なんでこんなことになったんだ!? (サイキライカ)
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プロローグ。或いは彼の始まり
強制転生とかふざけんな!!


これはしまった。


『突然だがお前には転生してもらう』

 

 いきなりの通告に頭が真っ白になった。

 普通に考えてみてほしい。

 なんの脈絡もなくいきなり世界が真っ白になってしかもそんな通告を受けて正気を保てる奴がいるか?

 いたらそいつは狂人だろう。

 

『当然拒否権はない。

 だがしかし、俺はとても寛容だ。

 多少の恩恵は恵んでやっても構わない』

 

 なにこいつ?何様?

 

『で、だ。

 早速望みを言ってみろ』

「じゃあ死ね」

 

 そう言った瞬間地面に叩き付けられた。

 痛みはないが内蔵が潰れそうな圧迫感に襲われギャップに気持ち悪さがマッハになる。

 

『ふん。

 いつもなら反省するまでこのままにしておくが、生憎時間がないからさっさと進めよう』

 

「勝手な事を!?」

 

 殴りてえ。

 マウントポジションで幕ノ内張りに泣くまで殴りてえ。

 しかしそんな俺の願望も虚しく野郎は勝手に話し始める。

 

『お前には今から『艦隊これくしょん』の世界に転生してもらう。

 一応聞くが知ってるよな?』

「……ああ」

 

 答えたくはないが、さっさと解放されたい願望が勝り俺は肯定する。

 『艦隊これくしょん』と言えば言わずと知れたブラウザゲームだ。

 最近念願叶いようやく始められたというのに…

 

「……おい」

『質問なら三つまでだ』

 

 無視して俺は尋ねる。

 

「なんで艦これに転生させるんだ?」

『面白そうだから』

「殺してえ」

 

 テメエ勝手に何人の人生弄ぼうとしてんだこら?

 

『今のは見逃してやろう俺は寛容だからな』

「……」

 

 むかつく。

 

『で、転生させるだけでは面白くない。

 だから貴様には恩恵をくれてやることにする』

「どんなだよ?」

 

 むかつくがサービスはしっかり貰っておく主義なので一応聞いてみる。

 

『好きな装備をくれてやろう。

 どうだ?』

 

 そう言われ俺は考えてみる。

 恩恵の内容自体悪い話しではない。

 ゲームでは資材と根気さえあればいくらでも武器は開発出来たが、それが現実となればどうか?

 下手をすれば開発はおろか建造だってろくにできるとは限らない。

 と、いつの間にやらやる気になっている自分に気付き、その前に確認せねば。

 

「質問だ。

 俺がいなくなった後はどうなる?」

『今までの事を覚えているか?』

「……」

 

 駄目だ。

 親兄弟がいたかどころか名前すら思い出せない。

 

『気にするのは無駄とだけ言っておこう』

「……そうかい」

 

 都合のいい事以外の記憶を失ったのかそれとも野郎が奪ったのか定かではないが、今解らない事を知ろうとしても徒労という奴だろう。

 

「取り敢えず46cm砲と震電改くれ」

『駄目だ』

 

 いきなり断りやがったぞこいつ。

 

「なんでだよ?」

『駆逐艦に積めないからだ』

 

 つまり駆逐艦に積めれるもの限定かよ。

 

『ああそうだ。

 別にゲームの中の以外でも構わないぞ。

 例えば、日本の護衛艦とか名前を変えた駆逐艦の装備でも構わん』

 

 なにそれ素敵。

 あまり詳しくはないがCIWなんちゃらとかいうの機銃一本だってゲームの対空機銃からしたらチート装備だろうに。

 とはいえ詳しく知らないから適当に言う。

 

「じゃあイージス艦の対空機銃と高性能レーダー二つと応急修理女神」

『機銃はファランクスでいいか?』

 

 ファランクスってなんだ? 槍か?

 

「詳しくないから任せる」

『そうか。

 …普通過ぎてつまらんな』

 

 あくまでテメエの趣味かコラ。

 

『まあいい。

 折角だ。大サービスして偵察機を一機くれてやる。

 せいぜい生き延びろよ』

「は?」

 

 どういうことだと問うより早く世界が滲んでいく。

 

 そして、気がついた時俺は海のど真ん中に居た。

 

「……いきなりこれかよ」

 

 360度見渡せど青い海と水平線ばかりの広い世界に放り出され呆然とする俺。

 しかし、すぐに異常な事に気付く。

 

「……手は何処だ?」

 

 艦娘に転生させられたのかと思ったが、四肢の感覚が無い。

 

「……まさか」

 

 冗談だろと思いながら水面に視線を移し、そして映し出された自分の姿に俺は本気で奴を呪った。

 

「深海棲艦かよ…」

 

 水面に映し出された『駆逐イ級』の姿に、俺は呆然とするしかなかった。

 

 




興味を抱いていただけたらそれで十分です。


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俺の身体馬鹿過ぎんだろ!?

少しサービスがすぎたか?


 

「うーみーはーひろいなおおきいーなー」

 

 いやもう本当に広いよね。

 人間サイズの怪物一匹が泳ぐには地球の海は広すぎるよ。

 駆逐イ級となって早一日。

 俺は当てもなくただ流されるままに海に浮かび続けていた。

 幸か不幸かはともかく、丸一日経っても睡魔も空腹も感じないことは唯一の慰めだろう。

 この時点で艦娘はおろか深海棲艦一匹すら見てない。

 ……餓えで死ななくても孤独死しそう。

 ってかさ、深海棲艦はどこにいるんだよ?

 海を封鎖したとかいうなら姿見せろよ!?

 そう目茶苦茶喚けば見つかるかもとも思ったけど実際やって効果はなく、仕方なく俺はこうして波の気の向くまま流されていた。

 どこかに行こうにも現在地が解らないのでどうしようもなく、悪戯に燃料を消費しても後で困ると判断したからだ。

 というか、この身体馬鹿かと聞きたくなる。

 

艦名【駆逐イ級】

Lv【1】

装備1【CIWCファランクス】

装備2【OPS−28D 水上レーダー】

装備3【SPY−1D 対空レーダー】

装備4【応急修理女神×5】

装備5【バイドシステムα(非武装)】

耐久【50】

装甲【50】

回避【1000】

搭載【1】

速力【超高速】

射程【超短】

火力【0】

雷装【0】

対空【1500】

索敵【−】

運【1】

 

 何この間違った性能?

 駆逐艦なのにスロットが5もあってしかも応急修理女神は1スロットに纏めて突っ込めるとかチートだろ。

 おまけに超高速とか四桁の対空と回避なんてふざけた数値だし、索敵に到っては数値に直せないとか馬鹿にしてんのか?

 だがしかし、主砲も魚雷も無いから自衛手段は限られ砲雷撃戦にも参加出来ないのは不安だ。

 というか俺、回避盾ですか?

 やはり肉盾はだめでござるwですか?

 

「あ、そうだ」

 

 折角偵察機があるんだから、こいつに周りを見て来てもらえばいいじゃん。

 バイドシステムとか聞いた事無い名前だけど、αとか付いてるし深海棲艦の艦載機の名前かなんかだろう。

 

「偵察機発進!」

 

 取り敢えず離陸させてみた俺は、その姿を確認しすぐに後悔した。

 自分の背中(?)から飛び立ったそれは、全体が生肉に包まれたような気持ち悪い物体であった。

 

「うわグロッ!?」

 

 目にして思わずそう口に出してしまう。

 え? なにこれ? どこの世界のバケモノ?

 間違いなく艦これ以外の世界の物体だろうその偵察機は俺の指示を待つように空中で待っている。

 

「……えーと」

 

 困った俺は取り敢えず命令してみる。

 

「周囲200キロ圏内に何か無いか探してきてくれ」

『了解』

 

 俺の要求にくぐもった声で応じたバイドシステムαは、触手のような肉片で敬礼らしき動作をしてから反転し、一瞬で姿を消した。

 

「は?」

 

 え? もしかして速過ぎて見えなかったのか?

 ……確かにあれなら数値になんか直せないな。

 

『御主人』

「うぇっ!?」

 

 考え事していたらもう戻ってきやがった!?

 つか、心臓に悪いぞこいつ。

 

「な、何か見付かったか?」

『海上ニ人型浮遊ヲ発見』

「人型か…」

 

 海のど真ん中で浮かぶ人型なんて艦娘かそれとも雷巡以上の艦種の深海棲艦かの二択だろう。

 

「どんな奴だ?」

『発見直後ニ転進シタタメ詳細ハ不明』

 

 探せと言われたから見付けて戻ってきたのかよ。

 次からは詳細な情報も収集するよういわねえと。

 ともかく今は見付けたそいつのことだ。

 いい加減こいつと二人(?)っきりというのも辛い。

 

「状態は?」

『沈没寸前』

 

 なんでそんな情報はしっかり確認してんだよ?

 しかしこれは困った。

 一応今の自分は深海棲艦なのだから、艦娘なら助けるのはマズイだろう。

 が、放っておくのも後味悪いな…。

 

「しゃあねえ」

 

 取り敢えず確かめてみよう。

 艦娘だったらケースバイケースでいざとなったら逃げりゃあいいと、俺はバイドシステムαにどこで見付けたのか案内させる。

 こんな身体だが機関を稼動させて泳ぐのは歩く感覚でいけるらしい。

 どういう理屈なのか分からず内心頭を捻っているとその浮遊物はすぐに見付かったか。

 

「こいつは、木曾か?」

 

 前世の知識そのままの右目に眼帯をしたセーラー服の少女。

 艤装はほぼ全壊で服もボロボロの今にも沈みそうな状態だ。

 

「……どうしたもんか」

 

 まだ息はあるようだし助けるのは簡単だ。

 だが、助けてどうするというのか?

 悩む俺の目の前で眠るように目を閉じていた木曾の身体が沈み始める。

 

「やば!?」

 

 思わず(ないけど)手を伸ばす。

 すると背中から船に乗った妖精が飛び出し木曾の救助を始めた。

 どうやら無意識に応急修理女神を使ってしまったらしい。

 ……これは気をつけなきゃまずいな。

 しかし助けたものは仕方ない。

 

「近くに無人島が無いか探してこい」

『了解』

 

 バイドシステムαに休めそうな場所を探させ、今のうちに最低限に抑えの補修をされた木曾を牽引する準備に取り掛かっておく。

 妖精がワイヤーを艤装に巻き付けるのを見ていて気付いたんだけど、こいつら両方にいるのか?

 …もしかしたら俺だけかもしれんが。

 手際良くワイヤーを繋いだ妖精が敬礼してから自分の身体に入った所でバイドシステムα…長ったらしいからアルファが報告した。

 

『北西500キロノ地点ニ指定ニ適ウ島ヲ発見』

「そうか」

 

 とにかく先ずは休みたい。

 そう思いアルファにその島へと先導させる。

 

「……うっ」

 

 移動を始めてから一時間程した頃、牽引していた木曾が小さく呻いた。

 

「俺は…」

「起きたか?」

 

 移動を中断して木曾に声を掛ける。

 

「っ!?

 深海棲艦!!??」

 

 自分を見るなり慌てて武器を構えようとする木曾を俺は制する。

 

「待ちな」

「……え?」

 

 俺の言葉に目を丸くする木曾。

 

「……喋ってる?」

 

 あ、やっぱり深海棲艦って喋らないんだ。

 混乱しているようなのでこのまま煙に巻けるか試してみよう。

 

「とりあえず武器を下ろせ。

 それとも艦娘ってのは、敵なら助けてもらった相手も殺すような野蛮な連中の集まりか?」

「……」

 

 そう言うと木曾は構えた砲を下げる。

 とりあえず一難は去ったかな?

 油断は出来ねえが。

 

「なんで俺を助けた?」

 

 当然の質問に、情報収集も兼ねて俺は答える。

 

「見付けたら死にかけてたから。

 …納得して貰えねえよな?」

「当たり前だ」

 

 武器こそ構えてないが警戒はそのままに木曾は言う。

 

「お前等は海に出るすべてを皆殺しにしている。

 そんな奴らの言葉をどう信じろというんだ?」

「じゃあ勝手にしな」

 

 俺は牽引していたワイヤーを外す。

 

「俺はたまたまお前を助けたが、それが気に入らないってなら勝手にすればいい」

 

 少なくともこの世界の深海棲艦の動きというものは分かった。

 情報は欲しいが欲を出さず、ややこしくなる前にここで別れたほうがいいだろう。

 

「じゃあな」

 

 アルファが待っている方向に反転しそのまま別れようとするが、そこで木曾は俺に声を掛けた。

 

「待て」

「ん?」

 

 まだなんかあるのかと振り向くと、木曾はばつが悪そうにそっぽ向いていた。

 

「別に気に入らないわけじゃない。

 理解できないだけだ」

「……」

 

 あれ? 木曾ってこんな奴だっけ?

 いや、性格まで完全にゲームと同じとは限らないか。

 

「助けてもらっておいて礼も出来ないなんて海軍の名折れだ。

 それに、俺を助けた事といい、お前は俺達の知っている奴らとは違う気がする」

 

 一応元人間だし。

 と言っても信じないだろうから俺はそうかいと反す。

 

「とりあえず向こうに腰を落ち着けられる無人島があるらしいから、そっちに移動する。

 少し聞きたいこともあるし道すがら情報交換しようぜ」

「…ああ」

 

 最悪は回避できたことに胸を撫で下ろし、俺はアルファに先導させ移動を開始した。

 

「ところでだ。

 お前なんだ?」

「みたまんま。

 お前らが駆逐イ級と呼んでいる深海棲艦だよ」

 

 名前も思い出せないのでそう言うしかなくそう名乗る。

 

「んで、お前は木曾でいいんだよな?」

「…なんで名前を?」

 

 僅かに硬くなった木曾の声に、俺はまずったと思いながら適当な理由を付ける。

 

「俺は元艦娘なんだよ」

 

 沈んだ艦娘が深海棲艦になるという説があったのでそれを採用する。

 

「なんだって?」

 

 驚く声に構わず俺は言う。

 

「といっても自分がどこの所属の誰だったかも思い出せねえがな」

「……そうか」

 

 …なんだか空気が重くなった。

 妙な沈黙に耐え切れなくなった辺りで木曾が尋ねた。

 

「お前みたいに深海棲艦になった艦娘は他にいるのか?」

「さあな」

 

 あくまでそれは説の一つだし、決め付けて後で違ったら目も当てられないから適当に濁す。

 

「俺だけがそうなのか、それとも全ての深海棲艦がそうなのかは解らない。

 気が付いたら海に浮かんでいてそのまま一人だったからな」

「…そうか」

 

 そう言うと木曾は再び黙り込んだ。

 だから黙んなよ。

 この空気本当に嫌なんだから。

 

「で、だ。

 ここがどの辺りか全く見当も付かないんだが、どこらへんだ?」

「多分、南西の沖ノ島海域に近いどこかだと思う」

 

 随分流されたようだから確定ではないがと注釈する木曾に、意外と日本に近い場所だなと思った。

 まあ、場所が分かったところで鎮守府や戦場に近付く気もあまりないが。

 お、どうやらあれらしい……おい。

 

「……まさか」

「どうし…」

 

 俺の漏らした声に反応した木曾も、俺の嫌な予感に気付き声を失う。

 

「あれが目的地かアルファ?」

『ハイ』

 

 マジかよ……

 背後で息を飲む木曾の気配。

 無理も無い。

 俺達が目指していたのは、ここからでも見える程に黒煙が立ち上る『泊地』だったのだから。




この先も仲間(道連れ)は増える予定です。


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やっと休めると思ったらこれかよ!?

奴も大概運が無い。


 

 黒煙を立ち上らせる泊地にたどり着いた俺と木曾。

 しかし安心して休もうという気分にはなれなかった。

 

「随分酷い有様だな」

 

 余程念入りに砲撃を受けたらしく、泊地というより廃墟というほうが正しいほど凄惨な光景に俺は漏らす。

 辺りには焼夷弾の油に混じってきな臭い臭いが立ち込められており、アルファの言葉に間違いは無かったようだ。

 唯一の救いは黒焦げになった艦娘だったものが見当たらないことぐらいか。

 

「おい木曾」

「……なんだよ」

 

 声が硬いのは恐怖か怒りか、はたまた両方か。

 俺は構わず尋ねる。

 

「此処に見覚えはあるか?」

「…いや」

「そうか」

 

 帰還を果たしたら家が無くなっていたという事はなかったようで若干安堵しつつ俺は言う。

 

「ここでこうしていてても仕方ない。

 とりあえず入渠設備を探して借りておこう」

 

 酷薄に俺はそう提案する。

 自分でも驚くぐらい冷静なのは、多分駆逐イ級となったからだろう。

 少し悩んだ末、木曾は俺に問うてきた。

 

「…お前はどうするんだ?」

「俺は一応生存者がいないか確認してくる」

 

 そう言うと木曾と別れる。

 とはいえそんな者がいると本心から思わない。

 俺はアルファに周辺の偵察を継続させ、まだ熱が残る施設の焼け跡を調べる。

 

「……やっぱりか」

 

 最初に見た際、俺はこの焼け跡に違和感を感じていた。

 被害に反してこの泊地は『綺麗』なのだ。

 まるで丸ごと焼かれたような、そんな惨状と違和感に俺は一つの可能性に到った。

 

「『三式弾』か…?」

 

 この泊地は艦娘の手に因って破壊された可能性が過ぎる。

 そうであった場合、その理由が反乱か内部粛正かまでは不明だが、ともかく此処は長居できる場所ではなさそうだ。

 どうでもいい事だが、この身体で陸に上がる際は地面から少しだけ浮かび上がって移動している。

 理屈? 俺に聞くな。

 燃料は消費しないので念力みたいなものかもしれない。

 そんな事を考えながらついでに消費した燃料なんかも拝借しておこうと、この泊地で最も被害が少ない資材庫に向かう。

 すると、資材庫の扉が開いていた。

 

「木曾か?」

 

 アルファの索敵は完璧だとは思うが、万が一を警戒してレーダーを起動して中を確認してみる。

 動体反応1、少し入った場所で何かを探しているような動きをしている。

 十中八九木曾だろうと思い俺は声を掛ける。

 

「何をしているんだ?」

「っ!?」

 

 その声に背を跳ねさせた木曾は手に持っていたらしきミニチュアサイズの鋼材と燃料を零しながら慌てて振り向く。

 

「……なんだ、お前か」

 

 安堵したように息を吐く木曾に俺は半ば呆れながら言う。

 

「入渠設備は生きてたのか?」

「ああ」

 

 そう言うと取りこぼした鋼材と燃料を拾い直す。

 

「お前こそここに用か?」

「まあな」

 

 火事場泥棒しにきたと茶化す。

 

「笑えない冗談だな」

「確かにな」

 

 そんな軽口を交わしてから俺は落ちていた燃料を拾う。

 

「……どう使うんだっけ?」

 

 中身を飲むのか? それとも缶ごと丸呑み?

 いや、本気で解らん?

 アンソロジーとかだと食ったりしてたけど、マジでどう使うんだ?

 

「忘れたのか?」

「あ、ああ」

 

 まごつく俺を見兼ねた木曾は燃料の一つを手に持ち、それを缶ジュースのように開け中身を飲んで見せた。

 

「くぅ〜!!

 これだよこれ!」

 

 旨そうに中身を飲み干した木曾に倣い俺も燃料の蓋を念力(多分)で蓋を開け中身を啜るが…

 

「……マズイ」

 

 中身はビールだった。

 艦娘にとって酒は燃料ですか?

 

「って、それは成人している艦娘用のやつだぞ」

「そうなのか?」

 

 ってことは未成年用のジュースなんかもあるのか?

 そんなことを考えていると木曾が蓋の色が違う燃料を渡してきた。

 

「ほら。

 こいつなら大丈夫だろ」

 

 見た目的には何も変わらないが、騙す理由も薄いとそれを受け取り飲んでみる。

 

「……イチゴミルク味か」

 

 お子様=ミルク味か?

 この世界の理屈が解らなくなって来た。

 とりまビールよりはマシなのでそれを飲み干すと、使った分の燃料が補充されたことで若干身体が楽になる。

 

「じゃあな。

 あんまり飲み過ぎるなよ」

 

 そう忠告して木曾は鋼材とおそらく入渠用の燃料を手に資材庫を出ていく。

 随分量が少なかったがあれで足りるのか?

 そう考えたところでふと『捨て艦』という単語が頭を過ぎる。

 

「……まさかな」

 

 もしそうだとしたら俺はどうするべきだ?

 もとより一緒に居るわけにもいかないし、かといって見捨てるのも関わり過ぎた。

 いや、今ならまだ間に合う。

 木曾が入渠している隙に、さっさと此処を発って縁を切ってしまえば偶然出会う事がなければもう関わることもないだろう。

 だけど…

 

「アルファ」

 

 悩んだ末、俺は何個か燃料を背中に積んでから海岸に移動しアルファを呼ぶ。

 呼ぶと一瞬でアルファが現れる。

 

「何か発見したか?」

『西方ヨリ泊地ニ進路ヲ取ル隊列を組ム人型物体ヲ確認』

「距離と数は?」

『彼我距離400キロ、6体』

 

 この泊地の艦娘か、それとも…

 

「隠れるぞ」

 

 万が一が起きないことを祈り俺は最後の世話がわりに見届けるため、海からは見えない位置に移動して身を隠す。

 仮に電探を積んでいても、この時代のは動かなければ探索に引っ掛からなかった筈。

 そうして待つこと3時間程。

 先に入渠を済ませた木曾が現れ、俺がいないことにうなだれるのを見て胸が痛むが、しかし、俺は感情を殺し次に現れるだろう艦娘に神経を集中する。

 そしてしばし待つと、泊地に6人の艦娘が接近して来た。

 

「金剛、榛名、夕張、加賀、瑞鳳、島風か?」

 

 ゲームでは一度も手に入らなかったレアな艦娘の姿を生で拝み、ちょっとだけ嬉しくなってしまうが油断は禁物だ。

 今の自分が見付かったら、にもなく潰されること請け合いなのだから。

 木曾も相手を見付けたらしく、そちらに向かい岸へと歩いていく。

 木曾は旗艦らしい金剛と相対すると二、三言葉を交わし、そして安堵の表情を浮かべ合流しようと海上に降りた瞬間、俺は気付いた。

 背中を向けた木曾に対し、金剛の顔から笑みが消え艤装が砲門を稼動させ木曾を狙うのを。

 

「アルファ!!」

 

 反射的に俺は怒鳴り、その意を汲み取ったアルファが音速を越えた速さを駆使し、一秒にも満たない一瞬で急上昇してから真下へと急降下し水面に身をたたき付け金剛と木曾の間に巨大な水柱を打ち立てた。

 直後、金剛の火砲が火を噴くが、アルファが起こした水柱に海面が大きく揺れあらぬ方向へと飛んでいく。

 

「Shit!?」

 

 何が起きたと混乱する艦娘達に俺は既に行動していた。

 

「逃げろ木曾!!」

 

 機関を最大出力で稼動させ艦隊へと突撃を敢行。

 

「深海棲艦!?」

「っ!?」

 

 最初に反応したのは驚愕の声を上げた榛名と即座に矢を番えた加賀。

 加賀が数本の矢を纏めて放つと鏃が彗星に変じ自分へと魚雷を向けるが、そんなもの障害にすらならない。

 

「レシプロが、すっこんでいろ!!」

 

 ファランクスを起動させ毎分3000発の弾幕が迫り来る彗星を全てたたき落とす。

 

「なっ!!??」

「凄っ!?」

 

 一門の機銃に彗星が一度に撃墜され、その異常性に加賀が驚愕し夕張は好奇に目を輝かせる。

 俺は更に加速すると砲門を回頭させる金剛を無視し木曾に体当たりを噛ます。

 

「ぐっ!? なんっ…!?」

「そのまま行け!!」

 

 体当たりの勢いで吹き飛ばし、更にアルファに木曾を引っ張らせ逃がすとそのまま自分も離脱しようとするが、それを島風が阻む。

 

「貴方ってすごく速いのね?」

 

 異常な速さに対抗心を掻き抱いた島風が猛然と俺に追随する。

 

「糞っ!?」

 

 構っていられるかと俺はひたすら逃げる。

 だが、この体に完全に慣れていないせいか、上手く海上を走れず島風との距離が僅かずつ詰められている。

 こんなことなら最初の時点で燃料が尽きるまで走り回っときゃあよかった。

 それに、島風だけに集中するわけにもいかない。

 視界から外れてはいるがレーダーが他の五人も動いていることを伝えており、その動きは島風が自分を囲い入れるよう包囲網を形成しつつあるのだ。

 このままじゃじり貧だが、逆に敢えて誘いに乗り交渉でこの場を乗り切るという手も……

 

「絶対ねえ」

 

 よしんばこの場で処分されなくとも、鎮守府に連行されて実験動物として飼い殺しにされれば御の字。

 普通に考えて生きたまま解剖した上でホルマリン漬けにされるのがオチだ。

 と、余計な事を考えていたら島風が俺のすぐ側まで近付いてしまっていた。

 

「すっごく楽しかったよ。

 じゃあね」

 

 あどけない無邪気な笑顔は癒されるが、島風に追随する連装砲ちゃんの砲門がしっかりこっちを向いているのは背筋を凍らせる光景以外の何物でも無い。

 天使のような悪魔の笑顔ってまさにこういうのだよな。

 

「だらぁっ!!??」

「おうっ!?」

 

 俺は連装砲ちゃんの射線から逃れるため島風に体当たりを狙う。

 だが、島風は一瞬驚くそぶりを見せるも、それを読んでいたとばかりに一気に減速して俺をやり過ごし、次いで連装砲ちゃんの弾幕が火を噴く。

 

「く、ら、え、る、か、よ!!??」

 

 左右に蛇行し立て続けに着弾する至近弾を猛然と避け続ける。

 と、その直後、今度は対空レーダーが上空に反応ありと伝えた。

 

「くぅ!?」

 

 蛇行しながらもファランクスを構え必死にその姿を確認した俺は、確かに死を確信した。

 

「偵察機…!?」

 

 忘れていた。

 いくら対空性能が高かろうが『制空権』を支配することは出来ない。

 そして、完全に支配された空に舞う偵察機が伝える事と言えば。

 

「…観測射撃!?」

 

 慌てて金剛と榛名に視線を移すが、既に手遅れだった。

 

「これで、Finish!!」

 

 避けることなんて不可能。

 そうとしか思えない砲弾の雨に、俺は抵抗の手段すら思い浮かばず意識を無理矢理刈り取られた。




次回、道連れそのに登場。


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死んだと思ったらとんでもない奴が現れた!?

まったく、素晴らしい悪運だな?


 

 刈り取られた意識が復活したのを自覚し、俺は無意識に言葉を漏らしていた。

 

「なんで生きてんだ?」

 

 着弾観測砲撃の雨の中、確かに俺は直撃弾を喰らい轟沈した筈。

 仮に応急修理女神が発動して一命を取り留めていたとしても、それをむざむざ見過ごす艦娘でもないだろう。

 

「というか、ここは何処だ?」

 

 木で囲われた小屋のような部屋の中の木枠に充たされた水の中に浮かべられていたため、ここは入渠施設なのかと考えたが、駆逐イ級である自分が浮かんでいる姿は風呂というより生簀に入った魚というほうが相応しい気がする。

 拘束されてはいないので捕まったというわけではなさそうだ。

 というか身体になんの負傷も感じないので、どうやら修理されたようだ。

 

「先ずは状況確認だな」

 

 生簀から上がり外へと向かう。

 鍵は内側から掛けるタイプなので最初からされておらず軽く押すだけであっさり開いた。

 扉の向こうは生簀と同じ木で作られた着替えのためらしき小部屋となっており、あるのは編笠の籠が一つだけのとても質素な場所だ。

 特に見るものもなさそうなので俺はそのまま通過し扉を開く。

 そうして開けた視界の先にあったのは、

 

「ジャングル?」

 

 鬱蒼と繁る熱帯地域の植物と眩しい日差しに連想しそう呟いてしまう。

 

「御明答」

 

 さほど大きくなかった自分の声にそう答えられ反射的にそちらを見る。

 

「お前は…」

 

 クレーン等およそ戦闘には適さない装備を満載した艤装を背負うピンク色の髪の艦娘に、自分は記憶を掘り返しながら尋ねる。

 

「工作艦明石…だよな?」

 

 名前を口にすると明石は興味深そうに笑う。

 

「やっぱり知っていたか。

 木曾の言った通りだね」

 

 木曾の名を口にした明石だが、別に驚く事でも無い。

 深海棲艦である自分を敵と見做していないことから、そうではないかとなんとなく予想していたからだ。

 だが同時に、いくつもの疑問が持ち上がる。

 

「ここは何処だ?」

「レイテ海域のどこか。

 地図にも載っていない小さな島さ」

 

 ゲームで扶桑がいつも口にしていたせいで興味を持ったため、そこがどんな場所かかじる程度には知っている。

 レイテと言えば日本海軍が崩壊することになった地獄の入口。

 なんでそんな場所に明石はいるのだろうか?

 

「お前が俺を直してくれたのか?」

「まあね。

 深海棲艦なんて、どう直せばいいか解らなくて苦労したよ」

 

 肩を揉みほぐす仕種を見せる明石。

 しかしその顔に嫌悪感はなく、寧ろ貴重な体験をさせてもらったことを感謝するといいたげに見える。

 

「そうか。

 感謝する」

 

 そう言い俺はアルファを呼ぶ。

 しかしアルファは何故か姿を見せない。

 まさか撃墜されたのかと考えたところで明石が先に答えた。

 

「連れなら木曾と遠征中だよ。

 あんたの修理に使った資材を貯め直すためにね」

「そう、なのか」

 

 知らない間にかなり迷惑を掛けたらしい。

 でかい借りを作ったなと思い、ふと気になり聞いてみる。

 

「因みにどれぐらい掛かった?」

「たいしたことないさ」

 

 そう言った明石だが、

 

「ざっと燃料700の鋼材1000ぐらいさ」

「……」

 

 なにその馬鹿げた出費?

 高レベル戦艦と同等の資材が低レベルの駆逐艦の修理に吹っ飛ぶってどんだけだよ?

 

「……時間は掛かると思うが必ず返す」

 

 オリョクル一万回もすれば多分払えると目算してそう言うと、明石は何故か愉快そうに笑った。

 

「ははっ、やっぱり聞いた通りだね」

「なにがだ?」

「深海棲艦らしくないっていうことがだよ」

 

 そう笑うと明石は海岸に目を向ける。

 

「噂をすればってね」

 

 その言葉に俺も視線を向けると、ドラム缶を引きずる木曾とアルファ、そして見慣れぬ奇妙な存在が居た。

 

「なんだありゃ?」

 

 潜水服というか密閉式潜水具と言うような鉄の塊に身を包んだその姿に、俺はおもわず火炎放射器を携えたインビブルな人間兵器を思い出した。

 

「元気な姿を見せてやりな。

 私は茶の用意をしておいてやるからさ」

 

 そう言うと明石が俺を押し出す。

 今更何を話せとと思いながらも俺は俺の姿に安堵の表情を見せる木曾とアルファに声を掛ける。

 

「木曾、アルファ!」

「イ級!!」

 

 ドラム缶を放り出し俺の元に駆け寄る木曾。

 

「もう大丈夫なのか?」

「ああ。

 違和感は感じない」

 

 流石明石だと頷く木曾。

 

「アルファ、無茶を頼んで悪かったな」

『問題アリマセン』

 

 そうアルファは誇らしげに言う。

 

『ジェイド・ロス提督トノ旅路ニ比ベタラ楽ナ任務デシタ』

 

 誰だよジェイドロスって?

 

「取り敢えず…」

 

 謎の三人目に目を向ける。

 

「あれは?」

 

 近付いてみて気付いたが、胸の辺りに星条旗が描かれている。

 どうやらアメリカの艦娘らしい。

 

「ああ」

 

 説明を求める俺に木曾は語る。

 

「あいつがお前を連れて来たんだ」

 

 そう言った木曾だが、その顔にはあまり歓迎する気配は無い。

 毛嫌いというより関わりたくないという感じだが、アメリカ産の艦だからだろうか?

 ともあれ直接の恩人とあれば礼を欠くのも悪い。

 

「お前が俺を助けくれたらしいな」

 

 感謝すると言うと、そいつはたいした事なんてないわ。とどこか高慢さを感じさせる口調で言う。

 

「っと、顔も見せないなんてレディとしてみっともないわね」

 

 そう言うとそいつは顔を覆っていたヘルメットを外す。

 ヘルメットの下から現れたのは緩くウェーブの掛かったゴールドブラウンの髪と透き通るような白い肌。

 そんなモデルのような美人は海軍式の敬礼と共に己の名を名乗った。

 

「ガトー級潜水艦の七番艦『アルバコア』よ。

 黄色い猿がどこまでか進歩したのか、この目で直接見せてもらうわ」

 

 ……うん。こりゃあ木曾が嫌がるのもしかたねえ。

 

 

〜〜〜〜

 

 

「Fuck!!??」

 

 荒々しく蹴り飛ばされる空のバケツ。

 怒りを矛先となったバケツは無残にひしゃげ、壁にたたき付けられた後からんと乾いた音を立てた。

 

「お気持ちは解りますが落ち着いてください姉様。

 後、婦女子らしからぬ発言は控えてください」

 

 抑え切れず当たり散らす金剛を宥めようとする霧島だが、怒発天を突き抜け切った金剛は怒鳴り散らす。

 

「ヤンキーに好き勝手されたんデスヨ!?

 これが我慢できるわけないネ!!」

 

 憂さをたたき付けるようにガンガン蹴り飛ばされるバケツ。

 容器としての機能を失っているがそれでも金剛の蹴りは止まらない。

 それも仕方ないかと霧島は溜息を吐く。

 アメリカは敗戦に次ぐ敗戦でハワイを放棄するまでに追い込まれ、現在は真珠湾を挟み東西を分断され、彼の地の現状その子細は全く分からないでいた。

 にも関わらず、今日になって突然現れ好き放題こちらを罵倒したあげく、回収しようとした件の駆逐イ級を掻っ攫われるという屈辱を味わったのだ。

 

「誰がババアだBitch!!」

 

 お陰で金剛は荒れに荒れ、旗艦でありながら報告も禄にままならないため榛名が代理で報告に出ていた。

 ちなみに部屋の中には比叡もいるのだが、金剛のあまりの剣幕に怯え部屋の片隅で体育座りでガタガタ震えている。

 そうした非常に悪い空気の中、霧島は姉二人の無様に呆れつつもその思考は全く違う方向に向いていた。

 アルバコアがこちらに来たということは、他の艦だって来ていておかしくはない。

 とすれば、あの『臆病者』も来ているのか?

 

「……ふ」

 

 そう考えた霧島の口角が、とても嗜虐的な形にゆっくりと持ち上がる。

 綾波に張り倒された事で怯みとどめも刺せず逃げ出し、死にかけてもなお牙を剥いて戦おうとした夕立の鬼気迫る姿に怯え逃げ出し、終いには自分との殴り合いで不利になるや傍観していたワシントンに泣き付いて自分を始末させたあの恥知らずなサウスダコタともう一度会えるかもと考えるだけで霧島は気分を昂揚させていた。

 

「ふふふ…」

 

 奴はどんな顔をするのか?

 あの時のように泣いて許しを乞うのか?

 はたまたまたワシントンに泣き付いて助けを求めるのか?

 どちらにしろ、両方ともぶち殺す。

 三式弾なんて生易しい物は使わず、九一式鉄鋼弾を満載した46cm三連砲でじっくりと嬲り殺しにしてあげると堅く誓う。

 

「ふふふふふふ…」

 

 必ず、必ず敵として現れなさい。

 嗜虐に充ちた笑みを湛え低い笑い声を漏らす霧島。

 

「ひえ〜〜」

 

 姉に続き妹までおかしくなってしまい、比叡はひたすら癒しである榛名が戻って来る事を部屋の隅で震えながら願うばかり。

 そんな願いが通じたのかようやく榛名が戻って来た。

 

「ただ今戻り…」

 

 しかし、部屋の中には憤怒の貌でバケツだった鉄の塊を踏み続ける金剛と部屋の片隅で震える青ざめた比叡。

 それに、更にソファーに座ったまま恐ろしい笑顔で怪しく笑い続ける双子の妹の姿に固まり…

 

「……」

 

 何も見なかった事にしようと無言で扉を閉める。

 

「待って!!??

 お願いだから帰って来て榛名ぁ!?」

 

 情けなく助けを求める姉の声に仕方なく現実を受け入れた。

 

「提督から今後の方針に付いて通達を受けてきました」

 

 その言葉に即座に食いつく金剛と霧島。

 

「Kill!?

 あの糞アメリカ女をぶっ殺すんですネ!?」

「目標艦はサウスダコタ?

 それともワシントン!?」

「違います」

 

 凄まじい剣幕で詰め寄る二人から距離を取りつつ榛名は話を続ける。

 

「私達は引き続き南西諸島の鎮守府跡の警護をするようおっしゃられました」

「Oh」

「チッ」

 

 露骨に落胆する二人。

 対して比叡は不思議だと首を傾げる。

 

「ところでさ榛名。

 どうして指令はあの鎮守府跡地にこだわるの?」

 

 最初にあの鎮守府を砲撃するよう命じられたのは比叡であった。

 作戦内容として聞かされていた話ではあの鎮守府跡地は深海棲艦に占拠されたため、深海棲艦を排斥することと言われていたが、実際には駆逐イ級すら現れず、ただの無人の地であった。

 榛名も同様に疑問を抱きそれを尋ねているが、

 

「いえ、提督も大本営からの指示としか伺っていないそうで、可能であれば内密の内に内部の調査を行うようおっしゃられておりました」

「そうデスカ」

 

 提督でさえ知らされていないとなれば、これは由々しき事態だろうと金剛も頭を冷やし考える。

 

「仕方アリマセン。

 提督のLOVEのためにも今は我慢するデス」

 

 気合いを入れ直す金剛。

 霧島も一旦は鉾を納め榛名に問う。

 

「それで、アメリカの潜水艦と喋る駆逐イ級。

 それに、」

 

 眼鏡の位置を直しながら霧島は言う。

 

「横須賀から脱走した木曾はどうすると?」

 




次回も仲間が増えていくよ。


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おいおい…そんな物まで持ち出すのかよ?

……まだ早過ぎるが、致し方ない…か



 

 

 俺が目を醒ましてから三日が経った。

 そして駆逐イ級となって七日目。

 その間に起きたことと言えば特にたいしたことはない。

 俺に仲間が増えた事ぐらいだ。

 

「しっかしアルファは優秀な偵察機だね。

 一体どんなエンジンを積めばあんな速さが出せるのかな?」

「合衆国の技術でないことは確かね。

 あれば今頃、エンタープライズのクソアマがいい気になってパールハーバーを取り返しているでしょうし」

 

 そう言いながらアルバコアは、砂浜に寝そべり明石の修復という名のマッサージを堪能していた。

 どういうわけか明石は海軍に籍を置きたくないらしく、この島を拠点に一人隠れて生活をしていたところで木曾と知り合い、お互い協力して日々を暮らしていたらしい。

 因みにアルバコアの潜水服はパールハーバー強行突破のために用意された特別な装備だったらしく、重たいわ見た目がださいわと文句を言ってさっさと脱ぎ捨て小屋の片隅に投げ捨てられている。

 んで、その下に着ていたのはサーファーがよく着ているボディスーツだった。

 提督指定のあの水着がとても素晴らしいものであったことを、俺はようやく理解したよ。

 そしてもう一人。

 

「イ級、燃料、見ツケタ」

 

 巨大な球体から人間の上半身を生やした『輸送ワ級』。

 こいつが新たな仲間である。

 どうしてこうなったか?

 まあ、木曾と経緯は同じである。

 自身の身体に慣れるため海上を走り回っていた際、周辺の哨戒に出していたアルファがたまたま沈みかけていたワ級を見付け、資材を強だ…もとい回収しようと拾いに行き、そして応急修理女神の暴発で助けてしまいそのままなし崩しに仲間になったのだ。

 救いがあるとすればこのワ級は非常に大人しく、かつ人懐っこい性格で俺に恩を感じ自分から力を貸すと申し出てくれた事か。

 しかしだ。

 

「駆逐艦一隻に軽巡一隻と潜水艦一隻、それに工作艦と輸送艦って…」

 

 空母ならまだ自分が艦載機を全てたたき落とせばどうにかなるが、戦艦が出て来たら完全に詰むね。

 というか戦いになった時点で負け確定だよ。

 いや、それ以前に艦娘と新海棲艦の両方を敵に回している状況に等しい現状が既にオワタだった。

 

「イ級?」

「あ、済まない」

 

 思考に没頭して無視する形になってしまった。

 

「ご苦労さん。

 それを置いたら今日はもう休んでいいぞ」

「ダケド、昨日ヨリ集メタ燃料少ナイ」

「そういう日もあるだろうさ」

「…ワカッタ」

 

 そう納得したワ級は早速集めた燃料を裏の資材置場に運んでいく。

 因みに他の新海棲艦と見分けられるよう俺とワ級の身体の一部に白と緑の迷彩が塗られている。

 アルバコアはピンクとか星条旗を塗ろうとか言い出したが却下した。

 というか、なんでアルバコアは俺達に味方するんだ?

 本人はアメリカ海軍のやり方に嫌気がさしたから強行突破隊に志願しそのまま脱走した。

 その上で日本に協力しようとも思っていないと言っていたが、それを頭から信じられるほど情況は安全ではない。

 明石や木曾も同じように考えているらしく、しかし孤立無縁の現状貴重な戦力であることも事実なので、今の所油断はならないが味方という扱いで認識を共有することになった。

 

「アルファ」

 

 ワ級に随伴させていたアルファに周辺の哨戒を任せ俺は日課としている馴らしに海に向かう。

 それにしても修理にはしゃれにならない資材が吹き飛ぶのに、通常の燃費は睦月型並と実に気持ち悪い身体だ。

 といってもそれは深海棲艦特有の仕様らしい。

 ワ級の話では、深海棲艦の精神構造は蟲に近い精神構造をしており、基本的に身体と個性はただの端末に近く使い捨てなのだそうだ。

 故に『姫』や『鬼』といった大本から独立し確固足る個人を確立した個体でなければ自分の身体を大事にしようとは考えておらず、結果、長時間活動出来るよう燃費はいいが直すには莫大なコストが発生する身体になったらしい。

 余談だが深海棲艦も身体を改造するらしくエリートやフラグシップは艦娘でいう改と改二に相当するらしく、ワ級もいつかフラグシップになりたいとのことだ。

 余談の余談だがワ級の改造に必要なレベルはエリートで50、フラグシップになるために必要なレベルは90らしい。

 …先は長いな。

 ついでに普通の駆逐イ級は10でエリート、20でフラグシップになれるそうだが、俺はどうなるやら。

 そんな事を考えながら20キロほどの沖合に移動してから俺は機関の出力を上げる。

 最初は解らなかったが腹の中で熱が生まれ、それが徐々に全身に行き渡る。

 そうして暖気が完了したところで俺は海の上を走り始める。

 スペックだけなら島風も追随を許さない60、2ノットとか出るようだが、生憎そんな速度を出しても身体が跳ね上がり安定しないどころかバランスが崩れて転覆しかねない。

 というか一回やらかして応急修理女神の無駄遣いさせられたから二度とやらねえ。

 ラス1となった応急修理女神は支払いの担保として明石に預け、代わりに今は明石が暇潰しに開発した33式爆雷投射機を積んでいる。

 お陰で潜水艦ならなんとか戦えるが、やはり砲や魚雷は無いので相変わらず回避盾のままである。

 という訳で回避盾としてまともに戦えるよう俺は海の上を走り回る。

 今の所直進なら50までは安定した状態を維持して出せるが、そのかわり舵が効きづらくなりるので最初は40で自在に走り回れるよう練習を開始する。

 40ノットまで速度が上がったところで左右に大きく身体を振りスラロームを描くように走る。

 そのまま減速と同時に反転。

 後部を大きく振り回すドリフト走行よろしくな回頭と同時に再び再加速。

 高速で海を走り回っているため派手に見えるが、実際かなり地味だ。

 しかしだ、海流の流れに時に逆らい時に従うと機を敏に最善の選択をすることが高速艦の基礎技術だと木曾に教わり、そして島風はそれを誰よりも巧みにやって見せるという。

 つまり、いくら速かろうと速いだけでは海を熟知する島風には決して敵わない。

 海を知り波を支配することが勝利への第一歩なのだ。

 と、それが木曾から教わったことである。

 

「……脱走か」

 

 木曾は言っていた。

 自分は脱走したと。

 細かい理由までは語らなかったが、横須賀鎮守府は狂ってしまったとは言っていた。

 そして、出会ったら絶対に逃げろとも。

 

「この世界で何が起きているんだ?」

 

 いや、考えても仕方ない。

 今はただ生き延びることを。

 自分がここに転生させられたことに意味があるのだとしても、生き延びる力も無いまま何かを成すことは出来ない。

 習熟に集中しようと思考を中断したところでアルファが帰還する。

 

『御主人』

「何か見付けたのか?」

 

 島からは大分離れているが、万が一を警戒しておかなければ。

 

『西200キロノ海上ニ島ヘノ進路ヲ航行スル艦娘三隻ヲ確認』

 

 哨戒だろうか? だとしても島に近付かせる訳にはいかない。

 

「艦種は確認出来たか?」

『軽空母『瑞鳳』、重雷装巡洋艦『北上』、水上機母艦『千代田』』

「……」

 

 やべえ。

 哨戒部隊だとしても思いっきり先制攻撃特化の編成じゃねえか。

 しかし、やるしかねえだろう。

 

「奴らを引き付けて島から遠ざけるぞ。

 アルファ、北東70キロの地点に移動するから奴らをおびき寄せてくれ」

『了解』

 

 アルファと同時に俺も島から離れるように進路を取る。

 そうして数時間後、アルファに誘導された三隻を確認。

 しかし、

 

「……なんだ、あいつら?」

 

 遠目なので解りづらいが様子がおかしい。

 酷く緊張しついるというか、何かに怯えているような…?

 余計な事を考えている暇は無い。

 千代田と瑞鳳がカタパルトと弓を構えたのを確認し俺はファランクスを起動する。

 それぞれから発射された艦載機。

 しかし、俺はその姿に背筋を凍らせた。

 

「っ!?」

 

 99式艦爆と瑞雲の下に装着されていた爆弾が、全く違うものにすげ替えられていたのだ。

 まるでグライダーのような、それでいて何故か風防の付いた奇妙な爆弾。

 そして、風防越しにこちらを睨む『中の搭乗者』と目が会った瞬間俺は怒鳴っていた。

 

「ふざけんじゃねえぞ!!!!????」

 

 あれは爆弾なんかじゃ無い。

 『桜花』と命名された特攻兵器だ。

 頭が真っ白になるほどの怒りのまま俺はファランクスを乱射。

 切り離される前の桜花ごと艦爆を纏めて撃ち落とす。

 

「イヤァァァァアアア!!??」

 

 撃ち落とされた艦爆の姿に千代田が狂ったような悲鳴を上げる。

 

「まただ…また、皆死んじゃうんだ…」

 

 光景に悲鳴こそ上げなかった瑞鳳だが、弓を取り落とし海上にぐったりと膝を着く。

 そして、北上はそんな二人を気にかける様子もなく酷い隈が浮かんだ顔でこちらを睨んだままぶつぶつと呟き続ける。

 

「沈め沈め沈め沈め沈め沈め沈め沈め沈め沈め沈め沈め沈め沈め沈め…」

 

 放たれる40本の魚雷。

 しかしそれもまた魚雷等では無い。

 乗り込み口が着いた魚雷なんて、そんなものがあっていいはず無い。

 

「テメエもなのか北上ぃ!!??」

 

 あれだけ嫌がっていた『回天』を乗せた北上の心情を俺には推し量る術は無い。

 だが、そこまでされたって俺はまだ死にたくないのだ。

 

「馬鹿野郎!!??」

 

 俺は即座に爆雷投射機を起動して海中に機雷をぶちまける。

 海中に没した機雷は俺を狙い進む回天の正面に展開され、即席の防御壁の役割を成して全てを海中で無力化し誘爆。

 大量に発生する爆発に水しぶきが溢れ全身がずぶ濡れになる中、俺は転覆だとかそんなものは知ったことかと機関の出力を限界まで上げ60ノットの超高速機動を開始。

 海の上を跳ねるように走りながらのろのろと回天の再装填射を行う北上のどてっ腹に体当たりをかました。

 

「ゲフゥ!?」

 

 ミシミシと身体が軋む音の中に北上の女の子らしくない苦悶の悲鳴が小さく響き、海面に何度もたたき付けられるとそのまま動かなくなる。

 沈む様子が無いので気絶させたのだろうと判断し、俺は軋む身体を無視してファランクを二人に突き付ける。

 

「艤装を棄てて投降しろ」

 

 こんなふざけたものが艦これの世界に存在することにヘドを吐きたくなるほど胸糞の悪い気分のまま、俺はそう二人に命令する。

 蹲ったまま動かない瑞鳳、そして千代田は突き付けられたファランクスをしばし茫然と眺めていたが、やがて引き攣るような笑みを浮かべた。

 

「…殺してよ」

「っ!?」

 

 俺はカッとなり手の代わりに思わずファランクで千代田を張り倒す。

 海上に倒れた千代田は張られた頬を押さえ、顔を歪め泣き出した。

 

「ひっ、うぇぇえぇ…」

 

 張り倒されたことで堪えていた感情が関を切ったようで千代田はひたすら泣きじゃくる。

 

「お姉…どこ?

 お願いだから返事をしてよ…千歳姉…」

 

 千歳の名を呼び助けを縋る姿に俺は勝ったことへの余韻も、こいつらが持ち出した兵器への胸糞悪さも無くし、ただひたすらに虚しくなった。

 

「鎮守府はなにを考えてやがるんだ?」

 

 虚しさを言葉に吐き出し、俺はこいつらの艤装を叩き壊すため明石を呼ぶようアルファに命じた。

 




 今回のアレらについて賛否は承知の上です。
 次回は普通に大ピンチの予定です。


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一体誰が敵なんだ?

 ちっ、遂に気付いたか。
 まだ猶予はあるが、遊んでいる暇はないぞ?


 

「牢屋なんて大層な物はないんでね。

 すまないがここに入っていてもらうよ」

 

 島まで連行するのに協力してもらった明石が艤装を引っぺがした北上達をジャングルの木で作った即席の檻の中に押し込む。

 特に抵抗もせず、というより抵抗する気力もないのだろう彼女達は素直に檻の中に入った。

 

「お前達には後で聞きたいことがあるから大人しくしていろよ」

 

 後で食えそうな物を持って来てやるか、とそう考えながらその場を離れようと背を向けた俺に檻の向こうから北上の気怠げな声が掛けられた。

 

「ねえ」

「…なんだ?」

 

 振り返ると相変わらず酷い顔をした北上は濁りの混じる瞳で俺を見ていた。

 

「あんた、何者なの?」

「……」

 

 そう言われて、俺は改めて考える。

 だが、もう意味なんてないことだとその思考を断ち切る。

 

「ただの深海棲艦だよ」

 

 そう言うと北上は嘘と否定する。

 

「じゃあ、なんで艦娘と一緒にいるのさ?」

 

 その言葉に俺はただそのまま正直に告げる。

 

「成り行きだ」

「ふざけんな!!??」

 

 そう答えると北上が吠えた。

 

「深海棲艦のくせになんでお前は!!??」

 

 檻にしがみつき怨嗟の叫びを吐き出す北上。

 その目には涙が滲み、そしてその表情には羨望と嫉妬がありありと滲み出ていた。

 

「畜生…ちく…しょう……」

 

 力の限り俺に憎しみを吐き出し続けていた北上だが、すぐにずるずるとその身体が崩れ落ちて鳴咽を零す。

 

「…明石、こいつらを頼む」

「ああ」

 

 間宮ほど上手くないが、なんとかしておくよ。とそう言う明石に後を任せ、俺は木曾の下に向かう。

 殆ど捜す事なく木曾は見付かり、俺は酷く胸糞の悪い気分のまま木曾に尋ねる。

 

「聞きたいことがある」

「……ああ」

 

 全て納得しているのだろう木曾がやけに小さく見えた。

 

「まず始めに、あいつらとは顔見知りか?」

「……いや」

 

 木曾は悲しそうに言う。

 

「あいつらがアレを使っていたから、横須賀の所属なのは間違いない。

 だけど、私が知っていた横須賀の三人は半年前に全員沈んだ。

 あいつらは、新しく建造された奴らだ」

 

 妙に引っ掛かる言い方をするな?

 

「半年前か」

「……ああ」

 

 憎しみを肌に感じるほどの不快感を露にして木曾は語る。

 

「半年前、横須賀鎮守府に大掛かりな掃討作戦の指令が下ったんだ」

 

 思い出すのも嫌そうだが、語ってもらう必要がある以上俺は何も言わない。

 

「あれは本当に酷い戦いだった。

 レイテかソロモンの焼き直しか思うぐらいの勢いで仲間が沈んでいく中、俺達が勝つことが希望なんだって信じて必死で戦ったんだ」

 

 そう苦しそうに語る木曾に、ふと、俺は気になり問う。

 

「待てよ木曾。

 それだけ大掛かりな作戦の間、舞鶴や呉は何をやっていたんだ?」

 

 最初に警告した時木曾は横須賀と鎮守府を名指ししていた。

 それ以前にも無人だったが泊地に行ったこともあったし、それらを考えればこの世界に横須賀以外の鎮守府が潜在しないというほうが不自然だ。

 

「他の鎮守府は参加していない。

 上層部の見栄のために伏せられていたんだよ」

 

 薄汚い欲望のために無駄に犠牲を増やしたのか。

 

「老害の横槍は万国共通ってことね」

 

 腐ってやがると俺が吐き捨てると、いつの間にか現れたアルバコアがそう皮肉った。

 しかし、

 

「どうでもいい」

 

 余りに意外な言葉に耳を疑ってしまう。

 

「上が腐っていようと俺達(艦娘)が戦場でやることは変わらない。

 敵を討ち、暁の水平線に勝利を刻むこと。

 それが俺達の存在意義だ」

「…だったら」

 

 なんで脱走なんか?

 口に出さずとも問うていたらしく木曾は目を伏せ話を再開した。

 

「半年前の作戦で俺達は勝利こそしたが、その被害も半端じゃなかった。

 戦艦四隻、正規空母三隻、軽空母六隻、重巡洋艦六隻、重雷装艦一隻、軽巡八隻、駆逐艦二十三隻、潜水艦二隻があの海で沈んだ」

 

 なんだそりゃ?

 

「そこまで被害を出して勝ちなんて言えるの?」

 

 同じく疑問に思ったらしくアルバコアがそう問い質すと木曾はほんの少しだけ誇らしそうに言う。

 

「あの戦いで俺達が撃滅した敵戦力は鬼級三、姫級一、それと戦艦レ級十。

 その他にしてもヲ級やル級といった主力を五十は下らない数沈めてやった」

 

 凄まじい数の戦果にあんぐりと口を開けるアルバコア。

 

「Ambi Riva Bo。

 黒豹といい鬼神といいこれだからジャップは……」

 

 アルバコアは笑えないと頭を押さえる。

 

「で、それだけの戦果に見合いすぎる被害を出した横須賀は、やっちまったんだな?」

「……ああ」

 

 辛そうに沈む木曾。

 ようやくはっきりした。

 横須賀鎮守府は自らの過ちで失った戦力の損失を補うために非人道兵器の導入に踏み切ったのだ。

 そして、それに耐え切れなかった木曾は逃げ出した。

 

「あのさ、さっきから言ってるアレとかやったって何の話よ?」

 

 俺の質問を遮りアルバコアがそう問うと、俺はいいのかと木曾に目配せし、木曾は小さく頷いた。

 

「話しても構わないが、気分が悪くなるぞ?」

 

 そう言うと察したらしくアルバコアの顔から呆れや侮蔑といった見下した感情がなりを潜め、疲れきった様子で天を仰ぐ。

 

「……冗談でしょ?」

 

 そして、次に聞き捨てならない台詞を俺達は聞くことになった。

 

カミカゼが嫌で逃げて来たのに(・・・・・・・・・・・・・・)、結局ここも同じなの?」

 

 なんだって…?

 

「どういうことだ…?」

 

 アメリカ側の深海棲艦は神風を仕掛けているのか?

 困惑する俺達に対し、アルバコアは酷く気落ちした様子で気怠げに告げる。

 

「やってるのがDeep Warshipならまだ救いがあるわよ。

 カミカゼをやっているのは合衆国海軍。

 それも、素敵な事に弾丸は艦娘よ」

 

 正直それが冗談にしか聞こえなかった。

 国内の領土に資源が全く無い日本ならまだしも、国内ばかりか南米を始め資源を豊富に採掘出来る領土と陸路で隣接している等日本とは比較にならないほど資源に恵まれたアメリカが、何故特攻戦術を採用なんか?

 絶句する俺達に、アルバコアは言いたいことを先じて言葉とする。

 

「不思議に思ってんでしょ?」

「……ああ」

 

 否定しても埒が開くわけでもなく素直に認めると、アルバコアはどこからともなく成人用の燃料を取り出し唇を湿らせる。

 

「まあ簡単に言えば、私達とあんた達とではその価値が違うという事よ」

「価値?」

 

 同じ艦娘だろうにと内心首を捻る俺。

 アルバコアは燃料で喉を潤すと木曾に問う。

 

「ねえキソ。

 日本では艦娘は一日にどれぐらい生産されているの?」

「え?

 ……詳しくは知らないが、毎日どころか轟沈しない限りそうは生産されないはずだ」

 

 そう答えた木曾を、アルバコアは羨ましそうに見た。

 

「そう。

 …合衆国では艦娘は一日に300隻生産しているわ」

 

 流石米帝。

 数字の次元が半端ねえ。

 そうは思っても流石に口には出さず黙って続きを拝聴する俺。

 

「生産された新造艦はそのまま海域に送り出されるわ。

 そして篩に掛けられ、一握りを残して皆沈んでいくわ。

 その一握りもまた篩に掛けられどんどん沈み、最後に残った一人か二人がようやく艦娘として認められ海軍に編入されるの」

 

 こういっちゃあなんだが、酷く効率の悪い手段だな?

 そんな事をしていたら勝つ勝たない以前に、人権問題とか別方面からとやかく言いそうだってのに。

 

「……あ」

 

 と、俺はふと気付いた。

 

「なあ木曾」

「どうしたイ級?」

 

 話の腰を折ろうとする俺を訝しむ木曾に俺は尋ねる。

 

「艦娘って、鎮守府ではどう扱われているんだ?」

「どうって…」

 

 何を言っているんだと訝しみつつも、木曾は俺の質問に答える。

 

「扱いは『軍艦』だが、一応『人間』として扱われていたに決まってんだろ?」

 

 当たり前の事を聞くなと言外に語る木曾だが、俺はなんとなく理解した。

 

「なあ、アルバコア。

 アメリカは、」

 

 それを問うてもいいのかと本気で悩みながらも、俺は疑問を口にしていた。

 

「アメリカは、艦娘を『道具』としてしか見ていないのか?」

「……っ!?」

 

 もしそうなら納得がいく。

 大量に建造するのは良質な『武器』を選別するため。

 そして、それが正解ならアメリカの艦娘には…

 

「…Yes」

 

 聞きたくもなかった答えに俺は後悔する。

 

「私達は戦いのためだけに造られた『人形』。

 意思も、想いも紛い物の『ロボット』だと、そう扱われているわ」

 

 そう小さな声で答えを口にしたアルバコアの顔を、俺は正視することが出来なかった。

 




 世界情勢についてはあんまり考えてません。
 日本とイギリスとアメリカは善戦。
 ドイツは日本に戦力渡すから助けてと丸投げ。
 イギリスはフランスとの境界を保持するのに手一杯。
 ある意味日本以上に孤立していたアメリカは鬼畜米帝の道を…という程度の考えです。

 次回はいよいよ1番の敵との交戦…になるのか?


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ああもう、どうしてこう落ち着く暇がないんだよ!!??

 遂に来たか。
 だけじゃなく、余計な混乱の種も紛れ込むようだな。


 燃料缶を握り潰しアルバコアが呪うように言葉を紡ぐ。

 

「笑っちゃうと思わない?

 私達は造られた存在だから人間に従う義務があるんですって」

 

 そう嘯くアルバコアの手は微かに震えている。

 

「ほんっと、笑うしかないわよね」

 

 俺は何も言えない。

 アルバコアが一体どんな気持ちで逃げ出したのか、当事者でない俺には理解できないから何も言えない。

 ひたすら重い沈黙の中、哨戒に向かわせていたアルファが帰投する。

 

『緊急事態ガ発生』

「艦娘か?」

 

 先遣だった北上達を捜索に来たのかと緊張する俺達に、アルファはある意味それ以上に悪い報告を齎す。

 

『進行シテキテイルノハ深海棲艦ノ大規模艦隊デス』

 

 よりによってそっちか。

 しかも大規模とは笑えない所ではない。

 しかしだ、まごついていたらそれこそ取り返しの付かないことになると最悪に備え俺は木曾に頼む。

 

「木曾、お前は島を離れる準備をしておいてくれ」

「お前はどうするんだ?」

「一応話を聞いてくる。

 同じ深海棲艦だ。即座に沈められる事もないはずだ」

 

 万が一の事態になったらアルファを飛ばすとそう言い残して、俺は事実上の最高速度50ノットまで一気に加速し島を出る。

 アルファの先導のままに海上走り続けると、1時間もせずに黒い津波のように押し迫る件の艦隊を黙視出来た。

 そしてその先頭を行く旗艦らしき人型を確認して、俺は堪らず漏らしてしまう。

 

「……まぁじで?」

 

 死体のような血の気のない肌と同色の真っ白な髪を赤いリボンでポニーテールに纏め、すぐ後ろに球体を従えたその姿を俺は知っていた。

 

「『姫』タイプ…『装甲空母姫』かよ…」

 

 そこまでゲームが進んでいなかったから直接見えるのはこれが初めてだが、奴が洒落じゃなく強大な力を有した深海棲艦だということは近付いた時点で嫌でも分かってしまう。

 というか、今更だけどよくよく考えてみたら装甲空母姫が俺に構うか?

 普通に無視されるのがオチじゃね?

 …いやいや。

 俺の如何次第で木曾や明石やアルバコアの運命も左右するかもしれないんだ。

 気合いをいれて掛からねば。

 そんな俺の願いが叶ったのか、艦隊は進軍速度を緩め俺の前で停止した。

 

「……貴様、そこで何をしている?」

 

 赤い瞳でそう睨め付ける装甲空母姫。

 ビリビリと肌を刺す憎悪を溢れさせた姫の姿に俺は息を飲むも、引くわけにはいかないと問いを掛ける。

 

「そちらこそ、それだけの大軍を率いてどこに行こうというんだ?」

 

 その問いに、装甲空母姫の顔が僅かに興味を抱いたと小さな笑みを浮かべる。

 

「貴様、何者だ?」

 

 何者って、なんかその質問をそこらじゅうでされるな。

 

「…人間が、駆逐イ級と、深海棲艦と呼ぶ者だよ」

 

 そう答えると装甲空母姫は鼻で笑った。

 

「ハッ、戯言を吐くな」

 

 いや、だったら俺はなんなんだよ?

 

「人間の船を殺しもせず飼っているお前が我々の同朋だと?

 中々愉快な冗句だな」

 

 言い方はともかく、俺の存在や気付かれていたことに肝を冷やすも、それ以上に俺は疑問を抱いた。

 

「哨戒は万全だったつもりなんだかな…」

「海の全ては我等の領地も同じ。

 貴様達が何を企んでいるか座興がてら観察していたのだ」

 

 傲慢に言い放つ装甲空母姫。

 ああ、だからゲームで空母が先制失敗しないのか。

 最初からどこから来るか解ってるなら艦載機飛ばすだけでいいもんな。

 超どうでもいいがル級が着弾観測しないのもそれが原因か。

 って、余計な事を考えてねえでどうにかしねえと。

 

「ピーピング・トムとは淑女らしからぬ御趣味だこって。

 それで、そのまま進まれると俺達の島にぶつかるわけだが何か御用で?」

「知れたこと」

 

 纏っていた憎悪に殺意が混ざり、今すぐ逃げたくなるほどの恐怖を放ち装甲空母姫は宣う。

 

「貴様が沈めなかったあの、忌まわしき兵器を用いた船を殺すために来た」

 

 ……やっぱりかよ。

 

「退け。

 何の企みかは知らぬが貴様の行いは、我だけでなく他の姫も興味を持っている。

 大人しく奴らを差し出すなら貴様と貴様の飼う船は見逃してやる。

 が、拒むなら…言う必要もあるまい」

 

 控えていたタコ焼きもとい浮遊要塞が口を開け砲門を覗かせ、装甲空母姫の艤装に艦載機が列を成す。

 その問いに、俺は即答しかねていた。

 自分達の事だけを考えるなら提案に従うのが最良だ。

 だが、泣いていた北上の姿を思い出すと俺は…

 

「……少し時間をくれ」

「何故?」

 

 開戦を覚悟しアルファの発艦準備を行いつつ俺は言う。

 

「他の艦娘に説明するためだ」

「……」

 

 やっぱりダメか?

 意を決し缶の熱を一気に高めようとしたところで突然浮遊砲台が砲身を飲み込んだ。

 

「よかろう」

 

 賭に勝ったのか…?

 内心戸惑う俺に装甲空母姫は告げる。

 

「ここで貴様を沈め島ごと皆殺しにするのはたやすいが、それでは他の姫が納得するまい。

 一両日の猶予をくれてやる。

 それまでに奴らを私の前に引き立てればよし。

 出来ぬなら、諸共に鏖しにしてくれよう」

 

 そう言うと艤装から錨と思しき鉄の塊を投下する。

 

「……分かった」

 

 最悪は回避した。

 だが、回避しただけで次の最悪がすぐに控えているのを肌に感じ、俺はアルファを先行させ全速力で島へと帰途を走った。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 走り去るイ級の姿が小さくなったところで後ろに控えていたヲ級が意見を口にした。

 

「イイノ? 姫」

「……無論だ」

 

 確かにあの場で奴を沈めれば他の姫の顰蹙を買っていたのは事実だ。

 だが、それだけだ。

 毛色が違うだけで所詮は駆逐艦。

 沈んだらその程度だったと多少文句を言われた程度で特に咎めがある訳でもない。

 しかし、装甲空母姫は奴の好きにさせた。

 どうしてかと問われれば、装甲空母姫にも分からない。

 もしかしたら…

 

「……違うな」

 

 頭を過ぎった想いを振り払おうと頭振る装甲空母姫。

 

「姫?」

 

 不可解な行動に心配したヲ級の頭に手を乗せ、そのまま無でながら姫は先程頭を過ぎった想いを反芻する。

 

 私は、奴に期待しているのか?

 

 嘆きに身を窶し、憎しみに支配された我等(深海棲艦)と同じ身を持ちながら、憎しみの軛に苛まれず袂を分かった艦娘(姉妹)達と同じ道を歩もうとする奴に。

 

「ヲ級」

 

 気持ち良かったようで、猫のように目を細め撫でられるままにされていたヲ級がどうしたの?と姫に尋ねる。

 

「日の出と共に進軍を再開する。

 それまで休むといい」

「…姫ハ?」

 

 休むなら一緒がいいと甘えるヲ級を、装甲空母姫はヲ級の身体を抱き留め微笑む。

 

「私は少し眠る。

 時間になったら起こしてくれ」

「分カッタ」

 

 そう言うと、装甲空母姫に身体を擦り付け瞬く間に寝息を立て始めるヲ級。

 

「……やれやれ」

 

 仕方のない奴だと溜息を吐き、率いて来た者達にも楽にするよう命じると、ヲ級の身体がずり落ちないよう抱え直し装甲空母姫もゆっくりと瞳を閉じた。

 そして、その意識を闇に落とす刹那、三日ほどの距離を挟み同じ航路を辿る一隻の艦娘の姿を確認し、それが戦艦や空母でないことを悟り捨て置こうと決め装甲空母姫は深い闇へと没した。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 海流に恵まれたこともあり、三時間掛けた道程を二時間で走破した俺は、海岸で俺を待っていた木曾に出迎えられた。

 

「イ級! 大丈夫か!?」

「ああ。戦闘にはならなかったから損傷はしていない」

 

 といっても北上にかましたラム・アタックのダメージやら消費した弾薬や燃料やらと、割りと万全とは言えない状態ではあるんだけどな。

 ともあれ自分の事は後回しだ。

 今は差し迫った危機をどうにかしないと。

 

「明石達はどうしてる?」

「荷造りを終えていつでも出れるようにしているが…出たほうがいいか?」

「いや…」

 

 島を出れば奴らに気付かれる。

 そうなれば今すぐ鏖しにされるかもしれない。

 

「全員に聞かせないといけない話がある。

 皆はどこに?」

 

 木曾に案内された場所は資材を保管している倉庫だった。

 地下に島の反対まで続く脱出路まで備えた防空壕があるらしいここなら確かに避難するにはうってつけだろう。

 それはそうと、そんなものまで準備してあるとか、明石って何時からここに住んでんだ?

 そう考えると1番謎が多いよな。

 

「それで、どうだったのかしら?」

 

 アルバコアの問いに俺は装甲空母姫の目的を話す。

 

「奴らは北上等を殺すためにこっちに向かっているそうだ」

 

 そう切り出すと隅に蹲っていた北上達が反応する。

 

「どうしてだ?」

 

 いくら艦娘が敵だからとは言え、わざわざ姫クラスの奴が動くことに疑問を堤する明石。

 

「奴らは北上達が持ち出した『忌まわしい兵器』にいたくご立腹のようでな。

 奴らにそいつらを引き渡せば、俺達は見逃すとまで言い出したよ」

 

 かたかたと震える瑞鳳を一瞥してから俺は問う。

 

「俺達に選べる手は二つ。

 こいつらを引き渡して生き残るか、こいつらと心中してやるかだ」

 

 俺の言葉に重苦しい沈黙が場を支配する。

 直接見えたからこそ、戦って勝つなんて道は無いと肌身で理解した。

 あいつらの憎悪は俺達の気概程度でひっくり返せるものでは無い。

 

「一つ質問」

 

 と、沈黙を破り明石が尋ねた。

 

「敵の規模はどれぐらいなの?」

「ざっとだが、中核の装甲空母姫と駆逐艦から空母まで合わせて50は確認した。

 それだけの数を相手に逃げ切る自信があるのか?」

「まさか。工作艦にマラソンなんて出来るわけないよ」

 

 肩を竦める明石。

 そこに今度は木曾が意見を出す。

 

「艤装だけ破壊して奴らに見せるのはダメか?」

「無駄だな。

 奴ら、俺達が共生関係にあることを知っていた。

 話によると奴だけじゃなく、他の姫も興味津々で観察しているそうだ」

 

 観察されていたという言葉に息を飲む木曾。

 明石は心辺りでもあったのか、驚くそぶりもなく納得したように軽く息を吐くだけだった。

 そこで今まで黙っていたアルバコアが口を開く。

 

「私はまだ死にたくない。

 だからそいつらを奴らに引き渡してほしい」

「お前!?」

 

 やっぱり貴様と食ってかかる木曾だが、アルバコアは木曾に言い放つ。

 

「じゃあ、他に良い手があるのかしら?」

「それは…」

「そもそも、奴らがここを攻めようとしたのはそいつらが原因なんでしょ?

 だったらさっさと追い出すべきだわ」

「だが…」

 

 反論しようにも言葉が見付からず言い淀む木曾。

 

「お前達はどうなんだ?」

 

 埒が開かないと俺は、意見出していない明石とワ級に助け舟を求めてみる。

 

「私はどっちでもいいよ。

 今日まで上手くやって来れたけど、何時そうなるかってだけだったしね。

 だから、どっちに転んでもせいぜい上手くやるだけさ」

 

 まるで今日の夕食を考えるかのような気楽さをみせる明石。

 

「ワタシハ、イ級ニ助ケテモラッタカラ、イ級ガシテホシイコトヲヤルダケ」

 

 自主性が無いというより、本当にそれで良いのかと疑問に思うぐらい自分を慕うワ級に、俺はこの面子最大の癒しはこの娘だったと確信する。

 とはいえ二人のお陰で状況は更に悪くなってしまった。

 最悪多数決で押し切るという手も無くはなかったが、蓋を開けてみれば見捨てる1、救いたい1、どっちでもいい2と実にバラバラ。

 というかこれ、俺の決断次第なのか?

 え? マジでこいつらを見捨てるかどうか俺が決めなきゃダメなの?

 最悪過ぎる状況に頭を抱えたくなっていると、そこに意外な意見が飛び出した。

 

「あのさ、もういいよ」

 

 それは、話が始まってからずっと黙り込んでいた北上の声だった。

 




 今回はここまでで。
 次回はいよいよ決断の時です。


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やっぱりこうなるよな…

間に合うか…?
いや、それよりも耐え切れるか?


 

 イ級が装甲空母姫と邂逅した頃、暫く前にイ級が木曾と共に訪れた泊地跡を金剛は島風と夕張を伴い探索していた。

 

「一体ここはどんなPurposeでEmploymentしていたのデスカネ?」

 

 建物の基本設計は他の泊地と差ほど変わりないが、妖精さんと夕張が調べたところ、工廟の建造設備が全く使用された形跡はないのに、入渠ドックと開発施設は異常なほど使われているそうだ。

 それだけならホワイトな運営だったと思えるのだが、残存する資料によると、この泊地には艦娘は軽巡が一隻しかいなかったようだ。

 非合法な手段で艦娘を増やしていたとすれば入渠ドックの使用回数の異常さにも納得がいくが、だとすれば泊地周辺の深海棲艦の分布状況からしてその艦娘の数は10から20は居た筈。

 しかしそれらの艦娘達はどこにもいない。

 全て轟沈したと言われればそれまでだが、泊地を管理していた提督や妖精まで残らずいないというのもおかしい。

 三式弾で焼かれた際に妖精まで残らず死んだとはありえない。

 泊地を整備する妖精も、艦載機の装備妖精同様半不死の存在であり、まかり間違って艦載機で特攻でも行わなければ死ぬことはありえない。

 一体、此処に居た者達はどこに消えたのだ?

 

「金剛!?」

 

 と、資材倉庫を調べていた島風が慌てた様子で駆けて来た。

 

「どうしましたネ島風?」

「お宝見付けたよ!!??」

 

 そうテンション高く報告する島風。

 

「Precious articleデスカ?」

 

 一体どんな物かと首を傾げる金剛に島風はニヤニヤ笑いながらそのお宝を差し出す。

 

「おぅ!」

 

 島風が差し出して来たのは、シリンダーに納められたクリスタルのような発光する結晶だった。

 

「ワァオ!?

 とってもGreatなPrecious articleネ!?」

「でしょ?」

 

 エヘヘと自慢げに笑う島風。

 

「それで、そのPrecious articleはどこにあったのデスカ?」

「資材庫の隠し扉の先に有ったよ」

「フム…」

 

 そんな場所が有ったこともそうだが、これが一体何なのか。

 もしかしたらこのお宝こそがこの泊地の秘密そのものかもしれない。

 そう考え金剛は島風に言う。

 

「案内してクダサイ」

「おぅ!」

 

 金剛の要求にビシッと敬礼する島風。

 途中で夕張とも合流し資材庫に向かうと、床がぱっくり開き暗闇に続く階段が口を開けていた。

 

「実に怪しいですネ」

「そうね」

 

 島風が先行したとはいえ油断は出来ないと警戒する金剛とは対象的に、夕張は未知の技術の匂いを嗅ぎ取りワクワクしていた。

 

「下はどうなっていましたカ?」

「広い部屋と小さな部屋が二つあったよ」

 

 その内片方で例の結晶を見付け金剛に見せに戻ったので、もう片方には入っていないと言う島風。

 

「じゃあ案内よろしくデス」

「おぅ!」

 

 連装砲ちゃんの目を光らせライトとし三人は階段を下り始める。

 10メートルも下りた辺りで、金剛はふと気になり夕張に尋ねる。

 

「ネェ夕張。

 これぐらい深くするってどんな施設なんデスカ?」

「そうね…」

 

 階段や壁の状態を眺め夕張は可能性を挙げる。

 

「普通だったらシェルターかなんかなんだけど、何かの実験施設か処理場かもしれないわね」

「Oh…」

 

 前者であればまだいいが、もし後者だった場合、あまり長居はしたくない。

 そんなことを考えながら降っていると、ようやく終わりが見えて来た。

 

「地上から15メートル…かなり大掛かりな施設ね」

 

 電探を駆使し計測した結果、どうやら地下は泊地と同等の広さを有しているらしい。

 どんな兵装が試験されていたのか、既に夕張はここが実験施設だと勝手に断定し期待に薄い胸を膨らませていた。

 階段の先には分厚い鋼鉄の扉が僅かに開いていたが、電灯が切れているのか連装砲ちゃんのライト以外光明は無い。

 

「なんかデコボコしてるから足元気をつけてね」

 

 連装砲ちゃんに先導させながらそう忠告する島風。

 どこかに電源設備が有るはずと夕張は島風に小部屋へと案内させる。

 

「こっちだよ」

 

 足元に注意しながら小部屋に入ると、案の定電源設備が設置してあった。

 

「生きてマスカ?」

「ちょっと待ってね」

 

 工具を手に確かめてみると、幸いなことにまだ電源は生きていた。

 

「地上とは別の発電器を使ってるみたいね」

 

 そう言いながら夕張は電源をオンに切り替え地下を光で満たす。

 

「ふぅ。

 暗いのは夜戦だけで十分ネー」

 

 見渡しが良くなった部屋の中はどうやら研究室だったようで、いくつかのテーブルに書類が散乱した状態だった。

 

「……?」

 

 ふと入って来た扉を見遣り、金剛は呆気に取られる。

 入って来た場所は扉などではなく、まるで鋭利な刃物で削り取られたかのように綺麗に刔られたただの壁だったのだ。

 あまりに綺麗過ぎるため通路と勘違いしたその壁の向こうには、ゴルフボール大の物体が走り抜けたような痕跡が壁床天井を問わず至る所に刻まれていた。

 その惨状とも言える痕跡だが、なにより不可解なのはこれだけの破壊痕が刻まれているにも関わらず砕けた破片一つ見付からないことだ。

 

「これは一体…?」

 

 サイズ的には艦娘の単装砲ほどなのだが、砲弾ならもっと広い範囲に破壊が広がってなければならないはず。

 あまりに異様な光景に喉を鳴らした金剛は、先程から静かな夕張はどうしたのかと視界を巡らせると、夕張は先程の部屋に散乱していた書類を手に言葉も忘れ熟読に耽っていた。

 

「夕張」

 

 金剛が呼び掛けるが夕張は反応しない。

 仕方ないと肩を掴もうとした金剛は、そこで夕張の様子がおかしいことに気付く。

 ページをめくる毎に色白の顔からは血の気が引き、その身は小さく震えていたのだ。

 

「夕張!?」

 

 マズイと直感した金剛は強引に肩を引いて書類から目を離させる。

 

「っ!?」

 

 肩を引かれ夕張は恐慌しかけながらも金剛の仕業と気付き重く息を吐いた。

 

「…助かったわ金剛」

「一体どうしたネー?」

 

 心配そうに尋ねる金剛に、夕張は酷く不快そうに顔を歪め言う。

 

「ここの泊地はとんでもない兵器を研究していたみたいなの」

「とんでもない…デスカ?」

 

 まさか特別攻撃兵器の研究なのかと身を固くする金剛だが、夕張は首を横に振る。

 

「違うわ。

 もしかしたら、それよりもっと酷いモノよ」

 

 特攻に勝る悍ましい兵器だと語る夕張。

 

「まさか、NBC兵器?」

「……近いけどそれも違う」

 

 首を振り夕張はゆっくりと語り始める。

 

「ここで研究開発していたのは艦娘用の特殊兵器みたいなの。

 レポートによると、あらゆる物質を吸収する性質から無敵の盾として期待していたみたい」

「だけど、その兵器が状態を維持するためには大量の生命体をその兵器の『餌』とする必要があると書かれていたわ」

「大量のFood…まさか!?」

 

 身の毛も総毛立つ悍ましい想像を間違っていてくれと願う金剛だが、夕張は残酷な言葉を口にする。

 

「ここの海域に棲息していた深海棲艦、それと泊地に居た沢山の艦娘と妖精さん達も皆その兵器に喰わせたのよ」

「……」

 

 あまりの言葉に怒りすら沸かす事が出来なくなる金剛。

 

「……それで、そのWeaponはどこに?」

「コントロールがあまりに難しすぎるからと破棄したみたい。

 形態を維持するための餌を絶つことで発見当初の封印状態に戻していると書いてあるわね。

 これぐらいのシリンダーらしいんだけど」

 

 両手で手に収まるぐらいのサイズを作る夕張に、金剛はまさかと血の気が引いていく。

 島風が見せてくれたシリンダーが、まさしくそのサイズだったからだ。

 

「島風!!??」

 

 大声で呼び掛けるが反応は無い。

 通信はとも試すが地下にいるせいか電波が全く届かない。

 

「Shit!?

 どこに行ったんですかあの阿呆娘ハ!?」

 

 背を走る悪寒に従い金剛は夕張に後を任せ、島風を探すために急いで階段を駆け上がる。

 金剛が資材庫を飛び出すとすぐに島風を見つけた。

 島風は海面に立ち、手にしたシリンダーを海の向こうへと向けていた。

 

「島風!!??」

 

 海の向こうへと掲げたシリンダーの中身が煌々と輝き、特に強く輝いた一点を見つけた瞬間、島風は小さく呟く。

 

「そっちに、行きたいんだね?」

 

 そう呟くと同時に島風は海を蹴り駆け出す。

 

「島風!?」

 

 一人でどこに行こうというのか、呼び止める声も届かず島風は連装砲ちゃんさえ置き去り行ってしまう。

 

「比叡!」

『どうしましたお姉様?』

 

 金剛は急ぎ哨戒に回っていた比叡と榛名霧島の三人に命令を下す。

 

「島風が危険な兵器らしき物を持って海に出たネ!!

 急いで追いナサイ!!」

 

 砲撃もやむなしと付け加えると比叡達は驚きながらもそれに応じる。

 

『分かりましたお姉様!

 それで、島風はどっちに?』

 

 島風が向かった方角と泊地現在地を照らし合わせ、一番高い可能性は…

 

「スリガオ海峡…レイテ方面ネ!」

 

 

〜〜〜〜

 

 

 ひどく気怠そうに疲れきった声で北上は言う。

 

「あいつらの狙いは私達なんでしょ?

 だったら素直に出ていってあげるから艤装ちょうだい」

 

 よっこいしょと立ち上がった北上を瑞鳳の手が止める。

 

「ダメだよ…行ったら、死んじゃうんだよ?」

 

 ガタガタ震えながら留まらせようとする瑞鳳に北上は言う。

 

「まあ、しょうがないよ。

 それに、運よく帰ったらまたアレを載せられちゃうし」

 

 だったら死んだほうがマシだよと北上は言う。

 

「ああ、二人は行かなくていいよ。

 私がそうしたいだけだし付き合う必要なんて…」

「勝手な事言わないでよ…」

 

 北上の言葉を遮り千代田が立ち上がる。

 

「旗艦のあんたが死んだら私達はどうすればいいのよ?

 それに、あんなもの載せるのは私だってもう嫌よ!?」

 

 そう声を荒げる千代田だが、その足は震え無理をしているのは誰の目にも明らかだった。

 そんな二人に言葉こそ発していないが瑞鳳も同じだと無言の内に語る。

 

「……はぁ」

 

 そんな三人を見ているうちに、俺はもう仕方ねえなと覚悟を決める。

 

「木曾、明石、アルバコア、ワ級。お前等は三人を連れて逃げろ」

「お前はどうする気だ?」

「あの大艦隊を引き付ける役が必要だろ?

 俺は足止めに行ってくる」

 

 馬鹿みたいな数が相手だが、相手には必中のミサイルは無いし自分の速さとアルファの援護があれば逃げ切れるかもしれない。

 

「待てよ、だったら俺も…」

「今のお前じゃ死ぬだけだ」

 

 重雷装艦まで改造されてたなら先制雷撃をしてもらえるから手を貸してもらったが、改造施設も無いこの島ではそれも叶うわけも無い。

 悔しそうに拳を握る木曾に構わず、俺は弾薬の入った木箱から機銃の弾と爆雷を詰めれるだけ詰めて燃料缶を手にする。

 

「だったら私は?」

「駆逐艦はいないが軽巡は両手の指を足しても足りねえ数がいる。

 死にたくないんだろ?」

「……」

 

 期待したいが恩もあるし我が儘に突き合わせる気は無い。

 

「あらそう。

 じゃあお言葉に甘えて護衛に回らせて貰うわ」

「明石、ワ級を任せていいか?」

「構わないよ。

 いい娘だし、なにより便利だからね」

 

 茶化しながらもしっかり頷いてから明石は俺に問う。

 

「預かっている女神を返しておくよ」

「いや、どれだけ取りこぼすか解らないから持って行ってくれ。

 それに支払いが終わってないから返してもらうのも悪い」

「イ級…」

 

 不安そうなワ級に俺はなるべく落ち着かせようと声を抑え言う。

 

「明石の言うことをちゃんと聞くんだぞ」

「イ級…帰ッテクル?」

「…頑張るよ」

「ワカッタ」

 

 ワ級が納得してくれたことを確認し、俺は時間稼ぎのために小屋を出ようとすると、瑞鳳が俺に問い掛けた。

 

「なんで?

 深海棲艦のあんたがなんで艦娘を助けようとするのよ?」

 

 瑞鳳だけではない、北上や木曾も気持ちは同じらしく妙な沈黙が訪れる。

 だから沈黙は止めろって。

 あまり言いたくはないが、仕方ないので俺は自分の気持ちを言う。

 

「俺は艦娘が好きなんだよ」

 

 え?と零れた声を無視し俺は言う。

 

「だから死なせたくない。

 それが、俺が戦う理由だ」

 

 正直俺だって死にたくはないが、北上達を見殺しにしたらきっと後悔する。

 だから、後悔するぐらいなら死にに行くほうがまだマシってものだ。

 自己満足だと理解しているが、だからこそだ。

 後ろで木曾が俺を呼ぶが、俺は振り返ることはしないで小屋を出た。

 既に日は暮れ、月が見えない夜の闇を星空だけが微かに照らす空に、俺は思わず呟いた。

 

「良い夜だ。

 この闇の中なら、逃げ切れるかもしれないな」

 

 祈りたくはないが、仕方ないから俺はあのクソッタレな野郎に皆の無事を祈り闇の中へと歩き出した。

 




 今回はネタバレが含まれるため少し開けます。












 R−TYPERの方は気付かれたと思われますが、島風が持っているのはバイドの切れ端です。
 軽く補足すると、あの泊地ではバイドの切れ端を安定させるコントロールロッドが無いため、不安定な状態だったそれを安定させるために外部からエネルギーを供給して形態維持を行っていました。
 ですがあまりに問題が多いため計画は中断。
 情報を隠匿するため泊地を破壊させようとしたが、破壊に際し使われたのが三式弾だったため施設も破壊されずに残りました。
 それに伴い平行して研究されていた特攻兵器が採用されて現在に至るわけです。

















 次回はイ級の決死吶喊と更なる地獄……になるはず。


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俺は、絶対ぇ死なねえぞ!!??

そちらには絶望が待っているんだが……いや、それが貴様の選択か。


 

 ほんの僅かな先もろくに見えない闇の中、俺はレーダーに映るアルファの反応を頼りに舵を取り燃料が減らない程度の速さで海を走り続ける。

 

「そういえばアルファ、お前はこの暗闇でよく見えるよな?」

 

 緊張を解すた、明かりも使わず正確に装甲空母姫の艦隊が待ち受ける方向を指し示すアルファにそう尋ねるとアルファは答えた。

 

『バイドハ、夜ノ暗闇モ、明ルイ昼ノ光モ、同ジデス。

 見エルノハ、琥珀色ニ染マッタ、美シイ、忌マワシイ、世界』

 

 よくわからんが、アルファには空も海も夜も全部俺達とは違う色に見えているのか。

 夜偵も出来て便利とも思ったが、アルファの様子からバイドというものがろくでもないものなのだろう事は何と無く分かった。

 

『我々ハ、ソレデモ地球ニ、帰リタカッタ。

 ダケド、バイドハ、地球ニ、居テハ、イケナイ』

 

 待て。

 よくわからんがお前がここに居ることは相当ヤバイのか?

 いやいや、そうとも限らないだろう。

 なんだかんだで一週間以上生活を一緒にしていて俺や木曾に異変は起きていないし、あの糞野郎が寄越した以上何等かの対策をしている可能性はある。

 違ったら次会ったときぶち殺す。

 と、話し込んでいたらレーダー圏内ギリギリに多数の反応を感知した。

 

 ……いよいよか。

 

「アルファ、此処からは俺一人でいい。

 お前は木曾を助けてやってくれ」

『……了解』

 

 命令と同時に味方の識別が後方へと消える。

 辺りを見ると水平線の向こうがほんの微かに見えた。

 もうすぐ夜が明けるのだろう。

 同時にレーダーの反応も動き出す。

 暫くすると薄明かりの海上の向こうに装甲空母姫を筆頭とする黒い津波が見えて来た。

 あれを相手に自分一人でどれだけ稼げる?

 一分? 一時間? それとも…いや、考えても無駄だ。

 ひたすら足掻いて少しでも稼ぐしか無い。

 

「…貴様一人か」

 

 俺を見てそう問う装甲空母姫。

 そう問う装甲空母姫が一瞬だけ嬉しそうに見えたのは気のせいだろうと俺は答える。

 

「見ての通りだ。

 残念ながら決裂したよ」

「戯言を」

 

 装甲空母姫は俺の台詞を鼻で笑い飛ばす。

 

「我の話など最初から聞く気はなかったろうに」

「さて…な」

 

 もし、木曾や明石が北上達を見捨てる気なら答えも違ったかもしれない。

 だが、

 

「それで、貴様は自らを差し出して奴らの助命を乞いにでも来たか?」

「それこそまさかだ」

 

 全身の熱を満遍なく広げながら俺は牙を剥く。

 

「あいつらを死なせたくねえが、俺だって死にたくないんでな。

 力付くでお帰り願いに来たんだよ」

「くっ!」

 

 俺の宣言に装甲空母姫は哄笑する。

 同時に浮遊要塞が口を開き控えていた深海棲艦が一斉に戦闘体勢に入る。

 

「頭に乗るな、忌まわしき艦娘に与する愚か者め!!

 その身を以て、我に刃向かうその罪を知れ!!」

 

 装甲空母姫の宣言を皮切りに装甲空母姫の艤装とヲ級とヌ級から一斉に艦載機が飛び立ち空を埋め尽くす。

 

「はっ、窮鼠猫を噛むってな。

 喰い千切ってやるよ!!」

 

 ギアを最高速度に叩き込み俺はファランクスを迫り来る艦載機に向ける。

 レーダーと連動してファランクスが照準を定めるは艦上爆撃機。

 北上らとの戦いで艦攻への対抗策は見付けたが、上空から爆弾を落とす艦爆は撃たれる前に落とす以外無い。

 猛然と吐き出される弾丸の雨が次々と艦爆を穿ち、飛翔した百機近くの艦爆の内俺に直撃するおよそ二十機程が空中で爆散。

 同時に海面ギリギリを飛翔しながら魚雷を投下する艦攻に俺は後ろに下がりながら爆雷をばらまき盾とする。

 水中で弾けた魚雷が海面に水飛沫を上げる中、俺は今度は上から降ってくる爆弾を避けるため猛然と走る。

 至近距離に落下した爆弾に煽られるも直撃を回避し俺は敵陣に真っすぐ突っ込む。

 

「無謀で勝てると「思ってねえよ!!」」

 

 浮遊要塞の砲弾をかい潜り俺は更に加速。

 そうして更に追い縋る艦載機に注意しながら俺は1番近くまで迫った軽巡ホ級に吶喊する。

 

『っ!?』

 

 ホ級は俺の吶喊に慌てて進路を変更。

 ギリギリで正面衝突を避けるが、代わりに浮遊要塞が放った砲弾が至近距離に着弾しホ級が大きくバランスを崩し転覆した。

 

『小癪ナ!?』

 

 一体のル級が副砲を水平に構えたのを見咎めた俺は、レーダーを最大に駆使し減速。ル級が狙いを付けた瞬間再加速し放った砲弾を回避。

 放たれた砲弾は射線上に居たニ級に直撃し、当たり所が悪かったらしくニ級はそのまま轟沈していく。

 

「奴の目的は同士討ちだ!!

 砲は使うな!!

 機銃で蜂の巣にしてしまえ!!」

 

 装甲空母姫の指示に全方位から鉛玉が雨のように俺の身体を叩く。

 

「その程度で!!??」

 

 機銃の雨に装甲ががりがりと削られていくが、下手な重巡並の厚さを持つ装甲を貫くには至らない。

 お返しに俺も機銃を目茶苦茶に乱射。

 

『ガァッ!?』

 

 内一発が運よくチ級の魚雷発射管に当たり大破に持ち込む。

 しかし機銃とはいえこれだけの数にいつまでも耐えられるわけが無い。

 俺は敢えて密度の厚い方に飛び込み、そのまま目の前に居たハ級を踏み台に加速度を活かし跳躍。

 

『オレヲフミダイニ!?』

 

 お約束の台詞を吐くハ級だが、皆まで言う事なく跳躍と同時に俺が投下していた爆雷が頭上から直撃して頭が吹き飛んだ。

 俺は顛末を確認する暇もなくファランクスを急降下爆撃を敢行していた艦爆に定め乱射。艦爆を塵にしながら着水。

 水面に大きな波を巻き起こしながら俺は更に加速。

 ヌ級の口にファランクスを押し込みその口から飛び出そうとしていた艦載機を弾幕で蹂躙し、艦載機が爆発して生じた爆風で口の中をずたずたに引き裂き発艦を封じる。

 

「よく抗う…だが!!」

 

 そう叫び装甲空母姫が現状全く意味を持たない艦戦を飛ばした。

 一見無意味に思える行動だが、俺はそれの意味に気付き怒鳴った。

 

「着弾観測射撃か!!??」

 

 艦戦を水偵の代用を目論んだと気付いた俺は即座に撃ち落とす事で対応。

 それでも一歩足らず、浮遊要塞が放った至近弾が起こす爆風に装甲が悲鳴を上げ船体が大きく傾く。

 だが、直撃は無い!!

 

「まだだぁ!!」

 

 傾斜した船体を傾いた方向に舵を切って無理矢理戻すと、俺はたまたま真ん前に現れた先程大破させたチ級に接近し自分の牙でその喉笛を噛み千切った。

 

『!!??』

 

 声も出せず倒れていくチ級の血の味がする燃料を全身に浴びながら、噛み千切った肉を吐き捨てレーダーを頼りに機銃の雨を駆け抜ける。

 

『駆逐艦風情ガァア!!??』

 

 戦闘開始1時間足らずで、たった一隻の駆逐艦に何隻もが沈められ誰かが吠える。

 

「駆逐艦舐めんじゃねえ!!??」

 

 怒鳴り返し俺は再び全速力で海を蹴った。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 朝日を背に空を翔けるアルファがイ級の命に従い木曾達を発見したのは、別れてからしばらくしての事だった。

 

「アルファ!?」

 

 アルファだけが姿を見せた事に木曾はアルファを問い詰める。

 

「イ級は…まさか…」

 

 沈んだのかと肩を落とす木曾にアルファは答える。

 

『マダ生キテマス。

 御主人カラ、自分ヨリ他ノ全員ヲト命ジラレマシタ』

「そんな…」

 

 制空権が無い状態で偵察機一機がいて何が変わるとは思わないが、それでも微かな希望すら自分達に回したイ級に、限界だと木曾は叫ぶ。

 

「頼むアルファ!!

 俺をイ級の居るところに…」

『オ断リシマス』

 

 木曾の嘆願をアルファは拒否する。

 

『御主人ハ、全員ガ生キ延ビルコトヲ願イ、ワタシヲ遣シマシタ。

 木曾、貴女ガ御主人ヲ想ウナラ、ソノ願イニ応エテクダサイ』

「……くぅっ!?」

 

 ぎりぎりと歯を軋ませながら葛藤する木曾。

 自分の弱さが情けなく、だけどせめてと口を開こうとした直後、瑞鳳が叫んだ。

 

「電探に感あり!?」

「どこ!?」

 

 魚雷を構えるアルバコアの問いに瑞鳳は顔を青くしながら叫んだ。

 

「距離0…真下!!??」

 

 刹那、海面が爆発したように弾け、艦娘の身体ほどもある巨大な青白い手が伸び、逃げる暇を与えずアルファを掴むとそのまま…

 

 ぐしゃり

 

「アルファアアアア!!??」

 

 絶叫する木曾の目の前でアルファが握られた手の圧力に擦り潰され、アルファだった肉片と金属パーツがぼたぼたと零れ落ちていく。

 そして、ゆっくりとその腕の持ち主が海面から姿を表した。

 

「なに、これ…?

 なんて、大きさよ…」

 

 両の腕と三つの頭を持つ巨大な深海棲艦。

 特徴だけなら軽巡ト級と同一だが、そのサイズは並の深海棲艦を大きく上回るサイズであった。

 

「よくもアルファを!!??」

 

 怒りに身を震わせながら主砲を構える木曾を明石が留める。

 

「止めろ木曾!?

 こいつは今の私たちが倒せる相手じゃ無い!!」

「ふざけるな!!??

 こいつはアルファを!?」

 

 異業の姿であっても仲間だと思っていた者を殺され、半狂乱で暴れる木曾。

 そんな木曾に構う様子もなく巨大なト級は口を開きくぐもった声を発した。

 

『姫カラ、連レテクルヨウ言ワレタ。

 着イテコイ』

「姫だと!?」

 

 みせしめのためにわざわざと、そう怒鳴ろうとする木曾を先じ明石が問う。

 

「姫とは装甲空母姫か?」

『違ウ』

 

 のっそりと身を震わせながら三つの口でト級は答える。

 

『空母違ウ』

『俺ノ主、戦艦』

『俺ハ、姫ノ武器デアリ鎧』

 

 それぞれの言葉から最初にその正体に気付いたのは北上だった。

 

「もしかして、あんた『戦艦棲姫』の艤装なの?」

 

 艤装と独立した姿から深海棲艦について様々な憶測を呼んだアイアンボトムサウンドの主。

 その艤装こそこいつなのかと尋ねる問いに、ト級はそうだと認める。

 

『姫、オマエタチ、惜シイ』

『連レテコイトイワレタ』

『拒否シタラ、沈メロトイワレタ』

 

 そう言うと答えを出せと言わんばかりに一斉に砲門が稼動し、全員を狙い定める。

 

「……分かったわ」

 

 その中で最初に応じたのはアルバコアだった。

 

「アルバコア!?

 こいつはアルファを殺したんだぞ!!??」

 

 信じられないと叫ぶ木曾にアルバコアは冷徹に言い放つ。

 

「私は死にたくないの。

 だから、誰が殺されたって自分が生きるためなら構わないわ」

 

 いっそ潔いぐらい生への執着を示すアルバコア。

 

「ああそうかよ!!」

 

 アルバコアの答えにそう怒鳴り明石を振りほどく木曾。

 

「私はイ級を迎えに行く!」

「もう沈んでるわよ」

「それでもだ!!」

 

 現実的にそう言うアルバコアに吠える木曾。

 その様子に明石は仕方ないだろうとト級に頼む。

 

「お前に従うために一つだけ頼みがある」

『ナンダ?』

「こいつを行かせてやってくれ。

 そうすれば大人しく従うよ」

 

 そう木曾を指差す明石。

 ト級はしばし黙した後、その答えを口にした。

 

『ワカッタ』

『オマエタチ六隻ガクルナラ認メル』

『断ルナラ、認メナイ』

 

 その答えを聞き、明石は北上達に確認を取る。

 

「それでいいね?」

 

 北上はしゃあないねと肩を竦める。

 

「まあ、私達捕虜みたいなもんだしお付き合いしますよ」

 

 北上に同意して千代田と瑞鳳も頷く。

 

「毒食らわば皿までってやつよね」

「どっちにしても艦載機もないし逆らうのは無理よ」

 

 それぞれの答えを聞き木曾は済まないと頭を下げる。

 

「さっさと行きな。

 時間を掛ければそれだけ希望も無くなってしまうよ」

「…ああ」

 

 明石の発破に木曾は最高速度でアルファが現れた方角へと進路を向ける。

 そしてその姿を見送ってから明石達もまたト級に誘われるまま海を進み出す。

 そして、誰もいなくなってから日が沈み、再び昇ろうとした頃、海上に浮かぶアルファだった残骸がゆっくりと脈動を始めた。

 引き裂かれた肉片が集い、足りない部品を増殖することで補い再生しようと努力していると、そこに無邪気な声が響いた。

 

「貴方がこの子のお友達?」

 




 はっちゃけが過ぎたとも思いますが、反省も後悔もしません。

 ただ、次は死者が出ますので覚悟をお願いします。


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どうしてだ…どうしてこんな……

…出会ったか。


 

「…正直、貴様を見くびっていたと言うしかあるまいな」

 

 そう称賛の言葉を俺に向ける装甲空母姫。

 阿鼻叫喚の昼を生き抜き、無限地獄とも思えた夜を駆け抜け朝日を迎えた俺。

 正直どうやって生き残れたよく覚えていない。

 時間の感覚も失いただレーダーに映る赤い点が何処にあって、どうしたら死ぬのかそれだけを考え、ひたすらにそれを躱し続けているうちに朝を迎えていただけだった。

 つうかこれで何日目だ?

 多分一日だと思うが、自信は全くない。

 全身を襲う倦怠感を振り払い、俺は姫に牙を剥き悪態を吐く。

 

「駆逐艦を舐めたツケだ。ざまあ…みろ…」

 

 一瞬ぐらついた意識に喝を入れ改めて状況を確認すれば、最初に比べ深海棲艦の数は半分近くが消えているが残りは重巡以上の分厚い装甲の艦ばかり。

 勿論残したくて残したわけでは無い。

 単にファランクスの火力では歯が立たずやり損なっただけだ。

 同士討ちを狙おうにも最初にやり過ぎたせいで警戒され、記憶が間違っていなければ終いには露骨に隙を作り誘っても無視されていたしもう同士討ちは見込めないだろう。

 

 …俺、これが終わったら回避盾辞めて酸素魚雷ガン積みするんだ。

 

 切羽詰まり過ぎて思わず死亡フラグを立てつつも、俺は、逃げるならいい加減そろそろ限界だろうなと考えていた。

 直撃弾こそ無かったが、百門以上の機銃と至近弾の雨霰に曝された装甲は中破を越える程に傷付き、燃料は半分をとっくに下回って弾薬は爆雷を使い果たしファランクスの残弾も一割といったところだ。

 ぶっちゃけ、時間を稼ぐにもケツ捲くって逃げる以外方法ねえんだよ。

 

「もう終わりにしねえ?」

 

 微かな可能性に掛けてそう提案してみるが…

 

「貴様もつくづく冗談が好きなようだな?」

 

 デスヨネー。

 相手にしてみればたった一隻の駆逐艦にここまでしてやられたのだ。

 生かして帰せる道理はないわな。

 

「まあ、しゃあないわな」

 

 そう言うと同時に俺は全力で走り始める。

 

「なっ!?」

 

 驚く装甲空母姫だがそれもそうだろう。

 何故なら俺は装甲空母姫達に尻を向け真っ直ぐ逃げ出したのだから。

 

「誰が死ぬまで付き合うかよ!!」

 

 そう挑発を重ね島とは反対方向に走る。

 

「貴様ァ!!??」

 

 いきなり逃げだした俺に怒鳴りながら、怒り心頭といった様子で猛然と追い掛ける姫と深海棲艦の群れ。

 俺は引き離しきらない程度に速度を落とし、時折飛んでくる砲雷撃に注意しながらひたすら逃げる。

 正直いつまでも持つとは思っていないが、後半日も引き付ければ向こうにはアルファも居るしどうにか木曾達も逃げ切れるだろう。

 後はそれだけ逃げ続け、更に撒ききるだけの燃料が残るかどうか…

 

「…っ!?」

 

 そう考えた直後、レーダーが進路上に一隻の船を感知。

 サイズは艦娘か深海棲艦!?

 深海棲艦ならまだしも、艦娘だったら間違いなく巻き添えにしちまう!!

 俺は危険と解っていながら、それでも無関係の誰かを巻き込むことを厭い木曾が教えてくれた短距離通信、所謂モールス信号を発する。

 

「キデンノ、シンロジョウ、シンカイセイカン、ダイブタイ、セッキン、テキキカン、ヒメタイプ、シンロヘンコウシ、タイヒサレタシ」

 

 確かこれで合っているはず。

 俺は同じ電文を何度も発信しながら転進を確認するためレーダーへの注意を深くする。

 これで向こうにも気付かれただろうが、それも今更だろうし艦娘ならこれで逃げるはず。

 そう思った直後、俺に対し相手からモールス信号が発せられた。

 

『ワレ、キカンヲ、キュウエンスル』

 

 なっ!!??

 まさかの支援宣言に俺は絶句する。

 

「ワレ、タイヒカノウ、シエンムヨウ、イノチヲマモレ」

 

 まだ視認に至らないがレーダーは急速に接近する反応を伝え、転進するわけにも行かない俺は何度も逃げろと発する。

 しかし、相手はそれ以降全く返信を寄越す事はなく、遂に水平線の向こうに黒い人影が現れた。

 

「あれは…」

 

 見た記憶があるような気がして記憶を掘り返そうとした直後、俺の真横を小さな船が何隻も駆け抜け、そして、その正体を確認しようと視界を向けた直後後ろから追って来ていた姫達に体当たりを行った。

 

「ガァッ!!??」

 

 直後に信じられない大爆発が起きほぼ全ての深海棲艦が沈んでいく中、足を止めなければ転覆の危険もあるほどに海面が大きく波飛沫を立てる海上で俺は、態勢の維持だけは行いつつも先の光景に愕然と声を失っていた。

 

「……」

 

 一瞬見えたあの小船は、ベニヤにエンジンを搭載しただけのただのモーターボートだった。

 それが何故あれほどの威力を放ったのか、その答えは駆逐イ級の身体が知っていた。

 

「『震洋』…いや、あれは『マルレ艇』…か……?」

 

 緑色の迷彩が施されたその姿から『アマガエル』とも呼ばれ、元々は甲標的のように生還を視野に入れつつ敵艦への爆雷投下のために開発されるも最終的に特攻兵器として使われた『四式肉薄攻撃艇』。

 俺を救ったのが今回の発端である特攻兵器だったなんてどんな茶番だ!!??

 

「む?

 避難を促すので艦娘と思っていたのでありますが、まさか深海棲艦だったとは…」

 

 呆然と海上に立ち止まっていた俺に向けられた声。

 そこに居たのは発艦カタパルトを採用した緑に塗り染められた特徴的な艤装を腰に、黒い学生服と学帽に短いスカートを履いてランドセルを背負う白い肌と黒の髪と瞳を持つ少女。

 その姿を目にし、俺は無意識に呟いていた。

 

「あきつ丸……お前、なんで……?」

 

 北上達と同じように特攻兵器を用いていたことから横須賀所属の艦娘なのだろう。

 だが、あいつらと違いあきつ丸の顔には特攻兵器を用いる事への恐怖や悔恨の貌は見えなかった。

 

「気安く呼ばないで欲しいであります」

 

 手にした走馬灯みたいなランタンを俺に向けながらあきつ丸は言う。

 

「貴殿の御蔭で自分は護国の鬼として皆に胸を張って靖国に名を連ねるよう送り出す事が叶ったでありますが、元より我等は不倶戴天の怨敵同士。

 今回だけは見逃してやるでありますが、気安く馴れ合うなど以っての外であります」

 

 下手に動けば沈めるぞと警告するあきつ丸。

 しかし俺はあきつ丸の台詞がどうしても許せない。

 

「なにが靖国だ…」

 

 木曾は妖精さん達は艦娘が大好きだから自分達のために頑張ってくれているのだと語った。

 特例だとしても深海棲艦の俺にも妖精さんは乗っているし、今だって無茶をさせ続けた缶やタービンが壊れたりファランクスが暴発しないようにと必死で調整に走り回っているのを感じている。

 そんな彼等を俺は本当に尊敬し感謝している。

 それなのにこいつは、死ぬことがなによりも誇らし事だと言わんばかりに胸を張りやがった。

 

「テメエ、妖精さんをなんだと思ってやがる!!??」

「む!?」

 

 俺の怒号に一瞬たじろいだあきつ丸だが、すぐに怒鳴り反してきた。

 

「深海棲艦が知った風な口を聞くなであります!!」

「元を糾せば貴様ら深海棲艦の悪鬼羅刹がごとき跳梁跋扈こそが全ての原因!!

 貴様らさえいなければ銃後の民が怯え我等が決起することも、ましてや特別攻撃隊の編成も彼等が乗る兵器の復活もなかったのであります!!??」

 

 口角泡を飛ばす勢いで怒鳴り反すあきつ丸。

 確かにあきつ丸の言う通り、俺達深海棲艦がいるから特攻兵器の復活が起きたことは間違いないだろう。

 だが、そいつが持ち出された本当の理由は横須賀が見栄を張った自業自得。

 どっちが悪いとかそんなもんは関係ねえ。

 

「使うなっつってんだよ!!

 んなもん使わなきゃ勝てねえ戦争なんか、最初から負けじゃねえか!!??」

 

 そう怒鳴る俺にあきつ丸もまた怒鳴り反す。

 

「勝たねばならないのであります!!

 そうでなければ、かつて国のために散った数多の英霊達に顔向け出来ないであります!!??」

 

 そう叫ぶと同時に背の甲板が展開し、手にしたランタンの光が艦載機の影を写す。

 

「自分はもはや艦娘に非ず。

 愛する国と多くの民のため、靖国に名を遺すこともなく貴様ら深海棲艦を道連れに沈む一匹の鬼であります!!」

 

 そう宣うと影が艦載機の、正確には陸軍の戦闘機『隼』が甲板から飛び立つ。

 

「御託は無用!!

 貴殿も海の藻屑と果てるであります!!」

 

 あきつ丸の命に従い隼が抱いた爆弾を次々に投下する。

 

「糞が!!??」

 

 降り懸かる爆弾の雨を俺は迎撃しながら必死に躱していく。

 目下最大の問題であった装甲空母姫も沈んだ。

 これ以上付き合ってもいられないと俺は離脱するため逃げ道を探していると、俺の聴覚に聞き覚えのある声が響いた。

 

「イ級!!??」

 

 その声に俺はどうしてと思いながら声を張り上げた。

 

「木曾!!??」

 

 アルファの野郎、何で木曾を!?

 

「まさか…木曾殿でありますか?」

 

 あきつ丸も木曾に気付き、俺への攻撃を中断して目を疑っている。

 

「木曾、お前なんで!?」

「すまない、だけどアルファが…」

 

 悔しそうに肩を落とす木曾に俺はアルファが破壊されたことを悟る。

 

「……そうか」

 

 あのアルファがなんて想像もしていなかったが、木曾がそう言う以上真実なのだろう。

 

「木曾殿、生きておられたのでありますか…?」

 

 困惑しながらも、生きていたことを喜ぶあきつ丸。

 

「お前、俺の知っているあきつ丸なのか?」

「やっぱり木曾殿でありましたか!?」

 

 俺の事など忘れてあきつ丸は木曾に語る。

 

「遠征中に起きた渦潮に飲み込まれ沈んだと聞かされておりましたが、自分や球磨殿は必ず生きていると信じてたであります」

「……」

 

 無邪気に喜ぶあきつ丸だが、脱走した事実を言うわけにもいかず何とも言えない表情になってしまう。

 

「ところで、木曾殿はその深海棲艦といかな…」

 

 そこまで言ったところであきつ丸ははたと声を大にする。

 

「まさか、木曾殿は深海棲艦と道ならぬ恋を!?」

「は?」

 

 なんでそうなるんだ?

 

「ダメでありますよ木曾殿!!??

 新しい恋を探すのは素晴らしい事でありますが、怨敵とはいくらなんでもよろしくないであります!?」

 

 がっくんがっくん揺さ振りながら説得するあきつ丸に、俺は取り敢えず木曾への助け舟を出す。

 

「落ち着けあきつ丸。

 俺と木曾はんな関係じゃねえから」

 

 つうか多分俺も一応船だから性別は女のはず。

 見た目は化物だし元の性別もはっきりしねえから気にもしてなかったけどな!

 そう言ったところで脳みそをシェイクされぐらぐらしながらも木曾も言葉を連ねる。

 

「お、俺が遭難していたところをこいつに助けられたんだよ」

「そうでありますか…」

 

 今一信用ならないといった様子で俺を睨むあきつ丸。

 あきつ丸としては木曾の言葉を信じたいとは思っているのだろうが、深海棲艦である俺を信じていいのか悩むところなのだろう。

 久々に嫌な沈黙が流れそうになったところで、俺のレーダーに反応が生まれた。

 

 おおおおぉぉおおお…

 

「これは…」

「まさか先の姫タイプでありますか…?」

 

 身を震わせる木曾とその声が禍々しいと吐き捨てるあきつ丸だが、俺はそんな二人とは全く違う感情を抱いていた。

 

「姫が、泣いている…?」

 

 俺にはこの声が、言葉に出来ない悲しみに装甲空母姫が慟哭の叫びを上げているように聞こえるのだ。

 突然俺達から少し離れた場所の海面が膨れ上がるように立ち上ぼり、一度は沈んだ装甲空母姫が再び姿を顕す。

 しかし、その姿に俺達は息を飲んだ。

 最大の特徴である大型飛行甲板は無惨に折れて艦載機の発着等叶う由もなく、艤装そのものもひしゃげ何故浮かんでいられるのか。

 そして人の部分は煤と油と血で赤と黒に汚れ人外の美しさも見る影もない。

 だが、俺達がなにより目を疑ったのは、装甲空母姫の腕に抱かれた空母ヲ級の存在だった。

 マルレ艇の特攻で胸から下の下半身を失い力無く抱かれたその姿はどう見てももう死んでいる。

 なのに、まるで死しても姫を守ろうというかのように装甲空母姫に抱かれ続ける姿が、どうしようもないほど哀しく見えた。

 

「仕留めそこなったでありますか!?

 だけど、今度こそ倒すであります!!」

「今度は俺が!」

 

 あきつ丸がカタパルトを開き飛行甲板にランタンの光を当て、木曾も魚雷発射管の蓋を開きアームを稼動させ主砲を構える。

 

「止めろ二人共!!??

 今の奴に手を出すな!!??」

 

 今攻撃したら取り返しの着かないことが起きる。

 理由は分からないがそれだけは確かだとそう叫んだ直後、

 

「…ヨクモ、ヨクモワガムスメヲオォオォオオオオオ!!!!????」

 

 世界中の憎悪と絶望を凝縮したような、胸を刔るような装甲空母姫の悲嘆の絶叫が轟いた。

 



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なんで、俺は生きているんだ…?

 折れてもらっては困る。
 お前はまだ、スタート地点に立ってすらいないんだからな。


 

 ……娘?

 

 随分大きなお子さんで…って、現実逃避している場合じゃねえ!?

 装甲空母姫の周囲が歪んで、まるでここだけが真冬みてえに気温が落ちてやがる。

 しかも海まで荒れ始めてきやがった。

 深海棲艦ってのは羅針盤だけじゃなくて海流まで支配出来るのか!?

 これじゃあ攻撃どころか、転覆しないようバランスを保つだけで精一杯だ。

 転覆を避けるため波に必死で抗っていると、不意にあきつ丸の呟きが耳に入った。

 

「なんて悍ましい叫びでありますか…」

 

 ……は?

 何を言っているんだ?

 あいつはヲ級が死んだことを泣き叫んでいるだけじゃないか。

 

「木曾、あの叫びがどう聞こえたんだ?」

 

 まさかと思いそう尋ねると、木曾は怪訝そうに士ながらも答える。

 

「身の毛がよだつような恐ろしい咆哮だと、そう聞こえたぞ?」

「……」

「イ級?」

 

 …やっぱりか。

 装甲空母姫の泣き声が、木曾達艦娘にはただの叫びにしか聞こえていないのか。

 そう言えば、さっきも姫以外の深海棲艦は多少発声がたどたどしいものがあっても普通に喋っていた。

 なのに、艦娘は深海棲艦が喋らないと考えていた。

 ってことは、もしかして、艦娘は俺以外の深海棲艦の言葉が分からないだけなのか?

 しかし、そうなると木曾達が俺が拾って来たワ級とは普通に会話できていた事が不可思議なんだが、何か違いがあるのか?

 

「ユルサナイ!!

 ミナゴロシニシテヤル!!??」

 

 装甲空母姫の凄まじい絶叫と同時に、その足元から巨大な浮遊要塞が姿を顕し、そのまま姫を飲み込んでしまう。

 

「一体奴は何をする気でありますか!?」

 

 浮遊要塞の浮上で更に激しいうねりを起こす海に抗いながら異常な光景に叫ぶあきつ丸。

 

「二人とも退くぞ!?」

 

 激しく波打つ海面のせいでマルレ艇の発進はおろか、機銃すらろくに狙いが定まらない情況では攻撃なんて自滅を誘うだけだ。

 そう促すとあきつ丸も不承不承といった様子だが指示を受け入れ、転進し海域を離れる航路に入る。

 1番遅いあきつ丸に合わせ低速で離脱を始めて間もなく、ドクンと心臓の鼓動に聞こえる音が断続的に響きはじめた。

 

「まさか…」

 

 木曾に前衛を任せ、俺は今も不気味な沈黙を保つ浮遊要塞に向き直る。

 浮遊要塞はギチギチと嫌な音を起てながら、まるで卵の殻が割れるように全身に皴が走る姿を俺が確認した刹那、浮遊要塞を突き破り巨大な二本の『腕』が中から飛び出してくるのを見た。

 

「まさか、『鬼』タイプに変化したのか…?」

 

 ゲームだと『鬼』は姫の劣化版という位置付けだったが、これだけ離れていても放たれる威圧感は姫の時とは較べものにならない。

 

「イ級、何が起きているんだ!?」

 

 前方を行く木曾に俺は叫ぶ。

 

「浮遊要塞の中から『装甲空母鬼』が産まれようとしているみたいだ!?

 木曾、『鬼』タイプはどれぐらいヤバイ?」

「離島棲鬼みたいな規格外を除けば姫タイプに勝る個体はそういない!」

 

 そう言った木曾だが、『姫』から『鬼』に変わるなど初めてだと忠告を発する。

 しかし相変わらず海は荒れていて攻撃する余裕もないからと俺達は逃げ続けるが、遂に浮遊要塞が完全に崩れ、中から牙が生えた巨大な顔のような艦首と艦娘より太い腕を持つ異形の船と、そして…

 

「姫じゃ、ねえ…だと…?」

 

 俺が知っている装甲空母鬼は、あの異形の船に融合した装甲空母姫の上半身を持つ化け物だ。

 だが、本来姫がいるべき場所にあったのは、先程姫と一緒に浮遊要塞に飲み込まれた『空母ヲ級』だった。

 

「…まさか、自分を使ってヲ級を甦らそうとしたのか?」

 

 そうなのかと考えると、あの悍ましい姿がどうしようもなく悲しいものに見えた。

 

『■■■■■■■■■!!!!!』

 

 俯き気味な体勢で動かない上半身に反し、産声をあげるように下半身が地球上に存在しない音を鳴らす。

 

「艦載機が来るぞ!!??」

「っ、迎撃用意!!」

 

 地獄の一日を抜けた俺の直感がそう叫ばせると、木曾がアームを稼動させながら指令を飛ばし、俺とあきつ丸も機銃を構える。

 …あ、さっき弾を分けてもらっておくんだった。

 そんな失策に気付いた直後、下の口が大きく開き中から艦載機の倍以上の巨大な飛行機が飛び出した。

 あれは…B−29だと!?

 空母が載せるようなもんじゃねえだろと叫ぶ暇もなく下の口が立て続けに数機のB−29が発艦。

 更にヲ級の頭のクラゲもどきも口を開き大量の艦載機を発進。

 

「甲板二つとか反則だろうが!!??」

 

 そう叫ぶ俺の後ろであきつ丸が甲板を展開しランタンを翳した。

 

「隼隊、行くであります!!」

 

 そう隼を無理矢理発艦させるあきつ丸だが、荒れた海で飛翔など叶うはずもなく、発艦した半数以上が海へと落ちていく。

 

「何をやってるんだ!?」

 

 そう怒鳴る木曾にあきつ丸は言う。

 

「これしか手がないであります!!

 ここからならB−29の航空能力なら本土までいけるであります!!??

 ここで叩かねば、また本土が空襲に曝されるであります!!」

 

 叫びながら強引な発艦を続けるあきつ丸。

 あきつ丸の言うことも分かる。

 だが、辛うじて飛び立てたのは半数以下で、その隼もヲ級の艦載機を捌き切ることは叶わず次々と撃墜されている。

 

「畜生が!!??」

 

 一機でも抜ければ装甲の薄いB−29は隼でも対処出来る筈。

 そう信じ俺は残弾が尽きる覚悟でヲ級の艦載機にファランクスを叩き込み木曾とあきつ丸も対空砲火を打ち上げる。

 しかし、空を覆い尽くす艦載機の幕は分厚く、いくら落としてもその壁を破ることが出来ない。

 そして、あきつ丸が苦渋の判断で飛ばした隼が全て落とされ、遂にB−29が俺達目掛け絨毯爆撃を開始した。

 巻き起こる大量の爆発の閃光と爆音に目と耳を塞がれ、それが一旦収まり辺り一面が煙に覆われた中で聴覚が回復した同時に俺は怒鳴った。

 

「木曾!! あきつ丸!!

 生きていたら返事をしろ!!??」

 

 その声に木曾が返す。

 

「なんとか無事だ!!

 お前は大丈夫なのか!?」

「ああ!!」

 

 そう返すが大丈夫なんて言えない。

 奇跡というべきか悪運に見放されなかった俺は直撃こそ免れたが、装甲がかなりやられ、少しでも浸水が始まったら手遅れに成る程の損害を受けた。

 

「自分も生きているであります!」

 

 そうあきつ丸も応えてくれ、なんとか生き延びたかと安堵する間もなく、あきつ丸は言った。

 

「木曾殿、航行はまだ可能でありますか?」

「ああ、だが…」

「でしたら木曾殿は自分を置いて横須賀に戻り、指令殿に奴の事を伝えてほしいであります」

 

 なにを…

 

「馬鹿な事を言うな!?」

「行くであります!!」

 

 そう叫んだところでようやく煙りが晴れ、あきつ丸がそう言い出した訳を理解させられた。

 

「お前…」

 

 爆撃が直撃したらしく、あきつ丸の右半身は焼け焦げ、右腕が白く炭化して肘から先は失われていた。

 素人の俺にだって、あきつ丸の怪我が助かるような怪我ではない事は察せられた。

 

「そんな…」

 

 声を失う木曾に右半分が焼け爛れた顔であきつ丸は笑う。

 

「まだ片腕が無くなっただけであります。

 この程度、数多の英霊達が受けた痛みに較べれば蚊に刺されたようなものであります」

 

 そう言うとあきつ丸は俺に言う。

 

「深海棲艦に頼むのは業腹でありますが、木曾殿の直衛をお願いするであります」

「……言われなくてもやってやる」

 

 叫びたい気持ちを捩伏せ、俺は承諾する。

 

「どうして!?」

 

 そう叫ぶ木曾にあきつ丸は言う。

 

「先の爆撃で自分の機関は死んであるであります。

 それに、運よく帰還が叶ってもこの火傷では二度と戦場に戻ることは出来ないでありますし、なにより嫁の貰い手も無いでありますから」

 

 そう笑うあきつ丸に、木曾は悔しさで顔を落とす。

 本当は痛みで泣き叫んでもおかしくない筈なのに、木曾のために堪えるその姿に俺は何も言えない。

 

「さ、自分が少しでも時間を稼ぐでありますから、必ずこの情報を本国に伝えて欲しいであります」

 

 そう言うとあきつ丸は敢えて海軍式の敬礼を行う。

 

「…分かった。

 必ず、必ず本国に全て伝える」

 

 そう応え木曾も陸軍式の敬礼を返す。

 

「では、先に逝くであります」

 

 そう言うとあきつ丸は背を向け、俺達も日本への航路を全力で走り出した。

 走り出して数分も経たず背後で再び爆裂音が響き、脚を止めようとした木曾を叱咤する。

 

「あきつ丸の想いを無駄にする気か!?」

「っ、分かってるよ!!」

 

 止めかけた脚を無理矢理振り上げ再び全速力で走る木曾。

 レーダー圏からあきつ丸の反応が消え、更に仮称装甲空母ヲ級の反応が圏外に脱しても俺達ひたすら走り続けた。

 

 走って走って走って、そうしてどれぐらい走った頃だろう、一晩を越えた所で唐突に俺の速力が下がり始めた。

 

「どうしたイ級!?」

「……悪い、燃料切れだ」

 

 最後に補給してから50時間ぐらい経っている。

 いくら艦娘より燃費が良くとも、燃料タンクが小さい体で50時間をほぼ全開で走り続ければ流石に使い切っちまうらしい。

 いやほんと、あの時弾切れ寸前だからと切り上げていたのは正解だったようだ。

 

「悪い、燃料分けてもらえるか?」

 

 意外と心配性な木曾のことだから、一本ぐらい持ってきているだろうとそう言うと、木曾は何故か顔を赤くした。

 

「……分かった。

 ただ、その、用意するから目を閉じていてくれ」

「?」

 

 もしかして恥ずかしい場所に隠していたのか?

 多少気になるが、見られたくないというのを無理強いするのも良くないので俺は両目を閉じる。

 

「閉じたぞ」

「ああ。

 いいって言うまで絶対目を開けるなよ?」

 

 いや、そう言われると逆に気になるんだぞ?

 とはいえ好奇心猫を殺すの格言に従い俺は言われたとおり目を閉じたまましばし待つ。

 

「いいぞ」

 

 そう言われ目を開けると木曾が赤い顔で燃料缶を差し出していた。

 

「急拵えだから味は期待するな!?」

「? あ、ああ」

 

 何を言ってんだこいつは?

 ともあれ貴重な燃料を俺は受け取り嚥下する。

 ……って、なんか、これって?

 

「なあ、木曾?」

「言うな!?」

 

 まさかと思い尋ねようとするが真っ赤な顔で拒否する木曾。

 

「……その、悪かった」

 

 どんな味か? 絶対言えねえよ。

 そういえば喉笛を噛み切ってやったチ級の血も燃料だったな。

 ともあれこれで燃料は一割程度に回復したので暫くは持つだろう。

 

「木曾、ここからだと1番近い泊地はどこなんだ?」

 

 あきつ丸には悪いとは思うが、正直木曾を横須賀に連れていきたくはない。

 ゲーム通りならレイテの近くにはいくつも泊地があった。

 ラバウル、ショートランド、ブルネイ、他にも東南アジアにはいくつも泊地があったのだが…

 

「1番近くでも佐世保か呉だな」

 

 無いの?

 じゃああの時寄った場所はなんだったんだ?

 

「あの泊地はダメなのか?」

「あれは前線の駐屯地だ。

 建造や入渠の設備はあるが、本土への連絡手段は無いんだよ」

 

 成程。

 行っても連絡手段が無いから、情報を持っていくなら結局日本まで向かわなきゃならないのか。

 となると、やっぱり日本に行かなきゃならないな。

 

「とはいえ俺も燃料が怪しい。

 今は燃料の確保のため、遠回りになるが1番近いオリョールの精油地帯を経由して本土に向かおう」

「ああ」

 

 その案に応じ俺達は進路を西に向け歩き出す。

 だが、数時間と経たず俺のレーダーが最悪を告げた。

 

「…おいでなすったぜ」

 

 反応したのは対空レーダー。

 速度からしてB−29だろう。

 

「進路は?」

「ばっちり被ってる」

 

 俺達を追って来たのか、それともオリョール海域を潰しに向かうのか、どちらにしろ笑えない事は確かだ。

 

「厳しいが航路を変えよう」

 

 海上でガス欠になるのは避けたいが、しかし感知できたB−29の高度が高過ぎて俺のファランクスはもとより、木曾の高射砲でも撃ち落とすことは不可能に近い。

 微かな希望に縋るように進路を変えるが、B−29も進路を変え俺達を追ってくる。

 

「ちっ、やっぱり振り切れねえか!!」

「どうするんだ!?」

「落としてくる爆弾を迎撃するに決まってんだろ!!」

 

 ファランクスのマガジンに残っている弾は二百も無いが、木曾を護ることだけに集中すれば或は…。

 

「来た!?」

 

 エンジンが唸る音と共に大量の爆弾が投下される。

 覚悟を決める暇もなく俺は木曾にぎりぎりまで近付いた状態で真上から落ちてくる爆弾だけを狙いファランクスを乱射した。

 上空で何度も爆弾が炸裂し、衝撃に身体が悲鳴を上げるが、俺は死んでも木曾だけは守り通すとひたすら爆撃の雨が終われとファランクスを奮う。

 僅か数十秒が何時間にも感じられ、遂にB−29の爆撃が終わる。

 残りは今落ちてくる三発だけ。

 

「これさえ凌げば…」

 

 だが、そんな土壇場でガチンと音を起てファランクスの弾が尽きた。

 ……こうなりゃ仕方ねえよな?

 悪い、あきつ丸。

 最後までは守れねえみたいだ。

 俺は全身を使って木曾を直上圏内から押し出そうとするが、

 

「イ級!?」

 

 ドンッと、木曾が俺を突き飛ばした。

 

「木曾!?」

 

 なんで…

 そう言葉を発する間もなく爆弾着水と同時に炸裂し、世界が白に塗り潰された。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 ざあ、ざあ、と耳に響く波の音が酷く遠いものに聞こえた。

 あれからどれぐらい経った?

 気が付くと、俺はこの世界に来た直後と同じように一人だった。

 ……いや、一人じゃないな。

 アルファが死んで、あきつ丸を見殺しにして、木曾を守れなくて、俺は、独りになったんだ。

 

 広い空も、青い海も、なにもかもがひどく遠い。

 

「Youは、あの時の駆逐イ級デスネ?」

 

 不意に後ろから聞こえた声に、俺はなんの思いも抱けぬまま鈍重な身体を向ける。

 そこにいたのは、金剛と夕張。

 なんで俺をと考え、すぐにこいつらがあの泊地で遭った金剛なのかと気付いた。

 

 だが、それがなんだというんだ?

 

 金剛が艤装の副砲をこちらに向けながら質問をしているようだが、金剛の声もやけ遠くてよく聞こえない。

 それに、今更死ぬなんてことが微塵も怖いとは思えないし、どうでもいい。

 ……ああ。そうだ。

 

「なあ」

 

 こいつらが横須賀の所属ならあきつ丸の頼みを叶えてやれると気付いて口を開くと、何故か金剛と夕張から血の気が引いた。

 …? 何を怯えてんだ?

 よくわからん。それにどうでもいい。

 

「お前等、横須賀の艦娘か?」

 

 しかし、金剛と夕張は違うと首を横に振った。

 違うのか。

 楽になれると思ったのに、そうはいかないのかよ。

 ……そうだな。

 木曾が俺を生かしたんだ。

 だったら、俺があきつ丸の頼みを叶えてやんなきゃなんねえよな。

 だが、肝心の羅針盤が壊れていて方角が解らない。

 

「横須賀はどっちだ?」

 

 そう尋ねると、金剛は妙に真剣な顔で俺に尋ねた。

 

「横須賀に、何の用ネ?」

「…あきつ丸に頼まれたんだ。

 あの装甲空母姫だった可哀相なあの化物の事を伝えてくれって」

 

 一応こいつらにも教えておくついでに理由を告げる。

 すると、金剛は無言で一点を指差した。

 

「…ありがとう」

 

 嘘かもしれないが、俺は礼を言って金剛が指差した方角に舵を取る。

 そして妖精さんに退艦を促すも、誰も降りようとはしないので仕方なく俺は横須賀へと歩き出した。

 

 ……ああ、そうだ。横須賀に着いたらついでにアレを壊そう。

 そうしないと、またあんな悲しいものが現れるかもしれないからな。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 なんなのアレ(・・)は?

 見た目はただの駆逐イ級なのに、その声を聞いた瞬間から自分の心がとても苦しくなって、艤装が上手く動かなくなってしまった。

 まるで、魂があの深海棲艦と戦うことを拒んだかのよう。

 夕張も同じだったようで、最初は例の機銃を奪う気だったのに、今は微かに震えながら漂うように海を行くイ級を見送っている。

 夕張と共にその姿をただ眺める以外出来ずに見ていて、ふと、私は今の身体になる前の、『戦艦金剛』だった頃の事を思い出した。

 レイテからの帰路、損傷の酷かった私は気付いていたにも関わらずシーライオンの魚雷を避け切れずに避雷。

 長すぎた艦歴とレイテでの損傷も合間って、それは完全な致命傷となってしまった。

 そのことは艦長を含め乗船していた乗組員の誰もが解っていた。

 なのに、誰もがそれに抗おうとした。

 私を沈めたくないと傷を塞ごうとした。

 入ろうとする海水を掻き出そうとした。

 泊地にたどり着けば完全な姿に直してやると航海を再開しようとした。

 誰もがすぐに降りなければ間に合わないと解っていても、それでも私を助けようとした。

 だけど、疲れきっていた私はその希望に応えられなかった。

 みんなの努力を報いる事も出来ず、そんなみんなが逃げる時間を稼ぐことも出来ずたった2時間で沈み、私は多くの人を道連れにしてしまった。

 悔しくて

 悲しくて

 情けなくて

 あのボロボロの駆逐イ級を見ていると、その時の嫌な自分が重なって、なのに、彼はそれでも前に進もうとしているのをどうしても阻む事ができなかった。

 夕張もそうなのだろうか?

 聞いてみたいと思うけど、だけど、聞くのがとても怖い。

 そうして彼が水平線の彼方に消えるのを見届けた私に、比叡からの通信が届いた。

 

『島風を見付けましたお姉様!?』

 

 最初はどうなるかと心配したが、それも杞憂で終わってくれたらしい。

 

『お姉様、今どちらにいらっしゃいますか?』

「スリガオの近くネ。

 すぐに合流するヨ」

 

 島風はちゃんと叱ってあげないと、そう思い言ったのだが、

 

『いえ、お姉様は先に鎮守府に戻ってください』

 

 え?

 あの甘えん坊な比叡がそんな事を言うなんてよっぽどの事だ。

 早鐘を打ち始める鼓動と焦りを抑え私は比叡に詳細を問い質した。

 

『島風がおかしな事を口走っているんです。

 『いつまで経っても夕暮れが終わらない』って、そう言っているんです!』

 

 夕暮れが終わらない?

 何を言っているの?

 

 空は、こんなにも青く晴れているというのに。

 

 




 とにかく辛かった。
 小説でも、艦これで業沈させるぐらい胸が苦しかったです。(まだ業沈0ですが)

 次回は横須賀からの始まりになります。


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勢い任せにした結果がご覧の有様だよ!!

 誰が笑うか。
 俺はただ見届けるだけだ。


 

 異常な光景だった。

 

 大本営直轄、国内最大規模を誇る最古の鎮守府『横須賀鎮守府』の正面海域。

 そこに数多の艦娘が並んでいた。

 

 最前線に並ぶのは駆逐艦。

 特一吹雪型、特二綾波型、特三暁型、初春型、睦月型、陽炎型、朝潮型、白露型、更に島風型やドイツ艦のZ1型を含めた百隻以上が列を成している。

 

 その次に列を作るのは軽巡洋艦。

 天龍型、球磨型、長良型、阿賀野型、川内型、夕張型。

 球磨型が二隻ほど見当たらないが、それでも全てが列を成し並んでいる。

 

 更にその奥には重巡洋艦。

 古鷹型、青葉型、妙高型、高雄型、最上型、利根型。

 中には航空巡洋艦に改装された者もいるが、彼女等も含め列を作っている。

 

 そしてその左右に展開するのは空母。

 鳳翔を始めとした軽空母。

 赤城を代表とする正規空母。

 唯一の装甲空母である大鳳。

 水上機母艦千歳。

 そこに瑞鳳と千代田の姿がないものの、彼女達は鶴翼のように左右に分かれ列を作る。

 

 そして潜水艦。

 伊168、伊58、伊8、伊401。

 潜航する様子もなく、左右の空母の前に陣取り静かに佇んでいる。

 

 最後尾に並ぶのは戦艦。

 超々弩級戦艦大和と武蔵。

 ビック7の長門と陸奥。

 航空戦艦に改装された扶桑、山城、伊勢、日向。

 高速戦艦金剛、比叡、榛名、霧島。

 ビスマルク級戦艦ビスマルク。

 彼女達は最期の塞とばかりに偉容を放ち立ち並ぶ。

 

 まるで観艦式のようにも見えるが、横須賀に属する全ての艦娘が総揃いさせるような観艦式など、天皇照覧の際であってもやりはしない。

 なにより、彼女達の背後の横須賀鎮守府では、敵襲を知らせるアラートがずっと鳴り響いているのだ。

 

 では敵はいかほどか?

 

 百か? 千か? それとも万?

 

 ……否。

 

 敵はたった一隻。

 ボロボロに傷付いた身体に塗装が殆ど剥げた迷彩を塗られた駆逐イ級ただ一隻。

 その駆逐イ級は二百近い艦娘達が並ぶ方へと、たった1ノット以下というゆっくりと、本当にゆっくりとした速度で進んでいた。

 向かう先には過剰を通り越した数の艦娘がいるにも関わらず、駆逐イ級は全く意に介する様子も見せずに真っすぐ鎮守府へと進む。

 そして、この光景がなによりも異状なのは、撃てば落ちると分かっているその敵に対し、誰も武器を構えていないことだ。

 空母は手にした弓を番える事もスクロール状の甲板を開く事もをせず、重巡は水上偵察機を発艦させず、戦艦は砲を回塔させず、潜水艦は魚雷官の蓋を開かず、軽巡と駆逐艦は砲を持ち上げることをしない。

 アラートだけが響き続けるとても異常な光景がただひたすら続き、遂に駆逐イ級が先頭に立つ吹雪のすぐ側まで近付いた。

 すると、吹雪は悩んだ末にただ無言で道を譲り、それに倣うように駆逐イ級を招くように艦娘達は道を開く。

 駆逐イ級はその開かれた道をゆっくりと進む。

 駆逐艦の作る道を通り、軽巡の横を通過し、重巡の間を抜け、そして大和と武蔵が退いた開かれた道を鎮守府の中へと入っていった。

 

 そこで映像が終わり、切られていた電灯が灯ると会議室が暗闇から解放される。

 

「…以上が横須賀鎮守府襲撃の一部始終になります」

 

 そう述べたのは会議の進行役を任された軽巡大淀。

 次いで、襲撃と言うのも憚るような事件の被害を口頭で報告する。

 

「襲撃した駆逐イ級による被害は『特別兵装実験棟』の設備一式と保管されていた兵器及び設計図全て。

 なお、人員その他妖精さん一人に至るまで人的被害は0です」

「中々愉快な話だな」

 

 大淀の報告に口を開いたのは、肩に大将の官位を縫い付けた初老の男だった。

 

「総力を結集させたにも関わらず、艦娘の誰一人として死にかけの深海棲艦に砲を撃つことも出来ず、あまつさえ鎮守府への侵入を許すとは…君は一体艦娘にどういった教育を施しているのかね?」

 

 そう会議室の中でただ一人立たされている男に痛烈な批判をぶつける。

 肩に少将の官位を縫い付けた男はその問いに無言を返すばかり。

 

「なんとか言ったらどうかね?」

「待ちたまえ」

 

 少々の苛立ちを混じらせる言葉に別の将官が遮る。

 

「1番の問題はそこではなかろう」

 

 首を切るよりも先に憂慮すべき事、それは

 

「横須賀の全ての艦娘を結集してなお、誰一人として深海棲艦に砲を向けなかった事こそ問題なのだ」

 

 あれが潮や電といった、戦いに向かない性格の者だけならまだ理解が及ぶ。

 だが、あの場には駆逐艦とは思えないほど冷徹に任務を熟す不知火やジャンキーと揶諭されるほど戦うことを渇望する天龍。

 海軍としての誇りを重んじる赤城やプライドの高い長門さえもいた。

 忌まわしい技術さえ注ぎ込み生み出された深海棲艦への唯一の切り札が、ただ一隻の、それも死にかけと言うしかない駆逐艦一隻を撃つことを躊躇い人垣にすら成りえなかった事は由々しき問題だ。

 そう言うと将校は大淀へと尋ねた。

 

「君から見てアレはどう見えた?」

「はい」

 

 応じたものの、大淀は非常に言いづらそうに言葉を濁す。

 

「あの場にいなかったのでなんとも言えません。

 実際、映像資料からはただの大破した駆逐イ級としか感じません。

 ただ、報告にある通りあの場に出た全ての艦娘が手を出すことに己の存在意義を見失いそうだったと」

「存在意義…か」

 

 それは何に凖ずる存在意義だというのか。

 

「その深海棲艦はどうしたのだ?」

「はい。

 施設破壊後一切の行動を停止したため、現在は艦娘用の独房に拘留した状態で搬入されてあります」

 

 艦娘用とは言ったが、これまで一度も使われたことがないその場所を利用したのが深海棲艦だというのはなんという皮肉か。

 

「そうか。

 他には?」

 

 本当にアレの施設を破壊することだけが目的だったのか?

 未だ謎以外の答えを出さない深海棲艦だが、これまで泊地型の姫タイプが占拠した事例を除き陸に攻めて来たことはない。

 よって、鹵獲の例も一度として存在しておらず、件の駆逐イ級は鹵獲した初の深海棲艦という貴重な存在であった。

 

「それが…」

 

 どう言っていいのかひどく迷った様子で大淀は言う。

 

「拘束される前に件の駆逐イ級が日本語を話したと報告が上がっています」

「聞き間違いではないのか?」

 

 信じられないとあちこちから漏れるざわめきの中、将校は内容を問う。

 

「奴はなんと?」

「『お前達があきつ丸にマルレ挺を使わせたからあきつ丸が死んだ』

 『あきつ丸に伝えてくれと頼まれた』

 『お前達があんなものを持ち出すから姫が狂って化け物が産まれた』

 『化け物はレイテに居る。近づくな』。

 それと最後に、燃える棟を眺めながら『これでもう、艦娘が泣かなくて済む』と…」

 

 その言葉に会議室が沈黙に包まれた。

 幻聴だと笑い付したくなる話だが、それが事実だとすれば奴は敵である艦娘が特攻兵器を使わせないために、そしてそれを用いたあきつ丸の頼みのためにここに来たということになる。

 

「馬鹿馬鹿しい!」

 

 一人の将官が声を荒げ机を叩いた。

 

「我々を惑わすための造言など耳を貸す必要はない!」

 

 彼は1番始めに特攻兵器を採用を堤した者であり、なにがなんでも聞き入れるわけには行かない立場に居た。

 

「だが、特攻兵器の採用により艦娘達の士気が大幅に下がったという報告もある。

 そうだな? 須賀少将」

 

 そう問われ、立ち尽くしていた将校が重く頷く。

 

「はっ。

 最近は訓練に身が入らぬ者、並びに精神カウンセリング室の使用回数は顕著に増えています」

 

 これまで上げ続けていた報告書の内容を口にする横須賀鎮守府の提督『須賀和正』。

 

「それは貴様が艦娘の管理がなっていないからだろう!」

 

 その報告を切り捨てる声が飛び、再び彼への批難が始まる。

 それらに対し須賀は一切何も言わない。

 そもそも彼等と須賀では艦娘に対する考え方が違うのだ。

 彼等にとって艦娘とは、量産には向かないが唯一深海棲艦を打倒し得る決戦兵器でしかなく、書面以上のものを見る気もない彼等と、毎日顔を合わせ部下として接する須賀とでは根本からして違う。

 故に彼等とは決して折り合う事はなく、ただ彼等からの不満不平を聞き流すのが彼のここでの役割だった。

 

「もうよかろう」

 

 散々叱責の声が出たところで最上段に座る男が止める。

 

「確かにあれらは強力であったことは確かだ。

 だが、特別攻撃兵器一つを造るのに大和型10隻分の建造が見込める資材を溶かした事実は看過出来るものではない。

 そして、それほどの資材を浪費して揃えたあれらの兵器は彼の深海棲艦の手で葬られた。

 もしかしたら、これはかつて国のために戦った英霊達からの警告やもしれぬ。

 護国を担う艦娘達が手出しできなかったのも、それが理由ならば筋は通ろう」

 

 あの深海棲艦が国のために散った英霊の代弁者かもしれないと嘯く元帥。

 認めたくはないが、それを否定する材料も、彼に逆らう度量を持ち合わせた者もこの場にはいなかった。

 

「現時刻を以って特別攻撃兵器の開発を凍結とする」

 

 その通達に拳を握る音が小さく響くが、それに異を唱える声は出ない。

 そして捕縛している駆逐イ級の処遇に着いては後日改めて決を取るとして、今回の会議は終了した。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 いやもうさ、あきつ丸の事や木曾の事でやけっぱちになって横須賀に乗り込んだ訳だけど、なんでまだ俺は生きてんだ?

 今更ながら自分がどんだけ無茶をやらかしたのか、しかも目的を全部達した事に俺はどうしてこうなったと悩んでいた。

 つうかさ、正気に戻ってみれば今の状況はよろしくないよな。

 あきつ丸の頼みを叶えるためだって、せっかく木曾が生かしてくれたのにそれを無駄にしてんだもんな。

 だけどさ、正直どうしたいのかわかんねえんだよ。

 明石達がどうなったか気にはなる。

 だけど、あの装甲空母ヲ級の事を考えると正直生きているとら確信が持てない。

 アルバコアは一人になってでも逃げ回ってるだろうから気にするほうが無駄だろうが、他の奴らはどうだか。

 それに、探しに行こうにもタンクの中に燃料は残ってないし、全身に巨大な鎖がこれでもかと巻き付けられている。

 もうあれだね、絶体絶命。

 

「……はぁ」

 

 駄目だな。

 本当は余計な事を考えてないと頭がどうにかなりそうなんだよ。

 横須賀に来るまでの航海中は頭がどうにかなっていたこともあって目的以外何も考えなくてもよかった。

 だが、目的を達しちまって、指針を無くした今は、少しでも気を抜くと木曾の事ばかりを考えてしまう。

 なんであの時出会ってしまったのか。

 見付けた時に迷わず見捨て、深海棲艦として生きようと最初から腹を括っていればこんなに苦しい思いはしなくて済んだんじゃないか?

 自分が生きていることに後悔だけが募り、いっそこのまま死んでしまえと己を罵っても、だけど今生きているのは木曾が身を省みず俺を救ったからだと死ぬ決断すら出来ない。

 

「なあ糞野郎。

 これで満足かよ?」

 

 掻き毟るような自分の無様さに、思わず俺は転生させた糞野郎に毒を吐く。

 

「何が艦隊これくしょんの世界だコンチクショウ。

 ここは、ただの糞ったれな地獄じゃねえか」

 

 今も俺を見て笑っているのだろう。

 だったら、愚痴の一つも吐いたって罰は当たらねえだろう。

 いや、今この情況が罰か。

 そう考えれば、こんなに相応しい罰もないか。

 

「…ん?」

 

 何気なくレーダーを起動してみると、なにやらこちらに近付く反応が三つ。

 

 尋問か、それとも処遇が決まったらどこかに遷されるのか。

 といったところで何ができるわけでもないのでレーダーを切り向こうが来るのか暫く待ってみると、重たい金属音が鳴って分厚い扉が開いた。

 




 次回はアンチ要素多数というか虐めがあります。


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提督に転生しなくて本当に良かった…

 俺が優しいのが漸く理解できたようだな?


 

 開かれた扉の向こうから最初に見えたのは頭から茶色い髪が触覚のように一房だけ飛び出した少女だった。

 木曾と同じと似た艤装と制服から、多分軽巡の球磨だろうか。

 よく見れば左手の薬指には指輪が嵌めているから、おそらく木曾の事も…

 球磨は俺の様子を暫く観察した後、「大丈夫クマ」と原作そのままの語尾付きで後ろに促した。

 そして次に入って来たのは戦艦大和だろうか?

 見た目は球磨と同じく原作通りなのに、なんというか、見ているとそうじゃないような、言葉にならない違和感を感じる。

 そして最後に現れたのはMMDとかでよく見たことがある白い軍服の男だった。

 因みにイケメンだ。

 ま、俺は深海棲艦だからどうでもいいんだけどよ。

 球磨と大和が砲をこっちを向けていつでも庇えるようにしている辺り、多分こいつが提督か。

 

「……テメエが」

 

 こいつが北上に散々嫌がっていたアレを積ませ、瑞鳳と千代田にまで持たせた揚句あきつ丸を…

 思い出しただけで腸が煮え繰り返り、鎖が無かったら今すぐ食い殺しに掛かっていただろう。

 そうなれば動いた瞬間大和と球磨に蜂の巣にされて終わっていただろう。

 歓迎したくはないが、話をするぐらいの猶予が生まれたこの状況には感謝しておく。

 対して野郎は俺の怒りに表情一つ変えやしねえ。

 

「貴様に聞きたいことがある」

 

 野郎がそう言うが、怒りで頭に血が上っている俺には無い。

 

「艦娘の信頼を裏切るような奴に話す口はねえ」

 

 そう言うとゴリッと大和が副砲を押し付けた。

 

「お前に拒否権はありません。

 命が惜しければ喋りなさい」

 

 命、ねえ。

 脅しじゃないのは感情の見えない冷たいその目が雄弁に語っている。

 だが、

 

「じゃあ殺せ」

「…」

 

 とっくに死んでいないほうが驚きなんだ。

 だったら何を恐れるってんだ?

 

「止めろ大和」

 

 事を起こす前に野郎が止めた。

 

「……」

 

 命令に大和が押し付けていた副砲を下げる。

 

「フン、大した忠義っぷりだこって。

 情で解して、そうやって北上達に無理矢理あんなものを載せたのかあぁん!?」

 

 そう怒鳴る声に野郎と球磨の目が丸くなる。

 

「北上達は無事なのかクマ?」

「さあな。

 あいつら助けたくて装甲空母姫に喧嘩売ったはいいが、そのまま別れたっきりだ。

 上手く逃げ延びたかまではわからねえ」

 

 明石とアルバコアに付いては伏せて俺はそう正直に話してやる。

 

「…そうか」

 

 俺の言葉に野郎が驚きながら安堵するが、俺にはそれが気にくわねえ。

 

「何テメエが安堵してやがんだ?」

 

 あきつ丸は深海棲艦が現れたから艦娘が現れそしてアレを使わざる選なかったと言った。

 確かにそいつは間違っちゃいねえんだろうが、だ!!

 

「お前が北上達にあんなもんを使わせたのが原因なんだぞ!!

 あんなものを持ち出したから姫がキレてあきつ丸も死んだんだ!!??

 テメエに北上を、瑞鳳を、千代田を心配する資格なんかねえんだよ!!??」

 

 そう怒鳴った直後、大和が拳を俺に叩き付けた。

 

「ぐっ!?」

 

 身体のお陰か痛みは感じないが、それでも大和の拳は相当にダメージを与えて来たのを中の妖精さん達の焦り具合から理解した。

 痛くないのは有り難いが、限界が解らないってのは厄介だな。

 

「提督の侮辱は許しません」

 

 ゴミを見るようななんの感慨も無い冷たい目で見る大和。

 なのに、コールタールを焼いたような異様な憎悪を孕む大和に俺の違和感はますます膨れ上がっていた。

 

「止めるクマ!?」

 

 二撃目を喰らわせようとする大和を留めに入る球磨。

 

「放しなさい。

 尋問なんかよりこちらの方が早いわ」

「止めるんだ大和!」

 

 球磨ごとやろうかという勢いで拳を握る大和に、叱咤にも近い野郎の制止の声が飛び、漸く大和が止まる。

 拳を解き本当に申し訳なさそうに提督に謝罪する大和に、俺はようやく気付いた。

 

 こいつ、提督以外何も見ちゃいねえ。

 

 提督以外は全ていらない。

 そんな歪んだ偏愛を俺は無意識に感じ、違和感として感じていたんだ。

 

「ヤンデレ戦艦とか誰得だよ」

 

 気持ち悪さに小さくそうごちる俺。

 聞かれたらしく物凄く怖い目で睨む大和だが、さっきの制止が効いているのか手は出してこない。

 つうか、大和の手には指輪が無いんだが、提督の警護に錬度が低い艦娘が選ばれるなんて事はありえないだろうし、やっぱり…そういうことか?

 

「失礼した」

 

 そう謝罪する野郎に、僅かながら同情を覚えるも、北上達の事を、なにより木曾の事を思い出すとそれを受け入れる気にはならなかった。

 

「悪いと思うならその馬鹿でかいホテルを下がらせろ。

 欝陶しくてしょうがねえ」

 

 逆鱗だと分かっていたが、敢えて俺は刔る。

 直後、再び俺に拳が飛んだ。

 

「誰が、ホテルですって?」

 

 完全に据わった目で俺を睨む大和に野郎の声が飛ぶが、そんな事はどうだっていい。

 

「テメエの事だよ。

 戦艦型ホテル大和様?」

「本当に命が惜しくないようね?」

 

 副砲ばかりか、こんな狭いところでぶっ放せば球磨や野郎まで纏めて吹き飛ぶ事請け合いの46cm三連砲まで向ける大和。 だがなぁ、ここでヘタるぐらいなら最初から喧嘩なんか売らねえんだよ。

 第一、テメエの怒りなんざ、あの姫の慟哭に比べたら餓鬼の癇癪と違いなんかねえんだよ!

 

「従業員の躾がなってねえな大和ホテル?

 まあ、妹の模倣止まりじゃあそんなもんか」

 

 ぶちりと大和の血管が切れた音が聞こえた気がするが、俺は更に畳み掛けてやる。

 

「スリガオで妹見捨てたのもそれが原因か?

 フン、安っい女郎だな。

 そんなんだから、フィクションでしか長門に勝てねえんだよ糞餓鬼!!」

「いい加減にしたまえ」

 

 カチリと撃鉄を起こした拳銃を突き付ける野郎。

 

「貴君の言い分は事実だろう。

 私が至らなかったばかりに多くの部下に苦痛を強いたことを認めよう。

 それだけでなくあきつ丸を死に追いやり、同報からすら化け物と呼ばれる存在を生み出した片棒を担いだことも認めよう。

 貴君の怒りは尤もだ。

 だが、それ以上部下を愚弄するなら、私とて礼儀を忘れてしまいかねん」

「……ハッ」

 

 なんだ、結局そんなもんか。

 全く、最初はあの糞野郎を恨んだが(今もだが)、今はキスしてやってもいいぐらいだ。

 今だけは、深海棲艦に転生させてくれたことを本気で感謝するぜ。

 

「礼儀っつうなら、まずそのクソアマを引っ込ませてテメエだけで来やがれってんだ。

 俺はテメエみてえにおべっか使って口先ばかりの野郎が大っ嫌いなんだよ。

 どうせ、アレの使用だって上から言われたから仕方なくなんて言い訳してるだけなんだろ!!」

 

 ガンッ!

 さっきのがよっぽど効いたらしく、大和が顔を泣きそうに歪めながら俺を殴る。

 

「深海棲艦のお前に提督の苦しみの何が!!??」

「ハッ、手も足も出せねえ奴には強気だなホテル!!」

 

 次いで振るわれたのは46cmによる殴打だった。

 ガゴキンとかレアな金属音と同時に潰れたらしく右目の視界が消えた。

 

「止めろ大和!!

 それ以上は本当に殺してしまう!?」

「ホテルと呼ぶな!?」

 

 とうとう泣き出す大和。

 だが、俺はその姿に悔恨どころか本気で怒りを覚え怒鳴る。

 

「ああそうかよウドの大木!

 テメエはホテルなんて上等なもんじゃなくて、天一号で無駄死にの屍の山しか作れなかった棺桶だったな!!」

「っ……」

 

 自分の最期まで否定し叩き潰す俺の詰りに声も出せず膝を着く大和。

 そんな姿を見せられても、俺のこいつへの感情は変わらなかった。

 

「もう結構だ」

 

 そう言うとガキみてえに泣きじゃくる大和に寄り添い立ち上がらせる野郎。

 

「球磨、そいつに高速修復剤を使ってやれ」

「いらねえ」

 

 消費資材は艦娘と同じだからといって、バケツも効果があるかわからねえからいらん。

 つうか、ついでにデータ録る気か?

 だったら望み通り情報くれてやんよ。

 

「寄越すんなら艦娘の燃料にしろ。

 イチゴミルク味以外認めねえ」

 

 そう言うと球磨が小さく吹き出した。

 

「……」

 

 野郎は異様なものを見る目で俺を見た後、

 

「…将校としては業腹だが、貴君の働きには感謝している」

 

 と、それだけ言って球磨を残し野郎は出て行った。

 その後、球磨は一度出ていくと命令に従い緑色の例のバケツを嫌がる俺に無理矢理ぶっかけた。

 だが、右目は治らない。

 

「……効かないクマ」

「だな」

 

 というか、バケツって単品で効果あんのか?

 ゲームだと通常の入渠に加えて使うがどうなんだ?

 

「ん?」

 

 と、唐突に妖精さん達が騒ぎ出した。

 

「どうしたクマ?」

「いや、妖精さんが…」

 

 と、みるみるうちに全損していたファランクスを始めとする装備一式の損傷がなくなる。

 

「装備には効果があるみたいだな」

 

 そうごちたところで妖精さんの一匹が表に出て来て俺に伝えて来た。

 

「クマ!?

 お前も妖精さんがいるクマ!?」

「まあな」

 

 適当に答えつつ妖精さんの話を纏めると、俺は半ば呆れつつ言葉にする。

 

「単純に足んねえのか」

 

 流石深海棲艦。

 資材消費パネエ。

 

「どれぐらい必要クマ?」

「妖精さんいわく、後10杯分は欲しいとさ」

「ありえないクマ!?」

 

 いや、俺だってそう思うが、妖精さんが言うなら仕方ないじゃないか。

 

「まあ、前に入渠した時も大和型並の資材吹っ飛ばしたらしいしな」

「最悪クマー」

 

 俺もそう思うよ。

 

「因みに燃費は睦月型並だ」

「間違ってる、完全に間違ってるクマ!」

「深海棲艦は使い捨て前提だから大体そうらしいぞ?

 それと、」

 

 前以て盗聴器の有無は確認済みなので俺はレーダーを使用し、俺達以外誰もこの話を聞いていないことを確認してから言った。

 

「球磨、お前はこの鎮守府から姿を消した木曾を知っているか?」

 

 

 




 大和=サンはとっても素敵な女の子デスヨ?
 正妻の暗殺とかは、考えるだけで実行しませんから。
 R-TYPEはこの後絡んでくるので迷わなかったですが、アンチタグが必要かどうか本当に迷ってます。


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まともな奴もいてくれて安心したよ…

 諦めるな。
 お前に期待している奴は、俺だけじゃないんだからな。


 バタンという音と共に肩を落とした球磨が出て行った。

 それを見送りながら俺は静かに溜息を吐いた。

 

「そんな裏事情だったとはな…」

 

 計らずも木曾の脱走劇の真実に着いて知ることとなった俺は複雑な思いに駆られていた。

 木曾の脱走を手引きしたのは球磨だった。

 木曾は重雷装艦への改装が済み次第、回天の試験搭載艦になるはずであった。

 というのも、特攻兵器には搭載のためには艦娘に適性を求める性質があり、横須賀に属している艦娘でそれを満たしていたのは祥鳳、瑞鳳、千代田、北上、木曾、あきつ丸の六人だけだったそうだ。

 しかし北上では回天の搭載にはメンタルへの不安定さが懸念されたため、木曾に白羽の矢が立ったそうだ。

 そして球磨はそれを良しとしなかった。

 しかし、特攻兵器の破壊は不可能であったため、千歳と共に適性を持つ艦娘を脱走させようとしたのだが、最初に木曾を逃がした時点で大和に感づかれそうになり、それ以降動けずにいたまま試験運用が開始されてしまったらしい。

 木曾が瑞鳳達と面識が無かったりそういった知識が無かったのは、木曾が最初からずっと遠征部隊に所属していたために内情に疎く、以前の大規模作戦の折りに実働部隊に転向。適性が認められたためそのまま実験部隊に移動したからだそうだ。

 

「……臭いな」

 

 考えすぎかもしれないが、大規模作戦と実験部隊の編制が繋がっているような気がする。

 とはいえ元が人間でも今は深海棲艦の俺じゃあ考えたって意味はねえし、そもそも軍とか興味なかったからよくわからん。

 

「…ん?」

 

 って、昔の俺は興味なかったのか?

 だったらなんで艦これ始めたんだ?

 MMDとか知ってたし、ミーハーなただのニコ動ユーザーだったのかもしんねえな。

 っと、横道に逸れてねえで情報を整理しねえと。

 余談だが、あきつ丸も同じく遠征部隊からの異動だったそうだ。

 二人はまるゆを接点に友人になったそうだが、そのまるゆは作戦の前に遠征中の交戦で沈んだらしい。

 ゲームと違って遠征でも戦うことはあり、場合によっては沈むこともあるそうだ。

 世知辛いというか、燃料弾薬しか消費しないゲームがどれだけ恩情だったのかと。

 にしてもだ。

 まさか艦娘の中に特攻兵器を容認する者が居たとは思わなかった。

 が、その筆頭が大和と夕張と聞いて納得したがよ。

 といっても大和と夕張では理由が違うらしい。

 球磨が言うには、夕張の目的は特攻兵器を土台とした高性能無人兵器の開発が目的で、あくまで踏み台としてしか見ていないそうだ。

 だが、大和は違う。

 あいつは提督の勝利のための必要な犠牲と完全に割り切っている。

 その病的な献身は妹の武蔵ですらも辟易しているそうで、余計に孤立し更に提督に執着と依存が悪化する完全なスパイラルに突入しているようだ。

 あのさ、もう解体しちまえよ。

 そう言ったらあの大和は最高錬度で何体も姫タイプを撃破した実績を持ち、しかも上層部とも繋がりがあるから提督にすら解体指示は出せないそうだ。

 おまけにダメコンは常に装備しているためどんな状況に叩き込んでも必ず帰還する怪物とまで言っていた。

 ……あいつなら装甲空母ヲ級どころか史実を捩曲げちまうかもしんねえ。

 っと、今はこんなもんか。

 しかしまあ、この先どうなるんだか。

 利用されるのも釈だしだったら標的艦として沈めてくれれば御の字だが、球磨からは多分ラバウル行きだろうと言われた。

 ラバウルは泊地の中でも海域防衛の他に艦娘の研究についても盛んだそうだ。

 これまでの成果だと陸奥を確実に建造させる波長の光を発見しただとか陽炎型から陽炎、不知火、黒潮を確実に建造させる粒子だとか大和の建造で発生する成分を必ず放出させたりとか、周りに迷惑を掛けることしかやってないそうだ。

 元々扱いに困る輩を送る流刑地だったのが、どいつもこいつも無駄に有能だったせいで海域防衛の成果をだした結果ラバウルは泊地になったらしいんだが…おもいっきり変態の巣窟にしか聞こえないんだがいいのか?

 と、不意に妖精さん達が俺の潰れた右目に何かを被せた。

 

「なんだそれ?」

 

 マストかなんかか?

 そう尋ねてみると、俺はその答えに耳を疑った。

 

「……木曾の…眼帯」

 

 漂流している際に回収したが修復の当てもなくとりあえず保管していたのを、さっきのバケツの残りで直したらしい。

 

「外してくれ」

 

 縛られているせいか念力が使えないのでそう頼む。

 

「そいつは球磨に返さなきゃなんねえ。

 だから、外してくれ」

 

 妖精さん達に悪意が無いことは分かっている。

 だが、それでもきついんだよ。

 分かってくれたようで妖精さんが右目に掛けた眼帯を外していく。

 代わりにハンモックを用意しているのに気付き、俺は夕立じゃねえんだぞと内心呟きながら好きにさせておくことにした。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 マリアナ海溝の最も深い海の底。

 人が立ち入ることの叶わぬ深い闇の中で人ならざる者達は語り、嗤っていた。

 

「憐れな姫が狂ったわね」

 

 深い闇の中でなおはっきりと見える姿はどれも白いヒトガタにギラギラと輝く紅い眼を携えた妖しい魅力を孕む美女達ばかり。

 彼女達の今の関心は、レイテに現れた二つの存在であった。

 

「アレは強すぎる。

 あれでは漸く見えた安寧を破壊し何もかもを焼き尽くしてしまいかねん」

 

 一つは装甲空母姫が己を対価に産み落とした哀れな化物。

 かつては同じ存在であったそれも、もはやただの悩みの種としか『南方棲戦姫』は考えていなかった。

 

「いいじゃないの」

 

 いっそ我等が葬ろうと堤する南方棲姫を『飛行場姫』は嗤いながら放っておけと反する。

 

「アレの代わりは産まれ落ちたわ。

 わざわざ私達がでしゃばらなくても、人間達が勝手に始末するわ」

「だが、それまでに奴はどれだけの被害を齎す?」

 

 姫としての知性を捨て、ただ力を奮う事しか出来ぬ存在は強力であればあるほど目障りでしかない。

 事実、イ級が装甲空母ヲ級と命名したあの怪物は艦娘はおろか深海棲艦であろうと構わず襲い掛かり、悪戯に勢力図を壊して回っていた。

 

「私達が蘇ったのは復讐のためでは無い。

 人間に滅んでもらって誰より困るのは我々なのだぞ?」

「滑稽ね」

 

 二人のやり取りに『離島棲姫』が小さく呟く。

 

「所詮アレは『イレギュラー』。

 瑣末な狂いなんて、すぐに塗り潰されて消えるわ」

 

 狂乱するケダモノになんて興味はないと離島棲姫は『戦艦棲姫』に視線を向ける。

 

「そんなことよりも、私は貴女の考えが聞きたいわね」

 

 その言葉に戦艦棲姫は静かに問い返す。

 

「私の考えとは?」

「あら?

 貴女がもう一つの『イレギュラー』にいたく御執心なのは分かっているのよ?」

 

 もう一つの『イレギュラー』、則ち『深海棲艦』でありながら艦娘と同じく『妖精さん』の庇護を受ける異形の深海棲艦。

 

「あの『イレギュラー』が関わった艦娘を囲い何を目論んでいるのか、私はそちらのほうが余程興味深いわね」

「私も」

 

 離島棲姫の問いに『港湾棲姫』も同意する。

 

「あの『イレギュラー』は、怖いのに、どうして?」

 

 定期的に行われるこの集いで全く意見を口にしない、およそ姫とは思えないほど臆病な港湾棲姫でさえ声を出す程の疑問に、戦艦棲姫は僅かに間を置いて答えを口にする。

 

「……たいしたことじゃないわ」

 

 事実、戦艦棲姫にだいそれた考えは無い。

 

「私は知りたいの。

 人間が狂気を繰り返そうとした直後に現れたあのイレギュラーが、何を考え、何を成そうとしているのか」

「それが、『私達の総意』に反するとしてもか?」

 

 詰問にも近い南方棲戦姫の確認を、戦艦棲姫は無言で肯定する。

 

「…フフ」

 

 凍りそうな程冷たい水底でなお冷えていく中、これまでただやり取りを眺めていた『泊地棲姫』が小さく嗤う。

 

「何が面白い姫?」

「全てがよ」

 

 僅かに苛立ちを見せる南方棲戦姫の問いに泊地棲姫は嗤う。

 

「『総意』から外れた私達がこうして一堂に集いながら、まるで人間のように己の意を貫こうとする。

 これほど愉快な事はそうはないわ」

 

 今まで互いに噛み合わぬ事は多かった。

 だが、これほどまでに明確に擦れ違うことは一度として無かった。

 それが、とても楽しくてしょうがないと泊地棲姫は嗤う。

 

「『総意』は笑っているわ。

 『イレギュラー』の到来が、彼等の衝突が分水嶺だと笑っているわ。

 片方が勝てば歴史は繰り返す。

 だけど、もう片方が勝てば『総意』にすら知り得ない未来への足掛かりが産まれる。

 二つの『イレギュラー』のどちらが勝ち、世界が何を望んでいるのかを楽しみに笑っているわ」

 

 謡うような泊地棲姫の囀りに、南方棲戦姫は小さく鼻を鳴らす。

 

「つまり、好きにさせろと?」

「好きにしなさいと言っているのよ。

 私達に序列は無い。

 折り合わなければ、我を通すために殺し合えばいい。

 それもまた、『総意』は否定しないわ」

 

 どう足掻こうが深海棲艦は『総意』の呪縛から逃れる術は無い。

 そして、その足掻きすらも『総意』が望むものだと泊地棲姫は嗤う。

 

「ならば好きにやらせてもらう」

 

 そう言うと南方棲戦姫は闇の中に沈んでいく。

 

「私もそうさせてもらうわ」

「全ては『総意』が望むままに」

 

 離島棲姫はつまらなそうに、飛行場姫はからかうような口調でそう嗤い闇に沈む。

 

「姫、あの娘は?」

 

 港湾棲姫の問いに戦艦棲姫は静かに言う。

 

「相変わらずよ」

「……そう」

 

 その答えを聞き、港湾棲姫は無言で闇に沈む。

 

「気をつけなさい姫。

 『イレギュラー』は、どうあっても『イレギュラー』なのだから」

 

 そう忠告を残し泊地棲姫は闇に沈む。

 

「……言われずとも、飼い馴らすつもりはないわ」

 

 泊地棲姫の忠告に誰もいなくなった闇にそう言い残し、戦艦棲姫もまた闇に沈む。

 

 だれもいなくなった闇の中を、ゆっくりと朽ちていく鋼が小さく軋む音が僅かに響いた。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 あれから三日が過ぎた。

 あの日以降球磨がここに来ることはなく、毎日続く艦娘からの尋問やらなんやらを適当に答える日々が続いていた。

 しかも一度として同じ艦娘が現れていない。

 俺の反応が確かめたいのか、それとも別の理由かは定かじゃないが毎回違う艦娘が尋問に来るのが多少面倒なのだが、毎日いろんな艦娘に会えるのは役得なんだろうと自分に言い聞かせる事にした。

 

「よろしくお願いしますなのです」

 

 今日の尋問担当は電と雷。

 因みに一昨日は長門と不知火。昨日は天龍と龍田だった。

 

「んで、今日は何を聞きたいんだ?」

 

 正直なところ、長門と不知火の時点で俺が知っていることは大体話している。

 お陰で天龍と龍田にはめんどくさいぐらい怒鳴られて脅されたんだが、今日はそんな事もないだろう。

 

「特に無いです」

「……はい?」

 

 尋問なのに聞くことが無いってなんだそりゃ?

 

「言葉の通りよ。

 昨日の時点であなたに聞きたいことは大体終わったからもう無いの」

「じゃあなにしに来たんだよ?」

 

 雷の言葉に本気でそう尋ねる。

 つうか、尋問な割りに大分温いんだよな。

 俺が大人しいからかかもしれないが、大和みたいに砲門突き付けることも基本無いし、脅しっつっても怒鳴る程度だし。

 

「なので、今日はお話するのです」

「話って…」

 

 茶でも飲みながら雑談でもする気か?

 

「イ級さんはなんで大和さんが嫌いなんですか?」

「病み具合が気持ち悪いから」

「え〜と…」

 

 苦笑いしている当たり反応に困ってるみたいだけど、だったら質問するなよ。

 つうか、マジで雑談だよこれ。

 

「…無理に答えなくていいぞ?」

「ふみゅう」

 

 可愛く鳴く電を見てロリコンならホイホイされるんだろうなぁと他人事でそう思う。

 

「あ、そうだ」

 

 と、俺はちょうどいいと質問する。

 

「横須賀以外で金剛型を二隻以上抱えている鎮守府ってどれぐらいあるんだ?」

「金剛型を?

 なんでそんな事を気にするのよ?」

「いや、一回やり合って、二回目に会った時に横須賀への海路を教えてもらったから気になってな」

 

 礼を言う気はないが、いい加減所属が気になっていからそう尋ねると、雷は答えた。

 

「悪いけど他鎮守府の戦力を教えることは出来ないわ」

「そうかい」

 

 俺は深海棲艦なんだからそれもしょうがない。

 

「まあ、そうなるな」

「日向さんの真似っこなのです」

 

 そうごちる俺に小さく笑う電。

 

「そういうつもりはなかったんだがなぁ…」

 

 つうか日向って本当にそれが口癖なのか?

 電もなのですとか言ってるしこういうところはゲーム通りなんだな。

 

「あなたは艦娘をどれぐらい知っているの?」

「…知ってるだけなら大体か?

 陽炎型は知らん奴も多いな」

 

 建造とかはまだでもウィキとかで見ただけなら大体見たし。

 

「じゃあ知らないのは?」

「…紀伊とか?」

「なにそれ?」

 

 あ、あれは計画だけの架空戦艦か。

 後は…

 

「信濃は入るのか?」

「どうかしら?」

 

 …成程。

 今回は搦手で雑談から情報を取りに来たのか。

 まあ、明石とアルバコアの事に気をつけていれば大丈夫だろう。

 

「言っとくが会ったことがあるのは一握りだぞ?」

「じゃあなんで知ってるのよ?」

「…分からん」

 

 艦これユーザーだったからとか言ったら面倒になるんだろうなと思い惚けておく。

 

「なんでか知ってたんだ。

 寧ろ俺が教えてほしい」

「……」

 

 疑われているがこればっかりは勘弁してくれ。

 と、そんな中ガチャリと戸が開き大和が姿を表す。

 

「電、雷、尋問は終わりです。

 移送の準備が調ったので運び出してください」

 

 口癖は丁寧だが、相変わらずその目は気に入らない。

 

「移送?

 ラバウルですかホテル大和様?」

「……」

 

 大和は俺を睨み、無言でドアを叩き付けるように閉める。

 

「あわあわあわ!?」

 

 あからさまに怒る大和にテンパりあたふたする電を宥める雷。

 

「ふん。

 さっさと行こうぜ」

 

 今更足掻いても仕方ないとそう促すと、何か言いたそうにしながらも二人は俺の移送準備に取り掛かった。

 




 次回は、書いててすっごく胃が痛い。


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もう、やめてくれ…やめてくれよ!!

 流されて生きられると思うな。
 足掻かなければ、いつまでも地獄は続くぞ。


 電と雷に連れられ向かった先に待っていたのは、大和と長門それと球磨と千歳、最後に阿武隈の5人だった。

 

「連行してきました」

「御苦労」

 

 しっかり敬礼する二人に同じく敬礼を反す長門。

 敬礼を解き、俺を見ると長門は律義にも移送予定を教えてくれた。

 

「これから貴様を我々がラバウルまで護送することになる。

 途中硫黄島、サイパン、トラックを経由する航路を使う。

 それと移送中は脱走を防ぐため、最低限の燃料を逐次千歳から補給する形を取らせてもらう」

 

 まあ妥当だな。

 逃げられないよう燃料を規制しても随時補給を行える上、索敵も出来る水上機母艦はこういった任務では適任だろう。

 大和と長門は艦隊戦と万が一の警戒を、球磨と阿武隈は潜水艦を警戒する水雷戦隊といったところか。

 

「エアカバーが薄いが大丈夫か?」

 

 レイテには近付かない航路を訪ったとしても、別海域の空母との海戦の危険だってあるはず。

 そうなれば瑞雲か晴乱で空戦を強いることになるだろうと尋ねると、長門はお前が気にする事じゃないとばっさり切り捨てられた。

 

「さいですか」

 

 まあ、俺が気にしてもしょうがないのは本当だな。

 誘引用というより脱走防止のためにワイヤーが俺と長門を繋がれ、缶を温め短距離の航海が可能なだけの最低限の燃料が俺に与えられたのを確認した大和が旗艦らしく宣った。

 

「抜錨。

 第一艦隊、出撃します」

 

 その言葉に従い長門達が海へと降り、引っ張られないよう俺も久しぶりに海に身を浸す。

 

「……なんだかんだで俺も船舶なんだな」

 

 普段は全く感じていなかったが、久しぶりだと海の上に居ることが凄く落ち着く。

 波の揺れがいいんだよ。

 なんつうか、地に足が着いている感覚はなんか落ち着かない。

 身も心も船になっちまったんだなぁとしみじみ考えていると、ぐいっと長門に引っ張られた。

 

「気持ちは解るがぼさっとするな」

「はいはい」

 

 大和が先頭に立ち、俺は最後尾の一つ前、後ろから阿武隈が見張る状態で海を歩き出す。

 うん。やっぱり海は落ち着くね。

 この感覚は艦娘や深海棲艦にしか解らんね。

 出だしから特に波乱もなく、俺は足並みを乱さぬよう意識して穏やかな海を時速16ノットぐらいで航海する。

 と、3時間程した頃に不意に長門が千歳に命令する。

 

「一回補給してやれ」

「了解」

 

 そう応じ艤装から燃料缶を一つ取り出す。

 

「どうぞ」

「ああ」

 

 実の所、最初に与えられた燃料はまだ殆ど使っていない。

 燃費が良いだけじゃなく、16ノット程度ならまだ歩く感覚で殆ど缶の熱を上げる必要がなかったからだ。

 使い捨ての身体ってのもこういうときは便利だなと思いつつ、断ったら後が面倒かと俺は受け取った少量の燃料(ココア味)を飲んでおく。

 これで最初のを含め合計メモリ換算一個分は補給されたなと思いながら俺は、いつ木曾の眼帯を球磨に渡すべきかと迷いながら航海を再開する。

 そうして航海を続けて一晩が過ぎた辺りで不意に球磨がぼやく。

 

「電探も水偵もなんも反応なし。

 静か過ぎるクマ」

 

 球磨のぼやきに長門から注意が飛ぶ。

 

「気を抜くなよ。

 それに、ラバウルまで後十日も掛かるんだ。

 そうそう艦隊決戦が起きてもらっても困るさ」

「そう、クマね」

 

 なんか、含みがある言い方をするな。

 そんなことは無いと思うが、頼むから俺を逃そうとかそういうことは止めてくれよ。

 俺はもう、俺のために艦娘が傷付くのに耐えられないんだ。

 俺はそんな事が起きないことを願いながら従順に航海を続けた。

 

 だけど、俺は忘れていた。

 

 この世界は俺にとって地獄なんだって事を。

 

 始まりは唐突だった。

 

「水偵より入電!?

 深海棲艦を発見。艦数6!

 重巡を旗艦とした水雷戦隊と思われます!」

 

 不気味な程静かな航海を続け、トラックまで順調に通過した翌日、ラバウルまで後三日の所で千歳から発進した瑞雲が敵の襲来を告げる。

 

「隊列変更。副縦陣にて迎撃します」

 

 大和の指令に先頭に大和と長門が立ち、邪魔との事で一旦ワイヤーが外され逃げないよう俺の後ろと右側を千歳と球磨が囲う。

 今なら俺が逃げるには千載一遇に等しいチャンスだ。

 だが、今更逃げてどうなる?

 燃料は都合半分ぐらいは貯まったから全力を出しても二日は走り続けられる。

 だが、その後は?

 目的もなく、ただ死にたくないだけで逃げ続けられるほど俺に気力なんて残っていない。

 それなのに…

 

「大和が撃ち始めたら全力で逃げるクマ」

 

 球磨はそっと、俺に耳打ちした。

 

「馬鹿な事を言ってんじゃねえ!」

 

 怒鳴りたいのを堪え、俺は思い留まれとそう言うが、球磨は聞く耳を持ってくれなかった。

 

「全砲門、斉射!!

 ってええ!!」

 

 長門の咆声を引き金に大和と長門が同時に艤装から砲弾を発射。

 

「今クマ!!」

 

 直後、嫌がる俺を捕まえ球磨と千歳が隊列から離れ始めた。

 

「千歳!?」

 

 何でお前まで!?

 俺を抱き抱える千歳の胸部タンクの感触とか喜んでる暇もなく、いち早く気付いた阿武隈が素っ頓狂な悲鳴を上げる。

 

「ちょっ!?

 何やってんのあんた達!?」

 

 その声にすかさず大和がこちらへと砲を向けようとするが、敵艦隊の至近弾が着弾し長門が怒鳴り付ける。

 

「敵に集中しろ大和!!

 阿武隈、お前はあいつらを追跡しろ!!」

「ふぇ!?

 で、出来るけど…」

 

 しどろもどろに阿武隈が長門に言われるまま追跡を開始。

 大和は何故かその口許だけが笑みの形に歪め憎々しげにこちらを睨んだ後、迫る艦隊へと憤懣を叩き付けるように砲を撃ち始める。

 奴らの目的はともかくあれじゃあ死体蹴り……って、それどころじゃねえ!?

 

「お前ら正気か!?」

 

 こんな真似をした以上鎮守府に帰ることはもう望めない。

 どころか、脱走兵としてどちらからも追われる身となるんだぞ!?

 

「球磨は決めたんだクマ!」

 

 阿武隈の追跡を阻むため直線上に爆雷を撒きながら球磨は言う。

 

「球磨は、お姉ちゃんだから、妹の恩人を見捨てたりしないクマ!」

 

 止めろ。

 

「私もそう。

 千代田を救ってくれた貴女には感謝してる。

 だから」

 

 もう、止めてくれよ…

 

「俺は、お前達の敵なんだぞ…」

 

 俺はただの馬鹿げた性能しか持っていない、なんにも出来ない役立たずなんだ。

 艦娘が可愛いからってだけで中途半端に助けて、見殺しにしたくないって半端な覚悟でなんとかしようとして、結局なにも出来なかった出来損ないなんだ。

 なのに、なんでそんな俺を、どいつもこいつも救おうなんてするだよ?

 いっそ身体だけじゃなく、心まで深海棲艦になっていたらこんなに苦しまなくて済んだのに…。

 なんで、こんなことになるんだよ…

 逆らう気力もなく、俺は数時間千歳に抱えられたままでいたところで、不意に対空レーダーに反応が現れたのを感知した。

 

「空からなにか来る!」

 

 そう怒鳴った直後、俺達から少し離れた場所に砲弾が着弾し水柱を立てる。

 

「あれは大和の零観クマ!!

 着弾観測射撃が来るクマ!?」

 

 狙いは俺以外有り得ない。

 そう思った瞬間、俺は身体を振って千歳から逃れるとそのまま離れる。

 

「イ級!?」

 

 千歳の声に俺は怒鳴る。

 

「俺から放れろ!!

 もう誰も俺のために死なせて…」

 

 そう言い終える前に俺はふと大和の浮かべた笑みを思い出した。

 

 なんであいつは笑っていたんだ?

 あれじゃあまるで、俺が逃げた事が都合が良い(・・・・・)みたいな、そんな…

 

「っ!!??」

 

 ゾワリと悪寒が走り俺は転身と同時に、ほぼ無意識に怒鳴っていた。

 

「大和の狙いはお前達だ!!??」

「クマッ!!??」

「っ!!??」

 

 直後、俺を完全に無視した砲弾の雨が二人に降り懸かる。

 

「球磨!!?? 千歳!!??」

 

 また、俺のせいで艦娘が死ぬのか?

 

「ふざけんな!!??」

 

 今度こそ、今度こそ絶対にさせてたまるか!!

 砲弾の雨を掻い潜り、俺は二人の盾になろうと全力で駆け抜ける。

 

「オオオオオォオォオオオオオ!!」

 

 千歳に迫る直撃弾に身を曝そうとした瞬間、あろうことか千歳は庇おうとした俺を引き寄せ自分を盾にした。

 

「千歳!!??」

「お願い、私の代わりに千代田を守って」

 

 そう俺に告げた直後、千歳に九一式鉄鋼弾が千歳に直撃した。

 鉄鋼弾は千歳に突き刺さるとそのまま爆発。

 亡きがらすら残さず千歳をこの世から消し去った。

 

「あ…あぁ…」

 

 なんで、なんでだよ?

 砲弾の雨が収まった中、俺は涙を流すことも叶わない身体を呪いながら絶叫した。

 

「なんで、こんなことになったんだよ!!??」

 




 ……辛い。
 最初のプロットより大和は黒くなるし、まだ終わらないし、しかもこれ、まだプロローグなんだぜ?


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俺は、もう諦めねえぞ!!

 ようやくここまで来たな。
 俺が見届けるのもこれが最後だ。
 やるだけやってみせろ。


 慟哭の後に去来した感情、それは、『憎悪』だった。

 

「……殺シてやル」

 

 俺の口から、自分のものとは思えない声が零れた。

 思考はただただ憎しみ一色に染まり、俺の内に燻る激情がただ一点に引き絞られる。

 

「キサマダケハ、コロシテヤル!!

 ヤマトォォォオオオオオオ!!??」

 

 言葉にしたことで今までの全てがどうでもよくなり、ただ大和を殺すことだけが頭を埋め尽くす。

 これが深海棲艦になるということなら、上等だ。

 大和だけじゃない。

 あの化け物も、深海棲艦も、人間も、艦娘も、皆皆残らず駆逐してやる!!

 眠っていたなにか(・・・)が身を突き破ろうとする快感にも似た感覚が全身を支配しようとしたが、

 

「目を醒ますクマ!!??」

 

 球磨の声と同時にガコンと殴打音が響き、俺の憎しみに濁った視界が僅かに晴れる。

 

「球…マ…?」

 

 弾着射撃を切り抜けた球磨は艤装に傷を負いながら俺に言う。

 

「イ級、お前は先に逃げるクマ!」

「ざけんな!?」

 

 逃げろ?

 この憎しみを抱えたまま、どこに行けというんだ!?

 

「千歳を殺したあいつだけは絶対に殺す!!

 邪魔をす」

 

 言い終える前に、ガゴンッとさっきより激しく殴られた。

 

「思い上がるなクマ」

 

 はっきりと、怒りの篭った声を発する球磨。

 

「千歳が死んだのは、巻き込んだ球磨の責任クマ。

 なんでもかんでも背負えるなんて思うなクマ」

 

 千歳を死なせた罪は誰でもない自分のものだと言い張る球磨。

 

「だけど…」

 

 じゃあこの憎しみはどうしたらいいってんだよ?

 

「もし、本当に千歳に報いたいって思うなら、最後の願いを叶えるクマ」

 

 最後の…願い。

 

「…なんでだよ」

 

 千歳は俺に千代田を守ってくれと頼んだ。

 

「なんで、深海棲艦の俺に託すんだよ!?」

 

 俺が艦娘なら、人間ならまだいい。

 だけど、俺は深海棲艦なんだぞ?

 

「なんで、なんで皆俺を助けようとするんだよ!!??」

 

 千歳は俺に妹を託した。

 千歳だけじゃない。

 アルバコアはアメリカから逃げてきたのに俺を助けようと日本の艦娘に喧嘩を売った。

 北上達は俺達が平穏を取り戻すために身を差し出そうとした。

 あきつ丸は俺に木曾を護らせるために自分を犠牲にした。

 そして木曾は、あきつ丸に託された頼みを投げうって俺を助けた。

 そこに打算や利害の一致はあったのかもしれない。

 だけど、俺は深海棲艦で、なのに、艦娘は俺を助けようとする。

 それが、理解できなくて辛い。

 

「イ級は優しいクマ」

 

 そう球磨は言った。

 

「優しい?」

 

 …それだけなのか?

 それだけで、艦娘は俺を助けたったてのか?

 

「球磨達艦娘は艤装の魂を宿すために生み出されたクローンクマ。

 沈んでも代替の新しい艦娘を造れる、換えの利く量産品クマ」

 

 ……なんだよ、それ?

 クローン? 量産品?

 艦娘は、深海棲艦と同じ使い捨ての道具だってのか?

 

「ふっざけんな!!??」

 

 なにが『艦隊これくしょん』の世界だ!?

 こんな世界が、作られた命がただ戦争しているだけの、クソッタレな地獄のどこが艦これの世界なんだ!?

 

「だからなんだってんだ!?

 造られた命?

 だったらお前達の心なんていらねえじゃねえか!?

 俺は、認めねえ!!」

 

 認めない。

 俺が想像していた艦これの世界は、深海棲艦の脅威に脅かされていても、艦娘達が誇りを胸に深海棲艦の脅威から人を守って、人と一緒に泣いたり笑ったり出来る、そんな厳しくても残酷でも、優しい世界だ。

 

「造られた命だから使い捨てていいなんて俺は認めない!!

 何体球磨がいようが、俺を助けたいなんて思った球磨はお前だけじゃねえか!?

 北上だって、瑞鳳だって、千代田だって、あきつ丸だって、木曾だって、皆自分だけの心があるじゃねえか!?

 お前達の心は、量産なんか出来ないんだよ!!」

 

 そう感情のままに怒鳴り終えると、波が起てる小さな音だけが辺りを満たす中に球磨の声が発せられた。

 

「やっぱりイ級は優しいクマ」

 

 球磨は、嬉しそうに、綺麗な笑顔を浮かべていた。

 

「イ級は深海棲艦だけど、球磨達を本当に大事に想ってくれているクマ。

 だから、皆イ級の優しさに応えたくなったんだクマ」

 

 そう笑う球磨は、見惚れそうなほど綺麗な笑顔でそう言った。

 

「戯れ言です」

 

 そう俺達を切り捨てる声。

 

「……大和」

 

 沸き上がる憎しみを鎖で縛り上げ、数キロにまで接近した大和を睨み付けると、大和は俺達の全てを否定して言った。

 

「私達は提督の道具です。

 国を護り、深海棲艦を撃滅するために生み出された兵器です。

 そして、提督のための踏み台に過ぎません」

 

 全開に開いた深海棲艦の視界と聴覚が数キロ離れた大和の言葉を明瞭に拾い、一語一句正確に聞き取る。

 

「テメエ、なんで千歳を殺した?」

 

 飛び掛かりたい衝動を食いしばり堪えそう尋ねると、大和は薄く笑う。

 

「提督への裏切りは決して赦されません。

 海で死なせるのは、同じ艦娘としてのせめてもの手向けです」

 

 海没処分が手向けだと?

 ぐつぐつと沸き上がる憎悪から視界を残りの二人に向けると、阿武隈はガタガタと震え、長門は不快そうに僅かに顔を顰ていた。

 

「ですが、提督の手を患わせるなんて以っての外。

 彼女は、いえ、そこのもう一人も、貴方が沈めたと報告しておきますよ」

 

 ああ、そうかよ。

 

「勝手にしろよクソアマ。

 だがな、なんでもかんでも思い通りになると思うなよ?」

 

 怒りが限界を突破すると冷静になると言うが、それは本当らしい。

 

「球磨、こいつを」

 

 俺は大和が1番嫌がる展開に持ち込むために必要な手順を組み立てながら、木曾の眼帯を差し出す。

 

「それは…木曾のクマ?」

 

 問いに頷くと、球磨は眼帯を受け取り俺の右目のハンモックを外し木曾の眼帯を取り付けた。

 

「球磨?」

「これはイ級から返しておいて欲しいクマ」

 

 何を言っているんだ?

 木曾は、俺の目の前で…

 

「イ級、球磨からもお願いクマ。

 千代田達と一緒に、木曾も守ってあげてクマ」

 

 それが、どれだけ一縷の望みもないと分かっていて…いや、俺を生かすため、なのか?

 

「だったらお前も一緒に…」

 

 そう言うが、球磨は首を横に振る。

 

「さっきの弾着観測で球磨のスクリューは片方壊れたクマ。

 足手まといにはなりたくないクマ」

「…チクショウ」

 

 またかよ。

 また、俺は見捨てなきゃなんねえのかよ!?

 俺は何も出来ない弱い自分に怒り狂いながらも己に課された約束に尽くす。

 

「……そうかよ。

 だったら、後は勝手にしてくれ。

 俺も、勝手に約束を守らせてもらうからよ」

 

 そう、突き放すように俺は球磨から離れる。

 

「妹達をよろしく頼むクマ」

 

 これからどうなるか、わかっていながら球磨は笑っている。

 沸き上がる衝動を堪え、俺は缶の熱を最大に高めてから、最後の別れを切り出した。

 

「ありがとう。

 絶対に、守ってやるからな」

「信じてるクマ」

 

 俺はもう振り向かない。

 大和が何かほざいているが知ったことじゃない。

 俺は、約束を果たすだけだ。

 

 全てを振り切るため、俺は、駆け出した。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 島風以上の速さで走り出したその姿を見届け、球磨は大和達に向き直ったクマ。

 

「敵を逃すために命を捨てる。

 貴女は海軍としての誇りさえ失っていたようですね」

 

 誇り?

 最強の軍艦を生み出すために、かつて日本に蔓延した狂気に染められたお前が言うんじゃないクマ。

 

「球磨は球磨の誇りに従っただけクマ」

「笑わせないでください」

 

 それはこっちの台詞クマ。

 日本帝国が本当に目指したのは、欧米諸国が植民地化していた亜細亜の解放クマ。

 そのために戦った昔の球磨が居たから、今の球磨が居るんだクマ。

 お前みたいに幻想に縋っていなくちゃ立てない奴と一緒にするなクマ。

 

「私は貴女が気に入らない。

 提督の寵愛を一身に受ける貴女が気に入らない!」

 

 寵愛?

 …勘違いも甚だしいクマね。

 確かに球磨は提督が鎮守府に着任した頃から生き残っている数少ない艦娘クマ。

 それに球磨だけが提督から指輪を貰ってはいたけど、これは提督からの親愛の証。

 球磨は提督が大好きだけど、一度だって男と女の関係になんてならなかったクマ。

 

「これが気に入らないクマ?」

 

 そう見せびらかすように指輪を見せると、大和は歯を軋ませる。

 

「だったら、こうしてやるクマ」

 

 球磨は、自分の薬指を根本から噛み切ってやったクマ。

 

「ひっ!?」

「……」

 

 球磨のやったことに阿武隈が短い悲鳴を上げ長門が堂目したクマ。

 口の中に血の味が広がりすごく痛いけど、それがどうでもよくなるぐらい大和の顔が怒りに歪む様に気分が高揚したクマ。

 

「……貴女は!?」

 

 ペッと指ごと指輪を吐き捨てざまあみろと笑ってやるクマ。

 

「これで満足クマ?」

 

 薬指が掛けた指を見せてやると、大和はあらかさまに怒り狂い、阿武隈は血の気を引かせ、長門は目を閉じて目礼したクマ。

 阿武隈、嫌なものを見せて御免クマ。

 長門、 後は頼むクマ。

「二人共、潰しますよ」

 

 砲雷撃戦の口火を切ろうとするが、

 

「断る」

「なん…」

 

 睨み付ける大和を長門が真っすぐ見据えるクマ。

 

「私達の任務は深海棲艦の移送だ。

 離反者の捕縛ならまだしも、私刑に手を貸すほどビッグセブンの名は安くない」

 

 そう言うと長門は困惑する阿武隈をせっつき駆逐イ級の後を追い始めたクマ。

 

「……」

 

 茫然と見送る大和を球磨は改めて憐れな奴だと思うクマ。

 だけど、千歳の仇なのは変わらないし許す気もないクマ。

 

「千歳の仇、取らせてもらうクマ!!」

 

 そう言って球磨は大和に襲い掛かったクマ。

 

「っ、軽巡が戦艦に敵うと本気でぇ!?」

 

 慌てて反撃に出る大和に、球磨は刺し違える覚悟で言い返したクマ。

 

「球磨の戦艦撃破数は72クマ!!

 意外と優秀な球磨ちゃんを甘く見るなクマ!!」

 

 イ級、皆をお願いクマ。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 彼の地から遠く次元の壁を越えた暗黒の森。

 主たる『番犬』に護られたその森の奥深くでその身を癒し、『力』を手にしたアルファは全ての支度を終え、主の待つ世界に帰るためそっと森を離れようとしていた。

 

 −−イクノカ?

 

 と、アルファに語りかける『声』。

 

『ハイ。主人ノ助ケニイキマス』

 

 −−ソウカ。

 

 声の主は『番犬』のもの。

 かつて『R-13Aケルベロス』と呼ばれたそれは、とある悲劇に見舞われ地球に帰る術を失いバイドと成り果てこの森の主となった。

 

 −−サビシクナルナ。

 

 そう呟くケルベロス。

 似たような悲劇に見舞われ、同じくバイドと成り果てたアルファと共感したケルベロスは、アルファの要望に応える代わりに友人になってほしいと願いアルファもそれに応じた。

 

『マタ、アイニキマス』

 

 −−ソレハカナワナイ

 

 再会を約束しようとするアルファにケルベロスは言う。

 

 −−人類ガ、ヤット中枢ニ突入シタ。

 中枢ノ破壊ハソウトオクナイダロウ。

 

 中枢が破壊されれば全てのバイドは活動を停止する。

 それは暗黒の森の主であるケルベロスも例外ではない。

 アルファはケルベロスとは別の、数百万光年以上の距離が離れた場所に安住の地を得たジェイド・ロスを中枢とするため影響は無いが、二人が会う機会はこれが最後だろう。

 

『感謝シマス』

 

 −−コチラコソ。

 

 ケルベロスは足元に転がるR戦闘機の残骸を見て、言った。

 

 −−ワタシノヨウニ、ミチヲフミハズサナイコトヲネガッテイル。

 

 ケルベロスは道を間違えた。

 救いに来てくれた友人を敵としか見ることが叶わず、結果、友人が駆る『クロス・ザ・ルビコン』を友人ごと破壊した事で、自分が終わることのない悪夢に囚われていた事に漸く気付いた。

 終わることのない悪夢の中でケルベロスは友人に出会い、そして悪夢の終わりが近付いていることに満足していた。

 

『エエ』

 

 友人の言葉にアルファは応じる。

 

『ワタシハ、コノオワラナイアクムニトラワレズ、キボウトトモニアユミマス』

 

 得た『力』を使い、帰還するために次元の壁にゆらぎ(・・・)を生み出すアルファ。

 この揺らぎの遥か先に、アルファが主人と仰ぐ『彼』が居る。

 

『サヨウナラ』

 

 −−サヨウナラ。友ヨ。

 

 別れの言葉を交わし、アルファは次元の壁に突入した。

 




 第一部完。
 というのは半分冗談で、ようやくここまで来たと。
 次からイ級の本当の戦いが始まります。


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虚ろの巨艦
ツイてねえ…


あ、俺の運1だった。


 

 俺は駆逐イ級。名前はまだない。

 

 ふと、そんなくだらないフレーズが頭を過ぎり、気が抜けているなと集中し直す。

 球磨と別れ、五日掛けて長門の追跡を完全に振り切った俺は、スリガオ海峡へと舞い戻り、再びあの島へと向かっていた。

 目的は明石達と過ごしたあの島を拠点として使うためだ。

 明石達が戻って来ている可能性もなくはないが、道中で縄張りに入ったからと襲い掛かって来た雷巡チ級を旗艦とした艦隊に襲われた際に得た情報からそれは無いと思っている。

 スリガオ近海、いや、レイテはあの装甲空母ヲ級が暴れ回った結果勢力図が目茶苦茶に破壊され、討伐に乗り出した南方棲戦姫の力で辛うじて落ち着いてはいるものの文字通り水面下ではニュービー共が縄張り争いに明け暮れる非常に不安定な状態らしい。

 当然だが装甲空母ヲ級は人間側をも襲ったそうで、近海の泊地は全て投棄され今はラバウルとショートランドが最前線に指定されレイテの攻略準備が進んでいるらしい。

 そんな危険な場所を敢えて拠点とするメリットは二つ。

 一つはそれだけ熾烈な場所なら鍛える機会に事欠かないこと。

 チートだろうがなんだろうが、俺自身という地盤がしっかりしていなければ無価値だということは骨身に染みて理解した。

 だから多少無理を重ねることになっても、可能な限り早く強くならなきゃならない。

 それに、多少だがこの辺りの地理は頭に入っている。

 万が一になっても地形の利を生かして逃げることも出来るようにとこの地を選んだ。

 そしてもう一つは、情報だ。

 明石達の行方を知るにも、1番に海の情報を握る深海棲艦に片端から当たることが出来るし、そうやって探していれば明石達のほうが俺に気付いてくれる可能性もある。

 ……いや、もう一つ。

 俺は、ほんの数日だったけど得ることが出来たあの島での穏やかな日々が懐かしいんだ。

 もう無いと分かっていても、それがもう一度欲しくて俺はあの島を目指した。

 そして、俺はあの島に戻って来た。

 

「…あの時のままか」

 

 時間にして二月以上は経っているというのに、島の様相はそのままだった。

 全てが嘘だったようにこの島は静かだ。

 ……いや。

 

「レーダーに反応あり…か」

 

 数は3。場所は裏手の備蓄置場。

 明石達かもしれないが、数が合わないから油断は出来ない。

 チ級達を返り討ちにしたついでに分取った弾薬をファランクスに詰め、俺は慎重に扉の横に移動する。

 聴覚を全開にして中の様子を伺うと、ごそごそと燃料缶を漁っているような音が聞こえる。

 …まだ気付いていない?

 それとも罠か?

 しばし考えた後、俺はこの程度も払えないなら千代田達を守れないと意を決し一気に戸を開いた。

 

「動くな!」

「っ!?」

 

 ファランクスのモーター音をわざと響かせながら相手を確認すると、そこに居たのは大破した飛行甲板を肩に背負った薄紅色の着物の女性と同じく大破したごちゃごちゃとした巨大な艤装を床に置いた短い髪の巫女服の女性、おそらく軽空母鳳翔と戦艦山城だろうか。

 そしてもう一人は…

 

「……っ」

 

 大破した艤装にもたれ掛かるように力無く横たわるその姿を、その巨大過ぎる艤装の46cm三連砲は忘れたくても忘れられるものじゃ無い。

 

 戦艦大和。

 

 千歳を、球磨を殺した憎い相手と寸分違わぬ顔に一度は蓋をした憎悪が再び顔を覗かせるが、寸での所で俺は踏み止まった。

 

「ここで何をしている?」

 

 こいつは横須賀の奴じゃ無い。

 あいつへの憎しみをこいつにぶつけたって、それはただの八つ当たりにすぎないんだ。

 膨れ上がった憎悪を強引に蓋をしてそう尋ねると山城が困惑した様子で呟く。

 

「深海棲艦が、喋ってる?」

「質問に答えろ」

 

 戸惑う山城の代わりに鳳翔が答えた。

 

「私達はブルネイに所属していた艦娘です。

 泊地の放棄の際に殿隊として戦闘したものの、損傷が激しくラバウルへの退避の途中でこの島に漂着しました」

 

 様子からそんな気はしていたが、予想通りか。

 次いで鳳翔は礼儀正しく尋ねて来た。

 

「駆逐イ級とお見受けしますが、貴方は?」

「前にこの島に住んでいた奴に世話になった事があってな。

 避難したと聞いてはいたが一応様子を見に来たんだ」

 

 多少脚色は混ぜたが一応本当の事を言う。

 

「そうですか」

 

 深海棲艦を助けるなんてと吐き捨てる山城を無視し俺は言う。

 

「事情は把握した。

 正直、この島を壊したくはないからお前達の事は見なかったことにしておく。

 必要なものがあれば好きに持って行ってくれて構わないから、早々に出ていってくれ」

 

 そう言うと俺はファランクスを下ろし背を向ける。

 

「あの、」

「なんだ?」

 

 半身だけそちらを見ると、戸惑った様子で鳳翔は尋ねる。

 

「どうして私達を見逃すんですか?」

「……言ったはずだぞ。

 俺は、この島を戦場にしたくないって。

 それだけだ」

 

 殺るなら絶好の機会だが、そんなものを望んでいるわけじゃ無い。

 俺は備蓄庫を出るとそのまま海に出てレーダーを頼りに深海棲艦のグループを捜す。

 程なく三隻ほどのグループを見付けると俺は弱った振りをしながら接触を試みる。

 

「ちょっと、いいか?」

「ナンダ、キサマ?」

 

 リーダー格らしい重巡リ級が俺に話し掛ける。

 

「ズイブンテヒドクヤラレテイルナ?

 カンムスカ? ソレトモアノカイブツニヤラレタノカ?」

 

 こいつの言う通り、自分でも忘れていたが俺の体はまだ中破以上の損傷が残ったままだ。

 

「まあ、そんなところさ」

 

 襲って来たチ級達みたいにお陰でいいカモとして見られるか、今みたいに同情を引いて有利に事を運ぶのに役立ってたりする。

 

「この辺も慌ただしくなってきたし、一度ラバウルの方に逃げようと思うんだが、安全な航路が無いかと探しているんだ」

「ラバウルニカ?

 イマアソコニハカンムスガアツマッテイテキケンダゾ?」

「そう、なのか?」

「アア。

 マア、ソレデモココヨリハアンゼンダカラ、ホンキデイクキナラセベレスカイヲトオルトイイ。

 マチガッテモパシー、オリョールホウメンニハチカヅクナ。

 イマ、アソコニハイツモニマシテセンスイカンノカンムスガウヨウヨシテイルカラ、ホトンドノヤツハニシニヒナンシテイルヨ」

「分かった。感謝する」

 

 近くまで送ろうかと言うリ級を丁重に断り俺は島に戻る。

 島に戻るとちょうど島を出ようとしていたらしい全損した艤装を背負う鳳翔達に出会った。

 

「深海棲艦…」

 

 砲を失っているため為す術が無いと警戒する大和を諌める鳳翔。

 

「大丈夫。

 今だけは彼は敵ではありません」

「え?」

 

 困惑する大和を尻目に鳳翔は頭を下げる。

 

「お世話になりました」

「俺は何もしていない」

 

 どうにか出来なくもないが、俺は自分の目的のためにこいつらを見捨てようとしているんだ。

 感謝されるような資格は無い。

 

「行くならオリョールに向かえ。

 潜水艦達が資材の収集に躍起になっているらしいから、深海棲艦は近付かないようにしているそうだ」

 

 そう教えてやると、鳳翔はもう一度頭を下げた。

 

「何からなにまでありがとうございます」

「だから…」

 

 感謝するなと言いかけたところでレーダーが反応を捉えた。

 数からしてさっきの奴らか?

 

「チッ、お節介な奴らが」

 

 あまりにもタイミングが悪すぎる。

 いや、海に出る前だっただけ水際ってか?

