ヘブンバーンズレッド 罅割れた指輪に誓う (黒糖煎餅)
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凍えるような紅蓮の中で

・・・務は・・・敗!繰り・・す!任務は失敗!

セラフ各・・・は即・・・撤・・・せよ!

 

「あ、あぁ、なんで・・・なんで・・・!」

「いやぁぁぁぁァ!こないで!くるなぁぁぁっ!」

「たすけて・・・たすけてよ!誰かぁっ!」

「死にたくない・・・死んでたまるか!」

「部隊長・・・助けてよぉっ!」

 

繰り返される撤退命令と、叫び続ける部隊員。わたしは、手を出せなかった。動けなかった。後ずさることしか、できなかった。

呼吸ができなかった。目の前で繰り広げられる、凄惨な情景に、わたしは、呼吸をすることさえ、忘れていたのです。

 

「蒼井ー?おーい、蒼井ー?またぽかーんとしてるのかー?蒼井ー?」

「はっ!」

また、昔のことを思い出していた。掌にはじっとりと汗が滲んでいる。背筋を滑る冷や汗に、思わずぞくりとしてしまった。

「すみません、なんでもないんです。ちょっと、考え事をしていまして・・・」

「考え事って言ったって・・・顔色悪いよ?なぁユッキー?」

「いや、私に振るなよ・・・少し汗ばんではいるけど、普通じゃないか?」

「いーや、絶対どっか調子悪い。と言うわけで、今日は解散!体調すぐれない時にやっても、楽しくないからなー!」

「えぇ・・・お前が集めたんだろ、月歌。」

「てへぺりんこ!」

「てへぺりんこ!じゃねーよ。まぁ、いいや。それじゃ、あたしたちは先に部屋戻ってるから。」

「うん!悪いな。」

「いつものことだろ、お前が唐突なこと言い出すなんて。」

じゃーな、と言いながら、和泉さんたち・・・茅森さんを除く31Aは、スタジオを後にした。静かな部屋に、わたしと茅森さんだけが残る。

「ねぇ、蒼井。ちょっとだけ、散歩しようぜ。」

わたしは、額に浮かぶ冷や汗を拭いながら、わかりました。と言って、先に歩き出した彼女の背中を追った。

 

「さっきの考え事ってさ、前の部隊の時の話?」

がこん!と、自販機が鳴る。茅森さんの手には、ブラックコーヒーが2本、握られていた。キリッとした目で、どこか柔らかい視線が、蒼井の目を射抜きます。

「茅森さんには、わかっちゃいますか?」

「いや、なんとなく。ぽけーっとしてるのはよくあるけど、今回みたいに汗かかないじゃん、いつもは。呼吸もちょっと浅かったから、そうなる原因って言ったら、それかなぁ。って思って。」

「さすがですね・・・」

彼女の言動は、いつもわたしのことを見透かしているような、蒼井が話し出すのを待ってくれているような気がしてしまいます。

「すこし、場所を変えませんか。」

彼女はわかった、と言って、青井の隣を歩いてくれました。

 

 

「ここなら、誰も来ないかな。」

蒼井は、なんとなしに葬儀場に足を運びました。道中、売店で花を買って。この頃は、訓練が忙しくてあまり来れていなかったから。

「蒼井、ここって・・・」

「はい。お墓です。今の・・・31Bに所属する前の、蒼井の部隊員のお墓です。」

蒼井はそれぞれの五つの墓標の前に花を供えて、黙祷を捧げました。茅森さんも、それに倣って黙祷をしてくれていました。

1分ほど黙祷した頃、蒼井は立ち上がって言いました。

「ベンチにいきましょうか。蒼井のお話、聞いてください。」

茅森さんは腰を上げて、いいよ、と笑ってくれた。

 

ベンチに腰掛けると、ぎし、ぎし、と、木の軋む音がしました。蒼井と茅森さんの距離は、ちょうど、人ひとり分くらいの隙間が空いています。

「蒼井の部隊には、蒼井を含めて、6人の生徒が在籍していました。」

蒼井は、ゆっくりと息を吸ってから、話し始めました。

 

