流れなんだろうな…。

 

「それでは、まずは部長であるこのボクが試しにやってみせるので、よく見ておいてくれたまえ」

 

 真行寺がするのか? こう言っては何だが…本当に大丈夫か?

 

「では……」

 

 急に空気が引き締まった…!

 本気でやる…ということか…。

 

「まずは茶」

 

 おぉ…!

 

「次に湯」

 

 おぉぉ…!

 

「そして混ぜる」

 

 おぉぉぉ…!

 

「どうぞ」

「す…凄いな真行寺…。まさか、お前にこんな才能が有ったとは…。茶道でも習っていたのか?」

「特別にという訳じゃないんだが、ボクの母が茶道の師範をやっていてね。その影響なのか、ボクの家族は全員、背が低いんだ」

「お前…自分が変な事を言ってるって自覚あるか…?」

 

 話せば話すほど、アイツに似ていると思ってしまう…。

 実際に会ったらどうなってしまうのか、想像も出来ん…。

 

「んじゃ、次はウチがやってみるわ」

 

 今度は黒江か。

 要領のいいこいつなら大丈夫か…?

 

「まずは茶」

 

 茶杓が折れた―――!?

 

「次に湯…だったっけ?」

 

 柄杓で茶釜を吹っ飛ばしてお湯を零した―――!?

 

「そして混ぜーる…っと」

 

 茶筅で茶碗を粉々にした――――!?

 

「どーぞ」

「飲めるか」

 

 どこにも原形が残ってないぞ…。

 これの何を飲めと?

 

「違うぞ織斑教諭。そこは飲む前に一言『頂戴致します』と言うんだ」

「これ私の方が間違っているのかッ!?」

 

 どう考えてもおかしいのは黒江の方だろうがッ!?

 どうして私が責められるッ!?

 

「やっぱぁ~…朝はコーヒーがぶっちぎりナンバー1ですよねぇ~」

「風間は一人で何をやってるんだぁぁぁ――――!!!」

 

 いきなり和風から洋風に変わるな―――!!

 少しは空気を読まんか―――!!

 

「はぁ…全く…どうする気だコレ…茶道部のだろう…?」

「心配は無用だ、織斑教諭」

「なんでだ」

「こんな事もあろうかと、密かに全く同じ物をもう一セット予め購入してある」

「ならそっちを使え」

 

 割ってしまったぞ…本物の方…。

 

「しかし、ようやくウチにも部費が出たのか…」

「近日中に織斑教諭宛に引き落としの明細が届くだろう」

「なん…だと…?」

 

 今…猛烈に聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするが…?

 いや…気のせいじゃない…こいつは確かに言った…!

 

「無断で私の預金を使うなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 この後、念の為に自分の通帳を調べてみたら、ちゃんと茶道具分の金が引き落とされていた。

 真行寺由仁…ある意味、あの束のバカよりも遥かに質が悪いぞ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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なかよし部は避難します

 クラス対抗戦。

 それは、年に一回行われる学園内のイベントの一つであり、各学年の各クラスのクラス代表が出場してISで試合をするものである。

 学内のイベントでは中々に人気があり、実際に開催場所となっている第3アリーナの観客席は生徒達で一杯になっていた。

 

 だが、彼女達にはそんなのは全く関係ないし、興味も無かった。

 

「なーんか試合前にペチャクチャと喋ってるんですケドー」

「なにやら二人の間には因縁があるようだな。同じ一年生のチエルくんは何か知らないのかい?」

 

 今、行われているのは一年生の部の第一試合。

 一年一組と一年二組のクラス代表同士の対決だった。

 一組の代表は学園唯一の男子にして『珍しい』という理由だけで持ち上げられた『織斑一夏』。

 そんな彼と対峙している二組の代表は、つい最近になって転入してきた中国の代表候補生の『凰鈴音』。

 

「チエルも詳しいことは知らないんですけどー、あの二人って幼馴染同士らしいんですよー」

「幼馴染? 片方は中国人だろう?」

「小5から中2ぐらいまでは日本で暮らしてみたいですよ? その時に知り合ったっポイです」

「それって幼馴染って言えるのカナ…」

「さぁ~? 本人達がそう言ってるなら、それが正しいんじゃないんですかね? どうでもいいけど」

 

 だって、彼女達からしたらどっちも完全な他人だし、その関係性になんて微塵も興味が無い。

 今日もなかよし部は平常運転だった。

 

「あ。試合始まったし」

「んで、日本で一緒に過ごしてた時に『もしも料理が上達したら味噌汁を…』的な約束をしてたらしいんですけど、肝心な織斑君の方がその時の約束を見事に勘違いしてたらしくて、それであの中国の子が激おこプンプン丸になっちゃったってのが事の経緯って感じですかねぇ~。ったく、どうして好きなら堂々と『好き』って言えないかな~? マジで超絶理解に苦しむんですけど。そんなんじゃ成就する恋愛も成就しないッつーの。ま、それ以前に『初恋は成就しない』ってのが世の常識だけどね~」

「チエルくん…今日は偉く饒舌だな」

 

 いつもはユニの方が台詞量が多いのに、今日は珍しくチエルの台詞の方が多かった。

 もしかしたら、今回は彼女が主役の話なのかもしれない。

 

「ん? 急に白い方がぶっ飛んだんだけど。あれなに?」

「あれは恐らく衝撃砲だな」

「「衝撃砲?」」

「簡単に言えば、あれは『空間圧作用兵器』の一種だ」

 

 はい。ここからユニパイセンのターンに入ります。

 

「空間圧作用兵器は、PICの応用によって実用化された兵器で、一種の重力操作装置を使用しているのだよ」

「「へー」」

「衝撃砲は、この空間圧によって空中に方針を形成し、その反作用で砲身内に蓄積された衝撃を砲弾として発射できる武装なのさ。因みに、砲身は当然だが、打ち出される砲弾も完全に透明になっていて、普通に視認することは不可能とされている」

 

 ここで一息。

 少し横を向いて二人の様子を見てみると、完全に空返事で理解している様子は無い…ように見えたが、ちゃんと聞いている部分は聞いていた。

 

「要は『空気砲』って事ですよね!」

「うん…まぁ…その解釈で間違っては無いと思う…」

 

 ユニパイセン、説明を諦める。

 

「だったら、その砲弾に色とか付ければ楽勝じゃね? ワザと地面を攻撃して土煙を上げたり、煙幕を使ったり。めっちゃ対処楽勝ジャン。まじウケる」

「流石は実戦型のクロエくんだな。全く以てその通りだ。因みに、あの衝撃砲は威力によって撃ち出せる弾の数が変化するようだ」

「それってアレですか? 『質より量』か『量より質』か…的な?」

「その通りだよチエルくん。だがしかし、どちらにしても射程距離自体はそこまでじゃないから、遠距離攻撃主体の相手とは致命的に相性が悪いと言える」

「今回の場合は…アレか。相手が超接近戦仕様だから、寧ろ相性は良い感じか。なにこれ笑える。男子くんの勝ち目とか普通に無くね?」

 

 クロエの指摘通り、ステージ内の一夏はかなり苦戦を強いられていた。

 本人も歯を食いしばりながら、なんとか打開策を模索している。

 

「おーおー。頑張ってるねー少年は」

「クロエくんだったら、この状況でどうする?」

「んなの決まってるじゃないスか。全速力で懐に突っ込んでからの微塵切りの刑」

「チエル、それはクロエ先輩にしか出来ないと思いまーす」

「それマ? やろうと思えば誰でも出来んじゃネ?」

「申し訳ないが…今回はチエル君の意見に賛成だ」

「マジか…つかマジか…普通に落ち込む。つかヘコむ。うわー…マジないわー」

 

 女子高生らしい(?)会話を楽しんでいると、なにやら試合に変化が訪れた。

 

「あれ? なんか急に織斑君が空中で蛇行運転を始めましたよ?」

「蛇行運転じゃなくて、普通に衝撃砲を回避してるんじゃネ?」

「どうやら、彼は彼女の『癖』に気が付いたようだ。中々やるじゃあないか」

「「癖?」」

「そうだ。どうも二組の彼女は、衝撃砲を発射する際に無意識の内にターゲットに向かって視線を向ける癖がある。折角の不可視の衝撃砲も、それでは全く意味を成さない。自分で『次はここに撃ちますよ』と予告しているようなものだ」

「わー…意味ねー。それならガキでも避けれるわー」

「衝撃砲の利点…完全に潰してちゃってますねー。それじゃもう、単なる見えないアサルトライフルじゃないですかヤダー」

 

 回避を何回か繰り返した後に、遂にその一撃が当たる…と思われた瞬間、いきなりアリーナの天井を覆っているシールドバリアーを破って、何かが落下してきた。

 

「「「ん?」」」

 

 周囲もステージの二人も騒然とする中、なかよし部の三人だけはいつも通りの反応だった。

 

「なーんか落ちてきたんだケド…あれなに?」

「真っ黒でしたよねー。隕石?」

「そんな訳がないだろう。もし本当に隕石だったら、何もする暇もなく全員が蒸発しているよ」

 

 などと話している間に、ユニはなにやら自分のスマホを弄り、それをステージの方へと向けた。

 

「何してるんですかぁ~?」

「ちょっとね。ふむふむ…やっぱりか」

「何が『やっぱりか』なんスか」

「落下してきた謎の黒い物体…あれはISだよ。しかも無人の」

「「マ?」」

 

 クロエとチエルが同じ反応。

 まさか、謎の乱入者の正体を秒で見破ってみせるとは。

 

「ボクのスマホは少し魔改造をしていてね。色んな機能やアプリを盛り込みまくっているのさ。そのうちの一つに『周囲の生体反応を検知する』というものがあってね」

「なにそれスゲー。つーか、もうそれ『少し』の範疇完全に超えてね?」

「っていうか『魔改造』と『少し』って単語は一緒に使わないと思うんですけど」

 

 割と普通に危機的状況なのに、全くぶれていないのは流石なのか。

 それとも神経が異常なまでに図太いのか。

 

「どうやらアリーナの排煙機構が作動したようだ。無人機の姿が出てくるぞ」

 

 無人機の落下地点には、さっきからずっと落下の衝撃で発生した大量の土煙があった。

 だが、それは徐々に排煙機構によって晴れていき、謎のISの正体が露わになる。

 

「「「わー」」」

 

 それは『黒』だった。

 全身が真っ黒な異形のIS。

 どう考えても普通じゃない。

 無人の時点で普通じゃないのは確定なのだが。

 

「「「あ」」」

 

 周囲の一般生徒達は恐怖に慄き、それがあっという間に広まり、すぐにアリーナ全体がパニック状態に陥った。

 だが、それでも彼女達三人はいつも通りだった。

 

「なんて不細工なISなんだ。美的センスの欠片も感じられない。ボクなら、もっとカッコいい無人機を作ってみせるのに」

「んなこと言ってる場合かっつーの。なんか急に謎の無人機とのエキシビジョンマッチが開始されちゃってるんですケド」

「チエル達はどーします? 他の皆と同じように逃げます?」

「最終的にはそうした方が良いだろうが、今は拙いな。こんな状況であれに突っ込めば、ほぼ確実に大怪我は免れない。それでは意味が無い」

「「確かに」」

 

 大勢の人間が一度に同じ場所に集まればどうなるか。

 人間同士で圧迫しあって怪我をしたりする可能性もあるし、場合によっては死ぬこともあり得る。

 そんな場所でこけたりしたら、もう目も当てられない。

 

「今はのんびりまったりと、動くタイミングを伺おうじゃあないか」

「「さんせー」」

 

 意外と状況が見えている仲良し三人組。

 周囲の状況からすれば、かなりシュールな絵面だが。

 

「こういう場合って、避難訓練の時を思い出せとかってよく言うけど…あれって意味あるんかね?」

「大抵の場合は意味がある。だが、世の中には避難訓練を過信し過ぎて、却って悲劇に繋がった例も存在するのだよ」

「へー…やっぱ、何事も程々が一番ってことなんですかね~」

 

 なんか急にいつもの会議っぽい雰囲気になった。

 ここには教壇は無いが、椅子ならば大量にある。

 

「だからと言って、その時の知識と経験は決して無駄にはならないと思うけどね。火事の時はハンカチで口を覆うとか、腰を低くしながら移動するとか」

「あと、いざって時の防災用の道具の確認とかも大事だよね。それを怠っていざって時に困るのは自分自身だしさ」

「チエル、まだカンパンって食べた事無いんですけど、あれって美味しいんですかね~?」

「噂によると、意外と美味だと聞いている。昔は本当に味気なくて口の中がパサパサするだけだったらしいが、徐々に味の改良を繰り返していき、今では立派に食べられるようになっていったとか。ま、ボクも実際に食べた事は無いんだがね」

 

 そんな話をしている目の前で、一夏と鈴の二人は一生懸命、無人機と戦っている。

 未だに観客気分でそれを眺めているなかよし部の面々だったが、そこで周囲が静かになった事に気が付いた。

 

「おや? どうやらさっきの集団は無事に出ていってくれたようだ」

「そんじゃ、ウチらもとっとと退散しますかね…っと」

「チエル、なんだかお腹空いちゃいましたー。食堂で何か食べません?」

 

 三人がようやく重い腰を上げてアリーナを後にしようとした瞬間、いきなりプライベートチャンネルで通信が来た。

 

『真行寺! 黒江! 風間! 三人共無事か!?』

「これはこれは織斑教諭ではないか。ボク達ならば、今から避難をするところだよ」

『そうか…』

「なにやら頼みたい事があるような感じだね。どうかしたのかな?」

『…無理を承知の上で頼みがある。力を貸してくれ…!』

「それは、どういう意味かな?」

『そのままの意味だ。お前達ならば、あの謎のISを簡単に倒せるだろう?』

「ふむ…確かに、やろうと思えば出来なくはないな。あんな不細工な無人機程度、なかよし部の結束の前では無力に等しい」

『あぁ…そうだな…って、無人機だとッ!? それはどういう事だっ!?』

「そのままの意味だが? あれからは生体反応が全く感知されない。つまり、あれには操縦者がいないと言うことだ。人工知能を搭載しているのか、それとも何処からかリモートで操作しているのかは分からないが、アレに人間が乗っていないのは確実だ。それは間違いない」

『無人のIS…まさか、そんな物が…!』

 

 千冬が戦慄している間に、三人はアリーナの出口へと向かって歩いて行く。

 クロエはクビをコキコキと鳴らし、チエルは暇そうに欠伸をしていた。

 

『お…おい! 何処に行くっ!? 手伝ってくれるんじゃないのかッ!?』

「誰もそんな事は一言も言った覚えはないが? この程度、ボクらがいなくてもどうにかなるだろうさ。というか、あの程度のガラクタに負けるのなら、ここで大人しくリタイヤさせてあげた方が幸せだと思うのだけれど?」

『真行寺…お前は…』

「あまり『なかよし部』を軽視しない方が良い。我々が本当に動く時があるとすれば、それは学園が本格的に危機に陥った場合だけさ」

「そゆこと。んじゃ、おつかれーっス」

「しつれーしまーっす! ちぇる~ん☆」

『ま…待ってくれ!』

 

 千冬の静止の声も聞かず、三人は悠々と歩いて行く。

 彼女達の頭の中にはもう、無人機のことなんて微塵も無い。

 

「そうだ。最後にこれだけは言っておこう」

『…なんだ』

「どうして『なかよし部』が存在するのか。どうしてボク達が集まったのか。どうして織斑教諭が顧問をする事になったのか。それをよーく考えてみる事だ」

『お前達は一体…』

 

 ユニの意味深な言葉を聞いている間に、三人はアリーナから出ていってしまった。

 

 その後、彼女の言う通り、無人機自体はなんとかなった。

 一夏の一撃により切り裂かれ、完全に停止させることに成功した。

 その際に衝撃砲を背中で受けたり、とある女子生徒が放送室に侵入して謎の応援コールを無断で行ったりしたが、なかよし部の面々には全く関係がない事だった。

 

 

 

 

 



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なかよし部と怪奇現象

 全てが真っ暗な部屋の中、ユニは一人で何かを操作していた。

 

「ここはこうして…こうだ。後は…」

 

 ブツブツと一人で何かを呟き、モニターの灯りだけが彼女の顔を照らし出す。

 彼女の顔には何の感情も浮かんでおらず、淡々と何かを行っている。

 

「これでよし…と。これで完璧だ。全ての準備は整ったな。では…行くとしようか」

 

 そう言うと、ユニは壁に掛けられている制服に着替えてから、静かに部屋から出て行った。

 

「今日こそ…今日こそ絶対に来てくれる気がする…多分。ふえ…ふえ…へぷち! うぅ~…暖かくなってきたとはいえ、まだまだ夜は冷えるな…。風邪をひかないようにしなくては…」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 謎の無人機が乱入をして滅茶苦茶になったクラス対抗戦があった日の夜。

 俺はなんだか目が冴えて眠れずにいた。

 

(全く眠れる気がしない…。寝ようと意識すればするほど、逆に目が覚めていく…。前にも何回かこんな事は経験したことはあるけど、IS学園でなったのは初めてだな…)

 

 今まではちゃんと寝れていたのに…なんでだろうか。

 特に今日は心身ともに本当に疲れ切っているのに…。

 

 あの後、本当に色々とあった。

 俺が保健室に運ばれて、そこで鈴と話をしたり。

 千冬姉に凄い心配を掛けて怒られたり。

 はぁ…疲れすぎて頭の中がゴチャゴチャする…。

 

(なんか喉乾いた…。水でも飲むか…)

 

 隣で寝ている箒を起こさないように注意をしながら静かにベッドから起き上がって、コップに水を込んで一気に飲んだ。

 

「ふぅ……」

 

 なんかスッキリはしたけど…相変わらず眠気は訪れない…。

 このまま朝まで起きている羽目になっちまうんだろうか…ん?

 

 ふと、何気なく少しだけカーテンを開いて窓の外を見てみた。

 本当に意味なんて無い。なんとなくやった事なんだけど…そこで俺は衝撃的な物を見た。

 

「…………え?」

 

 IS学園の制服を着た三人の女の子が、互いに手を繋いで何故かその場をずっとグルグルと回転していたのだ。

 余りにも不気味過ぎる光景に、思わず目を擦ってもう一回見てみた。

 

「…気のせいじゃなかった…」

 

 これはあれだろ…常識的に考えて、見つけちまった以上は絶対に注意しないといけないだろ。

 体を動かす事で眠気を誘う事が出来るかもと思い、俺はジャージに着替え、勇気を振り絞って夜の外へと足を踏み入れることにした。

 

 それが、俺と『なかよし部』との初めての出会いになるとも知らずに。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「……と言う訳で」

 

 気が付けば、俺はいつの間にか校舎内のとある部屋に来ていた。

 外でグルグルしていた三人と一緒に。

 

「UFOを呼んでいたつもりが、うっかりIS学園唯一の男子生徒である織斑一夏君を呼んでしまった」

 

 UFO呼んでたのかよ…あれ。

 つーか、三人共めっちゃ落ち込んでるし…。

 俺、そんなに悪いことしたか?

 

「まぁ、いいんじゃないんですかぁ? 宇宙人も学園唯一の男子も似たようなもんですし~」

「何言ってんの? 全く似てねぇからね?」

 

 俺と宇宙人を一緒にされても普通に困るんですけど?

 

「そっか…んじゃ、寧ろこれって成功じゃね? つか大成功じゃね?」

「普通に大失敗だよ!!」

 

 この結果を成功と言えるってどんだけだよっ!?

 

「あのさ…君って確か、俺と同じクラスの風間さん…だよな?」

「あっれ~? もしかして~…織斑君ってチエルの事を知ってる感じですかぁ~?」

「まぁ…一応はクラスメイトだし? 名前と顔ぐらいは覚えようと思って…」

 

 仲良くなれるかは別として、それぐらいは最低限の礼儀だよな。

 

「きゃ~! 聞きましたクロエ先輩! 彼ってばチエルの事をナンパしようとしてますよぉ~!」

「どこをどう聞いたらそうなるっ!?」

「でもごめんなさい。ぶっちゃけ織斑君にはそこまで興味が無いって言うか、あそこまで女子を侍られてハーレム系ラノベ主人公ムーブやってる子って普通に見てて虫唾が走るって言うか。チエル自身あんまし異性には興味が無いって言うか。寧ろ、付き合うならクロエ先輩のようなカッコいいと可愛いが同居している系女子が最高って感じですしぃ~」

「まだ何もしてないのに振られたんですけどッ!?」

 

 しかも、すっげー怒涛の勢いで捲し立てられた!?

 どんだけ風間さんに嫌われてるんだ俺っ!?

 

「いやいや…どーしてそこでウチの名前が出てくるし」

「え? 割とマジでクロエ先輩、チエルの理想の彼氏&彼女像なんですけど」

「それを言われたウチはどう反応すればいいのよ…」

「笑えばいいと思いますよ?」

「ウチは一体どこのEVAパイロットだ」

 

 仲…いいんだな…この三人…。

 見た所、他の二人は上級生みたいだけど。

 

「しかし、こうして織斑一夏君と会うのは初めてか。一応、自己紹介ぐらいはしておこうじゃあないか」

 

 そーゆーところはしっかりしてるんだな…行動はあれだけど。

 

「ボクは、このなかよし部の部長であり三年生の真行寺由仁だ。気楽に『ユニちゃん先輩』とでも呼んでくれたまえ」

「はぁ……」

 

 見た目は完全に小学生なのに高校三年生…。

 飛び級…とかじゃないよな?

 

「んで、ウチは二年の黒江花子。名前で呼んだら去勢する。OK?」

「は…はい…」

 

 別に花子って名前も良いと思うんだけどな…。

 何がそんなに気に食わないんだ?

 

「チエル君の事は知っているようなので、自己紹介はこれで終了。では、今から一夏君の為にも改めて説明をしようと思う。良く聞いてくれたまえ」

 

 ユニ先輩…? が仕切り始めた事で急に緊張感が生まれてきた。

 自然と背筋も伸びちまうな…。

 

「こんな遅い時間に皆を呼びだしたのは他でもない。今回は様々なミステリーについて検証していこうと思う」

 

 ミ…ミステリー…か…。

 

「さっきのUFOもそうだが、実はこのIS学園も他の学校と同様に数多くの怪奇現象の目撃談などが有ったりする」

 

 至る所がハイテクの塊でも、そこら辺は普通の学校と同じって事か…。

 

「あの…ユニ先輩…」

「何かね? 一夏くん」

「俺…怖い話系とか、あんまし得意じゃないんスけど…」

 

 これで帰して貰えるかな…?

 

「ダイジョーブですよ織斑くん! クロエ先輩も苦手ですから!」

「そこ。余計なこと言うなし」

 

 だからなんだ。

 あぁ…帰して貰えそうにないわ…これ…。

 

「それではこれより、検証の為に校舎内の探索を開始する。無論、学園側の許可は取ってあるし、念の為に警報などのセキュリティなどに関しては、既にこちらで手を回してあるので安心してくれ」

 

 そっちよりも法とかに触れてないかの方が心配なんだけど…。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 ってことで俺達がやって来たのは生物室。

 まだ一年だから、ここに来るのは初めてだな…。

 出来れば太陽が出ている時間帯に来たかった…。

 

「噂によると、この生物室の標本が夜な夜な動き出し、校内を縦横無尽に歩き回っているらしい。実際に目撃者も多数存在している」

 

 標本って…あそこにある人体の骨格標本ことか…?

 確かにあれが夜中に動き回ってたら、かなり怖い光景だろうな…。

 

「チエルが聞いた話だと、物凄いスピードで走り回ってたらしいですよ?」

「えぇっ!?」

「ウチは、あいつが落ちているパンを食ってるのを見た事があるんだけど」

「ええぇっ!?」

 

 こっちの想像以上に色んな事をやってんだなオイ!

 なんかマジで怖くなってきたぞ!

 

「謎は深まる一方だな…この害虫標本の謎は」

 

 って、骨格標本じゃなくて害虫の標本の方かよ!?

 生物室で標本って聞いたら、真っ先にあっちを想像しちまうじゃねぇか!!

 

「ゴキブリなんて、探せばそこら辺に幾らでもいるでしょうが!!」

「気を取り直して、今度は音楽室へと移動だ」

 

 普通に無視しやがった!!

 なんなんだ…この集団は…はぁ…。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 ってことでやって来ました音楽室。

 今も昔も、授業以外じゃ絶対に縁が無い場所だな…。

 

「誰もいない筈の夜の学園の音楽室…そこからなぜかピアノの音が聞こえてくると言う…」

 

 ユニ先輩も説明の仕方に独特のイントネーションを加え始めたな。

 この人、何気に楽しんでないか?

 

「え? ちょ…なんかマジでピアノの音が聞こえてきたんスけど…」

「本当だな」

 

 じょ…冗談だろ…?

 死んだ霊がピアノを弾いてるとでも言うのかよ…!

 

「こ…こんなの泥棒に決まってるし…それしか有り得ないし…。別に怖がってなんかねーし…」

「いや…ある意味、そっちの方が問題だと思うんスけど…」

 

 あと、自分で墓穴を掘るのは止めた方が良いですよ。

 普通に可哀想になってくるから。

 

「じゃ…じゃあ…俺が確かめてみますよ…」

「「頼んだ」」

 

 本当に泥棒とかだったりしたら大変だしな…。

 ここは男の俺がなんとかしねーと!

 

「だ…誰かいるのかッ!? …って!?」

 

 お…お前はッ!?

 

「ふんふんふ~ん♪」

 

 なんか普通に風間さんが鼻歌交じりにピアノ弾いてるんですけどッ!?

 しかも壁には『コンクールまであと五日』って書かれた紙が貼ってあるし!

 色んな意味で大問題だろーが!!

 

「もしかして風間さん、いっつも夜の学校に忍び込んでたのかよっ!?」

「ふぅ…まさか、この天才美少女チエルちゃんの秘密特訓がバレてしまうとは…意外とやりますね織斑君」

「夜に堂々と学校のピアノを弾くなっ!!」

 

 秘密特訓って何だ!?

 こんなの普通に不法侵入だろ!!

 いや…今の俺達も同じようなもんだけどさ…。

 

「懲りずに今度は職員室前の階段へと移動するぞ」

「切り替え早いな! この先輩!」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 職員室前の階段…ここ自体は俺も何回も来た事がある。

 そこまで珍しい場所じゃない…筈だ。

 

「IS学園は人工島の上に建てられたとされているが、だからと言って最初から何も無かったと言う訳ではない」

「そうなんスか?」

「あぁ。ボクの調査によると、ここにはちゃんと土地が存在していたらしいが、色んな災害などによって海に沈んでしまい、その上にこの人工島が作り出されたとされている」

 

 マジか…土地が海に沈む程の災害って、どんな規模だったんだよ…。

 やっぱり地震とかかな…。

 

「その昔あった土地には刑務所があったらしく、この階段がある場所が丁度、絞首刑台があった場所であったとされている」

「こ…絞首刑台…」

 

 それってあれだよな…首吊りの死刑の奴…。

 ん? なんか急にじゃんけんが始まったんだけど?

 俺もやるの? 別にいいけど…。

 

「そのせいか、夜に目を瞑って、この階段を上ると…本来は12段の筈が…何故か刑台への階段と同じ13段へと変化しているという」

 

 じゃーんけーんぽん。

 あ…他3人がグーで、俺だけがチョキで負けちまった。

 

「この実験をするあたり、織斑一夏くんが階段を上る役を快く引き受けてくれた」

 

 そーゆー意味のじゃんけんかよ…。

 完全に嵌められた…。

 しゃーない…とっとと終わらせるか。

 

「んじゃ行きますよー? よーい…スタート!」

 

 1…2…3…4…5…6…7…8…9…10…。

 

「11…12……13!?」

 

 は…は? ちょ…マジで?

 今回のは本当の心霊現象なのかっ!?

 

「う…嘘だろ…13段あるぞ!!」

 

 こんなのってあるのかよ…信じられねェ…!

 

「そりゃそうだ。だって、そこの階段は去年の改装工事の際に12段から13段になっているからな」

「意味のない事をやらせんじゃねぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 完全に無駄骨だったじゃねぇーか!!

 俺、途中まで本当にドキドキしてたんだぞ!!

 

「つーか、これの一体どこがミステリーなんだよっ!?」

「『幽霊の正体見たり枯れ尾花』ってやつですよ」

「なんかカッコいい返しをされた!?」

 

 なんかチャラそうにしてるのに、もしかして風間さんって本当はめっちゃ頭が良い!?

 いや…IS学園にいる時点で相当に頭は良いんだろうけど…。

 

「べ…べべべべべべべべ別にウチは全然怖くにゃんかにゃいし……怖くなんかないもん……ぐすん…」

「ク…クロエ先輩ッ!?」

 

 この中で一番精神的に強そうな人が泣き始めたんだけどッ!?

 ちょ…これどーすんだよっ!?

 けど…ちょっとだけめっちゃ可愛いって思ってしまった…。

 

「諸君、気持ちは分かるが落ち着きたまえ」

 

 見た目に反して、ユニ先輩が一番冷静だな…。

 流石は三年生…なのか?

 

「これで一通り見てきたが…いよいよ次が最後となる」

 

 やっとかよ…マジでドッと疲れた…。

 これならちゃんと眠れる気がするわ…。

 

「これから諸君は想像を絶するような光景を目の当たりにすると思うが…覚悟をしておくように。ショックの余り心臓が止まった…なんて事だけは勘弁だぞ」

 

 あのユニ先輩がここまで念を押すって事は…今度こそ本当の本当にマジでヤバいのが来るって事なのか…!

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 そうして俺達がユニ先輩から案内された場所…そこはIS学園の美術室だった。

 

「この場所に…最後のミステリーが存在している」

 

 唾を飲みながら中へと入ると、そこには初老の男性をモデルにした胸像が置かれてあった。

 

「パイセン。この胸像のモデルって、もしかして『轡木さん』じゃね?」

「その通りだ」

「轡木さん?」

 

 誰だそれ? 初めて聞く名前だぞ?

 

「轡木十蔵さんっつって、IS学園の用務員をやってるおじさんなのヨ。めっちゃ気さくで優しい人で、よくウチら生徒の悩み相談とかも聞いてくれたりしてくれんの。地味にスゲー人気あんだよ。確か…奥さんが学園長してるんじゃなかったっけ?」

「そーそー! チエル、前に轡木さんからお菓子貰いましたよ!」

「ボクもよくお世話になっているよ。彼が淹れてくれた緑茶とこしあんのお饅頭のコンビネーションには未だに勝てない…」

 

 そんな人がいただなんて知らなかった…。

 轡木十蔵さん…か。覚えておこう。

 そんで、機会があれば俺も悩み相談して貰おう。

 

「これは…とある人物の重大な秘密を知ってしまった元美術部員が卒業前に製作したと言われている」

 

 製作者は俺達共通の先輩なのか…。

 一体、この像にどんな秘密が…。

 

「他人に暴露できない苦痛を抱えた状態で生み出されたこの胸像は、夜な夜な奇怪な現象を起こしているらしい」

 

 奇怪な現象…! 冷や汗が出てきた…ゴクリ…!

 

「見るがいい…これが最後のミステリー…名付けて『光る胸像』だ!!」

 

 そう叫ぶと、ユニ先輩は徐に胸像の頭を掴み、そして……持ち上げた。

 

「えぇぇ~……」

 

 なんか胸像の髪の部分だけが取れて光ってるんですけどー…。

 すっごい眩しいんですけどー。

 

「この光こそが…チエル達が探し求めたラストミステリーなんですね!」

 

 だとしたら間違いなく最悪だよ。

 

「なんつーか…神々しさすら感じられるんだけど。つーことで拝んでおこ。御開帳ってことで」

「拝むな!! これは仏像の類じゃねぇから!!」

 

 結局…最後の最後までこうなのかよ…。

 無駄に緊張して損した…。

 

「あの…まさか『とある人物の秘密』ってのは…」

「ご覧の通り。轡木さんのカツラ着用だ」

 

 だろうな。一発で分かるわ。

 

「因みに、この胸像は髪の部分を取ると頭部が発光するような仕組みになっている」

「もう奇怪でもなんでもねェ!!」

 

 一体どこの誰が、こんな変な胸像を作りやがったんだよ!!

 マジで顔を見てみたいわ!!

 

「ということで、今回の活動はこれまで。解散!」

 

 や…やっと終わった…。

 もうほんとーに疲れた…。

 これなら絶対にグッスリと寝れるわ…。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 次の日。

 俺は放課後に不意になかよし部の事が気になって、彼女達の部室前までやって来て、窓から中の様子を見てみた。

 

「本日の議題は『青春』だ。ということで、これから皆で夕日の沈む河原に移動する」

 

 また変な事をやってる…。

 冷静に考えれば、この活動こそがIS学園の最大のミステリーなんじゃなかろうか…。

 

 ん? よく見たら、中に千冬姉がいないか?

 もしかして…千冬姉が顧問なのかっ!?

 

 …今度、なんか作って持って行ってやろう…。

 

 

 



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なかよし部の休日

 6月初頭の日曜日。

 俺は休日を利用して家に帰り、寮に持って来れなかった荷物を持ってきたり、暫くいない事で埃が溜まった家の掃除などをしていた。

 で、その後に中学時代の友人である『五反田弾』の家に遊びに来ていた。

 弾の家は『五反田食堂』をいう食堂をやっていて、昔はよく俺もお世話になっていたもんだ。

 

 最初は弾の部屋でゲームなどをしながら久し振りに遊んでいたのだが、その途中で弾の妹である『五反田蘭』が呼びに来て、一回のお店で昼食を食べることにした。

 

「にしても一夏。IS学園に通うようになってから妙に疲れた顔になってないか?」

「そりゃ疲れた顔にもなるっつーの。自分以外の全員が女子なんだぞ? 精神的疲労が半端じゃないんだよ」

「俺からしたら夢のような空間なんだけどなぁ…」

「それは、お前が何も知らないからだよ。はぁ…」

 

 階段を降りながら言われたが、本当に最近は気苦労が多い。

 ようやく少しだけ今の学園生活にも慣れ始めたって時に、物凄く衝撃的な出会いがあったからな…。

 あの日の夜のことだけは、今でもハッキリと思い出せるぐらいに鮮烈な思い出となってしまった。

 因みに、その時のことを千冬姉に話したら『すまん…』の一言だけが帰ってきた。

 

 どうやら、俺の予想通り、千冬姉はあの『なかよし部』の顧問をやっているらしく、いつもあの三人の予測不能な行動に振り回されているとの事。

 千冬姉ですら制御できないとなると、もうあの学園内になかよし部を止められる人間って一人もいないんじゃあないのか?

 今の所、これと言った被害は出していないらしいけど…。

 いや、一つだけあったわ。

 茶道部の備品を堂々とぶっ壊したって言ってた。

 その後で同じ物をもう一セット買ったらしいが。

 あと、いつの間にか千冬姉の口座から茶道部の備品分の代金が引き落とされていたらしい。

 割とマジで怖いんだが…。

 

「どした一夏? 急にぼーっとして」

「ん? あ…いや、なんでもねぇよ」

 

 いつの間にか、あの三人の事を無意識の内に思い出していた…。

 それだけ俺の脳内に深く刻み込まれているってことなんだろうか。

 

「昼飯時だって意識したら、急に腹減ってきたな。急ぐか」

「だな」

 

 俺と弾は少し早歩きで階段を下りていく。

 そして、一階にある店舗がある所に入っていくと…。

 

「「「あ」」」

「いぃっ!?」

 

 …なんでか、私服を着たなかよし部の三人がテーブルに横並びになって座り、揃って食事を楽しんでいた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 まさかの邂逅に、俺は思わず体を震わせながら三人に尋ねた。

 もしかしたら、もしかする可能性もあるからな…。

 

「な…なんで三人がここに…? まさか、前に千冬姉から聞いた『屋外活動』ってやつなんじゃ…」

「何を馬鹿な事を。いかな我々とて、休日にまで活動をする訳がないだろう」

「じゃあ、なんでここに…」

「ウチらは休日に三人で買い物に出かけてただけだっつーの」

「ですので、織斑君の心配するような事はナッシング! ですよ!」

「はぁ……」

 

 つーことはあれか?

 買い物帰りに食事をしに、偶然にもここに立ち寄っただけってことか…?

 それにしても偶然すぎるだろ…。

 

「ボクはあれだ。予約していたゲームを受け取りに行っていたのだよ」

 

 何にも聞いてないのに急に説明が始まった。

 ユニ先輩ってゲームとかするのか…。

 

「そのついでに、ウチは陸上部で使うシューズを買いに行ってたんよ」

「あれ? クロエ先輩ってなかよし部一本なんじゃ…?」

「運動部と文化部は兼任で入れるんだよ」

「知らなかった…」

 

 というか、なかよし部は文化部だったのか。

 そっちの方が驚きだわ。

 あの部は運動部にも文化部にも属さない『第3の部』と思ってたから。

 

「っていうか、織斑君の方こそ、どうしてここにいるんですかぁ? しかも、なんか二階から降りてきませんでした? どゆこと?」

「ここは俺の友人の家で、今日は遊びに来てたんだよ」

「「「成る程…」」」

 

 にしても、まさか休みの日までこの三人に会うだなんてな…。

 こんな事ってあるんだな…普通に驚いたわ。悪い意味で。

 

「おい一夏…」

「ん? なんだよ弾…ぐぇっ!?」

 

 急に弾から胸倉を掴まれたんだけど!?

 俺、何かしたか!?

 

「なんだ、あの美少女三人組は!! しかも、妙に仲良さげに話しやがって!!」

「ちょ…落ち着けって弾! 別に俺が誰と話そうと自由だろッ!?」

「そうだけど、そうじゃねぇ!!」

「意味が分からんわ!!」

 

 まーた弾の発作が始まりやがった。

 俺が女の子と話をしていると、いつもこうだ。

 あの三人が止めてくれると信じてチラッと見てみると…こっちの事を普通に無視して食事を楽しんでた。

 

 因みに、ユニ先輩は『唐揚げ定食』を食べていて、クロエ先輩は『チキン南蛮定食』、風間さんは『鳥の竜田揚げ定食』を食ってた。

 見事に全員揃って鳥の揚げ物系で統一されてるな…。

 

「こらこら。今は食事中で、ここは食堂だ。余り暴れるのは感心しないぞ」

「その嬢ちゃんの言う通りだぞ。ガキ共」

「「うっ…」」

 

 ユニ先輩に注意されたと思ったら、この食堂の店長にして五反田家の祖父でもある『五反田厳』さんに怒られた。

 

「うぅ…一夏さんに恥ずかしい所を見られちゃった…これで挽回できると良いんだけど…って、あれ?」

 

 そこへ、何故か白いワンピース姿に着替えた蘭もやって来た…が、この異様な雰囲気にキョトンとしてしまった。

 

「えっと…何? この空気…」

 

 俺に聞かれても困る。

 寧ろ、こっちの方が聞きたい。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 仕方がないので、食事をしながら弾と蘭にも三人の事を紹介することに。

 このまま無視しても、また妙な空気になりそうだったし。

 

「「三人共がIS学園の生徒っ!?」」

「まぁな。しかも、うち二人は上級生だ」

 

 その中の約一名は見た目からじゃ全く判断できないけどな。

 

「まず、この唐揚げを食ってる人がIS学園三年生の『真行寺由仁』先輩」

 

 ちょっとだけ『この小さい人』と言いそうになったが、それを言うと怒りそうな気がしたのでギリギリで止めた。

 どれだけぶっ飛んでいても、こういう事を言うのはいけないと思ったから。

 

「真行寺由仁だ。親しみを込めて遠慮なく『ユニちゃん先輩』と呼ぶといい」

 

 それ、ここでも言うのか。

 どれだけ気に入ってるんだ、その呼び方。

 

「さ…三年生? こんなに小っちゃくて可愛いのに…?」

「小っちゃいは余計だ。一応言っておくが、ボクは決して飛び級などではないぞ。正真正銘、れっきとした18歳の女子高生だ」

「マジかよ…合法ロリって実在したのか…」

 

 合法ロリて。

 驚くのは分かるが、その反応はどうかと思うぞ。

 

「んで、チキン南蛮を食ってる人が二年生の『黒江花子』先輩だ」

「ちーっす。クロエでーす。ま、別に無理して覚えなくてもいーよ。どーせ、もう会う機会なんて皆無だろーしさ」

「クールな人だなぁ~…」

「一夏の奴…こんな美少女とお知り合いになりやがって…!」

「び…美少女ちゃうわ! べ…ベべべ別にそんなこと言われても全然嬉しくなんてねーし…」

 

 クロエ先輩が顔を真っ赤にして、めっちゃ狼狽えてる。

 前もそうだったけど、この人は他人から褒められることに慣れてないんだな。

 噂じゃ、学園で物凄い人気があるらしいけど。

 

「「可愛い…」」

 

 言うと思った。

 俺でも一瞬だけそう思ってしまったんだから無理ないよな。

 

「因みに、クロエ君が体育祭などで競争で走ったりすると、周囲の女子達から毎回のように黄色い声援が飛び出してくる」

「「「分かる気がする…」」」

「揃って言うなし」

 

 クロエ先輩みたいな人は、同性からの人気がありそうだしな。

 しかも運動神経まで抜群なら言うことなしだろ。

 

「最後に、この竜田揚げを食ってるのが同級生でクラスメイトの『風間ちえる』さんだ」

「IS学園の誇る美少女の風間ちえるで~す! ちぇる~ん☆」

「「ちぇ…ちぇる~ん…」」

 

 うん…そうだよな。反応に困るよな。分かる。

 ちぇるーんって何だよって思うよな。俺もそうだった。

 

「けど、学年が全く違う三人が一緒って、皆さんは何か別に集まりか何かなんですか?」

「よく聞いてくれた少女よ。我等こそ、IS学園に燦然と輝く部活動。その名も『なかよし部』! またの名を『ユニちゃんズ』!」

「パイセン…いい加減に諦めなよ…」

「部の名前を決める時、皆で『なかよし部でいい』ってしたじゃないですかぁ~」

 

 あ…そんな事が前にあったのか。

 何気にこの二人も苦労しているのかもしれない。

 

「で…でも、凄いですよね! 皆さん揃ってIS学園の生徒だなんて!」

「「「それ程でも~」」」

 

 褒めてな…いや、褒めてるのか。

 実際、俺みたいな特別枠じゃなくて、正面から受験をして合格してるんだから、凄くない訳がないんだよな。

 色々と言いつつも、あの千冬姉もこの三人の事を認めている節があったし。

 

「実は、私もIS学園志望なんです!」

「こいつはまた、そんな事を言いやがって…」

 

 蘭はIS学園に入学したいと思ってたのか。

 これは普通に初耳だな。

 

「別にいいじゃない! 私の進路なんだし! それに…ほらこれ!」

「「ん?」」

 

 なにやら自慢げに蘭が一枚の書類を俺達に見せつけてきた。

 よく見ると、そこにはこう書かれてあった。

 

【IS簡易適性試験 判定A】

 

 マジか。俺よりも適性が上じゃんか。

 因みに俺はBだった。なんて中途半端。

 

「これはアレか。政府がIS操縦者を探す一環でやっている簡易試験で、希望さえすれば誰でも受けれると言う…」

「そうです! 筆記は普通に自信あるし、適性もこの通り!」

「適正自体は問題なしっぽいし、筆記も出来るんなら確かに受かるかも」

「ですよね!」

 

 クロエ先輩の一言で蘭の目が一気にキラキラし始める。

 二年生の言葉ってのは中々に大きいようだ。

 

「そういえば、皆さんの適性値ってどれぐらいなんですか?」

「あ。それは俺も知りたいかも」

 

 今にして思えば、俺はまだ彼女達の事を何にも知らない。

 この機会に少しでも知れれば、そこから接し方が分かるかもしれない。

 

「「「A+でーす」」」

「私よりも上なんだ…凄いなぁ…」

 

 それって確か、セシリアとかと同じランクだよな?

 授業で言ってたけど、適性値の最高ランクはSなんだけど、Sランクは世界規模で探しても数人しかいないらしく、実質的にA+が最高値だとされているらしい。

 

「ん? ってことは、もしかして先輩達も専用機を持って…?」

「良く分かったな一夏くん。その通り、我々3人全員、専用機を所持している」

「マジかよ…」

 

 って事は、三人共がセシリアや鈴と同じ代表候補生なのか…?

 

「と言っても、チエル達は別にどこかの国に属してるって訳じゃあないんですけどぉ~」

「そうなのか?」

「ウチらは候補生じゃなくて、企業所属のテストパイロットなんよ。つまり、立場的にはアンタと同じって事」

 

 そういや、忘れかけていたけど、俺も専用機は持っているけど、実際には男性IS操縦者のデータを取る為に政府から貸し与えられてるんだよな…。

 

「どんな企業なんスか? 俺も知ってる所かな…」

「ボク達が所属しているのは『風間コーポレーション』といういう企業だ」

「風間コーポレーション……風間?」

 

 それって…いや、まさか…。

 別に風間って名字はそこまで珍しくはないし…。

 

「因みに、社長はチエルのパパがやってまーす!」

「やっぱり!? ってことは、風間さんって社長令嬢!?」

「そうでーす! ちぇる~ん☆」

 

 人は見かけに寄らないっていうけど…寄らなさすぎだろ!

 この性格で社長令嬢だなんて、誰が想像するかよ!

 

「んで、ウチらはチエルの伝手でテストパイロットになれたってワケ。ま、ウチの場合は単なるバイトなんだけどさ」

「ボクは寧ろ、向こうからお願いされたのさ。所属するかわりに、ボク達の専用機をデザイン、製造する権利を貰うという条件付きでだがね」

 

 えっと…ん~?

 なんだろうか…今、物凄く聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がするんだが…。

 

「あ…あの…今、ユニ先輩が三人分の専用機を作ったって言ったように聞こえたんですけど…」

「聞こえた、のではなくて、実際にそう言ったんだが?」

「「「…………」」」

 

 驚きの余り、俺達は揃って言葉を失った。

 個人でISを作れる人なんて、てっきり束さんぐらいだと思ってたけど…意外とそうでもないのかもしれない…。

 IS学園で一番の天才児だとは聞いてたけど、まさかここまでとは…。

 

「ついでに言うと、こう見えてもパイセン、今の時点で既に博士号とか持ってるんだよね」

「つまり…ユニ博士…?」

「えっへん」

 

 えっへんって。

 つーか、在学中に博士号を取るっていいのか…?

 先輩がそれだけ凄いって証拠なんだろうけど。

 

「だから、来年卒業しても、今度は別の形でIS学園に残ることも可能と言うことだ。なかよし部は永遠に不滅だ」

 

 流石に永遠は不可能だろ。

 精々、あと2~3年が限界じゃないのか?

