【完結】走れないTS転生ウマ娘は養護教諭としてほんのり関わりたい (藤沢大典)
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Season1
Case01:ナイスネイチャと養護教諭


ナイスネイチャ視点。
うちのネイチャさんはしっとり成分強めかも知れません。


「ナイスネイチャさん、ちょっといいかしら?」

 

終業を告げるチャイムの後、チームメンバーたちが待つカフェテリアへ向かうため教室を出ようとしたあたしを呼び止めたのは、先程まで授業をしてくれていた国語教師だった。

 

「職員向けの資料を配って回ってるんだけど、ちょっと手が足らなくて。チーム所属の子には担当トレーナーへ配るのを手伝ってもらってるの。申し訳ないんだけどこれ、南坂トレーナーに渡しておいてもらえないかしら」

 

そういってホチキス止めされた紙束を差し出される。

紙束には表紙に「トレ 南坂」と書かれた付箋紙が付いている。

 

「そんなに急ぎの件でもないから今日トレーニングする時に渡してもらえれば大丈夫だから。お願いできる?」

 

「分かりました、南坂トレーナーに渡しておきます」

 

「ありがとう、助かるわ。お願いね」

 

まぁそれくらいなら、と引き受ける。

この後、他の職員にも配って回るのだろう。あたしが紙束を受け取ったのを確認すると国語教師は足早に退室していった。

 

あたし、ナイスネイチャはここ府中にある『日本ウマ娘トレーニングセンター学園』、通称『トレセン学園』に通うウマ娘だ。

Eclipse first, the rest nowhere.(唯一抜きん出て並ぶ者なし)』というスクールモットーを掲げ、文武両道でありながらも個性を尊重する自由な校風、潤沢なトレーニング設備というこれ以上無い環境が整った学園だ。

あたしたちウマ娘はここで、トゥインクル・シリーズを走りウイニング・ライブで歌うため、勉強に鍛錬にと忙しい毎日を過ごしている。

今日も今日とて午前の座学が終わり、午後のトレーニングに備えてお昼ご飯を……と思った矢先の今のやり取りであった。

 

にしても、このご時世に紙の資料ね……SNSのグループとか使えば早いのに。とも思うけど、職員全員がスマホ慣れしているわけでもないし仕方ないのかな。

何はともあれ、まずは腹拵えといきましょうか。

わざわざ席まで戻って鞄に紙束を仕舞うのが何となく億劫で、あたしは紙束を持ったまま待ち合わせのカフェテリアへ向かうのだった。

 


 

「ずぞぞーーーっ……。ふぇ、ふぉえいっはいなんおひおーあんえふ?」

 

「お行儀悪いから口に物を入れながら喋らない」

 

ラーメンを口いっぱいほおばりながら質問してくるマチカネタンホイザに苦言を呈す。

ちゃんと口の中のものを飲み込んでから喋りなさい全く。

多分「で、それいったい何の資料なんです?」って言ったんだと思う。

 

「表紙に会議資料ってあるからそうなんじゃない? 中身は別に見てないから分かんないけど」

 

「んぐむぐ……んくっ。ねぇねぇネイチャ、それ2つあるよ?」

 

オムライスを食べ終わったツインターボが言う。

ちゃんと飲み込んでから喋り出したのは偉いぞターボ。

だけど口の周りがケチャップで真っ赤だぞターボ。

同じことを感じたのか、隣に座っていたイクノディクタスがティッシュでターボの口を拭う。

 

「2つ?」

 

「うん。なんかくっついてる」

 

よくよく見ると、確かに紙束の厚み、ちょうど真ん中辺りの隙間が大きい。その隙間に爪を入れて開いてみると、ペリッとした感触と共に紙束は2つに別れた。

 

「どうやら中で折れた付箋紙が両面テープのように2つを貼り合わせてしまっていたみたいですね」

 

イクノは眼鏡を直しながらそう言った。

なるほど、確かに中から折れ曲がった付箋紙が出てきた。

先程トレーナーの名前が書いてあったものと同じものだろう。

ということは、あたしはトレーナーの分の資料の他にもう一人分渡されてしまっていたらしい。

一体誰のなんだろうと、付箋紙を広げて中を確認する。そこに書かれていたのは

 

『養護 スノウ』

 

の文字。

そういえば月初めの朝礼で養護教諭の新任の挨拶をしていたのを思い出した。

トレセン学園(ウチ)の保健室に常勤の先生が入ることになったのだ。

まぁ、あたしたちからしてみれば養護教諭がいてくれるというのはありがたい。

一応トレーナーも応急処置の心得はあるみたいだが、何でもかんでもトレーナー任せでは負担も大きいだろうし。

その人はウマ娘で、車椅子に乗っていたのを覚えている。

着任前に怪我でもしたのかと思ったが、どうやらそれが普段の姿らしいことを言っていた気がする。

 

「あちゃー……。これは流石にあたしが持ってってあげた方がいいやつだ」

 

今から国語教師を探して返すのは二度手間が過ぎる。

配り終わってひと段落、と思ったところにあたしからこれを返されたら向こうもテンションが下がるだろう。お互いにデメリットしかない。

ここはちゃんと確認していなかったあたしも悪かったし、こちらで届けてしまうのが最善だろう。

急を要するとは言ってなかったし、こちらの予定が終わってから行けば問題ないはずだ。

 

「どうするの? 今から持ってくの?」

 

「ん~……急ぎじゃないって言ってたし、トレーニングの後でいいかな」

 

ターボの問いに答えつつ、とりあえずは目の前の日替わりランチを胃の中に納めてしまうことにした。しっかり食べないと動けなくなっちゃうからね。

 


 

その日のトレーニングを終え、着替えたあたしはメンバーに保健室に寄っていくことを伝え、一人校舎に戻った。

陽は落ち、空は茜色から瞑色に移り変わろうとしており、西の空に漂う雲だけが未だその燃えるような朱に染まっている。

照明が灯り始めたグラウンドからはまだ練習している子がいるのだろう、時おり掛け声やホイッスルの音が聞こえてくる。

先程まで自分も走っていたグラウンドだ。

 

今日のトレーニングを思い返す。

三人とも着実にトレーナーの指導の元で実力を上げている。

ターボは未だにすぐへばって逆噴射しちゃうし、タンホイザは周りに気を取られやすい。イクノも考えすぎて二の足を踏むところが見受けられるが、南坂トレーナーはああ見えてしっかりあたしたちのことを見てくれている。各々の癖を理解した上でカリキュラムを組んで、万全の状態でレースに臨めるようにしてくれるに違いない。

そんな3人を見ていると、同じチームとして誇らしくも嬉しい気持ちと共に、心の隅から小さいながらも確実に湧き上がる暗い感情があった。

 

あたしはどうだろう。ちゃんと力を付けていけているのだろうか。

菊花賞に出るため重ねて出走したレースはGⅠでは無かったとは言え、連勝することが出来た。しかし、その後の戦績は芳しくない。

掲示板には入るものの、勝ち切れない。

スポーツ誌によっては、あたしのピークはそこだったとすら書くようなものもあった。そんなことはない。あたしのことはあたしが一番分かってる。横から出てきて勝手に面白半分にあたしの限界を決めつけないで欲しい。

爪が食い込むほど拳を固く握りしめ、必死にトレーニングを重ねた。

朝も夜も疲れ果てるほど自主練を行ったり、吐きそうになりながらもご飯を胃に詰め込んだりした時もあった。身体を休めている間もレース理論を学んだりイメージトレーニングを積んだりもした。

そうでもしないと、あたしを笑顔で学園に送り出してくれた両親に、あたしを勝たせる為に腐心してくれている南坂トレーナーに、いつも笑顔で応援してくれる商店街の皆に申し訳が立たなかった。

何より、そうしていないと誰かに決めつけられた限界の通りになってしまおうとしてるあたしに、あたし自身が許せなくなってしまいそうだった。

 

あたしは頑張った。必死に努力したと言って良いだろう。

努力は裏切らない。

が、努力が必ず結果に結び付くとは限らない。

 

スタートはしくじらなかった。

位置取りも悪くなかった。

スタミナは十分に残っていた。

スパートをかける位置もイメージ通りに出来た。

その時のあたしに出来る最高の走りだった。

 

それでも、先頭を駆ける相手には届かなかった。

 

満面の笑みで観客に大きく両手を降ってアピールする1位の子を見たとき

『あぁ、あたしの居場所はあそこじゃないんだな』

って思いが質量を持ってあたしの心の奥底にズシンと落ちてめり込んだ。

それでも応援してくれた皆に応えなきゃと、笑って小さく手を振ったが、果たしてちゃんと笑えていたかどうかは今でもよく分からない。

 

あたしが求めたキラキラは、決して自分の手に届くことはない。

けどタンホイザもターボもイクノもあたしとは違う。

なんであの3人はあんなにキラキラしてるの?

どうしてあたしはきらきらできないの?

あたしだけ、あたしだけ、アタシダケ……

 

……っといけないいけない!

油断するとダークネイチャさんになってしまう。

あたしはあたし。ナイスネイチャはチームのお姉さんとしてしっかりしなくては。

 

などと考えながら歩いていたら保健室の前まで辿り着いていた。

というかちょっと遅くなってしまった気がする。まだいるかなと思ったが、部屋の灯りがドア窓から漏れるのが見えたので一安心。

 

もう今日はさっさとこのお使いを済ませて、ご飯食べたらいつもみたいに自主トレしよう。

頭空っぽにして体動かして汗かいて、嫌なあたしは忘れてしまおう。

そうしてまた明日からいつものあたしに戻らなくちゃ。

 

コンコン

ドアをノックする。

 

「どうぞ」

 

部屋から小さな声が返ってくる。

 

「失礼します」

 

ドアを開けると、部屋のやや奥に置かれた机で車椅子に座りながらマグカップを手にする女の人がいた。

こちらを向いたその頭部には私たちと同じウマ耳が揺れており、右耳には若草色のシュシュを付けている。

さらりと流れるストレートセミロングは前髪のひと房が白く、それ以外は全体的に濃紺色だが、後ろ髪は毛先付近で色が抜け、澄んだ灰色へとグラデーションがかっている。

こちらを覗く瞳はアクアマリンのように透明感のある水色。

身体の線は細く、ぴったりと身の丈にあった白衣の下にはベージュのワイシャツを纏っているのが見える。

背丈は座った状態のため細かいところまでは分からないが、かなり小さい気がする。中等部の学生だと言われても違和感なく信じてしまいそうだ。

 

儚い。

 

その人を見たとき、私が抱いた第一印象だった。

触れるどころか、自分が動いて出来た空気の流れでですら崩れてしまいそうな印象。

まるで夜明けの空から薄れ消えゆく星々の光のような、

あるいは踏めばさくりと音を立てて崩れてしまう霜柱のような……

 

「どうか、した?」

 

その声にはっとなる。

あたしとしたことが見惚れて我を失っていた。

 

「絆創膏が、欲しいなら、そこの引き出しに。名前と個数を、その紙に書いて、ね」

 

あまりに私の反応が無かったことに、備品を貰いに来たが見当たらず戸惑っているとでも思われたのだろう。彼女は私の近くにあった棚と、その傍にバインダー付きで吊るされている記入用紙を指さしてそう言った。

 

「あ、いえ。国語の〇〇先生から頼まれて、これ渡しに来ました」

 

そう言いながらあたしは彼女のもとに近づき、手に持った紙束を彼女に差し出した。

 

「ん、ありがと、ナイスネイチャ、さん」

 

受け取りながら礼を述べる彼女。

いきなり自身の名前を呼ばれ、思わず身体がビクッとなってしまった。

あれ、あたしこの人と初対面のはず……なんで知ってるの?

 

「……一応、ここの生徒は、一通り覚えた。

 初めまして。養護教諭の、メルテッドスノウ。

 今後も、よろしく、ね」

 

まるで心が読まれたかのようにあたしの疑問に答えが返ってきた。

そんなに分かりやすい反応だったかな、だったかも。

というか一通りって……ウチの学園生が何人いると思ってるのこの人!?

 

「ごめんね、喋るの、上手くなくて。聞きにくくて、ごめんね」

 

小さな声で辿々しく彼女は謝罪を述べた。

 

「あいえ、全然そんなことないです! あたしこそすみません、ちょっと吃驚しちゃって。まさかあたしなんかのことを知ってるとは思わなくて」

 

あたしは慌てて両手を振りつつ相手に非がないことを告げる。

彼女はすっと窓の方を見ながら言った。

 

「ここね、グラウンド、よく見える。あなたは、いつも遅くまで、走ってるから、特に、覚えてた」

 

あたしも窓を見やると、確かにグラウンドの様子が見て取れる。

ここに来る最中に聞こえた声の主だろう、遠目ながらジャージ姿で走るウマ娘の姿が分かった。

おおぅ、あたしいつもこんな感じで見られてたのか。

 

「あはは、それはお見苦しい所を……」

 

「青春、だね」

 

口元にほんのりと笑みを浮かべながらそんなことを言う。

 

「いや~……いやぁ、そんなんじゃないと言いますか……」

 

「……?」

 

浮かべた愛想笑いに陰が射したのが自分でも分かった。

さっきまで考えてたことがフラッシュバックする。

 

「……あたし、そんな強くないんで、人より多く練習しないといけないんで」

 

普段ならそれこそ息をするように自然に張れる予防線も、先程の考えがこびり付いている今ではぎこちなさが現れる。仕方ないと割り切ったような笑顔を、いつものように出来た自信は無い。

だから、

 

「……悩み事、みたいね。よかったら、聞かせてくれる?」

 

ほら、こんなことを言わせてしまう。

きっとこの先生もいい人なんだと思う。だからこそそんな人にこんなセリフを言わせてしまった自分が情けなくて、そんなあたしに気遣ってくれるのが申し訳なくてこの話を切り上げようとした。

 

「あいや、あんまり人に話すようなものじゃないですし、単なる愚痴といってしまえばそうですし」

 

「構わない。メンタルケアも、わたしの仕事。愚痴、大いに歓迎」

 

「や、でも」

 

「溜め込むより、出したほうが、いい。解決は、してあげられない、かもだけど」

 

「ぁー……」

 

「ね?」

 

「……」

 

な、なんか思ったよりグイグイ来るぞこの先生!? 第一印象の儚さはどこに行ったか、ウマ耳をぴこぴこと忙しなく動かし、身体も若干前のめりだ。

 

「コーヒー、紅茶、ココア、緑茶、どれがいい?」

 

「え、と……じゃあ、紅茶で」

 

「ん。砂糖は?」

 

「あ、じゃあアリで」

 

「ん。じゃここ、座って待ってて」

 

彼女の隣に用意されていた丸椅子を示され、あたしは素直に座った。

もうここまで来たらなるようになれだ。

 

彼女もちょうど先程までの飲み物が無くなったのだろう。先程まで使っていたマグカップと、机の引き出し上段から新しいカップを1つ取り出し、机に並べる。

引き出しの中段を開けると、そこにはティーバッグやコーヒー、ココアの缶などが見えた。そこから紅茶のパックとスティックシュガー、プラスチックのマドラーを2つずつ取り出した。

カップにティーバッグを入れ、自分に背を向けたと思ったら自分と反対側の机の横、先程まではこの人の陰になって見えなかったがそこには立派なウォーターサーバーが鎮座していた。

サーバーからお湯を注ぎ、しばらく待っている間に彼女は引き出しの下段を開ける。今度は色々なお菓子が詰まっており、そこから小分けされたチョコ菓子を取り出して私の近くにおいた。

……あまりに流麗な動作に唖然としたが、この人ちょっと机に私物入れ過ぎなんじゃない?

あれほんとどこいった第一印象!? もしかして、かなり面白い人なんじゃないかこの人。

 

「どうぞ。熱いから、気をつけて」

 

「あ、ども」

 

いつの間にかパックを取り出し、砂糖を入れてかき混ぜ終わるまで済ませたカップが私の前に差し出される。受け取ったカップからはゆらゆらと湯気が立ち上り、琥珀色の液体が満たされている。

ふぅふぅと、火傷しないように息を吹き込み、紅茶を一口啜る。あったかい。ほぅ、と息が漏れる。するとそれに続くようにあたしの口から言葉がポロポロと溢れてきた。

 

「……あたし、ここのところレースで勝ててないんです」

 

ああ。

 

「去年の菊花賞前まで連勝してたのはただ単に運がよかっただけなんじゃないかってくらいに」

 

ああ、もう、駄目だ。もう止まらない。

 

「あたし、そんな強くないんです。むしろ弱いくらい。選抜レースのときも良くて3着でしたし」

 

一度口を開いてしまえば、堰を切ったようにとまでは言わないが、底に穴の空いたビニール袋のように言葉が漏れ続ける。

 

「けど、そんなあたしなんかにも目を掛けてくれたトレーナーや一緒に走るチームメンバーがいて、みんな優しくて、あったかくて、嬉しくて、もうこれはレースに勝ってみんなに返さなきゃと思って、より一層トレーニングに励んだし、自主トレも思いつく限り色々やったんです」

 

「それでも、やっぱり勝てなくて。全然まともな成績残せてなくて、このままじゃ折角拾ってくれたトレーナーにも申し訳なくて、どんどん力をつけてってるチームメンバーにも置いてかれるような気がして、応援してくれる商店街の人たちにも……だから今よりもっともっと頑張らなきゃって思うんですけど、どう頑張ったらいいんだろうな、って……」

 

流れに任せて言葉を出し切ると、先程不穏な考えをしていた時に感じた質量がじわじわとその存在感を増してくる。これはきっと言葉で表そうとするとすごく簡単な単語になってしまう感情。すなわち、不安と、そして絶望。

 

「なるほど」

 

「……」

 

彼女は自分のマグカップに手をかけ、一口、二口と紅茶を飲む。

5秒、6秒、と沈黙の時間が続く。沈黙されるのが一番辛い。

そもそも、トレーナーでも無い人に話すような内容じゃ無かったかも知れない。

かといってトレーナーにもあたしは話せなかったとは思う。

やっぱりこんなこと、誰にも打ち明けるべきじゃなかったんだ。

『やっぱりいいです。今言ったことは忘れてください』

そういう言葉が自分の口から出ようとしたその時。

 

「じゃあ、頑張らなくて、いいんじゃ、ないかな」

 

「……え」

 

「十分、頑張ってるのに、それ以上は、よくない」

 

……え、この人は今何て言ったの?

頑張らなくて、いいと言ったの?

 

……いや、いやいやいや。そんなわけがない。

頑張って頑張って、勝てなかったんだから、勝てるようになるまで頑張るしか……

 

「けど……けどっ……これだけ頑張っても駄目だったのに、あたしみたいな平凡ウマ娘が勝つためには、これ以上頑張る以外に、分かんなくて……!」

 

両手にカップを持ったまま、俯いてしまう。

カップの中にはあたしの泣きそうな、怒りだしそうな情けない顔が映っていた。なんて顔をしてるんだ今のあたし。手の震えにカップの中のあたしの顔が波立つ。

 

「そうだね。頑張って、勝てないのは、つらいね」

 

「……はい」

 

そう、辛い。

力を出し尽くしたあたしがそれでも勝てなかったときは、悔しくて、悲しくて、辛い。

外面では、残念だったけどまぁこんなもんかとおどけて見せるが、心の内ではいつも叫んでいた。

ふざけるな、納得できるわけがない、こんな結果で胸を張れるわけがない。

そんな未だに顔をあげることが出来ないあたしに、彼女は聞いてきた。

 

「ナイスネイチャ、さんは、勝ちたい?」

 

「そりゃ、一応あたしもウマ娘なわけですし……」

 

レースに出ている以上、勝ちを目指すのは必定だ。

いくら平凡で平均的なウマ娘だからって、負ける前提で走ったりなんかしない。

 

「どうして、勝ちたい?」

 

「どうして、って……」

 

「賞金が、ほしい? ちやほやされたい? 強いって、認めさせたい? 誰かのため? 自分のため?」

 

矢継ぎ早に問われ、あたしは茫然とする。

……あたしは、どうして勝ちたいんだろう?

思えば勝ちたい理由までちゃんと考えたことはなかった。

もしかして、それが無いから勝てないってこと?

立派な理由がなければ勝つことが出来ないってことなの?

 

「勘違い、しないで欲しい。それが悪い、ということじゃ、ない。ちゃんと、向き合って、欲しい。目的を、見失わないで、欲しい」

 

「ナイスネイチャ、さん。どうして、勝ちたい?」

 

「あたしは……」

 

何故、勝ちを求めるんだろう?

商店街のみんなのため? もちろんそれもあるが、それが目的じゃない。

チームのみんなのため? もちろんそれもあるが、それが本音じゃない。

あたしは、何で勝ちたい? あたしは、何に勝ちたい?

 

その時、あたしの脳内に広がったのは去年の菊花賞、その最終直線の風景。あたしの全身全霊を絞り尽くして、絞りカスすら固めて燃やして灰になるまで走った。あたしが抜こうとしていたのは2バ身ほど前を走っていたウマ娘ではなく、そこに出走していなかったはずの、体躯に似合わない剛脚で他者を圧倒する帝王の背中だった。

そうだ、あたしは……

 

「……あたしは、テイオーに……トウカイテイオーに、勝ちたいです」

 

「なぜ、トウカイ、テイオーさんに、勝ちたい?」

 

「それがあたしの、夢だから」

 

「もう一声。どうして、トウカイ、テイオーさんに、勝つのが、夢?」

 

「それは……」

 

あたしが追いかけたテイオーの背中。

テイオーはこちらを見向きもせず、ただひたすらに先を見つめて走っている。

先の見えない、漠然とした光を目指して、突き進んでいく。

あぁ、あたしはそんなテイオーの姿に……

 

「……彼女は、あたしの憧れなんです。その彼女に勝って、彼女を超える。そしたら、少しはあたしも彼女みたいにキラキラできるんじゃないか、って思うから」

 

顔を上げると、まっすぐこちらを見つめる先生の顔があった。

彼女の瞳にあたしの顔が映るのが分かるくらいに。

アクアマリンの中にいるあたしは、先程までとは違う表情をしていた。

 

「……って、キラキラが何かって言われるとあたしも上手く言えないんですけどね」

 

気恥ずかしくなって、肩を竦めつつ、ついそんな風に言ってしまう。

悪い癖だとは思いながらも長年染み付いたそれは簡単に抜けてくれそうにはなかった。

 

「大丈夫、あなたの、想い、伝わった」

 

先生は笑うことなく、こちらを見つめてそう言う。あまりにも真っ直ぐな目でそんなことを言うものだから、あたしの頬に段々熱が籠もっていくのは仕方ないことだった。

 

「わたしが、ナイスネイチャ、さんは、頑張ってる。って言っても、簡単に、納得は、できないと、思う」

 

「……」

 

まぁ、申し訳ないが、そうだ。昔からあたしに染み付いて、もはや宿業とも呼べるレベルのこの性格は、真っ直ぐすぎる言葉を鵜呑みにできるような造りにはなってない。

 

「大事なのは、あなたが、あなたに、頑張ってて、偉いって、言ってあげる、こと」

 

「あなたが、あなたを、認めてあげる、こと」

 

それは……また難問ですなぁ。

 

「簡単な、ことじゃ、ないとは思う。だから、まずはあなたを、良く知ってる、人たちの、言葉に、耳を、傾けてあげて」

 

「あなたは、身近な人から、『もっと頑張れ』、なんて、言われた覚え、ある?」

 

「…………ぇ……」

 

 

 

『ネイチャ、この間より強くなってる! ターボも負けてらんない!』

 

『ん~ふふ、流石ですなぁ~♪ ジャンジャンバリバリ、ジャンバリネイチャですな~♪』

 

『ネイチャさんのレースに対する真摯な態度、私も見習わなければいけませんね』

 

『相変わらずですね……けど無理は禁物ですよ?』

 

『お、ネイちゃん! ちゃんと美味い物食ってるか? これ持ってけ!』

 

『この間は惜しかったねぇ。でも大丈夫、うちらはネイちゃんのことこれからも応援してるよ!』

 

『ナイスネイチャ』

 

『ネイチャ!』

 

『ネイちゃん』

 

 

 

思い返した記憶。チームのみんなや商店街のみんなの姿の中に、そういった言動は見つからなかった。

 

「ない……かも……」

 

「自分を、信じるのは、難しい。けど、自分を信じる、周りの人を、信じてあげて」

 

カップを机に置いたあたしの右手を、先生は両手で包み込んだ。紅茶とはまた違った熱が、あたしの手をじんわりと伝わってくる。

 

「みんな、ナイスネイチャ、さんのこと、見てる。確かに、努力が、実を結ぶ、とは限らない。けど、あなたの、努力は、間違いなく、あなたを、輝かせてる。あなたの、生き様に、確実な、一歩を、刻んでる」

 

微笑むその姿に感じたのは、第一印象で抱いたあの儚さ。しかしそこに寂しさや物悲しさはなく、柔らかな陽光のような暖かさがあった。

 

「そう、なのかな」

 

「そう、なのです」

 

ゆっくり頷く彼女。

 

「……そっか……そっか。うん、何かちょっとスッキリしたかも。ありがとうございます、メルテッドスノウ先生」

 

そう答えると、彼女はあたしから手を離す。

しばらく握られていた右手は、手を離されてもまだぽかぽかと暖かい。

 

「長いから、スノウ、でいいよ」

 

「じゃあ、スノウ先生。ありがとうございます」

 

「わたしは、あなたと、お喋りした、だけ。こちらこそ、話してくれて、ありがと」

 

「ですか。それでも、ありがとうございます」

 

そう伝えると、先生はふいっとあたしから目線を外した。

ちょっと耳が忙しなくピコピコしている。

照れてるのかな。この先生可愛いかも。

 

「……わたしは、ただの養護教諭。トレーナーじゃ、ない。勝てるように、することは、できない。わたしが、出来るのは、ほんのちょっと、顔を上げる、手伝い、くらい。そこから、前を見るのも、進むのも、あなた次第。また、俯くことが、あったら、いつでも、来て」

 

そう言ってやや冷めた紅茶をくいっと飲む。

 

「というか、正直、割と暇、だから、何も、無くても、ダべりに、来てくれると、嬉しい」

 

「ぷふっ、何ですかそれ。入ったばかりなのに暇って」

 

不思議な先生だ。初対面だったのに、いきなり悩み相談までしてしまった。

別にテイオーに勝てるようになったわけでも、必勝法を授かったわけでもない。

なのに、あたしの心に巣食ってたあの質量は、今は大分軽くなっていた。

メルテッドスノウ……『雪解け』、ね。

なんてこの先生にぴったりな名前なんだろうと思った。

 

「えっと……スノウ先生」

 

「ん」

 

「また、来ます。今度はチームの皆と」

 

「ん。大歓迎」

 

「それじゃ、失礼しました」

 

ドアを閉めて、その場に留まり考える。

よし、今日の自主トレはお休みしよう。ご飯を食べてお風呂に入ったら、さっさと布団に入ってしまおう。難しいことは考えないでちゃんと休んで、また明日から心機一転頑張ろう。

胸元で小さくガッツポーズをとり、さて寮に戻ろうと歩みだしたその時。

 

「……ふぅ、しゃべり、すぎた」

 

ドアの向こうからそんな可愛らしいセリフが聞こえてきてしまって、あたしはまたちょっと笑ってしまった。

 




■ネイチャその後
「ただいまー」
「おかえりネイ……ちゃ……!」
「ん? どしたマーベラス?」
「ネイチャ、なんだか今とってもマーベラス☆ 昨日より、今朝よりずっとマーベラス★」
「へ?」
「良かったね、ネイチャ♪」
「う、うん、良かった……のかな、良かった、のかも」
「マアアアァァァベラアアアアァァァァス☆★☆」
「るっさい!」

■ティーバッグ? ティーパックでなく?
正しくはティーバッグ(Tea Bag)らしいです。
ずっとティーパック(Tea Pack)だと思ってました。

■誤字報告ありがとうございます
報告してくれた箇所を色違いで表示、修正ボタンで一発。
こんな便利な機能あるんだハーメルンって……
今まで読み専だったので書いてみて初めて知る便利機能。


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Case02:養護教諭とナイスネイチャ

主人公視点。


はいっどーーーーーもーーーーーー!!

 

おはようございますこんにちはあるいはこんばんは。

わたくし、ウマ娘のメルテッドスノウと申します。

 

えぇ、お察しの通りです。

わたくし、俗にいう『転生者』ってやつです。しかも前世は男ときたもんだ。TSですね捗ります。

前世については割かしテンプレな感じなので割愛しましょう。死んで記憶持ったまま生まれ変わった。それだけで十分です。

とはいっても、前世の記憶思い出したの結構経ってからなんですよね。今世の中学時代にちょっと死にかけまして、その時のショックで思い出したんですわ。

具体的に何があったかはおいおい語っていくとしましょう。エピソードゼロ的なとこで。

 

そして、転生といえばお約束、チート能力です!

どうやら自分も貰ってたみたいなんですよね、ギフト。いやぁ神様ありがとうございます!

子供の頃にちょっと使ったことがあるみたいですが、記憶の覚醒と共に能力の詳細も理解した感じですね。

え、どういう能力か、ですか?

まぁそれもおいおい説明していきましょう。少なくともレースで無双できるような類ではありませんですので。

 

というか今まで生きてきた過程でなんやかんやあって、わたくし、走れません!

下半身麻痺ってやつですね。生涯車椅子生活です!

それに加えて死にかけた時の後遺症でしょうか、なんかうまく呼吸できないんですよねこの身体。ちょっと深めに息を吸うと肺に痛みが走りやがります。おかげで喋りづらいったらありゃしない。

 

とまぁ、足も心肺も障害だらけでレースどころか日常生活すら難易度高めですが、別に絶望とかそういうのはないです。生きてるだけで丸儲けです。

ウマ娘なのに走れないのかー、とかも特に思ってないんですよね。もともとそんなにスポーツ好きでもないですし。どうなってんだマイウマソウル。仕事してんのかマイウマソウル。いや走れないから仕事しないでくれてていいんですけども。

 

で、そんな走ることはおろかまともに歩くことすら出来ないようなわたくしですが、今はトレセン学園の養護教諭なんてやらせてもらっております。いやぁ、アプリで遊んでる時から気にはなってたんですよね、保健室はあるのに保健の先生って出てこんなぁ、と。

安心沢さん? いやあの人はただの不法侵入者ですしおすし。

まぁそんな感じで走らなくていいのにアニメやゲームで見たウマ娘ちゃん様達と絡めるという人生勝ち組な感じでございますともええ。

けどTS転生で走れないチート持ちウマ娘の養護教諭とかちょーっと属性盛り過ぎじゃないですかねぇ……

 

さて、脳内テンアゲパーリーピーポーなわたくしですが、外ヅラはそういうわけにはいきません。

相手の話も聞かずに早口で自分の好きなものしか語らないフォカヌポゥなコミュニケーション能力は前世でも今世でも、限りなく黒に近いベンタブラックです。

(※ただしデジたんは除く。かわいいは正義。)

原作はアニメ二期までとアプリくらいしか手を出しておらず、原作の原作、競走馬にはさっぱり興味は湧かなかったが、こちとら元々生粋のアニオタ。次元の向こう側にいたウマ娘ちゃん様たちと触れ合えるというオタ渇望ものの現状に狂喜乱舞しないわけには参りませんが、そこを堪えに堪えて、抑えに抑えて、キモがられないように、嫌われないようにと言葉を厳選して、表情も油断するとニチャアするのでポーカーフェイスを心がけて。

というわけで見た目は無表情無口系、中身はテンションやや掛かり気味のキモオタというわたくしが出来上がりましたとさ。めでたしめでたし。

 

……ふぅ、オタ歴が長いと説明妄想も捗りますね。

え、誰に説明してるのかって?

自分を見ている第三者様がたに決まってるだルォ!?

転生なんぞというフィクションにすでに遭遇してしまってるのですし、どこかの誰かがワタクシの脳内を覗いているとしてもなんら不思議ではないでしょう。

 

きさま! 見ているなっ!?

 

……というわけでいつかは言ってみたいセリフ上位のコイツをつぶやいたところで

帰ってきましょうか現実へ。

 

 

 

就任してから約一か月、元々誰もいなかったので特にこれといった引き継ぎも無く、じゃあ自分がやりやすいように好き勝手にいじってしまおうと配置換えや備品整備しまくって少しだけ慌ただしかった日々がようやくひと段落を見せました。

なんせ車椅子が必要なこの身体、結構ガチ目のバリアフリー仕様にしておかないと移動もままなりませぬ。一応最新の電動式ではありますが、狭さと段差には弱いですからねぇ。

備品も最低限の消毒液とか絆創膏、包帯はあったけどそれ以外なんもないし。

よくこんなんで今まで問題起きなかったなと思って理事長秘書のたづなさんに聞いてみたら、基本的に必要なものはトレーナーが個別購入とかしてるらしい。保健室あるんだから活用してやれよ学園。トレーナーの業務増やしてやるなよ。

……いや、というか担当の子の怪我を含む健康管理もトレーナー業務の内なのか。そりゃ活用する必要無いわな保健室……あれ、着任と同時に解雇の可能性出てきた?

まぁそこは折角就任したわけですし、何かもっと良い方法を模索していきましょう。

 

幸いにもトレーナーの手に負えないような怪我を負う子は今のところいないので、ここ保健室は専ら生徒たちの絆創膏保管庫扱い程度です。

つまりは暇なのでございます。

今は午後のトレーニング時間も終わり夜が更けようとしている頃。今後の効率的な保健室の運用計画なんかを考えながらメモ書きを走らせつつ、コーヒーを淹れて一息つけていた時でした。

 

コンコン

 

部屋をノックする音。

おや珍しい。だいたいここに来る子たちはノック無しで入ってきて、自分がいることに驚きます。

今まで人がいなかったこの部屋に生徒以外の誰かがいるんだからまぁ仕方ない。

けど着任の挨拶は朝礼でやったんだけどなぁ……意外とみんなちゃんと聞いてないもんだな。

分かる。自分もそーだった。

 

「どうぞ」

 

「失礼します」

 

カラカラと引き戸を開けて入ってきたのは赤茶色の髪をふわっとしたツインテールにし、赤と緑の耳カバーをつけた学生、ナイスネイチャです。

……おおお、生ネイチャ! マジネイチャ!!

チームカノープスの姉orおかん的存在、かつ地元商店街イチのアイドルウマ娘。

競走馬に詳しくない自分でも聞こえるくらいに、なんかの寄付でウン千万集まったエピソードで有名でした。

 

うむ、可愛い。なんかこっち見て固まっちゃってるけど。

どうしたんかな? なんか自分の顔、変なの付いてる? さっきおやつにつまんだ芋けんぴでも髪に付いてたかしら?

 

「どうか、した?」

 

うっかり思いのままに口にしてしまった場合、ベラベラといらんことまで言いそうなので気をつけながらネイチャに声をかけます。

うーん、今の保健室に来る用事なんて具合悪くて休みに来たか備品を貰いに来たかのどっちかくらいだろうし、見る限りナイスネイチャの調子が悪そうには見えないから多分後者かな。マチカネタンホイザちゃんがまた鼻血でも出しちゃったかしら。もしくはツインターボちゃんが転んでひざ擦りむいたとか。うーんどっちもありそう。

 

「絆創膏が、欲しいなら、そこの引き出しに。名前と個数を、その紙に書いて、ね」

 

物品の動きはちゃんとログ残しとかないと後で学園に追加申請するときめんどいからね。下手すりゃ盗難すら疑われたりもしますんでそこんとこはキッチリやりますよ。

 

「あ、いえ。国語の〇〇先生から頼まれて、これ渡しに来ました」

 

そういってナイスネイチャが差し出したのは一冊の紙束。表紙には会議資料と書かれてるし、まぁ直近の会議の何かしらでしょう。

てかSNSとかでデータで送ればいいのに。

 

「ん、ありがと、ナイスネイチャ、さん」

 

耳をピンと立て、驚きに目を見開くナイスネイチャ。

……あ、やべ。そら初対面なのに名前知られてたら驚くに決まってるわ。

ど、どうしよう。言い訳考えなきゃ。『アニメで見てました』なんて言えんし言ったら確実に変人扱いだ。

 

「……一応、ここの生徒は、一通り覚えた。

 初めまして。今月から、ここで、お世話になる、養護教諭の、メルテッドスノウ。

 今後も、よろしく、ね」

 

実際には全員とか無理だけど、ここはハッタリかましておくことにしました。

わたくしが知ってるのはせいぜい主要キャラ、あとはゲームでレースに出てくるモブっ娘を少しくらいである。辻褄合わせるために後で本当に覚えておこう、出来るだけ。

 

にしても、この学園来てから人と会話する機会増えたなわたくし。今までは独り身だし勉強もだいたいオンラインで済ませてたからあんまり会話してなかったんだけども。己の喋りの拙さが際立つ際立つ。まぁおかげでボロは出しづらくなってるからプラマイゼロってところかしら。

 

「ごめんね、肺が弱くて、あまり喋るの、上手くなくて。聞きにくくて、ごめんね」

 

一言断りは入れておこう。実際無駄に句読点多いのは自覚してるし。

なんか両手をパタパタさせてあわあわしながら謝ってくる。可愛い。

ついでにここの窓からグラウンド見てたから知ってたとでも言い訳を補足しとこう。見てたのは事実だし。

トレーナーは勿論、ここの職員はみんなウマ娘の為になるべく働いている。自分の出来る仕事で、精一杯サポートすることを誇りとしているプロフェッショナル達でございます。

当然わたくしもその一員となったわけで、滅私奉公することになんの異存もございません。いつ緊急事態が起きても即応できるよう、グラウンドの照明が落ちるまでこの部屋で待機している次第です。

なのでこの部屋からグラウンドを走るウマ娘を眺めるのは仕事の内と言える。夢のような仕事だなこりゃ。

ネイチャさんはここ最近は毎日と言っていいくらい見かけていた。

結構鬼気迫る表情で延々と走り込んでたのを覚えている。

アニメでも確か1着にはなれてない子だった気がする。

まぁ、だから勝つために一生懸命なんだろうなー青春してんなーと思ってそう言うと、

 

「……あたし、そんな強くないんで、人より多く練習しないといけないんで」

 

なんか笑顔が強張った。……あれ、地雷踏んじゃったわたくし? また何かやっちゃいました?

ぁー……よっしゃ、ここは一つ人生経験多めの元おっちゃんに任せんしゃい。

悩み事なんてのはまず誰かに話すことで半分くらい解決できるものです。

文章に落とし込むことで自分の中で整理できるからね。よく分からないで悩むより、理解した上で悩むほうが建設的なのだ。

で、わたくしはその半分にだけ関わってあげればいい。あくまで解決の糸口になれればいいのです。

軽く拒否られましたが、ここは多少強引にでも話してもらいましょう。うんうん、分かるよ。あんまり知らない人にいきなり悩み事相談するなんて気恥ずかしいよね。けど知り合いに話すよりまだ楽よ? さぁ観念してキリキリ吐いておしまいなさい。

 

とりあえずなんか飲み物出しましょか。

移動が不便なこの身体、ならば移動せずにだいたいの事が出来るように環境を整えるのは必須です。元々インドアタイプの気性でもあったし、手の届く範囲に全てを用意するのはお手の物。前世でも自分の部屋は8畳ありましたが、基本活動圏は半径85cm以内に収めておりました。この手ーのーとーどく距離ー♪ ってね。

幸いにもここ保健室の備品として設置されていたオフィスデスクは両側に3段ずつ、中央に1つの引き出しが付いておりましたので、仕事に関する書類の中で利用頻度が低いものや何かしらの器具などは少し離れた戸棚に、頻度の高い書類だけを引き出しに収めた結果、半分ほど空きが出来た状態。なのでそちらは寛ぎグッズ、主にコーヒーブレイク用品入れとさせてもらっておりまする。

引き出し群からカップ、紅茶、茶請けのお菓子を取り出し手早く準備。机の隣にはウォーターサーバーも置かせてもらいました。冷水もお湯もすぐ出せて便利なのよねこれ。忙しいときにお昼をカップラーメンにしたりする時も。

 

こういう場での口にする物って意外と侮れないアイテムだったりするんですよ。さっき悩み事は誰かに話せば半分解決みたいなこと言いましたが、誰かに話すためには文節を組み立てる必要があります。そして組み立てるためには考えなきゃいけません。考えてすぐ出てくればいいのですが、長考することだってもちろんあります。けど人によってはその長考することさえ『すぐ言葉が出ないってことは、自分は普段からあまり考えてないと相手に思われているんじゃないだろうか』ってプレッシャーを感じてしまい、そのまま委縮して話せなくなってしまうこともあるのです。糸口を掴むこと自体が困難になってしまうんですよね。

そこで何かを食べる、飲むことで多少沈黙してても仕方ない状況を用意しておくことで、プレッシャーを緩和して話しやすくする、というわけです。あと単純にお腹にモノ入れると落ち着きますし。

まぁこれはあくまで自分の経験則なので当てはまらないケースも稀によくあるのですががが。

 

なーんて考えてるうちに紅茶も出来上がったのでネイチャさんに渡します。

あ、熱いんで気をつけてくださいね。

うっかり舌を火傷してしまうドジっ子ネイチャさんもそれはそれで尊みを感じますけども。

あっあっ、ふーふーしてるネイチャさん可愛いヤバい。

 

「……あたし、ここのところレースで勝ててないんです。去年の菊花賞前まで連勝してたのはただ単に運がよかっただけなんじゃないかってくらいに」

 

ぉ、話し始めてくれました。

要約すると『頑張っても成果が出ない。もっと頑張りたいけど頑張り方が分からない』てとこでしょうか。

にしても、去年の菊花賞、ね……あのネイチャさん屈指の名シーンがあったの去年か……生で見たかったなぁ……まぁテレビでは見たんですけども。

にしても話聞く限り、これちょっと軽く鬱発症しかけてませんかね?

真面目で思い悩む子ほど鬱になりやすいですからね。ネイチャさんは表向きこそ気にしない体を保ちますが、内実は超ド真面目ちゃんですからね、仕方ないね。

そしてわたくしはトレーナーではないので、限界まで鍛錬を積んでる相手に対してそれ以上の鍛錬法を、なんて問われても分かるはずがありません。それに関しては是非トレーナーさんにご相談ください。なので養護教諭のわたくしが言えるのはもちろんこれだけです。

 

「じゃあ、頑張らなくて、いいんじゃ、ないかな」

 

「……え」

 

「十分、頑張ってるのに、それ以上は、よくない」

 

わたくしに出来るのは、傷の手当と心のケアくらい。体側はちゃんと手順を守れば治すのは難しくありませんが、心側は手順とか無いです。ケースバイケースです。とはいえ、鬱の相手にやっちゃいけないことは割と広く知られています。それが『頑張れと言ってはいけない』ですね。まぁこれも厳密に言えば使いどころが難しいだけで絶対言ってはいけない訳では無いんですが。

 

「けど……けどっ……これだけ頑張っても駄目だったのに、あたしみたいな平凡ウマ娘が勝つためには、これ以上頑張る以外に、分かんなくて……!」

 

カップを持ったまま俯いてしまうネイチャ。

こりゃー大分追い詰められてますね。なまじ責任感も強いから余計に自分を追い込んじゃうんだろうなぁ。

 

「そうだね。頑張って、勝てないのは、つらいね」

 

「……はい」

 

こういう時に必要なのは、解決策ではなく共感すること。

何度も言うようにわたくしはトレーナーではございませんので、この場合の解決策、すなわち『レースに勝つ方法』なんてものはそもそも用意出来ないわけでして。

あなたが大変なのを私も知ってるよ。そうアピールすることでまず孤独感を和らげます。

あとはそうですね……どうして勝ちたいのか、勝つことで何が得られて、それを得ることで何を感じたいのかを突き詰めて、大元の感情を自覚する手伝いでもしておきましょう。

何故、を繰り返し問いかけることで、より深くに隠された本音を引き出します。

 

「……彼女は、あたしの憧れだから。彼女に勝って、彼女を超える。そしたら、少しはあたしも彼女みたいにキラキラできるんじゃないか、って思うから」

 

はい頂きましたー! 『キラキラしたい』、これが彼女の根源であり全てでしょう。

原作知識として知ってはいましたが、それをわたくしの口から教えたところで無意味です。ちゃんと自分で考えて、捻り出して、辿り着いた答えだからこそ意味があるのです。

そしてそれを第三者に明確な言葉で伝えることで、彼女の中でキラキラに対する解像度が僅かに上がります。実現したい夢は口にしてナンボです。

ここまで来れば後はわたくし以外にも味方は沢山いることを自覚してもらって、自己肯定感を少し上げてもらえれば彼女は持ち直すことが出来るでしょう。

 

ダメ押しに彼女の手を握りながら全肯定です。

適度な人の温もりは安心感を与えるのに最適です。

……うへへ、ネイチャさんのおててやーらか、おっと心の声が。

 

「みんな、ナイスネイチャ、さんのこと、見てる。確かに、努力が、実を結ぶ、とは限らない。けど、あなたの、努力は、間違いなく、あなたを、輝かせてる。あなたの、目的に、確実な、一歩を、刻んでる」

 

しっかりと彼女の顔を見ながら話します。

……彼女はもう大丈夫そうですね。

 

根本的解決になってない?

そうですよ?

 

悩んで苦しんで、尚もそれに抗って突き進む姿勢は、たとえ結果が伴わなくとも必ずその人の糧となり、将来の手助けをしてくれると思ってます。なので悩みなどは悩んで悩んで最後まで悩み抜いて、解決出来るにせよ、出来ないにせよ自分で落としどころを見つけてほしいと願っています。

勿論、そんなまだるっこしいことは要らん、結果が全てだ! という人もいるでしょうし、それを否定する気はありません。

ただ、私は過程こそを重視しているだけでございます。なので本当に本人にはどうしようもないことでない限りはほんのり関わる程度に留めます。

命短し悩めよ乙女、なのです。

 

いやぁそれにしても喋った喋った。

こんな長く会話したのは久しぶりで、実に有意義な時間を過ごせました。ほんとありがとうネイチャさん。相談も勿論受けますが、何も無くてもダベりに来て下さい。待機はマジ暇なんで。

 

「ぷふっ、何ですかそれ」

 

お、良い笑顔。尊い。

表情から険が取れたネイチャさんを送り出し、かなりの久々だった長めの会話に思わず言葉が漏れます。

 

「……ふぅ、しゃべり、すぎた」

 

……ドアの向こうで「くふっ」とか聞こえた。

やべ、聞かれちった。恥ずい。

 




■雑記(2022/11/28)
クリスマスウオッカ&ダスカが来ましたね。
普段のツインテールも良いものですが、髪を下したダスカも素晴らしいです。
ウオッカは二つ名の「アクア・ウイタエ」(ラテン語で命の水、つまり酒)
が、どうしても某サーカスを思い出してしまうので、目の色が銀色になって人形繰りし始めないかとてもとても心配です。
とりあえずなけなしの石を搔き集めて10連だけ回したら、来てくれました。
水着ゴルシ様が。あれ?


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Case03:養護教諭とタマモクロスたち

主人公視点。

まったり日常回。
日常回ってむずかしいのね


「オグリ! 自分少しペース落としぃや! センセやクリークが食う分のうなってまうやろ!」

 

「む、すまない。だが、タマの作るたこ焼きは美味しくて、気が付くといつの間にか食べてしまっているんだ」

 

「ちっ、しゃーないやっちゃな……クリーク! 確かちっこいたこ焼き器もう1枚どっかにあったやろ、探してきてくれ。必殺の鉄板二刀流でペース上げるで! 浪速の根性見せたるわ!」

 

「はーい、分かりましたタマちゃん」

 

「ならば私もペースを……」

 

「オグリは上げんなああああああ!!」

 

はい、こちら現場のメルテッドスノウちゃんです!

というわけでして、わたくしは現在、栗東寮の共同キッチンにお邪魔して、オグリキャップ、スーパークリークと共に、タマモクロスのたこ焼きパーティー、略してたこパを満喫している真っ最中でございます。

やっべぇわ、本場のふわふわたこ焼きうっめぇわ……とろけるわ……。

 

さて、何でこんなことになっているかと申しますと、遡ること約2時間ほど前。

いつものように保健室からグラウンド眺めて『はぁ……ウマ娘ちゃん様達の懸命に走る姿、萌えるわぁ……』と思いながら砂糖乳製品不使用の黒い液体、端的に言えばブラックコーヒーを啜っていたところに。

 

ドバーン!!

 

とまぁ、豪快に扉を開けて入ってきたジャージ姿のウマ娘。芦毛のロング、菱形を連ねたデザインのヘアバンド。怪物オグリンことオグリキャップです。鬼気迫る表情で、顔色も少し血の気が引いてます。

 

「すまない、急患だ」

 

よく見ると背中に誰かを背負ってます。

そのまま速足でこちらに歩み寄って来るオグリン。

うひょおぁ生オグリンが目の前にぃーーー!? と激しく浮かれたい所ですが、さすがにそんなことをやってる場合ではありません。

 

「分かった。ベッドに寝かせて」

 

そう短く指示すると、オグリンは言う通りに背中の子を寝かせます。

オグリンより大分背の低い、こちらもジャージ姿の芦毛ロングヘア。赤い耳カバーに青いポンポン。そして赤と青のツートンカラーで彩られたヘアバンド&左右の髪飾り。

これは……この娘は、タマモクロス!

白い稲妻、家族思いの浪速のド根性娘タマモクロス!!

そして、前世のわたくし最推しであるタマモクロスが! 今! 私の! 眼前にいいいぃぃぃ!!!

本来なら総勢108名の脳内スノウちゃんズがド派手な衣装でサンバカーニバル開催待ったなしですが、今は状況が状況です。カーニバルは延期してもらいます。中止にはしません。

タマモっちはベッドの上で短く呼吸をしていますが意識はあるようです。

わたくしはとりあえず手首で脈を取り、手のひらを額に当てて熱を確認します。

……ふむ、脈拍正常、熱も高くは無い。目立った外傷……無い。そして……。

とりあえず確認した限りでは、急を要する事態では無いっぽいかな?

 

「オグリ……せやから大げさやって……ちぃとばかし眩暈がしただけやんか」

 

「何を言っている、倒れかけたんだぞ、ランニング中に」

 

タマモっちの呼吸が徐々に落ち着いてきています。

なるほど、ランニングしてたから呼吸がちょっと荒かったのか。

にしても、バイタルに目立った異常無し、にも関わらず、倒れかける程度の眩暈って何が……

あ、そういやアプリ版のタマモっちって確か。

 

「確認。あなた、今日のお昼、何食べた?」

 

そう聞いてみると、タマモっちは『げっ』と言いそうな表情で固まる。

 

「タマは今日、日替わり定食を食べていた。……半分も食べていなかったが」

 

タマモっちの代わりにオグリンが答える。これは確定か。

 

「栄養不足。お昼どころか、ここ最近、あまり食べてない。違う?」

 

訪ねてみると、タマモっちは無言で先程の表情のままギギギィっとこちらから顔を逸らす。これは少なくとも8割方当たってるとみていいな。

昨日今日でご飯を減らした程度じゃ倒れる程の症状には至らない。数日は続いているとみていいかなーこれは。

 

「彼女の、トレーナーには、連絡した?」

 

オグリンにそう尋ねてみたが、彼女は耳をぺたーんとさせて首を振る。

 

「彼女のトレーナーは、他の担当している子のレースに付き添ってて先週からいないんだ。連絡はしたが、帰ってくるのは3日後らしい」

 

と悲しそうに答えた。

 

「理解した。とりあえず、あなたは……えっと、タマさん?」

 

以前、ネイチャのこといきなりフルネームで呼んじゃって失敗しましたからね、今回はちゃんと初対面の体を保ちますよー。私は学習できるウマ娘なのです。えへん。

 

「あぁすんません。ウチはタマモクロス言います。こっちはオグリキャップ」

 

「わたしは、養護教諭の、メルテッドスノウ。肺が弱くて、こんな話し方、だけど、気にしないで」

 

お互い軽く自己紹介します。まぁ私の方は本当は知ってるんですけど。最推しですけど。

 

「迷惑かけたな、センセ。ウチはもう平気やからぼちぼち」

 

そう言って起き上がろうとするタマモっち。はいステイ。わたくしはそれを片手で制します。

 

「タマモクロス、さん。とりあえず、このまま少し、横になって、休んで」

 

症状が軽いとはいえ眩暈起こしてるんだから急に起き上がるのは許しません。今回は原因が分かってるので大丈夫とは思いますが、しばらく横になって治らないようであれば他の原因も考えられます。下手すると病院行くレベルの可能性もありますので。

 

「や、ウチはもう……」

 

「平気じゃ、ない。寝ながらで、いいから、これ食べてて」

 

そう言いながら、わたくしは机の引き出しからお気に入りのお店のにんじんクッキーを一袋、タマモっちに渡します。何はともあれ腹に何か入れなさい。

さてと。それじゃタマモっちに餌付けしてる間に。

 

「オグリキャップ、さん。一応あなたの、脈と、体温も、確認させて」

 

「私は至って平気だ。今日もお昼ご飯をたくさん食べた」

 

まぁ自分も何もないだろうと思っている。思っているが。

 

「本当に、念のため、だから。たまに、怪我人連れて、興奮して、自分の怪我を、忘れる人も、いるから。大丈夫だと、いうことを、確認させて」

 

いやまぁマジでたまにあるんすよ。

アドレナリン出ちゃってるんでしょうね。血ぃ流してる人を担いで来た元気な人が、実は骨折れてましたーとか、全く無い事例じゃないんです。前世知識ですけど。

なので基本的にここ保健室を訪れる人の簡単なバイタルは全員測っておくことにしました。

もちろん脈と熱なんぞ測ってもそれで怪我が分かる訳はないですが、一呼吸入れて落ち着いてもらうことで体の違和感があった場合に気付きやすくなってもらうことが主目的です。

べっ、別に『こうすれば合法的にウマ娘ちゃん様達のお手々とお顔に触れることが出来るぜぐへへ』なんて全ぜ……す、少しくらいしか考えてないんだからねっ!

 

「そういうことなら……分かった」

 

というわけで、私目線まで屈んでもらったオグリンの手首と額に触れる。

うひょおおおおう、オグリンのお手々すーべすべだー。指も長いしかっこよき。堪能堪能。さてさてバイタルの方はーっと。

ふむ……ふむ? ふむ……まぁ、大丈夫か。

 

「うん、大丈夫。ありがとう」

 

とりあえずバイタルに異常は無かったのでヨシ!

どれ、タマモっちとオグリンに何か飲み物でも出すかと思った矢先。

 

「タマちゃんが倒れたって本当ですかっ!?」

 

先程から開けたまんまだった扉から誰かが大声で訪れる。

艶やかな鹿毛の超ロングヘアを後ろで一房に編み込み、青いリボンをつけたグラマラス美人が血相を変え、息を切らして入ってきた。

そうよね、オグリ、タマモと来たらこの方もいらっしゃいますよね。

ママの中のママ、スーパークリークさん。

ふむ、んーと……とりあえず。

 

「バイタル、測ろっか」

 

「え?」

 


 

「じゃあ、怪我とかじゃないんですね」

 

「ああ、すまんかったなクリーク、変な心配させて」

 

「もう、本当にそうですよ。ちゃんとご飯は食べなきゃメッ、なんですからね」

 

「そうだぞ、ご飯は大事だぞ、タマ」

 

「なんやオグリが言うと説得力あるな」

 

流れでそのままクリークのバイタルも測ったその後。

背中部分のリクライニングを少し起こした状態のベッドの上でポリポリとクッキーをつまむタマモっちを囲むように、わたくし、オグリ、クリークが周りに座ってます。

あーちょっとずつクッキー齧るタマモっち超可愛ええええええやべえええええ何これ何これ何でこんな生き物がいるのこんなの無料で観覧させてもらっていいの養護教諭やってて良かった生きてて良かった三女神様に大感謝ーーー!

ちなみにオグリンがクッキーを物欲しそうに見ていたので、業務用のポテチ1kg袋を与えている。3分と持たなかったが。

 

「なにはともあれ、タマモクロス、さんは、ご飯を食べなきゃ、いけない。あなたたちは、アスリート。エネルギー消費は、一般ウマ娘の、比じゃない」

 

脳汁垂れ流すのは程々にしておいて、ちゃんとお仕事しませんとね。オグリンやスペちゃんの胃袋が常軌を逸しているのは置いとくとして、それでも長距離を尋常でないスピードで駆けるウマ娘なんですからエネルギーはしっかりたっぷり補給しないといけません。

 

「それは分かってんねんけどな、ここ最近何でか食われへんねん。……なんやトレセン学園入りたての頃思い出すなぁ。あん時もよう食えんかった。トレーナーに直されて、もう平気やー思てたんやけど……」

 

タマモクロスは飢えることで強くなる。食への飢餓すら勝利への渇望に変換して走るウマ娘です。また、実家の弟妹たちを食べさせるために自分の食べる分を減らしていたという描写がアプリ版にはありました。そのため小食どころかやや拒食症気味だった気もします。

ところが、逆にアニメ版では大食い大会に出場したり、オグリンの応援行ったときに大盛り焼きそばを食べたりしてボテ腹を晒すこともありました。

このことから、恐らくタマモっちは表面上は大阪のおばちゃんばりのパワフルさを見せていますが、その内面はおっそろしく神経質でナイーブなんでしょう。故に、ちょっとした環境の変化が食欲減衰に直結してしまう。今回もトレーナーの不在でどこかに不安を覚えてしまったが為に起こってしまったと考えるのが自然な気がします。

すなわち、タマモっちの食欲は精神面を向上させれば回復する。

さて、前世知識に何かヒントは無かったかなー。そう言えば屋台のイカ焼きが好きだったよな、サポカもあったし。けど屋台は今日出店してるかどうかが分からんから賭けだよなぁ……あ、じゃあアレなら。

 

「トレーナーが、戻れば、ちゃんとした、対策は、取ってくれる、はず。まずは今を、何とかしよう。そこで、1つ案がある」

 

「え、何とかなる方法があるんか!? ウチは何したらええんや?」

 

「れっつ、たこパ」

 

「へ?」

 

ちゃんと白米も用意しないとね。

 


 

てなわけで、タマモっちに飯を食わせるべくたこパを催したという訳です。

まぁ食欲改善が理由の9割で、1割くらいは自分がタマモっちのたこ焼きを食ってみたかった、てのがありますが。

関西のご家庭には一家に一台、必ずたこ焼き器があるらしいです。そちら出身の人に聞くと98%の確率で『そんなわけないじゃん(笑) うちにはあるけど』と返されるらしいです。

鉄板ネタなんですかね、たこ焼き器だけに!(ドヤァ)

……こほん。まぁそんなわけで恐らく家庭の味に近ければ食べやすいんじゃないかと愚考した上でタマモっちにたこ焼き作ってもらってるんですが、いやぁ手つきが鮮やか鮮やか。まるでたこ焼きが自分から勝手に丸くなっていくようにも見えます。

何ですかその鉄板二刀流って技。左右の手が全く別の動きしてるのにそれぞれが鉄板1枚の時とスピード変わんないんだけど。すげ。こわ。

 

「というか、タマモクロス、さん、焼いてばかりで、食べてない」

 

うん、そんな感じでまぁすごいんだけど両手塞がってるしひっきりなしに焼き続けてるから食べる暇なんて無いよね。分かってた。

 

「ん? あぁウチはええねん。気にせんと食うてくれ」

 

「そういうわけには、いかない。これは、タマモクロス、さんに、食べてもらう、ための催し。それに、みんなで食べる、のが大事」

 

うん、多分そう答えるだろうなーってのも分かってた。

けどねタマモっち。あんたが食わなきゃ意味が無い。

みんなで食べるご飯はおいしーぞー?

 

「とは言っても、タマちゃんの手を止めさせるわけにもいきませんね。オグリちゃんまだまだ余裕そうですし……」

 

「上手に、焼けるのが、タマモクロス、さんしか、いないのが、問題だった。うっかり」

 

それに関しては全くもってクリークの言う通りでマジで失念してた。ちょっと考えれば分かることだったはずなのに。自分のたこ焼き食べたい願望が先行しすぎたようです。おかげで焼き手を代わってあげることが出来ない。

や、わたくしやクリークも焼くだけなら出来るんですよ。けどタマモっちが作るみたいにふわっふわにならない。なんかずっしりみっちりしちゃうんですよねぇ……おかしいな、使ってる材料は同じなのに。まぁこれが技術の差というやつなのでしょう。

 

「うん、困ったな」

 

「原因は自分やって分かってるかオグリ?」

 

君はもうちょっと遠慮という言葉を覚えてくださいごめんなさいやっぱり覚えなくていいですオグリンはオグリンのままでいて下さいいっぱい食べる君が好きいぃぃ。

タマモっちは焼き手を離れられない。でも食べさせたい。ならば。

 

「要は、焼きながらも、食べられれば、いい。ならば、こうするまで。はい、あーん」

 

「!!!」

 

クリークが『その手があったか!』って顔しております。

そう、食べさせてあげれば良いのです。火傷しないように入念にふーふー冷まして、タマモっちの顔の前に持っていきます。

あ、タマモっち動揺してる。かーわいーい(賢さG)

 

「っちょ、センセ、それはさすがに」

 

「あーん」

 

「いやだから」

 

「あーん」

 

「ぁー、その、ぅー……」

 

もう一押し。食らえ必殺の『小首を傾げての上目遣い』!!!

 

「わたしから、もらうのは、嫌?」

 

「……ぁあああぁぁぁもう! ……あー!」

 

よし落ちた(にやり)。

自分の見た目が良いのは自覚してるので最大限に利用します(ゲスい)。

タマモっちもヤケになったのか、手を止めないまま大きくお口を開けてくれます。

そのままぽいっとたこ焼きを放り込みます。ちょーえきさいてぃんー。

 

「んぐ……ん、うま。さすがウチや。……おおきにな、センセ」

 

ちょっと尻尾揺れてます。萌え。

なんやかんやでこの娘っこも素直なんですよね。尊い。

用意した白米がタマモっちのこのセリフだけで食えます。

 

「せせせ先生、ずるいです! 私もタマちゃんにあーんしたいです!」

 

ちょっと掛かり気味のクリーク。あれ、ママスイッチ入っちゃった?

まぁ、折角なんでこのままタマモっちのお世話係は任せちゃいましょう。

 

「ん。してあげて」

 

「はーい! ささタマちゃん、いっぱい食べましょうね~、あーん♪」

 

「ちょっ、クリーク、やめぇ……むぐぅ」

 

小さな子ども扱いされているのを言葉尻から理解し拒絶しようとするタマモっちと、お構いなしに口の中にたこ焼きを運ぶクリーク。

すげぇ、有無を言わせず絶妙なタイミングで食べさせている。

これが、圧倒的ママ力(ぢから)か……つよい(つよい)

 

「いいな。私もタマにあーんしたい。ほら、あーん」

 

「むがっ!? おぐい、あがん……」

 

わたくしやクリークが食べさせているのを見て羨ましくなったのだろう、オグリンもタマモっちへの餌付けにかかる。

すげぇ、有無を言わせず力尽くで強引に、ハイスピードで突っ込んでる。

これが、芦毛の怪物か……つよい(つよい)

 

「もっとか? いいぞ、食べてくれタマ」

 

「もがむがっ!」

 

つよいのは分かったので手加減してあげてほしい。

口からたこ焼きがあふれてしまう。それ以上いけない。色んな意味で。

 

「オグリキャップ、さん、詰め過ぎ。それじゃ、飲み込めない」

 

「た、タマちゃん!? お水お水!」

 

クリークが慌ててコップに水を注いでタマモっちに渡します。

もがもがしながらもそれを受け取り勢いよく口の中に流し込む。

吐いたりするのは彼女の染み付いた貧乏性が許さないのでしょう。ほっぺパンパンにさせて必死にもぐもぐするタマモっちがぷりちーすぎる。

 

「んぐっ、んぐっ、んぐっ……ぷはあーーーっ……ってころす気かオグリぃーーー!!」

 

タマモっちのお怒りはごもっともだと思います。

だからオグリン、怒られてる間くらいはその食べる手を止めなさい。

 


 

「ウインナー美味しいな。にんじんも美味しい」

 

「合うものなんですねぇ、ブロッコリーも」

 

「これは……キムチ? 意外だけど、おいしい」

 

「もぐ……ぉ、ちくわや。昔たこ買えん時よう入れたなこれ」

 

途中で具のたこが切れ、それを宣言したときにオグリンがこの世の終わりのような顔をしたが、タマモっちの機転により冷蔵庫からありったけの食材集めて適当にぶち込んでみたら意外や意外、たいがい美味しい。というか最後サラッとタマモっちが悲しいこと言ってら。

 

「ちぃと邪道やねんけど、たこ以外入れても割と美味いんや。これを『たこ焼き』言うんかは微妙なとこやけどな。よう家でもやっとったわ、はは」

 

実家暮らしの時のことを思い出しているのでしょう、遠い目をして微笑むタマモっち。うわぁ神スチル頂いてしまった眩しい。SSR確定ですねしっかり脳内スクショに保存しなければ。

 

色々試してたらさすがにみんなの食べるペースも落ち着いてきたので、最後にチョコを入れたデザートたこ焼きでパーティーを締めました。

 

「ぷはー、食うた食うた。なんやかんやで結構食うたな」

 

「良かった。タマが食べてくれて本当に良かった」

 

「ですね。ありがとうございました、スノウ先生」

 

軽く食休みした後、職員寮まで戻らなければならないわたくしは3人に栗東寮の入口で見送りを受ける。送って行こうかとも言われたが、学園施設内なので危険も無いだろうと思って丁重にお断りした。

 

「私は、ご相伴にあずかった、だけ。こちらこそ、ありがとう」

 

「なんや家で飯食うてる時のこと思い出したわ……おかげで今日はよう食えた気ぃする。ほんまおおきにな、センセ」

 

結果的にタマモっちはすげー食ってくれた。主に後半戦で。

具材の適当っぷりが実家感強くて良かったのかも知れない。

まぁ、ボテ腹晒しているオグリンには叶わないが。あいつ全体の8割食った上に白米も3升平らげてるんだぜ……怪物め。

 

「ん。またやる時は、呼んで。タマモクロス、さんの、たこ焼き、ファンになった」

 

「だっはっはー、たこ焼きだけやのうてウチ自身のファンになってくれてもええねんで? なんてな。ほな、センセ……あ、せや。ウチのことはタマモでええで。同じ釜の飯食うた仲やろ」

 

生まれる前からファンです!(事実)

そしてタマモっちが愛称呼びを許してくれたので、わたくしは先程まで延期していた脳内サンバカーニバルをスノウちゃんズ増し増しで満を持して開催し、終始上機嫌のまま寮に戻った。パッションが抑えきれず何度か『オーレッ!』とか呟いてしまった。誰ともすれ違わなかったのでセーフだとは思いたい。

ちなみに嬉しすぎて一睡も出来ず、翌日には真っ赤に充血した水色の瞳から『スノウ先生の目怖っ』と呼ばれることになってしまったことを追記しておく。

だってマジ嬉しかったんだもの。

 

にしても、腹と、喉かー。脚なら何とでも出来るとは思ってたんだけどなーまあ仕方ないなー。うん、仕方ない。




■雑記(2022/12/03)
まさかCase01のネイチャさん独白、
『ターボの問いに答えつつ、とりあえずは目の前の日替わりランチを胃の中に納めてしまうことにした。しっかり食べないと動けなくなっちゃうからね。』
が伏線だったとは誰も思うまい。
ぶっちゃけ私も思わなかった。無意識って怖い。

■寮って学生以外入っていいの?
アプリ版では男女共に関係者以外立入禁止、アニメ版は男子禁制みたいな感じでしたが、それなりに理由があれば許可は下りるものだと思っています。フジキセキ寮長、なんやかんやで優しいから多少は目を瞑っていただけそうだな、と。

■タマのトレーナー出張中
このSSは一応アニメ版をベースに考えてるのですが、そもそも彼女にトレーナーがいるかも分かりませんし、チームを組んでるかも謎です。完全に捏造です。彼女らの描写がだいぶ少な目ですので致し方なく。多分今後もアプリ設定で補完したり捏造したりあります。ご留意ください。

■あれ、イナリは?
ネットで調べたところ、イナリワンだけ美浦寮とのことでしたので今回はご遠慮いただきました。てかこいつら4人揃うと収集着かなくなりそうで。


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Case04:養護教諭とハルウララ

主人公視点&ちょっとキング視点。

次の話なににしよっかなーとか考えてたら脳内ウララが「わたしのお話書いて―」って言って5分でプロット用意してくれた。やはりウララは天使。


徐々に陽も延びて太陽は未だ高い位置におり、まだ今日という日が終わる影すら見せていない。雲は少なく、遙か上空にたなびく一本の飛行機雲が、後ろに伸びるに連れて淡く歪みながらも空を二分割している。学園至るところに溢れる緑も若葉色から新緑へと移り変わり、遠くない夏の訪れを告げてくれる。

どうも皆さん、いかがお過ごしですか。メルテッドスノウです。

 

あ? 今『スノウちゃんらしくないぞどうした悪いもん食ったか?』とか思った人、挙手。正直にね、怒らないから。

だって仕方ないじゃない! 衣替えですよ!? 夏服ですよ!? 薄着ですよ!!?

こんなの正気を保つの大変に決まってるじゃないですか!!!

ただでさえ普段からウマ娘ちゃん様達の素敵なお姿を無料で拝謁させて頂いているのに、その上更に肌色割合が増えてるんです。常日頃から冷静になる努力をしてないと、車椅子のままブレイクダンスしてステージをどっかんどっかん沸かせてしまうかも知れません。もちろん沸いてるギャラリーは全員スノウちゃんズです。

 

服装にあまり代わり映えのないわたくしも、さすがにこの時期に長袖の白衣はあっついですので、袖を何度か折って五分丈くらいにしております。

上着は相変わらずのワイシャツ、下はゆったりめのワイドパンツとサンダルが私の通年のデフォスタイルですね。上は寒くなればもう少し羽織ったりして変化するとは思いますが、下はなー、スカート慣れないんですよね中々。風通し良すぎて不安になっちゃう。履きやすいとは思うんですけどね。

 

そんなちょっと汗ばむような時期にも関わらず、未だにホットでブラックコーヒー飲んでるわたくしです。

一応、氷枕とかスポドリ類冷やしておく為に冷蔵庫も置かせてもらったのでアイスコーヒーも作れなくはないんですが、まだもうちょっとあったかいのを堪能したい気分なのです。明日になったら『こんな暑いのにホットなんぞ飲めるかー!』とか言うかも知れませんけど。

コーヒーはインスタントのやつはあまり好みではないです。ちょっと酸味が強めなのが多いのでそのまま飲むのは……砂糖ミルク入れれば嫌いじゃないですが。ブラックで飲むならドリップバッグのやつが個人的にはバランス良くて好きですね、味と値段の。

というわけで、いつもはコスパ重視で某大手メーカーのを飲んでますが、今日はほんのちょっぴり奮発してス〇バのやつを飲んでみてます。うん、美味しいかも。あんまり詳しいことは分からないけど薫りがいい気がする。まだ慣れてないのでいつものやつの方が好きではありますが。

 

「スノウ先生ー! こんにちはー!」

 

そんなこんなで優雅なコーヒーブレイクを楽しんでいたところ、ガラッと勢い良く戸を開けて元気な声が入ってきた。

小柄な体躯、桜色の髪をポニーテール。臙脂色の耳カバーと鉢巻を付け、その瞳に桜花を咲かせ続ける少女……そう、皆さんお待ちかねぇ! ハルウララの登場だぁ!!

 

「はい、こんにちは、ウララさん」

 

「先生、また擦り剥いちゃったから絆創膏くーださい!」

 

彼女はウチの太客です。2、3日に一度はこうやって絆創膏を求めてここへやって来ます。代わりに溢れんばかりの笑顔と元気を見せ、私の尊み成分を満たしてくれます。ハイオク満タン現金払いです。

絆創膏は入口近くの棚にしまってあり普段は必要な人には横に置いてある記入用紙に必要数を書いて持ってってもらってるのですが、彼女だけは利用頻度が高いので例のチェックも行うついでにわたくし自ら処置しています。そのために机の上に100均で買った小さな救急箱、通称『ウララ箱』も用意したりしました。中身は10割絆創膏の特別仕様です。

 

さてさて、それではお仕事モード発動です。

わたくしはウララんに隣の椅子に座ってもらい、擦り剥いた箇所を見せてもらいます。今日は肘ですね。可動部なので粘着性・伸縮性の高いやつ使いましょう。

 

「傷口は、水で洗った?」

 

「うん! 先生の言う通りに水で流したよ」

 

なら良し。では自分のお手々をアルコールで殺菌してから、絆創膏をぺたり。はい処置完了。

 

え、簡単すぎるって? 消毒はしないのかって? ちっちっち。医療技術及び論理も日々アップデートされているのです。傷口って消毒しない方が良いらしいんですよね。

傷口を消毒すると染みるでしょう? 痛いでしょう? あれって体内の常在菌、つまり身体を正常に戻そうとしてくれる菌も一緒に殺しちゃってるらしいんですよね。なので殺菌すると却って悪い菌が侵入しやすくなってしまうらしいのです。

傷口自体も今までは乾かしてかさぶたを作らせる乾式療法が主流でしたが、現在は湿潤療法のほうが効果が高いことが分かっています。かさぶた作っちゃうと乾いてるから細胞も傷を治しづらくなるんですって。

なので今は『かさぶたを作らせず常に湿った状態で、免疫力に任せて傷を治す』のが新たな常識となってきています。痛くないし早く治るし傷跡も残り辛い、といいことづくめです。なので備蓄している絆創膏もわたくしが赴任する前の備蓄を除いて全部湿潤式のやつに変えています。

デメリットはコストの割高さではありますが、会議で有用性をしっかりプレゼンしたので理事長の鶴の一声で承認していただきました。扇子に『承認ッ!』って書いてましたけど会話に合わせて何パターンか用意してたりするんですかそれ?

 

さてさて閑話休題。

 

「えへへ、なんかね、先生に絆創膏貼ってもらうと、傷が早く治る気がするんだー」

 

処置完了したのでもういつものテンションに戻ってもいいですよね?

……なんて可愛いことを言うのこの娘はーーー! 早く治るのは絆創膏の力だし、こんなんいくらでもしてあげますけど出来れば怪我しないように気を付けて欲しいな先生としてはー! ウララんの珠のようなお肌に傷が付いてしまうのは先生とても悲しゅうございます。

 

「はい、出来ました。それじゃ、いつもの、やるよ」

 

「あ、いつもの……ば、ばいかるちぇっく?」

 

うーん、ロシアにあるバイカル湖には測りたくなるほどの興味は無いかなー。

 

「惜しい。バイタル、チェック」

 

「えへへ、惜しかったー。はい、先生!」

 

そう照れ笑いを浮かべながら右手を差し出してくるウララん。

ほんとこの娘はポジティブマックスウマ娘やわぁ。一挙手一投足で幸せ振り撒いてくれますね。

彼女には結構な頻度でチェックを行ってるのであまり心配はしていませんが、習慣付いた行為だし念のためということで今日もやっていきます。

左手で彼女の手を取って掌を上に向け、右手の指先を手首にあてて全集中。とくんとくん。あぁ、ウララんの鼓動を感じる。ウララんが生きている。生まれてきてくれてありがとう、出会ってくれてありがとう。

 

「スノウ先生の手ってあったかいね。わたし先生にこうやって手を握ってもらうの好きだよ」

 

もうやめて! とっくにスノウが尊みを表現する語彙パターンはゼロよ!

ウララんはフルタイムで尊み成分を供給してくるのでわたくしでもテンションが追いつきませぬ。わんこそばのように間断なくブチ込んで参ります。はーやば、心臓止まりそう。でも心臓止めるのはバイタルを測ってからにしとこう。

さてさてと……ん、問題なし。

 

「はい、ありがとう。ウララさんは、今日も元気、です」

 

「うん、わたし元気だよ! あ、それでね先生。相談したいことがあるんだ」

 

よし心臓止めるかと思ったその時、ウララんが話を切り出しました。

ほう? ウララんがわたくしに相談とな? いいぜー乗るぜー超乗るぜー。

あ、ちなみにウララんはわたくしなんぞにも敬語を使わずフレンドリーに話してくれます。わたくし自身も望むところなので何の問題もありません。友達と呼べる相手はほぼいなかったのでこの気が置けないやりとりはむしろ新鮮だったりします。

 

「ん、何かな?」

 

「わたしね、いつもキングちゃんにたくさんたくさん、『ありがとう』をもらってるの」

 

首肯して先を促します。

キングちゃん……キングヘイローのことですね。可愛いと綺麗とかっこいいを高次元で併せ持つ超一流のお嬢様。が、割と肝心なところが抜けてて親しみを持ちやすい、ウララんのルームメイト。GⅠ勝利経験を持つ母親と確執があり本人の資質はそこまで高くないものの、決して諦めること無く常に顔を上げ続け、泥と汗にまみれてでも貪欲に勝利を追い求める誇り高きウマ娘。そういう娘、わたくし大好物でございます。そういう娘でなくても大好物でございますが。

 

「朝起きれないときいつも起こしてくれたり、くるくるぽんって髪をまとめてくれたり、制服に着替えるの手伝ってくれたり、朝ごはん一緒に食べてくれたり、他にもね、えっとね、えっとね……とにかく、キングちゃんはいーーーっぱい、『ありがとう』をくれるの」

 

「わたしね、嬉しくて、そんな優しいキングちゃんが大好きで、だからわたしもキングちゃんに『ありがとう』を返したいの。だけどどうやってキングちゃんに『ありがとう』を返したらいいか分からなくって。スノウ先生なら、どうしたらいいか分かるかなーって思って」

 

「えっと、だから、どうしたらいいと思う?」

 

天使か。いや天使だったわ。あっ、尊すぎて眼から何か出そう。もうね、言葉をまとめ切れないながらも身振り手振りを交えながら一生懸命伝えようとしてくれるその姿が眩しくて。

 

「わわわっ、スノウ先生!?」

 

「ごめん、大丈夫。ちょっと、寝不足で」

 

マジでちょっとうるっと来て目頭を押さえてたら心配されてしまった。なんでしょう、実年齢+前世年齢で割といい歳になるから涙脆いんですかね。

 

「あー、眠くってあくびすると、ふぁーってなって涙でちゃうよね!」

 

ピュアか。精霊だわ。人里離れた森の奥で暮らしてて汚れを知らないとかそんな類か。あんまり純粋すぎてちょっと将来心配になっちゃうレベルだわ。けど貴重な絶滅危惧種なので是非そのままの君でいてください。

 

「ウララさんは、そのままで、いいと思う」

 

「うーん、そうなのかな」

 

もうね、あなたの存在自体が幸せの塊なんですよホント何この娘。わたくしを尊死させたいの? させたいんだな?

てか思わず心の声が漏れて結果的に『特に何もしなくていい』って意味の回答になってしまった。このわたくしがせっかくのウララんの想いを否定するなぞあってなるものか。軌道修正すっぞオラァ!

 

「いいと思う。けど、ウララさんは、キングさんに、何かして、あげたいんだ、よね?」

 

「うん! だってわたし、キングちゃんに『ありがとう』をもらうとぽかぽかーってなって、ふわふわーってなって、すっごく嬉しいもん。だからキングちゃんにもぽかぽかーってなって欲しいんだー。そしたら一緒にぽかぽかーになって、もっともーっとあったかくなると思うんだー」

 

その真理に辿り着くとは神か。女神だわ。やべぇ、四柱目の女神の誕生に立ち会ってしまったわ。とりあえず拝んどかなきゃ。南無南無ハレルヤ。

 

「先生、手を擦り合わせてどうしたの?」

 

「気にしないで。それより、『ありがとう』の、お返し、一緒に、考えよう」

 

「うん! ありがとう先生!」

 

守りたい、この笑顔。やーべぇ、ハイオク溢れそう。いやさっき溢れたな。引火して爆発炎上しないよう気を付けなきゃ。

にしても、プレゼントか……結構悩むことが多いんですが、さっきのキングエピソード聞いてる時にちょっとピンと来たものがあります。あまり重く受け取られなくて、そこそこ長い期間、形に残ってくれて感謝を伝えられる、そんなプレゼントが。

 

「たとえば、こんなのは、どうかな?」

 


 

「ただいま、キングちゃん!」

 

午後のトレーニング終わりにトレーナーと少し話し込んでたらやや遅くなったので、今日のところは寄り道もせず真っ直ぐ寮に戻ったのだけれど、いつもは先に部屋に戻っているはずのウララさんの姿が見当たらなかった。どこかに出掛けているのだろうかと部屋を見回しながら荷物を置いた矢先、彼女は戻ってきた。

 

「おかえりなさい、ウララさん」

 

どこかに行っていたの? と聞こうとした時、彼女はこちらに尻尾を向けて何やらゴソゴソしだした。肩から下げていたスクールバッグの中を漁っているみたい。一体どうしたのかしら。

 

「キングちゃん、あのね……はいこれ! プレゼント!」

 

ウララさんは急に振り向くと、バッグの中から取り出した何かを私に差し出した。

先端がピンクの白い筒状のもの……見ると一輪の花束だった。

 

「これは……カーネーション?」

 

一体何故?

 

「うん。わたしね、キングちゃんにお返ししたくって、何をしたらいいのか分からなくて、スノウ先生に相談したの」

 

「スノウ先生って……保健室のメルテッドスノウ先生のこと? というかお返しって、何の?」

 

基本的にウララさんの話は突拍子の無いものが多いけど、今回もやっぱりよく分からなかった。

ウララさんはちょくちょくメルテッドスノウ先生とやらに会っているらしいが、私は会ったことは無い。一流の私は怪我なんかしないので保健室にそもそも用事がない。

そしてお返しと言われても何のことか思い当たらない。誕生日……にはウララさんからプレゼントは貰ったし、私からもウララさんの誕生日にはプレゼントしている。それ以外となると本当に思い当たらない。

 

「うん。キングちゃんはいつもわたしのこと見ててくれて、わたしがダメなとこをちゃんと教えてくれて、優しくって最高のお友達だって言ったら、スノウ先生が『まるでお母さんみたいだね』って言って、カーネーションのこと教えてくれたの。『本当のお母さんではないし、母の日でもないけど感謝を伝えるのに花をプレゼントするのは変なことではない』って。それを聞いて、わたしもキングちゃんにお花をあげたいって思ったんだ」

 

「だから、いつもありがとう、キングちゃん! これからもよろしくね!」

 

……なるほど。日頃の感謝というやつなのね。

彼女から受け取った花束をじっと見る。母の日、感謝、親愛……確かピンクのカーネーションの花言葉には『上品』や『気品』というものもあったわね……なかなか分かってるじゃない。ウララさんがそこまで考えてこれを選んだとも思えないけれど。

母親みたいと言われるのは少し、いえ正直かなり複雑だけど。私とウララさん、同学年よね……。

 

「まったくあなたは唐突にこういう事を。そう思うんならせめて普段から自分でキチンと朝起きられるようになりなさい。……けど、ありがとう、ウララさん」

 

すうっと、香りを吸い込む。青い草の匂いと、花の芳しい香り。

たまには花も悪くないわね。

 


 

「スノウ先生ー! こんにちはー!」

 

「はい、こんにちは、ウララさん」

 

ウララんの相談を受けた翌日。今日も彼女はやってきた。

ただしいつもより来る時間がやや遅めですね。普段ならトレーニング直後くらいには来ているのに今は終業のチャイムが鳴ってからそこそこ経ってます。

これはアレですな、わたくしのアドバイスに沿って先程お花を購入して来たんでしょう。そして『今夜キングちゃんに渡したいけどどうやって渡したらいいかなー?』とか聞きにきたってところでしょうね。くぅーいいなぁ! アオハルしてんなぁ!