「一年前のあの日・・・ちょうど今日のような、空気の澄んだ夜でした。蒼井の部隊は、大規模な作戦に参加していました。作戦は滞りなく進んでいたんです。周囲のキャンサーもある程度は掃討していましたし、強過ぎる個体も、2体だけ。デフレクタはだいぶ消費していましたが、帰投するまでは充分保つだろう、と手塚司令官に報告して、蒼井は周囲の警戒を行なっていました。するとそこに、1体のキャンサーが現れたのです。訓練では想定されていなかった事態に、蒼井はひどく混乱してしまいました。デフレクタも既定の半分程度でしたし、蒼井は攻撃に当たらないよう、じりじりと撤退しながら無線で部隊員に連絡を入れたんです。

『発見が遅れましたが、野営地から南西方向に敵影。小型のキャンサーのみですが、奇襲の可能性もあります。至急援護を』わたしがそう言っても、蒼井の言葉には誰も返事をしませんでした。いえ、出来なかったんです。ちょうどその時、新たな大型キャンサーが、私たちが野営していた盆地に向かって、攻撃をしてきていたのですから。」

「それって、つまり・・・」

事態を察したであろう茅森さんは、心配そうな瞳でこちらを覗き込む。

「はい。大型のキャンサーの一撃で、野営地はほとんど吹き飛びました。中で仮眠をとっていた隊員や、食事をとっていた先輩方の部隊も、咄嗟にセラフを展開していました。しかし、間に合わなかった人も中にはいたのでしょう。蒼井が野営地だった場所へ戻る頃には、そこは地獄のような様相が浮かんでいました。司令部も、超遠方にいたキャンサーのことを認識できておらず、周囲にいた、まばらなキャンサーたちが、野営地に向かって雪崩れ込んできていたんです。多くの訓練を積んでいたとしても、多くの実績を持っていたとしても、超遠方からの砲撃には、ほとんど無力でした。27系から1部隊、28系から3部隊、29系から2部隊、30系から1部隊。生き残ったのは、その中からわずか2人・・・いえ、3人だけでした。」

彼女の顔が、うっすらと恐怖に染まるように見えた。

「一瞬で、40人近くが・・・」

ごくりと、茅森さんが生唾を飲んだのが聞こえました。

「無事だったのは、蒼井を含めた3人だけでした。哨戒で、野営地から離れていたことが、不幸中の幸いだったのです。キャンサーをいなしながらたどり着いた野営地には、更に多くのキャンサーが居ました。蒼井が視認できただけでも、10体。その中で即応戦できる様子の部隊員は、居ませんでした。野営地だった場所では、致命傷を受けた部隊員たちの呻き声や悲鳴だけが木霊していました。蒼井は、その景色を見て、足が竦んでしまいました。百戦錬磨の先輩たちが、なす術もなくキャンサーに嬲られていたのです。足も思考も止まってしまって、動けない蒼井に、キャンサーからの攻撃が飛んできました。直撃する。そう思った攻撃は、蒼井に当たることはありませんでした。」

「蒼井、無理して話さなくても・・・」

「いいんです、茅森さん。」

蒼井は、茅森さんの静止を遮り、話を続けます。

「蒼井を助けてくれたのは、27部隊の先輩でした。27-Aの部隊長。蒼井のことをよく気にかけてくれた先輩でした。蒼井に向けられた触腕からの攻撃を捌き切った先輩は、蒼井と生き残ったもう一人・・・月城最中さんに、撤退の命令を下しました。」

「もなにゃんに・・・いや、もなにゃんって、セラフ部隊で最強なんだろ?なんで一緒に戦わなかったんだ?」

「現場の最高位の部隊長からの命令ですから。司令部からも撤退の命令が出ていましたし、何より、デフレクタに余裕のない後輩兵士2人の介護をしながら戦うなんて、不可能に近いと思ったのでしょう。蒼井と月城さんは食い下がりました。まだ戦えます。戦わせてください。と。ですが、先輩の言葉は単純でした。

『命令に従え。』

その一言で、蒼井と月城さんは引き下がるほかありませんでした。周囲では、もう戦える状態ではないと思えるほどの惨状だった兵士たちが、セラフを杖にして立ち上がっていました。蒼井たちに攻撃が伸びないように、全力で防御を行なってくれていました。

『皆の献身を、無駄にするな。お前たちだけなら、充分逃げ切れるはずだ。私たちは、ここでキャンサーたちを食い止める。お前たちには触腕一本触れさせない。後ろを振り返らず、帰投地点へと向かえ。』