 

「で…でしたら! もし私が本当にIS学園に入学出来た暁には色々と教えて貰ってもいいですか!?」

「勿論だとも。なかよし部に不可能は無い。タイタニック号に乗ったつもりでドーンと任せておきたまえ」

 

 いや、それだと最終的には氷山にぶつかって沈むから。意味無いから。

 

「パイセン。それじゃあ沈むから」

 

 俺の代わりにクロエ先輩が言ってくれた。

 少しだけシンパシーを感じてしまった。

 

「なかよし部…属性の塊みたいな部だな。合法ロリにツンデレクールビューティーにギャルっ子お嬢様…すげーよ…胸焼けしそうだわ…」

 

 なんとなくだが弾の言いたい事は分かる。

 この三人は確かに特徴の塊みたいな所があるよな。

 そのお蔭で振り回されてるんだけど。

 

「さて。食事も終えた事だし、我々はここらでお暇するとしようか。お会計を頼む」

「もち、割り勘でヨロ」

「なかよし部に年功序列なんて言葉は存在しませんからね~」

 

 思ったよりも平等主義ななかよし部を見送りながら、俺は彼女達の部活動以外の一面を見たことで、三人に対する印象が少しだけ変わった気がした。

 テストパイロットとはいえ、専用機を持つ事を許されてる以上は、やっぱり皆揃って強いんだろうなぁ…。

 いつか、俺もなかよし部とISで試合をする日が来るのだろうか…。

 

 

 

 

 

 

 



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なかよし部のテレビ出演

 それは、放課後にいきなり織斑先生に言われたことが切っ掛けでした。

 

「済まないが山田先生。一つ頼まれごとをしてくれないだろうか」

「どうしたんですか?」

「実はな、今からISの実習の補習をしなくてはいけなくなったんだ。だから、代わりに私が顧問をしている部に行ってくれないか?」

「織斑先生が顧問をしている部って確か…『なかよし部』…でしたよね?」

「そうだ」

 

 なかよし部についての噂は私も色々と聞いていた。

 各学年の生徒が一人ずつ所属していて、部長は学園で最も秀才とされている真行寺由仁さんだとか。

 あと、女子生徒に莫大な人気を持つ黒江さんと、私が副担任をしている一年一組の風間さんもいるとか。

 色んな意味でぶっ飛んでいる部活らしいけど…どういう意味なんだろう?

 

「頼んだ身でこんな事を言うのもなんだが…気を付けろよ」

「はへ?」

「まぁ…その…なんだ。上手く切り抜けられたら、今夜は酒でも御馳走してやろう。頑張ってくれ」

「はぁ…ありがとうございます…」

 

 気を付けるとは、一体どういう意味なんだろうか?

 この時はまだ、織斑先生の言葉が良く理解出来てませんでした。

 けれど、この後に私は知ることになるのです。

 『なかよし部』が一体どんな部活なのか。

 どうして彼女達が学内でこんなにも有名になっているのかを。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

『さて、お次は『青春! 部活動!』のコーナー』

 

 とあるテレビスタジオにて、初老の男性のニュースキャスターが番組を次のコーナーに移行させようとしていた。

 

『お便りを頂いた高校の部活動を紹介すると言うこのコーナー。今日は一体どんな活動をしている部に出会えるのでしょうか。リポーターの佐々木さーん』

 

 その言葉をきっかけにして、場面が中継現場へと切り替わる。

 現場では、若い女性のレポーターがマイク片手にどこかの学校の校舎内へと入って来ていた。

 

「はーい。現場の佐々木咲恋でーす。私が今、どこにいるか分かりますかー? 実はですねー…なんと! あの天下のIS学園に特別にお邪魔させて貰ってまーす!」

 

 本来、IS学園にテレビが入ってくることなど非常に稀で、それらは全て生徒達を守るためにやっている事で、こうしてメディアが入ってくることなど本来ならば絶対に有り得ない事だった。

 

「ちゃーんと学園側の許可は貰って来ています。いやー…こんな事ってあるんですねー。非常にワクワクしながら校舎内を歩いています。勿論、行ける場所は限定されてるんですけどねー」

 

 現在、彼女達が歩いているのは各教室が入っている校舎の中。

 特別な施設などが無いこの場所ならば一応、問題無く取材をしてもいいと言われたのだ。

 

「えー…お便りをくれた部長の真行寺さんによると、部員が3名で顧問が1名の小さな部活で、部員はそれぞれ学年がバラバラなんだそうです。中々に珍しい部員構成ですよね。あ…どうやら、この教室みたいですね。では、お邪魔してみましょうか。一体、どんな部活動をしているのでしょう。こんにちわー! 元気に部活動をしてるかな~?」

 

 レポーターが教室の扉に手を掛け、挨拶をしながら開ける。

 すると、その中で行われていた事は…。

 

「…と言えば何か」

 

 ピンポーン!

 

「はい。クロエ君」

「天使たちの宴?」

「正解」

 

 ピンポンピンポーン!

 

「…………」

 

 思わず、テレビクルー全員が無言で固まってしまった。

 そこにすかさず、臨時の顧問としてやって来ていた山田先生が全力でツッコむ。

 

「どんな問題ですか―――――――――!!!」

(何…この部活動…)

 

 それはこちらが聞きたい。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 織斑先生の代理としてなかよし部の顧問をしてますけど…なんなんでしょうか…これは…。

 

 なにやら会議のようなものが始まったかと思いきや、いきなりクイズ番組みたいなセットが何処からか出てきて用意されて、気が付いた時にはいつの間にか教室内で真行寺さんが司会を務める本格的なクイズ番組がスタートしていた。

 

 因みに、今日の議題は『テレビ番組』らしいのだけれど、その理由は詳しくは教えて貰えなかった。

 『後で分かる』らしいけど……。

 

「あのー…もしかして顧問の先生ですか?」

「え? いや…私は本来の顧問の先生が忙しいので、その代理なんですけど…って、テレビ番組!? どうしてこのIS学園にッ!?」

 

 一体いつの間にこの教室にっ!?

 IS学園は基本的にテレビの取材などは完全にNGの筈なのに…。

 

「ボクが呼んだ。ちゃんと学園長の許可は得ている」

「番組にハガキを貰いましたー…」

 

 そ…そうだったんですね…。

 真行寺さんがハガキを出して呼んで、許可もあると…。

 どうやって許可を得たんですか?

 普通なら厳しく怒られそうなのに…。

 

「学校制度に数多くの問題がある昨今、教師と生徒が同じ目標へと向かって一緒に進んでいく部活動の素晴らしさを番組内で紹介するという企画に非常に感銘を受けたんだ」

「真行寺さん…」

 

 そう…ですよね。

 真行寺さんは三年生。

 こうして皆と一緒に学園生活を過ごせるのも今年で最後になるんですから、少しでも多くの思い出を残そうとして…。

 

「…というのはあくまで表向きで、本当はメディアを利用して我々『なかよし部』の活動を全国にまで広めることが真の目的だ」

「やめなさい。貴女は悪の伝道師ですか」

 

 一気に感動が薄れましたよ。

 さっきまでの空気を返してください。

 

「え…えーと…そこの女の子は部員かな?」

「陸上部と兼任してるけど、まぁ…そう呼んで貰っていいよ」

「兼任…」

 

 黒江さん…どうして陸上部の活動よりも、なかよし部の活動を優先してるんですか…?

 

「こ…この部は普段どんな活動をしているのか教えてくれる?」

「活動ねェ…いつも一つの議題について皆で色々と話し合ったりしてるんだけど…そーだなー…」

 

 お願いしますから…変な事だけは言わないでくださいね…黒江さん…!

 

「要するに、作者の気紛れで不定期に書かれたり、書かれなかったりする不愉快な二次小説だよ」

「何の話かは知らないけど、それについては触れてあげないでください、黒江さん」

 

 それは完全な禁句ですから…言わないであげてください…。

 

「そ…それにしても凄いセットね! もしかしてこれ、クイズ番組の再現とかだったりする?」

 

 あ。遂にレポーターの方が思い切り話を逸らした。

 気持ちは分かりますけどね。

 私だって同じ立場なら同じことをしますよ。

 

「かなり本格的ね。これって皆で作ったりしてるのかしら?」

「そうしたいのは山々だが、ボクらの力ではどうしても限界がある。なので、こういう作業は主に専門業者の世話になることが多い。餅は餅屋…と言うことだ」

「えっ!? それって、かなりお金が掛かったりするんじゃないのッ!?」

「確かにそうだな。まだ我々は碌に部費も貰っていないので…」

 

 なんだろう…物凄く嫌な予感がする…。

 

「諸経費などは全て本来の顧問である織斑教諭の預金から賄われている」

「織斑先生―――――――――!?」

 

 顧問の貯金を部費代わりに無断拝借するする部活だなんて前代未聞過ぎますよ――――――!!!

 一体何を考えてるんですか――――――――――――!!!

 

「そういえば、織斑先生がこの間、愚痴のように『最近になって急いで口座を替えた』って言ってましたけど…」

「既に調査済みだ」

 

 何をどうやって調査したんですか――――――――!?

 はぁ…はぁ…後でちゃんと織斑先生に報告しないと…。

 

「え…え―――…凄く和気あいあいとした雰囲気の中…」

 

 レポーターさん、なんか無理矢理にでもコーナーを締めようとしてません?

 なんか後ろの方でスタッフさんがスケッチブックに『もう部員には絡まないで』って書いてるし。

 まさかとは思うけど…私も同類に見られている…なんて事は無いですよね?

 

「ごめんなさぁ~い! 遅くなっちゃいましたぁ~! てへ☆」

 

 あ…三人目の部員にして、私の教え子の一人でもある風間さんがやって来た。

 そう言えば彼女、今日は日直でしたね。

 

「14分21秒の遅刻だぞ。チエルくん」

「すいませぇ~ん! チエル、今日は日直で教室の戸締りとかをしてたんですよぉ~……あれ?」

 

 か…風間さん? 急にレポーターさん達を見てどうしたんですか?

 向こうもいきなり凝視されてキョトンとしてるし…。

 

「…………」

「…?」

 

 なんだろう…この空気…嵐の前の静けさと言うか…台風直前の独特の天気みたいな感じは…。

 

「侵入者発見っ!!!」

「きゃ――――――――――――っ!!??」

「ちょ…いきなりどうしたんですか風間さん!? いつもと明らかに様子が違いますよッ!?」

 

 突然、風間さんが床に向かって拳を突き立てて、そのまま床を粉々に破壊したッ!?

 織斑先生以外で、こんな芸当が出来る人なんて初めて見たんですけどッ!?

 

 いや…違う。そうじゃない。

 

 普通の女の子はいきなり叫びながら床を殴ったりしませんから!!

 

「あ。普通のツッコミ目線に戻った」

「部活をやっていると、時折その感覚を忘れそうになるから怖い」

 

 なんか黒江さんと真行寺さんに心を読まれたんですけどッ!?

 この子達も織斑先生みたいに読唇術を身に付けてるんですかッ!?

 

「侵入者は全て敵とみなす…!」

「なんかキャラも変わってるっ!?」

 

 殺意の波動とかオロチの血とかに目覚めた感じになってるんですがッ!?

 本当にどうしちゃったんですか風間さんッ!?

 

「チエルくんは部活中に見慣れない人間を見つけると、極稀にいきなり敵として攻撃を仕掛ける時があるんだ」

「どうしてですかっ!? そんなの初耳なんですけどぉ!?」

 

 まさか…あのいつも明るい風間さんに、こんな一面が隠されていただなんて…。

 副担任としてかなりショックです…。

 

 ピンポーン

 

「発作?」

「クイズじゃありませんから!!」

 

 何をしれっと答えてるんですか黒江さん!!

 あなたもこんなキャラでしたっけっ!?

 

「以上、この二次小説の説明と登場人物の紹介は概ね完了。初めての読者でも容易に理解出来たに違いない」

 

 あれ? なんか急に終わりの雰囲気を醸し出してる?

 まだ何も終わって…いや、そもそも終わりってどこなんですか―――!?

 

「本日の活動はこれにて終了。スタジオさんにお返ししよう」

 

 本当に終わった――――!?

 これでいいんですか――――!?

 

 はぁ…織斑先生が『気を付けろ』と言った意味がようやく理解出来た気がする…。

 今夜は愚痴に付き合って貰おう…うん…。

 

 余談ですけど、その後に行われた番組会議の結果、『青春! 部活動!』のコーナーは廃止されたそうです。

 

 一つのコーナーを一発で終わらせちゃった…どうしよう…。

 

 

 

 

 

 

 



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なかよし部は尾行します

 なにげな~い平日のお昼時。

 なかよし部の三人は今日も揃って食堂で昼食を食べていた。

 

「もう言えば、もう二人は例の噂は聞きました?」

「「例の噂?」」

 

 ミートスパゲッティーを食べているチエルがいきなり話を振ってくる。

 彼女から話がスタートし場合、大抵が碌な事にならないと上級生二人が学習していた。

 

「ウチのクラスに転入生がいきなり二人も来た上に、その内の一人が男子だったーって」

「あぁ~…それな。二年の方でも色々と噂が流れてたわ」

「こちらもだ。この学園は一体どれだけ男に飢えているんだろうか」

「まぁ…IS学園って実質的に女子高みたいなもんですしねー。男子に免疫のない女子が多いっていうかー」

 

 そういう彼女達は、免疫以前の問題だったりする。

 逆に男を捻じ伏せかねない。

 

「その男子がどうかしたのかね?」

「うーん…なんて言えばいいんですかねぇ~…これって、ぶっちゃけちゃってもいいのかなぁ~…」

 

 いつもは思った事が脳を通さずに口から出るチエルにしては珍しく、発言することを渋っている。

 もしかしたら明日は雪でも降るのかもしれない。

 路面の凍結に注意をしよう。

 

「っていうか、意外と驚いてないんですね。ISを動かせる二人目の男子登場なのに」

「いや…驚くも何も…」

「こんなにも短期間で二人目が出た時点で絶対に普通じゃない。そこには必ず何か裏事情があるに決まっている。だから、そんなのは微塵も驚くに値しない」

「うーん…流石はクロエ先輩とユニ先輩…この程度じゃ動じたりしないか」

「そういうチエルもそこまで驚いてないっぽいジャン」

「チエルも二人と同じ事はすぐに思いましたからねぇ~。でも、問題はそこじゃないんですよ」

「じゃあどこよ?」

 

 お昼ごはんであるハウル定食(ベーコンと目玉焼きとフランスパンのセット)を食べながらクロエが尋ねる。

 パンに染みた黄身が最高に美味そうだ。

 

「二人とも、もうフランスから来たセカンド男子の姿って見ました?」

「いいや。それがどうかしたのかね?」

「回りくどい言い方って好きじゃないからストレートに言っちゃいますけど…」

 

 ナプキンで口を拭きながら、チエルは重々しい顔で言い放った。

 

「あの子…何処からどう見ても、お粗末な男装をした女の子にしか見えないんですよね…」

「マジか」

 

 驚いているようで、実際には『やっぱりか』的な顔をしている先輩二人。

 ソレ系の事は頭の中で予想出来ていたようだ。

 

「その疑惑の転入生は今どこにいるんだい?」

「屋上で織斑君御一行様と一緒にお昼を食べてます」

「あぁ…あのハーレムか。ウチらが言えた義理じゃないけど、よくもまぁ飽きないもんだわ。感心するね」

 

 なかよし部に限って言えば、色んな意味で暇をする事は無いだろう。

 寧ろ、暇をする暇を与えて貰えない。

 

「どーして、あんなにも超簡素な変装を皆は見破れないのか、チエル的にマジで理解出来ないんですけど。っていうか、まず怪しいって思わないんですかね?」

「まぁまぁ…落ち着きたまえよチエル君。彼女達は所詮『素人』の集団だ。しかも、思い込みが激しい年代でもある。まず疑うと言うこと自体を知らないんだろうさ」

「それもそれで大問題だとは思うけど」

 

 チエルの話を聞き、自分の顎に手を当てながら考え込むユニ。

 その顔は僅かに笑みを浮かべていた。

 

「変装疑惑のあるフランスからの転入生…か。面白そうじゃあないか。ボクも実際に顔を見てみたくなってきたな」

「そういや、その転入生ってどんな名前なワケ?」

「確かー…『シャルル・デュノア』って名前でした。…あ」

「「デュノア…」」

 

 その名が出た瞬間、三人の中にあった疑惑が限りなく確信に近くなった。

 

「変装疑惑があるフランスから来たデュノア性の男子…か」

「もう殆どブラックに近いグレーじゃんよ。つーか、チエルのクラスって候補生いたっしょ? そいつは見抜けなかったん?」

「普通にスルーしてましたねー。あのお嬢様の目はタピオカで出来てるんでしょうか?」

「どうしてそこでタピオカになる?」

 

 現在、シャルル・デュノアの存在に疑問を抱いているのはなかよし部の三人だけ…ではなかった。

 

「やっぱり、クロエちゃん達も気になる?」

「げ」

「「あ」」

 

 彼女達の話を後ろで聞いていたのは、生徒会長にしてロシア代表でありクロエのクラスメイトであり『黒江花子非公式ファンクラブ会長』の更識楯無だった。

 因みにファンクラブ会長にはつい最近になって就任した。

 

「聞いてたのかよ…」

「聞いてたってよりは、近くを通ったら聞こえてきたっていう方が正しいわね」

 

 なにやら言い訳をすると、断りも入れずにいきなりクロエの隣に座って来た。

 本人は非常に大満足そうである。

 

「実は生徒会の方でもね、あの子の事は怪しいと思っていたのよ」

「そうなのか。君はその転入生の顔写真を持ってたりはしないのか?」

「念の為に自分のスマホに写してあるわよ。見る?」

「「見る」」

 

 楯無がスマホを操作して写真を出してから、二人に見えるように体を伸ばす。

 それを見た途端、ユニとクロエはジト目になってボソッと呟いた。

 

「女やん」

「女だね」

「女ですよね~?」

 

 確かに制服自体は男子の物を着てはいるが、首から上は完全に少女だった。

 これを『男だ』と言い張るのは流石に難しい。

 

「楯無。アンタの事だから、もう既に『シャルル・デュノア』って人間がフランスに実在するのかもう調べてあるんじゃねーの?」

「流石は私のクロエちゃんね。こっちの行動をちゃんと分かってるんだから」

「変な事を言うなし。単に腐れ縁なだけだから」

 

 実はクロエと楯無とは一年生の頃からの仲だったりする。

 その頃から既に楯無はクロエにゾッコンだった。

 

「クロエちゃんの言う通り、こっちの方でもう既に彼…いや、彼女の素性について調べてあるわ」

「結果は?」

「大当たり。デュノア家には『シャルル』なんて名前の男の子は存在しなかった。遠縁や隠し子まで調べたから間違いわ。その代り、全く同じ顔の女の子ならいたけど」

 

 スマホの写真を切り替え、別の写真を写しだす。

 そこにはにこやかな笑顔を浮かべた金髪の少女がいた。

 

「彼女の名前は『シャルロット・デュノア』。デュノア社の現社長である『アルベール・デュノア』の娘らしいわ」

「つーか…まんまジャン。隠す気ゼロじゃん」

「変装を舐めてるとしか思えませんね~」

 

 呆れてモノも言えないクロエとチエルを余所に、ユニは一人で何かを考えていた。

 

「もし本当に彼女が男装をしてまで潜り込んだのならば…その目的は…」

「まず間違いなく織斑一夏君でしょうね。専用機の強奪か、もしくは彼の遺伝子情報を持ち帰る事か。一番なのは、その両方なんでしょうけど」

 

 専用機の強奪は限りなく不可能に近いが、その内部にあるデータの抽出だけならばやれない事は無い。

 遺伝情報の採取も、髪の毛の一本や、ほんの少しの唾液さえ入手できれば事足りる。

 

「同じ男子と言う名目ならば近づきやすいし、彼の油断も誘いやすい…」

「それは十分に有り得ますねー。実際、織斑君って警戒心が全く無いですから。自分の立場を全く正しく認識してないって感じで」

「その辺の意識改革は後でどうとでもなるっしょ。問題は、その男装女をどうするかじゃね?」

 

 クロエが皆に答えを促すように訴えかけるが、もう結論は決まっているようなものだった。

 

「…よし。今日の放課後のなかよし部の活動は、このシャルル・デュノアの調査にする。目標の行動を事細かに観察するんだ」

「「さんせー」」

 

 本日の活動内容が決定したが、そこに楯無が小さく挙手をする。

 

「あのー…出来れば私も参加させて貰えないかしら? 生徒会長として、このまま看過は出来ないのよね」

「尤もな意見だ。いいだろう。なかよし部部長として、特別に更識楯無くんを臨時部員として迎えようではないか」

「ありがとう。足だけは引っ張らないように心掛けるわ」

 

 こうして、なかよし部は謎多き転入生『シャルル・デュノア』の調査を開始するのであった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 放課後になり、すぐに私を含めたなかよし部はシャルル・デュノアの調査を開始した。

 まずは一年一組の教室前まで行き、廊下から様子を伺う事に。

 未だに一組の廊下には織斑一夏君目当ての女子達がたむろしている上に、今日はそこから更にシャルル・デュノア目当ての女子達も増えたので、それに紛れてしまえば容易に姿を隠すことは可能だ。

 

「デュノア社と言えば、量産型ISのシェアが世界第三位であり、あの『ラファール・リヴァイヴ』を開発した会社として非常に有名だが、未だに第三世代機の開発に成功していないということもあり最近では業績も株価も急降下し始め絶賛大ピンチ中だと聞いている。そのせいか、フランスは欧州連合の統合防衛計画『イグニッション・プラン』からも除外されてしまっている。故に、デュノア社だけに限らずフランスのIS関連の企業の全てが少しでも高性能な第三世代機を開発することに躍起になっているのが現状だ。そう言った意味で言えば、デュノア社はまさに崖っぷちな状況とも言えるかもしれないな」

「…え? いきなりどしたのパイセン。急に長々とした説明なんかしちゃって」

「そんなの、チエル達はとっくの昔から知ってますよぉ~?」

「気にしないでくれ。単にここから読み始めた読者諸君に対するボクなりの親切心だ」

 

 なんだろう…これに対してだけは絶対にツッコんではいけないような気がする…。

 

「ねぇ…クロエちゃん。実際に本人を見てどう思った?」

「写真以上に『まんま』って感じ。胸とかはコルセットとかして誤魔化してるっぽいけど、それでも相当に無理がある。全体的な体の線とかが全く隠し切れてねーし。良く見てみ。腰とかめっちゃ括れてるから」

 

 本当に見事な観察眼だわ…クロエちゃん。

 私と全くの同意見だなんて。

 

「あ…こっちに来ますよ? どうします? 隠れます?」

「いや…変に隠れたら却って怪しい。ここは敢えて人込みに紛れよう」

 

 ナイス判断よ、ユニちゃん先輩。

 伊達に学園一の秀才の異名は持ってないわね。

 

「「「「…………」」」」

 

 静かにしながら彼女の動向を探ることに。

 どうやら、一人で何処かへと向かうようだけど…。

 

「あっちって確か…」

「トイレがある方向じゃね?」

「それ自体は別に変な事じゃないけど…」

「試しに後を付けてみます?」

 

 チエルちゃんの提案により、私達は彼女の尾行をする事に。

 私は当然だけど、なかよし部の皆も見事なまでの気配の消し方で、前を歩いているシャルル・デュノアは全く気が付いていない。

 

「あ…男子トイレに入って行った」

「入り口付近まで近づいてみるか…?」

 

 足音を消して出入り口まで接近すると、彼女の姿が見えなくなっていた。

 逃げられたかと一瞬だけ思ったが、良く観察すると腰のドアの下にある僅かな隙間から足が見えたので、彼女が単純に個室に入っただけだったことが分かる。

 

 ここからどうしようか思案していると、ユニちゃん先輩が人差し指を口に当てながら耳を澄ませる。

 成る程、流石に中へは入れないから、その代わりにここから声とかが聞こえないか試してみようってことね。

 誰もいないトイレの個室の中なら、不意に本心を零してしまう可能性もあるしね。

 

 呼吸の音すらも可能な限り軽減させ、自分の耳に全神経を集中させる。

 すると、不意に個室から小さな声が聞こえてきた。

 

「はぁ…どうして、こんな事になっちゃったのかな…。皆を騙して…ここから更に皆の親切を裏切るような真似までしなくちゃいけないだなんて…」

 

 これは…私達の仮説が正しいという証拠になり得る証言ね…!

 ユニちゃん先輩がちゃっかりと自分のスマホで録音もしてくれてるし。

 

「ゴメン…ゴメンよ…一夏…でも…こうしないと僕は…」

 

 そこまで聞いてから、私達は来た時と同様に足音を殺して、その場を後にした。

 これ以上は聞くに堪えなかったから…。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 ある程度の証言を得た私達は、なかよし部の部室へと戻って来ていた。

 

「どうやら、彼女が織斑一夏を狙って潜り込んだのは間違いないようだが…」

「自分の意志でやってないっぽくね? あれ明らかに誰かから命令されてるっしょ」

「その場合、やっぱり社長…つまり、実の父親から命じられてるんですかね?」

「かもしれないわね」

 

 さっきの言葉だけを聞くと、彼女もある意味で被害者だ。

 だが、だからと言って性別詐称をした事実は変わらない。

 

「もうちょっと色々と調べてみないといけないかしらね…」

「なら、そっち方面は君に任せよう」

「と言うと?」

「こっちはこっちでやりたい事がある。具体的に言うと、実際に彼女と話してみたい。接触することでしか得られない情報もある筈だ」

 

 一理あるわね…。

 傍から見ているだけじゃ進展は望めない…か。

 

「チエル君。どうにかして彼女を誘えないだろうか?」

「うーん…出来なくはないかもですねー。今の時期だからこそ出来る誘い方もありますから」

「なら頼む。シャルル・デュノアがどのような人物なのか。まずはそこを見極めなければな…」

 

 別の意味で不安もあるけど…この三人が優秀なことは事実だしね。

 私は私がするべき事に専念して、ここは彼女達に任せましょうか。

 

 さて…これが吉と出るか。凶と出るか…。

 

 

 

 

 

 



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番外編① なかよし部の大掃除

今年最後の投稿。

これが一番書きやすかったのは内緒。










「それでは、今日の活動はここまで。解散」

 

 はぁ…今日もやっと部活が終わったか…。

 半ば、なし崩し的に顧問をする羽目になったとはいえ、最近はこいつらのノリにも少しだけ着いて行けるようになってきたな。

 果たして、それが良いことなのかどうかは分からないが。

 

「……と、いつもならば言っている所なのだが、今日は皆で居残ってやらなければいけない事がある」

 

 やらなければいけない事だと?

 いつもは真っ先に寮の部屋へと帰る真宮寺にしては珍しいな。

 

「それは一体なんなんですかぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 風間。無駄に声がデカい。

 あと、テンションも高すぎだ。

 

「はぁ…面倒くさいことじゃなけりゃいいんだけど」

 

 それに関しては激しく同意だが、だったら大人しく陸上部の方に行けばよかったんじゃないのか黒江?

 

「今から、部室の掃除をやろうと思う」

「ほぅ…? 部室の掃除か。いいんじゃあないか?」

 

 普段から使っている以上、定期的に掃除をして清潔を保つ事は良いことだ。

 …私が言っても説得力なんて皆無だろうが。

 

「諸君も知っての通り、もうすぐ二学期が終了し冬休みへと突入する。年の瀬に大掃除をして綺麗な状態で新年を迎えなければいけないのは自分の部屋や実家だけではなく、部室もまた同様だと考えた」

 

 ふむ…確かにその通りだ。

 休みの間は基本的に校舎内への出入りは禁じられているから、掃除をするタイミングを設けるとすれば今しかないか…。

 

「因みに現在、我々の部室は校舎を取り囲むような形の三ヵ所に点在している」

「なんで三つもあるっ!?」

 

 ん…? ちょっと待てよ?

 

「おい真行寺! 私達が今いる場所は『部室』ではないのかッ!?」

「何を言っているんだ織斑教諭。我々が今いる場所はあくまで『会議室』であって『部室』ではないぞ」

「だ…だが、これまでにこの場所を『部室』と言っていた事があるような気が…」

「それは単に作者が間違えて書いてしまっただけじゃないんですかぁ?」

「誤字ぐらい、世の中には腐るほどあるんだから、今更それぐらいでピーピー言ってちゃダメっすよ」

「えぇ~…」

 

 これ…私が悪いのか…?

 

「余談だが、この三つの部室を線で繋ぐと校舎を囲む正三角形が完成したりする」

「一体何の結界だ」

 

 そう言えば…私はまだこの『なかよし部』に関して知らない事が多いな…。

 これを機に、少しでもこいつらの事を知った方がいいのかもしれない。

 

「そもそも、どうして部室が三つもあるんだ。まずはそこを説明しろ」

「ふむ…いいだろう。織斑教諭が驚くのも無理ないことだしな」

 

 私でなくとも誰だって驚くと思うが…。

 

「現代社会に於いて、個々のプライバシーとは最も配慮されるべき項目の一つだ。この『なかよし部』は、それをどこよりもいち早く取り入れたにすぎないのだよ」

「ま…まぁ…確かにプライバシーの保護は大切だが…」

「いつの日かきっと訪れる事だろう…一人一部室の時代が」

 

 来てたまるか。

 維持費だけでも膨大な額になるわ。

 

「部室の掃除かぁ~…そういえば、割り当てられてから半年ぐらい経ちますけど、まだ一度もやった事がありませんでしたねぇ~」

「そうだったのかっ!?」

 

 それはそれでまた問題があるような気が…。

 いや、だからこそ今、掃除をするのか。

 

「んじゃ、取り敢えずは近場から始めますかね…っと」

「黒江? 陸上部の方は良いのか?」

「別に。ただ……」

「ただ? どうした?」

「なんか無性に掃除がしたい衝動に駆られたっつーか」

 

 こいつ…他人の言葉に影響され過ぎだろ。

 将来、黒江が詐欺とかに引っかからないか心配になってきた。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 ということで、私達は校舎の外へと出てから三カ所ある部室を一つずつ回っていくことになった。

 

「それでは、まずはここから始める」

 

 …見た感じは、どこにでもある普通の小屋のようだが…。

 

「これは誰の部室なんだ?」

 

 我ながら、凄い日本語を使ってるな…。

 こんな質問、私以外に誰もしないんじゃあないか?

 

「主にボクが使っているよ」

「ということは、ここは真行寺の部室になる訳か」

「そうなるな。ま、遠慮なく入ってくれたまえ」

 

 そう言いながら扉を開くと、そこには驚きの光景が広がっていた。

 

「……秘密基地?」

 

 室内には巨大なパソコンが隙間なく敷き詰められていて、三方の壁には沢山のディスプレイが設置してあり、更に床には植物の根のように数多くのコードが転がっていた。

 どことなく、束の部屋を彷彿とさせるな…。

 

「凄く近未来的な部室ですねー!」

「結構カッコいいじゃん」

「感想はそれだけでいいのかッ!?」

 

 他にも言うべき事は山のようにあるだろうがッ!?

 どうして一文だけで終わってしまうんだっ!?

 

「どうして部室内にこんな物があるんだっ!?」

「この部室が土地、位置、方位。その全てにおいてボクの仕事道具である機械類を置くのに相応していただけだよ」

 

 風水的な事は本気でどうでもいい。

 

「けど、こんなに機械ばっかりじゃ掃除なんてしたくても出来ないんじゃあないんですかぁ?」

「あれ? なんかメールが来てるっぽいんだけど?」

「なんだって?」

 

 黒江に指摘され、急いでメールの内容を確認する真行寺。

 何故かメールは英語で書かれていて、その内容は全く分からなかった。

 

「ふっ…そういうことか」

「どうしたんだ?」

「どうやら、このボクが学会で発表した論文が高く評価されたようだ」

「学会ッ!? 論文ッ!?」

 

 一体いつの間にそんな事をして、そんな場所に行っていたッ!?

 私は全く預かり知らない事だぞっ!?

 

「来年から忙しくなりそうだ。今から非常に楽しみだよ」

「そ…そうか…」

 

 普段から部屋に引き篭もってばかりの真行寺が嬉しそうに笑っているから…いいのか…?

 

「近々、ここで今後についての簡単な会議を開きたいとも書いてあった」

「学者仲間全員を学園に集合させる気かッ!?」

 

 しれっと、とんでもないことをカミングアウトしたぞコイツ!

 

「それでは、次の部室へと向かうとしよう」

 

 し…暫くは真行寺の行動に警戒が必要だな…。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 二つ目の部室。

 そこには部屋いっぱいにアイドルのグッズや可愛らしいぬいぐるみ、美少女フィギュアなどが所狭しと飾ってあった。

 

「あー……風間?」

「なんですかぁ?」

「一体何だ、この頭が痛くなりそうな部室は」

「まだ何も言ってないのにチエルの部室だって、よく見抜きましたね。さっすが織斑センセーですね!」

「というか、僅か五畳半で冒険するな」

 

 ある意味、さっきのよりもインパクトはあるぞ…。

 本当に何なんだこの部屋は…。

 部室ってよりは、完全に趣味の部屋と化してるじゃあないか。

 

「折角ですし、皆でお茶でもどうですか?」

 

 そう言うと、風間はテーブルの上にあった小さいベルを鳴らした。

 次の瞬間、ドアを開けて一人のメイドが入ってきた。

 

「お嬢様~! お呼びですかぁ~!?」

「誰だ――――――――――――!?」

 

 ウチの学園の生徒…じゃないよな…?

 歳はこいつ等と同じぐらいみたいだが…こんな顔は見た事が無い。

 

「紹介しますね。ウチの家に仕えているメイドの『天野雀』ちゃんです」

「は…初めまして! あ…天野雀です! 部室専属メイドをやってます!」

「初めまして…」

 

 生まれて初めて聞く職種なんだが…。

 

「スズメくん。元気そうで何よりだ」

「この間は世話になったね。サンキュ」

「お前ら、この子と顔見知りなのかッ!?」

 

 い…いや、同じ企業に属している以上、知り合いであるのは当たり前か…。

 だとしても普通に驚くが。

 

「それにしても…凄いグッズの数々だな。これ全部、お前の物なのか…?」

「そうですねー。チエル自身が熱狂的なアイドルオタクってのもあるんですけど、それ以外の物はー…ふと視界に入れちゃうとつい買っちゃうんですよね。テヘチェルリンコ♡」

 

 ブルジョアにしか言えない台詞だな…。

 やってる事は完全に収集癖のある変態だが。

 

「わ…私がいつもここにいて、2時間に一回のペースでお掃除してます!」

「勝手に学園内で寝泊まりしないでくれ…」

 

 これ…学園長になんて説明すればいいんだ…?

 考えるだけで胃が痛くなってくる…。

 

「どうやらチエルくんの部室も掃除の必要が無いようだな」

 

 メイドさんが逐一、掃除してくれてるからな…無断で。

 

「それでは、次はクロエくんの部室へと向かおう」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 三ヵ所目の部室前まで行くと、急に黒江が我々を静止させた。

 

「あ…ゴメンだけど、ちょっとここで待ってて。散らかってるかもだから、せめて足の踏み場があるぐらいには簡単に片すから」

「了解した」

 

 黒江の部室はそんなにも汚れているのか?

 もしや、私と同類なのか?

 

 ゴソゴソとした音が少し聞こえた後に、扉が開かれて黒江が顔を出した。

 

「どーぞ。入ってもいいよ」

「では…失礼する」

 

 中へと入ると、そこにあったのは大量の段ボールの山と、小さなテーブルの上にある折鶴と作りかけの造花だった。

 

「…まさか…内職か?」

「ウチはお世辞にも裕福とは言い難いんで。企業所属のIS操縦者として、かなりの給料を貰っているとはいえ、少しでも家に入れる金は多い方が良いから。本当は外で掛け持ちのバイトが出来ればいいんだけど、流石にそれは不可能だから。せめて内職ぐらいは出来ないかなって思って」

 

 さっきまでとは違って急に話が重くなったんだがッ!?

 私も顧問として黒江の家庭事情は把握していたつもりだが、想像以上に深刻だったのかもしれない…。

 

「黒江。お前の気持ちは痛いほどよく分かる。何か困った事があれば、なんでも言ってこい。いつでも相談に乗ってやる」

「ん…あんがと。織斑先生…」

 

 普段の様子からは全く想像が出来ない程に苦労をしているんだな…。

 私も何か手伝えればいいのだが…。

 

「因みに、よく暇潰しにチエル達も内職の手伝いなんかをしてるんですよ。ねー?」

「うむ。時には頭を空っぽにして地道な作業をするのも悪くは無い。研究が行き詰った時などは特にな」

 

 ふっ…どうやら、私の心配は無用のようだったな。

 色々とありつつも、こいつらはこいつらなりの絆で結ばれている。

 そこに割り込むのは野暮というものか。

 

「けど、今のこの部屋を片付けられたら、ちょっち困るんだけど」

「確かにそうですよねぇ~」

「仕方がないな。では…」

 

 …あれ? 私達は何の為になかよし部の部室巡りをしていたんだったか?

 年末の大掃除をする為だったような気が…。

 

「今日の延長活動はここまで。解散!」

 

 結局、何がしたかったんだ…?

 三人の知らない一面を知れたのは、顧問として素直に嬉しかったが…。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 なかよし部から解放され職員室へと戻っている途中、廊下で女子達が何やら困っている光景に出くわした。

 

「ここも電波が入らない。マジでどーなってんの?」

「意味分んないよねー」

 

 電波が入らない…だと?

 そんな事は無い筈だが…。

 

「おい、お前達。一体どうした?」

「あ…織斑先生。実は…」

「なんでかスマホに電波が入らなくって…」

「そうなのか?」

 

 試しに自分のスマホでも確かめてみると、確かに『圏外』と表示されていた。

 

「いつから、こんな感じなんだ?」

「えっとー…半年ぐらい前からだったような気がします」

「その頃からだよね。校舎の中だけ圏外になるの」

 

 3つの部室を結ぶ結界の効果が判明した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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なかよし部とツチノコ

 いつもと変わらぬ放課後。

 今日も今日とて俺はアリーナにて皆と一緒にISの練習をしようと考えていた。

 箒やセシリア、鈴と周りは女子ばかりの環境だったが…今は違う!

 なんたって、俺には同性の友人であるシャルルがいるんだからな!

 それじゃ、シャルルを誘って一緒に……あれ?

 シャルルの机の近くにいるのって、もしかして……。

 

「デュノアく~ん! ちょ~っとだけいいですかぁ~?」

「えっと…風間さん…だよね? どうしたの?」

 

 まさかの組み合わせ。

 風間さん自身は誰とでも積極的に話しかける子だから、別に一緒にいること自体は不思議なことではない。

 

「デュノア君って、もう部活とかって決めてますぅ~?」

「部活?」

「そう! このIS学園には摩訶不思議な『部活必修』の校則なるものが存在していて、全ての生徒は例外なく何らかの部活に入っていないといけないんですよ」

「へぇ~…そうなんだね」

 

 風間さんの言う通り、なんでかIS学園は全校生徒に部活の入部を勧めている。

 この意図が未だに良く理解してないんだよなぁ…。

 にしても部活か…風間さんが部活の話をしている時点で嫌な予感しかしないのは俺だけかもしれない。

 

「よかったらぁ~…チエルの所属している部活の見学とかしてみませんか?」

「風間さんの部の見学?」

 

 嫌な予感がまさかの大的中~!!

 よりにもよって『なかよし部』の見学とか、絶対に碌な事にならね~!

 たった一度だけとはいえ、その活動を経験した俺が言うんだから間違いない!

 

「別に入部をしろなんて言うつもりはありませんから。まずは見学から初めて『IS学園の部活』ってのを体験して貰えれば十分なんで!」

「そう…だね。そこまで言うのなら、少しだけお邪魔させて貰おうかな?」

「やった~! それじゃ早速行きましょ~! 善は急げって言いますしね!」

「ちょ…ちょっと?」

 

 あ…俺が止める間もなくシャルルが風間さんによって連行されてしまった…。

 けど、なんか風間さんに逆らうのって怖いんだよなぁ…。

 

「どうした一夏?」

「何かあったんですの?」

「早く行きましょうよ」

「お…おう…そうだな…」

 

 ゴメン…シャルル…!

 無事に戻ってきたら、なんか美味い物でも御馳走するからな…!

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 突然だけど、僕は山が好きだ。

 故郷のフランスにいた頃は、よく母さんと一緒に家の近くにある小さな山に散歩に出かけていた。

 それだけじゃあなく、山というのは神秘的な場所でもあるし、緑が多くて都会の喧騒から一時的とはいえ離れられる所が良いんだよね。

 

 そんな癒しと思い出の詰まった空間だからこそ……。

 

 

 

「これより屋外活動を開始する」

 

 

 

 プライベートで来たかったなぁ~…。

 

 同じクラスの風間さんに連れられ、気が付いた時には僕は何処かの山の中へと到着していた。

 …ここに来るまでの間の記憶が全く無いんだけど…なんで?

 

 はぁ…風間さんはデュノア社に匹敵する程の大会社の社長令嬢だから、接触しておいて損は無いと思って付き合ったけど…拙かったかな…?

 

「ねぇ…あの子達…あんな場所で何をしてるのかしら?」

「さぁ…分かんない」

 

 それはこっちの台詞だよ。登山しているお姉さんたち。

 

 そもそも、どうして山の中にわざわざ人数分のパイプ椅子やホワイトボード、教壇なんかを持って来てるのさっ!?

 いや…それ以前にどうやって持ってきたの!?

 

(あの前に立っている真行寺由仁って子が部長…なんだよね? パッと見は小さな女の子だけど、リボンの色を見る限りは三年生…みたいだけど…)

 

 一応、この人達と出会った時に簡単な自己紹介はして貰った。

 この部は基本的に部員三名と顧問一名で構成されているらしく、あの真行寺先輩(本人からはユニちゃん先輩と呼べって言われた)と、僕の隣にいる凛々しい顔をした二年生の黒江花子先輩(絶対に名字で呼ぶように念を押された)と、僕を此処まで連れて来た風間さん。

 そして、まさかの顧問だった織斑先生。

 今日は用事があって来れてないらしいけど…。

 

(なんというか…個性的過ぎる三人組だなぁ…)

 

 学年がバラバラな三人組の部活って、それだけで希少価値が高いような気がする。

 『なかよし部』って名前も独特だし…。

 

「本日の議題はズバリ『ツチノコ』である」

「ツチノコ…? なんか聞いたことがあるかも。昔、日本で凄くブームになってたってネットにあったような気が…。どうして、そんなのを今になって?」

「うむ。もっとな疑問だ。説明しよう」

 

 あ…ちゃんと教えてはくれるんだ。

 

「確かに流行自体は廃れてしまったが、今でもまだツチノコに己の夢を追い求め、山々を駆け巡っている熱き血潮を秘めた誇り高き狩人(ハンター)達が存在している」

 

 へー…そうなんだ。

 としか今の僕には言えない。

 

「その情熱(パッション)を今こそ我々、若き世代が継承する時がやって来た」

「意味不明な時代を勝手に到来させないで貰えません?」

 

 最初からよく話の内容が理解出来ないんだけど…。

 なんか頭が痛くなってきた…。

 

「なんか面白そうじゃん?」

「よぉ~し! いいツチノコを取っちゃうぞ~! お~!」

 

 ツチノコに良いも悪いも…。

 どうして、そんなにもテンションが高いの? 山にいるから?

 

「あの~…ちょっといいですか?」

「なにかな? 臨時部員のシャルルくん」

 

 あ…なんか名前覚えられた。

 

「ツチノコって『ネッシー』や『ビッグフット』と同じような『幻の生物』なんですよね? どうして、そんなのがいるって断言出来るんですか?」

 

 まさか、自分からこんな話をする日が来るとは思わなかった。

 本当は、こんな事をしている場合じゃないって分かってるんだけどな…。

 

「全国でも有数のツチノコドリーマーである山本氏の目撃談が存在している。これは、そのエッセイだ。税込830円。絶賛発売中」

「知らないですから! あと、何気に本の宣伝をしないでください!」

 

 っていうか、ツチノコドリーマーって何ッ!?

 そんな職業なんて初めて聞いたんですけどっ!?

 

「嘗てはツチノコの捕獲に2億円の懸賞金を掛けた市町村もあったと聞いている」

「に…2億円っ!?」

 

 さ…流石は日本…スケールが大き過ぎる…!

 幻とはいえ、動物の捕獲の為だけに大金を注ぎ込めるだなんて…!

 

「夢の力って凄いですよねぇ~。億単位のお金がバ~って動くんですからぁ~!」

「その言い方だと印象最悪だよ風間さん」

 

 それにしても…幻の生物かぁ~…。

 よく僕も母さんと一緒にテレビを見てて、チュパカブラやネッシーの特集の番組を見てワクワクしてたっけ…。

 本当にこの山にツチノコがいるのかどうかは分からないけど、気分転換には良いかもしれないな…。

 

「それじゃあ早速、捕獲に向かうのだが…」

 

 ん? どうかしたのかな?

 

「クロエくん。前にツチノコを目撃した場所へと我々を案内してくれないか?」

「おっす。りょーか~い」

「嘘でしょっ!?」

 

 まさかの目撃者が目の前にっ!?

 こんな事って有り得るのッ!?

 

「ク…クロエ先輩っ!? 本当にこの山でツチノコを見つけたんですかッ!?」

「うん。前に散歩して偶然通りかかった時にね」

 

 そのシチュエーションには疑問しかないけど。

 

「あの~…ちょっといいですかぁ~? チエル、ツチノコの詳しい姿って知らないんですけどぉ~」

「え? そうなの?」

 

 姿もよく知らないのに探そうとしてなんだ…。

 ある意味で凄い集団だ…。

 

「そういえば、ボクも詳しい形状は知りかねるな」

「んじゃ、ウチが説明するわ」

「イメージを固める為に、クロエ先輩の情報を参考にチエルがイラストを描いてみますね」

 

 へぇ~…風間さんって絵が上手なんだ。

 なんか羨ましいなぁ…。

 

「まず、頭が三角になってて…」

「ふむふむ」

「胴幅が太くて、鱗かどうかは分かんないけど、網目状の模様に…」

「成る程、成る程…」

「チョロリって感じで尻尾みたいのが付いてた」

「なるほど~…」

 

 完成したのかな?