 

「あのね、今日は先生にプレゼント持ってきたの。はい、これあげる!」

 

そういってウララんはわたくしに後ろ手に隠していたものを出した。

それは、一輪の花束。きちんとラッピングまでしてある。

というかこの花……

 

「カーネー、ション……? なぜ、わたしに?」

 

はて。確かにわたくしはカーネーションとかいんじゃね? とアドバイスはしましたが、それはキングちゃんに対してでございます。いくら何でも流石にわたくしとキングちゃんを間違えてる可能性は無いよなぁ、さっき『スノウ先生』って呼ばれたし。

 

「昨日ね、スノウ先生に教わったプレゼント、キングちゃんに渡したの。そしたらキングちゃんすっごく喜んでくれて、二人でぽかぽかできて、なんかすっごくすっごく、うまく言えないんだけど本当にすごかったんだー!」

 

何とこの娘、相談した昨日のうちにキングちゃんに渡しておりましたか! 行動早すぎんだろなんだこの流石すぎるバイタリティは。結果大成功みたいですし、本当に幸せそうで何よりなんですけどね。おかげでわたくしも幸せです。今日もご飯が美味しく頂けそうです。

キンウラは正義。もちろんそれ以外も全て正義。異論は聞かぬ。

 

「でね、その後に気付いたの。こんなにポカポカできたのはスノウ先生のおかげだったんだなーって」

 

何を仰るやらこの現人神様は。わたくしはせいぜい『花でもあげたら喜ぶんじゃね?』位のことしか言ってませんよ? 全てあなたの心から生まれたイノセントなすてきんぐなのですよ。

 

「……でね、スノウ先生はすっごく柔らかくて、あったかくて、何でも受け止めてくれて、キングちゃんとは違うけどスノウ先生もママみたいって思ったから、先生にもカーネーションをプレゼントしたかったの」

 

「だから、ありがとうスノウ先生!」

 

…………

 

――ぽっ

 

おや? 何が……

 

――ぽたっ、ぽたっ

 

んん? ふとももあたりに何か垂れてる音が。雨漏りですかね? おっかしいなー雨も降ってないのに。雨じゃなくて水道の漏れかしら? 学園って歴史はあるけど建物はそこまで古いものじゃ無いんだけどなぁ。なんかウララんが驚いた顔でこっち見てるぞ。わたくしの顔に何かありました?

……ってまぁ、鈍感系主人公じゃあるまいし分かってるんだけどさ、わたくしの目から零れ落ちてる涙だってことくらいは。視界歪んでるし。

 

――ぱたたっ、ぱたっ

 

『ママみたい』、かぁ……

そうですね、久しく忘れてましたがわたくしはTS転生者であると同時に、メルテッドスノウその人でもあるんだった。わたくしが誰かにそう言う分には気にもならないですけど、わたくし自身に対して『ママみたい』は、ちょーっと色々思い出しちゃってプレイヤーに対してダイレクトアタック(物理)って感じになっちゃいますね。

 

「スノウ先生、どうしたの!? どこか痛いの? お花、嫌だった……?」

 

おっといかんいかん。ウララんが不安そうにこちらを見ている。

袖口でゴシゴシと涙を拭おうともしましたが服装が夏仕様で袖が無い。まぁそこは大人ですのでポケットからハンカチを取り出し、そちらで拭き取ります。

 

「違う、の。嬉しかった、だけだから。大丈夫」

 

本当は嬉しさ以外にも哀しさとか寂しさとか他にも色々な感情が一気にぶわーっと来ちゃってましたけどね年甲斐もなく。はーまだまだ小娘だなわたくしも。

でも、おかげで久々に思い出したな……だから、これは純粋なお礼。

 

「ありがとう、ウララさん。嬉しかった、から、お礼に、ちょっぴり、魔法を、見せてあげる」

 

「魔法?」

 

「ん。でも、他の人、には、内緒ね」

 

そう言ってわたくしはウララんの手を引き寄せ、昨日絆創膏を貼った肘にそっと手を触れます。そして、小さな声で一言呟きます。いざ、チート能力ちょっと解禁。

 

「いたいのいたいのとんでいけ」

 

見た目には何も変わりません。わたくしはウララんから手を離します。

 

「絆創膏、剥がしても、いいよ」

 

「え?」

 

「ほら」

 

「う、うん……?」

 

突然そんなことを言われて戸惑うウララん。まぁ意味分かんないだろうね、何でそんな事言うのか。まぁ、剥がしてみれば分かるから。

まだ治りきってない傷口を晒す痛みを警戒し、おっかなびっくりといった様子で絆創膏を剥がすウララん。しかし剥がしてみても予想していた痛みが無かったのか、首を傾げる。そのまま恐る恐る傷口に触れ……

 

「あれ、痛くない……傷が、無くなってる……なんで!?」

 

「魔法、だからね」

 

両の目をこれでもかと見開き呆然とするウララんの表情に、わたくしは悪戯が成功したが如く笑みを浮かべながら、『内緒だよ』の意味を込めて人差し指を口の前に持ってきて、しぃーっとポーズを取ります。ふふふ。

 

 

 

……わたくしは今、あなたに誇れるようなウマ娘になれてますか?

あなたとの約束を守りながら、約束を破ってる親不孝者ですけど。

守ってる約束も、多分守れなくなりそうな気がしてますけど。

いや、さすがに怒りそうだな。でも出来れば怒って欲しくないなぁ。

 

どうかな、お母さん。




■メルテッドスノウのヒミツ①
実は、触れた相手から傷を無くすことが出来る。
おまじないの言葉は、ただの雰囲気作り。

■雑記(2022/12/10)
第3話公開時、ジャンル:ウマ娘で日間総合評価1位をいただけました。このような稚作に過分なご評価をいただき、まことにありがとうございます。今後も週イチペースですが、エタらないよう頑張っていこうと思います。
筆者もコーヒーはブラック派です。味の良し悪しはマジで分かりません。お店で一番安いブレンドとお値段5倍くらいする高級ブルーマウンテンとの違いがさっぱり分かりませんでした。
あとキンウラって言うと筆者そこそこおっさんなので仮面の電車王かと思っちゃいます。桃全受け。


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Case05:養護教諭とナリタブライアンたち

主人公視点。

ナリタブライアンは筆者がまだ競馬もよく知らない頃に一番最初に認識した馬名でした。


季節は遂に夏真っ盛り。ここ中央トレセン学園でも連日の猛暑・酷暑によって、午後のトレーニングは暑さのピークを過ぎた15時以降の開始を推奨される程度には危険な暑さが続いております。

どうもお暑うございます、メルテッドスノウです。

 

さて、というわけで夏がやって参りました。

夏といえば皆様お分かりですね、そう、夏季合宿でございます!!

 

本格化を迎え終え、ある程度シリーズのレースにこなれたウマ娘ちゃん様達が、更なる飛躍を目指して挑む強化合宿。普段とは違った環境、違った訓練法で集中的にトレーニングを行うことで大きく力を伸ばす期間です。

またチームメンバー達だけで過ごす長期合宿は、炊事洗濯掃除も含めて全て自分達の力で行うため、チームの結束力を高める絶好のイベントでもあります。

 

そして、何より最も注目すべきこと。それはもちろん、水着! そう、MI・ZU・GI!! スイムウェアー!!! でございます。

学園でもプール訓練時にはその姿になりますが、合宿期間中のトレーニングは基本水着姿! もうね、いけません。いかに昨今のスクール水着がセンシティブに配慮したデザインになって来ていても、どうしたって普段の姿より顕になってしまうそのボディライン、全体を占める肌色率。意識するな見るなって方が無理あるに決まってるでしょおがあああああ!!!

ですが! 決して相手に不快な思いを抱かせるのはいけません。お触りはもちろん、ジロジロと眺めるのもNGです。イエスウマ娘ノータッチの精神で常に心は紳士に! セクハラ野郎は潰れてくたばれゴミクズがぁぁぁっ!!

 

おっとっと軽く脱線しかけてしまいました。いけませんね、それもこれも夏の魔力がわたくしの胸を刺激してしまうせいです。生足魅惑のマーメイドです。

話を戻しましょう。そんなウマ娘ちゃん様達と自由時間にはビーチサイドでキャッキャウフフする可能性がワンチャンあるかも知れない、そんな合宿にわたくし!

 

行けておりませぇん!

イエエエエエエエェェェェェェェェェイ!!!

 

……や、冷静に考えればそうですわ。わたくし別にチームの専属とかじゃないですし。よしんばどこかのチームに付いて行ったとして、砂地を車椅子で動けるわけが無いんですよね。

夏季合宿の参加条件はデビュー後のクラシック級以降から。それ以前だと本格化を迎えてなかったり基礎が出来上がってなかったりして身体の方が合宿メニューに着いていけず、変な癖がついたり怪我したりしちゃいますので基本的に参加出来ません。

アプリで1年目に合宿無いの何でだろーとか思ってましたけどそういう理由だったようですね。

 

そう、つまり夏季合宿は臨海学校のように全員が行くものではないので、学園は夏休みを除いて通常通り開かれているのです。

もちろんわたくしは学園付きの職員ですので、今日も今日とて保健室でのんびりおやつタイムを楽しんでおります。

この間食堂から何か新メニューの案は無いかと聞かれ、適当に提案したところ先程サンプルを持ってきてくれましたので、水出しアイスコーヒーと共に食べております。

周りの声をすぐに取り入れて実行に移すその精神、流石トレセン学園の職員ですねもぐもぐ。そしてやっぱり食堂の料理は美味ぇでございますもぐもぐ。

 

――タッタッタ

 

そんな時に、スノウちゃんイヤーがここ保健室の方へ走って向かってくる足音を拾います。

急患かな? いやでも誰かを担いでる感じでは無いから患者のところにわたくしを呼びに来たとか?

ガラリと戸を開けたと思いきや、中に入って来るなり後ろ手ですぐにぴしゃりと戸を閉めたのは、艶やかな黒鹿毛を注連縄っぽい紐でポニーテールにまとめ、鼻にテープを貼った学生です。なんか良く分からない草を高楊枝のように咥えています。

ナリタブライアン。『シャドーロールの怪物』とも呼ばれた彼女。

アプリ版では基本的に他者を寄せ付けない寡黙で不遜な態度を取る一匹狼気質が強い彼女。ですがアニメ版では感謝祭での仕事をなんやかんやでしっかりこなし、子供たちに群がられたりと、要所々々の表情も柔らかく頼れる姉御感満載のウマ娘です。

それなのに妹キャラとか凄すぎない? 彼女の私服ってお姉ちゃんのセンスとよく似てます。もしかしてお下がりなのかも? たまんねぇなぁそういうのもっとちょうだい。

でも彼女ってチームリギル所属だったと思いましたけど合宿は? 生徒会優先で学園にいなきゃいけないとかなのかしら?

 

「すまん、何も聞かず匿ってくれ」

 

開口一番、彼女はそう言います。事態は全く分かりませんが、まぁそれは後々彼女が落ち着いて話せる状態になってからでも良いでしょう。

何よりなんか面白そうなのでとりあえず全力で乗っかります。わたくしはベッド側にある窓に目線を投げながら短く指示します。

 

「……窓を一つ開けて、そこのベッドの下に」

 

わたくしに言われた通り、窓を開けてベッドの下にさっと滑り込みます。遅れて数秒後、またしてもこの部屋に駆け込んでくる足音が一人分。ただし今度の足音の主は部屋の前で立ち止まった後にノックしてきました。

入室を促して中に入ってきたのは高身長の美人さん。ボリューミーな芦毛のウェービーロングに赤いハーフリムの眼鏡を掛けた、『眼鏡が似合うインテリ系ウマ娘』ランキング第1位(スノウちゃん調べ)ビワハヤヒデさんです。

このランキングに関しては幾らでも異論を述べるが良い! わたくしはその全てを受け入れよう!!(突然の魔王ムーヴ)

 

「失礼する。高等部のビワハヤヒデだ」

 

凛とした声で名乗る彼女。うむ、良いですね良いですね。可愛い系のウマ娘ちゃん様達には愛でたくなる情動が溢れますが、こういった格好良い系の方々には全てをお任せしてリードしてもらいたい気持ちになっちゃいます。お姉様とお呼びしても?

 

「突然申し訳ないが、ここにブラ……ナリタブライアンは来なかっただろうか? 黒髪の、鼻にテープを貼った奴なのだが」

 

そんな脳内欲望駄々漏れのスノウちゃんなどお構いなしに、ハヤひーは言葉を続けます。やはり先程のブライやんを追っかけて来たみたいですね。

まぁここでバラしてしまうのもそれはそれで面白いかもしれませんが、約束通り匿わせていただきましょう。ごめんねハヤひー。

 

「ん、来た」

 

短くそう言い、目線を開いた窓へ向けます。自然とハヤひーの目線もそちらに向きます。視線誘導することでベッド下には意識が向かないよう仕向けます。

ここでのポイントは、わたくしが一切嘘を言ってないことです。ブライやんは確かに来ましたし、その後何処に行ったかを言ってないだけです。開いている窓を見ただけです。

ですが、冷房をかけている部屋の窓が開いている不自然さとわたくしの回答にハヤひーは僅かに考えを巡らせ、思い至ります。『ブライアンはこの部屋を通り、窓から外に逃げていった』というわたくしが用意した分かりやすい答えに。

良く言えば手品師のテクニックですが、悪く言えば詐欺師の手口です。悪いわースノウちゃん真っ黒だわー。

 

「くっ、遅かったか」

 

悔しそうに眉間に皺を寄せるハヤひー。うん、ごめんね。多分ブライやんがこちらに何も言わずおもむろに隠れ出してたら教えたかも知れないけど、先にあっちに頼まれちゃったからね、仕方ないね。

 

「邪魔をした、では……まて、何だそれは」

 

この場から早々に出ていこうとしていたハヤひーだったが、わたくしが頂いているおやつの香りが気になったのか足を止めます。うーん、しまった。何でよりによって()()を頂いている時にハヤひーに遭遇してしまったのか。

致し方ない、ここは()()以外に意識が向かないよう気を引きつつ乗っかっておきましょう。ブライやん、もうちょっと辛抱しててね。

 

「これ? ピサンゴレン」

 

「ふむ……デザート、なのか? 何やらバ……甘い香りがするが」

 

「ん。簡単に、言うと、()()()()()

 

「…………ほう?」

 

なんか目の色変わった。ほんと好きなのねバナナ。

 

「食堂の、新メニュー、開発で、サンプルの、試食を、している」

 

このピサンゴレンという東南アジア発祥の料理、名前に馴染みは無いと思いますがレシピはびっくりするほど超お手軽です。一口大に刻んだバナナをホットケーキミックスにくぐらせてドーナツのように揚げるだけ。お好みでホイップやチョコをかければそりゃもうパクパクですわの絶品スイーツとなりまする。

 

「よかったら、食べてみる?」

 

皿ごと彼女の前に差し出します。もう彼女の目線はピサンゴレンに釘付けです。完全にロックオンしてます。エース級パイロット並です。いつでもFOX2してきそう。味っ噌ぉ。

 

「良いのかっ!? いや、待て、しかし……」

 

人様の食べ物を横から頂いてしまうことにやや申し訳なさがあるのでしょう。食べたい欲望と人前ではしたないという理性が熱い鍔迫り合いを繰り広げている模様です。ではその均衡を、崩してしまえホトトギス。

 

「意見は、多いほうが、いい。是非、感想、聞かせて」

 

「そ、そそそういうことであれば、仕方ないな。あぁ、仕方ない。で、では一つ……」

 

はい欲望の勝ちー。てかやば、クール系真面目ちゃんが好物を前にして頬を緩めるってギャップ萌えじゃん。破壊力高いぞこれ。なんかキュンとしちゃう愛しい。

皿を受け取り、数個盛られているピサンゴレンの一つをフォークで突き刺し、ゆっくりと口に運んで行くハヤひー。

 

「はむっ……! ~~~~~~~!!!?」

 

なんか目に星飛んでるぞ大丈夫か? マーベラス空間まで飛んでないか?

ゆっくりと咀嚼し、同じく、ゆっくりと飲み込む。そして漏れる艶めいたため息ひとつ。微かに、んー色っぽい。

 

「……これは、美味い。サクサクに揚がった衣と、中の熱が通って柔らかくなったバナナ。この対比が実に素晴らしい。何より、温かいバナナがこんなにも味わい深いものだったなんて初めて知った」

 

「良ければ、全部、食べて。わたしは、もう食べたし」

 

「!! すまない、お言葉に甘えよう……!」

 

すっかり虜になったハヤひー、一個だけでは名残惜しそうなので最後まで平らげてもらうことにしました。あのね、仕事出来るOL風美人が眉尻下げて美味しそうに食べてる様って、すっごく尊いの。わたくし、この光景だけでもうお腹いっぱい。はー幸せMAX。

 

「ふぅ、ごちそうさま。……ときに、これは今後食堂で食べられるようになるのか? いつからだ? レシピは公開されるのか?」

 

すげぇ食いつくなこの娘。

まぁ無理もない。わたくしも初めてこの料理に出会った時は感動したもんだ。それが好物とあれば尚更でしょう。

 

「まだ、選考中。味は、良いけど、見た目が、地味だから、どうしよう、って。レシピも、簡単だから、食堂で、聞いてみて」

 

「なるほど。ありがとう、いいことを教えてもらった」

 

「あ、ついでに、バイタル、測らせて」

 

このまま食堂に向かいそうだったので、とりあえずいつものを。

というかブライやんのこと忘れすぎじゃね? いいけど。

 


 

「……もう、行ったよ」

 

「……あぁ」

 

ハヤひーの足音が遠ざかっていくのを確認し、目線を向けないままブライやんに声を掛けます。本人も分かっていたのでしょう、のそのそとベッド下から這い出てきて制服をパンパンと手で払います。

 

「何故、私を匿った?」

 

わたくしの方をじろりと睨み、彼女は尋ねます。いやあんたがそうしてくれって言ったんやないかーいとか思いますけど、特に今まで彼女と接点も無かったわたくしがすんなり匿ったことに疑問の一つも覚えるでしょう。ここは素直に答えておきます。

 

「理由が、分からない、からね。だから、とりあえず、なんとなく?」

 

「そうか。あんた変わってるな」

 

要求に従ったら変人扱いされたでござる。解せぬ。

くそぅ、逃げた理由如何によっては今からでも引き渡す可能性が微レ存ですぞ。

 

「で、何で、追われてた、の?」

 

「あんたには関係ないことだ」

 

「聞く権利、あると、思うけど?」

 

「くっ……」

 

なんやかんやで匿われた手前、強く拒めず顔をしかめるブライやん。そんな表情を『逃げられたと知った時のハヤひーとそっくりだやっぱり姉妹なんだなー滾るなー』と心の中の単気筒エンジンが順調に回転数を上げます。排気量すっくな。

 

「…………野菜だ」

 

「ん?」

 

「姉貴が野菜を食わせようとしてきたから、逃げた」

 

こちらから目を逸らして腕組みして答えてくれます。尻尾もなんだかそわそわと忙しなく揺れています。かーわい。

そういえばこの娘、極度の野菜嫌いでしたっけ。ハンバーガーに挟まれた僅かな野菜すら抜いてしまう程の偏食さん。こんなキリッとした見た目で実に可愛らしい。お姉ちゃんが好きな食べ物でギャップ出してきて、妹ちゃんは嫌いな食べ物で、ですか。何だこの仲良し姉妹は推すぞコラ。

 

「……ふむ。野菜、嫌い?」

 

「肉のほうがいい」

 

「なるほど。まぁ、人による、よね」

 

わたくしがそう答えると、ブライやんは意外だと言わんばかりに目を見開く。

 

「……あんたは言わないのか? 野菜を食えとか。養護教諭だし言いそうだと思ったんだが」

 

「もちろん、食べられる、なら、食べたほうが、いい。けど、嫌々、食べるなら、野菜に、失礼」

 

食べ物というのは文字通り、食べられる為に用意されるものです。ものすごく脱線しそうなのでかなりざっくりとした話にしておきますが、その食材が当たり前のように食卓に出てくるのは、料理の作り手、販売業者、流通業者、生産者の並々ならぬ日々の努力の賜物です。自分一人でサバイバル生活をしているとかいう人でも無い限り、必ず見知らぬ誰かのおかげで我々はそれを口にすることが出来ています。

そういった経緯で眼前に出された食べ物を、まだその辺の道理が理解できないような子供ならまだしも、分別の付いた人間が嫌々食べるというのはわたくしの性分が許しません。出されたものは感謝し、美味しく頂くのが礼儀だと思っています。

好き嫌いをするなとは言いませんが、ありがたみを知らずにさも不味そうに食べたり、捨てたりするのはいけません。わたくしにだって嫌いなものはあります。徹底して調理前に抜いてもらってるだけです。まかり間違って出てきてしまったらありがたく頂きますが。

 

「ふっ、なるほど。野菜に失礼か。やっぱり変わってるなあんた」

 

ほんのり口元に笑みが見られます。けどまたわたくしのこと変人扱いしよった。おかしい。至極まともな一般的意見を述べただけなのに。

 

「……まぁ、野菜は好きじゃ無いが、食ったほうがいいのだろうかと思う時はあるんだ」

 

ぼそっとそんな事を呟くブライやん。まぁお姉ちゃん以外からも言われてるだろうしね、多少気にしてしまうのも分かります。同じ副会長のエアグルーヴとかからも言われてそうだし。あの娘も世話焼き気質が見え隠れしてるもの。

 

「なぁ、あんた養護教諭だろう? 何かいい手は無いのか」

 

無茶振ってきたなぁこの娘!? 一介の養護教諭を何だと思ってるんだ。わたくしは貴様の専属栄養士では無いのだぞー?

だがしかし、無茶振りとはいえ自分を頼って相談してきたのは事実! ならばわたくしはそれに全力で答えるまでである。

 

「ん。提案なら、いくつか」

 

「あるのか」

 

あるんじゃよ。イヤイヤ期の幼児に食べさせるのは無理ゲーだけど、理屈が分かる相手への提案くらいなら出来ます。実際にやるかどうかはブライやん次第だけどね。

わたくしはとりあえず彼女を椅子に座らせ、定番となったバイタルチェックをサラッと済ませてから話を続けましょうか。

 

 

 

「解決法、その1。サプリ」

 

「何だその錠剤は」

 

仕事用引き出しの奥の方から小さなガラス瓶を取り出します。その中には十数粒の錠剤。ただし、色が限りなく黒に近い深緑。何かしらでコーティングされてるのでしょう、ツヤツヤテカテカしてます。ほんと何でしょうねこの毒々しさ。

 

「ここの、生徒が、開発した、1錠で、1日分の、栄養が、採れる、サプリ。安全性は、わたしが、保証する」

 

以前、わたくしと同じように白衣を纏っていたウマ娘が治験協力者を探していたので、面白そうだと思って参加させていただきました。

まぁ彼女もトレーナーが相手でも無ければ発光したりするような代物は飲ませてこないだろうと思いまして。一体何ネスタキオンだったのでしょうね……。

実際に発光はしませんでしたし、数日飲み続けて身体の異常は覚えなかったのでとりあえず安全ではあるはずです。

 

「ほう」

 

割とあっさり解決できそうな方法に興味を惹かれるブライやん。ええそうでしょうとも。これを飲めば栄養摂取の問題はスッキリ解決、それ以外の食事は食おうと食わなかろうと完全に自由。嫌いなものを食べる理由が無くなるのですから。

まぁけど、そんな美味い話がそうそうあるわけもなく。

 

「問題は、副作用。すごく、苦い。1日中、苦い。噛まずに、飲んだ、はずなのに。普通に、野菜を、食べたほうが、1000倍、ましと、思える、くらいには」

 

「それは勘弁願いたい」

 

苦味で寝付けないって初めての体験でした。何日か続けて服用したのでしばらく寝不足に苛まれましたとも。

多分これ、あの数々のウマ娘ちゃん様達を無間トレーニング地獄に叩き落とした悪魔の飲み物、ロイヤルビタージュースのプロトタイプみたいなもんなんじゃないですかね。そりゃあやる気下がるわこんなん。

 

 

 

「解決法、その2。野菜ジュース」

 

ブライやんにお願いして、冷蔵庫から目的の野菜ジュースを取ってきてもらいます。普段飲み用に何本かストックしてましたので。

 

「野菜の、味が強い、ものもある。けど、フルーツの、味が強い、ものもある。飲んでみる?」

 

野菜汁100%のやつがわたくしは好きですが、果汁と野菜汁が50%ずつ入ってるやつとかは飲みやすさがかなり向上しています。

繊維感も無いですし、普通にただのジュースとして飲めます。

というわけでブライやんにはそういった飲みやすいやつを進呈。もしダメだったりして残してもわたくしが責任もって美味しく頂きますのでぐへへへへ。

 

「確かに、これは飲みやすい。まぁ、そんなに嫌いじゃない」

 

「デメリットは、決して、野菜の、代わりには、ならないこと。あくまで、野菜不足の、補助。それと、糖分が、多いこと。採り過ぎ、注意」

 

「かなり現実的な案だな」

 

砂糖不使用でも果糖が結構ありますんでね。

あ、全部飲んだか。残ねゲフンゲフンいや良かった良かった。

 

 

 

 

「解決法、その3。発想の、転換」

 

「発想の転換?」

 

「嫌いな、ままで、構わない。今は、敢えて、野菜を、食べる。そうする、ことで、肉を、食べたときの、美味しさや、感動に、はずみを、つける」

 

「つまり、我慢してから肉を食べたほうが美味しく感じるから、肉のために野菜を食う、と?」

 

「ん」

 

筋トレ食事制限下におけるチートデイみたいなもんですかね。何か違う気もしますけど。

要はいくら好きなものでも食べ続けてると飽きるから、緩急つけようぜってだけですね。

 

「ふむ……悪くない案かも知れん。が、それは野菜に失礼なのではなかったのか?」

 

「それは、あくまで、わたしの、意見。共感、してくれる、のはいい。けど、強制、する気は、ない」

 

所詮は一個人の一意見に過ぎませんのでね。

 

「割と適当なんだなあんた」

 

「臨機応変、と言って」

 

なんか呆れられたぞ。つくづく解せぬ。

 

 

 

 

「解決法、その4。諦めよう」

 

「解決とは」

 

スポーツ栄養学的には確かに野菜の栄養素は必須でございます。が、この世界ではあまりそこまで大きな説得力を持たないんですよねそんな科学は。

というのも、ウマソウルや根性がなんやかんやしちゃう傾向が強いんです困ったことに。計測不能な不確定要素が多大に影響するせいもあって、あくまで参考レベルなんですよね。

適当抜かしてないでちゃんとやれってんなら誰かオグスペ胃袋の神秘を科学的に説明してみろやチクショーメッ!

 

「色々、提案は、したけど、無理に、やる必要は、ない。結局は、自分が、やりたい、ように、やるのが、一番」

 

「あんた的にそれでいいのか」

 

なんかすっかり呆れられてしまったみたいですね。まぁ特に最後のは日和見な意見ですし致し方のないことと思います。けどね、

 

「まぁ、敢えて、言うなら……」

 

養護教諭、無礼(なめ)るなよ?

 

すぅっと心を落ち着けて、冷静に、冷酷に、冷淡に。

まっすぐ彼女を見据え、低めの声で言い放ちます。

 

「四の五の、言わずに、全部食えよ。苦手が、どうした。酸いも甘いも、全て喰らって、己が血肉に、変えてやれ。野菜、食えなくて、負けましたとか、言い訳、したいのか?」

 

今までのわたくしの口調とは一転、超々挑発的に上から目線で煽ってやります。

ブライやん、お目々まんまるで固まっちゃってます。あ、咥えてる草も落ちちゃった。さてさて、これを受けて怒り狂うか、はたまた……

 

「……くっくっく、はーっはっはっは! やっぱりあんたとんでもなく変わってるな! 面白すぎるだろう!」

 

イエス! 『ザ・北風と太陽作戦』成功デース!

押しても駄目なら引いてみな。色々提案してみて反応鈍かったので、なら本人から『出来らあっ!』と言い出してくるように仕向けてみました。

乗るかどうかは兎も角、興味を引けただけで十分成功です。

あ、ちなみにさっきの冷たい声は演技ですので本性見たりとか思っちゃやーよ?

……振りじゃないよ、本当だよ?

てか、成功して良かったわ。怒って出ていく可能性、そんなに低くはなかったので内心バックバクでした。はふぅ。

 

「お褒めに、預かり、恐悦、至極。まぁ、試すも、善し、試さないも、善し。好きにしたら、いい。投げやり、じゃなく、本心で」

 

「あぁ、好きにしてみるさ。礼を言う」

 

ブライやんがニイッ、と笑って見せてくれます。良いですね、目の奥にギラギラした炎が燃えてるのが分かります。

これで野菜を食べるかどうかは本人のみぞ知るところですが、モヤっと感は解消出来たとみていいでしょう。

いやぁいい仕事しましたわ。

 

――ガラガラッ

 

「失礼する。先程のピサンゴレンの事なのだ、が……」

 

「「あ」」

 

あ、ハヤひー戻ってきちゃったやっべ。会話に集中して周りの音聞こえてなかったやっべ。

 

「じゃあな」

 

ノータイムで開けていた窓へダッシュし華麗に飛び越え、今度こそ本当に逃げるブライやん。颯爽という表現が似合いますね。うわぁ速い。もう見えなくなっちゃった。というか一応解決したんだし、もう逃げなくても良かったんでは?

 

「メルテッドスノウ先生……これは一体どういうことなのか、説明してもらえるだろうか?」

 

ブライやんのいなくなった窓を見ていたわたくしの背後から聞こえてくる、先程のわたくしの演技なんかとは比べ物にならない、地の底から噴き出すような凍てつく波動と、有無を言わせぬ感情の無い静かな声。怖い。怖くて振り向けない。プレッシャーはんぱない。

移動率にパッシブでデバフ持ってるわたくしは逃げられない。詰んだ。




■FOX2 味っ噌ぉ
戦闘機の短距離赤外線誘導ミサイル発射を指します。最も一般的(?)なミサイルですね。
筆者はエースコンバット大好き人間ですが軍事には明るくないので詳細はおググり下さい。
味噌はミサイルをネイティブ発音すると「ミッソー」と聞こえるというスラング。

■雑記(2022.12.17)
眼鏡の話をしてたらロブロイさん実装されましたね。
1700万人DL記念でもらった無料石を使うか悩み中。
固有スキル、約束された勝利の剣(エクスカリバー)は見たいなぁ(違)
フォトスタジオ機能は神です。ありがとうございます。

割とどうでもいいかも知れないご報告です。
次作以降、ウマ娘名のタグを外します。
まだまだ色んな娘が登場予定で書き切れなくなっちゃいますので。


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Case06:マンハッタンカフェと養護教諭たち

カフェ視点。

まったり日常回……の予定がギャグ全振り回に。
方言バリバリでキャッキャウフフしたかっただけだったんだけど……

注意:当SSでのマンハッタンカフェ、キャラ崩壊激しめと思われます。


「〜♪」

 

学園の廊下を、私は上機嫌で歩いています。

前々から発注してあったちょっと珍しいコーヒー豆が、先日ようやく届いたことで私はウキウキしていました。

それを保健室のメルテッドスノウ先生と堪能すべく、私、マンハッタンカフェは彼女の元へ向かっているところなのです。

 

というのもスノウ先生、この学園ではかなり少数派なブラック党。

何でも、一時期漢方薬を服用したことがあって苦味に慣れた結果、コーヒーの苦味は美味しいということに気付いたらしいです。

私はどんな飲み方も好きですが、豆自体が持つ深い苦味や爽やかな酸味、仄かな甘みなどといったブラックの良さを語れる人は貴重なんです。

 

彼女は普段、ドリップバッグでコーヒーを飲んでいるので、ミルやドリッパーなどの器具も持参して保健室へ向かいます。

豆は三日ほど前に焙煎済み。焙煎したてより数日置いたほうが豆から余分な炭酸ガスが抜けて味に落ち着きが出るんです。

 

スノウ先生はいつも私のコーヒーを美味しいと言って飲んでくれます。本人曰く、『自分はバ鹿舌だから何を飲んでも美味しいとしか言えない』と言ってますが、ちゃんと風味や薫りの違いは分かっているようなので、そんなことは無いと思うのです。どんな豆にもそれぞれに個性があり、その個性の全てを受け入れてくれる人なのでしょう。

何より、自分の淹れたコーヒーを美味しいと言ってもらって嬉しくない訳がありません。

私はそんな彼女のことを好ましく思い、今日もこうして訪れているのです。

時々、彼女のオーラにタキオンさんと同室のデジタルさんに似た色を感じますが、悪いものではないでしょう。お友だちも警戒している様子は無いですし。

 

「失礼します。スノウ先生、新しい豆が手に入ったので良かったら……」

 

カラカラと戸を開けると、そこにはスノウ先生と、二人の学生が三つ巴で向かい合う形で座っていました。

一人は私のルームメイトのユキノビジンさん。

もう一人は学園の至るところで見かける、サクラバクシンオーさん。

どちらかというとスノウ先生とユキノさんが向かい合って、その二人をサクラバクシンオーさんが見ている、と言ったほうが正しいですねこの構図は。

 

「あ、カフェさん!」

 

「これはマンハッタンカフェさん! こんにちは!」

 

「ん、いらっしゃい」

 

三人がこちらに気付き、挨拶を返してくれます。

ただ、何故かユキノさんの頭の上にはカッパのぬいぐるみが、スノウ先生の頭には鹿の角が生えた獅子舞のお面のようなぬいぐるみが乗っています。

 

「……これは、何をやってるんですか?」

 

どういう状況なのか分からず、スノウ先生からいつものバイタルチェックを受けながら声をかけてみます。

するとサクラバクシンオーさんが、私の疑問に答えてくれました。

 

「はい! これはですね、ユキノさんとスノウ先生による、バクシン的岩手自慢五番勝負を行っているのです!」

 

「バクシン的岩手自慢五番勝負」

 

全く聞きなれないどころか、初めて聞く単語に思わずそのまま鸚鵡返しをしてしまいます。

 

「はい! 二人にはお題に沿ったバクシンスピリッツ溢れる岩手の名物をアピールしてもらい、私のバクシンジャッジでどちらがよりバクシン的か勝負しているのです!」

 

「なるほど。よく分からないということがよく分かりました」

 

会話の途中に挟まれている『バクシン』という響きが私の常識を掻き乱します。恐らく、二人が地元自慢比べをして遊んでいるのだ、という認識でそんなに大きく間違っていないはずですが。

 

「ちなみに、現在は1勝1敗1引き分けで第4試合に入るところです!」

 

「はぁ」

 

私は早くスノウ先生とコーヒー談義がしたいので、ここで茶々を入れると無駄に長引きそうだなと思い、とりあえず黙ってることにします。

 

「ではお二人とも、よろしいですか? 第4試合のお題は……『岩手の観光地』です! では先攻ユキノさん、アピールをどうぞ!」

 

「はい。あたしがオススメする観光地は……『小◯井農場まきば園』です!」

 

ババーン! という効果音がユキノさんの背後に見えた気がしました。

……私は何を言ってるんだろう。効果音が見えるってどういうことでしょうか。

というかこんなにはっちゃけたユキノさん見たの初めてかも知れません。

 

「一日で遊び尽くせないほどの広大な敷地に数々のアクティビティにグルメが満載の観光農場です。あまりに広すぎる敷地を移動する手段として園内周遊バスや昔のバ車鉄道を利用したトロッコバ車などがあり、それでのんびり敷地を散策するも善し、アスレチックやアーチェリー、そして何より見渡す限りの草原を走り回って汗を流すも善し。お腹が空いたらジンギスカンや焼肉、生乳100%のソフトクリームなどがレストランや屋外バーベキュー場で堪能できます。またバターやアクセサリーなどの手作り体験で家族での思い出作りにも最適だす。そしてそんな中でも特にイチオシなのが、春に見ることが出来る、雪が残り尾根の形がくっきりと分かる雄大な岩手山を背景に、広い牧草地に佇む一本桜……これがもう最っ高のウマスタ映えスポットなんでがす!」

 

雄弁に情景を語り尽くすユキノさん。一瞬だが、晴れ渡る空、青々と広がる草原、その中を駆け回る彼女の姿を幻視したような気がしました。

ぇ、まさか、今のは一部のウマ娘が使えるという『領域』では!?

 

……いやいやいや、レースならまだしも地元自慢の雑談でそんなの展開しないで欲しいのですけど。というか『領域』がそんな事で展開出来るようなものであって欲しくないのですけど。

 

「はい、青空の下を楽しそうに走るユキノさんの姿が目に浮かぶような素晴らしいプレゼンテーションでした、ありがとうございます! では続いて後攻スノウ先生、お願いします!」

 

サクラバクシンオーさんにも私と同じ景色が見えていたみたいです。というかそんなサラッと流せるあたりこの人もかなり強いですね。

 

「こほん、では、参ります。……神秘。その一言に、尽きる。『岩泉、龍◯洞』」

 

スノウ先生がそう切り出した瞬間、辺りが暗闇に包まれる。いや、暗いが辺りが見えない程ではない。周囲はつるりとしながらも複雑な波模様で織りなされた岩で囲まれ、奥へと続く道は闇に阻まれ窺い知ることが出来ない。ひやりとした空気が流れ、身体を通り抜けていく。雑音が消え、そこには湧き出づる清水の音だけが響いている。

 

……だからこんな事に『領域』っぽいものを展開しないで欲しいです。流行ってるんでしょうか(現実逃避気味)

 

「日本三大、鍾乳洞の、ひとつ。総延長、約4km以上、そのうち、観光用に、700mが、公開、されている。未だに、成長を、続けている、鍾乳洞は、何万年、何十万年と、自然が、手掛けた、悠久の、芸術品。そして、その作品に、色を添えるは、ドラゴンブルーとも、呼ばれる、青く、澄み切った、名水を、湛えし、地底湖。時間の、流れすら、留めて、しまうような、静けさと、冷たさ、それでいて、どことなく、懐かしさも、感じられる、その魅力を、わたしの、語彙では、一割も、表現する、ことが、出来ない。だから、私が、言えるのは、これだけ。……実際に見て、感じて欲しい。以上」

 

「おおぉ、空気の温度が実際に下がったとすら思えるご紹介でした! 何となくスノウ先生の雰囲気にもマッチしている気がしますね、ありがとうございます!」

 

またもサクラバクシンオーさんの言葉で現実へ還って来る。私は先程から飲まれっぱなしだというのにこの人は一切ブレない。これがこの方の強さの一端なんでしょうか。出来ればレース中に体験したかったです。こんな時でなく。

 

「というか、何故スノウ先生はそんなに岩手に詳しいんですか?」

 

「あー……父方の、祖父母が、ちょっと」

 

私の質問にやや言い淀むスノウ先生。何でしょう、嘘では無いけど真実でも無い、そんな雰囲気です。結構よく分からないポイントに謎がある先生です。

 

「それでは、バクシンジャッジに参ります! 第4試合『岩手の観光地』、このお題の勝利者は……」

 

ダラララララララララ……

ドラムロールが聞こえる。え、まさかこの人も不思議領域の展開を!? と一瞬思ったが口で言っています。何か凄く安心しました。

 

「ジャカジャン! ユキノビジンさんです!!」

 

「やったべ!!!」

 

「くっ……」

 

ガッツポーズを掲げ、喜びを表現するユキノさん。対して、ガクッという擬音が聞こえんばかりに首を落とすスノウ先生。

ユキノさんの頭にぬいぐるみが追加されます。金色のお寺のような……金閣寺? あ、これ勝ち数に合わせてぬいぐるみが乗せられるシステムなんですね。

 

「あの、ちなみに勝敗のポイントは……」

 

そもそも何でこんな勝負をしているのか? という大前提の疑問を置いておけば、どちらのプレゼンもしっかりしたものであった気がします。正直、甲乙つけがたいと思いました。一体、どんな差があったというのでしょう。

 

「私は屋内より屋外が好きです! 何故なら走りやすいからです!」

 

「……は?」

 

私の脳内に宇宙が広がった気がしました。

私は人智を超えた何かに触れてしまったのでしょうか。理解が及ばないのか、理解することを拒んだのか、ただ固まってしまいます。

お友だちさん、私、開けてはいけない扉でも通ってしまいました?

 

「なるほど、盲点、だった……」

 

「納得出来るんですかその理由で!?」

 

ギリッと手を握りしめ、悔しそうに呟くスノウ先生。

いつも感情が表情に出づらい人なのに、眉間にちょっと皺が寄っています。そんなになるほど悔しかったんです……?

 

「では、いよいよ次が最後の試合です! ユキノさんが勝ち越してますが、まだ決着は分かりませんよ! 最後のお題は『岩手の銘菓』です!」

 

「あたしから行かせてもらいますよ! 盛岡の地方裁判所前にある、巨大な岩の割れ目から生える桜、『岩咲桜』をモチーフにした、その名もそのまま『岩咲桜』というゴーフルだす! 直径約15cmの薄い円形状のウエハースにクリームをサンドし、パリッとサクッとした食感と、その後にゆっくりと訪れる優しいクリームの味は老若男女を問わず愛され続けてるんでがんす。シンプルだからこそ、誰が食べても美味しい。これが今回あたしが自信を持ってお薦めする岩手銘菓です! メロン、バニラ、チョコ、3つの味!」

 

≪おおっとユキノビジン、ここで突き放しにかかる≫

 

≪掛かってしまっているかもしれません

 息を入れるタイミングがあればいいですが≫

 

……今、私の脳内で実況解説したの誰ですか!?

 

「なるほどなるほど、単純で想像できる味だからこそ、安心して食べることが出来る、質実剛健な、まさにバクシン的と言えるお菓子ですね! ありがとうございます! ではそれを迎え撃つスノウ女史はどんなお菓子を紹介してくれるのか!? よろしくお願いします!」

 

「わたしが、お薦めする、お菓子……それは『チョコ〇部』」

 

「な゛っっっ!?」

 

スノウ先生の発言に、あからさまに尋常ではない動揺の声を上げるユキノさん。

何でしょう、対決系グルメ漫画の体になってきたような……

 

「ほほぅ、それは?」

 

ユキノさんの反応の理由が気になるのか、先を促すサクラバクシンオーさん。

 

「岩手銘菓、といえば、確かに、『岩咲桜』は、有名。しかし、県外での、認知度は、『◯部せんべい』の、方が、遥かに上。だが見た目や、味などに、華やかさを、欠き、若年層の、人気は、低い。そんなせんべいを、砕いて、一口サイズの、クランチチョコ、として、新たに、生まれ変わらせた、新時代の、銘菓が、この『チョコ◯部』。ただの、クランチチョコと、侮ること、なかれ。サクサクと、ほどよい、歯応えの、◯部せんべいは、お米のパフとも、コーンフレーク、とも違う、独特な、食感を、生み出す。そして、せんべいに、含まれる、ピーナッツが、香ばしさを、プラスし、一度、食べたが最後、無くなるまで、その手を止める、ことは出来ない。応用力も、高く、イチゴ味や、期間限定、バナナ味、プレミアム、仕様や、果てはアイスにと、可能性は、無限大。これこそが、岩手に、新たな、旋風を、巻き起こす、革命児」

 

「おぉ、それは是非食べてみたいですね!」

 

確かに普通に聞く限り美味しそうです。

チョコですし、コーヒーとの相性も良いでしょう。

 

「じゃ、邪道だべ! 伝統ある◯部せんべいとチョコを合わせた菓子なんて……!」

 

抗議の声を上げるユキノさん。

駄目ですユキノさん。この流れだとそのセリフ、負けフラグです。

 

「確かに、邪道。が、新たな、道は、正道から、外れなければ、切り拓けない。伝統は、もちろん大事。けど、それに挑む、チャレンジ精神も、同じく大事。あなたたちも、伝統だけで、走るわけでは、ないでしょう?」

 

「!!!」

 

ピシャーン! という擬音と、ユキノさんに雷が落ちる背景が見えます。

なんだかそろそろいちいち反応するの疲れてきました。

 

「では、ジャッジと参ります。 最後のお題の勝利者は」

 

「いえバクシンオーさん。あたしの負けです」

 

バクシンオーさんのバクシンジャッジを遮り、ユキノさんがそう言います。

そのまま、刑事ドラマのラストシーンで崖に追い詰められ己が罪を懺悔する真犯人の如く、ユキノさんは語り出します。

 

「あたしは、伝統にこだわり過ぎてました。田舎からチンクルシリーズに出て来て、シチーガールを目指している……常識を破ろうとしているあたしが。それなのに、守りに入る余り、挑戦する心を忘れてしまっていました。ですので、あたしの負けです」

 

「……ユキノビジン、さん。伝統とは、受け継がれる、心。それを、大事に、思うのは、先人に、敬意を払う、素晴らしい、在り方だと、わたしは、思っている。落ち込むことは、ない。誇りなさい、ユキノビジン。そして、新たな、気持ちで、前に、進みなさい。想いを、受け継ぎ、そして、超えなさい。あなたには、それが出来る」

 

「スノウ先生……!」

 

スノウ先生……すごく良いことを言っているはずのに、いつの間にか彼女の頭に追加されているやしの木のようなぬいぐるみが気になって話が入って来ません。何で他のぬいぐるみは全長10cmも無いのにその木だけ30cmくらいあるんですか。喋る度にみょんみょん揺れてます。

 

「最後に一つだけ、確認。……冷麺は、小辛、中辛、大辛、どれを選ぶ?」

 

「……! 別辛、です……っ!!」

 

「お見事です、ユキノさん」

 

「先生ぇ!!」

 

「最高です! これこそ真のバクシン的勝利です!!」

 

ひっし、と抱き合うユキノさん、スノウ先生、バクシンオーさん。

 

「なにこれ」

 

はやくコーヒーがのみたいなぁ。

 




■銘菓
「岩咲桜」はユキノビジンがアニメ劇中で物産展に出していたものです。
実物は「石割桜」という名称で親しまれていましたが、現在は経営不振のため令和を迎えることなく販売停止していました。かなしみ。
他にも岩手銘菓で有名なのは「か〇めの玉子」ですかね。
ノーマルよりプレミアム仕様の「黄金か〇めの玉子」が好きです。お高いですが。
異論は認める。

■初めて会った時の岩手解像度高すぎるユキノビジンの一言
「いんやぁ、おらどおなずゆぎのじへぇったなめなのぺっこきになってみにぎだら、まっさがこっだなおなごぶりぃーひどだどおもわねがったじゃ。やんだ、やだらしょす、あまみねでけれで……」
↓に翻訳あり(文字色反転でご覧ください)
「その、私と同じように『雪』が入ってる名前とのことでちょっと気になって見に来たんですけど、まさかこんなに素敵な人だったなんて思わなくて。やだ、すごく恥ずかしいです、あまり見ないで下さいよぅ……」

■バクシン的岩手自慢五番勝負 前半戦の内訳
第一試合『岩手の民芸品』
ユキノ『チャグチャグウマ娘(コ)の置物』
スノウ『南部鉄器』
見た目の華やかさに加えウマ娘ゆかりの物ということでユキノに分があるかと思われたが、『綺麗ですが、重くて走りづらそうです!』というバクシンジャッジによりスノウの勝利。

第二試合『岩手の海産物』
ユキノ『三陸わかめ』
スノウ『釜石のフカヒレ』
釜石にもあるにはあるが、フカヒレで有名なのは気仙沼市で更に宮城県だというスノウの記憶違いによる自爆でユキノの勝利。

第三試合『岩手の温泉』
ユキノ『志戸平温泉』
スノウ『須川高原温泉』
これにはさすがの委員長も『マイナー過ぎてよく分かりません!』とのことでドロー。
くずおれる二人。

■ぬいぐるみ
・カッパ → 遠野河童伝説
・獅子舞のような → 鹿踊り(ししおどり)
・金色のお寺 → 中尊寺金色堂
・みょんみょん → 奇跡の一本松
いずれも岩手ゆかりの何がしかです。

■別辛
盛岡冷麺は基本的に辛さが選べます。
辛味なし・小辛・中辛・大辛と、辛味を別皿でもらえる別辛です。
自分の好きなタイミングで辛さを変えられる別辛が好きです。
異論は認める。
ちなみに、岩手に『冷麺屋』は存在しません。
『焼肉屋』で冷麺を食べます。
冷麺が主食、焼肉はサイド扱いです。
異論は認める。

■雑記(2022/12/24)
メリークリスマスでございます。
新衣装ブライアン格好いいですね。
前衣装が闇の中で光を照らす感じで、新衣装が闇を振り払う感じ。
よくSNS上で絵師さんが『描けば出る』と言いますので前話がたまたまブライアンでしたし試しに10連引いてみました。
マジで出るとは思いませんでした。


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Case07:養護教諭とアドマイヤベガ

主人公視点。

アヤベさんはイケメン。


天高く、ウマ娘肥ゆる秋。

実りの秋、読書の秋、スポーツの秋。

色々とございますが、みなさまはどんな秋がお好きでしょうか?

 

まぁどうでもいいんですが。今、冬ですし。

 

はいはい、『何で秋の話題振った!?』とか思ってるんでしょう?

そんなもん、特に意味などあるわけがないッ!

はいはいはいはい、『あ、こいつアホの子だ可哀そう』って思った人、挙手ゥー!!

否定できない。わたくしもそう思う。

 

さてさてわたくし、本日の職務を終えて職員寮の自室に戻ってきております。

かなり寒くなってきましたので長時間屋外に居ても耐えられるよう、しっかりと準備いたします。

 

まずはお着替え。クローゼットから厚手のセーターとフリースパンツ、それから膝まである大きめのダウンコート、別名ベンチコートとも呼ばれる、よく控えのサッカー選手とかが着てるアレを取り出し、ベッドにポーイ。

続いて車椅子からベッドの上に移動し、縦横無尽にゴロンゴロン転がりながら白衣と仕事用ズボンを脱ぎ、先程ポイした服に着替えます。

足が動かないこの身、こうしないと着替え出来ないのがちょいと面倒ですが慣れたものです。

うし、おっけ。

あとは手袋と耳当てを装着すれば完璧です。

 

続いて荷物の用意ですね。

前々から買ってあったアウトドア用のキャリーワゴンに詰め込んでいきます。

えーっと、カイロと、ブランケットと、レジャーマット〜あ、こないだ買った新しいクッションも入れましょう。念のためカイロは多めに持ってっておこうかな。

あとは共同キッチンのIHコンロで温めてる飲み物を水筒に入れていけば準備完了でございます!

 

あれ、そういえばどこ行くかとかまだ言ってませんでしたっけ? 言ってませんでしたか。うっかりうっかり。ま、そんな大層なもんじゃありませぬ。

 

これからちょいと流星群鑑賞と洒落込むだけでございます。

 


 

流星に~ふふ〜んがって♪ あなたに急ふんふ〜ふんふ♪

 

車椅子でキャリーワゴンを牽引しながら、鼻歌交じりに夜のトレセン学園の敷地をのんびりと進んでいきます。目指すは校舎の更に奥にある、トレーニングコースです。

市街地で星空鑑賞する際、最大の敵は街明かりです。兎に角視界に出来るだけ光を入れないようにすることで、等級の低い星明かりまで見ることが出来るようになります。

幸いにも、トレセン学園のグラウンドは照明が落ちると真っ暗な平地となる上、学園の周囲は樹木で囲まれています。街明かりって地平線あたりで拡散して全体が明るく見えてしまうんですけど、ここの木々が上手い具合に地平を隠してくれるのと、坂路用に周囲が盛り土で囲われているのとで、綺麗に空だけを見ることが出来るような環境が出来上がっています。

雲とか出てるとそいつも街明かりを映して明るくなってしまうんですが、ありがたいことに今夜は天候に恵まれて快晴です。放射冷却やばそうですけど。

というわけで19時以降に完全に消灯したグラウンドは、決してそれが目的の施設ではないのですが絶好の天体観測スポットとなり得るのです。

 

まぁ、何でいきなり星空を? と思われるでしょうが、わたくしこう見えて趣味と呼べない程度に色々遊んでます。

新しいぱかプチが出たら取り敢えずゲーセン行きますし、行けなかった夏合宿に未練たらたらだったので数時間掛けて鈍行列車で海の近くまで行って軽く眺めてそのまま帰ってきたりもします。

普段はそこまでではありませんが、特別な天体ショーとなればわたくしの興味を引くには十分でした。それなりにミーハーなんですよわたくし。 

 

というわけで特に問題なくグラウンドに辿り着きましたが、ここに来て想定外の障害が。

わたくしの乗ってる電動車椅子って普段の使い勝手を優先して、軽量&折り畳み可能なタイプなんです。アニメ2期でテイオーが乗ってたゴルシちゃん号2号の軽量簡易版と言えば伝わるでしょうか。車輪径が手押し式の車椅子と違って小さく、10インチも無いんですよ。

これだけ小さいタイヤだと、芝では沈み込んでしまって上手く進めないんですよね。

いくら軽量とはいえバッテリーを積んだ車椅子はそれなりの重量です。そしていくら軽量とはいえウマ娘であるわたくしが乗っておりますので、流石に無理そうです。いくら軽量とはいえ!

もう少し中央付近まで進んだ方が視界いっぱいに星空が収められるんですけど……。

 

ふーむ、致し方ありませんね。

わたくしはワゴンを牽引していたロープを車椅子から外し、それを自分の足首に結びます。そこから車椅子からずり落ちるように降りて、腕の力だけでコース中心部を目指して進んでいきます。

何か小学校の体育で似たようなことしましたね。手押し車とかいう、もう一人に足持ってもらって手で進むやつ。

まぁ今のわたくしはそんな微笑ましいものじゃなく、シルエットだけ見れば井戸を引き連れた貞子です。

明るいところで見ればさぞ滑稽な姿でしょうが、真っ暗な中でこんな姿見られたら悲鳴上げられても文句言えませんね。

おいっちに、おいっちに。ずる、ずる、ずる。

 

「そ、そこのあなた、何してるの……?」

 

そういう時に限ってどうして誰かに出会っちゃうんでしょうねガッデム!

暗くて誰かはよく分かりませんが、まだ人が残っていたようです。

が、学園関係者なのでどうか通報だけはご勘弁を……

 

「……スノウ先生?」

 

懐中電灯の光を向けられます。うおっまぶし。

どうやら相手はわたくしのことを知っているみたいですけど、わたくしの方からは誰かが分かりません。声に聞き覚えはあるんだけども。

 

「えっと、誰……?」

 

目を細めて相手を視認しようとしますが、逆光で分かりません。

声の主は慌てて私に当てていた光を、わたくしに顔を見せるよう自分にかざし直します。

艶やかに腰まで伸びた鹿毛色のロングヘアを白いリボンで束ね、右耳に星形の意匠が入った青い耳カバーを付けたウマ娘。彼女は、そう。

 

「アヤベ、さん?」

 

ターフを駆ける一条の箒星、アヤベさんことアドマイヤベガでございました。

 


 

「じゃあ、アヤベさんも、星を、見に?」

 

「えぇ。ふたご座流星群……今日の流星群はどうしても見ておきたかったの。あ、ちゃんと寮長から外出許可は取ってあるわ」

 

アヤベさんに目的の場所までキャリーワゴンを引いてもらいました。わたくしも荷物としてワゴンに載せられた形で。気分はドナドナです。仔ウマを載せて~♪ って誰がポニーちゃんやねん! お手数おかけしてしまってごめんなさいね。

 

「あんなの放っておく方が問題でしょ。正直、怖かったわよ」

 

はい、それはマジすんません。

というかいくら軽量とはいえウマ娘を積んだワゴンを、舗装された道路よりずっと負荷の高い芝の上でも楽々と引くパワーは流石ですね。そりゃ根性トレーニングLv.5とかに比べれば楽でしょうけど。轍、出来てなければいいですねぇ……整備スタッフに怒られちゃう。

 

あぁ、アヤベさんとは初対面ではありませぬ。過去に保健室に訪れてきてくれております。

その時、アプリ的に言うと片頭痛と夜ふかし気味と肌あれを併発してたんですが、夜ふかしするから寝不足で頭痛と肌あれするんですよ分かってますかアヤベさん?

それなりに辛そうでしたのでベッドで横になってもらって、その横で良く眠れるように頭ナデナデしてたら懐かれました。

アヤベさんは寝てスッキリして体調回復できて幸せ、わたくしはアヤベさんの安らかな寝顔を拝見できて幸せと、正にWin-Winの素晴らしい経験でした。

もうちょっとアヤベさんの寝顔について詳細に語りたいところではありますが、今は過去のアヤベさんより現在のアヤベさんを優先いたしましょう。

 

「ほら、この辺りならよく空が見えるわ」

 

「ありがと、アヤベさん」

 

目的のポイントまで運んでもらったわたくしは、早速持ってきたレジャーマットを敷いて、その上に腰を落ち着けます。ブランケットを脚に掛け、クッションを背もたれにして、と。カイロをいくつか開封してポッケと尻の下に。最後に水筒を手元に置けば設営完了です! 一応ウマホにヒーリングミュージック的なものも用意してますが、そちらは状況に応じて使ったり使わなかったりしましょう。

 

「すごく準備万端なんだけど、慣れてる?」

 

感心したようにアヤベさんが聞いてきます。

いえ、昔なんも準備しないで見に行った時、見上げ続けて首が痛くなったのとクッソ寒かったのを教訓にしただけですよ?

というかアヤベさん、あなたが正にその状態なんですけど。一応上着は厚手のボアジャケットを羽織っているようですが、下はジャージじゃありませんか。ほら、スペースにも装備にも余裕ありますからお隣いらっしゃいな。

 

「私はいい。いつもこうだから」

 

んーつれない。けど体冷やしちゃうよー? それは仕事柄ちょーっち看過できないなぁ。ほらほら、クッションもブランケットも大きいの持ってきたから二人くらい余裕で並んで使えるよー?

そういう意を込めてわたくしはシートの片側に寄り、クッションを手でポンポンします。

 

「いえ、だから私は……っ!……」

 

にべもなく断ろうとするアヤベさんだったが、わたくしがポンポンしてるクッションを見た途端、彼女の大きな耳がピンッと立ち、尻尾がビクンッと大きく揺れた。

ん? どうしました? 人もウマ娘も駄目にする究極のふわふわ体験、ヨ〇ボーのクッションはお嫌いですか?

 

そ ん な わ け が な い よ な ぁ ?(悪い顔)

 

「す、少しだけ。そこまで言うなら少しだけ、お言葉に甘えようかしら」

 

さも仕方無さそうなセリフを言ってますが即落ちでした。目線はクッションから離れません。なんか夏にも似たようなの見たなぁ。

ウマ娘って案外欲望を抑え切れないような生態でも持ってるんでしょうか? わたくしも結構思うがまま自由奔放に生きてる自覚ありますし。

 

マットの上に座り、まずはゆっくりとその手をクッションに沈めていくアヤベさん。そのまま何度か手を沈めて感触を確認していたかと思ったらいきなりぱたんとクッションに倒れ込み、頭を預けます。

こらこら、そこで「ふわぁ……」とか小さく声を漏らしながら蕩けた顔をしない。

そんなん見せられたら物理的にわたくしが溶けてしまうわ可愛らしい愛くるしい尊い。アッ死ぬ。

このまま召されるのもそれはそれで幸せな気もしますが、せめて今日という日をベッドで終えるときまでは我慢しておきましょう。

傍らに置いた水筒を開けてキャップに中身を注ぎ、アヤベさんに差し出します。

 

「はい」

 

「ん……これは?」

 

クッションから起き上がってキャップを受け取り、くんくんと匂いを嗅ぐ彼女。

湯気を立てているそれからはほんのりとスパイスの香りがしているはず。

 

「わたし、特製の、チャイ。はちみつ、ジンジャー、入り。あったまる、よ」

 

インド地方で飲まれる、スパイスを効かせた甘いミルクティーでございます。シナモンやカルダモンなどを控えめにして煮出した紅茶に、あらかじめ作っておいた生姜のはちみつ漬けとミルクを入れたスノウちゃんアレンジです。

 

「……美味しい」

 

「ん、よかった」

 

彼女の口からほうっと吐かれた白い息が、ゆっくりと空に溶けていきます。

そのまましばらくお互い無言で星空を眺めます。

時折アヤベさんがチャイをすする音と街の喧騒以外は何も聞こえない静かな時間が流れます。

 

「ありがとう、美味しかった」

 

飲み終ったキャップを受け取った時。

 

「あ」

 

「え?」

 

彼女の肩越しに一条の光がすうっと流れ、消えてゆきます。

 

「流れた」

 

「……見れなかった」

 

ちょっと悔しそうなアヤベさん。お耳ぺたーんしちゃってますます可愛い。

ごめんね、見れるかどうかは流石に運だからね。

 

「横になって、眺めよう、か」

 

「そうね」

 

首も痛くならないしね。

ブランケットを足元に掛けてクッションを枕にし、二人並んで寝転がって空を見上げます。

これやったことない人は一度試してご覧あそばせ。見上げると一面の星っていうのも良いですが、見上げなくても視界全てが星空ってのはそりゃもう格別ですので。

 

「……」

 

「……」

 

そこからは、二人とも無言でただただ空を見つめ続けます。

山奥ではないので、周囲の音を良く拾うこの耳には電車や自動車の走行音や何かのアナウンスの声、誰かの笑い声などが音の濁流となって聞こえてきています。

決して静寂とは呼べない喧騒の中で眼前に広がる天然のプラネタリウムは、却って非現実感に溢れています。

 

時々星が流れるたびに二人で見えた見えないで一喜一憂しながらしばらく過ごしていたそんな時でした。

気付かなければこのままいられたのに、わたくしは気付いてしまったんです。

 

……あれ、わたくし、今、アヤベさんと一緒に、寝てる?

わたくしと、アヤベさんが、同じ寝床で、並んで寝てる?

お互いの肩と肩が触れ合う距離で、寄り添うようにして寝てる?

……やばいやばいやばいやばいやばいヤバイやばいやばいよくよく考えてみたらこれかなりやばいって何がやばいってそりゃもういかんでしょこれ同じ布団で寝るとかこれってもしかしてもしかしなくても同衾ってやつなんじゃないのあかんあかんあかんコンプライアンスがどうとかそういうことじゃなくていやそういうこでともあるんだけどそんなことより何より持たない持たないわたくしの正気が保てないSAN値直葬待ったなし正直こうなるともう星空どころの話じゃない都会の喧騒とか言ってる場合じゃないアヤベさんの息遣いとか触れてるアヤベさんの肩から伝わる体温とかもう気になって気になって気になって気になって頭がフットーしそうだよおヒィィィイイイイイイトエンドォ!

 

ええよくよく考えたら何と言うラブコメ案件っ! 違うの、わたくしはちょいちょい触れ合えれば良かっただけであって、こんな大接近するつもりは無かったの!

このままでは抑えが利かなくなってもう養護教諭云々以前に人として社会的に致命的なことになってしまいそうな確信がありましたのでアヤベさんに怪しまれない程度にゆっくりと起き上がろうとした時。

 

「時々ね」

 

ふいにアヤベさんが言葉を紡ぎます。

 

「時々、ふと考えるの。私もあの星達のように、ずっと輝いていられるのかな、って」

 

「いつか私も走れなくなる時が来る。そうなっても私の輝きが皆の心に焼き付くように、あの子が光を失わないように……私の全てを燃やし尽くして走り切って勝つことが出来たら、私もあの空の光のようになれるのかな、って」

 

「例えこの身が燃え尽きてしまうことになったとしても、そうやってトゥインクル・シリーズに私の軌跡を残すことが、あの子の為に私が出来ることなのかな、って」

 

訥々と語りだすアヤベさん。目線は相変わらず星を見たままですが、見ているのはその遥か遠くにある何かのようです。

 

ンンンンンンぐっじょぶですぞアヤベさん!

おかげでお仕事モードに入れます。色々セーフです。あーぶなかった、危なかった。

はいそれでは、いち、にの、さん。

……よし。

 

「あの子……って、聞いても、いい?」

 

「私の妹。生まれるはずだった、双子の」

 

「……そっか」

 

前世でもアプリ版でアヤベさんをお迎え出来ていなかったので『天体好きなふわふわマニアの耳デカ娘』くらいにしか彼女のことを知りませんでしたが、あなたにもいたんですね、もう会えなくなってしまった大事な人が。

 

「アヤベさんの、考え方、わたしは、好きだよ。誰かの為に、自分を刻む。そういう、考えは、わたし好み。ただ、ちょっとだけ、補足」

 

覚悟もガン決まってるようですし、わたくしに言えることはほぼありません。せいぜい『怪我しないようにね』くらいです。

 

「レースで、輝かしい、勝利を、挙げることは、良い。ぜひ、成し遂げて、ほしい。けど、自分を、輝かせるのは、それだけじゃ、ないってことは、心に、留めておいて。戦って、闘って、勝って、負けて、笑って、泣いて、倒れて、這いつくばって、泥にまみれて。それでも、前に進んで、胸を張って、生きて、生きて、生き抜いて、最後に、『あぁ、いい人生、だった』と、胸を張って、言えることが、あなたを、他の、何者でもない、唯一の、綺羅星に、してくれるんだ、ということを、覚えていて。生きられなかった、大切な人に、出来る、一番の、孝行は、生きること、なんだから」

 

気持ちはすごく分かりますけどね。妹ちゃんに幸せを与えたいならアヤベさん、あなた自身が幸せにならなきゃいけないんですよ?

 

「ふふ、先生って、結構ロマンチストなのね。意外だったわ」

 

「そう? 大人はみんな、ロマンチスト、だよ。普段はあんまり、言わないだけ」

 

「そうなんだ。先生って、可愛いって言われない?」

 

「よく、言われる。自覚も、してる」

 

見た目は悪くないですからねわたくし。存分に有効活用する所存であります。ふんすふんす。

 

「ちょっとそう思えなくなったわ」

 

ドヤ顔晒してたら何か手のひら返された。

あるぇー?

 

「「あ」」

 

そんなことを話していると、空にすぅーっと長く、長く尾を引く流れ星が、二条、寄り添うように流れていった。

まるでアヤベさんと妹ちゃんの、二人の行く末を祝福するかのように。

 

「……すごい」

 

「だね」

 

彼女が目指すものは、レースを走る全ての者たちが目指しているもの。一朝一夕で達成出来るようなものでは無いだろうし、多くの困難も立ち塞がることでしょう。

けど、それを理解した上で彼女は挑むのです。これ以上わたくしが何か言うのは野暮以外の何ものでもありません。

だからわたくしはせめて祈ることにいたします。

 

「いつまでもこうして眺めていたいけど、この辺にしときましょう。流石に明日に差し障るわ」

 

「ん。今日は、ありがとう、ね」

 

「こちらこそ。じゃ、戻りましょう」

 

どうか彼女の未来に、多くの光と幸があらんことを。

もし道を閉ざすようなら全力でぶっとばすからな、運命。


 

「あぁ、ターフが傷つきそうだから帰りは先生のことを荷物扱いして運ぶのはやめとくわ」

 

「ん。じゃあ、自力で、這い出る」

 

「させるわけ無いでしょう。普通に抱えて運ぶわ」

 

「……え」

 

「ほら、抵抗しないでね先生」

 

「い、いやその、これ、ちょ、恥ずかし」

 

「諦めて。誰も見てないわ」

 

「ほ、ほら、他の荷物、両手、塞がってるから」

 

「尻尾で運べるわ。そこの車椅子までなんだから観念する。もう大人なんだから我儘言わない」

 

「」

 

や、年下の女の子からお姫様抱っこされるのは、あの、かなり恥ずかしいッス……あっなにこの安心感……トゥンクしちゃう。おっふ。




■雑記(2022/12/31)
本年も大変お世話になりました。来年も宜しくお願い申し上げます。
いや、マジでこんな読んで頂けるなんて想定外でした。
一応完結までの流れは出来上がってますので、もう少々お付き合いいただければ幸いです。

新年はキタサト来ましたね。
新キタと旧サト、旧キタと新サトの衣装、スカートのデザインがそれぞれ似ているという話を聞いて尊さの余り爆散して蒸発しました。
2周年まで貯めようと思ってた石がいつの間にか無くなっていました。20連では来てくれませんでした。

■雑記(2023/01/01)
新年一発目のチケガチャでダイヤちゃん、
微課金の10連でキタちゃん来てくれました。
同時進行の別ゲームでは愉悦神父に呼符という万札を飲まれましたが。


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Case08:駿川たづなとシンボリルドルフ

たづなさん視点

そもそも謎が多い人の視点ってきっつ。
スノウちゃん出演無し回。
史実改変タグがアップを始めました。


最後の書類に目を通し、内容に不備が無いことを確認。

特に重要でも急用でも無く、学園外の案件かつ私の権限で認可出来そうなものは『駿川』の判を押し、『承認済み』のファイルボックスに入れます。他には『理事長承認待ち』と『生徒会承認待ち』、『差し戻し』や『保留』のボックスがあって、これで全ての振り分けが完了しました。

とはいってもあくまで今日の分、ではありますけど。

時刻はおよそ午後の3時前後。応接用ソファで書類の仕分け作業をしていた私、駿川たづなは大きく伸びをしてから立ち上がり、紅茶を淹れてお茶請けのスコーンを用意します。

それらをトレイに乗せて、『理事長承認待ち』に入れた書類たちと共に、大きな机の前で先程までの私と同じように書類と格闘している少女……否、秋川やよい理事長の元へと持っていきます。

 

「理事長、こちらで本日分の書類は最後です」

 

「そうか。ありがとう、たづな」

 

彼女は積まれた書類に次々と承認印を押しながら、そう短く答えました。

頭の上では相変わらず彼女の猫が四肢を投げ出して寛いでいます。

 

「確認ッ。今日はこれから会議だったか?」

 

「はい。この後はURA上層部との定例会議、その後にメンバー数名との会食。深夜にイギリス開催のコンベンションにWEBでの参加が予定されています」

 

ここ中央トレセン学園の理事長を勤める彼女は多忙を極めます。午前は書類に目を通し、午後は各種会議や展示会などのイベント出席と暇がありません。

更にはそこに別の出張が重なることもあり、出先で同量の職務をこなすこともしばしば。酷い時は寝食を忘れ出すのでそうならないよう私が止めていますけど。

 

「どうせ会議と言ってもいつも通りのことしか話さんのだろうに。暇な老人たちの茶飲みに付き合わされるこちらの身にもなって欲しいものだな」

 

手を止めないまま憂鬱そうに理事長は愚痴をこぼします。

正直、私もあまり意味の無い会議に多忙な理事長を出席させたくないとは思っています。

運営母体という性質上仕方が無いのでしょうが、URAのお歴々が口にすることは、やれ収益が、やれマスコミが、といったことに終始しています。

とてもではありませんが現役で走るウマ娘たちを慮ったものとは思えない内容に、理事長はもとより私も辟易気味です。

 

「私からは何とも。ですが心情的にはとても同意します」

 

「たづながそう言ってくれるだけでも救われる。すぐにこの書類を片付けて準備しよう」

 

放っておくと本当にすぐ動きかねないので机の上に紅茶とスコーンを並べながら答えます。

 

「いえ、これから生徒会に仕分けた書類を持っていくので、私が戻るまで少しお休みください。その子にもこちらを」

 

そう言って普段から持ち歩いている、小分けされた猫用のおやつも一緒に渡します。理事長だけ休ませようとしても言うことを聞かずにそのままお仕事を続けてしまうことが多いのですから。

 

「了解ッ。そうさせてもらおう」

 

「では少し行って参ります」

 

猫が定位置から降りて机の上で理事長におやつをねだり甘え声を出したのと、彼女が書類を一旦脇に避けて猫に構う態勢になったのを確認し、私は理事長室を後にしました。

少々時間を掛けてゆっくり戻ることにしましょう。

 


 

学園の廊下を、生徒会室を目指し普段よりのんびりと歩いて行きます。

午後はトレーニングの時間となっているので、校舎内に生徒は多くありません。教室内に居残り勉学に励んでいたり、友人と楽しそうに会話している生徒をちらほら見かけるくらいです。外からホイッスルの音や掛け声など、研鑽を積む音が漏れ聞こえてきます。

まだまだ寒い日は多いですが、陽はどんどん伸びてきており、徐々にではありますが過ごしやすい気候の日も増えて来ています。

来月には入学式。今年も多くのウマ娘達が希望を胸に抱いてやってくるのです。

 

『すべてのウマ娘にとって最高の環境を。夢に限りなく近く、悲劇に限りなく遠い場所を』

 

秋川理事長の目指している理想は日々の言動から慮ることが出来ます。そしてその理想郷に、少しずつではありますがこの学園は近づきつつあります。

理事長の連日の多忙は、全てこの理想の為に費やされています。

全てのウマ娘を慈しみ、愛し、手を差し伸べ、時に見守る。一体どれほどの偉業をあの小さな体躯でなし得ようとしているのでしょう。

 

私はあの人を支えたい。そしてあの人が見ている未来を、私も共に見てみたい。

だからこそ私はこうして秘書として、あの人の仕事をお手伝いするのです。

というか目を離さないようにしておかないと時々暴走しますし。何ですか温泉施設を作ろうって。温泉掘るのに一体いくらかかると思ってるんですか。

 

そんな事を考えながら歩いていたら、いつの間にか生徒会室前に辿り着いていました。

理事長室と変わらぬ重厚な作りのドアをノックします。

 

「駿川です。生徒会に確認して頂きたい書類をお持ちしました」

 

「どうぞ、お入りください」

 

落ち着いた低めの声が返ってきます。恐らく副会長のエアグルーヴさんでしょう。

 

「失礼します」

 

挨拶をして入ると、中にいたのは二人。

一人はやはりエアグルーヴさん。私を見るなり軽く会釈してくれます。

そして、もう一人。

部屋の奥に位置する荘厳な机に負けぬ程の存在感を放ち座すは、当学園の生徒会長を務める名実共に最高峰のウマ娘、シンボリルドルフさん。

海外遠征時に繋靭帯炎を発症し回復は絶望的と言われるも、決死のリハビリによって奇跡の復活を成し遂げ、翌年に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、文字通りの生きる伝説。

 

「こちらになります。いつものように承認と否認でお分けください。特に急ぐ案件もありませんのでお時間のある時に理事長室までお持ちいただければ」

 

「ありがとうございます、たづなさん」

 

ルドルフさんは目線を隣のエアグルーヴさんに向けると、彼女の意を汲んだエアグルーヴさんが書類を受け取ってくれました。

さて、これで私の要件は完了してしまいましたが、まだ次の予定までそれなりに余裕があります。折角ですので秋川理事長には時間いっぱいまで休息を取って頂きたいところ。

利用する形になってしまい申し訳ありませんが、ルドルフさんにもうちょっとだけ私の時間潰しにお付き合いいただこうかと思います。

 

「最近、学園内で何か困ったりした事はありませんか?」

 

「いえ、特に大きな問題もなく動いていますよ。来月の入学式や感謝祭に向けての準備も滞り無く。あぁそうだ。その感謝祭に関する新たな要望が2、3挙がっていますが今お預かりした書類と一緒にお持ちした方が良いでしょうか?」

 

春になると学園は忙しくなります。

入学式を終えたすぐ後には春のファン感謝祭が控えています。先輩方が新入生にアピールする絶好の場でもありますので、生徒達の意気はとても高いものになっています。こうやって頻繁に要望が挙がってくるのがその良い証拠ですね。

 

「いえ、今いただいて行きます。対応に時間が掛かるものがあるかも知れませんので」

 

「分かりました。エアグルーヴ、頼めるか」

 

「はい、会長」

 

言うや否や、先程私が手渡した書類とは異なるものが既に彼女の手にありました。

所作といい手際の良さといい、秘書以上に秘書らしい彼女からは見習う点も多いです。

エアグルーヴさんから書類を受け取ります。

 

「確かにお預かりしました」

 

「それと、問題という訳では無いのですが……個人的に少々気に掛かっていることがありまして」

 

そう言いながら、執務用の椅子から応接用ソファの方へと移動するルドルフさん。対面に座るよう手で案内されます。それに促されるまま、私も座ります。

スッと、エアグルーヴさんが緑茶を出してくれました。本当に隙がありませんね彼女は。

ルドルフさんは同じく眼前に出された緑茶を一口啜り、口を開きます。

 

「ほぼちょうど一年です、当学園に養護教諭を置いていただいて」

 

てっきり感謝祭に関する何かの話だろうと想定していた私は、完全に虚を突かれてしまい目を瞬きました。

 

「我々ウマ娘としては専門のスタッフが常駐してくれているというのは心平気和(しんぺいきわ)の思いで、非常にありがたく感じています。が、学園側としてはどんな印象なのかをお聞きしたく」

 

そう、去年募集した人材の中に彼女はいました。

メルテッドスノウさん。

トレーナーや整備スタッフの希望者多数の中、ただ一人『養護教諭』という役職での応募者が彼女でした。というか我々は募集すらかけていませんでした。

下半身不随で更に肺にもハンデを負っているという、走ることが本能ともいえるウマ娘にとって絶望以外何物でもない身体を持つ彼女は、書類選考の時点で十分注目に値するものでした。

 

学園にはウマ娘のスタッフというのは多くありません。いえ、ほぼいないと言って差し支えは無いでしょう。どうしてもウマ娘が持つ本能が邪魔をしてしまうのです。

誰にも負けたくない、先頭を駆け抜けたいという抗い難い欲望が、現役で走る生徒たちに対する嫉妬として現れてしまう傾向がとても強いのです。

それによって仕事に対して情熱を持てなくなり辞めてしまったり、最悪の場合は嫌がらせを行ったりしてしまうことも過去に事例がありました。

ですので学園でスタッフとなれるウマ娘は、その本能が弱いか、またはそれ以上の信念で本能を抑え込めるかのどちらかを持っている人物に限られてしまうのです。

 

彼女がそのどちらに当てはまるのかと言えば、その()()でした。

 

面接で出会った彼女に、私は失礼を承知の上で質問したのです。

『走れなくて辛いと思ったことは無いのですか?』と。

意地の悪い質問なのは自分でも分かっていましたが、彼女がウマ娘である以上、先の理由もあり聞いておかなければいけない事でした。

そしてそれに対し、彼女は淀むこと無く答えました。

 

『わたしは、あまり、走ることに、興味を、持てません、でした。辛いと、思ったことは、ありませんし、これからも、無いでしょう。この通り、足は、動きませんが、腕は、動きます。呼吸も、難儀な、身体ですが、辛うじて、言葉は、紡げます。ならば、わたしは、今の、わたしが、出来ることを、するだけです』

 

華奢とも表現出来そうな体躯と、窺い知ることが難しい表情の彼女でしたが、その奥にある瞳には蒼く透き通る光が宿っていました。それが今にも消えてしまいそうな弱々しい蛍火だったのか、はたまた激しすぎて赤を通り越してしまった蒼炎だったのかは考えるまでもないでしょう。

 

こうして彼女の内定がほぼ確定したのですが……実は内定者には更に本人に通知するその前に、とある調査機関に依頼して身辺調査を行ってもらっていました。万が一があってはいけませんので、念には念を入れています。

そしてそこから知った彼女の境遇は、私が想像するものより遥かに凄惨なものでした。なぜ()()()()()()()()()()()、あのような強い炎を宿すことが出来ているのか。

面接で彼女の強さを垣間見ることは出来ましたが、何故その強さを持てるのか理由は分かりませんでした。

 

「今言ったように我々としては彼女の、メルテッドスノウ女史を雇用していただけたことは感恩戴徳(かんおんたいとく)です。ですがこの一年、彼女にこれといって目に見える功績などがあるわけでも無く、もし学園側が彼女の必要性に疑問を感じているのなら……あまり私としては望ましいものでは無いな、と思いまして」

 

続くルドルフさんの言葉に、ピリリと緊張が走ります。

そういえば、彼女の採用を決定づけたのはルドルフさんによる勧奨でした。『彼女は必ず我々の、そしてこの学園の理想を成し遂げる為に必要になる人材だ』と。

つまりルドルフさんは、我々が彼女を解雇するのでは無いかと心配しているようです。

 

「そうですね……私見になりますが宜しいですか?」

 

「構いません。忌憚のない意見をお願いします」

 

ルドルフさんに促された私はやや思考を巡らせた後、口を開きます。

 

「では……私は医療と心理に通じるスタッフに常駐してもらうことで、その場で治療行為を行うことは叶わなくとも、適切な応急処置を迅速に行えるようになっただけでも十分な成果であると考えています」

 

養護教諭という職に医療行為は認められていません。それが可能なのは保健医という役職です。ですがそれには当然ながら医師免許が必要となり、まず教育機関専属のなり手はほぼ居ないのが現状です。よほど大病院に勤めるか、開業した方が現実的ですから。

もちろん養護教諭にも資格が要らない訳ではありませんが、そこまで狭き門というわけでもないようです。よほど学園のトレーナーを目指す方が大変でしょう。

 

では医療行為の行えない人物は必要無いのかと言われるとそんなことは無いのです。

例え行えないとしても、その職を全うする為に収めた知識は非常に有益なものです。

例えば誰かが怪我をしてしまったとして、治療を行える医療機関に赴くまでの間、適切な処置が行えるということは回復の可能性が数倍跳ね上がるということなのです。

トレーナーにもベターな処置は施せるでしょうが、ベストな判断を下せる養護教諭はやはり貴重です。

 

「それに功績が無いという事はありません。失念していたというのは言い訳にしかなりませんが、当学園にしっかりとした衛生観念を教えてくれたのは彼女です。今までなあなあで行っていた事をマニュアル化し、誰でも実践できるように整備してくれたのは彼女です。そういった点を鑑みても、私は彼女が来てくれて良かったと考えています。むしろ今まで養護教諭を置いていなかったことの方が問題でした」

 

応急用品の一新、プールの水質管理、学園の衛生指導など、普通の教育機関なら当たり前と言えることかも知れませんが、彼女はこの一年で次々と改善してくれました。本当に何故今まで彼女のような存在が居なかったのでしょう。

 

「直接聞いたことはありませんが、恐らく理事長もそうお考えだとは思いますよ」

 

そう締めくくって私はお茶を頂きます。やや冷めて程よい温かさになったそれが、私の喉を潤していきます。

私の話が終わると、その回答に満足したのかルドルフさんは緊張を解きました。

 

「そうですか。それを聞いて安心しました。是非彼女には今後もこのまま学園に在籍し、貢献して頂ければと願っておりましたので」

 

そう言って微笑むルドルフさん。先程までの剣呑な空気はすっかり身を潜めています。何故ルドルフさんはそれほどまで彼女に固執するのでしょう。 ……そういえば心なしか何かを懐かしむような雰囲気が見え隠れしているような?

