視られるほどレベルアップ? 露出少女のフルダイブMMO (緑茶わいん)
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ひとりえっちのネタにされた回数だけ経験値をください

不定期投稿です
見切り発車なので書けなくなったらエタります


「これからはゲームも『もう一つの現実』を作る時代! 自由な冒険をしよう!

 歴史を変えるまったく新しいMMORPG『Unlimited Experience Online』遂に正式サービススタート!」

 

 綺麗なCMを眺めていたら、隣の席に座っている兄が鶏のから揚げをぽとっと落とした。

 両親と一緒に視線を向けると、彼は小さく咳ばらいをしてから揚げを拾い直した。「美味い」という呟きが実にわざとらしい。

 美奈は「まあいいか」と思い、テレビに視線を戻した。さっきのCMはもう終わってバラエティ番組の続きが始まっている。それをなんとなく眺めながらご飯とから揚げ、サラダをバランスよく咀嚼して、

 

「あんた、ああいうゲーム好きなの?」

「スルーしてくれたんじゃないかったのかよ!?」

 

 母の投下した爆弾がいい感じに被害を出した。

 三歳離れた兄が大学生になり、一人暮らしを始めて三か月。久しぶりに顔を見たと思ったら前とまるで変わっていない。ゲームとか女の子の出てくるマンガとかが大好きで、そのせいか未だに彼女ができたことがない。

 別に顔はそんなに悪くないはずなのだけれど。

 何気なくじーっと見つめていると目が合った。

 

「お前まで俺をいじめるのか」

「そんなつもりはないけど。お兄ちゃん、あのゲームって面白いの?」

「興味あるのか?」

 

 意外だという顔をする兄。美奈は「うん、まあ」と曖昧に頷いた。

 興味があるのはゲーム自体というよりもあのCMの綺麗さだったからだ。

 

「綺麗だしぐるぐる動いてたでしょ? 本当にあんなに綺麗なのかなって」

「綺麗だぞ。むしろCMより本物の方が綺麗だ」

「本当?」

 

 CMはたった十五秒。描かれていたのはリアルとフィクションを融合したような美しい世界とキャラクター達だ。

 美奈が「なんか銃で撃つやつ」と認識しているゲーム(FPS)に近い視点で、街や草原、洞窟を冒険していた。なんでもゲームの中ではモンスターを倒したり料理をしたり、恋をしたりもできるらしい。

 いわゆるファンタジーの世界が映画並みのクオリティで描かれていたので、あれ以上と言われてもちょっと信じられない。

 

「テレビだとフルダイブMMOのクオリティは表現しきれないからな。こればっかりは実際遊んでみないとわからないと思う」

「すごい。じゃあ、お兄ちゃん」

「つまりあんたはもうやってるわけね、あのゲーム」

「……ぐっ」

 

 もう少し詳しく聞こうと思ったら母の攻撃で兄がノックアウトされてしまった。仕方ないので続きは食後、兄の部屋ですることになった。

 部屋は帰ってきた時用にベッド等が残っているものの適度に片付けられている。美奈も兄の置いて行ったマンガ等を借りにちょくちょく入っているので特に抵抗はなかった。勉強机の上に置かれているノートパソコンは兄が持ってきたものだろう。

 

「ね、お兄ちゃん。あのゲームやってるんだよね? ちょっとやらせて」

 

 単刀直入に切り出すと兄は渋い顔をした。

 

「やらせてやりたいけど『ちょっと体験』ってわけにはいかないんだよ」

「どうして?」

「フルダイブMMOって言ったろ? 意識をダイブ──ゲームの世界に飛ばすためにいろいろ設定が必要なんだ。俺のキャラは俺にしか使えない」

「そうなんだ、残念」

 

 仕方ないのでプレイに何が必要か、いくらするのかを尋ねてみる。

 パソコンに専用のデバイス、それからゲームのDL購入がいるらしい。デバイスが最新ゲーム機と同じくらい。ゲームが普通のゲームソフトと同じくらい。

 最近のゲームは高いのでパソコン抜きでだいたい五万円くらいは飛ぶらしい。

 五万円あったら服が何着買えるか、どれくらい大きなぬいぐるみが買えるかしばらく考えてから美奈は頷いて、

 

「貯金を崩せばなんとかなるね」

「意外と本気なんだな。パソコンは持ってるのか?」

「うん。お兄ちゃんがくれたやつ」

 

 大学の入学祝いに親戚が新しいパソコンを買ってくれたため、今まで使っていたものを美奈に譲ってくれたのだ。兄と違い動画を見たり調べものをするくらいにしか使っていなかったが、思わぬところで役に立つものである。

 

「あれか。まあ当時としては高性能だったし要求スペックは満たしてるか。まあそういうことなら……」

 

 何やらぶつぶつ呟いた後、兄は美奈の方を見つめて尋ねてきた。

 

「どうして『UEO』をやりたいんだ?」

「ゆーいーおー?」

「あのゲームの略称」

「そうなんだ。えーっと……どうしてって言っても、面白そうだから?」

「曖昧だな」

 

 そう言われても、本当に「ピンときた」以上の理由はない。美奈は普段ゲームはあまりやらないので『フルダイブMMO』がどうすごいのかもよくわかっていない。

 強いて言うなら、

 

「だってすごく気持ちよさそうじゃない?」

「ああ、それは保証する」

 

 保証されてしまった。

 

「わたしでもできる?」

「ああ。別に戦闘しないといけないゲームじゃないからな。製作とか運搬クエストだけでレベル上げられるし……意外と美奈にも向いてるかもしれない」

「へえ。じゃあやってみようかな」

 

 こういうのは思い立ったが吉日である。

 銀行でお金を下ろして電気屋に行って、ついでに電子マネーのカードを買ってきて、というところまでを明日(日曜日)の予定に加えながら、美奈はこてんと首を傾げた。

 

「ところで、あのゲームって具体的にどんなことができるの?」

 

 すると妙にきっぱりとした回答が来た。

 

「なんでもできる」

 

 またまた冗談ばっかり……と思ったら本当になんでもできるらしい。

 戦闘はもちろん服を買って着飾ったり、馬に乗ったり植物を育てたり、歌を歌ったり踊ったりアイテムを自分で作ったり食事をしたりなどなど、楽しみ方は本当に無限大。

 製作がものすごく大変だったはずだが、兄によると最新技術の利用してAIの助けを借りたり、人の想像力を世界に反映することで幅広いゲーム性を実現しているのだという。

(美奈には説明の一割程度しかわからなかった)

 一応、自分の部屋に戻ってからも調べてみた。

 自分でも意外なほどの集中力を発揮し、wikiに乗っていた「できることリスト(暫定)」を目で追い続けた美奈は、深い息を吐いて呟いた。

 

「買おう」

 

 五万円が飛んでいくことが決定。

 翌日の午前中には必要な物が揃った。電気屋での買い物と機器のセッティングは「ポイント全部あげるから」と言って兄にやってもらった。

 昼食を挟んで午後一番、美奈はどこかヘルメットめいた形状のデバイスを被った。半透明になっているバイザーを下ろさなければまだ周りは見える。

 

「じゃ、キャリブレとキャラ作成頑張れよ。終わったら中で合流してやるから」

「うん、ありがとう」

 

 一人になった自室でベッドに寝転がり、ボイスコマンドを入力。

 

「ダイブ・スタート」

 

 すると、美奈の意識はまるで眠りに落ちるようにしてゲームの世界に落ちていった。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 

 気がつくと黒っぽい異空間に立っていた。

 自分の身体を見下ろすとなんだかできの悪い人形のよう。全然綺麗じゃないと憤っていると前方に光の粒子が集まり、女神の姿を形成。

 

「ようこそ、新たな旅人よ。……どうやらまだ身体がうまく形成できていないようですね」

 

 女神は美奈に動くよう指示してきた。

 言われるがまま腕を振ったり歩く真似をしたりジャンプしたりしていると身体が徐々にリアルになって、やがて現実の同じ姿になる。

 おお、と驚く半面、自分そのままっていうのも興ざめなような。

 

「肉体の形成ができるようになりましたね。では、次にこの世界におけるあなたの肉体を定義していきましょう」

 

 ちゃんと見た目を変えられるらしい。

 性別も変更できるらしいがこれは女性のままにする。

 いくつかあるデザイン方法から「リアルの容姿をベースに自動でアレンジを加える」を選択。アレンジ比率を50%に設定して実行すると、どことなく美奈の面影を持ちながらも印象としてはだいぶ異なる、わりと平凡な少女が出来上がった。

 

「かわいい。けど、かわいくない?」

「あなたはこの世界では新参者。経験を積み魂の位階を上げていけば相応しい姿を手に入れることもできるでしょう」

 

 不細工ではないがゲームの主人公としては褒められない出来なのは、いわゆる「レベル1」の状態だから。

 兄からも「初期キャラはそこまで可愛くないから、可愛くなりたいならレベル上げろよ」と言われている。極端な不細工でなければいいと容姿を確定した。

 

「次にあなたの才能を決定します」

「魅力に全部振ってください」

 

 可愛いは正義だ。

 才能──ステータスポイントの分配傾向は迷わず全振りした。これでレベルアップボーナスはほぼ全て容姿の強化に使用される。自由に割り振れるポイントも若干もらえるので、困ったらそれで対応しよう。

 現実の美奈は髪を染めたこともないし化粧もほとんどしない、露出度低めな服を選んで着ている品行方正な女子だが、お洒落に興味は人一倍ある。

 むしろ普段のコーデは清楚系の容姿を生かすための戦略だと言っていい。

 

「最後に、あなたの『魂の在り方』を決定します」

 

 女神がどこか厳かに告げたそのワードについても前もって聞いている。

 

『一人一個だけ「経験値の獲得方法」を追加できるんだ』

 

 通常、経験値はモンスターと戦ったりスキルを使ったり依頼達成時などに獲得できる。そして決められた値に達するとレベルアップしてキャラクターが強くなる。

 美奈が重視した『魅力』もステータスの一部だし、他にもアイテム製作に関わる『器用さ』などが含まれるため、戦闘する気がないプレイヤーでも重要である。

 『魂の在り方』はこの経験値を別の方法で獲得できるようにする。

 どんな方法でも構わない。ただし決められるのは一つだけ。なかなか起こらない条件ほど一回に得られる経験値量が多くなるようになっている。

 例えば兄のキャラクターは「新しい女の子と出会う(見かける)度」に経験値が入るらしい。それを聞いた時はちょっと軽蔑したが、例としてはわかりやすい。

 

 美奈はこれを何にするかあらかじめ考えてあった。

 深く頷き、自信を持って女神に告げる。

 

「『私の身体がひとりえっちのネタにされた回数』だけ経験値をください」

「は?」

 

 人工知能(AI)をもってしても理解に苦しむ内容だったのか、女神は素としか思えない少し間抜けな反応を返してきた。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 

 美奈が告げたのは別に冗談でもなんでもない。

 昔から彼女には特殊な性癖があった。

 

 ──服を脱いで裸になりたい。

 

 小さい頃は随分両親を困らせた。

 たびたび注意されるのでさすがに学習して人前では服を脱がなくなったものの、一人で寝るようになってからはパジャマも下着も脱いで裸でベッドに潜ったり、開いた窓の前に裸で立ったりといった遊びを何度もした。

 むしろ「駄目」と言われれば言われるほどエスカレートしてしまった気もする。

 昔は単に裸の解放感を求めているのだと思っていたのだが、思春期に差し掛かるにつれて恥ずかしさが快感につながることや、自分の身体に性的魅力があることを知った。

 

 それからは「えっちな姿を人に見られたい」と思うようになった。

 

 しかし、実行したら大変なことになる。世間には悪い人がたくさんいるもので、どこに危険が転がっているかわからない。一発で破滅してしまうかもしれない露出行為なんてそんな素敵な──もとい、大胆過ぎる行為に及ぶことはできなかった。

 だから『UEO』の「できることリスト」に「露出行為」や「ひとりえっち」が含まれていることを知った時、このゲームこそ自分の求めていたものだと思った。

 

『ゲームの中なら安全だし、この世界でみんなにいっぱいわたしのえっちな姿を見てもらって、いっぱいひとりえっちしてもらおう』

 

 兄や両親に告げたら「止めろ」と言われるだろうが、こればかりは止める気はなかった。

 幸い美奈の希望は女神に承認され、最後の最後にキャラクター名を設定して、

 

『あなたの道行きが幸いなものになるよう願っています』

 

 後に伝説的アイドルとして『UEO』名を馳せる少女『ミーナ』の誕生した瞬間だった。



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「あなたの条件はなんですか?」「女の子の裸を絵にする事」

 ふう……っ。

 ぱたん、と宿のドアを閉じるとミーナは深い吐息を漏らした。

 ここは神聖王国の首都。

 初期スタート場所のひとつである街の広場に降りた後、速やかに兄と合流。最低限のレクチャーを受けたうえで「ちょっと狩りにでも言ってみるか?」という誘いに「ごめんなさい」をしてここへきた。

 (兄とは招待コードを利用してフレンド登録した)

 

 初期の所持金で泊まれるギリギリの部屋は現実だと最安値レベル。

 逆に言うと清潔さは保たれているし、物が少ないぶんシンプルで落ち着く。

 ファンタジーなのでテレビはないもののベッドはあるし、さりげなく置かれた半身鏡がポイント高い。

 

「……ここなら、いいよね?」

 

 自分に言い聞かせるように呟くと、ミーナはドア前に立ったまま服に手をかけた。

 初期キャラクターの服は布でできた上下。そのトップスの方を捲り上げて無地の下着を晒す。

 

「っ♡」

 

 知らない場所で露出している。

 身体が小さく震える。鼓動が早まるのを感じながらなるべくゆっくりと脱衣を終わらせる。

 服と下着を床に落としたまま、靴と靴下だけの姿で鏡の前へ。

 

 すると、桃色の髪と瞳を持つ少女と目が合った。

 

 特徴的な色合い以外はいたって平凡。

 胸もAカップしかないが、自分の裸だと思うと気持ちが昂る。

 深く、速く呼吸を繰り返しながら手を身体へ。

 『UEO』では性行為も許されている。現実でもすること自体は違反ではないという理屈だ。

 もちろん、えっちな本を買ったり他人に強要するのはまた別だが、ひとりでえっちなことをする分にはなんの問題もない。

 

「……あっ♡」

 

 それから、気分がすっきりするまでにニ十分と少し。

 冷静になった頭で「恥ずかしいことしちゃった」と反省したところで脳内にファンファーレが響いた。

 視界の左上にあるレベル表示「1→13」まで上がっている。始めたばかりだけあってすごい上がり方である。

 これを確認したミーナはほっとひと息。

 

「よかった。わたしがしても経験値が入るみたい」

 

 レベルアップの理由はもちろん、経験値獲得条件が満たされたからだ。

 ひとりえっちのネタになればいいのでミーナ自身の分ももちろん対象になる。

 特殊すぎる条件のおかげで獲得量もいい。魅力がどかんと上がって他のステータスもちょっとずつ、それから自由に割り振れるボーナスポイントがいくらか増えていた。

 鏡を見ると容姿は明らかに可愛くなっている。

 魅力値に応じた自動調整。細かい調整はあとでも可能なので後回しにして、とりあえず新しい姿を堪能した。

 

「♪」

 

 可愛くなったら今度は服をなんとかしたい。

 それには先立つものが必要だが、

 

「お兄ちゃんに聞いてみようっと」

 

 裸のままベッドに腰かけ、荷物の中から小さな黒い球を取り出す。『通信の宝珠』。全員に配られる連絡用のアイテムでフレンド登録した相手と遠くから会話ができる。

 要するに通話専用のスマホみたいなものだ。

 

「もしもし、お兄ちゃん?」

『ああ美奈、じゃないミーナ。急に宿に行きたいとか言うからどうしたのかと思ったぞ。用は終わったのか? なんかレベル上がってるけど』

「経験値が入るか試してたの。それより、今度はお金を稼ぎたいんだけどいい方法ない?」

『当面の資金くらいなら俺が渡してもいいけど』

「やだ。楽しみが減っちゃうもん」

 

 新しいことに挑戦していくのが楽しいことくらいゲームに疎いミーナでもわかる。

 兄も『そうだな』と同意してくれて、

 

『てもなあ。お前、魅力極振りなんてビルドだろ。戦闘は効率悪いし製作系も全滅じゃ……そうだ、NPC絵師のモデルを引き受けるクエストがあったな』

「絵のモデル?」

『座ってるだけで金が稼げるうえに魅力のステに応じて報酬が増える。まあ、ぼーっとしてないといけないから不人気なんだが……』

「やるよ、やるやる」

 

 王都内の画廊に行けばNPCを斡旋してもらえるらしい。マップにマーキングまでしてくれたので「ありがとう、大好き」と宝珠に囁く。

 

『気持ちいいなこれ。これがASMRか? もっとやってくれ』

「お兄ちゃんも女の子探し頑張ってね」

 

 通話を切った。

 なお、ミーナも女子なので「新しい女の子に会った」として兄に経験値が入っている。妹とゲーム内で会って心が満たされる兄とかちょっと嫌である。

 それはともかく。

 ミーナはいそいそと服を着直してから宿をチェックアウトした。

 マーキングのお陰で迷うことはない。リアルとフィクションの融合した美麗な街並みを眺めながら真っすぐに歩く。

 白と銀色がベースの美しい街並み。清廉で心安らぐ風景が気に入った。お金が入って服が買えたらしっかり散策してみたいところ。

 しばらく歩くと件の画廊に到着。

 兄の言っていた通りあまり流行っていない雰囲気。ガラス張りのお洒落な内装を見て「綺麗なのに勿体ない」と思いながらドアを開けて、

 

「捕まえた! ……ね、あなた絵のモデルになってくれない?」

 

 不審者に腕を拘束された。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 

「私はラファエラ、未来の有名画家よ。あなたは?」

「ミーナです。ゲームは今日始めたばかりで……」

「そっかそっか。じゃあお金も必要だよね。これはもう、私のモデルになって養われるべきでしょ」

 

 不審者は絵のモデルを探しているPC(中の人(プレイヤー)のいるキャラ)だった。

 近くの喫茶店で彼女と向かい合ったミーナはそっと相手を観察する。ぼさぼさの金髪。丸眼鏡の奥にある青い瞳は楽しげにきらきらと輝いている。美少女というほどではないが独特の愛敬があった。

 金欠のミーナにオレンジジュースを奢ってくれたので悪い人ではない。

 ジュースはフレッシュな味わい。現実の栄養にはならないし摂りすぎると「満腹した気」になって食事に差し支えるらしいが、甘い物を摂っても太らないのは画期的である。

 

「ラファエロさん。モデルと言ってもわたしは」

「ラファエ『ラ』よ」

「ごめんなさい、ラファエラさん。……えっと、つまりどうしてわたしなのかなって」

 

 多少レベルアップしたくらいでは既存プレイヤーには追いつかない。

 魅力特化とはいえ今のミーナより可愛い子ならいくらでもいるはずだが……。

 少女はふっと遠い目をして、

 

「なかなかモデルが捕まらないのよ。たまに話を聞いてくれても逃げられちゃうし、モデルをしに来るほどお金に困ってる初心者ならって」

「……絵のモデルですよね?」

「私、女の子のヌード専門だから」

「変態だ」

 

 他をあたってもらおう。

 ジュースを飲み干して席を立つと、変態、もといラファエラが服の袖を掴んできた。

 

「変態で何が悪いのよ!? それくらいの情熱がなきゃいい作品なんて作れないでしょ!?」

「変態なのは事実なんですね!?」

 

 逃げたかったがあいにく向こうの方がレベルも筋力も上だった。

 店内にいる他の利用客が「あの子()()変態なの?」とか言い始めたので仕方なく席に戻った。お互い自然と声をひそめて、

 

「正直、裸になるのは構わないんですけど他に問題がありまして」

「裸になるより重要な事って何よ?」

 

 裸に剥こうとしている側が何を言うか。

 

「誰にも言わないでくださいね? ……実はわたし、NPCの画家さんに描いてもらいながらひとりえっちしようと思ってたので」

「何よそれ変態なの?」

「変態じゃありません! これくらいの性癖、誰にだってあります!」

 

 周囲がまたひそひそ話を始めたので二人で店を出た。

 ラファエラはなんだか気まずそうな顔をしつつミーナを見て、

 

「あー。……要するにオナ、もといひとりえっちができればいいんでしょ? だったら私で手を打っておきなさいよ」

「気持ち悪いとか言いませんか?」

「言わない言わない。その代わり、あんたも私が興奮しても許しなさい」

「むう」

 

 悩んだ。

 少なくとも詐欺の類ではなさそう。おそらくただ女の子の裸が描きたいだけの変態なので、そういう意味ではお互いさまである。同好の士と言ってもいい。幸い相手も(少なくともキャラは)女の子だし仲良くしたい気持ちもある。

 残る問題は報酬だけれど、

 

「謝礼は絵を売った代金の半額でどう?」

「やります」

 

 即決。

 少女のアトリエだという小さな家にほいほいついていって服を脱いだ。

 白い肌が露わになるとラファエラは目を輝かせた。

 

「けっこういい身体してるじゃない。いま何レベル?」

「13です。魅力極振りなので」

「何よ。絵のモデルになるために生まれてきたようなビルドじゃない」

 

 ワンルームのアパートのごとく一部屋しかない狭いアトリエ。買ったのではなく借りているのだそう。そのせいで金欠だという少女はミーナを簡素な椅子に座らせるとイーゼルや絵の具、筆などを用意して座った。

 ほう、と恍惚のため息。

 

「ああ、いいわ……♡ 初心者ってことはこれからまだまだ可愛くなるわけでしょ? 初々しい子を私色に染め上げていく感覚。たまらない。そうだ、今のうちにスクショしておかないと」

「撮影までするんですか!?」

「NPCとはいえ人前で恥ずかしいことしようとしてた癖に何言ってるのよ」

「人形に見られるのと人に見られるのは全然違うじゃないですか」

 

 この歳になると同性の友人相手でも全裸なんてそうそう晒さない。

 そのうえ撮影までされるなんてそんな興奮──もとい恥ずかしいこと、

 

「いいから私の言う通りにポーズとりなさい!」

「はい!」

 

 命令されたら仕方ない。

 快感もとい恐怖に震えながら撮影を受けた。

 撮りながら息を荒げる少女と撮られながら頬を染める少女が互いに満足した頃にファンファーレ。本人以外には聞こえない仕様なので少女画家は無反応だが、

 

「……ラファエラさんの変態」

「は? 何の話よ?」

「わたしは自分をネタにひとりえっちされると経験値が入るんです」

 

 撮られただけのミーナはいくところまではいっていない。

 犯人候補は一人だけだと見つめれば、女子の裸に興奮する少女画家はぷいっと顔を背けた。

 

「奇行があっても許せって言ったじゃない」

「ちなみにラファエラさんの条件はなんなんですか?」

「女の子の裸を絵にする事」

 

 なら、ミーナがラファエラのモデルになればWin-Winだ。

 二人はしばらく見つめ合うと立ち上がって握手をした。

 

 数時間後。

 ラファエラに挨拶してログアウトした時、ミーナのレベルは「13→27」になっていた。



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もういっそのことノーパンにしよっか

「一回も戦闘しないでレベル27? お前、どういう条件付けたんだ?」

「そんなこと現実(リアル)で言えるわけないでしょ。お兄ちゃんの変態」

「急に罵倒するなよ動揺するだろ!?」

 

 どっちの側に非があったかはともかく。

 夕食時に感想を言い合うと両親がうるさそうだったので食べ終わってから兄の部屋で話をした。

 なお、主に小言を言われるのは兄の方だ。美奈は普段品行方正にしているし成績も悪くないので部屋で遊んでいる分には何も言われない。

 

「で、金は増えたのか?」

「まだ。絵は一枚描き上がったからそれが売れればお金になるって」

「NPCじゃなくてPCの画家を捕まえたのか。描いてる間退屈じゃなかったか?」

「ううん。女の子同士でお話しながらだったし、楽しかったよ」

 

 NPCの画家とPCの画家だと出来上がるまでの時間に倍くらいの差があるらしい。依頼(クエスト)としてこなす場合は何時間もじっと座ったままなんてとてもじゃないがやってられないので、一、二時間で終わるように調整されているのだ。

 一方、PCの画家であるラファエラは割と凝りたがる性格らしいのもあって描くのに時間がかかった。

 それでも退屈しなかったのは兄に言った理由の他に「お互い興奮していたから」というのがあるが、それは言わないでおく。

 

「びっくりしたよ。中にいると時間の流れ方が遅いなんて」

「それはMMOじゃないフルダイブアプリでもおなじみの技術だぞ。思考のクロック数を上げることで体感時間を伸ばしてるんだ。今は二倍が限度だけどいずれは──」

「お兄ちゃん。あんまり難しい話されてもわかんない」

「お、おう」

 

 要するに現実での一時間が向こうでは二時間になるということ。

 現実の身体はベッドに寝ていられることを考えると疲労も少ないのでいろいろお得である。

 

「VR空間で宿題とか課題やると捗るって話もある」

「なにそれずるい。どうしてもっと有名になってないの?」

「単にお前がそういうの疎いっていうのもあるけど、まあ、誘惑が多いっていうのが一番だろうな」

 

 MMORPG以外のフルダイブ作品──FPSやレーシングゲーム、単純なコミュニケーションゲームなどは以前からあって、それらには外部アプリを内部で利用する機能がついていることが多い(『UEO』にももちろんこの手の機能はある)。

 この機能を使うと例えば普通のRPGを二倍の時間プレイできる。友人との雑談だって二倍楽しめる。

 

「二倍も時間があるから少しくらい遊んでも大丈夫だろ、って始めると気づいたら予定時間を過ぎてるんだよな……」

「あー。面倒くさいことは後回しにしたらだめだよね」

 

 美奈はなるべく先に済ませるようにしている。兄は「できるなら見なかったことにしたい」派なので、母親の心象の違いはこういうところも原因なのだろう。

 

「金が入ったらどうするんだ?」

「服を買うよ。それで街をぶらぶらして、雑貨屋さんに入ったりお茶したりするの」

「お前ならリアルでもできそうだけど……現金が減らないのはメリットか」

「うん。服っていろいろ買うと高いんだもん。お菓子食べ過ぎると太るし」

 

 野望実現のためには絵が売れてくれないといけない。

 早く売れてくれますように、と思いつつ、寝る前の時間に「ちょっとだけ」とログインして──。

 

 

 

 

 

 

「いい値で売れたわ!」

 

 ログアウトしたのがラファエラのアトリエだったのでそこに出た。ちょうど少女もログインしていたらしく、ミーナを見ると挨拶を飛ばしてそう言ってきた。

 

「え、もう売れたの!?」

「あれからリアルで二時間くらい経ってるじゃない。こっちじゃ四時間経ってるんだから売れてもおかしくないわ。ま、もちろん私の実力があってこそだけど──」

「いくらで売れたの?」

「聞きなさいよ」

 

 まあいいけど、と言いつつラファエラは売り上げの半分を渡してくれた。

 かなり多い。ミーナがなけなしのお金で泊まったあの宿に何十回か泊まれる額だ。なんだか急にお金持ちになった気分である。

 

「ラファエラさんって実はすごい画家……?」

「ラファエラでいいわよ、もうフレンドなんだし。……まあ、それほどでもあるけど、と言いたいところだけど、実際は需要の問題よね」

 

 なにしろ女の子の裸だ。リアルのお金が減らないのもあって出来が微妙でもわりと売れるらしい。金がなくなったらモンスターでも倒して稼ぐ。

 たまーに本職のイラストレーターが降臨して莫大な値がついたりもする。

 

「小さい子が買っちゃたりしないのかな?」

「登録する時に年齢認証したでしょ? 未成年は買えないようになってるわ。まあ、誤魔化して登録すればいいわけだけど」

「それはどうしようもないね」

 

 敬語はなしでいいと言うのでお言葉に甘えさせてもらった。

 軍資金が手に入ったミーナはさっそく着替えを買いに行くことにする。ラファエラに用件を告げると「私も行こうかしら」と言ってきた。

 

「いいの?」

「あんたって街中でも露出しそうじゃない。いい絵が取れるかもしれないし」

「変態」

「お互い様でしょ」

 

 確かに、と思ったのでついてきてもらうことにした。

 基本、NPCのショップは大通りに面しているらしい。ラファエラが検索機能の使い方も教えてくれたので、まずはそちらから回ってみることに。

 念願のショッピングである。

 鼻歌交じりに歩いていると隣からちらちら視線が送られてくる。スクショ──スクリーンショットは視界に映ったものをそのまま写し取る機能、ラファエラはミーナを視界に収めている必要がある。

 なんだか視姦されている気分だった。

 

「で、ミーナ? ショップには大まかに二種類あるわ。ゲーム的な性能の高い『装備』を置いた店と趣味で着る『お洒落』の店。どっちにする?」

「もちろんお洒落のお店!」

「だと思った」

 

 ゲーム内のお店はどんな感じなんだろう?