 僕もちょっと見てみよう。

 

「こうですね! なんか熱々で美味しそうになっちゃったけど! まぁよし!」

「絶対に違う!!」

 

 それってアレだよねっ!?

 イカを串に刺して焼いた奴だよねッ!?

 完全に食べ物だよねッ!?

 

「これが蛇行せずに直進して、時には高く跳躍したりするのか」

「普通に怖いよ!」

 

 頭の中で想像しただけで軽いホラーだよ!

 どう考えてもおかしいから!

 

「クロエ先輩! 絶対に違いますよねッ!? こんなんじゃないですよねッ!?」

「うーん…実際に絵にしたら、こんな感じだったかもしれない…」

「有り得ないから!! これ完全にイカ焼きですから!!」

 

 寧ろ、海の幸であるイカ焼きが山にある方がレアだから!!

 逆にツチノコよりも見てみたい気がするよ!

 

「それでは、この絵の参考にしながら捜索を開始する」

「「了解!」」

 

 って…基本的に僕の反論は無視なのね…。

 早くもドッと疲れた…。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 四人で山の奥を進むこと十数分。

 未だにツチノコは愚か、生き物すら見つけられていない。

 

「この付近が目撃現場になるのか」

「うん。こんな風にウチが歩いてたら…」

「歩いてたら?」

「あそこの草むらにツチノコっぽいのが入っていくのが見えて…ん?」

 

 なんだろう…今、クロエ先輩が指さした草むらが動いたような気が…?

 

「「「「あ」」」」

 

 な…なんだろう…小さくて太い蛇っぽい尻尾が見えて、それが草むらに隠れたような気が…。

 

「あ…あの…今のってまさか…?」

「うむ。あの動き…ツチノコである可能性が非常に高いな」

 

 ほ…本当にいた…!?

 信じられない…流石は神秘の国…ニッポン!

 

「うっし。取り敢えず追いかけようや」

「ですね! …ん?」

 

 なんか真横の草むらがガサガサしてる…?

 何かいるのかな?

 

「グオォォォォォォォォォッ!!!」

「く…熊ァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!??」

 

 よ…よりにもよって山の中で最も出会いたくない動物が来たぁぁぁぁぁっ!?

 

「ハイキングコースから外れると、偶にこの辺に出没するみたいですねー。ここに『危険! クマ出現注意!』って看板が立てられてます」

 

 なんでそんなに冷静なの風間さんッ!?

 うっ…熊に凄く睨まれてる…!

 

(お…落ち着くんだ僕…! こんな時こそ、代表候補生として冷静に落ち着いて対処をして…)

「こういう時こそ、冷静に皆で話し合って対処法を考えるべきだろう」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!??」

 

 またイスと机とホワイトボードを持って来てるし――――――!?

 こんな状況で話し合いとか、どう考えてもおかしいから――――――!!

 

「もしも山の中で大型の野生動物に遭遇してしまった場合、食料が入った荷物等があれば相手を刺激しないように心掛けながら投擲し…」

 

 そう言いながらユニ先輩が、どこからかリンゴを取り出してきた。

 齧った跡がある…おやつだったのかな?

 

「彼らがそれらに気を取られている隙に背を向けずに逃げる!」

「あ」

 

 思いっ切りリンゴを熊の顔面にぶつけた――――!?

 腕力があんまりなかったのか、全く痛そうにはしてないけど。

 

「ウガァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」

「熊に命中させてどーするんですかっ!?」

「目の前に丁度いい的があれば、自然と狙ってしまうのは人間としての性と言えるだろう」

「言えませんよ!!」

 

 なんて言ってる間にも熊はさっき以上に怒り心頭って感じで牙を見せながら威嚇をしてくる。

 こうなったら緊急時って事でISを展開して…!

 

「うおりゃぁっ!!」

「えぇぇぇっ!?」

 

 ク…クロエ先輩が熊目掛けて体当たりをしたぁっ!?

 

「よしてくださいクロエ先輩! 危険です!!」

「心配しなくてもダイジョーブ。こう見えてもウチ…ガキの頃はよく熊を相手に喧嘩の練習とかしてたもんだからさ」

「アナタ本当に人間ですかッ!?」

 

 普通の女の子は熊相手に喧嘩の練習とかしないから!!

 

「熊さん。チエルの奏でる音色で安らぎに満たされて…」

「どこから出したの? そのバイオリン…」

 

 風間さんが山にバイオリンを持って来ている事にツッコむべきか。

 それとも、この状況をバイオリンでどうにか出来ると思っている風間さんにツッコむべきか…。

 

「別に悪意があって君の居住区へと侵入したわけではない。君だってもう、ちゃんと分別のできる年齢だろう? ここは是非とも穏便に収めてくれないだろうか」

  

 ユニちゃん先輩がなんか急に熊を言葉で説得し始めた!

 リンゴをぶつけた張本人なのに!

 

「…………」

 

 あ…熊が無言で山の奥へと去って行った。

 今ので説得されちゃったんだ…。

 

「やれやれ…取り敢えずはなんとかなった感じ?」

「これも全部、チエル達が力を合わせたお蔭ですね!」

「うむ。例えいかなる困難が待ち構えていようとも、団結の前では無力と化す。今回は本当に色々と…学ばせて貰ったな…」

 

 なんだろう…急に良い雰囲気…というか、終わりっぽい空気になったような気が…まさかね?

 

「本日の活動はこれまで。解散!」

 

 本当に終わった!? っていうか……

 ツチノコは―――――――――――――――――――――!!!???

 

 はぁ…結局、彼女達は一体何がしたかったのさ…・

 本当に意味が分からないよ…。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 次の日。

 僕はまたもや『なかよし部』に連行された。

 

「今回は、もう殆ど風化しつつある『人面犬』を捜索する!」

「「了解!」」

「ではチエル君。発見現場へと案内してくれたまえ」

「はーい!」

 

 君達の存在の方が遥かに珍妙だよ…。

 

 余談だけど、あれから熊が人前に姿を現す事は無くなったらしい。

 完全になかよし部のせいで人間に対して恐怖心を抱いてるよ…。

 

 

 

 

 



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なかよし部の報告会

 今日のなかよし部は、個人用部室や話し合いをしている部屋ではなく、珍しく生徒会室に集まっていた。

 その理由は、少し前から調査をしていた疑惑だらけのフランスからの転入生『シャルル・デュノア』に関する報告会をする為である。

 

「ってなわけで、こうして三人には生徒会室に集まって貰ったんだけど…」

「生徒会長してる楯無を見るとか、かなり新鮮なんですケド」

「んもぉ~♡ クロエちゃんったらぁ~…褒めても何にも出ないわよ?」

「別に褒めてねぇし…」

 

 早速のボケ炸裂。

 いつもはボケ側のクロエも、楯無の前ではツッコミに回ってしまう。

 それを本気で嫌がっていない辺り、二人の関係性も分かるというもの。

 

「こうして教室や部屋以外で会うのも久し振りですね。ユニさん」

「そうだな虚くん。いつ飲んでも、君の淹れてくれる紅茶は最高だ」

「御茶請けのケーキもありますよ?」

「おぉ~…!」

 

 ユニと仲良さげに話しているのは『布仏虚』。

 彼女と同じ三年生であり、クラスメイトであると同時にルームメイトでもある。

 色んな意味で正反対な二人ではあるが、それでもちゃんとした同い年だ。

 

「まさか、あの本音ちゃんが生徒会の役員をしてるとか想像すらしてなかったんですけど。チエル的に早くも今年一番の驚きって感じです」

「私も~、まさかチエルンが生徒会室に来るなんて思わなかったよぉ~」

 

 そして、チエルと話している間延びした感じの少女は『布仏本音』。

 一年一組の生徒であり、名字からも分かる通り虚の実の妹でもある。

 同じクラスと言うこともあってか、意外と仲が良い二人だったりする。

 

 なかよし部と生徒会。

 見事に三者三様の組み合わせが完成していた。

 

「…なんか光の速さで話題が逸れたわね…いつものことだけど」

「「「なんか言った?」」」

「いえ何も」

 

 なかよし部あるある。

 一度でも話題が逸れたら、もう修復不可能。

 

「それで、例の彼女についての報告を聞かせて貰えるかしら?」

「いいだろう。では、ここはなかよし部部長であるこのボクから説明をさせて貰おうじゃあないか」

「ユニさん。ほっぺにクリームが付いてますよ」

 

 意気揚々と報告を開始しようとした矢先、虚に頬を拭かれてしまう。

 最初から無いに等しかった威厳が完全に消えてなくなった。

 

「えー…こほん。まず、数日間に渡ってシャルル・デュノア改めシャルロット・デュノアと行動を共にした感想だが…」

 

 ここでクロエやチエルと目配せをして頷く。

 どうやら、話すこと自体は最初から決まっていた様子。

 

「なんと言うか…彼女には『自分が性別詐称行為をしている』という自覚が致命的に足りなさ過ぎる」

「それは私もなんとなく分かってたけど…具体的にはどんなところが?」

 

 楯無の質問に、今度はクロエが応える事に。

 ユニが代表して話すというのは何処に行ったのやら。

 

「なんつーか…ふとした瞬間に女の仕草がモロに出てるんだよネ。足を内股にしてたりとか」

「あと、手を口元に持っていってたりとかもしてましたよねぇ~」

 

 クロエに続くようにしてチエルも報告をする事に。

 結局、なかよし部全員で報告することになった。

 

「そもそもの話、シャルロット・デュノアの男装には本気具合が全く見受けられない。肩はなで肩のまんまだし、声だって変声機で変えていない。挙句、胸さえ隠せば後は大丈夫と本気で思っている。全く…コルセット一つでどうにかなれば誰も苦労などしない。世のプロのコスプレイヤーたちの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい」

 

 最後はユニが畳み掛けるように言いまくったが、彼女の言う事は楯無も感じていた。

 どうもシャルロットの変装はお粗末な部分が多すぎるのだ。

 

「ふと思ったんだけど…ちょっちいい?」

「どうかしたのクロエちゃん?」

「前に尾行した時に聞いた台詞と、これまでの事を考えるに…あいつって自分の意志で男装をしてるんじゃなくね?」

「…クロエちゃんもそう思ったのね」

「ってことは、楯無も?」

「えぇ。私も、彼女は何者かに無理矢理に男装をさせられている可能性があると感じていたわ」

 

 クロエと同じ意見になった事に密かに歓喜しつつ、顔がにやけるのを必死に我慢しながら生徒会長モードを維持し続ける。

 

「確かに…もし本気で頑張ろうって思ったら、それこそ徹底的にやりますよね? さっき言ったみたいに、変声機で声を替えたり、体型とかも限りなく男に寄せたり、シークレットシューズを履いて背を誤魔化したり…」

「探せば探すほど、彼女の男装には荒が目立ちすぎる。まるで男装をすること自体を自棄になっているかのように」

「いや…実際に自棄になってるんじゃネ? だから、男装の出来が無意識の内にテキトーになってしまったとか」

 

 望まぬ変装だからこそ、イマイチ本気になれない。

 だとすれば、ここで新たな問題が浮上してくる。

 

「問題は、一体どこの誰に、どうして男装なんかさせられているのかってことよね…」

「いや、その答えはもうとっくに出てません?」

「…やっぱり?」

 

 チエルに言われ、頭の中で真っ先に考え付いた答えを言う事に。

 ぶっちゃけ、最もこれが可能性として高いと思った。

 

「デュノア社は現在進行形で大ピンチ。そんな時に『男がISを動かした』という大ニュースが世界中で流れれば当然…」

「シャッチョサン的に『これは千載一遇のチャンスデース!』って思うだろうネ」

「そうね…っていうか、クロエちゃん…ペガサスのモノマネ上手ね…」

「そう?」

 

 冗談はさておき。

 現状で最も黒に近いグレーなのは間違いなく、デュノア社の社長である『アルベール・デュノア』だった。

 

「もしくは、その妻である社長夫人である『ロゼンダ・デュノア』か…」

「その人って確か、シャルルくんとは血が繋がってないんでしたっけ?」

「情報ではそうね。所謂『継母』って奴かしら」

 

 意見を出し合えば出し合うほどに黒い人物が次々と浮上してくる。

 言いだしていけば、それこそ本当にキリが無くなってくる。

 

「中々に上手くはいかなそうですね…」

「相手は世界的な大企業だ。変装はお粗末でも、その裏にある尻尾まではそう簡単には見せてはくれないだろうさ。という訳で、紅茶のお替りを頼むよ虚くん」

「分かりました。少々お待ちください」

 

 にっこりと微笑んだ後に、虚はユニの分のティーカップを持って奥へと下がる。

 因みに、さっきから静かな本音は難しい話に付いて行けず、そのままソファーに寝転んでお昼寝の真っ最中だ。

 

「なーんか、考えれば考えるほどに頭がこんがらがって来そうな気がするんですけどぉ~。チエルも頭の中で色んな想像が過ってるっていうかぁ~」

「それはどんなのだい?」

「例えば、実はシャルル君の両親も誰かに脅されていたとか」

「有り得ない話じゃないわね…」

「んで、娘であるシャルル君…っていうかシャルロットちゃんをどうにか逃がす為に敢えて悪者を演じた…的な?」

「事実は小説よりも奇なりって言葉もあるぐらいだしな…有り得なくはないカモ。特に今みたいなご時世じゃネ」

 

 ISの登場により、世の中には密かに『女性権利団体』なる存在が表舞台に台頭してきた。

 その名の通り『女性の権利を守る』団体なのだが、実際にはISの笠を着て我が物顔で各方面に手好き放題に暴れている、そこらのテロリストよりも遥かに質が悪い連中である。

 

「本当は、フランス本土に渡って実際に調査が出来れば一番なんでしょうけど…そう簡単にはいけば苦労はしないのよねぇ~…」

「アンタの『家』は使えないワケ?」

「そうねぇ~…事情を説明して説得すれば、お父様も動いてくれるとは思うけど…」

「けど? なんか歯切れが悪くね?」

「仮に『更識』を動かせたとしても、調査完了にまでどれぐらいかかるか…」

「そっか……」

 

 なかよし部の面々は、楯無の『裏の顔』もちゃんと知っている。

 知っているが、そんな事で彼女を見る目が変わる筈もなく、それが楯無のなかよし部に対する信頼にも直結していた。

 

「そういや…シャルルくんってチエル達の事を最初から知ってる風じゃなかったですか?」

「言われてみれば…ボク達が『風間コーポレーション』に所属している事は専用サイトにも普通に記載されているから不思議ではないが…」

「それでも、それなりのリアクションはしてもおかしくはない。なのに、実際には…」

「『はい、そうですか』って感じでしたよね~。ま、ある意味じゃうちの会社とデュノア社ってライバル同士みたいなもんですケド」

 

 どっちもISに関する企業。

 国が違うとはいえ、注視するのは当然のことだった。

 

「もしかしたら、一夏くんと同様にボクらの情報も最初から知っていた可能性があるな。流石に何かを仕掛けろとまでは言わないだろうが、注意だけはしておけ的な事を言っていたかもしれない」

 

 候補生ほどではないが、企業間ではそれなりに自分達が有名である自覚はある。

 実は『なかよし部』の存在自体が、その事と深く関係しているのだが…それはまた別のお話。

 

「お待たせしました。はいどうぞ」

「ありがとう、虚くん。うん、何度飲んでも美味しい」

(か…可愛い…良い子良い子してあげたい…)

 

 満足げに何度も頷くユニを見て、思わず頭を撫でたくなる衝動に駆られる虚。

 だが、それはある意味で最後の一線なので必死に耐えた。

 

「ユニパイセン。こうなったらもう『あの人』に頼むしか無くね?」

「そうだな…。基本的に善人である『彼女』ならば、即座に強力を約束してくれるだろう」

「じゃあ、もう決まりじゃないですかぁ?」

 

 さっきから誰に話をしているのか。

 全く分からない楯無は小首を傾げていた。

 

「え…っと…誰の事を話しているのかしら?」

「あぁ~…楯無は知らないか。実は、ウチら『なかよし部』には個人スポンサーがいたりすんよ」

「こ…個人スポンサーっ!?」

 

 部活動に個人でスポンサーが付くなんて前代未聞過ぎて、流石に楯無も驚きを隠せない。

 そんなのがいながら、どうして千冬の預金を無断で引き出すような真似をしたのかは謎に包まれている。

 

「『藤堂秋乃』と言って、世界規模で様々な事業を展開している非常に有名な財閥である『藤堂グループ』の社長令嬢さ。今は確か『桜庭学院高校』の三年生だった筈だ」

「と…藤堂グループって…あの藤堂グループ…? え…嘘? 冗談でしょ?」

 

 表裏問わずに色んな意味で物凄く有名な企業財閥。

 楯無もまた、これまでに何度も耳にしたことがある名前だった。

 

「ど…どこでそんな大物と知り合いになったの…?」

「彼女とは中学時代に三年間ずっと同じクラスだった事があってね。それだけの時間を一緒にいれば自然と仲良くなるものさ」

「んで、チエル達はユニ先輩を通じて仲良くなったって感じでーす!」

「世間って…本当に狭いのね…」

 

 まさか、こんな身近に世界的大企業の令嬢と知り合いの人間がいようとは。

 全く想像すらしていなかった。

 

「後でこっちから連絡をしてみよう。なに、行動力ならば暗部以上であることは保証しよう。もしかしたら、依頼をしたその日に自家用の飛空艇に乗ってフランスへと直行するかもしれないが」

「行動力のある社長令嬢って…凄いパワーワードね…」

 

 自分もそれなりに行動力がある方だと自負している楯無ではあるが、秋乃にだけは負けそうな気がする。

 自家用で飛空艇を持っている時点で次元が違う。

 

「では、デュノア社の調査はこちらに任せて貰って、我々は学園内の彼女の動向に注意をする事にしよう」

「そ…そうね。何もアクションを起こさなければ、それでよし。万が一の時は…」

「ウチらがなんとかするっきゃないっしょ」

「ですね」

 

 これまた珍しくなかよし部の三人が真剣な顔をする。

 彼女達も彼女たちなりに学園の平和を守りたいとは思っているのだ。

 

「ホント…何も無ければいいんだけど…」

「どうも一抹の不安が残ると言いますか…」

「チエルくん。教室内での彼女の監視は君に頼んだぞ」

「りょーかいです!」

 

 こうして、今後の指針を決めた所で今回の報告会は終了となった。

 

 

 

 



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なかよし部とアルバイト

「ふわぁ~……ん?」

 

 とある日の日曜日。

 休日ぐらいのんびりと寝ていても良いと思うんだけど、どうも癖で平日と同じ時間帯に起床してしまう。

 アラームもセットしてないのに…なんだか悲しくなってきた。

 

「…朝飯でも食うか」

 

 いつもならば寮の食堂にでも行くところだが、こんな日ぐらいは部屋でゆっくりと食べたい。

 っと、その前にまずはカーテンでも開けるか。

 

「…うん。今日も良い天気だな」

 

 実に素晴らしい日本晴れ。

 こんな日は無性に外出でもしたくなる。

 そうだ。折角だし、友情を深めるという意味を込めてシャルルと一緒に遊びにでも行くか?

 

「なぁ、シャルル。もし用事がなけりゃ俺と一緒に……あれ?」

 

 なんか、さっきから静かだと思ったら…シャルルの奴がいねぇじゃん。

 一体どこに行っちまったんだ?

 

「俺が起きる前に、どこかに出かけちまったのか?」

 

 まだ日本に来て日が浅いシャルルに、そんな友人がいるとは考えにくいけど…俺が知らないだけって可能性もあるしな。

 

「ま、いないんじゃ仕方がないか。今日は一人でのんびりと買い物にでも行くとするか」

 

 前々から欲しいと思っていた物もあるしな。

 いい機会だし、時間を掛けて買いにでも行ってみるか。

 他にも何か良さそうなものでもあれば買って来てもいいし。

 

「そうと決まれば、とっとと朝飯食って、千冬姉に外出許可を貰って来よう」

 

 学生寮生活って、寮長に許可を貰わないと外に行けないのが面倒くさいんだよなぁ~…。

 これさえなければ割と快適なんだけど。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 そんな訳で、俺は駅前の巨大ショッピングモールである『レゾナンス』にある、とあるデパートに来ていた。

 

 ここに来た理由は単純明快で、IS学園に入学して以来、慣れない環境による日々の疲れを隠しきれなくなってきたので、柄にもなく癒しを求めて観葉植物でも買いに来たのだ。

 といっても、別に大きな物を買おうとは思っていない。

 机や棚の上にちょこんと乗るぐらいのサイズの奴が購入できればいいと思っている。

 大き過ぎると持って帰るのも大変だしな。

 

「植物売り場は~…屋上か」

 

 エレベータの前にある案内板を見ながら目的地を確認しつつ、ふいにデパートの中を見渡す。

 

(そういや…こんな風に一人でデパートに来るなんて凄い久し振りかもな。日曜日は学校(特に部活)が休みだし、こんな日ぐらいはのんびりと買い物を楽しんでもバチは当たらないよな)

 

 さーて…早くエレベーターが来ないかなーっと。

 あ。もうすぐ一階につくぞ。

 

 チーン。

 

「一階。婦人雑貨売り場です」

 

 ……気のせいだろうか。

 エレベーターの中にいつもの制服を着た上に『真行寺』って書かれた名札を付けたユニちゃん先輩がいたような気がするんだけど…。

 

「…………」

 

 …エレベーターの中にいた奥様方が高笑いをしながらゾロゾロと降りてきた。

 

「上に参ります」

「待て待て待て待て待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」

 

 危ねー!! 

 ビックリしすぎて危うく普通にスルーしそうになる所だったわ!!

 

「いきなり何か用かね? 一夏くん」

「ちゃんと俺に気が付いてるんじゃねぇか」

 

 なら無視するんじゃねぇよ…このちびっ子先輩は…。

 

「何か言ったかね?」

「な…何にも言ってないです!」

 

 なんだ…?

 この人も千冬姉と同じ様に読心術が使えるのか…?

 

「つーか、こんな所で何をやってるんですか…バイトですか? 制服のままで…」

「これはアルバイトではなく、れっきとした部活動だ」

「はぁ?」

 

 日曜日に部活動?

 いやいや…冗談だろ?

 運動部系ならまだしも、仮にも文化部系列に属している『なかよし部』がこんな日に活動するなんて…。

 

「今日の議題はズバリ『体験学習』。多種多様な職業を実際に体験し、身を持って社会の仕組みを学ぶというカリキュラムを検討するべく実践しているのだよ。自給750円で」

「そーゆーのを世間一般では『アルバイト』って言うんですよ…」

 

 色々と理由付けをしてるけど、結局はなかよし部の皆で仲良くバイトをしているだけってことか。

 …この人達、企業所属のIS操縦者じゃなかったっけ?

 それ以前に、IS学園ってバイトOKだったか?

 

「にしても大変そうですね。ユニちゃん先輩の仕事。それって、ずっとエレベーターに乗りっぱなしなんでしょ?」

「いや、このボクの本来の業務は、そこのインフォメーションセンターでの対応なんだよ」

「え? それじゃあ、どうしてエレベーターガールなんかをして…」

 

 上の人に手伝ってくれ的な事でも言われたのかな?

 仕事って急に別の事を言われる事が多いらしいからな。

 

「余りにも誰も来なくて暇だったから、独断でエレベーターの乗務員をやってたんだよ」

「自分の暇さ加減で勝手な持ち場に付くなよッ!?」

 

 それって、もし見つかったら確実に怒られる案件じゃねぇか!!

 この人に怖いもんは無いのかッ!?

 

「あ…あれ? 先輩…あそこにいるお婆さん…さっきからキョロキョロしてますけど、もしかしてインフォメーションに用事があるんじゃないんスか?」

「どうやら、そのようだ。どれ、本来の仕事でもするか」

 

 なんか偉そうに言ってるけど、それが普通のことなんだぞ?

 

「いかがなされた御老人」

 

 あんたはどこの侍だ。

 

「すみません…日傘はどこに売ってありますかねぇ…?」

「ふむ…日傘の購入を希望か」

 

 さて…先輩はどんな風に案内するのか。

 無駄に弁だけは立つからな。これは見ものだぞ。

 

「まずは、このフロアを直進して、その後に突き当たりを左折するといい」

 

 なんか物凄い上から目線!

 背は小さいけど。

 

「それを何回か繰り返していけば、このフロアを一周することになるので、自然と目的の日傘を見つける事が出来るだろう」

「アンタは一体何を評価されてインフォメーションセンターに採用されたんだ…?」

 

 あー…お婆さんが言われた通りに歩いて行ってしまった…。

 ちゃんと日傘を見つけられたらいいんだけど…。

 

(ん…? ちょっと待てよ? 部活って事は、まさか…)

 

 なんだろう…猛烈に嫌な予感がしてきた…。

 

「もしかして…クロエ先輩と風間さんもいるんスか…?」

「勿論だとも。因みに、チエル君は4階のペットショップ。クロエ君は7階の特別催事場の勤務となっている」

 

 やっぱりか…!

 そうだよな…この人一人なわけがないよな…。

 基本的に、なかよし部ってあの三人でワンセットって感じだし…。

 

 でも、このままだと…。

 

 アルバイト(部活動)

    ↓

 トラブル発生

    ↓

 IS学園に報告

    ↓

 顧問の責任追及

    ↓

 千冬姉に迷惑が掛かる(主に減給や免職とか)

 

(仕方がない…様子を見に行ってみるか…)

 

 まずは四階のペットショップからだな。

 風間さん…何も余計な事をしてなけりゃいいんだけど…。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 てなわけで、やって来ました四階のペットショップ。

 ここのどこかに風間さんがいる訳で…。

 

「えーと…風間さんはどこにー……ん?」

「「ワンワン!」」

 

 これは…犬の鳴き声?

 いや…ここはペットショップだから、これぐらいは普通か。

 

「「「「ワンワンワン!」」」」

「はいはい。皆、落ち着いてね~」

 

 あの後ろ姿は…間違いない! 風間さんだ!

 

「それじゃ、お待ちかねのランチタイムの時間ですよ~!」

「ニャ~」

「ワンワン!」

 

 めっちゃ動物に懐かれまくってる!!

 風間さんの周囲に犬と猫の群れが出来上がってるんだけど!

 たった一人で妙な王国を生み出してやがる!!

 

「アハハ! んも~…いたずらっこさんなんだからぁ~!」

 

 ご満悦だよ…超いい笑顔を浮かべてるよ…。

 悔しいけど、普通に可愛いって思っちまったよコノヤロー。

 

「あー…頑張ってるー…? 風間さーん…」

「あれ? 織斑君じゃないですかぁ~! 日曜日に一人優雅にショッピングですかぁ?」

「まぁ…そんなところかな…あはは…」

 

 そのショッピングも早くも潰されそうになってるけどな…。

 

「チエルは、今からこのコッコロちゃんたちにランチをあげるところなんですよぉ~!」

 

 一体どれだよコッコロちゃん…。

 俺には全く判別出来ねぇよ…。

 

「ほら。沢山食べるんですよ~。 昨夜、一流シェフに徹夜で作らせた逸品ですからね~」

 

 一流シェフさん…可哀想に…。

 本気で同情するよ…。

 

「けど、風間さんって意外と動物好きだったんだな。初めて知ったよ」

「チエルも女の子ですからね。可愛い動物は普通に大好きですよ?」

 

 それもそっか。

 可愛い動物って男女関係なく好かれるもんだしな。

 

「チエルは…ここに色んな動物たちが集うパラダイスを作るって決めたんです!」

 

 たった半日で物凄い規模の夢を持ったな…。

 流石はリアル社長令嬢…スケールが違うぜ…。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 今度は7階の特別催事場か。

 ここのどこにクロエ先輩がいるのやら。

 

「ん? なんだ…?」

 

 あそこだけ妙に人だかりが出来ているような…。

 何かやっているのか?

 

「さぁさぁ皆さん、お立ち会いー」

 

 こ…このアンニュイな感じの独特な声は…まさか…!

 

「今から楽しいショーがはーじまーるよー」

 

 いた――――――――――――!!!

 しかも、まさかの実演販売員をやってるよ――――――!!!

 流石にこれは予想出来なかった――――――!!!

 

「ここに取り出したるはカッチコチに凍りついた固ーいお肉。これがなんと…ふん!!!」

 

 ま…真っ二つかよ!!

 成る程…あの包丁をここで売ってるんだな。

 

「凍った肉だけじゃなく、魚の背骨も。カマボコ板までこの通り」

「「「おぉ~!」」」

「…と、この通り。こんなにも切ったのに、全く欠けてない」

 

 こ…こいつは確かにスゲェ…!

 ちょっと、あの包丁が欲しくなっちまった…。

 そういや、そろそろ実家の包丁を買い替えようと思ってたんだよな。

 良い機会だし、あれでも買って帰って…。

 

「そんな『まな板』が、なんとたったの千円ぽっきり」

 

 まな板の方かよ!!!!

 なんで包丁の方を売らねぇンだよ!!??

 

「あ。一夏じゃん。どったの? こんな所で」

「それはこっちの台詞なんスけどね…」

 

 下の名前で呼ばれて少しだけ嬉しかったのは内緒だ。

 普通に美人だから、目を見て話しにくいんだよな…。

 

「そ…それはともかく、中々に好評みたいじゃないですか。先輩の実演販売」

「今はね。でも、最初は中々に人が集まらなくてさ。仕方なく『サクラ』を使ってたんだよ」

「サクラ?」

「そ。そこにいるっしょ?」

 

 そう言ったクロエ先輩が指さした方向には、なにやら妙に見覚えのある線の細いIS学園の制服を着た金髪の男子が…。

 

「って…シャルル―――――――――!!!???」

「あ…イチカァ~…!」

 

 朝から姿を見なかったと思ったら、なかよし部の人達に拉致られてたのか!?

 そういや最近、シャルルがなかよし部と一緒に行動している所を良く見かけるって噂で聞いたことがあるような気が…。

 あれ、本当だったのか…。

 

「こんな所で何やってんだ…?」

「それはボクの方が知りたいよ…」

 

 だろうな。

 

「少し早く起きてしまって、喉が渇いたから廊下にある自販機にジュースを買いに行ったら風間さんに掴まって…気が付いたらここに…」

「そ…そうか…」

 

 完全になかよし部に振り回されてるな…。

 その気持ちはよーく分かるぞ…!

 

「シャルルがクロエ先輩のサクラをやってたのか?」

「まぁね。正直、クロエ先輩と一緒で助かったよ…。ちょっとお芝居でお客さんの振りをしてればいいし。色々と心配してくれるし」

 

 クールそうに見えて、実はかなり面倒見が良いんだよなクロエ先輩は。

 正直、学園でも人気があるのが納得出来ちまう。

 

「一夏は買い物?」

「そんな所だ」

 

 これで一通り見て回ったな。

 心配ではあるけど…今のところは特にこれといった問題は起こしてない。

 なら、俺はとっとと屋上まで行って観葉植物を買って帰らせて貰いますか…ん?

 

 ピンポンパンポン♪

 

『迷子のお知らせです』

「この声…ユニちゃん先輩か?」

 

 いきなり店内放送とは…何があったんだ?

 

『○○町からお越しの氷川鏡華ちゃん8歳のお母様。繰り返します。氷川鏡華ちゃん8歳のお母様』

 

 あぁ…迷子のお知らせってやつか。

 ちゃんとやるべき事をやってるじゃないか…。

 

『娘の身柄を預かってる』

「アンタはどこの誘拐犯だ!!!」

 

 完全に言葉選びを間違ってやがる!!

 急いで行って止めなければ!!!

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 全力ダッシュで一階まで戻った俺は、急いでさっきのインフォメーションセンターまで行った。

 

「返して欲しくば、一階のインフォメーションセンターに…」

「全力全開で誤解を招くような発言やめ――――――――!!!!」

 

 はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…!

 ちくしょう…! 結局はこうなっちまうのかよ…!

 

「む? 一夏くんよ。店内に犬を連れ込むのは感心しないな」

「え? 犬?」

 

 犬なんて一体どこに…って、なんか足元にいるし。

 

「俺…こんな犬なんて知らな…ん?」

 

 足元にて元気に尻尾を振っているトイプードルには『コッコロちゃん』と刻まれた首輪があった。

 ま…まさか、これは…!

 

 猛烈に嫌な予感がしたので、コッコロちゃんを抱きかかえて再び全力ダッシュで4階まで戻った。

 すると、そこには絶句するような光景が広がっていた。

 

「犬や猫だけじゃなく…小鳥や馬…イタチにカピバラ? 小熊に子ライオン…ワニまでいるっ!?」

 

 さっきまで、どこにもこんな奴らはいなかった筈だぞっ!?

 一体どこから湧いて出やがったッ!?

 

「アハハハハ♡ ハハハハ♡」

 

 満面の笑みで動物たちを撫でまわしてる…。

 少し目を離した隙に光の速さで楽園化が進んでやがる…!

 

「ねぇねぇ奥様。ご存じ?」

「あら? 何かしら?」

「7階の特別催事場で今から、二人組の高校生が奇術ショーをするらしいわよ?」

 

 なん…だと…!?

 そんなこと…させるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!

 

 つーか、シャルルも地味になかよし部に染まってきてるじゃねーか!!

 頼むから、お前だけはそっち側に行かないでくれぇぇぇぇぇぇっ!!

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

『本日の営業は全て終了いたしました』

 

 なかよし部のフォローをしている間に営業時間が終わっちまった…。

 休日なのに、平日以上に疲れ果てたんだが…。

 なかよし部に少しでも関わったが最後…休日ですら安息が許されないってのか…?

 

「またのご来店をお待ちしております」

 

 なんかユニちゃん先輩が最後に言ってるし。

 もうツッコむ気力すら湧かねぇよ…。

 

 っていうか…俺……。

 

(観葉植物…買うの忘れてた…)

 

 俺…何をしにデパートまで来たんだよ…。

 マジで貴重な休日を無駄にした…はぁ~…。

 なんでこうなるんだよ…。

 

 



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なかよし部とルームメイト

 夕闇が差し掛かる時間。

 放課後すらも終えて、夕飯までの時間は完全に自由時間となっている。

 と言っても、余程の事が無い限りは学生寮から出る事は許されておらず、基本的には自室で過ごすか、もしくは友人などの部屋で一緒に過ごしているかのどちらかが大半だ。

 

 そしてそれは、彼女達『なかよし部』の面々も決して例外ではない。

 

 IS学園の学生寮は基本的に学年ごとに区別されている。

 一年生は『一年寮』に。

 二年生は『二年寮』に。

 三年生は『三年寮』に…と言った具合に。

 

 その一年寮の一室にて、チエルは一人の少女と会話をしていた。

 

「いや~…まさか、今までずっと社長令嬢権限を使って一人部屋ライフを楽しんでいたチエルの人生初めてのルームメイトが、あの篠ノ之さんになるとは、流石のチエルも想像してませんでしたよ~」

「そ…そうか…」

 

 まるでマシンガンのように言葉の弾丸を発射するチエルに困惑している黒髪ポニーテールの少女は『篠ノ之箒』。

 ISの生みの親であり天才科学者でもある『篠ノ之束』の実の妹である。

 そして、あの一夏の幼馴染でもあった。

 

(本当に、良く喋る奴だな…)

 

 正直な話、箒はチエルの事が苦手だった。

 お世辞にも箒は人当たりが良いとは言えない。

 俗に言う『陰キャ』という人種だ。

 それとは逆に、チエルは典型的な『陽キャ』タイプだった。

 性格的な意味で相容れない二人が、あろうことか同じ部屋になる。

 箒的には気まずい事この上ない状況だった。

 

「確か、前は一夏君と同じ部屋だったんですよね?」

「あ…あぁ…まぁな…。男同士と言うことでデュノアが一夏と同じ部屋になった事で、私が押し出される形でこっちに来たんだ」

「成る程~…そうだったんですね~」

 

 素直に自分の事情を話したが、それ以上に箒には気になっている事があった。

 彼女としては絶対に無視出来ないことが。

 

「な…なぁ…風間…」

「なんですか?」

「お前は…その…一夏とよく話しているようだが…仲が良いのか?」

「そーですねー。一夏くんはよくウチの部の活動に参加してくれますし、仲が良いと言えば良い方なんじゃないですかね?」

「そうか…」

 

 一夏の事を見ていると、嫌でもチエルの事も目に入ってくる。

 その生来の明るさでチエルは笑顔たっぷりの自然体で一夏との会話を楽しんでいる。

 やりたいと思っていても、箒には絶対に出来ない芸当だった。

 

(呼び方も『織斑君』から『一夏くん』に変わっている…。それだけ仲が縮まったと言うことなのか…)

 

 悔しい。

 けど、それは自分勝手な醜い嫉妬だ。

 自分がもっと積極的ならば、今のチエルと同じ場所に立てている筈なのだ。

 

「…ところで風間…さっきから何をしているんだ?」

「何って…ヨガですけど?」

「ヨガ…」

 

 床にヨガマットを敷き、ピンクと黒のヨガウェアを着て、テレビにはヨガの先生がお手本として映し出されている。

 

「チエル、こう見えても色んな通信教育をやってるんですよ~」

「例えば、どんなのだ?」

「えっと~…柔道に空手に合気道にレスリングにマーシャルアーツに少林寺拳法にジークンドーに中国武術にキックボクシングにムエタイに太極拳にカポエラに…」

「も…もういい! もう十分に分かったから…」

「そうですか?」

 

 どうやら、この風間チエルと言う少女は想像以上に凄い人間なのかもしれない。

 見た目は明らかにギャルなのに、その中身は圧倒的なまでの努力で構成されていた。

 

「あら? 私のスマホが鳴ってる?」

 

 チエルは今までしていた『テレポートのポーズ』をやめてから、ベッドの上に置いてあるスマホを手に取り、通話に出た。

 

「はいはーい。世界の美少女、皆のアイドルのチエルですよ~。ちぇる~ん☆」

 

 どうして、電話に出るだけの挨拶でここまで長々と話せるのだろうか。

 

「え? あ…あぁ~…はいはい。はぁ…全く…マジのマジの大マジで呆れちゃいますよ~。ぶっちゃけ『今更?』って感じなんですけどぉ~」

 

 誰と話をしているのだろうか。

 かなり気さくな雰囲気を感じるが。

 

「分かってますよー。ちゃーんと『先輩達』も呼んで、そっちに行ってあげますから。はいはい。んじゃ、切りますよ~」

 

 通話を終えてから、薄手の上着を着てから、そのポケットにスマホを入れる。

 そして、チエルは部屋を出ようとドアの取っ手に手を掛けた。

 

「ど…何処に行くんだ? さっきの電話の相手の所か?」

「ん~…そんな所ですかね? ま、チエルの事は気にせずに、篠ノ之さんは一人で勝手に夕食を食べに行ってもいいですよ~。それじゃ、行ってきマ~ス!」

「い…いってらっしゃい…」

 

 可愛らしいウィンクを残し、チエルは部屋から去って行った。

 一人残された箒は、大きな溜息をしてからベッドに横たわる。

 

「はぁ…疲れる…」

 

 それは、紛れもない本心から出た言葉だった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 二年寮。

 その一室に彼女達はいた。

 

「ねぇ…クロエちゃん」

「なによ楯無」

「……なんでもない」

「なんじゃそりゃ」

 

 ベッドの上に座り込み、暇潰しに読書(ラノベ)をしているクロエに、背後から抱き着き、その背中に顔を埋めている楯無。

 

 普段ならば二の句も告げずに追い払おうとしている所だが、最近はそうでもなくなってきた。

 単純に『しつこ過ぎるので諦めた』というのもあるが、それ以上に『こういうのも悪くないかも』と思い始めてきたのだ。

 

「…西尾維新?」

「川原礫」

「…SAO?」

「正解」

 

 ページを捲る音だけが部屋に響く。

 普段の二人からは想像が出来ない程に静かな時間だ。

 

「…ねぇ…『刀奈』」

「え…?」

「ウチを抱き枕代わりにする事で、アンタの不安を少しでも消せるんなら…好きなだけこうしてていいよ」

「クロエちゃん……ズルいわよ…そーゆーの…」

 

 それは、本来ならば決して公表できない彼女の『本名』。

 真の意味で親しい相手にしか教えてはいけないとされている真名。

 

 国家代表。暗部当主。そして、生徒会長。

 幾つもの肩書きと役職を持つ彼女ではあるが、それら全てを十全にこなせているかと言えばそうではない。

 常に誰かに助けられ、その度に自分の未熟さを痛感する。

 特にクロエも入っている『なかよし部』にはいつも学内で助けてられっぱなしだ。

 破天荒な言動が多い彼女達ではあるが、それが許されているのは『なかよし部』がIS学園にそれだけ多大な貢献をしているという証拠でもあった。

 

「そんな事を言われたら…私…本気で貴女の事を…」

 

 クロエの事は好きだ。

 けど、その『好き』はあくまで『友人』としての『好き』だった。

 その感情が最近になって明らかに変わってきた。

 楯無…刀奈の中の『好き』が、『友愛』から『恋愛』に変わろうとしている。

 

「好きにしたらいいじゃん」

「え…?」

「当主だ会長だ代表だっつっても、アンタだって立派な一人の人間で女の子なんだし。少なくとも、この部屋にいる間は好きにしたらいいと思うよ。ここにはウチしかいない。アンタのことを『役職』で見る奴は一人もいないんだよ」

「クロエ…ちゃん…」

 

 もう限界だ。

 彼女の優しさが全身に染み渡っていく。

 普段はツンケンしてるけど、本当は誰よりも友人想いの心優しい少女。

 だからこそ彼女は皆に好かれ、多くの人々を惹きつけるのだろう。

 

「ねぇ…クロエちゃん…私…あなたのことが…」

「刀奈……」

 

 ふと視線が合う。

 至近距離で二人の少女が見つめ合う。

 その顔は段々と近づいていき、やがて、その唇が触れそうな距離にまでなる。

 目を瞑り、互いに指を絡ませ合いながら手を握りしめ、そのまま……。

 

 ちぇる~ん☆ ちぇる~ん☆ ちぇる~ん☆

 

「「!!??」」

 

 いきなりクロエのスマホからメールの着信音が鳴り響く。

 これはチエルからのメールだ。

 

「び…びっくりしたわね…あはは…」

「心臓が止まるかと思った…」

 

 二人して顔を真っ赤に染めて渇いた笑いをしている。

 雰囲気に流されて、そのまま一線を越えようとしてしまっていた自分達が急に恥ずかしくなってきた。

 

「チ…チエルの奴…いいタイミングでメールを送ってきやがって…」

「まぁまぁ…」

 

 怒りに震えながらスマホを手に取り、鼻息荒く送られてきたメールを確認する。

 それを見て、クロエの目が大きく見開かれた。

 

「…『楯無』」

「どうしたの?」

「どーやら…一夏の奴が遂にやったっぽい」

「…マジ?」

「マジ。一番懸念していた事態が起こるとは…はぁ…」

 

 首をコキコキと鳴らしながらベッドから降り、いつものジト目で楯無を見つめた。

 

「アンタも一緒に行くっしょ? 生徒会長として」

「勿論。知ってしまった以上は放ってはおけないもの」

「だと思った」

 

 二人して部屋から出ようとした時、クロエがそっと呟く。

 

「あの…さ。さっきの事なんだけど…」

「さ…さっきのこと…?」

「…時間はたっぷりあるんだし…また改めてする事も出来るんじゃね? 知らんけど」

「クロエちゃん…♡」

 

 この子は本当に、どれだけ自分に恋をさせれば気が済むのだろうか。

 こんなの、好きにならない方が無理だろう。

 

「ほんと…大好き…♡」

「…あっそ。…………それはお互い様だっつーの

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 三年寮。

 IS学園の最上級生たちが住んでいる寮。

 

 そこで彼女達は、まったりとした時間を過ごしていた。

 

「痛い所はありませんか?」

「それならば大丈夫だ。寧ろ、とても気持ちが良い」

 

 ベッドに座っている虚の膝の上に自分の頭を乗せて、耳かきをして貰っているユニ。

 その顔は完全に蕩けていて、非常に気持ちよさそうだ。

 

「虚くんは紅茶だけでなく、耳かきに関しても素晴らしい才能を持っているようだな…。お蔭で、瞼がさっきから重たくてたまらない」

「いつでも寝ても良いんですよ?」

「そうしたいのは山々だが…まだ夕飯を食べていないし…風呂にも入ってないしな…寝るのは…それをしてからにしたい…ふわぁ~…」

 

 眠たそうに瞼を擦るユニの頭を優しく撫でる虚。

 そんな彼女の顔もまた蕩けていた。

 

(あぁ…本当に可愛い…♡ 同い年とは思えない…♡)

 

 確かにユニは見た目的にも高校三年生とは思えないが、それでも立派な18歳の乙女なのだ。

 その容姿のせいで完全に三年生たちのマスコットと化しているが。

 

「あ…ジッとしていてください。大きいのがあります」

「了解だ。頼むよ」

 

 集中モードになって耳かき棒を慎重に動かしていく。

 この小さくも可愛らしい耳を決して傷つけないように細心の注意を払いながら、奥の方に見えた大きな耳垢に狙いを定めていく。

 

「ここを…こうして……取れた」

「おぉ~…」

 

 見事に巨大耳垢の排除に成功した虚は、傍に敷いてあるティッシュに戦利品を置き、再び耳かきを行う。

 その姿はまるで娘を慈しむ母親そのもの。

 とてもじゃないが高校三年生同士の光景には見えない。

 

「…おや?」

 

 念の為と思って置いておいたスマホが震えている。

 ユニは他の二人とは違い、着信はサイレントにして、常時バイブレーション設定にしているのだ。

 

「これは…チエルくんからか。なになに…?」

 

 耳かきをされながらチエルからのメールを確認する。

 気怠そうな表情は相変わらずだが、ほんの少しだけ瞼がピクリと反応した。

 

「…成る程。どうやら時が来たようだ。まさか、こんなにも早いとは思わなかったが」

「どうかしたのですか?」

「例の彼女が、同室の彼に正体を露見してしまったらしい。それを知ったチエルくんがボクやクロエ君に連絡をしてから、彼らの部屋に向かっているとの事だ」

「そうですか…」

 

 名残惜しそうに立ち上がってから上着を着て軽く整える。

 

「虚くん。戻ってきたら続きを頼むよ」

「分かりました。いってらっしゃい」

「うむ。行ってくる」

 

 パタパタと手を振って部屋を後にするユニを見送りながら、虚の顔はまたしても蕩けていた。

 

 



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なかよし部は見捨てない

 いきなりであれだが、ありのままに今起こった事を言うぜ…!

 ずっと男だと思っていたルームメイトのシャルルは実な女の子だった…!