 

「……少々気になったのですが、ルドルフさんは過去にメルテッドスノウ先生と面識がおありですか? 何か彼女の事を話している時の貴女が、追想に耽るようにも見受けられましたので」

 

私がそう聞くと、ルドルフさんがお茶を口に運んでいた手が一瞬、ピタリと止まりました。ほんの刹那ではありましたが。

 

「ふふふ、流石たづなさんはよく見てらっしゃる。まぁ以前会ったことがあるのはその通りでして、彼女の話になるとつい、そうなってしまうこともあるかも知れません」

 

「まぁ、そうだったんですね」

 

なるほど。知人であったというのなら今までの態度にも納得がいきます。

 

「ええ。その時に彼女に救われた身なんですよ、私は。あの出会いがなければ、今の私……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()退()()()()()()()()と思うくらいには」

 

「……それほどまでの事が?」

 

知人どころの騒ぎではありませんでした。ルドルフさんの言が正しいとするならば、もはやそれは恩人と呼んで差し支えの無いものでしょう。

更には結果的にとはいえ、URAへの功労者でもあると言えるかも知れません。もしあのシンボリルドルフが夢半ばで引退してしまっていたら……そんなifの可能性を、間接的とはいえ彼女は消してくれたのですから。

ふと見ると、エアグルーヴさんも耳を真っ直ぐ立てて目を見開いたまま固まってしまっています。彼女も初耳だったのでしょう。

 

「尤も、彼女の方は覚えていないかも知れませんけどね。採用面接に同席させて頂いた時もそれらしい反応は見受けられませんでしたし」

 

そうおどけたように語るルドルフさんですが、耳が先程よりやや垂れています。

無理もないでしょう。人生の大恩人から自分のことを覚えている素振りが見られなかったのですから。私だってそんなことになったら悲しくてしょんぼりしてしまいます。

 

「あら、気になるのでしたらお会いになられては?」

 

「こう見えて私は臆病でしてね、たづなさん。面と向かって覚えていないなどと言われたらどうなってしまうことか」

 

「あの先生なら何となく大丈夫だとも思いますけどね」

 

とはいえ、私も彼女としっかり話したと言えるのは、それこそ採用面接の時以来な気がします。

普段から会議で顔は合わせていますが、事務的なやりとり以外にした覚えは無いまま一年も過ぎてしまいましたし、今度理事長も交えてゆっくりお話を伺ってみるのも良いかも知れません。

いえ、それよりもお酒の席に誘った方が胸襟を開きやすくなるでしょうか……ですが彼女がアルコールが駄目な可能性もありますし、そこは追々でしょうね。

やや温くなったお茶を頂きながら時計を見ると、それなりに良い時間でした。そろそろ戻っても良い頃合いでしょう。

軽く雑談するだけのつもりでしたのに、思った以上にとんでもない内容を聞く羽目になってしまいました。

 

「思ったより話し込んでしまいましたね。理事長をお待たせしていますのでそろそろ失礼します。貴重なお話、ありがとうございました」

 

「あぁ、こちらこそ引き留めてしまってすみませんでした。書類は出来るだけ早めにお持ちしますよ」

 

「畏まりました。では」

 

そのまま二人に見送られ、生徒会室から退室します。

一体、ルドルフさんと彼女との間にどんな邂逅があったのでしょう……。

もし聞けるのであれば、是非今度は先生からそのお話をお聞きしたいものですね。




■エアグルーヴその後
「追想に耽る……ついそうに……つい、そうなって……!」
エアグルーヴのやる気が下がった!


このSSはフィクションです。例え緑のあくまがやや腹黒かったとしてもフィクションです。脅されてなどおりません。フィクションなんだったらフィクションです。駿川女史はすべてのウマ娘を思いやる素晴らしい女性です。脅されてなどおりません。

■雑記(2023/01/07)
あけましておめでとうございます。
なんかTVCMでやたらキタサト見た気がします。


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Case09:養護教諭とミホノブルボンたち

主人公&ブルボン視点

この話書くためにアニメ何度も見返してたら涙ぐみながら書く羽目になってしまいましたライス尊いブルボン尊い。


新緑の鮮やかさが徐々に力強い青葉に移り変わろうとしている爽やかな気候の中、今日も今日とて暇人してるこのわたくしメルテッドスノウですが、別に本当に何もしてないわけではございません。

備品管理にプールの水質チェック、掲示や配布するための保健だよりの作成などちゃんとお仕事はしております。

まぁそんなにやること多くないんで午後になると暇になるんですけどね。わたくしが暇なほうがウマ娘ちゃん様達が健康であることの証拠なのでとても良いことです。

 

で、そんな働き者の暇人であるこのわたくし、スノウちゃんが今何をしているかというと……

トランプタワー絶賛建造中でございます! ヤーバイですね、もう暇人の極みです。

え? そこまで暇ならウマホでゲームでもしてろって? はっはっはご冗談を。お金払うどころかお給金いただきながらウマ娘ちゃん様達と触れ合えるというのに、一体何に課金しろというのですか?

小さな三角をいくつも積んでは崩し、積んでは崩しを何度も何度も何度も何度も繰り返すこと数十分、ようやくやって参りましたこの瞬間。

5段タワーの最上段を残すのみ!

さー落ち着けーわたくし。慎重に、慎重に、そーーーっと……

 

「失礼します! こちらにメルテッドスノウ先生はいらっしゃいますか!」

 

スパァンと勢いよく戸を開け元気のいい声が入って来た。

いくら無表情に定評のあるスノウちゃんでも、感情が無いわけではございませんのでいきなりそんな事になったらそりゃビクッとしちゃいますよ。

そしてビクッとしちゃえばですよ、当然タワーは崩れるわけですよ。

あと僅かで完成しそうだった大三角形は瓦礫と化してしまいました。

 

んーーー残念! もう少しでしたね。

まぁこんなもん崩れるのが当たり前の欠陥住宅ですし仕方ありませんね。

さてそんなものは置いといて。いらっしゃったのはどなたかな?

栗毛のロングに水色の瞳、なんか菱形のアクセントが付いたシルバーなヘアバンドを付けた娘……サイボーグウマ娘、ミホノブルボンでした。

おや、後ろに一回り小柄な黒鹿毛の娘が……ライスシャワーも一緒のようです。

はて、私と同じようにあまり感情を表に出さない彼女がこんな勢い良く来るなんて、何か緊急事態でもありましたかね?

 

……

 

…………

 

………………

 

あれ? ブルるん動かなくね?

 

「ぶ、ブルボンさん? ブルボンさん!? ど、どうしたの? ブルボンさーん! え、えと、ど、どうしよう、どうしたら……」

 

なんかお米様も慌てちゃってるぞどうしたブルるん。もしかしてアレか? 自分が勢い良く入って来てトランプタワー崩しちゃったからフリーズしちゃった系?

ただの時間潰しだったし気にしなくて良いんだけど……

まぁフリズっちゃったのは仕方無いのでお米様に何があったのかお聞きしましょう。

 

「……落ち着いて。急患?」

 

「ふぇ、いえそういうのではなく、えと、えっと……」

 

わたわたするお米様かーわいーいなー。

いやそうではなく。ちょっとこちらの娘も落ち着くまで時間かかりそうですし、念の為ブルるんの診察しておきましょうか。

 

「ふむ……意識は、あるけど、思考して、いない……こういう事、以前には?」

 

「え、っと、はい、たまに、時々」

 

「彼女が、苦しんだり、倒れたり、することは?」

 

「ない、です。普通に戻ります」

 

ふむ、まぁ心配する事態ではなさそうですね。お米様の反応を見る限りは割と平常運転の不具合のようです。

平常運転の不具合って何……?

 

「……よく、分からないけど、すぐ、どうこうなる、ものでは、無さそうだね。取り敢えず、ベッドに、寝かせて、おこうか。悪いけど、彼女を、運ぶの、手伝って、くれる?」

 

「は、はい!」

 

心配は無さそうですが一応ベッドには寝かせておきましょう。再起動した瞬間に倒れたりしても難儀ですし。

 

「しばらく、様子を見て、起きれば良し、起きなかったら、担当に、連絡して、最悪は、救急搬送、かな。まあ、大丈夫そう、だけど」

 

万が一があってはいけませぬので、最悪は想定しておきます。これでもデキる養護教諭なんですよ?

 

「大丈夫、と思います。ごめんなさい」

 

もー謝ることなんて無いのにぃ。お米様、何も悪くない。悪いのはトランプタワーなんか作ってたわたくしなんですから。ほーらお米様スマイルアゲイン?

 

「何も。何か、飲み物、淹れるよ。それで、何か、あった? あんな、元気に、入って、きたんだし」

 

「えっと、無いことも無いんですけど、その……」

 

「?」

 

言い淀むお米様。急患とかじゃないなら何か相談事かしら?

 

「どちらかというと、用があったのはブルボンさんなので、いま私が聞いてしまうのも違うかな、というか……」

 

「なるほど、理解した。じゃあ、彼女が、起きるまで、何か、してようか」

 


 

Serial Code "MIHONO BOURBON"

System Restart

……

………

意識、100%回復。

触覚、100%回復。

視覚、45%回復。

聴覚、80%回復。

嗅覚、75%回復。

 

「……や、だめっ……そんなとこ……」

 

回復中の聴覚が音声を拾います。92%の確率でライスの声と判明。

 

「ふふ、さっきは、さんざん、攻められた、からね、今度は、こっちの番。ほら、ここも」

 

57%の確率でメルテッドスノウ養護教諭と推測。確率向上にはサンプルの取得が必要です。

 

「あっ、そこは……! そんなとこめくっちゃ、やだ……」

 

「ふふふ、ここかな? もっと、いくよ……」

 

ライスの声紋からステータス『困惑』及び『焦り』を確認。

 

「やだ……ぉ、お願いします、もうこれ以上は……」

 

「だめ。容赦、しないよ」

 

「あっ、ああっ、ああああああっ……!」

 

WARNING! WARNING!

身体機能、90%回復。通常動作に問題無し。

緊急行動『飛び起きる』を実行!

 

「何をしているのですか!?」

 

「あ、ブルボンさん起きました?」

 

「ん、良かった」

 

「そんなことより! お二人共一体何をし、て……トランプ?」

 

視覚、100%回復。

トランプでゲームをしているライスとメルテッドスノウ養護教諭を確認。

 

「ん、神経衰弱」

 


 

ブルるんが目を覚ましたようですね。良かった良かった。

でも何であんな慌てたように飛び起きたんでしょう? 取り敢えず起きたてのブルるんには状況を伝えておきます。

 

「そうでしたか、私が再起動するまで時間潰しでカードゲームを。ご迷惑をおかけしてしまい大変申し訳ありません。このお詫びは後日改めて必ず致します」

 

「気にする、ことじゃない」

 

「いえ、そういうわけには参りません」

 

こんなことでお詫びをされるようならわたくしお礼やお詫びだけで毎日が終わってしまいます。こちらとしては業務をこなしただけなので畏まられることはしたつもりもありませんし。

しかしなかなか引き下がろうとしないブルるん。そんな思い詰めること無いねんで?

 

「そ、そうだ。ブルボンさんも一緒にやろ? トランプ」

 

状況が平行線になってしまったのを察したのか、そこに助け舟を出してくれるお米様。この娘はほんに健気な娘です。庇護欲くすぐられまくりです。

 

「いえ、私は……」

 

何か言いかけたブルるんが動きを止めます。あれ、またフリーズ? ブルボンプチフリーズ? わたくしはチョコラングドシャが好きです。あ、今は関係無いですねすいません。

 

「ブルボンさん?」

 

再度ベッド行きかと思われましたが単純に考え事してただけみたいですね、すぐ動き出します。

 

「……そうですね、やはり私も混ぜていただいて宜しいでしょうか?」

 

「何か、聞きたいこと、あるって、聞いたけど?」

 

「いえ、それはもういいのです」

 

あれ? あんな勢い良くここに来たくらいだし、かなり気になる案件かと思ったんですけど……まぁ本人が良いって言うなら良いか。無理に聞き出すことも無いでしょう。

 

「そう? ならいいけど。それじゃ、ゲームを変えて、遊ぼうか。そうだな……二人とも、大富豪は、分かる?」

 

お米様がこくこくと頷きます。

対してブルるんはぷるぷると首を振ってます。

ふむ、ルールを説明しても良いですが出来れば二人共馴染みのあるゲームの方が良いでしょうね。

 

「ん、じゃあ……ブラック、ジャックは?」

 

今度はブルるんがこくこく、お米様がぷるぷる。

……あれ、これすごく可愛くね?

 

「ん~……ポーカー、テキサス……」

 

二人ともぷるぷる。

やっべ、超可愛いんですけど。

何これ。延々と見てたい。

 

「ふむ。……ババ抜き、しよっか」

 

二人ともこくこく。

やっべ、超可愛いんですけど。

何これ。延々と見てたい。

 


 

「ぴいっ!?」

 

「ライス、そんな分かりやすい反応をしてはメルテッドスノウ養護教諭にバレてしまいますよ」

 

「うん、十分、分かった。引いたね? ババ」

 

という訳で、ただいまババ抜き真っ最中でございますが、表情の読みづらいわたくしとブルるんに、お米様大苦戦中でございます。

にしても本当にこの仕事就けて良かったわぁ。

片や無敗二冠を達成した坂路の鬼、片やその鬼が目指していた三冠を阻止した刺客。そんな超有名ウマ娘とのんびりババ抜き出来るなんて。

 

「そういえば、ライスシャワー、さん。天皇賞、おめでとう」

 

「あ、ありがとうございます」

 

お米様からカードを一枚取りながら雑談です。

先月くらいにこのお米様は春の天皇賞でパクパクさんことメジロマックイーンを制し、更にレコード樹立という偉業を成しています。アニメ2期の8話のアレです。

日曜でしたし、折角なのでわたくしもレース場まで観戦に行きました。京都までくらいなら新幹線で日帰り出来る良い時代です。

にしても、いやぁ凄かったですね会場の熱気やら臨場感やらが。テレビで観るのとはやはり違います。

何でしょう、走るウマ娘ちゃん様達の気迫でしょうか。ビリビリ来るんですよね。ライブハウスか花火大会みたいな感じ。

きっと普通のウマ娘ならこれに当てられて、自分も走りたい競りたい勝ちたいとかウズウズしちゃうんでしょうね。

わたくしの場合はウマソウルが全く仕事しませんので、『うわーみんなすっげー』くらいにしか思いませんでしたけど。

 

「でも、あの天皇賞で勝てたのは、ブルボンさんのおかげなんです」

 

お米様がブルるんからカードを取りながらしみじみと話を始めます。

 

「私、みんなから嫌われてるんです。ブルボンさんの三冠、止めちゃったから。天皇賞でも、マックイーンさんの連覇、阻止しちゃいましたし」

 

「ライスは悪い子なんだ、悪役(ヒール)なんだ。誰もライスが勝つことを望んでない、いらない子なんだって思っていました。天皇賞も、本当は出るのをやめるつもりでした」

 

やや俯くお米様。きっとその時の情景を思い返しているのでしょう。

手元もちょっと震えているような気がします。

ん、あれこれ大丈夫? PTSD気味になってたりしない?

ちょっとその場合はスノウちゃん全力モード解放なんですけど。

 

「けど……けどブルボンさんが、そうじゃないって教えてくれました」

 

そう言って顔を上げるお米様。目には恐怖の色は見えません。むしろキラッキラしております。

良かった。史実(?)通り、受け止められていたみたいですね。

 

「こんな私のことを、ヒーローだって、言ってくれました。みんなの夢と希望を壊したライスのことを、新しい夢と希望を与えてくれたヒーローだって。今は違くても、勝ち続けていればいつか、それは歓喜と祝福に変わるんだって言ってくれたんです」

 

実際何であそこまでブーイング受けてたんでしょうね? 勝負の世界に絶対は無いなんて自明の理だというのに。お米様のヒール要素なんて色が黒い以外に何かあります?

 

「そしてそう言ってくれたブルボンさんも、私にとってヒーローなんです。また彼女と一緒に走りたい、前よりも強くなって戻って来るブルボンさんと競い合えるような、強い自分でありたい。そう思えたからこそ、私は天皇賞で勝つことが出来たんです」

 

「ライス……」

 

そう言って微笑み合うお米様とブルるん。

ぐわああああああぁぁぁぁぁぁっ!

萌えるっ! 萌え尽きてしまうううぅぅぅっ!

なんという尊み! なんという暖かさ!

バ鹿なっ! これが、これがミホライだと言うのかああああっ!! あっ

 

「ライス、私も同じ気持ちです。ですがそれはそれとして、これであと2枚です」

 

「ええぇっ!?」

 

とても濃厚なミホライ成分を補給させていただいた矢先、なんとも容赦の無いブルるんの一言。あの話の流れで淡々とゲーム進められてたんですかい。パないの!

 

「勝負の世界は非情です。レースでも、ゲームでも」

 

「うぅぅ……先生が全然ババ引いてくれないよぅ……」

 

お耳ぺたこして涙目のお米様。おっふ、口からレインボーな何かを吐きそうなくらい可愛すぎるけど手加減はしてあげられませぬ。だってあんまりにも分かり易すぎるんですもの。というわけでわたくしもカードを貰いまして、ぉ、揃った。

 

「勝負の、世界は、非情。私も、あと2枚」

 

「ひ、ひどいよ二人とも……」

 

状況はブルるん2枚、わたくし2枚、お米様1枚といった状況でお米様がブルるんからカードを引く番。

誰かが上がれば、そこからなし崩し的に勝負は決まるでしょう。

お米様がブルるんからカードを引きますが、片方はババが確定してますので揃うはずもありません。続いてブルるんが私から引いて勝負を決めに来ますが、残念揃わず。

さぁ状況変わりましてブルるん2枚、わたくし1枚、お米様2枚のうち1枚はババという状態でわたくしがお米様からカードを貰う番です。

 

「そろそろ、決着と、いこう。ババは、どっちかな?」

 

「ひぅっ! おおおおしえませんんん……」

 

そう言うものの、わたくし側から見てあからさまに引いて欲しそうな右のカードと、手の奥に引っ込めている左のカード。分かり易い。

目線はずっと右のカードを見ている。超分かり易い。

すぅっと手を右に持っていくと耳が立ち明るい表情になり、左に持っていくと耳が萎れて泣きそうな顔になる。分かり易すぎるにも程がある。

けどごめんね、勝負の世界は非情なの。

私は左のカードに指をかけ、抜き取ろうとします。するとそれを持っていかれたく無いのでしょう、お米様がカードを持つ指に力を籠め、抵抗します。

が、そんな抵抗むなしくカードを抜き取るわたくし。

ふっ、勝った。これで……

 

ジョーカー(ババ)だとおおおおおぅっっっ!?

 

この土壇場で自分の読まれ易さを逆手に取りよったぞこの娘!? これまで分かり易い反応を敢えて行うことで、最後の最後、この瞬間にブラフを行い、確実に釣り上げる策……それが今、見事に成立した!!!

なにこの娘、天性のギャンブラーなの!?

お米様、恐ろしい娘……!

最後に差し切る、これが黒い刺客と言われた彼女の真の力なのか……

 

「やった、上がった」

 

そしてしれっとイチ抜けしておられるぞ!?

やばたにえん。マジ卍って感じ。

均衡の崩れた今、もはや決着はすぐでしょう。

ブルるんがわたくしから引く番です。

ぐぬぬ……お米様には完全にしてやられました。流石は大観衆の眼前でレースやライブを行う胆力を持った現役レースウマ娘と言ったところなのでしょう。

 

「これで決着です。申し訳ありません、メルテッドスノウ養護教諭」

 

「くっ……せめて、ビリは、回避して、みせる。さぁ、引くといい」

 

まだわたくし達の戦いは終わっていない。さぁ、勝負ですぞブルるんよ!

スノウちゃん先生の次回作にご期待ください!!

 


 

「楽しかったね、ブルボンさん」

 

「えぇ、ライス」

 

私とライスはあの後も雑談を交えながら何度かカードゲームを行い、ひとしきり遊んだのち、寮へと戻って歩いていました。

最初のババ抜きは結果的には私の敗北でした。

ライスの見事な戦略によってダメージを受けていたメルテッドスノウ養護教諭からなら勝ち切れる可能性が高くありましたが、そう上手くはいきませんでした。

 

「でも、本当に何も聞かなくても良かったの?」

 

「えぇ。そもそも完治はしているのです。その状態で相談してもメルテッドスノウ養護教諭を困惑させるだけだと判断しましたので」

 

そう、私達が保健室を訪れた本当の目的。

私の脚についての相談をするつもりでした。

 

去年、ジャパンカップ出場に向けてマスターの指示のもと鍛練を行っていました。

しかし菊花賞でライスに破れた直後だったのもあり、自分でも気づかぬ内に隠しステータス『焦り』を取得していたのでしょう。マスターに指示された以上の負荷を課した結果、大きな怪我を負ってしまいました。

幸いにも怪我は完治しましたが、何か違和感が残ります。具体的には明言出来ませんが、走ると脚のどこかに小さなエラーの発生を感じるのです。

全力で走れないことはありませんが、このエラーを抱えたまま走るのは危険であると判断しました。

私はその旨をマスターに相談し、再度ドクターの診察を受けました。

しかし結果は『異常なし』。ドクター曰く、リハビリを続けていけば自然と回復するのではないかとのことでしたが、何かそういったエラーとは異なるものであると感じます。

 

天皇賞の後、私はライスに現状を伝えました。

このままではライスと全力で勝負することが出来ません。彼女との再戦を。それを目標にこれまでやって来たというのに。

マスターやライスのアドバイスで、私は色々な手段を試しました。

著名な整体師による施術、温泉による療養、心理カウンセリングなど、思い付く限りの事を試してみましたが改善した様子はありませんでした。

 

もはや打つ手は無いのかと思われた時、中庭を歩く私とライスの目に入ってきたのは、『表はあっても占い』という看板を掲げたテント……マチカネフクキタルさんの占い小屋です。

 

占星術などの統計学ならまだしも、水晶占いという非科学的極まりない手法でしたが、駄目で元々くらいの気持ちで私達はテントの中へと入って行きました。

そこで占いを行って頂いた結果が『保健室へ』という一言だけ。フクキタルさんもこの結果に訝しんでいました。こんな短くて具体的な結果が出たのは初めてだと。

保健室……去年からメルテッドスノウ養護教諭が在籍している場所。もしかして彼女が何か治療を行うことが出来るとでもいうのでしょうか。

先程までの非科学的云々のことなど忘れ、私は早足で保健室へと赴き、勢い良くドアを開け放ったのでした。

 

……その後は、結果としてゲームを行っただけでしたが。

冷静に考えれば分かることでした。医療行為を行うことが出来ない養護教諭にこの話をしたところで相手を困惑させるだけであると。

そう、この脚に感じる違和感を……違和感、が……?

 

「違和感が……エラーが、無い?」

 

私はその場で立ち止まります。

恐る恐るその場で足踏みをし、腿上げを何度か行ってみます。最初はゆっくり。徐々に速く。そして全力で。

やはりエラーは発生しません。

 

「ブルボンさん?」

 

数歩先を進んでしまっていたライスが気付き、声を掛けてきます。

 

「ライス。メルテッドスノウ先生は停止中の私に何かしましたか?」

 

私にメルテッドスノウ先生から特別な処置を施された記録はありません。であれば、私の意識が無い間に何かをされたと考えられます。

ライスならその間の私を見ているでしょうし、何かをしていたなら記憶に残っているはずです。

 

「え? う~ん……特に何かをしたりはしてなかったよ。ベッドに運んだ後、()()()()()()()()()()()()()。私もされたけど」

 

しかしライスの話を聞くに、その様子はありません。ですが、少なくとも占いを受けて保健室へ赴くまでは感じていた違和感が今無いということは、確実に彼女が何かをしたということを示しています。

 

「すみませんライス。私はこれから急遽マスターの元へ向かわねばならなくなりましたので先に寮に戻っていてください」

 

「え? う、うん。わかった」

 

ライスと別れ、足早にトレーナー室へ向かいます。一刻も早くこの状態を報告しなければ。

しかし最良の結果に辿り着けたというのに、過程が不明すぎます。

 

メルテッドスノウ養護教諭……あなたは一体、何者なのですか?




■メルテッドスノウのヒミツ②
実は、時々あだ名が独特。変わってるのは自覚してるので口にはしない。

■カードゲーム
スノウちゃんとライスは至って普通に神経衰弱してただけです。
とても健全で安全で安心ですのでその手錠しまっていただけませんかうまぴょい警察さん?
違うゲームの候補として、ソクラテスラってのをやろうかと思いましたが絶対ギャグ回にしかならないので諦め。非電源系ゲームも良いですよね。

■今回のMVP
シラオキ様。


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Case10:養護教諭とアグネスデジタル

主人公視点

[[[注意]]] 鼻血回。流血描写あり。


「けっほ、けほっ」

 

どもっ、メルテッドスノウちゃんどすえ。

先程食堂で本日も美味でありました昼食を摂り終え、のんびりとマイテリトリー保健室に戻ってる最中でございます。

いやぁ開幕一発目から咳なんかしちゃって申し訳ないです。なんか昨日あたりからちょっと喉の調子が宜しくないんですよね。

ヴィッ〇ス舐めてりゃ治るだろ、と一晩様子見てみたのですが……調子が戻るどころか、ほんのり微熱も出てきてしまった次第でありまして。こりゃ一足早い夏風邪でも引いちゃったかなと朝から風邪薬キメておりまする。効いてよね、早めのパブ◯ン。

葛◯湯も飲んでますし、まぁ夜辺りには治ってるでしょう。あー鼻の奥が痛い。

 

今日はあんまり動かん方がいいかなーとか思ったんですが、そもそもわたくし普段からそんなに動いて無いんですよねHAHAHA!

……これ、もしかして逆に動かなすぎて体調崩しちゃいましたかね? あんまり運動は好きではありませんが、体調戻ったら健康維持程度にもう少し身体、動かしましょうか。

 

というわけで学園の廊下を車椅子で進んでいると、何かが廊下に落ちてるのを発見。おや、何でしょう? 遠目で見える限りはノートっぽい?

取り敢えず近寄って落とし物を拾い上げてみます。

あ、今『足動かないのに地面に手が伸ばせるのか?』ってツッコみましたね? ちっちっち心配ご無用、普段から車椅子には100均で買ったマジックハンドを用意してあります。これが無いと周りに誰もいなくて何か落としたりした時、地味に詰むんで。

 

落ちてたそれをよくよく見ると、厚さはノートくらいですが表紙が特徴的。ツルツルの光沢がある表紙に、背中合わせで描かれたウマ娘が二人。あれ、これって……まさかまさかのウ=ス異本!? もとい同人誌です。前世では良く購入させて頂いておりました。えっちぃのもえっちくないのも。

つーかコレ学園(こんなとこ)にあって大丈夫なやつなんですかね!? 一応ご丁寧に全年齢マーク付けてるようですしKENZENではありそうですが……てかアートポストのフルカラー表紙じゃないですか出来良いなぁ。

念の為内容も軽く拝見。ふむ、漫画形式のウマ娘×ウマ娘でオリ本ですか。ふむ、ふむ? ……ほう。ほぉ〜……。

 

思わず丁寧に描かれている内容にちょっとじっくり目を通し始めてしまった時、遠くからダダダダダッと激しい足音が近づいて来ました。

 

「た、確かこの辺りで! 落としたとしたらこの辺りで! 誰かに見つかる前に! 誰かに拾われてしまう前に! 回ぃっ! 収ぅっ! しないとぉぉぁぁあああばばばばばばっばばあばばばあああぁぁぁっぁ!?」

 

ズザザザザーーーッと滑り込んでわたくしの目の前に現れたのは、ピンクのツーサイドアップを赤い大きなリボンで彩ったウマ娘、アグネスデジタルです。

彼女の目線はわたくしを見て固まってしまっております。厳密にはわたくしの手の中にある同人誌に注がれてしまっているようですが。

今さっき叫んでた内容的に、誰かに見られる前に落としてしまったこの本を回収したかったのでしょう。が、わたくしに拾われていて、時既におすしであったと。

 

ん? てことはこれ彼女の本か。……これ彼女が描いた本かっ!

 

「けほっ、アグネス、デジタルさん」

 

「は、はひぃっ! ももももも申し訳ありません先生! 学業に関係ないモノを持ち込んでしまい言い訳のしようもございません以後十分に注意いたしますのでどうかそちらの本は返して頂けませんでしょうか何卒伏してお願い申し上げますっ!」

 

早口で一息に謝罪を述べて90°の綺麗なお辞儀をするデジたん。放っておくと言葉通り土下座しかねない勢いです。

ま、そりゃそうだ。もし他の学生に見つかったとしても素早く回収してしまえば無かった事に出来たかも知れなかったでしょうに。よりにもよって職員側のわたくしに発見されてしまったのですからもう揉み消しは不可能と判断するでしょう。

誠心誠意謝罪して返却してもらう。本来ならば最善の手段だったと思います。いかがわしい物でもありませんし、口頭注意で済むレベルです。

 

だがこのスノウちゃん、そんな戯言は聞かぬ!

わたくしは容赦なく彼女に告げます。

 

「在庫は、ありますか?」

 

「はいすみませんっ! ……はい?」

 

是非買わせろください。

 


 

保健室に戻って来たわたくしは、デジたんの同人誌をじっくり読み耽ります。

 

――ペラッ

 

見た目優等生のお転婆娘『ガイアトリアドール』と、外見不良中身純情娘『スリヴォヴィッツ』。

このウマ娘二人がことあるごとに衝突しあい、競争しながら相手の力を認め、唯一無二のライバルとして切磋琢磨しあう中、徐々に相手のことを常に意識するようになり、その想いは友情からやがて違うものに……と、まぁベタっちゃあベタなお話なのですが。

これ、フィクションだよね? ちょっと某チームスピカの二人に似過ぎてない? トリアドールって確か赤系色の一種だし、スリヴォヴィッツは蒸留酒だったような……。

 

――ペラッ

 

にしてもこの絵のタッチ、及び表現技法。ベースは少女漫画風ですが、時折少年漫画で良く使われる手法なども取り入れられて読み手を全く飽きさせません。レースシーンなど臨場感溢れまくりで、まるで隣を走っているような錯覚を覚えるレベルです。

 

――ペラッ

 

読めば読むほど先が気になり、ページをめくる手が止まりません。ギャグあり、シリアスあり、間延びし過ぎず、詰め過ぎず。それが40ページという普通に読み切り漫画並のボリュームで描かれています。いや同人でこのページ数はかなり多い部類だぞすげぇな。

 

――ペラッ

 

……ふぅ、最後まで一気読みしてしまいました。

実にてぇてぇ。非常に良い成分を補給させて頂きました。

流石はアグネスのやべーやつでございます(褒め言葉)。

 

「こほん。アグネス、デジタル、先生」

 

わたくしは同人誌を閉じながら、わたくしの対面に座って下を向きながら終始プルプル震えっぱなしのデジたんに声を掛けます。

 

はい、彼女はわたくしが本読んでる間、ずーっと対面におりました。

廊下で拾ったこの同人誌を、買わせろ返しての問答をしていた結果、とりあえず他人の目につかないところで、という話になりここ保健室で読んでいたのですが、ちょっと冷静に考えると酷なことをしてしまったかも知れません。

……うん、自分の欲望の塊を眼前でマジマジと見られるってちょっと、いやかなり恥ずかしいかも。羞恥のあまり死にたくなるかも。

 

「ひょっ! いいいいいやいやいや先生とか勘弁してくださいあたしの作品程度なんてどこにでも転がってる道端の石ころみたいに取るに足らないものですからして」

 

あっはっは、ご冗談を。これだけしっかりした作りの本、そうそうお目にかかれません。少なくとも前世でそれなりにお台場夏冬の祭典に行ってましたが、大手クラスの上等品ですよこれ。

勿論小さいサークルの品が悪いと言っている訳ではありませんが、単純に一個人でここまで綺麗に装丁するのって準備も資金も大変なんです。

 

そして何より、デジたんが作ったってところ、最重要です!! ご本人の手ずから作られたキャラグッズとか、もはや聖遺物ですよ。

わたくし以上にウマ娘愛に溢れて零れまくってる彼女が、どういった目線、どういった想いでウマ娘ちゃん様達を見ているかが間接的に記されたこちらの本は、ある意味バイブルと言っても過言ではありません。

 

むしろこれはもうほぼデジたん自身と言っても過言では無いかも知れないッ!

……いや流石にそれは過言か。

 

「そんなこと、無い。続きは、ありますか? まとめて、買わせて、ください」

 

「ご、ごめんなさいそれ最新刊なので続きはまだ描いてる途中なんですというかちょっと情緒が持たなそうなので敬語止めてもらえませんか」

 

「そう? なら、そうするね。じゃあこれ、買わせて。他には、ある?」

 

作家先生には敬意を払って丁寧口調にしたいところですが、本人からのご所望とあらばそうしましょう。

それはそれとしてこの本は是非手元に置いておきたい。本棚に入れて薄いながらも確実にそこにあるという存在感を感じてニヤニヤしたい。時々寝る前とかに読んでニヤニヤしたい。

ちょっと車椅子をデジたんに近づけて詰め寄ります。続刊はまだでしたか。では他の既刊は? あるなら速やかに出したまえ。さぁハリーハリーハリー。

 

「アッ、距離近っ、何この美人すぎる先生しゅきぃ……じゃなくて、いえ、あたしそれ結構確認の為に開きまくっちゃって跡ついてますし、ちょっと汚れてますし、とてもお金を頂けるような代物では無いので、どうしてもと言うならせめて新品を差し上げますので」

 

「そういう、わけには、いかない。けほっ、これは、対価を、払うべき、作品。あなたが、表現して、わたしが、共感した、情熱の、塊。ただで、貰うなんて、わたしの、矜恃が、許さない」

 

こういった同人活動にはわたくし、投資を惜しみません。大手壁サークル規模なら兎も角、個人の中小サークルなんかは売上回収なんて夢のまた夢です。せいぜいその日のご飯代や他のとこの作品を購入する資金の足しになる程度。

次も書いてもらいたいからこそお金を出すのです。

 

「そんな、そこまで評価して頂けるようなものではありませんですので……あたし以上に素晴らしい作品を出す方は沢山いらっしゃいますし……」

 

うーん、おデジさんよ、自己評価低めなのは前世から存じてましたが、やり過ぎると相手にも自分にも失礼になっちゃいますよ?

 

「んー……謙虚が、美徳とは、言うけど、過ぎたる、謙遜は、止めといた、ほうが、いいよ?」

 

「ですが、本当に大したものでは無いので……」

 

「そうなると、この、作品に、価値を、見出だした、わたしの、見る目は、節穴だって、ことに、なるよ? こほっ」

 

「……っ! そんなつもりは……」

 

まぁ謙虚が美徳なんてモノ自体が前時代的な古い考えらしいですしね。

相手の褒め言葉を否定する、それ即ち相手の想いを否定するのと同義です。素直に受け取っときましょう。

 

「それに、あなたが、心血を、注いで、作り上げた、本を、あなたが、卑下しては、いけない。あなたの、想いを、あなたが、否定しては、いけない」

 

「!!!」

 

自作品のファン第一号は他でもない自分なんですから、そこは最後までちゃんと生み出した作品を愛してあげましょう。数年後に黒歴史と化して悶絶する可能性も微レ存ですけど、そこも含めて。

 

「自分に、自信が、持てないと、作品にも、自信が、持てなく、なるのは、分からなくも、無いけど、程々に、ね?」

 

「は、はい。ありがとうごじゃいます……」

 

ちょっと噛んだぞ可愛いなぁデジたんは。

自信を持てなんて言うつもりはありません。そういった自信の無さも含めて彼女の個性ですので。自ら変わっていく分には良いですが無理に変える必要などありませぬ。極端にならなければおっけーなのです。

 

「けほっ。で、先生。ここの描写、なんだけど」

 

「あの、すみませんが先生呼びも止めてもらえると……」

 

だめかぁー。わたくし絵心はさっぱりさっぱりなので描ける人はそれだけで尊敬の対象なんですけど。

いつだったか保健だよりに動物のイラスト描こうとしたら名状しがたい何かが出来上がったんですけど。多分、某うたのおねえさんよりヤバいんですけど。

 

ま、そんな壊滅的なわたくしのデッサン力なんてどうでも良いのです。

折角目の前に作者様がいらっしゃいますので、この本の好きポイントを存分に伝えておかねばなりません。感想って大事。

ざっくりと『この本が好きです』と言うよりも『ここの描写がツボです』みたいに話した方が相手も嬉しくなります。

作り手のモチベーションアップに繋がりますし、そうなれば次回作が出る可能性も上がるという、正に一石二鳥! 下心満載ですね!

 

「……つまり、そういった過去の想い出から思わずこの動きが出てしまうからこの描写を入れたというわけなのですよ。気付いて欲しい、けど気付かれたくない。そんな気持ちがこの指先の動きに表れてしまったという」

 

興が乗っていただければこのように作者が作品に込めた想いも教えてくれたりする事もあったりします。

今はわたくしとデジたんが1対1なので周りへの配慮は一切ありませんが、イベント会場などでは隣のサークルさんや他のお客さんなどに十分気を配りましょう。客側のマナーが悪いとサークルの悪評に繋がってしまいますので。

 

「ほほぅ、なるほど。すごく、納得、した。つまり、この動きが、最後の、けほっ、シーンの、伏線に、なってると、いうことか」

 

構成力も高いとかすげぇなこの娘。天は彼女に二物を与え給うたか。いや二物じゃ足らんな。どんだけだ。

おや、何かデジたんが驚いたようにこちらを見ておりますぞ?

 

「メルテッドスノウ先生も良く気付きましたね、そこ。あたし自身、こんなの誰も分からないだろうなって思いながら描いたんですけど」

 

「そう? かなり、あなたの、想いが、込もった、コマだと、思ったけど」

 

商業誌と違って同人誌は作者の気持ちが強く込もってることが多いので、『私はコレが面白いと思うんだけどどうよ!?』ってポイントをちょいちょい見受けることが出来ます。個人の感想ですけども。

前世はそういうとこ探すの好きでした。

 

「……何だか、先生の視点って一般人の気がしないのですが。もしかして()()()側の人だったりします?」

 

「え、今更?」

 

買い専でしたが前世では完全にそちら側でしたし、今世でもそうしましょうかね。サークル参加は……ちょっと絶望的ですが。技術的な意味で。

 

「いやぁ、意外というか何というか……メルテッドスノウ先生って保健室にひっそり佇んでいる妖精みたいなイメージだったんで。結構アグレッシブなんですね」

 

「妖精て。けほっこほ。あ、スノウで、いいよ」

 

それどこ情報よー? わたくし自ら言うのも何ですけどガセネタ過ぎませんかね。もしくは妖怪の間違いかと。

というか、デジたんといると素の自分がちらほら表に出ちゃうのを感じますね。何でしょう、すごく気安くて楽。同好の士だからですかね?

 

「……スノウ先生、大丈夫です? ちょいちょい咳してる気がするんですけど」

 

「ん、多分、風邪気味」

 

気になるよねー、わかりみ。

っかしーなー、朝だけじゃなくてさっき昼食後にも薬飲んでるんですけどね……全然治まる気配が無いです。

 

「えっ!? いやいやいやそれは早退して下さいよホント。早く帰ってゆっくり休んで下さいよ。ウマ娘ちゃんが体調崩してるなんてあたしの精神衛生的に宜しくないんで」

 

「でも、この本……」

 

早上がりしたいのは山々なんだけど、部屋戻って布団で横になってる間の時間潰し用としてもこの同人誌、是非とも入手しておきたいなう。

うん、大人しく寝てろと言うのは分かってますよ? けどずっと寝てるの暇じゃん! どうせウマホで動画見たりするでしょうし、見たいの手元に置いときたいじゃないですかぁ!

 

「わかりました、今から新品をお持ちしますからそれ受け取ったら帰って下さいよ? お金は……後で。後で頂きますから」

 

「えー、これが、いいのに」

 

デジたんの血と汗と涙と手垢が染み付いたデュフフフ……は冗談として。完成品にも予断を許さない努力の証でしょうこの読み込み跡。つくづくすごいな超尊いじゃんか永久保存モノですわ。

 

「いやそれはほんとマジで勘弁してください。じゃちょっとすぐ取って来るんで」

 

「あ、その前に、バイタル、測らせて。一応、ここに来た、人には、全員、やってるの」

 

立ち上がって、保健室から出て行こうとするデジたんを一旦引き留めます。

というわけでいつものいっときましょー。

 

「はぁ。何をするんです?」

 

「脈と熱、測るだけ」

 

「まぁそれくらいな、ら……ぇ……?」

 

「失礼」

 

デジたんの手を取ってくいっと引き寄せます。

バランスを崩してこちらに倒れ込んでくるデジたんが、車椅子の手摺り部分を掴んでわたくしに覆い被さるような体勢に。

 

「ひゅき゜ぃ」

 

何か面白い声が聞こえたような気がしましたが、お陰で身を乗り出さなくてもバイタル測れます。

まずはおでこに手ぇ当ててーそれからお手々で脈を……ちょっと近すぎて手は取りづらいな。首触って測るか。

 

「……熱は、多分、無し。脈は……やや早い?」

 

「くぁwせdrftgyふじこlp;@:」

 

デジたんのお目々とお耳がぐるぐると忙しなく動いて、謎言語が口から漏れてます。はーいもうすぐ終わりますから耐えてて下さいねー。

 


 

結果、夢遊病のような状態のデジたんを送り出すこととなってしまいました。やっちゃったZE☆

 

「けほっ」

 

にしてもホントどうしたわたくし。

マジで咳が止まらんな……本格的に風邪ひいちゃったかしら。少し体調の見積もりが甘かったかも知れませんね。朝の時点で見切りつけて仕事休んどいた方が良かったかも知れません。

まぁおかげでデジたんとのグリーティングイベントが発生しましたのでプラマイゼロどころかプラスな気はしていますけど。

 

さて、デジたんが戻ってくる前に今の体調をセルフチェックしときましょうか。

熱は微熱のまま、咳止まらん、鼻の奥が痛い、寒気無し、だるさ無し、思考力低下無し。

高熱にならないあたりインフルエンザでは無さそうなので、やはり消去法で風邪でしょう。身に覚えはありませんが、昨日寝てる時にお腹でも出してたんでしょうか。

 

「けほ、ケホゲホッ、ゴッホッ」

 

んー、咳がヤバいな。マジヤバい。

というかあんまり何度も咳したくないんですよね、肺も痛くなってくるし。

 

「ぜー……ぜー……ゲホッ。……ゲプァッ!」

 

――ビチャアッ

 

やーだ、豪快につば吐き出しちゃった。一応この身は乙女ですので恥じらい恥じらい。

……ん? あれこれつばじゃないな、赤い。

 

え、え? 血かこれ?

 

――パタタッ、バタタタタバタバタバタッ

 

ん!? なんかすごい垂れてくる! 口からじゃない、鼻血だ。

え、ちょ、勢いやばい! 何じゃこりゃあ!?

あああああ服が血みどろスプラッタ! 怖ぇ!!

と、とりあえず止めなきゃ。えっとえっと、鼻血は、鼻をつまんでそのまま押さえ続けて、

 

「がぼっ!? ごぺぁっ! げほっ!」

 

出血量多くて逆流した! ダメだこれ血で溺れる!

あっ、あかん、待って、なんか気が遠く……いかん……

 

「あ、これ、やば……」

 

ウマホで……救急、を……からだ、うご、かな……

 

「スノウ先生ー、早速新品をお持ちいた、し……先生! スノウ先生っ!? どうしたんですかっ! 先生ッ!!」

 

……でじ、た……ごめ、きゅうきゅ、よん……




■雑記(2023/01/21)
待望のヘリオス実装来ましたね。
私はお迎え出来ませんでした。
やはりパーマーいないのがいけなかったのか。

果たしてどうなるスノウちゃん。
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CaseEX1-1:メルテッドスノウ -前編–

主人公過去編

[[[注意]]] 流血描写、鬱展開描写あり


「何も喋らなくて不気味な子だね、気持ち悪い」

 

私に対して、その人は苛立ちを隠そうともせずそう吐き捨てた。

私の名前はメルテッドスノウ。

脚の動かない役立たずで穀潰しの、生きる価値など無いウマ娘だ。

 

 

 

少なくとも、昔は幸せだったと思える。

物心ついたときは脚も動いたし、お父さんもお母さんも優しかった。たくさんの愛情を受けていたと自覚している。

 

最初に影が差したのは4歳の頃だった。

私は友達たちと公園で追っかけっこをして遊んでいた。

すると、そのうちの1人が転んでしまった。

その子は声を上げて泣き出した。私は慌ててその子に駆け寄った。

膝を擦りむいたのだろう、血が滲んでいる。

私はその子に泣き止んでほしくて頭を撫でた。

しかし痛みが勝るのだろう、それでもその子は泣き続けた。

困った私は、お母さんの真似をしてみた。

 

『いたいのいたいのとんでいけ』

 

よくあるおまじないの言葉だ。

本当に痛みが飛ぶはずは無いのに、その時の私は何故か()()が出来ると信じていた。

その子の頭を撫でながらそう強く念じるとあら不思議、その子の怪我は綺麗さっぱりと無くなった。

その子は泣き止んだが、泣き声を聞きつけてすぐ近くまで来ていたその子の母親が、私を見るなりすごい怖い顔をして私とその子をすごい勢いで引き離した。そしてその子を抱きとめたまま、その子の母親は自分から逃げるように公園から去っていった。

いきなり友達がいなくなってしまったのと、いつの間にかあの子と同じ所を擦りむいて血を滲ませていたのとで、悲しくて痛くてわんわん泣いた。

 

私はそのまま家に帰ってお母さんに泣きついた。

一部始終を嗚咽交じりに話し、涙と鼻水と涎でお母さんのエプロンをぐちゃぐちゃにした。

お母さんはそんな私を宥めながら、多分何か思うところがあったのだろう。裁縫箱からマチ針を一本取り出し、徐ろにお母さん自身の人差し指を軽く刺した。

針を抜いてしばらく待っていると、指先に小さな赤い点が浮き上がった。お母さんはその指を私の前に差し出し、

 

「メルちゃん、お母さんにいたいのいたいのとんでいけ、してみて?」

 

と言ってきた。

私はよく分からなかったが、お母さんが傷付いて痛そうなのが嫌で、言われるがままにおまじないをした。

お母さんがティッシュで赤い点を拭き取ると、そこにはもう赤い点が浮いてくることは無く、なんの傷も付いていない、綺麗なお母さんの指があった。

そしてお母さんがゆっくり私の手を取ると、私の人差し指に小さな赤い点が浮かび上がっていた。

その時に幼い私でも理解した。『いたいの』は、私に飛んできていたのだ、と。

ジンジンする人差し指を見ていると、お母さんは私の指に絆創膏を貼りながらこう言った。

 

「メルちゃん、このおまじないはもう使っちゃダメよ。お母さんとの約束。ね?」

 

優しい声で話しかけられている筈なのに、お片付けをちゃんとしないで怒られた時以上に強く感じるお母さんの言葉に、私はやってはいけないことをしてしまったのだと思った。

同時に、公園のあの子みたいにお母さんがどこかへ行ってしまう恐怖を感じた。もし約束を破ってしまったら、私のお母さんもあの怖い顔で私を見て、私の元から去ってしまう気がした。

嫌だ、お母さんと会えなくなるのは嫌だ!

 

「つかわない。ぜったいもうづかわないから、おねがい、おかあさんいなぐならないで!!」

 

必死にしがみつき泣き叫ぶ私を、お母さんの手が抱き留め、撫でてくれる。

 

お母さんの大きくて柔らかくてあったかい手。

私が大好きな、優しい手。

 

「大丈夫、お母さんはメルちゃんの前からいなくなったりしないからね、大丈夫よ」

 

そう言って何度も何度も撫でられているうち、泣き疲れた私はそのまま寝てしまった。

 

夕方、私が起きた時にはもうお母さんは台所で晩ご飯を用意していた。

テーブルには仕事から帰ってきたお父さんがテレビでニュースを見ていた。

 

「お、おはようメル。ずいぶんたくさんお昼寝したな?」

 

いつもの優しいお父さん。

 

「あら、よく寝たのねメルちゃん。おはよう」

 

いつもの優しいお母さん。

 

いつも通り、変わらない。

さっきの出来事は夢だったんじゃないか。

そう思ったけど。

 

「メル、お母さんとした約束、ちゃんと守るんだぞ」

 

お父さんがそう言った。

夢なんかじゃなかった。

 

「まもるもん。やくそくやぶって、おかあさんいなくなっちゃうのやだもん」

 

「おっと、じゃあお父さんはいなくなっちゃってもいいのか? お父さん悲しい」

 

お父さんがしくしく泣き出した。泣き真似だと分かってはいた。

お母さんはもちろん好きだけど、お父さんのことも好きだ。

お父さんだっていなくなって欲しいなんて思わない。

 

「それもやだもん! だからぜったいやぶらないもん!」

 

「うん、偉いぞメル」

 

お父さんはさっきまでの泣き真似をあっさり止めて、わしわしと私を撫でた。お父さんの手は大きくてあったかいけどちょっとゴツゴツしてるし力が強いからお母さんより好きじゃない。

でもお父さんもお母さんも私の大事な二人だから、この約束は絶対に守るんだって決めたんだ。

 


 

それからしばらく経ったが、私はお母さんとの約束を守り続けた。

いや、一度だけ破ったことがある。

あれはそう、小学2年生くらいの時だったか。

 

「きゃあっ!」

 

リビングで宿題をしながら夕飯を待っている時、キッチンからガランガランと何かが崩れる音とお母さんの悲鳴が聞こえた。

何事かと思って見に行くと、床に鍋が転がっていて、お母さんがうずくまって頭を押さえていた。

 

「どうしたのお母さん!?」

 

「痛たたた……驚かせちゃってごめんね、上の棚に置いてたお鍋落としちゃったの。」

 

そう言って頭を押さえるお母さんの手の隙間から、たらりと一筋の赤いものが流れた。

 

「お母さん!!」

 

無我夢中でお母さんに駆け寄り、お母さんの手の上から頭を押さえた。

使おうなんて考えていなかったのに、私はいつの間にかおまじないをしていたらしい。

私の頭から温かいものが流れるのを感じた。

 

「め、メルちゃん!!」

 

今度はお母さんが慌てる。

キッチンペーパーを数枚取り、私の頭にあてがった。

 

……どうしよう。約束、破っちゃった。

お母さんが血を流してるのを見た瞬間、無意識で使ってしまった。

私の心いっぱいに広がったのは、昔約束をしたときに感じた、お母さんがいなくなってしまうんじゃないかという恐怖。

絶望感と悲壮感で、私の開いたままの両目からボロボロと涙がこぼれた。

 

「おかあ、さ、ごめ、なさい。いなくなら、ないで……やだ、やだよ……お母さん、約束、やぶってごめんなさい、ごべんな、ざい……」

 

ゆっくりとお母さんに抱きつき、必死に許しを乞う。

お母さんはそんな私を抱き締め返して、頭を撫でてくれた。

 

昔から変わらない、

お母さんの大きくて柔らかくてあったかい手。

私が大好きな、優しい手。

 

苦しくて悲しくて冷たくて色を失いかけた私の心が、ゆっくりと暖められる。

 

「大丈夫……大丈夫よメルちゃん。お母さんはあなたを置いていなくなったりしないわ」

 

お母さんはしばらくそうして私が泣き止むのを待ってくれた。

その後、私の傷の手当てをしながらお母さんは私に優しく語りかけた。

 

「メルちゃん……メルちゃん。あなたはとても優しい娘。他の人の苦しみや痛みを理解して、分かち合おうとするからこそ、きっとあなたはおまじないが使えるようになったのね」

 

ちょっと悲しそうな笑顔を浮かべながら、お母さんは手当てし終え、そっと私の左頬に右手を当てながら先を続ける。

 

「でもね、優しいけどとても悲しいおまじない。だってメルちゃんがお母さんが傷ついて悲しいように、お母さんもメルちゃんが傷ついたらとっても悲しくなっちゃう。お母さんはメルちゃんのことが大、大、だーい好きだから、メルちゃんが傷ついて痛い思いをするのは嫌だなぁ」

 

お母さんが傷つくのは悲しい。けど、私が傷つくと同じようにお母さんが悲しい。どっちにしろ悲しいを無くすことが出来ないおまじないなんだと思った。私はどうしたら良かったんだろう。

 

「けどね、メルちゃんは優しいから、多分今日みたいに、あのおまじないを使っていつか誰かを助けようとしちゃう気がするの。悲しいけれどね」

 

そうなのかな。自分では良く分からないけど、お母さんが言うならそうなのかも知れない。

お母さんの左手が私の右頬に当てられ、両手で顔を包まれる。あったかい。

 

「だからちゃんと自分で考えて、考えて、他にどうしようもないな、って思ったときにだけ、おまじないは使いなさい」

 

両手で私の頬を包みながら、親指で目元に残った涙を拭った。

 

「でも忘れないでね。誰かが傷ついてメルちゃんがそれを助けてあげたくなるのと同じで、お母さんもメルちゃんを助けてあげたいの。だってお母さんはメルちゃんのお母さんなんだから」

 

真っ直ぐに私を見つめる、優しくて暖かくてちょっぴり悲しそうなお母さんの顔を、私はその後ずっと忘れることは無かった。

 


 

それから更に何年か経った。

4月からはいよいよ中学校へ進学するという頃まで私はおまじないを一切使うことは無く、平穏で平凡で幸せな時を過ごした。

 

ウマ娘の割にそんなに競争することに熱を持てなかった私はトレセン学園を目指さず、ヒトと共学できる普通校を選んだ。お父さんもお母さんも『まぁ、メルは誰かと競い合うとかって性格じゃないよね』と、特に反対も無かった。

 

私は本当に良い両親に恵まれたと思う。あんな特異な能力を持った子供なんて恐ろしくて遠ざけるか、メディアなり宗教なりに送られても仕方なかったと今でこそ思う。だが両親はその能力を隠し、至って普通の一人娘として愛情を注いでくれた。

 

「ちょっと早いが、卒業祝いにみんなで旅行に行こう」

 

正月を過ぎたくらいにお父さんがそう提案してくれていて、お母さんも私も大いに乗り気だった。テレビで見る度「いつか行ってみたいねー」と話していた山奥の観光地に、二泊三日の家族旅行をすることになった。

明日はお父さんが運転する車に乗って、親子三人でお出掛けだ。

持っていく荷物をそれこそ何度も確認した。自分が覚えてるだけでも5回くらい確認していた気がする。

小さな子供でも無いのに、楽しみ過ぎて寝られなかった。

 

「メル、そろそろ寝なさい。明日早いのよ」

 

「寝たいんだけど、眠くないの」

 

お母さんが呆れたように私の部屋に来てそう言った。

頭では分かってはいるけど、中々眠気は訪れてくれなかった。

あ、そうだ。

 

「お母さん、一緒に寝ても良い? 何だか一人だとずっと寝られなそう」

 

「もう中学生になるってのに甘えん坊さんね……お父さんもう寝てるから、静かにね」

 

「わぁい」

 

枕を持って、お母さんと一緒に両親の寝室へ。

ドライバーのお父さんは既にぐっすり夢の中だ。

お母さんの布団に二人で入る。シングルサイズなのでぴったり寄り添って寝ないとはみ出てしまう。

 

「えへへ、お母さん、あったかい」

 

くっついてる体があったかい。

お母さんの体温を感じる。

お母さんの顔がすぐ横にある。

優しい笑顔がすぐ横にある。

 

「おやすみ、メル」

 

「おやすみ、お母さん」

 

本当に、本当に幸せだった。

ずっとずっと、この幸せが続くのだと思った。

 

翌日の道中、自分たちの目の前にトラックが突っ込んで来るまでは。

 


 

……

 

…………

 

………………

 

「ぅ……ぁ……」

 

気が付いたのは車の中だったと思う。

車内のはずなのに中に入ってきた雪の冷たさで目を覚ました。

 

「お、とう、さん、おかあさ、ん……」

 

二人の姿を探す。

運転席にいるはずのお父さんは、ハンドルを握って座っていたその運転席ごといなかった。

助手席にいるはずのお母さんは、そもそも助手席がよく分からない程に潰れていて見つけられなかった。

 

「……メル……だいじょう、ぶ?」

 

その潰れた席の隙間から、か細いながらお母さんの声が聞こえた。

 

「わた、しは……だ、ぁぐがぅっ!!?」

 

私は大丈夫、そう答えようとした瞬間、下半身にまるで雷でも落ちたんじゃないかと思うような尋常じゃない衝撃が走った。何が、と見ようとしたが身体が言うことを聞かない。それもそのはず、私の下半身は助手席と後部座席、その間に挟まっていたのだ。

 

「メル、メル……じっとして、うごかないで」

 

うっすらと見えたお母さんは、全身が赤黒く染まっていた。

 

「そのまま……うごかないで、たすけをまちなさい。……あぁ、メル……メル、ごめんね……ずっといっしょ、に……いて、あげたかっ……」

 

お母さんの声がだんだん小さくなっていく。

まるでもう一緒にいられないみたいなことをお母さんが言う。

 

嫌だ。

 

「やだ……やだ、お母さん、なにいってるの、ずっといっしょだよ、お母さん……!」

 

嫌だ。嫌だ。嫌だ。お母さんがいなくなるのは、嫌だ。

私はどうなっても良い。お母さんを、助けないと。

私の能力(ちから)で、お母さんを治さないと……!

 

「お母さん、わたし、おまじない、する、から。お母さん、治すから」

 

「駄目よ」

 

有無を言わせない強い声だった。

 

お母さんの手が震えながら私の方へ伸びてくる。

血に濡れていたとかそんなことどうでも良かった。

その手が、その場から動けない私の頭を一度、優しく撫でる。

 

昔から変わらない、

お母さんの大きくて柔らかくてあったかい手。

私が大好きな、優しい手。

 

「メル。お願い、生きて。やくそく、ね」

 

その手が、糸が切れたかのように、ふっと、力無く、落ちた。

 

「おかあ、さん……?」

 

返事は、ない。

 

「おかあさん……おかあ、さん……おか、あ、ざん……!」

 

もう、二度と。

 

「ぃや、やだ、よ……おかあ、さん……おかあ、さん! おかあさん! おかあさん! おがあさん! おか、ぁ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

 

私はその意識を手放すまで、およそ人の口から出るようなものではない音を叫び続けていた気がする。

 

 



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CaseEX1-2:メルテッドスノウ -後編-

主人公過去編

[[[注意]]] 鬱展開描写、やや性的描写あり


――ピッ――ピッ――ピッ――

 

私が次に目を覚ましたのは、部屋全体が白を基調とした知らない部屋だった。仰向けに寝ている私の両隣に、規則的に音を鳴らしているよく分からない機械がいくつか並んでいるのを見ることが出来た。

 

「メルテッドスノウさん、聞こえますか?」

 

いつの間にいたのか、白い服を着ている人が私に話しかける。答えようとしたけど、口が何かで塞がれてて喋ることができない。身体も動いてくれない。伝わるか分からなかったが、瞬きをすることで返事とした。

 

「先生、3ベッドのメルテッドスノウさん意識覚醒です」

 

白い服の人が誰かと電話で話をしていた。

しばらくして違う人が来て、私にいくつか質問してきた。寝起きのせいなのかしっかり覚醒してない状態で何を聞かれたかは覚えていないが、何とか視線だけでイエス・ノーを伝えようとしたのは覚えている。

何度かやってるうちに瞼が重くなってくる。おかしいな、さっきまで寝てたんだと思うのに、まだ眠い……

 

「いいですよ、眠ってください。いっぱい寝て、また起きましょうね」

 

誰かがそう言ったのを聞いて、私の意識は静かに暗闇の海へと頭から落ちていった。

 

………………

 

…………

 

……

 


 

再度目覚めた時には口を塞いでいた何かは無くなっていた。周りに並んでいた機械もよく覚えてないけど少なくなってる気がする。

この時、ようやく自分が病院のベッドにいるのだと理解した。

 

視線は……動く。

首は……動く。

手は……動く。

起き上がれ……ない。

足は……動かないどころか、そこにあるのかも感じることが出来なかった。

 

それから何日か経ち、やっと話が出来るようになってきた頃、何度か私を見に来ていた医師と一緒にスーツ姿の男女一組が訪れた。

 

「警察です」

 

そう言って手帳を開いて見せる二人に、本当にテレビドラマみたいにやるんだなぁ、なんて呑気なことを考えていた。

彼等は、私に何があったのかを説明しだした。

 

積荷を満載したトラックがカーブで曲がり切れず、膨らんで対向車線に出てきて、私達の車と正面衝突したらしい。

その衝撃で私達の車は弾き飛ばされ、そのまま崖下に転落したのだという。

 

「これからあなたには辛いことを伝えます。どうか強く自分を持って下さい」

 

そう前置きされて聞かされた内容は、辛いなどという言葉で表せるものではなかった。

 

お父さんはトラックとぶつかった衝撃で抉れてしまった運転席ごと車外に投げ出され、全身を強く打って即死したと言われた。

お母さんは私と一緒に車の中から見つかった。身体の半分が車体に潰され、出血多量で死んだと言われた。見るも無惨な状態だったらしい。

 

更に医師からは私の身体の状態を告げられた。全身に様々な打撲、裂傷、骨折があり、特に腰のダメージが深刻だと。車体に挟まれた際に脊椎を損傷したらしく、二度と足が動くことは無いらしい。

 

警察の女性の人が言う。保護者に連絡をしたいが、母親の両親はすでに他界しており、父親も勘当されて親族とは音信不通だったので、誰か頼れる人がいないか教えて欲しい、と。

 

へぇ、そうなんだ。

つまり、私は、

二度と歩くことは出来ず、

二度と両親には会えず、

身寄りも無くなって、

文字通り天涯孤独というわけか。

 

何だそれは。地獄かな。

 


 

「あの子、駄目かも知れんな」

 

病院の敷地を出て煙草に火を付け、吸い込んだ煙を吐き出してから課長はそう言った。

普段行っている交通整理以外の初めての仕事は、余りにも胸を抉るものだった。

 

山道バイパスでの大型トラックと乗用車の衝突。その凄惨な事故は連日メディアで取り上げられた程だった。

被害者が意識を取り戻したと連絡を受け、課長と私は事の顛末と今後について話すべく、彼女に会いに来た。が。

 

「……まさか、開口一番『殺してください』って言われるとは思わなかったです……」

 

誰か頼れる人はいないか、そう尋ねて返ってきた答えがそれだった。

 

「無理もないさ。絶望って言葉すら生温いとはよく言ったものだ」

 

私達の話を聞いた彼女からみるみる生気が消え失せていったのが分かった。

顔色のことじゃない、文字通りの生きる気力が、だ。

一介の女児がその身に受けるには、あまりにも過酷すぎる運命だった。

 

「何も、出来ないんですかね、私達」

 

「何も出来んさ。お前に背負えるか? あの子の人生」

 

「……」

 

答えることが出来なかった。

己の不甲斐なさとやるせなさから握り締めた拳に爪が強く食い込む。

 

「すぅ……はぁーーーっ。ままならねぇよなぁ、世の中ってのはよ」

 

大きく吐き出した課長の紫煙が私達の気持ちを代弁するように、ゆっくりとゆっくりと空に溶けていった。

 


 

その後の事はよく覚えていない。

警察の人に何も答えられず帰してしまったような気もするし、その後に運送会社の社長が謝罪に来たり弁護士やら市役所の人やらが来たような気がするが、何をどう受け答え出来たのかはまるで覚えていない。

私は無気力で自ら進んで何かをする気にもなれず、言葉も必要最低限のものすら口から出ることはなくなっていた。

それから約二ヶ月、病院を退院した私は、児童養護施設に入れられることで話がまとまっていた。

 

そこからが第二の地獄の始まりだった。

 

市役所の職員に車椅子で連れられてやって来た施設の前で、一人の初老の女性が待っていた。

ここの施設長とのことだった。

彼女はにこやかに市役所の人と少し会話した後、その笑顔を浮かべたまま誰かを呼んだ。中庭から他の職員らしい中年の男がやってきて、私の車椅子を押し施設へ向かっていく。受け渡しが無事完了したのだろう、市役所の人はそのまま帰っていった。

 

入り口のドアを閉めると、彼女と職員の男の人はその場で立ち止まった。

一体どうしたのだろう? 後ろを振り向き彼女を見上げると、先ほどまで浮かべていた笑顔が全くの嘘であったことが分かる。こちらを険しい表情で見下ろし、まるで隠す様子がないほどに大きな舌打ちを放つ。

 

「何も喋らなくて不気味な子だね、気持ち悪い」

 

憎々しげに彼女はそう言い放つ。

 

「ここでのルールはただ一つ。あたしらに逆らうな。分かったかい」

 

「飯は食わせてやる。お役所の目があるからね。騒いだり暴れたりするんじゃないよ。もし逆らったりしたらただじゃおかないからね!」

 

そういえば、ここは児童養護施設のはずだ。だというのに子供の声が一切聞こえない。

部屋から出てきて遊んでいる子供もいない。

あまり、いやかなりまともな場所でないことは子供の私でも感じることが出来た。

 

けど、今の私はそんなことすらどうでも良かった。

 

ご飯は朝と夜の二回。朝はパンとスープのみ、夜は良く分からない野菜くずのシチューといった、昨今の刑務所でもお目にかかれないであろう献立だ。

風呂は基本的に無い。水で濡らしたタオルで拭くだけ。

学校と買い出し以外の外出は厳禁。施設内での私語厳禁。トイレ以外に部屋から出るのも駄目。

 

行動が遅かったり嫌がる素振りを見せると施設長が暴力を振るうのが日常だった。服で隠せない箇所を決して狙わない辺り、手慣れている。

特に何も無くても『気に入らない』という理由で殴られたりもした。

 

行く予定だった中学校は休学している。とてもじゃないがそんな状態ではない。そして学校に行くという数少ない自由時間すら持てない私にとって、この場所は最早監獄と言って差し支えが無かった。

 

私は日がな一日、薄暗い部屋とトイレを往復するだけの毎日を過ごすこととなった。

本来ならば発狂するなりしてもおかしくはない環境だろう。

しかし、私の心は既に砕け散っていた。

 

こんなになってまで何故私は生きているんだろう。

お母さんはいない。お父さんもいない。誰もいない。

どうしてこんな事になってしまったのだろう。

分からない。分からない。分からない。

もしかして私がおまじないを使わなければ、お母さんもお父さんも死ぬことは無かったのではないだろうか。私がこんな能力(ちから)を使ってしまったから、神様が怒って天罰として二人と引き離されてしまったのではないだろうか。

 

特に何を見るでもなく、部屋のドアに向かってぼーっと考える。

もう死んでしまいたい、と考えたのは数え切れない。

このドアノブに服をくくりつけて首が締まる長さに輪を作って、そこに座ればそれで死ぬことは出来る。

しかし、お母さんの言葉、『生きて』という、今となっては最後に交わした約束を、私は蔑ろにすることが出来ない。

けど、こうやって毎日何もせず、何も感じずに過ごしている自分は果たして本当に生きていると言っていいのだろうか。

生きるって、なんだっけ。

生きていないのであれば、死んでも別に変わらないのではないか。

けど、お母さんとの約束が……。

 

毎日、毎日、毎日毎日毎日毎日毎日、私はこうやってただひたすらに、抜け出ることのない思考ループを繰り返し、いたずらに時間を消費して過ごした。

 

そういった日々を何十回か繰り返していたある日、いつも静か過ぎる施設内の雰囲気が僅かに騒がしくなった。何人かまとまった人数が移動しているのが聞こえる。

何かあるのかな。それとも何かあったのかな。

火事でも起きてて逃げ遅れることが出来たら良いのにな。

 

そんな事を考えていたら、部屋のドアが開けられた。

ノックなんて無い。

現れたのはここの職員の男だ。

 

この人のことは好きじゃない。

どろりと濁った瞳でよく私のことを下卑た目で見てくる。

そいつは私の前に立つと、聞いてもいないのに一人で喋りだした。

 

「明日はお役所の視察があるからな、お前ら風呂に入れて綺麗にしとかねえと怪しまれちまう。けどお前は一人で入るの大変だよなぁ? だから俺が手伝ってやるよ、へへへ」

 

男は厭らしい笑みを浮かべながら舐め回すような目線で私を見やる。

無くなったと思っていた感情の波がぞわりと立ち上がる。これは、恐らく身の危険を本能で感じたんだと思う。

 

「へ、へへへ。いつもあのクソババアにコキ使われてんだ、これくらいの役得があったって……」

 

男の手が両肩に触れる。気持ち悪い。

肩から肘、手首へと男は這うように手を滑らせていく。気持ち悪い。

そして男の手が私の腹に当てられ、撫で回される。気持ち悪い。

男の手が、私の服に手をかけ、ゆっくりと脱がせようと……

 

「……ぃ……」

 

気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い!!

 

「……い、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

大声をあげ、がむしゃらに腕を振り回す。いきなり暴れ出した私に男は驚いて手を離す。しかし暴れ続ける私の腕は、その男の顔面を捕らえた。

 

「べぶぁ!!」

 

いくら足が動かないとはいえ、ウマ娘の膂力はバ鹿には出来ない。男は立ったままぐるんと一回転し、床に倒れ伏した。ピクピクと動いているが、そのまま起き上がる様子は無い。

 

全身を襲った、まるで頭からコールタールを被ったようにべっとりとへばりつく悍ましさを振り払いたくて、私は全力で車椅子の車輪を漕いだ。

こんなとこに一秒でも居たくない。

無我夢中で逃げた。ただ逃げた。

どうやって施設から抜け出せたのか、どこをどう走ったのかなんて全く覚えていない。

ひたすらに、衰えきった体力が無くなるまで漕ぎ続けた。

 

どれくらい漕いだか分からない。

全身を流れる汗のおかげで悍ましさが少し薄れたのと、限界を超えて動かし続けた腕が言う事を聞かなくなってきた頃。

気付いたらどこかの橋の上にいた。眼下には大量に水を湛えた川が流れている。

橋の上から川を見下ろすと、さわさわと流れる水音は聞こえているが、街灯も少なく何も見えない。どこまでも黒く暗い闇が流れていた。

 

春になったとはいえまだ冷える夜の寒さに、折角忘れていた先刻の悪寒を思い返した私は、お母さんと別れた日以来すっかり枯れたと思った涙を両の眼からぼたぼたと零した。

 

「やだ……もう、やだよ、おかあさん……ごめんなさい、もう、無理だよ……」

 

限界だった。

苦しみと悲しみと恐怖しか無い世界に、未練なんて微塵も無かった。

これが最後と言わんばかりに、ここに辿り着くまでに力を絞り切ってしまって震える腕で、橋の手すりをよじ登る。

そしてそのまま身を乗り出し、後は重力に任せるまま、私は落ちた。

 

「おかあ、さん。ごめんね、私も、そっちに……」

 

激しく水飛沫を立てて私の身体は水の中へと落ち沈んでゆく。

ごぽりごぽりと肺から抜けていく空気が、沈む私と対称的に水面を目指して上がっていく。

水底に辿り着く私。巻き上がる汚泥。

もう、指先一本動かす気も起きない。

 

だんだんと薄れていく意識の中で浮かんでは消えていく、両親との思い出。

あぁ、これが走馬灯ってやつなのかな。

 

――小学6年生、サンタの格好をしてプレゼントをくれたお父さん。

 

――小学4年生、授業参観で振り向いた私に小さく手を振ってくれたお母さん。

 

――小学1年生、高熱で苦しかった時、夜中に車で病院に連れてってくれたお父さん。

 

――小学入学前、初めて着けたランドセルが大きくて、整えてくれたお母さん。

 

楽しかった情景はどんどん記憶を遡っていく。

楽しかった、なぁ。本当に……楽しかった。

 

――4歳、初めておまじないを使っちゃって、お母さんと交わした約束。

 

――2歳、初めての芝の感触が嬉くて公園で走り転げた私。

 

――1歳、初めて立った瞬間を見逃して悔しそうな顔をするお父さん。

 

――0歳、生まれてくれてありがとう。そう言って私を抱き抱えながら微笑むお母さん。

 

こんな生まれたての記憶なんて覚えてない。

私の夢なのかな。夢でもいいや。

お父さんとお母さんに会えるなら。

 

――迫る車の影。道路で轢かれそうな娘を間一髪助ける自分。

 

……え、なにこれ?

 

――電車に揺られる自分。妻と娘に見送られる自分。初めて出来た我が子に涙ぐむ自分。

 

なにこれ。なにこれなにこれなにこれ。知らない。こんな記憶知らない。

 

――働く自分。遊ぶ自分。学ぶ自分。休む自分。色々な自分。

 

知らない、知らな……いや、知ってる。これは、自分だ。

私、メルテッドスノウが生まれる前の、俺だったときの、記憶……

そうか、私は、『転生者』だったんだ。

あはは、死ぬ時に生まれる前の記憶を思い出すなんて、へんなの。

でも、もう、いいんだ……もう、この、ま……ま……

 

………………

 

 

…………

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………こ……の、まま、

 

死、ん、で、たまるかああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁああぁあぁあぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁああああぁぁあぁああぁぁあぁあああああぁぁあぁああぁああぁぁぁぁあああああああああああぁああぁあああぁああぁあああぁぁあぁあぁああぁああああぁあぁぁあああぁあぁぁぁあぁあぁぁぁああぁあぁぁあぁぁぁあぁあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ!!!!!!

 

ふっざけんな! ふっざけんな!!

何でこのタイミングで覚醒(めざ)めさせるんだ神様マジふざけんなよ畜生!

転生だぞ!? 令和前後に掃いて捨てるほど出まくった王道中の王道だぞ!

 

しかもウマ娘だぞ!!? あのアニメやゲームでしか存在してなかった、可愛い可愛いグッドルッキングウマ娘ちゃん様達がいる、平和で優しい世界線だぞ!!

 

魔法少女もいない、ゾンビもいない、魔王もいない、世紀末救世主もいない、真祖の姫もいない、ヒトガミもいない、学園都市も深海棲艦も国家錬金術師も巨大な蟻もデコ助野郎もラヴォスもネギ星人も喰種も地下大墳墓もシビュラシステムも全集中の呼吸も帝具も上昇負荷も人理焼却も毒電波も暴王の月(メルゼズ・ドア)もモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す)もブルーベリー色の鬼もアラガミも使徒もナービィも壁壊す巨人もモビルスーツもタチコマもドリルもゲッターもイデも無い、転生世界じゃ大当たりの部類だぞ!?

 

彼女らがレース場で走る姿を生で見て聞いて感じることが出来るんだぞ!?

彼女らがライブで歌って踊るのを生で見て聞いて感じることが出来るんだぞ!?

ケモ耳ケモ尻尾が当たり前に存在している世界線なんだぞ!?

 

こんなオタ垂涎もののシチュ、易々と逃せるわけねぇだろうがああああぁぁぁぁぁ!!!

動け、動け動け動け動け動け動け!! 今動かなきゃ、今やらなきゃ、ってこんな時に初号機ごっことか余裕だな()()()()()!?

と、に、か、く、動きやがれマイボディいいいいいいいいい!!!

 

文字通り、必死の思いで念じると火事場のバ鹿力なのかオタクの執念なのか、身体は力強く水を掻き、水面を目指した。

 

「げぷあぁっっ!! おろろろぶふあっ!!! げぇーーーっほ、げっほ、げふぅっぷ!」

 

川岸の草を掴み、盛大に水を吐く。女としての尊厳なんぞと言ってる場合ではない。下品に、豪快に吐く。あ、なんか水だけじゃねぇなこれ少し血も吐いてるくせぇ。鉄味。

 

「けほっ、けほ、げほっ、はぁっ、はぁっ……ぁぁ゛ー、じぬ゛、がど、思っだ……げぇーーーっほぁ!」

 

腕の力だけで必死に川岸を登り、地面を感じたわたくしは仰向けになって寝転んだ。

なんかやたら息苦しさが残ってるし口の中も相変わらず鉄味がしてる。けど今は酸素だ。限界を超えて振り切って無茶してくれた身体に深呼吸して酸素を行き渡らせなければ。

 

「すぅーーーーっぁがぁ! ごっぱぁ! げっへぁ!!」

 

痛ぇ! なんか息吸うと胸痛ぇ!! 水と一緒に川底の砂でも飲んでたか!?

というか咳しても痛ぇんですけど!? まだ少し血ぃ吐いてるしわたくし。

あかん仰向け無理だ、吐血で溺れ死ぬ。うつ伏せにならんと。

 

「がっ、はっ、はっ、はっ、はっ……」

 

深呼吸できないなら小さく短く早く呼吸を。とにかく酸素!

そうすること数分、ようやく落ち着いてきた。

そうだ落ち着けーわたくし。クールだ、KOOLになるのだ。冷静に現状の整理をするのだ。

 

まず、わたくしの名前はメルテッドスノウ。

さっきまでとはまるで性格が変わってしまったが、憑依の類では無い。同一人物だ。今までの記憶に、思い出した前世の記憶をプラスしてブレンドしてみた状態とでも言えば良いだろう。

なので生まれるはずの命を横取りしてしまったとかいうありがちな転生葛藤は不要だ。わたくしは生まれたときからわたくしなので。ちょっと十数年ほど記憶喪失だっただけで。

 

そして記憶が戻ったことで、幼少期にしか使わなかったあの能力(ちから)を完全に把握した。

何で分かるようになったのかは自分でもよく分からないが、何故かそういうものだと『理解』した。

っべぇわ。この能力。痛いのが自分に飛んでくるどころじゃねぇわ。マジチートじゃん。

とはいえ、これが分かったところでどう使えるかいまいち分からんけど。

 

そして現在わたくしを取り巻く環境。

軽くハード越えてルナティックにも思えるが、それはさっきまでの震えるポニーちゃん状態であった場合の話。

両親と死別して超絶悲しいのは変わらないが、それでも生きていかなきゃいけないのが人生だ。苦境を打開する努力をしない理由にはならない。

酸いも甘いも噛み分けた前世の経験を踏まえて考えれば、ハードルはいくつかあるが挽回は可能である。

こんないたいけな美少女にさんざ好き勝手してくれやがって……転生らしく『ざまぁ』してやるからな、首洗って待ってろクソババアにエロオヤジィ!

 

足は動かんし未だに肺は痛くてまともに息が吸えんくて、声も出し辛ぇ。

が、両目は見えるし両手も動く。触ってみた限り、顔に大きな傷は無い。

社会的ななにがしかは何とでもなる。てかする。

以上を踏まえまして。

 

さってっと、これからどうすっかね?




■メルテッドスノウのヒミツ①’
『傷病の因果を自己へ転嫁出来る能力』
他者が負った怪我・病気を自分に移すことが出来る。
また、今後その相手が負うであろうものも、因果として受け取ることが出来る。
因果のまま受け取った場合は、必ずしも傷病が発現するとは限らない。
例えば『走り続けると骨折する因果』を受けても、走らなければ骨折には至らない。

能力の発動条件は、相手に触れること。触れていれば場所は問わない。
触れた時に、相手にどんな傷病の因果があるのかを知覚することが出来る。
受け取る因果を取捨選択することが出来る。

逆に自分から誰かに傷病・因果を受け渡すことは出来ない。

■雑記(2023/01/23)
ようやくスノウちゃんの過去解禁です。
いやぁ、しんどかったですね。
私自身、これ書き上げた時あまりの鬱展開に吐きそうになりましたもの。
次回からはまたいつものゆるめの空気でほのぼのしたいです。

■外れの世界線リスト
とにかく思いつく限りの『死亡フラグ高めの世界』を羅列。
もっとありますけどキリが無いので。
全部分かったあなたはきっと同世代。


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Case11:養護教諭とキタサンブラックたち

主人公視点

キタサトはロリと学園生の両方あってお得


今朝はなんか随分昔の出来事の夢見たなぁ……懐かしい。

もしかして夢の内容とかも見知らぬ第三者様方に筒抜けだったりします? いやんはずかちい。

おはようからおやすみまで、暮らしを見つめられるメルテッドスノウです。

 

いやーこの間は焦った焦った。マジ死ぬかと思いましたわ。

気が付いたら病室のベッドの上でしたし。

見た目は派手にヤバい出血量でしたが、発見が早かったお陰で処置も輸血も間に合いまして。あれから約一ヶ月半、本日無事退院と相成りました。

うん、もうほんとデジたんには足を向けて寝られませんね。凄惨な現場を見せちゃったお詫びと助けて頂いたお礼を兼ねて、今度菓子折りの一つや二つ、三つや四つや五つや十は持っていかないとです。

 

ってかあの鼻血ブー、投薬と内視鏡手術で治るんですね医学の進歩は目覚ましい。

何て病名でしたっけ……? とにかく風邪ではなかったですね。というかあんな目に遭うなら、まだ風邪のほうがましじゃないですかやだー。

……誰から貰ったのが発症しちゃったんだろーなー。脚以外のやつが起爆するとちと不味いですね。今後のためにも何かしら緊急連絡手段は確立しとこう。まだ死ぬ気は無いので。

 

取り敢えず、搬送直後に緊急手術だったようですがたったの数時間で終わったとのことですし、目覚めた後の入院生活も基本的に投薬と経過観察だけだったので割と平和なものでした。

目覚めた時の日付が倒れた時から1週間くらい経過してましたが誤差です。1年のたかだか2%です。

 

持ち物もポケットに入れてた財布と手に持ってたウマホだけでしたし、既にバッテリーも切れてたので入院中は暇を持て余すんだろうなーと思っていたのですが、意外と色んな人がお見舞いに来てくれてありがたかったです。

 

まず覚醒直後に休職手続きの書類を持って来てくれたたづなさん。お手数をお掛けしてしまって申し訳ないです。いや助かりますしありがたいんですけど、わたくしなんぞにかかずらってないで、もう少し秘書仕事に集中してくれて良いんですよ? そんな心配そうな顔しなくてもこの通り無事(?)ですし。

 

それに続いてわたくしの第一発見者であるデジたん。めっちゃ泣かれました。めっちゃ謝りました。マジ見苦しいもの見せちゃってごめん。ひとしきり彼女の頭を胸に抱きかかえて撫でてたら泣き声が徐々に笑い声に変わっていったのでひとまず大丈夫であると思いたい。トラウマったりしないよう誠意を尽くす所存。あ、その後二度目のお見舞いに持ってきてくれた数冊の既刊(バイブル)、とても捗りましたありがとうございます。

 

そしてその次に来てくれたのがまさかのアヤベさん。なんと学園に許可を取った上で私の部屋に入って着替えを見繕ってきてくれたり、コンビニで歯ブラシやスリッパ、ウマホ充電器を買ってきてくれたりしてました。オイなんだこの有能すぎるお姉ちゃんは。推すぞ? 推しちゃうぞ? 既に推してるけど。

 

それからも色々な人が入れ替わり立ち替わり来てくれたのですが、特に嬉しかったのがルドりんが来てくれたことでしたね。あ、シンボリルドルフのことです。

お互いなんやかんやで採用面接から会ってませんでしたし、昔初めて会った時に皇帝とバレたくなかったみたいでしたので当時出会っていたことを隠す為に知り合い感を出さずに面接受けましたけど、むしろその態度のせいで自分は覚えられていないんじゃないかって不安になっちゃってたみたいですね。

何言ってんだこの娘は。わたくしが関わったウマ娘を忘れるわけが無いじゃない。というかむしろ君に出会えたからわたくしは養護教諭目指すのも良いんじゃないかって考えたんですから。

そう言った時のルドりんの嬉しそうな顔ったら無かったですね。何よ、そんな可愛い笑顔出来るんじゃない素敵眩しい萌え越えて蕩れ。あー好き。大好き。

 

という感じであっという間の入院生活が終わりましたので、久々の職員寮へ向かって帰路についている真っ最中です。入院中の着替えや何やらは前日のうちにほぼ配送済みなのでほぼ手ぶらです。

明日は予備日ってことでお休みを頂いてしまいましたが、明後日からはまたバリバリ働きますよー! 保健室からグラウンドを眺めるお仕事を。

 

流石にあんなことがあったばかりなので一人で帰るのは控えて、介護タクシー使ってます。

車椅子ごと乗れるのって楽ですね。折りたたみ可能タイプの電動車椅子を使っていますので普通のタクシーにも乗れるっちゃ乗れるんですが、乗り降りが地味にめんどいんですよ。基本的に乗降介助とかしてくれないですし。

いつも通りゆっくりと風景を楽しみながら帰るのも好きですが、自動車でさっと動いちゃうのも良いですね、あっという間に学園が見えてきました。

 

寮門近くで降ろしてもらい、さー部屋に帰ろうと思ったその時。門柱の陰に誰かが突っ立ってるのに気付きました。

背丈的に学園生では無さそう。というか、子供?

尻尾あるみたいだし、ウマ娘ちゃん様か。すごいぺたこしてるけどお耳もある。

……なんか泣いてるっぽいな? まさか迷子か?

うーんこれは放っておけませぬ。

とはいえ気を付けて対応しなければ。一歩間違えれば即ブザー鳴らされてしまう事案に発展しかねませんので、慎重に声を掛けましょう。頑張れわたくし。せーの。

 

「お嬢、ちゃん、どうしたの?」

 

わーお我ながらメッチャあっやすぃーい!