ただまっすぐ、蒼井たちの目を見てそう言いました。蒼井たちは、皆さんの命を賭けた防勢に背を向けて走り出しました。先輩たちはボロボロになりながら、蒼井たちの背中を守ってくれました。『早く行け!』蒼井たちはその言葉に背中を押されました。背後からは、先輩たちの剣戟の音が、銃声が、悲鳴が、怒号が、肉の弾け飛ぶ音が、断続的に聞こえていました。帰投地点についた頃、先輩から通信が入りました。

『月城、セラフ部隊最強は今日からお前だ。えりか。お前の思慮深さで、後輩たちを守ってやってくれ。私は、最後に大物ぶっ殺したら、多分おしまいだ。指先の感覚も、だいぶ無くなってきた。視界も時折飛んじまう。これは、指揮官としての命令でも、先輩としての命令でもない。ただの友人としての願いだ。生き延びてくれ。それじゃあな!』

先輩はそう言い残して、通信をぶつりと切りました。乗り込んだヘリコプターの風切り音に紛れて、先輩の叫びが聞こえてきて、それが次第に聞こえなくなりました。蒼井と月城さんしかいないヘリコプターの座席は、とても辛くて。守りたかった人たちを、守れない自分の実力のなさに、蒼井は泣き続けました。」

「ちょっと待って、3人生き残ったんだろ?じゃあ、その先輩って・・・」

「はい。結論から言うと、生きています。いえ、生かされている、と言うのが正しい状態です。」

「・・・どういう、こと?」

「ここには、通常の医療棟の他に、特別医療棟なるものがあるんです。怪我や病気では通常病棟、PTSDやパニック障害、なんらかの事情で戦線に復帰できない隊員が入院することになる、特別医療棟。特別医療棟では、入院者はいくつかの選択肢を用意されます。退役して研究所づとめになるか、司令部として働くか。もしくは、なんとしてでも戦線に復帰するか。本来であれば、この選択を終えたのちに適切な治療やケアを受けて、復帰すると言う流れになっています。」

「じゃあ、その先輩っていうのは教官職とかに・・・」

「なってないんです。先輩は、意識を失った状態で基地に到着したまま、目覚める様子はありません。生命維持装置に繋がれて、ただ眠っているんです」

 

痛いほどの沈黙が、葬儀場を満たします。所在なさげにしていた茅森さんの左手が、蒼井の指先に少し、絡まりました。

 

「辛いこと、思い出させてごめん。」

叱られて泣きそうな子供のような、弱々しい声。いつも溌剌とした茅森さんからは想像もできない声だった。蒼井は茅森さんの手を優しく握り返します。

「聞いて欲しかったんです。きっと、誰かに。誰かに話すことで、胸の底の澱を、受け止めて欲しかったんだと思います。茅森さん。聞いてくれて、ありがとうございました。少し、気持ちが落ち着いたような気がします。」

「・・・うん。」

彼女は綺麗な目を伏せたまま、ゆっくりと立ち上がりました。

「帰りましょうか。」

「うん。」

茅森さんの手のひらの暖かさを感じながら、蒼井たちは寮へと歩みを進めました。

部屋の前で別れるまで繋いでいた彼女の掌の温もりを感じながら、蒼井はひさしぶりに深い眠りに落ちることができたのです。



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手向けの花を、きみに。

ぴっ、ぴっ、ぴっ、ぴっ。

一定のリズムで、甲高い電子音が部屋に響く。

私は、重い瞼を持ち上げながら、ゆっくりと体を起こそうとした。

動けない。前回の作戦行動で中々な深手を負ったことは覚えていたものの、それらしい痛みが体にあるわけでもない。身動きが取れない状況に困惑しつつ、首を少しもたげて、周囲の状況を確認した。

「あぁ、医療棟か。」

掠れた声が、暗い部屋にじんわり溶けていく。私は動きが鈍い左手をゆっくりと動かしながら、枕元に置いてあるナースコールを鳴らした。

 

数分して、看護師らしき人がやってくる。パタパタと急いで入室したと思ったら、驚いた顔をしながら、「少々お待ちください」と言って、部屋を飛び出してしまった。状況を聞きたかったんだけどなぁと思いつつ、看護師さんが帰ってくるのを待っていると、カツカツと、聞き慣れた軍靴の足音が聞こえた。

 

「久しぶりね、葉月さん。」

「あぁ、3日ぶりですね。手塚司令官。」

「いいえ、正確には300日ぶりよ。随分長い間睡眠だったわね。」

私の頭には、クエスチョンマークが浮かんだ。作戦行動を開始したのは2日前だ。そして、昨日大隊が壊滅し、私は残りの2人を安全に撤退させるために殿を務めた。無事に2人が帰投用のヘリに着いた頃に、残りの大物を一頭討伐して、そこで私は力尽きて・・・