 何を言っているのか分からないと思うが、俺も何を言っているのかよく分からない…。

 ちゃちな手品やトリックなんかじゃあ決してない。

 もっと恐ろしいものの片鱗を垣間見た気がするぜ…!

 

「あ…あの…一夏? なんかさっき電話をしていたみたいだけど…誰に連絡をしていたの?」

「…風間さん」

「え? あの子?」

「うん…言動は破天荒でぶっ飛んではいるけど、他に頼れそうな人間が思いつかなくてさ…。なかよし部の皆なら、良い考えを出してくれそうな気がして…」

「な…成る程…?」

 

 ジャージに着替えてからベッドに座っているシャルルが疑問形で小首を傾げる。

 その気持ちはなんとなくだが理解出来る。

 自分でも未だに『これで良かったのか?』って思っているぐらいだし。

 

「ユニちゃん先輩とかは本当に頭が良いし、力にはなってくれると思うんだよな」

「頭は良いよね…頭は」

 

 シャルル。『頭は』の部分だけ強調しなくても良いぞ。

 

(あの千冬姉も何気に頼りにしているぐらいだしな…いざって時は頼りになるって思っても良い…んだよな?)

 

 前に一回、廊下で千冬姉がユニちゃん先輩に相談事を持ちかけている姿を見かけた事がある。

 その時の千冬姉は、しきりに頷き、最後には礼を言って去って行った。

 正直言って、素直に凄いって思った。

 

(…頼むから早く来てくれ…ぶっちゃけ、今の状況はかなり気まずい…)

 

 どうして気まずいのかだって?

 頼むから聞かないでくれ…。

 

 そうして俺が悶々としていると、いきなりドアがコンコンとノックされた。

 

「もしもーし。皆のアイドルのチエルですよ~」

「か…風間さんッ!?」

 

 ちゃんと来てくれた…!

 よかった…本当に良かった…!

 

「言われた通り、先輩達も連れてきてあげましたよ~」

「た…助かる…!」

 

 これで少しは状況が好転すればいいんだけどな…。

 今は兎に角、風間さん達を部屋の中に入れよう。

 全てはそこからだ。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 取り敢えず、皆を急いで部屋の中に入れる…まではよかったが、なにやら一人だけ知らない人物が混じっていた。

 水色の髪が特徴的で、なんか知らないけどクロエ先輩と滅茶苦茶仲が良さそうに見えた。

 

「えっと…なかよし部の皆さん?」

「どうしたのかね? 一夏くん」

「そのー…クロエ先輩にべったりなその人は一体…?」

「おいおい…それは流石に無いと思うぞ?」

「え?」

 

 なんかいきなりユニちゃん先輩に呆れられた。

 そんなに有名な人なのか?

 

「つーか、自分が通ってるガッコの生徒会長の顔ぐらいは知ってろヨ」

「…生徒会長?」

 

 ……マジ?

 

「はーい♡ IS学園生徒会長の更識楯無でーす! よろしくね、織斑一夏くん」

「は…はぁ…」

 

 まさかの生徒会長まで一緒とは…これは良い意味での予想外…と思ってもいいのか?

 クロエ先輩と一緒って事は、この二人はルームメイトだったりするのか?

 

「さて…シャルル君がそうしている時点で、なんとなく現在の状況は察する事が出来る…が、しかし」

「しかし?」

「その前にやることがあるのではないかね?」

「やること…?」

 

 やることって…一体なんだ?

 マジで何の事なのか分からないんだが…。

 

「ここは君達の部屋で、ボクたちは客人だ。ならば、茶の一杯ぐらいは出すのが礼儀というものではないのかな?」

「あぁ~!」

 

 それならそうと言ってくれよ!

 なんで、そんな回りくどい言い方をするんだ?

 

「因みに、ボクはアイスココアを所望する」

「ウチはオレンジジュースをよろ」

「チエルは烏龍茶でいいですよ~」

「なら私はアイスティーにしようかしら?」

「注文をバラバラにするのは普通に止めて貰えませんかねぇっ!?」

 

 めちゃくそ面倒くさいんだよ! 一人一人、別々のを用意するのって!

 はぁ…喫茶店の店員とかって、こんな気持ちなのかな…。

 もし今後、喫茶店に行く機会が有ったら気を使って注文しよう…。

 

 茶を入れない事には話が進みそうにないので、仕方がなく全員分のを用意することにした。

 ついでに俺のとシャルルの分も。

 

「うむ…いい塩梅だ。やるな一夏くん」

「そりゃどーも」

 

 市販のココアを適当に淹れただけなんスけどね。

 お気に召していただけたのなら満足ですよー。

 

「…では、本題に入るとしようか」

 

 空気が変わった…ここからが本場って事か…!

 

「まずは確認だ。一夏くん」

「は…はい」

「君は、そこにいる彼女…シャルル・デュノアの正体を知ってしまった。これは間違いないな?」

「そう…です。…ん?」

 

 今…『正体』って言ったか?

 それってつまり…。

 

「あの…もしかしてですけど、ユニちゃん先輩…いや、なかよし部の皆は最初からシャルルが女の子だって知ってたんですか?」

「「「「知ってたけど?」」」」

「「嘘ぉッ!?」」

 

 思わず俺とシャルルは同じリアクションをしてしまった。

 って言うか、今しれっと会長さんも『知ってる』って言わなかったか?

 

「因みにですけど…いつから?」

「「「「最初から」」」」

「「えぇ~…」」

 

 まさかの最初からかよ…。

 ってことは、気が付いてなかったのって俺だけ…?

 

「この場に生徒会長がいる事からも分かるとは思うが、我々『なかよし部』は生徒会とも非常に密接な関係でね。色んな情報なども共有していることが多いんだ」

「生徒会長たる者、転入生の情報ぐらいはいち早く入手して当然だから」

 

 そうだったのか…それならシャルルの正体を知っていても不思議じゃない…。

 生徒会と仲良しなのも普通に驚きだけど。

 

「顔写真を見た瞬間から満場一致で『コイツ女だろ』って思って、実際に姿を見た瞬間にチエルたちの予想が完全的中したって確信しましたよね~」

「そ…そんな…ちゃんと男装をしていたのに…」

「ちゃんと男装をしていた…だと?」

 

 あ。シャルルが地味に落ち込んでいる所にユニちゃん先輩が反応した。

 

「シャルルくん。どうやら君は『変装』というものを甘く見ているようだね。ハッキリ言おう。君の男装はお遊戯会レベルだ」

「え――――――!?」

「声色を変えていない。肩幅などもそのまま。やっている事と言えば胸を隠すことぐらい。恐らくはコルセットなどを使っているのだろうが…余りにも舐め過ぎている。それで騙せるのは素人だけだ。我々の目は絶対に誤魔化せない」

「は…はい…」

 

 なんか急にシャルルの変装に対する説教が始まってしまった…。

 ちょっとだけ先輩らしいと思ってしまった。

 

「君に真の男装というものを見せてあげよう。チエルくん。楯無くん」

「「はーい!」」

「え? ちょ…なに?」

 

 急に風間さんと更識先輩がクロエ先輩の両腕を掴んだ?

 

「クロエ君を使ってこの二人に『男装のお手本』を見せてあげてくれ」

「「りょーかいです!」」

「は…はぁっ!? ちょ…冗談じゃないんですけど!? つーか離せし!」

 

 必死に体を動かすが、あの二人相手には無駄な抵抗だったようで、結局はそのまま更衣室へと連行されてしまった。

 

「さて…クロエ君がドレスアップしている間に、こちらで得た情報や予想した事を教えておこうか」

「「は…はい…」」

 

 多分、物凄く大事なことなんだろうけど…クロエ先輩の男装が気になって仕方がない。

 本当に大丈夫だろうな…?

 

「君はデュノア社の関係者…いや、正確にはデュノア社社長『アルベール・デュノア』の実の娘…だね?」

「…はい。それも調べたんですか?」

「まぁね。『デュノア』というファミリーネーム自体が珍しいし、同時の有名な名前でもある。それと同じ名を持つ人間がいきなり現れれば、嫌でも調べようとするもんだろう」

 

 名字だけでシャルルの正体や家族にまで到達したのかよ…!

 素直に凄いって思うぜ…伊達に『学園一の秀才』って呼ばれてないってことか…。

 

「君がお粗末な男装をしてまで学園に潜り込んだのか。その理由も殆ど見当がついている。だが、ここでは敢えて問うまい。傷口に塩を塗り込むような真似は趣味ではないのでね」

「ユニ先輩…」

 

 俺もついさっき、皆が来る前にシャルルの口から事情は聞かされたけど…この人達はそれよりもずっと前に真実に辿りついていたって事なのか…。

 

「で…でも、それならどうしてすぐに僕を追究しようとしなかったんですか? その気になればいつでも…」

「君と言う人間を見極める為さ」

「僕を…見極める…?」

「そうだとも。確かに、性別査証やスパイに等しい行為をするのは一般的には良くない。だがしかし、誰にも人には言えない事情の一つや二つは必ずある。君が自ら進んで行動しているのか。それとも、誰かによって命令されて嫌々動いているのか。それから君自身の心情。それらを知る前にこちらが動くのはフェアじゃないと判断したのさ」

 

 そうだったのか…。

 あれ? それじゃあ…もしかして…。

 

「なかよし部の活動に僕を巻き込んだのも…?」

「君の行動を近くで見る為だ。学校から少しでも離れる事で、君の『素』の部分を見てみたくてね」

 

 だから、山に行ったりデパートに行ったりといった課外活動が多かったのか…。

 学園の中じゃ見られない『本当のシャルル』を見る為に…。

 

「結論から言えば、君の行動からは微塵も悪意は感じられなかった。故にボクらは生徒会と協力して本格的に行動することに決めたのさ」

 

 こりゃ参った…。

 俺がなかよし部に助けを求めたこと自体は決して間違いじゃなかったけど、この人達の行動力が俺の予想の遥か上を行っていた。

 

「まぁ…このタイミングで一夏くんに正体が露見したのは流石に想定外だったが」

「「すいません…」」

 

 これに関しては素直に申し訳ない…。

 完全に俺のミスだしな…複数の意味で。

 

「どうして一夏くんが彼女の正体をするに至ったのか…なんとなくは予想が付く。どーせ、ボディーソープが無くなっている事を知った一夏くんが、シャワーを浴びている彼女にそれを渡してやろうと思って何気なくシャワー室の扉を開けたら、そこには裸の彼女がいた…的な感じなのだろう?」

 

 なんか全てを見ていたかのような推理なんですけどッ!?

 正解だよ! 何もかもが大正解だよコノヤロウ!

 

「クロエ君達がこの場にいなくてよかったな。ボクはその手のトラブルに関しては寛容だから良いが、もしも彼女がいたら…」

「いたら…?」

「…一夏くんは明日からカツラを着けて生活していく羽目になっていただろうな」

「それだけは冗談抜きで嫌なんですけどッ!?」

 

 頭かっ!? 頭を全部、剃られちまうのかッ!?

 あの人って、怒らせるとそんなにも怖いのかッ!?

 …今後はマジで怒らせないように気を付けよう…。

 ツンデレの可愛い先輩だと思って油断しちゃダメだな…。

 

「けど…どうしてユニ先輩たちは、僕に対してそこまでしてくれるんですか…?」

「そんなのは決まっている」

 

 何を今さら。

 そんな顔をしながら、ユニちゃん先輩はハッキリと言った。

 

「『なかよし部は決して仲間を見捨てない』」

「仲間を…見捨てない…」

 

 下手したら、からかわれそうなセリフを恥ずかしげもなく言えるって…なんかスゲーな…。

 こりゃ、あの千冬姉が頼りにするのも納得だわ…。

 

「仲間って…僕は部員でもないのに…」

「何を言っている? 君はもう立派な『なかよし部』の部員だぞ?」

「「え?」」

 

 そう言うと、ユニちゃん先輩は徐にとある日記のような物を手渡してきた。

 これって…部活の活動日誌か?

 

「えっと…? なかよし部…顧問『織斑千冬』。部員『真行寺由仁 三年』『黒江花子 二年』『風間ちえる 一年』『シャルロット・デュノア 一年』…え?」

 

 シャルロットって…さっき教えて貰ったシャルルの本名…だよな?

 これに書かれてるって事は…まさか…。

 

「君は待望のなかよし部の新入部員と言うことだ」

「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」」

 

 い…いつの間に、そんな事になってんだ―――!?

 冗談抜きで初耳何だがっ!?

 

「で…でも僕は入部届なんて出してないですよッ!?」

「それに関しては心配無用だ。密かにチエル君が入手した君の字が書かれた用紙から君の筆跡を調査し、それを完璧にコピーしてから我々の手で入部届を提出しておいた」

「「それって普通に犯罪なのではッ!?」」

「学園内の事なので問題は無い。それに、なかよし部は特別なのさ」

「特別って…」

 

 シャルルのやっていた事って、なかよし部のやっている事に比べたら物凄く小さく些細なことなのでは。

 そんな事が頭に過ってしまった俺は悪くないと信じたい。

 

「なかよし部に所属する事は決して悪いことではないぞ? 色んな『特権』があるからな。寧ろ、君にとってはメリットしかないと思う」

「「えぇ~…」」

 

 なかよし部に所属すること自体が大きなデメリットになるんじゃ…?

 そう言いたかったが、それは人として言ってはいけない事だったので大人しく飲み込んだ。

 

 そんな事を話している間に、クロエ先輩の男装が完了した。

 

 

 

 




シャルロットのなかよし部入部は、完全に中の人ネタです。

プリコネをしている人なら分かる筈。





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なかよし部はクールに去るぜ

 更識先輩や風間さんと一緒に更衣室から出てきたクロエ先輩は、先程とは完全に姿が変わっていた。

 金髪ツインテールだった髪は短くなっていて、中々の大きさを誇っていた胸は完全に姿を隠してしまい、腰の括れや肩幅なども男のようになっていて、体型すらも見事に男となっていた。

 

「どうですか、どうですか? チエルと楯無先輩の渾身の合作ですよ!」

「いや~…前々から素質はあるとは思ってたけど、まさかここまでとは思ってなかったわ…。うん。もし、こんな男の子がクラスにいたら一発で惚れてるわね」

「あのな…」

 

 目をキラキラさせながら自慢してくる二人に対し、呆れたように溜息を吐きながら腰に手を当てるクロエ先輩(男装)。

 今、判明した事だが、声すらも完全に男のように低くなっている。

 よく見たら、首元にチョーカーみたいのが付いている。

 もしかして、あれって変声機だったりするのか?

 

「おぉ~…流石は二人だ。実に見事。どうだねシャルル君。これこそが真の男装というものだ。これを比べて、君がやった男装はどうだね?」

「はい…完全にお遊戯レベルです…」

「よろしい」

 

 シャルルが意気消沈してしまった。

 申し訳ないが、確かにこれは凄すぎる。

 少しだけ自分の脳内でシャルルとクロエ先輩の男装時の姿を比べてみたけど、並べるとシャルルの方が女に見えてしまう。

 なんか、さっきから更識先輩の目がハートマークになって、ずっとクロエ先輩の事を熱い視線で見つめてるんだけど…あれは放置していていいのか?

 

「ね…ねぇ…クロエちゃん? これからも男装をして過ごすってのは…」

「絶対に有り得ないから」

「デスヨネ…くすん…」

 

 そりゃそうだ。

 流石にそれは無理な相談ってもんだよ先輩。

 

「そう言えば、チエル達がクロエ先輩をドレスアップさせてる間に話はしたんですか?」

「一応はな」

「どうだったの?」

「大凡、我々が予想した通りだったよ」

「やっぱりね」

 

 何もかもが最初から見透かされていたかのような言葉。

 やっぱ…この人達はすげぇなぁ…。

 

「これで分かって貰えたかと思うが、その気になれば君も今のクロエ君と同等レベルの男装が出来た筈なのだよ。なのに、実際にはその姿だ。そこから考えられる答えは只一つ」

「シャルル君…いえ、シャルロットちゃんの変装は最初からバレることを前提としていた」

「「えぇっ!?」」

 

 シャルルの男装が…最初からバレることを想定していたって…。

 

「それって一体どういうことなんスか…?」

「可能性は幾つか考えられますけどぉ~…」

「やっぱ、こーゆーのは本人から直に聞いた方がよくね?」

「直にって…まさかっ!?」

「その『まさか』さ」

 

 ん? まさかってなんだ?

 俺が心の中で首を傾げていると、徐に更識先輩がどこからかタブレットを取り出してテーブルの上に置いた。

 

「実は、シャルルくんが転入をしてきた日から既に我々は信頼できる知人にフランスに行って貰い、デュノア社とその周辺について調査をして貰っていたのさ」

「「ウソォっ!?」」

 

 シャルルが来た日からって…用意周到すぎやしないかッ!?

 本当に、この人達は一体どこまで先を読んで行動してるんだよッ!?

 2手、3手先を読んで行動するとか、そんなレベルじゃ済まされないんだけどッ!?

 

「ところでさ…もうこの男装やめていい? 割とマジで窮屈なんだけど」

「「「えぇ~…」」」

 

 風間さんと更識先輩が露骨に残念そうな顔をした。

 つーか、何気にシャルルも残念がってないか?

 

「ふむ…仕方あるまい。本人が嫌がっているのであれば無理強いは出来ない」

「んじゃ、とっとと元に戻ってきますか」

 

 そう言って、クロエ先輩は再び更衣室へと戻って行った。

 

 つーかさ…よくよく考えたら、クロエ先輩ってこの部屋の更衣室で着替えてるんだよな…。

 そこ、今後も俺が普通に使うんですけど…。

 

 ヤベ…なんか、これから先…あそこで着替える度に変な事を考えそうだ…。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 元の格好に戻ったクロエ先輩を待ってから、ユニちゃん先輩がタブレットのスイッチをONにした。

 すると、少しの砂嵐の後に画面が鮮明になってきた。

 映し出されたのは、どこかのビルの社長室みたいな場所。

 もしかして、ここがデュノア社…なのか?

 

「もしもーし。事前に連絡はしておいたと思うが…聞こえているかね~?」

『はいはーい! ちゃーんと聞こえておりますわー!』

 

 ん? この明らかに『お嬢様』って感じの声と口調は…誰だ?

 この声の主がユニちゃん先輩の言っていた『信頼できる知人』とやらなのか?

 

『見えてますかしら? こちら、フランスにあるデュノア社からお送りしておりますわ~!』

 

 画面に出てきたのは、赤みがかった茶髪のポニーテールな髪形の少女。

 見た感じ、俺達と同年代か、少し上ぐらいに見えるけど…。

 

『お久し振りですわね。なかよし部の皆さん』

「うむ。久し振りだな」

「ちーっす」

「そちらも、相変わらず元気そうですね~」

 

 普通に親しげに会話してる…。

 って事は、やっぱりこの人が協力者なのか。

 

『あら? 何やら初めて見る人がちらほら…。そこの男の子はもしや、例の男性IS操縦者さんかしら?』

「あ…はい。織斑一夏…です」

『これはまたご丁寧に。私は『藤堂秋乃』と申します。藤堂グループの総帥の娘ですわ』

「と…藤堂グループッ!?」

 

 シャルルがいきなり凄い反応をした。

 確かに凄そうな名前だけど…知ってるのか?

 

「藤堂グループって言えば…世界中で様々な事業を展開しているって言う大財閥じゃないかッ! ど…どうして、そこの人が…」

「それは~…チエル達が所属している『風間コーポレーション』と『藤堂グループ』が互いに仲が良いからでーす!」

「そ…そうだったのっ!?」

 

 まさか、そんな繋がりがあったとは…。

 風間さんも生粋のお嬢様ってのは知ってたけど…どこで、どんな風な繋がりがあるのか分からないもんだなぁ…。

 

「なんでも、ウチのパパとアキノさんのパパは昔からの付き合いで、小学生から大学までずっと一緒だったらしいですよ?」

「なんつー繋がり…」

 

 腐れ縁とか、もうそんな次元を超えてね?

 そんだけ親同士で仲が良ければ、子供同士も仲良くなるわ。

 

『そして、クロエさんの隣にいるのが例の『更識』の方ですわね?』

「えぇ…初めまして。更識楯無よ」

『こちらこそ初めまして』

 

 なんだろう…画面越しなのに、二人の間に火花が見たような気がしたんだけど…。

 

「楯無くん。一応言っておくと、アキノさんは君よりも年上だぞ?」

「え? そうなの?」

「うん。この人、桜庭学院高校の三年生だし」

「そ…そうだったのね…」

 

 え? ってことは…この人ってユニちゃん先輩と同い年って事か?

 

「…一夏くん。どうしてボクのことを凝視する?」

「いや…なんでもないッス」

 

 最近になって慣れ始めてたけど…このアキノさんって人の方が普通なんだよな…。

 寧ろ、ユニちゃん先輩みたいな子の方が珍しいんだよ。

 本人は頑張って背伸びしてるけど。

 

『それで、そこにいる方が…シャルル・デュノアさん…いえ、シャルロット・デュノアさん…ですわね』

「……はい」

 

 やっぱり、シャルルの正体については知っているのか…。

 そうだよな…それぐらいじゃないと、なかよし部とは付き合えないよな…。

 

「あの…ちょっといいッスか?」

『どうしましたの?』

「藤堂さんとなかよし部って、どんな関係なんですか?」

『簡単に言えば、私はIS学園なかよし部の個人スポンサーですわ』

「「こ…個人スポンサー!?」」

 

 またシャルルと一緒に驚いちまったけど…個人のスポンサー?

 学園内のいち部活動に? 大財閥のお嬢様が?

 

「確かにアキノさんは大財閥のお嬢様ですけど、それとは別に『メリクリウス財団』って組織を仲のいい人達と立ち上げて、立派に利益を上げてるんですよ?」

「その名前…聞いたことがあるわ…。最近になって目立つようになってきた謎の企業…まさか、現役の高校生が経営している財団だったなんて…」

「僕も聞いたことがあるかも…」

 

 フランスにまで名前が知られてるって…どんだけだよ…。

 もう驚きの連続で『!』マークすら出なくなっちまった。

 

「ん? ちょっと待ってくれ」

「どした?」

「前…千冬姉が『なかよし部に口座を知られて、そこから勝手に金が支払われてた』って言ってたんだけど…あれは…」

「…確かにスポンサーはいるが、それだけではどうにもならない事も多々ある。そういう時は織斑顧問に助力をして貰っているのだよ」

「本人の許可は?」

「「「………」」」

「三人揃って目を逸らすのは止めてくれませんかねぇっ!?」

 

 完全に『黒』じゃあねーかよ!!

 

「この間、千冬姉が『今年に入ってもう既に三回も口座を替えた』って言ってたけど…あれも…」

「もう既に調査済みだ」

「千冬ねぇ――――――――!?」

 

 急いでまた口座を替えてくれ――――!!

 じゃないと我が家の家計が大ピンチだ――――――!!

 

『まぁまぁ。今は、そんな事は良いじゃありませんの』

「全然良くは無いんですけどッ!?」

 

 少なくとも、織斑家の大ピンチではあるんだよ!!

 チクショウ…思わぬ所に最大の敵が潜んでいやがった…。

 

『お話はここまでにして、ちゃっちゃと本題に入りましょう。こうして連絡をしてきたってことは、そちらでも進展があったと判断をしてもよろしいんですのよね?』

「そうだ。話が長くなるので今は割愛するが、ここにいるシャルル・デュノア君ことシャルロット・デュノア君の正体が第三者…要は一夏くんにバレた」

『成る程…それで…了解しましたわ。こちらも大方の調査は終わった所ですし。丁度良かったですわ』

 

 丁度良かった…?

 ってことは、そこにいるのか…?

 

『シャルロットさん』

「は…はい…」

『私となかよし部の皆さんで機会を作って差し上げましたわ。だから一度…』

 

 画面が切り替わり、アキノさんの代わりに白人の中年男性が現れた。

 この人がシャルルの…。

 

『お父様と腹を割って、思い切り話してみる事をお勧めしますわ』

「お…父さん…」

『シャルロット…』

 

 親父さん…か…。

 

「さて…と」

 

 ん? 急にユニちゃん先輩が立ち上がった…?

 いや、先輩だけじゃない。

 なかよし部全員が部屋から出て行こうとしている?

 

「ほーれ。一夏もとっとと立つし」

「ちょ…クロエ先輩!?」

「親子水入らずの場面を邪魔しちゃダメですよー」

「で…でも…!」

 

 クロエ先輩と風間さんに両腕を掴まれて無理矢理立ち上がらせられる。

 もしシャルルに何かあったら俺は…!

 

「心配しなくても大丈夫みたいよ?」

「え?」

 

 更識先輩が視線を向けた先を追うと、そこには強い目をしたシャルルがいた。

 

「あの子も…覚悟を決めたみたいね。お父さんと向き合う覚悟を」

「覚悟…」

 

 あんな目をしたシャルル…初めて見た。

 ここまでは、なかよし部の皆がお膳立てをしてくれた。

 こっからは自分の番だって自覚してるってことか…。

 

(そう…だよな。シャルルが勇気を出してるのに、それを邪魔するような真似をしちゃダメだよな…)

 

 どこまで行っても、今の俺は単なる部外者。

 この親子の間に割って入る資格は無い。

 皆もそれを分かっているから、ここから去ろうとしているのか…。

 

『それでは、私も少しの間だけお暇しますわ。お話が済んだら、また呼んでくださいまし』

『あぁ…感謝する。ミス・アキノ…』

 

 今の俺には何も出来ないけど…これだけは言わせてくれ。

 頑張れよ…シャルル…!

 

 

 

 

 

 

 

 



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なかよし部は信じて待つ

 部屋にシャルルだけを残し、俺はなかよし部の皆や更識先輩と一緒に食堂に向かって歩いていた。

 何故か、風間さんに腕を掴まれた状態で。

 

「あの~…風間さん?」

「なんです?」

「…どーして、さっきからずっと俺の腕に抱き着いてるんですかね?」

「こうしないと一夏君、シャルル君が心配になって部屋に戻りそうじゃないですか~」

「うっ…それは…」

 

 確かに心配ではある…あるけど…。

 

「だ…大丈夫だって。俺だってシャルルの事は信じてるしな」

「ほんとーですかぁ~?」

「あ…あぁ…」

 

 ぶっちゃけて言うと、今すぐにでも部屋に戻りたいって気持ちもある。

 けど、それ以上にシャルルの勇気に泥を塗りたくないって気持ちも大きい。

 だから必死に我慢してる状態だ。

 

「まぁまぁ、チエル君。その辺にしておきたまえ。いざとなれば、このボクが開発した特製ロープ『オー! ロンサム・ミー!』を使って拘束すればいい」

「それマウンテン・ティムのスタンド! まさか能力も再現して…」

「まさか。ものすご~く丈夫なロープなだけさ」

「そ…そうッスか…」

 

 ユニちゃん先輩の場合、本気でスタンド能力を忠実に再現した代物を作りそうで怖いんだよなぁ~…。

 

「しっかし、他校にも知り合いがいるとか、なかよし部ってもしかして、俺が想像している以上に顔が広い?」

「そう…かもしんないね。割とマジで校外に知り合いは多いかもしれない」

「最初はバラバラに知り合うのだが、その後に紹介されて共通の友人になっていく感じだな」

「そうですね~。実際、アキノさんもチエル経由で知り合ってますしね」

 

 金持ちは金持ちを引き寄せるって事なのか…?

 マジでスタンド使いみたいだな。

 

「シャルル君に関しては、今は考えても仕方あるまい。全てを決めるのは本人だ。我々が出来る事は全てやり尽くした」

「ユニちゃん先輩の言う通りね。私達はあの子を信じて、大人しく待ちましょ?」

 

 更識先輩の言う通りだな。

 ここからはもうデュノア家の問題だ。

 どれだけ友人だと言っても、介入していい領域ってのもんがある。

 これ以上は踏み込めないし、踏み込んじゃいけない。

 

「それじゃ、ウチらは今日の夕飯の事でも考えマスか。何にすっかなー…」

 

 クロエ先輩に言われ、急にお腹が空いてきた。

 後でシャルルに持って行ってやったほうがいいかな…?

 

「まだまだ夜は少し冷えるからな。ボクは温かいものでも食べるか」

「例えば?」

「ピリ辛チゲうどん…とか?」

 

 チゲうどんかー…麺類も偶にはいいかもなー。

 あんまし夜に食べるイメージってないけど、だからこそ良いかもしれない。

 

「ウチは丼ものにでもすっかな。牛丼に天丼に親子丼…カツ丼もありか?」

 

 うぉい…丼物は最強だろ…。

 何を食べても絶対にハズレが無いしな…。

 

「私も、クロエちゃんと同じ丼物にしようかしら?」

「ふーん…別にいいんじゃネ? 知らんけど」

 

 やーっぱ、この二人…仲良いよな?

 普通の友人以上に仲が良い様に見えるのは、俺の気のせいか?

 

「だったらチエルはぁ~…迷った時の定食系ですね! 唐揚げ定食にチキン南蛮定食。トンカツ定食とかもいいですね~」

 

 意外。風間さんはまさかの定食系。

 お嬢様だから、もっと豪華な奴を食べるのかと思ってた。

 意外と舌は庶民なのか?

 

「一夏くん。今、変な事を考えませんでした?」

「いや別に?」

 

 え? もしかして風間さん…千冬姉みたいに読唇術が使える?

 若しくは、部活の合間に千冬姉から習った?

 そっちの方があり得そうだな…。

 千冬姉、見込みがある奴には嬉々として技術を教えたがるし…。

 

「飯の事を考えてたら本格的に腹が減ってきたな。食堂に急ごうぜ」

 

 気を抜くと腹の音が鳴りそうだ。

 流石に、なかよし部の前でそんな真似はしたくない。

 なんて弄られるか分かったもんじゃないし。

 

「い…いいいい一夏!? どうして風間と一緒にっ!?」

「げ…箒」

「あー…篠ノ之さんだー。ちぇる~ん!」

 

 食堂に向けてペースアップした瞬間、前方から箒がやって来た。

 風間さんの顔を見た途端、凄い形相になったけど。

 

「えっと…風間さんって箒と仲良いのか?」

「仲が良いって言うか、ルームメイトなんですよね~」

「そうだったのか?」

 

 全然知らなかった…。

 そっか…俺の部屋から風間さんの部屋に移動してたのか…。

 

「ど…どうして風間と腕を組んで歩いているんだっ!? しかも、他にも女子を侍らせ追って!」

「「「侍らせるって…」」」

 

 辞書とかにしかなさそうな単語を使いやがって。

 ほら。ユニちゃん先輩やクロエ先輩、楯無先輩がマジで呆れてるじゃねぇか。

 

「あー…チエル。こいつ、誰?」

「チエルや一夏君と同じ一年一組の『篠ノ之箒』ちゃんです。さっきも言った通り、チエルのルームメイトでもあるんですよ」

「篠ノ之って…あぁ~…そゆこと」

 

 流石はクロエ先輩。

 箒の名字を聞いただけで事情を察して、敢えて聞こうとしなかった。

 

「む? よく見たら…風間以外は全員が上級生…なのか?」

「そうだぞ。二年生と三年生。ったく…挨拶ぐらいしろよな」

「う…うるさい! 元はと言えばお前が…!」

「はーいはい。篠ノ之さん。飴ちゃんでも舐めて落ち着いてくださいね~」

「何を言って…むぐっ!?」

 

 箒が大きく口を開いた隙に、風間さんが棒付きの飴を放り込んだ。

 うーん…やるなぁ…。

 

「落ち着きましたか?」

「あ…あぁ…」

 

 落ち着いたってよりは、強制的に落ち着かされたって感じか。

 流石の箒も、なかよし部の前じゃこんなもんか。

 

「折角だし、篠ノ之さんも一緒に食堂に行きます~?」

「い…良いのか?」

「勿論ですよ~。ね?」

 

 俺は当然だが、他の皆も同じように頷く。

 そもそも、断る理由が無いしな。

 

「そ…そうか。なら…同行させて貰おうか」

「はい決定ー! んじゃ、皆で仲良くいきましょーか!」

 

 す…すげー…お手本のような陽キャだ…。

 ギャルでお嬢様で陽キャって…ある意味で最強の生物なのでは?

 

「い…いいいいいい一夏さんっ!? 何をしていますのッ!?」

「今度はセシリアか…」

 

 同じ寮に住んでるからって、二連続で来るか普通…?

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 食堂に向かいながら、自己紹介をしつつ箒とセシリアに事情を説明した。

 と言っても、流石にシャルルの正体については話せないので、適当に『シャルルの具合が悪くなったので、ゆっくりと休ませる為に一人で食事に行こうとしていた所に皆と会った』って事にした。

 俺の頭じゃ、これ以上の言い訳が思いつかなかった。

 

「そうだったのか…それならそうと早く言えばいいものを」

「全くですわ。人騒がせな…」

「その台詞、そっくりそのまま二人に返すからな」

 

 一番人騒がせなのはお前等だろーが。

 なんだろう…不思議と、なかよし部の皆が真面に見えてきた…。

 どれだけ思考や言動がぶっ飛んでても、暴力を振るわないだけ遥かにマシなんだなぁ…。

 

「それにしても…」

「な…なんだよ?」

「どうかしたのかね?」

「んー?」

「何かしら?」

 

 箒たちが急に先輩達の事をジロジロと見だした。

 あんまし凝視すんなよ。普通に失礼だぞ?

 

「一体いつの間に、こんなにも大勢の上級生と知り合っていたんだ…?」

「全く存じませんでしたわ…」

 

 別に報告する義務もねぇしな。

 

「うーん…強いて言えば…部活?」

「「部活?」」

「そ。なかよし部」

 

 俺は入部してないけど、それでも何故か巻き込まれるのが謎。

 割とマジでどうしてなんだろうか?

 千冬姉が顧問をしてるから?

 

「一夏は部員じゃないけどね」

「時折、自主的に我等の活動に参加してくれているのだよ」

「いや~…一夏くんがいるだけで盛り上がりますよね~。織斑先生には出来ないツッコミをしてくれるって言うか」

「ツッコまれるような事をしてるって自覚はあるのか…」

 

 自覚があってしてるって、なかよし部の胆力は半端じゃねぇな…。

 いずれ、シャルルもこの三人みたいになるんだろうか…。

 

「織斑先生? どうして先生の名前が出てくるんだ?」

「どうしてって…」

「センセーはウチらの顧問だし」

「「えぇっ!?」」

 

 やっぱ驚くよなぁ…俺も最初は驚いた。

 てっきり運動部系、しかも武道系の部活の顧問をしてるかと思ったら、まさかの文化部系(?)だったもんな。

 余りにも意外過ぎて、逆に顔に出なかったわ。

 

「つーか、俺としては箒が風間さんと一緒の部屋だったのが驚きなんだが?」

「う…うむ…」

 

 この感じ、完全に風間さんに振り回されていると見た。

 まだ日が浅いってのもあるんだろうけど、それ以上に性格が合わないだろうしなぁ…。

 だって、モロに真逆だし。

 人付き合いが苦手な箒と、典型的な陽キャの風間さん。

 先生達も、どうしてこの二人を同じにしようと思ったのやら…。

 

「それよりも気になることがあるのだが…」

「私もですわ…」

「ん?」

 

 どうして二人してユニちゃん先輩を見る?

 あ…そっか。

 俺達はもう完全に見慣れてるけど、ユニちゃん先輩の見た目は、初見の人には小学生とかにしか見えないよな。

 

「一応言っておくが、ボクは立派な18歳の三年生だぞ」

「「18歳!? 飛び級じゃなくてッ!?」」

「まぁ…そんなリアクションには…なるわよねェ…」

 

 更識先輩も初めて会った時は同じ反応をしたのか…。

 気持ちは分かる。誰だって分かる。

 

「でもパイセン。前に小学生の女の子(一年生)に混じって一緒に遊んでなかったっけ?」

「あれは単に、彼女達に便乗しておやつを貰いに行こうとしただけだ」

「それはそれで色々と問題がある気が…」

 

 小学生低学年女子と一緒に遊ぶユニちゃん先輩…。

 うん。違和感仕事しろ。

 普通にバレねぇわ。

 

「なんて話をしている間に食堂に到着か。結局、皆は何にするんだ?」

「ピリ辛チゲうどん」

「「カツ丼」」

「チキン南蛮定食」

 

 うーん。見事な初志貫徹。

 それなら俺は…。

 

「じゃあ、俺も風間さんと同じチキン南蛮定食にするかな」

「お揃いですね~」

「「!!??」」

 

 ん? どうして箒とセシリアは鳩が豆鉄砲を喰らったような目でこっちを見る?

 別に俺が何を食べようと、俺の勝手だろ?

 

「や…矢張り…一夏の奴…風間の事を…!?」

「うぅ…私達とは全く違うタイプですものね…由々しき事態ですわ…」

 

 一体何が『由々しき事態』なんだ?

 ちゃんと説明してくれ。

 

「へぇ~…なんか面白いことになりましたねぇ~」

「ほぅほぅ…これはまた…」

「ふーん…一夏も大変だねぇ~…」

「青春ねぇ~。ね、クロエちゃん?」

 

 完全に傍観者気分になってるし。

 巻き込まれる方の身にもなってくれよな…。

 はぁ…箒たちとなかよし部…それぞれ別の意味で疲れる…。

 けど、どっちが良いかと言われたら、多分迷わずに『なかよし部』を選ぶと思う。

 だって、なかよし部は俺に暴力振るわないし。

 変な事で怒ったりもしないし。

 ツッコミは疲れるけど、それだけだしな。

 

 …なんだろう。俺もなかよし部に入れば、少しはマシな青春が送れそうな気がしてきたんだが…。

 少なくとも、優秀な先輩達がいるのは事実だしな…。

 

 …俺…マジで入部を考えるかもしれない…。

 

 

 

 



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なかよし部はアフターフォローも忘れない

今回でシャルロットに関する話は終了。

今後、彼女は本格的になかよし部の一員となります。

やったねシャルロットちゃん! 出番が増えるよ!








 夕食を終え、全員揃って再び俺達の部屋へと戻る。

 すると、もう既に親子の話は終わっていたようで、デュノア親子は画面越しに仲睦まじくしていた。

 

「ただいま。えっと…大丈夫だったか?」

「あ…一夏。それに皆も。うん。こっちは大丈夫だったよ」

 

 シャルロットの顔は、部屋を出る前の不安に満ちたものではなくなり、憑き物が取れたかのようにスッキリとしていた。

 

「あれから、お互いに言いたい事を思い切り言い合ったよ。お蔭で、お父さんたちの本当の気持ちを理解することが出来た」

『そうだな…。私達親子には『対話』が足りなさすぎた。もっと早くに勇気を出して色々と話し合っていれば、こんな事にはならなかったのかもしれん…。いや、過ぎた事を言っても意味が無いな』

 

 アルベールの顔もまたシャルロットと同様に穏やかな表情に戻っていた。

 これこそが彼の本来の顔なのだろう。

 

『本当に…君達にはどれだけ礼を言っても言い尽くせない。ありがとう…今はそれしか言える言葉が無い…』

「気にする必要は無いよ、アルベール氏。我々は単に困っている『友人』を助けようと思っただけさ」

「そのとーり。だから、そんな気にしなくてもいいッスよ」

「チエル達は、チエル達がやるべきだと思った事をしただけですからね~」

 

 やるべき事をしただけ…か。

 そんな台詞を素面で言える時点で凄いんだよなぁ…。

 

『では、私達はこの辺で失礼するとしよう。彼らが戻って来る前にも言ったが、もうこっちの心配はいらない。いつでも好きな時に戻って来なさい』

「うん…ありがとう。お父さん」

『元気でね…シャルロット』

「そっちこそね…お義母さん」

 

 よかった…ちゃんと仲直りが出来たみたいで。

 今回は本当になかよし部の大手柄だな。

 

『ユニさん! クロエさん! チエルさん! 私もそろそろ日本に戻りますわ! またそちらでお会いしましょう!』

「うむ。その日を楽しみに待っているぞ」

「そんじゃまた~」

「ちぇる~ん!」

 

 …こっちはこっちで平常運転だな。

 ある意味、なかよし部らしいって言うか…。

 あ…通信が切れた。

 

「そうだ。ほら、これ。購買部で買ってきた。カツサンドと牛乳。流石に食堂のやつを持ってくるわけにはいかないからな」

「ありがと、一夏。ふーん…豚肉を衣に包んで揚げたものをパンに挟んでるんだ…」

 

 どうやら興味を持ってくれたみたいだな。

 だが、ただカツを挟んだだけじゃないぞ。

 特製のソースも掛けられてるからな。

 ぶっちゃけ、凄く美味そうだったから、今度は自分でも買ってみようと思う。

 

「さて…取り敢えずの一件落着はしたから、今後の事を話し合おうか」

「「今後の事?」」

 

 今後って…一体何を?

 もうシャルロットの事は解決しただろ?

 

「シャルロット君には申し訳ないが、君にはもう少しだけ男装を続けて貰いたい」

「え? なんでだよ?」

 

 別に今のタイミングで言ってもいいじゃないか。

 つっても、流石にいきなりってのはあれだから、まずは千冬姉とかに事情を説明して…。

 

「よく考えてみて、織斑君。今、IS学園は『学年別トーナメント』に向けての準備の真っ最中なのよ? 勿論、先生達はほぼ毎日が大忙し。学年主任である織斑先生は特に忙しいでしょうね」

「そんなにも忙しい中で、もしも『シャルル君は実は男装をしていたけど、それに関する問題が無事に解決したので正体を明かしても良いですか?』なんて言ってみたまえ。それだけでまたひと仕事が発生するぞ?」

「そうなったら、一体どうなると思う?」

「どうなるって…」

 

 生徒会長である更識先輩と、学園一の天才児であるユニちゃん先輩に言われると迫力が違うな…。

 けど…なんとなく分かっちまった。

 今のタイミングでシャルロットの事を話したりしたら…。

 

「「まず確実に過労で倒れる」」

「だよなぁ…」

 

 一刻も早く、シャルロットが本当の姿で学園生活が送れるようにしてやりたいって気持ちはあるけど、かと言って千冬姉や山田先生が顔面蒼白状態でぶっ倒れる姿は見たくはない。

 

「あなただって、お姉さんが目の下に隈を作って栄養ドリンク片手にパソコンと睨めっこしている姿なんて見たくは無いでしょ?」

「はい…流石に堪えます…」

 

 うぅ…こればっかしは仕方がないか…。

 

「僕なら大丈夫だよ。もう吹っ切れてるし。先生達に迷惑をかける訳にはいかないしね」

「悪いな…シャルル…」

 

 こればっかりは単純に時期が悪かったってことか…。

 

「少なくとも、学年別トーナメントが終了するまでは男装しとくっきゃないっしょ。それさえ過ぎれば、学園も少しは落ち着きを取り戻すだろうし」

「そうですねー。学年別トーナメントの後は『臨海学校』があって、その後は期末テスト、それさえ過ぎれば念願の夏休み突入ですから」

 

 風間さんが説明してくれたけど、まだまだイベント豊富なんだな…。

 臨海学校か…マジでIS学園ってイベント多すぎじゃ?

 

「まぁ、こればかりは仕方があるまい。我々とて、織斑教諭に倒れられたくはないからな」

「そうッスね。なんだかんだ言って、ウチらって織斑センセーに世話になりまくってるし」

「こんな時ぐらいは大人しくしておきましょーか」

 

 なんだ…ちゃんと千冬姉の事を心配してくれてるのか…。

 そうだよな。シャルロットの事でこれだけ真剣になってくれた人たちが、自分達の部の顧問の事を心配しない訳がないか。

 

「これからは、シャルロット君にもなかよし部の一員として頑張って貰おうか。よろしく頼むぞ」

「は…はい! わかりまし…え? あの話って本当だったんですかっ!?」

「当たり前だろ? 伊達や酔狂であんな事は言わんよ」

 

 だよなぁ…。

 この人達って、基本的に発言はぶっ飛んでるし冗談も言うけど、嘘だけは絶対につかないんだよな。

 それが良いことなのかは別として。

 

「ならば、まずはシャルロット君に本格的な男装を覚えて貰おうか。僅かな期間だけとはいえ、男装を継続することが決まった以上、念には念を入れて男装の精度を向上させるのは急務と言えるだろう。ということで…楯無くん。チエルくん」

「「は~い♡」」

 

 言うが早いが、更識先輩と風間さんがすっごい良い笑顔でシャルルの両腕をガシッと摑んだ。

 あぁー…これはもう逃げられないパターンですわ。

 

「まぁ…その…頑張れ。ウチも一度やってるし、なんとかなるっしょ」

「なんか全然慰められてる感じがしない!?」

 

 結局、そのままシャルルは二人に脱衣所へと強制連行されていきましたとさ。

 

「大丈夫…かな…」

「あの二人ならば心配はあるまい。それよりも…一夏くん」

「は…はい」

「君も、シャルロット君…いや、シャルル君のフォローを頼むぞ。チエル君にも後で言っておくが、名目上『同じ男性IS操縦者』だから、君の方がフォローはし易いだろう」

「そう…っすね。分かりました。学年別トーナメントが終了するまでの間、俺と風間さんでシャルルの事を支えます」

「よろしく頼むよ」

「ガンバリな、男の子」

「はい!」

 

 クロエ先輩に励まされた…なんか地味に嬉しいぞ…。

 普通にやる気が出たかもしれない。

 

 明日からは、今まで以上に頑張らないとな…。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 次の日。

 俺とシャルルはいつものように教室へと向かう。

 だが、シャルルの姿がこれまでとは地味に、だが確かに違っていた。

 

「えっと…大丈夫かな…」

「おう。全く違和感ねぇよ」

 

 風間さんと更識先輩の手によって、シャルルの男装テクは大幅な進化を遂げていた。

 肩幅が大きくなり、肩の角度も高くなっているし、今までは僅かにあった腰の括れも完全に消失し、パッと見は完全に『体の線が細い男子』って感じになっている。

 ちょっとした工夫次第で、ここまで化けるとは…男装恐るべしだな。

 これがプロの技術って奴なのか。

 

「ね…ねぇ…今日のデュノア君さ…なんかいつもよりも雰囲気が違くない?」

「うん…凛々しくなってるっていうか…頼もしく感じるっていうか…」

 

 早速、効果が出ているみたいだな。

 ほんの少しまで、俺自身も全く気が付かなかったと思うと実に情けないが、それはこれから観察力を磨いていけばいいだけの話だ。

 

「ちぇる~ん! おはよ~ございま~す!」

「「おはよう」」

 

 噂をすれば何とやら。

 後ろから風間さんがやって来て挨拶をしてくれた。

 相変わらず、朝から元気だなぁ…。

 

「ふむふむ…どうやら、ちゃんとしているみたいですね」

「うん。風間さんと更識先輩のお蔭だよ」

「いえいえ、それ程でも~。ま、技術自体は覚えていても損は無いですし、本当の意味で一段落したら、趣味とかでしてみるのも一興かもですよ?」

「あはは…その時になったら考えておくよ…」

 

 趣味が男装って…いや、可能性はあるのか?