シンプルゆえに不審感ムンムンですね!

も少しまともな台詞は無かったのかわたくしよ!

前世ならブザー発動率150%もんですよ。

確実に鳴らされた後に隠し持ってた2つ目に手がかかる状態ですよ。

 

「ぅあ……ごめん、なさ、ひぐっ。私……わた、ううぅっ……」

 

黒いウェービーショートヘアーに、赤い紐で括られた小さなポニーテール。

黒い長袖ジャージに短パンと快活そうな出で立ち。

紛うこと無くキタサンブラックちゃんですわこの娘。

 

何とか話そうとしながらも泣き止む気配は無い彼女。

あらあら、ジャージの袖が涙でびっちょりです。

 

……うん、ちょっとこれはマジなやつですわ。

イエスロリータノータッチとか言って紳士ぶってる場合じゃないです。真の紳士たる局面です。

スノウちゃんズ総勢256名によるロリっ娘バンザイだんじり祭りは延期です。中止にはしません。

 

ポケットからハンカチを取り出し、彼女の目元を拭います。そのままハンカチを彼女に渡し、今度は職員証を取り出して彼女に見せます。

 

「私の、名前は、メルテッド、スノウ。この学園の、保健の、先生だよ」

 

「ひぐっ……せん、せい……?」

 

「良ければ、お話、聞かせて、くれる?」

 


 

……てなことがありまして。

寮へ戻るのを一旦止めて、保健室にキタちゃんを連れてやってまいりました。

 

ココアでも出そうかと思いましたが、流石に夏にあったかい飲み物は無いなーと、冷蔵庫ストックしてあったパックのにんじんジュースを進呈。賞味期限は……切れてませんねセーフです。

この世界って凄いんですわにんじんのポテンシャル。コンビニとかで売ってる100%ジュースが、りんご、オレンジ、そしてにんじんが並んでるのがデフォなんですもの。

ウマ娘用に品種改良されまくったとは聞いたことありますがマジ甘くてジューシーで美味ぇのよ、にんじん。

 

「落ち着いた?」

 

ジュースを飲んでちょっと冷静になったのでしょう、取り敢えずもう彼女から涙は流れてません。

お腹が減ってるとそれだけで悲しさ増し増しになっちゃいますからね。ついでに適当なお菓子も出しましょう。たんとお食べ。

 

「まずは、改めて、自己紹介、しておくね。私は、メルテッド、スノウ。見ての、通り、歩けないし、話すの、上手じゃ、無いけど、一応、この学園の、養護教諭。スノウちゃんって、呼んでも、いいよ」

 

「わ、私は、キタサンブラック、って言います……◯◯小学校の、生徒です……」

 

わたくしの対面に座ってもらった彼女は、パックジュースを両手で包むように持って俯いちゃってます。泣き止みはしましたが落ち込み継続中ですね。

お茶の間が鼻で笑う小粋な冗句もスルーです。スノウちゃんって呼んでもいいのよ?

 

「ん、いい名前。それで、キタサン、ブラックさん。どうして、あんなとこで、泣いてたの?」

 

キタちゃん、より深く俯いて黙り込んでしまいました。が、しばらくしてゆっくりと話し始めます。

 

「……私、トウカイテイオーさんに会いに来たんです……テイオーさんは、私の憧れで、私も将来はテイオーさんみたいになりたくて……。テレビでテイオーさんが骨折したって聞いて、元気になって欲しくて、お守り渡したくて……でも……」

 

「会えなかった、の?」

 

「いえ、会えました。けど……お守り、受け取ってもらえ、なくて……他の人を、目指した方がいい、って、……うぇ……」

 

あ、キタちゃん思い出し泣きしてしまった。ごめんそんなつもりじゃ無かった。

うん、彼女が突っ立ってる姿を見た時に何となく予感はしてましたが、これは間違いなくアレです。アニメ2期のテイテイが心ポッキリしちゃうアレ。

 

無敗の夢破れ、三冠も破れ、それでも……と思った矢先の3度目の骨折で、医師から復帰は難しいと告げられ、ファンもテイテイの復活を諦め、あろうことか担当トレーナーの不安がる姿を見てしまった後に、極めつけはパクパクさん(メジロマックイーン)の自主練で、もう自分は追い付けないと感じてしまったあのお話。

あ、思い出したらわたくしも泣きそう。あの流れは誰でも心折れますって。

 

「そっか……辛い、ね」

 

辛いよねー、それはマジつらたん。

キタちゃんの行動に問題があったりするわけでも無いので、いつものように舌先三寸で解決とはいきませぬ。

ですが泣いてる子供に何もしないなど大人としてあるまじき行い。せめて精一杯慰めさせて頂きましょう。

車椅子を操作し、彼女の隣に並びます。それからそっと彼女の頭を撫でながら、優しく問い掛けます。

 

「悲しい? トウカイ、テイオーさんが、もう走ることを、諦めて、しまって」

 

「わかり、ません。テイオーさん、なんで……」

 

「じゃあ、失望した? 憧れた、トウカイ、テイオーさんの、そんな、卑屈な、姿を、見せられて」

 

ぶんぶんと勢いよく首を横に振るキタちゃん。

ふむ、悲しみ△、失望✕、と。となれば……

 

「なら、悔しい? トウカイ、テイオーさんが、苦しんでる、その姿に、自分が、力に、なれなくて」

 

やや間を置いて、こくりと首肯するキタちゃん。

 

「……そう。あなたは、本当に、トウカイ、テイオーさんの、ことが、大好き、なんだね」

 

ピュアっピュアで萌える。推せる。たまりませぬ。

トウカイテイオーにされた仕打ちに泣いたのではなく、それに対して覚えた無力感に悔しくて泣いたとかどんだけテイテイLOVEなのよ。

わたくし自身が覚えてる悔し泣きの経験なんてアレですよ、昔お父さんにオセロで何度もコテンパンに負かされた時くらいですよ。うちのパパンも勝負事には容赦無かったからなぁ……。まぁその後に腕相撲で凹ませてやりましたけども。

 

ま、そんなことはさておき。

悔しさを覚えて泣いたり落ち込んだりするのは何も悪いことではありません。むしろこれをバネとして更に前に進むための推進剤となります。

ただし『何故悔しいのか』『こんな思いをしない為にどうしたらいいのか』という方向性を見失ってしまうと、ものに当たったり、いつまでも落ち込んでしまったりと逆効果になりかねないのですが、彼女の場合はその心配は無さそうです。

恐らく彼女の中でどうしたらいいのかの答えはもう出かかっているでしょう。なのでわたくしはそれをそっと後押ししてあげるだけでございます。

 

「彼女も、きっと、すごく、ものすごく、苦しんで、落ち込んで、悩んで、出した、結論、なんだと、思う。彼女の、気持ちを、尊重して、受け止める、ことも、ファンとしての、在り方の、一つでは、あるんじゃ、ないかな」

 

キタちゃんの肩と尻尾がビクッと揺れます。

あー待って待って大丈夫。そうしろって言ってるんじゃないですよ?

 

「けど、あなたは、それでは、納得、出来ないん、だよね? トウカイ、テイオーさんが、こんな、終わり方を、するはずが、無いって。また、走る姿を、見せてくれるって、思ってるん、だよね?」

 

そっと肩を抱いてぽんぽんします。本当はハグとかしてあげたいんですけどね、座った体勢だと難しいので。こういう時は脚が動かないのがちょっと悔しみ。

 

「なら、信じて、あげて。あなたが、憧れた、誰よりも、強くて、誰よりも、かっこいい、ウマ娘の、ことを。どんなに、辛く、苦しい、逆境にも、負けないで、必ず、復活を、果たすのだと、いうことを。あなたが、その気持ちを、持ち続けて、いれば、その想いが、届いた時、奇跡は、起こるんだって、わたしは、思うよ」

 

相変わらず顔は俯いたままですが、徐々に萎びていたお耳に力が戻り、ぴんと立ち上がってきました。よしよし。

 

「以上を、踏まえて。お守り、わたしから、代わりに、渡すことは、出来るけど、どうする?」

 

そう訪ねてみれば、キタちゃんは顔を上げて答えてくれます。

 

「いえ……これはいつか私がテイオーさんに渡します。私がそうしたいんです」

 

ィヨシ! よく言った!

ちょっと強めに頭をわしわしと撫でくりまわしちゃいます。偉いぞキタちゃん、お前がナンバーワンだ。

 

「あなたは、強いね、キタサン、ブラックさん。さすが、トウカイ、テイオーさんを、目指すだけ、あるね」

 

最大限に褒めたった時のキタちゃんの誇らしそうな溢れんばかりの笑顔ったら無かったですね。本日のSSRスチル頂きましたありがとうございまぁす!

 


 

空も薄暗くなってきましたので流石にぼちぼち……と、学園門までキタちゃんを送っていると、向かいの寮入り口にまたしても小さな人影が。

なんか超キョロキョロしております。ぉ、こっちに気付いた。

キタちゃんと同じくらいの背丈のロングヘアの娘が走り寄ってきました。おっとこれは……

 

「キタちゃん!」

 

「あ、ダイヤちゃん」

 

やはりキタちゃんの永遠の相方、サトノダイヤモンドちゃんでしたか。

うむ、元気いっぱいなキタちゃんの感じも好きですが、ダイヤちゃんのようにふわっと清楚な感じのも大好物です。良いですね可愛いですねたまりませんね。

 

「お友達?」

 

「はい! 大親友です!」

 

「キタちゃん、この人は?」

 

こちらを向くダイヤちゃん。あら、背筋とウマ耳がピンと真っ直ぐ伸びてますね、警戒されております。まぁ是非もないヨネ! 見知らぬ大人が友人を連れ回してたら警戒して当たり前です。開幕ブザーされなかっただけ有情です。

ぷるぷる、わたくし、わるいウマ娘じゃないよ?

 

「メルテッドスノウ先生。学園の保健の先生なんだって。先生、友達のサトノダイヤモンドちゃんです」

 

キタちゃんがお互いを紹介してくれ、ダイヤちゃんは警戒を解いてくれたみたいです。良かった。

多分さっきのキョロキョロ具合から、帰りが遅いキタちゃんのことを心配して探しに来たんでしょうね。

 

「初めまして、サトノ、ダイヤモンド、さん。養護教諭の、メルテッド、スノウです。ごめんね。キタサン、ブラックさんと、少し、おしゃべり、してたら、こんな、時間に、なっちゃって」

 

「初めまして、サトノダイヤモンドです。そうだったんですね。キタちゃんがお世話になりました」

 

「いえいえ、こちらこそ」

 

ぺこりと音が聞こえてきそうな綺麗なお辞儀です。スマートにこういった挨拶が出来るところ、やはり良い教育を受けてらっしゃいますね。あらやだわたくしの言葉遣いまで丁寧に。おほほ。

 

「駅まで、送ろうかと、思ったけど、大丈夫、そうかな?」

 

「大丈夫です。近くまで迎えが来てますから。ありがとうございます」

 

いくら陽が伸びてきたとはいえ、あまり遅い時間に小学生だけで出歩かせるのもいかんと思ってたのですが、そこは流石サトノ家のご令嬢。

見当たらないので分かりませんが、多分どっかのロイヤルな殿下みたいに護衛なり何なりが近くで見守ってたりするのかも知れません。

最後に二人の頭をぽんぽんしながら別れを告げます。

 

「ん。じゃあ、二人共、気を付けて、帰ってね」

 

「ありがとうございました! えと、スノウちゃん先生! さようなら!」

 

キタちゃんが元気良く返事をしてくれました。もう大丈夫そうですね。このタイミングで最初の冗句を拾うとか中々高度なテクニックです。

やはりウマ娘ちゃん様達には笑顔がよく似合いますね。あらら、二人で仲良く手を繋いで帰っておりますよてぇてぇ。

 

……さぁて、お待たせしてしまってごめんなさいね脳内スノウちゃんズたちよ。

ロリっ娘バンザイだんじり祭り、開催と参りましょうかぁ!!!

あっはっは、スノウちゃんズたちがハイスピードで山車を曳いておりまs……おいおい何ですかそのビッグサイズなキタちゃんとダイヤちゃんの形をしてる山車は。ねぶた祭と混じってませんかうわははははははー、わーっしょい、わーっしょい。

 

それからしばらく公道を爆走するスノウちゃんズたちを眺める妄想に耽っていましたが、交差点を曲がった時に山車から何人かのスノウちゃんズが転げ落ちたあたりで我に返りました。

あー楽しかった。

 

さて……キタちゃんは良いとして、気になるのはテイテイの方ですねぇ。

いや普通にあんだけ周りから言われたら疑心暗鬼の自信喪失に裏ドラ乗って跳満確定ですって。全く、最初のトリガーはあの医者の台詞か? テイテイをあんなに曇らせやがってヤブ医者め。

 

……はぁ。

 

勿論、分かってるんですよ。

3回どころか1回の骨折すらウマ娘ちゃん様達には致命的です。それを繰り返している以上、医師としては『また骨折する確率は低くない』と判断するのが当然で、それなのにまた走れますよなんて無責任なことは決して言えません。

 

だから勿論、分かってるんですよ。

今わたくしが感じている怒りは完全にただの八つ当たりであることを。

 

あーどうしましょう。めっちゃモヤります。

前世知識が余計だったと感じるのは初めてです。

テイテイの脚を治すのは簡単です。チョチョイのパです。

けどメンタルの方は正直、『アニメの流れ』という最適解を知っている以上、あれを超えられる自信がありません。

一時的に持ち直してもらうことは可能でしょうが、根本の解決には至れない、そんな気がします。

ちくせう、己の不甲斐なさにイライラしますね。

チート持ってようとも所詮ただのいちウマ娘に過ぎないって分からせられちゃいます。

 

あー……あーーーもう!

やるせなーーーい!

叫びたぁい! 叫べなぁい!!

お酒飲んで寝たぁい! でもあんまりお酒強くなぁい!

こんな話、相談出来る人がいなぁい! そもそも友達少なぁい!

ちっくしょーーーーーーう!!!

 

……ふぅ。

 

はい、落ち込み終了です!

出来ないことをいつまでもグチグチ言ってたって仕方ありません。キタちゃんに悔しさを糧に前を向くように話した手前、わたくしがそれを行えないなどあってはいけません。さっさと切り替えて今出来ることをしませんと。

 

致し方ありません、テイテイのメンタル救助はアニメの流れ通りターボ師匠を頼りましょう。もしアニメ準拠の流れにならなかったらまたその時考えましょう。

その代わり、いつもはキリが無くなっちゃうから『こちらから会いに行って能力を使用する』ことはしないようにしていたのですが、ちょっとわたくしの精神安定の為、どこまでもわたくしのエゴの為に、例外としてテイテイの脚、治しに行きましょう。

それこそ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

テイテイ今はギプスしてるし、バレへんやろ多分。

ギプス外した時も経過良好で済まされるやろ多分。

 

ですので、その後の事はお任せましたターボ師匠。

師匠の決死の走りとキタちゃんの叫びが、彼女のメンタル復活のキーなんですから。




■雑記(2023/01/28)
もともとARIAっぽいゆるふわ目指して書き始めたのに、出来上がったのはけもフレ1期のような話の展開……何故だ。鬱展開挟むからですねすいません。

■結局入院の原因は?
誰かから貰った何かが突如起爆した感じです。完治したため今後触れることはありません。詳細は知らなくても問題ありませんが知りたい方は以下文字色反転で↓
オグリキャップ号(競走馬):引退から翌年7月末、喉嚢炎による咽頭麻痺を発症。炎症の進行が原因で喉嚢に接する頸動脈が破れて馬房が血まみれになるほどの大量の出血を起こし、生命が危ぶまれる重篤な状態に至った。合計18リットルの輸血を行うなどの治療が施された結果、10月上旬には放牧が可能な程度に病状が改善した。[Wikipediaより]
ウマ娘に喉嚢があるのか分からないので病名を曖昧にしています。喀血も鼻腔から流れてきた血が気管に入ってむせたため。


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Case12:養護教諭とゴールドシップ

主人公視点

ゴルシはワープ出来るという話を聞きました。じゃあ次元くらい飛べてもおかしくないよね。


「ほらよ、先生の分だ。カスタードで良かったんだよな?」

 

「ん、ありがと」

 

駅前のベンチ脇で待たされたわたくしは、停まっていたキッチンカーで売っていたたい焼きをゴルシちゃんから受け取ります。

ちょっと熱くてちゃんと持っていられないそれにぱくりと食いつけば、パリふわもっちりな衣とあったかくて甘いクリームの味。うん、美味しい。

ゴルシちゃんもベンチに座り、自分の分にかぶりつきました。

 

「ゴルシちゃん、のは、何味?」

 

「あたし? シークレット。からし」

 

……そういやあったなそんなん。

顔色変えずにモリモリ食べ進めてるけど、辛くないの?

てか食べ終わって2個目に突入しとるし。

 

「美味しい、の? それ」

 

「食ってみっか?」

 

差し出された食べかけの断面から黄色い中身が見えてます。

多分これ、からし風味とかじゃなくて純度100%のからしだよなぁ……。

ちょっと好奇心より警戒心のほうが上回るわ流石に。

 

「……いい」

 

「そか」

 

特に気にした様子も無く再度食べ始めるゴルシちゃん。

あ、皆様どうもお疲れさまです、メルテッドスノウです。

現在、ゴルシちゃんことゴールドシップと二人でデートしてます。

 

はい、もう一度言います。

お休みの日にゴルシちゃんと二人っきりでデートしております。

 

どうしてこうなった! どうしてこうなった!

はい回想スタートぅ!!

 


 

「じゃね、スノウ先生。また来るから」

 

「またな、先生!」

 

職場復帰してから2ヶ月ちょいほど経過しましたが、以前にも増してここ保健室には頻繁にウマ娘ちゃん様達が遊びに来てくれるようになりました。

ありかたい事なんですが、足が折れた時に付けていたシーネがバレないかヒヤヒヤしました。ゆったりめのズボンと膝掛けで何とか隠し通しましたけど。

 

というかこれ、間違いなく病弱認定されちゃってますよねわたくし。

目を離した途端にまた倒れてるんじゃないかとか思われてますよねわたくし。

んまぁ、完全に自業自得なんで甘んじて受け入れますけれども。

放課後ティータイムの充実っぷりにウハウハしておりますけれども。

 

本日はネイチャさんとそれに付いてきたターボ師匠がお茶しに来てくれました。

ネイチャさんは初めて出会ってから1〜2ヶ月に1度のペースでよく来てくれていましたが、ここ最近は毎週1度は顔を出してくれています。密です。尊みの供給が。

時々こうやってチームメンバーも一緒に連れてきてくれますし、メンバー全員で来てくれた時もありましたっけ。

 

そうそう、ターボ師匠と言えば例のオールカマー戦ですが、見事やってくれました。

後続を大きく引き離しての大逃げから終盤の決して止まることなく気力だけで進み続けるその姿にはわたくしも目頭が熱くなりましたよ。ゴールした瞬間『っしゃ』って小さくガッツポーズ取っちゃいましたもの。

 

当日は秋の感謝祭でしたので、わたくしは救護テントで待機しておりました。そのためレースもミニライブも観に行けなかったんですが、ライブ配信で見てたレースでターボ師匠がゴールして暫くしてから、ミニライブ会場の方から聞こえた大きな歓声には喜びの感情が感じられたので、テイテイも無事復帰宣言してくれたのでしょう。

いやー良かった。マジで良かった……。

 

さてさて本日も実に平和な一日でございました。

グラウンドの照明も落ちたみたいですし、ぼちぼちこっちも電気消してドア閉めて寮に戻りましょうかねー。

 

―――カッ、カッ、コロン

 

保健室のドアに鍵を掛けたその時。

学園内の照明は既に落ちており、静かな闇と静寂が広がっている中、十数m先で何かが転がる音が聞こえました。

辺りを見回しますが、誰かがいる様子はありません。

窓から差し込む外明かりが、廊下の先に落ちている何かを照らしています。

何でしょうね? 何だかちょっぴりホラーちっく。

 

恐る恐るその落ちている物に近付きます。

見たところ手に収まる程度に小さそう。

その物体まであと3m程まで近づいて、ようやくその正体が分かります。

 

 

 

……ルービックキューブ?

 

 

 

何でこんな所に? そう思った瞬間、頭にバサッと何かが被さり、視界が遮られました。

お、おぉ? おおお!?

何かは見えませんが頬に当たる感触が麻っぽい。

気配を消して誰かがわたくしの視界を遮ったようで、そのままあれよあれよという内に上半身まで包まれる状態にされました。が、そこから先に手こずっているようです。まぁ座ってる相手の全身を包むのって、難しいですよねそりゃ。

下手人は諦めたのか、上半身だけを袋に納めた状態のまま、ゆっくり丁寧に車椅子からわたくしを降ろします。そしてそのまま俵担ぎされてどこかに運ばれていくわたくし。

 

「えっほ、えっほ」

 

お腹辺りにリズムよく感じる軽い圧迫感と共に、そんな掛け声が聞こえてきます。周囲の音的に、学園から外に出てる感じでしょうか。

ふむ……わたくし今、紛うことなく拉致られてますね?

特に危機感を感じることなく、なすがままに運ばれております。

 

何でそんなに余裕かましてるのか? って、ねぇ……。

この手口と漏れ聞こえた声で犯人が一体誰なのかは特定余裕ですし。

ただ何故わたくしを? というところが分かりません。今までも特に彼女と接点があった訳でも無いんですが。

 

そうこう考えている内に目的地に着いたようです。

ガチャリとドアを開け、室内に運ばれたような音がします。

 

「よっと」

 

袋を被せられたまま、そうっと慎重に椅子らしき場所に降ろされました。意外と丁寧に扱われてるなぁわたくし。運び方だけは割と雑だったのに。

 

「わりーな先生。ちょっとあんたとサシで話したくてさ」

 

相手はそう言いながら袋を外してくれました。

ストレートロングなサラッサラの芦毛、頭にちょこんと乗った帽子、ヘッドホンのような髪飾りの高身長ないすばでーウマ娘、ゴールドシップです。

まぁ見るまでも無く分かってましたが。

グラサンとマスク付けてますけどモロバレですから。あ、あっさり取った。

 

そういえばどこに連れて来られたんでしょう?

パッと目に付くのは、テーブル、ホワイトボード、ロッカー、でかでかと『スピカ』と書かれた布……おぉ、チームスピカの部室かここ。

 

「にしても、全く抵抗しなかったな先生。あたしが言うのも何だけど」

 

「変に、抵抗、すると、却って、危ないから」

 

「お、おぉ。無駄に肝据わってんな先生」

 

こらそこ。『こいつ実はヤバい奴では?』みたいな顔するんじゃありません。いきなり人を拉致る方がどうかと思いますよ? 普通の娘はいきなり拉致られたら怖がるんですから。

え、わたくし? べ、別に『こんな事するのゴルシ以外無いだろ』と早々に勘づいてむしろアニメ内描写を体験できたやったぜわっほーいとか内心喜んでたりしてませんけど?

 

「で、話って、何? ゴールド、シップさん」

 

「やだなぁ、あたしと先生の仲じゃん。親しみを込めてゴルシちゃんって呼んでくれよ」

 

「初対面」

 

ゴルシちゃんとは初顔合わせですが、他の娘からちょくちょく話題には上がって来るので知ってる体で言ってやりましたが流石ゴルシちゃん、その程度では動じない。

 

「まぁ落ち着けって。話をする前にやらなくちゃいけないことがある」

 

「……」

 

そう言うゴルシちゃんの眼が妖しく光り、流石のわたくしもちょっと身構えます。

この娘は先程、わたくしと一対一で話がしたいと言いました。体面とか大して気にしなそうなこのウマ娘がそう言うということは、誰かに聞かれてはあまりよろしくないお話なのでしょう。けどこの娘が他人に聞かれたくないって一体どんな話なのか皆目見当が付きません。

そんなよく分からない話をする前準備とか言われても、推測すら出来ません。最悪『南斗人間大砲やろうぜ! 先生砲弾役な』と言われる可能性すらあります。こわっ。

 

内心戦々恐々としながらもゴルシちゃんの言葉を待ちます。そしてそんな彼女が放った言葉は。

 

「ちょっと車椅子取って来るわ」

 

そう言って部室を出て行ってしまいました。

遠ざかる駆け足の音。

 

んーっとぉ……?

今回、わたくしの拉致行為を行ったのはゴルシちゃん単独。チームメンバーは居ないから車椅子ごとわたくしを拉致るのは不可能と考えて、まずわたくしだけを運んでから置いてきた車椅子を持ってくる、と。

まぁ合理的っちゃあ合理的なんですが。

 

「……え、放置?」

 

ただし初めて入る部室に一人で取り残されてしまったスノウちゃんの心境は無視するものとする。

 


 

ほわんほわんほわーん

はい回想終了! 現実逃避終了!

 

とまぁそんな流れがありまして。

 

その後、戻ってきたゴルシちゃんが話した内容ってのが、

『今度の休みにあたしとデートしようぜ』

って事で、現在に至る訳でございます。

え、要約し過ぎですって? やマジでそれだけだったんですよ。

車椅子持ってきて乗せ換えられて、お誘い受けてハイ終了、解放されたんですよ。

……いやこれ拉致る必要ありました?

 

今日はいつもの電動タイプではなく、予備で持ってる手動タイプのオーソドックスな車椅子に乗っております。

なんかゴルシちゃんが『今日はあたしにエスコートさせてくれよ』とか言って終始わたくしを押してくれています。

 

「先生はよぉ、もうちょいオシャレしても良いと思うぜ。せっかく素材良いんだからよ。ほら、この服なんてどうよ?」

 

適当に街をブラついて、何となく目に留まったレディースブランドのショップでウィンドウショッピングしております。エスコートとか言いながらノープランです。でもわたくしそういう行き当たりばったりなの大好き。

それはそれとして、先生こういうお店あまり入ったこと無いので気後れしまくりです。

服なんぞ着られれば良し、着回して長持ちすれば尚良しくらいにしか考えたことありませんので、◯ニクロ、もしくはし◯むらくらいしか入ったことが無いのですよ。

そして素材の良さについてはお前が言うな状態ですね。見れば見るほどハンパねぇグッドルッキングウマ娘だなゴルシちゃんって。服装は至ってシンプルなのに、どこかの海外セレブのような雰囲気を醸し出しております。

黙れば美人、喋れば奇人、走る姿は不沈艦と言われるだけのことはありますね。はーファビュラスファビュラス。

わたくし自身も顔は良いのは自覚してますけど、スタイルの方は……幼児体型も甚だしいですよ? ロリは好きですが……こう、自分がロリになるのは何というか、違うでしょう?

 

「着替えの、しやすさ、重視だから。どうしても、ね」

 

「だとしてもだ。1着くらいはあってもいいだろ。今日は全部ゴルシちゃんが奢ってやるぜ」

 

手持ちの服が業務上そんなに汚れても問題ないものばかりになっちゃってるんですが、ゴルシちゃんが言うことも一理あります。余所行きの一張羅くらいは持ってても良いかも知れません。こういう『いきなりデートに誘われたりした時』用に。

そんな機会が今後あるかは定かではありませんけど。

 

「生徒に、奢られる、先生も、どうなの?」

 

「いーだろぉ。今日はあたしがそうしたい気分なんだから、そうさせてくれよぉー」

 

ダダこねるポイントおかしくない?

っかしーな、わたくしの前世知識を思い返してみても、買って貰いたくてゴネられた経験ならあるんですが、逆に奢りたくてゴネられた事は無いなぁ……対処に困るぅ。

けどまぁゴルシちゃんなら下心とか心配無さそうだし、いっか。

 

「……まぁ、そこまで、言うなら、素直に、受け取らせて、もらうよ」

 

「さっすが先生、話が早くて良いぜ! じゃこれと、これとそれと、あとあっちも」

 

「多い多い」

 

気後れが加速するからやめておくれ。

流石に全部は受け取れないので、ゴルシちゃんズベストチョイスとやらのスカーチョを1着だけプレゼントして頂きました。これなら既存の上着とも割と合わせやすくていい感じです。

そういや特に記念日とか関係無い時に誰かからプレゼント貰ったのなんて初めてじゃないでしょうか。やだ、嬉しい。

 


 

店を出たわたくしとゴルシちゃんは再度ブラさんぽを開始し、今度はゲーセンを見かけたので入っていきます。

ぱかプチ新作が出るたびに来てるゲーセンですが、プライズ以外を見るのはご無沙汰です。

 

「このゲーセン、プライズ、以外も、結構、色々、あるね」

 

「だなぁ。ぉ、音ゲーも結構あんじゃん」

 

「ゴルシちゃんは、音ゲー、何が、得意?」

 

「パラパラパラダイス」

 

「まじか」

 

チョイスがやべぇ。

知らない人が大半だろうなので説明しよう!

パラパラパラダイスとは、KO◯AMIのビーマニシリーズで2000年くらいに出た音ゲーです。

当時ディスコやクラブで流行してたダンス『パラパラ』を音ゲー化したもので、5つのセンサーにタイミング良く腕の振りを反応させるゲームなのですが、譜面通りにタイミング狙ってセンサーを反応させるより単純に踊った方が高得点が出やすいという不思議ゲーでした。

残念ながらパラパラの衰退と共にあっさり消えていった悲しき筐体でございます!

 

「ぉ、ギタフリとドラマニも置いてんじゃんなっつ」

 

「ゴルシちゃん、ギタフリ、いける? わたし、ドラマニ、いけるから、セッション、しない?」

 

なーつかしーなー。今の仕事就く前は良くこれで遊んでました。当時近くにあったゲーセンで500円で1時間フリープレイという破格設定だったので、勉強でストレス溜まった時なんかに2〜3時間ぶっ通しでプレイして汗だくになったりしてましたとも。

 

「マジかよ! 意外と先生も遊んでんのな」

 

「バスドラムは、さすがに、オート、だけどね」

 

フットペダルは踏めませんので。

さてさて、腕が落ちてなきゃ良いですが。

 

「おっしゃ、んじゃやってみっか! ……先生、スティック持てよ、始まるぜ?」

 

ゴルシちゃんがギター型コントローラーを構えます。様になってますね、カッコ良き。

どれわたくしの方も。指でセンサーパッドを軽く叩き、反応を確かめます。うむ、良好ですね。

 

「このまま、でいい」

 

「……は?」

 

なんかね、ハイスコア目指してた時に気付いたんですよ。

曲に反応して指が動いてスティックが動いてパッドを叩くまで微妙なラグがあるなぁって。

で、それを打開すべくわたくしが辿り着いたプレイスタイルがこれだ。

 

「見せて、あげよう。わたしの、ボンゴマニアを」

 

目指せオールパーフェクト。

 


 

わたくしの鮮やかなボンゴ捌きにぽつぽつとギャラリーが出来、それに対抗しようとゴルシちゃんが背面弾きしたり歯で弾いたりしてたらえらい人数に囲まれてしまいましたので逃げるようにその場から退出しました。やりすぎたか。

 

それからも色々なお店に適当に入って冷やかして、お腹が空いたらこれまた適当なお店で食べてと、無計画に無作為に連れ回されました。

よく自分一人で出歩く時はこんな感じですが、二人で動くのも楽しいものですね。

 

「いやー遊んだ遊んだ」

 

気が付けば辺りはすっかり茜色。

てなわけで、本日の締めということで小高い丘になっている公園へ。

街が一望出来るとても気持ちの良い場所です。

 

「今日は、ありがとね、ゴルシちゃん」

 

「良いってことよ。あたしも楽しかったしさ」

 

お陰でとても充実した休日を過ごすことが出来ました。

けど、何でこんなに良くしてくれるんでしょう。

 

「でも、何で、わたしと?」

 

「ん? まぁ、なんつーか、礼、かな?」

 

「礼って……。わたし、ゴルシちゃん、に、お礼される、ようなこと、したっけ?」

 

今回のお誘いを受けたのが初対面だったのに?

いつの間にかゴルシ焼きそばの売り上げに貢献してたり……いや買った覚え無いな。どうしよう、本当に分かりませぬ。

 

「あたしにじゃねーよ。テイオーだ」

 

「……?」

 

「あんただろ、テイオーの脚、治してくれたの。あん時のあいつ、だいぶ参ってたからなー。マジサンキュな、先生。足、大丈夫だったか?」

 

わたくしのウマ耳がぴくりと反応します。

 

「……なんの、ことかな?」

 

「あぁ、知ってるから別にとぼけなくていいぜ。あんたが昔の記憶と、トンデモ能力を持っていることも」

 

……ぅおおおおおおおおおおおおおおおおおい!!

さも当たり前のようにメガトン級の爆弾ぶっ込んで来やがりましたよ!?

いやいやいや何で知ってんのよ。能力の方はちょいちょい使ってますから多少バレる可能性はありましたが、前世持ちだなんてそれこそ誰にも言ったこと無いですよ!?

 

「……なぜ、それを?」

 

「そりゃあたしがゴルシちゃんだからに決まってんだろ。それ以上の理由がいるか?」

 

全く理由になってない気もしますが、納得出来るのは何なんでしょう。

どんな事しても『まぁ、ゴルシだし』で片付くの強すぎませんか?

 

「……これ以上、無い、説得力、だね」

 

「だろ。安心しろよ、誰にも言わねぇ。言えるわけねーわ」

 

「……そう」

 

そうしてもらえると助かります。

こんな能力持ってるのが公になったらメディアのオモチャか、あるいは教祖か、はたまた解剖か、最悪消されるか。いずれにしろロクでもない事になりそうなんで。そいつは流石に勘弁願いたいですし。

 

「けどあんたは、それでいいんだな?」

 

わたくしの顔をじっと覗き込んでゴルシちゃんが聞いてきます。一切の冗談を許さない、そんな真剣な表情です。

なるほど。わたくしの能力を知っているなら、今までわたくしがやってきた事も、いずれ訪れる結末も分かっているのでしょう。

だからこそわたくしは自信を持って答えます。

 

「もちろん。わたしが、ここにいる、のは、出来る限り、出来ることを、するため、なんだから」

 

「そか。ならあたしから言うことは無ぇな」

 

いつもの飄々としたふいんき(なぜか変換できない)に戻るゴルシちゃん。

 

「思うところが無いわけじゃ無いが、先生は先生の信念に従ってやってんだろ? なら思う存分やっていいんじゃねぇか。先生の人生だ、好きに生きようぜ」

 

ありがとね。何だかちょっと救われた気分。

お陰で進む足取りが軽くなりそうです。がんばろう。

 

「やだ、ゴルシちゃん、かっこいい」

 

「だろ?」

 

笑い合うわたくし達を照らす夕日は、眩しかった。




■パラパラパラダイス
昔このゲームを攻略するために、このゲームで遊んでいたホストの兄ちゃん捕まえてパラパラ教わったことがあるおっさん、それが筆者です。
DDRパフォーマンスの上位ランカーの方から志村と加藤のヒゲダンスの違いを丁寧にレクチャーしてもらったことがあるおっさん、それも筆者です。
競合メーカーのマラカス振る音ゲーのパフォーマンス大会で優勝してドリームキャスト本体を貰ったことがあるおっさんも筆者です。

■雑記(2023/02/04)
先日、横浜で開かれたウマ娘オンリー同人イベント、「プリティーステークス27R」に遊びに行ってきました。このイベント毎月やってるの? 開催回数えぐくね?
いくつかの本とレイヤーさんのお姿を拝見し、とても楽しい時間を過ごさせていただきました。

■雑記(2023/02/17)
意外と『ふいんき(なぜか変換できない)』がネタとして通じないことに
自分もインターネット老人会員なんだなぁとしみじみ思いました。
「ふんいきだよ」とご指摘いただいた皆さん、ありがとうございます。
大丈夫です。そういう某掲示板のネタだったんです。


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Case13:養護教諭はほんのり関わりたかった

唐突の最終回


鳥達の楽しげな鳴き声が聞こえてきて、目を覚ました。

窓から見える外はとても良く晴れている。

割と傾いた太陽が、結構長いこと寝てしまっていたことを教えてくれた。

 

「あ、起きました? いっぱいお昼寝出来ましたね」

 

部屋に入ってきた女の人がわたしにそう声を掛けた。はて、この人は誰だろう? 知っているような、知らないような……?

そもそもここは何処でしょう? わたしの部屋じゃなさそうですけど。

 

「今日もいいお天気ですねー。でもその分、朝寒くって。なかなかお布団から出られなくて大変だったんですよ私」

 

あの、一体ここは何処であなたはどなた?

そう聞こうと思ったがうまく声が出ない。

女の人は言葉を返さないわたしを気にした様子もなく、わたしの手を取って、指先に洗濯バサミのような何かを付ける。

 

「お布団入ってる時の『あと5分』って気持ちいいんですよねー。やりすぎて危うく遅刻しそうになっちゃいましたけど。どれ、バイタル……正常っと。あ、テレビ付けましょうか? もうすぐ始まりますよ、有馬記念

 

有馬記念

……そうだ、有馬だ。テイテイの復帰戦だ。アニメ最終回の屈指の泣き回だ。

そんなの見ないなんて選択肢、あるわけが無い。

女の人がわたしが寝ているベッドのリクライニングを起こし、テレビの電源を入れる。

 

「そういえば、トレセン学園で働かれてらしたんですよね。もしかして知り合いのウマ娘、出てたりします? ふふっ。じゃあ少し他の部屋も見てきますね。テレビ、このまま点けておきますから」

 

女の人はそう言い残して去って行った。

テレビに映されているレースの様子は既にパドックでのお披露目は終わっており、出走ウマ娘達がバ場入場している所だった。

いつもの実況と解説の人が興奮気味に話すのが聞こえてくる。

 

≪今年のトゥインクル・シリーズを締め括ります有馬記念、今回はURA史上最も注目度の高いレースとも巷で言われています≫

 

≪無理もありませんね。数々の宿命の対決が一堂に会した形となる今回の有馬記念は間違い無く大波乱となるでしょう≫

 

数々の宿命の対決?

あれ、そんな流れだったっけ。

 

≪順に紹介していきましょう。まずは史上4人目の重賞6連勝、そして全てのレースで連対率100%の実績でグランプリ制覇なるか!? ヒシアマゾンです≫

 

≪底知れない強さを感じますね。最終直線での末脚は間違いなく一級品です。今回も気合十分といった様子で非常に期待が持てます≫

 

……ゴール板(ヒシアマ姐)さん、レースに出てたっけ?

なんかアニメとだいぶ変わっちゃった?

ってか知らなかったけど姐さん、そんな強かったのか。

がんばれ、ヒシアマゾン。

 

≪続いて今年の最優秀ウマ娘候補と名高い3冠ウマ娘、ナリタブライアン≫

 

≪彼女も今年のレースでの連対率は100%で、しかもその内2着は1回だけという脅威の強さを持っています。今回も間違いなく上位に食い込んでくることが期待出来ます≫

 

あ、ブライやんだ。

彼女もアニメじゃ出走してなかった気がするんだけど……まぁいいか。すっかり立派なアスリートの顔つきだね。ちゃんとバランス良くご飯食べてるかな。

がんばれ、ナリタブライアン。

 

≪さぁそしてやって来た、昨年の有馬では惜しくも2着、しかしその後も着々と勝数を重ねております、ビワハヤヒデです!≫

 

≪昨年も十分強い彼女でしたが、今年は更に一回り大きくなったように感じますね≫

 

お、ハヤひーお姉ちゃん。

すげぇ、ブライやんと一緒に走るの? 姉妹対決じゃん。

この娘もアニメで見たときよりオーラ出てるように感じるけど、実際に見てるからなのかな。

がんばれ、ビワハヤヒデ。

 

≪おっとどうしたビワハヤヒデ。観客席側をじっと睨みつけるように動かなくなってしまったぞ≫

 

≪……観客席というか、実況席(こちら)を見ていませんか?≫

 

≪その後ろから彼女に先を促すようにウイニングチケットとナリタタイシンが入って来ました≫

 

≪昨年の菊花賞以来となるBNWの3人が揃いましたね。こちらの因縁の対決にも注目ですね≫

 

あら、チケゾーとタタちゃんまで。

相変わらずあの3人は良い関係を続けてるみたいですね。どこまでも元気なチケゾー、かっこいいお姉ちゃんなハヤひー、つっけんどんだけど本当は優しいタタちゃん。3人ともいつまでも変わらずそうあって欲しいな。

がんばれ、ウイニングチケット。

がんばれ、ナリタタイシン。

 

≪GⅠ2勝の実績、闘争心に火がつけば9ヶ月のブランクも気になりません。漆黒の花嫁衣装を思わせる勝負服に身を包んだレコードブレイカー、ライスシャワーです≫

 

≪黒い刺客の異名を持つ彼女、今回も魅せてくれるのでしょうか≫

 

お米様だぁ。

普段はどっかのメイドロボか駆逐艦みたいにはわわとか言うのが似合いそうなのに、レースに出るとめっちゃ格好良くなるのナイスギャップです。完全にスイッチ入ってます。

がんばれ、ライスシャワー。

 

≪そのライスシャワーに雪辱を果たす事が出来るのか!? 坂路の申し子、ミホノブルボンが登場です≫

 

≪長い闘病生活から見事に舞い戻って来てくれました。前回、前々回のレースから徐々にではありますが確実に仕上げて来ています。持ち味の力強い逃げ足に期待です≫

 

ぇ、ブルるんも出るの?

わー、これは確かに数々の対決が勢揃いっていうの、納得。誰よりも待ち望んでましたもんね、お米様との対決。実現して良かった。悔いの残らないよう、しっかり競い合ってね。

がんばれ、ミホノブルボン。

 

≪去年は3着、今回はもっと少ない数字が欲しい。ブロンズコレクターの名を返上出来るか、ナイスネイチャ≫

 

≪高松宮杯では見事な勝利を見せてくれました。今回も気合は十分です。≫

 

きゃー、ネイチャさんだ。

曇りの無い表情だ。出会った頃の迷いは完全に晴れたみたいだね。そうだよ、ネイチャさんは凄いんだから、自信持って走ってね。

がんばれ、ナイスネイチャ。

 

≪そのナイスネイチャと同チーム、小さな逃亡者ツインターボも入ってきました≫

 

≪決して勝率は高くない彼女ですが、その大逃げスタイルは多くのファンを魅了して止みません。今回も期待したいですね≫

 

うっそ師匠?

またあの爆逃げしてくれるの? うわぁ凄い楽しみ。あなたの走りは間違い無く誰かの勇気になってるよ。みんながあなたの走りを見てるよ。

がんばれ、ツインターボ。

 

≪更に同チームのマチカネタンホイザですが、蕁麻疹発症のため出走取消となっています≫

 

≪何があったのか心配ですね。ナイスネイチャとツインターボには是非彼女の分も頑張って欲しいです≫

 

あれ、カネタン出走取消?

おかしいな、わたしの覚えてるアニメではしっかり走ってたはずなのに……。

やはりこのレース、わたしの知ってるものとは完全に異なるみたい。

いやそれより蕁麻疹とかって大丈夫なのかなカネタン。

 

ちょっとウマホで調べてみようかな。

あれ、ウマホどこだろ。……というか、手、動かないな。身体も、動かせない。困ったな。どうしちゃったんだろうわたし。

 

≪さぁそして、さぁそして! 会場の大きな歓声が聞こえますでしょうか! 昨年の有馬記念の覇者、奇跡の復活劇を見事に成し得ました、トウカイテイオーが出て参りました!≫

 

≪3度の骨折から不死鳥の如き復活を果たしたトウカイテイオー、その後の戦績も安定して上位を収めています。今回も彼女から目が離せませんね≫

 

身体の不具合に気を取られている間に2,3人聞き逃してしまいましたが、ワアッと盛り上がる音が聞こえてわたしの意識は再びテレビへ。

おっ、テイテイだ。すっかり元気そうで良かった。

でもテイテイって、去年の有馬はボロボロじゃなかったっけ……記憶違いかな。

 

≪あぁーっと出た! 出たぞテイオーステップ! 今日のテイオーは絶好調です!≫

 

≪会場に向けてアピールする余裕すらありますね。非常に良い仕上がりと思われます≫

 

まぁいいか。

彼女はいつも一際楽しそうにレースを走る。幾度の挫折を乗り越えて、それでもまた走ってくれる。その雄姿をまた見ることが出来るんだ。

がんばれ、トウカイテイオー。

 

≪おおっと!? そして先程の歓声に負けない程の、会場が正に割れんばかりの大歓声! そうです、満を持しての登場です! 昨年末に彼女を襲った病、繋靱帯炎。ウマ娘にとって不治の病とも言われる大病を患ってしまった時、引退の話も上がっていました。が、しかし! しかし彼女は帰って来ました! 1年という雌伏の時を経て、我々の前に、この有馬記念という大舞台に、戻って来たぞメジロマックイーン!!≫

 

≪昨年期待されていたトウカイテイオーとの対決が、今回ついに実現です。私も冷静に解説を続けられるか自信がありません。本当に、本当に良く戻って、来てくれました……≫

 

わぁ……わぁ、パクパクさんだ!

脚、良くなったのかな。良かった、走れるんだ。テイテイと対決、出来るんだ。

本当に、良かった。良かったねぇ。

がんばれ、がんばれ、メジロマックイーン。

 

≪細江さん、涙はまだ早いですよ。私達にはまだこの闘いを最後まで皆さんにお伝えする使命があります。頑張りましょう≫

 

≪はい……はい。その通りですね。失礼しました≫

 

≪さぁ、ゆっくりとスターターがスタート台に向かいます。誰もが待ち望んだ夢を詰めに詰め込んだ今回の有馬記念、今年最後のGⅠのファンファーレです≫

 

うふふ、解説さん泣いちゃってる。

嬉しいよね、わかる。楽しみだよね、わかる。

ブラアマ対決、姉妹対決、BNW対決、ブルライ対決、テイマク対決……あ、テイネイとテイタボ対決もだ。これは確かにとんでもないレースだ。てんこ盛りだ。誰が勝っても不思議じゃないよ。

 

≪15万人近いファンが埋め尽くしております、中山レース場です。さぁ各ウマ娘がゲートインしていきます≫

 

……あれ?

なんだか、急に瞼が重くなってきた……。

おかしいな、いっぱい寝たはずなのに、まだ眠い……。

レース、見たいのに……。

 

≪順調ですね。ナリタブライアンがちょっと立ち止まってそれから入りました≫

 

≪さぁ13人、ゲートイン完了しました。間もなくです。間もなく今世紀最大の有馬が、今……≫

 

目、開けてらんないや。

見たい、なぁ。みんなが、走る、姿が。

 

見たい、けど……まぁ、いいかな。

みんなが、無事に、走れる。それだけで、十分。

 

 

 

──ガシャン!!

 

≪いま、スタートしました!!≫

 

 

 

わたしは、わたしに、出来ることを、やり遂げた。

 

あぁ、

 

いい、人生、だったなぁ……

 

 

 

走れないTS転生ウマ娘は養護教諭としてほんのり関わりたい:了

 

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「……って夢を、見たんだけど、ゴルシちゃん、どう思う?」

 

「うん、とりあえず笑えねぇわ」

 

ってなわけで、やたらリアルすぎる初夢を見ました。

あなたの傍に這い寄るメルテッドスノウちゃんです。

新年を迎えて最初のお仕事デーです。

 

いやいや死んでたまるかよ。何満足しちゃってんのよ夢の中のわたくし。

わたくしはまだまだウマ娘ちゃん様達が幸せそうに学園生活を謳歌する様を拝みつつ時折一緒にキャッキャウフフするというこの上ない欲望丸出しの人生を満喫しなきゃいけないんですから。

 

あんまりにもあんまりな夢だったので、両手にゴーヤー、口にピロピロ笛を装備したまま相撲の摺り足してたゴルシちゃんが窓の外から丁度通りかかるのが見えましたので、彼女を捕まえて話してみたのですが、心底呆れられてそのまま摺り足再開してどっかに行ってしまいました。

いやむしろゴルシちゃんが何してるんですか意味が分からな過ぎる。

 

何でしょう、年末の有馬記念でテイテイの大復活を目の当たりにしちゃったから気持ちが先走って "次の有馬" を思い描いちゃったりしたんですかね? いやぁだってすんごいレースでしたもの。未だに実況さんの『トウカイテイオーが来たぁ! ぇ……えトウカイテイオーが来たぁ!?』が耳にこびりついて離れません。

 

もし本当にあんな激熱なレースが未来で待っているとしたら、意地でも夢の内容を、そして夢の続きを見ないと死んでも死に切れませんねこりゃ。

さぁ、今日も張り切ってウマ娘ちゃん様達の心身の健康の為に身を粉にして働きますよー!

 

足は動かないしまともに息が吸えなくて、声も出し辛い。

けど、両目は見えるし両手も動く。顔は素敵なべっぴんさん。

足やら何やらに爆弾はあるけど、とりあえず生きている。

以上を踏まえまして。

 

さってっと、今日はこれから何しましょうかね?

 

 

 

走れないTS転生ウマ娘は養護教諭としてほんのり関わりたい:続




■あとがき(2023/02/11)
この度は「走れないTS転生ウマ娘は養護教諭としてほんのり関わりたい」をお読みいただき誠にありがとうございます。

まず、13話で最終回というのは昨今のWEB小説ではかなり少なめの部類かと思われますが、決して打ち切りエンドでは無いことだけはお伝えしておきます。
もともとこのお話、アニメ1クールと同じ13話構成で考えておりました。

で、大多数の方がお気付きと思いますが……本来は夢オチの内容通り、スノウちゃんには虹の橋を渡ってもらうビターエンドを想定していました。
なのですが……ちょっとスノウちゃんの覚悟が想像していたより強くなり過ぎまして、ビターに辿り着けなくなっちゃったのですよ。

“線路の上にウマ娘達が大勢います。暴走したトロッコが突っ込んで来てますがウマ娘達は誰も気付いていません。歩道橋の上にスノウちゃんがいます。彼女を突き落とせば障害物となってトロッコが脱線し、ウマ娘達を助けることが出来ます。が、スノウちゃんは迷うことなく自ら飛び降りてトロッコを止め、ウマ娘達は助かりました。あなたは特に何もしていませんので、罪悪感に苛まれる必要はありません。めでたしめでたし”

という、トチ狂ったトロッコ問題状態になっちゃいそうでして。
ビターどころか胸糞エンドじゃないですかやだー。

で、今更ですが皆様の感想を見ているうちに、『この自己犠牲の権化、何とか救えねぇかな』と思い直しております。
書いているうちに筆者自身がスノウちゃんに情が湧いてしまったのと、皆様からこんなにもスノウちゃんを応援していただけると思ってもみませんでしたので、何とかしたいと思いまして。下手すると何ともならない可能性も微レ存なんですけど。

というわけで、一応この話とおまけをもう1話で完結とはいたしますが、いずれシーズン2を書こうと思っています。
ただ現時点で全く何も出来上がっていない上に虹の橋カウントダウンが残り僅かな状態でどうすんのよ!?  って感じなので、シーズン1終了後、今しばらく構想&書き貯めのお時間を頂戴したく存じます。

今後も『スノウちゃんを含む』ウマ娘ちゃん様達がほのぼのグッドエンドを迎えられるよう鋭意努めてまいりますので、ご理解の程よろしくお願いいたします。

■偽フッター
驚かせてしまってすまない。私のpcとスマホからはちゃんとそれっぽく見えるように調整しましたが、他環境で崩れてたらすまない。


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CaseEX2:メルテッドスノウととあるウマ娘

主人公過去編

EX1~Case01の間のお話。


わたくしの名前はメルテッドスノウ。

どこにでもいる、普通の転生チート持ちのウマ娘です。

足と肺に障害が残っていますが誤差の範囲内です。

入水自殺未遂して救急搬送されましたが誤差の範囲内ですともええ。

 

死ぬ一歩手前までいったお陰かどうかは知りませんが、無事に前世記憶とチートを思い出してようやく転生人生スタートといったところでございます。

 

で、その後の顛末をざっくりとまとめると、わたくしは無事にざまぁを達成し、違う児童養護施設へと移されました。

 

川から這い上がった後、誰かが呼んでくれた救急車で搬送&即入院となったのですが、その入院してヤツらの目が届かない間に、ある人にコッソリと連絡を取りボイスレコーダーとデジカメをお借りしまして。

退院してから約1ケ月間、施設に戻されたわたくしは以前のように無感情っぽく振る舞いつつ、ソレらを使って虐待やセクハラの証拠を集めに集め、晴れてババアとエロオヤジに鉄槌を下してやることが出来ました。

ざまぁ。ざーまあー!!

 

ババアには役所から定期的な行政指導を行ってもらうことで手打ちとしました。

暴力行為は言語道断ではありますが、わたくしみたいな要介護者は介護する方される方、お互い歩み寄って協力する必要があります。それをわたくし側から拒絶してたのでそりゃあババアもストレスが溜まることでしょう。極々僅かですが情状酌量の余地ありです。

元々悪どいことしてたっぽいですがわたくしも良くなかったということで、まぁ今後に期待の意味を含めてお役所さんには監査厳しめの指導を毎週やってもらうことにしました。処分食らって施設無くなったりするのはそれはそれで問題あるしね、市の受入人数的に。

 

だがなエロオヤジ、てめぇはダメだ。

セクハラは断固として許されぬ! ウマ娘をセンシティブな感じにしようなど問答無用である。

サ〇ゲ法務部が存在しない世界線で助かったなオヤジィ! だがわたくしが許さん。セクハラ野郎は惨めに這いつくばって叩かれて砕かれて丹念に擦り潰されてバクテリアに分解されて畑の肥やしにでもなればいい。

そりゃもう徹底的にやってもらうようにした。警察の方にも話をだいぶ盛って訴えた。知ってるか? セクハラってのは被害者がそうだと感じたらセクハラなんだぜ?(悪い顔)

『この子に暴力を振るわれた。押さえつけるために触ってしまったかもしれない』と悪あがきの自己弁護をしてましたが、良いぞもっとやれ。反省の余地なしってことで罪状が重くなりやすいからなぁ! 既にヤツを殴ってしまった時の経緯とそういう言い訳をするかも知れないって事は警察の方には伝えてあるし。

かくして無事にエロオヤジはお縄となりました。森へお帰り。もう戻って来るなよ。

 

今回の大捕物には事故った時に来てくれてた女性警察官も担当してくれて、そりゃあもう親身に対応してくれました。レコーダーとデジカメ貸してくれたのもこの人。なんか出会った時のことをずっと気に掛けてくれていたらしく、現状を話したら一も二も無く協力しまくってくれました。

……まぁ、あんなファーストインプレッションじゃなぁ……うん、正直すまんかったと思ってる。いきなり「殺してください」とか我ながら無いわ。トラウマるわ。

立場上どうしようも無かったでしょお姉さん、仕方ないって。今回こうしてその立場を使ってちゃんと助けてくれたわけですし。ありがとうございます。

 

というわけでざまぁ展開が無事終了した後、新しく入ることになった施設はそりゃもうまともな場所でした。加えて自分もまともになった(?)ので、お互いにコミュニケーションもしっかり取ることで同じ轍を踏まないよう報連相はしっかり行いましたとも。

おかげで新しい施設の長――身長2m強のスキンヘッド、髭にグラサンと、どう見ても何人かヤッちゃってそうなコワモテのくせにエプロンが似合うとか、某XYZの海な坊主っぽいガチムチオヤジ――からも、わたくしの自由奔放さに呆れられながらもしっかり面倒見てもらえました。

 

そうしてなんやかんやあって何年か経過しまして。

通う予定だった中学はとてもじゃないが通学出来る状態じゃないということで学校側と相談し、定期的に課題を提出してたまに学校で補習っぽいのを受けることで基本的に出席しないまま卒業。クラスメイト出来なかったです。ぴえん超えてぱおん。

高校には入らず、さっさと高卒認定試験だけ受けて自由気ままに過ごしております。

 

すっかり失念していたのですが、なんか遺産やら賠償金やら補助金やらが割と良い額で入ってまして、細々と生きてく位なら余裕で出来るんですわ。夢のニート生活ですよひゃっほい。

なので18歳過ぎて施設出る時に、少し余分かなぁと思った額を『寄付すっから宜しくね』って施設長(オヤジ)に渡そうとしたら『将来のためにとっとけバ鹿モン』と脳天にカラテチョップされました。DVでございます。かなりイラッと来たのでその後に小分けして匿名で定期的に振り込んでやってます。ざまぁ。

 

というわけで転生ライフ満喫開始じゃーいとか思いながらわたくしは通い慣れたゲーセンから家路についている最中です。

あいにく本日は雨天なり。片手が塞がってしまうため手押し式車椅子に乗ってるわたくしにはとても困った雨さんですが、車椅子の背に傘の柄を固定してやれば両手フリーで雨に濡れません。そこに雨合羽をひざかけ状に掛けておけばバッチリです。いやぁ、全身雨合羽は蒸れるんですよ……。あと早いとこ電動の車椅子買お。

 

そういえば覚醒時に痛めた肺ですが、水と一緒に砂も飲んじゃったんでしょうね、医師にお手上げされました。

なんか肺組織と砂が癒着しちゃってるから肺まるごと全とっかえしない限り治せないってさ。

現代医学じゃ根治難易度高そうなので、一応カイロプラクティックとか漢方薬とかの東洋医学系も頼ってみたけど、あかんかった。

移植手術とか怖いし、息しづらいだけで死ぬわけじゃないし、まぁヨシ!

 

道中、近所のちょっと大きめの公園へ入っていきます。道なりに行くより公園内を通った方が少しだけ近道ですので。

時刻的には夕暮れくらいですが、結構厚めの雨雲なんですかね、だいぶ真っ暗です。幸いにも街灯が既に点いてるので道が見えないとかは無いですけど。

そうして車椅子を中程まで進めていたところ、なんか芝生んとこにぽつんと誰かがいるのが見えました。この雨の中、傘も差さずに。まじか、根性入ってんな。いやいやこんなの絶対訳ありでしょ素通りとか出来るはずありませんって。

んー、もっと近くに行きたいけど芝生だとわたくし入り辛い。仕方ないので周りの通路から出来るだけ近寄って声を掛けます。

 

「お姉さん、風邪、ひいちゃうよ?」

 

「放っておいてくれ」

 

しっとり濡れウマ娘さんはこちらを見ること無く、抑揚の無い声で返します。はい、ウマ娘さんでした。濡れた髪が顔を覆い隠して表情を窺い知ることは出来ません。

緑の七分袖シャツにぴったりパンツルック、鮮やかな鹿毛色のロングヘアで少し濃色の前髪の中に白毛が一房。

 

……どっかで見た事ある気がするぞこのウマ娘?

最近テレビで見た事ある気がするぞ?

前世知識でも見た事ある気がするぞ?

 

「でも」

 

「いいから、頼む」

 

いやぁ、流石にまだ春先の雨は冷たいっすよ?

身体はあるうちが華なんですから労ってあげませんと。

とはいえ、このままでは押し問答が続くだけでしょうね……仕方ない。

 

「……ん、分かった」

 

このままでは説得出来ないと言うことが分かりましたとも。

ならば分からせてやる。

雨でぬかるんで進みづらい芝の上をちょっと頑張って彼女の隣まで進みます。

そして傘を脇に捨て、彼女の隣に佇みます。うっひゃーやっぱ冷たいじゃん雨。

 

「……何を、している?」

 

やや困惑気味な問い掛けが聞こえて来ますが素気なく返します。

 

「放って、おいて」

 

「いや、しかし」

 

「そういう、ことだよ?」

 

「……」

 

な? 放っておけなかろう?

何か辛いことがあったんなら、おいちゃんが聞いてあげますからとりあえずこれ以上雨に濡れないようにしようぜ。寒いし。

 

「近くに、いいとこ、あるから、身体、だけでも、拭いて、いかない?」

 

「……分かった、君を送っていこう」

 

「ん」

 

近所にわたくしの()家がありますんで。

 


 

「オヤジー、風呂貸してー」

 

はい、海な坊主がいる養護施設に突撃隣の晩御飯もといお風呂借りに来ました。既に施設を出て一人暮らしをしている身ですが、時々こうやってお風呂借りに来ております。複数人同時に入れる大きさの風呂って楽なんですよね。

 

「……あぁ? スノウか……お前今度は何拾いやがった」

 

「濡れウマ娘」

 

なんかオヤジ、盛大に溜息ついてますね。何かいいことでもありました?

 

「はああぁぁ……もう沸かしてあるからジャリ共に乱入される前にさっさと入って来い。……何ボサッと突っ立ってる。あんたもだ、嬢ちゃん」

 

「いや、私は」

 

「やかましい、ガキが一丁前に遠慮なんかしてんじゃねぇ。着替え用意してやるから風邪引く前にあったまって来い」

 

もー、なんやかんやで優しいんだからオヤジぃー。

勝手知ったるなんとやら、車椅子を玄関に置いたわたくしは、わたくし用に用意された屋内移動用の台車に乗り込んで浴室へ向かいます。

 

「ほら、こっち」

 

「あ、あぁ……」

 

早くあったまろーぜー、まじ風邪引いちゃう。

一緒に入っても女の子同士だから何も問題は無いぜ!

 

何も問題は無いぜ!(大事2回)

 


 

「ふぅ、いい湯、だった」

 

はい、キングクリムゾンさん良いお仕事です。

気が付けば湯上がりぽかぽかスノウちゃん一丁上がり。そしてそんなわたくしの隣には同じく湯上がりぽかぽかウマ娘ちゃんも。

お風呂から上がったわたくし達は、以前までわたくしの部屋だった、現在は客間にて二人で寛いでおります。

テーブルにはいつの間にか用意されてる麦茶のピッチャーとコップが2つ。やはり内面イケメンだなオヤジぃー。

 

「君は……何というか、特殊な入り方をするんだな」

 

「まぁ、足が、動かない、からね」

 

さっきまでの入浴スタイルを思い出し、ウマ娘ちゃんがそんなことを呟きました。

バスタオルを体に巻いて腹ばいになって、浴室を腕の力だけで滑っていって、湯船に辿り着いたらそのまま頭からぬるんとダイブ。

『スノウアザラシ』の異名で昔は一緒に入ってた子供達にも評判でした。

まぁここみたいなタイル貼りの広めの風呂だから出来る技なんですけどね。一般的なユニットバスじゃ無理かな。

 

「そういう場合は誰かの介助を必要とするものだと思っていたよ」

 

「本来は、そうなんだ、ろうけど、ここじゃ、出来るだけ、自分らで、やるのが、ルール、だから。出来るから、やってる。それだけの、話だよ」

 

職員がオヤジしかいないんですよねこの施設。ですので炊事洗濯掃除買い物に至るまで子供達主体でやってました。年上の子が年下の面倒を見る感じで。オヤジは子供じゃどうしようもない事のみ担当。こんなんでよく回ってんなココ。

 

「そうか……時に、君は何というか、独特な話し方をするんだな」

 

あ、やっぱり気になるよね。

なんかね、肺が駄目になってからまともな呼吸が出来ませんでして。少し浅めにしか吸えないので、会話がどうしても途切れ途切れになっちゃうんですよね。

 

「あー……肺に、問題が、あってね。聞き苦しくて、ごめんね」

 

「! いや、そういう訳じゃないんだ。こちらこそ不躾なことを聞いてしまってすまなかった」

 

「ん、特に、気にして、ない。問題ない」

 

聞き苦しいのはこちらの過失なんでね。むしろ無駄に気にさせてしまって申し訳ない。

 

「……」

 

「や、ほんとに、気にして、ないんだけど?」

 

「しかし……」

 

もぅ、真面目さんなんですから。そんなにションボリしなくていいのに。

ならば強引に気にしなくさせちゃいましょう。

 

「んー、じゃあ、不躾、返し」

 

「なにふぉっ!?」

 

彼女の両ほっぺを人差し指でぷにっと。

うわーお、わたくしがやっといて何ですけど、顔がいい人って変顔でも顔がいい。ギザカワユス。

 

「はい、これで、おあいこ」

 

異論は聞かぬ。はい終了!

 

「さて、ぼちぼち、自己、紹介。わたしは、メルテッド、スノウ。以前、この施設で、暮らしてた、ウマ娘。今は、ただの、ニート。あなたは?」

 

「私は、シン……」

 

「?」

 

「……すまない。とある事情で名乗る訳にはいかなくてね。仮に……そうだな、ルナとでも呼んでくれ」

 

あーそういうことね完全に理解した。

まぁ、7冠ウマ娘ですなんて名乗ったらこの場がパニックになる可能性もあるでしょうし。多少素性を隠すのは有名人の嗜みなのでしょう。

 

「ん。承知」

 

「……私が言うのも何だが、納得するの、早過ぎやしないか? 怪しいとは思わないのか?」

 

「別に、気にしない。名前、なんて、個人を、特定、認識、するための、記号の、一つ。今、目の前に、あなたが、いるなら、この場では、そこまで、重要、じゃない」

 

見た目でモロバレな気もしますが本人だと名乗らなければそっくりさんで誤魔化せる範囲内でしょうし。

彼女が彼女であるとわたくしが認識していれば呼び方なんぞ何でも良いのです。

 

「そう、か……中々ユニークな考え方だな」

 

「変人、って、言っていいよ。何故か、よく言われるし。解せない、けど」

 

「くふっ……失礼。確かに、変わっている」

 

あれー? 否定してくれない。何故だ。

 

「で、ルナ。あんな、ところで、何してた、の?」

 

「……」

 

落ち着いたところで本題に切り込みます。

ま、言い淀むところまでは想定内。

 

「話して、みた方が、気持ち、楽に、なるかもよ? ほら、行きずりの、女、相手なら、後腐れも、無いでしょ?」

 

「すこぶる聞こえが悪いな。だが、そうだな……少し長くなるが、聞いてもらえるだろうか?」

 

「ん。どんとこい」

 

居住まいを正してルナちゃんが話し始めます。

 

「……私には、夢があるんだ。『全てのウマ娘を幸福にする』という、最早生きる理由と言っても過言では無い夢が。その為に信頼と実績を得るべく、私は頂点を目指し走ってきた。先日、大きなレースがあって、それに勝利すれば私は夢に向かって大きな一歩を歩めるはずだった。はずだった、のだが……」

 

「調整に失敗してね、その大きなレースに出る前に脚を痛めてしまったんだ。医師から告げられた病名は、繋靱帯炎……そう、ウマ娘にとって不治の病とも言われているそれだ」

 

そう言いながら左脚をさするルナちゃん。

そういや風呂入った時に包帯巻いてるの見ましたね。

 

「私は結局、そのレースに出ること無く帰国した。大きな一歩を踏み出すどころか、果てしなく後退してしまったんだ。あと数ハロンというところまで見え始めていたゴールが、遥か遠くに行ってしまったんだ……」

 

「私がこれまで努力して来たものは何だったのかという絶望感と虚無感、そして今まで私を支えてくれた皆に対する罪悪感で自暴自棄になってしまってね……もういっそ、綺麗に全てを諦めてしまった方が良いのではないかと考えると、いたたまれなくなってしまった。空港を出た後、戻るべき場所に戻ることも出来ずふらふらとしていたら、いつの間にかあの場に佇んでいた……という訳さ」

 

なるほど遠征帰りの途中だったか。この地域、別に学園の近くってわけじゃないのに何でこんな所に彼女がいるんだろうと思ったけどそういうことか。

 

ていうか前世知識でもアプリでお迎え出来てなかったから知らなかったけど、彼女ってそういう経緯持ってるウマ娘だったんだ。

アニメ1期ラストのWDTでしか走ってる姿を見たことが無かった理由がこれか。

 

……くっそ重っ。

 

「どうだい、まるで道化の演じる喜劇のようで笑えるだろう?」

 

「笑えない、よ。笑わない」

 

「そうか……どうも私にはユーモアのセンスが足りていないらしい」

 

自嘲気味に笑みを浮かべるルナちゃん。

なるほどね。大義も走りたい気持ちも持たないわたくしには気持ちが分かるとは言えませんが、気落ちしたくなる理由としては理解出来ます。

 

「ルナの、事情は、理解、した。その上で、言わせて、もらう」

 

理解は出来ますが、納得は出来ません。

全く。頭良い娘は頭でっかちになりがちですね。

自分の中だけで結論を出すんじゃありませんよ。

 

「あほか」

 

あ、ルナちゃん固まった。

 

「……あ、阿呆!?」

 

「なに、勝手に、絶望して、勝手に、罪悪感、感じてるの。あなたの、夢は、そんな、ちょっと、躓いた、程度で、諦めて、しまうような、ものなの? あなたの、夢に、志を、同じくして、付いて来た、人達は、その程度で、貴方に、失望する、ような、関係なの? もうちょっと、信じて、あげなよ、周りの、人達を、自分の、信念を」

 

「……」

 

「あなたの、積み重ねが、無くなった、わけじゃない。あなたの、夢が、無くなった、わけじゃない。諦め、なければ、それは、全て、また進む、ための、糧なんだよ」

 

積み上げたジェンガにボールがぶつかって崩れても、ピースは残ってるんです。また同じように積むも善し、ボールも巻き込んで違う形を作るも善し。崩れたままにするのはもったいない。

 

「わたしの、言ってる、ことが、綺麗事、なのは、分かってる。けど、あなたの、理想も、綺麗事、なんだし、ちょうどいい、でしょ?」

 

「……はっ……はは、はははは、あはははははははははははは!」

 

堰を切ったようにルナちゃんから笑いが溢れます。先程の自嘲の色は見えないが、果たして、届いてくれたか?

 

「い、今まで、私に助言をしてくれた幾人かはいたが、阿呆と言われたのは初めてだ! 罵倒されたはずなのに、何だこの爽快感は! あはははは、凄いな、君は!」

 

笑いながら憑き物が落ちたように語り出す彼女。

届いた、と見ていいかな?

 

「あぁ、ああ! 確かに私の理想は綺麗事だ。実現には多くの障害が立ちはだかる夢物語なのかも知れない。けれど、それがどうした。それが夢を追ってはいけない理由にはなり得ない。ならば確かに、怪我をして満足に走れなくなった()()で、諦めていい理由にはならないな!」

 

「近道は失われたかも知れない。長い長い遠回りになってしまったかも知れない。けれど目指すゴールは確かに存在している。ならば私はそれを目指して走るだけのことだった! 君に言われるまでそれを忘れてしまうとは、私もまだまだ精進が足らないな! ははははははっ」

 

お腹を抱えてテーブルに突っ伏し、肩を震わせながら笑い続けます。

それからしばらくして。

一頻り笑ったルナちゃんが起き上がり、こちらにスッと手を伸ばしてきます。

 

「メルテッドスノウ、ありがとう。君のお陰で私はまだ前を向いていけそうだ」

 

おや、これは握手を求められています?

ふむ……ならば丁度いい。しっかりと握り返して、えいやっ。

 

「ん。それと、わたしからの、予言。あなたの、脚は、治るよ。そして、必ず、また走れる。迷わず、行けよ。行けば、わかるさ」

 

あなたの進む軌跡よ、道となれ。

 

「君は……本当に凄いな。今の私が欲しい言葉をくれる。まるで年下とは思えないよ」

 

今度はわたくしがテーブルに突っ伏す番でした。ゴンっと小気味いい音が響きます。

ぁー……やっぱりそう思われてたか。

幼児体型でごめんなさいねぇ!

 

「……ぁー……ごめん。多分、年上」

 

「んんっ!? て、てっきり小学生かと……それは、すまなかった……」

 

言うに事欠いて小学生だとぉ!?

それは言い過ぎだろこの恵体ウマ娘めぇ!(血涙)

 

「とっとっと、特に、気にし、気にして、ない。問題ない、ない」

 

「気にしまくってるな」

 

「ぐぬぁー」

 

見上げると彼女と目が合って、何だか可笑しくなってお互いに笑いが込み上げる。

 

「「……ふふふっ」」

 

何よ、そんな可愛い笑顔出来るんじゃない。

 


 

しばらくして、オヤジが部屋にやって来ました。

ちゃんとノックして入るなんて良く出来た紳士ですね。

 

「おい、雨上がったぞ。いい時間だ、帰るか泊まるか選べ」

 

「あらま。どうする?」

 

「帰ることにしよう。先程マルz……知り合いから連絡があった。あまり心配を掛けるのも良くないからな。……本当に、ありがとう、メルテッドスノウさん。貴方は私の迷いを払ってくれた。正に六根清浄の心持ちだ。貴方のことは決して忘れない。施設長もお世話になりました」

 

ルナちゃんは立ち上がってこちらを向いた後、オヤジに頭を下げました。

うん、今の彼女ならこのまま帰らせても心配無いかな。

 

「気にするな。服は洗濯してこの袋に入れてある、持ってけ。今着てるのもくれてやる」

 

「おおげさ。まぁ、またどこかで、会ったら、よろしくね、ルナ」

 

「あぁ、またどこかで。では」

 

玄関でルナちゃんが遠ざかって行くのを見送ります。いつまでもいつまでも見送って、見えなくなった頃合いでオヤジに声を掛けました。

 

「んじゃ、わたしも、帰る。オヤジ、ありがと、ね」

 

「礼なんざいらん。親が子の面倒を見るのは当たり前だ」

 

「ん」

 

マジ良い人。聖人だわ。

わたくしに対することもそうだし、彼女のことも事情を聞かないでくれた。頭が上がらんわ。

 

「あとな、最近匿名で振り込まれてるが、お前だろアレ。まとめて振り込み返すからな」

 

「なぜバレたし」

 

勝てねえ。素直に受け取ってくれよオヤジぃ……。

 

さて、チート使っちゃった。ごめんお母さん。

だって彼女の落ち込みっぷり、見てられなかったんですもの。あんなに夢に向かって頑張ってる娘っ子、報われて欲しいって思うじゃん?

脚の怪我だったから、わたくし麻痺ってて痛くないからギリセーフってことで。

 

……ところでこれ、アリじゃね?

ウマ娘にとって悩みの種の脚の故障、わたくしなら引き受けてもノーリスクじゃね?

因果のうちに貰っちゃえば走るどころか歩けないわたくしなら発動の心配も無いし。

怪我の状態で貰っても痛くないし。

 

けどどうやってアニメのウマ娘ちゃん様達とお近づきになろうかねー?

学園近くでカフェでも営んでみようかしら。んで軽くお話ししながらカウンセリングっぽいのしながらこっそり因果貰ってみたり。いやそれだと客として来てくれた娘しか対応出来ないな。しかもよく考えたら客にベタベタ触るとかセクハラだわ終了わたくし自身があんなウジ虫に成り下がるとか冗談じゃないわ。

んー、ウマ娘ちゃん様達を自然な流れで健康に、健やかにする何か上手い方法は……ぁ。

 

 

 

そういえば学園に養護教諭とかいねぇな?




■チートオープン、界放!!(誤字じゃないよ)
この頃のスノウちゃんは『脚の故障なら余裕で引き受けられるだろ』と軽く考えてました。まさか『脚以外の傷病を患ったウマ娘もいる』とは思わずに。
彼女がそれに気付いたのがCase03の本文ラストです。気付いた方もいるみたいですが、なんか文字反転したくなるような不自然な空白がありますね?
スノウちゃんが覚悟完了した瞬間です。
ライフで受ける!!!

■セクハラ憎し
完全なる裏設定。
前世で痴漢冤罪を食らいかけた経験があり、痴漢行為に対し非常に強い嫌悪感を持っている。
EX1-2で壊れかけてた自我が呼び戻される程度には魂に刻まれている模様。

■いくつか感想返し
Q.子供時代にお母さんの事故、因果の時点で引き受けなかったの?
A.覚醒前なので因果のやり取りは自覚していない=使えない、という扱いにしています。

Q.発動してないだけで足、やばくないの?
A.もし一歩でも歩いたら足パーンすると思います。

Q.10話、てっきりデジたんが鼻血出すのかと
A.そういうミスリードは狙いました。今は反省している(棒)

Q.マチタンの蕁麻疹は治さなかったの?
A.裏設定ですがスノウちゃんは傷病を受け取る基本的なルールとして、①引退に関わるほどの傷病であること ②命に関わるものであること のどちらかに該当するものに限っています。その上で③スノウから治しに出向かないこと が適用されます。が、テイオーの時はそれらをガン無視したので結局はスノウちゃんの気分次第です。

Q.スズカは治さんの?
A.スノウちゃんが就任したのがアニメ2期頃なので時期的に1期に骨折したスズカは救えてないはず。が、今回のように過去に出会っていれば、あるいは……

Q.Case12後書きの大会云々、筆者特定されない?
A.当時から芸名で活動していたので問題ありません。むしろTwitterも同じ名前でやってますので、そっちからの方が特定しやすいと思います(ぇ


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Season2
Case14:養護教諭の初詣


主人公視点

[[[ 注意 ]]]
ここから先はSeason2という名の蛇足となります。
内容は薄くただウマ娘達と日常を過ごし、無理に無理を重ねたふわっとした落ちが待っています。
クオリティの高さや曇らせをご希望の方は前話で読み終わることをお勧めします。


■今までのあらすじっ!

足と肺にハンデを持つウマ娘、メルテッドスノウは転生者である!

更に『他人の傷病及びその因果を自己に転嫁出来る』というチートを備え、関わったウマ娘達からこっそりと、そしてがっつりとそれらを己が身に引き移し、怪我による曇らせを取り除くことに余念が無く、既に抱えた爆弾は数知れず。

そんな状態で本当にウマ娘達の曇らせを完全回避出来てんのかスノウちゃん?

お前さん既に結構色んな娘から慕われてるからまた倒れたりしたら洒落にならんぞ!?

 


 

あけましておめでとうございます、メルテッドスノウでございます。

仕事初めを迎えてから初の普通の休日、ザ・日曜日でございます。

 

今日は学園から程近く、府中レース場からだいぶ近いかなり大きめの神社へやってきております。

 

まぁ何でか、って言えばベタなんですが、初詣ですね。三が日は人混みがえげつないのでこうやって屋台もいなくなった頃にゆったりお参りするのです。

昨今の神社仏閣であれば割かしバリアフリー対応してくれてはいますので不便は無いのですが、だからといって無理に混んでる時に行くことも無いかなぁ、と。

 

年始に折角とんでもない初夢も見せられた事ですし、ウマ娘ちゃん様達の健康と安全と益々の発展を祈願しておきませんと。

 

というわけでまずは手水舎でお清めとまいりましょう。

お清めにも手順とかあるんですけどそういう細かいところは別途おググり下さい。一応知ってるマナーや手順は遵守しますが、基本的に気持ちが籠ってりゃオッケーでしょとか思ってる質なので。

 

──と思った矢先に聞こえてきたのは賑やかで姦しい声。

 

「わぁっ、これが日本の神社なのね! この建物の曲線美、彫り物の緻密さ、そして一切釘を使っていないという、とんでもない建築技術! これが全て木造だなんて本当に信じられない! あ、シャカ、あっちに水飲み場があるわ。ちょっと喉が渇いたから飲んでいきましょう!」

 

「うるっせェ、騒ぐな。そしてアレは水飲み場じゃねェ。カミサマを拝む前に身を清める場所だ」

 

「そうなのね! 日本の信仰もしっかり神様に敬意を払っているのね、とても素敵! でも初詣には参道に屋台が並ぶって聞いていたのだけれど、全然無かったね、噂に過ぎなかったのかしら? 人もまばらだし、ちょっと残念」

 

「三が日過ぎたら普段はこンなモンだ。てかお前のSPが屋台が並ぶほど混ンでる時期には絶ッ対ェ出さなかった許可を今日は出したンだ、人も減ってとっくに居なくなってるのはロジック組むまでもねェ自明の理だろうがよ……」

 

ふむ、見てみればどこか気品溢れるウマ娘ちゃん様とザンバラ髪のウマ娘ちゃん様。

もう皆様お分かりですね? ファインモーションとエアシャカールのお二人です。公式カップリング来たこれぇ!!!

 

ファインちゃんは神社に来るのは初めてですかね? とにかく周りをキョロキョロと忙しなく眺めては何かしら見つけてはしゃいでいます。今は手水舎の水口、二匹の向かい合った龍に興味津々です。なかなかマニアックなところを突いてきますね。

 

シャカさんはげんなりしたローテンションながらもしっかりとファインちゃんに付き添っています。

数字やデータを信仰する彼女にとってこの場所は真逆で合わないでしょうに、付き合いの良い娘ですね。とてもとても素敵ですので是非そのままで。

 

「あ゛ァ? てめェ何見てンだコラ見せモンじゃねェぞコラ……って、学園で見たことある顔だなコラ」

 

おっと、ちょいと見つめすぎてしまいましたかね。わたくしに気付いたシャカさんからお叱りの言葉を頂いてしまいました。お目汚し失礼、今すぐ消えますのでご容赦をば。

 

「もう、シャカったら。こちらはメルテッドスノウ先生。学園の養護教諭の方よ。あけましておめでとうございます、先生。こんなところで会うなんて奇遇ですね」

 

と思ったらまさかのロイヤルフォロー。

んまぁ学園ですれ違ったら挨拶する程度にはお互い顔見知りでしたし。

 

「ん。あけまして、おめでとう、ファイン、モーションさん、それと、エアシャカール、さん。二人も、初詣?」

 

「ええ。折角日本に留学に来ているんですもの、日本文化を体験しておかないと勿体なくて。色々と教えてもらう為にシャカールにも来てもらったんです」

 

とにかく明るいファインちゃん。安心してください、普段着ですよ! ……何を当たり前のことを言っているんでしょうね私は。

 

「ん。それは、良いね」

 

「何が『来てもらった』だよ無理矢理連れ出したンだろうが。おいそれとアンタ、何だってそんなまどろっこしい喋り方してンだウザッてぇな。もっとハキハキしゃべ」

 

「シャカール」

 

ファインちゃんがちょっと強めの口調でシャカさんの言葉を遮ります。虚を突かれたシャカさん、ファインちゃんが滅多に出さない声色に軽く身を引きました。

 

「……ンだよ」

 

あら、やや険悪な空気。気にしなくていいんですのよ殿下。実際わたくしの喋り方が聞き苦しいのはわたくし自身が誰よりそう思ってますし、シャカさんは事実を言っただけに過ぎませんし。どうぞ、お二人はわたくしなぞに気を揉んだりすることなく引き続き初詣をご堪能くださいな。

 

「ごめんね、肺が、弱くて、こんな風に、しか、喋れなくて。聞き苦しい、だろうから、わたしは、失礼するね。また、学園で」

 

いやほんとごめんねごめんねー。わたくし二人の間に挟まったりするような野暮なことは致しませんので。

ちょっと今回は場が悪そうなので遠目から見ることも叶いませんが、次の機会があったらまたよろしくお願いしますので。ささ、お二人は初詣の続きを──と、この場からそっと消えようとしましたが、シャカさんに呼び止められます。

 

「ッ、待て。……悪かった。知らなかったとはいえ無神経だった」

 

斜め下を向きながらばつが悪そうにしながらもシャカさんが謝ってきました。

いやぁ、変に気を使われるよりハッキリと言ってもらった方が分かり易くて助かりますので、わたくし自身はマジで気を落としたりはしてないんですけどね。

 

「もう! 本当にもうだよシャカール! 申し訳ありません先生。彼女も悪気は無いのです。どうか私に免じて許してはいただけないでしょうか」

 

ぷんすかといった擬音が見えそうな怒り方をしているファインちゃん。いえいえ普通に事情を知らなければ突っ込みたくもなるでしょうこの喋り方は。そしてそこからこちらを向いて深々と頭を下げるファインちゃん。ってちょっ、国際問題に発展しかねないからお止め下さいぃ! ほ、ほら、周りのSPさん達もわたわたしちゃってますよ?