「司令官、ちょっと聞きたいことが。」

「何かしら?」

「電子軍人手帳の日付が私の記憶している年月日より一年近くずれているのですが、こちらの手帳は特に問題なく?」

「ええ。私の電子軍人手帳、並びに病棟内のコンピュータでも同日を指すわ。」

なるほど、と私は納得した。一年近く経過しているのであれば、傷はすっかりと消えるだろう。なんなら、一年近く経過しているせいで、私の体が動かないのだろう。恐ろしいほどに筋力が低下してしまっている。

「貴女が中々目を覚さなかった理由なのだけれど、何となく予想はつくかしら。あれほど無茶は禁物と言ったはずなのだけれど。」

「なるほど、色々と合点がいった・・・。あの時私は、セラフの使いすぎて脳に過負荷がかかっている状態でした。そこに異常なまでの運動量、肉体の損傷が重なることで、今までなにをしても回復しなかった・・・と言うような形でしょうか。」

「ええ。幸い、こうして意識が戻ったのだから、よかったのでしょう。他の皆は残念でしたが、貴女が戦線に復帰できるのなら百人力ね。しばらくはリハビリに専念してもらいます。今夜は夜も遅いし、待機しておいて。」

「了解。」

かつかつと、リノリウムを鳴らしながら手塚は帰っていった。病室の窓から見える夜月を見ながら、私は手塚の言葉を思い出していた。

「みんなは残念だった、か。」

それはつまり、あの場に残ったもの全てが殉職したことを示している。

寝付けるわけもない。先ほどまで意識はなかったし、仲間たちの訃報を聞いて平然とできるほど壊れちゃいない。

私はキツく瞼を閉じ、夜が過ぎるのを待ち続けた。

 

 

 

 

リハビリを始めてから、二ヶ月ほどが経過した。延命治療の最中で電気信号を各部位に送ってくれていたらしく、全盛期の動きとは言わないが、ある程度の動きまでは可能になった。無論、動くたびに関節は軋み、筋肉が悲鳴を上げてはいるのだが。

「きっつい・・・」

リハビリを終えた私は、病室のベットに倒れ込んだ。

「お疲れ様。それにしても、なかなかの回復速度ね。常人ならまだ掴まり立ち程度しかできていないでしょう。あなたの体質のおかげなのかしら。」

「そーですね。筋肉つきやすい上に、筋肉量が一般人と違いますから。作りがそもそも違うんじゃないですかね。まぁ、いつ目覚めるかわからない私の筋肉に電気信号送ってくれてたのも大きいと思いますよ。でなけりゃ、さすがに動けてないと思います。」

いてて、と声を漏らしながらベッドに仰向けになった。

「ところで、手塚司令官。」

「何かしら。」

「私の仲間たちの墓標、ちゃんとある?」

「えぇ。あの作戦で戦死した39名の墓標はあるわ。もし良ければ、連れていきましょうか?」

「いや、自分でいける。花だけ用意しておいてくれれば、それでいい。」

「そう。灰皿はしっかり持っていくようにね。献花は受付に渡しておくから、受け取っておいてね。」

そう言うと、手塚は踵を返して司令官室へと向かっていった。私は喪服に着替えて松葉杖をつきながら病室を出た。花束を受け取り、売店で煙草を一箱購入してから、葬儀場の横にある墓地へと向かった。

 

 

道中、七瀬と会った。一年ぶりの再会だと言うのに、あまりにそっけなかった。視線をくぐり抜けた私に、お久しぶりです。の一言だけしかかけないのだから、まあ、少し急いでいたようだし、仕方がないが。

松葉杖は慣れないものだ。いつもだったら数分で着く葬儀場の裏手に来るのに、10分以上かかってしまった。私は舞台の数だけもらった小さな花束をそれぞれの墓石の前に置いて、自分の所属していた部隊の墓石の前に座った。

 

「・・・」

 

言葉が出なかった。数ヶ月前までは私と共にいた仲間たちだ。残念だった、と言われていたから覚悟はしていたが、やはりどこかで諦めがついていなかったのだろうな、と思う。墓標に彫られた仲間たちの名前をなぞると、薄らと埃が溜まっているのが見えた。

