パルデア仲良しカルテット! (はっぽーしゅ)
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パルデア仲良しカルテット!

ポケモンバイオレットすこすこ侍過ぎて殴り書いてしまったコメディ短編です。
尚ハルトくんの性格は私の趣味でゆるめのショタ系になってます(キョダイセイヘキ)
各キャラの解釈に違和感あるかもしれないけど愛はあるつもりなのでお慈悲…お慈悲…


 

 

 宝探しの旅に最強大会と大忙しな毎日から、少しだけ落ち着きを取り戻したある日のグレープアカデミー。

 ポケモントレーナーの少年ハルトは、アカデミーが有する広々とした校庭の一角で、大好きな手持ちポケモンたちとひとときの触れ合いを楽しんでいた。

 今の時間は昼休み。生徒たちは皆、各々の形で授業に疲れた心身をリフレッシュしている。ポケモンが大好きなハルトは、愛する手持ちたちとのんびり過ごす事で昼休みを堪能していた。

 

「フィ〜」

「よしよし」

「マニャーニャ」

「あはは。順番順番、順番ね」

「キュウ〜…」

「イルくんおねむ?いいよ、おやすみ」

 

 暖かく柔らかな芝生に、ゆったりと脚を伸ばして座るハルト。   

 膝の上にエーフィが寝そべり、ヤキモチを妬いたマスカーニャが僕も僕もと首元に絡みつく。隣にはナイーブフォルムのイルカマンがピッタリと寄り添い、ハルトの腰に顔を押し当てながらウトウトと真昼の陽気に微睡んでいる。甘えん坊のオストリオは、今日も今日とてハルトにべったりだ。

 

「ボウ、ボウ」

「キィー」

「クワンヌ」

 

 そんな彼らに少々呆れた眼を向けているのは、ソウブレイズ、タイカイデン、ルカリオたち女の子組。

 大人びた性格の彼女たちは、オス団子と化したハルトたちの隣にゆるりと座りながら、のんびりとガールズトークに興じている。

 

「ギャオ」

 

 そして最後に、校庭に迷い込んだヒラヒナと一人気ままに戯れているミライドン。きっとこの後すぐに遊び飽きて、ハルトの顔をぺろりとひと舐めしてから呑気に昼寝を始めるのだろう。遠い未来から来たミライドンは、現代の誰よりも自由でお気楽なのだ。

 

「くぁ…」

 

 自分にくっついて離れない甘えたさんたちの体温に眠気を誘われ、ハルトは小さく欠伸を漏らした。

 あったかいな、気持ちいいな。このままお昼寝しちゃおうかな。

 そうして眠気に身を委ねて、エーフィを抱き枕に、マスカーニャを掛け布団にしながらコロリと芝生に寝そべったその時。

 

「おきろー!」

 

 溌剌とした少女が、ハルトの小さな顔を覗き込みながらハイパーボイスの様な大声をあげた。

 

「わっ!?」

「フィーッ!」

「ハニャ」

「Zzzz…」

 

 驚いたハルトはビクッと大きく体を跳ねさせ、エーフィは悲鳴をあげながらハルトから跳びのいた。マスカーニャは気に留める事なくハルトに頬擦りを続け、イルカマンはすやすや寝息をたてている。

 

「フーッ、フーッ!」

「キィ?」

 

 タイカイデンの柔らかなお腹の下に逃げ込んだエーフィが、薄紫の体毛を逆立てながら声の主を必死に睨みつける。ハルトのエーフィはちょっぴり臆病なのだ。

 

「おはよ!」

 

 声の主は、黒い長髪をポニーテールにした、スラリとした体躯の健康的な少女。

 ハルトのクラスメイト兼ライバル兼親友の、ポケモン勝負大好きガール、ネモだ。

 

「びっくりしたぁ…」

「もぉーハルトひどいよ!昼休みは私と勝負する約束でしょ!?」

「だってネモ、生徒会の仕事忘れてたー!って勝手にどっか行っちゃうんだもん。お昼ご飯あんなに残しちゃってさ、あれ僕とペパーで残りぜんぶ食べたんだよ?」

「ボタンは?」

「『いやいらんし』って。僕もう眠いよ、お腹いっぱいだもん。ふわぁ…おやすみぃ…」

「あっ!」

 

 いつもなら笑顔で快諾するネモとのポケモン勝負だが、今のハルトはすっかりお昼寝モード。

 

「ねぇー起きてよー勝負してよー!」

「んー…またほーかごねぇ…すぅ…」

「むぅぅ!あ、ねぇねぇニャオくん、ハルトおこして?」

「ニャフンッ」

「そっぽむいた!?」

 

 全くやる気の無いハルトとその相棒に、必死で縋りつくネモ。

 ネモにとってハルトは、チャンピオンである自分が唯一全力を出して戦う事が出来る貴重な好敵手。どんなに短い時間だろうと、勝負の機会は絶対に失いたくないのだ。

 

「うー、うーっ!」

「ボウ」

「カルちゃん?」

 

 バトル欲が抑えきれず半泣きになっているネモの肩に、ハルトのソウブレイズ、カルちゃん(カルボウの女の子だからカルちゃんである)が、そっと短剣形態の右手を添えた。

 

「ボウ、ボウボウ」

「え、戦らせてくれるの!?」

「ボウ」

「やったー!カルちゃん大好き!」

「ボウン」

 

 ポケモンからのまさかの申し出に、闘志を持て余したネモは大喜び。そんな無邪気な少女を、ソウブレイズは穏やかな眼差しで見やった。カルちゃんは優しい女の子なのだ。

 

「よし、それじゃ戦ろ戦ろ!1on1でいいよね!ちょうどパーモットが貴女と戦りたがってたんだ!真剣勝負ならぬ真拳勝負、なーんて…」

「おいこら生徒会長!なぁにヒトのポケモンと勝手にバトろうとしてんだ!」

「あ、ペパー!」

 

 おおはしゃぎのネモを遮る様に現れたのは、クセっ毛気味のブロンドヘアを肩まで伸ばした大柄な少年、ペパーだ。

 

「勝手じゃないよ、カルちゃんがいいよって言ったの!ねーカルちゃん?」

「そうなのか?カルちゃん」

「ボウ」

「そうかそうか!カルちゃんは優しい良い子ちゃんだな!」

「ボゥ…」

 

 おおらかな笑顔で褒めちぎるペパーに、ソウブレイズは恥ずかしそうにもじもじと尖った剣先を擦り合わせた。照れ屋さんである。

 

「…ってそれでもダメだろ!勝負するならちゃんとハルトの許可とれ許可!」

 

 笑顔から一転、再びガーッと吠えるペパー。ネモはぶすっと唇を尖らせた。

 

「だってハルト起きないんだもん!」

「しょうがないだろお腹いっぱいちゃんなんだから!放課後まで我慢しなさい!」

「やだ!」

「やだじゃない!」

「やだったらやだ!」

「ワガママちゃんめ!」

 

 スヤスヤ眠るハルトの側で、ギャーギャー吠え合うネモとペパー。

 以前のネモであれば大人しく引き下がったかもしれないが、最近は少々ブレーキが壊れ気味だ。

 

「全く、勝負の味をしめやがって。生徒会長の姿かそれが?」

「むっ…じゃあ、ペパーが代わりに戦らせてくれるなら我慢するけど?」

「やだよ、キズぐすり代で食材買えなくなるだろ」

「なにそれ!?」

「そんだけアブナイってこと!さ〜ハルト〜ゆっくり寝ような〜ハルトはガリガリちゃんだからな〜食べて寝ておっきくなろうな〜」

「なんかあやしてるし!」

 

 引き下がらないネモを放置して、ハルトの頭を撫ではじめるペパー。熟睡中のハルトは気持ちよさそうにふにゃりと笑った。

 

「んん…ふへぇ…ぺぱぁ……」

「はは、寝てても俺がわかっちまうか!さすが親ゆ」

「ニャッ!」

「あいてっ!?」

 

 ハルトを撫でる大きな手を、ハルトと絶賛添い寝中のマスカーニャがペシっと叩いた。

 

「なんだぁニャオくん、ヤキモチちゃんか?」

「ニャフンッ」

「わかったわかった、お前に譲るよ」

「ハニャーニャ♪」

 

 ペパーが手を引っ込めると、マスカーニャは機嫌を直してハルトへの頬擦りを再会した。

 ハルトのマスカーニャ、ニャオくんはニャオハ時代からヤキモチ焼きの甘えん坊だったが、最終進化後は更にワガママになっていた。高まった身体能力と比例する様に、独占欲までシビルドン登りである。

 

「クワンヌ」

 

 そんなワガママ放題の我らがエースポケモンに、ルカリオのリオちゃんは呆れた様にため息を吐いた。

 鋼のクールビューティーな彼女は、ソウブレイズやタイカイデンほど世話好きではないのである。

 

「ほらネモ、見ろよこの幸せそうな寝姿。尊いだろ?」

「う、うん…」

 

 ひとつオチがついたところで、ペパーは説得フェイズに入った。

 わざとらしく切なげな顔をしながら、狼狽するネモをきゅる〜んと見上げる。

 

「こんなに美しいヒトとポケモンの営みを、お前は壊しちまうのか…?そんな事をハルトに…するのかよ…?」

「ぐぬぬ…!」

 

 ペパーの つぶらなひとみ!

 こうかはばつぐんだ!

 

「で、でもでも!カルちゃんは戦らせてくれるって!」

 

 ネモの わるあがき!

 

「ボ、ボウ?」

「カルちゃんは優しいからな。ネモを気遣って自らを犠牲にしようとしてるんだ。なあカルちゃん?」

「ボウ!?ボウボウ!」

 

 カルちゃんは こんらんしている!

 

「ちがうよねカルちゃん!?カルちゃんは勝負したいもんね!?」

「ボウッ!?」

「無理するなカルちゃん、俺は分かってる。ホントはカルちゃんもハルトと寝たいんだろ…?」

「ボボウッ!?」

 

 スヤスヤ眠るハルトの傍ら、無駄に可愛らしいつぶらなひとみを披露するペパーと、半泣きで抵抗を続けるネモ。そしてそんな二人の間でオロオロキョロキョロするソウブレイズ。

 

「いやなんぞアレ……」

 

 そんなカオスな集団を、少し離れたところから引き気味に見やる少女がいた。

 もっふもふのイーブイバッグを背負った、短髪眼鏡なパーカー女子、ボタンである。

 

「完全に陽キャのコントじゃん…近付かんどこ…」

 

 この少女、ボタンもまたハルトたちの親友の一人であったが、元来控えめな性分の為ああいった陽気溢れる雰囲気に後から飛び込むのは得意ではない。

 後でハルトから経緯だけ軽く聞こう、と考え、そろりと静かにその場を発とうとする。

 が、そんな彼女を目ざとく見つける者がいた。

 

「ギャオッス!」

「うげっ!?」

 

 ミライドンだ。いつの間にか背後に迫っていたミライドンが、わっと前脚を広げてボタンに抱きつき、押し倒した。

 

「アギャ、ギャス!」

「わっ、ちょっ、やめれっ!?」

「ギャオ〜ン!」

「あぁぁぁぁぁぁ…!」

 

 芝生に組み伏せられたまま、ペロペロと顔中を舐めまわされる。ずり落ちた眼鏡を直す事すら出来ず、情けない悲鳴を校庭に響かせてしまう。

 

「あ、ボタンお昼ぶり!っていうか、ぷふふっ…大丈夫?起きれる?ポケモン勝負する?」

「しないしってか助けろし!なんでこの状況で勝負なんだよネモすぎんだろ!」

「二人とも相変わらず仲良しちゃんだな!これからもコイツの事よろしくな、ボタン!」

「いや良い話風にすんなし!ってかなんで毎回うちだけこんなになるんだよ躾はどうなってんだ躾は!」

 

 駆け寄ってきたネモとペパーが、ボタンとミライドンのわちゃわちゃ具合にくすくすと笑う。ボタンはひーひー言いながら身を捩る事しか出来ない。

 

「ギャオッス!」

「ギャオッスじゃないが!?」

 

 大好きなボタンとの濃密なスキンシップに、ミライドンはご満悦で元気に鳴いた。ボタンは泣いた。

 

「フィー、フィー!」

「ハッ、ブイきゅん!?」

 

 とそこに、もう一匹のボタン大好きっ子が現れた。

 

「フィーフィ、エ〜フィ♪」

 

 ハルトのエーフィ、ブイくんである。

 ボタンはイーブイとその進化系が大好きな生粋のブイブイファンで、手持ちポケモン全てがブイブイという筋金入り。当然ハルトのエーフィにもメロメロだ。

 そしてエーフィもまた、ブイブイたちの匂いが染みついたボタンが大好きなのである。

 

「フィ〜♪」

「はあぁぁブイきゅんほんまネ申…」

「呼んだ?」

「呼んでない」

 

 ミライドンに押し倒されつつも、擦り寄ってきたエーフィをぎゅっと抱き寄せて顔を押し当てるボタン。

 

「すうー、はぁー。すうー、はぁー」

「…なに吸ってんだお前?」

「お前言うなし。ブイブイは吸うものだから。すうー…」

「なっ…それはつまり、エーフィはスパイスだった…ってコト!?」

「うん、ちがうと思うな!」

 

