オラリオに褪せ人さんがくるそうです (タロ芋)
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1

息抜きに書きたくなったので。


 ──ここはどこだ? 

 

 貴方は周囲を見渡し首を傾げる。

 目につくのは薄ぼんやりと光る岩壁と奥まで続く枝分かれした通路。

 突然の出来事に貴方は困惑を隠せず、思わず唸ってしまう。

 

 貴方は褪せ人の義務とも言えるような装備集め(マラソン)をしており、漸く目当ての装備を手に入れ意気揚々と別のマラソンのために祝福に触れ転移した───までは、いい。

 

 気がつけば貴方は見たことも無い地点に飛ばされ、記憶の中にある洞窟(ダンジョン)のどれにも合致せず、困惑しながらも足元にある祝福に触れるのは経験からの無意識ともいえる。

 

 とりあえず、祝福が指し示す黄金の導きの先を見つめた貴方はそちらに向けて歩き出す。

 

 すると、程なくして暗闇からノシノシという足跡が聞こえてきた貴方は即座に身をかがめ気配を断つ。

 じっと目を凝らして観察してみれば、先には人間の体に牛の頭が生えているという珍妙な格好の生き物が歩いていたではないか。

 

 ──なんだ、あれは? 

 

 強いて似てると言えば忌み子だろうか? だが、しかし忌み子にも角が生えているとはいえ、あのようにThe・牛の角と言うよりも牛そのものの頭はなかったはずだ。次に近いのは忌み潰しだ。だが、あれは頭を仮面で覆っており、目の前にいるやつの首には仮面と生身の境目が見えない。

 貴方は見たことの無い存在──後にこれは"ミノタウロス"と知る──に警戒を抱き、装備をマラソン用からボス用に切り替えると左手に握られた聖印を掲げ自身に強化(バフ)を掛けまくった後に右手に巨大な槌"巨人砕き"を呼び出す。

 貴方は巨人砕きを掲げ戦技"王騎士の決意"を発動し、準備の終えた貴方は忍び足でミノタウロスの背後へと近寄ると、力を貯めて跳躍、空中で一回転し遠心力の載せた重い一撃を無防備な背中へと叩き込んだ。

 

 ドガァン!!! 

 

 抵抗すらできず、無警戒の一撃を食らったミノタウロスは跡形もなく洞窟の染みへと変貌し、攻撃の余波で地面には大きなクレーターが出来ていた。

 そんな貴方の感想は一言、『弱ッ……』である。

 貴方の知っている敵はこの攻撃をくらっても余裕で耐え、貴方に手痛い反撃どころかワンパンをかましてくるような連中ばかりだ。手応えの無さに貴方は少々……いや、かなり拍子抜けしてしまう感情の中で貴方はキラリと光るモノを目ざとく見つける。

 

 それは拳大の大きさの紫紺の石だ。貴方はそれを拾い上げてマジマジと観察した後にソレをルーンへと還元し、歩き出した。

 

 

 

『うわぁぉぁぁぁあ!!!』

 

 貴方はどれくらい時間が経ったか分からないほど洞窟を歩き続け、襲いかかってくる敵を全て殺して何十回目の坂を登った辺りで洞窟の壁に反響する悲鳴を捉えて立ち止まる。音のしてきた方向ではどうやら、自分の後ろかららしい。

 貴方はジッと声の聞こえた方向に険しい視線を向け、腰に提げていた剣の柄に手を添えてやってくるであろう存在をじっと待つ。

 そして、

 

「うわぁぁぁあ!!! へぶぅ!!?」

 

 猛ダッシュでやってきたのは全身を返り血で真っ赤に染めた赤茄子(トマト)のような少年であった。あまりにもあんまりな存在に貴方は思わずギョッと目を見開き、刀身を鞘に収めたまま赤茄子に向けてフルスイング。赤茄子(ボール)は見事に吹き飛び数十メートルくらいの地点でゴロゴロと地面を転がる。

 

 やっべ、貴方の胸中に占める言葉はそれだった。いくら鞘でぶん殴ったとはいえ、最大(カンスト)まで肉体を強化した貴方の一撃は雑魚なら一撃で粉微塵になってしまう。事実、ここに来るまで貴方に襲いかかってきた連中は全て一撃で倒してるために慌てて貴方は赤茄子少年に近寄った。

 

「う、うぅ……」

 

 どうやら生きてるようだ。横一線に真っ赤な痣が出来ているが、生きているならノーカウント。OK? 

 貴方は誰に聞かせるでもなく、そんなことを思いながら聖印を掲げて祈祷"大回復"を使用。自分を含む周囲に金色の暖かな光が放たれ、少年の痣やあちこちの傷が時を戻すかのごとく消え失せる。

 

 貴方はつま先で赤茄子少年の頭を小突き暫し待つ。だが、起きる気配がなく、どうやら貴方の一撃が相当キマったようで目を覚ますのにはまだ時間がかかりそうだ。

 仕方なく、貴方は少年の荷物で地図か何かを持ってないか確認するためゴソゴソと弄りだした。アイテムがそこにあるなら例え返り血だろうが、毒沼だろうが、糞まみれだろうが必ず取ろうとするのは褪せ人として当たり前の行動だろう。

 

 ──MAP FOUND──

 

 些か血に汚れてるが貴方は目的のブツを手に入れて満足である。どうやらココは複層にもなる超巨大ダンジョンらしく、あと数層上に登れば出口に出れるみたいだ。

 貴方は地面に伸びてる赤茄子少年を見つめた後、指笛を吹く。

 

「ヒン」

 

 虚空から現れたのは有角の霊馬トレント。狭間の地を共に駆けた大切な愛馬である。

 貴方はトレントの体を撫で、少年を乗せることの許可を願うとトレントは快く了承してくれたことに僅かに安堵する。

 流石にいくら歴戦の猛者たる貴方でも、荷物(文字通りの意味)を抱えて戦うのは些か面倒がすぎるものだし、わざとでは無いとはいえ自分が気絶させてしまい挙句には放り投げたまま見殺しにするのは少々後味が悪い。貴方はソレを少々で済ます辺りは流石褪せ人クオリティだろう。

 

 

 

 

「うぅ……」

 

 揺れにより目を覚ます。

 少年、ベル・クラネルは僅かに痛む頭を振るとボヤけてた視界が緩やかにクリアになっていった。

 

 ──確か、ミノタウロスから逃げてたんだよね。それで、壁際に追い詰められて……あの綺麗な人に助けられ、て…………

 

「逃げたんだった!! いっつっ〜!!?」

 

 体を起こそうとしてズルリとナニカから転がり落ち、顔面から地面に着地したベルは痛みに悶えてると、なにやら生暖かい風が頭部を撫でた。

 

「ん?」

 

「ブモ」

 

 顔をあげればそこにはドアップの角の生えた馬がいた。

 

「馬!? なんで!!? って、角? 魔物!?」

 

 慌ててバックステップで距離を取ろうと飛び跳ねたが何やら硬い物体にぶつかり恐る恐る振り返る。

 目につくのは自分よりも高い身長、全身を覆う赤みがかった金色の重装鎧(フルプレート)、腰から下げられた見るだけで業物とわかる2振りの片手剣。自分の初心者向けの装備と違い、遥か遠くに位置するのがわかる装備を全身に装備した存在がそこにはいた。

 その人物は少しの間、ベルと視線が交差し金色にも赤色にも暗い蒼へと変わっていく瞳に若干だけたじろぐ。

 そして、その大鎧の男(推定)は片腕をゆらりと上げたかとおもえば……

 

 ────HEY! 

 

 と、気軽な声で挨拶をするのであって。

 

 

 

「本当にありがとうございます!!」

 

 少年ことベル・クラネルは綺麗に九十度、腰を折って貴方に向けて頭を下げる。トレントを霊体に戻した貴方はその礼を受け取る。

 事の顛末はこうだ。貴方が魔物と戦っていたところ、その余波に巻き込まれ気絶していたベルを介抱したという感じだ。もちろん、大嘘だが。でもバレなければいいのサ。

 そんな貴方のクズい考えを知らない真っ白な兎くんはしきりに礼を言い、命の恩人という立場を利用して貴方は彼から情報を手に入れることにした。

 

 まず、貴方がいた場所は迷宮(ダンジョン)。貴方の知っているモノと違い、ここはどうやら()()()()()らしい。紫紺の石こと魔石というモノを核とした魔物(モンスター)を壁の中から生み出し、生息させる。そして、それらを倒したりこの迷宮を探索するベルたちのような者たちを冒険者。

 さらに加えて、その冒険者たちが集まって徒党を組んだモノをファミリア。ファミリアというものは複数の種類があり、迷宮へと挑むことを目的としてる探索型。鍛冶や農業などの製作型。例外もあるが国として機能するモノもあるらしい。

 だが、それよりも驚いたのは神がいるという事だ。神。超越的存在。唯一不変であり畏怖対象。そして、褪せ人が褪せ人となった原因、女王マリカ。それらと同じような存在が沢山いるというのだ。

 それを聞いた瞬間に貴方はおもわず狂い火が漏れかけたが、理性のある褪せ人な貴方はそれを抑えることに成功した。狂った頭のおかしい血の指(イカレポンチ)共とは違うのだよ。

 

 ともかく、貴方は以上のことを総括して結論づけたことはココは狭間の地とはどこか別の場所ということだ。祝福同士の転移になにか不具合でも起きたのか、こうして知らない場所に飛ばされて今に至っている。

 

 別にそこまで困っている訳では無いし、貴方は特に迷うことはせず飽きるまではこの世界を満喫することに決めた。

 ついでに何かお土産を見繕って貴方の主君たる彼女が喜べばいいなー、と打算的な考えも無きにしも非ず。

 

『ふむ、私に贈り物か……。フフッ、いい心がけだな我が王よ。できれば私が喜ぶようなものにしてくれよ? 武器とかいらないからな? いいな? フリではないぞ? フリじゃないからな?』

 

 あなたの脳内にいるイマジナリーラニに褒められる様を想像した。これは俄然ノってきたではないか。彼女が喜ぶようなモノはなんだろうか。やはり珍しい武器か? 珍しい武器だな。貴方は確信した。

 アセビトマチガワナイ。ブキモラウヨロコブ。(根拠の無い自信)

 貴方はウキウキとした気持ちでベルの後ろを歩いてついて行くのであった。




感想評価、待ってるぜ!!


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2

ひゃあ!2話目じゃあ!!


 見渡す限りの人、人、人。中には耳が尖っていたり、獣の耳や尾のある混種や背が子供くらいしかない者、ずんぐりとした者など様々な人種がそこには沢山いた。

 狭間の地にいたころでは想像ができないほどの活気と人々の目にある理性の光の有り様に貴方は思わず足を止め、少しの間だけ圧倒される。

 

 目が合えば即、殺し合いに発展して正に殺★伐といった有様だった狭間の地とはえらい違いだ。思わず貴方はそこらに居る冒険者に殴りかかったらどうなるかやりたくなったが、貴方は自制した。

 そんな貴方を横目にしつつ、貴方が助けた(ことになっている)少年ベル・クラネルはとある人物を見て手を振りながらかけて行く。

 

「エイナさぁぁぁん!!」

 

 貴方はベルの駆けていく姿を目で追い、その先にいる人物を見つける。眼鏡を掛けた茶髪の女だ。その女は呼ばれたことにより、肩を僅かに震わせ、顔をベルに向けた瞬間に思いっきり引き攣らせた。

 

「ベルくん!? 何その格好!!?」

 

 そういえば、と貴方は思い出す。ベルの格好が返り血まみれの赤茄子状態であったことに。

 返り血まみれだったのが日常茶飯事であった貴方からしたら別に気にすることでもなかったが、どうやらダメだったらしく女ことエイナはベルの首根っこを掴むとどこかへ引きずっていくのであった。

 

 貴方はそれを見送り、自分の役目は終わったと考え立ち去ることにしたのであった。

 

 

 

「ベル君、キミねぇ、返り血を浴びたならシャワーくらい浴びてきなさいよ……」

 

「すいません……」

 

 赤茄子改めベル・クラネルは担当アドバイザーのエイナ・チュールの言葉にうなだれる。

 ギルド内にある個室、テーブルを挟んで向かい合う両者。シャワーを浴びてさっぱりしたベルの前でエイナはこれみよがしにため息をついた。

 

「まったく。反省してるならいいけど、これからは気をつけるように」

 

「はい……。以後気をつけます」

 

「ん、それでアイズ・ヴァレンシュタイン氏の情報だったっけ? どうしてまた?」

 

「えっと、その……」

 

 ベルは頬を僅かに朱に染めながらも、一部始終をエイナに一連のことを説明を始める。

 思い切ってダンジョンを二層から五層へと下がった瞬間にミノタウロスと遭遇し、殺されかけたこと。

 追い詰められ、あわや壁の染みになりそうなところを"剣姫"アイズ・ヴァレンシュタインに助けられたこと。

 礼を言おうとしたが、そこから逃げ出してしまい走っていた所を赤金の見たことない全身鎧の人物の戦闘に巻き込まれ気絶してしまったが介抱されて、無事に送り届けてくれたこと。

 

 説明を聞いていき、耳を傾けていたエイナは話が進んでいく毎に表情が険しくなっていった。

 案の定、彼女の雷が落ちベルはペコペコと頭を下げて謝り倒す。ベルは彼女から言われた事を肝に銘じるのである。

 

「はぁ、それでベル君。君を介抱してくれたっていう冒険者の人かぁ……」

 

「あ、そういえばそうだった。エイナさん、あの人ってどんな人なんです? 明らかに深層に潜っていそうな装備をしてましたけど」

 

「ん〜……ソコなんだよねぇ。おまけに有角の馬型怪物(モンスター)調教(テイム)していて魔道具? から召喚できる冒険者なんて私の知る限り一人もいないのよね」

 

 近いところと言えば、ガネーシャファミリアの団長だが、彼女の性別は女。ベルの言っていた冒険者は男らしいとの事で、選択肢からは除外する。

 

 ベルは自分を助けてくれた怪物を従えたもう1人の冒険者のことを思う。

 迷宮内で自分のせいとはいえ、メリットもないのに介抱を行い無事に送り届けてくれ、気がつけばどこかへ消えていた恩人の1人。

 

「ちゃんと、お礼したいんだけどなぁ」

 

 駆け出しとはいえ冒険者の端くれ。命の恩人に何かを返すことも出来ないなんて名折れになってしまう。尚、アイズ・ヴァレンシュタインから逃げてしまったことを突っ込まれたら何も言えないのだが……。

 

 

 

 貴方は迷宮都市ことオラリオの街中、ベンチに座り手には揚げ物を持ちながらある人物と話していた。

 

「へー、色んなところを旅していて気がつけばココに居たんだね〜」

 

 背丈は貴方の腰ほど。伸ばされた黒い髪は鐘の髪留めでツインテールにし、変わった衣服を纏い、何がとは言わないが立派に育った美少女。名をヘスティア。

 彼女となぜこうなったかは少し前に遡る。

 貴方はベルの元から離れ、オラリオを散策していところ(こう)ばしい匂いを追っていた所にとある食べ物を販売している屋台と出会った。

 その食べ物の名はじゃが丸くんといい、蒸かした芋をすり潰したものをパン粉で包んで油で揚げるというシンプルな惣菜だ。

 

 狭間の地にいた頃でも良く食道楽のようなことをしていた貴方は目の前の食べ物に惹かれるのは必然。

 しかし、問題がひとつ。たった一つのシンプルな問題。それは────

 

 金がねぇ! 

 

 それは仕方ないだろう。狭間の地では文明が途絶えて久しく、貨幣制度なんてものはとうの昔に廃れ、品物の取引ができるくらいには正気を保っている者たちでの方法は専ら物々交換かルーンでの取引である。

 金目のものなんてあって欲しがるのは何処ぞのフーテンのパッチ(ハゲ野郎)だけである。おぉ、この先にゴミクズがあるぞ……

 

 ということで、後一歩のところという距離にあるというのに手に入らないもどかしさ。

 別に強奪しようと思えばできるのだが、貴方は紳士な褪せ人である。だが、それはそうと食べたいのだ。

 貴方はケースの中に入れられたじゃが丸くん(プレーン味)をじっと見つめること数分、見るに見兼ねたのか店員の少女ことヘスティアは貴方に声をかける。

 

「ねぇ、君。どうかしたのかい? そんなに睨まれてちゃ他のお客さんに迷惑なんだけど……」

 

 全身鎧の身長が2m近くある大男が屋台の前でじっと居たらそれは怖いだろう。ヘスティアの台詞に貴方は頷き、仕方なくそこから離れようとしたのだが。

 

「んー……、どこかに人手が空いてる人はいないかなー? いたら、じゃが丸くんサービスするんだけどなぁ……チラ、チラチラ」

 

 あなたが女神か? 

 

「女神だよ!?」

 

 ということで、貴方はヘスティアの提案にのり彼女がおばちゃんに了承を取り屋台の手伝いをすることになる。

 貴方はヘスティアからじゃが丸くんの作り方を教わり、それを実践。

 最初はいくつか失敗したが元々がシンプルな作り方なのと手先が器用な貴方は直ぐにマスターし、綺麗なきつね色な揚げたてのじゃが丸くんを提供することが出来た。

 味の方は心配だったがおばちゃん曰く『ヘスティアちゃんよりも上手だね!! 良ければ、明日から働かない?』らしい。

 屋台に来た客たちは貴方の揚げたじゃが丸くんを絶賛し、クチコミで広がり客足は何時もよりも多くおばちゃんは嬉しい悲鳴をあげヘスティアは汚い悲鳴をあげる。

 そして、在庫を全て放出した頃には空は夕暮れ時になっており、おばちゃんからはたいそう褒められたのである。

 

 今日は店仕舞いとなり、貴方はおばちゃんから報酬の紙袋いっぱいのじゃが丸くん+‪αでヴァリスというこの世界の通貨を貰った。

 貴方は兜に隠れてはいるが、ほくほく顔でその場をあとにしようとしたら。

 

「ね、君が良ければだけど少し話さないかい?」

 

 と、ヘスティアに言われ今に至るというわけだ。

 貴方はベンチに座り、色々とぼかしながら身の上を話しヘスティアは相槌を打ちながら共にじゃが丸くんを食べる。

 ついでにトレントも自分も食べたいという思念を飛ばしてきたので呼び出し、適当なじゃが丸くんを提供する。その過程でヘスティアがぎょっとしたが、そういう魔道具とでっち上げて事なきを得た。

 

「なるほどねぇ。行くあてがないのかぁ……」

 

 そもそも、この世界の住人ですらない。貴方はじゃが丸くんをもそもそ─兜の隙間にねじ込んで─食べながらどうするか、と思う。

 別に野宿は抵抗はないし例え雨に打たれようが溶岩の中を突っ切ろうがさほどダメージのない貴方にとって夜風は大した障害にはならない。(朱い腐敗はノーセンキュー)

 そんなことを考える貴方を横に、ヘスティアはウンウンと唸る。

 天界にいた頃は神格者として知られ、下界におりたばかりの時は神友の元に転がり込んで自堕落の極みを尽くしていたが、根っこは変わっておらず目の前で根無し草の子供─故郷では神やらなんならをぶっ殺しまくってるヤベー奴─を前にして放ってはおけない。

 思ったが吉日。ヘスティアはウン!と大きく頷き、隣で兜の角飾りを馬のような怪物に齧られ、じゃが丸くんのおかわりを要求されてる存在に手を差し出した。

 

「ねぇ、良ければだけど僕の眷属(子供)にならないかい?」

 

 なにか特典は? 

 

「え、と、特典!!?」

 

 貴方の問いかけにヘスティアは狼狽える。まさか、こんな答えが返ってくるとは想像など出来ようはずもなく暫く考え込んだ後、ヘスティアは渋々と言った様子でふたつある髪留めのうち片方を外すと、それを貴方に手渡すのであった。

 

「くぅ……、僕のお気に入りなのにぃ!!」

 

 そんなこんなで、貴方はヘスティアの世話になることになる。

 住処までの道筋、貴方はヘスティアをトレントの背に乗せて歩く中で話をする。

 

「一応、僕のファミリアには君の先輩にあたる子がいてね。挨拶は忘れちゃいけないよ?」

 

 挨拶は大事である。例え侵入してきた血の指(イカレポンチ)にもドーモ、血の指=サン。褪せ人です。オジギをして0.2秒でぶっ殺そうとするが、挨拶はするのだ。しないやつには壺大砲をぶち込むだけだが。

 

「それにしても、トレントくんはいい子だね〜。揺れが全く感じないからおしりが痛くないや!」

 

 ツインテールだった髪をポニーテールにしたヘスティアは自分を乗せて運ぶトレントの首筋を撫でる。

 美少女─実年齢は非公開─に褒められ撫でられたトレントはご満悦なのか軽快な足取りだ。

 貴方はそんな相棒に現金なヤツめと呆れる。他愛のない会話を続け、目的地に到着したのかヘスティアはその指を向ける。

 

「あそこが僕らの家だよ!」

 

 貴方はヘスティアの指した先を見つめ、それが目に映る。

 

 ───朽ち果てた教会が……

 

 貴方はヘスティアを見て、これっすか? と視線で訴えかける。

 ヘスティアはそれに対してこれっす、とアイコンタクト。

 

「ま、待つんだ君!! 確かに見た目はオンボロだけど地下室があるから!! そこで寝泊まりをするんだよ! 