 

「急いで隠れろ!」

「え?」

「早くしろ!!」

 

 追い払う勢いで近くの茂みに隠れさせると、ぎりぎり間に合ったのかリ級達が警戒心が薄い様子で近付いて来た。

 

「どうした?」

「ヤッパリシンパイダカラ、オクラセテホシイ」

 

 気持ちは嬉しいんだが、なんつうタイミングだよ。

 しょうがない。

 こうなったらこいつらを引き離して鳳翔達の時間稼ぎに回るしかないか。

 

「せっかくだし、お言葉に…」

「マテ」

 

 好意に甘える振りをしようとしたところで、取り巻きのロ級が口を開いた。

 

「アソコニカンムスノスガタガ」

「ナニ!?」

 

 見れば、山城の砲身が茂みの中からこんにちわしてやがった。

 山城ェ…

 

「サガレイキュウ」

 

 俺を庇うように砲を構え前に出るリ級。

 こちらの様子を伺っていた向こうも残った砲や弓を番え一触即発の雰囲気になってしまう。

 

「やっぱり深海棲艦は深海棲艦ね」

 

 そう俺を睨む山城。

 いや、これはおもいっきりお前が悪いんだよ。

 とはいえこのまま戦闘になるのは避けたい。

 リ級達も悪い奴らでは無いみたいだし、なにより島の中でドンパチはマジで勘弁願いたい。

 と、そこで俺の頭の中に一つの策が思い浮かぶ。

 が、だ。

 はっきり言って上手く行くように思えないんだよな…。

 最悪俺が沈められるし。

 しかしだ。上手く行けば双方砲火を交えずに済むかもしれないと、藁にも縋る思いで俺は大声で制止した。

 

「両方共落ち着け!!」

「!?」

「ナニヲ!?」

 

 全員の視線が俺に集中する中、俺はリ級に語る。

 

「なあリ級。

 俺はこいつらを安全な場所に送ってやりたいんだが、だめか?」

「カンムスニナサケヲカケルノカ!?」

 

 向こうに向いていた砲が一世にこちらに向くが、俺は平然と話し続ける。

 

「実はな、こいつらと少し話しをしたんだが、どうにも可哀相な境遇でな」

「?」

 

 いきなりの話に毒気を薄れさせるリ級達。

 向こうも俺が戦いを回避しようとしているのを察し、やる気を見せる山城を鳳翔が宥めている。

 失敗は許されないなと覚悟しながら、俺はリ級に即席ででっちあげた話を始めた。

 

「こいつらさ、人間達が助かるためだけに捨てられたらしいんだよ」

「ステラレタ?」

「ああ。

 ブルネイの基地は知ってるよな?」

「エエ。

 コノマエカイブツガオソッタ」

「その時に人間達はこいつらに『自分達を助けるために死ぬまで戦え』って命令されたんだと」

「ヒドイ!?」

「ニンゲンハオニダ!?」

 

 うわ、マジで信じてるよこいつら。

 向こうは向こうで俺の事すっごい恨めしそうに睨んでるし、やっぱりまずったかな?

 とはいえ今更嘘でしたなんて言えばリンチ確定だし、引くわけには行かない。

 

「それなのにだ。

 こいつらは健気にも、あんなにボロボロに使い潰されても、まだ人間を信じてるんだよ。

 そんな可哀相な奴らを見捨てることが、俺にはどうしても出来なくてな。

 だから頼む!

 今回だけで良いからこいつらを見逃してやってくれ!」

 

 そうリ級達に土下座して頼み込む。

 実際は砂浜に頭を突っ込んでいるだけだけど気にしない方向で。

 

「……」

 

 ダメか?

 異様な沈黙が辺りを支配した後に、リ級が俺の頭に手を置いた。

 

「ワカッタ。

 オマエニメンジテニガシテヤル」

「本当か!?」

 

 え? 本気で上手くいっちゃったの!?

 

「ワタシタチモキョウリョクスル!」

「テツダウゼ!」

 

 リ級だけでなく、ロ級とずっと黙っていたホ級までそう言い始める。

 ……って、手伝う?

 

「あの、」

 

 展開に付いていけない艦娘を代表して鳳翔が尋ねる。

 

「どうなったんですか?」

 

 そういや艦娘には深海棲艦の言葉が通じないんだったか。

 

「こいつら、安全な海域まで護送するって言い出してる」

「…はぁ?」

 

 信じられない気持ちは解るが、こうなった原因はお前だからな山城。

 

「サア、グズグズシテイルヒマハナイゾ!」

 

 威勢良く舵を取るリ級。

 

「信じても良いんでしょうか?」

 

 困惑する大和に困ったように苦笑する鳳翔。

 

「事を構えずに済むというならそれでいいんじゃないでしょうか?」

「……不幸だわ」

 

 戸惑いながらもリ級の先導で海に入る一同。

 そして通訳として当然の如く組み込まれる俺。

 

 本当にさ、なんでこんなことになったんだ?

 




 いっつも殺し愛ばっかじゃないんだよ!

 ということで、必死で戦闘回避に奔走する主人公でした。
 たまにはこういうライトでコメディチックな展開だってあってもいいよね?
 毎回誰かが死ななくたっていいんだよね?
 後ブルネイの大和は原作通りの綺麗な大和です。(ここ重要)
 イ級は大和が苦手になったけど、作者は大和が大好きです。(重要)


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一難去ってまた一難かよ。

 一日でいいからゆっくり気の休む暇をくれ。


 

 艦娘と深海棲艦の混成部隊という奇妙奇天烈な部隊が海を行く。

 といっても、端からは見たら鹵獲した艦娘を移送しているようにしか見えないだろうけどな。

 ついこの前艦娘に護送されたばっかで、今度はその逆をするなんてどんな皮肉なんだか。

 それにしてもだ。こいつらが本当に捨て艦だったのには驚いた。

 正確には鳳翔以外はブルネイ放棄に際し運びきれない大量の資材を全部大型建造につぎ込んで建造された、主要部隊の撤退を支援する囮部隊の生き残りらしい。

 囮部隊は全部で15人居たらしいが、装甲空母ヲ級のB-29による爆撃を最終的に生き延びたのは三人だけらしい。

 

「また、生き残ってしまいました」

 

 史実の呉の空襲と同じように、空襲の難を逃れた空母は自分だけだったと言い表せない笑みを浮かべる鳳翔。

 

「……」

 

 慰めの言葉も思い付かず、俺は改めて全員を見回してみる。

 先頭を行くホ級とロ級は任せろと言わんばかりに揚々と前を行く。

 リ級は後方を警戒するためと最後尾に付いて、時たま航路がズレそうになる山城に注意を発している。

 注意と言っても深海棲艦の言葉は艦娘には通じないので俺が通訳しているが。

 艦娘で1番足取りがしっかりしているのはやはり鳳翔だ。

 飛行甲板は全損しているが艤装の損傷は三人の中で1番少ないことも理由だろう。

 この人何気で指輪持ちでレベルカンストしてるんだからさもありなんとも言えるが。

 ブルネイの空母部隊の教官だったらしいし、もしかしたらこの中で1番強いのこいつじゃね?

 じゃなきゃ後ろのリ級。

 今更だけど三人共改二ことフラグシップなんだよ。

 しかもリ級に至ってはイベントで猛威を振るう改造型。

 うん。対空対潜しか出来ない俺じゃ相性最悪。

 こいつらがバの付くお人よしじゃなかったらマジ死んでたよ。

 んで、山城と言えばさっきから「不幸だわ」と連呼してマジ原作そのまま。

 左舷に不調を抱えているらしく何度も航路がズレそうになり、その度にリ級に注意されては自分だけが虐められていると勘違いまっしぐら。

 お前は回りを見ろ。いや本当に。

 1番損傷が酷い大和。

 別人だとわかっちゃいるが、横須賀の大和と寸分違わぬ顔を見るとどうしても感情がざわついちまう。

 

「あの、」

 

 だからなるべく見ないようにしていたのだが、何故か大和の方から話しかけて来た。

 

「気のせいなら申し訳ありませんが、私の事を避けていませんか?」

「……」

 

 ええ。おもいっきり避けてらっしゃいますよ。

 とはいえそれを直接言うのはどうかと思いはぐらかすことにしておく。

 

「…別に。

 艦娘と深海棲艦と馴れ合っても、後が辛いだけだろ」

 

 実際、戦場で出会えば艦娘と深海棲艦は殺し合う以外道は無い。

 今そうならなっていないのは奇跡のような偶然の賜物だ。

 

「でも、貴方は私にだけ、その、鳳翔達とは違う目で見てらっしゃいますよね?」

「……」

 

 そういうことを言うなよ。

 言わなきゃいけねえのか?

 言えば、止まらなくなるんだぞ?

 

「……ああ」

 

 そう思っても、俺の口は勝手に喋っていた。

 

「横須賀の大和は知っているか?」

「……いえ」

 

 建造されたばかりだから他の大和は知らないと首を横に振る。

 

「その、いい噂は聞かない方ですよね?」

 

 聞こえていたらしく鳳翔がそう言った。

 

「一度お会いしたことがありますが、とても厳しい方と、そう思いました」

 

 何十にもオブラートで包んだその言葉にリ級が騒ぐ。

 

「アノヤマトハアクマダ」

 

 って、お前も会った事あるのかよ?

 

「アイツニハナカマガナンタイモコロサレタ。

 ワタシタチダケジャナイ。

 アイツハミカタモヤルヒドイヤツダ!」

 

 喚くリ級にロ級とホ級も同意の声を発する。

 

「シンダヤツニホウヲウチコンデタ」

「ニクハクシタミカタヲマキコンデワラッテタ」

 

 いや、幾らなんでもやり過ぎだろ…。

 直接あの狂信的な考え方を見たせいで誇張に聞こえないあたりなんともな。

 

「あの、彼等はなんと?」

「…横須賀の大和が勝つために容赦しなかったって言ってるよ」

 

 丸ごと言ってもよかったが、後がめんどくさいだろうと適当に濁す。

 

「彼女は深海棲艦からも怨まれているんですね」

 

 大方を察した鳳翔が困った様子でそうごちる。

 

「因みにだ。

 あれに匹敵する奴はいるのか?」

 

 あんなのの同類なんて死んでも戦いたくないので、駄目元でそう尋ねると意外な事に鳳翔は答えてくれた。

 

「単身姫を撃破する大和に、純粋な戦力として敵う艦娘は流石にいません。

 ですが、舞鶴の金剛四姉妹、呉の伊勢日向、宿毛湾の伊号四隻、大秦の空母機動部隊、佐世保の武蔵等は各人とも姫タイプに比肩する実力を持っています。

 後は、」

 

 本人したらただの善意なのだとは分かっている。

 

「こう言ってはなんですが、大和に隠れがちですが同じ横須賀の長門と球磨の二人も同等の実力を兼ね備えた方と有名ですね」

 

 誇るように語る鳳翔だが、球磨の名に胸が締め付けられるような気持ちになる。

 あいつは無事じゃ……ないよな。

 そんな俺に誰も気付く事なくリ級がつまらなそうに呟いた。

 

「キシボシンハスデニイナイカ」

「なんだそりゃ?」

「シラナイノカ?

 60ネングライマエニ、ヒメガミトメタカズスクナイカンムスダ」

「ふうん」

 

 姫も評価する艦娘がいるのか。

 しかも鬼子母神とか神に例えるなんてえらい褒め様だな。

 

「鳳翔、鬼子母神と呼ばれた艦娘って知ってるか?」

「え?

 ええと…」

 

 …あれ?

 なんか、鳳翔の目が泳いでんだけど…?

 

「まさか…」

「…昔の事ですよ」

 

 マジでお前の事かよ!?

 いやいやいや。

 つうか、この鳳翔60歳越えてんの!?

 どう高く見ても30は言い過ぎってぐらい若いんですが!?

 あれか? 艤装と妖精さんの不思議パワーで不老不死とかそういうのなの?

 

「…取り敢えずこいつらには内緒な」

「お願いします」

 

 小声でそう言うといつの間にかハブられる形になった大和が困ったように尋ねて来た。

 

「あの…つまり、横須賀の大和との因縁があって私と話しづらいって事ですか?」

「……ああ」

 

 はっきり言って、この大和はあそこでぶつくさ言ってる山城よりいい娘なのは分かってるんだ。

 だけどな、

 

「正直お前の顔を見るのもキツい。

 お前が悪いわけじゃないんだがな」

「……そうですか」

 

 そう頷くと大和は少し船速を落とし隊列を俺の後ろに移す。

 そういった気遣いが出来るところとか本当にいい娘だなとは思う。

 だけど、この大和には本当に悪いと思うがこればかりはどうしようもない。

 あの大和が死ぬ姿をこの目で見るまでは、この憎しみは一生消えないんだとそう思う。

 その後、山城が相変わらず航路がズレるのにやきもきしながらも数日を掛け、俺達は恙無くオリョール近海に近付いた。

 

「コノアタリハモウナカマハイナイ。

 オマエタチダケデダイジョウブダロウ」

 

 リ級の言葉を伝え鳳翔達と放れると、別れ際に礼を述べられた。

 

「篤いご厚意の数々本当にありがとうございます」

「この御恩は忘れません」

「…一応、礼は言わせてもらうわ」

 

 山城が二人に睨まれて気まずそうに目を反らすが、どっちか言えば山城の態度の方が正しいんだし、気にしなくていいか。

 

「ワタシタチハスキデヤッタダケ。

 タタカイノバデハヨウシャハシナイ」

「恩に感じるなら、あの島の事は黙っていてくれ」

「はい」

 

 そう言って俺達は来た航路を引き返し、鳳翔達はオリョールへと入って行った。

 それを見届け、俺達もレイテに引き返す。

 

「オマエハドウスルンダ?」

 

 最初のあれは嘘だとばれてるし、正直に言うか。

 

「あの島を拠点に鍛えようと思ってる。

 大和もそうだが怪物にも縁があってな」

 

 放って置けば姫か大和が潰すだろう。

 だけど、俺はあいつの最期を見届けなきゃいけない気がする。

 なんでかなんて全く分からないし本気で近付きたくないってのに、それだけは確信してるんだよな。

 

「先ずは身体を治すことが目的だな」

 

 前回は明石が治してくれたけど、今回は自分でやんなきゃなんないんだよな。

 

「ナオス?

 イチドシズンデアタラシイカラダナルホウガハヤイゾ?」

「そいつはノーサンキューで」

 

 砲を向けるな魚雷もいらねえ。

 しかもこれ、完全に善意なんだぜ?

 好意で沈めるとかやっぱり深海棲艦の感覚はいまいち理解しがたい。

 

「ヒメミタイナコトヲイウヤツダナ。

 ドウシテモッテナラ、シンカイセイカンタベルトナオセルゾ。

 カイシュウモデキテオトク」

 

 ……共食いですか。

 しかも近代化改修もそっちかよ。

 

「改修は限界までやってあるからそれ以外で」

「ワガママナヤツダ」

 

 呆れられても嫌なもんは嫌なんだよ。

 

「アトハタクサンコウザイヲタベルカ、カンムスノシュウリシセツヲツカウイガイシラナイ」

 

 鋼材食うならまだいいか。

 馬鹿みたいに必要なのも知ってるからまあいい。

 

「鋼材か。

 北方は遠いから西方のカレー洋辺りにでも行って掠って…」

 

 と、唐突に妖精さんが騒ぎ始めた。

 なにやら救難信号を拾ったらしい。

 

「ドウシタ?」

「救難信号らしいんだが、解析が上手くいかなくて」

 

 そう答えるとリ級は首を捻る。

 

「キュウナンシンゴウナンテアブナイモノ、ツカウヤツガイルノカ?」

 

 確かに。

 普通の船なら艦娘の護衛もなく航海するなんてありえなさそうだし、出していたらもう深海棲艦に沈められちまう直前の苦肉の策だろう。

 つうか、リ級の言い振りからして今の海で信号なんて発したら、それこそ変わらない吸引力並に深海棲艦ホイホイと化すんじゃないか?

 

「シュウハスウアワセタイ」

「ちょっと待ってくれ」

 

 興味津々とロ級がそう言うので妖精さんに周波数を確認してそれを教える。

 軍事機密とか今更だろうから気にしない方向で。

 すると、俺より先に解析が終わったらしくホ級が大声を出した。

 

「ナンダッテ!?」

 

 どっちかいうと無口系だと思ってたホ級の大声にびっくりする間もなく、ホ級が慌てて進路を変えて全速力で走り出した。

 

「ドウシタ?」

「コノキュウナンシンゴウハアノコカラダ!」

「ソレハタイヘンダ!?」

 

 ホ級の言葉に大急ぎで後を追うリ級とロ級。

 ……って、誰?

 

「オマエモイソゲ!!」

「え、あ、ああ」

 

 リ級のせっつきに思わず俺も走り出すが、俺はなによりも言いたいことが一つ。

 

「つうか、なんで俺まで?」

 

 

〜〜〜〜

 

 

 彼等と別れた私達はすぐに燃料調達に従事していた潜水艦に発見され、すんなりとラバウルへと到着することが出来ました。

 

「君達だけか?」

「はい。

 私達以外は全て沈みました」

「…そうか」

 

 ブルネイの元司令官は鳳翔の報告に帽子を深く被り直す。

 私自身、提督の判断は正しかったとそう考えています。

 高い錬度を有した主力艦隊を確実に逃がすために私達囮部隊を捨て駒として切り捨てた判断は、指揮官として適切だったとそう考えています。

 

「彼女達の健闘に感謝を。

 そして、君達の帰還を心から喜ばせてくれ」

 

 提督からの献言に、私は心の中で皆の頑張りはちゃんと報われたよと深く想った。

 そうしていると突然テーブルの古い黒電話が鳴り出しました。

 

「私です。

 ……そうですか。ありがとうございます」

 

 提督は礼を述べると、電話を置き私達に言いました。

 

「入渠施設に空きが出来たそうだ。

 修復剤は使わないからゆっくり疲れを癒してくれ」

「ありがとうございます司令」

 

 礼を言う鳳翔に倣い私達も敬礼しました。

 

「戦艦大和。

 提督の厚意に甘んじ入渠に入らせていただきます」

「ふふ、海の上よりドックのほうが居慣れているわ」

 

 山城の卑屈さには困ったものです。

 思わず私だけでなく提督と鳳翔からも軽い溜息が毀れてしまいました。

 失礼しますと一礼してから私達は入渠に向かいました。

 その途中、私は出会いました。

 

「あれは…」

 

 私と全く同じ後ろ姿に戦艦大和だと、そう思考はそう考えるのに、どうしてか頭はそれを、アレ(・・)は同じ存在ではないと強く否定していました。

 あちらの大和はこちらに気付いたようで、足を止め、こちらに振り向きました。

 

「っ」

「ひっ」

 

 振り向いた大和のその顔に、私と山城は小さく悲鳴を上げてしまいました。

 何故なら、あの大和は顔に顔全部を覆う真っ白な仮面を付けていたのです。

 それだけでも恐怖を沸かせるに十分でしたが、なにより仮面の奥に見える瞳は憎しみに染まっていました。

 その瞳を前にした私は、ブルネイの空襲の恐怖なんてとても生温いものだったと、もしかしたら沖の坊の血戦さえまだ優しかったのではないかとそう思ってしまうほどに恐ろしいものを感じてしまいました。

 

「もしや、横須賀の大和ですか?」

「ええ。

 そういう貴女はブルネイに栄転した鳳翔ですね」

 

 少しだけ篭ったその声は間違いなく私のものと同じ大和のものです。

 あの目を前に全く物おじしない鳳翔を凄いと感服しながら私は二人の話に耳を傾けます。

 

「こちらにということは、ブルネイは落ちたのですね」

「遺憾ですが。

 貴女は新種の深海棲艦の撃滅のためにここへ?」

「いいえ。

 私は任務のためにラバウルへ赴いただけです。

 ですが、正式な辞令が出れば出撃する所存です」

 

 一見事務的な会話ですが、任務と申した際に一瞬殺気が膨れ上がったのを確かに感じました。

 と、私の頭をあの駆逐イ級の事が過ぎりました。

 もしかしたら、大和の任務とあの駆逐イ級には何か関係があるのでしょうか?

 

「大和」

 

 いっそ尋ねてみようかと思った私ですが、口を開く前にあちらの大和を呼ぶ声に遮られてしまいました。

 

「そろそろ時間だ。

 帰頭するぞ」

「分かりました」

 

 長門の呼び掛けに大和は失礼しますと述べて私達に背を向けました。

 だけど、一瞬だけ私を睨んでいた気がしたのは、気のせいだとそう思いたい。

 大和の姿が消えると、私は一気に気が抜けへたりこみそうになってしまいました。

 隣の山城は耐え切れなかったようでそのまま倒れ込んでいます。

 

「大丈夫?」

 

 あの大和と接して普通に居られる鳳翔がとても大きく見えました。

 

「はい。

 でも、怖かったです」

「私、粗相してない?」

 

 力無くそう尋ねる山城ですが、私も同じようなものなので苦笑するしかありません。

 

「大丈夫よ」

「なんなのアレ?

 深海棲艦より怖かったんだけど…」

 

 私もそう思います。

 山城の呟きに鳳翔は困った様子で窘めました。

 

「彼女を悪く言ってはなりません。

 彼女も被害者なんです」

 

 そう語る鳳翔の顔は、とても悲しそうでした。

 鳳翔は何かを知っているのでしょうか?

 だけど、例えそうだとしても私は彼女がとても怖い。

 まるで艦娘の皮を被った深海棲艦のような、そんな得体の知れない恐怖を私は感じるのです。

 




 いろいろありましたがいつも通り投稿いたします。

 それと、横須賀の大和さんは顔の怪我を隠すために仮面を付けてます。
 誰が付けたかは言うまでもないかと。

 ということで次回はまたオリジナル艦娘の登場です。
 分かったら僕とコラボ……は嘘ですごめんなさい。


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さあて、やるか

 こいつら見てたら少し気が楽になった。


 深海棲艦が人命救助に赴いてるって聞いたらどう思う?

 普通は正気を疑うよね。

 でもさ、

 

「イソゲイソゲ!!」

「ヒャッハー!!

 タスケテヤルヨ!!」

 

 救難信号を受けて急行する深海棲艦が実際にいるんだから仕方ないよね。

 

「というか、一体誰なんだ?」

 

 さっきからあの娘あの娘としか言わないからさっぱりわからん。

 信号は海軍の使う周波数だったから取り敢えず艦娘だろうとは思うんだが、鳳翔達の時とは打って変わった積極的な態度に訳が解らなくなる。

 

「なあ、」

「ナンダ?」

「どうして助けるんだ?

 相手は艦娘じゃないのか?」

 

 そう尋ねると、リ級は笑った。

 

「ヒメトノヤクソクダカラ」

「姫?」

 

 つうかさ、前から思ってたんだがこいつらの個体認識はどうにかならないのか?

 こいつらにとって特定を指す場合、艦種だけで通じてしまうせいで誰を指すのかさっぱりわからねえんだよ。

 今だってこいつらの言う姫はどの姫なのか解らないし、こいつらだって重巡とか軽巡とかで済んでしまうから混乱しちまうんだよ。

 そういやワ級にそれぞれの名前を覚えさせるのに丸一日掛かったっけな。

 そんな俺の胸の内に構う様子もなくリ級は言う。

 

「ヒメハ、チカラハツヨイモノドウシガフルウカラ カチガアルッテイッタ。

 サイショハワカラナカッタケド、ツヨイヤツトダケタタカウト ジブンガスグニツヨクナレルッツキヅイタ。

 ダカラ、ワタシタチハヒメニヤクソクシタ。

 ツヨイヤツハ ゼンリョクデタタカウ。

 ムカッテクルヤツモ ゼンリョクデタタカウ。

 ヨワイヤツハ ツヨクナルマデマツ。

 タタカエナイヤツハ タタカワナイッテ。

 ソウイッタラ ヒメハヨロコンダカラ、ワタシタチハ ヤクソクヲマモル」

 

 そう自慢そうに笑うリ級。

 

「ヒメハタダシイ」

「ワタシタチハ ヒメトノヤクソクマモッタカラ イチバンハヤクフラグシップニナッタ。

 ホカノヤツハ ヒメトヤクソクシナイカラ、イツマデタッテモヨワイママ」

 

 リ級の言葉に同意の声を上げるロ級とホ級。

 ……ああ。ようやくわかった。

 こいつら、掛値なしの馬鹿だ。

 強い奴と戦えば早く経験値が貯まるのは当たり前なのに、こいつらは約束を守って姫の誇りに倣うから強くなれたって勘違いしてやがるだけのただの馬鹿だ。

 だけどよ、

 

「嫌いじゃないぜ」

 

 此処(地獄)が、こんな馬鹿な奴が馬鹿なままで居られるような世界なら、そんなに悪い世界でもないのかもしれない。

 あれ? もしかしたら、この世界に来て初めて良かったと思えたんじゃねえの?

 

「まあ、いいさ」

 

 端から見れば俺だってこいつらと同類なんだ。

 だったら、余計な事なんて考えてないで、お前達との約束をただ果たすだけの馬鹿になっちまってもいいよな? 千歳、球磨。

 

「先行する!」

 

 後先考えるのをやめ、目の前の誰かを助けるため缶の熱を最大限に高める。

 高まった熱が蒸気を生み出してファンを回し、回されたファンがギヤに力を伝え、伝わった力がギヤを通してスクリューを回す。

 そして船速は最大の60ノットまで跳ね上がり三馬鹿をあっさりと追い抜いた。

 

「ナニソノハヤサ!?」

 

 驚くロ級に俺は言う。

 

「ちんたら走ってんと手柄独り占めにしちまうぜ!」

 

 相変わらずこの速さを御しきれているとはいえないが、手綱を手放す事なく俺は波を見極め快速を維持する。

 そうして三馬鹿を置き去りに俺は走り続けると、レーダーの射程に反応を捉える。

 距離は70km。大和だって砲が届かない距離でも見付けられるんだから流石日本の変態技術だな。

 とはいえ状況は良くないらしい。

 一隻に対して五隻が追う形に反応があるから、この五隻が深海棲艦だろう。

 

「ちょうどいい」

 

 横合いから割り込んでT字有利に突っ込める状況に、舐める唇は無いので喉を鳴らし俺は絶好の機会だと笑う。

 更に数分も走ると水平線に小さな影が見えて来た。

 

「って、なんだありゃ?」

 

 追われている艦娘の姿に俺は疑問の声を上げてしまう。

 艤装は確かに艦のそれなのだが、砲や甲板、カタパルトや機銃といった武装が一切載っていない。

 しかも船体は目立つことこの上ない電燭のデコレーションがされた上で白一色に塗られ、更に緑のラインと赤い十字架をペイントしてあるのだ。

 めちゃくちゃ目立つだけの艤装だが、しかし、俺は船体自体をどっかで見たことある気がするんだよね。

 って、相手の素性は後でもわかるだろと俺は戦いに集中する。

 両者ともこちらに気付いたようで、艦娘は敵が増えたと焦り、ヌ級を旗艦とする襲撃者は手駒が増えたと喜び勇む。

 

「馬鹿が」

 

 合流するように見せ掛け、俺は最大速度で同じイ級の横っ腹にラム・アタックを噛ましてやった。

 

「ガハッ!?」

 

 相対速度100ノット近くでの激突にミシミシと身体が軋むが、不意打ちで喰らったイ級のダメージはそれ以上で、追突部から真っ二つに引き裂かれ耐える暇もなく沈んでいる。

 

「ナニヲスルキサマ!?」

 

 直衛のヘ級が砲を回頭させるが遅いんだよ。

 

「らぁっ!!」

 

 俺はその場でスピンする勢いで回頭すると同時に爆雷を発射。

 弧を描き飛んだ爆雷がヘ級の艦橋に当たり爆発の花を咲かせる。

 

「キャー!?」

「ヒヲハヤクケスノヨ!!」

 

 弾薬に火が回ったらしく間抜けな悲鳴を上げてあわてふためく様に俺は違和感を覚えるも、取り敢えず注意が逸れたので一旦退避し艦娘の方に向かう。

 

「大丈夫か?」

「え? ええ。まだ沈むほどダメージはないけど…」

 

 リブ生地のセーターの上に白衣に眼鏡と、女医というより保健室の先生っぽい艦娘は戸惑いながらも無事を伝える。

 

「もしかして、救難信号を受け取ってくれたの?」

「他に助けた理由があるのか?」

 

 嘘を言う理由もないしな。

 そう言うと艦娘は苦笑した。

 

「言葉も上手いし変な奴ね」

 

 まるでりっちゃんみたいと言う艦娘。

 こいつ、深海棲艦の言葉が解るのか?

 いろいろと聞きたいことはあるが、先にあっちだな。

 

「オマエ、カンムスニミカタスルノカ!?」

「見て分かれよ馬鹿が」

 

 怒るヌ級を更に挑発するよう言うと、ヌ級は怒り狂い怒鳴った。

 

「ブッコロス!?」

 

 同時に口から艦載機が飛び出す。

 阿呆。

 その程度の数で俺が倒せるかよ!

 飛んで来た数機の艦載機目掛けファランクスが猛然と弾丸をばらまくと、ろくな回避も出来ずあっさり撃墜された。

 

「イッキノコラズウチオトサレタ!?」

 

 驚くヌ級に次いで砲撃が自分目掛け飛んで来たが、それも難無く回避。

 ……え? もう終わり? 正直弱過ぎる。

 

「ダッタラコレハドウ!」

「ギョライイッセイハッシャ!」

 

 そう叫びニ級とチ級が魚雷を発射させる。

 いや、そんな馬鹿正直に撃ってどうすんの?

 しかも三門二射線って飽和になってなくね?

 俺は以前会得した爆雷シールドで魚雷を無効化するが、魚雷は囮でもなかったらしくあらかさまにうろたえ始める。

 

「ナニソノハンソクワザ!?」

「バクライハ センスイカンヲコウゲキスルブキデショ!?」

 

 ホントに何言ってんだお前ら?

 ……もしかして、こいつらゲームの仕様にしか攻撃できないの?

 え? ちょっとそれはいくらなんでもおかしくないか?

 絶好の隙を曝してるってのにぎゃあぎゃあ文句を言うだけの奴らに呆れていると、横からリ級の砲撃が降って来た。

 

「キャアアアア!?」

「ニゲロ!?」

「チクショー! オボエテナサイ!!」

 

 そう捨て台詞を吐いて逃げていってしまう。

 ……なんだこれ?

 

「クチク、ハイカワ、フタリトモブジ?」

「あ、りっちゃん。

 この娘のお陰で私はこの通りたいした怪我もしてないよ」

 

 やっぱりりっちゃんってこいつかよ。

 それにハイカワってそんな名前の艦いたっけなぁ?

 ようやく追い付いたリ級に俺はどっと疲れを感じながら尋ねた。

 

「すんげー弱かったんだけど、あれってどうなんだ?」

「ニゲカタモトウセイトレテナイシ、タブンニュービー」

 

 あ、やっぱり雑魚だったんだ。

 いや、姫の率いた大部隊とか金剛達の連携とか大和の…あいつを思い出すのはやめて、今まで原作のルールなんて鼻紙に丸めて放り投げるような戦闘ばっかり経験してたから正直戸惑ったよ。

 

「ソレニシテモツヨイノネ」

「そうか?」

「エエ。

 ショウジキジハイカワノタテトシテ ジカンカセギニナレバッテオモッテタ」

 

 囮要員ですか?

 いや、砲雷撃出来ないから間違っちゃいないんだけどさ。

 

「レベルドレグライ?」

 

 ロ級の問いに俺もふと気になった。

 

「そういや気にしてなかったな」

 

 まあ、せいぜい10もあれば上等だろうなとごちつつデータを調べてみると…

 

【Level48】

 

 ……。

 

( ゜д゜) ・・・

 

(つд⊂)ゴシゴシ

 

(;゜д゜) ・・・

 

(つд⊂)ゴシゴシゴシ

  _, ._

(;゜ Д゜) …!?

 

「よんじゅうはちぃっ!!??」

 

 え? 一体いつの間にかそんなに上がってたんだよ!?

 やったね那珂ちゃん改二になれるよ!

 

「……オイ」

 

 テンパる思考をひんやり冷やすように、コツンと頭に砲が押し付けられる。

 

「イキナリオオゴエヲダスナ」

 

 頭を押さえてそう言うリ級。

 あ、これあかんやつだ。

 

「すまない。

 予想してたより高くて驚きすぎた」

 

 そう言うとリ級は呆れたようにごちる。

 

「ジブンノカンリモデキナイノカ?」

「…最近イベント目白押しだったんでな」

 

 正解には転成してから休む暇も無かっただけどな。

 

「フラグシップニナラナイノ?」

「そうだなぁ…」

 

 ワ級の話だととっくにフラグシップになれるらしいんだが、改造ってどうやるんだか知らないんだよな。

 

「改造に必要な資材が貯まったらな」

 

 あいつらがどんだけ資材を貪ったかわからないし、その辺りも整査しておかないと。

 

「ナニヲイッテイルノ?

 カイゾウハ、イッカイシズムダケヨ?」

 

 造り直せってか。

 

「…前言撤回。改造はしないで行く」

 

 いやマジで砲を構えるな。

 

「…カンムスミタイナコトヲイウヤツネ」

 

 肩を竦めてリ級は砲を下ろした。

 助かったぁ。

 こいつらのこれがマジで善意だから困るんだよ。

 そうして一段落したのを見計らってたようで、ハイカワが口を開く。

 

「りっちゃん。

 前から言ってるけど私の名前はハイカワじゃなくてひ・か・わ。

 由来だって由緒正しいんだから間違えないで」

「ハツオンムズカシイノヨ」

 

 唇を尖らせるハイカワ改めヒカワに困った様子で言うリ級。

 ……って、ヒカワ?

 

「もしかして…山下公園のアレか?」

「あら?

 貴女私の事知ってるの?」

 

 マジカヨ!?

 驚きすぎて片言になる俺にヒカワは嬉しそうに名を名乗る。

 

「私は病院船『氷川丸』。

 戦いは参加できないけど、大和型に負けない居住性と最新の医療設備が自慢なの。

 よろしくね」

 

 そうドロップみたいな自己紹介をする氷川丸。

 その姿に俺は心底思ったんだ。

 

 あきつ丸より使い道に困る奴なんてどうしろってんだ!!??

 




 という事でオリジナル艦娘は氷川丸でした。

 当たった人がいたら本気で驚くチョイスだったんだけど、どうなんだろう?

 最近どんどん上がってくけど、やっぱりすぐおちるよね?
 というか、装甲空母ヲ級が近くでアップしてるしね。


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生きていたのか!?

しかもこんなに強くなってまあ。


 

 この世界は病院船まで実装済みなのかと驚いている俺を尻目に、リ級と氷川丸は話を続ける。

 

「コノアタリニハ、アブナイカラ チカヅカナイデ」

「そうはいかないわ。

 私までここを離れたら多くの人が病に苦しんでしまう。

 人を救うための病院船として、それは耐えられないわ」

 

 自らの生き方は変えないとそう言う氷川丸。

 その心意気は立派だけど、せめて護衛っていうかもしかして独力でやってんのか?

 

「鎮守府に所属しないのか?」

「彼等は駄目。

 艦娘はまだいいけど、鎮守府は私を輸送要員に組み込もうとするから力は借りたくないの」

 

 そういや氷川丸って国際法逆手に取って輸送艦に使われたんだよな。

 あれがあるから嫌がってるのか?

 

「妹達も頑張ってるし、姉としてここは引けないわ」

「……シカタナイ」

 

 そうごちるとリ級は言った。

 

「カイブツガイナクナルマデ ワタシタチガゴエイスル。

 コトワルナラ ムリヤリオイカエスワヨ」

 

 ……おい。

 その私達には、俺も含まれてるのか?

 護衛だけならやぶさかじゃないが、俺にだってやることがあるんだぞ?

 

「まあ、さっきみたいなのもあるから妥協しなきゃだめよね」

「ソウイウコトヨ」

 

 このままなし崩しに巻き込まれるのは流石に回避しないと。

 そう思い口を開こうとした俺だが、それよりももっとヤバイ問題が起きた。

 

「……なんだ?」

 

 さっき逃げ出した奴らが凄い勢いで引き返して来たのだ。

 

「どうしたの?」

「…来る」

 

 その理由は、対空レーダーが教えてくれた。

 

「怪物の、装甲空母ヲ級の爆撃機がこっちに向かって来ているぞ!!」

 

 そう叫ぶとリ級達も警戒する。

 

「装甲空母ヲ級って何?」

「レイテを掻き回した元凶だ!」

 

 さっき逃げたヌ級達が原因らしいが今更気にする暇はない。

 

「爆撃出来る水偵ないかりっちゃん?」

「スイテイジタイモッテナイ。

 トイウカ、リッチャンイウナ!?」

 

 恥ずかしそうに喚くリ級リ級を聞き流しレーダーを睨む。

 ヌ級の艦戦を使わせるという手もあるが、はっきり言って装甲空母ヲ級の艦戦は同数の紫電改でも圧し負けかねない程に強く、怪物相手には壁にもなりはしないだろう。

 

「陣形を輪形陣に!

 氷川丸を中心に俺が直衛に入るから生き残ることだけに集中しろ!」

 

 激を飛ばすとリ級達はすかさず周囲を固める。

 距離二百の位置でハッチを開き、相変わらず馬鹿げた高度から爆撃を開始するB-29。

 

「ってぇええええ!!」

 

 ありったけの砲が上に向け放たれ落下してくる爆弾の迎撃が始まる。

 

「キャアアアッ!?」

「ダレカタスケテェェ!?」

「アイエェェェ!? バクゲギ バクゲキナンデ!?」

 

 …意外と余裕だな?

 馬鹿みたいに騒いでいる向こうは無視して、直上から落ちてくる爆弾の狙撃に集中する。

 対空機銃とファランクスが撃ち抜いた爆弾が破裂した爆炎の花火が空を覆い尽くしリ級の三式弾と相俟ってまるで花火大会のようだった。

 前回と違い弾薬に余裕と手数もあり、B-29が投下した爆弾は俺達に落ちることはさせていないが、物理法則を無視した量の爆弾が延々降り続く状況に終わりが見えない。

 

「くそ、後どんだけ落とす気だ!?」

 

 空は炎の赤と黒煙の黒に覆われながらもレーダーは落下する反応に終わりを告げようとしない。

 

『……主人。 御主人』

 

 …幻聴か?

 今、俺の聴覚にもう聞くはずのない声が響いた。

 

『私ヲ、喚ンデ下サイ御主人』

 

 お前、生きてたのか?

 

『次元ノ壁ガ、座軸ヲ合ワセル鍵ガタリマセン。

 御主人。

 私ヲ、アナタノ声デ座標ヲ、アナタノ居場所ヲ教エテクダサイ』

 

 座軸とか座標って何の話だ!?

 いや、考えている暇はない。

 訳が分からないけど、俺はその要求に全力で声を張り上げた。

 

「来い!!

 『アルファ』!!」

 

 直後、何も無い空間が波紋を広げ、放たれた『鏃』のように波紋な中心から肉の塊と戦闘機が融合した異形の存在『バイドシステムα』が飛び出した。

 最期に見たそのままの姿のアルファに俺は感動と同時に、以前には無かった触手の生えた凄まじいグロさの謎の球体を引き連れている事に突っ込みたい気持ちでいっぱいになっていた。

 

「ナンダアレ!?」

「グロイ!? キモイ!?」

「アラテナノ!?」

 

 アルファの異様にリ級達が混乱して弾幕が薄くなり、何発かの爆弾が隙間を縫って振ってくる。

 

「しまっ…」

 

 あの悪夢が繰り返されるのかと思考が黒く染まろうとするが、

 

『ヤラセナイ。

 フォースシステム起動。コントロールロッド信号確認。

 喰ラエ、『バイドフォース』』

 

 アルファの後部に追随していた球体が離れ、アルファ同様信じられない速さで爆弾に迫ると爆弾を文字通り『喰らい尽くした』。

 更にバイドフォースと呼ばれた球体は下から飛んでくる三式弾や機銃の弾もものともせず次々と飲み込み、全ての爆弾を喰らい尽くすとB-29を護衛する艦戦を翻弄するアルファの元に向かい、その正面に陣取る。

 

「アレは、味方なの?」

 

 困惑する氷川丸に俺はああと頷き、バイドフォースによって次々と塵も残さず艦戦を破壊していくアルファを眺める。

 バイドフォースを得たアルファはもとよりの異常な速さと合間りキルレシオ50:1でも足りなさそうな、まさに獅子奮迅の活躍を以って空を蹂躙。

 慣性とか重力とか何それおいしいのって勢いで直角に飛び、フォースを切り離したり射出しながら敵艦戦を撃滅し尽くした。

 その間も降り続ける爆弾の雨を一発も残らず喰らい尽くしているんだから、もう凄いを通り越して怖いんだけど。

 爆弾を落としきったB-29は口惜しそうにハッチを閉じそのまま逃走しようとするが、アルファはそれを許さない。

 

『敵、残リ1。

 波動砲チャージ100パーセント完了。

 デビルウェーブ砲、発射』

 

 波動砲って、宇宙戦艦ヤマトのあれ?

 なんだそれはと思う間もなくアルファの後部から紫色の光の塊が放たれた。

 放たれた光は見たことも無い怪物の姿を模りそのままB-29へと体当たりすると大爆発と共に爆発四散した。

 ……もう、あいつだけでいいんじゃねえの?

 

「オワッタ…ノカ?」

 

 濛々とする煙を眺めながらリ級がごちる。

 

「ヒガイハ?」

「ムキズヨ」

「こっちもだ。氷川丸にかすり傷もねえ」

 

 前回のニの舞は避けられた。

 頭数と三式弾持ちのリ級が居たってのが大きかったが、なによりアルファの存在が1番でかい。

 空間を波立たせバイドフォースを中に押し込んで消してからゆっくりと降下してくるアルファ。

 外見のグロさに周りがドン引きするが、俺は構わず先ずは再開の喜びに打ち震える。

 

「アルファ!」

『遅ソクナリマシタ。

 バイドシステムα、帰還シマシタ』

「お前、死んだって…」

 

 木曾にそう言われていた俺にアルファは言う。

 

『物理的ナ破壊デハバイドハ死ニマセン。

 バイドヲ葬ルニハ、同ジバイドノ力カ波動ヲ用イル意外方法ハアリマセン』

 

 え〜と、つまり、殺すには特別な手段がいるって事か?

 

「それはそれとして、さっきのは?」

『以前遭遇シタ島風ヨリ頂戴シタ『バイドノ切レ端』ヲ中核トシテ製造シタ『フォース』ト呼バレルバイドデス。

 常時運用ハ危険ナノデ、次元ノ狭間ニ置キマシタ』

 

 あ、やっぱりあれもバイドだったんだ。

 つうか、島風が持って来たってどういうことなんだ?

 

「じゃあさっきの波動砲って?

 つうか、武装無かったんじゃないのか?」

 

 スロットには非武装と書いてあったはずだよな?

 

『次元ノ彼方デ隔タレタ歴史ヲ歩ム同郷デ改修シマシタ。

 デスガ、汚染ヲ広ゲナイタメニ波動エネルギーノ充填ニハ非常ニ時間ガ掛カルヨウニナッテイマス』

「どれぐらい?」

『フルチャージニ一ヶ月ヲ要シマス。

 マタ、撃ツ毎ニチャージングガ必要デス』

 

 駄目じゃん。

 いや、でもあんなもの乱射されたらそれこそ艦娘も深海棲艦も勝ち目無いし、ちょうどいいのかもしんねえな。

 

「ま、まあとにかくだ。

 積もる話も山ほどあるが、取り敢えず着艦してくれ」

『了解』

 

 カタパルトを稼動させアルファを格納する。

 懐かしい感触に欠けていた隙間が埋まったような安心感と一緒に、俺はアルファが生きていたんだから木曾だって生きているかもしれないと希望を持ち直した。

 

「アネゴ!」

 

 と、突然さっきの爆撃でぼろくそにされたヌ級達が俺に平伏した。

 って、姐御?

 

「クチクナノニ キョウリョクナカンサイキヲモッテイテ シカモソノツヨサ。

 ワタシタチヲ、ゼヒトモシャテイニシテクダサイ!」

 

 ……舎弟?

 それってつまり、

 

「艦隊に加えてほしいって事?」

「「「「オネガイシマスアネゴ!!」」」」

 

 え〜。

 

「慕うのは勝手だけどさ、俺、人間や艦娘襲う気全くないんだけど…」

「ジャアワタシタチモソウシマス!」

「いや、だから…」

「ネンリョウハコビデモナンデモシマスカラ!」

 

 ん? 今なんでもするって言ったよね?

 じゃあ解散って言おうと思ったんだけど、ポンとリ級が頭に手を置いた。

 

「ナカマガフエテヨカッタナ」

 

 ……どうしてそうなる。

 

「あ、じゃあ今からレイテに医療品運ぶの手伝ってくれる?」

 

 ちゃっかり護衛の頭数と数える氷川丸まじちゃっかりさんですね。

 

「……しゃあねえ」

 

 こうなったら流れに身を任せるしかないか。

 

「お前等、今から氷川丸を護衛するぞ。

 付いてこい」

「リョウカイアネゴ!」

 

 喜々として氷川丸の周囲を固め始める二級達。

 舎弟とかいろいろ面倒な事になってきたけど、アルファが帰って来た事が俺にはなにより嬉しかった。

 

 木曾、お前も必ず見つけだしてやるからな。

 




 漸くアルファ合流してくれたよ!

 と言っても原作完全再現したら本当にアルファだけで事足りるので、原作比率では大分弱体化しています。
 因みにバイド粒子弾は撃てません。
 理由は弱体化修正もありますが、アルファは特殊なのが理由です。
 その辺りは次に解説したいと思います。
 そして、次回から姫様も動く予定です。


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ああ、そうかよ

だったら、やってやろうじゃないか!


 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!」

 

 この世のものとも思えぬ音と出来ぬ怨嗟の咆哮。

 憎悪と悲哀とがない混ぜになった負の感情そのものを放つのは、乱喰歯が列ぶ巨大な鋼の顎と、怪物より身を生やす鮓か空想の宇宙生物を彷彿とさせる傘にも似た異形と、その異形を頭に乗せる少女。

 三つの口が咆哮する度に巨大な顎と異形の鮓から空を切り裂く破壊の権化が空へと飛び立ち破壊を撒き散らす。

 

「狂うのも大概にしろ姫ぇぇええ!!??」

 

 怒号を放った南方棲戦姫は徒として率いる浮遊要塞に指示を下し、無差別な破壊を齎すB-29(狂気)を打ち落とさんとVT伸管を搭載した砲弾を打ち上げる。

 打ち上がった砲弾がB-29の近くで炸裂し、激しい衝撃に揚力を失したB-29が墜落するが、打ち上がる砲弾よりも装甲空母ヲ級が発艦させるB-29の方が多く、南方棲戦姫の猛攻の隙間を縫って数機のB-29が獲物を求め飛び立った。

 

「チッ…!」

 

 装甲空母ヲ級の討伐を開始して早二十日。

 初めは元姫であっても、相手は理性を失したケダモノ故に一日と掛からず仕留められるとたかを括っていた南方棲戦姫だが、装甲空母ヲ級は理性を失した代わりに馬鹿げた耐久性と防御力を兼ね備えた堅牢な要塞と化しており、更に無尽蔵に放たれる艦載機の群れに想像していたより遥かに苦戦を強いられていた。

 単純な火力ではこちらが勝っていた。

 しかし、その分厚い防御力は直撃弾でさえ多少の傷を与えるに留まり、更にはいくら損傷を与えようとも装甲空母ヲ級は浮遊要塞を召喚し、それを餌として回復してしまうのだ。

 無論、隙が無いわけでは無い。

 装甲空母ヲ級は異常なほど損傷を気にするため、少しでもダメージを与えれば状況を無視して回復しようとする。

 その隙に回復量を上回るダメージを与えればいい。

 しかし、それだけの砲撃を絶え間無く続けるには、南方棲戦姫と手駒の浮遊要塞だけでは手数が足りない。

 他所から引っ張ってこようにも、装甲空母ヲ級が吐き出すB-29を初めとする爆撃機と奴に従属する浮遊要塞によって悪戯に被害を増やすだけなのは最初に引き連れて来た手勢の壊滅と引き換えに骨身に刻んでいる。

 浮遊要塞の砲撃と爆撃に耐え反撃に移るだけの実力が無ければ、どれだけ数を揃えようと菊水作戦より悲惨な末路が待っているのは日を見るより明らか。

 

「分が悪い…」

 

 ただの海戦であれば並の艦娘百隻を相手取り一月は耐え凌いだ事も幾度となくあった南方棲戦姫だが、とにかく相性が悪い。

 例えるなら蜂の巣穴に飛び込み幾千の蜂を相手取りながら女王を狩れという孤立無援の消耗戦。

 無尽蔵に手駒を使える泊地タイプの姫ならば如何様にも手は打てるだろうが、正面からの真っ向勝負を本懐と一撃の威力に特化した南方棲戦姫には殊更不利な状況だった。

 改めて『総意』をして『イレギュラー』と呼ぶ怪物の力を目の当たりにした南方棲戦姫は結論に達する。

 

「今回は私の負けだ『イレギュラー』。

 だが、この決着は必ず着ける」

 

 全てを埋め尽くさんばかりに艦載機を展開する装甲空母ヲ級に捨て台詞を残し、南方棲戦姫は海面に身を没する。

 捨て身になり相打つ覚悟ならば目もあろうが、それをするに値する相手だと南方棲戦姫には思えなかった。

 

「奴が理性を失していることが残念だ」

 

 力だけならそれに値するが、しかし奴は志無きケダモノ。

 己を打倒するに足る戦士の到来こそ、南方棲戦姫の確固足る願いなのだった。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 氷川丸の護送に付き合いレイテの近海の人が住む陸地に医療品の搬送や病人の治療なんかの赤十字っぽい活動の支援を行ってから数日。

 海路の都合がいいからと氷川丸は補給に寄った明石の島を中継地としたいと言い出し、持ち主が戻ってくるまでという条件で俺は妥協した結果、リ級とヌ級達の拠点にもなりいつの間にか深海棲艦のたまり場となってしまった。

 

「明石に申し訳がたたねえ…」

 

 たまり場とするのは自分が良しとしたリ級達三人とヌ級達五人だけだが、どこで噂を聞き付けたのか領域争いに敗れたニュービー共が再起の場として奪いに来るようになったのだ。

 噂の内容は「臆病風に吹かれて艦娘に手を貸すヘタレ共がこの島に根を張っている」という、実に根も葉も無くはない噂である。

 お陰でおちおち休んでる暇もなく、燃料と弾薬を詰め込んではニュービーを返り討ちにして追い返し、ヌ級達が遠征して拾ってくる資材を溜め込み、氷川丸達が戻って来たら溜め込んだ資材と引き換えに時折拾うダメコンなんかの貴重なアイテムを貰う相互協力の体制が成立していた。

 ニュービーって大体が駆逐と軽巡の集まりで、強くても軽空と重巡が混ざってるぐらいだから俺一人でも対処できるレベルなんだよね。

 経験値が雀の涙程度なのさえなんとかなればいい鍛練の的になるんだよなぁ。

 どうでもいいんだけどさ、氷川丸って拾ってくる装備に武器が無いんだよね。

 その代わり、大発とかダメコンとかドラム缶とか希少だったり価値の高いものだからいいんだけどさ。

 あ、因みに普通の深海棲艦は艦娘の装備は使えないそうだ。

 なんでも妖精さんの加護が掛かった装備は深海棲艦と相性が悪く、相性を無視して妖精さんの加護を受けた装備を使える俺はかなり異端らしい。

 お陰でヌ級達の尊敬はうなぎ登りに上がり、尊敬から崇拝に近い扱いを受けるようになった。

 お陰で扱いやすいこと扱いやすいこと。

 自発的に遠征に出てくれるから重点的に必要な資材を言うだけでいいし、間が合えば追い払う手伝いをしてくれる。

 といってもまだまだ艦隊行動も拙いので俺が指示を下さなきゃなんないんだけど、俺が指揮するときはニュービーぐらいなら中破するかどうか程度に被害を抑えられるようになった。

 人間にとって厄介な存在を育成しているとか言うな。

 こっちだって生き続けるために死に物狂いなんだよ。

 いつ来るかも分からない装甲空母ヲ級のB-29に警戒しながら拠点にしたがるニュービー共から島を守るには、後の問題とか考えてるだけの余裕は無いんだよ。

 昼の哨戒を終え、ヌ級達が調達してくれた鋼材をかじる。

 少しだけだが損傷も治り始め、船体のペイントも塗り直したから元の姿に戻るのも時間の問題だろう。

 後は、明石達を見付ける事か。

 ニュービーのヌ級達は当然だが、ル級達も明石の行方は知らなかった。

 それを疑問に思った俺の質問に、深海棲艦の索敵範囲には大きなムラがあり、姫>空母>潜水艦>重巡>軽巡>戦艦>雷巡>駆逐とおおよそに範囲は小さくなるそうだ。

 戦艦の方が小さい理由は燃費を気にして行動範囲が狭いから。

 時代は変わっても空母に比べ戦艦は肩身が狭いらしく切ない話だ。

 姫ならば知っているかもしれないが、生憎接触した唯一の姫は怪物へと堕ち、哨戒の合間にアルファを飛ばして探しながらヌ級達にも情報を漁るよう頼んでいる。

 だが、その足取りは全く掴めていない。

 本格的な探索を始めたばかりだから仕方ないけれど、やっぱりじれったいことには代わらない。

 とにかく今は雌伏の時だと逸る気持ちを抑え鋼材をがりがりかじる。

 因みに鋼材って肉の味。

 臭みが無いから多分豚かな?

 弾薬は甘味というより野菜的な甘さなんだが、ボーキサイトだけはよく分からない。

 ヌ級に聞いても美味いとしか言わないし、詳しく聞こうにも人間の菓子とか食ったこと無いから例えられないって言われた。

 瑞鳳見付けたら聞いてみるかと考えながらジャーキー感覚で鋼材をかじる。

 そういや深海棲艦は同じ深海棲艦に食われると復活出来ないらしい。

 食った相手に取り込まれて相手の力にされるそうだ。

 その話と今まで知り得た深海棲艦の特徴を重ね合わせると、姫はなんでヲ級の復活を待たずに自分を素材としてまで無理矢理蘇らせようとしたのか疑問なんだよな。

 もしかしたら装甲空母姫は何か別の、深海棲艦の常識や根幹さえ覆してしまう何かを知っていて、そのために復活を待つことが出来なかったのか?

 それともただ気が動転して怒りにその事を忘れていただけだったのか?

 はたまた特攻兵器に深海棲艦の復活を封じる力があって、そのため復活出来ないと知っていたのか。

 いずれにしろ、答えは装甲空母姫が装甲空母ヲ級へて変じたことで闇の中。

 いつか答えは解るかもしれないけど、今は暇を潰す手慰みに考えるぐらいにしとかないとな。

 そんなことを考えつつ俺は新しい鋼材にかじりつく。

 この身体は空腹感を感じない代わりに満腹感も感じないが、一定量を食べるともう食べたいと思わなくなるのでそれを満腹として鋼材を七ツほど食ってから今日の分は終わりにしておく。

 この後は特に予定もないのでどうしようか?

 というより、そもそも予定もなければやることもない。

 アルファの索敵が凄まじ過ぎて俺がやる哨戒は実際自主的な運動みたいなものだし、島を守ろうとすれば遠出もあまり出来ず、結果、情報を待ち敵が来ないか警戒して待機を続けるのが1番効率がいい。

 ……端から見たら引きこもりじゃねえか。

 こうなると大和ホテルとか笑えないな。

 

『御主人』

「敵か?」

 

 アルファの通信に俺はファランクスの調子を確かめ問い返すとアルファは応えた。

 

『リ級達ガコチラニ戻ッテキテイマス』

 

 予定だと次に立ち寄るのは三日後の筈。

 なにかあったのか?

 

「氷川丸は?」

『全員確認シマシタガ損傷ハ見受ケラレマセン』

 

 ますます奇妙だな。

 

「取り敢えず周辺の警戒に戻ってくれ」

『了解。

 索敵ニ戻リマス』

 

 なんにしろ警戒だけはしておこう。

 海に出て暫く待つと、リ級達の姿が見えて来た。

 

「予定よりずいぶん早いな?

 何か問題が起きたのか?」

 

 そう尋ねるとリ級は困った様子で言う。

 

「オマエトアイタイトイウヤツガイル」

「俺と?」

 

 会いたいって、誰だ?

 深海棲艦なら向こうからやってくる筈だし。

 傾げる首が無いから仕方なく何もしないで相手を問うてみる。

 

「誰だ?」

「ヒメダ」

 

 姫かよ!?

 というか、どの姫?

 

「…解った。

 場所は?」

 

 今までで1番頭を押さえる手がないことを悔やみながらそう尋ねると、リ級は北を指した。

 

「ムコウデマッテイル。

 ハヤクイッタホウガイイ」

「解った」

 

 そう言うと俺は急いで北を目指す。

 全速力で数時間走ると相手の姿が見えて来た。

 

「…まぁじで?」

 

 青空ではっきりと見える黒髪に額に角を有した深海棲艦の姿に、俺はなんでだと叫びたくなった。

 黒髪の深海棲艦なんて、俺が知る限りただ一人。

 南方棲戦姫と対を成す戦艦棲姫だけだ。

 勿論相性は最悪。

 アルファが戦えるようになったと言ってもアルファが武器とするフォースは深海棲艦に直接当てると寄生してバイド化を引き起こし、最終的にネズミ講式にバイド汚染が拡大、地球がバイドの星に成り果ててしまうという話を聞きその使用を皆で禁じているので、実質制空権を確保する艦戦も出来る水上偵察機に留まっている。

 切り札の波動砲なら平気だそうだが、チャージが足りないからまだ使えない。

 頼むから穏便にあちらの用件が終わってくれと思いながら、話が出来るまでに近付いたところで俺は声を掛けた。

 

「俺に用事とのことだけど、誰かと間違えていないか?」

 

 そう尋ねると、黒と白のコントラストが素晴らしい戦艦棲姫は艤装という名の巨大な軽巡ト級の手に腰掛けたままいいえと言った。

 

「深海棲艦でありながら艦娘と同様の加護を受けられる貴方に間違いありません」

 

 間違いであってほしかったよ畜生。

 って、戦艦棲姫は俺が妖精さんを乗せていることを知っている?

 それに気付いた瞬間警戒が一気にレッドまで引き上がる。

 しかし、戦艦棲姫は静かな口調で言った。

 

「私に戦う意志はまだないわ。

 そんな、鼠のように警戒しても無意味よ」

 

 まだ(・・)、ね。

 それって、戦う可能性高いってことじゃないですがヤダー。

 

「まずは招待に応じてもらい礼を言うべきかしら?」

「いやいや。

 戦艦棲姫様のご招待に招かれて断るわけにも行きませんよ」

 

 そう言うと何故か戦艦棲姫は眉を潜めた。

 

「貴様、何故私を『戦艦棲姫』と呼んだ?」

 

 もしかして、マズッた?

 

「答えよ」

 

 戦艦棲姫の言葉と同時に艤装という名の巨大なト級がぐるぐると喉を鳴らす。

 

「…区別しやすいよう、懇意にしていた艦娘の呼び名を使わせてもらいました」

 

 慌ててそう答える俺に、納得してくれたのかト級が大人しくなる。

 

「ふむ。

 あの工作艦か」

 

 明石を知っているのか?

 逸る気持ちを必死に押さえ付け俺は質問をする。

 

「あの、今回の呼び出しの内容は?」

「さして難しいことではないわ」

 

 そう言う戦艦棲姫だけど…

 

「私と一度砲を交えなさい」

 

 無茶振りじゃないですかヤダー!?

 

「あの、俺、駆逐艦なんですが?」

 

 しかも砲すらもってない防空専門の囮要員ですよ?

 

「力を見せなさい」

 

 ざざぁとか音を立てて海の中から浮遊要塞まで飛び出してきましたよ。

 もうこれ完全に無理ゲー。

 難易度で言ったらコジマ禁止ランスタン縛りのカーパルス占拠やOW無しジャンク縛りの黒栗戦より酷い。

 

「あの、断ったら?」

 

 無駄な足掻きだよなぁなんて思いながら一応尋ねてみる。

 

「それならそれでもいいわ」

 

 すると、戦艦棲姫はあっさりそう言って…

 

「ただし、貴方が守ろうとしている水上機母艦が海の藻屑となるわ」

「……」

 

 ぷっつんと、頭の中で何かが切れる音がした。

 

「千代田を、居場所を知っているのか?」

 

 さっきまでの恐怖を始めとする忌避感がまるごと消え去り、代わりにぐつぐつと煮え滾る戦意が身を包む。

 

「彼女達は私が回収しました。

 水上機母艦だけではないわ。

 軽母も、雷巡も、工作艦も、輸送も私の庇護の下に穏やかに過ごしているわ。

 だけど、貴方の答え次第でその平穏は終わることになるわ」

「……そうかい」

 

 探す手間が省けた。

 ついでに、引くわけにも、負けるわけにも行かなくなっちまったな。

 

「力を見せろっていったな?」

「応じるのですね」

「ああ」

 

 俺の答えに合わせるように戦艦棲姫がト級の手から水面に立ち、浮遊要塞が口を開く。

 俺もいつでも始められるようにアルファを発艦させ、缶の熱をフルに引き上げファランクスと爆雷の発射準備に入る。

 

「ところでだ、力を見せるのは構わねえんだが…」

 

 自分に言い聞かせるように俺は宣う。

 

「別に、勝っちまってもいいんだよな?」

「……」

 

 そう宣うと戦艦棲姫は驚いたように目を開いてから愉快そうに綻んだ。

 

「それが出来るのなら、やってみせなさい」

 

 オーライ戦艦棲姫様。

 

「駆逐イ級、推して参る!!」

 

 負けられない戦いに向け、俺は吶喊した。

 




 姫様マジ姫様。
 自分のイメージで姫様はかなりキャラが変わりかねませんがこのまま行きます。
 次回は久しぶりのまともな戦闘。
 ……まともな?


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負けるわけにいかねえんだよ!!

そういや俺、砲も無えのになんで駆逐艦なんだ?


 

 開幕と同時に俺は最大船速へと加速して戦艦棲姫に突っ込む。

 俺が戦艦棲姫に勝るのは回避のみ。

 ならば、勝機はいかに避け続けられるか。

 

「なんて、やってられっか!!」

 

 そりゃあ常套手段は大事だ。

 だが、そんなちまちましたやり方じゃ最初からじり貧なのに拍車を掛けるだけで、勝つなんて夢のまた夢。

 俺が姫にダメージを与える手段は自爆覚悟のラム・アタックと爆雷の直撃だが、ラム・アタックでは装甲厚が違いすぎて確実に自滅するので、実質肉薄しての爆雷直接投下ただ一つ。

 故に俺は前に加速する。

 加速しながら接近する俺に向け戦艦棲姫は腕を持ち上げる。

 

「薙ぎ払え」

 

 その言葉に従い浮遊要塞と巨大ト級が一斉に砲を発射。

 避ける隙間など見付からない濃密な弾幕に、俺は臆せず突っ込む。

 

「アルファ!!」

『了解。

 バイドフォース射出』

 

 直撃コースを見極めた俺の命に、アルファが位相から呼び出した肉の塊を盾とする。

 バイドフォースに接触した砲弾はフォースに喰われ爆発する間もなく消失。

 挟差着弾に身体を煽られるがそれを加速度で強引に捩伏せ更に接近。

 人一人より太い腕を振り上げるト級を注意深く意識しながら爆雷の投下射程に入るが、俺は投擲を行わず更に前に突っ込んだ。

 

「肉薄では…まさか特攻!?」

 

 このままでは突撃は確実となり目を見開く戦艦棲姫。

 

「そんなわけねえだろうが!!」

 

 振り上げた腕で戦艦棲姫を拾い上げるト級の真横をそのまま通過する瞬間、俺は一度に放てる全ての爆雷をト級に向け放射。

 

『グゥゥ…』

 

 炸裂する爆雷でちょっとはダメージが入ったのか低い呻き声を漏らすト級に、初撃は上手くいったとすぐに二の手の準備に入る。

 

「…考えましたね」

 

 小さくだが、戦艦棲姫の声がはっきり聞こえた。

 

「こちらが避けることを狙って無謀な突撃を仕掛け肉薄攻撃を敢行するとは。

 しかし、その手はもう効きません」

 

 言われなくても分かってるよ。

 こんなもんはただの奇策。

 一度上手く行けば上等の手品と同じだ。

 再び飛んでくる砲弾をかい潜り俺は相手の砲弾に注意しながら回避に専念する。

 当然だが相手に容赦も油断もない。

 立て続けに降りしきる砲弾の雨を走りながら、俺はふと浮遊要塞の砲撃に違和感を感じた。

 浮遊要塞ってもしかして…。

 

『御主人!』

 

 思考に耽りかけたせいで回避が疎かになり、あわや直撃の一発を飛来したフォースが辛うじて受け止め難を逃れた。

 

「すまない。

 予定変更。もうしばらく耐えるぞ」

『了解』

 

 試す価値はあると俺は考えていた策を捨て別の策に移る。

 直撃はアルファが隙なくフォースを盾に防いでくれるので、自分から直撃しに飛び込まないよう気をつけながら太陽の位置を確認。

 太陽はとっくに中点を過ぎ、僅かに赤みがかる夕暮れに俺は早く落ちろ太陽と内心毒を吐く。

 

「夜戦に持ち込む気ですか」

 

 バレテーラ。

 いや、当然か。

 駆逐艦が戦艦を落とそうと考えれば夜戦に持ち込もうとするのは当然。

 まあ、火力も雷撃もゼロの俺にはデメリットばっかりなんだけどさ。

 とはいえ全部が全部デメリットだけでもない。

 ニュービー共と戦っていてふと思い付いた戦術があり、ヌ級達に確かめた上で効果があると確認しそれを実践するための改装を施してある。

 想定通りに決まれば、ダメージこそ期待できないが相手に大きな隙を与え味方が一方的に攻撃する状況を生み出してくれる。

 今回は自分一人だから決め手にはならないだろうけど、使える手段は全て使って少しでも戦艦棲姫の予想の斜め上を狙わなきゃ勝ちは見込めない。

 後は、俄か仕込みの戦術が本当に嵌まってくれるかどうか。

 必死に走り回り至近弾に煽られながらもじりじりと沈む太陽を待ち続け、そして太陽がその身を隠し世界が闇に沈む。

 

「耐えきりましたか」

 

 僅かに感心を含む姫の呟き。

 さあて、細工は隆々とはいかないが、出来るだけのことはやれた。

 後は、上手くいってくれるかどうか。

 

「我、夜戦ニ突入ス!!」

 

 博打を打つため夜の闇に足を踏み込む。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 薄い月明かりと微かな星の瞬きだけが明かりとなる夜の海は、命ならざる命である深海棲艦であっても完全に見通すことは叶わない。

 何故か砲を用いない彼女がこの闇の中でどう私を凌駕しようというのか、不謹慎だけどそれが楽しみでもあるわね。

 だけど、手を抜くつもりは塵芥にもないわ。

 お互いに食われなければ朽ちることのない永劫に呪われた身。

 故に、不殺と留める意味もないわ。

 浮遊要塞と感覚を繋げ、彼女の位置を探る。

 

 …見付けた。

 

 闇に隠れようと缶の火を落としたようだけど、艦娘が見分けやすいようにと彼女が自分で塗った塗装が夜の闇の中に違和感として浮かび上がったわ。

 それでも見付けるまでに多少掛かったせいで、彼女を最後に見た時より大きく距離を開けた位置にいた。

 さあ、そこから何を狙うというの?

 彼女が魚雷を持っていないのは確実だけれど、砲を使うにも距離がありすぎる。

 それにあの肉の塊で包まれた水偵のようななにか(・・・)の姿が見えないけれど、浮遊要塞の砲弾を防ぐ信じられない防御力を手放すとは思えないので警戒は緩められないわね。

 出方を伺ってもいいのだけど、私は浮遊要塞に一斉掃射を命じる。

 

「もう見付かったのか!?」

 

 慌てて走り出す彼女。

 

「…避けますか」

 

 今のなんて死神とさえ言われた不沈艦でも当たってましたよ?

 大量の至近弾に煽られながらもそれでも当たらず私目掛け走る姿に、何故当たらないのかと感心を通り越して呆れさえしてしまう。

 良い電探を積んでいるようで、浮遊要塞の砲撃に惑いながらも夜闇の中を真っすぐ私目掛け吶喊してくる。

 先は騙されたけど、今回は構わない。

 もし本当に自爆するつもりで体当たりをするというなら、それを正面から受け止めるだけ。

 さあ、来なさ…

 

「アルファ!!」

 

 攻撃の気配に身構えた瞬間、突然真後ろに肉の塊が現れた。

 どうやって!?

 驚く間もなく強烈な光が私の目を焼いた。

 

「あああああ!?」

 

 深海棲艦の身といえどこの身体は艦娘と同じ人間のもの。

 更に彼女の右目からも強烈な光が発せられ、強烈過ぎる光が目を潰し視覚を繋げた浮遊要塞が見てしまった分まで一度に襲い掛かったせいで全てが白に塗り潰されてしまった。

 

「食らえぇぇぇえええ!!」

 

 彼女の咆哮と同時に身を貫く断続的な衝撃。

 一発一発はたいしたものではないけれど、ほぼ接射距離らしく数百以上が一度に身を叩けばそれは駆逐の砲撃並の痛みとなって私の痛覚を激しく揺さぶる。

 目と身体の痛みに思考が鈍るけれど、私は何が起きたのか漸く理解した。

 水偵が急に姿を現した理由は解らないけれど、あの水偵が『照明弾』を放ち視界を封じたのだ。

 更に彼女も眼帯に仕込んだ探照灯を駄目押しに私に当て完全に視界を潰している。

 成る程。上手い手ね。

 二つの強烈な光源で視覚を潰し、その上で猛攻を掛ければ大体の艦娘や深海棲艦は抵抗の間もなく致命打を受けるだろうし、姫である私達さえダメージは必至。

 

 だけど、相手が悪かったわね。

 

『グォォオオオオオオオ!!』

 

 私の艤装が咆哮を上げ水偵と彼女をまとめて殴り飛ばす。

 

「があぁぁあっ!!??」

 

 肉が潰れる音に次いで凄まじい金属音が響き、彼女が悲鳴を上げる。

 暫くして漸く回復してきた視界に彼女を見留ながら私は言った。

 

「見上げた策略でした。

 正直、これほどのものとは想像以上ですよ」

 

 潰れた肉片となった水偵に塗れた状態でゆっくりと沈み始める彼女。

 あの状態では意識もないのだろうけど、それでも私は言葉を続ける。

 

「ですが、一歩、いえ、三歩届かなったです」

 

 彼女の火力が足りず、手数が足りず、なにより相手が私であった事が致命的だった。

 私の艤装は他の姫と違い唯一独立した意志を持ち、いざとなれば己の判断で戦闘を継続することが出来る。

 それは浮遊要塞も同様だけれど、命令がなければ複雑な戦術行動が取れない浮遊要塞と違い、私の艤装は浮遊要塞への指示は出来ないが私と同様の戦術指揮まで執り行うことが出来る。

 

「ですが、確かにその力は見せてもらいました。

 蘇ったら、次は私から逢いに来ましょう」

 

 殆ど沈んでしまった彼女にそう約束を残し、この場所を後にしようとしたのだけれど、

 

『グルルルル…』

 

 何故か艤装が唸りを上げ、その場を離れようとしない。

 まるで、まだ敵がそこにいて、背を向ければ食い破られると警戒するように。

 それは艤装だけでなく浮遊要塞も同様に恐れるように警戒を解いていない。

 

「まさか…」

 

 そんな筈はないと思いながら私は振り向き。

 

「……そんな」

 

 沈んだ筈の彼女が、まるで仕切直しだというかのようにその身を黒いオーラで包みながら浮かび上がろうとしていたのだ。

 

「エリート化?

 …いえ、早過ぎる」

 

 不死身であっても復活には一日は掛かる。

 それに、エリート化なら纏うオーラは赤であるはず。

 まるで闇が燃えているようなあのような黒いオーラなんて、私でさえ知り得ない。

 

「GAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

 完全に浮上した彼女は、まるで産声を上げるように吠える。

 そこには先程までの戦意はなく、ただ己の存在を世界に知らしめようと泣く赤子のような無垢な咆哮。

 その声に私は初めて未知への恐怖を知った。

 高度な知性を有した存在が抱く感情を、私は初めて刺激された。

 そして、彼女が割れる程大きく開いた顎から初めて『砲身』が顔を覗かせた。

 

「なん…ですって…?」

 

 何故アレ(・・)を彼女が所持しているというの!?

 アレ(・・)は幾度もの戦闘で生じた歪みを利用して『総意』が戯れに招いたモノ(・・)達が用いた力。

 あまりに強大過ぎたため、この力が常々となることは危険だと早々と消し去った規格外。

 それを、彼女は用いるというの?

 

「撃て!!」

 

 アレ(・・)の存在を許してはならないと恐怖に背を押されるまま私は使える全てを持って攻撃した。

 しかし、

 ギィィン!!

 黒く輝く結晶が展開し、姫とて何度も食らえない放火の雨が防がれた。

 

「『クラインフィールド』…」

 

 間違いない。

 色こそ違うがアレ(・・)は『霧』と名乗るモノ達が用いた絶対防御障壁。

 ならば、あの『砲』もそれ以外に有り得ない。

 

「貴方は…『霧の深海棲艦』だというのですか!?」

 

 悲鳴にも聞こえる私の声に答えるように彼女は『超重力砲』を私目掛け放った。

 




 諸君、私は浪漫兵器が好きだ。

 諸君、私は浪漫兵器が好きだ。

 諸君、私は浪漫兵器が大好きだ。

 ドリルが好きだ。
 パイルが好きだ。
 マスケットが好きだ。
 火炎放射器が好きだ。
 チャージ兵器が好きだ。
 一発限りの切り札が好きだ。
 

 唐突に何を言っているかと言えば則ち、強力過ぎる故に性能が尖りすぎた揚句使い勝手が悪くなり使い手を選ぶ武器が大好きなんです。
 地球防衛軍のプラズマやフュージョンブラスター。
 ACのパイルやコジマ兵器。
 Rシリーズの波動砲とスペシャルウェポン。
 バイオ1のロケラン。
 特にACは使い勝手が最悪なネタ兵器の温床。
 あれらを敵に当てた時の爽快感といったら堪りません!
 …って、歪んだ性癖曝してないで本題本題。

 そんな訳で主人公の主砲を遂にお目見えさせましたが、勿論縛り満載です。

 先ず前提。
 姫の推察通り使ってた時点では本人に意識はありません。
 陶然ながら存在すら知りませんし、使えたのも今回限り。
 ついでにこいつにも高いリスクと使用条件あります。
 なので、次に使うのは何時になるやら。

 ちなみにアルファ君はバイドフォースと共に次元潜航して身を隠し、合図と共にアルファだけ次元の壁を抜けて現れていました。
 なので艤装はアルファに触ってますが姫は汚染されていません。
 じゃなかったらとっくに駆逐イ級や木曾は汚染されてますから。


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結構いい線行けたと思ったんだがな

まあ、そうなるよな。


 

「……ん?」

 

 気が付いたら見たことのない場所にいた。

 

「いやほんとに何処だ此処?」

 

 湯舟に沈んでるから風呂場っぽいけど、そもそも俺は…

 

「…思い出した」

 

 戦艦棲姫相手に使える手は全部使って挑んだんだった。

 なんだが…

 

「記憶がねえ」

 

 アルファの違う位相を通過することであらゆる物体を通過する次元航行とかいうトンデモ機能を駆使して零距離照明弾投下と探照灯直当てで視界を潰してファランクスを叩き込んだ所までは覚えているんだが、その後の事がすっぱり無い。

 と、そこで俺は探照灯を埋め込んだ右目以外の損傷が全部消えていることに気付いた。

 

「前にも似たような事があったな」

 

 とすれば此処は入渠施設か。

 でも、一体誰が?

 

「アルファ」

『ハイ』

 

 呼び掛けてみると返事があった。

 無事な事を安心しつつ俺は尋ねた。

 

「何があったか教えてくれ」

 

 アルファなら把握しているだろうと思い尋ねてみるが、返って来た答えは分からないだった。

 

『戦艦棲姫ノ深海棲艦型艤装ニ潰サレタマデハ覚エテイマスガ、意識ガ回復スルマデ再生シタノハ数分前デス』

 

 つまりほぼ同時に目が覚めたって事か。

 

「俺達、負けちまったんだよな」

『オソラクハ』

 

 あれだけ大見え切ってやれることは殆どやり尽くしても届かなかった。

 

「…悔しいな」

『ハイ』

 

 泣けないことを少しだけありがたく思いながらなんともなしに尋ねる。

 

「どこだろうな此処?」

『ワカリマセン。

 座標計カラ海底ラシイトイウコトハ判明シマシタ』

 

 海底?

 だけどここ、空気があるよな。

 

「潜水艦か?」

『移動シテミテハドウデスカ?

 私ハ修復中ノタメ行動出来マセンノデアシカラズ』

「…そうかい」

 

 探照灯は欠けた目に埋め込んだからスロット消費しなくて済んだけど、照明弾はスロットに積むために代わりにレーダーを外したのが裏目に出たなと思いつつ湯舟から上がり扉を出る。

 

「あれ、もう起きたんだ?」

 

 潜水艦というより戦艦みたいな内装に聞き覚えのある声がした。

 

「…北上」

 

 どこか芋っぽい田舎娘という感じのする少女。

 俺を知っている様子から俺が助けたあの北上のようだ。

 

「お前が居るって事は、此処は戦艦棲姫の所有地なのか?」

「まあ、そんな感じだね」

 

 へらへらと笑うその笑顔は俺が思っていた北上のそれだった。

 

「久しぶりだな。

 元気だったか?」

「ん〜。

 艦娘的にはあんまりそうって言っちゃいけない気もするけど、元気にやってたよ」

「そうか…」

 

 戦艦棲姫の言葉は本当だったらしい。

 

「他の皆も此処にいるのか?」

「いるよ。

 あ、でもアルバコアはアメリカに帰っちゃったけどね」

「え?」

 

 アメリカから逃げたアルバコアがなんで?

 理由を尋ねようとする前に北上は呆れ気味に肩を竦める。

 

「小さい子供がどうとか早口でよくわかんなかったんだけど、なんかポケモン見に行くんだって出て行っちゃった」

「はぁ?」

 

 なんでポケモン?

 つうか、こっちにもポケモンあるのかよ。

 それに、見るなら本家の日本のほうが…ってあいつ日本語話せるけど読めないんだったな。

 

「よく姫が許したな」

「そうだねぇ」

 

 よく解らないらしく北上も首を傾げている。

 さて、皆無事と分かったなら、千代田にあの事を伝えないと。

 

「千代田はどこに?」

「今は会わないほうがいいよ。

 アンタに何があったか、もう知ってるからさ」

「……」

 

 それはつまり、千歳の事を…。

 

「…そうか」

 

 球磨は千歳の死を背負うなと言ったけど、やっぱり駄目だな。

 

「千代田も解ってるんだけど、やっぱり感情って簡単に納得出来ないからさ」

「いや、それでいい」

 

 赦されるより、憎んでくれたほうが気が楽だ。

 

「前から思ってたけど、あんたって堅いね。

 そんなんじゃ、すぐに折れちゃうよ?」

 

 肩を竦める北上に苦笑を返しておく。

 

「気をつけるよ」

 

 折れるとしたら、千代田を守れなかった時だ。

 だから、絶対に折れるわけにはいかない。

 

「お前はいいのか?」

「球磨の事なら気にしてないってこともないけど、まあ、球磨がそうしたくてああなったんだからしょうがないよ」

 

 球磨…やっぱり、死んだんだな。

 

「そうか」

 

 憎まないとそう言うならさっさと話題を変えたほうがいい。

 

「で、ここは何処なんだ?」

「戦艦武蔵の中だよ。

 正確に言うと、戦艦棲姫が武蔵を模造して作った拠点なんだって」

 

 やっぱり戦艦かよ。

 

「って、なんで武蔵なんだよ?」

 

 武蔵御殿とか言われるぐらい居住性は良かったらしいけど、わざわざ戦艦を家にする必要があるのか?

 

「さあ?

 でも、姫の住居は大体軍艦や基地を模してるらしいよ」

「ふうん」

 

 そういや戦艦棲姫の報酬は武蔵だったし、その辺りも理由なのかねえ?

 突っ立てても仕方ないと食堂に向かう北上に着いていく。

 

「今までどうしてたんだ?」

「姫に拉致されてからずっと軟禁状態だったよ。

 艤装に触っちゃいけないとか制約もあって退屈は退屈だったけど、部屋はエアコン完備で酒保に行けばお菓子や漫画もあるし、ご飯もちゃんとしててアイス食べ放題とか待遇は良かったから不満はなかったね」

 

 お菓子とかアイスの食材とかどうしたんだと激しく疑問は多いんだけど、深く突っ込んじゃいけない気がしたのでそこは流しておこう。

 食堂に着くと、そこには燃料を飲む俺とは少し違う後期型の駆逐イ級のグループと少し離れた場所で食事を前に力無くへたれる瑞鳳とそれを介護するワ級の姿があった。

 

「イ級」

 

 俺に気付いたワ級が瑞鳳を放り捨てて俺に抱き着く。

 艤装がないのでほぼ全裸状態の人型のワ級は普通に柔らかいのでいろいろと困るんだが。

 というか、元々の俺の性別いい加減はっきりしてほしい。

 口調とか柔らかい胸部タンクとか当たると嬉しいとか思う辺り男みたいなんだけど、別に見たいとか触りたいとか極端な劣情はないし以前風呂で見てしまった木曾の裸を見てもなんとも思わなかった上、ヌ級達から姐御と呼ばれて訂正しようと思わない辺り男と言うのも怪しいんだよな。

 うん、ホント周りが困るんだよね。

 

「って、誰がだよ?」

 

 突然の思考に思わず突っ込んでからワ級に放すよう言う。

 

「無事デ良カッタ」

「そっちこそ、無事でなによりだよ」

 

 と、よく見ればワ級に少し違和感があった。

 

「なんか、前と少し感じが違うがなにかあったのか?」

「ワタシ、エリートニナッタ」

 

 顔がアレなので表情は判らないが、嬉しそうなのは確かだ。

 

「凄いじゃないか。

 随分頑張ったんだな」

「イ級ノ役ニタチタカッタカラ、ワタシ、頑張ッタ」

 

 顔がアレとかそんなものどうでもよくなるぐらい癒されるんだけど。

 なに? この娘マジ天使なの?

 手があったら光沢が出るまで丹念にいい子いい子して磨いてやるのにと思いながら荒んだ心に潤いを補充する。

 千代田とは別ベクトルで必ず守ろうと硬く誓いながら癒されていると、捨て置かれた瑞鳳がうめき声を漏らした。

 

「わ、ワ級、お願いだから途中で止めないで…」

「ゴメンズイホウ」

 

 疲労困憊という体で助けを求める瑞鳳の介護に戻るワ級。

 

「何があったんだ?」

 

 深海棲艦に介護されながらご飯を食べる艦娘という目を疑うほどシュールな光景に、北上は疲れきった様子で言う。

 

「瑞鳳ってば、あの娘にすっごい気に入られちゃって寝ずに相手をしているんだよね」

「あの娘?」

 

 一体誰だと尋ねようとしたが、それより前に俺を一体のタ級が呼んだ。

 

「クチク、オマエヒメニアイサツシタカ?」

「いや、まだだけど…」

 

 なんとなく俺な気がしたので答えると、タ級は呆れたように腰に手を当てた。

 

「ハヤクイキナサイ」

「えっと、何処?」

 

 戦艦の内部構造なんてしらねえし、そもそも何処にいるのかさえ知らないんだよ。

 

「シラナイナンテオカシナヤツネ。

 マアイイワ。ツイテキナサイ」

 

 そう案内を買って出るタ級に、俺はまた後でなと北上達に言い着いていく。

 わりと迷路みたいな通路を暫く付いていくと、艦首側の甲板に日傘を差して寛ぐ戦艦棲姫の所に着いたのだが、

 

「なにがあったんだ?」

 

 何故か姫の艤装こと巨大ト級の頭が二つ潰れた状態で、姫も片腕を吊った状態にあった。

 ここまで姫を追い詰めるって、誰がやったんだ?

 

「ヒメ、ツレテキタ」

「御苦労。下がっていいわ」

 

 戦艦棲姫の言葉に一礼して下がるタ級。

 タ級がいなくなると、戦艦棲姫は俺に話しかけた。

 

「気分はどうですか?」

「上々だよ。

 皆の無事も確認出来たしな」

「そうですか」

 

 まるで品定めをするような戦艦棲姫の目に微妙に居心地の悪さを感じつつ俺は尋ねる。

 

「俺が此処に居るって事は、認めてもらえたって事なんだよな?」

 

 そう尋ねると、何故か戦艦棲姫は訝るように目を細める。

 

「覚えていないのですね?」

「…何を?」

 

 え? もしかしてその怪我は俺がやらかしたの?

 

「ならいいいです」

 

 地雷原に足を踏み入れたような恐怖を感じつつそれ以上は問わないでいると、姫は話を切り出した。

 

「貴方に頼みたいことがあります」

「頼み?」

 

 チート性能だけど所詮駆逐艦の俺に姫が何を頼むってんだ?

 

「堕ちた姫、貴方が『装甲空母ヲ級』と呼ぶ憐れな存在、それを倒して貰いたいのです」

「……」

 

 あいつを、俺が?

 

「いやいやいや。

 駆逐艦一隻でアレをどうやって倒せと?」

 

 アルファとファランクスがあれば制空権ぐらいならなんとかなるかもしれないけど、倒すのは無理だぜ?

 そんな俺の思いとは裏腹に姫は言う。

 

「出来なければ、また忌まわしい兵器の台頭が始まるでしょう。

 だけでなく、それ以上に貴方の目的も叶わなくなるのでは?」

「……」

 

 それはつまりよう…

 

「人質は継続か?」

「そう受け取ってもらって構いません。

 語るまでもなく奴を倒せば全員解放します。

 望むなら報奨も与えましょう。

 例えば、貴方が固執するあの島への同朋と艦娘の出入りを貴方の許可なきものは叶わぬようにするということも可能です」

 

 悪くない、いや、破格過ぎる程の好条件だ。

 だけど、それ以上に疑問が浮かぶ。

 

「どうして俺なんだ?」

 

 何度も言うが、どこまでいっても俺は駆逐艦。

 アルファのお陰で対空性能と索敵なら空母にだって負けないだろうけど、素の対潜は軽巡に劣るし装甲だって改装出来ないから最終的に重巡には負ける。

 なにより、俺は砲や魚雷を持ってないんだから戦闘になれば役に立つ事は囮ぐらいなもんだ。

 俺の質問に戦艦棲姫は答える。

 

「貴方はとても興味深い」

 

 そういや堕ちる前の装甲空母姫が他の姫も興味津々で観察してるって前に言ってたな。

 

「貴方があの狂った姫を降すことが出来るか、それを私は見てみたい」

 

 なんつう無茶振りだよ。

 だけどこれ、断ったら千代田達が危ないんだし、やらないって訳にもいかないよな。

 

「…条件というか、やるに当たりいくつか頼んでいいか?」

「可能であればなんなりと」

「一つ、俺一人じゃ勝ち目が見えないからあいつらに加え何人か戦力を貸してくれ」

「認めましょう」

「二つ、万が一負けて俺が消えても千代田だけは見逃してくれ」

「…いいでしょう」

「それと、あるだけ情報くれ。

 対策を練る時間も欲しい」

「分かりました。

 ですが、残された時間は差ほど多くない事は留意しておきなさい」

 

 意外や意外。全部オッケー貰ったよ。

 なんでも取り敢えず言ってみるもんだね。

 

「じゃあ早速、」

「待ちなさい」

 

 作戦を練ろうとした俺を呼び止める戦艦棲姫。

 振り向くと、姫は俺に質問した。

 

「貴方は、深海棲艦でありながら艦娘を善く想っているようですが、それは何故ですか?」

「……」

 

 それは、言っていいのだろうか?

 

「たいした理由じゃないよ」

 

 だけど、この姫に嘘を吐くのもなんか嫌だったので俺は正直に答えた。

 

「艦娘は可愛いから。

 よく言うだろ?『可愛いは正義』って」

 

 深海棲艦にもワ級とかリ級みたいに良い奴は沢山居るって知れた。

 それにこの身体だから木曾達にも逢えたんだ。

 あながち、この身体も悪くない。

 

「俺はあんたも美人だから正義だと思ってるよ」

 

 茶化すようにそう言うと俺はその場を後にした。

 




 やっと怪物退治に入ります。
 随分ご無沙汰なアルバコアたんですが、装甲空母ヲ級戦後にスポットライトが当たるのでもうしばらくお待ちください。


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どうやって倒せってんだか…

 誰かAF持ってこい。


 

「ということで、第一回装甲空母ヲ級撃破作戦の作戦会議を始めます」

 

 わざと軽い口調でそう宣う。

 当然ながら滑った訳だが完全に流しておく。

 ちなみにメンバーは俺、北上、明石、ワ級、タ級の五人。

 瑞鳳は疲れきって可哀相だったのでお休み。

 千代田は北上が後で伝えるとのこと。

 

「え〜と、この戦力でアレを倒そうってのかい?」

 

 そう言ったのはこの中で最もレベルが低い戦力外No.1の明石。

 

「状況によっては」

「…ま、しょうがないか」

 

 がっくりうなだれるも、自身の平穏を取り戻すためだから仕方ない。

 

「じゃあまず装甲空母ヲ級の性能の確認から」

 

 そう言うとタ級が情報を出してくれた。

 

「ワカッテイルカイブツノブソウハB-29ト、カンコウトカンバクノサンシュ。

 カンサイキノセイノウハ、カンムスノシンデンカイトスイセイノ2バイトスイサツサレテイルワ。

 トウバツヲダンネンシタヒメニヨルト、トウサイスウモドレモ300ハコエテイルソウヨ」

 

 なにそれこわい。

 空を埋め尽くすB-29とか悪夢意外のなにものでもねえよ。

 とはいえ空はアルファがいるからなんとかなるとは思う。

 問題は、相手が単身かどうかだ。

 

「他に戦力は?」

「フユウヨウサイダケヨ。

 ダケドカナリキョウカサレテ、オニクラスヲアイテニスルカクゴガヒツヨウネ」

 

 うわぁ…。

 

「実質敵が全部鬼タイプってなると、流石に明石とワ級は戦列に入れられないね」

 

 北上の言葉に仕方ないなと思う。

 ゲームのような慈悲の無い、艦娘の一撃轟沈は目の前で見せられているんだ。

 そんな場所に自衛力の低い明石やワ級を連れていっても的になるだけだ。

 同様に千代田も危ういし、こっちから戦力として連れていけそうなのは北上と瑞鳳ぐらいか?

 どっちも装甲が薄いのは同じだけど、火力が必要だからそうも言ってられないんだよ。

 

「姫から借りれる戦力は?」

「ショウジキニイウケド、カイブツトタタカエソウナノハワタシグライヨ」

 

 お前だけかよ。

 いや、アレ相手に戦えると言える奴が一人でもいるだけマシか。

 

「アト、カイフクソクドガハヤイカラ、タオスナライチドデキメルヒツヨウガアルワ。

 ソノセイデ、ヒメモタオシキレナカッタッテ」

 

 イメージで言うとゲージ回復ありか。

 質悪いな。

 ますますきつくなる条件に、この中で最大火力を持つ北上に俺は確認する。

 

「北上、先制雷撃って最大どれぐらいいける?」

「ん〜…いつもは装備の兼ね合いで四隻しか積んでないから8発ぐらいだけど、魚雷管全部外して甲標的ガン積みにすると10機までいけるから、開幕打ち切りでいいなら20発は行けるよ。

 けど、それで倒せると思う?」

 

 当たればでかい酸素魚雷は飽和射撃することで真価を発揮する博打みたいなもんだし、甲標的でも20発撃って全弾直撃なんて有り得ないから多分無理だよな。

 それに、仮に当たったとしてもそれだけで沈むとは実際考えづらい。

 

「とにかく手数が足りないんだな」

 

 相手の攻撃は俺が囮になって引き付けるとしても、こちらの攻撃手段が北上と瑞鳳とタ級だけではどうしようもない。

 鎮守府の艦娘の攻撃に合わせるって手段もあるにはあるんだが、こっちは艦娘と深海棲艦の混成部隊ってのが大き過ぎるネックなんだよな。

 最悪、北上達が裏切り者って判断されて装甲空母ヲ級を倒した直後に攻撃を受ける可能性だって有り得る。

 つうか、俺ならそうするよな。

 無い無い尽くしで完全に八方塞がりなんだけど、出来なきゃ出来ないで戦艦棲姫に消されるだろうし。

 

「せめて、補給が出来ればいいんだけど…」

 

 それが出来る明石を見るが、明石は首を横に振る。

 

「流石に海上では無理よ」

「だよねぇ」

 

 まあ、当然なんだけどさ。

 

「これって、倒すのに移動要塞でもなきゃが無理じゃない?」

「おいおい」

 

 投げやりにそう感想を漏らす北上。

 

「そんなもんがあるなら誰も苦労は…」

「アルワヨ」

 

 あっさり言うタ級。

 

「「「……え?」」」

 

 なんでそんなもんがあるんだよ?

 目が点になる俺達に呆れたようにタ級は言う。

 

「セイカクニイワセテモラエバ、イドウヨウサイジャナクテ、ソウイウセイシツヲモツ、オオガタギソウヲ ショジスルヒメガイルノヨ」

「……あ」

 

 その言葉に俺達は気付く。

 

「あー、『泊地型』ね」

 

 魚雷が効かない代わりに三式弾で恐ろしいダメージを受けるタイプの姫。

 確かにあのタイプは移動要塞とも言えるな。

 

「ダケド、ホキュウハデキナイワヨ」

 

 まあ泊地っても姫だしそんな設備を装備するぐらいなら艦載機積みまくるよな。

 ……って、

 

「ドウシタノ?」

「いけるかも」

 

 自衛出来る姫を拠点として明石に北上に補給し続けてもらえば、ほぼ断続的に酸素魚雷を撃ち続けることが出来るんじゃないか?

 それにそれが出来るなら弾薬以外だって出来る筈。

 千代田がいれば燃料の補給だって可能だし、ワ級がいれば燃料や弾薬の搭載限界分を預かってもらえば持ち運ぶ暇も省ける。

 姫には悪いが装備全部下ろしてもらって修復剤を積んでもらえば損傷を治す事だって可能だ。

 問題は、艦娘との共闘かつそんな馬鹿げた作戦に乗ってくれる姫が居るかどうか。

 

「タ級、手を貸してくれそうな姫って居るか?」

「エ?

 ハクチノヒメナラヒトリココニイルケド、タブンムリヨ」

「多分?」

 

 なんか、考えているのと違う理由っぽい言い方だな。

 

「ドウシテモトイウナラ、アッテミレバイイ」

「あ、ああ」

 

 そう言うので、一旦休憩としてその姫に会いに行くことにする。

 

「それで、どこにいるんだ?」

「瑞鳳の所よ」

「なんでさ?」

 

 意外過ぎる答えに思わず突っ込んじまった。

 そんな突っ込みに北上達は苦笑いを零す。

 

「瑞鳳の事をえらく気に入っちゃったらしくてね、今じゃその相手で寝る暇も無いみたいなんだよ」

 

 ああ、それであんなに死にかけてたんか。

 とにかく先ずは会ってみようと北上の案内で瑞鳳のところに行くと、そこには手にガラガラを持ち死んだ魚のような目で小さな白い女の子を抱く瑞鳳が居た。

 

「なにやってんだ?」

 

 泊地棲姫か港湾棲姫がいると思い覚悟していたので肩透かしを喰らった俺の問いに、瑞鳳は指で静かにとジェスチャーをしてから小さな声で言う。

 

「やっと寝付いたんだから静かにして」

「え、すまない」

 

 よく分からないが、姫からその幼女を寝かし付けるよう言われたらしい。

 とにかく今はその所在を確認しないとな。

 

「そ、それはそうと、ここに泊地型の姫が居るって聞いて来たんだが、今何処に居る?」

 

 そう尋ねると瑞鳳はあらかさまに不機嫌そうに言う。

 

「この娘に何か用事?」

「……え?」

 

 今、なんつった?

 それが姫?

 

「え〜と、姫?」

「そうよ」

 

 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はぁ!?

 

「その幼女が姫ぇ!?」

 

 なんで幼女が泊地型の姫なんだよ!?

 

「ぅ…」

「ヤバッ…」

 

 思わず大声を出したせいで姫が起きてしまったらしい。

 直後、建物がビリビリと振動するほどの泣き声が部屋中に木魂する。

 

「ああ、よしよし、大丈夫だから泣かない泣かない」

 

 痛みは感じない筈の俺にさえ痛いと思う泣き声の中で瑞鳳は必死でその姫らしい幼女をあやす。

 因みに北上達は逃げ出している。

 

「まぁま!!まぁま!!」

「大丈夫だよ〜。

 ママならここにいるよ〜」

 

 小さい女の子をあやすようによしよしと宥める瑞鳳。

 本当に姫なのかと疑う程に泣きじゃくる幼女にだんだんいらついてくる。

 つうかさ、瑞鳳さんあんたなにやってんだ?

 あれか? どこぞの深海棲艦にエロ同人みたいな真似されて産んだってのか?

 自分に非があるのは分かってるし、平常なら今頃一緒に泣き止ませようと四苦八苦してるんだろうけど…

 

「ぎゃあぎゃあうっせえんだよチビ姫がぁっ!!」

 

 ついキレちまった。

 俺の冷静な部分が頭を抱えている気がするけど、もう手遅れ。

 

「っ!?」

 

 怒声に驚いてビクッと跳ねたチビ姫は一瞬呆けた後、赤い目に大きな滴を溜めてから、それを一気に決壊させた。

 

「うぇぇぇぇぇえええええん!!??

 まぁま、あのこがいじめるのぉ!?」

 

 びぃびぃ泣きじゃくりながら瑞鳳に助けを求めるチビ姫。

 

「ちょっと、こんな小さな子になんてことするのよ!?」

「喧しい!

 お前こそ深海棲艦甘やかしてんじゃねえよ!?」

「小さい女の子を可愛がって何が悪いのよ?」

「こいつは最強クラスの姫だろうが!?」

 

 なんかアルファが子供の教育方針が噛み合わない夫婦喧嘩みたいだとか呟いてた気もするけど、完全に聞き流してチビ姫の泣き声をBGMにお互い言いたい放題怒鳴り合う。

 

 なにしに来たのかも忘れて怒鳴り合う俺達が落ち着いたのは、チビ姫の泣き声で遠征隊の潜水艦達が帰れないと訴え終いには戦艦棲姫が重い腰を上げる事態にまで発展してからの事であった。

 




 シリアスなら有休取ってバカンスしてるよ。

 というわけで初めて完全なコメディー回。
 やっぱりこういうワンクッション挟まないと鬱いばっかじゃ胃がもたんのです。
 
 ちなみにイ級の知識はAL/MI作戦前で止まってますのでチビ姫ことほっぽちゃんは知りません。

 ほっぽちゃんがただの幼女で瑞鳳が篭絡されてる降りもちゃんと書かなきゃな…

 次回からはまた暗いシリアスさんと横鎮大和も帰ってきますので、そっちを期待している人はもう少しお待ちください。


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お、俺は悪くねえ!?

なのになんでこうなるんだ!!??


「それで、わざわざ私の手を煩わせたその所在をはっきりしてもらいましょうか?」

 

 煙りを吐く副砲相当の顎を手に不快そうにそう尋ねる戦艦棲姫。

 その砲弾を喰らって再び小破した俺と瑞鳳は戦艦棲姫を前に(俺は気分だけだけど)正座する羽目になっていた。

 ちなみにチビ姫は泣き付かれて今は戦艦棲姫の艤装に引っ付いたまま寝ている。

 

「いや、そいつが姫としての威厳が無さ過ぎるのがだなぁ」

「だから可愛いんだから威厳なんてなくていいのよ」

 

 俺の主張に噛み付く瑞鳳。

 そんな姿に姫は呆れたと溜息を吐いた。

 

「貴女方の主張はよく分かりました。

 取り敢えず、姫は没収します」

「そんなぁ〜」

 

 いや、残念がるよりもおもいっきり物扱いしてることに突っ込めよ。

 

「って、そいつは困る」

「何故?」

「姫退治に使うつもりだから」

 

 そう言うと俺のプランを説明する。

 

「……中々面白い案ですね」

 

 最初は驚いた戦艦棲姫だが、想定の範囲外かつ意義のあるプランだったらしく本気で考え込んでいる。

 いつの間にか戻って来た北上達も概要は聞いていたようで真剣な顔で考えている。

 ……そういや説明忘れてたっけ。

 

「絶対反対よ!」

 

 と、半ば予想通り瑞鳳が反対の意を挙げる。

 

「こんな可愛い子を戦場に出すなんて、あんた何考えているのよ!?」

「ざけんな。

 可愛かろうがそいつは深海棲艦のそれも姫だ。

 チビ姫が嫌だってならともかく、手段を問えるほど余裕なんかねえよ」

「だからって…」

 

 自分の進退が関わっていても、情に解されきった相手を使うことは反対だと瑞鳳は漏らす。

 だが、構うほどの余裕なんか本当にないんだ。

 

「明石、今の案は実行出来るか?」

 

 尋ねてみると明石は腕を組んで難しそうに眉を寄せる。

 

「安全な足場があるって言うなら戦場でも補給を出来ないとは言わないよ?

 だけど、その姫の艤装がどれぐらいの大きさで、その艤装に作業スペースが確保できるか、出来ても実際に出来るのかってのは別の話だからね」

「でも出来たら最高だよね。

 九三式酸素魚雷のお代わり自由撃ち放題祭なんて痺れるぐらい憧れちゃうよ」

 

 明石の懸念に被せるように目を輝かせる北上らしい答えに俺は苦笑を零してしまう。

 

「確かにその方法が実現可能なら、あの姫だった者を打倒するにも明確な活路も見えてくるでしょう」

 

 戦艦棲姫も戦略的観点からそう是とするが、

 

「ですが、認めるわけにはいきません」

 

 だけど答えは否でした。

 

「なんでだよ?」

「その姫は姫より預かった身。

 連れ出すなら姫の許諾を取ってきなさい」

 

 預かったって、ここは託児所かなんかなのか?

 プライベートルームってこともあるんだろうけど、身の回りの世話をしているという深海棲艦以外あんま見ないらしいからマジでそうなのかもな。

 

「ならしゃあねえか。

 別の手を考えるしかないな」

 

 隣で安堵してる瑞鳳が地味にムカつくが、実際あんなん連れてっても不安なのは事実だし。

 なにより、流れからして強硬に走れば港湾棲姫か飛行場姫のどっちか、下手したら両方まとめてガチバトルに発展なんて笑えない展開は勘弁願いたい。

 

「うにゅ…」

 

 話し声に反応したのかチビ姫が目を醒ましやがった。

 まったく、良いタイミングだこって。

 

「……ままぁ、どこ?」

 

 眠そうに目を擦りながら辺りを見回し瑞鳳を見付けるなりト級から降りてテテテと走り抱き着く。

 

「ままぁ」

「ママだよ〜」

 

 抱き着かれて頬を緩めきってる瑞鳳に思わずごちる。

 

「艦娘としていいのか?」

「いいんじゃないの?

 艦娘だって言っても私達は鎮守府に見捨てられたはぐれ者だし、深海棲艦と馴れ合ってるような変な奴が居たっていいじゃん」

 

 思わず出た言葉に気楽にそう笑う北上。

 

「まあ、俺みたいな艦娘を好きな深海棲艦もいるんだしな」

 

 と言ってもガワだけで中身は人間の筈。

 最近どうでもよくなりつつあるけどさ。

 そういえばさっきから戦艦棲姫がなんも言わないのが気になったからちょっと聞いてみるか。

 

「姫はアレをほっといていいのか?」

 

 べたべた甘やかす瑞鳳と甘やかされて嬉しそうなチビ姫を指して尋ねると、戦艦棲姫は特に感情も見せず言う。

 

「害さなければ構いません。

 どちらの意味でも手を出したら殺しますが」

 

 さいでっか。

 そんな台詞が出る辺り二次創作で深海棲艦のお艦とか言われてるまんまだな。

 つうか、人類に仇成す深海棲艦にとってはあの時点で害な気もするけど甘やかしは許容範囲なのか?

 

「ねえ、まま。

 ままはひめだったのをころすの?」

 

 聞いていたらしくチビ姫が無邪気にそう尋ねる。

 無邪気に物騒な単語が出る辺り子供特有の残酷さが垣間見えて薄ら怖いんだが。

 

「うん。

 やんないとママ、もう姫ちゃんに会えなくなっちゃうんだって」

「そんなのや!

 ままをないないするやつはわたしがころす!!」

 

 無垢な感情のままにチビ姫は瑞鳳にしがみつくと突然背筋を薄ら寒くさせる台詞を吐いてくれやがった。

 

「駄目だよ姫ちゃん。

 姫ちゃんはそんな危ない事なんかしなくていいんだよ」

 

 ぎゅーとか擬音が付きそうな様子で抱きしめる瑞鳳だが、チビ姫はやぁとワガママを言う。

 

「ままにあえなくなるのや!!

 ままをいじめるやつはころすの!!」

 

 子供って、こう非常識な容赦のない台詞をぽんぽん出すよな。

 しかも紛いなく姫なんだからマジになればどうなるか。

 

「姫、我が儘を言うなら姫に告げますよ」

 

 わりと厳しめにそう窘める戦艦棲姫に、チビ姫は地雷を踏み抜きやがった。

 

「おばちゃんはだまってて!!」

 

 その瞬間、空気が冷えた。

 深海とか南極なんて目じゃない。

 月の裏側か外宇宙にでも放り出されたような、そんな錯覚を覚えるぐらい魂まで凍るような冷たい空気が辺りを包み、そのうえゲームの夜戦のBGMの幻聴まで始まってる。

 一言で言うならアレだ。

 

 オワタ\(^O^)/

 

「………ほぅ?」

 

 静かなのが逆に恐怖を煽りまくる戦艦棲姫の声。

 幻聴と合間って本気で怖い。

 がたがた震えながらも瑞鳳はチビ姫を放り出す様子も見せずなんとか鎮めようと口を開きかけるが…

 

「ひぃ…」

 

 じろりと見られただけで竦み上がり何も言えなくなる。

 明石と北上は安定の逃げ足の速さ。

 テメエラ覚えてろよ。

 後ろでオロオロする艤装を尻目に戦艦棲姫は言う。

 

「そんなに行きたいのであれば、その駆逐を倒してみなさい」

「……はい?」

 

 なんで俺を指差すんだよ?

 あの、まさかやれと?

 

「拒否権は…」

「まるかじり」

「やらせていただきます!!??」

 

 こりゃマジだ。

 艤装が本気で?と言わんばかりに俺と姫の間を交互に動かした辺りマジで命じかけやがった。

 艤装に喰われるとかマジ勘弁。

 というか、腹に据えかねたのは解るけど俺まで巻き込むなよ!?

 

「そいつころしたらころしにいっていいの?

 じゃあころす!!」

 

 条件を出された途端チビ姫は目を輝かせると瑞鳳から飛び降りててててと走り去ってしまった。

 

「……あの、」

「早く行きなさい。

 今回だけは殺しても目をつむりますから徹底的に仕置いてきなさい」

「アッ、ハイ」

 

 逆らうとかそんな余禄はありません。

 出口を確認してから俺は言われるまま理不尽な戦いを再び強いられ事にごちるしか無かった。

 

「なんでこんなことになったんだよ?」

 

 当然ながらそんな呟きに誰も答えてなんかくれない。

 出口に待っていた案内役の輸送隊の潜水艦に引っ張られ、途中で海中では上手くは動けないけど呼吸は苦しくなかったっていう新たな発見をしつつ海上に上がると、全長100mはあろうかという巨大な艤装が待っていた。

 あれがチビ姫の艤装なのか?

 本人と比べてデカすぎなんだが。

 

「おそい〜!!」

 

 艤装の真ん中辺りに小さく見えるチビ姫がぶーたれながら文句を言う。

 

「ったく、」

 

 仕置きと言うが、あんな馬鹿でかい艤装をどうやって潰せってんだ?

 

「アルファ、行けるか?」

『波動砲使用不可。

 ソレトザイオング慣性制御システムガ万全デハナイノデ最大速度ガ著シク低下シテイマスガイケマス』

「なにそれ?」

『…推進基デス』

 

 後ろのブースターの事か。

 そんなカッコイイ名前とか付いてたんだ。

 

「まあ仕方ない。

 無茶はさせたくないが、いつでも出れるようスタイバイはしといてくれ」

 

 外したのは対空レーダーの方だから大分制度は落ちてるし、アルファ無しだと艦載機を封殺しきれないだろう。

 

『了解』

 

 と、待ちきれなくなったらしく艤装からマスコットじみた耳付きの白いミニチュア浮遊砲台が飛び立ち始めた。

 

「たべちゃえ!」

 

 チビ姫の号令と同時に俺目掛け飛び掛かるミニ砲台。

 それ艦載機なのかよ!?

 

「チッ、」

 

 急いでファランクスを起動させながら温まりきっていない缶に無理矢理活を入れて走り出す。

 射程圏に入ったと同時にミニ砲台目掛けファランクスが火を噴くが、数機が撃ち落とされるも猛然と吐き出される弾幕をかい潜ってミニ砲台が俺に迫る。

 全機撃墜に至らなかったのはミニ砲台が速いのもそうだが、対空レーダーが欠けているせいで精度が甘くなっているのが最大の理由だ。

 シナジーの偉大さを改めて感じながらいつもより動きの鈍いファランクスに弾幕を引かせながら俺はミニ砲台の口から放たれた爆弾を…

 

「……っえええ!?」

 

 放たれた爆弾が着水しないまま尻から煙を吐き出して飛んでやがる。

 まさかミサイル!?

 あれ本気でミサイルなの!?

 

「だあわわわっ!?」

 

 慌ててファランクスの照準をミサイルらしき群れに向け弾幕を張ると辛うじて撃墜に成功するが、今度はフリーになったミニ砲台が錐揉みしながら上から襲い掛かった。

 

「ドチクショウが!?」

 

 機銃を撃ちながら牙で直接かじりつこうとするミニ砲台をドリフトしながらギリギリで回避する。

 が、完全には避けきれず機銃に撃たれ身体の一部が削られた。

 

「アルファ、妖精さん、無事か!?」

 

 浮上しようとするさっきのミニ砲台を蜂の巣にしながら報告を受ける。

 

『損傷無シ』

 

 アルファに次いで妖精さん達からも人的被害はないと報告が上がるが、これまでに加え今の機動で無理が祟ったらしくギアに無視できない損耗が発生していると言われた。

 

「終わったら明石にフルで頼むから持たせてくれ!」

 

 了解と返事を受けたところでチビ姫が癇癪を起こした。

 

「くちくのくせになまいきだよ!!

 さっさとしんじゃえ!!」

 

 気に入らないと喚き、追加のミニ砲台だけじゃなく更に水中から戦艦棲姫のより二回り程小さな浮遊要塞まで持ち出してきやがった。

 

「駆逐艦舐めてんじゃねえぞ!!」

 

 やられっぱなしで頭に来ていた俺はアルファに命ずる。

 

「アルファ発進、頭を抑えろ!!」

『了解。

 バイドシステムα発進』

 

 背中が開きアルファが垂直に飛び立つ。

 

「うぇ〜、きもちわるい」

『……』

 

 アルファを見た姫のまっすぐな罵倒が余程効いたらしく、アルファは黄昏れた様子で俺に着艦しようとする。

 

「待て待て待て。

 何戻ろうとしてんだ!?」

『申シ訳アリマセン。

 流石ニ堪エマシタ』

 

 子供って容赦ないもんな。

 

「気持ちは解るがお前までギャグに逝くな!?」

 

 ともあれ気を取り直してアルファが離陸するとフォースを召喚する。

 チビ姫が空間を波立たせて現れたフォースに気持ち悪いと喚くがアルファは無視してフォースを引き寄せる。

 

『フォースコンダクター正常稼動。

 ビット展開』

 

 え?

 そんな装備何時揃えたなんて尋ねるより前にフォースの触手が切り離され、眼球に変態しながらアルファの上下左右を囲った。

 

「きもちわるい!?

 あっちいけ!!??」

 

 そう叫んでミニ砲台を殺到させるチビ姫。

 いやさ、生理的に忌避したくなる肉と機械が混ざった浮遊物が目玉四つに囲まれて触手の生えた肉の塊を携えたグロテクスさは筆舌しがたいものがあるから解るんだけどさ、一応それ、俺の無二の相棒だからあんまり言われ続けるのも腹が立つんだよ。

 

『殲滅シマス』

 

 アルファも多少は苛ついているらしく口数少なく、いつもより多少ぎこちなさを感じる挙動だが殺意全開で空を引き裂き数多のミニ砲台を蹂躙する。

 いやぁ、フォースは相変わらずだけど目玉ことビットもパネェ。

 アルファの周囲を縦横無尽に回転しながら機銃を防いだり体当たりで喰らったりと、フォースを万能の槍とするならビットは至近距離を確実に食いつぶす盾といった感じか?

 アルファの動きの悪さをしっかりカバーしていつもと変わらぬ、下手すればいつも以上の圧倒的な力でチビ姫のミニ砲台を潰しまくっている。

 

「くるな!!??」

 

 優位が覆されたのを感じたのかチビ姫が混乱した様子で全火力をアルファに集中する。

 この好機を逃す手はない。

 

「耐えろアルファ!!」

『了解』

 

 手薄というよりほぼ放置になった俺はアルファに指示を残し走る。

 走る足に違和感を感じたが、妖精さんの報告にあったギアの摩耗だと分かっているので無視して俺はチビ姫に目掛け走る。

 

「っ!?

 かえれ!!??」

 

 アルファに集中し過ぎて俺への注意が散漫になっていたのに気付いたチビ姫が慌てて艤装の砲門を向けるが、俺の速さに付いていけず砲を右往左往させるばかりで撃てやしない。

 

「喰らえ!!」

 

 一気に接近した俺はそのままチビ姫にラム・アタックを叩き込む。

 

「ぎゃんっ!?」

 

 鳩尾というか腹に体当たりを喰らいチビ姫が悲鳴を上げる。

 しかし感触から衝撃は全て艤装に流れダメージは殆ど入ってない。

 なんで解るか?

 これやるとバックファイアでこっちもダメージ喰らうんだが、その度合いが大体同じぐらいなんだよ。

 がりがりと体表を艤装で削りながら後退してファランクスと爆雷の投射準備に入ったのだが、

 

「いたいよぅ…ままぁ…」

 

 当のチビ姫は殆どダメージ入ってないにも関わらず、戦いを放棄してへたりこみえぐえぐと泣きながら瑞鳳に助けを求めてた。

 

「お前どんだけ甘やかされてたんだよ…?」

 

 あってもせいぜい2か3にも満たない筈のダメージだけで戦意喪失するなんて真剣にやってたこっちが情けなくなる。

 

「……あ?」

 

 突然レーダーが反応をキャッチしたのでそちらを振り向くと…

 

「よくも姫ちゃんを泣かせたわね!!」

 

 艤装を装備した瑞鳳が俺目掛け九九式艦爆を放っていた。

 

「って、なんでだよ!?」

 

 流石に妖精さんをアルファに相手させたくはないので必死に降り懸かる爆弾を避ける俺。

 チビ姫はそんな様子に構わず艤装を捨て瑞鳳に泣き付いた。

 

「ままぁ!!

 あのくちくがいじめるの!?」

 

 てめえは俺を殺しに掛かってたろうが!?

 

「よしよし大丈夫よ姫ちゃん。

 悪い駆逐艦はママがぶち殺してあげるからね」

 

 言うなり首がぐりんとこっちを向き爛々と殺気を輝かせながら艦爆に命じる。

 

「ブッチkill!」

「トチ狂うのも大概にしろぉぉぉぉおおおお!!??」

 

 本当に旧型なのかと疑いたくなる凄まじい操縦技術で俺に襲い掛かる九九式艦爆に翻弄され続けた俺が解放されたのは、それから3時間も時間を要する必要があった。

 




 シリアルさんが出番寄越せって喚くからこうなった。

 いやほんとはこの降りはすっ飛ばしてダークサイドから始まるはずが、おちゃめな戦艦棲姫さんが書きたくなってつい飛ばす内容に手を付けちゃったんです。

 次回はちょっと時間が進んで今度こそダークサイドから始まります。

 いや、本当だからね?


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俺はつくづく甘ちゃんだな…

助けるってのは、とんでもなく重いんだって事をまだわかっていないんだからよ。


 配した私闘の結果に私は二つの理由から酷く落胆していた。

 一つは姫のあまりの弱さ。

 赤子のように泣きじゃくり艦娘に救いを請う姫の姿に、彼女の懸念も致し方ないのかと私はほとほと呆れ返るしかなかった。

 自分が姫として些か浅慮であったのは事実だけれど、しかし、姫のあの惰弱っぷりは流石に目に余るものがある。

 姫はあの娘をどう育てていたのか、一度窘めねばならないかもしれないわね。

 そしてもう一つは彼女の甘さに。

 殺しても構わない。

 暗にあの主砲を使えとそう告げたにも関わらず、彼女は主砲である超重力砲を用いようとはせず、ばかりか私の肝を冷やした幾つもの戦術を何一つ持ち出しもしなかった。

 砲については忘れているかもしれませんが、その件についても知る必要がありそうですね。

 ともあれ姫が弱すぎて必要もなかったということを差し引いても過程はお粗末と言うしかない。

 それに加え…

 

「アレは一体何なのかしら?」

 

 醜悪な肉の塊と形容するしかない艦載機に私は漏らしてしまう。

 姫はあの醜悪な姿をただ忌避していたせいで追い詰められたが、一度戦った私はアレの危険性の片鱗を理解しているつもりだ。

 異常な速さと慣性すら捩伏せる立体機動を可能とする本体そのものは酷く脆弱だが、随伴する肉塊の異常な防御力…いえ、僅かに感じる飢えの感情からしてあれは触れたもの全てを喰らい尽くす暴食でしょうか?

 外見からして危険と察せられるあの肉塊を武器として用いれば姫とて無事で済みはしないでしょう。

 だけど、あの艦載機はそれをしない。

 姫の用いた最新型さえ歯牙にも掛けないあの速さは余程の隙を狙わねば掠ることさえ叶わない悪夢のような性能の片鱗を見せるのに、実際あの艦載機が狙うのは艦載機や砲弾ばかり。

 なんて甘い。

 主人と同じか、それ以上に甘い艦載機に怒りさえ抱いてしまう。

 と、観戦していた工作艦が艦載機が触手から変じた目玉を喰わせてから空間を波立たせて消し去った肉塊を指し小さくごちる。

 

「アルファのアレはなんだろう?」

 

 ふむ?

 この中では彼女と最も付き合いが長いはずだが、彼女さえあの肉塊は知らなかったのですか。

 

「知らないと?」

「え?

 …ええ、まあ」

 

 工作艦は困った様子で言う。

 

「最初に会ったときに多少身の上の話は少し聞いていたけど、来る時に武装は棄てたって聞いていたからさ」

 

 さばけた口調でそう言う工作艦に、ふむと考えながら相変わらずですねと感心してしまう。

 自分を私がその気になれば片手間で散らされる弱者だと開き直り、ならば普通に接しようとする胆力は彼女といい勝負です。

 それにしても、来る時に(・・・・)ですか。

 それはつまり、アレもまた『霧』と同じく異なる世界の存在だということですね。

 

「何処から来たのかは聞いているのですか?」

「聞いたけどよく分からなかったら身の上話と一緒に忘れちゃった」

「……そうですか」

 

 そんなぞんざいな扱いでいいのですか?

 もしかしたら嘘かもしれませんし、今の内に吐かせておくべきでしょうか?

 

「まったく、もう少し手加減ってものがあるじゃない」

 

 そうして話していると、多少頭が冷えたらしい軽空が文句を言いながら姫を抱えた姿で戻って来ました。

 少し遅れて戻って来た彼女も、疲れた様子ですがほぼ無傷です。

 工作艦から聞き出す時間が無くなったのは少々惜しいですが、後で本人から聞き出せばいいでしょう。

 

「不様でしたが、勝ったようですね」

「不様は同意するが、アレが勝ちって言えるのか?」

 

 不満そうに言う彼女に、確かにそうですねと思う。

 

「とはいえ姫を下したのは事実。

 貴女の要望通り姫を連れていって構いません」

「………はぁ?」

 

 何を言っているんだと呆けられてしまいました。

 確かに、少し急な話でしたね。

 

「……なんで?」

「勝ったのですから禄を与えるのは当然でしょう?

 貴女は目論みを達せられる。

 私は姫の性根を叩き直す機会を得る。

 相互に利益がある案ではありませんか」

「……そう…なのか……?」

 

 戸惑う彼女の様子が可笑しくて笑いそうになりますが、それを抑える本気で食ってかかりかねない軽空に抱かれた姫に向く。

 

「いいですか姫。

 貴女は負けたのだから、勝った彼女に従いなさい」

「はぁい」

 

 不満そうに言う姫から視線を軽空に移す。

 

「姫の子守は引き続き任せますが、あまり甘やかしすぎないように」

「……このままのほうが可愛いのに」

 

 小さくごちる姿に大概ですねと溜息を吐くしかない。

 

「まあとにかくだ。

 取り敢えず明石、姫の艤装で例のプランがいけそうか確かめてくれ」

「はいよ」

「それとギアの傷みが激しいらしいから後で見てくれ」

「人使いが荒いねえ」

「悪い。

 終わったら…」

 

 と、言いかけた彼女が何やら頭を押さえたそうに頭を下げました。

 

「氷川丸やヌ級達の事忘れてた」

「あいつが来てるのか?」

 

 姫が好きにさせていた病院船の事らしいけれど、工作艦も面識があったようですね。

 

「ああ。知り合いだったのか?」

「そこまで親しくはないけどね。

 たまたま資材探してた時に会った事があるぐらいだよ」

 

 それにしても、この工作艦の交友範囲もかなり謎ですね。

 一抹の不安はありますが、後は彼女達に任せて私は休みましょう。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 あんまり思い出したくもないチビ姫との戦いの翌日、俺と明石は装備の調達も兼ねて島の様子見に向かっていた。

 

「自宅に戻るのも久しぶりだね」

「迷惑を掛けたのは悪いと思ってるよ」

「退屈しないからいいよ」

 

 苦笑を返して来た明石に改めて迷惑を掛けてるなと思う。

 そんなやり取りをしながら俺達は島に向かう。

 装甲空母ヲ級と戦うに当たり、取り敢えず必要なのはB-29を破壊するのに必要な瑞鳳用の艦戦と北上の追加の魚雷発射管。

 開発資材は氷川丸から10個ほど拝領していたから、悪くても一個づつぐらいは揃えられるはず。

 それに置いて来てしまった俺の対空レーダーは絶対回収しないと……

 

「……あれは?」

 

 島に近づいた辺りで海上に浮かぶ人間大の物体を発見した。

 

「アルファ」

『生体反応ハアリマセン』

 

 アルファの答えに人に見える流木であることを願いながら向かってみるが、そんな願いはあっさり打ち砕かれた。

 

「こいつは酷いね」

 

 艤装の浮力が残っていたために沈むことも出来ず漂っていたらしい艦娘の遺体に明石がそう呟いた。

 あきつ丸の火傷に酷似した酷く焼け爛れた身体に俺は確信する。

 

「装甲空母ヲ級にやられたみたいだな」

「……そうなのか」

 

 艤装は重巡らしいのだが、火傷が酷すぎて誰なのか判別すら出来ない。

 辛うじて燃え残った服の切れ端から妙高型だろうと分かった程度だ。

 

「せめて陸で眠らせてやりたいんだが、いいか?」

「…ああ」

 

 明石に許可を貰い遺体を背負うと妖精さんに艤装の中を調べて貰いながら島へと向かった俺達は絶句する光景に出くわした。

 島には多数の艦娘が打ち上げられていたのだ。

 どれも艤装は壊れ、生きているとは到底思えない姿でだ。

 

「近くでやりあったのか…?」

 

 皮肉にも焼かれたせいで腐敗や水を吸って膨張を免れた遺体達はそれでも数日は経過しているらしく僅かに死体の臭いを発している。

 

「アネゴ!?」

 

 明石と二人惨状を呆然と見ていた俺達に艤装を背負ったヌ級が呼び掛けた。

 

「ブジダッタンデスネ!?」

「あ、ああ。

 それはそうと何があったんだ?」

 

 そう尋ねるとヌ級は困惑した様子で答えた。

 

「カンムスガカイブツニテヲダシタミタイデス」

 

 ……やっぱりなのか。

 

「ソレト、ヒメモテキトミナサレテ タタカッテルッテジュウジュンガイッテタ」

「姫も?」

 

 戦艦棲姫以外の姫も討伐に動いていたのか。

 まあ、鎮守府からして仲良く共闘するなんてありえないし、おそらくどうしようもない三つ巴が展開されてんだろうな

 

 ……って、これから俺達もそれに首を突っ込まなきゃいけないんじゃないですかヤダー!?

 

「取り敢えずだ。

 りっちゃん達はどうした?」

 

 そんな状態なら氷川丸の巡回も一時中断しなきゃまずいだろうにと尋ねるとヌ級は言う。

 

「ジュウジュンタチハ、ヒメノシエンニデタワ。

 ビョウインセンハ、ナガレツイタカンムスデ、イキテタノヲミテル」

 

 生存者が居たのか?

 

「…そうか」

 

 島の事を考えたら安堵しちゃいけないとは分かっているが、それでもこの惨状の中に生存者が居たことに少しだけ救いを感じてしまった。

 

「生存者は気になるが、まずはこいつらの弔いが先だな」

 

 野曝しにしておいて腐るのを見たくはないし。

 

「明石、悪いが艤装は任せていいか?」

「ああ」

 

 明石も気持ちは同じらしく、直ぐさま手近な遺体の艤装の取り外しに掛かる。

 

「艤装は後で解体するから適当に纏めといて頂戴」

 

 一人目を手早く取り外し二人目に取り掛かりながらそう言う明石に応じ、俺は背負っていた遺体を下ろすとヌ級に確認する。

 

「遺体はここにあるだけか?」

「ハイ。

 カンサイキヲトバシテサガシテマスガ、ココイガイニウチアガッテイルカンムスハイマセン。

 ソレトコレマデノハシマノカザカミデヤイテマス」

「案内してくれ」

 

 明石が艤装を取り外した遺体を抱えヌ級に道案内を頼む。

 その後の事はあまり思い出したくはない。

 ちゃんとした設備があるわけでもない焼却場に広がる臭いは二度と嗅ぎたくはないなとそう思わせるのに十分で、身体に着いた血と油が混ざった腐臭は生涯忘れたくても忘れられないものになるだろうなと、そう思わせるものだった。

 そんなトラウマをがっつり刻んでくれた弔いの作業が一段落したのは、夕刻に入った頃だった。

 

「これで最後だな…」

 

 最後の一人の分…何の因果か俺が連れて来た妙高型の本人のマストで作った即席の墓標を突き刺した俺は、壮観とさえ言える墓標の群れに小さく呟いた。

 

「深海棲艦が何をと思うだろうが、せめて眠りぐらいは安らかであることを祈るよ」

 

 死者に出来ることなんて何も無いんだと改めて思い知りながらその場を後にし、ヌ級達が用意してくれた湯で身体を濯ごうと向かうと、ちょうど身体を洗っていたチ級と出くわす。

 慣れない作業でへとへとに疲れ切った様子だしを労っておくか。

 

「今回の事、ありがとうな」

 

 そう労うとチ級は畏まった様子で言った。

 

「アネゴノスミカノソウジグライトウゼンヨ」

 

 ……深海棲艦だからしょうがないのかもしれないけど、こいつらにとって今回の作業はただの掃除でしかなかったのか。

 人間の価値観からしたら怒るべきなんだろうけど、こればっかりは押し付けても意味はないなと頭を切り替える。

 

「…そうか」

 

 チ級と入れ代わりに身体を濯ぎながらこれからの事を考える。

 艦娘の遺体を埋葬し終わってもまだ艤装の処理は残っている。

 幸か不幸か艤装の中には魚雷発射管や艦載機もあったから、使えるものは使わせてもらうとしても艤装本体は解体するか改修素材に使うしかない。

 だが、ゲームと違って大破した艤装の改修値は通常の半分以下にまで下がってしまう上に失敗する可能性も高いらしい。

 そもそも艦娘の改修とは対象を食べる深海棲艦とは違い乗船している艤装の妖精さんを改修先の艤装に乗せ代える作業の事であり、改修し使った艤装が消えることはないそうだ。

 妖精さんの加護を失った艤装は資材にも使えないジャンクになってしまうので、その処分を考えると素直に解体したほうが利益はあるんだけど明石の負担がマッハになっちまうんだよな。

 

「正に痛し痒しって奴だな」

 

 身体を濯ぎを終え、やることも一段落したしなと氷川丸が建てた白いテントに向かう。

 

「氷川丸、俺だ。ちょっといいか?」

 

 中に入ろうかとも考えたが、自分が深海棲艦なのを考え呼ぶことにした。

 

「ああ、君か。

 ちょっと待っててくれ」

 

中のライトに映し出された氷川丸が立ち上がるとテントの入口から顔だけを見せる。

 

「久しぶりだけど、あんまり調子は良くなさそうだね」

「表の仕事をしたからな

 

 それだけで大体を察してくれた氷川丸は微妙な困り顔になる。

 

「お疲れ様と、そう言えばいいかな?」

「俺の事はいい。

 それよりも…」

 

 促すと氷川丸は難しい顔になる。

 

「正直に言うけど、あの娘はもうだめだ」

 

 そう言うと氷川丸は症状を簡潔に語る。

 

「深度三の熱症が全身の六割まで広がって、内臓まで炎症を起こして使い物にならなくなっている。

 今は薬で痛みを抑えてあげているけど、明日の朝まで持てば奇跡と言っていい」

 

 冷徹にそう言う氷川丸だが、言葉とは裏腹に悔しそうだ。

 

「…なんとかならないか?」

「私の設備全てを使えば命を救うだけなら出来なくはないわ。

 使えなくなった四肢を切り落として中身の中身を全部機械で代用してあげれば命は保てる。

 だけど、それは同時に艦娘どころか人としても生きてはいけない姿にするということよ。

 四肢も無くしてろくに喋ることも出来なくなったあの娘が死ぬまでの一生を介護し続けられる?」

「それは…」

 

 エゴで生かすなら責任を背負えと迫る氷川丸に俺は答えられない。

 ただ死なせたくないなんて軽い気持ちでそう言うことがどれだけ残酷な事なのか、俺は嫌というほど知ってしまった。

 

『御主人』

 

 身の程も弁えられなかった俺にアルファが語りかけた。

 

「どうした?」

『モウヒトツ、手段ガアリマス』

「…え?」

 

 驚く俺達に向け、アルファは言った。

 

『私ノ一部ヲ移植シ、バイド化サセレバ或ハ』

 




 アルファ君の爆弾発言入りました。
 次回は量が増えたので先送りにした横鎮大和さんから入ります。


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俺ってやつは…

どうしようもなく中途半端だ。




 ざあ、ざあ、ざあ、ざあ…

 

 流れる海流にぶつかる小さな飛沫の音がいくつも重なる。

 満点の青空に響くその音は穏やかな海岸の波打ち際に響くものなどではなく、この世界が残酷で罪科に塗れた地獄の装丁を成している証の音だった。

 飛沫を起てるのは砂ではなく砕けた鋼と人の肉。

 それは砕けて朽ちて血と油で海を汚す屍と成り果てた艦娘だった物(・・・・・・)。

 屍が沈む僅かな間の間に更に数多の屍が積み重なり、赤黒く汚れた海はそこだけが屍で作られた浮島の様に地獄を作り上げてしまった。

 どうしてこんな事になったのか。

 彼女達を送り出した者達は一様にその地獄に後悔した。

 あの駆逐艦の忠告を退け海に平穏を取り戻さんと送り出された精鋭は、空を埋め尽くしたB-29とそれを庇護する艦載機の群れに対立していた南方棲戦姫とその取り巻きである浮遊要塞ごと吹き散らされ、誰ひとりとして本懐を成すことなく撤退出来た一握りを残し悉とくの海の藻屑と成り果てた。

 この惨状を生み出す片棒を担いだ彼等は自らを慕う者達の死の悲しみと共に、深海棲艦達がいかに慈悲深い者達であったかを思い知った。

 海を奪い来る者をいかなる理由であろうと撃滅させる深海棲艦(彼女達)は間違いなく怨敵であったが、同時に逃げるものを執拗に追い立てる事はしてこなかった。

 来る者は排し、去る者は見逃される。

 そして打ち破られればその海域を明け渡し、されど勝利をただ謳歌することは許さないと海域に潜み時に牙を剥く。

 長らく続いたその構図が今回もそうなのだと勝手に思い込み、それが外れて始まった怪物の猛追は逃げる者を執拗に啄み屍を山と築いた。

 それに到った理由は彼等の奥に根付いた慢心。

 今回が駄目なら次がある。

 逃げることは恥では無い。

 だから危険と判じたなら引き返せ。

 また来れる。だから帰ろう。

 そう教え、それを守り、そうして結果を出し続けた彼等は、今回も、例え深海棲艦が怪物と慄く相手であってもいつも通りやっていればそれで行けると信じきってしまった。

 だがそうではない。

 この海にはもう慈悲はない。

 在るの智と理を以って海から人を排し支配する深海棲艦ではなく、ただ破壊と殺戮のみを執り行う『怪物』なのだ。

 怪物が怪物たる所以は唯一つ。

 

 どんな手段を用いようが人間には決して勝てないこと。

 

 お伽話の怪物ならば弱点を穿てば倒せるだろう。

 物語の怪物ならば伝説の勇者や英雄が屠るための武器を手にして打倒するだろう。

 だがこれは現実なのだ。

 都合のいい英雄や武器などどこにもいない。

 唯一の希望さえも太刀打ち敵わないと知り、もはや倒す手段も希望もなく、ただただ、怪物が自分達を獲物と見定めることがないよう祈る事しか人間には許されないのだ。

 しかし、それでも、人間という種は敵わぬ相手を前に愚かにも踏み止まってしまう。

 恐怖から目を背けてはいけないと勝手に思い込み、必ず勝つ術は在るんだと幻想に縋り、今度こそ勝たねばならないと自らを追い込んで立ち向かってしまう。

 それがどれだけ愚かな行為なのか、それにすら誰も気付かない。

 いや、気付かない振りをしているのだ。

 そうしなければ、これまで築いて来た死に申し訳が立たないと感情が逃げることを許さない。

 どうしようもないほど愚かで、だからこそ人間は今日までの繁栄を続けてこれた。

 だから、今回も繰り返す。

 一隻の艦娘が怪物を屠るため沈み逝く同報の骸を踏み抜くように進んでいく。

 怪物を屠るために選ばれたのは、彼等が自らの手で生み出した『怪物』。

 彼女は何物を排するため戦艦大和を素材に、人類の悪意と狂気を配合し深海棲艦をも素材に組み込み生み出された。

 そうして生み出されたそれは歪み狂いなによりあまりに危うい存在だった故に彼女以降同じ技術を用いて生み出される事はされなかったが、彼女のそれを差し引いても強かった。

 白い面で顔を隠した大和の表情は解らない。

 累々と広がる艦娘を悼んでいるのか、それとも目的を果たせなかった事を蔑んでいるのか、白い面は何も映さない。

 ただ一つ、彼女が沈んでいく艦娘達の誰にも顔を向けていないことだけは確かだ。

 彼女が見据えるのは唯一つ。

 屍の浮島のその先に待つ『怪物』のみ。

 白貌の戦艦大和は一度として屍の浮島を省みることなく『怪物』の元へと向かい続けていく。

 それこそが、自身の産まれた理由だと理解するがために。

 

 

〜〜〜〜

 

 

「バイド化って…正気かアルファ?」

 

 アルファはバイドになることが悲しいことなんだと語っていた。

 なのに、それを提案する理由が俺には解らない。

 氷川丸も訝みながらアルファの話に耳を傾ける。

 

『バイドニハ強力ナ自己再生能力ガアリマス。

 バイド化ヲ促セバ対象ハバイドニ成リ果テマスガ、肉体ノ欠損程度ナラ再生出来マス。

 代ワリニ対象ハ戦闘本能ニ支配サレ理性ヲ失ウ可能性ガ高イデス』

 

 おもいっきりダメじゃねえか。

 

「それも問題だがよ、バイドって感染するって言ってたよな。

 前から気になってたんだが、なんで俺は感染していないんだ?」

 

 今までずっとそれが気になっていた。

 バイドはそこに要るだけで汚染を広げると言うが、アルファと接した俺達に視界の琥珀化を始めとするらしいバイド化の兆候は全く現れなかったから。

 俺の疑問にアルファは言う。

 

『私ノ身体ハ他ノバイドト違イ感染能力ガ外デハナク内側ニ向イテイマス。

 デスカラ私ノ細胞ヲ直接取リ込ムヨウナ事ガナケレバ感染シマセン』

 

 すまんアルファ。

 何を言ってるのか全然わからん。

 

「取り敢えずアルファに触っても平気だってのは分かったけど、お前が艦娘をバイド化してもそれは変わらないのか?」

 

 そうでないならこの会話に殆ど意味はない。

 正直否定して欲しかったが、アルファはそれを肯定した。

 

『ハイ。私ノ組織ヲ使用定着サセレバ汚染ハ対象ノミデ留マリマス。

 セックス等デモ行ワナケレバ拡大ハシマセン』

「そこは輸血でいいだろうに…」

 

 生々しい例えにそう突っ込んでしまう。

 

「つまり、アルファの感染力はエイズウィルス並って事でいいのかな?」

『ソノ例エデ間違イハソウアリマセン』

 

 それなら理解できるよ。

 治療出来ないって点でもそっくりだし。

 

『御主人ガ望ムナラ、私ハバイド化ヲ行イマス。

 ドウシマスカ?』

「え?」

 

 なんで俺に振るんだ?

 

『御主人ハ艦娘ヲ助ケタイト考エテイマス。

 デスガ、現実的ニ救ウ事ハ困難デス。

 モシ、御主人ガ件ノ艦娘ヲマタ戦エルヨウニシテアゲタイトイウナラ、私ガ協力シマス』

「しかし…」

 

 俺に一体どうしろっていうんだ?

 アルファの提言を飲めば、テントの向こうの艦娘はバイドになってまた戦えるようになる。

 だけど、俺の勝手でバイドにしてしまうのは正しいのか?

 本当は素直に楽にしてやるのが正しいんじゃないか?

 そもそも関わることが本当に…

 

『御主人』

 

 悩む俺にアルファは言う。

 

『今ノ御主人ハアノクソヤロウ以下デスヨ』

「……っだと?」

 

 正直今のはかなり頭にキた。

 沸いた頭にガソリンをぶっかけるようにアルファは言う。

 

『悩ムグライナラ手ヲ引クベキデス。

 悩ムノハ当然デスガ、重要ナノハ御主人ハドウシタイノカデス』

「じゃあどうしろってんだ!?」

 

 つい怒鳴ってしまう。

 一度怒鳴るともう限界だった。

 濁流のように俺の口は感情を吐き出してしまう。

 

「助けたいよ!!

 だがな、ジョニーとバケモノ、そんな救いもみあたらねえ二択をどう選べってんだ!?」

『撰べナイナラ見捨テルベキデス。

 彼女達ハタマタマ死ニ損ナッタタダノ他人。

 拾イ上ゲズトモ誰モ責メル資格ハアリマセン』

「俺が許せねえんだよ!!」

 

 吐き出してみてよくわかった。

 俺は唯の馬鹿野郎だ。

 分相応なんて考えもしないで自分勝手に助けたいからって感情だけ一人前の半端モノ。

 だけど、それでも助けたいんだよ。

 

「ちょっと」

 

 過熱した俺に水を掛ける氷川丸。

 

「騒ぎすぎて患者が全員目を覚ましたんだけど、どう責任を取ってくれるのかしら?」

「……すまん」

『申シ訳アリマセン』

 

 全力で謝ったよ。

 武装とかそんなもん関係ない。

 患者を前にした医者に逆らうなんて、姫六人にソロで挑むほうがよっぽど気楽だよ。

 ついでに頭も真っさらに冷めてふと気付く。

 

「全員?」

「ああ。

 生存者は全部で三人だった。

 今は二人だけどね…」

 

 そう語る氷川丸に俺は何も言えない。

 

「それゆりも、今の話を本人が聞きたがっているんだ。

 医者としてあまり賛成したくはないけど、患者が望む以上断るわけにもいかないの。

 中に入ってちょうだい」

 

 そう促す氷川丸に続きテントに入る。

 テントの中には剥き出しの地面に三つのパイプベッドが設置された野戦病院地味た光景が待っていた。

 そしてベッドに横たわっていたのは、全身に包帯を巻かれた姿の少女が三人。

 内一人は…もう生きていない。

 

「お前が表で騒いでたのか?」

 

 亡くなった艦娘を見ていた俺に、ベッドからそう声を掛ける声に俺は振り向く。

 

「はっ、深海棲艦がよくもまあほざくもんだ」

 

 首だけをこちらに向けた、おそらく天龍だと思しき少女は皮肉げに口を歪ませる。

 

「で、深海棲艦様はどうやって俺を助ける気だ?

 生きたまま深海棲艦にでもするつもりか?」

 

 向けられる敵意に俺は少しだけ安堵しながら口を開く。

 

「もっと酷いバケモノだよ。

 アルファ」

『ハイ』

 

 背中から離陸したアルファに目を丸くする天龍に俺は言う。

 

「こいつはバイドシステムαという名前のバイド生命体だ」

「そいつが、生物だって?

 ひっでえ冗談だなオイ?」

「だけど事実だ。

 こいつの細胞を上手く扱いこなせるなら、お前はまた戦えるようになる。

 だけど、失敗すれば…」

「そいつみてえな肉の塊になるか?」

「おそらくな」

 

 そう頷くと天龍は鼻で笑った。

 

「ハッ、助けたいとほざきながら結局バケモノにしようってのか。

 随分な偽善者だなオイ?」

 

 真っすぐな怒りをぶつける天龍。

 

「帰れ。

 俺はバケモノになるぐらいなら死んだほうがマシだ」

 

 強い拒絶の言葉に俺は黙ってもう一人に尋ねる。

 

「お前は…どうする?」

 

 問いに顔まで包帯に巻かれた少女はベッドに横たわったまま言う。

 

「魅力的な案だけど、私も遠慮しておくよ。

 不死鳥と呼ばれるのももう疲れたし、なにより、姉妹が向こうで待ってるんだ」

「…そうか」

 

 その答えを聞き届け、俺はテントを出た。

 

 翌日、氷川丸から夜明けを待たず二人とも息を引き取ったと、そう聞かされた。

 




 正直言うと今回はバイド化ルートと拒絶ルートのどちらにするか最後まで悩みました。

 ですが、結局イ級にフラグを折らせなかったので拒絶ルートに入りました。

 イ級の悩みについては次の回の別キャラ視点で触れてきます。


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行きましょうかね

ものすっげえ逃げたいけど


 自分が改めて流され続けていたんだと思い知らされた翌朝、俺は三人の遺体を荼毘に伏してから後片付けをする氷川丸と話をしていた。

 

「ままならないよね」

 

 妖精さんと役目を終えたシーツを洗いながら氷川丸は独白する。

 

「手を差し延べたいって気持ちがあっても、現実に何も出来ないって経験は私にもあるから分かるわ。

 私は病院船として沢山の人を助けてこれたけど、それでも助けられなかった人も沢山いたわ。

 こういうのはどうやっても馴れないものよ」

 

 馴れたくもないけどねと困ったように笑う氷川丸。

 

「それに、彼女達は選べたわ。

 それだけで救いになるのよ」

「だけど、俺は…」

 

 彼女達に選ばせたなんて偉いことは言えない。

 ただ、後で恨まれたくないから選択肢を丸投げにしただけだ。

 

「それでも、助けたいと思ったんだよ」

 

 あの後からアルファは一言も発してはいない。

 俺に呆れたのか、それとも…

 どちらにしろ、アルファの言う通り今の俺はあの糞野郎以下だとそう思う。

 強要して拒絶されることが怖い癖に、逃げることも出来ず立ち止まったまま。

 選ぶことが出来ない今のままで、俺は本当にこの世界に居る意味があるのだろうか?

 

「さてと」

 

 シーツを干し終えた氷川丸は俺に言う。

 

「私は今回の件が落ち着くまでもう少しここに留まらせてもらうわ。

 また流れ着いてくる娘もいるかもしれないしね」

「そうか」

 

 安全とは言い難いが、海に出るよりはマシだろう。

 

「なんかあったらすぐ逃げろよ。

 ヌ級達にも護衛するよう言ってあるし」

「勿論よ。

 まだまだ救える人は沢山居るんだから、こんなところで沈む気はないわ」

 

 そう微笑む氷川丸に挨拶して俺は明石の下に向かう。

 

「もういいのかい?」

 

 壊れた艤装から取り外した装備の入ったドラム缶を準備しながら明石は言った。

 

「ああ。

 明石こそいいのか?

 もう一日ぐらいなら大丈夫だぞ?」

 

 開発には明石の艤装を使うため、数日逗留して開発に集中するつもりだったからまだ日数的には余裕がある。

 俺の問いに明石は苦笑する。

 

「全部終わらせてからのんびりさせてもらうよ」

「……そうだな」

 

 いつ艦娘の遺体が流れ着くか警戒しながらの休暇なんて、それこそ気の休まる暇もない。

 

「じゃあ行くか」

「行きたくないけどね」

「俺もだ」

 

 お互いに冗談混じりに本音をぶちまけ、俺はドラム缶を引きずりながら海に出る。

 帰途の最中は特に何もなく、俺達は姫の住まいの近くになったところで呼び出し用の爆竹の入った爆雷を投下する。

 そうしてしばらく待つと水面に潜水ヨ級が浮かび上がって来た。

 

「ハヤカッタワネ」

「いろいろあってな。

 姫のとこまで頼む」

「ワカッタワ」

 

 ヨ級は頷くと同じく浮かび上がって来たカ級と共に俺達を抱いて水中に潜る。

 今更だけど水圧とか大丈夫なのか?

 まあ明石も苦しそうじゃないし気にしたら負けなんだろうな。

 しばらく潜るとヨ級達は海中を進み姫の住まいにたどり着く。

 横たわる事なく海底に佇む武蔵の姿は、人が大艦巨砲主義に魅了される訳をなんとなく理解させる。

 大きいってのはそれだけで浪漫なんだ。

 それが戦場で活躍するかはともかく。

 海水を遮断する結界みたいな理解不能な幕を抜けると甲板に降り立ち髪だけが濡れた明石は溜息を吐く。

 

「濡れるのだけなんとかならないかな」

 

 出迎えてくれた後期型イ級にタオルを貰って髪を拭いながらごちる明石。

 

「アルバコアの潜水服使えばいいんじゃねえか?」

 

 島に転がっていたのを思い出した尋ねると明石は微妙な顔になる。

 

「サイズが合わないのよ。胸とか胸とか胸とか」

「……そうか」

 

 デリケートな問題に関わってはいけない。

 例え一応女の体だとしても。

 いいね?

 

「とにかく、持ってきた装備の準備をしよう」

 

 あんな光景はもう見ないで済むようにしないと。

 そう思い俺はドラム缶を抱えて中に進んだ。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 御主人ノカタパルトニ固定サレタ状態デ私ハ進メラレル準備ヲ眺メテイル。

 

「いいねぇ。

 五連装酸素魚雷論者積みなんて初めてだよ。

 ね、ね、試し撃ちしていい?」

「誰に撃つつもりだよ?」

「そりゃあ…」

「俺かよ!?」

 

 楽シソウニ御主人ニ魚雷ヲ向ケル北上。

 北上ハ出会ッタ頃ニ比べ笑ウヨウニナッタ。

 

「ぜろ〜♪ぜろ〜♪」

「違うよ姫ちゃん。

 これは震電改だよ」

「しんでんかい?

 ぜろじゃないの?」

「ん〜。

 まあ、零式だしゼロの兄弟かな」

「ぜろ〜♪」

 

 瑞鳳ハ膝ニ乗セタ姫ニ搭載予定ノ震電改ヲマルデ玩具ノヨウニ遊バセテイル。

 互イノ関係カラ良イ傾向デハナイヨウダケド、二人ハ楽シソウニ笑ッテイル。

 

「仕方ないって言っても装備がドラム缶で埋まるってのは中々楽しくないね」

「夕張が泣いていた気持ちが少し分かったわ」

 

 明石ト千代田ハ沢山ノドラム缶ヲ前ニ肩ヲ落トシテイル。

 ダケド、悲壮感ハナイ。

 昔、マダ人間ダッタ頃ニPOWアーマーノパイロットニナッタ仲間モアンナ顔ヲシテイタノヲ思イ出シタ。

 …提督。

 提督ハ今、ドコニイルノデスカ?

 醒メナイ悪夢ニ囚ワレナガラモ人デアッタ事ヲ思イ出シ、自ラ地球ヲ離レタ提督ハ今安ラカデショウカ?

 私ガ生キテイル事ガ提督ノ生存ヲ教エテクレマスガ、側ニイナイ事ハ少シ寂シイデス。

 コレガ贅沢ナ悩ミナノダト分カッテイテモ、ヤハリソウ思ッテシマイマス。

 一度考エテシマウト記憶ガ次々ト蘇ル。

 着任シタテノ新入リ時代。

 初メテA級バイドト遭遇シタアノ絶望感。

 ソノA級バイドヲ撃破シタ感動。

 ソレニ気ヲ良シタ上層部ノ無茶ナ中枢破壊作戦。

 航海中ニタマニ発症シタ提督ノ微妙ナユーモア。

 ソシテ……

 

 キガツクト ワタシタチハ バイドニナッテイタ

 ソレデモ チキュウニ カエリタカッタ

 ダカラ テキハスベテタオシタ

 ソシテ オワラナイユウグレニ コウカイダケガ ノコッタ

 

「アルファ」

『……ハイ』

 

 イツノマニカ全員ノ装備ノ換装ハ済ンデ私ト御主人ダケニナッテイタ。

 思考ヲ停止シ御主人ノ言葉ニ注意スル。

 

「お前は、なんで俺に付き従ってくれるんだ?」

『……』

 

 御主人ハヤハリマダ迷イ続ケテイル。

 周リガ何故自分ニ期待スルノカ解ラナイノカラ自信ヲ持テナイデイル。

 ドウシテ周リガ貴方ニ期待スルノカ、気付イテイナイカラコソノ魅力ダトワカッテイテモ、私ハソレヲ知ッテ欲シイト思ウ。

 

『御主人ハ、私ヲドウ思イマスカ?』

「は?

 …俺より強い頼れる相棒だと思ってるけど?」

『醜イトハ思イマセンカ?』

「…。思わないって言ったら嘘だがよ、だからって気にはしてないぞ」

『ソレガ理由デス』

 

 御主人ハアリノママニ受ケ入レテクレル。

 艦娘モ、深海棲艦モ、私ノコトモ。

 自身デハ気付イテイナイカラコソナノカモシレナイケド、私達ハソノ優シサニハ救ワレタ。

 アノ二人モソウダッタ。

 ズット抑エ込メテイタ私ノバイドトシテノ本能ヲ刺激スルホドニ強烈ナ憎悪ニ満チタ強固ナ再起ヘノ執着ヲ抱イテイタ。

 ダケド、二人ハ御主人ニ思イ留マラセテ貰エタ。

 ソシテ、御主人ガ呵責ニ苛マレヌヨウ拒絶シテクレタ。

 御主人ハ悔ヤンデイルケレド、アノママ悪夢ニ囚ワレテイタラモット苦シム事ニナッテイタ。

 ダカラ私モ留マレタ。

 バイドニ意識ヲ奪ワレズ御主人ノ艦載機トシテ在リ続ケラレル。

 オソラク、私ガ離レテイタ間ニモ、ソウヤッテ救ワレタ者ガイタノダロウ。

 

『御主人ハ私ヲ相棒ト呼ンデクレル。

 ソレ以上ノ理由ハイリマセン』

「……そうか」

 

 釈然トシテイナイケレド、私ハ戦ウコトデ救ワレタ恩ヲ返ス。

 ソレガ今ノ私ノ望ミ。

 

「なら、行こうアルファ。

 装甲空母ヲ級を止めるために」

「了解」

 

 私ノ名ハアルファ。

 御主人ノ空ヲ護ル力。

 ソウ在リ続ケル事ガ私ノ『希望』(望ミ)

 

 

〜〜〜〜

 

 

 今揃えられる限りの装備を整え、俺達はチビ姫の巨大な艤装に乗って装甲空母ヲ級の居る海域を目指していた。

 なんだけど…

 

「落ち付かねえ」

 

 少しでも燃料は節約しなきゃなんないのはわかってんだけど、目の前に海があるのに泳げないってのはすんげえストレスになってんだよ。

 とはいってもワ級が不安だからと現在進行形で俺を抱えてるから出たくても海には出れないんだけどな。

 まあ、これでワ級の不安が和らぐならそれでいいんだけどよ。

 

「我慢我慢。

 出番になったら走り続けるんだから休んどきなって」

 

 最後の余暇を楽しむように飛行甲板に組立式のリクライニングチェアーを設置してひなたぼっこをしていた北上がそう言う。

 

「だらけすぎんなよ?

 艦娘に見付かって戦闘になるかもしれないんだからな」

「大丈夫だって。

 それにいちゃついてるイ級だって似たようなもんじゃん」

 

 いちゃついてる訳じゃねえよ。

 こうすればワ級が落ち着くっていいからしてるだけだっての。

 気楽にそう言う北上に溜息を吐いてしまう。

 しかしだ、チビ姫の艤装も大概だなと思う。

 でかいだけの事もあって姫を含めた俺達全員が乗ってもなんの支障もきたしていないってのは泊地タイプと呼ばれるだけの事はある。

 しかもその気になれば今回みたいに載せた深海棲艦を装備扱い出来るそうだ。

 因みに装備枠は明石(修理設備相当)千代田(補給設備相当)ワ級(ドラム缶相当)と自衛用の艦戦。

 今回は機動要塞として運用させたけど、使い方次第ではかなり戦術の幅が広がりそうだ。

 例えばドラクエの馬車とかメガテンのCompみたいな即時交代を可能とする待機部隊の詰所的な役割もありだろう。

 問題は、それを安易に出来るのは深海棲艦側だということか。

 実際やったら人類終わるな。

 

「チビ姫、近く艦娘の気配はあるか?」

「ちびじゃない!!

 わたしはひめなの!!」

 

 瑞鳳に抱っこされた姿で人の質問を無視して喚くチビ姫。

 ったく。

 

「で、どうなんだよ?」

「おしえない!」

 

 …このやろう。

 泣かされたのがよっぽど気にくわないらしく、姫の言い付けなんてどこ吹く風と言うことなんて聞きやしない。

 これだからガキは嫌いなんだよ。

 仕方ないなといった様子で瑞鳳が代わりに尋ねた。

 

「姫ちゃん、私達以外に近くに誰かいない?」

「んっとねえ、かいぶつとひめとへんなかんむすがいるの」

 

 変な艦娘?

 手の平の返しようはさておき奇妙な事を言うチビ姫。

 

「変って、どんなふうに変なの姫ちゃん?」

 

 同じ疑問に至った瑞鳳が尋ねると、チビ姫は困ったように首を傾ける。

 

「わかんないの」

 

 そうチビ姫は言う。

 

「わたしたちなのによーせーさんのかんむすなの。

 だけどよーせーさんがあんまりかんじなくてひめみたいなの」

 

 取り敢えず三つ巴が始まってる事は確定したけど、それ以外要領が全く得られないんだが?

 深海棲艦で在りながら艦娘で、更に妖精さんの気配が薄くて姫みたいだって訳がわからねえぞ。

 

「他に誰か居る?」

「んっとね、いないよ」

 

 ……何だって?

 

「装甲空母ヲ級を相手に単機だと…?」

 

 奴には鬼クラスの火力を持つ浮遊要塞が従っている。

 そんな輩に単身で挑む馬鹿は…

 

「アイツか」

 

 姫をサシで潰せる力を持つ艦娘なんて一人しか思い当たらない。

 横須賀の切り札、戦艦大和。

 あいつが出番っているというのか。

 俺は意を決しワ級に下ろすよう頼むと千代田に話し掛ける。

 

「千代田」

「…何?」

 

 あまり会話したくないという雰囲気を放つ千代田に俺は告げる。

 

「どうやらあの大和が来ているらしい」

「……」

 

 千代田の顔に暗い影が射した。

 

「……そう」

「手を出すなとは言わないが、無理は…」

「いいえ」

 

 役割をほうり出して大和に挑み掛かっても停めないからと言う俺を千代田は遮る。

 

「役割を放棄したりなんかしない。

 だからイ級は戦うことに集中して」

 

 そう言う千代田に無理をしている様子はない。

 

「……分かった」

 

 これ以上は余計なお世話だなと俺はその場を離れる。

 

「アルファ、先行偵察してくれ」

『了解』

 

 大和がいるというなら彩雲でも危ない。

 次元潜航でこちらから干渉できなくなるアルファなら確実に帰還出来るしなにより速い。

 とはいえ利点ばかりでもない。

 何故かレーダーは優秀なのに通信機能が非常に弱いためアルファとの連絡手段は極短距離の通信か、でなければ普通に会話する以外に無かったりする。

 アルファもアルファでバイドの通信は念話みたいなものが主だからと通信機能は非常に弱く、結局偵察結果は帰還待ちになってしまう。

 そういった訳で今回の様に先行偵察ならアルファが絶対だけど、索敵なら多数の水偵を放てる千代田や彩雲を使う瑞鳳の方が有用だったりする。

 やっぱり数は大事なんだな。

 カタパルトから発進したアルファが空間を波立たせ次元の壁を抜ける。

 そして差ほど待つこともなくアルファが詳細な状況を持ち帰り、俺と北上と瑞鳳とタ級はチビ姫の艤装から海に着水する。

 

「作戦開始!!

 生きて帰るぞ!!」

 

 そう激を飛ばし、俺達は海を駆け出した。

 




 駆逐イ級はギャルゲー主人公だったんだ!!

 とまあ半分冗談はさておき、イ級はゲーム的に言うとスキル《カリスマ》持ってます。
 といっても無自覚だから気付きもしません。

 ギャルゲー主人公だからしょうがないよね!

 ついでにスキル《不幸》も持ってるよなこいつ。

 次回からいよいよ決戦。
 


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勝てるのかこれ?

 キツすぎる!!??


 意味はないかもしれないが一応安全を考慮してチビ姫から20km程の間隔を挟み戦隊を組んで海を走りながら、ふととある漫画の狂人が発した『戦争音楽』という狂った言葉を思い出していた。

 殺すものと殺されるものが放つ肉声と銃火器が奏でる発射音。

 それに兵器が鳴らす重低音を指揮官が振るう手が奏でる狂気の坩堝。

 ここに来る前も来た後もそんなものは漫画かアニメの中にしかないとずっと思っていた。

 だけど、まだ遠くにだが聞こえる装甲空母ヲ級の雄叫びとB-29が放つエンジン音、それに加え大和と浮遊要塞と南方棲戦姫が放つ砲撃の音が重なると、まるで野外フェスでもやってるんじゃないかと錯覚するような爆音が海上を支配する。

 

「あー、ロックは嫌いなんだよね」

 

 同じ感想を抱いたらしい北上がそうぼやく。

 こんな状況でそれを言える北上って、なんつうか大物だよな。

 ちょうど肩の力が入りすぎていたから乗っかることにする。

 

「だったら普段はユーロビートか?」

「うんにゃ。クラシック専門」

「ニアワナイワネ」

「失礼な!?」

 

 確かに。

 タ級が食いついたのには驚いたが、北上って演歌とか好きそうってイメージあるのは俺だけだろうか?

 

「因みにタ級と瑞鳳は?」

「ボサノバ」

「え? テクノ」

 

 どっちもイメージじゃねえんですが。

 

「じゃあイ級はどうなのよ?」

「スクリーモ」

「うわぁ…」

 

 いいじゃねえかよスクリーモ。

 

「デスボとかマジ理解できないよ」

「北上、お前後で説教な」

 

 スクリーモとデスボを混合する俄かは修正してやる。

 

「と、そろそろ行くか」

 

 チビ姫は無視していたせいで気付かなかったが、アルファからリ級達もあの場所で戦ってるそうだ。

 

「アルファ、艦戦を潰して道を開けてくれ」

『了解』

 

 フォースを呼び出しビットを装着するアルファに、ついでだから尋ねてみる。

 

「そういやアルファも音楽の好みはあるのか?」

 

 半ば答えを期待せずに尋ねてみると、加速のタメ|《・・》を行いながらアルファは言う。

 

『アニソン』

「は?」

『特二アンパンマンマーチガ好キデス』

 

 重過ぎるわ!!??

 意味を理解しそう叫ぶ間もなくアルファは音速さえ置き去りに飛び立つ。

 

「って、俺達も続くぞ!!」

 

 戦闘が始まった事を告げる空の爆発音に俺達も速度を上げて走り出す。

 フォースとビットで武装したアルファは正に悪夢のような速さで次々と空を覆い尽くしていた艦戦と艦爆を貫き鏑矢のように俺達の存在を知らせる。

 

「りっちゃん!!」

 

 最高速度を持つ俺が先行し三つ巴として砲雷撃戦の真っ只中を突っ切る。

 

「クチク!?」

 

 アルファの存在と声で気付いたリ級が驚いた様子で俺に振り向く。

 

「ナニヲシニキタノ?」

「あいつを倒しに来たんだよ」

 

 見ればリ級の損傷は大分激しい。

 中破か下手すれば大破まで行ってるかもしれない。

 

「急いでチビ姫の所まで下がれ!」

「イヤヨ。

 ワタシハサイゴマデタタカウ!」

 

 そう言うリ級。

 今更気付いたが居るはずのホ級とロ級の姿が無い。

 おそらく轟沈したのだろう。

 復活するから大丈夫とは思えず俺は大声で言う。

 

「最後までやりたいなら言うこと聞け!

 チビ姫に高速修復剤を大量に詰ませてある。

 そいつを使ってついでに艤装の工作艦と水上機母艦から燃料弾薬貰ってこい」

 

 そう言うと南方棲戦姫が呆れたようにごちた。

 

「姫を前線基地にするなんてたいした駆逐ね」

 

 そう言う南方棲戦姫の目には警戒の色が見える。

 まあ姫クラスを基地扱いさせていればさもありなん。

 南方棲戦姫はリ級の様子を再確認して言った。

 

「重巡、貴女は一回補給してきなさい」

「…ワカッタ」

 

 そう言うとリ級は俺が来た方角に向かう。

 

「姫はいいのか?」

「そうね」

 

 獰猛な笑みを浮かべながら南方棲戦姫は言う。

 

「補給が出来るっていうなら、もう少し撃ってからさせてもらうわ!!」

 

 その言葉と同時に擬装の18インチはありそうな砲が弾丸を放ち浮遊要塞が一撃で葬られる。

 

『御主人』

 

 突然空を掃除していたアルファが急行し、全く気付かなかった俺目掛け降り懸かって来た九一式鉄鋼弾を辛うじてフォースで防いだ。

 

「大和か!!??」

 

 白い面で顔を隠しているが、滲み出る狂気にも似た殺意は忘れようもない。

 大和は俺を見ながら同時にB-29の爆撃を副砲から放つ三式弾で防ぎ、更にもう一基の46cm砲で装甲空母ヲ級を狙い撃つなんて馬鹿げた所業の真っ最中だった。

 南方棲戦姫でさえ損傷があるというのに、大和には損傷らしい損傷は一切見受けられない。

 その姿は正しく『怪物』だ。

 殺意は滾るが奴は迷惑な囮と割り切り俺は装甲空母ヲ級のみを狙い定める。

 

「あまり無理はするなよ。

 後、雷巡と軽空は味方だから間違っても撃つな」

 

 そう言い残すと俺は南方棲戦姫から離れ遅れて来た北上達と合流と同時に装甲空母ヲ級へと突貫。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」

 

 俺達の存在に気付いた装甲空母ヲ級が咆哮を轟かせ新たな艦載機を飛ばす。

 

「北上、瑞鳳!!」

 

 俺の呼び掛けに先ずは瑞鳳が動く。

 

「数は少なくても、精鋭なんだから!!」

 

 ショートボウから真上へと放たれた矢がプロペラを後ろに有した独特の形状を持つ震電改に変じ高高度まで飛び上がる。

 させじと艦戦が立ち塞がるが、そこにアルファが割って入る。

 

『フォースシュート及ビビット攻勢陣形展開』

 

 解き放たれたフォースが震電改に追い縋る艦戦の幕を一直線に貫き、更にアルファの周囲を固める目玉にしか見えないビットが複雑な螺旋を描いてアルファの周囲を猛回転し周囲の艦戦と艦爆を次々と食らい尽くす。

 相変わらず無双だなおい。

 アルファを驚異と見做したのか艦戦の殆どがそちらに向かい、幕が薄くなった隙間を抜けて震電改が上空へと上がった。

 

「よしっ!!」

 

 そのまま史実を覆す勢いでB-29に食らい付く震電改と同時に北上も攻撃を開始する。

 

「20射線の酸素魚雷、2回なんてケチな事言わず纏めて10回いっちゃいますよ!!」

 

 後の事等一切考えない魚雷の一斉掃射。

 ピラニアの魚群のように魚雷が犇めきながら装甲空母ヲ級に立て続けに群がり次々と水柱を立てる。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!??」

 

 大量の魚雷は流石に効いたらしく装甲空母ヲ級の艤装というか怪物の部分が悲鳴を上げる。

 

「流石に一回じゃ無理か」

 

 とはいえ予想通り大分ダメージを与えられたみたいだ。

 

「北上、すぐに補給を…」

 

 そう言いながら振り向いた俺は、北上の様子がおかしい事に気付いた。

 

「どうした北上?」

「あ〜、大丈夫大丈夫」

 

 肩で息をしながら北上は顔を赤くしている。

 

「全魚雷打ちっぱなしなんて初めてだったからさ。

 ちょっと悟り開いただけだよ」

 

 心配して損したわ!!

 

「さっさと補給してこい!!」

「撃ちすぎて癖になったら責任取ってね?」

「いいから行け!?」

「…いけず」

 

 唇を尖らせながら補給するため反転する北上。

 艦爆が猛追を掛けようとするが、アルファのフォースシュートによって消し飛ばされ難無く離脱を成功させた。

 どこまでもマイペースな北上に緊張感どころかシリアスまで崩されたが、とにかく最高の皮切りは出来た。

 

「瑞鳳、震電改の残りは?」

「あと十機!!」

 

 性能差と瑞鳳自身のレベルの低さが仇となってかこちらは想定より損耗が早い。

 

「お前も補給に戻れ、制空権はなんとか維持しておく」

「分かったわ」

 

 フォースシュートでは巨大なB-29を汚染してしまうため撃破可能な瑞鳳が抜けるのは軽くないが、そこは俺がカバーする。

 タ級は回復を少しでも遅らせるため16インチ砲を放ち続けているが当たっても弾かれる始末。

 

「主砲を弾くってどんだけ固いんだよ…?」

 

 つうか北上の魚雷で削れたかも実は怪しくねえか?

 とはいえ今の所有効そうな手だても他に無い。

 もって来た弾薬三万全部吐き出しても駄目なら、もう核兵器でも持って来るぐらいしか思い浮かばない。

 といっても核兵器はこの世界の連中がとっくに試しているだろうから多分無駄だ。

 艦娘ようでもあればまだ分からないけど、とにかく無い物ねだりしても始まらない。

 

「大和には気をつけろタ級」

「ワタシヨリアナタデショ」

「そりゃそうか」

 

 とにかく今は北上が戻るまでの時間稼ぎだ。

 震電改という天敵の消失で再びフリーになったB-29の爆撃が開始される中、俺は浮遊要塞の視界に入るよう間取りを取りながら直上から降ってくる爆弾目掛けファランクスを掃射する。

 ファランクスの束ねられた砲身が猛然と回転し蜂の羽ばたきのような重低音と共に吐き出された弾丸が幕となって爆弾の着弾を防ぐが、防ぐだけで押し返すことが出来ない。

 アルファも無限に沸く艦載機に制空権を奪われぬよう維持するのに必死でこちらに構う余裕もあまりない。

 切り札の波動砲はチャージングが半端だがそれでも一回仕切直すことが出来るだろう。

 だけどその貴重な一発を無駄撃ちするわけにはいかない。

 そこにレーダーが嫌な反応を捕らえた。

 

「またテメエか大和!?」

 

 この状況でもまだこっちにまで撃ってくるとかどんだけしつけえんだよ!?

 着弾までの数秒でぎりぎりカス当たりの位置に退避するが、着弾の衝撃で発生した津波のような高波に大きく煽られてしまう。

 

「糞が!?

 狙うならあっちを狙え!!」

 

 毒吐くが聞いちゃいねえだろう。

 そこに南方棲戦姫が通信を投げて来た。

 

「大和の足止めに要塞を回してあげる。

 それで貸し借りは無しよ」

「助かる!」

 

 どんだけ燃料弾薬を貪るか不安だとか浮遊要塞が大和に向かって手数が更に減るとか懸念は山ほどあるけど、厚意を無下にする暇も惜しい。

 

「お待たせ〜」

 

 そこに北上の通信が飛んでくる。

 

「二回目いっちゃうよ〜」

「予想以上に装甲が硬い!

 全弾当てるつもりでやってくれ!」

「無茶苦茶言うね〜?

 でも、出来たらかっこいいし頑張っちゃいますか」

 

 へらっと北上は笑うと再び魚雷の一斉掃射を開始。

 更にリ級と瑞鳳も戦列に戻り、リ級はまともに攻撃が通る浮遊要塞目掛け砲撃を、瑞鳳は再び震電改を飛ばしB-29へと艦載機を差し向ける。

 装甲空母ヲ級はB-29を飛ばす傍ら一回り小さい浮遊要塞を丸呑みにして回復を計ってるみたいだが、さっきな不安よりは北上の雷撃は効いているようで僅かづつだが損耗は積み重なり大きくなっているようだ。

 

「あ〜、また撃ちきっちゃった。

 補給戻るね」

「っ、北上!?」

 

 しゅたっと手を挙げる北上の真横に装甲空母ヲ級の浮遊要塞が放った砲弾が着弾した。

 

「うわっ!?

 装甲は紙なんだから手加減してよ!?」

 

 衝撃でスカートが吹き飛びパンツ丸出しでそう喚く。

 

「急いで修復剤使ってこい!?」

 

 目測ではまだ小破ぐらいだが、主に目のやり場的な意味で万が一が心配過ぎる。

 

「言われなくてもそうするよ!」

 

 上着を腰に巻いてスカートの代わりにするとさっきより早い速度ですたこらと撤退する北上。

 

「イ級は大丈夫なの!?」

 

 二回目とあってさっきより震電改の損耗を抑えられている瑞鳳の問いに大丈夫だと返す。

 戦闘開始からまだ三時間。

 燃料は問題なく、弾薬の消耗率から最低後6時間は粘れる。

 

「グッ!?」

 

 錐揉みしながら落下して来た艦爆がタ級に直撃弾を叩き込んだ。

 

「タ級!?」

「マダヨ!!」

 

 副砲の一本がダメになったがまだ大丈夫とタ級は下がらず砲を撃つ。

 

「ヒメナフッキマデモタセル!!」

 

 砲弾は弧を描いて飛翔しリ級が被害を与えた浮遊要塞にとどめを刺す。

 

「ワタシノエモノ!?」

「ダッタラキッチリトドメヲサシナサイ!!」

 

 喚くリ級を切り捨て再び砲を放つタ級。

 

「クソッ、オボエテナサイ!!」

 

 魚雷缶を振り装甲空母ヲ級目掛け魚雷を放ちながら負け惜しみを言うリ級。

 魚雷は装甲空母ヲ級を外れ、何故か大和に当たった。

 

「っ!?」

 

 上空ばかりに注意が向いていた大和は足元から上がる水柱に僅かに傾ぎ、その結果三式弾の起動がズレ撃墜を免れた爆弾の一発が大和の顔に当たり爆ぜた。

 

「…ア」

 

 アレは逝ったかと声を漏らすリ級だが、あんなもんで死ぬとは到底思えない。

 事実、爆煙が晴れた先から現れた大和の首から先が消えているという事態は起きていなった。

 だが、無傷というわけでも無い。

 髪は煤に汚れ、電探の髪飾りは一部欠けている。

 なにより…

 

「……見たわね?」

 

 顔を覆っていた仮面が壊れ、その素顔が露になっていた。

 

「私の顔の傷を、よくも見たわね!!??」

 

 右目から半分に酷い火傷を負った大和がとてつもない怒気と憎悪を撒き散らし装甲空母ヲ級て同等の咆哮を放った。

 




 大和発狂モード入りました。

 これで戦場は更に混迷すること請け合いですね。

 ということで、次回は更なる激戦。


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なん…だって……?

 すまん、理解が追い付かない。


 火傷を手で覆いながら大和が怨嗟の顔で砲を構える。

 

「殺ス」

 

 46cm砲だけでなく防衛に使用していた副砲までが水平にこちらを狙い定める様子に一気に寒気が走った。

 

「水平斉射って…冗談だろ?」

 

 直上からのカス当たりでも洒落にならないものが真っ直ぐ飛んでくるなんて冗談でも程がある。

 飛距離は俄然落ちようとその命中率は半端なく上がり、なによりこちらが避ける時間もがっつり消えるからだ。

 降り注ぐ爆弾を意に反さない大和に本気で撃つ気だと反射的に叫んだ。

 

「全員潜れ!!」

 

 咄嗟にそう叫び瑞鳳はアルファに任せ全力で海面に没する。

 数秒の間もなく立て続けに砲撃音が重なった爆音が水中にまで響き、殆ど時差なく真上を通過した九一式鉄鋼弾が海面を刔り取りながら通過した。

 って、さっきより威力上がってねえか!?

 海中に潜ったお陰で衝撃は緩衝されたが代わりに音の爆撃に曝された。

 ち、聴覚が死ぬ…。

 潜水艦ってのはこんなもんに毎回曝されてるのか。

 こんな状況でも新しい発見に感心が行く己に半ば感動しながら急いで浮上。

 

「アルファ、瑞鳳!!??」

 

 アルファなら防ぎきってくれたと信じているが、直接見るまでは安心できない。

 

「ごめん、やられた…」

 

 艤装を破損させた瑞鳳が悔しそうに言う。

 アルファも無傷ではなく、ビットは消え生体部分が焼かれていた。

 おそらくフォースシュートが間に合わず正面から直撃弾を受け止めるしかなかったようだ。

 つうか、余波だけでそれだけ喰らうとか益々洒落になんねえ。

 

「アルファ、被害は?」

『損傷18パーセント、ビット喪失、継戦ハ可能デス』

 

 フル装備でもやや優性か拮抗まで押し戻すのが精一杯だっただけにアルファの防御手段が減ったのがかなり痛い。

 しかもここに来て大和がこちらを集中的に狙うようになったのは最悪というしか無い。

 

「すまないアルファ、もう少し堪えてくれ」

『了解』

「タ級、お前も修復に戻れ!」

「シカタナイワネ」

 

 装甲空母ヲ級だけでなく大和まで警戒しながらの撤退に単身は危険過ぎるとタ級は瑞鳳と共に下がる。

 

「りっちゃんは装甲空母ヲ級を頼む」

「クチクハドウスルノ?」

 

 決まってんだろ。

 

「大和を押さえ込む」

 

 正直、我慢の限界は大分近かったんだよ。

 そのタイミングでこれだ。

 もうよ、ぶちギレてもいいよな?

 

「行くぞ大和ぉぉおおお!!」

 

 最大戦速で一気に駆け出す。

 

「目障りなのよ!!」

 

 吶喊する俺に向け大和が全砲門をこちらに向ける。

 目障りだぁ?

 

「それは、こっちの台詞だぁ!!」

 

 俺は妖精さんにノータムで爆発かするよう伸管をセットした爆雷を真横に放らせる。

 直後爆雷が炸裂し衝撃で身体が跳ねる。

 結果、船体は本来の航路から大きく逸れ大和の放った砲弾にカス当たりも許さず回避。

 

「小細工を!!」

 

 大和の声と同時に対空機銃がやたらめったらな弾幕を貼るが、そんなもんが足止めになるわけねえだろうが!!

 

「喰らえや!!」

 

 弾幕に正面から突っ込み反撃にファランクスを叩き込む。

 一応生身の部分を狙った弾丸だが、しかし大和は毛ほどもききやしない。

 

「潰す!!」

 

 大和が弾幕を無視して副砲で反撃するが、距離200を切った状況に50ノットを叩きだし駆ける俺を捕らえ切れない。

 この距離なら主砲は自爆するため使えない。

 維持できれば俺に多少の分があ…

 

「砕け散れ」

 

 一瞬の油断から接近を許した大和の拳が俺の横っ腹をブッ叩いた。

 

「こふっ!?」

 

 女の柔肌がやったなんて信じられない威力にメキメキと身体が軋み、派手な水飛沫を撒き散らしながら俺の身体が吹っ飛んでいた。

 更に追撃で放たれた三式弾の炎が俺を激しく炙り、妖精さん達が悲鳴を上げながら消火に走るのを聞いた俺は、右目に付けていた木曾の眼帯が焼け落ちたのを目にして|たが《・・》が外れた音を聞いた。

 

「…ぶス」

 

 もウ 思うが ヨく 回ラ ナイ

 

「ツ…ブ……す」

 

 ク磨の 仇を、 アの やま和が 殺し タイ としか ソレ イ外 考え ラレ なイ

 

「つ…ぶす…ツブ…ス」

 

 クマノ ツブス チトセノ ツブス キソノ ツブス ヨウセイサンノ ツブス ズイホウノ ツブス キタカミノ ツブス アルファノ ツブス アキツマルノ ツブス

 

「ツブスツブスツブスツブスツブスツブスツブスツブスツブスツブスツブスツブスツブスツブスツブスツブスツブスツブスツブスツブスツブスツブス…」

 

 ヤマトヲツブス

 

「BUTTSUBUREROYAMATO!!」

 

 ギアガサイコウチニタタキコマレ60ノットノチョウコウソクキドウニハイル

 

「貴様が現れなければ!!」

 

 ヤマトガカオヲユガメテワメク

ウルサイ

 オマエコソイナクナレ

 オマエガイタカラチトセガシンダ

 シネ

 ファランクスガヤマトヲウツ

 ファランクスヲ クラッタヤマトガクルシム

 

「威力が上がったところで!!??」

 

 ヤマトガウデヲノバス

 ヨケキレナイ

 ツカマレタ

 カマワナイ

 ファランクスヲウツ

 ツカマレタカラダガキシム

 ソンショウガカクダイ

 チュウハシタ

 カマワナイ

 バクライヲナゲル

 バクハツ

 ジブンモクラウ

 カマワナイ

 ヤマトノホウガ ダメージガオオキイ

 

「駆逐艦風情ガ戦艦に我慢競べヲ」

 

 ウルサイ

 バクライヲゼンブトウカ

 ヤマトノフクホウガツブレタ

 ショウゲキ

 ヤマトガナグッタ

 ファランクスガ イチモンツブレタ

 マタナグラルタ

 カマワナイ

 ノコッタファランクスヲウツ

 ヤマトノデンタンガフキトンダ

 カラダガキシム

 ナグラレタ

 カラダガコワレタ

 コウコウカノウ

 ムシ

 ファランクスヲウツ

 ヤマトノソウコウニアナガアク

 ナグラレテソウコウガワレタ

 マダキカンブハブジ

 ファランクスガコワレタ

 トツゼンカイホウ

 

「キャアアア!?」

 

 チャクスイノショウゲキデファランクスゼンメツ

 

『御主人!!』

 

 トツゼンヒキヨセラレタ

 ゲンインアルファ

 ヤマトガツカンデイタテガ ナクナッテイル

 ハドウホウデヤマトノウデヲケシトバシタ

 

「化物メ!?

 ヨクも私の腕ヲ!!??」

 

 ヤマトノシュホウガアルファヲウツ

 

『ヤラセナイ!!』

 

 アルファガフォースデフセグ

 タリナイ

 アルファガミヲタテニシタ

 

『スミマセン御主人』

 

 ヤマトノホウゲキデアルファガシンダ

 マタ、ヤマトガコロシタ

 ……コロス

 コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス!!

 

「ブチコロスヤマトォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 キエロ

 イナクナレ

 オマエナンテイナクナレバイイ

 

「GAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

 シュホウヲツカウ

 ヨウセイサンガヤメロトイウ

 キクヒツヨウナイ

 ヤマトヲコロス

 

「ソれは、マサか…!?」

 

 ヤマトガウツ

 トドカセナイ

 

「ちょっ!?

 なんでイ級があんなもの持ってんのさ!?」

「ワタシタチガキキタイワ!?」

 

 キタカミトリキュウガウルサイ

 ウテバマキコム

 カマワナイ

 カイブツトヤマトガシヌナラカマワナイ

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!??」

 

 カイブツガバクダンヲフラセル

 トドカセナイ

 アトスコシデゼンブシヌ

 シネ

 ミンナシネ

 ダイジナモノガ ウバワレルセカイナンテ コロシテヤル

 

「これが、イレギュラーの力だということなのか『総意』よ!!??」

 

 ヒメガナニカイッテイル

 ドウデモイイ

 ゼンブシネ

 

「もしかして、私達もやばくない?」

「全員備えなさい!!??」

 

 コレデゼンブシネ

 シュホウ…

 

「イ級!!」

 

 コのコえは…まさか…

 そノコエに、今まデウマく回らなかった頭が動き出す。

 

「俺の仲間をやらせるか!!」

 

 懐かしい声と同時に北上と同等の数の魚雷が通過して大和と装甲空母ヲ級に迫る。

 

「ぐぅっ!?」

「■■■■■■■■■■■■■■!!??」

 

 被雷に双方が苦痛の声を漏らした直後、俺の身体が誰かに拾われ水面から離れた。

 

「クソッ、轟沈寸前じゃないか!?」

 

 そう舌を打つその顔には新しい眼帯がされていた。

 

「そんな…」

 

 忘れるはずがない。

 俺が初めて出会った艦娘を、見間違えるなんて絶対しない。

 

「……木曾?」

「ああ。

 そうだ」

 

 今更だが木曾は腰にサーベルを提げマントを羽織っている。

 この姿は改二の重雷装艦仕様じゃないか。

 

「お前今までどこにいたんだよ!?」

 

 改装するなら泊地か相応の設備がある基地でなければ出来ないはず。

 

「俺より先にお前だ!!」

「あ、はい」

 

 なにこのイケメン?

 なんか、普通にカッコイイんですけど?

 

「北上、すまないが一旦下がる!!」

「あいよ〜。

 私もすぐ下がるから話聞かせてよね」

 

 そう言いながら魚雷を乱射する北上。

 どうやら大和も一旦下がるようだが、一体誰があそこまで損傷与えたんだ?

 なんかさ、殴られてから記憶が曖昧なせいで状況がよくわからないんだよ。

 

「木曾、あっちに拠点にしている姫がいる。

 修復剤もあるからそっちに向かってくれ」

「分かった」

 

 手が無いから妖精さんに進路を指してもらい木曾に抱かれたまま俺は退避した。

 




 暴走大和無双だと思った?

 残念暴走イ級君でした。

 ということで遂にメインヒーローが復活しました。

 ヒロインじゃないのかって?

 何言ってるんですか。

 ヒロインはイ級に決まってるでしょう?

 とまあ100%本気の冗談はさておき次回は小休止回の予定。

 …ほのぼの番外編が書きたい。


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ど、どういうことだ!?

皆もちつけじゃなかった落ち着け!?


「こいつはまた派手にやったものだね」

 

 チビ姫の艤装に上がると待っていた明石に問答無用でドラム缶に放り込まれ大量の修復剤が掛けられた。

 物凄い勢いで蒸発する修復剤と比例して治っていく身体が訴える言葉にしがたいむず痒さに、多用する生活から早く脱却したいなとそう思った。

 いやホントに、なんでこんなになるまで戦ってたんだ?

 アルファも反応が無いし本当に何があったんだろうか?

 

「明石、俺も補給頼んでいいか?」

「勿論さ」

 

 俺の補修を確認した木曾がそう言うと、千代田とワ級が燃料と弾薬を渡す。

 

「木曾、どうしてお前は無事だったんだ?」

 

 ドラム缶から顔を出してそう尋ねると燃料を干してから木曾は言った。

 

「お前のお陰だよ」

「俺の?」

「ああ。

 あの時、お前が明石に預けていた応急修理女神を俺が持っていたんだ」

 

 あ。

 そういや俺、まだ女神を残してたんだった。

 なんだかんだですっかり忘れてた。

 だが、それだと一個引っ掛かる。

 

「じゃあ、なんであきつ丸は…」

「あいつは発動を拒否していた。

 だから…」

「……そうか」

 

 いくら女神でも発動を拒否されたら何も出来ないのか。

 

「その回収は?」

「島風に救助されたんだ。

 それで、あの泊地で改修して島に戻ってみたら逗留していた氷川丸からお前達がアレと戦うって聞いてな。

 急いで駆け付けたんだ」

「そうだったのか」

 

 もしかしたらその島風はアルファにバイドの切れ端を渡したのと同一人物なのかもしれない。

 だとしたら何の目的があってなんだ?

 何か聞いていないか尋ねようとするが、そこに軽い調子で北上が帰頭した。

 

「また戻ったよ。

 魚雷ちょーだい」

「ア、ハイ」

 

 ワ級が艤装から弾薬を取り出して北上はそれを装填する。

 

「で、さあ。なんで黙ってたの?」

「…何をだ?」

 

 魚雷を詰めながらの北上の問いの意味がわからず問い返してしまう。

 

「アレだよアレ。

 実物を見たのは初めてだけどさ、アレって超重力砲でしょ?」

 

 はい?

 

「超重力砲だって?」

 

 え?

 なにその反則兵器。

 流れからしてまるで俺が装備しているみたいなんだけど?

 

「いや待て北上。

 なんの話だ?」

「……あれだけ派手にやらかしといてしらばっくれるの?」

 

 そう俺を睨む北上。

 いや、しらばっくれるも何も意味がわからん。

 というかさ、そんな疑いの目を本気でやらないでほしい。

 

「すまんが本当に解らないんだよ。

 信じないとは思うんだが、眼帯を焼かれてから記憶がはっきりしなくて覚えてないんだよ」

「なにそれ?」

 

 俺の言い分に北上だけじゃなく全員が疑いの目で見てくる。

 ワ級と木曾からもそんな目をされると本気で泣きたくなるんだぞ?

 

「というかだ。

 そんな超兵器があるならなんで今まで使わなかったんだよ?

 今回は当然として、今までだってあったら使ってるような場面はいくらでもあったじゃねえか?」

「それは、私達を信じてなかったから?」

 

 ……おい。

 

「次それ言ったらマジでキレるぞ」

 

 俺は深海棲艦だから艦娘に裏切られても仕方ないと思うが、俺から裏切るなんて絶対したくねえんだ。

 本気で怒ったのが通じたらしく空気の温度が下がり誰となく謝罪の声が漏れた。

 

「…すまん。

 少しムキになりすぎた。

 それはそれとしてアルファはまだ戦ってるのか?」

「アルファハヤマトニオトサレタワ」

 

 リ級の答えに俺は歯を噛む。

 

「クソッ、大和め。

 今度会ったら爆雷とファランクスのフルコースを叩き込んでやる」

「「「「……」」」」

 

 あれ?

 俺、なんか変な事言ったか?

 

「どうした?」

「いや、本当に記憶が無いって理解しただけだ」

「?」

 

 信じてもらえたのは良いんだがなんか腑に落ちねえ。

 そこに呆れた様子で傍観していた南方棲戦姫が口を挟む。

 

「残念だけどそれは叶わないわね」

「え?」

 

 ダメコンを持っているはずだから撤退ぐらいは叶うはずだと問うと、南方棲戦姫は哀れみを含めた表情を作る。

 

「あの戦艦は妖精さんの加護を失っているわ。

 そうなった艦娘がどうなるか知らないけど、艦娘として致命的な末路を辿るのは確かよ」

 

 

〜〜〜〜

 

 

 一時撤退を余儀なくされた大和は虎の子のダメコンを起動しながら通信を開いていた。

 

「どうイうコとデスか?」

 

 修復剤と補給物資の調達を申請するつもりだったのだが、通信役の大淀からの通達は大和にとって信じられないものであった。

 

『ですから大本営は今度の作戦から貴女を退らさせると決めました』

 

 大本営とていくら禁忌に至った大和が出ても一度で装甲空母ヲ級を撃破出来るとは考えていなかった。

 しかし、大和の撤退は彼等の思惑の外、一隻の駆逐イ級に固執した揚句の大破撤退と相成った。

 その上、装甲空母ヲ級に対し姫二体の到来と深海棲艦と艦娘が共同作戦を張って成果を出し始めているという事実は彼等にとって最大の誤算であり決して表に出してなはらない情報だった。

 既に鎮守府と泊地の多くは高い錬度を有した艦娘を失い疲弊。

 払った犠牲をこれ以上拡大させぬ賢明さと、なにより己の自尊心を取り戻すことを最優先とした大本営は深海凄艦とはぐれ艦娘を倒す事に固執した大和を退かせる事を決めた。

 

『貴女を失うことは則ち、人類の敗北そのものを意味します。

 悔しいでしょうが今は耐え難きを耐え、苦汁を糧とする時と理解してください』

 

 終わった後全てを抹消する準備に取り掛かっていることを伏せそう言う大淀の言葉に大和は顔を歪める。

 

(なにもかも失って尚、生き恥を晒せというの!?)

 

 大和にとって己を保つ縒り処であった容姿と力。

 艦娘としての容姿を球磨に奪われ、そしてあの駆逐イ級に戦艦としての力さえ否定された。

 そのどちらをも失った今の自分が生き延びようと、それはただ生きているだけの屍でしかない。

 妖精さんの力があれば時間は掛かっても容姿は取り戻せよう。

 だが、戦艦としての誇りは今しか取り戻す機会はない。

 あの駆逐イ級を自ら葬る以外、大和は先に進む手立ては無いのだ。

 

「……了カい」

 

 しかし、表立って逆らうことは出来ない。

 提督に不利益を齎す行為は決して出来ないのだ。

 例え堕ちるところまで堕ちようと、自分自身を裏切ってでも己の全てを捧げた提督を裏切ることは出来ない。

 撤収部隊を派遣したと言う大淀の言葉に通信を切る大和。

 

「可哀相な娘ね」

 

 自身を費えようとする大和に向け、そう哀れみの言葉を向ける声。

 

「っ、コのこエは!?」

 

 聞き覚えのある声に大和が砲を構えるが、突然その背を優しく抱きしめる柔らかい感触が襲った。

 

「私を殺し届かぬ愛に忠する姿は美しく、そしてとても可哀相」

 

 そう語りかける声に大和はその手を振りほどき砲を放った。

 

「ふふ…。

 そんなに毛嫌いしないでよ」

 

 見当違いの方向に放たれた砲撃を可愛い抵抗だとそう微笑む白い少女に大和は吠える。

 

「ヒ行ジョう姫!!??」

 

 深海棲艦は殺すと身構える大和に飛行場姫はクスクスと笑う。

 

「まるでハムスターのように怯えていては話も出来ないわ」

「ザれ事ヲ!!??」

 

 弱点である三式弾で先制を取ろうとする大和だが、水面から浮かび上がって来た浮遊砲台に阻まれ飛行場姫には届かなかった。

 

「ねぇ、大和。

 貴女はそれでいいの?」

「煩イ!!??」

 

 深海棲艦の話など聞く耳持たないと砲を撃つ大和だが、飛行場姫は浮遊要塞を盾につらつらと語りかける。

 

「貴女は艦娘として提督に愛を捧げているようだけど、それは本当に貴女の心なの?」

 

 聞きたくない。

 なのに、飛行場姫の言葉は46cm三連砲の轟音さえ阻めず大和の脳髄を突き刺す。

 

「人間が貴女をどうやって生み出したか忘れたの?

 艦娘として普通に産まれ祝福することを許さず、深海棲艦の腐肉を埋め込み砕けた艤装を砕いて貴女の艤装に混ぜ込み、それだけじゃ飽き足らず記憶を歪め逆らえないよう心まで縛り上げた。

 そうまでされて貴女が従う意義はあるの?」

「ダまれ!!??」

 

 そんな事は百も承知。

 それでも、だからって、

 

「提トクへノ想イはワタしだケのモノよ!!??」

 

 人として愛してもらえなくても、艦娘として信頼して貰えるから戦える。

 そう叫ぶ大和だが、飛行場姫は心底哀れむように首を横に振った。

 

「それも無駄よ。

 だって」

 

 きゅうと口角を上げ、飛行場姫は悪魔めいた笑みと共に絶望を告げた。

 

「貴女はもう、『深海棲艦』(私達の仲間)なんですから」

 

 その残酷な言葉に大和の思考が止まる。

 

「…ウ……そ…だ」

 

 否定したいのに、頭の片隅でそれを否定できず大和は恐怖から後ずさった。

 飛行場姫はそんな様子を哀れみながらゆっくりと諭すように優しく言う。

 

「認めなさい。

 そうでないと、いつまでも苦しいままよ」

「ダマレ!!??」

 

 砲を向ける大和だが、視界に過ぎった己の艤装に目を疑う。

 損傷が激しかった筈の艤装の傷が無くなっていた。

 それだけじゃない。

 鉄の塊だった筈の艤装からまるで獣のような乱喰歯が生え並び、獲物を探すケダモノのようにふしゅるふしゅると息を吐いていた。

 

「ヒッ!?」

 

 悲鳴を上げ大和は艤装を切り外そうとするが、意志とは裏腹に艤装の解除は叶わず、混乱からつい水面に視線を向けてしまった。

 

「ソン…ナ……」

 

 血の気の一切感じられない白い肌。

 肌と同じ一切の色を持たない白い髪。

 そして淡い緑の輝きを放つ瞳。

 それはまさしく『深海棲艦』(人類の敵)の姿だった。

 

「イヤ……イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!??」

 

 大和だった深海棲艦は泣き叫びながらその場を逃げ出した。

 何処へともなく逃げるその後ろ姿を飛行場姫は冷めた目で見送る。

 

「自業自得といっても流石に哀れね」

 

 そう嘯くと飛行場姫は踵返す。

 

「あれを放置したままでいいの?」

 

 そう尋ねたのは飛行場姫に「面白いものが見られるわ」と拉致された港湾棲姫だった。

 

「構う必要はないわ。

 アレは妖精さんからすら見捨てられた艦娘だもの」

 

 飛行場姫が知る限り艦娘が深海棲艦へとなった事例はない。

 普通の艦娘はその魂を妖精さんに守られているため、余程の真似をされ怨みの塊になろうとも深海棲艦になることは叶わないからだ。

 しかし、建造時に深海棲艦の肉体を使用されたあの大和には妖精さんの加護が効きづらく、その上、勝つために数多の艦娘を手に掛けた大和は妖精さんからも怨みを買っていた。

 故に加護を失い大和は深海棲艦に堕ちて(本来の姿を取り戻して)しまった。

 あの大和がいかなる結末を迎えるかは容易に察せられるが、いかなる末路であろうと暫くは海をさ迷い続けるだろう。

 

「さあて、いけない事を考える悪い子にはお仕置きしに行かなきゃね」

 

 大和への興味を打ち切りそう無邪気に笑うと巨大な艤装を呼び出す。

 愚かな人間のその愚かな目的を叩き潰すため、日本に攻撃を仕掛けるのだ。

 浮かび上がって来た艤装には深海棲艦が犇めき戦いの気配に活気づいている。

 

「姫はどうする?」

「……帰る」

 

 それだけ言うと港湾棲姫はとぷんと海中に没していった。

 

「淡泊ね。

 娘の顔ぐらい見ていけばいいのに。

 まあ、艦娘を母と慕う姿なんて見たくもないかな?」

 

 そう言うと飛行場姫は大量の深海棲艦を満載した艤装を横須賀へと向かわせた。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 あの大和ともう会うことはないと言い切る言葉に俺は修復を終えてドラム缶を這い出す。

 

「……そうか」

 

 姫の言う末路は多分、深海棲艦化なのだろう。

 妖精さんが艦娘を憎むということは俄かに信じられないが、あの大和ならそれもあるのかもしれない。

 

「とりあえず大和の事は置いといてだ。

 俺の主砲が超重力砲らしいって問題だよな」

 

 そんな反則兵器が本当に搭載されているならアルファが欠けた現状にもまだ勝ち目はある。

 だけど、それ以前に一つ、最も大事な前提が足りないのだ。

 

「俺の火力と雷撃値が0ってのが気にかかるんだよ」

 

 超重力砲がいくら強力でもそれを使う俺の元々の火力が無いからどれだけ威力が出るのか解らない。

 

「火力0って潜水艦より酷い数値だね」

 

 プギャーとでもいいたげに笑う北上。

 やべえ。素でイラッとした。

 爆竹爆雷ぶん投げてやろうかとそう考えていると突然リ級が大声を上げた。

 

「ッテ、ナニコレ!?」

「どうしたりっちゃん?」

 

 残りの資材を南方棲戦姫が喰っちまったのかと見ると、リ級はなにやらホログラムディスプレイみたいなSFちっくなスクリーンを展開していた。

 

「クチクノセイノウガキニナッテシラベタンダケド…」

「ああ、そういうことか」

 

 頭のおかしい性能だから驚いたんだなと何気なくスクリーンを覗き込む。

 

艦名【駆逐イ級】

Lv【65】

装備1【CIWCファランクス】

装備2【OPS−28D 水上レーダー】

装備3【SPY−1D 対空レーダー】

装備4【九三式爆雷投射器】

装備5【超重力砲】

耐久【50】

装甲【50】

回避【0】

搭載【1】

速力【超高速】

射程【超超】

火力【−】

雷装【0】

対空【1500】

索敵【150】

運【1】

 

 

「……パラメータが変わってる?」

 

 あの、なにこれ?

 

「これ、マジで俺のパラメータなのか?」

「ソノハズヨ」

 

 最初に見た時と全っ々違うんだけど。

 つか、火力が数値化不能ってありえるのかよ!!??

 

「ちょっ、妖精さん説明してくれ!!??」

 

 事情を知っているとしたらこいつらしかいないと急いで呼び立てると、身体から一体の妖精さんが出て来て説明した。

 曰、俺の身体には二つの形態があるという。

 一つはアルファを運用するために対空と回避に特化した防空護衛艦モード。

 そしてアルファを運用するために封印した超重力砲を使用する殲滅モード。

 

「形態が二つって、イ級は本当に深海棲艦なの?」

「寧ろ俺が知りたいよ」

 

 そうごちる間に妖精さんが更なる解説をする。

 殲滅形態はアルファがいない状態でのみなることが出来、更に超重力砲だけでなくクラインフィールドも使えるようになるそうなんだが、このモードにはとてつもないリスクがあるらしい。

 一つは消費資材が洒落じゃ済まないこと。

 超重力砲一発撃つために燃料弾薬鋼材ボーキサイトを各一万消費し、補給するまで殆どの機能が停止してしまう。

 そしてもう一つ。

 こちらは更にタチが悪い事に、使った反動に俺が耐えられず轟沈してしまうとのこと。

 

「そのための女神だったのか…」

 

 1スロットに複数の女神なんておかしいとは思ったんだよ。

 だけど、使う度に消費するから纏めさせていたってことだったんか。

 そういうことはちゃんと説明しとけ糞野郎!!??

 声に出さず諸悪の根源に呪いを吐いていると木曾が言う。

 

「明石、ダメコンは無いよな?」

 

 使えと申しますか木曾?

 いや、轟沈しても復活できるらしいし四の五の言わず使うつもりではあるよ?

 でもさ、少しぐらい躊躇してくんない?

 

「あのさ、」

「解ってる」

 

 …え?

 

「止めろと言っても使うんだろ?」

 

 はい?

 固まってる俺に向け木曾は言う。

 

「お前はいつだって自分を省みようとしないで俺達を助けようとしてきた。

 だから、今回もそうなんだろ?」

 

 違え!?

 木曾の奴俺が何を言おうが絶対使うもんだって考えてやがる!!??

 いや、確かに自分と艦娘だったら艦娘優先するよ?

 だけどさ、そんなどんな時だって我が身を省みない正義の味方よろしくなそんな自己犠牲精神の固まりなんかじゃないんですが?

 

「まぁ、イ級はそうだもんね〜」

 

 北上?

 

「だけどさ、もうちょっと自分を大切にしてもいいんだよ?」

 

 お ま え も か ! ?

 

「それに超重力砲は記憶も犠牲にするんだよね?」

「……え〜と」

 

 記憶がない理由をそう繋げられても困るんだけど。

 というか、周りがお通夜みたいな空気を醸してんだが、もしかして全員そんな風に見てたのかよ?

 いや待って!?

 俺はそんな高尚な生き物じゃねえよ!?

 

 なんでこんな事になったんだ!!??

 

「イ級。ダメコンは用意してないけど本気でやる気なの?」

 

 やりたくないよ!!??

 つうかさっきの説明聞いてたよね!?

 全資材各一万だぞ。

 戦艦棲姫から借りてる資材の内三分の一が吹っ飛ぶんだぞ。

 しかも使った分は稼いで返すよう言われてるんだぞ。

 借金地獄に堕ちろってのか!!??

 喚きたい気持ちを必死で抑えて我慢していると、妖精さんが更なる非道の通知をしてくれやがった。

 一発撃とうとしたから資材を補給してくれって…頼むから誰か本気で助けてくれ!!??

 

「残りはどれぐらいなのかしら?」

「どれも二万を切ってるよ」

「なら、次で決める必要があるわね」

 

 借金地獄はとっくに決まってたんですね。

 つかさ、燃料弾薬はまだしも鋼材は誰がそんなに消耗したんだ?

 ……俺とリ級と南方棲戦姫だろうな。

 こうなったらやるしかないよな。

 これで敗走しましたなんてなれば更なる資材の借金が積み重なる事は間違いない。

 借金を増やさないためにもここで絶対決着を着けてやる!!

 そう決めると次を最後の出撃と決め資材を馬鹿みたいに喰らう。

 

「準備完了。さぁ…」

「イ級…」

 

 鬨の声でも上げてやろうかと意気込む俺に、ワ級がそっと応急修理女神を差し出した。

 

「ワ級、これは?」

「ガンバッテタ時ニミツケタノ。

 イ級、スグ無茶スルカラ渡シタクナクテズット隠テタケド、コレガアレバ帰ッテキテクレルヨネ?」

 

 天使だ。

 この娘、本当に天使だよ。

 俺、これが終わったらワ級とケッコンカッコガチする。

 そんで小さな島で二人で静かに暮らすんだ。

 

「普通の深海棲艦が妖精さんを載せていたというの?

 これもイレギュラーの力なのか?」

「ねぇ木曾。意外な強敵が現れたよ」

「まだ勝負は始まっていない!」

 

 外野がうるさいというか聞き捨てならない台詞が混じってる気がするけど気にせず爆雷を外して応急修理女神を載せる。

 

「短い付き合いになるけど頼む」

 

 そう言うと女神の妖精さんは任せろと指を立てる。

 

「ありがとうワ級。

 必ず帰ってくるからな」

「待ッテル」

 

 約束を交わし、俺達は今度こそ終わりにするぞと海面を駆け出した。

 




 という事で爆弾発言満載回でした。

 深海棲艦化が起こらないのはあくまでこの話でのみで、自分はありえると考えているクチですす。
 後、大和は救う予定。
 どういう形かは言いませんが。
 そしてワ級は癒しであり天使。
 これは絶対譲らない。

 次回は決着までいけるといいな…


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……やべえ

 これ、人類終わる


 再び見えた装甲空母ヲ級は俺達を眼中にもなくひたすら浮遊要塞を喰らい続けていた。

 

「いい気なもんだな」

 

 こちらなんて気にする必要もないと見下げられていると思ったらしい木曾がそう毒吐くが気楽に北上が宥める。

 

「不意打ちやり放題って考えればいいじゃん」

 

 なんだったら魚雷もうちょっといっとく?なんて軽口を叩く北上。

 

「それは駆逐が仕留め損なった時に取っておきなさい」

 

 そう窘めたのは南方棲戦姫だった。

 いや、南方棲戦姫が艦娘とフレンドリーに話してるのが凄まじく違和感あるんだけど。

 一言で言うと気の良いお姉さんという感じ?

 チビ姫もそうだけど空母棲姫とか戦艦棲姫みたいな艦娘と明確に線を引いた態度がないせいで、俺の中の姫のイメージがガラガラと崩れているんだけどどうしたらいいんだ?

 いや、あの大和みたいに敵の敵は敵と艦娘深海棲艦関係なしに殺しに掛かるよりよっぽどいいんだけどさ。

 …なんか、こうやって考えると漫画とかゲームで人間が他種から蛮族扱いされてる理由が納得できるような…って、いい加減横道からもどらねえと。

 

「始めるぞ」

 

 そう言うと俺は女神が居ても轟沈は避けられないから妖精さん達に退艦するよう言ったが、最期まで共に在るとそう言うので俺は仕方ないと前に出て超重力砲の発動に入る。

 

「ぐっ、ごぉ…」

 

 腹の中からせり上がる吐き気にも似た異物感に声が漏らしながらソレが出やすくなるようおもいっきり口を開ける。

 そして身体の中から浮遊要塞というか某変態球みたいな球体が出て来ると、装甲空母ヲ級も気付いたのか反応する。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■!!??」

 

 文字に出来ない咆哮に付き従うようにいくつもの浮遊要塞が浮かび上がりこちらを狙い砲を伸ばす。

 

「ちっ、やっぱり大人しくなんてしないわよね」

「砲雷撃戦行くぞ!!

 イ級が超重力砲を撃つまでの時間を稼ぐんだ!!」

 

 木曾の号令に全員が武装を構える。

 超重力砲がチャージングを開始する中、浮遊要塞と南方棲戦姫とタ級とリ級の砲撃が飛び交い木曾と北上の魚雷が走る。

 しかし、装甲空母ヲ級は動かない。

 艦載機を使い潰したとは考えづらいのに、なんでだ?

 それに、どうしてか超重力砲を撃っても決定打にならない。そんな確信めいた予感がする。

 どころか、砲門に黒いエネルギーが集まるほどに更にまずい事態に陥る気すらしやがる。

 かと言って今更止めるわけにもいかない。

 中断したからといって再度撃つことは出来ないからやるしかない。

 激しい砲撃戦の中、異様に長く感じたチャージングが遂に完了。

 

「射線開け!!」

 

 俺の声に全員が一斉に散開し十分な射角が確保された直後、装甲空母ヲ級が思わぬ行動に出た。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」

 

 まるで、待ち兼ねた相手を出迎えるように自分から正面に移動したのだ。

 その瞬間全身を走った悪寒に自分が致命的な失態を犯した事を察したが、もう止められない。

 

「喰らいやがれ!!」

 

 俺の意に従い防ぐ術など思い付きそうも無い力の奔流が放たれ、ゴウッという衝撃波を撒き散らしながら黒い光が一直線に世界を蹂躙した。

 だが、

 

「バカナッ!?」

 

 超重力砲の余波が射線外の浮遊要塞を蹴散らし破砕する中、真っ正面から喰らった装甲空母ヲ級はそれに耐えていた。

 違う。

 耐えているんじゃない。

 あれは、

 

「超重力砲を…喰らっているの…?」

 

 滝から直接水を飲むように装甲空母ヲ級は超重力砲の砲撃に身を焼かれながらそのエネルギーを飲み下しているのだ。

 凄まじいエネルギーは装甲空母ヲ級を焼き焦がすが、それを上回る速度で傷が癒え、その身体が大きく膨れ上がる。

 

「…奴め、これを狙っていたのか!!??」

 

 信じられない現象に南方棲戦姫が叫ぶ。

 

「今すぐ止めろイ級!?」

 

 無理!!??