 期待と不安を半分ずつ抱きながら来店すると、大通りにあるだけあって綺麗でお洒落な雰囲気だった。個人経営のセレクトショップという感じだ。店に並ぶ色とりどりの服に「わぁ……!」とテンションが上がる。

 現実とあまり変わらないというか、現実だったらこんなお店なかなか手が出ない。

 今着ている初期装備とは雲泥の差の洋服たちを笑顔で眺め、その印象を胸に刻み込みながらふと値札を手にして、

 

「結構高いよ……!?」

「趣味のアイテムだもの」

 

 初心者でもお金を貯めれば買えないことはない。ただ、装備を後回しにしてまで買うものではない。ミーナの所持金でも上から下まで一式揃えたら割とギリギリ。

 

「コーデを楽しむにはもっとお金を貯めないとかあ」

「もっと私のモデルになってくれればいいじゃない」

「持つべきものは友達だね」

 

 そんな会話をしつつ二、三件を回った。ひとまずはなにも買わずに商品をチェックした結果、

 

「ラファエラ。なんかどれも服が大人しいよ?」

「落ち着きなさいミーナ。ここは神聖王国の首都よ」

 

 設定的に神様への信仰が強い街。その分、街も綺麗だし設備も整っている、宿も良心的な価格で周辺のモンスター強くないものの、ファッションも大人しめのものが多い。渋谷と原宿と秋葉原では浮かないファッションが変わるようなものだ。

 王都のファッションは白系と黒系が多く、肌をあまり見せないのがトレンド。神様の印をさりげなくあしらったものも多い。

 これはこれで可愛いのだけれど、

 

「別の街に行けばえっちな服が売ってるってこと?」

「売ってるでしょうけど、それにはモンスターを倒しながら徒歩で移動するか、お金を払ってNPCに転送してもらうか。転送魔法の使えるPCを捕まえて拝み倒すか」

「ハードルが高い」

 

 仕方ないのでいったん王都の服を吟味することにした。

 清楚系のファッションでも見せ方次第。むしろ清楚系に強いこだわりを持つ人もいるとミーナは(えっちなサイトをこっそり覗いたりした)経験上知っている。

 例えばさりげなく下着を透けさせるのもアリだ。黒い下着は大人っぽく見えるので意外とえっちなのである。

 

「……あれ? ねえラファエラ。ゲーム内(こっち)の服ってサイズ合わなくなると着られなくなる?」

「あー。リアルほど厳密じゃないけど体型が違うときつくはなるわよ。あんたの場合、胸が大きくなると大変かもね」

「うん」

 

 魅力のステータスが上がって可愛くなった結果、胸はCよりのBカップ程度まで成長している。もちろんまだ成長する予定なので今ブラを買ってもすぐ使えなくなるかもしれない。

 

「いっそノーブラにしたら?」

「うん、そうする」

「え。あれ? わりと冗談のつもりだったんだけど?」

「わたしは真剣だよ……!」

 

 となるとメインカラーは白で決まりだ。トップスとボトムスを分けて買うよりワンピースタイプにした方が安くつく。

 今は七月の初め。あと一か月もしないで夏休みなのでちょうどいい。

 せっかくだから下着の代わりに帽子を買おうか。麦わら帽子は見つかるか怪しいのでつば広の白い帽子にして、ワンピースのスカートは長め。

 

「もういっそのことノーパンにしよっか」

「あとでたくし上げてるところ描かせなさいね」

 

 ツッコミを諦めたらしいラファエラが乗っかってきたのでブレーキ役が誰もいなくなった。

 白ワンピに帽子にミュール。ついでに小さな白いハンドバッグを買うとお金はほぼ底を尽いた。しかし、試着室を借りて着替えさせてもらったミーナは懐が寒くなったことなど二の次。可愛くなった自分を鏡に映して至福の息を吐いた。

 

「ああ、いい……っ♡ 清楚なのにえっちだよ♡ もうちょっとおっぱいとお尻が大きくなったら最高……♡」

 

 現実の試着室ではここまで興奮しづらい。せっかくなので鏡に向かってポーズを取ってみたりスカートをめくり上げてみたりして恥ずかしい姿を堪能。

 ついでにスカートの中へ手をのばそうとして──カーテンの隙間から覗いているラファエラと目が合った。

 こほん。

 

「あー、ミーナ? お楽しみのところ悪いけどそろそろ店を出ない?」

「ラファエラ。後でスクショをわたしにもちょうだい」

「うん。あんたのそういうところ大好きだわ」

 

 帰りに少し街をぶらぶらして、見かけた喫茶店で軽くお茶をした。

 

「ちょっとくらい寝るの遅くなっても平気よ。だって身体は今も寝てるんだし」

 

 アトリエに帰ってきたところでそう言われたので「なるほど」ともう一枚絵を描いてもらった。

 ラファエラの斜め後ろあたりに鏡を置いてもらって、そこに映る自分の姿を眺めながらしたらとても捗った。経験値も入った。

 

「あれ?」

「どうしたの?」

「うん。わたしたちの分以外にも経験値が増えてる」

 

 経験値が加算された回数はチェックできるようになっているのだが、それがミーナが把握しているよりも一回多い。

 ということは、

 

「へー。着飾って街を歩いた甲斐があったじゃない」

「……わぁ。わたしが、そういうことする対象になったんだ」

 

 普通の女子なら「うわぁ(ドン引き)」だがミーナの場合「うわぁ(恍惚)」である。増えた回数を見てニコニコするミーナにラファエラが「うわぁ」という顔をしているが、女の子の裸を嬉々として描いている彼女もぶっちゃけ同類だ。

 

「わたしたち以外にもゲームのなかでひとりえっちする人いるんだね」

「『たち』って。いや、達で合ってるけど。そりゃまあいるでしょ。なんならゲームの外でやった分もカウントされるはずだし」

「え?」

「スマホ用の連携アプリがあるのよ。基本的にはログインしてない時の連絡用だったりお知らせの受信用だけど、スマホの他の機能とも連携してるから」

 

 今の時代のスマホには所有者の体調管理機能が標準搭載されている。

 体温や心拍数、生理周期などから病気の兆候を教えてくれる便利機能であり「ひとりえっちの回数」なんていう表示項目は設定しない限り出てこないが、内部的にはカウントされている……らしい。

 

「もしくはログインした時にまとめてカウントされるのかしら」

「どっちにしてもすごい技術だよね?」

 

 ミーナのレベルが「27→31」になった。

 ミーナは「避暑地のお嬢様風コーデ」を手に入れた。



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女性用の服や下着を作ります。採寸からやります

 某日

 『UEO』内のとある小規模コミュニティにて

 

『暗黒街の風俗通い過ぎて心が荒んだから神聖王都に癒されに行ったんだが、そうしたら清楚な白ワンピ着た女の子を発見。眼福だった』

『暗黒街の風俗って……お前いくら使ったんだよ』

『白ワンピとか戦闘する気ないなそのPC。いや、むしろハイエンドな一点もの装備か?』

『いや、たぶん初心者。一緒にいた女の子もクリエイター系っぽかったしリアル女子じゃねーかな。ちなみに結構可愛かった』

『スクショはよ』

『貼って良いのかこういうの? まあいいか、ほい』

 

【挿絵表示】

 

『可愛いじゃねーか! 嘘乙って言う準備してたんだが?』

『マジで戦いに行く装備じゃないなこれ』

『待て。これひょっとしてノーブラじゃね?』

『>ノーブラ 詳しく』

『この服でブラ着けてないとか痴女じゃねーか』

『いや、でも確かにブラ線が見えない気が……? おい、もっとスクショないのか』

『何枚か撮ったけど……これで検証できるか?』

 

 -中略-

 

『うん。これはノーブラだな。日頃からエロスクショ漁ってる俺が言うんだから間違いない』

『未だかつてこれほど信用できない知恵者がいただろうか』

『いいんだよ。ノーブラだったほうがエロいだろ、それが全てだ。ということで俺の中ではこの子はノーブラになりました』

『ノーブラか。ならワンチャン、さらにノーパンという可能性も?』

『さすがにないだろ』

『ないな。……ないけどちょっと神聖王都行ってくる』

『じゃあ俺も』

『俺も俺も』

『俺はスクショスレにこの画像転載してくるわ』

『やはりピンクは淫乱』

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

「ねえミーナ。オーダーメイドの衣装を注文するのはどう?」

「オーダーメイド?」

 

 あれから数日。

 美奈は学校から帰ってきては『UEO』にログインする日々を送っていた。

 拠点はラファエラのアトリエ。そこでくつろぎつつ宿題を終わらせてから絵のモデルをしたり王都を散策している。宿題は基本電子データで出されるのでゲーム内でこなしても問題ない。むしろ静かで集中できるくらいだった。

 ラファエラはだいたいミーナより先にアトリエにいて絵を描いている。

 スクリーンショットがあれば絵は描ける。

 ただ、モデルがいた方がテンションが上がるということでアトリエではだいたい服を脱がされる。楽しいからいいのだが、そろそろこの環境に慣れてきたので興奮は薄れてきた。

 

「そ。職人PCに依頼して作ってもらうのよ。店で買うより高くつくけどデザインは思うがまま」

「いいね、それ。オーダーメイドなんて夢みたい」

 

 次に買う服の参考に電子書籍のファッション誌を(全裸で)眺めていたミーナはウィンドウを消して顔を上げた。

 ラファエラの絵がまた何枚か売れて懐は潤っている。二着目がそろそろ欲しいところだった(※さすがに下着は買い足した)のでちょうどいい。

 

「どうやって依頼するのかな?」

「コミュニティに出てる宣伝から依頼するとか、後は街で歩いているのを直接捕まえるとか」

「ああ、ラファエラがやったみたいに」

 

 物を作るには材料費がかかるので職人PCは金欠になりやすい。作ったアイテムを出品して売れるか祈るよりはオーダーメイドの依頼を受ける方が安定する。

 

「問題は、腕のいい職人ほど順番待ちもあるし値段も高いって事ね」

「ラファエラみたいに腕がいいけどお客さんがいない人が見つかればいいんだけど」

「ふ、ふん。そんな都合のいい人材そうそう見つかるわけないじゃない……と言いたいところだけど、服飾系なら可能性はあるかもね」

 

 現役の専門学校生等がデザインの勉強がてらゲーム内で職人をしているケースがあるらしい。

 そういうPCはスキルが微妙でもプレイヤーのセンスで補えるし伸びしろもある。うまく繋がれればいい関係が築けるかもしれない。

 

「じゃあ手芸用品店で待ち伏せしてみよっか」

「あんたって本当こういう時アグレッシブよね」

 

 コミュニティもチェックした方がいいとアドバイスされたので待ち伏せしながら眺めることに。

 街で見かけた可愛い子みたいなスレッド名に「わたしも書き込まれてないかな……?」と心を惹かれるも「今の目的とは違うから」とぐっと堪えて。

 依頼人募集の書き込みを片っ端から眺めると職人によって人気に差があることがわかった。主な要因はスキルの熟練度と価格、作れるアイテムの種類。武器や防具を作る腕のいい職人は値が張っても依頼がどんどん入る。

 ファッションデザイナーもトップレベルになるとそこそこ人気だが、値段的にとても手が出ない。趣味の品だからこそ好きなだけ値を吊り上げられるのだ。

 

「あ、この人はどうかな?」

 

 他の書き込みに紛れて全く反応されていない小さな書き込み。

 

『リリ:

 女性用の服や下着を作ります。採寸からやります。依頼ください』

 

 キャラ名は女子っぽい。不人気の原因はスキル熟練度が書いていない上に女性限定、しかもわざわざ採寸に限定しているところだろう。

 壊滅的に人付き合いの下手な女子か中身おじさんの二つに一つとみた。

 女子だったらねらい目である。

 

「ちょっと気になるなあ。メッセージ送ってみようかな。いちおうラファエラに相談してからの方がいいかな……?」

 

 悩んでいると、ミーナの視界に人影が映った。

 

「あ」

 

 灰色のローブを着た小柄な姿。フードを目深に被っているせいで表情さえ見えないその人物はミーナの隠れている建物(初級者向けの手芸用品店)へとまっすぐに向かってくる。

 ここはいったん目の前の獲物──もとい職人に狙いを絞るべきだ。

 思い切って飛び出し、ドアに手をかけようとしていた『彼女』に触れた。

 

「あの、服を作る方ですか? よかったらわたしの相談に乗ってくれませんか……っ!?」

「え……っ?」

 

 振り返った拍子にフードが外れて顔が見える。

 白い髪。

 赤い瞳を持った女の子だった。彼女はミーナと目が合うとびくっと震え、逃げ場を探すように周囲へ視線を走らせてから口を開いた。

 

「どうして、服を作るって」

「このお店に入るみたいだったので。わたし、服を作ってくれる人を探していて、ここで待っていれば職人さんが来るかなって……」

 

 すると少女は少しだけ警戒を解いてくれた。

 ドア前から人一人ぶんだけズレてからミーナを見て「でも」と口にする。

 

「私、スキル低いから」

「誰だって最初は初心者です。わたしも始めたばかりなのであまりたくさんは払えませんけど、一緒に頑張ってみませんか?」

 

 価格が安く抑えられるうえにのんびり依頼を詰められるのはこちら側にもメリットがある。

 逃がしてなるものかと見つめていると、

 

「依頼も募集したけど冷やかししか来なかったのに」

「そういう時もあります。スキルを上げてもう一回募集すれば今度は依頼があるかもしれません」

「本当に、私でいいの?」

 

 どこか縋るような視線が送られてきて、ミーナはなんだか年下の子を見ているような気分になった。実際身長も相手の方が少し低い。

 抱きしめたくなるのを堪えながら笑顔で頷いて、

 

「はいっ。是非わたしのためにえっちな服──じゃない、可愛い服を作ってください」

「えっちな……?」

 

 不思議そうな顔で首を傾げる少女だったが、やがてこくんと頷いて、

 

「わかり、ました。私で良ければ」

「やった! ありがとう!」

「わ」

 

 勢い余って少女の手を両手で包み込んでしまった。目を丸くする彼女にミーナはそのまま名前を尋ねて、

 

「私はリリです。服飾職人見習いで……よろしくお願いします」

「あれ?」

 

 まさかの、さっき見た職人さんだった。

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

「こ、この方はどなたですか……?」

「ラファエラっていう、女の子の裸を描くのが好きな画家だよ」

「ちょっとは言い方考えなさいよ」

 

 アトリエに連れていくとリリが怯えだした。

 はっきりものを言うタイプのラファエラとはあまり相性が良くなさそうだ。

 

「大丈夫だよリリちゃん。たぶん裸描かせてあげれば大人しくなるから」

「あんた人をなんだと思ってるの? まあモデルになってくれるならだいたいの事は許すけど」

「は、裸でモデルってそんな恥ずかしいこと……」

「う」

 

 ミーナに流れ弾が当たった。

 ともあれ、リリに椅子を薦めて座ってもらう。椅子は二脚しかないのでミーナはベッドに腰かけた。

 

「お店の前で会ったからとりあえず来てもらったの」

「拉致したの間違いじゃなくて?」

「わたしの筋力じゃ無理矢理なんて連れてこられないもん」

「だ、大丈夫です。私もお客さんができるの嬉しいので」

「ありがとうリリちゃん」

 

 ついでにラファエラとの関係も簡単に話した。

 

「絵を描く人……。でも、裸専門?」

「服着た絵も描けるわよ。ただ裸の方が好きだってだけ」

「少しわかります」

 

 真顔の性癖暴露に意外にも頷きが返されて、

 

「私もただ服をデザインするんじゃなくて、着る人の姿も込みで描くのが好き、なので」

「へえ。案外気が合うかもしれないわね」

「リリちゃんはどんなデザインが好きなの?」

「こういうのです」

 

 どこからともなくスケッチブックが取り出される。

 中に描かれていたのは精緻なデッサンによる服やランジェリー。素人目ながらミーナはつい「可愛い!」と声を上げてしまった。

 一方でラファエラは首を傾げて、

 

「でも、なんでモデルが全部アニメキャラなのよ」

 

 彼女の言う通り、人物の顔が妙にデフォルメされている。

 

「私、顔まで描かないとうまくデザインできないので」

「オーダーメイド専門デザイナーってことか。で、今まで注文は?」

「……ゼロです」

 

 ゲームの中だとじっくりデザインできるのは良いものの、どうやって客を捕まえていいのかわからず困っていたらしい。

 そこにミーナが現れて「服を作って欲しい」と言ってきたと。

 

「わたし、ファインプレーだったんじゃない?」

「でも、あんたはそれでいいの? 言っておくけどこいつ変態よ?」

「あ、ラファエラそれは言わなくても──」

「こいつは自分のエロい格好見られるのが大好きな露出魔なの」

「言わなくていいって言ってるのに……」

 

 せっかく見つけた職人が逃げてしまったらどうするのか。

 恐る恐る様子を窺うと、リリは数回瞬きを繰り返した後でミーナを見て、

 

「露出の多い服が好きなんですか?」

「う、うん。もちろん可愛い服も好きだよ? でもシースルーの服とかボンデージとかもいいよね。スカートめくって下着見せるのとか」

「ほらやっぱり変態じゃない」

「でも、わかります。下着もせっかくならいろんな人に見て欲しいです」

「わかってくれるの……!?」

 

 勘は間違っていなかった。目を輝かせて少女の手を握る。

 その横でラファエラは半眼になって、

 

「これ、変態が新しい変態を見つけてきただけじゃない?」

 

 呟きの正否はこの後明らかになった。

 

「じゃあ、ミーナさん。採寸をするので服を脱いでください」

「うんっ。よろしくお願いします」

 

 嬉々としてワンピースに手をかけ、肌を露わにしていくミーナ。脱いだ服と下着は綺麗に畳んで重ねて置き、リリに向けて一礼。

 駆け出し少女デザイナーは既に集中モードに入っていて白い裸身へじっと視線を送ってくる。

 

「良いバランス……。いやらしさと美しさが同居している感じ。どっちに寄せるかで色んな服が似合いそう。体型に合わせたタイトな服とか、敢えて胸やお尻だけ生地を薄くした服も……ふふ、うふふ……♡」

「あの、リリちゃん? 大丈夫?」

「大丈夫です。採寸を始めますからそこに立ってください」

「う、うん」

 

 大丈夫と言いつつリリは採寸が終わるまでトリップモードを継続していた。

 測り終えた彼女は「良い服を作りましょう」と力強く言ってくれる。試作品についてはミーナが必要経費のみを支払い、お互いに満足のいく品ができあがった時はそれを作品として買い取るということで合意。

 ラファエラもなんだかんだリリのことが気に入ったのか「ここは好きに使っていいわよ」と言ってくれた。絵が売れるようになったのでアトリエの維持費くらいは安定して払えるようになったらしい。

 

「ちなみにリリ。あんたの『魂のあり方』は?」

「私のデザインした服を人に着てもらうこと、です」

「OK。前に作った服があるなら全部出しなさい。ミーナが着るから」

「わたしなの!? もちろん着るけど……!」

「私の服を着てもらえる……? こんなの初めて……!」

 

 習作を身に着けたミーナを見て、リリは「~っ♡」と身を震わせた。

 響くファンファーレ。

 

「あ」

「レベル上がった?」

「うん。最近は何もない時にたまに経験値が入るから、リリちゃんじゃないかもだけど」

「ノーブラノーパンで街歩いてればそりゃね」

「ちゃんと下着つけてる時もあるもん!」

 

 レベルアップしたせいで体型が微妙にズレたので念のために測り直した。リリのレベルも上がったので服の出来も地味に良くなるはずである。



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少しくらい触ってもいいよ?

「♪」

 

 神聖王都を散歩しながらミーナは上機嫌だった。

 気持ちのいい快晴。ゲームの中でも曇りの日はあるし、たまに雨も降る。雨の中、敢えて傘を差さずに歩くのも楽しそうだけれど、今日はせっかく新しい服なので濡らしたくない。

 リリのオーダーメイド第一作はブレザーにブラウス、スカートを主な部品とする衣装──すなわち学校の制服である。

 現実に存在する制服ではなく、アニメやラノベに出てくるような可愛いやつ。刺繍等の装飾多めの仕上がりでテンションが上がる。

 サイズはミーナの体型ぴったり。

 

「いいなあ、このフィット感」

 

 今のバストサイズはCカップ。もうちょっとでDに届きそうだ。起伏のあるボディラインが立体的な縫製によって強調されている一方、動きにくさはそこまで感じない。リリのスキルがまだ低めなので細かい造りは甘かったりするのは我慢。

(胸のサイズは顔のクオリティを下げることで大きくできるし、逆に削って顔を良くすることもできる。

 魅力特化のミーナは顔も十分可愛くできるので、バランスが崩れないギリギリのラインまで大きくする方針だ)

 試作品も含めて何着も作ってもらい、制服に合わせた革靴を既製品で買ったのも含めてお財布はだいぶ軽くなってしまったが、満足である。

 この服で街を歩き始めてから周囲の視線が気持ちいい。

 制服が珍しいのか、ちらちら見てくる男性が明らかに増えた。素知らぬふりをしていても女子にはバレバレである。ミーナは大歓迎だが普通の女の子にやる時は気を付けて欲しい。

 

「……♡」

 

 ちなみに今日はちゃんと下着をつけている。

 ブレザーの生地がしっかりしているのでどうせ透けないからだ。でも、透けないからこそ着けないというのもアリだったかもしれない。

 と。

 

「ねえ、そこの可愛い子」

「今暇? ちょっと話さない?」

 

 二人組の男性プレイヤーに声をかけられた。

 戦士風と盗賊風。顔は可もなく不可もなく。モンスター退治メインのPCは他のステータスを重視するので平凡な容姿になりやすい。

 思わず立ち止ったミーナは前後を取られて逃げ場を失ってしまう。

 ナンパだ。

 

「もしかして、可愛い子ってわたしですか?」

 

 JKを口説く冒険者とか明らかに事案である。

 ミーナは身の危険を感じながら内心で興奮していた。

 平和な日本と違ってここはファンタジー世界。か弱い女の子がふらふらしていたら簡単に捕まってあんなことやこんなことをされてしまう。

 

「そうそう。もちろん金は俺達が出すからさ」

「戦闘苦手そうだし、お金に困ってるんじゃない?」

「ごめんなさい、わたし未成年なので」

 

 ※ただしここはゲーム世界です。

 日本の法律が適用されるので未成年とのえっちな行為はアウト。システムに監視されている分「バレなきゃOK」とはならないのでむしろ厳しい。

 もうちょっといい気分を味わっても良かったかな、と思いつつ切り札を出すと二人は明らかに残念そうな顔をした。

 これならなんとか逃げきれ、

 

「そうなんだ。じゃあさ、健全な遊びってことで」

「いいでしょ? ね?」

「ファンタジーばんざい」

「は?」

 

 今なんて言った? という顔をするナンパ男に「こっちの話です」と返し、にこにこと微笑みながらミーナは「どうしよう」と思った。

 禁止されているえっちな行為は本格的なやつだけ。

 お尻を触るとかキスをするくらいなら大丈夫なので身の危険がないとは言い切れない。

 ミーナの専門は見られることなので直接的なえっちはよくない。もちろん、精一杯抵抗しても無理矢理されてしまうのはとても興奮するのだけれど。

 

「あの、とにかく諦めてください!」

「まあまあそう言わずに」

「ね? きっと楽しいからさ」

 

 とうとう男たちの手がミーナの身体に触れた時、

 

「うちの妹に何してる?」

 

 黒シャツに黒革のベスト、黒いズボンに黒コート、おまけに怜悧な印象の眼鏡をかけた黒髪黒目の男が声に怒りを滲ませながら声をかけてきた。

 硬直するナンパ男×2。

 

「妹?」

「あ、お兄ちゃん」

 

 ミーナが素のトーンで言ったことで彼らは完全に「やっべ」という顔になった。

 保護者に来られると盛り下がるのはおそらく万国共通である。ぶっちゃけミーナのテンションも下がった。

 

「お、お兄様ですか?」

「ああ。お前達、さっさと消えないなら痛い目に遭わせるぞ」

「すいませんでした!」

 

 見た感じ装備のランク的に兄の方が格上。男たちは素直に謝ると一目散に逃げていった。

 たぶん、彼らもリアルだと大人しい少年だろう。生身の女の子をほいほいナンパできるならゲームでナンパする必要がない。

 それはともかく。

 黒すぎる男は溜め息をつくとミーナを見下ろしてきた。

 

「なにやってんだお前は」

 

 この男、もちろんミーナ──美奈の兄当人である。

 

「あはは。初めてこっちでナンパされちゃった」

「こっちでって現実(むこう)でもあるのかよ。……っていうかなんだその格好」

「制服だけど? 可愛くない?」

 

 くるりと一回転してみせると兄は「駄目だこいつ」とばかりに目頭を押さえた。

 

「そんな格好してるからナンパされるんじゃないのか」

「えー。普通の格好なのに」

「制服ってのは学生以外にとっては特殊な格好なんだよ……!」

 

 知ってる、と口に出すのは我慢して上目遣いに兄を見上げ、

 

「ゲームの中でくらいいいじゃない」

 

 しおらしくするふりをして胸を強調する。

 

「それとも、お兄ちゃんが守ってくれる? ……兄妹だし、別に少しくらい触ってもいいよ? わたしが同意してれば簡単にはアウトにならないんでしょ?」

「っ。大人をからかうんじゃない」

 

 ぽん、と頭に手が置かれ「リアルではやるなよ」と厳命された。

 それはもちろん、と頷く。

 

「怪しい店で服買うのも駄目だぞ」

「大丈夫だよ。知り合いの女の子に作ってもらってるから」

「知り合いの画家に知り合いの職人か。なあその子達を紹介──」

「お兄ちゃんには会わせないもん」

「あ、こら!」

 

 走って逃げたら追いかけてはこなかった。

 兄は美奈がゲームを買った日の夜に帰って行ったので同じ家にはいない。母に告げ口される心配はあるものの、その場合は美奈も「お兄ちゃんってばゲームで女の子に鼻の下伸ばしてる」と言えばいい。お互いに黙っていた方が平和なのである。

 

「でも、お兄ちゃんのあの顔、可愛かったなあ」

 

 兄をからかうのも意外と楽しい。

 その日、ミーナに入った経験値は昨日までより多かった。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 

 アトリエに戻るとラファエラとリリが揃って作業をしていた。

 

「うふふ、ミーナを見つけた私は運が良かったわ……♡」

「服を作ればミーナさんが着てくれる……♡ ふふ……っ♡」

「二人とも絶好調だね」

 

 ドアを閉めたミーナは笑顔で服に手をかけた。

 服を着ているとラファエラが不機嫌になるが、裸だとリリが寂しそうな顔をする。折衷案として下着姿がデフォルトになった。

 リリがレベル上げ用に作る衣装も多くが下着だ。少ない布で作れるわりに経験値が多めで効率が良いし、満足いかなかった品は原価で買い取らせてくれるのでミーナとしても嬉しい。

 

「ねえ二人共、わたしナンパされちゃった」

「ふーん。制服JKをナンパするとか相手おっさんじゃないの?」

「それは考えなかったなあ」

「私の作った服が皆さんに見てもらえるのは良い事です……!」

 

 ミーナという試着係ができたのでリリのレベルも着実に上がっている。

 問題はお金の流れがリリ←ミーナ←ラファエラの一方通行で、実質的に二人がラファエラのヒモだということだ。今の収入だとリリのパトロンとしては心許ない。

 

「でね。わたし、狩りに挑戦しようと思うの」

「死にたいの?」

(訳:あんたステータスクソ雑魚じゃない)

「是非戦闘用の装備でお願いします」

(訳:私の服を傷つけないでください)

 

 ひどい言われようだった。

 

「わたしだってレベル上がってきたし、初心者用の敵なら大丈夫……だよね?」

「自信ないんじゃない。まあ、初心者狩場なら実際狩れると思うわ。ボーナスポイントは?」

「自由枠は全部余ってる」

 

 全部振っても大活躍できたりはしない。けれど、まあ今よりは見栄えのする戦闘力になるはずである。お洒落着が使えないと初期装備の武器(細い木の棒)と防具(布の服)しかないが。

 

「丈夫で可愛くて性能もいい服ってないのかな?」

「そんなの高いに決まってるでしょ」

「いつか自分で作るのが私の夢です。……それで、どういうビルドにするんですか?」

 

 戦闘スタイルをどうするのか、ということだ。

 

「やっぱり前に立って戦うタイプかなって」

「その心は?」

「ダメージ受けて服がボロボロになったらいいなって」

「実際、酸とか炎喰らうと耐久値がガンガン減るわよ。耐性装備がないなら初期装備にしろって言われるくらい」

 

 初期装備の耐久値は「∞(壊れない)」である。

 

「じゃあ壊れる防具を買わないとだね……!」

「どこまでも逆を行くわねあんた。……まあ、前衛ってのは悪くないんじゃない? リリ、あんたのステってどんな感じ?」

DEX(器用さ)MND(精神力)INT(知力)です」

「私はINT>DEX=MND。この三人で組むならリリが射撃、私が攻撃魔法だからやっぱりミーナが前衛だと安定するわ」

 

 ミーナは驚いて口を開けた。

 

「一緒に来てくれるの……!?」

「私だって一応戦闘できるし。狩りすれば小遣い稼ぎになるじゃない。リリ、あんたも来るでしょ?」

「み、皆さんと一緒なら……素材も見つかるかもしれませんし」

「やったあ!」

 

 戦闘なんてあまり気は進まないが三人一緒なら楽しい作業だ。

 にこにこしながら戦闘について調べ始める。一口に前衛と言っても壁役やダメージディーラーなどタイプが複数ある。

 

「格好いいのはやっぱり剣かなあ」

「バランスは確かにいいけど、火力なら断然斧とかハンマーの方よ」

「槍もいいと思います。あんまり近づかなくて済むので……」

 

 使う武器も含めると選択の幅は無限大と言ってもいい。

 初めはオーソドックスに剣を持ってVIT(耐久力)を上げればいいか、と思っていたミーナは調べれば調べるほど迷ってしまった。

 そのうちにふと思いついて、

 

「あれ? もしかして『攻撃してください』って棒立ちしてる子より、必死に攻撃避けてる子の方がえっちじゃない?」

「ふむ。相手は是非触手かゴブリンでお願いしたいわね」

「タイトな服装やミニスカートが合うと思います」

 

 堅実なチョイスから遠ざかったのに止める人間がいない。

 

「あ、戦舞踏(バトルダンス)っていうスキル面白そう。わたし軽戦士にする!」

 

 実用品を扱う店で短剣二本と旅行用の丈夫な服を購入。ステータスはAGI(敏捷性)へ多めに、それからSTR(筋力)に少しだけ振った。

 軽戦士は「当たらなければどうということはない」スタイルなので防具はそこまで重要視されない。結果的にお金が少し浮いた。

 

「じゃあ、行きましょうか」

「敵の弱いところにしましょうね……?」

 

 ラファエラはノースリーブのシャツ+ショートパンツにマントを羽織った格好。武器として宝石のついた魔法の杖を持っている。

 リリは外出する時羽織っているフード付きコート。武器はクロスボウという機械式の弓矢だ。

 三人とも戦闘向きではないのでレベル比だと相当弱い狩場をチョイス。神聖王都にほど近いフィールドの一角で一角ウサギを狩ることに。

 

「さすがにこの辺りなら楽勝できちゃうんじゃない……!?」

「それならそれでばんばん稼ぎましょ」

 

 調子に乗っていたら時間湧き、徘徊型の強力モンスターである飢えた狼と遭遇してこてんぱんに叩きのめされた。



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ざぁこ♡ ざぁこ♡

 一角ウサギはちょうどいい相手だった。

 草原でのんきにぴょんぴょん跳ねているので蹴飛ばしてあげると怒って攻撃してくる。後は頑張って避けつつ、ジャンプしたところを斬りつける感じだ。

 難点は可愛くて可哀想なことと、小さいので攻撃が当たりづらいこと。

 そこはラファエラの魔法の矢(マジックアロー)が役に立った。軽い追尾機能がついているので当てやすく、MPの許す限りウサギをきゅう、とノックアウトさせていった。

 

「素材、ウサギの羽毛、うふふ……♡」

 

 ウサギの体毛は服飾素材だ。

 肉や角を落とすこともあるのでこっちは後で売却してお小遣いに回す。ちょっとではあるものの経験値も入るので意外と悪くない。

 乱獲している事実を除けばふわふわした生き物に囲まれて幸せな時間だとも言える。

 とか、油断していたのがいけなかったのか。

 

「グルル」

「ぐるる?」

 

 気がついたらいかにも「お腹減ってます!」といった感じの狼に近づかれていた。

 

「可愛くない。ラファエラ、なにあれ?」

「やっば。簡単に言うとこのエリアのボスみたいなものよ。勝てないから逃げるわよ!?」

「に、逃げるって言っても……」

 

 あいにく狼さんは足が速かった。素早く全力で逃げ始めればなんとかなったかもしれないが、ミーナの反応が遅れたり、リリが途中で転んだりした結果追いつかれた。

 

「こうなったら戦うしかないよね。……えいっ! って、あれ?」

 

 素早い狼さんに短剣での攻撃は当たらず、逆に鋭い爪の一撃はいともあっさりと命中した。

 全年齢のゲームなので苦痛の再現レベルは低いものの、大ダメージになるとそれなりの衝撃はある。「いったあ……」とかぼやいていたらそのまま押し倒されて噛み噛みされた。

 どうせ押し倒されるなら人間相手がよかった、などと思っている間にHPがあっさり0に。

 

「あー、これは駄目ね。死んだわ」

「ひ、ひい……っ!?」

 

 後から思えば、ミーナがやられている間に他の二人は逃げられたかもしれない。ただ実際には慌てて背を向けたリリが噛み噛みされ、最後にラファエラも爪でざっくりやられた。

 三人は仲良く地面に横たわったまま幽霊になって浮かんだ。

 

「あれ、なにこれ?」

「パーティメンバーにだけ見える幽霊よ。街に戻る前に今後の相談とかできるようになってるの」

「なるほど。便利だね。便利だけどシュールだね……」

 

 他のプレイヤーには見えないらしいので下着を覗かれたりする心配はない。

 

「お。ちょうどいいところにいた。……囮になってくれたのかな、ありがとねー、雑魚さん達」

 

 基本的にモンスター同士は共食いをしない。

 ぴょこんぴょこんとどこからともなく白い生き物が現れる中、どこかへ歩き去ろうとしていた狼は新たな人間の登場に動きを変えた。

 やってきたのはミーナたちより少し年下に見える少女が一人だ。

 

「あ、あの子もやられちゃうんじゃない……!?」

「落ち着きなさいミーナ。こっちの声は伝わらないから。……それに、たぶん大丈夫よ」

「え?」

 

 炎を連想させるセミロングヘアを靡かせながらルビーのような瞳を輝かせた彼女はばっとマントを翻すと鞘から剣を抜いた。

 精緻な装飾付きの柄。その先には──刃が付いていない。

 つけ忘れ? などと思った直後、オレンジ色に輝く刀身が形成され、突進してきた狼に向けて振り下ろされる。ミーナの下手な攻撃とはまるで違う的確かつ高速の一撃。

 すぱっ、と。

 包丁の実演販売の如く一刀両断。

 

「え、あれ、一撃……?」

「みたいね。私達とはレベルもステータスも装備も何もかも違うのよ。さすがトッププレイヤー」

 

 光の粒子となって狼が消滅すると、血色をした小さな球のようなものが少女の身体へと吸い込まれていく。

 

「お、やったー精髄ゲット。たまには雑魚狩りするのも悪くないよね。どうせあたしは何してても強くなれちゃう天才だし」

 

 精髄、というのはごく稀にドロップするレアアイテムだとミーナは後でラファエラに聞いた。

 どうして後になったかというと、トッププレイヤー? らしい少女が倒れている方のミーナの傍にしゃがみ込んだからだ。

 

「おねーさん達のお陰かな? でも、弱いくせにあんなのに挑んじゃ駄目だよ。ざこはざこらしくウサギでも狩ってるんだよー?」

「うわうっざ。噂には聞いてたけど実物は想像以上ね」

「メスガキもすっかり属性の一つになりましたよね」

 

 少女はさらに「ざぁこ♡ ざぁこ♡」などと言いながらミーナの服──パンツ風のボトムスに手をかけてずらし始める。

 