 とうっ! 逃がさんからなー! 僕の髪留めをあげたんだからね! クーリングオフはきかないぜ!?」

 

 ヘスティアはトレントの背から貴方に飛び移り、肩車のような体勢となって視界を塞いで喚く。

 別にそう言われても貴方は逃げないことを伝え、喚くヘスティアを乗せたまま教会へとむかっていく。

 玄関の真上にある顔が上半分が崩れ、口元しか見えない女神像を見上げつつ、扉のない玄関口をくぐる。

 屋内な外観と負けず劣らずの半壊模様。屋根はあちこちに穴が開き、割れた床のタイルの隙間からは雑草の生え放題。

 空から振る日差しが辛うじてわかる程度の原型をとどめた祭壇を照らしていた。

 

「いつかはリフォームしたいんだけど、お金がなくてねぇ〜」

 

 たはは、苦笑いを浮かべて貴方から下りたヘスティアは先導し慣れた足取りで屋内を進み、祭壇の後ろに回ればそこにあるのは小部屋だった。

 薄暗い部屋には書物の納まっていない埃の被った本棚が連なり、1番奥の棚の裏には地下へと伸びる階段が見える。

 

 ここから先はトレントでは狭いために、貴方は相棒を霊体に戻せばゆっくりと階段を降りていく。

 深さはそれほどなく降りきった貴方は先に着いていたヘスティアが小窓から光が漏れる目の前の扉を開け放った、

 

「ベル君帰ったよー! ただまー!」

 

 身長的に僅かに屈んで貴方は扉をくぐって足を踏み入れれば、広がるのは地下室と言うには生活臭溢れる小部屋であった。人が暮らす分には、程々といった広さだろうか? 

 

「おかえりなさい神様! 今日は随分と遅かったです、ね…………って?」

 

 ヘスティアの呼び掛けに答えるのは部屋に入ってすぐ、紫色のソファーに座り、こちらに背中を向け本を読んでいた白い髪色が目立つ小柄な人物だ。貴方はその声におや? と反応する。随分最近、聞いたような声だ。

 そして、その人物は立ち上がりこちらへと体を向けた。色の抜け落ちた真っ白な髪、紅玉のような真っ赤な瞳、あどけなさの目立つ幼い顔立ちと全体的に華奢な体格。

 どこか兎のような雰囲気の少年を見て貴方はその名を思い出した。それと同時、貴方を見た少年は真っ赤な瞳を見開き固まる。

 

「いやー、ベル君! 聞いておくれよ!! ん? どうしたんだいベル君、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして?」

 

 固まる少年、ベル・クラネルに貴方は片手を上げて声をかける。

 

 ──HEY! 

 

 まさかの再会。世界は狭いと言うべきか、貴方は感慨深く思う。貴方の声にようやく動きだしたベルはヘスティアに尋ねた。

 

「か、神様! こ、ここ、この人って!!?」

 

「ふっふっふー、聞いて喜ぶんだベル君! 新しい家族がふえるぞぅ!」

 

「えぇ!? 本当なんですか!?」

 

 本当である。家族になるという意味はよく分からないが、貰うものは貰ったので貴方は暫く世話になる旨を伝える。

 事情が呑めたのか、ベルは喜色満悦といった様子で貴方に挨拶をした。

 

「は、初めまして? じゃないかな。えっと、改めて僕はベル・クラネルっていいます。あの時は助けてくれてありがとうございます!! それと、ようこそファミリアへ!」

 

「あれ? ベル君、彼と面識あったの?」

 

「い、いやー。ちょっと今日迷宮でですね───」

 

 詳しいことは端折るが、そこからベルが今日のおきた出来事を話しヘスティアに怒られたり、貴方に恩恵というものを刻もうとしたが出来なくて1悶着あったが瑣末な事だ。

 

「お、おいひいよぉ……。久しぶりのタンパク質だぁ!!」

 

「はふっ! もぐっ!! これ、とっても美味しいです!!」

 

 ベルとヘスティアと2人が勢いよくがっつくのは貴方が作った料理だ。

 料理、といっても貴方が持っていた食材を適当に鍋にぶち込み味付けを軽く整えた程度の寄せ鍋のようなものだが。

 しかし、2人からしたらつい最近まで3食芋、芋、芋のじゃが丸くん三連単である。味の違いはあるがさすがに連チャンでは飽きるし、何よりも成長期真っ只中のベルからしたら栄養の偏りが酷い。

 貴方がそれを聞いた時、さすがにないわー、と思ったので堪らずこうして料理を提供するに至ったのである。

 人間性やらなんやらがみそっかすレベルにまでイカれてる貴方ではあるが、ご飯に対する関心は並々ならぬこだわりである。

 というか、狭間の地にいた頃は食事とラニとの会話とトレントとの戯れだけが唯一の癒しである。メリナ? アレは空気みたいなものだから……(許さんメリ。メリメリしてきたメリ)

 

「うま! うまっ!!」

 

「朝昼晩、じゃが丸くんでウンザリしてたけど、神様が持って帰ってきてくれたものだから食べてたけど、普通のご飯がこんなに染みるなんて!!」

 

「ベル君! 君なんか失礼なこと言ってない? でも、目の前のご馳走を前にしたらどうでもいっか!!」

 

「「うまーい!!」」

 

 なにやらおかしくなってる2人を貴方は無視して今後の予定を立てる。恩恵というものを刻めなかったが、一応はヘスティア・ファミリアの一員ということとなった。

 明日にはギルドで冒険者として登録をし、迷宮に潜って金策を行い稼いだそれらを使ってこの建物の修繕を行うのが目下の目標だ。

 そこらの落ちてるもので弓矢の矢や投げナイフ、石鹸に解毒剤を作れる貴方からしたら建物の修繕くらい御茶の子さいさいだ。

 どうせなら貴方の愛するラニを祀る祭壇も作ろう。そうしよう。これはテンション上がる。



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3

ほぼ息抜きの適当に書いてるこの作品に高評価ありがとうございます。誤字脱字のご報告も大変助かっています。


「ここの道に向かって、ここを曲がっていけばギルドです。それで、受付の人に登録の旨を伝えれば冒険者登録ができますよ! じゃあ、僕は迷宮に行ってきます!」

 

 ベルは貴方にそう告げれば、手を振りながら元気よく走っていく。

 貴方は軽く手を振り返しつつ、背中が見えなくなったところで廃教会へと戻っていく。

 

 貴方がヘスティア・ファミリアの一員になった翌日、冒険者になるためどうすればいいかを2人に聞けばギルドという組織のある建物に行けばいいことを教わった。

 ベルは貴方に地図と道の進み方を教え、迷宮へと走っていく少年を見送った後、貴方はまだ眠そうなヘスティアに朝食の作り置きを用意しておく。

 

 渡された地図と目的地までの距離からざっとかかる時間を計算した貴方はオラリオを探索がてら早めに出るのであった。

 

 

 迷宮都市オラリオ。それは遥か昔の時代にまで遡る。

 とある大地にはとても大きく、深い穴があった。

 その大穴からは凶暴な怪物たちが現れ、地上の人々を襲い抗うすべのない人々は日々を恐怖に脅えていた。

 

 だが、それを見かねたのか人間の認識の埒外にある天界より超越存在"神"が現れた。彼らは力のない人々に恩恵を刻み、力を与えた。

 

 恩恵を賜った英雄達は怪物を打ち倒し、大穴に封をする。

 そして、時代は移ろい大穴の封の上には塔ができ、その塔を中心に人の生活領域が開発され気がつけば世界最大級の都市が出来ていた。それが迷宮都市オラリオ。

 

 かつて人々が恐れた怪物は巨万の富を生み出す金脈となり、人々が一攫千金を夢見、神々が怠惰で退屈な日々の脱却を願う。

 

 新たな英雄が生まれるのを夢見ながら日々を過ごす都市である。(オラリオ観光ブック冒頭より抜粋)

 

 

 貴方はなんて書いてあるか分からない冊子を読み終え、パタリと閉じる。

 視線をあげれば自分の並んでいた列が進み、ちょうど貴方の番がやってきたようだ。

 

うわ、ごつい……ンンッ!! ……ようこそギルドへ。なにか御用でしょうか?」

 

 貴方が進めば、カウンター越しに眼鏡を掛け、短く髪を切りそろえた顔の整った女がいた。髪から覗く耳の先端が僅かに尖っていることから何かの混種らしい。

 職員は貴方を見て僅かにたじろいだように見えたが、すぐに持ち直して営業スマイルを貴方に向けて要件を尋ねた。

 

 貴方はそのギルド職員に冒険者登録をしたい旨を伝えれば、職員は慣れた様子で引き出しの中から数枚の書類とペンを貴方へと渡す。

 

「こちらの書類にお名前、年齢、種族のご記入をお願い致します。

 ファミリアに所属し、既に恩恵を賜っていた場合はこちらに所属ファミリアの名前とレベルをお願いできますか?」

 

 貴方は頷き、サラサラと書類にペンを走らせていく。

 ものの数分で必要事項を書き終えた貴方は書類を職員へと提出した。

 

「確かに受け取りました。では確認させ……て…………うぅん?」

 

 職員は貴方から渡された書類の記入事項の確認のため、上から順に見て言ったのだが視線が下がっていくにつれてその整った顔が曇っていく。

 はて、なにか不備があったのだろうか? 貴方は首を傾げて職員の反応を待っていればようやく口を開いた。

 

「……申し訳ありませんが共通語での記入をお願いできますか?」

 

 共通語? 貴方は言われて頭の上に疑問符を浮かべる。貴方の書いた文字は狭間の地で使われていた言語であるのだ。……と、そこまで考えて貴方は理解した。

 何故か言葉は通じているが、この世界の文字はそういえば読めないのであったことに。ならば逆もまた然りだろう。貴方に読める文字が逆にここの世界の住人が読めるという訳では無いのだから。

 

 貴方は職員に謝罪して代筆を頼むことにした。貴方は思慮深い褪せ人だ。自分の思い通りに行かないことがあって暴れるのは南瓜頭の狂兵にもおとる愚者である。ワタシカシコイアセビト。バンゾクチガウ。

 

「かしこまりました。では御手数ですが、先程記入した内容を復唱して貰えるでしょうか?」

 

 職員に促され、貴方は先程記入した内容を一語一句同じことを復唱した。

 名前(覚えてないので適当なやつ)、年齢(覚えてないので適当)、種族(褪せ人って人間だよね)。

 そして所属しているファミリアはヘスティア・ファミリアと言った所で。

 

「え、ヘスティア・ファミリア!?」

 

 今度は一体なんなんだ? 貴方は突然騒ぎだした職員にジト目で見れば、自分に周囲の視線が集まってることに気がついたのか恥ずかしそうに顔を俯かせるのであった。

 

 

 

「す、すいませんさっきは取り乱してしまって」

 

 ペコペコと頭を下げて謝る女職員、もといエイナ・チュールの謝罪を貴方は大して気にした様子もなく顔を上げるよう促す。

 現在、貴方たちは個室の面談スペースにいた。さっきの出来事の後に貴方は彼女に案内されたのだ。

 

 話を聞いたところ、どうやら彼女はベル・クラネルの担当アドバイザーと言うやつで彼が冒険者になった頃から何かと世話を焼いている間柄らしい。

 それに、たまたま彼の所属しているファミリアが貴方と同じくヘスティア・ファミリアだったので驚いたのだそうだ。

 

 それも仕方ないだろう。ヘスティア・ファミリアの構成員は実際は駆け出しのベル1人に主神がバイトで生活費を稼いでる零細も零細の貧乏ファミリアだ。

 それが、貴方のようないかにも手練といった風体の存在が入るだなんてよっぽどの物好きか酔狂な人物と思ってしまうだろう。

 

 まぁ、別に貴方の考えとしてはヘスティアから貰った髪留め程度しか居座る気はないので、貴方の琴線に触れるようなものがあればすぐにでもヘスティア・ファミリアからは去るつもりだ。

 

 貴方はエイナ・チュールと世間話を程々にササっと冒険者登録をしてもらえば目的のひとつをやってもらうことにした。貴方はエイナに換金は可能か? と尋ねてみれば。

 

「ええ、可能ですよ。ギルドの業務内容は多岐にわたりますが基本的には冒険者の皆様が迷宮で手に入れた魔石や怪物の素材などの買取、サポートが主ですから」

 

 ならば話は早い。貴方は迷宮内で獲得し、ルーンに還元していた多量な魔石や素材の数々を取り出した。

 小さいものや大きいもの。まさに多種多様なそれらはゴトゴトと大きな音を立てて机の上に落下し、重さに耐えきれなくなったのかミシミシと机の足が音を立てて破壊された。

 それでも出てくるのは終わらず、小部屋のスペース全てを埋め尽くす速さで放出を行う。

 

「へ…………?」

 

 突然の出来事にエイナの目が蛇人みたいに点となる。

 突如貴方が手を掲げたかと思えば、机の上に虚空から落下する魔石や素材の数々。中には小指ほどの大きさの魔石から小人族位のモノ。在り来りな怪物の素材だったり更には教本でしか見たことの無い深層域のものだったり、挙句には見たこともないようなもの見える。

 

 気がつけば机の足が壊れ、足元を埋めるほどの素材が転がってくるが貴方は放出する手を止めることは無い。

 

 どうやってこれ程のものを? そもそもどこに持っていた? 

 いや、その前にこれはスキルなのか? 

 

 エイナの頭の中にはそんな疑問が現れては消えていく。半ば現実逃避のように思っていたが、目の前の光景は何度瞼を瞬かせても消えることは無い。

 

 エイナは段々と思考が追いついてきたのか、それともコトのやばさに本能で気がついたのか慌てたように声を上げる。

 

「と、止めてぇ!! お願いだから止めて下さぁい!? ほんと、とめ、と……止めろって言ってんでしょ!?」

 

 叫び、エイナは足元に転がっていたなナニカの角を掴んでフルスイング。

 火事場の馬鹿力だろうか、普段なら持ち上がらいような重さのソレは見事なフォームで振りかぶったかと思えば、これもまた見事な軌道を描いた。

 空気を割いて飛んでいくソレは丁度貴方の頭があるところにぶつかった。

 小気味良い音を上げ、貴方の首はグキリと嫌な音を立てたかと思えば、割とヤバメな感じで曲がったでは無いか。

 

 貴方は作業の手を一旦止め、兜の角飾りを掴んで強引に首の向きを直す。

 ゴキ、ゴキ、ゴキッ! と少々不安になるような音を立てて首は元の向きに戻り何度か動かして感覚を確かめれば貴方はエイナに向け、なんですかコノヤロウ? と感情ののせた視線を送るのだった。

 

「なんですかコノヤロウ、じゃないんですが!? なんですかこの沢山の素材や魔石は!? 

 というか明らかに隠してました、という量じゃありませんよね!? 

 どんな手品ですか!?」

 

 見ての通りですが何か? 貴方はエイナの疑問に頭の悪いやつ(知力6くらい)を見るような目をしながら答えた。

 目の前の現実を素直に受け止めないのは頭が悪い証拠である。可哀想に……。貴方は心底哀れみを込めてヤレヤレと肩をすくめる。まったく、こういう輩との会話は実に疲れるものだ。

 

「ッッッ!!?」

 

 そんな貴方に対し、エイナは何かを叫ぼうとしたが。

 

「一体何事だチュール! こちらにまで騒ぎ声がきこ、え…………なんだこれはぁ!?」

 

 突如として面談スペースの扉が開かれたかと思えば、そこからはでっぷりと肥え太り、たるんだ腹を揺らして額に脂汗を浮かべテラテラとした光沢を放つ醜い存在がいた。

 貴方はサイズの縮んだ神肌の巨漢のようだと思いつつ、神肌の巨漢もどき(ソイツ)に向けて足元のこれらを指さして早急に換金することを告げるのだった。




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4

なんか閲覧してる人達がめちゃくちゃ増えてビビってました。
あと評価や感想多くてビックリですね。それだけ楽しみにしてくれる人がいるので嬉しいやら怖いやら。


 貴方は軽快な足取りでギルドの外へと出ていく。その手にはズシリと詰まった麻袋が握られていた。

 インベントリを無駄に圧迫していたゴミの処理で金が貰えるなどボロい商売ではなかろうか? といっても、全部が全部換金を終えたわけではない。

 

 あの騒いでいた豚もといロイマンをビンタで黙らせつつ、貴方が持ってきた素材は未知の素材に加えて高額なものが多かったことにより査定に時間がかかること。

 貴方1人だけのために換金をさせてはほかの冒険者の換金するための金が金庫からなくなってしまう等とロイマンとは別の桃色の髪が目立つ職員に半泣きで言われてしまい、取り敢えずは可能な範囲で最大限貰える分だけ貰ったというわけだ。

 

 そして、後日に査定が終わり次第、定期的な形で一定額が貴方に渡されることになった。

 

 なお、インベントリにはまだまだ残ってることを言ったら面白いことになりそうではあったのだが、貴方は心優しい褪せ人だ。それを伝えるのは後日にすることにした。(伝えられたギルド職員の胃は破壊される模様)

 

 貴方は目的のひとつである冒険者登録を終え、次はどうするかと考える。

 

 迷宮にもぐるのも悪くは無いが、まだまだ未知のものが多いオラリオを見て回るのもいいだろう。善は急げとばかりに貴方は歩き出す。

 

 そして、

 

「俺が! ガネーシャだ!!」

 

 貴方は半裸の変態とポージング勝負をしていた。

 

「いよっ! 肩にちっちゃなウダイオスが乗ってんかい!?」

 

「ナイスバルク!」

 

「土台が違うね!!」

 

 貴方は頭の装備はそのままに鍛えられた肉体を惜しげも無く晒し、観衆(主にマダムたち)たちはポーズが決まる度に黄色い声を上げる。

 

 貴方と対峙する者はガネーシャという浅黒い肌に顔を半分象をもした仮面で隠した神だ。

 

 何故、貴方がこうして街中で突発ボディビル大会を行っているかは数刻ほど遡る。

 

 貴方はオラリオの街中を屋台で買った沢山の食べ物を片手に散策していた時。

 

「俺が! ガネーシャだ!」

 

 そんな大声に続けて歓声が聞こえてきたのだ。

 面白そうなこと(イベント)なら取り敢えず首を突っ込め、なスタンスの貴方に無視するという選択肢はハナからないため人垣を掻き分けて声の中心部へと向かっていき、そこにいたのは。

 

 その男はまさに芸術だった。

 

 褐色の肌には玉のような汗が浮かび、引き締まり余分な脂肪のない鍛えられた筋肉が躍動する。

 胸筋はプルプルと弾み、6つに割れた腹筋は実に硬そうではないか。

 なによりも、その顔に着けた仮面。何故に象? というかなんで衆人環視の前でポージングしてんの? 

 というかなんで周りの人達は通報するまでもなく、逆にもっとやれーとかかっこいいと言ってるのだ? 

 と、普通の人なら思うことなのだが貴方はワナワナと身体を震わせ胸の内で叫んだ。

 

 ───コイツ、出来るッ!? 