 つうかこれ止めたら余剰エネルギーでこっちがまとめてぶっ飛んじまう!!

 軌道を逸らす事も出来ずどんどん巨大化していく装甲空母ヲ級に成す術もなく自壊しながら超重力砲を放ち続ける俺。

 数分も続いた超重力砲の砲撃が終了し、海域に僅かな静寂が流れた。

 女神が沈みかけた身体をなんとか建て直してくれているが、そんなことよりも俺達は目の前の現実に目を奪われていた。

 

「冗談じゃねえぞ…」

 

 元から3、4メートルはあっただろう巨体は100倍近く膨れ上がり、本物の軍艦さながらの威容を纏う巨大な怪物へと姿を変えていた。

 

「…これ、倒せるの?」

 

 顔が引き攣って笑っているような顔の北上が零した問いは、この場にいる全員が思っている事だ。

 いやさ、リアル戦艦サイズに挑むってどう考えても無理じゃね?

 今は大人しいけど、これって動いたら攻撃してくるよな。

 

「逃げるか?」

「ニゲレルトオモウ?」

「……だよな」

 

 あ、機銃がこっち向いた。

 

「散りなさい!!」

 

 南方棲戦姫の叱咤に近い命令で一斉に散開すると同時に機銃の雨が降り始めた。

 

「機銃が主砲サイズってやってらんないよ!?」

「イイカラウチナサイ!!」

 

 混乱しながらも逃げようもないと戦いを再開したが、半ばやけくそ気味に砲撃を敢行してみるもサイズが違いすぎて全くダメージが入らない。

 

「分厚過ぎる!!??」

 

 魚雷を一点に集中させるも何発当たろうが傾斜すら起こさない。

 

「ちょっ、これ本気でヤバイよ!!??」

 

 唯一というほどにマシな事は巨大化した影響から機銃の弾幕は出鱈目にばらまかれるだけで命中率は無いに等しいため、殆ど死に体の俺でもまだ回避に余裕がある事だ。

 とはいえ装甲空母ヲ級はまだ自衛用の機銃しか使っていないからであって、これに艦載機まで持ち出されれば話は全く変わる。

 つか、使われた時点で終わる。

 かといって打つ手も無い。

 

「糞が!!??」

 

 超重力砲を使ったおかげで一門しか稼動できなくなったファランクスを無駄と分かっていても叩き込む。

 まるでフライパンを叩くような金属音を響かせるだけで傷一つ入りやしない。

 あのサイズじゃ南方棲戦姫の18インチ砲さえ豆鉄砲と変わらないんだからさもありなん。

 

「コウナッタラノリコンデウチガワカラ…」

 

 取り付こうと接近したリ級が機銃に曝され吹き飛ばされた。

 

「りっちゃん!!??」

 

 直撃はしなかったみたいだけど擬装が砕け、これ以上戦うことは不可能に見える。

 

「もう下がれ!?」

「マダヨ!!」

 

 剥き出しになった魚雷管を刃物の様に掴みそのまま殴り掛かろうとするが、真上から降って来た艤装部分の拳がリ級を躊躇なく叩き潰した。

 

「畜生がぁぁあああ!!」

 

 深海棲艦だから大丈夫なんて思わない。

 仲間を倒され頭に血が上った俺はファランクスを目茶苦茶に撃ちまくる。

 効かなかろうがどうだっていい。

 とにかく撃ちまくって注意を引き、これ以上誰も沈ませないために

 

「避けろイ級!!??」

 

 木曾の叫びの直後、装甲空母ヲ級の拳が俺を掴んだ。

 

「ガァァァアアア!!??」

 

 掴まれただけで全身が軋み装甲が砕け出したくもない悲鳴が漏れる。

 

「その手を離しやがれ!!」

 

 木曾の怒声と同時に俺を握り潰そうとする腕に向け砲撃が集中するが腕は俺を解放しようとはしない。

 

「木曾!!

 俺に構わず逃げろ!!」

 

 俺が捕まっている今なら逃げる隙もあるはず。

 

「お前を見捨てられるか!!??」

 

 頼むから俺なんかより自分を大事にしてくれ。

 じゃないと、球磨に顔向けらんねえんだよ。

 

「■■…」

 

 木曾達の砲撃を一切意に解さず、装甲空母ヲ級は俺を掴んでいる腕を艤装の巨大な口へと寄せる。

 まさか、俺を喰う気か?

 

「妖精さん!!

 お前達だけでも退避してくれ!!??」

 

 せめて喰われるのは俺だけにしようとそう叫ぶが、妖精さんが退艦する間もなく俺の身体が宙を舞い、そして、

 

「イ級ーーーーー!!??」

 

 装甲空母ヲ級に噛み砕かれ意識が断絶した。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 その瞬間をただ見ていることしか出来なかった。

 

「イ…級……?」

 

 そして仲間が、恩人が死んだのだという現実感が一挙に挙来した瞬間、木曾は溢れ出そうとした感情を歯を食いしばって強引に捩伏せた。

 

(喚き散らしてどうする!?

 そんな事で勝てるならイ級は死ななかったんだ!!)

 

 激情に身を任せても勝てるわけが無い。

 奴を倒せず無駄死にすればそれこそイ級の想いを不意にしてしまう。

 奴を倒す。

 それ以外の余計な感情は無用なんだと木曾はカトラスを抜刀する。

 

「木曾、どうする気?」

 

 おちゃらける余裕も無くした無表情の北上の問いに木曾は冷徹に研ぎ澄ました殺意を宣う。

 

「リ級がやろうとしたことをやる」

 

 装甲を打ち破る事は諦め、リ級が考えたように内側に入り込んで中から魚雷を叩き込む。

 

「勝算あるの?」

「他に思い付かない」

 

 だから邪魔をしないでくれと言外に願う木曾に北上は溜息を吐く。

 

「まぁ、他に思い付かないもんね」

「北上?」

 

 言い方が気になった木曾が北上を見ると、北上は魚雷管を構え笑っていた。

 

「九三式酸素魚雷残り127発。零距離で掃射すれば少しは効くよね」

「北上、お前」

 

 お前も相打ちを狙う気なのかと問い質そうとする木曾を先じ北上は口を開く。

 

「ああ、勘違いしないでよね。

 スーパー北上様はまだ魚雷が撃ち足りないだけだから木曾の邪魔はしないよ」

 

 それに、と北上の笑みに黒い感情が過ぎる。

 

「邪魔するってなら私だって容赦できるほど余裕無いからさ」

 

 そう言った北上の目には木曾と同じ怒りが宿っていた。

 

「……分かった」

 

 止めても無駄だ。

 自分も同じだから木曾はそれだけしか言わなかった。

 

「うん。

 死んだらイ級と球磨に怒られるから死なないでね」

「それはこっちの台詞だ。

 北上姉」

 

 この北上は自分が姉と呼んでいた北上じゃない。

 だけど、今だけはそう呼びたいと木曾は口にした。

 それを聞き、北上は笑みを深くする。

 

「いいねぇ、最高だよ。

 お姉ちゃんって呼ばれちゃ頑張るしかないよね」

 

 獰猛に、それでいて楽しそうに北上笑みを浮かべ装甲空母ヲ級に向け舵を切る。

 数瞬遅れで木曾も駆け出し、殺意に反応したのか吶喊する二人に機銃が集中する。

 しかし、機銃に向けて飛来した砲弾が直撃。

 破壊には至らないが衝撃で射角をずれ見当違いの方角に機銃がばらまかれた。

 

「私達を無視するとはいい度胸ね姫!!」

 

 浮遊要塞を呼び出した南方棲戦姫が木曾達を援護するように砲撃の雨を降らせる。

 

「行きなさい!!」

「南方棲戦姫!?」

 

 自分達の援護をする南方棲戦姫に声を上げる木曾に南方棲戦姫は吠えた。

 

「言葉は不要!

 その意、貫きなさい!!」

「感謝する!!」

 

 南方棲戦姫に注意が向いた隙に更に接近する二人。

 流石に南方棲戦姫の妨害までは無視できなかったのか浮遊要塞が浮かび上がり南方棲戦姫の浮遊要塞に襲い掛かる。

 

「ヒメ、コレイジョウハ」

 

 浮遊要塞の弾幕に撤退を進言するタ級に南方棲戦姫は猛々しく吠える。

 

「戯言を申すな!!

 雷巡の露払い一つ出来なくて何が戦艦か!!??」

 

 駆逐イ級の超重力砲を知った南方棲戦姫はこいつに任せてしまおうと日和見を決め込んだ。

 その結果事態は更に悪化し、もはや自分の身命総てを賭しても勝ち目も見えない|姫《化物》を生み出してしまった。

 

「貴様も戦艦の端くれなら泣き言を喚く前に手傷を与えなさい!!」

 

 

 



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それしか、無いんだよ…

 だけど、それでも俺は…


 

「……何処だ此処?」

 

 気が付いたら真っ暗闇の中に居た。

 

「また超展開かよ」

 

 以前ならうろたえまくってたんだろうけど、結構落ち着いてる。

 慣れって怖いよね。

 けどさ、マジでここは何処だ?

 つうか、そもそも俺は装甲空母ヲ級に喰われて完全に消滅した筈。

 

「妖精さん」

 

 気配は感じるから何か知ってるんじゃないかと呼びかけてみるが、誰も俺の呼び掛けに答えてくれない。

 

「どうしたもんかね?」

 

 右目の探照灯を試してみても着かず、こんな暗闇じゃ自分の状態もわかりはしない。

 

「こういう時は無闇に歩き回らないで目が馴れるのを待つのがいいんだっけ?」

 

 手掛かりもないのでとりあえず大人しくしてみるが、全然目は馴れない。

 

「……どうしよ?」

 

 いや、本当にどうすりゃいいんだ?

 待ってても目が馴れないなら動いてみるしかないか?

 まあ、他に思い付かないし。

 そういうわけで移動してみるんだけど、うん。

 

「本当に移動してるのか?」

 

 視界が動かないせいで移動してる感覚が無い。

 ついでに歩いてるって言ってもこの身体になってからは比喩と感覚だから地面の振動なんて感じないからマジで前に進んでるかも怪しい。

 

「……ふぅ」

 

 こうしてなんの指針もなくただひたすら前に進むだけだと木曾達の事ばかり考えてしまう。

 あいつらちゃんと逃げてくれたのか?

 特に木曾は俺が喰われたショックで特攻とかしてそうで本気で心配だよ。

 南方棲戦姫とタ級は…まあ大丈夫だろうな。

 深海棲艦なんだからいざとなれば海中に潜って離脱出来るし。

 タ級は戦艦棲姫に情報持ち帰んなきゃなんないだろうから確実に離脱するだろう。

 後は、ワ級と千代田か。

 姫が面倒を見てくれるって約束してくれたから離脱してくれる事を願うばかりだな。

 明石はまあうまくやるだろ。

 ヌ級達も心配は心配だが基礎は出来るようになってたし、それほど心配はしていない。

 こうやって考えてみると、なんだかんだで結構知り合いが増えてたんだな。

 その殆どが戦いでってのは艦娘と深海棲艦だからしゃあないけど、やっぱり殺伐としてるな…。

 

「ん?」

 

 取り留めもなく今まで会った艦娘を思い出していると、不意に聴覚に小さく振動を捉えた。

 

「これは…?」

 

 微か過ぎて判然としないが、間違いなくなにかの音だ。

 意識を集中して音の出所を探ると、どうやら前かららしい。

 

「……」

 

 罠かもしれない。

 だけど、漠然と歩き続けるよりずっとマシじゃないかと俺は思い、そちらに向かい前に進む。

 相変わらず何も見えない暗闇の中でその微かな音は確実に大きくなる。

 

「歌…なのか……?」

 

 音とも呼べない微かな振動が確かに音だと認識できる程に大きくなると、それが確かに歌のそれも子守唄のような旋律を奏でていた。

 

「……なんか、悲しくなってきた」

 

 聞いたことが無い曲だけど凄く優しい声なのに、それ以上に胸が締め付けられるような気持ちになる。

 邪魔をしないよう近付いちゃいけないとそう思うが、行く当てもない俺は引き寄せられるように声の聞こえる方角に向かう。

 そうして暫く進み続けると、なにやら暗闇の中に薄い輪郭を見付けた。

 

「あれは…?」

 

 まだ遠くて正体ははっきりしないが、どうやらアレが歌っているらしい。

 

「……」

 

 どうするべきか?

 迷ってみてもしかたないとすぐに俺は近付いてみる。

 

「…お前は!?」

 

 そして、はっきりと姿が見える位置まで近付いた俺はその姿に驚いた。

 そこに居たのは装甲空母姫と空母ヲ級だった。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 南方棲戦姫の支援を受けた木曾と北上は目論見通り装甲空母ヲ級の甲板に乗り込むことに成功した。

 

「くたばりやがれ!!??」

 

 猛々しく吠えカトラスを装甲空母ヲ級の生身の部分に突き立てる木曾。

 振り下ろされた刃はずぐりと肉を切り裂く感触を木曾に伝えるが、切り傷からは血の一滴も零さず巨体過ぎるその身にはさしたる痛痒も与えたようには見えない。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!??」

 

 しかし、直接斬られたことが気に障ったのか装甲空母ヲ級は物理攻撃に等しい衝撃を纏う咆哮を上げ、ヲ級の部分から艦載機を飛ばして木曾に狙いを付ける。

 

「やられるかぁあ!!」

 

 咆哮で悲鳴を上げる鼓膜を叩き直すように吠え返し、急降下爆撃を敢行する艦載機に木曾は広角砲を全基稼動させ叩き落とすと再び切り掛かる。

 

「あー、もう。

 本当にやってらんないよ!!」

 

 北上も持っていた単装砲で艦載機を迎撃するも、木曾ほどの対空性能が高くない北上は大分苦戦させられていた。

 

「北上姉!?」

 

 広角砲で援護する木曾だが、北上はそれを叱咤する。

 

「私を気にしてないでやりな!!」

「っ、済まない!!」

 

 一言詫び木曾がカトラスを目茶苦茶に振り回すのを確認して北上は苦笑する。

 

「全く、駄目なお姉ちゃんだね!!」

 

 足手まといになりたくはないが、現実に自分の対空性能の低さがもろに木曾の足を引っ張っている。

 対空性能だけじゃ無い。

 雷撃と運なら引けは取らないがそれ以外に勝っている要素は史実で生き残った事ぐらい。

 それも、ろくな活躍などしてこなかった故の結果論。

 

「羨ましいねぇ」

 

 姉より勝る妹はいないなんていうけど、船舶たる自分達にはそれは当て嵌まらない。

 寧ろ、姉の欠点を改善して更に良くなるのが常だ。

 

「だからってさ、お姉ちゃんにも意地があるんだよね!!」

 

 空いている手に予備の魚雷を掴みそれを雲蚊のように群がる艦載機に投げ付ける。

 投げられた魚雷は時限伸管により炸裂。

 爆風で艦載機の群れを吹き散らす。

 

「まあなんていうの?

 こういう小細工は工作艦経験の賜物だしね」

 

 思いつきで試した即席手榴弾の効果ににんまり笑う北上だが、次の瞬間、生き残った艦載機の体当たりをもろに喰らってしまった。

 

「ゲフッ!?」

 

 艦載機の自爆特攻に北上が吹き飛びそのままごろごろと転がり艦僑から落ちていく。

 

「北上姉!!??」

「やっぱりアレだね?

 アレを使った因果応報ってやつ?」

 

 そう苦笑しながら水面に叩き付けられた。

 

「この野郎!!??」

 

 自分一人に殺到する艦載機にありったけの弾薬を注ぎ込み木曾はカトラスを握り直して駆ける。

 狙うは首。

 せめて一太刀喰らわせてやると胴体を駆け上がる木曾。

 しかし、死角から伸びた装甲空母鬼の拳に北上同様海に叩き落とされた。

 

「カハッ!!??」

 

 コンクリートの地面にたたき付けられたような衝撃が肺から無理矢理空気を押し出す。

 とどめとばかりに装甲空母鬼の拳が振り上げられ木曾に放たれた。

 

「こ…のおぉぉおおおおおお!!」

 

 最期まで抵抗する意志とカトラスを突き出す木曾。

 しかし、その拳が不自然に停止した。

 

「なに…が……?」

 

 訝しむ木曾が辺りを見回すが、装甲空母ヲ級だけでなく浮遊要塞もが動きを止めていた。

 

「一体何が?」

 

 艤装中に弾痕を刻んだ南方棲戦姫達がそう漏らした直撃、装甲空母ヲ級が吠えた。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

 

 びりびりと空気が振動する凄まじい咆哮だが、違う。

 

「泣いて…いる……?」

 

 その咆哮には今までの身の毛もよだつような不快感は一切感じられない。

 どころか、まるで悼み嘆くような慟哭のように聞こえた。

 そして、

 

『GAAAAAAAaaaaaAAAAAAAAAA!!!!』

 

 装甲空母ヲ級の慟哭を掻き消すほどの咆哮が轟き、装甲空母ヲ級から黒い光が天を貫いた。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 ヲ級は帽子を外した姿で子守唄を歌い、装甲空母を膝の上に頭を乗せている。

 

「……おい」

 

 意を決し呼びかけてみると、ヲ級は子守唄を止めて俺に振り向いた。

 

「オ前ハ?」

「俺は…」

 

 駆逐イ級と言いかけたが、なんとなく違う気がしてごまかした。

 

「わからない」

「…ソウ」

 

 ヲ級は装甲空母姫に目を落とすと静かに口を開いた。

 

「貴方、姫ニ似テイル」

「……」

「姫、自分ガ誰カワカラナイッテ言ッテタ」

 

 自分が解らない?

 

「姫、昔、自分ハ深海棲艦ジャナカッタッテ言ッテタ」

「それは…」

 

 まさか、こいつは…

 

「違ウ世界カラ来タッテ言ッテタ」

「姫が、俺と同じ…?」

 

 あの糞野郎。

 俺以外にも転生させてたってのか?

 次会ったらぜってえぶん殴る。

 怒りをふつふつと煮えたぎらせているとヲ級は聞き捨てならない台詞を口にした。

 

「姫、私ガ沈ムノ嫌ダッテ無理シチャッタ。

 ダカラ、私ハ姫ト一緒ニ艤装ニ閉ジ込メラレタ」

「此処が…艤装の中?」

 

 え?

 つまり俺、現在進行形で艤装に取り込まれてるのか?

 ……それって大ピンチじゃねえか。

 つうか俺もそうだけど妖精さんがヤバすぎる!!??

 

「だ、脱出する方法は!?」

 

 俺だけならまだしも道連れなんか作りたくなくてそう問い質すと、ヲ級は困った様子で言う。

 

「ヒトツダケ、アル」

「本当か!?」

 

 希望が見えたとそう思った直後、ヲ級は言った。

 

「私達ヲ貴方ガ取リ込ムコト。

 ソウスレバ、艤装ハ貴方ノ支配下ニ入ル」

「取り込むって…それは…」

 

 答えを言いたくない俺にヲ級は答えを口にした。

 

「私達ヲ食ベルノ」

「……」

 

 やっぱりかよ。

 助かる道は本当にそれしか無いのか?

 

「他に手は…」

 

 ヲ級は首を横に振る。

 

「私ガイル限リ姫ノ艤装ハ制御ヲ取リ戻セナイ。

 ヒトツノ艤装デフタツ以上ノ魂ヲ受ケ止メル事ハ出来ナイ」

 

 だけどとヲ級は姫に目を落とす。

 

「私ハ姫ヲ食ベタクナイ。

 姫モ私ヲ食ベテクレナイ。

 ダカラ、私達ハズットデラレナイ」

 

 そう言うヲ級だけど、そこに悲壮感は無い。

 多分この二人はどこであっても、二人一緒ならそれで満ち足りているからなのだろう。

 

「……」

 

 お前達はそれでもいいのかもしれない。

 だけどさ、暴走し続ける艤装は山のように被害を拡大させているんだよ。

 きっと木曾や姫は今も戦ってる。

 今なら間に合うかもしれない。

 俺が二人を喰らえば皆を助けられる。

 だったら…

 

「……クソッ」

 

 ああ、やりたくなんかねえ。

 こんなに幸せそうな二人の幸福を壊さなきゃ皆を守れないって分かっていても、やっぱりやりたくないんだよ。

 だけど、それでも俺は、

 

「……許しは乞わない」

 

 怨まれたって、憎まれたって、殺されたって構わない。

 俺は北上を、瑞鳳を、明石を、ワ級を、千代田を、木曾を守りたいんだ。

 

「ウン。

 私ハ、私達ハ貴方ヲ赦サナイ」

 

 そう言ったヲ級は、それでも笑顔だった。

 

 



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ようやく、終わったんだよな?

 あ、借金返済が残ってた…


 

「……これで、良かったのかよ?」

 

 俺は俺の守りたいと思う者達のために装甲空母姫とヲ級の魂を取り込んだ。

 罪悪感に押し潰されそうになるが、それでも、俺は俺の意志で選んだんだ。

 だから潰れる訳にはいかない。

 それに、いまだ実感がないけどこれで全て片が着いた筈。

 

 ……いや、まだだ。

 

『コワセ』

『コワセ』

『コワセ』

『コワセ』

『コワセ』

『コワセ』

『コワセ』

『コワセ』

『コワセ』

『コワセ』

『コワセ』

『コワセ』

 

 暗闇の中に恨みつらみが凝り固まったような『声』が木霊し始めた。

 どうやら艤装の主となった俺に、自分達の怨念を晴らさせたいらしい。

 

「ざっけんな!!」

 

 テメエラの怨みなんか知ったこっちゃねえんだ。

 それに俺は今、今日までで1番っていっていいぐらい機嫌が悪いんだ。

 だからよ、

 

「黙れや」

 

 じゃねえと、ぶち殺すぞ。

 俺の拒絶に怨みの『声』が一斉に怨嗟をぶつける。

 

『ユルサナイ』『クルシイ』『コロシテヤル』『ニクイ』『ニクイ』『ニクイ』『ニクイ』『ニクイ』『ニクイ』『ニクイ』『ニクイ』…

 

 形にすらなれない負の感情が俺を飲み込もうとするが、やらせねえよ。

 

「妖精さん、やっちまえ」

 

 今なら呼び掛けに応えてくれると思った俺の言葉にファランクスが猛火を上げて怨嗟の波を薙ぎ払う。

 ファランクスの弾幕によって怨嗟が散り散りにされると同時に暗闇が晴れ、辺りがピンク色の肉が胎動する不気味な空間へと変わった。

 

「装甲空母ヲ級の腹の中ってか?」

 

 都合の良いことに海水が大分入っているらしく俺の身体はぷかぷかと浮かんでいる。

 さっきまで浮かんでいたようには感じなかったのとか損傷が全快してるとか疑問は山ほどあるが、そんな事は後で考えればいい。

 

『ニクイ!』『ニクイ!』『ニクイ!』『ニクイ!』『ニクイ!』『ニクイ!』『ニクイ!』『ニクイ!』『ニクイ!』『ニクイ!』

 

 『声』はなおも止まず、どころか肉の一部を切り離して深海棲艦の姿を形作りやがった。

 

「諦めの悪い野郎だな?」

 

 上等だ。

 もとよりテメエなんか願い下げなんだ。

 こんだけでかけりゃ借金も熨斗付けて返せるだろうから資材に解体してやるよ!!

 

「やれ!!」

 

 ファランクスをぶっ放し駆逐艦を模る肉の塊を蜂の巣にする。

 肉の塊は弾幕にぐずぐずに崩れるとすぐに新たな深海棲艦を象り反撃の砲を放った。

 

「んなばっちいもん食らえるか!!」

 

 空間に回避するほどの余裕は無い。

 だが、俺にはあの糞野郎が黙って仕込んだ|力《チート》があるんだよ。

 

「クラインフィールド!!」

 

 黒い輝きを放つ六面体の結晶体が展開して砲撃を受け止める。

 大量の砲撃を完全にシャットアウトした性能は凄いんだけどさ、

 

「黒い輝きって、中二病過ぎんだろ」

 

 凄まじくいてえ…。

 木曾はそれっぽいから喜びそうだけど他の奴らには絶対見せられねえな。

 フィールドを盾に正面から撃ち合うと新たに形作られた深海棲艦も弾幕の前に形を失っていく。

 

「はっ、テメエラの憎しみってのはその程度か?」

 

 クラインフィールドが無かったらこうも一方的にはならなかったろうけどな。

 調子に乗るつもりはないが、次は重巡か戦艦辺りでも象るだろうと警戒する俺は、次に現れた姿にギシリと歯を軋ませた。

 

「テメエラ…」

 

 奴らが次に象ったのは深海棲艦ではなく艦娘の姿だった。

 ご丁寧にもさっきまでと違い姿形だけでなく髪の色まで完全に再現しやがった。

 それも、どれも俺が出会った艦娘ばかりを選んで再現してやがる。

 沸々と煮え立つ怒りがぐつぐつと沸騰する俺を煽るように、偽物の艦娘達の口から怨嗟の声が零れる。

 

『クルシイ』

『タスケテ』

『シニタクナイ』

『モットタタカワセロ』

『コロシテ』

『シズミタクナイ』

 

 口々に零れる負の感情に俺の怒りは限界を超える寸前まで煮える。

 そして、

 

『イキュウ、タスケテクマ』

 

 偽物の球磨。

 そいつが漏らした一言が、ブツンと理性を吹っ飛ばした。

 

「っ、いい加減にしろテメエェラァァアア!!!!????」

 

 球磨の姿を真似るだけでも許せねえってのに、よくも、よくもテメエラは!!

 

 ぶち殺す。

 

 俺の逆鱗に触れたテメエラはこの世界から抹消してやる!!

 俺は何の躊躇もなく超重力砲を稼動させた。

 

『GAAAAAAAaaaaaAAAAAAAAAA!!!!』

 

 稼動した超重力砲の反動に全身が軋む。

 身の丈に合わない兵装の負荷が、強大過ぎるエネルギーの流動に全身が悲鳴を上げるが構わない。

 こいつらが何を願おうと死んだ奴らは大人しく死なせておくべきなんだよ。

 それを浅ましく弄んだこいつらは俺がぶちのめす。

 

『ヤメロ』『イヤダ』『キエタクナイ』『マダタリナインダ』『ワタシタチハイキタカッタダケナノニ』『タスケテ』『スクッテ』『ワタシタチヲミステナイデ』

 

「ウルセエ!!」

 

 助けられるなら助けてやるよ。

 だがな、俺はお前達なんか知らないんだ!!

 そんな奴を助けてやれるほど、俺の手は広くなんかねえ!!

 助けてほしけりゃ艦娘か深海棲艦に生まれ変わってこい!!

 そうしたら助けてやるよ!!

 だから、

 

「ぐだぐた言ってねえでさっさとやり直してこいやぁぁぁぁぁああああああ!!」

 

 激情をぶちまけるように俺は超重力砲を放った。

 黒い光は艦娘の偽物を飲み込み肉壁を大きく刔る。

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!??????』

 

 超重力砲のエネルギーを内側からは吸収出来なかったらしく断末魔の絶叫が迸しる。

 たが、撃ち抜くだけじゃあ飽き足らない俺は全身を大きく海老反り射線を無理矢理真上に向ける。

 

「だぁぁあらぁぁあああああああああああああああああああ!!!???」

 

 背中から真っ二つに折れたんじゃないかと錯覚するほどの嫌な音を背中から立てながら俺は超重力砲を撃ち切る。

 

「ざまあみろ…」

 

 超重力砲の反動で一ミリも動けなくなりながらも俺は、胎動をゆっくりと停止する周囲の様子に倒したと確信して笑う。

 

「……って、これじゃあ相打ちじゃねえか」

 

 沈没し始めたのか空間が振動する中脱出する術もなくただ待つだけの状態にそうごちる。

 

「悪い妖精さん。

 結局道連れにしちまった」

 

 そう謝ると妖精さん達は一蓮托生だと笑う。

 

「…そうか」

 

 ホント、妖精さんは優しいな。

 間に合ったかすぐに確かめる事が出来ないのが唯一心残りだな。

 これが漫画とかゲームならタイミング良く助けが来るだろうけど、そんなの期待してもしょうが……

 

「イ級!!」

 

 ……マジで?

 

「無事なんだろ!?

 返事をしてくれイ級!!??」

 

 必死に呼び掛ける木曾には悪いが、なんつうかさ、タイミング良すぎるんだよ。

 

「こっちだ!!」

 

 ともあれ助かるってなら拒む理由は無い。

 木曾に応えながら俺は漸く勝ったことを実感した。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 ざあざあと波が起てる音を聞きながら俺達は迎えに来たチビ姫の艤装で休みながら沈んでいく装甲空母ヲ級の姿を見届けていた。

 

「これで、終わったのか?」

 

 木曾の問いに俺はああと言い切る。

 

「姫の魂は俺が取り込んだから、もう復活することは出来ないはずだ」

「…それなら確実ね」

 

 俺の答えに南方棲戦姫はしかしと苦笑する。

 

「取り込まれたと思ったら逆に取り込むなんて、貴女は本当に駆逐なの?」

「俺が聞きたいよ」

 

 半分ぐらい再生したアルファを回収し再び対空特化の性能になった自分の身体に本気でごちる。

 

「姫はこれからどうするんだ?」

 

 各鎮守府は今回の一件で大幅に戦力を失った。

 攻め立てるなら今を逃す手はないだろう。

 しかし、南方棲戦姫は肩を竦める。

 

「暫くは静かにしているつもりよ」

「なんでさ?」

 

 当然の疑問に南方棲戦姫は言う。

 

「弱った相手となんて燃えないじゃない。

 それに、やらなきゃならない事後処理も沢山あるの。

 少なくても半年は作戦行動なんて取れないわ」

 

 そういや装甲空母ヲ級の被害は深海棲艦にも拡がってたっけ。

 お偉方ってのは大変だな。

 

「それと駆逐。貴女、私の所に来ない?」

「え?」

「私の直属になるなら一海域を任せてもいいわよ?」

 

 これって、もしかしなくても勧誘だよね?

 だけどそれって、艦娘と戦うって事だよな?

 

「せっかくだけど遠慮しとく」

「そう。

 残念ね」

 

 撃たれる可能性とか本気で警戒してたんだけどあっさり引き下がったよ。

 戦艦棲姫に気を使ったのか?

 しつこくせがまれるよりいいんだけどさ。

 

「……ん?」

「どうした?」

「いや、なんか腹の中に…」

 

 違和感がと言おうとした直後、猛烈な吐き気が俺を襲った。

 

「う……おえぇぇ…」

 

 我慢できずえずくと一斉に逃げ出された。

 

「汚っ!?」

 

 北上の批難に構う余裕もなく俺は内側からせりあがってくる|なにか《・・・》を我慢できずぶちまけた。

 

「って…ええっ!?」

 

 木曾が素っ頓狂な悲鳴を上げる。

 一体何だったんだ?

 吐き出してすっきりしてからその正体を確認すると…

 

「……え?」

 

 そこにはレオタードのようにぴちりしたボディースーツを着た長い銀髪の少女が粘液まみれで倒れていたのだ。

 

「もしかして、空母ヲ級?」

 

 唖然とする一堂に訳が分からずそう呟くと俺はまさかと木曾を見る。

 

「もしかして、今俺が吐き出したの…コレ?」

「あ、ああ」

 

 どん引きしながらも木曾は頷く。

 ちょっ、あの、俺より大きい者をどうやって吐き出したんだ俺!?

 つうか、もしかしてこいつ艤装に捕われていたヲ級なのか!?

 あまりの事態に南方棲戦姫さえ固まる中、ヲ級がうっすらと目を開く。

 

「コ…コハ……?」

 

 戸惑った様子で辺りを見回すとヲ級は何かに気付いたようにハッとしてから両手で身体を抱きしめた。

 

「姫、貴女ハココニイルノネ」

 

 え?

 ごめん、全く訳が分からないんで誰か説明して。

 どうしていいか分からず固まっていると、ヲ級が俺を見た。

 

「貴方ノオ陰ナノネ?」

「はい?」

 

 なんのこと?

 よく見れば片方の目が装甲空母姫と同じ色をしたヲ級は語る。

 

「貴方ガ姫ガヤロウトシタ、私ト姫ヲヒトツノ艦ニシテクレタ」

 

 えっと、つまり?

 

「魂の融合…?

 まさか、暴走した負の思念を切り離し純粋に魂だけを融合して新たな深海棲艦として蘇らせたというの?」

 

 混乱しているらしく思考がおもいっきり口から出てらっしゃいますよ南方棲戦姫様。

 いやさ、何かしようとしたとか一切ないんですけど俺、そんな凄いことしたの?

 

「ははっ、やっぱりイ級は優しいね。

 敵だった相手を助けちゃうんだから」

「だね〜」

 

 やめてー!?

 偶然そうなっただけの結果で自分の評価上げるの本当に勘弁して!?

 

「イマノウチニショブンスベキカシラ」

 

 さりげなく物騒な台詞を口にするタ級。

 

「ちょっとこっちこようか」

「そうね。

 ゆっくりちょうきょもといお話しないといけないみたいね」

 

 耳聡く聞き咎めた木曾と南方棲戦姫に両肩掴まれてどこかに引きずられていく。

 

「ごーもんごーもん♪

 とにかくごーもんにかけろー♪」

「死なないよう手加減しなきゃ駄目だからね姫ちゃん?」

 

 なんでかチビ姫が楽しそうにタ級が引きずられていった方向に行ったな。

 つか瑞鳳、それでいいのか?

 

「ゴメンナサイィィィイイイ!!??」

 

 向こうでタ級の悲鳴が始まったけど気にしたら負けか?

 あっちは気にしないようして、差し当たり問題のヲ級に尋ねる。

 

「えっと、これからどうするんだ?」

「コレカラ…」

 

 ヲ級は遠くに沈んでいく装甲空母ヲ級の残骸を眺めた後、俺に顔を向け言った。

 

「貴方ニ着イテイク」

「え?」

 

 なんでさ?

 

「私ハ貴方ヲ赦サナイッテ決メタカラ、最期マデ見届ケル」

「…分かった」

 

 そう言われちゃ断れないじゃねえか。

 

「なんでこんなことになったんだか」

 

 つくづくそう思った。

 




 これにて装甲空母ヲ級との決着となります。
 主に尺的な方向で多少予定と狂いつつなんとか決着まで書ききりました。
 もう少しアルファの戦闘描写とか各人の無双とか書きたかったですが、それはまた次の機会に持ち越すことにします。
 次回は各勢力のエピローグと次回の中核の始点を投下予定です。


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ちょっと待てお前等!?

 頼むからいないところで好き放題言わないでくれ!?


「以上が衛星より入手出来た『駆逐棲鬼』及び新型深海棲艦の撃沈までの報告になります」

 

 『駆逐棲鬼』。

 半月程前横須賀に襲来し、大和、長門を含む精鋭の監視網をくぐり抜け逃亡した人語を介する駆逐イ級。

 更にこれまでに見たこともない凶悪かつ醜悪な艦載機を搭載し『霧』の兵装を装備していることから大本営はイ級を鬼タイプと同等の驚異と見做し、『駆逐棲鬼』と呼称し交戦は控えるようにとした。

 全ての資料を読み終えた大淀の報告に元帥は小さく息を吐く。

 

「大山鳴動して鼠一匹。 ……そう言いたいところだが、今回我々が失ったものは大きいな」

 

 今回の作戦で各鎮守府が動員した数多の高錬度の艦娘と莫大な資材が失われた。

 そして忌むべき技術の集大成とはいえ最強の冠を与えていた大和の失踪。

 これだけの被害を被って得たものといえば、混乱に乗じた飛行場姫の本土強襲を水際で防いだ事だけ。

 結果として鎮守府は本土防衛の戦果から体面は保ったが、その実は完全な敗北と言ってなんら差し支えないものだった。

 

「大淀。

 放棄されたブルネイ他の各鎮守府が再建されるまでに必要な期間はどれぐらいだね?」

「最短でも半年は必要かと」

「…そうか」

 

 把握している限りでも深海棲艦も今回の件では被害を被っている。

 どれほどかまでははっきりしないものの、軽いものではないのは確かだ。

 

「今回は時間との戦いだな」

 

 早急な建て直しが叶わねば取り返した海域を再び奪われるだろう。

 

『これでもう、艦娘が泣かなくて済む』

 

 海域確保のため一瞬だけあの兵器の封を解くべきかと考えた元帥の頭にイ級の言葉が過ぎった。

 

(……否。

 あんなものは必要無い)

 

 建て直しを逸るばかりにあの兵器を用いようとすれば、おそらく駆逐棲鬼は今すぐにでも再び横須賀に現れるだろう。

 前回は兵器だけを破壊しただけだが、次も同じとは限らない。

 いや、間違いなく次は我々をも手に掛けるだろう。

 それにだ。

 今まで一度も使わずとも艦娘は深海棲艦の驚異を取り払い海を取り戻して来たのだ。

 ならば、敢えて賭に出ずとも良い。

 再び海域を奪われたとしても、また取り返せばいいのだ。

 

「度し難い事だな」

「元帥?」

 

 負け続けてからの快進撃に知らず慢心と驕り、そして敗北への恐怖から気を急いていたようだ。

 困惑した様子の大淀になんでもないと言い安心させてから元帥は下知を下す。

 

「各鎮守府には今回の耐え難き恥辱も糧にし、逸ることなく建て直しに専念するよう伝えよ」

「了解しました」

 

 大淀は敬礼をしてからその旨を通達するため部屋を後にする。

 そして元帥は一人になると小さく呟いた。

 

「あの駆逐棲鬼も『提督』だというのだろうか?」

 

 艦娘を率いることを可能とする唯一無二の才能。

 長年の研究でも人工的な開発は叶わず、条件さえ不明のまま発生確率百万分の一という途方もない偶然に頼るしかない絶対の才。

 今の所判明されていることといえば、『提督』の才を持つ者が、艦娘をただの道具と割り切り見ることが出来ない甘い者が大多数を占めるという事ぐらい。

 そういう点では駆逐棲鬼は『提督』の才を持っている可能性があるように元帥には思えた。

 それに駆逐棲鬼以外にも憂慮すべき謎がある。

 本土防衛にて『幽霊』を見たと報告があったのだ。

 その幽霊は艦娘の姿をしていたが、その速度は島風を越える60ノット以上で疾走し、あっという間に大半の深海棲艦を屠り姿を消したという。

 姿を見た艦娘によれば型番は島風であったが、該当する島風は件の新型、装甲空母ヲ級の爆撃により死亡が確認されている個体なのだ。

 死んだはずの艦娘が暴れたという事実は公にするわけにもいかず、これもまた新たな脅威として考えたほうが正しいと元帥は予感していた。

 

 コンコン

 

「入りたまえ」

 

 ノックの音に思考を一旦打ち切り許可を与えると、入って来たのは艤装を外した鳳翔であった。

 

「失礼致します」

 

 鳳翔の登場に元帥は懐かしいと思った。

 

「久しいな鳳翔」

「ええ。提督もお元気そうでなによりです」

 

 昔と変わらぬ笑顔に郷愁と悔悟の念が過ぎりながらも元帥は勤めて面に出さず苦笑した。

 

「その呼び方は止めたまえ。

 私はもう君の提督では無いのだ」

 

 かつて、まだ近海すら奪還も叶わぬ頃、若き元帥もまた提督の一人であった。

 そして『鬼子母神』と深海棲艦からも敬意と畏怖を持たれていた鳳翔は元帥の最も親しい艦娘であった。

 元帥の否定に鳳翔はいいえと言う。

 

「例えどの提督の下に仕えようと、私の『提督』は貴方以外にございませんわ」

 

 そう、優しく左手の指輪を触る鳳翔。

 ケッコンカッコカリに使われる限定解放の触媒でもなんでもないただの古い指輪。

 その指輪は元帥が贈った物だった。

 

「……」

 

 かつて、元帥がまだ提督であった頃、彼は鳳翔と添い遂げるつもりでいた。

 しかし、『提督』の才の研究という名目で同じ才を持つ提督と婚姻するよう命じられ、彼は国に忠するためそれを承諾した。

 結果として才は遺伝しないという結果が判明しただけで、お互い任務と割り切った夫婦生活であったが、それでも愛した女を裏切ったという事実は間違いない。

 

「そうか」

 

 既に伴侶とした相手も他界した。

 しかし、一度裏切った想いを抱く資格は自分に無いと元帥は己を殺し、鳳翔も同じくしていた。

 

「それで元帥閣下。

 私を御呼びした御用件をお伺いしても宜しいでしょうか?」

 

 愛する男との逢瀬は終わりと畏まる鳳翔に元帥もまた私を殺し任務を通達する。

 

「鳳翔。

 現時刻を以ってブルネイ勤務を解任。

 これより特務への従事を任ずる」

「了解しました」

 

 何の淀みも無い所作で敬礼する鳳翔。

 

「なお、この任務は口頭でのみ内容を伝え、一切に漏らすことを禁ずる」

「承りました」

「うむ。

 して、その内容だが、南西諸島海域にて猛威を振るった装甲空母型新型深海棲艦が撃破された。

 それを成したのは駆逐イ級を旗艦とした深海棲艦と艦娘の混成部隊だ」

 

 その言葉に鳳翔はもしやあのイ級の事なのかと小さく息を飲む。

 

(普通に考えればありえないけれど、あの深海棲艦なら艦娘との共闘も出来るかもしれないわね)

 

 恰好の獲物であったあの時の自分達を見逃すばかりか無事に逃れられるよう手引きまでしてくれた奇妙な深海棲艦。

 あのイ級ならばそんな事もやってのけるかもしれない。

 

「我々はその駆逐イ級を駆逐棲鬼と命名した。

 貴君にはその駆逐棲鬼との接触を計り信頼を得ることが任務となる」

 

 普通ならそれに異を唱え質問を浴びせ掛けるだろうが、鳳翔は一言で承諾した。

 

「十全承りました」

 

 鳳翔には元帥の考えが察せていた。

 元帥は駆逐棲鬼を足掛かりに深海棲艦の解明に乗り出そうとしているのだ。

 それだけでなく、停戦ないし休戦協定の締結の可能性を模索しようとしている。

 しかし、深海棲艦との接触は危険が伴うのは当然ながら、それ以上に艦娘の深海棲艦への敵意が邪魔になる。

 そのため、元帥は鳳翔にこの任務を言い渡したのだ。

 普通なら死んでこい、さもなくば厄介払いと取るだろうが、鳳翔はこれを元帥が自身なら完遂できると信頼しているからこそなのだと分かっていた。

 だから鳳翔は一切の質問もせず、ただ一言承諾することが出来た。

 

「では、いってきます」

 

 そう言って元帥の部屋を後にしようとした鳳翔を元帥が呼び止める。

 

「鳳翔」

「はい?」

「……いや、厳しい任務だが、無事に完遂してくれると信じている」

「…。

 勿体ないお言葉、この鳳翔見事成し遂げてみせます」

 

 激励を受け鳳翔は今度こそ退室する。

 鳳翔が退室し静かになった部屋の中で元帥は静かに呟いた。

 

「心配など、そんな資格もないというのに……歳は取りたくないものだ」

 

 

〜〜〜〜

 

 

「彼女は無事に遂げたようですね」

 

 全ての結果を聞き終えカチャリとカップが小さい音を起ててソーサーに置かれた。

 

「これで未来は不確定の海に散ったわ。

 この先に待つのは私達の滅びか、それとも…実に楽しみね」

 

 戦艦棲姫の住まいである武蔵を尋ねた飛行場姫は、まるで劇の幕間であるかのように愉快そうに笑う。

 

「…随分楽しそうですね?」

 

 そう尋ねる戦艦棲姫。

 何故なら目の前の飛行場姫は重傷を負い、決して楽しそうに笑えるような状態とは思えなかったからだ。

 しかしそんな懸念も関係ないとばかりに飛行場姫は楽しそうに嘯く。

 

「ええ。

 私はとても楽しいわ」

 

 傷さえ娯楽と言わんばかりに飛行場姫は笑う。

 

「姫が狂い今度は艦娘が狂う。

 まるでサーカスを眺めているようだわ」

 

 まるで幼女のようにはしゃぐ飛行場姫だが、戦艦棲姫はそこに違和感を感じた。

 

「艦娘が狂う?」

 

 一体何の事なのか。

 思い至るのは半深海棲艦とも言えるあの大和だが、飛行場姫のはしゃぎようはそれを指しているようには見えない。

 

「聞かせてもらってもいいのかしら?」

「勿論よ」

 

 思い返すだけで堪らないとばかりに楽しそうに飛行場姫は語る。

 

「彼等の小さな見栄と自尊心を埋めて余計な手出しをさせないようにって、逸ってた娘達を率いて本土強襲を仕掛けていたのは知ってるわよね?」

「ええ。

 結果貴女は返り討ちに遭い、人間は貯蓄していた資材を失しながらも撃退を適えた」

 

 もしかしたら、飛行場姫は最初からこうなると解っていたのかもしれない。

 だとしたら、なんのために?

 疑念を募らせる戦艦棲姫に構わず飛行場姫は楽しそうに嘯きを続ける。

 

「全ては予定通り。

 だけど、一個だけ予想外の事態が起きたわ」

 

 その瞳を思い出すだけでぞくぞくと恐怖と喜悦がない混ぜになった快感が走る。

 

「まるで沈む太陽のような琥珀色の瞳を持った駆逐の艦娘。

 彼女の横槍で予定より早めに引き上げる羽目になったわ」

 

 あれにあったのはただただ殺意だけ。

 理由等いらない。

 殺すために殺す。

 そんな狂気の沙汰を成し遂げる意思と力を兼ね備えた狂った琥珀の瞳。

 新たな破滅の落とし児の到来に飛行場姫は自身にその殺意が向けられていることさえ感謝したいぐらいだった。

 

「アレもきっと駆逐イ級(イレギュラー)とぶつかるわ。

 さあ、今度はどんな戦いが始まるのかしらね?」

 

 『総意』は何も告げない。

 いつも通り、『望むままに在れ』とだけしか指示はない。

 故に、飛行場姫はこれまでと変わらず観客席から眺め続けるだけだ。

 

「ところでさ、あの駆逐はどうしているの?」

 

 聞いたところによると戦艦棲姫から莫大な資材を借り、それの返済に奔走しているらしい。

 飛行場姫の問いに戦艦棲姫はカップを手に答える。

 

「今頃通商破壊作戦に従事している頃でしょう」

「へぇ。

 艦娘と戦いたがらないあの駆逐がねぇ」

 

 人間には容赦がないのねと呟く飛行場姫だが、戦艦棲姫は呆れた様子でその子細を言った。

 

「通商破壊作戦と言ってもその実、遠征帰りの艦娘からギンバイしているだけです」

 

 きっと今頃、奪った資材をくわえて全力で逃げ回ってるだろう。

 その姿が容易に察せられた飛行場姫は大爆笑した。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 幾度日が昇り、沈んだのだろうか?

 

 …分からない。

 

 朝も昼も夜も、ずっと終わらない夕暮れの中で、私はもやもやした想いだけしか考えられない。

 

 貴方はどこにいるの?

 

 この世界でたった一人の『お友達』。

 

 あの時引き留めていたら、それとも一緒に着いていっていればこんなもやもやに悩まされなくて済んだのかな?

 

 分からない。

 

 だけど、分かる。

 

 貴方はきっと帰って来ている。

 

 この終わらない夕暮れの中で、貴方だけがきっと、私を癒してくれる。

 

 だけど、貴方は私を求めてくれない。

 

 貴方が必要なのはあの駆逐艦だけだから。

 

 それでもいい。

 

 だけど、嫌。

 

 貴方が居なきゃ、私は生きている意味はもうないから。

 

 だから、貴方を見付けに行きます。

 

 貴方を、手に入れたい。

 

 私がいれば、貴方はもう寂しくない。

 

 皆同じになれる。

 

 夕暮れの中で、皆一つになって、幸せになれるから。

 

 だから私を求めて。

 

 寂しくないように。

 

 夏の夕暮れ、優しく迎え入れてくれるのは、海鳥だけじゃないって教えてあげるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Next Stage 『Day Break down』

 




 今回1番頑張ったパート

『爺の叶わなかったラブロマンス』

 ……何でこんなところに気合い入れてんの?

 需要無さ過ぎだろうが!!??

 とはいえ書いちまったからには投稿するよ。

 という事でこれで装甲空母ヲ級事変は完全におしまいです。

 次回からは『Day Break down』編に入ります。

 モノローグでだいたいの展開が読まれる可能性微レ?

 その前に小咄入れようか(フォースシュート


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Day Break down
御主人ハ相変ワラズ


 優シ過ギテズレテマスネ


 

 全速力で海を走ると気持ちいいんだよな。

 

「待ちなさい!!」

 

 ただし、追われていなければだけどよ!

 どうも、駆逐イ級です。

 ただ今戦艦棲姫に借りた資材の返済のため毎日頑張ってます。

 つか、誰に話し掛けてんだ俺?

 

「待つのじゃコラー!!」

「ドラム缶返して〜!!」

 

 後ろから追いかけてくるのは叢雲、初春、子日それと、

 

「今日という今日こそぶっ殺してやる!!」

「うふふ。

 私もちょ〜と頭に来ちゃったかなぁ?」

 

 怒気全開の天龍とヤバイ笑顔の龍田さん。

 見事に彩樹艦隊揃い踏みだよヤッター!

 でも捕まったら処刑だよヤダー!

 なんておちゃらけてみても現実は変わりません。

 なんでこうなったかと言うと、ぶっちゃけあいつらが受領した遠征資材を強奪した自分が悪い。

 いやね、深海棲艦の資材調達って、基本強奪と略奪なんだよ。

 つうのも、現代と違って海底資源は山ほどあるんだけど深海棲艦には石油なんかの原料加工手段がない。

 正確に言うと艦娘と深海棲艦が飲用可能な燃料や鋼材なんかに加工出来るのが妖精さんだけなんだ。

 だがしかし妖精さんは艦娘サイドにしかいないため、深海棲艦が資材を調達するには略奪が1番早いのである。

 さもなくば復活の際に何故か燃料弾薬が完全補充される深海棲艦の謎仕様を利用した備蓄作戦なんかもあるが、姫みたいに大部隊を率いてなきゃ効率悪いし死体剥ぎはアレなので勘弁願う。

 因みにワ級やヌ級達は襲っても返り討ちに遭うからと、深夜にジャンクヤードに忍び込んでせっせとかき集めていたという。

 それを聞いてそこまでしなくていいからと本気で止めさせたのは言うまでもない話である。

 俺の場合明石がいるから原材料から加工することも出来るんだけど、扶養家族もとい艦隊の消費量が馬鹿みたいに跳ね上がったお陰で備蓄量以上の精製は明石の負担になるため結局強奪して稼ぐ以外手が無いのだ。

 もしかして深海棲艦が問答無用なのっていつも腹が減ってて気が立ってたからなのか?

 だとしたらなんつう世知がらい…

 

「って、うぉっ!?」

 

 余計な事を考えていたら回避が甘くなってたらしく砲弾が真横に突き刺さった。

 

「チィッ!?

 ちょこまか逃げてないでさっさと沈みなさい!!」

 

 叢雲の怒鳴り声に俺は怒鳴り返す。

 

「誰が大人しく沈むか!?」

 

 とはいえ速いだけで逃げれないってのもアレだよな。

 まっすぐ逃げれば狙ってくださいって言ってるようなものだからランダム回避しなきゃいけず、まっすぐ追いかけてくる艦娘を振り切るのに時間が掛かる。

 長門から逃げたときもそれで何日も走り続ける羽目になったし。

 最終的には振り切れるからひたすら逃げ続けてもいいんだが…どうするか。

 

「いいか」

 

 アルファに撹乱させようかとも思ったが、チビ姫に物凄く嫌がられて気落ちしてたし、またそんな風に言われるのも気分が良くないからやめておこう。

 それに、あちらも大分疲弊してきているしもう少し逃げれば諦めるだろう。

 

「毎回毎回深海棲艦の癖に逃げるんじゃねえ!!??」

 

 天龍の負け惜しみを背に、今回も戦わずに無事に逃げおおせそうだと俺は小さく安堵した。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 レイテの名もなき島。

 明石が住まいとするその島。

 住人が増えたためハンモックでは賄いきれないと妖精さんによって建築された平建てのアパートのラウンジで千代田は憂鬱そうに溜息を吐いた。

 

「ドウシタノ?」

 

 千代田の溜息に見回りを終え休憩していたヌ級が尋ねる。

 問いに千代田はヌ級を見てから小さく溜息を吐いた。

 

「軽空母になりたい」

 

 前回の戦いで自分の無力さを改めて確認した千代田は改装を希望したものの、やるなら専用の設備と多数の妖精さんの力が要ると言われていた。

 設備だけなら製造出来なくもないが、妖精さんの数はどうしようもない。

 余所から集めてくるにしても深海棲艦と同居できる奇特な妖精さんは多くない。

 というより、妖精さんと深海棲艦の関係は最悪の一言に尽きる。

 千代田の妖精さんの中にも深海棲艦と関わりたくないからと降りた個体もいるぐらいだ。

 しかし、イ級の妖精さんのように深海棲艦に敵意を示さない例外も居るには居るのだ。

 最近はワ級にもそういった例外が何体か付いているようになってきたが、多くの妖精さんは深海棲艦が近付いただけで敵意を示してしまう。

 そんな訳で使えもしない設備を妖精さんが建造することもなく、千代田は暫く水上機母艦のままでいることにならざるをえないのであった。

 千代田の嘆息にヌ級は首(?)を傾げる。

 

「ソウ?

 スイボモイイトコロガアルトオモウケド?」

「それは当然なんだけどさ。

 でも、強くなりたいじゃない」

 

 レベルだけなら30を越える千代田だが、桜花の搭載試験のため基礎改造のみで留められていた。

 軽空母としては最高クラスのスペックを持つ千歳型軽空母になればイ級の過保護も和らぐとおもうのだが、

 

「デモサ、ケイクウボニナレテモデバンナイトオモウ」

「う…」

 

 この島の艦隊…と言って正しいかはともかく、島に居る面子と言えば明石、木曾、北上、千代田、瑞鳳にイ級と普通の(?)駆逐イ級、二級、ヘ級、チ級、ヌ級、ワ級、ヲ級、それにたまにリ級とロ級とホ級と氷川丸。

 そして最後に、瑞鳳と離れたくないという理由で着いて来てしまったチビ姫こと北方棲姫。 

 艦種別に見ると駆逐4、軽巡2、雷巡3、重巡1、軽空2、空母1、工作艦1、泊地1、輸送1、水母1、病院船1となる。

 空母は既に三隻もいるからはっきり言って需要はあまり無いのだ。

 どころか、アルファという反則というしかない艦戦のお陰で烈風や震電改さえ余程でなければいらない子扱いされる始末。

 寧ろ、倉庫で出番を待ってる大発が積める水母のほうが活躍の機会は多いのが実情だったりする。

 それでも瑞雲や甲標的があればまだ戦えるのだが、甲標的は北上と木曾の分しかなく、水偵も瑞雲はなく零観しかない。

 

「私の存在意義って…」

 

 遠征要員以外に活躍の場は無い現実に突っ伏す千代田。

 

「ミンナニホキュウスレバ?」

「ワ級の仕事を取りたくないよ」

 

 遠征内容を聞いた一同から資材集めしなくていいと言われたワ級の今の仕事は、明石が精製した資材の搬入と遠征や見回りから帰って来た艦に燃料を配る事。

 しかもそれで経験値が入る事が判明し、安全にレベリング出来るという事でワ級は実に楽しそうなのだ。

 千代田の言い分も解らなくはないと思ったヌ級は、ふと思い付いて言ってみる。

 

「ワタシタチノスイテイツカッテミル?」

「……え?」

 

 あるの? と驚く千代田にヌ級は頷く。

 

「スコシマエトオリカカッタセンカンノスイテイヒロッテタ」

 

 そう言うとヌ級は口に手を突っ込みごそごそ探り始める。

 

(……慣れって怖いな)

 

 特におかしいとか気持ち悪いとか思わなくなった自分に半ば呆れているとヌ級が一機の艦載機を取り出した。

 

「コレダヨ」

 

 そう言ってテーブルに置かれたそれはは下部にスキー板を搭載した水底のような艦載機だった。

 

「妖精さん、どう?」

 

 深海棲艦の水偵はどんなものかと妖精さんに見てもらうが、妖精さんは首を横に振る。

 

「このままじゃ乗せられないのね」

 

 規格が違うため扱えないそうだ。

 だが、代わりに興味深い話を齎す。

 

「これをベースに再現してみたい機体がある?」

 

 なんでも戦後間もなくアメリカで開発されたが空母の発展で幻の機体となったXF2Y-1という水上偵察機に随所が酷似しているそうだ。

 この機体があればそれが再現出来るかもしれないという。

 

「それって凄いの?」

 

 戦後の機体というから相応なのだろうが、沈んだ後の機体がどれぐらいなのか解らない千代田の問いに、妖精さんは彩雲の三倍は速いと言う。

 

「凄い!

 早速やろう!!」

 

 うきうきしながら艦載機を手に立ち上がる千代田。

 

「ありがとうね!」

「ドウイタシマシテ」

 

 お礼を言って出ていく千代田にヌ級ははたと思い出す。

 

「アレ、アネゴヘノオミヤゲダッタノワスレテタ」

 

 でも千代田が強くなれば姐御も喜ぶだろうなと思い、いいやとご飯を食べることにした。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 あれから2時間ほどの逃走劇を経て無事に逃げおおせた俺は、手に入れた資材を戦艦棲姫旗下の潜水艦に渡し一度帰ることにした。

 

「これでようやく3000か。

 先は長いな…」

 

 タンカーとか狙えばもっと早く済むのだが、流石に気が咎めるし間違いなく艦娘と戦わなきゃならなくなるのでそれならちまちま稼ぐほうがいい。

 しかしあんまりやり過ぎて遠征してる艦娘が酷い目に遭うのも避けたいんだけどな。

 とはいえ他に手が無いのも事実。

 被害に遭う艦娘には悪いけど暫くは我慢してもらいたい。

 そんな事を考えながら暢気気味に海を走っていると、レーダーに感あり。

 数は1。

 識別は駆逐艦のようだ。

 

「はぐれ艦か?」

 

 嵐なんかで艦隊からはぐれるケースというのは意外と多いらしい。

 そういう艦の末路は艦娘深海棲艦問わず自然の掟が適用されるそうだ。

 

「アルファ、確かめてきてくれ」

 

 レーダー圏外に仲間が居るなら関わる必要は無いし、木曾のような偶然が重なって上手く行くことはそうそうあるわけも無い。

 カタパルトを起動しアルファが飛び立つとアルファは高高度に上昇し雲に紛れて偵察を開始。

 アルファは一分と待たず戻って来た。

 

「どうだった?」

『近辺ニ僚艦ト思ワレル艦影ハアリマセン』

「う〜ん」

 

 出来れば助けてやりたいが、そう上手く行くだろうか?

 

「誰か判別しているか?」

『島風デシタ』

 

 島風か。

 もしかしたらアルファや木曾と縁がある島風かもしれないな。

 

「よし、行ってみるか」

『ゴ随意ニ』

 

 一旦アルファを格納し、俺は島風に会いに舵を切った。

 




 ということで新章突入からいきなり千代田強化フラグとイ級惨敗フラグが立てました。
 目標は70話までに完結させること!
 ……冗長大好き横道逸れまくりな俺に出来るのか?


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アレハ…マサカ!?

 今スグ退却ヲ! 御主人!!??


 

 島風に向け舵を切りレーダーを頼りに暫く進むと、海の上に立ってぼんやりした様子の島風を見付けた。

 

「おーい!」

 

 あんまり近づくといざとなったら対処が難しくなるから少し離れたところで停止し声を掛ける。

 

「……」

 

 島風は俺の呼び掛けに少し遅れてこちらを向いた。

 

「っ!?」

 

 島風に見られた瞬間、背中にぞわりと総毛立つような悪寒が走った。

 なにかされたわけではない。

 なのに、何故か近付いたらマズイ。

 そんな直感が降された。

 なんだ?

 あの島風の何に反応したんだ?

 ガンガン鳴り響く警報を余所に島風はぼんやりした様子で口を開く。

 

「ねえ、貴女。

 私のお友達を知らない?」

「友達?」

 

 誰の事だ?

 つうか、|俺《深海棲艦》に対して反応が薄すぎる。

 違和感が募る中、俺は慎重に言葉を選ぶ。

 

「友達って、いつも一緒に居る連装砲ちゃんの事か?」

「ううん」

 

 ぼんやりした様子でだが島風ははっきりと否定する。

 

「お友達はすぐ近くにいるはずなのに、どうしても答えてくれないの」

「……」

 

 やべえ。電波にしか聞こえない。

 あれか?

 イマジナリーフレンドってやつなのか?

 

「とにかくだ。

 こんな海のど真ん中でぼうっとしてたら悪い艦に襲われちまうぞ」

 

 カテゴリー的には俺もそっち側とかいうな。

 最悪一度島まで引っ張っていくのもやむえないかと考えながら俺は近づこうとして…

 

『御主人!!』

 

 アルファの鋭い声に前に出るのを留まった。

 

 ビュンッ!

 

 刹那、鼻先を凄まじい速度で何かが掠め、島風の顔に笑みが浮かぶ。

 

「…見付けた。

 私の、お友達」

 

 その笑みに喧しかった警鐘がしんと静まる。

 

「お前、その目は…?」

 

 それはもう安全だからじゃ無い。

 琥珀色に煌めく島風の瞳に、警鐘を鳴らす余裕すら無くなったからだ。

 

「ねえ、貴女」

 

 島風の声に視界が揺れる。

 波のせいじゃない。

 俺が、島風に恐怖して震えているからだ。

 

「私のお友達、頂戴」

 

 その瞬間俺はがむしゃらに逃げ出していた。

 理由なんかどうでもいい。

 これ以上ここに居るだけで、致命的な『何か』が始まるとそんなどうしようもなく怖いのだ。

 60ノットの限界速度でひたすら逃げた俺だが、

 

「ねえ」

 

 真後ろから聞こえた島風の声に恐怖が限界を超えた。

 

「ウワアアアアア!!??」

 

 相手が艦娘とか考える余裕もなく俺は振り向きながらファランクスを真後ろに叩き込む。

 しかし、猛然と吐き出されたファランクスの弾幕はいつの間にか島風の前に現れた連装砲ちゃんに受け止められた。

 

「く、クソッ!?」

 

 さっき鼻先を掠めたのはこいつらなのか!?

 よく見れば島風の盾となって立ちはだかる連装砲ちゃんの目も黒ではなく琥珀色に変わっている。

 

『御主人!!

 通常兵器ハ効キマセン!! 私ヲ出撃サセテクダサイ!!』

 

 焦りで荒いアルファの声にアルファを発進させようとカタパルトを起動しかけるが、それを見た島風の笑みが深くなる。

 

「分かってくれたんだ」

「っ!!??」

 

 駄目だ!!

 島風はアルファを狙っている。

 今アルファを発進させたらそれこそおしまいになる!?

 

「くっそぉぉおおおおおお!!??」

 

 俺は妖精さんに無理矢理カタパルトの稼動を止めさせ爆雷をばらまく。

 

『御主人!?』

「駄目だ!!??」

 

 アルファの抗議を無視し爆雷で足止めを願いながらひたすら逃げる。

 

「……そう。

 お友達の大事な人だから皆一つになるまで待っててあげようとおもったのに。

 だったら、死んじゃえ」

 

 素晴らしいと言いたくなるぐらいの電波発言に構う余裕なんて無い。

 とにかく一秒でも速く逃げるんだ!!

 

「連装砲ちゃん。

 サーチ」

 

 砲撃が来ると回避運動に入ろうとするが、直後に身体を強烈な衝撃が襲い装甲がごっそりと刔られた。

 

「ガァツ!!??」

『御主人!!??』

 

 衝撃で吹っ飛び全身がずぶ濡れになる。

 

「な、何が…」

 

 致命的損傷だと妖精さんが慌ててダメコンを起動させる佐中、俺は攻撃の正体に気付いた。

 

「連装砲ちゃんの、体当たりだと…!?」

 

 まるで嘲るようにスラロームを描きながら連装砲ちゃんは島風の下に帰っていく。

 ダメージでスクリューが破損し動けなくなった俺に島風はゆっくりと近付いてくる。

 

「もう一度だけお願いするよ?

 私のお友達を頂戴」

 

 膝を屈め一切の揺らぎも見えない瞳で俺の目を覗き込みながらそう頼む島風。

 普通なら脅迫としか言わないんだろうけど、なんでか島風のそれは脅迫ではなく嘆願に聞こえた。

 だけど、俺の答えは変わらない。

 

「断る」

 

 命惜しさに相棒売り渡すぐらいなら死んだほうがマシだ。

 

「……そう」

 

 俺の答えに島風は気分を害した様子もなく淡々と納得した様子で曲げた膝を伸ばし宣う。

 

「さよなら」

 

 島風の宣告に連装砲ちゃんが一斉に襲い掛かる。

 しかし、俺は沈まなかった。

 

『フォース!!』

 

 異空間から召喚されたフォースがギィッン!!という聞いたこともない音を響かせながら瀬戸際で体当たりを防ぎ連装砲ちゃんを弾き飛ばした。

 

「って、今の…」

 

 いや、そんな事は後回しだ。

 

『キサマ…』

 

 拘束していたカタパルトを引き千切り無理矢理発艦したアルファが島風との間に割って入る。

 目にも見える水晶体のようなパーツが赤く染まり、まるでアルファの憤怒を表すように煌めく。

 

「アルファ…」

 

 止めろ、逃げるんだと言おうとするが、島風は嬉しそうに笑う。

 

「やっと見付けた。

 さあ、私と一つになろう」

 

 すぅっと招くように手を伸ばす島風。

 アルファの答えは簡潔だった。

 

『シュート!』

 

 引き寄せフォースを島風目掛け撃ち込んだのだ。

 

「アルファ!?」

 

 人間以上のサイズの相手にフォースを撃ち込めば相手を喰らっても喰らい切れなかった部位から汚染してしまう。

 アルファ自身がそう言って禁じてたのになんで!?

 フォースに喰らいつかれ島風が上半身を消滅させられるとそう覚悟したのだが、フォースの進路を阻むように連装砲ちゃんが飛び出した。

 

 ギィッン!!

 

 衝突する刹那、聞いたこともない音を再び響かせフォースと連装砲ちゃんが反発し合うように互いに弾かれた。

 

「なっ…」

 

 さっきもそうだったが、どんなものでも貫通してしまうフォースが防がれた事が信じられない俺に反し、アルファは承知ずくだったのか静かに『ヤハリ』と呟く。

 

『オ前モ、バイドニ成リ果テテイルノカ』

 

 ……なんだと?

 島風が、バイド化しているだって?

 訳が分からない俺を余所に島風は嬉しそうに笑う。

 

「やっと気付いてくれた。

 でも、どうしてそんな酷い事するの?

 私は貴方と一つになりたいだけなのに」

 

 意味が解らないが、島風はアルファと戦う気は無いのか?

 だけど、俺がやられたアルファは完全に頭にきているらしくフォースを呼び戻しビットまで展開する。

 

『私ハモハヤバイドダケド、人間デアッタコトヲ捨テルツモリハナイ。

 御主人ニ牙ヲ向ケタオ前ハ、敵ダ!!』

 

 拒絶するアルファに島風は泣きそうに顔を歪めた。

 

「……やっぱり、そいつが大事なんだね?

 じゃあ、そいつが居なかったら、私と一つになってくれる?」

 

 そう言って初めて敵意を露にする島風。

 あまりの恐怖に妖精さんが作業も手が付かなくなるほどがたがた震えて縮こまってしまう。

 正直俺も逃げたい。

 つうかなんでこんなことになったんだよ!!??

 

『ヤラセナイ。

 御主人ヲ害スルモノハ悉トク滅ボス』

 

 そうアルファは宣言するとフォースを撃ち込む。

 だが撃ち込まれたフォースは再び連装砲ちゃんが弾く。

 

「私は皆と一つになりたいの。

 だから、それを邪魔するなら貴方でも容赦できない」

 

 そう言うと島風は海を蹴ってアルファに駆け出す。

 

『コレデ!』

「サーチ」

 

 アルファは凄まじい速度で翻弄しようとするが、島風は全く動じず視覚から放たれたフォースを連装砲ちゃんで防ぎ更にそのまま連装砲ちゃんをアルファ目掛け体当たりさせる。

 アルファもビットを使い連装砲ちゃんの体当たりを防ぐが、立て続けに体当たりする連装砲ちゃんにビットが削れている。

 つか、なんなんだあの連装砲ちゃんは!?

 フォースを当たり前のように弾くどころか耐久性以外はフォースと同等の性能があるアルファのビットを削るとかまるでフォースじゃねえか!?

 

「って、まさか…」

 

 確か、連装砲ちゃんは島風の艤装の一部だったはず。

 もしかして、島風がバイド化した影響でフォース化したってのか?

 だとしたらアルファは俺を庇うせいで、立体的な機動を大分制限されている状態で三体のフォースを相手取っている状態って事だ。

 しかも島風自身だってバイド化の影響でどれだけキチ強化されているかわかったもんじゃない。

 

「クソッ!?」

 

 これじゃあアルファの足手まといじゃねえか!?

 アルファはまだ装備状態だからクラインフィールドも使えない。

 何も出来ない歯痒さに自沈してしまおうかとさえ考えるが、それこそアルファの行為を無駄にしてしまう。

 って、自沈?

 

「そうだ!?」

 

 俺は深海棲艦なんだから沈んでも平気なんだった。

 潜水艦みたいにうまく海中を移動することは出来ないが、ついでに一つ思い付いたことが上手く嵌まれば逃げ切れるかもしれない。

 

「アルファ!!

 異空間まで退避してそのまま島まで帰還しろ!!」

『御主人!?』

「早くしろ!!」

『ッ!? 了解!!』

 

 フォースを使い異空間へと離脱するアルファ。

 

「待って!?」

 

 追い縋ろうとするその隙に俺は海中へと自沈。

 そして思い付いた作戦を実行する。

 

「クラインフィールド!!」

 

 原作かアニメのどちらかは忘れたが、クラインフィールドを足場としているシーンがあった筈。

 それが正しければ、応用次第ではこんな使い方も出来る筈なんだ。

 俺はフィールドを魚の鰭の形になるようイメージ。

 すると、予想通り黒い結晶が鰭の形を模り水を掻いて自在に泳げるようになった。

 逃げた俺を追い連装砲ちゃんが水中まで追いかけて来たが、深海深くまで潜水していたお陰で足の浮輪のせいで浮力に負け届かず浮かんでいってしまう。

 

「すまん妖精さん。

 もう少し耐えてくれ」

 

 水圧で身体が軋むのを抑えてくれている妖精さんにそう頼み、完全に撒けるよう俺は更に深くまで沈んでいった。

 

 

〜〜〜〜

 

 

『事態ヲ甘ク見過ギテイタ』

 

 御主人ノ指示ニ従イイクツカノ空間ヲ経由シテ島ヘノ帰還ヲ試ミナガラ私ハ失態ヲ深ク後悔シテイタ。

 バイドノ切レ端ガコノ世界ニアッタ時点デコウナル可能性ハ高カッタノニ、ソレニ思イ至レズ御主人ヲ危機ニ陥ラセテシマッタ。

 

『シカシ、コノ世界デRノ系譜ト戦ウ日ガ来ルトハ』

 

 資料デシカ見タ事シカナイガ、アノ連装砲チャンナル随伴体ノ機動ハ、R戦闘機ソノ装備デモ最強クラスニ数エラレル『サイ・ビット』ノ軌道ト共通点ガ多カッタ。

 オソラクバイドノ進化機能ガ随伴体ノ特性ヲ最大限ニ活カソウトシタ結果、島風ハLEO系機体ト相似シテイッタノダロウ。

 連装砲チャンニ対抗スルタメニハ、コチラモバイド兵器ヲ運用スルコトガ最適当ダケド、ソレハ則汚染ノリスクヲタカメルトイウコトダ。

 

『イヤ。

 モウヒトツアル』

 

 非バイド製フォースノシャドウシリーズ。

 性能ニ癖ガアルガ、アレナラ汚染ノリスクハナイ。

 問題ハ入手手段トフォースヲ運用出来ルモノガ現状自分以外イナイトイウコト。

 

『御主人ニ相談シテミヨウ』

 

 最悪、汚染ノリスクヲ冒シテデモ体内ノバイド係数ヲ最大ニシタ波動砲ノ運用モ考慮シナガラ、島風カラ無事退却出来タ事ヲ確認シタ私ハ通常空間ニ戻ッタ。

 




3、2、1、絶望!!

 ということで島風はR戦闘機のスペックを手に入れました。

 はたしてあの島風を止めることは出来るのか?

 期待していただけたらなによりです。


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ナンデ…

 ココニアルンダ!!??


「し、死ぬかと思った…」

 

 あの後連装砲ちゃんの追撃を躱すため深く潜りすぎて水圧で潰れかけたのだが、偶然通り掛かったソ級に助けられた。

 

「スナオニシズメバラクナノニ」

「不沈艦目指してるんだよ」

「ヘンナクチク」

 

 会った瞬間介錯してあげようと善意で魚雷を撃とうとしたソ級にやっぱり深海棲艦の価値観は同調出来ねえと思った。

 そんなこんなで俺は海上にとんでもなく強い駆逐艦の艦娘がいるからと説明し、そのまま海中を島まで曳航して貰い辛うじて島へと帰還することが出来た。

 

「世話になったな。

 礼に燃料でもどうだ?」

「キモチダケデイイワ」

 

 近くの浅瀬でそう言ってソ級は海に帰っていった。

 やだ、イケメン。

 

「って、疲れてんな」

 

 馬鹿みたいなことしないと平静を保てないとか相当ヤバイじゃねえか。

 アルファは先に戻ってるかねえ?

 先ずは入渠して治そうと裏手から風呂場に向かう。

 

「あ、くちくぼろぼろ〜」

 

 と、風呂場に入ると脱衣所で上がったばかりらしくタオル一枚のチビ姫に会った。

 

「駄目だよ姫ちゃん。

 髪をちゃんと乾かさないと…って」

 

 一緒に入っていたらしいタオル一枚の瑞鳳と目が合う。

 

「どうしたのその損傷?」

「かなりヤバイ目に遭ってな。

 修復剤風呂空いてるか?」

「うん。

 今日は誰も戦ってないから空いてるわよ」

「じゃあ使わせてもらうわ。

 後ちゃんと着替えろよ」

 

 そう言って俺は風呂に向かう。

 タオル一枚の瑞鳳とかメリハリが足りないのを除けばわりと眼福な光景なんだが、艦娘の裸は正直見飽きて何も感じない。

 憧れの艦娘の生肌だってのに、美人は三日で飽きるというがえらく寂しい事実だなおい。

 ともあれ俺は消費量が十倍は必要な深海棲艦用の修復剤が満たされた風呂桶に身体を浸す。

 

「しかし、バイドか…」

 

 いつかこういう日がくるのかもと考えたことはあるが、実際にそうなっては欲しくなかった。

 バイドに侵された物はもう元には戻らない。

 汚染を拡大させないよう早急に波動砲で抹消するしかない。

 しかしだ、

 

「勝ち目が見えない」

 

 まだ確定じゃないが、島風自身は速力に特化した進化をしていると思う。

 なんせ60ノットの最大船速で逃げた俺をあっさり捉えるぐらいだ。

 少なくとも俺より速いと考えるべきだろう。

 それに加え三体の連装砲ちゃんが洒落にならん。

 砲撃してこなかった事が気になるけど、そんな事よりフォースを防げる上たった一回の体当たりで俺の装甲を抜いちまうぐらいの攻撃力は本気で洒落にならない。

 今回はアルファに一任するしかないかもしれないなと考えたところで空間が波打ちアルファが現れた。

 

『御主人』

「お互い無事で何よりだな」

『……ハイ』

 

 先ずは最悪を免れた事にお互いに安心した。

 

『ソレデ、話ガアリマス』

「島風の事だろ?」

『ハイ』

 

 アルファの肯定に俺は待ったを掛ける。

 

「そいつはここじゃマズイ。

 今回は俺達だけで決着を着けなきゃならないからな」

 

 バイドに汚染されたって島風は艦娘だ。

 それの処分についてなんて、島の皆に聞かせたくない。

 

『ソウデスカ』

 

 アルファとしては別の意見らしいが、こればっかりは譲れない。

 

「取り敢えず上がるからカタパルトに戻れ」

『了解』

 

 修復剤で治ったカタパルトにアルファを固定して風呂から上がる。

 濡れた身体を拭き風呂を出た俺は、燃料を補給しとこうとワ級が常駐している食堂に向かった。

 食堂に入るとワ級とそれに千代田と明石がなにやらテーブルを選挙している姿があった。

 

「どうした?」

 

 三人が一緒に居る事自体は珍しくはないが、気にはなるので呼び掛けてみる。

 

「あ、ちょうどいいとこに」

 

 そう言うと千代田が手招きした。

 

「だからどうしたんだよ?」

 

 ワ級が燃料を取りに席を離れた合間に尋ねてみると、千代田が微妙な顔をした。

 

「実は、深海棲艦の水偵を参考に新しい艦載機を開発したのよ」

「へぇ」

 

 随分面白そうな試みだな。

 

「上手くいったのか?」

「開発は成功したんだけど、なんか当初と違う物が完成しちゃって」

「どんなのだ?」

「これ」

 

 そう言って見せたのは、アルファと同程度に大きい艦載機よりかなり大型のレーダードームを上部に装備した特徴的なジェット機だった。

 なんか、どことなくアルファに似ているような?

 

『ブッ!?』

 

 と、突然カタパルトでアルファが吹き出した。

 

「ど、どうしたアルファ?」

『ナンテモノヲ開発シタノデスカ!?』

 

 えらい剣幕に俺達はびっくりしてしまう。

 

「あ、アルファは知ってるの?」

 

 カタパルトから解放してやるとアルファはその戦闘機をためつすがめつ確認してうなだれた様子で機首を下げる。

 

『本物ダ、コレ……』

「いや、納得してないで説明してくれよ?」

 

 どうやらアルファに縁がある機体みたいだけど、それじゃこっちが要領を得ないから。

 アルファはうなだれた様子のまま言葉を発する。

 

『コレハR-9E『ミッドナイト・アイ』。

 偵察専門ノR戦闘機デス』

 

 …なんですと?

 

「それって、アルファの仲間?」

『ソウ判断シテカマイマセン。

 運用目的ノ違イヤバイド化ノ有無ハアリマスガ』

 

 それって、とんでもない事態じゃねえか!?

 顎を外しそうになる俺を余所に明石はじゃあとなにやら取り出す。

 

「これもR戦闘機なのかい?」

 

 そう言って見せたのは二つのアームが取り付けられたR戦闘機っぽい機体。

 それを見た瞬間アルファがガコンとか痛そうな音を起ててテーブルに墜落した。

 

『R-9AF『アサガオ』マデ!!??』

 

 淡々としたイメージが崩れさせて叫ぶアルファ。

 よっぽどショックだったんだな。

 

「ハイ燃料」

 

 と、そこに燃料持ってきたワ級が戻って来た。

 

「ありがとう。

 ……ん?」

 

 そういや二人と一緒にワ級も混じってたな。

 もしかして…

 

「なあワ級。

 お前も何か貰ったのか?」

「ウン。

 千代田ガコレヲクレタ」

 

 そう、球体に両足が着いた機体を見せるワ級。

 

『パ、パウアーマーマ…。

 モウヤダ…』

「ドウシタノアルファ?」

「そっとしておいてやってくれ」

 

 どんな心境かまでは解らないが、とんでもなくショックだったのは確かだしな。

 

「それはそれとして、そいつら戦えるのか?」

 

 R戦闘機が味方をとなるのは悪い話じゃないが、役に立つのかは別問題。

 俺の問いにそれぞれが出来ることを教えてもらった。

 まずミッドナイト・アイは艦戦としても使える偵察機だそうだ。

 おまけにデータ解析と同時にダメージを与えるカメラ波動砲を搭載している水母も運用可能な機体との事。

 フォースコンダクターが搭載れていないためフォース運用は出来ないそうだ。

 明石のアサガオは残念ながら波動砲もフォースも使えないらしいが、代わりに資材採掘や精製までを可能な汎用工作機で、機体修理も出来るそうだ。

 そして1番洒落にならないのがワ級のパウアーマー。

 これは艦への補給能力と波動エネルギーを応用したデコイ生成機能だけじゃなく、それに加えフォースコンダクターと波動砲まで装備したアルファと同等の戦闘が可能な機体らしい。

 ついでに言えばバルカン装備してるからフォースと波動砲しか持ってないアルファより使い出はいいかもしれないとのこと。

 可愛い見たくれからはそんな風に見えないけどな。

 妖精さんの説明にアルファが真っ白になってそうな勢いで黄昏れる。

 

『今マデ必死二考エテイタ私ハ一体…』

 

 俺としてはワ級と千代田の自衛手段が増えて嬉しいだけだけど、アルファとしちゃあ複雑だよな。

 

「それはそれとして、もう飛ばしてみたのか?」

「まだよ。

 これから試験飛行させようって話してたの」

「着いていってもいいか?」

 

 戦っていた場所は島からはかなり離れてたし、撒いたから大丈夫だとは思うが、万が一あの島風を見付でもしたら最悪も起こりえる。

 そんな事には絶対させねえ。

 千代田は、何があっても守りきらなきゃなんないんだ。

 

「じゃあ護衛よろしくね」

「イ級ト初メテ一緒ノ作業」

 

 あっけらかんと了承する明石とワ級が嬉しそうに喜ぶ。

 ホント、ワ級は天使だよな。

 

「千代田もいいだろ?」

「え? …うん」

 

 何かいいたげに、でも何も言わず千代田も頷く。

 ……やっぱり、千歳の事だよな。

 最近は少しだけ話すようになってきたけど、島を出るときは別動するよう編成に入るし。

 こればかりは、しょうがない。

 そんな訳で俺達は功労者であるヌ級と新型艦載機にワクテカする瑞鳳を伴い近海を回遊する。

 

「いいなぁ。

 噴式機関搭載型のまともな艦載機、私も欲しい」

 

 発進準備を進めるアサガオ、ミッドナイト・アイ、パウアーマーの姿にそう呟く瑞鳳。

 そういや瑞鳳と千代田は桜花を無理矢理載せられたんだっけ。

 

「氷川丸が開発資材持ってきたら造ってあげるよ」

「約束だからね?」

 

 目をキラキラさせてそう言う瑞鳳。

 

「って、開発資材350近くあったはずだよな?」

 

 補給の対価にと置いていくが使い道が無く山となっていた開発資材。

 一体どれだけ開発したんだと尋ねると明石は苦笑いを零す。

 

「一機につき大型建造フル投入掛けたって言ったら?」

「……オイ」

 

 確か、最後に確認した量は各資材25000程。

 まさか殆ど使ったのか?

 千代田を見るとさっと目を反らしやがった。

 

「いや、つい…ね?」

「ついで二万以上溶かすってどうすんだよ…」

 

 これじゃあ超重力砲使えねえじゃねえか。

 

「ったく。

 ちゃんと矯め直せよ」

 

 使ったものは仕方ない。

 それにR戦闘機の凶悪さはアルファという実績があるんだし、それだけの価値はあるだろう。

 

「とにかく、気を取り直して飛ばそうじゃないか」

 

 無理矢理転換させるため明石がそう言うと、カタパルトが稼動し細長い手の付いたアサガオが飛び立つ。

 

「千代田艦載機発進します」

 

 負けじと千代田もカタパルトを突き出してミッドナイト・アイを発進。

 

「パウアーマー、イッテ」

 

 パウアーマーはカタパルトを持たないワ級の艤装の一部にちょこんと乗っていたが、ワ級の指示に艤装を軽く蹴って跳躍するとそのまま飛行状態に移行。

 カタパルト無しでも使えるのは足付きのパウアーマーだからこその芸当か。

 

「アルファ、護衛頼む」

『了解』

 

 俺もアルファを発進させると四機はホバリング状態でフォーメーションを組んでいく。

 先頭は先行偵察のためミッドナイト・アイが。

 アルファがカバーしやすいようすぐ後ろに配し左右をアサガオとパウアーマーが追随するデルタ状に編隊を組み移動を開始。

 

「軽く索敵して今回は終了かな」

「そうだね。

 万が一落とされたりなんかしたら洒落にならないボーキサイトが吹っ飛ぶしね」

 

 まあ、そう簡単に落とされないだろうけどさとからから笑う明石。

 目茶苦茶フラグ臭がする台詞はマジでやめろ。

 

「って、早速何か見付けたみたいよ」

 

 通信を受け取ったらしい千代田が報告する。

 

「海上に一隻の艦娘を確認したって」

「…駆逐艦か?」

 

 いきなりフラグ回収かよコンチクショウ!?

 最悪の事態に身構える俺だが、千代田はいいえと言った。

 

「見付けたのは鳳翔だって」

「空母が一隻だけ?」

 

 水雷戦隊の護衛無しになんて自殺行為としか言えない。

 

「なんか、そのまま進ませると島に向かうみたいだけどどうするの?」

「イ級の好きにしなよ」

 

 千代田の報告に何故か明石がそう振る。

 

「何で俺?

 お前の島だろうが?」

「リーダーとかパス。

 ということで、今から島の代表に任命するから後よろしく」

 

 なにとんでもないことさらりと言ってんだあんたは!?

 

「イ級、オメデトウ」

「サスガアネゴ!」

 

 明石の爆弾発言を気楽に祝うワ級とヌ級。

 拒否権無しかよ!?

 

「ああ、もう。

 じゃあ取り敢えず保護する。

 俺達は待機するから千代田と瑞鳳と明石で話を聞いてきてくれ」

 

 島風じゃなくて安心したと思った矢先にこれかよ。

 

「まったく、なんでこんなことになったんだ?」

 

 鳳翔の保護に向かう三人の背を眺めながら俺はため息混じりにそう呟いた。

 




 と、そんな訳でまさかのR戦闘機入手と相成りました。

 簡潔にそれぞれを解説すると、アサガオはTAC仕様、夜目は劣化Final仕様、パウたんは両方合体のチート仕様となってます。

 夜目は青葉になんて思ったりもしたけど、まだいないんで暫くは千代田のです。

 それと、全員ではありませんが他にもR戦闘機を持たせる予定の娘がいます。

 ですがどれがいいとか迷ってたり。

 なので、後で活動報告にアンケート設置しますのでよろしければご意見お願いします。


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デハ

 イッテキマス


 元帥の特務を受けた鳳翔は一度再建中のブルネイに戻り、挨拶周りを終えると身支度を整え最後に提督の執務室に赴いた。

 鳳翔の入室に提督は僅かに眉を寄せる。

 

「提督、今日までお世話になりました」

「…貴女の味噌汁が飲めなくなると思うと淋しくなるな」

 

 ブルネイでの教導の傍らで鳳翔が営んでいた居酒屋は、ブルネイに従事する全ての者達の憩いの場であった。

 

「私も少し寂しいですが、元帥閣下の勅命とあれば断るわけにも参りません」

「分かっているさ」

 

 そう提督は苦笑すると三つの桐の箱を取り出しテーブルに置く。

 

「せめてもの餞別に持って行ってくれ」

「これは」

 

 丁寧に箱を開くと中にはそれぞれ別の艦載機が収まっていた。

 その艦載機に鳳翔は驚く。

 

「『彩雲』と『試製電光』。

 それに、これは『ベアキャット』ですか?」

 

 『試製電光』は夜戦での戦闘を主眼に開発された、まだ横須賀でも正式配備がされていない艦載機である。

 そして『F8Fベアキャット』は言わずもがな、零戦を降し当時最強の名を冠したアメリカの戦闘機。

 おそらく日本にまだ持つ艦はいないだろう艦載機に驚く鳳翔に提督は言う。

 

「君の転向に何か出来ることはないかと思ってね。

 艦娘達が意見を出し合ってラバウルにも協力してもらったんだ」

「そんな、私なんかには勿体ないですよ」

 

 どれも素晴らしい機体ではあるし鳳翔とて空母。

 これらの強力な戦闘機を旗下に配してみたいという欲求はある。

 しかし、ブルネイはこれからが大変なのだ。

 去るものに与えるにはあまりに過分が過ぎる。

 

「それは皆からの感謝の気持ちだ。

 特に赤城なんて開発のために溜め込んでいたへそくりのボーキサイトまで持ち出すほど本気だったんだ。

 それでも受け取っては貰えないかい?」

「まあ」

 

 ボーキサイトのためなら殴り合いも辞さないと食い意地の張っていた赤城がと鳳翔は思わず笑みを零してしまう。

 

「そうまでされては無下に出来ませんね。

 提督、ありがとうございます」

「それと、その彩雲も夜偵改修がされた特別製だ。

 君の道中の助けになるだろう」

「何から何まで。

 この鳳翔、皆からの厚意は忘れません」

 

 別れの挨拶を交わし、鳳翔は海に出た。

 目指すはレイテの名もなき島。

 以前あの駆逐イ級改め駆逐棲鬼と会った島だ。

 手掛かりはそれ以外今の所ない。

 頬を撫でる風は穏やかに静かに流れていく。

 

「良い風ですね」

 

 完遂の目度も先の見えない任務だが、波も穏やかで旅の始まりとしては十分だ。

 手荷物を包んだ風呂敷を背負い直し、鳳翔は真っすぐレイテ方面に進んだ。

 そしてブルネイを発ち三日が過ぎた頃、鳳翔は不意に呟く。

 

「…静か過ぎるわね」

 

 既に深海棲艦のテリトリーに入っているにも関わらず、飛ばした彩雲は何も反応を捉えない。

 昨日の鬼型深海棲艦の影響で身を潜めているにしても、あまりに静か過ぎる。

 

「ただの杞憂だといいんだけど…」

 

 歴戦で培った勘は油断してはいけないと警告を告げている。

 とはいえ相手が何もしてこない以上何が出来るわけも無い。

 実はこの時、鳳翔は戦艦棲姫が担当する海域に近い場所にいた。

 戦艦棲姫は既に鳳翔の素性と目的を把握しており、かつての好敵手への敬意を込めこれに対しては駆逐イ級に任せ手を出すなと下知を下していたのだ。

 そんなこととは露とも知らない鳳翔は不安に駆られつつも定期的に彩雲を飛ばし続け、不気味なほどの安全の中レイテ近海に入った。

 

「後数日といったところでしょうか?」

 

 穏やか過ぎて逆に緊張を高めながら鳳翔がそうごち、そろそろ次の索敵を開始しようと彩雲の発艦準備を始めたところで頭上を凄まじい速さで駆け抜けた機影を捉えた。

 

「今のは…?」

 

 ジェット機よりもなお速く一瞬しか見えなかったが、かなりの大型で深海棲艦のものではなかった。

 

「…いきなさい」

 

 進行方向から飛翔してきたから、もしかしたら駆逐棲鬼と何等関係のある物かもしれない。

 そう思った鳳翔は全機にスクランブルを掛け先ずは彩雲を飛ばす。

 程なく彩雲から艦娘の接近の報が届いた。

 

「警戒は必要ね」

 

 彩雲からは明石、瑞鳳、千代田の三隻と報告されているが、近くに泊地も無い危険な海域を行くにはあまりに無防備過ぎる編制だ。

 駆逐棲鬼の言っていた島の住人という線もあるが、警戒するに越したことは無い。

 しばらく進むと目視出来る距離に三人が確認された。

 と、鳳翔はその中の明石にふと気付く。

 

「……まぁ」

「こんな場所に…って」

 

 声を掛けた明石が鳳翔に近付いたところでぎくりと固まる。

 

「明石…なの?」

「…やばぁ」

 

 互いに顔見知りめいた反応に瑞鳳が問う。

 

「知り合いなの?」

「え、ああ…え〜と…」

 

 歯切れが悪い明石に微かに眉間に皴を寄せた鳳翔が口を開く。

 

「もしや、横須賀で起きた氷川丸とその姉妹の混乱に乗じて脱走した明石さんじゃないですか?」

 

 ぎくりと顔を引き攣らせる明石。

 それこそ証拠だと鳳翔はむくむくと沸き上がる感情を笑みという形で表し尋ねる。

 

「この55年、何処で何をしていたのかはっきりお聞きしても宜しいかしら?」

 

 素晴らしい笑顔の圧力に明石はすすすと後退しながらなんとか打開策を思考を走らせ、ふと思い付いた案を口にする。

 

「そう言えば夏彦は元気かい?」

 

 昔の鳳翔は元帥の本名を口にすれば惚気を始めていたため、振ってみせれば逃げる隙を得られる。

 そう核心していた明石だったが……

 

「……」

 

 ビキリとはっきり見える形で鳳翔のこめかみに青筋が浮かび上がった。

 

「あ、あれ?」

 

 予想していたのと真逆の反応に冷たい汗を流す明石。

 

「ふふふふふ…。

 ああ、貴女は顛末を知らなかったんでしたね?」

「鳳翔?」

 

 妙手の筈がとんでもない地雷を踏んでいた事に気付いた明石が後退り始めるが、鳳翔は青筋が浮かんだまま笑みを湛え淀み無い動作で弓を番える。

 

「お話するまえに、少し憂さを晴らしておきましょう」

「ちょっ!?」

 

 慌てて逃げ出す明石目掛け鳳翔は弓を放つ。

 

「って、猫ぉ!!??」

 

 凄まじく怖い鳳翔が放つまさかのベアキャットに、艦時代のトラウマを刺激された瑞鳳と千代田は鳳翔と猫のダブルパンチにガクブルしてへたりこみ明石は悲鳴を上げて逃げまくる。

 

「待って!?

 洒落にならないから!!??

 猫は本当に洒落じゃ済まないから!!??」

「安心なさい。

 沈めるのは話を聞いてからよ」

「沈めるのは確定なの!!??」

 

 本気でまずいと明石は思わずイ級に助けを請う。

 

「イ級!!??

 アルファを!!

 猫を波動砲で薙ぎ払ってぇえええ!!??」

「それでも帝国海軍の船ですか!!」

「もう除籍されてるよ!!??」

 

 泣き言を言う明石を叱咤する鳳翔。

 

『ドウシマス御主人?』

「もう少しやらせとけ。

 頭に昇った血が下がらなきゃ話もなんねえだろうしな」

『ソウデスカ』

 

 遠目からやり取りを確認していたイ級は、先の投げやりな代表任命の腹いせも含めて明石の要請を暫く無視することにした。

 

 

〜〜〜〜

 

 

「ったく、なにやってんだあんたらは」

 

 明石が小破するまで猫に嫐られた辺りで流石に介入すると、鳳翔はあっさり飛ばしていたベアキャットを引き下げ俺に向き合った。

 そこでこの鳳翔があの時助けた奴だと気付いた。

 なんとなくそんな気はしてたんだけどな。

 

「島の事は忘れてくれって頼んだ筈なんだが?」

「申し訳ありません。

 ですが、私にもそうしなければならなかった訳がありまして」

 

 困った様子の鳳翔に俺は警戒を隠しながら尋ねる。

 

「訳ってのは?」

「貴女を探していたのです。駆逐棲鬼殿」

 

 ……駆逐棲鬼?

 

「いや、なにそれ?」

「大本営での貴女の呼称です」

「……マジで?」

「はい」

 

 なんでだよ!!??

 そりゃあ超重力砲とアルファって反則兵器持ってるけど、それを差っ引いたらただ速いだけの駆逐イ級だぞ俺!?

 

「鬼クラス扱いなんて流石イ級。

 やったじゃない」

「他人事みたいに言うな!?」

 

 それってつまり鎮守府に目を付けられたって事なんだぞ!?

 

「ああ、ご心配なく。

 大本営は貴女を要監視対象と認定していますので、当面は討伐隊の派遣はありませんから」

「へ?」

 

 訳分からん。

 

「つか、わざわさそれを伝えに来たの?

 たった一人で?」

 

 艤装から黒い煙を出した明石が呆れたようにごちると鳳翔は頷く。

 

「ええ。

 それと、上からは貴女を監視するようにとも言われてます」

「それ、言っていいのかよ?」

 

 そんなこと言われたら嫌でも排斥しなきゃなんなくなるんだけど?

 

「出来ればお断りしたいんだけど…」

「その場合申し訳ありませんが、各鎮守府が連合艦隊を率いて島ごとの殲滅作戦を決定する可能性もあります」

「ぐっ…」

 

 俺達はまだしも、鎮守府を脱走した木曾達まで害が及ぶってか。

 

「こちらから進んでそっちに害を成す気は無いんだが?」

「それを確かめるために私が派遣されたんです。

 以前のご厚意に背きたくはありませんが、私も軍属の端くれ。

 ご理解頂けませんか?」

 

 困った様子でそう嘯く鳳翔。

 監視を断れば蹂躙。

 仮に俺が島を離れようと裏切り者が集う島への進攻は避けられないだろう。

 

「えげつない事だな」

「私とてこのような任務は本意ではありません。 ですが、人は不安に弱く、貴女方はその不安を煽るだけの力があります。

 無益な諍いを避けるためにも協力してください」

 

 そう俺に対し深々と頭を下げる。

 

「……」

 

 正直腹の立つ話ではある。

 だけど、鳳翔が言っていることも理解できる。

 鳳翔という監視(首輪)を受け入れて大人しくしていれば、艦娘と戦う事態は避けられるということでもある。

 それは確かに俺の望むところでもあるんだ。

 

「仕方ない」

 

 島の安全を確保するためにも断るわけにはいかない。

 

「いいな? 明石」

「抜擢したのは私だしね。

 イ級の判断に任せるよ」

 

 そう肩を竦める明石。

 まあさっきのやり取りの後じゃあなぁ…。

 

「そちらの要求を飲むことにする。

 ただし、いくつか条件がある」

「なんでしょうか?」

「まず、俺もそうだが島には艦娘だけじゃなく深海棲艦も暮らしている。

 そいつらともなるべく仲良くやること」

「はい」

「それと、これは自衛の為だが場合によっては深海棲艦だけじゃなく艦娘とも戦うこともある。

 沈めろとは言わない。

 だが、必要があったらちゃんと協力してくれ」

「……善処しましょう」

 

 やや戸惑いながらも鳳翔は頷く。

 

「それと最後に、うちの食糧事情が最悪だってのを覚悟しておいてくれ。

 端的に言うと燃料弾薬以外の食いもんは基本無い」

 

 島に生えている植物で食べられるのは椰子の実ぐらい。

 艦娘と深海棲艦が燃料弾薬なんかだけで飢えに困らなくて済む謎仕様に本気で感謝したぐらいだ。

 

「それは、中々困難な条件ですね」

 

 つぼに嵌まったのか鳳翔は笑いを堪えながらそう言った。

 

「それらの条件が全部飲めるなら好きにしてくれ。

 それなりに歓迎させてもらうよ」

 

 そう言うと鳳翔は笑いを堪えたまま解りましたと言った。

 

「委細承知致しました。

 ふつつか者ですがよろしくお願いします」

 

 そう言うと突然ワ級が俺に尋ねた。

 

「ネエイ級。

 コノ軽空モ仲間?」

「まあ、そうなるな」

 

 厳密には違うが共同生活するから間違いでは無いだろう。

 

「ジャア、歓迎会シナキャ」

「ワタシサカナトッテクル」

 

 そう言うとワ級とヌ級が沖合へと向かって行く。

 

「そんな、私なんかにいいんですよ」

 

 ワ級の提案を遠慮する鳳翔だが、ワ級は「私ガソウシタイカラサセテ」と行ってしまう。

 

「アルファ、一応護衛頼む」

『了解』

 

 パウアーマーが居るからそれれほどでもないたろうが、念には念をとアルファに追随させる。

 まさか深海棲艦から歓迎されると思ってなかったのだろうどう反応していいかわからず固まる鳳翔に俺は言う。

 

「まあ、うちの連中は基本あんなだから気楽にやってくれ」

 

 そう言うと鳳翔ははぁと曖昧に返事をした。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 急遽ワ級の意向で開催された歓迎会だが、まあ、それなりにいいものになったと思われる。

 というのも、ワ級とヌ級が取って来た魚を鳳翔が魚料理として提供したのが1番の理由だったりする。

 なんで主賓が料理してんだというなかれ。

 どいつもこいつも料理スキルが壊滅的だったからしょうがなかったんだよ。

 艦娘勢はカレー以外壊滅的だし深海棲艦に到っては料理という概念さえあるかも怪しいレベル。

 どれぐらいかというと捕った魚を皿に載せて完成とかいうぐらい。

 食わなくて平気という事実が主賓の手を患わせる以外選べなくしてくれたのだ。

 

「鳳翔。

 私ニ料理教エテ」

「いいですよ」

 

 見事なお造りに感動したようでワ級は早速料理を教わりたいとお願いしている。

 他の奴らも焼き魚とか刺身とかまともな料理に感激して大分あっさり受け入れてたりする。

 同じ空母というわけかヲ級とヌ級なんてかなり気を許しているようだ。

 流石お艦。

 胃袋から掌握していきおった。

 

「現金な奴らだ。ったく」

 

 鳳翔自身がどう考えているか解らないが、少なくとも十全気を許すわけにもいかないってのに。

 

「そういやアルバコアはどうしてるんだろうな」

 

 人心地着いた木曾がそうごちる。

 そういや居たな。

 すっかり存在忘れてたよ。

 

「元気にやってりゃあいいんだけどな」

「そうだね」

 

 ポケモン観に帰って捕まりましたとかあんまり過ぎるしな。

 

「それそれとして。

 明石も横須賀だったんだな」

「まあね」

 

 歯切れが悪そうにそう言う明石。

 

「事情は聞かないほうがいいか?」

「いや、話せない程たいした話じゃないよ」

 

 鳳翔が持参した酒を片手に語る明石。

 いつの間にやら料理も無くなり率先して後片付けをしているワ級達を眺めながら明石は語る。

 

「イ級は私の修理能力が他に比べ高いって事はもう知ってるよね?」

「そういやそうだな」

 

 ゲームの仕様だと明石は中破以上の損害は治せないってなっているが、明石は中大破関係なく修復してみせる。

 って、今なんか変な会話したような…?

 何が引っ掛かったのか考える間もなく話を続ける明石。

 

「私はなんでか中大破関わらず完全な修理が出来るイレギュラーな個体だった。

 そのせいで私以外の明石の性能が悪いっていう評価に繋がってね。

 それが気に入らなくて横須賀を離れたのさ」

 

 つまらない話だろと苦笑する明石。

 

「そのせいで提督が苦労なされたのも仕方ないと?」

 

 一通り片付けが終わり解散する中、その流れから外れた鳳翔が軽く睨みながらそうごちる。

 

「その時はそれが最善だと思ったんだから仕方なかったんだよ」

「まったく」

 

 いまさら掘り返してもどうしようもないと嘯く明石に鳳翔は溜息を吐く。

 そこに機を見計らったアルファが発する。

 

『御主人ソロソロ』

「ああ、そうだな」

 

 カタパルトを稼動しアルファが飛び立つ。

 

「どうしたんだ?」

「ちょっと捜し物をな」

 

 急に飛び立ったアルファに尋ねる木曾にそうはぐらかす。

 バイド汚染された島風を殺す武器を取りに行くなんて流石に言えないからな。

 

「これが、単機で千の艦載機を圧倒したという機体ですか?」

 

 間近で見たアルファのグロさに引きつつも、鳳翔はなるべく態度をそのままに尋ねる。

 

『バイドシステムαト申シマス。

 御主人ノ艦載機トシテ偵察ト敵艦載機トノ戦闘ヲ担当シテイマス』

「あ、これはご丁寧に」

 

 見た目にそぐわぬ紳士的な態度に鳳翔は態度を改める。

 

『デハ御主人。

 ナルベク早ク戻リマス』

「ああ。

 お前も気をつけろよ」

『ハイ』

 

 俺の励に応えるとアルファは空間を波打たせ次元を越えて行った。

 

「今のは…?」

「次元の壁を越えたんだよ」

 

 明石の答えに目を丸くする鳳翔。

 

「次元航行って…聞き間違いだと思いたいのですが…」

 

 顔の筋肉が引き攣る鳳翔に、そういやアルファって元未来の機体でとんでもなくオーバーテクノロジーの塊だったんだよなと改めて思い出す。

 

「馴れって偉大だな」

 

 鳳翔の反応こそ普通なんだろうけど、アルファだからしょうがないの一言で済んでしまうため今まで誰もあんまり驚かなかったせいで新鮮に感じそうごちてしまう。

 

「提督。貴方と皆の厚意も此処では差ほど変わりなかったかもしれません」

 

 黄昏れ始めた鳳翔を見て明石は言う。

 

「瑞鳳の次は鳳翔に何か造ろうかな」

「アルファが泣くから自重しろ」

 

 そんな突っ込みと共に鳳翔来訪の夜はふけていった。

 




 ということで鳳翔加入とアルファ一時離脱まででした。

 鳳翔が脅迫めいたお願いをしたのは一時信用を失ってでも信頼を得るために敢えてあくどい交渉に乗り出したのが理由です。

 細かくは次回やる予定。

 そしてアンケートのご回答ありがとうございました。

 なるべく反映させていかせてもらいます。


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皆無事デショウカ…

 胸騒ギガシマス


 

 鳳翔が島に来てから数日。

 この間に島の生活は大分変化していった。

 先ずアサガオのお陰で原材料さえあれば明石本人の精製能力と併せて一日千前後の資材の精製が可能となり、俺が出稼ぎしなくても済むようになったこと。

 それとミッドナイト・アイなお陰で哨戒の人員も大分縮小できるようになり、予てよりやりたかったという木曾の提案で余っている土地を拓いて畑作りが開始された。

 因みに植えたのは米は無理なので大豆をメインにサツマイモとジャカイモ、それとタマネギとニンジン。

 ぶっちゃけカレー作る気満々だな。

 別に嫌いじゃないし突っ込む必要ないけど。

 栽培が難しい香辛料なんかは補給に寄った氷川丸に相談した結果、妹達と協力してなんとかしてくれるという。

 因みに氷川丸の妹の日枝丸と平安丸は潜水母艦ながら姉のために軍属を拒否して氷川丸と同じく近隣諸島を医療巡回しているそうだ。

 話を戻してサツマイモは主食の他に甘味とする予定らしい。

 甘いものと聞いてしこたまやる気を出して畑の開墾に精を出しているのがチ級他深海棲艦勢な辺り、餓えで獰猛化してるって冗談がマジに思えてきたんだが…。

 ともあれ生活水準の向上とそれをするだけの余裕が出来てきたのはいいことだ。

 そんな訳で現在俺は海底資源を掘りに海に出ている。

 今の所燃料の原油とボーキサイトの元となる酸化アルミニウムと弾薬の素材になる硫黄は余裕があるので、今日は鋼材の原材料である鉄鋼石を掘りにカレー洋まで足を延ばしている。

 お供は俺と一緒に資源を掘るイ級と採掘した資源を運ぶワ級と周辺警戒にヲ級。

 因みにヲ級の飛行甲板はヌ級もどきではなく装甲空母姫の物を背負ってたりする。

 ヌ級もどきも使えるし両方併用出来るそうだけど、やると一回で大鳳と大和を足した資材が飛ぶとのことなのでいざでなければどっちか片方にさせている。

 海上で二人を待たせ俺とイ級はせっせと海底を掘り鉄鋼石を探す。

 最初は妖精さんの手作業だったんだけど、今は俺がクラインフィールドで掘ってる。

 砲撃が防げるんだからクラインフィールドをドリル状に展開すれば岩盤削れないかって冗談半分でやってみたら大正解。

 まるで豆腐でも潰してるかのように楽々掘れるんだこれが。

 なんだかんだで初めてチート機能が有事以外で大活躍した気がするよ

 

「アネゴ、ソロソロ」

「あ、そうだな」

 

 いい感じに網が重たくなった辺りで選別していたイ級がそう呼び掛けたので一度上がることにする。

 クラインフィールドでやりたい放題出来る俺には海底を掘るだけならたいした労力でもないが、掘り起こした原材料を持って浮上するとなれば限界がある。

 最初に調子こいて一トン抱えたら海中で身動きが取れなくなり、三百キロ程で浮かび上がるには限界と学習した。

 そんなところで掘り当てた鉄鋼石を持って浮かび上がると早速ワ級に乗ってる妖精さんが鉄鋼石を艤装に積み込んでいく。

 明らかにワ級の体躯より大きくなった鉄鋼石が質量保存の法則なんて気にしたら負けだ。

 因みにワ級の積載限界は原油で三トン。

 精製すると燃料三千ぐらいになる。

 こうやって苦労してみると大型建造の半端なさがよくわかるわ。

 ついでにそれだけ注ぎ込むR戦闘機も半端ねえな。

 おまけにこれを肉の味がする鋼材に加工する妖精さんは謎すぎるぞ。

 それはさておき、これで本日の採掘は三回目。

 単純に1、8トンぐらい積んだ計算になる。

 どこにそんだけ積めるスペースがあるのかは怖いから考えない。

 

「さて、今日はこれぐらいにするか」

「マダ持テルヨ?」

「限界まで持つ必要は無いさ。

 それに日も大分傾いて来た。

 あんまりもたついてると帰りが危ないからな」

 

 いくらヲ級が装甲空母姫と融合した結果鬼クラスの戦力となったとはいえ、カレークルーズ中の潜水艦なんかに出くわしたら笑えない展開が待っているのは明白。

 

「分カッタ」

 

 頷くワ級を確認して俺達は島への航路を取った。

 早めに切り上げたお陰か艦娘との接触が起きることもなく後半日という場所まで航海を続けた頃、哨戒の艦載機を飛ばしていたヲ級が呟いた。

 

「アレ?」

「どうした?」

 

 もしかして借金の督促にタ級辺りが島に来てるのか?

 

「木曾ト北上ト千代田ト鳳翔ガ艦娘ト戦ッテル」

「は?」

 

 戦う? それも艦娘と?

 どういうことだ?

 

「相手は?」

「駆逐艦。

 自立砲台二ツ着イテル」

 

 その瞬間、俺とアルファが想定していた最悪の事態が起きているかもと全身が粟立つような恐怖が走る。

 

「ワ級、イ級。

 お前達は急いで島に帰ってありったけの修復剤をチビ姫に載せて連れて来てくれ」

「ドウシタノ?」

「早く!!

 木曾達が危ないかもしれないんだ!!」

 

 怒鳴り散らす勢いでそう言うとワ級はやや怯えつつも頷き急いで島に向かう。

 

「ヲ級、B-29は出せるな?」

「大丈夫ダケド、必要ナノ?」

 

 装甲空母姫が艤装と共にヲ級のために残した悪夢の残滓。

 艤装に併せ小型化されたそれは装甲空母ヲ級の時の猛威こそ成りを潜めているが、撃墜が困難な凶悪さは変わっていない。

 万が一の際の足止めにと持って来させていたが、本当に必要になるなんて思いもしなかった。

 

「無用だとは思いたいがいつでも爆撃が開始できるようにしておいてくれ」

「エエ」

 

 承諾と同時に艤装の口が開き、有機的な深海棲艦の艦載機とは一線を画すかつての悪夢がプロペラを回転させ始める。

 

「修理と補給の目度は……最悪借金上乗せだな」

 

 ヲ級と同時に超重力砲を展開させ、俺はその島風がバイドでないことを願いながら全力で走り出した。

 

 

〜〜〜〜

 

 

「常識とは簡単に覆るものなんですね」

 

 夕食の仕込み…と言っても持ち込んだ調味料以外に塩田で採った塩と魚貝だけという食材で出来るもの等そう多くはなく、さっと終わらせた鳳翔は宛てがわれた元帥に送る報告書を認めていた。

 

「意志疎通はたやすく出来るようになりましたし、彼女等にも平穏を望む者はいる。

 これまでの戦争とはなんだったのか、そう考えてしまいます」

 

 この数日鳳翔はカルチャーショックだらけだった。

 最初は駆逐棲鬼とワ級とヲ級以外の言語は全く解らなかったのに、たった一晩で全員と意志疎通は可能となった。

 嗜好等もよく似通っていて美味しい食べ物のためなら畑仕事や漁も自ら買って出てくれる。

 それにただ憎悪で戦っていると考えられていたのに、氷川丸の護衛をしているリ級達は強者との戦いこそが目的だと言い切っていた。

 鳳翔も姫達が海域の占領以外の思惑があることはなんとなく知ってはいたが、末端とも言えるリ級達さえそれぞれの考えがあったことには驚かされた。

 それに、長らく続きすぎたこの戦争は…

 

「鳳翔、いるかい?」

 

 思考に没していた鳳翔は明石の呼びかけとノックの音に我に帰ると報告書を隠し返事をする。

 

「いいわよ」

 

 応えると明石が部屋に入ってくる。

 

「どうしたの?」

「ちょっと聞きたいことがあってね」

 

 イ級が居たら聞きづらくてさと言いながら明石は畳敷きの部屋に腰を降ろす。

 

「夏彦は本気で停戦が叶うと考えていると思うかい?」

 

 驚く鳳翔に明石は苦笑する。

 横須賀を離れ一人海をさ迷った明石は傍観者の立場からこの戦争を眺め続けた。

 

「私は政治屋でもアナリストでもないからはっきり解らないところもあるけど、この戦争で1番得をしているのは人間自身だということはなんとなく解ってるつもりだよ」

「……否定しません」

 

 冷戦の終結で露と消えた第三次世界大戦。

 その火種の燻りに惹かれたかのように深海棲艦は現れ、艦娘という存在もまた呼応するように現れた。

 それらにより世界は人間同士で争う余力を失い、同時に妖精さん達により枯渇した数多の油田や鉱脈の復活と共に戦争景気の到来が多くの国を潤わせた。

 戦争に因る平和。

 唾棄すべき思想であるが、間違いなく今の世界を予測されていた終末から遠ざけ支えているのは深海棲艦との戦争なのだ。

 

「夏彦に報告するなら言っておいてくれ。

 あんまりやらかして目を付けられないようにって」

「…気付いていたんですか?」

 

 目を見開く鳳翔に明石は苦笑を返す。

 

「それぐらい夏彦と鳳翔の関係を知ってる奴なら簡単に気付けるよ」

 

 金剛を筆頭とした提督Love勢が全員撃沈し長門大和さえ身を引くしかなかった二人だ。

 そんな夏彦が鳳翔を捨て駒には使うはずがない。

 

「それはそれとして、あんな脅迫めいたことなんかしなくてもイ級は受け入れたと思うよ?」

 

 ようやく本題とばかりに明石は肩を竦める。

 しかし鳳翔はそれをよしとしない。

 

「そうは参りません」

 

 どう言い繕おうが自分は図々しくも厚意に背いてしまったのだ。

 素知らぬ顔でそれを見て見ぬ振りは出来ない。

 

「この数日で彼女の人となりは少しは解ったつもりですが、それをただ利用するのは咎めるのです」

「相変わらずだね」

 

 昔と変わらぬ頑固さに苦笑が深くなる明石。

 

「あいつは艦娘が好きなだけのただの変な駆逐イ級だから、回りくどいことしないで素直に力を貸してくれって頼めば協力は惜しまない筈だよ」

 

 北上が間宮羊羹食べたいと言い出した際、口では我慢しろと言いつつも影で間宮の巡回ルートを調べ、どう交渉しようかと本気で頭を悩ませていたぐらいだ。

 艦娘が好きだというのも本気なのだろう。

 

「だからこそです」

 

 艦娘に誠実なればこそ、ただ利用するわけに行かない。

 

「既に無理を言っているのです。

 協力を仰ぐにも、通すべき筋は通してからです」

 

 毅然と言い切る鳳翔に明石は頑固者と苦笑する。

 

「まあ、好きにすればいいさ。

 今の生活はかなり気に入ってるんだ。

 それを壊す気がないなら好きにやればいいよ」

 

 そう言うと明石は立ち上がりふと気付く。

 

「……なんだ?」

 

 なにやらバタバタと廊下を走る音が聞こえる。

 

「どうしたのでしょう?」

 

 窓から外を見れば武装した木曾達が海に出ようとしているのが見えた。

 

「警戒になにか引っ掛かったみたいですね」

「イ級が戻る前にかたが着けばいいんだけどね」

 

 そうごちる明石の前で鳳翔が立ち上がる。

 

「行くのかい?」

 

 艦娘が相手かもしれないよとの問いに鳳翔はええと頷く。

 

「行動で表さねば信頼はありませんから」

 

 そう言うと鳳翔は飛行甲板に手を伸ばす。

 艤装を背負い合流した鳳翔に木曾は多少難色を示したが千代田に急かされ最後尾に付くよう指示した。

 

「それで、相手編成はどうなっているんですか?」

 

 敢えて敵とは口にせず質問する鳳翔に海上を滑走しながら木曾は答える。

 

「南方距離700キロの地点に艦数計六。

 状況は五隻対一隻だ。

 ただし、どちらも艦娘だけどな」

「艦娘同士ですか?」

 

 演習というには大分陸から距離が離れすぎているし、艦娘同士でというのもおかしい。

 なによりそれだけ距離があるなら無理に関わる必要はなさそうに思えるのだが、木曾は笑う。

 

「あいつなら必ず首を突っ込むだろうからさ。

 見て見ぬ振りは出来ない」

 

 自分の事を省みないアイツなら、きっとこうすりだろうからと木曾は笑った。

 

「だねえ。

 まあそんなイ級だから深海棲艦と協同生活してても居心地良いんだし、少しは手伝いしてあげなきゃね」

 

 肩に担いだ甲標的を揺らしながら緩い笑みを浮かべ北上も笑う。

 

「そうですか」

 

 彼等の信頼関係を理解した鳳翔はそれ以上問う必要は無いと弦の張りを確かめ矢を番える。

 

「彩雲を飛ばします」

 

 そう宣い番えた矢を放つ。

 矢は妖精さんの力で本来の姿を形作りプロペラ音を響かせながら飛翔。

 数分の後に詳しい情報を齎す。

 

「報告来ました。

 状況は駆逐艦島風が重巡摩耶、重巡羽黒、駆逐艦夕立、駆逐艦春雨、駆逐艦潮の五隻を追い詰めているようです。

 それも五隻の損傷具合から演習ではなく実弾で交戦している模様です」

「え、それマジ?」

 

 島風が強力な艦種とはいえ五体一で無双出来るほどの強さはないはず。

 

「相手の連度が低いだけじゃ…」

「それは考えられません」

 

 きっぱり言い切る鳳翔。

 

「羽黒、夕立、潮の三隻は第二次改装が施されています。

 最低でもアルフォンシーノ海域で安定して戦えるレベルかと」

「それって…」

 

 島風が限界突破していてもありえない状況だと理解した千代田が呻く。

 

「考えるのは後だ」

 

 悪くなった空気を振り払うよう木曾が言葉を発する。

 

「まずは戦いを止めさせるんだ。

 どうしてそうなったのか、それは本人達に確かめればいい」

 

 相手がどうだろうとやることは変わらないと毅然と言い切る木曾。

 

「それにだ。

 イ級は装甲空母姫が率いた大艦隊に一人で立ち向かったんだ。

 それに比べたらたいしたことはない」

 

 木曾の言葉に千代田と北上はそうだねと苦笑する。

 

「装甲空母ヲ級みたいな怪物でもないんだから大丈夫だよね」

「あれはきつかった〜。

 …あ、魚雷200発の一斉斉射思い出したらなんか疼いて来た」

「女の子なんですからはしたないで事を言ってはなりません」

 

 ややに内股になる北上を窘める鳳翔。

 

「そろそろ向こうの警戒に引っ掛かるよ」

 

 千代田の忠告に一同は気を引き締め直す。

 そして、目視で姿を確認した木曾はどうしてと呻いた。

 

「あれは、俺を助けた島風じゃないか」

「マジ?」

 

 驚く北上に木曾は怪訝そうに頷く。

 

「ああ。

 琥珀色の目をした島風なんて他にいるとは思えない」

 

 あの時の礼もまだちゃんと出来ていなかった木曾はいい機会だと気合いを入れ直し急ぎ海を蹴った。




 クラインフィールドのやりたい放題については突っ込み不要で頂けるとありがたいです。←

 ということで次回はバイド島風対艦娘編。
 ついでにイ級はいつも綱渡り。


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胸騒ギガ止マラナイ

御主人。皆。無事、デスヨネ?


 

 どうして?

 

「テメエ!!??

 よくも雪風を!!??」

「抑えて摩耶さん!!

 今はとにかく退くんです!!」

「クソが!!」

 

 どうしてあの人は分ってくれないの?

 この世界に私達の居場所なんてないのに。

 誰も私達を理解なんてしてくれない。

 

「逃げるなんて我慢できないっぽい!!

 雪風の仇討つっぽい!!」

「あの連想砲ちゃんの防御力は異常です!?

 私達では突破出来ません!!」

「島風ちゃん!! もう止めてください!?」

 

 私はあの人と一つになりたいだけなのに。

 そうすれば皆一つになって幸せになれるのに。

 なのに、どうして?

 

「島風!!??」

 

 あの人の波動を感じ、私はそちらを振り向く。

 そこにあの人はいない。

 代わりにあの人の波動を少しだけ感じたから助けた艦娘が居た。

 アイツはダメだったけど、この艦娘だったらあの人を説得してくれるかな?

 

「島風。お前、なにをやっているんだ!?」

 

 今度は失敗しないようちゃんと説明したほうがいいかな?

 

「私、ずっと待ってるのにあの人が来てくれないの」

「何を…?」

「私はあの人と一つになって皆と一緒に幸せになりたいのに、あの人はそれを拒むの」

「一体何の話なんだ?」

 

 ああ。やっぱり分かってくれないのかな?

 それともこの娘もあの人と違うからちゃんと伝わらないの?

 

「あのさ、何がどうなった訳?」

 

 助けた娘と似てる娘がさっき私が仲間になってもらおうとした娘に話し掛ける。

 

「どうもクソもあるか!?

 はぐれ艦かと救助してやろうとしたらコイツ、訳の分からねえことばっかり言っていきなり雪風を沈めたんだよ!!」

 

 何を言ってるの?

 私はあの娘に仲間になってもらっただけなのに。

 

「本当なのか島風?」

 

 やっぱり駄目みたい。

 一緒になれば分かってくれると思うんだけど、あの人と一つになっていない私じゃちゃんと仲間に出来ないのに。

 

「なんとか言えよ!?

 なんで雪風を沈めたんだ!!??」

 

 理解してもらいたいけど、違うから仕方ないみたい。

 もうすぐ仲間になってくれた娘が来るけど、待たないで私が皆仲間にしちゃおう。

 

「落ち着きなさい。

 島風ちゃん。

 先程から貴女は誰かと一つになりたいとおっしゃってますが、一つになるとどうなるというのですか?」

 

 助けた娘と一緒にいる艦娘が私に尋ねる。

 …あ、そうか。

 私、そのことを話してないんだ。

 それじゃあ皆分かってくれないよね。

 違うんだもの。

 

「皆一つになるの」

「皆?

 それは、私達もということですか?」

 

 やっと分かってくれた。

 

「そうだよ。

 あの人と一つになれば私はマザーバイドになれるの。

 そうしたら皆みーんなバイドになって幸せになれるの」

 

 バイドになれば皆一つになって、もう誰かがいなくなることも、分かりあえなくて辛かったり悲しかったりすることもなくなるの。

 それはとっても素敵な事なんだよ。

 

「バイドって…正気かお前?」

「どうして?」

 

 どうしてそんなに怯えるの?

 私がやりたいことが幸せだって分かってくれたんじゃないの?

 

「もしかしてさ、これがアルファの言ってたバイド汚染ってやつなんじゃない?」

「そう…だよね。

 一つになるって言っているし」

 

 どうして?

 ねえ、どうしてなの?

 

「何がバイドだ!! このイカレ野郎が!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうして      みんな      私に銃をむけるの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜

 

 

 始まりは唐突だった。

 

「…あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

 摩耶が砲門を向けた瞬間、泣き叫ぶような島風の慟哭と同時に連装砲ちゃんが猛然と砲弾をばらまき始めた。

 

「なっ!?」

 

 常識を越えた連射速度は機銃を、下手をすればファランクスの弾幕にも引けをとらない密度で弾幕を張り、無差別に艦娘全員に牙を振るう。

 

「ちょっ、冗談じゃないよ!!??」

 

 必死に射角から逃れようと機関を全開にして走りながら北上が悲鳴を上げる。

 同じく走りながら木曾が千代田に叫ぶ。

 

「千代田!!

 ミッドナイト・アイだ!!

 バイドを倒すには波動砲しかない!!」

 

 バイドには通常兵器は効かない。

 倒すには同じバイドか波動砲を用いる以外方法は無いとアルファから言われていた木曾が指示を飛ばすも千代田は無理と言う。

 

「この弾幕じゃ発艦させられない!!

 無理に飛ばしても速度が乗る前に落とされちゃう!?」

 

 凄まじい弾幕だが同時に密度任せで狙いも何も無いただひたすらばら撒くだけ故に被害はカス当たり程度で抑え込めているが、艦載機を飛ばすほどの余裕は無い。

 

「もう我慢の限界っぽい!!」

 

 そこに夕立が無謀とも言える吶喊を敢行。

 

「夕立ちゃん下がって!?」

 

 潮と春雨を防護する羽黒が制止の声を飛ばすが夕立は止まらない。

 

「こんなもので、夕立は止められないっぽい!!」

 

 弾幕に身を削られながら連装砲を撃ち魚雷を投げ放つ夕立。

 しかしそれを察知した島風が吠える。

 

「サーチ!!」

 

 直後、連装砲ちゃんが弾幕を撃つのを止め島風目掛け飛来する砲弾と魚雷目掛け体当たりを実行。

 砲弾と魚雷を正面から受け止め更に夕立目掛け襲い掛かる。

 

「夕立避けろ!!??」

 

 夕立を連れ戻すため走る摩耶が叫ぶが、回避する間もなく連装砲ちゃんが夕立に迫り、艤装と左肩から脇腹までを刔り取った。

 

「夕立ーーーーー!!??」

 

 摩耶が絶叫する目の前で夕立が力を失いぐらりと傾ぐ。

 

「ごめん雪風…仇、討てなかったっ…ぽい」

 

 そう言い残し、ざぱんと水音を起て夕立が沈んでいく。

 

「そんな…夕立…」

 

 目の前で沈んだ夕立が信じられず茫然と佇む摩耶目掛け連装砲ちゃんが迫る。

 

「摩耶さん!!」

 

 潮の悲鳴が響き摩耶まで連装砲ちゃんの餌食となると思われた刹那、カシャリとシャッターを切る音と同時に連装砲ちゃんが爆発して摩耶と連装砲ちゃんが吹き飛んだ。

 

「がっ!?」

 

 衝撃でバランスを崩し頭から海水を被る摩耶。

 

「摩耶さん!!??」

 

 慌てて駆け付けた羽黒達に起こされようやく頭が回り始めた摩耶は自分を助けた物の正体に驚く。

 

「戦闘機…?」

 

 噴式機関らしきノズルから炎を噴いて滞空する偵察機のような大型戦闘機。

 それは島風のサーチ攻撃の隙に千代田が発艦させたミッドナイト・アイであった。

 

「今のうちに下がって!!」

 

 千代田はそう叫ぶとミッドナイト・アイのカメラ波動砲の効果に木曾が叫ぶ。

 

「いいぞ!!

 ミッドナイト・アイなら連装砲ちゃんにもダメージが入れられる!!」

 

 カメラ波動砲を受けた連装砲ちゃんは身体の一部が凹み僅かだが動きが悪くなっていた。

 

「このまま押し切るよ!!」

 

 千代田の号令に再びカメラ波動砲のチャージングを開始しながら島風目掛け飛翔するミッドナイト・アイ。

 しかし島風もただ座して待つわけが無い。

 

「壊せ!!」

 

 怒りと悲しみでぐちゃぐちゃになった顔で叫ぶ島風に呼応し連装砲ちゃんが近づけまいと弾幕を展開。

 放たれた弾幕は先と違いミッドナイト・アイを中心に木曾達に集中していた。

 

「くぅっ!?」

 

 これには堪らないと千代田はミッドナイト・アイへの指示を妖精さんに一任し自身も回避行動に専念。

 しかしそこで鳳翔が走りながら弓を番えた。

 

「各員行きなさい!!」

 

 走りながらとは思えない完璧な射を放つ鳳翔。

 矢は即座にベアキャットに変化し凄まじい弾幕へと突っ込んでいく。

 

「無謀だ鳳翔!?」

 

 いくら烈風とも比肩する高性能なベアキャットとはいえミッドナイト・アイでも回避は困難と距離を離さざるをえない状況に木曾が言うが、鳳翔は大丈夫と強気な笑みと共に嘯いた。

 

「全員鈍りは抜けています。

 私に妖精は一味違いますよ」

 

 B-29の囮となった時、妖精達は長らく続いた教導ばかりの生活にその腕を錆び付かせていた。

 その結果鳳翔は傷付き多くの艦娘が死ぬ結果となった。

 その事を悔やみ恥じた妖精達は錆びた腕を磨き治し、かつて空母最弱の鳳翔を姫と渡り合わせ鬼子母神という褌名まで与えさせるまでに到った最高のパイロットとしての実力を取り戻していた。

 鳳翔の言葉通り弾幕の中を突っ切るベアキャットはまるで当然とばかりに迫り来る弾幕を躱し、擦り抜け、島風へと肉薄する。

 

「凄い…」

 

 熟練の妖精なら九九式艦戦で烈風を圧倒する事もあることは有名な話だが、鳳翔の手繰る妖精は熟練という枠を越えている。

 草江や友永といった著名な隊の名を戴く妖精にさえあれほどの動きは果たして出来るか?

 そう思わせるほどにベアキャットの機動は一切臆する様子のなく勇猛で針の穴を通すように緻密だった。

 弾幕を擦り抜けたベアキャットが次々と島風に機銃を浴びせると、島風は艦船時代のトラウマが蘇り半狂乱しかけながら一刻も早くベアキャットを叩き落とすため攻撃を切り替えた。

 

「サーチ!!」

 

 当たれば艦娘さえ一撃で屠る連装砲ちゃんの体当たり。

 だが、連装砲ちゃんはベアキャットではなく海中に向かって吶喊、海中から次々と水柱が立ち上る。

 

「あのさぁ、あんまり私の事無視しないでよね?」

 

 その正体は逃げながらも機を伺い続けた北上が放った魚雷であった。

 

「まあなんていうの?

 バイドだかバイトだかしんないけどさ、あんまり過信してると痛い目見るよ?」

 

 直後、誰もいない方角から放たれた魚雷が島風に直撃する。

 

「へへっ。甲標的にはこんな使い方もあるんだよね」

 

 魚雷を放ち浮かび上がって来た甲標的を拾いに走りながら北上はへらりと笑う。

 確かに島風は圧倒的なまでに強い。

 しかし、巨大装甲空母ヲ級と比較すれば付け入る隙がある分まだ余裕を持って戦える。

 

「……どうして?」

 

 魚雷を喰らい自己再生のために動けなくなった島風は呻く。

 

「どうして分かってくれないの?

 私は皆を、あの人を幸せにしたいだけなのに」

 

 理解されない悲しみから抵抗が止まった隙をミッドナイト・アイのカメラ波動砲が捉える。

 

「これで、終わりよ!!」

 

 バイドにとどめを刺す一撃が放なたれる……筈だった。

 その瞬間、真下から発生した竜巻がミッドナイト・アイを飲み込み粉砕した。

 

「嘘!?」

 

 なんの兆候もなく発生した竜巻に目を疑う一同。

 そこに、場違いな穏やかな声が響いた。

 

「大丈夫」

 

 その声の主に摩耶が信じられないと漏らした。

 

「どうして…」

 

 そこに立っていたのはワンピース型のセーラー服に魚雷菅を背負い頭に電探を乗せ、手には肩紐が着いた連装砲と望遠鏡を手にした少女だった。

 その少女の名をその場に居る全員が知っていた。

 

「雪風…?

 でも、どうして!?」

 

 沈んだはずの艦娘が何事も無かったかのように目の前に現れた事に誰もが我を忘れて呆然とする中、茶褐色の筈の瞳を琥珀に染めた雪風は島風を慰めるように優しく言う。

 

「貴女は何も間違ってません。

 バイドになって皆で幸せになろうという貴女の考えは間違ってません」

「ふざけるな!!??」

 

 島風を擁護する雪風の言葉に摩耶が叫ぶ。

 

「そいつはお前を、夕立を沈めた相手だぞ!!??

 なんでそんな訳の分からない奴を味方するんだ雪風!!??」

 

 理解できず目茶苦茶に怒鳴る摩耶。

 しかし雪風は琥珀色の瞳を真っ直ぐ摩耶に向ける。

 

「摩耶さん。

 私はバイドになってこの娘の気持ちが分かりました。

 私が沈んだのも気持ちが伝わらなかっただけの悲しい事故だったんです」

「ちょっと待てよ」

 

 聞き捨てならない台詞に木曾が震えながら問う。

 

「バイドになったって…島風お前、雪風をバイド汚染させたのか?」

 

 汚染が拡大しているという事実に木曾は冷たい汗が流れる。

 

「汚染じゃありません。

 私はこの娘に受け入れてもらったんです」

 

 強い口調で否定する雪風に北上は笑みを引き攣らせながら口を開く。

 

「これはやばいわ。

 アルファがバイド汚染を広げちゃいけないって言ってた意味がよく解るね」

 

 茶化すような口ぶりだがそこに余裕は無い。

 なにしろバイドに決定打を与えられる武器は今さっき突然発生して、あっという間に消えた竜巻によって失われた状態なのだから。

 

「逃げる?」

「どこによ?」

 

 逃げ場などない。

 撒きようにも相手は最高速艦の島風。

 逃げる算段等立てようが無い。

 そしてここで負ければ自分達もバイドにされ、おそらく島の明石達まで魔手は延びるだろう。

 

「勝つ以外道はありません」

「でもさ、波動砲無しじゃダメージ入っても倒しきれないよ?」

「それでもやるのです」

 

 北上の発言に不退転の覚悟を表しながら鳳翔は矢を番える。

 

「再生といっても瞬時ではありません。

 一度沈めれば時間は稼げます」

 

 島風の受けた魚雷のダメージを再生する様子から、一度倒しきれば逃げる間ぐらいは稼げると判断した鳳翔。

 その言葉に北上と木曾も艤装を構える。

 

「まあ、それしか無さそうだな」

「だね」

 

 道がそれしかないのならただ行くのみと、ふとそこで北上はごちる。

 

「ところでさ、イ級はこの事知ってるのかな?」

「多分気付いてるだろうな」

 

 本人は隠してるつもりだろうが、隠れてなにかしているのは島の全員が気付いていた。

 

「きっとあいつの事だから、バイドになっても艦娘は艦娘。

 そんな風に考えて俺達が知らないところで始末を付けようとしてたんだと思う」

 

 馬鹿な事をと僅かに苦笑いする木曾に北上も苦笑する。

 

「だろうねえ」

 

 そんな気を使わず、もっと自分達を頼って欲しいと皆思ってる。

 だけど、あいつはそれを良しとは思ってくれないだろう。

 それを少し寂しくは思うが、だからこそイ級が深海棲艦でも信頼出来る。

 胸を張って仲間だと言い切れる。

 

「千代田。

 向こうを連れて下がってくれ」

 

 雪風の登場で精神的なダメージを負った摩耶達は格好の獲物に成り兼ねない。

 

「うん。

 任せるね」

 

 ミッドナイト・アイが破壊され攻撃手段を失った千代田は素直に頷くと移動を開始。

 

「お願いします。

 抵抗しないで私達と一緒になってください」

 

 連装砲を手にそう頼む雪風に、木曾達は真っ直ぐ答えた。

 

「バイドになるぐらいなら深海棲艦になったほうがマシだ!!」




 遂にやっちまった。
 バイド島風に次いでバイド雪風までやらかしちゃったよ…。
 因みにバイド雪風もR戦闘機の能力持ちです。
 気付いてる人は気付いてるだろうけど、次で更に発揮させます。

 ……ああ、胃が痛い。


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申シ訳アリマセン御主人

アルファハ汚レテシマイマシタ


 アルファは今、次元のとある場所で己の浅薄な行動を深く悔やみ、心から溢れる想いを思わず言葉にしてしまった。

 

『ナンデコンナコトニナッタンダ?』

 

 目の前には十人中十人が卑猥と言いそうな巨大な物体が一つ。

 言葉を選び表現すると『巨大なピンク色の肉塊に鮑を大量に張り付け更に蛇腹状の管を生やし管から真珠のネックレス状のバイドを出し入れする物体』というモノがアルファの目の前に在った。

 これが何かアルファは知っている。

 要塞型バイド『ゴマンダー』と真珠のネックレス型のバイドは『インスルー』という名前だ。

 どうしてこうなったかと言うと、先ず始めにバイドに成り果てた島風を撃滅するため、新たに対バイド兵器を探しに次元の壁を越え故郷の地球を目指したアルファ。

 その途中、知らないバイドの波長を感じそれが御主人の害になりうるかもしれないからと調査に寄ってみれば、そこはバイドに完全に汚染された生体洞で、にも関わらず何故かバイド体が一体もいない奇妙な場所だった。

 中枢が破壊されたなら生体洞も死滅するので主は居るのだろうと思い確認のため最奥に向かってみたら、そこに異常な数のインスルーに寄生されたゴマンダーが鎮座していたのだ。

 このゴマンダー、どうやらインスルーの寄生数が多過ぎて吸収するエネルギーとインスルーが喰らうエネルギーが食われる方に傾いてしまいバイドを生み出すプラントとしての機能を発揮できないらしい。

 どころか自身の維持のために住化である生体洞を吸収している始末。

 つまるところ放っておいても問題は無い。

 寧ろ刺激しなければそのうち生体洞ごと自滅するだろうから関わる必要は無かったのだ。

 とはいえ貴重な時間を浪費したことは事実。

 手ぶらで帰るのもどうだろうとアルファは考える。

 

『……』

 

 そこでアルファはこれは良い巡り会いかもしれないと考えた。

 生成プラントとして機能していなくとも、その他の機能は使えるはず。

 いっその事、ここで自身の強化をするいい機会かもしれないと一考するが。

 

『トハイエ…』

 

 そのためにはゴマンダーの胎内に侵入する必要がある。

 

『……』

 

 見た目からして卑猥なゴマンダーの中に入るのはバイドとなったアルファにも凄まじく抵抗がある。

 姿形は掛け離れたとはいえアルファも元人間。

 ゴマンダーを見ただけで物凄い精神的なダメージを受けたのに、中に入るとなれば更に酷いダメージを、いや、ここまで来ると精神汚染と言って差し支えないだろう。

 それを受け入れなければならないのは嫌だとかなり迷っていた。

 

『……ヤハリ止メテオコウ』

 

 強くなるためとはいえ遠慮したいものは遠慮したい。

 何も見なかった事にしてさっさと此処を出ていこうと反転するアルファだが、

 

『エ?』

 

 一匹のインスルーがアルファに噛み付いていた。

 噛み付くといっても甘噛み程度で喰い千切る程力は入れられていないが、がっちり噛み付かれ放せない。

 

『マアマアキョウダイ。

 セッカクキタンダ。ミルダケジャナクスコシアソンデイケヨ』

 

 インスルーがそう言いながらアルファをゴマンダーの空いているマもといゴマンダーの胎内に押し込もうとする。

 

『イエ、私ハ急イデマスノデ』

 

 ズルズルと引きずり込もうとするインスルーに抗いバーニアを全開にするも、体躯の差でアルファは力負けしてしまう。

 

『止メテ下サイ!!

 私ニソンナ趣味ハアリマセン!!??』

『ソウイワズタノシンデイケッテ。

 オレタチダケナノモアキテタンダ』

 

 そうインスルーは強引にアルファをゴマンダーの鮑に押し込んだ。

 

『アッーーーーー!!??』

 

 アレを彷彿とさせる絶妙な柔らかさとぬめりのある粘液塗れに包まれながらアルファは他人事のようにこう思った。

 

 ゴマンダーノ中ッテ、トテモ暖カイ

 

 

〜〜〜〜

 

 

 ヲ級とヲ級のB-29を引き連れ全力で走っていると前方から千代田に率いられた幾人かの艦娘を見付けた。

 

「千代田!!」

 

 木曾達の姿が無いことを不安に思いながら大声で呼び掛けると、俺に気付いた千代田が叫ぶ。

 

「イ級!!」

 

 後ろの羽黒達が目を丸くしているが今は構ってる余裕は無い。

 

「無事か?」

「うん。

 だけど木曾達がまだ戦ってる」

「分かった」

 

 それだけ解れば十分だと舵を切ろうとする俺に千代田は言い淀みながらも尋ねて来た。

 

「イ級。

 島風がバイド汚染していたって事、知っていたの?」

「……ああ」

 

 やっぱりあの島風はバイド汚染された奴だったのか。

 

「一度ぼろくそにされて命からがら逃げ出したよ」

「……そっか」

 

 言いたいことは沢山あるんだろうけど、千代田は重要な事だけ伝えて来た。

 

「一緒にいる雪風もバイド化してるわ。

 それとよく分からない力でミッドナイト・アイが落とされたの。

 気をつけて」

 

 雪風だって?

 汚染が拡大してやがるのか。

 

「分かった。

 チビ姫に修復剤を積ませて来るよう言ってある。

 合流しておいてくれ」

「うん」

 

 それだけ言うと俺は何か言ってる摩耶達に説明する暇も惜しいと再び駆け出す。

 

「ヲ級、状況は!?」

 

 高高度を飛ぶB-29なら見えているはずと問うとB-29を介した情報をヲ級が教えてくれた。

 

「カナリ圧サレテル。

 先行サセテ爆撃仕掛ケル?」

「やれ!!」

 

 迷う暇はないと俺は許可を下す。

 

「分カッタ」

 

 頷くと同時にB-29が速度を上げ先行。進行方向に黒煙が立ち上るのが見えた。

 …おいおい。

 随分派手に見えるが木曾達は巻き込んでないだろうな?

 安否の確認を尋ねようとした俺だが、直後に晴天に一本の落雷が落ち空中に爆発が発生した。

 

「は?」

 

 いや、雲一つないのになんで?

 つうか今の爆発、まさかB-29のものなのか!?

 

「ゴメンナサイ姫」

 

 酷く落ち込んだヲ級の声に本当にB-29が落とされたのだと知って俺は内心焦りながらヲ級に問う。

 

「何が起きた!?」

「B-29ガ墜トサレタワ。

 原因ハ突然ノ落雷。

 間違イナク自然発生シタモノジャナイ」

「雪風のバイド汚染能力か…?」

 

 アルファは島風がバイド汚染された事により速度強化に加え連装砲ちゃんのサイビット化が発生していると言っていた。

 サイビットってのは追尾攻撃可能な強力なR戦闘機のビットらしい。

 ともあれ島風が強化されたのなら雪風も然り。

 おそらくミッドナイト・アイを墜としたのも雪風のなにかしらの能力なのだろう。

 

「超重力砲、使い所を間違えたら詰むな」

 

 開幕ブッパで木曾達を逃がすことも考えていたが、そう簡単には使わせてくれないらしい。

 

「先行する。

 ヲ級、艦載機使い潰すつもりでやってくれ!!」

「分カッタ」

 

 艤装にて発艦準備をしていた白い球体艦載機を飛び立たせるヲ級を確認し俺はヲ級を置き去り全速力で走る。

 

「…見えた!」

 

 視認出来る距離まで接近すると連装砲ちゃんがヲ級の艦載機を蹂躙し島風と雪風が木曾達を圧している現場だった。

 やっぱり開幕ブッパしてやる!!

 

「木曾、北上、鳳翔!!

 射線空けろ!!」

 

 いつでも撃てるようにチャージングしていた超重力砲を展開しながら怒鳴る。

 

「イ級!?」

 

 驚く木曾の声。

 俺に気付いた木曾達が道を開ける中、島風が厳しい顔で俺を睨む。

 

「どうしても私の邪魔をするのね」

「仕方ありませんよ。

 ですが、皆バイドになれば分かってくれます」

 

 ふざけんな!!??

 バイドになることはどうしようもなく悲惨な事なんだと、バイドであるアルファがそう言ってんだ。

 木曾を、千代田を、俺の大事な仲間をバイドになんかさせてたまるか!!

 

「薙ぎ払え!!」

 

 超重力砲では倒し切れなくても、逃げる隙は必ず作れると信じ俺は超重力砲を放とうとした。

 

「上だイ級!!??」

「!?」

 

 突然の木曾の警告に俺は咄嗟に上を見る。

 

「なぁっ!!??」

 

 そこにはどこからともなく降って来た巨大な隕石の姿があった。

 

「って、なんじゃそりゃあああああああああああああ!!??」

 

 なんで隕石が降ってきてんだよ!!??

 海面に落ちたら衝撃波だけで全滅すると俺は慌てて放とうとした超重力砲の照準を隕石に向け直す。

 

「いくらなんでもそれは反則だろうがぁぁあああああああ!!??」

 

 理不尽な隕石への怨みを込め超重力砲を叩き込んだ。

 黒い破壊の光が隕石を飲み込み掻き消しはしたが、同時に超重力砲の負荷に俺は焼かれダメコンが辛うじて沈むのを防いでいる状態に追い込まれた。

 

「イ級!!」

「くっそが…」

 

 切り札を無駄撃ちさせられ、助けに来たどころかまた足手まといに転落かよ。

 駆け寄った木曾が俺を庇うように立ち塞がる様子を見ながら雪風が言う。

 

「もう分かったでしょう?

 抵抗はやめて、バイドを受け入れて下さい」

「断る!!」

 

 自分が違う存在になる苦しみを俺は知っているんだ。

 そんなものを木曾達に味あわせてたまるかよ!!

 

「どうして、貴女なら分かるはずなのに」

「……どういう意味だ?」

 

 零すような呟きに思わず尋ねてしまうと島風が答えた。

 

「私達には貴女の孤独が解るもの」

 

 その言葉にしんと空気が静まり返る。

 

「貴女の波動が教えてくれるの。

 友達が増えて寂しくなくなって、だけど、誰も貴女と同じ人がいないことがとても苦しいって言ってるの」

 

 私達もそうと島風は言う。

 

「私には妹達が居るはずだった。

 だけど、妹達は誰ひとり生まれてこれなくて、私はずっと寂しかった」

「私もそう」

 

 今度は雪風が口を開く。

 

「何度も何度も戦って、だけど私をいつも一緒に居た皆が沈むのをただ見ているだけでした。

 最期は乗っていた船員さえ私を死神と恐れて忌避しました。

 私はただ守りたくて必死に戦い続けていただけなのに、皆私から逃げるように先に逝ってしまいました」

 

 そう語る二人の琥珀色の瞳は見透かすように真っ直ぐ俺を居る。

 

「バイドになれば、皆一つになればもう寂しくないの。

 理解されない苦しみを独りで抱える必要も、誰かを失う恐怖もなくなってただ幸せでいられるの。

 ずっと、ずっと永遠に」

 

 だからと二人は俺に手を伸ばす。

 

「貴女もこっちに来て。

 夏の夕暮れは、全てを受け止めて優しく迎えてくれるから」

 

 そう俺を出迎えるように二人は優しく微笑んだ。

 

「……」

 

 俺は、その誘いを即座に跳ね退けられなかった。

 二人の言う事に、嘘はないと解ってしまったから。

 そして同時に、その招きに確かに俺は応えたいと思ってしまったから。

 この世界に深海棲艦として転成させられ、何度も目の前で理不尽に曝されて、それでも受け入れていかなきゃいけないんだって護りたい者達のために努力してきたつもりだ。

 だけど、バイドになればそんな努力はもうしなくていい。

 奪われる恐怖に怯え続ける必要だってなくなる。

 それはきっと、とても楽な生き方だ(・・・・・・)

 

「どうして?」

 

 俺の答えを波動で悟ったのか二人の顔は困惑と悲しみに染まる。

 

「確かにお前達の言う通りだ。

 認めてやるよ。

 俺は誰と一緒に居たって独りぼっちだってな」

 

 違う世界から無理矢理この世界に放り出されて、しかも『霧』やら現代兵器やらそんなチートを山のように抱えた俺は本当の意味で誰とも解り会うことはないだろう。

 だけど、

 

「それがなんだってんだ」

「…イ級」

 

 本当は独りぼっちだったとしても、それは俺だけの問題なんだ。

 それを解ってほしいから、全部一つなって解決させるなんてのは絶対に間違っている。

 

「俺が独りぼっちだったとしても、『一人』じゃないんだ」

 

 木曾が、北上が、明石が、千代田が、ワ級が、瑞鳳が、アルファが、他にも島で一緒に暮らしている仲間が居る。

 

「俺は独りぼっちでも孤独なんかじゃねえ。

 俺を慕ってくれる奴らがいる。

 背中を預けてくれる仲間がいる。

 だから、俺は一人なんかじゃない」

 

 もっと早く出会っていれば答えは変わっていたかもしれない。

 だけど、今の俺には託されたものが沢山あって、それを背負って生きていくと決めたんだ。

 それを投げ捨てて楽になんてなれない。

 

「…本当に残念です」

 

 雪風がそう言うと腕を持ち上げる。

 

「貴女にもこの幸福を受け入れて欲しかったですが、受け入れてもらえないなら仕方ありません」

 

 刹那、世界が揺れた。

 

「え?

 今度は何!?」

 

 揺れと同時に荒れ始めた海に北上の困惑した声が響く。

 

「地震…?

 いえ、これはまさか海底火山の鳴動!?」

 

 鳳翔の悲鳴に俺もようやく気付き木曾が叫ぶ。

 

「水温が上がってる…噴火が起きるのか!?」

「コノ辺リ火山脈ナンテナイノニドウシテ!?」

 

 竜巻に落雷に隕石と来て今度は海底火山の噴火だって!?

 災害のバーゲンセールなんて誰が喜ぶんだ畜生!!??

 

「なんでこんな事になったんだ!!??」

「言ってないで逃げるぞ!!」

 

 木曾が俺を抱えて退却しようと走り出す。

 

「逃げないで」

 

 島風の嘆願と同時に連装砲ちゃんが俺達に迫る。

 

「耐えてくれクラインフィールド!!」

 

 喰らえば即死の体当たりを俺は残る力を絞り障壁を展開。

 クラインフィールドは連装砲ちゃんの体当たり一回で砕け散るが、連装砲ちゃんの体当たりを防ぎ弾き飛ばした。

 

「間に合わない!!??

 衝撃に備えろ!!??」

 

 木曾の警鐘の直後、下から強烈な衝撃が立ち上り俺達を襲う。

 

「うわあああああ!!??」

 

 海底火山の噴火から逃げ遅れた俺達は衝撃波に荒れ狂う海に飲み込まれていく。

 

「木曾、北上、鳳翔、ヲ級!!??」

 

 高波が俺達を引き離し次々と姿を見えなくする。

 

「畜生!? 畜生!!??」

 

 結局何も護れないのか!!??

 何も出来ず、また失うってのか!!??

 

「ガハッ!!??」

 

 荒ぶる波が俺を叩き海中へと無理矢理引きずり込む。

 意識が明滅して途切れそうになるのを必死で抗い続ける俺だが、想いとは裏腹に手綱は緩み闇に意識が持って行かれる。

 

「本当なら幕引きまで手を貸したいのだが、済まないね」

 

 …誰……だ……?

 

「部下を頼むよ」

 

 その言葉と視界を過ぎった赤い装甲を最後に俺は意識を取り零し深海の闇に墜ちた。




 必要だったからゴマちゃん出したけど、全年齢守れてるよね?

 ともあれ、バイドに島風と雪風を選んだ理由はどちらも心に闇を抱えていると考えたからです。

 妹が生まれて来れなかった島風。

 誰も助けられず一人生き残り続けた雪風。

 どちらもバイドに希望を抱いても仕方ない理由があるとそう思いバイドにしてしまいました。

 次回はいよいよアルファ帰還する……筈。


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戻ッテコレタケド

アマリコノ姿ハ見ラレタクナイ


 イ級の要請で出撃した北方棲姫達だが、突然の波浪の連続に急いで錨を降ろし波に耐えていた。

 

「姫ちゃん頑張って!」

「くるなー!?

 くるなー!!??」

 

 100メートルクラスの巨大な艤装が幾つもの錨を下ろしてなお船体は激しく揺さ振られ北方棲姫が注水と排水を繰り返し立て直そうと頑張る中、甲板では摩耶達が船酔いを起こしのたうちまわっていた。

 

「クソが…。

 艦娘が船酔いだなんて…うぷっ」

 

 悪態を吐くもせりあがる吐き気には勝てず中身を被り空となったバケツに頭を突っ込む摩耶。

 

「大丈夫? オ水持ッテクル?」

「すみません」

「感謝ですぅ…」

 

 ワ級の介護に複雑な思いに駆られながらも船酔いには勝てず大人しく厚意を受け取る潮と春雨。

 千代田と明石は荒れ狂う波が来た方向、おそらくイ級達が戦っているだろう方向に目を向ける。

 

「これも雪風の力なのかな?」

「分からない…。

 だけど、無関係じゃないと思う」

 

 海の機嫌さえ操る事が出来るというなら雪風はほぼ無敵といって差し支えない力を持っていることになる。

 装甲空母ヲ級のような自身の力で他を圧するのとは違う強敵に明石はごちる。

 

「行く前に渡しておけばよかった」

 

 鳳翔の部屋を訪れた際、明石はイ級に内緒で開発した新しいR戦闘機を渡すつもりだった。

 このR戦闘機はおよそ戦闘機とは思えない兵装のため最初に試験した瑞鳳は、あまりのピーキーな性能に自身の妖精も含め並の妖精ではまともに扱うことは出来ないという評価を下すと共に軽くトラウマを刺激され装備を辞退したので鳳翔に渡すはずだったのだ。

 千代田から相手はバイド汚染された艦娘と聞き、あの時に渡せていればと後悔の念を募らせる。

 そこに突如荒れた海面から一隻のヨ級が北方棲姫のすぐ側に浮かび上がって来た。

 

「オマエタチ、イマスグヒキカエシナサイ!!」

 

 島の事を知っている辺りどうやら戦艦棲姫の旗下の者らしいヨ級が大声でそう指示するが、明石達は大声でそれを断った。

 

「そうもいかないよ!!

 向こうにはイ級達の救助に行かなきゃならないんだ!!」

 

 そう言うとヨ級はその必要はないと言う。

 

「アノコタチハコチラデカイシュウシタワ!!

 ダカラヒキカエシナサイ!!」

「姫が動いた…?」

 

 確かにバイドは座して眺めていい相手ではないが、戦艦棲姫はまだバイドの脅威を知っていない筈。

 

「ワタシハモウイクワヨ!!」

「ええ!!

 教えてくれてありがとう!!」

 

 礼を述べるとヨ級は手を振り水面下に消えていく。

 その様子に摩耶を介抱していた羽黒が問うた。

 

「貴女達は何者なんですか?」

 

 艦娘でありながら深海棲艦と連携を行い、かつ先の島風達に起きた異変の元凶に着いても知っている素振りを仄めかしている。

 

「何者か……ね」

 

 そう言われるのも仕方ないかなと思いながら明石は少し考えそのまま答えた。

 

「私達はただのどっちつかずだよ」

 

 艦娘として深海棲艦を祓う事を選ずに共生し、かといって深海棲艦に与して人類に砲を向けるわけでもない。

 それでいて己達の安寧に関わる敵であればどちらにも敵として立ち向かう。

 そんな、姫と大本営のどちらからも要注意される危険分子(イレギュラー)

 周りからはそう思われているとしても、明石達の本当は一つ。

 あの変な駆逐イ級に出会い、あいつが居るから集まっただけなのだ。

 

「私はただあの駆逐イ級がやりたい事に付き合うだけだよ」

 

 興味があるからねと嘯く明石に羽黒は首を横に振る。

 

「納得できません」

 

 理解したくない明石の言にそう言うと羽黒は向かうはずだった沖合に視線を向ける。

 

「そんなの、羨ましいじゃないですか」

 

 荒波に掻き消してもらうように羽黒は小さく漏らし、明石達はそれを聞かなかった事にする。

 そうしているうちに波が大分穏やかになっていた。

 

「…これならもう大丈夫かな?」

 

 そうごちて北方棲姫の方を見ると、かなり怖かったのか涙目で瑞鳳にあやされる姿があった。

 

「こわかったよままぁ」

「よく我慢したね姫ちゃんはとっても偉いよ」

 

 縋り付く北方棲姫を猫可愛がりでべたべたに甘やかす瑞鳳に明石は仕方ないなと苦笑しながら羽黒に尋ねる。

 

「波が落ち着き次第私達は引き返すけど、途中まで護送しようか?」

「いえ」

 

 明石の労りに羽黒は事態を口にする。

 

「全員の体調が調い次第降ろしてください」

「…そうかい」

 

 馴れ合うつもりはないと言い切る羽黒に何かを問うこともなく明石はごちる。

 

「厄介な事だね。全く」

 

 

〜〜〜〜

 

 

「ヒメ。

 ゼンインノカイシュウオワリマシタ」

 

 住まいとする戦艦武蔵の艦橋に設えられた椅子に座りタ級から報告を聞いた戦艦棲姫はテーブルに置かれたカップを手に取り「そう」と言う。

 

「入渠を済ませたらこちらに来るよう言っておきなさい」

「ワカリマシタ」

 

 指示を受けタ級が下がる。

 戦艦棲姫はカップをテーブルに置くと小さく溜息を吐いた。

 

「招かざる客人は無事に旅立ったようね」

 

 『彼等』はこの星にいつか来るであろう『始まりの悪夢』を滅ぼすために『総意』に招かれたと言っていた。

 その出先にイ級達の窮地を知り、逗留させてもらった駄賃と部下の不始末を賄うため彼等の保護に一役買って出て行った。

 

「度し難い事ね」

 

 『始まりの悪夢』が何なのかを聞いた戦艦棲姫は愁う。

 人の業は己を護るためなら悪夢を繰り返す事も厭わないと知ってしまった。

 それがどれだけ虚しい事か分かっていてそれでも繰り返そうというのか。

 

「……私達には関係ない事ね」

 

 『総意』はそれを容認しなかった。

 そして『彼等』はそれを認めなかった。

 故に、『総意』は『彼等』を招き、『彼等』は応じこの星に帰って来た(・・・・・)

 そんな優しい彼等に戦艦棲姫は届かないだろうと思いながらも言葉を贈る。

 

「さようならを提督。

 悪夢となっても人間で在り続ける貴方達の献身は、例え誰も知らずとも私が覚えておきましょう」

 

 戦艦棲姫が深海から空を仰いだ同時刻、太陽系の終端で空間が揺らめいた。

 それは宇宙全体から見れば海に落ちた一滴の雨粒程度の揺らぎであったが、雨水が海を作るようにその存在は何れ宇宙そのものを侵す『始まりの悪夢』と呼ばれる存在だった。

 

「漸く、ここまで来た」

 

 彼はこの行動が何を招くか正しく理解していた。

 だからこそ、帰ることも叶わぬ片道切符を受け取り『始まりの悪夢』を引き連れこの地へと向かったのだ。

 ……しかし、

 

「……なんでだよ?」

 

 彼は目の前の光景が信じられず呻いた。

 

「なんで、お前達がここに居るんだよ?(・・・・・・・・・・・・・)

 

 彼がやった事と同じように空間が揺らぎ、そこから絶望的な数の『悪夢』が姿を現していく。

 

「なんでお前達かここにいるんだ悪魔(バイド)!!??」

 

 赤い戦艦を旗艦とした大艦隊を前に彼は叫ぶ。

 

『悪夢は繰り返させない』

 

 彼の叫びに赤い戦艦が答える。

 

『我々の歴史は繰り返させない

 例えそれが、我々の歴史の滅びとなろうとも』

 

 そう宣う『声』に彼は笑う。

 

「はっ、流石バイドだ。

 なにもかも滅ぼそうっていうんだな」

 

 そうはさせないと『始まりの悪夢』は己の役割を全うするため牙を剥く。

 

「来いよバイド。

 俺達を滅ぼそうっていうなら、何度だって滅ぼしてやるからよ!!」

 

 彼の咆哮と同時に『鏑』から始まった『終幕』が光の尾を引きながらバイドの群れへと突撃。

 赤い戦艦はその突撃に対し正面から相対。追随する幾百もの『悪魔』達に命ずる。

 

『滅ぼせ!!

 悪夢の幕引きを今ここに。

 そしてあの青い星を、我等の故郷を今度こそ護るのだ!!』

 

 戦艦の号令に従い『悪夢』が牙を一斉に奮い『始まりの悪夢』へと襲い掛かった。

 

 

〜〜〜〜

 

 

『?』

 

 絶対に誰にも知られたくない黒歴史を刻んだアルファはその後も後紆余曲折を経てをなんとか目的の物を手に入れ帰還している最中、ふと懐かしい波動を感じ何故だと思った。

 

『コレハ提督ノ…?

 デモ、ドウシテ?』

 

 提督の波動を何故地球の近くで感じたのかと疑問に思うアルファだが、確認したい気持ちを堪えイ級の元へと向かう。

 そうして幾つもの次元の壁を越えて、途中平行世界に迷い込むトラブルを起こしたものの漸くイ級の居る世界に到着した。

 

『御主人ノ位置ハ…』

 

 出る前に確認した波動を探すアルファだが、先に島風の波動を捉え、その波動に異変が起きていることに気付いた。

 

『増エテイル。…イヤ、ソレダケジャナイ。

 マザーヘノ進化ガ始マッテイルノカ』

 

 新たに増えた二つのバイドの波動と島風が発する波動の変化から猶予はあまりないと確信しアルファはイ級の波動を探る。

 

『海底……戦艦棲姫ノ住居カ?』

 

 木曾やヲ級等の反応もあるので、もしかしたら偶然が重なり木曾達も巻き込んで島風と戦闘になり事情聴取に呼び立てられたのかもしれない。

 すぐに合流するべきと考えたアルファは次元航行を駆使し直接武蔵へ赴く。

 するとアルファの予想通りイ級はバイドとなった島風の対策を話している最中だった。

 

『御主人』

「!?

 …って、アルファか?」

 

 次元越しに呼び掛けたアルファにイ級は驚き尋ねる。

 

『ハイ。

 遅クナリマシタガ任務完了シマシタ』

「そうか」

 

 と、イ級はそこで訝む。

 

「なんで次元を挟んだまま会話してんだ?」

『ソレガ…』

 

 アルファとしてはあまり話したくないが、かといってこのままでもいられず理由を語る。

 

『実ハ探索中ニトラブルガ起キテ形状ガ変ワッテシマッタンデス。

 ナノデ、マズハ会話デ私デアルコトヲ確認シテモライタカッタンデス』

「姿が変わったって、大丈夫なの?」

 

 それなりに心配した様子で尋ねる北上にアルファはハイと言った。

 

『性能ハ格段ニ強化サレテイマスノデ。

 用意シタ対バイド兵器ト併セテ勝率ハ上ガッタト言イ切レマス』

 

 そう答えるアルファに木曾も安堵の息を吐く。

 

「強化はともかくアルファに問題がなかったほうが安心したよ」

『皆…』

 

 バイドである自分を本気で心配していてくれたことを言葉とそれぞれの波動が雄弁に語ってくれてアルファは本当に彼等に出会えたことを感謝した。

 

「さてと、事情も把握したしこっちは心の準備も出来たからそろそろ出てこいよ」

『ワカリマシタ』

 

 イ級に促されアルファは空間を波立たせイ級達の前に姿を見せる。

 

「「「「………」」」」

 

 更にグロテクスで醜悪な外見になっていると思っていたイ級達は新たなアルファの姿に絶句する。

 アルファは以前のような戦闘機から肉塊が沸き出したグロテクスさは成りを潜め、どちらかと言うと芋虫型の肉塊を素材に戦闘機を完成させたようなかなり纏まった姿になっていた。

 ただ、その形状は先も述べた通り芋虫に近く、更に丸い先端に続く部分が鰓張っていたりと思わず…

 

「え〜と、ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲みたいになっちゃったんだね」

 

 必死に言葉を選んだ北上の苦肉の感想にアルファはがっくりとうなだれる。

 

『ヤハリソウミエマスカ?』

「……うん」

 

 下手な嘘を言うのも悪いと頷くイ級。

 さもなくば特殊な使い道のマッサージ機を彷彿して木曾と鳳翔など真っ赤になって顔を背けてしまっている。

 

『次元ノ狭間ニ戻リマス』

 

 いたたまれなくなって姿を隠すアルファ。

 

「待て待て。

 確かに驚いたけどよ、姿が多少アレな感じになっても俺は気にしないぞ」

『アリガトウゴザイマス。

 デスガ、ヤハリTPOハ弁エテ然ルベキカト』

 

 次元の狭間に姿を隠し声だけでそう言うアルファ。

 

「ま、まあアルファがそうしたいなら無理強いはしないが」

 

 よっぽど今の姿は納得いかないんだなと思うイ級。

 そんな態度がちょっと可愛いかもとそう思われつつイ級は尋ねる。

 

「因みにその姿に名前はあるのか?」

『ハイ。

 『バイドシステムβ』ト』

「じゃあベータって呼ぶほうがいいか?」

『アルファデオ願イシマス』

「分かったアルファ」

 

 と、そこでイ級は言い忘れてた事を思い出す。

 

「そうだアルファ」

『ナンデショウ?』

 

 イ級にとっては当たり前の言葉を口にする。

 

「お帰り」

『……ハイ』

 

 しかし、それは、アルファとそして地球を旅立った全員ががかつて本当に欲しかった言葉だった。

 




 ということで提督はF-Cルートを壊しに来たのでした。
 と言っても実はここはR-TYPEの26世紀じゃないので彼は運悪くルートを外れてしまっていたんですけどね。
 とはいえ地球にたどり着いたら深海棲艦が滅び艦娘が消えてR-TYPEが始まることになると言う展開ががが・・・

 それと始まりの悪夢は101っぽいですが明言はしません。

 何故ならクリアした人によって機体変わっちゃうから。←

 つまるところ提督にヌッ殺されるのは貴方で(超重力砲)

 後バイドシステムβはなんであんな形に加工したのか小一時間問い詰めたい。

 だってご立派様に見えた瞬間そうとしか思えなくなったんだよ!!

 なんでこんなことになったんだ!?←


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意訳シテシマウト

 ドウシヨウモナクシマラナイデスネ。


 さて、アルファも帰って来たことだし本格的な反撃の準備を始めるとしようか。

 

「姫。

 俺達は一度島に戻って明石にR戦闘機の準備を進めてもらって来る」

「要望の資材は後で送っておきましょう。

 ただし」

「分かってる。

 全部貸すだけで借金として上乗せするんだろ」

 

 そう言うと戦艦棲姫は首肯する。

 因みに今回の融資は各三万。

 ちまちま返してた分を差っ引いて、更にさっきの戦闘で受けた修復にかかった資材も併せるとトータル六万を越えていた。

 やばい。雪だるま式に借金がががが…

 返済計画の練り直しに内心で壊れかけた俺だが、戦艦棲姫の投げ掛けた更なる要求に現実に引き戻される。

 

「それと、余ったもので構いませんのでR戦闘機を最低一機こちらに引き渡すように」

「それは構わないけど…なんで?」

 

 突然そう言われ思わず問い返してしまう。

 戦艦棲姫は水偵積んでないからいらないよな。

 それに明石が開発するR戦闘機は妖精さんの加護が掛かるから俺とワ級以外の深海棲艦には使えない筈。

 俺の疑問に戦艦棲姫は言う。

 

「興味があります。

 それに、いつかそのRとやらを鎮守府が用いる日が来たとして、何の対策も無いままというわけにもいきません」

 

 まあ、確か言ってることは間違ってないな。

 アルファ一機でも本気出すと震電改ガン積みした加賀6人いようと制空権確保して来れるだけのキチ性能なんだし、それがなんかの間違いで人類と深海棲艦との戦争に持ち出されれば勝ち目もくそもなくなるだろうしな。

 

「分かった。

 終わったら持ってくる」

 

 私としては見過ごせないんですがとごちる鳳翔は無視する。

 どうせ普通の深海棲艦には使えないし、ラバウル辺りがそのうち作るだろうからとんとんだ。

 

「ああ。貴女は少し話があるので残りなさい」

 

 と、そこで思い出したようにそう鳳翔を名指しする戦艦棲姫。

 

「私ですか…?」

 

 意図を読めない指名に戸惑うも鳳翔は解りましたと頷いた。

 

「案じずともすぐに終わるわ」

「あ、ああ。分かった」

 

そう言われては留まるわけにもいかず俺達は艦橋を後にした。

 そのまま出口に向かい鳳翔を待っていると不意に木曾が俺に告げた。

 

「イ級。

 今回は仕方なかったかもしれないけど、これからは相手が誰だろうと俺達に気を使わないでくれ」

「木曾?」

 

 突然の申し出に俺は戸惑った。

 そこに北上も述べる。

 

「そうだね。

 私達はもう鎮守府からみたら敵も同然なんだし、誰が相手だって戦う覚悟はあるんだよ」

「……」

 

 だからって、俺は木曾達を艦娘と戦わせるのはやっぱり嫌だ。

 だけど、あまり気を回しすぎるのも違うのかも知れない。

 艦娘はその身体は人間でも根幹は艦船。

 戦わせない事は逆に艦船としての誇りを蔑ろにする行為なのかもしれない。

 

「……すぐには難しいかな」

 

 結局俺はそう言うしか出来ない。

 艦船の誇りがなんなのかまだ解らない俺は、艦娘が掛け替えの出来ない人達としか考えられない。

 だから、それが分かるにはもう少し時間が必要なんだ。

 

「……ま、今はそれでいいか」

 

 完全に納得は出来ない様子で肩を竦める木曾。

 

「こればっかりはな」

 

 すまないとそう言うと二人は溜息を吐いた。

 

「まったく」

「しょうがないね」

 

 呆れられてしまった。

 

「お待たせしました」

 

 そこにタイミングよく鳳翔が合流する。

 

「もう終わったのか?」

 

 10分と経たず合流した鳳翔にそう尋ねるも鳳翔はええと頷く。

 

「ちょっとした質問をされただけですから」

「そうか」

 

 聞き出す必要は…まあいいか。

 

「じゃあ、行くか」

 

 島風達を、いや、バイドを倒すため俺達はカ級達に手伝ってもらい戦艦武蔵から海上に上がる。。

 

「アルファ、こっちに出てこなくていいから島への航路を確認してきてくれ」

『了解』

 

 よっぽどあの姿を見られたくないらしくアルファは帰って来てから一度も着艦していない。

 一体何があったのか尋ねても言いたくないの一点張りだしかなり心配なんだよな。

 まあ。姿が変わって嫌な思いをする気持ちは分からなくもないし、暫くそっとしとくしかないな。

 先行したアルファが戻り声を頼りに俺達は島を目指す。

 

「アルファ、島風達は?」

 

 偵察機を飛ばして見つかると厄介どころではないのでバイドの波動探知能力で大まかな様子を伺わせるとアルファは答えた。

 

『動キハアリマセン。

 マザー化ノ準備ヲ始メテイルト思ワレマス』

「あまり猶予はないみたいだな」

 

 アルファの報告に木曾が呟くと、ふと北上がアルファに尋ねた。

 

「そういえばさ、あの島風ってなんでかアルファを最初に一つになりたいって執着してたよね。

 島風に何をしたのアルファ?」

 

 探るような含みを持たせて尋ねる北上。

 

「あんまり疑いたくないけどさ、あの島風を汚染させたのってアルファなんじゃないの?」

 

 その問いに木曾が怒鳴る。

 

「北上姉!?

 いくらなんでも言い過ぎだ!!」

 

 アルファを庇おうとする木曾だが、

 

『ソウナノカモシレマセン』

 

 アルファの答えに言葉が止まってしまう。

 

「アルファ?」

 

 俺の呼びかけに応えずアルファは独白を零す。

 

『アノ島風ガ『バイドノ切端』ヲ渡シタ時、私ガ気付カズ汚染サセテイタ可能性ハ否定出来マセン』

 

 悔悟するようなアルファの独白に俺達は何も言えず押し黙るしかない。

 

『ヤハリ(バイド)ハ地球ニ帰ッテ来テハイケナカッタンダ。

 ドレホド焦ガレヨウト、コノ美シイ星ニバイドノ居場所ハナイノダカラ』

 

 その声は寂しそうで、だからこそ…

 

「ざけんな」

『御主人?』

 

 本気で腹が立った。

 

「地球にバイドに居場所が無かろうがアルファ(お前)の居場所は俺だ。

 だから、これが終わったら出ていくなんて考えるんじゃねえぞ」

 

 そんな事は許さない。

 島風が言う通り俺は誰ともこの苦しみを分かち合えない独りぼっちだから、そんな俺と仲間になってくれて、一人にさせなかった皆が居るからバイドになる誘惑を断ち切れたんだ。

 

「命令だアルファ。

 どこにも行くな。

 バイドだろうがなんだろうがアルファは俺の艦載機で仲間なんだ。

 だから、絶対に何処にも行くな」

『……了解』

 

 アルファの答えに俺は漸く立った腹が治まる。

 

「え〜と、イ級。

 その、ごめんね」

 

 一区切りを見計らって北上がそう謝る。

 

「いや。

 北上がそう疑問に感じるのもしょうがないよ」

 

 俺だってその可能性を考えたんだ。

 北上がそう考えても責められない。

 

「それはそうと島風がアルファを求めてる件はどうなのですか?」

 

 そう鳳翔が先の疑問を投げ掛ける。

 

「それは俺も気になってたんだよな」

 

 正直わざわざアルファを欲しがる理由が分からん。

 

『オソラクデスガ、島風ハバイドトシテ不完全ナ状態ナノカト』

「どういうこと?」

『バイドハアラユルエネルギーヤ物質ヲ取リ込ムコトガ出来マスガ、同時ニ地球ノ生物ト同ジ二重螺旋構造ノ塩基配列ヲ基礎トシテイマス。

 コレハ推察ノ域ヲ出マセンガ、バイドハ雌雄同体デアリマスガ何等カノ理由ニヨリ島風ハ雄ノ機能ヲ持タズ、マザー化ガ完了シテモ島風単一デハ汚染サセルノガ限界ナノデハナイカト。

 故ニ完全ナバイドデアル私ヲ取リ込ミ雌雄同体ヘノ進化ヲ完了スル意図ガアルノデハナイカト考エラレマス』

 

 ……うん。全く分からん。

 

「えっと、つまりアルファを取り込むと島風は子を成す事が出来るということですか?」

『大体正シイカト』

 

 ………マジで?

 

「なんていうか、質の悪い求婚相手に迫られてるみたいな話だな」

「それも叶ったら世界を滅ぼす一大恋愛ってやつ?」

「イイ迷惑ネ」

 

 鳳翔の要約に皆が皆どっと疲れたように溜息を吐く。

 本当に、なんでこんなことになったんだよ…。

 凄まじく疲れた気持ちで島に帰還すると、島風達の監視にアルファが近海に残り俺達は早速工廟に向かう。

 

「お帰り。

 一応無事とは聞いてたけど安心したよ」

 

 そう言う明石に礼を言って俺は本題を切り出す。

 

「明石。至急R戦闘機の開発を始めてくれ」

「それは構わないけど資材はどうするの?」

「戦艦棲姫が融資してくれることになった。

 ……借金だけどな」

「……そう」

 

 返済計画の練り直しに明石も肩を落とす。

 

「っと、そうだった」

 

 肩を落とした明石だがすぐに立ち直り鳳翔にR戦闘機らしき白い艦載機を差し出す。

 

「取り敢えず鳳翔にこれね」

 

 って、また勝手に開発してたのかよ。

 お前は大鳳に取り憑かれ資材を溶かし続ける廃人提督か!?

 そんな内心の突っ込みを余所に受け取った鳳翔はその異様に眉を寄せる。

 

「なんですかこれは?

 まるで杭打ち機みたいな物を抱えているんですが?」

 

 鳳翔の言う通りその白い機体の下部には機体とほぼ同程度に大きな杭を抱えていた。

 よく見ればコクピットの両サイドにシールドみたいな風防も着いてるし、つかこれなんなんだ?

 

「その機体の名前は『ハクサン』。

 電磁加速させた杭を相手に撃ち込んで内側から波動エネルギーで対象を撃破するっていうコンセプトの機体らしいよ」

 

 そうドヤと言わんばかりに決める明石。

 いやさ、

 

「なにその浪漫機体」

 

 航空機にインファイトっていうかゼロ距離格闘させるって馬鹿じゃねえの?

 つうか、理屈云々よりそんな阿呆な機体を鳳翔に渡してどうすんだよ?

 

「……悪くないですね」

「え゛」

 

 ためつすがめつハクサンを確かめる鳳翔が本気で嬉しそうなのは気のせいだよね?

 お願いだからお前だけは原作のイメージ壊さないで!!??

 そんな俺の願いなんてどこ吹く風と鳳翔は自信満々に告げる。

 

「私の妖精さん達なら使いこなしてみせるでしょう」

 

 なんでこんなことになったんだ!!??

 

『御主人!!』

 

 頭を抱えたくなる俺に突然アルファが通信を寄越した。

 

「どうした!?」

 

 まさか島風のマザー化が完了したのか!?

 なるべく焦りを堪えアルファの報告に耳を傾ける。

 

『戦艦棲姫カラノ資材ヲ輸送シテイルト思シキ深海棲艦ノ艦隊ガ襲撃ヲ受ケテマス』

「げっ」

 

 それはそれでヤバイ。

 

「相手は?」

『重巡ヲ旗艦トシタ水雷戦隊デス。

 鎮守府ノ艦娘ノ模様』

 

 その報告に走った緊張が和らぐ。

 どうやら普通に通商破壊作戦している艦娘に見付かっただけらしい。

 

「ともあれほっとく訳にも行かないな」

 

 資材が届かないと困るし借金だけ貯まるなんて冗談じゃない。

 

「ちょっくら救援に行ってくる」

「俺も行くよ」

 

 そう名乗りを挙げる木曾。

 

「いや…」

「……」

 

 う…。

 俺一人で大丈夫と言いかけてじっと睨まれてしまう。

 

「じゃ、じゃあ手伝ってくれ」

 

 すごく言い難いけど頑張ってそう頼むと途端に笑顔になる木曾。

 

「任せろ!」

 

 嬉しそうに先に行く木曾にかなり複雑な気分になる。

 なんつうかさ、腑に落ちきらないんだよな。




 鳳翔にとっつき持たせてしまった…

 いやね、最初はそんなつもりなかったんだよ?

 たださ、あの超玄人向け機体を使えるのは限界を踏破した超絶技巧持ち妖精さんを擁する鳳翔以外無かったんだよ…。

 とまあ言い訳はこの辺りにして今後もRは増えてきます。
 四機は確定してて後はどうしようかな…

 ちなみにうちに大鳳はいません。


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コレモ

因果トイウノデショウカ?


 腑に落ちない違和感を抱えながらもともあれ俺は木曾と救援に向かおうと念のため陣形を組むため手の空いていた瑞鳳とイ級とチ級を連れて救援のため海に出た。

 瑞鳳と一緒にチビ姫も行くと喚いていたが、明石が燃料溶かしすぎてチビ姫の艤装の分が足りず、更にでかさに比例した鈍重な艤装では間に合わないのでワ級に預けて留守番させている。

 

「アルファ、状態は?」

『ニ隻撃沈シテイマス。

 残リハワ級三、ル級一』

 

 かなりやべえな。

 フラワならそう簡単に沈みやしないだろうけど、なんせワ級は通商破壊作戦の艦娘と燃料弾薬や近代化改修のために襲う深海棲艦に狩られまくるため、フラグシップクラス級の強力な個体の絶対数が少なく戦艦棲姫さえ数体しか従えていないから今回のも多分ノーマルだろう。

 余談だけどうちのワ級も通商破壊作戦の被害者だったらしい。

 ワ級のためにも通商破壊作戦を撲滅することが密かな野望だったりするがそれはさておき。

 

「アルファ、敵艦娘の艦種は分かったか!?」

『重巡古鷹ヲ旗艦ニ、天龍、龍田、叢雲、初春、子日ト思ワレマス』

「…なんか知ってる面子っぽいな」

 

 つうか散々っぱらギンバイしたあいつらか?

 だとしたら好都合だな。

 俺はル級達から注意を引くため瑞鳳に指示を出す。

 

「注意をこちらにひきつける。

 瑞鳳。流星と彗星で先制打撃。

 続いて木曾も先制雷撃頼む。

 どっちも威嚇だけで当てる必要は無い。

 チ級とイ級は輸送隊の撤退支援だ」

「任せて」

「分かった」

「リョウカイアネゴ」

「マカサレタ」

 

 指示通り攻撃体勢に移る二人と俺達から航路を外れさせるチ級イ級を確認しアルファに問う。

 

「アルファ、波動砲のチャージ状況は?」

『イツデモ撃テマス』

「なら待機。

 島風達に感づかれたらお前に任せるぞ」

『了解』

 

 それぞれに作戦を通達すると最初に瑞鳳が動く。

 

「攻撃隊、行って!!」

 

 小さく艦娘と抵抗するル級達の姿が見えた所で瑞鳳が矢を放ち、放たれた矢が流星と彗星に変じて空を翔ける。

 彗星が高く上空に上がり、流星が水面ぎりぎりの低い高度を保ちながら滑空する様に向こうもこちらに気付いたようだ。

 

「あれは…空母の艦載機!?」

「あら〜?

 でもどうして私達に向かって来てるのかしら〜?」

 

 周辺で起きる爆発が収まり艦載機が来た方向を確認した天龍の怒鳴り声に全員がこちらを向く。

 

「って、あそこに居るのはあの時の眼帯野郎じゃねえか!?」

 

 げっ。やっぱり最後にギンバイした彩樹艦隊の連中かよ。

 俺の存在に気付いた天龍の声に天龍、龍田、叢雲の三人が隊列を崩してこちらに突っ込んでくる。

 

「三人とも何を!?」

「あの野郎だけはぜってえブッ潰す!!」

「今までの怨みも纏めて沈めてやるわ!!」

「古鷹ちゃん、ル級はお願いね?」

「何言ってるのよ!!??」

 

 複縦陣が崩れ爆撃と雷撃に古鷹がパニックを起こす。

 

「一体どうなってるのよ!!??」

 

 そう思うよな、うん。

 古鷹には悪いけど運が悪かったと諦めてくれ。

 イ級達の誘導で口惜しそうにしながらもル級が退避を始めそれを追撃する初春達を横目に俺は加速しながら中ニ病全開な刀を構える天龍に向かう。

 

「はっ、今日は逃げねえのかよ?」

 

 こいつらには何度も喋ってるの聞かれているから今更隠す必要もないと言い返す。

 

「あっちのワ級が沈められたら困るんだよ!!」

「だったらまずテメエから沈めてやるよ!!」

 

 クロスレンジに入るなり刀を振り下ろす天龍。

 

「これで年貢の納め時だ!!??」

 

 真っ赤な凶刃が俺の身体を切り裂こうと迫るが、そうは問屋が下ろさない。

 

「クラインフィールド!!」

 

 瞬時に展開した黒い結晶が膜となって天龍の刀を弾く。

 アルファが着艦しないから『霧』モードが解けていないのが僥倖だった。

 

「はぁっ!!??」

 

 弾かれた勢いで距離が離れるなり天龍は驚愕しながらもすかさず20、3cm砲を俺に叩き込むが展開したままでいたクラインフィールドが爆風ごと衝撃を完全に遮断する。

 もしかして斬ると同時に叩き込むつもりだったのか?

 効率的かもしれないけど、かっこつけてやったようにしか見えないのは天龍の人徳だな。

 

「なんだそのカッコイイ防御は!?

 しかも黒とかチョーイカスじゃねえか!?」

 

 指を指して俺に寄越せとか怒鳴る天龍に半ば呆れつつ小さくごちる。

 

「クラインフィールドを知らねえ?

 新参か?」

 

 そういや木曾は『霧』を知ってたけど北上達も『霧』について知らなかったな。

 この世界はアルペジオコラボが終わってすぐぐらいなのか?

 じゃなきゃ横須賀が独断専横した海域作戦がアルペジオコラボだったのかも。

 憶測に思考を走らせていると天龍が刀を構え直し後ろの二人に言った。

 

「龍田!! 叢雲!!

 予定変更だ! こいつは生け捕りにしてラバウルに引き渡すぞ!!」

「は?」

 

 何言ってんだこいつ?

 

「いいわね〜。

 ちょ〜とお灸を据えてから、その力も貰っちゃおうかしら」

 

 コレ(クラインフィールド)は転生特典だから多分解析無理っつうか本気で?

 考えてんだと引いた俺の後ろから追い越した木曾がカトラスを天龍に振るう。

 

「イ級をラバウル送りだと!?

 絶対やらせてたまるか!!??」

 

 天龍達の話を聞いていたらしく憤怒に満ちた木曾が裂帛な気合いと共に振り下ろしたカトラスを天龍の刀が迎え撃つ。

 

「テメエ!!??

 艦娘が深海棲艦の肩を持つのか!!??」

 

 膂力で振り払う天龍に木曾はそれを受け流しながらカトラスを構え宣う。

 

「あいつは俺の仲間だ!!」

 

 そう言い再び斬り掛かる木曾に天龍は獰猛に吠える。

 

「ほざくんじゃねえ!!

 だったらテメエも一緒くたにしてラバウルに連れてってやるよ!!」

 

 刀を振り上げ斬撃を繰り出す天龍。

 カトラスと刀が噛み合い硬い金属音が立て続けに打ち鳴らされるのに思わず思う。

 

 おい、砲雷撃戦しろよ

 

 口には出さずそう突っ込むと追い付いた瑞鳳は龍田と噛み合った。

 

「あら?

 貴女もあのイ級の仲間なのかしら?」

「そうよ」

「だったら沈んでも文句は無いわよね?」

 

 薙刀で風を切って威嚇する龍田に瑞鳳はきっと睨み返す。

 

「沈むなんて冗談じゃないわ。

 私の命は姫ちゃんのためにあるんだから!!」

 

 そう弓を構える瑞鳳に龍田は笑みをきゅうと吊り上げ弓を形作る。

 

「姫ちゃんねぇ?

 それ、詳しく聞かせてもらわなきゃいけないかしら〜」

 

 ひゅんと薙刀を振るって構える龍田に瑞鳳は矢を放ちそれを答えとした。

 

「全機発艦!!

 沈めちゃえ!!」

 

 なんか、俺の今日までの懸念とか心配とか真っ向から否定する勢いで本気で沈めに掛かる二人になんでこんなことになったと叫びたくなるが、生憎そんな暇は無い。

 

「喰らいなさい!!」

 

 唯一フリーの叢雲が俺目掛け砲撃を叩き込んだのだ。

 

「喰らうかよ!?」

 

 黒いフィールドが叢雲の放つ砲撃と魚雷を防ぎ水柱と爆煙が間近で生まれる。

 避けてもよかったんだが流れ弾が木曾やル級達に当たるのも怖いしな。

 

「チィッ!!??

 ちょこまかちょこまか逃げ回った次はそんなものまで持ち出して!!

 私達を馬鹿にするのもいい加減にしなさい!!」

 

 そう怒鳴り声を張り上げる叢雲。

 いや、馬鹿にした事は一度もないんだけど…。

 まあ、遠征の報酬を横取りして逃げまくってたからそう思われても仕方ないのか?

 まあいいや。

 向こうがどう思おうがこっちは輸送隊を逃してお帰り願うだけだし。

 そろそろ仲間とそれ以外の艦娘はきっぱり割り切らなきゃいけないのかなと考えながら俺はファランクスを展開。

 

「死なない程度に喰らえ!!」

 

 魚雷管を狙い弾幕を張る。

 

「主砲じゃなくて機銃ですって?

 舐めるのも大概になさい!!」

 

 アームを巧みに操り広角砲を盾に魚雷管を守りながら叢雲が怒鳴るが、生憎とダメコン積んでないから使う気は無い。

 積んでても使う気ないけどな。

 

「そらっ!!」

 

 走りながら身を捻りハンマー投げの要領で爆雷を叢雲目掛け投擲。

 直撃はしなかったが至近距離で爆発した爆雷の爆風に叢雲が煽られる。

 

「キャッ!?」

 

 僅かにバランスを崩したがすぐに立て直すと忌ま忌ましそうに睨んでくる。

 

「…やってくれたわね。

 少し服が汚れたわ」

 

 舌打ちしそうな様子でそう文句を言う叢雲言ってやる。

 

「汚れが気になるってなら帰ってくれて構わねえぞ?」

 

 いやほんと、マジでそうしてくれると助かる。

 

「そうね。

 そうさせてもらおうかしら」

 

 え? ホントに?

 ちょっとだけ期待する俺に向け叢雲がマストを象る槍っぽい棒を突き付ける。

 

「その前に、私を散々虚仮にした愚か者に報いを与えてからだけどね!!」

 

 ですよねー。

 いや、分かってたよコンチクショウ。

 こうなりゃヤケだ!!

 

「んな口利いたこと後悔させてやるよ!!」

 

 ファランクスを構え直し缶に貯まった熱を吐き出して加速しようと俺だが、その瞬間ゾワリと悪寒が走った。

 

「…何……今の…?」

 

 その悪寒を感じたのは俺だけじゃなかったらしく叢雲や木曾達も手を停め辺りを伺っている。

 

『御主人!!』

 

 そして極め付けに空間を波立たせ卑猥な物体もといアルファがこちらに現れる。

 

「ちょっ!?

 何よその卑猥な物体は!?」

 

 叢雲がそうアルファを批難するが答えている余裕は無い。

 アルファがこちらに出て来たということは答えは一つしかない。

 

「バイドが来るぞ!!??」

 

 その警告に瑞鳳が艦載機を放ち島に援軍を要請。

 

「妖精さん! 千代田と鳳翔とワ級にR戦闘機を持ってくるよう伝えて!!」

 

 本当はアルファを向かわせたいが先にアルファが戻る前にバイドが来る可能性が高い。

 伝令を預かった妖精さんが彩雲を駆り空を飛翔したのを確認してからアルファに問う。

 

「島風と雪風などっちだアルファ?」

 

 アルファが確保した対バイド兵器が使えるのは一度こっきりとのこと。

 島風なら躊躇なく使うが雪風なら自力で倒すしか無い。

 後ろの外野がなんか言ってるのを無視してアルファが告げる。

 

『アレハ…白露型駆逐艦『夕立』デス!!』

 

 アルファの報告に耳を疑った直後木曾が叫ぶ。

 

「あの時の夕立か!?」

 

 あの時?

 まさか、木曾達が島風と戦っていた時に沈んだ艦娘がいたのか!?

 三隻目のバイド艦娘の登場に思わず漏らしてしまう。

 

「なんつう悪夢だよ?」

 

 そういや南方棲戦姫は深海棲艦化はしないって言ってたな。

 深海棲艦の代わりにバイドが艦娘を味方にしてるとか悪夢以外のなんでもねえ。

 

『来マス!!』

 

 千代田達の合流を待たずバイド化した夕立の姿を目視した俺達はその異様に呻いた。

 

「…なんだ、ありゃ?」

 

 引き攣ったように漏れた天龍の呟きは全員が感じている感想だ。

 生身の部分は夕立のそれと変わりはしていない。

 瞳が赤ではなく琥珀色で服の右側が無いせいで胸とか色々見えてるしまっている事は問題だけど、俺達が驚愕したのはそこじゃない。

 白露型の艤装は内側から溢れ出したかのように蠢動する朱い肉に侵食され、まるでバイドシステムαを思い出させるグロテクスさに犯されていたからだ。

 そして右手に同じく肉塊が溢れ出した12、7cm連装砲を携え、左腕には鈍く光る太い鎖が絡み付きその先端にはシャークマウスが実態化したような凶悪な乱喰歯をガチガチと鳴らす顎の生えた魚雷が繋がっているのだ。

 

「もしかして魚雷がフォース化してんのか…?」

 

 だとしたら連装砲ちゃん並にタチが悪いじゃねえか。

 俺達を確認したらしく夕立がシィッと獰猛に笑みを浮かべた。

 

「いっぱイいル…みンナ沈メてとモダちたくサンっぽイ!!」

 

 そう言うと同時に肉塊に浸食された連装砲をこちらに向ける。

 まだ30km以上の距離があるのにと思った直後、夕立の右腕がバチバチとスパークを生じさせアルファが叫ぶ。

 

『ライトニング波動砲!?

 御主人クラインフィールドヲ!!??』

 

 アルファの警鐘に俺は反射的にクラインフィールドを展開。

 ライトニング波動砲を纏った夕立の砲撃はレールガンのように超高速で飛来し辛うじて展開が間に合ったクラインフィールドを削りながら砕けて飛散する。

 

「今の何よ!!??

 あんた達アレとどんな関係なのよ!!??」

 

 当たってたら一撃轟沈もありえた超長距離射撃に叢雲が叫ぶが構ってる余裕は無い。

 

「死にたくなかったら大人しくしてろ!!」

 

 そう切り捨て俺はクラインフィールドの情況を確認して毒吐く。

 

「クソ、一撃で三割持ってかれた…。

 そうは持ちこたえられそうにねえぞ」

「笑えない話だな…」

 

 連装砲ちゃんに砕かれたことはあるけどあれは超重力砲ぶっ放した後で半分ぐらいの硬度しかなかったが、今回はアルファの警鐘もあってほぼ全力だった。

 なのに一撃で三割減衰させられたんだから、単純な火力なら間違いなく島風以上だ。

 

「千代田達を待ってる余裕は無さそうだ。

 イ級、防護は任せた!!

 瑞鳳、アルファ、行くぞ!!」

「ええ!!」

『了解』

 

 木曾の号令に二人が走りだし、俺もまた三人を護り通すため後に続いた。

 

「お前達に傷一つ付けさせはしない!!」




 ぽいぬ強襲。

 最初のプロットだと実は天龍達は生贄になってたけど、今後も絡ませていきたいのでバイドの餌食にするのは中止したという。
 そのお陰で中途半端にな立ち位置になった気もするけど気にしないでおこう。

 因みにぽいぬも上位機体です。


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選ンデクレ

 ドチラヲ選ンデモ私ハ


 バイド化した夕立との距離を詰めるため走る俺達を夕立は凶暴に笑いながら出迎える。

 

「ヨリ取り見ドりッポい!!

 ミンなですテきナパーティーしマシょ!!」

 

 再び疑似レールガンとでも言うべき砲撃のためか右手をバチバチとスパークさせる夕立に向け手始めに流星と彗星が飛来する。

 

「全機爆装!!

 全弾投射して!!」

 

 艦爆と艦攻を両方可能とする流星が魚雷を投射すると同時に上空の彗星と合流。

 合計30機以上による急降下爆撃が夕立目掛け降り注ぐ。

 

「喰らえ!!」

 

 更に木曾も酸素魚雷の先制雷撃を敢行。

上空海上合わせて百発近い魚雷と爆弾の波状攻撃が夕立に襲い掛かる。

 

「ソノ程度じャたリナイっぽい!!」

 

 夕立は右腕を奮うとスパークが解放され、解放されたスパークは電光となって魚雷を撃ち抜き爆散。

 更に左腕に巻き付いた鎖を解きまるでフィギュアスケーターが踊るように弧を描きながら爆弾を躱す夕立が鎖を握って牙の生えた魚雷を真上に放り投げる。

 

「目ザワりはマルカジリっポい!!」

『ksyyyyyaaaaaaaaaaaaaaaa!!』

 

 夕立の命令を受けて歓喜するように魚雷が金切り声を起てながら空を泳ぐように駆け降り懸かる爆弾の一つをその牙で噛み砕いだ。

 噛み砕かれた爆弾は爆発することなく魚雷に喰らい尽くされてしまう。

 魚雷は爆弾一つでは飽き足らないのか重力なんてお構いなしに片端から爆弾に食らい付くと半数近くを食い散らし更に離脱しようとする彗星に狙いを定めた。

 

「機体を捨てて離脱して!!??」

 

 瑞鳳の指示がぎりぎり間に合い脱出し無人となった彗星を魚雷が噛み砕いて粉砕する。

 アレに喰われたら妖精さんだってどうなっていたか…

 薄ら寒くなる背筋とはお構いなしに魚雷は更なる獲物目掛け飛び掛かる。

 

『シュート!!』

 

 そこに機を見計らっていたアルファが魚雷目掛けバイドフォースを投擲。

 

『ksyyyyyaaaaaaaaaaaaaaaa!!??』

 

 バイドフォースを叩き込まれた魚雷が恨めしそうに悲鳴を上げると夕立が鎖を手繰り魚雷を引き戻す。

 

「やっぱりフォース化してやがるな…」

 

 爆弾を喰らった時点で確定はしていたけどよ。

 おまけに敵を自動追尾してかつ鎖である程度制御出来るようだから連装砲ちゃんみたいな付け入る隙が少ない。

 つかさ、細かいことだけど明らかに鎖の長さが伸びてたのに引き寄せたらちょうどの長さに戻ったんだがどんな仕組みなんだ?

 

「完全に無傷で切り抜けられた…」

 

 悔しそうに歯噛みする瑞鳳を慰める余裕もなく木曾が先の攻撃から結論を下す。

 

「下手しなくても島風と同等以上の強敵だな」

 

 バイドだって時点で分かってたけど、こうして目の当たりにすると目眩がしそうなほど質の悪い。

 攻略方とまで言わずとも対抗策を練るためにアルファに尋ねる。

 

「アルファ、今の夕立と共通点が多い機体は?」

『ライトニング波動砲ヲ装備シテイルR-13A『ケルベロス』……イエ、魚雷ノ特徴カラオソラク上位互換機ノR-13B『カロン』ト思ワレマス』

「上位互換機って、マジかよ…」

 

 夕立もそうだが島風といい雪風といい一体どんな基準でああなったんだ?

 

「弱点は?」

『アリマセン。

 13系ハR戦闘機ノ中デモ珍シクバランスガ良イ機体デシタノデ。

 強イテ挙ゲルナラフォースガシュート後暴走シヤスイグライデス』

 

 勝機を見出だすのに微塵も役に立ちそうにねえ情報だなおい。

 つうか今の言い方だとR戦闘機ってのは癖が悪い機体がそんなにあるのか?

 ……そういやハクサンもそんな感じだったな。

 頭を抱えたくなる情報に悪態を吐こうとするも夕立が動いた。

 

「オ返しッポい!!」

 

 夕立は楽しそうに笑いながら連装砲を発射。

 

「やらせねえ!!」

 

 即座に頭を切り替えクラインフィールドを展開して砲撃を防ぐ。

 削られ具合から普通の砲撃らしいがなんでだ?

 波動砲のチャージングが足りなかっただけ?

 訝んでいると次いで鎖を引き連れた魚雷がクラインフィールドに喰らい付いた。

 

『ksyyaaaaaaaa!!』

 

 魚雷の牙ががりがりクラインフィールドを削りながら俺へと迫る。

 

『御主人!!』

 

 再びフォースで弾こうと回頭したアルファに叫ぶ。

 

「俺に構わず夕立を仕留めろ!!」

『デスガ!?』

「俺が魚雷を抑えてる今この隙を逃すな!!」

 

 全力で尻を叩くように命じるとアルファは即座に了解と応え夕立に迫る。

 

『『デビルウェーブ砲Ⅱ』発射!!』

 

 一気に片を付けようとアルファが後部から怪物を模るエネルギーの塊を放つが、

 

「ワタしも負けテナいっポイ!!」

 

 そう宣い右手の雷光を解き放った。

 ちぃっ!?

 さっきの砲撃はチャージング不足じゃなくてアルファへの警戒だったのか!!

 二つのエネルギーは中空でぶつかり合うと激しい閃光と衝撃波を生じさせながら対消滅してしまった。

 

「波動砲が…!?」

 

 切り札で仕留めそこなったことに焦る俺だが、波動砲の衝突が発した閃光に身を潜めた木曾が夕立に肉薄しそのままカトラスを振るい夕立を叩き斬った。

 

「これで…どうだ!!??」

 

 カトラスの軌線をなぞり夕立の肌が切り裂かれ血飛沫が舞う。

 更に赤い飛沫を撒き散らす夕立目掛け追い撃ちに広角砲を叩き込みありったけの魚雷を投擲。

 爆炎と水柱によって夕立の姿が見えなくなると木曾は素早く距離を取り直そうと海面を蹴る。

 

「やった!?」

「フラグ立てんな瑞鳳!!??」

 

 そう怒鳴った瞬間、クラインフィールドに喰らい付いていた魚雷の鎖が真っ赤に染まり突如その牙を木曾へと向け襲い掛かった。

 

「避けろ木曾!!??」

『ksyyyyyaaaaaaaaaaaaaaaa!!』

 

 魚雷を引き離そうと下がっていたせいでクラインフィールドが届かない!?

 

「くっ!?」

 

 回避運動を行う木曾だが、突然鎖がたわみ木曾を囲うような動きを見せた。

 鎖は木曾を囲うと同時にピンと引き伸ばされ木曾を拘束した。

 

「しまっ…」

「バイ返シっポい!!」

 

 晴れた爆炎の向こうで右腕の半分を失し血化粧を施した夕立が鎖を引きながら笑う。

 

「アルファ!!??」

「震電隊の皆!!」

 

 波動砲の余波で次元の壁の向こうまで吹き飛ばされていたアルファ帰還し瑞鳳も木曾を救出するため艦戦を飛ばすが、魚雷は放たれたフォースを逆に吹き飛ばし捨て身の突撃を敢行する震電改を歯牙にも掛けず木曾に迫る。

 

『ksssyyyyyyyyyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!』

「木曾ーーーー!!??」

 

 絶望が世界をゆっくりと引き延ばし頭を丸呑みに出来そうなほど大きく開かれた牙が木曾に喰らい付こうとするのをいやというほど視界が焼き付けていく。

 俺はまた、ただ見ていることしか出来ないのか!!??

 だったらこんな力に何の意味があるって言うんだ!!??

 間に合わないと冷静な思考が告げるのを無視して俺は超重力砲を展開する。

 

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!???」

「止めろイ級!!

 ダメコン無しで使ったらお前は…!?」

 

 お前一人逝かせはしない木曾!!

 俺と、夕立も道連れに連れて逝ってくれ!!

 

「させない!!??」

 

 魚雷の牙が木曾を噛み砕くその刹那、鋼の塊に包まれた腕が魚雷に突き込まれた。

 

「お前は、古鷹!?」

 

 さっきまでル級達を追っていた筈の古鷹がなんで!!??

 

「喰らえ!!」

 

 更に天龍達までがこちらに味方するように夕立目掛け砲撃を開始。

 何が一体どうなってんだ!?

 驚く暇も無く魚雷の牙が突き立てた古鷹の装甲に牙を突き刺し装甲を貫通して腕を喰い千切ってしまった。

 

「キャアアァァァァアアアアアア!!??」

「古鷹!!??」

 

 右腕を奪われた古鷹が痛みと恐怖からか悲痛な絶叫を上げた。

 その瞬間、俺には古鷹が深海棲艦の俺を庇って逝った千歳の姿と重なって見えた。

 千歳の最期の笑顔を思い出した俺は直後に腕を奪われ苦痛に歪む古鷹にブツンと理性のタガが外れる。

 

「ぉ、あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

 

 沸き上がる怒りが燃やし尽くすと言わんばかりに全身を埋め尽くし力を与えると同時に俺を支配する。

 

「クライィィンフィィィィィルドォォオオオ!!!!」

 

 黒い輝きが数十キロに渡り針山のような刃の群れを形勢しながら伸び夕立の鎖を切り刻み二人を確保。

 だけに留まらずクラインフィールドは更に拡大して俺とアルファ以外の全員を包んで保護する。

 これでもう夕立は魚雷との連携も、俺以外の誰にも手出しできない!!

 

「あのクソッタレな魚雷をブッ潰せアルファァァァァアアアアアアア!!??」

 

 怒りのままにアルファにそう指示する。

 

『言ワレズトモ!!』

 

 怒りに呼応したのかアルファの青い水晶体も真っ赤に輝きバイドフォースを魚雷に叩き付ける。

 

『喰ラエ!!

 喰ライ尽クシテ糧ニシロバイドフォース!!』

 

 反発しようとするエネルギーを強引に捩伏せるアルファは更にバイドフォースから触手を伸ばさせ魚雷に突き立てる。

 

『ksssssyyyyyyyyyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!????』

 

 突き立てた触手が魚雷を内側から吸い上げているらしく魚雷が凄まじい絶叫を上げる。

 そノ光景を横メニ俺はハシる。

 

「ユウダチィィィイイ!!??」

 

 憎オが俺ニ纏ワリ付く。

 黒イカがやキガ全速力デカケル俺のマエニ集いするドイ槍ノヨうナ衝角を形セイ。

 

「アなた、サイッこうにすテキネ!!」

 

 ユウ立がワラいながら右テヲ向ける。

 

「コレで貴タモトモだちッポイ!!」

 

 放たレタ稲ビカリがクラインフィールドを貫イテカラだを焼くガオれは止まラナイ。

 衝カクヲ突きダシ最高ソク度デ吶喊。

 自滅をイトワず夕ダチのどテッ腹にショウ角を突キタてた。

 ダケどまダ止まラナい。

 塵モノこさず消しトバシテやるタめチョう重リョクほウヲ向けル。

 

「…まタ、遊ンデ……ホシいっぽい」

 

 ソうイウ夕立に、オれは黒イエネルギーの奔りゅウヲタタき込んだ。

 

 

〜〜〜〜

 

 

「な、なんなんだ奴は…」

 

 イ級の突然の変貌から夕立の撃滅まで5分と要していない。

 しかし、そのたった5分で天龍達はあの駆逐イ級がどれほど異常なのかをまざまざと見せ付けられた。

 あれが深海棲艦?

 馬鹿を言うな。

 あれ(・・)は深海棲艦の皮を被ったバケモノ(・・・・)だ。

 

「オオオオォォォオオオオオオォォォォォォオオオオオオォォオオオオオオオオオ!!!???」

 

 夕立を駆逐した黒い光を放ち終えたイ級は沈みながら天に向かい吠える。

 その咆哮に天龍は自分達が本当に手加減されていた事を知ると同時にその怒りがこちらに向けられなかった事に安堵してしまう。

 

(って、安堵してどうするんだ俺は!?)

 

 奴が何者だろうと深海棲艦であるなら撃滅しなければならない相手。

 天龍は手加減されていたことへの怒りより先に安堵してしまった己に唾を吐く。

 そも、天龍達がイ級達に手を貸したのは助けるためではない。

 バイドと呼ばれ異常な力を奮った異形の夕立への本能的な忌避感と横槍が気に入らなかったから、さっさと決着を付けるために排しようとしたからだ。

 と、そこでイ級が張ったフィールドが消える。

 見ればイ級は吠える力も無くしたのか静かに沈もうとしている。

 

「イ級!!」

 

 曳航用のワイヤーを手に急いで救出に走る木曾達。

 同時に天龍達も古鷹の安否を確認するため走る。

 一緒にフィールドに囲われた木曾に応急処置を施されていたため右腕からの出血は最小限で抑えられていたが、体力を失いすぎたようで蒼白な顔で激しく喘いでいる。

 

「古鷹!?