「わ。このおねーさんすっご♡ 黒いえっちなの穿いてるー♡ エリーちゃんいいもの見ちゃった」

「こんな小さな子に罵倒されるなんて思わなかったよ……♡」

「喜んでないで街に戻るわよミーナ!!」

「ええ!?」

 

 何故か急に焦り始めたラファエラに急かされながら、視界に浮かんでいた帰還ボタンをタップ。

 すると一瞬の暗転の後、三人はいつものアトリエに戻ってきていた。HPが0になって戦闘不能になった場合、最後に訪れた街か拠点に設定した場所に戻されるのだ。

 倒されると経験値が少し減ってしまうものの所持品や所持金には影響がない。ほっとひと息ついて椅子やベッドに腰かけ「ひどい目に遭った」という気分を共有する。

 

「危なかったわ。あのままだったら次は私かリリが下着見られてたもの」

「それで慌ててたんだ。それで、あの子がトッププレイヤーっていうのは……?」

「エリーゼ・マイセルフ。獲得経験値ランキング()()()。βテストからの古参プレイヤーにして文句なしのハイランカー。私達から見たら雲の上の存在よ」

「あの子が一位……」

 

 エリーゼはあの狼を一撃で仕留めるほどの戦闘力を持ちながら容姿にも優れていた。ゲーム内で最もレベルが高いと言われても納得である。

 

「あの光の剣もすごそうだったよね」

「マナブレードの一種ですね。軽くて強力な上に見栄えがするので非常に高価です」

 

 強いプレイヤーは上位の狩場に行ける。強いモンスターほど良いアイテムを落とすので所得格差はどんどん広がっていく。

 ミーナたちを「ざぁこ♡」などと罵っていたのにもそれなりの理由があるのだ。

 ラファエラがため息と共に肩をすくめて、

 

「ま、あいつに追いつくのは無理ね。何しろ経験値の効率が違うもの」

「それって条件のせい?」

「そ。エリーゼの条件は『ゲームを始めてから時間が経過するたび』よ。チートとしか言いようがないわよね」

 

 要するになにもしていなくても一秒経つごとに経験値が入る。

 βテストからのプレイヤーというのがポイントだ。他のプレイヤーが後から真似しようとしても追いつけない。レベル差がある以上、狩りで稼げる経験値さえエリーゼの方が多くなる。

 結果、ついたあだ名は「鬱陶しいメスガキ」「強いメスガキ」「最強のメスガキ」etc。

 

「メスガキは確定なんだ」

「性格があれじゃあね。罵られたいドM以外からはウザがられてるわ」

「可愛い服着たら映えると思うんですが」

「わかる」

 

 彼女は幼さの残る容姿──要するに貧乳美少女だった。フリルをふんだんに使った衣装とかこれでもかと似合うと思う。本人に「着てください」なんて言ったら「は? なんであたしがそんなことしなきゃいけないのぉ?」と煽ってきそうだが。

 

「うーん。わたしたちはわたしたちなりに頑張ろっか」

「そうね」

「賛成です」

 

 それからは作業(ミーナは散歩)の合間に息抜きとして狩りに出かけるようになった。

 何度か繰り返しているうちにだんだん慣れてきてボスを見かけたら逃げられるように。レベル上げに来ている初心者からも同類だと思われているのか「一緒に頑張りましょう」と優しく声をかけられるお陰でのんびりと戦闘に勤しむことができた。

 

「でもこれ、ミーナは半分くらい踊ってるだけよね」

 

 戦舞踏(バトルダンス)のスキルは「踊りながら戦闘する」ことによって熟練度が上がっていく。効率よく鍛えるには絶えずステップを踏んでいる必要があった。

 

「わたしは楽しいよ?」

「あんまり前衛の意味がないって言ってんのよ。かといって凶暴なモンスターだとそもそも勝てないし」

「飛び道具一発で倒せればいいんですけど……」

 

 踊りながら蹴飛ばしたウサギにラファエラorリリがトドメを差す、という流れを経ないと微妙にダメージが足りない。

 ミーナを狙っていない個体に他の二人が手を出すとターゲットがそっちに行ってしまい余計なダメージを受けるのだった。

 

「ラファエラ、回復魔法って使えないの?」

「治癒系は魔法の種類が別だから覚えるの大変なのよ」

 

 ぶっちゃけレベル上げが目的ならアトリエで作業している方が効率良かった。

 

「でも、貴重な収入源だもんね」

「元手がほとんどかからずにお金が入ってくるのは重要よね」

 

 ラファエラもリリも結構自由のきく立場なのか、毎日のように集まってはマイペースなプレイを続けた。

 ミーナは学校から帰ってきたら部屋着に着替えてすぐログイン。中で宿題を片付けたら夕方までプレイしっぱなし。入浴や夕食を済ませたらまたログイン。休みの日は出かける用事がない限り起きてから寝るまでの時間をほぼゲームの中で過ごしている。

 頭に直接情景を送り込むようなシステムなので目が悪くなる心配もない。

 なお、兄のログイン状況も筒抜けなわけで、

 

『お前、最近ゲームにハマりすぎじゃないか?』

『わたしはちゃんと勉強もしてるもん。お兄ちゃんこそ課題とかレポート大丈夫なの?』

『ぐっ……痛いところを。可愛いからって調子に乗るなよ』

『え、わたし可愛い? えへへ……』

『だめだこいつ』

 

 ミーナの経験値が増える頻度も少しずつ、本当に少しずつだが上がってきている。

 

「わたし結構見られてるのかな。嬉しい」

「私の描いた絵のおかげでしょ」

「私の衣装も少しは貢献できているでしょうか……」

 

 ラファエラは毎日一枚以上絵を仕上げて売りに出している。固定ファンがいるのかそれともえっちな絵のパワーかコンスタントに売れており、懐具合もふたたび温まってきた。

 そろそろ新しい衣装を作りたいところで、

 

「踊り子風の衣装とかいいと思わない?」

「とうとう直球で来たわね」

「いえ、わかります。踊っている時は軽装な方が映えますよね」

 

 リリの言う通り、ダンスを経験してみて思ったことだ。ダンスと言っても自己流なのだけれど暇な時間に動画を見たりして少しずつ勉強中である。

 

「でも、戦闘用の服を作るには素材とスキルが足りませんよ」

「それでもいいよ。街でダンスの練習するのに使うから」

「それなら服も傷みませんね」

「スクショ撮りに行くからやる時は教えなさいね」

 

 というわけで、リリにファンタジー風の踊り子衣装を作ってもらうことにした。初めてだし、えっちすぎるとか難癖付けられても嫌なので露出は控えめで。それでも出来上がったデザイン案はなかなかに刺激に溢れていた。

 

「可愛い!」

「うわ、エロ」

「またしてもタイトな造りなのでやりがいがあります」

 

 出来上がったのは神聖王都らしく白をベースにしたツーピースタイプの衣装だ。

 左右の生地を金属製のリングで繋げたチューブトップのブラに、ローレグの水着風インナー。深いスリットの入ったマーメイドスカート。指を覆わない白いレースの長手袋とニーハイソックスを合わせ、頭には薄いヴェールを被る。

 肩と首回りに薄手の布を巻けば、へそ出しをしながら清楚なイメージで纏まった踊り子衣装の出来上がりである。

 

「それじゃあ、さっそく踊ってくるねっ」

「私も撮影のために一緒に行くわ」

「私もこっそり隠れて見守ります」

 

 広場だと邪魔になりそうだから街中のちょっとした休憩スペースみたいなところを使って踊った。

 人通りも多くなく、なんだか場違いな気がして最初は少し恥ずかしかったものの、踊っているうちに気にならなくなってくる。ちらちらと視線が集まるようになると逆に快感になってきて、気づいたら五人を超えるプレイヤーに見られていた。

 

「~っ♡」

 

 視線がきっかけじゃ経験値にならないのに、と思う間もなく、ミーナは身体をびくんと震わせた。



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やっぱりもうちょっと露出すればよかったかな

 楽しい。

 見られる喜びが胸いっぱいに溢れている。

 安物の短剣と、リリが今のスキルで限界まで頑張った衣装。上には上がいるし、ダンスだって拙いにも程があるけれど、スカートを翻しながら一生懸命に披露する剣舞は(リアルでは)大人しい少女にとって一世一代の晴れ姿と言ってもいいものだった。

 この胸の高鳴りは決して特別なものじゃない。

 芸能人だって人前に立つのが楽しいからやっているはず。人前で「自分」を表現するのは楽しいことなのだ。

 

「……やっぱりもうちょっと露出すればよかったかな」

 

 見られることに性的興奮を覚えるのが普通かはともかく。

 

「ふう……っ」

 

 ミーナは一時間──リアルでは三十分ほど踊ったところで動きを止めた。

 フィールドにいる時や戦闘している時以外、今のような街中では動きっぱなしでも(ゲーム的な)疲労は発生しない。ただ、次にどう動くか考えっぱなしで精神的にはだいぶ疲れた。

 激しい運動をした結果として身体には汗が浮いている。何気なくそれを拭いながら息を吐くと、ギャラリーから拍手が贈られた。

 人数が十人近くに増えている。

 

「ありがとうございますっ」

 

 ぺこり、と頭を下げる。

 すると一人が声をかけてきて、

 

「最近街をよく歩いている子だよね。ダンサー志望なの?」

「いえ、わたしは──」

 

 なんと答えたらいいのだろう。

 「魅力特化です」だと単にステータスを答えているだけだし「お洒落が好きです」もゲーム的な役割の話ではない。

 一応前衛ということになったし、戦舞踏(バトルダンス)を鍛えているわけだからダンサーで合っているような気もするのだが。

 

「わたしは……なんなんでしょう?」

 

 笑って誤魔化すと一同の間に妙な沈黙が下りた。

 

「あーっと、そうだ。名前はなんていうの?」

「ミーナです。また街のどこかで踊るかもしれないので、見かけたら応援してください」

「ミーナちゃんか」

「ダンサーっていうかアイドル志望的な感じなのかな」

 

 アイドル。

 偶像の名を冠するその職業は雲の上の存在。名乗って良いのは選ばれた者だけだと思っていたのだけれど、

 

「いいですね、アイドル。わたしでもなれますか?」

 

 今まで思いつかなかったのが不思議なくらいだ。たぶん、小さい頃は裸になることに夢中だったせいだ。視線を集めることが楽しいのだともっと早く気づいていたら「わたし、アイドルになる!」と宣言して両親と兄を困らせていただろう。

 それとも意外と母は応援してくれたりしただろうか。

 

「なれるんじゃない?」

「そうそう。目指す分には誰でもできるし」

 

 リアルでも地下アイドルと言ってあんまり知られていない子達がいっぱいいるらしい。

 この『UEO』の中でなら猶更自由。画家も職人も踊り子(ダンサー)吟遊詩人(バード)も当人たちが名乗ったり周りからそう呼ばれているだけなので、ミーナが「アイドル志望です!」と名乗ればそれでOKだ。

 

「じゃあ、わたし、アイドル志望ってことにします」

 

 おお、と歓声が上がり、何人かが「応援するよ」と言ってくれた。

 

「ありがとうございます、嬉しいです」

「ねえミーナちゃん。おひねりとか贈っていい?」

「スパチャ機能とかあったっけ?」

「直接投げればよくね?」

 

 ちゃりんちゃりん、とコインが飛んできてミーナの懐に吸い込まれていく。お小遣い程度ではあるものの増加していく所持金を見て「いいんですか?」と目が丸くなった。

 

「いいのいいの。楽しませてもらったお礼」

「芸術系はこういう時に稼がないと辛いでしょ」

 

 みんな返されるのを望んでいないようだったので、もう一度「ありがとうございます!」と深く頭を下げた。

 散開していくギャラリーと入れ替わるようにして、隠れていたラファエラとリリが合流してくる。

 

「お疲れ様でした、ミーナさん」

「ありがとう、リリちゃん。楽しかったあ」

 

 リリは素直に労ってくれ、それから「衣装の改良点が見つかりました……!」と新たな意欲を湧き上がらせていた。

 ラファエラはというと、小さくなったギャラリーの背中を見つめながら一言。

 

「なんか格好いいこと言ってたけど、あいつらのうち何人かはあんたの胸見てエロいこと考えてたわよ、絶対」

「そんなこと言ったらいい雰囲気が台無しだよ!?」

 

 三人がアトリエに戻ったあたりでミーナに経験値が入った。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 

「そろそろ夏休みだけど、二人もログインできそう?」

 

 ラファエラのベッドに寝転んでファッション誌を読んでいたミーナがふと質問すると、作業していた二人が同時に顔を上げた。

 

「普通にログインするけど?」

「私もです」

「そっか。じゃあわたしもなるべくログインしようかな」

「学校の友達とかと遊ばなくていいの?」

「うん。だからなるべく」

 

 遊ぶにしても予定を合わせないといけないし、何よりお金がいる。

 

「リアルもこっちみたいに稼げたらいいのにね」

「こっちで金に困ってるのに向こうでまでバイトしたくないわよ」

「……普通、逆じゃないでしょうか?」

「MMOにハマりすぎるとリアルでも『学校行く途中でモンスター倒せば昼食代は稼げるな……』とか考えるようになるらしいわよ」

「なにそれこわい」

 

 そこまでハマらないよう気を付けよう……とミーナは固く心に誓った。

 

「夏休みに入ったらまずは宿題を片付けないとね」

「あんた本当そういうところ真面目よね。私としてはアトリエ(ここ)にいてくれた方が捗るからいいけど」

「宿題やりながらモデルもするから大丈夫だよ」

 

 下着姿で学校の宿題に耽るJK。なかなかフェティッシュな光景だが、家の中なら普通と言えば普通だ。……それを描いた絵が流通するのを考えなければ。

 

「宿題以外はいつも通りですか?」

「うん。街を散歩したり、ダンスの練習したり、狩りに行ったり。あ、歌の練習もしたい」

「アイドルとか言われてその気になってるわね」

「ラファエラだって『未来の天才画家』とか自分で名乗ってたじゃない」

 

 アイドルと言えば歌とダンスである。踊りながら歌えばいっぺんにスキルを鍛えられるし、やっておいて損はない。

 お小遣いをもらえるという邪な考えも少しはあるけれど。

 

「わたし一人でもウサギ相手ならそろそろ大丈夫そうだし」

「なんだかんだレベル上がりまくってるもんね、あんた」

「ラファエラとリリちゃんのおかげだよ」

 

 実際、ミーナのレベルアップはラファエラたちよりも速い。

 『UEO』の売りの一つはタイトルからもわかる通り、特殊な経験値獲得方法だ。これを上手く使った者が上に行くシステムであるのはトッププレイヤー・エリーゼを見ても間違いない。

 ラファエラたちの条件が「絵を描く」「服を作る」という時間のかかる行動を経ないといけないのに対し、ミーナの条件はそのあたりが緩い。

 おかげでステータスもかなり伸び、戦闘能力も地味に上がった。もちろんまだまだ狼さんには勝てないが。

 

「いいんじゃない。その調子でどんどん可愛くなって私の絵に貢献しなさい」

「ミーナさん。一日に一回は採寸しましょうね……!」

「二人とも、これからも仲良くしてね」

 

 その後、ミーナ──美奈は無事に一学期の終業式を迎えた。

 友達とも遊ぶ約束をしたものの大部分の日はオフである。

 ちなみに友達にも『UEO』を薦めてみたものの、みんな乗り気にはならなかった。ゲーム自体は「面白そう」と言ってくれるものの「パソコンの他に五万円くらいかかる」と聞いた途端に「やっぱ無理」である。

 楽しいのに。

 と言いつつ、ミーナもゲームの解放感に惹かれなかったらプレイしたか怪しいのだけれど。

 

「ゲームの中で露出してます、なんて説明しづらいし、ちょうど良かったのかな……?」

 

 高校生になったのに彼氏を作ろうとしないことを母親に心配され、父親には喜ばれながら、ミーナはゲーム内でせっせと宿題を終わらせた。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 

 『UEO』外・某大規模掲示板にて。

 

『速報。最近神聖王都でよく見かけるピンク髪の美少女は「ミーナ」ちゃん。なんでもアイドル志望とのこと』

『白いワンピースとか制服とか着て歩いてる子か。スクショスレにもよく画像が上がってるよな』

『あの巨乳でノーブラノーパンの子な』

『待て、ノーブラは有志の検証によってほぼ証明されたがノーパンの方は確定してないぞ

 ほとんど紐みたいなのを穿いているかもしれん』

『どっちにしてもエロいじゃねーか!』

 

『スクショスレ見てきた。ひょっとしてこの娘、最近オクに出品されてるヌード絵のモデルじゃね?』

『なんだそれ詳しく』

『掘り出し物の画像がないかたまに絵のオークションとかチェックするんだが、最近、ある絵師が同じモデルで絵を出品し続けてるんだよ

 売れたのか見かけない時もあるけど見かけたときは毎回構図が違うからたぶん日常的にモデルを頼んでる

 俺も一枚買った』

『画像はよ』

『俺が金出して買ったものをタダで貼るの損した気分になるだろ

 全部は嫌だからトリミングした画像だけな』

 

 -中略-

 

『絵じゃねーか』

『絵だって言っただろ』

『絵(画)じゃんて話なんだろうがわかりづらいなww』

『まあ同一人物なのは確定だな

 つまりその絵師は日常的にナマでこの娘の裸を見ていると……?』

『裏山C』

『さすがに女同士じゃね』

『同性の裸を毎日描き続ける女の子絵師……?』

『中身はおっさんなんだろ』

『お前男の描いたエロ漫画は使い物にならない派かよ』

 

『>>1ってまだいる?

 ミーナちゃんってダンスとか上手いの?』

『いや、ぶっちゃけダンスは一般人が好きでやってるレベル

 それが可愛い』

『わかる』

『ガチアイドルのパフォーマンスならテレビ見りゃいいからな』

『今から応援すればアイドル志望の素人を育成する気分が味わえる……ってコト?』

『お得だな』

 

『これからも街でゲリラ的に踊ったりするらしいから見かけたら応援してやってくれ

 一生懸命なのは見てて伝わるし衣装もけっこう可愛い

 あと動くたびに胸が揺れる』

『おい最後が重要だろあと三行くらいかけて詳細に描写しろ!』

『でかい

 やわらかそう

 ぜったいいいにおい』

『なんで動画撮らなかったんだよお前』

『スクショと違って専用アイテムが要るだろあれ

 あと付け加えるならお辞儀して前かがみになった時が最高だった』

『俺拠点神聖王都に移すわ』

『俺も』

『お前ら甘いな。俺なんか一週間は前からミーナちゃんを探して街ブラしてるぜ』

『怪しい男が街をきょろきょろしながら歩いてました……って通報しようぜ』

『通報とかひどくね?』

 

『優しい笑顔のスクショが多いのもいいよな。

 エリーゼは可愛いけどメスガキだし』

『メスガキだしな』

『メスガキだからな……』

『一部のドM以外は可愛いから許してるだけだからなアレ

 他に推せる女子がいるならそっち推すわ』

『エリーゼは実力で話題取れるから可愛さはミーナちゃんがトップとっていいぞ』

『変なスレ立てんなと思ったらなかなかの良スレ

 このまま専スレにしていいんじゃね?』

『1000も行くか? ……行くかもな』

『そこはミーナちゃんの頑張り次第よ』



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これで自撮りとかも上げられるね

「ねえ、ミーナちゃん。いつ()るか予告してくれたりできたら嬉しいんだけど」

 

 少なくとも二日に一回は街で踊るようになってから何度目かの練習終わり、ギャラリーの一人からそんな要望が飛び出した。

 自分では思いつかなかった話に「なるほど」と思う。

 見てくれる人はもう平均十人を超えている。リアルの街角ではないのを考えるとなかなかの人気だろう。歌を始めたのもちょっとは効果があったか。

 楽しみにしてくれる人が一人でもいるなら、見られる快感とはまた別の嬉しさがある。

 

「うーん……でも、予告した時間に必ず始められるかなあ?」

 

 時間指定によって逆に迷惑をかけてしまうかもしれない。

 こてん、と首を傾げて告げると、希望を口にした男は「そっか……」と残念そうな顔をした。

 ちくりと胸が痛む。

 

「じゃ、じゃあ、始める前にSNSへ書き込むくらいなら」

「本当? うん、それでもないより全然いいよ!」

 

 登録すると言ってくれる人がその人以外にも複数出てくる。

 嬉しくなったミーナはその場で暫定アカウントを作成し、ギャラリーに公開した。フォロワーがあっという間に十人を超える。

 

「……えへへ」

 

 幸せな気分から思わず笑顔がこぼれた。

 

「これで自撮りとかも上げられるね」

 

 鏡を使えば自分をスクショすることも可能だ。すると、おおー、と嬉しそうな声が上がる。需要があるようでよかった。

 ひょっとして、これはいわゆる裏アカというやつか。

 だとすると、ゆくゆくはえっちな自撮りとかも上げていかなければ。

 

「ふふ……っ♡」

「ちょーっと待ってもらっていーい、おねーさん?」

 

 至福の心地で微笑んだところで、水を差すように高い声が響いた。

 振り返るとそこには紅髪紅目のロリっ娘がマントを靡かせながら立っている。

 

「エリーゼちゃん?」

「そ。『UEO』最強にして一番の美少女、エリーちゃんよ。ちゃーんと知っててえらーい。いいこいいこしてあげるねっ♪」

 

 言って少女が一歩踏み出せば、人垣がざっと左右に割れる。小さい子相手にまるで怯えるような反応だが、実際問題「つよい。かてない」で合っている。

 悠然と歩いてきて背伸びをし、ミーナの頭を撫でてくれるエリーゼ。「可愛い♪」と思いながら撫でやすいように身を屈めてあげると向こうも笑顔になって「ありがとー」と、

 

「って違うわよ!」

 

 一歩後退しながらの見事なノリツッコミが繰り出された。

 びしっ、と指を差されたうえに睨みつけられた。はて、そうするとこの子はいったい……?

 

「どうしたの、エリーちゃん? もしかしてなにかご用だった?」

「こほん。……ふんっ、そのとーりだよ、黒パンツのおねーさん♪」

 

 ギャラリーが「黒パンツだと?」「ノーパンじゃないのか!」とざわめきだす。

 

「下着はいっぱい持ってます!」

「今穿いてるパンツはどうでもいいの! ちなみにあたしが今穿いてるのは縞々だけど」

「そっか。縞パンっていうのもありだよね」

 

 思わぬところで新しいネタが手に入った。深く頷きながらエリーゼに感謝して、

 

「いやいや。真似しないでよね、おねーさん? っていうかそろそろウザいんですけどー?」

「う、ウザい?」

「とーぜんでしょ? この『UEO』のアイドルはエリーちゃん一人でいいの。後から入ってきてアイドル名乗られたらムカっとするのよ」

 

 小さな胸を大きく張ってドヤ顔。うん、やっぱりひたすら可愛い。

 

「アイドルっていうのもわかるなあ。強い上に可愛いんだもんね、わたしじゃ敵わないよ」

「でしょでしょ♡ わかってるじゃんおねーさん♡ ……じゃなくて! アイドル活動止めろって言ってるの!」

 

 なるほど、用件はそれだったのか。

 どこかで噂を聞いたのかもしれない。街でアイドルっぽいことしているだけの小娘なんて放っておいてもいいのに。

 ミーナは再び頷いて、

 

「ごめんね、お断りします」

「なんでよっ!?」

「歌ったり踊ったりするのに資格がいるわけじゃないでしょ? ……通行の邪魔になってるとかならちゃんとした場所を借りたりしないとだけど」

 

 邪魔にならないように主要エリアを避けているので特別問題は起きていない。

 言えばすんなり止めてもらえると思っていたのか、意外にもきっぱり断られたエリーゼは「ぐぬぬ」と声に出して言うと「じゃあ」とさらに言ってきた。

 

「じゃあじゃあ、トップアイドルの名を賭けて勝負しよ、おねーさん♡」

「え」

 

 なんだかすごいことになってきてしまった。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 

「本当、なんでこんな事になったのよ……?」

「わたしにだってわからないよ!?」

「……ミーナさんが急に有名になりすぎて私は胃が痛いです」

 

 ここは神聖王都最大の()劇場。

 踊り子や吟遊詩人が大規模な公演をするために使う──という名目ながら、大きすぎる上に賃料が高いのであまり使われていない施設だ。

 たまーに大規模ギルドが会議のために借りたりするくらいで後は放置されているのだが、なんとエリーゼはここを個人で一日借りた。

 

 ミーナと勝負をするためだけに。

 

 当日いきなりはさすがに無理だということで次の日まで待ってもらったものの、ミーナはもちろん、経緯を後から聞かされただけのラファエラとリリも「どうしてこうなった」という気分である。

 三人は舞台袖で身を寄せ合って囁き合うのが精一杯。

 そうしている間にも客席には一般プレイヤーが次々に集まっている。ミーナが普段相手にしている十人なんて目じゃない。百人以上が見に来ているのではないだろうか。これはエリーゼが自分の取り巻きなどを使って大々的に宣伝した結果である。

 リアル時間で二十四時間あればゲーム内では四十八時間。突発的に決まった対決とはいえ広まるだけの余裕はあったらしい。

 

「ふふん♡ 逃げないできたことだけは褒めてあげるね、おねーさん♡」

「エリーゼちゃん……今日は一段と可愛いね?」

「でしょう? 有名な職人さんに頼んで作ってもらったの」

 

 答えた少女はウインクを一つ投げるとその場でくるりと回ってみせる。スカート長めフリル多め、幼さの残る容姿に良く似合うピンクベースのアイドル衣装。

 これでもか、という強烈な可愛らしさがマシマシ。

 衣装をつぶさに観察したリリが「……妬ましい」と呟いているので職人の腕も確かなようだ。

 

 一応、ミーナも衣装を新調。前の衣装の面影は残しつつ黒を加えてより大人っぽく、かつ可愛さもあるデザインに身を包んでいる。

 着実にレベルアップ&スキルアップしているリリの今ある技術を盛り込んだ力作だが、金に物を言わせたエリーゼの衣装の前ではインパクト負けだ。

 

「負けを認めるならいまのうちだけどー? ま、その場合、おねーさんの歌と踊りを期待して集まってくれた十人くらいのお客さんに『ごめんなさい』しないとねー♡」

「さすがはエリーゼ様!」

「エリーゼ様最高!」

 

 傍に控えている「エリーゼ親衛隊」の面々が合いの手を入れる。

 ラファエラが深いため息を吐いて、

 

「上級狩場で稼いでるだけじゃなくて、取り巻きに貢がせた金も使ってやりたい放題ってわけね」

「えー、それの何が悪いのー? 悔しかったらエリーちゃんみたいに強くて可愛くなってくださーい」

「ウザい」

「まあまあラファエラ……」

 

 ミーナは苦笑しつつ友人を宥める。

 どうしてこうなったのかはよくわからないし、こっちとしては対決する意味もあまりない。

 ただ、一つ言えることは、

 

「わたしのために来てくれた人が一人でもいるなら、ちゃんと踊ってから帰るよ」

「ミーナ」

「ミーナさん……さすがです」

「ふうん。根性だけはあるみたいね。いーよ。じゃあおねーさん、先攻と後攻、どっちがいい?」

「うーんと、じゃあ、先攻にするね」

 

 ステージに立つと観客の多さがよくわかった。

 百を超える視線がミーナ一人に集中する。

 ラファエラとリリにバックダンサーを頼もうとしたところ「絶対無理」と言われてしまったが、これは確かに視線が快感になる人以外には恐怖だ。

 興奮。

 それから珍しいことに不安からも身体が震える。

 深呼吸をひとつ。気持ちを落ち着かせたミーナは笑顔を浮かべ、新しく買った前よりもランクの高い短剣を手にステップを始めた。

 曲は一年くらい前に流行ったアイドルのもの。

 比較的よく知っていて歌えそう(踊れそう)な曲の中で手を大きく使っているやつを選んだ。これなら剣舞アレンジなんて器用なことをしなくてもそこそこ見栄えがする。

 劇場据え付けの音響機器(マジックアイテムという設定)にサブスクを通して曲を流せば大音量となって会場を湧かせる。

 

 始めてしまえば終わるまであっという間だった。

 ステージ中央に停止してぺこりと一礼。「ありがとうございましたっ」と言った途端に多くの拍手が贈られる。十なんて数ではない。半数以上からの賞賛に胸がいっぱいになった。

 

「お疲れ様、ミーナ。良かったじゃない」

「ありがとう。……うん、楽しかった。エリーゼちゃんに感謝しないといけないかも」

 

 興奮で足が震えている。

 汗もかいたし後で下着を替えようと思っていると、ピンクの悪魔(仮)がミーナたちの横を通り過ぎていく。

 

「前座おつかれさまー、おねーさん♡」

 

 『UEO』トップアイドル、エリーゼ・マイセルフのライブは圧倒的だった。

 曲が始まった瞬間、取り巻きやファンがわっと歓声を上げたというのも関係はある。ただ、それ以上にエリーゼは「自分の魅せ方」というのをわかっていた。

 自分が可愛いことを知っていて、自分のステータスに自信もあって、それらを最大限に活用している。甘い声音と嘲るような口調もそのためのものだろう。

 

「よーし、アンコールいくよー! よろこべ愚民どもー♡」

 

 拍手の数はミーナの倍近かった。

 

「これでわかったでしょ、おねーさん♡」

 

 客の掃けた後の劇場にて二人は再び向かい合った。勝敗はわかりやすい形で出ている。そのせいかエリーゼはとても上機嫌だ。

 

「アイドルはこのあたし、エリーちゃん。おねーさんじゃあたしには追いつけないの、いーい?」

「うん、いいよ」

 

 負けは負け。ミーナは素直に頷いた。

 頷いて、目をきらきらと輝かせた。

 

「これからわたし、エリーゼちゃんに追いつけるように頑張るから!」

「は? あの、おねーさん、話聞いてた?」

「見てたし聞いてたよ。エリーゼちゃんはすごかった。だからわたしももっと頑張らないと。アイドルやるんならお客さんも楽しませないとねっ」

「……だめだこのおねーさん。自分の世界に入っちゃってる」

 

 目を細めて呟くエリーゼ。キャラが崩れてしまっているので気を付けた方がいいと思う。

 

「ふふっ。……諦めなさいエリーゼ。この娘はこういう子だから、権力で叩き潰そうとしても無駄。気づいたら起き上がって活動を再開するわ」

「───」

 

 遠い目をしてしばし硬直。

 再び動き出した少女は「ま、いっか♪」と笑った。

 

「どっちが可愛くてアイドルに相応しいかは結論でたんだし、ファンのみんなもわかってくれたもんねー♡ ざこのおねーさんは好きに活動してればいーよ♡ あたしには勝てないけど」

 

 言うだけ言うと少女+親衛隊はミーナたちを追い出しにかかった。

 ゲーム内も夏なので寒空ということはないものの、華やかな劇場内から外に出ると少し寂しい気もする。

 けれど、

 

「……活動を止めろって言われなくて良かったですね、ミーナさん」

「なによ、リリ。いつになく前向きじゃない」

「そういうわけじゃないですけど……。私はだいだい最悪の状況からスタートするので、少しでも良い事があったら嬉しいなって」

「そうだね。リリちゃんの言う通りだよ。わたしたちはなにも損してないんだから、これからまた頑張ろ?」

 

 リリの小さな身体を抱きしめながらミーナが微笑むと、ラファエラも「そうね」と眼鏡の奥の瞳を輝かせた。

 

「じゃ、アトリエに帰りましょうか」

「さんせーい」

 

 三人は連れ立って歩きだし、

 

「失礼。ミーナさんとそのお仲間とお見受けいたします。皆様に折り入ってお願いがあるのですが、少々お時間を頂けないでしょうか」

 

 スーツ姿の怪しい女性に声をかけられた。



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女性の裸を描くのがお好きなのですね。私では年齢的に範囲外でしょうか?