 界隈特有の謎文化に慄くペパーと、シンプルにツッコむネモ。ミライドンは満足してボタンに乗っかったまま昼寝をはじめた。

 

「ふわぁ〜…んん〜…?」

 

 と、そこでハルトが目を覚ました。首元に絡みつくマスカーニャをそのままに、むっくりと上体を起こして賑やかな一団に目を向ける。

 

「あれぇ、みんななにして…」

「ボウ…」

「カルちゃん?なんかお疲れだね?」

「クワンヌ」

「リオちゃんも…あぁ、あはは、そゆことかぁ」

 

 ルカリオが放つ気怠げな波導を感じとり、ハルトは幼なげな相貌をふにゃりと崩した。

 

「ニャオくん」

「ハニャ?」

「イルくん」

「Zzzz…キュウ…?」

「カイちゃん」

「キィー?」

 

 ハルトは寝ぼけ眼のイルカマンを抱っこして、首にマスカーニャを巻きつけたままよいしょと起きあがった。華奢な見た目に反して中々の怪力である。

 起きあがった愛するパートナーの傍らに、翼を畳んだタイカイデン、カイちゃんがぴょんぴょんと跳び寄る。

 ハルトが空いている左手で喉元の電気袋をやわやわと撫でると、タイカイデンは嬉しそうにキィーっと鳴いた。彼女は甘やかし上手の世話好きっ娘だが、同じくらい甘えるのも大好きなのだ。

 

「ボウ」

「クワンヌ」

 

 そんな彼らに、ソウブレイズとルカリオがため息混じりに寄り添う。気疲れした様子のソウブレイズとどこまでも気怠るそうなルカリオに、ハルトはあははと苦笑した。

 

「ってか重い!離れろし!」

「ギャオスゥ…Zzzz…」

「うわ、マジ寝じゃん!本能全振りトカゲかよ!?」

「ミライドンお前なぁ、最近ちょっと自由過ぎだぞ?ボタンだからいいけど」

「よくないが!?なにもよくないが!?」

「元気出てきたねボタン!じゃあ勝負しよっか!」

「なにがじゃあだよ!なにがじゃあだよ!文脈ドわすれ人間かこのネモッ!」

「エ〜フィ?」

「あぁ〜もぉブイきゅんだけが癒しぃ〜!ハルトぉ〜助けれ〜!」

 

 押しの強い二人と一匹にもみくちゃにされているボタンが、へろへろ声で助けを求めている。そのあまりに情けない姿に、ハルトは思わずぷふっと吹き出した。

 

「ふふっ、あははっ!ふ、ふ、ふふ…み、みんな?あれ、ぷふふっ!どうしよっか?」

 

 コロコロ笑いながらポケモンたちを見やるハルト。

 

「ハニャニャン♪」

 

 マスカーニャはどうでも良さげ。ハルトさえいればいいらしい。

 

「クア〜…」

 

 ルカリオはもっとどうでも良さげ。左手で口元を隠して欠伸しながら、お好きなようにと右手をヒラヒラさせている。

 

「キィ♪」

 

 タイカイデンは、呆れはしつつも楽しそう。早くエーフィをあやしたいみたい。

 

「ボウ…」

 

 ソウブレイズはちょっとお疲れ。でもやっぱり優しい娘なので、困っているボタンを助けたいみたい。

 

「イルくんは?」

「……」

 

 最後に、さっきからずうっとハルトに抱きしめられているイルカマンのイルくん。

 イルカマンは、ミライドンに押しつぶされているボタンをじっと見つめている。

 

「……ハッ!?」

 

 そのまん丸な瞳に気づいたボタンは、一縷の望みをかけてゼンリョクで叫んだ!

 

「た、助けてー!イルカマーーーーン!」

「キュッッッッ!?」

 

 瞬間、イルカマンの全身が眩い光に包まれた!

 

「うわっ、まぶしっ!?」

 

 助けを求める少女の声に応え、普段の穏やかで可愛らしい水色のナイーブフォルムから、イルカマンは真の姿へと変身する!

 逞しい筋肉に包まれた、紺碧色のぼくらのヒーロー!

 

「マイッッッッキュンッ!」

 

 イルカマン・マイティフォルム!

 

「わあ、イルくんやる気マンマン!」

「キュンッ!」

 

 ……が、ハルトに抱っこされたまま覚醒した!

 

「よおし、みんなでボタンを助けよう!」

「キュンハァッ!」

「ハニャ〜」

「クア〜」

「ボウ…」

「キィー♪」

 

 いまいちやる気にバラつきのある仲間たちに構わず、ハルトの腕の中でオーッ!と拳を掲げるイルカマン。180cmに伸びたイルカマンの巨大を軽々抱き続けるハルトは、やはり中々の怪力である。彼はカントー出身かもしれない。

 

「いくぞー!」

「キュオオオオオオッ!」

 

 性別も性格もバラバラで、それでもやっぱり仲良しな、大切な宝物たちを引き連れて。

 ハルトは絡みつくマスカーニャをマントの様にたなびかせながら、イルカマンを抱えて親友たちの輪に飛び込んでいった!

 

「ゼンリョクジェットパアアアアンチ!」

「アギャッ!?」

「フィーッ!?」

「うおおおおハルトとイルカが突っ込んでくる!?」

「きた!イルカきた!これで勝つる!」

「私に任せて!ウェーニバル、インファトォ!」

「いや撃退すんなしー!?」

 

 突っ込んできたハルトをペパーがマスカーニャごと抱きとめ、腕の中から飛び出したイルカマンが唐突に呼び出されて困惑気味のウェーニバルと相対し。流れでバトルに持ち込んだネモは喜色満面で、助けられるどころか更にカオスになってしまったボタンは涙目。

 

「アクアステップ!」

「うけとめてこっちもインファイトだ!」

「おいおい結局バトルかよ!?」

「イルカマーン!がんばえー!」

「ギャオッスー!」

「だからお前は降りろしっ!」

 

 これが、ハルトたち仲良し四人組のいつもの風景。

 毎日の様に繰り返される、騒がしくも平和で日常的な時間。

 ハルトたち四人が見つけた、大事な大事な宝物である。

 

 おしまい。

 

 




ペパーくんがうちの主人公くんの腰を思いっきり掴んだシーンで、何故かNTRれた様な気分になりました。
キャラメイク自由だからって調子こいて理想の美少年を創造したばっかりに……!
でもペパーくんすこ(完堕ち済)


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ペパーとハルトの美味しい金曜日!

フィッシュ&チップス食いてぇなって思いながら書いたお話です。ビール!ビール!(空手部)


 

 

 とある金曜日の夜。グレープアカデミー学生寮、ペパーの部屋にて。

 

「おまちどうさん!」

「待ってました!」

「バウ!」

 

 ポケモントレーナーの少年ハルトは、ペパーの相棒マフィティフと共に折り畳みテーブルの前にちょこんと座り、ペパーが運んでくる手作り料理にぐう〜っとお腹を鳴らした。

 プロの料理人を目指して、日々研鑽を積んでいるペパー。彼のまごころ篭った温かな料理が、ハルトとマフィティフは大好きだった。

 

「わ、こんなにおっきいの?」

「なんだ、ミガフライ食うのは初めてか?」

 

 今日のメインは、パルデア地方の郷土料理ミガフライ。半島西側の海や湖でよく獲れる、きりはなしポケモンミガルーサの身を豪快に揚げた料理である。

 

「うん。へぇ〜こんな肉厚なんだぁ。大丈夫?高かったんじゃない?」

「いや、全然だ。ミガルーサの肉はそこら中で獲れるんだよ、アイツらすぐ自分の身を切り離すから」

「あ、なるほど」

 

 桁外れな自己再生能力を持つミガルーサは、頭や骨格、ヒレ以外の身を瞬時に切り離して身軽になり、移動速度と集中力を高めるという風変わりな習性がある。ミガルーサが切り離した身は、古くからパルデアの人々とポケモンたちを育んできた地方有数の海の幸なのだ。

 

「エスパータイプだし、なんか食べたら頭良くなりそう」

「お、鋭いな。実際頭に効く栄養がたっぷりちゃんなんだぜ、ミガルーサ」

「そっか、ならうーんといっぱい食べなきゃね!ねーマフィティフ?」

「ワフ」

 

 ハルトに背中を撫でられ、ニィッと凄みのある笑みを浮かべるマフィティフ。名前の通りまるでどこかのマフィアの様だが、性格はとても優しく穏やかなのだ。

 

「あ、写真写真!冷めないうちに早く撮らなきゃ!」

「おう、バシッと頼むぜ!」

「ヘイ、ロトくん!」

『ケテテ!』

 

 ハルトの声に応えて、彼のスマホロトムがぴょんっと飛び出す。ロトムはハルトたち二人とマフィティフ、そして肝心の料理がバランスよく写るアングルを瞬時に見定め、機敏な動きで宙を舞いポジションに着いた。

 ハルトは写真撮影、特にセルフィーが大好きな少年で、そんなハルトと旅路を共にしたロトムもまた、すっかりカメラ役が大好きになっていた。

 

『ケテ!ケテケテ!』

 

 もっと寄って寄って!と小さな身体を揺らすスマホロトムに、くすりと笑うハルト。マスカーニャやミライドンたち7匹と同じく、ロトムもまたハルトの大切な宝物である。

 

「「はい、ガケガニぃ〜!」」

「ワフ!」

 

 料理を囲んでニぃ〜っと笑う二人と一匹。ガケガニに因んで、ハルトとペパーはダブルピース。

 

『ケテ!』

 

 カシャ!と小気味いいシャッター音が響き、撮り終えたロトムが満足げな様子でハルトの手元に収まる。保存された写真の出来栄えに、ハルトはにっこりと笑みを深めた。

 

「ありがとロトくん」

『ケテ♪』

「後でみんなに送ろうな」

「うん。あ、あとハイダイさんとオモダカさんにも」

「なんでだ?」

「二人ともミガルーサ手持ちだから。喜ぶかな?」

「おう、絶対やめろ。それよりさあほら、早く食え食え!」

「うん!いただきまーす!」

「バウ!」

 

 パッと手を合わせて、ナイフとフォークを手に取るハルト。

 

「わあ…!」

 

 サクサクの衣にナイフを入れると、白い湯気とジューシーな香りがふわっと広がる。身を崩さないように慎重に切り分け、最初の一切れをゆっくりと口に運び、ぱくり。

 

「!」

 

 瞬間、口の中に満ち満ちる、淡白ながらも味わい深い白身魚の旨み。しっかりと下味がつけられた身の絶妙な塩辛さと香ばしさが食欲を刺激し、衣のサクサクと身のホクホク、二つの食感が口内を踊り、弾ける。

 あまりの美味しさに、声にならない歓喜の声が、ハルトの喉から溢れ出した。

 

「んーーっ!んーひー!(おいしー!)」

「気に入ったか?」

「うん!うん!」

「へへっ、そうか!」

 

 満面の笑みでフライを頬張るハルトに、ペパーはくすぐったそうに笑った。ハルトが彼の料理が大好きな様に、彼もまたハルトに手料理を振る舞う事が大好きだった。

 こんだけ美味そうに食ってくれりゃ、俺も作り甲斐があるってもんだ。あぁもう全く、見てるこっちまで腹ペコになる笑顔だぜ、ってな具合である。

 

「バウッ、バウッ」

「お前も美味いか?」

「バフッ!」

「おう!いっぱい食えよ!」

 

 ペパーの相棒マフィティフも、小皿に切り分けられたフライを大喜びでパクついている。

 

「美味しいねーマフィティフ!」

「ワッフ!」

 

 隣に座る小さなハルトと幸せそうに笑い合う大きなマフィティフ。そして、そんな二人を温かな気持ちで眺めている自分。

 ……家族って、こんな感じだよな、きっと。

 付け合わせのフライドポテトをつまみながら、ペパーは優しい多幸感にじんわりと浸った。

 幼い頃に家を去った母と、エリアゼロの研究で家を空けがちだった父。ペパーにとって真に家族と呼べるのは、小さなオラチフの頃からずっと一緒だった大切な相棒、マフィティフだけだった。

 そのマフィティフが酷い大ケガをした時、ペパーは本当に目の前が真っ暗になった。どんな高級なキズぐすりを使っても効果がなく、ポケモンセンターに預けても快復が見込めない。日に日に弱っていく相棒の姿に、キリキリと心を擦り減らす日々が続いた。

 大好きなマフィティフが死んでしまう喪失への恐怖と、心の拠り所を失いひとりぼっちになってしまう孤独への恐怖。二つの恐怖に押しつぶされそうになりながら、ペパーは気丈に一人で頑張り続けた。

 そうして死に物狂いで治療法を探し、ついに見つけた最後の希望、秘伝スパイス。胡散臭いオカルト本に記された眉唾物の代物だったが、少しでも可能性があるならばと、縋る様な想いで手を伸ばした。

 

「んー!ポテトもおいしー!」

 

 …思えば、最初は半分ヤケクソだったかもな、こいつを誘った時も。

 ホクホク顔でポテトに舌鼓をうつハルトの、妙に幼くあどけない仕草に、ペパーはなんとも可笑しな気分になった。

 こんなにちっちゃくてカワイイちゃんなヤツがポケモン勝負激ツヨなんて、まるでゲームかマンガだな、と。

 ポケモン勝負が苦手な自分に寄り添い、共に強大なヌシポケモンと戦ってくれたハルト。類稀なバトルセンスを持つ彼と彼のポケモンたちがいなければ、きっと自分はスパイスを手に出来なかっただろう。マフィティフの命を、救えなかっただろう。