 

「来るの、遅くなっちゃったな。ごめん。」

 

私は一人一人の名前をゆっくりとなぞる。冷たい墓石の感触に、少しだけ目頭が熱くなった。

「もう、同い年じゃいられなくなっちまったなぁ。お前らは19歳で止まって、私は気づいたら21歳だよ。作戦終わったら、誕生日と同時に飲もうぜ、なんて言ってたのにさ。おまえらがどんな酒飲むのかな、とか、おまえらがタバコ吸ってみたい、とか言うからさ、配給部隊に無理言って頼んでたんだぜ。一人で飲まなくていいんだ、一人で煙草吸うのも減るなぁ、なんて、ちょっと楽しみだったんだよ。杏子はカルーアミルクかなぁ、とか、飛鳥は日本酒好きかなぁ、とか。響子はワインとか好きそうだなぁ、とか、夜鷹は下戸っぽいな、とか、瑠奈は何でも飲めそうだなぁってさ。みんなでどんちゃん騒ぎした後、私が一服に誘うんだよ。それで、みんなで吸って一口目で咽せて、『葉月、お前よくこんなの吸ってるな』って、みんなして私をなじるんだ。って、そんなふうに、ずっと日常が続くと思ってた。」

 

私は新品の煙草の封を切って、みんなの分の煙草に火をつけていく。

全ての墓前に供えた後、自分用の煙草に火をつけた。ゆっくりと息を吸い、馴染ませ、ゆるりと紫煙が口から抜ける。

 

「どうだ、まずいだろ。ほら、言えよ。『こんな不味いもん吸えるか!』って、言ってくれよ。」

 

ぽたぽたと、頰をつたって涙が地面に落ちていく。

 

「なぁ、言ってくれよ・・・」

 

私の言葉は、虚しく響くだけだった。

ひとり、ぽつんと立つ五つの墓標の前で、さめざめと泣いた。

 



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葉月楓、再始動

一応時系列書いたほうがいいのかなぁ。現状、
一話→茅森たち31系部隊の入隊一年前での大規模作戦(本編の蒼井が見た地獄)
二話→茅森たち31系入隊の二ヶ月前
今回→デススラッグ討伐直後〜2章day6
くらいのイメージです。


「葉月さん。どうやら、大分身体は良いようね。」

リハビリを終え、自室に戻ってしばらくした頃、手塚司令官が部屋に入ってきて、そう言った。

「まぁ、なんとか。まだ全盛期には程遠いですけどね。」

「それでも、数値的には月城さんと同等よ。つまり、貴方はセラフ部隊員の中でも上澄み相当の運動能力があるの。そこで、そろそろ前線に復帰しないかの打診に来たのだけど。」

手塚は腰に手を当てて、私の返答を待つ。まぁ、リハビリばかりの生活で、暇を持て余していたところだ。先日のデススラッグというキャンサーの討伐作戦の話を聞いて、体が疼いていたのもある。

「良いですよ。ずっと暇で暇で、仕方なかったですから。」

「分かったわ。それじゃあ、機能回復のテストも兼ねて、ヒトヨンマルマルからアリーナでエミュレーションを受けてもらいます。昼食を取ったのち、制服を受け取りに司令官室まで来て頂戴。」

私の了解の声を聞き、手塚は満足そうに部屋から立ち去った。

久しぶりに体を全力で動かせる機会を得た私は、少しだけウキウキとした気分で、昼食を取ることにした。

久しぶりのまともな昼食だ。私は賑わいを見せるカフェテリアの注文口の前で、何を注文するかを迷っていた。メニューがだいぶ増えている。魚系のメニューが若干増えていることに気がついた私は、鯖の味噌煮定食を注文した。出来上がったサバの味噌煮定食を受け取り、お冷を注いで、適当なテーブルへ着こうとする。しかし、空いている席がない。これまでは、誰かにあらかじめ席を取ってもらっていた。そして、代わる代わる注文を取りに行っていたことを思い出した。どうしようかと悩んでいると、横から声をかけられた。