 

 貴方は戦慄した。いつ後ろから掘られるか狙撃されるか分からないというのにコイツは鎧をつけず、おまけに自分の位置をさらけ出すようなことをしている。つまりこいつは変態(強者)であるということを貴方は理解した。

 

 ならばこちらも脱がねば無作法というもの……。

 

 貴方は鎧をその場で脱ぎ捨て、確りとした足取りでその男の前へと進んでいく。

 

「む? このガネーシャに何か用か?」

 

 ガネーシャはポージングを維持したまま全裸になった貴方に問いかける。

 それに対し胸の厚みを横から見せ、体の太さや背中、脚、肩など各部位の厚みを強調するポーズ……貴方はサイドチェストで応えた。

 

「何っ!?」

 

 ガネーシャは筋肉(本能)で理解した! 目の前の存在は己への挑戦者だと! ならば、その挑戦受けなければ失礼といえよう。

 

「俺が、ガネーシャだ!」

 

 上体を逸らし、胸を張るように両腕を上げて大きく力こぶを作るダブルバイセップスを行った。

 貴方も負けじとポーズを変え、背中をガネーシャへと向ければ腰に手を当て背中の広さを全面にアピールするラットスプレッドを。

 

「なかなかやるな!! ならば、これだ!!」

 

 

 ・

 

 ・

 

 ・

 

 

 時間は戻り貴方VSガネーシャの突発ボディビル大会が勃発したのだ。

 戦いは熾烈を極め、一進一退の攻防が繰り広げられる。

 貴方たちの周りには気がつけば採点をつける者たちもおり、ポーズが決まれば得点の書かれた札を掲げ、貴方とガネーシャにポイントされていく。

 

 そして、

 

「合計得点を比べ、僅差で挑戦者の勝ちです!」

 

「フッ、実に見事だった! 君もまさにガネーシャだ!!」

 

 貴方はガネーシャと熱い握手をかわし、健闘を讃え合う。

 貴方は基本、神なんて肥溜め以下のドグサレクソボケ死に腐れの─以下数十行にも及ぶ罵詈雑言─という存在と思っているが、目の前の神は例外とみてもいいだろうと貴方は思う。

 

「では、勝者には『これでいつでも君もガネーシャだ! 仮面』を贈呈します」

 

 貴方はガネーシャが付けている仮面とほぼ同じデザインのものを受けとった。

 

「うむ、次は俺が勝たせてもらおう!」

 

 さらばだ! ガネーシャが言えば、恐らく配下らしき数人を引連れて去っていく。

 貴方は彼らを見送れば、突発ボディビル大会は終了したのだった。

 

 貴方はマブが出来たことに加えて中々イカすものが手に入って御満悦だ。ギルドで金を貰った時よりも機嫌が良さそうにも見える。

 

 空は夕暮れ時、貴方は思ったよりも夢中になっていたのか今日はもう廃教会へと帰るためにゆっくりと歩み始めた。

 

 程なくして、

 

「あ、おーい!」

 

 そんな声が聞こえてくる。貴方は足を止め、振り返れば元気よく手を振って貴方のもとへと走ってくるベルがいたでは無いか。

 貴方は彼に向けて軽く手を挙げて返せば、少年の顔を輝かせる様を見て、人懐っこい愛玩動物のようだと思う。

 

「奇遇ですね! 貴方もこれから本拠に帰るところですか?」

 

 ベルに尋ねられ貴方が首肯すると、丁度いいからとベルと共に帰ることになった。

 道中、ベルは今日あったことを事細かく貴方に言い、貴方は適度に相槌を打つ中でベルの動きに僅かな違和感を覚えて。

 その事を指摘すれば、ベルは恥ずかしそうに頬を掻きながら言う。

 

「実はゴブリンに不意打ちでやられちゃって……。

 大した怪我じゃないのでポーションを使うのが勿体ないから自然に治るまで放置ってところです」

 

 回復アイテムの節約は大事だ。貴方がまだまだ狭間の地を巡っていた序盤の頃は聖杯瓶の使用回数が少なく、肝心な時に無くなっていて死んだのは懐かしい思い出だ。

 別に今も使い切らないわけではないが。

 

 貴方は過去の思い出を懐かしみながら左手に聖印を装備し、ベルに回復祈祷を放った。

 

 黄金の光がベルの体を包み、貴方の突然の行動に両手を上げてガードの体勢をとっていたが何も無いことに気がつき恐る恐る目を開ける。

 

「い、今のって……アレ?」

 

 ベルは言い終わらぬうちに気がついた。体の痛みが無くなっていることに。

 その場で体の調子を確かめ、ベルは事情が呑み込めたらしい。

 

「……ひょっとして、魔法で怪我を治してくれた感じですか?」

 

 魔法ではなく祈祷なのだが、貴方は訂正するのも面倒なので否定せずに肯定すればベルは頭を下げる。

 

「ありがとうございます!」

 

 これくらい安いものだ。貴方はそう考えながら、ベルと共に帰路を進んでいく。

 余談だが、本拠で貴方が換金した金銭をヘスティアに渡したらベルと揃って面白いくらい悲鳴をあげていた。




多分次くらいでダンジョン潜る・・・かも?


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5

メリクリ!


追記、1部に加筆修正させてもらいました。


「ブォオオ!!」

 

 1体の山羊頭の怪物が貴方へと大きく棍棒を振りかぶる。

 粗悪な棍棒を手にしたソレを貴方は僅かに体を逸らすことで交わし、右手に持った剣"夜と炎の剣"ですれ違いざまに上半身と下半身を真っ二つに切り裂く。

 

 ──まず1匹

 

「ボアッ!!」

 

 貴方は続けて体の回転エネルギーを利用し、そのまま左手の"エオヒドの宝剣"で戦技を発動。

 赤みを帯びた金色の刀身に血のような赤いオーラが絡みつき、貴方の手から離れれば独りでに宙を舞い敵を貫き、巨体が地面へと沈む。

 

 ──続けて2匹

 

「ブアァ!?」

 

 最後の1匹へ視線を巡れば、既に逃走へと移行しており俊敏な動きで貴方から着実に距離を離していた。

 貴方は2本の剣をルーンへと還元し、別の武器を取り出した。

 

 掲げた右手には槍に樹木が生えたかのような武器"シルリアの樹槍"が現れ、それをくるりと手で弄ぶ。

 槍投げのごとくシルリアの樹槍を構えれば貴方の魔力を流し込み、記憶されている戦技が起動した。

 穂先から轟音を轟かせて黄金の風が渦巻き、今か今かと開放される時を待つ。

 

 貴方は狙いを定め、貯めた力を解放する。

 穂先からは嵐の如き一撃が放たれ、壁や地面を削りながら突き進んでいき逃げる敵を背後から貫いた。

 上半身は消し飛び、残った下半身は何歩か進めばドサリと音を立てて倒れると同時に灰へと還る。

 

 貴方は周囲に敵が居ないことを確認すれば警戒を僅かに解き、足元に転がる存在"フォモール"の背中へ剣を突き刺せば核たる魔石を抉りとった。

 

 死骸は数秒とたたずに跡形もなく灰へ変わり、どこかへと吹いていく。

 どんな原理で死骸がこうなるかは貴方には分からない。狭間の地でも貴方が殺した敵の中にも死体を残さずに消えるのもいたが、アレらは基本的には膨大なルーンを内に宿す強敵限定だ。

 

 貴方は魔石をマジマジと観察していたのがいけなかったのか、突然横からの衝撃。そして視界がぶれる。

 

 かなりの速度で何度も貴方は地面をバウンドし、ゴロゴロと転がっていく。

 貴方は冷静に体が宙に浮いた瞬間に合わせて体勢を整え、シルリアの樹槍を地面に吹き刺して立ち上がれば、貴方は下手人を睨みつけた。

 

 目につくのは見上げるほどの漆黒の巨体。そして貴方を睨みつける単眼だ。

 

 後で知ることになるが、この怪物の名は"バロール"。階層主とよばれる迷宮の一定層ごとに生息するいわばボス。

 

 貴方はゴキゴキと首の関節を鳴らし、シルリアの樹槍を振るう。

 坩堝の騎士の鎧が頑強なのに加えて、貴方の肉体はルーンにより限界まで強化されている。

 せいぜい骨にヒビが入った程度のダメージは貴方にとって殆どノーダメである。

 そもそも不意打ちで殺せない時点でたかが知れてるのだ。それはそうと目の前のこいつは殺すと貴方は決めた。

 端的に言えばオコである。

 アセビト、オマエコロス。

 

 目には目を歯には歯を。ビンタにはアズールブッパかちいかわ連打。

 狭間の地において、やられたら殺り返すのが基本だ。

 

「ゴアアァァァァァアッア!!!」

 

 取り敢えずは倍返しでその目ん玉はほじくり出す。

 

 

 

 ○

 

 

 

「……えっ?」

 

 夕刻、貴方はバロールを一乙しつつもぶち転がし廃教会へと戻っていた。

 貴方は椅子に座り、机の上に広げたものと睨めっこしている横でベルの素っ頓狂な声が聞こえてきた。

 

 貴方はチラリと見れば、なにやら羊皮紙を穴が空くくらい見つめており貴方は興味が失せたのかすぐに視線を戻してしまった。

 

 程なくして。

 

「ボクはバイト先の打ち上げがあるから、それに行ってくる。君もたまには1人()で羽を伸ばして、寂しく()豪華な食事でもしてくればいいさっ!!」

 

 と、ヘスティアの叫びと音を立てて閉じられるドア。

 地下室の中で耳が痛いくらいの静寂が訪れ、唯一聞こえてくる音は壁にかけられた時計の針の刻む音と貴方が紙にペンを走らせる音だけだ。

 

 貴方はこの世界の文字が読めない。何時までも読めないままだと過ごす上で苦労するだろう。

 溢れ出る知性(知力99)を活かして貴方はこうして頭に叩きこんでいた。(なお、紙の端っこにはデフォルメされたラニの落書きが沢山ある模様)

 

「……あの、僕もちょっと今日は晩御飯を外で食べる約束をしてて」

 

 気まずそうにベルがおずおずと切り出した。

 貴方はそのことに少し思案すれば、同行してもいいか聞いてみた。

 

「全然構いませんよ! 実は1人だと心細かったから助かります」

 

 ということで貴方は勉強をサボ……息抜きのため、ベルと共に外食をすることとなった。決して面倒くさくなったり飽きた訳では無いのだ。

 アセビト、ウソイワナイ(曇りなき(まなこ)

 

「ここ、ですかね?」

 

 他の商店と同じ石造りで二階建ての奥行きのある建物を見てベルが立ち止まる。

 店の名はベルが言うには"豊饒の女主人"という酒場らしい。

 外からでもわかるくらいの喧騒が聞こえ、どうやらかなり繁盛しているのがわかる。

 

 貴方とベルは入口から店の中を窺えば、恰幅のいい女が豪快に笑いながら客たちに酒や料理を振舞っていた。

 厨房では混種の少女たちが動き回っているが、衛生関係は大丈夫なのだろうか? 

 

 加えて、給仕たちは眉目秀麗の女たち。男はどうやらいないらしく、貴方はなんとなく店の名前の由来を察した。

 

 貴方はそんなことを思いつつ、ベルの方へ視線を向ければ何故か顔を赤面させており二の足を踏んでいるのが見えた。貴方は何してんだこいつと思いながらいると。

 

「ベルさんっ」

 

「うわぁっ!?」

 

 突然横から聞こえてきた声。ベルが面白いくらい驚いてる横で貴方は声のする方を見た。

 

 そこには酒場の給仕たちと同じ制服を纏った少女が立っていた。街ゆく人々に聞けば誰しも美少女と表せる整った顔立ちの少女を見て、貴方は思った。

 

 ──何故ここに神がいる? 

 

 上手く隠せてはいるようだが、貴方の目は誤魔化せない。

 ベルと楽しげに話す(ゴミ)がようやく貴方に気がついたのか、ベルに尋ねる。

 

「ベルさん、この人は?」

 

「あ、えっとこの人は僕と同じファミリアにいる人なんです」

 

「まぁ、そうなんですね? 初めまして、私は"シル・フローヴァ"っていいます」

 

 (ゴミ)は貴方へ名を名乗るが、恐らくというか確実に偽名だろう。

 貴方は腰から提げた夜と炎の剣の柄を触りながら思案する。

 

 この場で神経を逆撫でするその首を跳ねるのも良い。邪魔者は全て殺すのも構わない。

 だが、それはいつでも出来ることだ。

 

 とりあえず今のところは放っておこう。貴方は温厚な褪せ人だ。たとえ蛇蝎のごとく嫌っている(ゴミ)だろうと理由無く殺めるのは面倒が勝る。

 貴方は敬愛するラニの配下であり伴侶だ。貴方の行動がラニの顔に泥を塗ることになるのは回避したいのだ。(既に手遅れとか言ってはいけない)

 

 柄から手をおろし、貴方は今すぐ唾を吐き捨て首を跳ねたくなる衝動を押さえ込み、比較的常識的に挨拶を行った。

 

 ワタシアセビト、オマエブチコロガシタイ(ヨロシクネ)

 

 本音が漏れてる? ハハッ、気のせいである。良いね? (狂い火スマイル)

 

「ふふっ、では改めて。いらっしゃいませ。おふたりとも」

 

 貴方とベルは空きっぱなしだった扉をくぐり、シルが澄んだ声を張り上げる。

 

「お客様二名入りまーす!」

 

 シルが先導し、その後ろを小柄な体をさらに縮こませたベルと貴方が続き店内を進んでいく。

 

「うわ、すげぇ全身鎧(フルプレート)だな……」

 

「あの剣かなりの業物だな」

 

「ハッ、装備に金かけてるだけの新米だろ? どーせすぐに現実を思い知るさ」

 

「なんだあの兜……? 犬?」

 

 なにやら店内の客がヒソヒソと話すが、貴方は反応どころか認識すらしていなかった。

 道行く人間が地べたの虫けらや石ころに意識を割くか? つまりはそういうことである。

 

 堂々とした足取りで進めば、案内されたのはカウンター席の角の部分だった。

 

「では、こちらにどうぞ」

 

「は、はい」

 

 ベルは壁側の方へ、貴方は広がっている方の席に座れば。

 

「アンタらがシルのお客さんかい? にしても、そっちのは可愛い顔してるねぇ!」

 

 カウンターから乗り出してきた女将がベルに声をかける。

 ベルはそれに大して半ば暗い視線をぶつけていることから、どうやらコンプレックスのようだ。

 女将は続けて貴方へと視線を向ければ、貴方の装備を一目見ただけで実力を理解する。

 

「アンタ、なかなか腕が立つね……? ここいらじゃ見ない顔だね」

 

 ミアから問いかけに貴方はここ最近冒険者になったこと、この街に来てから日が浅いことを伝えれば。

 

「そうかい! じゃあ初めての外食がここを選んでくれるなんて光栄だねぇ。シルからはアタシらが悲鳴を上げるほど大食漢だって聞いてるからね。じゃんじゃん金を落としていってもらおうかね!」

 

 ミアガ豪快に笑って言えばベルが慌てたようにシルを見る横で貴方は置かれていたメニュー表を手に取る。

 簡単な文字程度なら理解できるようになった貴方は書かれたメニューにざっと目通したのち、それを閉じて元あった場所に戻してミアに告げた。

 

 ──とりあえず、メニューにあるもの全部

 

「「「!!!?」」」

 

 注文を聞いてベルを含んだ(主に財布の中身の心配)この店の従業員一同驚いたように貴方を見る。あなたはその視線に不敵に微笑みながらミアにお手並み拝見だといわんばかりにしていれば、挑戦と見たのか彼女は凄みのある笑みをにじませて口を大きく開いた。

 

「聞いたね娘ども! お客様の注文だ、気合い入れなぁ!!」

 

『はい!!』

 

「何考えてるんですか貴方はぁ~!!?」

 

 さらに慌ただしく動き出した従業員たちをバックにベルが貴方になさけない悲鳴をこぼしながら詰めかけるが、貴方は笑うのみだ。

 

「品が来るまでこれでも飲んでな!」

 

 貴方の肩を掴んで揺さぶるベルの好きにさせてれば二人の前にジョッキが置かれ、何を言っても無駄と悟ったのか(諦めたともいう)ベルは椅子へと座ってジョッキの中のものを豪快に煽ったのであった。

 貴方もそれに続き、注文した品が来るまではチビチビと飲み始める。

 

 少し待たされたがあなたの注文した料理は無事に運ばれ、カウンターの上には所狭しと鮮やかな料理が並べられ匂いだけで貴方は気分が高揚してきた。

 うきうきと貴方は手にしたフォークで肉の揚げ物を刺し、口へと運び咀嚼する。

 

 ──うっま……

 

 噛めば噛むほど肉の繊維が解け、肉汁と香辛料の風味に肉本来の旨味がバランスよく口中に広がり貴方は感嘆の息を零した。

 ベルも同じなのかさっきまでお通夜のような空気は鳴りを潜め、次々と皿の上の料理へ手を伸ばして口へと突っ込んで頬を膨らませおり、その様は齧歯類のようだと貴方は思いながら次の料理を吟味する。

 

 あれだけあった大量の料理の過半数が貴方の胃の中に消えるか、トレントのためにルーンへ還元した頃に店内がにわかに騒がしくなった。

 貴方は魚の蒸し焼きを齧りながら首を向ければ十数人の団体客が入店しており、普通の人間や何かの混種や亜人という雑多な者たちが見える。続けて言えばその誰もが眉目秀麗と評せる顔立ちだが貴方からしたらどれもこれも雑草見た時のような感覚しか無かった。やはりラニ様こそ至高である。

 

 実力はあるようだが、貴方からしたらどれも警戒するに値しない雑魚であり、視線を料理に戻して食事の再開をする。

 後で知るが彼らはこのオラリオの中でも最強と言われる二つの派閥のうちの一つのロキ・ファミリアという者たちだ。

 だが貴方にとってラニを除く他者は基本的に無関心である。

 実際いまだに貴方はべルの名前は覚えておらず、この場でこの少年が死のうとも眉を顰める程度で数秒後には食事の手を再開するだろう。

 

 だからだろうか、ベルがシルに声をかけられていても気が付かず、あのグループの中の一人を注視し、1人の混種が騒ぎ、その言葉にベルが椅子を蹴飛ばして立ち上がれば店の外へと飛び出して行ったことに気がつくことは無かった。

 

 貴方はベルがどこかへと行ってしまったことに気が付かず、黙々と食事を続けていれば。

 

「すまない、少し……いいかな?」

 

 声をかけられ、貴方が視線を向けるとそこには金髪の少年が立っていた。

 貴方は視線をもどし、食事を再開させる。雑草の相手をするほど貴方は暇では無いのだ。

 

「ちょっと、アンタ! 団長が声かけてんのに無視するなんていい度胸じゃない!」

 

「ティオネ、非は僕らにある」

 

「団長! けど……」

 

 と、今度は露出度の高い蛮族のような格好の長髪の女が声を荒らげるがソレを先程の少年が制し、渋々と言った様子で女が引き下がる。

 貴方は心底面倒くさそうにしながらジョッキの中の酒を飲み干し、ようやく向き直る。その過程でベルが居ないことにも気がつく所が貴方らしいともいえる。

 

「食事の邪魔をしてしまって申しわけない。実は————

 

 その少年(フィン・ディムナと名乗る)、フィンがいうには自分たちの手違いで何時かの牛頭(ミノタウロス)を取り逃し、その後始末の過程で一人の冒険者を殺しかけたこと。

 その冒険者の特徴がいつのまにかどこかへ消えていたベルとそっくりだったこと。

 フィンの仲間がそのベルに対して侮辱しあまつさえ、何人かが同じように嘲笑したことを貴方に説明を行った。

 

 貴方はその話を聞き、ミアに追加のメニューを頼んだのちに心底くだらないとばかりに肩をすくめた。

 

 その程度、だからどうしたというのだ? 

 

「っ! 君は自分の所属するファミリアの仲間が死にかけたというのに〝その程度〝で済ますというのか?」

 

 フィンは貴方の言ったことに驚いたように詰めるが、貴方はそんなくだらないことにいちいち説明せねばならないのか? という目の前の雑草の頭の悪さに心底うんざりした様子でいいきかせた。

 

 そもそも貴方はヘスティアのところに世話になってるが仲間意識というものはないし、ベルがどこで何をしようが、迷宮の中で死のうがどうでもいいのだ。

 それに冒険者というものは結局のところ自己責任という言葉が付きまとう。その過程で死ねばただベルが弱かったというだけだ。

 お前たちのミスやらなんやらで貴方が迷惑をこうむったことではないのに律儀なものである。お前たちのような道端の石ころや雑草程度の存在が酒で酔い、あの少年を笑い話の肴にしても構わない。

 

 話は終わりだと、貴方は絶句しているフィンと女の存在を意識から消し飛ばし食事を再開させようとするが……

 

「テメェ、なんつった?」

 

 険悪な声、貴方は無視してステーキにさあ食いつこうとした瞬間。

 

「ベート、やめ————

 

 後頭部に衝撃、貴方の視界がぶれ破砕音とともに料理を巻き込んでカウンターへ顔がめり込んだ。

 

 痛いくらいの静寂が店内に訪れる。店の中にいるものたちの視線はすべてカウンターに頭をめり込ませて停止してる貴方にそれをやった犯人らしき青年に集中していた。

 ここで思い出してほしい。狭間の地においてやられたらどうするかということを。

 

 貴方は自分でも温厚なほうだと自負している。何と言われようがたいていの悪口は許すし、ケツを掘られてもそれは自分が背後を取られたことによる自己責任だ。この先お宝あるぞと言って崖の下をのぞいて突き落とされてもビンタ一発で許す程やさしいのだ。

 だが、そんな貴方でも許せないものがいくつかある。まず貴方はラニを貶められればその相手をどんな手を使ってもぶっ殺す。

 もう1つエオニアの沼を突っ切ってたら侵入してくる闇霊。

 もう1つは円卓の奥に進んだら初見で侵入してきやがったクソ闇霊。

 もう1つは混種の戦士と坩堝の騎士のダブルだ。

 もう1つは英霊墓にあるチャリオットだ。なんなのだアレは? 排泄物が過ぎるぞ。

 もう1つはあのにっくき神肌の2人である。なんだアイツらは2人と言っておいて2人では無いでは無いか。クソとクソがかけ合わさってクソオブクソである。

 そして、もう1つは食事の邪魔をされることだ。

 

 モノを食べるときはね、誰にも邪魔をされず、自由で。なんというか、すくわれてなきゃあダメなんだよ。独りで静かで豊かで…………

 

 まあ、つまりなんて言いたいかと思えば貴方はこの犬ッころはぶっ殺すと決めたらしい。

 




やめて!ルーンでカンストまで強化した貴方がバフを盛りまくってガチ装備でベートをぶん殴ったら消し飛んじゃう!