 

「全く、ハルトはお子ちゃまヒーローちゃんだな」

 

 だから、ペパーにとってハルトという少年は、親友であり、ヒーローなのだ。

 

「んー?」

「ん、なんでもねぇ。ほら、ちゃんとサラダも食えよ?」

「うん!」

「バウ」

 

 色鮮やかなサラダをシャキシャキと味わうハルトを、隣に座るマフィティフが穏やかな目で見守る。その絵面がなんだか歳の離れた兄弟か父子の様で、ますますペパーは可笑しくなってしまう。

 

「ワフ」

 

 マフィティフというポケモンは、外敵に対してはあくタイプらしく苛烈に襲いかかる猛犬と化すが、自分のファミリーに対しては非常に優しく、愛情深く接するポケモンだ。きっとマフィティフもペパーと同じく、ハルトを命の恩人として敬い、愉快で可愛らしい小さな友人として慕い、新たなファミリーの一員として愛してるいるに違いない。

 

「へへ…」

 

 …なんか、あったけぇな。マフィティフがいて、ハルトがいて。俺の料理美味そうに食って、俺の前で楽しそうに笑って。

 …ずっと、続けばいいな、この感じ。

 

「んー…」

「バウ…」

「…あん?どうした、二人とも」

 

 食事を進めながらぼんやり考えていると、ハルトとマフィティフがじーっとペパーを見つめていた。

 怪訝に思い声をかけるペパー。するとハルトの口から、思いもよらぬ発言が飛び出た。

 

「なんかペパー、おかあさんみたい」

「…はっ、はあ!?」

 

 思わずギョッとするペパーに、ハルトはくすりと悪戯っぽく笑った。

 

「ペパー気付いてる?ペパーってさ、僕たちがご飯食べてる時、すっごい嬉しそうな目してるんだよ?」

「え"」

「ふふ、やっぱり自覚ないんだ…それでね、その時の目がね、なんかそっくりなんだぁ、僕のママに」

「マ、ママぁ…?」

「ふふ、ふふふっ!あれ、照れてる?」

「なっ、て、照れてなんかねぇっ!ってか照れる要素ねぇだろ!?なんだママって、なあマフィティフ!?」

「バウッ」

「あっ、笑った!?笑いやがったこいつ!」

「あはは!マフィティフ、ペパーママはかわいいね〜?」

「バウッ!」

「や、やめろ!俺はママじゃねぇ!おかあさんじゃねぇーっ!」

 

 真っ赤な顔でぶんぶん手を振るペパーと、そんなペパーをニヤニヤ眺めるマフィティフ。そしてそのマフィティフにモフっと抱きつきながら、くすくすと悪戯に笑うハルト。

 

『…ケテ!』

 

 …カシャッ!

 

「なっ、おまっ、何撮ってんだ!?」

「ロトくんナーイス!そのままネモとボタンに送って!」

『ケテテッ!』

「おいやめろぉ!一番送っちゃならねぇヤツらだろ!」

「あ、もう返事きた!"ペパー真っ赤!どうしたの!?"だって!」

「おい消せ!今すぐ消せ!」

「もう送っちゃったもーん♪あ、ボタンからもきた、"誰得の赤面?もっとフライ写してどうぞ"、だって。興味なしかー、よかったね?」

「いやそれはそれで腹立つなオイ!?」

「ワフッ」

 

 敏腕カメラマンに照れ顔を激写されあたふたするペパーと、悪戯心満載でおちょくりまくるハルト。

 そんな二人を微笑ましく見つめながら、マフィティフは小皿のフライをまた一口、パクッと食べるのだった。

 

 

 

 

 ちなみに。結局ハルトはミガフライの写真をハイダイとオモダカには送らず、大衆グルメを愛するサラリーマン、アオキに送った。

 しばらく既読がつかなかったが、夜中ハルトが就寝する直前、ポンと通知が入った。

 ハルトが寝ぼけ眼をこすりながら画面を見ると、アオキからカビゴンのスタンプと共に、"腹減ったので今日は締めます"とコンビニ弁当の写真が送られてきていた。

 

「アオキさん…」

 

 今度、焼きおにぎりでも差し入れしよう……

 垣間見えた大人の世界の厳しさに小さく身震いしつつ、子どものハルトはすやすやと床につくのだった。

 

 

 おしまい。

 

 




カルテットといいつつ二人しか出てこないタイトル詐欺。
尚ミガフライなんて料理は公式設定には全くありません。完全に今作の捏造です。人に話したら恥かくので気をつけよう!
…切り離した後の身って鮮度大丈夫なんかな、と書いた後にふと思いました。コジオの塩で塩づけにして保存すればワンチャン…?


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カルテットとカレーライス!前編

SVには秘伝スパイスという食材がある。
→スパイスといえばカレーである。
→カレーといえばガラルである。
→ボタンの実家もガラルである。
→やはりそういう事か(橘さん)
というお話です。またメシの話してる…


 

 ある日の昼休み。ハルトたち四人組はいつもの様に学生食堂に集まり、各々好きなメニューでランチを楽しんでいた。

 

「げ。ボタンお前、またカレーかよ」

 

 少し遅れて来たボタンが手に持つカレーの皿に、うげっと顔をしかめるペパー。対するボタンは、それが何か?とでも言いたげな顔だ。

 

「なに、なんかわるい?」

「いや悪かねぇけどよ…」

「二日に一回は食べすぎだよねー」

「僕なら飽きちゃうなー」

「ふーん。ウチは飽きないけど」

 

 それだけ言って席についたボタンは、呆れた風な三人に構わず、いそいそとカレーを食べ始めた。

 彼ら四人組がよくつるむ様になってしばらく、こうして学生食堂でランチを共にする事もすっかり当たり前になったが、ボタンはネモの言葉通りほぼ二日に一度、つまり週に二、三回のペースでカレーライスを食べていた。

 

「むう…」

 

 ボタンの対面に座るペパーは、不満気な面持ちで眉を顰めている。食と健康に人一倍のこだわりを持つ彼は、友人が見せる偏食ぶりにそろそろ我慢の限界らしい。

 そんな彼の隣で野菜炒め定食をパクつきながら、ハルトは対面のネモと顔を見合わせてくすくすと笑い合った。二人はペパーが時折見せる、妙に保護者じみたお節介焼きが可笑しくて仕方ないのだ。

 

「まったく、せっかく色んなメニューがあるんだからよ、もっとバランスよく食えよな。栄養偏るだろうが、ものぐさちゃんめ」

「はいはい耳タコ耳タコ」

「真面目に聞けっての!いいかぁ?俺たちくらいの歳の時こそ毎日の食生活が…」

「ハルトたすけて、オカンがダルい」

「誰がオカンだ!?」

「だめだよボタン、ママの言うことちゃんと聞こ?」

「ママじゃねぇ!」

「ペパーがお母様ならお父様はハルトですわねー!」

「だからお母様じゃねぇ!エセお嬢様語で悪ノリすんなモノホンお嬢様!」

「あはは、まぁそうカッカしないでよ母さんや」

「そうそう、血圧上がるよオカン」

「ストレス発散にはポケモン勝負ですわお母様!」

「く、くそダメだ…こいつら全員ボケボケちゃんだ…ツッコミが俺しか居ねぇ…ッ!」

 

 雑なノリでボケ倒す三人に、ガックリと項垂れるペパー。そんなペパーの姿にひとしきり笑ってから、ネモは自分の隣に座るボタンにフォークを差し出した。

 

「はい野菜あーん」

「あー…ロールキャベツは野菜カウントでいいんか?」

「え、野菜でしょ。キャベツ巻いてるもん」

「ん、じゃあカレーも野菜か。野菜入ってるし。完全食きたなコレ」

「…なあハルト、女の子ってもっとこう、カロリーとか栄養価とか気にするもんなんじゃないのか…?コイツらコレでいいのか…?」

「んー…ふふ、二人ともホシガリスみたいでかわいいなぁ…」

「いやどんな目線の褒め言葉だそれ…」

 

 男子が女子に抱く理想を粉々に砕かれゲンナリするペパーは、自分の隣でほっこりと笑うハルトを胡乱な目で見やった。コイツは女の子をちゃんと女の子として認識しているのだろうかと。まさかホントにポケモンに見えてるんじゃなかろうかと。

 

「え、見えてないよ?」

「いや心読むな怖ぇわ」

 

 訂正、コイツ自身がポケモンちゃんかもしれない。エスパータイプの。

 

「っていうかさ」

 

 付け合わせのニンジンを口に放り込みながら、ネモが言った。

 

「確かにボタンはカレー食べすぎだけど、別に一食くらいいいんじゃない?三食カレーってワケじゃないんだし」

「それな」

「おう、じゃあ聞くけどよ」

 

 すかさず便乗するボタンに、再びペパーが噛み付いていく。

 

「昨日の晩飯は?」

「ポケピザ」

「…その前は?」

「ポケヌードル」

「……っ!!」

 

 つらっと答えるボタンに、ペパーのこめかみがピクピクと痙攣していく。

 

「じゃあその前は!?」

「え、なんだっけ」

 

 はて?とボタンが首を傾げると、

 

「満足ナゲットじゃない?ほらコレ」

 

 ハルトがスマホを取り出し、三日前にボタンから送られてきた山盛りの『満足ナゲット』の写真をボタンに見せた。

 

「あーその写真!"ヤヤコマートでセールだったから爆買いしたった"ってヤツだ!」

 

 写真を指差して可笑しそうに笑うネモ。写真には、大きな皿を6匹のブイブイたちがぐるりと囲み、ヨダレを垂らしながらおすわりしている様子が写されていた。

 

「あ、ソレか」

「あはは、僕一瞬で保存したもんコレ」

「インパクトすごいよねー」

「っていうかリーフィアも食べるんだね」

「あの子は光合成より食べる方が好きなんよ」

「へぇ〜変わった子〜」

「お前らなぁ……!」

 

 本題を忘れてキャッキャと盛り上がる三人組に、ペパーの怒りのボルテージがあがっていく!

 

「えぇい、やめろやめろ和気藹々と!おいボタンッ!この大バカちゃんが!」

「は?何急に。てか指差すなし」

 

 ビシッと差した人差し指を払いのけられた事にも構わず、ペパーは吠えた。

 

「お前の食生活はダメダメちゃん過ぎる!毎日毎日エネルギー過多なメニューばっかで、バランスのバの字もねぇじゃねぇか!」

「エネ過多はロマンだからセーフ」

「誰がポケモンカードの話した!?」

「ペパーのツッコミって気持ちいよねぇ」

「ボタン相手だとより実るよねぇ」

「うるっっさいぞチャンピオンども!ボタン、お前の偏食っぷりにはもう我慢ならねぇ!この俺がそのコレステロールに染まった性根を叩き直してやるぜ!」

「はぁ?」

「「おぉ〜」」

 

 暑苦しくヒートアップしていくペパーに、心底めんどくさそうな目を向けるボタン。ハルトとネモは完全に野次馬モードだ。

 勢いで場の流れを掴んだペパーは、瞳を轟々と燃やしながら高らかに宣言した!

 

「俺と勝負しろボタン!俺が勝ったらお前の昼飯カレーは週一に減ッ!更に晩飯には必ずサラダボウルを追加してもらうぜッ!」

「なっ…」

「「おぉ〜!」」

 

 ペパーの熱い戦線布告に、パチパチと拍手するチャンピオンコンビ。ポケモン勝負は苦手だと公言するペパーが、まさか自分から勝負を挑むとは!

 対するボタンは、ペパーの圧に一瞬だけ怯んだものの、すぐに気を取り直して肩をすくめた。

 

「はっ、ばかばかしい、なんでウチがそんな事。つかヒトのご飯にケチつけてくんのダル過ぎだから。カレーとかガラルだったらフツーだし。なんなのお前カレーアンチか?」

 

 お得意の毒舌でズバズバと斬り返していくボタン。食事のバランス云々からカレーライスそのものへと論点をズラしていく辺りがなんとも姑息である。

 そんなボタンの反撃に、ペパーは真っ向から応戦していく!

 

「お黙りッ!別にカレーに罪はねぇし俺だってカレーは大好きだ!だがお前のガッタガタな食生活を矯正するにはカレーは毒ッ!お前には好物を我慢し体調を慮る理性と良識が足りねぇ!それを俺が矯正してやるってんだよボタン!」

「で、それで勝負しろって?いやウザいウザいホント無理そーいうの。暑苦しいマッチョ遊びなら他所でやってよ、ネモとかさ」

「ちょっとー?失礼だぞー?」

 

 ぶーぶーと唇を尖らせるネモを横目に、ペパーは新たな手札を切った。

 

「へっ。いいやボタン、お前は断らねぇさ。この勝負だがな、実はお前にはメリットしかないんだぜ?」

「は?なにを…」

「まず、ひとーつ!」

 

 訝しむボタンに構わず、ピンッと人差し指を立てるペパー。

 

「もし俺が負けたら!お前のかわいいちゃんなブイブイたちに毎日!栄養満点の特製ポケモンフードを手作りしてやろう!」

「へ?お、おう…それはまぁ、たすかる」

「そして、ふたーつ!」

 

 ビシッと中指も立ててVサインを作ったペパーは、そこで誰も予想出来ないまさかの一言を言い放った。

 

「この勝負…ポケモン勝負ではないッ!!」

「な」

「へ」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!?」

「いやうっせぇな生徒会長!?」

 

 

 ……つづく!?