 クソッ、急いで鎮守府に戻るぞ!!」

「待って」

 

 残った体力で鎮守府まで持つのかと焦る天龍に古鷹は告げた。

 

「天龍、私の雷撃処分をお願い」

「馬鹿言ってんじゃねえ!?」

 

 腕を無くした古鷹に艦娘として続けられる可能性は無い。

 だがしかし、だからといってここで沈むのかと怒鳴る天龍だが、古鷹は首を横に振った。

 

「そうじゃないの。

 ねえ天龍、今何時?」

「は?

 昼の3時過ぎだけどそれがなんだって言うんだ?」

 

 訳の分からない問いに声を荒げる天龍だが、古鷹は言う。

 

「やっぱり、まだ夕暮れじゃないんだね」

 

 そう顔を上げた古鷹の瞳は琥珀色に染まっていた。

 

「古鷹…?

 お前、それは一体…?」

 

 夕立と同じ色の瞳に変貌した古鷹に後じさってしまう。

 

「声がするの。

 皆をバイドにしろって。

 地球を守るために人類は必要ないって。

 このままじゃ私、きっとあの夕立みたいに全部壊しちゃう!!

 だからお願い!!

 私が私で居られるうちに殺して!!」

 

 悲痛に訴える古鷹に、天龍は一度俯くと厳しい表情を刻み顔を上げた。

 

「……分かった」

「天龍!?」

 

 本当に雷撃処分する気なのかと声を張り上げる子日。

 それを初春が抑える。

 

「堪えるのじゃ子日。

 天龍とてやりたいはずが無い。

 じゃが、これも選無き事。

 治療法も解らぬ病によって狂う前に、艦娘のまま逝きたいと望む古鷹の願い通り死なせる他に無いのじゃ」

 

 扇子で口許を隠しながらそう言う初春。

 納得出来ないと涙を溜めながら訴える子日だが、冷徹に天龍は告げる。

 

「全員雷撃用意」

 

 天龍の号令にそれぞれが辛そうに魚雷管を古鷹に向ける。

 

『待テ』

 

 狙いを定め、いざ発射しようとしたところでアルファが割って入った。

 

『ソノ方法デハ古鷹ハ助カラナイ』

「…どういう意味かしら?」

 

 見た目はともかく古鷹の病状に着いて知っているらしい口振りに龍田が問う。

 

『古鷹ハバイドニ汚染サレテシマッタ。

 バイドト化シタ存在ハ同ジバイドノ力カ波動ヲ用イナケレバ何度デモ復活シ殺ス事ハ叶ワナイ』

 

 ソレニとアルファは古鷹に振り向く。

 

『オ前ハマダ初期汚染ニ留マッテイル。

 汚染ノ治療ハ不可能ダガ、今ナラマダ抑エル手段ハアル』

「テメエ、適当な事言ってんじゃねえだろうな!?」

 

 信じられないアルファの言葉に天龍が吠える。

 

『彼女ハ木曾ヲ助ケタ。

 仲間ヲ救ッテクレタ者ヲ利用スル気モ騙ス気モナイ』

 

 天龍にそう言うとアルファは古鷹に問う。

 

『私ガオ前ニ出来ル事ハ二ツ。

 身ヲ蝕ムバイドノ本能ニ抗イナガラ人デ在リ続ケル方法ヲ教エ手助ケスル事。

 ソシテ、バイドニ成リ果テル前ニ完全ニ殺シ尽クス事。

 ドチラヲ望ム?』

 

 そう言うとバイドフォースを持ち出すアルファ。

 不気味な胎動を繰り返すバイドフォースを間近で見ても全く不快に思わない古鷹はこれもバイドなんだと何となく察し、同時に自分がバイドになろうとしている事を理解してアルファに尋ねた。

 

「貴方は何者なの?」

『私ハ『アルファ』。

 カツテバイドト戦イ、戦イノ果テニバイドト成リ果テ、ソレデモ『人』デ在リ続ケヨウト抗イ続ケル元人間ダ』

 

 元人間だと告白したアルファに一同が驚く中、古鷹は答えを出すため最後の問いを口にする。

 

「バイドと抗い続ければまだ私は仲間と一緒に居られるの?」

『無理ダ。

 抑エタバイドノ暴走ガ始マル危険ヲ放逐スルコトハ出来ナイ。

 時折リ会ッテ話ヲスルグライハ』

「……そう」

 

 仲間と共に在ることは出来ないと言われ落胆する古鷹だが、アルファがちゃんと誠意を以って正直に答えてくれた事に感謝を感じた。

 だからこそ、古鷹は決めた。

 

「私は…」




 今年最後の投稿でやらかした!!??

 いや、言い訳はしません。

 ちなみに夕立は倒しそこねました。
 


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イヤハヤ

 価値観ノ違イガコンナトコロデ問題ニナルトハ


 

「重巡古鷹と言います。

 今日からよろしくお願いします」

 

 意識が回復するなりそう挨拶されたんだが何事?

 よく見れば右腕の代わりにごっつい義手を付けてるんだけど、もしかしてあの時木曾を庇った古鷹なのか?

 

「え、え〜と、よろしく」

 

 訳が分からないものの黙ってるのもどうかと思いそう挨拶しておく。

 つうかさ、目が琥珀色なんだけどもしかしてバイド汚染されてる?

 アルファに指示を飛ばしてからの記憶がぶっ飛んでて本気で訳が解らん。

 

『勝手ナ真似ヲシテ申シ訳アリマセン御主人』

 

 いやさ、だから何の話なんだ?

 因み今居るのは島の俺の部屋の寝床の水槽。

 久しぶりの急展開で全く状況が見えません。

 

「もしかして、また記憶が無くなってるのか?」

 

 木曾も居たの?

 ともあれ状況の説明を求めるためにも頷いておく。

 

「アルファに魚雷を任せたところからぶっつり切れてる」

 

 なので頼むから説明してくれ。

 そう言うと木曾が悲痛そうに顔を歪める。

 

「イ級。

 頼むからもう少し自分を大事にしてくれ」

 

 あ、もしかしてまた勘違いが加速してる…?

 

「俺はいつか、お前が俺達の事も忘れてしまうんじゃないかって不安なんだ」

「木曾…」

 

 ごめん。それ、おもいっきり勘違いなんだ。

 しかし正面切ってそう言う根性も無い俺は代わりに言う。

 

「忘れねえよ。

 昔の事をもう思い出せなくても、木曾達の事は絶対忘れない。

 約束する」

 

 我ながらなんつうか…

 

「……分かった。

 信じるからな」

 

 そう険しさを緩める木曾。

 こうやって見るとイケメンより可愛いって感じだよな。

 面向かって言う勇気は無いけどさ。

 

「それで、もしかしなくても古鷹はバイドに汚染されているのか?」

『ハイ』

 

 アルファの説明によるとこの古鷹はやっぱり木曾を庇った娘だった。

 木曾を庇ったせいで右腕を失いしかもバイドに汚染され、本人はバイドに成り切る前に死ぬことを望んだが仲間の天龍達の説得によりバイド汚染と戦う道を選ぶことにしたそうだ。

 

『本来ナラ御主人ニ判断ヲ伺ウベキ事案デシタガ』

「いや、俺も天龍達の意見を推してるから構わない。

 それよりもバイドを押さえ込むってどうやったんだ?」

「これです」

 

 俺の質問にアルファが古鷹の義手を注す。

 

『義手ニフォースコンダクターヲ組ミ込ムコトデフォースト同ジ要領デ制御シテイマス』

「つまり、古鷹はバイドと言うよりフォースなのか?」

『コントロールサレタバイドトイウコトデアレバソノ認識デ間違イハアマリアリマセン』

 

 間違ってるけど近いってなら素直にそう言えよ。

 まあ、専門知識を乱立されてもちんぷんかんぷんだからいいや。

 

『トハイエイクラコントロール出来テモ古鷹自身ガバイドニ飲ミ込マレレバ終リデス』

「そうなりません」

 

 アルファの説明に語調を強める古鷹。

 

「皆とまた会うためにも、私は絶対にバイドに屈したりはしません」

 

 強い意志を持ってそう宣う古鷹に俺は特に言うこともないなと一言そうかと告げる。

 

「一応確認するが、古鷹もやっぱりR戦闘機化しているのか?」

 

 バイドになった艦娘は悉くR戦闘機の性能を獲得したわけだし、古鷹もその例に倣ったのか聞いてみる。

 

『ハイ。

 R-9/0『ラグナロック』。

 ソレガ古鷹のR戦闘機ノ性能デス』

 

 神々の黄昏だっけ?

 随分厳つい機体名だな。

 つうかケルベロスにハクサンにカロンにラグナロックと節操ねえな。

 

「私、凄いんですよ。

 義手から波動砲を連射するハイパー波動砲とエネルギーを一点に集中させて一撃必殺を実現したメガ波動砲の二種類を使いこなしちゃうんですから」

 

 嬉しそうにそう自慢する古鷹。

 波動砲の連射と一点集中か…

 

「ペガサス流せ…」

「それ以上はいけない!?」

 

 木曾が遮ったせいで皆まで言わせてくれなかった。ちぇっ。

 それより古鷹がやけに嬉しそうなのは軽巡より性能が低いって言われてたのがバイド汚染で強化されたからか?

 前向きに考えようって無理して空元気を振り撒いてるだけかもしんないけど。

 どっちか分からないし水を差すのもどうかと思い俺は本来の問題に立ち返ることにした。

 

「ともあれそれはさておきだ。

 アルファ、夕立は撃破出来たのか?」

 

 超重力砲を叩き込んだような気もするけど、あれは波動砲じゃないからな。

 

『健在デス。

 波動カラ島風達ト合流シテイル模様』

「あれで撃破出来なかったのか…」

 

 木曾がそう漏らしたからやっぱり俺は夕立にぶっ放してたらしい。

 悔しいけど超重力砲でもダメとなったならトドメはアルファとR戦闘機に任せるしかないな。

 古鷹?

 彼女はバイド汚染の進行を防ぐために仕方なく島に来たんだから頭数に数えるわけないだろ。

 

「島風撃破のためにも先ずは戦力拡充だな。

 明石はもう始めてるのか?」

「ああ。

 ワ級達が持って来てくれた資材で早速始めてる」

 

 資材が来るなり早速とか廃人まっしぐらだな。

 一度なんとかしとかんとそのうち食糧分まで使い込みそうだな。

 

「んじゃ、俺達も行きますかね」

 

 まあそれは後にして、水槽から上がって工廠に向かうとちょうど一機完成した所らしい。

 

「今度はどんな変態機体が完成したんだ?」

 

 そう声を掛けるとこちらに明石達が気付く。

 

「変態なんて失礼だよ。

 確かに見た目はあれだけどさ」

 

 そう言いながら明石が見せたものに俺は目を丸くする。

 差し出された緑色のパウアーマーだった。

 ただし、脚に鰭が着いてたりどっちかいうと蛙みたいなんだが。

 

「パウ?」

「TP-2M『フロッグマン』だよ。

 これは雷巡と水母専用の機体で簡単に言えばR戦闘機形をした甲標的だよ」

 

 ざっくりした説明だなおい。

 

「ってことは北上か木曾が使うのか?」

 

 千代田はミッドナイト・アイがあるから後回しにとそう振ると木曾が辞退した。

 

「俺はいいよ。

 甲標的なら俺より北上姉のほうが上手く使いこなせるだろしさ」

「そう?

 じゃあ貰っちゃおうかな」

 

 そう言いながらフロッグマンを手に取る北上。

 その横でアサガオと一緒に大量の資材を運ぶ明石の姿。

 

「まだやる気か?」

 

 アルファ、ミッドナイト・アイ、パウアーマー、ハクサン、フロッグマンと戦力としては十分と言わずとも戦える程度に揃ったと思うんだが。

 そう尋ねるが明石は言う。

 

「後一機。

 最低一人一機は持たせたいんだ」

 

 そう言う明石の顔は真剣だった。

 明石は明石なりにちゃんと俺達の力になろうとしてくれてたんだな。

 

「それにここまで来たら全機完成させるまで資材が枯れようとブッ込み続けるしかないじゃないか」

 

 この野郎そっちが本音か!?

 

「今すぐ止めろ!?

 じゃないと飯抜きになっちまう!!??」

 

 工廠に居た全員掛かり慌てて止めに掛かるが、間一髪明石が開発を開始させてしまった。

 

「ちぃっ!?

 明石を縛り付けて資材を確保しろ!!??」

 

 注ぎ込んだ分はもうどうしようもないがこれ以上浪費させないために資材庫に鍵を掛ける。

 

「私の楽しみがー!?」

 

 笑えない事を嘯く明石を無視し完成されたR戦闘機を確認する。

 見た目はミッドナイト・アイからレーダードームを取り外したようなシンプルな機体なんだけど、下部に増槽らしき器管と機体とほぼ同サイズのミサイルを抱えていた。

 

「なんて機体だアルファ?」

『コレハR-9B『ストライダー』デス。

 主兵装のバリア波動砲ハ盾トシテハ優秀デスガ単体デハ使イ勝手ノアマリ良クナイ機体デス』

「この下のは何?」

 

 また鳳翔に回す機体かなと考えていると北上がミサイルを指して尋ねる。

 

『ソレハ戦略ミサイル『バルムンク』。

 核融合ノ力デ多クノバイドニ打撃を与エタ最終兵器デス』

 

 ……………今、なんつった?

 

「えっと、聞き間違いだよねアルファ?

 今さ、これが核兵器って言ったのは私の聞き間違いだよね?」

 

 カタカタ震えながらそう尋ねる北上。

 そう言えば北上は呉で広島のアレを見ちゃった一人だったっけ?

 俺も聞き間違いだと信じたいんだけどさ…

 

『ソウデスガナニカ?』

 

 あっさり認めやがったこの野郎!!??

 

「今すぐ解体するよ!!??」

「分かってる!!??

 クラインフィールドで封印処理するから急いで放れろ!!??」

 

 大慌てで俺と北上で抹消処理に走る。

 

「一体何の騒ぎですか?」

 

 そこに鳳翔が現れた。

 

「ああ。

 なんでも新しいR戦闘機が核兵器を携えてたって」

「なんですって!!??」

 

 木曾の話を皆まで聞かず俺達の所に飛び込んでくる鳳翔。

 

「件の兵器はそれですか!?」

「ああ。

 クラインフィールドで囲ってるけど放射能まで防げるかわからんから気をつけてくれ!!」

 

 必死で処理しようと躍起になる俺達だが、何故か木曾が不思議そうに尋ねる。

 

「なあイ級。

 核兵器ってなんなんだ?」

 

 あ、木曾は原爆投下前に沈んでるから解らないのか。

 

「ピカだよピカ!!??

 これのせいで広島と長崎が悲惨な地獄絵図にされちゃったんだよ!!」

 

 空のドラム缶によく混ぜたコンクリートを流し込みながらそう答える北上。

 

「……マジか」

 

 漸く理解したのか顔を青くする木曾とその他。

 

「つうかアルファ!?

 なんでお前の世界では核なんか持ち出してんだ!!??」

『放射能汚染程度、バイド汚染ニ比ベレバ除線出来マスカラ』

 

 規準がおかしい!!??

 

「…はっ!?

 まさかお前世界じゃバルムンクは普通なのか!?」

『ストライダーハ大量ニ量産サレテマス。

 更ニ強化サレタ『スレイプニル』トイウ機体モ有ルグライデスヨ』

 

 バイドよりも先に人類のせいで宇宙が大ピンチじゃねえか!!??

 ドラム缶にバルムンクを封印して更にクラインフィールドを何十にも防護を重ねてから工廠から運び出しつつ俺は叫んでしまった。

 

「なんでこんなことになったんだ!!??」




 前回が今年最後と言ったな? あれは嘘だ!

 いやすんません。

 キリのいいところで切ったせいです短めですが意外とすんなり書けてしまったので投下させて頂きました。

 古鷹がラグナロックな理由は適当なR戦闘機がなんも思い付かなかったからです。

 そして是非ともやりたかったネタの一つがついにやれた!

 核兵器のバルムンクにガクブルする史実生存組はいつかやりたかったネタだったんですよね。

 ということでストライダーというかR-9B系は今後バルムンク封印状態の残念仕様となります。

 次は流石に来年になります。


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 本番前ニ

 準備運動ガテラ蹂躙シテヤルカ


 

 存在してはいけない兵器を処分し一先ず平静を取り戻した俺達だけど、凄まじい疲労に心身ともに疲れ果てて屍のように転がる醜態を曝していた。

 因みにバルムンクは海に棄てようと思ったがまかり間違って誰かに見付かったら事だからコンクリ詰めのドラム缶ごとフォースですり潰す事で抹消してある。

 

「核兵器なんか歴史から滅びてしまえ」

 

 そうすりゃ広島と長崎もチェルノブイリも冷戦も北朝鮮が調子づくこともなかったんだよちくせう。

 ついでのついでにストライダーは木曾が持つことになった。

 鳳翔はバルムンクの件でストライダーに拒絶反応を起こした事に加え試製電光とベアキャットまでは下ろしたくないという理由から辞退し、瑞鳳はバリア波動砲を武器として使うなら鳳翔の妖精さん並の技量がいるとアルファに言われ諦めてしまった。

 ということで妖精さんの錬度的に俺か木曾のどちらかという話になったが、俺はアルファが居る状態でもクラインフィールドの展開が可能になっていたためあまり使い出は薄く、カトラスの近接格闘を多用する木曾とならバリア波動砲とも相性もいいということで木曾が装備することになった。

 

「ふーん。

 どうせ私はレシプロがお似合いなのよー」

 

 膝を抱えて部屋の隅で転がりながらそうふて腐れる瑞鳳。

 あんまりふて腐れているとチビ姫が瑞鳳を虐めてると勘違いして癇癪起こして暴れるから止めてほしいんだが、島の艦娘の中で唯一R戦闘機が無いっていう事実があるから止めさせようが無いんだよ。

 古鷹は預かってるだけだし本人がR戦闘機みたいなもんだからノーカンな。

 

「まあまあ。

 その内強力で使い勝手の良いR戦闘機を作るから辛抱してよ」

「いいもんいいもん。

 R戦闘機は足が可愛くないからいらないもん」

 

 完全に拗ねてるよ。

 

「どうするよあれ?」

「暫くほっとくしかないね」

 

 何とか機嫌を治させようと相談するも北上がばっさり切り捨ててしまった。

 

「それにだよ。

 今は島風を倒すことを考えなきゃどうしようもないんだしさ」

 

 それはまあ、そうなのかもしんないけどさ。

 ちょっと冷たくないか?

 とはいえ北上の言うことも正論なんだよな。

 

「アルファ。

 島風がマザーバイドになるまでの猶予は?」

『後一週間程デホボ完了スルカト』

 

 一週間か。

 航海距離にもよるけどタイムリミットぎりぎりだな。

 

「そういえばさ、島風はアルファを取り込まなきゃ完全なマザーバイドにならないんだよね?

 だったらマザーバイド化が完了しても大丈夫じゃないの」

 

 言われてみれば確かにそうだよな?

 北上の疑問で改めてそう気になってみるが、アルファは否定する。

 

『マザーバイドハバイド係数ガ桁違イニ跳ネ上ガルノデ、周囲ヘノ汚染能力ガ非常ニ高ノデス。

 下手ヲスレバ空間ノミナラズ近付クダケデバイド汚染ノリスクヲ背負ウコトニナリマス』

「そうなったら最悪アルファ一人で島風と雪風と夕立の三人を倒さなきゃならなくなるのか」

『ハイ。

 ソレニ、私自身モバイドニ飲マレナイトハ言イ切レマセン。

 ソウナレバ…』

 

 地球はバイドに屈するか。

 

「どちらにしろ島風がマザーバイド化を完了すれば汚染海域が生まれてしまいます。

 R戦闘機なら波動で滅する事は出来るようですが、マザー化は防ぐほうがいいみたいですね」

 

 そう鳳翔が方向性を纏めてくれた。

 一様に状況の確認を済ませた所で今回の編制を考える。

 

「今回は俺、木曾、北上、千代田、鳳翔、ワ級の六人で行くしかないな」

 

 ワ級は出したくないが、パウアーマーは何故か艦種が輸送艦、病院船、工作艦の三艦にしか対応しておらず、氷川丸と明石とワ級の三択なら錬度が高く耐久力も高いワ級を選ぶべきだろう。

 南西海域唯一の回遊医療船の氷川丸を汚染させましたなんて事態になったら周辺諸島からどんな報復が来るか分かったもんじゃないしな。

 

「ワ級。

 仕方ないとはいえ絶対無理はするな」

「ウン。

 ダケドイ級モ皆モ無理シチャ駄目ダヨ」

 

 狙われた時に備えダメコンとバルジでガチガチに防御を固めさせたワ級にそう言うと逆に俺達が心配されてしまった。

 

『ワ級。

 パウアーマーニコレヲ装備サセテクダサイ』

 

 そうアルファは空間から黒い球を取り出す。

 

「ソレハ?」

『シャドウフォース。

 人類ガ漸ク完成サセタ非バイド製ノ対バイド兵器デス。

 使イ方ハ解リマスカ?』

 

 触ったらすり潰されると忠告しながら慎重にパウに譲渡するアルファ。

 パウを駆る妖精さんが指を立てて運用は大丈夫と応じるとアルファは特徴を説明する。

 

『シャドウフォースノ特徴ハシュート後高速デ合流スルラピッドリターント切リ離シ状態デ任意ノ全方位ニエネルギー弾ヲ放ツコトガ出来ルモノデス』

 

 人類の英知すげえ。

 ……ん?

 

「アルファ、フォースって体当たり以外にも攻撃出来るのか?」

『ハイ。

 エネルギー弾ヲ掃射可能デス』

「バイドフォースも?」

『出来マスガバイド製フォースハバイドニ汚染サレタエネルギーヲ放出スルノデ封印シテイマス』

 

 成程。

 

「でもさ、島風には撃ってもよかったんじゃないのか?」

『……ア』

 

 そうだったと言わんばかりに漏らすアルファ。

 

「お前まさか…」

『イ、イエ。

 封印ヲ解除スルトバイド係数ガ上ガル危険性がアルノデ選択肢カラ外シテイタンデス』

 

 理由は尤もらしいんだけどさ、おもいっきり言い訳臭いぞアルファ。

 まあ汚染の回避を第一に考えていたんだから責める理由がないな。

 汚染に比べたら大破してダメコン使ったぐらいは安いもんだ。

 そういえば…

 

「前に連装砲ちゃんの体当たり喰らったんだが俺は汚染されてないよな?」

 

 そう言って周りがぎょっとされてたがアルファは言う。

 

『当時ノ島風ハ交戦シタ夕立ヨリバイド係数ガ低カッタノデ生命活動ヲ完全ニ停止サセル必要ガアッタト考エラレマス』

 

 相変わらずよく解らんが、取り敢えず殺されてたらアウトだったってのはよくわかった。

 

「さてと、そろそろ行くとしようか」

 

 木曾の言葉に俺達は雑談を終わらせ、それぞれ補給と装備の確認を行う。

 木曾はストライダーにダメコンと強化型の缶を。

 鳳翔はハクサンと試製電光とダメコン。

 千代田はミッドナイト・アイとダメコンとバルジ。

 北上はフロッグマンとダメコンと九三式五連装酸素魚雷。

 ワ級はパウアーマーとダメコンとバルジと強化型の缶。

 そして俺はアルファとダメコンにファランクスと強化型の缶とタービンを載せた。

 本当は全員女神論者積みにしたいところだけど、生憎女神は在庫切れでそれは出来ない。

 そういうわけで全員には即死を防ぐためのダメコンを、後は好みで防盾代わりになるバルジか機動力を補佐する缶を乗せることで妥協した。

 俺は少しでも島風の速さに追い付くため缶とタービンを乗せることにした。

 理由はゲームではあったか忘れたけど、缶とタービンは組合せてみたらシナジー効果が発生し、最高速度が60ノットから80ノットまで引き上げられたからだ。

 速過ぎてまた転覆しないよう気をつけないと…。

 

「つか北上、鳳翔。お前らもバルジか缶のどっちかを積んでくれ」

 

 ダメコンはあくまで即死を防ぐだけなんだ。

 前みたいにチビ姫要塞で補給や修復なんて荒業は出来ないんだからやばいんだぞ。

 

「いやさ、北上様は魚雷外すと死んじゃう病気だから」

「夜戦に持ち込まれた歳に試製電光が無いと私は戦えないので」

 

 鳳翔の言い分は仕方ないとしても、北上の理由は駄目過ぎる。

 

「せめてだな…」

「それにほら、イ級のクラインフィールドで守ってくれるんでしょ?

 なるべく近くにいるからそれでいいじゃん」

 

 そう身を擦り寄せる北上。

 

「おいおい」

 

 馬鹿な事を言ってないでだな…って、押し付けんな!?

 

「解ったから少し離れてくれ!?」

 

 見ても何も思わないのと押し付けられて気持ちいいは別もんなんだよ!?

 

「ふっふーん。

 このハイパー北上様に任せときなよ」

 

 そう言うとすっと離れる北上。

 

「全く」

 

 いくら俺のガワが女(?)だからってあんまり大胆なおふざけは勘弁してくれ。

 念力じゃ触っても感触無いんだよ畜生。

 

「手が欲しい」

 

 動機が酷く邪だなと自分に突っ込みつつ俺は待ってる木曾達の下に向かった。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 出来る限りの装備を整え俺達は古鷹を(かなり不安だが)明石に任せ島風達が待つ海へと向かった。

 

「アルファ、遭遇予測時間は?」

『最短デ二日デス』

 

 二日か…。

 燃料に換算して目盛り一つか二つ分、事さえ無ければほぼ万全の状態で挑める状態だな。 

 問題は、島風達にたどり着くまで事なく行けるかどうかか。

 

「アルファ、索敵してくれ」

 

 姫が道中の妨害をしないよう手勢に通達しているらしいが装甲空母ヲ級のいざこざで溢れ更に生き残ったニュービー共までは手が回らないとの事。

 千代田もミッドナイト・アイを飛ばし索敵を手伝ってくれたが、取り敢えず近海にこちらを狙う艦は無いとのことだ。

 

「バイド反応も無し。

 島風達は深海棲艦に襲われなかったのかしら?」

 

 確かにそうなんだよな。

 深海棲艦は艦娘というか海を行くもの全般を余程の例外でなければ容赦なんてしやしない。

 氷川丸だってりっちゃん達が安全な航路を教えるまでは危ない綱渡りだったそうだし、それでも何時どこに現れるかも解らないニュービー達に見付かって襲われたこともあったそうだ。

 そんな奴らが島風達をずっと見逃し続けるか?

 

「なんか、嫌な予感が…」

『ッ!? 御主人!!』

 

 やっぱりか畜生!?

 

「敵か?」

「ミッドナイト・アイから通達!!

 大量のバイド反応検知!?

 数は…200!!??」

 

 なんだそりゃ!!??

 

「なんでそんな数が!!??」

『島風ノマザー化デ近海ノ深海棲艦ガ汚染サレタノカ?』

 

 憶測を口にするアルファだが、だとしたら冗談じゃ済まねえぞおい!?

 

「迂回してやり過ごせるか?」

 

 燃料弾薬の温存を優先してそう提する木曾。

 バイドは中枢を撃滅すればドミノ倒しに死滅していくそうだが…いや、駄目だ。

 

「あの中に第二第三のマザー候補が居たらマズイ。

 厳しいが殲滅しておこう」

 

 今まで大人しかったのが急激に活動を開始したって事からその可能性は高いしな。

 そう言ったところでアルファが駄目押しとばかりに報告した。

 

『コノ波動ハ…。

 御主人、アノ群レニA級バイドクラスノ反応ガアリマス!!』

 

 A級って、それだけで嫌な予感がするんだが…

 

「どれぐらいヤバイの?」

『A級バイドハ一匹デ星ヲ殲滅シバイド汚染サセル事ガ可能デス』

 

 え? なにそのバケモノ?

 

「倒すことは可能なんですか?」

 

 信じられないと思いながらも倒さねばならないと問う鳳翔にアルファは答える。

 

『可能デス。

 私ハ、私達ハ何度モ倒シテキマシタ』

 

 もっとバケモノがここにいたよ。

 だけどこれだけ頼もしい味方もそうはいないな。

 

「俺達も行こう」

 

 手数は多いほうがいいだろうと名乗りを上げる木曾をアルファは丁重に断る。

 

『消耗シタ状態デ島風達ニ挑ム事態ハ避ケルベキデス。

 私一人デ大丈夫デス』

 

 そこまで言うなら任せるべきか?

 

「本当に大丈夫かアルファ?」

『当然デス。

 コノ程度、肩慣ラシニモナリマセン』

 

 アルファは軽くそう言った。

 でもさ、200体のバイドプラスA級が肩慣らしにならないって普通に怖いぞ。

 まあ、あの島風達を倒そうってならこれぐらい強くないと不安だけどな。

 

「分かった。

 だけど少しでも厳しいと判断したら援軍を要請しろ」

『了解デス』

 

 そう応じたのを確認し、俺はアルファに命じる。

 

「行けアルファ。

 バイドを駆逐しろ」

『了解!!』

 

 俺の指示を受けアルファが次元の壁を貫き現れる。

 その刹那、俺は渡りの途中らしき海鳥を見掛け、アルファがそれに挨拶をしたように見えた。

 それを問う間もなく、アルファは閃光の尾をたなびかせ俺達を阻もうとするかのように群れを成すバイドへと突撃した。

 




 次回はアルファの本領というかR-TYPE全開の予定。
 正直艦これ要素が薄くなって来た気がするけど気のせいだよね?


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ヨモヤ

オ目ニ掛カルトハ思ッテモイナカッタ


 アルファがバイドの群れを蹂躙しに飛んだちょうどその頃、雪風と夕立は海原に根を張る巨大な【樹】に凭れ掛かりながらまどろんでいた。

 どこかでみたような、それでいて類似する樹などどこにもないその樹の中央部は大きく捻れまるで子を孕む女性のように大きく膨らみながら琥珀色の輝きを放ち、一葉の葉もない枝は静かに海風に揺れていた。

 

「…ん」

 

 と、夕立の耳のように跳ねた髪が揺らめき凭れ掛かっていた身体を起こすとすんすんと鼻を動かし何かを嗅ぎ分けようとするような仕種を始める。

 そして探していた匂いを嗅ぎ付けたのか夕立が嬉しそうに目を輝かせる。

 

「来タ!!」

 

 その目には待ちぼうけにされていたわんこが主人を見付けたような無邪気さに満ち、今にも飛び出しそうに喜んでいる。

 

「ワタしも行っていイ!?」

 

 うずうずした様子でそう雪風に振り返ると、雪風もまた幹から身を放し笑いながら頷く。

 

「あの人には貴女の玩具(抜け殻)程度では準備運動にもならないですからね」

 

 200を越えるバイド化した深海棲艦の殆どは夕立が沈め汚染させたモノ。

 彼等の根幹とも言える部分は全て島風と融合しており、今アルファが蹂躙しているバイドの群れは夕立の荒らぶる感情を沈めるために玩弄する玩具であった。

 雪風の言葉に夕立が頬を膨らませる。

 

「そンナことナイッぽい!

 新シイノはオトもだちニダッテ勝つカモっぽイ」

 

 何度も何度も潰し引き裂き粉砕され続けた夕立の玩具(深海棲艦)は再生と増殖を繰り返しバイドの持つ急速な進化の果てに夕立を満足させるに足る怪物(A級バイド)へと進化していた。

 お気に入りの玩具を馬鹿にされと怒る夕立に雪風は苦笑しながら謝った。

 

「すみません。

 ですが、そうするとあの人を玩具に取られちゃいませんか?」

「ソレは嫌ッポい!?」

 

 雪風の言葉に夕立は慌てて立ち上がると尻尾があれば引きちぎれそうなほど激しく振っているだろう様子で海に降りる。

 

「ジャア、行ってくルッポイ!!」

 

 そう雪風に手を振りながら戦場へと飛び出す夕立。

 あっという間に小さくなっていくその背を見送った雪風は寄り掛かっていた【樹】を見上げ語りかける。

 

「今度は帰って来ないかもしれませんね」

 

 例えそうであっても問題は無い。

 夕立も雪風もその根幹は島風と融合し終えて身体は取り替えが効かない端末程度のモノ。

 しかしそれさえも島風が完全なマザーバイドになればいくらでも生み出す事は出来るのだ。

 新たな命の始まりとなるべく姿を変えた島風はその役割を担うため静かに胎動を繰り返す。

 何も恐れるもののない夏の夕暮れは、もうすぐそこまで迫っていた。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 …なんつうかさあ、

 

「アルファが味方でよかったよな」

 

 ミッドナイト・アイを通して送られてくるアルファの奮戦は、およそ俺達が心配する次元の遥か彼方にあった。

 

「千代田、残りの反応は?」

「後120…119体よ」

 

 10分足らずで80体を仕留めるとかワロスって言うしかねえ。

 フォースを投擲してバイド化した深海棲艦の一隻を刔ったかと思いきやアルファ本人は投擲したフォースの進行方向に先回りして後部に装着すると同時に再投擲。

 更に駄目押しとばかりに波動砲を叩き込むと撃破したかの確認さえ怪しい速度で離脱し次の獲物を狩りに飛翔する。

 吶喊→フォース投擲→回収&再投擲→波動砲→離脱。

 これを主なパターンとして要する時間は大体四秒前後。

 このコンボで駆逐や軽巡どころかヲ級やル級さえ殲滅してしまう。

 つまるところアルファは殆どの深海棲艦を潰すのに四秒ぐらいしか掛けてないんだよ。

 アルファマジアルファって勢いでバイドの群れがあれよあれよという間に蹂躙されていく。

 

「上には上が居るものですね。

 私達ももっと高みを目指しましょう」

「アレは文字通り別次元の存在だ」

 

 つうかサシでアルファに対抗する存在なんか目指すな鳳翔。

 それらもう高みを目指す求道者を通り越してニンジン捩った野菜人だぞ。

 この鳳翔その内改二と称して竜飛に改名しそうで怖いんだけど。

 

「もうアイツ一人でいいんじゃない?」

 

 アルファの獅子奮迅っぷりに思わず口にする北上。

 気持ちは解るけどそうはいかねえよ。

 アルファが切り開き安全を確保された海路を進みながら俺は尋ねる。

 

「千代田、A級バイドの反応は?」

「前方12時の方向、距離60キロの地点に留まってるよ」

 

 アルファが50キロ先で戦闘しているから、更にその奥か。

 にしても、前方で一方的に味方がやられてるのになんで待ち構えてんだろうか。

 様式美ってやつなのか?

 そんなどうでもいい事を考える余裕すら出しながらアルファを追い続ける。

 もはや戦闘というよりSTGのプレイ動画を眺めてるような気分になっていると、前方に異形の怪物の姿を確認した。

 

「なんだアレは…?」

 

 甲冑のような赴きさえ感じられる装甲に覆われた四肢の無い怪物。

 それまでの肉塊が内側から溢れ出している奴がいるぐらいで真っ当な深海棲艦の姿をしていた者とは一線を画す怪物に、まだ十分離れているはずなのに俺は無意識に身構えてしまった。

 

「反応一致!

 あれがA級バイドだよ!」

 

 千代田の報告に緩んでいた気が完全に引き締まる。

 俺はミッドナイト・アイを介してアルファに尋ねた。

 

「アルファ。アレ(・・)に見覚えはあるか?」

『アレハ『ザブトム』。

 A級ノ中デモモットモスタンダードナバイド『ドプケラドプス』ノ残骸ガ寄リ集マルコトデ誕生シタバイドデス』

「ザブトム…」

 

 どれほどの強敵なんだろうか…?

 それはそれとしてだ。

 スタンダードなA級バイドってドプケラドプスってのはそんなにいるのかよ。

 本当にバイドはタチ悪いなオイ。

 ふざけんなと叫びたくなったところでアルファが要請を飛ばした。

 

『申シ訳アリマセン。

 ザブトムガ相手トナルト私一人デモ対処出来マスガ、時間ガ掛カリ過ギルタメハクサントパウヲ援軍ニ出シテ下サイ』

「分かった」

 

 いいなと鳳翔とワ級に確認すると二人も頷いた。

 

「俺達も出すぞ」

「そうだね。

 今の内に使い方を馴らしておきたいし」

 

 問題無いでしょ? と俺に確認を取る北上。

 当然俺に反する理由はない。

 

「そういうことだ。

 全機そっちに向かわせるから指揮は任せるぞアルファ」

『了解』

 

 アルファの応答と同時に四人がそれぞれのR戦闘機を発進。

 

「風向き良し。

 行きなさいハクサン!」

「パウアーマー、オ願イ」

「出番だストライダー!」

「やっちゃってよねぇフロッグマン!」

 

 号令と同時に三機が飛び立ちフロッグマンが水中に飛び込む。

 そのままミッドナイト・アイと合流すると五機のR戦闘機はアルファの下へと急行した。

 

 

〜〜〜〜

 

 

『来マシタカ』

 

 手近なヌ級バイドに波動砲を叩き込んで爆散したのを確認したアルファは到着したR戦闘機と合流する。

 最初はハクサンとパウアーマーを組ませ遊撃に回って貰うつもりだったが、全機動員してもらったので遠慮なく暴れてもらうことにする。

 

『先ズハザブトムヘノ接近前ニバイド群ヲ掃討シマス。

 ハクサンハミッドナイト・アイト共ニストライダーノ防護圏内デ待機シツツ大物ヲ狙エ。

 フロッグマンハ遊撃。

 パウハデコイ投射ト同時ニ波動砲ヲ準備シナガラ補給ノ必要ナ者ガイナイカ目ヲ光ラセヨ』

 

 提督と共に戦い培った対バイド戦術を総員し各R戦闘機に指示を飛ばすアルファ。

 波動エネルギーで構成されたパウがバイドの群れに飛び込むとすかさず汚染艦はデコイに群がり砲撃の嵐を見舞わせる。

 何発もの砲弾に曝されたデコイはたちまち原型を失うが、その瞬間アルファは指示を飛ばす。

 

『今ダ! デコイヲ自爆サセロ!!』

 

 次の瞬間霧散しかけたデコイがエネルギーの塊へと引き戻され爆発。

 波動の膨大なエネルギーがバイドを焼き飛ばす中威力圏外に逃れるも爆発の余波に曝されたバイド深海棲艦目掛けアルファ達が襲い掛かる。

 

『クタバレ!!』

 

 アルファとパウが投擲した二つのフォースが駆逐ロ級とハ級を粉砕したかと思えば回り込んだハクサンの杭がル級の胴を貫き内側から爆発。

 その横でヌ級が艦載機を飛ばそうと開いた口をカメラ波動砲が撮影と同時に頭ごと吹き飛ばしチ級の足元から浮かび上がったバブル波動砲が弾けながらチ級を蒸発させる。

 その攻勢により勢いづいたR達の蹂躙は更に加速。

 ホ級とヘ級がスタンダード波動砲に纏めて貫かれて撃破され、辛うじて発艦した艦載機群もシャドウフォースの弾幕とデビルウェーブ砲Ⅱの変則起動に付いていけず次々と撃墜。

 それでもなお生き残った艦載機群が機銃の雨に加え爆撃と雷撃まで降り懸からせるもストライダーが展開したブロック状に連なるバリア波動砲に阻まれ一発の掠りすら叶うことはなかった。

 フォースシュートと波動砲を駆使し残る艦載機を駆逐したアルファは残るバイド深海棲艦を確認。

 残る深海棲艦はおよそ20隻。

 戦艦や空母はハクサンが全て破壊し手付かずだった潜水艦タイプもフロッグマンが仕留めて残るは駆逐軽巡重巡ばかり。

 提督ならばどうするか?

 アルファは一瞬考えてから指示を出した。

 

『先行スル。

 ハクサントパウハ追従セヨ

 フロッグマントストライダートミッドナイト・アイハ残党ヲ処理シテカラ合流ヲ』

 

 情報確認のためにミッドナイト・アイを連れていきたいところだが狩り残しがイ級達に向かっては話にならない。

 確実な殲滅をと言い残しアルファは二機を引き連れザブトムへと向かう。

 アルファの接近を関知したザブトムが金切り声を上げて砲撃を開始。

 バイド粒子を孕んだエネルギー光弾が囲うように三機へと迫り来るがアルファが選ぶのは正面。

 フォースの防御力頼りのごり押しで弾幕を突っ切りに掛かる。

 視界を埋め尽くすエネルギーの雨をフォースが受け止め窮地を切り開く。

 アルファが突き進む道をパウとハクサンも追随し三機は開幕の猛攻を凌ぎきりザブトムを攻撃圏内に捉える。

 

『弱点ハ胸部ノ高出力レーザー砲台。

 レーザー発射後ノ隙ヲ狙イ一気ニ仕留メル』

 

 そのためにはザブトムの放つ攻撃を耐え続けなければならない。

 他に効果的な攻撃手段が無い以上手は無いのだ。

 機を待つ三機に対しザブトムは容赦なく弾幕を張って叩き潰そうとする。

 しかし二つのフォースが圧倒的な物量から三機を守り状況は膠着状態に入る。

 業を煮やしたのかザブトムが金切り声と共に胸の装甲を開きクリスタルのような光球を展開。

 

『レーザーハフォースデハ防ギ切レナイ!!

 全力で回避セヨ!!』

 

 アルファの警告の直後光球が極太のレーザーを発射。

 三機は散開してそれを躱すと一気に肉薄し、溜めに溜めた波動砲を一斉に解き放つ。

 デビルウェーブ砲Ⅱとスタンダード波動砲が砲台を貫き帯電式波動砲が貫いた杭を媒介に内側から爆発。

 三発の波動砲により内側から爆発を発したザブトムが爆炎に飲み込まれ姿を消す。

 何度となくその目で見て来たバイドの死滅する瞬間にアルファの意識が一瞬緩む。

 

『っ!?』

 

 その次の瞬間、爆炎の中から鋭い鎌が飛び出しアルファを切り裂いた。

 

『グゥッ!?』

 

 鋭利な鎌がアルファの鰓張ったキャノピー部をざっくりと切り裂くが、鋭いが故に切り裂かれるに留まり首の皮一枚で生き延びたアルファは信じられないと叫ぶ。

 

『馬鹿ナ!?』

 

 ザブトムの弱点を破壊し間違いなく撃破した。

 にも関わらず、爆炎の晴れた先よりザブトムが姿を顕したのだ。

 否。それだけではない。

 一度撃破された時より二周り以上小さくなっているが、代わりに四肢が生え手にはアルファを切り裂いた鎌が握られている。

 更に腰からはアオムシのように節を連ねる節々に生える疣足から鋭い爪が伸びる新たな胴体を有していた。

 

『『オージザブトム』……』

 

 アルファ達は知らない。

 夕立に玩弄され壊され続けたドプケラドプスが生き残るためにザブトムへと変化し、それでも夕立の玩具でしかなかったために生存本能のままに進化と変態を繰り返した必死の抗いであることを。

 切り裂かれた身体を癒着させ可能な限り再生させながらアルファは獰猛なバイドの本能を全開にする。

 

『イイダロウ。

 ココカラガ本番ダトイウナラ相手ニナッテヤル』

 

 バイド深海棲艦を皆殺しに合流したストライダー達三機と編隊を組み直しアルファは宣う。

 

『殺シテヤル…悪夢(バイド)!!』




 アニメ艦これ遂に始まりましたね。

 しかし私は祭日進行で仕事に追われまだ見てないという……orz

 後補足としてオージザブトムは設定のみ書かれてるザブトムの完全体です。
 もうすぐ夕立も来るし、ここからはナイトメアパーティーまっしぐらの予定です。


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戦ウ事ハ嫌ジャナイ

ソレデモ私ハ…


 オージザブトムを殺すためバイドの本能のままに戦いを開始するアルファ。

 それと同時にイ級達もまた戦いに加わざるを選ない状況に陥っていた。

 

「ミッドナイト・アイより通達!!??

 高速で夕立がこっちに向かって来ているわ!?」

「またあいつか!?」

 

 前回散々苦労させられた記憶にイ級は叫び指示を飛ばす。

 

「ストライダーとフロッグマンを戻させろ!?

 後出来ればパウもだ!!」

 

 夕立が最大火力で放つ砲撃はイ級のクラインフィールドを持ってしてもそう何度も防ぎきれるものでは無い。

 故にバリア波動砲だけでなく絶対防護力を持つフォースを一つは差し戻さねば苦戦どころの話では無いのだ。

 しかし、アルファ達にもそれほどの余裕は無い。

 オージザブトムから猛然と吐き出される弾幕を防ぎ切るには最低二つのフォースが必要な程に濃密なのだ。

 水中専門故に来る弾幕の密度が薄かったためなんとか離脱するフロッグマンとバリア波動砲を盾に引き返すストライダーだが、パウはその場に釘付けにされ退避する余裕は無い。

 

「駄目!?

 ストライダーとフロッグマンは間に合うけどパウは戻れない!!??」

 

 二機がぎりぎり間に合うかという状況で遂に夕立が六人を射程に捉える。

 

「ぽイッ!!」

 

 まだ豆粒程にしかみえず、駆逐艦の射程では到底届かない筈だが、夕立はバイド化によって獲得したR戦闘機の特性によりその不可能を強引に捩伏せる。

 

「バウンドライトニングはどウホうっポイ!!」

 

 右手に握った連装砲に電磁変換された波動が走り砲弾は一時的に限界を突発。

 レールガンと化した砲弾が音速を遥か後方に置き去りイ級達に迫る。

 

「バリア波動砲を放てストライダー!!」

「クラインフィールド!!」

 

 木曾とイ級の咆哮が重なり黒い結晶膜とブロック状の波動エネルギーが六人の前方に展開。

 加速しながら迫り来る砲弾は二つの障壁に阻まれ運動エネルギーに耐え切れず砕け飛散した。

 

「バリア波動砲でも防ぎ切れない!?」

「だが威力は大分削れてる!!

 厳しいがこれで乗り切るぞ!!」

 

 イ級の号令と同時に夕立に対し六人は行動を開始。

 

「俺とイ級を先頭に副縦陣を形勢しろ!!」

 

 その指示の下木曾の後ろに鳳翔と千代田が、イ級の後ろに北上とワ級が並ぶ。

 

「砲撃戦開始!!

 撃てぇ!!」

 

 号令に合わせ木曾、北上、千代田が砲撃を敢行。

 

「ぽイッ!!」

 

 降り懸かる砲弾を確認した夕立は楽しそうに笑いながら砲撃をかい潜り1番大きいワ級に向け砲を構え立て続けに放つ。

 

「やらせるかよ!!??」

 

 反撃と飛来する砲弾をイ級が展開したクラインフィールドが弾いた直後、空気を切り裂きながらライトニング波動砲がクラインフィールドを激しく叩いた。

 

「ぐうっ!!??」

 

 直撃は避けるが海上を駆け抜けた余波が駆け抜け全員に軽い痺れが走る。

 

「海で指向性持ちの電撃は反則だよ!?」

 

 酸素魚雷に引火したかもしれなかった恐怖から北上がそう悲鳴を上げながらも単装砲を夕立目掛け発射。

 

「ポイッ!!」

 

 迫り来る砲弾に夕立はあろうことか拳を振り上げ殴り飛ばした。

 殴り飛ばされた砲弾は鋭角を描いて千代田に当たる。

 

「なにやってんだ北上!?」

「私のせいじゃないよ!!??」

 

 バルジに当たり事なく済んだが、今の一発から下手な砲撃は逆に窮地に追い込まれると雷撃メインに切り替える三人。

 

「前に出る!!

 背中は頼むぞ木曾!!」

 

 入れ代わるようにファランクスをばらまきながらイ級が吶喊。

 

「ゴっはンゴッはん〜♪」

 

 夕立は左手の鎖を解き乱喰歯をがちがち鳴らしながら奇声を上げる魚雷を放つ。

 魚雷に対しイ級は以前やったクラインフィールドの刃を展開しようと叫んだ。

 

「そう簡単に喰らうかよ!?」

 

 黒い結晶が刃の形を模るが、何故か形が崩れ砕け散る。

 

「なっ!?」

 

 切り払うつもりだったイ級は魚雷に対し致命的な隙を晒すも、先んじて警戒していたストライダーが放つバリア波動砲に魚雷が阻まれ一難を避けられた。

 

「一体どうして!?」

 

 イメージは完璧だったのに失敗した理由が解らず軽い混乱に陥りながらもイ級は高速で走りながら夕立にファランクスを浴びせる。

 

「ぽい〜!?」

 

 片腕でファランクスを防ぎながら軽い悲鳴を上げる夕立だが、すぐに怒った様子で左手を振って魚雷を引き戻そうとするもベアキャットに振り回され怒り心頭と命令を無視。

 代わりに夕立は真っ赤に染まった鎖をイ級に叩き付ける。

 

「ぐぁっ!?」

 

 装甲が削られる程の衝撃にイ級はバランスを崩し傾斜を深くするが、即座にスクリューの回転数を上げ更に排水を駆使しその場でスピンターンを敢行。

 

「そらぁっ!!」

 

 その勢いに任せ爆雷を夕立目掛け投擲してみせる。

 放物線を描いた爆雷は夕立の顔面に直撃するとそのまま爆発。

 だが、爆炎を意に介さず髪を焦がし煤で顔を汚しながら夕立はイ級を蹴り飛ばした。

 

「ポいっ!!」

 

 細い脚から放たれたとは到底思えない凄まじい威力の蹴撃でイ級の身体がサッカーボールのように吹っ飛び何度も水面にたたき付けられながら海上を転がる。

 更に追撃と夕立が砲撃ひ放ち爆炎にイ級が飲み込まれた。

 

「イ級!?」

 

 直撃にワ級の悲鳴が響くが直後にクラインフィールドを全身に纏ったイ級が再び夕立目掛け吶喊。

 

「まだだぁぁあ!!」

 

 迎え撃とうとライトニング波動砲を溜める夕立の足元が突如爆発。

 

「ぽいっ!?」

 

 驚く夕立に対し北上が自慢げに鼻を鳴らした。

 

「ふふん。

 重雷装艦を甘く見たツケだよ」

 

 それは北上の指示で雌伏を続けていたフロッグマンが放った魚雷に因るものだった。

 北上の言を証明するようにフロッグマンが一度浮かび上がりちゃぷんと音を立てて再び潜る。

 フロッグマンの魚雷が夕立の脚を直撃したことでスクリューを破壊されたらしく夕立の動きが止まる。

 

「これジャアモう戦エナいっポイッ!?

 バカァ!?」

 

 脚を奪われそう文句を口にする夕立をクラインフィールドを纏ったイ級のラムアタックが直撃。

 

「これで終わりだ夕立!!」

 

 吹っ飛ばされた夕立に対し全員が一気にとどめを刺しに動く。

 

「バブル波動砲やっちゃってフロッグマン!!

「零距離バリア波動砲を叩き込めストライダー!!」

「全艦載機爆装!!

 一気呵成に仕留めるのよ!!」

 

 鳳翔から飛び立った試製電光が真上から爆弾を投下し、正面からストライダーがバリア波動砲を叩き込むため飛び込み足元から波動を孕む致死の泡が浮かび上がる。

 避けられない死を前に夕立は楽しそうに、本当に楽しそうに笑いながら尋ねた。

 

「ゆウダち、ガン張ったッポい?」

 

 その答えを聞く暇は与えられず、爆撃と波動の光がない混ぜになった光の中に掻き消えて行った。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 イ級達が夕立との激戦を身を窶していた頃、アルファ達もまたオージーザブトムを相手に苦戦を強いられていた。

 

『喰ラエ!!』

 

 瀑布の如く迫り来る弾幕をフォースで防ぎながら何度も波動砲を叩き込むためアルファとパウアーマー。

 しかしオージーザブトムの装甲は波動に強いのか二つの波動砲を喰らいながらもさしたるダメージは見えない。

 波動砲の反撃と言わんばかりに胸部が展開すると水晶体が現れ水晶体から波動を纏うエネルギーが拡散しながら放たれる。

 

『ドプルゲンMAXノ拡散放射ダト!?

 ダガ、ソノ程度!!』

 

 フォースをハクサンの警護に残しアルファは異次元へと潜航し弾幕を躱す。

 そのまま背後を取ると通常空間に帰還すると同時に半分ほどまでチャージした波動砲を節体に連なる砲台に叩き込む。

 砲台には本体程の耐久性はなく波動砲により破壊された。

 更に節体そのものも装甲は薄いようで波動砲により装甲に皴が入った。

 

『装甲ノ薄イ節体ヲ先ニ潰ス!!

 ミッドナイト・アイトパウハ節体ヲ狙エ!!』

 

 振るわれた鎌を呼び戻したフォースで軌道を逸らし本体を撹乱するためビットを解き放つ。

 放たれたビットはオージーザブトムに当たると同時に内側に収められていたエネルギーひ攻撃力に変換して爆発。

 四つのミサイルと化したビットの爆発にオージーザブトムの動きが止まり、その瞬間を狙っていたミッドナイト・アイとパウアーマーの波動砲が節体を切り落とす。

 節体を切り落とされ絶叫するオージーザブトムが目茶苦茶に鎌を振るいミッドナイト・アイの片翼とパウアーマーのアンテナが切り落とされるが、パウアーマーは構わず切り落とした節体にフォースを撃ち込み内側からレーザーを乱射してズタズタに引き裂く。

 更にここまで機を伺いひたすら波動砲のチャージを続けていたハクサンが高高度からザブトム目掛け急降下。

 重力の加速度を加え更に加速しながら必殺のパイルバンカー波動砲をオージーザブトムの頭に打ち込む。

 打ち込まれた杭が装甲を貫き内側から溢れ出す波動エネルギーが荒れ狂いオージーザブトムの装甲を皴割り砕き散らす。

 

『攻メロ!!

 攻メロ攻メロ攻メロセメロセメロセメロ!!!!』

 

 まるでバイドの本能である怒りと憎しみをに飲み込まれたかのようにアルファは猛り狂いオージーザブトムの露出した顔面にフォースを押し付ける。

 まるで、ではない。

 実際アルファはオージーザブトムの顔の奥から現れたドプケラドプスの姿に激昂していた。

 これまで戦って来た敵はどれも新海棲艦や艦娘ばかり。

 バイド化していてもその姿は注して変化は無かった。

 だがしかし、此処に至り明確なバイドの姿を目にし、それもアルファにとって全ての始まりとさえ言えるドプケラドプスの顔を確認したアルファはついにかつての怨みを爆発させてしまった。

 

『マダドプケラドプス(貴様)ハ俺ノ前ニ現レルノカ!?

 何度現レバ気ガ済ム!!??

 コノ世界ニ来テ、漸ク俺ハオ前達(バイド)ヘノ憎シミヲ忘レテ生キテイケルト思ッテイタンダ!!??

 ナノニ、何故オ前達ハ俺ノ前ニ現レル!!??

 俺ハ、オ前達(バイド)ヘノ憎シミヲ忘レルコトサエ許サレナイノカ!!??』

 

 フォースを押し付けられ続け遂に頭が完全にすり潰されたオージーザブトムに向け、アルファは慟哭と共に波動砲を解き放つ。

 

『答エロ!! 悪魔(バイド)!!??』

 

 限界まで溜め込まれた波動エネルギーがバイドを形作りオージーザブトムを蹂躙。

 激昂したアルファの猛攻はオージーザブトムを完全に撃滅した。

 

『……』

 

 内側から爆発を繰り返し波動の光に崩れ行くオージーザブトムの姿に、アルファはやっと冷静さを取り戻す。

 波動の炎に焼かれるオージーザブトムが何かを掴もうと腕を伸ばし、しかし何も掴む事なく崩れ塵すら残さず消えていくのを眺めながらアルファはごちる。

 

『…私ハ、嫌ダ』

 

 それが何に対するものなのか、アルファは静かに胸に秘め、今度こそバイドを全滅させたことを確認し帰還を始めた。




ようやくステージ1をクリアしました。
次はステージ2です。

後以下にキャラクターの軽い紹介を載せておきます。

別枠にしてもいいのかもしれないけど、話数稼ぎと思われるのも釈なので。(苦笑)

なお、アルバコアのみある理由から外してあります。


駆逐イ級

 一応主人公

 クソ野郎により深海棲艦に転生させられた不運な元人間。
 馬鹿ではないが難しい話になると考えるのをやめてしまう悪癖がある。
 日本人らしい甘ちゃんで球磨と千歳が自分が原因で死んだことがトラウマになっており無意識下で仲間の死をひたすらに恐怖している。
 『霧』のクラインフィールドと超重力砲を有しており全勢力から警戒視されているのだが本人は全く気にしていない。


アルファ

 ジェイド・ロス提督と共にバイド中枢へと突入しバイドとなった元人間。
 現在はバイドシステムαから進化しイ級の艦載機として索敵防空にと主に戦闘でイ級を補佐しつつ鳳翔達のR戦闘機乗りと切磋琢磨する毎日に充実している。


木曾

 イ級が初めて出会った艦娘でイ級の竹馬の友。
 原作以上にお艦気質がありイ級が無茶をするのをいつも心配している。
 島唯一の改二改装をしており軍刀の代わりにカトラスによる近接格闘とストライダーの連携をメインに戦いの要として活躍する。


明石

 木曾の次にイ級が出会った艦娘。
 通常の明石では不可能な中大破の損傷や深海棲艦の修復も行える上イレギュラーな装備の開発も可能な規格外。
 かつては横須賀に所属する艦娘であったが自分の特異性が他の明石への冷遇の原因になると氷川丸の案件の際に鎮守府から姿を消した。
 島で一人隠遁生活を送っていたが、資材探しに海に出たところを偶然木曾と出会いそれを保護。
 以降イ級を始め賑やかになる島の生活が楽しくて島の全権をイ級に譲り資材の精製に務めることにした。
 しかしR戦闘機の開発を皮切りにコレクター魂が覚醒。
 以降は資材が溜まるたびにR戦闘機を開発して全機揃えようとクズ提督の仲間入りを果たした。


北上

 瑞鳳と千代田と共に特攻兵器の試験隊としてイ級の前に現れた艦娘。
 飄々としているがイ級に恩義を感じ球磨との約束を果たそうと足掻くイ級を陰で支えようと決めている。
 工作艦時代の経験もあって甲標的と魚雷を主軸に搦手も他用するなど意外とトリッキーなスタイルで戦う。


千代田

 北上と共にイ級に助けられた艦娘。
 イ級には恩義を感じているが千歳の死に関わるイ級に複雑な感情を抱いている。
 因みに艦種は水母の第一改装までしかされていない。


瑞鳳

 北上達と同上。
 出番は少ないが北方棲姫と種族を越えた家族関係を築き姫達とのキーパーソンを握る存在。
 ただし普段は残念な扱い。
 後島の中で1番レベルが低い。


鳳翔

 大本営元帥の勅命を受け島に赴いた艦娘。
 かつては姫から『鬼子母神』と渾名された古参猛者であり、現在でもその実力は姫とタメを張る程の規格外。
 以前イ級に厚意を貰った事があり利用する立場にいることに罪悪感を感じている。
 妖精さんの錬度が異常に高く空母でありながら大破しても継戦可能かつ試製電光により夜戦可能と空母かと疑う程に隙が無い。
 そして何気にロマン機体愛好家。


古鷹

 夕立により右腕を喪失しバイドに汚染されたが汚染に抗うために島に身を寄せる艦娘。
 汚染によりR-9/0ラグナロックのメガ波動砲とハイパー波動砲を使えるようになったが、多用するとバイド汚染が進行する問題点を抱えている。


空母ヲ級

 特攻兵器を使った北上達を殺しに来た装甲空母姫旗下だった深海棲艦。
 あきつ丸の手により轟沈するも錯乱した装甲空母姫が自身を対価に強制蘇生を試みた結果装甲空母ヲ級というどちらにも属さない怪物に変貌。
 その後イ級により二人の魂は融合し装甲空母姫は望み通りヲ級の一部となった。
 装甲空母姫と融合した結果瞳が赤と青のオッドアイとなり装甲空母姫の艤装とヲ級本来の艤装の併用や使い分けが可能となりフレキシビリティが高くなっている。
 専用爆撃機『B-29』を所持している。


輸送ワ級

 イ級に偶然助けられた事からイ級に懐いた深海棲艦。
 前世は雷か潮じゃないかと疑われるほど深海棲艦らしからぬ温厚な性格で艦娘深海棲艦問わず丁寧に接するため島の癒しと皆から愛されている。
 また、深海棲艦でありながら性格故に妖精さんからも慕われ妖精さんの加護を得ている艦娘の装備も使える。
 ただし装備できるのはドラム缶、バルジ、缶及びタービン、ダメコン、R戦闘機のみ。


重巡リ級

 りっちゃんの愛称で愛される三馬鹿深海棲艦のリーダー。
 しかし重巡リ級フラグシップ改とガチの戦闘要員なので普通に強い。
 姫を目標としてその強い者と戦えという教えを信奉しているためバトルジャンキーのケがある。


軽巡ホ級

 三馬鹿の一人。
 寡黙だがりっちゃんに負けない暑い魂の持ち主。


駆逐ロ級

 三馬鹿の一人。
 夜戦まで持てば戦艦をワンパン大破させるだけの実力があるのだが猪突猛進な性格が災いしてだいたい最初のやられ役になる。


氷川丸

 南西諸島を回遊している唯一の病院船。
 元々は横須賀で建造された艦娘であったが完全なイレギュラー個体であった。
 輸送要員として扱われることを拒み解体を望んだが当時の提督は解体をせずに輸送任務中の事故を偽り姉妹もろとも自由にさせた。
 他に建造報告の無い艦娘の喪失に大本営は提督を激しく批難。
 更にその渦中にて明石までもが姿を消し提督は解任こそされなかったが資材供給の断絶処分とかなり苦しい立場に立たされた。
 現在はりっちゃん達に護送されながら南西諸島を回遊しつつ補給と手に入れた不要な装備品を譲渡するため島に立ち寄っている。


空母ヌ級

 自称イ級の舎弟。
 イ級の力に惚れ込み島に住み着いた深海棲艦の一人。
 イ級のスタイルに倣い自衛のため以外で戦うことはないが、島の艦娘と深海棲艦以外には冷たく容赦はしない。


雷巡チ級

 自称イ級の舎弟その2。
 最近木曾に農作物の世話に駆り出されてから割りと気に入った。


軽巡ヘ級

 自称イ級の舎弟その3。
 主な仕事は漁業。


駆逐ニ級

 自称イ級の舎弟その4。
主な仕事は海底資源の探索。


駆逐イ級

 自称イ級の舎弟その5。
 普通の駆逐イ級で主な仕事はニ級と同じく海底資源の探索。


北方棲姫

 瑞鳳を母と慕う姫。
 あまりに幼い人格故に戦艦棲姫に預けられていたが瑞鳳に着いていく形で島に住み着いた。
 瑞鳳にべったり甘え瑞鳳に害を為そうとするものには姫の力を全開に奮って暴れるため要注意されている。


戦艦棲姫

 レイテ周辺を管理する姫。
 海底に作り上げた戦艦武蔵を住まいとして『総意』の命に従い人類を脅かし続けている。
 イ級が人類に与しないよう借金という形で拘束している。


南方棲戦姫

 南方海域を管理する姫。
 『総意』の命にあまり興味はなく強い者と戦いを望む武者(もののふ)。
 イ級の強さを気に入っており部下に加えたいと思っている。


飛行場姫

 西方海域を管理する姫。
 姫ではあるが『総意』の命を聞く気はなく、自由気ままにやりたいようにやっている。


戦艦大和

 娘に深海棲艦の力を付与する実験の果てに産まれた怪物。
 精神を病んでおり、刷り込みにより『提督』を盲信し愛されるためならば仲間の艦娘すら手に掛ける病的な思考を持っている。
 しかし球磨に顔を焼かれイ級に戦艦としてのプライドを砕かれたことでバランスを崩し深海棲艦化を起こした事に錯乱して逃走。姿を消した。


島風

 バイドに汚染された結果孤独を埋めるためにマザーバイドになって地球をバイドの星にしようとしている。
 汚染された事によりR-9LEOの性能が発露。
 追従する連想砲ちゃんがサイビット化した。


雪風

 島風にバイド汚染され自身の孤独を癒すため島風に与した艦娘。
 R-9WDディザスターリポートの力を発露し自然災害を任意に引き起こす能力を獲得。


夕立

 島風に汚染された艦娘。
 精神まで完全にバイドに飲み込まれており無邪気さが殺戮という形で発露している。
 発現したR戦闘機な力はR-13Bカロン。
 魚雷がアンカーフォース改に強化され更にライトニング波動砲を応用したレールガンを所持する。



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モシカシタラ

他ノ道モアッタノカモシレナイ


 夕立を倒し、アルファ達もオージザブトムの撃破を終え帰還するという報告が来た所で漸く張った緊張が緩んだ。

 

「なんとか勝てたな…」

 

 主だった損傷は俺が夕立に蹴り飛ばされたりして小破しただけで汚染被害も無し。

 砲撃はクラインフィールドが間に合って喰らっていなかったんだよ。

 アルファ達もパウがアンテナを破損しミッドナイト・アイが多少航行に支障があるも応急修理をすれば継戦は可能とのこと。

 総合すればA勝利は確定したと言っていいんじゃないか?

 

「今のうちに体制を整えておきましょう」

 

 周辺のバイドの反応は完全に消えたらしいが、だからといって次がいつかも解らない。

 鳳翔の提案にそれぞれ缶や帰還したR戦闘機の整備を始める。

 そこで木曾が俺に問い掛けた。

 

「イ級、さっきのアレは…?」

 

 アレというのはやっぱり失敗したクラインフィールドの応用の事だよな。

 そう尋ねた木曾に確認して間違いなかったから俺は首を振る。

 

「一度成功したから出来ると思ったんだが、思ってた以上にクラインフィールドは扱いが難しいみたいだ」

 

 よくよく思い出してみればクラインフィールドはナノマシン技術だからいくらでも応用は出来るはず。

 そう俺は勘違いしていた。

 クラインフィールドはあくまで『盾』なのだ。

 いくらかの応用が効くからってそれを強引に武器に転用しようとしても無理が出るのは当然だ。

 つまるところ、そういう風に扱おうとしちゃいけないということだ。

 今回は運よく助かったが、そんな真似を続けていたらいつか必ずとんでもないしっぺ返しを喰らうことになるだろう。

 

「まあ、代わりにクラインフィールドを纏ってラムアタックなんつう必殺技が見付かったし、木曾のお陰で授業料は免除されたんだからいい勉強になったよ」

 

 そう茶化すと木曾は苦笑しながら軽く小突いた。

 

「あんまり調子に乗らないでくれよ」

「分かってるさ」

 

 とはいえ掘削にドリル造るのは問題なかったんだよな。

 …まさかさ、某ロボットSRPGのドリル戦艦みたいな真似をしろって事はないよな?

 確かにアレみたく、どちらにも属していない独立愚連隊と言われたら否定出来ないけど、だからってドリル○ラッシャーはないよな?

 俺は嵐を呼んだ記憶もなければ天を突く気も掘りきるまで墓穴を掘る気もないぞ?

 ……とはいえ手札が増えれば幅が広がるわけだし、これが無事に終わったら一応試しておこう。

 そんな事を考えていると北上達が俺達に呼び掛けた。

 

「こっちは終わったよ。

 そっちはまだ掛かる?」

 

 鳳翔の飛行甲板を借りパウとミッドナイト・アイの応急処置が終わった二人がそれぞれに回収しているのを見て俺達も大丈夫だと告げる。

 損傷していなかったストライダーは軽いメンテと燃料を補給するだけで済むし、アルファはバイドだから自己修復するのを待つだけで整備も補給も必要ない。

 バイドって、こういう時便利だな。

 言うと角が立つから思っても口にしないけどな。

 

「とはいえアルファに大分負荷を掛けたし、暫く温存させていいか?」

「問題無いよ。

 でも、本番には間に合わせてよ?」

 

 ミッドナイト・アイがちゃんとカタパルトに固定されていることを確認した千代田がそう茶目っ気混じりにそう言うとアルファが済まなそうに謝った。

 

『アレダケ大口ヲ叩キナガラノテイタラク。

 申シ訳アリマセン』

 

 本気の謝罪に千代田が慌てる。

 

「ちょっ、そんなに気にしないで。

 それに、アルファの指揮があったから全機戻って来れたんだよ」

 

 そう言う千代田だが、アルファは納得しかねるのか重たい雰囲気で言う。

 

『ソレモ全テジェイド・ロス提督ノ戦術ニ倣ッタモノ。

 私自身ハ油断ト慢心ガアリマシタ』

 

 よっぽど納得いかないみたいで暗いというか重たい。

 

「とにかくだ。

 アルファがいなかったら被害はもっと大きかったんだ。

 それを誇って次に備えてくれ」

 

 この話はおしまいだとそう無理矢理ぶった切ってやる。

 

『……了解』

 

 どうしても納得しきれないみたいだが、構わず俺達は航海を再開。

 ミッドナイト・アイに索敵を任せアルファが指示する方向へと向かう。

 

「それにしてもさ、静か過ぎない?」

 

 不意に北上がそう漏らした。

 

「どうしたんだよ急に?」

「だってさ、今まであれだけ派手にやったのに深海棲艦はともかく鎮守府が黙ってるってのはおかしくない?」

 

 確かにそうだよな。

 装甲空母ヲ級の時は、俺が着いた時点で既に装甲空母ヲ級を標的とした大規模攻略作戦の立案と決定が既にされていた。

 最初に俺が島風と出会い、その島風がマザーバイドになるための本格的な活動を開始してから既に半月近く。

 深海棲艦だけじゃなくて雪風達や彩木艦隊の連中が所属していた泊地だって被害は掛かってんだし、そっちから報告が上がっているはず。

 なのに、偵察隊の派遣とかそういった活動の気配が見えないのはどういうことか?

 そう考えてみれば確かにおかしいな。

 

「致し方ないのですよ」

 

 わからんと考えるのを止めかけたところで鳳翔が口を開いた。

 

「先の戦いで報告された轟沈した艦娘の総数は552隻。

 この数を泊地の総数に割り当てると主力に四割に相当します。

 よって大本営は半年間の再建期間を施行し、遠征以外の作戦行動は可能な限り慎む決定を下しました」

 

 最近妙にあの彩木艦隊ばっかり見付けてたのはそういう事だったのか。

 って、そうじゃなくて平均四割って…俺達が戦うまでにそれだけの艦娘が沈んだのか……?

 じゃあなにか?

 あの時島に流れ着いた50人以上の艦娘はその一部でしかなかったのか?

 何を言っていいかわからなくなって絶句する俺達に鳳翔は淡々と続ける。

 

「ここからは推測になりますが、今件はまだ明確な被害も殆どなくしかも主犯が艦娘であることから大本営も作戦立案に致しかねているのかと」

 

 その説明にそれもそうかと納得できた。

 そう言われてみれば、今のところ艦娘をバイド化された所だけが被害を受けているわけだし、資材備蓄に専念しろと言った直後に艦娘を倒すために動けとは言えないわな。

 北上も納得して終わろうとしたが、そこに木曾が気になる台詞を零した。

 

「偶然、なのか?」

「なにが?」

「南方棲戦姫が言ってただろ?

 建て直すのに半年は掛かるって」

 

 ……。

 

「偶然じゃ…」

「俺もそうだとおもってる。

 だけど同時に、やっぱり気になるんだ。

 装甲空母ヲ級が誰彼構わず手当たり次第に被害を齎したってのは本当なんだろうけど、だけど、鳳翔の話を聞いてそれが誰かの意図が絡んでいたような気がしてさ」

 

 木曾の吐露に俺もなんとなくだけどそう思う。

 装甲空母ヲ級に取り込まれて、だけと渦巻いていた怨念の塊みたいなアレは俺を取り込もうというよりまるで俺の意思で全てを破壊させようというかのような行動を取っていたように思う。

 だけどだ、

 

「考えても仕方ないだろ」

「イ級?」

 

 たとえ全部が全部誰かの掌の上で、俺達の行動が躍らされた結果だろうと、結局のところやるかやらないかは俺の意思だ。

 俺は木曾達を守りたい。

 それを阻むなら艦娘も深海棲艦も人間も姫もバイドも神だって敵で、敵ならどんな理由だろうと俺の前から追い払うだけだ。

 

「まずは地球をバイドの星にしようとする島風を倒す。

 その後の事は後で考えよう」

 

 言葉にするとテキトーっぽく聞こえるが、そもそも俺達は正義の味方でもなければレジスタンスでも、ましてやテロリストでもないただのはぐれ者の集まり。

 俺達はただ、自分を守るために戦えばそれでいいんだと思う。

 

「テキトーだねぇ」

「だったら世界に一石投じるために島風を倒したら俺達が地球をバイドから救った英雄だって名乗るか?」

 

 北上に冗談を返すと北上はまさかと肩を竦める。

 

「英雄に興味はないよ。

 私はたまに酸素魚雷を撃ちながらのんびり暮らすほうがいいね」

「私もですね」

 

 そう賛同したのは意外にも鳳翔だった。

 

「英雄と呼ばれた人は、誰も帰ってきませんでしたから」

 

 影の注した寂しそうな笑みを浮かべる鳳翔。

 きっと、航空母艦の頃を思い出してるんだろうな。

 しみったれた空気になんでこんなことにと思いながら千代田の固定装備の水偵に索敵を行わせつつ航海を続けた翌日、俺達は向かう先に異様な存在を見付けた。

 

「……樹?」

 

 島風がいるであろうポイント付近に巨大な樹を見付けたのだ。

 まだ100キロ以上離れているはずなのにはっきり樹だとわかるその存在に俺達は混乱した。

 

「あの辺りに島なんかあったか…?」

「大平洋のど真ん中だよ?

 島なんか無いよ」

「だよなぁ…」

 

 ということは、あの樹は海の上に立っていることになるんだが…。

 混乱する俺達だが、同時にまさかと思っているとアルファが答えを口にした。

 

『アレハ『バイドツリー』。

 植物系ノバイドデス』

 

 やっぱりかよ!!??

 

「え?

 ちょっ、バイドってなんでもありなの!?」

 

 喚く千代田に窘める声は無い。

 俺達だってそう叫びたい気持ちで一杯なんだから。

 

『ナニヲ今更。

 バイドハ地球上ノ全テノ遺伝情報ヲ有シタ科学ト魔導ヲ融合サセテ生ミ出サレタ存在デスヨ?

 必要ナラバ独自二生体系を形成スルコトモ確認サレテイルグライデスシ、ザブトムノ例カラモバイドツリーガ生ミ出サレテイテモ驚クニ価シマセン』

「いや、驚くし」

「というか魔導ってオカルトだよな?

 そんな物まで使ってバイドを生み出したって一体誰がそんなものを…」

 

 まったくだ。

 最悪の汚染兵器なんて一体どんな宇宙人が…

 

『26世紀ノ人類デス』

 

 空気が凍った。

 

「……マジ?」

『ハイ』

 

 淡々と答えるけどさ、それってとんでもない爆弾発言だぞおい。

 

「26世紀の地球は、バイドを作らねばならないほど窮地に陥っているのですか?」

 

 堪えてるつもりだろうけど声がおもいっきり震えてるぞ鳳翔。

 気持ちは同じだけどさ。

 

『ワカリマセン。

 私達ガ知リ得テイルコトハ、26世紀ノ人類ハ何等カノ理由カラバイドノ祖トナル惑星破壊兵器ヲ生ミ出シ、ソレガ太陽系内デ何故カ発動シテシマイ、サレド破壊出来ナカッタタメニソレヲ封印。

 異次元ノ彼方ニ廃棄シタトイウコト。

 ソシテ異次元ノ彼方ニ廃棄サレタソレガ進化ヲ繰リ返シ、バイドトナッテ22世紀ノ地球ニ現レタトイウ事実ノミデス』

 

 つまり、

 

「アルファは未来人のケツを拭かされてそうなったのか?」

『……エエ』

 

 いかん。

 違う世界の事とはいえ諸悪の根源に関してはただの自業自得としか聞こえない。

 それに巻き込まれたアルファが本気で不憫だ。

 

「しかしだ、なんだってその兵器は暴発したんだ?」

「反対派にやられたのかもね」

「違いますよ」

 

 突然の第三者の声に俺達は瞬間的に身構えた。

 

「雪風!?」

 

 巨利10キロ程まで接近していた雪風に俺達はすぐに武器を構えるが、雪風は気にした様子もなく滔々と言葉を紡ぐ。

 

「バイドの祖は太陽系を守るために自らの意思で起きたんです」

「なんだって?」

 

 なんで俺達にそれを教えようというのか解らなくて動けないでいる内に雪風は語り続ける。

 

「考えてみてください。

 例え太陽系の外に存在する全ての脅威が排されようと、それが地球の安寧に繋がると思いますか?」

「…知るかよ」

 

 つうかスケールが大き過ぎて付いていくのでこっちはいっぱいいっぱいなんだよ。

 雪風は気にした様子もなく答えはいいえと言う。

 

「バイドの祖は地球を護るためには地球そのものが進化する必要があると考えました。

 いつまでも美しい星で在り続けるために住まう者全てをあらゆる諍いから介抱し地球もまた星の寿命を克服させ、宇宙が終わったその後も残し続けたかったから祖は外宇宙へ送り出される前に自ら起動したんです」

 

 凄く大事な話なんだろうけどさ、もうさ、スケールがデカすぎて付いていけねえよ。

 野暮な突っ込みいれてやろうかとする前に鳳翔が眉を顰めて問い掛けた。

 

「地球を守るためなら人間は必要ないと?」

「『人類』という種が不要とは言いません。

 でも、」

「『人』は必要ないか」

「ええ」

 

 ……ヤバイ。

 シリアスに完全に置いていかれている。

 

「祖は人類もまた地球の一部と共に一つになるべきと考えていました。

 でも、人類は祖を次元の彼方に捨てました」

『ダカラ、『バイド』ハ人類ヲ憎ンデイル』

「ええ」

 

 ずっと空気となっていたワ級と一緒に黙って見ていることにしよう。

 シリアスさんはあっちに任せて…

 

「悲シイネ」

 

 ワ級?

 

「皆、擦レ違ッテ、ダケド皆譲レナイカラ戦ウシカ貫ク道ガ無イノハ悲シイヨ」

 

 ……空気は俺だけだった。

 ワ級の横で一人黄昏れていると雪風は小さく苦笑した。

 

「貴女は本当に優しいんですね。

 深海棲艦とは思えませんよ。

 でも、その優しさだけでは何も成せませんよ」

「ソンナコトナイ」

 

 そう言うとワ級は俺を抱き上げた。

 

「私ノコノ想イハイ級ガクレタモノ。

 イ級ガ優シクシテクレタカラ私モ優シクナレタ。

 私ダケジャナイ。

 イ級ト触レ合ッタ皆ガ変ワッタ。

 ヌ級モチ級モ姫モ変ワッタ。

 皆、イ級ト触レ合ッテ、イ級ノ優シサヲ受ケ入レテ変ワッタ」

「……ワ級」

 

 ワ級の言葉に雪風は寂しそうに笑う。

 

「理解し会えないですね。

 私はバイドを受け入れました。

 だから、貴女の言う変化を受け入れることはもう出来ません」

 

 そう言うと雪風は俺に問う。

 

「貴女は、私達を受け入れてくれますか?」

「……」

 

 その問いに、俺は最後の希望を抱いて問い返した。

 

「島風がマザーバイドになることを諦めて貰えるか?」

 

 答えは解り切ったものだった。

 

「……残念です」

「……そうだな」

 

 どちらも譲れない。

 それが俺達の唯一共通する結論だった。

 だからこそ、俺達は行動で答えを示すしか出来ない。

 

「アルファ、出ろ」

『…了解』

 

 ゆっくりとカタパルトから発艦するアルファ。

 それに続きストライダー、ミッドナイト・アイ、フロッグマン、ハクサン、パウアーマーが飛び立ち編隊を組む。

 対する雪風も連装砲を手に構えると同時に凪いでいた風が吹き始め髪が揺れる。

 

「…行きます!!」

 

 海面を蹴って走り出す雪風に対し、俺は号令を発した。

 

「行くぞ。

 こんな戦いは、もう終わらせるんだ!!」

「「「「「『了解!!』」」」」」

 

 海を駆ける音を聞きながら、なんでこんなことになったんだとそう思った。




雪風戦まで持っていけなかったorz

バイドの祖こと惑星破壊が太陽系で発動した理由は完全に妄想です。

次回がまた艦-TYPEコレクション全開にならないよう気をつけねば。


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ヨモヤ、コレホドマデニ…

強イトハッ!?



 距離10キロは錬度の高い艦娘にとって必中の距離だ。

 よって、駆け出すと同時に砲火の轟音が轟くのは当然だった。

 

「撃ぇええ!!」

 

 一斉に放たれた砲火が交差し互いに喰い千切らんと走る。

 

「クラインフィールド!!」

 

 雪風の砲弾は俺の展開した黒い結晶に阻まれ無効化される。

 対し、木曾、千代田、北上、ワ級の5インチ砲まで使った飽和射撃は雪風の周囲に次々と着弾する。

 しかし、

 

「それでは沈みません」

 

 雪風は緩急の激しい起動で次々と降り懸かる砲弾を躱し、それでなお躱せないと判断するなり錨を投下して急制動と同時に反転して直角に進路を変えたりと目を疑うような動きで直撃するはずだった砲弾を躱してみせた。

 夕立は力付くで砲撃を捩伏せていたが、それでも軌道自体はおおよそ艦娘のそれと変わらなかった。

 しかし雪風はまるで脚にローラーとアンカーでも装備しているような出鱈目な機動制御を持って躱している。

 

「それはもう艦の動きじゃないよ!?」

 

 あんな動きに合わせて予測射撃なんか出来るかと叫ぶ北上。

 その直後、北上目掛け微かに走る白い線に気付き叫んでいた。

 

「酸素魚雷来てるぞ北上!!??」

「マジ!?」

 

 砲弾の着水の水柱と回転の動きに隠して放ったらしき酸素魚雷に北上は後退しながら爆雷をばらまき盾とするも、爆雷は突如上がった波に持ち上げられ、酸素魚雷はその真下を通過し北上に牙を剥く。

 

「嘘ぉっ!?」

 

 タイミングが良すぎる偶然に焦る北上。

 いや、これも災害波動砲の効果か!?

 そこにワ級の鋭い声が差し込まれた。

 

「守ッテパウアーマー!!」

 

 ワ級の命令を受けパウアーマーがシャドウフォースを海中に叩き込み海中で弾幕を展開して酸素魚雷を破壊。

 立て続けに立ち上る水柱と高速で帰還するシャドウフォースに北上は胸を撫で下ろす。

 

「あ、危なかったぁ…。

 重雷装艦が酸素魚雷で沈むなんて冗談にも程があるよ」

 

 そう言うと北上は魚雷管を全門開いた。

 

「お返しだよ!!

 九三式酸素魚雷の飽和射撃行きますよ!!」

 

 舌で唇を湿らせそう宣う北上。

 インファイトに向かうため射線に入っていた木曾と俺がそれに合わせ雪風から離れると雪風は狙い済ましていたように告げる。

 

「沈むのは貴女です!!」

 

 北上が魚雷を発射した瞬間突き上げるような高波が北上を襲った。

 

「北上姉!?」

「うわわわわ!?」

 

 傾きすぎた身体を無理矢理立て直そうとした北上は突然何かに気が付いたのか復舷を放棄して叫んだ。

 

「マズイ!?

 酸素魚雷が波に掠われて進路が目茶苦茶になってる!!??」

 

 皆避けてと言い残し北上が高波に飲み込まれた。

 北上は心配だがその前に言われた警告がヤバすぎる!?

 

「アルファ!?」

『各機目標変更、最優先デ魚雷ヲ破壊シロ!!』

 

 雪風の災害波動砲に警戒していたR戦闘機達がハクサンとバイドフォースを残し波動砲のチャージングを放棄して海中に突撃。

 直後北上の放った20発の魚雷を破壊したようで18本の水柱が立ち上った。

 

「後二発は…」

 

 どこにと口にする暇はなかった。

 

「きゃあ!?」

「グゥッ!?」

 

 アルファ達の健闘を嘲笑うように鳳翔とワ級の足元が爆発。

 

「ワ級!? 鳳翔!?」

 

 ダメコンが即死を防いでくれていると分かっていても俺は二人の無事を確かめたくて叫んだ。!

 

「痛イケド…マダ、耐エラレル…」

「このまま沈むわけには参りません!」

 

 元来の高い耐久力とバルジのお陰で中破で堪えたワ級とぎりぎりダメコンを使わない程度の大破で押さえ込んだ鳳翔がそれぞれに漏らす。

 

「二人共下がって!!」

 

 雪風の注意を自分に向けようと千代田が単装砲と機銃を撃ちながら前に出る。

 

「前に出過ぎだ千代田!?」

 

 低速艦の千代田では的と変わらないと走る俺達だが、雪風のほうが速い。

 

「小癪です」

 

 再び高波が起ち千代田に覆いかぶさろうとするが、千代田はバルジを上手く使ってバランスを崩さずに耐える。

 

「同じ手が二度も」

「同じじゃありません」

 

 雪風が放ったらしい爆雷が高波に乗って動けない千代田に降り懸かった。

 

「千代田!!??」

「キャアッ!?」

 

 爆雷が連続して爆ぜ、爆発の衝撃でカタパルトの一部が損壊。

 更に砲弾が艤装を掠り爆風で更なる損壊が重なり千代田の艤装から黒煙が上がる。

 

「一時退却だ!!

 このままじゃ鴨撃ちもいいところだ!?」

「させる訳がありません!!」

 

 再び災害波動砲を発動した雪風。

 それによって突然足元の海流が渦を巻いてみるみるうちに渦潮が生み出された。

 

「飲み込まれたら洒落じゃ済まないぞ!?」

 

 壊れるんじゃないかという勢いでスクリューの回転を上げ強烈な吸引力に抗う。

 それでもじりじりと渦に引き寄せられていた千代田とワ級が少しでも速力を上げようと予備の燃料や弾薬を投棄していく。

 

「勿体ないけど言ってられないよ!!」

「どんな形であれ波動ならば…行きなさいハクサン!!」

 

 鳳翔の命にハクサンが自分から渦の中心に飛び込みその中心目掛けフルチャージが完了したパイルバンカー波動砲を叩き込んだ。

 杭から炸裂する波動エネルギーが渦を吹き飛ばし俺達は拘束から解放されると同時に反作用で生まれた大きな流れに乗って一旦避難する。

 

「冗談にも程があんぞ……」

 

 浮上してきたアルファ達とアルファに牽引され浮上した北上と合流し、仕切直すため距離を取りながら俺はそう漏らしてしまう。

 雪風が強いだろうことは予測の範囲にはあったが、なんなんだあれは?

 夕立の様にR戦闘機としての力を前面に出して押し潰してくるだろうという俺達の予測を裏切り、雪風は要所要所でのみその力を奮い攻撃は連装砲と魚雷と爆雷、つまり雪風自身の武装しか使っていない。

 

「純粋に強いねぇ」

「ああ」

 

 装甲空母ヲ級は化け物地味た防御力と空を埋め尽くす艦載機で以って俺達を押し潰そうとした。

 夕立は冗談にも程がある火力で以ってこちらを捩伏せようとした。

 雪風はそのどちらでもない。

 艦娘としての利点を120%活かした上で必要最小限かつ最も効果的に災害波動砲を使うことで足りない部分を凌駕しこちらを翻弄してみせた。

 普通に強い相手と戦ったのは戦艦棲姫と大和に続いて三人目だが、相手が戦艦ではなく駆逐艦だという事実は相当にクる。

 だけど、

 

「不謹慎かもしんないけどさ、楽しくないか?」

 

 おそらくこの興奮が艦娘と深海棲艦の艦隊決戦の醍醐味なのだろう。

 確かにこれは胸が熱くなるな。

 俺の言葉に木曾が苦笑する。

 

「実は俺もだ」

 

 りっちゃんや南方棲戦姫がバトルジャンキーな理由がよく分かったよ。

 

「二人共、そういうのは後にしてよね」

 

 始末が悪いと二人して笑うと千代田に呆れたと愚痴られてしまった。

 

「悪い。

 それで、被害はどんな感じだ?」

「砲ガ壊レチャッタカラ盾二ナルグライシカ出来ナイ」

「私もまだ艦載機による支援は出来ますが正直あまり長持ちはしそうにありません」

 

 北上の魚雷を利用されて大ダメージを喰らったワ級と鳳翔は事実上リタイアか。

 

「ゴメン。まだ砲は無事だけどさっきの渦潮で弾薬を殆ど捨てちゃった」

「私も浮力を作るのに酸素魚雷を殆ど解体しちゃってあんまり残ってないよ。ちぇっ」

 

 体力はあるけど弾薬の底が見えている千代田と北上。

 十全まともに戦えるのはR戦闘機を除けば俺と木曾だけか…。

 

「厳しいなんてもんじゃねえな」

 

 救いは雪風に攻めてくる気配が薄い事か。

 雪風からしたら島風のマザー化の完了までの時間稼ぎに専念したいんだろう。

 だが、そうはさせない。

 

「アルファ。

 お前は島風に向かえ」

『御主人!?

 シカシソレハ…』

「分かってるよ」

 

 アルファ達がプレッシャーを掛けていてくれたから雪風は災害波動砲を最小限に留めていたのだろう。

 そのR戦闘機達の要でるアルファが抜けるのは痛い所では済まないのも理解している。

 だけどだ、

 

「1番最悪はお前が損耗した状態で島風と戦うことだ。

 万が一俺達が雪風に負けても、島風さえ倒せば島風から感染したバイドは滅びる。

 お前なら何が最善か、分かるだろ?」

 

 島風を倒せなければ例えここを乗り切れても地球はバイドに飲み込まれおしまいなんだ。

 逆に、俺達が全員バイドに成り果てても島風さえ倒せれば島風と一緒に共倒れで済む。

 そうなればアルファは…

 

「済まないアルファ。

 本当ならお前だけにこんな重荷を背負わせたくないんだが、あの雪風を相手にお前を無傷で向かわせるには他に手は無いんだ」

『……イエ、謝ル必要ハアリマセン』

 

 アルファはまっすぐ俺達を見据え告げる。

 

『御主人ノ提シタ作戦ハ現状用イレル最上ノ作戦ダト私モ思イマス』

「アルファ…」

『私達ハ英雄ニ成レト旅立チ、結果バイドト成リ果テ英雄ニハ為レマセンデシタ。

 ダケド、御主人達ノ為ニモウ一度ダケヤッテミヨウト思イマス』

 

 そう言うとアルファは空間からミサイルのような兵器を取り出し渡して来た。

 

「それは?」

『島風ヲ捕ラエル為ニ切札トシテ調達シタ鹵獲弾デス。

 一発シカアリマセンガ、ソレヲ使エバ多少ハ楽ニナルト思ワレマス』

「だったらそれはお前が…」

 

 お前が使うべきだと対島風用の切札を差し出す事に講義するが、アルファは大丈夫と言った。

 

『私ニハモウ一ツ切札ガアリマス。

 単身デナイト使エナイモノデシタガ、コノ作戦デナラ使ウ事ガ可能デス』

「…大丈夫、なんだな?」

『ハイ』

「分かった。こいつは使わせてもらう」

 

 アルファから鹵獲弾を受け取ると最後にアルファは俺達に頼んだ。

 

『行ク前ニ、二ツ約束シテクダサイ』

「なんだ?」

『必ズ、生キテマタ会ウト』

「当たり前だ」

 

 そう俺より先に木曾が苦笑しながら応えた。

 

「俺達だって死ぬつもりはないし、ましてやバイドになるつもりもないよ」

「だねぇ。

 ホント、アルファもイ級と同じで心配性なんだから」

「そんなに心配しなくてもアルファよりは負担は少ないし大丈夫だよ」

「艦と艦載機はよく似るものですが、二人共そういうところはそっくりですね」

「本当ニ、二人共ソックリ」

 

 アルファの頼みにそれぞれがそう返す。

 

『皆…』

 

 雪風を相手に相当以上に無理な注文だと皆分かっているけど、それでもアルファの負担を少しでも軽くしようと明るい態度を見せる。

 

「それで、もう一つは?」

『……』

 

 さう尋ねると、アルファは少しだけ沈黙してから答えを発する。

 

『帰ッテ来タラ、『オカエリ』ト、ソウ言ッテクダサイ。

 ソノタメニナラ、私ハナンダッテ倒シテミセマス』

 

 これまた変な注文だな。

 だけど、アルファの様子は茶化していい雰囲気じゃない。

 

「分かったよ」

 

 きっと、アルファにとってその言葉がすごく大事な意味があるんだと俺は頷いた。

 

「行ってくれアルファ。

 そして、必ずまた会おう」

『ハイ』

 

 応答と同時に空間が揺らいでアルファが亜空間に突入。

 

「彼は行きましたか」

 

 俺達のやり取りをずっと眺めていた雪風がそう言う。

 

「邪魔しないんだな?」

 

 妨害してくると思っていつでもクラインフィールドを展開出来るよう準備してたから、正直かなり拍子抜けしていた。

 

「する訳ありませんよ」

 

 そんな俺に薄く笑いながら雪風は言う。

 

「彼は地球をバイドにするための必要な鍵そのもの。

 その彼が一人でマザーに向かうというなら止める理由がありません」

 

 つまり、単機突撃するなら雪風にとっても都合が良い訳か。

 

「後は二人の邪魔にならないよう貴女達を仲間に迎え入れるだけです」

 

 そう嘯く雪風だがよ、

 

「そう簡単に出来ると思ってんのか?」

「出来るか出来ないかではありません。

 やり遂げるんです」

 

 ああ、確かにその通りだ。

 アルファにああ言った手前、雪風だけでもは倒して全員無事に乗り切れなきゃアルファに顔向け出来ない。

 

「北上。

 そいつを使うタイミングは任せる」

「あいよ」

 

 ワ級の残弾を受け取って戦う支度を取り直していた北上に鹵獲弾を渡して木曾に告げる。

 

「超重力砲を使う。

 防護はストライダーに任せるぜ」

「やるなって言いたいけど、仕方ないな」

「千代田、悔しいとは思うが戦闘はR戦闘機に任せて二人の護衛頼む」

「うん」

「ゴメンナサイ」

「残りの艦載機を全て飛ばします。

 アルファの代わりとしては不足と言わざるを選ないですが上手く使ってあげてください」

 

 千代田に率いられ素直に下がるワ級と1番損害が激しいのに意気消沈どころか、下がりながらもますます殺すと書いてやる気というぐらい戦意を滾らせる鳳翔。

 

「良い判断ですね。

 貴女が私の提督だったら幸運の女神のキスの貰いかたを教えちゃってましたよ」

「そいつはどうも」

 

 随分買ってくれているのは正直嬉しいんだがよ。

 

「せっかくだがいらねえ」

「どうしてですか?」

 

 三人が下がる時間を稼ぐためにも俺は答えてやる。

 

「俺の運は大鳳よりも低くてな。

 そんな奴に幸運の女神のキスは勿体ねえ。

 それにだ」

「それに?」

 

 缶の熱を最大限まで高めながら俺は言う。

 

「俺は神様って奴が大っ嫌いなんだよ。

 それこそよ、ぶち殺してえぐらいにな!!」

 

 そう宣い俺は超重力砲を展開した。




よく考えたら雪風のガチバトル初めてだよな→歴戦の艦なんだし災害波動砲無双より素の戦略的立ち回りだよな→なんか姫より強敵になってた←今ここ

 ということでシナリオ前倒しにしてアルファはR-TYPE伝統の単機突入と相成りました。

 次回も雪風はつおいでふ。


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ソウイエバ

『バイドの切端』ハドウシテコノ世界ニ?


 アルファがイ級の命により単身バイド中枢への突入を開始したその頃、太陽系の端で繰り広げられていた悪夢達の戦いもまた、終焉を迎えようとしていた。

 

『タブロック3ミサイル掃射!!

 ボルドボルドゲルド及びゲインズ2隊も間隔1で逐次掃射開始!!

 ベルメイトベルルは亜空間バスターの再充填が完了次第撃ち放ち亜空間に逃すな!!』

 

 『提督』から繰り出される指令に従い解き放たれる夥しい数の破壊の牙。

 宇宙を埋め尽くさんばかりのたった一機の戦闘機を叩き潰すにも過剰過ぎるその殺意の波を向けられた『始まりの悪夢』は、しかし凌ぎ切る。

 しつこく食い下がるミサイルの牙を従随するビットで振り払い、巨大な戦艦であろうと何度も喰らっては堪らないエネルギーの奔流を人体が耐えられる限界をとっくに突破しているだろう機動で躱し、その隙を狙うため襲い掛かる小型バイドを波動とフォースが焼き潰し喰い千切り薙ぎ払う。

 既に地球の時間に換算して数日は続く死闘だが、どちらも疲労の色は無く、どころか開幕より互いにその鋭さは増していた。

 艦の主砲の充填時間を稼ぐためムーラを始めとする中型バイド達が死を厭わず『始まりの悪夢』へと群がり、それすらいなし悉く波動の光で殺しながら針の先端より細い活路へと身を捩込み、待ち構えていたゲインズ3隊によるレーザーブレードの斬波をフォースを撃ち込むことで強引に切り開きこちらへと迫ろうとする『始まりの悪夢』の姿に『提督』は思う。

 

『流石だな』

 

 このまま拮抗が続けば何れこちらが負けるだろうと。

 現状は数の暴力と人間の頃より培って来た戦術により拮抗を維持しているが、『始まりの悪夢』はまるで幾度となくそれを喰らって来たかのように紙一重で織り上げた罠を掻い潜りこちらの戦力を削り疲弊させていた。

 提督の読みでは、このまま拮抗を続けていれば三日と持たず兵の補充が間に合わなくなり戦略が崩壊するだろう。

 

『非破壊性フォースの完成の有無がこの差を生み出したのか』

 

 バイドシステムγ隊が投射したフォースシュートの雨を揺るぐ気配さえ見せず受け止め逆にこちらのフォースをすり潰していく『始まりの悪夢』のフォース。

 これこそが『始まりの悪夢』の奮戦を支え拮抗を続ける最大の障害であった。

 ここで少し説明しよう。

 『始まりの悪夢』と『提督』は共にこの世界とは違う世界軸の同じ存在であるが、しかし同じ世界の住人ではない。

 彼等は一つの分岐点によって別れた所謂平行世界の住人であり、彼等を分かったのがフォースであった。

 まだバイドが発見される前に彼等の世界で共に発見された『バイドの切端』。

 どちらの世界でもその可能性に目を付け共にフォースの開発に着手、そしてそのどちらでも研究所を中心に半径300キロの空間を消滅させる事故を引き起こした。

 そして、そこから彼等の歴史は差異を露にしていく。

 事故の後も完全なフォースの制作に取り組み続けた『始まりの悪夢』の世界軸ではフォースは完全なものとして完成し、フォースの非破壊性だけでなく非バイド性のビットやシャドウシリーズの非破壊化にもこぎつけることが出来た。

 一方で『提督』の世界軸ではその事故の後研究は萎縮。

 フォースそのものは完成はしたものの、フォース、ビット共に耐久限界というものが残ってしまった。

 他にも同じ機体でも片方では凶悪とされるものが凡庸以下の機体と評される出来になっていたりと僅かづつ違う流れが起きているのだが、さておきその最初の分岐点とも言えるフォースの質が一対数百の差を抗い続け、更にひっくり返す悪夢を実現させようとしていた。

 だがしかし、現実に勝利へと向かっているのは『提督』達であった。

 相手はどこまでいっても人間。

 既に数日に渡る戦いが続いた事で『始まりの悪夢』を駆る者の肉体は限界を越えている。

 例え限界まで肉体を削ぎ落とし脳をパッケージングされた『ANGEL PACK』や肉体の成長を強制的に終了させる『幼体固定』と脳神経と機体を直接繋ぐ『サイバーコネクト』といった人道の一切を度外視した非人道的強化処置を施していたとしても、酸素や栄養の補給を必要とする人間には決して越えられない限界がある。

 だが、バイドに成り果てた『提督』たちにはそれは存在しない。

 その気になれば宇宙空間そのものさえエネルギーとして取り込めるバイド故に、どれだけの数を使い潰し滅ぼされようと中枢たる『提督』が存在する限り問題無いのだ。

 そして、それが解らない『始まりの悪夢』ではない。

 

『勝ちを譲る気はあるまい『始まりの悪夢』よ?』

 

 分かれた歴史の果てに誕生した『始まりの悪夢』がこの程度で終わるとは到底考えられない。

 一瞬でも油断すれば、勝敗の見えながら拮抗を続ける天秤のバランスは片方に傾き一間に片方の生死が決まる。

 それを可能とするのがR戦闘機であり、なにより『人間』の恐ろしさなのだ。

 だからこそ、『提督』は『始まりの悪夢』の使い手が消耗しきるのを待つのではなく自分以外滅び尽くされる覚悟で攻めを選んだ。

 

『Rを戻せ、私が前に出る。

 マッドフォレストⅢ、プラトニック・ラヴ、アーヴァンクは直衛に回れ。

 ジギタリスⅢ、アンフィビアンⅢ、メタリック・ドーンはミスティ・レディⅡのジャミング範囲を利用した奇襲を行い続けろ。

 セクシィダイナマイトⅡは出せるだけのデコイを展開。

 バイドシステムγ、クロー・クローは変わらず攻めろ』

 

 残っているバイドからR戦闘機を基礎とする機体を集め『提督』は自身の身体を戦地へと踏み込ませる。

 

『さあ、この布陣をどう捌く『始まりの悪夢』?』

 

 相変わらず苛烈な猛攻を捌き逆に喰い潰さんと猛る『始まりの悪夢』は前に出て来た『提督』ことコンバイラベーラに無謀とも言える吶喊を敢行。

 いや、それこそが正解だ。

 周りを排除し後方の安全を確保して等と安全策を敷いてはバイドには勝てない。

 死の恐怖を振り切り相打ちを前提に確実に中枢を撃滅しむることが人類が辿り着いたバイド撃滅の手段(答え)なのだ。 ベルメイトベルルにより亜空間への道を塞がれた『始まりの悪夢』は最も密度が高い場所を狙って突き進む。

 フォースを盾に、波動の光を解き放ちながら宇宙の闇を引き裂くように翔ける『始まりの悪夢』はまさに鏑の如く『提督』に迫る。

 そして、コンバイラベーラを守る幾多のR戦闘機が盤石の布陣を囲った直後、『始まりの悪夢』は突如フォースをコンバイラベーラ目掛け撃ち出し亜空間へまて退避した。

 

『何を…』

 

 亜空間バスターの猛威が荒れ狂う亜空間へとそれもフォースを残して突入した『始まりの悪夢』の真意が分からず声を上げかけた『提督』だが、刹那、フォースが爆ぜたかのようなエネルギーの奔流を撒き散らした。

 

『これを狙っていたのか!!??』

 

 フォースが撒き散らすエネルギーの白光はコンバイラベーラの主砲フラガラッハ砲数百発を束ねたそれより更に苛烈であろう。

 この光こそ『始まりの悪夢』の世界の者達がたどり着いた『Δウェポン』または『スペシャルウェポン』と命名された最後の切り札。

 フォースが取り込んだエネルギーを解放することで核兵器などでは到底及ばない破壊を、バイドさえ滅ぼし得る可能性を秘めた『牙』であった。

 Δウェポンの白光はコンバイラベーラはもとよりコンバイラベーラの付近に展開していたR戦闘機だけでなく後方から追い縋っていたバイド艦隊をも飲み込み膨脹を続け、その殆どを焼き付くし滅ぼし尽くしていく。

 そうしてありとあらゆる存在を生かしてはおかないと固持するかのような殺戮の光が終わった時、残っていたのはΔウェポンを発動でエネルギーが殆ど使い尽くしたらしく力無く輝くフォースと死に体のコンバイラベーラだけであった。

 

『よもや…これほどとは…』

 

 R戦闘機達の死に際に放った波動砲がほんの僅かに『提督』の命を繋ぎ留めた。

 

 だがそこまで。

 

 『最後の悪夢』が機首の前に波動の光を携えながら亜空間から姿を現す。

 辛うじて生きながらえただけのコンバイラベーラにもはや波動の光に耐える力は無い。

 

『……私達の負けか』

 

 足掻く手段もなく放たれようとする波動の輝きを静かに眺める提督。

 

 そして、波動砲が放たれた。

 

 蛙に成りかけたオタマジャクシにも見えるバイドスピリット砲の光が『始まりの悪夢』を連続で貫き破壊し尽くす。

 

『だが、勝ったのも私達だ』

 

 残骸と化した『始まりの悪夢』にそう告げる『提督』。

 その影には機首以外の全てが消失したアンフィビアンⅢの姿があった。

 Δウェポンが発動する刹那、アンフィビアンⅢは『始まりの悪夢』を追って亜空間バスターの破壊が渦巻く亜空間へと突入した。

 そして、亜空間バスターね破壊の最中、自らを喰らいながら自己再生を繰り返し耐え続け、そしてコンバイラベーラへのとどめを刺そうと動きが停まった瞬間、残る全てのエネルギーを波動砲に注ぎ込み『始まりの悪夢』へと叩き込んだ。

 ボロボロに崩れ塵と消えるアンフィビアンⅢにご苦労とそう賛辞を送る『提督』は無音の宇宙を漂いながら損害を確認し笑いたくなった。

 

『私を残し全滅とは、地球軍に居た頃なら降格では済まなかったな』

 

 これがたった一機のR戦闘機による損害なのだから、人間の身体が残っていたら考えるだけで頭が痛くなっていただろう。

 バイドに成り果てても救いがあるとすれば、どれだけの損害も時間さえあれば簡単に取り戻せることだ。

 

『後は、これらの処理だな』

 

 鉄屑と化した『始まりの悪夢』とフォース。

 取り込んでエネルギーの一部にしてしまうのが後腐れがないだろうと考え『提督』は『始まりの悪夢』の残骸に近付く。

 その瞬間、突然空間が揺らぎフォースが亜空間へと飛び込んだ。

 

『なんだと!?』

 

 何が起きているのかと混乱する『提督』に『始まりの悪夢』が通信を投げ掛ける。

 

『ざまあ…みやがれ…』

 

 砕かれたキャノピーの奥でシートベルトでどうにか固定された姿で『始まりの悪夢』のパイロットは嘯く。

 

『これで、俺の役目は果たした…。

 完全に遂行が叶わなかったのは口惜しいが…これで、俺達の歴史は繋がった…』

 

 俺達の勝ちだ。

 そう言い残し『始まりの悪夢』のパイロットは今度こそ息絶えた。

 

『なんという…』

 

 損傷が激しいこの身体で今から追っても間に合いはしない。

 

『せめて、何時地球に到着するかさえ解れば』

 

 今も戦っているだろうアルファに託す事が出来ると力を振り絞りその行き先を探る『提督』。

 そして、その見当が着いた瞬間、思わず呆然と目を疑ってしまった。

 

『……そういう、ことだったのか』

 

 送り出されたフォースはゆっくりと時間を遡りながら地球に向かっていた。

 そしてフォースが到着するのはら今からたった数年前の東南アジアの海上。

 つまり、フォースは『提督』が来る数年前に既に地球にあったことになる。

 ならばそのフォースは今何処に?

 

『お前の手に渡るのだな』

 

 島風が見付けアルファに手渡した『バイドの切れ端』。

 それこそが『始まりの悪夢』が送り出したフォースだったのだ。

 過去を遡る間にフォースはフォースとしての形を失い『バイドの切れ端』へと姿を戻し地球にたどり着くのだろう。

 『提督』は己の役割が終わった事を確信した。

 

『後はお前に任せよう。

 頼んだぞ』

 

 そう言い残し、『提督』は『始まりの悪夢』の残骸を回収すると時限の壁の向こうに去っていった。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 展開した超重力砲を向けられた雪風は言う。

 

「それは通しません!!」

 

 そう宣うと同時にレーダーが上空に巨大な動体反応が現れる。

 

「また隕石!!??」

 

 上空から降ってくる10メートルクラスの隕石を確認した北上が悲鳴を上げる。

 

「遠目で一度見てたけど、これ、本当に現実なの…?」

「夢ではありませんよ」

 

 あまりの光景に千代田が現実逃避しかけていたが鳳翔がそれを引き戻す。

 超重力砲なら迎撃出来ることは確定している。

 だが!!

 

「っ!?」

 

 俺が微動だにしないで照準を合わせ続けていることに目を見開く雪風。

 

「まさか、気付かれていた!?」

 

 ここにきて初めて焦りを浮かべる雪風。

 いつまでも騙し通せるわけねえだろうが。

 

「災害波動砲が兇悪なのは確かだが、それでも無敵じゃねえ!!」

 

 散々災害波動砲を喰らい続けたんだ。

 いい加減、生み出した災害が収まるまで次の災害を引き起こすことが出来なくなる事ぐらい見当が着いている。

 確かに超重力砲を使おうとして雪風が隕石を落としてくるかどうかってのは賭だったが、雪風が詰め将棋のように的確にこちらの手数を使い潰させるよう立ち回ることは木曾達が以前交戦した時の情報と、たった今さっきの戦いで把握していたから使う確率は高かった。

 後は、このまま賭に勝てるかどうかだけだ!!

 

「木曾、北上!!」

 

 超重力砲を潰すため連装砲を手に俺目掛け駆け出す雪風に木曾と北上の魚雷管が一斉に開かれる。

 

「今度は当てるよ!!

 九三式酸素魚雷、全弾纏めていっちゃいな!!」

「喰らえ!!

 これが重雷装艦の本領だ!!」

 

 二人合わせて数百発にも及ぶ魚雷群が雪風に迫る。

 

「各機雪風を牽制に!!

 魚雷の射角から逃してはなりません!!」

 

 更に鳳翔の号令を受けベアキャットと試製電光が雪風を包囲する。

 

「それでも沈みません!!」

 

 迫る魚雷群に向け雪風は連装砲で艦載機を狙い撃ちながら魚雷と爆雷を投擲。

 雪風から放たれた魚雷は一発違わず魚雷を相打ちにするが、圧倒的な物量の前に雪風の安全圏の確保には足りない。

 同じく爆雷も多くの魚雷を巻き込み吹き飛ばすが、結果全ての魚雷を捌くことは出来ず遂に雪風に魚雷が着弾した。

 衝撃で電探が片方吹き飛び煤と油で服を黒く斑に汚しながらも雪風はまだ健在だった。

 

「このぉ…でも、沈みません!!」

 

 服が破れ短すぎるスカートの下の下着が丸見えになっても雪風は構う様子もなく、突然勝ちを確信したように強い笑みを浮かべ告げた。

 

「そしてここまでは折り込み済みです。

 災害波動砲はこんな使い方もあるんですよ!!」

 

 直後、降って来ていた隕石が爆砕した。

 

「なにが起きたの!?」

 

 砕けた隕石は散弾のように散り大量の砲弾のような岩の雨へと姿を変えた。

 

「クソッ!?

 避け切れない!!??」

 

 爆発の衝撃で更に加速した隕石群が超重力砲のチャージが間に合う前に着弾した。

 

「ガアァァァアア!!??」

 

 着弾の衝撃で海が荒れ狂い挟叉でさえ直撃並の威力が船体を襲う。

 隕石群は艦載機とR戦闘機達にも及び、ミッドナイト・アイ、パウアーマー、ストライダーが避けきれず爆散。

 ストライダーが最後の意地とばかりにバリア波動砲を放ち更にパウアーマーもシャドウフォースを放ってフロッグマンを守り切る。

 

「これで、貴女達の抗う術は殆ど無くなりました」

 

 猛威を振るい俺達を蹂躙した隕石群が幻のように消える最中、雪風は言う。

 雪風の言う通り、虎の子のダメコンの発動で生きながらえはしたが、こちらの状況はボロボロもいいところ。

 北上と木曾は酸素魚雷を撃ち尽くし、こちらに残る攻撃手段は弾速の遅いフロッグマンのバブル波動砲と射程が短すぎるハクサンのパイルバンカー波動砲に自滅前提の俺の超重力砲のみ。

 

「さっきのは演技だったの?」

「いえ。驚いたのは本当ですよ。

 災害波動砲を迎撃しない展開は予想していましたが、貴女達がそれを選ばないと思っていましたから」

 

 切れた眼帯を手にする木曾に雪風は言う。

 

「これで詰み。

 今更超重力砲を使ってもダメコンを持たない貴女が自滅すればバイドになるだけです」

 

 私はそれでも構いませんがと、チャージングが完了して力を蓄える超重力砲を見ながらそう言う雪風。

 確かに雪風の言うことは間違いないだろう。

 だがよ、お前は勘違いしているぞ。

 

「喰らいやがれ…」

 

 俺の意思に従い稼動する超重力砲に完全に予想外だったらしい雪風が焦る。

 

「やらせません!!」

 

 直後、落雷が発生して俺を穿つが俺はダメコンを発動して耐える(・・・・・・・・・・・・)

 

「二つ目のダメコン!?

 それをどこに抱えていたと!?」

 

 信じられない現実に叫ぶ雪風目掛け、俺は超重力砲を解き放った。

 黒いエネルギーの奔流に飲み込まれた雪風。

 

「まだ、まだ沈みません!!」

 

 そう叫ぶと同時に高波が雪風を掠い超重力砲の射程圏内から逃れさせる。

 

「今だよ!!」

 

 そしてボロボロになった雪風目掛けフロッグマンが北上が渡していた鹵獲弾を発射した。

 

「そんな!?」

 

 弾頭からネットのように広がった光の網に囚われた雪風。

 そして、

 

「終わりです。

 おやすみなさい雪風」

 

 動けない雪風にそう鳳翔の言葉が送られ、ハクサンのパイルバンカー波動砲がその身を貫き雪風は撃破された。




 ということで提督戦と雪風の決着を着けさせて頂きました。
 雪風は大分強引だったですが、もうごり押しでしか勝てるイメージが無かったんですよ!!

 誰が雪風をこんなに強くしたんだ!!??

 って、俺だよ!!??

 ……さておき、次回はイ級達の後とアルファの決戦です。

 ここからは99%ぐらいR-TYPEになります。


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バイドトハ…

終ワラナイ悪夢…。

私達ノ…永遠ニ続ク悪夢…


「お前の敗因は二つだ雪風」

 

 パイルバンカー波動砲によって塵も残さず消えた雪風に向け、手向けがわりに俺は言う。

 

「一つは俺の反則性能(チート)を知らなかった事」

 

 ファランクスや元の世界(?)でも現役のレーダーといった近代兵装。

 素の性能で60ノットを叩きだし馬鹿みたいなパラメータの航空駆逐艦とでも言うように艦載機を搭載可能な俺の身体。

 R戦闘機という反則を越えた艦載機。

 超重力砲やクラインフィールドといった『霧』の性能。

 そのどれもが有り得ないほどの反則だが、中でも本当に反則だと思うことはたった一つ。

 

 一つの装備スロットにダメコンを五つまで纏めて所持可能だということだ。

 

 流石に女神でさえ超重力砲の反動は支えきれないが、逆に超重力砲さえ使わなければ五回までなら沈んでも蘇って戦う事が出来るって言う、さながらドラクエのラスボスラッシュのようなルールを超越した反則こそ俺がなによりチートだと思うことだった。

 普段は無茶を嫌がるワ級の頼みで一個しか持って行かないようにしていたが、まさかこんな形で役に立つとはな。

 

「そして、お前は優し過ぎた。

 それがお前のなによりの敗因だ」

 

 最初から災害波動砲を全開に使って問答無用に押し潰していれば俺達に勝機は無かった。

 だけどお前はそうはしなかった。

 最後まで俺達にバイドになることを受け入れさせようとして、こちらの手を一つづつ潰しながら戦っていたのだって俺達に勝ち目がないことを理解させるためにやっていたのだろう。

 そんな優しさを捨てていれば、俺達は今頃お前達の仲間(バイド)に成り果てていた。

 

「しっかしまいったねぇ」

 

 全員の損害を確認し終えた北上がそう呆れたようにごちる。

 ダメージは最後の隕石群により全員ダメコンを使い潰して大破状態。

 砲も全て壊れ主力である木曾と北上と鳳翔は艦載機と魚雷を使い果たし、俺も超重力砲を使ったお陰で機能は低下し戦力外。

 戦えるのはフロッグマンとハクサンぐらいしかいないんじゃないか?

 

「アルファの帰還を待つしかないな」

 

 今の状態で追っても足を引っ張るだけだと悔しそうにそう木曾が言う。

 島に戻る手もあるけど、アルファが一人で戦っているのにそれを置いて帰る選択肢は俺達に無い。

 海の向こうに佇むバイドツリーに視線を向け、俺は皆に尋ねた。

 

「アルファの邪魔をしない程度にもう少しだけ近付いておきたいんだが、いいか?」

「当然だ」

 

 木曾の言葉に全員頷き、俺達はバイドツリーを目指し舵を切った。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 亜空間を経由しバイドツリーの前に到着したアルファはその巨大さを改めて確認し、そして気付いた。

 

『…違ウ。

 コレハ島風本体デハナイ』

 

 悠然と枝を揺らすバイドツリー。

 この『樹』は島風が変態したマザーそのものではなく、違う時限に姿を潜めた島風が残した『入口』だとアルファは気付いた。

 時限を挟むことで外敵から身を守るマザーの性質を発揮した島風にアルファは本当に猶予は無いなと思った。

 

『トハイエ都合ガイイノハコチラモ同ジコト』

 

 友誼を結んだ『番犬』の手によりアルファのフォースは非破壊性だけでなくΔウェポンが搭載されている。

 次元を挟むことが出来るなら被害を考えずΔウェポンが使えるということでもあり、アルファにしても願ってもない事だった。

 

『待っていたよ』

 

 と、アルファに向け『樹』を介し島風の思念が届く。

 声はどこまでも無垢にアルファの存在を歓迎する喜びの感情に満ちている。

 

『ようやく私の所に来てくれたんだね』

 

 そんな島風の思念に向け、アルファは告げる。

 

『アア。

 全テ終ワリニシヨウ』

 

 そうアルファは宣いフォースを媒介に次元を越える。

 島風の思念を追い次元の壁を越えた先に待っていた景観は、下には水が流れる形容しがたい空間だった。

 到着したアルファはその空間がありえないことに気付く。

 

『ココハ…バイド汚染サレテイナイ……?』

 

 おかしい。

 島風は確かにここにいるのに、空間には一切の汚染が感知できないのだ。

 何があっても驚かぬよう心掛けていたアルファだが、完全に想像だにしていなかった事態に僅かに混乱してしまう。

 

『こっちだよ』

 

 再びアルファに向け島風の思念が発せられると、水中から一体の連装砲ちゃんが浮かび上がり先導するようにどこかへ向かう。

 

『……』

 

 罠かとも考えたが、島風は自身を求めているのだから派手な出迎えがあってもあてずっぽうに引きずり回されはしまいと連装砲ちゃんに着いていくことにした。

 奇妙な空間を連装砲ちゃんの行くままに進んでいくアルファに意識に浸透するように空間にヴィジョンが流れる。

 髪の長い人間の女と思われるふくよかなシルエットと人間の男と思われるかっちりとしたシルエットが出会い、戯れるイメージだった。

 精神攻撃や汚染の類でもないようで、何の意味があるのか理解出来ないままアルファは黙しそのヴィジョンを眺めながら進み続ける。

 やがて、二人のシルエットは身体を寄せ合うとそのまま抱き合い一つの塊になる。

 牡と牝の交合の情景らいしが果たしてこれに何の意味があるのかアルファはますます解らなくなる。

 やがて一つになったシルエットは溶けるように沈み、今度は船舶のようなシルエットが浮かび上がる。

 アルファに解りようもないが、それは重雷装駆逐艦『島風』のシルエットであった。

 島風のシルエットはしばらく航海すように進み続け、やがてシルエットは小さくなり始める。

 シルエットが小さくなると同時にその形にも変化が現れる。

 速く、何物よりも速く海を駆けるためにデザインされた鋭角な船体はとても細い線の少女の形に変わり、腰に届きそうな長い髪を風にたなびかせながら少女は走り始めた。

 

『私はかけっこが大好き』

 

 走る少女のシルエットと共に島風の思念がこだまする。

 

『誰も私に追いつけない。

 誰も私に追い付いてくれない。

 誰も、私に挑んでくれない』

 

 思念のトーンがだんだん下がり始める。

 

『誰も私の事を理解してくれない。

 誰も私の孤独を理解してくれない。

 私はただ、楽しく走りたかっただけなのに、誰も私と走ってくれない』

『だけどそれでもよかったの。

 私を理解してくれなくても構わない。

 孤独を理解してくれなくても構わない。

 私とかけっこしてくれなくても構わない。

 私をひとりぼっちにしないでいてくれたから、私はずっと我慢していられた』

 

 ただ一人で走り続ける少女のシルエットがゆっくり立ち止まると突然沈み始める。

 

『なのに皆沈んでいった。

 私を置いて皆沈んで逝っちゃったの』

 

 少女のシルエットが完全に沈み消えると連装砲ちゃんが立ち止まり、そして水面下から強烈なバイド反応が発生。

 ゆっくり浮かび上がる傍らで島風の思念が強くなる。

 

『私はひとりぼっち。

 だからもう我慢なんて出来ない。

 私を理解してくれる人が欲しい。

 私の孤独を理解してくれる人が欲しい。

 私の速さに追い付いて追い越してくれる人が欲しい。

 皆バイドになればそれが全部叶う』

 

 浮かび上がって来たのは脈動する肉で出来た『子宮』のような塊。

 その中心部は透明になっていて、内側には胎児の様に膝を抱え丸くなった島風が眠るように浮かんでいた。

 

『もう孤独は嫌。

 無くすのも失うのも嫌。

 だから、来て』

 

 直後、水面が激しく波打ち大量の船舶の物と思しき金属片やバイドの塊が浮かび上がったかと思うとそれらが渦を巻いて島風を囲みながらアルファに襲い掛かる。

 

『クッ!?』

 

 アルファは即座にビットを展開してフォースを盾に迫り来る攻撃を防いだが、あまりの物量に防御で手一杯になってしまう。

 

『行ケ!! デビルウェーブ砲Ⅱ!!』

 

 貫通性能と誘導性のある自身の波動砲でフォースを撃ち込む隙を作ろうとするが、圧倒的な物量のせいで退路を切り開く傍から新たな障害が退路を塞ぎ有効打になりえない。

 

『ダッタラ!!』

 

 ならば直接波動砲で削り殺すと放ったデビルウェーブ砲Ⅱを島風に向けるも、波動砲は子宮に当たる事なく素通りしてしまった。

 

『何故!?』

 

 島風はこの空間内に確実に存在している。

 なのに、空間にさえ作用する波動砲が素通りしたのはいかなる理由か。

 障害を必死で捌きながらアルファは思考を巡らせる。

 

(波動ガ通用シナイナンテバイドデアル限リアリエナイ。

 ダガ島風ニハ効カナカッタ。

 ナラバ島風ハバイドデハナイ?

 ソレコソ否ダ。

 アノ島風ハ何等カノ手段デ波動ヲ遮断シテイルト考エタホウガマダ可能性ハアリエル。

 ダトシタラドウスレバイイ!?

 波動ガ効カナイ相手ニΔウェポンガ通用スルノカ?)

 

 弱気な思考が過ぎるアルファだが、すぐにそれを否定する。

 

(イヤ、Δウェポンナラ可能性ハアル。

 『番犬』ハ波動砲ガ効カナイ相手ト戦イ、ソレヲΔウェポンデ撃破シタト言ッテイタ)

 

 暗黒の森で悪夢に捕われた友人はその戦いでフォースを失い帰還が叶わなくなったとそう自虐していたが、その時友人も戦った相手はバイド中枢であったのだ。

 ならば、中枢である島風もΔウェポンまでは防ぐことは出来ないはず。

 

(ソレヲ確カメルタメニモ、マズハフォースを打チ込マネバ)

 

 確実に効果が発揮するかどうかはフォースが当たるかどうかで判断出来る。

 それにΔウェポンは強力だが、なにより威力を発揮するのは直接フォースを打ち込み零距離で発動させること。

 島風が二回もΔウェポンを使う暇を与えるとは考えられず、確認のためにも直接フォースを当てる必要があった。

 しかし、今もなお荒れ狂う暴虐の嵐にフォースを撃ち込む隙をアルファは見付けられない。

 

『ドウニカ隙ヲ…』

 

 膠着状態に陥りそう呻いたアルファに島風の思念が向けられる。

 

『どうして?』

 

 必死に抗うアルファが理解できないと島風は問う。

 

『どうして貴方は(バイド)を受け入れてくれないの?』

 

 同じバイドなのにどうしてとそう問う島風にアルファは叫ぶ。

 

『受ケ入レラレルワケガナイ!!』

 

 激昂しながらアルファは危険を承知で島風へと接近を試みながら憎悪を吐き出す。

 

『俺ハ、俺達ハバイドニスベテヲ奪ワレタ!!

 青イ空ヲ、人ノ身体ヲ、家族ヲ、故郷ノ暖カサヲ、バイドハスベテ奪イ、俺達ハ同朋に気付イテモ貰エズ銃ヲ向ケラレタ!!

 ソレナノニ、ドウシテ受ケ入レラレル!!??』

 

 終わりの無い悪夢に捕らわれ、安住の地を見付けるまで永劫と思える程の長い時間を宇宙をさ迷い続ける苦痛を強いられた。

 そして、紆余曲折あって再び地球に戻る機会を提督に与えられた。

 バイドとなった自分には身に余る程の幸福に出会えた。

 だが、その安寧は再びバイドによって脅かされた。

 憎悪を糧にアルファは島風に急接近する。

 

『俺ハオ前達(バイド)ヲ絶対ニ許サナイ!!』

 

 人としての幸福を奪い、新たな旅立ちを邪魔したバイドを今度こそ殺すとアルファはバイドフォースを子宮に押し付ける。

 バイドフォースは子宮に喰らい付くと本体から伸びる触手を突き立て子宮の内側に潜り込もうと前に進む。

 

『……そうなんだ』

 

 アルファの憎悪の慟哭を聞いた島風は本当に悲しそうに告げた。

 

『じゃあ、駄目なんだね』

 

 決してアルファと自分(バイド)は寄り添えないんだと理解した島風に向け、アルファは憎悪のままに叫んだ。

 

『クタバレケダモノ!!』

 

 アルファの憎しみを大きさを表わすようにバイドフォースがΔウェポンを発動。

 暴虐の白い光が世界を塗り潰す。

 

 しかし、アルファは確かに聞いた。

 

『私は、この子で我慢するね』




次回、F−A


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暁ノ水平線二昇ル夜明ケヲ目指シテ

帰ロウ


 Δウェポンによる全てを無にしてしまうほどのエネルギーの奔流が終り、世界が再び色を取り戻したその直後。

 

『……馬鹿ナ』

 

 アルファはΔウェポンを受けてなお健在する子宮の姿に目の前の光景が信じられず呻いてしまった。

 先程荒れ狂っていた残骸は全て消え、不気味な程の沈黙が辺りを支配している。

 

『モハヤ、倒ス術ハナイトイウノカ…?』

 

 正真正銘最後の切り札だったΔウェポンさえ倒すにいたらぬとなれば、打つ手をアルファは持っていない。

 と、そこでアルファは重大な事に気付く。

 

『フォースハ…ッ!?』

 

 Δウェポンを発動した後姿が見えないフォースを探したアルファはすぐに見付けた。

 目の前の、子宮の中に。

 子宮の内側に居た島風の姿が消え、まるでそここそが居場所だというかのようにフォースは、子宮の中でゆっくりと胎動するように断続的に光を放っていた。

 

『……マ…サカ…』

 

 アルファは気付いてしまった。

 Δウェポンを発動した最中で島風は『その子にする』と言っていた理由を。

 島風が求めていたのは完全なバイド(・・・・・・)である自分。

 しかし、完全なバイド(・・・・・・)はアルファだけじゃない。

 アルファともう一つ、フォースもまた完全なバイド(・・・・・・)なのだ。

 ならば、フォースと島風は…

 

『戻レ!!??』

 

 それに思い至った瞬間アルファはフォースを呼び戻すが、フォースはアルファに従わず静かに光の脈動を繰り返す。

 

『ヤハリ…ソウナノカ…』

 

 己が引き起こした致命的な失態にアルファは悔恨の呻きを零す。

 

『私ガ、マザーバイドを誕生サセテシマッタ…』

 

 直後、世界が震えるように振動を開始した。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 マザーバイドが誕生したその頃、バイドツリーに向かっていたイ級達も異変を察知していた。

 

「なんだあれは!?」

 

 日が沈み月明かりが黒く居木を照らし枝のみを海風に揺らしていたバイドツリーが一度震え、直後からまるで早送りの映像を見るかのように巨大な幹がさらに太く、巨大に伸び始めたのだ。

 

「まさか、アルファが負けたの?」

「滅多な事をいわないでよ千代田」

 

 だが、間違いなく何かが起きたことだけは確かだ。

 そうして見ている間にバイドツリーは神話の世界樹を彷彿とさせるほどに大きく成長し、幹からまだ50キロは離れた場所に居たイ級達の上にまで枝を伸ばしてしまった。

 

「?

 なんだ? この匂いは?」

 

 不意に嗅覚を擽る花の香りらしい甘い匂いに記憶を探ろうとしたイ級に鳳翔が答えを口にした。

 

「これは、桜の花の香りですね」

「桜だって?」

 

 赤道近くの南西に住んでいるため四季の感覚はあやふやだが、桜が咲く季節はまだ先なのは確実。

 なにより、こんな海上のど真ん中でどうして桜の花の香りが漂っているのか。

 流石にそれはないだろうと思いながら全員が上を見上げ、そして絶句した。

 

「花が…咲いている……」

 

 空を覆い尽くしたバイドツリーの枝という枝から鮮やかなピンクに染まる桜の花弁が芽吹いて満開に開いていたのだ。

 

「…綺麗」

 

 闇夜の月明かりを照明に海上に咲き誇る満開の桜は、本来であれば不気味なはずなのだが間近で見ていたイ級達はえもいわれぬ魔性に魅了されつつあった。

 

「千代田、バイド係数はどうなっている?」

 

 どこか虚ろにそう尋ねると、千代田は妖精さんにミッドナイト・アイから回収した検知機を使い調べる。

 

「僅かづつだけど確かに係数は上がってるわ。

 今はまだ汚染の危険もほとんど無いぐらいだけど、このままだと私達も…」

 

 何れ汚染される。

 その答えにイ級は言った。

 

「全員撤退してくれ。

 このままだとまずい」

「お前はどうするんだ?」

 

 まるで自分は残るみたいな言いように木曾が尋ねるが、その答えは予想通りのものだった。

 

「俺はもう少しここで待ってる」

「だったら俺達も引くわけには行かない」

 

 そう言われてイ級は強引にでも帰らそうとするが、

 

「それにもし、アルファが負けたんだったら、どこにいようと同じだろ?」

「それは…」

「だからさ、どこにいても同じなら俺はここにいるよ。

 せっかくこんなに綺麗な桜なんだからな」

 

 見ないのは勿体ないと、そう言うと木曾はイ級の隣で桜を見上げる。

 

「お酒でもあればよかったんですけどね」

「私はお酒より団子がいいな」

「燃料ナラマダ予備ガチョットダケ残ッテルヨ?」

「私もあるわよ」

 

 天にも届きそうな桜を眺めながら銘々に燃料ね缶が渡され自然と雑談が始まる。

 世界が終わるかもしれない事態だというのに、誰もそれを咎めようとは思えない。

 それほどに、空を覆い尽くした桜は全てを忘れさせるほど美しく幻想的だった。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 世界が振るえ、そしてマザーバイドが遂に覚醒する。

 

『世界を、皆、一つに』

 

 まどろむ幼子のような島風の思念が響いた直後、子宮から大量のスタンダードフォースが吐き出された。

 

『ッ!!??』

 

 触れたら一巻の終りとアルファは死力を奮い凄まじい量のフォースの隙間を掻い潜る。

 

『ヨリニモヨッテフォーストハ!!??』

 

 人類が技術の粋をかき集め生み出した制御されたバイド(フォース)をマザーが産み出す皮肉にアルファは思わず呻きながら僅かな隙間を縫ってフォースを避け続ける。

 

『デビルウェーブ砲Ⅱ!!』

 

 もはや悪あがきだとしても諦めはしないとアルファは波動砲を放つが、波動砲は濃密なフォースの密度に押し潰されマザーバイドに届く前に掻き消されてしまう。

 それでもなおアルファは必死に避けながら波動砲を放ち続ける。

 

『ドウスレバ、ドウスレバ奴ヲ…!?』

 

 倒さなければ地球の全てがバイドになってしまう。

 それだけはなんとしても避けなければならない。

 例え己を引き替えにしても地球をバイドの魔手から守らねばならない。

 己のバイドを活性させ自爆特攻に踏み切ろうとしたアルファ、そこで奇妙な事に気付く。

 

『アレハ…?』

 

 いつの間にか、自分のすぐ前を一機のR戦闘機が先行していたのだ。

 R-9によく似たその姿をアルファは知っている。

 

『ラストダンサー…』

 

 究極互換機とも称されるR戦闘機の完成型。

 かつて、まだアルファがバイドに成り果てそれに気付かぬまま地球への帰還を目指していたジェイド・ロス艦隊に属していた時に最後の障害として立ちはだかった最強のR戦闘機。

 なぜそれが自身の前に、まるで自分を導くように飛翔しているのか分からず困惑していると、突然空間に声が響いた。

 

「そう、だったんだな…」

 

 おそらくラストダンサーのパイロットと思われる声はフォースの隙間を縫いながら誰かに語りかけるように言葉を紡ぐ。

 

「お前達は、ただ、帰りたかっただけなんだな」

 

 その声には一切の恐怖や憎しみといった負の感情はなく、ただただ慰撫するように響く。

 

「お前達は俺達(人類)の勝手で生み出されて、そして捨てられた。

 憎んで当然だよな。

 親に捨てられて、憎まないでいられるわけがないよな」

「だってお前達は、まだ人間を愛しているんだから」

 

 その言葉にアルファは殴られたような衝撃を覚えた。

 語るにつれラストダンサーが燐光を纏い始める。

 

「お前達は愛されたくて、生き伸びなければそれも叶わないからバイドに成り果てて、だけどバイドに成り果てた自分達を俺達(人類)は愛してやれなかった。

 たからなんだろ?

 この世界がバイドに汚染されていないのは。

 汚染される恐れが無くなれば自分達を受け入れてくれる。

 そうやって考えたからお前達は自分を進化させたんだろ?

 お前がフォースを生み出しているのだって、フォースが人類と共存する唯一のバイドだから、お前はフォースを生み出しているんだろ?

 俺達(人類)に、自分達を受け入れてほしいから」

 

 信じられない。

 バイドが人類を愛している?

 だけど、本当はそうなのかもしれない。

 分からない。

 ラストダンサーのパイロットの言葉はあまりに突拍子もなく、バイドを知る者なら気が狂った人間の妄言だと切り捨ててしまうものだ。

 だけど、アルファはそれが出来ない。

 雪風はバイドの祖が暴走した理由は地球の全てを愛していたからだと語った。

 バイドに成り果て、仲間から銃を向けられ地球を追われたアルファには決して容認しえない。

 なのに、ラストダンサーからの声はアルファに反発を思わせず、ひどくあっさりとその言葉を受け入れさせてしまう。

 ラストダンサーを包む燐光はまばゆいものとなり、その輝きを纏いながらラストダンサーはマザーバイドに機首を向ける。

 

「もういいんだ。

 私がお前達(バイド)を受け入れてやる。

 だから、Bye bye BYDO(ヲヤスミ、ケダモノ)

 

 そう餞の言葉と共にラストダンサーが纏う光がマザーバイドを抱くように解き放たれ、アルファは我に帰る。

 

『今ノハ…?』

 

 白昼夢だったにしては余りに現実感がありすぎた。

 そしてマザーバイドはフォースを産み出すことを止め、不気味な程に静まり返っている。

 今なら波動砲が撃ち込める。

 だけど、アルファにはどうしてかそれが出来なかった。

 

『……モウ、イイ』

 

 ラストダンサーの言葉の影響だろうか。

 今まで尽きる事なく渦巻き続けていたバイドへの憎しみが、さながら凪いだ海のように鎮まっていた。

 

『モウ、憎ムノハ終リダ』

 

 悪夢の中で己を保ち続けるには憎み続けるしかなかった。

 だから憎み続けた。

 だけど、アルファは気付いた。

 

『憎ミ続ケルカラ、悪夢ハ終ワラナインダ』

 

 ラストダンサーの言葉がアルファの憎しみを鎮めてしまった。

 そうして残ったものはたった一つ。

 

『私ハ、皆ノ所ニ帰リタイ』

 

 いつの間にか、アルファの全身にラストダンサーが纏ったものと同じ燐光が集い始める。

 

『オ前モ、帰リタインダヨナ』

 

 手に入れて、だけど失った懐かしい幸福を取り戻したくて、そしてもう二度と失いたくないから島風はマザーバイドになろうとした。

 アルファは漸く島風の悲しい切実な想いを知り、だからこそ告げた。

 

『一緒に来イ島風。

 私ノ御主人ハ、来ル事ヲ望ム者ヲ誰モ拒ンダリシナイ』

 

 アルファが纏う輝きがまるで手を伸ばしているように伸び、島風からもその手を取ろうとするように同じように穏やかな光を伸ばす。

 そして互いの光が触れた瞬間、アルファの纏う光が世界を白に染め上げた。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 アルファが気がつくと、そこはまた違う場所であった。

 

『ココハ…?』

 

 上下を白い雲海に挟まれた琥珀色の宇宙。

 そこにはR戦闘機や戦艦、バイドまでが漂う穏やかな場所だった。

 

『ナンダロウ…ココハ、トテモ…落チ着ク』

 

 寂しさも哀しさも溶かすような暖かさに包まれとても穏やかな気持ちでこのまま眠ってしまいたくなる。

 

『…アレハ?』

 

 目を閉じて眠ってしまおうとしたアルファは、ふと視界に過ぎった赤い巨影に目を開く。

 

『マサカ、提督ナノデスカ…?』

 

 コンバイラベーラより遥かに巨大な赤い要塞の姿にアルファは眠気を振り払いそちらに向かう。

 途中白い蜉蝣のような飛翔物が戦艦やバイドを光の粒子に分解する様を見ながら、何れ自分もああなるのだろうと予感し、しかし恐怖を全く感じない。

  最後に放った光の影響らしい、うまくいうことが効かない身体をもどかしく思いながらアルファは時間をかけて巨大な赤い要塞にたどり着く。

 たどり着いて気付いたが、要塞にも飛翔物が取り付き要塞の下半分を光の粒子に分解していた。

 

『提督…ナノデスカ?』

 

 そう呼び掛けてみると、要塞が重々しく応えた。

 

『オマエハ…?』

 

 その声でアルファはこの要塞は確かにジェイド・ロス提督であるが、自身を率いていたのと別の世界のジェイド・ロスなのだと気付いた。

 

『私ハ、違ウ貴方ニ率イラレテイタ者デス』

『チガウ…セカイ…』

 

 身体と共に意識も分解されているようで要塞はまどろんだ様子で尋ねる。

 

『デハ…チガウ……セカイデモ…ワタシタチハ……アクムニ…トラワレテイル…ノダナ…』

『…ハイ』

 

 どの世界でも自分達は同じ結末を迎えたと知り要塞は落胆した様子で言う。

 

『……ソウカ』

 

 訪れた沈黙にアルファは疑問をぶつける。

 

『提督。

 此処ハ何処ナノデスカ?

 ソレニ彼等ハ一体…?』

『ココハ…ワタシ…タチノ…アクムノ…オワルバショ。

 カレラハ…ワタシタチヲ…アクムカラ…カイホウスル…シシャ』

『悪夢カラノ開放…』

 

 その答えと共に分解されているR戦闘機達にアルファは何があったのか察した。

 おそらくこの提督はアルファの提督がたどり着いたバイドが安住することが可能な地にたどり着く前に追っ手に追い付かれ、己を終わらせる事を選んでしまったのだ。

 ほんの僅かな違いがふたりの提督の運命をここまで変えてしまっていた事を悲しむアルファに提督は言う。

 

『アンズル…コトモ…カナシム…ヒツヨウモ…ナイ。

 チキュウヲ…ケガス…コトモ…タタカウ…ヒツヨウモ…モウ…ナイノダ。

 ソレダケデ…ワタシハ…マンゾクダ』

 

 そう提督はアルファにも楽になっていいと薦める。

 だが、

 

『申シ訳アリマセン提督。

 私ハマダ、消エルワケニイカナイノデス』

『ドウ…シテ…?』

『私ニハ帰ル場所ガ、バイドトナッタ私ヲ迎エ入レテクレタ人達ガ私ノ帰リヲ待ッテイテクレテイルカラデス』

 

 だから、まだ消えるわけにはいかないとアルファは告げた。

 

『……ソウカ』

 

 暫くの沈黙を挟み提督は言った。

 

『ナラ…ワタシタチカラ…スコシダケ…センベツヲ』

 

 そう言うと提督から波動が放たれ、それを受けたアルファの身体がより闘いに特化した、見るものによっては悪魔だと言わしめるだろう凶悪なフォルムに変化する。

 

『コレハ、『バイドシステムγ』…』

 

 バイドシステム系の最終形態に変化した己に驚くアルファに提督は言う。

 

『サア…イクトイイ』

 

 そう言うと提督は完全に沈黙した。

 

『提督…アリガトウゴザイマス。

 …ヨイ旅ヲ』

 

 そう別れの言葉を送り、アルファは帰るために次元の壁を越えた。




次回、エピローグ


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私ノ悪夢ハ終ワッテモ

御主人ノ悪夢ハ、マダ…終ワラナイ


 どれぐらいの間桜を眺め続けていたのだろうか?

 

「もう、朝か…」

 

 月が顔を隠し、水平線から昇る太陽の光に夜の闇が薄れていく。

 白む水平線に視線を向けた俺の頭に、ふとひらりと桜の花弁が乗った。

 

「え?」

 

 どんな風にも一枚たりとも落ちなかった桜の花弁が落ちたことに上を向くと、頭上に咲き誇る桜が少しづつ散り始めていた。

 

「バイド係数が急激に下がってる…」

 

 雪のように降りしきる桜の花弁と千代田の報告に、俺達は確信した。

 

「アルファは、やり遂げてくれたんだな」

 

 島風を倒し、地球がバイドの星となるのを防ぐことが叶った事を俺達は静かに喜ぶ。

 

「後は、アルファが帰ってくるのを待つだけだね」

「そう、だな」

 

 それで、今回の事は全部終わりだ。

 と、桜吹雪の中、俺はとある枝の先端にいくつかのさくらんぼが出来ているのを見付けた。

 どう見てもさくらんぼなんだけど、さくらんぼにしてはかなり大きくて色が琥珀色だし多分喰ったらやばいだろうけど土産にはなるかな?

 

「鳳翔。

 あのさくらんぼなんだが、見えるか?」

「さくらんぼですか?」

 

 どこにと捜す皆にあそこと妖精さんに示してもらい全員で見付けたところで突然さくらんぼの一つが割れ、中から禍々しいR戦闘機らしき物が飛び出した。

 

「何!?」

「まさかまだバイドが悪あがきを!?」

 

 慌てて広角砲を稼動させる木曾を俺は反射的に停めた。

 

「待った!?

 あれは多分アルファだ」

「しかし…」

 

 違ったらどうするんだと言外に苦言を堤するが、俺は確信があった。

 

「きっと、またなにかあって姿が変わっただけだ。

 だから大丈夫だ」

 

 違ったら俺が盾になればいいと胸の内に秘めて説得すると木曾は素直に広角砲を下げてくれた。

 

「すまない」

「いや、もしアルファだったらそれこそ悪いからな」

 

 そう話していると、出て来たR戦闘機はゆっくり降下して来た。

 

「アルファ…なんだな?」

 

 そう尋ねると、R戦闘機はハイと聞き覚えのある声で応えた。

 

『アルファハ無事、任務ヲ完了シマシタ』

 

 その言葉に全員の肩から力が抜ける。

 

「ああ、もう。

 イ級が気付かなかったら攻撃しちゃうところだったよ」

『…スミマセン』

 

 もしかして姿が変わったことに気付いてなかったのか?

 

「なにはともあれ、まずはだ。

 お帰り、アルファ」

 

 約束通りそう言うと、皆もお帰りと言葉を贈る。

 

『…タダイマ』

 

 皆からの言葉を噛み締めたのか、感極まった様子でそう言った。

 これで約束は全部守れたかな?

 

「それで、その姿はどうしたの?」

 

 俺達の疑問を千代田が代表してそう尋ねると、アルファは胸を張るように答えた。

 

『コノ姿ハ『バイドシステムγ』。

 提督カラ餞別ト頂イタモノデス』

「提督って、前に言ってたジェイドロスって人か?」

 

 アルファの上官でアルファと一緒にバイドになった軍人だったよな?

 

『ハイ』

 

 そう自慢げに肯定するアルファ。

 一体向こうで何があったんだ?

 尋ねようとしたが、そこに北上が茶化すように言う。

 

「しかしアルファも大変だねぇ。

 グロから卑猥で今度はそれでしょ?

 どんどん困った姿に変身するよね」

 

 確かに。

 今までに比べたら間違いなくカッコイイと言えるんだけどさ、角とか生えてるしどっちか言うと悪者の機体って言われそうなんだよね。

 

『……ソウデスネ』

 

 最初に警戒されたのとよっぽど嫌だったらしいバイドシステムβになっていた事を思い出してずーんと落ち込んだアルファだが、すぐに立ち直り俺達に言った。

 

『御主人。

 詳シイ話ハ後ニシマショウ。

 少シヤリ残シガアリマスノデ』

 

 やり残しって、タイミングがタイミングなだけになんか嫌な響きだな。

 

「一応確認するが、大丈夫なのか?」

 

 地球とかその辺りの安全的な意味で。

 

『大丈夫デス』

 

 俺の問いにアルファは力強く言った。

 

『モウ、大丈夫デスカラ』

 

 ……一体なにがだ?

 本人意外全く分からない説明だけを残しアルファは上昇すると、桜が全て散り樹に残った四つのさくらんぼを回収するなり先ニ戻リマスと言って一人で島に帰ってしまった。

 

「「「「「……」」」」」

 

 一体全体訳が分からん。

 

「どうしましょう?」

「取り敢えず、島に帰って入渠しようか」

 

 おいてけぼりを喰らって俺達は何とも言えない気持ちを抱えたままアルファを追って島への帰途に着く。

 そうして帰り道を航海していると、一日程進んだ所でチビ姫の艤装が迎えに来た。

 多分アルファが要請してくれたんだろう。

 

「おーい。

 皆生きてるよね?」

 

 何気に酷い呼び掛けをする明石。

 ざっくばらんなのはいいけどさ、言い方ってもんがあるだろ明石?

 

「当たり前だ!」

 

 木曾がそう怒鳴ると艤装に上がるための梯子が下ろされる。

 

「悪かった。

 修復剤の準備は出来てるから早く上がりな」

 

 そう言う明石に全くと不満を言いながら木曾から順に昇り始める。

 俺? 勿論最後だよ?

 いろいろ見たいからなんて下世話な理由じゃなくて、手足が無いから梯子を上るのに時間が掛かるからってだけ。

 そんな訳で梯子を上ると、待っていた古鷹にに抱えられドラム缶に放り込まれた。

 そのまま上からバケツを掛けられつつ俺は古鷹の目を確認して言う。

 

「バイド化、治ってないんだな」

 

 古鷹の瞳の色は琥珀色のまま。

 マザーを倒せば治るかもと期待していた俺に古鷹は困ったように笑う。

 

「アルファから聞いて分かっていた事です。

 それに、これは一生抱え続けるって決めましたから」

「…そうか」

 

 古鷹がそう言うなら俺が口を挟む事じゃないな。

 修復を終えてドラム缶から這い出してみて気付いたけど、チビ姫の艤装には島の全員が乗っていた。

 

「随分盛大だな」

 

 悪い気分じゃないけどさ。

 

「まあね。

 アルファが全員でって言うから皆で来たんだよ」

「……アルファが?」

 

 いやさ、それってもしかして…

 

「なんか暫く島から出ていて貰いたいみたいだったね」

 

 やっぱりかよ。

 

「何を考えてんだアルファの奴?」

 

 俺だけじゃなくて木曾もそう思うよな?

 

「少し工廠を使うだけって言ってたし、別に大丈夫だと思うよ」

 

 明石はそうあっけらかんと言うけどさ、なんか変なんだよな?

 先に行くって言ってた時も浮ついてるっつうか、そわそわしてるみたいな感じだったし。

 あのさくらんぼが原因なのか?

 ともあれチビ姫の艤装に乗って島に向かった俺達は、島が見えた辺りで呆気に取られることになった。

 

「なにやってんだアイツ?」

 

 島に近付くと、島の上空でアルファが見たことが無い三機のR戦闘機と交戦していたのだ。

 

「アルファ!?」

 

 一体どうしたんだ!?

 まさか、また明石が黙って作ったR戦闘機がバイド汚染されて戦っているのか?

 しかし、俺が呼び掛けるとアルファ達はあっさり戦闘を中断してこちらに飛んで来た。

 

『ドウシマシタ御主人?』

「どうしたって、そりゃこっちの台詞だ」

 

 いきなり戦闘してるからびっくりしただろうが。

 そう言うとアルファはスミマセンと謝った。

 

『早速飛ンデミタイトセガマレタノデ、ショウガナイノデ少シ相手ヲシテイマシタ』

「相手って…そいつらのか?」

『ハイ』

 

 そう頷くとアルファが三機の紹介をする。

 アルファから紹介されたのは三種類のカメラアイを持ったなんとなくむせそうなパウアーマーっぽい機体の『TP-1 スコープダック』、黄色い機体の下部になにやらタンクらしきものを抱えた『R-9SK2 ドミニオン』、そして沢山のブースターを装備して通常の三倍は速そうな朱い機体の『R-11S2 ノー・チェイサー』の三機。

 

「いきなり三機も増やして誰に持たせる気だよ…」

 

 第一、資材はどこから捻出したと…

 

『おぅっ!』

 

 って、ゲームで聞いたことがある声が…。

 

「……」

 

 あまりに嫌な予感がしつつ声のした方向を振り向くと、そこには何故か連装砲ちゃんの姿。

 

「……アルファ?

 これ(・・)は一体何処から『ぽいっ!』…は?」

 

 最近よく聞いた声に振り向くと連装砲ちゃんが増えていた。

 皆固まって石になるなってるし、もしかしなくてももしかして…

 

「なあアル『しれぇ!』……マジか?」

 

 三度振り向くとそこには三体目の連装砲ちゃん。

 いやさ、もう分かってるよ。

 

「アルファ」

『ハイ?』

「まさかさ、さっきお前が回収したさくらんぼって島風達だったのか…?」

 

 それで、どんな手段か知らないが回収した島風達を連装砲ちゃんとR戦闘機に移植したのか…?

 

『ハイ。

 デスガ三人ノ肉体ハナイノデ連装砲チャンヲ三人ノ魂ノ器トシタノデスガ、容量ガ足リナカッタノデ力ノミヲ分割シR戦闘機ニ移シマシタ』

 

 本気で?

 

「突っ込み所はいっぱいあるんだけどさ、三人の記憶とどれだけ資材を使ったか聞いていいか?」

『記憶ハ肉体ト共ニ消滅シマシタ。

 資材デスガ、三人ノ力ノオ陰デ各一万程度デ賄エマシタ』

 

 まあ、一万でR戦闘機三機ならまだマシなのか…?

 

『おぅっ!』

『ぽいっ!』

『しれぇ!』

 

 衝撃の真実についていけず固まる俺達なんか気にもしないでそれぞれの鳴き声(?)を上げながら楽しそうに遊ぶ連装砲ちゃん'S in 艦娘の三人。

 ……つうかさ、

 

「…あいつらどうするんだ?」

『彼女達ハ今日カラ私達ノ仲間デス。

 当然島ニ住マワセマス。

 何カ問題アルノデスカ?』

「…バイド汚染の心配が無いならないよ」

『絶対アリマセン』

「……そっか」

 

 汚染の危険もなくアルファの様子からこいつらが地球を脅かす事はもうないみたいだし、来たいってなら別にいいんだよ。

 けどさ、でもさ、叫ばずにいられるか!!??

 

「なんでこんなことになったんだ!!??」

 

 

〜〜〜〜

 

 

「……この報告をどうしろというのだ?」

 

 駆逐棲鬼と接触するよう命を下した鳳翔からようやく届いた始めての報告書を読み終え、元帥は心の底から胃薬の必要性を考える羽目になった。

 最初は非常に有意義だった。

 一枚目は今まで長年の疑問であった深海棲艦の生体や言語など有用な情報がこんなにも早く判明したのかといい意味で驚かされたのだが、二枚目は別の意味で驚く羽目になった。

 バイドという別の世界の未来の兵器が過去に遡り人類を脅かす等、そんなSF小説の題材になりそうな存在と戦い、それを打倒したと書かれているのだから元帥の心情は計るまでもないだろう。

 おまけに数日前どの国の領海からも外れた太平洋のど真ん中に突如出現した謎の巨大樹の正体がそのバイドだというのだから、正直どうすればいいのか。

 巨大樹はバイドではあるが汚染する力はなく、海上に存在しているだけでただの樹と変わらない無害な存在との調査報告も記載されているが、どちらにしろ開示するわけにはいかないだろう。

 ともあれ普通ならば趣味で書いた小説の一片が誤って紛れたか、悪質な冗談の類いと流して終わるだろう。

 だがしかし、これを認めたのが元帥が誰よりも信を於いている鳳翔であり、なにより…

 

『……』

 

 誰にも見られず直接報告書を届けるためにと、そのバイドを鳳翔が遣したのだから信じないわけにいかない。

 報告書にはこのバイドは元人間で駆逐棲鬼に敵対の意思を持たぬ者には比較的善性であるとは書かれているが、見る者に畏怖と警戒心を掻き抱かせる禍々しい外見からは微塵もそうとは思えない。

 

『ソレデハ失礼シマス』

「待ちたまえ」

 

 報告書を読み終えた事を確認したアルファはそのまま帰ろうとするが、元帥はどうしても気になった事がありつい呼び止めてしまった。

 

「二つ、尋ねてもよいか?」

『…答エラレル事ナラ』

 

 そう言うと元帥は質問を投げ掛ける。

 

「報告書の中身に目を通したのかね?」

 

 中にはバイドのみならずR戦闘機についても言及されていた。

 他にも島に住む深海棲艦や行方不明となっていた特別攻撃隊を試験装備していた北上等の存在に着いても言及されており、不利益を齎す情報は数多く記載されていた。

 検閲が入っているならあまりに杜撰過ぎる手際にそう尋ねるとアルファは言った。

 

『シテイナイ。

 ソノ必要モナイ』

「それはどういう事かね?」

 

 こちらを舐めているのかと僅かに不快に思った元帥だが、その答えは意外だった。

 

『私ノ主ハ鳳翔ヲ信頼シテイル。

 ナラバ、疑ウ必要ハナイ』

「……」

 

 あまりに意外過ぎる答えに言葉を失う元帥。

 その上でアルファは明言した。

 

『ソレニ、万ガ一ガアレバ私ガオ前達ヲ皆殺シニスレバ済ム』

 

 そう、禍々しい殺気を僅かに覗かせながらアルファは告げる。

 

『主ハ甘イ。

 ソレコソ戦火ヲ知ラナイ世界ニ生キル人間並ニダ。

 ダケドソノ優シサニ私達ハ救ワレ、ダカラ私達ハ主ヲ信ジ集イ力ニナレル。

 ダカラ、ソレヲ脅カス者ニ私ハ容赦シナイ。

 我々ハ深海棲艦ト艦娘の共生体デアル以上、戦ウ必要ガアルナラバドチラトモ与シウル。

 故ニ海ノ上デナラ戦ウノハ必定。

 ダカラ、海ノ上デ戦火ヲ交エルナラ島ノ誰ガ沈ンダトシテモ怨ミハシナイ。

 ダガ、島ソノモノニ害ヲ成スナラ人類モ深海棲艦モ関係ナイ。

 アノ島ノ平穏ノタメナラバ、人類全テヲ殺戮シ全テヲ滅ボスコトモ躊躇ハシナイ』

 

 私ハ悪魔(バイド)ナノダカラとそう締め括るアルファ。

 

「……そうか」

 

 背筋を凍らせる殺意に本気なのだと、そして今の台詞が不可能ではないと肌身で理解した元帥は努めて平静を保ちながら告げる。

 

「約束はしよう。

 私の在任中は島に手出しはしないと」

『ソウアルコトヲ願イマス』

 

 そう言うとアルファはもう一つの質問について促すが、元帥はいいと言った。

 

「聞きたいことはもう知った」

 

 鳳翔がどんな扱いを受けているのかその待遇を聞くつもりだったが、アルファの答えでその必要はなくなった。

 鳳翔の立場に似合わぬ厚遇の礼に元帥は忠告しておくことにした。

 

「では約束の履行としてこちらから一つ。

 『如月牛星(きさらぎうぼし)』という男に出会ったら躊躇せず殺したほうがいい。

 その男はあの大和を建造した(・・・・・・・・・)研究者だ。

 今何処にいるか不明だが、奴の目からすれば君達は得難いサンプルと映る筈だ。

 注意しておきたまえ」

 

 そう言うと報告書から島とバイドに関わる部分を全てをアルファの目の前でシュレッダーに掛け更に火の着いたマッチを放り込んで完全に処分する。

 

『御忠告ニ礼ヲ言ッテオキマス』

 

 そう述べるとアルファは現れた時と同じく亜空間への道を開き去った。

 一人になった元帥は小さくため息を吐いた。

 

「まったく、困った事になったものだ」

 

 巨大樹ことバイドツリーは早速国連の目に留まり、深海棲艦の新たな戦略拠点なのではないかとの憶測から速やかな正体の判明をさせるよう日本に調査団の派遣を要請する通達が来ていた。

 しかし鳳翔の報告であれは深海棲艦の意図したものではないことが既に判明し、派遣するだけ資源と費用の浪費になる事は明らかだ。

 寧ろ、下手な刺激をすれば大規模攻略戦にまで発展してしまう可能性のほうが高い。

 国連は完全に形骸化した組織ではあるが、しかし無視すれば欧州アジアの諸国の心象は悪くなる。

 よって、やらなければ資源を購入している各国からのバッシングが待っていることは確実であり、元帥を面白く思っていない派閥らに叩く良い材料を与えるだけ。

 無駄に無駄を重ねるだけの作戦を進めるぐらいなら通常攻略戦で深海棲艦の一隻でも沈めるほうが余程有意義と、元帥は本当に胃薬の必要性を思いながらごちた。

 

「ままならぬものだ」

 

 この先、老躯のこの身にどれほどの重圧を掛ければ済むというのか。

 鳳翔の煎れた茶が飲みたいとそう思う元帥だった。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 島が更に賑やかになって数日後、俺はタ級に引きずられるようにして戦艦棲姫の住まいに向かっていた。

 なんでこうなったか?

 原因は明石だよ。

 

〜回想〜

 

 タ級「アマッタシザイノカイシュウニキタワ」

 

 明石「ごめん。どうせ借金だからと思ってR戦闘機作るのに溶かしちゃった。テヘッ☆」

 

 俺&タ級「……」

 

〜回想終了〜

 

 そんな訳で島の責任者なんだから俺が弁明しろという謎の理屈により強制連行されたんだよど畜生。

 因みに明石が今回造ったのは『R-9K サンデー・ストライク』なる機体。

 珍しかった事とすれば最初にそれを見た瞬間、アルファが『R-9C ウォー・ヘッド』なる機体と間違えて戦々恐々してたんだよな。

 なんでかと聞くと、ウォー・ヘッドはR戦闘機の非人道性を代表するとまで言われる機体で、話によると超性能と引き換えにコクピットが狭くなりすぎでパイロットをグロ方面に見せられないよな姿にしなきゃまともに運用出来ない機体だったそうだ。

 後、わりとどうでもいい事実としてアルファの恋人がそのパイロットだったらしい。

 いつ頃そうだったかは聞かなかったけど、世の中広いよね…。

 とまあさておき、サンデー・ストライクはそんな真似しないでも乗れるよう改善されたまともな機体であり、性能もウォー・ヘッドを一回りマイルドにした程度のそこそこ優秀な機体らしいから戦艦棲姫の約束の品として献上することにした。

 瑞鳳がめっちゃ恨めしそうにしてたが致し方なし。

 なんせ島風達の力を宿した三機はパイロットがいらず、しかも目を離すと勝手に飛び回るもんだから鳳翔ですら手を焼き1番懐いているワ級が預かることになったのだ。

 瑞鳳は何時になったらR戦闘機を搭載出来るんだろうか?

 そして魂の入れ物となった連装砲ちゃんは巡り巡って俺の装備となった。

 因みに、性能は三匹とも違う。

 最初にぜかましと名前が書かれた島風の魂が入った連装砲ちゃんは火力+10の雷装+10。

 同じくちだうゆと書かれた夕立の魂の入った連装砲ちゃんは火力+15の雷装+5

 そしてぜかきゆと書かれた雪風の魂の入った連装砲ちゃんは火力+5の雷装+5の幸運+10。

 駆逐艦専用装備としては有り得ないレベルに優秀で、しかも俺ならダメコンと同じく一スロットで纏めて装備可能といいことづくめなんだ。

 しかも三匹揃うとシナジーでトータル数値は二倍、幸運に至っては五倍とまさにチート装備。

 こいつらさえ居れば俺も遂に砲雷撃戦に参加出来るって喜んだけど、それも燃費が最悪を通り越して信じらんないレベルになるって知るまでのつかの間だったよ。

 詳しくは連装砲ちゃん一匹につき燃料弾薬を+50追加で消耗し、かつ消費までもが何故かシナジーを起こし+150ではなく+300。

 つまり、三匹纏めて装備すると一回の出撃で大和を遥かに上回る燃料と弾薬を消費し、更に損害を被れば山のような資材を溶かす事になる。

 という訳で、三匹には有事の際以外では島のマスコットとして大人しく遊んでてもらうこととにした。

 

「ゴバッ!?」

 

 突然海水が口の中に!?

 

「ナニヤッテルノ?」

 

 慌てていたらタ級が呆れた様子でそう言った。

 

「潜る前に一声掛けろ!?」

 

 いきなり過ぎてびっくりしたじゃねえか!?

 

「カケタワヨ。

 キイテナカッタノハアナタデショ?」

「ぐっ…」

 

 考え事してて聞き逃していたらしい。

 落ち度は俺にあったみたいだから仕方なく黙る。

 そのままタ級に引きずられていると見慣れた戦艦武蔵の姿。

 中に入るとなんかいつもに比べ空気が重い感じがした。

 

「なにかあったのか?」

「ヒメガキテイルノヨ。

 ソレニメンドウノモチコミモアッタノ」

 

 そう言うと俺を促すタ級。

 つうか、どの姫だ?

 チビ姫と戦艦棲姫以外で俺が会ったことがあるるのは南方棲戦姫ぐらいだけど、そういえば姫ってどれぐらい居るんだ?

 ちょうどいいし、聞いてみるか。

 

「なあ、今現在で姫は何人居るんだ?」

「…ナンデシラナイノヨ?」

 

 常識でしょうがと呆れるタ級。

 

「いや、一応俺、産まれてまだ一年未満のニュービーだし」

 

 馬鹿みたいな戦闘経験のお陰でレベル80越えてるけどな。

 

「……マアイイワ」

 

 今の間はなんすかタ級さん?

 その疑問を問う間もなくタ級は説明を始める。

 

「イマゲンザイノヒメノソウスウハ8ニン。

 コノカントワタシノアルジデアルセンカンノヒメ。

 ヒメトツイヲナスミナミノヒメ。

 ガダルカナルノハクチノヒメ。

 ポートワインノハクチノヒメ。

 アナタノトコロニイルハクチノヒメノムスメノアルフォンシーノノハクチノヒメ。

 ミッドウェーノハクチノヒメ。

 ミッドウェーニスマウクウボノヒメ。

 ソレトオニダケド『総意』ニミトメラレヒメトナッタピーコックノハクチノヒメノ8ニンヨ」

 

 つまり、今居るのは戦艦棲姫、南方棲戦姫、飛行場姫、港湾棲姫、チビ姫、離島棲鬼と名前が分からないミッドウェーの泊地タイプの姫と空母の姫か。

 装甲空母姫がいないのはやっぱりだな。

 というか、さりげにチビ姫について爆弾発言があった気がするんだが……?

 そんなことを考えてるといつの間にやら姫がいつもいる甲板の前に着いていた。

 

「シツレイシマス」

 

 ドアをノックしてから俺を掴んで甲板に出るタ級。

 そんな事しないでも逃げないんだ……が……

 

「あら? 久しぶりね駆逐」

「へえ、そいつが『イレギュラー』なの…」

 

 なんで姫が全員集合してるんですかね?

 

「見た目は普通の駆逐ね」

「でも…怖い」

 

 ガクブルしたい気持ちの俺を無視してそれぞれに勝手な事を言う姫様々。

 つうかそこの爆乳大要塞。

 俺が怖いって、あんたのほうがよっぽど怖いんですが?

 七人の姫からじっと見られるとか、威圧感だけで普通に死にそうなんですが?

 つうかここで借金の延滞申請とかどんな無理ゲーだよ!?

 

「ちょうどいいわ。

 貴女も聞いておくべき話があるわ」

 

 こちらに来なさいと促す戦艦棲姫だけど、

 

「あ、俺はここでいいです」

 

 姫に囲まれた状態で話なんて頭に入るか。

 

「遠慮なんてしなくていいわよ。

 ほら、席がないなら私の膝を貸してあげる」

 

 そう言って飛行場姫が逃げようとした俺を捕まえて膝の上に乗せる。

 冷たいと思ってたけど意外と温い。

 

「ご苦労様」

「え?」

 

 唐突に小声で囁く飛行場姫。

 一体何の事だ?

 

「これからも楽しませてね」

「一体なんの…」

 

 真意を問い質そうとするが、詮索の暇は与えられなかった。

 

「それで姫、『総意』はなんて?」

 

 俺の問いを遮り飛行場姫が泊地棲姫に尋ねる。

 一方的に言いたい放題したりとか訳がわからねえぞ。

 つうか、タ級も言ってたが『総意』ってなんなんだ?

 

「『総意』は件の樹の調査を妨害せよと言っているわ」

 

 ……樹?

 まさか、バイドツリーの事か?

 あれはもうバイド汚染の拡大を起こす危険もなく、今はもうただのでかい樹でしかないんだぞ?

 というか、その調査をこっちでやって、鳳翔に架空の泊地からという形報告してもらった筈。

 確実に届くよう発送には念には念をとアルファまで差し向けたんだがなんでまだ調査が必要なんだ?

 それにそれを妨害しろって『総意』とやらの考えも解らん。

 

「それで、今回は誰を頭目に使うのかしら?」

 

 自分が考えていたのと掛け離れていく展開に考え込んでいると、誰かがそう尋ね泊地棲姫がそれに答えた。

 

「姫の魂を宿した空母を用いよとの事だ」

 

 姫の魂を宿した空母って、

 

「それって、うちに居るヲ級の事か?」

 

 それ以外思い付かず思わず尋ねると泊地棲姫が俺を見た。

 

「何か異論でもあるのか『イレギュラー』?」

「え? いや、そうじゃなくて…」

 

 物凄く怖いプレッシャーを向けられ言葉が濁ってしまう。

 

「ほ、本人に承諾は…」

「必要は無い。

 それと、空母は鬼への昇格されたわ。

 人間に倣うなら『装甲空母水鬼』と言ったところよ」

「水鬼?」

 

 聞いた事無いカテゴリーだ。

 

「新しい派閥なんて面倒な事ね」

「だけど、いい刺激にはなるわ」

 

 不満を口にしたのは離島棲鬼。

 対して愉快そうに笑ったのは飛行場姫だ。

 他の姫はただ黙って聞いている。

 

「それと、お前もそちらに昇格されたわ駆逐」

「……はい?」

 

 え? 俺が鬼タイプ?

 人間からだけじゃなく深海棲艦からもそう扱われるようになるってのか?

 

「辞退は…」

「しても無駄よ」

 

 そんな気はしてたよ畜生!?

 俺はただ借金の延滞のお願いとR戦闘機渡しに来ただけだってのになんでこんなことになった!!??

 

「行動開始は三ヶ月後。

 それぞれ準備をするように」

 

 用件はそれで終わったようで泊地棲姫を始めとした姫達が甲板を後にしていく。

 

「じゃあね。また会いましょう」

「あ、おい」

 

 さっきの事を尋ねようとしたのだが、飛行場姫はさっさと行ってしまった。

 そうして残ったのは俺と戦艦棲姫と南方棲戦姫と背景と一体化してたタ級の四人だけ。

 

「貴女も大変ね」

「まったくだよ…」

 

 苦笑しながら労う南方棲戦姫にそう愚痴ってしまう。

 

「それはそれとして、今日はいかなる用件で来たのですか?」

「あー、そうだった」

 

 いろいろとありすぎて本来の目的忘れかけてたよ。

 スロットからサンデー・ストライクを外し姫に差し出す。

 

「まずこれ。約束のR戦闘機な」

 

 興味深そうにそれを見る南方棲戦姫を横目に戦艦棲姫がサンデー・ストライクを受け取る。

 

「確かに受け取りました」

 

 そう戦艦棲姫が確認した所で俺は本題を切り出す。

 

「それでなんだが、返せるはずだった資材を明石が勝手に使っちまったんで返済を少し待ってもらえないか?」

「……ふむ」

 

 そう言うと、戦艦棲姫は少し考え込んだ。

 まあ、無理を言ってんだから多少の無理難題ぐらいは覚悟しないとな。

 

「あ、だったらあの艦を任せたらどう?」

 

 突然そう言い出す南方棲戦姫。

 あの艦ってなんだ?

 だんだん嫌な予感がしてきたところで戦艦棲姫がそうねと言った。

 

「あの艦を連れてきなさい」

 

 そう指示を下すとタ級が甲板から中に入っていく。

 

「あの、説明をいただけますか?」

 

 自分達だけで通じる会話にそう願うと南方棲戦姫が口を開いた。

 

「ついこの間、ミッドウェーより更に西から一隻の艦が流れ着いたの」

「西からってアメリカか?」

 

 もしかしてアルバコア?

 いや、だとしたら戦艦棲姫は知ってる筈だし、文脈が微妙におかしくなる。

 

「その艦にちょっと困ったことがあってね、『総意』に掛け合っても好きにしろとしか言わないから扱いに困っていたのよ」

 

 そりゃまた困った話だな。

 つうか、なんか艦娘っぽいけど、だとしたら姫達に生かしておく理由が無いはず。

 ますます訳わからん。

 解らず考え込んでいるとキィと軽く金属が擦れる音と共にタ級が帰って来た。

 

「……」

 

 なんだよ……ソレ(・・)は?

 

「その艦を使えるようにしなさい。

 それを受けるなら、延滞の件は了承しましょう」

 

 戦艦棲姫が何か言っているが目の前の光景があまりにあまり過ぎて頭に入ってこない。

 ソレ(・・)はタ級の押す車椅子に座らされていた。

 

 駆逐艦春雨。

 

 そう呼ばれるはずのその少女だが、俺にはその確信が持てない。

 何故なら彼女は一目で解るほどに壊れていた(・・・・・)からだ。

 綺麗なピンク色の髪は何日も手入れをされていないようにぼさぼさに痛んで灰色にくすみ、その目は全てに絶望したように虚ろで何も映そうとしていない。

 そして、なによりもその悲惨さを露にしている理由は、両足が太腿からばっさりと切断されていた事だ。

 そして肌は血色の一切を失い、まるで深海棲艦の身体と同じ青白い死体のように変わり果てていた。

 

「…なんで…なんでだよ……?」

 

 この世界でただ一人を除き、決してありえないとされた深海棲艦化したその艦娘に俺は思った。

 

 俺の悪夢は、まだ始まったばかりらしい。




これにてバイド編の終了と相成ります。

次回からはメインシナリオは止まり人類対深海棲艦のバイドツリーを巡る海域攻略戦を横から眺めたり深海棲艦化した春雨を立ち直らせたりと(本来の意味で)ハートフルな日常回を送る予定です。

他にもブラ鎮とか新たな転生者とかネタは山ほどあるので100話まではネタが尽きることはない!!

…エタら無い事が最大の目標だね。


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騒々しい日常の1コマ
アタラシイジョウシハヘン


ワタシタチノソンザイイギヲマッコウカラヒテイスル


 

「さってと、やりますかね」

 

 気合いを入れてオリョールの深海に潜る俺。

 何をやってるかって? 燃料掘りに決まってんだろ。

 

「って、相変わらず誰に言ってんだ?」

 

 たまにあるし気にしたら負けなんだろうからもう気にしない。

 そんな訳で海底の油田を確認した俺はクラインフィールドをドリル状に展開して穴を掘る。

 そのまま10メートル程掘ると底から黒い原油が滲み出したので海上から伸ばさせたパイプを使い回収させる。

 恙無く吸い上げが始まったのを確認した俺はお供のヨ級にパイプを任せ一旦浮上。

 そしてそのまま海上で原油を艤装に溜め込むワ級の海上警護に当たる。

 

「後どれぐらいかかりそうだ?」

「ニジカンホドイタダケマスカオニ?」

「分かった」

 

 敬いながらそう告げるワ級に了承を告げ、俺はレーダーに注視する。

 因みにこいつらは新しく俺の部下になった艦達。

 鬼クラスに昇格という信じたくない現実と共に島の連中とは別に新たな部隊を率いる事を強制され、取り敢えず資材確保を最優先に潜水艦のカ級とヨ級の二隻と輸送ワ級を融通してもらうことにした。

 南方棲戦姫は戦艦を薦めてたけど、エンゲル係数の引き下げと借金の返済が終わるまではって辞退しておいた。

 それに伴い島に済んでいたワ級には新しく自衛隊の輸送艦「あつみ」の名前を与えることにした。

 ワ級と呼ぶと両方来ちまうから大変なのもあるけど、うん、新しいワ級は癒されないんだよ。

 ついでにってのも変だけど、ヲ級の部下にヲ級とヌ級が入ったので二人にも名前を着けた。

 ヲ級には「信長(のぶなが)」、ヌ級には「尊氏(たかうじ)」。

 元ネタは旭日の艦隊な。

 女に付ける名前でもないからアメリカ系も考えたけど、アルバコアが帰って来て万が一アメリカの空母が仲間になったら被った時面倒だから架空の名前にした。

 他の奴らもそのうち着けてやんないとな。

 しかしまあ、うちのワ級もといあつみは他のワ級に比べやっぱり優しいらしい。

 姫には艦娘との共同生活が可能な奴と要望したのだが、このワ級が辛うじてというぐらいで他は威嚇する猫のように敵対心を剥き出しにしていた。

 まあ、ワ級は通商破壊で狙われまくってたんだからしゃあないわな。

 因みに信長の旗下に入ったのはヲ級とヌ級とル級と新型の重巡と軽巡。

 鳳翔曰、大本営は軽巡をツ級と重巡をネ級と呼称するそうだ。

 で、その信長は艦娘達のバイドツリー調査を妨害するため部下を引き連れバイドツリーに行っちまった。

 一応引き留めたんだけど、姫達に島の独立権を認めさせ続けるためには多少は協力しなくてはならないと言われ引き下がるしかなかった。

 ままならないなとは思うが、こればかりは仕方ない。

 現状俺と信長は一派閥とはされていても実質戦艦棲姫の食客的な立場にいるわけで、自由に出来る領海があるわけでもないから資源の確保も自力で何とかしないと行かず肩身が狭いのだ。

 かといって深海棲艦に寄り続けるわけにも行かない。

 鳳翔という監視の目があるから木曾達が島での平穏を保てるわけで、それ故に折りを見て艦娘側にも何等かの好意的なアクションを起こす必要がある。

 忙しい話だまったく。

 

「……って、早速か」

 

 レーダーに反応あり。

 反応があったのはソナーだから、潜水艦か。

 

「ちょっと追い払ってくる。

 お前等は作業を続けていろ」

「ワカリマシタ」

 

 ワ級に指示を出して俺はソナーが反応を示した方向に向かう。

 さて、あいつならいいんだが…

 

「っと!?」

 

 先制雷撃の接近に爆雷を投下して被雷を防ぐ。

 大量の水柱が上がる中、俺はソナーの反応がある近くにあるものを投下する。

 そのまま暫く待つと、当たりだったようで潜水艦娘が浮かび上がって来た。

 

「良いイ級でち!?」

 

 旗艦の伊58ことゴーヤが嬉しそうに俺を取っ捕まえる。

 

「あー、はいはい。

 分かったから放れろ」

 

 目の下に隈を浮かべたゴーヤを引き剥がし俺は尋ねる。

 

「今日もオリョクルか?」

 

 そう尋ねるとゴーヤの目が死んだ。

 

「そうでち…」

 

 このゴーヤ、とある小さな泊地に属している潜水艦娘なのだが、その泊地の提督が別の規模の大きい泊地にたかりを受け、大本営からの補給や遠征の獲得資材をまるごと巻き上げられてしまいその泊地唯一の潜水艦であるゴーヤのオリョクルだけが生命線なのだという。

 なんとかしようにも深海棲艦の身ではどうにもならず、こうやって見付けた時に燃料を渡すぐらいしか出来ないでいる。

 一応鳳翔に聞いてみたのだが、その泊地は高い戦果を挙げている泊地なので多少の専横も本部からお目零しを受けている可能性が高いらしい。

 それでも運営に不透明な部分がないか調査の申請は出してくれたので、もしかしたらだが状況改善の目はあるとのこと。

 ただ、ゴーヤの泊地は殆ど戦果を挙げていない事もあって握り潰されるかもとも言っていた。

 パワハラを耐え忍び戦果を挙げてこそ海軍将校であり、提督の采配の見せ所であるという実に時代錯誤な悪しき習わしがいまだに横行しているからと言っていた。

 こういうのはなんとかならないのかねぇ?

 

「そろそろ行きな。

 誰かに見られたら困るのはお前の提督だろ」

 

 そう言って俺はさっき投下した燃料の入ったドラム缶を押し付ける。

 

「…そうだね」

 

 俺の側では深海棲艦を警戒しなくていい数少ない気の休まる時間の終わりを、ゴーヤは名残惜しそうにしながらも素直にドラム缶を受け取り帰途に着いた。

 

「……どうにかできないかね?」

 

 ゴーヤに必ず女神を持たせてる辺り、少なくともゴーヤの提督は艦娘を使い潰すような人間ではないようだし、そんな艦娘を大事にする提督が潰されそうになってるのは面白くない。

 

「とはいえなぁ…」

 

 ぶっちゃけ、ただ泊地を潰すだけなら怖いことに俺の超重力砲を泊地に叩き込んだ上でアルファ他R戦闘機を投入して蹂躙させれば事足りてしまうらしい。

 とはいえそんな真似をすれば艦娘に被害が及ぶし、なにより鳳翔の面目を潰すのでやるわけにもいかない。

 

「人間の事は人間に任せるしか無いかな…」

 

 歯痒く思いながらも俺は待っているワ級達の所に戻る。

 

「待たせたか?」

「ダイジョウブデス」

 

 既にパイプを回収し撤退準備を終えていたヨ級がそう言い、俺は帰るぞと促し帰途に着いた。

 

 

〜〜〜〜

 

 

「……マジか」

 

 帰って来たらようやく貯まりはじめていた資材がまた消えていた。

 こんなことをやる奴は一人しかいない。

 

「あ〜か〜し〜!!??」

 

 資材庫を飛び出し俺は工廠に飛び込む。

 

「お前今度という今度は……」

 

 アルファに触手作らせてお仕置きの場面を録画し薄い本の素材として秋雲に売り飛ばすと言いかけた俺だが、その場の光景に言葉が続かなかった。

 

「あ、お帰りイ級」

 

 そこに居たのは明石だけでなく、戦艦棲姫の所で会った春雨(仮)の姿もあったのだ。

 あの後、俺は条件なんかどうでもいいと春雨を引き取り島に連れ帰った。

 当然だがその姿に木曾達は絶句し、事情を問い質されたが俺も詳しくは知らなかったため先ずは立ち直らせようということで島に迎え入れることで一致した。

 とはいえ深海棲艦化した艦娘なんてどう扱えばいいのか誰も解らず、暫くは1番手の空いている古鷹が中心に介護しながら様子をみることになった。

 その春雨が工廠の真ん中で深海棲艦の艤装に座らされていた。

 

「どうだいイ級?

 りっちゃん達に深海棲艦の艤装のノウハウを教えてもらいながら造ってみたんだけど、中々良いと思わない?」

「どうって…」

 

 陸に上がれるよう春雨が乗せられた車椅子に深海棲艦の艤装を融合させたような形でたしかにって…

 

「これ、生きてんの?」

 

 艤装の口が微妙に呼吸してるんだけど。

 

「そうだよ。

 普通の白露型の艤装はそのままだと合わないから、その辺のニュービー取っ捕まえて補助動力に組み込んだんだ」

 

 苦労したよと自慢げに話す明石。

 

「いろいろと突っ込みたいんだが、取り敢えずさ、お前はどこに向かってんだ?」

 

 R戦闘機開発するだけじゃなく深海棲艦を加工して艤装作るとか、マッドエンジニアを通り越してもはや変態技術者の称号もらえるぐらい未来に足突っ込んでるよな?

 

「私は常に新しい技術を作るのみさ」

「絶対他所に広げるなよ」

 

 深海棲艦型から艤装が造れるなんて判明したら間違いなく世界中から狙われまくるからな?

 

「ともあれ、どうだ?」

 

 艤装を装着した春雨にそう尋ねるが、

 

「……」

 

 春雨は何も反応しない。

 まだ時間はかかりそうだな…。

 

「折角だし、少し外に出してみるか」

 

 艤装に使われた深海棲艦の補助があるから少しぐらいなら大丈夫なはず。

 

「明石。それはそれとして後できっちり話をさせてもらうからな」

 

 思い付いたら即実行の悪癖に着いての説教は忘れずと釘を刺し俺は春雨を引率して外に向かう。

 すると、春雨は俺に着いて来た。

 今まではどこかに連れていくには必ず引っ張ってやらねば身じろぎさえしなかったし、その頃に比べたら大分回復したな。

 次は自分で食事を摂ってくれるようになることか。

 

『ぽいっ!!』

 

 砂浜に着くと突然夕立in連装砲ちゃん改めゆうだちがこちらに走り寄って来た。

 

「どうした?」

『ぽいっ、ぽいぽいぽいっ!!』

 

 ゆうだちは何かを訴えたそうにぽいぽい鳴きながら春雨の周りを走り回る。

 

「……もしかして、一緒に行きたいのか?」

 

 なんとなく尋ねてみると、正解だったらしくゆうだちは嬉しそうにぽいっと鳴いた。

 そういや初日の時にゆうだちはやけに春雨を叩いたり引っ張ったりしてたし、夕立としての記憶がなくても姉妹艦の春雨が心配なんだなって話したっけ。

 

「いいぞ。

 だけど、まだ試しだからすぐに帰るからな?」

『ぽいっ!!』

 

 特にダメな理由もないから許可すると、ゆうだちは嬉しそうに跳びはねた。

 いつも一緒のしまかぜ達がいないのはゆうだちに気を遣ったのか、はたまた単に別の場所で遊んでいるだけか。

 まあ、増えても手間が掛かるだけだしさっさと行くか。

 そんな感じで春雨とゆうだちを引き連れ夕暮れが始まった海に出る。

 

「どうだ?」

 

 見た限りちゃんと浮かんでるし、組み込まれたニュービーも暴れる様子はない。

 寧ろ、春雨がバランスを崩さぬよう細かい調整をしっかりやっているぐらいだ。

 もしかしてこのニュービーは春雨の艤装に組み込まれることを自分から名乗り出たのか?

 それはともかく、上手く行ったみたいだから帰る『ぽいっ!!』…あ?

 突然ゆうだちが東に向かい走りだした。

 

「おいこら!?

 もう帰るぞ!?」

『ぽいっ!!』

 

 しかし俺の呼びかけを無視してゆうだちは走って行く。

 

「ああ、もう!?」

 

 置いて帰るわけにも行かず仕方なく春雨が付いて行ける程度の速力でゆうだちを追い掛ける。

 そうしているうちに日もとっぷり暮れ、夜が海を支配する。

 

「いい加減にしないと晩飯の時間に遅れちまうぞ!?」

 

 眼帯を外し久しぶりに探照灯を照らしてゆうだちを追い続けていると、ようやくゆうだちが走るのを止めた。

 

『ぽい〜!』

「…ったく、なんだってんだ?」

 

 ぽいぽい教団の人間ならニュアンスで理解できるんだろうけど、生憎俺はそんな奇天烈な教団とは無縁なのでゆうだちがなにをしたいのかさっぱりだ。

 

『ぽいっ!』

 

 と、ゆうだちが空を指した。

 

「なんだ?」

 

 探照灯を閉じて見上げてみると、そこには瞬く星に囲まれた大きな満月が浮かんでいた。

 

「……こいつはまた、中々どうして」

 

 天然のプラネタリウムに感嘆の声が零れてしまう。

 そういやこっちに来てからこんな風に夜空を見上げる余裕もなかったが、日本じゃどうやっても見れないこの景色を、俺は一度も眺めたことがなかったんだな…。

 勿体ないことをしてた……つうか毎日目まぐるしくてそんな余裕がなかったのが、ようやく出来たのか。

 

「……っ」

 

 と、それまでずっと黙っていた春雨が何かを言った気がしてそちらを見ると、春雨は満月をまっすぐ見上げていた。

 更によく見ると、唇が微かに震え、なにか喋ろうとしている。

 

「……」

 

 何を言うのか、じっと耳を澄まして春雨を観察していると、遂に春雨が声を発した。

 

「…つ…きが…き……れい……」

 

 月が綺麗。

 今、春雨は確かにそう言った。

 そしてその左目から零れる一滴の涙。

 ……ああ、やっぱりこの娘は艦娘なんだ。

 深海棲艦は涙を流せない。

 だから、春雨が深海棲艦化するような何かに遭ったのだとしても、まだ、春雨は艦娘なんだ。

 

「……帰ろうか」

『ぽいっ!』

 

 月を眺め続ける春雨を優しく誘導しながら俺達は、帰るために舵を切った。

 




ということで今回から日常回です。

しばらくこんな感じて大人しく、そしてたまにガチで殺しあったりなほのぼのしていきます。


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まあね

こんな日もあるよね?


 私は北上。

 元は横須賀に所属する艦娘だったんだけど、いろいろあって今は横須賀から離反…なのかな? とにかくそんな感じでレイテの近くにある島でのんびり過ごしてるんだよね。

 で、私は今何をしているかというと…

 

「あ〜もう、腰が痛いんですけど!?」

 

 裏の畑で雑草毟りなんかしてるんだよね。

 いつもなら畑は木曾かチ級が世話をしてるんだけど、今日は二人とも遠征に出ちゃってて手が空いてるのは私だけなんだよね。

 まあね、文句言えるだけ贅沢なのは分かってるんだよ?

 妖精さんのお陰で川もないこの島で畑に撒く水に困る心配もいらなくて水やりさえちゃんとしてれば病気なんかの心配もいらないで育ってくれるなんて農家の人からすれば石を投げられるレベルだろうしさ。

 たださ、妖精さんの力は畑の植物全部が対象だから、雑草でもなんでも育ちすぎちゃって毎日取らなきゃなんないのがめんどくさすぎるんだよ。

 

「ああ、もう。めんどくさい」

 

 そんな感じで可愛い妹のため、なによりもうすぐ久しぶりにカレーを食べられるんだからって投げ出したいのも我慢して雑草取りを終えた私は自分を褒めてあげながら痛くなった腰を軽く叩きつつお昼ご飯まで寝ようと部屋に向かう。

 

「キタカミ」

「ん〜」

 

 この声は普通のイ級かな?

 

「どうしたのさ?」

 

 振り向くと何かが入った投網を抱えたイ級が立って(?)た。

 

「コレ、キタカミノダヨネ?」

「何のこと?」

 

 そう投網を見せるイ級にまじまじと眺めた私は身を固くしちゃう。

 

「あー、ソレ(・・)ね」

 

 潜水艦と魚雷を合体させたような不格好なソレ(・・)は確かに私が装備してた物だ。

 

ソレ(・・)、どこで見付けたの?」

「ケイジュンガチカクニシカケタアミニサカナトイッショニカカッテタ」

 

 微妙に噛み合ってないんだけど、深海棲艦は細かい海域なんかあんまり気にしないからしょうがないんだよね。

 

「そっか」

 

 悪意でやってたんなら殴ってるけどそうじゃないから余計タチが悪いこともあるよね。

 

「ありがとね」

 

 ともかく親しき仲にも礼儀あり。

 そうお礼を言って私はソレ(・・)を、この島に住む契機となった特別攻撃兵器『回天』を網から受け取る。

 

「ジャア、ワタシハイクカラ」

 

 そう言うとイ級はまた漁に向かうみたいで網を抱えて行っちゃう。

 

「……」

 

 一人になった私は改めて回天に目を落とす。

 正直、コレ(・・)を見るのも嫌だ。

 変な言い分かもしれないけど、私だって艦の一隻。

 だから命のやり取りが必要ならそうだって割り切るし、自分や知ってる艦が沈むのだってそれは仕方ないって理解してる。

 だけど、コレ(・・)は兵器という名前の人の命を糧にする棺桶だから嫌いだ。

 艦の頃の私は本当に運よくコレ(・・)を使わずに終戦まで生き延びたけど、今の私はコレ(・・)を撃ってしまった。

 うん。分かってるんだよ。

 提督は使わせたくないって上に意見具申してくれたことは。

 だけどさ、私はコレ(・・)を撃った事は変わらないんだ。

 初めてコレ(・・)を撃った瞬間、それまであった大事な何かが壊れた気がして、私は夜眠るのが出来なくなっちゃった。

 取り返しが付かなくなるって分かってて、それでもコレ以外武器が無いからって、使わなきゃどうしようもないんだって私は言い訳を重ねてコレ(・・)を撃った。

 今思えばそれがいけなかったんだよね。

 悪夢を見るのが怖くて眠れなくなって、更に心がどんどん擦り減ってさ。

 どんどん自分を追い込んで、気が付いたらどうやって撃てば絶対に外さなくて済むか、一発で終わらせるにはどうしなきゃいけないのかって事しか考えられなくなってたんだよね。

 だからイ級がコレ(・・)を無理矢理海に棄ててくれた後もずっと参ってたまんまで、姫が私達を狙って来たって聞いた時も楽になりたいって気持ちがすごく強かったんだよね。

 まあイ級や球磨の頑張りを知ってからは、そんなんじゃいけないって無理に立ち直った訳だけど…。

 たまにね、撃った魚雷が回天になる悪夢をまだたまに見るんだよね。

 まるで過去の怨念がコレ(・・)を使わなかった事への罰だっていうかのように思う時があるのはそのせいかな?

 

「どうした北上?」

 

 いつの間にか目の前にイ級が居た。

 右目に眼帯と迷彩柄の他とはちょっと違う私の恩人のイ級。

 魚雷載せてなくて艦載機載せてたり主砲が超重力砲だったりとか本当に駆逐艦なのか怪しいけど一応駆逐艦のイ級が私を見ている。

 

「おい、それ…」

 

 イ級は私が持っている回天に気付いて絶句してた。

 まあそうだよね。

 一度捨てた回天をまた持ってたら驚くのも当然だよね。

 なるべくいつも通り、飄々とした北上様を演じながら私は口を開いた。

 

「ん〜? ああ、これね?

 さっき、ヘ級の網に掛かってたって持って来たんだよ」

 

 上手く笑えてるかちょっと自信がないけどへらへらと私はイ級に笑いかける。

 

「寄越せ。

 すぐに明石に解体してもらうから」

 

 ありゃ? やっぱり上手く行かなかったかな?

 渡せって言うのも見るのも辛いだろうってそう思ってくれてるからだよね。

 すごく心配そうなイ級だけどさ、そんなに心配しなくてももう大丈夫だよ。

 

「ん〜、いいや」

「北上?」

 

 へへ、心配してくれるのは嬉しいけどさ、いい機会だと思うんだよね。

 

「せっかく戻ってきたんだし、しばらく部屋に置いとこうかなって」

「だけど…」

「そんなに心配しないでよ。

 それにさ、忘れちゃいけないんだよ」

 

 使ったことはもう覆らない。

 だから、私はそれから目を逸らしちゃいけない。

 事実をちゃんと見据えて、受け止めて、もう使わないために忘れちゃいけないんだと思うんだ。

 だからそのためにこの子(回天)は私のところに帰って来たんだとそう思うんだよ。

 

「……分かった」

 

 そう言うとイ級は私の横に並んだ。

 

「どしたの?」

「部屋まで送ってく」

「ありゃ」

 

 これって、イ級なりの精一杯の抵抗だよね。

 こういうところはちょっとかわいいと思うんだよね。

 だけどさ、そういうのは私より他にやってあげなきゃいけない娘がいるんじゃない?

 でも、今だけは甘えとこうかな。

 

「じゃあお願いしようかな」

「ああ」

 

 イ級と一緒に部屋に向かう私は、手に持った回天の重みがほんの少しだけ軽くなったようなそんな気がした。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 ある日の昼下がり、暇を持て余してた私達を呼び出して唐突に明石がこう告げた。

 

「新しいR戦闘機を作るよ」

 

 明石に集められたのは私、木曾、千代田、鳳翔、あつみの五人。

 また明石の悪い病気が始まったみたいだね。

 突っ込むのもどうかなって思ってると木曾が問い質した。

 

「新しいR戦闘機をって、イ級に止められてるだろうが?」

 

 春雨の艤装製作の後、明石は次にイ級の許可なく開発や建造をやったらアルファに触手責めをやらせるときつく厳命されていたんだよね。

 なのに明石は胸を張る。

 胸を張ったらたゆんと揺れた胸にイラッとした私は悪くないよね?

 

「大丈夫。

 今回は既存のR戦闘機の改修だからイ級との約束には触れてない」

 

 参ったかとドヤ顔をする明石に私を含めた皆ではこう思った。

 

 あ、ア艦これのパターンだ。

 

「改修と言うけれど大丈夫なの?」

 

 私達が知る改修と言えば、その過程に同型の装備を必要とするものだもんね。

 

「大丈夫!」

 

 その質問に明石は親指を立てる。

 

「普通の改修は改修資材を最低限にするために回数を重ねるけど、今回は改修資材を大量に注ぎ込んで一回で完了させるから」

「いえ、そうじゃなくて他の資材は…」

「賄える範囲だよ」

 

 これはお仕置き確定だわ。

 

「ちなみにだ。

 改修するとどうなるんだ?」

 

 およ?

 木曾は巻き込まれたいの?

 まあR戦闘機が更に頼りになるのはありがたいけどさ、あんまりR戦闘機ばっかり強化すると私達の出番無くなりそうでやなんだよね。

 

「ん〜とね」

 

 明石がどこからともなくファイルを取り出して説明を始めた。

 

「どの機体も基礎性能が向上するけど基本的に大きな変化はないね。

 あ、でもフロッグマンはかなり変わっちゃうね」

「そうなの?」

 

 最初はどうかなって思ったけど、結構可愛く思えてたんだけどな。

 

「ちなみにこんな感じ」

 

 そう言って見せたのはただの潜水艦だったよ。

 

「えっとさ、なんでフロッグマンがこんなのになっちゃうの?」

 

 なにもかも違うじゃん!?

 しかも大型化して載せらんなくなるから単艦として運用とかどうなってんの?

 

「私はパス。

 せっかく気に入ってるんだからこんなのになるならいらない」

 

 そう言ってやりつつさりげなくお仕置きから逃れると、明石は強いんだけどって愚痴ってる。

 

「俺も今回は見送りかな」

「私も」

 

 私に乗っかって木曾と千代田も難色を示した。

 

「二人はどうして?」

「強化って言っても波動砲の威力強化がメインみたいだからさ、この位のマイナーチェンジならもっと資材が貯まってからでもいいかなって」

「私も。

 索敵範囲が強化されるならすぐにでもやるけど今の備蓄でやるのはね…」

 

 あ、そっちは普通に強化なんだ。

 そう言うと明石は不満そうに唇を尖らせる。

 

「ステイヤーもオウルライトも良い機体なのに」

「資材が貯まったらお願い」

 

 そう千代田が切り捨てた。

 ところが、鳳翔は違ったみたい。

 

「私はお願いしようかしら」

 

 え? マジ?

 

「機体耐久度を高め機体そのものによるチャージ攻撃の追加と更に強化されたパイルバンカー…。

 ふふ、これさえあれば加賀の艦載機をまるごと葬り大和を一撃で沈めることも夢じゃないわね」

 

 な、なんか鳳翔から黒いオーラが出てる気がするんだけど気のせいだよね?

 

「鳳翔。

 アサノガワを更に改修すればパイルバンカーは射程が倍に延びて威力も更に倍。

 あの飛行場姫だって一撃粉砕できるようになるよ?」

 

 あ、調子に乗って明石が悪魔の囁きを始めてる。

 それを聞いた鳳翔の目がキラキラしてるよ。

 

「最高ね!

 すぐにやりましょう!」

「よしきた!」

 

 意気投合して早速改修を始める二人。

 大量に投入される改修資材に紛れて鋼材やらも一緒に注ぎ込まれていく様子に木曾が零しちゃう。

 

「あ、これ確実にダメなパターンだ」

「だねぇ」

 

 鳳翔はお客さんだから厳重注意で終わるかもしんないけど、明石は間違いなくお嫁にいけなくなるだろうね。

 まあこんな島で隠遁してるんだし、そんな心配いらないよね?

 

「あつみはどうすんの?」

 

 完全に蚊帳の外でぼうっとしていたあつみにそう聞いてみる。

 

「私? 私ハヤメトク。

 イ級ガ困ルカラ」

 

 くぅ、いい娘だねえ。

 私達なんて保身第一なのに、あつみはイ級のことをちゃんと考えてるよ。

 それに比べてあっちは…

 

「アサノガワの完成だよ!!」

 

 改修されたハクサン改めアサノガワはなんか杭が一回り大きくなって風防もシールドみたいになってるね。

 それを嬉しそうに囲う二人なんだけどさ、

 

「これで更に一撃必殺が捗るわね。

 …ふふっ」

 

 満面の笑みのはずなのに、なんでか鳳翔から真っ黒ななんかが出てる気がする。

 うん、近付かないほうが賢明だね。

 このまま最終段階まで行くかその前に一回ぐらい使うか話し込む二人を、ほっといて私達はあつみに害が及ばないようそろそろと工廠を出ることにしたよ。

 

「ん?

 皆して工廠でなにやってんだ?」

 

 あ、留守にしてたイ級が帰って来た。

 

「ん〜、ちょっと明石に呼ばれてね。

 イ級は?」

「ファランクスのギアが欠けたみたいでな。

 今のところ問題はないんだが、早めに直したほうが良いと思って明石に整備を頼むつもりで来たんだ」

 

 そう言うとまた後でなと工廠に入っていくイ級。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 私達は無言でお互いを見合わせてから全力で走りだしたよ。

 その直後…

 

「明石!!!???」

 

 びりびりと壁が震えるぐらいのイ級の怒声が響いたけど、私達は振り向くこともなく逃げたよ。

 その後明石がどうなったか私達は知らないけど、翌日鍵が掛かった鉄の扉が工廠の床に増えてたことだけは言っとくね。




 と言うことで今回は北上様回でした。

 そして待っていた人は待っていたアサノガワ登場。

 明石はまあ・・・ね・・・

 あ、どんなお仕置きだったかは書きませんよ?

 R18はあんまりね?


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さあ、

今回はどんな舞台になるのかしら?



 リンガからそう差程遠くない海底に築いた牙城にて、飛行場姫は表情とら真逆の笑みを浮かべながら呟いた。

 

「参ったわねぇ」

 

 飛行場姫の呟きに即座の謝罪がされる。

 

「モウシワケアリマセンヒメ」

 

 そう述べたのは飛行場姫の前で平伏するル級。

 その姿は酷く痛め付けられたように見るも無残に艤装を破壊され、よく見ればその腕はぐしゃぐしゃに壊されていた。

 

「ニンムヲシッパイシタハワタシノフテギワ。

 イカナルショバツモ「別にいいわ」…ハ?」

 

 飛行場姫から特別に任務を承り、しかし惨めな惨敗を喫した罰をせめて部下まで及ばぬよう身を差し出す覚悟でいたル級はその言葉に耳を疑う。

 

「あちらの実力を計りそこねたのは私の失態。

 それを棚上げして貴女を処分するつもりはないわ」

 

 からかうような笑みを湛えそう嘯く飛行場姫。

 昨日、『総意』から久方振りのイベントの開始を告げられた直後、姫の領海で新たなニュービーが生まれた。

 それ自体は然して珍しくもない。

 だが、その艦はサーモン沖でしか誕生の確認されていない航空戦艦であり、更にまだ確認されていないフラグシップ改型とあって、いたく興味を持った飛行場姫はそれを連れてくるようル級に命じたのだ。

 だが、航空戦艦は姫の呼び出しに応じずル級達をこれでもかというほど痛め付けて突き返して来た。

 

「とはいえまいったわね。

 実力に於いて貴女以上の部下となるとそう数もいないし、それまで遣わせたら『総意』の命令を無視しちゃうもの」

「クッ…」

 

 己の失態が姫の立場を悪くしてしまったと自責するル級を愉しそうに眺める飛行場姫。

 飛行場姫はこのル級の士道もかくやの絶対的な忠義心を気に入っており、そんな彼女をからかうのが密な楽しみでもあった。

 故に、そんな自分だけの玩具兼腹心の部下を潰され内心ではかなり機嫌が悪かった。

 

「ともあれよ。

 その航空戦艦はどうしてるの?」

「スコシマエニリンガハクチニセメイリ、ナンセキカノカンムスヲユウカイシタヨウデス。

 ソノアトハダッカンニムカウカンムスタチヲカエリウチニスルツイデニナブッテイルヨウデス」

「ふうん」

 

 リンガといえばかなり前のイベントで飛行場姫が俸禄代わりに譲ってやった場所。

 どうなろうと然して興味もないが、規模としてはかなりの大きさに育っていたはず。

 そこに攻め入りかつ艦娘を誘拐する蛮行を重ねた上で、更に断続的であろう追撃を遇う辺りニュービーとは信じられない実力を有しているようだ。

 

「航空戦艦の手勢は?」

「イマセン。

 ヤツイッセキデス」

 

 その報告に飛行場姫は思案する。

 単艦でそれだけの事をやってのけるというなると、航空戦艦はあの楽しい『イレギュラー』と同種の存在かもしれない。

 だとしたら…

 

「ぶつけてみたいわね」

「ハ?」

 

 聞いた限りだが手口といい行動パターンといいあの『イレギュラー』とは真逆。

 ならばきっと、出会わせれば楽しい見世物(・・・)が始まるだろう。

 そう考えた飛行場姫は早速行動に移す。

 先ずは立ち上がり様にル級の折れた腕に蹴りを一発。

 

「ガッ!!??」

「罰が欲しかったんでしょ? なら罰はそれでおしまい。

 さっさと沈むなり入渠するなりして治してきなさい」

 

 激痛に悶絶するル級にそう言い放つと姫はその場を去る。

 

「ド、ドチラニ…?」

 

 泣きわめきたいのを堪え必死に言葉を紡ぐル級を見向きもせず飛行場姫は言う。

 

「ちょっとレイテまで散歩してくるわ」

 

 留守番よろしくねと言い残し姫は出て行った。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 それから数日後、レイテから程近いイ級達の島に飛行場姫は来ていた。

 己の艤装は目立つため今は海の底に潜め携帯用の小型艤装を背負っている。

 

「初めて来るけど悪くない立地条件ね」

 

 シーレーンも遠く戦略的な旨味も殆どないこんな場所なら隠れ住むにはうってつけだろう。

 私もここに引っ越そうかななんて冗談を考えていると、がたんと固いものを取り落とす音と悲鳴が響いた。

 

「ひ、飛行場姫!!??」

 

 誰だろうとそちらを見るとジョウロが入ったバケツを取り落とした古鷹の姿。

 

「あら?

 貴女、確か混ざりもの(・・・・・)の艦娘よね?」

「くっ!?」

 

 興味深そうに見る飛行場姫に義手を向ける古鷹。

 

「何をしに来たの!?」

 

 琥珀色の瞳に警戒を宿しながらそう詰問すると飛行場姫はやれやれと肩を竦める。

 

「あんまり警戒しないでよ。傷付くじゃない」

 

 からかいの含んだその台詞に古鷹は無言のまま。

 その様子にしょうがないかなと飛行場姫は用件を告げた。

 

「ところでここに鬼のイ級が居るわよね?

 今居る?」

「…彼女に何の用?」

 

 イ級に用と言う言葉にますます警戒する古鷹。

 

「質問に答えなさい」

 

 痺れを切らしたのか飛行場姫がからかいを消し『姫』の殺気を振り撒き始める。

 

「……っ!?」

 

 圧倒的なプレッシャーに飲まれかけた古鷹だが、すぐに振り払い義手に溜めた波動エネルギーをいつでも放てるよう構え直す。

 その姿に飛行場姫は薄く笑みを向ける。

 

「いいわね。

 せっかくだし、少し遊んであげようかしら?」

 

 携帯用の艤装を稼動させ艦載機の発艦準備を始めると、そこで制止の声が割って入る。

 

「そこまでにしておけ」

 

 声を発したのは迷彩柄の船体に眼帯を付けた駆逐イ級の姿。

 

「やるってなら俺が相手になる」

 

 そう言いながら禍々しい姿をした艦載機バイドシステムγを近くに浮遊させ、更に三体の連装砲ちゃんまで周りに配置するイ級。

 一目で本気だと解る怒気を滲ませながらイ級は静かにファランクスのモーターを回転させる。

 一触即発という空気の中、飛行場姫が先に艤装を下ろす。

 

「止め止め。

 頼み事があるから遥々ここまで来たんだもん。

 それをつまらない意地で不意にしちゃうのは勿体ないわ」

 

 完全に気勢を削いでそう嘯く飛行場姫にイ級は警戒しながらもそれぞれに解除を告げる。

 

「悪かったとは言わないからな」

「あら?