お願い死なないでベート!

あんたがここで死んだらレナがどうなっちゃうの!?

ライフはまだ残ってるわ!!ここで踏ん張らないでどうするの?

次回!ベート死す!デュエルスタンバイ!!


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6

今年最後の投稿!!
そして、皆さんベート殺せコール多すぎてビビりましたよ。
どんだけ皆さんベートを褪せ人さんにぶち転がして欲しいんだよ・・・・。

オマケに感想評価がスゴイきてビックリしてます。
初めての体験ですね。
感想の返信は多すぎて控えさせてもらいますが、きちんと目を通させてもらってますので!!

追記、1部加筆修正させて頂きました


 貴方がそう思った瞬間の行動は早かった。

 カウンターにめり込んだ頭を引っこ抜き、自由になれば貴方は固くこぶしを握り締めて至福のひとときを邪魔した罪人に叩き込んだ。

 

 音速を超える右ストレートを捉えることのできなかった混種は顔面のど真ん中で拳を受止めてしまう。

 ミシミシと鎧越しに貴方の拳が肉にめり込み骨を砕き、鮮血が宙を舞い凄まじい勢いで混種の体が殴り飛ばされていく。

 

 真っ直ぐに混種の体は酒場の出入口の戸を巻き込み、見えなくなれば何かを巻き込む音の後に外からは民衆のどよめきが聞こえてくる。

 

 貴方はミアに迷惑料と弁償代の意を込め、ルーンに還元していたヴァリスの詰まった麻袋と大小いくつかの魔石と怪物の素材をカウンター端に置き、追撃のために歩みを進めようとすれば。

 

「喧嘩はいいが、アタシの店先で殺しをしたら出禁にするよ? 

 それと、終わったらあの坊主を必ずここに連れてきな。話はそれからだよ」

 

 と、ミアに言われた。

 貴方はこの酒場の料理を甚く気に入ったのだ。出禁になってしまえば食べることが出来なくなってしまう。

 

 その約束を違えないことを貴方は敬愛するラニの名に誓った。

 

 貴方は料理人には敬意を払う褪せ人だ。ここは彼女の顔を立て、あの犬っころは殺す1歩手前程度に留めてやることにした。

 なんて慈悲深いのだろう。食事を邪魔することは万死に値する行為だというのに、それをここまで譲歩した事実を知れば犬っころは感涙にむせび泣くに違いあるまい。

 

 左手に聖印を装備し貴方は歩きながら補助祈祷を使用する。

 宙に掲げた聖印が光れば黄金樹の紋章陣が現れ、祈祷"黄金樹に誓って"が発動し続けて今度は別の補助祈祷を使用した。

 聖印に真紅の炎が灯り、"火よ、力よ! "が発動。ソレを貴方は胸元へと叩きつけるように当てれば身体からは同色のオーラが立ち上る。

 

 本来ならこの次に戦技"王騎士の決意"などのバフを使用するところだが、貴方はフェアプレーを好む褪せ人だ。

 さっきの混種は見たところ武器を持っていなかったのでこちらも素手で相手をすることにしたようだ。尚、バフは盛りまくることについてはレギュ違反では無い。いいね? 

 

 そんな準備万端な貴方が戸が壊れた扉をくぐれば。

 

「死ねぇ!!」

 

 そんな声とともに貴方の首を刈り取るように横なぎの蹴りが放たれる。

 貴方はその攻撃を避けることはせず、貴方の首筋に当然のように蹴りが叩き込まれた。だが、高い強靭により貴方の足は大樹の根のようにしっかりと地面を踏み締めており、僅かに体が揺らぐのみだった。

 

 確実に息の根を止めるつもりで放った全力の蹴りに効いている様子がなかったからか、貴方の目には混種の顔が面白いくらいに固まっているのが見えるではないか。

 

 当然、貴方はそんな隙を見逃すほど優しくはない。

 

 貴方の腕が混種の足を掴み、カンストまで強化された筋力を惜しみなく活用し勢いよく石畳へと叩きつける。

 

「ガッ……ハァッ!!?」

 

 放射状にひび割れ、混種は強引に肺の中の空気を追い出し、口からは血液が吐き出される。

 だが、貴方の手は弛めることは無い。そのまま持ち上げ、混種をもう一度叩きつける。

 

 鎧に血が付着し、坩堝の鎧に彩りが加えられ、何度も何度も何度も。繰り返す。

 

 持ち上げ、叩きつける。持ち上げ、叩きつける。持ち上げ、叩きつける。持ち上げ、叩きつける。持ち上げ、叩きつける。持ち上げ、叩きつける。持ち上げ、叩きつける。持ち上げ、叩きつける。持ち上げ、叩きつける。持ち上げ、叩きつける。持ち上げ、叩きつける。持ち上げ、叩きつける。持ち上げ、叩きつける。持ち上げ、叩きつける。持ち上げ、叩きつける。持ち上げ、叩きつける。持ち上げ、叩きつける。持ち上げ、叩きつける。持ち上げ、叩きつける。持ち上げ、叩きつける。

 

 持ち上げ────

 

「止めてッ!!」

 

 ───風が走る。

 

 貴方は掴んでいた混種を叩きつける手を止める。

 

「ガッ……アッ、が……」

 

 手足はあらぬ方向に曲がり、顔には血化粧で赤く染まり焦点の合わない目。

 口からは呻き声とも苦痛に喘ぐ声とも判別のつかない音だけが漏れ、ソレが辛うじて息があることを示していた。

 

 本来ならとどめを刺すところだが、ミアに言われた手前で約束を違えるほど貴方は不義理な褪せ人ではない。

 貴方はソレを無造作に投げ飛ばした。

 

「ッ!」

 

 最早意識のない血みどろのソレを受け止め、貴方を睨みつけたのは金髪のまだ幼さの残る顔立ちの少女だった。その後ろにはフィンと名乗った少年、緑髪の混種、ずんぐりとした豊かなひげを蓄えた男の一柱と三人がおり、皆一様に剣呑な色を瞳にたたえている様子だ。

 おいたをした犬に躾を終えた貴方はそれらを一瞥すれば、最早興味を失せたのか視線を外し踵を返して天高くそびえたつ摩天楼に向けて歩みだす。

 

「待って、くださ───ッ!?」

 

 少女が引き留めようと声を出した瞬間に赤い閃光が目の前で走る。

 貴方は戦技を発動させエオヒドの宝剣を操り、少女の眉間の手前。指一本ほどの距離で停止させた。

 

 ───それ以上、何かをすれば殺す。その後ろにいるのも。貴様も貴様の仲間も全て。

 

 淡々と粛々に貴方は警告する。ただの脅しではない。貴方は少女が指一本でも動かすのを確認すれば即座に眉間にエオヒドの宝剣を突き刺すつもりだ。

 それを本能で悟ったのか、少女は何もしなかった。いやできなかったともいえるだろう。

 

 数秒、数分。時間にすればそれだけの時間。だが、少女本人からすれば無限にも等しい時間だった。

 

 貴方は少しの間待てば何もしないことを確認し、突き付けていたエオヒドの宝剣を引き寄せる。

 戻ってきたソレを鞘に戻し今度こそ貴方はその場から歩き出した。それを止めることを出来る者はいなかった。民衆すらも貴方を避けるように道の端へと寄り、貴方に対して畏怖の視線を向けていた。

 

 貴方はせっかくの楽しい時間を邪魔され、挙句にはコレである。控えめに言って内心腸が煮えくり返っており手当り次第にめちゃくちゃにしてやりたい気分だ。

 だが、貴方は理知的で紳士的で思慮深い褪せ人だ。このムカつきの矛先は原因でもあるベルにビンタ1発で済ますことにした。

 

 ついでにミアに渡した麻袋には持っていたヴァリス全てが詰まっているので、迷宮であぶく銭を稼ぐのも悪くないだろう。

 どうせベルも迷宮にいそうだし。と溢れ出る知性(知力99)で秀外恵中な推理を行う貴方であった。

 

 

 

 

 

「ハッ……アッ……!!」

 

 金髪の少女、"アイズ・ヴァレンシュタイン"は荒い息を吐き出す。

 思い出されるのは赤みがかった金色の鎧を返り血で彩った冒険者の目と放たれる重圧だ。

 

 まるで、自分たちのことを虫か石に対して向けるような只管に無関心で伽藍堂な色のない透明な目。

 気を抜けば伏せてしまいそうになる重くへばりつくような圧。

 

 器を昇華させ、一目おかれる存在となったアイズですらアレには勝てないと理解してしまった。立ち向かおうだなんてとてもではないが無理だ。

 

 その後、彼女は何度か深呼吸を行い早鐘を打つ心臓をなだめ呼吸を安定させていけば漸く冷静になることが出来た。

 

「アイズ、ベートの容態を診せてくれ」

 

「うん、リヴェリア。お願い」

 

 背後から育ての親でもあるエルフの"リヴェリア・リヨス・アールヴ"が彼女の傍にしゃがみ、地面に安置させていたベートを預ける。

 

「……お前から見て、彼の者はどう思った」

 

「…………殺される、って思った」

 

「そうか」

 

 不意にリヴェリアから問われ、アイズは思ったことをハッキリと伝える。

 それにリヴェリアは短く頷く。

 今までも幾つもの死地をくぐってきて尚、そう思った事実。

 

 ベートが為す術なく蹂躙され、それを自分たちは見ているだけしかできなかった。

 それはベートが先に喧嘩を吹っ掛けたのもあるが、それ以上にあの冒険者の放つ圧に酒場にいた全員が呑まれていたのだ。

 

「実際に奴と話してみてどうだったフィン?」

 

「…………そうだね、はっきりいって同じ人類なのか? と思ったよ。

 話している最中もだが、今も親指が疼いて仕方ないよ」

 

 リヴェリアが後ろにいたフィンに問いかければ、険しい目付きで今は完全に見えなくなったあの冒険者の方向を見つめながら答える。

 

「酔っていたとはいえ、あのベートの蹴りを頭と首に受けておきながらピンピンしておる時点で只者ではなかろうよ。

 ワシですらコヤツの攻撃は直に受けるのは遠慮したいのだからのう」

 

 その隣にはずんぐりとした男、"ガレス・ランドロック"が顎髭を撫でながら続いた。

 

「それで、ロキは何時まで隠れてるんだい?」

 

「……あのおっかないアンちゃんもうおらへん?」

 

「一応、彼の気配は感じられないね。出てきても大丈夫だと思うよ」

 

「フィンがいうなら、安心やわ……」

 

 ふぃー、怖かった……、そんな声とともに物陰から出てくるのは鮮やかに赤髪の糸目が特徴の女神だった。彼女の名は"ロキ"。己たちの所属するファミリアの主神である。

 

「あのおっかないの見てると背中がゾワゾワしててあかんかったわ。マジで目が合ってたら殺されてたかもしれへんわ……」

 

「君から見て、彼はどうだい?」

 

「わからへん。なーんもな。ただ言えるのは普通の子供じゃないわ。

 人の形をした災厄って言われた方がまだ信じられるわ」

 

 ロキの言葉にフィンはどこか腑に落ちた気がした。

 それを聞いていたアイズも理解出来た。似ていたのだ。あの冒険者の出す圧が。あの仇に。

 自分の両親を奪ったあの黒き終末をもたらす竜に。

 

 摩天楼へと行ってしまった背をアイズは睨みつけ、歯噛みした。

 

 

 ○

 

「うぁぁぁぁあっ!!」

 

 雄叫びと共にナイフを振るう。

 型もへったくれも無い闇雲な攻撃とも言えない攻撃。

 

「…………!?」

 

 影が実体を伴ったかのような怪物ウォーシャドウにナイフを叩き込めば悲鳴をあげるソイツに膝蹴りを何度も叩き込む。

 痛みに耐えかね、大きく仰け反るとその隙を利用して頭部に当たる部分にナイフを突き刺し大きく捻った。

 

 それが致命傷となりウォーシャドウは倒れ、その死骸から魔石を抉り出さず、そのままにして迷宮の奥へ奥へ進んでいく。

 今の彼の状態はひどい有様だった。防具のつけていない私服はあちこちが破れ、のぞく肌にはおびただしい数の傷跡が覗く。

 手に持った護身用程度の短剣は血に濡れ、ふらふらとした足取りはまさに幽鬼ともいえよう。

 

「ははは……ボロボロだなぁ」

 

 冒険者、ベルは己の姿をみてどこか他人事の様に呟く。

 

 ロキ・ファミリアの狼人の冒険者が吐き捨てた瞬間に酒場を飛び出し、走って走って走って迷宮に来ていた。

 手当たり次第に迷宮内の怪物を倒して倒して、自分のみじめさに泣きたくなって。自分の弱さに自棄になって。無限にわいてくる悔しさをバネにして我武者羅に刃をふるった。

 

 気が付けば死にかけた五層ではなくそれより下の六層。出入口は一つしかない広場にやってきて初めてウォーシャドウと戦った。

 本来なら喜ぶべきことだ。だがベルにはそれを喜ぶどころか、この程度の敵に辛勝した事実が余計に彼女との差を教えてるようでみじめになった。

 荒い息を吐き出し、ひざを折ったベルは叫ぶ。

 

「くそ、畜生……わかってるんだそんなことくらい!! 

 でも、諦めるなんてできないだろ!? 弱くても、みじめでも!!」

 

 だって奪われてしまったから。憧れてしまったから。焦がれてしまったから。

 

 彼の悲痛な叫びに迷宮が反応したかは定かではない。けれど、そうとしかおもえないタイミングで四方の壁からビキリ……と音を立ててひび割れた。

 迷宮は生きている。それは比喩ではない。この巨大な穴は様々な怪物を産み、育んでいる。

 ベルは目の前で奴らが迷宮を胎として生れ落ちるさまを目撃した。

 

 先ほど辛勝したウォーシャドウ。それがおよそ十五ほど。ダメージと疲労は蓄積し、護身用程度のナイフは屠ったウォーシャドウに折られ、まともな武器はない。

 だが、

 

「諦めるかッッ!! 諦められないんだよ僕はッ!!」

 

 ドロップしたウォーシャドウの爪の一本と刀身だけのナイフで即席の二刀流となる。手のひらに刃が食い込み刃を伝って血が零れ落ちた。

 戦意をたぎらせる白い少年に怪物たちが威嚇の声を上げ、少年の刻印(せなか)が熱く呼応する。

 

「僕は強くなりたいんだッ! あの人にふさわしい男になるんだッ!!」

 

 そして、両者は激突する。

 

「…………ッ!!」

 

 まず二体のウォーシャドウが鉤爪のついた両手を広げ、高速で迫ってくるのを地面に転がっていたナイフのグリップを足でけり上げ、奴らにむけて飛ばす。

 一体が足を止め、そのグリップを弾くが最初からタイミングをずらすことが目的のソレにかかってきてくれたことにベルは胸の内で馬鹿めと吐き捨てた。

 

 残りの一体が肉薄し、ベルの体を真っ二つにするために横に広げた腕を鋏のように閉じた。

 

「…………!?」

 

 爪が触れる瞬間にベルは跳躍。空を切ったウォーシャドウは驚いた反応を示すがその顔面に爪先を叩き込み、体勢が崩れれば踏みつぶすように着地。

 耐久性のないソイツの頭はつぶれ、体液をまきちらし動くことのない死骸を踏み台にして突撃。

 先ほど足を止めたウォーシャドウに勢いを載せた刺突で魔石を砕く。即座にその体が灰となって弾けまき散らされる。

 

 あっという間に仲間の二体を屠られ、さらには灰により不鮮明となった視界に残りのウォーシャドウに動揺がはしった。

 

 そこからはベルはひたすらに戦った。みっともなく地面を転がり負傷しながらも数を減らしていく。でも、ここに来るまでろくに休憩を狭まなかったつけなのか足元の認識をおろそかにして六体目を屠ったところでドロップアイテムに足を取られてしまう。

 

「やばッ—————アグゥッ!!?」

 

 体勢が崩れた瞬間に背後から思い切り爪で切りつけられる。背が灼熱を帯び、激痛が脳髄を走り武器を取りこぼしそうになるが根性で耐えて攻撃をしてきたやつの首筋に裏拳をかまして吹きとばす。

 戦闘音を聞きつけほかの場所からやってきたウォーシャドウ含むほかの怪物たちはそれを好機と見たか、一斉にベルに飛び掛かる。

 

「(避ける!!? いや、無理だ! せめて最小限に……!)」

 

 やけにゆっくりに見える景色にベルはかつてないほど危機を打破するために思考は巡らせ、どうにか横に飛ぼうとするが膝の力が突然抜ける。

 

「(死ッ……!?)」

 

 咄嗟に目を瞑り、衝撃を待つ。だが待てども何も来なかった。

 ベルは恐る恐る目を開けば眉間のすぐそばに止まったウォーシャドウの鉤爪が。

 

「え……?」

 

 視線を下げればその胴体の中心から延びる赤金の刃。

 そして地面には弓の矢で正確に魔石の部分を射抜かれた怪物たちが転がっていた。

 

 何が起きた? ベルの頭の中にはそれだけが満たされる。

 そして、停止していたウォーシャドウが胸を刺す刃を抜こうと藻掻けばその刀身に赤いオーラが滲みだし、ゆっくりと回転を始める。

 即座に回転する速度が見えないほどになればウォーシャドウに大きな風穴が作られた。

 

 ベルはウォーシャドウの体に隠れて見えていなかった刀身の全貌があらわとなり、更に驚愕することとなる。それは赤金の刀身の片手剣なのだが、誰も持たずに宙に浮いているのだ。

 その剣はユラユラと揺れていれば、ひとりでに動き広場の出口の奥の闇へと消えていった。

 余りにも現実離れした光景にベルが目を奪われていると。

 

 ガシャガシャと鎧がこすれる音が広場の出入り口の奥から聞こえたきたではないか。

 怪物たちはその音に威嚇し、一定の間隔でその音が迷宮を反響し大きくなってくることから近付いてくることが理解できた。

 

 闇の中からシルエットが明らかになり、ベルはそれが誰なのかを察する。

 

 二メートル近い全身を覆う赤みがかった金の鎧。

 顔を斧飾りのある兜で隠し、腰からは2本の業物だとわかる剣を提げ有角の馬を従えた存在。

 つい最近、迷宮で出会い、その後に別れたかと思えば主神が連れてきて新しいファミリアの一員になった男。

 

 彼は自分に対して威嚇をする怪物たちを一瞥したのちに広場の中でボロボロの姿のベルを見つけ、ゆらりと片腕を上げたかと思えば……

 

 ——————HEY!! 

 

 いつかのように気軽な声で挨拶をするのであった。

 

 

 

 〇

 

 

 貴方は広場に居た残りの雑魚を蹴散らし、目的のベルのもとへと歩み寄る。

 

「ど、どうして…………」

 

 何でここに貴方がここにいるのかわかっていない様子のベルに貴方はビンタした。

 

「へぶぅ……!!?」

 

 きりもみ回転して吹っ飛ぶベル。

 貴方はひとまず溜飲を下し、突然のことに目を白黒してるベルの首根っこを掴んで連れて行こうとすれば。

 

「ぼ、僕はまだやることがあるから帰りたくありません!!」

 

 と、貴方の手を払って叫んだ。

 はっきり言って、貴方はそれに付き合う義理はない。この場で張っ倒すか手足を切り落とすなどをしていっても構わない。

 

 貴方はベルに向けて殺気を飛ばす。常人が受ければそれだけで意識を手放すか死を選ぶほどの重圧が周囲を満たす。

 それを一身に受けたベルはガタガタと体を震わせ、大量の汗を零し歯をがちがちと鳴らしながらも両の足で地面を踏みしめて貴方の目をそらすことなく見つめた。

 

「や、約束、したんです……おじいちゃんにオラリオで夢をかなえるって…………

 あの人に追いつきたいって……! だから! まだ僕は帰りたく、ないです!! 