 

 




なんとなくガラル=カレーのイメージあるけどゲームの序盤でソニアが『最近流行りのカレーづくり』みたいな事言ってたから別に伝統とかでは無いのかもしれない。


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カルテットとカレーライス!中編


ピクシブでみたペパーのサンドイッチをカレーにぶちこむユウリの漫画でクソほど笑ったので更新します。







 

「ちょっとペパー!?ポケモン勝負じゃないってどういうこと!?」

 

 勢いよく立ち上がったネモが、斜め向かいのペパーをこの世の終わりの様な絶望顔で問い詰める。あまりに深刻そうなその顔に、ハルトは思わず野菜炒めを吹き出しそうになった。

 

「よくぞ聞いてくれた!へへっ、みんな俺の作戦が聞きたいかー!」

 

 ペパーはフンスッ!と得意げに胸を張り、特徴的な前髪をサッとかきあげ不敵に笑った。

 

「いや前置き長いし。本題はよ」

「ボタン、しーっ」

 

 白けた様子で先を急かすボタンを、そっと宥めるハルト。ボタンはハイハイと気怠げに肩をすくめた。

 標的のボタンがとりあえず聞く姿勢をとった事を認めたペパーは、コホンと咳払いをしてから自信たっぷりに言い放った。

 

「いいか?俺は今回ポケモントレーナーとしてじゃなく、料理人としてボタンに勝負を申し込む!」

「「「料理人として?」」」

 

 はて?と揃って首をかしげる3人。まるでコダックの3匹家族である。

 

「そんなぁ、ダメだよペパー」

 

 困った様に眉を顰めたハルトが、ペパーの制服の袖をくいっと摘んだ。

 

「それじゃあ弱いものイジメになっちゃうよぉ…」

「は?イジメ?」

「そうだよぉ…」

 

 泣きそうな顔で、そっとボタンに目を向けるハルト。

 

「ボタンと料理対決なんて…」

「え?」

 

 突然可哀想な人を見る目で見られたボタンが、なんぞやとハルトを見返す。ハルトはますます泣きそうな顔になった。

 

「ボタンは…ボタンはね?キッチンが、ピザの空き箱でみっちり埋まって見えなくなっちゃうくらい絶望的な、特性"なまけ"を地で行くアカデミーいちのズボラっ子さんなんだよ…?」

「ちょっ…!?」

「な、ボ、ボタンお前…」

「えぇ…ボタン、それは流石に…」

「ちょっ、ちょい、ちょい待ち。タイムタイムいっかいタイム。っていうか、え、ハルトさん?なんで?なんでいきなり処刑した?」

 

 恥ずかしい私生活を唐突にぶちまけられたボタンは、オドオドと両目を泳がせた。

 ひくひく口元を引き攣らせながら、突如として公開処刑人と化したハルトを見るボタン。

 天然鬼畜少年ハルトは、うるうると両目を潤ませながら更なる追撃を放った。

 

「グスッ…これがその写真です……」

「んなっ!?」

 

 取り出したスマホロトムの画面。そこには、デリバリーピザやインスタント食品のゴミが山と積まれた地獄の様なキッチンをバックに、『ひぇ〜っ!』と慄いた顔を作るハルトという、なんとも個性的なセルフィーが写し出されていた。

 

「「……」」

 

 そのあまりの地獄っぷりに絶句し、言葉も出ないネモとペパー。ボタンは真っ赤な顔でスマホを引ったくり、瞳をぐるぐるさせながら画面に食い入った。

 

「ちょ、ハァ!?いつ撮ったんコレ!?」

「こないだ遊んだ時、ボタンがトイレ行ってる間にこっそり…」

「こっそり!?こっそり撮ったんか!?女の子の部屋を!?」

「だってすごい光景で…撮らなきゃ!ってなっちゃって…」

「なるなよ!人ん家だろ!ってか撮るにしても自撮りはアホすぎだし!せめてそこは隠し撮りとかじゃないん!?」

「手ぐせで…」

「手ぐせで!?」

 

 マトマの実の様な顔でハルトの所業にツッコみまくるボタン。キレ芸に磨きがかかってきた今日この頃である。

 そんなボタンに、育ちの良いお嬢様であるネモは信じられないモノを見る様な目を向けてしまう。

 

「ボタン、その写真ホント…?ヒトが住む部屋じゃないよ…?」

「やっ、ちが…」

「ブイブイたちも可哀想だよ…?」

「うぐぅっ!?」

 

 本気のトーンで悲しそうに論され、ボタンの良心は大ダメージを受けた。特にブイブイたちに対しての部分で。

 

「…えっと、ね?ペパー、だからね?」

 

 諸悪の根源たる少年ハルトは、写真を見てから固まって動かないペパーにおずおずと向き直った。

 

「ボタンと料理対決っていうのは、あんまりフェアじゃないんじゃないかなって…」

「……へへっ、こりゃ腕が鳴るぜ」

「え?」

 

 小さな声で呟くペパーと、キョトンとするハルト。ペパーはニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。

 

「なあ、ボタン」

「げ、オカン…」

 

 ボタンは、ペパーの声にうげっと顔をしかめてしまう。これ以上追い打ち受けたらウチもう死ぬ…という顔である。

 だが、続くペパーの言葉は意外にも優しい…というより、あまりに予想外な言葉だった。

 

「なんか勘違いしてるみたいだけどな、俺は別に料理対決なんてする気はないぜ?」

「「「へ?」」」

 

 ボタンとネモとハルトは、再びコダック一家と化して首を傾げてしまった。

 

「さっき料理人として勝負って…」

「あぁ、言ったな」

「なのに勝負は料理じゃないの?」

「おう、そうだぜハルト」

「あっ、そっか!やっぱりポケモン勝負に変更ってことだね!いいねいいねー、実りあるねー!うわぁテンションあがって——」

「いいやネモ、ポケモン勝負はしない」

「——きたぁ!、って、えぇー!?なんでぇー!?」

 

 得意気な顔で二人をはぐらかすペパー。ボタンは訝し気に眉を顰めた。

 この男、一体ウチにどんな勝負をふっかける気だ?まあハナから律儀に受ける気なんか無いが…

 そんなボタンに対し、ペパーはもう何度目か分からない予想外発言を、自信たっぷりな笑顔でおみまいした。

 

「へへっ!いいか?勝負の内容はめちゃんこシンプルちゃんだ。今度の土曜の昼12時!俺がお前に、世界一美味い最強のカレーを食わせてやる!お前はただ、そのカレーを食うだけでいい!」

「……え?」

 

 思わず目をパチクリさせるボタン。

 カレーを食べるだけ、それが勝負…?

 

「それって……」

「どんな勝負……?」

 

 不思議そうに顔を見合わせるネモとハルト。ペパーは益々得意気な顔になった。

 

「つまりだな?」

 

 再びサッと前髪をかきあげ、かぶりをふるペパー。三人は頭にハテナマークを浮かべながら続きを待つ。

 不敵な笑みを更に深めながら、揚々とペパーは続けた。

 

「俺の作ったカレーの美味さに、ボタンがギャフンと言えば俺の勝ち!ボタンの食生活は改善される事になる!」

「「おぉ…!」」

「はぁ…?」

 

 感嘆の声を上げるチャンピオンコンビと、戸惑い&訝しみしか湧かないボタン。

 ギャフン…ギャフンってなんだ…?

 

「で、ギャフンと言わなきゃ俺の負け!」

「「おぉー!」」

「その場合、俺は金輪際ボタンの食生活には口出ししない!」

「「おぉーッ!」」

「更に!俺はペナルティとして、ボタンのもっふもふなブイブイたちに、栄養満点ちゃんな愛情たっぷり出来たてゴハンを、エブリデイご馳走様し続けてやると約束するぜ!」

「「おぉーッッ!!」」

「へへーん!どーだボタン!見事にお前にメリットしかない勝負だろーう!」

「「わぁーいパチパチパチパチー!」」

 

 ニッコニコで挑戦状を叩きつけてくるペパーと、やんややんやと謎に大喜びなチャンピオンども。なにがパチパチじゃい。ボタンは大きくため息を吐き、水の入ったコップを手に取った。

 程よく冷たい水で口と頭をリフレッシュしつつ、ボタンは考える。

 要するに、ウチは出されたもんをただ食べればいいだけで…んで、とりあえずどんな味でも『ギャフン』とだけ言わなきゃいい話で…てかマズいワケないよねペパー料理上手だし…

 …ん、つまりウチは、休日に美味しいタダ飯食べさせてもらいつつ、ブイブイたちの日々のごはんも確保できる様になってしまう…あまりにもお得になり過ぎてしまう…

 

「ふむ…」

 

 ……さてはこれ、アドしかねぇな?

 ボタンは丸眼鏡を怪しく光らせ、ニヤリと笑った。

 

「いいだろう、このマジボスが受けてたつ」

 

 ボタンは凄まじいドヤ顔を披露した。既に気分はチェックメイトだ。敗北が知りたい。

 

「よぅし!じゃあ土曜の昼な!場所は、そうだな……」

 

 ボタンの快諾に大喜びのペパー。彫深い端正な顔立ちを喜色で溢れさせるペパーに、ボタンはフフフとほくそ笑んだ。勝ちが確定している勝負ほど面白いものは無いのだ。

 

「はいはーい!私の家でやろうよ!裏のビーチでさ、アウトドアっぽく!」

「おっ、いいな!うし、じゃあネモん家借りるぜ!よろしくな!」

「うん!」

「あ、じゃあ金曜さ、僕の家でお泊まり会しない?お向かいだからすぐソコだし」

「それもいいなぁ!いやぁちょうどハルトの家行ってみたかったんだよなぁ!」

「うん、僕もペパーとボタン呼びたかったんだ」

「ハルトのお家はねー、いいとこだよー!お母様は優しいし、お庭も綺麗だし!」

「そーかそーか!そりゃ楽しみだ!…って、ハルト?お前、ネモとはお泊まりした事あるのか…?」

「うん。何回だっけ?」

「3回だっけ?」

「なっ!?お、女の子と、お泊まり経験済み、だとぉ……!?こ、このふしだらちゃんたちめっ!?」

「「ふしだら?」」

 

 キャッキャと盛り上がる三人。勝負というより週末の楽しいイベントの様だ。トントン拍子で話が進んでいく。

 おとまり。え、男子の家…ハ、ハルトの家に、お泊まり…?

 ボタンは再び水を一口飲んだ。ちょっぴり室温が高い気がする。喉も乾いてきた。

 

「あ、あー、ウチあれね、今週は金曜無理だから。放課後から夜までリーグで奉仕活動」

 

 カレーのジャガイモをスプーンでぽつぽつ割りながら、上擦った声でボタンは言った。

 視線はカレーに集中。決してハルトは視界に入れない。というか、入れられない…深い意味は無いケド。

 

「じゃあ終わったら僕がお迎えにいくね」

「え"」

 

 スコン、とスプーンが空ぶった。ボタンは思わずハルトの顔を直視してしまい、慌てて目を逸らした。じわじわと背中に変な汗が湧いてくる。

 

「い、いや悪いしいいって、時間も遅いし」

「だいじょぶだよ、ミライドンでひとっ飛びだもん。ねーミライドン?」

 

 ニコニコ笑いながら、善意100パーセントでボタンを追い込むハルト。腰についている7つのボールのうちのひとつが、カタカタと楽しげに揺れている。間違いなくボタンの天敵である、あのペロペロトカゲの入ったボールだ。

 

「うぐ…」

 

 ボタンは呻いた。ちょっぴり顔を赤くして、唇をモニョモニョさせながら呻いた。

 そ、そこまでしてウチを泊めたいんか…?ウチ女の子なのに…?あ、でもネモは何回も泊まってるんだっけ…っていやいや、だからってウチまでホイホイ泊まる必要は…うぅ、でも友達にお呼ばれされんのは割と普通に嬉しいし…

 

「んじゃあ決まりだな!俺たちは金曜の放課後ハルトん家集合!ボタンは夜から途中参加で、土曜の昼はネモん家で青空カレーパーティーだ!」

「「いぇーい!」」

「あ、ちょっ!?」

 

 そうして長考している隙に、話は纏まってしまった。インドア派少女ボタン、まさかの親しい異性の実家への外泊決定である。

 

「楽しみだねー♪」

「ポケモン勝負もしようねー♪」

「いや勝負すんのは俺とボタンだろー♪」

「「「HAHAHAHAHAHA!」」」

 

「ま、マジか……」

 

 楽しげに笑い合う陽気な三人に、もはや水を差す事も出来なくなったボタンは、手元のカレー皿をただ見つめる事しか出来なかった。

 本題である筈のペパーからの挑戦より、おまけのお泊まり会の方が気になって仕方がない。

 

「お、おとまり…ハルトと、おとまり……?」

 

 慄きながらモソモソとカレーを食べ進めるボタン。香辛料のせいか、いやに汗をかいてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 そして、その日の放課後。学生寮にあるハルトの部屋で。