「春、と申します。よろしければこちらをお受け取りください」

 

 黒のレディーススーツを纏った女性はそう言うとミーナたちに名刺を差し出してきた。

 見た目の年齢は二十代半ばくらい。

 髪と瞳は黒。制服で出歩いている時のミーナ以上にファンタジー感がない。まさにできる女といった雰囲気であり、コスプレなら逆にすごい。

 ちなみに顔もなかなかの美人だ。

 

「名刺なんて作れるんだ」

「メッセージカードとかギルドのメンバー証を作る要領ね。意外と簡単よ。……高いけど」

「多少経費はかかりますが、ご挨拶に名刺は欠かせません」

 

 立ち話も落ち着かないから、と移動した先はラファエラのアトリエ。

 喫茶店でも良かったのだが「できれば人目のないところの方が」と春が希望したのだ。

 なお、椅子が足りないので春に座ってもらい、ミーナたちはベッドに並んで腰かけている。

 

「あの、それでお話っていうのは……?」

「はい」

 

 漆黒の瞳がかすかに輝き、

 

「単刀直入に申し上げますと、ミーナさんにエリーゼ・マイセルフの打倒をお願いしたいのです」

「───!?」

 

 三人揃って息を呑んだ。

 タイミング的にエリーゼ絡みかな、とは思っていたものの、まさか「倒せ」と言われるとは。

 

「これは正式な依頼です。必要であれば契約書も用意いたしますし、経費はこちらで負担します。さらに、前金として謝礼の二割をお支払いできます」

 

 告げられた前金の額にミーナは思わず「そんなに……!?」と声を上げてしまった。

 それだけあればしばらくの間、リリに思う存分服を作ってもらえる。

 成功すればさらにその四倍。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい。なんでそんな大金払ってまであいつを倒したいのよ?」

 

 ラファエラが慌てたのも当然と言えるが、春は特に動じた様子もなく、

 

「今の彼女はアイドルとして相応しくないからです」

「そうですか? すごく可愛かったし、パフォーマンスも良かったと思うんですけど……」

「確かに実力はあります。意欲も十分に持ち合わせているでしょう。しかし、言動の根底には他者への優越感があります。『あたしはすごい』と思いたいがためにトップの立ち位置とキャラクター性を維持しているわけです」

「要するに『偉そうでむかつくから泣かせたい』って事?」

「端的に言うとそうなります」

 

 わかりやすい。

 ミーナだってもうちょっと親しい立場なら「ざぁこ♡ は言い過ぎだよ」くらいの注意はしている。

 倒れているプレイヤーの下着を見るのも他の子が相手だったらセクハラだ。

 

「ちょっと懲らしめるくらいならやってもいいかなあ……?」

「まあ、あいつを泣かせられたら楽しいだろうとは思うわ。でも、この子はついさっきエリーゼに負けたばっかりなのよ?」

「もちろん、無策で挑むつもりはありません。私がミーナさんを全面的に支援し、レベルアップおよびスキルアップを手助けいたします。その上でエリーゼを打倒しましょう」

 

 ここで、今まで黙っていたリリが頷いて、

 

「……あなたもレベル高そうですもんね」

 

 春は少し恥ずかしそうに笑った。

 

「いえ、実を申しますと私の性能はあまり自慢できません。この容姿も課金で手に入れたものですし」

「課金で可愛くできるんですか?」

「魅力に関わらず容姿を固定できる課金アイテムがあるのよ。高いけど」

 

 これを使うと一定の魅力ステータスを持っているものとして美男・美女になれる。

 難点は確定後の調整が利かないこと、レベルが上がれば上がるほど実際の魅力値との差が少なくなるので恩恵が薄れること。

 ミーナのような学生には「リアルマネーがかかる」というのもネックだ。

 

「ですが、プロデュースに関しては自信があります。必ずやミーナさんをトップアイドルにしてみせましょう」

「トップアイドル……♡」

 

 いい響きである。人生一度くらい大観衆の前で歌ったり踊ったりしてみたい。ステージ後にしばらく身動き取れなくなってもいいからその快感を味わってみたい。

 

「でも、それならミーナさん一人でいいんじゃ……?」

「まさか。それでは不都合が生じてしまいます」

 

 ふるふると首を振る春。

 

「アイドルには衣装や宣伝ポスターも不可欠。外注も可能ですが、ミーナさんと綿密に連携を取って行動できる方がいらっしゃるのであれば頼らない手はありません。私の申し上げた『必要経費』にはお二人の製作にかかる雑費も含まれております」

「何よそれ超いい話じゃない」

「ミーナさん、このお話お受けしましょう……!」

 

 ラファエラとリリの目の色が変わった。

 あなたが必要だ、だからいくらでも好きなだけ作っていい。クリエイターにとってこれほど意欲の湧くセリフが他にあるだろうか。

 

「……うーん」

 

 ミーナは考える。

 さっきこてんぱんに負けたばかりの相手。正直、勝てる自信はないのだけれど。

 やってみたい気持ちと天秤にかけ、最終的に一つの質問によって方針を決めることにした。

 

「あの、一つだけ教えてください。……春さんの『魂の在り方』はなんですか?」

 

 この質問に春は驚いたように目を丸くしたが、すぐににっこり笑って答えてくれた。

 

「推しの傍にいる事です。推しに設定した特定プレイヤーと行動を共にしている限り経験値が入ります」

「へえ。で、その推しって?」

「当然、これからはミーナさんになります」

 

 ミーナは深く頷いた。それなら答えはひとつだ。

 

「やります。エリーゼちゃんに勝てるかどうかはわからないけど、精一杯頑張ります!」

 

 仲良しグループにプロデューサー志望の美女・春が加わった。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 

 『打倒 エリーゼ・マイセルフ』。

 目標が決まった後はそのまま作戦会議である。これは確かに喫茶店でやらない方がいい話題だ。

 

「具体的にはどうやって戦うんですか?」

「幾つかプランはありますが、ミーナさんのレベルをどの程度上げられるかが重要ですね。皆さんの『魂の在り方』もお伺いしてよろしいでしょうか?」

 

 三人は一度顔を見合わせてからそれぞれ答えた。

 

「女の子の裸を描く事」

「私の作った服を着てもらう事、です」

「わたしをネタにひとりえっちしてもらうことです」

 

 あらためて考えてみてもひどい。

 さすがにドン引きなんじゃないかと思いつつ様子を窺うと、春はなにやら考えるようにして、

 

「ということは、私がした場合にもミーナさんに経験値が入ると?」

「は、はい」

「それはとても素敵ですね」

 

 ほう、と、恍惚の息がこぼれた。

 

「は?」

「素敵ではありませんか。ファンの思いがそのままミーナさんの糧になるのです。これはアイドルとして理想的なあり方と言えるかもしれません」

「いや、邪な考えなしに推してるファンもいるでしょ」

 

 もっともなツッコミが聞こえたのか聞こえていないのか、端正な顔立ちにはっきりとした笑顔を浮かべ、夢見がちな少女のように手を組んで、

 

「女性アイドルのファンは大部分が男性、そして彼らの大部分はアイドルに強い愛情を向けています。彼氏の存在や結婚が報じられるとよく荒れるでしょう?」

「ああ、なるほど。また変態が増えたわけね」

「ラファエラだって変態のくせに」

「女性の裸を描くのがお好きなのですね。私では年齢的に範囲外でしょうか?」

「春さん、失礼な口をきいてごめんなさい。良いお付き合いにしましょうね」

 

 男性ファンの傾向が正しいかはともかく、春の語ったファン像とラファエラはある意味似たようなものである。

 

「せっかくだからリリも脱ぎなさいよ」

「い、嫌です。恥ずかしいです。ラファエラさんが脱ぐなら考えます」

「私なんかの裸でいいなら好きなだけ見ていいわよ」

「……言うんじゃありませんでした」

 

 四人も集まるとアトリエも少々手狭。そこに全裸の女子が四人──なんだかよくわからない光景になってしまった。

 まるで世界の常識が狂ってしまったかのようでミーナとしては楽しいものの、

 

「話が飛んじゃったじゃない。結局、どうやってこいつを勝たせるの?」

 

 キャンバスを前に手を動かしながらラファエラが尋ねた。

 春とラファエラが位置を交代して突発のお絵描きタイムである。

 真ん中に座ったミーナの左側から春が軽くもたれかかりながら、

 

「絶好のレベルアップ手段をお持ちのようなので、ここは一つ、一対一の直接戦闘でエリーゼを打倒しましょう」

「え。さ、さすがにそれは無理だよ!?」

「いいえ、問題ありません。集中的に取り組みさえすれば短期間で──そう、二週間もあれば彼女に匹敵できるでしょう」

「……そんなに上手くいきますか?」

「ほぼ間違いなく。エリーゼ・マイセルフの強さの秘密はあの最強と言ってもいい経験値獲得条件にありますから」

 

 毎秒経験値が入ってくるというチート級の能力に支えられたエリーゼは他の上位プレイヤーに比べると戦闘による自己鍛錬にはさほど時間を割いていない。低級狩場にボス狩りに来たりライブを開いたりアイドル衣装を作ったりしているのがその証拠だ。

 

「彼女を上回る経験値獲得速度さえ構築できれば勝てるチャンスは十分にあります。そして、それを実現するのは我々裏方のサポートです」

 

 春はラファエラとリリに具体的な指示を出した。

 難しいことはなにもない。ただ今までやっていたのと同じこと、すなわち絵と服の製作を思いっきりやるように言っただけだ。

 画材や布の代金は必要経費。作れば作っただけお得である。

 

「あの、お金は大丈夫なんですか?」

「ご心配なく。この通りゲーム内通貨にはかなりの余裕があります」

 

 見せてもらった所持金欄には貧乏人が泣いて拝みたくなるような額が表示されている。

 

「『ギフトオブフォーチュン』の賜物です」

 

 使うとお金やアイテムがランダムに手に入る()()()()()()という聖職者系の魔法スキルらしい。

 MP効率が悪いうえにたいていは低収入で終わるためロマンスキルとされている。それを春はリアルマネーの力で運用した。

 課金装備に身を包んでステータスを底上げ、ドーピング系のアイテムを購入してさらに強化し、MPがなくなったら回復系の課金アイテムを躊躇なく消費する。ビルド自体も最大MP特化で金策以外何も考えていない。今のレベルもほとんどが魔法を使って得た経験値によるものという徹底ぶりである。

 

「それ、総額でいくら使ったのよ?」

「知りたいですか?」

「……怖いからいいわ」

 

 得体の知れないものを見るような目をしながらラファエラが首を振った。

 

「話を続けます。資金を得た代償……というわけではないのですが、私は普段、リアルが多忙な身でして。休憩がてら暇を見てログインいたしますので、ミーナさんにはその際に歌やダンスの指導などさせていただければ」

「わかりました」

 

 それ以外の時間は街で踊ったり街を散歩したりラファエラの絵のモデルになったりしていればいいらしい。

 

「でも、そんなことでいいんですか?」

「一つだけ特に力を入れていただきたいことがあります。SNSの更新を心がけてください。プロフィールの作り方や投稿の注意点はこれからお教えいたします」

「わ、なんかアイドルっぽい」

 

 説明された内容も丁寧かつ意図が明確で、できる女っぽいのは見た目だけでないことが証明された。これで全裸でなかったら余計に格好良かっただろう。

 役目を終えると春はいそいそとスーツに着替え直しながら告げる。

 

「では、また暇を見つけてログインいたします。……ミーナさんの経験値獲得にご協力できるよう、私自身も可能な限り努力いたしますね?」

「はう。……想像しちゃうじゃないですか」

「はい。私もミーナさんの姿を目に焼き付けましたので」

 

 心なしか目が潤んでいる。

 

「ですが、ミーナさんはご自身の姿に興奮していただければ。その方がレベルアップにも繋がります」

 

 しゅん、と消えるように春がログアウトしていけば、そこにはいつも通りの三人だけが残された。まるで夢の中の出来事のようだが、それぞれのアイテムストレージにはしっかり名刺が残っている。

 

「ねえ、これ詐欺じゃないわよね?」

「自分も全裸になって働くのはかなり覚悟の決まった詐欺師だと思います……」

 

 もちろん(?)春は翌日もしっかり元気にやってきた。



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ゲームの中で下着売っても匂いも感触も残らないよ!?

「あ、来た! ミーナちゃんだ!」

「わ……!?」

 

 対決の翌日、路上パフォーマンス(という名の練習)に出たミーナは会場となる街の片隅で十人を超えるプレイヤーに出迎えられた。

 始まる前からこれだけの人がいるのは初めてである。

 

「もしかしてわたし、時間間違えてましたか?」

「大丈夫、合ってるよ」

「昨日のでミーナちゃんを知った人もいるんじゃない?」

「そうですか、良かったあ……」

 

 ほっとひと息。

 もう踊るな、とか言われなかった嬉しさも手伝い普段以上の笑顔で、

 

「じゃあ、今日も頑張りますねっ♡」

「頑張れー!」

 

 昨日の新衣装とちょっといい短剣。

 歌って踊るのにも慣れてきてちょっとずつ上手くなっている気がする。美奈(なかのひと)の慣れに加えてスキルの熟練度上昇による動作・歌唱補正も入るので気分だけ、というわけでもない。

 視線の数が増えたことで身体の奥の「熱」も強くなる。

 身体を動かすほどに意識は没頭して、あっという間に時間が過ぎた。

 

「今日はここまでにします。どうもありがとうございましたっ」

 

 ぺこりと頭を下げれば()()()()()からの拍手。

 

「今日も良かったよ、ミーナちゃん」

「エリーゼにいじめられて落ち込んでなくてよかった」

「えへへ。ありがとうございます。……わたしはわたしなので、これからもよかったら見てくださいねっ?」

 

 ミーナの笑顔に複数の笑顔が返ってくる。

 ちゃんとした冒険者風のPCが多いのも、モンスター退治以外のことに目を向けてくれているんだ、という気がして嬉しかった。

 

「ところでミーナちゃん。スクショ・動画OK、拡散も自由って本当?」

「はい。わたしなんかの映像でよければどんどん使ってください」

 

 これにはおお、と歓声が上がった。

 昨日、春のアドバイスを受けてSNSに明記した内容である。まずは知名度を上げること、ということでみんなの力を借りることにした。

 もちろん、えっちな目的で使われる可能性もあるのだが──ミーナとしてはむしろそれこそ望むところだ。

 

「時間が合わなくて来られない人もいるからなー」

「昨日のライブ配信もアクセス数上がってるよ」

「みなさん本当にありがとうございますっ」

 

 その日のパフォーマンスは大満足のうちに終わった。

 

「ふふっ。エリーゼには感謝しなければいけませんね」

「春さん。あれ、いつからいたんですか?」

「途中からです。ログインしたところミーナさんがライブ中だったようなので観察させていただきました。……推しの晴れ姿を生で見るのは格別の喜びです」

 

 軽く身体を抱くようにして恍惚のため息。

 本当にアイドルが好きなのがよくわかる。

 

 さて。

 エリーゼのお陰、と春が言ったのはさっきお客さんも言っていた「昨日のライブ映像」の件だ。

 親衛隊が撮影したと思しき映像が公開されてなかなかの注目を集めている。ミーナのパフォーマンスも短めの尺であるもののしっかり映っていた。

 両方映さないと客観的な勝敗がわからない、という意図なのだろうが、おかげでこちらの知名度まで上がってくれた。

 

「今後もこの調子で活動を続けていきましょう。それと並行してレッスンも」

「はいっ。春さんはこの後お時間は大丈夫なんですか?」

「ゲーム内で言う二時間ほどは余裕があります。どこか部屋を借りて練習しましょう」

 

 と、いうことで移動した先は見るからに豪華そうなホテル。

 

「防音がしっかりしているということで目を付けていたんです」

 

 安い宿でも普通にしている分には他の部屋の声なんて聞こえないが、《聞き耳》スキルを使った場合は別。壁のしっかりした部屋ほど盗み聞きの難易度が上がるらしい。

 ということはプレイ初日のアレももしかすると誰かに聞かれていたのかも……?

 

「あの、春さん。もっと安いところでもいいんじゃ?」

「ご心配なく。ここはリアルマネーで借りられますので」

「余計だめじゃないですかっ!?」

 

 まさかの「ホテルを使うために課金」である。

 

「大した額ではありません。現金に直すとたったの百円です。リアルできちんとしたレッスン場を借りるのに比べたら十分の一以下ですよ」

「そう言われると安い気もしますけど……」

 

 スイートルームのような広い部屋をレッスンのためだけに使う、という物凄い贅沢なことになった。

 広いし大きな鏡も置かれているので案外実用的なのが不思議な気分。そんな中で行われた春の指導も優しく、それでいて効果的ものだった。

 

「ミーナさんの行っているのは剣舞──ですので、いわゆるアイドルのダンスとは別物です。また、あまり技術に拘り過ぎて『踊る楽しさ』を忘れてしまっても本末転倒です。私が指摘するのはあくまでわかりやすい『気を付けるべきポイント』に絞ろうと思います」

 

 具体的には「腕や足をしっかりのばす」とか「動きにメリハリをつける」「目線も重要」などなど。

 気を付けていたつもりでも、実際の動きに対してピンポイントに指摘されると「確かに」となる。

 説明の説得力、じゃあお前やってみろよと言われた時の対策についても完璧で、(ミーナは言わなかったし思わなかったが)要所要所で映える演技を実際にやって見せてくれた。

 

「実は春さんってもの凄い人なんじゃ……?」

 

 尊敬の眼差しで見つめると彼女は少し照れくさそうにして「多少経験があるだけです」と答えた。

 

「練習を重ねさえすれば技術は身に着けられます。ミーナさんには後天的に身に付かない独自の魅力がありますから、自信を持ってください」

「わたしの魅力、ですか?」

「ええ。あなたのそういった自然体で朗らかな性格です」

 

 優しく真摯な眼差しに射止められ、ミーナはむずむずした感覚を覚えた。

 熱っぽい視線や邪な視線なら自分も楽しめばいいのだけれど、真面目に褒められると照れくさくなってしまうのだ。

 春はそんなミーナを見て愛おしげに笑って、

 

「推しとこうして二人きりの空間にいられる。……これほどの贅沢があるでしょうか。これこそ役得というものです。ただお金を積んだだけでは決して実現できません」

「わたしにも少しわかります。リアルのわたしが一人で頑張っても、こんな風に何人ものひとに見てもらえたりはしなかったと思いますから」

「では、このめぐり合わせに感謝しましょう。一緒に頑張りましょうね、ミーナさん」

 

 その呼びかけにミーナは心から「はいっ」と答えた。

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

 アトリエに戻るとそこは異様な熱気に満ちていた。

 

「ふふ……っ♡ 今までなかなか手の出なかった素材がいっぱい……♡」

「これからしばらくは絵の具ケチらなくてもいいのよね。こうなったら描けるだけ描いてやるわ」

 

 リリとラファエラ、意欲に満ちた若きクリエイター二人が怖いくらいの笑顔を浮かべて作業に没頭しているせいだ。

 気心の知れているはずのミーナでさえ見た瞬間に「ひっ」と言ってしまった。

 春と別れてしまったのが残念だ。この驚きを誰とも分かち合えない。彼女がいても「素晴らしいです」で終わりだったかもしれないけれど。

 

「二人とも、気合入ってるね?」

「ああ、ミーナ。お帰りなさい。ほら早く服脱ぎなさいよ」

「ミーナさん、試作品をたくさん作ったのでどれがいいか試着していただけますか?」

「あ、うん」

 

 答えたミーナは装備を解除して裸になりラファエラの創作意欲をブーストしながら、リリの作品を下着から順に試着していった。

 白、黒、ピンク、青、紫……色とりどりの衣装にリボンが付いたり刺繍がされたりフリルがあしらわれていたり。見ているだけで楽しい気分になってくる。これを全部試着していいというのだから天国のようだ。

 

「うーん、これ、どれを買い取るか迷っちゃう」

「衣装代ってことで経費で落とせばいいじゃない」

「ラファエラ。経費って『タダにする魔法』じゃないんだからね?」

 

 春の財布が空になったら終わりである。そうなったらミーナたちもアイテムの山と空になった財布を前に途方に暮れることになる。

 

「足りなくなったら春にお祈りさせればいいのよ」

「……神様に『何か恵んでください』って祈り続ける聖職者」

 

 絵面がシュールすぎる。

 

「でも、本当に春さんのお陰です。あのスキルはたまに珍しい素材も手に入りますから」

 

 春は現金だけでなく手元に残っていた分の素材アイテムも提供してくれた。

 NPCショップで買える基本素材は資金さえあればいくらでも買えるのでスキル上げのための練習もし放題。使わない衣装は売却してお金に換えてもいい。

 

「そうだ。ミーナに一回着せて街を歩かせてからオークションで売りましょうよ」

「プレミアというやつですね」

「待って二人とも。ゲームの中でそれやっても匂いも感触も残らないよ!?」

「じゃあ、公式グッズとして同じデザインのアイテムを売るとか……?」

「あ、それはいいかも」

 

 リボンなどの小物なら男性プレイヤーでも比較的買いやすい。

 部屋に置いておかなくてもアイテムストレージにこっそり入れておけばいいのでファン活動のやりやすい環境かもしれない。

 

「なんだ、下着売るんじゃないの?」

「それじゃ違う商売みたいだよ……」

「アニメコラボとかだとたまにありますけどね、下着」

「アニメキャラは個人特定されないものね」

 

 ヌード絵を描き続けている画家が言うとなんとなく説得力がある。

 

「で、ミーナ? レベルアップは順調なの?」

「うん。たまに回数を確認して悶えてる」

 

 加算回数だけ「そういうこと」があった、と考えただけでとても幸せになれる。

 ボーナスポイントは変わらずAGI(敏捷性)STR(筋力)で割り振り。AGIはダンスのキレにも影響がある。

 

「このままどんどん増えるといいですね」

「あはは。そこまでうまくはいかないよー」

 

 うまくいった。

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

【初のフルダイブMMO『UEO』にてアイドル戦争勃発か?】

 

 アバターを被って配信を行う『Atuber』の流行から数年──電脳世界でアイドルが自由に歌って踊る時代がとうとうやってきた!?

 話題の国産初、そして世界初のフルダイブ型MMORPG『Unlimited Experience Onling』通称UEO。

 

(フルダイブMMOとはゲーム内に意識を没入させ、キャラクターの身体を自由に操って遊ぶゲーム。他のプレイヤーも同時に同じ世界にログインしており、協力や交渉、恋愛などができる)

 

 遊び方は無限大と銘打たれている通り無数のプレイスタイルが存在するこのゲームには歌って踊って笑顔を振りまく「アイドル」さえも存在する。

 中でも注目を集めているのが二人のプレイヤーだ。

 

 

〇メスガキ系美少女アイドル『エリーゼ・マイセルフ』

 

 一人目は愛らしい容姿を持つ最強アイドル、エリーゼ。

 彼女はアイドルであるだけでなく『UEO』において最も高いキャラクターレベルを誇る、文字通り「最強」のプレイヤー。

 強力なモンスターをたった一人で次々になぎ倒すヒーロー、もといヒロインでもある。

 

 可愛らしさではなく強さに惚れこむファンも多いという彼女のトレードマークは「ざぁこ♡ ざぁこ♡」に代表される「メスガキムーブ」。

 美少女に甘え声で罵倒されるという倒錯的シチュエーションは根強い人気がある。

 エリーゼが「本当に強い」こともあってまさにハマり役。彼女に罵ってもらいたいがために会いに行くプレイヤーも後を絶たないと言うから驚きだ。

 

 だが、アイドルとしての実力は本物。

 当人のSNSにアップされているライブ映像を見ていただければその魅力は十二分に伝わるだろう。ただし、ハマりすぎて親衛隊に加わるようなことになっても当方としては責任を負いかねるので悪しからず。

 

 

〇天然系美少女アイドル『ミーナ』

 

 二人目はゲーム内に彗星の如く現れた新人アイドル、ミーナ。

 彼女はエリーゼとは逆に初心者からアイドル活動を開始。少数のファンとの交流を経て、こうして話題に上るようになった努力家だ。

 

 容姿もエリーゼとは正反対。

 か弱さと純粋さと包容力を兼ね備えた「まさに女の子」は気付かないうちに我々の心を捕らえて虜にしてしまう。まして当人と出会い柔らかい笑顔などを向けられようものならファンになりたい衝動を堪えるのに大変苦労することだろう。

 気ままに行動を変える上に一般プレイヤーの赴けない上級狩場に出没することもままあるエリーゼと違い、毎日のように街で「歌やダンスの練習」と称したミニライブを行っているのも魅力だ。まさに会いに行けるアイドル。運が良ければ本人と直接お喋りすることだってできる。

 

 戦闘力やパフォーマンスの実力についてはまだまだ課題が残るところ。

 しかし、考えてみて欲しい。アイドルの本来の役割とは笑顔を振りまき人々の心を癒すことではないか。本職ダンサー(歌手)並の技術や、ましてゲーム内での戦闘力なんて必須項目ではない。むしろ一生懸命に努力し、ファンと交流しながら成長するミーナが黎明期のアイドルの姿と被りはしないだろうか?

 

 

〇突如勃発したアイドル対決

 

 さて、この二人が注目を集めるようになったきっかけは先日行われた「ライブ対決」だ。

 対決の経緯は詳しくわからない。

 ただ、開催はその前日に急遽決まったとされている。そのため集まった観客は百人と少しのプレイヤーだけだったという。

 

(※ゲームを遊ぶには専用の機器と会員登録が必要になるため百人と言ってもあながち小規模とも言えない。参考までに7月頭時点での登録者数は公式発表で約10万人である)

 

 この対決において、ミーナ(当時はまだ一部に名前が知られ始めたばかり)とエリーゼが対決し、エリーゼが勝った。

 エリーゼの項で紹介したライブ映像はこの対決の時のものである。拍手を票数とするならその差は倍。圧勝と言っていい。

 

 ──無名アイドルと最強アイドルの実力差であることを考慮しなければ、だが。

 

 会場の手配はエリーゼ側が行ったとされている。初心者であるミーナにそれだけの資金(日本円ではなくゲーム内のお金)があるとは思えないのでこれはほぼ間違いないだろう。

 つまり、エリーゼはミーナの持つ可能性、アイドルとしてのポテンシャルに何かを思って対決を持ちかけたのではないだろうか。

 結果的にこの対決以降、ミーナの知名度は上がった。

 当然だ。最強アイドルと一緒に紹介されているのだから興味を持つ者はいる。だとするとむしろエリーゼはミーナを成長させるために対決を……?

 

 いずれにせよ、ミーナが敗北によってアイドルの道を断念『しなかった』ことは事実だ。

 二人は今日も活動を続けている。

 あなたがプレイヤーであればゲーム内で出会うこともあるだろう。もし会った時はどうか応援してあげて欲しい。

 ライブや練習の映像はそれぞれのSNSにてアップされているのでプレイヤーでなくとも閲覧できる。是非そちらもご覧いただければ幸いである。

 

(この記事は分業型成長AI『シュヴァルツ・シスターズ』の五女・フュンフが作成しました)




※なんか意味ありげなAIキャラの名前はノリで決めただけなので本編には影響しません。


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てっきり『わたしかわいい』って意味かと思ってた

「この部屋じゃもう狭いわよ、やっぱり」

 

 春のプロデュースが始まってから約一週間。

 四人がアトリエに揃ったところでラファエラが真っ先に言った。

 ミーナは部屋の中を見渡しながら答えて、

 

「そうだね。ここもけっこう思い入れがあるけど……」

 

 ベッドに椅子が二脚、小さなテーブルの他は画材等が置かれているだけだった部屋は物でいっぱいになっている。

 衣装やその試作品、リリが練習で作った服、服飾素材、ミーナのファングッズやファンからのプレゼントなどなど。

 手持ちのアイテムストレージはSTR(筋力)依存でサイズの決まる有限のボックス。入りきらない分が増えてくるとこういうことになる。

 

「……倉庫を借りるとか?」

「あれ、行き来するのが地味に面倒なのよね。こことは別に金がかかるし」

「では、思い切って引っ越しますか?」

 

 出資者(パトロン)からの申し出にラファエラの眼鏡がきらりと光った。

 

「収入も増えてきたし引っ越し時じゃないかしら」

 

 賃貸ではなく分譲なら定期的な出費はなくなる。荷物を置くためのスペースを確保することで窮屈な思いともさよならだ。

 

「絵を描く専用の部屋が欲しかったのよ。それからリリの作業部屋と、ミーナの衣裳部屋かしら?」

「作業部屋……♡」

「衣裳部屋……♡」

 

 夢のような話にミーナたちは目を輝かせた。

 

「でも、そんな物件絶対高いよ?」

「ご心配なく。私の希望も受け入れていただけるのであれば費用は全て負担いたしましょう。徹夜で祈ることになるでしょうが、これも推し活のためです」

「金を出すのは春なんだし希望はもちろん聞くけど、なんの部屋が欲しいの? アイドルグッズ部屋?」

「惜しい。私が希望するのは物販スペースとミニライブ会場──つまり、居住スペースに専用のライブハウスを併設して欲しいのです」

「専用のライブハウス……!?」

 

 この一週間ほどでミーナのファンはばんばん増えている。SNSのフォロワー数なんて増えすぎるので通知をオフにしたくらいだし、パフォーマンスを見に来てくれる人も40名近くに上っている。

 ネット上で拡散されたりライターの人が記事にしてくれたお陰で知名度がばんばん上がっており──夜、寝ている間にスマホアプリがレベルアップを知らせてきたりする。眠れないのでこっちも通知を切った。

 それでも専用の建物なんて大それたことは考えていなかったのだが、春は得意げに微笑んで、

 

「さすがに40人規模では通行の邪魔でしょう。ファンの皆さんも気にして道を開けてくださっていますが、グッズの販売も考えると路上では手狭です」

 

 物販スペースがあればNPCを雇って二十四時間グッズを売れる。

 ライブハウスを使えば他の人の邪魔を気にしなくて済むし、ライブ後にファンとの交流もしやすい。

 

「最高ですね! わたしなんかのためにそこまでしてもらうのは申し訳ないですけど……」

「何言ってるのよ。あたしたちはもう一蓮托生でしょ? ねえリリ?」

「はい。ミーナさんのお陰でレベルもたくさん上がりました。作りたい服もまだまだたくさんあります」

 

 二人共、ミーナから離れるつもりは毛頭ないと言う。

 

「当然、私としても道半ばでプロデュースを止めるつもりはございません」

「春さん。みんな……!」

 

 なんだか感動して涙が出てきてしまった。ラファエラが「何泣いてんのよ」と茶化してくるが、そう言う彼女も照れくさそうに目を逸らしている。

 ミーナは強く頷いて心を決めた。

 

「どうせなら早い方がいいよね? わたしもできるだけお金を出すよ……!」

「あたしも支出がないのに収入が増えてるから貯金はあるわ。春の手持ちで足りなければこれも使ってもらいましょう」

「私も要らない衣装を売って稼いだお金があります」

 

 出会ったばかりの頃に比べればミーナたちもだいぶお金持ちである。

 春は三人の申し出を「ありがたく使わせていただきます」と受け入れた。

 

「お借りした分は後ほどお返しする、ということで物件を押さえてしまいましょう。必要なら後から増築も可能ですから」

 

 ここはゲーム内。(限度こそあれ)見た目より中を広げられたりするし、それでも土地が足りなければ周りの建物の方がズレてくれる。改築・増築工事も一瞬だ。

 ここでラファエラが首を捻って、

 

「あれよね。その規模の建物となると家っていうより──」

「ええ。ギルドハウスとして利用するべきでしょうね」

「ギルドハウス……♡」

 

 名実共にグループの拠点となる建物。

 四人は高揚してきた気分のまま「じゃあさっそく」と席を立ち、街の空き物件を見て回った。どうせ改築するので外の見た目は二の次。交通の便が比較的良さそうで予算をオーバーしない場所を見つけたら即決した。

 ギルドハウスの誕生である。

 

「ところで、ギルドってことはリーダーがいるんだよね? 誰がやるの? 春さん? それともラファエラ?」

「いや、ミーナでしょ」

「ミーナさんですよね?」

「ミーナさんしかいないかと」

「わ、わたし……!?」

 

 本人以外満場一致でギルドリーダーはミーナに決まった。

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

 ライブハウスに物販スペース、共用リビングにアトリエ、服飾作業部屋、衣裳部屋。

 ああだこうだと顔を突き合わせながらひとまずの改築を済ませると、四人は協力して前のアトリエから荷物を移動させた。

 忘れ物がないか確認するとラファエラはさっさと賃貸契約を解除。ミーナは「お世話になりましたっ」と最後に建物へ向かって頭を下げた。

 戻ってきた新しい拠点、リビングにてひと息ついたところで、

 

「ギルドリーダーは頑張るけど、ギルド名はどうしよっか? なんか格好いいのが必要なんだよね?」

「別にインパクト重視で変な名前でもいいわよ。格好いい方がいいけど」

「格好いい方がいいです」

「ミーナさんの場合、アイドルとしてのブランド名とも言えますので相応の名前を付けた方がいいかと」

「そんなこと言われると決まらないよ……?」

 

 もちろんみんなにも考えてもらったものの、なかなかいいアイデアは出てこない。

 誰も口を開かなくなって「うーん」と呻り始めたところで、

 