 今までは嫌々していても、ふとしたことが切っ掛けで…ってことは往々にしてよくあるしな。

 

「んじゃ、早く教室に入りましょーか。先生達が来ない内に」

「そうだな」

 

 後は学年別トーナメントを乗り越えるだけか。

 こればっかりは時間が解決するから、俺に出来る事は殆ど無い。

 

 けど…この時の俺はシャルルの問題が一応の解決をしたことで完全に失念していた。

 一年一組には現在、もう一つの問題があったと言うことを。

 

 そこまで大きな問題ではないけど…かといって、このまま放置は出来ないよなぁ…。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 一方その頃。

 クロエと楯無の所属している二年生の教室では…。

 

「どうやら、なんとかなってるみたいね」

「楯無とチエルの男装テクのお蔭だね」

「久し振りにやり甲斐のある仕事をさせて貰ったわ~」

「さよですか」

 

 机に座りながら、クロエがチエルから送られてきたメッセージを確認していた。

 一応、こうしてチエルの手によって学園の違うクロエやユニの所に定期的に報告をしているのだ。

 なかよし部、こういう所にはマジで抜かりがない。

 

「そういや、一組にはもう一人、なんかヤバげな問題児がいる的な事を前に言ってなかったっけ?」

「あぁ…あの『ドイツから来た子』のことね…」

「そ。それ。大丈夫な訳?」

「どうかしら…報告によると、協調性に欠ける上に暴力的な部分が見受けられるらしいけど…」

「いやいやいや…その時点でもう普通にアウトっしょ」

「そうなのよねぇ。でも、まだ絶妙に致命的な事はしていないのよ。だから、今は様子見をするしかないって言うのが現状で…」

「なんか、また別方向で苦労しそうな気がする…。こりゃ、もしかしなくても今年のトーナメントは荒れ模様だったりする…か?」

「それだけは勘弁願いたいわね…生徒会として」

「だね。ま、なんかあったらいつでもウチらに相談しに来なよ。なかよし部はいつだって、困ってる奴の味方だからさ」

「うぅ~…クロエちゃぁ~ん…いっぱいちゅき♡」

「あっそ……ウチもだよ

 

 今後の事を話し合いながらも、お熱いお二人さん。

 教室の温度が別の意味で上昇したのは言うまでも無かった。

 

 

 

 

 

 




次回からはラウラ編に突入。

果たして、ラウラはどんな風になかよし部と絡むのか?







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なかよし部はすぐに駆けつける

 シャルルの問題はひと段落し、再び平穏な日常が戻ってきた…筈だった。

 

「では、これより会議を始める」

 

 …なのに、どうして俺はまた『なかよし部』の活動に参加しているのだろうか…。

 

「あはは…なんかゴメンね…一夏」

「いや…気にすんな」

 

 因みに、俺の隣には同じように困惑しまくっているシャルルもいる。

 いや…シャルルはもう、なかよし部の一員だから良いのか?

 

「あのー…ちょっちイイッスか?」

「何かね一夏くん」

 

 この会議、勝手な発言をするとめっちゃ怒られるんだけど、ちゃんと挙手さえすれば何故か許されるという謎ルールが存在している。

 これさえ覚えていれば、まぁなんとかなる。

 

「どーして俺まで連行されてるんすかね…? 一応、放課後は俺とシャルルでISの訓練を一緒にする予定だったんスけど…」

「大丈夫だ。ちゃんと参加さえしてくれれば、その穴は我々が埋めてあげよう」

「えっと…埋めるってのは…?」

「ボク達が、君達の訓練を手伝ってあげると言っているのだよ。勿論、部活動の一環としてな」

「えっ!? い…いいんですか?」

「当然だ。なかよし部は、受けた恩は絶対に忘れない。だろう?」

「「うんうん」」

 

 ユニちゃん先輩に合わせて、クロエ先輩と風間さんが大きく頷く。

 そういや…この人達って企業所属で、専用機を持ってるぐらいの実力者なんだよな…。

 そんな人達に鍛えて貰うってのは、何気に貴重な機会なのでは?

 

「ま、ボク達はそれぞれに得意分野が違うけどな」

「そうなんスか?」

「うむ。まず、このボクことユニちゃんは『電子戦』が得意なのだよ」

「電子戦…」

 

 漫画とかで見た事はあるけど…それって、ハッキング的なのが出来るって事で良いんだよな?

 

「んで、ウチは高機動戦闘が得意なワケ。相手の攻撃を受けるってのは性に合わないんだよね。ぶっちゃけ、当たらないのが一番だし」

 

 確かに…クロエ先輩って運動神経が良いらしいから、それっぽいのが似合うな。

 

「そして、チエルは近接戦闘…特に徒手格闘系が得意なんですよ~!」

「マジかよ…」

 

 そういや、前に箒が言ってたっけ。

 風間さんって、実は色んな格闘技を通信教育で全てマスターしてるって。

 ギャルで社長令嬢で格闘技が得意って…属性のデパートだな。

 

「おっと。ついつい話が逸れてしまったね。では、改めて部活を始めるとしよう」

「あれ? そういや、今日は千冬姉はいないんですか? 顧問ですよね?」

「織斑教諭ならば、今日も学年別トーナメントの準備に追われているよ」

「朝は平気そうな顔をしてましたけど、あれは明らかに化粧で誤魔化してますねー」

「今度、なかよし部で労ってやろうって話をしてたっけ」

 

 ち…千冬姉…。

 よし…俺も今度、俺なりのやり方で労ってやろう。

 …偶には好きなだけ酒を飲ませてやろうかな。

 

「またもや話が逸れてしまった。うむ…一夏君がいると賑やかになるのは良いが、どうも話が逸れやるくなるのが難点だな」

「す…すんません」

 

 え? 俺が悪いのか?

 いや…俺から話題を振ってるな。

 

「それでは、今度こそ会議を始めよう。今回の議題は『メソ…』…ん?」

「なんか廊下が騒がしいですねー」

「どうかしたんかな?」

 

 確かに、廊下から大勢の話し声が聞こえてくる。

 賑やかなのはいつもの事だけど、それとはまた毛色が違うような気がする。

 

 まぁ…それはそれとして……メソって何ッ!?

 メソってマジで何――――――っ!?

 

「ちょっと様子を見てみるか。よいしょっと」

 

 教壇から降りたユニちゃん先輩が、教室の扉を開けて、そこにいた生徒に話しかけた。

 リボンの色からして三年生か?

 

「これこれ。なにやら騒がしいが、一体何があったのかね?」

「あっ! ユニちゃん! 今日も可愛いわね~!」

「うあ~…や~め~れ~」

 

 頭を撫でられてる…。

 先輩って、同じ三年生にもマスコット扱いされてるのか…。

 

「あ~…ごめんごめん。つい、いつもの癖でやっちゃった」

 

 いつものことなのかよ。

 あの人もあの人なりに苦労してるんだな。

 

「で、何があったのかね?」

「実は、第三アリーナでドイツの候補生の子が暴れているらしいの」

「ほほぅ?」

 

 ドイツの候補生って…アイツの事だよな?

 暴れてるってのは、どういうことだ?

 

「詳しいことは分からないけど、なんでも一年のイギリスの子と中国の子に喧嘩を吹っ掛けたんですって」

「なんだってっ!?」

「えっ!?」

 

 イギリスと中国って…まさかセシリアと鈴の事かッ!?

 どうしてまた、アイツ等がっ!?

 

「成る程…事情はよく分かった。感謝する」

「それなら、今度またユニちゃん用に新しい可愛い服を買ってきたから着てくれない?」

「う…うむ…情報提供の対価としてなら安い方か…」

 

 この人、同級生の着せ替え人形にされてるのか…。

 実際、似合う服は多そうだしな。

 

「んじゃ、そろそろ行くね!」

「うむ」

 

 そう言うと、三年生の先輩は廊下を早歩きで去って行った。

 ちゃんと『廊下は走らない』の精神を守る辺り、真面目だな~と実感する。

 

「一難去ってまた一難…か。全く、IS学園という場所は本当に暇が無い学園だな。仕方あるまい」

「それじゃあ…」

「なかよし部、緊急出動だ。本日の活動内容を変更し、ドイツの候補生の暴走を食い止めに行くとしよう。学園の治安維持もまた、なかよし部の立派な活動の一つだ。行くぞ諸君」

「「「「了解!」」」」

 

 なんかノリと勢いで返事をしちまったけど、別にいいか。

 それよりも今は、セシリアと鈴を助けに行く方が先決だ!

 

「と言う訳で一夏くん。このボクをおんぶしてくれたまえ」

「なんでおんぶっ!?」

「自慢じゃあないが、ボクはこう見えて運動が大の苦手でね。未だに50メートル走を完走したことが無い!」

「それは自慢することじゃないと思うんですけどッ!?」

 

 50メートル走を完走できないって、もう運動苦手とかそういう次元じゃないだろッ!?

 どんだけ引き篭もっていれば、そこまで体力が低下するんだっ!?

 

「そういや、ユニちゃんパイセンって前にシャトルランの一回目で脱落してたっけ」

「一回目となっ!?」

 

 流石にそれは前代未聞過ぎるっ!

 

「あと、体力が無さ過ぎて前に校舎内で何回か迷子になりかけた事があるって織斑先生に聞いたことがあるんですけど」

「校舎内で迷子ッ!?」

 

 千冬姉…保育士の真似事みたいな事までやってたのか…。

 

「懐かしい。そんな事もあったな」

「そ…それだけで済ませるんだ…」

 

 シャルルが呆れるのも無理ないわ。

 割と冗談抜きで、ユニちゃん先輩が3年生なのか疑わしくなってくる。

 

「だが、これでこのボクが普通に走っていては絶対に間に合わないと理解出来た筈だ。さぁ、ボクを早く背負って、一刻も早くアリーナに向かうのだー」

「へいへい…」

 

 こればっかりは仕方がねぇか…はぁ…。

 なんとなくだけど、また一つ千冬姉の苦労が分かったような気がする。

 

「よいしょ…っと。これで良いっすか?」

「上等だ。ふむ。中々の乗り心地だな。こーゆーところは姉君とそっくりだ」

「おんぶの乗り心地が千冬姉と似てるって言われてもな…」

 

 喜んでいいのか。呆れたらいいのか。

 つーか、やっぱ千冬姉もユニちゃん先輩をおんぶしたことがあるんだな。

 

 こうして、俺達は目的地である第三アリーナへと向かう事にしたのだった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「おぉ~…ちゃんとボクの事に気遣って走るとは。少しだけ見直したぞ一夏くん」

「そりゃどーも」

 

 そっちは良いかもしれないけどな…こっちは割と大変なんだよ!

 流石に走るのはヤバいと思って、限りなく走るのに近い早歩きで向かっているんだけど、体が揺れる度にその…背中に当たるんだよ!

 ユニちゃん先輩の小さくて柔らかい物が!

 俺だって男なんだから、そーゆーのには反応しちまうんだよ!

 

「…一夏?」

「頼むから…そんな目で見ないでくれシャルル…」

 

 完全に目からハイライトが無くなってるから!

 見事なまでにヤンデレの目になってますから!

 

 これまでに色々な事があったけど、結果的に自分と家族を助けてくれた上に仲直りの切っ掛けまでくれた『なかよし部』の皆の事をシャルルは大事に思っているようで、最近になって何回かこんな目で見られたことがある。

 特にクロエ先輩絡みになると、冗談抜きの殺気が飛んでくる。なんで?

 

「しっかし、一体どうしてラウラの奴がセシリア達に喧嘩を吹っ掛けるような事態になっちまったんだ…?」

「あの子の事ですから、単純に『二人が一夏君と仲が良いから』的な理由なんじゃないですかぁ?」

「十分に有り得るな…だとしたら絶対に許せねぇよ…!」

 

 狙うなら俺だけを狙えばいいだろ!

 どうして周りの連中に手を出すんだっ!?

 

「む? 一夏? そんなに急いでどうした?」

「あ…箒か」

 

 アリーナに向かっている途中で偶然にも箒と出くわした。

 今から部活にでも行くところなのか?

 

「って…なぁっ!? ど…どうして真行寺先輩を背中に乗せているッ!? 貴様…まさかそっち系の趣味に目覚めたのではあるまいな…!」

「ち…違うから! ちゃんと説明させてくれ!」

 

 このまま誤解がするんだら絶対の碌な目に遭わないから、急いで事情を説明をした。

 その際、背中にいるユニちゃん先輩やクロエ先輩達も助け舟を出してくれた。

 

「そ…そう言う事か。私はてっきり…」

「てっきり…なんだよ?」

「いや…なんでもない」

 

 確かに、俺から見てもユニちゃん先輩は可愛いとは思うけど、だからと言ってそういう目で見たりとかはしないぞ?

 もししたら、色んな意味で俺の人生が終了しそうな気がするし。

 

「一夏くんも中々に苦労をしているようだな」

「人気者ですねぇ~。青春してますねぇ~」

「ま…精々ガンバリな。いざとなったら、ウチらんトコに逃げ込んでき」

「ク…クロエ先輩…!」

 

 うぅ…他二人とは違って、クロエ先輩の優しさがマジで身に染みる…。

 マジで良い人だよなぁ…。

 

「しかし…心配だな。転入初日から、いきなり一夏に対してビンタをしてくるような奴だ。どんな事をしているか想像もつかん」

「だよな…」

 

 未だに、アイツがどうして俺をそこまで目の仇にするのか理由が分からないんだよな…。

 正確には、予想は出来るけど、それが正解なのかが分からない。

 

「仕方があるまい。私も一緒に行こう。いざと言う時、止められる人間は少しでも多い方が良い筈だ」

「それもそうだな」

「それに…」

「え?」

「おんぶにかこつけて、お前が真行寺先輩に変な事をしないとも限らんしな。ちゃんと見張っておかねば」

「何にもしねぇからっ!」

 

 お前は普段から俺をどんな目で見てるんだよッ!?

 割とマジでショックだぞっ!?

 

「はっはっはっ。どうやら、ボク程の美少女ともなれば、また出会って日が浅い男子の心すらも簡単に魅了してしまうようだな。うーん…可愛いとは罪だな。そう思わないか? クロエくん」

「どうして、そこでウチに話を振るし」

「クロエ先輩が可愛いからじゃないんですか? 実際、チエルから見てもめちゃ美少女だと思いますし」

「は…はぁっ!? いきなり何を言い出すしっ! 意味分らん…ったく…」

 

 すんません…狼狽えながら赤面するクロエ先輩…滅茶苦茶可愛かったっす。

 これはすげー破壊力だわ…。

 

「うぐ…これは確かに…」

「クロエ先輩…♡」

 

 そして、箒はなんだか悔しそうにしてて、逆にシャルルは嬉しそうにしてる。

 この真逆の反応は何だ?

 

「って、んな事をしてる場合じゃねぇから! 速くアリーナに向かわねぇと!」

「おっと、そうだったな。このボクとしたことがうっかりとしていた。さぁ、急ぐとしよう」

「うっす!」

 

 なんか箒が加わったけど、気にしてる場合じゃないよな。

 頼むから…無事でいてくれよ…セシリア…鈴…!

 

 

 

 



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なかよし部はすぐに動く

 第三アリーナに到着すると、そこには目を覆いたくなるような光景が広がっていた。

 

「う…うぅ…!」

「まだ…ですわ…!」

 

 体もISもズタボロになった状態でステージの地面に横たわっているセシリアと鈴の二人。

 それを悪意ある笑みで見下ろしているラウラ。

 それだけで、この場で何が起きたかは明白だった。

 

「アイツ…!」

 

 生まれて初めて、一瞬で頭の中が怒りに支配された。

 俺の大事な友人達を傷つけやがって…絶対に許さねぇっ!!

 

「なんてことを…!」

「セシリア…鈴…!」

 

 俺の隣にいるシャルルと箒も、心配そうに二人を見ていた。

 一刻も早く二人を助けねぇと!!

 

「ユニちゃん先輩! 早く俺から降りて…あれ?」

「もう降りているよ」

 

 い…いつの間に?

 マジで気が付かなかったぞ…。

 

「なぁに。君の気持ちは理解出来るが、心配は無用だ。こんな時の為に我々『なかよし部』が存在しているのだ。久し振りに、我等が役目を果たそうじゃあないか」

「役目…」

 

 俺が知らないだけで…なかよし部には本来の使命的なのがあるってのか…?

 

「このアリーナに到着した瞬間、君達が狼狽えている間にもう…なかよし部は行動を開始しているのさ。このように…ね」

 

 そう言うと、ユニちゃん先輩は目の前の空間に投影型ディスプレイを展開して、何かを操作し始めた。

 

「あ…あれ? そう言えば、クロエ先輩と風間さんがいないよッ!?」

「ほ…本当だ! 一体どこに消えたんだっ!?」

「二人ならば、もう既にあそこにいるよ」

「「「え?」」」

 

 あそこって…あっ!?

 

「「「ステージに降り立ってるっ!?」」」

 

 い…いつの間にあそこまで移動したんだ…?

 マジで全く分からなかったぞ…。

 

「彼女達の事は二人に任せておきたまえ。少なくとも、怒り心頭で冷静じゃない君よりは適任な筈だ」

「うっ…」

 

 言われてしまった…。

 でも…そうかもしれない。

 感情任せに剣を振ったって、アイツに通用するとは思えない。

 寧ろ、返り討ちに遭うかもしれない。

 

「なぁに。彼女達ならば大丈夫だ。伊達になかよし部の部員じゃないってことを存分に見せてくれるよ…っと。こんなもんかな?」

「あのー…さっきから先輩は何をしてるんスか?」

「ちょっとね。あのドイツ少女にお仕置きをする為の下準備さ」

「「「下準備…」」」

 

 なんだろう…あんまり良い予感がしないのは…。

 この人の事だから、俺達の想像の斜め上の事をしそうなんだよな…。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 ステージに降り立ったクロエとチエルは、すぐに倒れている二人の元まで駆け寄った。

 

「そこの二人。だーいじょーぶかー?」

「あらら…随分と派手にやられちゃいましたね~」

「か…風間さん…クロエ先輩…お見苦しい姿をお見せしましたわ…」

 

 セシリアは以前に会った事があるので、二人に対して普通に返事が出来たが、鈴は完全な初対面なので、二人に対してどんな反応をすればいいのか戸惑っていた。

 

「だ…誰よ…あんたら…」

「風間さんは私と同じ一組のクラスメイトで、クロエ先輩は二年の方ですわ」

「一組の…全然知らないわ…」

 

 基本的に鈴の中の一組とは、想い人である一夏と、自分と同じ取り巻きである箒とセシリアしか知り合いはいない…というか眼中にすら入っていない。

 なので、この反応は当然だった。

 

「ま、別にいいですけどねー。チエルも基本的には、自分の興味のある人としか付き合わないようにしてるんでー」

「つーか、んな事を話してる場合ちゃうし。あんたらはここでジッとしてな。あのドイツ女はウチらで懲らしめるからサ。いくよチエル」

「はーい♡」

 

 クロエに言われてウッキウキで返事をするチエル。

 二人は先程までずっと好き放題に暴れていいたラウラに向かって無言で歩いていった。

 

「あ…危ないですわ! 生身でISを纏った相手に近づくなんて!」

「そうよ! 早く逃げなさい!!」

「だいじょーぶ。アホ丸出しでイキるだけしか能が無い候補生程度、別にISなんて使うまでもないっしょ」

「っていうかー、使ったら寧ろ可哀想…的な感じ? 幾ら相手が10:0で悪いとはいえ、ハンデぐらいはあげないとカワイソーですよねー」

 

 それを聞き、ずっと黙っていたラウラの顔が反応した。

 

「今…何と言った? この私に対してハンデ…だと? 貴様等風情が?」

「いや…風情なのはそっちでしょ。どう考えても」

「井の中の蛙、大海を知らず…ってやつですねー。身の程知らずも、ここまで行くと滑稽を通り越してギャグになりますよね」

「貴様等…!」

 

 生身の人間がISを纏った相手に挑発を繰り返す。

 普通に考えれば無謀極まりない行為だが、それはあくまで『世間一般』の話であり、少なくとも彼女達『なかよし部』には、その常識は一切通用しない。

 それをこれから、この場にいる全員が思い知ることとなる。

 

「良いだろう…ならば私も容赦せん!! このシュヴァルツェア・レーゲンの前にひれ伏…なに…!?」

 

 ラウラが体を動かそうとしたら、全く自身の体が動かない。

 否。正確には動かないのは体ではなくてISだった。

 

「残念だが、君はもうその場から動く事は愚か、指一本すら動かす事は出来ないよ」

「な…何だとッ!?」

 

 そう言いながら現れたのは、投影型ディスプレイを操作しながら歩いているユニ。

 こうして、なかよし部のメンツが完全に集結した。

 

「君のISは、この僕がアリーナに来た瞬間に『ドルイドシステム』を使ってコアにハッキングを仕掛け、一時的な麻痺状態になって貰った」

「ば…バカなッ!? ISのコアをハッキングだとッ!? そんな事が出来る筈がない!! 世迷い事を抜かすな!!」

「それは君がまだ世の中の事を知らないから言える台詞だ。他の連中には出来ない。けど、僕には出来る。それだけの話さ。なんたって、僕は天才美少女だからね」

 

 自分で言ってりゃ世話がない…と思われがちだが、ユニの場合は本当に天才で美少女だから誰も何も言えない。

 

「さて…どんな気持ちだい? 敵対者を目の前にして全く身動きできない気持ちは? あ、当然だが強制解除なんてさせないよ? 君は少し調子に乗り過ぎた。IS学園の秩序を守護する『なかよし部』として、これから君に『お仕置き』をするからね」

「ふん…やれるものならやってみろ!! 例え身動きできずとも、私がISを纏っている以上、貴様等に私を傷つけることは不可能! それとも、貴様等もISを纏ってみるか? ハハハハハハ!」

 

 ISをという絶対的な鎧があることで、まだ強気な態度を崩さないラウラ。

 それを見て、なかよし部の三人は大きな溜息を吐いた。

 

「知らぬが仏とはよく言ったものだな」

「そうッスね。んじゃ、今からこの調子こきまくりなガキンチョに教えてやりますか」

「その事の愚かさを…ですね」

 

 まずはクロエがポケットに手を突っ込みながら静かに歩き始め、右手だけを出してポツリと呟く。

 

「来な…MVS」

 

 クロエの右手に、黄金の装飾が施された一本の剣が出現する。

 その刀身はすぐに真紅に染まり、クロエはそれを軽々とくるくる回していた。

 

「剣…だと…!?」

「ウチのISの武器の一つ。正式名称『メーザー・バイブレーション・ソード』。要は『刀身に超高周波振動を起こして切れ味を超絶上げ捲っている剣』だよ。そして…」

 

 ラウラの前まで来ると、クロエがMVSを一閃してから刀身の振動を解除、自身の肩に乗せた。

 

「まずは一丁っと。これでもう第三世代兵装頼りなバカの一つ覚え戦法は使えないっしょ」

 

 一瞬、何をされたのか分からなかった。

 だが、それはすぐに判明することとなる。

 

「なっ!?」

 

 なんと、レーゲンのリボルバーカノンがバラバラの輪切りにされ、更にレーゲンの切り札とも言える『PIC』が搭載されている両腕部の一部のみがピンポイントで見事に斬り裂かれていた。

 

「ま…全く斬った瞬間が見えなかった…だと…!? まさか…生身でISを超える動きをしたというのか…!?」

「はぁ? この程度で驚かれても普通に困るんですけど? だろチエル?」

 

 話を振られたチエルは、ニコニコ顔で頷きながらラウラに近づいていく。

 

「全く以てそーですねー。っていうかー…」

 

 首をコキコキと鳴らし、同時に両拳を交互に握りしめて骨を鳴らす。

 そして、徐にレーゲンの脚部装甲をその手で掴んだ。

 その際にチエルの指が装甲に突き刺さって罅割れを起こしている。

 

「あたし達『なかよし部』をあんまし舐めて調子こいてんじゃねーぞ。ドイツ女が」

「な…なんだとっ!? わ…私の身体が…レーゲンがッ!?」

 

 なんと、そのままチエルはレーゲンごとラウラの体を持ち上げ、その場で何度も何度もジャイアントスイングのように振り回し、最後にはそのままの勢いで壁に投げつけた。

 

「どっせーい!! ってか?」

「ぐ…はぁっ…!?」

 

 アリーナの壁に全身がめり込み、レーゲンが先程からアラームを鳴らし続けている。

 それは、ISのダメージが危険域に達している証拠だった。

 

「嘘…でしょ…!?」

「私達が二人掛かりでも敵わなかった相手を…生身で完全に圧倒している…!?」

 

 今までの常識が全て真っ向から否定され、同時に覆された瞬間だった。

 生身の人間ではISを守った相手には絶対に敵わない。

 これはISが登場してからずっと覆される事の無い常識だった。

 その常識が今、三人の少女達によって破壊された。

 

 ISの根幹を成すコアをハッキングして身動きを封じ、ISの武器を使っているとはいえ、生身の力でISの装甲を斬り裂き、挙句の果てはISを腕力のみで持ち上げてから振り回してから投げつけた。

 世のISの研究に携わる人間達が見れば、泡を吹いて卒倒するような光景がそこにあった。

 

「そこまでにしておいてやれ。三人共」

「「「はーい」」」

 

 遅れてアリーナにやって来た千冬が駆けつけ、なかよし部三人の動きを静止させた。

 どのみち、彼女達はこれ以上のことはするつもりは無かったが。

 

「はぁ…一先ずは礼を言う。このバカの暴走を止めてくれて感謝する」

「なに。これもまた我等『なかよし部』の立派な活動の一つさ」

「そーゆーこと。だから、気にする必要はないッスよ」

「トーナメントが終わったら、またいつものように部活に顔を出してくれたら、チエル達的にはそれで十分ですよ~」

 

 さっきまでの本気モードが消え、いつもの彼女達に戻った。

 それに伴い、ユニの手でレーゲンが強制解除されてラウラが地面に落ちる。

 

「この…私が…こんな奴らなどに…!」

「馬鹿者が…! お前達、ボーデヴィッヒは私に任せて、あの二人の事を頼む。あと、トーナメント開始までの間、模擬戦などの行為は全て禁止とする。いいな?」

「「「了解」」」

 

 なかよし部の三人がセシリア達の元まで行くのを見届けてから、千冬は地面に倒れているラウラに視線を向けた。

 

「きょ…教官…私は…!」

「お前は、どれだけ私に迷惑を掛ければ気が済むんだ? それとも、ドイツから日本にまで態々来たのは、私に対して迷惑をかける為なのか?」

「ち…違います! 私は…!」

「貴様の言い訳なんぞ聞く気は無いし、聞きたいとも思わん」

「教…官…」

 

 完全に怒っている。

 千冬の本気の怒りにラウラは委縮していた。

 

「…随分と手加減をして貰ったようだな」

「手…加減…?」

「そうだ。あの三人がその気になれば、貴様のような奴なぞ10秒も掛からずに倒せたはずだ」

「そんな馬鹿な事が!」

「有り得るから言っている。なかよし部の三人の実力は、この私でも完全に把握していない。ただ一つだけ確かなのは、アイツ等に世の常識は通用しない。それは、お前自身の身で実感したはずだ」

「…………」

 

 完全なる敗北。

 しかも、自分はISを纏い、相手は生身の状態。

 言い訳のしようがない。

 目撃者は多数存在している。

 アリーナのカメラにも録画されている事だろう。

 

「この事は学園側から正式にドイツに向けて抗議することになるだろう」

「そ…そんなっ!?」

「それだけの事をお前は仕出かした。見損なったぞ。私はお前に『暴力』を教えた覚えは無い」

「!!!」

 

 見損なった。

 その一言はラウラの心を確実に抉った。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ。学年別トーナメントまでの間、貴様には反省室での謹慎処分を言い渡す。無論、貴様のISはトーナメントまでこちらで没収させて貰う。危険極まりないからな。分かったら、とっとと行け」

「は…い…」

 

 ゆっくりと立ち上がりながら、背中を丸めてアリーナから去ろうとするラウラ。

 不意に後ろを振り向くと、そこにはラウラの暴挙を食い止めたなかよし部の三人の事を褒め称えている千冬の姿があった。

 

(どうして…あそこにいるのが私じゃないんだ…どうして…どうして…どうして…)

 

 言葉に出来ない黒い感情がラウラの心を覆い尽くしていく。

 それはやがて、怒りから憎しみへと変化し、その対象が一夏からなかよし部の三人へを移り変わる。

 

(あいつ等さえ…アイツ等さえいなかったら…私だって…私だって教官に…!)

 

 執着から依存。そして背信の域にまで達した心を止める者はここにはいない。

 誰からも救いの手は差し伸べられないまま、少女の心は確実に歪んでいくのであった。

 

 

 

 

 

 

 



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なかよし部はコンビを組みます

 ラウラの暴走をなかよし部の皆の手で食い止めた後、その被害者であるセシリアと鈴の二人は保健室に運ばれ、俺や箒、シャルルやなかよし部の皆はそれに着いて行った。

 

「「…………」」

 

 体に包帯を巻いた状態でベッドに寝てはいるが、鈴は明らかな膨れっ面で、セシリアの方は完全に落ち込んでいる。

 

「本当に…情けない姿をお見せしましたわ…」

「別に…助けて貰わなくても、アイツぐらいアタシ一人で…」

「はいはい。そんなんはどーでもいいから、取り敢えずは茶でも飲んで落ち着きな。ほれ」

 

 そう言ってクロエ先輩が差し出したのは、自販機に売ってあるペットボトルのお茶。

 一体いつの間に、あんなのを買ってたんだ?

 

「ありがとうございますわ…」

「…いただきます」

 

 おー…セシリアはともかく、あの鈴が初対面とはいえ先輩相手に敬語を使ってる…。

 ま、クロエ先輩は不思議とそうしたくなる雰囲気があるよな。

 

「しかしまぁ…随分と派手にやられたものだね。ま、どうしてあんな事になったのかの大凡の見当は着くが。なぁ? シャルル君」

「そうですねユニ先輩」

 

 え? シャルルとユニちゃん先輩が意気投合してる?

 なんか地味にシャルルもなかよし部に染まってきてるのか?

 

「多分ですけどぉ~…あの子が一夏くんの悪口とかを言ったんじゃないんですか? 二人を挑発する意味を込めて」

「そうなのか?」

 

 風間さんが目を細めながら推理漫画の探偵役みたいな口調で予想を言って、それを俺が二人に確認してみると、急にセシリア達が顔を真っ赤にして狼狽えた。

 

「ち…ちちちちち違いますわよ!? か…風間さんッ!? 適当な事を言わないでくれませんことっ!?」

「そ…そそそそっそうよ! 仮にも代表候補生であるアタシ等が、そんな安い挑発になんて乗る訳がないじゃないのよ!?」

「「…………」」

 

 …図星だな…こりゃ。

 ここまで分かり易いと逆に凄いわ。

 

「もう暫くはそうして安静にしておきたまえ。じゃないと、治る怪我も治らないぞ?」

「「うぐ…」」

 

 ユニちゃん先輩の正論。

 これには俺も全面的に同意だ。

 

「…なぁ…一夏」

「どうした箒?」

「気のせいだろうか…さっきから廊下の方から『ドドド…』というような地鳴りと言うか地響きと言うか…それっぽいのが聞こえてこないか?」

「あー…箒にも聞こえてたか。空耳じゃなかったんだな…」

 

 しかも、なんか段々とこっちに近づいて来てないか?

 おぉ? 遂に振動まで感じ始めたぞ。

 

「「「「織斑君!!」」」」

「「「「デュノア君!!」」」」

「「「「私とタッグを組んでください!!」」」」

「「は?」」

 

 凄まじい勢いで保健室の扉が開かれて、廊下から大勢の女子達が入り込んできた。

 っていうか『タッグ』とはなんぞや?

 

「おいこらそこ。ここは保健室で怪我人もいるんだケド? ちっとは静かにし?」

「え…? ク…クロエ先輩ッ!? どうしてここに!?」

「それはこっちの台詞だし。つーか、いきなり『タッグを組め』とか言っても普通に意味不明。その紙は何? ちっと見せてみ」

「はわわわ…憧れのクロエ先輩に触っちゃった…♡」

 

 す…すげー…クロエ先輩の一喝…つーか鶴の一声で一気に皆が大人しくなった。

 これが学園の人気者の実力か…。

 しかも、その内の一人に至っては顔を真っ赤にして照れてた。

 

「えーと…何々? 『今月末に開催される予定の学年別トーナメントでは、より実戦的な模擬戦闘を執り行う為に二人一組での参加を必須とする。もしも当日までにペアが組めなかった生徒については、トーナメント当日に抽選で選ばれた者同士で組む事とする』…だってよ」

 

 成る程…だから皆して男子である俺達と組みたがっていたのか。

 いや、実際には男子は俺だけで、シャルルは女子なんだけどな?

 でも、これはちょっと拙くないか?

 千冬姉たちに負担を掛けない為に、少なくともトーナメントが終了するまではシャルルの正体は隠しておかないといけないし…。

 

「残念だが諸君、それは不可能だ」

「「「「え?」」」」

 

 ユニちゃん先輩?

 不可能ってどういう意味だ?

 

「一夏くんは、ここにいるシャルル君とコンビを組むと既に決まっているのだよ」

「そ…そうなのっ!?」

「うむ。二人は男子同士であり、同じ部屋に住んでもいる。二人がタッグを組まない理由はあるまい?」

「い…言われてみれば確かに…」

「完全に盲点だった…」

 

 これだけの女子達を一発で論破してみせた…!

 流石は学園一の天才…!

 

「ま…まぁ…他の子と組まれるよりはずっとマシか…」

「そうだね…男の子同士ってのも、それはそれで絵にはなるし…」

「仕方がないか…地道に別の子を探しますか…」

 

 意気消沈した様子で女子達はぞろぞろと保健室から出て行った。

 一気に保健室が広くなった…。

 

「と言う訳だ。咄嗟の言い訳にしてしまったが、別に問題は無いだろう?」

「そう…ですね。俺は全然いいですけど…シャルルはどうだ?」

「うん。僕もそれでいいよ」

「決まりだな」

 

 ぶっちゃけた話、いきなり『今からタッグを組んでください』なんて言われても、すぐに見つけられる自信が無かったから、ユニちゃん先輩の言葉は非常に有り難かった。

 

「あ…あの…一夏…」

「ちょ…一夏!? 組むならアタシと組みなさいよ! 幼馴染でしょ!?」

「いえ! それならばこの私と! 同じクラスメイトならば!」

「馬鹿言うなッつーの。ほれ」

「「~~~~~!?」」

 

 呆れた顔でクロエ先輩がセシリアと鈴の身体をちょんと突くと、それだけで二人は顔を伏せて悶絶した。

 お前ら…そんなにキツイならコンビ云々言ってる場合じゃねぇだろ…。

 

「まずは自分の身体を治す事に専念しな。まずはそっからだろーが」

「う…うっさいわね…!」

「しかし…!」

 

 まだ粘るか。

 ここまでしつこいと流石に引くぞ…。

 

「黒江さんの言う通りですよ」

「あ…山田せんせー」

 

 また保健室に誰かが来たかと思ったら、今度は山田先生だった。

 しかも、珍しく厳しい顔をしている。

 

「さっき、オルコットさんと凰さんの機体を軽く検査しましたけど、ダメージレベルが完全にCを超過してます。暫くは修復に専念させてあげないと、後々に重大な欠陥を生じさせる可能性があります。代表候補生ならば、それぐらいは分かりますよね?」

「「うっ……」」

 

 マジか…ISの方もそんなに危ない状態だったのか。

 それじゃあ、流石にトーナメントに出るのは難しいな。

 

「ISとお二人の身体、その両方を休ませると言う意味でも、今回のトーナメント参加は許可できかねます」

 

 当然の結果だな。

 こればっかりは本気で仕方がないだろう。

 

「山田先生よ。ISの方はボクの方でなんとか出来るぞ?」

「え? そうなんですか?」

「うむ。その気になればトーナメント前に修復は可能だ」

「「本当ですかッ!?」」

 

 ちょ…嘘だろ?

 ユニちゃん先輩って、そんなことまで出来ちまうのか?

 運動以外はマジで万能過ぎないか?

 

「しかし、幾らボクでも君達の怪我はどうしようもない。ISが修理できても、君達が動けないのならば意味は無い。と言うことで、どちらにしてもトーナメント参加は諦めた方が賢明だ。ここで無理をすれば、君達自身の身体がどうなるか分からないぞ?」

「「…………」」

 

 一旦、大きく上げてからどん底にまで突き落とした…。

 可愛い顔をして、やることがかなりえげつないぞ…!

 

「仕方…ありませんわね…。先輩の仰る通り、ここは素直に諦めるしかありませんわ」

「け…けど、それじゃあ…」

「鈴さん。言いたい事は分かりますが、だからと言って何も出来ないのもまた事実…違いますか?」

「そ…れは…そうだけど…」

 

 中々に粘るな。

 いい加減に諦めればいいものを。

 

「こうなると、問題は我々だな。一体誰とペアを組んだらいいものか…」

「一応、ウチは何人か候補がいるけど…」

「チエルはどうしようかな~…チラリ」

 

 そっか。

 タッグ戦になった以上、ユニちゃん先輩やクロエ先輩、風間さんも同じように誰かとコンビを組む必要があるのか。

 今から探すのは中々に骨が折れそうだよな~。

 

「篠ノ之さん。チエルとコンビ組みませんか?」

「な…なに!? どうして私とッ!?」

「ん~…なんとなく? なんか寂しそうにしてたから…じゃダメですか?」

「べ…別に私は寂しくなんて…」

 

 風間さんに誘われて目を逸らしてるけど、意外と満更じゃないんじゃないか?

 本当に嫌なら、もっと強い口調で言ってる筈だし。

 

「それに、一緒に部屋だから作戦も立てやすいと思いますよ?」

「し…仕方あるまい…今回だけだからな!」

「はいはい。分かってますよ~箒ちゃん」

「いきなり名前で呼ぶな!」

「きゃははは♡」

 

 ふーん…あの二人、意外といいコンビになるんじゃないか?

 っていうか、普通に仲良いだろ。

 案外、箒には風間さんみたいなリードしてくれるタイプの子が相性良いのかもしれないな。

 

「早くもチエルは相棒確保か。ウチはどうするかね~…ん?」

 

 クロエ先輩が急にドアの方を見つめだした。

 また誰か来るのか?

 

「クロエちゃん!! 私とペアを組みましょ!!」

「来ると思ったよ、楯無」

 

 やって来たのは、シャルルの一件でもお世話になった生徒会長。

 そっか。この人ってクロエ先輩とめっちゃ仲良かったっけ。

 

「ちょっと楯無! 抜け駆けはズルいっスよ!!」

「そうよそうよ! クロエちゃんは私と組むんだから!!」

 

 いっ!?

 なんか急に知らない先輩が二人追加されたんですがッ!?

 

「誰だって顔をしてるんで自己紹介をさせて貰うッス。私はギリシャの代表候補生で二年の『フォルテ・サファイア』っス! そして、クロエちゃんの将来の嫁でもあるッス!」

「抜け駆けしてるのはどっちよ! クロエちゃんのお嫁さんになるのは私なんだから!!」

「おいこらそこ。うちにはウェディングドレスを着る資格は無いってか?」

 

 そこにツッコむんだ…。

 やっぱ、クロエ先輩も女の子だからウエディングドレスに憧れとか抱いてるんだろうか?

 

「サ…サラ先輩? どうして貴女まで…?」

「セシリア…知り合いか?」

「えぇ…この方は…」

「セシリアと同じイギリスの代表候補生で二年の『サラ・ウェルキン』よ。そして、クロエちゃんとは将来を誓い合った仲でもあるわ」

「勝手に人の過去を捏造するなし」

 

 またもや候補生の先輩かよ。

 つーかクロエ先輩、めっちゃモテモテだな。

 

「クロエちゃん! 一体誰をペアを組むのッ!?」

「私っスよねっ!?」

「いいえ私よ!」

「はいはい。一旦落ち着けッつーの。はぁ…うちはこいつらを落ち着かせてくるわ。んじゃ、また明日ー」

 

 そうして、クロエ先輩は三人の先輩の背中を押しながら保健室を後にした。

 人気者ってのも大変なんだな…。

 

「おいユニ! 俺と組もうぜ!」

 

 またかよッ!?

 ユニちゃん先輩を誘ってるって事は…今度は三年生かッ!?

 なんか凄いセクシーな先輩だな…。

 

「今度は僕か。そして、まさか君が来るとは思わなかったよ。ダリル君」

「いや。虚を出し抜いて先に来ただけだ」

 

 出し抜いたんかい。

 ユニちゃん先輩も競争率が激しいんだろうか。

 

「彼女はアメリカの代表候補生で三年生の『ダリル・ケイシー』君だ。僕とは一年の頃からずっと同じクラスでね。その縁か、なかよし部以外で仲が良い友人の数少ない一人さ」

「おいおい…『友人』なんて悲しいこと言うなよ。こっちとしちゃ、いつでもどこでも、もっと先の段階に踏む込んでも良いんだぜ?」

 

 先の段階って何だよ…。

 聞きたいけど、聞かない方が良いような気がする。

 

「ダリルさん…何をやってるんですか?」

「げ…来やがったか」

 

 うっすらを笑みを浮かべたまま入ってきたのは、眼鏡で三つ編みな三年生。

 この人もユニちゃん先輩を誘いに来たのか?

 

「さっきも言いましたよね? ユニさんは私と組むんです」

「それ、ユニがそう言ったのか?」

「いえ…それはまだですけど…でも! 私とユニさんはルームメイト同士です! ならば、同じ部屋の者同士の方が色々と都合がいいでしょう!?」

「そう言って、本当はユニの事を愛でたいだけだろうが」

「そ…それは…というか、そう言う貴女の方はどうなんですか!?」

「オレ? んなの、ユニの事を隅から隅まで思い切り可愛がってやりたいに決まってるだろうが」

 

 同じ穴のムジナ同士で喧嘩してる…。

 というか、この眼鏡の先輩は何者?

 

「彼女は『布仏虚』と言って、生徒会に所属していて整備班の班長もしているんだよ。あの楯無くんとは幼馴染同士らしい」

「「「「へー…」」」」

 

 としか言いようがない。

 あの生徒会長の幼馴染…か。

 布仏って名字…どこかで聞き覚えがあるんだけど…どこだったっけ?

 

「ほらほら君達。話ならば別の場所で聞こうじゃないか。済まない。ボクもここらで失礼するよ」

「いいぜ。んで、何処に行く? お前らの部屋でも行くか? そこで3Pでもしながら色々と…」

「しませんから! 純情なユニさんを色欲に染めようとしないでください!」

「ユニのエロい姿を見たくないのか?」

「見たいですよ! 見たいに決まってるじゃないですか! でも駄目なんです! 私にとってユニさんはそう…触れてはいけない存在と言うか…天使のような…」

「なにやら、とんでもない爆弾発言を聞いたような気がするが、敢えてここは聞かなかった振りをしよう。今後の人間関係を円滑にするためにも」

 

 …色々と危ない発言をしながら三年生の三人は去って行った。

 ここの三年生にはロリコンしかいないのか?

 

「実は、二年生にはクロエ先輩が、三年生にはユニ先輩がいるせいで、上級生たちは織斑君達を全く眼中に入れてないんですよねー」

 

 最後に風間さんから衝撃の事実を聞かされた。

 そういや…今までも教室にやってきてた女子達の中に上級生は一人もいなかったっけ…。

 なんか急に二人に同情してきた…。

 俺、本格的になかよし部に入ってやろうかな…。

 

 

 

 



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なかよし部は絆を深める

 話の流れでクラスメイトである風間と、今度の学年別トーナメントのペアを組むことになってしまった。

 本当は一夏と一緒が良かったのだが…あの時、真宮寺先輩が言っていた事も尤もだし…今回は大人しく諦める事とするか。

 

「なぁ…風間」

「なんですか~」

 

 場所は寮の自室。

 今日もまた私の目の前でテレビに映っているインストラクターの指示に従いながら、マットの上でヨガをしている風間。

 なんというか…凄く体が柔らかいんだな…。

 

「どうして、私なんかと組もうと思ったんだ?」

「保健室で言った通りですけど? なんだか箒ちゃんが寂しそうって言うかー…ボッチ一歩手前っぽく見えたもんで。ルームメイトとして、流石にそれは見過ごせないなーって思って」

「…それだけか?」

 

 寂しそうに見えた…か。

 強ち間違いではない…かもな。

 自分でも分かっている。

 私はお世辞にもコミュニケーション能力が高い方とは言えないと。

 そのせいか、中学の時も自然と周囲に壁を作っていた。

 

「後はー…そうですねー。純粋に箒ちゃんと仲良くなりたかったから…じゃダメですか?」

「私と…仲良く…?」

「そーですよー。折角、こうして一緒に部屋になれたんですし。お友達にならないと損じゃないですか~。それに~」

「…それに?」

「これから3年間ずっと顔を合わせて暮らしていくんですし、楽しく仲良く暮らせるほうがずっといいじゃないです?」

 

 …風間の言っている事は全て正しい。何も間違ってはいない。

 何の因果か、私はこいつと一緒に暮らす事となった。

 ならば、今後の事も考えて少しでも距離を縮めようと考えるのは当たり前の事だ。

 

「というわけで、まずはお互いに名前呼びにしませんか? って、チエルはもう既に名前で呼んでますけど」

「な…名前か…そうだな…」

 

 べ…別に名前で呼ぶくらいは全然平気だ。

 鈴やセシリアの事だって、いつの間にか名前で呼んでいたしな。

 その要領で、ごく自然な感じで呼べばいいだけの話だ…うん。

 

「ち…チエル…」

「なんですか~? 箒ちゃ~ん? きゃはは♡」

 

 は…恥ずかしい…!

 自然に…ではなく、意識して相手の名前を呼ぶと言うのは、こんなにも恥ずかしいものなのか…!

 思わず一瞬だけ、チエルのことを意識してしまったじゃないか…!