「よぅ、ねぇちゃん。ご一緒しない?」

声の方向を振り返ると、そこにはあどけない顔立ちの少女が座っていた。

座る席のない私は、即答した。

「ありがとう。」

席につきながら、少女に謝意を告げる。少女は特に気にした様子もなく、

「いいっていいって。私の部隊員は、ちょっと今外しちゃっててさ。ご飯一人で食べるのも味気なかったから、むしろちょうどいいよ。」

と笑いながら言った。

「いやはや、まさか席が空いていないとは思わなくってね。君が声をかけてくれなかったら、せっかくのご飯が冷めてしまうところだったよ。ありがとう、えっと・・・」

「茅森月歌。好きに呼んでくれていいよ。」

「あぁ、ありがとう、茅森さん。私は葉月。葉月 楓と言うんだ。」

「いい名前じゃん。よろしくね、葉月。」

いきなり呼び捨てなのに驚きつつ、まぁいちいち気にするほどでもないか、と私は食事に口をつけ始めた。

 

 

ご馳走様でした。奇しくも二人の声が被る。

「葉月はこの後用事あるの?」

「14時までに司令官室とアリーナだ。リハビリも兼ねてな。」

「じゃあ、30分は暇なんだ。一緒に一服しない?」

「付き合おう。」

 

食器を片した私と茅森は、道中でコーヒーを買い、時計塔へと向かった。

 

かしゅっ!と、プルタブが開く。一口飲むと、渋み、苦味、僅かな甘味が混ざり合った。ふぅ、と一息つきながら茅森の方を見る。茅森は、箱から一本の煙草を取り出していた。

(なんだ、喫煙者か・・・)

なら私も、遠慮なく一服させてもらおう。そう思い、制服の胸ポケットの部分から煙草の箱を取り出す。

「あ、葉月も一本いる?」

そう言う茅森に、

「あいにく、自分で持っているからな。気にしなくていい。」

と告げた。ふわりと漂う甘い香りに、あぁ、ウィンストンの白を吸っているのか・・・と思いつつ、煙草に火をつけた。ゆっくりと息を吸い、口の中で馴染ませてから肺に入れる。ふぅっと吐き出すと、紫煙が真っ直ぐに立ち上った。

朝ぶりの煙草をゆっくりと堪能していると、そばの茅森が咳き込んだ。

噎せたのかと思ってそちらに向くと、茅森はこちらを向いてびっくりしたような顔をしている。

「本物の煙草じゃん・・・」

「煙草に本物も偽物もないだろう」

そう言う私に、茅森は先ほど持っていた煙草の箱を見せてきた。

ココアシガレット、箱にはそう書いてある。

「これ、駄菓子だよ」

「は?」

戸惑う私に、茅森はそう告げた。

「私、未成年だもん!」

「一服するとか、紛らわしい言い方をするな!」

私が突っ込むのも、仕方のないことだと思う。

「だってだって!そっちの方がなんかかっこいいじゃん!」

「馬鹿なのか!馬鹿なんだなお前は!おかしいと思ったよ!あどけない顔立ちの子から一服誘われて違和感はあったけど!コーヒー片手に棒状のもの咥えてたら勘違いするだろ!」

はあ、とため息をついて、茅森から少し距離を取った。幸い、風向きが変わったから、茅森に煙が行くことはないだろう。

 

「ねぇねぇ、煙草って美味しいの?」

「距離を取った意味を無くすな。アホなのか。」

「教えてよー」

興味津々、と言った顔を向けてくる茅森。

「吸ってみるか?」

「美味しいの?」

「吸ってみれば分かる」

「じゃあ一口・・・」

茅森は新しいアイスを食べる子供のような顔でぱくりと煙草を咥え、ゆっくりと吸って・・・

「うぇっ!!」

えづいた。まぁそうなるか。

「まっずーい!」

「だろうなぁ。」

「なんでこんなの吸ってるの!?口の中が気持ち悪ーい!」

やいやい騒ぐ茅森を無視して、私はもう一度煙草を咥えた。ぷかぷかと燻る紫煙を目で追って、ゆるゆると口に入れた煙を吐き出した。

「別に美味しいと思って吸ってないからなぁ。」

「わけわかんないよー!」

「ま、理由があるんだよ。っと、そろそろ時間になるな。それじゃ、私はここで失礼するよ。」

「うぅ、口の中が苦い・・・」

嘆く茅森を置いて、私はアリーナへと向かった。

 

 

「来たわね、葉月さん。」

「どうも、ゆっくり食事もできたし、いつでも出来ますよ。」

「準備運動でもしながら待っていて。もうすぐしたら30Gが到着するわ。」

「了解。でも、なんで30Gが来るのを待つんだ?」

「あなたの戦闘能力なら、直ぐにでも前線に戻ることになるでしょうからね。現在の最高戦力からみて、貴方の実力を見ておいてもらおうかと思うの。全盛期の貴方を知る月城さんも在籍しているもの。彼女からなら、忌憚ない意見が聞けるでしょう?」