「……そうだ、ミーナさん? ミーナさんの名前ってヴィーナスから取ったんですか?」

「ううん、本名をもじっただけ」

「そうなの? てっきり『わたしかわいい』って意味かと思ってた」

「さすがにそこまでやらないよ。リアルのわたしはともかく、ミーナ(わたし)は本当に可愛いけど」

 

 昨日ランキングを見てみたらCRM(魅力)で10位になっていた。胸は現在Eカップ。世界で何番目に可愛い、とか出てしまうのは残酷なシステムだけれど、上位に入る立場になってみるととても嬉しい。つい何度か見返してはニヤニヤしてしまった。

 春がこれに「なるほど」と言って、

 

「魅力特化のミーナさんにはぴったりかもしれませんね。アイドルグループに女神の名前、というのなら前例もあります」

「いいんじゃない? アルファベットで書いとけばそれっぽくなるし」

「ギルド『Venus』のミーナってさすがに恥ずかしいよ」

 

 まるで「わたしが女神です!」と言っているみたいだ。

 

「では『Aphrodite』はいかがですか? ヴィーナスと同一視される美の女神です」

「あ、格好いい。それならいいかも」

「決まりね」

 

 ギルド名が『Aphrodite』で正式に登録された。

 ラファエラもリリも春も「美しいものを追求する」という意味では共通しているし、なかなかミーナたちに合った名前かもしれない。

 

「では、ミーナさん。SNS等にお知らせをお願いします。私は余った資金を使って物販スペースにNPCを設置します」

「わかりましたっ」

 

 ギルド結成、ギルドハウス建設、ライブ場所の変更などなどお知らせすることがいっぱいだ。

 書き込みが終わった直後から反応があるので嬉しい悲鳴が上がる。春がNPCの設置を終えて物販が稼働できるようになったらそちらも併せてお知らせした。

 これでファングッズの在庫が切れない限り寝ていても収入が得られる。

 

「リリさんには衣装製作と並行してグッズの生産もお願いします」

「責任重大ですね」

「ねえ、春。私の絵もこれからはこっちで売りましょうか? あれも一応グッズよね?」

「良いですね。ラファエラさんのスキルも上がってきていますからある程度高値が付けられます。オークションで競り合うよりは安く収まるかもしれない程度の価格帯で売り出しましょう」

 

 こうなるとむしろ裏方のラファエラとリリが大忙しである。二人共物づくりが好きなタイプなのでよかったと思う。

 

「グッズづくりもNPCにやってもらえたらいいのにね」

「売り子のような単純作業と違い、職人系のNPCは運用コストが高いのです」

 

 具体的には実際にアイテムを作らせてスキルを上げていかなければならない。やっていることが完全に「弟子の育成」である。もちろんアイテム製作には素材も必要なので余分にお金がかかるし仕入れの手間もかかる。

 

「店を大きくするために職人NPCを育てるために素材を集めるためにNPC冒険者を雇ってパーティーを組ませるために毎日冒険してお金を稼いでいるプレイヤーもいると聞きますが……」

「なによその苦行」

 

 その分、ある程度形になってしまえば芋づる式かもしれない。『UEO』には本当にいろいろな遊び方があるものだ。

 

「今日はライブやっちゃったし色々あって疲れたから、ライブハウスを使うのは明日からだね」

「暇を見て資金の補充を行いますので、余裕が出たらレッスンルームも作りましょう」

「ここでレッスンができれば春さんが百円払わなくて済みますねっ♡」

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

 結論から言うと、ギルドハウス建設は大成功だった。

 時間がまちまちなうえに場所まで変わったりしていたのが「ここでやります!」と地図で示せるようになり、多少騒いでも周りに迷惑がかからなくなった。同好の士しかいない空間では人はおおらかになるもので、ミーナの人気はこれによってさらに高まった。

 ファングッズもそれなりに売れてリリたちも大忙し。

 

「好調ですね。ミーナさんはお客様が増えれば増えるほどパフォーマンスが良くなりますから相乗効果で全てが良い方へ向かっています」

「……そっか。ミーナさんの体質ですね」

「えへへ。わたし見られると興奮しちゃうから」

 

 いきなり百人の前に立った時はさすがに緊張してしまったものの、基本的には「もっと見て」と楽しくなる。笑顔が自然にこぼれ、歌声にも感情が籠もるのでそれがファンには好評である。

 気を付けないと口元が緩み過ぎるのでそこは気をつけないといけないのだけれど。

 ラファエラがリビングの中央に置いた大テーブルから少し離れて絵を描きながら、

 

「大丈夫かしらね。そろそろあの子が殴りこんでくるんじゃない?」

 

 せっかくアトリエができたのに「話をするのに不便だから」とリビングにイーゼルを持ち込んでいる本末転倒ぶりはひとまず置いておくとして。

 あの子、というのはもちろんエリーゼである。

 

「エリーゼちゃんは最近どうしてるのかな? SNSを覗くとライブとかもやってるみたいだけど」

「ミーナさんに触発されたのかファンの獲得に熱心なようですね。その分だけ前線から遠ざかっているようで、我々としては願ってもありません」

 

 黙っていても経験値が入るとはいえ戦闘をしなければその分、レベルアップ速度は鈍る。

 

「ラファエラさんの言う通り、そろそろ二度目の物言いがつく頃でしょう。そこで今度は実戦を言い渡し、相手の土俵で勝利します」

「上手くいくかなあ……?」

 

 レベルアップに応じてステータスは上がっているし、剣舞のお陰でスキル熟練度も鍛えられている。それでもトッププレイヤーに及ぶほどかと言うと──。

 

「はい。正直に言えば、ミーナさんがエリーゼを実力で圧倒し続けるのは難しいでしょう」

「じゃ、じゃあどうするんですか……?」

「何度も負かす必要はありません。たった一度の敗北で土がつくと言うのなら、相手にもその気持ちを味わってもらいます」

 

 要するに「頑張って一回勝てばいい」ということ。

 格下のはずのミーナに負ければさすがのエリーゼも反省する。まさに前回の意趣返しだ。

 

「勝つための作戦と秘密兵器も用意してあります。後はみなさんの意見も取り入れてより完璧なものといたしましょう」

 

 言うと招くというわけではないだろうが、紅髪のトップアイドルは次の日にやってきた。

 

「おねーさん? もう一回エリーちゃんに負けないとわからないのかなー?」

「うん、エリーゼちゃん。今度はわたしから勝負を申し込むよ。ライブ対決じゃなくて実戦で、どっちが強いか勝負しよう」

「……へ?」

 

 ぽかん、と口を開けたエリーゼの顔はとても痛快だった、と後にラファエラは語った。



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やだやだやだ! うわあああああん、いじめられたー!!

 決闘の場には前回と同じく大劇場が選ばれた。

 ただし今回のお金は半分ずつ。そして一日の猶予を設けることはなく、エリーゼが殴りこんできた一時間後には二人はステージ上で向かい合っていた。

 ミーナのライブが終わった直後だったのでお客さんのほとんどはそのままこちらに移動している。

 SNS上でも告知、拡散が行われたため観客も多い。今回はライブではなくバトル、MMOのメインプレイ層に刺さるからか前回を上回る人数が集まった。

 

 そんな中、エリーゼは明らかに不愉快そうに頬をひくひくさせながら、

 

「正気なの、おねーさん? あたしにバトルで勝とうなんて」

「もちろん本気だよ。勝ってエリーゼちゃんに『ごめんなさい』してもらうんだから」

 

 対するミーナは表向き冷静な態度。

 もちろん心の中では緊張してまくっている。

 

「ふうん。まあいいけど……」

 

 少女の身体が光で覆われ、フリル多めの戦装束(バトルドレス)と柄だけの剣が握られる。

 

「あんたなんかが勝てると思ったら大間違いだよっ♡」

「やってみなくちゃわからないよ……っ!」

 

 応えたミーナも戦闘用の衣装にチェンジ。

 複数の宝石で彩られ、柄の端にはリボンまで結ばれた一対の短剣。首下から手首・足首までをカバーする薄手の黒インナー(よく見ると花の刺繍入り)と、最低限の部位だけを隠す踊り子めいたセパレートの衣装。

 光沢のある手袋は指抜きタイプ。靴は低めのヒールが付いており、歩くたびにコツコツと音が鳴る仕様。長めの髪を纏めるヘアアクセサリーと首を飾るチョーカーも付け、顔には薄く化粧も施す。

 おお……っ!? と観客の声。

 

「なんかすげえぞあの衣装……!?」

「ああ。明らかにとっておきだろ。いくらするんだろうな、あれ」

 

 二週間にわたって服を作り続けスキルアップ&ステータスアップを果たしたリリがとっておきのアイテムを用いて作った一点ものだ。素材の市場価格だけで計算してもかなりのものだし、手間賃などを考えるともはや値がつけられない。

 短剣まではリリも作れないのでこちらは春がPC職人から買い付けてきたものだが。

 

「……へえ? けっこー可愛いけど、可愛いだけじゃ勝てないよ?」

 

 エリーゼが睨みながら牽制してきたことからもインパクトがわかる。今回は相手と同等かそれ以上の注目を集められている。

 

「決闘開始の合図は僭越ながら私──ミーナさんのマネージャーである春が務めさせていただきます」

 

 舞台下、最前線に立ったスーツ姿の春が淡々と宣言。

 

「勝負は一対一。決闘モードを使用し、先に相手のHPを0にした方の勝ち。敗者は勝者の願いを一つ叶えるものとします。……よろしいですか?」

「ふん。……いーよ♡ エリーちゃんが勝ったらおねーさんはアイドル活動禁止ね」

「わたしが勝ったらエリーゼちゃんは負けを認めて、雑魚とか言われて傷ついたみんなにも『ごめんなさい』してね」

 

 負けたら一般人に戻って露出を楽しもう、と思いながらエリーゼの要求を呑んで。

 ミーナは呼吸を整え、真っすぐに前を見据えたまま合図を待った。

 

「──始め!」

 

 両者が同時に動き出す。

 靴音を響かせながらミーナは前へ。同じく距離を詰めに来ていたエリーゼはこれに目を丸くするも、すぐに光の刃を振りかぶって、

 たんっ!

 不意のサイドステップによって刃は空を切った。

 

「っ。このっ!?」

 

 横薙ぎの二撃目もバックステップによって回避。

 まるで踊るような動作。いや、実際にミーナは「踊りながら」戦っているのだ。

 

 

 

「これが戦舞踏(バトルダンス)の運用方法。()()()()()()()()()あらゆる戦闘行動にボーナスが加わるうえ、頻繁に繰り返されるステップが相手の目を翻弄します」

「見てるだけで疲れそうよね、これ。衣装がひらひらしてるから余計にややこしいわ」

「頑張って作った甲斐がありました……!」

 

 

 

 戦えている。

 あのエリーゼの攻撃を回避できているという実感にミーナは動きを止めないまま安堵する。連日人前で踊り、練習を繰り返してきたのは無駄ではなかった。中の人の動体視力や反射神経が鍛えられた上、スキルアップによる能力補正で敏捷性は十分なレベルに達している。

 

「なによこれっ!? 戦舞踏なんてまともに使ってるやつ始めて見た!」

 

 使い手が少ない理由は精神的に疲れる、なんか恥ずかしい、重装備ができないので防御力が低いなどいくつも理由があるものの、一番は「集団戦に弱い」からだ。

 モンスター狩りだと大抵は味方がいるし、ソロで狩るにしても敵が複数いることが多い。動くものが増えれば増えるだけミスする確率が上がっていくので「弱い」というレッテルを貼られがちなのだ。

 けれど、一対一ならその真価を発揮できる。

 

「で、でもでもっ、逃げてるだけじゃ勝てないでしょ!?」

「うん、そうだよねっ!」

「っ!?」

 

 可愛く振る舞う余裕がなくなっているのか、語尾に「♡」が付かなくなっているエリーゼ。動揺した分だけ攻め手も単調になった彼女の隙をついて接近すると、ミーナはくるりと円運動。まるでダンスのついでといった動作で少女を斬りつける。

 ヒット。

 決闘用に可視化されたエリーゼのHPバーが約3%ほど削れた。それを確認した少女は紅の瞳を見開いて、

 

「ダメージが大きい!? ……そっか、そのナイフ!」

 

 

 

舞踏剣(ダンシング・ナイフ)。踊りや舞いのスキルにボーナスを与える上、魅力と戦舞踏スキルの熟練度に応じて攻撃力が上昇、踊っている間は幻惑や魅了の効果を発生させる……ほとんどミーナ専用じゃないの、これ」

「……ゴーレムとかアンデッドは精神異常になりませんし、動物系は知能が低くて効果が薄いので、これも狩りに向いてない装備ですよね」

「ええ。当然、エリーゼはまともに運用されたところを見たことがない」

 

 

 

 ミーナは無傷のまま、二発目と三発目の攻撃をヒットさせる。

 絶えず動き続けながら攻撃するというのは神経を使うが、動いた拍子にちらりと見える観客の姿が高揚を生んで精神的疲れを忘れさせてくれる。

 

「っ。ちょーしに乗らないでよねっ!? 剣が避けられるなら魔法を使えばいいんだからっ!」

 

 エリーゼが大きく後ろに飛びのく。

 格下相手に退く、という選択をしてまで彼女が繰り出したのは炎の礫。魔法は弾速が速く、命中補正があるため避けきるのが難しい。一つ目と二つ目を避けたものの、さらに繰り出された三つ目が命中してしまう。

 

「やった……!?」

 

 歓喜の声の直後、ぱちん、という音が会場内に響いた。

 ミーナを守る()()()()()()が礫のダメージを軽減したのだ。結果、ミーナのHPは1パーセントも減っていない。

 バリアジュエル。

 物理もしくは魔法どちらか定められた属性の攻撃ダメージを大幅にカットする使い捨ての高級アイテム。ミーナはこれを春が持っていた分+残っていた所持金で買えるだけ買って所持している。つまり、何発かは当たっても大丈夫。

 しかもエリーゼからすると「何発当てればいいかわからない」。

 

 

 

「事前準備の差。これも勝つための策の一つです」

「エリーゼを煽るだけ煽った上で倉庫にも行かせずそのまま決闘に持ち込む。こっちはあらかじめ必要なアイテムを全部持ってるから装備の差がつく」

「さすがにあの子でも冷静なら気づいたはずですけど……」

 

 

 

「なによなによなによ!? ああもう、ならジュエルが切れるまで連打して──」

「それは無理だよ、エリーゼちゃん」

「っ!?」

 

 下がりながら魔法を連発したエリーゼに肉薄して連続攻撃をヒットさせる。

 さらに後退しようとした少女は不可視の壁に阻まれてしまう。これは課金アイテムではなく、事前に定めた戦闘領域から出ようとしたためだ。

 ステージの広さ、というアドバンテージ。

 長方形をしたフィールドでは逃げる方向が限られる。いったん追い詰められてしまうと短辺を移動するしかなく、その際に敵の攻撃にさらされやすい。

 しかし、ミーナにとってこの広さは慣れたもの。ステージから落ちないように気を付けながら剣舞を披露する、なんてこの一週間ほどずっとやっていたことだ。

 

「あ、あうあうあう……っ!?」

 

 ステップと円運動による檻があっさりとした脱出を許さない。

 なら攻撃を、と剣を振ってきてもステップ回避からの再接近で逆に追い詰める。

 エリーゼはかわいそうになるくらい動揺して動きが鈍っている。HPバーが減れば減るほど観客からも歓声が上がり、それがミーナにとっての追い風になる。

 それでも手はとめない。

 

 やるなら徹底的に!

 

 ミーナ──美奈はゲームをあまりやらない。

 やらないからこそ、勝ち負けを決めるゲームでは勝ちを目指すものだと思っている。ましてこれはお正月に年下の従姉妹とやるトランプとは違い、相手に負けを認めてもらうための決闘だ。

 だから、

 

「ああああああああぁぁぁぁっ!?」

「きゃっ!?」

 

 手を抜いたつもりはなかった。確実に、着実に、エリーゼのHPを後二割まで追い詰めて、このまま決めるつもりで動き続けて、

 絶叫した少女から放たれた猛烈な熱気と衝撃波に吹き飛ばされた時は何が起こったのかわからなかった。

 

「許さない、許さない許さない許さない……っ!」

 

 離れた場所に尻餅をついたミーナ。そこに迫ってくるのは瞳に怒りを燃やした少女だ。

 いや、燃えているのは瞳だけではない。全身が炎に包まれ、彼女のHPバーは徐々に短くなっている。

 炎を纏うことで自分の攻撃力を上げ、敵の接近攻撃を阻む特殊魔法。戦闘が終わるまで解除できずHPが代償となるためあまり使われない切り札を切って来たのだ。

 襲い来る光刃。

 一度動きを止めたことで戦舞踏によるボーナスはリセットされてしまっている。立ち上がる暇もなかったミーナはごろごろと転がってギリギリでかわす。当然のように来る追撃。バリアジュエルが次々弾け、それでもHPが半分を切る。

 

「泣かしてやるんだからぁっ!」

 

 エリーゼのHPはもう一割もない。

 だから、ミーナはストレージからありったけの()()()()()()()()()を取り出して、投げた。

 連続して炸裂する炎、氷、雷、風、光、闇etc。

 

「……ぇ?」

 

 稼いだ僅かな間とダメージ。

 それによって、『UEO』内トップのレベルを誇る少女のHPは0になった。

 

 

 

   ◇    ◇    ◇

 

 

 

 勝敗が決定した瞬間、客席が大きな歓声に包まれた。

 

「本当に勝っちまったぞ!?」

「ミーナちゃんってこんなに強かったのかよ!?」

「もしかしこれ、最強アイドル世代交代か!?」

 

 決闘モードではHPが0になっても1に戻ってその場で復帰し、死亡(デス)ペナルティも大きく軽減される。

 呆然とした顔でぺたんと座り込むエリーゼを見つめながら、ミーナは装備を普段用のものに戻した。

 すると少女はぽつりと、

 

「こんなの、まぐれで勝っただけじゃない」

「そうだね」

 

 この二週間でミーナは飛躍的なレベルアップを遂げている。

 他人の行動によって経験値を得られるミーナの条件は「何をしても獲得量が変わらない」エリーゼとは対照的だ。協力者が増えれば増えるほどレベルアップ速度が増加する上、協力者たちにはミーナに利している自覚さえ存在しない。

 ただ、レベルの差を埋めただけでは足りない。

 

 エリーゼの知らない装備。一方的な消耗品の準備。地の利。観客の存在。熱くなりやすい少女の性格を利用したこと。

 加えて言えば、エリーゼの剣が「魔法属性ダメージ」だったこともポイントだ。ミーナたちは相手の使ってくる戦法を情報収集によって把握・予測することができたため、バリアジュエルを対魔法用に偏って準備していた。もしも物理で攻められていれば最後のアレで負けていたかもしれない。

 ここまでやってギリギリの勝利。

 再戦すればあっさりエリーゼが勝つ。

 

「でも、今回はわたしが勝ったよ。みんなが協力してくれたお陰。エリーゼちゃんがわたしを()鹿()()()()()()()()()で」

「っ!?」

 

 涙で見上げられる。恨みがましい視線に「ごめんね」と内心思いながら、敢えてきついことを言う。

 

「アイドルってもっとみんなが楽しいものじゃないかな? キャラづくりならいいのかもしれないけど、本気で人を馬鹿にしちゃったら楽しめないよ」

「なにそれ、あたしが間違ってたっていうの?」

「わたしが正しいなんて偉そうなことは言えないよ。でも、雑魚って言われて傷ついた人がいるなら、それは謝らないといけないんじゃないかな?」

「………っ」

 

 唇を噛み、俯くエリーゼ。

 

「マネージャーなんて付けてまであたしをいじめるんだ」

「私はミーナさんに可能性を見出し、自分から協力を申し出ただけです」

 

 気づくと春やラファエラ、リリが集まってきていた。

 親衛隊も近くまで来ているが何も言ってこない。合意の上で行われた決闘であり、不正がなかったことがわかっているからだろう。

 あるいは戦闘中の態度に思うところがあったのかもしれない。

 

「エリーゼ──いえ、エリーゼさん。一度ご自分のアイドル像を見つめ直しませんか? そしてあらためて出発するのです」

「……そんなの」

 

 呟き、立ち上がって涙を拭う少女。

 期待するような視線が百以上も集まって、

 

「やだ!」

「え」

「やだやだやだ! うわあああああん、いじめられたー!!」

 

 エリーゼはあっという間にダッシュで逃げていった。

 残された面々はぽかん、である。親衛隊は「どうするよ?」とばかりに顔を見合わせた後、慌てて後を追いかけていく。

 ラファエラがジト目になって、

 

「この場面もばっちり撮影してるんだけど、あの子の戦略的には完全に悪手よね」

「うーん……でも、反省はしてくれたんじゃないかなあ」

「……明日あたりリベンジに来ないといいんですけど……」

 

 翌日本当に来た。

 ただし、用件は違っていて、

 

「あの、ミーナお姉さま? エリーと一緒にアイドルしてくれませんかっ♡」

「誰よあんた」

 

 即座にツッコミが入るくらいにはキャラが変わっていた。



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あぁ……♡ お姉さまいい匂い♡

「あたし、一晩考えたんです。どうしたらいいのかって」

「それでどうして『お姉さま』になるのよ」

「……ラファエラさん、話が纏まりそうなんですから……」

 

 ギルドハウスのリビングにて。

 ミーナの膝の上に乗った(※本人の希望)エリーゼはしゅんと肩を落としながら語った。

 

「きっと、あたしが間違ってたんだと思います。お姉さまの言う通り、いつの間にか『ゲームが楽しい』んじゃなくて『一番になるのが楽しい』になってた。それをお姉さまが気づかせてくれました」

「エリーゼちゃん……」

「だから、お姉さまとユニットを組みたいって思ったんです♡」

「エリーゼちゃん……!?」

 

 因縁をつけられるよりはマシだが、これはこれでなかなかのトラブルである。

 紅髪の少女はミーナの困惑をよそに身体の向きを変えると、ぎゅっ、と抱きついてきて、

 

「だめですか、お姉さま? あたし、お姉さまと一緒なら楽しくアイドルできると思うんです」

「え、ええっと……駄目じゃないけど」

「待ちなさいミーナ。普通に考えたらこれ、乗っ取り工作よ」

「あんたさっきからうるさい。あたしが仲良くなりたいのはお姉さまだけなんだから黙っててくれない?」

「オッケー、一発殴らせなさい」

「ラファエラさん、だから落ち着いてください……!」

 

 必死にしがみついてラファエラを抑えるリリ。

 眼鏡の画家もとりあえず止まってくれているので大丈夫として、ミーナは「どうしましょう?」と春を振り返った。

 いつも通りスーツを着込んだ彼女は「……そうですね」と思案して、

 

「エリーゼさんが反省をなんらかの形ではっきりと表すのであれば良いと思います。……例えば、昨日の負けを公に清算する、などですね」

「もちろん、お姉さまのお願いは聞きます。みんなに『ごめんなさい』すればいいんですよね?」

「うん。ちゃんと謝ればきっとみんな許してくれるよ」

 

 少女は「わかりました」と頷いた。この際だから、と春やラファエラが状況をセッティングしていく。ライブ配信+アーカイブに保存してSNSにアップすることで「あれ? そんなことあったっけ? エリーちゃん知らなーい」となるのを防ぐことになった。

 撮影はライブハウスで行うことに。三十分前に告知をして来場者も募る。ちょっとした謝罪会見である。

 

「今まで本当にごめんなさい。みんなにひどいこと言い過ぎてました。これからは心を入れ替えて頑張ります」

 

 ──メスガキ止めちゃうってこと?

 

「ううん。これからはもっと優しいメスガキを目指すの! 苦手な人はお姉さまのファンになってくれればいいと思う」

 

 ──お姉さまって誰?

 

「ミーナお姉さま。今、お姉さまとユニットを組ませてくださいってお願いしてるの」

 

 ──ミーナちゃんとエリーゼちゃんのユニット!?

 

「うん。もし実現したらみんな嬉しい?」

 

 ──嬉しいー!!

 

「えへへ、そっかぁ♡ じゃあ、お姉さまにいっぱいお願いしてみるねっ♡」

 

 内容はこんな感じだ。

 意外とみんなあっさり許してくれた。ゲームの中で自由に振る舞っていただけではあるし、絶対許さない勢は「顔も見たくない」と会見に来なかっただけかもしれないけれど。

 

「どうやらエリーゼさんは自分を負かしたミーナさんを神格化することで心の安定を図ったようですね。凄い人に負けたのなら仕方ない、と言い聞かせることでダメージを軽減したのです」

「そう聞くとちょっとアレね。ま、懐いてくれたならそれはそれでいいけど」

 

 会見の後、一般のお客さんには帰ってもらったものの、そのまま帰せない人たちもいた。

 

「エリーゼ様」

「……親衛隊」

 

 エリーゼ親衛隊の面々である。

 用事で来られなかった人がいる、というだけにしては数が少ない。

 

「みんなにも我が儘言ってごめんね。これからは自由にしてくれていいから」

「そんな……! 俺達はエリーゼ様について行きます!」

「よかったね、エリーゼちゃん。ちゃんとわかってくれてる人もいるんだよ」

「お姉さまぁ♡」

 

 ばっと抱きつかれた。ミーナの胸に顔を押し当ててすりすりしてくる。

 

「あぁ……♡ お姉さまいい匂い♡」

「ちょっ、待ってエリーゼちゃん。可愛いから抱きしめたくなっちゃう、じゃなくて人前だから!」

「……あれ、ミーナちゃんって実はめちゃくちゃ可愛くね?」

「ああ……エリーゼ様とは別の可愛さがあるよな」

「おいお前達、そんなこと言ったら死刑だぞ! 掟を忘れたのか!?」

「いーよ。自由だって言ったでしょ? エリーちゃんも新しいこと始めるし、みんなも新しい推しを見つけなよ」

 

 どうやら本当に心を入れ替えたようだ。

 春が心から嬉しそうにうんうんと頷いて、

 

「ああ、美少女アイドル同士が抱きしめ合っている。挟まりたい……いえ、アイドルに挟まるマネージャーなんて万死に値しますね。見ているだけで我慢しなくては」

「……春さんってこんなに変態だったんですね?」

「私達の趣味について来れる逸材よ。変態に決まってるじゃない」

 

 自分で言うのもどうなのだろうか。

 

「いかがですか、ミーナさん。エリーゼさんとユニットを組んでみては」

「春さん。いいんですか?」

「悪いはずがありません。私はエリーゼさんに心を入れ替えて欲しかった。叩きのめされてゲームを止めて欲しかったわけではないのです」

 

 さっきの私欲の入った笑顔から一転、優しい大人の笑みを浮かべた彼女はミーナからエリーゼへと視線を移した。

 

「もしかしてこれ、最初から計画通りってわけ?」

「まさか。人の感情というのはままならないものです。そうなったらいいな、という希望的観測を抱いていた程度。後はミーナさんの魅力のなせる業かと」

「……わたしの」

 

 抱きついたままのエリーゼを見下ろす。透き通った綺麗な瞳でこっちを見つめる彼女。あらためて見ても可愛い。いがみ合うよりは仲良くしたい。

 

「うん。わたしでよかったらお願いします、エリーゼちゃん」

「やったぁ! 今のは冗談、とかなしですよ、お姉さまっ♡」

「わ。く、くるしい。苦しいようっ」

 

 悲鳴を上げつつも可愛い女の子に抱きつかれるのは嬉しい。

 春がうんうんと頷き、ラファエラも「まあいいんじゃない?」と笑う。リリは「怖い人が増えました」とびくびくしているものの嫌だとは言わない。

 

「エリーゼ。うちのギルドに入るからにはヌードモデルになってもらうわよ」

「は? エリーちゃんあんたの命令になんか従いませんけど?」

「あ?」

「まあまあ二人とも。仲良くしようよ」

「あのー。それで俺らはギルドに入れてもらえるんでしょうか……?」

「は? 駄目に決まってるでしょ。うちのギルドは男子禁制よ」

 

 親衛隊(男性八割)が「そんなー!」と悲鳴を上げたものの、ミーナとしても女子だけの気安い雰囲気を壊されたくなかったので無理に「入れてあげようよ」とは言わなかった。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 

「でも、お姉さま強すぎじゃないですか? 作戦勝ちだとしてもあたしに勝ったんですよ?」

「ミーナのレベルとCRM(魅力)確認してなかったの? この子はもう十分強いわよ。あの装備した時限定だけど」

 

 場所を移して再びリビング。

 ラファエラに言われてランキングを確認したエリーゼが可愛い悲鳴を上げた。

 

「魅力ランキング一位!?」

「あはは……。ついに取っちゃった」

「そりゃまあ、魅力特化なんてビルドでここまで上げる奴は他にいないでしょ。特殊経験値稼ぎまくらないと無理よ」

 

 トップ層が団子状態だったところに昨日の対決があり、ミーナの人気が高まった。決闘によりエリーゼの経験値の一部がミーナに移動したこともあってレベルアップ。一気に上位を追い抜いた。

 ちなみにレベルの方もβテスターに食い込むところまで来ている。

 集団戦や範囲攻撃や魔法や状態異常に弱いものの、魅力を参照する装備を付ければ火力とスピードだけは出る。

 

「お姉さま、どうやってレベル上げたんですか……?」

「ミーナさんは熱烈なファンが増えるほどレベルアップが早まるんですよ」

「?」

 

 不思議そうに首を傾げる少女に春が耳うち。意味を理解したエリーゼは顔を真っ赤にした。見た目通りの年齢ならそれはそうだろう。

 と、

 またしてもミーナの膝の上にいる彼女はそのまま上を見上げて、

 

「あたしがそういうことしたらお姉さまの経験値になるってことですか……?」

「なるけど、年齢的にいろいろアウトじゃないかなあ……?」

「なんでトッププレイヤーまでこんな変態なのよ? ミーナ、あんたが伝染したんじゃないのこれ?」

「いくらわたしが変態でも伝染ったりしないよ……!?」

 

 こほん。

 大騒ぎになりかけたところを春の小さな咳払いが収めて、

 

「実を申しますと、私としてはこの状況がとても好ましいのです」

「推しが二人に増えたから?」

「それもあります。残念ながら条件に設定できるのは一人だけですが……それ以外にもミーナさんに、そしてこうなった以上はエリーゼさんにもお話があります」

「?」

 

 どこからともなく取り出された名刺が一同に差し出される。

 前にももらったものと同じ──と思ったら、書かれている内容が異なる。

 

『株式会社〇〇芸能部門

 プロデューサー 長峰小春』

 

 思わず何秒か硬直した。

 

「……これ、もしかしてリアルの名刺ですか?」

「はい。驚かれるとは思いますが、実は私、リアルでもプロデューサーをしているのです」

「いや、それはなんとなく予想してたわ」

 

 アイドルへの情熱からして「そういうこともあるかな?」とはミーナも思っていた。

 リリまで「それで?」という顔をしたので春は恥ずかしそうに視線を逸らして、

 

「ゲームにログインしているのも実を言うと業務の一環なのです。ゲーム内で新しいアイドルを発掘せよ、というのが上からの指示でして」

 

 素質のありそうな子を探したり声をかけて回ったりしていたらしい。

 

「ん? じゃあひょっとして、課金で得た資金って」

「実は本当に経費で落ちます」

 

 羨ましい限りだった。

 いや、仕事のためにゲーム内でスキルを使い続けるとかぶっちゃけ苦行ではあるのだけれど。

 エリーゼがミーナの膝の上から身を乗り出して、

 

「じゃあ、もしかしてあたしたちに話って」

「はい。我が社では『UEO』の運営元と連携を取ってアイドルプロジェクトを進めております。もちろんまだオフレコですが……ゲームの公式アイドルとしてお二人のユニットを登録させていただければ、と」

「あたしたちが」

「公式アイドル……!?」

 

 アイドル、と言ってもあくまでゲーム内での話だ。

 生身の姿で歌ったり踊ったりする必要はなく、ゲーム内イベントで司会をしたりパフォーマンスをしたりといったことが主な仕事になる。

 

「ゆくゆくはリアルイベントにも『ゲーム内からの中継』といった形で出演していただくかもしれませんが、いかがでしょう? もちろん、受けていただけるのであれば正式な契約ということになりますので、お給料が発生いたします」

「ねえリリ。ゲームで遊びながらお金がもらえるって聞こえたんだけど?」

「はい、ラファエラさん。私にもそう聞こえました……」

 

 仕事が限定される分だけ給料はさほど高くないらしいが、それでもプライベートにアルバイトをがっつり入れるより稼げる。

 在宅のバイトとしては破格である。

 これにエリーゼは目を輝かせた。彼女からしてみれば最強アイドルから転落して気持ちを入れ替えた途端に最高の話がやってきたことになる。

 

「やりますっ! やりますね、お姉さまっ?」

「うーん。どうしようかな」

 