 

「免ずるも、何も、事実だし、そもそも、気にして、ない。けど、謝罪は、受け取った。ありがとう、エアシャカール、さん」

 

「いや何でそこで礼が出ンだよ」

 

なんやかんやでちゃんと悪いと思って謝罪してくるあなたの心根の優しさに対してですよ? もう、ほんと皆して素敵な娘達なんですから。

 

「許していただいてありがとうございます、先生。……そうだ! 良かったら先生もご一緒にお参りして頂けませんか? 皆で回った方が、きっと楽しいと思いますし!」

 

「んと、わたしは、かまわない、けど……いいの?」

 

わたくしはちらりとシャカさんを見ます。

謝ってくれたとはいえ聞き苦しいのは変わらないので。

 

「……ァ? 別にわざとじゃ無ェなら思うとこは無ェよ。以前、そンな喋り方で媚を売ってきた奴がいてその類かと思ったンだが、俺の早とちりだったみてェだし。っくそ、十分なデータが取れて無ェ段階で推測、いや邪推しちまったな、俺としたことが……」

 

なにやらブツブツと独り言を言うシャカさん。

以前何かあったんでしょうけど……この喋り方、媚売れるのか?

 

「まぁ、そういう、ことなら、是非に」

 

「良かった! 私はもとより、シャカールもあまりこういったことはしない方らしくて。作法とかマナーとかちょっと不安だったんです。先生はこういったことは?」

 

「詳しいとは、言えないけど、あくまで、一般的な、レベルなら」

 

「まぁまぁまぁ! 聞いたシャカール? 心強い味方がついたよ!」

 

両手をぱちんと合わせておおげさに喜ぶファインちゃん。

こちらとしてもこうやってふれあい体験させていただけるのであれば願ったり叶ったりでございます。

さっき間に挟まるつもりは無いと言った矢先ですが、挟まらずに横か後ろに付き従う程度ならセーフです。

 

「何でもいいから、早く済ませて早く帰らせろ。こちとら帰ってやりてェことがあるンだからよ」

 

「はいはい、分かりましたよシャカール。じゃあ先生、まず手水舎(ここ)では何をしたらいいの?」

 

せっかくファインちゃんが初詣を満喫しようとしてるのですし、分かる範囲でガイドさせていただきましょう。れっつら異文化交流~。

 

「まずは、この、柄杓を、右手で、持って……」

 

詳細はおググり下さい。

 


 

「で、ここが、拝殿。神様に、お祈り、するところ」

 

比較的人が少ないとはいえ、多少順番待ちする程度には混んでいます。

列に並びながらファインちゃんに簡単に説明をしていきます。

 

「なるほど、礼拝堂ということね! 奥の方には何があるのかしら?」

 

「一般、的には、この奥に、本殿……神様の、お社が、ある。そこに、向かって、お参りを、する」

 

「……ちっ」

 

はいはいシャカさん、神様の存在が気に入らないのは分かりますが露骨に舌打ちしない。

貴方だって2年目3年目の4月上旬とかにはお世話になってるでしょう?(メタい)

 

「お参りの、仕方は、鈴が、あれば、それを、鳴らして、神様に、アピール、する。無ければ、省略」

 

ファインちゃんにお参りの仕方をレクチャーしていきます。

 

「そして、お賽銭を、入れて、二拝、二拍手、一拝。最後の、一拝で、祈る。まずは、わたしが、やるから、真似して、みて」

 

というわけで、お賽銭を入れましょうねー。

 

去年も大変実りある出会いに恵まれましたのできちんとお礼はしておきませんと。

懐からお賽銭を取り出し、賽銭箱目掛けてほいっと投げ入れます。

 

──ぽいっ、ドンッ、ゴロゴロ、ゴトン。

 

ええ、とてもとてもお世話になりましたので、5円玉1枚などと言わず50枚入りの棒金で奉納です。もちろんそれを1本とは申しません。

 

──ぽいっ、ドンッ、ゴロゴロ、ゴトン。

 

──ぽいっ、ドンッ、ゴロゴロ、ゴトン。

 

──ぽいっ、ドンッ、ゴロゴロ、ゴトン。

 

立て続けに懐から棒金を取り出しては投げ入れ、取り出しては投げ入れします。

シャカさんや他の参拝客から信じられないものを見るような視線を感じますが気にしなーい。

たくさんのご縁にはたくさんの5円でお礼しませんと。

 

10束の棒金を入れたところで二拝二拍手一拝。

昨年は大変お世話になりました、今年もウマ娘ちゃん様達が笑顔で平和に過ごせますように……っと。

 

「願いは、口にすると、叶わない、らしいから、心の中で。じゃ、どうぞ」

 

「なるほど! でもその硬貨の束は用意してなかったなぁ」

 

「予備が、ある。これ、使って」

 

「準備が良いのね! ありがとう先生。じゃあこれを」

 

「待て。待て待て待て待て待て待て」

 

「「?」」

 

なんかシャカさんがお参りにストップをかけてきた。

至って普通の手順だったと思いましたが、何か?

 

「あまりの事態に思考停止してたわ。何だそれ。何で棒金しこたま持ってンだというか普通は賽銭ってのはコイン1枚とかじゃねェのかそしてファインもありのまま受け入れンなこの先生も意外とかっ飛ンでンぞ」

 

「金額は、気持ち、次第。決まりは、無い」

 

お賽銭は奉納品ですので。

日々ウマ娘ちゃん様達と過ごせるという日常を賜れたんですから、それ相応のお返しはさせていただきませんと……ふむ、つまりこの程度ではまだ感謝が足らないと? 倍プッシュしろと?

 

「それ普通は出し渋るヤツ側のセリフだっての。おらファイン、5円玉1枚やるからこれを入れろこれで十分だ。そこのトンチキの色に染まるな帰って来い」

 

「ねぇシャカール、さっき『この先生も』って言った? 『も』って言った? まるで他の誰かがかっ飛んでるようなこと言った?」

 

「うるせェ今そこを拾うな。いいから黙ってこれを使え」

 

「なんで、スッと、5円玉、出るの? もしかして、準備、してたの? 彼女に、渡す、ために、あらかじめ、用意、してたの? 彼女の、為に?」

 

てぇてぇポインツいただきましたぁ!!

 

「うぜェ! あンたも今そこを拾うな! てかお前ら事前打ち合わせでもしてたのか仲良いなァ!?」

 

「いぇーい」

 

「いえい」

 

わたくしとファインちゃんでハイタッチ。

よく分かりませんけど、なんとなくノリで。

あっ、シャカさんが汚物を見るような目を向けてますごめんなさい悪ノリしちゃいましたすみませんもう止めます申し訳ありませんでもありがとうございます。

 


 

その後、おみくじ引いたりファインちゃんがお守りや御朱印やらに興味を示して片っ端から頂きまくり、シャカさんもなんやかんやで非合理的だとか非効率だとか言いながらも付き添ってくれ、無事にお参り完了したわけでございます。

 

おみやげ満載でにっこにこのファインちゃん、表情の出難い無表情なわたくし、まるで乗り物酔いしたかのようにぐったりしてるシャカさん。なんだこの対比は。信号機か何かか。

 

休憩がてら、参道入り口そばにあったお団子屋さんで一服と洒落込みます。

木造で創業江戸とか言われても不思議じゃないくらい年季の入ったお店の入り口にはこれまた年季の入った長椅子が置かれてて、イートイン可能な素敵なお店です。わたくしも時々利用させてもらってます。

 

このお店、イートインするとお店のおばちゃんが緑茶をサービスしてくれるんですが、今日は正月特別期間ということで甘酒サービスでした。

普段はみたらし団子と緑茶なのですが『甘酒にはしょっぱいものが合うよ』とのことで、海苔を巻いた醤油団子をいただいております。もっちもちでうっまうま。

 

塩っ気が強くなった口の中にアツアツの甘酒をふーふーしながら啜りこみます。ほんのりと上品な甘さが広がります。ほわぁ、こいつはいいですね。

 

しょっぱい、甘い、しょっぱい、甘い。マリアーーージュ。うおォン。

ふと隣を見れば、ファインちゃんもわたくしと同じようなペースで食べては飲んでます。

そしてあんなにげんなりしていたシャカさん、大人しく食べ進めています。というかシャカさんはお団子より甘酒に御執心のご様子。おかわり求めてますよこの娘。かわいいね。

 

「甘酒はコスパが高ェ。疲労回復、血行促進、抗酸化作用もあって『飲む点滴』って言われるほどだ。ブドウ糖も豊富で頭脳労働にゃ欠かせねェ」

 

それな(語彙力)……いやもちろん知ってますよ?

酒麹より米麹のやつのほうがいいとか、実は体温を下げる効果があるから冬場はホットで飲まないと逆効果だったりとか。江戸時代は夏の飲み物でしたし。

養護教諭でも栄養指導の真似事ができる程度には賢いんですよ?

……ホントダヨ?

 

「何で日本の食べ物ってこんな美味しいものばっかりなの! ラーメンもそうだったけど、このお団子の柔らかさ! 甘酒の優しい温かさ! お店の雰囲気も相まってより一層美味しく感じられるわ!」

 

「みんなで、食べると、より、おいしい。そういうもの」

 

お団子を食べ進めてる最中もハイテンションでニッコニコしてたファインちゃんでしたが、わたくしが何気なくそう言うと、ハッとした表情に変わり、小さく『……そっか』と言ったかと思ったら、両手で甘酒を持ってじっと眺め出しました。

 

あれ、そんな黙っちゃうようなこと、わたくし言いました? また何かやっちゃいました? いや彼女の表情は柔らかく微笑んでるから決して嫌な思いはさせていないと思いますけど。

 

「……先生、今日はありがとうございました。私、絶対今日のこと忘れません。シャカールと先生と、神社とお団子が私にくれた素敵なキラキラの宝物が、私の一部となってくれたこの日の事を。私に宝物をくれた素敵な友人が、先生とシャカールだったことを」

 

……あー、そっか。『みんなで』ってとこに反応してましたか。

 

彼女は将来が予定どころか決定付けられている娘です。学園での生活を終えたら母国へ戻り、王族としての責務やら何やらに追われる日々を過ごすのでしょう。

当然、そこには今日の『みんな』が居るとは限りません。そのことを思ってちょっとおセンチになってしまったのでしょう。

 

大丈夫ですよ。あなたの言う通り、今日という思い出がきっとあなたを支えてくれるはずです。今日この日、楽しかったという気持ちを持って、先の未来でも日々を楽しんでくれれば、毎日がよりあなたを輝かせてくれるはずですから。

 

ファインちゃんを待つ未来に、多くの幸あれ。

そんな思いを込めて、わたくしは残った甘酒を軽く空に掲げて飲み干すのでした、まる。

 

「……ァー、ファイン。とりあえずな、恥ずかしいセリフ禁止だ」

 

「えー」

 

甘酒吹きそうになるからやめてぇシャカさんんん!!

 

あ、ちなみにファインちゃんは至って健康でした。

シャカさんはなんか脚にやばいのがあったので遠慮なく頂いておきました。

色々とごちそうさまです。




■雑記(2023/05/06)
お久しぶりです。いよいよSeason2開幕です。
冒頭でも注意した通り、今回は鬱展開も挟まずゆったりとした話ばかりの構成となります。
※但しスノウちゃんが自重するとは言っていない
それでも良いという方は最終話までの3ヶ月、のんびりとお付き合いくださいませ。
感想、ここ好き、お気に入り、評価いつもありがとうございます。

■雑記2(2023/05/06)
ファインのストーリー見た後、「こいつちょっとARIAのあかりっぽいな。一期一会を大事にするところとか、ポジティブさとかが」と思ったらシャカールが暁と藍華を足して割った感じにしか思えなくなりました。おかげで筆は進みましたありがとうございますありがとうございます。

■没ネタ
「お賽銭? んー、これでいいかな、ぽいっ」

──ガゴゴンッ! ゴトンゴトン、バキィッ!

「っちょファイン、金インゴット(1kg)っておま!!!」

「……神社も、換金が、大変だね」

ファインの金銭感覚ぶっ壊れ話を入れてみようとしましたが、コンビニ入ったりラーメン屋常連になったりしてますし、金銭感覚はそこまでおかしくないだろうてことでボツ。


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Case15:養護教諭のバレンタイン

いろいろ視点


■Case15-1:ゴールドシチー

 

いつもは保健室で外を眺めながらコーヒーを飲んでいる先生が、今日はいなかった。机の上には

『外出中 急患は0X0-XXXX-XXXXへ 養護教諭』

と書かれた札が置いてある。

特に戻る時間も記されておらず、それならばと珍しく時間の空いたアタシは先生を探してみることにした。

 

学園内をうろうろ探していたら、あっさりと中庭でスノウ先生を見つけた。

何人かの生徒が嬉しそうに、手に小さな袋を持ったまま先生の元を離れていく所だった。

 

「スノウ先生、どこに行ったかと思ったらここにいた」

 

「ん、ゴールド、シチーさん。なにか、用事?」

 

スノウ先生はいつもの車椅子の後ろに大きな荷台をけん引していた。荷物が満載されているが中身は白い袋で覆われていて隠されている。

更に先生の手には抽選会とかでくじを入れてるような箱が。

 

「まぁ、用事って言えばそうなんだけど……先生、その荷物なに?」

 

「バレンタイン、くじ。ハズレなし。完全、無料」

 

……この先生、物静かそうな見た目の割に時々アグレッシブになるから行動が読み切れない。

今だって、普段はずっと保健室に居るのにこうして探し回る羽目になってしまっているし。すぐ見つけたけど。

そしてバレンタインくじって何。

何でそんな商店街のイベントみたいなことやってるのこの先生。

 

「……相変わらず変なことしてるね、先生」

 

「えへん」

ちらり。

「褒めてないよ」

 

何故か得意気に胸を張る先生。

そして手に持っていた箱を私の方に差し出してくる。

 

「それは、ともかく、シチーさんも、1回、引いてって」

 

正直、現状を理解しきっているとは言えないけど、こういう時はとりあえず乗っかって満足してもらうのが早い。

 

「まぁ、いいけど。ちなみに1等は?」

 

「某有名、遊園地、ペアチケット」

 

それ、ちゃんとイベントとして成立する内容になってない?

個人で用意する内容じゃなくない?

 

「割としっかりとくじ引きしてるね先生」

 

「えへん」

 

「だから褒めてない……4等だって」

 

あまり深く考えても仕方ないので、箱に手を突っ込んで適当にくじを一枚引く。

三角に折りたたまれたくじを開くと、『4等』の文字がそこにあった。

 

「ん。じゃこれ、進呈。ショコラ、アソート」

 

そう言って先生は荷台の袋から小箱を取り出してアタシにくれた。

手の平サイズの濃いピンクの箱に白いリボンが掛かっており、箱には『Happy Valentine's Day』と金文字でプリントされている。あれ、これって……。

 

「駅前の美味しいお店のじゃん。本当にいいのこれ?」

 

どっかの有名なショコラティエが独立して作ったお店のやつだ。

たまたまCATV番組の地元紹介でゲストに呼ばれて行ったから覚えている。

その時に試食して相当美味しかった気がする。

 

「バレンタイン、だからね」

 

「理由になってない気がするけど……ありがとう先生」

 

意外と私にチョコを贈ってくれた相手は少ない。トレーナーとマネージャー、それとバンブー先輩とユキノくらいだ。

だからこれは、素直に嬉しい。

 

「で、用事って、なに?」

 

「あ、そだ。はいこれ。ハッピーバレンタイン」

 

そう言ってアタシはカバンから用意してあった小袋を先生に差し出した。

先程の4人に加えて、スノウ先生に渡すものはあらかじめ用意しておいた。

この先生には時々世話になってるし。どうしてもレースとモデル業とのスケジュールが調整し切れずギッチギチだった時に、体調不良って名目で少し授業サボって保健室で仮眠させてもらったり、偏りがちな食生活を改善するアドバイスをもらったり。

 

「おやま」

 

「先生にもお世話になってるからね。日頃の感謝ってことで、あたしも良く使ってるメーカーのリップ。も少し自分磨きな先生。折角素材良いんだから」

 

「ん。ありがとうね、シチーさん」

 

全く、本当に分かってるのかな。

確かに幼めの顔立ちだけどすごく整ってるんだから。

ナチュラルと無頓着は違うんだよ先生。

 

「こちらこそ。それじゃね、先生」

 

何はともあれスノウ先生にプレゼントを渡すという目的を達成したアタシは、その場を後にした。

……けど先生、もしかしてその荷物全部無くなるまでやるつもりとかじゃないよね?

なんか荷台に山積みになるほどチョコ積んでるっぽいんだけど……

 

 

 

■Case15-2:ヒシアマゾン

 

本日の学業とトレーニングを無事終えて、アタシは早々に寮へと急ぐ。

寮長というものを任されている手前、アタシには色々とやることが多い。

 

とりあえず寮生数名のメシの世話。アイネスフウジンやサクラチヨノオーが時々手伝ってくれたりもするが、生憎と今日はアタシしかいない。

各々自炊くらい出来て欲しいと思わなくもないが、そう思って一度サクラバクシンオーにさせてみた結果、アタシが用意した方が被害が少ないという結論に辿り着いた。

 

そしてそれが終わったら寮内の見回りやら備品の補充・請求やらと目白押しだ。

そんな今夜のスケジュールを頭の中で確認しながら戻っていると、寮門のあたりに誰かがいるのが見える。

 

「ご協力、お願い、しまーす」

 

なんか手元に箱を抱えたメルテッドスノウ先生がいた。後ろには荷物満載の荷台を牽引している。何してるんだあの人は。

 

「……寮門前での募金活動は許可してないよスノウ先生」

 

「募金じゃ、ない。バレンタイン、活動?」

 

「何で疑問形なんだい」

 

「くじが、割と、減らなくて。お願い、引いてって。貰ってって」

 

そう言いながら、アタシの前に箱を突き出した。

よく見れば募金箱じゃなく抽選箱だ。

というかバレンタインでくじってどういう事なんだい。

 

「……よく分からないけど、要約するとくじ引きでチョコを配ってる、ってことかい?」

 

「ざっつらい。ハズレなし。完全、無料」

 

なるほど。

この先生、完全に遊んでいるね。

 

「はぁ……この時期は浮かれる学生も多いから気を付けてはいたけど、まさか先生から浮かれまくっているとは想定外だよ」

 

「えへん」

 

「褒めてないよ。まぁ協力してあげるからチャチャッと終わらせちゃいな……と、5等だって」

 

適当に引いたくじを開けば、中央に書かれていたのは『5等』の文字。

 

「はい、5等、チョコ◯部、アソート。どうせだし、2つくらい、持ってって」

 

個包装された一口サイズのチョコが数個、ラッピングされている。それを2袋渡された。

茶色いのとピンク色のとが入り混じっている。恐らく普通のと苺味とかかね。

 

「……地味に美味しそうじゃないか。ありがとよ、先生。それじゃお返しにアタシからも」

 

そう言い、アタシは鞄から義理用に複数作ったものを取り出してスノウ先生に渡す。

 

「これは、マフィン? 手作り? すごい。ちょーすごい」

 

「別に凄かないよ。アタシも配るのに沢山焼いたからね。貰ってくれ」

 

量を作るのは慣れている。先生に渡したのもそんな量産品の一つに過ぎないんだが、何だろう、そんなに目をキラキラさせて素直に褒められると少々こそばゆい。

 

「ん。ありがとう、ヒシアマ、姐さん」

 

「先生にまで姐さん呼びされるのは何か妙な気持ちだね……暗くなる前には帰りなよ」

 

「はーい、姐さん」

ちらりちらり。

「ま、程々にね」

 

どれ、折角だし食後のデザートにでも頂こうかね。

 

 

 

■Case15-3:グラスワンダー

 

「ん? グラス、何か寮の前でフリーハグやってマスよ」

 

「何言ってるのエル。駅前じゃ無いんですからそんな訳が」

 

薄暗くなって来た空の中、寮門を注視してみると確かに誰かがいます。

暗くてよく見えませんが、大きな立看板に『FREE ◯◯◯』と書かれているようです。

何事かと思い近付いてみると、相手は学園では良く見知った人、メルテッドスノウ養護教諭でした。

 

「……何やってるんですかメルテッドスノウ先生」

 

「ん。バレンタイン、活動」

 

「まぁ、確かに今日はバレンタインですけど……」

 

「ささ、くじ、引いてって」

 

そう言って先生は私達に抽選箱を差し出します。

立看板もよくよく見たら『FREE チョコ』と書かれていました。

文体、英語か日本語かどちらかに統一しません?

 

「何だかよく分かりませんが楽しそうデスね! これを引けば良いんデスか?」

 

そう言うや否や、すかさずくじに手を伸ばすエル。

 

「あ、ちょっとエル」

 

「お、2等デス! やったー!」

 

エルの手には、対角線に折り目が付いた正方形の小さな紙が握られている。

中央には確かに『2等』の文字が大きく印刷されていた。

 

「おめでとう。2等、都内、ホテルの、ランチ、ビュッフェ、無料券、ペア」

 

そう言いながら先生は袋から封筒を取り出してエルに渡した。

ちょっと待って。学園主催イベントとかじゃないですよねこれ? 多分メルテッドスノウ先生が個人的にやってますよねこれ?

 

「ケ!? え、これホントに貰えるやつデス……?」

 

豪華過ぎる景品にさしものエルもやや引き気味です。

 

「ちょっと豪華過ぎませんか先生!?」

 

「そう? ささ、グラス、ワンダー、さんも、引いて」

 

何てことをしてるんでしょうかこの先生は……

あまり豪華過ぎるものを頂いても困惑してしまいます。

 

「うぅ……あまり気後れしない物でお願いしますね……えっと、3等です」

 

私が引いた紙には『三等』の文字が。

数字体、アラビアか漢字か統一しません?

 

「3等、はちみー屋の、回数券、5枚綴り」

 

エルに比べれば控えめな気はします。

十分豪華だと思いますが。

えへ。ピース。

「えっと、あの、ありがとうございます」

 

「あ、じゃあ! ワタシからもいつもお世話になってる先生にバレンタインデース! ベリーホットなので気を付けて下サーイ」

 

「では、私からも。いつもありがとうございます、先生」

 

私もエルも、普段からお世話になってるのは本当です。

トレーニングで相手や内ラチに当たってしまって痣や擦り傷を作ることもしばしば。

治療を受けてバイタルを測られながら雑談し、そのままティータイムになったりもします。

 

「あらま。ありがとう、二人とも」

 

「それじゃエル達は寮に戻りマース。チャオ、先生!」

 

「というか、これはバレンタイン、なの……?」

 

親愛を示すイベントとしては間違って無い気はするけど……。

 

 

 

■Case15-4:アイネスフウジン

 

「ふぅ、今日もいっぱい働いたの。早くお風呂済ませて明日の用意をしないと……っと、なんか寮の前に怪しい小山があるの。一体何事なの」

 

すっかり日が落ちた空の中、バイト帰りの私は寮門脇で妙なものを見つけた。小さな箱やら袋やらが無造作に積まれている。

 

「あ、アイネス、フウジンさん」

 

「って、スノウ先生? どうしたのこれ?」

 

その小山の陰に隠れるように、養護教諭のメルテッドスノウ先生がいた。小山の他にもカートに大きな袋が積まれている。

 

「バレンタイン、チョコを、配ってたら、お返し、みんなくれて。最初より、荷物が、多くなって、動けなく、なった」

 

「何してるのホント……」

 

私が通らなかったらどうするつもりだったんだろうこの先生。

 

「後生だから、わたしの、全部、貰って、くれない? わたしが、貰った、分だけなら、持っていける、から」

 

そう言ってスノウ先生はカートの袋を指差す。

え、その大きな袋、全部先生が用意したものなの?

 

「私もそんなに食べ切れないの……けどまぁ、スーちゃんたちにも上げればいいか」

画面端から辻写りです。

「スーちゃん?」

 

「妹たち。スーちゃんとルーちゃん、双子なの」

 

「ん、是非、上げて」

 

「この荷台の袋でいいの? ……ホント多いの」

 

腕が回り切らないくらいに大きい袋だ。中身がチョコだけあって重量もそこそこある。

 

「念の為、全生徒、全職員、分、用意した」

 

ふんすと胸を張るスノウ先生。

得意げになってるんじゃないの先生。そんなに用意したせいで移動出来なくなっちゃったんでしょ。ほら、空になったカートに貰い物積むの手伝ってあげるから。

 

「明らかに見積もり過剰なの。一日で全員に会えるわけじゃないんだから持ち歩くのは少しだけにしなさい」

 

「ん。次回の、教訓に、しとく」

 

「まったく。あ、ちょっと待って……はい、折角荷物減ったとこまた増やして悪いんだけど、ハッピーバレンタイン」

 

私は鞄からラッピングされたそれを取り出して先生に渡す。

明日渡そうと思ってたけど丁度良いので今渡してしまおう。

 

「カップケーキ? 美味しそう」

 

「家族やトレーナー、バイト先でも好評だったから味は保証するの」

 

「ありがとう、アイネス、フウジンさん」

 

先生には普段お世話になってるから、こういう時くらいお返ししておかないとね。

 

「もう暗いから気を付けて帰ってね先生」

 

「ん。じゃ」

 

小山となっていた貰い物達を回収し終わって帰っていく先生を見送り、私も先生から貰った袋を抱えて部屋へと帰っていく。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「ただいまーなのー」

 

「お帰りアイネス……ってどうしたのその荷物?」

 

ルームメイトのメジロライアンが怪訝そうに尋ねてくる。

ま、そういう反応になるよね。

 

「さっき寮の前でスノウ先生に貰ったの」

 

「あー、あれか。あたしも貰ったよ、チョコ◯部」

 

「いくらなんでも用意し過ぎなのあの先生……ん? チョコに紛れて封筒が入ってるの」

 

袋の中身はほとんどが透明な小袋でラッピングされたクランチチョコ。たまに箱入りのちょっと高そうなものが紛れている。それと端の方に輪ゴムで纏められたいくつかの封筒が入っていた。

ライアンが中身を改める。

 

「何だこれ……わ、はちみー回数券と、ビュッフェ無料券……それとこれ、遊園地のチケット!?」

 

「ちょおぉぉぉっとスノウ先生ぇぇぇぇぇぇ! これは流石に貰い過ぎなのおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」

 

封筒は翌日返した。

 

 

 

■Case15-5 メルテッドスノウ

 

ふぃーーー。なにはともあれ取り敢えず用意したもの全部配布完了です。

最後はアイちゃんに押し付けた感ありますけど。

 

帰り道の道中、植え込みの陰で( ˘ω˘ )スヤァしていた同志を見かけたのですが、恐らく高濃度の尊みにでも触れてしまったのでしょう。彼女にもチョコを用意していたのですが驚かさないようにそっと置いてきました。

あと、たまたま袋から漏れ出ていたらしいチョコ〇部が1個だけ残っちゃってましたが、それを除いて完パケです。まぁこの残りは自分で食べちゃいましょうかね。

 

スタートした時より若干重くなったカートを引きつつ職員寮へ戻っていると、外灯の下に一人の娘っ子が。制服着てるし間違いなく生徒のようですが。

 

「こんばんは。マーちゃんです、よー」

 

ふいに挨拶をしてくる娘っ子。

……ふぉぉぉ、マーちゃんやないか! アストンマーチャンやないか!

前世で見た目で魅かれて貯めてた無料石を使い切って課金して倍プッシュしてもう少しで天井だーってところで妻にバレてしばらく課金封印されて結局お迎えすることが叶わなかったアストンマーチャンだ!

後日登場した新衣装タマモがどうしても引きたくてこっそり課金して更に怒られた原因となったアストンマーチャンだ!!(逆恨み)

思い返せばなんか今日ちらほら見かけたなこの娘。

 

「ん。こんばんは、アストン、マーチャン、さん」

 

「!!」

 

そう挨拶を返すと、目を見開いて何か驚いたような表情をするマーちゃん。

ん、どしたん? あ、そだ。丁度良いから残ってた最後のチョコ◯部はこの娘にあげてしまおう。

 

「ハッピー、バレンタイン」

 

「……」

 

そう言いながら袋を差し出しますが、先程の状態から微動だにしないマーちゃん。

んん? 無視ですか? ガン無視ですか?

わたくしみたいな得体の知れない相手からチョコなんか貰えるか、って感じですか?

うるせぇ! チョコに罪は無いから貰っておくれ!

わたくしのことは嫌いでも、チョコ〇部のことは嫌いにならないでください!

 

全然動く気配が無いので、近寄って彼女の手を取ってチョコを握らせました。

……ぅおっ、この娘結構ヤバいの持ってるな。ついでに頂いてしまえ。

 

「なぜ……」

 

マーちゃんがぼそっと呟きますが、何故ってそりゃバレンタインだからチョコ贈るでしょ。

 

「……なるほど、なるほど」

 

何かを納得したようです。わたくし特に何も言ってませんけど。

 

「あなたは、流れてきた人なんですね。上流から下流、海へ流れて、そしてあなたのまま雲になって、雪になって舞い戻って来たんですね。流れに逆らうのではなく、自然の流れのまま。そんな人もいるんですね」

 

んー、よくわかんないっピ。

詳しく性格知りませんでしたけど彼女って妖精さんとか見えるタイプでした?

よく分かんないですけど、まぁ納得したみたいですしいっか。

 

「ん。それじゃ、またね」

 

「……はい、またお会いしましょう。マーちゃんでした」

 

微笑みながら手を軽くふりふりしてくれるマーちゃん。可愛い。

さて、それじゃそろそろ寮に戻りましょうか。

少し遅くなってしまいましたが戻ってその後おでかけしましょう。

わたくしの将来の野望の為に、ちょいとコネをこねこねしてきましょう。

 

 

 

■Case15-6:アグネスデジタル

 

「……ハッ!」

 

「時間は……最後に気を失ってからそんなに経ってませんね。くひひ……今回も実に素晴らしいウマ娘ちゃんたちの仲睦まじい素晴らしくスウィート&ビター&ミルキィなチョコ交換イベントを拝むことが出来ましたありがたや」

 

「さて、この熱いパトスが冷めないうちに、いや冷めませんけど、後世に残すべく書き記さねば、そしてイベントで頒布してウマ娘ちゃん達の素晴らしさを布教しなければ……おや、何か手元に紙袋が……手紙が添えられていますね、なになに……」

 

『アグネスデジタルさんへ ハッピーバレンタイン メルテッドスノウより』

 

「ん゛ん゛ん゛っ!!! スノウ同志先生っ!? 私なんかにまさか、まさかチョコを……!? しかも普段の私なら紙袋を見た瞬間『おや、これは誰かから誰かへの贈り物の落とし物ですね、いけません届けてあげねば!』とか思いそうなことも考慮した上で贈り主と相手の名前まで丁寧に記して決して勘違いを許さない心遣いの細やかさとか気を失った私を無理に起こさないようにこっそりと紙袋を置いていく気遣いMAXなところとか私が気後れしないようにと考え抜かれて用意されたプレゼントのサイズ感とか随所に本当に相手のことを考えての優しい行動が散りばめられていてっていうかその相手ってのが今回は私であってでも確か先生はくじ引き形式で無造作に配っていたのは確認したしということはこれはまさかまさかまさかまさか私のために別個に用意してあったということで恐れ多くも木っ端同然な私なぞにも心を砕いてくれるその天使が如く慈愛に溢れるああああああ脳がこわれりゅううううもう尊い尊いとうといしゅっきいいいいいぃぃぃぃっエンッ!!」

 

ばたん

 

 

 

■Case15-7:??????

 

「……良いでしょう。もし本当に治せるというのであれば、あなたの要求を飲みましょう。ですが、もし冗談だった時は覚悟してくださいね」

 

目の前の相手が願った報酬は当家にとって容易いものでした。

遅い時間に私に面会依頼をしてやって来たこの女。

実に非常識な相手だとは思いましたが、何か妙な胸騒ぎがして無視することが出来ませんでした。

 

「無論。あ、他言、無用で、お願い、します」

 

「分かりました。じいや、あの子をここへ。主治医も呼んでください」

 

「畏まりました」

 

嘘であればこの女が自滅するだけ、本当であればこれ以上無い僥倖。

ゼロかプラスかで当家に損は無い。

 

前者だった場合はあの子には申し訳ないが、犬に噛まれたとでも思ってもらおう。

でももし、本当に後者であれば……お願い……マックイーンを……。




■雑記(2023/05/13)
鬱展開は無いとは言ったが暗躍しないとは言ってない。
スノウちゃんがこねこねしに行った相手って一体誰なんでしょうね(すっとぼけ)
答え合わせはお話の最後の最後なので忘れてもらって良いですよ。

■マーちゃん
一発ネタで数行出すだけのつもりだったのですが、取材のために動画とかで彼女のストーリー見てたら情緒壊れた。
こんなんマジでKey系ヒロインじゃないですか。ゴールしたらあかん。
ウマ娘絶対救うウーマンが黙ってるわけないじゃないか。
とはいえ彼女が持つ特殊パッシブは傷病では無いので流石に引き受けられませんが。

■スノウが走る世界線だったら多分こんな感じのステ
スピ:F スタ:G パワ:G 根性:G 賢さ:F
芝:A ダ:C
短:E マ:A 中:B 長:E
逃げ:G 先行:D 差し:A 追込:E
固有スキル:雪解かば春遠からじ
レース中に他者から他者に発動したデバフスキルを全て無効化する(自身が受けたデバフは無効化されない)
無効化したスキルの数だけ最終直線でスピードが上がる

チャンミ専用だなこれ。


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Case16:養護教諭の感謝祭(春)

主人公視点


「ぎゃああああああああああああああああああああああ!!!」

 

あ、どうも。メルテッドスノウです。

スギ花粉が毎年『去年の〇倍』とか言ってそれなんてボジョレーとか思ったり思わなかったりする今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

こちらは現在、トレセン学園春のファン感謝祭の真っただ中でございます。

 

「のおおおおおおおおおぉぉぅぁぁあああああああああ!!!」

 

今年も出会いの春の季節がやって参りましたね。

希望を胸に抱いた初々しいウマ娘ちゃん様達が多く入学してまいりました。

そんな彼女らも含め多くの人達と交流を深めるべく毎年に春と秋で2度開催されている感謝祭ですが、わたくしは養護教諭という立場上、救護用テントに待機しているのが常でした。

 

「ええええええええいいいいいいいいああああああああ!!!」

 

ですが今回、生徒会から『教員側も何か出し物をしてくれないか?』と打診があり、そういうことならば習得した技能でもお披露目しようかと、職員用ブースの一角をお借りしてお客様のお相手をしているところでございます。

 

「ギブギブマジでマジで無し寄りの無し寄りの無しぃぃ!!!」

 

どうですか、先程から聞こえてくるお客様の喜びの声。涙を流し、首を振り回し、場合によっては腕や脚すらも振り回して歓喜の表現をされています。そんなお客様の期待に応えるべく、お客様をがっちりホールドして逃がさないようにサービスを続けるわたくし。

 

「あがばばばばばばばばばっばばばばばっばばばががが」

 

あ、気を失いかけてますねじゃあこの辺で。

何してるかですか? そんなの一介の養護教諭程度が出来ることなんて限られてるでしょう。

至って一般的な、ごく普通のマッサージですよ。

 

ウマ娘のパワーで、足つぼの。

 

んまぁ、普通のマッサージも出来なくも無いんですが、それだと本格的に揉み解す為には足腰の力が必要なんですよねぇ……結構踏ん張らないといけなくて。

で、じゃあ下半身の力が無くても出来そうなものってなると、こうなっちゃうわけで。

あ、普通のやつも足つぼの方も資格はちゃんと持ってますのでご安心をば。ちゃんと相手によって力加減変えてますので。

 

「へ、ヘリオス、大丈夫……?」

 

「無理ぴ……パマちん、ウチが死んだら、骨は中山のゴール板下に、埋めて、ね……ガクリ」

 

「ず、ズッ友ぉぉぉぉぉ! それは流石に関係者各位に怒られるよおおぉぉぉ!!!」

 

「マッサージで、死ぬなし」

 

安らかな死に顔(?)を浮かべ横たわるダイタクヘリオスを抱え、悲しみの雄叫びを上げるメジロパーマー。

そしてその茶番に冷静な突っ込みを入れるわたくし。

 

「さて、それじゃ、次は、あなたの、番だよ」

 

「え」

 

「それな」

 

「あれ、ズッ友!? 死んだはずじゃ……」

 

スッと起き上がるヘリりゅー。

判断が早い。やはりギャルは強いな。

 

そして彼女のテンションに付いていきながらもこうやって時々振り回されているパマちん。

はい、今公式カプの尊みを頂きましたー。こんなんなんぼあっても良いですからね。

 

「ウチは何度でも蘇るっしょ! てかぶっちゃけマジ痛み鬼エグTBSだったけど何か疲れが取れてスッキリ? て感じ? スノぴっぴマジ卍じゃんねウェ~イ☆」

 

「うぇーい」

 

よくわからないまま取り敢えず求められたのでハイタッチ。うぇーい。

 

「や、やぁ〜、私は遠慮しておこうかなぁ……ってズッ友!?」

 

先程までのヘリりゅーの惨状を目の当たりにしてか、軽く後ずさっていたパマちんを後ろからがっしりと羽交い締めにする笑顔のヘリりゅー。

太陽のように輝く笑顔にほんのり黒いものが見え隠れしております。

 

「まぁまぁそう仰りなさるなパマちんよ。同じ痛みを分かち合うのもまたズッ友だぜ?」

 

大丈夫大丈夫、痛いのは最初だけだから。後からだんだん気持ち良くなってくるから。

ちょっとその痛みが尋常じゃないだけで。

 

両手をわきわきさせ……たい所ですが、片手は車椅子操作をしながら、空いた手をわきわきさせて近付き、そしてパマちんの脚を掴むわたくし。

 

「ひ……」

 

とりま、施術開始。

 

「ひぃぃぃぃぃぃぃいいきぃぃぃぃぃゃぁぁぁああああああ!!!」

 

こうしてわたくしのブースに何人目になるか分からない叫声が立ち昇った。

てかパマちんの悲鳴かっわ。

 


 

「じゃ、回って、きます。急患が、いたら、ウマホで、呼んで、ください」

 

幾人かの悲鳴を聞いているうちにいつの間にやらお昼になっており、休憩がてらしばしの自由時間が与えられたわたくしは、折角なので他の出し物をしている職員にそう伝言して感謝祭を見て回ることに致しました。

例年は救護テントに詰めっぱなしでしたので、実際にお祭りを見て回れる数少ないチャンスタイムです。

 

うふふ、さーてどこに行こうかなー?

取り敢えずゴルシ焼きそばは食べておきたいな、まだ食べること出来てないし。

春の感謝祭は体育祭の体が強いので模擬レースとかトークショーがメインですが、そちらをじっくり観戦してるほど時間的余裕は無さそうなので諦めざるを得ませんね。出店エリアをうろうろしてみましょうか。

とか考えながらぶらぶらしていた時。

 

「スーちゃん先生見つけたーっ! FOX3ー!」

 

元気な声が聞こえてきたと思ったらそのままダダダッとこちらに駆けてくる音。そのまま、

 

「ドーン!!」

 

わたくしの後ろから車椅子に掴まりふんわり激突。

叫び声の割に衝撃はありません。上手く力を逃がしたようです。

あらま、撃墜(キル)されてしまいました。

 

「どうしたの、マヤノさん」

 

振り返るとそこにはオレンジのややくせ毛気味なロングヘア、その小柄な体躯から繰り出される変幻自在の脚質を持つ戦闘機、マヤノトップガンがおりました。

髪の一部を小さなサイドツインテールにしてるのがカナード翼みたいでとてもプリティでお似合いでございます。

おや、制服姿ではなくジャージ姿ですね。

 

「マヤノよくやった!」

 

「何で職員ブースにいないのよ! 無駄に探させるんじゃないわよ!」

 

「こ、こんにちはスノウ先生」

 

立て続けにわたくしの周りに3人のジャージウマ娘ちゃん様達が集ってきます。

順にビコーペガサス、スイープトウショウ、ニシノフラワーです。

みんな小柄さが特徴的な娘たちです。おや、これはもしかしてロリっ娘バンザイだんじり祭り再開の予感ですか?

 

「先生、ちょっとだけマヤたちに付き合ってね」

 

ふいにマヤノんがそう言うと、4人は前後左右にわたくしを取り囲んでしゃがみます。

お? お? 何事?

 

「「「「せーの」」」」

 

掛け声とともに浮遊感に襲われるわたくし。

おおおっ!?

4人で車椅子を担ぎ上げました。わたくしを乗せたまま。

 

「「「「わっせ、わっせ」」」」

 

そしてどこかを目指してそのまま運ばれていくわたくし。

オイオイオイ、確かにロリっ娘バンザイだんじり祭りを開催予定ではありましたけど、わたくし自身が神輿になるなんて予定は無かったですよ?

 

どうやらグラウンドの方に運ばれている模様です。これは何かの催しですかね?

 

「うわっと」

 

ビコペンが軽く躓いて神輿が大きく傾きますが、どうにか持ち直した模様。ちょっとしたアトラクション気分で楽しいかもー。

 

「ビコー、気を付けなさい! スノウ先生は割れ物なんだから落としたら死ぬわよ!」

 

「ごめーん!」

 

スイープちゃんが檄を飛ばします。

割れ物て。流石にそこまで脆くは……いやこの高さで頭から落ちたらワンチャンあるな。いやまぁ本当に落ちても受け身とか取りますけども。

 

その後は危なげ無く担がれたままコースの方へ。

会場からワアッと歓声が聞こえてきます。

 

«さぁチーム対抗借り物競争、帰ってきたのは『魔法ヒーローお花ジェット』チームだ! 車椅子の女性を担いでいるぞ、一体お題は何だったのでしょうか、ゴールまであと僅か、他のチームの影は見えない、独走です! 独走のまま、そのまま、ゴール!»

 

なんだそのチーム名。

にしても借り物競争ですか。なるほど。

でもどんなお題があったらわたくしが神輿になるんでしょう?

あ、ようやく降ろされました。

 

«しかしまだ分かりません。係員がお題を確認します。確認して……今、マルを出しました! 確定です! 『魔法ヒーローお花ジェット』チーム、優勝です!!»

 

係の人が手で大きな丸を作った瞬間、一際大きくなった歓声が会場一杯に広がりました。

観客席に向かって大きく手を振って応える4人。萌える。

観客に返礼を終えたニシノフがわたくしの方に向き直ります。

 

「ごめんなさい先生。私達、競技に出てて、その」

 

「ん、状況は、理解した。問題、ない」

 

まぁお祭りイベントですしこういう突発的なこともあるでしょう。特に気にしてませんので無問題です。

 

「けど、どんなお題、だったの?」

 

「はい、それはですね……」

 

«チーム『魔法ヒーローお花ジェット』のお題は『学園で最も人気のあるスタッフ』でした»

 

わたくしがそう聞いたタイミングで実況の方が会場の観客に向けて説明しだしました。

ぅえっ! 何そのお題!?

 

«会場の皆様にご説明致します。彼女、メルテッドスノウ先生は当学院で養護教諭を務めていらっしゃいます。日々学生達の心と体の健康をケアするために尽力してくれている方で、生徒からの信頼も篤く、彼女を連れてきたのは納得の結果と言えるものです。かく言う私もひっそりと彼女のファンだったりします»

 

待て待て待て待て恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。

あんまり持ち上げないでくださいよ。

養護教諭なんですから仕事としてそういう事をするのは当たり前なんですし。

というか実況さん、あなたもこっそりカミングアウトしてるんじゃないですよ。

 

«彼女のように、ウマ娘たちを誠心誠意サポートするスタッフが当学園には大勢おります。皆様、この競技にご協力いただいたメルテッドスノウ先生に拍手をお願いします≫

 

……あ、これわたくしの紹介にかこつけた学園のアピールだ。

『良いスタッフが揃っているので安心して学園に生徒を預けてくださいね』っていう営業だ。

まぁ優秀なスタッフばかりなのは事実ですので対外向けアピールの場としては確かに正しいな。

そういう事情となれば恥ずかしいが仕方ない。観客の皆様にも手を振っておきましょう。

けど恥ずかしいのでさっさとドロンしちゃいましょう。はー、顔あっつい。

 

「ん。おもしろ、かった。4人とも、ありがとね。じゃ、戻るね」

 

「スーちゃん先生まったねー!」

 

「ありがとうスノウ先生。また今度遊びに行くよ!」

 

「アタシも行ってあげなくも無いから、ちゃんとまたお茶とあんみつ用意しときなさい!」

 

「説明足らずでいきなりすみませんでした。ありがとうございます」

 

マヤノん、ビコペン、スイープ、ニシノフから挨拶を返されつつ、会場からも温かい拍手に送られつつ、わたくしはその場を後にしました。

はー、顔あっつい。

 


 

さて、急な召喚でしたがまだもうちょっと時間に余裕がありそうですね。今度こそゴルシ焼きそば食べに行きましょう。

というわけでグラウンドから中庭の出店エリア方面に向かっていますと。

 

「おや、メルテッドスノウ先生。いかがです、良ければ占っていきませんか? 今なら待つこと無くすぐに占えますよ!」

 

体中に開運グッズを纏ったショートヘアのウマ娘、マチカネフクキタルちゃんです。

ほう、彼女の占い小屋も出店してるんですね。

 

占いですか……そういうのもアリだな。

基本的にコールドリーディングで当たり障りの無い無難な答えを返すのが占いだと思っているわたくしではございますが、彼女の占いはアニメやアプリで見る限りはそういう感じでは無さそうです。

本物のシラオキ様かどうかは定かではありませんが、間違い無くこの世のものではない何者かと交信している模様。

まぁ彼女の占いで救われてる娘もちらほらいるみたいですし、悪いものでは無いのでしょう。

 

特に相談したいことはありませんが今後の運勢とか見てもらうのも面白そうですね。

これも原作体験の一つですし、ここは一丁お願いしてみましょうか。

 

「ん。それじゃ、お願い、しようかな」

 

「はいっ! ありがとうございます! 1名様ご案内でーす!」

 

「はぁぁぁい喜んでぇぇぇぇ!」

 

テントの中から聞こえてきた元気な掛け声。

っちょ、ドットさん何ですかそのキャラは!?

そんな感じの娘でしたっけ?

 

フクちゃんに案内されるがままテントの中に入ると、先程の声の主、ドットさんことメイショウドトウが迎えてくれました。

薄暗い中でも分かるくらい顔真っ赤です。

あ、やっぱ無理してたんですねさっきの。

 

中は紫色のライトでやや薄暗く、所々に意味ありげなお札やら飾りやらが散りばめられており、ミステリアスな雰囲気を演出しております。

そして中央のテーブルにはお馴染みの水晶玉が。

部屋全体にふんわりと漂うこの香りはラベンダーですね。どうやらお香を焚いているようです。

さすが普段からこの占い小屋を営んでいるだけあって雰囲気作りは完璧です。設営に隙がありませんね。

 

フクちゃんがテーブルを挟んでわたくしの正面に座ります。

 

「ではでは、今後の総合的な運勢とのことでしたね」

 

「ん」

 

「お任せあれ。それでは参ります。ふんにゃか〜、はんにゃか〜……むむむむむ……」

 

「救いはあるのですか……?」

 

後ろから覗き込むドットさんを従えて彼女の占いが始まりました。

水晶玉に向かって手をかざし、何やらゴニョゴニョと唱え始めます。

玉の中に何やら靄のような妖しい光が漂っているようにも見えます。

 

「むむ、むむむむむむぅぅぅ……ほああああああっ!!」

 

しばらく唸っていたかと思うと雄叫びを上げたフクちゃん。

それに合わせて水晶玉がカッと一瞬眩しく光りました。

ぇ、なんじゃこりゃ?

 

気が付けば、ガクッと首を落として俯いてしまっています。

かざしていた手も落ちて、机の上に。

……あれ? 彼女の占いってこんな感じだっけ?

 

「………………」

 

おや、どうしましたフクちゃん?

俯いたまま動かなくなってしまいました。

何でしょうか。あまり望ましくない結果でも出ちゃったんでしょうか?

 

「………………さい……」

 

「ん?」

 

俯いているのでよく見えませんが、何事か呟いているようです。

ちょっと声が小さいですね。スノウちゃんイヤーを傾けてよく聞いてみましょう。

 

「……なさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

「「ひいいっ」」

 

思わず驚きの声を上げるわたくし&ドットさん。

怖い怖い怖い怖い、怖いよ!? なんかかーなーり怖いですよ!?

 

「か、彼女の、占いって、いつもこう?」

 

「いいいいいいいえいえ、こんな風になったフクキタルさんは初めてですうううぅぅぅ! なんですかこれ、なんなんですかこれぇぇぇ!?」

 

もしかしたらフクちゃんの占いスタイルがアニメと変わった可能性もあるのかと思ってドットさんに確認してみましたがそんなことは無かった。

おいこれマジ大丈夫なやつなんだろうなぁ!?

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、知らなかったんです。許してください。もう勘弁してください。あ、はい、分かりました。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

謝罪以外のセリフが聞こえたと思った途端、フクちゃんの顔が上がりこっちを見た。

いや、顔はこちらを向いているし目も開いているが、焦点が合ってない。

俯いてブツブツ言われるのも怖いけど、これはこれで怖ぇなぁ!?

 

「30分後に〇〇総合病院で内視鏡検査を予約してください。明日に空きが出来るので受けて下さい」

 

相変わらず見た目は怖いままだが、彼女の口から紡ぎ出された言葉に思わず毒気を抜かれる。

 

「……またえらく、具体的な、占いだね」

 

「救い……なのですか? 私もこんなの初めて聞きますぅ」

 

え、と……占いの結果って、もうちょっとフワッとしたものじゃないんです?

横断歩道は右足から渡ると良いことあるかもとか、ラッキーカラーは土留色とか、嫌な上司にラリアットかますと吉とか。

こんな風に日時とか固有の病院名とか指定してくるようなものでしたっけ?

 

「いいですね、絶対ですよ? 30分後ですよ!?」

 

フクちゃん(?)が目の焦点が合わないまま、ずずいっとこちらに身を乗り出してきます。見た目だけは怖いですけど、心なしか焦ってるような……てか切羽詰まってるような?

 

「あ、はい」

 

「ごめんなさい、お願いします。ごめんなさい」

 

果たしてこの今の状況って怖いのかどうなのか? よく分からない情緒のまま勢いに押されてつい同意してしまったわたくし。

その答えに満足したのか、フクちゃん(?)の体の力が再び抜けてがくんと首を落としました。

 

呆気に取られているわたくしとドットさん。

そのまま時間が過ぎること数秒。

 

「……ぁえ? 私は一体……?」

 

寝ぼけ眼で再び顔を上げるフクちゃん。

今度は……目に光が戻ってます。ちゃんとフクちゃんのようです。

 

……一体何だったんでしょう。

取り敢えず、我に返ったであろうフクちゃんに何が起こったのか状況の説明をば。

 

「……ふむ、なるほどなるほど。これはつまり……ついに私にもイタコの能力が!? この身にシラオキ様を宿して御神託を授けることが出来る巫女として覚醒した、ということでしょうか!」

 

そう言ってテントを飛び出したかと思えば、空に向かって両手を広げて叫びだした。

 

「ありがとうございますシラオキ様! このフクキタル、益々精進して参りますよー!」

 

お客さんの幾人かが何事かとこちらに注目します。

いや、びっくりさせてしまってすみません。

でもこっちも良く分かってないんです。

ほんと何だったんでしょう……。

 

そしてこの件で休憩時間はタイムオーバー、焼きそば買いに行けませんでした。つらみ。




■スギ花粉
すごく適当に調べてみたところ、今年2023年は10年前の約15,000倍になりました。うそやろ。

■TBS
民放テレビ局ではありません。
T(テンション)B(バリ)S(下げ)という意味らしいです。
ギャル語難しすぎてキャパい。

■カナード翼
主翼より前の方に付けられた小さな翼です。戦闘機によってあったりなかったりします。
旋回性能や姿勢制御を向上させるといったメリットもありますが、その分空気抵抗が増えたりステルス性が犠牲になったりします。

■FOX3
空軍用語でのミサイル発射を示します。
Case05で書いたFOX2との違いは、かなり簡単に言えば射程と誘導方法の差でしょうか。要するに『絶対逃さないよ』って意味だとでも思って下さい。

■今回のMVP
シラオキ様。
なんか以前スノウちゃんの能力の詳細を知らないまま手軽にブルボンを救ってみた結果、スノウちゃんを救いたいガチ勢にマジ気味に怒られたっぽい。


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Case17:養護教諭のゴールデンウィーク -前編-

主人公視点

前後編に分けるつもりは無かったのですが、なんか次から次へと脳内でキャラたちが暴走し出して長くなってしまったので。


こんにちは、メルテッドスノウです。

春の大型連休、皆様どんなご予定でしょうか?

 

家族とご旅行? 実に良いですね。

友達や彼氏彼女と遊びに? とても良いですね。

部屋でダラダラ? それもまた良いですね。

 

あ、わたくしですか?

いつもだったら人混みはめんどいんで出掛けることも無く、保健室からトレーニングに励んでる娘達の声や姿を愛でつつコーヒーブレイク、即ち普段と全く変わらんことしてたりするんですが。

なんと今回のゴールデンウィークは一人でちょっとした大型施設にてお泊まり旅行の予定となっております。

 

まぁ、手術入院とも言い換えられるんですけども。

 

ぁー、ご心配無く。

以前のような流血からの救急搬送とかでは無いです。

 

ほら、先日に占いで妙な結果が出ましたでしょう?

病院に電話して検査を予約しろ、とかって。

半信半疑ながらも一応あれに従って病院に電話したら、マジで『ちょうど明日、キャンセル空きが出来たところです』とのことでして……内視鏡検査、受けてきました。

そしたらなんか胃壁に血流障害が見られたとのことで、放っておいて悪化すると胃パーンするらしくて。

 

まだ緊急性は無いけど早いうちに処置しといたほうが良いということなんですが入院期間が1週間くらいあるらしいので、どうせなら出来るだけ業務に穴を開けないように連休中に済ませてしまおうかと思いまして。

ですので一旦帰って、ちゃんと各所に連絡して持ち物準備して後日入院して、という流れに至った次第でございます。

 

ではまず入院が予定されましたので学園に相談ですね。

そんなわけでやって参りました学園長室。この部屋に来るのは去年キタちゃんに会った翌日に、ご迷惑をかけてしまったことを謝罪をしに来た時以来ですね。

ではでは、ノックしてもしもお~~~し。

 

「はい」

 

澄んだ大人の女性の声が返ってきます。というかたづなさんの声ですね。

 

「メルテッド、スノウです。少し、ご相談が」

 

「どうぞ、お入りください」

 

入室を許されましたので失礼しますよっと。

 

「失礼、します」

 

中にいたのは当然、先程の声の主であるたづなさんと、立派な執務机に座って書類と格闘中の秋川理事長の二人。

……誰もツッコみませんけど、理事長幼すぎでは?

下手するとわたくしよりも若そうなんですけど。

 

「謝罪っ! こんな状態で失礼。中々片付かなくてな」

 

「どうされました、メルテッドスノウ先生?」

 

「はい。実は、このたび、入院、することに」

 

なりまして。

そう続けようとした時、ガタンと音を立てて理事長が急に立ち上がります。

 

「緊急っ!?」

 

「どうされたんですかっ!? 大丈夫ですか! どこか痛みますか! 救急車呼びますかっ!?」

 

慌ててわたくしに駆け寄るたづなさん&理事長。

おうけい、落ち着け二人とも。

そんな緊急事態ならこうやって訪問とか出来ないから。

 

「待って、待って」

 

ちゃんと順を追ってご説明させていただきますから。

 

――― メルテッドスノウ説明中 ―――

 

「……なるほど。緊急性は無いけれど手術を受ける必要はある、と。分かりました。わざわざ入院期間を長期連休に合わせて頂いたみたいですし、学園側としては何も問題ありません。しっかり治療してちゃんと復帰してきてくださいね。また前みたいなのは嫌ですから」

 

とりあえずわたくしの説明を聞いて平静を取り戻してくれたお二人。

そして最後に困ったような笑顔を浮かべるたづなさん。

いや、その節は本当に申し訳なかったとです。

ただでさえお忙しいでしょうに、わたくしなんぞに時間を取られてしまってさぞ大変でしたでしょう。今後は倒れても迷惑かけないように上手くやっときますので。

 

「提案っ! 治療費は学園が支払おうっ! 〇〇総合病院だったな? 貴方は何も気兼ねすることなく治療に専念してきてくれたまえっ! 期間中の出費はジュース1本に至るまで全て学園で賄おう!」

 

バッと扇子を広げ、そんなことを言ってくる理事長。

扇子にも『提案』の文字が無駄に達筆で書かれている。

ってかこんな状況にも対応出来る文字書いてあるんですかその扇子。何パターン持ってんですか。

 

「え、いや、就業、中の、怪我でも、ないのに、それは」

 

お気持ちは嬉しいですけど、流石に労災とかじゃ賄えなくない?

というかわたくしこれでもちゃんとお給金頂いてますし、貯えもありますんでちゃんと自分で払えますよ?

 

「代案っ! であるなら私が個人的に支払おう!」

 

「いや待って、なぜ」

 

イチ職員に高待遇しすぎではありませんか?

自分で言うのも何ですけど、学園の一施設を借り受けてコーヒー飲みながらウマ娘ちゃん様達を眺めるくらいしかしてませんよ? つくづく仕事とは思えない優雅さじゃんね。

 

「愚問っ! メルテッドスノウ養護教諭、あなたは自分の功績をまるで理解していない。学園の衛生環境は大きく改善されたし、不調に悩む生徒を見ることも大分少なくなった。数字に表せるものでは無いかも知れないが、それでも『悲しい思いをしている生徒が明らかに減った』と実感出来るものだ。どんな手練手管を用いているのかは分からないが、間違いなくあなたが来てくれてからこの学園はより良い方向に向かっている」

 

いや、学園がより良い方向に向かってるのはわたくしではなくむしろ理事長含む皆さんの尽力のおかげだと思うんですが。それに手練手管って……わたくしがしてる事なんてウマ娘ちゃん様達と一緒に戯れてるくらいですけど。

たまーにヤバそうな因果(もん)貰ったりはしてますけど、たまーにですし、それは仕事ってわけでも無いですし。

 

「我々としては是非今後も養護教諭を勤めて欲しい。他の誰でもない、メルテッドスノウ先生、貴方にだ。であれば多少の出費なぞ問題にならず、貴方が早々に学園に戻って来れるようサポートするのは何もおかしい話ではない。違うか? たづな」

 

「ええ、全く以てその通りです理事長。彼女がこの学園からいなくなることこそが学園の損失です。確かに労災認定は難しいかもしれませんが、理事長が個人的に出費すると言うのであれば話は別です。普段であれば私財を投入するのは考えものですが、今回に限り特例ということで。もしくはむしろ学園内から治療費の寄付を集うのも有りかと」

 

「いやいや、いやいやいや」

 

うん、何はともあれ職を失う心配は無さそうなのはありがたいお話です。

ですがスノウちゃん的には流石にそこまでおおごとにすることは無いと思うんです。

あからさまにやり過ぎですって。

 

「寄付の話は置いておくにしてもだ。学園にとって貴方は無くてはならない存在だ。休暇とでも思ってじっくりと養生してきてくれたまえ」

 

重ね重ねそこまで言って頂けるとは、恐縮ですね。

過分では? と思わなくもないですが、固辞しすぎると『理事長は職員の評価もまともに出来ない愚か者である』と言ってしまうのと同義です。素直に受け取っておきましょう。

……なんか時々こうやってウマ娘ちゃん様達に説教した内容がブーメランしてくるなぁ。

 

「質問っ! 入院はいつからだ?」

 

「え、っと……明後日の、午前から、です」

 

「了解っ! たづなっ!」

 

「はい。メルテッドスノウ先生、休職手続きの書類を後ほど寮までお持ちします。また当日は介護タクシーを手配しておきますし、入院までしばらく私が付き添いますのでご安心ください。他にも不安なことがあればいつでも連絡してください」

 

「うむっ! 頼むぞたづな!」

 

至れり尽くせり過ぎる。

あっれぇ、いつの間にこんなにこの二人の好感度稼いでたんだわたくし?

 

「え、ええ……お手数を、お掛けします」

 

「問題無いっ! では、準備もあるだろう。他に何かあったら遠慮無く申し出てくれたまえ!」

 

「あの……ありがとう、ございます。では、失礼、します」

 

「うむっ!」

 

なんかいればいるほど話が大きくなりそうな気がしましたので、確かに準備もありますしこの場は退室させて頂くことにしました。

……うん、本当ありがとうございます。

 


 

さて次は念の為に生徒達への連絡ですね。ゴールデンウィーク中で学園もお休みですがトレーニングは休まず行うでしょうし、もし何かあっても入院中は対応出来なくなりますのでその周知をば。

生徒への連絡なら、妥当に考えれば生徒会ですかね。

というわけで生徒会室前オブザスノウちゃんでございます。

 

――コンコンコン

 

「はい」

 

落ち着いた感じの女性の声が返ってきます。というかグルーヴちゃんの声ですね。

 

「養護、教諭の、メルテッド、スノウです。生徒会に、ご連絡が」

 

「お入りください」

 

「失礼、します」

 

中にいたのはもちろん先程の声の主であるグルーヴちゃんと、立派な執務机に座って優雅に紅茶を嗜んでいるルドりん。おや、ブライやんもソファで寝転がっておりますね。

 

「メルテッドスノウ先生、生徒会へようこそ。一体どうされましたか?」

 

ルドりんが紅茶を置き、微笑みながら尋ねます。

うーん、これは実にカリスマ溢れた立ち居振舞い。どっかのスカーレットデビルと違ってブレイクする隙すら無い程です。

 

「実は、入院、するこ」

 

――ガタタンッ!

 

勢い良く椅子を倒しつつ立ち上がるルドりん。鬼気迫った表情です。

おや、ブライやんも起き上がって険しい顔でこちらを見ておりますぞ。

 

「メルテッドスノウ先生! 大丈夫なのかっ!? どこか痛みはあるか!? 具合は!? 救急車……いやそれでは遅い、マルゼンスキーに頼んで車を……!」

 

わたわたしながら慌てて駆け寄ってくるルドりん。

おい早速ブレイクしてんじゃんかカリスマよ。

全くもう……落ち着きたまえよ生徒会長様。さっき理事長室でも同じやり取りしましたけど、そんな緊急事態ならそれこそココ来てる場合じゃないですから。

あ、でもマルさんの車はちょっと乗ってみたいかも。

 

「待って、待って」

 

それは兎も角、ちゃんと説明しとかなきゃ。

おいグルーヴちゃん気を利かせてるつもりでどこかに電話してるみたいですけど早まんなぁ!

 

――― メルテッドスノウ説明中 ―――

 

「……なるほど、今すぐどうなるものでは無い、と。承知しました。生徒達への周知は任せておいて下さい。先生は後顧之憂なく、万全の状態で治療に臨んで頂ければ」

 

どうにか平静を取り戻してくれたルドりん。

……いや表面上は、だな。耳は忙しなく動きっぱなしだし、紅茶を傾ける回数も多い。

そんな心配する程のことでも無いですよ? てか今の時点では特に体の不調は感じませんし、こうやって事前告知出来る程度には余裕ですって大丈夫大丈夫(盛大なフラグ)。

 

「ん。いない、間は、迷惑、かけるけど、よろしくね」

 

休み期間とはいえその間は緊急対応出来なくなってしまいますので、その点は申し訳無い。

 

「迷惑などとんでもない。いつもお世話になっているんです、多少いない間くらい先生に頼らずとも何とかやっていきますよ。それより何か入院するにあたって用意しておきたいものとかはありますか? そうだ、治療費とかは大丈夫ですか? シンボリ家から全面負担させてもらっても構いません」

 

なんか今さらりと実家を巻き込んだぞこの8冠ウマ娘。

ていうか理事長といいこの生徒会長といい、わたくしってそんなに貧しそうに見えてます? ちゃんと稼いでますし貯えも十分ですので手術入院費用くらい、なんならおかわりしたって平気ですぜ?(盛大なフラグその2)

 

「会長、それも悪くありませんが全生徒から寄付を募るのはいかがでしょう。メルテッドスノウ先生の人となりを鑑みれば、十分な額が集まる可能性が」

 

「いやいや、いやいやいや」

 

はいストップ。全学園生を巻き込むなそこの副会長。

いつの間にグルーヴちゃんの好感度まで上がってやがった。ルドりんを介しての接点しか無いはずなのに……いや、それがあるからこそか。

ルドりん大好きっ娘なグルーヴちゃん。そのルドりんがこんな状態なんだから自ずとわたくしへの評価も上がるんですかね。恋愛SLGで狙ってるヒロインの親友ポジの娘みたいな感じで。

 

「お前ら少しは落ち着け」

 

わたくしについてルドりんとグルーヴちゃんがあーだこーだと話し始めたところを横からソファにいたブライやんがばっさり切ります。先程のように寝転がるのではなく普通に座った状態で、キリッとした目つきで二人に注意しました。

おぉ、どうやら現時点で一番冷静なのはこの娘のようですね。いいぞ言ってやれ言ってやれ。軽く暴走気味なこの二人を諌めておやりなさいブライやん。

 

「まずは激励の横断幕の用意だろう。そして全生徒で見送りをする必要があるだろうからその通達だ」

 

お前が落ち着けぇぇぇ! なんだその体育会系のノリはよおぉぉぉ!

わたくしは何かの全国大会出場選手ですか!?

てか真面目な顔して一番錯乱したままなのブライやんでしたかい。

 

「やりすぎ、やりすぎ」

 

お願いしますからそんなに大きな話にしないで。出来るだけ影響無いように連休に合わせたんですから。

 

「まぁ寄付の話は後ほど詰めるとして、だ。メルテッドスノウ先生、入院はいつからで?」

 

あ、その話まだ生きてたんですね詰めなくて良いですから。というか話の流れが先程の理事長室でのやりとりと完全に一致してるんですが。

ルドりん、事前に理事長と打ち合わせでもしてました?

 

「ん、明後日の、午前から」

 

「エアグルーヴ」

 

「畏まりました。明後日の会長の予定は全て延期もしくはキャンセルし、お時間を作っておきます。授業の欠席も申請しておきますので、しっかりと先生をお送り下さい」

 

「うむ」

 

……名前呼んだだけですよね? 何ですかその事前察知して行動するスキル。たづなさんは秘書ですからまだ分かるとして、何でグルーヴちゃんまでそのスキル持ってらっしゃるんですか?

それもですけどルドりん、予定があるんなら無理に時間空けようとしなくても。ちょいと入院してくるだけなんですから。

 

「ええ……そんなに、するほど?」

 

「そんなにするほどですよ。前回どうだったか、忘れたとは言わせませんよ先生」

 

アッハイ。前回のアレはマジすいませんでした。

流血はまだしも、気絶して自己解決出来なくなるなんて失態はもうしたくないですね。

その節は大変ご迷惑をお掛けしました。今は気を失っても何とかなるように準備してますのでご心配なく。

 

「う、それを、言われると、弱い」

 

「そういうわけで、今回はしっかりとお世話させて下さい」

 

……んまぁ特に拒む理由もありませんし、本人がそうしたいってんならそこは尊重しましょう。何か皆優しいなあ。

 

「……ありがとう。じゃ、当日は、よろしくね」

 

「ええ」

 

長居してると今から付いてきそうな勢いですし、連絡も完了したので取り敢えず退室しましょう。

重ね重ね、ありがとうね。

 


 

さて、んじゃあ通達も完了しましたし、お部屋戻って軽く荷造りしようかな。けど前回が余りに突発的で何も準備出来ない状態だった所にアヤベさんが一通り買い揃えてくれた入院セット一式がそのまま纏めてありますので、あとは着替えを用意するくらいだしなぁ……いいや、荷造りは夜やることにして今は仕事戻ろっと。

 

「…………ぇぇぇぇ」

 

とか考えながら車椅子で校内を進んでいますと、スノウちゃんイヤーが何かを拾います。

何事です?

 

「……んせえぇぇぇぇぇ」

 

先程よりよく聞こえてきます。足音も聞こえてきましたし、これは駆け寄ってきてますね。

 

「スノウ同志先生ぇぇぇぇぇぇ!!」

 

廊下の向こうからこちらに超ダッシュしてくるウマ娘ちゃん発見。

うん、同志(デジたん)だ。おうどうした、急患か?

 

「ん、どうしたの? 急患?」

 

「何言ってるんですか急患は貴方でしょうスノウ同志先生っ! 大丈夫ですか! 痛みはありませんか! 眩暈は! 熱は! 吐き気は! 出血は! 酸素吸いますか!? AED使いますか!? 救急車呼びますかそれとも担いで走りましょうかぁ!?」

 

わたくしの正面で急停止するデジたん。

両手で車椅子の手すりに掴まり、軽くぜーはー言いながらわたくしの顔を覗き込みます。

うーん、近いな。てか普段のデジたんなら本人の方が耐えられない距離感なんだけど。

 

「待って、待って」

 

というか何でわたくしが急患? 見ての通り特に問題無く通常稼働しておりますよ。

けどこの反応、さっきまで理事長室と生徒会室での冒頭のやり取りと酷似しております。

 

……もしかしてデジたん、わたくしが入院するって話をどこかで聞いたんですかね? 恐ろしく情報早くないですかこの娘。

あーあー、お顔真っ青だし涙目だし鼻水まで。そんなになるほど慌てて駆けつけるなんて……これは完全にわたくしのせいですね。トラウマ気味っちゃってますね。

おーけい、まずは落ち着いてもらいましょうか。

 

かなりお顔が近かったので、そのままギュッとデジたんをハグします。そのまま後頭部をなでりなでり。いーち、にーい、さーん……

 

「ずびっ、せんせ、そんな場合じゃ…………ふひ……」

 

はいココぉ!!

尊死しない程度のところでデジたんをパージしてまずは落ち着いてもろて。

本日3度目になってしまいますが、ちゃんと説明させていただきましょう。

 

――― メルテッドスノウ説明中 ―――

 

「じゃあ、痛くないんですね? 気持ち悪くないんですね? 倒れたりしないんですね!? ……はあああぁぁぁ、良かったあぁぁぁぁ」

 

「ごめんね、心配、させて」

 

通常モードに戻って来れたデジたん、大きく安堵の息を吐きます。いやマジごめん。まさかここまで取り乱すとは。そしてここまで情報早いとは。

ちょっとおデジさんのポテンシャル舐めてましたね。流石ダートと芝の双方を駆けるオールラウンダー、情報収集能力においても隙がありません。

 

「で、いつから入院ですか? お手伝いさせて下さいスノウ同志先生」

 

スッと顔を上げて尋ねてくるデジたん同志。瞳には有無を言わせぬ強い炎が灯っています。鋼の意思が発動しちゃってます。え、そこまでなる程のこと?

というか連休直前日ですから普通に授業ありますよ?

 

「明後日の、午前だけど、授業、あるでしょ?」

 

「休みます」

 

即答ですよこの娘。

 

「いやいや、いやいやいや」

 

気持ちはとてもとても嬉しいですけどね、わざわざ授業を休んでまで……いや既に休む予定組んでた生徒会長もいたな。くっ、強く言えない。

 

「あたしお勧めの作家さんの本も持って行きます」

 

いや、そういう、事じゃなく。

 

「是非来て」

 

……本音と建前が逆転してしまった!

まさかのわたくし即落ちです。

ええい、言ってしまった以上は仕方無い。こうなったら二人でも三人でも付いてきやがれー!

 

というかこの時点で付き添いが3人も確定してしまいました。ちょっとしたハーレム状態ですよこれ。当日は賑やかになりそうですね。いやほんとありがたい事なんですけども。

すみません、当日は皆様にお世話になります。

 

その後保健室に戻ってお仕事してたら、書類を持って寮に行ったらまだ帰って来ていないわたくしを慌てて探してたたづなさんに強者のオーラ撒き散らされながらにこやかにお説教されました。

はい、保健室を片付けたら寮に戻りますすみませんでした。

 

……それはさておき。

多分今回の病気も誰かから貰ったやつなんだろうなぁ。んでも胃パーンする前に見つかって良かった良かった……おや?

ということはですよ、早期発見出来れば発動前に対処が可能ということ……?

ほほう、ほうほう……それはそれは。

 

 

 

いいこと気付いちゃいましたね。




■エアグルーヴの電話相手
『ハァイしもしもー♪ アナタから電話してくるなんて珍しいわね。花金にはまだ早いけどもしかして遊びのお誘い? いいわよー、マハラジャ? ヴェルファーレ? いつもより激しくジュリ扇も振り回しちゃうんだから♪ あれ、エアグルーヴ? 聞こえてるー? しもs(ブツッ』
※マハラジャ/ヴェルファーレ:ジュリアナと並んで有名だったディスコ

■本日の逆MVP
シラオキ様。
シラ「ガチ勢にめっちゃ怒られた……お詫びとして他のが発動する前に病院誘導しよ」
シラ「誘導成功した。これで治ればもう無茶しないでしょ」
スノ「ヤバくなる前に治せるんなら気兼ねなく更に抱え込めるねヤッター」
シラ「」
ガチ「」


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Case18:養護教諭のゴールデンウィーク -後編-

主人公視点


「さて、スノウ先生。弁明の余地を上げるわ。私が納得出来るような説明をして頂戴」

 

「不可、抗力。わたしは、悪くない」

 

「ギルティね」

 

おいっすぅ!

声が小さいもう一度おいっすぅ!

メルテッドスノウさんでございます。

 

えーわたくし現在、無事2()()()の手術を終えまして、病室のベッドで安静にしつつ退院を待つという状態で、アヤベさんから説教を貰ってるところでございます。

 

いやぁ、実はですね……入院初日に精密検査受けたんですけど、そこで腸捻転やら何やらの兆候が見つかったそうでして。

まぁこちらも緊急性は無いけど放って置くといずれ腸パーンしちゃうからついでに治しちゃおうぜ? って担当医が言うんで、胃の手術を受けた数日後にそちらの手術も受けたという次第であったのですよ。

 

それにしても昨今の医療技術はすごいですね。胃も腸も症状としては軽いものだということで内視鏡手術で治せちゃうんですって。どちらも手術時間が1時間もかかりませんでした。

双方共に手術も無事成功したのですが、流石に当初の予定よりは数日入院が延びまして、本日お見舞いに来てくれたアヤベさんにそのことを冗談交じりに話したところ、深い溜息から懇々とオハナシされるという事態に陥ったのでございます。

 

「軽く話すような内容じゃ無いでしょう。何で私にあんな話をした貴方が早々に人生リタイアしようとしてるのよ冗談じゃないわよ」

 

「人生、リタイアなんて、大袈裟な。ちょっと、入院、期間が、伸びた、だけだよ」

 

別に燃え尽きたり死んだりするつもりは一切ありませんよ。そのつもりが無いからこその今回の入院ですし。まぁ万が一、完全に詰んだら笑いながら『わりい、おれ死んだ』とか言うかもしれませんけど。

アヤベさん、心底呆れたように今日何度目かの溜息をつきました。

 

「はあぁぁぁ……要はもっと身体を労りなさいってことよ。予定とはいえ入院する事態だっただけでも穏やかじゃないのに、違う病気が見つかって更に入院するとか。心配するこっちの身にもなりなさい」

 

「はーい、善処、します」

 

「徹底しなさい」

 

と、そんなやり取りをしていたところ、アヤベさんと一緒に来ていた二人のウマ娘ちゃん様達がようやくといった感じで口を開きます。

はい、実はいたんですねアヤベさん以外にも他の娘達が。

 

「メルテッドスノウ先生、先生とアヤベさんっていつもこんな感じなんですか? こんなアヤベさん見るの初めてでビックリしちゃったんですけど」

 

「はーっはっは、普段の他者を寄せ付けないクールな強さを見せるアヤベさんも素敵だが、こういった一面も持ち合わせていたとは。こちらはこちらで実に興味深いね! 流石は終生のライバルとしてふさわしい相手だよ!」

 

そう言うのは金髪セミロングのデコ娘ナリタトップロードちゃんと、王冠がよく似合う世紀末覇王テイエムオペラオーちゃんです。この二人にアヤベさんを交えた三人で、わたくしの病室を訪れてくれていました。

 

トプちゃんは前世じゃあまりよく知らない娘でしたが、こうやって見る限りは真面目さんかつコミュ強……正統派な委員長キャラっぽいぃですね。

なんかどっかの学級委員長が『ちょわっ!?』とか言って張り合ってきそうですけど。……いやどっちかと言えば仲間認定してきそうだな。

ラオーちゃんは……アプリじゃ正月ver.をお迎えして育成出来てなかったから本当によく分からないんですよねぇ。宝船から空飛んで『無茶しやがって……』してるイメージしか無くて。役に立たねぇなぁ前世知識。

 

でもアヤベさんに付いてきて大して交流が無かったわたくしのお見舞いに来てくれてるあたり、二人とも実に優しい心根をお持ちな素敵娘には違いありません。

あ^〜心がぴょいぴょいするんじゃあ^〜。

 

「うるさい。病院では静かにしなさい」

 

険しい目つきでぴしゃりとそんなことを言い放つアヤベさんですが尻尾がゆらゆら揺れています。

照れてますね。お可愛いこと。

 

「ところで……アヤベさん」

 

ふいにトプちゃんが口を開きます。

 

「何よ」

 

「何でメルテッドスノウ先生と手、繋いでるんですか?」

 

言われてみれば手を繋いでいるというか、わたくしがアヤベさんの手を掴んでいるみたいな状態です。

そういえばなんか病院の雰囲気がちょいと保健室と似てるので、条件反射的にいつものバイタルチェックをしちゃっておりました。なんかアヤベさんも同じだったのか、自然と手ぇ出してきましたし。

習慣づいた行動ってやつですね。

 

「あぁ、これは」

 

「ん。その場の、雰囲気?」

 

「ぶっ」

 

ん? アヤベさんがわたくしの発言に対して噴き出したぞ。え、何で? 間違ったこと言ってないと思うんですけど。

何だかトプちゃんとラオーちゃんがキョトンとしたかと思ったら今度はにやーっとしておりますぞ? 何で?

 

「「……へえええぇぇぇ」」

 

「ちっ、違、これは、その、普段の」

 

「なるほど、普段から手を繋いでいると。これは凄く……凄いですね!」

 

「いやはや、今日は付いてきて良かった。アヤベさんも中々隅に置けないね」

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

わたくしに掴まれていた手をバッと離しながら、軽く俯いて二人を睨みながら声にならない唸り声を上げるアヤベさん。すげぇ、耳めっちゃ動いてるし尻尾がわっさわっさ揺れてる。

ふむ……ふむ。こういう照れ方をしているアヤベさんも良いものですね。SSRスチル認定です。

良く分かりませんがよくぞこの表情を引き出してくれましたトプちゃんにラオーちゃん。これで白米三杯は余裕で食べられます。術後なのでもうしばらく固形物食べられないんですけれども。

 


 

それからしばらく雑談した後、アヤトプオペのお三方もお帰りになりまして若干暇を持て余し気味となったわたくし。ちょいとお散歩がてら、病院内にある売店でお買い物です。

固形物じゃなければ間食しても良いらしいので、ゼリーかプリンでもおやつに欲しいなと思いまして。どっちも食べたいから両方買いましたけど。

本当はそろそろコーヒーが恋しいんですが、流石にカフェインはNGでした。残念。

 

さて病室に戻ってー、冷蔵庫にプリンしまってー、さっきの三人のやり取りを思い返しながらゼリー食べてー、と考えながら進んでいたら、気が付いたらわたくしなんか見知らぬ廊下を通っていました。

あれ、迷いました? 病院内で遭難しました? あっれぇ、何処だココ?

取り敢えず看護師なり他の患者なりに出会えれば道を聞けますのでキョロキョロと辺りを見回しますが、何でこういう時に限って近くに誰もいないんですかねぇ?

 

途方に暮れかけたその時、スノウちゃんイヤーが拾ったのは少し離れた所から聞こえてくる沢山の子供の声でした。

お? あっちの方から聞こえてきたぞ。子供がいるなら、保護者なり何なりもいるでしょう。ちょっと行ってみましょうかね。

 

声のする方へ近づけば近づくほど、楽しげな声がハッキリと聞こえてきます。声というか、歌ってるのかな。一緒にピアノの音も聞こえてきました。

ふむ、曲はよく知りませんが上手な演奏ですね。これは小さな子供が弾いてるとは考えづらいです。よし、これなら無事に道を尋ねられそうです良かった。

 

辿り着いた部屋の入口には『プレイルーム』と書かれておりました。どうやら小児患者向けの施設のようですね。

戸は開け放たれており、部屋の壁は空や森、動物の絵などが描かれています。周囲にはボールプールや積み木、絵本などがありましたが、中にいたパジャマ姿の子供たちはそれらをそっちのけで部屋の一か所、窓側の壁のほうに固まって楽しそうに歌っています。

 

その一団の中心にあるピアノを弾いていたのは、薄い水色のショートヘアの上にぴょこんと伸びたウマ耳を持つ君。後ろ姿かつ子どもたちに囲まれておりますのでそれしか見えませんが、曲に合わせて軽く左右にゆらゆらしております。

良いですね、みんな楽しそうですね。

おや、歌い終わったみたいですね。お歌もピアノも大変良く出来ました。拍手ー。

 

「あれ、おねえちゃんだれー?」

 

入り口からこっそりパチパチしてたら、わたくしに気付いた子が声を掛けてきます。

それに気付いてこちらを振り返った奏者の姿は。

 

「あれ、メルテッドスノウ先生?」

 

この娘は……確か、ケイエスミラクルちゃんではないですか。こんなとこでお会いするなんて偶然ですね?

 


 

「そういえば入院してるって聞きましたね。この病院だったんですね」

 

子供たちが各々好きな遊びに散開し、ケイエスミラクルちゃん……あだ名はスミちゃんだな。スミちゃんとわたくしは部屋の端で座りながら雑談タイムです。

にしてもスミちゃんの意外な特技発見ですね。

 

「ん。ピアノ、上手いんだね」

 

「あはは……ちゃんと習ったわけじゃないんですけどね」

 

そう笑いながら、ピアノを見つめるスミちゃん。

少し遠い目をしてますね。昔何かあったんですかね。

 

「おれ、体が弱くてずっと病院暮らしだったんです。似たような子供達と遊んでいたら、独学で覚えたんです」

 

そう考えていたら丁度話し始めてくれました。

 

「病院に入院してる子って、どこか寂しそうにしてるんですよ。それで何か出来ないかなって考えたら自然とこうなった、っていうか」

 

なるほど、そうだったんですね。

確かに小さな子供にとっては多感な時期。自分の家という子供にとっては数少ない『他人が介在しない安全なテリトリー』に長いこと居られないというのは非常にストレスを感じるものでしょう。

加えて学校にも行けず、勉強などで友達に置いていかれるような恐怖で不安も覚えるでしょうし納得です。

わたくしも子供の頃に一時期入院してましたけどあんまり参考にならないひねくれ方してましたからすぐ思い至れませんでした。

 

「今もこうして、時々来るんです。おれが出来ることって、走ることとこれくらいだから」

 

あらすっごい良い娘。自分が感じたことのある哀しさや寂しさを他の子に同じ思いをして欲しくないと、自分が出来ることで緩和してあげようだなんて中々出来ることではありませぬ。偉いわぁ。

 

「今、おれが走れるのはここにいる子供達やドクター、看護師やリハビリの人達、それ以外にもいろんな人達に支えられて助けられて授かることが出来た奇跡なんです。だから、こんなおれでも誰かの力になれればなって思って、こうやって子供達と演奏会してるんです」

 

やだめちゃめちゃ良い娘。涙腺緩んじゃうわたくし。

 

「おれの奇跡は、いつか終わる時が来るから。だからおれは、出来るうちに出来ることをしておきたいんです」

 

…………んー?

んー……後半部分似たようなことをわたくしも言った覚えがありますのでそっちは良いんですが、前半部分がちょーっと引っ掛かりますねえ。

似てるからこそ異なる部分に気付き易くなってるのかな。

 

「……メルテッドスノウ先生?」

 

「とても、素晴らしい、心構え。でもね」

 

お前、なぁんか勘違いしとりゃせんか?