 

「うんしょっと。んじゃ、ちゃんとお友達同士になれたところで、今後について話しますか」

「あ…あぁ…そうだな」

 

 友達同士…友達同士…か。

 何故だろうな…そんな風に言われて嬉しいと思っている自分がいる…。

 

「箒ちゃんって剣道が得意って事は、やっぱISでも近接戦を好むって感じですか?」

「そう…だな。好むと言うか、私にはそれしか出来ないと言うか…」

 

 剣を握ることしか能が無い…我ながら不器用だとは思う。

 ISは剣一本でどうにかなる程、甘い競技じゃない。

 そんな事が可能なのは、それこそ千冬さんのような達人だけだ。

 本当は射撃の訓練などもしないといけないんだろうな…。

 

「うーん…実を言うと、チエルも得意なのは接近戦なんですよね~」

「そ…そうなのか?」

「そーなんですよー。実際、チエルの専用機もガッチガチの接近戦仕様ですし。一応、遠距離攻撃が出来ない訳じゃないんですけど…」

 

 チエルも私と似たような物だったのか…。

 生身でISを振り回すほどのパワーを誇るチエルだからこそ、その力を最大限に活かせるのが接近戦なのかもしれないな。

 

「確か、箒ちゃんってよく『打鉄』を使ってましたよね?」

「あぁ…それがどうかしたのか?」

 

 打鉄を使う理由も、単純に『鎧武者みたいだから』なんていう理由なんだがな。

 あと、防御力が高いと言うのが私と相性が良い様に思えた。

 

「チエルの記憶が正しければ、打鉄ってかなり沢山の換装装備があって、その中に腕部装着型のマシンキャノンがあったような…」

「そんな物があったのか?」

「はい。主武装にはならないけど、相手を牽制するにはもってこいですよ? 特に、接近戦を主軸とするなら必須の武装ですしね~」

 

 チエルが言うには、弾を命中させる必要性は全く無く、相手に接近する際に適当に乱射をするだけでも十分らしい。

 相手が怯んでいる間に自分の間合いに潜り込み、そこから私の剣を打ち込めばいいと。

 腕部に装着すれば片手が塞がる必要がないから、すぐに接近戦に移行が出来る。

 

「…チエルは凄いな」

「それ程でもありますかね~。こー見えても企業所属のIS操縦者ですしー」

 

 そう言えばそうだったな…すっかり忘れていた。

 

「明日から早速、一緒に訓練でもしましょうか? 期間は短いけど、それでも即席の連携ぐらいは出来るようになりたいですしー」

「そうだな。私も、チエルの足手纏いになるような事はしたくない」

「お? やる気満々ちゃんですね~! チエルも負けてられないな~!」

 

 こんな私を選んでくれたチエルの期待を裏切るような真似だけは絶対にしたくは無い。

 せめて、チエルの援護ぐらいや露払いぐらいは出来るようになりたい!

 だから私は…今までの愚かな自分から脱却する!

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 チエルと箒が絆を強めていた、その頃…。

 

「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!! ウチの勝ちっス~!!!」

「「負けたぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」」

 

 クロエの部屋で、クロエとペアを組む権利を賭けて一人の国家代表と二人の代表候補生による熱いスマブラSP大会が繰り広げられていた。

 

「わ…私のセフィロスが…」

「キ…キングクルール…うぅ…」

「にゃ~っはっはっはっ! やっぱ、アタシの使う勇者こそが最強ッスね~!」

「つーか、どうしてスマブラで決めようとするかね…」

 

 ゲームで決めようとするのは平和的でいいが、仮にも学園の一大イベントのペア決めがこれで良いのだろうかと言う疑問もあった。

 …が、ゴチャゴチャと考えるのが苦手なクロエはすぐに…。

 

「ま…別にいっか」

 

 …となった。

 

「私の『コールド・ブラッド』と、クロエちゃんの『ランスロット』が手を組めば優勝間違いなしッス~!」

「実際…相性は良いかもしれないわよね…」

「冷気で相手の動きを止めるコールド・ブラッドに、超高機動戦闘が得意な、距離を選ばない万能機である『ランスロット』…」

「冷気って時点で、私の『ミステリアス・レイディ』とは属性的な意味で不利だしね~…」

 

 本当は、ここにいる誰と組んでもクロエは最大限の力を発揮できる自信があった。

 クロエの専用機が、近年稀に見るほどにかなりの万能性を誇っているから。

 遠距離、中距離、近距離。

 どんな距離でも常に有効な攻撃が可能で、前衛で敵を抑えたり、または攪乱したり、後ろに下がれば強力な砲撃で援護が可能。

 その気になれば広範囲の制圧武器も使用可能と言う優遇っぷり。

  

 国家代表と言う楯無の肩書が目立つせいで忘れられがちではあるが、実はクロエこそがIS学園二年生の中では最強の実力者なのだ。

 他の学年は兎も角、同級生たちの中ではそれは完全に周知の事実となっていた。

 

「そういや、去年の学年別トーナメントは、クロエちゃんが優勝してたっけ」

「あの時のクロエちゃんも本当に強かったわ~。全く動きが捉えられないんですもの」

「コールド・ブラッドの冷気なんて全く効いてなかったッスからね~。動きが速すぎて、凍りつく暇も無いって言うか…」

「そりゃ、試合となれば全力でするのは当たり前でしょーが。それが礼儀っつーもんじゃねーの? 知らんけど」

 

 余談だが、一年生の時のトーナメント優勝が切っ掛けとなり、学園内でクロエのファンクラブが結成された。

 本人は全く与り知らぬことだが。

 

「ともかく、今度のトーナメントはよろしく頼むッス!」

「ん。決まったもんはしゃーねっしょ。つーか、フォルテとなら大半の相手は楽勝じゃね?」

 

 学年最強と代表候補生とのコンビ。

 優勝候補最有力になるのは確実だった。

 

「はぁ…仕方がないか。それじゃあ、私とサラちゃんで組む?」

「そうね…そうしますか」

 

 こうして、何気に優勝候補コンビが2つも爆誕してしまった。

 他の生徒達が気の毒になりそうな布陣だ。

 

「今回はダメだったけど…その代り、埋め合わせとして今度、私とデートしてねクロエちゃん♡」

「デートぉ? まぁ…いっか」

「えぇ~! そんなのズルいっすよ~! ウチもクロエちゃんとデートするッス~!」

「それは私も同じよ! クロエちゃんと一緒に行きたいと思ってたお店があるんだから!」

「はいはい。別にこれはペア決めとは違っていつでも行けるし…順番に行けば問題無いっしょ?」

「「「わ~い!」」」

 

 黒江花子。

 もう既に今後の予定が埋まってしまった。

 

 けど、本人も満更ではないので問題は無いだろう。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 そして、ユニを巡って争っていた三年生たちはと言うと…。

 

「はぁ~…やっぱ、日々の疲れを癒すには『ユニ吸い』が一番だよなぁ~…」

「全く以て同感です…」

「なんでこうなった?」

 

 ダリルと虚の二人に挟まれた状態で身動きが取れなくなっていた。

 ダリルはユニのうなじに顔をくっつけて匂いを吸い、虚はユニの胸に顔を埋めてハァハァと息を荒くしている。

 

 傍から見ると完全に変態の所業である。

 

「というか、このボクとどっちがペアを組むかで話をしていたのではないのかね?」

「その話な。それは普通にオレがユニを組むって事で示談が成立したわ」

「示談て」

 

 本人が全く知らない間に話が纏まっていた件。

 

「私が得意とするのはあくまで『整備』ですからね。私がユニさんとペアを組んだら、却って足を引っ張ってしまいます。それだけはどうしても我慢出来ませんから」

「ふむ…虚くんがそれでいいのならば、ボクとしては何にも文句は無いが…」

 

 ユニの能力が最も発揮されるのは後方援護。

 特に電子戦ではユニの右に出る者はいない。

 

「実際よー…オレの『ヘル・ハウンド』と、ユニの『ガウェイン』が組めば普通に最強なんじゃねぇのか?」

「ちっちっちっ。ダリルくん、残念ながらボクの『ガウェイン』は無事に第2形態移行してね。前以上に大幅な強化がされているのだよ」

「マジか!? 強化っていうと…具体的にはどんな?」

「端的に言えば『世界最強の防御力』を手に入れた…って感じかな?」

「世界最強の防御…いいじゃねぇか! ガチで『鬼に金棒』だな!」

 

 超攻撃的な能力を持つ『ヘル・ハウンド』に、ユニの機体の防御力が加われば、大半の相手には無双できる。

 この時点で優勝は貰ったも同然だった。

 

「な…なぁ…ユニ…もしも優勝したらよ…その時はオレと最後の一線を…」

「おっと。残念ながら、そうはいきませんよ? ユニさんと最後の一線を越えるのは私です」

「またか…」

 

 この手の話は、これまでに何度も繰り返されてきた。

 どれだけ容姿が幼くとも、ユニも立派な18歳。

 彼女達が何を言っているのかは普通に理解出来ている。

 

(この部分さえなんとかなれば、二人とも素晴らしい友人なのだがね…)

 

 これこそが、ユニの目下の悩みの種でもあった。

 

 こうして、なかよし部それぞれに組むべきペアが決定した。

 

 

 

 

 

 



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なかよし部はトーナメントに出ます

クロエ「そういや、ウチらの戦闘シーンってどうなるんスかね?」
ユニ「さぁな。今回の主役は一年生のチエルくんだからな。最初の部分だけ書いてから、後は適当に省略するんじゃあないか?」
クロエ「うわー…ないわー…」








 遂に始まった学年別トーナメント。

 複数のアリーナを利用し、三学年同時に行われるこのトーナメントは、初日から非常に大忙しだ。

 教師陣は勿論の事、生徒会や緊急で手伝いを頼まれる生徒も決して少なくは無い。

 そんな中、各トーナメントの一回戦に出場する選手たちは、各々にアリーナの選手待機室と言う名の更衣室に集まっていた。

 

 それぞれにペアを組んだなかよし部メンバーだが、彼女達は全員が学年が違う。

 今回ばかりは皆バラバラの闘いを強いられることになるが、そんな彼女達の隣には頼もしいパートナーが付いている。

 IS操縦者としての実力は申し分ない三人なので、今回の即席タッグでも良い戦績を残してくれるに違いない。

 実際、まだ何も知らない一年生はいざ知らず、二年生や三年生はなかよし部のメンバーの事を最大限に警戒し、来賓の客たちもまたなかよし部メンバーたちに注目している。

 

 今回は、そんな彼女達の試合開始前の様子を見てみよう。

 まずは三年生である『ユニ&ダリル』コンビから。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「お~お。今年もまた賑わってやがんな~」

「全くだ。我々、三年生は在学中に培ったことの集大成を見せる絶好の機会だからな。誰も彼もが今まで以上に気合が入っている事だろうさ」

 

 三年生のトーナメントが行われる第2アリーナ。

 そこの更衣室にて外の様子を映し出すモニターを見ながら、ユニとダリルが試合開始前最後の会話をしていた。

 

 因みに、ユニのISスーツは彼女の専用に製作された特注品で、全体的に真っ黒で、所々に紫や金の装飾が施されている。

 ユニの容姿が容姿なので、見る人が見れば大興奮間違いなしだろう。

 実際、久し振りにユニのISスーツ姿を見た虚は興奮の余り鼻血を出し過ぎて出血多量で気を失って保健室にいるし、ダリルも思わず本気で襲い掛かりそうになった。

 今は必死に自分の欲情を抑え込んでいるが。

 

 因みに、なかよし部は全員が専用機に合わせた専用のISスーツを着用している。

 

「そういや、ユニって去年のトーナメントには出場してなかったよな。なんでだ?」

「理由は単純さ。ボクのISが単機での戦いに向いていないからだよ」

「あー…成る程な。確かに『あの機体』はタイマンには向いてないわな。後方支援…もしくは指揮官ってポジションが一番しっくりくるわ」

「そうだろう?」

 

 ユニとは一年の頃からの付き合いなので、当然のように彼女の専用機の事も知っている。

 その気になれば他者でも動かす事は出来るだろうが、フルスペックを発揮することは決して不可能。

 操縦方法が非常に独特なせいで、ユニでなければ最大限の力は引き出せない。

 

「にしても、進化したお前の専用機…あれマジでスゲーことになってんな。『世界最強の防御力』なんて言ってたから、どんなもんかと思ってたら…まじで世界最強だったじゃねぇか」

「当然だ。我が『絶対守護領域』は、その気になれば戦艦の主砲は愚か、静止衛星レーザー砲の直撃すらも防いでみせるとも」

「その言葉が全く大袈裟じゃねぇから恐ろしいんだよな…。ったく、ユニと組んで大正解だったぜ」

「その言葉は、トーナメントに優勝してからもう一回言うことになるだろうね」

「上等だ」

 

 ペアを組むに辺り、二人は当然のようにコンビ戦の練習を行った。

 その時にダリルは思い知った。

 真行寺由仁という少女の底力を。

 この歳で伊達に博士号を取得していないのだと。

 

「オレの予感は間違ってなかった。お前とオレが組めば優勝は貰ったも同然だ」

「だが、決して油断はしないように」

「わーってるよ、相棒」

 

 顔を見合わせながら、お互いを鼓舞するかのようにコツンと拳をぶつけ合った。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 二年生のトーナメントが開催される第4アリーナ。

 ここでは出場予定であるクロエとフォルテコンビ、そして楯無&サラコンビが他の生徒達に混じって待機していた。

 

 因みに、クロエの専用ISスーツは純白で所々に金の装飾が施されている豪華仕様だ。

 一見するとまるで宝塚の衣装のようにも見える。

 

「相変わらず、クロエちゃんのISスーツって派手よねぇ~」

「んなのはウチが一番よく自覚してるんだっつーの。でもしゃーねーじゃん。これが一番フィットしてるんだし。デザインの方も機体に合わせたって言ってたし」

「「「機体に合わせて…」」」

 

 そう言われて三人は不意にクロエの専用機の事を思い出す。

 確かに、彼女の機体は純白で金のアクセントが特徴的だ。

 

「はいはい。そんな話はもういいっしょ。それよりも今はトーナメントの話。ウチらはいつ頃にぶつかるのかー…とか」

「ま、打倒に考えれば決勝戦じゃないかしら?」

「その可能性が一番高いでしょうね。代表候補生三人と前大会優勝者が揃ってるんだから」

「案外、決勝前にどこかでぶつかったりするかもッスね」

 

 なんてことを話していたら、モニターにトーナメント表が映し出され、待機していた生徒全員がざわめき始めた。

 

「お? トーナメント表が出たっポイ。どれどれ……え?」

「あらまぁ…」

「これまたなんとも…」

「良い意味で予想外ッスね…あはは…」

 

 表示されたトーナメント…そこには全員が思わずポカーンとなってしまうような事が書かれてあった。

 

「おーおー…まさか、ウチとフォルテのコンビがシードとは…。これってもう実質的にアレじゃん。今大会優勝コンビと前大会優勝者コンビとのエキシビションマッチみたいなもんジャン。なにこれ」

「クロエちゃんが強すぎるのも原因かもッスねー。もしも普通に出場してたら、まず間違いなく無双するに決まってるッス」

「それはそれでなんかヒドくね? ウチだって多少なりは苦戦するかもだし」

「「「それは無いわ~」」」

「なんで三人揃ってハモる?」

 

 満場一致でクロエ最強説が提唱されてしまった。

 

「っていうか、今のランスロットは前にも増して強さに磨きが掛かってるから、ある意味じゃ最も妥当なトーナメントだと思うッス」

 

 実際に一緒に練習をしたフォルテは知っている。

 今のクロエと、彼女の専用機は去年よりも遥かに強大な存在になっていると。

 こんな時でなければ、何が何でも絶対に敵には回したくは無い。

 そう思わせるほどの実力がクロエにはあった。

 

「けどまぁ…ウチらがシードって事は、楯無たちと試合するにはソッチが決勝まで来るしかないわな。ま、頑張って」

「勿論よ。絶対に二人が待ってる場所まで行くわ。ね、サラちゃん」

「えぇ。決勝戦で会いましょ」

 

 大切な親友同士であり、同時にライバルでもある者達。

 IS学園でクロエが得た、数少ない『宝物』だった。

 『宝物』だからこそ…戦う時は全身全霊を込めてぶつかろうと心に誓った。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 そして…一年生のトーナメントが開催される第三アリーナ。

 ここではチエルと箒、一夏とシャルルたちを含めた生徒達が今か今かとトーナメント開始を待っていた。

 

 因みに、チエルの専用ISスーツは全体的に真っ赤に染まったシンプルなデザインとなっている。

 

「うっわ…なんじゃこりゃ…。アリーナってこんなにも人が入るのかよ…」

「いや~…これはアレですね~。席に座りきらない人達もフツーにいますね。ほら、あそこの端の方とか立って見てますよ」

「ホントだ。一応、アリーナの外には中の様子が分かる大型モニターが設置してあるのに…」

「そこまでしても試合を見たいのだな…」

 

 室内にいても分かるレベルでアリーナは大賑わいで、今から自分達が出場するトーナメントがどれだけの規模なのかを否が応でも思い知らされる。

 

「うぅ…今更ながら緊張してきた…。今にして思えば、俺ってこーゆー大会に出るのって人生初な気がする」

「僕もそうかも。でも、風間さんはそんなに緊張してないね。もしかして慣れてるの?」

「別にそんなんじゃないですよー。チエルだってそれなりにキンチョーはしてますからー。でもー…」

「「「でも?」」」

「トーナメントの事は予めユニ先輩やクロエ先輩に色々と聞いてましたからねー。だから、心の準備は出来てたっていうかー」

「「「あぁ~…」」」

 

 そうだった。

 他の皆とは違い、チエルには二年と三年の知り合いがいた。

 彼女達から情報を聞いていても全く不思議ではない。

 

「先輩達が言うにはー、今回のトーナメントって三年生には卒業後のスカウト案件、二年生には去年の成果の確認、一年生は現状の実力の確認みたいな意味があるっポイですよ?」

「ってことは、クロエ先輩達は今後の指針に繋がって、ユニちゃん先輩達に至っては今回の試合内容次第で将来が決まるかもしれないってことか…」

「想像以上に重要なトーナメントなのだな…」

「もしかしたら、気楽に試合が出来るのって一年生の間だけなのかもしれないね…」

 

 先輩達の事を聞かされ、今から来年以降の自分達の事を思わず想像して顔が青くなる。

 それと同時にIS学園の上級生の偉大さを思い知った。

 

「ま、あの人達なら大丈夫だと思いますケド。特にクロエ先輩は去年のトーナメントの優勝者ですから。めっちゃ注目されてるんじゃないんですかね?」

「「「えっ!?」」」

 

 チエルの口からシレっと聞き捨てならない言葉が飛び出してきた。

 

「あのクロエ先輩が…前大会の優勝者…? マジで…?」

「マジもマジの大マジです。全部の試合をほぼワンサイドゲームで終わらせたって聞きましたけど」

「えっと…去年って事は先輩達はまだ一年生で…ロシア代表な現生徒会長でもある更識先輩もいたって事だよね…?」

「正確には、二年生にはギリシャとイギリスの候補生の先輩もいますけどねー」

「あの人は…候補生二人と国家代表相手に完勝してみせたと言うのか…!?」

 

 一夏たちもクロエが只者じゃない事は薄々と承知していたが、まさか前年度のトーナメント覇者だったとは。

 これには流石の面々も開いた口が塞がらなかった。

 

「去年のトーナメントは今年とは違ってシングル戦だったんだよな…? ってことはつまり…」

「このIS学園で一番強いのってクロエ先輩だったり…?」

「かもですねー。本当はクロエ先輩が生徒会長になってる筈だったけど、本人が面倒くさいからって辞退して、準優勝した楯無先輩が生徒会長に就任したらしいですよ?」

「なんとも、あの人らしいと言うか…」

 

 確かに、クロエが生徒会長をしている姿は全く想像出来ない。

 今のようなポジションこそが最もクロエに似合っていると思った一夏だった。

 

「チエル達は一体どこでぶつかりますかね~」

「決勝で会いたい…と言いたいけど…」

「…ボーデヴィッヒさん…だね」

「ある意味、アイツこそが今回のトーナメントでの最大の鬼門か…」

 

 今回のトーナメント、セシリアと鈴が止む無く辞退したとはいえ、それでもフランスとドイツの候補生が参加し、更には世界唯一の男性IS操縦者と風間コーポレーションの社長令嬢が参加するのだ。

 二年や三年に負けないレベルで注目はされていた。

 

「む? 皆、どうやらトーナメント表が出るみたいだぞ」

 

 箒の声を聞き、この場にいた全員がモニターに注目する。

 運命のトーナメント第一試合は…。

 

「あらら…」

「なんと…」

「マジかよ…」

「運命の悪戯…なのかな…」

 

 

 

 第一試合。

 

 風間ちえる&篠ノ之箒 VS ラウラ・ボーデヴィッヒ&相川清香

 

 

(はぁ…まさか、こんな事になるだなんて…。早くもユニ先輩から言われたことを実行しなくちゃみたいだな~…)

 

 全員がまさかの事態に絶句する中、チエルだけは昨晩、ユニに言われたことを一人思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回に続きますよー。






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なかよし部の試合が始まる

今回から、遂になかよし部初の本格的な戦闘シーン御披露。

と言っても、シードになっているクロエはお預けですけど。









「「VTシステム?」」

 

 時は少し遡り、ラウラが鈴とセシリアをボコボコにし、それをなかよし部の手で鎮圧した日の夜。

 なかよし部の三人は密かに学生寮の廊下の端の方に集まって緊急の秘密会議をしていた。

 

「そう。放課後に例のドイツ少女のISをハッキングした際に、機体内部に搭載されているのを発見した」

「え? それってフツーにヤバいんじゃネ? あれって確か、国際条約で開発は愚か、研究することすらもタブーじゃなかったっけ?」

「もしそれを破った場合は、IS委員会と国連の両方から厳しい罰則が科せられる…でしたよね?」

「流石はクロエくんとチエルくんだ。よく覚えていたな。その通りだ」

 

 なかよし部ともなれば、この程度の知識は当然のように保持していた。

 余談だが、この三人は未だにテストで95点以下を取った事が無い。

 ユニに至っては100点以外を取った事が無い。

 

「搭載の仕方から察するに、恐らくは操縦者本人には内緒で搭載したんだろう」

「ま。フツーに考えればそーだわな。あれでも一応は現役の軍人なわけだし、VTシステムがどれだけヤバいのかってのはよーく知ってるハズだし」

「そーですねー。でも、一体どのタイミングで機体にブチ込んだんでしょうか~? 幾ら慢心をしているとはいえ、国を出る時には最低限のチェックとかはすると思うんですけどー」

 

 自国の大事な専用機を国外に持ち込むのだから、普通は来日に際して入念なチェックをする筈だ。

 そして、その前にVTシステムが搭載されていたのならば、チェックの際に即座に発見されて、ラウラは日本に来ることすら出来なかっただろう。

 だが、実際にはラウラは日本にちゃんとやって来ている。

 この事実が示すことは只一つ。

 

「そのチェックの際に搭載されたに違いない。彼女を実験道具にしようと企んだ『何者か』の息が掛かった整備員を使って、ラウラ・ボーデヴィッヒを言葉巧みに誘導して機体から離れさせ、その隙にVTシステムを組み込んだ」

「あの性格だと、軍内部に自分の事を道具として利用しようと考えている奴がいるなんて想像もしてなさそーなんだけど」

「良くも悪くも、一昔前までの典型的な軍人って感じでしたからねー。外の人間は兎も角、中の人間は全面的に信用しきってるんじゃあないんですか~?」

 

 軍に対して忠実と言えば聞こえはいいが、ラウラの場合は軍にしか居場所が無い故に盲目的に信奉している節がある。

 それは千冬に対しても同様で、なかよし部の三人はまだラウラがどうして千冬にあそこまで執着するのかは知らないが、それでも明らかにヤバいとだけは感じていた。

 

「今回の一件で、彼女の標的は一夏くんから我々に切り替わっただろう」

「あれだけボコったら…そりゃね。アイツじゃなくてもブチ切れるわ」

「下手に一夏くんだけを狙われるよりはずっとマシかもですね。チエル達なら、何をどうされても対処のしようがありますし」

 

 真っ向からの妨害も、搦め手からの妨害も彼女達には通用しない。

 その全てを完璧に捻じ伏せれるだけの『力』があるから。

 

「問題は、今度の学年別トーナメントの最中に、彼女の機体に内蔵されたVTシステムが発動してしまう可能性だ」

「あぁー…およそ考えうる最悪のパティーンだわな…」

「うむ。VTシステムは機体のSEが枯渇した瞬間、操縦者の負の感情をトリガーにして発動する仕組みだ。一度でも発動したが最後、外部からの介入は一切受け付けない。止めるには文字通り『力付く』しかない」

「力付く…か」

 

 そう呟きながら、ユニとクロエが不意にチエルの方を向く。

 

「…え? なんでして急にチエルの方を見るんですか?」

「んなの決まってるじゃんよ」

「彼女は一年生で、チエル君もまた一年生。トーナメントでぶち当たる可能性があるのは君だけで、同時にVTシステムを真っ向から捻じ伏せられる可能性があるのもまた君だけだ」

「うわぁー…やっぱそーなりますかー」

 

 なんとなーく想像はしていた。

 今回の事は完全に一年生の間…その中でも特に一組内で起きた出来事。

 同じ一組の生徒であるチエルに任されるのは当然の事だった。

 

「というか、君の『紅蓮』がその気になれば、VTシステムが発動する直前でどうにかできる可能性がある」

「タイミング次第ですけどねー…」

 

 なんか急に責任重大になってきた。

 チエルは、自分にはそんな物語の主人公みたいな役回りなんて向いていない、分不相応だと思っている。

 あくまで自分は『可愛いヒロイン』であり、悲劇のヒロインを救うような真似はお門違い…だと考えているが、悲しいかな。

 チエルには今回の事の全てをどうにか出来るだけの実力があり、チエル自身もそれを自覚している。

 だからこそ、断るに断れないのだ。

 

「この事は織斑センセーには?」

「無論、今から伝えに行く。予め知っておけば、幾らでも対処のしようはあるからな」

「そうでなくても、複数の意味で織斑先生には伝えておくべきだとは思いますけどねー」

 

 嘗ての教え子であり、今は自分のクラスの生徒でもあるラウラの機体に違法なシステムが、当人の意志を無視して極秘裏に内蔵されていた。

 常識的に考えても、絶対に知らせておくべき案件だ。

 

「そんな訳だ。彼女の事は君に任せたぞ。チエル君」

「ま、偶にはヒーローやるのも悪くは無いっしょ。つーわけでヨロシクー」

「うわー…クロエ先輩、完全に他人事だー。自分がヒロイン枠だからって…」

「だ…誰がヒロイン枠だ! 変なこと言うな!」

「三人の女の子から想いを寄せられている人が言っても…ねぇ?」

「説得力皆無だぞ、クロエ君」

「お・ま・え・らぁ~…!」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 時間は戻り、学年別トーナメント一年生の部の第一回戦開始直前。

 出場選手はアリーナのステージ降り立ち、試合開始を待つだけとなっていた。

 

 箒は腕部にサブ兵装である機関砲を取り付けた打鉄に乗り、ラウラは既に専用機を展開済みなのだが、今日までずっと機体を取り上げられていた為に修復が一切されておらず、虎の子である『AIC』は勿論、主兵装であるリボルバーカノンも使用不可な状態となっていて、かなり悲惨な状況となっていた。

 そんな彼女と運悪く組まされた相川清香は、憂鬱そうな顔をしながらラファール・リヴァイヴに乗ってライフルを握っていた。

 

 そして、当のチエルはと言うと、まだ専用機を展開しておらず、ISスーツ姿のままだった。

 

「おい貴様…風間ちえるとか言ったな。聞いたぞ」

「何をですかー?」

「お前は、あろうことか織斑教官が顧問を務める部活に所属しているらしいな」

「それが何かー?」

「貴様のような奴に織斑教官の教えを受ける資格は無い!! 今日この場で、私がそれを証明してやる!!」

「ハイハイソーデスカー。それは美味しそうですねー。チエルもお腹空いてきちゃったなー。箒ちゃん、この試合が終わったら後で一緒に何か食べに行きませんかー?」

「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 完全に聞く耳持たずのスルー状態。

 ラウラが激高するのも無理はない。

 それを見ていた箒は、自分の友人の度胸の凄さに目を丸くしていた。

 

「さ…流石はチエルだな…。アイツ相手にあそこまで言えるとは…凄い精神力だ…」

 

 本当は単にウザいだけだから受け流しているだけなのだが、根っからの剣道少女である箒は、それを良い方へと解釈し、チエルに対して更に信頼を増していった。

 

「さーてと…もうそろそろ試合も始まりそうですしー…チエルも専用機を展開しようかにゃ~」

「貴様の…専用機だと…!?」

「そーですよー。んじゃ…」

 

 徐にチエルが、どこからか真紅に染まったブローチを取り出す。

 それは光の翼を携えた鳥を模したブローチで、これこそがチエルの専用機の待機形態だった。

 

「来い…『紅蓮』」

 

 瞬間、チエルの全身が赤い光に包まれる。

 アリーナ全体が騒然とする中、彼女の身体に真紅の装甲が次々と装着されていく。

 

 そして、光が止み、そこから出現したのは…赤く光る翼を持つ、全身が真紅の鎧に包まれたISだった。

 

「これが、チエルの専用機。少し前に『第三形態移行(サード・シフト)』に到達した、この世にたった二機しか存在しない『第九世代型IS』。その名も『紅蓮聖天八極式』でーす!」

「だ…第九世代機…だと…ふざけるな!! 今はまだ第二世代機から第三世代機に移行しようとしている段階だぞ!! それなのに、それらを全て飛ばして『第九世代』だとっ!?」

 

 ラウラの言っている事は全て正しい。何も間違ってはいない。

 ただ、チエル達『なかよし部』がおかしいだけだ。

 

「そー言われてもー。元々の『紅蓮弐式』の段階で既に『第七世代機』でしたしー」

「第七世代…だと…!?」

 

 驚きすぎて、もうリアクションがパターン化してきた。

 

「ついでに言っちゃうと、クロエ先輩の専用機が、この紅蓮と対を成すもう一体の第九世代機だったりするんですよねー。あ、チエルってばついつい言っちゃった♡」

 

 可愛らしく言ってはいるが、紅蓮は全身装甲機なので、その状態でくねくねとしたリアクションをされても見た目的には全く可愛くない。

 

「と言うか、どうして隣にいる貴様は全く驚いていない!?」

「いや…ペアを組んだ時に普通に教えて貰ったし…」

 

 一緒に組むと決めた以上、明かせる情報は全て開示するのがチエルのやり方。

 なので、チエルは紅蓮聖天八極式の事の全てを箒に話している。

 

「まさか…織斑教官も…」

「そりゃ知ってますよ。その辺の事はちゃんと学園側に報告する義務がありますから」

 

 千冬も最初はラウラと同じように驚きまくったが、なかよし部と一緒に行動するようになってから『こいつらだしな』の一言で片付けるようになってしまった。

 段々と千冬もなかよし部の空気に染まってきつつあるのかもしれない。

 

「チエルー…基本的にこーゆー試合の時って相手にけーいをひょーするってことでー…手加減とか絶対にしないって心に決めてるんですよねー。だーかーらー…」

 

 明らかに目立つ、黄金の爪を持つ巨大な右手をラウラに向ける。

 それを見たラウラは、一瞬だけではあるが確かに背筋がゾっとする感覚を覚えた。

 

「瞬殺とかされても恨まないでくださいねー♡ クスクス…♡」

「風間ちえる…貴様ぁ…!」

 

 さっきから挑発のしまくりだが、まだ試合は始まっていないので両者とも何もしない。

 それを隣で見ている箒は、またもやチエルの事を勘違いして感心していた。

 

(言葉攻めで相手の精神に揺さぶりを掛けて冷静さを奪おうという作戦か…。こうして相対した時点で既に戦いは始まっていると…そういうことなんだなチエル! 本当に、お前と一緒にいると学ぶことが多い!)

 

 箒からチエルに対する好感度が段々と上がっていく。

 このトーナメントが終わった時、二人の関係は間違いなく今までよりも進展している事だろう。

 

 因みに、さっきからずっと完全に蚊帳の外にされていた相川清香はと言うと…。

 

「え? ちょ…何を言ってるの? 第九世代機? は? 何それ?」

 

 会話の内容がぶっ飛ぶ過ぎて、全くついて来れないでいた。

 

 そうして、まだ刃を交えてすらいない状態で既にバチバチになっている中…。

 

 ブ――――――――――!

 

 試合開始のブザーが鳴った。

 

 

 

 

 




現在のカップリング予定。

クロエ&楯無+シャルロット+サラ+フォルテ

チエル&箒+???

ユニ&虚+ダリル+???

鈴とセシリアとラウラがどうなるかは未定。




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なかよし部 試合開始

 第九世代機という前代未聞の機体を引っ張り出してきたチエルに、対戦相手であるラウラは勿論、何の事情も知らない観客席にいる生徒達全員を驚愕させた。

 

「それじゃあ箒ちゃん。手筈通りにお願いしますね~」

「承知した! こっちは任せてくれ、チエル!」

 

 完全に連携する気満々なチエル&箒コンビ。

 一方のラウラ達はと言うと…。

 

「おい…貴様」

「ひゃ…ひゃいっ!?」

「余計な真似をして私の邪魔をしてみろ…その時は、貴様から先に排除してやる。そうなりたくなかったら大人しくしている事だな」

「わ…分かりましたぁ…」

 

 連携する気全く無し。

 見事にラウラの独占状態。

 相川清香は泣いていい。

 と言うか、もう泣いてる。

 

「てなわけで、ボーデヴィッヒさんのお相手は、チエルがやりますね~」

「望むところだ。貴様のその第九世代機とやらがハッタリではないことを証明してみせるんだな」

「ハイハイwww」

 

 紅蓮聖天八極式は全身装甲になっているので顔は見えないが、装甲の下では絶対にメスガキのような顔をしているに違いない。

 

「そういう訳だ。悪いが相川…私の相手をして貰うぞ」

「あうぅ…もうどーにでもなれだぁぁぁ!」

 

 相川清香。完全にヤケクソ。

 今回、彼女こそが唯一にして最大の被害者なのかもしれない。

 

「まぁ…トーナメントに備えてやれることはやったし…箒ちゃんなら楽勝でしょうね。操縦技術はともかくとして、操縦者の運動能力が違い過ぎるし」

 

 箒のIS適性は『C』。

 良くも悪くも普通。

 だが、箒はそれを自身の運動神経で見事に補っていた。

 それを見た時は、思わずチエルも口笛を吹いた。

 

「問題はこっちの方か…」

 

 正直、勝とうと思えば簡単に勝てる。

 以前に圧倒的な実力差を見せつけられておきながらも、未だに力に固執して相手を見下している時点でチエルの勝利は決まったも同然。

 となると問題なのは『どう勝利するか』だった。

 

 本当に本気で戦えば、良くて秒殺。最悪瞬殺。

 しかも、やり方次第じゃ機体も操縦者も大怪我をするかもしれない。

 流石のチエルも、相手に怪我をさせるほど外道ではない。

 

(うーん…向こうは殺る気満々っぽいけど、ここはあくまでも『試合』として決着を付けますかねー)

 

 方針決定。

 取り敢えず、ラウラのISのSEを枯渇させてルール上の『敗北』を与える。

 

(ま…攻撃だけは手加減してあげますよ。攻撃だけは…ね)

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 クロエの手によってリボルバーカノンが破壊され、その後に千冬によってISを回収されていたので全く修復されていない状態なので、今のシュヴァルツェア・レーゲンはワイヤーブレード以外の飛び道具が存在しない状態となっていた。

 通常ならば余りにも大き過ぎるハンデ。

 だが、未だに絶対的な過信をしているラウラは、自分の敗北を全く信じていなかった。

 

 だが、その自信は試合開始から僅か数秒で粉々に崩れ去ることとなる。

 

「ほらほら~! そ~んなとろくさい攻撃じゃ、チエルにダメージを与えようなんて夢のまた夢ですよ~」

「ば…バカな…!? こんな事が…!?」

 

 試合開始と同時にワイヤーブレードを全て射出して先制攻撃を仕掛けたラウラ。

 並の者ならば、一瞬で全身を拘束されて身動きが出来なくなる。

 しかし、残念ながらチエルは『並の者』ではない。

 彼女は『なかよし部』なのだ。

 IS学園で唯一、生徒会ですら持ちえない『独自行動権』を有する部活。

 その事実だけで、彼女が普通ではないとすぐに分かる。

 

 背面に広がる真紅に光る『エナジーウィング』で全身を包み込み、凄まじい速度と鋭角的な機動で紅い軌跡を描きながらワイヤーブレードを全て神回避してみせ、その圧倒的性能を実力に観客全員が唖然として黙り込んだ。

 

 その気になれば動きながら全てのワイヤーブレードを斬り裂けるが、チエルは敢えてそれをしなかった。

 チエルとラウラとの間にある圧倒的実力差を、回避運動だけで思い知らせる為に。

 

「ならば…これで!…何ッ!?」

 

 近づいて来た瞬間を狙ってプラズマ手刀で攻撃しようと企んだラウラであったが、次の瞬間、チエルの…紅蓮の姿が消え去った。

 実際には、消えたのではなくて、紅蓮の異常なまでの速度にラウラの目とISのハイパーセンサーが追いつけなかったせいで、あたかも消えたかのように見えてしまったのだ。

 

「ど…どこに消えたッ!?」

 

 反射的に周囲を見渡してチエルの姿を探す。

 ハイパーセンサーを使えば一発なのにそれをしないのは、ISという物を使用していても結局は視界に頼ってしまう人間の悲しき習性故だった。

 

「どこ見てるんですか~? チ~エ~ル~はぁ~…」

「はっ!?」

 

 背後から声が聞こえ、初めてハイパーセンサーを使用し、自分の真後ろにチエルがいる事に気が付いた。

 しかし、完全に後ろを取られた状態で気が付いても、もう後の祭り。

 

「きさm…!」

「ハイ残念!」

 

 AICで動きさえ止めてしまえば。

 そう判断し、振り向きながらAICを発動させようと試みるが、そんなのを易々と許すほどチエルと紅蓮の動きは緩慢ではなかった。

 

「まずは一撃~!」

「がっ…!?」

 

 一瞬で拡張領域内から『呂号乙型特斬刀』を取り出し、すれ違いざまにAICの搭載されているであろう両腕部を一刀の元に斬り裂いた。

 

「これでもう、ご自慢のAICは使えなくなっちゃいましたね~。ま、仮に機体が万全だったとしてもチエルの勝利は揺るがないんですけど~」

「貴様ぁぁ…!」

 

 バチバチと紫電が散っている両腕部を抑えながらチエルの事を睨み付ける。

 それだけ恨みと怒りの事もった目で見られても、彼女には痛くも痒くもないのだが。

 

「っていうか~…チエルって右利きなんですよね~。この意味分りますぅ~?」

「なんだと…!?」

「紅蓮のこの右腕…武器とか持てない関係上、基本的に何かを装備する時って左手なんですよね~」

「ま…まさか…!?」

「利き腕とは反対側の腕の攻撃すら防げないって…それでも現役の軍人さんなんですかぁ~? ププ…フツーにこれ面白いんですけど…」

「風間ちえるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!」

 

 再びの挑発と完全に舐められた攻撃に激高し、ラウラは怒りの雄叫びを上げながらプラズマ手刀を展開して突撃していく…が、そんな愚直な攻撃がチエルの通用する筈もなく…。

 

「トロすぎ! ノロすぎ! マヌケすぎ~!」

 

 いつもならば最小限の動きでのギリギリの回避をするところが、ワザと高速移動を駆使してからの大袈裟な回避を披露してから距離を離す。

 

「あの~…やる気あります~? しっかりしてくれないとー…ギャラリーの皆さんも飽きちゃうじゃないですか~。せめて、チエルに掠り傷を与えるぐらいはしてくれないと~。ほらほら~頑張れ~」

「だ…黙れぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 完全に舐められている。

 織斑千冬に指導を受け、ドイツ軍の特殊部隊で隊長を務めている自分が。

 こんな、極東の小娘に。

 その事実が許せず、ラウラの怒りは増々増大していく。

 それが己の視野を狭め、自分を敗北に近づけているとも知らずに。

 

「…もうそろそろいいか」

 

 手加減をするのも楽ではない。

 本気で戦えないというのは、それだけでフラストレーションが溜まる。

 それが圧倒的格下で、しかも同情の余地もない相手ともなると尚更。

 

「エナジーウィング…出力最大」

 

 紅蓮の翼が真紅に燃える。

 それと同時に紅蓮の全身が翼と同じ光に包まれた。

 

「決着…つけちゃるわ!!!」

「は…速すぎr…!」

 

 最早、慣性の法則なんて関係ない。

 完全に常識を無視したような急加速からの急停止、再びの急加速という動きを見せ、ラウラの視界が全て紅い軌跡に覆われる。

 

「まずは一発!!」

「ワイヤーブレードだとっ!?」

 

 紅蓮の肩部から鋭い刃の付いたスラッシュハーケンという名のワイヤーブレードが二基射出される。

 数こそ少ないが、その速度と鋭さはレーゲンの比ではなく、ラウラは回避することも防御することも出来ずに直撃を受け、レーゲンの装甲にスラッシュハーケンの刃が突き刺さる。

 

「こっちに…来い!!」

「引き寄せ…られる…!」

 

 成すがままに全身を引っ張られたラウラだが、この後に何が起こるのかを予測して両腕を使ったクロスアームガードを試みるが、それは次の瞬間に放たれた腹部目掛けての勢いを付けたキックによって無駄に終わった。

 

「が…あぁぁ…!」

 

 絶対防御やシールドバリアーで安全が約束されているとはいえ、決してダメージが入らない訳ではない。

 チエルと紅蓮の全力キックによって数秒間だけだが呼吸が出来なくなり、吹き飛ばされながら意識が遠くなる。

  

 だがまだ、チエルのターンは終わっていなかった。

 

「まだ終わりじゃない!!」

 

 なんと、右腕の巨大な黄金の爪を持つ手甲部がワイヤーで繋がれた状態で射出され、そのままラウラの胴体部をガシっと掴み、今度は逆にチエル自身をラウラの方に引き寄せた。

 

「こいつで…トドメだ!!」

「がはぁっ!?」

 

 その勢いのままステージの壁に叩きつけられ、壁を破壊しながら身動きが出来ないまま押し込まれる。

 そして、右の掌内にある『機構』が作動して『紅い波動』が発生する。

 

「これが『輻射波動』だっ!!!」

 

 輻射波動機構。

 手甲部内に存在する機構の中にて高められた高出力の電磁波を高周波として放つ事により、膨大な熱量を生み出して相手を爆発四散させるという協力無比な紅蓮最強の兵装にして必殺技である。

 無論、競技用として多少は威力が抑え込まれているが、それでも並のIS相手には一撃必殺の威力を誇る。

 もし競技用のリミッターを外した場合、同レベルのIS以外は例外なく耐えられず、コアごと文字通り木端微塵と化す。

 

「あ…あぁ…あぁあぁぁぁあぁぁぁぁっ!!!!」

 

 輻射波動の一撃をモロに受け、ラウラは悶え苦しみ、レーゲンのSEはあっという間に無くなっていく。

 SEが0になる直前、輻射波動の中心部にて巨大な爆発が起き、周囲は爆煙に包まれる。

 

 誰もが動揺する中、煙の中から颯爽と無傷の紅蓮が飛び出してきて、その紅い翼を大きく広げた。

 

「これが…紅蓮の力だ!!」

 

 それは勝利の雄叫び。

 チエルと紅蓮の約束された完全勝利だった。

 

 そして、煙が晴れていくとズタボロにされたレーゲンと共に口から煙を吐きながら倒れゆくラウラの姿が見えた。

 白目を剥き完全に気絶をしているようだった。

 

(まずは第一段階クリア…って所ですかね。問題はここからだけど…)

 

 

 

 

 



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なかよし部は奮闘する

 チエルと箒がラウラ達と試合をしている頃、他の二人はと言うと…。

 

「あーもう! 一体何なのよ~! あの赤い障壁みたいのは~!」

 

 対戦相手の生徒達が、ダリル&ユニのコンビに見事に大苦戦をしていた。

 

「はっはっはっー。これこそが、このボクの専用機である『蜃気楼』の誇る世界最強の防御力を持つ無敵の盾『絶対守護領域』だ」

 

 三年生同士の試合ともなると、機体性能の差なんて当人達の実力で簡単に覆してくる。

 大国アメリカの代表候補生であるダリルの腕を以てしても、正面から戦えば苦戦は免れない。

 ほんの僅かな隙を狙って的確に攻撃を仕掛けてくる。

 

 だがしかし、今回の試合はタッグ戦。

 IS学園で一番の頭脳を持つユニが相棒になっている。

 緻密に練られた作戦に加え、漆黒の専用機『蜃気楼』の圧倒的なまでの防御力が、相手の生徒達の攻撃を全く通させない。

 

「練習の時からそうだったけどよ…こうして実戦で試すと改めて実感させられるぜ…。あの細っこいボディからは想像も出来ないような鉄壁の防御…マジで頼もしすぎるだろ!」

 

 ユニのサポートはダリルの死角を完璧にサポートし、あらゆる場所からの強襲を防いでいる。

 勿論、それだけではなく、ユニ自身の防御もちゃんと行っているので、相手は未だに一回も攻撃を命中させられていない。

 

「ヘル・ハウンドの高い攻撃力と、蜃気楼の無敵の防御力…これ普通に勝ち目無いじゃないのよ~!」

「ユニちゃんも、意外とこっちの攻撃を避けてくるし~!」

 

 彼女達が言うように、ユニとダリルのコンビは即席とは思えない程に連携が取れていた。

 前衛と後衛がハッキリとしていて、お互いがお互いの役目をちゃんと果たしている。

 普段の様子からユニは運動が苦手だから、ISの操縦も上手ではないのではという先入観が完全に裏目に出てしまった。

 最早、この試合は完全にユニたちのペースになっている。

 

「さて…それでは、そろそろ終わらせようか」

「お? もしかして『アレ』を使うのか?」

「うむ。さっきから盾役に徹しているが故に攻撃能力が無いと思われるのは心外だからな。ここらで蜃気楼のもう一つの力を見せておくとしよう」

「了解だ。頼むぜユニ!」

「任せておきたまえ」

 

 蜃気楼の眼前に真っ赤に染まった投影型のコンソールが出現し、凄まじい勢いで次々とデータを入力していく。

 