 

「なあハルト…」

「うん?」

「フィー?」

 

 膝にエーフィのブイくんを乗せたハルトと二人、並んでベッドに腰掛けたペパーが、深刻な顔で相談を持ちかけた。

 

「…ボタンをギャフンと言わせられるカレーって、どんなだ……?」

「え……」

 

 ハルトは二度三度と目をパチクリさせて、それから思わず聞き返した。

 

「…え、えぇ!?考えてないのぉ!?」

「フィー!?」

 

 ブイくんも聞き返した。ハルトに背中を撫でられながら、目を丸くして聞き返した。ブイくんもあの時モンスターボールの中で、食堂での一部始終を聞いていたのである。

 

「ねぇよぉ!勢いと思いつきで勝負ふっかけちまったけど、俺なんのアイデアもねぇよぉ!!」

「えぇぇ!?それはちょっと大胆ちゃん過ぎだよぉ!」

「フィーフィー!」

「そうだよ大胆ちゃんだよぉ!俺ちょっと大胆ちゃん過ぎたんだよぉ!」

 

 うわー!っと両手で顔を覆ってしまうペパー。彼は自分の無計画さを激しく後悔していた。ヌシポケモンの下調べをしていた時とは大違いである。

 

「バフッ」

 

 そんな相棒の姿に、ベッド脇にのっそり座ったマフィティフは、呆れた様子でひと鳴きした。ペパーの耳は更に真っ赤に染まった。

 

「うぅ、どうすりゃいいんだ…あんだけカレー好きなヤツがギャフンと言うカレーってなんだ…?」

 

 指の間から目だけを出してため息を吐くペパー。脳内では自分の知るカレーのレシピとそのアレンジがぐるぐると渦巻き、さながらカレー鍋のごとくグツグツと煮詰まり続けていた。このままでは煮崩れ不可避である。

 

「ガラル系ならやっぱ普通にルーカレーだよな…ならここは王道にジャガイモたまねぎニンジン…いやまて肉はどうする何がいい…リンゴとかハーブも人気だったよな…うぐぅ悩むぞ通販でヤドンのシッポでも買うか…?」

「うーん…」

 

 悩み続けるペパーを気づかいつつ、ハルトも考える。

 

「フィー…」

 

 ブイくんも考える。両目をキュッと細めて小首を傾げ、シッポをユラユラさせながら考える。

 しかし、背中を撫でるハルトの手が心地よ過ぎて、いまいち思考が定まらない。

 早々に諦めたブイくんは、更に考え込むフリをしてハルトのふとももに顔を埋めた。愛する主人のふとももは、今日も柔らかでいい匂いがした。

 

「カレー、ルーカレー、カレールー…ルー、ルー、ルー…ルーといえば……」

 

 完全に寝落ちしたブイくんの寝息をふとももに感じつつ、うむむ、と右手を顎に添えるハルト。

 もう少し、もう少しで何かが……

 

「ワフゥゥ…」

 

 ペパーの足元のマフィティフが、大口を開けてあくびをする。

 マフィティフ、やっぱりすごい貫禄あるよね…最初に見た時は弱り切ってたのに、スパイスを食べ続けたらすっかり元気に……

 ……ん?スパイス?

 

「……」

 

 スパイス、スパイス、スパイス……!

 

「ピカンときたー!」

「うぉっ!?」

「ンフィッ!?」

 

 ハルトは膝のブイくんを抱き抱え、バッ!っと勢いよくベッドから立ち上がった。隣のペパーが驚きの声をあげ、ブイくんはうたた寝がバレたのかと慌てふためく。

 

「ハルト?アイデアか?な、なんかいいアイデアが浮かんできたのか!?なぁ!?」

 

 救いを求めてハルトを見上げるペパー。捨てられたイワンコの様な目に一瞬母性をくすぐられつつもぐっと堪え、ハルトは力強くペパーに頷き返した。

 

「うん!僕たちにピッタリのナイスアイデアが浮かんだよ!」

「おぉ!」

「フィー!」

 

 ペパーは涙を流して喜んだ。やはりハルトは俺の頼れるヒーローちゃんだぜ!と。

 ブイくんも涙を流した。そしてすぐに前足で拭いた。やば、寝起きだってハルトにばれちゃう!と。こっちはただの生理的な涙だった。

 

「ヘイ、ロトくん!」

『ケテテ!』

 

 必死に目をこしこしするブイくんを抱いたまま、愛用のスマホロトムを呼び出したハルト。スマホロトムは大喜びで彼のポケットから飛び出し、友であり主人でもある少年からの言葉を待った。

 

「何をするんだ?」

「えへへ、ちょっと電話!ロトくん、ネモにかけて!」

『ケテ!』

「ネモ?」

 

 不思議そうに首を傾げるペパーを横目に、待つ事2コール半。スマホロトムの画面に、髪を下ろした部屋着姿のネモが映った。

 

『どしたのハルト?もうすぐ夜だから、勝負ならこっそりやらないと』

(いやこっそりもダメだろ生徒会長)

「ネモ!」

 

 いつもの調子なネモに対し、ハルトは興奮した面持ちで、ぐいっと画面越しに顔を寄せた。

 

「ヌシポケモンって興味ない!?すっごいおっきくてすっごい強いの!」

『詳しくッ!』

 

 爛々と瞳を輝かせたネモが、一瞬でどアップになる。ペパーは、ハルトの口から飛び出したワードに"かみなり"を撃たれた様に飛び上がった。

 

「ッ、そうか!カレーといえばスパイスで!スパイスといえば!」

「うんっ!」

 

 パァッと笑顔を弾けさせたペパーに、ハルトはニッコリと満面の笑みを向けた。

 そう!僕たち、俺たちが用意できる最強の食材といえば!

 

「「秘伝スパイス!!」」

 

 ボタンをギャフンと言わせる最強カレー、秘伝スパイスカレー大作戦、開始だ!

 

……つづく!?

 





ピクシブにハルトの可愛いイラストがもっと増えたら後編書きます。みんな描いて(切望)


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カルテットとカレーライス!後編


(ウンヶ月ぶりの更新だしもう誰も気づかんじゃろ…後編だけで…1万6千文字超えちゃったけど大丈夫じゃろ…うん…)



(ゆるして…)



 

 

「アギャーッス!」

「うぉぉぉぉっ!?」

「あははははっ!はやいはやーい!」

 

 リーグ本部での罰則を終えたボタンは、迎えにきたハルトとともにミライドンの背中に跨り、初夏に差し掛かったパルデアの夜空を豪快にフライトしていた。

 

「風がきもちぃーっ!」

「アギャギャ!ギャース!」

 

 頭から光のグライダーを生やしたミライドンが、おおはしゃぎで夜空を飛びまわる。

 エリアゼロでの大冒険でチカラと自信を取り戻したミライドンは、今日も今日とて絶好調。後ろ脚のノズルから轟々とジェットを噴射して、夜のパルデアを元気に飛びまわっている。そんな相棒の見事な飛びっぷりに、ハルトも大喜びだ。

 

「いいぃぃぃぃっ!?」

 

 たが、ハルトの後ろに跨るボタンは本気で死の恐怖に絶叫していた。

 ハルトたち三人とエリアゼロの大穴に飛び込んだ時も相当だったが、今夜のフライトはそれ以上にスリリングでデンジャラスだ。全身に叩き付けられる激しい突風にイーブイバッグの耳がバタバタとはためき、今にもちぎれ飛びそうになっている。

 

「ハ、ハルトー!ハルトー!スピード落としてー!」

「えーっ!?」

「スピーードーーッ!」

 

 自分の前に座るハルトにぎゅっとしがみつきながら、風の音に負けない様必死に怒鳴りあげるボタン。

 だが、残念ながら彼女の控えめな声量では、台風の様に押し寄せる豪風を遮る事は出来なかった。

 

「スピードー!?わかったー!ミライドン、ゴーッ!」

「アギャッギャーッ!」

「だぁちがぁぁァァァァァッ!?」

 

 少女の想いは全く伝わらず、二人を乗せたミライドンは更に速度をあげた。

 グルグルと宙返りやバレルロールを繰り返しながら、大喜びで夜空を舞うミライドン。大好きなボタンとハルトを喜ばせようと、ウキウキ気分でアクロバット飛行をエスカレートさせていく。

 

「いやっほぉぉぉぉうっ!」

 

 手綱を握るハルトは、まさに大喜びだ。しっかりと握られた二本の触角からハルトの喜びの感情がもりもりと流れ込み、ミライドンの胸が溢れんばかりの多幸感で満ち満ちていく。

 

「ギャッオォォォォッ!」

 

 それがたまらなく嬉しくて、ミライドンは更に速度をあげてしまう。お調子者のテツノオロチは、愛するハルトにもっともっと褒められようと、無限にテンションを上げ続けていた。

 そして、そんなミライドンがこれまた大好きなハルト少年も、相乗効果でよりテンションアップしてしまうのだ。

 

「やっふーうっ!」

「やっふーじゃないがぁぁぁぁぁっ!?」

 

 家々の優しい灯りと虫ポケモンたちの鳴き声が、なんとも温かく牧歌的な色を醸す夜のパルデア。その上空に、ボタンのゼンリョクの絶叫がハイパーボイスの如く響き渡った。

 

「アギャ?ギャーッス!」

 

 そんなボタンの悲鳴を歓声だと勘違いしたミライドンは、更にスピードアップ。よりアクロバティックな曲芸飛行で、パルデアの夜空を舞い踊るのだった。

 

 

 

 

 ところ変わって、ここはテーブルシティから少し南に外れた場所にある小さな町、コサジタウン。名前の通り、ほんの小匙一杯ほどの大きさしかないこじんまりした町だ。

 爽やかな木々と美しいオーシャンビューに囲まれたその町の、最南端近くの崖近く。潮の香りを含んだ優しい夜風が吹くその場所に、とある小綺麗な民家が建っていた。

 可愛らしい花壇と瑞々しい菜園で明るく彩られたその家の、それなりの広さを誇る家主自慢の裏庭で。

 

「ふぅ、ふぅ…いいぞ、いい感じだぁ…!」

 

 庭の景観にあまりにも見合わない巨大な鉄鍋を、これまた巨大な木製のオタマでぐるぐるとかき混ぜながら、ペパーは額の汗をぐいっと拭った。

 レンガブロックで手作りされた特製の焚き火台にかけられた、子どもの身長程もある特大の鍋。その鍋の中では、様々な具材がゴロゴロ入った超大量のカレールーが、ぐつぐつと小気味よく煮立っていた。

 

「よーしよしよし…っと、パルシェン、頼むぜ」

「シャッ!」

 

 側に控えていたパルシェンが、ほんの少しの水を焚き火に吹きかける。ジュワッと白い蒸気があがり、火の勢いが少しだけ弱まった。今夜のパルシェンは焚き火の調節係なのだ。

 

「ん、サンキューな」

「シャ〜」

「ってアッチィ!?」

「シャッ!?」

 

 労う様にパルシェンの貝殻を撫でたペパーが、あまりの熱さにビクッと飛び跳ねた。

 焚き火の熱を至近距離で浴び続けていたパルシェンの貝殻は、つぼ焼きじみた高温状態になっていたのだ。

 

「シャーッ!」

 

 愛する主人をケガさせまいと、慌てて冷水を吹き出すパルシェン。ペパーは遠慮なくヤケドした左手を差し出した

 

「うおぉぅ、しみるしみる…うひゃぁ、こりゃママさんにヤケド治しもらわなきゃだぜ。はははっ、ばっかみてぇ!」

 

 みずタイプとこおりタイプ、ふたつの特性を併せ持つパルシェンが生み出すキンキンの氷水が、ヤケドのキズにキリリとしみて中々に痛む。ペパーは可笑しそうにワハハと笑った。こういう思わぬハプニングも、屋外調理の醍醐味なのだ。

 

「応急処置完了!ありがとなパルシェン」

「シャ!」

 

 冷やした左手に手拭いをグルグル巻きにしたペパーが、パルシェンに礼を言いつつ再びオタマを手に取った、その時。

 

「うおっ!?」

 

 ペパーの頭上を、謎の青白い電光が猛スピードで通り過ぎて行った。

 

「な、なんだぁ?」

「シャ?」

 

 丸い両目を更に丸くしたパルシェンとともに、突如現れた空飛ぶ雷を目で追うペパー。

 謎の光は、月明かりに照らされた夜の海原の上空を、くるくると輪を描く様に飛び回っている。

 そして聞こえてくるのは、ペパーが子どもの頃から何度も聞いてきた、ハチャメチャに元気な甲高い鳴き声。

 

「アギャァァス!」

「ってなんだよ、アイツかよ。ビビらせやがって、なぁ?」

「シャ〜」

 

 崖の向こうで空中遊泳を楽しむミライドンの姿に、慣れた様子で苦笑するペパーとパルシェン。一見コワモテな風体の二人だが、その表情は空飛ぶ友人への親しみにゆるりと綻んでいた。

 

「ギャアァァァァンス!」

「っし、アイツらも到着した事だし、そろそろ仕上げるか!パルシェン、いいとこで合図出してやってくれ。ボタンがヘロヘロちゃんになっちまうからな」

「シャッ!」

 