奇跡ってのは別にシンデレラの魔法と違うんですよ? 色々な人達の想いが同じ方向を向いて重なって、その想い達が相乗効果で大きくなって起こるものなんです。願いが集まって起きる必然的なものなんです。持論ですけど。

だからあなたが授かった奇跡は、あなたの幸せを願った人達みんなの気持ちなんですから簡単に無くなる程度のものだと思いなさるな。胸張って幸せにおなりなさい。

 

「奇跡は、あなただけの、ものじゃない。みんなで、勝ち取った、奇跡が、そう簡単に、無くなる、訳がない」

 

念のため、ダメ押しでわたくしも奇跡を後押し。とは言ってもこっちは正真正銘の魔法ですけど。

彼女の肩をポンと軽く叩きながらえいしゃおらー。

 

「そう、ですかね……」

 

「そういう、ものだよ」

 

大丈夫。大丈夫ですよ。

あなたがこうやって走ったり演奏会をしたりと、笑って過ごしてる姿を見せることがみんなに対する最大限のお返しですから。既にそれを行ってるあなたには輝かしい未来がお似合いです。

 

「そっか……そっか。確かにそうかも知れません。みんながいたから、今のおれがいる。みんなに望まれたから、今のおれがいる。みんなで勝ち取った奇跡、ですか……そう考えると、なんか、良いかも。ありがとうございます、先生」

 

「ん」

 

柔らかく微笑むスミちゃん。

うっひょう、可愛い。格好良い。なんか背景がキラキラして見える。惚れそう。いや惚れた。こんな娘を推さない訳があるだろうかいやない(反語)。

 

「あ、そうだ。良かったら先生も一緒にピアノ、弾きませんか?」

 

ふいにスミちゃんがそんなことを言ってきた。

え、っと……わたくし、演奏の経験は無いッスよ?

一時期、音ゲーでキーマニとかをやったことはありますが難易度高すぎてまともにプレイ出来ませんでしたし。

 

「わたし、弾けない、よ?」

 

「大丈夫です。ほら、行きましょう」

 

そう言ってわたくしをピアノの前に誘導するスミちゃん。二人で横に並んで座ります。

え、ソロプレイも出来るかどうか分からないのに連弾とかハードル上げまくってません?

 

「ほらここ、ここがドです。2つ隣がミ、更に2つ隣がソです。4拍子……タンタンタンタンのリズムで、ド、ミ、ソ、ド、って弾いて下さい。ずっとそれを繰り返して下さい」

 

横からそっとわたくしの手を取って鍵盤に触れさせるスミちゃん。

オイオイオイお止めなさいなそんなイケメンムーヴは。

ここはもしかして顔の良いウマ娘と楽しくお喋りしながらお酒を頂くようなお店ですか? あれあれ? いいんですか? 入れますよ。ドンペリタワー。

どうしてこう、ウマ娘ちゃん様達はみんなして積極的にわたくしの心臓を止めようとしてくるんでしょう。望むところですが。

 

「ん……それなら、なんとか」

 

心臓止めるのは病室に戻ってからにするかと考えながらも答えます。

リズム感だけなら音ゲー遊んでたおかげで何とかなりますので。

 

「良かった。みんな、これからおれとお姉さんでピアノ弾くから、一緒に歌ってくれる?」

 

「わーい!」「なになに、なにうたうのー?」「おねーさん、きれーい」「あたし、うたうー!」「わたし、みらおねーちゃんのぴあのだいすきー」「くるまいすのおねえさんおなまえなんていうの」「はい! ぼくもうたいます!」

 

おおぅ、子供パワー激しいな。というかお姉さん扱いしてくれるんですか嬉しみ。子供視点ですとオバサンって言われても仕方ない年頃ですので。

童顔が幸いしましたかね。身長もスミちゃんより小さいですし。胸ぺったんですし。あれ、何だか切なくなってきたぞ?

 

さっき教わった通り、一定のリズムで3つの鍵盤を奏でます。ド、ミ、ソ、ド。ド、ミ、ソ、ド。

 

「良いですよ、先生。じゃ、いきますよ。いっせーのーで」

 

わたくしがドの音を弾くタイミングに合わせてスミちゃんがピアノを弾き鳴らします。

めっちゃ上手ぇ! ほんとに独学? 曲はよく知りませんが、何かの子供向け番組のものだったような。イントロの時点で子供達には何の曲か分かったようで、わーきゃー飛び跳ねて大盛り上がりしています。

にしてもわたくしの弾いてる部分の旋律、邪魔になってない。ちゃんと曲の一部になってる。どうなってんだこれ。あまり詳しくないですけどコード進行とかあるんじゃないの普通?

わたくしとスミちゃんの演奏に合わせて大合唱の子供たち。ねぇほんとに独学?

 

子供達に囲まれて、嬉しそうな笑顔でピアノを弾くスミちゃん。

そんなスミちゃんを見て、歌いながら飛び跳ねて喜ぶ子供達。

そしてその様子を微笑ましそうに眺める看護師や保護者の方々。

無表情ながらも口角がほんのり上がってるわたくし。

和やか幸せ空間。いいね。

 


 

それからちょっとして、子供パゥワーに圧倒されたわたくしは部屋の端でみんなを眺める作業に。

スミちゃんは子供達に手やズボンの裾を引っ張られながら一緒に遊んでいます。

みんな元気だなー。良き良き。

 

ふと見ると、そんな一団から離れたところに一人、そんな様子を見ている子がおります。

車椅子に乗ったウマ娘の子だ。あらわたくしとお揃い。

ははーん、恐らく引っ込み思案系の子なんでしょう。みんなと一緒に遊びたいけどなかなか自分から輪に加わりに行けないとかそんな感じの恥ずかしがり屋さんだなきっと。

 

そういうのは任しとけ。わたくしからきっかけ作っちゃるから。

そう思ってその子に近寄ります。

 

「あなたも、一緒に、遊ぼう?」

 

そう言ってその子の手を取ります。

場所柄仕方ないかも知れませんが、細くて小さな手です。

 

「ありがとう。でもボクはいいんです。ちょっと彼女のことが心配で様子を見に来ただけだから」

 

そう言って子供達に揉みくちゃにされているスミちゃんを愛おしそうに見る車椅子の子。

ふむ、お知り合いかしら? ちょっとスミちゃんに似てる気がしますし。

 

「でももう大丈夫そうだ。ありがとう、メルテッドスノウさん」

 

笑顔でわたくしに向き直る彼女。

……あれ、わたくし子供達に名乗ったっけ?

 

「くるまいすのおねーちゃーん! おねーちゃんもいっしょにあそんでー!」

 

車椅子の彼女と反対側から声がして、そちらを向くとさっきまで輪に加わっていた子がわたくしを誘います。

お、丁度いいじゃん。

 

「待って。この子も、一緒に……」

 

そう言って再度振り向くと、その子の姿はありませんでした。わたくし、その子の手を握ってたはずなのに。

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

え……。え、なに。こわぁ。




■雑記(2023/06/03)
ミラクルSSRサポカネタでした。
あの後ろに描かれた車椅子の娘は、かつて救われた幼い頃の自分なのか、それとも彼女の行く末を憂いて現れた別の世界線の自分なのか、はたまた本当はあっちが本体で手前の方が夢見た自分の姿なのか……実に妄想が捗りますね素敵ですね堪りませんね。

■精密検査
あくまで『対象の病気に関する部分の詳細な検査』が精密検査ですので、同じ消化器系である大腸の病気は見つかりましたが、それ以外はスルーされております。

■没ネタ
「わーい!」「なになに、なにうたうのー?」「おねーさん、きれーい」「あたし、うたうー!」「わたし、みらおねーちゃんのぴあのだいすきー」「ちくわだいみょうじん」「くるまいすのおねえさんおなまえなんていうの」「はい! ぼくもうたいます!」「だれだいまの」


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Case19:養護教諭の夏合宿

主人公視点


肌を焼く陽射し。

視界一杯に広がる海。

寄せては返す波。

白い砂浜。

 

そして水着。

ウマ娘ちゃん様の水着姿。

 

皆様どうもこんにちは。メルテッドスノウでございます。

さてさて、ゴールデンウィークの入院騒ぎから特に何があったわけでもなく至って普通に退院し、至って普通に学園生活に舞い戻って来ておりましたわたくしなんですが、冒頭のモノローグでお気付きの聡明な方もいらっしゃることでしょう。

わたくし現在、とあるチームの夏合宿に同伴させていただいております。

夢かな?

 

わたくしはそもそも学園付きの職員ですので、本来ならば合宿に行くなぞ夢のまた夢。

特にそれを不満と思うわけでもなかったので気にも留めていなかったんですけど、今回は学園&生徒会共同による査察とやらで、わたくしがご一緒させていただくことになりました。

 

どうにも普段と異なるトレーニング環境とメニューなせいか、生徒達の怪我の発生率が高いようだとのことでして。

とは言ってもトレーナーも無茶させてるわけでは無いので軽度熱中症や打ち身、軽く足首を捻るといった『休んでいれば当日中に治るレベル』らしいのですが、学園としても無視する訳にもいかないらしく。

何かしら対策を立てるために現場を見てきて欲しいと言う話になり、たづなさんからわたくしに白羽の矢が立ったわけでございます。

そういう事ならばこちらとしては願ったり叶ったり。もし脚部不安とかがあるのならそんなことを感じることなくトレーニングに専念できるよう微力を尽くすのがわたくしの使命(おしごと)です。

 

1週間ごとに各チームを回っていくとのことでして、トップバッターはてっきり最大手のチームリギルあたりだろうと思いきやまさかのチームスピカでございます。

うっひょう、主人公チームついにキマシタワー!

 

というわけで前日からワクワクして寝られない小学生状態だったわたくしですが、いざ合宿の練習風景を見ていると別の意味で興奮が冷めません。

 

肌を焼く陽射し。

視界一杯に広がる海。

寄せては返す波。

白い砂浜。

 

そして水着。

ウマ娘ちゃん様の水着姿。

ウマ娘ちゃん様の水着姿。

ウマ娘ちゃん様の水着姿。

 

あーーーーーー!!

あーーーーーーーーーーーー!!!

 

覚悟はしていましたが、やっぱりかなり心にクるものがあります。

タンキニ型と呼ばれる、下がハーフパンツ状で鼠径部のラインを隠して各方面に配慮されたデザインのスクール水着でございますが、それでも肩を大幅に露出させ、水の抵抗を小さくするために極力肌に張り付くような作りのそれは、アスリートとして引き締まった肉体美を余すところ無くさらけ出し、とてもとてもダイレクトに視覚から精神を攻撃してまいります。

24時間とは言いませんが、トレーニング中はずっとそんな格好をしているウマ娘ちゃん様達に囲まれるわけで。しかも借り切った同敷地内に複数チームが同時に合宿しているらしく、トレーナーという一部例外を除いてどこを見てもウマ娘ちゃん様達しかいないわけで。

 

なんと……なんと素晴らしい……。

天国、極楽、ニルヴァーナ。

もうね、いけません。出来る限り冷静になろうと出来得る限りテンション上げずに淡々と語ったにも関わらず、溢れるリビドーが全く抑えられていません。

このままではとても正気を保っていられそうにありませんので、一度海に向かって叫んで発散しときましょう。

ただし心の中で。大声出せませんし、何より声に出せるようなシロモノではありませんので。

せーの。

 

ちちしりふとももーーー!!!!!!

 

……ふぅ、ちょっぴり落ち着いた。危うかった。

わたくしが色香に負けて正気を失うなど唾棄すべきことです。あってはいけないことです。万が一そうなってしまった時はこの腹かっ捌いて自ら畑の肥やしになりに行く所存です。

出来ればやりたくないので頑張れマイ鋼の意志。

 

というわけで毎日SAN値がゴリンゴリンと鬼おろしで削られているわけなんですが、さてお仕事の方はどうなのかというと、とてもありがたいことにメッチャクチャ暇です。

統計的に発生率が高いとはいえ、実際に怪我なんてそうそうあるものでも無いようで。それにチームスピカの面々はベテランなだけあって自己管理もしっかりしていますので尚更です。

……あれ、これもしかしてたづなさんとルドりんに担がれた可能性ありません? 実は怪我が多いとか言うの、建前だったりしません? 単純に夏休みを貰ったような感じなんですけど。

 

そういった訳で特にやることも無いわたくしは暇潰しを兼ねて、メンバーのトレーニングのお手伝いなんかをさせてもらっています。

今日はスタミナ強化ということで長距離ランニングです。スタート&ゴール地点にトレーナー、折り返し地点にわたくしを配置して時折休憩しながらそこを何度も走り込む、といったものとの事です。

 

わたくしに課せられたのは、ビーチパラソルの下でドリンクと濡れタオルを詰め込んだ大きなクーラーボックスを脇に、ビーチチェアに腰かけながら水分摂りつつ、時折やってくるみんなを激励するお仕事です。

……ほぼほぼただのバカンスじゃんねこれ。

まぁ泳ぐ予定も走る予定も無いのでわたくし自身は当たり前のように普段着ですけど。

いつもと違うと言えば白衣を着てないことと帽子を被ってることですかね。髪の色が暗色系なので熱溜めやすいんで。

 

それと流石に砂浜じゃ移動不可なので車椅子は近くにありません。ここまでの移動も設営も全てチームのみんながやってくれました。

わたくしを運ぶために何故かゴルシちゃんが麻袋を被せようとしてきましたけどみんなに止められてました。

で、ウオすけにおんぶしてもらって運ばれてきたんですが、わたくしの身体前半分と彼女の身体後ろ半分が激しく密着して歩く度に擦り付けられてそれはそれでSAN値直葬一番搾りでしたので、結果としては俵担ぎされてた方が精神的にはマシだったのかも知れません。絵面的には最悪ですけれど。

 

まぁそんなわけでして、身を焦がす直射からパラソルと帽子で身を守りつつ、キラキラ光る水面を眺め、さざめく波の音を聞きながらみんなが来るのを待っているわたくし。

少し前にスタートしたとトレーナーさんから連絡も頂きましたし、そろそろ誰か来るんじゃないかな。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「っだあああああああっしゃあああああ!!」

 

「まあぁけえぇるうぅかあぁあああああ!!」

 

最初に聞こえてきたのは言わずもがな、格好良さを求めるくせに可愛さが天元突破してるウオすけことウオッカちゃんと、ティアラがとても良くお似合いのツインテツンデレないすばでー、実質ギャルゲヒロインのダイワスカーレットちゃん二人の叫び声アンド激しく砂を巻き上げる走行音。

おい二人とも、まだトレーニング始まったばかりなのにいきなりそんな飛ばしてて大丈夫なのか。

 

「二人とも、お疲れ」

 

「はあっ、はあっ、スカー、レット、俺の、勝ちだ……!」

 

「ふうっ、ふうっ、まだ、まだ、これから、よ……!」

 

ねぇ、長距離トレーニングって分かってる?

あっダスカさん、ごめんなさいその膝に手をついて前屈みになって息する体勢止めて下さい。ダスカさんのダブルダスカさんが息する度にゆっさゆっさしてるの強調されちゃってますので眼福です待って違うちゃんと仕事しろソッチに行くな帰って来いわたくし。

 

「ほら、水分、摂って。がんば」

 

「サンキュ、先生……んぐっ、んぐっ」

 

「……ぷはっ! こっから先は全部アタシが勝つんだからね!」

 

二人にクーラーボックスから冷えたスポドリを差し出します。

まだ始まったばかりなのにそんなに汗かいて。水分と塩分はしっかり摂れよ二人ともー。

 

「ハッ、そのセリフそっくりそのまま返してやるぜ!」

 

「わー声が大きーい。ビッグマウスも程々にしときなさいよ、後で恥かくのはあんたなんだから」

 

「「ぐぬぬぬ……」」

 

睨み合う二人。わー、どうして公式カプってこう尊さに満ちてるんでしょう。

お互いに相手を上回ろうと切磋琢磨し合う理想的なライバル関係。こんなん推すなって方が無理です。仲良く喧嘩しな。

 

「どりゃあああああああぁぁぁ……」

 

「たあああああああああぁぁぁ……」

 

どちらが合図したわけでもないのに同時に再びダッシュする二人。

頼むから倒れるなよー?

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「スカーレットもウオッカも元気だなぁ……本当に長距離トレーニングだって分かってるのかなー?」

 

「お二人とも、相変わらずですねー」

 

先程の二人が豆粒くらいに遠ざかった頃に来たのが、長いポニーテールが萌え可愛いはちみー狂のテイテイ、トウカイテイオーちゃんに、三つ編みハーフアップの似合い方が尋常ではない、異次元の腹を持つ日本総大将のスペシャルウィークちゃんです。

アニメ一期と二期の主人公が揃ってやって来ましたよ、と。

あーもうこの絵面が見れただけで死んでもいい。死にませんけど。

 

「お疲れ、テイオー、さん、スペちゃん」

 

「やっほセンセー」

 

「スノウ先生、どうもです」

 

この二人は駈歩といったペースで無理なく走っています。

ちゃんとトレーニングの趣旨を理解したペースですね。いやそれが普通なんですけど。先の二人がアカンのですけど。

 

「水分、摂っとく?」

 

「ボクはまだいいかな。まだ身体あっためてるレベルだし」

 

「私も大丈夫です。ありがとうございます」

 

「ん」

 

実際、二人ともまだまだ大して汗もかかず余裕がある感じです。

まぁ長距離トレーニングですしキツくなってくるのはこれからでしょう。がんばえー。

 

「さっ、そろそろ行こうかな。マックイーンも脚が治ってからどんどん調子戻してきてるし、ボクもうかうかしてられないモンニ」

 

「私も早くスズカさんに追いつけるようにならなくちゃ。じゃ、行ってきます先生」

 

「行って、らっしゃい」

 

嬉しそうに二人はそう語って再度走って行きました。

仲間の復帰を素直に喜ぶその姿、実に眩しいですね。はぁ尊い、尊すぎる。良いぞー。その表情を拝むためにこの仕事に就いたんで、もっと供給お願いします。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「よっす先生。景気はどうだい?」

 

その後にやって来たのが解説さんに悲鳴を上げさせた伝説のウマ娘、すなわちゴルシちゃん。

彼女らしいスロースタートで、息を切らせてる様子は全くありません。

なんだかんだ言って長距離レースでロングスパート出来る力を持つ娘なだけあって、スタミナ管理はバッチリなのでしょう。お見事ですね。

 

「ぼちぼち、でんなー」

 

「そっか。何かあったらすぐ呼べよ。かっ飛んで来てやっから」

 

そう言い、シュッシュッと口で言いながらシャドウボクシングを披露するゴルシちゃん。

結構サマになってるんですけど、何でパンチの時じゃなくスウェーする時にシュッて言うんです?

ってか動きがだんだんデンプシーロールになってきてるぞこいつ。ええい無視だ無視。ツッコんでいたら切りが無い。

 

「ん。ゴルシちゃん、飲み物、いる?」

 

「いや、まだいらねーわ。この後しんどくなってくるだろうしな」

 

確かにトレーニングはまだ始まったばかり。この夏の暑さと、砂浜という足場の悪さがどんどん体力を削っていくでしょう。倒れないように気をつけて下さいね。

 

「ん。がんばって」

 

「おう、今年こそゴルシちゃんの年だって分からせてやるぜ。それと遅くなっちまったが先生には今度、マックイーンの分のお礼参り計画中だから楽しみにしとけ」

 

そう言い残してゴルシちゃんは再び走っていきました。

……まぁ、ゴルシちゃんにはバレてますよねそりゃ。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「ふっ、ふっ……ふぅ」

 

ゴルシちゃんとすれ違う形でやって来ましたのはすみれ色の艷やかなロングヘアを靡かせるウマ娘、メジロマックイーンちゃんです。

正真正銘、生粋のステイヤー。こちらも全然疲れた様子は見えません。

ペースはややゆっくり目ですが、ここ最近までは療養期間で衰えてしまっていた筋力や体力を取り戻すことに重点を置いていたようですし、妥当なペースと言えるでしょう。

普段から主治医監修のもとで無理のない自主トレーニングも続けているようですし、恐らくこの夏合宿で本来の力を完全に取り戻すと思われます。

素晴らしい。実に素晴らしい。

 

「マックイーン、さん。お疲れ様」

 

「まだまだ、この程度は準備運動ですわ」

 

実際全く呼吸は乱れてませんし、フィジカル面はほぼ全盛期の力を取り戻しているようですね。

ファサッと髪をかき上げるパクパクさん。実にお美しい。

水着姿でも溢れる気品と優雅さを損なっておりません。

あ、水着姿やば……萌える。たまらん。

いかんいかん、お仕事モード側に意識を集中させませんと。

煩悩退散、どーまんせーまん。

 

「あれから、脚は、大丈夫?」

 

「ええ、むしろ以前より調子が良いくらいですわ」

 

「それは、良かった」

 

約半年前、バレンタインの時にメジロの方々にはわたくしの能力をバラしています。

ただし、転嫁能力としてではなく治癒能力として。そして一切の他言を許さないという条件で。

そしてその上で、とある要望をメジロ家に後押ししてもらう代わりとしてパクパクさんの繋靭帯炎を回収(なお)させて頂いております。

本当はこういった使い方はしたくは無かったのですが、ちょいとわたくしの野望達成には独力での限界がありましたので、権力やら何やらに頼るため止むを得ませんでした。

 

「本当にありがとうございます、スノウ先生。こうして練習に打ち込めるのも、先生のお陰です」

 

良い良い、気にすんな。お礼なら当時に死ぬほど貰いましたよ。

治した時に真顔のままボロボロ泣かれた時は超焦りましたわ。

助けを求めようと周りを見たら主治医さんも執事さんも同じように真顔で泣いてるんですもの。

え、ご当主様はどうだったかって? それを聞くのは野暮ってもんですよ。

 

「いいって。それより、まだ先は、長いよ?」

 

「そうですわね。それではまた」

 

「ん」

 

軽く足首をほぐした後、再び走り出すパクパクさん。その表情はとてもとても晴れやかです。

真夏の陽射しの下、清々しい面持ちで真っ直ぐに前を見据え、波打ち際で水飛沫を上げながら砂浜を走る、スクール水着姿のパクパクさん。

うーんこれはSRスチルものですね。あざまーす!

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

さて、これでメンバーが一通り1巡しましたね。正確には0.5巡ですけど。

けどこれ、何往復するつもりなんでしょうかトレーナーさん。特に終わらせるタイミング聞いてないんですけど。

 

……んえ? メンバーが足らないですって?

そうですね、もう1人のスピカメンバーであるサイレンススズカちゃんは去年のテイテイが勝った有馬記念を観戦後、再び海外遠征に戻ってしまったんです。年末には戻ってくるらしいですが。

アニメでヤバげな骨折してたので念の為にも状態確認しておきたかったのですが、未だに直接はお会いできていません。

その後の戦績を見る限り不安は無さそうですけど念の為にね。

え、もし何か見つかったらどうするのかって? 言わせんな恥ずかしい。

 

「お、あんなとこに超可愛いコいるジャン」

 

「な? マジヤバイだろココ。超穴場なんだって」

 

あれ? 男の人の声?

そちらを見やると、黒く焼けた肌に染めた髪、トランクスタイプの水着にピアスやネックレスと、さも遊んでますといった風貌の男性が二人。誰だこやつら?

スノウちゃんブレインが学園関係者リストから検索しますがヒットしませんでした。部外者かな。

一応、合宿を行うにあたって周囲一帯は学園の貸し切りになっているはずです。マスコミ対策や一般人対策の為に。

 

「だな。お嬢ちゃん一人? お兄さん達と遊ばなーい?」

 

「マジ退屈させないから、一緒に遊ぼうぜー?」

 

わたくしに近寄りながらそう言ってくる二人。

ふむ。この場所に勝手に入っているという現状だけでもブラック判定ですが、貸し切りだとは知らずに迷い込んだ可能性も若干残っています。

とはいえウマ娘ちゃん様でも知り合いでも無いこやつらに優しくする理由はありませんので、強めに退去勧告させてもらいましょう。

 

「……ここは、関係者、以外、立ち入り、禁止。今なら、咎めない、から、すぐ、出ていき、なさい」

 

「おーこわっ。お嬢ちゃんもトレセン学園の生徒? 超可愛いネ!」

 

「ちょっとくらいサボっちゃってもマジバレないって。てかLANEやってる? マジ交換しよ?」

 

ぐぬ、声量が出せないので大して効いていない。

うざいですねぇ……。てか話聞けよ。

世間一般ではイケメンに分類されそうな二人ですが、こちとらヒト息子に興味はこれっぽっちもナッシングなのでゲスよ。

 

「だから、あなたたち」

 

「ほらほら、せっかく海来てるんだし遊ばなきゃ勿体ないって」

 

だから話を聞けってのナンパ野郎ども。

 

「うわ、マジ手ぇ細っ、白っ。綺麗な手ぇしてんねマジで」

 

「ちょっ」

 

一人がいきなりわたくしの手を掴んで立ち上がらせようとグイッと引きました。

当然立つことの出来ないわたくしは急に接触されて身体が強張ってしまったのと、頭が軽くパニクってしまったせいで受け身を取ることも叶わず。

 

「ぶべふっ」

 

砂浜に顔面ダイブ。

……おかげで冷静になりパニックからは復帰しましたが、何してくれてんねんコラ。

 

「ちょっ、足痺れてた? ウケんね」

 

「マジ大丈夫? 一緒に休めるとこ行く?」

 

人が倒れてるのを見て『ウケる』だと? 貴様らがやったことに対して悪びれる様子も無いだと? あまつさえご休憩できるような場所に誘い込んであんなことやこんなことをしようとするだと?

その上これ、無差別なナンパだよな? もし当事者がわたくしじゃなかったら他の娘にこういうやりとりしようとしてたってことだよなぁ?

可愛いくて愛しくて尊い存在であるウマ娘ちゃん様達にこんな下衆なナンパしようとしてたってことでファイナルアンサーなんだよなぁぁァ!?

ゆ゛る゛さ゛ん゛!!

 

「……警告は、したよ」

 

そう短く言って、わたくしは首から下げていたアクセサリーの紐を引き抜きます。

 

«ビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビ!!»

 

大音量で響く電子的なアラーム音。

ええ、防犯ブザー発動です。

 

もともとわたくしが倒れてしまった時に誰かに発見してもらう為の爆弾対策として身に着けていたのですが、まさかこういった本来の使い方をすることになるとは。

 

「え、いやちょっ、そういうの無しだって」

 

「それ止めてマジで。マジヤバいからマジで」

 

ふははははもう遅いわー、そぅれ誰かが来るぞ、捕まりたくなければ今の内に尻尾を巻いて逃げ去るがよいわー。

 

「おう、マジヤバいぞ。まぁもう既に手遅れだけどな」

 

「貴方がた……ウチの先生に何をしていますの……?」

 

……あ、ゴルシちゃんとパクパクさん来ちゃった。

よりによってこの二人とは……かわいそうなナンパ君達。

声のトーン低いっすよお二方。こえぇ。

 

「えっ、うおお、超絶美人が二人増えた! 超パねぇ、激烈パねぇ!!」

 

「やっべ、マジやっべ。ねぇねぇ三人ともマジ一緒に遊ぼうぜ? マジ絶対楽しいからマジで」

 

この状況でまだナンパ続けるのかよメンタルすげぇなぁこやつら。まあもしかしたら現実逃避かも知れないけれども。

 

「あい分かった。辞世の句はそれでいいんだな?」

 

バキリボキリと指を鳴らすゴルシちゃん。

 

「……えぇ、そのように。宜しくお願い致します」

 

どっかに電話してるパクパクさん。

 

「「……ファッ?」」

 

南無。だが同情はせん。

 


 

その夜。砂浜の一角にて。

 

――ザザーン

 

「昼間の娘たち、メッチャ美人だったな」

 

「マジヤバかったな」

 

――ザザーン

 

「ところでさぁ……首から下、砂に埋もれて完全に動けなくね?」

 

「マジヤバいな」

 

――ザッパシャーン

 

「……さっきより海の水、近寄ってきてね?」

 

「マジヤバいな」

 

――ザザーン




■ちちしりふともも
ウマ娘作品でこのワードを使っていいものかどうか、かなり悩みました。
出典元もギャグ漫画ですので、どうか面白ワードの一つということでご容赦いただきたい。
おキヌちゃん可愛い。マリア可愛い。小竜姫さま可愛い。

■デンプシーロール
とあるボクシング漫画で主人公が使う必殺技的な動き。
上体を∞の形にスイングしてその勢いを乗せて重い連続パンチを叩き込みます。
練習で堤防に丸太を根本まで打ち込んでいた描写があり、こいつ人間じゃねぇ……とか思いました。

■解説さんの悲鳴
アニメに解説役として出演されている細江さんが、2015年の宝塚記念の120億円事件で思わず上げてしまった悲鳴をそのままOVA版で大阪杯の中で再現したらしいですね。なんでも当時はその件でレポーターの仕事をクビになりかけたとか何とか。本当にご愁傷様です。
当然ゴルシ自身にも非難の声は上がったらしいですが、往年のファン達による「ゴルシを信じた奴が悪い」の一言で締めくくられるというエピソード好き。
またこういった場合には騎手や調教師などが責められがちなようですが、彼らにはむしろ同情的・擁護的な声の方が多かったというのも好き。

■雑記(2023/07/21)
ナンパ野郎が使ってる『ウマイン』という得体の知れない謎アプリを公式の『LANE』に変更しました。


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Case20:養護教諭の夏祭りと花火

主人公視点


日本の夏は暑さよりも湿度が極悪です。

汗が蒸発しづらいから体温下がりにくいのが問題なんですよね。

つまり、あっっっつい!!!(語彙力ぅ)

 

最近は9月末くらいまで30℃超えの残暑になったりするのが割と珍しく無くなってきましたが、みなさま熱中症で倒れたりしてませんよね?

部屋の中に居たとしても水分補給はこまめに行いましょう。

特にウマ娘はヒトより平熱が高めなので暑さ対策はしっかり講じましょう。

というわけで文明の利器(クーラー)は積極的に使っていこうぜ? メルテッドスノウです。

 

そうそう、まだ視察の途中ではありますが、やはり怪我などをする娘はほぼおりません。全くいないというわけでは無いですが、学園にいる頃と変わらない程度です。一安心ですね。

中間報告でたづなさんに電話でその旨を話した際、もののついでに例のナンパーズの件も報告したところ……翌日から警備が大幅強化されました。何でもメジロ家とシンボリ家の方から協力を申し出てくれたらしいです。

動きが早いですね。流石はウマ娘ちゃん様達を思いやる素晴らしい方々です。幼気(いたいけ)で可憐なウマ娘ちゃん様達が心の傷を負う事態になる前に対策して頂けて、スノウちゃん大変満足です。ありがたやありがたや。

 

そんなこんなで合宿期間も残り僅かとなって参りました本日、午後のトレーニングを終えたウマ娘ちゃん様達がここ合宿所に戻って来るのを冷房の効いた室内から眺めているわたくしです。

 

チームスピカへの同行は最初の1週間で終わっておりまして、その後も7日毎に他のチームに回されているわたくしですが、おかげで水着姿のウマ娘ちゃん様達を拝見してもすぐさま我を忘れるような事態には陥らない程度には慣れてきました。

 

ただし左手の指の間に鉛筆挟んでそれを右手で握りながらですけど。痛い痛い痛い。でも何かしらこうやって己を律していないと危ないんですってマジで。

お仕事モードになって集中していれば問題無いですけど、リラックスモードの時はまだまだ油断出来ません。それもこれもウマ娘ちゃん様達が可愛過ぎる萌え過ぎる尊過ぎるのがいけないんです。

 

本日は同行しているチームのトレーニングメニュー的に、動けないわたくしは邪魔以外の何者でも無い状態ですので合宿所でお留守番です。

いつもの保健室であればコーヒーをドリップしちゃうところですが、生憎ここにそういった設備はございません。ですので箱で買い溜めしておいた缶コーヒーを傾けていたところでございます。鉛筆が邪魔で飲みづらいですが我慢です。

あ、もちろんメーカーは例の1万字怪文書を生み出したり感謝の1万缶並べしたりしたとこのやつですよ。あの熱意には正直頭が下がります。

 

次々に合宿所へ戻って来る水着姿のウマ娘ちゃん様達。シャワールームと更衣室が合宿所内にありますので、皆そこで汗を流してからジャージもしくは私服にお着替えいたします。

つまり、部屋から眺めているだけで汗や海水にまみれた濡れ感MAXウマ娘ちゃん様達が自動的に次から次へとやって来るというわけですね。もうほんとこの状況に課金出来ないのバグじゃないですか?

 

ところで心なしかウマ娘ちゃん様達の表情に笑顔が多い気がします。浮足立っているような?

ま、理由は分かってるんですけども。

 

今夜は近所で夏祭りが開催されます。

花火大会もセットとなった、結構な規模のお祭りです。

アスリートではありますが同時に学生なウマ娘ちゃん様達、こんな楽しそうなイベントに食いつかない訳がありません。

 

わたくしはちょっと人混みが得意ではありませんので、お祭り会場まで行くつもりはありません。

少し離れた所から締めの花火さえ見られれば満足です。

ということで、お祭り会場方面が良く見えそうな場所を探しにでも出掛けようとしたところで、現在同行を許されているチームの娘に見つかり、声を掛けられました。

 

「あ、スノウ先生」

 

「先生こんなとこでどうしたんだ? お祭り、行かないのか?」

 

「へいへーいスノウちゃん先生、こんなとこにいたって祭りは待ってくれないんだぜ! どうせなら一緒にゴートゥーヘルだぜ!」

 

「地獄に行ってどうするんですか。お疲れ様です、メルテッドスノウ先生」

 

イエス、チームカノープスの面々です。

私服に着替えたネイチャさん、ターボ師匠、カネタン、イクノんの4名がわたくしに近寄ってきます。みなさん普段の格好も素敵ですが私服姿もとてもお似合いですね。

学園ではネイチャさんを始めとして週1ペースで誰かしらが保健室に遊びに来てくれていましたが合宿が始まってからは中々そうもいかず、今回の同行が久々のご対面だったりします。

 

「ん、わたしは、花火が、見られれば、良いから、お祭りは、行かない、つもり」

 

「えーーーー!! 先生行かないの!? やだやだ行こうよ、ターボたちとお祭り一緒にいーこーおーよー!」

 

抗議の声を上げた師匠がわたくしの後ろに回り込み、車椅子の手押しハンドル部分に掴まって左右に大きく身体を揺らします。こらこら師匠、そんなことするとこうですよ。

車椅子を操作してその場でくるくる回転します。ハンドルを掴んでる師匠を振り回しながら。秘技、セルフメリーゴーラウンドー。

 

「お、え、わは、うわははははははは、いーやっほーーー!」

 

「ほらほら、二人とも遊んでるんじゃありません」

 

あ、ネイチャさんに嗜められた。ごめんちゃい。

 

「で、本当にスノウ先生は行かないの?」

 

「ん」

 

ええ。先程も言った通りわたくし、人混みがやや苦手でして。大勢の人と関わるのが嫌いってわけではなく、単純に人混みを避けるために車椅子の操作に気を張り続けてなきゃいけなくなるんで少し疲れるんですよ。

わたくし的には花火は確実に見ておきたいんですが、それさえ出来ればそれで良かったので無理に会場まで行くことも無いかなぁと。

 

「うーん、そっかぁ……いや、まぁね? あまり乗り気でない人を無理に誘うのもアレだし、仕方無いんだろうけどさ……」

 

おや、ネイチャさん微妙に歯切れが悪い。

 

「んーと、出来ればネイチャさんとしても保護者がいてくれると助かるというか。ほら、ターボとおマチは見ての通りだし、イクノは割とましだけど時々流されてるし、あたしだけでテンション上がってるみんなを抑えられるか不安だし、南坂トレーナーはちょーっと忙しそうで誘えなかったし、他に誰かもう一人くらいいると安心かなーというか。……ぁー、というかですね、あたしも、先生とお祭り、行きたいなーと言いますか……」

 

こちらから目線を外し、されどもチラチラとこちらを伺いつつ、ツインテールの片方を指でくるくるといじりながらそんなことを言ってくるネイチャさん。

ぅーーーゎーーーぁーーーいじらしい! めんこい! 萌え苦しいーーー!!

本日のわたくしの心臓を止めに来た刺客はあなたでしたかネイチャさん! 

ゲイ・ボルク(必中)、相手(スノウ)は死ぬ。その攻撃はわたくしに良く効くぞもっとやれ。

 

普段そんなに自己主張してこないネイチャさんにここまで言わせてしまったんです、この心意気を拾わずしては養護教諭の名が廃ります。

車椅子の操作で疲れる? そんなもん今のこのネイチャさんの表情を拝見することで分泌された脳内麻薬で微塵も感じる気がせんわぁ!

 

「ふむ、そういう、ことなら、付き合うよ」

 

元より『疲れるから』以上の理由もありませんので、固辞するほどのことでもありませんし。

折角お誘いいただいたことですし、みんなと回ってみるのもまた一興でしょう。

 

「え、ほんと? やたっ、言ってみるもんだ」

 

小さくガッツポーズをするネイチャさんがわたくしの心臓に追い打ちを掛けてきます。もうとっくにライフはゼロです。あと2時間ほど耐え切れスノウちゃんハート。

 

「あ、確認しなかったけどターボとおマチは兎も角、イクノ。先生も一緒でいい?」

 

「ええ、何も問題ありません。ご同行、宜しくお願いします先生」

 

ではでは少し予定を変更しまして、カノープスの面々と共にお祭り会場へ向かうことと致しましょうか。

 

 

 

■Case20-1:焼きそば

 

はい、というわけでやって参りましたよお祭りへ!

会場では奥にある広場の中央で櫓が組まれ、その上で和太鼓を軽快に叩いております。そしてそれを囲むように盆踊りを楽しむ人々がたくさんおりました。そしてそこまで通ずる道の両端には所狭しと色々な屋台が並んでいます。

 

陽も落ちて西の空にわずかな茜色を残してはいるものの、全体的にはほぼ藍色の星空。電球色の温かみのある色を使った提灯や屋台の照明。聞こえてくる祭囃子。賑わう人々の群。

 

ンンンンン良いですねぇ! これぞ夏の風物詩といった感じです。

はいそこ『さっきまで行かないつもりでいた癖に』とか言わない。

日本にはこういう時に使う素敵な諺、アリマース。

『それはそれ。これはこれ』

結果オーライなら良いんです。

 

「へーいらっしゃい! 焼きそばいかがっすかー!」

 

ほーら、屋台の呼び込みとかも実に威勢が良くて祭りの雰囲気を盛り上げてくれてるじゃないですか。いつまでも細かいことを気にしてないで楽しんでいきまっしょい。

……というかですね、焼きそば、合宿所の近所。このコンボが成立していて先程の声に聞き覚えがあるということはですよ。

 

「やはり、いたな、ゴルシちゃん」

 

登場が早いんだよゴルシちゃん(オチ担当)よぉ!?

のぼりに『やきそば』と書かれた屋台では、法被を着てねじり鉢巻きをつけたゴルシちゃんが金属ヘラを両手に、大きな鉄板を前にソース香るやきそばを大量に炒めていました。

法被姿とかが余りにも馴染みすぎてるんですよこの場の空気に。

 

「お、先生じゃんか。そりゃ近くにこんな稼ぎ時がありゃあたしが出張らないワケが無いんだよなぁ」

 

「それは、納得」

 

まぁ特にあなたの場合はどこにいても不思議じゃないですけど。

どこにでもいて、どこにもいない。どっかの戦争好きの人の部下みたいなやつめ。

 

「兎も角だ。ほらよ先生、食ってけ食ってけ。こいつはあたしの奢りだ」

 

そう言ってゴルシちゃんが、わたくしの前にパック詰めされたやきそばを差し出しました。

雑に詰められた焼きそばはパックの口からややはみ出しており、出来立てのそれから立ち上る湯気が、ふりかけられたかつおぶしをゆらゆらと踊らせています。

青のりと焼けたソースの香りが減り気味のお腹にダイレクトアタックを仕掛けてきます。ほーいいじゃないか。

 

「あら。ありがと、ゴルシちゃん」

 

感謝祭で食べられなかったというフラグ回収、雑ぅ。いや頂きますけど。

けど今はまだみんなと動き回りながらなので持ち帰りでお願いします。

他にも色々食べ歩きしたいですので。

 

「あーーー! 先生、抜け駆けはずっこいですよー!」

 

おやカネタンに見つかった。まぁそうだねずっこいね。

 

「ゴルシちゃん、あと5つ、頂戴。流石に、お金は、払うよ」

 

「あいよっ。ま、先生もしっかり遊んできな。言うまでもねーかも知れねーけどさ」

 

ビニール袋に入れられたパック焼きそば計6つを持たせてくれたゴルシちゃん。

人数に対して1つ多くないかって? 南坂トレーナーへのお土産ですよそりゃ。こんな日でもウマ娘ちゃん第一で残業している素晴らしい超有能トレーナーにも差し入れしないとでしょう。

 

「ん。ありがとね」

 

「おう」

 

どーれ、確かに折角ですんで全力で遊んじゃいましょうかー!

 

 

 

■Case20-2:お面

 

ずらっと並んだ様々なキャラクターのお面に、師匠が興味を惹かれております。

一個々々見ては『おー』とか『はー』とか言ってます。ぷりちーだなこの師匠。

 

「なぁ先生、これ何のお面なんだ?」

 

オレンジ色のフルフェイスマスクに黒いゴーグル、緑のモヒカンを生やしたようなお面を指さして師匠が尋ねます。

 

「それは、キャロット、マン」

 

こいつはビコペンが好きな特撮ヒーローでしたね。人参がモチーフのフォルムで、基本的には子供向けの勧善懲悪で分かりやすいお話なのですが、動画配信サービスのほうでやってた同シリーズの「キャロットマン・ブラックさん」とかは子供完全置いてけぼりのむっちゃ泥臭いお話でした。この作品も息が長いので支持年齢層が幅広いんですよね。

 

「これは?」

 

「爆走、猛姫☆、プリンセス、ファイター」

 

キャロットマンが男の子向けだとするならば、こちらは女の子向けのアニメ作品です。闇から生まれ、勝利の為に悪逆非道の限りを尽くすダークウマ娘と、正義の心で正々堂々と立ち向かう姫戦士ウマ娘がレースで戦うお話ですね。こちらも小さいお友達(おんなのこ)から大きなお友達(おとうさん)まで支持されています。こちらもシリーズ化されてますね。初代はプリファイにて最強。

 

「こっちのは?」

 

「美少女、ソルジャー・ブレザー、ルーナ」

 

あら懐かしい。こちらの歴史はやや古く、お母さん世代がハマったアニメですね。月のお姫様の生まれ変わりとか思い込んでるJCが、やたらと何かの契約を迫って来る白猫と、仮面を付けた怪しいロリコン紳士に付き纏われるという……あれ、そんな話だったかな? 違ったかな?

 

「へー、先生詳しいな。あれ、じゃこれは?」

 

「ん……んん!?」

 

マニアックぅ! こんなお面も売ってるの、てか作られてたの!?

師匠が指示した先にあったのは、白い猫耳と両耳下に大きな鈴をつけた緑髪の女の子のお面。これは……。

 

「ベ・ジ・キャロット、通称、ベジ子」

 

すこーし(?)前に深夜アニメでやっていた、完全ドタバタギャグコメディアニメじゃないですか。世間に『萌え』という文化を根付かせた内の一柱。

うわぁ、隣にはミニ・キャロット、通称ミニ美の。更に隣にはラビリンス・ローズ、本名うさだのお面もあるぞ。

主人公から放たれる『耳からホーミング(レーザー)』は当時衝撃的だったなぁ。

そういえば最近、動画で復活したんだっけ。

 

「どれか、欲しいの、ある?」

 

ええぞー、気に入ったのがあればおいちゃんが買うたるでー。

きらきらしたお目々で端から端まで満遍なく物色する師匠が選んだものは。

 

「うーん、そうだなー……じゃあ、これ!」

 

うわーお、そいつを選びますか。

分かって選んだわけじゃないよなぁ。絶対知らないはずだよなぁ。

彼女が選んだのは、全体が青色でツンツン髪、ウマ娘のように頭の上の方から耳を生やした、何故か眼球が繋がってるデザインの、通称『冒険好きの青いハリネズミ』でした。

 

「さすがだね。こいつは、速いよ」

 

「速いのか!?」

 

めちゃくちゃ速いぜ。道は彼が走った後に出来ますぜ。

師匠も彼のように運命をスピードで振り切ってやろうぜ。

障害になりそうな因果(もん)はわたくしが貰っておきましたんで。

 

 

 

■Case20-3:射的

 

「こういうものは軌道計算が重要です。このように……弾丸の重量、形状、銃のパワーから射出速度を算出し、現在の気温から空気抵抗率を代入、そして景品の重心から最大限に揺さぶるポイントを見出して……ここです!」

 

――パンッ

 

ちょいと縁日の射的相手に本気で計算して最大効率を叩きだそうとしているイクノん。

脇を締めて、照準を覗くときに片目を瞑ったりせず、両肘を台の上でしっかりと骨で支える形について射線がブレないようにする、お手本のような射撃姿勢です。

加えて狙っている景品も無理なく、下の段の方にある軽めのお菓子とかなんですが。

 

「……お嬢ちゃんは可哀想になるくらいかすりもしないなぁ……」

 

「な゛っ! な、何故……」

 

屋台のおっちゃんからすら同情され始めておりました。

まぁ、屋台のコルク銃ごときに理論値通りの性能を引き出せる精密性はありませんわなぁ。

ゎ、茫然として眼鏡が斜めにずり落ちちゃってますよ。けどそんな姿もお可愛らしい。流石は『眼鏡が似合うインテリ系ウマ娘』ランキング第3位(スノウちゃん調べ)です。異論は認める。

 

――パンッ、コンッ

 

「っくぁ〜〜〜、惜しいっ! 揺れたんだけどなぁ」

 

「ぉ、こっちのお嬢ちゃんは筋が良いねぇ。もうひと押しっ!」

 

ネイチャさんが狙ったものは、一番上の段にある一抱えもあるような大きいぬいぐるみ……ではなく、その下の段にある純和風の茶運び人形……渋いっすね、ネイチャさん。

先程から割とヒットはしてるんですが、頭がゆらゆら揺れるだけで倒れたり落ちたりはしてくれません。重心の上の方に当ててるので狙いも良いのですが。

さてもう一手、何が足りないか分かるかなネイチャさん?

 

「大きい、景品は、重くて、倒れづらく、出来ている。必要、なのは、それを、圧倒する、パワー。よって、こう」

 

景品が倒れない? ならば倒れる威力で撃てば良い。

コルク銃を右手に持ち銃口は景品に向けたまま、出来るだけ身体より後ろに引きます。逆に左手は照準を定めるように真っ直ぐ前に。狙いは勿論上の段、一番大きいニンジン型のぬいぐるみっ!

まるで銃を矢として番えて弓を引き絞るような体勢から、右手を素早く前に突き出し、反対の手を同時に引き、更に腰の捻りも交えながら腕が伸び切るその直前でトリガーを引きます。

難しいこと言いましたが、要は突きながら撃つ!

そう、銃単体で足らないパワーは他の運動エネルギーで補えば良いのです。

これぞわたくしが編み出した必殺の射法、名付けて『ガトチュエロスタイ(略』。

 

――ズパァンッ! コンッカンッ、バチィッ!

 

「ぐああああーーっ!」

 

ま、マチカネコダインーーー!!

何故か後ろにいたカネタンのおでこにヒットした。

ごめん、この撃ち方ってパワーは兎も角、狙いはブレブレだから命中率は目も当てられなくって。

カネタンが倒れてしまったホントごめんよ。

……これ、カネタンゲットしたことにならない? あ、ならない。デスヨネー。

 

 

 

■Case20-4:花火

 

――ドドォン!

 

「たままやーーー!」

 

「なんか違くないターボ?」

 

――ドンッパパァン!

 

「なかむらやーーー!」

 

「それはもう完全に違うよねおマチ?」

 

――ドドンドンドドォン!

 

「……ファーーー!」

 

「最早分かってて言ってるよねイクノ!?」

 

あれから花火が始まるちょっと前に見晴らしの良い場所にみんなで移動し、屋台で買い込んだ食べ物をかき込みながら、打ち上がる花火に一喜一憂しております。

そして律儀に全員にツッコミ入れてるネイチャさん、流石です。さすネイ。

 

「はぁ全く……ぁー、もうすぐ夏も終わるなぁ。合宿も終わるなぁ。残り数日、頑張りましょっか」

 

ふいにしみじみと呟くネイチャさん。

出逢った頃のように『頑張る』という台詞に変な影は差していないようです。ちゃんと自分なりの頑張り方を見つけられたようですね。さすネイ。

 

――ドンッドンッ!

 

「ん……あ、そろそろ、かな」

 

プログラム的に花火も後半戦に移ってきた頃です。

ぼちぼちわたくしが花火を見ることには固執していた理由が出て来るはず。

 

「ん? どしたの先生?」

 

「みんな、次の、花火、注目」

 

ネイチャさんの問いにわたくしはそう答え、みんなの注意を空に向けさせます。わたくしの言葉に従い、見上げる4人。

さぁ、刮目せよー。

 

――ポンッ、ポンッ、ポンッ

 

まずは横並びに小さい花火が3発。

……プログラム後半の割には小振りじゃない?

そう誰もが思いかけたタイミングで高く伸びていく、5条の光。そして。

 

――ドドドドォンッドパァァン!

 

横一列に並んで視界いっぱいに広がる、一尺玉の菊花火が4発。

そして更にやや遅れてその中間に先の4発に負けないサイズの、蹄鉄を象った型物花火が黒い夜空に鮮やかに描き出されました。

周囲からどよめきが起こります。

 

「おおおおーーーっ! 今の蹄鉄の形? すごいっ! すごいすごいっ!」

 

ぴょんぴょん跳ねて感動を表す師匠。

 

「へえぇ、蝶とか星の形は見たことあったけど蹄鉄型は初めて見たなぁ」

 

「その蹄鉄を彩った左右の花火もなかなか大きい見事なものでしたね」

 

「ほはーーー、面白い、綺麗、凄いっすわー」

 

ネイチャさん、イクノん、カネタンもそれぞれ感嘆の声を漏らします。お気に召していただけたようで何よりです。

 

「ん。特注」

 

「「「「……え?」」」」

 

「え?」

 

ん? いやそりゃそうでしょう。蹄鉄型花火なんて頼んで作ってもらわなきゃ出来ませんって。

 

《ただいまの花火は、中央トレセン学園からの協賛でした》

 

会場に花火の協賛者の名前がアナウンスされます。

こうやって大会に協賛金を納めることで花火を上げてもらうことが出来る場合があります。

金額によっては今回のように大きいサイズやオリジナルの花火を打ち上げてもらえたりもするんですよね。

 

「え、あぁ、今の学園(ウチ)出資()してるんだ。だから先生知ってたのか」

 

「な、なるほど。納得しました」

 

ネイチャさんとイクノんが先程までのやりとりとアナウンスの内容から解答を導き出したようです。おおよそ正解です。

 

「ん。ボーナス、ほとんど、突っ込んだ」

 

「「「「え゛っ!?」」」」

 

「え?」

 

いや、アナウンスされるのは知ってましたので個人名出すのは流石に恥ずかしいですので学園の名前で登録しましたって流石に。

ネイチャさんが恐る恐るといった具合に聞いてきます。

 

「……先生、ちょーっと確認なんだけどさ、さっきの花火はもしかして、学園が出資したものじゃ無くって、先生が個人で……?」

 

「ん。良いものに、仕上がって、良かった。綺麗だった、ね」

 

ウマ娘ちゃん様達の健康と発展の祈願と、みんなのひと夏の思い出作りの為に、バレンタインからこれまで大して課金出来なかったフラストレーションとお金を込めて、盛大なのを打ち上げてもらいました。

大きくてメジャーな花火大会とかで打ち上げるような3尺玉とかと比べると流石にやや小振りですが、それでも十分に大会最大サイズです。

特に型物花火は広がり方が球ではなく面ですので、逆さまになってしまったり運が悪いと縦線にしか見えないこともあるので今回は実にラッキーでした。

 

やぁ〜、それにしても間接的にとはいえこうやって推しの為に課金するのはやっぱり気ん持ち良いいィーーーッ!!

わたくしの課金欲も解消されてスッキリです。

 

「「「「うわぁ……」」」」

 

あれぇ……なぜこんな反応?

なんかターボ師匠までドン引いてるんですけど。

いや、いまどき個人で花火協賛するなんてそんなに珍しくもないと思うんですけど?

まぁ勝手に学園の名前使っちゃいはしましたけど、わたくし関係者ですし特に問題無いでしょう。メイビー。

 

ちなみに後日、カレンチャンがアップしてた花火の動画がバズり、それがたづなさんにバレてオハナシされた。ぐぬぬ。




■『眼鏡が似合うインテリ系ウマ娘』ランキング
1位:ビワハヤヒデ
2位:ゼンノロブロイ
3位:イクノディクタス
番外:シンボリルドルフ
よしんば2位だったとしても世界1位です。
つまり、みんな似合っててみんないい。

■ガトチュ射法
実際にはパンチスピードがプラスされた程度で威力が上がるんなら苦労はしない。
机上の空論どころかただの妄想なのでお試しの際は自己責任でお願いします。
多分『銃振り回すな』って怒られます。
元ネタはるろ剣の英語版で『牙突零式(ガトツゼロスタイル)』がそう空耳出来るというところから。
マチタンには本当は鼻に当てたかったけどそれをするとノータイムで治しにいってバレそうなので泣く泣くおでこに。

■花火への掛け声
江戸時代の花火師の屋号『玉屋』と『鍵屋』が語源だと言われていますね。
たままやー:何となく響きがヤママヤーに似てたもので。誰かウマまんが大王とかって同人誌作りません? イラストはあるみたいですが本は無いみたいで。
中村屋:ご存知ない方は『披露宴 中村屋』で検索すると幸せになれます。なれないかも知れません。
ファー:ゴルフ用語。コースの先を回ってる人に危険を知らせる為の掛け声。主に打ち損じて変な方向にボールを飛ばしてしまった時に言うやつ。

■花火の尺玉
スノウちゃんには2~3尺玉くらい打ち上げてもらおうかとも思いましたが、流石に値段の桁が変わって来るのと消防法やら何やらで会場によっては大きすぎると打ち上げられなくなったりするらしいので1尺玉に抑えてもらいました。
ちなみに参考値ですが、隅田川花火大会では街中で打ち上げる関係上、最大で5号玉(1尺玉の半分)が限度らしいです。

■課金欲
ガチャアア!! 10連ガチャア!!
いっぱいいっぱい回すのぉぉ!!
溶けるぅう!! 溶けちゃうう!!
溶けた(スンッ)。


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Case21:養護教諭の職場の付き合い

主人公視点

ギャグ全振り回


「うふふふふ、うふふふふ」

 

――なでなでなで

 

どうも、どーもどーも。

メルテッドスノウでございます。

さてわたくしは今、何処にいるでしょーうか?

 

「えへへへ、えへへへへへ」

 

――なでくりなでくり

 

正解は、ココでーす、こっここっこ。

トレセン学園からも程近い、駅前の居酒屋にやって来ております。

そして、現在の状況なのですが。

 

「スノウ先生は可愛いですねぇ、可愛くて……可愛いですねえぇぇぇ。えへへへへへへへ」

 

――なでりんこなでりんこ

 

なんかとってもご機嫌な桐生院葵トレーナーに先程から激しく撫でられまくっております。

うーん、これは状況説明の為にも、一旦回想シーンに飛んでおくべきですかね?

というわけでこちらのVTRをご覧下さい。どうぞ。

 


 

「壮行会?」

 

「そうです。理事長が秋から冬のレースに向けてサポートするトレーナー達の慰労と激励を兼ねて酒席を設けたとの事でして。で、メルテッドスノウ先生も是非に、と理事長が」

 

9月に入り、まだまだ暑い外気にやられないようにクーラーでがっつり冷やしている保健室にやってきたのは、黒いウェービーロングをなびかせ、これまた黒いスーツをビシッと着こなしたヒト娘、樫本理子トレーナーです。

 

「有り難いお話なのですが、私はあまりアルコールは得意ではなく。出来れば担当の事を考える為の時間を割きたくはないのですが……他のスタッフ達との横の繋がりを持つという意味ではそこまで悪い話というわけでもありませんし、費用は全て理事長持ちとの事なので、時間以外のマイナスもありません。総合的にプラスが多いと判断し、今回は一応参加しようかと」

 

「なるほど。で、それに、わたしも、誘われてる、と」

 

まぁ学園と言ってもそこにスタッフとして勤めるのは当然成人の社会人でありまして。成人した社会人となると、こういった酒の席はまま避けられない事態として発生することもありまして。

けど先程の理由なら、わたくしが誘われるのは場違いな気もしなくもないんですけど。トレーナーじゃないですし。

 

「ええ。理事長と、それと駿川女史が強く推薦されていましたよ。私としても同性が増えるのは心強いので参加して頂けるとありがたいのですが」

 

あの二人か。ここんとこなんかやたら甘やかされているような気がしますねぇ。

もしかして飴と鞭です? 今後は不眠不休で働かされたりするんです?

体力仕事じゃなければ構わんぞどんと来い。実際、24時間365日担当の事を考えているトレーナーに比べれば今のわたくしのやってる事なぞぬるま湯もいいとこでしょうし。

 

「なるほど。そういう、ことなら、参加で。わたしも、お酒は、そんなに、強くは、ないですけど」

 

お酒は前世も今世も好きなんですけど、好きだからと言っても強いとは限らんのですよ。

お酒単体より何かを食べながら飲むのが好きなので、すぐお腹いっぱいになっちゃいますし。

ですがまあ折角お誘いいただけた訳ですし、親睦を深めるのも大事ですし、古来より『他人の金で飲む酒と焼肉は美味い』と言われておりますし、ここは是非わたくしもご相伴にあずからせていただきましょう。

 

「ありがとうございます。では参加……と。当日は現地集合ですが大丈夫ですか?」

 

「ん、問題、ありません。ナビで、行けます」

 

樫本トレーナーが出席簿的なものに私の参加を書き込みながら聞いてきますが、問題無いでしょう。会場は駅前のお店のようなのでとりあえず駅を目指せば良いでしょうし、今のご時世ウマホがあれば何とでもなります。

 

「そうですか。……皆さんは凄いですね。私はどうもそういった機械の操作は疎くて。念の為に印刷した地図を貰いましたが、それでも辿り着けるかどうかは神のみぞ知る、といったところでしょうか……」

 

……おいおいマジか。駅前に行くだけでそんな一か八かなのか。

確か彼女、前世のアプリでは凛とした見た目に対して目も当てられない運動性能とのギャップで一時期ネットで話題になりましたけど、運動以外も駄目なのか。

やだわたくしこの子の事がとても心配。

 

「ん、と。良かったら、一緒に、行きます?」

 

どうせ出発位置も到着位置も同じなら大した手間でもありませんですし、おいちゃんが連れて行ってあげますから。というか連れて行かせて下さい。

一人で向かわせた結果、会場であなたの到着をハラハラしながら待つことになる飲み会なんて落ち着いて飲めねーですよ。

ていうか理子ぴん、アプリよりちょっとポンコツさに磨きがかかってません?

 

「……宜しいのですか?」

 

「まあ、折角、ですし」

 

おかしい。ことウマ娘ちゃん様達の育成に関しては厳しいなんて言葉すら生温いほどガッチガチに個を縛るような訓練を課しながらも、その教え子から慕われるだけの手腕と愛を持っていて、更には理事長代理を兼任出来るという、超が3つくらい付きそうなほど有能な人のはずなのですが……それ以外がひどすぎる。

 

「……ありがとうございます。では、当日こちらに伺います。どうぞ宜しくお願いします」

 

「これは、ご丁寧に。こちらこそ、お願いします」

 

んまぁ、それでも他のスタッフと交流を持とうと奮闘する姿勢、嫌いじゃないぜ。当日は普段は話せないようなガールズトークが聞けるかもしれませんし楽しみにしておきましょうか。

 


 

……てな感じで予定の都合がついた幾人かのトレーナー達が集い、駅前のちょっと良いお店を貸し切りで盛り上がっているといった具合でございます。

今回の主催者である理事長とその秘書も元々参加する予定だったらしいのですが、急用で敢え無く欠席。結果、わたくしを除いて数名のトレーナーのみという面子での開催と相成りました。

 

そしてわたくしですが、何度も言う通りお酒は好きな部類ではあるものの決して得意ではありませんので、最初に頼んだグラス1杯をゆっくりと楽しんでいるといった次第です。

 

「スノウ先生はお肌もちもちですねぇ、スベスベですねぇ。えへへへへへへぇ」

 

それでまぁ、場の雰囲気とアルコールに早々にやられた桐生院トレーナーがめっちゃわたくしに絡んできてるところでございまして。

彼女もまだサワー1杯くらいしか飲んでなかったような気がしますけど、わたくし以上にお酒には弱いご様子。ほらほら、人のほっぺたムニムニして遊んでないでちゃんとチェイサー飲んどきなさい。

 

「桐生院、さん、とりあえず、お水飲んで。こんな姿、担当の娘に、見せられ、ないでしょ?」

 

アルコール摂取時はいつも以上に水分が大事です。少し飲んだら間に水を挟む、といった飲み方が翌日の胃のムカつきや頭痛を防ぐ賢い飲み方なのです。

『酒も水分じゃん?』と思った貴方はアル中認定です。アルコールには利尿作用があり、摂取量より排出量の方が増えるので結果的に水分補給になり得ないのです。

 

はいじゃあここでスノウちゃんによるアルコールの分解に関するミニ授業です。

 

アルコールは分解過程でアセトアルデヒドという物質が生成されるのですが、これが最終的に二酸化炭素と水に分解されます。で、このアセトアルデヒドが分解し切れず血中濃度が上がると身体が不快感を訴えるのです。

また、利尿作用によって体内の水分が減ると、その分血液がドロドロします。そうなれば当然脳内の血流が悪くなり、それを何とかしようと血管が拡張するのですが、その時に周囲の神経を刺激するので頭痛が起きるといったメカニズムです。

 

ですので間に水を挟みながら飲むことで飲酒量をセーブしアセトアルデヒドの生成量を減らしつつ、血液のサラサラをキープして頭痛を予防しておくというわけです。

ちなみにいくら水分を摂ってもアルコールの分解速度が上がったりする訳では無いのでそこは注意しましょう。ここテストに出ますよ。

 

「えへ、お水、飲みます〜。んくっ、んくっ……はぁー。スノウ先生は気配り上手ですねえ優しいですねえ可愛いですねえぇぇぇ。けどうちのミークもとおおおぉぉぉっても可愛いんですよぉ♪ 私なんかには勿体無いくらい良い子なんですよおぉ〜」

 

だいぶ正体を無くしてますねぇ桐生院さん。わたくし甘やかしモードから担当ベタ褒めモードに切り替わってきました。

まぁ確かにハッピーミーク、ミーちゃんは可愛いですけどね。あの一見やる気があるんだか無いんだか分からないような言動の奥底に秘めた強く静かに燃える闘志、わたくしでなきゃ見逃しちゃうね。いや桐生院トレーナーも見逃さなかったのか。

というかですね、正体を無くしても担当娘へのラァヴ(いい発音)は忘れないその精神、とてもとても素晴らしいでございます。なので褒めます。

 

「はいはい、桐生院、さんも、可愛いですよ。頑張って、ますよ。偉いですね」

 

「ううぅ、可愛くないですー、格好良くて頼られるトレーナーになりたいんですー」

 

机に突っ伏しながらぶーたれる桐生院さん。

全くもう……可愛いってお得ですね。こんなウザ絡みすら愛しく思えます。

 

「そうですね、格好良い、ですよ、偉いですよ、よしよし」

 

「……えへへへへぇ……すぅ……」

 

ちょろい(ちょろい)。

先程のお返しと言わんばかりにしばし撫でていると、にへらと破顔したまま寝息を立て始めてしまいました。

ま、無理に起き続けて飲み続ける必要も無いんです、しばらくこのまま休ませてあげましょう。

というわけで撃沈2人目です。

 

ぇ、1人目が誰か?

そんなんわたくしの隣にいる、開始早々にウーロンハイを一口飲んだだけで沈んでしまった理子ぴんに決まってるでしょういい加減にしろ。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「お疲れ様です、メルテッドスノウ先生」

 

「お疲れ様、です、南坂、さん」

 

すやすや寝ている2名の敏腕トレーナー達の寝顔を肴にちびりちびりと舐めるようにロックグラスでお酒を味わっていると、チームカノープスの南坂トレーナーが声を掛けてきてくれました。手に持ってるジョッキはハイボールっぽいですね。

お顔はだいぶ赤いですが普段通りの受け答えです。顔に出やすいタイプなんですかね。

 

「合宿ではお世話になりました。うちの担当の子達と夏祭りにもお付き合い頂いたようで。ありがとうございました」

 

「いえ、わたしも、楽しかった、ですよ。こちらこそ、ありがとう、ございます」

 

「そう言っていただけると助かります。うちの子達、結構個性が強いので」

 

仕方無さそうに苦笑いを浮かべる南坂トレーナー。

『気性難で大変だったでしょう?』と言外に聞かれてますが、そうかなぁ?

カノープスに限らずみんな個性豊かで眩しい素敵な娘達ばかりだと思いますけど。

っていうか彼女らはこんなわたくしに声を掛けて、わざわざ夏祭りに一緒に連れてってくれた心優しいあったかい娘達ですよ。

 

「でも、みんな、良い娘たち、ですね」

 

「そう! 良い子達なんですよ! 流石先生、分かっていただけますか!」

 

いきなり大声になる南坂トレーナー。

お、おお? これはアレか、自分の好きな話になると勢いが止まらない系の感じか。酔った勢いもあるんだろうな、普段のこの人ならこうはなるまいて。

やはりこの人も担当の娘達のことが大好きな黄金の精神を持つトレーナーの一人ですね、感服です、尊敬します。

 

「ええ。とても良い、チームだと、思いますよ」

 

「嬉しいですね、学園の雪妖精にそう言っていただけるなんて」

 

そう言って手持ちのグラスの中身を一気に呷る南坂トレーナー。わぁお、豪快。

けど今なんだか聴き逃がせない単語があったんですけど。

 

「え、と。その、雪妖精って?」

 

「ぷはっ。おや、ご存知ない? 巷で言われていますよ。保健室にひっそりと佇み、訪れた子に癒やしと安らぎを与えてくれる、白き衣に身を包んだ雪の妖精がいると」

 

なんかまた本人の預かり知らぬところで噂話が一人歩きどころかターフをほぼ独走状態で駆け抜けてやがるぞぉ!? 最終コーナーから一気に抜けてきた! 中山の直線は短いっつってんだろうがぁ!!(意味不明)

わたくしみたいな欲望にまみれた妖精が存在しているわけが無いでしょうがよ。だから絶対にその噂、どっかで悪霊とかと間違えてますってば。夜の学園とかで無表情で白衣の車椅子ウマ娘なんかに近寄られてご覧なさい。わたくしなら怖くて粗相してしまう自信がありますぞ。

 

「……一体、誰が、そんなことを?」

 

それはさておき噂の出処を抑えて締めておきませんと。

せめてこれ以上の拡大は阻止しておきませんと。

 

「ええと確か、がくえ」

 

空になったジョッキを持ったまま、会話の途中で唐突にバッタリと机に突っ伏す南坂トレーナー。

ん? あれ? おーい。

 

「南坂、さん?」

 

「くかー……くかー……」

 

落ちやがった! 肝心な情報を吐く前に落ちやがった! この人の酔い方、1か0かのタイプか! 『がくえ』ってことは『学園の』誰かなんだろうけど範囲が広すぎて絞り込めなさすぎる! 犯人は一体誰なんだちくせう。

ぐぬぬぬぬ、撃沈、3人目ェ……。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「……」

 

「……」

 

「……何だ」

 

「あ、いえ。お疲れ様、です」

 

「あぁ」

 

わたくしが陣取ってたテーブルが最早ただの寝床と化してきていたので移動です。

お店の端の方で延々と熱燗を手酌で飲み続けていた方がおりましたのでご挨拶をば。

こちらの御仁は黒沼トレーナー、ブルるんを担当されている方ですね。

テーブルにはつまみの冷奴も乗ってましたが、そちらは一切手を付けられていません。すげぇ、酒単体で飲み続けられる人だ。かっくいい。

 

「……」

 

「……」

 

あまり他人と会話をすることの無い黒沼トレーナーと、表ヅラは無表情無口系のわたくし。まるでスライムを使って卓球してるんじゃないかってくらいに弾まない会話。

ただ黙々とお互いに盃を傾けるだけという、居酒屋にあるまじき緊迫した雰囲気が生まれてしまいました。

とはいえこの御仁、意外と飲むペースが早くてそれに付き合ってると酔い潰れてしまいそうでしたので、わたくしはお酒のグラスは横に置いといてチェイサーの烏龍茶を飲んでますけども。

 

「……ブルボンが」

 

「?」

 

黒沼トレーナーが何度目かの空になったお猪口をテーブルに置いた時にふいに口を開きました。

 

「ブルボンが、あんたに感謝していた」

 

「……」

 

ブルるんが感謝、ですか? 何かしたっけわたくし。

最初の出会いの時に何か言いかけてましたけどそれ以降も特にその話題になったこともありませんし。あれからお米様と共にたまに遊びに来てくれますけど本当に遊んでるだけですし。

 

「俺からも、感謝する」

 

んー……ブルるんと遊んでくれてありがとう、ってことで良いのかな? 親目線的な。それならむしろわたくしの暇潰しに付き合ってもらっちゃってるので私のほうがお礼を言わなきゃなくらいです。

 

「いえ、こちらこそ、ありがとう、ございます」

 

「……ふっ、変わったヤツだなあんた」

 

……ありゃ? 回答間違えたかな?

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

その後、黒沼トレーナーとはまた延々と盃を酌み交わすだけのサイレント飲み会になってしまっていたたまれなくなったのと、つまみ無しに飲み続けていられなくなったのとで再度テーブル移動です。

 

「おおっ、噂をすれば妖精さんご本人の登場だぁ」

 

こちらではスピカの沖野トレーナーと、リギルの東条トレーナーが向かい合って飲んでました。

おっほぉ、バーではありませんがアニメ劇中再現が目の前で繰り広げられるとは……やっぱりテンションぶち上がりますね。アニヲタやってて良かったなぁ前世のわたくし。

 

ってかどこまで広がってるんです? その妖精扱い。

 

「噂?」

 

「合宿、防犯ブザー」

 

すかさず東条トレーナーが答えてくれました。

あぁ、あれか……。

 

「あぁ、あれか……」

 

いやぁ、あのナンパ野郎ズには適度に痛い目を見てもらって今後の教訓としてもらえれば良いかなーと思ってはいましたけど、ちょいと相手が悪すぎた。パクパクさんが社会的に、ゴルシちゃんが精神超えて魂魄的に制裁を加えましたので、そりゃあもう……此処から先は思い返すことすら恐ろしい。ガクブル。

 

「いやいや、あの時は迷惑を掛けてしまって申し訳なかった。けど正直助かった。あんたがいてくれるとゴルシがいつもより素直に言う事聞いてくれる気がするんだよ」

 

「へぇ、あのゴールドシップが。彼女と何かあるの、先生?」

 

東条トレーナーが興味深げに尋ねてきます。

足を組んで頬杖をついて、ちょっと小首を傾げて。

うーわーぉ、アダルティーな魅力もりもりっすたまんねぇっす。

ウマ娘ちゃん様ではありませんが『眼鏡(以下略』ランキングにも食い込んできそうだなこの知的美人さんめ。

 

「まぁ、ちょっと、ね」

 

ゴルシちゃんとの関係ですと?

一方的に秘密を握られてるだなんて言えるか恥ずかしい。

 

「ふぅん、訳あり、ね……まぁ何にせよ助かってるのはウチもそうよ。ルドルフやグラス達からもあなたの事は聞いてるわ。いつもありがとうね」

 

「いやいや、むしろいつも、お世話に、なってますので」

 

リギルは大所帯なだけあって知り合いの娘も多いですし。こちらはいつもいつも捗る思いをさせていただいておりますので、ほんとお世話になってます。

 

「ふふ、じゃあお互い様っていうことで。これからも宜しくね、メルテッドスノウ先生」

 

「こちらこそ」

 

お互いに微笑みながらグラスをカチンと合わせます。わたくし、表情筋の微調整は苦手なのでちゃんと微笑めたかは分かりませんけれど。

 

「おっと、女性二人だけで親睦を深めてるんじゃないぞぉ。俺も混ぜ、っとと、水、水……」

 

ちょいとふらつき気味の沖野トレーナー。そこそこ飲んでいるのか、だいぶ酔いが回ってるようですね。

水を求めて彼の手がテーブルの上を走り、わたくしの手からグラスを掻っ攫います。っちょ。

 

「あ」

 

「……ごヴァッハァ!!」

 

ぐいっと飲んだかと思う間もなく、即座に吹き出す沖野トレーナー。

黒沼トレーナーの席でチェイサーは飲み切ってしまっていたわたくし。今奪われたグラスは開始時から飲んでいたお酒のグラスです。まだ7割くらい残ってました。

気管からアルコールの臭気が回ったのか、そのまま目を回して後ろ向きに倒れました。ってうぉい大丈夫か!?

慌てるわたくしを横に、『またか』と言わんばかりにため息をつく東条トレーナー。

 

「ま、コイツは大丈夫よ。それよりあなた、これ何飲んでたの?」

 

え、酒の席ですし、そりゃあ酒ですよ。

 

「『天〇の、誘惑』って、焼酎。ストレート」

 

これ、それなりに強いお酒ですからそんな呷るような飲み方しちゃ駄目ですって。

 

「……よく平気ね、あなた」

 

「まだ、1杯目、だから」

 

というかこの1杯しか飲むつもりありませんでしたし、しかも結局半分も飲んでませんでしたし。わたくしお酒はそんなに強くありませんので。

撃沈、4人目入りやしたー。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

さて、宴もたけなわ、お開きです。

起きなかった桐生院トレーナーは東条トレーナーが、南坂トレーナーは黒沼トレーナーが寮まで連れ帰ることとなりました。

あ、沖野トレーナーは東条トレーナーから水を吸わせたおしぼりを顔にかけられて強制的に起こされてました。この扱いの差よ……てか最悪死ぬぞそれ。

 

「樫本さん、樫本さん」

 

「んぅ……」

 

「起きて。帰るよ」

 

そして残るは理子ぴん。お願い起きて。キャリーカートを装備していない今のわたくしでは貴女を運んであげることが出来ませぬ。

彼女の肩を揺らして起こそうとしているのですが、中々起きてくれません。頼むから起きて。

 

「んぅ……やーぁー、ねんねするのー」

 

……このタイミングでその不意打ち攻撃は反則だろうがよぉ!

完全に夢の中なのでしょうか、幼児退行しちゃってんじゃんか。ギャップ萌え狙い過ぎてて胸焼けするわ。大好物ですけどね!!

てかウマ娘ちゃん様じゃないのにわたくしの心臓止めようと(ハートブレイク)してくるとかやるじゃない!

急遽SSR認定! お前がナンバーワンだ!!

 

「ほらほら、帰って、着替えてから、お布団で、寝ましょうね」

 

とりあえず心臓止めるのは寮に帰るまで我慢するとして。

この気持ち、なんでしょう……これは、まさかあの噂に名高い『でちゅね遊び』の片鱗なのでしょうか……お世話したい。甘やかしたくて仕方がない……。

 

「んぅ……はぁー、ぃ……め、メルテッドスノウ先生、今、私何か言ってましたか?」

 

お、覚醒した。色々とセーフ。セーフ?

 

「やー、寝るのーって」

 

わたくしのそんなセリフを聞いて、夢の中で言っていたことが実際に声に出てしまっていたことを察したのでしょう。りこぴんが眉間に寄った皺を手で押さえます。

 

「……すみません、その件は忘れていただけると」

 

「ん。わたしの、中で、留めておく」

 

具体的にはわたくしの心の中のサポカ一覧に。

誰にも言わないけど忘れない、そんなことを言えば理子ぴんの眉間の皺が益々深くなります。

 

「出来ればそれも勘弁していただければ」

 

「どうしよう、かな」

 

「ええ……」

 

「ふふふ」

 

いやぁ、実に楽しい飲みの席でした。




■ブルるんの感謝
手段は突き止められてはいないが、『先生に相談した(未遂)』→『脚が治った』→『先生が治したに違いない』と、結果からの無理矢理三段論法で最も限りなく正解に近い状態。が、やはり推測の域を抜けられず、感謝はしているもののなかなか本人には真相を聞けない模様。

■噂の出処
「え? 雪妖精ですか? そりゃもうあの名前と見た目、その佇まいから受ける第一印象とウマ娘ちゃんのことを思いやる慈愛に溢れた丁寧で献身的な対応、そう形容する以外に無いでしょう。私にまで優しいとか絶対に女神か天使の生まれ変わりですってあの同志先生。かといってそのまま女神と呼称してしまってはオリジナリティに欠けますので我々学生と同い年かと見紛うあどけなさ可憐さと触れれば消えてしまいそうな儚さを併せ持った存在として、時として神出鬼没な行動を取る事も加味してそう表現させて頂きました。いやぁ我ながらピッタリな表現だと自負しておりますグフフフ。冬には彼女をモデルとした本を執筆させて頂こうかと考えているくらいでして、その素晴らしさを果たして私の筆がどこまで表現出来るかが試されているわけでございまし(以下略」
いったい何ネスデジタルなんでしょうね。

■天使の〇惑
甘味や旨味はしっかりとあるが香りに芋っぽさが無く、樽熟成という焼酎では珍しい手法によって、まるでブランデーを思わせるような芳醇な薫りを放つ芋焼酎。
その可愛らしいネーミングとは裏腹にアルコール度数が40度もあり(焼酎の一般的な度数は25度前後)、普通に飲んでいるといつの間にか文字通り天国へと誘われてしまう。なのでつまみを食べながらちまちま飲まないととても危険。チェイサーも必須。
沖野Tがどれだけヤバいことをしたのかは、スト◯ロ500mL缶を一口で一気飲みしたとでも例えれば分かりやすいでしょうか。

■没ネタ
沖野「全く鍛えていないトモ……すまん、触ってみてもいいか?」
スノ「ん……ちょっと、待って」
――ピッ
スノ「はい、どうぞ」
沖野「え、いや、それは?」
スノ「? 動画、録ってる、けど?」
沖野「えーと、何で?」
スノ「そりゃ、物的、証拠として、訴える、材料に」
沖野「」
スノ「はい、どうぞ」
沖野「触るかぁ!!」
スノ「セクハラ、野郎は、潰れて、消えろ、ゴミめ」
沖野「むちゃくちゃ辛辣だな!」

沖野Tはトモマニア(へんたい)ではなく鍛えられたトモマニア(ちょードへんたい)なので、スノウちゃんのトモに興味を引かれることは無さそうだと思いボツ。


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Case22:養護教諭の通常業務

主人公視点

久々のSeason1 のノリ。


天高く、ウマ娘肥ゆる秋。

具体的にはオグりんとかスペちゃんとかパクパクさんとか。

いや彼女らは隙あらば肥ゆるか。

秋の味覚は良いものですね、メルテッドスノウです。

 

きのこやサツマイモに栗、サンマや秋鮭に戻り鰹なども捨て難いですが、わたくし的にはフルーツ類が好きですかね。

特にブドウは実はコーヒーと相性の良い果物で、ポリフェノールを多く含んでいますのでコーヒーにも含まれるそれと相乗効果を起こし、がん予防や抗酸化作用による老化防止などに効果的らしいです。

世間的にはシャインマスカットが流行っていますが、個人的には巨峰が好きですね。ちなみにわたくし、種とか出すのめんどいのでそのまま噛み砕いて食べちゃう派です。

 

てなわけで、本日は巨峰を付け合わせに毎度毎度のコーヒータイムでございます。

うーん、巨峰の甘酸っぱさの後に来る僅かな渋みをコーヒーの苦味がさっぱりと洗い流し、その苦味が次に口に含んだ巨峰の甘みを引き立てます。パターン入った。あーたまらん。

 

だいぶ陽も短くなってきて茜色が強くなってきた夕日。遠くから聞こえてくる掛け声、ホイッスル。グラウンドから時折見える、練習に汗を流すウマ娘ちゃん様達のジャージ姿。

平和だなぁ。幸せだなぁ。

 

――コンコン

 

ふいにノックされ、はいと返事する間もなくガラリと開けられるドア。

やってきたのは小柄な体躯に、ややくせっ毛気味のショートヘアから覗くおでこと、キリッとした吊り目がまた可愛らしいウマ娘ちゃん様、ナリタタイシンです。タタちゃんです。

 

「……ベッド貸して」

 

短くそう言う彼女は俯いていて、こちらと目を合わせようとしてくれません。声のトーンも低めです。具合が悪いと言うより機嫌がめっちゃ悪そうです。

おや、どうしたタタちゃん?

ま、使いたいと言うなら使うといいゾ。

 

「ん」

 

わたくしが首肯するとタタちゃん、そのままツカツカと中に入って来て、ガバッと乱暴に布団を頭まで被ってベッドに潜ってしまいました。

 

「……」

 

うーんと、ふむ。

何かありましたね。何があったかは分かりませんが。

ちょっと気になるので事情を問いたいところではありますが……タタちゃんが相手の場合ここで無理に話を切り出したりするのは悪手でございます。

彼女の気難しさはまるで思春期を迎えた娘の父親に対するもののようですので、ウザがられて終わりです。そして完全シャットアウトされてこの場では本当に何も出来なくなってしまいます。

前世にアプリで彼女をお迎えすることは叶わなかったのですが、サポカは入手していたので辛うじて前情報を仕入れることが出来ています。良くやった前世知識。

 

アプリトレーナーのようにくじけぬ心を持っていれば、それでも押せ押せでいずれ突破できるかも知れませんが、そのやり方は時間を掛けなければいけないのと、わたくしのメンタルが耐えられるかが問題です。

ならばどうするかですが、それはもちろん、こうします。

 

「……」

 

ベッドサイドのテーブルの上に備蓄のお菓子を数個置いてから、彼女の足元側で佇みます。こちらからは声を掛けること無く、横目で彼女の状態に変化があれば反応出来るように待機して、彼女自身には触れないようにベッドの上に片手を置き、彼女のことをじっと見つめたりしないようにウマホでもいじっておきます。

話すのがアカンのなら話さなければいいんよ。

 

こちらから彼女に近寄り過ぎると警戒されて逃げられてしまいますが、かといって離れ過ぎていると無関心なのかと思われ、それはそれで機嫌を損ねて心を閉ざします。

ですので彼女の警戒範囲ギリギリに腰を落ち着けて何もせず、彼女に自分が無害な存在であること、その上で彼女を気にしていることをさり気なくアピールしておきます。

対応方法が完全に拾った野良猫に対するそれなんよ。可愛さハンパねぇって。タタちゃんハンパねぇって!