「入射角。及び反射角の入力完了。残念だが…これでフィニッシュだ」

 

 最後にエンターキーを押した瞬間、蜃気楼の胸部装甲が展開され、そこから液体金属からプリズム状に凝固させたレンズを相手の頭上に目掛けて発射した。

 

「拡散構造相転移砲…発射!」

 

 レンズの発射口から、今度は貫通力の高いレーザーが発射。

 レーザーはレンズに直撃し、文字通りステージ全体に雨のように拡散し、相手の逃げ場を完全に奪った。

 

「な…何よこれぇっ!?」

「無数のレーザーが降り注いでくるッ!?」

「しかも、どうしてダリルには全く誤射してないのよぉッ!?」

 

 一見すると無差別な攻撃に思われるが、実際には高速で緻密な計算を行い、相手だけに確実に命中するように撃たれている。

 それにより、味方であるダリルがどんな風に動いたとしても絶対に誤射しないようになっているのだ。

 

「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」

 

 削り取るようにSEを奪っていき、レーザーが止んだ時にはもう完全に相手二人のラファールはSEを失い機能停止をしていた。

 

『試合終了! 勝者…真宮寺由仁&ダリル・ケイシー!』

 

 こうして、ユニとダリルは完全なワンサイドゲームで第一試合を終えたのだった。

 

「よっし! やったなユニ!」

「ふっ…ボクとダリル君が手を組んだんだ。この結果は当然さ」

 

 なんてない風を装ってはいるが、装甲に覆われた下にある顔は可愛らしく微笑んでおり、ダリルからのハイタッチにも迷わず応えた。

 この後、ピットに戻ってISを解除し装甲の下から出てきた笑顔のユニを見てダリルを萌えさせたのは言うまでもない。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 そして、二年生の試合はと言うと…。

 

「絶対に決勝戦まで行って、クロエちゃん達と試合をするわよぉ~!」

「当たり前じゃない! だから、こんな所で躓くわけにはいかないのよぉ~!」

 

 物凄い気合いで相手を圧倒している楯無とサラの二人がいた。

 余りの気合いに観客も他の生徒もドン引き。

 

「まぁ…あの二人なら、まず負ける事はないっしょ」

「そうッスねー。なんせ、ロシアの国家代表とイギリスの代表候補生のコンビっすからねー」

「てなわけで…」

「「がーんーばーれー」」

 

 適当に手を振って応援するクロエとフォルテ。

 その時、ハイパーセンサーを通して楯無たちはそれを見た。

 

「ク…クロエちゃんが…私達を…」

「応援…してくれてる…!?」

 

 謎フィルターにより、楯無たちには何故かクロエが満面の笑みを浮かべながら自分達を応援しているように見えた。

 瞬間、二人の気力がMAXになった。

 

「「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」」

「「ひぃぃぃぃっ!?」」

 

 まるで、今からファイナルフュージョンでやりそうな気迫に完全に気圧される対戦相手の女子生徒達。

 今回の一番の犠牲者は間違いなく彼女達だ。

 

 結局、それから10秒と経たずにフルボッコにされ、試合は楯無とサラの圧勝で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 そして、場面は戻って第三アリーナ。

 チエルの紅蓮によって完膚なきまでに叩きのめされ、ラウラと専用機であるシュヴァルツェア・レーゲンは完全に沈黙していた。

 

「チエル!」

「あ。箒ちゃん。そっちは大丈夫でしたか?」

「勿論だ。あの通り」

 

 箒が視線を向けた先には、目を回しながら倒れている相川清香の姿があった。

 

「う~…全く手も足も出なかったよぉ~…」

 

 機体の性能、学び始めた時期が同じでも、操縦者の身体能力が違い過ぎた。

 元ハンドボール部と剣道全国王者なのだから当然だが。

 

「しかし…どうして試合終了のアナウンスが流れない? 私もチエルも相手を倒した以上、これで終わりの筈だろう?」

「うーん…本当なら終わりなんですけどぉー…実はそうじゃないと言いますかぁー…」

「ん? どういう意味だ?」

「ま。これに関しては説明するよりも見て貰う方が早いかもですね」

「そ…そうか…」

 

 なんとももどかしい言い方だが、今の箒はチエルの事を全面的に信頼している。

 なので、例え何があってもチエルなら大丈夫と言う安心感があった。

 

『…織斑先生』

『真宮寺から話は聞いている。ここはお前に全てを任せる。好きにやれ。責任は顧問である私が取ってやる』

『ありがとうございます♡』

 

 こっそりとプライベートチャンネルを使って千冬と通信。

 予め話はしてあり、千冬もなかよし部三人に全てを託していた。

 

『本当に情けない話だが…アイツを…ラウラを頼む…!』

『まっかせてください! むっ!?』

 

 滅多に聞けない千冬の弱音を聞き、口調とは裏腹にマジモードになったチエルの目の前で、倒れ伏したレーゲンに変化が起きた。

 

「な…なんだあれはっ!?」

「始まりましたか…」

 

 突如としてレーゲンの装甲がドロドロに溶け、それがまるで意志を持つかのように操縦者であるラウラの身体を飲みこもうとした。

 このままではラウラは完全に取り込まれてしまう。

 当然だが、そんな事は暴挙はなかよし部が絶対に許さない。

 

「やらせるかってんですよぉぉぉぉぉぉっ!! そこぉっ!!」

 

 ラウラの全身が見えた瞬間を狙い、チエルは紅蓮の右腕部を高速で射出。

 その巨大な手でラウラの身体を掴んでから、即座に繋がっているワイヤーを巻き戻して彼女の身体を無事に救出した。

 

「よっし! なんとか最悪の事態だけは防げた!」

「さ…流石はチエルだ…! あの僅かな隙を狙ってラウラの奴を助け出すとは…!」

 

 救出されたラウラは気を失ってはいるが、特に外傷などは見当たらない。

 女の子の身体に傷でも付けたとあっては、それこそ『なかよし部』の名折れ。

 

「なぁ…チエル。そろそろ教えてくれないか? さっきのは一体なんだったんだ?」

「ボーデヴィッヒさんのISに密かに組み込まれていた『VTシステム』が強制起動したんですよ」

「VTシステム?」

「正式名称『ヴァルキリー・トレース・システム』。要するに『強い人の真似をして強くなろう大作戦!』って感じです」

「なんだそれは…!?」

 

 別に強者の真似をすること自体は箒も否定しない。

 武道家たる者、先人たちの技術を学び、それを自分なりに昇華させて新たな技術を生み出す事の大切さを知っているから。

 だが、『学ぶ』ことと『猿真似』をする事は全くの別だ。

 強者の姿形や動きだけを模して強くなれれば誰も苦労なんてしない。

 大事なのは『そこから何を得るか』なのだから。

 

「完全にふざけているな…! そのシステムは間違いなく、世界中の武道に携わる者達の努力を冒涜している!」

「だからこそ、アラスカ条約で開発は愚か、研究することも禁止されてる筈なんですけどね…」

「それが何故かラウラの機体に組み込まれていた…か」

「その通り。見つけたのはユニ先輩なんですけどね」

「あの人が…」

「どうやら、本人には内緒でやってたみたいですね。下手したら、ドイツ軍の上層部も騙されてた可能性もあるかもです」

「許せんな…! 人の命を何だと思っているんだ…!」

「ちょー同感。ん?」

 

 話している間に主と言う名の生体コアを失ったレーゲンがなんとか人の形になろうとしているが、ラウラがいない状態では上手く機能していないのか、辛うじて人体の上半身のような形状になり、下半身はベトベトンのようにドロドロとなっていた。

 

「うわー…あれじゃまるで、生まれたての巨神兵じゃないですかヤダー」

「あぁ…ナウシカに出てきたアレか…。確かに似ているかもな。流石に口からビームは撃たないだろうが」

 

 意外とスタジオジブリを知っていた箒。

 

「あそこまでドロドロだと、誰を真似しようとしたのか分からないな…」

「その辺はユニ先輩が調べてくれるんじゃないんですか? それよりも、あれをこのまま放置は出来ないですし、今からどうにかするしかないですねー」

 

 チエルの言葉を聞いて、ようやく箒は全てを悟った。

 今までの闘いは全て前座に過ぎなかったのだ。

 あの異形の姿になったレーゲンとの戦いこそが本命なのだと。

 

「箒ちゃん。この子の事をお願いしても良いですか?」

「任せておけ」

 

 チエルからラウラの身体を受け取り、しっかりと抱きとめる。

 

「…負けるなよ…チエル」

「負けませんよ。だってチエルは…」

 

 エナジーウィングを広げ、右腕部の巨大な爪を異形のISに向ける。

 

「なかよし部ですから」

 

 

 

 

 

 



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なかよし部は決着を付けます

「ボーデヴィッヒさんのISが機能停止したと同時に異形の姿に変化した…! あれが真宮寺先輩の言っていたVTシステムなのか…!」

 

 観客席にて試合を見ていたシャルルは、身を乗り出しながら目の前で起きた異常事態を冷静に観察していた。

 

 実は、ユニは千冬だけでなく、同じなかよし部であるシャルルや、自分達と親しい関係にある二年や三年の専用機持ちや候補生達ともVTシステムに関する情報を共有していた。

 いざと言う時に無用な混乱を招かない為に。

 

 因みに、セシリアや鈴とはそこまで親しくない為、特に何も教えてはいないし、一夏に至っては小難しい事を言っても理解してくれるかどうか分からない上に、下手したら勝手に暴走する危険性すらもあったので、後で教えることに決めた。

 

「それにしても、まさか第九世代型なんて前代未聞のISを引っ提げてくるなんてね…タダ者じゃないとは思っていたけど…これは流石に予想出来なかったよ…!」

 

 現行のISの全てをぶっちぎりで超越したIS。

 その真紅の軌跡を描く超高速の動きは、まさに圧巻としか言いようが無かった。

 なかよし部がどうしてIS学園内で特別な立場にあるのか、その理由の一部を垣間見たような気がした。

 

「ちょ…何なのよあれ…! 試合も機体も何もかもが凄すぎたけど…」

「ボーデヴィッヒさんのISが突如として変態するなんて…これは一体…!」

 

 隣りで大きく目を見開いて驚いているのは鈴とセシリア。

 一応、動けるぐらいには回復した二人は、試合だけでも見ようとこうして観客席にまで足を運んだはいいが、その余りにもぶっ飛んだ実力をまざまざと見せつけたチエルと紅蓮に圧倒され、今度はVTシステムによって怪物と化したレーゲンに空いた口が塞がらない状態となっていた。

 

「あれ? そう言えば一夏は? さっきまで隣にいた筈だけど…」

「一夏? あいつなら、ついさっきお腹を抱えたままトイレに行ったけど」

「ト…トイレ?」

「えぇ。なんでも『冷たいものを飲み過ぎた』とか仰っていましたわ」

「そ…そう…」

 

 まさかの一夏不在の状態でのVTシステム戦突入。

 微妙に緊張感が削がれてしまったシャルルであった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 試合中にいきなり起った謎の異変。

 シュヴァルツェア・レーゲンが突如としてファンタジーに出てくるような怪物になってしまったことで、観客席にいる生徒も列席者も全員が驚きの余り無言になってしまった。

 つい先程まで歓声に包まれていたとは思えない程の静寂。

 普通ならば、すぐに緊急事態を知らせるアラームが鳴り響き、全員の避難を開始させている所。

 だがしかし、実際には避難は愚かアラームすら鳴っていない。

 

 彼らは知っていた。

 今、異形の化け物と対峙しているのが誰なのかを。

 第九世代機と言う超兵器を身に纏い、操縦者自身も圧倒的実力を見せつけた。

 皆は分かっていた。

 どうして誰も逃げないのか。

 どうして警報すら鳴らないのか。

 それは、分かっているから。

 自分達の眼前にいる、真紅のISを纏う少女ならば、必ずや自分達を守ってくれると。

 そう信じさせてくれるだけの実力を見せてくれたから。

 

 だから誰も声を発しない。

 彼女の邪魔をしない為に。

 下手な応援よりも、この勇気ある戦いを最後まで見届けることこそが重要だと思ったから。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 一方その頃。

 試合を終えたユニとダリルは、ピットにてタオルとドリンクを持った虚に出迎えられていた。

 

「お疲れ様でした。流石でしたね」

「まぁな。一回戦じゃ負けられねぇって」

「その通り。こんな序盤で苦戦するようならば、優勝なんて夢のまた夢…ん?」

 

 手渡されたタオルで汗を拭いていると、いきなりユニの専用機『蜃気楼』の待機形態である高性能スマホが反応し出した。

 

「これは…遂に発動したのか」

「それって…この前言ってた『アレ』か?」

「VTシステム…ですね」

「そうだ」

 

 前述した通り、この二人には先に説明をしてあったので話も早い。

 すぐにユニが何を言いたいのかを理解してくれた。

 

「だが、心配はあるまい。相手はあのチエルくんだ。すぐに鎮圧してくれることだろう。織斑教諭も、それを信じて敢えて警報を出していないのだからな」

「ま…あいつならな…」

「楽勝でしょうね。まず間違いなく、チエルさんは一年生の中で最強ですから」

 

 この二人もチエルの実力はよく知っている。

 正確には、なかよし部の三人の実力を良く知っている。

 全員揃って世界レベルの実力者であり、その気になれば国会代表すらも簡単に倒せるほどの領域にいる事を。

 

「解決は時間の問題だ。我々は我々の成すべき事をするとしようじゃあないか」

「そうだな。後輩の事を信じてやるのも先輩の仕事か」

「ユニさんの仰る通りですね。チエルさんならばきっと大丈夫でしょう」

 

 そうして、ユニとダリルは第二回戦へ向けて体を休めるのであった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 更に同時刻。

 クロエはフォルテと一緒に一回戦を見事に勝ち抜いた楯無とサラを労っていた。

 

「おつー」

「お疲れッスー」

 

 何とも軽い言葉だが、今の二人にはクロエの言葉と言うだけで最高の清涼剤になっていた。

 

「ありがと、クロエちゃん。まずは順調に一回戦と突破よ」

「この調子なら、あっという間に決勝戦まで行けるかもね」

「油断乙。ま、アンタ等なら楽勝かもだけどサ」

 

 クロエなりに注意をしたが、すぐに『こいつらはそんなに馬鹿じゃないか』と思い直した。

 それだけクロエが彼女達を信じているという証拠でもあった。

 

 そんな時、クロエのスマホに突如としてユニからメールが来た。

 

「ん? パイセンから? あ……」

 

 メールの内容を見て、すぐに何があったかを知る。

 だが、それでもクロエの表情が変わることは無かった。

 

「どうしたの?」

「ユニパイセンからのメール。なんか、チエルの奴が例のドイツっ子をボッコボコにしてVTシステムを無事に発動させたってさ」

「ボッコボコって…」

 

 チエルの実力を考えれば当然の結果ではあるが、だとしても哀れだった。

 なんせ、チエルはクロエと真正面から戦って互角に渡り合える唯一無二の存在。

 代表候補生などでは相手にすらならないのは明白だった。

 

「ま、チエルなら大丈夫っしょ。少なくとも、あんなパチモン製造機(笑)に負けるほど軟な鍛え方はしてないし」

「パチモン製造機って…」

「VTシステムの事をそんな風に言うの、世界広しと言えどもクロエちゃんだけね…」

「それマ? ないわー」

 

 割と緊急事態の筈なのだが、チエルに対する絶対的信頼があるお蔭でいつもと全く変わりのない空気の二年生組なのだった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 場面は戻り第三アリーナ。

 ヒト型になりそこなった未成熟な状態のVTシステムを前に、チエルは紅蓮の右腕部を構えて睨み合っていた。

 

「さーて…どう料理してあげますかねー…っと!」

 

 紅蓮のエナジーウィングを広げた瞬間、それに反応してVTシステムが半ば融解しかけている体から触手のような物を無数に放ち、チエルの身体を拘束しようとしてきた。

 少し離れた場所に箒たちがいるにも関わらず、それらを完全に無視してチエルのみを狙う。

 先程までの戦闘でチエルの危険性を認識し、最優先排除目標にするように敢えてヘイトを貯めた結果だった。

 

「すっトロいんですっつーの!! そんな動きでチエルと紅蓮の動きを本気で捉えられると思ってんじゃねーですよ!! コンチクショー!!」

 

 紅蓮はすぐにその場から飛翔し、アリーナ全体に真紅の軌跡を描きながら縦横無尽に飛び回る。

 

 正面から五つの触手が向かって来るが、その僅かな隙間を縫って前進しながら全てを回避すると言う神業を披露したかと思ったら、いつの間にか右腕の輻射波動機構に円盤状のエネルギーをいつの間にかチャージしていた。

 

「聖天八極式な紅蓮なら、こんな事も出来るんですよーだ!! くらえ!!」

 

 高速移動で触手を回避しつつ、全身を捻るようにしながら全力で収束した輻射波動を投げ飛ばす!

 まるでフリスビーのような軌道を描きながら飛んでいき、次々と触手を斬り裂いていき、本体であるVTシステムすらも一刀両断する…が、液状になっているが故かすぐに元通りに再生してしまう。

 

「ちっ! 超絶ヨワヨワな癖に耐久力だけは一丁前ですか! 生意気なんですよ…ね!!」

 

 迫ってきた触手を左手に持った呂号乙型特斬刀にて斬り裂き、すぐに思考を切り替える。

 遠距離での攻撃が効果が薄いのなら、さっきと同じように輻射波動を直にお見舞いしてやればいい。

 しかも、今度はさっきとは違い遠慮なく『最大出力』で。

 

「いきますよー…紅蓮!!」

 

 チエルの戦意に反応するかのように紅蓮の目が光る。

 最早、ステージ全体がVTシステムの触手によって覆われようとしている中、紅蓮とチエルの放つ紅い光が人々に希望を与えていた。

 

「アイツ目掛けて…飛んでけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 ワイヤーで接続された輻射推進型自在可動有線式右腕部が輻射波動を放ちながら真っ直ぐにVTシステムの本体目掛けて突撃していく。

 勿論、システムの方もそれを防ぐ為に触手にて妨害してこようと試みてくるが、其の全てが輻射波動の前に破壊されていく。

 

 そして、遂にその巨大な爪が漆黒の怪物を捉えた。

 

「捕まえた!! このまま一気に決める!!」

 

 右腕部でシステム本体を掴んだままワイヤーを短くしていき、紅蓮自身を凄まじい勢いで引っ張っていく。

 そして、紅蓮本体と右腕部がドッキングした瞬間、チエルはVTシステムをそのまま地面に叩き付け巨大なクレーターを作り出し、輻射波動の出力を一気に最大にまで引き上げた!

 

「これで…終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 超絶的な熱量が放たれ、それが内部にあるVTシステム自体に直撃する。

 凄まじい威力によってすぐに機能不全に陥り、徐々に融解したボディが消えてなくなっていく。

 

 全ての威力と熱量が一点に凝縮された瞬間、紅蓮とVTシステムの両方を完全に覆い尽くすほどの巨大な爆発と爆炎が発生し、アリーナ全体が轟音に包まれる。

 その様子を一番傍で見ていた箒は、その威力にチエルの身を案じ泣きそうな顔になったが、彼女の顔はすぐに驚きと喜びの表情に変わった。

 

「あ…あれは…紅蓮っ!?」

 

 その右手にシュヴァルツェア・レーゲンのコアを握りしめながら、爆炎の中から紅蓮が光りの翼を広げて飛び出してきた。

 あれだけの爆発の中心にいたにも拘らず、真紅の装甲には傷一つとてついてはいなかった。

 

「今度こそ…チエル達の完全勝利です!! ちぇるーん♡」

 

 紅蓮が似つかわしくないVサインを見せた直後、ようやく試合終了のアナウンスがなされた。

 

『試合終了! 勝者…風間ちえる&篠ノ之箒!!』

 

 そして、アリーナは勝利者を湛える歓声で包まれた。

 

 

 



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なかよし部は救出に成功する

「う…うぅぅ…?」

 

 目を開けて最初に見たのは、見慣れない天井。

 これがIS学園の保健室の天井であると理解するのに、少しだけ時間が掛かった。

 

「やっと起きたか」

「きょ…教官…!? うっ…!」

 

 自分が寝ているベッドのすぐ横に千冬が座っていて、思わず半身を起こそうとするが、すぐに軋むような痛みが全身に走り蹲ってしまう。

 

「ここでは先生と呼べど何度言ったら…はぁ…まぁいい。今回だけは特別に許してやる。だから無理をするな。大人しく寝ていろ」

「は…はい…」

 

 促されるがままにベットに横になるラウラ。

 正直、こっちの方が今は楽だったりする。

 

「色々と聞きたい事があるんじゃないか? 目が覚めたら、いきなり保健室のベッドの上だったんだからな」

「…はい」

 

 混乱していないと言えば嘘になる。

 尋ねたい事は、それこそ山のようにあった。

 

「あれから一体、何が起きたのですか…?」

「どこまで覚えている?」

「試合中…風間ちえると、彼女の専用機の圧倒的実力の前に敗北して、そこから…そこから…」

 

 そこから先は、まるで記憶に靄が掛かったかのように思い出せない。

 まるで、脳が思い出すのを拒絶しているかのように。

 

「そうだ。確かにあの時、おまえは風間に敗北した。それ自体は何も恥じる事は無い。アイツの実力は、私から見ても異次元だ。風間と互角に戦える者がいるとすれば、それは恐らく同じ『なかよし部』の者達だけだろう」

 

 伊達になかよし部の顧問はやっておらず、千冬は三人の実力は学園の誰よりも把握しているつもりだった。

 故に千冬は断言する。

 真宮寺由仁。黒江花子。風間ちえる。

 あの三人の実力は、現時点でもう既に世界レベルに到達していると。

 

「…VTシステム」

「え?」

「それが、お前の専用機に極秘裏に内蔵されていた」

「そんな馬鹿な…!」

 

 軍人であり代表候補生でもあるラウラは、VTシステムの事も勿論知っていた。

 知識だけならば、そこらの候補生よりもあるだろう。

 

「シュヴァルツェア・レーゲンのSEが無くなった瞬間、強制的にVTシステムが発動して、気を失ったお前の身体を飲みこもうとした。だが、間一髪のところで風間が救出した。その結果、VTシステムは不完全な状態で発動し、それもまた風間と紅蓮によって鎮圧された」

「あいつが…」

 

 ちえるの実力を肌で知っているラウラはすぐに納得した。

 彼女ならば、それぐらいの事が出来ても決して不思議ではないと。

 

「その後、お前の身柄は教員部隊に託され、そのまま保健室にて治療を受け、今に至る…と言った感じだ」

「…あれからどれぐらい経ったのですか? 今は…」

「各学年のトーナメントの第一試合は全て終了し、一日目が終了した。今は放課後だ」

「そんなにも長い間、私は寝ていたのか…」

 

 唐突に、ちえるとの試合を思い出す。

 こっちの攻撃を全て回避し、向こうは一撃必殺の一撃を何度も繰り出してきた。

 専用機である『紅蓮聖天八極式』も十分に凄まじかったが、その性能を極限まで引き出せていたちえるの実力も同じぐらいに凄かった。

 言い訳のしようがない、完膚なきまでの完全敗北。

 あそこまで派手にやられたら、悔しいと気持ちすら浮かばない。

 

「今回の事で、おまえは風間だけではなく、なかよし部の三人全員に大き過ぎる借りが出来た」

「三人全員に…?」

「そうだ。まず、真宮寺がお前の機体をハックした時に、機体内部にVTシステムが組み込まれている事を知った。その後、生徒会長と仲がいい黒江が、その伝手を利用して私を初めとした全教員にいち早くVTシステムの事を知らせて、それをどうにかする為の作戦を伝えた。そして…」

「風間ちえるが私の機体を戦闘不能にする事でVTシステムを強制発動させ、私を救出した後にVTシステム自体も破壊した…ですか」

「その通りだ」

 

 最初から仕組まれていた事だった。

 最初から…なかよし部はラウラの事を助ける為に行動していたのだ。

 それなのに、何も知らなかった事とはいえ、自分は一方的に恨んで、敵意を見せて…。

 

「もし真宮寺がいなかったら、発動する瞬間まで誰もVTシステムの事に気が付かずに何も出来ずにいた。黒江がいなかったら、情報の伝達がスムーズにいかずに、いざと言う時に私達も観客もパニックになっていたかもしれない。風間がいなかったら…お前はVTシステムの負荷に耐えられずに死んでいたかもしれない。誰か一人欠けていても、お前を無傷で助け出すことは不可能だっただろう」

「そう…ですか…」

 

 正真正銘の完敗だった。

 ちえるにではなく、なかよし部の三人に敗北した。

 

「…あの三人は今どこに?」

「多分、食堂辺りにいると思う。風間は当然として、真宮寺も一回戦を突破し、黒江に至っては去年のトーナメント優勝者と言う事もあってかシードになっているからな。今頃はお互いの健闘を称えながら、ゆっくりと休んでいる事だろう」

 

 当然のような勝利。

 その事に驚く事は無かった。

 流石にクロエが去年のトーナメント覇者だったのは少しだけ驚いたが。

 

「一つだけ聞きたい」

「…なんでしょうか」

「VTシステムが発動した瞬間…お前は何を考えた?」

「発動した瞬間…」

 

 そう聞かれてラウラは必死に、あの時の事を思い出す。

 ちえるに倒され、気を失いかけた瞬間…。

 

「…織斑教官の事を考えていた…と思います」

「私の事を?」

「はい……教官のように強くなれれば…と」

「…そうか」

 

 それを聞き千冬は実感する。

 世間では『千冬さま』や『ブリュンヒルデ』などと持て囃されていても、自分は人一人すら真面に導く事すら出来ない未熟な人間なのだと。

 実際、こうして教師をやっている今でも学んでいる事は非常に多い。

 

「取り敢えず、今は自分の体を休める事に専念しろ。試合に負けた以上、時間はタップリとあるのだからな」

「そうさせて貰います…」

「そして、体調が良くなったら…アイツ等に礼でも言いに行け」

「承知しました…」

 

 椅子から立ち上がり、ラウラの邪魔にならないように保健室を後にしようとする千冬。

 扉に手を掛けた所で不意に立ち止まり、ラウラの方を振り向いた。

 

「最後に言っておく。何をどうしても、お前は私にはなれん。どこまで行っても、お前はラウラ・ボーデヴィッヒだ。それ以上でもなければ、それ以下でもない。私が織斑千冬であるようにな」

「…はい」

 

 小さく返事をしてから、ラウラは迫り来る睡魔に身を委ねて瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 IS学園の食堂。

 トーナメントの第一試合が終わったせいなのか、いつも以上に食堂は賑わっていた。

 僕は、風間さんや真宮寺先輩、クロエ先輩や一夏や篠ノ之さん、他にも前にも会った生徒会長さん、他にも見た事が無い二年生の先輩方や三年生の先輩達と一緒にテーブルに座って自分の身体を労っている。

 

「まさか、俺がトイレに行っている間にそんな事が起きてたなんてなー…」

「一夏が戻って来た時にはもう終わってたからね…」

 

 風間さんの動きは非常に迅速ではあったけど、それでもトイレ長すぎじゃなかった?

 僕達の試合には間に合ったからよかったけどさ…。

 

「一夏くん。分かっているとは思うが、今回の事は外部には秘密だぞ? 後で学園側から正式に箝口令が敷かれるとは思うが…」

「わ…分かってますよ?」

 

 これ…言われて初めて気が付いたって感じだね。

 一夏らしいと言えば、らしいけどさ…。

 

「けど、無事にVTシステムを鎮圧出来て良かったわね。流石はチエルちゃんだわ」

「クロエちゃんと同じ『なかよし部』ッスからね~」

「これぐらいは当然よね。ね~クロエちゃん?」

「ん? まぁ…そうじゃネ? 知らんけど」

 

 なんだろう…最初見た時から気になってたけど…クロエ先輩と更識先輩…距離が近くない?

 二人は同じ部屋のルームメイトらしいけど…それでも近すぎる気がする。

 あと、他の二人とも凄く仲が良さげだ。

 ギリシャとイギリスの代表候補生らしいけど…。

 

(ライバルは多いなぁ…)

 

 本人非公式のファンクラブがあるってだけあって、やっぱりクロエ先輩はモテるんだなぁ…。

 けど、だからと言って負けたくはないよ…!

 

「けど、今回のはマジでファインプレイだろ。システム発動と同時に救出とか、常人じゃ絶対に不可能な芸当だぜ」

「その場にいたのが紅蓮だったというのも大きいでしょうね。右腕部をワイヤーで飛ばせる今の紅蓮にしか出来ませんから」

「それを絶妙なタイミングで出来てしまうチエル君のセンスも見事だがな」

 

 小さな体で胸を張ろうとしている真宮寺先輩が可愛過ぎる。

 見るたびに思うけど、この人って本当に18歳?

 あと、先輩と仲良さそうにしてるアメリカの先輩が凄い格好…。

 今回のトーナメントでタッグを組んでるらしいけど、一体どんな機体なんだろう?

 そして、あの眼鏡を掛けてる人が布仏さんのお姉さん…なんだよね?

 

「本当に今回のチエルは凄かったな。見ているこちらも圧倒されたほどだ」

「チエルが本気を出せたのはー…後ろで箒ちゃんがボーデヴィッヒさんを守ってくれてたからですよー。だから、こっちも安心して動けましたしー」

「そ…そうか? そうか…うん…そうか…」

 

 …あれ?

 僕の気のせいじゃなければ、篠ノ之さんって一夏の事が好きじゃなかったの?

 少なくとも、僕にはそう見えてたけど…今は完全に風間さんの事を意識してない?

 風間さんの隣に座ってる上に距離も近いし…二人はルームメイトでもあるんだっけ?

 その上でタッグも組んで…なんか凄い勢いで急接近してるね…。

 

「矢張り、ここにいたか」

「ん? 織斑教諭か」

「織斑センセー。ちぃーっす」

「お疲れ様でーす」

 

 ここでいきなり織斑先生の登場。

 保健室でボーデヴィッヒさんの様子を見てくるって言ってたけど…戻って来たのか。

 

「ボーデヴィッヒさんはどんな感じでしたー?」

「特に外傷なども無かった。気を失っていたのは、単純に試合でお前に叩きのめされたのと疲労に寄るものらしい」

 

 あれは本当に凄かったもんねー…。

 文字通りの蹂躙劇だったし…。

 

「さっきまで目を覚ましていたが、今頃はまたゆっくりと眠っている事だろう」

「そーですかー…」

「ま、とりま無事でよかったんじゃね?」

「そうだな。これでトーナメントに専念できる」

 

 優勝候補が言うと意味が違って聞こえるんだよなー…。

 

「風間。真宮寺。黒江。今回はお前達のお蔭で本当に助かった。他の教員やボーデヴィッヒの代わりに礼を言わせて貰う。ありがとう」

「どーいたしまして♡」

「我々は、なかよし部としての使命を全うしたに過ぎないよ」

「そーゆーこと。ま、礼は素直に受け取るけどサ」

 

 風間さん以外は照れ隠し。

 特にクロエ先輩の破壊力が凄い。

 淡々と言っていながらも、顔が赤くなって明らかに照れてるのが分かる。

 これは…可愛過ぎるよ…。

 

「今日はゆっくりと休んでくれ。明日からの試合も期待しているぞ。ではな」

 

 それだけを言い残してから織斑先生は食堂から去って行った。

 

「ちっふーの礼とか…レアなもんを見た気がする」

「そうですか? ちゃんと言うべき時は言いますよ?」

「マジで? 知らなかったわー…」

 

 織斑先生…周りからはどう思われてるんだ…?

 

 ともかく、こうしてVTシステムを巡る一件は幕を閉じて、本格的に学年別トーナメントが進んで行くのでした。

 

 余談だけど、僕と一夏のコンビもなんとか一回戦を突破できた。

 頑張れば、決勝戦で風間さん達と対決する…かも?

 

 

 

 

 



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なかよし部はお礼を言われる

 VTシステム暴走事件から数日。

 ようやく体を動かせるようになった私は、織斑教官に教えて貰い、放課後に風間ちある達がいるであろう学生食堂へと向かった。

 

「いやー。今日の試合も無事に終わりましたね~」

「そうだな。どの試合も実に見事だった」

「ま、うちらはシードだから明日こそが本番なんだけどネ」

「ずっと退屈だったッスよ~」

「私達は予定通りに決勝進出できたし…」

「やっとクロエちゃん達を試合が出来るわね」

「シード権ってのも考えもんだな。その点、オレ達は順調に勝ち進んで決勝進出したもんな」

「うむ。蜃気楼の調子も悪くはないし、このまま優勝してしまおう」

 

 あの三人は、各々に自分のパートナーであろう相手と一緒にいて話をしていた。

 上級生もいるが…別に構わんだろう。

 

「真宮寺由仁。黒江花子。風間ちえる」

「「「ん?」」」

 

 声を掛けたら振り向いてくれた。

 無視されたらどうしようかと思った。

 

「おや。君は…」

「動けるようになったん? 良かったジャン」

「どーしたんですか? ボーデヴィッヒさん」

「あ…えっと…」

 

 これはなんだ…!

 いざ、こいつ等を目の前にしたら途端に言おうと思っていた言葉が頭から吹き飛んでしまった…!

 

「きょ…教官…織斑先生に聞いた。お前達が私の事を救ってくれたと。その礼を言おうと思って探していた」

「律儀な事だ。だが、嫌いじゃない」

「そこまで気にすることはないんだけどナ…。ウチらは大したことなんてしてないし」

「まーまー。折角だし、ここは聞いてあげましょうよー。ね?」

 

 教官の話では、今日もトーナメントの試合があったらしいが…全く疲労をしている様子を見せない。

 矢張り、こいつらは只者じゃない…!

 

「ここはー…私達は去った方が良さそうだな」

「そうね。それじゃあクロエちゃん。また後で」

「部屋で待ってんぞー」

 

 あ…他の連中が行ってしまった。

 別に邪魔ではないのだがな…。

 

「ほれ。そのまま立ちっぱってのもアレだし、こっちに座りな」

「あ…あぁ。では、失礼する」

 

 黒江花子に促され、三人と向い合せになるように座る。

 こうして改めて対面すると、なんだか気恥ずかしいな…。

 

「…一つ…聞かせて欲しい」

「なにかな?」

「どうして…お前達は私を救うような真似をしたんだ? 自分で言うのもアレだが、私はお前達に…」

 

 今になって考えると、私はお世辞にも良い人間だったとは言い難い。

 だからこそ分からない。

 そんな私をどうして助けてくれたのか。

 

「あー…それな。まぁ…なんつーか…理由なんて言おうと思えば、それこそ山のように言えるんだけどー…」

「極論を言っちゃえば、一言に尽きますよね」

「うむ。その通りだな」

「それは…?」

「「「誰かを助けるのに理由がいるの?」」」

「………は?」

 

 この三人は…理由も無しに私の事を助けたと言うのか…?

 

「というのは紛れもない我々の本心だが…軍人である君は、そんな事では納得しない。否、出来ないだろう。なので、ここは一つ。打算的な事も言っておこうか」

「打算的な事…?」

 

 この真宮寺由仁はIS学園で一番の頭脳を持つと言われている…らしい。

 それ程の人物ならば、私では思いつかないような事を考えているのか…?

 

「まず、我々が『風間コーポレーション』所属のIS操縦者なのは知っているかな?」

「あ…あぁ。織斑先生から聞いた」

「であれば簡単だ。風間コーポレーションに所属している我々三人が、現役のドイツ軍人を救出する。そうすれば、こちらはドイツ軍に大きな貸しが出来る訳だ。そうなったら、どうなるか…君はならば分かるんじゃないのかね?」

「そうか…」

 

 自社の製品をドイツ軍に売りつけ易くなる…と言う事か…。

 しかも、VTシステムの暴走を食い止めたのは風間コーポレーション製のIS。

 性能面における信頼も同時に実証できると言う寸法か…!

 

「後は、うちらが『なかよし部』だからじゃネ?」

「それもありますねー。っていうか、それが大半を占めてますけど」

「なん…だと…?」

 

 『なかよし部』だから…だと?

 それは一体どういう意味だ…?

 そもそも『なかよし部』とは一体なんなのだ?

 話によると、あの織斑教官が顧問を務めているらしいが…。

 

「諸事情により詳しいことは言えないが、IS学園内で起きるトラブルの解決をするのが、我々『なかよし部』の活動の一つなのだ」

「時と場合にもよるけど」

「安易に解決しまくってたらキリが無いし、誰かさんの成長を阻害するかもしれないですしねー」

 

 こいつらがここまで言うとは…まさか、なかよし部とはIS学園における特殊治安維持部隊のような存在なのか…!?

 だとすれば、あの出鱈目な実力にも納得が出来る…!

 単に相手を倒すだけならばそれなりの強さでも十分だが、戦いの仲裁、もしくは強制介入からの両成敗するとなれば話は変わってくる。

 相手を止めるのは、相手を倒す以上の実力が要求されるからだ。

 故に、この三人は並みの連中では歯が立たない程に実力を有しているのか…!

 それとも…。

 

(最初から圧倒的な実力を持っている彼女達に目をつけ、裏側から学園の治安維持に務めさせている…か)

 

 どちらにしても、こいつらが候補生や国家代表なんて称号に決して縛られないレベルの実力を有しているのは確かだ。

 そんな連中の能力を十全に発揮させるためには、第二世代機や第三世代機では性能が足りなさすぎるんだろう。

 結果、三人の能力に合わせて高性能なISを開発し続けた結果…最終的に第九世代機と言う世間の常識を全て覆すほどの超高性能機が誕生したのか…。

 

「そ…そう言えば、お前達は三人揃って決勝戦に進出したのか?」

「「「当然」」」

 

 だろうな…。

 これ程の実力を持っていれば、殆どの試合がワンサイドゲームだった筈だ。

 そして、この三人と組む相手も並の実力者じゃない。

 実際、風間ちえると組んでいた篠ノ之箒も、まだまだ荒削りではあるが優れた操縦者だった。

 恐らく、風間ちえるが奴の隠れた才能を見い出したに違いない。

 こいつならば十分に有り得る事だ。

 

「他の二人は分からないが…風間ちえる達の決勝戦の相手は誰になるんだ?」

「一夏くんとシャルルくんですよー」

「矢張り、そうか…」

 

 現状、怪我で療養中であるセシリア・オルコットと凰鈴音を除けば、専用機持ちは奴等だけ。

 となれば、必然的にあの二人が決勝まで進むのが道理か。

 

「ならば…決勝戦の試合は見に行かせて貰う」

「それなら、チエル達も頑張らないとですねー」

「何言ってんだか。最初から手加減とか遠慮とかする気、全く無い癖に」

「えへへ…バレちゃいました?」

「「当たり前だ」」

 

 手加減なし…と言うことは、あの時の蹂躙劇がまた起きると言う事か。

 織斑一夏…今となってはもう、お前の事はどうでもいいが、それでも一言だけ言わせて貰う。

 …死ぬなよ。マジで。

 

「なんなら、試合を見に来るだけでなく、今後は遠慮なく『なかよし部』の活動に遊びに来るといい。場所は織斑教員に聞けば分かる筈だ」

「い…いいのか?」

「勿論ですよー。一夏くんも、部員でもないのによく遊びに来てますしー」

「ま、別にいいんじゃネ? 何事も賑やかな方がいいっしょ。知らんけど」

「お前達…」

 

 …成る程な。

 これは私じゃ勝てないのも道理か…。

 一人で無意味に強がって、強さに溺れて暴走し…孤独に陥る。

 孤独の恐ろしさを…一人でいる事の無力さを誰よりも理解していた筈なのに…いつの間にか忘れてしまっていた。

 今…ハッキリと分かった。

 私は風間ちえるに負けたんじゃない。

 『なかよし部』の三人に完敗したんだ。

 

「っていうか、さっきからずっとウチらの事をフルネームで呼んでるけど、フツーに愛称で呼んでくれてもいいんだけケド?」

「愛称…とは…?」

「ウチのことは『クロエ』って呼んで、パイセンの事は『ユニ先輩』、チエルのことは、そのまんな『チエル』でよくね? つーか、うちらはまだフツーに許すけど、二年や三年のパイセン相手にはちゃんと敬語使っときな。集団生活をする上でのマナーだからネ」

 

 愛称…か。

 なんでだろうな…そう言ってくれて嬉しいと思っている自分がいるのは…。

 それに敬語…確かに、同じ一年である風m…チエルはいざ知らず、他の二人は上級生だ。

 礼儀を失するのはドイツ軍人の名折れだな。

 

「わ…分かった…じゃなくて、分かりました…。ク…クロエ…先…輩…」

 

 クッ…!

 慣れない呼び方が、こんなにも羞恥心を刺激するとは…!

 一刻も早く慣れなくては…!

 

「私…のことも普通に『ラウラ』でいい。『ボーデヴィッヒ』では長くて言い難いだろうしな…」

「それじゃあ、これからは『ラウラちゃん』って呼ばせて貰いますね! ラウラちゃん!」

「ラ…ラウラ…ちゃん…!?」

 

 この私を…ちゃん付け…だと…!?