 そう言ってペパーはカレーの仕上げに戻り、パルシェンは心得たとばかりに頷いた。

 大きな貝殻を鞠の様に器用に弾ませ、崖側まで歩を進めたパルシェンは、上空に向けて青白く光る『れいとうビーム』を二度三度と撃ち上げた。ミライドンに帰還を促すサインだ。

 

「アギャ?ギャス!」

 

 合図に気づいたミライドンが、その場で大きく宙返りを決めてから、ゆったりとパルシェンが待つ裏庭へと滑り降りてゆく。

 

「おーい!」

 

 ミライドンの背中に跨ったハルトが、ぶんぶんと元気よく手を振っている。

 

「シャシャ」

 

 ミライドンと同じくらい無邪気で疲れ知らずな友人の姿に、くすくすと笑うパルシェン。

 

「オエェェェ…」

 

 ハルトの後ろに跨っているボタンは、今にも吐きそうな顔でぐったりとしている。

 

「シャシャ…」

 

 無尽蔵の子ども体力を持つ二人に振り回され疲労感マックスな友人の姿に、パルシェンはあちゃ〜っと貝殻をすくめるのだった。

 

 

 

 

 無事に…とは言い難いが、とりあえず五体満足でハルトの家に辿り着いたボタンは、もはや初めてのお泊まりに緊張する余裕もなく、リビングのソファに寝そべってもの言わぬ置き物と化していた。

 

「あ"ぁ〜……」

「むちゃぁ?」

 

 住人のひとりであるホシガリスが、物珍しそうにボタンの顔を覗きこんでいる。

 

「むちゃ」

 

 その小さな手には、瑞々しいオレンの実が握られている。どうやらボタンに食べさせようとしているらしい。

 そんなホシガリスを、ブラウンの髪をゆるりと纏めた優しげな女性が、後ろからそっと抱き上げた。

 

「だーめ、そっとしとくの」

「むちゃ?」

 

 この家の家主の妻、ハルトのママである。

 

「もう、ダメじゃないハルト。女の子にこんな無茶させて。ねぇ?」

「むちゃ!」

「あ、あはは…ちょっと楽しくなっちゃって、つい…」

 

 ホシガリスを抱えた母にちくりと注意され、ハルトは気まずそうに頭を掻いた。あははと笑ってはいるが、口元は引き攣り目は泳いでいる。

 

「つい…そのついでウチは死にかけたんだが…?」

「うっ……」

 

 メガネを外してソファに横たわったボタンが、グレーの瞳を細めてじっとりと見つめてくる。傍らに立つ母と、その母の腕に抱かれたホシガリスも、同じ様なジト目をハルトに向けていた。

 

「ご、ごめんなさい…」

 

 頭頂部のくせ毛をしゅんと萎ませながら、もじもじと頭を下げるハルト。

 

『ギャス』

 

 彼の腰に下げられたミライドンのモンスターボールも、追従する様にカタリと揺れた。どうやら一応反省はしているらしい。その割に鳴き声は軽い響きだったが。

 

「まったくもう、ごめんねボタンちゃん?ハルトったら誰に似たのか、新しいお友達が出来たらいっつも調子乗って舞い上がっちゃって。小さい頃もね?」

「へぇ」

「ちょ、ちょっとママやめてよ!恥ずかしいよ!」

 

 突然ボタンに自分の恥ずかしい過去を語り出した母に、ハルトは顔を真っ赤にしてワーワーと縋りついた。

 ただでさえ恥ずかしいのに、聞かれる相手が仲の良い女の子と来れば、流石のハルトもいつもの飄々とした態度を崩さざるを得なかった。

 

「『ハルちゃんクチバシティで待ち合わせなのー!』なんて言って玄関飛び出してね?飛び出した一歩目で派手に転んじゃって『ハルちゃんしんじゃうー!』ってもう泣くわ騒ぐわの大騒ぎで」

「ママーッ!!」

「ぷはっ。なんそれ、ダッサ」

「あーもー!いーいーかーらー!」

 

 火が出そうなくらい真っ赤な顔でワーワー叫ぶハルトの、珍しく狼狽しきったマヌケな姿に、ボタンはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。

 今こそ、さっきまでの所業の恨みを晴らすチャンスである。

 

「ふーん。学校ではいっつもニコニコして、みんなの人気者〜みたいな顔してんのに」

「な!?そ、そんな顔してないよっ!」

「ふふっ、ホントはお子ちゃまなんだ?」

「〜ッ!?」

 

 声にならない声をあげるハルトの顔は、いよいよ『だいばくはつ』を起こしそうな赤さになってしまった。涙目でワナワナと全身を震わせる小さな少年の姿に、ボタンの口角がニィッとあがる。

 

「かわいいでちゅねぇ?ハルちゃん?」

「んなぁっ!?」

 

 ニヤニヤ笑うボタンにトドメを刺されたハルトは、オクタンの様に真っ赤な顔で口をぱくぱくさせた。普段の無邪気ながらも大人びた自身たっぷりな振る舞いなど、もはや面影一つ残らず吹き飛んでいた。

 そんなコイキング状態のハルトの元に、またまた新たな女性が現れる。

 

「お風呂ありがとうございましたー!って、なになに?なんの話?」

 

 髪を下ろしたお風呂あがりのネモが、ほかほかと湯気をたてながらリビングに入ってきて、ハルトはビクッと小さく跳ねた。

 

「あ、ボタンおかえり〜って私の家じゃないけど!リーグのお仕事大変?ヘトヘトだね」

「ん、仕事は全然。ハルトのせいでヘトヘト」

「あぁネモちゃん、ネモちゃんも聞いて?ハルトったら」

 

 ここぞとばかりにハルトイジリを再開する母とボタンに、少年のメンタルは完全に敗北した。

 

「あーっ、もうっ!お風呂入ってくるッ!」

 

 ぷんすこ!と肩を怒らせてずんずん横切っていくハルト。ネモははて?と首を傾げた。

 

「どしたのアレ?」

「お子ちゃまが拗ねた」

「へ?」

「うふふっ!ほんとお子ちゃまで恥ずかしいわぁ」

「むちゃあ」

 

 真っ赤な顔の少年が居なくなったリビングは、女性陣の楽しげなクスクス笑いで溢れた。

 

 

 

 

「ぶぅ…」

「あっはっはっは!まあまあそう拗ねんなって、なあニャオくん?」

「ハニャ」

 

 ハルトのママが腕を奮った豪勢な夕食を、集まった友人たちみんなで食べた後。

 ハルトの部屋にあがったペパーは、ホシガリスのぬいぐるみを抱きしめてぶすっと頬を膨らませたハルトの隣に腰を下ろし、すっかりヤケドが治った大きな手でハルトの小さな頭をワシワシと撫でていた。ハルトの背中にべったりと抱きついて離れない、マスカーニャのニャオくんと共に。

 

「ニャ」

 

 怒ったプリンの様に膨らんだハルトの頬を、ぷにぷにと突いて遊ぶマスカーニャ。少年の事が大好きなニャオくんは、彼の拗ね顔も大好きな様だ。

 

「バフ」

 

 ペパーの相棒であるマフィティフも、そんなハルトの珍しい姿を可笑しそうに眺めている。もはやこの家に、彼を面白がらない者は一人もいなかった。

 

「ほら、機嫌なおせよ兄弟。俺が明日、サイキョーに絶品ちゃんなカレー、腹いっぱい食わせてやるから。な?」

「ん…」

 

 ハルトの頭に手を置きながら目線を合わせ、ニッと快活に笑うペパー。まるで歳の離れた兄の様である。

 友だち付き合いを続けていくうち、互いに一人っ子なペパーとハルトは、自然と甘やかす兄と甘える弟、という擬似家族的なノリになる事が増えていた。そのノリは今夜も健在である。

 

「…喜ぶといいね、ボタン」

「ん?あぁ、そうだな」

 

 ちょっとだけ顔の赤みが引いたハルトが、ぬいぐるみに口元を埋めたまま呟く。ペパーはハルトの頭をポンと優しく叩いてから、ごろりとその場に寝転んだ。

 

「ま、大丈夫だろ。お前とネモが集めてくれた食材で、この俺が料理したんだ。アイツもきっと喜んでくれるさ」

「ギャフンって言うぐらい?」

「ギャフンって言うぐらい!」

「ふふっ、そっか。そうだね、みんなで作ったカレーだもんね」

 

 コロコロと小さく笑うハルト。どうやら調子が戻ってきた様だ。背中に張り付いたニャオくんも、嬉しそうに彼に頬ずりしている。やはりぶすっとした拗ね顔よりも、いつもの優しい笑顔の方が好きらしい。

 

「ねぇ」

「ん?」

 

 寝転がったままグイーっと身体を伸ばすペパーの隣で、ハルトもコロンと寝転んだ。枕兼敷布団にされたマスカーニャが、ニ"ッ、と鈍く呻く。

 抗議する様にほっぺたをツンツンしてくるニャオくんの手を撫でながら、ハルトは続けた。

 

「なんかさ、今回僕らだけですっごい盛り上がっちゃったけど、ボタンはどうなのかなって。ちゃんと楽しんでくれてるかな?迷惑じゃないかな?ってさ、今更気になってきちゃった」

 

 どうかな?とペパーに顔を向けるハルト。

 

「…そうだなぁ」

 

 ペパーはよっこらせと上体を起こし、胡座を組んでトントンと膝を叩いた。マフィティフを呼ぶ合図である。

 ノソノソと彼の膝に収まったマフィティフの背中を撫でながら、ペパーは静かに語った。

 

「アイツからすりゃあ、そりゃまあ迷惑ちゃんな話かも知れねぇけど…」

 

 マフィティフの温かい体温を感じながら、ペパーは天井を見上げた。

 

「…アイツさ、普段からあんま外にも出たがらねぇし、メシも色々偏ってるだろ?多少ウザがられたって、俺たちがちゃんと注意してやらねぇと」

 

 まぁ言って聞く様なヤツでもないけどな?と笑うペパーから、ハルトは目が離せなかった。

 

「俺、今まであんま友達っていたことなかったらさ、正直よくわかんねぇけどよ。ただ仲良しこよしやってるだけじゃ、友達のやり甲斐もないって思うぜ」

 

 そう言ってマフィティフをそっと抱き寄せるペパーの横顔に、ハルトは思わず見入ってしまった。

 複雑な家庭環境を持ち、パートナーを失いかけた経験もあるペパー。きっと彼は、身近な人がケガをしたり病気になったりするのが、本当にイヤでイヤでたまらないのだ。

 親しい相手だからこそ、不摂生には口煩いくらいに注意し、時には多少強引にでも振り向かせる。一見横暴な様にも見えるペパーの行動だが、それは全て彼なりの、大切な友人に対する深い親愛と思いやりの結果だった。

 

「やっぱりすごいね、ペパーって」

「ニャ?」

 

 首に巻きつくマスカーニャの腕にそっと頬を寄せながら、ハルトは目を細めて呟いた。

 あぁ、僕の親友はなんて不器用で言葉足らずで、最高にかっこいい人なんだろう、と。

 

「楽しみだなぁ」

 

 物置でじっくり寝かせてある特製カレーと、件のインドア少女のまだ見ぬ笑顔に想いを馳せながら、ハルトはマスカーニャの体温にゆったりと身を委ねた。

 ペパーのぶっきらぼうなまごころが、ボタンのひねくれ気味な心にしっかり届く様、そっと神様にお祈りしつつ。

 

「ニャフ」

 

 そんなハルトの白い頬に、マスカーニャは優しくキスを落とすのだった。

 

 

 

 

 

 少年たちがまったり穏やかに就寝前のひとときを過ごしている頃。

 別の空き部屋に泊まる事になったネモとボタンは、並べた敷布団の上で色とりどりのブイブイたちと賑やかに戯れていた。

 来客用の布団が見事に抜け毛だらけになってしまっているが、それを承知のうえでハルトのママはポケモンたちとの触れ合いにOKを出していた。ポケモン大好きボーイな一人息子と同じくらい、彼のママもポケモン大好きマダムなのである。

 

「ブイブイブイブイブイ!」

「んははははっ!」

「くすぐったいっしょ?」

「うん!ツンツンパチパチ!」

 

 人懐っこくぶいぶい擦り付いてくるサンダースを抱きしめたネモが、硬く尖った静電気たっぷりの体毛に首元をくすぐられてケラケラ笑っている。

 両膝に左右から頭を乗せてくるブースターとシャワーズのコンビを撫でながら、ボタンはネモのリアクションを楽しんでいた。

 普段は中々に凸凹な二人だが、ポケモンたちを愛でている時は別の様だ。二人ともリラックスしきった表情で、個性的なブイブイたちとの触れ合いを楽しんでいる。

 

「リーフィア」

「フュ?」

 

 柔らかい布団をふみふみと揉んで遊んでいたリーフィアが、ボタンの声になになに?と耳を立てる。

 ボタンがおいで、と両手を広げると、リーフィアは嬉しそうにボタンの胸に飛び込んだ。両膝のブースターとシャワーズが、撫でる手を止めた主人にムッと抗議の目を向ける。

 そんな二匹の主張はボタンに届かず、ボタンはリーフィアの身体をぐっと持ち上げ、クリーム色の柔らかなお腹にむぎゅっと顔を埋めた。

 

「すぅー、はぁー。すぅー、はぁー」

 