 

さて、警戒が解けるまで何してようかしら。あんまり音を立てるのもNGですので、知り合い特権で貰っていたデータ版の同志(デジたん)の新刊でも読んでましょうかね。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

はーーー尊い。すんばらすぃい。やはりデジタル先生の漫画は何度読んでも最高やでぇ。

以前に廊下で拾った同人誌の続きとなる最終話を前回のイベントで出してくれていて何度目かになる読み返しを終えたところですが、相変わらずの緻密かつ大胆な情景描写に我を忘れて引き込まれてしまいました。いやぁ落ちとしてはベタな王道なのですが、そこに至るまでがハラドキワクキュンしまくりました。いつもいつも素敵なお時間をありがとうございますデジタル先生。おっとそういえば時間は……ふむ、あれから30分くらいしか経ってませんね。

 

「……ねぇ」

 

お、タタちゃんがこっちに興味を示しました。布団からちょろっと顔を出してこちらを見ています。

ここから一気に距離を詰め……たりはしません。ここで焦ってズカズカと踏み入ってしまっては折角解けた警戒がより強まってしまいます。ステンバーイです。

 

「ん、どうした、の?」

 

「……聞かないの?」

 

恐る恐ると言った具合に聞いてくるタタちゃん。

少し冷静になったのか、特に説明もせずにベッドを占領しちゃったことにバツの悪さがあるのでしょう。こちらを睨みつけるような目線の奥には申し訳なさが見え隠れしています。

気にしなくていいのに。やっぱりただの良い子じゃん。

 

「話して、くれるなら、聞かせて?」

 

「……」

 

ハイまだステンバーイです。こちらは受け身の姿勢を維持しましょう。

手の平を鼻の前まで差し出してフンフン嗅がれても頭を撫でようとしてはいけません。手の平を上に向けたまま人差し指だけをやや伸ばして、顎の下を優しくコショコショしてあげm……これは完全に猫の話だったわ。

 

「とりあえず、お菓子、食べて。甘いの、食べて、それから、聞かせて?」

 

サイドテーブルに置いたお菓子を示して、それが彼女のものであることを伝えます。

何はともあれお腹に何か入れましょう。お腹が減ってるとそれだけでムカムカイライラしちゃいますし。

 

「……うん」

 

もそもそと布団から起き出すタタちゃん。

テーブルに並べたお菓子の中から表面にザラメのかかったハート型のパイを選んでさくさくと食べ始めてくれました。ぉ、お耳がちょっと横にへにゃりましたよ。気に入っていただけたようで何より。

 

そんな様子をわたくし、じーっと見過ぎてしまっていたでしょうか。タタちゃんがわたくしの目線に気付いて俯いてしまいました。ああっ、ごめんよ。邪魔するつもりは無かったんだよ。

 

「……チケットと、喧嘩したんだ」

 

ぽつりとタタちゃんがそう零しました。

それから、ゆっくり、ゆっくりと。彼女は話し始めてくれます。

 

「あいつ、脚の調子がちょっとおかしいって言っててさ。なのに今月末の天皇賞に出るとか言ってて」

 

「普段ならさ、『怪我に気を付けて』って言うんだけど……あたし、なんかものすごく嫌な予感がしてさ……チケットに『走るな』って言っちゃったんだ」

 

「そしたらあいつ、絶対走るとか言って駄々こねて、言い合いになって」

 

「ハヤヒデが落ち着くように言ってくれたんだけど、あたしが悪いのか、って思ってかえって熱くなっちゃって」

 

「それで、こうなった」

 

そう言ってタタちゃんは再び俯いたまま黙りこくってしまいました。

チケット……まぁ間違いなくBNWの一角、ウイニングチケットの事でしょう。なるほど、意見の相違からの仲違いってとこですか。

うふふふ、青春してますねえ、()いのう、()いのう。

 

「……あたしだってチケットに走っていて欲しい、ハヤヒデと3人でいつまでも走っていたい。だから今回は無理するなって言ったつもりだったのに……なんか、上手く言えなくて」

 

ギュッと拳を握るタタちゃん。

肩も小刻みに震えています。

 

「走って欲しくなくて、でも走って欲しくて、頭ん中ぐちゃぐちゃになって、あたしがどうしたいのか、どうしたらいいのか分かんなくなって……なぁ先生、あたし、どうしたら良かったのかなぁ」

 

不安そうにこちらを見るタタちゃん。ちょっと目が潤んでるじゃありませんか。

 

基本的につっけんどんな彼女ですが、別に一人でいるのが好きで周りを遠ざける娘ではありません。

むしろその逆で極度の怖がり屋さん&寂しがり屋さんで、他人から嫌われたり失望されたりすることを心底恐れています。

失望されるくらいなら深く関わりたくない。そんな思考をお持ちなのです。

 

そんな彼女が心を許せる数少ない友人がチケゾーとハヤひーです。残念ながら公式怪文書発行元となるトレーナーさんは居ないようなので、あとは同室のクリークママってとこでしょうか。

 

見ず知らずの他人の目ですら怖がるような繊細ウマ娘ちゃんが、親しい人から嫌われてしまうかもと考えた時のストレスが如何ほどかは想像に難くありません。

少なくとも、ちょっと警戒を弱めてくれたわたくし相手にこんな相談してくる程度には余裕が無くなっています。

 

全くもう、ある意味チョロくて心配になっちゃいますよタタちゃん。頼ってくれるのは嬉しいですけども。

嬉しいのでいつものようにお仕事モード全開で後押しさせて頂きましょうか。

 

「うん、悩ましい、ね」

 

こういった事柄に絶対的な正解なんて存在しません。恋愛シミュレーションじゃあるまいし、プラスマイナスで好感度が測れるわけでも無いんですから。

 

「けどまずは、ごめんなさい、だね」

 

今のままだと流石に言葉足らずで誤解されちゃってるでしょうし。『走るな』だけじゃあ、ねぇ……。

 

「タイシンさんは、チケットさんが、大事。だから、心配で、走るなって、言った。けど、ちゃんと、そういった、理由は、話した?」

 

そう聞けば、言葉に詰まってしまうタタちゃん。

言ってないよね。まぁそんな予感はしていました。

 

「言わなくても、伝わる、ものもあれば、言わないと、伝わらない、ものもある。ちゃんと、チケットさんを、思って、言った、言葉だって、まずは、説明、しよう」

 

仲が良いからこそ、ちゃんと言ってあげなきゃいけない時もあるんですよ。何もかも以心伝心だなんて中々有り得ないんですから。

なので上手く伝えられなくても、言葉足らずでも構わないんです。まずは自分の気持ちを相手にしっかり伝えましょう。伝えようとする姿勢こそが大事なので。

 

「そして、一緒に、考えて。どうするのが、一番、いいのか。ハヤヒデさんも、一緒に、3人で」

 

ゆっくりとタタちゃんに近寄り、固く握りしめた彼女の手の上にそっと乗せる程度の力でわたくしの手を重ねます。ちっちゃくて可愛いお手々の感触にスノウちゃんズが祭りの準備を始めますが延期してもらいます。

 

「正解なんて、無いかも、知れないけど、ちゃんと、3人で、考えて、3人で、納得できる、答えを、見つけ出して」

 

繰り返しますが、生きてて『これで間違い無い』なんて思えることなんてそうそうありません。悩んで、試して、上手く行かなくて、落ち込んで、考えて、相談したりして、また試して。そうやってじわじわ歩いていくしか無いんですよ厄介なことに。

勿論、悔しい思いもするでしょう。後悔もするでしょう。けどそうして地道に進んで進んで進み続けて、最終的にふと振り返った時に『あぁ、これが自分の歩んできた道だったんだ』と誇れるようになるんです。

 

「あなたたちは、お互いに、競い合って、きた。同時に、お互いに、支えあって、きた。だからきっと、今回も、乗り越えられる、と、思うよ」

 

喧嘩するほど仲が良いとも言いますが、更に言い換えれば『喧嘩した程度でお互いの関係が壊れることは無いと相手を信じている』ってことですからね、いと尊き。

 

「出来るかな、あたしなんかに」

 

「大丈夫。1人じゃ、無理でも、3人なら」

 

1本の矢は簡単に折れても〜って逸話の通り、1人じゃ限界でも3人で分かち合えば何とかなっちゃいますから。悲しいことや辛いことは3等分、楽しいことや嬉しいことは3倍ですから。

 

「……ん。わかった。上手く出来るか分かんないけど、やってみる。……ありがと」

 

「ん」

 

わたくしとは反対側の窓の方を向きながら小さな声でそう言うタタちゃん。可愛いが過ぎる。

そっぽを向いちゃったタタちゃんのお顔が少し赤かったのは西日のせいですかね。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「……ぁぃぃぃぃん」

 

その後ベッドから出て来たタタちゃんと一緒にココアを啜っていたところ、誰かの声が聞こえてきます。まぁ、タイミングと声量から言えば誰なのかは特定余裕なんですけど。

 

「……ぁ゛い゛し゛い゛い゛い゛い゛い゛ん!」

 

「噂をすれば、かな?」

 

声がもう部屋のすぐ前まで聞こえたところでドアがノックされます。

あら、駆け込んできても不思議じゃ無いと思っていたのに律儀ですこと。すぐさま入室を促します。

 

「失礼する。高等部のビワハヤヒデだ。ここにナリタタイシンが……」

 

というわけでやってきたのはウイニングチケ……じゃない!? ハヤひーです。あれ、でもさっき聞こえた叫び声はチケゾーのものでしたけど……あ、ハヤひーの後ろにいたわ。ハヤひーのふわもこ白毛玉で隠れて見えなかっただけだった。

 

「ん。来てるよ」

 

その返事にふわもこの影から身を乗り出して駆け寄って来るチケゾー。あーあー、顔面土砂降りじゃないですか。

 

「た゛ぁ゛い゛し゛い゛い゛い゛い゛ん゛、こ゛め゛ん゛よ゛お゛お゛お゛お゛お゛!」

 

チケゾー、駆け寄った勢いのままガバッとタタちゃんに抱き着きました。

あーあーあー、そんなずぶ濡れフェイスで抱き着いたらタタちゃんが嫌がるんじゃ……そんなに嫌そうにはしてませんね。仕方無さそうに微笑みながら優しく抱き返してます。

 

「何でチケットが謝ってんの……あたしこそ、ごめん。ちゃんと心配だって言えば良かったのに、あんな言い方しちゃって」

 

うむ、どうやらわたくしが何かするまでもなく仲直り出来たようですね。

二人の元にハヤひーが近づき、抱き合う二人を更に上からまとめて抱きしめます。

 

「タイシン、お前がチケットの身を案じて言ったということは分かっていた。だが私も出走する手前、お前のようにチケットを強く止めてやることは出来なかった。ありがとうタイシン。そしてすまなかった。どちらの味方をすることも出来なかった中途半端な私を許してくれ」

 

「ハヤヒデも何水臭いこと言っちゃってんのさ。あたしはさ……あたしはただ、怖かったんだ。万が一、チケットが怪我しちゃって、ハヤヒデもあたしもダメになっちゃって、もう二度と3人で走ることが出来なくなっちゃうんじゃないかって……。もちろん、そうならない可能性の方が高いのは分かってるのに、どんなに否定しても心の奥で否定しきれなくて、ずっとそんな不安が消えなくて、怖くて……嫌だったんだ……」

 

ふああああ、タタちゃんの独白入りました、頂きましたー! お三方の湿度の高いやりとり、非常に至近距離で拝見させていただいておりまぁぁす! やっぱりぽっと出のわたくしなんかに簡単に明かせない本心でもこの2人には打ち明けることが出来る、信頼度の高さが垣間見えるベリートウトイな瞬間です。あああ眩しすぎて蒸発してしまうぅぅぅ。

 

え、ノリが普段に戻り過ぎですって? 仕事モードはどうしたのかですって? そんなのはもう心配無さそうだから終わりですって。定時退社ですって。こっからはただの限界オタモードですって!

 

「タ゛ァ゛ァ゛イ゛ィ゛シ゛ィ゛ィ゛ン゛ン゛ン゛!!! 話してくれてありがとおおお! あたしも不安で、その不安を振り切りたくて頑張って走るぞ、って思った時にタイシンに『走るな』って言われて、怖かったんだよお゛お゛お゛!」

 

「そう、だったんだ……あは、似たようなこと考えてたんじゃんあたしたち。あはははは」

 

「お互いを知り尽くしてしまっているからな私達は。考えも似てくるものさ。ふふふ」

 

「あ゛は゛は゛は゛は゛は゛は゛は゛!!」

 

「泣くか笑うかどっちかにしなよチケット、あははは」

 

「こ゛め゛ん゛ね゛え゛え゛え゛! あ゛は゛は゛は゛は゛は゛」

 

ほら来たぁ! 本日のSSRスチル。夕暮れの保健室で泣きながら笑いながら抱き合い、改めてお互いの絆の強さを確かめ合うBNWの図です。

うっっっつくしいっ!! お互いの事を考えてすれ違って、そしてまた繋がり合う、混じりっけ無し純度100%の友情です。嗚呼、BNWが行く……。

涙が出そうなくらい美しい。おっとわたくしの目からも漏水が。いかんいかん、ハンカチハンカチ。

 

「雨降って、地固まる、ってとこかな?」

 

そんな美しい光景はちゃんとハッピーエンドを迎えてもらいませんとね。というわけで仕上げと参りましょう。

タタちゃんとチケゾーの肩をぽんぽんっと。

……ぅゎぁー、タタちゃんの予感的中じゃん。爆発寸前じゃんチケゾーの脚。そしてタタちゃん、君もちょっと脚の調子良くないでしょ。じゃそういうわけで、いただきます。

 

「ま、天皇賞、まで、もう少し、時間はあるし、走るか、どうかは、すぐに結論、出さなくても、良いんじゃ、ないかな? 直前まで、保留しても、アリだとは、思うよ」

 

ゲートに入るまでは出走取消を申し出ることも出来ますし、もうちょっと様子見してから決めても全然遅くないと思いますよわたくし。

抱き合ってた態勢からやや離れて、お互いに顔を見合わせるお三方。

 

「……うん。チケット、ハヤヒデ、どう思う?」

 

「私はそれで問題無いと思うぞ。当の本人はお前だ、チケット。どうだ?」

 

「うん……天皇賞は絶対出る。絶対出るけど、もし脚の調子が悪いままなら、走るのは諦める。あたしは、タイシンに悲しんでもらいたくて走るんじゃないから」

 

「バッ、バ鹿。けど……うん。絶対に3人でまた走ろう。お互いに全力で、無事に走り切ろう。次もまた3人で走る為に」

 

そう言って拳を前に突き出すタタちゃん。

 

「もちろんだ。勝つのは私だがな」

 

同じく拳を伸ばすハヤひー。こつんとタタちゃんの拳と合わさります。

 

「何をぉー! あたしだって負けないんだからあああ!!」

 

がつんと拳を合わせるチケゾー。

 

「それこそ何言ってんの、勝つのはあたしだろ」

 

3人が3人共、不敵に笑い合います。はあああぁ、ライバル同士のぶつかり合いって格好良くて熱くて素晴らっすぃーーーい!!

ちょっと、さっきSSR頂いたばかりなのに今の構図もめっちゃ素敵じゃないですか。まさかの別ver.ですか? 10連SSR2枚抜きですか? ほんっとありがとうございます! 助かります!

 

これはもう今夜はBNWよさこい祭りで決定ですね。




■BNWの誓い
冒頭でハヤチケの2名がレースで上位入着出来ず、その様を見ていたタイシンとぎくしゃくした関係が生まれ、それを危惧した生徒会がBNWの3人が出場する駅伝を企画するが……といったところから物語が始まります。
詳しい内容は【『ウマ箱』第4コーナー】のブルーレイ買おうぜ!(ダイマ)

でそのハヤチケが出たレースってのが天皇賞(秋)で、劇中では『不調』としか言ってないんですけど実馬の方がこのレース前後に3頭とも屈腱炎発症しちゃって引退してるんですよね……。
スノウちゃんはこのお話は未履修だったため、ウマ娘絶対救うウーマンはいつものように曇り展開をポイしちゃいました。ですので『アニメの流れ』は完全ぶち壊しです。仕方ないね。

■タイシンが選んだお菓子
実馬のほうが角砂糖が好物だったらしいので、表面にザラメがまぶされている源氏◯イをチョイス。
クッキーやパイの表面にかかってるザラメってなんか美味しいんですよね。

■ハヤヒデも脚ヤバくなかったっけ?
前述の通り天皇賞(秋)で発動する屈腱炎因果を持っていましたが、Case05で回収済みでございます。
なのでどっちみちアニメ展開は無かった可能性があります。

■没ネタ
タイ「ね、ちょっと(出走時期を)延ばすだけだから」
チケ「やだあああ!」
タイ「……じゃ、チケットもう走れなくなっても良いの!?」
チケ「や゛あ゛あ゛あ゛だ゛あ゛あ゛あ゛!!」
タイ「チケットのバカッ! もう知らない!」
チケ「……!!!」
ハヤ「……行こうか、チケット?」
チケ「……び゛ぃ゛え゛え゛あ゛、タ゛イ゛シ゛ン゛の゛ば゛か゛あ゛あ゛あ゛!!!」
となりのトップロ♪ トップ〜ロ♪
(語呂が良いというだけで呼ばれた突然のトプロ)

ちょいとアホすぎたのでボツ。

■スノウちゃん三大祭
タマモサンバカーニバル
ロリっ娘バンザイだんじり祭り
BNWよさこい祭り


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Case23:養護教諭の感謝祭(秋) -前編-

主人公視点


ウマ娘が

 聖蹄祭で

  やたら食う!!

 

説明!

 

……いや、オグりんがボテ腹晒して屋台荒らしをしていただけなんですけどね。

マジでどうなってんの彼女の腹。明らかにお腹の膨れ方に対して摂取量がおかしいんですけど。

 

さーというわけで始まりましたトレセン学園秋のファン感謝祭、正式名『聖蹄祭』。

学園のウマ娘ちゃん様達が日頃お世話になっているファン達のために一時開放された学園で、レース以外の催し物メインで交流を図ろうと毎年行われるイベント、ぶっちゃけ文化祭です。

春の感謝祭では職員企画ブースで足つぼマッサージを行わせて頂きましたわたくしメルテッドスノウですが、今回は従来通り救護テントで待機している次第であります。

とは言っても、転んで膝を擦り剥いた子供くらいしか来ないので普段の業務並に暇です。

 

で、とある企画というのがですね、このテントにもチラシが貼られておりますハイコレ!

 

『喫茶対抗戦 - カフェ・ロワイヤル -』!!

 

アニメやアプリでも描写のありました執事喫茶。あれが毎年催されているのですが、人気が毎年尋常じゃないようで余裕でキャパオーバーするらしいんですよ。

で、それを少しでも分散させる為に他のコンセプト喫茶も企画募集したらしいのですが、まぁみんな色んなアイディアが出るわ出るわで執事喫茶を含めて8企画くらい集まったようで。

けど1つの学園祭に8つの喫茶は流石にバランスが悪過ぎるぞさぁどうしようとなり熟考した結果、企画の数を減らしてバランス調整するんじゃなくてむしろそういうイベントにしてしまえ! となったようで。

公平を期す為に学園公式のウマスタとウマッターのアカウントで写真と動画、呟きを各店毎に同数投稿し、そこに集まった『ウマいね』の数で勝敗を決するというなかなか面白そうな催しになったという次第です。

 

で、その中に『トレーナー喫茶』というお客さんを担当ウマ娘に見立ててお世話する、というコンセプト喫茶がありまして、現トレーナーの方々が結構そっちの方に参加されているんですよね。

なので今回は職員企画ブースは無く、わたくしはこうやって屋台が立ち並んで賑やかな様子を眺めながら、休憩時間が訪れるのを今か今かと待っている訳でございます。

 

だって、どの喫茶も楽しそうなんですもの。

けど流石に全部回る時間的余裕は無いしなぁ……。

せいぜい2〜3店ほど見て回るのが精一杯でしょう。

何故わたくしは忍法影分身の術が使えないのか。今回は特に悔やまれます。

 

とはいえ無理なものは無理ですので、ここは涙を飲んで出向くお店を選出いたしましょう。

というわけで白衣のポッケから取り出だしたるは8面ダイス。たまにブルライコンビとボードゲームしたりもするので多面ダイスは手持ちがちょいとありまして。

ではでは、さっくり決めてさっくり向かいましょう。何が出るかな、何が出るかな〜っと。

お、この目が出た時は……。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「まいど! お、センセやないかお疲れさん。どや、ウチの店で茶しばいて行かへんか? サービスしたるでー」

 

制服姿にエプロンを付けたタマモっちがわたくしに呼び込みを掛けてきました。あらシンプルですけどハートに来る組み合わせ。家庭的なタマモっちにとても良くお似合いです。

入口の看板には毛筆で雄々しく『方言喫茶』と書かれています。

はい、こちらが今回最初のターゲットでございます。

 

「ん。そのために、来た」

 

「ほんまか! わざわざ来てくれるなんてメッチャ嬉しいなぁ。イナリぃ! ユキノぉ! 特別ゲストが来てくれはったで!」

 

部屋の中に向かってそうタマモっちが叫ぶと、中から出て来たのは二人のウマ娘。

 

「なんでい藪から棒に……ってスノウ先生じゃねぇかい!」

 

じゃじゃっ(えええっ)!? ほにほにスノウ先生でねが(ほんとうにスノウ先生じゃないですか)! よぐおでんしたなっす(ようこそいらっしゃいました)

 

大きなツインテールを揺らしたやや乱暴とも取れなくもない江戸っ子口調のウマ娘イナリワン、ワンチャンと、わたくしなんかよりよっぽど妖精の名が相応しそうなユキノちゃんが顔を覗かせました。

こちらの二人もエプロン姿がぷりちーでございますね。

ここはどうやら文字通り、方言が強めの娘で構成されている喫茶のようですね。特にユキノちゃんは普段は標準語に寄せて話しているでしょうに、今日はコンセプト重視の為か方言強めです。なのでルビ振っときましょう。

 

というかですよ、歓迎ムードなのはとてもとても有り難いのですが……ちょっと歓迎度合いが強くないですか?

 

「そんな、テンション、上げる、ほどの事?」

 

なんぼなんでもはしゃぎ過ぎだと思うんだ先生。

 

「センセ、自分が雪妖精って言われとるの知っとるか? センセのいる所には幸運がやって来るーとかってジンクスもあるらしいで。つまりや、センセがここにいるって事はウチらの喫茶店が優勝したも同然や!」

 

「いやいや、いやいやいや」

 

なるほどそういう理由ね。何してくれてるんだ噂。

お前の出処は完全に締めたはずだろう。何を未だに独り歩きし続けてるんだよ。もう止まらないやつじゃんかこれ。

……もういいや、周りが飽きるまで辛抱しよう。人の噂も七十五日って言いますし。

 

んだば(それでは)こっちゃの席さ来てけれ(こちらの席におかけください)先生。おすすめのラ・フランスジュース、是非飲んでってくなんしぇ(くださいね)

 

ユキノちゃんがテーブルから椅子をどかして車椅子が収まるスペースを作ってくれます。そしてラ・フランスのジュースとか中々レアなの用意してきましたね。

 

「あったけぇ甘酒もあるぜ。ゆっくりしていきな先生よ」

 

「いやいや、ここはミックスジュースやろ。甘くて美味いでセンセ」

 

間髪入れずワンチャンとタマモっちも飲み物を勧めてきます。ふむ、そろそろホットな飲み物も美味しい時期ですしそれも素敵ですね。そしてミックスジュース……そちらも甘美な響き。悩ましいな。

 

「「「……」」」

 

……ん? 何ですかこの間は?

 

「抹茶あんサンドクッキーかぁねが(食べませんか)? 先生」

 

「東京ば〇奈の限定チョコバナナ味、あるぜっ」

 

「センセは堂〇ロール、食うたことあるか? クリームたっぷりで美味いでー」

 

今度は3人ほぼ同時に食べ物を勧めてきました。またどれもこれも魅惑のお菓子じゃないですか。スノウちゃん迷っちゃう。

 

「「「……」」」

 

ですから何なんですか? この間は。

何でちょっとピリついた空気が流れるんです?

 

「先生はわだす(あたし)と張り合えるほどの岩手通だべ(です)だれば(であれば)岩手の食いもん(食べもの)が先生にはよがべじゃ(いいと思います)

 

「いやいや、今あたしらがいるココは東京だぜ? なら先生にゃ東京の美味いモンをもっと知ってもらおう、ってぇのが筋ってもんじゃあねぇか?」

 

「センセはウチのたこ焼きのファンや。つまり大阪の味が身体によう馴染むっちゅーわけや。やったらここはウチが……」

 

「「「……」」」

 

えっとね、先生的にはどの地方にもその土地ならではの魅力があってそれぞれがオンリーワンだから優先度を付けるようなものじゃないと思うの。

だからそんなバチバチするようなものじゃ無いと思うの。

 

「先生をお世話するのは(わだすだ)(あたしだ)(ウチや)!!」

 

何でバトル勃発しちゃってるのよ!?

やめて! わたくしの為に争わないで!(棒読み)

やいのやいのと騒ぎ立てるお三方。

ああああすみません煩くしてしまってすみません。

ほら、あまり騒ぐと他のお客様のご迷惑に……。

 

「関西弁の子って良いよなぁ。タマモクロス、可愛いなぁ」

 

「いやいや、江戸っ子べらんめえ口調のイナリワンも捨て難い。粋だねえ」

 

「ユキノビジンさん、何言ってるか良く分からないけどチョー可愛いーっ!」

 

あらま大好評。いやそうではなく。

誰かこの場を収めて下さい。わたくしには無理っぽいんでスローイングスプーンさせていただきたい所存。

 

が、結局お客の皆さんは微笑ましそうに眺めるだけで全く収拾がつかなかったので、ラ・フランスジュースと東京◯な奈、〇島ロールの3つを頼んで手打ちとさせていただきました。

ちょいとわたくしのウマボディに大食いスキルは付属していないようなので全て頼むのはちょっと無理ぃ。

 

さ、方言喫茶のSNS投稿にウマいねを付けて次行きましょう次。

てなわけでダイスロール。

……あらっ、ド本命が出ちゃった。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「おや、これはこれはティターニアのお出ましだ。ようこそ、我らが女王よ」

 

「格を、上げないで」

 

女王にすんなし。妖精で呼ばれることですらおこがましいってのに。

出会い頭にわたくしを女王呼ばわりしたのはテイエムオペラオー、ラオーちゃん。ええ、やって来たのはこのイベントの発端ともなりました執事喫茶です。

うわぁい原作体験だぁー。

 

「はっはっは、そう照れることはないさスノウ姫。本来ならボク自ら第4幕のオベイロンが如くエスコートを申し出たいところなんだけれども生憎と手が塞がってしまっていてね。ルドルフ会長もすっかり囲まれてしまっているようだ……フジ寮長、あなたはどうだい?」

 

「あぁ、ちょうど手が空いたところさ。私に任せてくれて構わないよオペラオー」

 

さらりと女王から姫に変わっちゃってるし。格を下げろとは言いましたけどそれでもまだ高いんですよ。てか妖精から離れようぜ。

それはさておき、確かにとんでもない大盛況でラオーちゃんも給仕に接客にと大忙しの模様です。更にはお店の外には入店待ちの行列がずらりと出来あがっている状況。

本来であればわたくしもこの列の最後尾に並ぶべきなのでしょうが、そうしていると列に並んでいるだけで休憩が終わってしまいますので、関係者特権のプライオリティチケットをいただいております。並んでる人達ごめんね、その分早めに切り上げますのでご容赦くださいませ。

 

で、どうやら正にひと段落ついた様子なのがこちらの艷やかな青鹿毛を持ち栗東寮長も務めるイケウマ娘、フジキセキ。フッキーです。

 

「すまないね姫。あとのことは彼女にお任せしよう。ゆっくり楽しんでいってくれたまえ」

 

そう言ってラオーちゃんはカメラを構えている集団の元へ行ってしまわれました。大人気ですね、無理もないですけど。

 

「ふふっ、ではお手をどうぞ。スノウ姫」

 

そう言ってわたくしの手を取るフッキー。笑顔が素敵。しかもこんな自然に紳士的対応されちゃったりしたら惚れてまうやろ。うわぁ、フッキーのお手々柔らかいなりぃ。

っていうか姫扱い、継承されるんですか?

 

「ちょっと、あの姫って呼ばれてる子なんなの?」

 

「あのオペラオー様から一目置かれているなんて……」

 

「フジキセキさんと手を、手をっ!」

 

「うらやましい……うらやましいっ。けど、あの子もなんか可愛くない?」

 

入店待ちの子たちから聞こえてくる怨嗟の声。

まぁ関係者特権だとはいっても割り込まれたらそりゃあ良い顔しないでしょう。

申し訳ないね、サッと入ってサッと出てくから勘弁しておくんなまし。

 

「あはは、注目の的だね姫。みんながこっちを見てるよ」

 

「いやこれは、妬みの、類だと、思うけど」

 

明らかに負のオーラが立ち上ってますって。

ほんのり違うオーラを出してる子もいるっぽいけども。

 

「だとしても、そこまで酷いことを考える子はいないさ。とはいえ、このままでは少々騒がし過ぎるかもね……ちょっと失礼」

 

そう言ってわたくしから手を離し、入口前の彼女達へと向かっていくフッキー。

いや、注意とかしなくて良いんですよ? 誰だってちゃんと順番を守って並んでいたところを割り込まれたりすれば面白くないと思うのは当然なんですし。

んー、ダイスの導きとはいえやっぱ止めとけば良かったかな?

 

「失礼、お嬢様達。彼女はちょっと特別なお客様でね。君たちと同じようにちゃんともてなしてあげたいんだ。申し訳無いんだけれど、もう少しだけ待ってて貰えるかな?」

 

「はひっ!? ふ、ふふふふふフジキセキさまっ! 待ちます待ちます待ちますとも渋谷ハチ公像のように微動だにせず静かにお待ちしておりますっ!」

 

なんか同志(デジたん)っぽい反応してる子がおるなぁ。

 

「ありがとうお嬢様。じゃあこれは待たせてしまうお詫びだ」

 

そう言いながらフッキー、片手をくるんと翻すとその手の中にはいつの間にやら小さなバラが一輪。そしてそれを最前列のお嬢様に手渡します。両手で、彼女の手を包むようにしながら。

 

「!? !!!〜〜!!!」

 

おお、宣言通り声を上げずしかも動かない。ファンの鑑よ。

 

「みんなにもプレゼントするよ。どうかもうしばらく待っててね、お嬢様達」

 

そう言ってフッキー、同じように再度片手をくるんとしてはバラを出し、行列を成しているお嬢様方一人ひとりに手渡していきます。

手渡される端から微動だにしなくなっていくお嬢様たち。うわぁ、すげぇ。

 

「待たせたね姫。さ、席まで案内するよ」

 

「流石だね」

 

そしてさらりと再びわたくしの手を取りエスコートの続きをしてくれます。

この通常運転イケウマ娘め。何故そんなムーヴを当たり前のように行えるんだ。

 

「こちらのお席へどうぞ姫。お飲み物はいかがなさいますか?」

 

「ん……ダージリン、ストレートで」

 

普段はコーヒー派ですけど折角なので雰囲気に合わせて紅茶にしておきましょう。

とはいえわたくしバ鹿舌なので産地による味の違いとか分からないんですけども。とりあえずメジャーなダージリンとか言っときゃええやろ。

 

「畏まりました。今から最高の一杯をご用意してくるよ。どうかしばしお待ち下さい、姫」

 

そのまま引いていたわたくしの手を持ったまま、その場に跪くフッキー。そしてわたくしの手に顔を近づけ……。

 

――チュッ

 

わたくしの手の甲に軽く唇を落とし、更にウインクして小さく手を振り去っていくフッキー。周囲の他の席から立ち上る黄色い悲鳴。

 

……えー……まってあたまがはたらかない。

順を追って状況整理しないと。

 

まず、フッキーにお手々繋がれたでしょ?

フッキーがみんなにお花あげたでしょ?

席に着いたでしょ?

紅茶頼んだでしょ?

フッキーが跪いたでしょ?

わたくしの手に顔を近づけるでしょ?

んでもって、お手々に、チュッって……。

 

……もう、いきなりこういう事されると心の準備が出来ていないのでわたくしも正気保つのきっっっついんですけどー。

素数を数えて落ち着かなきゃ。にー、よーん、ろーく……。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

……ハッ。

あ、ありのまま今、起こった事を話すぜ!

わたくしは紅茶を頼んだと思ったらいつの間にかカップが空になっていた……な、何を言ってるのか分から(略

 

正気どころか意識を保ててなかったです。

うん、これは破壊力高すぎてヤバいわ。人気が高いのも頷けますわ。

 

時間は……それなりに経ってるし。もう少しちゃんとみんなの格好良く働いている姿を見ていたくはありましたが、あまり長居し過ぎてしまっては無言で待機しているお嬢様ーズにも申し訳無いのでそろそろお暇させていただきましょう。

 

「お会計、よろしく」

 

軽く片手を上げて近くを通りかかったウェイターのウマ娘ちゃん様にそう声を掛けたその時、ざあっと店内に吹き抜ける一陣の風。

 

「私が対応しよう。私達のもてなしは堪能してもらえましたか? メルテッドスノウ先生」

 

気が付けば目の前にいたのは我らが生徒会長、ルドりんです。

今の風はルドりんが走って起こしたものか……マジで見えなかったんですけど、よくこんな入り組んだ狭いスペースでここまで駆け抜けられるなぁ。ウェイターの娘もすごくびっくりしちゃってるじゃないですか。

というか会計ごときでそんな駿足披露してどうするんですか……幸いにも周りのお嬢様方からのウケは良いみたいですけど。

 

「ん。良い時間を、過ごさせて、もらった。ありがと」

 

「それは何より」

 

ちょっと滞在時間の大半の記憶がありませんけど。

そんな会話をしながら精算を済ませます。

ぇ、数百円しか払ってないよ? 桁2つくらい間違えてません?

これだけの体験をさせて頂いて万札を出せないのは却って辛いんですけど。

 

「メルテッドスノウ先生はこの後は?」

 

「ん、もう少し、他のお店、見るつもり」

 

「そうですか。では最後に……オペラオー、フジ。ちょっと良いかな」

 

「何だい?……あぁ、もちろんさ!」

 

「私も今行くよ」

 

ルドりんがラオーちゃん、フッキーを呼び、駆け付けて来るお二人。

わたくしが退店しようとしているのを見て何かを察したようです。

そして3人一列横並びになったかと思えば。

 

「「「では、お気をつけて行ってらっしゃいませ、姫」」」

 

最後に微笑みながら礼をしてお見送りをしてくれるお三方。

ぐっほぁぁぁ!! キラッキラしてる! 背景キラッキラしてる!

物理的に何か飛んでるんじゃないかってくらいキラッキラしてる!!

これはSRなのかい、SSRなのかい、どっちなんだい!?

えすえすあーーーる! やー! ぱわあーーー!!!

 

「最後まで、姫なのね」

 

ふぅ、なんとか致命傷で済んだぜ。

端からそれを見ていたお嬢様方もだいたいが致命傷だぜ。

 

さて、思ったよりまだ時間に余裕がありますね。もう2店くらいは回れそう。

んじゃま再び運命のダイスロール。ころんっとな。

ほほう、こいつはまた……。

 

――後編へ続く

 




■説明!
ネタが古いかも知れませんので一応解説をば。
KONA〇Iのアーケードゲーム『ビシバシチャンプ』シリーズから引用。
3つのボタンを使うミニゲーム集で、とにかく勢いだけで押してくるタイトルが面白すぎる。元ネタはその中の『コギャルが レストランで やたら食う!!』より。
『パイ投げ』は好き。『アフロ』は苦手。

■ラ・フランス
岩手県盛岡市よりやや南に位置します紫波町。こちらは県内有数のラ・フランス生産地です。『ラ・フランス温泉館』って名前の宿がある程度には。
ラ・フランスは洋梨の一種で、青みがかった色と少し崩れた丸い形が特徴です。洋梨と聞いて良くイメージされる黄色くて少し縦長なのはル・レクチェという別の品種です。

■オベイロンとティターニア
ウィリアム・シェイクスピアの名作『真夏の夜の夢』に出てくる妖精の王と女王です。
劇中で『第4幕のオベイロン』と表現したのは、序盤のオベイロンは女王に対して結構酷いことするので。仲直りした4幕以降ならエスコート出来そうでしたので。


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Case24:養護教諭の感謝祭(秋) -後編-

主人公視点


――ジュウ~~~パチパチッ

 

「ハウディ! スノウティーチャー。私達の喫茶にウェルカムデース!」

 

「ん、おいっす先生。肉、食ってくか? A4ランク牛、美味えぞ」

 

「……(もぐもぐ)」

 

執事喫茶を出てわたくしが運命のダイスに導かれるまま次にやって来たのは、屋上でバーベキューをしているタイキシャトル、ゴールドシップ、ナリタブライアンの3名です。

ゴルシちゃんが串に肉を刺し、タイキさんがひたすらにそれを焼き、出来上がった先からブライやんがそれを胃の中に納めていくという食の一方通行が発生しております。

喫茶店という定義を根本から見直す必要のあるここはその名もそのまま『BBQ喫茶』。何よそれ。

 

お客さんは……誰もいないですね。流石にこの理解不能な状況に順応できるような逸般人はいなかったみたいで。

 

「牛以外のが良いか? ワニかダチョウ、アライグマならあっぞ」

 

「YEAH! バーベキューは肉こそが正義デス! 肉! 肉! ダイエットコーク飲んで肉デース!!」

 

「……(もぐもぐもぐ)」

 

バーベキューという行為自体を楽しんでいるタイキさん、只々肉が食えるから参加したのであろうブライやん、理不尽の中に不条理をぶっこんでカオスにすることに全力を費やすゴルシちゃん。この3人が奇跡的に噛み合ってこの恐ろしい現場を作り出しております。

 

もうツッコミが追い付く気が全くいたしません。

一応学園関係者には事前に出店リストや注意点などについて会議で情報共有がありましたのでこのお店の存在自体はもちろん知っていたのですが、実際に目の当たりにするとかなり衝撃が大きいですね。

そして衝撃ついでにもう一つの問題点が。

 

「……聞いてた、話だと、ホットプレート、使うって、事だったけど?」

 

そう。BBQ喫茶を運営するにあたって、頭を抱えた運営委員のグルーヴちゃんが苦渋の決断で出した絶対条件である『火気厳禁&雨天中止』が申し渡されているはずなんです。ですので電気ホットプレートの使用しか許可されてなかったはずなのですが……。

 

「んなモンでこーんな分厚い肉が焼けっかよ。っぱ炭火よ、炭火」

 

「YES! これこそが本場のスタイルデース! 豪快に、盛大に! ただひたすらにビッグな肉を焼き続けるのがアメリカンなBBQナノデース!」

 

「……(もぐもぐもぐもぐ)」

 

会場中央にはめっちゃデカいバーべキューコンロが鎮座ましましており、そこから熱による陽炎と焼ける食材の香りと煙が立ち上っております。

そのコンロを前に、厚さ5cmは余裕でありそうなステーキ肉を掲げながらニヒルに笑うゴルシちゃん。まぁ確かにこのサイズのお肉をホットプレートで焼けってのは酷な話ですね。

そしてタイキさんの言い分も理解は出来ます。BBQってアメリカではホームパーティー兼お祭りな側面があるので、BBQの規模の大きさでご近所付き合いのヒエラルキーが決まるとかそんな話を聞きかじったことがあるような気がします。知らんけど。

という訳で言いたいことは分かります。だけどね。

 

「どアウト」

 

屋上で炭を使うな阿呆。

いくら屋外だからって言っても火を使って良いわけじゃないんだぞ。とてもじゃないが学園祭の類で許される範疇を超え過ぎだ。

というわけで緊急コール発動。ぴっぽっぱ。

 

『はい、運営委員会っス』

 

「ゴルシが、屋上で、炭火を」

 

『すぅぅぅぐ行くっスぅぅぅ!!』

 

良し、報告完了。個人的にはこの状況を楽しみたい気持ちはありますが、職員としては見過ごせねぇんですよ。火の用心ってのは過剰なくらいが丁度良いですので。

 

「あー! 先生なにチクってんだよー」

 

「デスデスー! 横暴デース!」

 

「……(もぐもぐもぐもぐもぐ)」

 

ぶーたれるゴルシちゃん&タイキさん。

ゴルシちゃんには普段お世話になっていますが、かと言ってそれが見過ごす理由にはなりませぬ。駄目なものは駄目なんよ。

そしてブライやん、少しは会話しような?

 

「いいえ、メルテッドスノウ先生は教員として正しい行いをしていますよ、ゴールドシップさん、タイキシャトルさん?」

 

「「Oh」」

 

たづなさん(ラスボス)登場。行動早いなー。何で一緒に来てる運営委員のバンブーちゃんの息が上がってるのにこの人は一切呼吸が乱れてないんだろう。ふしぎ。

 

BBQ喫茶、ルール違反により競走中止。順当。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「あ、スノウ先生。ようこそいらっしゃいました」

 

「カフェさん、来たよ」

 

「はい。ありがとうございます。お席は余裕がありますので、どうぞこちらへ」

 

てなわけでBBQ喫茶は営業停止処分となりましたのでネクスト。有り難いことにド本命その2、マンハッタンカフェさんが運営するメイド喫茶です。

 

「メイド、いいね。似合ってる。カフェさんの、お店の、雰囲気に、よく合ってる」

 

「ふふ、ありがとうございます先生。今メニューをお持ちしますね」

 

「ん」

 

実は何を隠そうこのわたくし、前世は生粋のメイドスキー。更に出来るだけメイド本来の『働く女性』モチーフの色が強ければ強いほど萌えるダメ人間でした。

ですのでロングスカートで長袖、ひらひら成分少な目のヴィクトリアンスタイルなメイド服に身を包むマンハッタンカフェちゃんにはもはや畏敬の念しか生まれません。よくぞ実現してくれた! カフェちゃんありがとう! 本当にありがとう!!

贅沢を言えば頭に付けてるのがフリルカチューシャじゃなくて髪をまとめ上げてキャップとか被っていたらなおポイントは高かったんですが、これはこれで。こぉれはこれでぇ!!

 

「ほらよ、メニューだ。さっさと決めろ」

 

そんな脳内でまた新たな祭が生まれようとし始めていたその時。席に着いたわたくしにメニュー表を渡してくれたのは鹿毛の中に逆さ涙型の星があるイケウマ娘のシリウスシンボリさん。

おや彼女がここにいるのはちょっと意外。性格的には執事喫茶とかの方が似合いそうな感じですのに。

 

ですけどね、普段は粗野でまわりの娘達からも不良的存在に見られがちな彼女が奉仕精神の塊とも言えるメイド服に身を包む……ナイスギャップデース!

ロングスカートに長袖、フリルカチューシャを纏ったシリっち。たまんねぇなぁオイ!!

おっとっと完全におっさん思考ですねいけないいけない。

 

「……シリウス、シンボリさん?」

 

「なんだよ」

 

「なぜ、メイドに?」

 

そんなナイスギャップはとてもありがたいんですが、いやほんと何故こちらに?

貴方ならさっきも思いましたが執事喫茶の方に参加したりすればエース級の活躍が出来そうですのに。

 

「ハッ、アイツの土俵の上で仲良しこよしなんざまっぴらだ。こうやって違う店で勝ってみせた方があの皇帝サマに一泡吹かせられるってもんだろう?」

 

うーわーあー萌え殺す気かこの駄メイドめ!! ルドりんに対抗意識を燃やして執事喫茶と似たような、けど同じではないメイド喫茶を選んで正々堂々と勝負を持ちかけるとか理由が尊すぎるんだよ完全に解釈一致だよ!!

 

「そか。じゃあ、カフェセレクト、セットで」

 

とりあえずは売上に貢献しておきましょう。

言うまでもないかも知れませんが、カフェちゃんの淹れてくれるコーヒーはとてもとても美味しいのです。

その日の気候や相手の好みに合わせた最高の一杯を用意してくれますし、それにベストマッチしたお菓子も選んでくれますので、こちらから色々注文つけるより完全に彼女にお任せしちゃった方がコスパが良いのです。

 

「そんなのあったか? ……向こうでカフェが親指立ててるから大丈夫か。了解、じゃなかった」

 

そう言うと何を思い立ったのか背筋をピンと伸ばし、手をおへその辺りで前に交差させます。指先まで真っ直ぐな綺麗な待機姿勢です。そして。

 

「畏まりましたお嬢様。少々お待ち下さい」

 

スッ……という擬音が聞こえてきそうなくらいにスマートな一礼。

ギャップの振り幅が閾値を超えました。たすけて。みんながわたくしを萌え殺そうとしてくるの。

わたくしがすっかり彼女の優雅な所作に見惚れていると、その様子に満足したのかいつもの雰囲気に戻りました。

 

「癪だが、皇帝サマの実家(とこ)で本物は見たことあるからな。こうすりゃあいいんだろう?」

 

いたずらが成功したと言わんばかりにニヤリと笑うシリっち。

 

「お見事」

 

いや……本当にお見事。一瞬ですが本職の方と見紛う程でした。いくらお手本を見たことがあるとはいえ器用な娘じゃあ。駄メイド発言は撤回です。

わたくしの返答に満足したのか、メニュー表をひらひらと翻してバックヤードに引っ込んでいきました。

全く、誰も彼も心臓に悪い言動をしてくるわぁ。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「ぉ、お待たせいたしました、マカロンとコーヒーのセットでございます」

 

しばらく店内の様子を眺めていると先程の注文の品がやってきたようです。

運んできてくれたのはまるで絹糸のように柔らかくしなやかな鹿毛のロングヘアー、メジロ家を示すエメラルドグリーンを金ぶちで飾ったリボンを左耳につけた、女王の名を継がんとするウマ娘。メジロドーベル、ベルりんでございました。

 

「ありがとう、ドーベルさん」

 

そして当然ですが彼女もメイド姿です。

彼女の勝負服に比べれば決して露出度は高くありませんが、着慣れない格好でかつあまり得意とは言えない接客をすることもあるのでしょう、お顔が赤いです。

それでも必死にやり切ろうとするその気概、感服です。とてもとても素晴らしいです。

 

「似合ってるね、メイド。かわいい」

 

「ちょっ、結構恥ずかしいんだからあまり言わないで」

 

ますます顔を赤くし、尻尾も激しく左右に振られています。

だーって似合い過ぎですって!

まるで没落した実家の財政を立て直すために有力貴族のメイドとして奉公に出たものの、慣れない仕事や意地悪な先輩メイドにしごかれ、辛い毎日ながらも持ち前の負けん気で乗り切る下級貴族令嬢ヒロインの如くです。

そこの貴族のご令嬢は新衣装の方のベルりんで、よく似てるってことでたまに入れ替わったりして仲良くなっちゃったりして。完全に名作劇場の予感。

 

「かわいい」

 

「っ!」

 

軽く俯いて羞恥に耐えるベルりん。

ですからそういうところが可愛いんですってば。

 

「かわいい。ちょーかわいい」

 

「~~~!! も、もう行くから! ごゆっくり!」

 

流石に堪えきれなくなったのでしょう、足早に奥へ引っ込んでいくベルりん。ありゃ、ごめんよ。ちょっとからかいすぎましたかね。

早速運ばれてきたコーヒーを一口。

ほほぉ……程良い酸味と切れ味の良い苦み、その後に訪れる口腔内に広がるフルーティさ。相変わらず良い仕事をしてますねぇ。お任せして正解。大正解。

 

「先生。スノウ先生」

 

カフェちゃんが声をかけてきました。ぁれ、もしかしてベルりんで遊び過ぎました? おいたが過ぎましたか? 出禁ですか!?

……よし、コーヒーの話をして誤魔化そう!

 

「カフェさん、今日の、コーヒーも、美味しい。ありがとう」

 

「こちらこそありがとうございます。で、それとは別にちょっとご相談が」

 

あ、出禁じゃなかった。スノウちゃん早とちり。

まぁ実際にコーヒーは美味しいからヨシとして、ご相談とは?

 

「見ての通り、そこまでお客さんが入ってないんですようちの喫茶。せっかくファンの皆さんに美味しいコーヒーを召し上がっていただけるチャンスなのでどうにかしたいんですが。多分萌え萌え? とかやればもっと人が来てくれるとは思うんですけど、私達3人共そういったのは出来そうになくて。何かもっと他にアピールする良い方法は無いでしょうか?」

 

ふむ、お店のテコ入れですか。

おうけいおうけい、このメイドスキーが心から満足するおもてなしを受けたのです、出来るだけ恩返しの意味も込めて考えさせていただきましょう。

 

メイド喫茶というものはおおよそ3つのスタイルに大きく分けられます。

一つ目は『カフェスタイル』。店員はメイドの格好をしているだけの普通の喫茶店。クラシカルな雰囲気を楽しむタイプです。

二つ目は『エンタメスタイル』。客をご主人様に見立てるロールプレイやオムライスにハートを書いたりチェキを撮ったりと、そういうアトラクションとして楽しむタイプ。

最後が『ガールズバースタイル』。メイドとひたすらお喋りを楽しむスタイルですね。お目当ての娘がいたりするとじっくり話が出来るのがとても良いタイプです。

 

エンタメとガールズバーの複合型などもあるので細分化するとキリがありませんが、おおよそこの3つに集約してきます。

で、カフェちゃんの営んでいるお店はもちろんカフェスタイルです。

カフェちゃんはコーヒーに重きを置いたシックな雰囲気でやりたいでしょう。

シリっちは今の凛とした態度の方が似合ってます。下手に客に媚び過ぎるのは逆効果ですし、そもそも本人が耐えられそうに無い。

ベルりんに至っては致命的です。対男性コミュ力が絶望的に低いことが災いします。

更に言えば、ここはトレセン学園であってアキバではありません。萌えを求めて集まる場ではないので、ニーズに合わないことをしても却って客足は遠のいてしまうでしょう。

 

つまり今この場においてはハートを込めてキュンするようなタイプのメイド喫茶を営むことは全てにおいてマイナスです。今のようにひたすら給仕に徹する方が心情的にもやりやすいだろうし、そちらの方が間違い無く3人のスタイルに嵌っております。

というかわたくしはそういう『客をもてなしこそすれ媚びることはない』というのが好きですので、是非このままでいて欲しいのです。完全に個人的意見です。萌えキュンしたいなら電気街に行け。

 

ですので基本路線は今のままで問題無いでしょう。何か上手い宣伝方法があればそれだけで十分集客は狙えます。

しかし上手い宣伝方法か……何かあるかな?

 

「そんなの簡単だろ。目立つ看板を置きゃいいのさ」

 

「目立つ看板、ですか……」

 

会話に混じってきたシリっちが唐突にそんなことを言いました。

まぁ案としては悪くないです。けど今すぐ用意出来る、かつこの場の雰囲気を崩さないような目立つ看板って何があるんだろう……。カフェちゃんも考え込んでますが思い付かないようです。

 

「ところで先生。まだ時間の余裕はあるか?」

 

「まぁ、小一時間、ほどなら」

 

ずずいっとこちらに寄ってくるシリっち。近い、近いの。

 

「よし。なぁ先生、私らはこの喫茶店を盛り上げたい。けど今のままじゃ上手くいかない。超困ってるわけだ。困ってる生徒を先生が見過ごしたりしないよな? 協力してくれるよなぁ?」

 

「な、何をする、の?」

 

無言でニイッと嗤う彼女からは嫌な予感しかしないのですけど!

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「ねぇねぇ、あの入口のメイドさん、動かないけど本物かな?」

 

「え、何あの椅子に座ってる……お人形さん? すっごく可愛くない?」

 

「きゃ、動いた生きてる……人形じゃない! 見た事無い子だけど誰だろ?」

 

「レースとか出てないのかな……儚げな感じが、イイ……」

 

……えぇ、聡明な皆さんはもうお気付きでしょう。

すぐ用意出来て目立つ看板。すなわちメイド服を着せられたわたくしです。

喫茶の入口でちょっと立派な背もたれ付きの大きめな椅子に座らされ、フリップを持たされて遠くの空を見つめているような状態のわたくしです。

シリっちからは『出来るだけ動くな。たまに首と目は動かして良い』とかいう訳の分からない指示を受けたんですが、こういうことか。妖精の次は人形扱いか。

 

メイドはね、好きですよ確かに。けどね、わたくし自らメイドになるのは……何かこう、違うでしょう!?

 

「ごめんね先生、手伝ってもらっちゃって」

 

平静を取り戻して戻ってきたベルりん。

 

「ん。まぁ、構わない。ちょっと、恥ずかしい、けど」

 

「ふふっ、可愛いわよ先生」

 

「ぬぅ」

 

さっきの意趣返しか。

 

「ふふふ、あそうだ。今後の参考にしたいからちょっとスケッチさせて。やっぱりメイド服って実際に誰かが着てるのを見た方が描きやすくて」

 

「」

 

おもむろにスケブをどこからともなく取り出し、こちらを観察しながらペンを走らせていくベルりん。ああっ、生き生きとした表情で一心不乱にスケッチしてるベルりんが可愛い。お目々がキラッキラしてる尊い。恥ずかしいけど今のベルりんに水を差したくない。

 

「良いわよ、先生。その物憂げな表情、儚げな姿、そしてミスマッチな手持ち看板。良い意味で非現実的でとても筆が進むわ。……訳ありメイドの少女と新人庭師の男の子とのお話……なんてのもアリね」

 

物憂げじゃなくて白目剥きそうなんですけども。というか何かの物語が創造されようとしているんですけども。どぼ先生?

シリっちは声を殺して腹抱えて笑っていやがる。

カフェちゃんはなんか生暖かい目で見てる。

くそぅ……これで結果が出なかったら辛すぎるぞわたくし。

 

と思っていたのですが……結果としてそれなりに繁盛しました。

そして休憩時間終了ギリギリまで手伝っていたせいで元の服に着替える暇も無く、その日が終わるまでメイド姿で救護テントで待機する羽目となり、みんなから『妖精メイド』の称号をいただきました。ピチュるぞ。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

後日。厳正なる集計の結果、見事優勝を攫ったグループは王者の『執事喫茶』……ではなく、誰もが予想すらしていなかったダークホース。

マーベラスサンデー、ネオユニヴァース、シーキングザパールが率いる『ギャラクシー喫茶』でした。名前からどんなことをしていたのか全く想像出来ない……。

 


 

そのとき。遠いどこかで。

 

「あーあ、やっぱり集めちゃったか」

 

「これで全てのかけらが揃ってしまいましたね。本当、やはりというか何というか」

 

「いや、むしろ予想より悪化している。節操が無いな彼女は」

 

彼女らは、動き出した。

 

「……ここまでね。これ以上はもう見過ごせません」




喫茶対抗戦(カフェ・ロワイヤル)
ちまちま感謝祭ネタを考えてたら全部纏めた方がフェスイベっぽくて良くね? となりました。
パッと適当に思いついた割にアプリ内イベでありそうなくらい良く出来た企画だと自負しておりますので、真似しても良いですよ御本家様(天狗)

執事喫茶
 ルドルフ、キセキ、オペラオー
 執事の恰好をしたウマ娘に存分にご奉仕される。
 ド定番。とてもつよい。

メイド喫茶
 カフェ、シリウス、どぼめじろう
 メイドの恰好をしたウマ娘が普通に給仕するだけのクラシカルな喫茶店。
 美味しいコーヒーを飲んでもらいた過ぎるカフェちゃん可愛い。
 ルドりんに対抗意識燃やすシリウス可愛い。
 女性相手にはただの正ヒロインなベルりん可愛い。

方言喫茶
 ユキノ、イナリ、タマモ
 喫茶自体はかなり普通だが店員の言葉の癖が強い。
 タルマエかスペあたりも出演候補だったけど北海道訛りは結構東北訛りと似通っているところがあるのでユキノに譲ってもらいました。
 筆者の出身地的に書きやすいんですユキノの訛りが。

トレーナー喫茶
 桐生院、東条、南坂、沖野(厨房)
 トレーナーが体調に合わせてオススメを選んでくれたり、ランニングマシンを使ったミニゲームで好成績を出すと追加サービスを受けられるなど、そこそこ人気が出た。
 理子ぴんは理事長補佐業務で忙しいので不参加。沖野は意外と料理スキルが高いのと、表に出して油断するとセクハラするので奥に引っ込めてます。

BBQ喫茶
 ゴルシ、ブライアン、タイキ
 喫茶とは名ばかりのただのBBQ会場。
 建物内で炭を使うな阿呆。それは上級者向けだ。

ウマドル喫茶
 ファル子、ブルボン、アイネス
 逃げシスのミニライブ付き喫茶。人気は高かったが回転率が悪く上位入賞ならず。
 が、ファンは増えたのでファル子的には大成功。

魔王喫茶
 ウインディ、ドトウ、デジタル
 アプリ内イベ『デイズ・イン・ア・フラッシュ』にて催された魔王城が帰って来た!
 ちょくちょく魔王様がちょっかい出してくるので落ち着いて飲んでいられない。
 今回はちょっとコンセプトとおもてなしが噛み合わなかった模様。

ギャラクシー喫茶
 マーベラス、ユニヴァース、パール
 筆者の想像できる範疇を余裕で越えた喫茶。
 うちゅうの ほうそくが みだれる!

■ガチ勢
ついに我慢できなくなったようです。
一体今回のスノウちゃんは誰の何を受け取ってしまったのでしょう。

話は変わりますが実馬のフジキセキ号の死因って頚椎損傷らしいですね。


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CaseEX3:登場していない人物でもない紹介

[[[ 注意 ]]]
この文章は読まなくても本編には全く影響はありません。
箇条書きで実馬の引退理由及び死因等が書かれています。
場合によっては気分が悪くなったり、頭痛・吐き気を催す可能性がありますので、その場合は直ちにブラウザバックして下さい。
















警告は、しましたよ?



■ナイスネイチャ号

引退理由:脚部不安

 

■タマモクロス号

死因:腸捻転★(享年19歳)

 

■オグリキャップ号

現役中:繋靭帯炎

引退後:喉嚢炎からの頸動脈破裂★

死因:右後肢脛骨骨折からの安楽死(享年25歳)

 

■スーパークリーク号

引退理由:繋靭帯炎

 

■ナリタブライアン号

引退理由:屈腱炎

死因:疝痛・腸閉塞・胃破裂★(享年8歳)

 

■ビワハヤヒデ号

引退理由:屈腱炎

 

■アグネスタキオン号

引退理由:屈腱炎

死因:急性心不全(享年11歳)

 

■マンハッタンカフェ号

引退理由:屈腱炎の疑い

死因:腹腔内腫瘍★(享年17歳)

 

■ユキノビジン号

引退理由:脚部骨折

 

■サクラバクシンオー号

死因:心不全(享年22歳)

 

■アドマイヤベガ号

引退理由:繋靭帯炎

死因:疝痛・偶発性胃破裂★(享年8歳)

 

■ミホノブルボン号

引退理由:跛行・骨膜炎・脚部骨折★

 

■ライスシャワー号

引退理由:脚部開放脱臼・粉砕骨折

死因:同上による安楽死(享年6歳)

 

■ツインターボ号

現役中:鼻出血

死因:心不全(享年11歳)

 

■マチカネタンホイザ号

死因:疝痛★(享年24歳)

 

■トウカイテイオー号

現役中:3度目の脚部骨折★

引退理由:4度目の脚部骨折

死因:心不全(享年25歳)

 

■シンボリルドルフ号

引退理由:繋靭帯炎

 

■エアシャカール号

死因:脚部骨折からの安楽死(享年6歳)

 

■ゴールドシチー号

死因:脚部骨折からの安楽死(享年7歳)

 

■ヒシアマゾン号

引退理由:浅屈腱炎

 

■グラスワンダー号

引退理由:脚部骨折

 

■エルコンドルパサー号

死因:腸捻転★(享年7歳)

 

■アイネスフウジン号

引退理由:屈腱炎

死因:腸捻転★(享年17歳)

 

■アストンマーチャン号

引退理由:X大腸炎★、急性心不全

死因:同上(享年4歳)

 

■メジロマックイーン号

引退理由:繋靭帯炎

死因:心不全(享年19歳)

 

■メジロブライト号

引退理由:屈腱炎

死因:心臓発作(享年10歳)

 

■メジロアルダン号

引退理由:屈腱炎

死因:心臓発作(享年17歳)

 

■メジロライアン号

引退理由:屈腱炎

 

■メジロパーマー号

引退理由:屈腱炎

死因:心臓発作(享年25歳)

 

■マヤノトップガン号

引退理由:浅屈腱炎

 

■スイープトウショウ号

死因:腸捻転★(享年19歳)

 

■ビコーペガサス号

死因:敗血症(享年28歳)

 

■マチカネフクキタル号

引退理由:浅屈腱炎

 

■ナリタトップロード号

死因:心不全(享年9歳)

 

■テイエムオペラオー号

死因:心臓麻痺(享年22歳)

 

■ケイエスミラクル号

引退理由:脚部粉砕骨折

死因:同上からの安楽死(享年4歳)

 

■ダイワスカーレット号

引退理由:屈腱炎

 

■ウオッカ号

引退理由:鼻出血

死因:蹄葉炎からの安楽死(享年15歳)

 

■スペシャルウィーク号

死因:放牧中の左腰強打(享年23歳)

 

■ナリタタイシン号

引退理由:屈腱炎

 

■ウイニングチケット号

引退理由:屈腱炎

 

■フジキセキ号

引退理由:屈腱炎

死因:頚椎損傷(享年22歳)




★……発動済み、又は解消済み
残:屈腱炎16、繋靭帯炎5、脚部骨折8、循環器系13、その他5

この回の内容はノンフィクションです。
SS内に出てくるウマ娘や団体などとは関係ありません。
ええ関係ありませんとも。


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Case25:養護教諭のご破算




はいっどーーーーーもーーーーーー!!

 

おはようございますこんにちはあるいはこんばんは。

わたくし、ウマ娘のメルテッドスノウと申します。

 

えー只今わたくし……なんかよく分からないところにおります。周りが雲っぽいような、霧というか靄がかっているような?

寒さは無く、ほんのりと暖かい風が頬を撫でます。

音も遠くから風の音? がする以外はこれと言って特に聞こえず。

全体的に明るいんですけど霞以外は何も見えない、そんな状態です。

 

んんん……マジでどこだここ?

うーん、記憶がやや曖昧ですね、ちょっとさっきまで何してたか思い返してみましょう。

えっと確か……。

 


 

「薬のアレルギーはありますか?」

 

「いいえ」

 

紅葉も色付き、寒さを覚える今日この頃。

わたくし、定期的な身体検査を受けるためにGWに入院した病院へとやってきております。

そして現在、ドクターから問診を受けているところでございます。

 

「今まで大きな手術を受けたことは?」

 

「前回のを、含めて、3度、いえ4度ほど」

 

前回の手術は2回分として報告すべきですね。幼少期に事故で1回、去年に鼻血ブーで1回、今年に胃と腸の2回で計4回。……そう考えると割と手術受けてるなぁわたくし。

わたくしとのやりとりを粛々と手元のタブレットで入力していくドクター。大病院はすごいですね、問診も電子化出来てるんだ。

 

「……はい、ありがとうございます」

 

一通り入力が完了したのでしょう。しばらく画面を見ていたドクターはわたくしの方を見て結果を告げます。

 

「検査の結果、少々心疾患の可能性が見えます。お時間があれば明日、再度精密検査を行うことが出来ますがどうしますか?」

 

わたくしにそう告げるドクター。前回主治医を務めてくれた方ですね。

ふむ、心疾患か……。まぁ割かし色んな娘から貰った覚えはありますので、ここらで一丁しっかり面倒見てもらうのはアリでしょう。

ちょいとじっくり再検査、よろしくお願いしまぁぁぁす!

 

「分かりました。お願いします」

 

「はい。じゃあ再検査は……この時間大丈夫ですか? はい、はい……。では本日の検査はこれで終了です。お疲れ様でした」

 

そう言ってドクターはわたくしのカルテに『診察終了』のチェックを付けました。どうせですのでしっかり調べてもらって、しっかり処置していただきましょう。わたくし、こう見えてもまだ死ぬ気はございませんので。

 

さて、これで今日のお勤めは完了ですね。また明日来ることにはなりましたが、早めに処置出来そうで良かった良かった。

うし、それじゃお会計して帰りましょうかー。

2階の外来診察室からエレベーターで1階の総合受付へと移動すべく、エレベーターホールで箱の到着を待つわたくし。

今日の晩御飯は何にしようかなーと考え始めたその時です。

 

――ドクンッ!!

 

不意に最大限の動きをしたかと思いきや、身体に極大のアラートを告げてくる鼓動。

同時に訪れる胸の痛みと、急激に力を無くしていく身体。

 

っ! 来たっ! 本当に心臓が止まりに来たっ!

このタイミングで来るのか!? とも思いましたがむしろ好都合。病院内なら周りの対応が早いはずっ!

迷わずわたくしは急いで首の防犯ブザーの紐に指を引っ掛けて引き抜きます。

 

«ビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビ!!»

 

いつぞやのナンパ師どもを撃退したときと同じく鳴り響くアラーム。

院内ですからすぐに誰かが気づいてくれるはず。

そしてこんなこともあろうかと、既にわたくしの車椅子には自前でAEDを積んでいます。これで近くに備え付けのAEDが無くても安心です。

というわけで後はお任せします医療従事者の方々。

そうしてひと仕事を終えたわたくしの手が力無く落ちようとした時、指に絡まったままのブザーの紐が車椅子の操作レバーに引っ掛かりました。

 

え。

 

不意にわたくしの意思とは無関係にバックで大きな弧を描くように暴走する車椅子。

ちょっ、待てって、止ま、れってば……!

 

このままじゃ気付いてくれた人も迂闊に手を出せないじゃないか。

しかし身体は言うことを聞かず、何とか紐を外すように試みますが軽く身じろぎをするので精一杯。実質、今出来るのは祈ることだけです。

そんなわたくしの思いが通じたか、車椅子は暴走を止めることになりました。

タイヤが近くの階段を踏み外して落下するという結末をもって。

 

おいうそだろ。

 

少しの浮遊感、霞んでぶれる背景、そして。

 

――ゴッ!!

 

鈍い音と共にわたくしの意識は暗転した。

 


 

……うむ、思い出した。倒れたのかわたくし。

 

んじゃここは、夢の世界?

そういえばわたくし、この場に()()()()()()()()

 

の割には意識ハッキリしてるなー、明晰夢ってやつなのかしら。

うーん、以前に保健室で倒れた時は昔の出来事を思い返してたりしましたけど、今回は……ホント何だこれ?

当たり前ですけどこんなとこに来たことのある記憶なんてありませんし。

 

……もしかして、これ『死後の世界』ってやつかな?

だとしたら……そっか。いよいよ死んじゃったか。

 

 

 

やっと、死ねたか。

 

 

 

いえいえわたくし、死ぬつもりなんてありませんでしたとも。

転生生活を存分に満喫し、画面の向こう側にしか存在していなかったウマ娘ちゃん様達が明るい未来を目指して駆け抜けてゆく様を、ほんのり関わりながら見守っていくまでは。

 

まぁ、今はこうしてその願いはほぼ果たされているわけでして。そうなると、わたくしが『わたくし』に戻る以前、『私』だった時の想いが強くなってくるわけでして。

 

そう、『わたくし』はまだ死ねないって思ってたけど、『私』はそうじゃなかった。

私は、死にたかった。

 

だから、ウマ娘達を救いたいというわたくしの想いを叶えつつ、私の想いを叶えるためにみんなの因果を片っ端から集めまくった。

発動前のいくつかの因果を解消出来たりもしたけど、おかげで更に強い因果を見つけて受けることも出来た。

そう、私がやってきた事はウマ娘達の救済であると同時に、消極的な自殺でもあったのだ。

 

別に二重人格だったとかそういうわけじゃない。私もわたくしも同じもの。けど異なる考えが混在して葛藤するなんて誰でも当たり前のことじゃない?

 

まぁシンプルに言えば、私は死にたくなかったけど死にたかったってだけ。

死なないように努力はするけど、それでも駄目ならすんなり死ぬつもりだった。

 

私はお父さんに会いたかった。

私はお母さんに会いたかった。

また二人に、あの手で頭を撫でて欲しかった。

ただ、それだけだったんだ。

 

けど、死後の世界ってこんな白くて何も無いところなんだな。

転生した時は物心付いたら既に今の自分だったし、こういう場所を通った覚えも無いし。

 

そういや仏教とかだと死んでから三途の川まで800里くらい山道を歩くんだっけ。山も道も無いけど、約3200kmか……目印無しで歩くのきっつそうだなぁ。

 

あてもなく適当にふらふらと彷徨っていると、目の前に薄ぼんやりと何かが見えてきた。

丸いテーブルが置かれており、その周りに何人かが腰掛けているようだ。誰だろう。

 

「お、来たな。こっちこっち」

 

腰掛けていた内の1人、赤い髪を靡かせた浅黒い肌の女性が手招きをする。すごく気安く声をかけてきたけど知り合いじゃない。こんな綺麗な人に会ってたら忘れてない。

 

「さぁ、あなたもこちらに来てお座りなさい、メルテッドスノウさん」

 

「まさか本当にこうなるとはな……。しかもこちらが想定した以上の因果を集めた上で。どういう覚悟をしているんだお前は」

 

青いふんわりとしたロングヘアーの微笑んでる優しそうな女性と、黒いショートヘアのまるで軍人さんのような鋭い目付きをした女性も話しかけてくる。最初の女性と合わせて3人共ウマ娘ちゃん様のようだけど、やはり会った覚えは無い。

 

「あぁ、会った覚えが無いのは当然さ、初対面だからね。初めまして子羊ちゃん。俺はダーレーアラビアン。こっちの二人はゴドルフィンバルブとバイアリーターク。よく三女神なんて呼ばれてるよ」

 

……ええええええぇぇぇぇぇぇ。

 

なんか言葉にしなかったはずの言葉が通じたってこと以上にトンでもない情報が追加されたんですけどぉ!?

ぇ、じゃあこの褐色美人が、学園にも像がある三女神の一柱!?

そして脇に控えている方々が残りの二柱!?

ぇぇぇ、マッジでぇ……。恐れ多すぎてスノウちゃんブレインが処理し切れないんですけど。

 

「まず、ここは死後の世界ではない。その少し手前、こちらとあちらを隔てる境界線のようなものだ。そういうものだと理解しろ」

 

バイアリーターク様がそう話し出しました。

 

「わたしたちはあなたとお会いする為にここに赴きました。そちらのお二人に頼まれましてご同席させていただきます」

 

ゴドルフィンバルブ様がこちらを向いて……いや、視線は私の後ろに注がれている。

まるで私の後ろに他の人がいるかのように。

 

「メルちゃん」

 

「メル」

 

そして直後に背後から聞こえてきた、私を呼ぶ声。

 

……幻聴じゃ、無いよね?

どんなに再び私を呼んでもらうことを望んでいても決して叶わなかった、忘れもしない声。

会えなくなってから何年も経つのに、記憶の中のそれと全く変わらない声。

 

ゆっくりと、ゆっくりと振り返る。

そこに居たのは、たとえ忘れようとしても決して忘れることの出来ない、そんな二人の姿だった。

 

「立派になったわね、メルちゃん」

 

「全く心配ばかりかけさせて。仕方無いな、メルは」

 

二人は私にそんな声を掛けてくる。

嘘だろ。絶対会えないって思っていたのに。

 

「ぉ……お母、さん。お父さん……」

 

そこにいたのは、紛うことなく私の両親だった。

どんなに切望しても会うことなど叶わないはずの二人の姿だった。

記憶の中にいる、大事な二人の姿そのままだった。

歪む視界。私の双眸から滲み出て来る、涙という水分。

とっくに諦めていた。万が一という可能性すら烏滸がましいと思っていた。思っていたのに。

 

「ぅぁ……会いた、かった……会いたかった! お父さん! お母さん!」

 

ずっと、ずっと会いたかった。

例え夢だったとしても、ただただ、抱き締めて欲しかった存在。私の、お父さんと、お母さん。その二人が今、目の前にいる。

我慢なんて出来るわけが無かった。

 

お母さんに抱き着く。

お母さんの手が、私の頭に添えられる。

お母さんの大きくて柔らかくてあったかい手。

私が大好きな、優しい手。

この手に再び触れてもらうことを、一体どれだけ渇望しただろう。

 

あぁお母さん、どうかその手でまた私を撫でて。

今度は私もお母さん達と一緒に連れてって。

そうしたら、もう何も怖くないから。

 

 

 

そうやって、お母さんの手がゆっくりと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

拳を握り、もう片方の手も拳となって私の両こめかみにあてがわれる。

 

……え?

 

「お母さん? おかあーだだだだだだだだだだだだだだだだだ!」

 

そのお母さんの手が、容赦なくわたくしの両こめかみをひねりを加えながら圧迫してゆく。

いわゆる、ウメボシ。

 

「メルちゃん? お母さん言ったわよね? 能力を使うのは本当にどうしようもない時だけにしなさいって。なのにあんなポンポンポンポンポンポン使って……。私の大事な大事なメルちゃんを傷付けるなんて、たとえメルちゃんでも許しませんからね!」

 

「あだだだだ痛い痛い痛い、お母さんごめん、その節は本当に申し訳無いといぎぎぎぎぎぎぎ! お、お父さん、助けて!」

 

表情は柔らかく微笑んだまま、グリングリンと的確にダメージを加えてくるマザーズダブルナックル。あ、これガチで怒ってる時のヤツだヤベェ。

ってかお母さんのコレ本当に痛いんだって! 早くも私のHPゲージ残り僅かだって! パパンお助けー!

 

「うん、すまんメル。お母さんには逆らえない。そしてお父さんもお母さんと同じ気持ちだ。甘んじて受けなさい」

 

しかし助けは無かった。ああ無常。

 

「そんな、痛ったたただだだだだだだだだ割れる割れる割れちゃう中身出ちゃうううぅぅぅ!!」

 

軽くミシミシ言ってないか私の頭蓋!?

ぐあああぁ、耐圧限界、理論値を突破。圧潰まで、5、4、3……ぁ、止めてくれた。

 

「もう……無茶ばっかりして。本当はお母さんだってこうやってすんなり抱きしめたかったのに」

 

解放された頭蓋の痛みの後に感じた、私の身体を包む柔らかな感触。

お母さんに抱き締められている。背中まで回された手が力強く私を引き寄せる。

急に優しくされたことで一瞬固まってしまったが、気が付けば私も負けじと同じようにお母さんを抱き締めていた。

あったかい、柔らかい、いい匂い。

 

「ごめ、なさい、お母さん。お父さん。でも、本当に、会いたかった」

 

「嬉しいわ、メルちゃん。お母さんも会いたかった」

 

「お父さんも会いたかったぞ」

 

私達2人を更に上から抱きしめるお父さん。

あぁ、やっぱり私はこの2人が大好きだ。

しばらくそのまま一つの塊となった私達。

 

「けど、それとこれとは話が別です。お母さんとの約束、2つとも破るなんて。お母さん許せないわ」

 

ややあって、2人は私から離れる。

ぷんすかと怒るお母さん。やだ、私の母可愛すぎ……。

 

「だからお母さん、メルちゃんには罰を与えます。本当に許せないんだから」

 

「ぅ、お手柔らかに」

 

罰かぁ……出来ればさっきのウメボシはご遠慮願いたい。

もう少しで目玉ポーンしちゃうレベルの攻撃でしたのでアレ。

 

「ダメです容赦しません」

 

あはは、容赦無しかぁ。

ウメボシ以上ってなるといよいよもって切腹くらいしかないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけでメルちゃんへの罰は……能力の没収でーす!」

 

 

……えっ。

 

「能力と、今まで集めた因果まとめて全部没収でーす。ついでにメルちゃん自身の足と肺の怪我も没収でーす」

 

えっ。

 

「いやぁ、実はキミの中にあった心臓の因果を意図的にちょっと解放して仮死状態になったところをここに呼ぼうとしたんだけどさ……」

 

人差し指でポリポリと頬をかくダーレーアラビアン様。

 

「お前が当初こちらが予想していた以上の因果を抱えてしまったせいで予測が狂ってしまった。まさか最後に受けたあの因果が絡んで同時に発動しようとするとは。結果的にここに呼ぶことは出来たが」

 

「今、あなたは意識不明の状態でここに来る前にいた病院に入院しています。幸いにも最後の因果は発動し切る前に対処することが出来ましたが……危うく意識が戻っても体を動かすことはおろか、喋ることも出来ない状態になるところでした。これはわたし達の不手際です。ごめんなさい」

 

バイアリーターク様とゴドルフィンバルブ様が言葉を繋げる。

あー、まぁ言われてみれば後ろ向きで階段から落ちるって結構危ないか。

 

「本当はあんまりこういうことしちゃいけないんだけどさ、お詫びも兼ねて俺たちの権能で君の中に蓄積されている因果と併せて、傷病も全て取り除かせてもらうよ。にしても、随分無茶したみたいだね。本当にいつ破裂してもおかしくなかったよ? その足」

 

「外の神から付与された能力なので難しいかも知れませんが、その転嫁能力をあなたから切り離します。あなたは数多のウマ娘の為にその身を犠牲にして救いをもたらしてくれました。なら今度はあなた自身を救ってあげませんと。あなただって前世はともかく、今はウマ娘なんですから」

 

すげぇ、神様ってすげぇ。

そんなことも出来るんだパねぇ。

すごすぎて語彙が足らない。

 

っていうか、え、私の足、パーンしないで済むの?

それどころか、足治るの?

 

……また歩けるようになる、の?

 

「お前のその異能の能力だが、転生特典とやらなのだろう? 確かに個人が扱うには過ぎた力だが、それでも自らの意志で使うのであれば我々三女神としても傍観するつもりだった。が……こいつに誘導されて使用させられたというのであればこちらにも責任がある」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

そう言うバイアリーターク様が横に移した目線の先には、一体いつからそこにいたのでしょう、超々ロングヘアの女性が、首から『私はスノウちゃんがより多くの因果を抱える原因を作りました』と書かれたプラカードを下げて正座していました。目から光を失ったまま謝罪の言葉を呪詛のように呟き続けています。よく見るとお顔がフクちゃんに似ているような。

なんかデジャヴ感あるけど……もしかしてこの人がシラオキ様!?

ってか使用させられた、って……何の話でしょう?

 

「けど一番の理由はキミのお母さんに強く頼まれちゃったからかな、『うちの娘を助けろ!』って。シラオキの首根っこを掴んで俺たちのところへ駆け込んで来た時はびっくりしたよ。女神相手に殴り込みをかけるなんてとんでもない度胸だね」

 

「あら、いつの時代でも母は強し、ですよ。うふふふ」

 

何てことしてるんだ母上えええぇぇぇ!?