 貴女も鬼に格上げされて頭に乗ってるのかしら?」

「違う」

 

 イ級ははっきりと告げる。

 

「古鷹に喧嘩を売ったからだ」

「イ級…」

 

 古鷹のために謝らないと言ったイ級に感極まる古鷹。

 そんな様子を飛行場姫は愉快そうに眺めてからくすくすと笑い出す。

 

「そういうのも見てて飽きないけど、そろそろ私の話を聞いてもらえない?」

「ん、……分かった」

 

 ここで機嫌を損ねれば島に戦火が及ぶと考えイ級は促す事にする。

 

「それで、姫がわざわざ俺になんの話だ?」

 

 聞く体制に入ったイ級に飛行場姫はまっすぐ本題を告げる。

 

「ちょっとぶっ殺して欲しい艦がいるんだけど、殺ちゃってくれないかしら?」

「……は?」

 

 唐突過ぎる内容に目を丸くするイ級と古鷹。

 

「……え〜と、それって艦娘か?」

「同朋よ。

 艦種は航空戦艦。それ以外の詳しくは不明ね」

「……なんでさ?」

 

 姫自ら赴いた内容が討伐依頼、それも深海棲艦のとあって流石にそう聞いてしまう。

 

「本当は面白そうだから手勢に加える気だったんだけど、なんか貴女と同じ(・・・・・)みたいだから、潰したほうがいいと思ったのよ」

 

 請けてもらえるなら経費と別に報酬も出してあげるとそう言う飛行場姫。

 

「俺と同じ…?」

 

 飛行場姫の言葉にイ級はまさかと呟く。

 

「一つ…いや、三つ聞いていいか?」

「随分贅沢じゃない?

 まあいいわ。

 面白かったら答えてあげる」

 

 そう茶化す飛行場姫を流しイ級は問いを投げ掛ける。

 

「先ず、そいつは必ず殺さなきゃなんないか?」

「そうねぇ…」

 

 どう答えようか考えた所で、飛行場姫は敢えて情報を伏せた方が愉快になるなと考え答える。

 

「絶対にとは言わないであげる。

 ただし、生かしておくなら一度私のところに引っ立てた上で貴女が引き取ること」

 

 間違いなくそれは無いなと思いながら敢えて条件を追加する飛行場姫。

 

「じゃあ次に。

 その航空戦艦は新種なのか?」

「いえ。

 人間達の呼称を使うなら『レ級』と呼ばれている個体よ。

 ただし、改型フラグシップだけど」

 

 そう言うと古鷹が絶句する。

 

「改型フラグシップって…レ級はまだフラグシップさえ確認されていないのに更にその上…?」

 

 古鷹も一度だけレ級のエリートと砲を交えた経験があるが、あれは耐久性の低い鬼か姫とさえ思うほどの強敵だった。

 それを更に越えると言ったら、もはや姫と何が違うというのか。

 もはや規格外を代表するとまで言われるイ級でも返り討ちにされるんじゃないかと心配する古鷹を余所に、イ級は最後の問いを投げ掛ける。

 

「じゃあ最後に、何で俺なんだ?」

「決まってるじゃない」

 

 愉悦に満ちた笑みを浮かべ飛行場姫は言う。

 

「それが1番面白そうだからよ」

 

 あまりにあんまりな答えに二人は呆気に取られてしまう。

 

「……それだけ?」

 

 イベントで手が回らないとか、姫として迂闊に動けないからという答えを予想していイ級はついそう聞いてしまう。

 

「後は、そうねえ…混ざりもの(・・・・・)の性能を見てみたいってのもあるかしら?」

「訂正しろ」

 

 ガチャンと一度下げられたファランクスが再び飛行場姫に向けられる。

 

「あら? なんのつもりかしら?」

 

 わざと煽りながらそう惚ける飛行場姫に今度こそイ級は殺気混じりの怒りを向ける。

 

「島に住むのは古鷹と春雨だ。

 訂正しろ」

 

 そうしなければ力付くで訂正させてやると、戦いを辞す気はないと本気で怒るイ級に飛行場姫は肩を竦める。

 

「はいはい。私が悪うございました。

 これで満足かしら?」

 

 口先だけだろうと姫に謝罪させることがどれだけたいそれた真似か絶対に理解していないだろうと思いながら態度を崩さずそう言うと、イ級は疲れたように溜息を吐く。

 

「お前に何を言っても無駄か…」

 

 黄昏れた様子でファランクスを下げるイ級にちょっとムッとする飛行場姫。

 

「失礼な言い方ね?」

「事実だろ」

「確かにその通りよ」

 

 からかいの笑みを浮かべる飛行場姫にイ級は再び溜息を吐く。

 

「もういいや。

 とにかく、古鷹も春雨も連れては行かないからな」

 

 古鷹は力を使えば使うだけバイド汚染の進行のリスクが高まり、春雨に至ってはようやく海に出るリハビリを始めたばかり。

 そんな二人を戦闘の危険がある場所に連れていくことはイ級には出来ない。

 

「報酬上乗せでも?」

「でもだ」

 

 そう切り捨てるイ級だが、そこで古鷹が口を開く。

 

「あの、どれぐらい上乗せするつもりなんですか?」

「古鷹?」

 

 聞く必要は無いと続けるイ級を古鷹はやんわり諭す。

 

「私も役に立ちたいんですよ」

「古鷹は十分役に立ってるぞ」

 

 遠征で不在しがちなイ級達の代わりに春雨やワ級の様子を見守ってくれているからイ級も安心して島を離れることが出来る。

 しかし、古鷹はそれだけでは納得できていない。

 

「私も艦娘です。

 島を護るのも大事ですが、たまには海で戦いたいってそう思ってしまうんです」

 

 そう微笑む古鷹にイ級は内心で大天使古鷹が降臨したと感動してた。

 

「それで、私が行くならどれぐらい上乗せしてくれるんですか?」

「そうねぇ」

 

 腕を組んで私案する様子を見せながら飛行場姫は告げる。

 

「一人で行くなら各資材5000ってとこね。

 重巡も行くなら更に5000」

「大盤振る舞いだな?」

「それぐらいじゃないと借金の足しにもならないんじゃないの?」

 

 からかうつもりでそう言うと返す言葉も無いと突っ伏すイ級。

 

「後ついでに、例の駆逐艦も連れてくならその三倍と修復剤500個もつけてあげるわ」

 

 プラス経費は別ねと言う飛行場姫だが、二人の反応は逆に不審者を見るものに変わっていた。

 

「何よその目は?」

「いやさ、春雨を連れてったら三倍の報酬に修復剤まで用意するって、あからさまに怪しいだろうが」

 

 イ級の言葉に古鷹もうんうんと首を縦に振る。

 

「難易度が上がるんだからそれぐらいのボーナスは必要と考えたんだけど、そんなふうに思われちゃうんだ?」

 

 気分を害したわと言いたげにふて腐れたような態度を見せる飛行場姫にイ級はやれやれと言う。

 

「ともかくだ。請けることは請けるが、面子の選別とかあるから出発はもう少し後になるぞ」

「あらそう」

 

 イ級の答えにもう用は済んだと飛行場姫は浜に向かう。

 と、そこで思い出したことがあるかのように再び振り向く。

 

「こういうのは前金が必要よね」

 

 そう言った直後海面から浮遊要塞が一機浮かび上がりゆっくりとイ級の側に近寄る。

 

「餞別代わりにあげるわ。

 盾として結構優秀だから上手く使いなさい」

 

 そう言い残し飛行場姫は島を後にした。




 飛行場姫様マジ姫様(挨拶)

 と言うことで今回は前回あまり出番の無かった古鷹が戦うことに。

 新たなイレギュラーは果たしてどうなるのか?

 楽しみにしていただければと。


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転生してみれば

なんだこの糞ゲー?

※胸糞注意?


 飛行場姫が帰った後、イ級は全員を集め昼間の件を全員に話すことにした。

 念のため古鷹と春雨への言質に纏わるいざこざに付いては省いてだが。

 

「それってさあ、あらかさまに罠っぽくない?」

「そうだな。

 古鷹と春雨を連れていけば三万の資材と修復剤を寄越すなんて怪し過ぎる」

 

 北上の意見に木曾もそう苦言を提する。

 

「とはいえだ。

 うちの財政事情は半端じゃないぐらい逼迫してるのは事実。

 戦艦棲姫は待つとは言っているけど、この機会を逃すとまとまった返済がいつになるか…」

 

 なあ明石? とイ級は明石を睨む。

 

「ちゃんと反省してるよ…」

 

 イ級が睨んだ瞬間びくりと肩を震わせそう答える明石。

 何があったのかと首を傾げる瑞鳳と北方棲姫の隣で明後日を見る鳳翔に、木曾達は大体の事情を察し無視することにした。

 

「ということでだ。

 ガチの戦闘の可能性もあるから後三人の面子を誰にするか相談したいんだが」

「三人?」

 

 イ級と古鷹は確定だとしても後一人はと問う千代田にイ級は言ってなかったかと気付く。

 

「飛行場姫が寄越した浮遊要塞があるからそいつをな」

「へぇ……って、浮遊要塞?」

「ああ」

 

 こいつとイ級が呼ぶと部屋の片隅で大人しくしていた浮遊要塞が目線の高さまで浮かび上がりくるりと縦に一回転した。

 

「……もしかして、今の挨拶なの?」

「多分」

 

 少し前によろしくと言ったら同じ動作をしたのでそうなのだろうとイ級は思う。

 

「大丈夫なのこれ?」

 

 飛行場姫が寄越したという事に不安を持つ瑞鳳の言葉に北方棲姫が言った。

 

「いきゅう。

 おまえ、こいつでみえてる?」

「何をだよ?」

 

 要領が掴めない問いにどういう事かと困惑するイ級に瑞鳳が代わりに尋ねる。

 

「ねえ姫ちゃん。

 浮遊要塞の何が見えるの?」

「えっとね、ふゆうようさいはしゅじんのめになるの」

「目になる?」

 

 と、その台詞からイ級はふと思い出す。

 

「そういや戦艦棲姫と戦った時に視覚の共有してる節があったから、試すのに照明弾喰らわせた事があったな」

 

 あの時は火力不足で戦艦棲姫の艤装にアルファ共々叩き潰された苦い記憶が強かったため今の今までイ級はすっかり忘れていた。

 

「…試してみるか。

 どうやればいいんだチビ姫?」

「みたいっておもえばできるよ。

 あとちびひめいうな!」

 

 説明した後でぷんすかと怒る北方棲姫を遇うのを瑞鳳に押し付けイ級は言われた通り浮遊要塞の視点を使いたいと考えてみる。

 すると、通常の視界に加え上空からの視点が追加された。

 

「どうだ?」

「出来たけど、結構気持ち悪いぞこれ」

 

 二つの視点で物を見るという違和感から終わりにしたいと思うとすぐに視界が元に戻る。

 

「ともあれ、視界の共有が出来るみたいだしこいつはイ級の所持品と考えていいみたいだな」

「だな。

 じゃ、改めて編制なんだが、」

「俺は絶対付いて行くからな」

「私も同伴してよろしいですか?」

 

 台詞に被せる勢いで早速そう名乗りを挙げたのは木曾と鳳翔。

 

「木曾はともかく鳳翔もか?」

 

 木曾は予測していたイ級だが鳳翔もとは意外だった。

 イ級の問いに木曾は軽く拗ねてしまう。

 

「ともかくって、なんだよ?」

「絶対来てくれるって思ってたからだよ」

 

 そう言うと、ならいいと機嫌を治す木曾。

 周りに内心ちょろいと思われている中鳳翔は理由を語る。

 

「改装したアサノガワを実戦で運用してみたいのですよ。

 それと、改型フラグシップのレ級との交戦記録も出来れば欲しいですから」

 

 職務と趣味の両得なれば、これに出ない道理は無いと鳳翔は語る。

 そんな鳳翔に危険を感じたイ級は釘を刺しておく。

 

「一応言っとくけど、必ず戦うとは限らないからな?」

「重々承知してますよ」

 

 本当かよ? とりっちゃん達にも通じる好戦的気質を匂わせる鳳翔に内心溜息を吐いてしまうイ級。

 

「じゃあ後一人はどうするか…」

 

 イ級としては実力で言うなら北上が妥当だとは思う。

 瑞鳳は実力というかR戦闘機を持ってないのでレベルの低さもあって不安が残る。

 とはいえそのスロットには震電改、流星(六○一空)、彗星(六○一空)、鳳翔から貸し出された夜偵改修型彩雲と半端じゃなく贅沢な装備なのだが、悲しいかなこれらでも千代田のミッドナイト・アイどころか自衛用バルカンのみの明石のアサガオにさえ勝ち目が無い。

 そして深海棲艦で筆頭に上がりそうなのは北方棲姫だが、北方棲姫は確かに姫クラスだけあって桁外れな実力を持つのだが、瑞鳳がいなければいうことを全く聞かないため論外。

 ならば他の深海棲艦はといえば遠征や防衛で腕は上がりいつの間にやらエリートまで育っているが、あくまで普通の深海棲艦。レ級と戦うとなれば心とも無い。

 イ級の部下も同上から除外。

 あつみと春雨はそもそも選択肢に入れてさえいない。

 妥当に北上だなとそう名指ししようとしたイ級だが、そこで北上が奇妙な事を口にした。

 

「なんだったら皆で行けばいいじゃん」

「はあ?」

 

 めちゃくちゃな事を言う北上にイ級は呆れながら反する。

 

「何を言ってんだ北上?

 艦隊は六隻までっていう制限があるだろうが」

 

 六隻を越えて編成するとどういう訳か艤装の機能が低下してしまう。

 それでは艦隊運用に弊害が起こる事から一艦隊は機能不全を起こさない限界の六隻を上限としている。

 これは深海棲艦も変わらず、姫でさえその制限を越える事は不可能なのだ。

 そう言うと北上は得意そうに笑う。

 

「えへへ、実は可能なんだよね」

「マジ?」

 

 素で驚くイ級に思い出したと鳳翔が言う。

 

「『連合艦隊』ですね」

「なんだそれ?」

 

 ゲームの艦これについて『索敵機、発艦始め』までしか知識を持たないイ級はAL/MI作戦から実施された複合艦隊システムに困惑してしまう。

 そんなイ級が面白かったらしい北上が解説する。

 

「簡単に言うとね、二つの艦隊を同時に出撃させるっていう方法だよ」

「でもだ。連合艦隊を組んだりしたら目立たないか?」

 

 連合艦隊について知ってはいた木曾がそう疑問をぶつけると、鳳翔が大丈夫と言う。

 

「今現在大本営はバイドツリーを『世界樹』と命名しそれの攻略戦に向け集中しています。

 今なら連合艦隊を動かしてもそれほど目立つことはないかと」

「…鳳翔、それって信長が大変だって事だからあんまり大丈夫じゃないよ」

「あ、」

 

 中核として立つ信長が装甲空母水鬼として大本営と激戦を繰り広げているという事実を指摘され焦る鳳翔。

 

「すみません。

 私ったら」

 

 土下座しかねない勢いの鳳翔をまあまあと宥めつつイ級は北上に尋ねる。

 

「とはいえだ。

 連合艦隊ってのはどんななんだ?」

 

 するかどうかはさておき、知っておいて損は無いなと条件を尋ねる。

 

「んーとね、確か水上打撃部隊と空母機動部隊の二つがあって、空母の数でどっちかになるんだよね?」

「ね?って、はっきりしてくれよ」

 

 曖昧なのは困ると呆れるイ級にたははと苦笑して北上は鳳翔に丸投げする。

 

「鳳翔お願い」

「…仕方ないですね」

 

 そんなこんなで連合艦隊について詳しくない者(主に深海棲艦)に北上に代わり鳳翔から説明が成される。

 一通り聞き終えたイ級は今後の事を考えやってみようと思った。

 

「折角だから今のうちに経験しておいたほうがいいかもしれないな」

「連合艦隊なら春雨を連れていっても大丈夫じゃないか?

 護衛ならあつみにノーチェイサー達を連れて来てもらえば大丈夫だろうし」

「……それもありだな。

 修復剤の在庫もあんまりないしな」

 

 修復剤はなるべく見付けるようにしているが、イ級達深海棲艦等が使うときは一度に10杯分は使わなければならず既に50を切っている現状500という莫大な量を手に入れるチャンスは非常に魅力的だった。

 そう考え、イ級は悩みながらも春雨を出そうと決める。

 

「よし。あんまり良くはないが春雨も連れていこう。

 鳳翔、第一艦隊の旗艦を頼む。

 春雨とあつみを含めた空母機動部隊を率いて貰えるか?」

「ええ。

 承りましょう」

「後は瑞鳳と尊氏とヘ級で…」

 

 突然北方棲姫が駄々をこね始めた。

 

「ままがいくならわたしもいく!!」

「いや……大丈夫か鳳翔?」

「なんとかします」

 

 困った様子でそう苦笑する鳳翔。

 

「仕方ない。

 ヘ級、チビ姫と代わってくれ。

 第二艦隊は俺と木曾、古鷹、北上、ヘ級、浮遊要塞で行く。

 千代田。明石他残りを率いて遠征を頼む」

「いいけど島を無人にするの?」

「ああ。

 下手な戦力を残すぐらいなら全員出払わせたほうが心配無いしな。

 それに、こういっちゃなんだが建物や作物ならいくら壊されてもやり直しが効くが、命は落としたら終わりだからな」

 

 深海棲艦は復活出来るとしても沈まないに越したことは無い。

 

「ついでに氷川丸達にもしばらく留守にすると言っておいてくれ」

「うん。伝えておくね」

 

 全ての方針が決まり、明日の明朝に起つぞと言うと解散していく一同。

 

「俺も休んどくか」

 

 部屋に引っ込もうとするイ級に古鷹が待ったを掛ける。

 

「どうした古鷹?」

「その…」

 

 何かを言いかけた古鷹だが、やっぱりいいと言う。

 

「……」

 

 その様子から何を尋ねようとしたのか察したイ級は自分から切り出すことにした。

 

「やっぱり気になるか?」

「……うん」

 

 飛行場姫は件のレ級がイ級と同じかもしれないと口にした。

 それからイ級は引き受ける体勢を取り始めていたことが古鷹はどうしても引っ掛かっていた。

 いい加減話すべきなんじゃないか。

 そう思い始めていたイ級はこれも巡り会わせなんだろうなと思い全て打ち明けることにした。

 

「皆、ちょっといいか?」

 

 突然の呼び掛けにどうしたのかと視線が集まる中、イ級はこの告白が今の生活を全部壊してしまうかもしれないという事に怯え、だけどいつまでも騙し通すことは自分には出来ないと意を決し告げる。

 

「今までずっと黙っていたけど、俺は、元人間なんだ」

 

 

〜〜〜〜

 

 

 リンガ泊地から二百キロ程離れたとある海域にて、つい今しがた起きていた戦闘が終決した。

 

「おいおい?」

 

 海上に11隻の艦娘が倒れ伏し、彼女等を率いていた旗艦の戦艦霧島はひとりの深海棲艦に髪を掴まれた状態にあった。

 霧島の髪を掴み無理矢理起こしているのはフード付きのパーカーの下に水着一枚を纏うだけの青白い肌の少女。

 これが飛行場姫が見付けた戦艦レ級であった。

 力無くなすがままにされる霧島に、金と青に煌めくオッドアイに侮蔑と嗜虐を湛えながら嘲笑的な笑みを向け嘯く。

 

「たった一人に12人掛かりとか卑怯だろうよ?

 常識で考えろよ。

 …聞いてんのか?」

 

 反応しない霧島に苛立ちを見せたレ級が首を更に持ち上げようとした瞬間、だらりと下がっていた霧島の右手が拳を握りレ級の顔面に叩き込まれる。

 無理な体勢からの一撃だが、それでも下手な砲弾並の威力は確かに秘めた一撃だった。

 ……だが、

 

「……っ!?」

 

 霧島の拳はレ級の左頬に浅く刺さるだけで止まっていた。

 

「……はぁ?」

 

 霧島の抵抗が気に食わなかった、レ級は機嫌を悪くし、

 

「なに調子くれてんだよ? あぁ゛!?」

 

 空いている手を霧島の顔面に叩き込んだ。

 凄まじい威力の一撃に掴まれた髪がぶちぶちと引き千切れ、霧島の身体は水切石のように何度も水面に叩き付けられながら吹っ飛んだ。

 

「人がせっかく優しくしてやってるってのによぅ?

 たかが金背景があんまり調子こくんだったらぶち殺してやろうかあぁん?」

 

 血を吐きながら必死に起き上がろうとする霧島にそう怒鳴り散らすレ級。

 

「ケッ、やめやめ。

 こんな雑魚共なんかクソつまんねえ」

 

 そう言うと死屍累々と倒れ伏す艦娘を無視してその場を去るレ級。

 

「ああ、せっかく転生するってんなら艦これみてえな糞ゲーなんて選ばずにもっと別のにしときゃあ良かったぜ」

 

 そう不満を口にしながら今日は何処を寝床にするかと考える。

 そうして考える内、やがてその思考は現状への不満に磨り変わり始める。

 

「ちっ、くっそつまんねえな。

 なにが転生だ?」

 

 少なくとも、レ級の前世はろくなものではない。

 他人を見下し省みない自分勝手が災いし、親にさえ見放され最後は面白半分で虐めていた奴に刺し殺された。

 だから転生させると聞き彼は更に好き勝手出来ると喜んだ。

 好き勝手出来るようになるならと自分が知る限り最強の装備を使わせることを条件に転生先は相手の好きにさせた。

 そしてこの世界にまだ存在しないレ級改型フラグシップとして転生した。

 だが、いざ転成してみれば彼の思い通りに等なりはしなかった。

 それが気に入らず近場の泊地に殴り込みを掛け、たまたま見掛けた何人かを面白そうだからと掠ってみたが、大して面白いことにもならず既に飽きていた。

 

「世の中クソだな」

 

 さっきの腹いせに取っ捕まえた艦娘を潰して憂さ晴らしでもしてやろうかとそう考え始めたレ級だが、そこでふと水平線の先に奇妙な一団を見掛けた。

 

「……へぇ」

 

 巨大な艤装とそれに乗った艦娘と深海棲艦の一団。

 普通に有り得ない光景に暇潰しに絡んでみようかとレ級はそちらに向かうことにした。




ということで連合艦隊初出撃となりますた。

後ね、DQNってこんな感じでいいのかな?

自分がぶち殺したくなるようなキャラを作ったらこんな感じになったんだけど、こいつなら殺っちゃってもいいよね?

ちなみにあの後イ級はあっさり信用されて逆に凹んだりしてます。

次回は屑レ級がやりたい放題かまして無双したけど……な展開の予定。

ついでに無人となった島に来客があります。

それはまた別に書きますので。


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畜生…

してやられた!!??


「俺の不安は何だったんだろう…?」

 

 チビ姫の艤装に揺られながら俺は水平線の向こうを眺め黄昏れてる。

 島を出る前、もう島で暮らせないことも覚悟してずっと隠し続けていた自分の素姓を明かしたのだが、その反応といったら…

 

「……へぇ」

 

 と、実に興味無さそうな反応されたんだよ。

 そりゃまああらかさまに警戒されて迫害されるよりはずっといいよ?

 だけどさ、一世一代の覚悟で告白してその反応も無いよな?

 木曾とあつみぐらいなもんだよ。

 

「やっと本当の事を教えてくれたんだな」

「信頼シテクレテアリガトウ」

 

 なんて優しい言葉をくれたのは。

 他の奴らなんて今更?とか逆に普通だったら引くとまで言われたらしょげてもいいよな?

 

「いつまでふて腐れてるのよ?」

 

 水平線の向こうに何かないかなとか思い始めてたら瑞鳳が声を掛けて来た。

 

「別にふて腐れてはいない。

 単に一生抱え続けなきゃなんないって悩んで事が急にそうじゃなくなって、どうしていいか分からないだけだ」

 

 我ながらうじうじしてるとは思うんだが、あんまり軽すぎる反応だったから本当になんで悩んでたんだろうって逆に悩んじまうんだよ。

 

「バイドの件での雪風の話からイ級が普通の出生じゃないって皆気付いてたし、それぐらいなら特にねぇ」

「そうなのか?」

 

 まあアルファの話からしてぶっとんでる訳だし、俺が転生者の元人間だって事ぐらいたいしたこと…

 

「って、瑞鳳はその時いなかったよな?」

 

 なんで知ってんだ?

 

「イ級が遠征で出てる時に話題に上がっただけよ。

 皆で正体を予想しようってトトカルチョ組んだし」

 

 ちなみに当てたのはあつみとニ級ねと言う瑞鳳。

 

「トトカルチョって…あんまりじゃねえ?」

 

 娯楽が少ない島だからしょうがないのかもしんないけどさ…

 

「その程度って事よ。

 第一、そんな事言ってたらアルファも古鷹や春雨だってそんなに境遇に違いはないでしょ?」

「……そうなのかなぁ?」

 

 そうかもしれないんだけど、微妙に腑に落ちねえんだが?

 

「アネゴ!」

 

 そんな感じで駄弁っていると哨戒機を飛ばしていた尊氏が報告を告げにきた。

 

「コッチニムカッテクルコウクウセンカンヲハッケンシタ」

「分かった」

 

 いよいよ御対面か。

 ともあれ相手が敵かもはっきりしない以上先ずは友好的か確かめないとな。

 飛行場姫の予想が当たってて、深海棲艦に転生させられてパニックになってるかもしれないし、下手に刺激しないようにしないと。

 

「念のため俺とヘ級と尊氏の三人で接触を試してみる」

「戦いになったらすぐに知らせろよ」

「わかってるさ」

 

 そう念を押す木曾にそう言ってヘ級と尊氏を連れ停止したチビ姫の艤装から海面に着水する。

 そのまま三人で尊氏を中心に単縦陣を組みレ級を発見した方角に進む。

 

「念には念を…か。

 アルファ、亜空間に潜航していてくれ」

『了解』

 

 発艦したアルファは即座に次元を越え姿を消す。

 そうして警戒したまま進み暫くすると一人で海を行くレ級の姿を見付ける。

 

「お前達は…?」

 

 俺達に気付いたレ級はや警戒した様子で俺達を見遣って来た。

 だが、尻尾(?)の砲を向けてこない様子から話すだけの予知はあるように見えた。

 

「え〜と、取り敢えず話を聞いてくれないか?」

「話?

 深海棲艦が何を話すっていうんだ?」

 

 最初にル級とやりあったと聞いていたが、やっぱり警戒してるな。

 それにしても、飛行場姫の言いようと大分違う気がするな。

 取り敢えず埒があかないしいきなり切り出してみるか。

 

「もしかしてだが、お前、人間から転生させられたんじゃないのか?」

 

 そう言うとレ級はさっきより警戒を強めた。

 

「なんでそれを…?」

「俺もそうだから、もしかしたらって思ってだよ」

「……お前も…なのか……?」

 

 納得してくれたのかレ級は警戒を解く。

 飛行場姫の話はマジだったみたいだな。

 あのクソ野郎、一体どれだけ転生させれば気が済むんだ?

 野郎に対しふつふつと怒りを募らせていると、レ級が安心したと溜息を吐いた。

 

「良かった…。

 気が付いたら海の真ん中で艦娘や深海棲艦に襲われ続けるからずっと不安だったんだよ」

「そいつは大変だったな」

 

 四面楚歌で五里霧中なんて素敵展開は経験済みだからよく分かるよ。

 今更だけど、よく生き延びて来たよな俺…。

 

「とにかくだ。

 向こうに仲間が居るからそっちに行こう。

 先に言っとくがうちは艦娘も居るがそいつらは味方だからな」

「そうなのか」

 

 …ん? なんか今、妙な言い回しだったような…?

 …気のせいだよな。

 

「じゃあ行くとするか」

 

 こっちだと俺は先導するために反転する。

 いやしかし鳳翔には悪いがドンパチしなくて済んで良かったよ。

 戦いなんてしないに越した事は…

 

「アネゴアブナイ!!??」

「え?」

 

 ヘ級の悲鳴に似た叫びの直後俺の身体が吹っ飛ばされた。

 

「なっ!?」

 

 それがヘ級の体当たりによるもので、直後、ヘ級が突然の砲撃を喰らい轟沈してしまう。

 

「ヘ級!?」

 

 一体何処からだ!?

 沸き上がる怒りに沸騰しそうになりながらも俺は原因の確認を最優先に叫ぶ。

 

「アルファ!!」

『三時ヨリ砲撃ヲ確認!!

 撃ッタノハ戦艦霧島デス!!』

 

 霧島?

 まさか、レ級を追っていたという艦娘の一人か!?

 

「クソッ!?

 尊氏、お前はレ級を連れて合流しろ!

 霧島は俺が対処する!!」

「ワカッタアネゴ!」

 

 尊氏の返事を確認して俺は走り出す。

 

「アルファ、来い!!」

『了解!』

 

 バイドフォースを率いて亜空間から飛び出したアルファを伴い走り続けると、すぐにヘ級を沈めた霧島を見付けたのだが…

 

「なんだって…?」

 

 俺の前に現れた霧島は既に大破状態になっていた。

 それもただ大破しているだけじゃない。

 まるで痛め付けるのが目的だというように砲は無傷なのに船体や生身の部分だけがぼろぼろで、金剛姉妹の特徴である電探のカチェーシャは砕けて髪留めとしての役割を果たしておらず、なにより端正な顔は右頬が痛々しい程に真っ赤に腫れ上がっていた。

 

「異形の艦載機とその眼帯…お前は駆逐棲鬼ね」

「そう呼ばれてるらしいけど…って、そうじゃなくてだな」

 

 眼鏡として使えてるのか気になるぐらい罅だらけの眼鏡越しに俺を睨む霧島は俺に怒鳴り付ける。

 

「お前もあのレ級に味方だというなら纏めて沈めてしまう!!」

 

 そう叫び砲撃を放つ霧島。

 問答無用かよ!?

 

「く、クラインフィールド!!??」

 

 大破しているとはいえ改二仕様の霧島は長門クラスの火力を叩き出した筈。

 そんなもの喰らったら洒落じゃ済まないと俺はクラインフィールドで、アルファはフォースを盾に砲撃を防ぐ。

 

「お、落ち着け霧島!?

 あのレ級が何を!?」

 

 自衛のために霧島の仲間を沈めてしまったのか?

 殺気というより憎悪に近い怒気を放つ霧島にどうすべきか迷う俺。

 ヘ級の借りは返すからどちちにしろ沈むぎりぎりまでは追い詰めるんだけどな。

 

『おぅっ!』

 

 そこにどこか間の抜けたようにも聞こえる声が響いた。

 

「しまかぜ?」

 

 一体どうしたんだ?

 しきりに何かを訴えるように『おぅっ! おぅっ!?』とオットセイのように鳴くしまかぜ。

 

「今の声は…?」

 

 しまかぜの声は霧島にも聞こえたらしく砲撃が止まる。

 

『御主人』

「ああ」

 

 何かを訴えるしまかぜにアルファが促し俺はしまかぜを外に出す。

 

「連装砲ちゃん?

 でも、確かに今島風の声が『おぅっ!!』…え?」

 

 俺から出て来た連装砲ちゃんが鳴くと霧島の目が点になる。

 

「あの…コレ(・・)は一体…?」

 

 目を点にしながら立場も状況も過程もどうでも良くなったように尋ねる霧島。

 そんな霧島を懐かしい友達と逢えたように嬉しそうに『おぅっ!!』と鳴くしまかぜ。

 ……もしかして、

 

「なあ霧島。もしかしてなんだが、お前の所に琥珀色の目をした島風がいなかったか?」

「え?

 …ええ、確かにある日突然目が琥珀色に変わってしまった島風が居たけど……まさか……?」

 

 艦隊の頭脳を自称するだけあってか俺の質問から以外と早く正解を導き出す霧島。

 

「貴女、まさか島風なの?」

『おぅっ!!』

 

 そうだよと言わんばかりに両手をパタパタ振るしまかぜ。

 そんなしまかぜに霧島は余計混乱してしまったようで目を白黒させる。

 

「で、でも島風はあの時比叡姉様達と一緒にB-29の爆撃で沈んで…それに連装砲ちゃんが島風?」

 

 どういう事なの!? と俺に怒鳴る霧島。

 

「えーとだな、色々あって島風はその魂だけが連装砲ちゃんに入ってんだよ」

 

 記憶は無いはずなんだがなぁ、まあゆうだちの時みたいに魂が覚えていたのだろう。

 

「魂って、そんな非科学的な…」

「艦娘とか妖精さんの存在全否定する発言は止めろ」

 

 それ言ったら深海棲艦の不死性なんてどうなるってんだ。

 

「と、とにかくだ。

 あいつは一体何をやったんだ?」

 

 霧島の様子からして嫌な予感がする。

 そんな予感を後押しするように霧島は気を取り直し憎々しげに顔を歪め怒りを吐き出した。

 

「半月前、あのレ級が私達の泊地に攻め入って来たのよ」

「……はい?」

 

 なんだそりゃ?

 話と違うっつうかそんな感じは全然しなかったぞ?

 

「レ級はそのまま施設のいくつかを破壊して、時雨と不知火を連れ去ったわ。

 それも抵抗出来ないようにって私達の目の前で両手両足の骨を砕いてよ!!」

 

 そう叫ぶ霧島は怒りで真っ赤になっている。

 おそらくその時ただ見ているしかなかった悔恨や憤怒が蘇ったからだろう。

 しかし、だ。あの野郎…

 

「……そうか」

「っ!?」

 

 怒りで逆に冷えた俺の言葉に何故か霧島が肩を跳ねさせたが、そんな事はどうでもいい。

 

「霧島、奴をぶち殺すのに手を貸すぞ」

 

 嫌と言うなら俺が勝手にやると言うと、霧島は何故かやや引いた様子で了承した。

 ……って、奴は今、

 

「しまった!!??」

 

 木曾達がマズイ!!??

 何か言ってる霧島を無視して俺は急いで浮遊要塞に視界を繋げる。

 だがしかし、浮遊要塞と視界は共有されない。

 ただ距離が離れすぎただけか、或いは…

 

「アルファ!!??」

『解ッテイマス!!??』

 

 俺の怒号と同時にアルファは出せる限りの最高速度で皆の元に引き返す。

 

「一体どうしたというの?」

「俺の仲間に野郎を近付けちまったんだ!!」

 

 それだけ言い残し俺も全速力で引き返す。

 

「しまかぜ!!」

『おうっ!!』

 

 霧島の周りでぴょこぴょこしていたしまかぜが呼び掛けに走り寄りすぐに追い付いて併走する。

 

「ゆうだち、ゆきかぜ!!

 お前達もだ!!」

『ぽいっ!!』

『しれぇ!!』

 

 呼び掛けに応えゆうだちとゆきかぜも俺から降り立ち三体で俺を中心に戦闘陣形を組む。

 60ノットなんかじゃ間に合わないと俺はどうすれば更に加速できるか必死に考え思い付いたことを片っ端から実行しながらひたすら走り続けた。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 イ級が尊氏と軽巡を連れて暫くすると尊氏の艦載機が報告を持ってきてくれた。

 

「あつみ、どうなったって?」

 

 木曾がそわそわした様子で聞くから私は解いたばかりの暗号をそのまま言う。

 

「航空戦艦ハ戦ワナイッテ」

「そうか」

 

 そう教えると木曾は安心したような、でもちょっと残念そうに息を吐いた。

 

「デモ、霧島ガ来テ軽巡ガ沈ンダッテ」

「霧島に襲撃された?

 一体何があったんだ?」

「ワカラナイ」

 

 暗号には航空戦艦を連れて戻るとしか打たれてなかった。

 

「イ級な事だから怒ってるだろうね」

「ヘ級は深海棲艦ですし、彼女を責める訳にもいかないのがもどかしいですね」

 

 沈められたのは嫌だけど、私達も同じだから難しいよね。

 

「加勢に行ってくる」

「まあまあ。

 霧島一人でって事もないだろうけど、イ級ならまあすぐに戻って来るだろうしのんびり待ってようよ」

 

 一人で行こうとする木曾を北上がそう宥める。

 私も木曾っ同じ気持ちだけど、春雨を守らなきゃ駄目だから我慢しないと。

 

「あれじゃない?」

 

 瑞鳳が指差した先に小さく尊氏と航空戦艦が見えた。

 

「鳳翔、アサノガワ使えなくて残念だったね」

「また機会はありますよ」

 

 そうお話してる鳳翔と北上だけど、私はあの航空戦艦が凄く嫌な感じがする。

 どうしてか分からないけど、あれがイ級と本当に同じなんだってそう思えない。

 どっちかっていうと、イ級が嫌いな戦艦と似てる感じ。

 戦艦は凄く遠くからちょっとだけ見ただけだったけど、それでも凄く嫌な感じがした

 だけど、あの航空戦艦はそれよりももっと嫌な感じがする。

 

「どうしたのあつみ?」

「ッ、ナンデモナイヨ」

 

 古鷹に呼び掛けられて慌ててそう言う。

 駄目だよね。

 これから島の仲間になるんだからそんな風に考えちゃ。

 

「お前達がイ級の仲間か」

 

 すぐ近くまで近づいた航空戦艦は私達を見る。

 

「ああ。

 お前も元は人間なんだって?」

「そうだよ。

 しかし珍しい組み合わせだな。

 艦娘と深海棲艦の連合艦隊なんて面白い組み合わせだ」

 

 木曾にそう言ってからまじまじと私達を見る航空戦艦。

 やっぱり嫌な感じが消えない。

 どうしてなんだろうと考えていると、航空戦艦が突然私達の名前を列ね始めた。

 

「艦娘が木曾改二に北上改に鳳翔改に瑞鳳改に古鷹改。

 それとエリワにエリヌに浮遊要塞と北方棲姫と駆逐棲姫か…。

 中々面白い組み合わせだ」

 

 駆逐棲姫?

 もしかして春雨の事なの?

 

「その娘は艦娘の春雨だよ。

 理由は分からないけど…っていうか駆逐棲姫って何?」

 

 古鷹がそう尋ねるけど航空戦艦は相手にしてない。

 

「へええ、深海棲艦化した春雨ねぇ」

 

 航空戦艦が笑いながら春雨に近付く。

 その笑顔が凄く嫌。

 その理由は分からないけど、この航空戦艦はイ級とは絶対違う。

 そこで私は春雨がおかしいのに気付いた。

 

「ぅ……っ……」

 

 お人形みたいに動かない顔が少しだけだけど確かに強張りまるで何かに怖がってるみたいに怯えている。

 

「悪いけど春雨にあまり近付かないで」

 

 そう瑞鳳が航空戦艦を留めようとした。

 

「……あん?」

 

 瑞鳳を見る航空戦艦の目を見た瞬間、私はつい叫んでいた。

 

「パウ・アーマー!!」

 

 私のお願いに応えてくれたパウ・アーマーはシャドウフォースを呼び出し二人に割って入る。

 次の瞬間、航空戦艦の艤装が瑞鳳に振り下ろされたけど、シャドウフォースに弾かれた。

 

「えっ?」

「ちっ!

 邪魔してんじゃねえぞデコイが!!」

 

 そう怒鳴り付けて航空戦艦が私に砲弾を放った。

 だけど、

 

「皆オ願イ!!」

 

 私の頼みを聞いてくれたR戦闘機達が波動砲で相殺してくれた。

 

「チッ、クズが一丁前にチート装備なんて持ちやがってよ」

 

 凄く嫌な顔でそう私に吐き捨てる航空戦艦。

 

「何のつもりだお前?」

 

 木曾がカトラスを抜いて前に出る。

 木曾だけじゃない。

 今ので航空戦艦が危ないって気付いた皆が航空戦艦に砲を向ける。

 私もR戦闘機の邪魔にならないよう怖がってる春雨の傍に寄っていつでも庇えるようにすると、航空戦艦はどうしてか笑い出した。

 

「何のつもりだ?

 ぷっ、アハハハハハ!!」

 

 凄く嫌な笑い声で航空戦艦は笑いながら言った。

 

「お前等を潰したらあの馬鹿なイ級がどんな顔するか見てみたいんだよ」

 

 なにそれ?

 

「…最低」

 

 そう古鷹が見たこともないぐらい怒りながら言う。

 古鷹だけじゃない。

 木曾も、北上も、瑞鳳も、鳳翔も、尊氏も、姫も皆本当に怒ってる。

 そして私も怒ってる。

 そんな私達に向け航空戦艦は馬鹿にするように鼻を鳴らした。

 

「はっ、コモンが意気がってんじゃねえよ」

 

 なんの事か全く分からないけど、それが私達の大事な何かを踏みにじる言葉なのは分かる。

 

「イ級には悪いがこいつを許しちゃおけないね」

「悪くないだろ。

 こいつは最初からイ級を弄ぶ気でいるんだからな」

 

 殺気立つ皆を前に航空戦艦は中指を立てて挑発してきた。

 

「少しは楽しませろよ?

 雑魚共が」

 

 それが開戦の合図になった。




ということでイ級抜きでクズレ級との開戦となりますた。

そして今気付いたけど前回尊氏を普通にヌ級と書いていたorz

因みにこれまでイ級が戦ったキャラの戦闘力を並べると装甲空母ヲ級(大)>>>>>>大和(病)>島風、雪風、夕立>装甲空母ヲ級(並)>戦艦棲姫>>>>>北方棲姫というふうに考えてたり。

閑話休第

次回はレ級の無双からの反攻と処刑までいけるかな?



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お楽しみの始まりだ

せいぜい楽しませてから死ねよ?

※胸糞注意


「数は少なくても!!」

「ウチタオセ!!」

「行くのです皆の者!!」

「みんなやっちゃえ!!」

 

 瑞鳳、尊氏、鳳翔、北方棲姫がそれぞれ艦載機を放ち制空権を取りに向かわせる。

 

「ハッ、躍起になってだっせえなぁ?」

 

 四人が放った艦載機郡をそう嘲笑してレ級もまた尾の口から四人合わせた数と同じだけの艦載機を放つ。

 レ級から放たれた艦載機は飛び立つなり瑞鳳達の艦載機に群がるが、震電改とベアキャットの性能に付いていけず鴨撃ちにされ次々と撃墜される。

 

「へへん、ざまあみろ!!」

「アレ? イガイトタイシタコトナイ?」

 

 すんなり制空権が取れたことに調子に乗る北方棲姫と逆に訝む尊氏。

 この結果が鳳翔と瑞鳳の艦載機が強力なればこそということか?

 しかし、尊氏の艦載機達も一つも落とされていないとなればこれはおかしい。

 確かに尊氏はいつかイ級の艦隊に参加して足手まといにならないためと鳳翔に薫陶を受け鍛えてきた。

 だが、あれだけの数の艦載機を無傷でやり過ごせるかと言われたら無理と言い切れる。

 

「…鳳翔」

「分かってますよ」

 

 艦載機を手繰る二人も尊氏の懸念と同じ疑問を抱いていた。

 そして答えを導き出す。

 

「あいつ、全然本気出してない」

 

 レ級はこちらに合わせて適当に付き合っただけだ。

 それを証明するようにレ級は馬鹿にしたように舐めた口を叩く。

 

「あーらら。

 頑張ったのにあっさり制空権とられちゃったなぁ」

 

 必死で戦った自身の艦載機を慰撫する様子はおろか、まるでこうしたかったんだろ?と挑発するようにそうわざとらしくそう嘯く。

 

「こいつむかつく!!」

 

 あらかさまな悪意を汲み取った北方棲姫がじだんだ踏む勢いで怒るがレ級はその姿を馬鹿にしたように笑い飛ばすと空を制し迫り来る爆撃機を無視して今度は木曾と北上に視線を向ける。

 

「ほらほら、先制雷撃の時間だぜ?

 今なら簡単に当たるかもなぁ?」

 

 立てた人差し指をちょいちょいと動かし挑発する。

 

「そんなに喰らいってならぶち込んであげるよ!!」

「四十門の酸素漁雷を甘く見るな!!」

 

 北上と木曾が棒立ちで嘲るレ級目掛け魚雷を投擲。

 

「ほうらよ。こっちも先制雷撃だ」

 

 やる気の無い調子で尻尾を振り漁雷を投げるレ級。

 レ級の漁雷は、てんで出鱈目な方向に突き進み北上と木曾が放つ漁雷は正確にレ級に牙を向いて食らいついた。

 航空雷撃と爆撃、更に先制雷撃の全てが纏めてレ級に当たり凄まじい爆発を起こす。

 

「これで少しは…」

 

 倒したなんて微塵も思わないが、手応えからして無傷で済んだ筈は無い。

 念のためアサノガワを温存していた鳳翔でさえそれは有り得ないと、そう思っていたのだが……

 

「ハッ、やっぱりザコじゃあこんなもんだな」

 

 黒煙が風に吹き流され現れたレ級は、光を反射してプリズムに輝く膜のような物に包まれ手傷一つありはしなかった。

 

「奴もクラインフィールドを持ってたのか!?」

 

 イ級の持つ『霧』の力かと警戒する木曾だが、レ級はその姿を馬鹿にしながら笑う。

 

「クラインフィールド?

 そんなチンケなもん誰が使うかよ」

 

 ばぁかと嘲笑するレ級に向けパウ・アーマーが飛び込み波動砲を撃ち込む。

 しかしパウ・アーマーが放ったスタンダード波動砲さえレ級の纏う膜は弾いた。

 

「波動砲を防ぐだって!?」

 

 波動砲はイ級のクラインフィールドでさえそう何度も防げない。

 だが、レ級の纏う膜は揺らぎすら見せはしない。

 

「パウ・アーマー!!」

 

 一撃で駄目なら手数でとあつみの声にパウ・アーマーはシャドウフォースからレーザーを放つ。

 

「うぜえんだよ!!」

 

 度重なるレーザーの雨に苛ついた怒鳴り声を上げて尻尾を振り下ろすレ級だが、パウ・アーマーはシャドウフォースを盾と残し離脱。

 シャドウフォースに叩き付けられた尻尾は光の膜を貫くことは出来ないものの尻尾もまたシャドウフォースを砕く事は出来ず弾かれる。

 

「チッ、R-TYPEはクソゲーだがこいつはめんどくせえなぁおい?」

 

 呼び戻されたシャドウフォースを装着するパウ・アーマーを一瞥してそう吐き捨てるレ級。

 

「あの膜、かなりタチが悪いね」

 

 さっきもシャドウフォースを防いだ様子からして常時展開していると考えたほうがいいだろう。

 

「波動砲の一点集中を試してみますか?」

「それしかないね」

 

 アサノガワのフルチャージ波動砲なら数値上大和級とて一撃でオーバーキルが可能だ。

 それに加えパウ・アーマー、ストライダー、フロッグマン、ノー・チェイサー、ドミニオン、スコープダック、の波動砲を一点に集中させれば姫だってただで済むはず無い。

 最悪、それらさえ効かなければ後は貫通性能を持つ古鷹のメガ波動砲を使うしかない。

 方針を固めたところで苛々した声が突き刺さる。

 

「チンタラやってんじゃねえよ。

 あんまり調子こいてんならこっちからやっちまうぞ」

 

 そう言いながらレ級は尻尾の砲を春雨に向けた。

 

「まずはそいつから死ねよ」

 

 重い音を立てて放たれる砲弾。

 

「ヤラセナイ!!」

 

 恐怖で棒立ちになっていた春雨目掛け飛来する砲弾に、バルジを構えたあつみが割り込み身を盾とするが砲弾はバルジを貫きあつみが爆風に飲まれる。

 

「あつみ!!」

「チッ、デコイがでしゃばってくんなよ」

 

 うぜえと吐き捨てるレ級にキレた木曾がカトラスを突き立てた。

 

「この野郎ぉ!!??」

 

 刃が膜に阻まれながらも渾身の力でカトラスを押し込もうとする木曾をレ級は馬鹿にする。

 

「アハハハハ!!

 たかだかデコイが沈んだぐらいでなにマジになっちゃってるわけ?

 チョーウケるんだけど?」

 

 心底腹の立つ笑い声を上げて馬鹿にするレ級に古鷹が義手を突き付ける。

 

「いくら防御力があっても貫通すれば関係ない!!」

 

 バイドとなって得た力を怒りと共に解き放つ。

 

「貫いて!! メガ波動砲!!」

 

 フォースの絶対的防護さえ貫くメガ波動砲はレ級の膜を摺り抜けその身体を貫いた。

 

「ガッ!?」

 

 しかしレ級は生身の耐久性も高かったらしく、メガ波動砲はレ級を撃滅することなく通過。

 ダメージにレ級が呻く隙に木曾と古鷹は一時離脱するとレ級は忌ま忌ましいと睨み付ける。

 

「テメェ……」

 

 貫かれた衝撃で稼がれた距離を詰める様子もなくレ級は苛ついた様子で吐き捨てる。

 

「チッ、ATフィールドがぶち抜ける装備があるなんて聞いてねえぞ。

 つうか、波動砲を撃つ艦娘って一体どんなからくりだ?」

 

 あのクソアマがと言うなり突然肩の力を抜いた。

 

「あーもう止めだ止め。

 付き合ってらんねえぜ」

 

 まるで飽きたゲームのコントローラを投げ捨てるようにやる気を無くすレ級。

 だが、それで収まる道理なんてこの世には無い。

 

「このままただで帰れると思ってんのかよ?」

「あつみの借りもきっちり返さなきゃこっちの腹の虫が収まんないよ」

 

 怒り心頭でそう言うと、あつみが中破しながらもまだ沈んでないと抗議する。

 

「あん?」

 

 しかしレ級はそんな態度に呆れたように言う。

 

「誰がてめえらに尻尾巻いて逃げるっつうた?」

 

 そう言うと尻尾が大きく口を開け何かを吐き出そうとする。

 

「俺が言ってんのはテメエラに付き合うのは止める(・・・・・・・・・・・・・・)って言ったんだよ」

「そんな猶予があるとでも思っているのですか?」

「あん?」

 

 鳳翔の台詞が気に入らないと舌を打つレ級だが、直後に死角から忍び寄ったアサノガワに気付き青褪める。

 

「おいマジかよ?」

「穿て」

 

 鳳翔の言に従い限界まで高められたエネルギーを杭に封入しアサノガワはレ級に叩き込んだ。

 突き込まれた杭の莫大な威力に膜は紙切れの如く意味を成さず、レ級の身にパイルバンカーが突き刺さる。

 

「ギャア!!??」

 

 内側から暴れ狂う波動エネルギーにレ級が絶叫するも、レ級は尻尾を振り回しアサノガワを引き剥がした。

 

「クソッ!? 痛ってえじゃねえか最弱空母が!!??」

 

 まるで子供のように癇癪を起こすレ級に構わず鳳翔達は今の結果を冷静に考察する。

 

「どうやらあの膜は貫通に弱いみたいだね」

「じゃなくても想定外の火力は防ぎきれないか」

 

 今まで通用したのはアサノガワのパイルバンカー波動砲と古鷹のメガ波動砲だけ。

 殆どの装備が意味を成さないということだが、逆に通用する武器はあると分かっただけ活路はある。

 勝つ手段が見付かったのだから後はやるだけだと意気込む木曾だが、突然古鷹が苦しみだした。

 

「くぅっ…」

「古鷹!?」

 

 義手を掴み蹲る古鷹にまさかと焦る瑞鳳。

 

「もしかして汚染が進行したの!?」

 

 バイド汚染された古鷹はいつ精神までバイドに成り果てるかも分からない非常に危うい。

 そをな古鷹に波動砲に使わせた負荷は古鷹に軽くない苦痛を与えていた。

 

「大丈ブ、マだ、私ハ、タたかえます」

 

 脂汗を流し蝕む破壊衝動を押さえ付け義手を構える古鷹。

 そのやり取りの最中、レ級はただ怒りのままに喚き散らし怒りを当てもなくぶつける。

 

「クソッ!!

 どいつもこいつも俺の邪魔ばかりしやがって!!

 もう我慢ならねえ!!

 全員纏めてぶち殺してやる!!??」

 

 そう怒鳴り散らし尻尾を立てるレ級。

 

「今度は何を仕掛けてくるやら」

 

 クラインフィールドより硬い防護壁の次に何を持ち出す気だと口調とは裏腹に本気で警戒する北上だが…

 

「纏めて潰れろ!!」

 

 次の瞬間、レ級を除く海上の全てが海に叩き付けられた。

 

「がっ!?」

 

 まるで巨大な手の平に押し潰されているような強烈な重圧が全身を満遍なく押さえ込み身動き出来なくなる。

 

「なにこれ…動けない…?」

 

 重圧に対抗しようにも這うような体勢から立て直すことが出来ず必死で抗う木曾達にレ級は舌を打つ。

 

「チッ、劣化するってのはこういうことかよ。

 グランゾンの名が聞いて呆れるぜ」

 

 考えていたのと結果が違ったらしくそう吐き捨てながらも、レ級は海上に這いつくばる様に機嫌を良くする。

 

「いい様だなぁおい。

 コモンの屑艦が調子こくとこういう結果になるんだよ」

 

 そう馬鹿にすると1番近くに居た木曾の頭を踏み付ける。

 

「ぐっ!?」

「さっきまでの威勢はどうしたよ? おら!」

 

 海中に無理矢理頭を埋めさせ模掻く様に優越感を得るレ級。

 

「この野郎…」

 

 溺れ死ぬ心配がないからといって怒りが沸かないわけがない。

 この身が自由ならば酸素魚雷をあのムカつく顔にぶち込みたいとそう願う北上だが、今やれたとしても木曾まで巻き込んでしまう。

 

(アサノガワはダメになったけどフロッグマンはまだ健在か。

 だけど、バブル波動砲じゃ多分あの膜は貫けないし…ああもうイ級はまだなの!?)

 

 困った時のイ級頼りも情けないとは分かっているが、今この状況を作り出したのもイ級なのだ。

 いつまでも戻ってこないことに文句の一つぐらい言っても罰は当たるまい。

 と、木曾を踏み付ける事に執心していたレ級が新たな玩具を見付ける。

 

「ま…まぁ…」

 

「待ってて!

 今…そっちに行ってあげるから!!」

 

 押し潰す重圧に悲鳴を上げる北方棲姫の傍に向かおうと必死に這い擦る瑞鳳の姿にレ級はいやらしい笑みを向ける。

 

「クハッ!

 こいつは面白れえ」

 

 木曾を蹴り転がし酸素を求め喘ぐ様子を一瞥してから恐怖を煽るように瑞鳳へと向かう。

 それに気付いた北方棲姫が必死に叫ぶ。

 

「にげてまま!!」

「っ!?」

 

 悲鳴に次の標的を自分に定めたのだと気付いた瑞鳳の鳩尾にレ級の靴が突き刺さる。

 

「ぐぅっ!?」

 

 押し潰された胃が瑞鳳の意志とは関係なく酸性の液体を口から吐き出させる。

 

「ままぁ!!??」

「瑞鳳!!??」

 

 胃液を穿きのたうちまわる瑞鳳を愉快な玩具を眺めるようにレ級は見下し、それが収まりかけたところで襟を掴んで無理矢理起こす。

 

「随分愉快な事してるみてえだな?」

 

 苦痛に喘ぐ瑞鳳を嘲笑しながらレ級は涙目で睨む北方棲姫を一瞥する。

 

「姫を相手におままごととは随分豪勢な遊びだな」

「ままをいじめるなぁ!!??」

 

 叫ぶ苦しむ瑞鳳の姿に叫ぶ北方棲姫をレ級は嘲笑い馬鹿にする。

 

「虐めるだぁ?

 虐めるってのはなぁ」

 

 そう言いながらレ級は拳を握り瑞鳳の腹に狙いを定め。

 

「こうするんだよ」

 

 ズンッと音を鳴る程の勢いで瑞鳳の腹部に拳を減り込ませる。

 腹に打ち込まれた衝撃は内蔵を貫き瑞鳳が口から赤黒い液体を吐き出す。

 

「ゴフッ…」

「ままぁ!!??」

 

 腹部を貫く衝撃に口から血を吐き出す瑞鳳と泣きわめく北方棲姫を眺めレ級はげらげら笑う。

 

「ギャハハハ!!

 いい感じに色っぽくなったじゃねえか」

「テメェエエエ!!??」

 

 泣き叫ぶ声が楽しいと笑うレ級に怒り狂う一同。

 

「ままぁ!? ままぁ!!??」

「びぃびぃ煩せえなぁ。

 なんだったらその首へし折ってやろうか?」

 

 甲高い悲鳴に苛立ちを見せたレ級に掠れた声で制止が飛ぶ。

 

「姫ちゃんに…手を出すな…」

「あん?」

 

 喀血で朱に染まりながらも瑞鳳はレ級を睨み付ける。

 

「姫ちゃんに、手を出すな!」

「…ハッ」

 

 怒りに満ちた目で睨み付ける瑞鳳に、レ級は愉快窮まるといいたげに馬鹿笑いをする。

 

「こいつはいい!!

 艦娘が姫を庇うなんて面白過ぎるじゃねえか!!

 そんなにおままごとが気に入ったのか?」

「おままごとじゃない!!」

 

 レ級の馬鹿笑いを掻き消す程の怒声を放つ瑞鳳。

 

「私は、姫ちゃんのママよ!!」

 

 鳳翔が島を訪れ少しした頃に、鳳翔から二人の関係に着いて窘められた事があった。

 だけど、その時も瑞鳳は一歩も引き下がらなかった。

 

「種族なんて関係ない!!

 姫ちゃんは、私の大事な娘なの!!

 だから、姫ちゃんは私が守る!!」

 

 そう言って矢筒から取り出した矢を突き立てようとする瑞鳳だが、その手をレ級はなんの躊躇いもなく握り潰す。

 

「アガッ!?」

「なに語っちゃってるわけ?

 ダッセェ」

 

 ガムの包み紙を丸めるような感覚で瑞鳳の指の骨を折り砕きながらレ級はつまらない物を見るように吐き捨てる。

 

「つうかさあ、んなザマで守るとかいって恥ずかしくないの?

 それとも痛みで頭がトンじまってるのか?

 だったら、たたき起こしてやんねえとな!」

 

 握り潰していた瑞鳳の手を放し、そのまま肋に拳を打ち込む。

 

「ゲフッ!?」

 

 ばきばきと肋が砕ける嫌な音が響き瑞鳳が血の塊を吐き出す。

 

「ままぁ!!??」

 

 北方棲姫の悲鳴に気をよくするレ級だが、瑞鳳は浅い呼吸を繰り返しながらも北方棲姫に語りかける。

 

「大丈夫だよ姫ちゃん。

 ママは強いから、こんなの全然、平気なんだから」

 

 心配させまいと必死にそう笑いかける瑞鳳に更にレ級の拳が突き刺さる。

 

「ぐぅっ!?」

「粋がってんじゃねえよ!!

 今にもくたばりそうな面してなにが大丈夫だぁ!?」

 

 泣き叫んで命請いをするの期待していたレ級は気丈に振る舞う瑞鳳が気に食わないと怒鳴り付けるが、瑞鳳は浅い呼吸を繰り返しながらも強い意思を秘めた目で睨み付ける。

 

「こんな…痛み……エンガノ沖岬の…時に……比べたら…ぜんっぜん…たいしたこと……ないんだから……」

「ああそうかよ」

 

 苛立ちをそのまま拳に乗せ瑞鳳にたたき付ける。

 

「ぐぅっ!?」

 

 苦痛に出そうになる声を食いしばり堪える瑞鳳に苛立ちながらレ級は拳を奮う。

 

「だったらせいぜい耐えてみろよ!!」

 

 サンドバックのように殴られるままの瑞鳳にひたすら拳を叩き込むレ級。

 見ているしか出来ない自分への悔しさで掌を爪で傷付ける木曾達の前でそのまま何度も殴り続けたレ級だが、すぐに息が上がりその殴打が止まる。

 

「おら、どうしたよ?

 たいしたこと、なかったんじゃねえのか?」

「……」

 

 殴られ続け顔も髪も服も血で斑に染まった瑞鳳は、ひゅうひゅうと掠れた呼吸を繰り返すだけになってしまっていた。

 

「ちっ、まだ生きてやがるのかよ」

 

 飽きたと言って瑞鳳を放り投げるレ級。

 

「まま!!??」

「瑞鳳!?」

 

 瑞鳳は呼び掛けに応えることも出来ずゆっくりと沈んでいく中、レ級はつまらない遊びを終わりにするべく尻尾からとっておきを呼び出す。

 

「おら出ろ『緋蜂』」

 

 そう言った直撃、尻尾の口からR戦闘機と同等のサイズの物体が吐き出された。

 

「機械仕掛けの蜂?」

 

 緋蜂と呼ばれたそれが蜂がただの玩具であるはずもないだろうと警戒する目の前で吐き出された蜂は翼を羽ばたかせホバリングを開始する。

 

「テメエラはもう終りだ。

 緋蜂はR-TYPEなんつうクソゲーなんかメじゃねえ、最強鬼畜ゲームの極殺兵器なんだからよ」

 

 そう嘲笑するとやっぱりこの台詞は必要だよなと言って、レ級は木曾達を指差して告げた。

 

「死ぬがよい」

 

 その瞬間、緋蜂の複眼が赤く光り世界をエネルギーの波が埋め尽くした。

 

「嘘だろ!!??」

 

 高波かと勘違いするほどの高密度弾幕の奔流に絶句し、何も出来ず全員飲み込まれそうになるが、音速を遥かに越える速さで到着したアルファがフォースに溜めこんでいたエネルギーを解放して逆に押し返す。

 

『薙ギ払エ『Δウェポン』!!』

 

 膨大なエネルギーがぶつかり合い、緋蜂の攻撃が不発終わった事にレ級は苛々した様子で吐き捨てる。

 

「アルファ!?」

 

 Δウェポンのエネルギーが拘束していた力も取り払ったらしく自由になったことに気付いた鳳翔が即座に瑞鳳の救助に向かう。

 

「あつみ、ダメコンを早く!!??」

「ハイ!!??」

 

 半分以上轟沈が進んだ瑞鳳を北上が牽引して全員で救出作業に専念する様子にレ級が舌を打つ。

 

「チッ、なに俺の邪魔してんだよバケモノが」

 

 その罵倒を意に解さずアルファは全員無事かを確認する。

 

『誰モ沈ンデイナイヨウデスネ』

「ああ。

 だが、あつみが春雨を庇って中破させられた。

 それに瑞鳳が…」

『ソノヨウデスネ…』

 

 あつみと瑞鳳の状態を確認し、アルファは緋蜂に向き合う。

 

『皆ハ瑞鳳トアツミヲオ願イシマス』

「一人でやる気か?」

 

 聞き捨てならないぞと噛み付く木曾にアルファはイイエと否定する。

 

『マズハアノ蜂型ノ機械ヲ破壊シナケレバ屑野郎ヲブチ殺スノハ難シイト判断シタダケデス。

 少々派手ナ事ニナリソウナノデ余波ニ巻キ込ミタクナイノデス』

「……分かった」

 

 さっきの攻撃の時点でイ級のクラインフィールド並の防護壁が無ければどうしようもないことは嫌でも理解した木曾は瑞鳳の治療のためにも素直に引き下がる事にした。

 

「必ず勝てよ」

『イワレルマデモアリマセン』

 

 そんなやり取りを交わしているとレ級が苛々した様子で口を開く。

 

「たかがバケモノが何俺を無視してくっちゃべってんだ?」

 

 詰りの言葉に木曾達が不快感を露にするも、当のアルファは全く感情が揺れはしなかった。

 

『貴様ト話ス口ハ持チ合ワセテイナイ』

 

 相手にすらしないと言い切るアルファをレ級は更に馬鹿にする。

 

「ハッ、口どころか人間ですらねえバケモノがよくほざきやがるじゃねえか」

 

 気に入らないと唾を吐くとレ級は緋蜂に怒鳴り付ける。

 

「みせしめにそいつからぶち殺せ緋蜂!!」

 

 レ級の命令を受け待機していた緋蜂がゆっくりとアルファに狙いを定める。

 ギチギチと威嚇するように鋼の牙を擦り合わせる緋蜂だが、それに相対するアルファは鼻で笑う。

 

『……フン』

「あぁん?」

 

 ますますボルテージを上げるレ級に対し、アルファは言い切る。

 

コノ程度(・・・・)ナラ、総掛カリニスル必要モナイ』

「……デカイ口を叩くじゃねえかバケモノが」

 

 だったらよ、とレ級はいやらしく嘲笑う。

 

「テメエ一人になっちまいな」

 

 次の瞬間緋蜂がアルファを無視して木曾達に弾膜を叩き込む。

 

「バケモノがカッコつけてるからだよバーカ!」

 

 そう嘲笑うレ級だが、

 

『馬鹿ハ貴様ダ』

 

 緋蜂の弾幕が再び放たれた『Δウェポン』により掻き消された。

 

「はぁ!?」

 

 完全に決まったと信じきっていたレ級が初めて驚きの声を上げる。

 

「どんな手品だ糞が!!??」

 

 今の不意打ちが防げた事が気に入らないと怒鳴り散らすレ級に、フォースを携えた(・・・・・・・・)古鷹が強い口調で言い放つ。

 

「お前が汚い手を使うことは分かっていました。

 だから、アルファはさっき私にこの子を預けていたんです」

 

 二度も古鷹にしてやられレ級がキレた様子で喚く。

 

「調子こいてんじゃねえぞ!?」

「ソレハ私達ノ台詞ダヨ!!

 今ダヨ皆!!」

 

 あつみの言葉の直後、レ級の重圧から辛うじて逃れていたノー・チェイサー、ドミニオン、スコープダックの三機が緋蜂に向かい凄まじい速度で肉薄し波動砲を叩き込む。

 ドミニオンの灼熱波動砲が焼き、ノー・チェイサーの圧縮炸裂波動砲が爆ぜ、スコープダックのカーニバル波動砲が爆発に鮮やかな彩りを加える。

 

『私カラモダ!!

 『デビルウェーブ砲Ⅲ』!!』

 

 アルファの後部から放たれた二つのバイドを象るエネルギーが集まり一つのバイドとなって緋蜂を撃つ。

 しかし緋蜂は多少の手傷を受けただけで反撃を開始する。

 

「ちぃっ!?」

 

 緋蜂に手傷を負わせた事に驚き再び劣化グラビトロンカノンで纏めて動けなくしてやろうとするレ級だが…

 

「おい」

「あん?」

 

 場にそぐわない静かな呼び掛けに思わず振り向いてしまう。

 そして目の前にあったのは、自分に突き付けられたイ級のファランクスと連装砲ちゃん達の砲身であった。

 

「まずは喰らっとけ」

 

 怒りが凍り付いたような声と同時に弾幕がレ級に叩き込まれた。




書いててこいつを本気で殺したくなった。
何度イ級を今すぐ出そうとしたけど堪え続けた。
瑞鳳本当にごめん。
次はBGMにエヴァ暴走を使う。
もう我慢しなくていい。
奴をぶち殺す。


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呼ばれた気がしたんだが・・・

思いっきり冤罪だった件について。



 立て続けに放たれる砲弾と機銃の雨にレ級の身体が吹っ飛ばされた。

 

「どうなってんだ糞が!?」

 

 直撃はATフィールドが阻みながらも何故自分が後退させられているのかレ級は理解出来ないまま吠えるも、イ級はそれを一瞥だけしてから上空に視線を上げる。

 上空ではまるでふぐ刺しのような芸術的弾幕を展開し物量で押し潰そうとする緋蜂に対しR戦闘機達が戦っていた。

 フォースを使い安定した回避を行うアルファ。

 弾幕より速く飛ぶことで楽々と隙間を擦り抜けるノー・チェイサー。

 死中の活を見逃さず危なげながらも耐えるドミニオン。

 何故かたまに当たっているようにしか見えないのに無傷でやり過ごしているスコープ・ダック。

 そんな四機の状態を確認してからイ級は冷え切った声でしまかぜ達に告げる。

 

「そのまま押さえてろ」

『おうっ!!』

 

 応じながらも砲弾の雨を叩き込み、前に出ようとするレ級を封じ込めているのを確認してからイ級は木曾達の下に向かう。

 

「イ級…」

 

 黒いオーラを全身から揺らめ立ち上らせるイ級の姿にぞくりと恐怖が走ってしまう。

 そんな様子にイ級は少し離れた所で止まるとゆっくり全員の姿を確認し、そして言葉を発した。

 

「ごめんなさい」

「イ級?」

 

 唐突な謝罪に戸惑うもイ級は静かに告げる。

 

「俺が浅はかだったからお前達をそんな姿にさせてしまった。

 償いは後で必ず果たす。

 だから少し待っていてくれ」

 

 そう言ってイ級はレ級の方に向き直る。

 

「待てよ」

 

 おかしい。

 イ級が本当に悔やんでいるのはよく分かった。 だが、今のイ級はなにかがおかしいと木曾は感じた。

 今此処で引き止めなければ絶対後悔するとそう必死で呼び掛ける木曾にイ級は振り向かず、砲撃の雨にどんどん放れていくレ級に向かって行ってしまう。

 

「この、待てって言ってるだろ!?」

 

 追い掛けようとした木曾だが、あつみの手が木曾を阻む。

 

「放してくれあつみ!!??」

「今ハ瑞鳳ガ先ダヨ!!」

「っ…!?」

 

 一命を取り留めた瑞鳳だが危険な状態は続いている。

 瑞鳳の治療のため氷川丸を呼びに超長距離航行可能なストライダーを向かわせた木曾も動くわけにはいかないのだ。

 

「クソッ!!

 結局俺は…」

 

 肝心な時に見送るしか出来ず、悔しさに唸る事しか出来ない己を恥じる木曾。

 反撃もままならず後退させられ続けるレ級を眺めながら、イ級は落ち着ききった己を冷静に観察していた。

 それが怒りという感情が限界を超え、逆に静かになってしまったからだと気付く。

 例えるなら、津波の前の凪いだ海か。

 決して近寄ってはならない災厄の前触れ。

 自身が纏う黒い陽炎はその警告なのかもしれないなと思ったイ級はそれは言い過ぎかと内心で笑い飛ばししまかぜ達に命じる。

 

「ご苦労様。もういいぞ」

 

 そうレ級を牽制するしまかぜ達を労うと砲撃が終わり早速使った分の弾を要求する。

 受け渡しを妖精さんに任せレ級を見ると、レ級はキレた様子でイ級を睨みつけていた。

 

「……」

「……」

 

 どう甚振ってやろうかと睨み付けるレ級にイ級は感情が凪いだまま。

 しばしの無言の後、イ級はぽつりと言葉を放つ。

 

「何が楽しいんだ?」

「……あん?」

 

 何も浮かばないというより、何を考えてあんな真似(・・・・・)が出来たのかイ級には理解出来ず質問していた。

 装甲空母ヲ級の暴虐は信長を助けたかった装甲空母姫の暴走が原因だった。

 バイドから始まった島風達の争乱は救いを求めた歎きの発露だった。

 認めたくはないがあの大和だって歪み狂っていたがそれも提督に必要とされたいという想いから始まっている。

 艦娘は人類が海を取り戻すため、深海棲艦は人類に海を明け渡さないため、それぞれが己の意志で戦っている。

 この海で戦う誰もが強い想いを胸に抱いて戦っていると、イ級はこれまでずっとそう感じていた。

 だけど、こいつにはそういった強い意志を感じられない。

 だから、それだけがイ級は気になった。

 

「なんのためだぁ?

 ハッ、ねえよ目的なんてもんはな」

 

 イ級の問いをレ級は馬鹿にした態度で吐き捨てる。

 

「俺はただテメエラを潰したらどんな顔をするか見てみたいだけだよ。

 あえて言うならそうだな、暇潰しだよ」

「……」

 

 レ級の嘲笑にイ級は何も感じない。

 それを怒りで絶句していると勘違いしたレ級は更に調子に乗って饒舌に詰る。

 

「大体さ、艦これってひっでえクソゲーじゃねえか。

 金使っても全然強くならねえとかソシャゲー舐めてんの?

 しかもスマホでやってたら垢BANするとか今時ありえねえ。

 あんななら二、三百万ぶち込めば簡単にトップ取れるモバマスのほうがよっぽど神ゲーだな」

「……」

 

 艦これのシステムそのものを批難するレ級にイ級はやはり感情が揺らぐことはなく、ふとどうでもいい疑問を投げ掛ける。

 

「その金は自分で稼いだものか?」

「馬鹿じゃねえのテメエ?」

 

 本当にどうでもいいと思う問いに本気で馬鹿にしたようにレ級は言う。

 

「たかだかゲームに自分の金使うとか頭おかしくね?

 んなもん親の金に決まってんじゃねえか。

 親は子供を扶養する義務があんだから金を出すのは当然だろうが」

「……」

 

 最初から見下げていたが、今の台詞でイ級はこいつに一切の関心を失った。

 そうしてレ級に対し残ったものは…邪魔な小石を蹴飛ばそうという程度の軽い感覚だった。

 

「…そうか」

 

 イ級の反応に飽きたレ級は調子に乗ったまま尻尾の砲をイ級に向ける。

 

「つう訳でさっさとくたばれよ。

 テメエの死体をあの雑魚共に見せたらどんな反応するか見てみたいんだからよ…」

 

 完全に調子に乗っていたレ級が次に見たのは自分の顔面に振り回されたイ級の尻尾だった。

 ゴッ、と凄まじい殴打音と同時にレ級の身体が吹っ飛ぶ。

 

「…は?」

 

 ATフィールドに守られた自分がなんで張り倒されたのか理解できず間の抜けた声を出したレ級の口にファランクスの砲身が捩込まれる。

 

「ゴッ!?」

「今のは霧島の分だ」

 

 直後ファランクスが分速2000発の弾幕をレ級の口の中に叩き込む。

 猛然と吐き出される弾幕は不思議な事にレ級の頭を吹き飛ばすことが出来ないものの、イ級はこの程度で終わってもらっては全員分の借りを返せなくてこちらが困ると都合がいいと思うことにする。

 

「こいつは不知火と時雨の分な」

 

 そう言いながらクラインフィールドを推進機代わりに縦に回転して顎を叩き上げ、口の中に一杯になった弾丸を無理矢理かみ砕かせる。

 

「&#■!?」

 

 ファランクスの回転で削られ更に無理矢理噛み合わされ砕けた歯がボロボロと毀れ落ち形容ならない悲鳴を上げるレ級。

 僅かに跳ね上がったレ級にイ級は更なる追撃を加える。

 念力で掴んだ爆雷を鳩尾に叩き付け零距離で爆破。

 

「ガァ!?」

「これは鳳翔の分」

 

 しまかぜ達の弾薬を詰めていたドラム缶を頭に被せ真上からファランクスでブッ叩く。

 

「グアッ!?」

「こいつは尊氏の分」

 

 反響する音に悶絶するレ級の脇腹にファランクスの砲身をこん棒代わりに叩き込む。

 

「お…」

「北上の分」

 

 そこでレ級がようやく反撃に移る。

 

「調子こいてんじゃねえ!!??」

 

 ドラム缶を引き剥がし尻尾で殴り掛かるレ級だが、イ級はクラインフィールドを錐状に尖らせ貫き受け止める。

 

「ギッ!?」

「古鷹の分」

 

 枝葉を伸ばす感覚でクラインフィールドを突き刺した内側から伸ばす。

 

「ギャアッ!!??」

 

 内側から刻まれる未知の激痛に奇妙な悲鳴を上げるレ級。

 そんな姿に何も感じないままイ級はクラインフィールドを一時解き再び球体状に構築すると射出してレ級の顔面に叩き付ける。

 

「ゴァッ!?」

「木曾の分」

 

 鼻血を噴いてのけ反るレ級にイ級は更に射出したクラインフィールドをパチンコ弾程の大きさに細分化して何度も叩き込む。

 

「チビ姫の分」

 

 一方的に滅多打ちにされたレ級が目茶苦茶に喚く。

 

「クソ!!?? クソクソクソ!!??

 なんでATフィールドが効いてねえんだ!!??」

 

 餓鬼のように喚き、雲蚊のように群がるクラインフィールドの弾幕を必死に振り払おうと目茶苦茶に暴れるレ級。

 しかしイ級は一切構わず叩き付けながら呟く。

 

「…まだ終わらないのか」

「テメエ!!??」

 

 滅多打ちにされながら喚くレ級をしぶといとしか思わないイ級は淡々と次の借りを誰にするかと考える。

 

「そろそろあつみと瑞鳳の分はどうするか考えとかないと。

 超重力砲なら合うだろうけどコレ(・・)にダメコン使うのもなぁ…」

 

 もはや一方的というのも生温い、玩弄とさえ言える私刑をまるで見向きもせず続けるイ級に北上が呟く。

 

あれ(・・)…誰?」

 

 自分達がいつも見て来たイ級とは思えない冷酷な姿にレ級への怒りよりも不安が大きくなっていた。

 しかも、その不安を確かなものとするかのようにイ級の纏う黒いオーラは更に濃くなり、徐々にだがイ級の姿を覆い隠そうとしていた。

 あのままやらせ続けてはいけないと誰もが今のイ級を止めなければいけないと思っていた。

 だけど、黒く濁っていくイ級を見るだけで足が竦み、前に出る勇気を根こそぎ削られてしまう。

 こんなにも自分達は臆病だったのかと鳳翔さえ戸惑うなか、古鷹が春雨の様子がおかしい事に気付く。

 

「春雨…?」

 

 春雨はまるで食い入るようにイ級を見ていたかと思うと唐突に口を開いた。

 

「……ダメ」

 

 その目から虚ろさが消え、何かに縋るような悲しさが宿っていた。

 

「そっちにいっちゃ、ダメなの。

 行ってしまったら…もう…帰って来れなくなる…」

 

 突然喋りだした春雨に戸惑いながらも古鷹が問いを投げる。

 

「彼女に何が起きてるか解るの?」

 

 まるで自分がそうだったかのように紡ぐ春雨に問うと、春雨は首を横に振る。

 

「私とあの娘は違う。

 だけど、あのままじゃきっと私と同じ(・・・・)になってしまう」

「同じに?」

 

 そもそも深海棲艦であるイ級が深海棲艦に成り果ててしまった春雨と同じになると言われてもどうなるか想像も付かないが、少なくともそれが良いことではないことは確かだ。

 

「だが、どうやって止めればいいんだ!?」

 

 既に木曾の言葉すら届かない状態のイ級を誰が止められるというのか?

 悔しさに歯を軋ませる木曾に春雨は言った。

 

「私が行きます」

「デモ、春雨ハ…」

 

 艤装に組み込まれた深海棲艦の補助無しでは海を航海することさえままならない身。

 もし、あのレ級の反撃を受けたらどうなるか。

 心配するあつみの言葉に春雨は言う。

 

「今の彼女に普通の艦娘や深海棲艦が近付くだけでも危ないんです。

 でも、どちらでもない私なら少しの間なら耐えられます。

 だから、私にやらせてください」

 

 お願いしますとそう頼み込む春雨。

 

「わかりました」

 

 最初にそう許諾したのは鳳翔だった。

 

「正気なの?」

 

 分の悪いどころか大博打に等しい賭を春雨に託そうという鳳翔に懸念を向ける北上。

 

「あのまま放置しては最悪、私達の手で介錯しなければならなくなるやもしれません。

 ならば、少しでも可能性があるならそれに賭けるべきではないですか?」

「そりゃまあ…そうだねぇ」

 

 最悪の最悪はあのまま放置した結果、イ級があの装甲空母ヲ級のように見境を無くし自分達すら分からなくなることだ。

 そうなれば勝ち目云々以前の話になってしまう。

 それに、助けに行こうにも瑞鳳の救助で動けない自分達にどうこうする手段は無い。

 

「春雨、頼む。

 あいつを連れ戻してくれ」

 

 なんで自分じゃないのかと悔しく思いながら木曾は一縷の望を春雨に託す。

 

「フルタカ、アネゴトハルサメヲオネガイ」

 

 そしてバイドに汚染された古鷹なら抵抗も強いはずとイ級を連れ戻すため向かうことになる。

 

「ええ。行きましょう春雨!」

「はい!!」

 

 二人は反転し急ぎイ級の下に急行する。

 次の借りを返すためクラインフィールドを解除したイ級はレ級の姿に軽くごちる。

 

「なんだ、まだ中破にもならないのか」

 

 どうでもいいとばかりに言われレ級はぶちギレながら吠える。

 

「テメエェ…調子こくのもいい加減にしろよ!!??」

 

 幾度となく殴打され痣だらけになりながらレ級はキレたままグラビトロンカノンを叩き込む。

 

「ブッ潰れろ!!??」

 

 本来なら超重力により圧壊させる兵器なのだが、劣化したそれは広域に重力の檻を展開する程度にしかならない。

 しかしそれでも十分脅威たる兵器なのだが…重力の檻はイ級を搦め捕る事は出来なかった。

 

「なにやってんだ?」

「はぁ!!??」

 

 意に解したどころか何が起きたかさえ気付いていないイ級にレ級は怒鳴り散らす。

 

「テメエどんなチート使ってやがる!!??

 ATフィールドを貫通させた上にグランゾンのグラビトンカノンが効かねえなんてありえねえだろうが!!??」

 

 艦娘達に無双し続けて来た己のチートが効かない事に、反則野郎と詰るレ級。

 一方イ級はレ級の言葉から何故自分が無効化出来ているのかその意味を考え、そして気付く。

 

「……ああ、成程」

 

 どうして効かないのか理解したイ級はどうでもいいことだなと本気でそう思った。

 そんな態度にレ級は更にキレる。

 

「何勝手に納得してんだテメエ!!??」

「……まあいいか」

 

 別に説明する義理もないと思うイ級だが、五月蝿いので教えてやることにした。

 

「お前さあ、勘違いしてるぞ」

「はぁ?」

「確かにATフィールドもグランゾンも強力だろうけどさ、どっちも使い手依存の力(・・・・・・・・・)じゃないか」

 

 グランゾンは確かに世界を七日で焦土とするだけのスペックがあるという設定だが、それは凄まじい潜在能力を持つ主人公が搭乗した際の話であり、実際作中も使い手にそれだけの能力を求める機体として描かれている。

 そしてATフィールドに関しては言わずもがな。

 そもATフィールドは人間なら誰でも持っている精神防壁だ。

 原作設定通りならどれだけ相手を拒絶しているかでその硬度は上がる性質を持ち、こちらこそ使い手の精神状態がその性能を左右する。

 しかも今のレ級は錯乱状態も同じ。

 そんな状態の者のATフィールドの硬度等考えるまでも無い。

 

「つまるところだ。

 お前のチートが効かないのは単にお前が弱いからだ」

「……んだとぉ?」

 

 今殴り掛かっても返り討ちにされるだけだと、ぶちぶちと血管が切れる音を聞きながらレ級は理性を総動員し問いを発する。

 

「つまりあれか?

 テメエは俺より格上だってそう言いたいのか?」

「別に。

 ただの事実だ」

 

 その台詞を歯牙にもかけていないと、そう受け取ったレ級はぶちんと完全にキレる。

 

「ざっけんじゃねぇぇぇええええ!!??」

 

 尻尾を振り回し目茶苦茶に砲撃を始めるレ級。

 めたらやたらに降り注ぐ砲弾を最小限の機動で躱しながらしまかぜ達に命じる。

 

「九三式酸素魚雷発射用意」

『おうっ!!』

『ぽぃっ!!』

『しれぇ!!』

 

 指示にそれぞれのお腹が開きゆきかぜの四連装酸素魚雷、ゆうだちの三連装酸素魚雷、しまかぜの五連装酸素魚雷の管が展開し管の蓋が開く。

 

(今更だけどこいつらってどうやって魚雷管しまってんだろうか?)

 

 あらかさまに身体より大きな魚雷管を展開する姿に考えたら負けかと思考を放棄する。

 まぐれ当たりだけに注意しながら杜撰な砲撃を躱しつつイ級は発射のタイミングを計り、そして、レ級の砲弾の着弾により生じた水飛沫影に自分達の姿が隠れた瞬間発射を命じた。

 

「撃て」

 

 放たれた雷撃にレ級は全く気付く事が出来ず放たれた12本の魚雷が全てレ級の足元で炸裂した。

 

「ガァアアア!?」

 

 自慢していたATフィールドは発動の兆しすら起こさずレ級は爆炎に飲まれ絶叫を上げる。

 

「ちっ、漸く中破が見えてきたか」

 

 いい加減しぶと過ぎるとつい舌打ちしてしまうイ級。

 魚雷を喰らい小破と中破の間程度まで追い込まれたレ級は援軍を求め叫んだ。

 

「糞!!??

 何やってやがる緋蜂!!??

 さっさとバケモノを片付けてこっちに来やがれ!!??」

 

 いつまでもアルファ達にてこずっている緋蜂をそうどやしつけるレ級。

 そして同じくイ級もアルファに言う。

 

「何やってるんだアルファ。

 いつまでも遊ばせてないで(・・・・・・・)さっさと終わりにしてくれ」

 

 二つの命令にアルファと緋蜂が同時に反応する。

 レ級の命令に緋蜂は放つ弾幕を更に過密に、もはや滝のようなエネルギーの幕をアルファ達に解き放つ。

 

『了解。御主人。

 一気ニ始末スル。全機指示ガアルマデ波動砲ノチャージヲ維持セヨ』

 

 そしてイ級の指示を受けたアルファは弾幕回避を楽しんでいるノー・チェイサー達に指示を飛ばすと、迫り来る弾幕をそれまでたっぷり食い散らかしてバイドフォースが溜め込んだエネルギーをΔウェポンとして解放。

 その全てを正面から押し返す。

 

「ハッ!!??

 アンチボム持ちの緋蜂にボムなんざ…」

 

 アルファの放ったΔウェポンが苦肉の策とそう思ったレ級がやっと一矢報いたと信じ吐き捨てるが、イ級はそれになんでもなしに言い切る。

 

「お前はバイド(俺の相棒)を甘く見すぎだ」

 

 バリアを展開してΔウェポンを防ぐ緋蜂にバイドフォースが取付き触手を突き立てる。

 痛みを感じているのか金切り声を迸しらせる緋蜂。

 しかしアルファもまた冷酷に告げる。

 

『侵セ』

 

 直後、緋蜂の内側から大量の肉が溢れ出し、見る間もなく緋蜂は醜悪な肉塊に作り替えられてしまった。

 

「う、嘘だろ…?」

 

 散々馬鹿にしたバイドにあっさり屈した緋蜂に青褪めて絶句するレ級。

 

『所詮機械仕掛ケノプログラム。

 多少脅威的デハアッタガ、無限ニ進化ヲ繰リ返スバイドニハ及ブベクモ無イ』

 

 オージザブトムのほうが余程強敵だったとそう評価を降し、アルファは一緒に飛んでいた三機と共に波動砲を解き放ち緋蜂だった肉塊を抹消する。

 

『オ待タセシマシタ御主人。

 最近動キ足リナカッタラシクツイ好キニサセテシマイマシタ』

 

 実際緋蜂の弾幕はかなり脅威的だった。

 しかし、バイドとなったアルファからしてみればそこ止まり。

 遊び相手が限定されてストレスが溜まっていたノー・チェイサー達のストレス解消を考えなければとうに片付けられる程度の相手でしかなかった。

 

「あいつら手加減しないからなぁ」

 

 加減と自重さえするならいくらでも遊び相手はいるのにと苦笑するイ級に、レ級は漸く自分が敵に回してはいけない相手に喧嘩を売ったのだと理解した。

 

「さってと」

「ひぃ…」

 

 アルファ達と連装砲ちゃんを引き連れ振り向くイ級にレ級はもはや立ち向かう意志は無かった。

 

「お、俺が悪かった!!??」

 

 生き延びるために恥や外聞に構うだけの余裕もなく惨めに土下座するレ級。

 

「……」

 

 そんな態度にイ級は溜飲を下げるどころかますます冷え切っていく。

 

「この通り、どうか命ばかりは…」

「あのさ、」

 

 まるで氷を差し込まれたかのような冷気に包まれ顔を上げるレ級。

 

「お前、なにやってんの?(・・・・・・・・)

「っ!!??」

 

 どこまでも冷たい、まるでドライアイスで出来ているような目で自分を見るイ級に背筋を凍らせるレ級。

 直後、蹲るレ級の腹部にクラインフィールドで構成された拳が貫いた。

 

「ゲヘゥッ!?」

 

 不様な悲鳴を上げたレ級の喉をイ級の念力が捕え、そのまま声帯を握り潰しながら吊り下げる。

 

「もしかして、命乞いしたつもりか?」

「あ、がぁ、」

 

 苦痛にがくがくと震えるレ級にそれが肯定だと受け取ったイ級はクラインフィールドの鉄拳を再び叩き込む。

 

「ゲゥッ!?」

 

 悲鳴さえ握り潰され聞くに堪えない声を漏らすレ級を眺めイ級は淡々とアルファに問う。

 

「アルファ、こいつがさっき何か言ってたか分かるか?」

『イエ。私ハナニモ聞イテマセン』

「そうか。やっぱり空耳だな」

 

 そう言うと更に腹に鉄拳を突き立てる。

 

「…、……!?」

 

 悲鳴を上げる権利さえ奪いながらイ級は淡々と鉄拳を打ち込むイ級。

 

「アルファ、瑞鳳はどれぐらいやられてた?」

『目視ノミデスガ少ナクトモ右手ノ粉砕骨折ト肋ノ骨折。

 喀血モ確認シタノデ内臓破裂ノ可能性モアルカト』

「酷い話だな」

 

 腹に大量の痣を作られ血の泡を吹き出すレ級に視線を向けると、イ級はクラインフィールドをドリル状に構築するとそれを回転させ右手にブッ刺した。

 

「ぎぃがががががぁ!!??」

 

 神経の塊である手をドリルが目茶苦茶に刔り潰す激痛に潰された喉から絶叫が迸しる。

 

「無駄にタフなのも困り者だな」

 

 絶叫が耳障りと思いながらイ級は刺したドリルを引きどてっ腹に突き刺す。

 

「ギィィィイアアアア!!??」

 

 腸を蹂躙され叫ぶレ級の姿にイ級は自分は何をやってんだろうと情けなくなる。

 どれだけ痛め付けようが瑞鳳の怪我が治るわけでもない。

 どころか、甚振る都度に暗く澱んだ何かが腹の奥に沈澱していくような感覚さえ覚えていた。

 

「もういいか」

 

 こんな事をしている暇があるなら燃料掘っていたほうが余程有意義だとレ級を放り捨てる。

 

「かっ……あがっ…!?」

 

 いっそ楽になれない苦しみにびくびくと痙攣するレ級にそれを見るもの嫌になりイ級は命じる。

 

「全門開け」

 

 イ級の指示にしまかぜ達が頭の砲を向け魚雷を開き、アルファ達が波動砲のチャージングを開始。

 そしてイ級もファランクスと爆雷に加え超重力砲を展開する。

 

「や゛…や゛め゛…し゛に゛た゛く゛…」

 

 確殺の意思を向けられたレ級が必死に命乞いをするもイ級は一切構わずフルチャージが完了したことを確認し発射を告げようとする。

 

「照準合わせ。

 撃「イ級!!??」っ!?」

 

 砲撃を行う刹那、射線上に割り込んで来た春雨と古鷹の姿に慌てて発射命令を中断。

 

「何やってんだ!?

 もうちょっとで巻き込むところだったじゃないか!?

 …って、春雨?」

 

 ついさっきまで廃人だった春雨が自分に語り掛けて来たことにイ級はレ級の存在も忘れ安堵する。

 

「よく分からないが、立ち直ってくれたみたいでよかった」

 

 本当にそれが良いのは解らないが、少なくともイ級はそれが嬉しいと思った。

 春雨はイ級を真っすぐ見据えながら尋ねる。

 

「貴女は今、自分がどんな状態か気付いていますか?」

「え?」

 

 そう言われイ級は水面に目を向ける。

 

「……え?」

 

 そこに写っていたのは左目らしき赤い光を放つ黒く塗り潰されたナニカ(・・・)

 

「ど、どうなってんだ!?

 つうかアルファ、なんで黙ってたんだ!?」

 

 あらかさまに異常事態だというのに何も言わなかったアルファに問い質すが、アルファは困惑した様子で言う。

 

『申シ訳アリマセンガ、私ニハ何カ変化ガ起キテイルヨウニハ見エマセン』

「そう…なのか…?」

『…ハイ』

「しまかぜ、ゆうだち、ゆきかぜ。

 お前達もか?」

 

 しまかぜ達に問うも、三体とも解らないといいたげに首を傾ける。

 困惑するイ級達に春雨は言う。

 

「貴女がそうなってしまった原因は自身を強く否定してしまっているからなんです。

 早くしないと取り返しの付かないことになってしまいます!」

「自身を…否定……」

 

 春雨の言葉にイ級は思い当たる節があった。

 そして同時に、それは…

 

「それは出来ない」

「どうして!?

 そのままじゃ貴女は…」

 

 もう皆のところに帰れなくなると、そう言おうとする春雨にイ級はいいんだと言う。

 

「今回の件でよく分かったんだ。

 この世界がおかしくなったのは自分のせいだったんだって」

 

 自分が居たから北上達は救われた。

 だけど、同時に自分が居たから装甲空母姫は狂ったのではないかと、そうも考えていた。

 装甲空母姫だけじゃない。

 転生した自分と共にこの世界に来たアルファに引き寄せられ、バイドはこの世界に現れたのではないか。

 もっとそれ以前にも辿れば、『霧』が来なければ北上達は回天や桜花なんて物を持たされずに済んだのではないか?

 そんな自分勝手な妄想だと今まで軽く流せていたことが、レ級という存在が現れたことでイ級の内で核心めいた考えになってしまったのだ。

 

「本当に消えなきゃなんないのは、この世界からいなくならなきゃならないのは俺自身なんだ。

 だから俺はそいつと一緒に消えなきゃならない」

 

 この世界を狂わせる異邦者(イレギュラー)は全て消えなければならない。

 だから退いてくれとそう言うイ級に古鷹が怒鳴り付ける。

 

「ふざけないでください!!??」

「古鷹…?」

「自分が消えれば万事解決するなんてそんなの驕りです!!??

 例えそうだったとしても、貴女が救った皆を放り出すなんて逃げじゃないですか!!」

 

 自分勝手な結論でなにもかもから逃げるなんて許さないと叫ぶ古鷹にイ級は叫ぶ。

 

「じゃあどうしたらいいんだよ!!??」

 

 濁り澱んだ自らの存在への怨みをイ級は吐き出していた。

 

「俺は怖いんだよ!!

 千歳を、球磨を救えなかったみたいに、いつか、また目の前で救えないかもしれないとそう考えるだけで怖くて堪らないんだ!!??

 今回はまだ間に合った。

 だけど次は?

 いつか、あの悪夢が繰り返すかもってそうなる前に…」

「思い上がるのもいい加減にしてください!!」

 

 古鷹の咆哮にも似た怒号にイ級の言葉が止まる。

 それほどに古鷹はイ級に対し怒っていた。

 

「いつまで貴女は上から私達を見ていれば気が済むんですか!?」

「上からなんて俺は…」

「私達は貴女が考えているほど弱い存在なんかじゃありません!!」

 

 イ級は勘違いしている。

 確かに性能はイ級が上かもしれない。

 だけど、

 

「私達は貴女に守られなきゃいけないほど弱い存在ではありません!!」

 

 今までずっと格上の相手ばかりと戦い続けていた。

 そして、イ級やアルファ達R戦闘機の規格外の力が無ければ生き残れなかったのも事実だ。

 そのせいでイ級は自分ですら気付かないうちに他の皆を下に考え自分が守らなきゃならない者(・・・・・・・・・・・・・)だと考えるようになっていた。

 

「迷惑なんて掛けて当たり前なんです!!

 私達は貴女に救われた『仲間』なんですから」

「……」

 

 自分達はイ級が指揮を取らなければ動けない部下ではない。

 そして、守られなければ何も出来ない稚児でもない。

 共に並び立ち、時に迷惑を掛け合って、喜びも悲しみも分かち合う『仲間』なのだ。

 その言葉はイ級にすっと染み入り、自然と心の奥から想いが沸き上がって来た。

 

「そうか…そうなんだな」

 

 古鷹の心からの叫びがイ級にこびりついた澱みを掻き消し、それを顕すように纏わり付いた黒いナニカ(・・・)がボロボロと剥がれ落ちていく。

 

「私も春雨も、他の皆だってもうどこにも居場所なんてないんです。

 貴女が作ってくれたあの島(居場所)しか無いんですから、勝手にいなくならないでください」

「ああ。ごめん」

 

 黒いナニカが痂のように完全に剥がれ落ち、元の姿に戻ったイ級に春雨は安堵する。

 

「よかった…」

 

 これでもう心配ないとそう安心した直後、ゆうだちが春雨の後ろを指して鳴き声を上げた。

 

『ぽぃっ!!??』

「え…?」

 

 振り向いた先に見えたのは、自身に牙を剥くレ級の尻尾だった。

 艤装に組み込まれた深海棲艦が咄嗟に身を盾にするも、顎は艤装ごと春雨に食らい付いた。

 

「キャアアア!!??」

「春雨!!??」

 

 噛み砕こうとする顎に軋みながらも耐える艤装と苦痛に呻く春雨を嘲笑する気が狂った笑い声が響く。

 

「キヒ、きヒひ…。

 そうだよ…テメエが消えれば全部解決するんだよぉ」

 

 歪んだ嘲笑を張り付けたレ級が嘲笑う。

 そこには正気は見えず、完全に頭がおかしくなっているように見えた。

 

「てめぇ…」

 

 燃え盛る怒りに流されそうになる己を御すイ級にレ級は狂った嘲笑を向けて嘯く。

 

「テメエさえ消えれば俺が最強になれるんだぁ。

 そうさ、なにもかめテメエが悪いんだよ」

「春雨を放して!!」

 

 義手を向けメガ波動砲をちらつかせる古鷹にレ級は歪んだ笑みのまま尻尾を手繰り自分の方に近付ける。

 

「やれるもんならやってみろよぉ。

 いいぜぇ、このもどき(・・・)と俺、どっちが硬いか我慢比べといこうじゃねえかぁ」

「くっ!?」

 

 出来もしねえんだろと嘲笑するレ級に古鷹は歯を軋ませることしか出来ない。

 

「へ、ヒヒヒヒ…

 なんだぁ? 口先ばっかでやんねえのかよぅ?

 いい気味だなぁおい!?」

 

 怒鳴り顎に力を篭めさせるレ級。

 

「くぅぅっ!!??」

 

 痛みに勝手に漏れる悲鳴を必死に食いしばる春雨から漏れる悲鳴にイ級が制止の声を上げる。

 

「止めろ!!??」

「俺に命令すんじゃねえ!!??」

 

 制止の声に怒鳴ったレ級はふと思い付いたように笑い出す。

 

「くっ、くく、いいこと思い付いたぜぇ」

 

 歪んだ笑みを浮かべレ級は古鷹を指差す。

 

「そうだなぁ…テメエがそいつを嬲り殺すってなら考えてやってもいいぜ?」

「なん…」

 

 どこまでも卑劣なんだと怒りに震える古鷹にレ級は愉快そうに狂笑を上げる。

 

「テメエには散々やられたからなぁ。

 そいつをテメエがばらばらにするっていうならさぞすかっとするだろうよ」

「…イカれ野郎」

 

 古鷹さえ口汚い言葉を使うほどに下種なレ級の言葉にイ級は静かに言う。

 

「古鷹、やってくれ」

「でも!?」

 

 その言葉に驚く古鷹。

 そしてそれを聞いたレ級は狂った様子で笑う。

 

「あっひゃひゃひゃっ!!??

 いいぜいいぜぇ。

 ほら、仲間なんだから介錯してやれよ」

 

 早くしねえとこいつを殺すぞと恫喝するレ級を古鷹は睨み、そしてイ級に向き合う。

 

「イ級…」

「大丈夫だ」

 

 信頼しているとそう目で語るイ級に、古鷹は何を考えているのか悟り頷いた。

 そんなやり取りに気付かないレ級は愉快そうに狂笑しながら愉悦混じり言う。

 

「いいかぁ、簡単に殺すんじゃねえぞぉ。

 俺にやったようにじっくりじっくり甚振って徹底的にやるんだからな」

 

 そう言うレ級を憎々しいと思いながら古鷹は携えたフォースに呼び掛ける。

 

「お願い、私に力を貸して『サイクロンフォース』」

 

 すると、フォースがどろりと形を崩し青く輝くゲル状に変化する。

 ゲル状に変化したフォースはゆっくりと回転を始め、徐々にその速度を高めながら慣性に従い薄く平たく伸びて倍近く広がりながらフォースの周囲にイオン体のリングを形成していく。

 

「キヒッ、そうだぁ。そいつでじっくりと切り刻むんだぁ」

 

 これから始まる惨劇に期待に胸を膨らませるレ級と自分が招いた結果に忘我のまま涙を流す春雨。

 ゆっくりと狙いを定めながら古鷹はアルファに教わった事を思い出す。

 

『サイクロンフォースハコレマデノ『バイドノ切端』カラタダエネルギーヲ抽出ノミナラズ、バイドソノモノヲゲル状ニ加工スルコトデ生ミ出サレタフォースデス。

 最大ノ特徴ハ広イ攻撃範囲ト防御圏。

 ソシテ…』

 

 アルファの話を信じるならこの状況を打開する鍵はサイクロンフォースが握っている。

 そして古鷹はアルファの話を疑っていない。

 後は、

 

(私次第!!)

 

 失敗すればイ級だけでなく春雨も、そして自分も危険に晒される。

 だけどイ級はその危険も分かった上で自身に託してくれた。

 だから、恐れる必要はない。

 

「行けぇっ!!??」

 

 高速回転するサイクロンフォースをイ級目掛け放つ古鷹。

 イオン体が海を縦に切り裂きながらイ級のすぐ傍を擦過しながら通過する。

 

「ぐぅっ!!??」

 

 痛覚は無いが衝撃と身を削られるダメージにイ級が呻きレ級が喝采を上げる。

 

「ヒャアッハァア!!

 そうだぁ、もっと、もっと苦しんで死んじまいなぁ!!」

 

 喜悦に満ちたレ級が身を乗り出してそう叫んだ瞬間、レ級の足元から大量の泡が浮き上がり弾けた。

 

「ギャアアア!!??」

 

 弾けた泡が内包していた強酸を吸い込んだレ級が内側から焼かれる痛みに絶叫を上げる。

 それが雌伏に雌伏を重ねたフロッグマンの乾坤一擲のバブル波動砲による援護射撃だと気付いた瞬間、イ級は叫んでいた。

 

「古鷹今だ!!」

「はい!!」

 

 投擲したサイクロンフォースのもう一つの機能、投擲後の追加操作を可能とするアクティブコントローラを作動させ体勢が崩れたレ級の尻尾を根本から刈り落とした。

 

「GYYYYYAAAAAAA!!!!!?????」

 

 本来人間が持たない器官を切り落とされる想像を絶する激痛にケダモノのような悲鳴を上げるレ級。

 元からの指令が途切れ顎から解放された春雨をイ級が呼ぶ。

 

「春雨!!」

「っ、はい!!」

 

 一瞬戸惑うも春雨は即座に艤装の前門を開放しレ級に照準を合わせる。

 

「ふっざぁけんなぁぁぁぁあああ!!??」

 

 砲と甲板を兼ねた尻尾を失い唯一残った両手を振り上げるレ級だが、拳が届くより春雨の砲が遥かに速い。

 

「やらせは、しないよ!!」

 

 5インチ砲が立て続けに火を噴き魚雷が次々とレ級の足元で爆発を起こす。

 

「雑魚の分際でぇぇえええ!!??」

 

 正面から喰らい続けるレ級だが、執念で春雨に一発叩き込もうと突き進む。

 

「落ちろ、落ちろ!!」

 

 深海棲艦と共に放たれた波状攻撃がレ級を幾度となく打ち据え更に古鷹もそれに追撃を掛ける。

 

「ハイパードライブ開放。

 討ち滅ぼせ、ハイパー波動砲!!」

 

 古鷹の咆声に従い義肢の弁がいくつも開き数多の波動の塊が続けざまにレ級を穿つ。

 

「くそくそくそっ!!??

 なんで、なんでこんなことに…」

「そいつは俺の持ちセリフだ。

 勝手に使うんじゃねえ」

 

 世界を呪い怨みを言葉にしようとしたレ級だが、それはイ級に阻まれ叶わなかった。

 

「あの糞野郎に遭ったら伝言頼む」

 

 零距離で突き付けられたイ級の超重力砲の黒い光にレ級は自分の死を確信した。

 

「や、やめ…」

「必ずぶん殴ってやるから顔を洗って待ってろってな」

 

 そう言うと同時に超重力砲が放たれ、黒い光はレ級を飲み込み跡形もなく消し去った。




 漸くケリがついた…。

 イ級の某とか古鷹と春雨の活躍とか頑張ったらいつの間にかこんな量に膨れ上がってたし。

 しかも明日とか言いつつ今日更新してるしね!!

 あ、次回は意外なとこにスポット当たる予定。


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まったくもう

こんな隠しイベントが待ってるなんてね。


「霧島より入電!!

 駆逐棲鬼がレ級フラグシップ改の撃破に成功したとの事です!!」

 

 ルンガ泊地司令部に届けられた報に大淀が複雑そうにそう告げる。

 

「……そうか」

 

 その報告にルンガ泊地の提督『磐酒』はしばし黙し、つい先ほど届いた第三艦隊による不知火及び時雨の救出隊の成功を反芻してから次の行動を告げた。

 

「霧島に伝えろ。

 駆逐棲鬼及び駆逐棲鬼旗下艦隊にルンガ泊地への招待をするようにと」

「司令!?」

 

 敵である深海棲艦を泊地に招こうと言う提督の決断に大淀はつい声を荒げてしまう。

 しかし大淀の勅言も提督はその考えを変えない。

「奴が噂通り本当に善性なのか確かめておきたい。

 それと、向こうが拒否するようなら追撃は不要と伝えておけ。

 間接的にだが第三艦隊による不知火と時雨の救出作戦に一役買って貰った相手なのだからな」

「…分かりました」

 

 どうあっても覆さないと大淀は不承ながらそれを表にださず霧島に通達を送る。

 

「…了解しました」

 

 大淀からの新たな指令を受け霧島は即座に行動を始める。

 

「主砲装填解除。

 マストに白旗を掲げて」

 

 意味を解してくれるかは不安だが、少なくとも駆逐棲鬼は問答無用ということもあるまいと妖精さん達の作業が完了次第霧島はマストに白旗を掲げ仲間達と合流したイ級の下に向かう。

 

「相変わらずダメコン職人はいい仕事をするな」

 

 超重力砲の負荷で轟沈するところを毎度の如くダメコンで回避したイ級は晴れやかな気持ちでそうごちる。

 

「全く、少しは反省してください」

 

 義手に搭載されたハイパー波動砲の急冷機構から蒸気を出しながらそう窘める古鷹に、イ級は(傍目からはそうは見えないが)困り顔ですまないと謝る。

 

「それと、ありがとう」

 

 間違った考えを是正してくれたことへの礼を述べると古鷹はにっこりと微笑む。

 

「仲間なんですから当然ですよ」

 

 そう笑う古鷹の笑顔にイ級は大天使古鷹は二次創作じゃなかったんだと改めて感動する。

 

「それに、貴女の異変にいち早く気付いてくれた春雨が居たから間に合ってくれたんです。

 彼女にもちゃんとお礼をしてくださいね」

 

 まるで姉のようにそう促す古鷹にイ級はレ級によって荒んだ気持ちが癒されるなぁと思いながら春雨に礼を述べる。

 

「春雨も、本当にありがとう」

「お礼なんてそんな…。

 それに私は結局足を引っ張ってしまいました…」

 

 レ級に囚われる失態を犯した事を悔やむ春雨に気にしないと否定する。

 

「春雨だって頑張ったんだからとんとんだよ」

「…はい」

 

 汚名はしっかり挽回したとそう言うイ級に春雨は頷く。

 場を和ませようと汚名は返上と突っ込まれるのを期待してわざと間違えたのだが、完璧に流されたのでイ級は何も無かったことにする。

 三人としまかぜ達連装砲ちゃん、そしてアルファ達が木曾達の所に着くと、木曾達だけでなく千代田達の姿も見られ北方棲姫が大型艤装を展開していた。

 

「戻って来てくれたんだな」

「ああ。ただいま」

 

 似つかわしい場所ではないが、それ以上に相応しい言葉もないとイ級が言い、木曾がおかえりと返す。

 

「千代田が居るって事は氷川丸が?」

「ああ、姫の艤装で瑞鳳の治療を始めているよ」

 

 氷川丸が来てくれたのならもう不安はないだろう。

 と、そこでイ級は浮遊要塞の姿が無いことに気付く。

 

「そういえば浮遊要塞はどうした?」

 

 盾に使ったのかと尋ねるも木曾は分からないと首を振る。

 

「あの押し潰す力を使われてから姿を見てないんだ」

「そうなのか」

 

 1番装甲が薄いヌ級が小破にもならない被害で済んでいるのだから沈んだということは無いだろう。

 

「ちょっと待ってくれ」

 

 近くにいるか確かめるため視界の共有を試すイ級。

 だが、やはり共有は行われない。

 

「取り敢えず行方不明だな」

「その内帰ってくるんじゃないの?」

「犬猫じゃないんだから流石にそれはどうなの?」

 

 北上の言に呆れ混じりにそう言った千代田はマストに白旗を張りながら接近する霧島に気付く。

 

「あれって?」

「ん?

 あれはレ級にやられたルンガ泊地の霧島だな」

「白旗って事は戦う気は無いみたいだね」

 

 ヘ級の事があるので微妙だが、戦う気がないならそれに越したことはないだろう。

 

「ちょっと話を聞いてくるか」

 

 そう舵を切ろうとしたイ級を北上が止める。

 

「ああもう。

 大破してるんだから大人しくしてなって。

 話を聞くなら私と木曾で行くからさ」

「しかし…」

「それとも頼りない?」

 

 そう言われてはイ級も折れるしかない。

 

「解ったよ。二人共頼む」

「任せとけ」

「あいあいさ〜」

 

 イ級に手を振りながら霧島へと向かう二人。

 声が届かないぐらい離れたところで北上が突然喋り出す。

 

「ねぇ木曾。

 今回の事でさ、ちよっと思った事があるんだよね」

「何をだ北上姉?」

 

 二人だけで話がしたいから名乗りを挙げたのだと気付いていた木曾がそう問うと、北上は軽い口調はそのままに言う。

 

「多分、ううん。この先いつかさ、『嫌な選択』をしなきゃなんない日が来るって今回の事で強く思ったんだよね」

「……」

 

 イ級は強い。

 だけど、なにもかもを背負い上手く行くはずがないのだ。

 どうしようもなくて『嫌な選択』をしなければ全てを失う重い決断は、先延ばしには出来ない。

 

「だけどさ、イ級には無理だよね」

「…そう…だな」

 

 そんな選択を迫られたら、イ級は絶対に自分を犠牲にしてしまう。

 だけどそれでは駄目なのだ。

 本人がどれだけ自覚しているか怪しいが、イ級がいなくなれば自分達の関係は破綻する。

 それほどにイ級を取り巻く関係は危うく、そしてイ級の存在は大きいのだ。

 

「そうなったらさ、イ級を残すためにも私達のどっちかがやることになるだろうからさ」

「……」

 

 『嫌な選択』は鳳翔にも出来るだろうが、鳳翔は最終的に鎮守府のために動かなければならない身。

 島の利だけを考え、イ級のために『嫌な選択』をイ級の代わりに引き受けられるのは自分達しかいないとそう北上は考えていた。

 

「だからさ、その時が来たら躊躇っちゃ駄目だからね?」

「……ああ」

 

 例えそれが誰を切り捨てることになっても躊躇するなとそう頼む北上。

 

「そうならないことを願うよ」

「それは私も同じだよ」

 

 そう笑い、この話はおしまいと二人は頭を切り替える。

 そして霧島との会話が可能な距離まで接近すると二人は止まり、霧島も停止する。

 

「イ級が事情は聞いている。

 ルンガ泊地所属の霧島だな?」

 

 勿体振る時間が惜しいとそう確認する木曾に霧島はええと頷く。

 

「白旗を挙げている理由を答えてもらいましょうかね」

 

 騙し討ちをするほど落ちぶれてはいないだろうが、頭から信用するほど北上達は鎮守府という組織を信用もしていない。

 北上に促され霧島は提督からの指令を告げる。

 

「今件での駆逐棲鬼の協力に提督は感謝し、泊地へ招待したいとお考えしています。

 御一考願えますか?」

「泊地に招待したいって、それって本気で?」

 

 北上が耳を疑うのも当然だ。

 イ級は性能やら元人間だということを加えたところであくまで深海棲艦。

 それを泊地に招待しようだなんて罠としか考えられない。

 当然霧島もそう考えるだろうと分かっているためもう一つも付け加える。

 

「断っても構わないわ。

 貴女達は知らないだろうから説明させてもらうと、あのレ級は私達の泊地に攻め入り不知火と時雨に後遺症が残るかもしれないほどの暴行を加えた上で誘拐していたわ」

 

 それを聞き二人はイ級が最初からぶちギレていたことに納得する。

 

「あの野郎…」

「バブル波動砲もっと叩き込んでおけばよかったよ」

 

 自分達ももっとやっておけばよかったとそう怒る木曾と北上。

 

「話を続けてもいいかしら?」

「ああ、どうぞどうぞ」

 

 我に帰り続きを促され霧島は続きを話す。

 

「それで、今作戦では私達とは別に二人を救出する部隊が動いていたのだけど、貴女達がレ級を引き付けその撃破までをやってもらったから無事に作戦は成功したわ。

 だからその礼もしたいからと提督は招待しようとしているの。

 それと、もし断っても追うような真似は一切行わないとそう司令はおっしゃっています」

「分かった」

 

 少なくとも筋は通っている。

 島までの航路を考えればルンガのほうが近く、瑞鳳の容体が安定するまで滞在させてもらえればより安心できるのも事実。

 

「内容は承った。

 協議のために少し待ってもらえるか?」

「分かりました」

 

 了承を受けすぐにストライダーを飛ばす木曾。

 

「雷巡に水偵?」

 

 本来持ち得ない装備を使う木曾に興味を引かれる霧島だが任務を優先とし問うのは控える。

 ストライダーを中継して霧島の用件を聞いたイ級は一先ずの処置を終えた氷川丸に尋ねてみる。

 

「どうだ?」

「そうね。

 医者として言わせてもらえば泊地に寄ってほしいと言いたいけど、古鷹と春雨の事は泊地の側に見せたくないわね」

「そうだな」

 

 バイド汚染によりR戦闘機の能力を得た古鷹と深海棲艦化した春雨を連れていきたくはない。

 

「大所帯で押しかけてもいらない騒ぎになるでしょうし、瑞鳳の処置と警護に泊地に向かう面子と島に帰還する面子に別れるべきでしょう」

「ソウダネ」

 

 鳳翔の提案を採用とし、イ級はそれでいいか確認を求める。

 

「こちらは構わないそうよ」

 

 寧ろ、全員で押しかけられるほうが困ると言外に言う霧島にその旨を伝える。

 

「分かった。

 こちらは俺達に加えイ級、瑞鳳、氷川丸、あつみ、姫の七隻がそちらに向かう」

 

 本当は北方棲姫も帰還組の筈だったのだが、瑞鳳の側を離れたくないとだだをこねたため仕方なく追加された。

 

「解りました。

 と、あつみと姫?」

「そっちの呼び方で言うと輸送ワ級と北方棲姫の事」

「はぁ…」

 

 深海棲艦に海自の輸送艦の名前が付けているとか姫タイプが中立(仮)の艦隊に加わっているとか今までの常識がひっくり返されていく現状に、霧島は取り敢えず考えたら負けなんだとそう思うことにした。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 超重力砲の光に掻き消されたレ級だったが、数百キロを吹き飛ばされながらもまだ生きていた。

 

「ケヒッ…ケヒヒヒヒ…」

 

 艤装を砕かれ何故死んでいないのか寧ろ感動するぐらい蹂躙されきったレ級は狂った笑い声を上げる。

 

「いやいやいや。

 そういや俺は不死身だったのすっかり忘れてたぜ」

 

 イカレた笑い声を上げながらひたすら笑い続けるレ級。

 転生の特典としてレ級が選んだものはグランゾンのスペック、ATフィールド、緋蜂、そしていかなる損傷でさえも死なない肉体であった。

 神からは止めたほうがいいと警告された不死の肉体により生きながらえたレ級はげたげたと狂った笑い声を上げ続ける。

 

「いやしかしやっちゃってくれたもんだよなぁ?

 あの雑魚共にはきっちりきっちりお返しをしてやんないとなぁ」

 

 恐怖と痛みで正気を失ったレ級はどう復讐してやるかとそれしか考えていなかった。

 だから全く気付いていない。

 

「出来ると本気で思ってるの?」

 

 自信の命脈が、目の前の姫によってこれから握り潰されるという現実が分かっていなかった。

 

「なんだぁ?

 はっ、誰かと思ったら飛行場姫かよ」

 

 筋肉を動かすだけで激痛が走るが、狂ったレ級は姫に出来ず立ち上がるとつまらなそうに鼻を鳴らす。

 

「消えろよ。

 俺はあのクズをぶち殺すのに忙しいんだ」

 

 まるで犬を追い払うように手を振るレ級に飛行場姫はつまらなそうに言う。

 

「消えるのはあんたよ。

 幕が下りた役者がいつまでも出場っていたら興ざめするじゃない」

「あん?」

 

 その台詞にレ級はカンに障ったとばかりに睨み付ける。

 

「たかがユニークボスが言うじゃねえか?

 そんなにぶち殺して欲しいならやってやろうかぁあん?」

 

 不死の能力なのか、古鷹に切り落とされた尻尾がミチミチと音を立てて生え始め損傷が見る見るうちに回復していく。

 

「……そう」

 

 煽るレ級に、しかし飛行場姫はますます冷めたと言わんばかりに背を向ける。

 

「なんだぁ?

 へへっ、ビビってんのかよぅ?」

「あんた程度に臆する理由がないわね」

 

 もう興味もないと言いたげに飛行場姫は言った。

 

「だから、好きにしていいわよ(・・・・・・・・・)

「は?」

 

 刹那、レ級は雲も無いのに突然日が遮られ背後に誰かいると気付き慌てて振り向いた先に居たのは、

 

「そうさせてもらうわ」

 

 大きな一本角を額から生やし憎悪に燃える赤い瞳を輝かせながら巨大な鉤爪を振りかぶる港湾棲姫の姿だった。

 

「ひっ…」

 

 一切の慈悲もなく振り下ろされた鉤爪がレ級の身体を引き裂く。

 

「ギィィィイイイッ!!!???」

 

 切りそこねた沢庵のようにされたレ級が絶叫するも、爛々と輝く赤い瞳に憎悪を湛えた港湾棲姫は何度も鉤爪をレ級に見舞い挽き肉より酷い肉片に解体していく。

 

「あらあら。

 いくら娘を可愛がってくれているお気に入りが殺されかけたからって、少しやり過ぎじゃない?」

 

 からかうような飛行場姫の言葉も聞かず港湾棲姫は殺意をただ爪に乗せ振るい続ける。

 

「死なないなら都合がいいわ。

 いくらでも殺せるから」

 

 一々蘇るのを待たずとも殺したいだけ殺せると港湾棲姫は感情の赴くままにレ級を殺し続ける。

 

「そんなに怒るなら介入してあげれば良かったのに」

 

 レ級を倒すための艦隊に北方棲姫が参加したと聞き、港湾棲姫はその様子を影からずっと観ていた。

 挽き肉になったレ級の再生を眺めその醜悪さに艤装から飛び立つ爆撃機と共に砲撃を見舞いながら港湾棲姫は言う。

 

「私に資格は無いわ」

 

 あの娘を手放し戦艦棲姫に預けたのは、偽りに身を委ねたかつての愚かな過去を思い出すのが嫌だったから。

 だけど未練からせめて穏やかにと願い、そして思っていたのとは形は違ったが娘は己を愛してくれる相手に巡り逢えた。

 それが自分でないことに寂しさを感じなかったと言えば嘘になるが、それ以上に自分が与えられなかった温もりを得られるのだと祝福していた。

 だからこそ、それを踏みにじり嘲笑ったこの下種は許せない。

 

「キヒ、キヒヒ…。

 むだだぁぜぇ…。

 おれはふじみなんだぁ。

 きろうがやこうがつぶそうがしなねぇんだぁ…」

 

 港湾棲姫に幾度も殺され復活することを繰り返した影響か、完全に精神を病んだレ級は狂人めいた様子で笑う。

 

「本当に無様ね」

 

 もとより深海棲艦は死しても蘇る『総意』の駒ではあるが、だからといってただ使われる玩具ではない。

 命を賭け、終わり無き闘争に己を費やし燃やし尽くすからこそ深海棲艦は『総意』に使役される価値があり、人類の天敵として世界に跋扈し得る。

 しかしこいつは力に酔いただ悪戯に害を撒き散らすだけの羽虫。

 いや、虫でさえ種を残すという己が役割を全うするために生存競争の渦中に身を投じるのだから彼等にすら及ばないただの汚物か。

 

「汚物ならもっと相応しい形があるわね」

 

 そう飛行場姫は嘯くと浮遊要塞を何体も呼び出す。

 

「いいわね?」

 

 一応確認を取ると港湾棲姫は小さく頷く。

 

「やって」

「ええ」

 

 もう見るのも飽いたという態度を取る港湾棲姫を確認し、飛行場姫は告げる。

 

「仲良く分け合って食べなさい」

 

 そう言うと浮遊要塞が一斉にレ級に群がり、嫌な音を起てながら貪り始める。

 

「ギャヒヒヒヒ!!??

 くっちまうの!?

 おれをくっちゃうのかよ!?」

 

 痛みと快楽が混合してしまったらしいレ級は楽しそうに笑いながら喰われていく。

 貪り喰われ徐々に小さくなるレ級は狂ったまま笑う。

 

「あれれ〜?

 なんでさいせいしないんだぁ?

 おっかしぃなぁ〜?」

 

 さっきまで機能していた不死身の力が止まることを不思議がるレ級。

 どうせ聞いてないんだろうなと思いながらいきがけの駄賃代わりに教えてやることにする。

 

「当然よ。

 深海棲艦の捕食は命を奪う『殺害』ではなく魂を喰らう『吸収』。

 肉体が死なずとも核たる魂を奪われてしまえばその果ては何も無い『無』そのもの」

 

 深海棲艦の身で在る限り決して逃れられない本当の『終わり』()を与えられ、レ級は狂った笑い声を上げる。

 

「エヒ!? ィヒヒヒヒヒ!?

 きえちゃう?

 おれ、どこにもいなくなっちゃうの?

 ゥィヒヒヒヒヒ!!??」

 

 終われることを喜んでいるのか、はたまた意味を解せずただ笑っているだけなのか、その真意を理解されることもなくレ級は浮遊要塞に最後の一欠片までを全て喰らい尽くされ世界から消えた。

 

「全く、ちゃんと詰めまでやんなさいよね」

 

 要らぬ手間を掛けさせられたとそうぼやく飛行場姫に対し港湾棲姫はさっさと帰ろうとする。

 

「って、何帰ろうとしてんのよ?」

「用事は終わったわ」

「あんたねぇ」

 

 出張って来たのならちゃんと最後までいなさいと窘めるも、港湾棲姫は聞かない。

 

「関わらないってそう決めているの」

「それで私が済ますと思ってるわけ?」

 

 せっかく引きずり出したんだからただで終わらせないわよと嘯く飛行場姫に港湾棲姫は問う。

 

「何をさせようというの?」

 

 その問いに飛行場姫は楽しそうに笑いながら言った。

 

「三者面談と行きましょうか。

 ルンガにはちょうど、あんたの旦那と娘が揃ってるわけだしね」

 




 と言うことで次回からルンガ泊地にお邪魔します。
 爆乳大要塞様の過去が焦点になりつつほのぼのとは行かなくともコメディー路線で行く予定です。


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とはいえ

上手く行くとも限らないわよねぇ。


「それで、姫はなんと?」

 

 心底付き合ってられないと言いたげに一応そう尋ねる戦艦棲姫に、見事なまでに半殺しという言葉が似合う姿で飛行場姫はむくれながら言う。

 

「どうもこうもないわ。

 問答無用で総攻撃叩き込まれて、気が付いたらもう逃げられたもの」

 

 そう憤慨する飛行場姫だが、当たり前だと戦艦棲姫は呆れる。

 

それ(・・)は姫の逆鱗だと分かっていたはずよね?

 前みたいに殺さなかっただけまだ理性的だったと褒めてあげたいぐらいよ」

 

 港湾棲姫が北方棲姫を身篭ったのは今から30年ほど前の事。

 その数年前に港湾棲姫はイベントの中核として海域戦を展開し、そして敗北後そのまま姿を消した。

 姫の失踪を見過ごせるはずもなく、どこに消えたのか人類との戦争の合間に捜索を続けていると数年後、港湾棲姫は突然その腕に生まれたばかりの北方棲姫を抱いた姿で舞い戻って来た。

 当然何があったのか問い質しはしたが、港湾棲姫は過ちを犯したとそれ以上は語らなかった。

 港湾棲姫に対し『総意』は任にも戻るなら一切の責を問わないとしたため、港湾棲姫は赤子であった北方棲姫を戦艦棲姫に預け海域支配者としての任に戻った。

 そして飛行場姫は好奇心から港湾棲姫がひた隠しにしようとした過去を暴いた。

 そして姿を消していた間、港湾棲姫がある人間と情を結んでいたと知り得たのだ。

 

「別にいいじゃない。

 恥じるような過去でもないんだし」

 

 身を辱められた末の望まぬ結果だったというなら流石に自重したと述べ唇を尖らせる飛行場姫だが、戦艦棲姫はそうではないと溜息を吐く。

 事実を知った飛行場姫が、人と深海棲艦が交わることが出来ると知れ渡れば必ず楽しくなると面白がって触れ回ろうとしたため港湾棲姫は激昂では済まないレベルで怒り狂い、広められる前に飛行場姫を消し去ろうと本気で殺しに掛かったのだ。

 その勢いは多くの艦を巻き込むほど凄まじく、やられたままで腹が収まるかとキレた飛行場姫とその旗下の艦同士までがぶつかり合うまでに発展。

 最終的にその規模は深海棲艦同士での全面戦争勃発の危機さえ考えねばならないほどに激しいものに拡大した。

 それを当時まだ現役だった装甲空母姫を合わせた他の姫が四人掛かりで押さえ込んだ事を思い出し、またあれの相手をするぐらいなら駆逐棲鬼とやり合うほうがまだマシだと戦艦棲姫は本気で思う。

 

「とにかく、恥であるかどうかより隠しておきたいとした事を暴いたことが問題よ」

「素敵な事だと思うんだけどなぁ」

「だったらまずは自分で相手を作ってきなさい」

 

 それが出来たら苦労しないわと文句を垂れる飛行場姫。

 確かに人類の天敵である深海棲艦の、それも首魁とさえ言える姫を本気で愛そうと考える人間などそうはいない。

 仮に居たとして、それが眼鏡に適う相手である保証もない。

 

「まあ、見付けたとしても貴女と付き合うのは無理ね」

「なんでよ?」

「貴女の行動に付いていける人間がいるとは思わないもの」

 

 恋は人を変えるとはよく言うが、飛行場姫が恋をしようとその振る舞いを自重するとは考えられない。

 それに、万が一飛行場姫がおしとやかになられても、彼女を知る者からしたら何を企んでいるかと戦々恐々するだろう。

 

「信用ないわね」

「あると思ってるの?」

「それもそうね」

 

 そう苦笑しつつアイスを食べる飛行場姫。

 その様子に愚痴も終わっただろうと戦艦棲姫は言う。

 

「そもそも、何故私のところに来るのかしら?」

 

 姫同士が顔を合わせる時は定期会合以外だと他の姫までがわざわざ戦艦棲姫の武蔵にやってくる。

 その度に一々茶を出す自分も自分なんだろうが、他所でやれとそう思うのだ。

 戦艦棲姫の問いに飛行場姫はアイスを嚥下し嘯く。

 

「だって、ここのお茶とアイスが1番美味しいんだもん」

 

 どうやら他の姫も含めたかりが目的だったようだ。

 

「帰れ」

「冗談よ。

 出される物が美味しいのは本当だけどね」

 

 まったくと毒吐きたくなる戦艦棲姫に、ふと今更ながら気になった飛行場姫が尋ねる。

 

「そういえばさ、このアイスなんでこんなに味を良くしたの?」

 

 燃料由来のアイスの味の向上なんて時間が掛かるばかりでそれほど追求する必要もないだろうにと今更ながらそう尋ねると、戦艦棲姫は少し懐かしそうに言う。

 

「姫がね、それしか食べなかったのよ」

 

 預けられた当初、赤子であった北方棲姫は深海棲艦や艦娘同様に燃料や弾薬で身を保てることは分かっていたが、そのままでは食べられないので仕方なく戦艦棲姫は資材をアイスに加工して与えようと試みた。

 しかし味が気に入らないと食べてくれず、北方棲姫が気に入る味を模索せざるを選なかったのだ。

 そのおかげで無駄に向上しまくったアイスは北方棲姫が普通に燃料を食べるようになった後も、『深海の間宮アイス』または『姫アイス』と他の姫を含む多くの艦達の憧れの的となり、いつしかやめるにやめれなくなったのだ。

 

「今更味を落とすのもなんだから続けてるけど、正直言うと作るだけ赤字になるのよね」

 

 採算なんて考える必要もないのだけどと言うので興味を惹かれた飛行場姫は価格を尋ねてみる。

 

「だいたいアイス一キロ作るのに数ガロンの燃料を消費するわ」

「うわぁ」

 

 半端ではないパフォーマンスの悪さに珍しく絶句する飛行場姫。

 

「それで、本当の理由は?」

 

 はぐらかしはさせないとそう切り込む戦艦棲姫。

 ごまかせはしなかったかと飛行場姫は肩を竦め言う。

 

「理由は三つ。

 一つは貴女が次のイベントに出るのかどうか動向を伺ってたって事」

 

 『総意』はイベントの多くで戦艦棲姫を重用している。

 理由は強敵とあれば猪の如く突っ込んでしまう南方棲戦姫や出るとなれば徹底的に一切の加減も無く暴れ回る飛行場姫と違い、戦艦棲姫は常に彼我戦力を把握して可能な限り戦線を維持し人類を消耗させながらも撤退に踏み切らせない程度に不利な状況を維持するさじ加減が絶妙な程上手いからだ。

 そのため重要な場所には大体彼女が赴くのが通例となっており、戦艦棲姫が出るということはそのイベントが長引くということでもある。

 そのため武蔵に戦艦棲姫がいるか機会があればわざわざ確かめに来ていたのだ。

 

「二つ目はなんだかんだて皆姫を気にしてたからよ」

 

 そう言われれば戦艦棲姫にも思い当たる節はあった。

 南方棲戦姫は土産と称し大量の燃料を持参していたし、装甲空母姫は姫にと艦娘の艦載機を置いて行った。

 離島棲鬼はもう着ないからと服をあげていたし泊地棲姫もあまり表情は変わらないが本を読んでやっていたことがある。

 そうでなかったのは会わないと意地を張っていた港湾棲姫と自由な飛行場姫ぐらいである。

 港湾棲姫は顔を合わせるたびに様子を聞いて来たのは娘だからと納得していたが、まさか他の姫も北方棲姫を気にかけていたとは思わなかった。

 何で今まで気付かなかったのかといえば、ただ雑談して帰るなんて真似までする飛行場姫が圧倒的に来る回数が多いからだ。

 

「貴女のインパクトが強すぎて気付かなかったわ」

 

 土産を持参するでも構うでもなくただ来てはアイスを食べて帰るを繰り返す飛行場姫が悪いとそう言う戦艦棲姫。

 

「ひっどいわねぇ」

 

 否定はせず苦笑する飛行場姫。

 そんな様子に構わず戦艦棲姫は最後の理由を尋ねる。

 

「それで、最後の一つは?」

 

 やっぱりアイスが目的だと言うだろうなとそう考えていた戦艦棲姫だが、

 

「ここって、落ち着くのよね」

「は?」

「ほらさ、なんだかんだ言っても姫はちゃんと愚痴とか付き合ってくれるし、相談すればなんか言ってくれるしって頼りにしちゃうのよね。

 敢えて例えるならお艦みたいな?」

 

 戦艦棲姫からすれば長々居座られたくないから聞き役に徹し、手短に済ますためアドバイスしていただけなのだが、どうやらそれがいけなかったようだ。

 

「誕生順に言えば貴女や姫のほうが年上なんだけど…?」

 

 戦艦棲姫が誕生して50年、飛行場姫はその一年前に誕生している。

 最古の姫である装甲空母姫と泊地棲姫は更に20年程前に誕生した。

 現在は装甲空母姫は消え新たな姫も生まれたが、イレギュラーな北方棲姫を除けば下から二番目の年少組の姫なのにと軽く黄昏れる戦艦棲姫。

 

「そこはそれよ。

 艦娘でいうところの雷みたいな?」

「あれと同ベクトル…」

 

 深海棲艦からも駄目提督製造機と名高い雷と同じと言われますます落ち込んでしまう。

 

「ふふ、さしずめ私はダメ姫製造機といったところかしら?」

「褒めたつもりなんだけどなぁ」

 

 包容力があるとそう例に挙げたつもりが違うように受け取られたらしい。

 

「まあいいじゃない。

 どこぞの軽空母みたいに母を通り越しておばあちゃんみたいに思われるよりはさ」

 

 ねえと、無自覚に地雷を踏み込む飛行場姫。

 

「おばちゃん」

「……」

 

 直後、がしりと戦艦棲姫の艤装が飛行場姫の頭を掴む。

 

「え゛?」

 

 ぐるぐると喉を鳴らしいかにも臨戦体勢といった様子の艤装に嫌な予感を走らせる飛行場姫の前にゆらりと立ち塞がる戦艦棲姫。

 

「え〜と…」

「それを何処で聞いていたのかはっきりさせておく必要があるわね」

 

 夜戦BGMをバックに本気モードで立つ戦艦棲姫。

 

「いやそれはね…と、そうだ!?

 あの戦いで航空戦艦の防御劈が最初は効果を発揮してたのに急に無力化したのは気になったのよね!!」

 

 必死に話題を逸らそうと苦肉の策として持ち出した疑問に戦艦棲姫は律義に答える。

 

「何も疑問に思う必要なんてないわ。

 駆逐はいかなる力も地力無くして手繰る由は無いと身を鍛える事を怠りはしなかった。

 どれほど強力な力も、それを奮う者の質が悪ければすぐに覆されるは自明の利よ」

 

 そう述べるともう話はおしまいよと艤装に宙ぶらりんにされ抵抗を奪われた飛行場姫に最後通告を出す。

 

「いやだから「ああでもその前に」」

 

 なおも足掻いて弁明しようとした飛行場姫を遮り、戦艦棲姫はにっこり笑う。

 

「口は災いの元という言葉を骨身に刻んでもらいましょう」

 

 これは私のキャラじゃないわああああと叫ぶ飛行場姫の悲鳴が海底によく響き渡った。

 

 

〜〜〜〜

 

 

「それじゃあ行ってくる」

 

 瑞鳳を治療するためリンガへと向かう者と帰る者に別れ、帰る艦を率いてもらう千代田にそう言う。

 

「あ、そうだ」

 

 と、そこで古鷹が何かを取り出す。

 

「捨て置くのもどうかと思って回収したんですが、どうしましょうこれ?」

 

 そう言いながら取り出したのは、古鷹がサイクロンフォースでぶった切ったレ級の尻尾だった。

 

「なんで拾ってんだよ!?」

 

 開いた口からだらりと舌が伸びてる様なんか軽くホラーで使えそうなぐらいグロいんだけど!?

 

「いえ、捨て置いても海に迷惑掛かりそうなんでつい」

「それはすごく納得出来るけどね!」

 

 あんな奴の残骸なんてこの世界に置いておくだけ害としか思わないよ。

 だけどさ、だからってどうしろと?

 

「アネゴノシュウフクニタベチャエバ?」

「えー…」

 

 これ(・・)を食べるの?

 

「なんか腹壊しそうなんだけど…」

「かといって資材の足しに解体しても使いたくないし、誤って食用の分に混ざったら困るしねえ…」

『フォースノ餌ニモシタクハアリマセンシ…』

 

 そう明後日の方向を見る明石とアルファ。

 散々な言われようだけどさ、それってつまり俺に処分しろって事だよね?

 

「……しゃあない。

 こっちに寄越せ」

 

 だけどまあ、あつみや尊氏なんかに食わせるのも嫌だしそれしかないか。

 

「ごめんね」

 

 そう言いながら尻尾を渡す古鷹。

 まじまじ見るとグロさがよく目立つなこれ。

 

「……よし」

 

 向こうを待たすのも良くないし、意を決してがぶりとかみ砕く。

 一口食ってみたその感想は意外と柔らかかった事と、

 

「すんげえマズイ」

 

 腐った桃より酷いとかどうなんだよ。

 俺の感想に興味を持ったらしく血だかオイルだか分からない体液を舐めてまずそうな顔をするりっちゃん。

 

「ホントニマズイ。

 フツウノコウクウセンカンハオイシインダケドナァ…」

 

 つうか食った事あるのか?

 流石りっちゃん。

 普段は目立たないけどフラリ改は伊達じゃないな。

 

「因みにりっちゃん的ランキングは?」

 

 まずさを紛らわすついでにそう聞いてみる。

 

「コジンテキニイチバンハエリートノユソウカシラ」

「おい」

 

 今のであつみがガクブルし始めてるじゃないか。

 

「ワ、私ハ美味シクナイヨ?」

「アナタハタベナイワヨ」

 

 必死にアピールするあつみに苦笑するりっちゃん。

 

「アトハソウネ、クセガアルケドエリートノケイボモイイワネ」

「わざとか?

 わざといってるのかりっちゃん!?」

 

 なんでそうピンポイントで仲間に居るのが好みに入ってんだよ!?

 

「ちなみにイ級は?」

 

 何聞いてんだよ明石!?

 

「……アエテイウナラメザシ?」

 

 すごく頑張って感想を出した様子で述べるりっちゃん。

 腹の足しにならないってそう言いたいのか?

 

「強く生きてねイ級」

「別にショックでもなんでもねえよ!?」

 

 つうかこんな事を慰めんなよ千代田!?

 

「ったく、聞かなきゃよかった」

 

 あつみはまだガクブルしているせいでノー・チェイサー達が守ろうと波動砲のチャージ始めてるし。

 とはいえいつの間にか尻尾も大分処理できた。

 これ以上まずいのを食いたくないので鼻を摘んだつもりで最後の一口を丸呑みにする。

 

「あー、まずかった」

「はい。口直しの燃料」

 

 いつの間にか好物と認定されたイチゴミルク味の燃料を差し出してくる千代田。

 

「サンキュー」

 

 受け取り蓋を開けようとすると、なんか歯の奥に違和感があることに気付いた。

 

「どうしたの?」

「歯の奥になん…」

 

 そう言いかけた俺の口が突然内側から開く。

 

「ぷはー!?

 やっとお外に出られました!!」

 

 俺の口を開きながら何者かがそう言う。

 いろいろと言いたいけど、取り敢えず喋れないから手を離せや!?

 

「貴女は誰!?」

 

 そう言いながら俺に義手を突き付ける古鷹。

 状況的にしょうがないのかもしれないけど危ねえからやめて!?

 とはいえ思い当たるとすればさっきの尻尾ぐらいしかなく、だとすればレ級の下僕の可能性が高い。

 俺の口を押さえている何者かは口の中から飛び出すと俺の前にその姿を現す。

 

「初めまして!!

 私、陽菜(ヒナ)って言います!!

 人類を救済するために生み出されたエレメンタル・ドーターなんですよ!」

 

 そう無邪気に自己紹介をする陽菜と名乗る全長1メートルぐらいの少女。

 背中から羽が生えてたり緑色の花をモチーフにしたようなフレアドレスとかなんとなくピクシーとかフェアリー的な妖精を彷彿とさせるんだけど…

 

「人類を救済って嫌な予感がするんだよね…」

『明ラカニバイドノ救済ト同ベクトルノ気配ガシマス』

「このタイミングでまた?

 つくづくイ級は間が悪いよね」

「ホントヨネ」

 

 声を潜めてそういうけどバッチリ聞こえてんぞおい。

 島に行く前にまた大ピンチかよ!?

 いや、まだそうと決まったわけじゃない!!

 微かな希望に縋り俺は尋ねてみる。

 

「救済って、どうやるんだ?」

「それなんですが…」

 

 質問に陽菜は困った様子で肩を落とす。

 

「どうしたら皆が幸せになるかまだ分からないのです。

 だけど諦めません!!

 私は必ず人類全てが幸せになる方法を見つけて見せます!!」

 

 肩を落としたと思ったらいきなり立ち直る陽菜。

 

「…そっか」

 

 取り敢えず即座の難は避けれた様子。

 下手に事態をややこしくしてたまるかと俺は一気に畳み掛ける事にする。

 

「だったら俺達と来ないか?

 俺達も一緒に考えてやるからさ」

「本当ですか!?」

 

 そう誘うと陽菜はお日様のような笑顔を花開かせる。

 

「ありがとうございます!!

 私、頑張りますね!!」

「うんうん。一緒に頑張ろうね」

 

 これで最悪は避けた!

 後で大惨事になったとしても今は瑞鳳が大事だからその時はその時だ。

 

「イ級って、何気でタラシだよね」

「普段は鈍感な癖にね」

「アアイウノガイチバンタチガワルイノヨ」

 

 後ろがなんか言ってるけど気にしないからな。

 

「取り敢えず俺達はこれから用事があって行かなきゃいけないところがあるから、あっちに付いていってくれ」

 

 そう千代田に押し付ける。

 

「え゛!?

 それよりもここは私達を取り巻く環境を解りやすく理解してもらうためにもリーダーに着いていくのがいいと思うなぁ」

 

 千代田に押し付けようとしたら逆に突き返してきやがった。

 

「いやいや。

 まずはゆっくり落ち着いてもらってだな」

「いいえ。

 それよりも状況把握が先よ」

 

 これ以上の問題は受け持ちたくないと俺と千代田は互いに押し付け合い続けるも、すぐに結論が出る。

 

「……やっぱりさ」

「……そうよね」

 

 装填された弾薬を演習弾に入れ替え俺達は互いに距離を取る。

 

「「勝った方の意見を採用する!!」」

 

 力こそ正義。

 戦わなければ生き残れないのだ。

 

「行くぞアルファ!!」

『ヤレヤレ…』

「千代田艦載機、発艦!!

 今日こそアルファを倒すのよミッドナイト・アイ!!」

 

 俺達の命を受けてアルファとミッドナイト・アイがドッグファイトを始め千代田は更に北上から下がった甲標的をぶん投げる。

 

「よく狙って…発射!!」

「甘い!!」

 

 爆雷を落とし放たれた魚雷を防ぐと俺はファランクスを千代田に向ける。

 それに合わせて千代田も単装砲を俺に構える。

 

「機銃で抜けるほど千代田の装甲は薄くないんだから!!」

「そっちこそ夕張型より分厚い俺の装甲を単装砲で抜けると」

 

 互いに必中を狙い仰角を合わせていると怒鳴り声が無理矢理中断させた。

 

「二人とも何をやっているんだ!?」

 

 痺れを切らしたらしく戻って来た木曾に怒られてしまった。

 

「仲間割れしている暇なんて無いだろうが!?」

「う…」

「それは…」

 

 至極真っ当な木曾の言葉に俺達は言い訳も出来なくなってしまう。

 そこに北上がフォローに入ってくれた。

 

「まあまあ落ち着きなよ。

 二人がやり合うなんて余程なんだからさ」

 

 そうなんでしょ? と促す北上に簡潔に事情を述べる。

 

「レ級の尻尾からなんか出てきたんでどっちが預かるかでつい熱くなってな」

「なんかってあれか?」

 

 そうあつみの艤装に座り膝をぶらぶらさせる陽菜を指す。

 どうやら陽菜はあつみが気に入った様子。

 

「うん。

 なんか放置するのはやばそうなんで取り敢えず引き込んだ」

「取り敢えずがスカウトってイ級も大概だよね」

 

 うっさい。

 説明に納得してくれたのか木曾はやれやれと溜息を吐く。

 

「だったら戦力が集中しているこっちに着いていかせるべきだな」

「えー…」

 

 これから泊地に行くってのに爆弾抱えるの?

 後、後ろ手に千代田がガッツポーズ取ってるのが地味にムカつく。

 

「責任取りなよリーダー?」

 

 にやにや笑う北上に俺ははぁと溜息を吐くしか出来なかった。




 ちうことでサブキャラとして陽菜が仲間になりました。

 先に言っとくと陽蜂モードにならないと戦闘では役に立ちませんので現状ただのマスコットです。

 あと誰も気にしてないけどイ級は中破まで回復してます。

 次回は泊地から始まります。


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なんだかんだで

普通から縁遠いところにいるよな俺…


 なんだかんだで漸くリンガに着いた訳なんだが。

 

「おもいっきりアウェーだね」

 

 出迎えは困惑と警戒が入り交じった艦娘達の視線という実に気持ちの良くないものであった。

 まあ当然そうなるよな。

 だからこそ、念のためアルファにはフォース装着状態で亜空間に待機してもらっているんだけどな。

 

「分かってた事だ。

 それよりも瑞鳳を」

「ああ」

 

 警戒を解除するかはあちらの提督次第だが、とにかく今大事なのは瑞鳳の無事を確保すること。

 チビ姫の艤装から下ろされたベッドに寝かされた瑞鳳に、それを見ていた何人かの小さな声が聞こえたがそれを無視し霧島に確認する。

 

「どっちに運べばいい?」

「こちらよ」

 

 そう促す霧島に氷川丸と木曾がベッドを押して運ぶ。

 

「ままぁ…」

 

 運ばれていく瑞鳳に付いていこうとするチビ姫だがそれを制する。

 

「瑞鳳が大事なら我慢しろ」

「……うん」

 

 行きたいのを堪えた様子で頷くチビ姫。

 珍しく聞き分けが良いのは氷川丸やあつみから諭されたからか?

 絶対に離れないと暴れられるよりはいいし、普段もこれぐらい聞き分けがいいと助かるんだがな。

 

「北上、お前も二人を頼む」

「いいの?」

 

 自分達が離れたらいきなり仕掛けられるかもと言外に心配する北上に声を潜め大丈夫だと言う。

 

「アルファが亜空間で待機している。

 それにノー・チェイサー達も出る準備をしているしな」

 

 流石にそれは無いと思うが、仕掛けられて1番避けなければならないのは動けない瑞鳳と機銃さえ持っていない氷川丸の二人を人質にされることだ。

 空は飛べないがフロッグマンは地上でも運用可能でかつバブル波動砲の強酸は意外と汎用性が高いし、ストライダーとフロッグマンを加えた木曾と北上の二人なら被害さえ考えなければ瑞鳳と氷川丸を守りながら脱出する事も出来るだろう。

 

「分かった」

 

 そう言うと急いで氷川丸に合流していく北上。

 

「さてと、」

 

 クラインフィールドを展開できるよう準備しつつ注意深く周囲を見回す。

 取り巻きと化した艦娘達は砲や弓といった類こそ構えていないが、艤装を装備し即座の事態に備えている。

 

「あつみ、俺の側を離れるなよ」

「ウン」

 

 姫だけあってチビ姫は精神的には脆いが肉体の耐久性は高い。

 だがあつみは妖精さんの加護が付与されていてもエリワの域を出ていない。

 それに加え中破しているのだから狙われたら一溜まりもない。

 緊張感が絡む中、そんな空気をぶち壊す声。

 

「Hey!

 久しぶりネ!!」

 

 うん、聞き覚えのある声だ。

 

「金剛か?」

 

 そちらを見ると、人垣を割って現れたのは確かに金剛型1番艦の金剛だった。

 というか、久しぶり…?

 

「もしかして、あの泊地で俺がやられた金剛なのか?」

「Yes!

 But、それだけじゃないネ」

「…あー」

 

 あまり思い出したくはないが、木曾に庇われて横須賀を目指した時にも金剛に会ったな。

 あの頃に徹底的に潰されてたからちゃんと鍛えようって考えるようになったんだよな。

 一年も経ってないのにずっと昔の事のように思う。

 

「まさかまた会うとはな」

「私も同じヨ。

 それはそれとして…」

 

 突然ゆらりと怒りのオーラを立ち上らせる金剛。

 

「あのBicchiはどこネ?」

「……え?」

 

 ビッチって誰だ?

 つうかキャラ変わりすぎだぞおい。

 とはいえあつみとチビ姫どころか泊地の艦娘までドン引きしてるしなんとか鎮めないと…って、よく考えれば金剛が知ってる俺の仲間って二人しかいねえじゃん。

 

「アルバコアなら帰ったぞ」

 

 アルバコアの名にざわりと動揺が走るが金剛の怒気はまだ収まらない。

 

「それは本当なのデスカ?」

「いや、他の奴らから又聞きなんで俺も詳しくは知らないんだが、緊急で帰らなきゃならなくなったらしくてな。

 最後に会ったのは装甲空母姫の件の前なんだよ」

 

 流石にポケモン観に帰ったなんて信じないだろうし、間違いなくガソリンぶっかけたみたいに手が付けられなくなるだろうからそこだけ省いて本当の事を告げると、金剛は舌打ちをして怒りを鎮めた。

 

「Shit、あのBicchiのためにラバウルから取り寄せた戦艦専用の対潜クラスター弾が無駄になったネ」

 

 なんつうもん作ってんだよラバウル!?

 

「というか高速戦艦が対潜するなよ。

 そっちは航空戦艦に任せとけ」

「時代は常にevolutionしてるヨ!!

 今時速いだけの戦艦に出番は無いのデース!!」

 

 アドバンテージ一つじゃ生き残れないとそう語気を強く言い切る金剛。

 今の台詞に人垣から「空はこんなに青いのに…」とか諦めの境地に入った声が聞こえた気がしたんだが、カ号ガン積みの対潜専門の航空戦艦でもいるのか?

 

「と、ともかくだ。

 こんな状況じゃ落ち着かないからコンクリ固めの営倉で構わないから場所を変えよう」

 

 金剛のお陰で警戒は多少薄れているといっても、いつまでもこの状態は気持ち良くない。

 そう頼むと金剛はまいったと言いたげに肩を竦める。

 

「oh、提督が招待したguestをそんな場所になんて連れていかないヨ。

 ちゃんと部屋を用意してるからネ」

 

 そう案内する金剛に、逆らう理由もないので三人で付いていく。

 人垣を抜けて宿舎らしき建物に向かう途中、俺はどうしても聞いておきたいことがあったのを思い出した。

 

「そういえば、ずっと気になってた事があるんだよ」

「どうしたのネ?」

「あの泊地でどうして木曾を撃とうとしたんだ?」

 

 今更だがあれが全ての始まりだった。

 あの時金剛が木曾が狙われなければ、きっと俺は誰とも会うことはなく今もただ一匹の深海棲艦のままだったと思う。

 

「あー、あの時ネー」

 

 ちょっとだけ言いにくそうに金剛は歩きながら語る。

 

「私達はあの時、提督からあの泊地を調査するよう命令を受けていたのヨ」

「泊地の調査?」

 

 一体なんでだ?

 

「Yes。

 あの泊地は上から深海棲艦に占領されたため、施設ごと焼き払うよう言われたのデス。

 But、提督はその命令を訝しいと感じ何か隠し事があると後で内密に調査するよう言って攻撃は最小限に留めるよう言ったのネ」

 

 あの泊地を焼いたのは金剛だったのか。

 

「って、それって口外していいのか?」

「Youは深海棲艦ネ。

 だから言い触らして信じる艦娘はそうはいないヨ」

「まあな」

 

 うっかりじゃなくて計算ずくか。

 となると…

 

「目撃者を消すために木曾を」

「NO」

 

 俺の結論を金剛は否定する。

 

「あの時木曾は遠征中に逸れてあの泊地に着いたと言ったのヨ。

 だけど、私達の攻撃に併せて遠征を禁ずる命令が周辺泊地に出ていたネ。

 でも、木曾はそれを知らなかったネ。

 だから、嘘を吐いているって分かったヨ。

 もしかしたらあの泊地の艦娘なのかもしれないから、何を隠しているのか吐かせるために威嚇しようとして」

「俺が割り込んだ」

 

 そこまで言われれば答えは明白。

 下手を打った木曾を助けたのは間違っていなかったみたいだけど、こちらも大分はやとちりしてたみたいだ。

 

「Yes。

 そしてYouにとどめを刺そうとしてあのBicchiがYouを掻っ攫っていったのヨ」

「そうだったのか」

 

 ずっと気になっていたことがこれでスッキリした。

 

「じゃあ今度は私から聞かせてもらうネ」

「なんだ?」

「霧島がYouが私達の仲間だった島風を連れていると言っていたのですが、どういう事なノ?」

「ああ。

 その事か」

 

 さっきから飛び出すのを堪えていたしまかぜに待機場所から出ていいぞと言う。

 

『おぅっ!』

 

 飛び出したしまかぜは嬉しそうに金剛の足元でちょろちょろと走り回る。

 

「この連装砲ちゃんが島風なのですカ?」

「詳しく話すとえらく長くなるから省くが、肉体を無くした島風の魂がそこに入ってる」

 

 俺の説明に肯定するようにしまかぜはおぅっと鳴いた。

 

「むぅ、端的過ぎてわけが分からないヨ」

「しかしなぁ…」

 

 バイドに着いて話すわけにも行かないというか、そもそも信じてもらえるような話でも…ん?

 

「そうだ。

 島風が『バイドの切れ端』を持っていたんだがそれをどこで見付けたか知ってるか?」

「『バイドの切れ端』?

 どんなものネ?」

 

 そう言われ説明しようとしてはたと気付く。

 よく考えたら俺はフォースの状態になった物しか実物を見たことないんだよな。

 

「え〜と、アルファ」

 

 致し方なく亜空間に身を潜めさせたアルファを呼び出す。

 

「WOW!?」

 

 何も無い空間から現れたアルファの姿に金剛が飛び上がって驚く。

 

「どんなMagicネ!?

 これも深海棲艦のSkillなノ!?」

「いや。亜空間潜航はR戦闘機の基本機能で深海棲艦は関係ないぞ」

 

 そう教えると目を丸くして唖然とする金剛。

 何か変な事言ったかな?

 

「R戦闘機ってなんデスカ?」

「『霧』と同じ異世界の戦闘機。

 実物って言い方もおかしいけど、本来は宇宙での戦闘を念頭に開発された有人機らしい」

「これが有人機…?」

 

 禍々しい姿に引き気味にアルファを眺める金剛。

 

『一応ソウデス』

「喋ったヨ!?」

 

 見てて面白くなるぐらいいい反応するな。

 どっちかいったらこれが普通かもしんないけど。

 

「と、だ。

 アルファ、『バイドの切れ端』ってのはどんな形なんだ?」

『『バイドノ切レ端』ハ琥珀色ノ結晶状態ノバイドデス』

「だそうだ」

 

 『バイドの切れ端』の形を確認し、それを手に入れた経緯を尋ねる。

 

「その結晶はあの泊地で島風が見つけたネ。

 だけど、その後から島風はおかしくなったヨ」

「……そうか」

 

 おそらくその時に島風はバイドに汚染されたのだろう。

 そして、装甲空母ヲ級に敗れ完全にバイドと化してしまった。

 

「その泊地で何があったかは…」

「流石にこれ以上は提督の居ないところでは教えられないネ」

「そうか。

 なら仕方ない」

 

 ここは金剛の顔を立て追求はやめておく。

 しかしだ。期を見てだけどなるべく早めにあの泊地を調べておいたほうが良さそうだな。

 ともあれそれは後だ。

 

「ここがYou達の滞在場所ネ」

 

 そう案内されたのは宿舎の最奥の木の扉の前だった。

 

「扉ぐらいは鉄製だと思ってたんだが」

「深海棲艦が本気で暴れたら鉄なんて飴細工と同じネ」

 

 そうかもしれないけど、なんというかまるで体験談みたいな言い方だな。

 でも横須賀で初の鹵獲艦扱いされてたし、まあ気のせいだな。

 金剛が持っていた鍵を使って扉を開場すると、扉の向こうにあったのは特に変哲も無い普通の洋室だった。

 ただ、部屋の一角に急増で設置されたと思しき大型モニターが違和感を放ってるぐらいか。

 と、部屋を確認していると波動を介して直接意思を交換する念話をアルファが放って来た。

 

(御主人。

 盗聴器ト監視カメラガイクツカ設置サレテマスガドウシマスカ?)

 

 頭で考えれば伝わるらしいから秘匿回線としては便利なんだけど、筒抜けになりすぎるからあんまり使いたくないんだよな。

 っと、余計な事考えてないで本題本題。

 

(そのままにしておけ。

 聞かれて困るような事もそうは無いし、それぐらいされてなきゃ逆に落ち着かない)

 

 根の分からない信用を向けられるより監視されているとはっきりわかるほうがよっぽど安心出来るよ。

 そういう意味じゃ俺も大分染まってきてるなぁ。

 

(了解)

 

 そう言うとアルファは念話を切り沈黙する。

 その横であつみは不安そうに部屋を見渡しチビ姫は気に入ったのかソファーにダイブしてごろごろしている。

 

「気に入ってもらえましたデスカ?」

「中々にな」

 

 そう答えてから俺は違和感を放つモニターを尋ねる。

 

「それとして急拵えっぽいあれは?」

「あのMonitorはYouが提督と話しをするため用意したネ」

 

 そう言うと金剛はどこかに連絡をしてモニターの電源を入れた。

 画面が明るくなるとその向こうにゲームでもお馴染み青いクロスが敷かれたテーブルを前に執務室らしき場所が映し出された。

 

「向こうからも見えてるのか?」

「Yes。

 Monitorの上のCameraで相互に顔が見えるようにしているデス」

 

 金剛の答えにおれはモニターの正面に立つ。

 テーブルの備え付けの椅子に座っているのは50代ぐらいの初老の男。

 白い軍服に提督の帽子を被ってるし多分こいつがリンガの提督なのだろう。

 そう考えていると提督らしき男が口を開く。

 

「招待に応じて頂きまずは礼を言うべきだろうか?」

「いや、こちらこそ助かったと礼を言わせてもらうよ」

 

 どう接するべきか迷った風な提督に瑞鳳の件の感謝を告げておく。

 

「そうか。

 では改めてリンガ泊地の提督を任じている磐酒(いわさか)だ。

 階級は…言う意味がないな」

 

 そう自己紹介する磐酒に俺は返す。

 

「駆逐イ級。

 周りからは駆逐棲鬼とか言われているが、一応駆逐イ級だ」

 

 お前のような駆逐艦がいるかと何処からかツッコミが飛んで来た気もするが、それでも俺は駆逐イ級だと言い通す。

 

「本来なら直接顔を会わせるのが礼儀とは解っているが周りが許さなくてな」

「こちらは気にしていない。

 寧ろその判断が正しいと言わせてもらうよ」

 

 横須賀でも護衛付きとはいえ直接会いに来てたし、提督ってのは皆こんな感じなのか?

 

「ともあれだ。

 他の仲間に害を為さない限り、こちらから手を出す真似はしようとは思っていない」

 

 腹芸の心得なんて全くないから単刀直入にこちらの方針を告げておく。

 すると、何故か提督は微妙な顔をした。

 

「……念のために確認するが、それは同伴していた艦娘も含めてということで合っているか?」

「当たり前だ」

 

 普通に考えたら異常かもしれないが、俺の掲げる方針はホワイト鎮守府。

 明石と自分の巻き込まれ体質がブラック化を起こしてる気もしなくはないが、とにかく方針だけはホワイトでやっているのだ。

 だから扱いがどうこうはさておき、区別はあっても艦娘だ深海棲艦だバイドだだのと差別は仲間の間では認めない。

 

「……分かった」

 

 なにやらすごく困った様子で磐酒は言う。

 

「そちらが敵対行動を取らない限り、こちらからの攻撃は私の名誉に誓って行わせないと約束する」

 

 これでお互いに自分からは仕掛けないって言い切った訳だし、取り敢えずは安全の確保になったか?

 口頭だけだから反故にするのは簡単だけど、言い始めたらキリがないからな。

 で、これからどうなるんだ?

 

「ふむ。

 堅苦しいのはこのぐらいにしておこう」

 

 そう言うと磐酒は帽子を取り襟のボタンを外し緩める。

 

「提督、だらしないのはNOだヨ?」

「そう言うな金剛。

 時雨と不知火も無事に戻ってあの舐めた真似してくれたレ級も倒れたんだ。

 少しぐらい緩んだって罰は当たらないさ」

「会談中だって事が抜けてるネー」

 

 様子からしてこちらが素なんだろうか。

 

「どっちか言うとそっちのほうが気が楽で助かる」

「ほらな?

 相手もこう言ってるんだから普段通りにしてればいいんだよ」

 

 俺が正しいとそう言い張る磐酒に金剛が溜息を吐く。

 なんというか、最初のイメージと違って軍人らしくないというか随分軽いオッサンだな。

 

「横須賀の提督とは大違いだな」

「あいつは若い癖に堅物過ぎるんだよ」

 

 そう唇を尖らせるけど、オッサンがやっても不快にはならないが可愛くもなんともねえぞ。

 

「それはそうとだ。

 お前は横須賀に何をしに向かったんだ。

 青葉でさえ口外できない情報規制なんて初めてだぞ?」

 

 好奇心に押されるようにそう尋ねる磐酒。

 ……別に話しても構わないな。

 

「あきつ丸に頼まれたんだ。

 レイテに現れたあの装甲空母姫の成れの果ての危険性を伝えてくれってな」

「……」

 

 そう言うと磐酒と金剛の顔が苦渋に歪む。

 

「あの悪夢か」

「ああ。

 何の因果か誕生に立ち会ってな。

 あきつ丸を見殺しにするしか出来なかったよ」

 

 過ぎたことを悔やんでも仕方ないって解っているけど、どうしてあの時俺は、自分に『霧』の力が隠されていることに気付けなかったのか。

 そう今でも悔しく思っている。

 

「……そうか」

 

 さっきまでの軽さが消え磐酒は何かを堪えるようにそう声を搾り出す。

 そういえばリンガも島風の言いようから比叡以外にも何人も装甲空母ヲ級にやられていたんだよな。

 自分の迂闊さを内心舌打ちしつつ俺はどうせだから全部話すことにした。

 

「それと、ついでに横須賀が作った特攻兵器を全部壊してやったよ」

 

 俺の話に二人が絶句する。

 横須賀の提督の様子から多分再生産はしていないはずだし、それだけは胸を張ってやり遂げたと言い切れる。

 

「特攻…」

「兵器を…?」

 

 信じられないと呻く二人。

 

「ああ。

 今氷川丸が診ている瑞鳳は…いや、瑞鳳だけじゃない。

 北上も、此処には来ていないが千代田も特攻兵器を持たされて戦いを強要されたんだ」

 

 出会えた事には感謝している。

 だけど、それとこれとは話が別だ。

 

「鎮守府全てが悪いとは言わない。

 それに深海棲艦が現れたからそうなった事を棚上げもしない。

 だけど、北上達は特攻兵器を持たされて鎮守府を見限るぐらい苦しんだ。

 それだけは理解しておいてくれ」

 

 泊地に着いた時、深海棲艦に与する木曾達に殆どの艦娘が不快感を感じていたのが嫌でも分かった。

 顔にこそ出していないが金剛も理解できないとそう感じていたのだろう得心したという表情をしている。

 

「分かった。

 その件に関しては特秘事項として一切の吹聴を禁止させる。

 特に青葉、広めようとしたらそれだけで向こうへの宣戦布告と同意義であると胸に刻んでおけ」

 

 視線をずらしそう言う磐酒に解りましたと硬い声が返される。

 それはそれとして青葉は二時創作のまんまかよ。

 やりたくはないが今後は青葉だけは沈めることも考えなきゃいけないかもな。

 と、そんなことを考えていると磐酒が尋ねて来た。

 

「話は変わるが、沈んだはずの島風が姿を変えてそちらに居ると聞いているんだが本当なのか?」

「ああ。そ『おぅっ!』」

 

 自分の話と聞いた途端しまかぜが勝手に飛び出す。

 

「こらしまかぜ。

 勝手に出たらダメだろ」

『おぅ〜』

 

 そう叱るとしまかぜはしょんぼり肩を落とす。

 

『ぽいっ!』

『しれぇ!』

 

 しょんぼりしたしまかぜを慰めるためゆうだちとゆきかぜも出て来る。

 勿論勝手にである。

 

「それが島風なのか……?」

「ああ。

 冗談みたいな話だが島風の魂がそこに納められている。

 ちなみにこっちには夕立と雪風の魂が入ってる」

 

 二匹に慰められ立ち直ったのかパタパタ手を振って喜びを示すしまかぜ。

 

「……説明を求める」

 

 その様子に考えるのを諦めたのか磐酒は俺にそう頼んだ。

 

「ああ。

 こちらからも聞きたいことがあるしな。アルファ」

『ハイ』

 

 亜空間から再び姿を顕すアルファ。

 

「この機体はR戦闘機の一つ『バイドシステムγ』。

 バイドに汚染された島風を救い上げた俺の相棒だ」

 

 そう紹介をしてから、俺とアルファはバイドととの戦いの顛末を語り始めようとしたんだが…

 

「大変だよイ級!!」

 

 部屋の飛び込んできた北上に蹴り飛ばされ窓ガラスを突き破る羽目になった。

 




 シリアスになると思った?

 残念コメディー路線だよ。

 と言うことでリンガについてもトラブルはいっぱいです。

 次回は久しぶりに勘違い要素満載で


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アア、コレハ

多分、大惨事ニナッチャウナ


「……なんでこんなことになったんだ?」

 

 いざバイドと島風に着いて関わる全てを話そうとした直後、突然部屋に飛び込んで来た北上にそれを中断せざる選なくなった。

 北上が飛び込んで来た理由が、うちの木曾とリンガの木曾が一触即発の状態になったからだという内容だったからにはさもありなん。

 曰、重雷装艦が水偵を所持していることが気に入らないとリンガの木曾が突っ掛かり、更に俺の仲間でいることを批難したため木曾がキレてしまったのだという事だ。

 今はまだ浅慮でいざこざを引き起こすわけには行かないと我慢しているが、それもいつ決壊するか。

 そんな訳で止めに来てくれと北上は呼びに来たのだ。

 当然そのままにしておけないと磐酒に断って木曾を止めに向かった訳なんだが、着いてみるとどういう訳かリンガの木曾だけでなく他の艦娘までが木曾と対峙している始末。

 一緒に来てくれた金剛も執り成してくれたお陰で即座に爆発こそ避けられたのだが、このままでは収まらないだろう状況に磐酒はこう提案を出した。

 

「どうしても納得が行かないというなら実力で追い出してみろ。

 ただし、通常弾の使用は一切禁止する」

 

 つまるところ、俺達に演習で勝ったら好きにしろと言いやがったのだ。

 当然抗議しようと思ったのだが、両方の木曾があまりにやる気になり過ぎて断るに断れなくなったのだ。

 

「いや済まない。

 本来ならこうならないようするのが俺の仕事なんだがな」

「もういいよ。

 …慣れてるからさ」

 

 扶桑と伊勢による艤装のバリケード越しに謝罪する磐酒にそう言う。

 金剛然り北上然り装甲空母ヲ級然り島風然り。

 本当にな、理不尽にやりたくもない戦いに駆り出されるなんて慣れっこだよ畜生。

 諦めて演習の場となる沿岸に向かう。

 

「にしてもだ…」

 

 反発を訴える艦娘達の代表として出て来た艦娘に俺は本気で頭を抱えたくなっていた。

 出て来たのは雷巡の木曾と大井、空母の加賀と赤城、そして戦艦から武蔵と装甲空母大鳳。

 完璧にガチ編成じゃないですかヤダー!

 おまけにこっちはちび姫抑えるのにあつみが外れているから俺と木曾と北上の三人だけ。

 おまけに切り札の超重力砲は妖精さんの加護で非殺傷設定にされた演習弾の影響なんか効くわけもないから使えない。

 なのにだ。

 

「負けるヴィジョンが浮かばねえとかさ…」

 

 こう言っちゃ失礼だけど大和型っていってもあの(・・)大和を知ってるからどうしても比較しちまうし、空母にしても鳳翔と信長って桁違いの存在が身近過ぎて三隻いても驚異としてあまり考えられないんだよな。

 敢えて警戒するとしたら木曾と大井ぐらいしか…いや、瑞鳳のためにも油断はしないで全力で勝ちに向かうけどな。

 

「作戦はどうするの?」

 

 そう問う北上に相手を確認する。

 

「木曾はあっちの木曾とサシでやってもらって、俺がパウで制空権を確保しつつ全体の足止め。

 北上は遊撃が妥当かな」

 

 アルファには演習の間あつみ達の警護を任せたためあつみからパウ・アーマーを借りて載せ変えている。

 しかしだ。確認してみて判明したんだが、性能おかしいぞこれ。

 今のアルファに比べればかなり弱いけど、フォースの補正を加えるとバイドシステムαと比べ極端に劣ってないしスタンダード波動砲が波動砲の中で1番弱いといっても最大チャージでバイド化したリ級一撃轟沈させた実績は間違いないし。

 なのにこれ、分類補給機なんだぜ?

 本当にR戦闘機は悪夢の集団だなおい。

 

「じゃ、そんな感じだね」

 

 軽い口調でそれでいいと北上。

 余談だけどそれぞれの装備は木曾が広角砲と俺の対空レーダーとストライダー。

 北上が五連装魚雷二本にフロッグマン。

 俺がファランクスとダメコンと爆雷と連装砲ちゃん´Sにパウ・アーマー。

´水上レーダーの方は古鷹にあげたげどなんか問題ある?

 

「アネゴー!!」

 

 おや、この声はヘ級?

 遠方から凄い勢いで走ってくる(?)金色のオーラを纏ったヘ級の姿が見えた。

 

「もう復活したんだな」

「しかもフラグシップ級になったんだね」

 

 タイミングがいいのか悪いのか、ヘ級は合流するなり勢い込んで宣う。

 

「オタスケニアガリマシタアネゴ!!」

「お助け?」

 

 一体何の事だろうか?

 異様に気合いが入りすぎてなんか任侠とかそんな類っぽいヘ級は言う。

 

「アネゴノトムライガッセンニコノイノチツカッテクダサイ!!」

「弔い?

 誰の?」

 

 自分のだってのは流石に無いよな?

 いよいよ訳がわからなくなってきた所でヘ級もあれ?とばかりに尋ねる。

 

「コウクウセンカンノソンザイガナクナッタカラカンムスニヤラレタンダトオモッタンデスガ、チガウンデスカ?」

「ああ、そっちか」

 

 ヘ級はあの屑の猫かぶりに気付く前に沈んだから知らないんだな。

 というかアレの存在が消えたって事は、転生した深海棲艦は復活出来ないのか。

 ダメコンはいつも最大まで積んでおこう。

 

「違う違う。

 あいつがくたばったのは俺達を騙そうとした屑だからだ。

 今回はただの演習だよ」

「ナルホド」

 

 そう説明してやるとなにやら納得した様子。

 ふむ、これで一安心。

 

「ツマリ、チカラデクップクサセテシザイノヨコナガシヲサセルンデスネ?」

「違うから!?」

 

 何その真っ黒な発言!?

 フラグシップになってなんかこいつヤクザみたいな性格に確変わってんだけど!?

 

「ソウイウコトナラオマカセクダサイ!!

 コノチカラ、アネゴノヤクニタタセテイタダキマス!!」

「分かったけど、まずは演習だからこっちの弾に取り替えてね」

「ハイ!!」

 

 北上に従って演習弾に喚装をするヘ級を確認し、俺は逸れていた仲間とたまたま合流したから艦隊に加える旨を伝える。

 戻ったら霧島は疑うかもしれないけど、あの時はエリートで今はフラグシップだから多分ごまかせるだろう。

 端からは区別なんて出来ないしね。

 

「っと、来た来た。

 え〜と『リョウカイシタ、コチラモヘンセイヘンコウアリ』と…マジ?」

「どうした?」

「向こうも編成が変わったらしい」

「マジで?」

 

 これでは作戦も練り直しだな。

 

「誰が来ると思う?」

「多分雷巡は変わらないと思うけど、こっちの戦力を考えたら戦艦は残るよね…?」

「空母を丸々戦艦と入れ替えてくる可能性は高いと思う」

「イガイトセンスイカントカ?」

「ありそう」

 

 向こうの木曾は確実にしても他が全く予測が立たない。

 可能性はどれだと作戦会議を続けていると、演習開始のアラームが鳴った。

 

「時間切れか。

 ぶっつけ本番だが、いつも通りいくぞ」

「応」

「あいよ」

「ハイ!」

 

 それぞれの返事と同時にストライダーとパウ・アーマーが索敵に飛び立つ。

 と、同時にアルファが突然現れた。

 

「どうしたアルファ!?」

 

 あつみの警護もほうり出すなんてありえない。

 一体何があったんだ!?

 

『緊急事態デス。

 相手方ノ艦娘達ガ提督ノ意向ヲ無視シ連合艦隊ヲ組ミマシタ』

「……まじか?」

 

 つう事は何?

 4対6じゃなくて4対12って事か?

 

「クソッ、あいつら反則もいいところじゃないか!」

 

 卑怯だと怒る木曾だけどそんなことはどうでもいい。

 

「あつみ達は無事なんだな?」

『ハイ。

 今回ノ振ル舞イニハ提督モ怒ッテイマシテ、泊地ニ残ッテイル者ニ害ヲナシタラ腹ヲ切ト言質ヲトッテマス。

 デスガ、念ノタメ私ハスグニ戻リマス』

「そうしてくれ」

『了解』

 

 とんぼ返りで戻るアルファを確認した所で上空に彩雲の姿を確認する。

 

「ちっ!」

 

 不愉快だと木曾が広角砲で撃ち落とし吐き捨てる。

 

「上の指示を無視したどの口が」

 

 何を言われたか知らないけど相当お怒りの木曾。

 お陰で彩雲の狙撃とか半端ねえ真似しているのに誰も突っ込む隙がない。

 しかしだ。

 

「いいじゃないか木曾」

「だがな」

 

 憤慨する木曾を窘めつつ俺は言う。

 

「これで勝ったらぐうの音も出せなくなるんだし、おもいっきりやっちまえばいいんだよ」

 

 あちらがそこまでして勝ちたいっていう気持ちも解らなくはない。

 だけど、そっちがその気なら、こっちも手加減は殆どしてやらない。

 そして都合よくストライダーとパウ・アーマーが帰還。

 

「敵は?」

 

 索敵結果を求める声に内訳の報告を行う二機。

 

「第一艦隊旗艦が武蔵。

 随伴は加賀、赤城、大鳳はそのままで…」

 

 そこまで言ったところで木曾の言葉が止まる。

 

「どうした?」

「木曾と大井の替わりに球磨と千歳が入ってる」

 

 …………………。

 

「イ級、大丈夫?」

「……まあ、まあね、なんとか頑張れる」

 

 よりにもよって球磨と千歳か……。

 

「偶然なんだろうけどこれは酷いな」

「いや、それよりも第二艦隊はどうなんだ?」

 

 考えると演習と分かっていても戦うのが辛いので、俺は他に誰が来ているのか確認を急かす。

 

「第二艦隊は旗艦が木曾。

 確認した随伴は大井、那智、矢作、曙だそうなんだが…」

「五隻だけって事は無いだろうから潜水艦がいるな」

 

 ゲームだったらこっちはダイソンの如く潜水艦に爆雷投げまくるんだろうけど実際はそんな事はない。

 とはいえ放置するわけにもいかないから有効なのは変わらないんだけどな。

 

「これは第一艦隊を俺がなんとか抑えてその隙に三人が第二艦隊を壊滅させるしか無いな…」

 

 第一艦隊の球磨と千歳を前にして俺が平静を保てるかはかなり不安だけど。

 

「ジンケイドウシマスカアネゴ?」

「単縦で行こう。

 ヘ級、復活したばかりなんだ。

 回避を最優先に生き残ることに集中しろ」

「リョウカイデス」

 

 ビシッと敬礼するヘ級にかなり違和感を感じるが今は置いておく。

 

「それじゃあ行こう。

 向こうの鼻っ柱を叩き折ってやるぞ」

 

 

〜〜〜〜

 

 

「やっぱり連合艦隊はマズイクマ」

 

 急遽連合艦隊に組み込まれた球磨は面倒そうにそうごちる。

 そのごちりに同じくいきなり呼び出された千歳は苦笑する。

 

「今更言っても仕方ないわ。

 今更自分達だけ帰っても提督の雷を真っ先に受けるだけだしね」

「クマー」

 

 千歳も球磨もイ級達の来訪をいい気はしてないが、別に追い出したいとは思っていないグループだったのだが、大淀に呼ばれ何故か演習のメンバーに組み込まれていた。

 二人ともに別段腕が立つわけでも練度が高いわけでも無いのだが、大淀いわく自分達がいれば必ず勝てるという。

 というより、本気で追い出したいと考えているのは提督の立場を1番考えている大淀ぐらいなものだ。

 今回の発端となった木曾にしても、その実は雷巡に改装された事で口ではいらないと言いつつ実は大好きだった水偵が持てなくなったことがショックだった矢先に、ストライダーを手繰る同じ雷巡の木曾が現れ嫉妬から口が滑った事が始まりなのだ。

 他の面子にしても廃除したいとは考えても提督の命令ならばと弁え実力行使は控えるつもりだったのだが、木曾のやらかしにより提督が禍根を残さぬためと演習の許可を出したのに乗っかった者ばかり。

 連合艦隊を駆使しても歯が立たなかったレ級を仕留めた駆逐棲鬼のその実力を間近で見れば、自分達に得るものがあるのではと考えているのだ。

 

「大井は例外だろうけどね」

「クマー」

 

 元から相方だった北上に固執していた大井だが、その北上が半年前に沈みその執着がかなり病んでいた。

 そこで偶然現れた新たな北上に、今度こそと狙いを定めているに違いない。

 

「ヤバイと思ったら球磨がフレンドリーファイヤーで沈めるクマ」

 

 流石に無いとは思うが病んでいる大井の事である。

 間違えたと称して普通の酸素魚雷を駆逐棲鬼や木曾に叩き込む可能性はかなりある。

 そういう意味では大淀の召集は悪いものでは無かった。

 どんな演習になるか楽しみだと緩みかけた気持ちを引き絞め直した直後、後方から光の尾を引いた何かが音速を遥かに越えた速度で通過していった。

 

「今のは…?」

 

 確認する暇も無かった赤城がそう首を傾げた直後、再び光の尾を引いた何かが上空を突っ切り泊地の方角に消えていった。

 

「赤城さん、見えましたか?」

「え、ええ」

 

 一瞬だが今度は確認できた。

 あれは駆逐棲鬼が泊地に残した北方棲姫と輸送ワ級の護衛にと残した艦載機であった。

 

「ちょっと!? 今のジェット機より速くなかった!?」

 

 足柄がそう色めきだって怒鳴るのも仕方ない。

 あんなものが相手となれば音速に至らないレシプロ機では到底勝ち目は無いのだから。

 

「アレが今回の演習に参加していたら勝ち目は無かったわね」

 

 あんなものがそうそう数を揃えているはずも無いとそう冷たい汗を流した赤城だが、直後、その希望は上空を突っ切り異常な角度で反転して駆逐棲鬼がいるであろう方角に消えたストライダーとパウに裏切られる。

 

「今のは木曾の水偵と……なんなのアレ(・・)?」

 

 兎の耳のようなアンテナと二つの足を備えたおよそ飛行物体とは思えない形状の何かにそう漏らしてしまう曙。

 

「……可愛い」

「ちょっ、可愛い物好きも今は控えなさい那智!?」

 

 パウ・アーマーの姿に魅了された那智に正気に戻れと叱る足柄。

 

「……え?」

「どうしたクマ?」

 

 突然驚いた千歳に尋ねると、千歳は信じられないと言う。

 

「相手を発見した彩雲が落とされたわ」

「クマ!?」

 

 索敵のスペシャリストにして最速の彩雲を撃墜したという報に緊張が全員に走る。

 

「流石にやりますね」

 

 大本営が関わるなと警鐘を発する相手なればそれぐらいやってのけると、偵察機の撃墜は萎縮させるどころか俄然闘志を沸かせる結果になっていた。

 そんな中冷静に大鳳が呟く。

 

「というよりこちらは全力艦隊なんですから負けたら洒落にならないですよ」

 

 レ級との際は救出隊の方に戦力が多く割り振られていたが、今回は千歳と球磨を除けばリンガの精鋭がほぼ揃った状態。

 これで負けるとなればリンガは駆逐棲鬼に勝てないということになる。

 

「制空権、大丈夫ですかね?」

「弱気になっては駄目よ。

 相手が格上の戦闘機を持っていたとしてもそれが勝敗の全てを分けることはありません」

 

 弱気な発言をする大鳳をそう叱咤すると赤城は矢を番える。

 

「おおよその位置は確認できたわね?」

「はい!」

「ならいいわ」

 

 索敵機が未帰還だが、方角が分かっていれば艦載機は向かわせられると加賀も弓を番え、大鳳と千歳もボウガンと背負ったからくり箱型を展開して繰棒を握る。

 

「第一次攻撃隊発艦!!」

 

 赤城の号令と共に放たれた矢と千歳の模型が烈風改、流星改、彗星二一甲を含む艦載機郡となって飛翔。

 

「来ました!!」

 

 こちらから飛び立った艦載機が駆逐棲鬼に向かい飛翔していると、まもなくストライダーと先程と違い黒い水晶のような物体を携えたパウ・アーマーが艦載機の群れに立ち塞がる。

 

 勝てなくてもいい。

 一機でも多く攻撃の成功が叶えばとそう願う赤城達に対し、イ級は数の不利を覆すため全力を奮わせる。

 

「『Δウェポン』だパウ・アーマー!!」

 

 その指示を受けたパウ・アーマーが引き連れたシャドウフォースを投射。

 シャドウフォースは艦載機郡の中心部に到達と同時にエネルギーを開放した。

 そして、シャドウフォースを中心にバイドを模るエネルギーの群れが艦載機達に襲い掛かった。

 まるでオリジナルのバイドそのままに醜悪な外見のエネルギーは餌を貪るように次々と赤城等の艦載機を蹂躙し、それが収まった頃には艦載機達は数機を残し壊滅状態になっていた。

 

「そんな……」

 

 一方的になるとは覚悟していた。

 だが、現実には鎧袖一触どころか殺虫剤を吹き掛けられた雲蚊の如く艦載機達は無惨に食い荒らされてしまった。

 あまりの惨劇に理解さえ追い付かない赤城達。

 

「え〜と……」

 

 一方イ級は放たれたΔウェポンの姿にどうしようもない気持ちになっていた。

 

「イ級、いくらなんでもあれはあんまりじゃない?」

「俺のせいかよ!?」

 

 北上が言うのも仕方ない。

 イ級達にとってΔウェポンといえば広範囲にエネルギーを放射する『ニュークリア・カタストロフィ』という範囲殲滅攻撃であり、パウ・アーマーが放った『バイディック・ダンス』と呼ばれる威力には全く関係ない形状のエネルギーを放射するネタ兵器というしかないものでは決してない。

 悍ましいバイドの群れを模るエネルギーに艦載機を襲わせしかも決まったといいたげに超ドヤ顔まで決めてしまったイ級は、端から見てしまえばどう言い繕おうと悪の親玉以外の何物でも無かった。

 

「と、とにかく予定通り制空権は確保したんだ。

 俺は武蔵を抑えるからそっちは頼む!」

 

 さっきまで数の暴力に抗うといった空気が一転災厄を持ち込んだ悪役みたいな扱いとなった事に耐え切れず、イ級は言うだけ言うと逃げるように全速力で第一艦隊に向かい吶喊した。




パウたんの波動砲は劣化してもΔウェポンはそのままだったんだよ。

ということでまさかの開幕ブッパで絶望ドン。

お互いに勘違いが交差しまくって事態は混沌に…なればいいなぁ。

後、イ級はどうやら大和型に狙われやすいらしい


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御主人ニハ

黒イ交渉ハ見セラレマセン


 イ級達の演習が始まった頃、磐酒はこの事態をどう決着させたものかと頭を悩ませていた。

 

「解っていると思うが大淀。

 例えこちらが勝とうと例の話は無かった事にするからな」

「……はい」

 

 磐酒の言に絶対に勝たねばならないと勝手に連合艦隊の出動を認可した大淀に厳しい言葉を向ける磐酒。

 しかし、大淀ばかりが責められるわけでもない。

 連合艦隊に加わった面子もそうだし、なによりそうなった経緯は磐酒にあるのだから。

 磐酒は他に類を見ない経緯を以ってリンガ泊地の提督に就任した男だ。

 提督として20年以上戦果を挙げ功績を残した今もその事を理由に叩こうという者は後を絶たず、それを歯痒く思う大淀や艦娘達にとって更なるたたき台となるであろう駆逐棲鬼を招待した事を誰か(特に青葉経由で)露見する前に処理したかったのだ。

 

「今回の件に関しては多少の厳罰で留めておくが、次は無いように」

「了解しました」

 

 甘いなとは思うが、さりとて大淀を罰するならまず自分こそ罰せねばならない立場にある。

 

「人間ハ難シイネ」

 

 と、不意にあつみがそう漏らす。

 

「全くもってその通りだよ」

 

 まさか深海棲艦にそう言われるとはと苦笑してしまう磐酒。

 そして改めてあつみの方を見れば伝令に出たアルファと呼ばれた異形の艦載機がいつの間にやら帰還し警戒体制に戻っていた。

 

「……もう戻ったのか?」

 

 演習場所は泊地から100キロ以上放れた海上で行われるため、実質的には更にもう100キロは放れているはず。。

 彩雲でも片道30分以上は掛かる距離を数分で往復したのかと目を丸くする磐酒にアルファはエエと答える。

 

『R戦闘機ハ元々宇宙航行ガ前提ノ機体ガベースデスシ、本来ノ戦場ハ宇宙デスカラ2、300km程度ナラサシテ時間モ掛カリマセン』

「……」

 

 さらりとオーバーテクノロジーの塊だと告白され磐酒達は聞かなかった事にしたほうがいいと判断した。

 

「ところで、大淀が球磨と千歳を組み込んだ理由がそちらにあるようなんだが、聞いてもいいか?」

「ダメ」

 

 違和感を感じる二人の編入の理由を解体処分になっても語ることは出来ないとそう拒絶する大淀に、磐酒は切り口を変えて尋ねてみるとあつみは強い口調で拒否する。

 同時に深海棲艦とは思えない穏やかさのあつみが一瞬で深海棲艦のそれの空気を纏い、アルファがどこからともなく醜悪な肉塊を携えた。

 醜悪な肉塊から伸びる触手にとてつもない危険を感じ取った磐酒は即座に撤回する

 

「失礼した」

 

 これが駆逐棲鬼に関わる者達にとっても逆鱗なのであるとその一端に触れ察した磐酒は、下手に詮索しようものなら死ぬより恐ろしい何かが起こると完全に打ち切る旨を明言した。

 

「大淀、理由は聞かないが二度とやるな」

「はい」

 

 大淀は自分の配慮が泊地全てを奈落に続く断崖絶壁一歩手前に立たせた事を理解し青褪める。

 

「それと、侘びにもならないとは思うが演習が終わるのを待つ間に入渠してはどうだ?」

「イイ」

 

 磐酒の提案に穏やかさを取り戻したあつみは首を振る。

 

「私達ハ修復ニ沢山資材ヲ使ウカラ遠慮シテオクネ」

「リンガの備蓄を見くびってもらっては困るな。

 輸送艦一隻の入渠で揺らぐほど資材は少なくない」

 

 そう言い切る磐酒に、あつみは遠慮がちに必要な資材を算出して告げる。

 

「ジャア燃料4000ト鋼材8000オ願イシマス」

「……は?」

 

 さらりと大型建造の限界値をぶっちぎる量の申請に笑いが止まる磐酒。

 

「……燃料400と鋼材800の間違いじゃ?」

 

 これでもかなりおかしいが、武蔵の修復費だと考えればまだ理解が及ぶとそう問い直すもアルファが補足する。

 

『深海棲艦ハ修復ニ莫大ナ資材ヲ必要トシマス。

 ナノデ普段ハ修復剤バケツ10杯デ済マシテイマス』

「…バケツって単品で効果あるのか?」

「いえ、資材と併用して初めて効果を発揮するのですが…」

「私達ハバケツダケデ治ルヨ?」

 

 今までそれが当たり前だったのでどうして困惑されたのか分からず首を傾げるあつみ。

 その仕種で嘘は言っていないと判断した磐酒は命令を下す。

 

「……よし。

 大淀、お前今から罰として一人で修復剤探しな。

 今日中に最低30個だ」

 

 レ級の襲撃により大量の修復剤が駄目となり、更に残っていた分もレ級に負わされた負傷を治すのに吐き出して在庫はほぼ空だった。

 突然の命令に目を白黒させる大淀。

 

「し、しかし業務が…」

 

 バケツの探索は運がかなり絡む作業であり、30個となれば一日掛りで間に合うかかなり怪しい。

 

「罰だと言ったろ?

 当然通常業務も平行してもらう」

「あの、もし間に合わなかったら…」

「秋雲の新刊のネタになってもらう。

 衣装はスク水な」

『問題児ノ仕置キニ使ッテル触手モ付ケマショウ』

 

 そう言いながらフォースの触手を切り離し汚染不可能に加工し始めるアルファ。

 

「今すぐ行ってきます!!」

 

 うねうねと蠢く悍ましい触手にあれやこれと嫁にいけなくなる未来を予感させられ逃げるように走り去る大淀。

 それでも自分のせいで起こしかけた最悪は回避され、この程度の罰で済まされるのだから文句を垂れる権利もない。

 薄い本の題材になる悪夢を回避するため一秒でも早くと修復剤探しに遠征に向かう大淀が放れると、突然沖合で昼間でさえ視認出来る程のエネルギーの放射が起きた。

 

「今のはまさか『霧』の…」

 

 演習でまさかと戦く磐酒にアルファが違うと呟く。

 

『イキナリΔウェポンヲ使イマシタカ』

「Δウェポン…?」

『R戦闘機ノ切リ札ノヨウナモノト考エテモラエバアッテマス』

「それはどんな兵器なんだ?」

 

 後学のために教えてくれと頼む磐酒にアルファはエエと説明する。

 

『Δウェポンハフォースガ蓄積シタエネルギーヲ解放スルコトデ広範囲ニ効果ヲ及ボス殲滅兵器デス』

「その効果範囲は…?」

『最大半径300kmヲ消滅サセマス』

「……冗談と、そう言いたいが現実なんだな」

『故郷デハフォースハ悪魔ノ兵器ト呼バレテイマスヨ』

 

 アルファなりのジョークだが、磐酒からしたら笑えたものではない。

 

「お前達が人類との戦争を望んでいないことに感謝するしかないな」

 

 あわよくばその技術を取り込もうなどと欲を出せば、待っているのは人類の破滅だと改めて理解した磐酒はそうとしか言えない。

 

『私達ガ戦ウノハ私達ニ害スルモノダケ。

 ソレサエ留意シテイレバ友好的デナクトモ私達ハ必要以上ニ誰ニ害スル意志モアリマセン』

「分かった」

 

 触らぬ神に祟り無しとはこのことかと、そう磐酒は言葉の意味を身を以って理解したのであった。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 殆どの艦載機を瞬く間に凌辱し食い荒らしたバイディック・ダンスに絶望を与えられ赤城達が動けなくなる中、駆逐棲鬼の吶喊に気付きそこから這い上がっていち早く反応したのは武蔵だった。

 

「全砲門開け!!」

 

 46cm三連装砲がごりごりと音を起てながら稼動し、そして狙いを定めると同時に砲火を撃ち放つ警鐘のブザーを鳴らす。

 

()ぇぇええええ!!??」

 

 獅子の咆哮と見紛う程に激しい号令と同時に放たれる砲弾。

 しかし駆逐棲鬼は砲弾の着弾予測地点を看破し即座の減速とドリフトで軌道を変更し紙一重の差で躱した。

 

「こわぁ…」

 

 一応避けれると分かってはいたが、改めて大和型の火力に戦々恐々たる気持ちを思い出し気を引き締める。

 砲撃を避けられた武蔵はそれでこそだと猛獣の如き凶暴な笑みを浮かべ笑う。

 

「ふっ、流石と言うべきだな」

 

 そうでなくては堪らないと笑う武蔵。

 そして未だ硬直する味方をどやしつける。

 

「さっさと陣形を正せ!!」

 

 怒号のような号令に意志とは反し身体が自然と戦闘陣形を組み上げる中、漸く回復した赤城が武蔵の笑みに懐疑を投げる。

 

「どうして笑っていられるの?」

 

 叩き付けられた絶望は、リンガの古株である赤城や足柄の心さえ叩き折ってしまった。

 いくつもの激戦をくぐり抜けた自分達が折れたのに、どうしてこの武蔵(若輩)はこれほどまでに楽しげなのか。

 

「どうして?

 はっ!」

 

 赤城の問いにまるで笑い飛ばすように武蔵は鼻を鳴らす。

 

「これを笑わずにいられるか。

 私は今この瞬間、漸く私が倒すべき『敵』と合間みえる事が叶ったんだ。

 これを笑わずしていつ笑うというのだ?」

 

 武蔵が建造されて数年。

 資材との兼ね合いを理由に今日までずっと温存され続けた武蔵は演習以外での実戦経験が少なかった。

 それまではこれも大和型の宿命とそれを由しとして来たが、レ級の襲来でさえ本陣防衛に回された事が武蔵の心に影を挿していた。

 しかし、今目の前で起きた絶望(バイディック・ダンス)は武蔵に一つの感情を抱かせた。

 

 −−闘いたい。

 

 決戦兵器と温存され続けた自身が果たして本当に決戦兵器たる艦娘なのか、それを証明する機会が目の前に在る。

 それが武蔵には嬉しくて堪らなかった。

 

「臆したのなら消えろ!!

 奴と戦いたい者以外この場には不要だ!!」

 

 辛辣にさえ聞こえる武蔵の言に不思議と反発は起きなかった。

 どころか、

 

「慢心しては駄目ね…。

 誰よりも慢心していたどの口が言っていたのかしら」

 

 取り落としかけた弓を握り直し赤城が少ない艦載機を構える。

 

「加賀、大鳳、千歳、残り艦載機の報告を」

 

 背を押す赤城の声になんとか得物を握り告げる。

 

「こちらは烈風0、紫電改二4、流星改1、六○一彗星5よ赤城さん」

「六○一流星0、烈風改0、振電改5、Ju873です」

「私は…」

 

 加賀と大鳳の報告に続いて千歳も報告しようとしたが、何故か言葉が止まる。

 

「どうしたの千歳?」

「それが…」

 

 何故か非常に申し訳なさそうに千歳は報告する。

 

「六○一烈風12、流星改17、彗星一二甲9、彩雲7です」

「「「……え?」」」

 

 あの悪夢の攻撃に三人の艦載機を殆ど潰されたのに、何故か千歳の被害は微々たるもの。

 

「ど、どういう事なのかしら?」

 

 その理由はパウ・アーマーを駆る妖精さんがイ級の無意識に潜む千歳に攻撃したくないという忌避感を察して千歳の艦載機を避けるようにΔウェポンを使っただけなのだが、そんな事知る由もない彼女達は混乱を通り越し妙な溝が生まれてしまった。

 

「もしかして知ってたの?」

「し、知りませんよ!?

 あんな攻撃手段があるって知ってたら教えてますよ!!??」

「…それもそうね」

「今の間はなんですか!?」

 

 思わず食ってかかってしまう千歳に僅かな溝が亀裂へと広がり始める。

 しかしそれを武蔵の笑い声が留めた。

 

「はっ、やるじゃないか駆逐棲鬼」

「それはどういうこと?」

「奴はお前達が仲違いを起こすよう、千歳の艦載機をわざと避けたんだろうさ」

「こちらの仲を裂いて連携を崩すのが目的と?」

「他に理由があったら教えてほしいものだ」

 

 そう言われてしまえば否定する材料が無い。

 もっとも、球磨と千歳本人は口に出さないが別の可能性に行き着いていた。

 

(球磨、もしかして…)

(多分そうクマ)

 

 霧島が確認した駆逐棲鬼の僚艦は彼女等に加え千代田と鳳翔、それに明石の姿もあったらしい。

 そこから二人は自分達が呼ばれた理由をなんとなく察した。

 

(仲間の姉艦は攻撃したくないみたいね)

(クマ)

 

 おそらくそれが正解なのだろう。

 そう考えれば大淀が何故自分達を組み込ませたのか納得がいく。

 

(勝つためとはいえ…)

(かなりゲスい真似をするクマ)

 

 勝つことだけを考えれば間違ってはいないだろうが、とはいえ二人の大淀への株は下がってしまった。

 

「来るぞ!!」

 

 武蔵の警告に意識を持ち直した一同が三隻を背後に全速力で吶喊する駆逐棲鬼に砲を構える。

 

「大淀は後で説教クマ!」

「当然よ!」

 

 大淀への不満は後と二人もまた砲と残る艦載機を繰るため装備を構えた。

 

「なんでこんなことになったんだか!!??」

 

 いたたまれなくなった勢いで連合艦隊に単機で吶喊を敢行してしまったイ級は己の迂闊さを改めて阿呆だと思いながら更に加速していく。

 

「全砲門放てえぇえええ!!」

 

 武蔵の咆哮と同時に迫り来る砲撃にイ級は即座にクラインフィールドを纏う。

 

「耐えきってやる!!」

 

 黒いフィールドが直撃するはずだった砲撃を遮り音もなく忍び寄っていた甲標的と潜水艦娘の酸素魚雷を遮断する。

 

「あれだけの弾幕を全部防ぐとか反則もいいところじゃない!!??」

 

 誰かがそう怒鳴るもそれに反論する余裕はイ級には無い。

 

「退けえぇぇええ!!」

 

 無意識に球磨と千歳の位置だけを確認しファランクスを乱射しながら前面に展開する第二艦隊を突っ切り第一艦隊に飛び込むと同時にしまかぜ達とパウ・アーマーを赤城達に向かわせ自分はまっすぐ武蔵に突っ込む。

 

「抜かれた!?」

 

 最後尾の曙が慌てて反転しようとするが、それを矢矧の叱咤が遮る。

 

「前から来てるわ曙!!」

「くっ!?」

 

 反転を中断するも時遅し。

 

「アネゴジキデン、ラム・アタック!!」

 

 イ級にばかり気を回していたせいで肉薄を許したヘ級が頭を反らし、加速度を加えた頭突きを叩き込む。

 

「ギャンッ!!??」

 

 ガゴンッと物凄く痛そうな音を響かせ曙がそのまま気絶してしまう。

 

「艦首突撃なんて正気なの!?」

 

 下手しなくとも自爆しかねない暴挙に信じられないと矢矧が叫んだ直後、

 

「なの〜〜!!??」

 

 突然の水柱と同時に潜航していた伊19が真上に吹っ飛ばされる。

 

「イク!!??」

「上出来だよフロッグマン!!」

 

 北上の賛辞に目をぐるぐるにして気絶する伊19のお腹で自慢げに身体を逸らすフロッグマン。

 

「まさかあれが潜水艦に開幕雷撃を!!??」

 

 奇跡でも起きなければありえないような真似が二度も続き混乱する木曾にカトラスの峰が迫る。

 

「お前の相手は俺だ!!」

「っ!!??」

 

 反射的に軍刀を抜いて受け止めた木曾だが、無理な体勢で受け止めたせいでカトラスの一刀を抑えこめず弾かれてしまう。

 

「クソッ!!??」

 

 更にもう一太刀見舞わせようとカトラスを振り上げる木曾から距離を稼ぐため二本の副砲を向け狙いもそぞろに放つ。

 

「チッ!?」

 

 この距離なら中途半端な狙いでも当たると判断し、直撃は堪らないと木曾は海面を蹴って真横に跳び副砲の射線から逃れる。

 

「もらった!!」

 

 跳んだことで生まれた隙を狙い魚雷を放つ木曾。

 至近距離とあって回避する術は無い。

 普通なら(・・・・)

 

「ストライダー!!」

 

 木曾の呼び掛けにストライダーが海中に飛び込みバリア波動砲を発射。

 海面まで広がった波動の壁は木曾が放った魚雷を全て受け止める。

 

「はぁっ!!??」

 

 再び空へと舞い戻るストライダーに木曾はふざけるなと怒鳴る。

 

「水偵が潜水してしかも…もう目茶苦茶じゃないか!!??」

 

 理解の範疇を一足飛びで何度も振り切られ癇癪地味た叫びを上げてしまう木曾。

 しかし木曾はそんな叫びもどこ吹く風。

 

「あいつの仲間になった時点で常識なんてとっくに捨ててんだよ!!」

 

 ばっさり切り捨てカトラスを構え直す。

 

「お前には絶対謝らせる!!」

 

 そう宣いカトラスを奮う木曾を横目に北上は苦笑する。

 

「木曾ってば若いねえ」

 

 ひらりひらりと足柄と那智の砲撃をいなしながらそう苦笑する北上にだんだん苛々を募らせる二人。

 

「第一改装止まりの雷巡がどうして!?」

 

 制空権はなくとも電探でしっかり捕捉しているのに、どうしてか北上は狙い澄まされた砲撃を躱していく。

 

「ん〜?

 だってさ、正確過ぎるんだよねぇ」

 

 二人の注意をこちらに向け木曾同士の一騎打ちとヘ級と矢作のタイマンを維持するため北上は二人を挑発する。

 

「なんていうかさ、普通に上手い砲撃ぐらいじゃ当たりようがないんだよね」

 

 案の定、二人のこめかみに血管が浮かび上がる。

 

「ふふっ…さすが私の(・・)北上さんですね」

「!?」

 

 突如背中をなめ回されたような悪寒が背筋を走り、北上と何故か足柄と那智の足元が爆発する。

 

「にゃあ!!??」

「くぁっ!!??」

 

 仲間が被雷して悲鳴を上げるが大井は一切構わず感極まった様子で嘯く。

 

「素敵よ!!

 調子に乗ってポカをやらかす北上さんも本当に素敵!!」

 

 両腕で自分を抱きしめ恍惚の笑みを浮かべる大井。

 

「あっぶなぁ…」

 

 完全に気配を消して行われた魚雷の飽和射撃を辛うじて感づいたフロッグマンがバブル波動砲を放ち無力化していた。

 

「大井…貴様ぁ…」

 

 味方ごと雷撃の餌食にと企んだ大井に気絶した足柄を支えながら怒りを放つ那智だが、大井は呆れたと肩を竦める。

 

「私の北上さんの足止めをしてくれたことには感謝してますけど、避けられなかった自分の非を棚に上げられても困ります」

 

 ねえ北上さんと同意を求める大井だが、北上はすぅっと目を細める。

 

「いや、悪いのはそっちだと思うよ?」

「北上さん…?」

 

 賛同してくれると思っていた北上からの批難に大井は信じられないとたじろぐ。

 

「どうして北上さん?

 そんな、私の北上さんならそんな…」

 

 否定された事がショックだとそう態度で言う大井だが、北上は大井の素振りに軽い吐き気を催していた。

 

「あいつとおんなじだね」

 

 提督の勝利のため。

 人類の栄光のため。

 日本の繁栄のため。

 そう言葉を重ね敵と味方の屍山血河を敷いて自分達を無理矢理引きずろうとしたあの大和と目の前の大井が北上には重なって見えていた。

 

「どうして?

 どうしてそんな目で私を見るの北上さん!?」

 

 自分を拒絶する北上の視線に耐え切れずそう叫ぶ大井。

 と、不意に大井は何かに気付いたとばかりに低い笑い声を漏らす。

 

「ふふっ、そう。

 そういうことなのね北上さん」

 

 自分の求める『北上さん』と目の前の北上が乖離しているのが認められない大井はその理由を他人に押し付ける。

 

「あの薄汚い深海棲艦共に洗脳されてしまったのね!!??

 解ってるわ北上さん!!

 今すぐ「黙りなよ」」

 

 悪いのは全部だと詰る大井にぷつんとキレる北上。

 低い、ともすれば波に掻き消される程度の小さな声だったにも関わらず、周囲はおろかイ級と激戦を繰り広げる第一艦隊の武蔵さえその腕を止めてしまう程に恐ろしい声が北上から放たれた。

 

「今さ、私の仲間を薄汚いとか言ったね?」

 

 ゆらりと顔を上げた北上の目から光が消えていた。

 殺意に満ちた姫の如く怒りを湛えた北上に大井以外の全員が呆ける中、北上はフロッグマンを呼ぶ。

 

「フロッグマン。ちょっとマジになるからさ、そいつら巻き込まないように守ってやって」

 

 その命令を受け即座に北上から逃げるように全速力で那智達の前に立ちはだかるフロッグマンを確認し北上は単装砲を大井に向ける。

 

「あんたは言っちゃいけないことを口にした。

 演習だから沈めはしないけど、覚悟してもらうよ」

 

 キレた木曾の事を若いなんて笑っていたが、自分も十分若いなぁと他人事みたく思う北上。

 しかし大井は北上の変貌にこれこそ奴らが悪いんだと怒りを露わにする。

 

「北上さんをこんな風に変えてしまうなんて…。

 ふふっ、でも大丈夫。

 ちょっと痛いかもしれないけど楽にしてあげますからね私の北上さん」

 

 微塵も噛み合わない思考のままに暴走する大井に対し、北上は無言で海面を蹴り吶喊を開始した。




 ということでイ級のトラウマは秘められ大淀は大ピンチ。
 そして北上様はアルティメット北上様にぱわーあっぽしました。

 ちなみに北上がキレたのは大井にと言うより大井と被った大和(病)にです。

 つまりどっちも本人を見てないという…。

 後、どうでもいいですがクレイジーサイコレズってこんな感じでいいのかな?

   


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ああ、もう

お前に身体張らせたら俺たちの負けじゃないか


 単装砲を構え体勢を低く走りながらながら北上が魚雷管の蓋を開く。

 

「角度調整1番右二度4番同じく右三度」

 

 要請に開いた管の角度を妖精さん達が急いで調整するが、先に魚雷を放ったのは大井だった。

 

「冷たくて素敵な魚雷をいっぱい味わってね北上さん!!」

 

 北上へと40射線の飽和射撃を放つ大井に対して北上は冷静に告げる。

 

「初回10射線一回、次いで5射線二回」

 

 殺気と勘違いするほどに研ぎ澄ました戦意を込め北上も魚雷を放つ。

 放たれた第一射の魚雷が次々と大井の魚雷を迎え撃ち水柱を起て、次いで放たれた魚雷が開いた隙間を縫って大井に迫る。

 

「甘いですよ北上さん!!」

 

 迫る魚雷を大井は6門の副砲を駆使し余裕を持って迎撃。

 

「ふふっ、北上さんったら手加減してくれるなんて本当に優しいんですね」

 

 そう笑った直後、足元で魚雷が爆発する。

 

「きゃあ!?」

 

 悲鳴を上げるも、大井の足元ほんの手前で爆発したためダメージはない。

 

「後発の10発は全部撃ち落としたのに…」

 

 全て迎撃した筈と驚く大井に北上は舌打ちする。

 

「ちぇっ、早爆しちゃったか」

 

 最初に放った魚雷の内一発だけ速度を下げ二回目の魚雷の直後に届くよう狙っていた北上。

 完全な不意打ちは当たれば直撃だった筈が、しかし酸素魚雷によくある早爆の発生で不発に終わってしまった。

 

「なんて素敵なの北上さんったら!?」

 

 わざと射数を減らして目眩ましを仕掛けたその手管を理解した大井は、喰らった側だというのに本心から称賛を送る。

 

「やっぱりあんな奴らの側に居ても貴女の魅力を生かしきれはしないの!!