「なるほどねぇ・・・っと。」

準備運動を終えた私は、その場に胡座で座る。少しした頃、6人の人影が入り口からこちらへと近づいてきた。

「30G部隊、ただいま到着した。」

「時間通りね。貴方たちには、彼女の戦闘を見て学ぶところがあるでしょうから、ここに来てもらったわ。一応顔見知り程度ではあると思うけど、紹介しておくわね。こちら、葉月楓。27系部隊の最後の生き残りよ。戦闘センス並びに技術は類い稀よ。月城さんは何度か任務を共にしているから、実力は知っているかしらね。」

「あぁ。我の知る最強のセラフ使いだ。」

「月城ちゃんがそういうなんて・・・相当なやり手だね。」

「とてもそうは見えないですわね。」

「私も菅原さんに同意ですね。」

「まぁそう言うな、菅原、小笠原。月城が断言するんだ。一見の価値はあるだろう。」

「そうですよ。一度見れば、その人の強さを測れるでしょうし。司令官にそうも言われる人材なのは確かなのですから。」

ぼやっとながら聞いていると、なんだか散々な言われような気がしてきた。まぁ、リハビリがてらなんだ、気楽にやろう。

「では、七瀬。開始して。」

「了解しました。それでは葉月さん。セラフィムコードを唱えてください。」

「あぁ。『倶に天を戴かず』!」

降りてきたセラフに腕をはめ、左手に防御用のガントレットをはめる。

それと同時に、アビスノッカー2体が表示される。

えー、リハビリの難易度じゃなくね?最初は雑魚からじゃないの?おかしいでしょ。そんなことを思いながらアビスノッカーから距離をとる。

「よっと。」

トリガーを押し込み、光線が滑るように射出される。アビスノッカーの硬い外殻を灼き、脆い内部組織が露出する。繰り出される飛びかかりをバックステップで躱し、後方へと砲撃。砲撃の推進力で懐まで飛び込み、小さな綻びの部分に剣先を突き刺した。

「それ!」

深く突き刺した砲身から、溜めた光線を射出する。前面についた小さな傷から露出した柔らかい内部組織を貫き、背中の大部分を消滅させるような形で一体目のアビスノッカーは消滅する。その間、僅か20秒。

「2体目・・・の前に!」

2体目のアビスノッカーの方向に向けて、再び光線を射出。砲撃の推進力で距離を取った私は、腰のポーチからカートリッジを抜き出し、砲身付近のモジュールを換装する。先端から灼けた砲身が小さく格納され、代わりに大きな刀身が剥き出しとなる。大きな銃のような形であったはずのセラフは、あっという間に大刀へと姿を変えた。

「よっし、いける!」

柄の部分を両手で握りなおし、トランスポートで最接近。すれ違い様に側腹部、背部に二連撃を見舞う。

背部にできた薄い罅に、勢いよくセラフを投げつけた。ガキン!という金属質な音が響き、罅を広げるように背中に刃が突き立てられる。

「これで!」

トランスポートで刺さったセラフの位置まで跳躍し、柄を掴む。

「おしまい!」

そのままさらに奥へと刃を押し込み、突き立てた刃を振り下ろして両断した。

 

霧散していくアビスノッカーを尻目に、私はセラフをしまう。エミュレートで赤く染まっていた周囲が、落ち着いた水色へと変わっていった。

 

「これでどう?戦線復帰の許可は出そう?」

月城以外の30G部隊員の顔には、驚愕の表情が滲んでいた。

「ええ。詳細はまた後日、辞令が出るわ。しかるべき手続きの後、部隊へと復帰してもらいます。今日は以上よ。」

戦線復帰のお墨付きをもらった私は、了解とだけ返して、アリーナの出口へと向かった。




みゃーさんの銃型→弓矢式の変形するセラフを見て、なんとなくありそうだなぁって思った変形型セラフ。変形ってより、パージ、装着みたいなイメージです。
初期の砲撃型→モンハンのガンランス、もしくはBLEACHの雀蜂雷公鞭
変形後の大刀型→覇剣エムカムトルムもしくは最終章の天鎖斬月
みたいな見た目イメージですね。好きな形でご想像ください。


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