 若草の様な独特の匂いを、胸いっぱいに吸っては吐き、吸っては吐く。

 

「あ、また吸ってる」

「はぁー…ブイ吸いは淑女のたしなみだから。すぅー…」

「フュウ…」

 

 『なんだかなぁ』と呆れた様子でされるがままになっているリーフィアの背中。きっとイーブイの頃から吸われ続けてきたに違いない。

 

「サンダース、ちょっと吸ってみていい?」

 

 興味が湧いたネモが、胸の中のサンダースに尋ねてみる。

 

「…ブイッ」

 

 サンダースはブイッとひと鳴きしてネモから離れ、ボタンの布団にモゾモゾと潜ってしまった。淑女のたしなみ、明らかに不人気である。

 トレーナーとポケモンたちの間にある若干の温度差に苦笑しつつ、ネモは明日の一大イベントに胸を高鳴らせた。

 

「はぁー。楽しみだねぇ、明日」

 

 そうネモが切り出すと、ボタンはリーフィアの身体を顔から離し、ぎゅっと胸に抱いた。

 

「楽しみって感じは、別に…」

「えー、ボタンドライすぎー」

 

 ネモはぶーぶーと唇を尖らせた。

 

「私も頑張って食材集めたのにー」

「プロテインとか?」

「ちがいますーっ!」

 

 ボタンの茶化しにむーっ!と頬を膨らませるネモ。歳の割に子どもっぽい仕草が、髪を下ろしたパジャマ姿も相まってなんとも可愛らしい。

 活発で頼り甲斐があるお姉さん、といった初見のイメージと相反する、どこか妹っぽい幼さと無邪気さ。

 ネモ本人には言えないが、ボタンは彼女のこういった気質がなんだかんだ気に入っていた。

 

「ちゃんと食べれるヤツとってきたん?進化の石とかじゃなくて?」

「そんなワケなくない!?」

 

 故に、ついついこうして茶化してしまうのだ。ネモ相手なら好き放題言っても受け止めてくれると、無意識に彼女のおおらかさに甘えているのかもしれない。

 

「ふふ」

「もう…あははっ!」

 

 クスクスと可笑しそうに笑い合う二人。周りのブイブイたちも嬉しそうに尻尾を揺らしている。部屋の隅っこにひとり寝そべったブラッキーだけが、ぶすっと無関心を決め込んでいた。

 

「ねぇ、ボタン」

 

 トコトコと寄ってきたニンフィアを膝に乗せたネモが、白い毛なみを撫でながら呟いた。

 

「ペパーの気持ち、わかってあげてね」

「え…」

 

 思わずネモの顔を見るボタン。ネモはニンフィアのリボンの様な触角を弄びながら、何事も無かった様に柔らかく微笑んでいた。

 

「フィア?」

「ふふ、気持ちいい?」

「フィー♪」

 

 歳上らしい包容力のある笑みで、ボタンの相棒を愛でているネモ。ご満悦な表情で彼女の胸に頬擦りしているニンフィアに、ボタンは小さく『浮気もの』と毒づいた。

 

「ブゥ」

 

 部屋の隅っこに寝そべるブラッキーが、小馬鹿にした様に鼻を鳴らした。全身に散らばる黄色いリング模様を、ほんのりと柔らかく光らせながら。

 

 

 

 

 朝がきた。軽い朝食を済ませたハルトたち一向は、ネモの自宅の裏にあるプライベートビーチで、せっせとお昼のセッティングに勤しんでいた。

 

「よし、そこだ、オッケー!ありがとなキョジオーン!」

 

 一晩寝かせた特製カレー入りの大鍋をしっかり運んでくれたキョジオーンに、ビシッとサムズアップするペパー。

 

「ズズッ」

 

 ゴツゴツした白い手で、同じ様に親指をあげるキョジオーン。無機質なつくりの顔面にはこれといって変化がないが、ぐっと立てた親指からは彼の生来の気の良さが滲み出ていた。

 ちなみに、このキョジオーンの身体から採れた岩塩も、今回のカレーにしっかり使われていたりする。愛するペパー渾身のカレー作りとあって、キョジオーンは大喜びで自身の塩を彼に提供したのだ。本当に気の良いヤツである。

 

「スコヴィラン、着火だ!」

「ボッ!」

 

 ネモの家の使用人たちが用意してくれた巨大な焚き火台に、待ってましたと言わんばかりに火を吹き付けるスコヴィラン。質の良い焚き木がパチパチと音を立てて燃え出し、台に置かれた大量のカレーをまんべんなく温めはじめる。

 凶暴な気質を持つハバネロポケモン、スコヴィラン。彼の身体からとれるハバネロエキスもまた、やはり今回のカレーにしっかりと使われていた。あまりに激辛過ぎる為、あくまでごく少量にではあるが。

 尚、スコヴィラン本人は『どうせならもっといっぱい使えよ!』とかなり不満げであったとか。耐えきれずに昨日の調理中に暴れ出しそうになった彼をしっかり取り押さえたキョジオーンは、間違いなく今回のMVPである。

 そんな彼らの隣では、ネモとボタンが大量の飯ごうにわっせわっせと米をセットしていた。

 

「私飯ごうってはじめてなんだよねー。うーん、ホントにお米これしか入れないの?少なくない?」

「…炊飯器とか使わんの?」

 

 楽しげに瞳をキラキラさせるネモと、若干めんどくさそうなボタン。控えめに発されたボタンの意見はさらりとスルーされた。

 

「お水お待たせ〜」

 

 水の入った巨大なポリタンクを両手に持ったハルトが、ニコニコ笑顔でネモたちのもとへ歩いてくる。華奢な身体でゴツいタンクを軽々運ぶハルトを、ボタンは若干引いた目で見やった。

 

「ありがと!重かったでしょ?」

「ううん、へーき」

 

 ネモの労いにケロっとした笑顔を返しつつ、二つのタンクを砂浜に置くハルト。ドスンッ!と重い音が砂浜に響き、ボタンはますます引いてしまった。

 

「カントー人のフィジカルって…」

「うん?」

「いやなんも…」

「ハルト、水ってどれくらい?」

「えっとね、中指の…って、まずは軽く米研ぎしなきゃ」

「「コメトギ?」」

 

 経験者のハルトを中心に、わいわいと準備を進めていく飯ごうチーム。はじめは乗り気じゃなかったボタンも、気づけばそれなりにアウトドアを楽しんでいた。

 

(…案外、悪くないんよな。リアルで友達と集まるのも)

 

 スター団の面々との集まりとはまた違う、気の置けない友人たちとの戯れ。青空の下でシャカシャカと米研ぎをしているうちに、自然とボタンは笑顔になっていた。本題であるペパーとの対決などとうに忘れ、友人たちと過ごす休日の午前を、充実した気持ちで楽しんでいる。

 

「こんなもん?」

「うん。それくらいで一回お水捨てて、もう一回でいいかな。お米まで捨てちゃヤだから、ゆっくり流してね」

「は?ムズ…」

 

 おっかなびっくり、ちょろちょろと研ぎ汁を捨てるボタン。隣のネモも、そーっとそーっと、と唇を尖らせている。

 

「っし、できた」

「うん、じょーず」

「私もできた!」

「お米流さないでできた?」

「…えと、ちょっとだけ」

「あはは、難しいよね」

 

 はじめての飯ごう炊飯に奮闘する二人と、二人を見守る先生役のハルト。

 日ごろ周りから小さな子ども扱いをされがちなハルトは、珍しい自分のポジションにちょっぴりご機嫌な様子だった。

 

 

 

 

 アウトドアクッキングに精を出す四人のポケモントレーナーたち。

 待っている間手持ち無沙汰なポケモンたちは、綺麗なビーチを余す事なく使ってそれはもう元気いっぱいにはしゃぎ回っていた。

 

「ミズズ」「ノココ」

「パモッ!」「ガルッ!」「バフッ!」

 

 砂浜から素早く頭や尾を出したり引っ込めたりするネモのミミズズとノココッチに、ネモのパーモーットとルガルガン、ペパーのマフィティフが、さながらディグダ叩きの様にぴょんぴょんと夢中で飛びかかり。

 

「キィーッ!」

「アギャァァァァス!」

「フューウッ!」

 

 めいっぱい翼を伸ばして軽快に空を飛び回るハルトのタイカイデンに追従する様に、背中にハルトのマスカーニャとペパーのヨクバリス、そして頭にボタンのリーフィア(日光をたくさん浴びているせいかやたらハイテンションだ)を乗せたミライドンが、澄んだ水面をジェットスキーの様な猛スピードで爆走し。

 

「フィーッ、フィーッ!?」

「ブゥーッ!」

「ブイー!」

「ブゥ…!」

 

 少し離れた浜辺では、くねくねした奇怪な動きでやたら素早く追いかけてくるネモのウェーニバルとペパーのリククラゲから、ハルトのエーフィとボタンのブースター、サンダース、ブラッキーがワタワタと逃げ回り(ブラッキーはものすごくダルそうだ)。

 

「シャワ…」

「シャア…」

「キュウ…」

「ヌムウ…」

 

 そんな騒がしい一団からまた少し離れた浅瀬では、ボタンのシャワーズとペパーのパルシェン、ハルトのイルカマンとネモのヌメルゴンが、とろ〜んと身体をとろけさせ(シャワーズは文字通り溶けている)ながらのんびりと海水浴を満喫し。

 

「フィーア!」

「ボウ、ボウ?」

「クルル…」

 

 その向かい側の岸壁の近くでは、ボタンのニンフィアとハルトのソウブレイズ、ルカリオの三匹が、やわらかい砂浜に仲良く腰を下ろしてガールズトークに興じ。

 

「ズズン」

「ボー…ボー…Zzzz…」

 

 そしてそんな三匹を眩しい陽射しからガードする様に、ペパーのキョジオーンがドッシリと側に座って日影を作っていた。暴れん坊なペパーのスコヴィランを腕に抱いて、その圧倒的な包容力ですやすやと心地よいお昼寝タイムに誘いつつ。本当に粋な漢である。

 

「…クル」

 

 思い思いの相手と思い思いに楽しみ合うポケモンたち。彼ら彼女らの明るく純粋な波導をいっぱいに感じとり、ハルトのルカリオがクスッと可笑しそうな笑みを漏らした。

 

「…フィア♪」

「…ボウ」

 

 お愛想皆無な全力塩対応がデフォルトな鋼のクールビューティーが見せた珍しい表情に、ニンフィアとソウブレイズが顔を見合わせてクスクスと笑い合う。

 

「…クンッ」

 

 楽しさと嬉しさと親しみと、ほんのちょっとの揶揄いも含んだ二人の波導のくすぐったさに、ルカリオのリオちゃんはツンと唇を尖らせてそっぽを向いた。

 トレーナーに似てちょっぴりいじけグセがあるリオちゃんは、イタズラ心に火がついた二匹にその後もしばらく揶揄われ続け、カレーの仕上げが終わったペパーの『ごはんだぞー!』という大声が砂浜に響いた頃には、もう毛皮でも隠せないくらい真っ赤な顔になってしまっていた。

 そんな彼女の反応にニンフィアはピョンピョンと激しく跳ね回りながらフィーフィーフィーフィーと喧しく萌え悶えまくり、ソウブレイズのカルちゃんは慌てて『ごめんね』と短剣型の手で彼女の頭を撫でさすった。たまに茶目っけを出してしまう事はあるものの、やっぱりカルちゃんは心優しい気づかい系女騎士なのだった。

 

 

 

 

 焚き火台の側に設置された、ハルト愛用のピクニック用折りたたみテーブル。

 普段は色とりどりのサンドウィッチで明るく彩られているそこに、スパイシーな香りをこれでもかと放つ四つのカレー皿がドンッ!と置かれる。

 

「おまちどうさん!ペパー特製スペシャルスパイススペシャルカレー、おあがりよ!」

「「待ってましたー!」」

「…スペシャルが過ぎるだろ」

 

 姉弟の様に仲良く肩を並べて席についたネモとハルトが歓声をあげるなか、彼らの対面に座ったボタンは一人静かにツッコミを入れた。

 

「そんだけスペシャルだってこと!よっと」

 

 そんなボタンの隣りの席にどかっと腰掛けるペパー。折りたたみチェアをぎっしと揺らし、自信満々な笑顔をボタンに向ける。

 

「ま、食ってみりゃわかるぜ?」

 

 長い髪を後ろで縛ったペパーの得意げな流し目にほのかな色気を感じ、ボタンはふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。ペパーのくせに生意気だ、なんて可愛げのない意地を張りながら。

 

「ぅ…」

 

 しかし、明後日の方向に向けたボタンの視線は、目の前のカレー皿にみるみる吸い込まれてしまう。

 とろみがあり、しかし過剰にドロドロ過ぎでもない絶妙な塩梅のカレールーが、少しだけお焦げが混じった炊きたてごはんの上にたっぷりとかかっている。ルーには食べやすいサイズの野菜や肉がゴロゴロと、煮崩れもなくふんだんに盛り込まれている。思わずその楽しげな食感を想像してしまい、ボタンのお腹がぎゅぅっとせつなく飢えを訴えはじめた。

 そんな見るだけでも美味しそうなペパーのカレーだが、一番の衝撃はその香りだった。

 ただでさえ食欲を刺激するカレー特有の香り。しかしペパーが作ったカレーの香りは、学食のカレーのそれとは桁違いに奥深くボタンの鼻腔と脳を支配した。

 

(なん、これ…辛いのに、ちょっと甘くて、コクがあって、塩気もあって、それでいてしつこい感じは全然なくて…)

 

 まだ食べてもいないのに、匂いを嗅ぐだけで脳が美味しいと知覚しはじめる。生まれて初めて体験する異次元の絶香に、ボタンの空腹感はいよいよ痛みすら伴う程に上り詰めた。

 もう、勝負とかどうでもいい。とにかく食べたい。食べたい。食べたい…!