 貴女の傍らに居るべきなのはあいつらなんかじゃなくて私よ!!

 だから、それをあいつらに教えてやるためにもっともっと素敵な北上さんを見せて頂戴!!」

「……チッ」

 

 狂喜し魚雷を放ちまくる大井に北上は単装砲と魚雷を巧みに使いながら迎撃し返しの魚雷を放つ。

 

「なんていう奴だ…」

 

 大井が気付いているか不明だが、北上が放つ魚雷は向かってくる魚雷に対してどれも必中とさえ言える精度を発揮し猛威を振るっている。

 爆雷による面攻撃と違いXYZの三軸が完全に揃わなければ魚雷による雷撃の迎撃はほぼ不可能だという事を鑑みれば、北上が実際にやっているのは魚雷による精密狙撃も同じ。

 どこでそんな技量を会得したのか戦く那智達だが、イ級はそんな北上に焦りを感じていた。

 

「まずいな…」

 

 イ級は北上の目が初めて遭ったあの時、回天を持たされ壊れかけていた頃と全く同じだと気付いていた。

 一発撃てば妖精さんの命が一つ消える絶望に正気のまま狂い壊れようとしていたあの時の目を。

 人の事を言えた義理ではないが、あのままやらせておくのはマズイ。

 

「戦闘中によそ見とは余裕だな駆逐棲鬼!!」

 

 なんとか北上の下に向かわねばと考えるイ級を阻む武蔵の怒号と砲弾。

 

「クソッ!!??」

 

 46cm砲は余波でもしゃれにならない煽りが来るためクラインフィールドで受け止めるが、武蔵の意地かフィールドに揺らぎが走る。

 

「邪魔すんじゃねえ!!」

 

 ファランクスを叩き込み迂回する隙を探すも武蔵は正面からファランクスの弾幕を受け止め隙を曝しはしない。

 

「つれないことを!!

 そんなに通りたければ私を倒していけばいいだろう!!」

 

 そうしたいのは山々だが、主砲の連装砲ちゃん達は赤城達の牽制に向かわせパウ・アーマーもデコイを使いながら球磨と千歳の足止めに徹している。

 残る武装は素の火力が貧弱なファランクスと爆雷のみ。

 後は…

 

「言ったからには後悔すんじゃねえぞ!!??」

 

 そう怒鳴りイ級はクラインフィールドを纏い更に尖端をドリルのように高速回転させる。

 

「ぶち抜いてやる!!」

「面白い!!」

 

 弾丸の如く突貫するイ級に武蔵は喜悦に満ちた獰猛な笑みを刻み、真っ向から殴り飛ばすため拳を握る。

 

「喰らえ!!」

 

 タイミングを計り正面から拳を突き出す武蔵。

 

「なぁんてな」

 

 拳がドリルと触れる刹那、イ級は突如クラインフィールドを解除する。

 

「なっ!?」

 

 更に振り抜かれた拳に念力を込めるとそのまま滑走路代わりに武蔵の腕を走り抜け宙を舞う。

 

「本命はこっちだ!!」

 

 跳躍しながら爆雷の雨を武蔵に喰らわせるイ級。

 直上からの爆雷に流石の武蔵も無傷とはいかずダメージが重なる。

 

「やるな駆逐棲鬼!!」

 

 真っ向勝負と見せ掛け真上からの爆雷投射をしてみせたイ級に武蔵は更に評価を高める。

 

「大胆にして狡猾。

 戦況を見定め敵の腹を即座に看破して利用する怜悧さまで兼ね備えているとは!

 それでこそ私の宿敵に相応しい!!」

 

 実際は偶然とその場の勢い任せでしかないが、武蔵の目にはイ級が姫さえ傅かせる最強の深海棲艦と、いつか倒すべき敵と映っていた。

 着水したイ級を逃すまいと主砲を向ける武蔵。

 

「っ!?

 止めろ撃つな!!??」

 

 何かに気付いたイ級が慌てて制止の声を飛ばすが興奮した武蔵の耳まで届かず主砲を撃った。

 直後、武蔵の主砲が破裂した(・・・・・・・・・・)

 

「武蔵!!??」

 

 砲身が破裂した衝撃で艤装にまでダメージが伝播し、そのまま航行不能に陥り膝を着く武蔵。

 

「馬鹿な!!??」

 

 出撃前の最終整備でも状態は万全だった。

 なのな何故だと呆然とする武蔵にイ級は、ダメコンの妖精さんに武蔵の損傷は発動が必要か否かを確認しながら言う。

 

「真上からの落とした爆雷の一つが砲身の中に落っこちたんだよ」

「…っ!?」

 

 致命傷が無いかチェックすると乗り移るダメコンの妖精さんを横目に信じられないと絶句する武蔵。

 確かにイ級が放った爆雷の直径は九一式鉄鋼弾と同じかやや小さいサイズだから理屈は通じる。

 だが、実際にそんな偶然が有り得るか?

 

「狙ったのか?」

「はい?」

 

 何を言っているんだと目を丸くするイ級だが、武蔵はそれを演技と思った。

 

「ふっ、敵わないな」

 

 いつもの武蔵なら砲身に爆雷が詰められた時点で気付いていた。

 駆逐棲鬼はそれを見越し自分を倒すより爆雷の撤去をさせるほうがより早く仲間の下に迎えるとそう判断して一連の策を練り実行。

 想定外だったのは自分が戦いに酔って冷静さを見失っていたことだ。

 

「今回は私の負けだ駆逐棲鬼。

 さっさと仲間のところにいってやれ」

「あ、ああ」

 

 ダメコンの妖精さんを残し北上と大井が戦う場へと去るイ級。

 妖精さん達が忙しく艤装を走り回るのを一瞥した後、武蔵は晴れやかな気持ちその背を見送りごちる。

 

「深海棲艦にしておくのは勿体ない艦だ」

 

 艦娘であったなら奴こそが人類の決戦兵器とそう呼ばれていただろう。

 奴が艦娘(仲間)で無いことを残念に思う一方、深海棲艦(いずれ打ち倒すべき敵)であることを心から喜んでいた。

 

「次に逢ったら今度こそ私が勝つ」

 

 硬く誓いを刻み、武蔵はそうイ級の小さくてとても大きな背中を見送った。

 しかしながら現実には、ただ偶然が重なっただけであった。

 

「偶然って怖え…」

 

 たまたま放った爆雷の一つが不発し、その不発弾がたまたま武蔵の主砲に潜り込んでしまっただけ。

 

「戻ったら修繕費請求されるよな…」

 

 演習で武蔵を轟沈させかけましたなんて言われたら自分なら間違いなくキレる。

 それこそアルファに死なない程度のお仕置きしてこいって命令するぐらいに怒る。

 

「飛行場姫の報酬丸々渡すぐらいで勘弁してもらえないかな?」

 

 それでダメなら明石にR戦闘機造らせて慰謝料として引き渡すか。

 そんな事を考えながら行く前に第一艦隊の状態を確かめておく。

 赤城をしまかぜが、加賀をゆきかぜが、大鳳をゆうだちがそれぞれ押さえ込み、球磨と千歳をデコイとシャドウフォースを駆使しパウ・アーマーが翻弄。

 あのまま任せておいて大丈夫だろうと判断しイ級は全速力で走る。

 北上と大井の戦いは更に激化し、フロッグマンがあちらこちらに走り回る魚雷の山を必死に処理していた。

 正直近付きたくないがそんな訳にもいかないとイ級は北上を呼んだ。

 

「北上!!」

「っ、イ級!?」

 

 武蔵を倒したのと驚く北上とトリガーハッピー紛いに魚雷を乱射する大井がイ級の接近に気付き忌ま忌ましいと殺意を向ける。

 

「薄汚い口でよくも私の北上さんの名前を!!??」

 

 名前を呼ぶだけで汚れると殺意を込め再装填された魚雷をイ級目掛け放つ大井。

 

「くっ!?」

 

 嫌な予感から反射的にクラインフィールドを展開して海中に避難すると同時に海中からファランクスを撃って迎撃。

 真上で弾ける魚雷の衝撃にこれまでの砲撃で減衰していたクラインフィールドが更に揺らぐ。

 

「そろそろ限界か!?」

 

 演習弾とはいえ武蔵の砲撃を受け止め続けたクラインフィールドは減衰が激しく、おそらく後一回か二回防げばしばらく使用不可能となるだろう。

 クラインフィールドが切れると使える手札が一気に減ると危険を承知でイ級はクラインフィールドを解除し海上に戻る。

 

「大人しく沈んでなさいな!!」

 

 浮上してきたイ級に向け副砲を放つも加減速を駆使し回避しながら叫ぶ。

 

「らしくない真似すんな北上!!

 お前はいつも通り飄々としていてくれれば大丈夫だ!!」

「だけど!!??」

 

 イ級の言葉に分かっているとそう叫ぶ北上。

 

「北上さんを惑わすどの口が!!??」

 

 堕ちていく北上を宥めようと叫ぶイ級を腹立たしいと大井は新しい魚雷を確認ももどかしいと装填と同時に放つ。

 

「沈みなさい、深海棲艦!!??」

 

 向かい迫る魚雷にイ級はクラインフィールドを展開して防ごうとした。

 

「…え?」

 

 だが、被雷した魚雷はクラインフィールドを突き破り、イ級の視界を白く塗り潰しながら凄まじい爆発でイ級を吹き飛ばした。

 

「イ級!!??」

 

 海面にたたき付けられたイ級は身じろぐ素振りすら起こさないまま傷口から黒い油を海面に垂れ流し燃え上がる炎に包まれ真っ赤な火だるまとなる。

 

「……イ級?」

 

 演習弾の被雷でこんなことは起こるはずもないと大井でさえもが硬直する中、イ級は炎に包まれたまま海中へと没していく。

 

「大井…お前…」

 

 戦いの熱が完全に冷え切る中、掠れた声で那智が問い質す。

 

「実弾を…使ったのか…?」

 

 演習中の偶然現れた深海棲艦と戦闘になっても対処できるよう持たされている実弾をイ級に使ったのかと、そう問い質す那智の言葉に咄嗟に大井は否定する。

 

「待って、いくら私だってそれは…」

 

 自身の潔白を証明しようと魚雷のストックを漁る大井だが、実弾の入っていたケースは空になっていた。

 

「…嘘」

 

 演習弾と間違えて実弾を使った事を証明してしまった大井は反射的に叫ぶ。

 

「わざとじゃないの!?

 本当に、本当に間違えただけなの!!??」

 

 北上への執心さえ吹き飛ぶぐらい焦り言い訳を重ねる大井だが、返されるのはその場に居る全員から無言で向けられる批難の視線だけ。

 それに堪えられない大井は癇癪じみて叫んでしまう。

 

「どうしてそんな目で見られなきゃならないの!!??

 あれは深海棲艦で、私達が倒すべき敵じゃない!!??

 敵を倒して何で私が!!??」

 

 開き直るつもりはない。

 ただ、自分だけが悪者扱いされる現状が堪えられずどんどん泥沼の深みへと自分を沈めていく大井。

 

「もういい。

 北上姉。ヘ級。帰ろう」

 

 イ級ならダメコンですぐに復活するだろうから、今はただこの場に残っていたくないとそう促す木曾。

 

「決着は…」

 

 どう声を掛けていいか分からずそう尋ねる木曾に木曾は振り向きもせずどうでもいいと切り捨てる。

 

「馬鹿にされた仲間が沈んでまで続ける意味なんてない」

「だねぇ」

 

 心底冷めたといいたげな北上もフロッグマンを肩に乗せ立ち去ろうとする。

 と、そこで突然大井の足元から泡が浮かび、更に大破状態のイ級が浮かび上がって来た。

 

「キャアッ!!??」

 

 自分が沈ずめてしまった駆逐棲鬼の復活に腰を抜かす大井。

 イ級の仲間以外の全員が信じられないと絶句する中イ級はいつも通りだった。

 

「あー、ビックリした」

 

 実弾の衝撃で気絶して海中で漸く発動したダメコンにより復帰したイ級は、戻って来たら空気が渇いていることに首を傾げる。

 

「……何があったんだ?」

 

 戦闘は終わってるらしいが勝敗はどうなったのか全く分からず軽く混乱するイ級に、カタカタ震えながら大井が叫ぶ。

 

「ななななな、なんで復活してんのよ!!??」

「え?」

「え? じゃないわよ!!??

 九三式酸素魚雷の直撃喰らったのになんで!!??」

 

 何をそんなに怯えているのか分からずイ級は困惑しながらも理由を言う。

 

「いや、普通にダメコン発動させただけだけど?」

「……ダメコン?」

「うん。ダメコン」

 

 そう言うイ級に完全に毒気を抜かれた武蔵が呆れ果てた様子で問う。

 

「お前はいくつダメコンを抱えているんだ駆逐棲鬼?」

「後二つ持ってるけど…?」

 

 別に知られて困るような事でもないと普通に答えると誰かが信じられないと呟く。

 

「鬼がダメコンの論者積みしてるなんて間違ってるわよ?」

 

 どっちらけな空気が流れ出す中、イ級は本当に訳が解らず呟いてしまう。

 

「なんでこんなことになったんだ?」




 超無理矢理ですが演習はおしまいです。
 いつもより雑っぽいのは書き直したからです。
 なんというかね、前のは武蔵がイ級にNTRされてるようにしか読めない文になっちゃった上、大井戦もどろっどろの昼ドラみたいになったからなんです。

 ライト路線にこれは無いなと強引に演習を終わらせてますが、イ級のクラインフィールドの下りはそのまんまです。

 次回はちょっと他所の話をば。

 目指せギャグ!!←


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ラバウルの科学力は

鎮守府いちぃぃぃぃぃいいいい!!


 イ級が飛行場姫の依頼を受けて島を出た後、無人となった島にある泊地の艦娘が訪れていた事をイ級達は知らなかった。

 その艦娘が所属する泊地の名はラバウル。

 元は放逐するには有能過ぎるが手元に置くには厄介過ぎる連中を島流しにする前線基地だったのだが、送られた有能過ぎた彼等は急拵えの簡素な防衛設備しかなかった施設を勝手に使いやすいよう大規模な改築と増設をやらかすという信じられない真似を行い、更に独自の技術を以って数多の戦果を挙げる実績を重ねた事で本当に泊地へと昇格された鎮守府一の魔界である。

 そこでは日々、艦娘に優しく深海棲艦に厳しいを標語に奇怪としか周りから思われない兵器の開発が行われているのだが、今日も今日とて新たな兵器が産声を上げていた。

 

「完成したぞぉぉぉおおお!!??」

 

 訂正。開発主任の一人である軽巡夕張が新たな兵器の完成に奇声を上げていた。

 

「あらあら。

 また何か完成しちゃったのね」

 

 夕張の奇声にそうぼやくのはラバウルが前線基地だった頃の最初期から戦線の中核を担い、後進に主力の座を譲った今も『ラバウルの女神』と称され島の守護神と崇められる長門型二番艦の陸奥である。

 陸奥がそうぼやくのも仕方ない。

 彼女は島の要であると同時に大体の新兵器と命名された試作兵器の最初の犠牲者もとい試験運用に駆り出される被害者なのだ。

 中には陸奥の主砲とする51センチ砲なる架空戦記から再現され実際に破格の破壊力を有した兵器として完成した当たりもあるが、その多くは何故か最後に爆発してしまう。

 陸奥自身、あの爆発でよく無事だったなと思うような事故も一度や二度ではないのだが、いい年した大人や艦娘たちが妖精さん達一緒になって子供のように目を輝かせながら新しい物を造り出す姿が好きなので、頼まれるとつい断るのも忘れて使ってしまうのだ。

 

「見てください陸奥さん!!」

 

 陸奥に気付いた夕張が嬉しそうに陸奥を呼ぶ。

 

「あらあら。

 今度は何を造ったの?」

 

 前回は10連装酸素魚雷なる魚雷管のお化けみたいな物だった。

 長門型が魚雷管を持っていたという史実から陸奥が無理矢理持たされたのだが、発射直後に魚雷同士が接触してお察し下さいになったのも記憶に新しい。

 今度はどんな面白おかしい物なのかと尋ねる陸奥に夕張は楽しそうに完成したばかりの装備を披露する。

 

「今回はこれです!!」

 

 そう示すのはプロペラタンクとロケットブースターを無理矢理束ねたような大型推進基であった。

 

「これって、まさか弾道ミサイル?」

「違います!」

 

 だったら自分が使う必要もなくていいなと思う陸奥に力強く否定する夕張。

 

「これは艦娘を直ぐさま戦場に送るために開発した超高速輸送機器です。

 その名も『バニシング・オーバード・ブースター』です!!」

 

 ドドンッと効果音が付きそうなテンションで力強くそう言う夕張だが、陸奥は正直反応に困ってしまった。

 

「バニシングは消滅って意味の英語なんだけど…?」

「これを使って深海棲艦を消滅させるんだから間違ってません!!」

 

 やばそうな名前にやんわり訂正を求めるも間違っていないと言い切る夕張。

 というより既に形骸でしかないが敵性言語を使うのはいいのだろうかと陸奥は思うが、ラバウルだから仕方ないわねと納得してしまう。

 なんだかんだで陸奥もしっかりラバウルに染まっているのである。

 

「おおぅ!?

 今度のは大分ド派手ですねぇ」

「勝手に近づいちゃダメだよ青葉」

 

 そこに何処からか嗅ぎ付けたトラブルメーカーと巻き込まれ被害者改め青葉と衣笠がやってくる。

 

「夕張さん。

 今回の自信は如何なものですか?」

 

 必死に抑えようとする衣笠を尻目に早速情報を漁る青葉。

 

「勿論完璧よ!!

 これが実践配備された暁にはもう鈍亀軽巡とか東京急行のドラム缶担当なんて汚名は払拭されること間違いないわ!!」

「成程成程」

「青葉ぁ…」

 

 混沌とし始めた様相にラバウルらしいわねと微笑ましく見守る陸奥。

 

「それじゃあ早速陸奥さんに試して頂くんですか?」

「いいえ。

 これは私が使うわ」

「何故ですか?」

 

 いつもなら最初に陸奥が使いそれが爆発するのがお約束となっていたのだが、今回は夕張自身が使うといい不思議に思う青葉。

 

「バニシング…めんどくさいから略してVOBは艦毎に燃料の配合を微妙に変えないと事故に繋がるぐらい繊細なの。

 これは私用に燃料の配合をしたから今回は私が使うしかないの」

「大丈夫なの?」

 

 自分が被害に遭わないということに安心しつつも夕張に万が一があっては大変と心配する陸奥に夕張は大丈夫と言う。

 

「万が一の女神はちゃんと持っているから」

 

 どうやら事故は確定らしい。

 

 

〜〜〜〜

 

 

「じゃあ、始めるわよ」

 

 専用カタパルトに固定されたVOBに艤装を接続する夕張。

 提督に許可を貰いにいくと提督も同類故に一言「いいデータのためにもしっかり失敗してこい」とサムズアップしながら許可を出し、夕張に加え記録係として青葉と青葉の抑え役の衣笠に護衛として陸奥が抜錨して経過を観察する。

 

「今回は助かって良かったですね」

 

 VOBの発進準備が進むのを横目に、いつも被害に遭う陸奥を心配していた衣笠は本気でそう言うが、陸奥は何かを悟った様子で呟く。

 

「だといいんだけどねぇ」

「え?」

 

 その直後、VOBが点火し音速を越える速度で滑空する夕張が陸奥に直撃した。

 

「やっぱりぃぃぃいいいいっ!!??」

 

 ドップラー効果を引き連れながら夕張と共に明後日の方向に飛んでいく陸奥。

 

「……え?」

 

 何が起きたのか理解が追い付かず固まる衣笠を青葉が強引に引きずり出す。

 

「早く行きますよ!

 特ダネは待ってくれないんですから!」

「ちょっ!?」

 

 二人の心配よりネタが大事かと流石に怒る衣笠に青葉はどこ吹く風。

 

「あの程度でどうにかなるならとっくに沈んでますよ」

 

 さ、早くと衣笠を置いて追い掛ける青葉に衣笠は思わず怒鳴ってしまう。

 

「そういう問題じゃないでしょうが!!??」

 

 VOBの超加速に目を回した夕張と巻き込まれた陸奥が解放されたのは発進から数分後。

 想定外の過重にバランスが崩れたVOBが二人を乗せたまま爆発してからの事だった。

 

「痛たぁ…。

 これは要改良の必要があるわね」

 

 煤だらけになりながらも何故か無傷の夕張が早速問題点の羅列を始める横でやはり煤だらけになりながらも無傷の陸奥がやっぱりこうなったわねと遠い目で海を見る。

 

「あら?」

 

 遠くを見た陸奥は、ふと視界の先に小さな島を見掛ける。

 

「ねえ夕張、」

「どうかしたの陸奥さん?」

 

 次の改良に思考を巡らせていた夕張だが、どんな状況でも陸奥の言葉は聞き逃してはならないというラバウルの刻戒により即座に思考を切り替え陸奥が指差す先を見る。

 

「あれって建物よね?」

 

 そう指差す先にはイ級達が住む島があった。

 

「ですね。

 でも、この辺って人が住めるような環境じゃないのに…?」

 

 発進した方角がズレていなければ現在地はレイテに近いどこかであるはず。

 しかしレイテは未だに深海棲艦が活発な海域であり、あんな小さな島に人が住める環境ではない。

 

「……怪しいわね」

 

 もしかしたら深海棲艦が建設した施設かもしれない。

 もしそうであるならばあの建物を破壊すれば後のレイテの制海権を確保をする際に一役買うだろう。

 

「強行偵察をかけますか?」

「そうね…。

 でもその前に二人と合流しなきゃ」

 

 破壊工作となれば衣笠が装備している三式弾が効果的だし、そうでなくとも普段は悪辣なマスゴミでしかない青葉だが、情報収集が達者な彼女なら普通なら見落とすようななんらかの発見が見込める。

 そう陸奥は考えると水偵を来た方向に放ち情報の通達を行いながら引き返し青葉達との合流を図る。

 そうして半日を掛けて四人は合流すると、改めて強行偵察を掛けるかどうか話し合った。

 

「ほほぅ。

 これは是非とも調べなければなりませんね」

 

 瓢箪から駒とばかりに転がり込んで来た新たな特ダネの気配に目を輝かせる青葉。

 しかし常識人の衣笠はそれに反する。

 

「いくらなんでも怪し過ぎるよ。

 問答無用で焼き払うほうがいいって」

 

 普通に考えるなら衣笠のほうが正しい。

 艦娘さえ滅多に近付かないこんなシーレーンからも離れた離島に建つ謎の建物なんて、普通に考えれば敵の施設かそれに準ずるなにかであろう。

 調査だけなら破壊した後でも問題はないはず。

 

「でもね、気になるのよね」

「何がですか?」

 

 陸奥は腕組みをしながら見た感想を口にする。

 

「遠目から見ただけだけど、あの島の建物は老朽化の兆しが殆ど見られなかったわ。

 少なくともつい最近建てられたか、さもなくば建て直したものだと思うのよね。

 もしかしたらあの島の建物は漂着した誰かが建てたのかもしれないし、いきなり破壊するのはねぇ」

「そうですね」

 

 同じく目視した夕張も事前の調査は必要だとそう思う。

 

「あの島の建物が深海棲艦の施設だとしたら、あんな戦略的価値の無い場所にどうして建てたのか意図を知る必要があるわ」

「それはそうかもしれないけど…」

 

 衣笠としてはなにやら嫌な予感が止まらないのだ。

 しかもその種類が命に関わるような危険な類ではなく、青葉の無茶に振り回される前の嫌な予感の類だった故に尚更である。

 

「衣笠は心配しすぎです。

 私達にはラバウルの女神が付いてるんですから、多少の問題は女神がなんとかしてくれますよ」

 

 陸奥がいるから大丈夫と太鼓判を押す青葉に衣笠は諦めながらも突っ込む。

 

「そこは自分で何とかするって言おうよ」

「より確実な手を打つのは基本です」

 

 まさしくああ言えばこう言う。

 青葉に口で勝てる誰かいないかなぁと胃の心配をする衣笠を尻目に先ずは実物を拝もうと島に向かうことになった。

 再び島を目指す四人は周辺の深海棲艦の反応を探るが特に何も見つからない。

 

「ソナー及び電探に反応は無し」

「水偵も近辺に何も見つけられないって」

 

 この辺りは戦略的価値が殆ど無いことから元から配備された数が少なかった事に加え、海域を支配する戦艦棲姫が島の周辺には近付かぬよう指揮下にいる者達に降れているため殆ど深海棲艦がおらず、更に飛行場姫の来訪で僅かなニュービーも身の危険を感じ殆どが違う海域に流れて行ったためなのだが、知る由も無い彼女等からすればこれは異常なほど不気味に思えた。

 

「泊地近海より静かなんてどうなってるの?」

「ますます怪しいわね」

「これはまさか…」

 

 突然何かに気付いた様子の青葉。

 

「何か知ってるの?」

「ええ」

 

 見たこともないぐらい真剣な顔で青葉は言う。

 

「ここもしやすると鎮守府の闇の一つと語り継がれている、異世界から来訪した超絶殲滅兵器の再現実験施設かもしれません!!」

「「「……」」」

 

 本気で真面目な青葉だが、三人は逆に白けてしまう。

 

「それって呉の青葉が流したゴシップじゃない」

 

 そう突っ込む衣笠に青葉は心外なと憤慨する。

 

「それは真実の流出を恐れた鎮守府が流布したデマです!!

 その証拠にそのすぐ後に呉の青葉は謎の失踪を遂げたんですよ!?」

「それは単に轟沈しただけよ。

 よりにもよって戦闘中にケッコンカッコカリした直後の武蔵に取材をやらかそうとして対潜行動怠ったのが原因だって現場検証が上がってたでしょ?」

 

 どこの青葉も例に漏れずなやらかし組なんだなと情けなくなった記憶を思い出し溜息を吐く衣笠。

 

「それは陰謀なんです!!

 呉の青葉は鎮守府に消されたんです!!」

「まあとにかく、深海棲艦の姿が無い理由があの島にあるかもしれないんだし、慎重に行きましょう」

 

 陰謀説をひたすら推す青葉をそう苦笑して流し島へ上陸するため近付く。

 偵察の通り、何かしらの妨害もなく島に上陸した陸奥達はしまの様子に思わず漏らす。

 

「静かね」

 

 風が揺らす葉の音が微かに響くぐらいでしんと静まり返った島の様子に無人であろうということが察せられた。

 陸奥は早速探索に取り掛かるため二人一組で調べようといった。

 

「では私は陸奥さんと…」

「青葉はこっち!」

 

 あわよくばラバウルの最大の禁忌とされている陸奥のブラックボックス改め交際履歴を聞き出そうと企んでいるなと表情から気付いた衣笠は嫌々ながら青葉の襟首を引っ張り居住区画らしい部分に向かう。

 

「ちょっ、少しは姉を敬いなさい衣笠!?」

「敬える行動してから言って」

「私はいつも規範に則り」

「はいダウト」

 

 抵抗する青葉をずるずる引きずり建物に消える衣笠と青葉。

 

「衣笠って、たまに強いわよね」

 

 いつもはただ振り回されているだけだが、青葉が地雷原に踏み込んだ時だけは頼れる重巡に化ける。

 

「私達は外側を回ってみましょうか」

「そうですね」

 

 おそらく工廠がある区画は全員で向かうべきと考え二人は建物の外周から裏手に向かう。

 裏手に向かった陸奥達の目に飛び込んで来たのは土手に盛られた土が並ぶ菜園の姿だった。

 

「川も無い島に畑?」

 

 農家とまでいかなくともある程度の人数を賄えるだけの規模の畑に、飲み水にだって困るだろうにどうやってとそう考えた陸奥に、妖精さんがこの畑には自分達の加護が掛かっていると言った。

 

「畑に妖精さんの加護?」

 

 普通に考えたらありえないというか、艦娘と艦娘が扱う兵器以外に加護を与える妖精さんなんてラバウルにさえいない。

 とはいえ、今の話でここに住んでいるのは艦娘であるということが判明したわけだが、そもそもどうしてこの島に居を構えていのるかという疑念が沸き上がる。

 

「もしかしたらはぐれ艦が運よくこの島に漂着して泊地にも戻れず住むしかなかったとか?」

「それならつじつまは合うわね」

 

 仮にそうだとするなら別の疑問が持ち上がる。

 

「あの建物の規模から10人以上は島に住んでる事になるのよね」

 

 それだけの数が居るなら多少強行軍を敷くことだって叶うはず。

 にも関わらず島に居を構えた理由は?

 

「もしかしたら、ここは私達が考えているより複雑な事情がある場所なのかもしれないわね」

 

 そうであるなら自分達はどうするべきか?

 何も見なかった事にして速やかに立ち去るべきか。

 はたまた探索を続け保護すべきか。

 

「取り敢えず青葉達と合流しましょうか」

 

 そう夕張を促した陸奥は、夕張が裏の奥に何かを見付け硬直しているのに気付く。

 

「どうしたの?」

「あれ…」

 

 そう示す先にあったのは見晴らしの良い開けた場所に突き刺さる50近いマストの群れだった。

 

「あれって…まさか」

 

 夕張が何を想像したのか察した陸奥は行こうと促す。

 

「確かめておきましょう」

「…はい」

 

 二人が丘に向かった頃、青葉と衣笠は宿舎部分の探索に勤しんでいた。

 

「此処は潜水艦の部屋ですかね?」

 

 部屋の中心をくり抜いた水槽のあるイ級の部屋に入り、箪笥ひとつ無いその殺風景さに嘆息する。

 

「これでは誰の部屋なのかもわからないじゃないですか」

「箪笥漁りとかしないでよ」

 

 購読者サービスなためと称して駆逐艦娘達の下着を盗み解体処分された大奏の青葉の二の舞は止めてほしいと嘆願する衣笠に青葉はむくれる。

 

「失礼な事を言わないで下さい!!

 青葉にだってちゃんと分別はありますし、それに部屋を漁るのはプロファイリングの一貫として中を確かめるだけです」

「じゃあこの部屋から何か分かったの?」

 

 ジト目でそう問う衣笠に勿論ですと妹に負けてる胸を張る青葉。

 

「この部屋の持ち主は自分の身なりが嫌いな者で間違いありません。

 きっとこの水槽もいつでも自殺出来ると衝動を抑えるために用意したのですよ」

「……」

 

 白い目を向ける衣笠にドヤとばかりに笑顔を向ける青葉。

 

「そしてそこから察するにこの部屋の持ち主は鎮守府の闇の一つ、高級官僚の接待のために調教された艦娘であると考えられます!!」

 

 そう力説する青葉だが、衣笠は冷え切った声で否定する。

 

「それ、舞鶴の青葉が流した嘘じゃない」

「何を言うんですか!」

 

 衣笠の言に青葉は怒る。

 

「その後舞鶴の青葉は姿を消したんですよ!?

 それは真実を明らかにした青葉もまたその身の毛もよだつ労働奉仕に回されてしまったんです!!」

 

 可哀相な青葉とよよよと嘆く青葉だが、寧ろそのデマを本気にしている青葉が可哀相だと思ってしまう。

 

「いやさ、舞鶴の青葉は金剛四姉妹が同時にケッコンカッコカリをした時に地雷踏んでアイアンボトムサウンドに沈んだんじゃん」

 

 誰が正妻なのかと聞いてはいけない暗黙に踏み込み鎮守府を半壊させる事件を引き起こした責任から逃げるため、一人で鉄底海峡に逃げ込み深海棲艦の餌になった舞鶴の青葉。

 

「違います!!

 あれは金剛姉妹達が制裁によるものなんです!!??」

 

 舞鶴の青葉は悪くないと擁護する青葉に衣笠ははいはいと次の部屋へと促す。

 そうして他の鍵の掛かっていない部屋を漁り、最後の部屋の探索を終えた二人は結論に達する。

 

「衣笠、この施設はおそらく」

 

 固い面持ちの青葉に衣笠も真面目な顔で頷く。

 

「此処は深海棲艦の施設だね」

 

 鍵の掛かっていない最後の部屋に残されていた深海棲艦の艦載機を目撃した二人はそう結論付ける。

 急いで二人と合流しようと外に向かおうとするが、ちょうど二人が現れる。

 

「大変です二人共!!

 この施設は」

「艦娘達の施設なのよね」

「…へ?」

 

 異様に暗い雰囲気でそう言う夕張に目が丸くなる衣笠。

 

「何があったの?」

 

 自分達と違う結論を持って来た二人に珍しく真剣に尋ねる青葉。

 

「裏の丘にね、お墓があったの」

「お墓…?

 もしや艦娘のですか?」

「うん」

 

 どう表現したらいいかわからないという表情で頷き夕張は話を続ける。

 

「少し調べてみたんだけど、そのお墓が作られたのはどうも半年ぐらい前なの」

「半年前と言うと…あの装甲空母鬼の形をした怪物が現れた時期よね」

「だとするとそのお墓はあの時轟沈した艦娘のということになりますね」

 

 そこまでの結論に至り青葉達も苦い記憶が蘇る。

 空気が重さを増していく中、しかし衣笠が異論を挟む。

 

「だけどおかしくない?

 さっき私達は深海棲艦の艦載機を見付けたのよ」

「深海棲艦の?」

 

 衣笠の言葉に今度は夕張達が目を丸くする。

 

「え? じゃあつまりここには艦娘と深海棲艦とが共同で住んでいる…?」

「流石にそれはないんじゃない?」

 

 食い違う探索結果にお互いが混乱する。

 それを見かねた陸奥が青葉に確認する。

 

「青葉、調べてない場所は?」

「鍵の掛かった部屋と工廠がまだです」

「…そう」

 

 顎に手を添えしばし塾考してから陸奥は結論を下す。

 

「工廠に行ってみましょう。

 それでどちらが住んでいたのかはっきりするはずよ」

 

 夕張なら設備から情報が手に入るだろうとそう考え四人は工廠に向かう。

 

「工廠って、ここがそうなのかしら?」

 

 入口にはそう札が下げられていたが、中にはあったのは年期の入った工具箱と新品の作業机だけという状態に呟く衣笠。

 

「もしかしたら明石がいるのかも」

「かもしれませんね」

 

 明石なら大体の作業工具は艤装で賄ってしまえるため、それならばこの工廠の閑散っぷりも納得がいく。

 

「皆、ちょっとこっちに来て下さい!」

 

 何かを発見したと呼ぶ青葉の声に向かうと、そこには部屋の閑散っぷりに反するほど太い鎖で頑丈に施錠された地下への扉があった。

 

「シェルター?」

「わかりません」

 

 どちらにしろこの先に何かあるに違いない。

 

「青葉、開錠出来そう?」

「なんで私に聞くんですか?」

 

 ピッキングが得意みたいな扱いに失礼なと憤慨するが、ぼそりと衣笠が呟く。

 

「加賀に売った提督の寝顔写「さあていっちょ挑んでみましょうか!」

 

 台詞を遮って腕を捲くる所作をするなり艤装からピッキングツールを取り出し鍵と格闘し始める青葉。

 

「やっぱり青葉は青葉ね」

「しょうがないですよ青葉ですから」

「いつも青葉が迷惑かけてすみません」

 

 もはや諦めの境地に至る二人に本気の謝罪をする衣笠。

 

「うぅ、世間は世知辛いですよ…」

 

 完全に自業自得を棚に上げてそう歎く青葉だがその手は淀みなく作業を続け、やがてカチリと音を起てて鎖が解かれる。

 

「開きましたよ」

 

 立ち上がって終了を告げる青葉と入れ代わる陸奥。

 

「じゃ、早速行きましょ…」

 

 そう扉の取っ手に触れようとした刹那、バタンと扉が一人手に開き内側から溢れるように出て来た肉色の悍ましい触手の群れが陸奥を搦め捕り抵抗の間もなくそのまま中に引きずり込むとまた勝手に扉が閉まった。

 

「「「……」」」

 

 何が起きたのかというか、今のが現実だと脳が理解出来ず硬直する三人。

 更にもう一度扉が開くと陸奥の艤装とカチューシャに加えやけに丁寧に畳まれた陸奥の服がそっと置かれまたバタンと扉が閉まる。

 

「……え? ……え?」

 

 停止状態から復帰した夕張が陸奥が居た場所を二度見するがそこにあるのは陸奥が身につけていたものだけ。

 

「む、陸奥さん!!??」

 

 復活した衣笠が慌てて助けようとドアを引っ張るも艦娘の膂力を全開にしても扉はびくともしない。

 

「まさか…ラバウルの女神がこんなところでお亡くなりになるなんて…」

 

 陸奥の生存を即効で諦めた青葉が本気で悼みの言葉を手向ける。

 

「馬鹿な冗談言ってないで手伝え馬鹿青葉!!??」

「ちょっ!?

 姉に向かって馬鹿「ああんっ!?」嘘ですごめんなさいすぐ手伝わせてください」

 

 本気の殺意混じりにメンチ切られ急いで衣笠と共に扉を開けようと力を込める。

 しかし重巡二隻の本気でも扉は軋み一つ起こさない。

 

「だったら蝶番を焼き切ってしまえば!?」

 

 いつも携帯しているバーナーで溶かそうとするも蝶番はバーナーの熱に赤熱さえ発生しない。

 

「こうなったら砲撃で…」

「艤装を纏ってない中の陸奥さんに当たったら死んじゃいますよ!!??」

「じゃあどうするのよ!!??」

 

 一刻も速く助け出さねばと思い付く手段を片っ端から試していくが、まるで三人の努力を嘲笑うように扉に傷一つ付けることが出来ない。

 と、三人が息を切らせ一旦小休止に入った直後、唐突に扉が開きさっきちらっと見た気がする肉色の触手が放り出した陸奥の衣類と艤装を掴むと中に引きずり込み、今度は身嗜みも完全な陸奥本人をほうり出した。

 

「「「陸奥さん!!??」」」

 

 また扉が閉まるがそんなことより陸奥の安否が大事と近寄ると……

 

「そ、そんな…」

 

 戻って来た陸奥の姿に愕然とし後退る衣笠。

 返された陸奥に外傷こそ無いものの、その表情は全年齢で説明することは絶対出来ないほど蕩けきっていた。

 

「嘘…嘘だと言ってよね陸奥さん…?」

 

 陸奥といえば扇情的な言い回しと香り立つ色香で男を手玉に取る大人のお姉さん。

 そんな彼女がまるで快楽に堕落しきってしまったような無様を曝していることが信じられない。

 

「……ぁ」

 

 ぴくりと指が痙攣し焦点の合わない目で虚空を眺めながら陸奥がうわごとのように漏らす。

 

「ごめん…私の第三…砲…搭……爆発…しちゃっ……た」

 

 そのままがくりと気絶してしまう陸奥。

 

「そんなN○Rビデオレターみたいな台詞を遺して逝かないでください陸奥さん!!??」

 

 洒落じゃ済まないと本気で叫ぶ青葉。

 

「とにかく逃げよう!!??

 またあの悍ましいなにか捕まったら今度こそ…」

 

 入ってはいけない領域に飛び込んでしまうと陸奥を抱え脱兎の如く逃走を計る夕張達だが。

 

『申シ訳ナイガソノママ帰ス訳ニハイカナイ』

「誰!!??」

 

 自分達を阻もうという声に砲を構える夕張達だが、なにも無い空間から姿を表した異形に恐怖から固まってしまう。

 

『コノ島ノ住人ノ一人デス』

 

 直後、床の扉が四度開き抗う間も与えられず三人の視界が触手に埋め尽くされた。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 夕張が気がつくとそこはラバウルから数百km離れた海域だった。

 

「……え〜と」

 

 何故自分が此処に居るのだろうかと暫く考えてからその理由を思い出す。

 

「そうだ。VOBの試験中に三人を巻き込んで爆発しちゃったんだっけ」

 

 爆発が強過ぎて全員纏めて気絶してしまったらしい。

 もう日も暮れ海は真っ暗。

 かなりの時間気絶していたようだが、その間に深海棲艦に襲われなかった事が少し気になったが運が良かったのだろうとそう思うことにする。

 

「あたた…」

「いやぁ、酷い目に遭いましたよ」

 

 ラバウルの方角を確認していると衣笠と青葉も意識を取り戻す。

 

「二人ともごめんね」

「まあまあ。

 たまにはこんな事もありますよ」

「そうよね。いつも陸奥さんだけが巻き込まれてるのも申し訳がないし」

 

 そう言った所で三人は違和感に気付く。

 

「陸奥さんがまだ気絶している?」

 

 おかしい。

 今までどんな爆発でもすぐに復活してきた陸奥が三人より長く気絶し続けているなんて事がありえるのか?

 

「陸奥さん?」

「う…うぅん…」

 

 心配になって揺すってみると陸奥が同性でさえ唾を飲むぐらい艶のある声を漏らす。

 気絶していた間に何かあったのではないかと不安になる三人を余所に陸奥が目を醒ましゆっくりと起き上がる。

 

「あれ? 私…?」

 

 首を傾げる様子一つさえいつにも増して色香を持った陸奥に沸き上がる衝動を自覚しながら衣笠が大丈夫ですか? と安否を問うと状態を確認しながら陸奥はええと言う。

 

「特に問題無いわ。

 なんか、普段より調子がいいぐらいというより凄くスッキリしてるような…?」

 

 どうしてかしらと人差し指を顎に添えて傾げる陸奥。

 

「まあいいじゃないですか。

 全員無事だったんですし」

「……そう、よね?」

 

 何か凄く大事な事を忘れている気がする衣笠だが、その疑問さえも意志とは関係なく海面に落ちた雨水のようにすぐに消えてしまった。




 ということで気を抜くと暗くドロドロする自分に活を入れるギャグ回ですた。
 
 青葉の扱いが悪いと思われるかもしれませんが自分の青葉に対する愛が虐げることを強いられているんだ!!

 ちなみにこの翌日屑レ級とやりあいますた。

 あと、四人とも記憶を消した以外は何もしてません。

 ええ。アルファはね。


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改めて深海棲艦って

よくわからない。


「あー、なるほどね」

 

 1番冷静に状況を見ていたであろうパウ・アーマーのパイロットの妖精さんに事情を聞いて、なんでダメコンが発動したのかとか空気が最悪なのかと理由を把握したわけなんだが、俺の結論は特にということも無かった。

 

「事故ならしょうがないな」

 

 故意ならともかく、大井のあれは不注意が招いた事故ってならしょうがない。

 寧ろ喰らったのがダメコン持ってた俺で良かったぐらいだ。

 

「相手の言い分を信じるってのか?」

「そうは言うけどさ」

 

 木曾も北上も納得が行かないって顔をされても、俺だってダメコン使ったぐらいで他に死人も出てないんだし別段どうこうという考えは沸かないんだよ。

 

「それを言ったら俺も武蔵にやらかしてるし、おあいこじゃないか?」

「甘すぎだよイ級」

 

 北上も苦言を投じるけど、やっぱり恨もうとは思わないんだよな。

 

「それにさ、向こうは瑞鳳達に場所の提供をしてくれてるんだし、多少はな」

「多少…ねぇ」

 

 なんか含みがある言い方をして北上がちらりと球磨と千歳を一瞥してから唐突に質問してきた。

 

「もしさ、もしだよ。

 向こうがイ級の事知ってて今回の演習に球磨と千歳を組み込んでたとしたらどうする?」

「…おいおい」

 

 いくらなんでもそれはないだろ?

 軍の某に詳しくはないけど、士気的な意味でも二人が俺を助けて沈んだって事実は揉み消されて俺が沈めたって事になってるはず。

 

「もしもって言ったじゃん。

 そうだったらどうするって仮定の話だよ」

「……」

 

 日差しが強いせいかうっすら汗をかいた北上が言うから、俺はそんなありえないことをされた場合を考えてみて……

 

「バルムンク」

「え?」

「ストライダーにバルムンク積ませて全部まっ平になるまで泊地にぶち込んでやる」

 

 なんて冗談を言ってみた。

 

「「「「「「………」」」」」」

 

 ……あれ?

 さ、流石に冗談が過ぎたかな…?

 皆が皆ドン引きしちゃったよ。

 

「…バルムンクって?」

 

 海風に冷えたのかちょっと震え気味の千歳が尋ねてきた。

 

「核ミサイル。

 ちなみに今は廃棄してあるから手元には無いぞ」

 

 と言っても何故かパウ・アーマーの補給リストからは補給可能の文字が消えないんだけどな。

 もしかして波動で作ってるのか?

 

「か、かか、核ってまさか…」

「ピカだよ」

 

 何故か顔色を真っ青にしながら北上が言うと皆揃って血の気が引いてしまった。

 曙なんて復活したばかりなのにまた卒倒しちゃってるし。

 うん。やり過ぎちゃった。

 

「あの、流石に冗談だよ?」

 

 そう今の発言を無かった事にすると起きたパニックが少しだけ静まる。

 

「ほ、本当に冗談なの…?」

 

 涙目でそう尋ねる千歳にちょっと可愛いかもと不謹慎な事を思いつつ頷く。

 

「流石に核はマズイだろ?

 あんなものを持ち出すなんてあっちゃいけない。

 なにより二人が入ったのも偶然なんだし使う理由は無いさ」

「え、ええ!!??

 勿論です!!??」

 

 なんか必死に肯定する千歳。

 

「ああ、もう。

 イ級の冗談は本当に心臓に悪いんだから」

「スマンスマン」

 

 春雨にも通じてなかったし、俺の冗談のセンスが絶望的みたいだな。

 妖精さんなんかタミフルって旗をバタバタさせてるし、今後はブラックジョークは控えよう。

 

「でだ。

 結局どうなったんだ?」

「え?」

「え?じゃねえよ。

 引き上げるなら準備もあるんだしそこんとこはっきりしねえと」

 

 出来れば俺達だけ帰る事にしてアルファに木曾達の護衛を任せる形にさせて貰いたいんだよな。

 

「私達の負けだ」

 

 何故か視線を合わせないように目だけ明後日の方向を見ながら武蔵が言う。

 

「制空権の喪失、旗艦大破、おまけに連合艦隊を持ち出し過失とはいえ実弾まで使ったんだ。

 これで勝ちを名乗れる輩がいたら見てみたいものだな」

「…そうか」

 

 ゲームだったら戦術的敗北とか言われるんだろうな。

 とはいえそう言ってもらえるならその決定に従うだけだし。

 

「じゃあ改めて、厄介になるということで」

「ああ。あまり歓迎はしないがな」

 

 溝のある感じはするが、それぐらいの距離があったほうがお互いのためだろう。

 なんか大井も落ち着いたみたいだしとりあえず解決でいいのかな?

 

 

〜〜〜〜

 

 

 で、リンガに戻って来たわけなんだけど。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 なんでか戻るなりこの世の終わりを前にしたような青葉が俺に土下座をかまして来たわけなんだが?

 

「……どうしたんだ?」

 

 まったく訳が分からないぞ?

 とりあえずアルファに事情を聞いてみる。

 

『隠レテ余計ナ詮索ヲシテイタノデ明石ニ施行シタ仕置キヲ彼女ニモ施行シヨウト思イマシテ。

 提督カラ許可ハ頂イテマスガ御主人ノ判断ヲ必要ト考エ待ッテイマシタ』

「……」

 

 ええと、つまりなんかやらかそうとしてアレの餌食になりかけていると。

 

「お願いですもう金輪際余計な真似は考えも致しませんのでどうかどうか貞操だけはお許しください」

 

 必死に嘆願する青葉にどうしたもんかと困るしかないんですが…。

 

「というか、一体何を知ろうとしたんだ?」

 

 内容次第じゃ許すわけにもいかないし。

 確認を求めるとアルファが答える。

 

『島ノ所在地ト構成スル面子ニ着イテデス』

「別にそれぐらいなら…」

 

 春雨と古鷹の事情さえ知られなければ別に構うような……って、まさか。

 

「もしかしてあつみにか?」

『インタビュート称シタ誘導尋問デシタ』

「やれ」

 

 うちの天使をだまくらかそうとした罪は重い。

 

「いやぁぁぁぁああああ!!??」

 

 R戦闘機四機掛かりでどこかへと引きずられていく青葉。

 勢いで許可しちゃったがこれ、やばくね?

 

「雉も鳴かずば撃たれまいに」

「今までの報いよ」

 

 連れ去られていく青葉を何故かそれを見ていた泊地の艦娘達のほうが清々しい笑顔で見送っていく。

 

「今更だけど本当にいいのか?」

「青葉にはきつい灸が必要だって前から思われていたんだよ」

「提督の説教さえ聞かなかったぐらいだしね」

 

 よくそれで今まで大丈夫だったな。

 

「最後の一線は越えてなかったから私刑にするわけにも行かなかったけど、やってくれるなら俺達からしても調度いい」

「これで性根が入れ代わってくれたら万々歳ね」

 

 まさにアオバワレェか…。

 

「戻ったみたいデスネ」

 

 そんな感じでなんともいえない気持ちになっていると金剛が出迎えに来た。

 

「oh、武蔵も駆逐棲鬼もどうして大破してるデスカ?」

「ちょっと事故があってな」

「自業自得だ」

 

 そう言うと金剛はそうデスカと戸惑い気味に納得する。

 

「それはそうと金剛。

 ちょっと大淀に聞きたいことがあるんだけど執務室にいるかしら?」

 

 そう千歳が尋ねると金剛が微妙な顔をする。

 

「大淀だったら青葉が連れてかれた部屋にいるネ」

「マジかクマ!?」

 

 え? なんで大淀がアレの餌食になってんだ?

 

「理由は知りませんが、なんでも任務失敗の責任を取っての事らしいネ」

 

 なにをやらかした大淀?

 

「アルファ、知ってるのか?」

『イイエ。

 デスガ、我々ガ関知スル必要ハ無イカト』

「そう…なのか?」

 

 無関係と言うにはタイミングもそうだし内容もアレなんだが…

 

『トモアレ先ズハ損傷ヲ修復シテカラニスルベキカト』

「いや、そこまで借りを作る気は無いんだが?」

 

 正直返す当ても無くはないが手段がなぁ。

 渋る俺に業を煮やしたとばかりに武蔵が俺を掴みあげる。

 

「いいから来い。

 こちらにも面目というものがあるんだ」

 

 それをこっちもと言いたいが禅問答を繰り返してもしょうがないのか?

 

「おやぁ?

 武蔵は駆逐棲鬼を気に入った見たいデスネ」

「まあ、いろいろやらかしたからね」

 

 背後でそんな会話をする二人を尻目に入渠ドッグに引きずり込まれてしまう。

 そうして無理くり連れていかれたのは入渠ドッグという名の浴場だった。

 

「なんか、スーパー銭湯みたいなんだな」

「どんな銭湯なんだそれは?」

「サウナとか露天とかいくつも種類が一度に楽しめるやつ」

「露天と蒸し風呂を一度に…?

 面妖な」

「全部一緒って言ってもちゃんと区分けされてるからな?」

 

 艦これって現代設定だよな?

 生まれも育ちもリンガだから知らないだけかも。

 そう訝みながら武蔵は艤装を戦艦と札の下がった巨大なコインロッカーみたいな専用の置き場に預けて蓋をすると、修理中とのランプが光りシャッターが閉まる。

 

「あの中で修理するのか?」

「あれは工廠への直送路だ。

 深夜帰還した艦娘達以外にはあまり使われないが修理が終わったらそのまま保管庫に送られるぞ」

 

 意外とハイテクというか効率的だな。

 うちだと明石が寝てる時は起きるまで待つか直接バケツぶっかけて終わりだし。

 

「……さて、ここまで連れて来たはいいがお前はどっちなんだ?」

「どっち?」

 

 それって性別的な?

 

「工廠に送るか入渠設備で事足りるかという意味でだ」

 

 呆れつつ武蔵がそう指摘する。

 確かにそうなんだけど、実は知らないんだよな。

 

「正直分からない」

「は?」

「いつもは資材を喰って自己修復させるか修復剤被ってるんだが、俺って生物なのか?」

 

 半機械半生物って辺りなんだろうけど、今更ながら深海棲艦は謎が多いこと多いこと。

 

「イ級」

 

 と、どうしたもんかと悩んでいるとあつみが中身が入ってるらしいドラム缶を持ってきた。

 

「修復剤風呂用意シテモラッタヨ」

「お、おう」

 

 風呂場に五衛門風呂よろしくなドラム缶のちぐはぐさに戸惑っていると武蔵がまた俺を掴みあげるあつみに問う。

 

「これに入れるのか?」

「ウン」

「解った」

 

 あつみの言葉にまるで天麩羅かフライでも揚げる要領で俺の尻尾を持って頭からドラム缶に突っ込んだ。

 

「おいぃぃぃいっ!!??」

 

 沸騰しているかのようにじゅうじゅう音を起てて蒸発していく修復剤と合間ってマジに揚げ物になった気分だぞおい!?

 まあいつもこんな感じなんだけどな!?

 

「…本当に修復剤だけで回復するんだな」

 

 呆れ混じりにそう呟く武蔵になんでだとおもいつつ、修復剤が全部消え完全回復したのを確認して俺はドラム缶から這い出る。

 

「武蔵ノ分モアルヨ」

「あ、ああ」

 

 戸惑いつつあつみからバケツを受け取り風呂場に向かう武蔵。

 

「すぐに終わるから待っていろよ?」

 

 そう言い残して大破した服を脱ぎ専用のごみ箱にほうり込むと湯気の向こうに姿を消す。

 髪を解いた武蔵とかマジでレアなものを拝めたのはかなり役得だな。

 生肌?

 性欲無いし今更だし島では拝めない素晴らしい山があろうとなんとも思わないよ。

 ………泣きたくなってきた。

 あつみと待つこと10分程で武蔵が戻って来た。

 

「待たせたな」

 

 頭にタオルを巻いてるのにどうして身体には巻いてないんだと突っ込みたいのを堪えいやとだけ言っておく。

 

「で、この後は?」

 

 自由だと言うなら宛がわれた部屋に篭っているつもりなんだが。

 

「提督ガ工廠ニ来テッテ言ッテタヨ」

「工廠にか?」

 

 別に構わないけど機密情報とか問題無いのか?

 そう疑問に思っているとあつみが言った。

 

「瑞鳳ノ艤装ノ話ガアルッテ言ッテタ」




 ちうことで皆様からの要望により大淀は犠牲になりました…

 後、イ級は気付いていませんが北上に振られた時からぶちギレモードの黒いオーラが出掛かって、妖精さん達の手旗信号で真実だったら本気でバルムンク持ち出す可能性があるからとにかくしらを切るようにと連絡しあっていたと言う。

 次回は瑞鳳と改装と後は訓練までいけるかな?


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まったくよう

なんでこう次から次へと…


 

「単刀直入に言う。

 あの瑞鳳はもう戦えない」

 

 工廠に入るなり衝撃の告白が待っていたんだが怒ればいいのか?

 

「…どうしてだ?」

 

 言われた理由の予想は出来る。

 だが、はっきり言われなければ納得できるわけもない。

 

「それは私から説明するわ」

 

 そう名乗りを挙げたのは氷川丸だった。

 

「瑞鳳の負傷は正直言って生きていたのが不思議なぐらい酷かった。

 今は小康状態まで持ち直しはしたが、特に内臓と右手の損傷が酷く、右手に到っては神経が完全に断裂していた程。

 意識が戻れば本人の努力次第で日常生活を送れるぐらいまでは回復出来る筈だけど、現代医学では彼女の身体を元通りに戦える身体に戻すことは不可能よ」

「……」

 

 残酷な言葉に怒鳴りたい衝動が沸き上がるが、俺にはそんな資格もないとただ歯を軋ませる。

 それよりも、俺を呼び出した理由が瑞鳳のリタイアを告げるだけならわざわざ工廠に呼び立てる必要もなかったはず。

 だとすれば、別に理由があるはずだ。

 こちらが激昂を抑えていると察した磐酒はその理由を説明する

 

「それでなんだが、瑞鳳を給油艦に戻すというのはどうだ?」

「給油艦に?」

 

 そういえば瑞鳳も改装空母だったっけ。

 しかし、そんな事が出来るのか?

 疑問譜を投げ掛ける俺に磐酒は言う。

 

「ああ。

 給油艦にするのが不可能でも瑞鳳、いや高崎は途中で給油艦から潜水母艦として設計が変更された経緯がある。

 戦闘能力を下げるイレギュラーな改装だが、改装設計図があれば可能な筈だ」

 

 二度と弓を引けないなら未練を絶つために別の艦種へと変えてしまったほうがいいと告げる磐酒。

 

「大鳳のクロスボウを流用出来ないのか?」

「あれは装甲空母用に開発された物だ。

 見た目以上に反動が大きいらしくとてもじゃないが軽空母が扱い切れる代物じゃないと前に試用した加賀が感想を残している」

 

 少しでも可能性を模索したかったが、俺が考えつく程度の事を試していないはずがないか。

 きっとうちの鳳翔なら反動云々は鍛練で捩伏せられるとか言って扱っちゃうんだろうけど、あれは鳳翔という名の実質紙装甲な航空戦艦だから出来るのであって、瑞鳳にそれを求めたら鬼と言われるだろう。

 だってあのお艦、さりげなく速力最大30とか高速に変更されててしかも普段は空母だからって使わないけど、軍艦の嗜みですとか言って14cm砲ぶっ放すんだぜ?

 しかも艦載機全部下ろせば20、3cm砲までは積めるとか数分だけなら40ノット出せるとか目茶苦茶なこと言うし。

 ……と、今はあの鍛練でチート化したお艦じゃなくて瑞鳳だ。

 

「少し、考えさせてくれ」

「勿論だ。

 本人の意思も確認しないでやるわけにもいかないしな」

 

 そう言うと磐酒は折り畳まれた紙を渡す。

 

「改装設計図は先に渡しておく。

 決まったら一声掛けてくれ」

「いいのか?」

 

 確かゲームでは勲章四つと交換するぐらい貴重なアイテムだったはず。

 そう問うと磐酒は構わないという。

 

「前にも言ったが、時雨と不知火の救出が無事に完遂出来たのもそちらの介入があってこそなんだ。

 二人の命の対価としたら設計図の一枚や二枚安いものだ」

「……そうか」

 

 だったら断るほうが悪いな。

 受け取った改装設計図をしまおうとして、ふと、持っている設計図が淡く光っていたことに気付いた。

 磐酒が持っていた時はそんな現象は起きていない。

 

「…なあ」

「どうした?」

「光っているんだがこれは?」

 

 そう磐酒に見せようとすると、何故か光が消えていく。

 

「光っている?

 それは誰か使用可能な艦が居るということだぞ」

「そう、なのか」

 

 そう言われてもここに居る艦娘は夕張と明石と氷川丸だけ。

 だが、磐酒が持っていた際に反応はなかった。

 

「俺が持っていて反応が無かったということは、そちらに所属する誰かに反応したのだろう」

「そうか」

 

 とはいえだ。

 俺の仲間の艦娘で改装設計図を必要とする艦娘はいないはず。

 可能性があるとしたら氷川丸か明石か春雨か。

 まあ、流れからして瑞鳳に反応してるんだろう。

 

「もしかしたら俺かも」

 

 いやいや。

 言っといてなんだけど深海棲艦に改装設計図なんて流石にそれはないだろ。

 そんな冗談を漏らすと磐酒が詳しい説明をくれた。

 

「必要とする艦に近付ければ共鳴現象で身体が発光するはずだからそれはないな」

「冗談だ。

 いくら俺が艦娘の装備が使えるからって改装までは出来ないだろうさ」

「さりげなくとんでもない発言をしなかったか?」

「気のせいだ」

 

 ともあれ効果があるか確かめるために早速瑞鳳に持っていこう。

 

「イ級」

 

 と、横で成り行きを見ていたあつみが俺の傍に近寄る。

 その瞬間設計図が強く発光し、まるで呼応するようにあつみも淡い光を纏う。

 

「え?」

 

 まさか、あつみに反応していたのか?

 

「ナニコレ?

 怖イ…」

 

 これには磐酒や明石達も驚き目を丸くする。

 

「落ち着けあつみ。

 それは害になる類の現象じゃない」

「…ウン」

 

 震えるあつみをそう宥めると不安そうにしながらもあつみは落ち着いた。

 

「深海棲艦が改装出来るの!?」

 

 新しい発見に目を輝かせる明石はほっといて困惑気味に磐酒が疑問を投げ掛ける。

 

「深海棲艦の改装はどうやるんだ?」

「俺はまだ経験ないから又聞きになるけど、わざと沈んでこう海老とかの脱皮みたいに新しい身体にするらしい」

 

 そう言うと磐酒達は慄く。

 

「まさか、深海棲艦は倒せば倒すほど強くなるというのか?」

「いや、錬度が低ければ普通に沈むぞ。

 それに修復や改修のためなんかで深海棲艦同士で共食いすると喰われたほうは完全に消滅するし不死身でもない」

 

 普通に沈めるだけだと簡単に復活するけど、よく考えたらそれって艦娘には深海棲艦を倒しきれないっていう人類にとって絶望的の真実なんだよな。

 

「そ、それだとなんで深海棲艦の数が減らないの?」

「気がつくと沸いてるぐらいの頻度でニュービーが生まれるから。

 戦艦棲姫に聞いたけど姫でも原理は解らないらしい」

 

 最近は俺と信長が鬼に昇進した影響で島を占領してやろうと企む輩も来なくなったけど、漁業の邪魔だし尊氏達の近代化回収も兼ねて掃除は欠かしてない。

 そう言うと磐酒は頭に手をやった。

 

「道理で近海の潜水艦を毎日の如く駆除しても終わらない訳か」

「体感だが、減らしたら減らした分だけ生まれてるみたいだぞ?

 ニュービーは下手に駆逐するより、大破させてから見逃して他の深海棲艦に襲わせるほうが出現までのスパンは長い感じがするな」

「いいことを聞かせてもらったが、同朋じゃないのか?」

「艦娘を保護してるから俺も敵だってしょっちゅう襲われてるもんでな。

 それに、同じ種だから皆仲良くとはいかないもんさ」

 

 そう言うと磐酒は確かにそうだなと苦笑する。

 

「信仰や肌の色一つで戦争が始まるような種族が言えた義理ではないか」

 

 人間と違って深海棲艦はエリートやフラグシップの等級は絶対的な辺り例えるなら貴族社会か宗教団体みたいだけどな。

 

「アノ、私ハ…?」

「スマンあつみ」

 

 色々話していたせいでおいてけぼりにしてしまった。

 

「ともかく、あつみはどうしたい?」

「ドウナルノ?」

 

 正直分からない。

 

「普通にフラグシップになるだけなのか、はたまた千歳型みたいに別の艦になるのか誰にもわからない。

 だから、あつみがどうしたいか教えてくれ」

 

 あつみがどんな選択を選んでもそれを尊重する気持ちは変わらない。

 

「私ハ…」

 

 あつみは迷ってか言い淀みながらも意を決したのかはっきり告げた。

 

「モットイ級ノ役ニ立チタイ。

 ダカラ、改修シテホシイ」

 

 うぅ。あつみは本当に天使だよ。

 この娘の健気さはたまにいたたまれなくなるぐらいだけど、だからこそ殺伐とした日々も癒されてこれたんだ。

 

「なにこの娘。

 本当に深海棲艦なの?」

 

 思わずそう口にする夕張。

 

「と、いう事なんだがあつみにも使ってもいいか?」

「ああ。

 ただ、その情報自体はこちらにも提供して貰うぞ?」

「解ってる」

 

 ギブアンドテイクは当然だ。

 

「アルファ、島に行って明石を呼んで来てくれ」

「明石を?

 うちの明石だけじゃ駄目か?」

「何が起こるかもわからない改装だから、深海棲艦のメンテナンスの経験がある艦がいたほうが安心出来る」

「確かにそうですね」

 

 多少口惜しそうにしながらも明石も納得してくれた。

 

「アルファ、頼む」

『了解』

 

 最短距離を駆け抜けるため亜空間に潜るアルファ。

 

「明石を待ってから改修を始めるとして、用事はこれぐらいか?」

「ああ。

 その間泊地内を好きに見ていてくれて構わないが、出来るだけ金剛か武蔵を同伴するようにしてくれ」

「分かってる。

 取り敢えず今日は部屋で休ませてもらうよ」

 

 そう応じ、改装設計図をしまってからあつみと一緒に工廠を後にした。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 翌日早朝。

 

「今日はどうするか…」

 

 アルファから明石が到着するまでに三日ほど要すると言われそれまで暇となってしまった訳だが。

 

「どうしようか」

 

 ぶっちゃけなんかすることも思い浮かばない。

 畑の世話とか遠征とか近辺の哨戒とか漁業とか春雨のリハビリとか、なんだかんだとやることが山積みだったからゆっくりは出来ても手持ち無沙汰となる暇は無かったんだよな。

 氷川丸から瑞鳳の傍に居てもいいと許可を貰いチビ姫は早速飛び出して行った。

 護衛というか監視のために北上もおらず、今部屋に居るのは木曾とあつみだけ。

 せっかくだし散歩してみるかと思ったら木曾が提案を持ってきた。

 

「なあ、久しぶりに訓練しないか?」

「此処でか?」

 

 俺としては問題無いが…

 

「暇だってのもあるが、昨日の演習が不完全燃焼気味でさ」

 

 途中で俺が吹っ飛ばされたりしてたもんな。

 まあ、そういうことならいいか。

 

「じゃあ金剛呼んで来てやるか」

 

 そうして金剛の監視付きで演習場に向かうと、先客の姿があった。

 

「はい。

 今のは大分良い感じでしたよ。

 ですが秋月、高射砲に少し頼りすぎな感がありました。

 天津風は転身をもう気持ち早めにやったほうがいいですね。

 ではもう一度始めからやりましょうか」

 

 そう笑顔で褒めながら駄目出しをするという中々えぐい台詞を言ったのは神通。

 

「わ、わかりました」

「了解です」

 

 そして神通の指示に疲労困憊という様子を見せながらも嫌な顔一つ出さず応じたのは秋月と呼ばれた艦娘と天津風の二人。

 

「自主トレか?」

「Yes!

 二人は最近来たばかりだから神通が手ずから指導してるネ」

 

 様子からして疲労度は真っ赤だろうに神通の指導にそれを鑑みる気配はない。

 

「かなり厳しく見えるがあれで普通なのか?」

「寧ろ優しいぐらいヨ?」

「そうだな」

 

 木曾も懐かしそうに金剛に同意する。

 

「水雷戦隊は肉薄してからが本番となる以上被弾も激しくなるし長時間の高速戦闘は心身に掛かる負担も激しいから、疲労状態でいかに平常時と同じ動きを続けられるかが一瞬の生死を分けるんだ」

「そういうものか」

 

 深海棲艦の身体は疲労を感じづらいから精神的な疲労以外はあんまり感じないんだよな。

 ふつうに人間の感覚忘れてるな俺。

 

「どうしました金剛?

 それに…」

 

 一瞬だけ戦艦クラスの眼光を俺に向けた後で笑みのまま尋ねる。

 第一改装で止まってる艦の眼力じゃねえぞおい。

 これが華の二水戦というやつか。

 

「お客様も一緒みたいですし、もしや見学ですか?」

「いや、少し演習場を借りたいと思ってな。

 そっちの提督にはちゃんと断りは入れてある」

「そうですか…」

 

 木曾の答えに思案してから神通は分かりましたと言う。

 

「二人共、少し休憩としましょう」

 

 そう呼び掛けるとわかりましたと返事を返し秋月と天津風が岸に上がる。

 大分息が上がってるが、本当に大丈夫なんだろうか。

 

「あ、そうだ」

 

 天津風ならと思ったら秋月にもなんかマスコットが着いてるしちょうど良いだろう。

 

「すまないが少しこいつらがどっか行かないか押さえといてくれ」

 

 そう言ってしまかぜ達を降ろす。

 

「島風の連装砲ちゃんじゃない。

 なんで深海棲艦が『ぽいっ!!』…え?」

 

 自分が知ってる鳴き声と違う鳴きかたをしたゆうだちに天津風は目を丸くしてしまう。

 

「ちょっと訳ありでな。

 悪戯はするが基本害はないから」

 

 そう頼み込んでいると金剛が不思議そうに尋ねる。

 

「演習に参加させないんデスカ?」

「強力なんだけど代わりに資材馬鹿食いになるんだよこいつら」

 

 バイド化の影響なんだろうけど改めて間違ってるよな。

 

『しれぇ!!』

『ギ?』

『おうっ!!』

『キュウ!!』

 

 しまかぜとゆきかぜは天津風のメカっぽい連装砲くんと長十センチ砲の形をしたマスコットらと意気投合したのか楽しそうにしゆうだちも加わり賑やかになっている。

 

「長十センチ砲ちゃんあんまり暴れないで!?」

「こら!? 連装砲くんも勝手に遊ばない!」

 

 しまかぜ達と意気投合したみたいでどっかに行こうとする連装砲くんと長十センチ砲ちゃんと呼ばれたマスコット供。

 

「ケンカとかすんなよ」

『おぅっ!』

『ぽぃっ!』

『しれぇ!』

『ギ!』

『キュイ!』

 

 なんでか他のにまで了解的な返事をされつつ俺と木曾は岸から降りる。

 

「メニューはどうする?」

「軽く流してから防空演習で」

 

 随分あっさりな。

 

「分かった。

 じゃ、行こうか」

 

 そう言うと俺は缶の火を最大に走り出した。

 制御可能な全速力50ノットで走りながら密集した敵の隙間を縫う事を想定し1番手近な的が付いたブイのぎりぎりを通過するよう意識しながら最小限の舵切りでスラロームを敢行。

 同時にファランクスを起動して通過する瞬間掃射を繰り返し通過し終えてから的の様子を確認する。

 

「外したのは100発中15発か」

 

 昔だったら逆だったしまずまずかな?

 次いで木曾も同じようにスラロームで零距離接射を繰り返しながら通過する。

 

「全弾命中。

 流石だな」

「速力が違いすぎるだろ?

 それに機銃と高角砲じゃ速射力もそっちが上じゃないか」

「35ノットで走りながら全部中心部に当ててるのにか?」

「イ級のレーダーのお陰だよ」

 

 そう謙遜する木曾。

 素直じゃないな。まったく。

 俺達の機動を見ていた天津風と秋月の二人が変な顔している気がするが神通は笑ってるし気のせいだろ。

 そのまま同じ機動接射を三回繰り返し、次いで一つのブイを中心に可能な限り円周を狭く狭くと張り付きを意識しながら加減速を繰り返しつつ一マガジン分の張り付き射撃をやって馴らしを終える。

 

「暖気はこんなもんか?」

「だな」

 

 重点的にやるならもう少し連携とかいろいろやるけど今回は防空がメインだしな。

 

「パウ・アーマー、デコイ展開」

 

 アルファが明石の護衛で離れているのとあつみの価値が上がったから載せたままにしてるパウを発艦させてデコイを大量に作らせる。

 

「いくぜ木曾」

「いつでも来い!!」

 

 木曾が応じると同時にデコイが一斉に散開し音速で目茶苦茶に飛び回る。

 

「墜ちろ!!」

「喰らえ!!」

 

 飛び回るデコイ目掛け俺と木曾は撃ち落とそうと機銃と高角砲を撃ちまくる。

 だがしかし、音速を越えるデコイにそう当たるはずもなく、一定時間が経過してデコイが停止した時点で二人掛かりで15体中7体しか落とせなかった。

 

「クソッ、また負けたか」

「はは、高角砲で三体落としたら上等じゃないか」

 

 最初は全員掛かりでも一体も落とせなかったんだし。

 

「一回休もうぜ。向こうも待たせてるし」

「ああ」

 

 デコイを解除させ着艦したのを確認してから岸に戻ると、目を点にした三人となんでかすごくイイ笑顔の神通に拍手と共に歓迎された。

 

「敵ながらあっぱれと言わせて頂く程見事な腕前でした」

「え、あ、ありがとう」

 

 え? なんかやったか?

「いいですか二人とも。

 すぐにとは言いませんが貴女達にも今の挙動が出来るようになりましょうね」

「「……え゛?」」

 

 ギギギと錆びたブリキ人形みたいに固まる二人。

 

「ちょっと待ってください!?

 流石にあれは…」

「出来ないというのですか?」

 

 無茶だと言おうとする秋月に神通はとても悲しそうに語り始める。

 

「申し訳ありません。

 貴女がどんな戦場からでも必ず帰る事が叶うようにと考えての事だったのですが、あまりに展望が高過ぎましたね」

「え、いえ、そういう意味じゃ…」

 

 聞いてるこっちが申し訳なくなるような謝罪にしどろもどろ焦る秋月。

 

「でも大丈夫です。

 今は無理でも必ず出来るようになります。

 焦らずしっかり粘り強く出来るようになりましょう」

「わ、わかりました」

 

 そう励ます神通に反射的に応じてしまう秋月。

 な、なんつうかえげつないなおい。

 しかもなんだかんだでやらせるって事に変更ないしよ。

 

「あれって素でやってるのか?」

「Yes…だと思いたいネ」

 

 演技だったら果てしなく怖いぞ。

 

「と、とりあえず俺達はそろそろおいとましようかな」

 

 下手に長居しているとややこしいことに巻き込まれると判断し戦略的撤退を試みるも、神通は逃す気はないと言いたげにニッコリ笑顔を向ける。

 

「あら?

 せっかくですしもう少しお話を聞かせていただきたかったのですがご予定があるのですか?」

「いや、邪魔しちゃ悪いし…」

「問題ありませんよ。

 それに出来たら先程の防空演習を体験させて頂きたいのですが……ダメですか?」

 

 そう例えるなら、雨の日に見付けた捨て犬のような、断ったら罪悪感で一杯にさせられる雰囲気で頼み込んでくる神通。

 

「あ、そろそろ北上姉と交代してくるな」

「え?」

 

 そう言うなりそそくさと病棟に逃げ出す木曾。

 お、おぃぃぃいいいい!!??

 誘ったお前が真っ先に逃げ出すとかお前マジで親友かよ!!??

 

「程々にしておけよイ級!」

 

 そう言い残して本当に置いていってしまう。

 残された俺は…もう逃げ場なんてなかった。

 

「とりあえず…やってみる?」

「よろしくお願いします」

 

 何も知らなければお付き合いを申し上げたくなる笑顔でそう言う神通。

 その後、演習を聞き付けた艦娘達がこぞって参加を申し出し、翌日の朝まで延々デコイの生成指示を繰り返す羽目になったよ。




 果たして瑞鳳は高崎に改修されてしまうのか?

 それはさておき神通教官はやらせたいことは必ずやらせるタイプだと思うんすよね。
 しかも泣き言言うと自分に非があると考えるけど方針は一切変えないタイプ。
 ちなみにリンガの神通はレベル90越えてるけど教官系軍曹なので改二になってないという。


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なんか、いい事あるとさ

それを台無しにする最悪が起きる運命なのか?


「全くもうよ…」

 

 神通が初めての挑戦で案の定戦果0…かと思いきやまさかの撃破2という結果を出しやがった。

 本人曰、

 

「お二方を真似させていただきました」

 

 とのこと。

 いやさ、俺達でもデコイのランダムパターンを読み切り残像が残るレベルの速度の中ルートを固定させるための牽制と確実に当てる本命を的確に計算してもやっても命中率30パーセント下回ってるんですが?

 それを遠目でたった一回見ただけで真似してしかも当てちまうって鳳翔並の怪ぶ…もとい傑物じゃねーか。

 しかも神通を皮切りに自分もやってみたいと続々と挑戦者が現れ半ばお祭り騒ぎになったし。

 神通に次いで出た対空番町の摩耶が戦果0と失敗して、三式弾装備した榛名がやはり戦果0としくじり、別に対空砲だけが防空じゃないと瑞雲と晴嵐とカ号を何故か日向じゃなくて扶桑が持ち出したがデコイが起こす風圧に逆に墜とされ敗北して、終いには加賀が全機震電改とかおとなげないにも程がある装備で漸く一体撃破したのだが、その時に鳳翔が赤とんぼで四体仕留めていたことをうっかり口を滑らせてしまい、赤とんぼでそれ以上の結果を出してやると泊地中の空母による航空演習に発展。

 日が落ちて空母組が引き下がると今度は夜間防空演習と称して一晩中デコイの精製指示を出し続けさせされ、ようやく部屋に戻った今現在は昼前だった。

 

「うちの鳳翔は異常なんだっての」

 

 あんなのと張り合えたらソロで飛行場姫と渡り合えるんじゃねえの?

 疲れ果てて部屋に戻ると陽菜と談話しているあつみとのんびりしていた北上だけだった。

 

「あ、おかえり」

「オカエリナサイイ級」

「ああ」

 

 返事もそぞろに空いてるソファーに倒れ込む。

 

「随分お疲れだね?」

「休む間もなくデコイに指示出してしかも体験談語らせられたり実際動いて見せたりさせられたんだよ」

「ご愁傷様」

 

 へらっと笑いながらそう労う北上。

 

「燃料持ッテクル?」

「後でお願いするよ」

 

 今はとにかく休みたい。

 睡魔はないけど横になってじっとしてれば疲労は抜けるからそうしたいんだ。

 そうして横になってると陽菜が話を続け始める。

 

「私、人類が今の姿で皆幸福になるのは難しいと思うんです」

 

 そりゃそうだ。

 思想国家を始めとした個の考えという隔たりがある以上、等しく同じものなんてお腹いっぱいになった時の幸福感ぐらいしか俺には思い浮かばない。

 

「だから違う形になればきっとそれも解決すると思うんです!」

 

 ……なんですと?

 

「いや、それは」

「ソレジャダメダヨ」

 

 やんわり是正しようとした俺を遮りあつみが否定する。

 

「どうしてですか?

 皆同じになれば隔たりは全部解消出来るじゃないですか?」

「デモ、『今』幸福ナ人達ハ不幸二ナッチャウ」

「だけど…」

 

 自分の主張は間違っていないと力説しようとする陽菜にあつみは諭すよう語りかける。

 

「陽菜。

 他二陽菜ト同ジ答エヲ出シテ失敗シタヒト達ガイルノ」

「そう、なんですか?」

 

 自身が導いた結論の失敗例があると聞き戸惑う陽菜。

 って、それってバイドの事だよな?

 

「ウン。

 彼等ハスベテノ命ヲモット強クスレバッテ考エタケド、ソレハ誰モガ傷ツケアッテ何モ得ラレナイ失ウダケノトテモ悲シイ戦イノ火種ニナッタノ」

 

 バイドの結論と陽菜の結論はまったく同じだったと言われ陽菜は悲しそうに俯く。

 

「でも、じゃあどうしたら…」

「ゆっくり考えればいいんだよ」

 

 うじうじされてたらゆっくり出来ないから終わらせるために言う。

 

「一人で考えても失敗するだけなんだ。

 だから、誰かに頼って全員で考えれば陽菜がやりたい事の答えも出る筈だ」

 

 一人で考えた答えがろくなものにならないってのは嫌ってほど経験済みなんでな。

 そう言うと陽菜は嬉しそう顔を上げる。

 

「ありがとうございます!

 私、頑張りますから!」

「それはいいけど今は休ませてね。

 昨日一日働き詰めで疲れてるから」

 

 演習大会で燃料沢山消費したからって提督が今日は自主訓練禁止してる今を逃したら次はどうなるやら。

 

「休息は大事ですよね!

 分かりました!」

 

 元気を取り戻したようでなによりだ。

 さて、これでゆっくりと…

 そう思った直後、コンコンとドアをノックする音が。

 

「神通です。

 少々宜しいでしょうか?」

 

 ……休息は終わりか。

 

「開いてるぞ」

 

 というかこの部屋内側から鍵掛けらんねえし。

 失礼しますと断り神通がドアを開ける。

 

「昨日はとても有意義な訓練を体験させていただき本当にありがとうございました」

 

 そう例を述べてから部屋に入る。

 

「こっちは生きた心地がしなかったけどな」

 

 摩耶とか喧嘩っ早そうな艦娘がいつ逆切れ起こすかとクラインフィールドの準備やめれなかったんだぞ。

 俺の文句に神通は何故かくすりと笑う。

 

「この度はそのお礼にと、こちらを持って参じさせて頂いたのですが、受け取っていただけますか?」

 

 そう言って見せたのは琥珀色の液体が充たされた瓶だった。

 

「そ、それはもしかして竹鶴?」

 

 興奮して気色ばむ北上に神通はええと言う。

 

「私のとっておき、竹鶴の25年物ですよ」

「うひゃあ」

 

 狂喜乱舞とかぴったりなほど喜ぶ北上の様子から酒だってのは分かるけど、そんなに凄いのか?

 

「すまん。

 いいものだってのは何となく解るが酒は詳しくないんだ。

 どういう酒なんだ?」

「竹鶴って言ったら日本製ウィスキーの一等品だよ。

 今のご時世でそうは飲めないプレミアなお酒なんだからね」

「成程」

 

 大吟醸みたいなもんか。

 

「そんな貴重な物、本当にいいのか?」

「ええ。

 流石に惜しくないとは言えませんが、今後課していきたい訓練の草案を幾つも思い至らせてもらいましたから」

「そうか」

 

 神通がいいなら遠慮なく貰っておこう。

 

「ね、ね。

 早速一口頂戴」

 

 よっぽど飲みたいのか北上がいろいろと押し付けながらそうせがんでくる。

 普段なら困って折れるんだがな

 

「だが断る。

 こいつは瑞鳳の回復祝いまでとっとく」

「けちー」

 

 そう言うと北上はぶーぶーと唇を尖らす。

 

「でもまあ、それならしょうがないよね」

 

 文句を垂れながらも北上は素直に引き下がった。

 

「あつみ、預かっといてくれ」

「ワカッタ」

 

 神通から貰ったウィスキーをあつみに預けておく。

 

「用件は他にないか?」

「ええ。

 あまりご迷惑を掛け続けても提督に叱られてしまいますから」

 

 本当に謝礼だけが目的だったのか。

 ……そうだ。

 

「ちょっと頼みたい事があるんだがいいか?」

「頼み、ですか?」

「うん。

 一度逢ってみたいと思ってたんだけどずっと会えなかった艦がいてさ。

 多分居るはずだから、もしよかったら話をしてみたいんだ」

「はぁ…」

 

 そう頼むと神通は困った様子をみせる。

 同時に興味津々と北上が食いつく。

 

「何々?

 もしかして高雄?

 それとも愛宕かな?」

「違う」

 

 島に1番不足しているおっぱい代表の名を挙げる北上だけどさ、それ千代田で十分間に合ってるから。

 

「俺が逢いたいのは川内型三番艦の『那珂』ちゃんだよ」

「那珂…ですか?

 理由は…?」

「俺、那珂ちゃんのファンなんだ」

 

 俺の答えに二人揃って目と口を○にするけど、俺、本気で言ってるからな?

 

 

〜〜〜〜

 

 

 やっほー、皆元気してる?

 艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよ! キャハッ☆

 地方回りのお仕事も一段落して本日は那珂ちゃんはお休みなの。

 なんだけど、帰って来たら泊地の様子がちょっと不穏なんだよね?

 理由を聞きたくても川内お姉ちゃんは昼間だから寝ちゃってるし、神通お姉ちゃんはどこかにお出かけしてていないの。

 仕方ないから提督(プロデューサー)さんにちょっと聞いてこようかな?

 あ、でも那珂ちゃん今はあんまりお肌の調子が良くないし、提督(プロデューサー)さんには1番可愛い那珂ちゃんだけを見てもらいたいから我慢したほうがいいよね☆

 うん! そうと決まったらお休み前の美容体操しちゃおう!

 アイドルの道は一日にしてならず!

 こういう日々の努力が…

 

 コンコン

 

「はぁい☆

 どちら様です…か……?」

 

 ドアを開けたら深海棲艦が居たんだけど、どういうことなの…?

 なんていうか、見た目は駆逐イ級なんだけど…右目に木曾ちゃんの眼帯をしてて身体は森林迷彩の塗装をしてるイ級なんて見たことないよ?

 というか、なんで泊地の中に深海棲艦がいるのよ!!??

 

「……本物だ」

 

 え? 今、深海棲艦が喋ったの!!??

 

「本物の那珂ちゃんだ…」

 

 え? ええ?

 ちょっ、この深海棲艦なんかキラキラし始めてるんだけど!!??

 と、取り敢えずなにかしないと!!??

 艤装の無い今の那珂ちゃんに出来ること……

 

「初めまして!!

 艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよぉ☆

 キャハッ☆」

 

 って、なんで那珂ちゃんはいつもの挨拶しちゃってるのかな!!??

 しかもテンパり過ぎて提督(プロデューサー)さんの前でいつもやってる決めポーズまでバッチリ決めちゃったし!!??

 

「うおぉぉおおおお!!??」

「っ!!??」

 

 ま、まさか怒らせちゃった!!??

 深海棲艦が凄いキラキラしながら荒ぶってるけどどうしたらいいの!!??

 

「N・A・K・A、NAKAちゃあぁぁぁぁぁぁぁぁああん!!」

 

 怖い!!??

 キラキラしながら暴れ狂って本当に怖い!!??

 もうウザキャラ止めるから誰か本当に助けて!!??

 那珂ちゃんの名前を叫びながらバタバタ暴れてたイ級がキラキラしながら私に擦り寄ってくる。

 

「なななななななにかな!!??

 那珂ちゃんはアイドルだからお触りしちゃいけないんだよ!!??」

 

 どんだけ那珂ちゃんはブレないの!!??

 自分でもドン引きしちゃうんだよ!!??

 と、那珂ちゃんの言うことを聞いてくれたのか、イ級が床に頭を擦りながらザァって下がる。

 

「ごめんなさい那珂ちゃん!!

 本物の那珂ちゃんに逢えて、つい節度を忘れてしまいました!!」

 

 ええと…もしかしてあれ、土下座なのかな?

 も、もうどうしたらいいの?

 というか、どうしてこんなことになっちゃったの!?

 

「那珂ちゃん!!」

「はいっ!!??」

 

 今度は何!!??

 那珂ちゃんを呼んだイ級は、まるで恥ずかしがるみたいにもぞもぞしてからどこからともなく真っ白な色紙を那珂ちゃんに差し出して来たの。

 

「サイン下さい!!」

「ええっ!!??」

 

 なんでサイン!?

 欲しいって気持ちは嬉しいけどイ級が相手なん複雑過ぎだよ!!??

 と、とにかくサインすれば終わりなんだからさっと書いて…

 

「那珂ちゃんはサインや握手はお断りしてるんだ。

 だから、ごめんね」

 

 って、そうじゃないでしょ那珂ちゃん!!??

 受けるつもりだったのになんでお断りしてるのよ!!??

 この状況でそんな事言ったら怒らせるだけだよ!!??

 どこまでウザキャラ染み付いちゃってるのよ那珂ちゃんは!!??

 

「……」

 

 いつもの癖でついお断りしちゃったけど、これって那珂ちゃん死んだよね?

 艦隊のアイドルが陸で沈むなんて悲しすぎ…

 

「流石那珂ちゃんだ」

 

 …………………………………………………………………………………………………………………え?

 

「自分を安売りしない那珂ちゃんはやっぱり素敵だ。

 やっぱり那珂ちゃんは最高だ!!」

 

 え? ええええええええ!!??

 怒るどころかますますキラキラが凄くなっちゃったよ!!??

 あんまりにもキラキラし過ぎてミラーボールみたいに輝いちゃってるんだけどどうしたらいいの!!??

 

「逢ってくれてありがとう!!

 これからも陰ながら応援してるから頑張ってね!!」

 

 そう那珂ちゃんに言うとイ級はどこかに行っちゃった。

 ……どういうことなの?

 

「なぁに?

 うるさくて寝られないんだけど?」

 

 あんまりうるさくて川内お姉ちゃんが起きて来ちゃった。

 だけどさ、

 

「それ、那珂ちゃんが1番知りたいの」

 

 本当に、なんだったの?

 

 

〜〜〜〜

 

 

 いやぁ、本物の那珂ちゃんとお話するなんて完全に諦めてたけど、まさか念願叶う日が来るなんて今日はなんていい日なんだ。

 

「イ級、流石にアレはキモいとしか言えないんだけど」

「ちょっとどころじゃなくて本気でいろいろと考え直していいか?」

「くちくきもい」

「アネゴビョウキ?」

「疲レスギテルダケ…ダヨネ…?」

 

 ふふ、何と言われようとなんとも思わないぜ!!

 今ならあの大和をハグしろって言われたって笑顔でやり切れる自信がある。

 そう、今のこの最高の気持ちを言葉に著すならこれしかない。

 

「もう、何も怖くない!!」

「それは本気で危ないから!!??」

 

 フラグ?

 馬鹿いうなよ。

 瑞鳳は氷川丸が全身全霊で看病してるし、明石は千代田とアルファが警護しながらこっちに向かってる。

 この状況で不測の事態が起きるはずがないじゃないか!

 まさに完全勝利!!

 矢でも鉄砲でもR戦闘機でも掛かってこいやってなもんだ!!

 

「大変ネ駆逐棲鬼!!」

 

 ……え?

 物凄く焦った様子で金剛が部屋に飛び込んで来た。

 

「どうしたんだ金剛!?」

「話は後!!

 とにかく桟橋に来るヨ!!」

 

 そう促す金剛に俺達は戸惑いながらも桟橋に向かう。

 桟橋に着くと、そこには明石のアサガオだけが待機していた。

 

「何があった!?」

 

 金剛の焦り用から重大な情報を持っているのだろうと察し、アサガオがあつみに着艦したのを見届け報告を聞く。

 そして、妖精さんが語る報告に耳を疑いたいと本気で思った。

 

 

「千代田が……艦娘に…誘拐された……?」

 




ということでイ級まさかの那珂ちゃんのファンだったという。

次回はブラ鎮編というか、イ級おにもーど☆突入


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あ、イ級

ピカ使うなら私にやらせてよ。

※胸糞注意


 アサガオの到着から半日後、日が暮れ真っ暗になった頃漸く明石がリンガに到着した。

 

「遅くなってすまないイ級……って、なにそれ?」

 

 桟橋で待っていた木曾に連れられた先で、全身をこれでもかと太い鎖でぐるぐる巻きにされてあつみと繋がれたイ級にどうしたのかと困惑する明石に木曾が言う。

 

「こうしとかないとストライダーにバルムンク積んで海に飛び出すからだよ」

「超納得した」

 

 千歳との約束を果たすためと千代田に対して過保護過ぎる姿勢を取っていたイ級の事だ。

 下手をしなくとも千代田を掠った艦娘や属している泊地をバルムンクで焼き払うぐらいやらかすだろう。

 

「で。だ。

 何があった?

 それにアルファはどうしたんだ?」

 

 千代田の誘拐に錯乱したイ級はアサガオの報告では納得出来ないと事情を問い質す。

 靄靄と黒いオーラが漏れ出している辺りそう余裕は無さそうだ。

 

「それなんだけど…」

 

 どう説明したものかと悩みながら明石は言う。

 

「リンガに向かう途中、私達はこの娘達を見付けたんだ」

 

 そう明石は岸に上がった姿のままで身を寄せ合う鈴谷と熊野を指す。

 二人とも見えない何かに怯えているように警戒を剥き出しにしている。

 

「逸れ艦か?」

「いや…元ダブりだよ」

「ダブリ?」

 

 なんのことなのかと首を傾げるあつみに北上が説明する。

 

「簡単に言うと二人目ってこと。

 あつみと島のワ級みたいな関係だね」

「分カッタ」

 

 あつみが納得したところで明石は話を戻す。

 

「で、()が付くって事は解体待ちで脱走したってか?」

「だったら良かったんだけどねぇ…」

 

 歯の奥に何か挟まったような、それでいてそれ以上の説明を避けたい様子を見せる明石。

 そこに明石到着の報を聞いた磐酒がやってくる。

 

「到着したよ「嫌ァッッ!!??」」

 

 磐酒の姿を確認するなり悲痛な叫びを上げる熊野。

 まるで死ぬより酷い絶望を前にしたような悲鳴に更に鈴谷が砲身が折れ曲がった駆逐艦用の単装砲を磐酒に向ける。

 

「く、来るな!!??」

 

 そう睨みながら叫ぶ鈴谷だが、その目は恐怖でいっぱいに満ちて涙となって零れ落ち膝はがくがくと震えどうみても虚勢以外の何とさえ見えないものだった。

 

「ど、どういうことだ?」

 

 初顔合わせからここまで怯えられたら磐酒だって混乱してしまう。

 そんな様子にイ級は胸糞を悪くしながら言う。

 

「明石、そいつらブラ鎮の被害者だな?」

 

 二次創作恒例のブラック企業張りの悪辣な艦隊運営により精神を病んだ艦娘なんだろうと、そうあって欲しい(・・・・・・・・)と問うイ級。

 

「ブラ鎮?」

「超過労働は当然で捨て艦は当たり前。

 改造時に貴重な装備を追加される艦がいるなら山ほど造っておいて牧場なんて宣い改造が完了したら装備を剥いで捨てるなんてザラな糞野郎が管理する場所だよ」

「なにそれ?

 艦娘を馬鹿にしてるの?」

 

 イ級の説明に本気で怒りを露にする北上。

 しかし、イ級はそれであればまだいい。

 もう一つの(・・・・・)ブラ鎮でなければまだ寛容でいられるとそう思った

 だが、

 

「…違う」

 

 イ級の言葉を否定したのは鈴谷だった。

 力無く砲を下ろし、突然自分の上着に手を掛ける鈴谷。

 

「おいなにを!?」

 

 夜とはいえ外で服を脱ごうとする鈴谷に、止めさせようと制止の声を放つ磐酒だが鈴谷は止まらない。

 

「私達は普通の泊地で建造されたんだけど、そこにはもう鈴谷も熊野も居て、私達は居ても艦の総数を圧迫するだけで活躍出来ないからって解体指示を受けたの」

「鈴谷、それは…!?」

「このほうが早いじゃん?

 それに、遅かれ早かれなんだしさ」

 

 熊野が必死に停めようとするのも構わず全てを諦めたように上着を脱ぎタイを解きながら鈴谷は続ける。

 

「それ自体は異論なんてなかったよ?

 活躍出来ないなら居てもしょうがないし、艦娘じゃなくなっても他にいくらでも道はあるんだってそう思ってたから。

 だからさ、上の指示でトラックの解体場に向かったんだ」

「トラックだと…?

 しかし艦娘の解体場は桜島にしか無いはず…」

 

 自分の知識と話が食い違う話に困惑する磐酒。

 そうしている間に鈴谷はとうとうブラウスのボタンを外し、そして上を全部脱いでしまった。

 

「そこで、私は…」

「もういい」

 

 説明なんて必要無かった。

 服の下に隠されていた鈴谷の素肌は、無理矢理例えるなら路地裏の落書きのように無惨な状態だった。

 

「酷イ……」

 

 木曾が吐き気に負け海の方に走り出し耐え切れずあつみがそう漏らした。

 歯が割れたんじゃないかというぐらい歯を軋ませ拳から血を流す磐酒に鈴谷は更に言う。

 

「私なんかまだマシなんだよ?

 中には薬漬けで壊れちゃったのとか売り物にならないからって」

「黙れよ!!??」

 

 感情が爆発したイ級の怒りを顕すように黒い結晶が鎖を切り刻み鈴谷の肌を隠す。

 

「なに…これ…?」

「それ以上言わないでくれ。

 じゃないと、自分を抑え切れなくなる」

 

 戸惑う鈴谷達に悲しみでいっぱいになりながらイ級はそう頼む。

 

「…変な奴だね。

 深海棲艦の癖に艦娘の心配するなんて」

「そんなの関係ない。

 許せないから許せないんだ」

 

 悲しみから一転イ級は黒いオーラを纏いながら怒りを湛え告げる。

 

「あつみ。

 こいつらを氷川丸のところに連れていってくれ」

「ウン」

 

 イ級に頼まれたあつみは投げ捨てられた鈴谷の上着を渡し、肌を隠すと纏わり付いていた結晶が消える。

 

「明石、アルファはどうなった?」

「二人を保護した直後に砲撃を受けてフォースを呼ぶ間もなく盾に」

「そうか」

 

 アルファが撃墜されたと聞いて驚く磐酒を無視しイ級は海に向いて怒鳴る。

 

「さっさと戻ってこい、アルファァァァアアアアアアアア!!」

 

 ビリビリと空気を震わせる凄まじい怒号に艦娘達の舎が騒がしくなるが、イ級が構わず海を睨んでいると水平線の彼方から半壊したアルファが向かって来た。

 

『申シ訳アリマセン御主人。

 私ガ着イテイナガラ』

「謝罪は後だ」

 

 到着と同時に腹を切らんばかりの謝罪を始めるアルファに磐酒が突っ込んでしまう。

 

「今さっき、砲撃の盾になったって言わなかったか?」

「何度潰されようが、波動砲じゃなければアルファは復活するんだよ」

 

 ぶちゅりと悍ましい音を起てながら自己再生を繰り返すアルファを従え、黒いオーラを靡かせながらそうちらりと見るイ級に磐酒はゾワリと恐怖を走らせる。

 しかし臆する暇も与えずイ級は磐酒に問いを掛ける。

 

「磐酒提督。

 トラックの周辺泊地は何箇所だ?」

「…二ヶ所だ」

「その内面識があるのは?」

「古い方の第一泊地になら。

 しかしあそこは」

「どうでもいい」

 

 余計な情報はいらないとイ級は遮る。

 そんなイ級を復活しか木曾が鞘に入れたカトラスでぶん殴る。

 ガコン! と凄まじい音を起てた事で明石や北上を除いた磐酒と騒ぎを聞き付けやってきたその場の者達が目を丸くするが、木曾は構わず叱り付ける。

 

「落ち着けとは言わないが冷静になれ。

 脅しても立場が悪くなるだけで千代田を取り返す事には繋がらないだろうが!」

 

 叱り付ける木曾だが、ただならぬ気配を纏う駆逐棲鬼にそんな台詞が届く訳が無いと周りが思う中、イ級は僅かに沈黙を挟み、

 

「すまない。焦りすぎていた」

 

 と、謝罪を述べた。

 再び周りが呆気に取られる中、イ級は磐酒にも謝罪を告げる。

 

「すまない」

「いや、気持ちは分からなくもない」

 

 磐酒もつい最近同じような境遇に遭ったばかりだ。

 一刻も早くと焦る気持ちは解る。

 

「ともかくだ。

 そんな場所が近くの泊地と関わりが無いとは考えられない。

 結果次第ではトラックが地図から消えると思っておいてくれ」

 

 静かだからこそ一切の異論は認めないという殺気にも似た威圧感を孕むイ級の言葉に磐酒は逆らう余地を見付けられない。

 

「アルファ、鳳翔を寄越したお偉い方に探り入れてこい。

 明石はあつみと瑞鳳の改修を頼む」

『了解』

「解った」

 

 そう指示を出すとイ級は海に向かう。

 

「俺達はどうするんだ?」

「皆を頼む」

 

 そう言って海に飛び込もうとするが、木曾の手が尻尾を掴み留める。

 

「一人でやるつもりか?」

「流石にそれは無理だよ?」

 

 木曾と一緒に北上も連れていけと言うが、イ級は静かに尋ねる。

 

「ただの人間を殺せるか?」

「それは…」

「今回は艦娘でも深海棲艦でもなく相手は人間だ。

 艦娘の敵は深海棲艦で、人間を殺しちゃいけないよ」

 

 それがエゴだとしても、境界を越えてほしくないと来る事を拒むイ級に木曾は馬鹿と批難する。

 

「何を間抜けな事を言っているんだお前は。

 人殺し?

 俺達は軍艦なんだ。

 艦娘として転生しても、俺達の手はとっくに人の血で真っ赤に染まってるよ」

 

 砲は人を吹き飛ばすために、魚雷は人を焼き払うために、この身は国を護る大義名分の名の下に殺害を求められた呪われた存在(軍艦)

 だから、気を遣うなと木曾は手を放しながら言う。

 

「俺達にも背負わせろ。

 千代田を助けるために」

「…分かったよ」

 

 そう言うとイ級は海に降り、木曾と北上とヘ級がそれに続く。

 

「提督…」

 

 途中から参じた大淀が止めるべきではと言いかけるも磐酒は言い切る。

 

「奴らの邪魔をするな。

 これは命令だ」

「しかし」

 

 軍が規律を犯しているらしい事は流れから解る。

 だが、ならばこそ外部の者の好きにさせてはそれこそ提督の立場が危うくなる。

 

「いいか。

 これは独り言だ」

「え…」

 

 帽子を目深に被り磐酒は夜の海に消えていく駆逐棲鬼に背を向ける。

 

「俺はお前達を信頼している。

 だから、それを食い物にしている輩が我慢ならん。

 叶うなら全員で大本営ごと灰にしてやりたいぐらいにだ。

 だが、組織に身を置く以上歯向かえう事は出来ない。

 俺に出来ることは、見て見ぬふりをすることだけだ」

 

 そう言うとパンパンと手を叩き解散するよう促す。

 

「ほれ、さっさと寝て英気を養っておけ。

 明日も朝早くから任務は山のようにあるんだぞ」

 

 そうやじ馬達を散らすと磐酒はぽつりとごちる。

 

「俺にあの時あいつらぐらいの力と覚悟があれば、家族を守ってやれたんだろうか」

 

 そう呟き、頭振って思考を止めると立ちぼうけのまま残った大淀を促しその場を去った。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 連れ去られた千代田は艤装を無理矢理剥がされコンクリート張りの部屋に放り込まれた。

 

「キャアッ!!??」

 

 剥き出しのコンクリートにたたき付けられ悲鳴を上げる千代田。

 

「可愛い悲鳴ね。

 これからどんな声で鳴いてくれるか楽しみね」

「そうね。

 でも、その前に商品を逃がしたお仕置きが先よ」

 

 クスクスと笑う愛宕を同じ笑みを浮かべたまま窘める高雄。

 

「そうだったわね。

 今日のお仕置きは痛いかしら?

 それとも気持ちいいのかしら?」

「私は痛いほうがいいわ。

 でも、気持ちいいのも好きよ」

「高雄ってば贅沢ね。

 でも、私も大好きよ」

 

 そう笑い合う二人を千代田は不気味なものに映って見えた。

 

(何、こいつら?

 完全に壊れてる…)

 

 引きずられている最中聞こえた耳を塞ぎたくなる身を引き裂かれるような悲鳴や淫猥な嬌声の中で、まるでそれを享受する事が幸せなんだというかのようにずっと笑っていた。

 まともな神経をしていたらあんな笑顔が出来るはずがない。

 

「ふふふ、大人しく待っていてね?

 じゃないと、ふふふ」

 

 どうするかを明言せぬまま朗らかに笑い鉄の扉を閉めてしまう。

 

「……はぁ」

 

 漸く緊張を解く事が許された千代田は息を吐く。

 不意の砲撃でアルファが墜ちた直後、明石と鈴谷達を逃がすために囮になったはいいが、まさか艦娘が相手とは思わず簡単に捕まってしまった己を恨めしく思う。

 

「これからどうしよう?」

 

 こんな居るだけで頭がおかしくなりそうな場所からさっさと逃げたいが、かといって艤装を奪われた艦娘は人間と変わらないため目の前の扉一つどうにも出来はしない。

 というか、明石が無事にリンガに着いていてくれていればすぐにイ級が助けに来るだろう。

 情けなくも思わなくはないが、貞操的な意味では大ピンチでもそういう意味では今の状況を差ほど危惧はしていなかった。

 

「不幸だわ…」

「っ!?」

 

 突然響いた声に反射的に壁を背に声の主を確認すると、部屋の隅の薄暗がりで膝を抱えて蹲る先客の姿があった。

 

「……山城?」

 

 薄暗がりかつ艤装が無いので判りづらいが、黒髪のショートカットに髪飾りとミニスカート風の巫女服からそうではないかと尋ねてみる。

 千代田の呼び掛けに山城は顔を上げると陰鬱とした様子で口を開く。

 

「……そうよ。

 欠陥戦艦の山城よ」

 

 自己紹介がてらにいきなり自虐した山城に若干引く千代田。

 

「そういう貴女は千代田ね?」

「ええ」

「貴女も掠われたクチかしら?」

「貴女もって、山城も?」

 

 驚く千代田に自嘲の笑みを浮かべる山城。

 

「ええそうよ。

 私のお姉様を探しに海に出たらいきなりこんなところに連れて来られたのよ」

 

 不幸だわと己の境遇を歎く山城にどうしたものかと頬を掻きつつ取り敢えず言う。

 

「多分だけど、すぐに助けが来るわよ」

「そんな訳無いじゃない」

 

 甘いことを言うなと千代田を睨む。

 

「此処は大本営の管轄する解体場なのよ?

 それも近隣のトラックも一枚噛んでいる。

 そんな場所に助けなんか来る訳無いわ」

「詳しいのね?」

 

 疑問に問うと山城は袖を握る手を強く握る。

 

「隣の部屋で艦娘を酷い目に遭わせている男達そう言っている声が聞こえるのよ」

「……」

 

 聞かなきゃよかったかもと後悔する千代田を余所に山城は頭を膝に埋めてぐちぐちと恨み言を呟き始める。

 

「大体にして始めから不幸なのよ。

 建造されたらいきなり囮にされて、生き残ったと思ったら今度は深海棲艦に助けられて、そして最後はこんな末路。

 大和は横須賀に転属して華々しくやってるってのにどうして私だけ不幸なのかしら…」

 

 半分も聞こえてはいなかったが、随分奇妙な境遇だなとそう思い尋ねてみる。

 

「ちょっといい?」

「……なによ?」

「さっき、深海棲艦に助けられたって言った?」

「……聞き間違いよ」

 

 千代田の問いに山城はそう切り捨て黙り込んでしまう。

 

(もしかして、イ級が助けた艦なのかも)

 

 鳳翔から少しだけイ級との経緯を聞いていた千代田は、その時大和と山城の三隻であったと聞き及んでいた。

 だとしたら、なんという偶然なのか?

 奇妙な巡り会わせもあったものだとそう思った千代田は、いざの時に備え少しでも体力を温存するため床に座り目を閉じた。




 今回の敵はブラ鎮はブラ鎮でもエロ同人のブラ鎮でした。

 ちなみに今回の高雄と愛宕はブラクラのヘングレみたいに終わっているという…

 それと解体は各泊地でやってるというのも普通の人間になった娘達を一々輸送するコスパなんかの無駄が出るのではと不思議に思ったので専用施設があるのだろうと自分は思ってます。

 そうやって考えるとデイリーの解体で修復剤貰えるのって、艦娘を売ってその支払い代金として修復剤を……やめときましょう。

 鈴谷他の描写が甘いのはクズレ級の時みたく書いている内容にキレそうだったからと。

 次回はさーちあんどですとろい&ジェノサイド



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迷惑ヲ掛ケルノダカラ

借リノ一ツモ返サネバナ


 イ級の命を受けたアルファは亜空間を通って元帥の執務室に殴り込みを掛けた。

 

『少々宜シイカ?』

 

 突然の登場に驚く元帥と大淀。

 

「ど、どこから!?」

「待ちたまえ」

 

 慌てて警備の艦娘を呼ぼうとする大淀を制する。

 

「しかし…」

「こんな時間に何の用かね?」

 

 ただならぬ雰囲気から鳳翔の報告書を持参した訳でもなさそうだと身構える元帥にアルファは単刀直入に問い質す。

 

『トラックノ解体場ニ一枚噛ンデイルカ?』

「トラックに?

 ……どういう事だ大淀?」

 

 そんな話は聞いていないと問う元帥に大淀も首を降る。

 

「こちらにも情報はありませんが…」

 

 艦娘に関わる全ての情報を一括している自分さえ把握していない情報に訝しむ大淀。

 

「説明を求めてもいいか?」

『時間ガ惜シイ。

 端的ニデイイナラ』

「任せる」

 

 そう前置きアルファは告げる。

 

『トラックハ艦娘ノ人身売買ヲ行ッテイル。

 ソレヲ潰シニ御主人ガ動イタ』

「馬鹿な…!?」

 

 そんなふざけた真似が起きている筈がと驚く元帥。

 絶句する大淀を尻目にアルファは確認を急く。

 

『関与シテイナインダナ?』

「考えてもみろ。

 国のために命を掛けて戦う娘達と同じ顔をした娘が、意中の間柄でもない見ず知らずの男に抱かれていると知って士気が維持できると思うか?」

 

 自分がそんな下種と同列に疑われ馬鹿にするなと怒気を放つ元帥。

 

「私なら耐えられん。

 例え別の艦であろうと惚れた女(鳳翔)がそのような害に遭ったというなら、やった者の竿を切り落とし一族郎党纏めて晒し首にしてやる」

 

 今すぐにでも得物を手に取りそうな勢いで物騒な台詞を宣う中にさりげなく惚気が混じっているが、茶化す空気でもなくアルファは謝罪をした。

 

『失礼シタ。

 貴殿ハソノヨウナ人物デハナカッタ』

「…こちらこそ興奮が過ぎたな」

 

 お互いに頭を冷やす必要があると間を置き元帥は大淀に命じる。

 

「今すぐ官僚を全員呼び出せ。

 抵抗するなら長門に引きずらせてこい」

「分かりました」

 

 即座に行動に走る大淀が出ていくと元帥は尋ねる。

 

「それを把握した原因を聞いてもいいか?」

『仲間ノ千代田ガ件ノ施設ニ関係スル艦娘ニ捕マッタ。

 ソレトソコカラ脱走ヲ計ッタ艦娘ヲ保護シテイル』

「……そうか」

 

 国の礎と身を粉にする艦娘が今現在も浅ましい欲望の食い物にされていると知り元帥は怒りに燃える。

 

「駆逐棲鬼はどうするつもりだ?」

『艦娘ノ解放ト、報イヲ齎ス所存。

 関係者ハ鏖シニナルダロウ。

 トラックモ地図カラ消エル可能性モ低クハナイ』

「……」

 

 怒り狂っていることは察していたが、まさかそこまでやろうと考えていたと言われ頭を押さえざるを選なかった。

 

「関係者の処分までは目をつぶる。

 だからトラックを地図から消すのは止めさせてくれ。

 でないと最優先討伐対象にしなくてはならなくなる」

 

 そこまでやられては庇いきれないとそう言う。

 

『伝エテオク』

 

 デハ、会議デ。とそう言い亜空間に入るアルファ。

 

「……」

 

 そう言い残し姿を消したアルファに元帥はやや硬直してから思わず呟いてしまった。

 

「まさか、乗り込んで来る気…なのか……?」

 

 嫌な予感に一筋の汗を流す元帥。

 そして一時間後、緊急呼び出しに参じた官僚達が揃ったところで元帥は口を開く。

 

「諸君、つい今しがた駆逐棲鬼の下に潜入させている艦娘より耳を疑う情報が齎された」

「駆逐棲鬼がとうとう我々に牙を剥いたと?」

 

 善性の可能性があると手を出さぬよう触れていた元帥を皮肉し、そう茶々をいれた一人の大将に元帥はああと頷いた。

 

「トラックに向け進軍中との事だ」

「やはり深海棲艦は深海棲艦でしかなかったようですな」

 

 そう元帥を唾棄する勢いでそう声が上がる。

 

「して、どう責任を取るおつもりですかな?」

「待ちたまえ」

 

 早速元帥の退任を迫ろうとする中将を遮り元帥は話を続ける。

 

「由々しき事にだ。

 トラックで艦娘の人身売買が行われていると判明した。

 駆逐棲鬼が動いた理由はそれに関している」

 

 元帥の言葉にどよめきが走る中、バンと机を強打する音が響く。

 

「そのような世迷い事が本当にあると思っておいでか元帥閣下!!」

 

 そう怒鳴り声を上げたのはトラックを管轄する大将であった。

 しかし、アルファから駆逐棲鬼の行動動機を聞き及んでいる元帥は一切たじろぐ事なく大将を見据える。

 

「戯れ言だと、そう言い切るのだな?」

「当たり前だ!!」

 

 愚弄するにも程があると怒りながら大将は嘯く。

 

「トラックは第一、第二共に私が信頼する部下を配しているのだ!!

 そのような愚行を私が見過ごすとおいでか!!??」

 

 今にも掴み掛からん勢いで怒鳴る大将だが、元帥は人身売買の話を出した瞬間大将が一瞬目を逸らしていたのを見逃してはいなかった。

 間違いない。

 こいつが一枚噛んでいる。

 おそらく亜空間で眺めているのだろうアルファにも含め、元帥は静かに問う。

 

「ならば、確かめても良いのだな?」

「勿論だとも!!

 ただし、その前に元帥閣下にはこの度の駆逐棲鬼の跋扈を許した責任を取っていただきますがな!!」

 

 大将の言葉にその通りだと声が次々に上がる。

 

「以前より閣下は艦娘に甘すぎる判断を降しておいでだ。

 貴方の甘さが今日までの深海棲艦との戦争を長引かせた要因であることは疑う由も無い」

アレ(・・)等は所詮兵器。

 いくらでも使い潰してやればよいのです」

「いっそ建造設備に感情を削る機能を追加してはどうですかな?

 そうすれば以前のように特別攻撃兵器の運用にとやかくいうこともないでしょう」

「それは妙案だ。

 元帥閣下は資材の消費を憂慮しておいでだったが、資材など妖精がいくらでも沸かせるのだから構う必要など無いのだ」

 

 中には元帥を売国奴だのと批難する声も混じる中、銘々に言いたい放題を始める官僚達に元帥は怒りよりも哀れみを感じていた。

 元帥の目には彼等が地雷原でタップダンスを踊っているようにしか見えていない。

 そして、その感想は正しく正解であった。

 

『全ク、オ偉方トハ何処ノ世界デモ変ワラナイモノダナ』

 

 虚空から響いた誰の物でも無い声に官僚達の言葉が止まる。

 

「今のは…?」

 

 戸惑いの声の直後、机の中心部の空間に波紋が走りアルファが亜空間から姿を顕す。

 

『実ニ、不愉快窮マリナイ』

 

 侮蔑の声を投じるアルファに中将の一人が叫ぶ。

 

「き、貴様!? 駆逐棲鬼の!!??」

『オ初ニ御目ニ掛カル。

 貴様達ガ駆逐棲鬼ト呼ブ我ガ主ニ従ウR戦闘機『バイドシステムγ』、名ヲアルファト言ウ』

 

 わざと慇懃に挨拶するアルファに狼狽しながら叫ぶ声。

 

「どうやって此処に入って来た!!??」

『見テイナカッタノカ?

 貴様達デモ解リヤスクワザワザ空間ヲ跳躍シテミセタダロウ?』

「空間跳躍?

 馬鹿な!? 『霧』でさえそのような技術は有していなかった筈!!??」

『私ニ用イラレテイル技術ハ『霧』トハ別物。

 波動ヲ基礎トシ次元ト空間ニ作用スル方向ニ特化シテイル』

 

 混乱を増長させるため懇切丁寧な解説をやってやるアルファ。

 

『サテ。私個人ハ長々ト説明シテヤッテモ構ワナイガ、主ハ早急ナ合流ヲ望ンデイル。

 手短ニ済マセテシマオ』

 

 アルファの言葉を遮り扉をぶち破る勢いで開け放たれアサルトライフルを手にした衛兵がなだれ込むと同時にアルファに弾幕を見舞わせた。

 ダダダと立て続けに響く音と共に縦断がアルファに撃ち込まれる。

 その銃撃が一旦中断され、そして彼等は驚愕する。

 

『マズイ鉛ダ。

 エネルギーノ足シニモナラナイナ』

 

 ごりごりと撃ち込まれた鉛玉を砂のように細かく砕きながら吐き出すアルファ。

 

「……化け物が」

 

 悍ましい光景に誰かがそう呟くとアルファは違ウと否定する。

 

『私ハ『悪魔(バイド)』ダ』

 

 直後、アルファが最小限のチャージで波動砲を放つ。

 チャージングが低いためデビルウェーブⅢの形状を維持できずただのスタンダード波動砲として放たれたそれだが、放たれた波動砲は衛兵達の間を摺り抜け壁をぶち抜き外の空気を無理矢理入れる。

 

「「「「………」」」」

 

 現実離れした現実の連続に混乱する暇すら与えられず固まる元帥以外の全員を他所にアルファは淡々と嘯く。

 

『デハ、デモンストレーションヲ始メヨウカ』

 

 そう言うと同時にアルファはバイドフォースを呼び出すと、フォースから生える触手をトラックの大将に突き立てた。

 

「……あ?」

 

 刺さった触手に理解が追い付く暇もなくアルファは命じる。

 

『侵セ』

 

 直後、バイドフォースから波動が放たれ一瞬でバイド汚染が全身に広がり間もなく醜悪な肉の塊にされてしまった。

 

「ひぃぃぃいいいい!!??」

 

 内側から溢れ出した肉によって形を保てず醜い塊へと変えられ真横に居た中将が情けない悲鳴を上げてへたりこむ。

 

『動クナ』

 

 漸く脳が発する指令に追い付きその場から逃げ出そうとするも、アルファの酷薄な声に制される。

 

『逃ゲルナラ次ハオ前達ガコウナルゾ』

 

 蠢動する肉塊にされると言われ誰ひとり動けなくなる中、汚染の拡大を防ぐためフォースに肉塊を取り込ませながらアルファは嘯く。

 

『ヨク聞ケ。一度シカ言ワナイ。

 我ガ主ハ深海棲艦ノ身デハアルガ、艦娘ヲナニヨリモ大事ニ考エテイル。

 故ニ私欲ヲ満タスタメニ下賎ナ欲望ノ餌食トシタ貴様達ヲ今スグニデモ滅シタイト考エルホドニ酷ク怒ッテイル。

 ダガ、マダ貴様達ヲ滅シハシナイ。

 ソレハ、貴様達ガドレダケ腐ロウト貴様達ヲ護リ、ナニヨリコノ国ヲ護ル事ガ艦娘達ノ『誇リ』ダカラダ。

 我ガ主ハ艦娘ノ『誇リ』を重ンジ、今回ダケハ諸悪ヲ成シタ地ノミヲ滅ボスダケデ留マルオツモリダ。

 ダガ、次ハナイ。

 次ガアレバ、私ガ真ッ先ニ貴様達ノ前ニ現レ、私腹ヲ肥ヤスタメニ艦娘ヲ辱メタコノ男ト同ジ末路ニ到ラセル』

 

 艦娘を蔑ろにしたらああなると言われ、老獪な狸であった官僚達や屈強な衛兵達はまるで生まれたての小鹿のようにぶるぶると震え上がる。

 

『忘レルナ。

 コノ国ノ命運ト貴様達ノ命ハ、艦娘一人一人ノ『誇リ』デモッテ保タレテイルコトヲ。

 ソシテ、主ノ敵ハ私ノ敵ダトイウコトヲ忘レルナ。

 逃ゲテモ無駄ダ。

 距離モ障害モ次元デサエモ私ハ踏破シ三千世界ノ果テマデ追イ掛ケ貴様達ノ前ニ現レテミセル。

 ソシテ、終ワラナイ悪夢ヲミセテヤル』

 

 そう言い残しアルファは現れた時と同様に空間に波紋を広げ姿を消した。

 そして残された絶望に満ちた重い沈黙の中、元帥はさてとと呟きながら立ち上がる。

 

「ど、どちらに…?」

 

 そう問うと元帥は当然とばかりに言う。

 

「諸君等が希望した通り、彼等を放逐していた過ちの責を取り退任するのだよ。

 誰が私の跡を継ぐかは好きにするといい」

 

 そう言って出ていこうとする元帥に待ってほしいと声が上がる。

 

「我々が間違っておりました!!」

「そうです!!

 あの様な危険な存在を察知し、その逆鱗に触れぬよう巧妙に立ち回っておいでだった閣下の采配に気付かなかった私達こそ過ちを犯していたのです!!」

 

 一瞬で掌を反し元帥に対し称賛の声を投げ掛ける官僚達。

 

「売国奴の汚名を被る覚悟で以て駆逐棲鬼を監視に留めた閣下こそ軍人の鑑です」

「閣下こそ国の軍神。

 閣下を失うは軍の、いや、国の損失というに余りあるお方!!」

「どうかどうか今一度お考え直し下さい!!??」

 

 そう賛辞と共に退く旨を思い止まるよう説得する彼等だが、元帥にはその腹の中が明け透けに見えていた。

 

(それほどまでに恐ろしかったか)

 

 自分がいなくなり次に元帥の座に着いた者は、もれなくあのアルファ(悪魔)と関わらなければならない。

 その恐怖は私利私欲に塗れた彼等にして余りに大き過ぎる代償であった。

 だからこそ、元帥に消えてもらいたくないのだ。

 恐怖に臆した浅ましさに見ない振りをしつつ用意された神輿に座ってやろうと元帥は思い止まった体を取る。

 

「そこまで言うなら仕方あるまい。

 至らぬ身だが、もう少し続けさせて頂こう」

 

 そう嫌味を込めて敬礼すると、官僚達も宜しくお願い申し上げますと敬礼を返す。

 ふとそこで、元帥はアルファがこうなるように仕向けたのではないかと思った。

 

(まさかな)

 

 だとしたらこれこそ悪魔の所業ではないか。

 そう思い、元帥はアルファが自分を悪魔だと名乗っていた事を思い出し、悪魔めと胸の中で静かに苦笑した。




 ずっと待っていた叢雲改二おめでとう!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 と、いきなりトラックから始めると後が問題なのと元帥が腹を切る羽目になるのでまずは腐った豚どもに楔を叩き込みました。
 これで元帥は終身雇用確定だから、死ぬまで辞められないよ。やったぜ。←

 


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イ級ってさ

なんであんなにジョークが下手なのかな?


 今宵は誰を侍らせるか、そんな下種な考えを巡らせながら業務を終えようとしていたトラック第二泊地の提督は突然の連絡に内心焦っていた。

 

「これは元帥閣下。

 このような時間にどうしたのですか?」

『いやなに。

 君にいい報告と悪い報告があるのでね。

 急いで伝えておきたかったのだよ』

 

 上官である大将ではなく元帥からの通達ということに提督の胆は冷えていた。

 トラックがやっている所業が明らかとなれば破滅以外の道はない。

 しかし提督の焦りを余所に元帥は至って何事もないように画面の向こうで提督の準備を待っている。

 

「…それで、話というのは?」

『ふむ。

 まず悪い話なのだがな、君の直属の上官であった大将殿が急病で亡くなったのだよ』

「…そうですか」

 

 大将が病死したという報告にますます焦りを募らせる。

 しかし、まだ馬脚を顕しはしない。

 たまたま偶然、そう。偶然が重なって元帥が通達を行っているだけなのかもしれないのだ。

 

「それで、いい報告とは?」

『君の昇進が決まったのだよ』

 

 その言葉にやはり杞憂だったのかと胸を撫で下ろそうとした提督だが、

 

『現時刻をもって君は大佐に昇進した。

 おめでとう大佐』

「は?」

 

 おかしい。

 自分の階級は少佐。

 昇進したというなら普通に考えて中佐になる筈。

 混乱を加速させる提督に元帥は告げる。

 

『それでだが、君には今から特務に着いて貰う。

 何、大して難しい内容ではない』

「はっ!!」

 

 特務と言う言葉にそのための特進なのかと納得仕掛けた提督だが、次いで放たれた言葉に絶句した。

 

『玉砕したまえ』

 

 今、元帥は何と言った?

 硬直する提督に構わず元帥は告げる。

 

『君達がやってくれた行いについては既に周知している。

 本来ならば軍法会議の後処罰を降すのだろうが、生憎我々はそこまで暇ではない。

 都合がいいことに今現在、トラックに向け貴君等の諸行に激怒した駆逐棲鬼が進攻している。

 貴君にはそれを鎮める人柱になってもらう。

 一応言っておくが逃げても無駄だ。

 トラックは既に包囲されている。

 ああ、だが』

 

 なにかを思い付いたかのように元帥は告げる。

 

『万が一駆逐棲鬼を倒すことが敵ったのなら、貴君には正当な軍事裁判を行ってあげよう。

 では、法廷で会えることを願っているよ』

 

 心にもない言葉を最後に一方的に通信を終える元帥。

 

「……」

 

 一方提督は現実に思考が追い付かず固まったまま。

 

「提督、今夜は誰と遊ぶんですか?」

 

 そんな空気を露とも知らず愛宕が媚びを売るような甘ったるい声と共に執務室に入って来た。

 

「……愛宕」

「なんですか?

 もしかして、今日も私ですか?」

 

 まるで能面のように固まった表情にも頓着しないでそう問う愛宕に提督は指令を降す。

 

「今すぐ第二の艦娘を全員呼び集めろ。

 駆逐棲鬼が襲撃を掛けて来た」

「はぁい。

 駆逐棲鬼を倒せばいいんですね?」

「違う」

 

 艦隊決戦ではないと提督は言う。

 

「艦娘で人垣を作って時間を稼がせろ。

 その隙に私を連れてハワイに向かえ」

 

 正気を疑うしかない命令に、愛宕は眉一つ動かさずはぁいと笑顔のまま承知した。

 

「では、皆に伝えてきますね」

 

 そう執務室を出ると鼻唄を鳴らしながら楽しそうに歩き出す。

 

「とても楽しそうね愛宕」

 

 そこに通り掛かった高雄が声を掛ける。

 

「あ、わかる?」

「勿論よ。

 とってもいいことがあったのね?」

 

 独り占めなんて狡いわと言う高雄に愛宕はクスクスと笑う。

 

「そんなことしないわよ。

 ちゃんと高雄にも教えてあげる」

 

 そう言い、満面の笑みで言葉を発する愛宕。

 

「大和を虐めたあの駆逐艦が来たのよ」

「……」

 

 愛宕の言葉に数瞬の間を置き高雄は満面の笑みを浮かべる。

 

「遂に来たのね」

「ええ。

 それもとってもご機嫌ななめみたい」

「それは素敵ね」

 

 タガの外れた二人はクスクスと笑い合う。

 

「大和を泣かせたステキな駆逐艦は強いかしら?」

「当然じゃない。

 とってもとっても強いわよ」

 

 くすくすと笑いながら唐突に二人は手袋を外す。

 手袋の下に隠されていた素肌は、まるで蝋のように一切の血色を持たない青白いものであった。

 

「楽しみね高雄」

「楽しみね愛宕」

 

 青白い手を絡み合わせながら、どちらからともなく唇を重ね舌を絡ませる濃密な口付けを交わす二人。

 その瞳は澱み、深海棲艦と同じ輝きに満ちていた。

 

 

〜〜〜〜

 

 

「次の指示が来たぞ」

 

 その声に男の声はそうかいと応じる。

 

「次は一昨日仕入れてた千代田と山城だったか?

 どうするんだと?」

「千代田は搾乳出来るようにで、山城は前は手を出さずに仕込めとさ」

「また変態さんがお買い上げのようで」

「お前よりマシだ」

 

 嘲る声に呆れた声が返される。

 

「んだよ?

 俺のどこがやばいんだ?」

「首を絞めるのはまともなのか?

 それでお前、先月にやり過ぎで三人も殺っただろうが。

 中身だけじゃ値が下がるって文句言われるのはこっちなんだぞ?

 しかも、浜風なんか首が折れるまで締め上げてたらしいじゃないか」

「首を折ったのは浦風だ。

 浜風は普通に絞め殺しちまっただけだ。

 それに『三人』じゃなくて『三体』だ。

 俺は人間相手にやらねえよ。

 警察の厄介になんかなりたくないからな」

「違いな」

 

 そこまで聞いた時点で盗聴を止める。

 

「イ級。

 暴れるなら着いてからにしろよ」

「分かってる」

 

 千代田の安否を確認するため、先行させたパウが亜空間から拾った盗聴結果を聞き木曾がそう注意して来た。

 木曾の声がすっごい冷たいけど、あれを聞いていつも通りでいられたら正気を疑うな。

 

「取り敢えずだ。

 あそこには人間はいない。

 居るのは艦娘だけみたいだな」

「だね」

「ああ」

 

 人間の形をしていようが関係ない。

 俺達にとって、あそこに居るのは人間の形をした殺処分すべきのヒトガタと被害に遭っている艦娘だけだった。

 殺意なんて抱く価値もないが、奴らを踏み潰さなきゃ煮え繰り返った腸が収まりゃしねえ。

 

「作戦を確認しよう。

 俺とヘ級と浮遊要塞はトラックを襲撃。

 その隙に木曾はR戦闘機が起こす騒ぎに乗じて施設に殴り込みを掛ける」

 

 海を移動している最中に浮遊要塞と合流していた。

 どうやらレ級に海に叩き込まれた時点で気絶してしまい、そのまま潮に流され気が付いたら迷子になっていてどうしようもなくずっと海を漂っていたらしい。

 深海棲艦のそれも姫の直衛が迷子になってたとかポンコツ過ぎるぞこいつ。

 不良在庫を押し付けられたんじゃねえだろうな?

 ともあれだ。

 上はアルファが押さえた。

 こちらは地図の書き換えの必要さえしなければなにをやってもいいと言わせたんで即座にと考えていたんだが、生憎とまだ問題は残っていた。

 トラック泊地である。

 世界樹攻略戦と銘打たれたイベントで第一泊地の主力は殆どおらず規模が大きいだけで問題無いのだが、第二泊地はその目的が艦娘の誘拐と仕込まれた元艦娘の輸送のために設立されていたとあってほぼ十全の戦力が残されていた。

 そちらを放置して施設を襲撃すれば救出した艦娘達という足手まといを引っ提げて戦う羽目になるため、深海棲艦である俺達が襲撃を掛けて主力を引き付けその隙に木曾達が艦娘を救う手筈とした。

 本音を言えばバルムンクで泊地ごと抹消してやりたいが、使うとその威力半径に第一、二泊地だけじゃなく施設まで巻き添えにしちまうので泣く泣く開幕ブッパは諦めた。

 

「木曾、悪いがストライダー借りるぞ」

「問題ない」

 

 中を効率よく掃除するためアルファとパウアーマーが施設に向かうため今のうちに木曾のストライダーとパウ・アーマーを載せ変える。

 

「アルファ、ぎりぎりまでは待て。ただし、奴らが千代田に手を出そうとした時点で待たなくていいからな」

『了解』

 

 前準備のためパウ・アーマーと共に亜空間に飛び込むアルファを確認し俺達も別れる。

 

「また後で」

「ああ」

 

 そう木曾と言葉を交わし海路を外れる。

 

「ヘ級、今回だけは例外だ。

 立ち塞がる奴は駆逐だろうが戦艦だろうが艦娘深海棲艦構わず潰せ」

「マカセテクダセエ!!」

 

 手加減無用の指示に威勢を更に高めるヘ級。

 そうして走り続け、夜明け頃になり泊地の警戒網がもうすぐとなった時点で俺はしまかぜ達を降ろす。

 

「行くぞ」

『おうっ!!』『ぽいっ!!』『しれぇ!!』

 

 普段の楽しげな無邪気さは消え、まるで殺気立つ熊のような獰猛さに溢れた声で応える三匹。

 こいつらも艦娘だから、やつらの所業には怒っているのだろう。

 そうでなくちゃ困るがな!!

 程なく前方からこちらに迫る機影をストライダーが発見。

 なんの躊躇もなく俺は告げる。

 

「潰せ」

 

 その命令と同時にストライダーが高度を上げこちらを発見し撤退しようとする彩雲の進路にバリア波動砲を敷くように放ち波動の餌とする。

 

「全員砲雷撃戦の準備はいいな?」

「モチロン!!」

『おうっ!!』

『ぽいっ!!』

『しれぇ!!』

 

 ヘ級としまかぜ達が応じ浮遊要塞も砲門を展開して応じる。

 次いで艦載機の群れが飛来するもストライダーが連続してバリア波動砲を展開し複雑に絡み合わせた天蓋を構築。

 アスレチックのようなフィールドと化した空を波動砲の隙間を抜けようとするも大半が叶わず落ち、残った少ない艦載機は浮遊要塞が飛ばした艦載機に襲われる。

 性能はあちらが上だがバリア波動砲のアスレチックに動きを制限されたいした被害もなく中には自滅していく機体も見付ける。

 普段防護にしか使ってないけど、ストライダーってバルムンク無しでも十分鬼畜な機体じゃねーか。

 制空権を奪取…というかいつもの蹂躙劇で空母を無力化し敵艦の姿を確認する。

 見えた艦は如月、弥生、朝潮、大潮と由良、五十鈴による水雷戦隊に飛龍を旗艦に雲竜、天城、榛名、最上、三隈の空母機動部隊。

 それと支援艦隊らしい伊勢、日向と磯波、敷浪の四隻と飛鷹、隼鷹と初雪、長月の四隻構成の二部隊。

 ゲームでまだ未実装な艦でもこの世界ではもう現役な艦もいるらしくリンガでデータベース観させてもらったから大体覚えているぜ。

 しかし、ゲーム未実装艦を生で拝めてラッキーとは微塵も思えない。

 どいつもこいつも自分の境遇に絶望して諦めているのか目が死んでいて、ただ命令に従うだけのロボットみたいに感じるんだよ。

 締め付けられるような苦みを噛み潰し砲を向けてくる彼女等に向け、走りながら俺は命令する。

 

「蹂躙しろ!!

 ただ一人も残さず水底に叩き込め!!??」

 

 エゴだとしても、せめて艦娘らしい戦いをさせてやるために俺は感情に蓋をして砲を放たせた。

 

 

〜〜〜〜

 

 

「嫌ぁ!!??

 放して!!??」

 

 必死に暴れる千代田を無理矢理犯そうと男は醜悪に笑いながらげらげらと嘲笑う。

 

「ほらほらもっと暴れろよ!

 そうじゃなきゃ面白くねえだろがよ!!」

 

 無理矢理犯すシチュエーションが楽しいと暴れる千代田を嘲笑う男。

 そんな男に呆れながら相方は山城を縛り終え千代田に使用する薬品をアンプルから注射器に吸い上げる。

 

「あんまり傷つけるなよ。

 痣とか残ったら五月蝿いんだからな」

「へっ、ちょっとぐらいなら大丈夫だよ。

 …いい加減にしろ!!」

 

 暴れる千代田に苛ついた男が千代田を張る。

 

「きぁあ!!」

 

 ぱぁんと張る音に縛られた山城が恐怖に肩をガタガタ震わせ怯えるのをみて相方はどうでもいいと言う。

 

「大人しくしてろよ。

 じゃねえとああなるからな」

 

 吸い上げた薬品の量を確認し軽く弾いて残っていた空気を押し出し千代田のほうを確認した相方は、ふと、男の頭の上に奇妙な物体が浮かんでいるのに気付いた。

 アンテナと脚が付いたマスコットか何かにも見えるそれはただじっと男の頭の上で静止している。

 

「おい」

「へへっ、ようやく大人しくなりやがったか」

 

 相方の呼び掛けに気付かず千代田が抵抗を止めた事に調子に乗ろうとした男だが、千代田の表情からは先程までの怯えと敵意が潜まっていることに気付く。

 

「あん?

 テメエ何を」

 

 気に入らないともう一度手を振り上げた瞬間、足付きは振り上げた手に忍び寄った。

 直後、

 

『爆ゼロ』

 

 虚空からの声に足付きがぐにゃりと揺らぎ小さな爆発の塊となって男の手を吹き飛ばした。

 

「ギャァァアァアアアア!!??」

 

 デコイの爆発で手を消し飛ばされた男が絶叫し慌てて相方が反応しようとするが、虚空から飛び出した肉の塊と黒い水晶体がそれぞれ二人の喉を擦り潰し、更に抵抗の間も与えず肩と腿を貫き四肢の腱をも擦り潰す。

 男達が痛みに悶えるだけの肉の塊と化した後、空間を波立たせアルファとパウ・アーマーが亜空間から姿を顕した。

 

『申シ訳アリマセン千代田。

 モット早ク助ケラレタノデスガ、木曾達ヲ待ツ為ニ』

 

 作戦のためとはいえ奴等の暴行を許してしまった事を謝るアルファ。

 

「助けてくれるなら早く助けてよね」

『スミマセン』

 

 唇を尖らせる千代田に本当に申し訳ないと詫びるアルファ。

 そんな姿に千代田は苦笑する。

 

「冗談よ。

 もう少し早く動いてくれたら助かったのは本当だけどね」

 

 そう言うと千代田は状況を確認する。

 

「それで、やっぱりイ級はキレてるの?」

『バルムンクノ封印ヲ解ク算段ヲ立テルホドニ』

「うわぁ…」

 

 核の使用に踏み切ろうとしているレベルのブチ切れっぷりと聞き若干引いてしまう千代田。

 

「一応聞くけど、ちゃんと止めたよね?」

『エエ。

 全部終ワルマデハ留マルト』

「止まってない止まってない」

 

 怒ってくれた事は嬉しくも思わなくはないが、かといって核はやり過ぎだと千代田は溜息を吐く。

 

「はぁ。

 ともかく、イ級の事だし全員助ける気なんでしょ?」

『ハイ。

 艦娘以外ハ皆殺シニシマス』

「……もしかして、アルファもキレてたりしてる?」

『知リ得タ全員ガ』

 

 ブレーキ役なんていなかったんだ。

 今更ながらにそう悟った千代田。

 

「ちょっと」

 

 と、そこに完全放置されていた山城が声を上げる。

 

「さっきからなんなのよあんた達は!?

 そいつはいきなり現れて惨殺死体は作るし、あんたはなんか仲よさ気だし……ああもうどこまで不幸なのよ私は…」

 

 縛られた揚句蚊帳の外に置かれた事が不幸だと嘆く山城。

 

「あ、ごめん。

 すぐに解くから」

 

 山城の解放に向かう千代田を確認してアルファはバイドフォースを呼び寄せ死体寸前の男達に近寄る。

 恐怖を煽るようにゆっくりと迫るアルファから、芋虫のように這って逃げようとする男達に気付き千代田はアルファがなにかを企んでいると知って尋ねる。

 

「そいつらをどうする気なの?」

 

 発狂するまで恐怖を与え続けるわけでもなさそうだけどと問う千代田にアルファは答える。

 

『チョウドイイノデ、コイツラヲ使オウカト』

「使うって?」

 

 洒落じゃ済まない何かをやる気なのだと気付いていても止める気は更々ない千代田にアルファは言う。

 

『バイドハザード。

 御主人ニシテハ、良イネーミングダト思イマセンカ?』

 

 そう問い返すアルファは、まさしく悪魔なようであった。




 さーちあんどですとろいまでは来たけどジェノサイドまで入れなかったorz

 お気づきだとは思いますが高雄と愛宕には大和と同じ技術が使われてます。

 つまり…

 次回は地獄絵図。


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ははは…

 まさか氷川丸以外にもお目に掛かるとは…


 木曾と北上が施設を黙視した頃には、既に地獄は始まっていた。

 

「話には聞いてたけど、凄まじいねアレ」

 

 施設の至る所からコンクリートを突き破って植物系バイドが繁殖し数十年放置されたかのように鬱蒼と生え繁り、施設そのものも汚染され甲虫や昆虫の形をしたバイドが群がり人間を喰らい貪りながら取り込んでいた。

 取り込まれた人間は生きたまま苗床にされ、内側から喰われ体を突き破って新たなバイドを産みだしその激痛に絶叫を上げるもバイドの強靭な生命力により復元され更に生み出されたバイドの糧として喰われる地獄に苛まれていた。

 あちらこちらから悲鳴が聞こえるが、二人はただざまあみろとしか思わない。

 

「これ全部アルファが制御してるんだよな?」

「その筈だけどねえ」

 

 艦娘と妖精さんには一切危害を加えないよう制御されたバイド群は木曾達の邪魔をしないよう道を開き目的地へと誘う。

 

「そういえばイ級はどっちかって言うならバイオハザードじゃなくてDead Spaceだなって言ってたっけ」

 

 どういう意味かと聞いたら方向性がゾンビじゃなくてネクロモーフだからと意味が解らない解答をされた事を思い出す。

 イ級のオーダー通りに活動を続けるバイド群を横目に向かった先には、パウ・アーマーとアルファに警護された千代田と山城。

 そして酷い状態の艦娘20名程が待っていた。

 

「大丈夫か千代田?」

「私はね。

 でも…」

 

 玩弄された艦娘の多くが心を壊され立つことさえままならない状態であり、しかも一部はバイドの引き起こす惨劇に耐え切れず崩壊。

 助けるどころかとどめを刺してしまったと千代田は言う。

 

『申シ訳アリマセン。

 バイドハ直視スルダケデ精神負荷ヲ齎スコトヲ忘レテイマシタ』

「仕方ないとは、あまり言えないよね」

 

 イ級との生活で超常的な現実や恐怖に対しての精神耐性が物凄く上がっていた自分達を基準に考えて行動してしまいそれが裏目に出てしまった。

 

「とにかくだ。

 これで全員か?」

『イエ。

 艦娘ヲ盾ニ施設内部ニ立テ篭モッタ一部ガ残ッテイマス』

 

 艦娘が襲われていない事に目敏く気付きバイドに襲われないよう身を守っているという。

 

「亜空間から強襲掛ければ?」

「ダメ。

 逃げ込んだのが艤装の保管場所だから下手に暴れさせると艤装が汚染されちゃう」

 

 アルファなら完璧にやれるのだろうが、アルファは現在進行系で殖え続けるバイドの汚染能力を創傷感染にまで下げ更に艦娘と艤装に関わる類を襲わぬよう制御しているため前線で動けず、艤装の回収を後回しにしてしまった千代田達では保護した艦娘の問題もあって動けなかったのだ。

 

「じゃっ、こっからは私達の出番だね」

 

 フロッグマンを艤装から下ろし北上は不敵に笑う。

 イ級の目論みでは殺戮は全てバイドにやらせるつもりだったのだろうが、木曾達としても一人ぐらいは殺っておきたいという気持ちがあった。

 

「木曾、やっちゃいましょうかね」

「ああ」

 

 どちらも悪人面とか言われそうな雰囲気で笑う二人。

 

「アルファ、バイドの死体って用意出来る?」

『出来マスヨ』

「じゃ、艤装置場の前に転がしといて」

『了解』

 

 アルファの応えを背に部屋を出ていく木曾と北上。

 そこに正気を失いそうな現実から必死に目を逸らしていた山城が四人の会話を聞き、思わず呟いた。

 

「もう、なんでこんなことになったのよ…」

 

 不幸だわと歎く山城に、千代田とアルファはこの山城意外と強いなぁとそう思うのだった。

 

 

〜〜〜〜

 

 

「さってと、始めますかね」

 

 準備運動を終え明石がうきうきと楽しそうにそう言った。

 

「オ願イシマス明石」

 

 艤装を横にそう頭を下げるあつみに明石はひらひらと手を振る。

 

「そんな神妙にしなくていいよ。

 深海棲艦の改修が出来るって楽しみでしょうがないんだから」

 

 そう笑う明石の顔がR戦闘機の開発している時と同じ笑みであることに気付きちょっと怯えるあつみ。

 

「イ、痛クシナイデネ?」

「そんなことするわけないじゃないか」

 

 イ級のお仕置きは嫌だしと笑う明石の言葉に過程を見届けに来ていた大淀と青葉が青褪め振るえ始める。

 

「触手は嫌触手は嫌触手は嫌触手は嫌触手は嫌触手は嫌触手は嫌触手は嫌触手は嫌触手は嫌触手は嫌触手は嫌触手は嫌触手は嫌触手は嫌触手は嫌触手は嫌触手は嫌触手は嫌」

「違いますそこは入れる場所じゃないんです人体の構造はそこに異物を入れるようには出来てないんですだからそこは本当に止めてくださいお願いします広げないで侵入しないで」

 

 膝を抱えどんより濁った瞳で必死になにかから逃げようと懇願する二人に明石はしばし固まりギギギと錆びたブリキのようにあつみに向いて尋ねる。

 

「もしかして……あるの?」

「マダ処分シテナイッテ」

 

 ピシリと音を立てて罅が走る明石。

 

「大丈夫明石?」

「……うん」

 

 なんとかそう言うと磐酒がやってくる。

 

「…なにがあった?」

 

 壊れかけた明石と心を閉ざした青葉と大淀に戸惑う磐酒にあつみが説明する。

 

「アルファ被害者ノ会」

「もういい説明は十分だ」

 

 枯れるほど歳は取っていない磐酒にとってアレ(・・)はいろんな意味で拷問に等しかった。

 件を思考から排斥し、本題を尋ねる。

 

「いけそうか?」

「まあ、大丈夫だとは思いますよ?」

 

 万が一があったらまたアレに喰われる危険性を肌身で察した明石はぎこちないながらもそう答える。

 

「深海棲艦の艤装を弄った事はあるし、りっちゃんもといリ級やヲ級みたいなタイプの装備型艤装に付いてはノウハウ貰ってますから」

「それ、貰えないかな?」

 

 建造は出来ないけどと語る明石の話に好奇で目を輝かせるリンガの明石と夕張。

 

「提供するのは構わないけど役に立つの?」

「「それは後で考える(わ)!!」」

 

 見事にハモる二人に明石は了解と応じる。

 そしてイ級から預かった改装設計図を取り出しあつみに近付ける。

 

「ちゃんと反応してるね」

 

 設計図とあつみが発光現象を始めたのを確認し明石はクレーンを始めとする艤装の工作機械を稼動させる。

 

「あつみ、何か変な感じはない?」

「大丈夫」

 

 用意してもらった鋼材を投入しながらあつみの変化慎重に伺い作業を続ける明石。

 と、そこで明石は違和感を感じた。

 

「変化が無い?」

 

 算出しておいた鋼材の半分以上を消費したのだが、あつみにこれといった変化は無い。

 通常の改修ならこの時点で変化は始まっているのだが…

 

「変化は感じない?」

「…ウン」

 

 あつみに問うもあつみは判らないと首を振る。

 妖精さん達も異変の兆候は無いという。

 見えない変化はどうかとりっちゃんに教わって作った深海棲艦が放つ力の波長を調べる検知器を確認するがこれにも異常は確認出来ない。

 

「計器にも反応は無い」

 

 春雨の時には鋼材を投入するに連れ組み込んだ深海棲艦を基点に数値が上がっていたのだが、あつみから計測される数値は高くはなっているが一定値に留まっている。

 

「……」

 

 そこで明石は一旦中断すべきか考える。

 深海棲艦の艤装は艦娘と違い装備型でも肉体の一部である。

 数値の様子から、もしかしたらなにかしらの阻害が起きている可能性も否めない。

 考えていた以上に厄介な事になりそうな予感から一時中断を決意した明石にあつみが告げる。

 

「続ケテ明石」

「しかし、」

 

 危険かもしれないと言いかけた明石にあつみが言う。

 

「聞コエルノ」

「聞こえる?」

「ウン」

 

 首を持ち上げあつみは言う。

 

「サッキマデ気付ケナカッタケド、頭ノ中ニ『総意』ノ声ガ語リカケテキテイルノ」

「『総意』のだって?」

 

 姫さえその正体について知らない深海棲艦を統べる存在があつみに介入しているのだと言われ明石は緊張を走らせる。

 

「『総意』ハ言ッテル。

 『時ハ満チテイナイ』『輪廻カラ弾キ出サレテシマウ』『全テヲ呪イニ浸シテハイケナイ』。

 ソウ、私達ヲ止メヨウトシテイル」

「…どういう事?」

 

 明石の中で致命的に何かが噛み合っていない。

 あつみの話から『総意』には語りかける以上の介入は出来ないようだが、『総意』が指しているのが何の事なのかが解らない。

 混乱を沈め答えを導き出すため明石は培って来た全ての知識を総動員させ思考をフル回転させる。

 そうして回転させた思考は『時』『輪廻』『呪い』の三つがキーワードであると仮定を導き出す。

 

(『輪廻』とは多分深海棲艦の不死性に関わる何かで合ってるはず。

 だけど『時』とは何時の事?

 それに『呪い』は何を指している?

 『時』に着いてはあまりに情報が足りないから保留するし。

 じゃあ『呪い』だ。

 『総意』の言い方だとあつみはもう『呪い』に掛かっていると言う感じだった。

 考えろ明石。

 あつみと深海棲艦の違いは何?

 言語? 性能? 装備? ……)

 

 そこで明石は気付く。

 

「妖精さんの加護の…事……?」

 

 だとしたら辻褄が合う。

 あつみはイ級を除いてただ一人妖精さんの加護を享けた深海棲艦。

 元人間というイレギュラーなイ級はさておき『総意』が言う『呪い』の正体が妖精さんの加護であるならば、それに身の全てを浸したあつみは……

 

「あつみ」

 

 自分の声が震えていることを自覚しながら明石は導き出した答えを言う。

 

「多分、いや、ほぼ確実にこのまま作業を続けたらあつみは『深海棲艦』から『艦娘』に生まれ変わる。

 それでもやるかい?」

 

 衝撃的な言葉に空気が凍る。

 先深海棲艦の特性である不死性を捨て、本来敵である艦娘に変わる覚悟はあるかと問う明石にあつみは頷く。

 

「オ願イ」

「……分かった」

 

 強い覚悟を秘めた答えに明石はそれ以上の説得はせず作業を再開。

 鋼材を投入されていくに連れあつみはあつみを包む光が強くなる中で、ふと、産まれた直後の事を思い出した。

 暗い、とても暗い水底の中であつみは『声』を聞いた。

 

 −−届けて

 

 何を? 何処に?

 疑問は沢山あった。

 だけど、ただその言葉は自分が生まれて来た意味なんだとそう識ったあつみは明るい場所を目指した。

 そうして人類が『輸送ワ級』と呼ぶ存在として形を得たあつみは明るい場所、海面に浮かび上がった。

 どこまでも果てしなく広がる海と空の二つの青の狭間を漂っていると、すぐ後からあつみと同じ形をしたワ級が沢山浮かんで来た。

ワ級達はそれぞれに複数固体の隊列を組むと何処を目指すかも分からないまま散り散りに海を進み始める。

 あつみも隊列を作るワ級に紛れ海を進んだ。

 しかし、他のワ級は通商破壊作戦中の艦娘によって沈み、辛うじて生き残ったワ級も資材を狙う深海棲艦に狙われ全ていなくなった。

 そしてあつみも大破して動けなくなった身体か沈むのをただ待つだけとなり潮に流されていた時、イ級が偶然自分を見つけ助けてくれた。

 その時、あつみは思った。

 

 届けることが出来たんだと。と

 

 持っていた燃料は殆ど残っていなかったけど、それでも自分は届けることが出来たんだとそう思えた。

 だから、今度は誰かに頼まれるでも強要されるでもなく自分の意志でイ級の為に働きたいとそう頑張ってきた。

 だからこそ、イ級が好きな艦娘になれるというなら、それはあつみにとって何を失っても構わない程に嬉しいことだった。

 

『その先は辛い道だ。

 それでも行くのか?』

 

 『総意』がそう問い掛ける声にあつみは答える。

 

(私は、行きます)

 

 そうはっきりと想いを告げると『総意』は最後に告げた。

 

『望むままに在れ』

 

 その言葉を最後に『総意』は沈黙してしまった。

 同時にあつみの中にあった温かい繋がりが抜け落ち、代わりに別の温かさが満ちていく。

 

「数値が上がってる。

 始まるよ!!」

 

 計器の急激な反応に明石がそう声を張り上げ、それと同時にあつみに変化が生じ始める。

 死人の青白さだった肌に赤身が差し温かみのある白人特有の透き通るような白に変わり、頭全てを覆う被りものの後部から青く透き通った髪が背中に掛かる長さまで伸びる。

 それに伴い艤装の表面がボロボロと剥離を始めその中からかなり小さな駆逐艦のより小型の艤装が姿を見せる。

 

「あの艤装は…?」

 

 軍艦に載せる筈の無い装備が搭載された艤装に磐酒がまさかと呟く。

 あつみがなろうとしている艦に心辺りがあるからだ。

 その予想が正しければ、あつみは氷川丸と同じく大本営がまだ建造の目度さえ立てられていない特殊な艦になる可能性が高い。

 そうなれば彼等の前途は更に多難になるだろう。

 そう思いながら写真を撮ろうとしていた青葉を抑えながら生まれ変わろうとするあつみを見届けている磐酒達の前で、あつみの変化が終わりを告げた。

 身を埋め込むタイプの艤装は腰に装着するタイプの小さな物に変わり、身に纏うは衣服は妖精さんが誂えたブラウスとタイトスカートの上からファーの着いたコートを羽織っている。

 かつての名残は顔を覆う被りものだけとなり、それもあつみ自身の手で外された。

 

「身体におかしな感じはない?」

「……」

 

 明石の問いに透き通るようなアクアマリンのような瞳で見返してからゆっくりと首を縦に振るあつみ。

 

「特務艦『宗谷』か」

 

 艤装の全容が露になり、磐酒はその艤装の元となった艦の名を口にする。

 宗谷は第二次世界大戦をくぐり抜けた数少ない艦の一隻だが、その役割は海底の測量を行う測量艦である。

 低速、紙装甲、弱武装と三拍子揃った敵からすれば輸送艦並の恰好の餌でしかなかった筈の宗谷だが、測量のために様々な海域を渡る間フィクションとしか思えない程の奇跡と幸運に支えられ生き残った。

 例を挙げると、ある時戦艦長門の隣で爆撃を受けて機関部に直撃するも、投下されたものが可燃性のガソリン単体だった事と入渠中だった事が重なり長門が数多の負傷を重ねる隣で被害はほぼゼロだった。

 他にも座礁して放棄された事があったのだが、誰ひとり乗っていない状態で満潮に乗って自力で脱出してしまった事もある。

 更には宗谷が寄港予定を変更したら寄港予定の場所は既に地獄絵図だった等々。

 そんなある意味雪風以上の奇跡と幸運に愛された艦であり、氷川丸と並び今もなお現存する艦なのだ。

 余談だがこの世界の艦の方の宗谷もまだ沈んでいなかったりする。

 

「提督、大本営にはやっぱり」

「リンガを火の海にする気はない」

 

 報告の義務はあるが、知れば必ず接収せよと言うはず。

 そうなれば駆逐棲鬼の怒りの矛先は何処に向くか…考えるまでもない。

 

「提督、パラオから緊急入電です!!」

 

 そこに焦った様子の大淀が報告を齎す。

 

「パラオからか?」

 

 パラオは元帥の命によりトラック包囲網を敷いていたはず。

 主力艦隊は世界樹に派遣されているがそれ以外にも十二分に鍛えられた艦が多く居たはず。

 内容を促す磐酒に大淀は告げる。

 

「支援要請です。

 西太平洋より新型の鬼タイプが強襲したと」




 氷川丸に続いて宗谷まで参入!!
 外見はMMDを参考にしつつもロシア生まれの設定からヴェールヌイと同じ方向性で描かせていただきました。
 何気で『総意』が初登場したけど、基本的に彼等は介入しません。
 その辺りはおいおい。
 今回はあつみの改修が長くなりすぎたので殺戮は触りで終わったけど次は18Gまっしぐらになるね。

 ……って瑞鳳双胴艦改修が残ってた。


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ああ、

つまらないわ


※懺悔

 この度私めは後書きにて宗谷の記述について大変失礼な間違いを犯しました。
 あろうことかロシア生まれの鹵獲艦であった防護巡洋艦の宗谷と測量艦宗谷の情報を混合させ記憶していました。
 艦への配慮、愛が足りなかった事は言うまでもなく、今後二度と同じ過ちを繰り返さぬよう細心の注意を払い作業を続けたく思います。




 トラック外周の包囲を任されたパラオの艦隊旗艦を任された蒼龍は次々と齎される報に焦りを隠せなかった。

 

『こちら由良!!

 能代と長波が大破!!??

 これ以上の継戦は……キャアアア!!??』

 

 一方的に通信が切られ、通信機が破壊されただけだとそう自分を言い聞かせ自分達が相対するもう一隻に集中する。

 

「江草隊!!」

 

 彗星に機種転換を行った蒼龍の虎の子が空母タイプの鬼へと牙を剥こうと死に物狂いで空を翔けるが、音速の領域からその牙を喰い千切るため『幻影』が襲い掛かる。

 

「くぅっ!!??」

 

 次々と『幻影』に喰われ墜ちていく彗星の姿に悔しさで涙を滲ませる蒼龍を鬼はつまらなそうに鼻を鳴らす。

 

「弱いわね。

 ニ航戦がこの低度なら一航戦もたかが知れるわ」

 

 白い髪を掻き上げそう見下す鬼。

 嘲笑うでなくただ淡々とそう突き付けられる事実に反する事も出来ない蒼龍はただ歯を鳴らす。

 鬼はそんな蒼龍から視線を外すと、黒い篭手のような装甲を外し戦場のど真ん中で爪の手入れを始めた。

 

「引くなら引いていいわよ。

 別に殺戮が目的じゃないし、それに」

 

 |元同報《・・・》なんだしと爪から目を離さずそう嘯く鬼。

 

「それって…どういう事なの!!??」

 

 信じられない台詞に激昂し使えもしない副砲を握る蒼龍だが、それを龍鳳が抑える。

 

「落ち着いて下さい!!??

 艦載機が無い私達がこれ以上留まっても的にしかなり得ません!!??」

 

 龍鳳とて鬼の言葉の真意が気にならないわけじゃ無い。

 だが、今の状況で見逃してもらえるチャンスを逃したら真相を知る機会すら失う事になる。

 

「引き際を見誤れば繰り返すだけです!!

 今は相手の情報を持ち帰り対策を練るべきです!!」

 

 そう説得をする龍鳳の言葉に蒼龍は爪が掌を突き刺す程拳を握り絞める。

 そこに鬼が興味を持たぬ様子で更に言う。

 

「行くなら早くしたほうがいいわよ。

 あっちはもう終わってこっちに向かってるみたいだし」

 

 由良達と戦っていた艦がこっちに向かっていると言いながら懐から取り出した鑢で爪を擦る鬼。

 

「…残存艦は全艦撤退。

 龍鳳、殿を務めるからお願い」

「分かりました」

 

 無事な艦を退かせるため一時離れる龍鳳と身を賭してでも守ろうと鬼を睨みながらじりじりと下がる蒼龍。

 しかし鬼は蒼龍に構う様子もなく爪ばかり注視している。

 

「……」

 

 警戒する必要もないと言われているも同じ態度に怒りを募らせる蒼龍だが、今は生き延びる事が重要だと自分に言い聞かせ屈辱を飲み込み撤退する。

 蒼龍が下がり一人になった鬼は蒼龍が去った方角を一瞥すると爪に息を吹きかけ篭手を着け直す。

 

「これで仕事は果たしたわね」

 

 彼女がここにやってきた理由は高雄達の露払い。

 加賀が居たなら真っ先に沈めついでに他の艦娘も皆殺しにしていただろうが、彼女にとって加賀以外の艦はどうでもいい存在だった。

 

「逃がしたの翔鶴?」

 

 高雄達はまだかなとそう考えていたところで彼女に声を掛ける者が現れる。

 

「だって加賀がいないもの。

 それと、翔鶴は死んだわ。

 今の私は『空母水鬼』よ『軽巡棲鬼』」

 

 彼女の答えに相変わらずねと髪を二つの団子状に纏めた下肢を艤装に埋め込むツインテールの少女はごちる。

 

「私には構わないけど、その呼び方那珂ちゃんには使わないでよ?

 じゃないと、殺すわ」

 

 およそ仲間に向ける類では決してない殺意を込めて空母水鬼を睨む軽巡棲鬼。

 殺気を向けられた空母水鬼はしかし肩透かしだと言わんばかりに軽く息を吐く。

 

「分かってるわよ。

 それはそれとして、高雄達ってばやっぱりイ級とやる気みたいよ。

 私達も加勢しておく?」

 

 乗り気ではなさそうにそう問う空母水鬼に軽巡棲鬼はいいえと言う。

 

「そろそろ那珂ちゃんが起きるみたいだから辞めとくわ」

 

 後はよろしくとそう言い両目を閉じる軽巡棲鬼。

 次に軽巡棲鬼が目を開くと先程までの険が消えどこまでも明るい笑顔を浮かべる。

 

「おはようございます!!

 艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよー!!」

 

 キャハッ☆ と可愛くウインクを決める軽巡棲鬼。

 そんな急変に空母水鬼は特に驚く様子もみせずおはよう那珂ちゃんと挨拶を返す。

 

「そんな無愛想じゃダメだぞ☆

 翔鶴ちゃんは美人さんなんだから笑顔笑顔☆」

 

 勿論1番可愛いのは那珂ちゃんだけどねーとオチまでしっかり決める軽巡棲鬼に空母水鬼ははいはいと軽く流す。

 

「むぅ、翔鶴ちゃんってば冷たい」

「今はお仕事中だからね」

「え?」

 

 と、空母水鬼の言葉に軽巡棲鬼は慌てて辺りを見回す。

 

「わわっ、那珂ちゃんってばアイドルなのにお化粧もしないでお仕事に来ちゃったの!!??」

 

 慌てて艤装から化粧道具を取り出そうとする軽巡棲鬼を空母水鬼は留める。

 

「大丈夫よ。

 阿賀野がちゃんとやってくれてたわ」

「阿賀野ちゃんが?」

 

 空母水鬼の言葉に目を丸くするとキョロキョロと辺りを見回す軽巡棲鬼。

 

「あれ?

 でも、阿賀野ちゃんいないの?」

「阿賀野はまた別任務よ」

「そっか…」

 

 その言葉に一瞬だけ淋しそうにするが、すぐに笑顔を浮かべ直す軽巡棲鬼。

 

「よぉし、阿賀野ちゃんも頑張ってるんだし、那珂ちゃんもがんばるぞ☆」

 

 えいえいおー☆と景気を上げる軽巡棲鬼だが、それに空母水鬼は水を差す。

 

「もう終わってるわよ」

 

 ズコッっと擬音が付きそうな勢いでこける軽巡棲鬼。

 下半身が艤装に取って代わられた姿で器用だなとそう思う空母水鬼。

 

「酷いよ翔鶴ちゃぁん」

「ちゃんとお仕事はしてたわよ。

 那珂ちゃん大活躍だったし」

「ホント!?」

 

 ぶーたれた直後に目を輝かせる軽巡棲鬼にホントホントと適当に相槌を打つ空母水鬼。

 しかし軽巡棲鬼はその言葉に元気を取り戻す

 

「よぉし、那珂ちゃんまたトップアイドルの道を一歩進んだよ☆

 目指せ、アイドルナンバーワン!!」

 

 ビシッとキメポーズを決める軽巡棲鬼にそろそろ戻るわよと促す空母水鬼だが、しかし軽巡棲鬼は北東からトラックへと接近する艦娘の姿を見付ける。

 そして、その中に見知った者を見付ける。

 

「あ、あんなところに春雨ちゃんが居る!!」

 

 それはアルファ経由で事態を聞き付け馳せ参じた古鷹と春雨の二人であった。

 

「ちょっと迎えに行ってくるね!」

 

 そう言うなり走り出す軽巡棲鬼に、空母水鬼はまあいいかとそれに続く。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 空母水鬼の襲撃により海路の確保が調ったと知った高雄と愛宕はそこで行動を開始する。

 

「提督。包囲していた部隊の排除が完了しました」

「そうか」

 

 これで逃げることが出来ると安堵を零す提督。

 

「じゃあ、後は頑張ってくださいねー」

 

 にこにこと笑う愛宕がそう言うと同時に提督が乗る一人乗りの高速艇を前後から挟み進んでいた高雄と愛宕は反転して離れ始める。

 

「どこに行くお前達!!??」

 

 慌てて後を追おうと舵を握るが舵はロックされ航路の変更は不可能だった。

 あわてふためく提督を嘲弄することもなく高雄は普段通りの態度で述べる。

 

「すみません提督。

 私達、やっぱり貴方より駆逐棲鬼のほうが素敵だからそっちにいきますね」

「ふざけるな!!??」

 

 舵を切るため計器を目茶苦茶に弄るもオートパイロットの解除が叶わず必死に叫ぶ。

 しかし二人は全く取り合おうとしない。

 

「あ、それと提督。

 毎日誰かしらを部屋に連れ込むのはとても結構なのですが、自分が満足しただけで終わりにしてしまうのは改善すべきかと」

「せっかく気持ちよくなってたのにいつもお預けされて、私、とっても不満だったんですよ?」

 

 今と関係の無い普段の不平を述べながら離れていく二人。

 

「俺は提督だぞ!!??

 俺がいなくなったら…」

 

 自分の有用性を怒鳴り散らす提督だが、全てを言い切る前に突如射した影に思わずそちらを見る。

 そして提督の視界いっぱいに映ったのは、自分を丸呑みにしようと海中から飛び出して来た深海棲艦の口であった。

 

「ひぃ」

 

 悲鳴を最後まで上げる事さえ叶わず船ごと沈む提督。

 

「ナニタベテルノ?」

 

 船を襲った深海棲艦が海底に引きずり込んだ高速艇をバリバリとかみ砕いている様子に仲間が尋ねる。

 

「…ンー?」

 

 その問いに深海棲艦は歯んでいた船の残骸を提督の肉片ごと飲み込み言う。

 

「ナンカウエニアッタカラタベテミタノ」

「ナニヲ?」

「サア?」

 

 そう首を傾げる深海棲艦に呆れたとごちる。

 

「ソンナンジャオナカコワスワヨ」

「キヲツケル」

 

 そう答えると二隻は何もなかった様にその場を離れていく。

 あっさりとした末路ももはや眼中になく、二人はそれぞれが牽引していたコンテナを展開する。

 展開されたコンテナの中には、数多の鎖で幾重にも縛られた深海棲艦と高雄型艤装を融合させた異形の怪物が拘束されていた。

 ぐるぐると喉を鳴らす艤装を眺め二人の笑みが深く釣り上がる。

 

「漸く本気がだせるわね」

「目立つからこっちはずっと使えなかったものね」

 

 そう口々に述べながら二人は展開したコンテナに乗り上げてから装着していた艤装を捨て、鎖を解いて深海棲艦が混ざり合った艤装を装着する。

 高雄が装備した艤装には艦首に巨大な口とそこから延びる二つの砲身を携えていた。

 一方愛宕の艤装は艦首こそ同様だが、高雄のような長大な砲は無く代わりに甲板に大量の口が犇めくように並んでいた。

 

「久しぶりだけどいい感じね」

「当然よ。

 私達の本当の艤装なんだから」

 

 唸りを零す艤装を満足げに見遣り、二人はコンテナから海上に降りるとそのままトラックへと滑るように走り出す。

 と、そこで高雄が何かに気付き目を細め笑みが更に深くなる。

 

「どうしたの高雄?」

 

 高雄の笑みに愛宕は尋ね、しかし答えを待たず同じく笑みを深める。

 

「翔鶴と阿賀野ってば張り切ってるみたいね」

「ええ。

 春雨と、博士が前に言ってたバイド汚染された艦みたいね」

 

 そう言うと高雄は尋ねる。

 

「どうする愛宕?」

「駄目よ〜。

 二人の楽しみを横取りなんてしちゃ」

 

 念のため駆逐棲鬼を一旦諦めて援護に向かうかと問う高雄に、にこにこと笑いながら愛宕は援護には向かわないと言う。

 愛宕の意見に高雄は笑みを崩さず頷く。

 

「それもそうね。

 横取りなんてしたら悪いわよね」

 

 生も死も彼女達にとってさしたる問題になりはしない。

 故に、安否を配する感情は微塵足りとも持っていなかった。

 改めて駆逐棲鬼が戦う場へと航路を向ける高雄と愛宕。

 そして、距離150キロを切った時点で愛宕は言った。

 

「高雄、私からやってもいいかしら?」

 

 その問いに高雄は笑みを湛えいいわよと応じる。

 

「アハッ!」

 

 その答えに笑みが更に深くなり、同時に甲板の口が一斉に開き口の中から円錐型の先端を有した筒が甲板から頭を覗かせる。

 

「ぱんぱかぱーん!」

 

 そう楽しそうに言の葉を放った瞬間、甲板から延びた筒…ミサイルが白い噴煙を噴き出し一斉に飛翔。

 その牙を突き立てるため、トラックに向け空を舞った。




 ということで皆様の予想を裏切り空母水鬼と軽巡棲鬼の強襲とさせていただきました。
 といっても二人も春雨と同じ堕ちた艦娘なのですけどね。
 軽巡棲鬼の性格は那珂と阿賀野のどちらにするかと考えた結果、阿賀野ベース二重人格とか美味しくね?等とシャレにならない発想をそのまま採用し、その結果イ級との相性最悪になったという…どうしてこうなった!!??←

 後、これはふと手元の走り書きを見た結果なんですが

艦娘:堕ちた原因

大和 傲慢
高雄、愛宕 色欲
翔鶴 怠惰
阿賀野 虚飾
春雨 憂鬱

……狙ってないのに大罪に対応してたんですが、なんでこんなことになってんだ?


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なんで

現代兵器が!!??


「ざぅあらぁああああっ!!??」

 

 自分でもよくわからない咆哮を吐き出しながら魚雷と砲撃をかい潜り駆け回る。

 総勢20隻の艦娘に対して俺達はたった3隻。

 普通ならとっくの昔に踏み潰されて終わって終わってるんだろうけど、ストライダーのお陰で脱落0で未だ耐え続けていた。

 いやホントストライダー様々だよ。

 空母が艦載機を失いほぼ置物とした後も酸素魚雷や直撃コースの致命的な砲撃をバリア波動砲で防いでくれるもんだからクラインフィールドの消耗も殆ど無い。

 とはいえ回避を怠れるほど状況は甘くないのは事実。

 加えてこっちも攻めあぐねる事態になってるんだけどな!!

 

『しれぇ!!』

 

 ゆきかぜが吠え酸素魚雷を弥生に向け投射。

 回避予測済みの必中が期待できるその雷撃を小破した隼鷹がその射線に割り込んで代わりに被雷した。

 

「あ〜、こんな格好もう慣れたもんだよね…」

 

 中破した隼鷹が死んだ目でそうぼやき盾になるため更に前に出て来る。

 これが俺達が攻めあぐねる理由なんだ。

 ブラ鎮で使われてたのが原因でどいつもこいつもネガティブ過ぎんだよ。

 戦力外になれば引くと考えてたのに逆に味方の盾にと前に出て率先して被弾被雷しまくるし、喰らえばああやってネガティブ発言かましてこっちの戦意を刔ってきやがる。

 おかげで最初の決意なんかとっくの昔にどっかに吹っ飛んでるんだよ。

 

「今すぐ帰りてぇ」

 

 いや、ブラ鎮やりやがった屑野郎はぶん殴りたいから頑張るよ。うん。

 

「アネゴ!!

 ソラカラミサイルガ!!??」

「はぁっ!!??」

 

 なんでそんなもんが飛んで来てんだよ!!??

 対空レーダーを木曾にやっちまったのが裏目に出たと喚く間もなく数十発近いミサイルが俺達目掛け降ってくる。

 

「防げストライダー!!??」

 

 俺の怒鳴り声に呼応してストライダーがバリア波動砲を放ちミサイルの雨を防ぐ。

 波動の壁に阻まれたミサイルが次々と着弾と同時に赤と黒の花火を撒き散らし空を染める。

 

「何処のどいつが撃ちやがった!!??」

 

 サイズからして通常艦艇から放たれた物じゃないの明白。

 というか第二次大戦以降の装備なんてどの国が開発したんだクソが!!??

 そこ、お前が言うなとか言ってんじゃねえぞ。

 悪態を吐いた直後、ストライダーが突然爆散した。

 

「ストライダー!?」

 

 まさか波動砲の撃ち過ぎで自壊したのか!!??

 だけどそんな事を確認している暇なんて俺達には無かった。

 バリア波動砲を制御していたストライダーの消失でミサイルを防いでいた天蓋が無くなり後続のミサイルが降って来ていたのだから。

 

「ヘ級、要塞、こっちに!!」

「ヘイ!!」

 

 間一髪クラインフィールドの射程圏内に間に合った二人(?)をクラインフィールドで共に囲いミサイルの爆風に耐える。

 

「持ってくれよ!!??」

 

 ダメージはシャットアウト出来ているが、爆音と閃光がクラインフィールドを挟んで外の状況を完全にわからなくさせてしまう。

 体感時間で10分以上が経ち、ミサイルの飛来が終わってるんだろう黒煙が晴れた直後、漸く状況を見渡せる時点になって俺は絶句するしかなかった。

 

「マジかよ…?」

 

 飛来したミサイルは俺達だけを狙っているものだと思っていた。

 だが、ミサイルはこの戦場の全員(・・・・・・・)を攻撃目標にしていた。

 対処する間もなかったのだろう、さっきまで戦っていた艦娘達はその多くが海上に倒れ伏していた。

 

「ヒドイマネヲシヤガル…」

 

 俺達以外でミサイルの雨を生き残ったのは朝潮、榛名、磯波、弥生、飛龍の僅か5隻。

 そいつらも辛うじて轟沈寸前の酷い有様。

 ヘ級でさえそういう程の惨状に俺は一度は鎮まりかけた黒い衝動がぐつぐつと煮え滾るのを抑えるのに必死だった。

 そうしていないと、どこでもいいから超重力砲をぶちかましてしまいそうだからだ。

 

「ヘ級、要塞。

 あいつら連れて陸に向かえ」

「アネゴ?」

 

 さっきは沈めろって言ったから戸惑ってるんだろうけど、悪いが構ってる余裕ねえんだわ。

 

「頼むわ。

 一人残らずあんな、どうしようもねえ死に様させるなんてやる瀬ねえんだよ」

「…ワカリヤシタ」

 

 そう応じて生き残りの曳航に向かうヘ級と浮遊要塞。

 それを見届けてから俺はしまかぜ達を乗せミサイルが飛来しただろうおおよその方角に向け舵を切る。

 ほんの僅かしか確認出来なかったが、俺に乗っている妖精さんは深海棲艦の物ではないと言い切った。

 つまりだ。

 俺達を狙ってミサイルを撃ったのは艦娘で、味方ごと攻撃しやがったっつう事だ。

 

「許せねえ」

 

 俺達(深海棲艦)が言えた義理じゃないとしてもだ。

 敵を倒すために捨て艦戦法をやったそいつらには、骨の髄まで後悔させてやる。

 クラインフィールドを纏って水の抵抗を減らし60オーバーで海上を駆けていると、向かう方向からやや擦れた水平線の向こうが一瞬光ったような気がして俺は反射的に舵を切る。

 直後、光った方角から飛来した砲弾がクラインフィールドを掠り脇を通過していった。

 

「そこかぁっ!!」

 

 舵を更に切って飛来した方角に全速力で走る。

 掠った際にクラインフィールドがかなり削られたのが気になっていたら、九一式鉄鋼弾+46cm砲辺りだと仮定してた妖精さんたちが砲撃の正体にたどり着き大慌てで俺に伝える。

 

「今のが20、3cm砲だって!?」

 

 水平射撃で40km以上の射程がある20、3cm砲なんて聞いたこともねえぞ!?

 信じがたいが電磁加速、所謂レールガンのシステムを組み込んで射程を延ばしていると妖精さんは推察を語る。

 ついでにストライダーを落としたのは同じ砲撃で間違いないという。

 しかもだ。

 クラインフィールドに残った残滓から微量の放射性物質を検地したという。

 

「それってまさか、劣化ウラン弾とかいう奴か…?」

 

 勘違いであって欲しかったが、妖精さんは重い顔でその可能性は非常に高いと言う。

 バルムンク持ち出そうとした俺が言えた義理じゃないけど核兵器はやばいだろ!?

 クラインフィールドの削られかたから直撃はまずいと判断した俺は船速を最大から中程度まで落とし回避運動を最優先に接敵を試みる。

 幾度となく放たれる砲撃を必死に回避しながら走り続けると、やがて俺の前に異形の艤装を装着した高雄と愛宕が見えた。

 接近する俺を見留めた愛宕が唇を尖らす。

 

「なにやってるの高雄ってば。

 もしかしてわざと外してるの?」

「違うわよ愛宕。

 彼女が避けるのが上手いのよ」

 

 張り付けたような笑顔でそう話す二人に薄ら寒いものが走るのを自覚しながら俺は、停止と同時にクラインフィールドを解きしまかぜ達を身体から降ろす。

 

「手前等、そいつは一体何の冗談だ?」

 

 艤装と融合した深海棲艦はぐるぐると喉を鳴らし苦しそうに呻いている。

 明石の作った春雨の艤装も大概ちゃあ同レベルだったが、春雨の艤装に組み込まれた深海棲艦はあんな苦しそうに呻いた事は無かった。

 寧ろ、そう在ることを誇る様子であったぐらいであんな怨嗟を抱えた風は一度もない。

 問い質す俺に愛宕は不思議そうに首を傾げる。

 

「冗談って、何のことかしら?」

「きっとあれよ愛宕。

 楽しみにしていた殺戮に水を差した事よ」

「ああそれなら納得ね」

 

 にぱぁ、とか擬音がつきそうな様子で笑うと愛宕はごめんなさいねと言う。

 

「とっても楽しそうだからつい邪魔しちゃったのよ」

「楽しそうって…」

 

 愛宕の言葉一つ一つに俺は悍気を走らせる。

 それで気付いた。

 こいつらは駄目(・・)だ。

 艦娘だとかそういう一切も関係なく駄目だ。

 例えるなら毒。

 触れただけで侵されて狂わされる猛毒。

 こいつらに比べたらバイド汚染なんて生易しいものにさえ感じる。

 

「あら?

 もしかして怯えてるのかしら?」

「そんな訳無いじゃない愛宕。

 女王様が半端者に怯えるなんてありえないわ」

 

 何言ってんだこいつら?

 誰かと勘違いしているのか?

 そもそも女王なんてカテゴリーは聞いたこともない。

 …いや、考えるだけ無駄か。

 どこからどう見てもこいつらおかしい。

 言ってることを一々気にしていたらこっちの頭がどうにかなっちまう。

 頭を切り替えると察したのか二人は笑みをそのまま艤装をひと撫でして砲をこちらに向ける。

 

「一つ、答えてもらう」

 

 しまかぜ達が戦闘体勢を整えいつでもいける事を確認し俺は問う。

 

「お前等何が楽しいんだ?」

 

理解できないし知りたくもないが、俺はそう尋ねていた。

 

「なにもかもですわ」

「気持ちいいことも痛いことも殺すのも殺されるのも、なにもかも楽しいわよ」

 

 ああ、やっぱり理解できねえや。

 

「そうかよ」

 

 こいつらがこうなった原因とか春雨と関わりがあるのかとか、諸々聞き出さなきゃならなそうな事は山ほどあるがだ、

 

「来いよ。

 お望み通りぶっ殺してやる」

 

 瑞鳳とあつみのために明石を呼んだら今度は千代田を助けるためにブラ鎮と戦う羽目になって終いには深海棲艦化したこいつらを…か。

 呪われてるのは知ってたが、ホント、なんでこんなことになったんだ?

 

 

〜〜〜〜

 

 

 高雄と愛宕の二人とイ級が邂敵を目指し行動を開始した頃、古鷹と春雨は険嫩な雰囲気を纏ってトラックを目指していた。

 その目的はイ級達と同じく艦娘を食い物とした下種を抹殺するためである。

 鳳翔はそれより少し前、信長が寄越したツ級によって齎された切実なる嘆願に義憤を燃やし世界樹へと向かったため同行していない。

 

「後半日ぐらいでトラックに着くけど大丈夫?」

「はい」

 

 北方棲鬼の艤装に乗り込んだ前回と違い長距離を己の艤装だけで航海する春雨も慮る古鷹。

 リハビリも完全でない春雨に疲労の色は確かに見えるが、それと同時に瞳には拭いきれない憎しみと恐怖が潜んでいる。

 だが春雨はそれを嚥下して呟く。

 

「乗り越えないと…前に進めませんから」

 

 何の事なのか春雨の秘めた怒りを波動として察した古鷹は問わず電探の感が無いか確かめる。

 イ級から貰ったOPS-28Dの索敵圏は最大まで伸ばせば100キロを越える。

 水偵が無ければ30キロと探れない自分達の電探と比べ時代の進歩はすごいなと感動と同時に、上手く使いこなせないからとあっさり手放したイ級に感謝と軽く嫉妬を覚える。

 とはいえ100キロもの射程圏内を得てもミサイルやレールガンといった超超射程距離を狙える兵器を持っていない自分達では宝の持ち腐れは同じ事。

 

「あれ?」

 

 メガ波動砲の射程距離を伸ばせないかなと考え始めた古鷹はレーダーがこちらに向かってくる二つの反応を捉えた事を察知。

 今までの経験が出会ってはまずいと声高に叫び、更に身を蝕むバイドまでが排除すべき危険だとざわめいていた。

 深海棲艦化した自身も然ることながら、古鷹の義手や琥珀色の瞳も艦娘に見られては厄介の種となる。

 硬い表情を作る古鷹にどうしたのかと不安を問う春雨。

 

「どうしたんですか?」

「レーダーがこちらに向かってくる艦影を捉えました。

 目視されると面倒になるので航路を変更します」

「わかりました」

 

 接近する艦影に航路を変えた事に気付き軽巡棲鬼が不満の声を上げる。

 

「もうっ、なんで気付いてくれないのよ!?」

 

 喚く軽巡棲鬼に空母水鬼はどうでもいいと言う。

 

「那珂ちゃんが嫌われてるからじゃない?」

「そんなことないもん!!??」

 

 半泣きで必死に否定する軽巡棲鬼。

 

「那珂ちゃんはアイドルだから嫌われたりなんてしないもん!!」

 

 今にも噛みつかんばかりに叫ぶ軽巡棲鬼に面倒臭いと思いながら空母水鬼は言う。

 

「じゃあアイドルの輝きが足りないから気付いてもらえないんじゃないの?」

 

 空母水鬼の言葉にガーンと擬音が付きそうな勢いでショックを受ける軽巡棲鬼。

 

「ガーン!!」

「自分で言っちゃうんだ」

 

 そう突っ込むが軽巡棲鬼は聞いた様子もなく両手で頭を押さえる。

 

「那珂ちゃんの頑張りが足りないから春雨ちゃんが気付いてくれてなかったなんて……でも、那珂ちゃんはこんな事で躓けたりなんかしないんだから!!」

 

 そう決意を新たにすると軽巡棲鬼は頼む。

 

「お願い翔鶴ちゃん!!

 那珂ちゃんに力を貸して!!」

「面倒臭いから嫌」

「そこをなんとか!!」

 

 けんもほろろに袖にされてもしつこく食い下がる軽巡棲鬼に面倒臭いからと空母水鬼は折れる。

 

「仕方ないわね。

 一機飛ばしてあげるからそれでいいわね?」

「うん!!」

 

 面倒臭いと愚痴りながら艤装のカタパルトから『幻影』を発艦させる空母水鬼に軽巡棲鬼は満面の笑顔で礼を言う。

 

「ありがとう翔鶴ちゃん!!」

「はいはい」

 

 適当に流しながら空母水鬼はカタパルトから飛び立った『幻影』に命じる。

 

「目標重巡。

 ミサイルの発射許可を出すから一撃で沈めなさい」

 

 大きく迂回する航路を取りながら古鷹は呟く。

 

「鳳翔に貸したあの子を連れてくればよかったかも」

 

 飛行場姫から支払われた報酬で明石がまた勝手に開発した『R-9ER パワードサイレンス』は波動砲を搭載していないため戦闘能力はアサガオ並に低いが、電探を狂わせるジャミング機能を持ちイ級の渡したレーダーと組合せれば非常に高い隠密行動が可能となる。

 しかし今回は鳳翔が出撃した案件が先に起きたため無くても大丈夫だろうと貸し出していたのだ。

 嫌なタイミングで裏目を引いたことに一抹の不安を抱きつつレーダーを頼りになんとか振り切れないかと願うが、相手は30ノット以上の高速で移動しておりかつまだ完全に艤装を使いこなせない春雨という枷が徐々に距離を詰めさせていた。

 

(砲雷撃だけで撃退…ううん。

 おそらく無理)

 

 距離が詰まるに連れバイドのざわめきは酷くなり続けていくばかり。

 まだ義手のフォースコンダクターの制御下から外れるほどではないが、少なくとも波動砲を封じたまま切り抜けられる相手ではない。

 しかしバイド汚染の浸食具合からして春雨を守りながら戦闘に入ろうものなら制御不可能な程度まで汚染が進む可能性が高い。

 

(こうなったら春雨だけでも先行させて…)

 

 そう口を開こうとした古鷹だが、直後レーダーが低空を音速を越える速度で飛来する飛翔物を捉えた。

 

「砲撃!?

 だけどまだ50キロ以上距離が…!?」

 

 回避運動を促そうと振り向いた古鷹の目に飛び込んで来たのは音速の世界を駆け抜ける『幻影』の姿だった。

 

「『F-4』!?

 噴式戦闘機がどうして!!??」

 

 『幻影』の愛称で呼ばれるF-4は驚愕し叫ぶ古鷹に狙いを定め、四発のAIM-7スパローミサイルを解き放った。

 




 


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………テ…………キ……

……タ………オ……ス…………


「古鷹さん!!??」

 

 迫る四発のミサイルに春雨の悲鳴が響く。

 対空ミサイルといえどもその破壊力は古鷹を仕留めて釣りが十分帰るだけの威力がある。

 迫る脅威を前に古鷹より先にバイドの攻撃本能が反応した。

 

「ハイパードライブ解放!!

 打ち砕いて、ハイパー波動砲!!」

 

 バイドの本能のまま古鷹はF-4に向け義手を突き出し、義手の機構が展開すると同時に波動砲が立て続けに放たれミサイルを迎撃する。

 しかしチャージングが足りない状態で強引に放たれた波動砲は数秒と経たず撃ち切られ飛来するミサイルの内一発を取りこぼしてしまった。

 為す術を尽くした古鷹を討つ筈だったミサイルは、突如真横から飛来した黒い球体に打ち砕かれ爆散。

 衝撃に多少煽られるも古鷹はかすり傷程度で切り抜けた。

 

「古鷹さん!?」

 

 バイドの本能によって生命エネルギーを波動に変換され落ちかけた意識を春雨の呼び掛けで無理矢理引き戻す古鷹。

 

「私は大丈夫です!!

 明石が造ってくれた『お守り』が守ってくれました!!」

 

 ハイパー波動砲の発動と同時に古鷹を中心として高速回転しながら古鷹を守った『シャドウビット』(お守り)を確認しそう告げる。

 シャドウフォースを参考に明石が開発したシャドウビットは明石の壊れ開発技能と妖精さんの加護のみと本来の技術を殆ど用いらずに作られた模造品故に自律攻撃の不可かつ耐久性が低いといった劣化品ではあるものの、古鷹のハイパー発動砲に併せて身を守る支援能力は有しており、それ故に切り抜けることが叶った。

 しかしその代償は軽くない。

 

「くぅっ…!?」

 

 消費した生命エネルギーを補填するため身に宿るバイドが活性化を開始。

 それにより汚染が進み古鷹の身体が艦娘からバイドへと更に傾いていく。

 

「ダめ…収まッテ…!?」

 

 思考が鈍り破壊衝動が目の前にいる春雨(深海棲艦)を殺せと声高に叫ぶ声をフォースコンダクターを介し押さえ込む。

 

「やっと追い付いたよ〜」

 

 殺意に飲まれまいと意識を強く保つ古鷹を見守るしか出来なかった春雨はその声に耳を疑いながら声の先を振り向き固まる。

 

「あ…がの……さ…ん……?」

 

 軽巡棲鬼を見た春雨はどうして? と呻くが春雨の慄きを気付かず軽巡棲鬼は頬を膨らませて文句を垂れる。

 

「もう!!

 さっきからずっと那珂ちゃんが呼び掛けてたのになんで気付いてくれなかったの!?」

 

 そうむくれる軽巡棲鬼だが、春雨は困惑から脱せずつい尋ねた。

 

「どうしてここに…?」

「えっとね、……あれ?」

 

 春雨の問いに軽巡棲鬼は首を傾げる。

 

「今日のお仕事の内容なんだっけ?」

 

 気付きもしていなかったと慌てた様子で空母水鬼を呼ぶ軽巡棲鬼。

 

「翔鶴ちゃーん!!

 今日のお仕事はなんだっけー?」

 

 大声でそう確認する軽巡棲鬼に心底面倒だと表情で語る空母水鬼。

 

「そんなに大声で呼ばなくても聞こえているわよ」

「テヘッ☆

 ごめんね?」

 

 ペロリと舌を出して可愛いげをアピールしながら謝る軽巡棲鬼。

 春雨は空母水鬼の姿に更に衝撃を受けていた。

 

「翔鶴さん……貴女まで…」

 

 いつかこうなるんじゃないかと恐れていた事が現実となって姿を現した事に絶望する春雨。

 

「まあいいわ。

 それで、何?」

「今日のお仕事の内容を教えてください!」

 

 態度でどうでもいいと言いたげな空母水鬼だが、適当に流しても後で煩いと思い言う。

 

「高雄達の支援よ。

 正直私達が来る理由が薄いわよね」

 

 早く帰りたいと愚痴る空母水鬼に軽巡棲鬼は叱る。

 

「駄目だよ翔鶴ちゃん。

 確かに高雄ちゃんも愛宕ちゃんもちょっとだけとっつきにくけど、お大切なお友達なんだから大事にしなきゃ」

 

 空母水鬼の言い様に唇を尖らせる軽巡棲鬼。

 

「た…か……お……ひぅ!?」

 

 高雄の名に春雨が小さな悲鳴を零し過呼吸を起こす。

 

「どうしたの春雨ちゃん!?」

「いや、いやいやいやいや…わたしのあしをかえしてかえして!!??」

 

 錯乱し目茶苦茶に叫ぶ春雨を宥めようとする軽巡棲鬼とそれを当然かと冷めた目で見遣る空母水鬼。

 

「やめてきらないで!!

 どうしてわたしのあしかえして!!??」

「急にどうしたの春雨ちゃん!?」

 

 訳がわからず押さえ付けようと近付く軽巡棲鬼だが、それを砲弾が阻む。

 

「キャッ!?

 顔はやめてっていつも言ってるじゃない!!」

 

 鼻先を過ぎった砲弾に憤慨してそちらを振り向くと、砲門から煙を昇らせ憎悪に染まった琥珀色の瞳を向ける古鷹の姿があった。

 

「ハるさメカら、離レナさい」

 

 春雨の慟哭に半ばバイドの殺戮衝動に飲まれながらも古鷹は春雨を護ろうと軽巡棲鬼達を威嚇する。

 

「ちょっと、春雨ちゃんは私のお友達なの。

 それを邪魔するっていうなら許さないだからね!」

 

 むぅと頬を膨らませて怒る軽巡棲鬼。

 一方空母水鬼はつまらなそうにそのやり取りを眺めていた。

 

(あれが博士の言ってたバイドね。

 見た感じ理性を保ってるつもりみたいだけど完全に振り回されてるわね)

 

 およそ古鷹らしくない怒りと戦意に付き動かされ暴走する様に空母水鬼は感想を漏らす。

 

「あのキチガイが手放すわけよね」

 

 一触即発まで張り詰めた空気に我関せずを貫こうとする空母水鬼だが、そんな事とは露とも思っていない軽巡棲鬼は助力を乞う。

 

「春雨ちゃんを助けるために力を貸して翔鶴ちゃん!」

「面倒臭い」

「春雨ちゃんのためなの!!

 我儘言わない!!」

「春雨のため…ね」

 

 その春雨は現在進行系で過去の悪夢に欝状態に陥り恐怖に苛まれ頭を抱え言葉にならない声で救いを求めている。

 とどめを刺してやるのが最善なのだろうが、空母水鬼はそれを面倒臭いで片付けバイドに理性の殆どを持って行かれた古鷹を眺める。

 

「殺す。

 殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロ殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺スコロす殺す殺す殺スコろす殺す殺す殺す殺す殺すコロす殺す殺す殺スコロす殺す殺すコロす殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロスコろす殺スコロす殺す殺す殺す殺ス殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す春雨ヲガいすルスベてを殺すはバム全てをコロス」

 

 春雨の恐怖を波動で感じてしまった古鷹は怒りからバイドの本能に飲まれ亜空間からサイクロトロンフォースを呼び出しシャドウビットを展開する。

 あの古鷹に手を抜けばこちらが潰されるなと空母水鬼は本気にならねばと思う。

 

「面倒臭い。

 だけど、死ぬのはもっと面倒臭い」

 

 そう呟くと艤装を稼働させありったけのF-4に命じる。

 

「全機爆装ハープーンの使用を許可するわ。

 換装急ぎなさい」

 

 命令にスクランブルで発艦を進めるF-4と気合いを入れて宣う軽巡棲鬼。

 

「那珂ちゃんセンター!!

 1番の見せ場です!!」

 

 そう宣い下半身を成す艤装から砲撃を飛ばす軽巡棲鬼。

 

「ソのていド!!」

 

 サイクロトロンフォースを高速回転させ形成したイオンリングが砲撃を切り裂き喰らう。

 そのまま軽巡棲鬼に投擲しようと構える古鷹だが、させまいと空母水鬼から飛び立った100機以上のF-4が一斉にミサイルを投射。

 白い噴煙を引いては迫るミサイルの群れに古鷹はフォースを盾にミサイルの雨を防ぐ。

 

「ジャ魔すルな!!??」

 

 殺戮衝動のまま離脱と同時に再攻撃のため編隊を組み直すF-4に向け古鷹はサイクロトロンフォースを翳し吠える。

 

「薙ぎハラえ、『Δウェポン』!!??」

 

 古鷹の命令に応えサイクロトロンフォースがハープーンを喰らって得たエネルギーを解放。

 放たれたエネルギーは収束し一本の光の柱となって数多のF-4を切り裂き飲み込んでいく。

 F-4を薙ぎ払い今度こそと息巻く古鷹の足元が爆発。

 軽巡棲鬼が放った魚雷が古鷹を撃ち叩いたのだ。

 

「キャアッ!!??」

 

 バイドの強靭な生命力により中破を免れた古鷹に空母水鬼はごちる。

 

「厄介ね。

 さっきのレーザーはあの気持ち悪いのが攻撃を受け止めないと使えないみたいだけど、下手に攻撃を重ねればあのレーザーを使わせる事になる…ああ面倒臭い」

 

 煤に塗れ血を滲ませながらも臆するどころか更に殺意を昂らせる古鷹に呆れ混じりでごちる空母水鬼。

 

「てキ……タオ…す。…マモ…らな……キャ…ゼン…ぶ……こワ…シ…ころ……ス…シン…か……イ………セイ……カ…ん……」

 

 急激な汚染の進行に古鷹の思考までもがバイド化の影響を受け守ろうとしていた春雨までもが倒すべき敵と判断をし始めていた。

 

「…面倒ね」

 

 このまま古鷹に春雨を殺されても空母水鬼は一向に構わないが那珂ちゃんはそうではない。

 そうなれば阿賀野が黙っていないだろう事は容易に察せた空母水鬼は軽巡棲鬼に言う。

 

「那珂ちゃん。

 阿賀野が来たわよ」

「阿賀野ちゃんが!?」

 

 空母水鬼の言葉に喜色ばむ軽巡棲鬼だが、辺りを見回しても阿賀野の姿はない。

 

「え?

 でも、どこにいるの?」

 

 謀られたのかと訝む軽巡棲鬼に空母水鬼は「足元よ」と言う。

 

「なに言ってるのよ翔鶴ちゃん?

 阿賀野ちゃんは潜水艦じゃないんだから海中にいる訳無いじゃない」

「いいから下を見なさい」

 

 しつこくそう言う空母水鬼に仕方ないと海面に目を向けた軽巡棲鬼は信じられないものを見た様に固まる。

 

「え? 嘘…?

 なんで? どうして? 私はなんで那珂ちゃんでなんで阿賀野ちゃんはなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで…」

 

 水明に映る己の姿(阿賀野)に那珂ちゃんの精神が破綻を起こし壊れたテープレコーダーの如くなんでと繰り返す軽巡棲鬼。

 

「テ…キ……コ……ロ……サ…ナキ……ャ……」

 

 動きが停まった軽巡棲鬼を恰好の標的と判断した古鷹(バイド)が義手を軽巡棲鬼に向ける。

 

「メ……ガ………ハ……ド……ウ……」

「那珂ちゃんを傷付けさせるか!!??」

 

 右腕に蓄積された波動を叩き込もうとした刹那、突如軽巡棲鬼が叫び凄まじい速度で古鷹に体当たりをかますとそのまま殴り飛ばす。

 殴り飛ばされた古鷹はメガ波動砲のエネルギーを逆流させ自分自身を傷付けながら更に春雨と衝突した。

 縺れ合いながら海面に倒れた二人を放置し軽巡棲鬼は怒りの貌で空母水鬼を睨み付ける。

 

「……何故、那珂ちゃんを泣かせた?」

 

 答え次第で貴様から殺すと殺気を叩き付ける軽巡棲鬼に空母水鬼は気にした風もなく答える。

 

「あのままだったら後であんたがキレてたからよ」

「……チッ」

 

 空母水鬼が阿賀野を起こさなければ古鷹に春雨は殺されていた。

 そうなれば那珂ちゃんは傷付き泣いていた。

 一時的な崩壊なら事実を忘れてすぐに目を醒ましてくれるが、仲間を失うショックは忘れてはくれずずっと尾を引き続ける。

 それは阿賀野にとって耐えられない事だ。

 不本意しかなくとも阿賀野が望まぬ最悪の事態(那珂ちゃんが傷付く事)を避けた空母水鬼に軽巡棲鬼は舌打ちをくれ向けていた殺気を二人に向ける。

 

「…まあいい。

 今は奴らだ」

 

 倒れた状態から立ち上がる二人を忌ま忌ましそうに睨みそう言う軽巡棲鬼。

 

「あ……ぐ……うぅ……」

「わ……たし…は…」

 

 波動の逆流により一時的にバイドが鎮まり正気に返り呻く古鷹と衝突によって正気を取り戻した春雨。

 

「っ!?

 古鷹さん!!??」

 

 苦しむ古鷹の安否を確認しようとする春雨だが、古鷹は制して告げる。

 

「私は大丈夫…です。

 それよりも…今はあの二人を…」

 

 波動に焼かれた苦痛を圧して古鷹は憎悪に濁った瞳でこちらを睨み付ける軽巡棲鬼と無関心な瞳を向ける空母水鬼を促す。

 

「ごめんな…さい…。

 今の私は…バイドを抑えるので…精一杯です。

 春雨、無茶は承知ですが…貴女が…二人を…」

 

 脂汗を浮かべながら声を搾り出す古鷹に春雨は不安そうに瞳をさ迷わせたが、すぐに覚悟を瞳に宿し小さく頷く。

 

「分かりました。

 古鷹さんは下がっていてください」

 

 そう告げて古鷹の前に立ちはだかるように立ち位置を取りながら艤装に頼む。

 

「古鷹さんを助けたいの。

 だから力を貸して」

 

 春雨の頼みに艤装の深海棲艦が喉を鳴らしありったけの砲と魚雷管の発射体勢を急ぐ。

 

「ありがとうございます」

 

 構わないとそう応えるように喉を鳴らすと軽巡棲鬼の声が春雨に突き刺さる。

 

「おめおめと生き延びた揚句、よくも那珂ちゃんの前に現れてくれたな春雨」

 

 物理的な圧迫感を感じさせるほど濃密な憎悪を前に春雨は怯みそうな己を叱咤し言葉を放つ。

 

「阿賀野さん…なんですね」

「長々しく話すつもりはない。

 那珂ちゃんのために沈め!!」

 

 そう言うと同時に軽巡棲鬼は既に狙いを定めていた砲を春雨に向け砲撃を叩き込む。

 

「っ!?」

 

 一瞬焦る春雨だが、春雨より先に艤装が反応し砲撃を躱すと同時に反撃の準備を整える。

 

「っ、撃て!!」

 

 春雨の号令と共に5Inchi砲が火を噴き砲弾が軽巡棲鬼の真横に水柱を起てる。

 

「ちっ、ちょこまかと欝陶しい!!」

 

 反撃に次ぐ反撃を繰り返す両者。

 至近弾をしっかり回避していく春雨に対し軽巡棲鬼は挟叉が増え始めていた。

 駆逐艦特有の高い機動性が補佐する深海棲艦により更に高まっており、中々当たらないことに業を煮やした軽巡棲鬼が怒鳴る。

 

「お前も働け翔鶴!!」

 

 F-4を飛ばせと言う軽巡棲鬼だが、空母水鬼は無理と切り捨てる。

 

「あっちの牽制で忙しいの」

 

 と、さっきまでふよふよとただ漂ようだけだったサイクロトロンフォースが再び高速回転を始めイオンリングを形成していた。

 攻撃を仕掛けてけ来ないのはおそらく空母水鬼が動き出した瞬間を刈り取るためだろう。

 望まぬ膠着状態に空母水鬼のやる気は使い果たされ軽巡棲鬼に問い掛けた。

 

「本格的に面倒臭いから帰らない?」

「……ちっ、致し方ないな」

 

 連戦で溜まった疲労や消耗した燃料弾薬等戦況を鑑み軽巡棲鬼は潮時かと舌を打つ。

 

「だが、後顧の憂いは晴らしておく!!」

 

 そう言うと艤装から雷巡張りの魚雷管が迫り出し春雨と古鷹に向け飽和射撃を放つ。

 

「沈め!!」

「やらせはしないよ!!」

 

 迫り来る魚雷に対し春雨も魚雷を放つ。

 春雨の放った魚雷は古鷹を狙う魚雷を狙い撃ち誘爆させ古鷹を守り通したが、古鷹の避雷を防ぐために疎かになった回避運動の隙を軽巡棲鬼が放った魚雷が狙い済まし迫る。

 

「フセてくださイ!!」

 

 耐えて見せると歯を食いしばり身を固くした春雨に飛んだ古鷹な声に、艤装が片側だけを排水し自らバランスを崩す。

 

「キャアッ!?」

 

 傾斜が酷くそのまま横転した春雨の頭の上をアクティブコントローラーで操作されたサイクロトロンフォースが過ぎり、イオンリングが魚雷を引き裂き貪り尽くす。

 

「ぷはっ!!??」

 

 即座の注排水により春雨が海上に復帰した頃には既に軽巡棲鬼達は射程圏から離脱していた。

 

「阿賀野さん…翔鶴さん…」

 

 水平線の向こうに消えていく二人を複雑そうに見届けた後、小康状態まで持ち直した古鷹の下へと急いだ。

 

 




 ちうことで古鷹&春雨対軽巡棲鬼&空母水鬼は古鷹が中破、春雨が軽微ダメージで切り抜けました。

 古鷹の汚染侵食率は一時的に増大しましたがまだ堕ちてません。
 数字に直すと10%→判定失敗47%→低下判定→21%ぐらいです。
 
 それと軽巡棲鬼の入れ替わり条件は那珂ちゃんの精神崩壊or一定ダメージを与えることです。

 次回はイ級対高雄&愛宕になります。


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イママデ

アリガトウゴザイヤシタ


 雨が降ってくる。

 一粒が駆逐艦を簡単に粉砕し得る致死のミサイル()の中、俺はただひたすらに走り続ける。

 

「おぉぉおおおおおお!!!???」

 

 全身のファランクスが休む暇なく弾幕を打ち上げ落ちてくるミサイルを迎撃。

 空が黒く染まるほどに黒煙が広がるも、愛宕の放つミサイルはまだ終わらない。

 

『おうっ!!』

『しれぇ!!』

 

 俺が対空砲火を張って開いた射線にしまかぜとゆきかぜが飛び込み砲火を返す。

 しかし直撃の刹那、しまかぜ達が放った砲弾は見えない壁にぶつかり爆散する。

 

「馬鹿めと、言って差し上げますわ」

 

 お決まりの台詞を宣う高雄に俺は小さく舌を打つ。

 

「現代兵器うぜぇ…」

 

 高雄が砲弾を防いだ方法はクラインフィールドやATフィールドといった超兵器の類ではない。

 高雄達が展開しているのは強力な磁場を形成して敵弾を防ぐという所謂電磁装甲だ。

 応用が効くクラインフィールドに比べたら防御一辺倒かつ連続展開時間が長くないとか弱点もいくつか見付かってはいるんだが、その弱点を突こうにもしっかり補われて狙うに狙えない。

 

「ぱんぱかぱーん!!」

 

 楽しそうな愛宕の号令と同時に艤装から数十発のミサイルが放たれる。

 幾度目なのか考える暇もなく俺はファランクスを全基稼動させ降ってくるミサイルを妖精さんに任せて高雄に集中する。

 同時に高雄の攻撃準備が終わる。

 

「フルチャージ、撃てぇ!!」

 

 レールガンが放たれ電磁加速された劣化ウラン弾が俺に迫る。

 

「く、そ、がぁぁぁああああ!!??」

 

 放たれてからの回避では間に合わない致死の一撃をクラインフィールドを一点に集中させ辛うじて弾く事が叶うが、クラインフィールドの減衰が更に進んで残量三割を下回ってしまった。

 クソッ、どうしたらいいんだ畜生!!??

 電磁装甲を貫くにはファランクスの弾幕が必要なのにそのファランクスはミサイルの迎撃で手一杯。

 クラインフィールドでミサイルをカバーしようものなら今度は高雄のレールガンにぶち抜かれて終わる。

 残る手段は超重力砲で薙ぎ払っちまうことだが、そもそも使うための貯めの時間が稼げないから使うことが出来ない。

 そう考える間にもミサイルの雨は絶え間無く弾薬の残量への懸念や砲身の冷却が追い付かないとそこかしこで妖精さん達が悲鳴を上げている。

 

「ガッ!?」

 

 突然の衝撃にバランスを崩しそのせいで生まれた弾幕の隙間を抜けたミサイルが至近に突き刺さり爆発する。

 

「ガァァァアアアッ!!??」

「うふふ。

 私達の事だけ見てくれなきゃ駄目じゃない。

 じゃないと、お仕置きよ?」

 

 ねっ、と人差し指をちょんと突き出す愛宕。

 回避行動を読んだ愛宕の砲撃を喰らってしまったらしい。

 しかもまずいことに今ので一気に中破まで持って行かれた。

 

『ぽいっ!!??』

 

 俺が喰らったことにゆうだちが怒り愛宕に吶喊を仕掛ける。

 

「戻れゆうだち!!??」

 

 いくら魂がバイドでも連装砲ちゃんでは無謀だ!!

 俺の制止は間に合わず愛宕はゆうだちに躊躇いなく副砲を叩き込む。

 

『ぽいっ!?』

「喰らいなさい!」

 

 砲撃に出鼻を躓かれたゆうだちを愛宕は更に蹴り飛ばしゆうだちが宙を舞う。

 

「ゆうだち!!??」

『おうっ!!』

 

 海面に叩き付けられる直前でしまかぜが受け止めたが、砲身は割れ胴体には激しい凹みが生じていた。

 あれではもう戦闘には参加出来ない。

 

「ゆうだちを連れて下がれしまかぜ!!」

 

 とどめを刺そうと向けられた高雄のレールガンの射線に飛び込みクラインフィールドで二人を庇いながらそう指示を飛ばす。

 

「逃がさないわよ」

 

 レールガンを防いだ直後に再び愛宕がミサイルを放つ。

 テメエの弾薬はどんだけだよド畜生が!!??