 ふさわしい男に僕はなりたいんだ(・・・・・・・・・・・・・・・)!!!」

 

 この少年の叫びに貴方は息を吞む。

 

 かつて、貴方は今よりもはるかに弱くそこいらにいるような雑兵にすら簡単に殺され、いやになるくらい死ぬことを繰り返していた頃を思い出した。

 

 その日は空には満月が輝く美しい夜空だった。

 何度目かもわからない死を経験し、心が折れかけ褪せ人の使命なんて投げ出してしまおうかと貴方が思いながらエレの教会の祝福で復活したとき貴方が顔を上げれば

 

運命と出会った

 

 崩れた壁のふちに座り、物憂げに空の月を見つめる少女……を模した人形がいた。

 

『今日は月が美しいな。……お前もそうは思わないか?』

 

 目を奪われた貴方に気が付いたのか少女(人形)は貴方に問いかけ、儚く笑う。

 美しいと貴方は思った。その顔にではない。その内が魂が美しいと貴方は思ったのだ。

 

 それが、貴方の仕えた主君であり伴侶であり、世界を壊すと決めた魔女との出会いだった。

 もし、ここで彼女と出会わなければ貴方は心折れ亡者となっていただろう。

 それがなかったのは偏に彼女と再び会いたいと思ったからだ。彼女のあの微笑みが貴方の心の支えだった。貴方の導きだったのだ。

 彼女にふさわしい存在になりたい、貴方は誓ったのだ。

 

 貴方はこの少年のその願いを否定すことができなかった。

 気が付いた。気が付いてしまったのだ。この少年はまるで過去の貴方みたいだと。

 

 ──────強くなりたいか? 

 

 気が付けば貴方は目の前の戦士に問いかけた。

 

「ハイ!!」

 

 貴方からの問いかけに戦士は頷く。

 最早貴方は彼を侮ったことはしていなかった。いや、侮れるわけがない。

 この少年を否定すればそれは貴方の否定だ。

 

 ──────貴公、名は? 

 

「ベル。ベル・クラネルです!!」

 

 その日、ただ一人の願いのために道を阻む存在すべてを屠り、秩序を壊す暗月の王と今はまだ小さく吹けば飛んでしまうような弱い未来の英雄が師弟の契りを結んだ。

 それがどうなるかは今はまだわからない。

 

 

 

 

 

 

 なお、ベルが思いを寄せる相手のいるファミリアの団員を貴方がぼっこぼこにした挙句、そこの主要メンバーからめちゃくちゃ警戒されていることは考えないものとする!!!




感想評価、誤字脱字等感謝です!


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7

あけおめ!ことよろ!!


 貴方とベルは晴れて師弟となった。

 だが、それまでろくに休憩を挟まずに進撃を行っていたベルは緊張の糸が切れたのか脳内物質によりごまかしていた疲労からその場でぶっ倒れて意識を失ってしまう。

 

 貴方はそんな弟子の締まらない様子に苦笑しつつトレントを喚び出し、いつかのように背に乗せ襲ってくる怪物を蹴散らしつつ迷宮の外へ出れば廃教会へと帰還した。

 

「ベルくん……! よかった無事で……!!」

 

 空はすでに白み、朝日が昇ってくる時間帯に廃教会にたどり着けば肌寒い外に体を毛布で包み震えながら佇んでいたヘスティアがいた。

 どうやら寝ずに待っていたのか彼女の体は芯から冷え、顔には心配と疲労が滲ませながらも貴方に駆け寄る。

 

 貴方はそんな彼女を宥めながらも地下室のベッドに泥のように眠るベルを寝かせ、リビングに向かえば蜂蜜と生姜を溶かしたホットミルクをちびちびと飲みながらソファに座るヘスティアが貴方に何が起こったかを尋ね、貴方は彼女に対面する形で座れば説明を行う。

 

 豊穣の女主人という酒場で赤髪の貧相な体つきの女神のファミリアにいる混種に嘲笑され、貴方がいちゃもんをつけられたこと。

 貴方がその混種を半殺しにしたこと。

 ベルが迷宮に潜り、無茶な行軍を行ったこと。

 それがとある人物の隣に並び立つため、強くなるためだったこと。

 彼の強くなりたいという叫びに貴方が応えてやりたくなり、鍛えることにしたこと。

 

 

 最初のところを聞いたときのヘスティアの顔を見てる分には面白いくらいに真っ青になり、話が進むごとにだんだんと彼女の顔は沈痛な面持ちとなり終えるころには深く顔を伏せていた。

 

「君はそんなに追い詰められていたんだね…………」

 

 ようやく口を開いた言葉はそれだった。万巻の思いを込められたソレには貴方がどれだけこの女神があの少年を思っているかうっすらとだが理解できる。

 やがて、何か意を決したかのような彼女は机の下からいくつかのある羊皮紙を取り出し、机の上に置いた。

 

「君にだけは教えておくよ。まずはこの写しを見て欲しいんだ」

 

 彼女が言うにはこの羊皮紙は冒険者たちの力の源ともいえる恩恵の写しというのらしい。

 一番左端のものはベルが初めて恩恵の刻まれたもので、数行にもわたり数列が書かれていた。その値はどれも低く確かに駆け出しといえよう。

 右に進めていくごとに数日の上りは微々と評せる上がり幅だったが、ある部分を境に異常ともいえる上がりを見せていた。

 

 貴方がこれを尋ねれば、ヘスティアは頷き口を開く。

 

「君の言う通りこのステイタスの上昇は可笑しいんだ。伸びがいいのは最初だけで、だんだんと頭打ちになって燻っていくものが大半なんだ。

 だけど、ベルくんは違う。これは成長じゃなくて最早飛躍だ。この原因は分かっている。とあるスキルが原因だ」

 

 ヘスティアの小さな指が指した箇所の部分は滲んだような部分があり、おそらくそれが彼女の言う原因のスキルなのだろう。

 

「このスキルの名は"憧憬一途(リアリス・フレーゼ)"。ベルくんが懸想(おもい)を抱く限り、懸想(おもい)の丈が大きいほど長く大きく彼の成長をサポートしてくれる」

 

 その説明を聞き、貴方が想ったのはたった一つのシンプルなものであった。

 

 ────チートすぎない? 

 

 なんだその羨ましいものは。つまりあれかね? 戦えば戦うだけ、ラニ様最高&愛してる(ダイスキ―)してればストップ高に強くなるということか? 最高か? 最高だな(確信)

 貴方がそんなことを思っているかは露知らず、ヘスティアは神妙な顔で貴方に言う。

 

「このスキルはほかの神々(馬鹿ども)に知られたら絶対に面倒なことになる。これを教えればベルくんは嘘をつけないし、神は嘘を見破れる。だから、このスキルは秘密にしておきたいんだ」

 

 ガネーシャやヘスティアは貴方から見ても善人と評せる存在だ。だが、基本的に暇を持て余した(クソ)どもは娯楽に飢えているらしく、ベルのこのことを知れば必ずちょっかいを出してくるらしい……というか絶対に出してくるとのことだ。

 貴方はヘスティアの言ったことには特に異論はない。

 

「それともう一つ。このスキルは確かにベルくんを強くしてくれる。今よりもずっとはるか高みへ至れるだろう……」

 

 できることなら何でもする、彼女はそんな思いを込めて貴方に乞う。

 

「君がベルくんを連れて帰ってきたとき、いままでにないほどボロボロで血の気が引いたし死んでしまったら……って思ってしまった。不安で怖くて今思い出しても震えが止まらない。

 こういっては何だけど、ボクはもうベルくんに迷宮なんて行ってほしくないなんて思ってしまった。

 だけど、それはベルくんの英雄になるという夢を壊してしまう選択だ。あの子は優しい子だからきっとやめてしまうだろう。そんなボクの勝手な願いでそんなことをすれば絶対にベルくんは後悔を引きずってしまう。

 …………ボクはベルくんの強くなりたいという意思を反対しない。尊重するし、応援もする。手伝えることなら何でもするし、力を貸してあげたい」

 

 一拍おけばヘスティアは深く、深く貴方に頭を下げた。

 

「どうか、無理をさせないと約束してほしい。もうあんな思いを僕はしたくないんだ……! 

 お願いだから、僕を一人にしないでほしい……!!」

 

 はっきり言ってなめているとしか言えない願いだ。強くなるのにはどう足掻こうとも無理をしなければならない場面は必ず訪れる。それは貴方の狭間の地を旅してきた経験からくる事実だ。

 言ってしまえばいい、と貴方の理性がささやく。あまったれている馬鹿にどれだけ強くなるのが難しく険しいか懇切丁寧に教えてしまえと。

 

 貴方はヘスティアに向けて、口を開いた。

 ヘスティア自身、虫のいい話だと分かっている。だから、ぎゅっと目を閉じ、来るのを待つ。

 

 ────確約はできない。けれど、善処はしよう

 

「ッ……! ありがとう……!!」

 

 狭間の地にいたころでは有り得ないセリフに、言った貴方自身驚きを隠せなかった。

 どうやら、短い間にこの女神のお人よしっぷりと少年の人畜無害さに貴方は随分と絆されてしまったらしい。

 今でも貴方は神は嫌いだし、可能なら今すぐ首を刎ねてやりたい。けれど、この目の前の小さな女神くらいなら見逃すことをラニに忠言するのも悪くないだろう。

 

 そんなことを思いつついれば、ヘスティアが戸棚の上から書類が雑多に詰め込まれた箱を取り出し、まさぐり出せば丁寧に包装された便箋を一枚引き抜いたでは無いか。

 貴方はソレがなんなのか尋ねてみれば、ヒラヒラと便箋を揺らしながらヘスティアが答える。

 

「これは神同士の交流と近況報告を兼ねたパーティの招待状さ。本当だったら行く気はなかったんだけど、君にばかり頼ってちゃいられないからね。

 ボクはボクのやり方でベルくんの力になりたいんだ。これはそのための1歩かな」

 

 その説明を聞き、貴方は頷く。貴方には貴方のやり方。ヘスティアにはヘスティアのやり方がある。道理である。

 それはそうとして、貴方はヘスティアにドレスはあるのか聞いてみた。すると、彼女は面白いくらいに挙動不審となり冷や汗をダラダラと流し始めたでは無いか。

 貴方はそんな様子を見てマジかコイツ? という貴方の視線に耐えれなくなったヘスティアが叫ぶ。

 

「し、仕方ないじゃないか! 今の今まで食うに困るくらいの極貧生活だったんだからドレスなんて用意出来るわけないだろう!? 

 それとも何かい? そんなことを言える君はドレスの一つや二つ持ってるとでも!?」

 

 これこそ正しく逆ギレと人は言う。貴方は適当に女神をあしらいながらルーンへ還元していた手製のドレスをいくつか取り出せばヘスティアに渡した。

 

「え、どこからそんなドレス出したの!?」

 

 どこからって、ここからですが? 

 なんだか前にも似たようなことがあった気がする貴方だが、瑣末な事だと結論づければヘスティアに試着をさせた後に気に入ったものを彼女に合うように特に胸周りを仕立て直すのだった。

 狭間の地でも手に入れた鎧などの装備品を仕立て直したりしてきた貴方にとってこれくらい難なくできるのだ。ポック? あぁ、彼は良い奴だがわざわざ頼む必要あるかね? 

 付け加えていうなら、渡したドレスも本来は敬愛するラニの為に貴方が生地から厳選して仕立てたものなのである。(尚、ラニ本人からは露出が多いと言われ泣く泣くルーンの肥やしになってた模様)

 

 そしてヘスティアは招待状に書かれていたパーティの開催日がちょうど今日の夜だったため。

 

「何日か留守にするかもだから、その間はベルくんを頼むよ!!」

 

 慌ただしくドレスと招待状片手にヘスティアは出ていくのだった。

 

 貴方はそんな彼女を見送り、すっかり空高く昇っている太陽を見つめながら地下室へ戻る。

 ベルはもう起きているだろうか? そんなことを思い、貴方は寝室の扉を開けば。

 

「ふぉおおぉおおおおお……!!!」

 

 頭を抱え、ゴロゴロとベッドの上を転がる弟子(の予定)の奇行が見えてしまった。

 

 ───え、なにあれ、怖っ……

 

 扉をそっ閉じし、貴方は距離をとる。

 貴方とて頭のおかしい奴とは距離をとるのだ。例えるなら"しろがねの覆面"を装備して裸の変態がフレイルや松明をブンブン振り回して近づいてきたらどうする? つまりはそういう事だ。

 アセビト、ヘンタイコワイ……

 

 とりあえず朝食を作るか、貴方はそそくさと台所に引っ込むのであった。




感想、評価、待ってるよ!!


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8

おまた


「うう……ん…………」

 

 少年、ベル・クラネルは目を覚ます。

 ぼんやりとした視界は明瞭となっていき、見知った天井が映れば鈍い思考のまま体を起こした。

 

「……」

 

 ぼさぼさの髪に口の端から涎が零れ、まさに寝起きといった有様のベルは少しづつ昨日のことを思い出す。

 酒場で憧れの人であるアイズ・ヴァレンシュタインを見つけ、狼人の冒険者に嘲られ、悔しさに酒場を飛び出せば、迷宮に着の身着のまま突っ込み、ペース配分もクソもない無茶な進軍を行い、袋小路で怪物に囲まれ、殺されかけた時につい最近ファミリアにやってきた貴方に助けられたことあたりからモヤがかかってしまう。

 怪物に殺されかけた辺りからほとんど記憶が曖昧なベルは何を思ったか、突如ベッドの上でのたうち回りだしたではないか。

 

「ボワァァァァッ……!」

 

 別に怪我からくる痛みからではなく、自分自身の自己嫌悪と羞恥心から来る外にぶつけようのない馬鹿みたいな感情の発露だ。

 

 そのまま数分くらい呻き声を上げ続け、荒ぶり続けたが段々と冷静になってきたのか音量が小さくなっていけばベルは呟く。

 

「シルさんに謝らなきゃな…………」

 

 彼女には色々と迷惑をかけてしまったことに対する謝罪をすると決め、彼女にいるであろう酒場へ向かうためによしとベッドから立ち上がると同時に寝室の扉が開く。

 

「あ、おはようご、ざ……い…………ま?」

 

 ぬるぬるてかてかと粘液が滴り、吸盤のついた触手が蠢く。

 耳障りな音を立て、ソレはベルの出した音に反応を示しゆっくりと動き尖った嘴のついた顔らしき部分を向け視線が合う。

 首から下は人型だというのに、その上は明らかに異形のものだった。

 背筋が震え、呼吸が荒くなり目の焦点がぶれ震えが止まらない。

 なんだ? 一体何なのだこれは? 

 疑問が湧いては消えていく。

 明らかに普通の生物ではないそれと遭遇したことからくる恐怖に探索者(ベル)正気度(SAN値)チェックを。

 成功で1。失敗で1d5のSAN値減少を行います。

 

 1d100=96(フ ァ ン ブ ル)

 

 致命的失敗(ファンブル)をしたため、さらに追加で1d3のSAN値減少を。

 

 1d5+1d3=8

 

 一定時間内にSAN値が5以上減ったので一時的発狂状態になります。

 

「アァァァァアッッッ!!!?」

 

 

 

 弟子の奇行がそろそろ終わった頃合いかと貴方は判断し、せっかく作った朝食が冷めないうちに部屋を覗くと、何故かベルは貴方の格好を見て発狂したでは無いか。

 貴方はなんだこいつ失礼なやつだなと思いながら喧しいベルに対して精神分析(ビンタ)を3回ほどかまし、黙らせる。

 

「ハ!? ぼ、僕は一体何を……げぇ!?」

 

 両の頬を真っ赤にして正気に戻ったベルはキョロキョロと見渡し、貴方の顔を見てまた叫ぶ。

 貴方は現在、頭の装備を蛸頭に変えておりベルはそれに対して恐怖をしているのだ。

 しかし、当の貴方はそんなことに気が付かないし、むしろイカスだろこれ? 活きがいいんだ。イカすといえ(脅迫)というセンスの持ち主なので恐らく一生相容れないだろう。

 

 とりあえずベルにもう1発ビンタを行いつつ「なんでぇ!?」貴方はベルの首根っこを掴んで椅子に座らせた。

 

 机の上にはバスケットに盛られた程よい焼け具合のパン。

 皿には半熟の目玉焼きに腸詰のソーセージ。

 ボールには新鮮な野菜のサラダというオーソドックスな朝食が置かれている。

 

 ベルは目を輝かせ、貴方が席に座ると同時に手を付け始めるのだった。

 

 

 

 貴方は腸詰を食べながら、ベルに今日はどうするかを尋ねる。特に予定がなければ豊穣の女主人へ行きたい旨を伝えた。

 すると、パンに貴方の作ったロアの実のジャムを塗ったのを齧り、不思議そうな顔をしていたベルは貴方からの問い掛けに答えようとして慌てて口の中のものを飲み込もうとするが。

 

「あ、は……ングッ! ───ゲホッ、ゴホッ!? 

 み……水……!!」

 

 それがいけなかったか、案の定咽てしまい苦しそうにしているベルに貴方は呆れながらグラスに水を注いだのを渡してやり、受け取ったベルは勢いよく中身を呷る。

 

「す、すみません……」

 

 恥ずかしそうにしながらも気を取り直し、ベルは貴方の問いかけに答えた。

 

「とりあえずは師匠のいった通り、シルさんのところに行こうと思います。昨日のことを謝りたくって…………」

 

 ならば話は早い。朝食を終えたら酒場に行くことになり貴方とベルは手早く食べ進め、食器を洗えば見苦しくない程度に身だしなみを整えて廃教会を発つのだった。

 

 

 

 時刻は正午。空には燦々と輝く太陽が照らし、人通りの多いストリートをベルたちは歩いていたのだが。

 

「(……なんだか妙に視線を感じるなぁ)」

 

 通行人たちがベルと貴方のそばを通り過ぎれば二度見を繰り返すのだ。といっても、その視線の先は主にベルの隣を歩く人物に向けられていた。

 確かに冒険者では全身鎧はあまり見かけないが、いないというわけではない。

 物珍しさというよりも、どちらかといえば…………

 

「(……畏怖?)」

 

 己の師となった人物がなぜそのようにみられているのか不思議なベルは首をかしげつつも、目的地に到着し立ち止まれば声を上げる。

 

「なんだこれ……」

 

 店の前の石畳は陥没して放射状にひび割れており、幾つか血痕が見える。

 続けて、本来なら店内と外を仕切っているはずの扉も可動部が強引に引きちぎられたかのようにひしゃげており、中の様子が覗ける有様だった。扉の板は近くの壁に立てかけられているのも見えた。

 

 少しの間だけベルは逡巡していたが、埒が明かないと思い入口の前に置かれた"closed"の文字のスタンドを避けて店内へ入る。

 貴方はどうやら店の外で待つようで、ベルを見送り店の壁に背を預け腕を組んだ。

 

「す、すいませ〜ん……」

 

 薄暗い店内に入り、ベルが声をあげれば。

 

「申し訳ありません、お客様。当店はまだ準備中なので、時間を改めて起こしになっていただけますでしょうか?」

 

「端的に言えばミャーたちのお店はまだやっていニャいから、おとといきやがれだニャー!」

 

 店内でテーブルを吹いていたエルフとキャットピープルの店員かベルに気づき、すぐに対応をしてきた。(その過程でキャットピープルの店員はエルフの店員から肘打ちをくらっていたが)

 初心なベル少年はココ最近性癖にエルフスキーが追加したためか、ドギマギしつつもエルフの店員に事情を話す。

 

「えっと、すいません。僕はお客じゃなくて……その、シルさん…………シル・フローヴァさんはいらっしゃいますか? それと、女将さんも……」

 

 

 

 

 貴方はベルが店内に入っていくのを見送り、特にやることも無くインベントリから干し肉を取りだして齧ろうとすれば。

 

「ワン!」

 

 ──!!! 