 

「ごくっ…!」

 

 泉の様に湧き出す唾液をごっくと飲み込んだボタンの、ほんのりと上気したせつなげな赤ら顔。ボタンの対面に座ったハルトは、隣りのネモと楽しげに目配せしながらクスッと微笑み、ぱんっと両手を合わせた。

 

「それじゃあ、みんなで!せーのっ!」

 

 ハルトの音頭に合わせて、待ってましたとばかりに手を合わせるネモとペパー。大量に敷かれたレジャーシートにずらりと並んだ四人の手持ちポケモンたちも、自分たちの前に置かれたカレー皿を食い入る様に見つめている。エーフィのブイくんなどは、鼻先を皿にくっつきそうなくらいに近づけてフーフーと激しく鼻息を鳴らしている。まだまだ精神年齢が幼いブイくんは、もう我慢の限界の様だ。

 

「……っ」

 

 一瞬反応が遅れたボタンが、慌てて両手をぱっと合わせる。口の前できゅっと合わせられた小さな手がどこか幼なげで、ネモとハルトは心の中でこっそりと萌えた。

 

 ——美味しい食べ物とそれに関わる全てのモノへ、心からの感謝を込めて。

 

「「「いただきまーす!」」」

「…ます…!」

 

 四人のポケモントレーナーたちは、待ちきれないとばかりにスプーンを手に取った。

 

『ケテテッ!』

 

 …カシャッ!

 

 

 

 

「「んんんんーっ!んーひーっ!!」」(訳:おいしーっ!)

 

 相変わらず息ぴったりなネモとハルトが、全く同じ仕草で全く同じ歓声をあげる。

 

「んんっ、んまいっ!んん、んんっ!!」

 

 白いシャツを汗でびっしょり濡らしたペパーが、感嘆の唸りもそこそこにガツガツと漢らしく皿にがっついていく。

 

「フィーッ、フィーッ!フンッ、フンッ!!」

 

 側のレジャーシートからは、ポケモンたちの歓喜の鳴き声がワーワーと賑やか(ハルトのエーフィは特別喧しい)にあがっている。

 

「っ…っ…」

 

 しかし、そんな周りの喧騒など、もはやボタンには全く聞こえていなかった。

 

「っ…っ…!!」

 

 無意識に喉の奥から発せられる歓喜の唸りを、これまた無意識な押さえ込みながら、ひたすらスプーンを口に運ぶ、運ぶ、運ぶ。

 

「〜ッッ…!!」

 

 口を動かす度にカレーらしい辛みとコクが口の中に満ち満ちていき、程よい甘さと確かな塩気に絶えず舌が大歓喜。ほんのごく僅かに存在する絶妙な酸味が、次の一口への衝動を犯罪的に加速させる。パリパリのお焦げが混ざったやわらかなライスとホクホクでアツアツなジャガイモの甘みがルーの辛みとベストマッチし、味、食感、香りの全てで食欲を刺激し続けてくる。

 

(美味しい…美味しい…!!)

 

 その味わいをガラル風に言うとすれば、文句なしのリザードン級。否、もはやそれ以上の絶品。

 

(キョダイマックス…!リザードン、キョダイマックス級…!)

 

 伝説の前ガラルチャンプ、ダンデが誇るキョダイマックスリザードンの勇姿を脳内に赤々と幻視しつつ、ボタンは湯気で曇ったメガネをテーブルに放り捨てて更にスプーンを加速させた。

 

「やっぱりすごいね、秘伝スパイス!」

「あぁ、たまんねぇ!くぅ〜ッ、ほんとにうめぇ…!!」

「うん、うん!んーっ、頑張ってヌシと戦った甲斐があったなぁ…!」

 

 キャッキャと味の秘訣を語り合う三人だが、肝心のボタンの耳には全く聞こえていない。

 

「ハニーミツもいい感じに効いてるよハルト!」

「ハルトがあのビークインと友達でよかったぜ!」

「えへへ。ネモがガラルのリンゴ取り寄せたー!っていうから、ならやっぱりハチミツかなって!」

「カエデさんがわけてくれたシナモンもいい香りだったよね!」

「それな!まさしく盲点ちゃんだったぜ!まさかパティシエールがカレーの手助けしてくれるなんてってさぁ!いやぁオリーブオイルもすげぇいいの売ってたし、近所のビークインは無敵のハチミツ女王ちゃんだし、なんかもうサイコーだなセルクル!引っ越すか!」

「「あらあら〜!」」

「ぶはははは!似てねーっ!」

 

 あまりにも雑なセルクルジムリーダーのダブルモノマネにゲラゲラと笑うペパー。カレーの出来栄えとそれに伴う確かな達成感と充実感に、三人ともすっかりハイテンションだ。パクパクと大盛りのカレーを食べ進めつつ、和気藹々と盛り上がっている。

 

「ハイダイさんの調合レシピもすごかったよねー!」

「ね!メモ帳びっしりでわたしびっくりしちゃった!」

「あの人は神だ!香辛料の神さまだあの人は!正直今本気で弟子入りを考えている!」

「あ、浮気だ!サワロ先生にいっちゃおハルト!」

「ロトくん先生にメッセお願い!」

「なっ!?おいやめろ!ダメだぞロトくん!?」

『ケテテテッ♪』

「うわソッコー送りやがったこいつ!?」

「「あははははっ!」」

 

 勝負の事などすっかり忘れてはしゃぎ合う三人。おしゃべりしつつも食べるペースを落とす事はなく、むしろより楽しくハイペースに食事が進んでいく。親しい友達と食べる同じ釜の飯は、どんな高級料理店の逸品よりも美味だった。

 

「あれ、ボタンもう食べたの?」

「…っ、へ?」

 

 突然ネモに名前を呼ばれて驚くボタン。本当に今まで何も聞こえていなかったらしい。それだけ無我夢中で食べていたのだ。

 四人の中でいち早く空っぽになったカレー皿を見て、ペパーは一瞬キョトンと目を見開いてから、ニッといつもの様に得意げに笑った。

 

「美味かったか?」

「うぇっ!?お、おう…うん…」

 

 すぐ隣りから覗き込む様に笑いかけてくるペパーを何故か直視出来ず、もじもじと顔を逸らすボタン。いつになくいじらしいダウナー少女の姿に、ネモとハルトは目を見合わせてにっこりと笑い合った。

 どうやら、勝敗はほぼ決したらしい。

 

「おかわりいるか?」

「う…じゃ、じゃぁ…ちょっとだけ…」

「ん、ちょっとでいいのか?」

「うぅ…えと、あの………………な、並盛りで…」

「おうっ!」

 

 そっぽを向きながらおずおずと差し出された皿を、満面の笑みで受け取るペパー。おかわり用の飯ごうからもりもりとライスを盛りつけていく彼の横顔を盗み見るボタンの顔は、正しく牡丹の花の様に赤らんでいた。

 

「…大成功だね、ハルト?」

 

 そんな二人を優しげな目で見つめつつ、そっとハルトに耳打ちするネモ。ハルトはボタンのいじらしい照れ顔にほんわかと目を細めながら、『うん』と満足げに頷いた。

 

「ほい、おまちどさん!」

「ん…さんきゅ…あ、あの、ペパー…?」

「なんだ?」

 

 おかわりが盛られた皿に手をつけず丸メガネをかけ直したボタンは、躊躇いたっぷりにペパーへと身体を向け、真っ赤に染まった顔でもごもごと呟いた。

 

「…ぎゃふん…」

 

 上目遣いで囁く様に絞り出された、か細い声。二人を見守るネモとハルトが、声に出さずに『キャーッ!』と悶える。

 

「は?」

((ずこっ!))

 

 ポカンとした顔で首をかしげたペパーに、姉弟は揃ってずっこけた。このにぶちんちゃんめっ!とペパー風に胸中でツッコミながら。

 

「ッ!…だ、だからっ!」

 

 察しの悪いペパーにちょっぴり声を荒げつつ、ボタンはボソボソとペパーに敗北を宣言した。

 

「…ギャフンって、言ってんの。そういう勝負っしょ…ウチの負けだよ…ペパーのカレー、ほんとに美味しい…こんなに美味しいの、はじめて食べた…」

 

 気恥ずかしさを必死に堪えながら、正直に言葉を絞り出したボタン。

 

「……?」

 

 ペパーは呆けた顔で再び首を傾げながら、数秒ほど無言でボタンをぼーっと見やり。

 

「…あ、そうか!そういや勝負だったなコレ!」

 

 ぽんっ!と納得した顔で手を打った。

 

「…は?」

「いやーすっかり忘れてたぜ!そうだそうだ勝負だ勝負!カレーが絶品ちゃん過ぎて頭から吹っ飛んじまった!」

 

 ヒクッと口元を引き攣らせるボタンに構わず、ケラケラと楽しげに笑うペパー。対面に座るネモとハルトは、両手で口を押さえて必死に笑いを堪えている。

 

「はははは!にしてもお前、ギャフンって!マジでそのまんま言うヤツがいるかっての、なぁ!?」

「うぐぅ…!?」

「いやに真っ赤な顔でどうしたのかと思ったら、ちっさいちっさい声で『ぎゃふぅん…』って」

「「ぶふっ!!」」

「おっ、おい!ウチそんな言い方してないし!人がせっかく恥ずいの我慢して!?」

「恥ずかったのか?」

「恥ずいだろ!」

「ぎゃふぅ〜ん」

「「あははははははっ!!」」

「〜ッッッッ!?」

 

 真っ赤な顔でぷるぷると震えるボタン。今にも"だいばくはつ"してしまいそうだが、自分は敗者であるという意外にも潔い意識が、彼女に幾許かの我慢強さを持たせていた。スター団を束ねるマジボスとしての、最後のプライドなのかもしれない。

 

「なぁボタン」

「なんだよ…もう…」

 

 ひとしきり笑い終えたペパーに名前を呼ばれたボタンが、いじけた様にカレーをパクつきつつ憮然と返す。

 そんなボタンのむすっとした横顔に、ペパーは右手で頬杖をつきながら笑みを送った。

 

「今日はいいからさ。明日からは野菜、ちゃんと食えよ」

「…ん…」

「カレーもな。ちゃんと来週まで我慢、だぞ?」

「…ん…」

「美味いか?」

「……………………美味しい」

「へへっ。そっか!」

 

 たくさん食えよ!と快活に笑い、ペパーは自分の皿に山盛りのおかわりを盛りつけにいった。

 

「フィー!」

「お、ブイくんもおかわりか?」

「ブゥ!」「シャウ!」「ブーイ!」「フュウ!」「フィーア!」「…ブゥ」

「お前らもか!トレーナーに似てカレー狂いだなぁ。よしよし、待ってろよー今順番に…」

「フィー!フィー!フィーフィーフィー!」

「って待てっつってんだろつまみ食いすんなこら!めっ!」

 

 空っぽの皿を可愛らしく口に咥えたブイブイたちにもみくちゃにされながらギャーギャーと騒ぐペパー。ハルトのエーフィもボタンのブイブイたちも、不思議とペパーにはよく懐いていた。なんとあのクール&ドライな一匹狼系男子、ブラッキーまでもが、である。

 

「やっぱりペパーって…」

「うん…」

 

 カレー鍋に顔を突っ込もうとしたエーフィの首根っこをとっ捕まえて、薄紫色の頬をむにぃーっと引っ張ってガミガミと折檻しているペパーを眺めながら。

 

「「オカンだよねぇ」」

 

 仲良しチャンピオン姉弟が、可笑しそうにそう笑い合った。

 

「…オトンかも」

「へ?」

「ボタン?」

「あ、いや、その…」

 

 ぽろ、と漏れたボタンの呟きに首を傾げるネモとハルト。

 ボタンは、厳しく優しくブイブイたちと戯れているペパーの広い背中を見て。

 

「…なんでもない」

 

 ふふ、と穏やかに頬を緩めた。

 

「…ありがと、ペパー」

 

 

 

 おしまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(今日も今日とて休日にリモート会議…腹減りました…)

(…む?スマホに通知…この写真、カレーですか…カレー…)

(…………………………………………………)

「トップ」

『なんですかアオキ。会議中ですよ』

「腹減ったので今日はあがります」

『ダメです』

「トップ」

『ダメです』

「トッ」

『ダメ』

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ト」

『ダメ』

 

 

 おしまい。

 

 





ペパーはママでありパパでもある最強の男ヒロイン異論は認めない。
ボタンはダウナー陰キャ系ツッコミヒロインの新たなる可能性異論は認めない。
ネモは破天荒さと包容力二つの特性を併せ持つ♠︎変温系お姉さんヒロイン異論は認めない。

ハルトは存在そのものがえちちな誘い受け系小悪魔ショタ。異論は認める。


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