 か…顔から火が出そうな程に熱い…。

 

「キャ~! 恥ずかしがって俯くラウラちゃんが可愛過ぎですよぉ~!」

「ふむ…成る程な。どうやら、これが彼女の『素』のようだな」

「みたいだね。こっちの方が良くね? ふつーに好感が持てる」

 

 そろそろ勘弁してくれ…。

 そうか…これが報いなのか…。

 

「チエル。その辺で勘弁してやんな。流石にカワイソーになってきたわ」

「はーい」

「ラウラくん…か。彼女と一緒ならば、今まで以上にいっぱいお菓子が貰えそうだな…」

「「先輩?」」

 

 ユニ先輩…が何か言っているが、よく聞き取れなかった…。

 教官…この空間から助けてください…。

 

 

 

 

 



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なかよし部は決勝戦に進出します

 ラウラのISのVTシステム暴走事件から数日。

 なかよし部と学園側の迅速な対応によって一切の被害を出さずに事件を収束させることに成功し、その後も学年別トーナメントは通常通りに進んで行った。

 

 なかよし部の三人も自らの相棒と力を合わせて順調にトーナメントを勝ち進んでいき、三人揃って見事に決勝戦に進出することが出来た。

 クロエだけは前大会優勝者と言う事もあって特別にシードで決勝戦に直行したが。

 

 そして今日、学年別トーナメント最終日。

 遂に学学年のトーナメントの決勝戦が始まろうとしていた。

 

 まずは、ユニとダリルのコンビのトーナメント三年生の部決勝戦。

 アリーナ全体が緊張感に包まれた中、全く緊張していない様子のユニは、いつものような飄々とした感じで自身の専用機である『蜃気楼』を身に纏い、その隣ではいつも以上に気合十分と言った感じのダリルが、八重歯を剥き出しにしながら拳を二義締めながら不敵な笑みを浮かべつつ専用機である『ヘル・ハウンド』を装着していた。

 

「ダリル君。決勝戦でもいつも通り、油断せずに行こうではないか」

「当然だ。最後だからって緊張したり、浮かれたりすんのはド素人やメンタル弱者だけがする事だ。オレたちにはンな事は無い…だろ?」

「勿論だとも」

 

 鉄壁の防御に加え、高い指揮能力と高度な情報処理能力。

 更には広範囲を一度に攻撃可能な武器まで所有しているユニと、その高い火力と機動力で最強の前衛となってユニの弱点をカバーしているダリル。

 世辞抜きにして、今のこの二人は誰もが認めるレベルで最高のコンビになっていた。

 それは、今までの試合の内容が証明している。

 

「うぅ…なんとか決勝戦まで来れたけど…」

「およそ考えうる限り、最強無敵のコンビじゃないのよぉ~…」

 

 相対している二人も、三年生で決勝まで残っている時点で相当な実力者なのだが、それすらも軽く上回っているのが目の前の彼女達なのだ。

 

「ふむ…ダリル君よ」

「どうした?」

「折角の決勝戦なのだから、ここらで一つ『ネタ晴らし』をしても良いだろうか?」

「ネタ晴らし?」

「うむ。端的に言えば『彼女』の事を紹介したい」

「あぁ…そーゆーことか。うん。別にいいんじゃねぇか? 試合前のいいパフォーマンスになるだろ」

「同意してくれて感謝する。では…こほん」

 

 いきなり何を言い出すのだろうか。

 相手選手たちも観客達も、突然の事にざわつき始めた。

 

「えー…君達は疑問に感じた事は無いか? 一体どうやって、このボクが高度な援護をしながらも機体の制御まで行っているのかと。正直に告白すると、お世辞にもボクはそんなに器用な人間じゃない。二つの事を同時に行うなんて不可能だ。並列思考? そんな事をしている暇があるなら、二つ分の思考を一つに集約した方が遥かに効率的だ。けど、この蜃気楼の性能をフルに発揮するには、それではいけない。ならばどうすればいいのか。その答えは簡単だ。実にシンプルな事だった」

 

 ユニの…蜃気楼の右腕が上がって人差し指を立てる。

 

「もう一人…『別の誰か』にやって貰えばいい」

 

 左腕が上がり、それもまた人差し指を立てた。

 

「えっと…つまり、どゆこと?」

「こういうことさ。ほら、自己紹介したまえ」

『了解しました。ユニ博士』

「「!!??」」

 

 いきなり聞こえてきた機械的な音声。

 それは蜃気楼から…正確には『蜃気楼自体』から聞こえてきた。

 しかも、声色はまんまユニと一緒。

 

『私の名前はロゼッタ。ユニ博士の専用機『蜃気楼』の機体制御用AIです』

「「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――――――っ!!??」」

 

 ここに来てまさかの展開に、相手の女子だけでなく観客全員が度肝を抜かれた。

 候補生でもなければ国家代表でもない一介の女子高生が専用機を所持しているだけでも十分に驚嘆に値するのに、まさかそれに自分で作ったサポート用AIを搭載しているだなんて誰が想像するだろうか。

 

「このロゼッタが蜃気楼の機体制御を担当し、このボクはドルイドシステムを用いた絶対守護領域の展開や拡散相転移砲使用時の演算などに専念できると言う事なのだよ」

 

 これでようやくユニの強さに納得がいった。

 コンビと言ってはいるが、実質的に彼女達は『トリオ』で戦っていたのだ。

 

「とは言え、AIはあくまでAI。選手には数えられない。端的に換言すれば、ボク達はルール違反は犯してはいない…ということだ」

「へ…屁理屈だ…」

「屁理屈も理屈の内だよ。では…始めようか。ボク達の決勝戦を」

「おう! 腕が鳴るぜ!!」

『私も全力でお二人をサポートします』

 

 あぁ…これ終わったわ。

 試合が始まった直後、相手選手の二人はそう悟ったと言う。

 

 後の彼女達はこう語っている。

『あんなん勝てる訳ないじゃん』…と。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 二年生の部 決勝

 

 相対しているのは、これまで試合を勝ち上がってきた楯無&サラコンビと、シードで決勝戦に直行したクロエ&フォルテのコンビ…なのだが…。

 

「「…………」」

「ん? 急に黙り込んで、どしたん?」

「いや…クロエちゃん…」

「なんかランスロットの姿…変わってない…?」

 

 そう。

 クロエの専用機『ランスロット』の姿が明らかに変わっていたのだ。

 パッと見は今までと同じように見えるが、同時に明らかに違う部分も多々あった。

 

「あー…やっぱバレちゃったスねー」

「しゃーないか。割とガチめで変わってるしね」

 

 当人達は全く気にする気は無し。

 観客達は与り知らぬことだが、同じ二年生や三年生たちは楯無たちと同じように驚いていた。

 去年、圧倒的な強さでトーナメントを制したクロエのランスロットが、明らかなパワーアップをしていたのだから。

 

「ランスロットって…そんなにシャープな見た目してたっけ…? いや、今までも十分にシャープでカッコよかったけど…それが更に増してると言うか…」

「それに、なんか背中から緑色の光の翼っぽいのが生えてるんだけど…? 前まではあんなの無かったよね? 普通に高機動用パッケージ『コンクエスター』を装備してなかったっけ?」

 

 そこまで指摘されて、クロエは『あ』と声を上げて思い出す。

 

「そういや…まだ言ってなかったっけ? ウチの『ランスロット』さ…少し前に『第三形態移行(サード・シフト)』したんよね。その名もズバリ『ランスロット・アルビオン』」

「「聞いてないよっ!?」」

「ダチョウ倶楽部だ」

「ッスね」

 

 なんて言いつつも、心の中じゃ『流石にヤバかったかな』なんて焦っていたりする。

 

「あー…なんかゴメン。フツーに言うのを忘れてたわ。一応、織斑センセーには報告してあるんだけど…」

「そ…そうなんだ…学園側にはちゃんと言ってあるのね…」

 

 そこだけは少しだけ安心。

 ISに関することは、例えどんな些細なことでも学園側に報告しなくてはいけない義務がある。

 

「因みにだけど…ランスロットはどれぐらいの強化がされてるのかな~…なーんて…」

「前とは比較にならないレベルの超高機動戦闘が出来る。あと、専用射撃武装の『ヴァリス』がモードチェンジするだけで単発と照射を簡単に使い分けられるようになった」

「「その一文だけでヤバいぐらいに強化されてるのが分かる!!」」

 

 ランスロット最大の武器は、その異常とも言うべき機動力を駆使した一撃離脱戦法だった。

 それが更に…比較にすらならないぐらいに強化されるだなんて、相手からしたら悪夢でしかない。

 クロエとランスロットの恐ろしさを身を持って思い知っている楯無とサラは尚更だった。

 

「こ…これは…最初から全力で行くしかないみたいね…!」

「クロエちゃん相手に一瞬の油断や隙はマジで命取りになるからね…!」

「なんて言われてるッスよ? クロエちゃん?」

「なんでウチがボスキャラみたいな扱いをされんといけんわけ?」

 

 前大会優勝者なんだから実際にボスキャラみたいなもんだろ。

 観客全員が全く同じことを考えた。

 

「ま…お話はこんくらいにしてさ…」

 

 拡張領域からMVSを取り出してから、その切っ先を楯無たちに突き付ける。

 

「今のランスロットの性能…その体に直に確かめてみな?」

「「当然!!」」

「んじゃ…アタシも全力全開でいくッスよー!」

 

 両者ともに気合全開の中…試合が開始した。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 そして、トーナメント一年生の部、決勝戦。

 

「いやー…チエル達って何気に凄くないですか? だって、初出場で決勝戦まで来ちゃってるんですから」

「言われてみればそうだな。だからと言って、決して心を乱したりはしないが」

 

 精神的動揺が全く見受けられないチエルと箒。

 箒の場合は、剣道の大会にて何度も優勝経験があるので場慣れしているのかもしれないが、そんな経験が一切無いチエルが全く狼狽えていない事には素直に驚かされた。

 

「二人とも…見事に平常心を保ってるね…」

「あぁ…本当にスゲェよ…!」

 

 殆ど機体の性能とシャルルの援護に助けられる形で決勝まで勝ち進んだ一夏。

 だが、ここからの試合はそんな小細工は全く通用しない。

 自分達の相手は、一番最初の試合から圧倒的な強さを発揮してきた者達なのだから。

 トーナメント開催前は優勝候補の一角と称されていたラウラと一回戦でぶつかり完封してみせたチエル。

 箒もまた、その高い身体能力と剣の腕を駆使して量産機とは思えない動きを見せて相手を倒してきた。

 

 油断なんて絶対に許されない強敵たち。

 自然と雪片を握る手も汗で滲んでくる。

 実際の手は白式の装甲の下にあるが。

 

「あれれ~? もしかして一夏君達…緊張してますー?」

「してるに決まってるだろ…! だって決勝戦なんだぞ…!」

「二人は緊張とかしてないの?」

「「んー…別に?」」

 

 全く同じ反応が返ってきた。

 この二人、トーナメントを通じてめちゃくちゃ仲良くなってた。

 特に、箒からチエルへの好感度は既に一夏への気持ちすらも完全に凌駕し、見事な天元突破を果たしている。

 

「言っておくが…生半可な覚悟では、私とチエルは討ち取れんぞ?」

「一夏君達に紅蓮の動きと箒ちゃんの剣…受け止めきれますかね~?」

「や…やってやろうじゃねぇか! 伊達に俺達だって決勝まで来てないだってことを証明してやるよ!」

「風間さんには大きな恩があるけど…今だけは忘れるよ。じゃないと、本気で戦えなさそうだから」

 

 あぁ…成る程。

 クロエの気持ちが今なら理解出来る。

 去年、決勝戦に挑んだ時の彼女はこんな気持ちだったのか。

 チエルの中で、クロエに対する感情が更に大きくなる。

 

「じゃあ…始めますか。チエル達のショータイムを…ね」

「おう!! 私とチエルで…必ず勝つ!」

「それはこっちの台詞だ!」

「いくよ…二人とも!」

 

 そして…試合が始まった。

 

 

 

 

 



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なかよし部は優勝します

ネタバレ。

美少女が優勝する。








 案の定と言うべきか、三年生の部の決勝戦は終始、ユニとダリルのコンビが場の流れを独占していた。

 

「本当に反則よね…! 超火力と超防御の組み合わせは!」

「どの距離のどんな攻撃でも有効打は与えられない…! これ…マジでとんでもない組み合わせじゃないっ!? しかも…」

 

 迫り来る火炎弾と炎の拳。

 必死にそれを防御、もしくは回避をして反撃に転じたかと思ったら、ダリルの目の前には真紅の障壁が出現し、あらゆる攻撃を無効化する。

 今までの対戦相手も、この組み合わせに苦戦を強いられ敗北した。

 

『ダリルさん。11時の方角からミサイルが来ます。迎撃を』

「おう! ありがとよロゼッタ!」

 

 ロゼッタの情報通り、ダリルに迫り来る三基のミサイルが。

 だが、彼女はそれを自慢の轟炎にて一掃する。

 

「あのロゼッタっていうAIの子が別方面で完璧なサポートをしてるから、全く隙が無いんですけどー!?」

 

 ここまで来ると、もう殆どギャグである。

 ワーキャーと叫びながら涙をブワーっと出していると、真上に何やら見覚えのある結晶体があった。

 

「あ…あれって…まさか…」

「ユニちゃんお得意の…」

「「拡散構造相転移砲だ――――!?」」

「そのとーり。では…ポチっとな」

「「い――――や――――!?」」

 

 頭上から降り注ぐレーザーの雨。

 どこに避けても全部読まれているので命中率100%だし、前線にいるダリルには全く当たらない。

 一見すると滅茶苦茶に見える攻撃も、ユニの緻密な計算とドルイドシステムによる演算によって、敵味方識別機能を持つMAP兵器へと姿を変える。

 

「何度見てもエゲつねぇよなぁ…この攻撃はよ…」

「蜃気楼の主武装だからね。これぐらいの威力が無くては困るよ」

 

 ISの試合において、一回でも蜃気楼に拡散構造相転移砲の発射を許せば、その時点で相手の敗北は必至となる。

 それ程までに、この武装の威力と射程は反則染みていた。

 

「では、そろそろフィニッシュといこうか。ロゼッタ。ダリルくん。『アレ』を使わせてほしい」

「おぉ…アレか」

『了解です。蜃気楼、出力アップします』

 

 突如、蜃気楼が移動して満身創痍状態となっている対戦相手二人が見渡せる場所に向かう。

 

「な…何…?」

「さっきので武器も殆ど破壊されて…もう負けも同然なんですけど…」

 

 嫌な予感がした。猛烈に。

 彼女達のその予感は見事に的中することになる。

 

「では…やるか」

 

 再び蜃気楼の胸部装甲が展開し、思わず二人はビクっとなるが、そこには何もない。

 不発か?

 一瞬だけそう思って安心したのも束の間。

 その胸部にエネルギーが集中しているのが見えた。

 

「これは…」

「ウソでしょ…?」

 

 両腕を真横に広げ、装甲内にあるユニの眼に標準が表示される。

 

「これで試合終了だ。いくぞ。必殺…」

「「もう好きにして…」」

「ユニビ――――――――――――ム!!」

 

 本来、拡散して放つビームを直接発射する。

 普段は分散するビームが一点に凝縮するのだから、その威力は推して知るべし。

 

 二人は無言のまま笑みを浮かべつつ吹き飛ばされ、そのまま地面に落下する。

 

 結局、決勝戦もダリル&ユニの完封勝利で幕を閉じてしまった。

 

「オレとユニは無敵のコンビなんだよ。な?」

「あぁ…そうだな。ダリル君とボクの組み合わせは非常に素晴らしかった」

 

 最後に、お互いにハイタッチをしてから、試合終了のアナウンスが流れ、アリーナは大歓声に包まれた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 一方、学年別トーナメント2年生の部も非常に熱い激戦を繰り広げていた。

 

「何よこれ…フォルテちゃんにこっちの攻撃が一切通用しないッ!?」

「あの子の周囲が何やらキラキラしてるけど…あれは一体…!?」

 

 これまでずっと常勝していた楯無とサラの二人の快進撃も、決勝戦にてピタリと止まった。

 相手はギリシャの候補生であるフォルテと、前年度トーナメント優勝者であるクロエ。

 例え何があっても絶対に慢心なんて出来ない相手だ。

 

「私の『ミステリアス・レイディ』と、フォルテちゃんの『コールド・ブラッド』の相性は最悪に近いものね…攻撃は慎重にしないと…!」

「水と氷だもんね…」

 

 ナノマシンで空気中の水分と操って攻防一体の武器とする『ミステリアス・レイディ』。

 同じように、ナノマシンで空気中の水分を凍結させて攻撃する『コールド・ブラッド』。

 だが、楯無が覚えている限りは、フォルテの機体にあんな防御機構は無かった筈だ。

 見えない壁を使った防御なんて能力は。

 

「はいそこ。ウチを相手に余所見とかしててもいいの?」

「「しまったッ!?」」

 

 緑の軌跡がステージを縦横無尽に駆けまわり、サラに向かって斬り掛かってくる。

 咄嗟にサラの前に出て楯無がランスを使っての防御をするが、その一撃で一気に押された。

 

「流石は楯無。今のを防いじゃうんだ。やるジャン」

「見た目は細身なのに…本当に凄いパワーよね…ランスロットって…!」

「スピードも乗ってるからね」

「っていうか…前よりもパワー上がってない…? やっぱ第三形態移行したからかしら…?」

「かもね。ま、一番上がってるのはスピードなんだけどね」

「みたい…ね!」

 

 全身を使って全力で押し返し、そこをすかさずサラがアサルトライフルで追撃するが、異常とも言うべきランスロットのスピードの前に簡単に避けられてしまう。

 

「狙いが…全く定まらない! なんてスピードなのよッ!? あれ、明らかに前の『ランスロット・コンクエスター』よりも倍以上の速度が出てるんだけどッ!?」

「今のクロエちゃんに攻撃を命中させるのは殆ど不可能…だったら!」

 

 ありとあらゆるISの速度をぶっちぎりで超越してしまったランスロットには、生半可なことでは勝つ事は愚か、攻撃すらも当てられないと判断した二人は、当初の予定通りにフォルテに攻撃を集中させる作戦に出る。

 

「私が牽制しながら突撃するわ! サラちゃんは援護をお願い!」

「了解!」

 

 楯無はランスを両手で構え、内蔵されているガトリングを斉射しながら速度を上げて接近、その間にサラは両手のライフルを拡張領域へと仕舞い込み、両手持ち式のジャイアントガトリングを装備、バックパックにドラム式の弾倉を装着し、給弾ベルトを銃身に差し込む。

 

「「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」」

 

 煌めく無数の弾丸がフォルテへと迫る。

 だが、彼女は全く避けようともせず、不敵な笑みを浮かべながらその場にジッと浮遊していた。

 

「そーんなことをして…本当にいいんスかねー…?」

「「え?」」

 

 その時、初めて二人は気が付いた。

 フォルテの周囲から固い何かが何度も何度も跳ね返っているかのような金属音が無数に聞こえてくることを。

 

「二人が撃ってくれた弾…そのままお返しするっスよ」

「「キャァァァァァァァァァッ!?」」

 

 なんと、自分達が撃った弾がそのまま自分達に向かって飛んできた。

 撃ってしまったのはお互いにガトリング。

 無数の弾丸が逆に自分達を傷つける事になろうとは。

 

「コールド・ブラッド…『ジェントリー・ウィープス(静かに泣く)』!! 凍結させた空気の塊を周囲に浮かべて、透明の防御壁にしてるんスよ!!」

「それが…私達の攻撃を防いだ物の正体…!」

「その通り! 特に実弾系の飛び道具に対しては無敵に近い防御力を持ってるんスよ! これがウチの決勝戦専用の切り札ッス!」

 

 光学兵器なんて全く持っていない二人だからこそ最大限に発揮される防御。

 これにより、楯無とサラは自分達の射撃が封じられたも同然になってしまった。

 

「で…でも! それだけの防御壁を展開するのなら、そっちにだってかなりのエネルギー消費がある筈じゃ…!」

「普通はね。でも、アンタ等の場合は別」

「クロエちゃんッ!?」

 

 背後からの奇襲にて、すれ違いざまに両手に持ったMVSで斬りつけながら、フォルテに横に並んだ。

 

「確かに、フォルテの奥の手である『ジェントリーウィープス』は消費エネルギーが半端じゃない。けど…」

「楯無が攻撃に使ってくれてる水があるから、今回限定でエネルギー問題は解消されてるんスよ!」

 

 そこで初めて、楯無は自分が犯した致命的ミスを知る。

 

「そうか…私の機体が水を使って攻撃をすればするほど、空気中に水分が溜まっていく。フォルテちゃんはそれを利用して氷を…!」

「じゃ…じゃあ…試合の序盤にクロエちゃんが超高機動で楯無の広範囲水攻撃を避けてたのは…」

「そ。誘導してたんヨ。楯無の水を使った攻撃を。ステージ内が湿気れば湿気る程にフォルテのジェントリー・ウィープスはより強固になっていくから」

「「……!?」」

 

 射撃は跳ね返され、水を使った攻撃は逆にフォルテを有利にするだけ。

 かといって、凄まじい動きを見せるクロエに攻撃を当てるのはほぼ不可能。

 

「ヤバいわね…これ…!」

「最後まで諦めたくない…って言いたいけど…ちょっと心折れそう…」

「んじゃ、ここから攻勢に転じますか」

「賛成っす! このままステージ全体をカチンコチンにしちゃうッスよー!」

 

 強者同士の戦いは、更に激しさを増していく。

 観客達はその様子を固唾を飲んで見守っていた。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 そして、一年生の部も予想以上の白熱っぷりを見せていた。

 

「うぐぐ…!」

「悪いな一夏。お前には私の相手をして貰うぞ?」

 

 まず、ステージの右半分の方では箒と一夏が鍔迫り合いを繰り広げていた。

 お互いの刃が火花を散らし、何度も交差するが、全く一夏は踏み込めない。

 

「どうして専用機なのに自分は攻め込めないんだ…そう思ってるんじゃないか?」

「そ…それは…!」

 

 図星だった。

 

「私だって、機体の性能じゃお前には勝てないことぐらいは重々に承知しているさ。だから私は…」

「しまっ…!?」

 

 器用に剣を扱いながら、箒は一夏の握りしめていた雪片弐式を弾き飛ばし、その瞬間を狙って一気に懐に入り込みながら斬り抜けた!

 

「私自身の技量で、機体の性能差を埋めさせて貰う事にした!」

「ぐあぁっ!?」

 

 思わぬダメージに一夏は悲鳴を上げる。

 今の一撃は見事に胴体へと命中し、白式のSEを大きく削った。

 

 片や、IS学園に入ってから久し振りに剣道を再開した一夏と、転校してからもずっと剣道を続け、中学三年の時には全国大会に出場し優勝をした箒。

 どっちの剣の腕が上かなんて誰の目にも明らかだった。

 

「箒…いつの間に…こんなに強くなって…!」

「チエルのお蔭だ。アイツと一緒に過ごし、共に試合を勝ち抜く事で私は多くの事を学ばされた。それと同時に、チエルは私の中にある慢心した愚かな心すらも粉々に粉砕してくれたんだ。故に…」

 

 振り向きながら剣を構え、自信に満ちた笑みを浮かべる箒。

 彼女のこんな顔なんて、一夏ですら今まで一度も見た事が無かった。

 

「今の私に迷いは無い。油断も無い」

「マジかよ…」

 

 迷いのない剣とは、ここまで真っ直ぐで強い物なのか。

 一瞬だけ、箒の姿が千冬とダブって見えたのは気のせいだと信じたい一夏だった。

 

 その頃、ステージの左側ではシャルルとチエルが激突していた。

 

「ほらほらほら! もっと頑張らないとチエルには当たりませんよー?」

「下手な鉄砲も数撃てば…と言いたいけど、この機動力は反則でしょ!?」

 

 マシンガンを両手に持って一斉斉射にて少しでもダメージを与えようと試みるが、弾があった場所には既にチエルと紅蓮の姿は無く、そこには紅い軌跡が残されているだけだった。

 

「もう知ってるかもですけど、紅蓮にも飛び道具はあるんですよ…ね!」

「エネルギーの塊を飛ばしたっ!?」

 

 輻射波動のエネルギーを円盤状に固め、それをフリスビーのように投げつける。

 それはシャルルの持っているマシンガンを二つとも破壊し、地面に多数の弾丸が零れ落ちる。

 

「くっ…! まだまだぁっ!」

「うっわ…一体どんだけ重火器を積んでるですかって話なんですけどっ!?」

 

 壊れたマシンガンを即座に投げ捨て、拡張域内から今度は大型のショットガンを取り出して両手に構える。

 

「弾の数で駄目なら…広範囲攻撃でいく!」

「おっと。難しいと分かっていても、敢えて接近戦を挑んできますか。面白いですねぇ~! なら…」

 

 左手にMVS、右腕の輻射波動機構を稼働させ爪を立てる。

 

「こっちも、それに応えないと女が廃るってもんじゃあないですかぁっ!」

 

 紅と橙が激突する。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 全学年の全試合が終了し、閉会式の前にまず表彰式が行われた。

 

『学年別トーナメント…三年生の部! 優勝は…真宮寺由仁&ダリル・ケイシーコンビー!!』

「おおー」

「へぇ…当然の結果だな」

 

 表彰台の上に立ちながら、ユニは試合の時以上の歓声に驚き、ダリルは嬉しそうに鼻を擦る。

 もう片方の手はしれっとユニの手を握っていたが。

 

『続きまして、二年生の部! 優勝は…黒江花子&フォルテ・サファイアコンビ! 黒江選手はこれで、まさかの二連覇達成です!』

「やったッスね! クロエちゃん!」

「ん…まぁね。二連覇…か」

「あれれー? もしかしてクロエちゃん…照れてるんスかー?」

「べ…別に照れてなんかないし…」

 

 ニヤニヤしながらからかうフォルテに対し、クロエは頬を赤くしながらそっぽを向く。

 それを見て『クロエちゃんファンクラブ』のメンバーの全員が鼻血を出しながら悶絶した。

 

『そして…一年生の部! 優勝したのはー…風間ちえる&篠ノ之箒コンビー!』

「いやー…優勝しちゃいましたねー!」

「なんだろうな…剣道の大会で優勝した時よりも遥かに嬉しいぞ…!」

「それってきっと、二人で勝ち取った優勝だからじゃないんですか?」

「二人で…そうだな。うん。きっとそうだ。これは…私とチエルの二人で勝ち取った優勝だ!」

 

 こうして、学年別トーナメントは無事に閉幕。

 結果として、トーナメントの優勝は全て、なかよし部が独占することとなった。

 

 余談だが、この結果が原因なのか、クロエちゃんファンクラブの入団希望者が一気に増大し、去年の倍以上になったとか。

 しかも、その殆どが今年の一年生で構成されていたりする。

 

 

 




次回からは、久々のギャグ回になります。

そこで『最後のヒロイン候補』が登場する…かも…?





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なかよし部の日常

やっと…やっとまた日常回という名のギャグ回に戻れる…。

ここまで長かった…。

ま、また臨海学校編でドタバタするんですけどね。






 どうも。

 こうして私視点から始まるのも久し振りな気がする、IS学園1年1組副担任の山田真耶です。

 

 なかよし部の皆さんのお蔭で、学年別トーナメントもなんとか無事に終える事が出来て、例のVTシステムの事も真宮寺さんと新聞の子達の情報操作によって『あれはドイツの候補生の専用機の特殊能力』と言う事になりました。

 強ち間違いではないので、私達的にも何も言えません。

 一応、生徒達に箝口令は出しておきましたが。

 

 トーナメントはなかよし部の皆さんが全学年の優勝を独占し、校内外にその名を轟かせる結果に。

 私から見ても、彼女達の実力は凄まじいですからね。

 この結果には誰もが納得しました。

 

 その後、ボーデヴィッヒさんは憑き物が取れたかのように穏やかになり、今朝のHRにてちゃんと皆さんに謝っていました。

 これには私だけでなく、織斑先生もかなり驚いたようで、大きく目を見開いていました。

 けど、問題はそれからで…。

 あのデュノア君が、まさかの『デュノアさん』だったという衝撃の事実が発覚。

 織斑先生は、なんとなく感づいてはいたようですが、事態が動くまでは静観の構えでいたそうです。

 デュノアさんの一件もまた、生徒会となかよし部が密かに結託をして解決に動いていたようで、私達は最小限の仕事だけで済みました。

 本当に…あの子達には頭が上がりません…。

 

 因みに、デュノアさんは名目上『デュノア君は家の事情でフランスに帰ることになり、その代わりに彼の双子の妹であるデュノアさんが入れ替わるような形で転入してきた』という形になりました。

 その辺の設定も既になかよし部の方で考えていたそうで…先生としての面目が殆ど丸潰れです…とほほ…。

 

 こうして、色んな事がありましたが、ようやくIS学園にまた平穏な日々が戻ってきたのでした。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 放課後。

 私が職員室でお茶を飲みながら休んでいると、隣の席に座っている織斑先生が何かを読んでしました。

 

「織斑先生? 一体何を読んでらっしゃるんですか? なんだか楽しそうですけど…」

「あぁ…これか? なかよし部の活動日誌だ」

「活動日誌…」

 

 IS学園の部活動は、他の学校の部活動と同じように日々の活動を記録した日誌を書くようになっています。

 なかよし部も例外じゃなかったってことなんですね。

 

「これが結構面白くてな。あいつ等の意外な一面が見れて」

「へぇー…」

 

 あの子達の普段は見れない一面かー…。

 私もちょっと読んでみたいかも。

 

「む? そろそろ部活の時間か。では山田先生。私はこれで失礼する」

「はい。いってらっしゃい」

 

 チャンス到来。

 織斑先生が職員室を出て行くのを確認してから、私は机の上にあるなかよし部の活動日誌を覗いてみる事に。

 

「えーっと…なになに…? 部員4名に顧問一名…そうか。最近になってデュノアさんもなかよし部に入ったって言ってましたっけ」

 

 意外過ぎる子がなかよし部に入って驚いたなー。

 

「学園内三ヵ所に部室を所有……えっ!? なんで三ヵ所もっ!?」

 

 部室を三つも持ってる部活って…前代未聞ですよぉ~…。

 この時点で既にツッコミ所満載なのに、一体どんな日誌を書いてるんだろう…。

 

『6月7日(月) 真宮寺由仁(3年 部長) 午前6時起床。現在の湿度は81%。昨夜未明からの降雨の影響により今朝は前日に比べて、より一層湿度が上昇傾向にある。統計によると1年の内6月は降水量が最も多く、毎年の多湿並びに、その変化はこの事が原因である。降雨と言えば南洋でスコールと呼ばれる局地的大雨が…』

 

 真宮寺さんだけで軽く30ページぐらいあるんですけど…。

 っていうか、これはもう日誌とかじゃなくて報告書になってますよねっ!?

 

『6月8日(火) 風間ちえる(1年) 第1話 遭難 

 ルリ子が目覚めたのは見知らぬ海岸であった。

『ここは…?』

 頬に当たる潮風が生暖かく、長い髪に纏わりつく。

 彼女は必死になって今までの記憶をなんとか手繰り寄せようと試みる。

 彼方に続く白い砂に打ち寄せる波の音が遠く聞こえる…。

 その日…とある豪華客船ででは盛大なパーティーが開かれ、そこで彼女は…』

 

 なんか急に連載が始まってるんですけどぉぉぉぉぉぉっ!?

 活動日誌に何を書いちゃってるんですかぁぁぁっ!?

 

『6月9日(水) 黒江花子(2年)

 

 ウチ『おじいちゃん。そんな所で何をやってんのさ?』

 おじいちゃん『…………』

 

 入れ歯を探しているおじいちゃん。

 

 ウチ『もしかして、入れ歯を探してるワケ?』

 

 じいちゃんに近づく。

 

 おじいちゃん『…………』』

 

 な…なんですかコレ…台本?

 どうして台本なんですか…?

 

『6月10日(木) シャルロット・デュノア(1年)

 今日もまた部活でなかよし部に行った。

 クロエ先輩が可愛過ぎて生きているのが辛い。

 いつもはツンツンしてる先輩が、ふとした時に見せる照れた顔が最高に溜まらない。

 あれだけでボクは向こう1週間のオカズには困らないよ…♡ うふふ…♡

 はぁ…やっぱりクロエ先輩は可愛いなぁ…♡

 ユニ先輩も風間さんもいいけど、やっぱりボクはクロエ先輩一筋かなぁ…。

 なんとかして、クロエ先輩と合法的にキスをする方法は無いもんだろうか?

 この日誌を使って色々と考えてみようと思う。

 まずは、クロエ先輩の脱ぎたてホヤホヤの生パンツをゲットするところから始めてみるか…』

 

 き――――――――ゃ――――――――――――っ!!!???

 デュノアさんが完全に黒江さんのストーカーになろうとしてる―――っ!?

 何がどうして、こうなるんですか――――――っ!!??

 

『6月11日(金) 織斑千冬(顧問)

 

 今日もやっと部屋に帰れる…』

 

 …………。

 私はこれに対して、どんな風に反応したらいいんですか…。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「では、これより部活動を始める」

 

 特別なものなど何もない空き教室。

 私、ラウラ・ボーデヴィッヒはその一角に座って教壇に立っているユニ先輩を見つめる。

 流石はIS学園一番の秀才にしてトーナメントでも優勝しただけはある。

 小さいながらも、その威厳は紛れもなく本物だ。

 

「…が、その前に一つ報告がある」

「なんですかー? って、それは聞くだけ野暮ってもんですか」

「そーやね」

「だね」

 

 全員の視線が私に集まる。

 それも当然だ。

 この教室内にて、私だけが異端者なのだから。

 

「本人の強い希望もあり、今日だけは特別にチエルくんやシャルロット君のクラスメイトであるラウラ君も活動に参加することになった」

「よ…よろしくお願いします…」

 

 自分でも柄じゃないと分かってはいるが…緊張してしまうな…。

 

 私を圧倒し、そして私を救ってくれたなかよし部の事を少しでも良く知りたいと思い、チエルに頼んで部活に特別参加させてくれることになったが…。

 

(これは一体、何をする部活なんだ?)

 

 流石の私も部活動ぐらいは知っている…が、今のこの状態は少なくとも、私が知っている部活ではないような気がする…。

 

(というか、シャルロットもなかよし部の一員なんだな…)

 

 彼女とは部屋割りが変更された際にルームメイトになった。

 こんな私にも友好的に接してくれて、こちらとしても非常に助かっている。

 なにやら、私と同様になかよし部に多大な恩義があるようで、その縁でなかよし部に入っているのかもしれない。

 

(それはいいが…どうして、さっきからシャルロットはずっとクロエ先輩の事ばかりを見つめている? しかも、頬を赤く染めて)

 

 副官であるクラリッサに聞けば何か分かるかもしれないが、まだ未熟な私には何も分からない。

 今後も様々な事を学んでいかなくては…。

 

「そういえば、あれからラウラ君はクラスではどんな感じだ? ボクやクロエ君は学園が違う関係上、どうしても一年生の事情は把握しかねるからな」

「ぜーんぜん大丈夫ですよー。あれからちゃーんと謝って、皆にも許して貰いましたし。ねー?」

「うん。皆もラウラの事をちゃんと受け入れてくれてるし、問題は無いと思います」

「そうかそうか。ならばいいんだ。我々としても、最後にそれだけが心配だったからな」

 

 心配…してくれていたのか…?

 あんな事をした私を…今でも…?

 

(フッ…成る程な。私などでは絶対に勝てない訳だ)

 

 今…分かった。

 なかよし部は、私には無かったものを全部持ち合わせている。

 単純な実力だけの話じゃない。

 もっと別のナニかを…。

 

「そういや、シャルロットがラウラのルームメイトなんじゃなかったっけ?」

「はい! あれからまた一年生限定で少しだけ寮の部屋割りが変更されて、ボクとラウラが一緒の部屋になったんです!」

「ふーん…そっか。まだお互いに日本には不慣れだろうし、ちゃんとお互いに支え合いな。んで、何か困った事や分からない事があったら、遠慮なくウチらを頼っていいから」

「クロエ先輩…♡」

 

 遠慮なく頼れ…か。

 こんな言葉を迷う事無く言えるとは…凄いな。

 最初見た時から思っていたが、どうもこのクロエ先輩と言う人物はどこか、織斑教官に似ているような気がする。

 顔や背格好ではなく、その…雰囲気とかが。

 

「あの…ユニ先輩。一つ聞いてもよろしいでしょうか…」

「ん? ちゃんと挙手をして意見を言うとは偉いな。何かね? ラウラ君」

「織斑きょうk…先生はまだいらっしゃらないのでしょうか? この部の顧問だと伺っていたのですが…」

「ふむ…織斑教諭か。彼女ならば、単に遅れているだけだろう」

 

 遅れているだけ?

 あの織斑教官が理由も無く遅刻をするとは思えんのだが…。

 

「織斑教諭は学年主任をしているからな。必然的に他の教諭達以上に忙しくなってしまう。一応、1年1組の副担任である山田教諭がフォローをしているようだが、それでも限界はある。故に、こうして教諭が遅れてくるのは我々にとっては日常茶飯事の事であり、我々もそれを最初から知った上で織斑教諭に部の顧問をやって貰っているのだよ」

「そうだったのか…」

 

 流石は織斑教官…。

 1組の担任だけでなく、学園主任となかよし部の顧問も見事にやってのけるとは。

 道理で、なかよし部の面々と教官がお互いに全幅の信頼を置いている訳だ。

 

「すまん。遅れてしまったな」

「噂をすれば何とやら…だな」

「もう先に始めてますよー。織斑先生ー」

「ちーっす」

「そんなに急がなくても良かったのに…」

 

 話している間に織斑教官がやって来た。

 少し息が乱れているが…急いで来たのだろうか?

 

「ん? どうしてボーデヴィッヒがここにいる?」

「本人たっての希望で、今回だけ特別になかよし部の活動に参加させているのさ」

「そ…そうか…」

 

 私を救ってくれた者達と、私の尊敬する教官がいる場所で部活をする…。

 何故だろうか…猛烈に嬉しいと思っている自分がいる。

 もしかしたら、私は今やっと本当の意味でIS学園の生徒になれたのかもしれないな…。

 

 

 

 

 

 

 

 




本当は別の話を書きたかったのですが、いつの間にか脱線してしまいました…。

なので、近日中にもう1回書こうと思います。

今度こそ、本来書く予定だった話を。





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なかよし部の対決

今回書く話が、本当は前回描きたかった話になります。

なんで、あんな事になったのやら…。












 平穏が訪れた日常にも、些細なトラブルは存在している。

 数年後などに、ふとした瞬間に思い出し、電話越しに友人と思い出話で盛り上がる。

 そんな、他愛の無い日常的な問題。

 あの『なかよし部』にも、それは存在していた。

 

 そう、あれは学年別トーナメントが終了して数日後。

 一年生は、もうすぐある『臨海学校』に向けて徐々に気分が高揚し始めている時期。

 その日も私は、いつものように顧問として部活に参加する為に、いつもの教室(部室じゃない)に向かって歩いていく。

 すると、私の視界の先に良く知っている人物が立っていた。

 

「あれは…榊原先生か?」

 

 榊原先生。

 あの鈴がクラス代表を務めている1年2組の担任で、クラスが隣同士と言う事もあって私もよく彼女と話す事が多い。

 

「あら。もしかして、今から部活ですか? 織斑先生」

「えぇ。そちらもですか? 榊原先生」

「はい。お互いに顧問は大変ですね」

「全くで」

 

 顧問?

 榊原先生も何かの部活の顧問をやっていたのか?

 そんな話は聞いたことは無いが…何の部なのだろうか?

 

「織斑先生。今日は…よろしくお願いしますね(・・・・・・・・・・・)?」

 

 一瞬、彼女が何を言っているのか分からずにポカンとなってしまった。

 

「…? そ…それじゃあ、私はこの教室なので失礼しますね…」

 

 取り敢えず、強制的に話を切り上げてから、私は教室の扉を開ける。

 すると、中には驚きの光景が広がっていた。

 

「今から、アナタ達の部に勝負を申し込むわ!!」

 

 変な仮面と制服の上から黒いローブを身に着けた奇妙奇天烈な生徒が三人、真宮寺と風間とデュノアの三人に指を突き付けていた。

 

「ウチの部の生徒達です」

(なんか、いきなり珍妙な部が出現したっ!?)

 

 後ろから、まだいた榊原先生が話しかけてくる。

 というか、さっきの『今日はよろしくお願いします』って、この事を言っていたのかっ!?

 

「我が名は『ファントム』!! このオカルト研究会のリーダーよ!」

 

 ファントムって…リーダーって…。

 

「田中さんは本当にリーダーシップが取れる子でして」

(本名は田中と言うのか…)

 

 顧問が堂々と正体をバラすのは流石にどうかと思う。

 あと、どうして自己紹介をするだけなのにジョジョ立ちみたいなポーズをする?

 

「ふむ…勝負と言う以上、何か明確な理由があっての事なのかな?」

「そうよ。我等の目的はたった一つ。それは…」

「「「それは?」」」

 

 部長として真宮寺が相手に真意を問いただしていた。

 少なくとも、こんな時のアイツは非常に頼りになる。

 

「アナタ達の部室を手に入れる事よ!!」

 

 部室? 何故に?

 

「そもそも! 同じ部員数でありながら我等には部室は無しなのに、アナタ達には3つも部室があるのはどう考えてもおかしいわ!!」

 

 ある無し関係なく3つは普通におかしい。

 

「ズルいですよ! 織斑先生!!」

「え? 私ですか?」

 

 なんで、そこで私にヘイトが来る?

 榊原先生に怒鳴られる覚えは無いんだが…。

 

「どうやら、君達は大きな勘違いをしているようだ」

「勘違いですって…?」

「そもそも、我々は『』で、君達は『同好会』だ」

「き――――――!! 可愛い顔してヤなヤツ―――!!」

「リーダー!」

「リーダー…落ち着いてください…」

 

 可愛い顔って…何気に真宮寺の事を褒めてないか?

 事実だから否定できないが。

 

「それと、今はこのシャルロット君が新たに入部してくれたお蔭で部員数は四人になり、同時に部室の数も四つになった」

「なんですって――――っ!?」

 

 おい。ちょっと待て。

 デュノアが入部したのは良いが、部室が増えたのは聞いてないぞ。

 デュノアの部室を新たに建造したと言うのか? 一体どこに?

 

「に…人数が何人になろうとも関係ないわ! とにかく、そちらの部室を賭けて勝負よ!」

「はいはい。わかりましたよー」

「ムッキ―――――――!! リアル社長令嬢め―――――――!!」

「リーダー!」

「お願いだから、落ち着いて…」

 

 随分と沸点が低い奴なんだな…。

 すぐに興奮して部員たちに宥められている。

 こうして見ると、やっぱりウチの連中って能力だけは恐ろしく高い集団なんだなって実感する。

 

「ウフフ…あの子達の実力…余り甘く見ない方が良いですよ?」

「はぁ…そうですか…」

 

 一体何なんだ…ん? そう言えば…。

 

「おい真宮寺。まだ黒江が来ていないようだが?」

「あぁ。クロエくんか。彼女なら、ランスロットの稼働レポートの製作に時間が掛かっているらしく、少し遅くなると言う旨の連絡がさっきあった」

 

 そうか…こいつらは企業所属の専用機乗り。

 候補生以上の頻度で定期的にレポートの提出を求められているのか。

 ランスロットや紅蓮、蜃気楼のような超高性能機ならば尚更か。

 

「なので、もういっそのこと生徒会室でお茶でも飲んで一息入れてから来るそうだ」

「とっとと来い」

 

 もしかして、生徒会室で作業をしているのか?

 黒江と生徒会長の更識姉はルームメイト同士だったな。

 一年の頃から同じクラスだった事もあって、あの二人はかなり仲がいいが…。

 

「うぐぐ…今日もクロエ先輩に会えると思って部活に来たのに…思わぬ誤算が…」

 

 …気のせいだろうか。

 デュノアの顔が物凄く険しくなっていたような気が…。

 

「まずはリーダー対決! オセロで勝負よ!!」

 

 何故にオセロ?

 あと、普通リーダー対決は最後にするもんじゃないのか?

 

「いいだろう。ならば、ボクは後攻の黒でいい」

「その言葉、すぐに後悔させてやるわ!」

 

 あの田中と言う生徒には申し訳ないが…ソレ系の勝負で真宮寺に勝つのはほぼ不可能だろう…。

 運動勝負とかなら、十分に勝ち目があるのに。

 よりにもよって、相手の得意分野で勝負をするとか…。

 

「じゃあ、まずはここね」

「ならば、ボクはここにしよう」

 

 地味だな…。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 ~20分経過~

 

 その頃のクロエ。

 

「これで終わり…っと。ん~…! 疲れた~…!」

「お疲れ様、クロエちゃん。マ…マッサージでも…してあげちゃう?」

「んー…マジでお願いしようかな。普通に肩とか凝ってるっぽいし」

「本当にっ!? よっしゃ!!」

「どうしてガッツポーズをする?」

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「…これで最後だ」

 

 真宮寺が最後の黒を置く。

 最後と言ってはいるが、これは…。

 

「32対32…引き分けか。やるな…あの真宮寺相手に引き分けるとは…」

「いいえ。これはユニちゃん先輩の勝ちですよ」

「なに?」

 

 風間が自信満々に言ってくるが…どういう事だ?

 どうして真宮寺の勝利なんだ?

 

「こ…これは…まさかっ!?」

 

 田中が驚きながら後ずさる。

 盤面がどうかしたのか?

 

「……ん?」

 

 よーく盤面を見たら、何かの絵になっているような…?

 

「『走る人』」

「ぐぼはぁっ!?」

 

 あっ! 本当だ!!

 真宮寺の置いた黒がロジック風の『走る人』の絵になっている!

 まさか、こいつ…相手の動きなどを全て計算した上で盤面を動かしていたのか…!?

 しかも、見事に数の上では引き分けにして…。

 

「中々に有意義な時間だったと言っておこう」

「お…おのれ~…真宮寺由仁!! イラストロジックのような真似をして!!」

 

 この負け方はショックが大きいだろうなぁ…。

 相手からしたら、完全に舐められていたうえで圧倒されていたわけだしな。

 

「ええい!! 次よ!! 次の刺客を放ちなさい!!」

 

 段々と榊原先生が不可解なキャラになってきたな…。

 この人って、こんな感じだったか?

 

「それじゃあ、今度はフレディが行きなさい!!」

「は…はい…分かりました…」

 

 今度はあいつか。

 気のせいだろうか…あの『フレディ』と呼ばれている生徒の声…どこかで聞いたことがあるような気がする。

 主に一年四組で。誰だろうか?

 

「ならば、こちらは期待の新入部員であるシャルロット君を行かせよう」

「ボ…ボクですか?」

「そうだ。大丈夫。君ならやれるさ」

「そう言われても…」

 

 まぁ…普通は戸惑うだろうな。

 まだデュノアは、なかよし部に染まりきっていないようで安心した。

 

「仕方がないですねぇ…」

 

 ん? 急に風間がデュノアに耳打ちをし始めた?

 

「もしここで活躍すれば、クロエ先輩が褒めてくれるかもですよ?」

「ク…クロエ先輩が…!?」

 

 こいつ…思い切り黒江の奴を利用したぞ…。

 

「褒めてくれるって事は…お近づきになるチャンス…!?」

 

 何がどうなったら、そんな思考になる?

 デュノアも時間の問題かもしれない…。

 

「フフ…君達も面白いね。このボクに勝負を挑むだなんてさ」

「な…なんだと…!?」

 

 急にデュノアの顔つきが変わった…?

 

「悪いけど…この勝負、勝たせて貰うよ。仮面友の会の皆さん」

 

 全力で名前を間違えたっ!!??

 それぐらいは覚えてやれよっ!?

 やっぱり、もう手遅れかもしれない!?

 

「な…ならば、次の勝負はチェスよ!」

「どうして、さっきからテーブルゲームばかりなんだ…」

 

 私以外、その事に誰もツッコまないのはどうしてなんだろう…。

 もしや、おかしいのは私だけなのか…?

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 ~20分経過~

 

 その頃のクロエ。

 

「クロエちゃんが生徒会室にいるって聞いて、遊びに来たッスー!」

「楯無ばかりに独占なんてさせないんだから!」

「フォルテちゃんにサラちゃんっ!? 一体どこで誰から聞いたのよっ!?」

「「クロエちゃんファンクラブの皆から」」

「クッ…流石の情報力ね…!」

「おいこらちょっと待て。どうしてファンクラブの連中にウチの行動が筒抜けなのさ。詳しく教えろ」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 デュノアとフレディと名乗る生徒のチェス勝負は静かに展開していく。

 一応、私も最低限のルールぐらいは知っているが、今はどっちがリードしているのか分からない。

 

「フッ…どうやら、遂にこの技を使う日が来たみたいだね」

「え…?」

 

 この技…?

 チェスに技なんて概念があるのか?

 

「デュノア家…奥義…」

 

 奥義だと…?

 チェスの勝負に奥義?

 

「ブルーマウンテン!!!」

 

 おぉー…?

 何が起きたんだ?

 

「はい。チェックメイト」

「あ」

 

 技とか全然関係ない!!!

 普通に勝負を決めただけだ!!

 

「以前、喫茶店でシャルロット君がこの技を披露した時、技名を叫ぶ度に何故かテーブルにコーヒーが運ばれてきた事がある」

「普通に通ったんじゃないのか…オーダーが…」

 

 店側からしたら、単に注文しただけにしか聞こえないだろうしな…。

 やっぱり、デュノアももうなかよし部に染まってきているか…。

 

「リーダー! フレディが敗北したショックでスネークの真似をしてダンボールに閉じこもってしまいました!」

「くそ…! 最近、ずっとやり込んでいたゲームのデータがバグで全部消えたらしいし…」

 

 どうしてスネークの真似をする?

 ゲームのデータが消えたのには同情するが。

 

「こうなったら…もう手段を選んでいる場合じゃないわ!」

 

 む? これまた急にどうした?

 

「ジェイソン! 力付くで部室を奪うわよ!!」

「はい!!」

 

 最初からそうしろ。

 いや、それはダメか。

 何を言ってるんだ私は…。

 

「オーッホホホッ! この勝負、貰ったわよっ!!」

「あの…大丈夫ですか?」

 

 いつから榊原先生はオルコットみたいなキャラになったんだ?

 

「あー…メンゴ。ちょっと生徒会室で話に花が咲いちゃって…」

 

 …この混沌に陥ろうとしているタイミングで黒江が登場か。

 運が良いのか悪いのか…。

 

「…………」

 

 あ。出る。黒江の悪い癖が。

 終わったな…複数の意味で。

 

「敵…発・見!!」

「「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!?」」

 

 はぁ…結局はこうなるのか。

 このオチが読めた時点で、私も相当に毒されてるな…。

 

「きょ…今日の所は引き上げよ! 覚えてなさい!!」

 

 完全に悪者の台詞になっているんだが。

 それでいいのかオカルト研究会。

 

「つ…強い…強すぎる…」

 

 でしょうね。良く分かります。

 

「この力…まさか…! この子達が噂に聞いた『幻の部活動』…!」

「え?」

 

 ちょ…は?

 今、猛烈に気になる単語が飛び出してきたんだが?

 

「幻の部活動?」

「あっ!? いやいやいや…なんでも…なんでもないですから…」

 

 榊原先生が顔を青くしながら、物凄く動揺している…。

 

「じゃ…じゃあ、私はこれで!!」

 

 行ってしまった…。

 本当に何だったんだ…?

 

「予想外の事が起きてしまったが、無事にクロエ君も合流したと言う事で、これより本日の部活動を始める」

「「「はい!」」」

 

 なんか普通に部活が始まったし…。

 いや、それよりも…。

 

(忘れろ…忘れろ…忘れろ私…)

 

 なかよし部に関する、知りたくも無い知識が増えてしまった…。

 幻の部活動って…。

 

 

 

 

 

 

 

 




はー…スッキリした。






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