苦笑いを浮かべるダーレーアラビアン様に対し、にこやかに微笑み返すお母さん。

 

いや……でも、ずっと見守ってくれていたんだ。

いつもいつも、私のことを見てくれていたんだ。

 

「それじゃあ改めてお母さんと約束。今度こそ守らないと本当に許さないんだから。……メルちゃん、どうか、ちゃんと幸せになりなさい。笑って、泣いて、怒って、愛して、愛されて、生きて、生き抜きなさい。今のあなたにはそれが出来るわ。だって、お母さんとお父さんの大事な娘なんですもの」

 

「ほら、聞こえるだろうメル? お前のことを待っている人たちの声が」

 

お父さんはそう言って後ろの何も無い空間へと視線を移します。

相変わらずの白い靄がかかっているだけの何も見えない場所。

しかし、遠くから聞こえる風のような音に紛れて、小さく、しかしはっきりと、聞き覚えのある声が聞こえてきました。

 

 

 

『スノウ先生、目を開けてよ。お願いだからさ』

 

――ネイチャさん。

 

 

 

『センセ、早よ起き。たこ焼き冷めてまうで』

 

――タマモっち。

 

 

 

『先生、お寝坊さん? わたしと同じだね!』

 

――ウララん。

 

 

 

『あんたには借りがある。返させろ』

 

――ブライやん。

 

 

 

『スノウ先生、まだそちらに行くのは早いですよ』

 

――カフェちゃん。

 

 

 

『いい加減起きなさいスノウ先生……貴方まで星にならないで』

 

――アヤベさん。

 

 

 

『頼む……帰って来てくれ、メルテッドスノウ先生』

 

――ルドりん。

 

 

 

『あなたとはまだゲームの決着がついていません。再戦を願いますメルテッドスノウ先生』

 

――ブルるん。

 

 

 

『同志先生ええええぇぇぇぇぇ!!!』

 

――デジたん。

 

 

 

『早く目覚めなさい。メジロは……わたくしはまだあなたから受けた恩を返せていませんわ』

 

――パクパクさん。

 

 

 

『親より先に逝くんじゃねぇバ鹿モン。……戻って来い』

 

――施設長(オヤジ)っ。

 

 

 

『おら、こんだけ呼ばれてっぞ。どうすんだ?』

 

――ゴルシちゃん。

 

 

 

他にもたくさん聞こえる、私を呼ぶ声達。

 

あぁ、そっか。

私がみんなを好きみたいに、みんなも私を好きでいてくれてたのか。

私という存在を認めてくれていたのか。

心の何処かで未だにアニメの中の事だと思っていたのか、それとも死ぬ前提で動いていたからなのか分からないけど、私はそんな簡単な事にも気付けなかったんだなぁ。

 

「お母さん」

 

「なぁに、メルちゃん?」

 

「ありがとう。私、みんなのとこに行くよ」

 

慈しみに溢れた笑みを浮かべたお母さんの手が、私の頭に添えられる。

お母さんの大きくて柔らかくてあったかい手。

私が大好きな、優しい手。

 

その手が、私の頭をゆっくり優しく撫でた。

 

続いてお父さんもわしわしと私を撫でた。お父さんの手は大きくてあったかいけどちょっとゴツゴツしてるし力が強いからお母さんより好きじゃない。

嘘だ。お母さんと同じくらい大好きだった。

 

「行ってらっしゃい。お父さんとお母さんは、いつでもメルちゃんのことを見守ってますからね」

 

「元気でな、メル」

 

「うん、行ってきます」

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

――メルテッドスノウに、永久に続く幸福を――

 

――メルテッドスノウに、長きに亘る栄光を――

 

――メルテッドスノウに、彩に溢れた未来を――

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

「「「「「「スノウ先生!!」」」」」」

 

中々焦点が合わない視界で見えてきたのは半年前にもお世話になった天井と、わたくしの周囲を囲むみんなの姿。

 

視線は……動く。

首は……動く。

手は……動く。

起き上が……れる。

足に意識を向ければ、ぴくりと反応する足の指。

深く深呼吸をする。胸に痛みは無い。

 

まいったなぁ。

夢だけど、夢じゃなかった。

 

――ぱたたっ

 

両の目から涙が溢れ、流れ落ちる。

 

ありがとう。

ありがとう、お父さん、お母さん。

 

――ぱたっ、たたたっ

 

涙が止めどなく溢れては流れ続ける。

 

「ぅ……ぁぁっ……ぁああああああああああああっ……!!」

 

ありがとう。

ありがとう、みんな。

 

私と出会ってくれて、ありがとう。

 

私を愛してくれて、ありがとう。

 

両親にも会えたし、死ぬ理由無くなっちゃったなぁ。

んじゃ……約束だし、頑張って生きますかな。




次回、最終回。

※ネタバレ回避のため、次回投稿まで感想返しを控えさせていただきます。


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Case26:養護教諭がいなくなる日

2023/07/29 21:00 2話同時投稿(1/2)


「駿川です。生徒会に確認して頂きたい書類をお持ちしました」

 

ここ最近は寒い日が続いていたが、ようやく陽射しの中に柔らかな春の気配が見え隠れしてきたトレセン学園。

バレンタインという学園内が浮足立つイベントも終わり、来る入学式と春の感謝祭に向けてにわかに忙しくなり始めたここ生徒会に、ノックの音と共にたづなさんの声がドア越しに聞こえた。

 

「どうぞ、お入りください」

 

「失礼します」

 

エアグルーヴが入室を促すと、手に書類を抱えたたづなさんがやって来た。

 

「こちらになります。いつものと、こちらが連絡事項です」

 

「ありがとうございます」

 

そう言ってたづなさんは執務机で紅茶を嗜んでいたこの私、シンボリルドルフに書類束を差し出した。礼を述べつつ私は書類を受け取る。

いつもの……この時期から挙がり始める感謝祭に関する要望書に軽く目を通し、机の脇に置いた。

そして最後の1枚、連絡事項は……。

 

「そうか、いよいよメルテッドスノウ先生が……」

 

「ええ……もう、彼女のことを養護教諭とは呼べなくなってしまうんですね」

 

少し寂しそうに微笑むたづなさん。

ちょうど3年。彼女が養護教諭として学園に貢献してくれた時間だ。

余りにも短い期間だったことに私は僅かな驚きを覚えた。

 

「……ありがとうございますたづなさん。生徒達への周知はこちらで受け持ちましょう」

 

「宜しくお願い致します。では、失礼しました」

 

さて、どうやったら生徒達の混乱を少なく通達出来るか。

中々の難題に少しばかり思案しつつ、私は紅茶を一口飲んだ。

 


 

「ケエエエェェェーーーッ!? スノウ先生が辞めるデスゥーーーッ!?」

 

エルが驚嘆の声を上げます。……もう、近くであまり大きな声を出して欲しく無いんですけど。

 

「ちょっ、声が大きいって。かも知れないってだけだし」

 

「一体どういう事なんですか?」

 

今日のダンスレッスンを終えてそろそろチームのところへトレーニングに行こうかと私、グラスワンダーがエルと2人でレッスン部屋を出ようとした時、いきなり駆け込んできたセイウンスカイさんからそんな驚きの情報がもたらされました。

エルのように大声をあげるわけではありませんが寝耳に水なのは私も同じです。私はセイウンスカイさんに話の続きを促します。

 

「いやさぁ、さっきたづなさんが生徒会室に入ってったのをたまたま見かけてさ。何だろうなーって興味本位で聞き耳立ててたら、たづなさんの声で『もう養護教諭とは呼べなくなってしまう』って言うのが聞こえて」

 

その時の状況を話すセイウンスカイさん。

 

「それ、かも知れないじゃなくてもう確定じゃないデスカ!? イケマセン、これはみんなに伝えないとイケマセェェェェェェン!」

 

慌ただしく立ち上がったかと思うと、脇目も振らず大声を上げたエルはそう言って教室を出ていってしまいました。流石は彼女もウマ娘、あっという間にいなくなってしまいました。

 

「あ、ちょっとエル! ……行っちゃいましたか」

 

まずは当事者本人に事の真偽を確かめる方が先だと思うのですけれど……。

 

そのエルの行動が、学園のほとんどのウマ娘達を混乱の渦に陥れた大騒動の始まりだったとは、その時はもちろん私が気づく筈も無かったのです。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「えーーーっ! スノウ先生が先生を辞めるの!? ヤダヤダ、ターボそんなのやーだー!」

 

「またまた、エイプリルフールにはまだ早いぞ。そんな嘘でこのネイチャさんを騙そうったって……嘘だよね?」

 

「何かあったのでしょうか。原因不明ですね」

 

「むむむむーん、これは事件の予感……! 犯人はこの中にいるっ!」

 

「なわけないでしょ。ちょっとどういうことなのか、みんなで保健室に聞きに行ってみよっか」

 

「「「賛成」」」

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「それは……困る。スノウ先生がいなくなると、もうあの大きなポテチを貰えなくなる」

 

「自分は食いモンの心配かっ!」

 

「でも、理由が分かりませんねぇ。何故なんでしょう」

 

「ハッ、おおかたタマ公の相手をするのが疲れたとかなんじゃねぇのかい?」

 

「なんやと? それを言うなら狐なのか犬なのかよう分からんウマ娘に愛想尽かしたんかも知れんなぁ」

 

「あ?」

 

「お?」

 

「こらっ、2人共喧嘩はメッ、ですよ! それよりその噂が本当なのか先生に聞いてみませんと」

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「えええええーーーっ! 何で、どうしてーーー!?」

 

「何か事情があるのではなくて? 例えば……例えば、えーと……」

 

「わたし、先生大好きだよ! キングちゃんと同じくらい大好きだよ! キングちゃんとずっと一緒にいたいって思うのと同じくらい、先生と離れ離れになるのは嫌だよ!」

 

「この子はさらっとこういう事を……/// き、気になるのなら実際どうなのか本人に確認してみればいいでしょう?」

 

「そっか! じゃあ、先生のとこに行こう!」

 

「ちょっ、ウララさん手を引っ張らないでー!」

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「えええっ、ほ、ほんとに!? 先週一緒に遊んだ時にはそんなこと全然言ってなかったのに……」

 

「……」

 

「や、やっぱりライスが悪い子だからなんにも教えてくれなかったのかな……ううん、勝手な想像で落ち込んじゃ駄目って先生も言ってたでしょ、負けるなライス、がんばるぞ、おー」

 

「……」

 

「でも、だとすると先生どうしちゃったんだろう……。ブルボンさんは何か聞いてました? ……ブルボンさん? ぶ、ブルボンさーん!?」

 

「……」

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「……ふーん、辞めるんだ、あの先生」

 

「う゛う゛う゛そ゛お゛お゛た゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

「まさか。彼女にとっても我々にとってもメリットが無い。デマだろう。デマ、だよな?」

 

「興味無い。あたしは帰る」

 

「タイシン、帰り道はそちらではないぞ?」

 

「……」

 

「み゛ん゛な゛て゛き゛き゛に゛い゛こ゛お゛お゛お゛!!」

 

「……そうだな。既に行くつもりだった奴もいるようだしな」

 

「っ///」

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

じゃじゃじゃ(ええええええっ)!? まぁだすっただごと(またまたそんなことある)あるわげねがべじぇ(わけないじゃないですか)!」

 

「ユキノ、方言強く出過ぎ」

 

「あわわ、すみませんシチーさん。すんげぇ驚いてしまって」

 

「まぁ気持ちは分かるけどさ。でも、へぇ……アタシに黙っていなくなろうとしてたなんて、いい度胸してんじゃんスノウ先生」

 

「し、シチーさん顔が怖いべ……でもそんなシチーさんも美しいべ……

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「ハァ!? スノウ先生が辞めるって何なのよ!?」

 

「おいトレーナー! どういうことだよ!」

 

「マジでどういうことなんだ!?」

 

「あ、トレーナーも聞いてなかったんだ……あれ、マックイーンは驚かないの?」

 

「えぇテイオー。先生とは懇意にさせて頂いておりますので聞き及んでおりましたから」

 

「え、それってどういうこ」

 

「たたたたた大変です学園の一大事です!! 皆さん、先生のとこに……あれ、ゴールドシップさんは?」

 

「『こうしちゃいられねぇ! ちょいと日本アルプス原産の極上のウニ採ってくるわ』って言っていなくなったわよスペちゃん」

 

「えええ……」

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「へ? あぁ、存じてましたよ」

 

「流石デジタル君……というか、君の割には落ち着いてるねぇ。普段ならこんな話を聞こうものなら髪を振り乱して巨大化して口から火を吹きながら理事長室に突入していきそうなものなのに」

 

「タキオンさんの中のあたしってどうなってるんですか……。まぁおめでたいことなので後でお祝いしようかとは思ってはいましたけど」

 

「辞めることが、おめでたい? ……あぁ、そういうことですか」

 

「はい。というわけでカフェさん、何か先生の欲しいものってご存知ですか?」

 

「コーヒーですね」

 

「あ、あながち間違いではないのですが……あぁっ、でも即答できるカフェさんが尊いでしゅぅ……」

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「あっ、アヤベさん、アヤベさーん!」

 

「……なに。今忙しいから後にして欲しいのだけど」

 

「スノウ先生が辞めるって噂、聞きました? 今学園中がもの凄くもの凄いことになってて!」

 

「えぇ。今からそれを問い詰めに行くところよ」

 

「アヤベさんも学園辞めちゃうんですか!?」

 

「……どうしてそうなるの」

 

「え、だって、アヤベさんと先生って()()()()ご関係なんでしょう?」

 

「……寝惚けたことを言うのはこの口かしら?」

 

「い、いひゃい、いひゃいれふよアヤフェふぁん!」

 


 

……うっし、今日の書類仕事完了。

すっかり冷めてしまったコーヒーを一息に飲み干し、軽く伸びをするわたくしメルテッドスノウでございます。

 

いやぁ、あの時は大騒ぎでしたねぇ。

あれからどうなったかかいつまんでご説明しておきましょう。

 

どうやらわたくし、目覚める直前に軽く発光していたらしいんですよね。

周りがなんじゃこりゃあ!? って思った矢先にいきなりわたくしが目を覚ますわ、かと思ったら大声上げて泣きじゃくるわでそりゃあもうお見舞いに来ていたみんなは訳も分からず大パニックでございました。

 

更には歩けるようになってるわ呼吸は正常になってるわで病院側も大パニック。検査とリハビリに軽く追われましたとも。

そう、歩けたんですよリハる前から。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これにはわたくしも驚愕。さすが女神パゥワー。

おかげで年単位を覚悟していたリハビリも確認のための2、3日で終わってしまいました。あの時のリハ技師さんの何とも言えない表情はしばらく忘れられそうにありません。

 

ドクターがもの凄ぉーーーく学会発表したがってましたけど、こんな再現性も発展性も無い事例はただのオカルトなので止めといてもらいました。

まだ車椅子を全く使わない生活には慣れませんが、徐々に馴染んでいくことでしょう。

 

そしてチート能力のほうですが、確かに使えなくなってしまったようです。

一度、擦り傷があったウララん相手にこっそり試してみたんですが駄目でした。

けどチート使ってる時とは違った妙な感覚はあるんですよね……何だろ。後日要検証ですね。

 

手軽にウマ娘ちゃん様達から曇り原因を取り除けなくなってしまったのは悔やまれますが……いや手軽にとか言っちゃ駄目だな、またお母さんに怒られる。

もし仮に能力が残っていても今のわたくしは以前ほど使用することは無かったと思うので、結果的に無くなって良かったのでしょう。

 

一応筋を通すためにメジロのご当主様にはもう治せなくなってしまったことと、致し方ありませんが契約キャンセルでも構わないことを伝えたんですが、『貴方はメジロを恩知らずの一族にしたいのですね?』とか言いながらもんの凄い圧をかけられました。怖かったです(小並感)。

向こうが望んだものはわたくし側からは既に支払っており、その後の治癒行為が出来るかどうかは関係無いだろうということで、そのまま引き続き対価をいただけることになりました。

おかげで今まで密かに進めていた計画がポシャらずに済んだので地味に助かりました。あのお方には本当に頭が上がりませんね。

 

と、そうやって慌ただしいながらも平穏とした日々を取り戻したという事でございます。

どーれ、ひと仕事終わったしいつものグラウンドを眺めるお仕事の方をしましょうかね。今日はどんな娘が頑張って未来を目指して研鑽を積んでいるんでしょうねぐふふふふ。

 

……あれ、なんかいつもより外を走ってる娘の姿がやけに少ない気がしますぞ?

そう思った時、だんだんこちらに近づいてくる駈歩の音。

おっと、何事でしょう……ってかなんか結構な大人数が来てる音だぞ? しかも駈歩どころか襲歩じゃないか、おい軽く地響きしてるぞ? えっ、どんだけ来てんの?

そしてその勢いのまま、ドバゴシャアッ! と過去イチやばい音を上げて開けられるドア。おい大丈夫かドア。

 

「「「メルテッドスノウ先生っ!」」」

 

聞こえてきた足音の通り、たくさんのウマ娘ちゃん様達が一斉に保健室へ駆け込んできました。

お、おおぅ。どうしたみんな。そんなに大勢で……お部屋のウマ娘ちゃん密度が加速度的に上がっていきます。密です。だんだんと超至近距離で囲まれていきます。ひゃあ。部屋に満ち満ちていくウマ娘ちゃん様、ウマ娘ちゃん様、ウマ娘ちゃん様。ひゃああ。通勤ラッシュの電車じゃあるまいし何でこんなに近くにたくさんの娘たちが待って待って折角健康になった心臓がまた止まっちゃうやばいから。うひゃあああ。

 

「ん、みんなどうしたの? 急患?」

 

ひっひっふー。ひっひっふー。

何とか頑張って平静を保ちます。

こんなみんなでやってくるような事態なんて……おいおいまさか集団食中毒とかでも発生しましたか!?

 

「先生、養護教諭辞めちゃうって本当!?」

 

誰かがそんなことを聞いてきます。

……耳が早くないっすかね。まだ一部の関係者にしかリークしてない情報なのに。

 

「ありゃ、情報早いね」

 

「じ、じゃあ……」

 

「うん、本当だよ」

 

まぁ、知られてしまったからには仕方ない。

本当はギリギリまで隠しておいてみんなを驚かせようとしていたのですけど。

事実であることを告げると、ざわついていたみんながシンと静まり返ります。

……ぉや?

 

「……やだ……」

 

「ん?」

 

「嫌だ! 先生がいなくなるのは嫌! お願い先生、学園、辞めないで!!」

 

今にも泣きそうな声で訴えてくるウマ娘ちゃん。

周囲からも嗚咽まじりに辞めないでという声が聞こえてきます。

……んんん? 何か空気がおかしいぞ?

 

「ん? 学園は辞めないよ?」

 

「……え?」

 

「え?」

 

再び静寂に包まれる保健室。

何? どういうこと?

 

「っと……養護教諭、辞めちゃうんだよね?」

 

「ん。辞めるよ」

 

「じゃあ、学園は……」

 

「辞めないよ」

 

「え?」

 

「え?」

 

……あ、ようやく理解。

みんなはわたくしが『養護教諭を辞める』って話を『学園を退職する』って話だと勘違いしちゃったのか。

 

やだなぁ、こんな最高に素敵な職場を辞める訳が無いじゃない。

適当にゆるっとお仕事してるだけでコーヒーを嗜みながらウマ娘ちゃん様達と触れ合える上でお賃金がいただける職場なんて他にあるとは思えませんし。

 

「え、っと……どういうこと先生?」

 

まぁ『養護教諭を辞める』ってことはバレてしまったので、どうせですからこの場で完全ネタバラシしてしまいましょうか。

わたくしは机の引き出し、その一番下の段から封筒に仕舞っていた、仰々しい字が書かれたB4サイズの厚紙を取り出してみんなに見せます。

 

「ふっふっふ。じゃじゃーん」

 

「なに、それ?」

 

「医師免許」

 

「へ?」

 

いやぁ、前々から地味にストレスだったんですよね、怪我したりした娘をチートを使わずにちゃんと治してあげられないのって。

一般的な中高校ならまだしも、国内屈指のアスリート養成校に専門医が常駐してないのって普通に考えてあり得ないでしょ。

 

ですのでわたくし、ちょっと頑張ってスキルアップをすることにしました。

本来は医大に通わないと免許取得出来ないんですけど、今の職場を辞める気は無かったのでちょいと権力持ってる人にお願いして何とかしてもろて。

あ、試験自体は実力突破ですよちゃんと。

 

というわけで。

 

「先生、春から保健医になります」

 

「はい!?」

 

「ちょーがんばった。ぶい」

 

「「「……はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」

 

これからもよろしくね、みんな!




■保健医
医師業務が行える養護教諭のようなもの。実在はしておらず、架空の職業だったりする。実在するのは以下。
養護教諭:いわゆる保健室の先生。養護教諭免許を必要とするが扱いとしては教員免許に近く、医療行為はNG。
学校医:学生に診療やアドバイスをする医師。学校に常駐しているケースは稀で、普段は病院勤務とかしてたりする。
保険医:保険診療を行える医師。つまり保険医=一般的な医師、という認識で問題無い。学校は関係無い。

本来医師免許取得には『医学部に入り6年勉強し、資格試験を突破する』というむっちゃくちゃハードル高い絶対条件があるらしいのですが、前半部分をメジロ力(ぢから)でなんやかんやしてもらいました。試験自体は超勉強して頑張ったし、更に免許取得後2年間の研修期間が必要なのですが今後メジロ主治医に面倒を見てもらうことでカバー。無理があるですって? 知ってる。

■メルテッドスノウのひみつ①''
実は、転嫁能力が無くなった代わりに『怪我がほんの少し治りやすくなるおまじない』が使えるように。
能力除去の名残りと、女神の祝福が関係しているらしい。
もちろんノーリスク。やさいせいかつ。

■永世MVP
シラオキ様。
『お母さんのオハナシ』の効果により自身の精神を生け贄にすることで三女神を召喚。スノウちゃんを完全回復に至らしめる。
ろくな出番が無かったのに重要フラグの立役者。


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Epilogue:

2023/07/29 21:00 2話同時投稿(2/2)


春。

ここ府中では桜が満開です。

今年も夢と希望に胸を膨らませた多くのウマ娘たちが、トレセン学園に入学します。

 

ある者は、己が強さを証明するために。

またある者は、競い合えるライバルの存在を求めて。

はたまたある者は、誰かの想いに応えるために。

 

色々なウマ娘が様々な想いを胸に戦いの舞台へと身を投じる、その登竜門へとやってきたのです。

 

そして私、キタサンブラックもそんな多くのウマ娘のうちの1人でした。

どうにか無事に入学試験を突破し、いよいよ今日からこの学園でトゥインクルシリーズを目指して学んでいくことになります。

そう、今日という日から私達の輝かしい未来が……。

 

「だから言ったじゃない! 大事な日の前は早く寝なさいって!」

 

「だってだって! 緊張してなかなか眠れなくて!」

 

……始まらないかも知れない。

 

今日という日が楽しみすぎて、全然眠れなかった。

おかげで当然寝坊した。ごめん。ほんっとごめんダイヤちゃん。

入学初日から遅刻はちょっとシャレになんない。

 

私と私の大親友であるダイヤちゃん……サトノダイヤモンドの2人はまだ見えぬ校門を目指して敷地周りの歩道を怒られない程度のスピードで走っています。

というかトレセン学園って何でこんなに大きいの! 右手に敷地を眺めながら結構長いこと走ってるんですけど!?

心の中でそんな悪態をつきながら、なおかつこんな事態に陥っているのが自業自得であることを反省しながら適性を軽く超える距離を走り続けること数分。そうして何とか。

 

「ま、間に、合った……」

 

「結構、ギリギリ、だったね……」

 

肩で息をする私達。どうにか予鈴が鳴る前に校門へ辿り着くことが出来ました。

少し呼吸を落ち着けて顔を上げれば、その先に見えるのは立派な校舎。

感謝祭とか他にも色んなことがあったりする度に訪れていた場所だけど、今日からは違う意味を持つ校舎。

……遂にここまで来たんだ。

 

「……いよいよだね。ダイヤちゃん」

 

「うん。一緒にがんばろ。キタちゃん」

 

真っ直ぐ伸びる道の先に見える学び舎を見つめ、私達は決意を新たにします。

そう、今日から私達もここトレセン学園の一員となるんです。

 

ここで研鑽を積んで、絶対にあの憧れの人達の背中に追いついてみせる。

私と、ダイヤちゃんの2人で。そして、憧れのその先へ……!

 

「ほら、早く教室行こ、キタちゃん」

 

「待ってってうわあっ!」

 

慌てて再び駆け出した結果、校門のレール部分に躓いて盛大に転んでしまった。痛たたた……。

どうも本格化を迎えて身体が急成長したせいか、まだ色々と感覚が追い付いてないみたい。

 

「大丈夫、キタちゃん!?」

 

「う、うん……痛っ、膝擦りむいちゃった」

 

左脚の膝頭が擦り切れ、じわじわと赤い領域が広がっていく。やってしまった。前途多難だなぁ、私の未来……。

 

「……ん? どうしたの? 怪我しちゃったの? 大丈夫?」

 

膝を抱えてその場に蹲ってしまっていた時です。校舎と反対側……私達が今入って来た校門の方からふいに声を掛けられました。

振り返るとそこにいたのは、1人のウマ娘。

 

群青色のショートヘアの毛先は灰色に透けてグラデーションがかっていて、透けた陽の光で輝いています。右耳には鮮やかなライムグリーン色のシュシュ。

どこまでも透き通るアクアマリン色の瞳は、その色の名が示すように広く広く海のように全てを包み込む優しさを湛えているかのようです。

そしてその身を包む白衣が、まるで羽衣のように彼女から醸し出される清明さを彩っています。

 

きれい。

 

現実でありながら非現実的な雰囲気を匂わせるそのウマ娘は、恐らく飲むつもりであったのだろう、水のペットボトルを片手に持ちながらそう聞いてきました。

彼女はゆっくり歩いて私に近寄ります。そして私のそばにしゃがんで傷の様子を診察し始めました。

 

「あ……」

 

この人は。

 

「ちょっと痛いかもだけど、ごめんね」

 

そういうと彼女はポケットからハンカチを取り出し、更にパキッと音を立てて開封したペットボトルから中に入っていた水でハンカチを濡らしていきます。

そのハンカチでちょんちょんと傷口を軽く拭いて、どこから出してきたのか絆創膏をぺたり。

 

「いたいのいたいのとんでいけ。はい、処置完了。いくらウマ娘の身体が頑丈だと言っても気を付けてね、キタサンブラックさん」

 

そう言って微笑みながら私の頭に手を乗せて、軽く撫でられました。

柔らかくてあったかくて、優しい手。

 

やっぱり、この人は。

あの時もこうやって私を撫でて励ましてくれたこの人は。

諦めずに信じ続ける強さを私に教えてくれた、この人は……!

 

 

 

「はいっ! ありがとうございます、スノウちゃん先生っ!!」

 

 

 

私達の輝かしい未来が、やっぱり、今日から始まるのかも知れない。

 

 

 

走れないTS転生ウマ娘は養護教諭としてほんのり関わりたい:完

走れなかったTS転生ウマ娘は保健医としてほんのり関わり続ける:完




■後書き
くぅ疲。
この度は『走れないTS転生ウマ娘は養護教諭としてほんのり関わりたい』を最後までお読みいただき誠にありがとうございます。
無理に無理を重ねた形でしたが、何とか着地出来たのではないかと思います。もし読み終わった時に皆様の脳内で画面が暗転し、スタッフロール&うまぴょい伝説が流れ出していたのならとても嬉しゅうございます。

この結末の草案を思いついたのが2023年のバレンタイン前くらいの頃なんですけど、その約2週間後にアプリでグランドマスターズの発表、つまり公式三女神様が出てきたんですよね。
もうね、『この話で行け。書け』って言われた気がしました。気のせいでしょうけど。

本来飽き性の自分がよく書き続けることが出来たものだと今でも思います。
これもひとえに評価、感想、ここすき、誤字修正やツイッターでの読了報告をしていただけた読者の皆様のおかげだと只々感謝するばかりです。

流石にSeason3の予定はありません。
余談や閑話は極稀に投稿するかも知れませんが物語としては完全に完結となります。
発表から充電期間を含め約9ヵ月もの長い間、メルテッドスノウを応援していただき本当にありがとうございました。スノウちゃんの幸せはこれからだ!

それでは全ての読者様方とウマ娘ちゃん様達の幸せと今後の益々のご発展を願いつつ、この場はこれにてお開きとさせていただこうと思います。
重ねてありがとうございました。


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おまけ
Bonus01:保健医のハロウィン


アニメSeason3放送記念。
時期としては1話が始まる前の年にあたりそうです。


あれ、これカメラ入ってる? 映ってる?

あーあーあー、テステステス。

うっし。

 

はいっどーーーーーもーーーーーー!!

お久しぶりです。お久しぶりです?

今年からめでたく保健医として働かせて頂いております、メルテッドスノウです。

 

わたくしの身体が車椅子要らずになってから早半年以上が経過し、わたくしも今まで以上にアグレッシブに活動することが出来るようになりまして。

気が付けばわたくしの渾名も『トレセン学園の雪妖精』から『白衣を纏ったヤベー奴2号』に変わっておりました。

ついに脱・妖精です! 長かったぜ。

けど何だその不名誉で不思議な新しい渾名は!?

……え、1号は誰かと? 言う必要ありますかそれ?

 

とまぁ、そんなこんなで今年もイベント盛りだくさんで時間はあっという間に流れて既に季節はすっかり秋。

来月頭にはファン感謝祭を控えた状態で、学園内もにわかに活気づいてきております。

今回も色々なウマ娘ちゃん様達から『ウチの出し物に遊びに来て!』とお呼ばれしてたりもするんですが、今はそれより先に済ませておかなければいけないイベントがあります。

 

そう、それは10月の最終日を彩る欧米由来のお祭り、すなわちハロウィンでございます!

アニメ内ではテイマク、そしてキタサトが魂抜けるほどぷりちーな仮装を披露してくれ、アプリのほうでも数々のイベント、新衣装、サポカイラストを生み出してくれた、水着やクリスマスに並ぶほどの愛すべき催し、Halloweenでございます!!

 

今日は近くの商店街で行われているイベントに参加してこようと思っています。

アーケード街が全体的にオレンジと黒に彩られ、至る所にカボチャやらおばけやらが配置されたりハロウィンにちなんだお菓子や雑貨やらが並べられたりと、かなり気合の入ったイベントとして毎年開催されているんですよね。

更に仮装しているお客には屋台のゲーム1回無料やお菓子袋進呈などの特典もあったりと、見てるだけはもちろん参加するのも楽しい素敵イベントなのですよ。

この界隈ではそこそこ有名な催しらしく、CATVの取材なんかも来てたりするようで。

 

今までは足が動かせなかった都合上、移動や着替えなどで手間がかかるために見送っていた仮装ですが、無事完治した今回からは是非とも参加したい。そんな気持ちで2か月前からハロウィン用の衣裳を設計・作成しておりました。

じっくり時間をかけて作ったので満足のいく出来栄えです。

後日のファン感謝祭でも着回せるし、来年以降も使えるでしょう。

 

せっかくのイベント事ですので誰かを誘って一緒に行くことも考えたのですが、今回は衣装の都合上喋ることが一切出来なくなってしまうので、同行者を退屈させてしまうだろうということでソロ活動です。

どんな衣裳か、ですか? それはまぁ後ほどのお楽しみということで。

 

さて、自分語りはこの辺りで良いでしょうか。

そろそろ衣裳を着て商店街へ向かうことといたしましょう。

そうだ、ウマッターのほうでも投稿しておきましょう。

 

地図アプリでざっくりと商店街をマーキングしてー、

画面をスクショしてウマッターに画像添付してー、

『〇〇商店街でハロウィンなう』

っと。

 

うっしこれで準備完了! 無限の彼方へさぁイクゾー!(デッデッデデデデ)

 


 

「ね、ねぇダイヤちゃん、この服、ちょっと今の私には幼すぎないかな……?」

 

「そんなことないよキタちゃん! すごく似合ってる! 素敵!」

 

こんにちは、キタサンブラックです!

今年から私とダイヤちゃんはトレセン学園に入学し、日々精進しています。

 

無事に私は憧れのテイオーさんと同じチームスピカに、ダイヤちゃんは代々サトノ家が懇意にしているというチームカペラに所属することになりました。

そして数ヶ月前に、なんとメイクデビューまで果たすことが出来たんです!

また一歩、テイオーさんに近付くことが出来たみたいでとっても嬉しいです。

今後も勝ち続けていけるよう、益々頑張っていかなくっちゃ。

 

さて、今日はそんなトレーニングを積み重ねる毎日からちょっとだけお休みし、私とダイヤちゃんは商店街のハロウィンイベントに遊びに行くことにしたんです。

で、どうせだったら昔みたいに仮装して行こうってことになったんですが……ここでダイヤちゃんが『折角だから昔のと同じデザインにしよう』と言い出して、小学生の頃にお揃いで作った魔女の衣装を今の体型に合わせて仕立て直したものを用意してくれました。

 

……うん、あの時も思ってたけどダイヤちゃんすごく良く似合ってる。可愛い。いや決してダイヤちゃんが幼いって意味じゃなくて。

けど私はちょっぴり自信が無くて躊躇しちゃったんですけど、ダイヤちゃんが似合ってるって言ってくれるならまぁそれでいいかと思い直して、二人で手を繋いで商店街へ向かうことにしました。

 

うふふ、楽しみだなぁ。

私は昔からこういうイベントとかお祭りとかが大好きだから、今日はいっぱいはしゃいじゃいそう。

よーし、今日は目一杯遊ぶぞー!

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

商店街の入口まで来たときに、その商店街から出てくる二人組を見かけました。

赤ずきんの格好をしたテイオーさんと魔女風のマックイーンさんです。

 

「あ、テイオーさーん、マックイーンさーん」

 

大きく手を振ると、こちらに気付いて向かって来てくれました。

 

「あら、お二人とも。ハッピーハロウィン、ですわ」

 

マックイーンさんは私達と同じ魔女の仮装ですが、全体的にシックで落ち着いたデザインの衣装は本当に魔女みたいでとても良く似合っています。

テイオーさんの赤ずきんも、テイオーさんが生来持ち合わせている明るさ快活さとマッチしていてすごく素敵です。

 

「ハッピーハロウィンです、お二方」

 

ダイヤちゃんがそう二人に挨拶をします。

同じチームなので私は二人にしょっちゅう会っていますが、ダイヤちゃんはそうでも無いのでこの4人で揃うのはちょっと珍しいかも。

 

「そっちはお揃いで魔女かな? 前に見た時も今もすっごく可愛いよ! そっちから来たってことは……そっか、これから二人は会うのか、アレに」

 

「ですわね……」

 

「アレ、ですか?」

 

テイオーさんが私達の仮装を褒めてくれたのは嬉しかったのですが、その後に続くセリフと、マックイーンさんの困ったような引き攣るような笑顔に疑問が浮かびます。

 

「まぁさ、スノウ先生も来てるんだよココ」

 

テイオーさんがそう続けます。

 

「本当ですか! へぇ、どんな恰好してるんだろ、会うのが楽しみです!」

 

スノウちゃん先生も商店街に来てるんですね!

きっとあの先生のことだから何かの仮装をしているに違いないと思います。

あの先生からも私と同じ、お祭り好きのオーラを感じるので絶対に間違いありません。

 

「ええと……何と言いますか……」

 

マックイーンさんが言い淀みます。

何かあまり良くない事でもあるのでしょうか。でも否定的というより、単純にどう触れたら良いのか対処に困るというような印象です。

 

「にしし、会えば分かると思うけど……スゴイよ」

 

にやりとした表情を浮かべながらそうテイオーさんは言います。

な、何だろう。そんな意味深な表情をされると不安になっちゃいます。

 

「すごい?」

 

「まぁ、百聞は一見に如かずと申します。わたくし達から言うより実際にお会いした方が良いでしょう」

 

「だね。まぁ二人とも楽しんできなよ。あ、ちょっと奥のお店で今年もジャンボタピオカチャレンジやってたから行ってみるといいよ。そんじゃまったねー」

 

そう言い残してお二人は学園の方へと行ってしまいました。

マックイーンさんの何だか思わせ振りな捨てゼリフに訝しんでしまいます。

 

「……とりあえず、紹介されたタピオカのお店に行ってみようか、キタちゃん?」

 

「そ、そだね。行こ、ダイヤちゃん」

 

気にはなりますがそれはそれとして、折角のダイヤちゃんとのお出掛けだしちゃんと楽しまなきゃ。

スノウちゃん先生の事は心に留めておくとして、お勧めされたお店に行ってみよう。

ジャンボタピオカチャレンジって何だろう、すっごい楽しそう!

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「ってテイオーさんが言ってたから来てみたけど……」

 

「お店、完売で閉店しちゃってるね」

 

というわけで紹介されたお店に来てみたんだけど、残念ながらお店には『完売』の張り紙が。

ここでは両手を使わないと持てないようなサイズのタピオカミルクティーを1分で飲み切ったら無料になる、という催しをやっていたらしいんですが、想定していた以上に早く無くなってしまったとのことで。

 

「ごめんなさいね、さっき丁度売り切れちゃって。……なんかジャンボタピオカミルクティーをまるで排水溝に流すかのような音を立てて何本も飲み干す芦毛のウマ娘さんがいてね……普通の分の在庫まで無くなっちゃって。知り合いのウマ娘にもこんなに飲む娘は居なかったけど、やっぱりトレセン学園の生徒さんってすごいのね」

 

店員さんも信じられないものを見た、といったように話してくれました。

お店、完全に赤字だと思うんですけど恨み言の一つも言わないで感心したように語ってくれます。

 

「いやいや、いくらトレセン学園でもそんなに飲める人は……2,3人くらいしか居ませんから!」

 

「全く居ないって言えないところが学園の怖いところだよね……」

 

少なくとも同じチームのスペさんとかなら余裕で実行出来そうだし。

もし飲み物がはちみーだったらテイオーさんも出来ちゃいそうだし。

 

申し訳無さそうに『またいつか来てね』とおまけのクッキーをくれた店員さんに別れを告げて二人で他のお店を覗きながら歩いていると。

 

「おっ、キタ、ダイヤか。また随分と可愛らしい魔女に会っちまったねぇ」

 

「あ、イナリさん、それにタマモさん!」

 

「まいど、お二人さん」

 

声を掛けてきてくれたのは少し小柄な二人のウマ娘、イナリワンさんとタマモクロスさんでした。

 

「お二人は身体中に包帯を……ミイラの恰好ですか?」

 

全体的に紫をあしらった衣装に、身体の至る所に包帯を巻き付けています。

メイクで少し肌の色も青白くしているみたい。

すごいなぁ。ハロウィンらしくホラー感も出てる。包帯も所々千切れてて古くなったもののように見せてる。細かいなぁ。

 

「せや。迫り来るミイラを銃で退治する『ミイラハント』っちゅーお化け屋敷を手伝っとってな。休憩と宣伝を兼ねて歩き回っとるとこや」

 

タマモさんはそう言って、両腕をぐわーっと広げて今にも襲ってきそうなポーズを取ります。

へぇ、そんなイベントもやってるんですね。面白そう!

 

「なるほど、楽しそうですね! あたしもやってみたいです!」

 

「おっ、流石はキタ。祭りの何たるかを分かってるじゃねぇか。同じ阿呆なら踊らにゃ損ってな。クリーク、こっちの二人が……ってクリークはどこいったんでい?」

 

どうやらお二人以外にもクリークさんが一緒にいたみたいです。

タマモさん達が周りをキョロキョロしはじめます。

 

「んん!? さっきまで一緒におったのに……っておった!」

 

「うふふ〜、捕まえちゃいましたよー」

 

「……! …………!!」

 

タマモさんが指差した先には、タマモさん達と同じく包帯を身体中に巻き付けたスーパークリークさんが、道行く男の子を正面から抱き締めていました。

ってうわっ、クリークさんの格好って……肩とかお腹とか色んなとこの肌が露出してて……タマモさん達と同じように包帯だらけの格好だけど、あれは怖いっていうか、むしろ扇情的というか……。

抱き締められている男の子はクリークさんの、その、とても立派な胸部に顔を埋めさせられて逃げられないように押さえつけられています。

離れようと藻掻いていますが、ウマ娘であるクリークさんには敵わず抜け出せずにいるようです。

 

「い、いけねぇ! アイツ通りすがりの子供を捕まえてやがるぞ!」

 

「あかん! このままじゃあの子の中の何かが破壊されてまう! こらクリーク! 何しとんねん離したりぃや!」

 

「え、宣伝ですよ。ゲームでミイラに捕まるとこうなっちゃいますよー、って。ね?」

 

そういってクリークさんは捕まえた子を解放します。

が、男の子は心ここにあらずといった様子です。

 

「……ばぶぅ」

 

男の子はしばらく赤い顔のままぼーっとした表情でクリークさんと目を合わせていたと思ったら、彼の口からは実年齢とは思えない言葉が出て来ました。

 

「……あかん。手遅れやった」

 

「一般人にはもう少し加減してやってくんなクリークよ」

 

呆れたようにそう零すタマモさんとイナリさん。

まるで『またやったな』と言わんばかりですけど、クリークさんってよくこんな事してるんですか……?

 

「あ、あははは……」

 

「何か、すごいことになってるね……」

 

クリークさんには気を付けよう。

私もダイヤちゃんもそう思った瞬間でした。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「お、そういやお二人さんはもうスノウセンセには会うたんか?」

 

それからしばらくして、どうにか正気に戻った男の子と別れてしばらくお三方と一緒に商店街を歩いていたところ、タマモさんがふいにそう切り出してきました。

 

「い、いえ、まだですけど」

 

「会うてみ。すごいで、センセの仮装」

 

実に面白いものを見た、といった表情でタマモさんは微笑みます。

テイオーさん達といい、タマモさん達といい、こうやって話題に挙げてくるってことはそれだけ印象に残るような何かをしてるってことなんだろうなぁスノウちゃん先生……。

 

「さっきテイオーさん達からもそう言われたんですけれど、そんなにすごいんですか?」

 

「あぁ、ありゃすごかった。一体普段どんなこと考えてりゃあんな仮装をするって発想に至れるんだろうな」

 

イナリさんも遠い目をして思い返しているようです。

嘲りなどは無く、素直に感心しているみたいですね。

 

「そんなに……?」

 

「うふふ、先生のウマッターを見てみて下さい。そこに答えがありますよ」

 

最後にそんなセリフでクリークさんが締め括ります。

だから、何でそんな思わせ振りな風に言うんですか!?

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「……って言われてスノウ先生のウマッター見てみたけど……」

 

「書かれていたのは『ハロウィンなう』って呟きと地図だけだったね」

 

お化け屋敷に戻っていったお三方と別れた後、スノウちゃん先生のウマッターを覗いてみたんですけど、そこにあったのは短い一言と商店街の中央の広場あたりにマーキングされた地図のスクリーンショットだけでした。

多分このマーキングが付けられている所にいる、ってことなんだろうけど……。

 

「とりあえずあの地図が示してる場所に来てみたけど、特におかしなとこは……ダイヤちゃん、私疲れてるのかな。広場の真ん中に地図にあったのと同じマーキングがいるんだけど」

 

「キタちゃん、大丈夫。私にも見えてる。大きなマーキングが子供達に囲まれてる」

 

スノウちゃん先生を探そうと広場を見渡した瞬間、そこに見えたのは先程先生のウマッターで見た地図に描かれていたマーキング。

ただしサイズはやたら大きい。それこそ人が入ってると思われる程に。

というかそのマーキングから足が生えていました。

 

私とダイヤちゃんが呆気に取られていると、たくさんの子供達に囲まれて蠢いていたマーキングと視線が合ったような気がしました。

マーキングと視線が合うってどういうことなんだろう。

するとそれは激しく身体を揺らしながらダバダバとこちらに向かって走ってきました。

う、動きが気持ち悪い!

 

「うわ、こっち来た! こ、怖い怖い! 何何何!?」

 

ダイヤちゃんと肩を抱き合って怯える私達の目の前に急ブレーキで立ち止まるものの、相変わらずボヨンボヨンと身体を揺らし続けているマーキング。

一体私達が何をしたの、と思っていた時。

ピロリン♪ と私のウマホから着信音が。

LANEに着信があったみたいです。

恐る恐るマーキングから視線を外してウマホを見ると、相手はスノウちゃん先生から。

 

『二人も来てたんだ。ハッピーハロウィン』

 

「「……え!?」」

 

眼の前にはゆらゆらと揺れてる大きなマーキングしかいない。

私とダイヤちゃんは何度もウマホ画面とマーキングを交互に見ます。

まさか。まさかまさか。

 

「……もしかして、スノウちゃん先生?」

 

首肯するかのように前後に揺れるマーキング。

えええ、ええええええ。

この、眼の前にいる摩訶不思議物体が、スノウちゃん先生なの?

本当に……?

 

「ど、どうして先程から喋らずにボディランゲージを……?」

 

ダイヤちゃんがそう尋ねると、またしてもLANEに着信が。

 

『着ぐるみは喋っちゃダメ。中の人などいない』

 

「「いやいやいやいや」」

 

ツッコミどころしか無い。

けど、とりあえず。

 

「ハロウィン何も関係なくないですかそれ!?」




■あとがき(2023/10/15)
アニメSeason3第2話のキタちゃんを慰めるネイチャさん語りのシーンが当ssのCase01と似通ってるとこがあるような気がして尊みを感じておりました。
あのときスノウに励まされたネイチャさんが同じようにキタちゃんを励ましてくれてる。こうやって想いは受け継がれていくんだなぁ、と。
完全に筆者個人の妄想ですねキモいですね。

スノウちゃんに変な仮装をしてもらいたかっただけ回。
オチなど無い。
てか書き上げてから気付いたんですけどスノウちゃんが一言も喋って無いな。

■ジャンボタピオカチャレンジ
アニメSeason2第11話でテイマクがハロウィンデートで飲んでたやつ。
完売させるほど飲み尽くした犯人は一体どこグリの誰キャップなんでしょう。
ミイラ3人が関係してるような気もしますが、謎ですね。

■スノウの仮装
「グーグルマップ コスプレ」で画像検索すると、実際にコミケでコスプレしてた人がいたみたいですね。
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本当にどういう思考回路をしていればこんなコスプレを思いつくんでしょうか。
レイヤー名は藤沢大典って言う人らしいですね。なんか聞いたことあるな。


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Bonus02:保健医と普通のウマ娘たち

チヨちゃんは何で飛ぶのんー?
ダービーウマ娘ですけどー
ノシ


「第1回チキチキ普通のウマ娘選手権ー!」

 

「……何ですかこれ」

 

ぶんぶんはろーぱかちゅーぶ。メルテッドスノウです。

いえ、別に配信とかはしてないですけど。

 

白衣を纏ったやべー奴1号に声を掛けられて彼女の研究室へとやってきたのですが、そこには数名のウマ娘ちゃん様達が既におり、わたくしが部屋に入ったと同時に呼び出した本人が大声でそんなことを言い出しました。

同室の一角でコーヒーを傾けていたカフェちゃんもいきなりの宣言に突っ込まざるを得なかったようです。

 

さてさて、呆気に取られているわたくしと数名のウマ娘ちゃん様達。

そんなわたくし達の様子など気にせず、呼び出した張本人であるアグネスタキオンは話を続けます。

 

「これから行うのは、普段から『普通のウマ娘』を公言している者達を競い合わせて、一体誰が本当に『普通のウマ娘』なのかを導き出すという実験さ」

 

「はぁ……また妙な事を……」

 

すっかり呆れ声のカフェちゃん。

ため息のつき方に年季が入ってます。心中お察しします。

 

「いえーいどんどんぱふー!」

 

「え、っと……これから何をするんですか?」

 

「あたしもよく分かんないんだこれが」

 

「あのー、早く帰って数学の課題片付けたいんですけどー」

 

そしてわたくしと同様、ここに集められたであろうウマ娘ちゃん様達。

順にマチカネタンホイザ、サクラチヨノオー、ナイスネイチャ、ヒシミラクルの4名です。

カネタン、チヨちゃん、ネイチャさん、ヒシミー……そういやみんなどっかで『普通のウマ娘』って自称してたっけ。

 

「私は最高のウマ娘というものを証明しようとしている。ウマ娘という存在が一体どこまで速く、強くなれるのかをね。であるならば、ゼロベースとなるような基準点はあった方が相対的に今の自分がどの程度の実力を持っているのかを測りやすくなるだろう? その基準点として機能し得る『普通』というものを明確にしておきたいのさ」

 

「意外とそれなりに筋が通ってる理由でしたね」

 

カフェちゃんがそう零しました。

うん、わたくしもそう思う。相対座標より絶対座標のほうが継続的なデータ収集には便利だろうし。

それは分かるんだけども。

 

「何でわたしも呼ばれたの?」

 

わたくし、自分が普通だなんて言ったこと無いし。

 

「あぁそれはねぇ、我々学園生は経緯はどうあれ、この学園に入学した時点である程度の特別性があると思う訳だよ。中央トレセン学園……その門は開かれているとはいえ決して広くは無い。むしろ狭き門と言って差し支えは無いだろう」

 

タキちゃんは部屋の中を歩きながら語り始めます。

我々の周囲を回るように歩いて、ふいにこちらを向いて立ち止まり、両手をばっと広げます。

 

「そこに入学出来た一握りの中だけで普通を競うなんて滑稽なことだと思わないかい? そこで学園生という括りから外れたウマ娘を混ぜることでより普通というものに対する解像度を高めようというわけさ」

 

ほぅ、さすがヤベー奴1号。着眼点が良いな。

どうやらわたくし達の中から『普通』と呼べるウマ娘を選ぶというのは第2目標のようですね。

第1目標はわたくしと他の娘達のデータから三角測量の要領で『真なる普通』の位置を導き出そうとしているみたいです。

そこでデータが似通いそうな4人以外の一石としてわたくしが投じられたと、そういうわけですね。

 

「あのー、ちょーっといいでしょうか」

 

「何だい?」

 

そんな考察をしていると、ヒシミーが小さく挙手をして発言します。

 

「さもわたしたちが参加するような流れで話が進んでますけど、普通に嫌なんですけど? わたし達には特にメリットも無さそうですし」

 

明確に拒否の姿勢を示しているヒシミー。

うわーどうしよっかなーといった感じのネイチャさん。

未だによく分かっていなそうなチヨちゃん。

何故かやる気に満ちてて乗り気のカネタン。

 

「もちろん君達にもお礼はするさ。この私謹製の3倍濃縮ロイヤルビタージュースを」

 

「いらないです」

 

即答ぅ!

嫌か。ロイヤルビターはダメか。……まぁ普通は嫌か。

 

「ふむ、そうか。まぁ無理にとは言わないよ。不参加ならばそう申し出てくれたまえ」

 

盛大にゴネたり脅してきたりすることもなく、あっさりと引き下がるタキちゃん。

何を言われても絶対断ってやるとでも言わんばかりだったヒシミーも、その引き際に呆気にとられます。

 

「へ、いいの? それじゃあたしはパs」

 

「あぁ残念だ。ベスト普通ニストに選ばれたウマ娘にはこのJOJO苑のギフトカードを進呈しようと思っていたんだが。あぁとても残念だが致し方無いな」

 

そう言って白衣の萌え袖からタキちゃんが見せびらかしたのは複数枚のギフトカード。うわお、結構な枚数があるみたい。多少大食い程度のウマ娘なら十分満足出来る量が食べられそうな程。

 

「さーみんな! 彼女に私達の普通っぷりを見せつけてやりましょう! がんばろー!!」

 

「手のひらドリルかな」

 

くるりとタキちゃん側からみんな側に向き直り、えいえいおーと腕を振り上げるヒシミー。

そのあまりにも鮮やかすぎる手のひら返しにツッコミを入れるネイチャさん。

こちらもまた流麗で鋭い返し。さすネイ。

さて、それはそれとして。

 

「ときに、タキさんや」

 

「何だい、スノさんや」

 

まるで熟年夫婦を思い起こさせるような自然なやりとり。

まぁちょいちょいタキちゃんとは治験やら何やらでよく絡んでるのでこういった冗談にもすんなり乗っかってくれるんだけども。

 

「わたしはその報酬を魅力だと感じてない。わたしがパスするとは思わないの?」

 

美味しいものは好きですけど、わたくしの興味を引くものとしては弱い。そんなことはタキちゃんも分かっているはずだ。

こちとらヤベー奴2号の名を頂いちゃってるんだ、ちょっとやそっとの報酬で動くと思うなよ!

さぁ、このわたくしがこの場に留まることにメリットを感じるようなものをタキちゃんに用意出来るのかなぁ!?

 

「何を言っているんだい。貴方には()()()()が既に報酬となり得ているじゃないか」

 

タキちゃんの言葉に目をぱちくりしてしまったわたくし。

……ふむ。つまり。

『このイベントに()()()()()()()()()無報酬で参加しろ』って意味だな?

 

「ほう、ほほう。それは……悪くないね」

 

思わず口角が上がってしまう。

まぁ確かに、こんな面白イベントに参加しない訳がないなわたくし。

もし『じゃあいいですぅー』とか言われてしまったら泣いて縋ってでも参加させてもらいたくなってしまう。

何だよ、タキちゃん分かってんじゃん。

いいじゃん。いーじゃんスゲーじゃん。

 

「だろう?」

 

「「ふっふっふ……」」

 

どんなイベントになるだろうと想いを馳せてみれば自然と笑みが溢れてきた。

正面から顔を突き合わせたタキちゃんもここまでがシナリオ通りなのだろう、一緒に笑い合う。

 

「うわぁ、白衣のヤベー奴達が向かい合って笑ってる……」

 

「全く、スノウ先生ったら……」

 

「えっと、結局は何をするんですか?」

 

多分全身全霊で茶番を、かな。

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

「第4問。持続可能な開発もくh」

 

――ぴこん。

 

チヨちゃんが手元のボタンを素早く押して回答権を得る。

 

「SDGs!」

 

「ブブー。ちょっと掛かってしまったねぇ。続きを頼むよカフェ」

 

「はい。持続可能な開発目標のことをSDGsと言うが、これは何の略でしょう?」

 

「ぐぬぬ、普通に分からない……!」

 

グーにした手をこめかみに添えて首を傾げて考え込むネイチャさん。

表情以外は『どどどどどーすんの?』のポーズになってて可愛い。

他の娘達も険しい顔をしているようです。

 

数秒待ってみたが誰も押す気配が無いな。

ふむ、じゃあ頂いちゃおうかな。ぽちっと。

 

――ぴこん。

 

「Sustainable Development Goals」

 

「正解。流石だねぇ」

 

まぁ何をしてるかと問われれば、クイズ大会っぽい何かというのが答えですかね。

アプリでの夏合宿の賢さトレーニング、そのままですね。

タキちゃん曰く、知力測定らしいです。

ってかいつの間にかカフェちゃんが助手ポジでシレッといるんですけど、それで良かったのかカフェちゃんよ?

今のところ4問出題され、その全てをわたくしが正解してしまっている。うーん。

 

「これ、わたしが言うのも何だけどちょっと不公平では?」

 

片や中高レベルの学生、片や医大卒レベルの教員。

一応、伊達や酔狂で教員やってないぞわたくし?

それなりに賢いのですよ?

 

「ふむ、もう少し難易度を落としてみようか」

 

カフェちゃんとごにょごにょ話をして出題順を調整するタキちゃん。

さぁて、次々、次の問題はー?

 

「では第5問。有馬記念とアイビスサマーダッシュ、ひいらぎ賞の3つの距離を足すと何mか?」

 

おおっ、これは確かに学園生なら答えておきたい問題。レース毎の特徴に関する記憶力と瞬間的な計算力が求められる良い問題だ。

 

「ええっと、えっと、有馬が2500mで、アイビスは……あれ、1000だっけ、1200だっけ?」

 

「ひいらぎ賞って、なんだっけ……?」

 

またしても数秒待ってみるが、みんな中々ボタンを押さない。

どれ……3、2、1、はい時間切れ。

 

――ぴこん。

 

「はいスノウ先生」

 

「5100」

 

有馬はすぐ分かるだろう。中山、芝2500mだ。

アイビスも直線番長として有名、新潟の芝1000m。

やっかいなのはひいらぎ賞。中山の芝1600mなのだが前の2つのレースが重賞なのに対してこっちはPre-OP。かつ似たような植物の名前が付いたレースも多くてややこしい。

 

「お見事。正解」

 

ま、いくら保健医とはいえトレセン学園の教員の端くれ。各レースの基礎情報くらいはすんなり出なくては会話について行けないですのでね。

 

「うええ、勝てませんー! 先生強すぎるー!」

 

カネタンが頭を抱えてぶんぶん振る。

うーむ……今の問題はだいぶ生徒側が有利だったんだけどなぁ。

 

「ふむ、ある程度は先生の独壇場になるだろうと踏んではいたがこれでは偏りが過ぎるねぇ……。ではサービス問題といこうか。これは何度でも答えられるよ」

 

こうなることは予想出来ていたようで、タキちゃんとカフェちゃんは目を合わせて頷き合うだけで次の問題を調整した。

何度でも答えられる、つまり正解が複数あるのか。

よっしゃばっちこーい!

 

「第6問。スノウ先生の良いところを述べよ」

 

「ぶっほ」

 

思わず吹き出しちまったじゃないか!

なんじゃその問題は!?

 

――ぴこん。

 

「はい、ネイチャ君」

 

「優しいところ!」

 

「正解」

 

すかさず回答するネイチャさん。

いや待て、なんだその正解は!?

 

――ぴこん。

 

「タンホイザ君」

 

「はい! 可愛いところ!」

 

「正解」

 

「っちょ」

 

間髪入れずボタンを押したカネタン。

ってああああああやめてえええええええええ!

恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!

 

――ぴこん。

 

「チヨノオー君」

 

「はい、えっと、生徒一人一人をしっかり見てくれているところ」

 

「正解」

 

――ぴこん。

 

「えー、結構みんなを驚かすのが好きなお茶目なところ?」

 

「ミラクル君、正解」

 

「待って、お願い待って」

 

全員で畳み掛けてくるなああああああぁぁぁぁぁ!

待てこら、何でみんなボタン連打しまくってるんだ!!

 

――ぴこん。

 

「コーヒー好きなところ」

 

「正解」

 

「カフェさん!?」

 

さらっと回答者側に来てるんじゃないよカフェちゃん!!

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

「……というわけで知力面はスノウ先生がトップだったので今度は体力面を……と思って、他の4人に適性があった芝中距離2200mで模擬レースをしてもらったのだが……今度は逆にスノウ先生が全く勝負にならなかったので追加の対決方法を用意してみたよ」

 

現役アスリートにウマ娘とはいえ一般人なわたくしが敵う訳が無いでしょうが。

わたくしがようやく第2コーナーを抜けようとする頃にはみんなゴールしてた。

うへぁ、やっぱすっげぇなぁ。オラわくわくすっぞ。

そんな風によそ見してたら躓いて転んでしまったけども。

スピード出てないし、芝だから大して痛くもなかったけども。

なんかゴールしたはずのネイチャさんがトップスピードのまま駆けつけてきてくれたけども。

ありがとうねネイチャさん。でも病弱設定は過去のものだからそんなに心配しなくても大丈夫だよ?

 

「先生に何か得意な運動はあるかと聞いてみたんだが……というか聞いてから車椅子生活だった先生に聞くことでは無いと思ったんだが、意外なことに先生は水泳なら出来るらしい。ということで端から端まで、50mのタイムを測定させてもらうよ」

 

というわけで追加の体力測定として水泳が行われようとしてます。

全員スクール水着に着替えてプールサイドに並んでおりまする。

泳がなくてもいいのにタキカフェまで律儀に水着姿とは。

あ、わたくしもプール作業することがたまにあるので競泳用水着を持っています。

いくらロリ体型とはいえ成人女性としてスクール水着を着るわけにはいかないのでね。

 

今までのわたくしならば『あああ水着のウマ娘ちゃん様達がこんな間近にやべえええええ』とか思ったりしちゃったりしますがわたくしも成長したもので、この場では平静を装えるようになりましたとも。

後々ひとりになった時にまとめて悶えることが出来るようになりましたとも。

多分今夜は寝れねーな。

 

「はい!」

 

元気に手を挙げるヒシミー。

 

「何だねミラクル君」

 

「どうしてわたしは縛られてるんでしょうか!」

 

彼女のウエストにはロープがぐるぐると巻かれています。

そしてその一端をタキちゃんが掴んでいました。

 

「そりゃあ逃げてもらっては困るからね」

 

「いーやーだー! 泳ぐのだけはいーやーあーー!!」

 

「観念したまえ」

 

この場から走って逃げようとするが、ロープが張って逃げることが出来ない。

そういやヒシミーってプール苦手なんだったっけ。

まぁ、得手不得手は誰にでもあるよね。

 

「ところで先生。先生ホントに泳げるの? 長いことまともに運動してなかったんじゃない?」

 

ふとわたくしに向かってネイチャさんがそう訪ねてくる。

先刻までの模擬レースを鑑みればそう思うのは当然でございます。

今ではすっかり普通に歩いたり走ったり出来るようになったとはいえ、何年も車椅子生活だったのもまた事実ですからね。

けどまぁ心配ゴム用、もといご無用。

 

「ん。泳ぎだけは何とか。まぁ見てて」

 

というわけでれっつダイブ。

とぷんと静かに上がる水柱。

水の中って静かでいいなぁー。

 

「……」

 

「…………」

 

「………………」

 

「……浮かんでこなくない?」

 

「せ、先生、先生ーーーっ!?」

 

水中からでも聞こえてくるみんなの声。

なんか誰かが飛び込んだ音も聞こえたけど、もうわたくしはスタート地点(そこ)にはいないですぞ。

 

「ぷぁ」

 

というわけで、()()5()0()m()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「「「「「「うえええっっっ!?!?」」」」」」

 

「ふー……なんか潜水だけは昔から出来るんだよね」

 

何だろうね、昔死にかけたときに無酸素でしばらく水に沈んでたせいなのか、呼吸無しでの水中活動があまり苦じゃ無いのよね。

スノウアザラシの異名がこんなところで伏線になるとは。

 

「「「「「「心っっっ臓に悪い!!!」」」」」」

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

「結果発表ぉぉぉぉーーー!!!」

 

タキちゃんの研究室に戻ってきたわたくし達を出迎えたのは、部屋を揺るがさんばかりの非常に大きな声。

彼女は……ジャングルポケットちゃんだったかな? てか今までいなかったよね? え、この為だけに来たの?

 

「ポッケ君ありがとう。そしてお疲れ様」

 

「……おい、まさかこんな事の為だけに俺を呼んだのか? 嘗めてんのか? 嘗めてるな? おぅ表出ろ」

 

タキちゃんに詰め寄り、ちゅーしちゃいそうな距離まで顔を近づけてメンチを切るポッケちゃん。

ってか本当にこの為だけに呼んだのかよ。怒られても文句言えないぞ。

 

「まぁまぁまぁ。これはお礼だよ、取っておいてくれたまえ」

 

しかしタキちゃんは一向に意に介さずポッケちゃんに何かの紙切れを手渡します。

 

「あ゛!? こんな紙切れで俺が、おれが……おいこれ、銀座千◯屋のパフェ無料券じゃねぇか! ……っち、こ、今回だけだからな。……やたっ、パッフェフェフェ〜♪

 

さも仕方なさそうにこの場から退室してったポッケちゃん。

けど最後のほうで嬉しそうな声が聞こえたぞ。ええんかそれで。

 

「ポッケさん、ちょろ……」

 

カフェちゃん、言ってやるなよ。

わたくしも思ったけども。

 

「さて、知力と体力を測らせてもらい他にも各種要素を加味して順位付けをしたんだが……ベスト普通ニストは真ん中の順位、即ち3位の相手に与えられる」

 

「あ、そ、そっか。一番を目指すやつじゃなかったわ」

 

「すっかり忘れてました……」

 

そういやそんな趣旨だったね。

みんなとわちゃわちゃしてるの楽しすぎて忘れてた。

 

「というわけで発表するよ。チキチキ第1回普通のウマ娘選手権、その勝者となるベスト普通ニストは……」

 

横に並んだわたくし達をゆっくりと眺め、発表をもったいつけるタキちゃん。

さて、一体誰が今回の戦いを制したのでしょう。

ごくり。

誰かの唾を飲む音が聞こえます。そして。

 

「スノウ先生だったよ」

 

「「「「「異議あり!!!」」」」」

 

おおおおぅい!

わたくしも自分が普通だとは思ってないけども全員声を揃えて言う事無くない!?

ってかカフェちゃんまで!?

 

「いやぁ、よく考えれば……トゥインクルシリーズに出走してる時点で『普通』じゃないんだよねぇ」

 

「「「「「今更過ぎる!!!!!」」」」」

 

ほんっっと今更過ぎるわ。

いやぁ、序盤に言った通りの盛大な茶番だったわ。




■普通のウマ娘
 サクラチヨノオー:
  日本ダービーを制した普通のウマ娘。
  実馬の生涯獲得賞金2億1532万9000円
 ヒシミラクル:
  菊花賞、天皇賞(春)、宝塚記念でミラクルを起こした普通のウマ娘。
  実馬の生涯獲得賞金5億1498万9000円
 マチカネタンホイザ:
  G1勝利は無い(掲示板には入る)普通のウマ娘。
  実馬の生涯獲得賞金5億1752万7400円
 ナイスネイチャ:
  有馬記念3年連続3着とか1着取るより難しいことを成した普通のウマ娘。
  実馬の生涯獲得賞金6億2358万5600円

ちなみにデジたんは『どこにでもいる平凡なウマ娘』を謳っていますが普通とは言ってませんでしたので不参加。

お前らのような普通がいるか!(ここまでがテンプレ)

■普通のウマ娘選手権
今回の実験は当たり前のように失敗。
理由はスノウちゃんを混ぜたことで『ウマ娘という種族における普通』なのか『レースウマ娘としての普通』なのかがごちゃごちゃになってしまったため。
てかスノウちゃんを混ぜた時点でカオスになるのは自明の理なんよ。

■素潜り50m
競技水泳だった場合、『壁から15m地点までに頭が水面上に出ていなければならない』というルールがあるため反則となります。
今回は誰かと競うわけでも無かったのでレギュレーション違反準拠といたしました。

■あとがき(2023/10/22)
クイズ5問目『有馬・JBCスプリント・ひいらぎの合計距離は?』という問題でしたが、
JBCは場所固定ではなく距離もランダムだとご指摘を頂きました。
そのためJBC→アイビスサマーダッシュに修正しております。
申し訳ありませんでした。


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Bonus03:保健医のクリスマス

ファル子&主人公視点
ファル子ってこんなんで良かったっけ……?


「あぁ、ごめんね。その日は先約があるんだ」

 

スノウ先生はそう言って、私からのお誘いを申し訳無さそうに断りました。

 

こんにちは! みんなのウマドル、スマートファルコンだよっ☆

 

ファル子はいま、12月24日にぱかチューブでクリスマス配信をするために学園の色んな人にゲスト出演のお願いをして回っているところなの。

何人かの娘にOKをもらって次は誰を誘おうかとした時に、ふいにメルテッドスノウ先生にも出演してもらえないかな、って思いついたんだよね。

 

トゥインクル・シリーズに出走しているわけではないスノウ先生は、学園関係者とはいえ一般ウマ娘。本来であれば当然ながらメディアに取り上げられたりもしないはずなんだけど……そんな先生が実はひっそりとネット上で話題の人物になってたりするの。

 

その理由の一つが去年の秋の感謝祭。喫茶対抗戦(カフェ・ロワイヤル)で私達が歌って踊っている一方で、先生はマンハッタンカフェさんのメイド喫茶を手伝っていたらしいんだけど、その時にお披露目したメイド服姿がSNS上でプチバズってたの。

私も後から動画で見たんだけど、あれは反則級の可愛さだと思う。

あまり普段からオシャレしないスノウ先生がメイド服っていう可愛い格好をしてるってだけでもレアなのに、動画なのに全然動かないなとか思ったらたまに小首を傾げたりするんだからファル子でもキュン☆ ってしちゃった。

 

他にも時々他の娘のウマッターやウマスタに見切れてたり、月刊トゥインクルで『美人過ぎる学園スタッフ』として紹介されたこともあったりして、先生は知る人ぞ知る的な存在になってたんだ。

 

で、そんな先生にもファル子の配信に参加してもらおうと思って声を掛けたんだけど、先生は悔やむように断りの返事を返したの。

 

正直断られたのは残念だけど、先約があるなら仕方無いよね。

あれ? けど、クリスマスに先約があるってことは……もしかしてもしかして、彼氏さんとクリスマスデートとかだったり!?

そ、そうだよね。先生も大人の女性なんだし、お付き合いしてる人がいたっておかしくないよねっ!

けど、先生に彼氏かぁ……どんな人なんだろう。やっぱりすごくカッコイイ人だったりするのかなぁ……。

見てみたい。あの先生を射止めた人がどんな素敵な人なのか、気になって夜しか眠れないよっ!

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

……というわけでクリスマスイヴの今日。

こっそりとスノウ先生を尾行するために放課後から職員寮近くの草むらで身を隠して待機しているみんなのウマドル、ファル子だよっ☆

 

その美貌と振る舞いからかつては『学園の雪妖精』と呼ばれた、学園一の人気ウマ娘と言っても過言じゃないスノウ先生。

もしあの先生が逃げ脚質のレースウマ娘であったなら、きっとファル子は絶対にどんな手を使ってでも逃げ切りシスターズのメンバーに加入してもらってたと思うよ。

そんなスノウ先生に、私からのお誘いより優先したい相手がいるなんて……。

 

「あの、ファルコンさん。これは一体」

 

これはスクープもスクープ、大スクープだよっ! 間違い無く学園中を揺るがすほどの一大スクープの予感しかしないよっ!

一体どんな人ならあの先生のお眼鏡に適うんだろう……もしかしたら逆に、先生を脅して無理矢理付き合っていたりするんじゃないんだろうか。

 

「何故私達は草むらに隠れているんでしょうか?」

 

もしスノウ先生に酷いことするような相手なら、それこそみんなの力を借りてでもスノウ先生を守らなきゃ。

それがひいては逃げシスのため、即ち私の為になることなんだから、こうやってスノウ先生を見守るのは必然的なことなんだから!

お願い! 全宇宙のファンのみんな、私に力を貸して!

 

「あの、特に私がいる必要性が無いのであれば18分27秒後に自主トレーニングを行う予定ですので退席したいのですけれど」

 

「駄目だよっ! フラッシュさんは気にならないのっ!? あのスノウ先生が、あのスノウ先生がクリスマスイヴに会いたい相手の事がっ! これは全てにおいて最優先される調査なんだよっ!!」

 

草むらに潜んでいたらフラッシュさんに見つかっちゃったから、咄嗟に彼女を引き込んで一緒に隠れてスノウ先生を待つことにしたの。

こうなったらフラッシュさんも道連れだよ。

 

「それは……いえ、プライベートな事ですのであまり必要以上に干渉するのはどうかと」

 

もうっ、こんな時まで優等生っぷりを発揮しなくていいのに。

そんな話をしていたら、ちょうど寮からスノウ先生が出て来た。

流石にいつもの白衣は着てないけど、あまり余所行きの格好には見えない。というか普段着っぽい。メイクとかもいつも通りに見える。

これって……飾らないで会えるような気心の知れた相手って事? そんな深い仲になっている相手って事? ありのままを見せられる、一緒にいて心安らげるような相手って事なのぉ!?

 

「ほら、先生が出て来たよ! 行くよフラッシュさん。せめて相手を一目拝んでおかなきゃ気が済まないんだから!」

 

「……はぁ。このまま貴女を放っておくのも心配ですし、お付き合いしましょう」

 

・ ・ ・ ・ ・ ・

 

「てっきり駅に向かうんだろうと思ってたけど、商店街に来たね先生」

 

やっほー! フラッシュさんと一緒に建物の影に隠れたりしながらスノウ先生の後をこっそりつけているみんなのウマドル、ファル子だよっ☆

 

ほんの二か月前まではハロウィンでカボチャ色に染まっていた商店街は、今は赤白緑のクリスマスカラーで賑わっててすっごく素敵☆

イルミネーションでキラキラしてる街を行き交う人達みんなが幸せそうに歩いている。うんうん、やっぱりクリスマスはこうでなくっちゃ!

 

デート場所に向かう為に電車に乗ったりするのだろうかと思ってたんだけど、先生はそちらには行かないで商店街へ入って行ったの。

 

「何か買い物をしてから行くということなんでしょう。恐らく、相手へのプレゼントとか」

 

言われてみれば先生はほぼ手ぶらの軽装。

クリスマスのデート相手にプレゼントを贈らない訳が無いし、ここで用意してから会いに行くんだろうな。

 

「なるほど、さすがフラッシュさん。あ、ケーキ屋さんに入っていったね」

 

「事前準備を怠らない先生の事です、恐らく予約していたケーキを受け取りに来た、といった所ではないでしょうか」

 

ちゃんとクリスマスケーキを用意して行くつもりなんだ。

あれ? ということはどこかのお店でディナーって可能性が薄くなる。外食するんならデザートでケーキまで食べたりしそうだし。

ケーキを自分で買っていくなんて、それって自宅で食べたりするってことだよね。つまり……。

 

「ってことは、どこかにお出かけするんじゃなくてお、おおおお家デートってこと!? ふ、二人っきりでゆっくり過ごして夜遅くなったらそのままお、お泊りなんかしちゃったりなんかして……はわわわわわわ」

 

さすがスノウ先生! ファル子にできない事を平然とやってのけるッ。

そこにシビれる! あこがれるゥ!

 

「少し落ち着いてくださいファルコンさん……あ、出て来ましたよ」

 

そうよ、落ち着くのよファル子。落ち着いて冷静に先生を観察するの。

そして将来の為に大人の女性の振る舞いをお勉強しておくんだからっ。

 

「……何かキャリーカートを引いてますね、先生」

 

フラッシュさんが言う通り、先生はアウトドアで使うような大きなキャリーカートを引き連れてお店を出て来た。

よく見ればカートにはケーキの箱や、クリスマスではお馴染みの赤いブーツに詰められたお菓子とかがたくさん積まれてる。

 

「あっ、あれたまに見かける先生の私物のカートだね。お店に預けてたのかな。そんなにいっぱいケーキ買ったんだ」

 

「何故あんな量を。先生はそこまで健啖家では無かったと記憶していますが……お相手がそうなのでしょうか」

 

先生と彼氏さん二人で食べるにはちょっと、いや少し……いやかなり多い気もするけど。

 

「あ、今度はお弁当屋さんに入ってったよ」

 

そのまま先生を追いかけていたら、今度は美味しそうな匂いを漂わせているお弁当屋さんへと、先生はカートを引き連れたまま入っていった。

 

「ふむ、状況から推測するならばオードブルなどの料理を頼んでいたと考えるのが自然な気がします」

 

フラッシュさんがそう呟いた。

もしお家デートだとするなら、ケーキ以外のお料理も必要だよね確かに。

 

「さすがフラッシュさん、きっとそうかも。あ、出てきた」

 

こちらもあらかじめ注文していたんだろうな、先生はすぐに出て来た。

キャリーカートを2台、連結させた状態で。

 

「……キャリーカート、増えてますね。後ろに連結してますね」

 

「ぇぇぇ、カートに満載のケーキに続いて料理まで……どれだけ食べる彼氏さんなの」

 

荷台からはフラッシュさんが予想していたオードブルの他にも、チキンの丸焼きやらパーティーサイズのオムライスやらが見えている。

 

「あの量を平らげられる人物……オグリキャップさんやスペシャルウィークさんのような人なんでしょうか」

 

まぁ、確かにあの二人だったらあのくらいの量なら食べ切れてしまいそうだけど。いくら何でも普通のヒトがそんなに食べられる訳が無いじゃない。

 

「いやいや、そんなウマ娘みたいなヒトがいるわけが、いる、わけ……」

 

「どうしました、ファルコンさん?」

 

……つまり、普通のヒトじゃない?

先生のお相手なんだから当然男性だと思った。男性のウマ娘なんていないから、当然ヒトだと思った。

けどあの料理たちは、どう考えても先生と普通のヒトが食べ切れる量じゃない。それこそさっき話したようなウマ娘でもない限り。

 

「もしかして、先生のお相手ってウマ娘なんじゃ……?」

 

「ふむ、ふむふむ、なるほど。仮説としては案外悪くありませんね。可能性としては無くは無いかと」

 

フラッシュさんが顎に手を当てて考え込む仕草を取ります。

けど、私の心の中はそんな冷静に考え込めるような状態じゃないよっ……!

 

「じゃ、じゃっじゃじゃじゃ」

 

「ファルコンさん、ユキノビジンさんの方言みたいになってますよ」

 

「じゃじゃ、じゃあ、スノウ先生って、ウマ娘同士でのお付き合いを……そんなことって、そんなことって……あわわわわ」

 

えっ、えっ。

そんな、先生、だって、先生はウマ娘で、相手がウマ娘だとするなら、どっちも、女の子なのに、女の子同士が、女の子同士でぇ……っ!

 

「特段珍しいことでも無いのでは? 同性間の恋愛など昨今では当たり前にあることかと」

 

「ひきゅっ! ふぁ、ファル子には、まだその話はちょーっと早過ぎる、かなぁ……?」

 

何でフラッシュさんはそんな平然としていられるのっ!?

先生っ、大人の女性とは思ったけど私には少しディープ過ぎるよっ!

 

「この程度の仮説で狼狽しないで欲しいのですが。ほらほらファルコンさん、先生がまた違うお店に入っていきましたよ」

 

「ひ、ひぅぅぅ……」

 

あたしだけにちゅうして、ずきゅんどきゅんで、ばきゅんぶきゅんで、こんな○○○は初めてでぇーっ!!

 

「そろそろ帰って来てくださいファルコンさん。どれだけ恋愛耐性無いんですか全く。さて、今先生が入っていったのは……玩具店?」

 

「ひゃあああ……ぇ? おもちゃ屋さん?」

 

お、落ち着いて私。せめて先生のお相手を確認するまでは頑張って私。負けるな私。

ふーっ……ふーっ……よし、お、落ち着いた。と思う。

で、何だっけ? おもちゃ屋さん? え、何で?

 

「すぐにお店から出てきましたが、またカートが増えていますね。こちらも大量に積んでますね」

 

「え、どういうこと? あんな大量のおもちゃを一体……?」

 

先生は先程に引き続き、更に後ろに3台目のカートを連結してお店を出て来た。またしても荷物を満載にして。

スノウ先生を先頭に、ケーキ、料理、おもちゃが満載のカートが連なって列を成している。

 

あれ、本当にどういうこと?

訳が分からなくなってしまった私は答えを求めるようにフラッシュさんを見る。

彼女は眉間に皺を寄せ、なんとも難しそうな表情だ。

 

「……これは、いやまさか……もしかしたらファルコンさんには少々刺激が強過ぎる話かも知れませんね」

 

「え?」

 

な、何か分かったのフラッシュさん?

真剣な表情のフラッシュさんが私の正面に向き合う。

そして静かな声で彼女は話を続ける。

 

「いいですかファルコンさん。私の推測ではありますが……先生にお相手がいるとした場合に考えられる可能性は3パターンです」

 

そう言いながら彼女は右手の人差し指を真っ直ぐ立てる。

 

「ひとつ、先生がお付き合いしている相手は大量のおもちゃを喜ぶような低年齢である可能性」

 

「!?」

 

ふえっ!? 禁断の年の差カップル!?

目を見開き、口も開け放ってしまっている私を無視して、続けて中指を立てるフラッシュさん。

 

「ふたつ、先生がお付き合いしている相手に低年齢の連れ子がいる可能性。バツイチ子持ちか、最悪、家庭を持っている相手との浮気かも知れません」

 

「!?!?」

 

いいっ!? ドロドロの昼ドラ展開!?

全身ガクガクと震え出している私をそのままに、フラッシュさんは言葉を続ける。

そしてゆっくりと薬指を立てながら、

 

「みっつ、相手もしくは先生が子供を妊娠している可能性。『未来の私達の子供へのプレゼント』という形で」

 

「!?!?!?~~~~~~!!」

 

待って待って待ってフラッシュさん、私の処理が追い付かない! てことは先生のお相手は大食いでウマ娘で小さい子でヒトヅマで妊娠してるの!? 頭の中でぐるぐる回ってもう訳が分からないよぉーーーっ!?

 

「……とまぁ、いずれも確率としては0.003%にも満たないような非常に低いもので、まずあり得ない話なのですが」

 

私が両手で頭を抑えて思考停止に陥りかけた直前、フラッシュさんは声のトーンをいつもの調子に戻してそう続けた。

……あれ、今あり得ない話って言った?

 

「……ぇ。……び、びっくりしたぁ……え、もしかして冗談、だったりする?」

 

「ええ、ほんのジョークです。先生の人となりを鑑みれば99.99%あり得ません」

 

ふふっと口元を抑えながら微笑むフラッシュさん。

わ、分かりづらい! フラッシュさんの冗談が分かりづらいよ! すごい真に迫った言い方するからほぼほぼ信じちゃったよ!

でも冗談で良かったよホントに。

 

「そ、そうだよね。あの先生に限ってそんなことがある訳が……ない、よね?」

 

「無いと断言できます。確かに先生の言動は突拍子も無かったりすることがままありますが、大きく常識を外れたり他人に迷惑を掛けたりするといった選択を取るような先生ではありません。それにこれらの仮説では大量の料理の必要性にも無理が生じます」

 

「だ、だよね……あ、先生が今度は写真屋さんに入ってった」

 

私達が建物の影でわーきゃーしている間に、スノウ先生は次のお店へと入っていた。

うん、おもちゃ屋の時点で分からなくなってたけどいよいよもって完全に分からなくなった。

 

これもしかして、スノウ先生はとっくに私達に気付いてて、私達が先生に弄ばれてる可能性があるんじゃないかな……?

 

「3つのキャリーカートを引いている姿はまるで列車ですね。もしくは犬ぞりのような……あぁ、何となく先生の目的が分かったような気がします」

 

合点がいったというように手をポンと叩くフラッシュさん。

すっかり混乱してしまった私と違って、フラッシュさんは今までのピースが全て繋がったらしい。

 

「え、フラッシュさんは先生のお相手が誰かが分かったの?」

 

「はい。というかそもそもの大前提が異なっていると考えるのが自然です」

 

「へ?」

 

大前提が異なる?

え……っと。大前提なんだから、私達がどうして今こんな事をしてるかって事まで遡って……え、待って。もしかしてだけど……。

何かをひらめきそうになったその時、写真屋さんから誰かが出てくるのが見えた。

 

「あ、誰か出てきた……太ったサンタのおじさんが出て来たけど……あの人、カートを引いてるから多分スノウ先生、だよね? 見た目がぜんぜん違うけど」

 

出てきたのは上下に加えて帽子まで赤と白で彩られた厚手の服に身を包んだ人だ。恰幅も良くて、立派な白い顎髭もたくわえている。

まさしく『これがサンタだ!』とでも言わんばかりの見た目だけど、帽子からはウマ耳が、後ろ腰からは尻尾が顔を出している。

どちらもさっきまで追いかけていた先生のそれと同じ色だった。

 

「ええ、間違い無く先生ご本人の仮装でしょう。そしてここまで来れば、もうファルコンさんにも答えがお分かりでしょう?」

 

うん、流石にね。

マヤノちゃんじゃなくても分かっちゃった。

 

「うん、そうだね。これは」

 

「「恋人とデートなんかじゃない」」

 

答え合わせをするように、私とフラッシュさんで声を揃えて言葉を発した。

なんかもう、隠れて尾行する意味無さそうだね。

 


 

ウィーウィッシュユアめりくりぃーーー!!!

肉襦袢&サンタ衣裳&髭でどこからどうみても完璧にサンタのおじさんなメルテッドスノウです。

 

さってさってわたくし、もう間もなくとある場所で行われるクリスマスパーティーに向けて準備を行っている最中でございます。

 

まー、とある場所なんてもったいぶっても仕方ないのでさらっと白状しますが、施設長(オヤジ)が運営している、わたくしにとって実家とも言える児童養護施設のことでございます。

 

あの施設長(オヤジ)の野郎がわたくしからの寄付金は絶対に受け取らないマンと化してしまっているので、対抗手段の一つとして毎年この日にはパーティー料理とプレゼントを現物支給してやっておるのですよ。

当日に食べなきゃいけないような料理を大量に持っていけば、いくら施設長(オヤジ)でも突っ返して無駄にするようなことは出来ませんからねイッヒッヒ。

 

普段から子供達(ジャリども)全員に施設の手伝いさせてんだからこの日くらい羽目を外させてやんなさいよ施設長(オヤジ)

……いや、決してわたくしが住んでた当時に施設長(オヤジ)が頑張って作ってくれた、高野豆腐をチキンコンソメで戻したものを生姜ニンニク醤油で味付けして作った唐揚げもどきとか、ホットケーキを何枚か重ねて生クリームを塗りたくっただけのケーキもどきとかが嫌いだったわけではないんですけども。むしろあれはあれで結構好きだったりしてたんですけども。

 

更に言えば本当に料理が無駄になっちゃいけないので、ちゃんと施設長(オヤジ)には事前確認は取ってるんですけども。

毎度毎度、盛大にため息は吐かれますがなんやかんやで受け取ってくれております。感謝だぜ、施設長(オヤジ)ぃ。

 

さて最後に酒屋に行ってシャン◯リーとかのジュース類もいっぱい買っておかねば。スノウトレイン4両目を連結せねば。

今日という日に備えて事前にキャリーカートを各店に置かせてもらっておいて良かった良かった。

写真屋なら貸衣装もあるだろうと思って前もって問い合わせておいて良かった良かった。

ふはははは、さぁ待ってろ施設の子供達(ジャリども)よ! ()()はいねがー!!

 

「スノウ先生っ!」

 

ん、誰ぞ? というか姿形がほとんど原型の無い今のわたくしをわたくしだと認識出来るだなんて……おやまぁ、ファル子ちゃんとフラッシーではないですか。ホントよくわたくしだと分かりましたね。

 

「先生、お荷物いっぱいだけどどこに行くの?」

 

ファル子ちゃんがそう尋ねます。

そういや『先約がある』とは言ったけど詳細は教えてなかったっけ。

 

「昔育った施設へ、ね。料理とプレゼントの差し入れに」

 

「そっか……そっか。やっぱりスノウ先生は凄いなぁ」

 

え、何が?

ファル子ちゃんが何かを納得したようにぼそっと呟きました。

 

「スノウ先生、良ければお手伝い致しましょうか?」

 

フラッシーが私の後ろの3両の貨車たちを見ながらそう提案してきます。

まぁ量が量なので確かに少々重かったりはしますが、わたくしだって腐ってもウマ娘。そんなに苦ではない程度の重さです。

 

「ありがたいけど、ファルコンさん達もこれから配信するんじゃなかったっけ? そっちは大丈夫なの?」

 

ファル子ちゃんのクリスマス配信、出来れば参加したかった。椅子に腰掛けて寛ぎつつワイングラスでシャ◯メリーをくゆらせながら、聖夜に楽しく仲睦まじくキャッキャウフフするウマ娘ちゃん様達を眺めていたいウマ生だった。

 

「大丈夫だよっ! ずっとは手伝えないけど途中までなら」

 

「今、他のメンバーに少々遅れる旨の連絡を入れました。せめて荷運びだけでもお手伝いさせて下さい」

 

まぁ、そこまで言ってくれるんなら無碍には出来ないな。

純粋に助かるし有り難いことこの上ない。

もうっ、二人ともやっさすぃーなぁー!

 

「ん、それは助かる。んじゃ折角だしこれを進呈」

 

というわけで、先程おもちゃ屋の店主から貰ったトナカイの角カチューシャが荷台に積んでありましたのでそれを二人に渡しました。

うはは楽しみにしておれ子供達(ジャリども)よ。今年はサンタと共に可憐なトナカイが付いてくるぞー!

あ、でもその前に角を付けた二人の姿が似合いすぎて可愛すぎてわたくしが天に召されそう。

 

「じゃ、二人ともよろしくね。それと」

 

聖なる夜に尊みを分け与えてくれた心優しき二人のウマ娘に心ばかりの感謝を込めて。

 

「メリークリスマス」




■あとがき(2023/12/02)
癒やしを求めて先日、ウマ娘コラボをしている大井競馬場のメガイルミを見てきました。
楽曲に合わせて光るツリーや噴水のイルミネーションがとても綺麗で感動したので、いっちょクリスマス話でも書くかぁ、となりまして。
結果、『イヴに予定がある=恋人がいる』という図式が即座に浮かんでしまうスイーツ(笑)なファル子が出来上がってしまった。ごめんよファル子。
あとあだ名がナシ汁とか出しそうになってしまったエイフラもごめん。

■本日の尊死者
〇〇〇〇〇〇〇〇さん。
事前に同志先生の予定を把握しており、世話になった施設へ恩返しをする先生の博愛精神と孝行っぷりに感動して昇天しかけるもギリギリ踏み止まった。
その後、先生を尾行するファルフラを更に後ろから尾行していたが、二人の仲睦まじさに尊み成分過剰摂取となって蒸発しかけた。唇を噛んでどうにか現世に踏ん張り続けることに成功。
しかし最終的に、尾行の最中にフラッシュが口走った冗談の内容を持ち前の妄想力でファル子以上に事細やかに生々しくイメージしてしまいメルトダウンを起こす。限界を超える己が熱量に心身共に内側から焼き尽くされ塵も残さず消滅してしまった。
なお翌日復活した。


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