 リアルなことを考えると「お母さんに相談しないといけない」し、そういうのを抜きにしてもミーナは遊びで作ったキャラクターだ。

 お仕事になってしまって好きに楽しく遊べなくなったら逆に苦痛になってしまうかもしれない。ちょっと悩みどころだと思った。

 ここは少し考えさせてもらってから、

 

「もちろん、公式アイドルになるわけですのでゲームのテレビCMへの出演もあるかもしれません。お二人が日本中、もしかしたら世界中の方々に()()()()わけですね」

「やりますっ♡」

 

 気付いたらさっきまでの思考を吹き飛ばして元気に返事をしていた。



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俺は変態じゃないからな。これは兄として純粋に応援しているだけだ

 三つ年下の妹は少し変わっている。

 天然なところがあって、高校生になっても可愛いものに目がなく、他人に対する警戒心が薄い。あれで大丈夫なのかとつい心配になってしまう。実際は変な男に引っかかったりもしていないので案外しっかりしているのかもしれないが。

 

「当方としては美奈さんにゲームの中でアイドル活動を行っていただきたいと考えております」

 

 しっかりしているにしてもいきなり話が進み過ぎではないだろうか。

 大事な話があるからと実家に呼び出されて帰ってみれば、二十代中盤ほどの美人女性がスーツ姿で現れた。とある会社で芸能プロデューサーをしているという彼女は礼儀正しく名刺を差し出すと彼や両親に名乗り、それから用件を告げてきた。

 娘さんをアイドルにしたい、と。

 契約書類もしっかりしているし、会社名で検索すれば立派なHPが出てくる。電話番号も実際にその会社が使っているものだった。

 報酬もなかなか悪くない。

 

「でも、美奈がアイドルって……」

「危ないんじゃないか」

「ご心配には及びません。美奈さんに行っていただくのはゲーム内での活動──外出の必要はありません。正体がバレる恐れも限りなく低いでしょう」

 

 ひと昔前に流行ったAtuberもネットアイドルだが、あれは防音室の類を使わない限り配信中に生活音を拾ってしまうという問題点があった。例えば選挙カーから流れる声で居住地が特定される、なんてこともあったのだが、『UEO』はフルダイブMMOなので問題ない。

 リアルでこういうことがあった、といった話をされるのを嫌がるプレイヤーもいるので雑談からバレる危険も低い。

 

「もちろん我々も美奈さんをしっかりとバックアップいたします」

「いい話なんじゃないか」

 

 心配していたはずなのに、気づけば彼はそう口にしていた。

 

「お兄ちゃん」

「『UEO』の中ならそれなりに安全だし、この人の言った仕様も本当だ。何よりこいつがやりたがってる」

 

 両親はゲームに詳しくない。美奈本人以外で『UEO』について知っているのは彼だけなのだから、それくらいは保証してやらなければならない。

 この女性もおそらく信用できるだろう。

 ファンに交ざって『ミーナ』の活動を見守っていた彼には、スーツの美女がゲーム中でミーナをサポートしているあの女性と同一人物なのがわかる。

 当人たちも「春さん、ゲームの中とそっくりですね」「ミーナさんこそ、想像以上にお綺麗で驚きました」などと和やかに話をしていたし。

 

「……っていうか、あの、プロデューサーさんってもしかして前にアイドルしてませんでした?」

「え、そうなの、お兄ちゃん?」

 

 なんでお前が知らないんだよ。

 

「結構有名なアイドルグループだぞ。たしかセンター務めた事もあったはず」

「昔の話です。高校卒業と同時に引退し、今はアイドルを支援する側に立っております」

「やっぱりすごい人だったんですね……!」

 

 きらきらした目をする妹。なんでもダンスの指導などもしてもらっていたらしい。元アイドルから一対一での指導とか羨ましい……ではなく。

 

「でもアイドルって厳しいんじゃないのか。ストーカーとかいたりするんだろ」

「厳しくない仕事なんてないだろ。それに、ストーカーの被害を抑えられるって話をさっきしたんだよ」

 

 新しいものの話というのは大人にはわかりづらいものだ。理解はしていても歯がゆいものを感じてため息を吐く。

 

「こいつならその辺は大丈夫だろ。楽しめてるうちは頑張るだろうし、楽しくなくなったらすっぱり止めるぞたぶん」

「お兄ちゃん、それ褒めてる?」

「まあ一応」

 

 物凄く微妙な擁護だったものの、両親は「それなら大丈夫か」という方向に傾いてくれた。

 母の方は意外なことに「親としては心配だけど、いいわよねアイドル」的なノリだった。昔自分も憧れたことがあるのかもしれない。

 というわけで両親からは承認された。

 バイトみたいなものなので学校の許可もいるが、そちらにも必要なら同席してくれるらしい。なかなかしっかりした会社のようだ。

 話を終え、妹から春と呼ばれていた女性が帰った後、彼は妹の部屋に行き二人で話をした。

 

「さすがに驚いたぞ、お前が本当にアイドルになるとか」

「わたしだって驚いたよ。でもせっかくだからやってみたいじゃない?」

「そのノリで始められるんだからすごいんだか怖いんだかな……」

 

 彼女の晴れ姿は何度も見ている。最初は単に妹が心配だったからのはずだが、今は普通にファンになっている……と言っても過言ではないかもしれない。

 しかし身内相手に素直になれない彼はそれを口には出さず、

 

「でも、大丈夫か? お前、一部のファンからエロい目で見られてるぞ」

 

 妹の肩がぴくんと跳ねた。

 

「たとえば?」

「え? いや、ほら。胸がでかいとか」

 

 具体的に聞くな。

 これで正直にぺらぺら喋ったら「お兄ちゃんの変態」と軽蔑されるのだから妹という生き物は度し難い。いや、度し難いのは女子という生き物か?

 ちなみに実際はもう二歩も三歩も踏み込んだ発言がごろごろしている。

 

「エロい絵とか描き始める奴も出てきてるぞ」

「それはわたしのお友達もやってるし」

「そう言われればそうだが、どうなんだそれは」

 

 公式が最大手だった。

 イラストではなく絵画調なので「芸術」と言い張れるのが救いか。ただ、それでもエロいものはエロい。

 どこまで踏み込むべきか迷いつつ「あー」と口を開いて、

 

「せめて胸の大きさはそろそろ止めたらどうだ」

「お兄ちゃん、なんか彼氏みたい」

「っ」

 

 その罵倒は初めて聞いた。驚きから動揺が隠せず、身体ごとそっぽを向く。気づかないうちに「束縛の強い彼氏」みたいなことをしてしまっていたというのか。

 そういえば、妹から「触ってもいいよ」と言われたこともあった。

 ミーナの胸は大きいうえに揺れる。リアルと違って垂れてくる心配も必要ない。そのディティールを思い浮かべて「触っておけば良かった」と考え──違う、そうじゃない。

 ついでに「美奈も十分でかいんだよな」とかいう邪すぎる考えも振り払って、

 

「……だから、程々にしとけって事だよ」

 

 思い切り日和った注意をした。

 微笑んで「うん」と頷く妹と別れ、両親に一言告げてから実家を後にする。一人暮らしをしている部屋に戻ると、壁に張ったポスターを見てため息をついた。

 

「もし、あいつにこれ見られたら死ぬな、俺」

 

 桃色の髪をした美少女のヌード絵。鏡台のチェスト部分にかるくもたれかかる格好で、乳首と最も大事な部分は絶妙に隠れて見えない。ゲーム内で()()()()絵をわざわざ印刷したものである。

 販売方法がオークションからNPCの売り子に変わったことでぐっと買いやすくなったので購入に踏み切れた。代わりに変装が必要だったものの「○○さんがオークションで××を購入しました」なんて表示が出る心配はない。大昔には自販機でエロ本が売られていたらしいが、あれもこの手の需要だったのだろうか。

 

「俺は変態じゃないからな。これは兄として純粋に応援しているだけだ」

 

 誰にも聞こえない言い訳をしつつ、彼はスマホのミーナフォルダにパスワードをかけた。

 なお、彼はこの二日後、母から「様子を見るついでに掃除してきて」と頼まれた妹にポスターを見られかけ、大慌てすることになる。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 

「というわけで、アイドルになれることになりましたっ♡」

「おー!」

 

 ぱちぱちぱち。

 ギルドハウスのリビングに拍手が満ちる。エリーゼが加入し、数名の女性親衛隊員も加わったことでそこそこ人数が増えた。その分、音も賑やかである。

 なお、最古参の二人はというと、

 

「おめでとうミーナ。……これであたしは公式アイドルの絵を最初期から描き続けていたってことになるわ♡」

「これからも衣装は私が担当できるんですよね……?♡」

 

 若干、いやだいぶ欲望が隠し切れていなかった。いつものことである。

 

「正式な活動はいつからになるのよ?」

「契約とか手続きがあるからすぐには無理みたい。会社の方でいろいろ決まったら告知日を発表するって」

「楽しみですねお姉さま♡」

 

 エリーゼはあれからもミーナに懐いている。

 敗北によって「最強」のレッテルが剥がれ、彼女のファンは一時大幅に減少したものの、謝罪会見とミーナとのユニット結成によって新たなファンを獲得。今ではそこそこいい感じに落ち着きつつある。

 最近はライブハウスで一緒にパフォーマンスをしたり、元親衛隊員を率いて狩りに行ったり。ギルド内で素材調達が可能になったのでリリが喜んでいる。

 ちなみにギルドハウスにいる時は戦闘装備ではなく可愛い衣装をあれこれ着てくれている。今日は白いワンピースに黒いリボンを用いたツインテールだ。定位置はミーナの膝の上である。

 

「うん。公式アイドルになったらもっと視てもらえるもんね。気持ちいいだろうなあ……♡」

 

 エリーゼのファンを引っ張ってきたことでライブのお客さんは増える一方。早くもライブハウスは手狭になりつつある。

 物販スペースの売れ行きを見つつ、十分な資金が貯まったら拡張工事を行う予定になっている。

 

「っていうか春。公式化してもここの会場使うの?」

「イベントの際は運営側で用意しますが、普段のライブではここを使っていただきます。ただし、公式ならではの恩恵もありますよ」

「というと?」

「スパチャが受け取れるようになる予定です」

 

 公式アイドル誕生と同時に新たな課金アイテムが実装されるらしい。ファンクラブの会員証や応援メッセージを送れる使い捨てアイテムなど。さらに追ってミーナモデル・エリーゼモデルのオリジナル装備なども販売する予定だとか。

 

「露骨に課金を煽ってるわね」

「……そうすると、今作っているミーナさんグッズは販売差し止めですか?」

「いえ、それは売っていただいて構いません。ユーザーの努力を無にするのは運営の本意ではありませんし、課金グッズには専用の効果が付きますので」

 

 ゲーム内通貨よりリアルマネーの方が安い、と考える人種も世の中にはいるのである。

 

「もちろん、スパチャによる収入の一部はお二人にも還元されます」

「いーじゃない。課金が増えるほど人気があるってことでしょ? 気持ちよさそう」

「わたしは見てもらえれば十分なんだけど……」

「ミーナさんには専用の人気カウンターがありますからね。でしたら、ご褒美として甘い物や可愛い服を買う代金、と考えてはいかがですか?」

「あ、それはちょっと嬉しいかも」

 

 本音を言えばリアルでもお洒落したいし甘いものも食べたい。頑張った分、自分へのご褒美が許されるというのは魅力的だった。

 

「でも、夏休みももう終わりなんだよね。早いなあ」

「あたしもお姉さまともっと一緒に遊びたいです」

「そうだよね。もちろん、学校のみんなとも会いたいけど」

 

 二学期が始まったらまた放課後と土日しかログインできなくなる。ゲームの中にいると時間の流れが遅いのもあってなんだか少し寂しい。

 

「もっと早くギルドができてればみんなと遊んだりもできたのかなあ」

「遊ぶって、例えばどんなのですか?」

「うーん……海水浴とか、夏祭りとか?」

 

 適当に夏っぽい単語を口にするとラファエラが露骨に嫌そうな顔をした。

 

「まさかオフ会の話? あんな人の多くて疲れるところ絶対に嫌よ」

「私もリアルで会うのは恥ずかしいです……」

「あたしはお姉さまに会いたいですっ♡ それでお部屋とか……うふふ♡」

「エリーゼちゃんは元気だね」

 

 頭を撫でて上げつつ、ミーナはにっこり笑って、

 

「ゲームの中でいいよ。こっちには海とかないの?」

「ビーチならありますよ。もちろんモンスターが出ますが」

「なんでモンスターがいるんですかっ!?」

「MMOなので」

 

 でも、せっかくだから行くことにした。




10万字にも到達しないで話がキリのいいところに到達してしまったのでおまけエピソードで尺を稼ごうと画策中です


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大丈夫よ。私も彼氏とかいないから

 星砂の浜。

 神聖王国の端に位置するそこへ転送サービスで移動すると、視界に白と青が一気に広がった。

 

「うわぁ……!」

 

 晴れていて良かった。

 白のワンピースに同じく白の帽子というプライベートスタイルのミーナは歓声を上げ、そのまま数歩の距離を駆けた。

 

「わっ、と?」

 

 バスケットボールくらいのサイズをした赤い何かを踏みそうになって慌てて立ち止まる。

 

「蟹さん?」

 

 左右にハサミ状の手を持ち、横移動で動く甲殻類。甲羅には十字の模様がついている。

 リアルで見るそれより大きめだが、どこからどう見ても蟹だ。じーっと見つめると、ミーナのことなどどうでもいいとばかりに遠ざかっていく。時折ハサミをかちかち鳴らしているのでちょっと可愛い。

 スーツ姿のままでちょっと暑そうな春が追いついてきて、

 

「クロス・クラブ。このフィールドの主要モンスターです。非アクティブ型なので攻撃しなければ襲ってきません」

「あ、そうなんですね。それなら安心かも」

「ちなみに茹でても焼いてもなかなかに美味だそうです」

「……ちょっと狩って行ってもいいかなあ」

 

 蟹なんてリアルじゃなかなか食べられない。

 海で遊んだ後、帰って蟹パーティというのも楽しそうだ。

 と、思ったら、

 

「面倒な事になりたくないなら倒さない方がいいわよ」

「ラファエラ、どうして?」

「倒された蟹が一定数を超えると親玉が出てくる……らしいです」

 

 同胞を傷つけているのはお前達かー! と怒られるそうだ。運が悪いと誰かが出現させて手に負えなくなったのが暴れていることもあるとか。

 確かにそんなことになったら海水浴どころではない。

 

「親玉が出て来たらエリーゼちゃんにお任せ、っていうのは駄目かな」

「お姉様のお願いなら頑張りますけど、あいつ硬いからあんまり戦いたくありません」

 

 ミーナの腰にしがみつきながらエリーゼ。

 魔法ダメージを与える特殊な剣をもってしても「硬い」とは、意外とやっかいなボスらしい。

 仕方ないので蟹パーティは断念する。

 

「もともとの目的は海水浴だもんね。ちゃんと水着も持ってきたし」

「頑張りました」

 

 全員分の水着を作ったリリは腕を振るった満足感もあって笑顔である。そんな彼女の自信作はというと、

 

「お姉さま、とっても綺麗ですっ♡」

「ありがとう。エリーゼちゃんもすごく可愛いよ」

 

 ミーナは白+淡いピンクのツーピースタイプ。手首と足首にシュシュのような同色の飾りをつけて可愛さをアピール。

 エリーゼは赤に白のアクセントを加えたワンピースタイプ。スカート状にフリルを配したキュート感強めのデザイン。

 

「春もさすが、スタイル良いわよね」

「ありがとうございます。課金の結果ですのであまり威張れませんが……」

 

 春は黒のツーピース+パレオ。身長が高めかつスタイルが良いのもあって大人の魅力といった感じである。

 

「皆さん似合ってます。私は水着にならなくても良かったくらいです……」

「まあ、あたしたちはおまけみたいなもんよね」

 

 顔を見合わせる二人はそれぞれ白黄(ラファエラ)、白黒(リリ)の二色を配したツーピースタイプだ。最初は「スタイルも別に良くないしワンピース型で」と言っていたのだが、ミーナが「絶対可愛い方がいいよ!」と力説して変えてもらった。

 一人だけスクール水着、みたいなのはギャップ萌え狙いならありだけど受け狙いならやめた方がいい、というのがミーナの持論である。

 

「これで泳げるんだよね? 泳いでいいんだよね?」

「ここ一応戦闘フィールドだから注意しなさいよ。泳いでる間はスタミナがガンガン減っていくから」

「長く泳ぐには水泳スキルも鍛えないといけないんだね」

 

 ちなみに水着タイプの装備は水泳スキルや水属性耐性に多少のボーナスがある。

 軽くて動きの邪魔にもならないので水場の狩りなら選択肢に入る……かもしれない。当たり前のように防御力はぺらぺらだが。

 

「泳ぎますか、お姉さま?」

「泳ごう、エリーゼちゃん!」

 

 二人で頷きあってビーチへ駆け出していく。

 

「……お二人とも元気ですね」

「リリも遊んでくればいいじゃない。あたしはせっかくだからスケッチするけど」

「私も他の方の水着デザインを保存して回りたいので……」

「私はパラソルやビニールシートなどをレンタルして参ります。その後はミーナさんとエリーゼさんが楽しそうに遊ぶ姿を堪能させていただければ……♡」

 

 リリが言っているように、もちろんビーチには他のプレイヤーもいる。

 水遊びや海水浴をしている者、黄昏た様子で海を見ている者、何やら酒盛りをしている者、蟹をいじめている者と様々だ。

 みんなそれぞれに楽しんでいるのか、しばらくの間はあまり注目されなかったものの、だんだんと「あれ、あの子達ってもしかして」という空気が広がり始める。

 やがて、エリーゼと水をかけあったり水泳の練習をしたりしていたミーナにも声が届いて、

 

「『Aphrodite』のミーナとエリーゼだ」

「マジか。水着とかレアじゃん」

 

 さりげないものもわかりやすいものも含めて視線が集まり始めた。

 

「……っ♡」

「お姉さま、視られてますね」

「うん。エリーゼちゃんもこういうの好き?」

「もちろん大好きですよ。無視されるより愛される方がいいじゃないですか」

「さすがエリーゼちゃん」

 

 二人は囁き合い、声をかけられるまではそのまま遊び続けた。

 水着なのでいやらしくはないものの露出度は高い。二の腕や太腿などいろんなところに視線が刺さる。

 ミーナはどきどきしながら視界の右上に目をやる。

 思い立って固定表示させてみたレベルアップ回数のカウント。このタイミングで伸びたのはここではない場所にいるプレイヤーの行動だろうけれど、

 

「ミーナちゃん、スクショ撮ってもいいですかー?」

「はい。もちろんご自由にどうぞー♡」

 

 撮りたい人には好きなだけ撮ってもらう。

 

「そっちの子達も撮影OK?」

「いいわけないでしょ、あたし達は裏方よ。散りなさい」

「……知らない人怖いです……」

 

 ラファエラたちにとばっちりが行ったのは後で謝っておいた。

 

「ポーズ取ってくださーい」

「え、ポーズ? 何がいいんだろ?」

「可愛ければなんでもいいんですよ、お姉さま」

 

 そう言うエリーゼは慣れた様子。横ピースや人差し指をびしっと前に突き出してみたり、咄嗟に思いつくのがすごい。

 

「エリーちゃんがわざわざやってあげてるんだから感謝しなさい、ざこのおにーさん♡」

「出た、メスガキムーブ!」

「マイルドになって受け取りやすくなったよな」

 

 ミーナもエリーゼを真似しながらなんとかポーズを取った。

 しばらくして解放された後、みんなのところに戻ると春に「練習しておいた方がいいかもしれませんね」と言われる。

 

「これからもポーズを取る機会はあると思います」

「そうですね。モデルさんの写真とか見て研究してみますっ」

「前かがみ系のポーズはとっておきにしなさいよ。殺意が高すぎるから」

「お姉さまの胸とかお尻ばっかり見て。あの男ども燃やしてやりたい♡」

「……後が怖いからやめてください」

 

 シートの上でちょっと休憩。リアルと違って砂が乗ってじゃりじゃりしたりしないので快適だ。

 

「こっちなら日焼けもしないと思うけど、日陰に来るとなんか安心するよね」

「ありがとうございます。ちなみに、他にもビーチボールや浮き輪がレンタルできるようですよ」

「後で借りてこよっか、エリーゼちゃん」

「はい、お姉さま♡ でも、マネージャー? どこでそんなの借りてきたの?」

「向こうにある海の家です」

 

 指さされた方向を見ると確かに、掘っ立て小屋感のある建物が離れた場所に見えた。

 ちなみにエリーゼが前来た時にはなかったらしい。

 

「プレイヤーが運営しているようなので夏季限定かもしれませんね」

「この時期ってリアルだとクラゲで泳げないのよね。案外リアルでも海の家やってる人だったりして」

「絶対にありえないとは言い切れませんね」

 

 事情はともかく。海の家があるということは海水浴名物のあれこれも食べられるかもしれない。

 

「わたしなにか食べるもの買ってくる!」

「迷子にならないようにお母さんと一緒に行くのよ」

「ラファエラさん、私はまだそんな歳では……。と言いますか、高校時代は恋愛禁止でしたし大学時代もアルバイトで忙しかったので恋愛自体ほとんど……」

「マネージャー! 可愛いんだからこれからいくらでも相手見つかるってば! だいじょーぶ!」

 

 珍しく本気で落ち込み始めた春をあろうことかエリーゼが慰める。仲良くなったからこそ、ということでいいだろうか。

 

「……なんかごめんなさい。その、大丈夫よ。私も彼氏とかいないから」

「……えっと、言うまでもなく私もいません」

「お姉さま、早く海の家に行きましょう! ほら早く!」

「う、うん」

 

 どんよりし始めた空気にミーナはエリーゼと慌てて立ち上がった。

 砂浜をやや早足で移動しながら、

 

「ちなみにエリーゼちゃんは彼氏いるの?」

「男子から告白されたことは何回もありますけど、全部断りました。誰かと付き合ったら人気が落ちちゃうので」

「そっか。やっぱりエリーゼちゃんは男の子にモテるんだねー」

「そういうお姉さまはどうなんですか? はっ!? まさかもう男と同棲していて結婚秒読みとか? そんなことないですよね、ね?」

「ないよ。四月までお兄ちゃんと一緒に住んではいたけど」

 

 もちろん何かの隠語ではなく実の兄の話である。エリーゼは「血縁なら安心とは言い切れないんじゃ……」とか言っていたが、ミーナが部屋に行った途端アニメのポスターか何かを隠すような人なのでリアルの女の子に手を出す度胸はないと思う。

 

「あ、やっぱり色々売ってる! 迷っちゃうなあ、これ」

「迷ったら全部ですよ。カロリーは気にしなくていいんですから」

 

 というわけで焼きそば、焼きとうもろこし、じゃがバター、フランクフルト、おでん(!?)、焼きおにぎり、かき氷、ソフトクリームなどを買い込み、みんなで分けた。

 味は絶品──ということもなく、かといって美味しくないというほどでもなく、つまり普通。こういうのでいいんだよね、という安心の味だった。

 

「……匠の業ですね。尊敬します」

「? どういうこと、リリちゃん?」

「料理スキルの熟練度が上がるたびに細かく料理設定いじって味を調えてるのよ、たぶん。普通にやると美味しい料理になっちゃうから」

「敢えて普通の味を出すために研鑽を重ねる……ですか。それは確かに職人芸としか言いようがありませんね」

 

 残念ながらプレイヤーはログインしておらず、販売しているのはNPCだった。そこまですごい人ならちょっと会ってみたかった。

 この『UEO』には本当にいろいろな人がいるものである。アイドルを続けていけばそういう人たちにもっと会えるだろうか。

 と。

 

「キングが出たぞー!」

 

 プレイヤーの悲鳴が聞こえ、その直後、ずん、と地響きのような音がした。

 

「げ。ざぁこ♡ なプレイヤーさんが呼び出しちゃったみたい」

「エリーゼさん、その悲鳴はアイドルとしてどうかと」

「そういうのは後にしなさい。ちゃんと倒されるならいいけど、そうじゃなかった時のために逃げるか戦うか決めておかないと」

「っていうかあれ大きすぎじゃない!?」

 

 蟹の親玉──キング・クロス・クラブは全長三メートルを超える巨大な蟹だった。ハサミも比例して大きく、殴られたら物凄く痛そうだ。

 実際に殴られた人もいるらしく、さっき蟹をいじめていたプレイヤーは砂浜にばたりと倒れている。

 今は周りにいた他のプレイヤーが応戦中。

 蟹なら横移動しかできないから距離を取って戦えば、と思ったら、キングはハサミで浜をどん! と叩くとその反動で跳躍、まさかのジャンプ移動で前方に突っ込んでいく。

 近づいたところで両手を振るってプレイヤーを薙ぎ払い、反撃が来ると全身に光の膜のようなものを纏って防御。

 

「あれよあれ。硬化している最中はダメージが大幅カットされるの。ボスだけあってHPも多いし面倒くさーい」

「それはわたしたちあんまり役に立ちそうにないなあ……」

 

 とか言っていたらだんだん戦線がこっちに移動してくる。

 

「ミーナちゃん達、早く逃げて!」

「……って言われて本当に逃げたらあたし達感じ悪くない?」

「戦おっか。一応装備は持ってきてるし」

「お姉さま、短剣だけにしておいた方がいいですよ。防具はなるべく軽い方がいいです」

 

 エリーゼがそう言った理由はすぐわかった。砂浜で戦おうとすると砂に足を取られて動きづらい。ひらひらした服を着てステップを踏むのは今のミーナには無理である。むしろ水着のまま静止して、攻撃が来た時に頑張って避ける方がまだマシだ。

 舞踏剣(ダンシング・ナイフ)なら硬化中以外はダメージが通るので、エリーゼと一緒にキングのHPを削っていく。向こうの攻撃が当たると一気にピンチになるものの、春が回復魔法を連発して助けてくれる。

 

「回復量は自慢できませんが、MPの量には自信がありますので」

「ナイスマネージャー! ま、一対一じゃなければなんとかなるでしょ♡」

 

 他のプレイヤーの援護もあり、キングはそれからニ十分ほどかけて討伐された。

 

「ざぁこ♡ ざぁこ♡ 悔しかったら守りながら戦ってみろ♡ マルチタスクもできないのぉ♡」

 

 MVPはエリーゼだったので、彼女にはドロップアイテムの半分以上が入ってきた。その中に含まれていた蟹肉は大量で、せっかくだからと他のプレイヤーも巻き込んで蟹パーティをした。



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【番外編】ピンクの子とか胸でかすぎだろ

 大学生活は高校時代に憧れていたほど華やかなものではなかった。

 授業とレポート、バイトの繰り返し。出会いに憧れてテニスサークルなんぞに入ったところ意外と真面目な団体で普通に汗を流してしまっている。

 自由な時間は多くなったし気楽ではあるのだか、もう少し何か刺激がないものか。

 

「お」

 

 大学一年目の夏が過ぎ、九月も終わりを迎えようとしていたある日。

 ぼんやりと希望を抱きながら構内を歩いていると、学食内に見知った顔が座っているのを見かけた。

 せっかくだし声をかけてみるか。

 軽食を注文し、トレイを手に歩み寄る。友人はなにやら熱心にスマホを眺めている。なんの気なしに覗きこんで、

 

「なんだそれ、なんかのアニメ?」

「うおっ!? いきなり話しかけるなよ、びっくりするだろ!?」

「いや、気配消したつもりもなかったんだが」

 

 集中しすぎなんじゃないのか。

 若干恨みがましい視線を送ってくる友人だが、隣に座られたことには特に文句を言ってこない。なんだかんだ暇していたのだろう。

 

「で、なにそれ?」

「アニメじゃねえよ。『UEO』で活動してるアイドルのページ」

「ああ、お前がやってるあのゲームか」

 

 『Unlimited Experience Online』。

 国産初にして世界初のフルダイブ型MMOを謡う今話題のタイトル。この友人はゲームやアニメ、ラノベの類を好んでいるため、このゲームにもすぐに食いついた。

 かくいうこちらもそんな友人と親しくしているだけあってそういうのは嫌いではないが、そこそこ高性能なPCの他に専用機器+ゲームパッケージで五万近く飛んでいくのはさすがに厳しい。金が無い、という理由から「一緒にやろうぜ」という誘いはパスしていた。

 

「アイドルまでいるのか。っていうかさすがに画像綺麗だな」

「そりゃあな。3D映像っていうよりは実写だし」

 

 三次元的に構築した映像をそのまま流しているのではなく、構築した世界の中から写真を撮っている……とでも言った方がいい仕組み。

 ゲーム自体がハイクラスな映像美を誇っている以上、平面にしてもなかなか悪くない。

 いわゆる不気味の谷というやつも上手く二次元的な表現を加えることで二次元と三次元のいいとこ取りをしている。

 

「しかしお前、高いゲームやってると思ったら今度はアイドルにハマったのかよ」

「馬鹿にするけどな。『UEO』の中でアイドル追っかけるのはなかなか意味があるんだぞ」

「へえ、例えば?」

「毎日のようにライブやってる。そしてそのライブに参加できる」

「ほう」

 

 アイドルと言えばライブである。

 会場に行って生で味わう歌声、会場の一体感は格別だろう。昔、兄がなんとかっていうアイドルユニットにドハマりしていてよく話を聞かされたのでその気持ちはわかる。

 ただ、チケットを取って早起きして足を運べる機会なんてそう多くはない。せいぜいライブ映像を見るくらいで、後はサブスクで曲を聴いたりテレビやラジオに出ているのを追っかけたり、グッズを集めるのがメインだ。

 

「そうか、ゲームの中だから家から出ないでライブに行けるのか」

「そう。回数も多いから見られる可能性も高い。まあ、最近は倍率上がってきて入れない事も多くなってきたけどな……」

 

 それはそれで、元がネットゲームなので配信系は充実している。

 

「配信で見るならリアルのアイドルと変わんなくね?」

「これを見てもそう言えるか?」

「動画? 別にそんなのアニメとかと変わらな──凄いなこれ」

 

 軽口は途中で止まった。

 流されたのは友人お気に入りのアイドル、二人組のユニットによるライブ映像だ。ユニットの所属ギルドが公式的に撮ったものらしく画質やアングル、編集も良い。

 何より驚いたのはその迫力と美しさだ。

 リアルのアイドルは生身の人間だ。可愛くて歌が上手くてダンスも得意で胸が大きい、なんていう子はなかなかいない。その点、ゲーム内のアイドルはステータスによって容姿や声に、スキルによって歌やダンスに補正が加わるため見栄えがする。

 そんなアイドルがアスリートばりのフィジカルでステージ上を巡っている。

 

「だろ? リアルはリアルで良いところがあるけど、これは別物だ」

 

 ユニットは女の子二人組、しかも二人の特徴は正反対と言ってもいい。

 

 一人はピンク色の髪と瞳をした高校生くらいの女の子。

 驚くほどの美少女ながら冷たい印象はなく、むしろ愛らしさを感じる容姿。胸と尻は太って見えないギリギリまで大きく、それでいて腰は細い。

 露出が大きさと裏腹に清楚なデザインの衣装を纏い、両手には装飾付きの短剣。ひらひらした衣装を上手く靡かせながら可愛らしくも優雅に剣舞を披露する。

 

 もう一人は紅の髪と瞳を持つ中学生くらいの女の子。

 顔立ちはややキツめな正統派美人。それでいて全体的に小柄なのでマスコットや妹的な可愛らしさがあり、衣装もそれを引き立てるように体にぴったりとしたレオタード系+フリルやスカートを盛ったキュート感マシマシのそれに仕上がっている。

 こちらは某宇宙時代劇の如く光る剣を振るってみたり、ファンタジーヒロインのように火の球を操りながら歌って踊る。

 

 二人がセンターを入れ替えたり、左右に分かれたりしながら大きく歌声を響かせる様には「リアルでやったらいくらかかるんだよこれ」という感想を抱かざるをえない。

 

「確かにこれは別物だわ。ピンクの子とか胸でかすぎだろ」

 

 リアルならグラビア系とか声優とかに行くはずだ。

 その巨乳がダンスに応じてこれでもかと揺れる。それでいて本人が楽しそうな笑顔なのがいい。

 運動のせいか頬は紅潮しているものの、下手に男へ媚びるような曲調にしたり不自然な腰振りを入れたり目配せを多用したりしていないのでいたって健全。エロ目的でなくとも普通に楽しめる……というか、普通に楽しんでいるうちにその魅力に惹き込まれる。

 すると友人は得意そうに胸を張った。

 