 

 貴方は即場に警戒度をMAX。装備をガチ(頭を白面、残りは山羊)に切り替えれば手には屍山血河(ちいかわ)を持って鳴き声のした方を睨みつける。

 

「ワフゥ?」

 

 つぶらな瞳。小さな体躯。全身を覆うふわふわの毛皮。ふりふりと揺れる尻尾。

 貴方の足元には見たことの無いとても可愛らしいマスコットがいたでは無いか。

 

 貴方はその可愛らしい存在を見て電撃が走ったかのような衝撃を受ける。

 

 何だこの愛らしい存在は? にっくき犬野郎(あんちくしょう)と似ているが、こんなにも愛らしい小動物が犬の訳では無い。

 皮膚はズルムケでその下の筋肉が露出してなければ、完璧にイッちゃってる目ん玉剥き出しのべろ丸出しでとんでもない速さでこちらの(タマ)を狙ってくることもない。

 

 つまりこいつは犬ではない。貴方は一挙三反にして博覧強記な脅威の頭脳(知力99)で推理を行い結論づけた。

 

 貴方は装備をいつもの坩堝(なお頭は蛸頭のまま)に戻せばふわふわの不思議生物に目線を合わせるように膝を折り、干し肉を石畳においてに手招きをする。

 

「ワン!」

 

 すると真意が伝わったのかこの不思議生物はピコピコと尻尾を揺らして貴方に近寄り、干し肉の匂いを数度嗅げば勢いよくかぶりつく。

 

 貴方は目の前のご馳走に夢中の不思議生物に対価とばかりに存分にモフることにした。

 

 

 

 

『冒険者ってのは生きてなんぼさね。お前の連れは高位冒険者もぶちのめせるようなやつだから存分に技術を盗ませてもらうといいさ』

 

 ついでにどんどん金を落としていきな! 頼れる女将こと我らがミア母さんに激励され、ベルは元気よく返事を返して外に待ってるであろう師の元へベルは外に出る。

 

「師匠、お待たせしました! さぁ、迷宮にいきま……しょ、う?」

 

「ワフ、ワフッ〜……♪」

 

 ここか? ここがぇぇんか? お主も好き者よのう……

 言葉にすればそんな感じでベルの目には好き放題に撫で回されてるふわふわな毛並みの子犬と師匠でもある貴方が映っていた。

 

「その犬どこにいたんですか師匠?」

 

 ───!!? 

 

 ベルが聞けば、貴方はグルンと振り向き驚いた様子で目をかっぴらく。

 すわ、何かやらかしたのか!? とベルは戦々恐々としてしまう。

 

 ──ディスイズイッヌ? (これは犬ですか?)

 

 すると、徐に貴方がそんなふうに視線で問いかけてくる。

 

 ──イヌっす

 

 ベルは頷く。

 マジか、マジなのか……貴方の知る犬とこの世界の犬はどうやら別物らしい。

 そんなことを思いながらも犬を撫でる手は止まらなかったりするのだった。



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9

お待たせ☆


 さて、貴方はベルの師匠になったのは良いが困ったことがあった。

 それは単純に誰かに何かを教えるということだ。

 貴方がかつて狭間の地にいた頃は基本的には誰かから教えを乞う立場か独学とフィーリング。実践に次ぐ実践だった為に、誰かに何かを教えるという経験が少ないどころか皆無である。

 

 これには貴方も悩んだ。それはもう悩んだ。

 貴方の思考回路の9割9分の割合を占めるのは敬愛すべき主君のラニだが、残りの思考回路のほんとに消しカスサイズレベルを使うくらいには悩んだ。

 

 そして、悩んで悩んで悩み抜いた末。貴方はシンプルな結論に至った。

 

 ──とりあえずボコるか

 

 自分が体験したことと同じことをすれば間違いはないだろう。

 やはり天才か? 天才だったわ。

 貴方は自分の脅威の頭脳(知力99)に自画自賛する。

 

 なに、殺さない程度に殺す気でやればクソザコうさぎ(ベル)から雑魚うさぎ(ベル)位にはなるだろう。

 

「あのう……師匠〜。今まで黙ってたんですけどここって深層ですよね?」

 

 貴方がベルの拷問(鍛錬)の内容を考えてれば仕切りに周囲を見渡すベルがおずおずと言った様子で貴方に声をかける。

 現在貴方はベルを連れて迷宮に訪れており、今いる場所は階層的には深層と言われてる場所だ。

 

 トレントに乗せてくそ長い道のりを進むのは面倒だったので、試しに祝福間の転送が使えないかと試したところ意外や意外。ベルと共に来れたのだ。

 

 なお、貴方にとってはそんなでも無いのだが、中層をすっ飛ばしての深層に連れてこられたベルからしたら堪ったものじゃない。

 

 明らかに気配が自分の知る上層とは違い、死がすぐ隣にあるという気配。

 姿は見えないが、今も自分の首筋を狙う怪物たちの静かな殺気。

 出来るなら今すぐ逃げ去りたいが、自分程度の力ではできる訳もなく。唯一の安全地帯が貴方のすぐ側なので逃げたくても逃げられない。

 

 怖い、無理、鍛えて欲しいとは言ったけどさすがにこれはないんじゃないかなあ!? 

 

 冷や汗が背中をぐっしょりと湿らせるが気にならないレベルでベルはビビっていた。

 

 そして、別に貴方としては浅い階層でも構わなかったのだが、これからやろうとしている事としては余り人目に付くのも面倒なのでこうして道中の怪物を蹴散らしながらやってきたのだ。

 

 貴方は立ち止まり、ベルに向き直ればルーンに還元していたとある物体を取り出す。

 それは磔にされた女性の石像だった。

 両手に抱えた石像を地面に置けば、重みにより僅かに沈み込んだソレをベルは興味深そうに貴方に尋ねる。

 

「これは何なんでしょうか?」

 

 貴方はこれを使ってベルを鍛える旨を伝えれば、怪訝そうな顔をベルは浮かべた。

 石像で鍛錬? 背中にでも括り付けて走り込みでもするのだろうか? 確かに重そうだが、わざわざ深層に来てまで走り込みなんてさすがにないと思いたい。

 

 そんなベルを横目に貴方はその石像こと"マリカの石像"に触れれば何かを呟く。

 

 瞬間、淡い光が2人を照らしたかと思えばそこには誰も居らずマリカの石像のみが残っていた。

 

 

 

「うわっ!?」

 

 突然の浮遊感が来たと思えば、落下。そして臀部に衝撃が走り情けない悲鳴を上げる。

 

「こ、ここは!?」

 

 ベルは顔を上げれば目に映る光景に絶句した。

 ついさっきまで迷宮にいたと思えば、周囲を壁に囲まれた円形の広場に自分はいる。

 それに、少し離れた位置には貴方が直立不動の姿勢で佇んでいた。

 

「し、師匠これは!? あの、どういうことなんですか!? 

 僕ら、さっきまで迷宮に!! 

 なにかの魔法なんですか!? それともスキル!?」

 

 次々とまくしたてるベルだったが、貴方の返答はシンプルすぎるものだった。

 

 ココ闘技場。オ前、ブチノメス(ベルを鍛える場所)

 

 何だか言ってることが違うって? ハハッ、気の所為である。

 

「!!?」

 

 突然の悪寒に慌てて立ち上がればベルはバックステップ。

 瞬間、自分のすぐ近くをナニかが通り過ぎれば鼻先から僅かに血が吹き出した。

 

 そこそこ離れていたはずの貴方は気がつけばベルのすぐ目の前におり、右手は振り抜かれ手の中には奇妙な捻れた漆黒の刃をした短剣が握られていた。

 

 ──あ、コレガチで()リに来てるやつだ……

 

 ベルは察し、泣きそうな顔になりながら自分の武器を引き抜く。

 貴方は振り抜いた姿勢で固まっており、ベルは即座に突撃。ナイフを突き立てようと……

 

 キィン……! 

 

 澄んだ音。そして自分の体勢が崩れ、ゆっくりとなった光景の中に見えたのは左手に握られたダガー。右手にはさっきとは違う切ると言うより貫くといった細い刃の彫刻の刻まれた短剣を握る貴方がベルの心臓にその刃で貫く所だった。

 

 刃が防具の胸当てを通過し、切っ先が皮膚を破り、筋肉を抵抗を許さず深々と突き刺さり、自分の心臓を貫き、自分の背中から冷たい刃が生えてくる感覚。

 

 急速に自分の力が抜けていき、喉の奥から熱く鉄臭い液体が吹き出せば体を汚す。

 

「あ……っがっ……」

 

 ひざを折り、血だまりに沈み呆気なくベルは死んだ。

 

 

 

 

 

 月が妖しくオラリオ照らす中、都市中にいる神々(クソども)がとある建物に集まっていた。

 それの全長はおよそ30mほどだが、デザインが奇抜というか奇怪というか頭がおかしかった。

 像の頭を持つ巨人像が胡坐をかき、すわっていたのだ。

 このイかれた巨象のデザインのもとになったのは我らが神ガネーシャである。

 

 神々は爆笑し、ファミリアの団員たちは死んだ目でその巨像を見つめる。もしここに貴方がいれば"こういうのもあるのか"と感心したことだろう。

 そんなイカれた巨象の股下をくぐり、ガネーシャ・ファミリアの本拠アイアム・ガネーシャの中へと入っていく神々。

 

 なぜこんなにも神たちがいるかというと、神の宴の主催者がガネーシャであるためにそのファミリアの本拠が会場となったのだ。

 

 そして、当の主催者はド派手な外観とは打って変わり落ちついた内装のステージの上でスピーチを繰り広げていた。尚、ほかの神々は聞き流して適当に思い思いに駄弁っていた。

 

 今回のパーティでは立食形式(タダ飯)となっており、招待された一柱のヘスティアは貴方に仕立ててもらったドレスを着てる手前タッパーに詰め込みたい気持ちを抑えてウェイターにテーブルの奥にある料理をとってもらい堪能していた。

 

 そうしてると、

 

「久しぶりねヘスティア。てっきり来ないと思ったけど……」

 

「もぐっ……んむ? へふぁふぃふぉふ!!」

 

「はいはい口の中のもののみこんでからしゃべりなさい。行儀悪いわよアンタ」

 

 神友の女神、顔半分を眼帯で隠し赤い髪が特徴のヘファイストスは呆れたように言いヘスティアは急いで口の中の食べ物をジュースで流し込めば嬉しそうに彼女のもとへと駆け寄る。

 

「いやぁ、よかったよ君がいてくれて!」

 

「なによ。もう1ヴァリスも貸さないわよ?」

 

「し、失敬な! もうそんなことはしないやい!! というか、今はいろいろあって生活に余裕ができたからそこまで切羽詰まってないよ」

 

「ふぅ~ん……どおりでタダ飯を食い漁ってないのね。それにそのドレスもそういうこと?」

 

「ああ……これは新しく入ってきた眷属(子供)が私物のドレスをボクのサイズに仕立ててくれたものなんだ」

 

 ヘスティアは言い、自分の着ているドレスのスカートの端を摘みヘファイストスに見せる。

 

「へぇ……貴方のとこに新しい子がねぇ。酔狂な子もいたものね……」

 

「まあ大分……というかかなり変わった子だけどとてもいい子だよ! ご飯作ってくれるしね!」

 

「そうなの。よかったわね」

 

 そんな会話を繰り広げてれば。

 コツコツ、楚々と鳴らす靴音がヘファイストスの背後から聞こえてくる。

 

「ふふ、相変わらず仲がいいのね貴方たち」

 

「え……ふ、フレイヤ?」

 

 現れたその女神を一言で表すなら、美に魅入られた存在、だ。

 フレイヤと呼ばれたその女神は微笑みながらその銀髪を揺らし、ヘスティアの前にやってくる。

 

「な、なんできみがここに……?」

 

「すぐそこで会ったのよ。久しぶりー、元気してたー? って話してたらせっかくだしいっしょに回んない? ってかんじで」

 

「軽いよヘファイストス!」

 

「あら、私はお邪魔だったかしら?」

 

「いや、そんなことはないけど……」

 

 ヘスティアは微笑を浮かべるフレイヤに対して口を曲げながら言う。

 

「僕は君が苦手なんだ……」

 

「フフッ、あなたのそんなところ私は好きよ?」

 

「おーい! ファイたーん、フレイヤ―、ドチビー!!」

 

 そんなやかましい声が聞こえてくる。

 

「……まぁ君よりも大っ嫌いなやつがいるんだけどね」

 

「あら、それは穏やかじゃないわね」

 

 ヘスティアが視線を切り、回れば視界に手を大きく振って歩み寄ってくる女神(天敵)がいた。

 朱色の髪にドレスを纏い、閉じられた目が特徴の女神ロキだ。

 

「あっ、ロキ」

 

「なんで君がいるんだよ……!」

 

「なんや、理由がなきゃ来ちゃあかんのか? 『今宵は宴ジャー!』っていうノリやろ? 

 むしろ理由を探すほうが無粋っちゅうもんや。はぁ~~~マジ空気読めへんよなこのドチビ」

 

「…………ッ~~~~~~~~~!!!?」

 

「すんごい顔になってるわよアンタ」

 

 ロキの煽りに盛大に顔をゆがませるヘスティア。

 ヘスティアとロキは仲が悪い。それはもう顔を合わせれば口喧嘩はいいほうでひどいときは取っ組み合いの喧嘩まで発展してしまう。

 

 だが、ここでそれをしてしまえば目的の一つが達成できない。なので勤めて冷静に深呼吸を行いヘスティアは精神を落ち着け始めた。

 

「本当に久しぶりねロキ。今日はヘスティアやフレイヤにも会えたし、今日はめずらしいこと続きだわ」

 

「せやなぁ。……まぁ、久しくないのもここにおるんやけど」

 

 ロキは薄く目を開き、フレイヤを見やるが給仕から頂戴したグラスを傾け、微笑みを崩すことはなかった。

 

「なに、貴方たちどこかで会ってたの?」

 

「先日にちょっとね。と言っても、会話らしいものはしてないのだけれど」

 

「よう言うわ。話しかけんなーっちゅうオーラ全開だったやろ?」

 

「ふーん。あ、ロキ。貴方のファミリアの名声よく聞くわよ? 上手くやってるみたいね」

 

「いやぁー、大成功してるファイたんにそないなこといわれるなんてうちも出世したわぁー。……といっても、ココ最近はちょっち痛い目見たんやけどね」

 

「あー、そういえば貴方のとこの子供が病院送りにされたんですって?」

 

「せやなぁ。先に手を出した手前、あんまし強いこと言えんのやけど……」

 

 苦い顔となり、ロキは言う。

 ツンとしていたヘスティアはこれ幸いと思い、ロキに質問する。

 

「ねぇ、ロキ。君のとこのヴァレン何某について聞きたいんだけど?」

 

「あっ、剣姫ね。私もちょっと聞きたいわ」

 

「あぁん? ドチビがうちに願い事なんて明日は溶岩の雨でも降るんとちゃうか? 

 ハルマゲドーン! ラグナロクー! みたいな感じで」

 

 いちいち茶化すんじゃねーぞコノヤロウ、ヘスティアは毒づく。

 

「……聞くけど、その噂の剣姫には付き合ってるような男や伴侶ってのはいるのかい?」

 

「あほぅ、アイズはうちのお気に入りやぞ? 嫁にゃ絶対に出さんし、誰にもくれてやらへんわ。

 うち以外の奴があの子にちょっかい出したら八つ裂きにしたるわ!」

 

「チッ!」

 

「なんでそのタイミングで舌打ちしてんのよアンタ……」

 

 どうせならくっついてくれてたなら良いのに、ヘスティアのゲスな思考を展開する横でヘファイストスは呆れ返っていればロキの格好に意識が向いた。

 

「今更だけど、ロキがドレスなんて珍しいわね。いつもは男物なのに」

 

「あー、それはアレやでファイたん。どっかのどチビが慌ただしくパーティに行く準備をしてるって小耳に挟んでやったんやけどなぁ」

 

 どこがつまらなそうな顔でロキは腰をおり、ヘスティアの顔に自分のものを寄せる。

 

「ドレスも着れない貧乏神を笑おうと思ってたんやけど……聞いとらんぞどチビィ!! 

 お前なんでンな明らかに高そうなドレス持っとんねん!! 空気読めやドアホゥ!!」

 

(うっぜぇぇえええええええええええ!!!)

 

 ヘスティアは心底理不尽な文句を言うクソ女郎(ロキ)に爆発しそうになった。

 

 彼女のドレスは雪の結晶を思わせる刺繍が施され、腰にはリボンが巻かれ豊かな双丘を強調するデザインのそれは他の三柱から見ても見事なものだった。ひとつ言わせてもらえば結構露出が大きめなところだろうか? 

 

 さすがに我慢の限界だったヘスティアはその巨峰を強調するように上体を逸らせば言い放つ。

 

「フンッッッ! こいつは滑稽だね! ボクを笑うために自分の無い乳(コンプレックス)を周りに見せ付けるだなんて、ロキッ! 君はトリックスターじゃなくて芸人(コメディアン)の才能があるんじゃあないかな!?」

 

「んなぁっ!?」

 

「あぁ! ごめーん! 笑いじゃなくて穴を掘る才能だったかなぁ? ……墓穴という穴を掘るためのさぁ!! アハハハハハッ!!!」

 

 意趣返しとばかりに高笑いをすれば、ロキの顔は面白いくらいに赤く染めあげて歪める。

 ロキのドレスはヘスティアのものと似たように露出が激しめのものだった。だが、ヘスティアと違いその胸部は悲しいくらいの格差社会が広がっていた。

 デンッ! に比べてスンッ……である。

 よく貧乳はステータスだ。希少価値だと言われてるが、夜の野郎共はほぼ巨乳派なのだ。

 

 どちらも御歳○○(ピ-)なのにレベルの低い争いを始め、ヘファイストスは半目で静観する構えをとり、フレイヤは上品に微笑んでいた。

 

 そして始まるキャットファイト。

 騒ぎを聞き付けた他の神々は囃し立て、ヘファイストスはげんなりした。

 

「……ふ、ふん。きょ、今日はこんくらいにしといてやるわ…………」

 

 そんなおり、決着したのかロキは酷く打ちひしがれた様子で言う。

 ゴロゴロとのたうち回る幼女には目もくれず、ロキは身体を震わせてその場を離れていくその背が酷く悲しげに見えた。

 

「い、いたたた…………こ、今度現れる時はそんな貧相なものをボクの視界に入れるんじゃないぞこの負け犬めぇ!」

 

「うっさいわアホンダラァ! 覚えとけよぉぉぉぉぉぉおおおお!!」

 

 試合に勝ったというのにそうは見えないセリフを残し、涙を流しながらロキは会場を出て言ってしまった。

 神達はやっぱりな、という様子で離れていく。

 

「ぐぬぅ……あんにゃろう本気でほっぺをつねりやがってすごく痛いぞぅ…………」

 

「はいはい大丈夫ヘスティア?」

 

「フフッ、それにしても本当に丸くなったわね彼女……」

 

「えぇ? あれは丸くなったというより小物臭しかしないのだけれど……?」

 

 フレイヤはヘファイストスの言葉に笑い、髪を撫でつけた。

 

「下界に来る前までは暇つぶしの為に来る日も来る日もほかの神々に殺し合いをけしかけてたのよ? 

 今の方がずっと可愛げがあるもの。何より、危なっかしくないし」

 

「そりゃあギリシャ(うち)の所まで悪評が届いてたくらいだものね。

 そういえば、貴方とロキって付き合いが長いんだっけ?」

 

「ええ。貴方達とおなじくらいよ」

 

「腐れ縁よ私たちは。ほら、ヘスティア頬冷やしときなさい」

 

「うぅ、ありがとうヘファイストス……」

 

 よたよたと立ち上がるヘスティアを支えてやり、給仕から受け取っていた濡れ布巾を手渡せばヘファイストスはフレイヤに苦笑する。

 

「ロキは子供たちが大好きみたいね。だから、あんな風に変わったのかもしれない」

 

「…………甚だ遺憾だけど、まぁ、子供たちが好ましいっていうのはロキ(アイツ)には賛同してあげてもいいよ」

 

「へぇ、前まで『ファミリアに入ってくれないなんて子供たちは見る目がなーい!』なんて言ってたくせにねぇ? 