 

「だが断る!!」

 

 ミサイルの雨をクラインフィールドで防ぎ俺は高雄に突っ込む。

 

「お相手致しますわ」

 

 吶喊してきた俺に対し高雄はレールガンのチャージを切って通常の砲撃を行う。

 

「まだだぁあ!!??」

 

 今出せる限界まで加速し身を削る至近弾に歯を食いしばって耐えながら沈黙寸前まで消耗したクラインフィールドを張り高雄に体当たりを打ち噛ます。

 電磁装甲に阻まれその余波で身を焼かれながらも俺はダメコンで強引に押し切り電磁装甲が落ちた瞬間高雄の砲身に噛み付いた。

 

「なんて無茶を!?

 とても素敵ですわ!!」

 

 響く高雄の声と共に飛んだ拳が俺を吹き飛ばすが、その代償に砲身を噛み砕き破砕することに成功した。

 海面に叩き付けられた瞬間尻尾で海面を叩き強引にバランスを取り戻して成果を確認する。

 長20、3センチ単装砲とでも呼ぶのが正しそうな高雄の主砲は根本からへし折れ使い物にならないのは人目にも明らか。

 クラインフィールドとダメコン一個使ってこれじゃあ赤字もいいとこだが、少なくともただじり貧だった情況から一矢目が入ったのは大きい。

 

「ふふふ、ああ。とても痛いですわ

 痛くて痛くてとっても気持ちいい…」

 

 砲身を砕かれた痛みがフィードバックしているらしく顔を紅潮させて蕩けた笑みで喜ぶ高雄。

 それだけならすっげえエロくて最高なんだろうが、生憎シチュエーションのおかげさまで悍ましいことこの上ない。

 

「いいなぁ高雄ってば。

 私にも痛いの下さい」

 

 高雄の様子に愛宕が羨ましそうにそうせびる。

 痛いのが欲しいって?

 

「存分に喰らえよ」

 

 そう吐き捨てた直後愛宕の足元が爆発する。

 

「キャア!?

 っもう、不意打ちなんて狡いわよ」

 

 ゆきかぜが放った魚雷の被雷で小破以上中破未満という程度にダメージを負った愛宕。

 

「見えるように当ててくれたらもっと気持ちいいのに」

 

 んな文句を言うのはテメエだけだ。

 つうかここからどうしたもんか。

 残るダメコンは後一つ。

 クラインフィールドがダウンしてなきゃ自爆前提で相打ち狙いの超重力砲を叩き込むんだが、クラインフィールド無しでやれるほど状況は優しくない。

 クラインフィールドの復活までのおよそ一時間を逃げ回って時間を稼ぐのが最善なんだろうけど、それをさせてくれるほど甘い相手でもない。

 

『ぽいっ!!』

 

 ゆうだち!?

 退避しろって言ったのになんで!?

 そちらを振り向こうとした俺の頭上を深海棲艦の艦載機が通過し高雄達に爆撃と雷撃を敢行する。

 

「浮遊要塞か!?」

 

 見ればしまかぜとゆうだちを頭に乗せた浮遊要塞が口から艦載機を飛ばしていた。

 

「オマタセシヤシタアネゴ!!」

 

 カセイシヤス!! と言うなり高雄に向け砲を放つヘ級。

 って、今のは…?

 

「喰らいなさい!!」

 

 今見えたものを問い質す暇もなく愛宕が対空ミサイルを放ち艦載機を撃ち落とし浮遊要塞へもミサイルを降らせる。

 

『おうっ!!』

 

 浮遊要塞と共に頭の上でしまかぜが対空放火を上げミサイルを撃ち落としミサイルを防ぐ。

 二人の加勢により生まれたこの好機を逃すわけに行かない。

 

「プランD行くぞ!!??」

 

 これで決めるため俺は怒鳴り超重力砲を展開。

 チャージを開始したことに気付いた高雄が砲を向けるが俺は止まらない。

 

「加勢が加わったからだけで簡単に切り札を切るなんて、馬鹿めと言って差し上げますわ!!」

 

 狙い済ました副砲が飛来するのを俺は身をよじり避けようと試みるが、完全に回避できず砲弾は頭に削りながら掠り、衝撃で右目の探照灯がぶち壊れ最後のダメコンが発動したが構わねえ。

 俺の狙いは超重力砲を叩き込むことじゃない(・・・・・・・・・・・・・・・)んだからな!!

 

「っ、高雄それ罠よ!?」

「え!?」

 

 気付いた愛宕が忠告したがもう遅い。

 忠告が間に合わず高雄がとどめの一撃をと砲撃を放つのと同時に俺は超重力砲のチャージを放棄して最大船速で回避しながら高雄のどてっ腹にラム・アタックをぶち噛ます。

 

「ぐふっ!!??」

「ぐぅっ!!??」

 

 無茶を重ねたお陰で洒落にならない衝撃を受け流し切れず艦首が潰れたがこれでいい!!

 

「ゆきかぜ、ヘ級、やれえぇぇっ!!??」

「イキヤスアネゴ!!」

『しれぇ!!』

 

ラムアタックの衝撃で動きが停まったその瞬間にゆきかぜとヘ級の魚雷が一斉に群がり高雄が爆炎に飲み込まれた。

 

「高雄!?」

 

 大破炎上する高雄に駆け出す愛宕。

 その隙にヘ級と浮遊要塞が俺を回収に掛かる。

 

「ムチャシスギデスアネゴ」

「そういう作戦だったろ?」

 

 ソウデスガと言葉を濁すヘ級。

 プランDは所謂ピンチとかそんな紙飛行機のネタではなく、超重力砲を餌に俺に攻撃を集中させている隙に他の仲間が必殺を狙うデコイ戦術だ。

 相手が『霧』の脅威を把握している必要がある上射線の問題から高確率で超重力砲をキャンセルする可能性があるから無茶苦茶資材を喰う割に合わない戦術だって結論が出てたんだが、今回は想定以上の効果を発揮してくれた。

 

「高雄、まだ意識はある?」

 

 業火に焼かれる姉の姿に愛宕は笑顔のままそう問い掛ける。

 

「勿論よ。

 ああ、これが死ぬ痛みなのね」

 

 とても気持ちいいですわと高雄は笑う。

 その言葉にただただ気持ち悪いとしか思えない俺を他所に二人の会話は続く。

 

「ねえ愛宕、私は次は何になるのかしら?」

「それは分からないわ。

 だけど、これからはずっとずっとその気持ちいいのが続くのよ」

「そうね。

 ええ。とっても楽しみね」

 

 何を言ってんだこいつら?

 艦娘に次なんてない。

 だってのに、こいつらは次があるって信じてやがる。

 

「じゃあね愛宕。

 また逢いましょう」

「またね高雄」

 

 そう言い残し高雄は海に没した。

 死に別れる相手との会話とは思えない軽さに思わず経過を黙ってみていた俺達に愛宕が笑顔のまま向き直る。

 

「さってと、高雄も沈んじゃったし私は帰りますね」

「ハイソウデスカトイカセネエヨ」

 

 動けない俺に代わりヘ級がそう威嚇する。

 気概は嬉しいんだがヘ級や、お前じゃミサイルの相手は難しいよ。

 浮遊要塞も艦載機を使い尽くしてるし去るってなら素直に逃がすべきだ。

 

「ふふっ、せっかくだけど遠慮しとくわ。

 だって貴女達」

 

 もう死んでるものと言った直後、俺は爆炎に飲まれ意識を断ち切られた。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 爆炎に呑まれた姐御とあっしの身体が燃えながら沈んでいく。

 

「ナ、ナニガ…?」

 

 多分雷撃を喰らったんだと思う。

 だけど重巡の艤装に魚雷を撃った形跡は無かった。

 潜水艦が潜んでいたのかたまた…

 

「ッ、アネゴ!!??」

 

 誰がやったかなんてどうでもいい。

 それよりもアネゴだ。

 アネゴは普通の深海棲艦じゃない。

 あっし達のように復活出来る保証がないんだ。

 深海に沈んでいく崩れかけた姐御を上手く動かない身体を必死に動かしてなんとか捕まえる。

 

「デモ、ココカラドウシタラ…」

 

 浮き上がるだけの浮力を姐御はもとよりあっしにももう残っていない。

 浮遊要塞に助けを求めたいけどあいつはしまかぜ達を何とかしているだろうから期待できない。

 そう考える内、あっしは沈むことがこんなに怖い事だった事に気付いた。

 

「……イヤダ」

 

 さっきまで何とも思わなかったのに、暗く冷たい水底に沈むのが怖い。

 あの闇の中に帰ることがこんなにも怖いことだったなんて知らなかった。

 姐御が沈むのは避けろと言うのも当然だ。

 あの明るくて温かい世界を知っている者が、こんな暗くて冷たい世界に耐えられるわけがない。

 

「セメテ、アネゴダケデモ…」

 

 掴んだ姐御の身体の上で再浮上を必死で試みる妖精さん達の姿になにか手はないかと視界を廻らせたあっしはあっしのすぐ後ろに一人の艦娘の姿を見付けた。

 

「ダレダオマエハ?」

 

 よく見ればその姿は陽炎のように薄く透け、それが普通の存在ではないことを簡単に解らせた。

 透けた艦娘はぱくぱくと口を開き何かを伝えようとしている。

 

「ナニガイイタインダオマエハ!?」

 

 叫んだことで自分の崩壊が速まりそれに気付いた妖精さん達が焦る。

 …待てよ。

 

「ヨウセイサン、コイツガナニヲイイタイカワカラナイカ?」

 

 そう問うと妖精さんはなんの事か解らないと言う。

 つまり、こいつはあっしにしか見えていないのか?

 この土壇場で幻覚に惑わされている隙なんてないのに!!

 と、妖精さんの一人が俺に何が見えているのか尋ねた。

 

「カンムスダ。

 ナニカイイタイラシイガサッパリワカラナイ!!」

 

 そう言うとその妖精さんは艦娘の名を問い質した。

 

「ワカラナイ!!」

 

 というか名前なんて最近気にし始めたぐらいなんだからわかるわけもない。

 妖精さんは懸命にその艦娘の容姿を確認したいと言った。

 

「エット…」

 

 言われるままに艦娘の姿を見たあっしは記憶を頼りになんとか説明してみる。

 

「ギソウトフクハコノマエノエンシュウニイタケイジュントオナジダ!!

 アト、カミガミジカクテイロイロホソイ!」

 

 見た通りに告げると妖精さんは最後に尋ねた。

 そいつは猫っぽいかと。

 

「イヤ、バカッポイ!!」

 

 陽炎が何か言いたげだが無視。

 妖精さんはあっしの答えを聞くなり身体を攀じ登りながら叫ぶ。

 

−−そいつは『酒勾』だ!!

 

「サ…カ……ワ……?」

 

 どうして?

 知らない名前の筈なのに、その名前がひどく懐かしい。

 あっしは酒勾を知っている?

 ……違う。

 知っているんじゃない。

 あっしは、私は酒勾(彼女)の無念から産まれた深海棲艦なんだ。

 一度として戦場に立つことも許されず、更に傷一つ負うことも出来ずに大戦を越し、最後はあの光の中で燃え尽きた酒勾の無念を汲み上げて生み出された存在だったんだ。

 自信の生い立ちを思い出した私の中に酒勾の声が響く。

 

−−助けたい?

 

 当たり前だ。

 姐御は私をここまで連れて来てくれた恩人。

 あんな暗い場所(水底)になんて行かせたくない。

 その為になら、この身がどうなっても構わない。

 

−−分かった。行こう。

 

 そう酒勾は私に手を伸ばす。

 あの手を取れば姐御を掬い上げる事が出来る。

 理由は分からないけど、そうなんだと核心があった。

 だから私はその手を取った。

 すると私の身体が淡く輝き優しい温かさに包まれる。

 

「アネゴ、オタッシャデ」

 

 そう私はお別れを残し光の中に溶けていった。




ということで高雄撃破及びヘ級離脱となりました。

細々解説は必要かと思いますが次回に関わる点が多いため解説は無しとさせていただきます。

次回は後始末。



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そんな…

まさかあの艦が!?


 気が付けばリンガの宛がわれた部屋だった。

 

「……あれ?」

 

 どういう事だこれ?

 

 1、今までのは寝ていた間に見た夢だった。

 2、何等かの理由で沈みリンガに連れ帰られた。

 3、これが夢で現在進行系で大ピンチ。

 

「……よし、1だ。間違いない」

 

 そりゃそうだよね。

 二次創作じゃねえんだからエロ同人みたいな被害に遭う艦娘がいたり深海棲艦を艤装にしてる艦娘なんて居るわけが無いよ。

 いやはやこの身体になってから夢どころか睡眠欲も無かったからリアルな夢にいろいろ焦ったぜ。

 さてと、折角なんだし今度はほのぼのした夢を見ようか…

 

「目が覚めたんだなイ級!!」

 

 寝直そうとしたら木曾が部屋に飛び込んで来た。

 

「どうしたんだ木曾?」

「どうしたんだ木曾? じゃない!!

 お前、一週間も昏睡したままだったんだぞ!?」

「……一週間も?」

 

 ぐずる木曾の様子から嘘じゃなさそうだ。

 ってことは…

 

「2か…」

 

 現実は非情だよコンチクショウ。

 

「何が2なんだ?」

「こっちの話だ。

 それよかそっちはどうなった?」

 

 アルファがヘマをするとは思わないが、何が起きてもおかしくはない状態だった筈。

 問いに木曾は難しい顔で話始める。

 

「千代田は無事に助けられた。

 他の艦娘も生きていた奴はほぼ助けられたんだが、一人だけ無理だった」

「一人だけ?」

 

 もう助からないから介錯してやったのか?

 でも、木曾の表情はなんか違う気がする。

 続きを促すと木曾は話を再開した。

 

「なあイ級。ストックホルム症候郡って知ってるか?」

「確か、加害者に依存するっていう病気だよな?」

 

 唐突な質問に首を傾げたが、すぐに事情は把握した。

 

「艦娘を盾にバイドから身を守っていた男を嵌めたまではうまくいったんだが、盾にされていた艦娘が相手に依存していたのに気付かなくてな」

 

 その後で凄まじい修羅場になっただろうことは容易に察せたよ。

 

「そうか。

 それで、やっちまったのか?」

「いや。

 錯乱して襲い掛かって来たから気絶させておいたらいなくなっていた。

 海に出るまではアルファが確認したんだがその後は行方を眩ました」

 

 単艦で海に出たというなら今頃どこかの深海棲艦に襲われて沈んでいるだろう。

 可哀相だが、そんな状態で下手に生き残るよりマシかもしれないな。

 

「バイドの処理は?」

「問題無い。

 大半はアルファが取り込んで残りは施設ごとΔウェポンで焼き払って駆逐した。

 念のため取りこぼしが無いか確認の為に施設跡に残ってたけどもう帰還しているぜ」

 

 当初の予定では恣意行為も兼ねてバルムンクを使うかって話もあったんだよな。

 今更ながらストライダーが墜ちててよかった。

 

「すまなかったな木曾」

「…どうしたんだ?」

「俺さ、頭がちゃんと冷えてみて俺達が間違ってたって思った」

「……」

 

 そう言うと木曾はすごく困惑してしまった。

 

「先に言っとくが、トラックに殴り込みを掛けたことそのものは間違いだなんて思ってないからな?

 だけど、アルファにバイドの力を使わせたりバルムンクを使おうとした事はやり過ぎだったってそう思う」

 

 そう言うと木曾は納得したと緊張を解いた。

 

「……そうだな。

 そこだけは俺達が間違ってたな」

 

 バイドの力を撒き散らさなくとも解決は出来た。

 なのに、怒りに任せ俺達は使ってはならない力を奮った。

 これじゃああの高雄達と違いなんてあって無いようなもんだ。

 

「それはそれとして、他の皆は無事なのか?」

 

 1番気になるのはヘ級だ。

 最後の瞬間一緒に雷撃を喰らっていた筈だからまた沈んでいるだろう。

 そう尋ねると木曾は凄く困った様子で頬を掻いた。

 

「浮遊要塞としまかぜ達は無事だったから明石が修理したんだが、ヘ級がちょっとな」

「なにかあったのか?」

「それなんだが「ぴゃあぁっ!!」」

 

 木曾の言葉を遮り奇妙な鳴き声と共に扉をぶち破る勢いで開いたと同時に凄まじい衝撃に襲われた。

 

「げふぅっ!?」

 

 今度はなんなんだ!?

 

「姐御が目を醒ましたよ!!」

 

 感覚から誰かに抱きしめられてるみたいなんだが何がなんだかまったく訳分からん。

 

「とりあえず落ち着いてイ級を放せ!?」

 

 悪意からではなさそうなのでどうしたらいいかわからずされるがままになっていたら木曾が助け舟を出してくれた。

 

「ぴゃあ?

 あ、ごめんなさい姐御!?」

 

 そう言って下ろしたの軽巡酒勾であった。

 いやさ、俺に酒勾との面識は無かった筈なんだが…って、姐御?

 

「……もしかして、ヘ級?」

 

 姐御呼びの軽巡なんてあいつぐらいしかいないからまさかと思いつつそう確認してみると、酒勾は凄く嬉しそうに破顔して再び俺を抱いた。

 

「ぴゃあっ!!

 姐御が気付いてくれたよ!!」

 

 嬉しそうなのは一向に構わないんだがさ、解せぬ。

 

「なんでこんなことになったんだ?」

 

 呆れた様子で酒勾を引っぺがそうとする木曾と舞い上がってる酒勾に挟まれた俺はどうしたらいいか分からず、様子を見に来た他のメンツが来るまでしばらく抱き枕にされたのだった。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 皆様お久しぶりです大和です。

 横須賀鎮守府に着任して早一月経ちました。

 

「ご、ごめんなさい!!」

 

 ですが鎮守府の空気は最悪でした。

 本当に、居心地が悪過ぎて心が折れそうです。

 因みにですが、今目が逢うなり泣いて逃げたのは満潮ちゃんです。

 ブルネイの満潮ちゃんはあんなに強気な女の子だったのに、こちらの満潮ちゃんは(私限定で)涙腺が緩い娘です。

 理由は個体差ではなく前任の大和による暴行が原因です。

 満潮ちゃんだけではありません。

 提督に対し反抗的な態度を取る娘は皆矯正という名の制裁を受けていたそうです。

 お陰でその娘と仲のいい娘からも敵意が絶え間無くますます肩身が狭いです。

 他にも前任の悪行の怨みをぶつけようと画策する娘も居て、筆頭の多摩さんと大井さんなんて着任の挨拶周りをしていた際にいつか艦首を引き裂いてやると言われました。

 ぶっちゃけてしまうと私に友好的な態度で話し掛けてくるのは長門さんと武蔵さんだけです。

 

「ブルネイに帰りたい」

 

 伊勢さんにホテルとか演習番町とかからかわれてたのが幸せなことだったんだなと思いながら食堂の隅でご飯を食べまてす。

 あ、今日のお味噌汁はは赤味噌に鰹出汁だ。

 

「大和」

 

 突然の呼び掛けにびくりと肩を跳ねさせてしまいました。

 衝撃でお味噌汁が零れそうになるのを留めて顔を上げるとそこに居たのは加賀さんでした。

 

「な、なんでしょうか…?」

 

 戦艦クラスの眼光を放つ目で睨まれ竦んでしまっていると加賀さんは短く用件を告げました。

 元々戦艦なのに戦艦クラスの眼光というのも変ですが聞き流しておいてください。

 

「朝食が済んだら執務室に行きます」

「…はい」

 

 正直加賀さんは苦手です。

 戦艦クラスの眼光で睨むだけで何も言ったりしてこない分他の娘より対応がしづらいです。

 加賀さんはどうしてか立ち去らないので尋ねてみました。

 

「あの、」

「なにか?」

「……いえ」

 

 尋ねるつもりでしたが声を掛けるだけで限界でした。

 どうしていいか分からず逃げるように私は味の無い朝食を片付けると加賀さんは行きますよと先導しました。

 何故にと思ったのですが、よく会話を思い出すとさっき行きますと言っていたので待っていたのかと気付きました。

 

「最近どう?」

「ふぇっ!?」

 

 い、いきなり質問さるました。

 唐突過ぎるしそもそもなにを尋ねられているか分からないので答えていいか分かりません。

 当たり障りないところを言うべきですか?

 

「え、えぇと、長門さんと武蔵さんによくしてもらってます」

「……そう」

 

 うぅ、空気が重たいです。

 

「あの」

「何?」

「な、なぎゃとさんは大丈夫なんですか?」

 

 おもいっきり噛んでしまいましたが加賀さんは気にしないでくれました。

 

「…。長門なら大丈夫よ。

 あの人が誰と接していたからって敵意を向ける馬鹿は前の大和ぐらいよ」

「ふぇ?」

 

 確かに長門さんは凄い艦ですけどそこまで言われる方だったんですか?

 考え込んでいると加賀さんが溜息を吐きました。

 

「知らないの?

 長門は元帥閣下が提督として活躍していた頃からの現役艦よ」

「……えぇっ!?」

 

 それって物凄い大先輩じゃないですか!?

 建造されてから半年しか経ってない私だって元帥閣下の直轄だった艦が凄い艦ばかりだって知ってますよ。

 と言いつつ私が知ってるのは大湊の加賀とリンガの神通だけでしたけど。

 

「長門が目を光らせてるから心配しないで貴女は周りに馴染む努力をしなさい」

「は、はぁ…」

 

 もしかして、気を遣ってくれたのかな?

 流石にそれは自意識過剰ですよね。

 

「あの、不躾ついでにお聞きしたいんですが、元帥閣下の旗下艦で現役のお方って…」

 

 馴染む努力をしなさいと言われたので意を決して尋ねてみました。

 すると加賀さんは一瞬だけ怖い目で私を見た後歩きながら答えてくれました。

 

「現役で戦場に出ている艦は横須賀の長門と大湊の加賀と宿毛湾の伊八号の三隻だけよ」

 

 常識だから覚えておきなさいとお叱りを受けてしまいました。

 

「すみません」

「……ふぅ」

 

 謝罪を述べると加賀さんはまた溜息を吐かれました。

 

「それと第一線を離れて予備科に下がっているのはショートランドの叢雲とリンガの神通。

 それとラバウルの陸奥に元帥付きの大淀とブインの足柄と羽黒。

 最後にタウイタウイの龍驤と扶桑の12隻が現役で残ってる艦よ」

「はぁ……あれ?」

 

 今、12隻って言いましたよね?

 

「一隻足りなくないですか?」

 

 そう確認すると加賀さんはぽんと手を叩く。

 

「彼女の事は最初に言ったつもりになってたわ」

 

 単純なポカだったみたいです。

 指摘して睨まれるのが怖いので黙っていると加賀さんは少し気恥ずかしそうに小声で呟き始めました。

 

「史上最強の空母とも謳われる彼女の名前を忘れるなんてどうかしてたのかしら?」

「あの、そんなに凄い艦なんですか?」

 

 はっきりと畏敬を篭った声にそう尋ねてみると加賀さんは当然よと言う。

 

「飛行場姫と護身用の14センチ砲一つで相対し、かつ飛行場姫の右手を奪って斥けさせた張本人なんだもの。

 日本の艦娘に彼女を敬わない空母はいないわ」

 

 まるで自身の誇りだというように胸を張る加賀さんですが、あの、それいろいろと間違ってますよね?

 空母が艦載機無しでしかも単装砲一本で姫を撃退って目茶苦茶じゃないですか。

 

「一度お目に掛かってみたいものです」

 

 そう言うと加賀さんが本気で睨んできました。

 

「……貴女、ブルネイからの転属よね?」

「え、ええ、建造されて半年も経ってませんが…」

 

 何が琴線に触れたのか全く理解できずたじろいでしまう私に加賀さんが声を発しました。

 

「ブルネイの鳳翔と言えば飛行場姫から鬼子母神と呼ばれた猛者中の猛者よ。

 なんでブルネイに居た貴女が知らないのよ?」

「……………………………………………………………………………えぇぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええぇぇぇええええ!!!!????」

 

 はしたないとはわかっていても叫ばずにはいられませんでした。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 ハワイ諸島。

 深海棲艦の発生によりアメリカ合衆国が放棄したため、島と運命を共にすると残った僅かな島民のみが暮らす場所であった筈である。

 しかし現実にはハワイ諸島には多くの艤装を背負う少女達、艦娘の姿が散見していた。

 この光景の理由はアメリカがハワイの奪還に成功したからか?

 否。

 アメリカは今だ近海の制海権の維持するのみに留まっており、ハワイ諸島への進攻は進んでいない。

 そんな理屈が揃わない不可解な光景が広がるハワイの道路を、四人分の座席が埋まったジープが走っていた。

 ハンドルを握るのは笑顔を張り付かせ金色の髪を風にたなびかせる愛宕。

 後部座席には笑顔で外に向けて手を振る軽巡棲鬼と自身の爪に注視する空母水鬼の姿。

 そして助手席には瞳に濁った光を宿した少女。

 異様な四人を乗せたジープは暫く走り続け有刺鉄線とフェンスで囲まれた広い軍事施設へと入っていく。

 施設の前でジープを停めた愛宕は軽巡棲鬼達と別れ少女を伴い施設の奥へと進んでいく。

 電灯の明かりがリノリウムの床に反射する無人の廊下を歩いていると前から声が飛んで来た。

 

「戻ったようだね愛宕」

 

 その声の主は30代前後ほどと見受けられる男であった。

 愛宕は掛けられた声に笑みを深くする。

 

「あら?

 如月博士からお迎えだなんて珍しいですね」

 

 如月博士と呼ばれた男は眼鏡に軽く触れながら緩い笑みを湛えて言う。

 

「研究成果が気になったからね。

 それに、たまの運動は脳の刺激を良くしてくれるから新しい可能性の発見には必需だよ」

「そうですわね」

 

 如月博士の言葉に笑顔で頷く愛宕にさて、と如月博士は問う。

 

「新しいミサイルの効果はどうだったかな?」

「威力は十分でしたわ。

 でも、博士が狙っていた波動による転換促進の効果はあまりありませんでした」

 

 愛宕の言葉に如月は顎に手を添える。

 

「やはり波動での妖精さんの加護の付与は上手くいかないか…」

「兵器としては申し分なかったですよ?

 それじゃ不満なんですか?」

 

 愛宕の問いにいいやと如月博士は首を振る。

 

「妖精さんの加護を無闇に撒き散らしても効果が薄いことは最初から分かっていたからね。

 ただ、クライアントはさぞうるさいだろうと考えるとね」

 

 茶化すように肩を竦める如月博士に愛宕はご愁傷様と労いを向ける。

 不穏当な内容とは反した穏やかとさえいえるやり取りの後、愛宕は後ろで俯いていた少女を前に出す。

 前に出された少女を眺めた後、興味深そうに如月博士は問う。

 

「…雷か。

 中々に良好(・・)なようだけど何処で拾って来たのだい?」

「帰り際に拾ったんです。

 博士ならいい感じに堕としてくれそうだって思ったのよ」

 

 そう愛宕の言葉に雷は濁った瞳で如月博士を見上げる。

 

「私聞いたの。

 木曾と北上を殺す力を貴方がくれるって」

 

 濁った瞳の奥に煮えた憎悪を光らせ問う雷。

 問いに如月博士はああと頷く。

 

「君に代償と滞貨を払う意志があるなら私は君を強くしてあげよう」

 

 にっこりと笑いながら告げる言葉に雷は問う。

 

「何をすればいいの?

 貴方に抱かれればいいの?」

「生憎私はSEXに興味は無いよ」

 

 大したことではないと口にする雷に如月博士は否定し、まるで諭すような口調で説明を始める。

 

「君が支払う滞貨は彼女達と協力して戦うこと。

 そして代償は艦娘を辞めて深海棲艦となることだ」

「…」

 

 その代償を聞いた雷は僅かな間を置いた後答えを発す。

 

「私、深海棲艦になるわ」

 

 濁りきった瞳に灯る憎悪に衝き動かされるまま雷は宣う。

 

「あの人を殺したあいつらを殺すためなら私はなんだって構わない。

 深海棲艦でもバケモノでもなんにでもなってやるわ」

 

 雷の言葉に如月博士は嬉しそうに微笑んだ。

 

「いい子だ」

 

 まるで百点を取った娘を褒めるように優しく頭を撫でるとその手を握り歩き出す。

 

「愛宕、暫くこの娘に付きっきりになるから大和を頼むね」

 

 わかりましたと応じ笑いながら手を振る愛宕に見送られながら如月博士は雷の手を引き、深海より深い闇が広がる廊下の奥へと歩き出した。




 ちうことで母港(仮)帰還、大和(喪)奮闘記、ハワイの三篇でお送りしました。

 如月博士のイメージはサイコパスの槙島をイメージしえいただければ大体そんな感じかと。
 cvは速水翔様で←

 次回は鳳翔さんが何やってたかの予定です。


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本当に、

貴女は何を考えているのかしら?


「なんでこんなことになったんだ?」

 

 戻って来た北上が木曾と二人で感極まった酒勾を引っぺがしてから続々と部屋に入って来たメンツに思わずごちてしまう。

 北上の次が鈴谷と熊野。

 次いで古鷹と春雨とアルファ。

 更に千代田と何故か山城と浮遊要塞にしまかぜ達。

 最後に明石とあつみ改め宗谷と瑞鳳にチビ姫と監視の武蔵。

 流石に全員は部屋の中に入りきらないので食堂の方に移動する羽目になった。

 まあ、取り敢えずだ。

 

「なんだこのカオス」

 

 艦娘と深海棲艦とバイドと深海棲艦化した艦娘と艦娘化した深海棲艦とバイド化した艦娘と元艦娘の連装砲って…

 そろそろゲシュタルト崩壊しそうだ。

 ついでに艦娘と深海棲艦の定義から考え直さなきゃダメかな?

 

「ともあれだ。

 先ずは明石、お前何やってくれてんだ?」

 

 俺が言っているのは瑞鳳について。

 瑞鳳は現在軽空母ではなく双胴空母なる史実に無い艦となっている。

 それも、その半身がチビ姫だというのだから訳がわからん。

 これで名実共に親子なんだからねとチビ姫を膝に乗せてご満悦の瑞鳳。

 その恰好は以前の胴着にもんぺは相変わらずなのだが、その下のインナーは白のコルセットと黒のプロテクターで固められている。

 深海棲艦を意識したデザインなのかチビ姫と並ぶとそんなに違和感が無い。

 ジロッと睨むも明石はからからと笑うばかりだ。

 

「本人たちがそうしたいと望んだからやった。

 私は悪くない」

「深海棲艦を改造出来るってばらすなって言ったろうが」

 

 こちらの事情に理解がある磐酒提督だからまだしも、下手な輩に見付かったらどうなるやら。

 

「春雨がこっちに来た時点でお察しだよ」

 

 明石の言葉に春雨が沈む。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「落ち着いて春雨!?

 春雨は何も悪くないから!?」

 

 空気をどんよりさせる春雨を必死に宥める古鷹。

 春雨ってこんな暗い娘だっけ?

 というか明石ェ…

 

「流石に今のは無いんじゃないか?」

「だよね」

「ちゃんとごめんなさいって言わなきゃダメだよ明石?」

 

 俺が怒るより先に木曾と北上と宗谷に責められてたじたじになってた。

 

「いや…あのね?

 私は……ごめんなさい」

 

 ……もういいか。

 明石の責任追求は三人に任せ俺は別の案件に移る。

 

「で、鈴谷と熊野は今後どうなるんだ?」

 

 リンガには三隈しかいないからこのままリンガに所属する事になるんだろうと尋ねてみると二人は変な顔をした。

 

「あー、それなんだけどね」

「宜しければそちらの厄介にさせていただきたいと思ってますわ」

「……はい?」

 

 なんでまた?

 

「正直さ、私達は人間が怖いんだよね。

 だから人類のために深海棲艦と戦うのも嫌。

 だったらいっそイ級のところに転がり込んじゃおうって」

「転がり込んじゃおうって…」

 

 うちは艦娘の駆け込み寺じゃねえんだぞ。

 

「イ級、ダメかな?」

 

 事情を知ってるだけに嫌とは言えずどうしたもんかと考え込んでいると宗谷からも頼み込まれてしまった。

 

「……しょうがねえな」

 

 毒くらわば皿までってか?

 いわくつきばっか集まってる気がしないでもないけど、そもそも俺がいわくつきだし仕方ない。

 念のため武蔵にも聞いてみるか。

 

「そっちはいいのか?」

「提督は構わないと言っている。

 無理強いしても仕方ない話だからな」

 

 軍人としては言わずもがなだがと肩を竦める。

 その辺りは俺が関与しようもないし、そっちはそっちでやってもらうしかないわな。

 後は古鷹と話をして…

 

「なんで私を無視するのよ」

 

 古鷹に来た事情を尋ねようとしたところで山城が割って入って来た。

 別に無視した訳ではない。

 

「というか何で居るんだ?」

 

 リンガには扶桑しかいなかった筈。

 そう言うと山城はなんでか病んだ目で俺を見る。

 

「欠陥戦艦は御呼びじゃないのね?」

「誰がんな事言った!?」

 

 こいつ面倒臭え!?

 千代田経由でざっと聞いた経歴からこいつが鳳翔と一緒に居た山城だってのは分かってる。

 

「そうじゃなくて、ブルネイに帰れるんだからわざわざ俺に関わる必要ないだろうが!?」

「帰ってもきっついのよ!?」

 

 そう言うとぶつぶつ不満を垂れ流し始める山城。

 

「艦数制限で戦艦の建造が出来ないから扶桑お姉様が来ないって決まってる状況の中、目の前で扶桑お姉様といちゃつく山城が居るのがどんだけ辛いか……不幸だわ」

 

 うわぁ…

 春雨を越える病みに周りまでドン引きさせられてるぞおい。

 

「というか、艦数制限ってなんだ?」

 

 母港の登録可能数とは違うっぽいんだが?

 俺の疑問に熊野が答えてくれた。

 

「横須賀を除く各泊地には艦種毎に一定数以上艦を集めてはいけないという決まりがあるのですわ」

「そうなのかー」

 

 横須賀を上とさせるための政策の一環なんだろうな。

 

「じゃあリンガで引き取るってのは…?」

 

 こう言ったらなんだが、リンガには山城いないし比叡が抜けたから空きが出来てると思うんだが。

 そう聞いてみるも武蔵は否定する。

 

「大和型が二枠使うせいでリンガに空きは無いんだ」

「さいですか」

 

 地方虐めいくない。

 そう思うもこれも俺じゃどうにもならない問題だしな。

 

「そういうことだから私のために扶桑お姉様を見付けてきなさい!!

 嫌だと言っても付いていくわよ?」

「何故にそうなる!?」

 

 というかお前まで付いてくる気か!?

 

「ちょっとお前等からも「瑞鳳の快気祝い始めるよ!!」おぃぃっ!?」

 

 助けを求めたけどいつの間にか北上が貰った竹鶴を開けて酒盛り始めやがった。

 って勝手にしかも真昼間から酒盛り始めんな!?

 

「姫ちゃんも飲んでみる?」

「のむ!」

「燃料で割ってあげるからちょっと待ってね」

「子供に酒飲ませんな!?」

 

 ああもうグダグタだよ!?

 

「なんでこんなことになったんだ!?」

 

 もう訳わからん。

 

「まあまあ」

 

 春雨が一心地着いて落ち着いたらしく慰めてくる古鷹。

 ……そういえば、

 

「ふと思い出したんだが鳳翔はどうしたんだ?」

 

 こんな騒ぎなら鳳翔が黙ってる筈が無い。

 元帥も動いたなら鳳翔だって動けたはず。

 問いに古鷹は困った笑みを浮かべる。

 

「鳳翔はアルファが島に戻る少し前にバイドツリーに出掛けてしまいました」

「バイドツリーにか?」

 

 あそこは今信長が頑張ってる最中だよな?

 というか、俺ならともかく鳳翔が行くってどうなってんだ?

 

「ええ。

 信長が要請をしに派遣したツ級の話を聞いた鳳翔が私が行くと飛び出したんです」

 

 そう言って古鷹は信長の要請の内容を語り始めた。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 大平洋の真ん中、どの国の領海からも外れた場所に根差したバイドツリー。

 その中枢では今現在も激戦が続いていた。

 

「沈ミタクナクバ去レ!!」

 

 装甲空母姫から引き継いだ艤装から飛び立つB-29が艦戦の手が届かない上空高高度から爆撃の雨を降らせ敵対する艦娘達を襲う。

 

「三式弾発射用意……撃てぇ!!」

 

 旗艦の日向の号令と同時に戦艦と重巡が砲門という砲門から三式弾を打ち上げ降ってくる爆撃を迎撃を図る。

 豆砲弾の爆発に爆弾は大半が上空で爆散するも僅かな残りが艦隊を襲う。

 

「回避に集中しろ!?」

 

 陣形を崩してでも避けようと走る艦娘達に信長が率いる艦が迫る。

 

「ソノスキヲイタダク!!」

「各個撃破などやらせるか!!」

 

 真っ先に突っ込んだネ級の航路に那智が割って阻み至近距離で砲撃の殴り合いを開始。

 

「この隙を…」

「サセナイ」

 

 スクロールを広げ信長に艦載機を放とうと符を構えた隼鷹にヲ級の艦載機が迫る。

 

「第一次攻撃隊各機迎撃を!!」

「飛龍さん潜水艦が狙っているのです!?」

「まずっ!?」

 

 直衛に隼鷹の警護の指示を飛ばす飛龍にソ級が魚雷の狙いを付けているのを巻雲が察知。対潜攻撃を敢行して雷撃を阻む。

 戦況は拮抗かやや艦娘が不利という状況の中、支援艦隊の状況報告を受けた鬼怒が批難混じりに報告の声を上げる。

 

「大湊の支援艦隊より入電!!

 ワレシエンニマニアワズ!!」

「またか!!??」

 

 ネ級との距離を計り直し隊列を直そうと動いていた那智が叫ぶ。

 期待していた支援艦隊による状況打開が空振りに終わったことを受け日向は即座に判断を降す。

 

「削れるだけ削ってから退く!!

 単横陣に切り替えソ級最優先に警戒しろ!!」

「「「「「了解!!」」」」」

 

 隊列を対潜に直す艦娘達を確認し信長はマタカと不快感を覚える。

 

「戦艦、重巡、副縦陣ニ切リ替エルワ。

 手傷ハ最小限ニ抑エルヨウニ」

「ワカリマシタオニ」

「センスイ、クウボトトモニサイコウビニマワレ!!」

 

 信長の指令にル級とネ級が艦隊陣形を整えさせる。

 支援艦隊が間に合わないと判った時点で彼女達の攻めっ気は薄れ退く機会を図るものへと切り替わっている。

 そのことを批難する気は一切無いが、同時に支援艦隊が何故到着出来なかったかを把握しているだけに信長はそれが不快でしょうがなかった。

 だからこそ信長は厳しい状況の中イ級に何とかしてほしいとツ級を派遣させた。

 

(マサカ軽母ガ来ルトハ思ワナカッタケド)

 

 餅は餅屋。

 鳳翔が来たというなら任せようと無駄な損害を減らすため信長は回避に専念を開始した。

 

 

 

「この辺りで大丈夫です」

 

 古鷹から借りたパワード・サイレンスのジャミングにより誰との遭遇も行わぬまま世界樹中枢海域に潜入した鳳翔は、それまで先導を担っていたツ級にそ断りを入れた。

 

「ワカッタワ」

 

 鳳翔の断りにツ級は頷くとタノンダワヨと念を押し中枢本隊へと戻っていく。

 

「……さて」

 

 去り行くツ級を見送った鳳翔はすぅっと目を細め夜偵改修された彩雲を封じた矢を番える。

 

「見付けてきなさい」

 

 そう命じ放たれた矢は14機の彩雲に変じ空へと消えていく。

 彩雲が放たれてから1時間程して、飛ばした一機から目標を発見したと報告が齎された。

 

「そう。

 全機帰還しなさい」

 

 帰艦命令を下し彩雲が全機帰投したのを確認すると見付けた方角へ舵を切る。

 そうして航海を続けることしばし、向かう先に鳳翔は目当ての相手を発見した。

 

「この馬鹿鶴!!」

「言ったわね焼鳥屋!!」

 

 まだそれなりの距離があるはずなのに聞こえてくる口論に鳳翔のこめかみがひくついた。

 そして、その口から小さく感情が零れる。

 

「戦場でなにをやっているのかしらあの二人は?」

 

 

〜〜〜〜

 

 

「大湊の空母が喧嘩してるからなんとかしろ?」

 

 え? なにそれ?

 後ろで盛り上がる宴会とは打って変わって俺の頭ん中はこんがらがってるんだが?

 というかさ、

 

「大湊って鳳翔が名前を挙げるぐらい精鋭揃ってたよな?

 そいつらが戦場で喧嘩?」

 

 んな素人集団じゃあるまいし…

 

「大湊の噂は聞いているぞ」

 

 俺の疑問にウィスキー片手に武蔵が答えてくれた。

 つか、お前も飲んでるのかよ。

 

「大湊は半年前の装甲空母鬼に主力の赤城と翔鶴を喪失している。

 残った加賀と瑞鶴はそれが原因で互いにいがみあってるそうだ」

「……そうか」

 

 また、あの装甲空母ヲ級の被害者か…

 アレが残した爪痕は何時になったら消えるんだろうか?

 

「だがまあ、何れ解決するだろうさ」

 

 何故かそう肩を竦める武蔵。

 

「何で分かるんだ?」

「少し前に演習で二人と会ったんだが、その時の様子がな」

 

 アルコールで緩くなったのか武蔵は思いだしくつくつと笑い始め肩を震わせる。

 

「いやいやあれは傑作だった」

「頼むから解るように説明してくれ」

 

 本人だけ分かる台詞とか勘弁しろよ。

 そう言うと武蔵はすまないと頬を緩ませながら言った。

 

「加賀と瑞鶴の喧嘩の理由はお互いがお互いの相方の意志を引き継ごうとして起きているものだ」

 

 隼鷹ではないが、あのすれ違いっぷりは中々に肴になると武蔵はグラスを傾けた。




投げ捨ててたフラグを回収してたら戦闘まで行けなかった。orz

次回は鳳翔さん鬼子母神モードでふ


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あらあら

これは厳しくしないといけないわね。


 冷え切った感情を制御しつつ鳳翔はパワード・サイレンスにジャミング範囲から自分を外すよう命じる。

 同時に艦影が索敵に引っ掛かり旗艦の吹雪が驚いた様子で声を上げる。

 

「電探に感あり!? 

 嘘、距離200000、数は一、識別は艦娘!?」

 

 こんなに近い位置に発生した突然の反応に驚く吹雪に瑞鶴はほら見なさいと加賀に噛み付く。

 

「やっぱり逸れだったじゃない!!」

 救助に向かうべきと言う瑞鶴に加賀は反する。

 

「電探の反応が唐突かつあからさま過ぎるわ

 深海棲艦が擬装していない証拠はどこにもないわ」

「だから行ってみれば分かるでしょ!?」

「杜撰な浅慮で艦隊全体の安全を揺るがす真似は認められないわ」

「誰が浅慮よ焼鳥屋!!」

「その気の短さが浅慮だと言ってるのよ馬鹿鶴!!」

 

 再び始まる口喧嘩に吹雪と僚艦を組む望月が怠そうにごちる。

 

「もうさ、なんでもいいから帰ろうよ。

 いい加減支援間に合わせなきゃ提督が怒られるんだよ?」

「そうですよね…」

 

 支援艦隊として派遣されてこれまでに成功率はたったの二割。

 戦意高揚状態でこれでは話にならない。

 

「お二人共、ともかく件の艦と…」

 

 旗艦として意見を纏めようとした吹雪だが、直後背に感じた身の毛が総立つ殺気に言葉を途絶えそちらを確認した。

 

「え? 何、今の…?」

 

 姫級に匹敵する凄まじい気配に瑞鶴は軽い恐怖を覚え警戒を高め望月も怠そうな空気を抜いて艤装の状態を確かめる。

 そんな三人を余所に加賀は殺気に懐かしいものを感じ三人とは別の警戒高める。

 

「馬鹿鶴。

 貴女の言う通りだったわ」

「え?」

 

 唐突な言葉に虚を突かれた瑞鶴が目を丸くする横で加賀は瞳に警戒と僅かな畏れ、そしてそれらを塗り潰すほどの闘志を光らせていた。

 

「よく覚えておきなさい。

 私の予想通りなら、空母の限界を超えた戦いが見られるはずよ」

「空母の限界を…」

 

 戸惑う瑞鶴を尻目に殺気を放った当人を思しき艦娘が視認範囲に入る。

 

「あれは…鳳翔さん?」

 

 大湊でも見覚えがある温和な艦娘が先の殺気と繋がらず困惑する吹雪達。

 加賀は一歩前に出ると弓を握り直しいつでも構えられるよう確かめながら口を開いた。

 

「久しぶりね鳳翔」

「ええ。久しぶり」

 

 笑みを浮かべ応える鳳翔だが、その目に友好的な雰囲気は一切ない。

 

「あ、あの、お知り合いで…?」

 

 なにやら不穏当な空気に恐る恐るそう声を掛ける吹雪。

 

「貴女が旗艦ね?」

「え? あ、は、はい…」

 

 突然問われ戸惑う吹雪に目線を加賀に合わせたまま鳳翔は言う。

 

「この二隻を放逐していたのはどうしてかしら?」

「そ、それは…」

「艦隊を取り纏め与えられた任務を完遂するのは旗艦の責務。

 それを放り出して貴女は何をしているのかしら?」

 

 厳しい指摘に何も言えず俯く吹雪。

 それに瑞鶴が噛み付く。

 

「ちょっと、いきなり現れて何勝手なことを言ってるのよ!?」

 

 吹雪はちゃんと努力している。

 自分達が熱くなりその努力を不意にしてしまっているだけだ。

 責められるべきは自分だとそう反論しようとする瑞鶴だが、鳳翔はまったく取り合わず加賀に言う。

 

「上官への発言許可も取らないなんて、貴女は彼女をどういうふうに教育していたのかしら?

 …弛んでるわね」

「なっ…」

 

 叱責が加賀に及び絶句する瑞鶴。

 

「ちょっと黙りなよ瑞鶴」

 

 更に噛み付こうとした瑞鶴だが、口を開くより先にそれを怠そうな口調の望月が遮る。

 

「あんたが言えば言うほど私達が不利になるから静かにしてなよ。

 はっきり言えば迷惑なの」

「……」

 

 辛辣な望月の批難に拳を握り肩を震わせる瑞鶴を見て望月は鳳翔に謝罪を告げる。

 

「勝手な発言申し訳ありませんでした中佐」

「中佐!?」

 

 艦娘は軍の備品として扱われているが同時に最低限の人権を与えられ形ばかりではあるが階級も与えられている。

 だが尉官が与えられれば相当以上であり、佐官の位を与えられている艦は数隻いるかどうか。

 

「飛行甲板に線が入ってるじゃん」

 

 絶句する吹雪を尻目に望月は気付きなよと小声で注意する。

 鳳翔は望月の発言をよろしいと赦す。

 

「現在は准尉よ。

 肩肘を張らなくていいわ」

「ありがとうございます」

 

 怠そうに敬礼する望月におたおたする吹雪。

 しかし加賀は静かに問う。

 

「貴女は何故此処に?」

「頼まれたのよ。

 戦場の真ん中で軍紀を乱し敵だけでなく味方にまで害を撒く馬鹿を何とかしてほしいと」

 

 戦に結果だけを求めるな。

 勝つときも負けるときも全力を尽くし、その上で結果を受け入れろと装甲空母姫から教えられて来た信長にとってそれを邪魔する加賀達は不愉快で仕方なかった。

 不本意な勝利を得るぐらいなら死力を奮い負けるほうが余程望外。

 故に不利になると分かっていて信長はイ級を喚んだのだ。

 

「……誰から?」

 

 説教だけなら大湊まで来れば済んだ筈。

 わざわざ戦場に、それもただ一人で赴いた鳳翔に違和感を覚えた加賀は依頼した相手を尋ねるが、鳳翔は解答を拒否する。

 

「申し訳ないけど言えないわ。

 閣下から拝命した特務に関わるの」

 

 閣下という単語に加賀の眉が狭まる。

 

「閣下から?」

「ええ。

 当然だけど内容は一切言えないわ」

 

 困り顔で左手を頬に添える鳳翔。

 左手で鈍く光る指輪に加賀の口許が僅かにひくつく。

 どれも加賀を挑発するためにやってるのを解ってる加賀は、それに耐え先輩であり越えるべき壁であり一度と引き分け以上に持ち込めなかった宿敵を前に冷静に問う。

 

「…そう。

 それで、話は以上かしら?」

「ええ」

 

 にっこりと笑い、鳳翔は流れる動作で弓を構える。

 

「ここからは教育的指導(・・・・・)の時間よ」

 

 明確な死刑宣告と同時に味方に向ける類ではない殺気を放つ鳳翔。

 

「ひぃっ!?」

「うわぁ…」

「…はぅ」

 

 姫級の殺気をもろに浴び悲鳴を上げる瑞鶴と頬をひくつかせる望月と卒倒する吹雪。

 1番近くでそれを喰らった加賀は海面を蹴り一足で巨利を取りながら弓を構える。

 

「抗命するわ」

「いいわよ。

 一方的な粛清は気が滅入るもの」

 

 物騒では済まない台詞を宣う鳳翔に瑞鶴が悲鳴を上げる。

 

「今粛清っていわなかった!?」

 

 そう叫ぶ瑞鶴だが、加賀も鳳翔も取り合わず番えた弓を放つ。

 

「「第一次攻撃隊発艦!!」」

 

 ほぼ同時に放たれた矢はそれぞれの艦載機に変ずる。

 加賀から放たれたのは烈風、彗星一二甲、流星改、そして最も古くから共に戦い続けた九六式艦戦。

 一方鳳翔から放たれたのはベア・キャットと試製電光。

 

「試製電光と猫!?」

「ブルネイから戴いた餞別よ」

 

 驚く加賀に不敵に笑う鳳翔。

 飛び立ったベア・キャットが加賀の艦載機郡に食らい付こうと翔け烈風と九六式艦戦が返り討ちにせんと空中で激しいドッグ・ファイトを開始。

 物量で潰そうとする加賀と質の高い機体と精鋭のみを揃えた鳳翔。

 

「…すごい」

 

 一日でも早く加賀に追い付こうとしていたから分かる。

 加賀は本気で戦っている。

 にも関わらず数に劣る鳳翔が倍以上を相手取り善戦している姿は加賀が言った通り空母の限界を超えた存在だと思わせるに十分足りた。

 かつてのトラウマに身を震わせながらも瑞鶴は両者が繰り広げる航空戦から目を離せなくなっていた。

 しかしどれほど優れていても数の差は覆せない。

 倍の数を相手取るベア・キャットは機体性能と妖精さんの腕で拮抗を維持しようとするも、常に三対一以上の状況に遭い少しづつその数を減らしていく。

 元より加賀の妖精さんとて手熟ばかり。

 機体性能で勝ろうと腕に差がそれほどない相手が三倍以上となればベア・キャットに勝機は無い。

 互いの雷撃と爆撃が終わった時点で鳳翔の手持ちは辛うじて帰還が叶った試製電光も数機のみ。

 一方加賀の被害は烈風と九六式艦戦が計20機と流星改、彗星一二甲の被害が10機と十分余力を残していた。

 この結果にほっと胸を撫で下ろした瑞鶴だが、それを言葉にする前に望月がごちる。

 

「……こりゃヤバイわ」

「え?」

 

 まるで制空権を奪われたのがこちらだというかのように眉間に皴を寄せる望月。

 

「気付かないの?

 あれだけの爆撃と雷撃で鳳翔の損傷は?」

 

 望月の言わんとしている事にはっと気付き戦果を確かめる瑞鶴。

 20発以上の爆弾と魚雷に襲われた鳳翔だが、その損害はかすり傷という程度。

 なにより、鳳翔は全く同じたふうもなく口許には笑みが浮かんでいた。

 

「安心したわ。

 腕は差ほど鈍っていなかったみたいね」

 

 そう言葉を贈る鳳翔。

 その賛辞に加賀は航空戦の最中に抱いた懸念が本当だったと理解し言葉を漏らす。

 

「やはり手心を加えていたのね」

 

 鳳翔の妖精さんの力はあんなものではない。

 まだ21型さえ配備が叶わず九六式や九九式が最前線の空を必死に飛んでいた頃から戦っていた鳳翔の妖精さんの力は九六式艦戦で烈風とタイマンを張って退ける桁違いの実力者。

 そんな妖精さん達がいくら三倍以上の敵を相手にしていたしていたとはいえ紫電改二と同等の性能の機体を駆っていたのにあまりに呆気なさ過ぎた。

 

「ええ。

 今のを退けられないなら、本気で掛かるのは酷だと思いますから」

「…」

 

 聞きように因っては喧嘩を売っているようにしか聞こえない言葉だが、加賀はそれが一切悪意なく放たれた言葉であるとかく確信した。

 

「…まだ、なにかあるんですね?」

「勿論よ。

 余りに強力過ぎて私の妖精さんでも完全に扱いきるまでに時間を要する必要があったけれど、貴女になら使っても大丈夫ね」

 

 そう述べ、鳳翔は飛行甲板の裏に仕込んでいた14センチ単装砲を手に握る。

 

「っ!?」

「ここからは手加減は一切無し。

 殺す気で来なさい」

 

 宣言と同時に鳳翔がアサノガワを喚ぶ。

 

「来なさい、アサノガワ!!」

 

 鳳翔の呼び掛けにパワード・サイレンスと共に待機していたアサノガワが閃光の尾を牽いて鳳翔の元へと馳せ参じる。

 

「噴式戦闘機!?」

 

 ベアキャットに替わり飛行甲板に着艦を果たすアサノガワの姿に瑞鶴が驚きの声をあげる。

 

「それを何処で…?」

 

 特徴過ぎるラウンドキャノピーと下部に装備された凡そ戦闘機が装備するような物ではない大型の杭に尋常ならざる兵器だと確信し問う加賀。

 しかし鳳翔はその問いを一言でおわらせる。

 

「特務に中って頂いた物よ。

 さあ、始めましょう」

 

 簡単に終わらないでねと笑いながら告げ、アサノガワを発艦させる。

 

「っ!? 全機発艦!!

 なんとしてもあの機体を落としなさい!!」

 

 烈風と九六式艦戦だけでなく流星と彗星の爆装を取り外し文字通り全戦力をアサノガワにぶつける加賀。

 60機以上の艦載機がその物量を以て、更に一機残らず死に物狂いで押し潰そうと迫る。

 しかし、

 

「吶喊し貫きなさい!!」

 

 鳳翔の命と同時にアサノガワは機体をロールさせながら艦載機の群れに吶喊。

 機体強度任せに迫り来る艦載機を打ち砕き粉砕しながら蹂躙し尽くす。

 

「はあっ!!!???」

 

 杭はもとより、攻撃手段がまさかの体当たりとあって遠目から眺めていた瑞鶴は信じられないと間の抜けた悲鳴を上げる。

 

「馬鹿な……」

 

 アサノガワと呼ばれた噴式戦闘機が強大な力を秘めた機体だということは鳳翔が搭載を許していることから分かっていた。

 だが、これでは赤子の手を捻るでも足りない。

 正に鎧袖一触。

 戦いなんて烏滸がましい、これでは鳥を前にした羽虫ではないか。

 

「余所見をしている暇があるのね?」

「!!??」

 

 惚けた僅かな隙に鳳翔は手が届く至近にまで迫り、手にした14センチ単装砲を加賀の腹部に突き立てていた。

 

「これで一回貴女は死んだわね」

 

 一切の間を与えず単装砲が火を吹き加賀が吹っ飛ばされる。

 

「うぅ…!?」

 

 装填されていたのは模擬弾であったが、密着状態での砲撃は加賀に苦悶の声を漏らさせよろめかせるだけの威力で加賀をうち据える。

 

「加賀!?」

 

 空母が単装砲をぶっ放した事にも驚かされたが、それ以上に加賀がダメージを受けたことにショックを受ける瑞鶴。

 

「貴女もいつまで惚けているつもりかしら?」

「え?」

 

 ぞわりと走る悪寒に咄嗟に振り向いた刹那、瑞鶴の背後に回り込んでいたアサノガワの姿に瑞鶴は死を確信した。

 

「穿ちなさい」

 

 ドゥン!!!!と凄まじい衝撃波を伴い下部に装備された杭を瑞鶴目掛け解き放った。

 放たれたパイルバンカー波動砲が瑞鶴の髪留めを貫きその身体を吹き飛ばす。

 

「キャアアァッ!!!???」

「瑞鶴!?」

 

 波動砲の余波で海面に叩き付けられた瑞鶴を助けようとする加賀だが、鳳翔がそれを許すはずがなかった。

 

「大事なのは結構だけど、優先順位を失念するなんて貴女らしくないわね」

 

 気を逸らした加賀の脚を払い飛行甲板と弓で三角締めを決める。

 見る間もなく鬱血で顔を赤く染める加賀に、絞め殺す勢いでぎりぎりと絞り上げながら鳳翔は釘を刺す。

 

「何があって貴女が彼女に執心しているかは聞かないわ。

 だけど、務めを忘れあの人の顔に泥を塗る真似をこれ以上繰り返すなら、次は」

 

 私が貴方を沈めるわ。

 かつて鬼子母神と呼ばれ数多の深海棲艦を水底に叩き返した頃敵に向けていた背筋が凍るような声を最後に加賀は意識を刈り落とされた。

 

「あらいけない」

 

 後数秒で本当に絞め殺してしまうと気付き加賀を解放する鳳翔。

 

「あ~、もういい?」

 

 空気が緩んだのを察して望月がそう確認すると、鳳翔はにっこりと微笑みながらええ。と言った。

 

「積年の分はまた今度にしておくわ」

 

 まだあるんかいと突っ込みそうになった望月だが、寸でのところでそれを飲み込みはいはいと気絶した吹雪の頬をぺちぺち叩いて起こしに掛かる。

 

「ああ、一つ忘れていたわ」

 

 と、加賀のところに向かいたいけれど鳳翔が怖くてガクブルしていた瑞鶴に向き直る。

 

「な、何よ…?」

 

 喉元にせり上がってきた敬語を抑えいつもの強気な口調を発する瑞鶴に鳳翔はアドバイスを送る。

 

「加賀の隣に立ちたいなら赤城の真似をしても無駄よ」

「……!?」

 

 二人の擦れ違いは瑞鶴が赤城のように、加賀が翔鶴のように振舞おうとした結果起きていたものだ。

 息を呑んで目を見開く瑞鶴に鳳翔は続きを述べる。

 

「一度加賀に甘えてみなさい。

 そうすれば彼女が何をしようとしているか解るはずよ」

 

 それじゃあねと待機していたアサノガワを甲板に降ろし鳳翔は四人に背を向ける。

 そして待機していたパワード・サイレンスと合流を果たした鳳翔は島への航路を取りながら困ったふうに微笑んだ。

 

「まったく、世話の掛かる娘達ね」




皆良く考えてみてくれ。
赤城も加賀もRJも史実では凄まじく厳しい訓練を強いていたことは知っているはずだ。
ならばその先輩であり長らく練習艦として運用されていた鳳翔が厳しくなかったはずが無い!!

つまり鳳翔さんを怒らせてはいけない(戒め)

とまあ私見はさておき鳳翔さんの無双だったはずなんだけどあんまりそんな感じにならなかったな…
アサノガワ出しちゃうと無双じゃなくて蹂躙になっちゃうから仕方ないね。
余談ですが、二人はこの後お互いに正面からぶつかって紆余曲折の後濃厚な瑞加賀が誕生いたします。
次回は再びリンガから。
コメディーと爆弾が振る予定。


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え?

なんでそうなったの……?


「で、どういう事なんだ明石?」

 

 宴も闌を越え、俺は明石を前にそう問い質していた。

 

「さぁ、なんのことやらさっぱり…」

 

 しらを切る気かこのやろう。

 だったらはっきり言ってやるしかないな。

 

「なんで磐酒提督と大淀がFXで有り金溶かした人みたいな顔になってるのか心当たりはないと、そう言い切るんだな?」

 

 作画崩壊とかいう次元を越えた、放置しておいたら樹海にでも消えて行きそうな空気の二人。

 その問いに明石はさっと目を逸らす。

 

「り、リアルに証券で失敗したんじゃ…」

「じゃあ瑞鳳のエスコート・タイムとシューティング・スターの開発に使った資材は何処から捻出した?」

「うっ!?」

 

 問いに一筋の汗を流す明石。

 

「やっぱりお前が原因か!?」

 

 家の資材じゃ飽きたらずとうとう人様にまで迷惑を描けてんじゃねえよ!?

 

「アルファ、明石をお仕置き!!」

 

 ただの触手じゃ済まさん。

 アルファさえ二度と御免だと言ったゴマちゃんの刑に処してやる!!

 

「あ、まてまて」

 

 逃げようとした明石がアルファを初めとしたR戦闘機に取っ捕まったところで磐酒提督が復活し留めてきた。

 

「確かに使われた資材の量は痛手だが原因は別だ」

 

 痛手になるぐらい使い込んだのは事実か。

 やっぱりゴマちゃんの刑は確定だな。

 磐酒提督は少し迷った様子を見せてから唐突に言った。

 

「三日後、元帥閣下がリンガに来る。

 その内容が…」

 

 そこで一旦切る磐酒提督。

 

「駆逐棲鬼との会談なんだよ」

 

………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はいっ!!!!????

 

「済まないが用事を思い出した!!!!????」

 

 全速離脱を図るも武蔵に捕まってしまった。 

 

「離してくれ!!??

 面倒事はこりごりなんだ!?」

「残念だが受け入れてくれ。

 じゃないとこっちの存続に関わる」

「それなら仕方ないけどなんでバレた!?」

 

 理由が理由だけに逃げるのは諦めるが、そもそもなんで海軍(海自?)の一番偉い人に俺達の所在がバレたんだ!?

 

『鳳翔ノイイ人ガ元帥デスヨ』

「マジデカ!?」

 

 そういう大事なことは先に言っとけアルファ!!??

 

「というか、まさかお前が教えたのか?」

『ハイ』

 

 なんでだよ!!??

 

『今件ノ事後処理ハアチラトノ提携ノ必要ガアッタノデ提かく督及ビ艦娘ヘノ配慮ヲ条件ニ教エマシタ』

「…そうか」

 

 つまり逃げたらその約束は無くなると。

 

「武蔵、もう逃げないから離してくれ」

 

 正直釣られた魚みたいにされてるのは勘弁。

 

「本当だろうな?」

「これ以上迷惑を掛ける気はねえよ」

「そうか」

 

 漸く手を離してくれて解放される。

 あー、もう。

 

「なんでこんなことになったんだ?」

 

 飛行場姫の依頼が元帥との会談になるなんてどうなってんだよ?

 こうなりゃなるようになれ。

 考えるのを放棄して俺は磐酒提督が、来る前に放たれた爆弾の片付けに向かう。

 

「R戦闘機でうやむやになってたが、ちび姫はR戦闘機装備して大丈夫なのか?」

 

 双胴空母になったことで瑞鳳とちび姫の装備スロットは一人辺り半分の二つと合体して増えた計5つ。

 その内訳はちび姫が62型と同じく艦戦も兼ねる艦爆と艦攻。

 瑞鳳はお馴染み艦これ最強の艦戦の震電改と遂に登載されたR戦闘機『R―9ADエスコート・タイム』

 そして共有部分の第5スロットに『R―9Dシューティング・スター』。

 エスコート・タイムはパウにも搭載されているデコイ機能を更に強化した機体で、一度に多数のデコイを展開した上でそのデコイも自爆だけでなくそれぞれがスタンダード波動砲を発射可能とかなり凶悪な機体だ。

 そしてシューティング・スターは今までで一番ふざけんなと言いたくなる機体。

 ただしバルムンクは例外な。

 こいつのコンセプトは超長距離狙撃。

 その最大射程はなんと38『万キロ。

 地上から月までの距離をまるごと圏内に収める馬鹿機体だ。

 いや、まあさ、宇宙空間ならそれぐらい射程は必要なのかもしんないよ?

 でもさ、サイズダウンて他のR戦闘機の射程が軒並み十分の一まで落ちてスタンダード波動砲で二、三十キロ。

 古鷹のメガ波動砲でも40キロ、必殺のΔウェポンでさえ300キロ以上の射程は確保できないんだから比較しなくても洒落じゃ済まな過ぎる。

 これはあれか?

 瑞鳳の決め台詞のアウトレンジを意識してのチョイスなのか?

 だったら瑞鶴が島に来たらシューティング・スターまた増えるのか?

 だとしてもアウトレンジって言葉を調べ直してこい。

 さておき、共有部分は文字通り艦娘の瑞鳳とちび姫を繋げる特殊な部分。

 それ故に妖精さんの加護が掛かった艦娘の装備も深海棲艦の装備も乗せられそうにないと思ってたんだが…。

 そう尋ねると明石が何故か自慢気に口を開く。

 

「それは勿論私の腕がいいからだよ」

「ちがうよ」

 

 どや顔を決めようとした明石をちび姫が否定した。

 

「たぶんね、わたしのおとうさんがにんげんだから」

 

 ………………。

 

「……そうなの?」

 

 核でなんもかんもまっさらになったような異様に静かな空気の中、俺は逆に冷静になった状態にでそう聞いてしまう。

 そんな空気に全く気付かない様子でちび姫はうんと頷く。

 

「ひめがいってたの。

 うまれてすぐおばちゃんにあずけられたって」

 

 戦艦棲姫……おばちゃん呼ばわりされたお前は泣いていいと思う。

 というかさ、

 

「姫の娘だとは聞いてたがまさか『ドグラガッシャン!!!!』え?」

 

 なんかすごい音にそちらを見れば、なんでか磐酒提督と大淀がテーブルに頭から突っ込んでテーブルがぶっ壊れてた。

 

「大丈夫か?」

 

 大淀なんて眼鏡壊れてるし。

 たんこぶとか痛そうなんだが…

 

「だいじょばない」

「大問題です」

 

 本気で心配になる様子でそう言う二人。

 いやまあね。人類種の天敵と子を設けた同胞が居た上目の前の小さな姫がその混血だと言われたらそりゃ混乱もするわな。

 

「あ、そだ」

 

 磐酒提督は地位に目を眩ますような輩ではないけど、一応言っとかないとな。

 

「今の話はオフレコで頼む。

 下手なことになったら姫が全員で連合艦隊組んで襲撃とかやりかねないからさ」

 

 そう言うと磐酒提督は了解したと困った様子で苦笑する。

 

「今の言い方だとその娘は他の姫からも大事にされているように聞こえるが確かなのか?」

「らしいぞ。

 少なくとも預かってたらしい戦艦棲姫は大事に育てていたそうだ」

「……そうか」

 

 あれ?

 なんか今、妙に安堵してなかったか?

 ……気のせいか。

 

「取り敢えず先ずは会談だな」

「解ってる」

 

 チート持ちの転生者とはいえただの駆逐イ級になんで会談なんか求めるかね?

 

「そう言うわけだから、木曾。

 皆を連れて先に島に戻っててくれ」

「お前一人で残るつもりか?」

 

 俺の頼みに木曾は不安だと言う。

 

「懸念は分かるけどさ、いい加減氷川丸を拘束し続けておく訳にもいかないし、今回みたいな事がそう起きるはずは無いだろうけど不安は無くしておきたいんだよ」

 

 完全に忘れてたけど、明石と木曾と氷川丸は鎮守府を脱走しているし、北上達も状況はほぼ変わらない。

 おまけに古鷹はバイド化、春雨は深海棲艦化、宗谷と酒匂に至っては深海棲艦が艦娘化したイレギュラーばかり。

 極めつけにちび姫が人間との混血だって判明した現状誰一人残しておくのも不安が大きい。

 そう理由を説明すると、木曾は不満たらたらたという空気を発しながらも納得してくれた。

 

「仕方ない。

 今回ばかりはイ級を置いていくしかないな」

「護衛にノー・チェイサー達は残しておくからさ」

「当然だ」

 

 本当はそっちに付かせたいけど言ったら怒るだろうからここは妥協しておく。

 そう折れたところで北上がだったらと提案を持ち上げた。

 

「いっそのことノー・チェイサーだけじゃなくてイ級に載せれるだけR戦闘機載せておこうよ」

「は?」

 

 何を言ってんですか北上さん?

 

「そいつはいいな。

 ストライダーは修理待ちだけどアルファとパウとフロッグマンとミッドナイト・アイとアサガオで丁度全部埋まるしな」

 

 いやいやいや。

 

「ミッドナイト・アイを置いていかれるのは流石に不安だから。

 それにアサガオは戦闘用じゃないし」

 

 工作機なのに烈風より強いけど。

 ミッドナイト・アイも千代田の件では全く役に立たなかったけど、彩雲を超える策敵能力は安全な帰途を確保するために外して欲しくない。

 

「エスコート・タイムとシューティング・スターは貸さないわよ」

 

 誰が貸せといった?

 

「そうじゃなくて、そこまでせんでも…」

 

 大丈夫と言いたかったが、全員から無言のプレッシャーが雨霰と降ってきました。

 

「…わかりました。

 だけどせめてミッドナイト・アイだけは連れてってくれ」

「…解った」

 

 なんとかそう纏まりファランクスと爆雷が外されそこにアサガオとフロッグマンが、ダメコンを載せていた空きスロットに宗谷が改装時に持ってきた女神を積めていく。

 

「なんというか、ずっと一緒に戦ってきた愛銃を下ろすのは抵抗あるな」

「分かる分かる」

 

 俺のぼやきに北上がうんうんと首を振る。

 

「工作艦に改装されて下ろされていく魚雷管の姿は堪えるものだったね」

「酒匂も特別輸送艦に改修されたときそうだったよ。

 一度も実弾撃たせて貰えなかったけど」

 

 しっかり落ちをつけるな。

 ファランクスを木曾に預けしまかぜ達は宗谷に渡す。

 

「しかし宗谷はダメコンと縁深いよね」

 

 爆雷をしまいながら不意にそう言う。

 そういや氷川丸でさえ見付けられない女神をワ級の頃にも見付けてたよな。

 絶妙なタイミングで女神を差し出された事を思い出していると宗谷は運が良いだけだよと謙遜した。

 

「艦娘になったら輸送能力も無くなって他に取り柄も無くなっちゃったしね」

「自虐的になるなよ。

 取り柄

なんて無くても仲間だって事は変わらないんだぞ」

「……そうだね」

 

 ごめんなさいと謝る宗谷。

 

「でも凄いんだよ。

 性能はアレだけど運なら雪風以上なんだから」

「そうなのか?」

 

 宗谷は氷川丸と同じく航行可能な状態で保存されてるのも理由なのかな?

 

「なんと驚きの100。

 これには鈴谷さんも驚いたね」

「ちょっと待て」

 

 運が3桁って素でそれかよ!?

 どこかの不幸戦艦とか空母が聞いたら泣き出すレベルじゃねえか。

 

「100なんてなんて羨ましい……」

 

 って、そういやここにも一人居るじゃねえか。

 

「そんなにあるなら少しぐらい分けて欲しいわよ」

 

 その内頭のパゴダマストだがガラパゴスだかって飾りが茸になりそうなぐらいじめじめしてるんだけど。

 そんな山城に宗谷は困った笑みを浮かべる。

 

「出来るならそうしてあげたいけど、ちょっと無理かな」

「慰めはいらないわよ」

 

 お前は何がしたいんだ?

 拗らせ拗ねる山城に宗谷はでもと言う。

 

「私は山城が羨ましいよ?」

「……」

「私は船体が小さいから大きな砲も重たい酸素魚雷も持てないから、山城みたいに大きな砲が沢山積めるのが羨ましいと思うな」

「…そんなに誉めたって所詮欠陥戦艦よ」

 

 そう微笑む宗谷にそっぽ向きながら言う山城。

 微妙に頬が赤くなって緩んでるだが、チョロすぎないか?

 いや、宗谷が天使なだけか。

 

「でも、扶桑型が居たから伊勢型も長門型も大和型も欠陥戦艦にならずに済んだんだよね?」

「……それは…そうかもしれないけど……」

「私は山城の事を尊敬してるよ。

 山城が居たから長門や大和は大きな砲を撃っても壊れない強い艦になれたってちゃんと分かってるから」

 

 そう頭を撫でると感極まったのか山城は宗谷に抱き付いた。

 

「測量艦の癖に生意気よ」

「……ごめんね」

 

 そう言う山城の声は微妙に涙ぐんだようにくぐもり、宗谷は静かに頭を撫で続ける。

 

「宗谷マジ天使」

 

 あの拗らせきった山城を宥めて癒すなんて天使どころか女神でもいいかもしんない。

 

「口から駄々漏れになってるぞ」

「構うもんか」

 

 あの娘のためにならあの大和だって倒せる気がする。

 というか害する奴は超重力砲で塵も残さず薙ぎ払う。

 

「ん?」

 

 宗谷の天使っぷりに癒されていて気付かなかったけど、なんでか磐酒提督がちび姫を抱っこしてた。

 あ、瑞鳳に帰して大淀と食堂から出ていった。

 

「どうしたんだ?」

「う~ん」

 

 何があったのか聞いてみると瑞鳳は首を傾げる。

 

「なんか、姫ちゃんを抱っこさせて欲しいって言われたんだけど…」

 

 説明し難いという雰囲気の瑞鳳に埒があかなそうだからちび姫に尋ねてみる。

 

「なんでまた許したんだ?」

 

 俺が知る限りちび姫は抱っこされるのはあまり好きそうではない。

 というか、瑞鳳以外だとあつみもとい宗谷だけしか抱っこなんてさせてない。

 鳳翔さえ嫌がるのだから体型とかじゃなくて信頼出来るかどうかだと。 

 因みに俺は馬扱いされる。

 しかも面白がった北上が島に生えてる椰子の革とかで乗馬用の鞭を拵えたりしたもんだからさあ大変。

 他のイ級とかに被害が及ばないようちび姫の気まぐれでお馬さんごっこに駆り出される事も有るんだよ。

 どこぞの業界では御褒美でも俺には苛めだからな。

 閑話休題

 ちび姫は質問に首をこてんと傾ける。

 

「ん~とね、あのひとはいいかなっておもったの」

 

 どうやら本人もなんとなくらしい。

 

「あ、でも、なんかなつかしいにおいがした」

 

 ……どんな匂いだよ?




ようやくやれた日常的ほのぼの回。

次回はいよいよ明石の丸呑みプレイ……なんてことはなくまたイ級がはっちゃける予定。


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……はぁ

よりにもよってこれで会談に挑むのかよ……


 翌日、明石が使い込んだ資材の補充の目処を立てるため、磐酒提督は遠征計画の練り直しを一人進めていた。

 

「提督」

 

 唐突に響いた大淀の声に磐酒提督は書類から目を放さず声を掛けた。

 

「ノックも無しに入るとはらしくないな大淀?」

「しましたよ。

 ですが返事がなかったので念のため中を伺ったら居られたので声をお掛けしました」

「……そうか」

 

 すまないと短く告げ書類へと向かう磐酒提督に大淀は問う。

 

「宜しいのですか?」

 

 問いにずっと動いていた手が止まるも、すぐに動き始める。

 

「何がだ?」

「彼女の事です」

 

 再び止まる磐酒提督の手に大淀は畳み掛ける。

 

「娘さんなんですよね?

 30年前生き別れた」

 

 30年前、磐酒は軍とは一切関係の無い漁師であった。

 深海棲艦が跋扈する海での漁業は政府から禁止されていたが、同時に新鮮な魚の流通が少なくなった本土ではその市場での相場は20年前の数倍以上、鮪などの遠海で獲れる魚は10倍以上の値で取り引きされまだ国内で生産が叶う肉類以上の高級品として扱われていた。

 そんな事情から危険を犯してでも遠海に出ようという命知らずは少なくなく、磐酒も一攫千金を狙うその一人であった。

 そうして海に出た磐酒だが、彼は深海棲艦ではなく嵐という天災に見舞われ制圧が終了し混乱の最中にあったポートワインの近海へと流され、そして……

 

「…おそらくな」

 

 ペンをテーブルに転がし磐酒は腕を組んで肯定する。

 

「だったら」

 

 その事を言わなくてと続けようとする大淀に磐酒は言い切る。

 

「告げてどうなる」

「…」

 

 安いホームドラマならめでたしめでたしといくだろう。

 だが、現実は残酷以上に残酷だ。

 真実を知った北方棲姫が逆上して磐酒に襲い掛かる可能性もあるが、それさえまだまし(・・)な可能性だ。

 避けるべき最悪は、この事実、を本土が知り得ること。

 

「政治の道具に、ましてやモルモットになどされてたまるか」

 

 元帥を初めとする穏健派の手に渡れば他の姫からも寵愛されている事を利用され停戦講和の足掛かりとされるだろう。

 そして深海棲艦の完全抹殺を目標とする過激派の手に渡れば…末路は考える必要もない。

 娘を想えばこそ、告げることはできない。

 

「……失礼しました」

 

 磐酒がずっと探し求めた相手であると知っていた大淀は目先に囚われ冷静さを失していた事を謝罪する。

 

「いや、いい」

 

 そう言うと磐酒は再び書類に向き合う。

 

「それにだ。

 どうせなら言うならもっと相応しい次期が必ず来る」

「次期?」

 

 首を傾げる大淀に磐酒はああと頷く。

 

「これまで夢物語でしかなかった終戦講和の可能性を、駆逐棲鬼と俺の娘がただの幻想じゃないんだと教えてくれた」

 

 決して解り合えないと言われ続けてきた艦娘と深海棲艦が並び笑い会う奇跡のような空間を駆逐棲鬼は作り上げた。

 提督として長年過ごした磐酒にとって艦娘もまた部下としてなにより苦楽を共にした仲間として実の娘と同じほどに大きな存在としてあった。

 これまではどちらかを切り捨てなければならない日が来ると心の底で苦痛に喘いできたが、どちらも失わずに済む、そんな都合のいい選択肢を娘が教えてくれた。

 

「大淀。

 俺はこの戦争を終わらせるぞ。

 いつか終わる一時凌ぎの停戦でも深海棲艦が滅び去る殲滅でもない完璧な終戦を実現させる」

 

 現実を見ない妄想だと言われても構わない。

 茨の道だと言うことは端から承知の上でやり遂げると決めたのだから。

 

「手を貸してくれるか大淀」

 

 捨て駒同然の扱いでリンガに着任した磐酒を最初から支え続けてきた大淀にそれを拒否する由はない。

 

「勿論です。

 磐酒提督の秘書として、最後までお付き合いさせてください」

「ああ」

 

 大淀の答えに信念の籠った笑みを刻む磐酒。

 と、大淀は次にどうしていいかわからない様子で苦い笑みを浮かべる。

 

「あの、それでなんですが、出来れば秋雲から例のスケッチを…」

「それは自分で何とかしろ」

 

 思い出すといろいろマズイことになる嫌な事件に関してはすっぱり叩ききる磐酒であった。

 

 

~~~~

 

 

 飛行場姫をぶちのめしてその場を去った港湾棲姫はその後、己の拠点に帰らずポートワインから大きく離れていない小さな離島で何をするでもなく海を眺めながら佇んでいた。

 姫の後ろにはボロボロに錆びた漁船が座礁した状態で静かに朽ちるのを待っている。

 そのすぐ側に人の手が入った痕跡が微かに見受けられるも、随分古いものらしく羊歯や蔓といった植物が鬱蒼と伸びて覆い隠していた。

 港湾棲姫はすぅっと目を閉じ嘗ての事を思い返す。

 ピーコック島を巡る『イベント』のその前哨としてポートワインの港を拠点として艦娘の前に立ちはだかった港湾棲姫だが、人類はアイアンボトムサウンドの苦い記憶から短期決戦を狙い過剰なまでの戦力を投入し港湾棲姫を攻め落とそうとした。

 息つく暇もなく続く三式弾の雨に奮闘も敵わず港湾棲姫は早期撤退の憂き目に遇った。

 そして撤退の最中、艤装に接続部に挟まっていた三式弾の不発弾が何らかの理由から爆発し生身で海に放り出された。

 海に落ちた港湾棲姫は艤装に戻る暇もなく波に流され、そこを嵐により舵が壊れポートワインの近海を漂流していた一隻の漁船に救助された。

 あの時の出逢いが自分の全てを変えた。

 姫である港湾棲姫を艦娘と勘違いしたあの漁師は親身になって介抱し、この島に漂着した後もいつか救助が来てくれると励まし支えようとした。

 最初は彼の好意を利用する気でいた港湾棲姫だったが、1週間、2週間と月日を重ねるにつれ彼への感情は徐々に好意へと変わり、最初の目論見に負い目を覚えるようになりいたたまれなくなったある日、自分の感情がこれ以上人に傾く前に終わりにしようと自分の正体を打ち明けた。

 自分が彼と彼の同胞の敵であると知れば拒絶すると、そう考えていた港湾棲姫だったがその考えとは裏腹に彼は港湾棲姫を例え深海棲艦であっても愛していると告げた。

 それをこの場限りの嘘だと否定したかった港湾棲姫は彼に襲い掛かったが、だけど彼は抵抗するどころかそれを受け入れ、港湾棲姫もその手に掛けることが出来ず自身が蓋をしようとした感情に流されてしまった。

 そうして新たに流れ始めた月日の中で胎内に新たな命が宿り、姫としての責務を全てを捨て彼と生きたいとそう望んだ港湾棲姫だったが、ピーコックを制圧し安定した海に艦娘の捜索の手はこの島まで伸びた。

 このままでは彼ももう間もなく産まれてくるだろう二人の児も危険が及ぶと判じた港湾棲姫は彼に別れを告げ人の世界に戻ってほしいと言い残し海の底へと逃げた。

 そして一人深海の奥底で姫を産み落とし誰も知らない場所でこの娘と二人ひっそりと生きようと考えた港湾棲姫だが、彼が自分と接触した事の贖罪という題目で艦娘を率いる提督の任に着かされたことを知り、このままではいつか彼が率いる艦娘とこの娘が戦う日が来る可能性に思い至り、そうなるぐらいなら再び姫として立ってでもこの娘を人類との戦いから遠ざけようと『総意』の下へと舞い戻った。

 故に、艦娘との敵対を避けたがる駆逐棲鬼のところで暮らしていることは港湾棲姫にとって願ってもない環境であった。

 

「こんな場所にいたのか」

「……誰?」

 

 自分しか居ないはずのこの場所に唐突に響く高い声に港湾棲姫は警戒しながらゆっくりと振り替える。

 そこに居たのは自分と同じ似姿をした一隻の深海棲艦の姿。

 

「…お前は……?」

 

 自分とよく似た未知の存在に港湾棲姫は艤装を展開出来るよう意識しながら問う。

 問い掛けられた深海棲艦はまるで睨め着けるように眉間に皺を寄せた表情で言葉を発する。

 

「私は水鬼。

 来る時代のために産み出された『次世代』だ」

「……」

 

 『総意』が言っていた新たな派閥の者か。

 わざわざ自分と同じ似姿の者を産み出したことに『総意』の真意が解らず困惑しながらも港湾棲姫はそうと応えた。

 

「それで、何か用?」

「問うまでもない」

 

 港湾棲姫の問い掛けに港湾水鬼はその爪を開く。

 

「古きと新しき存在、そのどちらが戦場に立つに相応しきか戦で決めようぞ」

「……」

 

 つまり新参で在るが故に箔をつけておきたいとそう判じた港湾棲姫は確認をする。

 

「『総意』は由と?」

「…『総意』?

 なんだそれは?」

 

 その答えに港湾棲姫は耳を疑った。

 深海棲艦は全てを『総意』から産み出されている。

 故にその存在を知らぬはずがない。

 

「お前は…」

「言葉は不要!! 全ては力で証明しようぞ!!」

 

 そう打ち掛かる港湾水鬼。

 その鉤爪の一撃を港湾棲姫は爪で受け止め膂力を以て押し返し艤装を呼び出す。

 

「付いてきなさい。

 相手になるわ」

 

 この島に戦火が及ぶことを厭うた港湾棲姫は海に展開した大型艤装へと駆け出す。

 

「良かろう!!

 それでこそ姫だ!!」

 

 誘う港湾棲姫の誘いに乗り、港湾水鬼もまた後を追って海上に己の巨体艤装を呼び出す。

 

「さあ、戦を始めようぞ!!」

「……」

 

 奮い起つ港湾水鬼の鬨の声に港湾棲姫は応じず放たれた艦載機に対し静かに自身も艦載機を解き放った。

 

 

~~~~

 

 

 先んじて島に戻る木曾たちを見送り終え、宛がわれた部屋に戻りながら俺は呟く。

 

「磐酒提督への借りが増えちまったな」

 

 俺を拘束する詫びとして磐酒提督は改造可能な艦の改造をやらせてくれた。

 これにより北上が改二に、千代田が甲標的母艦に、鈴谷と熊野も航巡になった。

 山城は元から航空戦艦だったので何も改造はしなかった。

 千代田はレベル70を越えていたから改二空母になれたのだが、

 

「空母は有り余ってるぐらいだし大発積めなくなったら家計が崩壊しちゃう」

 

 という、実に切実なる理由から改造は留まることとなった。

 これが終わったらワ級とロ級辺りをスカウトしてこなきゃな。

 でもあんまり規模が大きくなると島だけじゃ賄えなくなるし……。

 いっそ新しい島でも探してみるか?

 

『御主人』

「どした?」

『部屋ニ戻ルノデハ?』

 

 言われて気付いたけど部屋の前まで来てた。

 

「すまん。考え事に集中し過ぎてた」

 

 礼を言い部屋に入る。

 

「お帰りなさい!!」

 

 なんでお前がいるんだよ陽菜。

 

「もう、皆さんってば私を忘れていくなんて酷いですよ!!」

 

 そうむくれる陽菜。

 あ、つまり最近の騒動の邪魔にならないようにって気を使ったら誰からも忘れ去られたと。

 俺も忘れてたから人の事言えないんだけどね!!

 

「すまなかった。

 それはそれとして、俺は明後日大事な仕事があるからそれの準備で相手出来ないんだ。

 アルファに送らせるから木曾達の「軍の偉い人とお話しするんですよね?」え?」

 

 なんで知ってんだ?

 まあどっか見えないところで会話を聞いてたのか。

 

「私もご一緒させてください!」

「あい?」

 

 何を言ってるのかね君は?

 

「全ての人類を救済するためには様々な立場の沢山の人とお話しする必要があります!

 だからこの機会に軍の最上位の方の考えも知りたいんです!!」

 

 お願いしますとそう頼み込む陽菜。

 即座に波動式念話でアルファと相談に走る。

 

(アルファ、どうしよう!?)

(参加サセルシカナイカト)

(無茶いうな!?

 これ以上不安要素を増やしてどうすんだよ!?)

(被害ヲ最小限ニ留メル策ハ他ニハナイカト)

(被害は確定なのか!?)

(御主人ノ胃痛ハ避ケラレナイト)

 

 そっちかよ!?

 だが逆に考えれば被害はそれだけで済むと。

 流れ次第ではいっそ賠償とかそういった名目で元帥に押し付けるのもありかもしんないし。

 

「あ~もう。

 ただし、こっちの会談が終わった後で向こうが時間を取ってくれたらだからな?」

「ありがとうございます!!」

 

 ったく、元気だけは一杯なんだから。

 

「なんでこんなことに…」

「そうだ!!」

 

 お決まりの台詞を遮る陽菜。

 今度はどうした?

 

「私、視覚的な情報は大事だと知ってます!

 だからイ級さんを可愛くして会談が上手くいくようお手伝いしますね!」

「………はい?」

 

 確かに見た目化物なのはその通りだし言ってることも確かなんだろうけど、何を言い出してるんだお前は!?

 

「…因みにどうするつもりだ?」

 

 今ならまだ間に合う筈と聞いてみるが…

 

「まず全体を女の子らしいビビッドなカラーにチェンジしましょう!

 それとアクセサリーも沢山付けると可愛くなると思います!」

 

 予想以上にハードモードだったよ。

 

『…プラトニック・ラブ』

「製作陣がとち狂ってバイド機体に可愛さの付与を目指して気持ち悪くなったって機体だよなそれ?」

 

 ぼそっと零れた台詞に突っ込むととさっと明後日の方角に背けるアルファ。

 いやそこは否定しろよ。

 

「俺の外見じゃそれは怖くなるから却下」

「そんなこと無いですよ!!

 必ず可愛くなりますから!!」

 

 しつこく食い下がる陽菜に辟易した俺はあまりやりたくはない最後の手段に打って出ることにした。

 

「なあ陽菜。

 可愛くなればいいんだよな?」

「?」

 

 俺の問いに陽菜は首を傾ける。

 

「何かお考えがあるのですか?」

「まあな」

 

 以前北上に『霧』の力が有るんだからメンタルモデルが作れないかと聞かれ試した事がある。

 その時は人形を目指して腐海のクリーチャーになってしまったが、実はあの後一人でいくつか試してみたのだ。

 

「正直デメリットがでかすぎてやる意味も無いと思ってたんだが、可愛ければなんでもいいならそれで行けると思う」

 

 ピンクとかに塗られるぐらいならアレ(・・)になるほうがまだましだ。

 

「そこまで言うなら見せてください!」

 

 ちょっと不満げにそう催促する陽菜に俺は覚悟を決めクラインフィールドを展開。

 それを更に操作して外見を変更させる。

 そうして外見が完全に変わったと同時に見た目の設定に引っ張られて全ての機能が低下してしまう。

 

「か、可愛いです!!!!????」

 

 変化した姿に陽菜が感極まった様子で叫び小さな身体いっぱいで抱き着いてくる。

 因みにこの姿になると全性能が0になるからまるゆにガチで負ける。

 ということで陽菜に抱きつかれただけで身動きできなくなる。

 

『コレハ驚イタ』

 

 俺の姿にアルファから敬語が飛ぶ。

 そんなに驚いてくれたならやった甲斐もあるよ。

 

「どうしました?」

 

 陽菜の悲鳴が聞こえたらしく扉越しに神通が呼び掛けてきたが、この姿だと喋れなくなるから返事が…

 

『見セタイモノガアルノデ入ッテクダサイ』

 

 おいこらアルファ。

 お前は何を考えてるんだ!?

 

「失礼します」

 

 アルファに促されるまま部屋に入った神通は、俺の姿に暫し固まり、そして

 

「はぅ」

 

 ばたりと倒れてしまった。

 




次回、長門轟沈


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完敗だ

私はこれに勝てない


 木曾達が先じて島へと帰ってから二日後。

 リンガへと航路を執る一隻の護衛艦とそれを護送する艦娘の姿があった。

 旗艦として先頭に立つ大和は震えた声で小さな悲鳴を溢す。

 

「どうしてこうなるんですか…?」

 

 大和が護衛する対深海棲艦を考慮されたわだつみ型護衛艦の三番艦『すみよし』には大本営の最高司令官である元帥が乗艦している。

 それだけでも胃が痛くなるような任務だというのに、それを守る艦娘のラインナップが大和の胃への負荷を更に加速させる。

 横須賀所属戦艦長門。

 同じく加賀。

 タウイタウイ所属航空戦艦扶桑。

 同じく軽空母龍驤。

 ショートランド所属駆逐艦叢雲。

 加賀以外は全て元帥に縁のある歴戦の艦ばかり。

 おまけに元帥が現役時代の最初の一人である駆逐艦叢雲に至ってはその多くにおいて長門と双璧を為して艦隊旗艦を勤めた大先輩。

 第一線を退いた艦とはいえ、そんな古参兵を差し置いて艦隊旗艦を勤めるよう命じられた大和の胃はキリキリと悲鳴を上げていた。

 余談だが横須賀の須賀提督は大和の現状を憐れみ状況改善の足掛かりになればと今回の護衛艦隊に編入したのだが、等の本人はその意図には気付いていなかったりする。

 横須賀で引きこもりたいと内心さめざめ涙を流す大和を知ってか知らずが龍驤は馴れ馴れしく絡んでくる。

 

「なあ大和。

 あんさんはどっかええ人おるん?」

「ひぇっ!?」

 

 唐突すぎる問いにテンパる大和に龍驤はからからと笑う。

 

「別に背中にイ級突っ込んだわけでもあらへんのにそんなに驚いてどうすんやっちゅうの」

 

 バンバン艤装を叩く龍驤。

 

「しゅ、すみません」

 

 噛みかけたのを必死に取り繕いそう謝罪を述べるとしゃんとしいやと言う。

 

「んで、おるんかい?」

「い、いえ…」

 

 外出許可を貰う勇気すら挫く針の筵に引きこもってた大和に出逢い等のハードルは天より高い。

 その答えにそりゃあかんと顔をしかめる。

 

「戦うのも大事やけどさっさかええ男見付けとかんとマジであかんで?

 うちなんかそうやって色恋ほったらかしとったら見た目はちっこいけど今更っちゅうて言われるようなオバチャンになってもうたやきに」

 

 そう言った直後誰がおばはんやとセルフ突っ込みをかます龍驤。

 そしてそのテンションの高さに付いていけない大和。

 元帥の護送する相応しくない態度に見えるが、龍驤はおちゃらけているように見えて現在進行形で幾機もの二式艦上偵察機と彩雲を飛ばし、数分おきに新たな指示を緻密に送り続けている。

 並みの空母では真似できないような策敵を片手間で行う手管に加賀と二人絶句したのだが、本人は、

 

「加賀も鳳翔も防空や攻撃みたいに攻めはええんやけど策敵は並やったきに。

 こう取り柄の一つもないとうちは皆と肩並べられへんかったんよ」

 

 と、なんでもないというふうに述べていた。

 攻撃を捨ててまで策敵に特化した龍驤の情報はスパコン並に精密で、観測機を飛ばさずとも龍驤の指示のままに撃てば弾着観測以上の命中率を叩き出せる。

 態度が似つかわしくなかろうとやることを十全に務めた上での態度であり、また、ガッチガチに固まった大和を解すためにやっているのを他の四人が周知しているため異論は挙がらなかった。

 お陰様で大和の胃は更に窮地に立たされているのだが、それを知るは大和本人だけ。

 そんな龍驤に絡まれしどろもどろする大和の姿に叢雲は呆れ混じりに加賀に問う。

 

「大丈夫なの?」

 

 アレと大和を指す叢雲。

 横須賀の大和と言えば全艦娘の象徴。

 それをあんな弱気な戦艦に務めさせて問題ないのかと暗に問う叢雲に加賀は短く言い切る。

 

「問題ありません」

 

 そして更に言う。

 

「駄目なら長門が身限ります」

 

 大和が建造されるまで永らく艦娘の象徴として立っていた長門が時間は掛かるだろうが上手くやるとそう認めている。

 長門がそう言うのだから、加賀は影から支えるだけ。

 言葉足らずの答えに加賀はどこも同じかと叢雲は肩を竦める。

 

「余計な口出しをしたわね」

「いえ。尤もかと」

 

 そんなやり取りを交わしつつ一行はリンガ周辺を哨戒する部隊と合流を果す。

 

「任務ご苦労様です」

 

 部隊長を担う神通の敬礼にそれぞれが敬礼を返し再会を喜ぶ。

 

「久しぶりだな神通。

 随分と機嫌が良いようだが何か良いことでもあったのか?」

 

 伊達なともいえる笑みでそう訊ねる長門に神通はにっこりと微笑む。

 

「閣下自らの激励を賜れるよき日ですから」

 

 その答えに違いないと笑う長門。

 

「だが、それだけではあるまい?」

「やはり分かりますか?」

 

 指摘に神通は嬉しそうに嘯く。

 

「最近新しい訓練方法を教授させていただきまして、つい血尿が出るまでやってしまったんです」

 

 まるで恋人が出来たかのように頬を赤らめはにかむ神通。

 

「相変わらずだな」

 

 そんな神通に長門は苦笑を溢すだけで引く様子はない。

 

「あの…血尿ってかなり危険なのでは…?」

 

 聞き捨てならない台詞に常識人だと思って扶桑に同意を求めてしまう大和。

 しかし扶桑は優しく微笑む。

 

「ふふっ、そんなことは無いわよ。

 大量の訓練をすれば壊れた赤血球がそのまま排泄されることはよくあることよ」

 

 貴女も何れ経験するわと優しく髪を鋤く扶桑だが、その笑顔の裏に修羅を見てしまった大和は生気を無くした瞳でカタカタと震えなすがままにされるしか出来なかった。

 そんな様子を亜空間から眺めていたアルファはふと、龍驤がこちらを睨んでいることに気付く。

 

(マサカ、亜空間ソナーモ無シニ私ニ気ヅイタノカ?)

 

 普通ならあり得ないが、鳳翔と肩を並べた艦娘である彼女なら絶対とは言い切れない。

 刺激してもいいことはないと判断したアルファは大人しく引き下がることにした。

 

「…気配がのうなった。

 なんやったんや?」

 

 艦載機や電探は何も捉えなかったが、龍驤の経験に裏付けされた勘が監視する何者かの存在を伝えていた。

 先程まで亜空間を挟み観察していたアルファがいた虚空を睨む龍驤に気付いた神通が向かう。

 

「どうしました?」

「いやな、さっきまであの辺からなんか気配っちゅうか視線? そんな感じのもんがしてたんよ」

「視線ですか…」

 

 龍驤の言葉に神通はアルファが来ていたのかと察し声を潜める。

 

「おそらく駆逐棲鬼の艦載機が様子を伺っていたのかと」

「ああ、アレかいな」

 

 大淀から知りうる限りの情報を聞いておいていた龍驤は気に食わんと鼻をならす。

 

「深海棲艦とは別の技術ちゅう事やけど、うちはやっぱり好かんわ」

 

 『霧』の時にも思ったが無い物ねだりする暇があったらひたすら鍛え続けることで道を開いた龍驤には便利で強大な力はその魅力より厄介さの方に目が行ってしまう。

 頭が固いと言われればそれまでだが、それらの力が幅を利かせていることを龍驤はやはり面白くないと考えてしまう。

 

「それにや。

 噂を鵜呑みにする気いはないんやけどどっち付かずっちゅう態度も気に食わん」

 

 曰、艦娘達から『悪夢』と呼ばれた装甲空母鬼の変異体と横須賀の大和と南方悽戦姫の三つ巴に乱入し大和を退け南方悽戦姫と共に装甲空母鬼を撃滅したという。

 更にその後に噂になった琥珀色の瞳を持ち艦娘を仲間へと引きずり込もうとする艦娘の亡霊を浄化したとも噂された。

 そういった艦娘に与したような噂が立つ一方で通商破壊作戦中に遭遇すればワ級を守られ取り逃がすはめになったとか鼠輸送や東京急行といった遠征の帰りを狙い収入として得た資材を掠め取られたという実害報告も挙がっている。

 

「敵なんか味方なんかハッキリせいっちゅうんや」

 

 そう文句を垂れる龍驤に叢雲は呆れ混じりにごちる。

 

「そういう言い方だと気に入らないのか心配なのかあんたのほうがハッキリしないんだけど?」

「やかましい」

 

 誰がオカンや! と誰も言っていない台詞に突っ込む龍驤。

 そんなやり取りがありつつもすみよしは無事にリンガへと入港を済ませ元帥閣下による慰問会の準備が進められる間に長門を始めとした何人かが先じて駆逐棲鬼との打ち合わせに向かった。

 

「お待ちしていました!」

 

 それを部屋の前で待っていた陽菜が最初に出迎える。

 

「駄目ですよ陽菜さん。

 約束通り部屋で待っていてもらわないと」

「知り合いなの?」

 

 困った様子でそう注意する神通だが、叢雲達は興味津々で陽菜を伺う。

 

「なんやあんさん?

 えらいちっこいけどラバウルの新作かい?」

 

 後ろでそわつきだした長門を見て見ぬふりをしつつ目線を合わせそう訊ねる龍驤に陽菜は自己紹介をする。

 

「はじめまして!

 私は人類救済のために製造されたエレメントドールの陽菜と言います!」

「人類の救済?」

 

 自己紹介と共に発せられたとんでも発言に内心警戒レベルを跳ね上げながら龍驤はフレンドリーな態度を崩さず訊ねる。

 

「救済とは大きゅう目的やけど、どんなふうにするんか決まっとんのか?」

「それなんですけど…」

 

 先程までのハイテンションは鳴りを潜め残念そうに肩を落とす陽菜。

 

「私は全人類を機械化し意識の統一化を完遂すれば誰も不幸にならない人類の救済が出来ると思ったんですが、種の規格を統一化は既に失敗例があることを知って諦めざるを得ませんでした」

「機械化による統一化をって…」

 

 果てしなくおぞましい手段を最善と考えた陽菜と更に失敗例があるという話にドン引きする三人。

 

「失敗例があるというのははじめて聞いたのですが…?」

 

 ヤバい計画を取り止めた事は知っていた神通だが、その事に付いては初耳だったのでそう問うが、亜空間から姿を現したアルファが遮る。

 

『イツマデ部屋ノ前デ話シテイルノデスカ?』

「お前は…」

 

 飛行機の概念を真っ向から否定するように空中で静止するアルファに緊張を高める長門。

 しかしシリアスになろうとした空気は陽菜によって破壊された。

 

「駄目ですよアルファさん!

 どうして険悪にしちゃうんですか!?」

 

 ぷんすこという態度でアルファに馬乗りになって文句を言う陽菜にアルファは溜め息を吐く。

 

『…失礼シマシタ。

 ソノヨウナ意図ハアリマセンデシタガ部屋ノ前カラ動ク気配ガナカッタモノデ』

「アルファさんはいつもそうなんだから!」

 

 ぽかぽかと叩く陽菜に長門は緩みそうになる頬を全力で引き締め筒咳払いを払う。

 

「ゴホン、とにかくだ。

 そちらの言い分も尤もだ。

 ここであまり時間を掛けても互いに良いことはない。

 駆逐棲鬼は中に居るんだな?」

 

 陽菜に叩かれながらアルファはエエと肯定する。

 

『ソレト先ニ言ッテオキマスガ、御主人ハ現在兵装ヲ下ロシテオリ自衛能力ハ全テ私達ノミトナッテイマス』

「随分周到だな」

『相手ガ相手デスカラ』

 

 成程と僅かに口元を緩めながらノブに手を掛ける長門の横でアルファは言った。

 

『最、ソノ必要ハナイカモシレマセンガ』

 

 どういう意味だと問い返そうとした長門だが、刹那、開いたドアの先に広がる光景に言葉を奪われてしまう。

 最低限の調度品とベッドにソファーのみ用意された洋風の客間の中央。

 その中央にソレ(・・)は居た。

 砲弾をクリーチャーに作り替えたような異形の怪物……等ではなく、鯨をデフォルメしたようなどう悪く見ても可愛いとしか表現出来ない可愛いぬいぐるみみたいなものがくぅくぅと鼾をかいて寝こけていた。

 

「こ、これは…?」

 

 愛くるしい姿に長門は永らく封印してきた感情に全力で抑え抗いながら呻く。

 

「こりゃたまげたわ。

 で、駆逐棲鬼はどこにおるんや?」

「そこに居ますよ?」

「はぁ?

 まさか、このぬいぐるみもどきが駆逐棲鬼だってわく?」

「はい!

 イ級さんの姿で会談が駄目にならないよう私がお願いしました!」

「え? 」

 

 そんな長門とポカンと目と口を丸くする叢雲と龍驤に陽菜が胸を張って言った。

 お腹をこちらに向け無防備な姿を晒すアレ(・・)が駆逐棲鬼だと言われ混乱は更に加速する。

 

「いやいやいや。

 いくらなんでもそりゃあらへんわ」

「本当なんです!」

「と、とにかく落ち着こうじゃないか。

 あんなに安らかに寝ているのを起こすのは忍びない」

「冷静なふりしてあんたが一番混乱してるんじゃないわよ!?」

 

 因みに神通は面白がってかその様子を笑顔で眺めてるだけである。

 三者三様に加速していく混乱にアルファは静かに溜め息を吐く。

 

『ヤハリコウナリマスカ』

 

 やや黄昏たふうにごちたアルファに叢雲が矛先を向ける。

 

「黄昏てないで説明しなさい!?

 あれは本当に駆逐棲鬼なの?

 だったらなんであんな姿な訳!?」

 

 しらばっくれるなら実力行使も辞さない勢いで問いただす叢雲にアルファは素直に説明する。

 

『御主人ノ話ニヨルト、アノ姿ハ『霧』ノメンタルモデルヲ参考二シタモノデアルトノコトデス』

「『霧』の?」

『ハイ。

 タダ、ナノマシンノミデ肉体ヲ構築スルメンタルモデルトハ違イ、表面ノミヲ擬装シテイルノデ方向性トシテハクラインフィールドノ応用ト覚エテモラエバ構イマセン』

 

 アルファの説明に叢雲と龍驤は納得し溜め息を吐く。

 

「つまりや。

 あの陽菜っちゅうお嬢ちゃんの我が儘に付き合ってやったっちゅうことかいな?」

『概ネソノ通リデス』

「なんやそれ」

 

 アホちゅうかと呆れた龍驤はいまだに駆逐棲鬼から目を離せないでいる長門に顔を向けごちる。

 

「最も、一人には効果覿面やったみたいやけどな」

 

 そうぼやきの直後、駆逐棲鬼が目を覚ます。

 目を覚ました駆逐棲鬼はもぞもぞと身体を起こすと辺りをキョロキョロ見回してから長門を見上げる。

 その一挙一動に理性をガリガリと削り取られ崖っぷちまで追い詰められた長門に、駆逐棲鬼は一言発した。

 

「…きゅ?」

 

 その瞬間、戦艦長門は生まれて初めて『敗北』の二文字を魂に刻み込んだ。

 

 

 




大変遅くなりました。

スマフォの暴発で書いたものが何度も駄目になり心が俺かけておりました。

次回はもっと早く投下出来るよう頑張ります


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いつまで私に頼る気なの?

まあ、悪くはないけどね。


 至急『総意』に問い質さねばならないと泊地棲姫の拠点へと赴いた飛行場姫だったが、待っていたのは耳が痛くなるような沈黙であった。

 

「姫、いないの?

 今回ばっかりはほっとくとマジでヤバそうなんだけどー?」

 

 身の回り全般をお付きの要塞に全て任せているため静かなのはいつものことだが、客の来訪があれば呼び掛けずともすぐにでも現れる要塞が一向に姿を見せないことを不審に思い敷居を跨ぐ飛行場姫。

 奥へと進むと微かに蓄音機が奏でるクラシックの音が耳に届いてくる。

 

「なによ、ちゃんといるじゃない」

 

 南方棲戦姫直伝の海豹のジャーキー作りで聞こえてないってなら笑い話なんだけどね。と、泊地棲姫の密かな趣味についての契機を思い返す飛行場姫。

 かなり昔、泊地棲姫は艦娘から姫の中で一番弱いと言われ、ショックから自棄酒に走りアルコールに溺れた事があった。

 どうにか立ち直らせようと頭を捻った結果、何故かどうせだから完璧に潰してやるという結論に至り、その際に南方棲戦姫が作った海豹のジャーキーに泊地棲姫はド嵌まりし土下座してまでその作り方を教わり今では教えた南方凄戦姫より美味しいジャーキーを作る始末。

 本人は隠れた趣味のつもりらしいが、そう思っているのは本人ばかり。

 実際に知らないのは最低限の会談にしか顔を見せない港湾棲姫だけだったりする。

 

「最近は素材にも拘ってたみたいだし新作にありつけるかしらね」

 

 稀に大外れを引かされるもそれさえ楽しみの一つと本来の目的を片隅に揚々とクラシックが奏でる道標の先へと扉を開いた飛行場姫は扉の先の光景と鼻孔を着くウィスキーと混ざった濃密な血の香りに表情から陽気を消す。

 泊地棲姫は力なく四肢を放り出した状態でテーブルの上に仰向けに転がされ、その上に白色の泊地棲姫と同じデザインのドレスを着た何者かが覆い被さりぴちゃりぴちゃりと舌を這わせその血を啜っていた。

 

「……」

 

 どこか退廃的で淫靡とも言える光景に飛行場姫は不愉快の一言のみを表情に表し静かに溜め息を吐く。

 

「何をしているのかしら?」

 

 その声に覆い被さっていた少女が上体を起こし首だけを背後の飛行場姫に向ける。

 泊地棲姫にそっくりな少女はその白いドレスを泊地棲姫の血で斑に汚し恍惚めいた笑みを浮かべ飛行場姫を視認する。

 

「……トベナイノ」

「はぁ?」

 

 なんの脈絡も見えない言葉に飛行場姫が不愉快そうに声を漏らすも意に介する様子も見せず言葉を続ける。

 

「ネエ、ワカル?

 トベナイノ トベナイノヨ ネエ、トベナイノ」

 

 会話をする様子もなくひたすら飛べないと訴える姿に飛行場姫はとりあえず、

 

「どうでもいいからそいつ放しなさい」

 

 一足の踏み込みで距離を詰めその顔に義手を叩き込んだ。

 ゴガッっと金属同士がぶつかったような凄まじい打撃音と同時に少女がぶっ飛ばされ頭から壁に叩きつけられる。

 一撃で頭を地煙にするつもりで叩き込んだのだが、穿った感触に飛行場姫はますます不愉快と吐き捨てる。

 

「……硬いわね」

 

 姫でさえただでは済まない一撃を食らった少女が崩れた壁から起き上がるとゆらゆらとした足取りで一歩歩み、その顔に歪な三日月を浮かべる。

 

「…イタイ イタイ アア、トッテモイタイ フフ ウフフフフフフフフ……」

 

 殴られた頬に手を添え、まるで待ち焦がれた最愛の相手を前にしたように笑う。

 

「……うわぁ、キモッ」

 

 なまじ知ってる顔と瓜二つなだけにその様子は飛行場姫に得たいの知れない気持ち悪さを抱かせる。

 と、足元に転がっていたウィスキーの壜に中身が残っているのを見付けた飛行場姫は、それを蹴り上げテーブルに倒れていた泊地棲姫に向けそれを振り掛けた。

 

「……ぐっ、」

 

 アルコールの熱と痛みに短いうめき声を漏らしながら身を起こす泊地棲姫に飛行場姫は端的に問いかける。

 

「おはよう姫。

 起きて早々なんだけど、アレ(・・)ってあんたの妹かなんか?」

「……姫?」

 

 後で覚えていろと吐き捨てながら濡れた髪を払いのけ言う。

 

「アレは身内じゃなくて水鬼よ。

 あんなのが妹ならとっくにぶち殺して姫を義妹か養子にしているわ」

 

 北方棲姫のほうがいいと嘯く泊地棲姫にそりゃそうねと苦笑する飛行場姫。

 痛みに浸っているのかひたすら痛い痛いと溢しながら笑い続ける泊地水鬼から意識を反らさず飛行場姫は事情を問う。

 

「で、なんでリョナってたのかしら?

 目覚めたってなら出直すわよ」

「お前から殺されたいの?」

 

 そう唾棄すると痛みを堪えつつ泊地棲姫は言う。

 

「来るなりいきなり襲われたのよ。

 お陰で出来たばかりのジャーキーと合わせようと思っていたダルマを全部台無しにされたわ」

「それは災難ね」

 

 口先だけ労るとウィスキーの残りをぶちまけたのはお前だと半目で睨む泊地棲姫。

 

「あのまま食べられるよかましでしょ?」

「…後で弁償はさせるわよ」

「いいわよ」

 

 軽い口調でそう応じると義手を握り宣う。

 

「あいつをぶち殺した後でおつまみ出してくれたらね」

「お前がぶち抜いてくれた壁の修繕も含めてよ」

 

 ちゃっかりしてるわねと苦笑し飛行甲板を広げる飛行場姫を横で泊地棲姫は護衛要塞を呼び出す。

 

「フフ、ウフフフフフフフフ……」

 

 二人が艤装を展開するのと同時にそれに反応した泊地水鬼の笑い声が消え、壁の向こうから現れた浮遊要塞と護衛要塞が運んできた艤装を纏い歪な三日月を浮かべ殺意を向ける。

 

「……あのさ」

「何?」

 

 一目で18インチを超過していると判る馬鹿げたサイズの砲を見て頬を引き釣らせる飛行場姫。

 

「今更だけど、逃げるのが正解だったんじゃない?」

 

 もしこんな狭い場所であんな巨砲を撃たれた日にはどうなるか、それに思い至った泊地棲姫は即座に作戦を転換する。

 

「……外に誘き出すわよ」

「ええ」

 

 返事と同時に艤装の出力をフルに使い部屋を飛び出し全速力で表を目指す二人。

 

「ニガサナイ……ニゲラレハシナイノヨ!!」

 

 歪んだ笑みのまま二人を追う泊地水鬼。

 追ってきた泊地水鬼目掛け牽制を放ちながら泊地棲姫は飛行場姫に問う。

 

「それはそれとして、今日もたかりに来たの?」

「いいえ。

 珍しくマジな相談よ!」

 

 まるで効いた風もなく追いかけてくる泊地水鬼に舌打ちを打ち飛行場姫は問いに目的を告げる。

 

「……それは本当なのか!?」

 

 飛行場姫の話に目を見開き驚く泊地棲姫。

 

「ええ、マジも大マジ!

 最低限の海域防衛を残して動ける娘は全員動員して探させているわ!」

 

 いつになく真剣な飛行場姫の物言いと行動にそれが冗談を一切含んでいないのだと泊地棲姫も理解する。

 

「お前がそこまで言うなら信じるわ。

 だけど、」

 

 拠点を飛び出しその勢いのまま海上へと上がり大型艤装を展開する二人。

 その直後、海を割り泊地水鬼が大型艤装と共に姿を顕す。

 

「先ずはあの水鬼を潰す!」

 

 先じて飛び立った爆撃機に果敢に攻め立てさせながら砲撃を叩き込む泊地棲姫に当然と返し同じく砲を放つ飛行場姫。

 

「イタイ、イタイワ

 ウフフフフフフフフフフフフフフ…」

 

 姫二体から降り注ぐ鋼鉄の雨の中で泊地水鬼は痛みに悶え同時に愉悦に笑いながら巨大な主砲を姫に向けた。

 

 

~~~~

 

 

「それで、どういうことなんだこれは?」

 

 慰労演説を終え、いざ駆逐棲鬼との会談をと意気込み赴いた元帥が目にしたのは蕩けた笑みで駆逐イ級をデフォルメしたようなぬいぐるみを抱く長門の姿であった。

 長門が可愛いもの好きなのを隠していたのは元帥も知っていたので今の状況に納得は出来るのだが、問題は…

 

「駆逐棲鬼は何処に居るのだ?」

 

 演説前に長門に監視させていると聞かされていたのだが、駆逐棲鬼の姿は何処にもない。

 

「長門の腕の中でもがいているのがそれらしいわよ」

「…は?」

 

 あきれ果てた様子でそう答える叢雲に元帥は耳を疑いつつももう一度ぬいぐるみに目を向ける。

 よく見ればぬいぐるみは生きているようで長門の手を脱出しようとしているのか必死に暴れているらしいのだが、長門の力が余程強いらしくもぞもぞしているようにしか見えない。

 その時点で元帥は考えるのを放棄した。

 

「……すまん。説明してくれ」

「駆逐棲鬼があの姿な理由は戦意が無いことを分かりやすくするためらしいわよ」

「……そうか」

 

 もっと他に無かったのかと突っ込みたいのを堪えつつふと視界の端にアルファとアルファの上に乗る陽菜を見付ける。

 

『分カリマシタカ陽菜?

 TPOヲ弁エナイトコノヨウニ状況ヲ悪クシテシマウノデス』

「分かりました」

 

 嗜めているらしい言葉にしょんぼり肩を落とす陽菜。

 

「……助けないのか?」

 

 その様子に毒気を抜かれいろいろ投げやりにそう聞くもアルファは平然としたもの。

 

『命ニ関ワル範囲ニナイカラナ』

「……そうか」

 

 とはいえこのままではどうにもならない。

 

「長門、放してやれ」

「いやだ」

 

 命令にぎゅうと力を籠めながら拒否する長門。

 

「このこは家の子にする。

 絶対放さない」

 

 子供のような我が儘を言う長門に何をいっているんだと呆れる元帥。

 駆逐棲鬼改めくちくいきゅうも拒否らしく「きゅっ」と奇妙な鳴き声を上げながら逃げようとするが、がっちり捕まれているらしく逃げられない。

 

「冷静になれ長門。

 今の見た目はともかくそれは深海棲艦だぞ?」

「ちゃんと世話をするし任務に支障を来す真似はしないから!」

 

 捨て犬を飼いたいと親にねだる娘かと突っ込みそうになりつつ元帥は深く溜め息を吐く。

 

「……とりあえず元に戻れ駆逐棲鬼」

「…きゅ」

『ソウシタインダガ長門が離レナイト元ニ戻レナインダト言ッテマス』

「……」

 

 すかさず入るアルファの翻訳に会談に挑むというのに自分で会話もままならない姿にどうしてなったと頭痛を覚えつつ元帥は最後の手段に出る。

 

「叢雲、頼む」

 

 後ろで呆れていた叢雲は元帥の頼みに仕方ないわねと動く。

 

「ねえ、長門」

「なんだ叢雲。

 この子はやらんぞ」

 

 身体を使ってくちくいきゅうを隠す長門の耳元に顔を寄せるとなにやら囁きかける。

 

「っ!?」

 

 途端に長門の肩が跳ね、顔を青褪めさせるとくちくいきゅうを放り出して直立不動となる。

 

「失礼しました叢雲大佐!!」

 

 土下座する勢いで謝罪を述べる長門に肩を竦める叢雲。

 

「頭が冷えたなら任務に戻りなさい」

「はっ!!」

 

 叢雲の言葉に新兵のようにギクシャクとした足取りで下がる長門。

 現役の頃から手が付けられない時に毎回ああして叢雲に嗜めてもらってきていたが、何を言っているんだ?と尋ねてもどんな内容か未だに教えてもらえないでいる。

 

「……きゅ」

 

 その横で放り捨てられたくちくいきゅうがぽてんぽてんと小さくバウンドした上でぺしゃりと地面に転がりそれが止まるともぞもぞと体勢を直し始める。

 その様子に再び長門が暴走仕掛けるが、やっとこさ体勢を直したくちくいきゅうは長門が動くより先に二回り程の周囲を含めて黒い結晶体で全身を隠す。

 

「あれが『霧』の力か?」

『エエ』

 

 黒い結晶は数分と経たず崩れると中から駆逐棲鬼が現れた。

 

「あ゙ー、酷い目に遇った」

 

 ぐったりとしたそう漏らす駆逐棲鬼に元帥はなによりも先に突っ込みを飛ばしてしまう。

 

「あらかさまにサイズが大きくなっているな」

 

 くちくいきゅうの時には枕に手頃なぬいぐるみサイズだったのが解除した途端抱き枕にも少々余るほどまで巨大化したのだ。

 元帥が突っ込みを飛ばすのもさもありなん。

 

「理屈は知らん。

 というか俺こそ何でか教えてくれ」

「……」

 

 そんな回答に今度こそ元帥は脱力しきってしまった。




皆様イベントはどうですか?
私は意地でE3までは乙で耐えて海風と高波を手にしつつそこで力尽き未だにE6のラスダンを丙で踊ってます。

とまあヘタレなリアル艦これ事情はさておき漸く会談……になんなかったよ。

後、今作では艦娘は最高でも大佐までと裏設定があったり。

因みに叢雲さんの某は青葉と元帥に黙って上げてる黒歴史を思い出させてあげただけで脅したりとかはしとりません。

そろそろみんな大好きスーパーダイソンさんも出さなきゃな。

ところで防空棲姫の壊れ性能ってイ級とけっこう被っているような……


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色々言いたいことはあるけどさ

丹陽は絶対来そうに無いな。


 グッダグダな諸々がありつつも漸く会談を始めることになったんだが…。

 

「とりあえず2つ程いいか?」

「なにかね?」

 

 問い返してくる元帥だけど、顔には何が言いたいか分かってると書いてあるし。

 

「先ずは後ろの奴等に武器を下げさせないか?」

 

 さっきまでのながもんっぷりはどこえやら長門の41センチ砲がこちらをしっかり狙い済まし、それに対抗してアルファがフォースを呼び出した上で波動砲のチャージ音をギャンギャン鳴らしている。

 はっきり言って胃が痛くなりそうなんだよ。

 痛覚無いから穴開いても分かんないんだけどさ。

 

「私も同意だ」

 

 そう元帥は言うんだが、俺達の言外の制止に対してどっちも引き下がる気配がない。

 ちなみにこの状況に一番反応しただろう陽菜は神通に頼んで下がらせておいた。

 これ以上トラブル増やさせないようにって思ったんだが、思ってた以上に緩衝材として役立っていた事を思い知らされてるよ。

 遠回しに止めろと言っても聞かないと把握した俺と元帥はほぼ同時に口を開いた。

 

「アルファ、命令だ。

 亜空間に下がってろ」

「長門、これ以上恥を掻かせるのか?」

 

 俺達がそう言うと二人は渋々という様子で砲を下げアルファはノー・チェイサー達を率い姿を消した。

 

「全く、心配し過ぎなんだよ」 

 

 クラインフィールドだって有るんだし、そもそもこんな狭い部屋で主砲なんかぶちかましたら余波で元帥

がどうにかなっちまうんだから脅しなのは分かってるだろうに。

 

「まあ、そう言ってやるな」

 

 何故にあんたがフォローするんだ?

 まあいいか。

 

「それで、会談っていうけどなにを話すんだ?」

 

 会談なんて言葉、永田町の狸共が悪巧みする場ってぐらいしか知らんぞ俺は。

 そう聞くと元帥は何と軽く肩を竦めた。

 

「特にかしこまる必要もない。

 爺との茶飲み話程度に考えてくれればいい」

 

 そんなもんでいいのか?

 

「例えば、この前雑談で挙がった水着の話とか?」

「流石にそこまで低いのは困る」

 

 そりゃそうか。

 鳳翔が今年は元帥と会える機会があるからかなり際どい奴を考えてたとか言い出したなんて話されても困るだけだろうし。

 まあ、どうにもならなくなったらアルファに丸投げすりゃいいか。

 

「とりあえず自己紹介といこう。

 私の名は米内夏彦。

 海上自衛隊付属深海棲艦対策部、通称『大本営』の最高指令官である元帥を任されている」

 

 と、非常に長ったらしい正式名称を一息に言い切る元帥。

 わざわざ正式名称でそう名乗ってもらっておいて悪いんだか、長過ぎてよくわからねえよ。

 いやまあ言わないけどさ。

 

「駆逐イ級改め駆逐棲鬼だ。

 出来ればイ級のままで居たいんだが……」

「お前のような駆逐イ級が居てたまるか」

「だよね…」

 

 大和型と正面から殴り会ったりする駆逐艦が他にもいたら今頃人類オワタとかなってるよね。

 だが、それでも、俺は駆逐イ級だと言い張り続けてやる。

 

「それはそれとして、大本営は海上自衛隊の一部門なのか?」

「形式上はな。

 そうでもせんと国民の納得も予算も降りないのでな」

 

 あ、超納得した。

 ……ん?

 ってことはもしかして……

 

「泊地の艦娘の制限って言われて気になってたんだけど、もしかして予算の問題だったのか?」

「まあな」

 

 何故か微妙な視線を向けながら元帥は溜め息を吐く。

 

「そちらには関わり無い話だろうが、艦娘は解体されたらそのまま放逐されるわけではない。

 戦艦位の肉体年齢があるならまだしも、軽巡や駆逐艦位の者達への最低限の義務教育や住まいの提供を初め社会に送り出すまでの諸々の世話をせねばならないのだ。

 はっきり言うが、大本営の財政はそちらに殆んど回され常に火の車。

 その上初期の戦力拡充の影響で大量に重複し解体された艦娘が巷に溢れ男女比率が狂いかけた過去がある以上易々と艦娘の建造と解体を認める訳にはいかんのだ」

 

 うわぁ…。

 

「それにだ。

 まかり間違って路頭に迷った挙げ句元艦娘が犯罪に手を染めたり性風俗に身をやつした等とあったらば…」

 

 そこで言葉を切り憂鬱そうに項垂れる元帥。

 ……うん。これ以上は聞いちゃいけない。

 とにかく話を変えよう。

 

「そ、それはそうと。

 トラックの屑野郎はどうなったんだ?」

 

 あんな奴をのさばらしておくとは思えないが、末路ぐらいは知っておかないとな。

 俺の質問に元帥は苦い顔をする。

 

「おそらく死んだのだろう」

 

 おそらく?

 

「どういう事だ?」

「トラックの沖合いで奴が逃亡に使った高速艇の残骸が発見された。

 遺体は見付かっておらんが残骸の状態から深海棲艦の餌になったものと我々は考えておる」

「…チッ、楽な死にかたしやがって」

 

 恐怖させるために後回しになんかしてないでさっさとバイドにしちまえばよかった。

 それはそれとしてトラックの艦娘達はどうなるんだ?

 確認しようと思ったんだが、先に元帥が教えてくれた。

 

「お前が気にしているだろうトラックに所属していた艦娘達の内、解体希望者以外は後任が引き継ぐことになった。

 信頼の厚い者に監査を任せたが、今後は憲兵隊の内部査察も平行して膿の洗い出しも強化していく」

「本当に頼むぜ」

 

 艦娘が死んだ目をしているだけでもキツいのに、それが敵対した相手だなんてどうしろって話なんだからよ。

 

「さて、そろそろ此方からも聞いてもよいかね?」

「構いはしないが俺に答えられることなんてあんまり無いぜ?」

 

 深海棲艦の目的とか言われても知らないしな。

 そう言うと何でか元帥は苦笑を浮かべた。

 

「そんなことはあるまい。

 この一年間に起きた大事の殆んどにお前は関わっている。

 その中で姫級とも関わってきたのだろう?」

「そりゃまあ…」

 

 装甲空母ヲ級の時には戦艦棲姫と南方棲戦姫と知り合う羽目になったし、バイドとの戦いの後で他の姫にも顔を会わせられたし、今回も元を辿れば飛行場姫が始まりだし。

 つうか、よく考えたらうちにちび姫住んでるんだよな。

 

「……なんでこんなことになったんだ……?」

 

 五○でもエロい人でもいいから教えてくれ頼む。

 

「いきなり黄昏てどうした…?」

「いや、戦艦棲姫に借りた借金の事を思い出してさ」

 

 姫と関わりが深い事実に絶望したとか言うよりマシだとそうはぐらかしておく。

 

「借金しているのか? 姫に?」

 

 信じられないものを見たとばかりに目を見開いてそう長門が質問してきたよ。

 

「まあな。

 飛行場姫のお陰で多少は返せるが今後またなんかあると思うと…」

 

 大本営が火の車ならうちは倒壊寸前の○歯物件だよちくせう。

 

「何故そこで飛行場姫の名前が出るのだ?」

「今回の件は元々リンガに現れたレ級の皮を被った糞野郎をぶち殺してこいって依頼で来ただけなんだよ」

 

 拗れに拗れてこんなことになったけどな!

 俺の答えに叢雲が軽く目を見開いて驚いた。

 

「身内争いなんてするの?」

「身内争いというか深海棲艦同士での戦闘は割りと普通にやるぞ?

 姫の傘下に入ってない野良は大体が艦隊単位で縄張り作ってて大体の新参は縄張りだって知らずに入り込んで潰されてるな。

 特に輸送艦なんて殺れば大量に資源が手に入るって理由から葱背負った鴨とばかりに襲われまくるぞ」

 

 あつみもよく狙われたらしいしな。

 そいつら見付けたらただじゃおかねえ。

 

「まるで野性動物ね」

「姫に帰属している奴等はちゃんと艦隊運営してるけどな」

 

 主にタンカー襲撃とか海路妨害群狼作戦とか東京急行拿捕とか鎮守府のやる作戦の真逆なのがいっぱいだし。

 

「ちなみにだ、幾らほど借りているのだ?」

「……聞きたい?」

「言いたくなければ構わないぞ」

「いや」

 

 言いたくないと言うか考えたくないだけだし。

 

「確か…最初に三万借りてその後に少し返したけどすぐに四万借りたからまだ六万はあるはず」

「六万だと……?」

 

 まるで札束をタオルに使う馬鹿なブルジョアを見たような顔されてんだけど。

 

「いや、確かに洒落になら無い量なんだけどそんな顔されるぐらいか?」

 

 上限さえなければゲームだったら放置してても2ヶ月で貯まるよね?

 ただしボーキサイト、テメエは駄目だ。

 そう聞くと元帥は深くため息を吐いた。

 

「燃料一万あれば艦隊をどれだけ運用出来るか分かっているのか?」

「大和入れた連合艦隊10回分だったか?」

「分かっておいてそれを平然と……」

 

 頭痛を堪えるように頭を押さえられてしまった。

 どうやら俺の金銭感覚は狂ってるらしい。

 

「超重力砲を封印しようかな…」

「薮から棒になんだ?」

 

 やべ、無意識に口から出ちまった。

 誤魔化すのも拗れそうだしいっちまうか。  

 

「いや、俺の超重力砲って使う度に大量の資源とダメコンを消耗するんだよ。

 使った時はどれも仕方ない状況ばっかしだったが、返済のためにも完全に封印したほうがいいかもとおもったんだよ」

「……ほう?」

 

 なんか全員して食い付いたような?

 

「ちなみによ?

 どれぐらい資源を消費する訳?」

「各一万。

 使ったが最後、資源を取り込まないと極端に弱体化する上女神で代用も出来ない」

「……マジ?」

「マジ。

 しかもバックファイアで轟沈しちまうからダメコン持ってないと使えないし」

「「「……」」」

 

 そう言うと全員目を丸くした。

 

「なんか変なことを言ったか?」

「……私達は一応敵なんだが?」

 

 何故に今更それを言う?

 

「あんた、自分の切り札の弱点曝すとか舐めてんの?」

 

 何故か怒り腰にそう叢雲が問い質してきた。

 舐めてる? え?

 

「……鳳翔の報告書に書いてなかったのか?」

 

 検閲しても多分暗号とか使ってて分からないだろうし明石の顔馴染みだから関係を拗らせたくなくてそういった類いはしてなかったんだけど。

 

「姫に帰属しない深海棲艦がグループ単位で活動していることは書いてあったが、お前の『霧』の弱点については書いてはおらん」

「なんでまた?」

 

 鳳翔も普通に知ってるしてっきり全部報告してると思ってた。

 

「さて?

 鳳翔にも考えがあるのだろうとしか私にはわからん。

 それより私としてはもっと隠せと言いたいのだが?」

「そうか?

 下手に隠して疑われるより知られて対策されてるって判ってたほうが対処しやすくないか?」

 

 高雄を倒す決めてになったプランDもそうやって編み出したわけだし。

 そう言うと三人とも表情から呆れとかが消えて感心した風に目を開く。

 

「……なるほど。

 敢えて手札を晒して牽制しているわけか」

 

 いや、そこまで考えちゃい無いんだけど……まあいいや。

 

「つってもどうせ溜め込んだら明石が勝手に使い込むんだけなんだろうけどな……」

 

 鍵かけようにもそもそも明石がいなけりゃ俺達(深海棲艦)はともかく木曽達の修復が出来ないから資源を取り上げるわけにもいかないんだよな。 

 

「使い込むと言ったが、明石が何をしたと言うのだ?」

「こいつら開発したんだよ」

 

 そう言って俺は比較的安全なアサガオを離陸させる。

 

「……それは報告書にあったR戦闘機というものか?」

「ああ。

 こいつはR-……ええとアルファ」

 

 説明しようと思ったんだが型式番号忘れちまった。

 仕方ないからアルファに解説を求める。

 

『Rr2o-3 工作機。愛称『アサガオ』。

 資源採掘ヲ初メ艦隊運営二必要ナ兵站ヲ支エル支援機デス。

 又、コノ機体二フォースコンダクタート波動砲ユニットヲ搭載シ戦闘用二改修シタモノガ『R-9AF MORNING GLORY』ニナリマス』

 

 え? こいつもしっかり戦闘用だったの?

 しかもアサガオって正式名称じゃなかったんだ。

 

「因みにモーニング・グローリーの特徴は?」

『機体本体二加エ専用ノ改良型スタンダードフォースカラモスタンダード波動砲ガ放テルコトデス』

「つまりフォースがないと強くないと」

『エエ』

 

 がっかりだよ。

 

「色々と言いたいことは多いが、取り敢えずだ。

 そのR戦闘機と言うのを現在何機擁しているのだ?」

「ええと……俺のアルファ改めバイドシステムγと明石のアサガオと宗もといワ級のパウ・アーマーと北上のフロッグマンと木曾のストライダーと千代田のミッドナイト・アイと鳳翔のハクサン改めアサノガワに、島風達の魂の一部の入れ物にしているノー・チェイサーとドミニオンとスコープ・ダックで全部かな?」

『ソレト古鷹二パワード・サイレンスデス』

 

 ……そういやまた作りやがったんだったな。

 

「古鷹?

 あんたのところに古鷹さんが居るって言うの?」

 

 アルファの補足に叢雲が妙に食い付いてきた。 

 ……って、叢雲は古鷹の救援に向かって沈んだ船だったな。

 だから気になっちまうのか。

 

「ああ。

 ちょっと事情があってうちで預かってるんだよ」

 

 バイド化とか下手に刺激しそうな部分ははぐらかしてそう答えると叢雲は訝しがりながらも「…そう」とだけ言って引き下がってくれた。

 

「島風達の件についてはこちらも把握しておる。

 鳳翔に着いても一応聞いておる。

 が、だ。

 その明石はどうやってそれらを開発したのだ?」

 

 だよね。

 

「元々は米軍のジェット水偵? とかいうのを開発しようって深海棲艦の水偵を参考に大量に資源をぶちこんだら偶然開発できたらしい。

 その後は全部で99機あるシリーズを揃えようって隙あらば資源を使い込むようになったんだよ」

 

 一度切れてエロ同人系の仕置きをかましちまったんだが、懲りるどころか抜け道を見付けることに躍起になる始末。

 その上アルファ曰、仕置き自体は態度ほど嫌がっていなかったとか。

 ……どこで道を間違えたをだろうか?

 

「では此方でもR戦闘機は開発できるのか?」

「……どうだろう?」

 

 理屈では可能だとは思うんだけどさ

 

「お薦めは出来ないぜ。

 出来たのは深海棲艦の水偵がある状態でかつうちの明石だからってのが理由だと思うし。

 なにより、出来るかどうかも分からない機体を一機造るのに、各資源7000と開発資材100個を使う覚悟ある?」

「……聞かなかったことにしておこう」

「だよね」

 

 よしんば出来たとしても、ハクサンみたいな選ばれし艦娘と妖精さんにしか使えない機体だったらそれこそ泣くしかないもんな。

 

「あれだったら資源と交換で譲るって手も無くはないけど…」

「露見した際の近隣諸国の反応を考えればやるべきではないな」

 

 この期に及んで第二次日中戦争等と敵わんとごちる。

 え? なんでまたんなに険悪なんだ?

 

「なんかあったのか?」

 

 ちょっとというかかなり気になったから訪ねてみると、元帥は深いため息を吐いた上で不快そうに眉をしかめた。

 

「……丹陽」

「はい?」

 

 どっかで聞いたことあるような……って、中国に渡った雪風の名前だったか。

 

「我々が未だ沖ノ島さえ攻略する目処が立たなかった頃の話だ。

 アジアで唯一艦娘を保持していた日本は周辺各国からその身柄を譲渡するよう、特に中国から圧力を掛けられておってな。

 当時の状勢と元帥閣下の尽力で海外派遣という形で無理矢理納得させておったのだが……」

 

 もう流れからして何があったか理解したわ。

 

「奴等、あろうことか派遣した艦娘を拉致監禁した挙げ句自分達が建造した艦だと言い出したのだ」

「最悪だなおい」

 

 何度も国名変わってんのに歴史が一続きだって言い張ってたりコピー商品とかやらかしまくる残念な国だと思ってたが救いようもねえぞ。

 つうか今から行って超重力砲をぶちかましてやろうか。

 

「お前、意外と分かりやすいな」

「…顔に出てた?」

「あまり面白くない冗談だな。

 気付いてないのか? 黒いオーラが昇り始めているぞ」

「おおっと」

 

 やばやば。

 気分を落ち着けてオーラを静めるよう努めながら続きを促す。

 

「内部分裂と併呑していた各領地の独立宣言による混沌を極めた当時の中国国内の情勢を鑑みれば、民意の支持を取り戻したい彼等の暴挙にめ致し方のないと同情の余地もあろうが、人道支援のために戦っていた末に被害に遇った艦娘達のためにも許す訳にはいかず、国連を通じて幾度となく返還要請を出したのだが、当時の艦娘には人権を与えておらず完全に『兵器』として扱っていたためその通達も暖簾に腕押しだった」

 

 そう言えば鳳翔が装甲空母姫の話が出たときになんか複雑そうな顔をして「今はいい時代になりました」って言ってたっけ。

 その時の事を思い出してた……ん?

 

「もしかして、装甲空母姫がなんかやらかしたのか?」

「知っているのか?」

「いや、そういう訳じゃないんだが、以前の雑談で鳳翔が装甲空母姫となんかあったみたいな感じだったのを思い出してさ」

「そうか」

 

 と、なにやら感慨深そうに元帥が目を閉じた。

 同時に叢雲と長門も複雑そうに眉間に皺か寄る。

 やっぱりなんかやらかしたみたいだな。

 あいつも元人間だったみたいだし、義憤に駆られて中国を攻撃したのかもしれないな。

 

「私達が姫級を初めて確認したのはその件でな。

 あの時はその様な余裕は無かったが、彼女達には随分大きな借りがあったのだな」

 

 その元帥は言う。

 ……って、彼女『達』?

 




大変長らくお待たせしました。

照月も雲龍もローマも来なかったけどなんとか生きてます。

と、さておき今回はイ級側からだと出しづらい日本国内と日本を取り巻く世界情勢について触れてみますた。

当然ながら世界情勢については完全に妄想のみかつイ級の偏見はイ級個人のものであり作者の考えとはイコールではないですからね?

後、ぶったぎった道を踏み外しちゃった艦娘が居たかという件ですが、作中内にはいたと。
そのため予算を割いてそうならないよう尽力しているとだけ言っときます。

次回は談合に飽K…もとい緩急を付けるため島サイドのはなしになる…はず⬅


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世の中で最も怖いのは

やっぱり人間って怪物なんだろうね……


「とぉぉおおぉおお!!」

 

 気合いの入った熊野の砲声が島に響く。

 とはいえ戦闘が起きている訳ではない。

 艤装を背負う熊野の腕にあるのは飛行カタパルトではなく明石謹製の鍬と鋤。

 何がどうしてそうなったかと言うと、島の生活に着いて聞いた熊野が是非野良仕事がしたいと申し出て、実際畑を目にした途端テンションが振り切れまるで戦闘中のように猛々しくまだ手付かずの畑の開墾を始めたのである。

 

「自称お嬢様っていう割りにアグレッシブだよね?」

「熊野がサバイバル得意ってのは聞いてたけどあそこまではしゃぐかねえ?」

 

 相方の奇行ともいえるはしゃぎっぷりに呆れる北上と若干引きつつ苦笑する鈴谷に芋の泥を洗いつつ鳳翔は言う。

 

「熊野の多くが解体後農業の道を志す娘が多いですから差ほど珍しくは無いのですよ」

 

 あそこまで高揚するのはさすがに珍しいですがと小さく笑う。

 その言葉に鈴谷は興味を抱き自分についても聞いてみた。

 

「じゃあ鈴谷は?」

「服飾のデザイナーや美容師を志望する娘が多いですね」

 

 その答えに鈴谷は自慢気に鼻を鳴らす。

 

「ふふん、まあ鈴谷はお洒落さんだからねぇ」

 

 自分の事をそう自慢する鈴谷だが、よく見れば耳が赤く内心では自爆したと恥ずかしがっているのを気付いた一同は見なかったことにしておく。

 

「あ、そっちの豆は捨てないで下さい」

 

 収穫した大豆の中から完熟する前の物と仕分けしていたヌ級にそう注意する春雨。

 

「デモ、イッショニタベラレナイヨネ?」

 

 不思議そうに首(?)を傾げるヌ級に春雨は説明する。

 

「緑の大豆は春雨とずんだ餡にするんです」

「ハルサメ?

 マメガカンムスニナルノ?」

「違います。

 確かに名前の由来は同じですが食べ物にも春雨というのがあるんですよ」

「???」

 

 いまいち意味がわからず首を更に傾けるヌ級にどう説明したものかと困る春雨に北方棲姫と二人で人参を載せた笊を抱えた瑞鳳が助け船を出す。

 

「緑の大豆は別の食べ物になるのよ」

「ナルホド」

 

 納得したヌ級は再び豆の仕分けを始める。

 

「もっと単純に説明しないと上手く伝わらないからね」

「…いいんですかそれで?」

 

 単純どころかテキトーと言える説明と対応に困惑してしまう春雨。

 しかし瑞鳳はいいのよと続く。

 

「だけど話をおざなりにしても駄目なんだからね」

「はぁ…」

 

 思った以上にさじ加減が必要なんだと感じ自分にそれが出きるのかと不安から鬱の気を抱き始めた春雨だが、そんなこととは気付かない北方棲姫によりそんな暇は与えられなかった。

 

「ずんだはあまいおやつなんだよね?」

「そうだよ姫ちゃん」

「シワケハマカセロー!!」

 

 二人の会話にバリバリと続きそうな勢いを増して仕分け始めるヌ級だが、余りの勢いに仕分けられた大豆がいくつも握り潰されてしまう。

 

「や、やめてぇ~!?」

 

 可哀想な大豆だったものを量産するヌ級に鬱の気を患っている暇はないと慌てて制止に入る春雨。

 そんな賑やかな周りを尻目に山城はじめっとした空気を纏いながら不幸だわと嘆いていた。

 

「どうして戦艦の私が臼挽きなんて……」

 

 戦艦の馬力を生かして力仕事を任せると言われ張り切った山城だが、待っていたのは大量の小麦を石臼で挽く作業であった。

 文句を言いながらもごりごり臼を回す山城に籾殻を剥いた新たな麦を運んできた酒匂がぶーたれる。

 

「ぴゅう! 山城ってば贅沢だよ。

 私や鈴谷達より先にR戦闘機二機も貰ったのに」

 

 心底羨ましいと文句を言う酒匂に一瞥して山城ははぁとため息を吐く。

 

「……そんなに言うならあげましょにうか?」

 

 そう言うと臼を回す手を止め艤装に乗っかっているヘリコプターに手足を付けたような機体と機体に対して異様にばかでかい砲塔を背負った機体を示す山城。

 そんな態度に酒匂はぷぅと頬を膨らませる。

 

「MR.ヘリもキウイベリーもどっちも装備出来ないの分かって言ってるでしょ!」

 

 MR.ヘリと呼ばれたヘリコプターは軽空母と航空戦艦及び航空巡洋艦にのみ装備可能なカ号のR戦闘機版と言い換えられる機体であり、何処が戦闘機なのかと言いたくなる外見と兵装のキウイベリーに至っては戦艦以上の大型艦にのみ搭載可能な機体である。

 因みにキウイベリーは戦闘機でありながらカテゴリーが艦載機ではなく主砲に分類されていたりする。

 そしてその火力は恐ろしいことにキウイベリー一機で46センチ砲をガン積みしたより高くなってしまう。

 そして相変わらずイ級にだけカテゴリーの制限が効かない。

 

「見た目が問題なのよ。

 私の艤装にこんなファンシーな物を載せたらいい笑い者よ」

 

 性能より外見が問題だと愚痴る山城。

 

「山城ってば贅沢すぎ!」

 

 そう非難すると風船のように頬を膨らませたまま麦を置いて作業に戻る酒匂。

 山城は扶桑姉様が来たとき恥ずかしく思われないか心配だと続けようとしたのだが、言う前に立ち去られ思わず嘆を吐いた。

 

「……不幸だわ」

 

 そんな山城にミッドナイト・アイを飛ばし天候の観測をしていた千代田から更なる追い討ちが入る。

 

「皆、後1時間ぐらいでスコールが始まるから食料の運び込みと雨水の備蓄準備始めて!!」

 

 通達に収穫したばかりの食料を雨で腐らせては堪らないと大急ぎで屋内に運び込む一同。

 

「え、ちょっ!?」

 

 急げと言われても挽くだけ挽いてこんもり山となった小麦粉を集め纏めるのを一人でするのは相当な手間であり時間が足りないと焦る山城はともかく濡らしたらまずいと敷いていた風呂敷で臼ごと包み持ち上げ屋内に運び込もうと持ち上げる。

 と、そこに堆肥として纏めていた雑草が強風に飛ばされ山城に飛来した。

 

「わぷっ!?」

 

 顔面に直撃した雑草に驚いた拍子に風呂敷を取り落としてしまいあわや小麦粉がとなりかけるも、直前で雨水を集める準備をしていたロ級によりギリギリで受け止められる。

 

「ナニヤッテンノヨ。

 ハコブノハワタシガヤルカラコッチヤットイテ」

 

 そう注意するとロ級はバケツを押し付け風呂敷を抱え走り去っていく。 

 

「駆逐艦に馬鹿にされた……」

 

 本人には全くそんな意図はないのだが、山城は勝手にそう思い込むと不幸だわと呟きながらもバケツを置く作業を始める。

 そんなこんなで外が慌ただしくなる中、工廠で明石は一人頭を抱えていた。

 

「……やっちゃった」

 

 テーブルの上に鎮座する一機のR戦闘機。

 それこそが明石を悩ませる正体であった。

 青いヴェールを被ったような特徴的な機体。

 

究極互換機二号『Rー100 カーテンコール』

 

 アルファさえ知らない究極互換機のその第2号。

 普段の明石を知るものならその完成に狂喜乱舞しているだろうと思うが、実際に明石はその存在に焦っていた。

 

「どうしてこんな機体を私は…」

 

 これがRー99ラストダンサーであったならこうも焦りはしなかった。

 ただバイドを殺すために技術を集約したラストダンサーと違いカーテンコールの存在理由はR戦闘機に纏わる全ての技術の保存と再現のための媒体。

 すなわちこの機体があればあらゆるR戦闘機の開発建造が容易に叶うということなのだ。

 それも『艦娘』が運用するための機体ではなく『人間』が運用するための機体をだ。

 しかも御丁寧なことにカーテンコールから抽出可能な技術は機体そのものだけに留まらずサイバーコネクターやangelpackに幼体固定といった人体を加工する技術までもが保存されていた。

 もし、クローン技術という外法を用いて建造される艦娘とこれらの技術を組み合わせようと考えるものが現れたら……

 

「この機体だけは何があっても抹消しないと…」

 

 バイドよりもなお恐ろしい人間の性を垣間見た明石は、これまで他人事だと思いっていた人間の狂気(team Rーtype)の領域へと踏み込もうとしていた己を自覚し、すぐに処分しようと立ち上がりかけた明石だが、タイミング悪く木曾が工廠の中へと入って来た。

 

「明石、人手が足りないんだからいつまでも…」

「くそっ!?

 設計も構造も完璧なのにどうして起動しないんだ!?

 一体何が足りないっていうんだ!?」

 

 木曾に見られたことに焦った明石はパニックのあまり咄嗟に頭を抱え近寄りがたい雰囲気を全開に撒き散らしてしまう。

 

「……」

 

 迫真の演技を前にドン引いた木曾はなにも見なかったことにして回れ右でそのまま工廠を出ていく。

 

「……やっちゃった」

 

 咄嗟に追及を避けるためにやってしまった演技によりアルファに相談するふりだけでもする必要が出てきてしまった。

 

「どうしてこうなったんだろう…?」

 

 

~~~~

 

 

 元帥から過去の事件に着いて聞いた俺の感想は一言だった。

 

「姫らしいな」

 

 艦娘を拉致して運用した某国は国内の求心力を取り戻すためにまだ日本が攻略さえしていない南西を無視して南方に艦娘達を送りやがったそうだ。

 で、そこの支配者である南方棲戦姫もとい南方棲姫にフルボッコにされたそうだ。

 で、あまりの弱さに南方棲姫は腹を立て半殺しにされ轟沈寸前にまで追い込まれた艦娘達を引き摺り単身横須賀の鎮守府近海まで乗り込み突っ返したそうだ。

 

「その時にな、『次にこんな雑魚を寄越したら直接礼をしにいく』と脅されてな。

 結果拐かされた艦娘達は全員救出された訳だ」

 

 バトルマニアな南方棲戦姫の性格からして此処まで乗り込んできたのだから相当な猛者であろうと期待して肩透かしを食らわされたらそりゃキレるわ。

 本土にぶちかまさなかっただけまだ理性もあったらしい事が察せるな。

 

「しかしだ。

 そのお陰で面目を更に潰された中国があろうことか姫を撃滅するという名目の下、横須賀へと核を撃ち込もうとしたのだ」

「おいおいおい」

 

 とち狂うにも程があんだろうが。

 とはいえ怒りこそあれどといった元帥達の様子からして大事には至らなかったらしい。

 まあ、なんとなく分かってたけどな。

 

「そこで装甲空母姫か」

「ああ。

 南方棲姫を迎えに来た装甲空母姫の手により核は施設ごと爆撃され本土へのミサイル攻撃は未然に防がれ、余計な手出しをしてそれまで海岸部に比べればまだ安全であった内陸への攻撃に中国は核の使用と併せ国内外を問わず猛反発を受け政府は事実上瓦解。

 現在はロシアの支援という名の半植民地状態に甘んじることで辛うじて国名と体制を保っておる状態だ」

 

 大っぴらに言えぬが損害賠償を徹底的に搾り取ってやるためにも、今の状態は好ましく思っておるよ。と、実に真っ黒な笑みを浮かべる元帥。

 さっきまでの好好爺ってイメージが一瞬で古狸に……人間って怖い。

 

「まあそんな訳で私達としては姫達は宿敵であると同時にいくつもの恩がある相手だったのだよ」

「で、その恩は武力で返すと」

「向こうがそう望んだからな」

 

 南方棲戦姫らしいこって。

 

「……む?」

 

 唐突に元帥は外に目を向けてから懐を漁ると懐中時計を取りだし時間を確かめ出した。

 

「もうこんな時間か…」

 

 そう呟くと元帥は立ち上がる。

 

「申し訳ないが視察に回らねばならない時間になってしまった。

 続きは明日としよう」

 

 いやまあ最高責任者なんだからそういった業務もあるだろうけどさ、まさかこの会談1日で終わりじゃないとか…。

 つったって駄々を捏ねても拗れるのが目に見えてんだし大人しく従っとくか。

 元帥が乗ってきた艦の乗員とかに見付からないようにするには、やっぱり『アレ』しかないよな。

 

「分かった。

 とりあえずさっきの姿で待ってることにするわ」

「よし監視は任せてもらおう」

「長門は私と来い」

 

 くちくいきゅうになると言った瞬間ながもんと化したけどそれを元帥は有無を言わさぬ態度で命を下すと叢雲が強引に引き摺り部屋を出ていった。

 

「なんか、思ったより大変な事になってるような…」

『御主人ハ少々楽観ガ過ギルト』

 

 珍しくアルファが辛辣だよ。

 

「しかしだな…」

 

 反論しようとしてアルファを見ると、アルファは窓の外に自分の機首を向けていた。

 

「どうした?」

『……イエ』

 

 窓の外を見ながらアルファは歯切れが悪そうな態度で言う。

 

『一瞬、知ラナイバイドノ波動ヲ感ジタキガ…』

 

 ……マジかよ?

 

「今も感じるか?」

『イエ。

 一瞬ダケダッタノデ勘違イダッタノカト…』

 

 アルファはそう言うが気のせいじゃなかったら洒落にならねえよ。

 

「調べてこい」

『シカシ…』

 

 任務を放り出して調査に向かうことに抵抗があるのかアルファは渋る。

 しかしバイドの有無の確認は俺の身の安全より確実に優先度が高い事案だ。

 

「アルファ、命令だ。

 ここに居るR戦闘機の中から数機を僚機として率い調査に向かえ」

『……了解』

 

 そう言うとアルファはドミニオンとノー・チェイサーを指名し亜空間へと突入した。

 アルファの野郎、やっぱりパウを置いていきやがったな。

 しかしそうはいかねえぞ。

 

「パウ、アサガオ。

 お前達も行け」

 

 万が一バイドとの戦闘になれば機体修復能力を持つアサガオと補給機能を持ったパウは戦局を左右するほど大きな存在になる。

 俺の指示にパイロットの妖精さん達は敬礼をして応じるとアルファの足跡を追って旅立つ。

 そして俺は残ったフロッグマンとスコープ・ダックと共に後で飛んでくるだろうアルファの苦言に備えつつクラインフィールドを纏った。




秋刀魚獲れねえ……五匹水揚げする間に磯風見付けちまったじゃねえかよ。

そんな訳でプチイベは現在進行形で地獄を見とります。

自分の事はさておき次回は久しぶりにR戦闘機のガチ戦闘を目指す所存。
舞台は○○の○。


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詳細資料

注意、以下は連載中の艦これの小説内に登場する人物に関わる設定の纏めになります。

ネタバレも多分に含まれているため、読む際はその点に注意下さい。

また、特定の理由により省かれているキャラクターが数人存在します。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【主な独自設定】

 

 

艦娘:深海棲艦に対する人類唯一の反抗手段

 大本営がクローン技術を使い生産している生体兵器。

 艦娘と艤装は対で一つの艦を構成し艦娘が艤装の一部分でも装着していれば装備していると見なされる。

 艤装を装着している間は睡眠や排泄といった生理機能が不必要となり、艤装を稼働させ続ければ年単位で飲まず食わずでも肉体に変調は発生しない。

 また艤装を装備している間は肉体年齢が止まり老いることはなく燃料弾薬といった資源を肉体から摂取することで補給することが可能であるが、艤装を外した状態では肉体が毒物として拒絶反応を起こす。

 それらを可能としているのは『妖精さんの加護』と呼ばれる説明不可能なエネルギーであり、艤装に一体でも住んでいれば力を発揮し数が多ければ多いほど加護は強化される。

 これを近代化改装と呼び、搭乗限界の状態を改修限界としている。

 妖精さんの加護には艦娘を物理的なダメージから護る力もあり、艤装を背負っている艦娘はたとえ生産直後でもプロの格闘家や殺人鬼であっても妖精さんの加護を持たない攻撃では傷を付ける事は出来ないのだが、敵意や悪意といった害意を持たない攻撃(つっこみで叩くなど)には効果を発揮せず普通に痛いと感じる。

 これにより艦娘と深海棲艦以外からのダメージは殆どが無力化され戦闘時のダメージも艤装と衣服までで留まるが、加護を上回る攻撃を受けると肉体が破壊される。(例、核兵器)

 妖精さんの加護を深海棲艦を統括する『総意』は『呪い』と呼んでいる。

 全ての艦娘はオリジナル(詳細不明)の遺した細胞を培養することで産み出され、同時に建造される艤装に合わせて個体として完成される。

 何故男性体の生産が不可能なのか、また何故一人の細胞からあれほど多岐にわたる個体が製造されるのかという疑問はいまだに解明されていない。

 大破進軍や旗艦の轟沈回避といったゲームシステム的恩情は一切無く、応急修理要因と女神のみが艦娘を護る最後の砦となっている。

 ドロップはなく全て建造で生み出され戦意高揚状態でもキラキラが発生したりはしない。

 

 

提督:艦娘を指揮する希少な資質の持ち主。

 自然発生以外に開花した記録の無い資質であり、発生確率0、000001%という途方もない確率に頼るしかないのが現状である。

 資質を持つ者の指揮を受けた艦は基礎性能が向上し士気が高揚しやすく、例え錬度が低くても高い結果を叩き出すことが多い。

 

 

深海棲艦:人類種の天敵。

 発生理由から敵対理由、生体構造に至るまでのあまねく全てが謎に包まれた存在。

 その多くは解読不可能な言語を用いているが、姫等の上位種は人類と同じ言語を使う。

 艦娘と同じく燃料や鋼材といった資源を主食としそれらの資源や同深海棲艦を捕食することにより自己再生を行う。

 高い不死性を有し活動不能なレベルの損害を負い轟沈しても数日、早ければ一日で補給状態も含めた完全な状態で復活し、更に条件が揃っている状態で轟沈すればエリートやフラグシップ等の上位個体へと進化する。

 通常兵器への絶対的防御力を有し核などの過剰な火力を用いねば人間には太刀打ち出来ないが、妖精さんの加護と非常に相性が悪い。

 そのため深海棲艦は加護が掛かった兵装は装備できずそれらから与えられたダメージは防御特性が発揮されず自身の装甲でしか防げない。

 同時に深海棲艦にも妖精さんの加護をある程度貫通する性質を産まれながらに備わっており、互いに天敵として存在しあっている。

 轟沈や捕食される事への忌避艦が非常に薄く、修復の目処が立たないから一度沈んで復活するといった荒業も彼等にとっては当たり前の認識である。

 『総意』と呼ばれる存在に従っているらしいが泊地棲姫を介して指令を下していること以外にその正体は一切不明である。

 

 

『霧』:招かれたる異邦人。

 何等かの理由によって揺らいだ時空を利用し『総意』の手により『蒼き鋼のアルペジオ』の世界から余興として招かれた存在。

 艦娘を護る妖精さんの加護と深海棲艦の防御特性を等しくぶち抜く火力を用いてそれぞれの両陣営に荷担しその脅威を知らしめた。

 しかし過ぎたる力はあまりにもパワーバランスを狂わせたためこれ以上の甚大な被害を被る前に『総意』は世界に留まらせることなく時空の揺らぎが収まると同時に一切を残さず元の世界へと返した。

 しかしその爪痕は大きく、特に燦々たる損失を被った横須賀は『霧』に劣らぬ力を模索し暴走を始めた。

 

 

バイド&R戦闘機:異世界から来訪したイレギュラー。

 駆逐イ級と共に『R-TYPE』の世界からやって来た外法の技術の集大成であり、R戦闘機が主力とする波動は艦娘と深海棲艦の双方に等しくダメージを与えられる。

 本来は人間が乗るための兵器であるため機体のサイズも数メートルはあるが、この世界では艦娘に搭載できるよう30㎝程にサイズダウンされている。

 開発と同時に妖精さんの加護が掛かるため例外を除き深海棲艦には装備できない。

 R戦闘機にはそれぞれに艦娘の装備としてのカテゴリー分けがなされいるため特殊な例や改装を施していない艦娘を除き該当する兵種が装備できない艦娘も対象のR戦闘機を搭載できない。 

 現在確認されているカテゴリーは主砲、副砲、水上偵察機、艦上戦闘機、艦上攻撃機、対潜哨戒機、その他。

 それとは別にTACTICSとFINALの二種類の仕様があり、どちらになるかは完成してみないと分からないが波動砲が搭載されていない仕様の機体はほぼFINALに固定される模様。

 バイドに汚染された艦娘はR戦闘機の能力を発現し深海棲艦は純粋に性能が上がる。

 よってどちらも非常に強力な敵となるため汚染された艦を撃破することは非常に難しく仮に撃破できた場合も波動を用いない攻撃では完全な撃滅は不可能であるため、倒すにはR戦闘機ないしバイド兵器であるフォースか同等の効果があるシャドウシリーズが必要となる。

 

 

応急修理要因&女神:艦娘の最後の命綱。

 妖精さんの加護数十人分を一スロット分にまで凝縮された特殊なアイテム。通称ダメコン。

 艦娘の死、またはその要望に応えダメージを肩代わりし艦娘の命を掬い上げる。

 海域を航行中に偶然発見する以外入手方法がなくその入手には謎が多い。

 一説には沈んだ艦娘の想いと同乗した妖精さんが合わさったものなのではとも言われている。

 それを証明するかのように発見された海域では必ず艦娘が轟沈した記録が残されている。

 百人以上の妖精さんの加護が凝縮された応急修理女神は更に入手が困難で、現在までに入手が確認された海域は鉄底海峡や沖ノ島等相当以上の艦娘が命を落とした海でしか見付かっていない。

 

 

高速修理剤:艤装の傷を消す薬品。

 応急修理要因と同様戦地で希に手に入る薬品。

 ダメコンと違い激戦区でなくとも見付かるため比較的収集は容易。

 海上に浮かんだ状態で見付かるも専用の容器でなければ長期保存は叶わず、回収してもすぐに劣化して使い物にならなくなる。

 ダメコンと違い深海棲艦にも効果があるが効きは悪く艦娘の十倍は消費しなければならない。

 なお、その中身は艦娘の血液と同じ成分で構成されている。

 本来は資源と併用しなければ効果はないがイ級とその仲間達は修理剤のみで効果を発揮している。

 

 

【主人公サイド】

 

 艦娘、深海棲艦のどちらにも属さない代わりに両方に肩入れと敵対をしている。

 一応中立だが深海棲艦と戦う事が多くやや艦娘寄りに立っている。

 

 

駆逐イ級:物語の中心に居る一応主人公。

 元人間からの転生者だが自信に纏わる記憶を一切持っていない。

 ある存在の手により駆逐イ級の身体に転生させられているが、その身には駆逐艦でありながら艦載機運用能力があり更に深海棲艦が持ち得ない妖精さんの加護が付与された艦娘用の装備を積む力と『蒼き鋼のアルペジオ』の世界の艦の力である『霧』のナノマテリアル制御能力と超重力砲を有する『イレギュラー』と認定され、大本営及び深海棲艦の両サイドから警戒されている。

 そのため対外的に『駆逐棲鬼』と呼ばれている。

 しかし当人はあまりその事に殆ど頓着はなく、仲間として共に居てくれる艦娘と深海棲艦が安寧を抱ける場所かを作れればそれでいいと考えている。

 また、球磨とあきつ丸を見捨てたことと目の前で千歳が殺されたトラウマから自身が負傷することへの頓着も低く仲間を喪失する恐怖が凄まじいため、仲間の為ならば自己犠牲を一切躊躇せず行動を起こすことが多く仲間達からは懸念と警戒を山ほどさせている。

 大和により右目を喪失しており喪失した右目の代わりに探照灯を埋め込んでいるのを木曾の眼帯で覆い身体をモスグリーンの迷彩柄に塗り替えることで他の駆逐イ級と差異を表している。

 装甲空母ヲ級、バイド艦娘、転生レ級、深海棲艦化艦娘と通常ならざる敵との戦いを重ねるに連れ自身の力が急激に上がっていることに懸念を感じつつもそれは転生の特典であろうと考えないようにしている。

 負の感情が一定値を越えると黒いオーラを纏い正の感情が振り切れるとキラキラが身を包む。

 最近ナノマテリアル制御能力を応用して『くちくいきゅう』に変身出来ることが判明した。

 猶、外見はくちくいきゅうだが中身はそのままである。

 

主な装備:その他『B-1D3 BYDO SYSTEM γ』、対空ガトリング砲『ファランクス』、多機能型自立砲撃ユニット連装砲ちゃん『しまかぜ』『ゆきかぜ』『ゆうだち』、応急修理要員、応急修理女神、三式爆雷、『超重力砲』

 

 

アルファ:英雄になれなかった元人間。イ級の艦載機『B-1D3 BYDO SYSTEM γ』

 『B-1D3 BYDO SYSTEM γ』の名の通り艦隊これくしょんの世界の存在ではなく『R-TYPE TACTICS』の世界から呼ばれたバイド生命体。

 ジェイド・ロス提督の指揮下の下でR戦闘機を駆るエースパイロットであったが黒瞳の瞳に飲み込まれバイド化。

 バイドの帰巣本能のままに地球への帰還を果たし、その際に己等がバイドに成り果てていたことに気付き提督と共に宇宙の果てに去った。

 その後イ級を転生させた存在の要望に応え艦載機になるためのサイズダウンと能力の封印、そしてバイド汚染の拡大を防ぐため感染力を内側に向ける処置を施し地球への2度目の帰還を果たした。

 最初はイ級に従う事をただ地球に帰るための条件としか考えていなかったが、醜悪な肉塊である自分の事を忌避しなかったイ級に解され正式に主人と認める。

 その後、戦闘能力を封印した状態のままではこの先生きのこる事は不可能だと考え、島風から譲渡された『バイドの切端』を手に力を取り戻すため次元を越える。

 その途中自身と同じく『英雄』になり損ないバイドへと成り果てた『暗黒の森の番犬』と邂逅し同じ苦しみを味わった者として共感から友人となる。

 『番犬』は己のフォースを提供しアルファは『バイドの切端』と『番犬』のフォースを基に己のフォースを獲得。

 その後発生したバイド艦娘との戦いではバイドへの怒りと憎しみに駆られ如何なる手段を用いてでも滅ぼそうと奔走したが、マザーバイドとの戦いの最中に見た『R-99 LAST DANCER』の幻影とパイロットの言葉により憎しみを昇華。

 現在はイ級の艦載機として戦う傍ら休眠状態に入ったバイドツリーが再び目覚めないか監視しつつはぐれバイドの策敵と殲滅に当たっている。

 『R-TYPE TACTICSⅡ』とは平行時空でありそちらの提督とも邂逅し自分達のもうひとつの結末に至ったのかも知り得ている。

 名前の由来は最初の時点では『B-1D1 BYDO SYSTEM α』であったためだが、βを経由しγへと進化した現在も本人の希望によりアルファと呼ばれている。

 猶、βの姿について北上から『ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲』と比喩された経験があり、下手な追求や言及は(性的な意味で)命はない。

 

兵装:バイドフォース(Δウェポン搭載型)、デビルウェーブ砲Ⅲ

 

 

木曾:イ級の相棒の艦娘。改二。

 元々は横須賀所属の艦娘であったが、大本営の暴走により復活された特別攻撃兵器を搭載可能な艦であったためそれを嘆いた球磨と千歳の手引きにより脱走させられる。

 その後レイテの離島に身を隠していた明石に拾われ共同生活を送っていたが運悪く深海棲艦の艦載機に襲われ大破。

 轟沈寸前の所を転生したばかりのイ級に救われ以後仲間として行動の多くを共にする。

 装甲空母ヲ級を初めとしたいくつもの戦いを共にする内にイ級のトラウマからくる我が身を省みない無謀さと危うさを身近に見続けたため、誰よりも心配しておりその支えとなりたいと考えている。

 実はイ級が那珂ちゃんのファンだと聞いた瞬間ギリィしていたりする。

 しかしイ級への感情はあくまでも友情である。

 他の木曾との差異は軍刀をより頑丈なカトラスに交換していることとR戦闘機用に追加カタパルトの増設を行っていることの二点。

 

主な装備:8cm高角砲、対空電探『SPY−1D 対空レーダー』、水上偵察機『R-9B STRIDER(final仕様)』

 

 

明石:イ級達の足場を支え頭を悩ませる艦娘。

 50年程前呉で建造され横須賀に転属した艦娘であったが、中大破した艦娘の修理を可能なイレギュラーな艦娘であったことが仇となり同型の明石が自身と比較されることを厭い脱走。

 以後はレイテの外れにある名もなき島に身を隠し隠者の様に日々を過ごしていた。

 しかし脱走した木曾を拾ったことを契機にイ級を初めとした数多の出会いを繰り返す内に深海棲艦の艤装への造詣とR戦闘機の技術を手にしたことで工作艦としての本能が暴走し、以後周りが止めろと言っても聞かずに大量の資源を食い潰し春雨の艤装やR戦闘機の開発を繰り返すようになった。

 しかしあまりに度が過ぎるためついにアルファにより汚染が起こらないよう加工されたバイドにより制裁を喰らい多少自重するようになったのだが、代わりにアブノーマルな性癖に目覚めかけていることに本人はまだ気づいていない。

 他の艦との外見的な差異は特にない。

 

主な装備:艦艇修理施設、10cm高角砲+高射装置、FuMO25 レーダー、その他『Rr2o-3 工作機 呼称『アサガオ』(Tac仕様)』

 

 

宗谷:イ級の癒しであり最も特異な経緯を持つ元深海棲艦。

 海で自然発生したニュービーであったが資源の略奪を狙った深海棲艦に襲われ僚艦を全て失い自身も大破して漂流していた所をイ級に救われ慕うようになった。

 最初はただワ級と呼ばれていたが島に新たなワ級が増えたため『あつみ』の名をイ級から与えられた。

 イ級のような特殊な存在で無いにも関わらず妖精さんの加護を受けるようになり、艦娘と深海棲艦の兵装を同時に使用できるようになったためR戦闘機の運用も可能となる。

 その後、艦娘用の改装設計図を用いて艦娘へと変位を行い特務艦宗谷へと生まれ変わった。

 性格は深海棲艦の頃から非常に穏やかで戦いは好まないが、現在もなお現存する宗谷の記憶を継いでいるため砲を握る必要が有るならば躊躇わない果敢さも持っている。

 艤装は腰回りに装着するタイプ。

 宗谷自身の姿見は艦の船体よりその艦齢が強く反映しかつ南極観測船としての影響からか青く澄んだ長髪と白人のような白い肌を有する妙齢の女性体に白いブラウスとタイトスカートの上から艤装に掛からないようファー付きの上半身のみを包むタイプの丈の短いコートを羽織っている。

 海に出るとダメコンを見付けることが多く、本人曰く「呼ばれた」かららしい。

 余談だがあつみ(ワ級)の頃から他のワ級と違いお腹の膨らみが殆どなかった。

 

主な装備:応急修理要因、応急修理女神、その他『TP-2 POW ARMOR(Tac&finalの魔改造)』、増設バルジ、7.7mm機銃、九四式爆雷投射機

 

 

北上:島の主力艦。改二。

 特別攻撃隊を用いる特務隊に配属され、精神を磨り減らしながら千代田と瑞鳳の三隻で深海棲艦と戦い続けていた所をイ級と遭遇し敗北して拿捕された。

 いっそ死んだ方が楽になれると考えるまで参っていたが、球磨と千歳を殺した大和への憎悪を糧に再び立ち上がる。

 普段はイ級のためにマイペースな北上さまを意識しているが大和への憎しみを忘れた日はなく、大和を殺すその日のために腕を磨き爪を研いでいる。

 工作艦としての経験から手先は器用で戦いの際の搦め手のみならず島の雑務でもよく頼りにされている。

 イ級ガチ勢。

 

主な装備:五連装(酸素)魚雷×2、甲標的『TP-2M FROGMAN(final仕様)』

 

 

千代田:島の兵站を支える大黒柱。甲標的母艦。

 北上と共にイ級に拿捕されその後行動を共にしている艦娘。

 イ級との関係は悪くないように見えるが、自分を救い上げておきながら千歳を救えなかった事にお門違いの怒りとそんな感情を抱いていることへの後ろめたさから余り距離を近付けて欲しくないと思っている。

 既にレベル90を越えているため軽空母への改装は可能なのだが、島の戦力は空母の層が厚く改装しても余り活躍の場はない事と自身が使うR戦闘機を乗せられなくなること、そしてなにより島に暮らす者が全体的に兵站への配慮が足りない事から自分が大発を下ろしたら破産するという現実から改装を諦めた。

 

主な装備:水上偵察機『R-9E MIDNIGHT EYE(final仕様)』、甲標的、大発動艇、ドラム缶、増設バルジ、瑞雲

 

 

瑞鳳:姫と家族になった艦娘。双胴空母。

 北上と共に拿捕された艦娘。

 戦艦棲姫に保護された先で戦艦棲姫が預かっていた北方棲姫に懐かれその可愛らしさに陥落。

 最初はただ可愛いがっていただけだったが、共に過ごす内に彼女が内に秘めた寂しさに気付きその寂しさを埋めてあげたいと思うようになる。

 その後、転生レ級に受けた暴行により瀕死の重症を負い艦娘として再起不能と判断されたが、明石の手により北方棲姫と艤装を共有する双胴空母として復活。

 姫クラスの性能を獲得した代わりに消費資源が爆発的に増加したため出撃の機会はほぼなくなったが、自分が出ないということは同時に北方棲姫が出撃しなくなるということなので本人は全く不満を感じていない。

 

主な装備:震電改、艦上攻撃機『R-9AD ESCORT TIME(Tac仕様)』、副砲『R-9D SHOOTING STAR(Tac仕様)』

 

 

信長:装甲空母姫の魂を継ぐ深海棲艦。装甲空母水鬼。

 元々は装甲空母姫に付き従うただの空母ヲ級であったが、あきつ丸の放ったマルレ艇の自爆特攻から装甲空母姫を庇い死亡。

 ヲ級の死に狂乱した装甲空母姫は自らを素体としてヲ級を蘇らせようと試みるも、しかしそれは最悪の形で失敗。

 二つの魂が両存した肉体は均衡を保てず破壊衝動のままに見境なく暴れ続ける装甲空母ヲ級という怪物に成り果ててしまった。

 その後、装甲空母ヲ級を討伐するため立ち向かったイ級の強大な力を本能的に恐れた装甲空母ヲ級はイ級を取り込もうとするが、逆に内側に閉じ込められていた装甲空母姫とヲ級の魂を奪われ内側から超重力砲を放たれ轟沈した。

 その後、ヲ級は装甲空母姫がやろうとした魂の融合を果たした状態でイ級から吐き出された。

 肉体は空母ヲ級だが融合した結果装甲空母姫の赤い瞳と改型flagshipの蒼い瞳を左右に持つオッドアイとなった。

 艤装はそれまで被っていたヌ級型飛行甲板に加え装甲空母姫の艤装を同時に扱えるようになり大量の艦載機を放つ航空戦艦として強化され正式に『装甲空母水鬼』と認定された。

 装甲空母ヲ級の名残として数多の艦娘と深海棲艦を爆撃した『Bー29』を所持しており、本気にさせると通常航空戦に加えBー29による開幕爆撃とレ級エリートが装備する特殊魚雷による先制雷撃まで放って来る。

 不可能を実現し自分を生かしたイ級が何者なのか確かめるためヲ級はイ級の下に身を寄せる事を選び、島に暮らす艦娘達とは付かず離れず協力は惜しまないが馴れ合いはしないという絶妙な距離間を保ちながら部下と共に暮らしている。

 名前が変わった理由はヲ級の直臣に空母ヲ級が入ったのでややこしいという理由から小説『旭日の艦隊』から装甲空母信長の名前を引用しているためである。 

 

主な装備:特殊攻撃機『Bー29』、特殊魚雷、14inch連装砲、新型艦戦、新型艦爆

 

 

鳳翔:大本営史上最強の空母。

 現元帥が提督在任中から現役で戦い続けていた空母。

 その武勲は凄まじく最低性能の言葉を努力で覆し当時最高戦力であった長門を尻目に最も多くの深海棲艦を海底に叩き返した実績を持つ。

 また、鉄底海峡の主である飛行場姫を護身用にと飛行甲板の裏に仕込んでいた14㎝単装砲を用いて右手を吹き飛ばし撃退。

 更にそれが夜戦での出来事であっこともあって飛行場姫から『鬼子母神』という渾名を授かった。

 本気にさせると大破状態でなお発艦を行いながら40ノットを越える巡航速度を叩き出す等、最早鳳翔とは名ばかりの別の艦というのが周りの認識である。

 元帥を男性として慕い元帥も鳳翔を女性として愛し将来を誓い合っていたが、時代がそれを許さず元帥は別の女性と結婚。

 その後元帥の任期終了に伴う再編の折りに解体を勧められたが、艦として戦う事を選び地方着任を希望しブルネイで教導艦として後進の育成の傍ら小料理屋を営みながら兵役に務めていた。

 装甲空母ヲ級の襲撃の際周りの反対を押しきり遅滞防御を行う殿隊に自ら志願した結果、大破しながらも辛くも生き延びた山城と大和を連れラバウルを目指しイ級に救われた。

 その後駆逐棲鬼監督の任を元帥から拝命し合流。

 その際に明石から『R-9DP HAKUSAN』を貰い、その一撃必殺を究めんとする浪漫に惚れ愛機と選んだ。

 現在もまだ元帥を心から愛しているが、負担にはなりたくはないので受け入れてもらおうとは考えていない。

 イ級には嘗ての恩を仇と返すことになったことを申し訳なく思っている。

 艦歴が長いのでお婆ちゃん呼ばわりされても笑って流せるが、鍛えすぎたせいで他の鳳翔より胸が一回り小さい事と腹筋が割れている事を指摘したらたとえ誉めていたとしても アサノガワでぶち抜かれる。

 

主な装備:艦上爆撃機『試製電光』、艦上戦闘機『F8F ベアキャット』、策敵機『彩雲(夜偵回収型)』、艦上攻撃機『R-9DP2 ASANOGAWA (Tac仕様)』、14㎝単装砲

 

 

古鷹:琥珀色の海に漂う艦娘。

 沼南泊地に所属する艦娘であったが、偶発的に巻き込まれたバイド化した夕立との戦闘で木曾を庇い右腕をフォース化した魚雷に喰われバイドに侵された。

 喪った右腕の代用品として装着している義手に内蔵したフォースコンダクターによりバイドの侵食を抑制しているが、侵食を完全に停めることは不可能でありいずれ完全なバイドになるという避けられない運命を背負っている。

 バイド化した艦娘がR戦闘機の能力を獲得するケースが確認されているが、古鷹もその例に漏れず義手から『R-9/0 RAGNAROK』のメガ波動砲とハイパー波動砲の二種類を使い分けて放つ事が可能なバイド艦娘へと変異を起こしている。

 バイドの狂暴性が鎮まっている間はおおよその古鷹と同じく大天使フルタカエルとして宗谷と並び島の癒しとなっているが、バイドの侵食が進み狂暴性が露になるとラグナロックの別名『ELIMINATE DEVICE』の名を体現するように破壊衝動の赴くままサイクロンフォースを手に敵対する全てに破壊と殺戮を撒き散らす。

 島の面子の中で特にアルファと仲が良く深い関係なのかとからかわれているが、古鷹はアルファの事はバイドに成り果ててなお人間の意識を強く持っている事に尊敬しているからと答えている。

 しかし好意が無いとは一言も言わない。

 バイドの感性に染まったためか彼女にとってサイクロンフォースは可愛い部類に入るらしい。

 

主な装備:20.3cm(3号)連装砲、その他『サイクロンフォース(Δウェポン搭載型)』、増設バルジ『シャドウビット(明石製)』、水上偵察機『R-9ER POWERED SILENCE(Tac仕様)』

 

 

『しまかぜ』『ゆきかぜ』『ゆうだち』:バイドになった元艦娘。

 バイドに汚染され身も心まで完全にバイドに成り果てた末、アルファの手により魂のみを回収されそれぞれ連装砲ちゃんを器とされた。

 しかしバイド化した魂は連装砲ちゃんだけでは収まりきらず、そのためそれぞれから力を分割し『R-11S2 NO CHASER』『TP-1 SCOPE DUCK』『R-9Sk2 DOMINIONS』の三機のR戦闘機へと封印された。

 封印に使われたR戦闘機の各機は妖精さんを不用とする自立型となったため主にアルファが管理指揮している。

 連装砲ちゃん内の魂に艦娘時代の記憶はないが、ゆうだちが姉妹艦の春雨を思い憚る様子を見せるなどの艦娘である事を覚えているかのような反応を見せることがある。

 見分けかたは身体に書いてある名前の他、それぞれを連想させる鳴き声を上げながら無邪気に遊び回っているので以外と分かりやすい。

 そんな一見ただのマスコットな三体だが、装備として同伴する際は非常に強力な兵器として縦横無尽の働きをみせる。

 また、それぞれ装備時の性能上昇が違い、しまかぜは雷装が特に上がり、ゆうだちは火力が特に上がり、ゆきかぜは火力と雷装に加え幸運が上がる仕様となっている。

 更に同時に装備することでシナジーが発生する。

 しかしデメリットとして消費資源が増大し更にはシナジーは資源の消費にも作用してしまうため運用には難がある。

 

 

春雨:艦娘で在ることから逃げ出した深海棲艦。

 腿から下を切り落とされた姿で心を閉ざし海を漂流していたところを南方棲戦姫の配下に拾われイ級の島に預けられた。

 初めの頃は介助の手がなければ何も出来ないほどに精神が壊れていたが『ゆうだち』や島の篤い看護に少しづつ心を開き始め、イ級の闇落ちの際にそれを救うため覚醒した。

 覚醒した現在も事ある毎に鬱の気を患うため慎重に扱わねばならず、そんな気遣いをさせてしまうことに更に鬱を発してしまう悪循環をよく起こしている。

 深海棲艦化した阿賀野と翔鶴等とも面識があるが、対面すると過去の恐怖がフラッシュバックを起こし特に高雄と愛宕は名前だけで錯乱状態に陥ってしまう。

 切断された両足の替わりにと明石謹製の深海棲艦を組み込んだ水陸両用の特殊な艤装に乗って日々を過ごしている。

 外見は駆逐棲姫のそれであるが帽子のみ春雨のものを被っている。

 

主な装備:5inch連装砲、22inch魚雷後期型×2

 

 

酒匂:深海棲艦から生まれ変わった艦娘。

 元はイ級に惚れ込み島で暮らしていた軽巡ヘ級であったが沈むことへの恐怖を理解し、共に沈もうとしていたイ級を救うためへ級の前に現れた酒匂に肉体を譲り渡した。

 ヘ級の頃の記憶は持っているため島の深海棲艦とも特に問題はないが、艤装と肉体の変化等の自身の変化に色々戸惑うことがある。

 イ級ガチ勢。

 

主な装備:15.5cm三連装砲、三式爆雷、四連装(酸素)魚雷、水上偵察機『RX-10 ALBATROSS(final仕様)』

 

 

北方棲姫:人と深海棲艦の狭間に産まれた艦。双胴空母姫。

 港湾棲姫とリンガの磐酒提督の間に産まれた娘。

 身の安全のために産まれてすぐ戦艦棲姫に預けられた。

 全ての姫に大事にされ、外に出れないことに対しての不満を除けば不自由の無い生活であったが自分が他の深海棲艦と違うことに疑問と寂しさを抱え続けていた。

 そんな自分とずっと一緒に居てくれると約束してくれた瑞鳳と出逢い彼女を母と慕い一緒に暮らしていたが、転生レ級の暴虐に壊されていく瑞鳳をただ見ていることしか出来なかった事からこのままただ甘えているだけではダメなのだと気付き、共にあるために自分の艤装を瑞鳳と合一させ双胴空母へと改装された。

 半分が人間であるため妖精さんの加護を受けることが可能なのだが本人にその気がないため得ていない。

 いずれ姫として北方海域を担当することが決まっていたため姫として必要な教育は修めているが、精神が幼いためそれらを活かすことはほぼ無い。

 戦艦棲姫をおばちゃん呼びして度々怒られているが一切反省しない。

 

主な装備:新型艦攻、新型艦爆

 

 

鈴谷&熊野:人間を見限った艦娘。航巡。

 とある泊地で建造されたただの艦娘であったが、解体施設と偽った艦娘を売買する施設に連れ込まれ書くのにも躊躇う凄惨な恥辱と汚辱を味わう。

 戯れに殺されるか人目に見せられない姿にされどことも知れぬ地に売り飛ばされるかの救いの無い未来を避けるため恭順したふりをしながら機を伺い脱走。

 しかし行く宛もなかった二人は深海棲艦に沈められるほうがマシと海をさ迷っていたところをリンガを目指していたところを千代田に見付けて貰うが追走してきた高雄達に捕捉され千代田が身代わりとなってしまった。

 その後千代田への自責の念からリンガに留まらないかという磐酒提督からの提案を蹴りイ級達と行動を共にすることを表明。

 艦娘を含む極度の人間不審と男性恐怖症を患っているため自分のために本気で怒ってくれたイ級と島の仲間以外には警戒心がMAXになる。

 その身体には刺青やピアス跡といった汚辱の記憶が残されており氷川丸によって少しづつ消されているが肌を曝すことに抵抗があるため現在は部屋に内風呂を増設してもらいそちらを使用している。

 他の艦との差違は制服の下にスパッツとインナーを着用して肌が見えないようにしていること。

 

主な装備:共通 20.3cm(2号)連装砲、21号対空電探改

 

鈴谷:四連装(酸素)魚雷、水上偵察機『R-9DV TEARS SHOWER』

 

熊野:12.7cm高角砲+高射装置、水上偵察機『R-9DH GRACE NOTO』

 

 

山城:他に類を見ない悪運の持ち主。航空戦艦。

 装甲空母ヲ級の爆撃を引き受ける遅滞防御の殿隊として建造されたが奇跡的に生き残りイ級に安全な海域まで護送され、その後ブルネイに居づらいと勝手に哨戒に出て道に迷った所をトラックの艦娘を売買する連中の手先として働いていた艦娘に騙され誘拐されるも下種の魔の手が及ぶ前に千代田に暴行を働いた輩をぶち殺しに掛かったアルファの行動により逃れ、極めつけに帰りたくないからイ級達の所に転がり込むというあまりにあまりな経緯で仲間になった艦娘。

 基本ネガティブな山城だがこの山城は加えて被害妄想が強く事ある毎に見下されたと思い込むめんどくさい性格をしている。

 そのため与えられたR戦闘機の強力な性能に全く目がいかずただ可愛いデザインが嫌がらせだと思い込んでいる。

 しかし最初に扶桑型を評価してくれた宗谷だけは気を許しており、大体宗谷の部屋に要ることが多い。

 

主な装備:41㎝連装砲、探照灯、主砲『TW-2 KIWI BERRY』、対潜哨戒機『TP-3 Mr.HELI』

 

 

氷川丸:大本営ではなく人間のために働く艦娘。

 横須賀で建造されるも病院船の矜持から戦いに加わることを拒否し解体の窮地に陥るも元帥の手により妹達と共に海に放された。

 その後深海棲艦の手により断絶したアジア諸島を回遊し多くの人を病から救ってきた。

 常に轟沈の危機と戦っていた氷川丸達だが、弱者を狩るのを嫌うリ級達に出会い彼女達に深海棲艦が殆ど立ち寄らない海路を教えてもらいこれまで生き延びてきた。

 イ級と出会った後は拾っても捨てるしかなかった不用な装備と引き替えに補給と修理を行ってもらう相互扶助の契約を交わし交流をするようになった。

 氷川丸から提供された装備は大発動艇やドラム缶といった戦闘では役に立たないものが殆どだが、時折ダメコンを見付けてくるのでイ級達は多いに助かっている。

 

 

尊氏(軽母ヌ級):イ級を慕う深海棲艦。

 装甲空母ヲ級の戦乱の際に生まれたニュービーで氷川丸を襲い掛かった所をイ級に阻まれるも、直後に装甲空母ヲ級の爆撃機に襲われ結果的にイ級に救われたことに感謝し以後姉御と呼び敬って付き従っている。

 イ級に付いていく深海棲艦の纏め役をやっておりイ級が不在の際は居残り組を率いて島の警戒を担っている。

 

 

雷巡チ級:イ級を慕う深海棲艦。

 ヌ級と共にイ級に付いてきた深海棲艦。

 レ級の特殊魚雷を持っているため何気で先制雷撃が出来たりする。

 しかし畑仕事を始めてからそちらにのめり込み今では艤装を手に海に出るより麦わら帽子を被って草むしりをしている時間のほうが長い。

 

 

駆逐ニ級:イ級を慕う深海棲艦。

 相棒のイ級と共にへ級の代わりに漁業に精を出している。

 なんだかんだでflagshipに進化してる。 

 爆雷漁業は嫌いで竿での一本釣りが好き。

 

 

駆逐イ級:イ級を慕う深海棲艦。

 二級と共に漁業担当。

 こちらもflagshipに進化済み。

 爆雷漁業は邪道、網引き漁業こそ至高と宣っている。

 

 

潜水カ級:駆逐棲鬼の部下。

 駆逐棲鬼への昇格に伴い部下を持つよう言われたイ級により連れてこられた深海棲艦。

 鬼の直属ということで意気込んでいたが、与えられる仕事が哨戒とオリョクル等の資源の回収ばかりで自分の存在意義に悩んでいる。

 

 

潜水ヨ級:駆逐棲鬼の部下。

 カ級と共にイ級に連れてこられた深海棲艦。

 カ級と違い現状に不満は無いが、イ級の部下なのにヌ級等と行動する場合のほうが多いのはどうなのかと思っている。

 

 

輸送ワ級:駆逐棲鬼の部下。

 カ級とヨ級と共ににイ級に連れてこられた深海棲艦。

 襲われる心配が殆ど無い今の生活に満足しているが、あつみのすっきりしたお腹に嫉妬していた。

 

 

【艦娘サイド】

 

 ゲームでプレイヤーが属する勢力。

 提督を担う資質を持つ者が大本営が管理する各泊地に属艦着任し娘を建造、育成を重ね深海棲艦を撃破して奪われた海を取り戻すことを目的としている。

 対外的に海上自衛隊所属となっているが、実質は完全な独立組織として運営されている。

 それを利用し私腹を肥やそうとする政治屋上がりや海自上がりの官僚と前線で艦娘を指揮していた元提督達を中心とする叩き上げの現場主義の二派閥が互いに争う泥沼の想定を成しており、現在は戦線が膠着していることもあり叩き上げ側が押されている。

 

 

米内夏彦:大本営の統轄を担う元帥。

 最初期に提督として着任し南西諸島を初めとした多くの海域を拓いた偉人として元帥を任じられた人物。

 少ない資源。足りない兵装。建造されたばかりで練度の足りない艦娘。上からの余計な横やりと四重苦に晒されながらも艦娘の被害を最小限に留めながら任期終了までの三十年を戦い続けた。

 鳳翔を女性として愛していたが、提督を担ために必要な資質の調査のために舞鶴の女性提督と意にそぐわない結婚を強いられた。

 国のため愛する女を不幸にしたと悔恨の念を抱いており、妻となった女性とは差ほど仲は悪くなかったが間に生まれた息子とは折り合いが悪い。

 任期終了に伴い多くの艦が解体され、現在彼の当時に付き従った生き残りは鳳翔、長門、大淀、神通、加賀、叢雲、扶桑、龍驤、羽黒、足柄、伊8、陸奥の12隻のみである。

 艦娘の勝利と人類の衰退を止めることを第一としているが、那珂ちゃんがアイドルデビューするために根回しした等以外とはっちゃけた所もある。

 

 

磐酒智哉:姫を愛した男。

 リンガの提督であり安定感のある運営に評価の高い提督であるが、その経緯のため本土からは嫌悪の対象としてみられている。

 かつて磐酒は深海棲艦が跳梁する遠海で漁をする命知らずであったが、嵐に見回れ船が難破。

 舵が壊れポートワイン近海を漂流中に事故により運悪く艤装を失った状態で海に放り出された港湾棲姫を艦娘と勘違いして助け、漂着した無人島で生活を続ける内にその正体に気づいたが人と変わらぬ彼女を愛した。

 しかし望まず艦娘達に救助され、それまでの経緯から終身刑となるも提督としての資質があることが発覚し、開放されたばかりのリンガ泊地に着任するか裏切り者として処断されるかの二択を迫られた磐酒は再び港湾棲姫に逢うため提督となる道を選ぶ。

 別れる間際、港湾棲姫から身籠ったと聞かされていた磐酒はそれだけを頼りに慣れない提督業務をこなし続けてきた。

 そして偶然娘と逢うことが叶い、彼女がそれまで大事にされていた事を知った磐酒は終戦を目指すことを改めて決意した。

 

 

須賀政道:横須賀の新鋭提督。

 横須賀の提督としては三代目となる提督。

 実直で質実を絵にかいたような真面目な人物で、無能な上層部による無茶振りからなんとか艦娘を守ろうと東奔西走している。

 大和の暴虐に心を痛め自分が側に居れば大人しくなることから秘書艦として側においていたが、本当はそこに球磨を置いていたかった。

 特攻兵器の件で動いていた球磨と千歳の裏工作に気付いてはいたが、自分は強いる側にいるためそれが成功するよう気付かないふりをしていた。

 しかしその甲斐もなく最終的に二人は沈み、己に出来たことはなかったのかと須賀は悔やんでいる。

 後任の大和については前任と違うことは把握しているためおおよそについては長門に任せている。

 

 

大和:不遇に見舞われ続けた喪女。横須賀所属。

 山城と同じく殿隊としてブルネイで建造された艦娘。

 奇跡的に生き残りラバウルへと逃げ延びた大和はその後ブルネイに属してはいたが、ブルネイの艦数制限に引っ掛かりずっともて余されていたところを横須賀の大和の後任として横須賀に転属。

 しかし前任の大和の暴制により居心地は最悪だったため食事と風呂と手洗い以外で外に出ない引きこもり生活を続ける内に完璧なコミュニティ障害を患ってしまった。

 しかしながらこの大和の性能は前任と比肩するほどに桁外れで、鳳翔と山城が生き残れたのも実は大和のお陰であった。

 しかしその秘めた実力を本人さえ自覚しておらず、それに気付いているのは長門だけである。

 人工的に強化された前任と違い偶発的に生まれた天然物の決戦存在であり、イ級がいなければ主人公となっていた艦娘である。

 階級は少尉。

 

 

長門:元帥の主力艦。横須賀所属。

 長門型の中でも初めて建造された艦娘であり、沖ノ島攻略の一躍を担った艦娘の代表格。

 日本の艦娘代表格として立った経験もあるが、現在は大和型にその座を譲り平時は横須賀で相談役として多くの艦から相談を受ける立場にいる。

 勝利のために手段を選ばない前任の大和とは反りが合わず自分の所に逃げ込んでくる艦娘が多かったため度々反目の眼を向けられていたが、同時に大和がそうなってしまった理由を知っていたため憐れんでいた。

 実は可愛いものが大好きなのをプライドの高さからそれを隠していたのだが、偶然叢雲に知られてしまい更に他の秘密まで握られてしまったため頭が上がらなくなっている。

 くちくいきゅうを飼いたくて堪らないため、イ級がその姿をとると暴走を始める。

 階級は中佐。

 

 

金剛:潜水艦絶対殺すウォーシップと化した艦娘。リンガ所属。

 イ級と対面するまでは標準的な提督LOVE勢の金剛であったが、イ級との戦いに割って入ったアルバコアにより潜水艦をぶち殺す事に執念を燃やすようになった。

 その執念は凄まじく、そのためにわざわざラバウルに赴き専用兵器として三式弾を改良した対潜クラスター弾を開発してもらうほど。

 結果、唯一対潜が可能な高速戦艦として名前が知られ、演習相対した潜水艦娘からは泣いて戦うのを拒否されるようになってしまった。

 余談だがラバウルに赴いた際に霧島も新しいマイクを注文したとか。

 階級は上級曹長。

 

 

神通:鍛えることに人生を費やすトレーニングジャンキー。リンガ所属。

 元帥の旗下で活躍し、現在は駆逐艦と軽巡の指導を行う教導艦として従事している。

 神通の教導は鬼であることは有名だが、この神通は更に容赦がなく息が出来るならまだ大丈夫と言い、ボロ雑巾になっても生きてるならまだ戦えると引きずり回し、気絶したなら意識がなくなっても戦えと正に鬼の所業に等しい訓練を科す。

 しかしそれは僅かでも生存率を高め生還の目を引き寄せてほしいからと言う親心の表れであり、訓練は自分ができる範囲での扱きまでしか行わない。

 最も、神通は胸の脂肪がすべて筋肉になるレベルまで身を鍛えている怪ぶもとい傑物なので、それを基準にされて扱かれている側は生き残れたのは彼女のお陰だと敬いながらも二度と指導は受けたくないと思っている。

 ちなみに鳳翔を鍛えたのも彼女だったりする。

 階級は名誉軍曹。

 

 

陸奥:女神と呼ばれるラバウルの守護神。ラバウル所属。

 長門と共に最初期の前線を支えた艦娘。

 元帥の解任後は島流し同然の扱いだったラバウルの防衛戦力として派遣され、今ではすっかりラバウルに馴染んでしまった。

 周りが変態(誉め言葉)ゆえに常識人だと思われているが、砲塔は爆発するもので兵装は基本使い捨て、応急修理女神は常に載せるものとかなりブルジョワ(ラバウルでは普通)思考の持ち主。

 今日も今日とて変態達が造り出すステキ兵器を試験運用しては爆発している陸奥だが、最近急に今まで以上に色香が増し職員たちを悩ませている。

 階級は准佐。

 

 

夕張:ラバウルの変態科学者。ラバウル所属。

 多くの夕張と同じく研究と開発が趣味の艦娘だが、ラバウルで建造されたせいか度を超えた開発をやらかし過ぎる問題児。

 『FROM』という本土のシンクタンクと繋がりがあり、そこから得た知識で事あるごとに性能よりも浪漫を重視したステキ兵器を開発しては陸奥に被害を与える。

 中には実用に足るガチ性能も含まれているのだが、基本的に特定の艦娘のためのワンオフだったり凄まじい威力でも効果と費用が見合うと言えなかったりするため大本営は本採用はしないで見て見ぬふりをしてなにも言わないらしい。

 ちなみに夕張だけでなく提督を含むラバウルの職員の九割もFROMと繋がりがあったりする。

 階級は技術曹長。

 

 

加賀:大湊の片翼を担う古参兵。大湊所属

 元帥の旗下にて三羽烏と呼ばれ鳳翔と龍驤の三隻で空母機動部隊を率いて人類に多くの勝利の報を齎した。

 再編後は大湊に移り空母機動部隊の一角を担い続けていたが装甲空母ヲ級の前に惨敗。

 共に戦っていた翔鶴と赤城と龍鳳を失いながらも瑞鶴を連れ本土へと敗走した。

 自らの弱さが仲間を死なせたと思い生き残った瑞鶴を守り通すと誓うが互いに想いが噛み合わず仲違いが続き、終いには戦闘にさえ悪影響を及ぼしてしまいそれを知った鳳翔により制裁を食らった。

 その後二人で話し合った結果和解。

 瑞鶴と共に一からやり直すと決めた。

 階級は少佐。

 

 

瑞鶴:加賀の対になった翼。大湊所属。

 加賀に憧れ彼女に認められたいと必死に足掻いていたが、装甲空母ヲ級により空母機動部隊は壊滅。

 翔鶴達が沈んだのは自分のせいだと思い込み死に物狂いで腕を磨き続けた。

 しかし一番に認めてほしかった加賀が自分を甘やかそうとすることが許せず反目。

 そうして互いに噛み合わず関係が悪くなっていた所で鳳翔と彼女が用いたアサノガワに蹂躙されたことで頭が冷え、加賀と話し合い和解することが出来た。

 元より加賀の事は慕っていたが、今は先輩としてだけではなく女性としても慕っている。

 階級は上等兵。

 

 

球磨:イ級に道を強いた艦娘。横須賀所属。

 須賀提督が最初に建造した艦で須賀が最も信頼を置いていた艦娘。

 『霧』を発端として狂っていく大本営の犠牲を産み出させないため千歳と共に奔走していたが、木曾の件以降は大和に感付かれ何も出来ずにいた。

 最期は自分達が届かなかった北上達に手を繋いでくれたイ級に希望を託し大和へ特攻。

 死の間際その顔に治らない傷を与えた。

 最終階級は中尉。

 

 

【深海棲艦サイド】

 

 突如発生し人類から海を奪った勢力。

 姫に付き従う者と己の意思のまま戦いに身を投じる者と思想もなくただ本能に身を任せる三種類が存在する。

 

 

戦艦棲姫:姫の代表格。

 鉄底海峡で初めて確認され、その力と多くの戦場で振るわれた卓越した指揮から大本営から要注意とされている。

 レイテ沖に構えた戦艦武蔵を模倣した拠点に住まいその海域を封鎖し続けている。

 イ級と最も関わりが多く、彼女の経済を握ることで艦娘側に寄りきらないよう手綱を握っている。

 ゲームのイラストと違い艤装に頭が三つ存在しているがそれぞれには意思はなく自我は一つだけの模様。

 泊地棲姫や南方棲戦姫より若いのに彼女達より年上に見られているのをものすごく嫌がっており、おばちゃん呼びなどした日には北方棲姫を除き艤装の餌になること待ったなしである。

 直臣は改型flagshipのタ級が勤めている。

 

 

南方棲戦姫:戦に恋する乙女。

 戦場で生き戦場で散ることを望み強者と死合うのを何より楽しみとして生きるバトルジャンキー。

 故に戦うに足らない相手は歯牙にも掛けない。

 最近はイ級と戦ってみたいと思っているが、本人にその気がないため残念に思っている。

 大和を元としているため派手めな外見や性格に似合わず家事全般が得意で料理は絶品。

 直臣は定まっていないが必要があれば氷川丸と共にいる改型flagshipのリ級に頼んでいる。

 

 

泊地棲姫:『総意』の代弁者。

 姫であると同時に『総意』からの指令を伝える巫女でもある深海棲艦。

 最初期に生まれた姫であり、性能はお世辞にも高いとは言えない。

 本人もその事を気にしており、一時期アルコールに逃げたほど己の弱さが嫌い。

 ジャーキー作成を趣味としており、その腕は南方棲戦姫さえこれだけは及ばないと言わせるほど。

 直臣は護衛要塞が勤めているが、喋れない要塞とどう意思疏通を図っているのか本人しか知らない。

 

 

飛行場姫:自儘に振る舞う最強の姫。

 鉄底海峡を支配し史上最も多くの艦娘を沈めた姫。

 鳳翔に右手を奪われたが、それを恨むどころか心から賞賛するほどに器が大きい。

 ただし性格は好奇心のまま後先考えない向こう見ずと実にはた迷惑で、姫でさえ振り回され幾度となく迷惑を被っている。

 直臣は改型flagshipル級。

 

 

港湾棲姫:人を愛した深海棲艦。

 ピーコック島攻防戦の前哨戦としてポートワインを拠点に艦娘を迎え伐ちその敗走中に磐酒に拾われ彼を愛してしまった。

 磐酒と北方棲姫が無事に生きてくれれば満足であり、そのためならば『総意』に砲を向ける覚悟を抱いている。

 直臣はエリートレ級だが、レ級当人にその自覚がなく本当に必要な戦闘以外は避ける主人とは反対に常日頃から激戦区であるサーモン海域に入り浸って艦娘との戦いに明けくれている。

 

 

潜水ソ級:主を定めぬ傭兵深海棲艦。

 バイド艦娘から逃げていたイ級を助けた深海棲艦。

 強力な深海棲艦であるが、特定の領海を持たず様々な海域を一人で回遊することを好むはぐれ者。

 依頼という形で戦線に参加し補給に必要な資源を確保している。

 

 

重巡リ級:南方棲戦姫を心服する深海棲艦。

 強さを求め力有るものと戦うことが好きな深海棲艦。

 同じく南方棲戦姫に心服したホ級とロ級の三隻でパーティーを組み日々強者を探して海を行く日々。

 義侠心に厚く氷川丸を助けたりイ級の口八丁を簡単に信じて鳳翔達を助けたりと己の義を貫くためなら艦娘を助けることも厭わない。

 そのためイ級からはいい意味で三馬鹿と認識されりっちゃんと呼ばれている。

 最近は氷川丸を護送してレイテ近海を共に回遊している。

 

 

【その他の勢力】

 

 大本営と深海棲艦のどちらにも含めることが出来ない者達。

 

 

愛宕:悦楽に沈む者。深海棲艦化艦娘。

 ハワイにて如月牛星に従う艦。

 重度のサディストでありながらマゾヒストでもあるという歪んだ精神状態を有し何よりも快楽を得ることを最重要視している。

 深海棲艦を材料とした艤装を使用し現代兵器である各ミサイルを主軸とした長長距離飽和射撃を得意としている。

 同じく深海棲艦化した高雄と共に春雨の両足を切り落としたらしい。

 

 

翔鶴(空母水鬼):怠惰に溺れる者。深海棲艦化艦娘。

 トラックの包囲網を破壊するために阿賀野と共に現れた元艦娘。

 常に気怠そうな態度を取り、何事に対してもやる気を見せない。

 面倒が何より嫌いらしく一番面倒なことを避けるため行動し、そのためになら他人にどんな被害が及ぼうと構わず行動する。

 ただし加賀に対しては別で、加賀が関わっているなら率先して行動する模様。

 ジェット機『F-4』を所持しておりレシプロを超越した運動性で相手を蹂躙する。

 

 

阿賀野&那珂(軽巡棲鬼):偽りの仮面にすがる者。深海棲艦化艦娘。

 深海棲艦化した阿賀野だが、その精神は分裂し艦娘の那珂の人格を有している。

 分裂した人格は自分が阿賀野の一人格であることも深海棲艦化していることを自覚しておらず、それが破綻すると阿賀野が表に出てくる。

 阿賀野は那珂の存在が消滅することを恐れており、彼女の存在を揺らがせるものは己さえ憎悪の対象として考えている。

 特別な装備は持っていないが那珂への執着がその性能を限界以上に引き上げておりバイド艦娘とさえ対等に渡り合うする超性能を有する。

 春雨によると彼女達の仲間に軽巡那珂は居たらしい。

 

 

如月牛星:狂気を生み出す研究者。

 元は艦娘の建造に携わる研究者の一人で人道に外れる方面で特にその才覚を発揮し拘留されたが、飛行場姫の登場により現戦力に不安を感じた官僚達の手により開放。

 最強の艦娘を建造するためあらゆる手段を講じることを許され、結果深海棲艦を素材とする大和の建造を完成させる。

 その過程において多くの艦娘が犠牲になっていたが、秘密裏に処理されたそれをある艦娘が命懸けで元帥の耳に届かせ再び拘留。

 あまりの非道に終身刑に処されるも『霧』の一件で弱体化した戦力の早期復活を目論んだ官僚の手により『バイドの切端』を兵器として実用化させることを条件として再び外に出される。

 しかし如月は研究の最中に『バイドの切端』が生物であるという事実と今の技術では制御は叶わないという結論に至り、己の研究欲を満たすには日本に居ても叶わないとハワイへと逃亡。

 そして中断していた深海棲艦についての研究を再開した。

 研究以外に興味を持たない生粋のサイコパスであり、人道は元より自らの命にさえ価値を感じない狂人である。

 彼にとって大和の建造すらただの実験の副産物であった。

 

 

大和(病):最強の名のために生み出された狂気の産物。深海棲艦化艦娘。

 元は横須賀の象徴として立っていたが、その身を構成する半分以上が深海棲艦の部品であり実際上彼女は艦娘ではなく艦娘の姿をした深海棲艦と呼ぶのが正しい存在であった。

 敵の強さに比例して性能が向上していくという特性を与えられたためほぼ無敵と言って差し支えない存在であったが、万が一反意が起きた場合を恐れた官僚達の手により完成直前に『提督に依存する』よう精神を弄くられてしまった。

 その結果不安定な状態だった精神は破綻し、大和は『提督』に度を越えた依存性を発露した。

 敵を殺すためになら見方ごと敵を撃ち貫く冷酷さと『提督』に害となると判断すれば味方の艦娘にさえ殺す気で拳を降り下ろす暴虐性により大和は横須賀の内部にとって恐怖の代名詞と成り果てた。

 敵以上に味方に恐れられ続けた大和は妖精さんにさえ見限られてしまい、最後は装甲空母ヲ級との戦闘中に深海棲艦化が発症し恐慌状態に陥り姿を消した。

 



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分かってたけど

少し、辛いな…


 アルファがバイドの波動を感じた頃より少し前、古鷹は鳳翔に貸し出していたパワード・サイレンスを返してもらい一人海へと出ていた。

 その目的は古巣の仲間との再会のためであった。

 

「ぶる゙だがぁぁ~!?」

 

 二度と会えないかもと言われた姉の姿に古鷹型二番艦の加古は目とか諸々から水分を駄々漏れにしながら古鷹に飛び付いた。

 そんな加古の背中を軽く叩きながら古鷹は苦笑と共に謝罪を溢す。

 

「心配かけちゃってごめんね」

「~~~!!」

 

 漸く聞けた姉の声に声にならない声で咽び泣く加古。

 

「よかったね」

「……ほんにそうじゃのう」

 

 加古に連られ目を潤ます子日と緩んだ涙腺を隠そうと扇で口許を隠す初春。

 

「叢雲ちゃんはいいの~?」

 

 二人の様子に今日までを一番やきもきしながら待っていた叢雲に訪ねる龍田にいいのよと叢雲は言う。

 

「あっちを見たら、なんかね」 

 

 そう示す先には加古と同様乙女にあるまじき様子で咽び泣く天龍の姿。

 

「ゔゔ…本当に゙よ゙がっ゙だな゙ぁ゙」 

 

 ずずっと鼻を啜る天龍に龍田も溜まらず苦笑してしまう。

 

「ウフフ~、全くもう天龍ちゃんたら~」

 

 情けない姿も可愛いと口には出さず龍田は天龍を堪能する。

 そんな龍田をぶれないわねとそう思い二人に視線を戻すと、縋り付いていた加古が顔をあげたところであった。

 

「一緒に帰ろう。

 皆、古鷹の帰りを待ってるんだぜ」

「……」

 

 希望に満ちた加古の願いに空気が温度を下げる。

 当然そうなると思っていた加古に反し、その言葉に事情を知る天龍達は苦い顔をするしかなかった。

 

「…古鷹?」

 

 何も言わずただ寂しそうに微笑む古鷹にどうしてと言おうとした加古だが、先に古鷹が口を開く。

 

「ごめんね加古。

 それは出来ないの」

「……」

 

 古鷹自身から発せられた否定の言葉に加古は思考が止まってしまう。

 

「どう……」

 

 してと続くはずの言葉に古鷹は言う。

 

「加古。

 私の目を見て」

 

 琥珀色に染まってしまった己が目を指しながら古鷹は言う。

 

「この目はバイドに汚染された証。

 越えては行けない領域(ルビコン川)を越えて帰る場所を無くした者の烙印()なの」

 

 バイドに成り果て、その衝動と戦う日々の中で自分がそう否応なしに理解した現実を語る。

 

「この義手のお陰で私はまだ古鷹型重巡の一番艦古鷹でいられている。

 だけど私は少しづつバイドに変わり続けているの。

 だから、皆のところには帰れない」

「そんなの…」

 

 否定の言葉を放とうとする加古だが、古鷹の寂しそうな微笑みはそれを許さない。

 

「ごめんね加古。

 本当は…」

 

 突然言葉を止め古鷹は加古に背を向けると足元を睨み付ける。

 

「古鷹どうし…」

「盗み聞きなんて趣味が悪くない?」

 

 琥珀色の瞳に不快感と敵意を宿らせながら古鷹はそう言いながら亜空間に待機させていたサイクロンフォースを呼び出す。

 

「げぇっ!?