「だろう? やっぱりミーナだよな」

「なんでお前が威張るんだよ。……まあ、この子っていかにもオタクが好きそうだもんな」

「お前だって褒めただろうが」

「褒めたけど、俺はどっちかというとこっちの子の方が好きだ」

 

 ピンクの方ミーナは明らかにリア充だ。彼氏くらい普通にいるだろうし、何股もかけている清楚ビッチだとしても驚かない。あざと可愛すぎて自分と恋人になる妄想もできない。

 その点、紅い方、エリーゼというらしい少女はミーナに比べると攻撃的な感じがあったり背が低くて貧乳だったりとわかりやすいギャップポイントがあるのが良い。

 そこも女の子的な可愛さに繋がっているので一概に低スペックとは言えないものの、エリーゼから罵倒されたり犬として飼われたりするイメージならミーナと付き合うイメージよりも簡単に湧く。

 

「単にお前がロリコンなだけだろ。いかにもオタクが好きそうだよな、小っちゃくて可愛くて、適度に毒舌なキャラ」

「なんだと」

「なんだよ」

 

 ジト目で言ってきた友人とにらみ合い、そこから五分くらいかけて互いの好みについて力説しあってから、

 

「止めよう」

「そうだな。不毛だ」

 

 ため息をついて話を切り上げた。

 その上で彼に言える事は一つだけである。

 

「とりあえずその子達のSNSアカウントを教えろ」

「ハマったな」

「うるさい。これからハマるんだよ」

 

 ゲーム外のページ──SNSの投稿などならゲームをプレイしていなくても楽しめる。それを眺めているだけでもしばらくは娯楽に困らなさそうだ。

 

「ついでに『UEO』もプレイしようぜ」

「いや、アイドル追っかけるためだけに五万は高いって……」

「高いか? ゲームの中でレポート書けば時間を有効に使えるぞ」

「その手があったか」

 

 時間倍率だけなら他のフルダイブ作品でもいいと言えばいい。実際彼もフルダイブ系のコミュニケーションゲームに登録しようか迷っていたが、こちらは月額制である。『UEO』は機器とパッケージを揃えてしまえば能動的に課金しない限り無料で遊べるので長期的に見ればコスパは良い。

 

「……バイト代の使い道をちょっと考えてみるか。気になってはいたしな」

「やるなら早い方がいいぞ。プレイしてない間にレベル上げる手段もある」

 

 キャラ作成時に「プレイ開始してからの時間経過で経験値を得る」設定をすればいいそうだ。

 何を隠そう、この方法を広めたのがアイドルの一人エリーゼ・マイセルフらしい。

 そして、βテスト時代からレベルランキング一位をひた走り続けていたそのエリーゼをガチバトルで下したのが初心者から急成長してきたもう一人、ミーナなのだとか。

 なんでアイドルがガチバトルでトップ争いをしているのか。

 

「え、この二人ってただのプレイヤーだよな? 運営の回し者じゃないよな?」

「……少なくとも理論的にありえない成長とかはしてないぞ。最近は運営の公式アカウントがいいね付けてるけど」

「ほとんど公認じゃねえか。だったらすぐ消えるって事はないか……」

 

 金を使う価値が少し上がった。話をしたついでにwikiを検索して戦闘システムなんかを確認してみる。

 

「ひらひら避けるのは疲れそうだよな……。やるなら槍かな。STRそこそこ上げて鎧着こんで後は防御力に回せば棒立ちでもそこそこ戦えるだろ」

 

 ゲームは好きなのでだいたいのイメージはできる。ぶつぶつ呟きながらキャラ設計をしていたら友人にぽん、と肩を叩かれた。

 

「ようこそ」

「わかったよ、やるよ! やればいいんだろ!?」

 

 いい笑顔で歓迎された。まんまと乗せられた自分も自分だが、これが五万の出費が確定である。

 

「こうなったらライブも行って元を取ってやるからな」

「おう。高速レベルアップには課金アイテムがおススメだぞ」

「これ以上金を使ったら財布が死ぬだろうが」

 

 しかし、彼がゲームを始めて一週間も経たないうちに公式からミーナとエリーゼのユニットが公式アイドルになることが発表された。

 同時に「一定時間獲得経験値アップ」などの消費アイテムが特別イラスト版で登場。通常の物よりも割高だが、購入すると専用チケットが付いてくる。このチケットを一定数集めるとファングッズと交換できるという。

 登録したその日に友人と一緒にライブを見に行き沼に嵌まっていた彼は友人を恨むと共に心から感謝した。

 

「……ライブでスパチャしてもチケットは付いてくるんだな」

 

 次の月からバイト代がかなりの割合で消えていくことになったのは言うまでもない。



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【番外編】少し、自信が湧いてきました

 ギルド『Aphrodite』の服飾担当、リリの朝は早い。

 

「──さん、調子はどうですか?」

 

 病室のドアが控えめにノックされ、看護師さんが顔を出すのが始まりの合図だ。

 起こされるのはなんとなく気まずいので、それまでには起きるようにしている。個室に付いている洗面所で顔を洗い、軽く髪を整えて、外の景色を眺めながら待つのが日課だ。

 栄養面に配慮された三度の食事は母の手料理よりも慣れ親しんだ味だ。母によると「昔の病院食は美味しくなかった」そうなのだが、リリの知っている食事はその母がびっくりするくらいには美味しい。

 

「最近は調子が良さそうね」

 

 看護師さんたちともすっかり顔見知り。

 優しく声をかけてくれる人も多く、おかげで気が休まる。

 

「はい。ゲームのお友達のお陰です」

「あのゲームね。目も悪くならないし、中で色んなことができるし、本当に会っているみたいにお話できるんでしょう? すごいなあ。機械がもっと安かったら病院でも取り入れて欲しいくらい」

「そうですね」

 

 微笑んで頷く。

 こんな風に笑顔を浮かべられるようになったのは看護師さんたちの優しさと、それから友人たちのお陰だ。

 ミーナたちと会ってからは毎日が楽しい。

 

「でも、ほどほどにね? 食事や検診の時間は忘れないように」

「……気をつけます」

 

 自然と頬が朱に染まった。

 一度、楽しすぎて時間を忘れてしまったことがあった。ヘッドギアの外部ボタンが押されるとゲーム画面にログアウトを促す表示が出るのだが、気づかないうちにそれを無視してしまったのだ。さすがにそれは良くないと反省している。

 看護師さんもそこまで口うるさく言うつもりはないらしく、手早く仕事を終えると「またね」と部屋を出て行った。

 

「ふう……」

 

 朝食が終わったらさっそく暇な時間だ。

 適度な運動も必要だと言われるのでために散歩に出たりもするが、最近はついついヘッドギアとノートPCに手が伸びてしまう。

 暇を持て余しているリリを見た両親が買い与えてくれたものだ。結果、他のフルダイブゲームをいくつか経由して『UEO』に落ち着いた。よほどのことがない限り今のゲームから他に移ることは考えていない。

 

「ダイブ・スタート」

 

 ベッドに横になった状態でヘッドギアを被りゲームを起動。

 リリの意識はすぐに『UEO』内へと移動し、慣れ親しんだ「もう一人の自分」の身体とギルドハウスの工房が視界に入った。

 服飾職人「リリ」は白い髪と赤い瞳を持つ小柄な少女だ。

 リアルで言うアルビノの特徴を持っているものの、特に日光に弱かったりはしない。ただ、人の目はあまり好きではないのでギルドハウス内以外では基本的にフードとマントを着用している。だから余計に間違えられるというのもあるのだが。

 

「誰もいない……」

 

 今日は平日。仲間たちはまだ誰もログインしていなかった。

 夏休み中はミーナが「ご飯食べ終わったからさっそく来ちゃった」と顔を出したりしたものの、リアルでも元気で友達の多い彼女はそうそう学校を休まない。春は社会人なのでログインしてばかりもいられないし、他の面々にもそれぞれの都合がある。

 だから、この時間のギルドハウスは基本的に静かだ。

 物販スペースの方は時間に関係なく人が訪れグッズが売れたりするものの、向こうの物音がこちらに伝わることはない。この辺りはリアルと明確に違ういい点だ。お陰で余計なことに煩わされず集中できる。

 

「今のうちに勉強しちゃおう」

 

 リビングに移動し、お茶を淹れて(スキルが低いので味は期待できないが飲めなくはない)学習アプリを立ち上げる。

 今の時代、学校に行かなくても勉強はできる。

 中学校までは義務教育だし、高校だって集団生活を学ぶ意味で行くに越したことはない。一応、リリもとある高校の二年生に籍を置いているものの、身体が弱く病気がちなせいであまり通えていない。それでも進級できたのは試験の成績が重視される評価方針だからだ。

 そういえば、前に高二だと打ち明けるとミーナにとても驚かれた。

 

『ええっ、わたし高校一年生だよ……!? い、今までごめんなさい、リリちゃん──じゃない、リリさん?』

 

 お互いに物凄く落ち着かなかったので今まで通り「ミーナさん」「リリちゃん」で呼び合うことにした。リアルで年下でもミーナはリリにとって良いお姉さんである。

 彼女と初めて会った時のことを思うと今でも楽しくなってしまう。

 リリも相当怪しかったし、ミーナも怪しかった。そんな二人が奇跡的に出会って仲良くなって、こうして同じギルドにいるのだから不思議なものだ。

 

「私、とても感謝しているんですよ、ミーナさん」

「なに恥ずかしい独り言言っているのよ」

「……ら、ラファエラさん、いつから……!?」

 

 誰もいないと思っていたらぼさぼさの金髪に眼鏡がトレードマークの画家、ラファエラが半眼になってこちらを見ていた。

 彼女はどこか面白がるような表情を浮かべると「ついさっきよ」と答えた。

 

「相変わらず早いわね、あんた」

「ラファエラさんも十分早いと思いますけど……。今日は講義はないんですか?」

「今日は午後から。だからちょっとログインしとこうかなって」

 

 リリがログインしてから二時間──リアルで一時間ちょっとが過ぎている。そこそこ勉強できたのでアプリを閉じてラファエラに向き直った。

 彼女は現在大学一年生らしい。

 芸術大学、あるいは専門学校に通っているのかと思いきや「だったらこんなにログインできてないでしょ」とのこと。確かに、芸術系の学校というとリアルの作品提出に追われて忙しそうである。毎日何時間もログインしてヌードばっかり描いてはいられない。

 さすがのミーナも学校の課題に使われたら慌てるはずだ。たぶん。きっと。いや、どうだろう。意外と喜ぶ気もしてきた。

 

「ラファエラさんはどう思いますか?」

「あの子は喜ぶんじゃない? むしろあたしがラファエラだってバレる方が嫌」

「……それもそうですね」

 

 リリだってリアルと結びつけられたら困る。

 いや、どうだろう。あまり困らないかもしれない。なにしろリアルでもこっちでも目立たない存在だ。バレても「ふーん」で終わるのではないだろうか。

 やっぱり大人しくしているのはいいことである。

 

「リリは進学どうするの? まあ、身体の方が問題だろうけど……」

「最近は落ち着いてきているので、できれば服飾系の専門学校に行きたいです」

 

 ギルド内で最もログイン時間が長いのがリリ、次がラファエラだ。そのため二人で話す機会も多く、ラファエラだけはリリがリアルで入院していることを知っている。

 そのラファエラも他のメンバーには何も言わないし、ミーナや春もある程度察していて何も言わないでくれている節がある。このギルドにいるのはみんないい人たちだ。エリーゼはたまに凶暴なのでちょっと怖いが。

 ラファエラはリリの返答に「そう」と曖昧な笑みを浮かべた。

 

「リリは凄いわね」

「……私なんかじゃ上手くいかないかもしれませんけど……」

「そういう意味じゃないわ。あたしはリアルで画家になろうとは思わないから」

 

 遠い目をするラファエラ。

 彼女もあまり自分のことを語りたがらないタイプだが、リリは前に少しだけ聞いたことがある。父親が日本画、母親がCGデザイナーで姉はイラストレーターという芸術一家にあって一人だけ勝負することから逃げた臆病者だ、と、少女は自らを卑下していた。

 

「ラファエラさんの絵、私は好きです」

「ありがとう。でも、こっちでの絵はスキル補正があるもの。リアルで同じ絵は描けないし、上手いだけの絵師なんてごろごろいるのよ」

「そうですよね。……私も、リアルで服を作る機会はほとんどありませんから」

 

 病室のテーブルにミシンを載せて布を広げるわけにもいかない。スペースとか体力の問題もあるが、細かい繊維が舞ったりして身体にもあまり良くないだろう。

 するとラファエラは肩を竦めて、

 

「いいじゃない。専門学校で一通り学んだら後はデザイン専門でも。それならデジタルで完結できるし」

「ラファエラさん」

「服のデザインは上手い下手とは別の技術でしょ。リリの服、あたしは好きよ」

 

 逆に褒められてしまった。

 もちろん、リリの作る服にもスキル補正が加わっている。ただ、作成前のデザイン画は紛れもなくリリ自身の作品だ。

 リリにはラファエラのようにしっかりとした絵の技術はない。

 それでも、完成形を想像しながら見栄えのする服を考える能力なら……?

 

「……少し、自信が湧いてきました」

「良い事じゃない。っていうか、ミーナがあれだけ楽しそうにしてるんだからもうちょっとあんたは自信持ちなさいよ」

「そうですね。……そうかもしれません」

 

 ミーナはリリの作った服をいつも喜んで着てくれる。

 彼女がいなければ専門学校に行こう、なんて本気で考えることはなかっただろう。

 

「私達がこうしていられるのはミーナさんのお陰なんですよね」

「まあね。恥ずかしいから本人には言わないけど」

 

 二人は顔を見合わせて笑いあった。

 

「で、リリ。せっかくだしモデルにならない?」

「恥ずかしいから嫌です」

「何よ。あんただってレベル上がって前より可愛くなってるのよ?」

「それを言うならラファエラさんだって」

 

 魅力特化のミーナにはもちろん及ばないが、リリもラファエラも「最底辺の顔はちょっとなあ……」という理由から魅力にちょっとだけ多めに振っている。

 ミーナの高速レベリングの恩恵(余波?)を受けて彼女たちも地味に成長しているため、気づけばそこそこのステータスはあったりする。

 それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。

 生まれ持った性格というのはそう簡単には変わらない。

 

「リリはどうして服を作りたいって思ったの? あたしは物心ついた時にはもう絵を描くのが当たり前だったけど」

 

 なんだか今日は二人とも話したい気分らしい。

 

「大したことじゃありません。……自分じゃなかなか着られないから、じゃあ作る方ならって思っただけで」

 

 小さい頃からリリは病気がちだった。

 入院することも多く、両親を心配させる日々。それでも両親はリリが退院する度にお祝いしてくれた。可愛い服を着てお出かけして、美味しいものを食べさせてくれた。

 だから、リリにとって「可愛い服」というのはとても特別なものだった。

 もっと着たいけれど、病院や部屋で寝ている時はどうしてもパジャマになってしまう。比較的体調がいい日でも保温性等を優先して身体を大事にしないといけないので、本当にたまにしか着られなかった。

 なら、作る方なら?

 可愛い服を着られる人に着てもらって、それを見せてもらえばいい。そんな単純な発想だったと思う。

 母親に無理を言って裁縫の真似事をさせてもらって、ハラハラする母をよそに少しだけ挑戦して──すぐに挫折した。針の穴に糸を通すのも布を真っすぐ縫っていくのも集中力を使う作業。体力のないリリには負担だったのだ。

 

 そんなリリにとって、『UEO』は画期的な場所だった。

 

 ここならリアルの体力は関係ない。ベッドに寝たままデザイン画を描くことも服を作ることもできる。初めてログインしてから今までとにかく服を作ることばかり考えてきた。

 モンスターを倒すとかどうでも良かったし、人付き合いは大の苦手なので、人のいない隅っこでこっそり作業しては材料を買いに行く日々。できた作品は販売代行のNPCに預けて材料費+α程度のお金をもらう。

 それでも十分に楽しかったけれど、今は心の底から楽しいと言える。

 

「まだまだ作りたい衣装があるんです。ミーナさん、着てくれるでしょうか?」

「着るに決まってるでしょ。あの子、たまーに一人でえんえんとファッションショーしてたりするし。今はエリーゼもいるから他のタイプの服も作れるじゃない」

「そうですね」

 

 みんながリリを頼りにしてくれている。

 こんな喜びは味わったことがない。それに応えたいと思うし、何よりリリ自身が作りたい。

 

「あの子達が有名になったらリアルイベントでコスプレイヤーが着たりするかもよ」

「さすがにそれは高望みしすぎです……」

 

 ラファエラと冗談を言っていたら数日後、春から「ファングッズとしてレプリカ衣装を販売するのでデザイン料をお支払いしたいのですが……」ととんでもないことを言われ、思わず腰を抜かしそうになった。

 ミーナたちといると楽しいが、たまに少々心臓に悪い。



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R18指定で済むかしら?

趣味回です。


 ぐるる。

 若干トラウマになっている唸り声が草原に響く。

 反射的にぴくんと身を震わせた後、ミーナはそちらを素早く振り返った。

 

「来た、狼さん……!」

 

 いい体格をした一匹の飢狼。

 威嚇するようにこちらを睨みつける彼(?)を前に舞踏剣を握り直し、ステップを開始。

 戦舞踏スキルが発動してステータスに補正がかかる。

 

「今日は逃げないよ。かかってきなさい!」

 

 狼さんが若干意外そうな顔をした──というのはミーナの妄想かもしれないが。

 直後、彼は勢いよく飛びかかってきた。以前はどうすることもできずに押し倒されて噛み噛みされた。それからは幾度となく逃げ回ってきた相手。

 けれど。

 今はその動きを目で追える。成長した運動能力を使い余裕をもってかわし、短剣を閃かせる。

 さくっさくっ、さくっ……ぎゃおーん! ばたり。

 

「え。あれ……?」

 

 三発であっさり倒れた。

 入ってくるドロップアイテムを見てミーナは呆然としてしまう。

 自分がどのくらい強くなったのか試すためにデスペナ覚悟で挑んだというのに、ノーダメージで完勝してしまった。

 魔法ダメージを与えるうえに深く切り裂けるエリーゼの剣と違い、さすがに一撃とはいかなかったが。

 

「わたし、強くなったんだ……!」

 

 目をきらきらさせたミーナはギルドハウスに帰ってみんなに報告した。

 

「あのミーナがアレを一人でね……思えば遠くに来ちゃったわ」

「ミーナさん、毛皮はドロップしましたか……!?」

「さすがお姉さま♡ 今度エリーちゃんと狩りに行きましょうね♡」

「残念だけどドロップはあんまり良くなかったよ。でも、そろそろわたしも狩りで役に立てるんじゃないかな?」

 

 これだけ強くなれば前衛として頑張れる気がする。敵の注意を惹きつけながら避け続けるタイプを避け壁というんだったか。

 すると元親衛隊の面々や春が微妙な顔をして、

 

「ミーナさんは火力担当で良いかと」

「一度ミスをしただけで倒れてしまうのは癒し手としても不安すぎます」

「わたし、そんな扱い!?」

 

 全ては戦舞踏が特殊過ぎるのがいけない。

 防具が軽くないと動きが鈍るし、両手に武器を持つので盾も持てない。魅力特化なぶん、舞踏剣を持てば攻撃力だけは出るものの集団戦には相変わらず向いていない。

 耐久力にはポイントを振っていないのでHPも低い。

 普通の狩りでバリアジュエルに頼っていたら当然ながら赤字である。

 リリがこれに「うーん」と声を上げて、

 

「……武器を変えてみるのはどうでしょう。防御に向いた武器がたしかあったはずです」

「ああ。シールド・バトンとかバトル・ファンとかね」

 

 それぞれ「持ち手付きの小さな盾(兼鈍器)」と「戦闘用の丈夫な鉄扇」らしい。

 調べてみるとこれはこれで格好いい。扇なんか見た目からして踊っている感が満載だ。

 

「ちょっと面白そう。でも、また練習し直しなんだよね?」

「武器のスキルは鍛え直しですが、戦舞踏スキルは流用できますから完全に一から……ということにはならないかと」

「お姉さま、武器を買うなら早い方がいいですよ」

「え? どうして、エリーちゃん?」

「あんたの影響で戦舞踏練習する奴が増えてるからよ」

 

 そのため、踊りながら振るえる武器が価格高騰し始めている。もちろんNPCが販売している一般武器なら定価で買えるが、強い武器が欲しいならレアアイテムやプレイヤーメイドが必須だ。

 スペックとしては一線級の装備と言っていい舞踏剣をミーナたちが手に入れられたのは「人気がないから」という一点も大きく影響していた。

 だというのに、一躍注目のスキル・装備に。

 

「まあ、ほとんどの人はすぐに諦めて投げ出しちゃうみたいですけどぉ」

「リアルでもギターや登山道具等を死蔵している方は多いでしょうね……」

 

 せっかく買ったのに使わないなんてもったいない。

 とはいえゲーム内なら中古とかあまり関係なく売れるのでまだマシだ。ただ、頻繁に売り買いがあるので値が安定していないのだとか。

 まさかそんなことになっているとは思わなかったミーナは「うーん」と悩んだ。

 

「じゃあ、とりあえず普通に買えるやつで練習してみようかな」

 

 

 

 

 

 というわけで店売り最強の品を買ってきてみた。

 絵やリリ製グッズの売り上げ、ライブを見た人からの寄付は材料費を差し引いた後、メンバー(+ギルド金庫)で山分けしている。前よりは収入が増えたのでこれくらいの出費なら大丈夫だ。

 専用のレッスン室を使えば周りにも迷惑がかからない。

 指導役の春と「せっかくだから」と見に来たラファエラ、リリ、エリーゼの見守る中、まずはバトンを手にしてみて、

 

「わっ、やっぱり違うね」

 

 短剣は直線的なフォルムだが、バトンは腕に沿うような形をしている。照明を反射する刃も存在しないので魅せ方は自然と変わってくる。

 戦闘に用いるとなったら猶更だ。踊りながら刃を滑らせるように運用していたのと同じ要領ではダメージにならない。意識的に敵へ叩きつける必要があるだろう。

 

「でも、刃物より気は楽かも」

 

 どんな武器でも相手のHPが減るだけ、とわかっていてもなんとなく怖いものである。

 エリーゼとの決闘とか正直申し訳ない気持ちも強かった。

 

「盾の役割も持っている武器ですので防御力も多少上がります」

「ガードすれば魔法攻撃も少しはマシになりますよ、お姉さま」

「あ、それいい」

 

 いざという時に「避ける」以外に「ガードする」選択が増えるのは大きい。短剣だと相手の武器に上手く当てて逸らさないといけないのでかなり難しいのだ。

 

「ミーナ。その武器を使ってる時は蹴り技って選択肢もあるみたいだよ」

「え、これで殴るんじゃないの?」

「主に盾として用いつつ、攻撃の選択肢を増やして相手を翻弄するスタイルらしいです……」

 

 おすすめは後ろ回し蹴りらしい。蹴る時に一度後ろを見せるのでフェイント効果が高いのだとか。

 踊りながら蹴りを入れてさらに踊り続けるのはなかなか難易度が高そうだが、

 

「合法的に下着見せられるってこと……!?♡」

「普通はスカート穿かないかインナーを重ね穿きすんのよ」

「そんなの損した気分だよ! ……あ、でもショートパンツっていうのはアリかも?」

「お姉さまの生足……♡ しかも蹴られるなんて羨ましいです」

 

 バトル・ファンの方はまた特殊な使い心地だ。

 金属製の扇は広げた状態だと先端が刃物のように機能する。短剣ほどの威力は出ないにせよ鎧を着けていない部分などを狙えばそれなりのダメージが期待できそうだ。

 閉じた状態だと力が入りやすくなり丈夫さも増すので防御に向いている。

 扇という形状も踊り向きだ。アイドル的なダンスではなく日舞などの「舞い」に近い動きとは特に相性がいい。閉じたり開いたりすることで魅せ方の種類も多く、ステージの上ではかなり有効なアイテムかもしれない。

 問題は、

 

「これ、踊りながら開いたり閉じたりするのすっごく大変」

「テンポの速いダンスにはあまり向かないかもしれませんね。ですが、緩やかな舞いもまた良いものですよ」

「春さん、日本舞踊もできたりしますか?」

「齧った程度ですが、基礎の基礎程度であればお教えできるかと」

「じゃあ、是非お願いしますっ」

 

 これも暇を見て練習してみることにした。メインは短剣でいいとして、小道具の種類が多くなればダンスのレパートリーが広がる。

 

「アイドルもいいけど、芸者さんとかもちょっと憧れるよね」

「わからなくはないけど、あんたが金持ちのおっさんを接待するとか洒落にならないから気を付けなさいよ」

「お姉さまをいやらしい目で見るおじさんには天罰が下ればいいと思います!」

 

 ラファエラもエリーゼも芸者さんをなんだと思っているのか。まあ、しっかりお化粧をして着物で着飾った女性たちはいかにも「大人」っていう感じがしてえっちだとはミーナも思うのだけれど。みんな誇りをもってやっている立派な職業である。

 それに、そういうことを言うならアイドルだって……以下略。

 

「日舞かあ。初心者向けの教室とかないかなあ」

「リアルで習いに行くのはなかなかハードルが高いかもしれませんね。よろしければ伝手を使って紹介いたしましょうか?」

「本当ですか? うう、ちょっと悩んじゃうかも」

 

 日舞の話をしていたら着物もいいなあと思い始めた。

 

「リリちゃん。こっちでも着物って作れるの?」

「デザイン自体は可能です。生地や色味は選ばないといけませんし、和裁は私も勉強不足ですが……。着物風ドレスとかなら比較的簡単に作れるかと」

「良いですね。そういった衣装があると和風の曲とも合わせやすくなります」

「あ、エリーちゃんも和風ミニスカとか着てみたい! あれ可愛いよねっ」

「ミーナが着物はだけた姿とか描いてみたいわね。……R18指定で済むかしら?」

 

 いったん考え始めるとアイデアはさらにいろいろ湧いてくる。

 踊りながら使える武器というと他にもある。しゃらしゃら鳴る飾りを付けたリング状や打楽器状の鈍器なんてステージの上でも映えるし、熟練が必要ではあるものの鞭なんかも優秀だ。

 

「鞭かあ。それだと衣装は何になるんだろう。アラビア風とか? それともボンデージ?」

「ボンデージは止めなさい。完全に趣旨変わっちゃうでしょ」

「ミーナさん。鞭のデザインをリボンにすることもできますよ」

 

 ひらひらと翻りながら敵を襲うリボン。可愛い上に格好いい。

 

「それも使ってみたいなあ。リリちゃん、武器も作れるようになったりしない?」

「……できたらいいなとは思いますが、時間がいくらあっても足りません」

 

 やっぱりギルド専属の職人を増やすべきだろうか。武器職人とか料理人なんかはいてくれるととても助かる。

 

「グッズとしてお菓子などを販売できると幅が広がりますね。……やはり、ライブハウスと言えばワンドリンク制ですし」

「マネージャー、そういうところに凝るの好きだよねー。エリーちゃんも美味しいお菓子が食べられるならだいかんげーだけど」

 

 ちなみに現在ギルドで最も料理スキルが高いのは元親衛隊の一人である。ただ、基本的に狩り用のキャラクターなので本職とは言えない。それでもときどきメンバーに料理やお菓子を振る舞って楽しませてくれている。

 

「職人じゃないけど楽器使えたり作曲できる奴も欲しくない? さすがに春もそっちは本職じゃないでしょう?」

「そうですね……。アイドル時代は作詞をさせられたりしましたが、忙しい中、合間を縫って勉強したので……今の自分が見て百点を付けられる出来ではありませんでした」

 

 公式アイドル化の発表は間近に迫っている。公式化して以降は会社側が楽曲を提供してくれたりするらしいので、いなければいないでもいいのだが、どうせなら仲間に欲しいという思いもある。

 

「だいだいてきにメンバー募集とかしてみるー?」

「……その、それはちょっと怖いです……」

「別に無理して募集しなくていいんじゃない? これだけ有名になれば向こうの方から募集してくるでしょ」

 

 実際、その後ラファエラの言う通りになったのだが、それはまた別の話。



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街中で『装備全解除』ボタンを押すとすごく楽しいんじゃない?