 貴方のファミリに入ったベルっていう子のお陰? それとも、新しく入った子のおかげ?」

 

「ふふん、まぁね! ボクには勿体ないくらい、すごくいい子達だよ!」

 

「確かベルって子は白髪で赤い目をしたヒューマンだっけ? ファミリアが出来たってあんたが報告しに来た時は驚いたなぁ

 もう一人の子はどんな子なの?」

 

「彼のことかい? うーん……彼は正直よく分からないんだよね。

 いつも全身に大きな鎧を着てて、ご飯が大好きってこととすっごく強いってことしか分かってないんだ

 あー、あとファミリアにはいる時は『入ったらなにか特典あるのか?』って聞いてきた時は驚いたね。お陰でお気に入りの髪留めを1つあげることになったよ……」

 

「なにそれ、変なの」

 

 ヘスティアが思わず遠い目をし、ヘファイストスが首を傾げる横でフレイヤが手に持っていたグラスをテーブルの上に置く。

 

「じゃあ、私は失礼させてもらうわ」

 

「え、もう? フレイヤ、貴方用事があったんじゃないの?」

 

「もういいの。確認したいことは聞けたもの」

 

「……貴方、ここに来てから誰かに聞くような真似してた?」

 

 パーティで会ってから一緒に行動してたヘファイストスの問いかけにフレイヤは答えず、ヘスティアを見下ろせばこれまでとは少し違った形で微笑む。

 ヘスティアはよく分からず、瞳を瞬かせた。

 

「……それに、ここにいる男は皆食べ飽きちゃったもの」

 

「「「「「「「さーせん」」」」」」」

 

「「…………」」

 

 フレイヤの残した言葉にヘスティアとヘファイストスは顔を見合せ、なんとも言えない表情を浮かべる。

 

 ヘスティアはあの女神のことが苦手だった。天界にいたころはヘスティアは処女神。だがフレイヤは自分の琴線に触れれば、だれかれかまず股を開く美の神(クソビッチ)だ。性格も含めてむしろ好きになれる要素どこ? ここ? である。

 

「やっぱり、フレイヤもビッチ(美の神)だ。だらしないよっ」

 

「まぁ、アンタの司るものなら仕方ないわね。……けどまぁ、美の神(フレイヤ)身内(アフロディーテ)みたいなのが愛や情欲を司どらなきゃ、誰が務めるんだって話になるんだけど……

 あ、ちょっと思い出しただけで脳が破壊されたわ……」

 

「なんで君が自分でダメージ受けてるのさ……

 はぁ、あれでも彼女は自分のファミリアを持つ身だろうに、自覚が足りなさすぎるっ。もしかしたら敵対するかもしれない神とだなんて……子供たちに愛想つかされるよ!」

 

フレイヤ(彼女)が微笑めばそれだけで構成員は補充できそうなものだけど……」

 

 そうは言っても、ヘファイストスは不満気な様子で眼帯を指でかく。

 

「で、アンタはどうするの? 私はもう少しみんなの顔を見に回ろうと思うけど……帰る?」

 

「あっ……」

 

 ヘファイストスに言われ、ヘスティアがここに来た理由を思い出す。

 

「もし残るんだったら、どう? 久しぶりに飲みにでも行かない?」

 

「う、うん。えーっとー、そのぉ……」

 

 しどろもどろとなり、言葉に詰まるヘスティアにヘファイストスは怪訝な顔を浮べる。

 ヘスティアは何度か唸るような声を何度か出した後、覚悟を決めたようにか細い声で言う。

 

「そのぉ……ヘファイストスに頼みたいことがあるんだけどぉ…………」

 

「……」

 

 ヘスティアがそう言った瞬間、目が細められ気配が切り替わる。

 

「この期に及んで、また頼み事? 

 アンタ、ついさっい自分がなんて口にしていたかよーく思い出してみなさい?」

 

「え、えと、なんだっけ……?」

 

「私の懐は食い荒らさらない……って、そう言ってなかったかしら?」

 

 絶対零度の冷えきった視線にヘスティアは逃げたくなるが、ここでは引いてはいけないと愛しのベルの顔と貴方に言ったことを思い出した、顎に力を入れて耐える。

 気持ちを奮い立たせ、ここで友と完全に縁を切ることになったとしても構わないと覚悟を決めた。

 もともと、そのためにこの神の宴に来たのだから。

 

「……一応、話だけは聞いてあげるわ。私にナニを頼みたいって?」

 

 ヘスティアの旧友、ヘファイストスは鍛治の神だ。当然、彼女のファミリアは鍛冶師のファミリア。

 この都市の冒険者のほとんどの兵装を作る大大手。本来だったら自分のような零細とは話すことすらないのだ。

 

 腕を組み、自分を見下ろすヘファイストスにヘスティアは大きな声で望みを言い放つ。

 

「ベル君にっ……ボクのファミリアの子に、武器を鍛えてほしいんだッ!!」

 

 

 

 

 ドォン……!! 

 

『おいまたアイツがやらかしたぞ!!』

 

『消火急げー!!』

 

『またビックリドッキリメカ作ったのかよ!』

 

「……アンタ、いつまでそうしてるつもり?」

 

 ヘファイストスの執務室、なにやら外が騒がしいが彼女はそれを無視しながら床に跪いて頭を床に擦り付けてる物体に声をこぼす。

 

 ヘスティアがヘファイストスに頼んで丸1日、こうして彼女が頭を下げ続けていた。

 神の宴の時はすぐに突っぱね、追い払ったがそれでもしつこく付きまとってきた。

 げんなりとした彼女はもう、諦めるまで好きにさせることにして放置したのだ。

 

 放置したのだが、仮眠をとってあるあいだもこうして平伏しており目覚めたら変わらずの体勢だった時は流石にドン引いた。

 

 今まで散々頼ってきたが、今回は様子が違う。

 今回は強い執念。意志というのが感じられたのだ。

 

「……はぁ、あんた昨日から何やってるの? それに、なんなのよ、その格好」

 

「……土下座」

 

「ドゲザ?」

 

「極東に伝わる最終奥義……ってタケから聞いた」

 

「タケ……?」

 

「タケミカヅチ……」

 

 その名を聞き、親交のある神の顔を思い浮かべて、何余計なこと吹き込んでんだあの野郎、と悪態をついた、

 流石にヘファイストスもゲンナリとした様子で処理していた書類を投げ、作業を中断させる。

 

 夕日の指す街並みを窓から見れば、ヘファイストスは視線を戻して姿勢を正す。

 ずっとこちらに後頭部を晒すヘスティアにヘファイストスは静かに尋ねた。

 

「……ヘスティア、教えてちょうだい。どうして、貴方がそうまでするの?」

 

 自身の眼帯を細い指先でなぞり、声を投げる。

 

「……あの子の、力になりたいんだ」

 

 ヘスティアは土下座を崩さず、絞り出すように万感の意を込めて吐き出した。

 

「今、あの子は変わろうとしている。1つの目標を見つけ、ベル君は高く険しい道のりを走り出そうとしてる! 

 今もあの子は彼に鍛えてもらっているはずだ! 

 だから、そのためにあの子の道を切り開ける武器が!!」

 

「ボクはあの子に今まで助けてもらってばかりだ! ひたすら養ってもらってる! 

 新しく入ってきたばかりの彼にもだ! ボクはあの子たちの主神なのに、神らしいことは何一つできちゃいない!」

 

「……何もしてやれないのは、嫌なんだっ……

 ボクにもできることが……成すべきことを為したいんだ!!」

 

 長い、長い吐露だった。

 だが、なんの混じりっけのない純粋なヘスティアの願いは確かに今、1人の女神の心を動かすに足る熱となった。

 

「……わかった」

 

「ッ!」

 

 ヘスティアが顔を上げれば、ヘファイストスは微笑む。

 

「作ってあげるわ。……アンタの子にね。

 それに、私が頷かなきゃ梃子でも動かないつもりでしょ?」

 

「……うんっ、うん! ありがとう、ヘファイストス!!」

 

 こうして、なんの力のない小さな女神が自分に出来る精一杯の願いを鍛治の神を動かした。

 これから先、白兎とともに歩む刃を鍛える最中に迷宮の底では……

 

 

 

「はぁ、はぁ…………」

 

 黄金の光が放たれ、満身創痍のベルが闘技場の隅に現れる。

 何度目かも分からない復活。全身に傷は無い。だが、精神的な疲労と苦痛にベルは苛まれる。

 

 その様を貴方は無感情に見下ろしていた。

 体感でおよそ数日、貴方とベルはずっと時間の流れが分断された闘技場で戦い続けていた。

 だが、その内容は戦いとは言えない一方的な蹂躙だ。

 貴方はひたすらベルが攻めてくるのを迎撃し続け、ベルを殺し続けた。

 その度にベルは復活し、貴方が殺す。

 

 これが貴方の考えた鍛錬だった。教えるよりもこうして肉体に刻んだ方が手っ取り早いからだ。

 貴方が使ってる短剣もベルが使う得物に合わせ、見て動きを盗ませていた。

 

 そのおかげか、最初の頃のベルの動きと今の動きは遥かに洗練されている。

 

 貴方はベルに休憩も程々に辞めるか? と尋ねれば。

 

「まだ、です。……もう一度、お願い、しますっ」

 

 仰向けから立ち上がり、膝が笑うのを無理やり従えさせてベルは強い意志の籠った瞳で貴方を射抜く。

 

 貴方はそれに対し、短剣を構えればベルも同じように構え両者は無言で対峙する。

 

 数秒の静寂。

 

「……ッ!」

 

 疾走。地面スレスレまで体を下ろし、ベルは白い閃光となって貴方に迫る。

 貴方は先手をベルに譲った。

 

「ハァッ!」

 

 逆手に持ったナイフでベルは斬り掛かる。

 貴方は短剣で受け止め、火花が飛び散り受け止められたベルは貴方の首を刈り取るように蹴りを放てば、貴方は左手の手甲で受け止めた。

 いつかの犬っころよりも軽い衝撃。貴方はベルの足を掴もうとする。

 

 その寸前でベルは距離を取り、貴方にいつの間にか持っていた小石を投擲。

 最小の動作でそれらを避け、貴方はベルを追わず停止。

 

 ベルは再び疾走。すれ違いざまに貴方を切りつけ、その度に貴方はそれをいなす。

 

 真正面からの斬り合いはベルは勝てないことを何度も殺されてとうの昔に理解している。

 唯一貴方に勝ててるのはこの素早さだけだ。

 

 故に、ベルは攻め続け貴方を防戦に徹せさせる。

 貴方に攻め手が移った瞬間、簡単にこの勝負は決着する。

 薄氷の上で成り立っている。だが、全力というのは出し続けられるものではない。

 

「(だから、次で決める!!)」

 

 覚悟を決め、ベルは一際大きく貴方のナイフがぶつかり合った瞬間にワザと弾き飛ばされ、闘技場の壁に着地。

 

「ハァァァァァツッ!!」

 

 一際大きく力を込めて踏み込み、突撃した。

 奇しくも、ソレはベルの憧れる存在の必殺の一撃と同じような攻撃だった。

 

 一筋の閃光となったベルは貴方と交差する。

 

「ぶへっ!!?」

 

 着地できず、ベルは顔面から落下し衝撃により意識を飛ばしてしまう。

 

 カランッ……! 

 

 甲高い音を立ててベルの顔のすぐ側に黒き刃が突き刺さり、貴方は空を握る手をゆっくりと下ろした。

 バフも盛らなければ戦技すら使わない。オマケに1歩も動かず、使い慣れた武器種でもないというハンデにハンデを重ねた貴方にとってのお遊びにも等しい児戯。

 

 それでも、こうして貴方から武器を弾いて見せたベルに貴方は素直に賞賛を送る。

 

 伸びてる弟子に貴方は近寄ればゆっくりと腕を掲げ、内にあるソレを呼び起こした。

 

 幾つもの円が重なり、膨大な力を宿す、世界すら意のままに構築できる巨大な黄金のルーン『エルデンリング』を。

 

 貴方はエルデンリングの一部を砕き、小さな欠片を何を思ったかベルの背中へと置けば沈み込んでいく。

 ベルの背中が淡く光れば、エルデンリングの欠片が定着したことを確認した貴方はベルの体を担げば足元にある祝福に触れる。

 

 すると、貴方は視界が切り替わり迷宮の中に立っていた。

 そのまま足元の祝福に触れ、貴方は迷宮を後にするのだった。



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10

皆さんはルビコンに降り立ってますか?
私はつい昨日1周目クリアしたところです。楽しすぎてやばいですね。
お陰で二三時間程度しか寝てないので眠いです。やってる最中は頭も目も冴えてるんですけどねぇ。
てなわけで初投稿です。


 現在、貴方はたかだか数千回ほどぶち転がした程度でダウンしたベルを廃教会のベッドに放置し、オラリオの街中を歩いていた。

 

 ワイワイ、ガヤガヤ。

 

 右手には串焼肉、左手にはキンキンに冷えたエールという極上スタイル。

 貴方は兜と隙間から串焼肉をねじ込みつつ、今日はやけに人混みが多いなと思う。(道行く通行人はギョッとしてた)

 

 そんなおり、

 

「ママ? どこ行ったのかしら……」

 

 ふと、そんな声が聞こえる。

 貴方は環境整備に気を使う褪せ人だ。食べ終えた串焼肉の串と空のジョッキをルーンに還元し、声のした方向へと視線を向ける。

 そこにいたのは白いリボンで髪をひとまとめにしたワンピース姿の少女であった。

 

 貴方はなんとなしにその少女に近寄り、声をかける。

 

「あら、貴方は?」

 

 通りすがりの暗月の王です。

 貴方は追加の串焼肉を差し出しながら自己紹介をした。

 

「あんげ、つ……? そう、変わった人なのね。そのオウサマが私に御用? 

 それと串焼肉は貰うわね」

 

 少女は貴方から串焼肉に受けとりひと齧り。

 立ち話もなんだということで貴方は近くのベンチに座り、少女も隣に座れば地面に足が届かずプラプラと揺らしながら話し始めた。

 

「今日は怪物祭っていうお祭りだから普段はギルドでお仕事をしてるママとパパがお仕事をお休みしてくれたの。

 それで、ママとパパと一緒に見て回ってたらこうなっちゃった」

 

 道理で騒がしいわけだ、貴方は少女の身の上話を聞いて納得する。

 今日は都市を上げての祭りらしい。

 それにしても、この少女はえらく肝が据わってる。この年頃ならまだ親元を離れるのは酷く怖いだろうに。

 

 貴方は幼子には優しい褪せ人だ。故に、貴方はこの少女に協力することにした。

 貴方はベンチから離れれば、片膝を突いて手を差し出し少女の目線に合わせて少女の親を探すことを手伝う旨を伝える。

 

「あら、ママとパパを探すのを手伝ってくれるの? 

 貴方、とっても優しい人なのね。お願いできるかしら?」

 

 勿論、貴方が首肯すれば少女は微笑み貴方の手を取った。

 

「それじゃあ早速だけど、行きたいところがあるのだけれどいいかしら?」

 

 勿論だとも、貴方はサムズアップするのだった。

 

 

 

 

「んがっ!?」

 

 衝撃から目覚め、ベルは瞬時に首を動かして索敵。

 

 敵、敵は!? 

 

 血走らせた目で何も起きないことをようやく気が付き、ベルは自分が本拠にいる事に気づく。

 そんでもって生きてることに。

 

「ぼ、僕はやったんだぁぁぁあ!! アーハッハッハッ!! ヨッシャァァァァァアッ!!!!」

 

 途端に叫ぶベル。

 そのまま数分ほど小躍りし続けてれば、足元に転がっていたチラシに足を取られてすっ転ぶ。

 

「アダァッ!?」

 

 ゴシャア! と鈍い音が後頭部から聞こえ、流石に恩恵で強化されてても効いた様子でのたうち回れば顔にチラシが掛かりそれを手に取って見てみれば。

 

「……怪物祭?」

 

 どうやら今日は都市を上げての大きなイベントらしい。

 ベルは逡巡した後に頷けば。

 

「今日は遊ぼう!」

 

 あのクソみたいな鍛錬を終え、ベルはハイになっていた。

 それはもうすんごく。なので、武器を持たずに盗んだバイクで走り出すみたいにベル少年は本拠を後にするのであった。

 

 

「これ、ひと目見た時から食べてみたかったの」

 

 現在貴方と少女は広場の1つの屋台が集まった場所の日除けのパラソルのさされた休憩スペースにいた。

 少女は笑みを浮かべ、手に持った色とりどりと鮮やかな物体を掲げて貴方に言う。

 貴方は首をかしげ、少女にこれは何かを尋ねてみれば少女は答えてくれた。

 

「これはアイスって言うのよ」

 

 初めて聞く名前であった。狭間の地にはないソレはどんなものか少女が説明してくれた。

 どうやら牛のミルクに甘味などを混ぜ、冷やして固めたモノらしい。

 狭間の地にはミルクを冷やして固めるなどという考えはなく菓子と言えば果実や蜜糖、焼き菓子が主であった。

 そのため、貴方はその作り方に偉く関心したようだ。機会があれば貴方も作ってみようと思った。

 

「オウサマも如何?」

 

 少女が言えば、カップのアイスを木の匙で掬い貴方に向ける。

 貴方はせっかく自分で買ったのだから自分で楽しむといいと少女からの好意を丁重に断らせてもらった。

 

「もう、レディからの好意は受け取るのが紳士なのよ? 

 まさか私に恥をかかせるつもりなのかしら?」

 

 頬を膨らませ、そこまで言われては貴方は降参だとばかりに肩をすくめた。

 確かに、この小さなレディに恥をかかせてしまっては誰が見ても紳士的な褪せ人たる貴方の名折れである。

 

「フフッ、はいどーぞ」

 

 では頂こう、貴方は差し出されたアイスを食べようとすれば不意に足元が揺れ始めた。

 

「キャッ……!」

 

 一際大きな揺れが少女の椅子を崩し、堪らず少女はずり落ちる。だが、既のところで貴方が優しく受け止めることで地面に激突することは無かった。

 

「あら、ありがとうオウサマ。それにしても何だったのかしら?」

 

 貴方は首を振り、分からないことを伝える。

 ほかの群衆も何が起きたのか分からない様子だ。

 

「……あ、アイスが」

 

 そんな折、地面に落ちて潰れてしまったアイスに気が付き少女は僅かに眉を下げて悲しげな声を出す。

 貴方は少女の頭を撫で、懐から多めの金が入った小袋を取り出す。

 

 ──どうやら石畳がアイスを食べてしまったらしい。次は5段のを買うといい

 

 その小さな手に小袋を置く。

 

「そんな、悪いわ……私の不注意なのに」

 

 つくづく出来た子だ。貴方は笑い、優しく頭を撫でる。

 ならばこうしよう。君と自分の分をどうか買ってきてくれないだろうか? と言えば、少女は少しだけ納得してないようだったが頷いてくれた。

 

「ん、分かったわ。じゃあ今度はオウサマの分も買ってくるわ」

 

 少女は言い、椅子から降りてアイスの売っている屋台へと向かっていった。

 貴方はその背を見送り、椅子に座ろうとすれば……

 

「ゴァァァァアッ!!!」

 

 瞬間、咆哮、割れ、衝撃。

 

 貴方は何かに横からぶっ叩かれ、幾つもの机やイスを巻き込みかなりの速度で商店の壁を突き破る。

 流れる風景の中、微かに捉えたのは白い毛皮をした狒々が悠々と走り去っていく様だった。

 

「お、おいアンタ大丈夫か!?」

 

 瓦礫や崩れた商品の棚に埋もれ、手だけが露出した貴方に覗き込んだ店主らしき混種が声をかける。

 

 ───殺す

 

 瓦礫が全て爆ぜ、貴方は中からゆらりと立ち上がった。

 ぶち破った建物の壁から出れば何度か頭を振った後にボソッと呟く。静止しようとしてきた混種を睨みつけて黙らせ貴方は下手人を追いかけるために数歩歩いたところで、

 

「■■■■■■■■■────!!!」

 

 耳障りな鳴き声とともにナニカがが石畳を突き破り、現れた。

 貴方は舌を打ち、その場から後ろへとステップ。そのすぐ後に細長い触手が打ち据え、地面を砕く。

 

 距離を取ったことにより、目の前の存在の全容を貴方の目が捉えた。

 その細長く、ヌラヌラと光沢を帯びた皮膚組織。頭部の先端は膨らんだ植物の種のようで巨大な蚯蚓のようだ。

 

『キャァァァァァァッ!!』

 

 金切り声が響く。

 それにより、事態を認識した人々はようやく動きだし蜘蛛の子を散らすよう逃げ始めた。

 

 周りに狙い放題の獲物がいるというのに、この存在はのっぺりとした目どころか鼻といった感覚器官のない頭部らしき部分は貴方を睥睨しているところからどうやら狙いは貴方のようらしい。

 

 下手人をぶち殺そうとして出鼻をくじかれる形となった貴方はピキッた。それはもうピキっていた。例えるならリエーニエの神授塔でひたすら遠距離スナイプカマしてきて追いついたと思ったらクソテレポートで不毛な追いかけっこを続けるクソ野郎の時並にピキッた。

 腰に下げた愛剣を引き抜こうとすれば、貴方の手は空を切り何事かと視線を下げれば本来あるべき位置に何も無かったのだ。

 

 貴方は舌を打ち、ついさっき狒々に殴り飛ばされた時に運悪く2本とも吹っ飛び、どこかに行ったことを理解する。

 

 即座にルーンに還元していた数ある武器のひとつを取り出そうと貴方は意識を向けるが、それと同時に石畳からは幾つもの触手が飛び出し、その全てが貴方に向けて飛んできた。

 

 貴方は武装を取り出す手を止め、回避に集中することにした。

 そうしていると、

 

「かったぁー!!?」

 

 という打撃音と叫び声が聞こえてきた。

 貴方は何事かと思えば怪物の意表を突く形でその胴体に拳と蹴りを叩き込んでいる褐色肌のやけに露出の多い格好の短髪と長髪の女2人が見える。

 どうやら体表は恐ろしく硬かったようで2人の顔は歪み、拳や足から僅かな出血をしていた。

 

 女たちは怪物の体表を蹴り、距離をとって貴方のすぐそばに着地すれば。

 

「うん? あ、アンタはあの時の!!」

 

「なんでいんのここに!?」

 

 そこまで見て貴方ははて、と気がつく。どこかであの顔を見たような……いや、気の所為だな。気の所為だったわ。

 

 貴方はどっかに吹き飛んでいった愛剣を回収しようとしたが、即座にその場の貴方含めた全員が飛び除けばついさっきまでいた場所が怪物の胴体でなぎ払われた。

 

 危うげなく回避をした貴方たちは次々と攻め立ててくる怪物の攻撃をいなし、隙を突いて乱打を叩き込む。

 

「打撃じゃあ埒が明かない!」

 

「あー! こんなことなら武器用意しとけばよかったー!!」

 

 女2人の攻撃はほとんど怪物にはダメージはないが、貴方はルーンにより限界まで強化されている一撃は容易く怪物の体表をぶち抜いていた。

 といっても、相手はかなりの巨体だ。流石に無手では殆ど痛打にはならずダメージは微々たるものだ。

 

 そんな時、

 

「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓の名手なり】」

 

 溌剌とよく響く声が聞こえてきた。

 貴方はチラリと怪物の頭部を拳でかち上げながら声の聞こえてきた方向を見れば山吹色の髪の長耳の混種の女が見えた。

 

 どうやら2人の仲間らしいソイツは貴方たちが怪物の相手をしている間に混種は魔術を行使しようとしているらしい。

 

「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】!」

 

 山吹色の魔法陣が展開され、いよいよ魔術が放たれようとした瞬間に怪物は突如として貴方たちではなく混種へ頭部を向けたでは無いか。

 

 混種はそれに気づき、顔を青ざめさせればその腹部に黄緑の触手が突き刺さる。

 見るからに戦闘用の装束では無い混種はモロに殴打を受け、ぐしゃりと何かの潰れる音と共に血を吹き出し宙を舞う。

 

「「レフィーヤ!?」」

 

 女二人の悲痛な叫びが響くが、貴方は意識を向けることなく倒れた混種に意識を向けている怪物の頭部に勢いよく重ねた両の手でスレッジハンマーを叩き込んだ。

 重々しい音を立てて怪物の頭部が石畳に沈むが、すぐに回復し方向を轟かせ緑蚯蚓の頭部? が蠢けば線が走りピシリ、と音を立てて毒々しく目に痛い程の極彩色の花弁を咲かせた。

 

「蛇じゃなくて……花!?」

 

 短髪の女が驚愕声を上げ、怪物の顔らしき部分の奥には細かい乱食い歯が並び、粘液を滴らせ貴方にも目もくれずに混種に進撃を続ける。といっても流石に鬱陶しいのか触手が殺到し貴方を遠ざける。

 そして、怪物が混種を叩き潰そうといくつもの触手を蠢かせ、混種を殺させまいと女たちは一層乱打を強めるが怪物は微動だにせず迫った。

 

 あと少しのところで貴方は微かに風を感じ取る。

 視界に銀と金の光が走り抜け、気が付けば怪物の首が宙を舞っていた。

 

『■■■■■■■■■■■■──────────!!?』

 

 轟く絶叫。別たれた首が建物に突っ込み、貴方を襲っていた触手すべてが力を失い、本体も地面に沈む。

 すさまじい速度で遠方から飛んできたのは全身に風を纏い、レイピアを握った金髪の少女だった。

 

「アイズ!」

 

 名前を呼ばれた女、アイズは振り返り倒れている混種が無事なのを確認すれば安堵したような表情を浮かべたのちに貴方の姿に気が付いたのか驚いたように目を僅かに開いて息をのむ。

 だが、貴方はそんな様子を見てもどうでもよさそうにしながら近くの瓦礫をひっくり返して埋もれていた愛剣の夜と炎の剣を発掘し、ひとまず安堵した。

 アイズがそんなあなたに声をかけようと、貴方が気が付かずにエオヒドの宝剣を探そうとすれば微細な地面の振動に気が付き中断された。

 

 振動は大きくなり、貴方は鞘から剣を抜き構え周囲の石畳が盛り上がり一気に爆ぜた。それが三か所も。

 

「ちょ、ちょっと!!?」

 

「まだ来るの!?」

 

 そんな悲鳴が皮切りに、貴方とアイズを囲うようにさっきのと同種の三体の怪物が地面の中から現れる。

 閉じていたつぼみを一斉に開花させ、見下ろし形で巨大な口を貴方たちに向ける。

 生暖かい風を浴び、貴方は顔を顰める横でアイズが眦を吊り上げ切りかかろうとすれば───ピシり───前触れなく破砕された。

 

 突然の出来事にほかの面々が声を途切れさせる中で、怪物たちは耳障りな咆哮を上げて全身を蠕動させた。

 それが開戦の合図となり貴方と怪物は動き出した。

 

 地面スレスレにまで体勢を低く疾走。怪物はツルのような触手を何本も放つが貴方は夜と炎の剣に魔力を流し込み戦技を起動させ横なぎに払う。

 刀身から炎が吹き荒れ、貴方に向けて飛んできた触手をすべて焼き払い近くにいた一体の胴体を切り裂いた。

 

『■■■■■■───!!?』

 

 硬い外皮を容易く切り裂き、体液が吹き出れば怪物は苦悶の叫び声を上げてのたうち回り貴方を潰そうとするが胴体を踏みつけ軽やかに宙に跳ねることで避ける。

 掲げた貴方の左手に黄金の文字列が現れ、輪郭を形作れば先端に青い輝石のついた杖が握られていた。

 ルーサットの輝石杖を振るえば大量の輝剣が現れる。

 

 本来だったら輝剣系の魔術は発動すれば標的に向けて飛んでいくものなのだが、貴方の発動したソレは飛んでいくことはなく貴方を囲うように展開され、回転し始めた。

 

 仲間の一体を傷つけられ、怒ったのかほかの2体は咆哮を轟かせ視界を埋め尽くすほどの触手を放つがその全てが展開された輝剣が切り裂き、細切れとなる。

 

 触手では埒が明かないと気がついたらしく、怪物たちは叫びその巨体を活かしたタックルを繰り出した。

 それを貴方は杖から聖印にもちかえれば空中で祈祷を使用する。

 

『『『■■■■■!!?』』』

 

 黄金の衝撃波が貴方から全方位に放たれ、弾かれた怪物たちは勢いよく建物に突っ込み砂塵をあげた。

 危うげなく着地した貴方は先程怪物にいい一撃を貰い、地面に沈んでる混種に駆け寄るアイズたちを一瞥すればすぐに視線を戻す。

 

 貴方が1人だけならば範囲攻撃で一掃するだけなのだが、この場には少女がいる。故に貴方は本来だったら有り得ないほど丁寧な戦いをしているのだ。

 遠回しに少女がいなければ平気で周囲を巻き込む辺りは流石は貴方といったところだろうか。最低である。

 

 ということで貴方は歯がゆさを覚えながら怪物たちを見据え、剣を握り直すのであった。




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11

本来ならACVIをトロコンした9月3日くらいに投稿したかったのに出来なかったので初投稿です。
あとランキングにACの二次創作が増えてきましたね。私も描きたくなってきたなぁ


追記、ちょっと展開が雑だったので加筆修正しました。


 初めてその人物を見た時は『なんだがごつい鎧だなー』程度のものだった。

 遠征からの帰り、その打ち上げの為に主神たるロキの行きつけの酒場にいた珍しい赤金の全身鎧姿の冒険者。

 

 直ぐに意識の外へと追いやり、エルフの冒険者レフィーヤ・ウィリディスは始まった打ち上げを楽しむことにした。

 

 そして、悪い意味でレフィーヤは忘れられないほどの体験を記憶に刻み込まれた。

 

「そうだアイズ! お前、あの話をしてやれよ!!」

 

「あの話……?」

 

 所属するファミリアの上級冒険者の1人、狼人のベート・ローガは酒に酔って上機嫌に言い出した。

 絡まれた相手でもあるレフィーヤにとっての(ライクではなくラブ的な)憧れの対象であるアイズは一瞬だけ険しい顔を浮かべたが、それに気づくことは無かった。

 

 ベートも当然の様に気づかず、酔いで良く回る口で語り出す。

 

「あれだって、帰る途中で何匹が逃したミノタウロス!」

 

 遠征の帰り、自分たちの仕出かした不手際。本来だったら厳罰もののソレだが、幸いにも死人が出ずに有耶無耶となった事件。

 こんな衆目のある場所では出すべきでは無いのだが、ファミリアの面々は窘めることはしなかった。いや、自分の師でもあるリヴェリアや団長のフィンやガレスなどの最古参勢は面白い顔はしていなかった。

 

 案の定、すぐにリヴェリアはベートを窘める。

 その窘めた言葉でレフィーヤはその件の冒険者を笑った事に内心恥じてしまう。

 

 正論を言われ、気分を害したベートは言い返し空気が険悪となっていく。そんな中で、

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインに釣り合わねぇ」

 

 言われた時、レフィーヤは心臓を鷲掴みにされたかと思った。

 そうだ、ああして笑っていた自分はその冒険者と何が違う? レベルが高くとも自分は後衛でミノタウロスと一対一で対面すれば逃げるしかできない。

 

 ガンッ! 

 

「ベルさん!?」

 

 聞こえる椅子の倒れる音、店の外へと消えていく白い影。

 それを店員らしき少女が追いかけていくのをレフィーヤは見た。

 

「あぁン? 食い逃げか?」

 

「ミア母ちゃんのところで命知らずやなぁ」

 

 困惑の声が至る所で上がり、シラケたのか険悪な空気は霧散していた。

 でも、何故かアイズは先程食い逃げ犯を追いかけて行ったのだろうか? そんな考えが頭をよぎってしまう。

 

 そんな折に、

 

「彼に謝罪しなければいけないね……」

 

 苦い顔で所属しているファミリアの団長勇者(ブレイバー)フィン・ディムナが言う。どうやらリヴェリアから話を聞いたところ先の食い逃げ犯は自分たちのミスで死にかけた例の冒険者らしい。おまけに、連れもいたようでその人物はあの赤金の鎧のようだ。

 

 何故か連れであるあの少年が走り去ってしまったというのに追いかける素振りすら見せてないのだろうか。

 それどころか食事をやめないどころか続けている様子からして、まさかいないことに気がついていないのか? 

 

 そんなことを思いながら、レフィーヤはフィンとその供をしているティオネを見守る。

 

「すまない少しいいだろうか─────

 

 フィンが声をかけ、件の人物は食事の手を止めて一瞥したかと思えば何も言わずに視線を戻して食事の手を再開したでは無いか。

 

「ちょっと、アンタ! 団長が声をかけてるっていうのに無視するなんていい度胸じゃない!」

 

 流石のこれにはティオネが声を荒らげるが、片手を上げて制す。

 食い下がるが、フィンは何も言わずに見つめ渋々とティオネは引き下がった。

 

 そして、ようやく話を聞く気になったのか、ジョッキの中の酒を飲み干し乱雑にカウンターにおいてフィンに向き直った。

 だが、身に纏うオーラは明らかに面倒くさげでとっとと終わらせろと暗に伝わってくる。

 

「食事の邪魔をしてしまって申しわけない。実は————

 

 それを感じとったフィンは手短にかつ分かりやすく事情を話し始める。

 時間にして数分ほど、話し終えたフィンは彼(おそらく男)の反応を待っていれば少しの間を開けた後に女将のミアに追加のメニューを頼めば耳を疑うようなことを言い放った。

 

 その程度、だからどうしたというのだ? ……と。

 時が止まったかのような感覚に陥った。想像もしていなかった返答に事実、フィンは固まりレフィーヤ含むファミリアの面々も言葉を失う。

 ファミリア仲間であり、家族だ。その1人が他者からのミスで死にかけ挙句には嘲笑されたというのなら激怒するものだ。もし、自分がそれに遭遇すれば例え相手が格上だろうとも1つ2つ文句を言うかもしれない。

 

「っ! 君は自分の所属するファミリアの仲間が死にかけたというのに〝その程度〝で済ますというのか?」

 

 再起動を果たしたフィンは男に詰め寄るが、男はまるで愚者に対して聞かせるような声色で言う。

 内容は要約すれば"自分が迷惑を被った訳でもないのに面倒なことに巻き込むな。勝手にやってろ"だ。

 

 今度こそ、絶句した。

 確かに言い分は一理ある。理解もできよう。だが、納得できるかは別だ。

 

 ガタンッ、と椅子の倒れる音が響いた。

 

「テメェ、今なんつった?」

 

 怒気をにじませ、敵意の籠った声。

 

「ベート、やめ───

 

 気がついたリヴェリアが静止しようとしたが、間に合わず一陣の風が吹けば男の頭部がカウンターにめり込み、それをやったであろう蹴り抜いた姿勢のベートがいた。

 

 痛いくらいの静寂が店内を支配する。

 すぐ側にいたフィンは額に手を当て、ティオネはよくやったという顔をしていた。

 レフィーヤはいうと、何してんだお前が7割のよくやったが3割といったところか。

 

「おい、アイツもろに食らったぞ……」

 

「死んだんじゃないか?」

 

「ここで殺しをやるとか……ミア母さんがキレるぞ……」

 

 ヒソヒソと話し合う声が聞こえる。豊穣の女主人でのルールは食い逃げをしない、店員にセクハラをしない、喧嘩をしない。大まかにわければこの3つだ。

 特に、3つめが重大でもし破ったらミアが直々に焼きを入れるし出禁にされてしまう。

 この事実に気づいている面々は顔を真っ青にし、ミアが雷を落とすのを戦々恐々としていればレフィーヤは気がつく。ベートの背後、カウンターに頭部をめり込ませていた人物が微かに動いたのだ。

 

 ────殺す

 

 呟きが聞こえた次の瞬間、何かの砕く音が響き、物凄い勢いでべートが店の外へと吹っ飛んだ。

 

「……え?」

 

 フィンの口から気の抜けた声が漏れる。

 群衆のざわめく声が聞こえる中、冒険者たちは戦慄した。

 何一つ、動きを目で捉えることが出来なかった。

 男が揺らいだかと思えばベートが吹き飛んでいたのだ。殴り抜いた姿勢からしてベートを殴ったという結果は分かるがその過程が何一つ見えなかったのだ。

 

 ゆっくりと拳をおろせば、男はカウンターの端にどこからとも無く取り出した麻袋と大小いくつかの魔石と素材を置き、歩き出した。

 その背を腕を組んでいたミアが重々しく言葉をなげかける。

 

「喧嘩はいいが、アタシの店先で殺しをしたら出禁にするよ? 

 それと、終わったらあの坊主を必ずここに連れてきな。話はそれからだよ」

 

 それに対して男は何も言わず、止めていた足を動かし前へと進む。

 進行方向にいた者たちは急いで避け、ほかの面々は矛先が自分に向かぬことを祈っていた。

 

 戸がひしゃげ、外れた入口を潜り店の外へと男が消えれば。

 

『死ねぇっっ!!』

 

 ベートの殺意の籠った声が響く。何かのぶつかる鈍い音が聞こえたかと思えば叩きつける音が聞こえた。

 

『ガッ……ハァッ!!?』

 

 声にならないベートの悲鳴が木霊する。そして、何度も何度も何度も何度も何度も叩きつける音が響き、段々とベートの悲鳴も小さくなってくる。

 

「ッ…………!!」

 

 アイズが立ち上がり、駆け出した。目的はもちろん止めるためだ。

 慌ててレフィーヤや幹部たちもその後ろを追い店の外へと出れば。

 

「やめてっ!!」

 

 アイズの悲痛な叫びが響く。

 

「ひっ……!」

 

 目の前の惨状を見てレフィーヤは引きつった悲鳴を漏らす。

 レフィーヤにとってベートという男は性格も口調も態度もいけ好かないクソ野郎だ。だがそれはベートが強者だからこそできる行動だ。だが、今はどうだろうか? なすすべもなく蹂躙されてるではないか。

 おそらくは何度も叩きつけられたのだろう石畳のひび割れと男の体勢。もしアイズが止めなければさらに追撃をされていたであろうことは明白だ。

 

「…………っ!」

 

 徐に男がベートを投げ捨てればアイズが受け止める。

 そうすれば男は歩き出そうとするが、アイズが引き留めた。

 

「待って、くださ───ッ!?」

 

 しかし、最後まで言い終えぬうちに視界の中に赤い線が光ったかと思えば気がつけばアイズの眉間のすぐ手前で赤いオーラの絡みつく剣があった。

 誰も持っていないのに確かに宙に浮いてるソレは確実にアイズを殺せると意識させる殺意が乗っていた。

 

 なにかすればお前たちを全員殺すという警告。

 強制的に口を閉じさせられ、アイズやほかの面々も停止せざるを得なかった。

 

 数秒、数分。時間にすればそれだけだが精神的には無限とも思える時間が経ち、ようやく男は剣を引き戻して鞘に納めれば踵を返して歩き出す。

 

 生きた心地がしなかった。初めて迷宮に潜った時や孤高の王と戦った時ですらこんな気持ちにはならなかった。

 可能ならもう二度と会いたくない。あんな路肩の石を見るような無機質で無関心な目。

 

 同じ人類なのかと言えるような存在。

 気がつけばレフィーヤは地べたに座り、体を抱いていた。

 彼女の心は可能ならもう二度とアレとは会いたくない。それだけだ。

 

 そのあと、あの雰囲気に当てられた者たちが多く現れたらしく打ち上げは中止にせざるを得ずその日はお開きになった。

 

 レフィーヤも眠りにつくまでずっと震え、同室のルームメイトに心配されるほどだった。

 

 

 

 

 

 視界が明転する。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「あぐっ……うっ、づぅ……!!」

 

 熱せられた鉄を押し当てられたかのような激痛が腹部から脊髄を伝って脳髄を焼く。

 喉奥からは血がせり上がり吹きこぼし、レフィーヤは地べたを這いずった。

 どうやら意識が少しの間飛んでいたらしいことにレフィーヤは気づく。

 

「動かないでください、治療のためにここから離れます!!」

 

 ハーフエルフのギルド職員が何かを言っている中、歪む視界でレフィーヤは何とか上体を起こして頭を振りその姿を見た。

 右手には剣を持ち、左手には見たことの無いほど大きな魔石を削り出したかのような杖を持つ赤金の騎士を。

 

 杖を振るえば様々な魔法が放たれ怪物を穿ち、見えないほどの速度で振るわれた剣は触手を切り落とす。

 見てるだけで感嘆としてしまう技巧。自分より遥か高みにいると理解させられた。

 

 あの男に任せてしまえ、そうした方が遥かに楽だ。ほら、見てみろ。実際、3人は何もしてないだろう? と、そんな甘くて魅力的な囁きが聞こえてくる。

 

 そんな考えが浮かんだ瞬間、言葉に表せないほど泣きたくなり俯いてしまった。

 

 悔しかった。苦しかった。力になれない自分が。

 それ以上に、あの存在が向ける目が気に入らなかった。

 自分の焦がれた存在を無価値と決めつけるかのような瞳が。

 

 巫山戯るな、あの人たちは強いんだ。自分よりもずっとずっとかっこよくて優しくて仲間思いの人たちを。

 

「わ、たしっ……はっ!!」

 

 馬鹿にするな。お前なんてこれっぽっちも凄くない。

 

「私の、名は───レフィーヤ・ウィリディス! ウィーシェの森のエルフ!」

 

 歯を食いしばり、震える足を強引に黙らせ痛みを意志の力で捩じ伏せる。

 立ち上がり、ハーフエルフの彼女に見あげられる中で自分の中の弱音を全て追い払う意味での名乗りを上げた。

 

「神ロキと契りを交わした、このオラリオで最も強く、誇り高い、偉大な眷属の一員! 逃げ出すわけにはいかないッ!!」

 

 奮起する言葉は力となる。

 

「汝に乞う!」

 

 レフィーヤは戦う赤金の騎士に声をたたきつけた。

 騎士は戦う手を止めず、視線すら向けないが構わず小さな乙女は続ける。

 

「三体の足止めを頼みます! 私はこれから大規模魔法を行使します!!」

 

 頼るのすら業腹だ。可能から横っ面を叩いてやりたい。

 だが、今はこの目障りな奴らをぶちのめすのが先決だ。

 

「レフィーヤ、私は何をしたらいい?」

 

 そんな時、自分の憧れの人が声をかけてきた。

 

「ッ……どうか、私を守ってくれますか?」

 

「うん、任せて」

 

 持っていた剣は半ばから砕け、柄しかない。

 けれど、風を纏い剣姫は向かってくる触手を振り払う。

 

「アイツだけにいい所みせらんないでしょ!」

 

「だね!」

 

 2人のアマゾネスが続くように攻撃を弾く。

 

 レフィーヤは杖を掲げ、高らかに精霊が唄うように聖句を紡ぎ出した。

 目にもの見せてやる。お前が無価値と断定したのは遥かに価値あるもので美しく、天上の宝石にも劣らない綺麗なものだと。




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