小ネタ集にしようと思ったら意外と長くなったので前後編です


【合法的に裸になる方法】

 

 

「わたし、すごいことを発見しちゃったかも」

 

 ギルドハウスのリビング。

 わくわくしながらみんなに告げると、何人かがちらりと視線を向けて──黙って自分の作業に戻った。

 反応してくれたのは最年少の少女一人。

 

「どんなことですか、お姉さま?」

「エリーゼちゃんは本当にいい子だなあ」

「えへへ……♡」

 

 それを見たラファエラが眉をひそめて、

 

「放っておきなさい、エリーゼ。どうせまた変なこと考えただけよ」

「はっ。あんたはお姉さまに冷たすぎるのよ」

 

 エリーゼはミーナに甘く、ミーナはエリーゼに甘い。

 ミーナが甘やかすので少女が調子に乗ってしまう部分もあるのだが、愛されているお陰でエリーゼが天真爛漫なヒロインでいられるのも事実。

 なかなかに特殊なバランスで成り立っている二人である。

 また、ミーナの趣味が言って直るようなものではないことをみんな知っているので、

 

「それで、ミーナさん。どうしたんですか……?」

 

 ようやく集まった注目にミーナは「えへへ、えっとね……♡」ともったいつけてから、

 

「街中で『装備全解除』ボタンを押すとすごく楽しいんじゃない?」

「そのボタンは今押しなさいよ」

「ミーナさん。脱衣は一枚ずつするべきだと思います……」

「お姉さま。裸ならエリーがいくらでも見ますから!」

「……あれ?」

 

 思ったよりもウケが悪い。

 

「みんなの見てる前で自然に裸になれるんだよ? 事故を装っておけば変に思われないだろうし」

「どこが自然なのよ。ちゃんと『全ての装備を解除してよろしいですか?』って確認が出るでしょうが」

「つい癖で、って言えばみんな納得するよ」

「……癖になるほど全解除ボタンを押しているのはミーナさんくらいじゃないでしょうか?」

 

 普通のプレイヤーはなかなか使わない。せいぜい装備を一式買い替えた時くらいだ。むしろ、オプション設定でボタンの表示自体を消すこともできるし、多くのプレイヤーがその設定を行っている。

 ただ、ミーナはラファエラのモデルになる時とかによく使う。

 

「そもそも、人の多い場所では全裸にならない設定では?」

 

 春が首を傾げた。

 装備には下着も含まれるため、間違って押してしまうと大変なことになる。さすがに公序良俗に反するためプライベートな場所以外では下着だけ残る。

 残念ながら「一瞬にして全裸」は実現できない。

 しかしミーナはぐっと拳を握って、

 

「そこはあれだよ。装備のプリセットだっけ? あの機能と一緒に使うの」

 

 あらかじめ設定した装備の組み合わせに一瞬で着替えられる機能だ。

 この機能を使っても衆目で即全裸にはなれないが──街中であっても「下着姿の状態で」脱衣しようとした場合は有効である。

 つまり、装備全解除ボタンを押してからプリセットボタンを押すことで全裸は可能なのだ。

 

「間違えて下着になっちゃったから慌てて戻そうとしたら、さらに間違って空の設定を読み込んじゃった──で、いけるんじゃないかなっ?」

「それは確かにありえなくもない状況だけど」

「お姉さま。そこまでして人前で全裸になりたいんですか……?」

 

 ラファエラは「情熱の使い方間違ってるでしょ絶対」とドン引き。エリーゼの方は「やっぱり男じゃないと。今からでもキャラを作り直すべき……?」と悩み始めた。

 とりあえず妹分の少女は「エリーゼちゃんはそのままが一番いいよ!」と抱きしめてあげた。

 

「一回なら事故でセーフだよ。ライブの最中なら何回も着替えるから余計に事故っぽいし」

 

 プリセット機能は衣装チェンジにももってこいだ。

 リアルなら必ず発生する着替えの時間をほぼ完全に省くことができるためお客さんを飽きさせない。こっちならお客さんのトイレ休憩もいらない。

 

「確かに、一度だけなら疑われることもないでしょうが……」

「……確実に伝説の回ですね」

 

 ライブ映像のアーカイブもその回だけ配信されないか、修正の上で流すことになるだろう。

 春は真面目な顔でしばらく考えた後、

 

「実行するのであれば早いうちにお願いします。公式化した後ですといろいろと問題が生じるかもしれませんので」

「じゃあ今日さっそくやりますねっ♡」

「アグレッシブすぎでしょ!? 春も煽ってないで止めなさい!」

 

 けっこう本気で止められたのでしぶしぶ諦めることになった。

 

「……うう。絶対楽しいのに」

「元気出してくださいお姉さま。……あ、そうだ。前に魔法少女の変身シーンが作れるよって教えてもらったことがあるんです。それならどうですか?」

「変身シーンって、光に包まれながら裸になるやつ?」

「ミーナ、言い方」

 

 装備解除→装備の流れをマクロ化することによって高速かつ自動的に変身を完了させる、という無駄にハイテクな技術だった。

 発光エフェクトも加えてやれば周囲から見えづらくなるため煽情的かつ演出の範囲内に収めることができる。

 

「ありがとう、エリーゼちゃん。大好きっ」

「大好き……♡ お姉さまからの大好き……っ♡」

 

 そういうことなら、とOKが出たので正式に演出として取り入れられ、新曲披露と共にレパートリーに加えられることになった。

 

 

 

【PCスペックがもう限界】

 

 

「みんなー、今日も来てくれてありがとー♡ ちょっと狩りサボったぐらいじゃ、ざぁこ♡ なのは変わらないんだから、これからもどんどん応援してね♡」

「みなさんが応援してくださっているお陰でわたしたちも楽しくアイドルができてますっ♡ 今日も頑張りますので楽しんでいってくださいねっ♡」

 

 ギルド『Aphrodite』のライブハウスは連日大盛況である。

 人気が大爆発してしまい、入れないお客さんがかなり出始めてしまったので、拡張工事の費用ということでチケット制を導入した。

 時間に応じて自動消滅するアイテムを発行し、それを持っていないと会場へ入れないようにしたのだ。

 多少お客さんは減ったものの、ゲーム内通貨での販売でありファングッズに比べると安いことから飛ぶように売れてギルドの予算は大幅UP、目的としていたライブハウスの拡張に加え、物販スペース(こっちはチケットがなくても入れる)の拡張および販売NPCの増員も行うことができた。

 ゆくゆくはバックダンサー用のNPCを購入して育成できれば、とはプロデューサー・春の談である。それが実現するのがいつになるかはともかく──。

 みんなの応援と裏方のサポートによってライブ自体も気合いの入ったものになる一方だ。

 

 曲が始まるとスポットライトが切り替わる。

 ミーナとエリーゼはそれぞれ短剣と光の剣を取り出してステップを踏み始める。演奏に合わせて靴音が響き、性質の違う剣が閃く。ミーナの短剣は照明をきらきらと反射し、エリーゼの剣はそれ自体が光を放つ。

 動きに合わせてスカートが揺れ、腕や足に身に着けた金属製の飾りがしゃんしゃんと音を立てる。

 レパートリーはみんなで相談しながらだんだんと増え、今となっては普通のライブと同じくらいの時間をもたせられるくらいになった。

 振付がごっちゃになりそうな時はゲーム内ならでは、ガイドを視界にAR表示する機能が助けてくれる。

 二人のパフォーマンスを見ながらお客さんたちはペンライトを振る。これは『Aphrodite』公式グッズではなく、有志の職人プレイヤーが作っているものだ。分類的には武器だが攻撃力はゼロに等しく、ただ綺麗に光るだけの棒である。

(服飾職人には作れない代物なのでリリが羨ましがっていた)

 

 曲によって、あるいはパートによってセンターは入れ替わる。時には二人が左右に分かれセンターを空けることもある。

 エリーゼは弱めかつ派手な魔法を演出に用いたりもする。

 わりと本気で狙ってくるそれをミーナは踊りながら避けて歌声を響かせる。本当に戦っているような──というレベルに達するにはエリーゼの習熟が足りず、もし足りたら足りたでミーナのステータスが足りなくなりそうなので難しいけれど。

 

 今日はお客さんの入りも熱気も今までで一番かもしれない。

 視られれば視られるほど乗ってくるのがミーナ。日に日に高まっていくスキル熟練度によって動きが補正され、激しく動いても足がもつれることはない。

 興奮から自然と笑顔になり、ちょっと下着が気になり始めながらキレのある剣舞を披露。

 ミーナとエリーゼが攻撃しあうように交わるシーンに移り、

 

「あれ?」

「へ?」

 

 急に身体が動かなくなった。ミーナはその場でぐらりと身体を傾け、エリーゼは予定していた動きを止められずに光剣をそのまま振り下ろす。

 じゅっ。

 ギリギリで当たらないはずだった光はミーナの左肩から胴体をすぱっと切り裂き、派手なエフェクトをあたりに撒き散らした。

 客席から上がる悲鳴。

 PK禁止設定のためダメージが入ることはなかったものの、その時のことをミーナは後にこう語った。

 

「あれは怖かったなあ。実戦だったらわたし死んでたよ……」

 

 

 

 

 

 というわけで。

 

「たぶんマシンの処理落ちね」

「しょりおち?」

「……人が多かったり動きが激しいとパソコンもそれだけ頑張らないといけないんです。なので性能によっては突然休憩を始めてしまうんです」

「なるほど」

 

 ラファエラの発言に首を傾げたミーナは、リリの説明を聞いて納得した。

 人間はいったん全力疾走を始めてしまえばノリでそこそこ走れたりするが、機械は曖昧にはできていない。体力がゼロになったら休憩するしかない。

 

「わたしが使ってるの、お兄ちゃんのおさがりだから。たしかお兄ちゃんも『動くだろうけど……』みたいな感じだったっけ」

「『UEO』はさいせんたんのゲームだから、パソコンも高いのがいるんですよね。エリーちゃんは良いの使ってるから大丈夫ですけどぉ」

 

 お父さんの仕事用のをたびたび借りていたら「仕方ないなあ」と専用のを買ってくれたらしい。きっとエリーゼのお父さんは娘が可愛くて仕方ないんだろう。その気持ちは正直よくわかった。

 自分が母親、もしくは姉だったらお菓子をあげたり服を着せたり髪を結ってあげたりして一緒に遊ぶだろうなあ、とミーナはほっこりして──。

 こほん。

 

「ミーナさん、PCを買い替えましょう」

 

 春が真面目な顔できっぱりと告げた。

 

 二人の公式アイドル化は既に決定し告知も済んでいる。今はファーストイベント、および公式グッズ(課金アイテム)販売開始を待つばかりといった状況だ。ここまで来て「やっぱり止めます」はよっぽどの不祥事をやらかさない限りありえない。

 なので、ミーナたちの人気はここからさらに上がっていくのが規定路線。

 人の多いところだとマシンが処理落ちして動けません、では正直困ってしまうのである。

 

「でも、パソコンって高いんですよね? ゲームを始める時もけっこう使ったし、お小遣いが……」

「そういう時のためのお給料じゃない」

「あ、そっか」

 

 公式化してお仕事が始まったら少なくない額のお金が入ってくる。それこそパソコンが買えてしまいそうな額だ。スパチャの分はそれとは別に支給されるので、一回目のお給料くらいは必要経費と考えてもまったく問題はない。

 春もこれに頷いて、

 

「仕事道具をお給料から買え、というのも少々心苦しいところはあるのですが、お渡しする金額は現状で出せるギリギリに設定しております」

 

 マシンの支給まではちょっと苦しいということだ。

 

「どうしても厳しいということであれば私がスパチャをしてミーナさんに貢ぎましょうか。100万円もあれば高級マシンが買えるでしょう」

「……あの、それは実績の水増しでは……?」

 

 経費で落とすつもりだとしたらブラックだし、春がプライベートのお金から出すのは何かおかしい。

 

「マネージャー、なら素直にお姉さまへプレゼントすればいいじゃない」

「はっ。なるほどその手が……! 幸い私はリアルのミーナさんとも顔見知りですし、ミーナさん? お友達ということでプレゼント送付に住所を利用してもよろしいでしょうか?」

「ぜんげんてっかーい。お姉さま? プレゼントならエリーちゃんがしますから住所♡ 教えてください♡」

「ストップ! そこまでしてもらわなくても大丈夫だから!」

 

 春には十分すぎる恩があるし、年下の女の子にパソコンを貢いでもらうのは何かがおかしい。

 お年玉貯金はまだけっこう残っているので収入の予定があるのであればいったん使ってしまっても特に問題はないのだ。

 

「いいじゃない。お菓子とかプチプラのコスメくらいなら『欲しいものリスト』公開しとけばばんばん届くわよ」

「まるっきり一昔前のAtuberですね……?」

 

 トークと動画配信をメインとしていた彼ら・彼女らの中にはアイドル的な人気を誇り、高額を貢がれていた者もいたという。

 年長者の春は「凄い世界でした」としみじみ語った。

 

「私も当時はまだ子供でしたので詳しくはありませんでしたし、調べたのは後になってからですが……トップ層は本当に凄い人気でした」

「ふうん、たとえばー?」

「インパクトのあるところですと、架空の神様の祭壇を作ると宣言し、実際に作ってしまったAtuberがいます」

「やけに気合いの入ったアホね」

 

 話は逸れたが、お金の心配はないということである。

 ミーナは笑顔で頷いてみんなに答えた。

 

「とりあえず、どんなパソコンがいいか調べてみるねっ」



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飛べるようになったりしたらパンツが見え──綺麗だと思わない?

【兄、相談される】

 

 

「お兄ちゃん、おススメのパソコンってある?」

「今は時期が悪い」

 

 明日行ってもいい? というメッセージから宣言通りやってきた高校生(兼ネットアイドル)の妹。

 挨拶もそこそこに(勝手に部屋を掃除しながら)尋ねてきた彼女へ、彼は反射的に答えていた。

 

「え? パソコンにも旬とかあるの?」

「あ、いや、こっちの話だ。一般人は気にせず欲しい時に買えばいい」

「……よくわからないけど、わたし、いちおう芸能人ってことになったりしない?」

「そういう意味の一般人でもないから安心しろ」

 

 そうか、デビューした以上はある意味、芸能人なのか。

 顔出ししていない以上、本人が人に囲まれたりするわけではないものの……妹がアイドルというのはなかなか気分が良い。

 友人に自慢したい。

 ただ、そうするとほぼ確実に「紹介してくれ」と言われる。そして、何かの間違いで交際がスタートしたりした日には友人とのヒエラルキーが逆転してしまう。

 「アイドルの兄」と「アイドルの彼氏」では後者の方が強い。何しろ兄では胸も揉めない。妹は前に「揉んでもいいよ」と言ってくれたが。

 

「ってもな……パソコンのおススメってめちゃくちゃ難しいんだよなあ」

「そうなの? お兄ちゃんゲーム大好きなんだから詳しいと思ったんだけど」

「じゃあ『お前、小さい頃に魔法少女アニメよく見てただろ? 今見るならどれがおススメ?』って言われてすぐ答えられるか?」

「そんなの無理だよ。最近のはわたし見てないもん」

「それと似たようなもんだ」

 

 自作が趣味とかそういうレベルの人間でない限り、たいていの人間が「欲しくなった時に調べて買う」。家電と同じで次々新型が出るのだから自分がアンテナを張っていない時期のマシンなど詳しいわけがない。

 もちろん一般論や経験則で良ければ妹の友人よりは教えられるが。

 

「新しいマシンは何に使うんだ? 仕事用か?」

「うん。その、ライブの途中にかくってなっちゃって……もっと性能がいいやつを買いなさいって」

「なるほどな。まあ、そろそろあいつは買い替え時だろ」

 

 元気に動いていたと思ったら突然何の反応も示さなくなったりするのがPCというやつだ。

 対策する気のある奴は定期的に外部にバックアップを取ったりするが、この妹にそこまでさせるのはちょっと難しい。壊れないうちに買い替えておいた方がいいだろう。

 『UEO』以外の用途は調べものをしたり動画を見たりする程度らしいのでそのへんを考慮するとして、

 

「じゃあ、グラボはそこまでこだわらなくていいな」

 

 専用ヘッドギアにはフルダイブ演出を助けるための機能──つまり補助用のグラフィックボード的なものが含まれている。ゲーム以外に凝ったことをする気がないなら本体側に高いのを積んでもオーバースペックである。

 すると妹はこてんと首を傾げて、

 

「どうせ買うなら良いやつの方がよくない?」

「こだわる箇所が増えるほど値段が上がるぞ?」

「この際、お金には糸目を付けないよ……!」

 

 ぎゅっと拳を握りながら言ってくるのを見て「じゃあ百万くらいするのを買うか」と言いたくなったが、さすがに我慢する。

 下手におだてるとこいつは本当に買いかねない。

 

「まあ、そう言うならグラボも考慮するか。あるに越したことはないしな。で、ストレージはでかい方が良い。処理能力は当然必須だろ」

「あ、できたら可愛いのがいいんだけど」

「それは諦めろ。見た目のデザインが良いやつはだいたい大したスペックじゃないのに高い」

「えー」

 

 えー、と言われても駄目だ。外装のバリエーションを出すということはそれだけコストがかかるということ。その分の金を性能に回してくれた方がいいに決まっている。

 

「……いや、オーダーメイドのを買うって手はあるか」

 

 もちろんそれはそれで手間賃がかかるのだが、下手にメーカー製の品を買うよりお得な場合もある。

 

「昔は海外製のPCがけっこう良かったらしいけど、今は海外も日本製のパーツ使って組んでるしな」

「そうなの?」

「しばらく前に日本で技術革新があったんだよ」

 

 なんでもヤバい性能のAIの開発に成功したとかしないとか。そのAIの助けを借りることによって科学技術全般が一気に進化。特にIT関連は他国を一気に抜き去ってトップに立った。フルダイブ技術やその粋を集めた『UEO』が最たる例である。

 現在もそのアドバンテージは失われておらず、分業型AI『シュヴァルツ・シスターズ』の活躍などによって日本の地位はとても高くなっている。

 

「ああ、そういやオーダーメイドPCも『シスターズ』関係のストアがあったな」

「あれ? それって前にわたしの記事書いてくれた人?」

「人っていうかAI。それの姉妹だな。記事書いたのはライター担当だから」

 

 AIが関わるとだいたい安くて早くて質が良い。

 むしろ最初からそこに頼めば良かったのでは……いやいや、頼まれる方としてもある程度の方針ができていないと困ってしまう。だから彼が相談されたことには意味があったに違いない。妹に頼られるというのは兄として気分が良いし。

 

「注文はネットでもできるから後でURL送っとく」

「え、じゃあ今欲しい。お兄ちゃんと一緒に注文した方が確実だもん」

「今ここで注文まで済ませるのかよ……!?」

 

 本当にこの妹は一度決めたら即行動する。この思い切りの良さが成功の秘訣なのだろうか。

 ならばここは彼も見習って、

 

「なあ、美奈。注文手伝ってやるからお礼に誰か可愛い子紹介してくれ」

「え、やだ」

 

 あっさり失敗した。

 

 

 

 

【新しいマシン】

 

 

「ご注文の品をお届けに参りました」

「ありがとうございますっ」

 

 兄に手伝ってもらって注文した新しいPCは約二週間後に家へやってきた。

 取り付けまで込みのプランにしたので業者の人がそのまま使える状態にしてくれる。部屋に入られるのはちょっと恥ずかしいけれど、兄と違って見られて困るものが散乱していたりはしない。

 

「わあ、可愛い……!」

 

 設置されたPCを見て美奈は思わず歓声を上げた。

 白くて丸みのあるボディ。今度のはモニター非一体型のデスクトップマシンだ。インテリアとしても映えそうなデザインでテンションが上がる。

 やっぱり女の子としては部屋に置く物は可愛いのがいい。

 初期設定やデータ移行などはそこまで時間もかからずに終了。業者の人は簡単な使い方の説明の後、「何か不具合などがあればお早めに知らせ下さい」と言って家を後にしていった。

 

「凄いの買ったなあ。俺が欲しいくらいだ」

 

 お休みの日なので家にいた父が感動したように言う。実際、彼が羨ましがるくらいには良いスペックである。

 処理能力は今まで使っていたノートパソコンとは段違い。ディスプレイは「映画見るなら中で見るし」とそこまで高いものではないが、それでも一体型のモニターよりはずっと綺麗だ。

 さらにタブレット型のサブモニター兼サブマシンが付いており、ちょっとしたデュアルディスプレイが可能な他、これだけを持ち歩いて出先からリモート操作も可能。

 

『これなら大学入っても使えるだろ』

 

 今はパソコンを持ち歩く必要はないものの、進学したらそういう機会も出てくる。そういう時にこのタブレットが活躍するというわけだ。何年も使えるように良いマシンを買ったし、是非頑張って欲しいものである。

 

「じゃあ、さっそく使ってみようかな……っ♡」

 

 美奈はわくわくしながらヘッドギアを被り「ダイブ・スタート」のボイスコマンドを入力した。

 

 

 

 

 ログインすると、そこはいつものリビング。

 思い思いに作業していたメンバーが「お」といった感じでこちらを振り返る。

 今日届くというのは言ってあったのでみんな気にしていたのだろう。

 

「おはようミーナ。どう? 終わったの?」

「うんっ。すごいね、これ。ラファエラの顔が今までより美人に見えるっ」

「へえ? ……まあ、あたしの顔なんて大したものでもないでしょうけど、悪い気はしないわね」

 

 言いつつも嬉しいのか、らしくもなく髪をかき上げてみたりする眼鏡の金髪少女。

 すると紅の髪の妹分が駆け寄って来て「お姉さまっ。あたしはどうですかっ?」と声を弾ませた。

 ミーナは彼女を優しく抱き留めながら、

 

「エリーゼちゃんも可愛くなったよ。それに、なんだか感触がリアルになったような……?」

「本当ですかっ? もっと触っていいんですよ、お好きなだけ……♡」

「いいの? それじゃあっ」

 

 せっかくなので髪の毛を指で梳かせてもらったり、頬をつんつんさせてもらったり、うなじを指でなぞらせてもらったりした。

 最後のではエリーゼが「ひゃん」と可愛い声を上げてくれる。ラファエラがジト目になって「なにいちゃついてるのよ」と文句を言ってきた。

 

「ラファエラにもやってあげようか?」

「あたしはいいからあっちの子達も見てあげなさい」

「うんっ。リリちゃんも春さんもやっぱり綺麗……♡ 今からでもアイドルになりませんかっ?」

「……え、遠慮しておきます」

「私はミーナさんたちの晴れ姿を見ているだけで満足ですので。ですが、容姿を褒められるのは悪くない気分ですね」

 

 他のギルドメンバーもそれぞれ可愛くなっている。正確には細かい描画ができるようになったことで綺麗に見えているということなのだが、ミーナ的には似たようなものである。

 軽くステップを踏んでみるとなんだか身体が軽くなった気がする。

 

「うん、これならもっと頑張れそう」

「おめでとうございます。私たちもより一層プロデュースに力を入れて参りますね」

「はいっ♡」

 

 春と見つめ合い、頷きあう。

 パソコンを待っている間にスパチャや課金アイテムも開始され、ライブで処理落ちすることもしばしば。新しいのが待ち遠しいくらいだった。

 あまり固まっているとお客さんの楽しませられないし、こっちとしても気分が乗れないのでなんとかなって良かった。

 

「せっかくだし、新しいことにも挑戦したいなあ。そうだ、魔法とかどうかな?」

「魔法ですか? ……ちなみに、どんな魔法を?」

「飛べるようになったりしたらパンツが見え──綺麗だと思わない、リリちゃん?」

「でしたら背中に羽の飾りをつけても映えそうですね……♡」

 

 うっとりするリリを見るとミーナまで幸せな気分になる。

 専属の衣装担当である彼女もまたミーナにとってはパートナーだ。振付や選曲を担当する春も、実際にステージで隣り合うエリーゼも、宣伝に欠かせないラファエラも、足りない部分を埋めてくれる元親衛隊もみんなギルドになくてはならないメンバーだ。

 これからさらに頑張っていこう。

 ミーナが決意を新たにして程なく、公式アイドル化してから初めてのゲーム内イベントが開催された。




次回、最終回。


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ちょっと残念ですけど、急いで進んじゃったらつまらないですもんね

『食欲、芸術、運動! 秋のイベントキャンペーン!』

 

 夏休み終わりに公式アイドルの話をして、正式決定に約一か月──それから準備、発表にしばらくかかって、季節はあっという間に秋。

 秋といえば「〇〇の秋」というベタだけれどわかりやすいイベントが開催されることになった。

 タイトルが示す通り、このイベントは『食欲』『芸術』『運動』の三つがテーマだ。

 

「みなさんこんにちはっ。『UEO』公式アイドルのミーナです」

「同じくエリーゼだよっ。今日はみんなに今度始まるイベントについて説明するねっ」

 

 まずは『食欲の秋』。

 イベント期間中はフィールド上のモンスターが確率で「サツマイモ」や「栗」をドロップするようになる。これらのアイテムはもちろん料理することができ、できあがった料理は回復アイテムとして利用できる。

 フルダイブMMOなので料理アイテムは実際に食べないと効果がない。かつてのMMOのように無限に食べながら狩り、というのは難しいものの、食材がタダで手に入るのは魅力的だ。

 

「お姉さまは秋の味覚といえばなんですか?」

「うーんと、秋刀魚かなあ? 焼いた秋刀魚に大根おろしとしょうゆがあればご飯何杯でもいけちゃうよねっ」

「お姉さまの好み、意外とシブい!? あたしはやっぱり甘いのがいいです。モンブランとか、スイートポテトとか」

「こっちだとカロリー気にせずに食べられるもんね。栗なら甘栗も好きかなあ。映画とかドラマ見ながらついついいっぱい剥いちゃう」

 

 せっかく手に入った食材は美味しく料理しないと勿体ない、ということで「秋の味覚コンテスト」も開催される。 

 これはプレイヤーが自慢の料理を持ち寄り、ミーナたちを含む審査員が実際に試食して一位を決めるというものだ。

 上位入賞者には料理道具や高級食材などが贈られる他、おまけとしてミーナとエリーゼが作ったお菓子がついてくる。

 

「お姉さまの作ったお菓子、あたしも食べたいですっ♡」

「うん、一緒にお菓子作りながら味見しようねっ」

 

 コンテスト会場には神聖王都の中央広場が選ばれた。

 当日、普段とは違う装いとなった広場には続々と人が集まってくる。

 

「え、こんなに……!?」

「みんなヒマすぎ……じゃなかった。ノリノリで嬉しいっ♪」

 

 参加受付は広場に多数設置されたNPCが行うので、ミーナたちは特設ステージ上からファンの人に手を振ったりトークで盛り上げたりする。

 一次審査は受付時に自動で行われ、数値化された料理のスペックが一定以下だと不合格となる。

 残った品を審査員が試食する予定なのだが──。

 

「あれー? ちょっと数が多すぎるみたい?」

「試食が大変になっちゃうので数を絞るみたいです」

 

 一次審査を通過した品の中からスペック上位ニ十品を選り分け、それを試食することになった。

 減らしてもまだけっこうな数である。ゲームの中じゃなかったら途中でお腹いっぱいになりそうだ。

 

「さ、どんな料理があるかなー♪」

「わ、どれも美味しそう……♡」

 

 今回のテーマはサツマイモと栗。なのでどちらかは必ず使われているのだけれど、それ以外は自由。

 定番の焼き芋や焼き栗、スイートポテトにモンブランなどの他、栗ご飯に栗きんとん、牛肉と栗の煮物、マロンパイ、サツマイモの天ぷらやフライドポテトなどなど。

 

「あ、このポテト甘じょっぱくて美味しい♪」

「甘い物ばかりじゃなくてしょっぱいのもあるのは嬉しいね。この煮物と栗ご飯一緒に食べたいなあ……♪」

 

 どれも美味しくて点数をつけるのが勿体ないくらい。少なくともおまけの商品であるミーナたちのお菓子が霞んでいたことは間違いない。美味しくできるまで作り直したので食べられなくはないはずだけれど、付け焼刃のスキルでは太刀打ちできない品々だった。

 ただ、後からラファエラに聞いたところ、

 

「あのお菓子、入賞者に『いらないなら売ってくれ』って申し出るファンがいっぱいいたらしいわよ」

「ええ……!? 本当に普通のお菓子なのに……!?」

「普通のお菓子だからいいんでしょ。アイドルの手作りなんてなかなか食べられないもの」

 

 もう、他の人が作ったのを「アイドルの手作りです♡」って売っても売れるのではないだろうか。さすがにそんなことはしないけれど。

 

「春さん。普通に物販で売ってもいいでしょうか……?」

「そうですね……。普通のクッキー程度、それも常時販売ではなく練習した残りを売るような形であれば良いかと。大量に販売するとプレミア感がなくなりますので」

 

 じゃあ、ということでクッキーを売ったら、回復アイテムとしてはかなりお高い値段だったにもかかわらず飛ぶように売れた。

 

 

 

 

 続いて『芸術の秋』。

 こちらはスクリーンショットや絵、服など芸術にちなんだアイテムで応募してもらい、審査のうえで後日入賞者を発表するという企画だ。

 会場を作ってその場で審査、ということではないので参加しやすく、その分倍率も高い。賞品も「一位になった作品は公式グッズ化を確約」という目玉のほかなかなか良い物が揃っている。

 そのせいだろうか。

 イベントが告知された後、街を歩いていると妙に人の視線を感じるようになった。人一倍視られることに敏感なミーナなのでよくわかる。

 

「なんだろう。嬉しいけど……?」

 

 視られているのに声をかけてくる人が少ない。

 最近は声援を送られたり「握手してください!」と声をかけられることが多く、変装しないとゆっくり歩けないくらいだったのに。

 なんだか遠巻きに見られている。腫れものに触る感じ? ううん、むしろシャッターチャンスを狙われているような……?

 

「あ、もしかしてそういうこと、なのかな?」

 

 ミーナは「スクショ・動画撮影OK」を公言している。

 つまり、ミーナの街角写真での応募ももちろんOKだ。話しかけたら撮影者の邪魔になるし、自然な姿を撮るチャンスも減ってしまうのでこうなっているのだ。

 そういうことなら──。

 意図的に絵になる光景を狙う……ということはせず、自然体で振る舞うことにした。美味しいものを食べたり気になるものを観察したり。視線に「ぞくぞく」しているのはなるべく悟られないようにしながら久しぶりにゆっくりとした散歩を楽しむ。

 神聖王都もさすがに慣れてきて、だいたいの場所にはもう行ったことがあるのだが、プレイヤーが新しいことを始めた影響で見慣れないものが増えていたりしてなかなか侮れない。食欲の秋イベントの影響かサツマイモや栗を使ったお菓子の露店なんかも多い。

 

「♪」

 

 散歩は大満足だった。

 ちなみに応募されたスクリーンショットの方はというと、風に吹かれてスカートが捲れそうになった時のとか、アイスが服に垂れそうになって慌てた時のなど、ちょっとえっちだったり恥ずかしかったりする作品がそこそこの割合で紛れていた。

 せっかくなので番外として何枚か取り上げてもらい、コメントを入れた。

 

「撮ってくれるのは嬉しいですけど、恥ずかしいからできるだけ個人で楽しんでくださいねっ?」

 

 別の機会に行われた第二回のスクショコンテストでは何故かミーナを狙った作品が増えた。

 

 

 

 

 最後は『運動の秋』。

 秋の運動といえば運動会、ということで、各所に設置された運動会風アトラクションを攻略し、イベント期間終了時点で合計得点の高かったプレイヤー、および各アトラクションでトップを取ったプレイヤーが表彰される。

 種目は障害物競走(街の様子をコピーした専用フィールド(インスタンスダンジョン)で通行人を障害物にタイムを競う)、玉入れ(そのまま)、騎馬戦(特設フィールドで()()()()()他のプレイヤーを落とす)などなど。

 ミーナとエリーゼは応援合戦と称してチアリーディングの動画を取った。

 ダンスは慣れているのでなんとかなるかと思えば結構勝手が違って苦戦した。流動的な動きと言うよりは決めポーズの連続であり、一つ一つのポーズをびしっ! と決めつつ激しい動きに対応しなければならない。これはまたいい勉強になった。

 動画公開後、有志が胸の部分を拡大した動画を作っていたのもためになった。

 

「こういうの作ってくれる人もいるんだね」

「……作って『くれる』って言えるミーナさんが凄いです」

「お姉さま、通報しましょう通報」

「そうね。拡散したり元の動画であれこれ言うならともかく、勝手に加工したら著作権違反になりかねないわ」

「でも、せっかく作ってくれたのに……」

 

 最初は渋ったミーナも「あんただけじゃなくてエリーゼも巻き込まれるのよ?」という説得により納得。春に確認してみたところ「もちろん把握しております」と言われた。

 

「影響が大きそうなものは管理者に削除依頼を出しますし、悪質であれば法的措置も検討しますが、企業的には『一つ一つ取り合っていてもきりがない』というのも事実。あまり締め付けすぎても人気の低下に繋がりますので、ある程度であれば容認、といいますか『気づいていないフリ』をさせていただきます」

 

 Atuberの時代にもえっちなイラストを描いて公開したり、えっちな妄想を文章にする輩は結構いたらしい。

 もちろん本人的には嫌な場合もあっただろうし、訴訟まで行ったケースもあるようだが。

 

「アイドルってやっぱりそういうのあるんだね……♡」

「あんた、こういう話に関しては本当に無敵よね」

「わたしについて話してる掲示板とかたまーに覗くと楽しいんだよっ?」

「エリーちゃんもお姉さまとの百合妄想の書き込みなんかはたまに見ますよっ♡」

 

 百合というのはエリーゼいわく「女の子が仲良くしている様」を指すらしい。それならミーナたちは間違いなく百合である。

 

「そうだ。せっかくだからわたしたちもアトラクション挑戦しようよ」

「あんたとエリーゼで行ってきなさい」

「私達、フィジカル系はちょっと……」

「そっか、残念」

 

 しょうがないのでエリーゼと二人で挑戦した。

 障害物競走はなかなか良い記録が出たものの、玉入れは飛べるプレイヤーが100点を目指そうとしては他のプレイヤーが投げる玉に妨害される……という絵図が繰り返されており「あ、これトップは無理だ」とすぐにわかってしまった。

 騎馬戦も難しい。リアルではもちろん馬になんて乗ったことないし、ゲーム内でも乗馬スキルなんて上げていない。ダンスで培った運動神経でなんとか乗りこなすも、同時に他プレイヤーへ攻撃するのはなかなか難しく、三人くらい倒したところで落とされてしまった。

 

「本気で得点狙うならスキルも上げないとだね……!」

「簡単にトップが取れないようにいろいろ工夫されてるんですね。昔のエリーちゃんなら必死になっただろうなあ」

 

 今のエリーゼはミーナと共にアイドルをしている。

 みんなを楽しませられればいいのであって、無理にトップを取る必要はない。むしろ挑戦している最中もみんなから声をかけられたりして楽しかったので十分に満足といえる。

 

「けっこう忙しいけど、楽しいね」

「そうですね、お姉さまっ♡ たまーに学校もお休みできますし」

 

 基本的にイベントは休日に行われるため学業に支障はないのだが、どうしても必要な場合は休む許可も学校から得ている。

 平日なのに学校に行かずゲームをするのが「お仕事」なのだから一部の人からは羨ましがられそうだ。

 

「次はどんなイベントなのかなあ」

「はい。次のイベントはハロウィンを予定しております」

「ハロウィンと言えばコスプレ……♡ 私の腕の見せ所ですね……♡」

「うんっ。またお願いね、リリちゃん」

 

 コスプレ姿で街を歩き、プレイヤーに「トリックオアトリート!」と言うところを想像する。

 もし、お菓子をもらえずにいたずらされてしまったらどうなるのだろうか。……想像しただけでちょっと興奮する。

 

「こほん。……公式アイドルに対して不埒な行為を働く輩は運営から厳重に処罰できますので、必要であれば通報してくださいね」

「はぁい。ちょっと残念ですけど、急いで進んじゃったらつまらないですもんね」

 

 ミーナのアイドル活動はまだまだ始まったばかり。

 『UEO』自体、今年にサービス開始したばかりの若いゲームだ。公式はこれからも新しい要素のアップデートをいくつも予定しているらしい。売り上げも好調なのできっとそれらも実装されるだろう。

 露出も楽しいけれど、ファンのみんなを楽しませるのも楽しい。

 こっちでできた仲間たちとももっと遊びたい。

 

「じゃあ、ハロウィンではちょっとえっちなコスプレしたいなあ。パンクファッション風とかどうかな? ラバー風のショートパンツで太腿見せるのとか」

 

 ミーナは「これから」に胸を馳せながら心からの笑顔を浮かべた。




ミーナたちの暴走はこれからも続く……!
ご愛読ありがとうございました。

一発ネタ感の強い作品ということもあり、これ以上やっても同じことを繰り返しながら話だけ大きくなっていくと思うのでここで区切りとさせていただきます
なにかネタを思いついたらふらっと更新するかもしれません


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