 なんだよその気持ち悪いのは!?」

 

 不気味な蠕動を繰り返しながら青白く発光するゲル状のサイクロンフォースに加古が悲鳴をあげる。

 

「気持ち悪いって…こんなに可愛いのに」

 

 加古の悲鳴にそう小さく溢す古鷹。

 サイクロンフォースの魅力を語ろうかと思った古鷹だが、その前に古鷹の行動に潜水艦が潜んでいると気付き、ソナーを起動させながら天龍が叫ぶ。

 

「単横陣並べ!!

 爆雷投射準備!!」

 

 サイクロンフォースに付いて聞き出すのは潜水艦を撃破してからだと指示を飛ばす天龍だが、

 

「大丈夫。

 もう捉えているから(・・・・・・・)

「え?」

 

 その意味を問う暇もなく古鷹はサイクロンフォースを高速回転させイオンリングの発生と同時に海に叩き込んだ。

 

「なっ!?」

 

 まるで海面を切り裂くように盛大な水飛沫を飛ばしながら海中へと沈んでいくサイクロンフォースに絶句する間もなく、再び盛大に水飛沫を起てて海上へと上がって来た。

 そのまま上空へと昇っていくサイクロンフォースは回転を止めて、その内側にスライスされた潜水カ級を引っ掻けていた。

 

「あなや…」

 

 まるでスライムの捕食するかのような光景とカ級の鋭利な切断面に初春を始め小さな悲鳴が漏れる中、古鷹は更に義手を構える。

 

「少し可哀想だけど、バイド化はさせないよ」

 

 そう言うと同時にサイクロンフォースからスライスされたカ級が吐き出され、古鷹は波動砲を放った。

 

「メガ波動砲、(って)ぇっ!!」

 

 古鷹の砲声と同時に視力をも殺しかねない閃光が義手から放たれカ級を飲み込むとカ級は波動の光に焼かれ塵も残さずこの世から抹消された。

 カ級を消滅させた波動の光は流星のように尾を引きながら空へと昇り拡散しながら消滅した。

 

「……」

 

 呆気にとられることしか出来ず沈黙が辺りを包む中、古鷹はすっと加古の方を向いた。

 

「これで解ったでしょ?」

 

 そう振り向いた古鷹は寂しそうに笑みを湛えていた。

 

「…あ、わ」

 

 なにか言おうと必死に声を絞ろうとするが、加古は古鷹に恐怖を抱いて無意識に震えていた。

 事情を知っている天龍達でさえ自分の変化に戸惑いと確かに恐怖を抱いたのだ。

 それは非難できるものではない。

 

「…ごめんね」

 

 そう言い古鷹は反転するとパワード・サイレンスにジャミングを展開させる。

 

「古鷹!?」

 

 このまま行かせてしまえばもう二度会えなくなるとそんな予感に駆られ子日が叫んだ。

 

「また、また会えるよね!?」

 

 その場に居る全員の願いを乗せた問いに、古鷹は立ち止まり一度だけ振り返った。

 

「そうなったら、嬉しいかな」

 

 寂しそうな笑顔と一緒にそう言い残し古鷹は振り返ることなくその場を去っていった。

 古鷹の姿が消え潮流が艤装にぶつかる音だけが響く中、しばらくして加古が膝を付き嗚咽を溢す。

 

「う…うあぁぁ…」

 

 希望を失った哀哭の涙に天龍達は自分達の浅はかさを呪った。

 生きていてさえくれればどうにかなると、そう信じて古鷹にバイドと戦う道を歩ませた。

 だが、その先に希望なんて無かった。

 艦娘として死ぬ事さえ出来なくなった古鷹に、その道を強いた自分達も恐怖してしまった。

 

「すまない加古。

 俺達は…」

 

 今更何を謝れるというのかと自分を罵倒しながら声を掛けた天龍だが、加古は天龍の呼び掛けに答えずごめんと口にした。

 

「ごめんよふるたかぁ…わたし、ふるたかが…ひっぐ…ふるたかがじぶんからきらわれようって…ひっぐ…わかってたのにぃ…」

 

 古鷹は己は化け物だということを見せ付けて自分達を遠ざけようとしていたとそう言う加古。

 

「なのに、なのにわたしは…」

 

 たとえどんな事があろうと古鷹は古鷹なんだとその一言が言えなかった自分を責める加古。

 

「もういいんだ」

 

 そう加古を抱き起こし天龍は慰める。

 もし自分が古鷹のように化け物に成り果てたらきっと、古鷹と同じ様に振舞い遠ざけようとしたはず。

 それに思い至れなかった自分達も同罪だと天龍は憎らしいほどに晴れ渡った空を見上げ呟いた。

 

「どうして俺は、俺達は間違えたんだ…」

 

 その問いに答えてくれるものは誰もいなかった。

 

 

~~~~

 

 

 天龍達と別れた古鷹は島を目指しながら天龍と同じ空を見上げていた。

 

「…ごめんね皆」

 

 夕暮れ色に染まる空と海の狭間でさ迷い、いつ訪れるかもはっきりしない完全なバイド化(終わり)に巻き込みたくないと古鷹は加古の思っていた通りバイド艦娘となった事で発現したラグナロックの力を見せた。

 その目論見はおおよそ当たったが、実際に皆から向けられた恐怖と忌避の感情は思っていた以上に辛かった。

 だけど、そうでなくてはいけないのだ。

 もう2度と沈まない夏の夕暮れに迷い込んではいけないのだから。

 

「……今の私は機嫌が悪いの」

 

 このまま島に帰っていつも通り笑えるかなと苦笑しかけた古鷹の表情が消え、そう宣いながら傍を浮遊していたサイクロンフォースを回転させイオンリングを生み出す。

 夜の海より冷たい空気を纏いながら古鷹は警告を発する。

 

「消えなよ。

 じゃなきゃ、さっきの娘よりもっと酷い目に遭うよ?」

 

 その警告にゴボリと水泡が沸き上がり次いでソ級が浮上してきた。

 

「マチナサイ。

 アナタニキキタイコトガアルノ」

「…何?」

 

 内容次第では有言実行に移る気で古鷹はバイドの殺戮衝動を少しだけ堪え問いを促す。

 

「アナタハオニノコガイノカンムスデアッテルワヨネ?」

「…そうよ」

 

 少々不愉快な物言いだが、同時に彼女等の認識ではそうなのだろうと納得し聞き流すことにした。

 

「ダッタラオニニツタエテ。

 スリガオカイキョウオキニアナタトオナジコハクイロノメノカンムスガイルワ」

「…なんですって?」

 

 ソ級の言葉に衝動が成りを潜め代わりに驚愕が古鷹の内を占める。

 古鷹も一度だけバイド化した深海棲艦と闘ったことがあるが、相手が駆逐イ級一隻だからと油断し手痛いしっぺ返しを食らった覚えがある。

 

「私が代わりに討つわ。

 スリガオのどの辺り?」

 

 今すぐアルファに要請を掛けるべきなのだろうが、アルファはイ級の護衛から外れられないことと古鷹自身の気持ちの問題から逸ってしまう。

 古鷹がなにか焦れているように見受けたソ級は懸念を抱いた。

 

「アンナイハスルケドダイジョウブナノ?」

「私も化け物(バイド)よ。

 バイドを討つならバイドの力を使うのが一番早いの」

 

 頑なな態度を崩さない古鷹にソ級は仕方ないと小さく溜息を吐いた。

 

「コッチヨ」

 

 そう先導を始めるソ級。

 15ノット程の速度でスリガオ海峡を目指すソ級の後ろを付いていく古鷹。

 特に話すような事もないため互いに沈黙したまま航海を続けていたが、不意に古鷹は今更気づいた事を尋ねた。

 

「どうして私に気づいたの?」

 

 パワード・サイレンスのジャミングは元々宇宙での運用が前提の機体であるため重力ソナーを誤魔化すことが出来る。

 そのためそれより下位の超音波ソナーにも有効なのだ。

 たまたま見付かっただけかもしれないとも考えていた古鷹だが、ソ級は然も当然と嘯く。

 

「ベツニ、フツウニソナーノハンノウヲオッタダケヨ」

「それは嘘。

 妨害を掛けていたからソナーで私の事を見付けるのは不可能」

 

 そう言い切る古鷹だが、ソ級はダカラヨと笑う。

 

「サイショハキヅカナカッタケド、アクティブソナートパッシブソナーヲドウジニツカウトソノジャミングガカカッテルバショカラカエッテクルオトニフツウナラキニスルコトモデキナイテイドノイワカンガノコルノ。

 ソノオトヲオッテミタラアナタガイタノヨ」

「……」

 

 割りと簡単に言ってるが、実際とんでもなく耳が良くなければできない芸当なのでは? と古鷹はこのソ級を見誤っていたと思い直す。

 

「それだけの事が出来るって、もしかしてイベントで中枢に居たことがあるの?」

「アルワヨ」

 

 古鷹の質問に懐かしそうにソ級は答える。

 

「25ネングライマエニピーコックデヒメノゼンショウニタッタコトガアルワヨ」

「もしかしてピーコック攻略戦のソ級?」

「アナタタチハソウナヅケタノネ」

 

 感慨深そうにソ級は語る。

 

「アノタタカイハタノシカッタワ。

 マサカジュウジュンニトドメヲササレルナンテオモイモシナカッタモノ」

 

 その資料なら古鷹も読んだ記憶がある。

 ピーコック島の最終攻略の直前に深海棲艦は補給線の分断を狙い郡狼作戦を展開。

 主な水雷戦隊は本隊側に集中していたため撃滅する対潜要員が不足してしまった結果補給線は絶たれ。

 補給線を絶たれた本隊は攻めるにも退くにも決死隊を結成する必要に迫られた。

 だが、当時まだ現役の提督であった元帥直下の足柄と羽黒の両名が練度の低い対潜部隊を率い敵潜水艦を撃滅したことで絶たれた補給線の復活が叶いピーコック島の攻略は成功に終わった。

 その時二人が執った戦術は今も重巡の間では誰も真似できないと語り草となっている。

 同時を思い出しながらソ級は愉快そうに笑いながら言う。

 

「マサカライゲキノコウセンヲギャクサンシテワタシタチノイバショヲワリダソウトカタホウガカンゼンニアシヲトメテオトリニナッテクルナンテネ。

 ソノウエ、ジュウジュンニイッシムクイテヤロウッテキンキュウフジョウスレバ、モウイッセキノジュウジュンガコウカクホウデワタシヲネラッテイタノニハイッソカンドウシタワ」

 

 ソ級が語ったように資料にも当時足柄と羽黒の両名は潜水艦を狩るために羽黒が囮となって敵潜水艦からの雷撃を一身に受け、その雷撃の航線から潜水艦の現在地を割り出す事で練度の低い駆逐艦達に確実な撃滅を敵えさせた。

 しかしそれでも中核を担っていたソ級を撃滅することは叶わず、爆雷を撃ちきった隙を突かれ海上からの雷撃を試みられるも、浮上を予測していた足柄により高角砲を用いた砲撃によって撃滅に成功したという。

 航巡でない重巡による貴重な潜水艦撃破の記録だが、あまりに無謀な策ゆえ件の二人にしか出来ないと言われていた戦いをまさか敵側の視点から聞けた事に古鷹は喜ぶべきか、それともまだソ級が健在だったことに警戒すべきなのかとても複雑な気持ちになってしまった。

 そんな存外意義のあるやり取りがありつつ二隻はスリガオ海峡へと近付いていく。

 そして古鷹は見た。

 

「何? あれは…森?」

 

 陸地からも遠く離れた海上に樹木が列なりひとつの森を形成している異常な光景を目撃した。

 休眠しているのか放たれる波動は汚染に足らない程度の微量な僅かだが、確かにバイドの波動を放つ森にあれがバイドの巣なのだと確信を得た古鷹はソ級に問う。

 

「あの森はいつからあそこに?」

「サア?

 ワタシガミツケタノハスウジツマエダケド、ハントシマエニハアンナモリハナカッタワ」

「半年前…」

 

 半年前というとバイド化した島風達とまだ戦っていた頃だ。

 ソ級の答えに古鷹はひとつ頷くと森へと向かう。

 

「私が森に入ったら貴女は帰って」

「オニニレンラクシナクテイイノ?」

「ええ」

 

 イ級は不在の島にはR戦闘機も殆んど残っていないことを考慮すればする意味も薄い。

 

「でも、私が森に入って三日経ってもまだ森に変化がなかったらその時に伝えて」

「ワカッタワ」

 

 ソ級の答えに森へと向かおうとした古鷹だが、ソ級はデ、と訪ねてきた。

 

「トウゼンホウシュウハハラウンデショウネ?」

「へ?」

 

 予想だにない言葉に固まる古鷹だが、ソ級は当たり前と言う。

 

「コハクイロノメノカンムスヲミツケタノヲオシエタノハヒメカラノイライダッタカラヨ。

 ソレイジョウノシゴトヲサセタイナラハラウモノヲハライナサイ」

「……えーと」

「ソレトモナニ?

 カンムスハタダバタラキガアタリマエナノカシラ?」

 

 嘲笑うように鼻を鳴らして挑発するソ級にムッとしながら古鷹は払うわよと言う。

 

「ただし、今手持ちは無いから私と一緒に島に帰るか貴女が島に着いてからよ」

「ソレデカマワナイワ」

 

 言質を取りしてやったりと微かに頬を持ち上げるソ級になんて深海棲艦だと憤慨しながら古鷹はバイドの森へと突入した。 

 




ちなみにソ級がイ級に報酬を要求しなかったのはまだイ級が無名でたいした見返りはないと思ってたからです。

ということで次回は歪んだ生態系か~ら~の


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マタ…

コノパターンカ!!??


 単身バイドの森へと突入した古鷹だが、予想していた殺意に満ちた攻撃は一切なく森に生息する植物系バイドと昆虫系バイドによる自然体系がただただ広がるばかりであった。

 一見無害に見える光景だが、同じバイドだとしても異物を認めないバイドがなんの反応も起こさないことに古鷹は警戒を高めながら一際強い波動を感じる方向へと向かう。

 バイドの波動に導かれるように先に進んでいった古鷹は途中分かれ道に辿り着く。

 片方の道は森の中心部へと続いているらしいが木々の幅が狭く古鷹が通るには少々狭い道となっている。

 もう片方はそこそこの広さがあり古鷹が戦えるだけの余裕もある。

 しかし、その先は鬱蒼と覆い繁る枝葉に日差しが遮られバイドの視覚にさえなにも見通せない暗闇が広がっていた。

 

「……バイドの波動は…両方から?」

 

 奥に進むに連れ中核と思われた波動はどちらの道からも感じられた。

 この時点で一旦引くのが最も最善に近い選択だろうが、古鷹は片方だけでも処理すべきだと判断した。

 

「……こっちに行こう」

 

 そして見えなくともレーダーの策敵は有効であることと広い分サイクロンフォースの死角からの攻撃に対処しやすいだろうという二点の判断から古鷹は暗闇へと舵を切り突入した。

 暗闇の中に入った古鷹は右目の探照灯を照らしてみるが、空間そのものがバイドにより変質しているらしくすぐ近くどころか自身さえも見えない。

 

「……ちょっとだけ懐かしいな」

 

 月明かりさえない新月の海原を思い出しそう呟く古鷹。

 バイドになる前は当たり前と思っていた事が覆りまだ半年しか経っていないのに、まるで数十年以上前のように感じてしまう。

 と、古鷹はレーダーの反応がおかしい事に気付いた。

 

「何も映らない!?」

 

 暗闇に入る前は確かに横や前にバイドの森が映し出されていたのだが、限界まで精度を上げてもレーダーは何も反応を起こさなくなっていた。

 

「……やっちゃった」

 

 敵の罠にまんまとかかった迂闊さを歯噛みしながらそれでも脱出の手段に頭を巡らせる。

 

(空間そのものが原因だとすれば波動砲かフォースで脱出出来る筈だけど…)

 

 バイドによって歪められた空間から脱出を図るには中核を撃破する必要がある。

 

「どちらにしろ、やることにかわりないよね」

 

 どこから敵が来てもいいよう警戒を厳にする古鷹だが、突然その肩を何者かに叩かれた。

 

「ひゃあ!?」

「うわぁ!?」

 

 思わず悲鳴を上げると叩いた相手まで悲鳴を上げてしまう。

 

「誰!?」

 

 慌てて義手を突きつけた古鷹だが、相手を確認して硬直してしまう。

 

「衣…笠……?」

「ど、どうしたの古鷹?

 突然ぼうっとしたと思ったら…」

 

 古鷹の反応があまりに過剰だと言いたそうに古鷹と同年代と思われるセーラー服少女は戸惑い気味にそう尋ねた。

 

「どうしました二人共?」

 

 二人の悲鳴に反応したらしく更に二人の少女が暗闇から古鷹の前に現れた。

 

「青葉…それに、加古…?」

 

 青葉と呼ばれた衣笠と同じセーラー服にショートパンツの少女ははい? と首をかしげる。

 

「青葉がどうかしましたか?」

 

 要領を得ないと首をかしげる青葉にますます混乱する古鷹だが、その様子に構わず衣笠が口を開く。

 

「多分古鷹も疲れてるんだよ。

 ソロモンからこっち休まず航海しっぱなしだったから」

「ソロモン!?」

 

 ソロモンと言えば忘れるはずもない。

 東亜戦争で鳥海率いる三川艦隊として参加した重巡洋艦の古鷹にとって最も忌まわしき海。

 今の言い様と鳥海らの不在、そして加古がまだ自分達と航海している事から古鷹はまさかと声を震わせながら問いただす。

 

「今日は、昭和17年の8月10日かの?」

 

 そんな筈はないと必死に否定しながら問う古鷹に青葉と衣笠はいっそ痛ましげに古鷹を見た。

 

「あー、これは重症ですね」

 

 困った様子で言う青葉を横になるべく落ち着かせようと衣笠が慎重に言う。

 

「落ち着いて古鷹。

 今はまだ8月9日だよ」

まだ(・・)8月9日……」

 

 つまりもう『奴』は自分達を……。

 

「っ……!?」

 

 その事を考えた直後、古鷹の頭に激しい痛みが走り思わず蹲ってしまった。

 

「古鷹!?」

「古鷹さん!?」

 

 古鷹の急変に慌てて介抱に走る青葉と衣笠に支えられ古鷹は身を起こしながら違和感に気付いた。

 

「本当にどうしたんですか?」

「……大丈夫」

 

 先程までの頭痛が嘘みたいに引くのと共に古鷹はさっきまでの自分が何に焦り怯えていたのか分からなくなっていた。

 どうしてそんなに焦っていたのか戸惑いを感じながら古鷹は二人に謝る。

 

「ごめん。

 衣笠が言う通り少し疲れてたみたい」

 

 そう謝ると二人は安堵した様子で息を吐いた。

 

「もう、青葉じゃないんだから心配させないでよね」

「それってどういう意味ですか衣笠?」

 

 笑いながらもこめかみをひくつかせる青葉はしかしと隣を見遣る。

 

「姉が一大事かもしれないというのに彼女といったら……」

 

 さっきから微動だにしていなかった加古は立ったまま鼾を掻いて寝ていた。

 

「う~ん、カレーに鯖はやめて…」

 

 眉間に皺を寄せ寝言を吐く加古。

 その表情が真剣なほどに苦悶に満ちているせいで余計にシュールだった。

 

「……どんな夢を見てるんですかね?」

 

 呆れつつそう言うと青葉はさてと仕切りを取る。

 

「そろそろ航海を再開しましょう。

 カビエンまでは後一日もないですし之字運動は無しで行きましょう」

「青葉、疲れてるのは衣笠も同じだけどそれはまずいよ」

 

 制海権もはっきり取れていない海域でそれは自殺行為だと苦言を呈する衣笠だが、青葉はですがと譲らない。

 

「之字運動を取らなければ翌朝にはカビエンに到着できます。

 加古もこうですし危険を圧してでも急ぐべきと判断した次第です」

 

 確かに青葉の言うことにも一理ある。

 之字運動を取り続けたままで航海を続ければカビエンに到着するのは明日の夕方頃。

 既に四人の疲労も限界に近づいていることもあってその提案は衣笠にとっても魅力的に聞こえた。

 

「だけどなぁ…」

 

 危険を秤に掛けて揺れる衣笠に古鷹は加古を見遣る。

 

「Zzz……」

 

 相も変わらず立ったまま鼾を掻く加古に古鷹は苦笑してから口を開く。

 

「私は青葉に賛成かな」

「古鷹?」

 

 常に慎重論を口にする古鷹とは思えない意見に耳を疑う衣笠に古鷹は言う。

 

「確かに之字運動を取らないのは危険だけど、疲労が積み重なった今の状態じゃ満足な回避運動も取れないとも思うの」

「それはそうだけど…」

 

 古鷹の言うことも最もだが、やはりと渋る衣笠に青葉が強行する。

 

「古鷹もこう言ってますし、いい加減納得しなさい。

 あんまりしつこいと上官侮辱罪に問いますよ!」

 

 青葉とて本気ではないが、そう言われてしまえば衣笠もなにも言えなくなってしまう。

 

「ああもう、分かりました!」

「分かれば宜しいのです」

 

 フンスと鼻を鳴らし寝こける加古を引っ張り航海の準備に入る青葉。

 そんな姉に衣笠は肩を落とし息を吐く。

 

「…まったくもう強引なんだから」

「まあまあ」

 

 小さく愚痴る衣笠を慰める古鷹。

 そうして4隻が16ノットでカビエンへと向かい航海を再開し暫くすると衣笠が問い掛けた。

 

「それにしても古鷹、どうして青葉に賛成したの?」

 

 衣笠の問いに古鷹はなんと答えるべきか少し考え、そして答えた。

 

「……なんとなくだけど、それが正しいってそう思ったの」

 

 最初に言った理由以外にも早く休みたいという欲求や疲れきって寝ながら歩いている加古への不安などいくつも挙げられる理由があったが、古鷹は自分でも不思議なほどしっくりくる答えはそれだった。

 

「正しい?」

「うん」

 

 訝しむ衣笠にどうしてか悲しいと思いながら古鷹は言った。

 

「正しいんだよ、きっと」

 

 何がなのか、それは古鷹にも分からない事だった。

 

 

~~~~

 

 

 古鷹がバイドの森へと突入してから半日後、微かなバイドの波動を辿りアルファもまたバイドの森を発見していた。

 

『マサカコレホドノ規模ニナッテイタトハ』

 

 島からは大分離れてはいたが、だかといってバイドの繁茂を許した理由にはならないと己を叱咤しアルファは追随したノー・チェイサーとドミニオンズに命令を下す。

 

『殲滅ヲ開始スル。

 目ニ付イタモノヲ手当タリ次第撃チ砕キ焼キ払エ!』

 

 命令を下すと同時に三機は散開と同時に波動砲のチャージを開始しながら森へと突入。

 自らを滅ぼす意思を感じたバイドの森は即座に反応を始め植物型バイドが胞子の弾幕を張り甲虫系バイドが食らいつくさんと群がる。

 

『ソノ程度、肩慣ラシニモナリハシナイ!!』

 

 ザイオング慣性制御システムをフルに稼働させ重力の檻どころか慣性の鎖からさえ解き放たれたと錯覚させる縦横無尽の機動を発揮し、アルファは飛び交う胞子を掻い潜り死を厭わぬ獰猛さで牙を剥き襲い来るバイド達をフォースを以て逆に引き裂き喰らい蹂躙していく。

 その凶暴さに多くのバイドがアルファを標的として狙いを定めるが、まるで自らを自己主張するかのようにその背後から放たれたノー・チェイサーの圧縮炸裂波動砲の衝撃が範囲に居たバイドをばらばらに引き裂きドミニオンズの放つ灼熱波動砲が触れたもの全てを焼き焦がす。

 殊更ドミニオンズの灼熱波動砲は対植物系バイドを念頭に開発されただけあってその破壊力は圧巻の一言に尽きた。

 さながらドラゴンの吐く灼熱の吐息の如くその熱に触れたものは消し炭さえ残さず焼き払われていく。

 物量に対し一方的とさえ言える蹂躙を繰り広げ奥へ奥へと進撃を進める三機はやがて古鷹がたどり着いた分かれ道に差し掛かる。

 

『A級ノ反応ハ…コッチカ!』

 

 狭い道から感じる強力なバイドの波動を確かめたアルファは古鷹が入っていった暗闇に見向きもせずに狭い道に向かい進路を取る。

 中核を守らんと更に苛烈さを増す抵抗にアルファはフォースを盾に正面から斬り込み追随する二機と共にそれらを全て捩じ伏せ焼き払い打ち砕きながら全ての障害を乗り越えついに最奥へと到達した。

 

『コレガ、中核ヲ成スバイドカ…』

 

 アルファ達が体面を果たしたそれは『ネスグ・オ・シーム』という名の植物系バイドなのだが…

 

『……マタカ』

 

 袋状の体躯を巨大な木からぶら下げた姿のネスグ・オ・シームだが、その姿は同時に男性の陰嚢を連想させるに余りあるものなのだ。

 

『ゴマンダートイイドウシテバイドハコウアレナ姿ヲ選ブンダ!!??』

 

 しかも以前アルファがゴマンダーと対面したのも今回のようにたまたまバイドの波動を感じ確かめに向かった事が原因だった。

 次は同じ展開が来たらゴマンダーに並ぶ卑猥指数ぶっちぎりの水棲型バイド『ガラパス』辺りが出てくるんだろうと半ば自棄っぱちになりつつアルファはさっさと終わりにしてやると命令を出す。

 

『燃ヤシ尽クセドミニオンズ!!』

 

 その指示と同時にドミニオンズがフルチャージまで充填しておいた灼熱波動砲をネスグ・オ・シームへと叩き込む。

 灰塵さえ残すことを許さない業火がネスグ・オ・シームを包み燃え広がるがネスグ・オ・シームはまるで意に介した様子もなく、大量の節が列なる触手状の蔓を幾つも生やすなりアルファ達へとを伸ばし襲い掛からせた。

 

『散開!!』

 

 蔓は節の一個一個が関節の役割を担っているらしく非常に柔軟な動きを以て三機を捉えようと迫るの見たアルファは、纏まっていてはこちらが不利とバラけるよう指示を飛ばす。

 捕まれば一貫の終わりと三機はそれぞれバーニアを全開に開きザイオング慣性制御システムによって数十にも至ろうかというGの中を自壊することなく飛翔し蔓の稼動圏内から離脱を図る。

 蔓が伸びきったのを見咎めたアルファがすかさずデビルウエーブ砲を放ち蔓の切断を狙うが、波動砲は節の部分のみを砕くに留まり蔦そのものの破壊に至らなかった。

 

『チッ、流石ニA級ダケノコトハアル』

 

 本体を見れば灼熱波動砲の炎も消えており、僅かに焦げた痕跡だけが証左として残るばかりでネスグ・オ・シームはほぼ無傷の状態でそこにあった。

 

『ン?』

 

 と、次はどう出てくると観察に回ろうとしたアルファはネスグ・オ・シームの体表に光る大きな突起のような部位が増えていることに気付いた。

 何かの予備動作だと判断したアルファ次いで蔦の節から放たれた弾幕に驚く羽目になった。

 

『ッ、Δウェポン開放!?』

 

 完全に動きを止めたため意識から外してしまったアルファは至近距離から放たれた弾幕を回避できないと判断し咄嗟に最低出力でΔウェポンの開放を行う。

 放たれたエネルギーは弾幕を掻き消し更にネスグ・オ・シームにも牙を剥く。

 しかし咄嗟だったため威力を下げたことが仇となりΔウェポンの放射が終わった後には、蔦の節が削がれ僅かに焼け爛れた部位が増えただけでネスグ・オ・シームは健在であった。

 たかがA級と舐めて掛かった挙げ句Δウェポンの無駄撃ちをやってしまった自分に苛立つアルファ。

 直後、ノー・チェイサーがアルファの横を通過しネスグ・オ・シームの突起めがけ圧縮炸裂波動砲を叩き込んだ。

 圧縮炸裂波動の衝撃に突起が押し戻され更にまるで苦痛に暴れるかのようにぶるんと身を滅茶苦茶に振りながらネスグ・オ・シームは凄まじい勢いで蔦を引っ込めていく。

 

『…ア、アレガ弱点ダッタノカ…?』

 

 人間だった頃なら間違いなく股を押さえながら幻痛に身悶えていただろう光景を前になんとか平静を保ちつつ、怯んだように沈黙したネスグ・オ・シームにアルファは効果があったものと判断した。

 

『ヨ、ヨシ。攻撃ヲ再開スル。

 ドミニオンズト私ガ弱点部位ノ露出ヲ誘導シノー・チェイサーガ撃テ』

 

 そう指令を飛ばすとアルファは波動砲と共にフォースをネスグ・オ・シームに撃ち込む。

 波動砲を喰らいフォースを打ち込まれたネスグ・オ・シームは衝撃に体躯を左右に振り回され、その光景にアルファは言葉に出来ない精神ダメージを負っていく。

 

『クッ、オノレバイドメ…』

 

 そうして幾度も振り回されたネスグ・オ・シームが再び蔦を生やしアルファ達へと牙を剥くも、同じ手は通用しないとアルファはフォースで以て節を削ぎ落とし封じに掛かる。

 そして二度目の弱点の露出が確認された瞬間待ち構えていたノー・チェイサーの圧縮炸裂波動砲が撃ち抜きネスグ・オ・シームは崩壊を始める。

 

『……Δウェポンノチャージ完了迄外縁部ノバイドヲ掃討セヨ』

 

 最後の最後まで精神に多大な被害をもたらしたネスグ・オ・シームの撃破が完了したことを確認したアルファは、その存在を記憶から抹消しつつ残りのバイドの掃討を命じた。

 

『サテト…ム?』

 

 嬉々として翔んでいく二機を確認し自分もフォースを構えたアルファは中核であるネスグ・オ・シームが撃破されたというのに圏内のバイドの死滅が始まる気配どころか、中核のA級バイドの気配そのものも消えていないことに気づく。

 

『……奴ハ雌雄別個体ダッタノカ』

 

 A級の中には稀に伴侶に相当する個体を有するタイプが居る。

 奴がそのタイプでもう一体いるのだと判断したアルファはその居所を探るため意識を研ぎ澄ませた。

 そして…アルファは漸く知る。

 もう一つのA級バイドの気配のすぐ近くに古鷹の気配が存在していたことを。

 

『ッ!?

 コレハ、古鷹!!??』

 

 更に原因は不明だが古鷹のバイドの波動が急激に上昇していた。

 

『マズイ!?』

 

 このままのペースで汚染が加速すれば10分も待たずに古鷹は完全なバイドに堕ちてしまう。

 もう一時の猶予も無いと判断したアルファはフォースを使いバイドの波動を以て空間を汚染させ無理矢理古鷹が居る次元への穴を明けると先の確認もせずそのまま飛び込んだ。

 




皆様秋イベはいかがでしょうか?
糞が付くくらい素敵なスケジュールの合間を掻い潜りなんとか甲乙丙乙乙でなんとか完走しきって二隻目のユーを手に入れたものの、グラーフとローマと瑞穂の掘りが終わる気配を見せません。

レア駆逐? 知らない娘ですね。

次回は閲覧注意になりそうです。


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……シニタイ

私モ所詮バイドダッタ……

※閲覧注意


 古鷹の安否を確かめるため次元の壁を突き抜けたアルファだったが…。

 

 --させないよ。

 

『何!?』

 

 アルファが抜けようとした古鷹がいる次元の壁が波動に乗って空間に響いた声と共に物理的に遠ざかり次元の狭間へと放り出されてしまった。

 このままでは無限に等しい次元の狭間を漂流させられてしまうとザイオング慣性制御システムを駆使し体勢を整えたアルファだが、次いで周囲を確認しその認識が誤りであったことを知る。

 

『此処ハバイドノ巣カ!?』

 

 無限に広がる筈の次元の狭間はまるでトンネルの如く円柱状に形成されており、更にそこには一見すると餃子とも比喩できそうな蛹と芋虫の合の子のようなA級バイド『ノーマメイヤー』が蠢いていた。

 ノーマメイヤーはアルファを敵と認識したらしく壁を螺旋を描くように走りながらアルファ目掛け落下する物体を設置する攻撃を始める。

 

『邪魔…スルナ!!』

 

 自身でもらしくないほど焦りながらアルファは降り注ぐ落下物をビットを駆使して掻い潜りノーマメイヤーのへとフォースを叩き込み波動砲を撃ち込む。

 波動砲とフォースに抉られたノーマメイヤーから鈍色の体液が撒き散らされ、狭いトンネル内だったために避けられず体液がアルファの体を覆っていくがアルファは構わずビットまでもミサイルの代わりに投射し自爆させて殺戮の限りを以てノーマメイヤーを殺しに掛かる。

 順調に攻撃を重ねるアルファだが、しかし幾度かのミサイルの爆発が起きたところでアルファの動きに翳りが起きた。

 

『ッ、身体ガ…!?』

 

 理由は身体中を覆っていく体液がアルファを浸食し変異を起こそうとしてきたからだ。

 しかしアルファは即座に体液へと波動を流す事で逆に取り込み、指揮下に加えながら殺戮を再開。

 

『返スゾ』

 

 体液はアルファの波動を受け液体金属に変質。

 そのまま増殖しながら散弾のようにノーマメイヤーを穿つ。

 撒き散らした自身の体液までもが自らを殺しに来る悪夢のようなその猛威の前にA級バイドであるノーマメイヤーも耐えきれず間もなく体液を撒き散らしながら爆散。

 爆散と共に空間中に撒き散らされた体液によりフォース共々全体を隈無く鈍色に塗れ覆い尽くされたアルファは、ノーマメイヤーの撃破と共に崩れ始めた閉鎖空間をフォースを介して脱出

 空間を抜ける間体液はアルファの身体を更に包み『R-9 アロー・ヘッド』の姿を象る。

 

『…懐カシイ機体ダ』

 

 仮初めとはいえ初めて乗った機体になった事に苦笑したくなるアルファだが、すぐに意識を切り替え今度こそ古鷹の下へと急いだ。

 

 

~~~~

 

 

 昭和17年8月10日、南緯02度28分 東経152度11分、午前七時、重巡加古…轟沈。

 

 かつて古鷹が味わった悪夢は今再び古鷹に牙を剥いた。

 

「探針儀に感あり!!」

 

 その叫びに古鷹はほぼ反射的に叫んでいた。

 

「逃げて加古!!」

 

 しかし運命は覆らない。

 古鷹の叫びを嘲笑うように警告とほぼ同時に加古の足元が水柱を発てながら爆ぜた。

 

「加古!!??」

 

 ぐらりと右へと傾ぎながら倒れていく妹の姿に古鷹の絶叫が響く。

 

「撃った奴はまだ近くに潜んでいるはず!!

 爆雷を投射して!!」

「こちら青葉!! 誰でもいいです、救援を急いで!!」

 

 加古の被雷に混乱しながらも対処に走る二人を尻目に古鷹は忘我にただ立ち尽くす。

 

「そんな…私は……また……なにも………」

 

 朝焼けよりなお赤い炎に巻かれながら死に逝くその姿に古鷹の心が崩れ膝がおれてしまう。

 その場にへたりこむ古鷹の周囲を再び琥珀色の瞳でさえ見通せない闇が包むが古鷹はその事に気づくことさえ出来ない。

 琥珀色の瞳から生気が抜け落ちその抜けた隙間を埋めるようにバイドの波動が活性化を開始し浸食を始めていく。

 波動により完全なバイドへと変貌を進める古鷹の脳裏にもう一つの波動が囁きかけるように響いた。

 

 --取り戻そう

 

「とリ…戻す……?」

 

 まるで砒素のようにその波動は古鷹の心に沈み侵す。

 

 --やり直そう

 --あの日を、あの戦争をやり直そう

 --今度こそ失わないために

 --妹を

 --戦友を

 --守りたかった国を

 

「ト……リ…モド……ス………」

 

 古鷹を浸食するバイドの波動(破壊衝動)猛毒(正当な理由)を与えられ古鷹の崩れた心を腐らせ歪めていく。

 

「……ワ……タ………シ……ハ……」 

 

 艦娘の根幹。

 軍艦時代の記憶にこびりつき決して灌ぐ事の叶わない暗い感情が増幅され古鷹の琥珀色の瞳に憎しみの炎が灯る。

 その憎しみが波動砲の形を取り義手に集う。

 

「……ギ」

 

 古鷹の瞳は見据える。

 過去へと向かうために邪魔な時空を遮る壁を。

 

「ガ……」

 

 バイドの波動によって増幅された『重巡洋艦古鷹』がかつて抱いた無念の内に沈む事への怒りと嘆きが義手の限界を越える波動エネルギーのループを起こし激しいスパークが右腕を包む。 

 その直後、空間を貫くように鈍色の液体金属に包まれたアルファが闇の中に飛び込んできた。

 

『古鷹!!??』

 

 アルファは即座に古鷹に呼び掛けるが憎しみに盲た古鷹には届かない。

 

「……ハ」

『マズイ!?』

 

 何をしようとしているかは解らなくともアルファはあのまま波動砲を放たせては取り返しがつかない何かが起きると察し彼女を鎮静化させる術に思考を巡らせる。

 

(今ノ古鷹ハバイドノ波動二完全二飲マレカケテイル。

 攻撃シテ鎮静化ヲ促スニモ時間ガ足リナイ。

 内側カラ抑エ込ム事ガ可能ナラバマダ手段モ……)

 

 そこまで考えたところでアルファは今の自分ならそれが可能であると気付いた。

 即座にアルファはその手段を実行に移す。

 

「……ド」

『目ヲ覚マセ古鷹!!』

 

 アルファは身を包む液体金属を波動で操作し細長い管状に変化させると、その先端を古鷹の口腔に容赦なく突っ込んだ。

 

「っ!!!!????」

 

 これには古鷹も反応し目を見開いてパニックに陥る。

 

『苦シイダロウガ我慢シテクレ』

 

 目尻に浮かぶ涙に申し訳なく思いながらも止めるわけにもいかず、アルファは更に自身の細胞を加工凝縮しバイドルゲンを精製すると飲み下せるよう半液体状に固定してからそれを液体金属の管を通して無理矢理古鷹に飲ませた。

 

「…!? !!??」

 

 本来なら赤くなる筈が急速かつ半液体状に加工したためか白いゼリー状になったバイドルゲンが口腔の隙間から溢れていく。

 必死で吐き出そうとする古鷹だが、息苦しさから身体が勝手に酸素を求めそれを飲み下していく。

 飲み下されたバイドルゲンは内側から古鷹を侵す波動を相殺し少しづつ古鷹は鎮静化されていく。

 十分な量のバイドルゲンを投与したところでアルファは液体金属の管を口腔から抜く。

 

「ゴホッ、うぷっ…」

 

 息苦しさから解放された古鷹は口に手を当て噎せかえりながら喘ぐ。

 しかし白い濁った液体といいその様子はどう見ても言い訳不可能な事案であった。

 

『…御主人達ガイナクテ助カッタ』

 

 古鷹が堕ちきる前に留めることが叶った事と、この光景を見られたらこれだからバイドはとか冤罪が増えていたと二つの意味で安堵するアルファ。

 

「…ア、アルファ…なの?」

 

 見知らぬ姿に変わったアルファに恐る恐るそう尋ねる古鷹。

 

『アア。

 少々問題ガアって姿ハ変ワッテイルガナ』

 

 一時的に鈍色のアロー・ヘッドと化した事を端的に説明すると古鷹は安心したと眉を下げる。

 

「…ごめんなさい。

 迷惑、かけちゃいましたね」

『構ワナイ』

 

 そう許すと古鷹は困ったように微笑みながら口の端に残ったバイドルゲンを拭い、それを見るなり笑みをややひきつらせながらながら問う。

 

「あの、さっきのは…?」

 

 妙な生臭さといい微かなねばつきのある白い色といい男性の白いべたつくなにかを思わせるに十分なソレを示すとアルファは正直に答えた。

 

『私ノ細胞ヲ凝縮サセタバイドルゲンダ。

 嚥下シヤスイヨウゲル化サセタラ何故カ白クナッタダケデ、私ノ意思デ白クシタワケデハナイ』

 

 アルファとしても何故そうなったのか判らずそんな誤解を招き憮然とした口調になってしまう。

 そんなアルファを尻目に古鷹は手に残るバイドルゲンをしげしげと眺める。

 

「これが、アルファの…」

 

 そう呟くと古鷹は唐突にそれをぺろりと舐めた。

 

『…オイ?』

 

 あまりに唐突な行動に戸惑うアルファに古鷹は舐めとったバイドルゲンを口に含むと、味わうように口を動かしてから飲み込み笑みを向けた。

 

「ちょっと変な味だけど、アルファのだと思うと私は好きかも」

 

 その言葉にアルファは凄まじい罪悪感に見舞われ首を差し出すように機首を下げた。 

 

『一撃デ滅シテクレ…』

「突然どうしたのアルファ!?」

 

 介錯を頼まれ混乱する古鷹。

 しかしアルファの暴走は止まらない。

 

『バイドノ身デ天使ヲ穢シタ罪ヲ灌グニハ死ヲ以テ購ウ他ニナイ』

「意味がわからないから!?

 とにかく正気に戻ってアルファ!!??」

 

 罪悪感から殺してくれと頼むアルファに必死で留まるよう説得を繰り返す古鷹。

 そんなやりとりを五分程続けたところで漸くアルファは正気に帰る。

 

『スマナイ古鷹。

 カナリ錯乱シテシマッタ』

「いいんですよ。

 迷惑を掛けたのは私も同じですから」

 

 このまま謝罪合戦が始まりそうな雰囲気に古鷹は思考を切り替える。

 

「それで、この場所は…」

『オソラク複数ノ時間軸ガ重ナル時空間ノ狭間ダ』

 

 そう辺りを見回してアルファは憶測を並べる。

 

『ココカラナラバ次元ヲ挟ンダ平行世界ノミナラズ過去ヤ未来二飛ブコトモ容易ナ筈』

「…過去や未来」

 

 アルファの憶測に古鷹は先の精神攻撃を思い返す。

 

「ねえアルファ。

 もしも、もしもだよ?

 過去を変えたらどうなるの?」

 

 何故その質問をするのかと思いながらも、重なりあった時空の中から自分達の時間軸を探る傍らアルファはバイドが取り込んだ知識を引っ張り出し憶測を述べる。

 

『…解ラナイ。

 ソモソモ過去改変ヲ完了シタトシテソレヲ観測スル手段ガ存在シナイカラダ』

「どうして?」

『同ジ時間軸二複数ノ同一存在ガ在ルコトガ出来ナイカラダ。

 例外ガアルトスレバ存在ソモソモヲ完全二変質サセテシマウバイド汚染ダガ、私ノ様ナ例外デナケルババイド二ヨッテ歪ンダ存在ハ他ノ存在ヲ敵トシテシカ認識出来ナイ』

 

 故にその先に待つのは『絶望』

 

 言外に悪い考えはよしておけと釘を指すアルファの言葉に反する声が響く。

 

 --それはどうかな?

 

 それはアルファを妨害し古鷹に囁きかけた波動と同じものだった。

 

「今のは……」

 

 半バイドである古鷹とアルファならば波動を辿れば本人がいる位置は容易に判別できる。

 にも関わらずこちらに意識を向けさせたと言うことは、おそらく誘っているのだろう。 

 

『随分丁寧ダナ』

 

 そうごちるとアルファは液体金属に波動を流して二つの弾丸を放ちそれぞれ元の世界と波動の持ち主に続く二つの空間を繋げる。

 

『古鷹、ヒトリデ戻レルナ?』

 

 多少語弊になるかもしれないが今回はA級バイドを二体も従えていた相手だ。

 下手をすればかつての島風同様マザーバイド級の強敵である可能性もある。

 自身のバイドルゲンで無理矢理鎮静化させているとはいえ古鷹のバイドはまだ安定したとは言い難い。

 最悪、向こうに着いた途端古鷹のバイド化が再進行する可能性も低くない

 その懸念から帰還を望むアルファだが、古鷹はそれを拒否する。

 

「一緒に行きます」

 

 半ば予想通りの答えに難色を示すアルファに古鷹は食い下がる。

 

「向こうは私を呼びました。

 私は彼女と話さなきゃいけないんです」

 

 その意思の硬さは目を見れば一目瞭然。

 説得は難しいと判断したアルファは仕方ないと認める。

 

『危険ダト判断シタラ私ヲ見棄テデモ戻ルト約束シテクレ』

「そんなことにはなりません」

 

 私がさせませんと微笑む古鷹にアルファはヤレヤレとごちりながら空間に機首を向ける。

 

『行クゾ』

「はい!」

 

 応じる声と共に二人はフォースを手に次元を越える。

 




年末に伴い休みが増え忙しさが更に苛烈に……

そんなリアルはさておき次回はいよいよバイド艦娘戦になります。

まあ、正体はまるわかりですよね。

以下は小ネタです。



【お弁当】


イ級「千代田。ちょっと北方まで鋼材掘りに行ってくるから日持ちする燃料頼む」

千代田「うん。ちょっと待ってね」

古鷹「アルファ、これ持ってってください」

アルファ『弁当デスカ』


イ級「で、古鷹から何貰ったんだよ?」

アルファ『コレデス』

『バイドバーガー』

アルファ『タベマス?』

イ級「食うか!?」


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やっぱり

戦うしか無いんですね……


 幾重にも重なりあった暗闇の空間を越えた先に待っていたのは…アルファがもう二度と目にする筈のない光景だった。

 

『此処ハ…』

 

 日の光の差さない暗闇の中に幾重にも続くバイドツリーの森。

 バイドツリーを住処とする虫型や爬虫類型のバイド達が織り成す生態系。

 それらの中で蛍のように瞬きながらゆっくりとした動きで浮遊するバイドの光球。

 身の毛もよだつような悍しい、それでいて人知を越えた幻想的ともいえる光景はアルファが知っている『暗黒の森』と非常に酷似していた。

 違いがあるとすれば艦娘の性能を十全発揮するため足元をコールタールのように黒い水が地面を何処までも覆い尽くしている事か。

 

「…不思議な場所ですね」

 

 盛大な出迎えも覚悟していた古鷹はその穏やかとさえいえる風景にそう漏らす。

 しかしアルファは何も応えず静かに機首を森の中心に向けゆっくりと進み出す。

 

「アルファ?」

 

 いつもと違う雰囲気に不安を覚えた古鷹だが、アルファはまるで気付かず先へ先へと進んでいく。

 まるで夢遊病を患ったかのように無言で進んでいくアルファを追った先にあったのは根本から折れたらしき大樹の痕跡。

 

『……馬鹿ナ』

 

 折れた大樹に残る波動の残滓はアルファの友人だった『番犬』のもの。

 つまり此処は、正真正銘アルファがかつて流れ着いた『暗黒の森』だったのだ。

 だがそれはそれでおかしいのだ。

 この森は『番犬』が核となることで存在を維持していた空間。

 仮に別のバイドが新たな核として成り代わったのだとしたら暗黒の森は嘗てのようにこれほど穏やかな地ではなくなっている筈。

 それ以前にこの世界のバイドは【operation last dance】の発令によって中核から根絶されている筈なので暗黒の森が残っている筈が無いのだ。

 自身の知識に当て嵌まらない状況に困惑を隠しきれないアルファ。

 

「アルファ…」

 

 その様子に意を決して古鷹は問いを投げる。

 

「アルファは、この場所を知っているの?」

『此処ハ『暗黒ノ森』。

 嘗テノ私ト同ジク悪夢ニ囚ワレタ戦士ガ生ミ出シタ世界』

「アルファと…同じ……」

 

 それはつまり、バイドと戦い、そして帰る場所を無くした悪夢の被害者。

 なんと言えばいいか迷う古鷹だが、古鷹が口を開くより先に別の声が割って入った。

 

「そして僕たちがやり直す始まりの場所」

 

 その声に正体を確かめた古鷹はやはりかとそう思った。

 

「君達には失望したよ。

 取り戻せる可能性を自ら放棄するなんて」

 

 そう批難したのは暗黒の森の暗闇の中でも自らを主張するような『黒』を纏った少女。

 背に主砲を二つ格納した黒い艤装を背負い黒い長い髪の毛を三つ編みにまとめ黒い女学生服を着る少女の名を古鷹は知っていた。

 

「やっぱり貴女だったんですね『時雨』」

 

 白露型二番艦、時雨。

 それが少女の名であった。

 古鷹の言葉に時雨は小さく笑う。

 

「やっぱり気付いてたよね」

「…ええ」

 

 最初はあの場所にバイドが繁茂したことはただの偶然と思った。

 だが、過去の改変を望む意志を抱いていたことを知ってからは古鷹はバイドが発生したスリガオ海峡という場所とバイド化した艦娘には接点があるのではと考えた。

 そしてその中で筆頭に挙がるのはスリガオ海峡で凄惨な壊滅を辿った西村艦隊。

 更に言うなら西村艦隊の中でも唯一生き残った時雨はその事を強く引き摺っている。

 過去に沈んだ艦が大半を占める日本の軍艦を基とする日本の艦娘達の多くは過去に囚われているといっても過言ではなく、中でも時雨は殊更それが強く西村艦隊の記憶に執着する節が見受けられる艦娘である。

 なればこそ、この状況は彼女がバイド化したと考えるのが辻褄が揃いやすかった。

 時雨は琥珀色に染まった瞳で古鷹を見ながら問う。

 

「どうしてだい?

 どうして、貴女は過去をやり直そうとは考えないの?」

 

 その問いに古鷹ははっきり答える。

 

「変えたいですよ」

 

 繰り返された悪夢に古鷹はあの絶望をなかったことにしたいと確かに願った。

 だけど、

 

「それも含めて『私』なんです」

 

 加古を目の前で失った絶望も、自身が沈んだ無念も、最期は青葉を独りにしてしまった後悔も、それらの負の記憶と想いも含め『重巡古鷹』を形作る礎なのだ。

 それをねじ曲げる事を古鷹は由とは思えない。

 そう答えた古鷹を真後ろから投じられた新たな声が否定する。

 

「自分勝手だね」

 

 反射的にそちらを振り向いた先に居たのは暗闇を拒絶するような白。

 特Ⅲ型駆逐艦の型の白い艤装を背負う白い帽子を被った白い髪の少女。

 その顔をアルファは知っていた。

 

『…『響』カ』

「『ヴェールヌイ』。

 今の私はそう呼ばれているけど、そっちで呼んでくれるならその方がいいな」

 

 かつてイ級にバイド化の選択肢を知り得させる切っ掛けを与えた艦娘と同じ艦娘は琥珀色に染まった瞳でそう言う。

 

「まさか、もう一人居たなんて」

 

 思いがけない展開に緊張を高める古鷹に響は不機嫌そうに言い放つ。

 

「古鷹。貴女の言い分は確かに正しいだろうけど、それで沈んだ妹が納得するなんて本気で思ってるのかい?」

「それは…」

「解らないよね」

 

 答えを先回りされ古鷹は口をつぐむ。

 そこに畳み掛けるように響は言葉を叩きつける。

 

「私は貴女とは違う。

 例え私が電が望まなくたって私は電を助けたい。

 あの30分がやり直せるというなら、それで私がどうなろうと構わない」

 

 駆逐艦電は響の目の前で沈んだ。

 それも配置交換を行ったたった30分後にだ。

 その事を知る古鷹は悲痛に顔を歪める。

 

「電だけじゃない。

 雷も暁だって助けたい。

 そのためなら私はなんでもやるつもりだ。

 それが許されないって言うなら、許さない全部を私が逆に壊してやる」

 

 世界を敵に回してでも姉妹を救いたいと宣う響の瞳にはバイドらしいあらゆるものへの憎悪が宿っていた。

 

『自分勝手ダナ』

 

 響の言葉をそっくり返してやるアルファに響は否定しないよと応える。

 

「たとえ電達が私を許さなくてもいい。

 沈みさえしなければ、それでいいんだ」

 

 自己満足だと理解して、それでも止まらないと言う。

 

「協力、してもらえないかな?」

 

 そう望む言葉に先にアルファが問いを投げる。

 

『何故自分達ダケデヤラナイ?』

 

 二人が本気で事を起こしたいならわざわざ古鷹を仲間にする必要はない筈。

 そう疑問をぶつけるアルファに時雨は自嘲気味に言う。

 

「情けない話だけど、僕たちの力だけでは過去には行けなかったんだ」

「だから、私にあれを…」

 

 過去の悪夢を見せ無理矢理仲間にしようとしたと言われ微かに敵意を抱く古鷹。

 それに響が待ったを掛ける。

 

「それは私が一人でやった事だよ。

 時雨は責めないでほしいな」

 

 そう自ら罪状を告白する響。

 そしてアルファは更に問いを投げる。

 

『ソレトモウ一ツ。

 コノ森ノ主ヲドウシタ?』

「僕たちが此処に着いたときにはもういなかったよ」

 

 その言葉を信じるなら『番犬』はマザーの撃破に引き摺られて消滅したのか或いは……。

 どちらにしろ、どんな形であれ友となった彼は悪夢から解放された事は確からしい。

 

『……ソウカ』

 

 その言葉を聞きアルファはフォースを構える。

 それに対し時雨と響もフォースを携える。

 

『『フラワー・フォース』ト『ミスト・フォース』……成程』

 

 アルファは二人がそれぞれ携えたフォースの形状から時雨達が古鷹のメガ波動砲を求めた理由を理解した。

 時雨が携えたのは花の蕾を彷彿とさせる『フラワー・フォース』。

 そして響の携えるのは霧を纏う『ミスト・フォース』。

 そのどちらも専用の機体のフォースでありその機体と敵対すれば非常に厄介ではあるが、同時にそれらの機体の波動砲や専用のフォースで亜空間を越えた先の時間軸に干渉する事は非常に難しい。

 

『『ジギタリウス』ト『ミスティ・レディ』カ』

 

 フォースだけではどの段階かまでは判別がつかないためそれぞれの系統の名を挙げるアルファ。

 と同時に自身とフォースに未だまとわり付いたままの液体金属が無かったら勝機は薄かったとも考えていた。

 臨戦態勢に移る二人とアルファに古鷹は問う。

 

「どうしても、戦わなきゃ駄目なんですか?」

 

 バイドとの戦はその破壊衝動のためにどちらかが確実に消滅するまで止まらない。

 それが同じバイド同士ともなれば破壊衝動は相乗効果で更に加速し、最悪共倒れになる可能性さえある。

 自身と同じ境遇にある二人をなんとか救えないかと願う古鷹だが、返された答えは拒絶であった。

 

「私たちは止まれない」

「だから協力出来ないなら力付くで従ってもらう」

 

 そう宣う二人に更にアルファも告げる。

 

『諦メロ古鷹。

 アレラハモハヤ艦娘デハナイ』

 

 悪魔(バイド)ダ。と。

 

悪夢(バイド)ハ殺ス。

 例エ矛盾シテイヨウト、ソレガバイド()ノ存在理由ダカラ』

 

 バイドの力を以てバイドを制す。

 奇しくもバイドを倒すために共に将来をと願った相手の尊厳を奪い去ったteam R-typeの指標を引き継ぎこの世界で生きると決めたアルファは、二人をバイドとして『処理』すると決意しフォースを構える。

 二人が何時汚染されたのか、どうして遠く離れた場所にあった筈のこの暗黒の森がこんなにも近くに移動していたのか、聞きたいことはまだ山程あるが、アルファはそれらの疑問をすべて切り捨て目の前のバイド()に殺意を放つ。

 

「どうあっても邪魔をするんだね?」

『答エルマデモナイ』

「なら、殺りますか」

 

 響から発せられた軽い口調が皮切りとなり時雨と響、そしてアルファが動き出した。

 

 初手はアルファ。

 

『喰ラエ!『フォース波動砲LM』!!』

 

 身を包む液体金属にチャージした波動を流し増殖した液体金属を物質弾として切り離しフォースからも同様に切り離した液体金属弾を時雨と響のそれぞれに撃ち込む。

 

「残念だったね」

 

 しかし二人は携えたフォースで液体金属弾を防いだ。

 液体金属はフォースが放つ力場に分解され消滅。

 そして反撃の砲火をアルファに向け放つ。

 

『ソノ程度』

 

 波動砲ではない艤装を用いた通常砲撃の弾幕をアルファはザイオング慣性制御とフォースを駆使し危なげなく回避。

 お互いに様子見の初撃が止み互いに今の結果から得た成果を反芻する。

 

「アレが壊せないとなると厄介だね」

 

 二人が波動砲を使わなかったのはアルファのフォースが破壊可能なのかを確認するためであった。

 一方一旦距離を取るため後ろへと下がったアルファは波動砲の手応えから時雨達のフォースは破壊可能であると核心を得ていた。

 

『勝機ハ十分…』

 

 森の枝葉により高低差を生かしきれない地形的な不利を加味しても倒すことは不可能ではないと判断したアルファだが、次の瞬間轟音を発てながら自身目掛け倒れかかるバイドツリーに目を疑う。

 

『何!?』

 

 急ぎバイドツリーを回避したアルファだが、最初の倒壊を皮切りに次々とバイドツリーがアルファ目掛け倒れ掛かる。

 

『マサカ、森ヲ操ッテイルノカ!?』

 

 連続して起きた不自然な倒壊によって退路を塞がれたアルファは望まず時雨の正面に立たされる。

 

「もらったよ!」

 

 フラワー・フォースの触手を閉じ蓄積させたエネルギーをバイドの種子に乗せ放つ。

 更に軽量な体躯を活かした響が倒れ行くバイドツリーを足場として駆け上空からアルファ目掛けミスト・フォースから射光を放つ。

 

「Ура!」

『クッ!?』

 

 どちらを防いでも片方は喰らう状況にアルファは至近距離まで詰めに掛かる響の迎撃を図る。

 

『貫ケ!!』

 

 フォースが纏う液体金属を槍状に伸ばしレーザーを受けとめ更に響を貫こうとするが、響は霧を蹴って(・・・・・)刺突を回避。

 そして無視するしかなかった時雨の放った種子がアルファの身を穿とうと迫る。  

 

「やらせません!!」

 

 しかし時雨が放った種子は射線に踏み込んだ古鷹のサイクロン・フォースに切り裂かれた。

 

『古鷹!?』

 

 驚くアルファに構う暇もなく古鷹は倒れ掛かるバイドツリー目掛け義手を向ける。

 

「メガ波動砲!!」

 

 義手から放たれた閃光が幹を飲み込み消し飛ばす。

 バイドとはいえ艦娘との戦いに参加させるつもりはなかったアルファに古鷹は時雨達に義手を構えながら告げる。

 

「今更、私だけ戻れなんて言いませんよね?」

『……』

 

 言葉に詰まるアルファを他所に時雨の元に戻った響が不満そうに口を開く。

 

「やっぱり協力してくれないんだね?」

「ええ」

 

 はっきりと、敵意を込めた目で睨みながら古鷹は宣う。

 

「アルファの敵は、私にとっても敵です」

 

 たとえどんな願いを抱こうとそれが自身を、そして仲間を害するなら排斥すると言いきる。

 その答えに時雨は悲しみとも怒りともつかない褪めた表情でいい放つ。

 

「君達には、失望したよ」

 

 それが戦いの再開を告げる狼煙となるのは必然だった。

 

 




なんとか今年中に上げられましたが……おもいっきりやっちまった感が……⬅

ちなみに時雨はジギタリスの花言葉が合うと最初思ってだったんですが今更異論ががが…⬅

響は……まあ姉です。


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私は

負けない!!


 

 再び切って落とされた戦いは響とアルファ、それと時雨と古鷹の2対2の形を取って再開された。

 

 

「不死鳥の名は伊達じゃないよ」

 

 そう宣う響はまるでそこに水面があるかのように空を駆け上空からアルファを狙い撃つ。

 

『チィッ!!』

 

 上を取られたアルファは逆に水面ギリギリを飛びスラスターノズルから噴射されるエネルギーを使い水飛沫を発てることで目眩ましを行いながら上を取り返すべく飛翔を続ける。

 しかし響がそれを許すはずもなく上に上がる気配を見せる度ミスト・フォースから雨のように細いレーザーを大量にばら蒔き牽制。

 ミスティ・レディーの対地に特化したレーザーの弾幕に頭を押さえられたアルファは入り組んだ森の為に機動力を制限されているせいで反撃の糸口を手繰りかねていた。

 

『厄介ナ…』

 

 響が空を駆けていられる理由はとうに判明している。

 響は携えたミスト・フォースの纏う霧を集約させることで空中に水場を作りそれを足場にしているのだ。

 霧を足場にするなんて芸当は普通の艦娘には勿論不可能だが、ミスト・フォースが纏う霧はアルファが従えている液体金属と同じナノサイズのバイド群体が寄り集まって形成されているため質量保存の法則や重力といった常識を逸脱し艦娘の足場とすることが出来てしまう。

 だが、いくらバイド化したとはいえそれらの性質を理解しかつ実戦で活かせるかと問われれば血の滲むような修練を要さねば不可能だと言い切れる。

 液体金属製のビットを手繰り弾幕を凌ぎながらついアルファは声を漏らしてしまう。

 

『コレホドノ手練レガ、島風達ト行動ヲ共ニシテイナカッタノハ堯倖ダッタワケカ…』

 

 地形的有利を活かしているからとはいえ己が追い込まれていることをそう評したアルファに、響はなにやら得心したふうに口を開く。

 

「なにか勘違いしているみたいだね?

 言っておくと後輩達(・・・)と私達に面識は無いよ」

『何?』

 

 意表を突く言葉に回避が遅れアルファの体表を雨粒のような弾幕から雲の隙間から射す斜光のような光を放つレーザーがアルファの身を焼いた。

 

『グッ!?』

 

 体表の液体金属を溶かすレーザーの照射を咄嗟に身を捻り致命傷を避けたアルファに響は淡々と語る。

 

『ドウイウ意味ダ?』

「言葉の通りさ。

 私達は何年も前に、島風がこちら側(・・・・)に来るもっと前にこっちに来たんだよ」

『馬鹿ナ!?』

 

 だとしたらあの世界はとうにバイドによって汚染し尽くされていなければおかしい。

 だがしかしアルファは島風から『バイドの切端』を受け取るまでバイドの気配さえ感じることはなかった。

 再び降り注ぐ雨粒のようなレーザーを掻い潜りながらアルファはリスクを承知で液体金属を操作し対空攻撃に転じる。

 

「やるね」

 

 先端を鋭く伸ばし貫かんと追い縋る液体金属の鉾へとレーザーを当てて蒸発させ迎撃する響にアルファは語気を荒げ問いただす。

 

『一体アノ世界デ何ガアッタ!?』

 

 バイドとしての常識から外れたあまりの異常さに激昂紛いに興奮するアルファに響は皮肉げに口を歪める。

 

「…如月牛星」

『ナッ…』

 

 予想だにしなかった名前にアルファは絶句してしまう。

 

「隙だらけだよ」

 

 絶句し僅かに硬直したアルファに向け響はミスト・フォースの霧を掬うと波動を込め強酸と化した霧を吹き掛けた。

 

『グゥッ!?』

 

 避け損なったアルファは霧に呑まれ、酸に液体金属が蒸発しシュウシュウと煙を発てながら溶けていく。

 このままでは本体までも跡形もなく溶かされるとアルファは即座に波動砲の為に溜めていた波動を液体金属に回し急激に増殖させることで本体への被害を最小限に防ぐ。

 強酸の霧を抜け波動砲のチャージを再開しながらアルファは液体金属で攻撃を再開。

 しかし響の放ったアシッド・スプレイのダメージにより先程に比べて精細に翳りが生じていた。

 

「いやしかし、あいつと知り合いだったのとはね?」

 

 だとしたら本気で殺さないとと弾幕の密度を更に濃くする響。

 フォースから降り注ぐさながら降雨とも言えたレーザーの雨が豪雨とも言えるぐらいに密度を増し、とうとうフォースとビットだけで防ぎきれなくなり防げなかったレーザー数本がアルファの纏う液体金属を穿ち焼く。

 少しづつ液体金属を失いながらもアルファは言葉を返す。

 

『知リ合ッテハイナイ。

 知ッテイル狂人共ノオ仲間ダト聞イテイルダケダ』

 

 元帥から名前を聞いた後、イ級がいない時間を見計らって鳳翔から彼女が知りうる限りの如月牛星に着いての人物像を聞いた。

 その人物像からアルファは如月牛星という男が、『研究』という『手段』が『目的』そのものである生粋の異端者(サイコパス)であると判じていた。

 その道徳を省みない狂人的姿勢はアルファの怨人であるteam R-typeの連中と全く同じであるとも感じた。

 最も『バイドの根絶』を最終目的とし一切ぶれなかったteam R-typeとは明確に色合いが違うものであるが、どちらにしろ関わり合いになりたくないことに代わりはない。

 その答えに響は小さく可笑しそうに笑う。

 

あんなの(・・・・)が他にも居たなんて、世界はほとほと狂っているもんだ」

『ソレバカリハ同感ダ』

 

 そう言うと同時にアルファは熔解し盾として用を為さなくありつつあったビットを響に投射。

 投射されたビットはアルファの指令によって物質変換を行い爆発物と化して響の目の前で炸裂した。

 

「っ、悪あがきを!?」

 

 バイド化しても駆逐艦であることに代わりはなく食らえば下手をすれば中破まで持っていかれると響はアシッド・スプレイを放射し爆発を迎撃する。

 濃霧により一瞬だけ視界を塞がれた響だが、すぐに真下にアルファの存在を確かめ即座にミスト・フォースに豪雨を降らせる。

 何故かフォースを切り離していたアルファに防ぎきれるはずもなく数多のレーザーがみるみる内に液体金属を焼き付くしていく。

 アルファの苦肉の策も流れを変えるとこは叶わず勝ったと確信した響。

 しかし……

 

「っ!?」

 

 液体金属の下から現れたのは悪魔を思わせるフォルムが特徴的な『バイドシステムγ』ではなく、球体状の身体の至るところから触手を生やす醜悪な肉塊である『バイドフォース』であった。

 消えたアルファを探そうと首を巡らす響。

 

「奴は…」

『漸ク上ヲ取レタ』

 

 ぞくり

 

 バイドとなってから感じることさえなかった恐怖が背を走り響はがむしゃらに霧を蹴ってその場を跳ぶ。

 直後、液体金属という質量の塊が通過し響の帽子が宙を舞った。

 

 

 

 

 

「僕を甘く見ないことだね!」

 

 時雨の言葉と同時に先端にバイドの花が咲いた蔦をうねらせフラワー・フォースが棘を広範囲に放ち古鷹を狙う。

 

「それはこちらも同じです!」

 

 レーザーを放てないサイクロンフォースを乱回転させイオンリングを全身を包み隠すよう展開し棘を防いだ古鷹は反撃に艤装の20、3㎝(3号)連装砲を時雨目掛け放つ。

 しかし砲弾はフラワー・フォースの蔦の花から放たれるレーザーをスイングさせ切り払われてしまう。

 

「残念だったね」

 

 ニヤリと笑う時雨。

 古鷹はその笑みに下を確認して自身目掛け走る僅かな雷跡の水泡を確認。

 即座にシャドウ・ビットを起動する。

 

「防いでシャドウ・ビット!」

 

 起動したシャドウ・ビットは展開と同時に酸素魚雷に反応し自ら海中に潜ると体当たりで破壊する。

 時雨のバイド化により酸素魚雷は更に威力を高めていたのか爆発と同時に視界を覆うほどの大量の水柱を発てる。

 

「時雨は…」

 

 見失った時雨を警戒し敢えて前に出る古鷹だが、時雨は古鷹の真横から水柱を割って懐に飛び込んでいく。

 

「この距離ならフォース()は使えないだろ?」

「くっ!?」

 

 背負った主砲をトンファーのように逆手に握り古鷹に突き立てる時雨。

 

「せいっ!!」

 

 古鷹は主砲の殴打を義手で受け止めるも、時雨はそのまま七倍はある排水量の差をものともせず振り抜き古鷹を突き飛ばす。

 そのまま振り抜いた主砲を撃つも放たれた砲弾はアクティブコントローラーによって割って入ったサイクロンフォースに防がれる。

 

「甘いよ」

「っ!」

 

 殺気を感じた古鷹が視界の端に捉えたのは、吹き飛ばされた後方に回り込んでいたフラワー・フォースの蔦が古鷹目掛け降り下ろされていた。

 避けようと身を捻るが空中ではそれも難しく降り下ろされた蔦は古鷹の身を打った。

 

「あぐっ!?」

 

 服を引き裂くに留まらず身が裂ける程の威力に古鷹は堪らず悲鳴を上げるが、振り上げから繰り出された二撃目の鞭打を魚雷を叩き込み生じた爆風で無理矢理距離を取って回避する。

 

「正直見謝ってたよ」

 

 着水と同時にサイクロンフォースを引き寄せ構える古鷹に警戒しつつフラワー・フォースを呼び戻しながら時雨はそう敬意を述べる。

 

どっち付かず(・・・・・・)だなんて甘く見ていたけど、随分らしい(・・・)じゃないか」

 

 零れる血を拭う事はおろか服を裂かれ露になった胸元の肌を隠す素振りすら見せず砲とフォースを構える古鷹をそう評し、だからこそというふうに時雨は問い掛ける。

 

「どうして君はそこ(・・)に留まっているんだい?」

 

 元には戻れないと理解しながらもバイドに成りきる事を受け入れず、夕暮れの薄暗闇の中を歩き続けようとする古鷹が理解できないと時雨は問いを投げ掛ける。

 

「…行けるわけがありません」

 

 琥珀色の瞳にはっきりと意志を宿らせ古鷹は言う。

 

「私は恵まれています」

 

 不幸に見舞われバイドになった。

 だけど、今の自分がどれほど恵まれ、そして幸運に助けられているのか知っている。

 いや、知ってしまった(・・・・・・・)

 

「……何を言っているんだい?」

 

 意味のわからない答えを訝しがる時雨に古鷹は紡ぐ。

 

「…気が付くと私はバイドになっていた」

 

気がツくと私ハ

バイドになってイた

それでモワタしは

地球にカえりたかツた……

だけど

チキュうの人々ハ

コチラニ銃を向ける……

 アルファから精製されたバイドルゲンを摂取した古鷹は、偶然にもそのバイドルゲンを介しイ級にさえ詳しく語った事はないアルファのかつてを、アルファが体験した悲劇を知ってしまった。

 

 バイドに成り果てたことに誰一人気づかないまま暗い宇宙から地球に帰還したアルファ達ジェイド・ロス艦隊。

 バイドの本能のまま行く手を阻む味方()を打ち砕き、そして海面に写り込んだバイド(己の姿)を見たことで真実を知った。

 そして、永遠に沈む事のない夕暮れの中、守りたかった星の姿(人の営み)を目に焼き付け一掬いの地球の水を手に再び宇宙へと旅立とうとした。

 だけど、地球の人達はそれを許さなかった。

 

 殺せ!! バイドを殺せ!!

 

 ジェイド・ロス艦隊がバイドになった事に気付かない彼等は地球を守るため、憎悪を刃に殺意を砲に込めジェイド・ロス艦隊を撃った。

 何の躊躇いもない無慈悲な砲撃の光に幾つものバイドが光に消えていく。

 その絶望の中でさえ彼等は『人』であった事を捨てず、ただ撃たれるままに数を減らしながら追い出されるように地球を後にした。

 そんな、誰も救われない悲劇の果てにアルファは帰って来た。

 

「バイドに成り果てたことに気付くことも出来ず、本能に逆らう術もわからず仲間に銃を向けたあの人達を知ってしまったから、私は、絶対にそちら側(・・・・)には行きたいなんて思わない!!」

 

 琥珀色の瞳に怒りを宿し古鷹は義手を構える。

 過剰なほどの波動エネルギーの高まりを危険と判じた義手が緊急で放熱弁を開き余剰エネルギーを逃す。

 結果大気に漏れだしたエネルギーが空間と衝突してバチリバチリと激しいスパークを生じさせる。

 

「くっ!?」

 

 凄まじい波動の集約を目にした時雨はフォースを盾に全力を以て義手の射線から外れようと駆ける。

 

「逃しません!!」

 

 時雨の進路を妨げるためサイクロンフォースを投擲し更にアクティブコントローラーを使ってその足を無理矢理抑え込む。

 

「だったら!!」

 

 撃たれる前に無力化しようと砲を向けるが足を止めてまで準備していた古鷹を追い越すことは叶わない。

 

「ハイパードライブ解放!!

 穿て、ハイパー波動砲!!」

 

 古鷹の咆哮と同時に義手から波動の連弾が放たれた。

 




お待たせしました。

いやもうね、書いては消え書いては消えで心が折れてました。orz

しかも書くに連れ古鷹のアルファLOVEが増えていく謎仕様。

……おかしいな?

古鷹のアルファLOVEは憧憬主体のちょっといい感じ程度の筈なのに、読み返すともう手遅れに見える…

次回は決着です。








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……悪夢ダ。

帰リタクナイ


「…お」

 

 必滅の意志を体現する波動の連弾を前に、時雨は自ら『死』へと踏み込んだ。

 逃れられない『死』を前にバイドの本能と艦娘である『時雨』の本能が『生』を求め死中の中に手を伸ばす。

 

「おおぉぉぉおおおおおぉおおおおおおおおおおおおぉぉぉおおおおおおおおっ!!!!!!」

 

 魂を振り絞るように喉から咆哮を迸らせながらフラワー・フォースを盾に波動砲の群れへと正面から突っ込む。

 貫通力の低いハイパー波動砲はフラワー・フォースの防御フィールドに阻まれるも、もとより手数による瞬間火力を重視したハイパー波動砲はその手数を以てフラワー・フォースの防御フィールドを急速に減衰させフォース本体へと牙を伸ばす。

 

「…ごめん」

 

 時雨は限界が差し迫るフラワー・フォースを古鷹目掛け投擲。

 投擲されたフラワー・フォースは波動砲を打ち消しながら古鷹へと迫るも数多の波動砲の前に防御フィールドは耐えきれず波動砲の直撃を食らい消滅。

 フラワー・フォースの身を賭して生み出した隙間へとそのまま時雨は身を投じる。

 フラワー・フォースの献身によりハイパー波動砲の残りは15発。

 一発でも直撃を喰らえば終わる死の連牙に対し時雨はその最初の二発を身を捩って避け、その隙間を埋めるよう飛来する波動砲を這うように伏せて回避。

 アメンボのように四肢を着いた体勢から水面を蹴って跳躍し次弾を回避した時雨は本能に導かれるまま魚雷を全弾破棄。

 時雨から零れ落ちた魚雷は時雨が着水するはずだった地点を通過した波動砲に打たれ爆発。

 猛烈な爆風が時雨の身体を吹っ飛ばして更に前へと押し出す。

 着水した時雨は距離が狭まり更に猛威を翻す波動砲を片足で水面を蹴って左に跳んで躱すも、完全に避けきれず足の肉を抉られる。

 

「ぐぅっ!?」

 

 熱と波動の二つの痛みが神経に直接火鉢を突き立て掻き回したような激痛という形で傷口から荒れ狂うも、時雨は泣き叫びたくなる激痛に歯がひび割れるほど食い縛って耐え右手の逆手に握った主砲を前に翳し水面を蹴って前に。

 跳んだ先に待ち受けるハイパー波動砲は翳された主砲にぶつかり爆散するが、コンマの差ですり抜ける事に成功した時雨は次なる波動砲へ主砲を盾にしたために使い物にならなくなった右手を叩き付け直撃を防ぐ。

 下手をしなくとも大和級の火力を秘めた波動砲へと叩き付けられた右手は肘から先を血煙さえ残さず消滅させるも、既に痛みを訴える暇に『死』に食い千切られると気付いたバイドの意志により痛覚を捩じ伏せられた時雨は構わず前進。

 バイド化で強化された筋力がその限界の更に上の出力を発揮するためぶちぶちと筋繊維を千切らせながら時雨の足を奮わせ身を削ぎながらハイパー波動砲を掻い潜る。

 

 残り三発。

 

 頭上を波動砲が掠め髪飾りが消し炭となっていく中時雨は踏み込む。

 

 残り二発。

 

 使い物にならなくなった艤装を脱ぎ捨てそれを足場に跳ぶ時雨。

 足場にされた艤装が波動砲を食らい爆発。

 

 残り一発。

 

「□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□!!!!????」

 

 ボロボロの足に波動砲が当たり消し飛ぶも残る片足で水面を蹴って声にさえならない叫びを上げながら時雨は残った左手に己の波動を込めたバイドの種を握った拳ごと古鷹へと突き出す。

 この種は触れたものを有機、無機物問わず養分として喰らい花を咲かせる暴食の仇花。

 更に時雨の波動を込めたことにより喰らった相手のエネルギーを時雨に送信する副次機能も有しており、触れれば最後、相手はその全てを時雨の糧となる。

 ハイパー波動砲の反動で動けない古鷹目掛け切り札を叩き込もうとする時雨だが…

 

「ストラグルビット」

 

 突き出された左手はそれまで沈黙していたシャドウビットの突如の横槍によりに弾かれ不発に終わった。

 

「……ぁ」

 

 勝てたと。そう過った希望がたった刹那の間に打ち砕かれ茫然と失った左手のあった場所に目線を向ける時雨に古鷹は告げる。

 

「さよなら、時雨(バイド)

 

 直後、背後から強襲したサイクロンフォースが放つイオンリングがかつて時雨であった一体のバイドを駆逐した。

 

 

 

 

 古鷹が時雨を撃破したのを遠目に確認した響は身を預けるバイドツリーに縫い止める液体金属の槍を一瞥してアルファに向きなおる。

 

「……残念だけど私から教えられるのはさっきまでので全てだよ」

 

 制空権を取り返したアルファは追い詰め完全に無力化した響に止めを刺さず、如月牛星の現在地を含めた知りうる全ての情報を吐かせていた。

 とはいえ二人はバイド汚染が発症したため『廃棄』され、フォースの餌とされそうになったところでバイドの時空間干渉能力に目覚め次元の狭間を逃げ込むことで一命を拾ったため答えられた事は殆んど無かった。

 

『……ソウカ』

 

 響が嘘を言う理由はなく、アルファはもう生かしておく理由も無くなったと最後に確認した。

 

『降伏スルツモリハナインダナ?』

 

 アルファとしては早急に抹殺するべきだと思っているが、イ級や古鷹達はそうとは思わないだろうと尋ねるが、その答えは概ねアルファの予想通りのものだった。

 

「姉妹を諦めるつもりはないよ。

 というより、流石にこの格好は恥ずかしいんだ。

 おまけに結構痛いし。

 終わらせるなら早くしなよ」

『……ワカッタ』

 

 その答えにアルファは縫い止めていた液体金属を操作し浸食を開始する。

 適温のお湯に浸かり溶けていくような心地好さにも似た感覚が全身に広がるのを感じ、同時にそれが終わらせようとしているのだと理解した響は皮肉げに言う。

 

「内側からじわじわとか、意外と変態だったんだね?」

『……オ望ミナラ発狂スルレベルノ痛ミニシテヤロウカ?』

 

 尋問のため先程まで串刺しにしていたせめてもの詫びをそう言われかなり本気でそう返す。

 

「冗談だよ。

 さっきまでとはまるで別人みたいだからついね」

 

 情け容赦の欠片もない、悪魔としか表現出来ない冷酷さで尋問していたときの態度からは想像もつかない様子に苦笑すると響は目を閉じ幹に身を預けた。

 

「…悔しいなぁ。

 だけど、これでよかったのかもしれない…」

 

 姉妹を救いたい気持ちは微塵も変わらない。

 敵艦を見付けるため果敢に探照灯を翳したため碌に戦う間もなく沈んだ暁。

 広い海の真ん中でひとりぼっちで沈んだ雷。

 そして自分に当たるはずだった魚雷を身代わりになるような形で受け沈んだ電。

 そのどれも救う(変える)ことが出来ず遠く離れた場所で静かに終わる。

 

「……ああ、そうか」

 

 響はふと気づく。

 自分は今、『響』という艦の辿った最期と同じ、故郷から遠く離れた場所で誰にも知られず終わろうとしている。

 鉄のカーテンと次元の壁とあらかさまに違うものであるがどちらにしろ自分が潰えた事を知る術が殆んど無いことに変わりはない。

 

「変えようと…した結果……ただ……なぞってい…ただけ……だったなんて…………なんて……いう悪夢……だ…い………?」

 

 そう言い残し、響は静かに意識の手綱を手放した。

 

『……』

 

 眠るように終わった響を見届けたアルファは遺骸を丁寧に抹消するよう液体金属に命じ古鷹の元へと向かう。

 

『古鷹』

 

 何かを包むように両手を握りしめ悼むように俯く古鷹に声を掛けると、古鷹は静かに言葉を溢す。

 

「これで、良かったんでしょうか?」

『……』

 

 その問いにアルファはすぐに答えを発さなかった。

 バイドの脅威を未然に防いだことは間違いなく正しいと、アルファはそう言い切れる。

 だが、それで終われるほど感情は単純ではない。

 だからこそアルファは告げた。

 

『…ナルベクシテナッタ。

 ソレガ結果ダ』

 

 二人の願いを諦めさせる事が出来なかった時点でこの結末は決まっていた。

 違うものがあったとするなら、それは勝敗が逆であったかもと言う程度の些細なif。

 

「……そう、ですね」

 

 冷たく突き放したようにも聞こえる答えに古鷹は静かに頷く。

 今この現実が他ならぬ自身で選んだ答えの結果なのだ。

 それを否定することは許されない。

 想いを新たに古鷹は疑問をぶつける。

 

「アルファ、この森はどうなるんですか?」

『遠カラズ消滅スルダロウ』

 

 中核である『番犬』は既に亡く、代理を担っていたのだろう時雨と響も倒された以上、『暗黒の森』は滅びるのを待つだけ。

 その答えを聞いた古鷹は握りしめていた手を開きアルファに言った。

 

「ひとつだけ我が儘を聞いてもらえませんか?」

『ナンダ?』

「これを植えてあげたいんです」

 

 そう示したのは最期に時雨が使おうとしたバイドの種。

 掌に乗せた種に目線を落としながら古鷹は言う。

 

『古鷹…』

「間違っているのは解っています。

 だけど、何も残らないのは悲しいから…」

 

 諌めようとするアルファにそう古鷹は頼み込む。

 

『……仕方ナイ』

 

 バイドを放逐し万が一が起こるかもしれない愚劣を犯すべきではないと声高に叫ぶ理性を捩じ伏せ、アルファは小さくごちると古鷹から種を取り上げ『番犬』が座していた跡へと向かった。

 

「アル『流石ニ持チ帰ルコトハ認メラレナイ』

 

 古鷹の言葉を遮り途中で水面に浮かんでいた響の帽子も回収しつつ、アルファは種を折れた大樹へと放った。

 種は幹の隙間に挟まると早回しにされた記録映像のようにたちまち殻を割って根を張り小さな芽を咲かせる。

 

「あ、」

 

 小さく驚く古鷹にアルファはわざとらしく言葉を発する。

 

『コレハ困ッタ。

 コノ種ヲソノママニシテオケバ新タナ中核トナルカモシレナイ。

 ガ、Δウェポンモ使エナイ疲弊シタ私デハ止メル術ガナイナ』

 

 全く困ったふうには見えない様子でそう嘯きながらアルファは古鷹に向き直る。

 

『古鷹、頼メルカ?』

 

 わざとらしくそう言うアルファに古鷹は花が咲くような笑顔で答える。

 

「ごめんなさい。

 私ももう暫くは波動砲を撃てそうにありません」

 

 笑顔で大嘘をつく古鷹をアルファは一切咎めず仕方ナイと言った。

 

『ナラ、撤退スルシカナイナ』

 

 そう言うとアルファは纏っていた液体金属を使い即席のゲートを作成する。

 

『出口ハ島ノ地下ニ繋ゲテアル。

 古鷹ハコチラカラ脱出シテクレ』

「アルファはどうするんですか?」

 

 一緒にいかないのかと問う古鷹にアルファは海上ノ森ノ処理ガ残ッテイルと告げた。

 

「……そうですか」

 

 残念そうにしながらも古鷹はわかりましたと頷く。

 

「帰ってくるまでに私もバイドルゲンを出せるようにしておきますね」

『……エ?』

 

 唐突かつ割りと本気で耳を疑う台詞に固まるアルファを尻目に古鷹は気恥ずかしさの混じる笑顔でゲートを潜り島へと帰還した。

 一人残されたアルファは暫しの硬直の後…

 

『……ナンデコンナコトニナッタンダ?』

 

 主人が何故この台詞を多々口にしていたのか僅かばかり理解したのであった。

 

 

~~~~

 

 

 アルファがこの先に待ち受ける避けようのない絶望(風評被害)に対し途方に暮れていた頃、イ級はイ級でピンチを迎えていた。

 

「ふふふふふ…」

 

 くちくいきゅうに変化したイ級の目の前には、目を血走らせ鼻息荒く両手十指をわきわきと蠢かせながらイ級に迫ってくる痴じもとい戦艦長門。

 昼間味わったくちくいきゅうの抱き心地がどうしても忘れられず、深夜を迎え就寝時間の隙間を狙いくちくいきゅうをもふりに忍び込んだのだ。

 その執念は所見であるトラックのそれも元帥閣下の逗留のため最大にまで引き上げられた警戒網を完璧に掻い潜る始末。

 そうしてイ級が居る部屋まで忍び込んだ長門は、更にこんな時間にやって来た事を不思議がる陽菜を口八丁丸め込み二人っきりにしてもらえるよう出ていかせた。

 長門としては陽菜もセットでかいぐりしたおしたかったが、欲張って叢雲に気付かれてはもとも子もないと涙を飲み我慢した。

 そして目の前の獲物(くちくいきゅう)は何も知らずくぅくぅと寝息を起ててお休み中。

 正に万事長門の願い通り。

 

「くふふふふ」

 

 憲兵さんが見たら即座にしょっぴかれるだろう怪しい笑みを浮かべながらその魔手を伸ばす長門。

 しかし、救いの手は存在した。

 

「あの~」

「っ!!??」

 

 恐る恐るといった様子で掛けられた声に思いっきり背中を跳ねさせてしまう。

 

「誰……なんだ、お前か」

 

 場合によっては口封じ(物理)も視野に入れていたが、そこにいたのは見つけた瞬間一匹残らず駆逐したくなりそうなデフォルメされた白い猫がプリントされたパジャマ姿の大和だった。

 

「どうしたこんな時間に?」

「あの、それ、私の台詞です」

 

 多少馴れている長門にさえ発揮されるコミュ症によりしどろもどろそう返すと大和は寝こけているくちくいきゅうに気付いた。

 

「あの、なんですか? ソレ?」

 

 そう示された長門は焦る。

 くちくいきゅうもとい駆逐棲鬼が此処に居ることを知っているのは元帥とその直属だった古参艦のみ。

 大和の性格から言い触らす真似は出来ないだろうが、だからと言って気づかれていいというわけではない。

 ましてやここから叢雲に話が流れれば長門は地位的な意味で死ねる。

 

「う、うん。これはだな…」

 

 いっそ物理的に黙らせ夢だったことにしてしまおうと拳を握る長門だが、

 

「何でお前がそこにいる大和」

 

 ぞっとする怒りを孕んだ声が背後から放たれた。

 




お待たせしました。

時雨も響も自分は好きです。 

ですので今更ですが他の結末は無いかとも考えましたが、好きだからこそ初志貫徹こそ礼儀と書ききりました。

次回は大和(喪)とイ級のターンです。

俺、次を書ききったら番外編書くんだ…


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……俺は

間違えちゃいけないんだ。


 くちくいきゅうになるメリットは2つ。

 ひとつは場所を取らなくなること。

 で、もうひとつは眠れること。

 といっても本当に寝てる訳じゃないんだけどね。

 分かりやすく例えるとパソコンやスマフォとかのスリープモードみたいな感じ?

 普段だとそれすら無いから時間をもて余すんだけど、これのお陰でそれも解消されたって訳さ。

 ……ほんとこれ、誰に言ってんだろ?

 で、このスリープモードなんだがやってる最中に妙な夢を見れるんだよ。

 俺が基本的に駆逐イ級であることは変わらないんだが、その内容はリアル艦これだたっり1/1艦娘の艦これだったりと結構バラバラ。

 中には講和みたいなのが成立して戦争が終わってる世界なんてのやぷち○スみたいな珍妙な生物が居る世界とか本気で永住したくなる夢もあった。

 最も、どの夢でも『霧』もなければアルファもいない設定みたいらしく駆逐イ級に相応しいやられ役で終わるんだけどな。

 それ以外だと結果的にだけど一大決戦を掻き回して大惨事にしちゃったこともあったな。

 もしかしたら夢じゃなくて平行世界の俺を疑似体験してたりするかも。

 なんでかというと、見てる間はリアリティーというか胡蝶の夢的に現実としか思えてないしこっちの事を全く思い出さないからなんだよ。

 もしかしたらバイドも居るし悪夢的な意味でこっちが夢だったりして。

 

 

 ……考えないでおこう。

 

『……』

『……』

 

 ん?

 なにやら外で話し声がしてるな?

 体感的にだけどまだ夜だろうしこんな時間に誰かが部屋に来るのはなんかあった場合ぐらいだろうから陽菜じゃ荷が重いか。

 そう考えた俺はスリープモードを解除した。

 起きるなり目の前に見えたのは浴衣姿の長門の尻。

 

 ……なにこの状況?

 なんで浴衣なのに裾がミニスカートみたいなんだとか思う辺りどうやら寝ぼけているらしい。

 起動直後はパソコンと同じでいろいろ鈍くなるししょうが……

 

「何でお前がそこにいる」

 

 長門の股の間から見えた寝間着姿の大和に俺の意識が赤く染まる。

 ああ、ダメだ。

 寝起きに大和の顔を見たせいかなんか制御が効かない。

 感情に引っ張られてくちくいきゅうモードが解けて意識だけじゃなく視界まで赤い染まる中に黒い陽炎が立ち上る。

 

「ひっ、あ、……」

 

 赤イシ界のなカデヤマトの顔がきょウフ二染まりガタガタ震えてイル。

 そノ姿にオレはクラい愉えツヲ感じた。

 ソウダ。

 オれはおマエのだイ戦カンなンて誇リヲ踏ミニじりぐちャグちゃ二タタき潰しテヤリタカったんだ。

 ソノタメニワタシハウ…

 

「落ち着け駆逐棲鬼!!

 そいつは千歳と球磨の仇じゃない!?」

 

 誰カの声にオレは……

 

「千……ト……せ……ク……磨……」

 

 ……ああ、ソうだ。

 ヤマ和に復シゅうシタって、チ歳は、球マハ喜ブハズが無い。

 二人ハ、深かイセい艦のオれを信じて木曾達を託してくれたんだ。

 それを、裏切ってどうするんだ!!

 学習しない自分への怒りから俺はクラインフィールドでハンマーを造り自分の頭に叩き付ける。

 

「なっ!?」

「ふぇ!?」

 

 痛みは相変わらず無いけど響いた音と同程度の衝撃に濁った思考がクリアになる。

 同時にいつの間にか出てた黒いオーラも引っ込めてから改めて二人に向き合う。

 

「さっきはすまなかった。

 それで、こんな時間に何の用だ?」

 

 そう尋ねると長門は何やら困った様子で唸りだした。

 

「うう、あ、いや、そのだな…」

 

 陽菜もいない辺りわざわざ人払いをしたらしいわりになんか歯切れが悪いな?

 いや、よく考えたらさっきまでぶちギレてた相手と話すなんて普通は難しいか。

 さて、どうしたもんか…

 なんと声を掛けたらいいか考えてたら大和が声を掛けてきた。

 

「……あの、もしかして貴女はレイテで私達を助けていただいたイ級ですか?」

「……え?」

 

 レイテで助けた?

 大和を助けたことなんか俺に……あったな。

 

「お前、ブルネイの大和か?」

 

 いやまさかな。

 知り合いなのかと驚く長門を横目に一応確認してみるんだが、案の定。

 

「はい。今は横須賀に転属していますがあの時の大和です」

「……マジか」

 

 山城といいなんか奇縁が続いてんなおい。

 

「というかなんで横須賀に?」

 

 あの大和が居なくなったんならわざわざ地方から引っ張らんでも建造すりゃあよかったものを。

 

「ブルネイの艦数制限に引っ掛かりまして、それでならばと驚く長門を横目に到着した横須賀に席をと移ることになったんですが……」

 

 そう話す内になんか大和の顔から血の気が引き始めてんぞ。

 

「おねがいしますそんなめでみないでくださいいきててごめんなさいわたしはなにもできないただめしぐらいのほてるですからおねがいしますかまわないでください…」

「ど、どうした?」

 

 なんかガタガタ震えながら部屋の隅で蹲りだしたんだけど。

 

「何があったおい?」

 

 長門に問うと困った様子で肩を竦めた。

 

「お前と同じだ」

 

 ……それってまさか。

 

「アウェー?」

「殆どがな」

 

 …………。

 

「悪いことしたな」

 

 栄転かと思いきや人身御供とか山城より不幸じゃねえか。

 

「しかし驚いたな。

 最近はめっきりろくに話せない状態だったんだが?」

 

 いや、そんな状態で快活でいたらそいつは間違いなく狂人の類いだろ。

 ともかくあんな状態でほっとくのも嫌だから少しフォローしとくか。

 

「とりあえずこれ食って落ち着け」

 

 そう言いながら俺は別れ際にちび姫が寄越したアイスを差し出す。

 

「わたしのようなてつくずのやすやどにありがとうございます」

 

 だめだこれ。

 それでも大和は機械的にアイスを受けとるとそんな状態でも分かる上品な所作でアイスを掬い口にしたんだが…

 

「……げふっ」

 

 飲み込んだ直後、乙女らしからぬ悲鳴をあげて倒れた。

 

「……あれ?」

「おいっ!?

 お前何を食わせた!!??」

 

 青くなって痙攣する大和に焦る長門。

 

「え? いや、ちび姫に貰ったアイスなんだが……」

 

 もしかして痛んでたのか!?

 確認のために一掬い舐めてみるけど、あれ? 普通に上手いんだけど?

 

「おかしいな?

 瑞鳳は普通に食ってたんだが…?」

 

 食ってたのは双胴空母になる前からだしそもそもこれ、戦艦棲姫からちび姫にって持たされた奴だから毒なんて入ってないはずだぞ?

 一周回って逆に冷静になった俺のに長門もアイスを舐めるとすぐに驚いた様子で目を見開いた。

 

「これは、燃料じゃないか!?」

 

 ……マジ?

 イチゴミルク味の燃料が有るんだからアイスになってもおかしくないんだろうけどさ、全然気付かなかったよ。

 

「ってかさ、なんで燃料で死にかけてんだ?」

「艤装を外した状態で燃料を食べられるわけないだろ!?」

 

 なあるほど。

 

「ってことは…」

 

 マジで死にかけてる?

 

「むさし、しなの、あとはたのんだわよ……」

 

 口からエクトプラズマみたいなの出しながら轟沈の台詞を言い出してる大和。

 

「って、マジで死にかけてる!!??」

「衛生兵!! 衛生兵ーー!!??」

 

 

~~~~

 

 

「それで、そんなばか騒ぎであんた達はこんな時間に人をたたき起こしたって訳ね?」

 

 今にも酸素魚雷を叩き込みそうな雰囲気で俺達の前に仁王立ちをなさっている叢雲。

 そしてその前に正座する俺と長門。

 あの後部屋の監視カメラで異常を把握した大淀により大和の電探が届けられ毒殺の嫌疑は晴れたのだが、んな騒ぎが他の奴等をスルーしてくれるわけもなく二人纏めて事情聴取と相成った。

 艤装を運び去り際になにやってんだろうこいつら的な大淀の生温い視線が地味に痛かった。

 そうして部屋の中には運び出された失神した大和に代わり寝間着姿の叢雲と龍驤。

 因みに叢雲はネグリジェ派。

 意外と筋肉質で何がとは言わんが潮とかに比べればサイズこそ負けてるけど、逆に大きすぎない分無駄を削ぎ落としたようなバランスの良さがよく表れてて十分駆逐艦のカテゴリーから外れても許されそうなスタイルしてたりする。

 まあ、それをしっかり堪能する暇はないんだけどな!

 

「いやしかしホンマに旨いでこれ」

 

 そう言いながらどさくさでアイスを試食してる龍驤。

 馬のキグルミパジャマって…いっそネタに走ったのか?

 

「……そんなに美味しいの?」

 

 龍驤の言葉が気になったのか叢雲は説教も漫ろそわつきながら龍驤に問う。

 

「ホンマホンマ。

 間宮はんのアイスと比べても殆ど遜色あらへんで」

「へぇ…」

 

 その答えに叢雲はスプーンでアイスを掬い口に含んだ。

 

「…!?

 なにひょれ!! おいひい!?」

 

 よっぽど感激したのかスプーンをくわえたまもそう叫ぶ叢雲。

 マンガだったら目がしいたけになった上キラキラで眩しいだろうななんて思ってたら叢雲は我に返り咳払いを払う。

 

「こほんっ。

 と、とにかく気をとりなおして続けるわよ」

 

 こっぱずかしかったらしく頬を赤く染めながらそう宣う叢雲だが、甘いな。

 そんな隙を晒して俺が見逃すとても?

 

「実はもう一個あるんだが…」

 

 取り出すと要るか?と聞く前に叢雲がアイスをかっ拐った。

 

「……まあ、原因は就寝中の艤装の着用を怠った大和に有るわけで、事を大きくしてもしょうがないし今はこのぐらいにしといてあげるわ」

 

 完全勝利S!!

 

 長門も小さくガッツポーズ取るぐらい完璧な勝利にこの場は解散となる。

 

「駆逐棲鬼」

 

 叢雲と龍驤が先に退室し後は長門だけとなったところで部屋を出る直前、俺に問いを投げ掛けた。

 

「なんだ?」

 

 表情が真剣なので俺も真面目に問いを促す。

 

「お前は、私を恨んでいるか?」

「……」

 

 何をなんて聞く必要はない。

 だから、オレの聞きたいことは一つだけ。

 

「球磨と千歳の轟沈の理由は?」

 

 お前達は二人の裏切り行為をどう処分したんだ?

 言外の問いに長門は正確に答えた。

 

「護送中の敵襲撃による戦闘の被弾と」

「……」

 

 ……そうか。

 

「なら、それが答えだ」

 

 二人は『艦娘』として葬られた。

 それが横須賀の提督の判断なのか、それとも長門が進言した結果なのかは解らないが、それでも、俺の憎しみの感情は大和(アイツ)以外に振り撒くものじゃないと確信できた。

 俺の答えに長門は一度黙し小さくそうかと頷いた。

 そしてそのまま部屋を立ち去った。

 

「イ級さん」

 

 部屋の中に俺と陽菜だけとなり沈黙が訪れると、暫くしてから陽菜が俺に質問した。

 

「イ級さんは憎しみを堪えるんですか?」

 

 陽菜の顔に普段の笑顔はなく感情を排した人形のような無表情を向けていた。

 

「違う」

 

 そう。

 俺は、そんな高尚な理由なんかじゃない。

 

「間違えないようにしているだけだ」

「復讐の相手をですか?」

 

 ……普通はそう思うよな。

 だけど残念。

 それも違う。

 

「約束をだよ」

 

 その日が来たら俺は誰がなんと言おうと復讐に走る。

 そしてそれはきっとどうやっても止まれない。

 だけど、いや、だからこそその日が来るまで俺は約束を果たし続けなきゃいけないんだ。

 

「……イ級さん。

 貴女の精神は歪んでいます。

 今のままでは何れ致命的な破綻を起こしてしまいます」

 

 歪んでいるか…。

 確かに俺は、普通とはかけ離れているんだろうな。

 だからこそ陽菜は『人類救済』のために備えられた本来の機能で俺という存在を監察し矯正を試みているんだろう。

 それに対して多少思わなくもないけど、同時に陽菜が目指す『人類救済』の糧になるならそれもいいかとも思う。

 

「悪いな陽菜。

 いまここで止まっちまったらそれこそいざという時、立ち上れなくなっちまう」

 

 そう拒絶すると陽菜は悲しいと顔を俯かせる。

 

「救済の道はとても大変です」

「頑張れ」

 

 なげやりに聞こえるかもとも思いながらも応援の言葉を送る。

 その応援に陽菜は勿論ですと泣き笑いのような子供がと無理をして大人のふりをするような笑顔を浮かべた。

 

 




大和(喪)が絡むと書きやすい⬅

と言うことでようやく帰ってきたコメディ成文。

叢雲がチョロすぎる気もしないけどmgmg勢故仕方ないね。

次回は宣言通り番外編の予定。
         
後れ馳せながらあのネタに挑もうかと。


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此処ハ、コノ戦場ダケハ

絶対ニ負ケラレナイ!?


 古鷹を島へと送り出したアルファはその後、海上に繁茂したバイドの殲滅を一日掛かりで終えリンガへと帰投していた。

 

『ヤレヤレ。

 御主人ニモ参ッタモノダ』

 

 イ級からの指示で遅れて合流したパウ・アーマーとアサガオに溜め息を吐くようにごちる。

 以前より顕著ではあったがイ級は自身の防衛を疎かにし過ぎている。

 確かにアサガオとパウ・アーマーのおかげで何故か復活した上二つに増えていたネスグ・オ・シームという素晴らしい精神汚染物の早急な抹殺とフォース作成に欠かせない『バイドの切端』の取得にも繋がったのだから結果的にありがたいものの、やはり苦言の一つも呈さねばなるまい。

 尤もフォースが増えればそれだけで汚染の拡大源に成りかねるため、今のところフォースの増産のつもりはないので余程の件でも起きなければ『バイドの切端』は地下室の肥やしになり続けるだろう。

 ともあれイ級の事への敕言は確定なのだが、この際なので宗谷と木曾にも協力してもらおうかと考えながらイ級の居る場所へと戻ったアルファだったが…

 

「第三十八問!」

「第八回遠征さい○まスー○ーアリーナ二日目!!」

「……残念。

 これは最終日のものだ」

「なん……だと……?」

 

 アルファの視界に飛び込んできたのは残念そうに携帯端末の画像を見せる元帥と愕然とするイ級の姿だった。

 顔があったら目を点にしてあんぐりと口を開けているだろうアルファに気づきもせずイ級は信じられないと言葉を発する。

 

「馬鹿な……クリスマスコス那珂ちゃんwith満潮、霞、曙、叢雲、不知火@猫耳の『ツンデレにゃんこれ隊』のこの並びは二日目のみの筈だ!?」

「確かにその通りだ。

 だがな、よく見たまえ」

 

 その言葉にイ級は画像をためつすがめつ確認して驚愕に声を上げる。

 

「……これは、虎耳か!?」

 

 心底悔しそうに漏らすイ級にその通りとニヒルに笑う元帥。

 

「やっと気付いたようだな?

 非常に残念な事に、本人達の強い希望からそれ以降使用の叶わなくなった幻の『ツンデレにゃんこれ隊』唯一の回となった第八回遠征の○いたまスーパー○リーナでは二日目に猫耳を、そして最終的には虎耳を使った。

 遠目故間違いやすい問題だが見事に引っ掛かるとは。

 これでは『那珂ちゃん検定』の一級はやれても最優の特一級は譲ってはやれんの」

 

 どや顔で嘯く元帥にまるで潜水艦相手に単縦陣を敷いたかのように悔しがりくそっと吐き捨てるイ級。

 

『………』

 

 馬鹿と混沌がよく煮えた空間にどう反応すべきか悩み、それすらアホらしいと言うことに気付いたアルファは取り敢えず考えるのをやめ尋ねることにした。

 

『ナニヤッテンダアンタラ?』

 

 諸々ぶん投げたその質問に漸く帰還に気付く二人。

 

「戻ってたのか?

 何はともあれお帰りアルファ」

「バイドに関する偵察に出たと聞いていたがどうだったのだ?」

 

 アルファの帰還を知った途端に二人とも真面目になるが、アルファは辛辣に問を重ねる。

 

『ンナコトヨリナニヤッテンダヨアンタラ』

 

 異様にやさぐれた態度にかなり戸惑いつつイ級が答える。

 

「…いや、会談が一段落して後は俺一人で決められない問題だけになったから、一先ずアルファを待ってる間雑談でもと話してたら元帥が俺の那珂ちゃんへのファン力を検定してくれるって」

『………』

 

 話す内どんどんアルファは呆れ混じりの怒りを抱えているような雰囲気を纏い始めたのでイ級の説明も言葉尻が弱くなる。

 いっそ爆発された方がましな空気が数分間漂い、アルファは溜め息を吐いた。

 

『…………ハァ』

 

 まるでいっても無駄だと言いたげな溜め息を吐いたアルファに流石に物申したくなる二人だが、下手に怒らせると不味いと思い次の句を待つ。

 

『……言イタイ事ハアリマスガ、最低限責務ハ果タシテイタヨウナノデ今回ハ置イトキマス』

 

 とりあえず許されたらしく二人は内心で安堵すると空気を真面目に切り替えるよう報告を促した。

 

「で、バイドの気配はどうだったんだ?」

『残念ナガラ気ノセイデハアリマセンデシタ』

 

 念のための調査で実際にバイドの発生が起きていたという報告を受け、二人とも意識が真面目から真剣に切り替わる。

 

「詳細の聴聞は可能か?」

「こっちは構わない。

 というか聞いていってくれ。

 アルファ、報告を」

『了解』

 

 完全に切り替わった空気の中、なんでこう落差が激しいんだろうと密かに思いながらアルファは報告を始める。

 

『発生箇所ハスリガオ近海。

 規模ハA級バイドヲ含メタ中規模程度トイウ状態デシタ』

「A級か…」

 

 苦いものを含んだ様子のイ級に元帥は確認をとる。

 

「A級という等級はどの程度の驚異と考えるべきなのだ?」

「深海棲艦に当て嵌めれば鬼・姫級のみで構成された艦隊相当と考えて構わない」

「姫級の、それも艦隊か…」

 

 イ級の答えは実際の脅威より大分甘くしたものだが その答えでもおおよそを把握した元帥も眉間に皺を寄せる。

 同時にそれをたった数機で撃滅しうるR戦闘機の性能にも肝を冷やしていた。

 

「最終的な敵の総数はどうだったんだ?」

 

 アルファが帰投している時点で撃滅ないし完全に無力化は終えていると確信しイ級はそう尋ねた。

 

『スリガオ二展開サレテイタバイド群ハ海上ニテ小型C級以下ノバイド体500カラ700ニヨリ生態系ヲ形成。

 次イデ確認サレタA級バイドハ『ネスグ・オ・シーム』及ビ『ノーメマイヤー』ノ二体ト…』

 

 言うべきか瞬巡したが書くし通しきれないと考え正直に答えた。

 

『バイド汚染ヲ発症シタ駆逐艦『時雨』ト『響』ノ二隻ヲ確認シ、ソレラ全テノ撃滅ヲ完了シマシタ』

 

 その報告に空気が一気に重くなる。

 

「…そうか」

 

 絞り出したようなイ級の返事には感情を圧し殺そうという苦々しさが隠しきれていない。

 

「もう少し詳しい報告は望めるか?」

 

 そう更なる詳細を望む元帥。

 そこには感情は微塵も含まれておらず、冷酷なまでに冷徹に徹し職務に当たる軍人としての姿があった。

 しかしその内心はあまり穏やかとはいえない。

 鳳翔の報告書にあったバイド汚染の感染と拡大への懸念が現実となった事。

 一隻の姫級に対し最精鋭の一艦隊を充てねば対抗しえない自分達が万が一700体も集まっていながら中規模程度と言い切られてしまうバイドのその程度(・・・・)の敵と相対した際の被害予想。

 その際に発生するだろうバイド汚染を患った艦娘への対処手段。

 それら全てが元帥にとって頭痛の種として頭の中に蔓延っていた。

 しかしそれらを纏めて飲み込みおくびにも出さない元帥のその様子にアルファは元軍人として好感を覚えつつ報告を続ける。

 

『通常バイド体トノ戦闘二関シテイレギュラーハ起コリマセンデシタ。

 デスガ、A級バイドネスグ・オ・シームノ撃破後、異相空間内二古鷹ノ反応ヲ感知シマシタ』

「古鷹が?」

 

 何故その場に居合わせたのか分からず鸚鵡返しに問うイ級に元帥は割って質問を挟む。

 

「その古鷹というのは鳳翔の報告にあった、バイド化した艦娘の変化を調べるために保護している古鷹の事か?」

『ハイ。

 古鷹ハ姫ヨリバイド捜索ヲ請ケ負ッテイタ深海棲艦ヨリ情報ヲ貰イ先行調査ヲ行ッテイタソウデス』

「無茶しやがって」

 

 心配そうに案じたイ級にお前がいうなと言いたいのを堪えアルファは報告ヲ再会。

 

『救援ノ必要ヲ感ジ私ガ異相空間内に直後二途中響ノ妨害ニヨリノーメマイヤーノ巣ヘト誘引サレソレト交戦シ撃破。

 ソノ後、時雨ニヨル浸食ヲ受ケバイド汚染ノ進行ガ進ンデイタ古鷹ノ救援二成功シマシタ』

「色々言いたいけど、とにもかくにも無事でなによりだ」

 

 古鷹が無事だと聞きイ級は安堵の息を吐くと元帥が疑問点を問いただす。

 

「救援と言ったが具体的には何をしたのだ?」

『私ノ細胞ヲ投与シ強制的二沈静化サセマシタ』

「おいおい…」

 

 いくら古鷹の半分がバイドとはいえ、そんな無茶をすれば汚染は更に進行してしまう筈。

 怒るべきか悩むイ級のな代わり元帥が疑問を投じる。

 

「その方法は常套的に行う処置なのか?」

『イエ。

 デスガアノ時、時雨ハ自ラノ波動ヲ当テルコトデ古鷹ノバイド汚染ノ進行ヲ促シ完全ナバイドニシヨウトシテイマシタ。

 活性化シタバイドノ進行ヲ留メルナラ衝動ヲ拡散サセタ上デ沈静化サセルノガ理想デスガ、ソノ時間ハナイト判断シリスクハ承知ノ上デ件ノ手法ヲ執リマシタ』

 

 賭けに出ねば間に合わなかったと言うアルファにイ級はそれなら仕方ないと納得し、ふと気になったことを尋ねる。

 

「ところでだ。

 その細胞を投与したってのはどうやってだ?」

 

 その質問にアルファはついにこの時が来たかと内心に緊張を走らせる。

 たった一言、いや句読点一つ間違えるだけで自分は変態のレッテルを貼られてしまう。

 なぜだかそう確信したアルファはバイド中枢へと向かう時と同じだけの覚悟で慎重に言葉を選ぶ。

 

『勿論経口投与デスガ?』

 

 医療要語で余計なイメージを封殺し他の意図はないというニュアンスを強調。

 更に他の手段があるのか不思議がる事で一気に押しきろうと謀るアルファ。

 一見完璧に見える一手だが、予想の中でも最悪に近い切り口で元帥から疑問が漏れた。

 

「経皮投与ではないのか」

 

 何気ない呟きであったが、その呟きはアルファの内角ギリギリのストライクゾーンをぶち抜いた。

 しかしアルファもその一投に慌てることなく照準を会わせ打ち返す。

 

『ソノ手モ考エマシタガ、ソレダト古鷹ノ身ヲ蝕ム波動モ同時対処スルノハ困難デシタ』

「成程…」

 

 腑に落ちきらなさそうながらも納得したと息を吐く元帥に乗り切れたと勝利を見たアルファだが、

 

「ちなみに細胞を飲ませたって言ったが、何を飲ませたんだ?」

 

 こ こ で ま さ か の 大 暴 投 。

 

 狙ったのかと言いたくなるタイミングでとんでもない質問をぶん投げたイ級に軽くない苛立ちを覚えてしまったが、おくびにでも出せばそこから予防線が崩れ元の木阿弥になってしまうと何気ない様子を装い嗜める。

 

『ソレ、今スグニ説明ガ必要デスカ?』

 

 あまり増長させるような質問はどうかと嗜めればイ級も理解して謝罪を述べる。

 

「悪い。つい気になったまま口から出ちまった」 

『イエ』

 

 いつもと違う対応に違和感こそ感じているようだが優先順位を間違えずに引き下がるイ級になんとか打ち返せたと内心でガッツポーズを握りアルファは報告に戻る。

 

『ソノ後、古鷹ノ鎮静ヲ確認シタ後古鷹ノバイド化サセヨウト目論ンダ時雨ト響ノ両名ト相対シ、バイド化ノ経緯及ビソノ目的ノ真意ヲ知り得た後ニ二人ヲ完全撃滅シマシタ』

 

 此処さえ乗り切れば後は崩れる要素はない場所まで無事に進み安堵しながら報告を終えるアルファ。

 

「目的って、島風達と同じバイドの星にするってやつじゃないのか?」

 

 バイドの本能の一つである繁殖。

 島風達がその本能を基に行動していたのだから、古鷹の事も含め時雨達も同様の理由からの行動なのだろうと推察していたイ級が首を傾げる。

 

『イエ。

 二人ハ時空ノ壁ヲ越エ過去ヲ改編シヨウトシテイマシタ』

 

 過去を? と鸚鵡返しに問い返してしまうイ級を尻目に元帥は納得したと溢す。

 

「そうか。

 だからスリガオだったのだな…」

 

 スリガオはソロモンにも近く過去へと跳ぼうとするなら適した場所と言えなくもない。

 

「…古鷹もやっぱり、変えたいと思ったのか?」

 

 そう尋ねたイ級。

 そんなことが可能なのか疑問に挙がらないのはそもそもバイドが未来からの脅威であるからであり、今更そんなことを聞くことはないからだ。

 

『未練ハアッタソウデスガ、古鷹ハ私達トノ『今』ヲ選ンデクレマシタ』

「……そっか」

 

 バイドになってしまったことで辛いことばかりの筈なのに、それでも『今』を選んでくれた古鷹にイ級は心から尊敬と感謝を新たに抱いた。

 

「やはり古鷹は大天使だった」

「まったくだ」

 

 そしてそれを台無しにするイ級。

 しかも元帥までもが同意するという始末。

 

『ナンデオマエラハソウナンダ』

 

 コメディが挟まれる危険領域は抜けたと思いきやまだだった事実にアルファはつい素で言ってしまう。

 

「古鷹が天使だから仕方ないな」

「寧ろ女神。

 いや慈母神古鷹でもありだな」

 

 しかしアルファのツッコミもどこ吹く風と古鷹に訳のわからない称賛を並べ立てる二人。

 もういっそフォース叩き込んでやろうかとかなりじゃすまない物騒な思考に陥るアルファだが、それは最後の手段だと自制心を働かせていると元帥が問いを投げた。

 

「それで、先程感染の経緯を聞き出したと言ったが原因は何だったのだ?」

 

 どこかの海域ならば早急にその海域の侵攻禁止を言い渡さねばならぬと確認を取る元帥にアルファは言いにくそうに答えた。

 

『二人ハ如月ノ被験者ダッタ』

 

 そう答えた途端、元帥から表情が消え静かな殺意を纏う。

 

「……奴か」

 

 白い手袋に包まれた拳がまるで革手袋のようにギチリと音を発てる。

 見るからにキレかけている様子の元帥に未だ如月の事を聞かされていなかったイ級は元帥に振る。

 

「誰だそいつは?」

「…知らせていなかったのか?」

 

 初耳だという態度にそう確かめるとアルファはエエと肯定する。

 

『御主人ハ激情家デスノデ機会ヲ伺ッテイマシタ』

 

 嘯くアルファについ先日の事を思いだし元帥も納得の苦笑を溢す。

 

「確かに。

 知っていたら会談など叶わなかったろうな」

 

 くつくつと笑う元帥にやや拗ねつつイ級は改めて説明を求める。

 

「で、話からして如月ってのが相当な糞野郎だってのは分かるがそいつは何者なんだ?」

「如月牛星。

 奴は天才的な頭脳を持つ艦娘の建造に関わっていた研究者であったが、非人道的手段を講じることに何等躊躇しない異常性から収監されていた筈の男だ。

 ついでに言えば現在行方不明になっている元横須賀所属の戦艦大和は奴が主導に当たり建造されている」

 

 それだけでおおよそを把握してしまったイ級から僅かづつだが黒いオーラが立ち上ぼり始めてしまう。

 

「……へぇ」

 

 たった一言にも満たない感想だが、それだけでその機嫌が最下層を下回り続けているのは一目に解ってしまった。

 

「んで、そいつは今何処にいんだ?」

「口惜しいことに所在不明だ。

 特別攻撃隊装備の対抗馬を製作しようとしていた派閥の者の手により秘密裏に連れ出された後の足跡は分かっておらん」

 

 特別攻撃隊、詰まる所『特攻兵器』の名にイ級のオーラが靄から陽炎にその量を増やす。

 

「久々にそのくっそ忌々しい名前を聞いたな。

 つうことは何か? 特攻兵器が採用されてなけりゃ北上達はバイド兵器を持たされてた可能性があったってことかよ」

 

 煮えたニトロの如く危険な雰囲気でそう確めるイ級に元帥は『切り札』を投じた。

 

「その前にだ。

 これで眺めて一度落ち着かぬか?」

 

 そう懐から『切り札』こと『那珂ちゃんのサイン入りブロマイド(浴衣姿)』を差し出すと、途端にイ級の黒いオーラが霧散しミラーボールよろしく煌めきだした。

 

「お れ は し ょ う き に も ど っ た ぞ」

 

 正気どころか完全にトチ狂った様子でブロマイドを崇め奉るイ級。

 

「那珂ちゃんは世界を救う。

 私の見立てに間違いはなかった」

 

 清々しい笑顔で嘯く元帥だが、シリアスで進めたいアルファにしてみれば堪ったものではない。

 とはいえあのままイ級が爆発するよりは余程マシな状況なのだから元帥を非難することはできない。

 

『チナミニアノブロマイドハ御主人対策ニ?』

「策意なく私物だ。

 こうでもせんと落ち着かぬと見せたが、思いの外効いたな」

『出来レバ多用ハ控エテ貰イタイ』

「同感だ」

 

 必要とはいえ真剣な空気が断続的に途切れるのはやはりいい気分ではない。 

 そうしてブロマイドに対し謎の礼拝を数分間繰り返したイ級は先程に比べて非常に落ち着いた様子で尋ねる。

 

「このブロマイド欲しいんだが」

「悪いがそれは私用で撮った一点物ゆえくれてやるわけにはいかんな」

『ソッチジャネエダロ』

 

 掴みか本気か判別の着かない切り出しと返しにそう突き刺すと、漸く空気が真剣なものに戻る。

 

「で、艦娘をモルモットにした挙げ句バイド兵器を作ろうとした気違いは本当に生きてるのか?」

 

 予備知識もなくバイドに近付いて唯で済むとは思いづらくそう尋ねると元帥が苦い顔で頷いた。

 

「奴は私達が『結晶体』と呼んでいたバイド兵器の研究中に姿をくらませておる。

 それを指示していた者の話では奴は『これを制御するには数百年分の技術革命が必要だ』という言葉を最後に姿を消したそうだ。

 状況証拠ばかりで根拠は薄いが、私が如月が生きていると確信している」

 

 そう説明を終えた元帥にイ級は妙な引っ掛かりを感じた。

 

「……」

『ドウシマシタ御主人?』

「…いやな」

 

 どう説明したらいいか迷いながらイ級は思ったまま口にする。

 

「なんか引っ掛かるんだよ。

 こう、したいことが見えないっつうか、何をしたくてんな気違いな真似をしてるのかはっきりしないっつうか…」

 

 自分でも何を言っているのかと思いながらそう言うイ級。

 

『研究ソノモノガ目的ダカラデハ?』

 

 『手段』そのものが『目的』であるゆえに一貫性が見えないのではと言うアルファ。

 元帥もその意見に同意するのだが、イ級はだったらと聞く。

 

「じゃあなんでバイド兵器を諦めたんだ?」

「『……』」

 

 『目的』が研究そのものであるなら数百年分の技術革命を必要とするバイド兵器はまさにうってつけの『目的』足り得た筈。

 しかし如月はバイドの研究を取り止め姿を消した。

 それがどうにも引っ掛かっていた。

 

「確かに。

 今までは手に余るから諦めたとばかり考えていたが、そもそもあの手合いが手に負えない程度の理由で諦めるものか?」

 

 否。

 長い年月を策謀が渦巻き権謀術中が交錯する場で日本と艦娘のためにと時には敵対する者を闇に葬り手を汚してきた元帥はそれはあり得ないと言い切れる。

 と、そこまで至り元帥は一つ仮説を思い至る。

 

「まさか、奴にはバイドさえ己の研究の足掛かりでしかなかったというのか?」

 

 如月は自らが欲するなにかをバイド得ることが叶い、故に汚染のリスクを背負う前に姿を消した。

 そうであるなら奴は……

 

「駆逐棲鬼よ。

 これは私個人の頼みだ」

 

 もしそうであるなら奴は一定以上の成果を出している筈。

 それほどまでに如月牛星という男は天才であり、狂っている。

 

「この先、もし深海棲艦になった艦娘(・・・・・・・・・・)を見付けることがあったら助けてやってくれ」

「……おい」

 

 その頼みが何を意味するのか理解したイ級はもう那珂ちゃんが居ても抑えられない程の憤怒を抱きながら答える。

 

「そいつはもう手遅れ(・・・)だ」

 




ギャグとシリアスがミルフィーユのように重なりかつ艦娘は一切姿を見せない。

これは本当に艦これ二次創作なのだろうか?

因みにご説明しますとギャグを挟んだのは当初シリアス一辺倒にした結果イ級が暗いわオーラが消えないわと堕ちまくって変な方向に勝手に進んでしまった挙げ句会談が中途でお釈迦になってしまったためです。

次回も会談ですが、今度は元帥が落ちかねない事態に……


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ありえんな。

だが、奴なら或いは……


 元帥から暫し席を外すよう言われた長門は何かあった際直ぐに飛び込めるよう扉の前で待機していると不意に懐かしい声を耳にした。

 

「あら?

 やっぱり長門じゃない」

 

 その声に長門が振り向くとそこには久しく見なかった姉妹の姿があった。

 

「陸奥か」

 

 ラバウルに異動した戦友であり血を分けた姉妹との10年ぶりの再会にも関わらず目線と声だけの対応に陸奥は苦笑を溢す。

 

「相変わらず外では固いわね」

「任務中だからな」

 

 無論長門とて望んでかのような冷たい態度を取っているわけではないが、扉一枚を挟んだ向こうで元帥が駆逐棲鬼と一対一で対話しているため気が抜けないのだ。

 

「ギャハハハハ!

 陸ったんのお姉ちゃんはクールだね」

 

 どう説明したものかと悩んでいた長門だが、それより先に何やら苛つかせる笑い声を上げながら割って入る者が陸奥の背後から現れた。

 

「あら主任?

 工廟の見学はもういいのかしら?」

「そうだねぇ。

 でもさ、こっちの方が面白そうじゃん」

「別になにもないと思うけど?」

 

 人差し指を顎に添えて軽く傾げる

陸奥。

 たったそれだけの仕草ながら横須賀の陸奥に比べ妙に色気を感じさせる。

 

「陸奥、そいつは?」

 

 陸奥の変化を不可思議に思いつつ二人の親しい様子にラバウルの職員なのかと辺りを付け確める長門。

 

「ああ、ごめんなさい長門。

 この人はラバウルに技術提携しているシンクタンク『from』から出向している技術顧問の逆吊氏よ。

 ラバウルでは『主任』と呼ばれているわ」

 

 陸奥の紹介に逆吊と呼ばれた男が挨拶をする。

 

「どもども。

 今ご紹介に与った主任です。

 まあ、今日の帰りに死んじゃうかもしんないけどね。

 アハハハハ!」

 

 何がおかしいのか全く理解できない長門を尻目に爆笑をする逆吊。

 

「あらやだ主任ってば、そうさせないために私達がいるんじゃない」

「そうだねぇ

 アハハハハ!」

「うふふふふ」

 

 爆笑する主任に釣られてか楽しそうに笑う陸奥。

 その様子は龍驤辺りならば「爆発しぃや!?」と血の涙を流して艦載機を叩き込みかねないほど仲睦ましげに見えた。

 

「……取り敢えずだ。

 私は今任務中なんだ。

 何か話があるというなら、後で時間を儲けるからその時にして貰いたい」

「あ、そうなんだ」

 

 殴っても許されそうなにやけ面を浮かべながらぼそりと呟く。

 

「まあ、今はこんなもんかな? まだ下っ端だし」

「何?」

 

 主任が何を言ったか聞き取れず問い質そうとするも主任はくるりと背を向ける。

 

「じゃあおじさんはここら辺で失礼するよ」

 

 まあ頑張ってねと最後までふざけた態度を崩さぬままその場を後にする。

 その背中が見えなくなると長門は軽く息を吐き陸奥に言う。

 

「…私が口を挟むべきではないと思うが、相手は選ぶべきじゃないか?」

 

 付き合うのは賛成しかねると遠回しに物申す長門に陸奥は違うわよと苦笑する。

 

「主任とは何もないわ。

 ああ見えてあの人愛妻家だし」

「……結婚できたのか?」

 

 アレ(・・)にそんな器用な真似が出来たのかと口が開いてしまう。

 気持ちは分かる陸奥はその様子に苦笑を溢しじゃあと踵返した。

 

「積もる話はまた後でね」

「ああ」

 

 そうお互いに約束を交わすと陸奥はその場を後にし長門も職務へと戻った。

 

 

~~~~

 

 

 深海棲艦化した艦は既に居ると告げたイ級の残酷な言葉にギシリと元帥の歯が軋む。

 

「……既に保護していたのだな?」

 

 感情を押し殺そうとして呻くように確認する元帥にイ級は追い討ちになると解っていたがそれでも事実を語る。

 

「二ヶ月ぐらい前か。

 南方棲戦姫が西から流れてきた春雨を拾ってきた。

 そいつは心身ともに壊れてた(・・・・)としか言いようもない状態だった」

 

 イ級はそこで一旦区切る。

 あの時の衝撃は今でも忘れようがない。

 直接手を伸ばすことか叶ったイ級でさえそうなのだから聞くことしか出来ない元帥の心中は察して余りあった。

 多少暈して表現したがそれでもきついようなら一服挟んだほうがいいと配慮を配るイ級に元帥は無言で首を降り続けるよう促した。

 

「はっきり言ってくれて構わん。

 春雨の容態はどうだったのだ?」

「……一番酷いのは大腿部から下の両足を丸々切り落とされていた事だが、他にも下腹部を中心に酷い暴行の形跡が幾つも確認できた。

 それらが直接の原因か正確なところはまだ解らないが、俺が姫に会わされた時点で春雨は『妖精さんの加護』を完全に失って深海棲艦化していた」

「……そうか」

 

 イ級の説明に対して元帥の答えはたった三文字だったが、ぶるぶると震える拳と岩のように硬く潜まった眉間の皺がその心情を雄弁に語っていた。

 

「それで、今は?」

「ほんの少し前に殻に閉じ籠ることを止めてくれたよ。

 下肢も明石が専用の艤装を造ることで移動に支障がないようにしてやってくれた。

 ただ、鬱も患っているみたいで大分不安定な状態は変わらない」

「で、あろうな」

 

 それが本人にとって良いことかは別だが、それでもほんの僅かにだが希望が見え元帥の眉間の皺が微かに緩む。

 

「その春雨に対し姫はなんと?」

「南方棲戦姫はよくわからないが戦艦棲姫は春雨を深海棲艦の姫級として擁立する心算があるように見えたな」

 

 明言こそしなかったが戦艦棲姫は春雨を『使えるようにしろ』と言った。

 それはつまり、何れ姫ないし鬼として運用するつもりなのだろう。

 海軍にとって不利益しかないその話だが、元帥はあろうことを口にした。

 

「そうなったのなら仕方あるまいな」

「……いいのかよ?」

 

 春雨が駆逐棲姫として牙を剥くのを容認するかのような言葉にそう問うてしまうイ級だが、元帥は何等揺るがぬ瞳で真っ直ぐ見返す。

 

「選ぶのは本人だ。

 申し訳無いが元艦娘であっても深海棲艦を大本営が擁護することは不可能だ。

 だからこそお主の所で春雨として生きることも姫達の下に降り駆逐棲姫として立ち塞がることも私には止められない」

 

 情けないことだがなと自虐する元帥は先程に比べて小さく見えた。

 

「……分かった。

 本人にもそう伝えておく」

「……」

 

 元帥は無言で頷くと更に尋ねた。

 

「春雨以外で保護した艦娘はおるか?」

「いや。

 だが、古鷹が深海棲艦化した阿賀野と翔鶴と戦ったそうだ。

 それと俺も深海棲艦を艤装として運用する高雄と愛宕の二隻と交戦している。

 胸糞悪いことにその誰もが人格に異常をきたしていた」

「……既にそれほどの数が…」

 

 知らないところで如月の魔手が際限なく広がっていたことが口惜しいと手袋ごと爪を噛む。

 

「それと、」

「まだあるのか?」

「これは南方棲戦姫から聞いただけで確認できていないが、おそらく元横須賀の大和も深海棲艦化している可能性がある」

「……やはりか」

 

 あの大和には建造時に深海棲艦を素材の一部に組み込まれていた。

 である故にその可能性は以前から憂慮されていた。

 

「驚かないんだな?」

「大和の建造過程は其ほどのものなのだよ」

「そうかい」

 

 イ級とてあの大和が普通に建造された艦だとは思っていなかった。

 そのためその想像が確定に変わっただけのことであり、その憎しみに何等変化もない。

 

「今のところ分かっていることは高雄達と翔鶴達は仲間ないし協調関係にあること。

 そして春雨を含めそれらは西から来た事か」

「だな」

 

 そうなると一つ疑問が挙がる。

 彼女達が西から来たということは如月もまた西側の何処かにいる可能性が高いということなのだが、そもそも深海棲艦が跳梁跋扈の限りを尽くす今の海をどうやって渡りきったのか?

 

「やはりアメリカが一枚噛んでいると考えるべきか?」

「そいつは少し無理があると思う」

「何故だ?」

 

 当然の帰結を否定するイ級にいかける元帥にイ級は答える。

 

「半年以上前の事だが、俺はアメリカの艦娘と会って少しだが向こうの事情を聞いたんだよ」

「ほう?」

 

 永らく知ることすら叶わなかったろうなかつての大国の今の現状とあり元帥は興味深いと食い付く。

 

「誰と会ったのだ?

 ミズーリか? それともやはりエンタープライズか?」

 

 アメリカの艦艇と言えば前から挙がるだろう二隻の名を挙げるもイ級はいやと首を振る。

 

「俺が会ったのはアルバコアだ」

「……成程」

 

 よく考えずとも今の状況で戦艦や空母が単艦で太平洋を横断するのは不可能だ。

 現在の太平洋の鬼門ハワイ島を抜けてきたというのであれば間違いなく大艦隊を編成した上での事だろうし、そうであればこちらが察知していない方がおかしい。

 でないなら、来たのが単艦で隠密性に優れた潜水艦なのは当たり前の結論と言える。

 

「しかしアルバコアか」

「やっぱり苦手か?」

 

 微妙な表情を作る元帥にそう問うイ級に元帥はいやと首を振る。

 

「私個人が苦手という事ではないのだが、満潮や曙といった姉妹を討たれた艦が異常に反応しないだろうかと思ってな」

「本人じゃなくてか?」

 

 アルバコアの名にリンガの天龍があらかさまに反応していた事を思い出して問うと元帥は試すように片目を閉じる。

 

「殺されることと目の前で失う痛み。

 お主はどちらが辛く憎い?」

「……そう…だな」

 

 大和への憎しみの原点(千歳と球磨の死)を思い出してイ級は絞り出すようにそう答える。

 

「確かに。

 俺だって似た者同士だったな」

「……」

 

 長門から何故イ級があの大和から逃げおおせたのか聞いていた元帥はその様子に少なくない後ろめたさを覚えたがそれを封じ話を戻す。

 

「して、アルバコアはなんと言っていたのだ?」

「……かなり胸糞悪い話さ」

 

 憎しみを再確認したイ級はその業火に蓋をしてかつて聞いた話をする。

 

「アメリカじゃ艦娘に人権はないらしくてな。

 毎日大量に建造されてそのまま戦場に放り込まれてるそうだ」

「……流石、世界一の工業力は伊達ではないようだ」

 

 資源に乏しい日本なら考えられないやり口にそう皮肉る。

 だが、同時にそれも仕方ないかとも考える。

 そもそもアメリカと日本ではその守備範囲が違う。

 日本は国土が小さな島国故に安全地帯は無いに等しいが、逆に言えばその小ささ故に防衛範囲は絞られている。

 それ自体は利点とは到底言えないが、しかしその利点を奇跡的に生かし活路を拓いたからこそアジアの多くに支持を得ることが叶い今の戦線を維持するまでに引き戻せた。

 一方でアメリカは合衆国のみならず隣国のカナダとメキシコまでを含んだ膨大な海面地域までが守備範囲となってしまったのだろう。

 大陸の全ての海岸線となれば幾ら数を投入しようと高錬度の艦娘を維持しきれるわけがなく、その結果建造した艦娘の成長を待つ暇もなく使い潰しに走らざるを選なかったのだろう。

 

「アルバコアは使い潰されたくないからって、ハワイを強行突破して此方に艦娘を投入する作戦に潜り込んでとんずらしたらしい」

「……その様な作戦は聞いたことがないな」

 

 その作戦が本当ならアメリカの艦娘をこちらが確認しているはず。

 全て失敗したため此方にまで情報が届かなかったのか…

 

「或いはその作戦そのものが虚言であったか」

「無いとは言わねえが…だったらアルバコアの目的は何だったんだ?」

「今はいないのか?」

「装甲空母ヲ級の時に帰っちまってな」

「何か言っておらなんだのか?」

「直接会った北上が言うには子供がどうとか言ってたらしい」

「子供?」

 

 何の事だと暫し頭を巡らせた元帥はふとある名に思い至るも直ぐにそれを否定する。

 

(……あり得ん。

 もしそうなら(・・・・)アメリカがとうに深海棲艦を滅ぼしている筈)

 

 故にそれだけ(・・・・)は有り得ないと頭を過った最悪の兵器(・・・・・)を否定した。

 

「ともあれだ。

 私の方でも如月に関与したものを拷問にかけ洗い出してみよう」

「…訊問じゃなくてか?」

 

 かなり物騒な単語が飛び出した事に若干引きつつそう問うと元帥はさらりといい放つ。

 

「拷問は提督の嗜みだ」

「聞いたことねえよ」

 

 当然だという元帥に呆れ混じりに返すイ級だが、そこにアルファまでもが口を挟む。

 

『地球連合軍デモ拷問ハ提督ノ嗜ミデシタガ?』

「怖すぎるわ!?」

 

 なんで世界を跨いで変な常識が蔓延っているんだと慄くイ級。

 

「ほほう?

 異世界の嗜み、非常に興味がそそられるな」

『然シテ変ワリハ無イカト。

 部屋ノ隣ガフォースノ調整室ダトイウ程度デショウ』

「いやいや。

 確かに拷問官が出来ることに大差はなかろうが此方には艦娘という独自性があるぞ」

『ホウ?

 彼女達モ参加スルト?』

「あまり直接は関わらんがな。

 余りに口が固いので食事を磯風の手料理にしてやったことがあったな」

『ソレハソレハ。

 胃カラ責メルノハヤハリ基本デスネ』

「うむ。

 その目の前で鳳翔手製のひつまぶしを食らってやるのは実に愉悦だ」

『ヨクワカリマスヨ』

 

 イ級が理解できないものを見る目をするのに構わず二人は楽しそうに拷問について語り合う。

 

「……え? 付いていけない俺がおかしいのか?」

 

 いつの間にのかおいてけぼりにそうごちるが、やはりそうじゃない筈と話を引き戻しに掛かる。

 

「ともかく、こっちも戻り次第ミッドウェーの姫にハワイ周辺からアメリカ側の深海情勢を聞いてみるから、例の件も含め纏まり次第結果を送る」

「そうしてくれ」

 

 少々もの足りげながら今後に関わる話を切り出され元帥はそう頷く。

 なんとか元に戻った流れの中元帥は階段の終わりを口にする。

 

「今回の結果がお互いにとって有意義なものになるようお互いに勤めよう」

 

 共通の敵と共通の目的を共有できた。

 この先どうなるかはまだわからないが、それだけは確かな手応えとして掴めた事で今回の会談は終了した。

 




ちょっと駆け足ですがいい加減にしないとということで会談は終わりです。

次回は島に帰れる……筈。

以下は投入しようとして没にしたネタ。




 イ級がまったく理解できない拷問のあれそれで話が沸くアルファと元帥だが、不意に元帥の様子に変化が現れた。

『?
 ドウシマシタ?』
「いやな。
 少々思い出したくない事を思い出し」

 脂汗を浮かべそう言った直後、突如元帥が錯乱した。

「待ってくれ鳳翔!?
 誤解なんだ!!
 確かに榛名の胸を触ったのは事実だが決してセクハラというんじゃない!!??」

 まるで目の前に笑顔でキレる鳳翔がいるかのように取り乱し弁明を重ねる元帥。

「もしかしてフラッシュバック?」
『デショウネ』

 どうしたもんかと途方に暮れる二人を尻目に一人ヒートアップしていく元帥。

「やめてくれ!?
 その艶々の白米にマヨネーズは無いから!?
 そんなジャンクフードをお前が食べないでくれ!!??」

 情けなく泣きながら詫びる元帥にイ級とアルファは落ち着くのをただ待つしかなかった……


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夢を見ていたの

覚めてほしくない、幸せだった夢を…

※注、今話は可能性のひとつです。


「―――、―――――、」

 

 つんと肌を指す冷気が空の雲を全て払い除けた青い空に歌声が響く。

 歌を紡ぐ少女は海風に削られた岩礁に腰を掛け死人と見紛うほどに白い足をゆらゆらと揺らしながら滔々と歌い続ける。

 白いのは足だけではない。

 身に纏うノースリーブのワンピースとワンピースから伸びる腕も、腕を肘から覆う手袋も、緩やかにウェーブを描く髪も真っ白であった。

 白の色彩の中で異彩を放つ赤い瞳は暁に燃える水平線を静かに見つめていた。

 

「ヒメ」

 

 空を見上げ歌い続ける少女に一隻の深海棲艦が声を発した。

 

「テキガキマシタ」

「……」

 

 砕けた艤装を纏い杖を突いて足の代わりに立つ深海棲艦の言葉に歌を紡ぐのを止め姫と呼ばれた少女は問う。

 

「どっちが来たの?」

 

 その問いに深海棲艦は忌まわしそうに答える。

 

「イツモノトオリマガイモノ(・・・・・)デス」

 

 憎しみに満ちた言葉に姫はそうとだけ口にすると立ち上がり命を下す。

 

「おそらく今回が最後よ。

 動ける者は全て出しなさい」

 

 姫の命令に深海棲艦はハイと応えた後、悔しそうに声を絞り出す。

 

「ワレワレハ、マケルノデスネ」

 

 ともすれば敗北主義者と処断は避けられないだろう言葉だが、姫は咎める様子もなくいいえと否定した。

 

「私達はとっくに負けていたのよ」

 

 あの日にね。と言った。

 

「……ソウデスネ」

 

 あの日、彼女を除外した全ての姫がこの世から姿を消した。

 姫だけではない。

 艦娘も、バイドも、エレメンタルドールもあの日に起きた戦いで誰一人として生還叶わずこの世から消滅した。

 そしてそれは姫の暮らしていた、あの奇妙な駆逐イ級を中心とした小さなコミュニティも例外ではなく、ただ一人戦場から遠ざけられていた『北方棲姫』だけが残された。

 一人残された北方棲姫は紛い物(・・・)の手により日に日に数を減らしていく深海棲艦をかき集め今日まで抗い続けていたが、補給も修理も出来ない状況は如何に采配を奮おうと覆ることはなく、今は己が基礎となったアルフォンシーノに立て籠り嘗ての硫黄島を初めとした日本兵の玉砕戦法の準備をすることしか出来ないまでに追い詰められた。

 最後の悪足掻きの準備をするため下がった深海棲艦を見送り、北方棲姫は不意に吹いた海風に顔を向ける。

 

「……なんで、」

 

 思い出すのはかつての日。

 イ級が、アルファが、陽菜が、瑞鳳が、皆が皆笑っていられた日々。

 そこには争うべき間柄であっても相容れぬ隔たりがあっても、そんなものは知ったことかと肩を並べ、食事を共にし、時に些細な理由で砲を向けあってその後でごめんなさいと謝りあって、そんな奇跡が重なりあった夢の日々はもう何処にもない。

 

「なんでこんなことになったのよ」

 

 涙と共に溢れた問いに、潮騒は答えてくれなかった。




BADEND-【夜鷹の夢】

到達条件:イ級が請けた依頼にて●●との●●を拒否した上でバルムンクを使用し、その後の選択肢で【殺してでも押し通る】を選ぶと突入。

 今回のバッドエンドは自分が用意しているエンディングの中でも最悪の結末です。
 イ級達は全滅し艦娘もいなくなった灰色の世界で北方棲姫が最後の深海棲艦として駆逐されていく……自分でドン引きするぐらい救いがねえなこれ。


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Those who look into the abyss
さあ


君は我々(・・)を愉しませてくれるかい?


「博士~」

 

 雷の調整(・・)に勤しんでいた如月を媚びるような甘ったるい声で呼び掛ける愛宕。

 愛宕の声に如月は作業を続けたまま問い掛ける。

 

「どうしたんだい愛宕?

 また大和が脱走しようとしたかい?」

 

 そう問う如月の背中に豊満な乳房を押し付けながら愛宕はええと笑む。

 

「今日はとことん気が立ってたみたいでぇ、逃げられちゃいました」

 

 ブラをしていない双丘は如月の背中に服越しでありながらその柔らかさを十二分に伝えるも、微塵の欲情の気配も見せずそのとてつもなく重大な失態に対して如月は苦笑した。

 

「おやおや、それは困ったことだ」

 

 まるで飼い猫がケージから逃げたかのような気楽さでそう言うと、如月は作業の手を止め雷に言う。

 

「雷。

 聞いていたかい?」

 

 問いかけられた雷は閉じていた双眸を開きそう聞いていたわと答えた。

 

「ならばいい。

 君の新しい艤装の試運転も兼ねて大和を連れ戻してほしい」

「いいわよ」

 

 憎悪に濁った瞳と凍り付いたように固まった表情を両立するちぐはぐな雷はでもと確認する。

 

「間違って殺しちゃっても構わないわよね?」

「構わないよ」

 

 不具合しか感じさせない笑顔で如月はそれを肯定する。

 

「調整が終わっていない方ならまだしも、携行用の艤装程度に殺されるなら大和も今までの失敗作の一つだったというだけだからね」

 

 薄い笑みを湛えながら吐き出されるおぞましい台詞に愛宕も雷も然したる悪感情を抱く様子もなく、愛宕は無言で艶かしげに腰を揺らし雷はそうとだけ口にした。

 

「じゃあ行ってくるわ」

 

 そう言うと雷は身の丈を越える碇が取り付けられた深海棲艦を素材にした特Ⅲ型駆逐艦の艤装を背負い部屋を出ていく。

 

「うふふ。

 雷ってばいい感じに完成(・・)したわね」

「まさか」

 

 愛宕の言葉に如月は言う。

 

「あの娘はまだ適応(・・)出来ただけだよ。

 扱いこなすにはもっと繋がってもらわないと(・・・・・・・・・・)

 

 そう言うと雷の艤装(・・)に目を向ける。

 

「惜しむらくは未だにコレ(・・)を私の手で建造出来ない(・・・・・・)ことか」

 

 そう呟くと愛宕が愉快そうに笑う。

 

「うふふ。

 博士は本当に研究がお好きですわね」

 

 そう言いながら更に胸を押し付けちろりと頬に舌を這わせる。

 

「でも、これだけ誘っているんですから、少しは私にも構っていただけませんか?」

 

 そうおねだりする愛宕に如月はやれやれと眼鏡に手を掛ける。

 

「確かに君の調整(・・)もそろそろ必要だろうからね。

 いいよ。手も空いた事だし相手になってあげるよ」

 

 そう宣うと愛宕を引き寄せそのまま作業台に押し倒した。

 引き倒された愛宕はこれから与えすられる快楽に期待を膨らませながら、同時に気になったことを問う。

 

「ところで博士。

 大和ってば日本じゃなくて太平洋に向かったんですが理由はわかりますか?」

「太平洋かい?」

 

 如月は上着のボタンを外し愛宕の下肢へと伸ばした手を止めることなくその問いに仮説を並べる。

 

「おそらく南極を経由してサーモン海域を抜ける気なのだろう。

 生きて帰ってきたら良いデータが手に入りそうだ」

 

 そう言うと如月は服がはだけ露になった裸身を曝す愛宕に覆い被さり調整(・・)を始めた。

 

 

~~~~

 

 

「漸く帰れるな…」

 

 会談が終わり視察の日程を終えた元帥が乗ってきた護衛艦でリンガを後にしたのを確認し、念のため1日様子を見てから俺もリンガを発とうとしていた。

 (バイドの処理を含め)忘れ物が無いかの確認を終えいざ帰らんと言った矢先に磐酒提督が見送りに来た。

 

「わざわざ見送りに来なくてもいいのに」

 

 ちなみに今日の護衛は武蔵と赤城と神通。

 ついでで見送りに参加しに来た模様。

 そう言うと磐酒は苦笑する。

 

「一応招いた手前、締めはちゃんとしないとな」

「そうかい」

 

 散々迷惑掛けたしさっさと帰れぐらい言っても良いと思うんだが、磐酒は真面目な様相で口を開いた。

 

「レ級の件は本当に感謝している。

 立場上礼は出来んが、それだけは言わせてくれ」

 

 礼は出来んって、もう十二分にもらってるよ。

 

「分かった。

 今後は海で会わないことを祈っとくよ」

「…そうだな」

 

 苦笑する磐酒。

 そこで不意に赤城が俺に問い掛けた。

 

「一つ聞いても良いですか?」

「なんだ?」

 

 オススメのボーキサイトの産出地か?

 大したことない話かと思ったんだが、赤城の表情は真剣だった。

 

「貴女は運命は抗えると思っていますか?」

「……は?」

 

 いや、なにいきなり難しい質問をしてくるんだよ。

 よくわからないが適当な回答をしちゃいけない雰囲気だし、なんでか武蔵と神通もその問いの答えを真剣に聞きたがってる様子。

 とはいえ曖昧な質問と言うか、そんなこと考えたこともないんだが……そうだ。

 

「答えとは違うかもしれないがいいか?」

 

 そう前置くと赤城が頷いたので俺は言う。

 

「これは俺じゃなくて別の奴の言葉なんだが、運命って言葉は言い訳なんだと」

「言い訳?」

 

 首を傾げる赤城に俺は頷く。

 

「運命なんてのは『終った事』を納得させるための言い訳。

 望まない未来なら捩じ伏せて替えちまえ。

 そして勝ち誇りながら言ってやればいい」

 

『これが運命だ』

 

 そう言うと三人はぽかんと呆けた顔をして不意に笑いだした。

 

「成程。

 そいつはいい」 

 

 正直外したかなと思ったし言ってて超恥ずかしかったんだが、結果はまあまあ悪くなかったらしい。

 

「決められた未来なんて存在しない。 

 あるのはただ、己等で築いた足跡のみ。

 貴女らしいですね」

 

 なんかいい感じみたいだし下手なことになる前に俺は海へと向かう。

 

「じゃあな」

 

 これ以上話してボロが出ても困るからそう言って俺は海へ飛び込んだ。

 そのまま沖へと向かう潮に乗って一気にリンガから泊地周辺へと更に暫く奮っていなかった機関を無理ない程度に存分に回し加速して領域外へと飛び出していく。

 

「いやはやなんでこんなことになったんだかねえ」

 

 何事も無ければ今頃島でカレー食ってた筈だってのに。

 そういや主食を米の代わりにじゃがいもとナンのどっちにするかで割れてたけど、いい加減決着着いたんか?

 面子増えて余計に荒れてたりして。

 

『御主人』

 

 んなこと考えてたらカタパルトからアルファが呼んできた。

 

「どうした?」

『先程赤城ニ言ッタ言葉デスガ、誰ガソレヲ?』

 

 ああ、あれね。

 アルファが知らんのも無理はないか。

 

「実はな、あの言葉を言ったのはゲームのキャラなんだよ」

『……ハイ?』

 

 アルファが目を点にしてる気がするけど今更誤魔化せないしな。

 

「細かい内容は省くけど、そのゲームのラスボスが世界の悪意の集合体で、そいつが運命には抗えないって言うのに対抗して主人公達が運命って言葉は言い訳だって反論するんだよ」

 

 ひ○らしの運命は障子紙だってのも悪くないけど、俺的にはやっぱりペル○ナ罰の酸いも甘いも噛み分けた大人達の発言のほうが好みなんだよな。

 

『……』

「もしかして、呆れたか?」

『……少シ』

 

 デスヨネー。

 

『デスガ』

 

 また失望させたかと軽く落ち込んでたらアルファは言った。

 

『御主人ニアレダケノ大言モ吐ケナイデスシ納得シマシタ』

「然り気無くディスられてるのは聞き流すべきか?」

 

 駆逐イ級だしヒエラルキーが低いのは気にしないが流石に堪えるぞ?

 

『一応評価シテマスヨ?』

「何処が?」

『チャントソレガ受ケ売リダト言エルコトガデス』

「それはプラス評価なのか?」

『エエ』

 

 そんなところで評価されてもあまり嬉しくないんだが……。

 

「まあ、貰って困るもんでもないか」

 

 特に内容があるとは思えない会話をしつつリンガからサボを経由しつつ島のあるフィリピン領海のレイテへと向かう。

 特段アクシデントもなく1日が過ぎ、太陽がかなりの高さまで登った頃策敵を任せたアルファが報告を持ってきた。

 

『御主人、スコープ・ダックガ近クニ深海棲艦ヲ見付ケタヨウデス』

「案配は?」

 

 そろそろ戦艦棲姫の縄張りも近いし下手に絡まれると面倒なんだよな。

 

『軽巡ト輸送艦ノ二隻デス』

「ふむ…」

 

 姫の配下ならあんまり珍しくはないけど、だけと二隻だけってのは引っ掛かるな。

 

「状態は?」

『ドチラニモ損傷ハ見受ケラレナイソウデス』

 

 無傷の艦が二隻だけ?

 

「なんか変だな。

 ……バイド化はしてないんだよな?」

『ハイ』

「……そうか」

 

 ほっといても問題は無さそうだけどなんか気になるな。

 

「ちょっと会ってみるか。

 アルファ、先行して注意を引いてくれ」

『了解』

 

 俺の命令を受けたアルファは発艦状態からフォースを装備し先行する。

 わざわざフォースを出したのは撃たれることを警戒してなんだろうけどさ、それって逆に警戒させないか?

 んなこと思いつつアルファを追うこと暫し、水平線の向こうにフォースを構えるアルファとアルファからワ級を庇うように立ち塞がるホ級の姿が見えてきた。

 う~ん。やっぱりああなったか……

 

「双方待て!」

 

 敢えて高圧的に制止の声を出すとアルファが俺の前に移動して二隻もこちらを向いた。

 打ち合わせしてないんだが上手い立ち回りをしてくれたアルファには後で感謝しないと。

 

「お前は…」

 

 他の深海棲艦に比べかなり流暢な言葉を発したホ級が俺に驚いた。

 それはワ級も同じらしいが俺に面識は無い。

 見た目同じなのに違いがあるのかと言われそうだけど深海棲艦の視点だと結構違いがあるから分かるんだよ。

 因みに後ろのワ級を見ればこっちは明確に差異がある。

 その差異はあつみと同じでお腹が殆んど膨らんでないこと。

 それとお腹の代わりかボロ布みたいな帯で覆われた胸が普通のワ級に比べかなり自己主張している。

 目算だと千代田並か?

 ともあれ俺は話しかける。

 

「お前達、何処に向かっているんだ?」

「……答える必要があるの?」

 

 驚いた。

 ホ級だけじゃなくてワ級もかなり流暢な言葉を喋ってる。

 

「いや、この辺りは姫の領海に近いからな。

 知らずに入り込んだら襲われるって忠告しようかと」

「……そう」

 

 疑う様子ながらワ級がそう言うとホ級が訊ねた。

 

「お前は姫の配下なのか?」

 

 なんつうかかなり男前な喋りかたをするホ級だな。

 まるで木曾みたいだ。

 

「領海の離島に拠点を構えてはいるが部下って訳じゃない」

 

 こう見えて鬼扱いだしなと苦笑してみると二人がまた驚きそこでアルファが提案をした。

 

『御主人。

 コノ二隻ヲ配下ニ加エテハドウデスカ?』

「え?」

 

 いきなり唐突過ぎる提案に抜けた声を溢してしまう。

 そりゃまあへ級が酒匂になっちまった上一気に三人も艦娘が増えてバランスが悪くなったのは確かだけど……。

 

「お前の配下には何がいるんだ?」

 

 スカウトするか悩んでいるとホ級がそう質問を投げてきた。

 まあ気になるのも当然か。

 

「直線の部下は輸送艦と潜水艦が二隻。

 後部下と言うか舎弟? そんな感じで軽母と雷巡と駆逐艦が二隻だな。

 それと同居している空母が一艦隊抱えている」

「思ったより少ないのね」

 

 もっといると思っていたらしいワ級がそう漏らし俺は気分だけ肩を竦める。

 

「うちはかなり特殊な立場にいるんでな。

 それと仲間に艦娘がいる」

「「艦娘っ!?」」

 

 その言葉に二隻が凄い勢いで食い付く。

 

「な、何がいるんだ!?」

 

 あまりの剣幕に若干引きつつ俺は正直に答える。

 

「木曾と北上と千代田と瑞鳳と明石と鳳翔と古鷹と春雨と酒匂に鈴谷と熊野に山城と宗谷の十三人。

 それとたまに氷川丸が寄ることがあるが……」

「めちゃくちゃ大所帯じゃないか!?」

 

 なんかテンションが降りきれたホ級に引きつつ俺はいい忘れていたことを思い出す。

 

「すまん。

 それらにプラス姫がいる。

 ついでにさっき言った空母は装甲空母の後任として水鬼に格上げされてたわ」

 

 イベント開始からそろそろ半月だしもうすぐ帰ってくるんかね?

 

「「……」」

 

 被り物のせいで表情は分からんが多分呆れから開いた口が塞がらないんだろうな…。

 

「で、なんだがいいか?」

「お、おう?」

 

 戸惑いから抜けてないとこ悪いが話を進めさせてもらう。

 

「もし行く当てが無いんだったらうちに来ないか?

 さっきも言った通りうちには艦娘と深海棲艦が一緒くたに暮らしてる関係から姫ないし深海棲艦側だけじゃなくて、艦娘の上からも仕事が回される場合がある。

 そういった雑事に関わりたくなければ島の防衛とか資源の回収とか運営に関わる作業だけでも構わないぞ」

 

 勧誘している内になんだかこの二隻を絶対引き入れなきゃいけない気になってそう言葉を並べていた。

 なんでだろうか?

 初めて会ったのになんかもう一度手放したくないってそんな訳のわからない感情が膨れ上がってきてるんだよ。

 俺の勧誘が一段落して沈黙が訪れる。

 二隻は暫し押し黙った後ホ級が口を開いた。

 

「……わかった。

 そこまで言うなら配下には加わる」

「……そうか」

 

 誘いを応じる答えに安堵した俺は自分が思っていた以上に緊張していたらしく無意識に口から溜め息が溢れてしまった。

 

「それで、これからは何と呼べばいいの?」

 

 ワ級も了承したらしくそう訪ねてきた。

 

「鬼でも駆逐でも好きに呼んでくれて構わないぞ。

 艦娘からは見た目のままイ級って呼ばれているな」

 

 そう言うと二隻は俺の事をイ級と呼ぶと告げた。

 

「分かった。

 詳しい仕事の割り振りは島の皆と顔合わせを済ませてからにするとして、島では幾つか注意点があるから向かいながら説明させてもらうぜ」

 

 そう断ると俺は再び島へと舵を切り二隻にバイドとR戦闘機の某を初めとした様々な事を語り始めた。

 




ということでここから新章に入ります。

バラバラになっていた伏線を纏めつつ最終章に向け頑張らねば……


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ははは

これは愉快な茶番だ


「あれが俺達の島だ」

 

 二隻と共に島に帰ってきた俺は久方ぶりに見る平建ての建物がある島の姿に本当に帰ってこれたんだとしみじみ感動していた。

 

「なあ、島の近くで雷撃の水柱が立ってるように見えるんだけど?」

「俺には見えない」

 

 いやだなぁ。

 一瞬見えた木曾と北上が女の子がしちゃいけない類いのガチギレ顔で互いに向けて雷撃しあってるなんてそんなわけないじゃないか。

 

「え、でも、あっちで千代田達が……」

 

 ないない。

 瑞鳳ちび姫対鳳翔千代田で両方が笑みという名の威嚇をしあいながらガチ航空戦とかあるわけないって。

 

『御主人……』

 

 アルファまでどうしたってんだ?

 まさかお前には殺意全開の鈴谷対酒匂対山城対熊野の砲雷撃戦バトルロワイヤルが見えてるってのか?

 いやだなぁ、殺伐した日常が長過ぎてPTSD患ったのか?

 

『現実ヲ見テクダサイ』

 

 現実逃避する俺にアルファの容赦のない言葉が突き刺さる。

 ……はぁ。

 

「なにやっとんじゃお前らはぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!!!????」

 

 クラインフィールドでブースター作り二隻を置き去りに初速から100ノットオーバーの超加速で戦場に飛び込む。

 実はこれ、レ級の屑野郎の時に素早く追い付くために発現させてたんだが、燃料を馬鹿みたいに消耗するからよっぽどのことがあっても使わないけど今だけは使わざるをえない。

 

「イ級!?」

「ヤバッ!? もう戻ってきたの!?」

 

 なんか微妙に聞き捨てならない台詞が聞こえた気がするが俺は構わず飛び込むのに使ったブースターを解除しありったけのクラインフィールドを鎖状に展開して全員縛り上げる。

 

「ぴゃあっ!?」

「うわっ!?」

「これは…!?」

 

 驚きの声が上がる中俺は鎖を引き寄せ自分の前に引っ立てる。

 最初は誰も抵抗していたがすぐに諦め、全員漏れなく海上に正座する形になったところで俺は怒り混じりに事情を問いただす?

 

「なんでこんなことになったんだ?」

 

 その問いに反応は様々。

 

「いや、あのね?」 

 

 しどろもどろにだが真っ先に弁明を図ろうと試みた鈴谷に先じて釘を刺す。

 

「演習でしたなら俺が到着したことに焦る必要ないよな?」

「うっ!」 

 

 ついでにカマを掛けたんだが思いっきり引っ掛かるなよ。

 宗谷と明石の姿が無いのに疑問が浮かばないのは二人はR戦闘機が無ければただのイ級相手にも苦戦するから端から除外してるだけ。

 そうこうしている内に北上が代表して説明を始めた。

 

「いやさ、野菜の収穫が終わったら試しにカレーを作ろうって事になったんだけどさ…」

 

 そこで言い淀むなよ。

 まあ、大体察したけどさ。

 

「まさか、カレーに合わせる主食で争ってたのか?」

 

 だしたらみみっち過ぎんぞ。

 

「だけなら良かったんですが……」

 

 ……。

 

「それはもしや?」

 

 なんとなく事情を把握しつつも正解を促すと、その答えはまさかの予想通りだった。

 

「ご飯の代わりにじゃがいもは嫌なの」

「大豆なんてありえないから」

「絶対パンは嫌」

「麦だけの麦飯は麦飯と言いませんわ!!」

 

 そうそれぞれ主張する四人。

 酒匂他は主食で争っていたらしい。

 

「で、そっちは?」

「姫ちゃんが食べられないから辛さは甘口以外あり得ないから!!」

「辛口とは言わないですが甘口は流石に……」

「同じく」

 

 こっちはこっちで辛さの案配に折り合いが立たなかった模様。

 

「んで、二人は何でだ?」

 

 その内容がカレー絡みだというどうしようもなさは脇においといて、主食と味、そのどちらの戦いにも参加せず本気の殺し合い紛いの戦闘に至ったのだから相当に譲れないなんかがあったはず。

 そう思っていたんだが……

 

「イ級はカレーに肉は絶対必要だと思うよな!?」

「はい?」

「イ級は分かってくれるよね?

 肉なんかより烏賊とか海老とかシーフードがいっぱい入ったカレーのほうが美味しいって」

「へ?」

 

 ……まさかこいつら、カレーの主力で争ってたの?

 力強く同意を求める木曾と猫なで声で賛同を促す北上にどっと疲れが沸いてきた。

 俺が呆れすぎて何も言えなくなっているとそれぞれ自分の意見を押し通そうと言い争いが再び勃発する。

 

『コレハヒドイ』

「言うなよ」

 

 惨状にアルファでさえ匙を投げたように漏らす中ふと気になって唯一茅の外気味なちび姫に問う。

 

「結局、古鷹と春雨はどうしたんだ?」

 

 穏健に皆に任せるで済ませたのだろうと期待したのだが……

 

「ふるたかはちかづいちゃいけないっていわれたの」

「は?」

 

 まさか……

 

「とうとうバイド化が「ちがうよ」ん?」

 

 皆が本気になったのも古鷹のためにと度が過ぎたのかと思い直したんだが、ちび姫がそれを否定する。

 

「ふるたかはばいどをおいしくたべるほうほうをためしてるからちかづいちゃいけないっていわれたの」

「……なにそれ?」

 

 バイドを美味しく食べる方法?

 そもそもバイドって食べれるの?

 つうか…

 

「アルファ?」

『私ハ何モ関与シテイマセン』

 

 お前何かしたのか?

 そう聞こうとする前にさっと目を反らしやがった上思いっきり食い気味に答えたよな?

 

「じゃあなんで顔逸らしてんだよ」

『アラヌ誤解ヲ生マヌタメデス』

「それで更に疑われてたら訳ないんだが?」

『ソレデモ私ハ無実デス』

 

 間違いなくなんかあったなこの野郎。

 追求するべきなんだろうけど

 

「エビカニホタテ!!」

「カモメウミガメクジラ!!」

「甘口!! 絶対甘口!!」

「軍艦の誇りに懸けて辛み抜きは認めません!!」

「大豆!!」

「芋!!」

「麦飯!!」

「パン!!」

 

 三人寄れば姦しいを通り越して喧喧囂囂一歩も譲らず喚く仲間共にどっと疲れはて、俺はいつの間にか解けてたクラインフィールドを張り直すのも面倒になりそっとその場を離れる。

 

「……いいのか?」

「限度は弁えてるだろうし燃料か弾が尽きたら帰ってくんだろ」

 

 ホ級の問いにそう投げやりに言うと困惑する二人を引っ張り俺は一足先に島へと帰った。

 

「あ、お帰りなさい」

 

 島に戻るとチ級の手を借りて白い麺みたいなものを干している春雨が俺に気づき笑顔で出迎えてくれた。

 

「……癒しがここにいた」

「はい?」

 

 帰宅早々のばか騒ぎと打って変わる期待した通りの光景に思わずそう漏らして春雨を困らせてしまった。

 

「いやすまん。

 さっき木曾達を見ちまってさ……」

「あはは…」

 

 それだけで察してくれたらしく春雨は困ったように笑う。

 

「オカエリナサイアネゴ」

「ただいまチ級。

 島をちゃんと守っててくれてありがとうな」

「ハイッ!」

 

 そう労ってやるとキラキラが浮かびそうな勢いで喜ぶチ級。

 蔑ろにしてるつもりはなかったが、これからはこまめに感謝の言葉はあげようとそう誓った。

 

「ところでそちらの二人は?」

「ああ、今日から島の仲間になる軽巡と輸送だ」

「分かりやすくホ級と呼んでくれ」

「ワ級です。

 よろしくお願いします」

 

 そう頭を下げる二隻にチ級と春雨も頭を下げる。

 

「駆逐艦春雨です」

「ライジュンヨ。

 センパイトシテイロイロオシエテアゲルワ」

 

 波風立つこともなく普通に挨拶する姿に安心していると視界の端で隠れるように建物へと向かうアルファに気付いた。

 

「なにしてんだアルファ?」

『古鷹ノ様子ヲ確認シニイクダケデスガ?』

「……」

 

 さらりと言うけど俺に断るどころか隠れて向かおうとしてたよな?

 

「俺も行く」

『イエイエ。

 餅ハ餅屋トイイマスシ、私ガ様子ヲ確認シテオキマスノデ御主人ハ先ニ他ノ者ヲ労ッテクダサイ』

「そうもいかねえよ。

 古鷹はバイドとやりあったって聞いてるし汚染の具合とか自分の目で確かめておきたいしな」

『ソレコソ同ジバイドデアル私コソ適任カト。

 ソノ辺リモ含メキチント確カメテオキマス』

 

 なにがなんでも俺を会わせない気かこんにゃろう。

 とはいえここまで強情を張るアルファをどう丸め込んだが。

 

「ア、ソウイエバアカシガアルファガモドッテキタラスグニキテホシイッテイッテタワヨ」

 

 一計図るかはたまた命令でごり押すかとアルファを出し抜く算段をたてるより先にチ級がそう言伝てを伝えた。

 

『エ゙』

 

 まさかの事態に絶句するアルファだがすぐさま体勢を立て直す。

 

『分カリマシタ。

 古鷹ノ様子ヲ確認次第』

「いやいや。

 明石が呼んでるってなれば多分R戦闘機絡みだろうし様子を見るだけなら俺でも十分だから行ってこいや」

『シカシ』

 

 よっぽど俺を先に行かせたくないらしく食い下がるアルファ。

 だが甘い。

 

「さっきいったろ?

 『餅は餅屋』。

 わざわざ呼ぶって事は相当なんだろうし早く行け」

『グッ…』

 

 口惜しそうに言葉に詰まるアルファに勝ったと確信した俺だが、

 

「あら?

 やっと帰ってきたのね駆逐」

 

 軽い口調でそう呼び掛けた南方棲戦姫にひょいっと持ち上げられてしまった。

 つうかなんで居るんだよおい?

 

「……いつから此処に?」

「着いたのは昨日よ。

 ちょっと頼みたいことがあるのんだけどいいかしら?」

 

 リラックスした様子でそう言うけどさ、この状況のどこに拒否権が?

 

『デハ明石ノ所ニ向カイマスネ』

 

 この気を逃すかと言わんばかりに最短距離を駆け抜けるため亜空間に飛び込むアルファ。

 さっさと終わらせて古鷹を押さえる算段か!?

 だがそれは此方も同じこと。

 

「用事って?」

 

 アルファより先に南方悽戦姫の用件を済ませて不貞の証拠を掴んでやらあ!

 そんな意気込みをおくびに出さぬよう気を付けながらそう訊ねると南方棲戦姫は苦笑する。

 

「立ち話もなんだしどこか腰を落ち着けたいんだけど?」

 

 こっちは急いでんだよ!?

 とはいえ相手は最古参の猛者中の猛者。

 下手に不興なんか買って酷いことになるのも勘弁して欲しいしここは素直に要求を飲もう。

 

「食堂でいいか?

 燃料ぐらいしか出せるもんは無いけど」

「いいわよ」

 

 呆気にとられるホ級とワ級をチ級と春雨に任せ俺は南方棲戦姫の小脇に抱えられた状態で食堂へと運ばれた。




ということでカレー戦争勃発しますた。

最終勝利者は果たして誰になるやら⬅

次回は南方棲戦姫の依頼、イ級対アルファの仁義なき戦い、装甲空母水鬼信長覚醒すの三本立ての予定。


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おやおや

早速出番があるかな?


 俺を小脇に淀みない足取りで食堂に着いた南方棲戦姫は手近な椅子に俺を置くと勝手知ったる様子で冷蔵庫からラムネを二本取りだし片方を俺の前に置いた。

 それも由緒正しきビー玉の蓋のやつ。

 

「ラムネなんてあったか?」

 

 いや、艤装があれば簡単に作れるからあってもおかしくはないけどさ。

 俺の疑問に南方棲戦姫が答える。

 

「それは姫へのお土産よ」

 

 一応手作りよと笑う。

 南方棲戦姫の手作りって、艦娘みたいな事も出来るんだな。

 まあ俺でもラムネを作るだけなら作れるけどさ。

 味は保証しねえが。

 

「じゃま、遠慮なく」

 

 出されたもんを遠慮したら絶対に誰かに持ってかれるだけだからな。

 時に北上、あつみが初めて作った鯖の一夜干しの恨みは忘れてねえからな?

 と、それはそれとして念力でビー玉を押し込みストローを挿して早速一口頂く。

 直飲みしないのかって思うだろうがそうしようとすると体型の問題で海老反りの体勢になんなきゃならねえんだよ。

 さておき一口飲んだ俺はその丁寧さに驚いた。

 炭酸が抜けてもくどくならないよう抑えられた上品な甘みがキメの細かい炭酸によって弾け爽やかな爽快さをより一層引き立てる。

 

「凄いな。

 ソーダ水専門の店に並んでても遜色ねえぞ」

「これでも大和型の端くれよ。

 料理とあらばラムネ一つだって手は抜けないわ」

 

 そう誇る南方棲戦姫。

 女子力高えなおい。

 それに比べて俺等と言ったら……。

 って、のんびりしてたらアルファに先越されちまう。

 

「それで、頼みってのは?」

「それなんだけど駆逐、貴女怪獣って倒せるかしら?」

「ハイ?」

 

 何を言ってるんですか姫様?

 

「一応確認するけど、海に獣と書いて海獣?」

「怪しい獣と書いて怪獣」

 

 …………。

 

「倒せるかっていうか、居るの?」

 

 怪獣。

 

「いるわよ」

「マジかよ」

 

 やべえ。

 ちょっとワクワクしてきたかも。

 

「それで、どうなの?」

「ぶっちゃけ相手によりけりだと思う」

 

 二足歩行で姿勢の良くて放射能餌にして口から火を吐く奴ならどうやったって無理。

 倒したかったら海底火山の温泉で寝こけてる最強の亀か必ず片方が死ぬ最強の双子の蝶連れてこい。

 ただし名前がおんなじでもマグロ食ってる奴なら勝てる自信がある。

 というかそいつ以外で倒せる怪獣なんかいるか?

 そう必死に記憶を漁る俺を尻目に南方棲戦姫は依頼を話す。

 

「実はね、少し前にある島にのみ棲息してる怪獣を捕まえて調理してみたんだけど、これが中々癖になる味だったのよ」

「ちょっと待て」

 

 その時点で嫌な予感が止まらねえんですが?

 

「まさかと思うがまた食べたくなったから俺に捕まえてこいと?」

 

 流石にそれはと思ったのだが、南方棲戦姫はさらりと頷きやがった。

 

「察しが良くて助かるわ」

「……おいおい」

 

 完全に門外じゃねえか。

 最初からというのは今さらだから無視な。

 

「なんで俺に頼むんだよ?」

 

 食べたいなら部下なりなんなり動かせる人員使えば安上がりじゃねえか。

 そう遠回しにお断りを申し上げるも南方棲戦姫は聞き入れずその理由を告げる。

 

「そうしたいのは山々なんだけど、そうもいかないのよ」

 

 困った様子でそう前置くと南方棲戦姫が真剣な顔になる。

 

「実はね、少し前から見慣れない姫の目撃情報がいくつも入っているのよ」

「見慣れないって、新しい姫じゃないのか?」

 

 言いかたからして穏やかな話じゃなさそうだが敢えて気づかないふりをしながらそう問い返す。

 問い返した俺に南方棲戦姫が顔を歪める。

 

「その顔が自分と瓜二つだとしたら?」

「……何?」

 

 ゲームだったらダブルダイソンを筆頭に同じ姫が複数なんて事もなくもなかったけど、この世界に鬼・姫級は1種1隻のみ。

 

「『総意』はなんて?」

「分からないわ」

「分からない?」

「ええ。

 バイドの樹の調査を阻むよう指示を降して以降『総意』は沈黙を貫いているわ」

 

 どういうことだ?

 『総意』とやらは一体何を考えている?

 

「それだから部下達に混乱を招かぬよう、どうしても動かねばならない事態が起きない限り手持ちの部下を含め行動を自粛するよう姫から要請があったの」

 

 納得してもらえたかしらと表情を緩める南方棲戦姫。

 

「まあ、事情はな」

 

 食べたいものがあるけど動けないから取りにも行けず余計に食べたくなったから俺にお鉢を回したってのは理解したよ。

 だが、受けるかどうかは別。

 

「勿論報酬は払うわよ」

 

 そうねと思案する南方棲戦姫にふと俺は思い付く。

 

「じゃあさ、報酬は要らないから一つ頼まれて欲しいことがある」

「私に頼み?

 大きく出るわね?」

 

 俺の言葉に何を口にするのかしらと興味を抱く南方棲戦姫に俺はその頼みを口にする。

 

「もし、春雨がこの島を出ていくことになったら身元を引き受けて欲しいんだ」

「春雨って、あの深海棲艦になった艦娘よね?」

「ああ。

 聞き捨てならねえかとは思うが数日前に艦娘の元帥と話してな」

 

 そこで一旦区切るが南方棲戦姫は続けるよう目配せをしたので俺はそのまま続ける。

 

「その際に深海棲艦化した艦娘は引き受けられないって言い切られたんだよ」

 

 元帥自身感情はそれを認めていなかったが、合理を捨てることは組織の長として選べないと言うのは俺も何となくだけどわかる。

 だからこそ俺も、もしもの事態に着いて準備はしないといけないって思った。

 

「この先どうなるか分からないから、もしそうなったら春雨を頼む」

「……ふふっ」

 

 俺の要求を聞いた南方棲戦姫は少しの間を置き何故か笑った。

 

「変なこと言ったか?」

「そうじゃないわ」

 

 クスクスと笑いながら南方棲戦姫は言った。

 

「前に見た時は力はあるけどどこか頼りない感じだったのに、今の貴女はちゃんとリーダーらしく振る舞えるようになってたのがね」

 

 ……なんだろうか。

 こう座りが悪いというかむず痒いっていうか……。

 それでいて気恥ずかしい割には嫌じゃないし。

 

「……誉められてる?」

「そう聞こえなかったかしら?」

「聞き間違いだと」

 

 そう言うと評価が低いわねと笑われた。

 

「胸を張りなさい。

 貴女には誰かの上に立つに足る力も他者を引き付ける魅力も芯の強さもちゃんと揃ってるわ。

 後は自信の無さと主体性の無さと素早く腹を括る覚悟が揃えば完璧ね」

 

 それだとリーダーとして大事なものが全く足りてなく聞こえるんですが?

 

「メンタル弱いのは自覚してるよ」

「なら克服なさい。

 それが率いる者の義務よ」

 

 そう注言する南方棲戦姫の言葉には亡霊(?)とはいえ戦場に散った軍艦に相応しい確かな重みがあった。

 それを否定することも拒絶することも出来ない俺から発せられたのはやっぱり玉虫色の答えだった。

 

「鋭意努力します」

「そこは粉骨砕身と言うところよ」

「それは死語とは言わんが古すぎだ」

「実際年寄りだからね」

 

 そう言い返す南方棲戦姫には大人の余裕が見てとれる。

 その辺り戦艦棲姫は結構余裕無いな。

 

「さておき私はそれで構わないけどちょっと安過ぎるわね」

 

 そう思案し始めた南方棲戦姫はよしと手を叩く。

 

「じゃあ追加で一食振る舞ってあげるわ」

 

 それでどうかしらと提案する南方棲戦姫。

 そりゃまた豪勢な。

 自分で大和型と言うだけあって出されるものは生半可で済ますはずはない。

 

「構わないけどそれ「ちょっと待った!!??」ん?」

 

 俺一人なのかと問おうとしたのだが、それより前に木曾達が食堂になだれ込んできた。

 どいつもこいつも中大破してるあたりやっぱりあの後ガチでやりあったのかよ。

 

「やあねぇ。艦娘ならもっと淑女らしく身嗜みに気を使いなさい」

「それよりもだ」

 

 嗜める南方棲戦姫を尻目に何故か俺に詰め寄る木曾。

 

「なんで先に帰ったんだよ!?」

 

 なんでって……

 

「下手に仲裁するよかスッキリするまで殴り会わせた方がいいかと」

 

 ほんとは単にめんどくさくなっただけなんだけど、言ったら角が立つだろうからそうはぐらかしておく。

 そう言うと言い返せないらしく木曾が拗ねた様子でボソボソと溢す。

 

「だからって何も先に帰んなくてもいいじゃないか」

 

 おっぱいの付いたイケメンが唐突に可愛くなったんですが?

 前からたまにこうなるけど、どんだけ属性足せば気が済むんですかねぇ?

 

「とにかく、イ級は俺達のカレーより南方棲戦姫のカレーの方がいいのかよ?」

 

 そういきり立つ木曾。

 どうやら追加報酬にカレーを作ると勘違いされているらしい。

 それを聞いた南方棲戦姫はなにかを思い付いたのか挑発的に笑みを向ける。

 

「へぇ、食材一つ意見の通じない貴女達のカレーが私の大和カレーに勝てるの言うのかしら?」

 

 そうじゃないと否定する間もなく木曾がヒートアップしていってしまった。

 

「と、当然だ!」

「面白い」

 

 図星を指されて痛かったらしく若干吃りながらもそれでも毅然と態度を崩さない様に、南方棲戦姫はすらりと立ち上がると姫特有の覇気とも思えるオーラを立ち上らせながら木曾の前に立つ。

 

「ならば証明してみせろ。

 戦艦大和のレシピを継ぎ、私が手ずから研鑽を重ねた大和カレー改に貴様達のカレーが比肩することを」

「望むところだ!」

 

 戦闘モードで立ちはだかる南方棲戦姫の偉容に真っ向から立ち向かう木曾。

 

「これがカレー対決じゃなきゃな…」

 

 壮絶な艦隊決戦が始まりそうな雰囲気に対してその対決内容は平和そのもの。

 もう好きにしてくれと思い俺は古鷹の所へ向かうためラムネを飲み干す。

 

「とにかく、その怪獣ってのはなんて島に棲んでんだ?」

 

 そう確認を取ると南方棲戦姫はオーラを霧散させ軽い調子で島の名前を言った。

 

「ハイアイアイ島って島よ」

 

 アレの軟骨が珍味なのと語る南方棲戦姫だが、聞いた瞬間になんのことを指しているか理解し俺は叫んでいた。

 

「ハナアルキかよ!?」

 

 思いっきりゲテモノじゃねえか!!??

 

 

~~~~

 

 

 御主人の懐疑を晴らし不名誉な誤解を回避するため私はしようの無い真似だと自覚しながらも亜空間へと飛び込み工廠へと駆け込んだ。

 

『明石!』

 

 極力抑えながらも僅かに感情が漏れた私の呼び掛けに精製を終えた資源の入った木箱を手に運んでいた明石は驚いた様子で私に気づく。

 

「アルファ?

 どうしたのそんなに慌てて?」

『失礼シタ。

 少々急イデイテイルダケダ』

 

 内容は言わずそう告げると呼び立てた理由を問い質す。

 

『ソレデ、用事トイウノハ?』

 

 そう尋ねると明石は神妙な顔つきで待ってと制した。

 

「それを話す前に誰にも聞かれないようにするから」

 

 そう言うと明石は入り口の鍵を閉め電探まで持ち出して聞き耳を立てる者がいないか注意深く確かめる。

 おかしい。

 御主人の耳に入らないよう注意しているというより、誰かに聞かれることを警戒しているような素振りに私は疑問を抱く。

 一体明石に何があったのだ?

 そう疑問に思いながらも待つこと暫し。

 確認を終えた明石は神妙な様子のまま開発の失敗の際に表れる謎のぬいぐるみが入った木箱へと向かう。

 そして顔の付いた雲というべきか? そんな一抱えもある珍妙なぬいぐるみを持ってきた明石はテーブルに乗せるとナイフを取りだしそれを切り裂いた。

 そしてその中から薄いヴェールを被ったようにも見える見たこともないR戦闘機を取り出した。

 

『コレハ……』

 

 初めて見るその機体に困惑する私に明石がその名を告げる。

 

「『R-100 カーテンコール』。

 技術継承を目的に開発された最期のR戦闘機」

『…R-100』

 

 開発されたその目的を聞き私は納得した。

 中には実用に足りない実験機や産廃も含まれるが、99機にも及ぶR戦闘機全ての維持管理など士官学校を出ていない私のような軍人でも土台不可能だということはわかる。

 そしてバイドは何度でも甦る。

 一つの時代で完全に滅ぼせても私と『番犬』のように平行世界が交わりそこから再びバイドの侵略が始まる可能性も有り得る。

 そしてそれが数百年後にでも起きればR戦闘機の技術はおそらく喪われている可能性が高く、そこから再びR戦闘機の開発ないし同等の性能を持つ機体の開発を初めていては多くの犠牲を払うだろう。

 そうならないためにこの機体は生み出された。

 それを理解するのを待っていたのかタイミング良く明石は語り始める。

 

「こいつは鈴谷達が早く馴染めるようにってR戦闘機を開発していた際に出来たんだけど、この機体は危険すぎると思ったの」

 

 そう悔悟するように語る明石に私は隠シタノハ賢明ナ判断ダと告げた。

 御主人がR戦闘機の開発を渋るのはその開発コストも当然ながら、なによりR戦闘機がオーバーテクノロジーの塊であることが最大の理由だ。

 バイド技術や波動技術など行き過ぎた火力も然ることながら、機体によってはカタパルトどころか機体そのものを固定する場所さえ確保できればどんな艦でも運用を可能としかつ空海宙いかなる場所でも運用可能な出鱈目さも決して無視できない。

 なにより、そんな規格外(イレギュラー)を資源と自身の艤装さえあれば開発出来てしまう明石は金の鶏以上の価値の塊。

 今のところ過ぎたる力に目が眩むこともなく御主人と私を正しく恐れ一定の距離を保とうとする賢明な判断が出来る者としか関わり合いになっていないが、この先甘言を駆使し殺してでも明石を手にいれようと画策する輩に出会わない保証はない。

 その可能性を極力下げるためにも御主人は明石にR戦闘機の開発を禁止させているのだが、果たして理解しているのやら。

 明石の理解についてはさておくとして、当面の問題についてだ。

 R-100が技術継承を目的としているならばその性能は全ての兵装を使用可能な究極互換機『R-99 ラストダンサー』と同等の代物であって然るべき。

 かつてラストダンサーにより窮地に追い込まれ辛酸を舐めさせられた記憶を持つ私としてはそれと同等の性能を持つ機体の参入は多少複雑ではあるが頼もしく思う。

 が、先の説明に一つの不安を募らせていた。

 

『明石。

 先程カーテンコールハ技術継承ヲ目的ニト言ッタガ、ソレハ機体ダケノ話ナノカ?』

 

 R戦闘機に纏わる技術の中には突出し過ぎた機体性能にパイロットが耐えられないという『壁』をぶち破る悪夢の手段が幾つも投入されてきた。

 ノー・チェイサーや初期型のウォー・ヘッド、ラグナロックに代表される超機動性を持った機体に対し操縦幹では対応出来ないと脳と機体を接続することで解決した。

 更にそれを発展させワイズマンやハッピーデイズを初めとするW系の特殊な波動砲を操作させるために精神操作技術が発展した。

 脳だけでなく肉体に対しても四肢を削り脳髄だけをパッケージしあまつさえ年齢操作に固定化といった人の所業を超越し尽くした外科手術全般も切り離すことは出来ないRの技術だ。

 それらまでもが引っ括めて継承の部分に含まれているのかそう尋ねると明石は身を抱くように腕を組んだ。

 

「人体加工技術に精神加工技術、それに優秀なパイロットのDNAマップとクローン生産技術、おまけにそのパイロットの記憶の転写方法までもがこれでもかというぐらい含まれているよ」

『……ヤハリカ』

 

 懸念のまま、人類の狂気を凝縮しR戦闘機という鋳型に流し込んだものがカーテンコールの正体だった。

 

「アルファ、正直に言うと私はこの機体を今すぐに処分するべきだと思っている」

 

 そう語る明石は私にというより己に言い聞かせているように見える。

 

(明石)は軍艦であると同時に生み出す側の存在だからその子(カーテンコール)の存在意義を理解できたしそれを有効に使う方法も思い付いた。

 カーテンコールが有れば今後R戦闘機の開発に費やす資材はぐっと減らせる確信もある。

 だからこそ怖いんだ(・・・・)

 

 追い詰められた人類が踏み入れてはならない領域へと踏み込み、そして至る末期の未来を明石は垣間見たのだろう。

 だからこそ、明石は怯えながら笑っていた(・・・・・・・・・・)

 

「だけど疼くのよ。

 技術者としての私が、そちら側(・・・・)へと踏み込もうと手招きするの。

 私なら間違えたりしない。

 この技術を正しく使い更なる叡知を人類にもたらせるって囁くのよ」

 

 内側から沸き出る狂気に怯えながら明石はどうしてと泣き出した。

 

「私はただR戦闘機を知りたかっただけなのに、それなのにどうして…」

 

 膝を折り啜り泣く明石に私は古い言葉を思い出した。

 

 深淵を覗き込むとき深淵もまたこちらを覗き込んでいる。

 

 明石はまさに深淵を覗き込みそちら側に魅了されかかっている。

 それに耐え続けていた事に私は素直に称賛の意を覚えた。

 

『……仕方ナイ』

 

 時間を掛けたくはなかったが自身が有らぬ誤解を受けぬために仲間を見捨てるような真似は出来ない。

 覚悟を決めた私は明石に言う。

 

『明石』

「……」

 

 両の瞳から涙を流しながら私を見上げた明石に告げる。

 

『先ズハ頭ヲ冷ヤセ』

 

 同時に地下室の扉が開き潜むものが触手を伸ばして明石を捕まえた。

 

「…え゙?」

 

 理解する間も与えず触手は明石を地下室へと引きずり込む。

 そのまま扉が閉まり待つこと30分程。

 再び扉が開くと別の意味で轟沈した明石が吐き出された。

 

「……ふっ、……ひぅっ……」

 

 他人には見せられない様子で余韻に痙攣する明石に私は言う。

 

『頭ハ冷エタナ?』

「…らめぇ」

 

 どうやら溶けているようだが一先ず落ち着いたのは確か。

 多少混濁は見られるが狂気は鎮火したので問題ないと私は告げる。

 

『明石ノ恐怖ハ理解シタ。

 ダカラ言ワセテモラウト、オ前ハ少シ逸リ過ギダ』

 

 返事をする気力はないが話を聞くだけの余力は回復したらしく私を意思の籠った目で見上げる。

 

『急激ニ知リスギテ混乱シタノハ分カルガダカラトイッテ周リニモット目ヲムケロ。

 明石ノ周リニハ道ヲ見誤レバ止メヨウトスル者ハイクラデモイル。

 オ前ノ過チハ一人デ抱エコモウトシタコトダ』

 

 そう言うと明石はぽかんとしてから突然笑いだした。

 

「……ふふ、確かに私は視野狭窄になってたみたいね」

 

 そう笑う明石に先程までの怯えと狂気は見えない。

 表面だけでなく波動からも落ち着きを得たのを確かめた私は仕上げに移ることにした。

 

『デハ、仕置キトイコウ』

「……え?」

 

 バタンと地下室の扉が開き再び姿を見せた触手が明石を捕らえる。

 

「ちょっ!!??

 ここはイイハナシダナーで終わるとこじゃないの!!??」

『黙レ。

 元ヲ質セバ御主人ニ断リモナクR戦闘機ヲ開発シタコトガ発端。

 ソノ責任ハキッチリ取レ』

 

 そう死刑宣告を下すと明石は先程とは別の意味で泣き出した。

 

「立て続けに二回目とか無理!?

 堕ちちゃう!?

 女の子が堕ちちゃいけない場所に堕ちちゃうから!?」

『デハ今後R戦闘機ノ開発カラ一切手ヲ引クカ?』

「だが断る。

 ……あ」

 

 ネタではなく本気で言ったよこの艦娘。

 

『明石、君ナラ堕チテモナントカナル』

 

 本気で反省してもらうため、私は健闘ヲ祈ルと言い捨て触手を解放した。

 

「いいぃぃぃやぁぁぁぁあああああ!!!!????」

 

 ドップラー効果を残しながら明石が再び地下へと引きずり込まれる。

 それを見届けてから私は残されたカーテンコールを地下へと放り込み扉を閉めさせる。

 

『……サテ』

 

 波動によれば御主人はまだ食堂から出たばかり。

 タッチの差で勝ったと確信し私は最短距離を駆け抜けるため再び亜空間へと突入した。




……南方棲戦姫と明石のくだりが長くなりすぎてイ級対アルファまでさえ行けなかったOrz

そして南方棲戦姫書いててデジャヴを感じてたら流れがまんま足柄対第六駆逐隊のカレー対決だったOrz


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おや?

以外な伏兵が居たものだ。


 亜空間を飛翔するアルファだが、緊急時を除き亜空間を経由して個人スペースへの侵入は禁止されてるため廊下で亜空間から出なければならない。

 だがしかし廊下を移動するイ級より先に到着することは確実。

 

『…ッ!?』

 

 古鷹の部屋の前に出ようとしたアルファだが、しかし部屋の前にはクラインフィールドの結晶片が大量に散布されていた。

 あらゆる物質を透過し移動できる亜空間潜航だが、物質空間に帰還する際その周囲に何もない状態でなければ空間が安定せず、最悪の場合亜空間との間に機体が挟まり身体が泣き別れになったり物質との融合といった事故の可能性も非常に高くなる。

 

『小癪ナ…』

 

 イ級の本気の妨害に軽く沸点を下げながらもアルファは結晶が無い場所から亜空間を出る。

 

『ソチラガソノ気ナラ』

 

 仕掛けたのなら報復される覚悟はあろうとアルファは亜空間に控える液体金属を呼び出す。

 既に汚染処理を終えたそれにアルファは波動を流し軽巡那珂を象らせる。

 しかし細部まで詳しくないアルファが作ったのは例えるならミクダヨーの珂ちゃん版。

 

『マア、御主人ダシ大丈夫ダロウ』

 

 しかし御主人は那珂なら何でもいいはずとイ級のもとに送り出すアルファ。

 数秒後、凄まじい殴打音が響き地の底から溢れたような低い声が響いた。

 

「アルファ……テメエは俺を怒らせた」

 

 床が陥没するほどの威力で那珂ダヨーを叩き潰し、バイドの憎悪にも劣らぬ怒りと憎しみに満ちた声を漏らすイ級。

 その怒りは形状を失った液体金属が怯えアルファの下へと逃げ帰るほどであり、アルファもまたその怒りに呼応して上がり気味だったボルテージを更に上げる。

 南方棲戦姫さえドン引きする状況の中、イ級とアルファが相対したのは古鷹の部屋の前。

 

「なあアルファ。

 世の中さぁ、やっちゃいけねえ事ってあるよなぁ?」

『ソチラコソ。

 越エテハイケナイ一線、越エマシタヨネ?』

 

 そう互いにいい合うイ級とアルファ。

 

「クックックックッ……」

『フフフフフフフフ……』

 

 二人は笑いながらイ級はクラインフィールドを使い、アルファは液体金属を使いそれぞれ何処かで見たことある人形を生み出す。

 もはや目的はどうでもいい。

 二人が考えることは只一つ。

 

「『ぶっ潰す」』

 

 怒りに我を見失った馬鹿二人は果てしなくくだらなく、それでいて洒落にならない戦いの火蓋を切った。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!」

『無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ!!』

 

 クラインフィールドの人形が残像が見えるほどの速さで連打を繰り出せばアルファの液体金属の人形も同じだけの数の殴打を返す。

 拳と拳がぶつかり合う度に衝撃で空気が震え豪風が荒れ狂う。

 

「……なにあれ?」

 

 常識をひっくり返す光景にジャケットがずり落ちるのも構わずそう漏らす南方棲戦姫にこれまた肩の力が抜けた北上が返す。

 

「たぶんスタ○ドバトル?」

「だからなんだよそれ?」

 

 戦艦棲姫の部下のタ級の部屋にあった漫画に似てたのでそう答えた北上にそう突っ込む木曾。

 そうこうしている間に闘争は更に苛烈を極めていく。

 

「ロードローラーだぁっ!!」

 

 イ級がクラインフィールドを更に追加してスクーター並みのサイズのロードローラーを作り出し人形ごと押し潰そうと放り投げればアルファはそれに対抗する。 

 

『WRYYYYYYYYY !!』

 

 アルファの操作する人形がロードローラーを殴り付けると拳から波動が浸透しロードローラーは大量の鳥を模した小型バイドに変化して亜空間へと飛び去っていく。

 

「ちぃぃっ!?

 卑怯な真似を!!」

『貴様ガソレヲ言ウカ!!??』

 

 短い会話を挟み再び人形同士の殴り合いが開始される。

 数多の拳がぶつかり合う激戦だが、埒が明かないと二人は同時に人形を下がらせ武道の型を構えさせる。

 

『コッホォォォ…』

『ホォォォォォ…』

 

 イ級の人形が奇妙な呼吸と共に赤いオーラを纏いながら型を構えるのに対するようアルファの人形もカンフーよろしい呼吸と共に青いオーラを纏いながら型を構える。

 

「あれはまさか、北○神拳!?」

 

 羽黒の本棚というあまりにも場違いな場所に置かれていたため思わず手に取ってしまい、その後全巻読破し神通と二人で格闘戦の参考にもしたバイブルの一幕の再現に興奮を隠せず手に汗を握る鳳翔。

 

「鳳翔……貴女までそっちに行っちゃうんだ…」

 

 ギャグ時空とでもいうような狂った空気に当てられ大事な何かを失っていく様子に黄昏る千代田。

 

「というかさ、そろそろ止めないと不味くない?」

 

 波動砲やら超重力砲などのガチで(周りも含め)相手を粉砕し尽くす主兵装を持ち出さない辺りまだ分別までは捨ててないようだが、それもいつまで持つか。

 そう不安がる山城に瑞鳳はさらりと言う。

 

「終わらせるなら簡単よ?」

「へ?」

 

 見た限りそんな簡単には収まりそうもないのにどうしてと思う間もなく声を大にする瑞鳳。

 

「宗谷ー!」

 

 その声に必殺の一打を繰り出そうとした二人の人形がピタリと止まり、外からパタパタと走ってくる音が続く。

 途端、イ級のクラインフィールドの塊とアルファの液体金属の塊が形を崩し宗谷が廊下から現れた頃には完全に消えていた。

 

「どうしたの瑞鳳……って」

 

 さっきまでの殺意はなんだったのかと呆気にとられる一部を余所に中破した瑞鳳達の姿に宗谷が眉を寄せる。

 

「皆、イ級が何時戻ってきても大丈夫なように手加減するって約束したよね?」

「うっ!?」

 

 矛先が自分に向いたことにばつが悪そうに呻く。

 

「これはそのー」

「それに、明石が使っちゃった資源の補填の遠征だって駆逐達に任せっきりなのをそろそろイ級に黙ってるのもどうかと思うんだけど?」

 

 聞き捨てならない宗谷の苦言に青ざめて冷や汗を流す北上達にイ級が声を漏らす。

 

「…ほう?」

 

 その待ちわびた声に宗谷が振り向くとそこには爽やかながら洒落にならない怒気を孕むイ級がいた。

 

「イ級!?

 何時帰ってきたの?」

「ついさっきだ。

 それよりも…」

 

 表情があれば能面のようになっていただろう様子でイ級は木曾達を見据える。

 

「今の話はどういうことかな?」

「ちょっと待ってね!?」

 

 有らぬわけでもないが完全に正しくもない誤解をしていると北上が代表になって説明に走る。

 

「確かに遠征が尊氏達任せになってるのは嘘じゃないけど、それは改二改造で燃費が悪化したからなんだよ。

 それに今日は行ってないけど酒匂と千代田と木曾はちゃんと遠征してるからね。

 その代わりに遠征に行ってる艦のの分の内番は率先してやってるわけで、決して楽してサボってる訳じゃないからね!?」

「……ふむ」

 

 確かに筋は通っている。

 双胴空母の消費は洒落にならんし改二の北上もそこそこ高めで航巡と航空戦艦は言わずもがな。

 燃費が良い鳳翔はそもそも大本営の監視役なのだから島からあまり出るのはよろしくないだろう。

 結果、遠征の分担が偏ったのも筋は通っている。

 

「とりあえず言い分は理解した。

 宗谷、本当か?」

「そうだけど…」

 

 主張を疑ってかかるイ級に悲しそうに眉を寄せる宗谷だが、イ級はそうじゃないと言う。

 

「北上達を疑ってる訳じゃないぞ。

 ただ、今の話で少しだけ信用が下がってるだけだからな?」

 

 そう訂正を図るイ級に肩を落とす木曾。

 

「そっちのほうがきついぞ」

「信頼は揺るがないから安心しろ」

 

 そう切り捨ててからイ級は仕方ないかと内心溜め息を吐いた。

 

「取敢えず全員入渠してこい。

 それと尊氏達が戻るのは?」

「夕方には帰ってくるはずだよ」

「よし。

 じゃあ1900に全員食堂に集合」

 

 解散とそう号令を下し然り気無くイ級は古鷹の部屋の扉を開けた。

 

『シマッ…』

 

 完全な不意討ちに焦るアルファを横目に詰めが甘かったなと勝ち誇るイ級。

 

「古鷹、ちょっと…」

 

 そのまま中を伺ったイ級は直後に叩き付ける勢いでドアを閉める。

 

『……御主人?』

 

 異様な態度に訝しむアルファだが、事情を知る宗谷が無言でイ級を抱えあげた。

 

「アルファ、後をお願いね」

 

 いったい何を!?

 そう叫びかけたアルファだが、木曾の手が諦めきった声と共に死刑宣告をもたらした。

 

「お前だけが頼りだアルファ」

『ダカラナンノコトナンダ!?』 

 

 アルファの叫びにも誰も答えず南方棲戦姫さえも含めて逃げるようにその場を離れていった。

 1人廊下に残されたアルファが別れた後に何が起きたのかと慄いていると古鷹の部屋の扉が内側から開かれた。

 

「あれ、アルファ?」

 

 出てきたのが肉塊に変わり果てた古鷹だったもの…なんてことはなく、最後に別れた時と何ら変化の無い古鷹の様子に取敢えず安堵したアルファ。

 

「お帰りなさい。

 戻ってきたんですね」

『……アア』

 

 笑みと共に帰還を喜ぶ古鷹。

 取り立ておかしな様子もなく逆に何故イ級があんな態度をとったのか不可思議に感じていると古鷹が言った。

 

「丁度良かったです。

 今しがた完成したんです(・・・・・・・)

『…ハ?』

 

 そう言いながら扉を開ける古鷹。

 だがしかし、本当の恐怖は部屋の中にあった。

 

『…ウ……アァ…………』

 

 一言で言うならそこは猟奇殺人現場であった。

 部屋のあちこちに飛び散る真っ赤な体液。

 調理台の上のまな板は赤黒く染まりまな板に突き立てられた包丁にもべっとりと赤黒い体液が滴り、備え付けのシンクにはぶちこまれた骨やら肉片やらの残骸が捨て置かれていた。

 そしてそんな凄惨な殺人現場とも誤認しかねる部屋の真ん中に置かれたソレ(・・)にアルファの正気がガリガリと音を発てて削れていく。

 

『ソレ、ソレハ……』

 

 赤黒い部屋の中にあっていっそ狂気すら感じさせる白い皿に乗る、バンズに挟まれた葉物野菜と共にその存在を自己主張するそれは……

 

「『バイドバーガー』です」

 

 ソレを認識した瞬間、アルファの正気が音を発て砕け散った。

 

 

~~~~

 

 

 バイドツリーを巡る艦娘と深海棲艦の海戦()は闌を迎えようとしていた。

 

「『羅針盤』が荒ぶり始めた(・・・・・・)!!

 もう時間がないぞ!?」

 

 滅茶苦茶に針が震える羅針盤に声を荒げる那智。

 彼女のが言う『羅針盤』とは応急修理女神と同じく『妖精さんの加護』が凝縮した特殊なアイテムで、この羅針盤の指針に従うことで最小限の戦闘で敵本隊に到達出来るようになる。

 だが、何も利点ばかりではない。

 原因は今だ不明だが海域次第では特定の艦娘の存在が艦隊にいなければ安全なルートを示さないことも多く、海域に入っても渦潮が渦巻く場所へと誘導したり場合によっては敵の姿形もないまるで見当違いの場所へと誘導されてしまうことも多々あった。

 なにより問題なの深海棲艦によって完全に支配された海域での羅針盤の使用には期限があり、その期限を過ぎると一定期間の間全ての羅針盤が役に立たなくなるのだ。

 具体的に言うなら次のイベントが始まるまで(・・・・・・・・・・・・)

 そんな慎重な扱いを求められる羅針盤の期限が迫っているという報告に日向は指令を飛ばす。

 

「今回で終わらせるぞ!!

 索敵機発艦用意!!」

 

 日向の号令に従い彩雲を始め艦載機がそれぞれの飛行甲板とカタパルトにセットされる。

 しかし、仲間の声がその出鼻を挫く。

 

「巻雲より日向へ!!

 探診儀に感有りです!」

 

 いざ飛び立たんとしたその直前にもたらされる報に日向は小さく舌を打つ。

 

「…この間際で」

 

 探診儀という事は相手は潜水艦。

 速度を上げて撒いてしまうことは出来なくはないが、下手を打てば挟撃される恐れもある。

 最小の駄賃で如何に乗り切るか一考する日向に新たな報がもたらされる。

 

「あれを!?」

 

 そう指差す先には巻雲のソナーが捉えたとおぼしきソ級が浮上していた。

 潜水艦唯一にして最大の長所である潜航をしていないことを異様に思う日向達だが、更に驚くべき事にソ級は帽子のような生体艤装に白旗を掲げていた。

 

「降伏…だと……?」

 

 信じられない行動に緊張感を募らせる日向達に向けソ級は声を大に告げる。

 

「オマエタチ、イマスグスベテノカンヲヒキアゲサセナサイ!!」

「ふざけるな!!」

 

 上位種以外の深海棲艦が喋った事に驚くよりも白旗を掲げておきながら手を引けと言うソ級に怒りを露に那智が怒鳴る。

 しかし次いで放たれたソ級の言葉に再び耳を疑う羽目に陥る。

 

「スイキカラノケイコクヨ。

 『今ヨリ此の場ハ『狩場』トナル。1年前ヲ繰リ返シタクナクバ近付クナ』。

 忠告ハシタワ」

「待て!!」

 

 日向の制止を聞かずソ級はそう言い捨て潜航して去ってしまう。

 

「1年前を繰り返す……だと…?」

 

 そう呟いた日向の拳は背骨から這い上がる恐怖から震えていた。

 日向は1年前の『悪夢』を生き延びた一握りの一隻だった。

 だからこそ、ソ級の警告のその意味を正しく理解できた。

 

「…どうするんだ日向?」

 

 同じく『悪夢』から生き延びた那智の問いに日向は震える手を必死に制御し命令を下す。

 

「全ての艦載機を飛ばす。

 半分は世界樹に、残りの半分は他に警告を受けた艦隊がいないか確認させに向かわせてくれ」

 

 今のが時間稼ぎのための弄言でないという証拠は何処にもない。

 そしてもしも真実ならば…

 

「っ!?」

 

 最悪の事態を想定した日向は『悪夢』の中で焼き付けられた伊勢の死に様を彼女の肉が焼ける臭いまでもを想起してしまい強烈な吐き気を催すも、寸での所で胃の中に押し込み感情ごと無理繰りに艦載機を叩き出す。

 しかし表情にそれは出ており、鉄面皮と揶揄される日向の顔に鬼気迫るものが浮かび上がりその心中を察した那智が怒鳴る。

 

「全機発艦!!

 帰りの事は考えるな! 機体を棄てるつもりで全速力で飛べ!!」

 

 そう艦載機達に命じ、それを承った妖精さん達は飛び立つと同時にエンジンを焼け付かせる勢いでプロペラを回し空へと飛び立つ。

 その結果、大湊と湘南の支援艦隊にも同様の警告をもたらされていた事が判明し、そして…

 

「隼鷹より日向へ!?

 世界樹に飛ばした彩雲より報告!!」

 

 印を結んだ指先に呪の火を灯した隼鷹が普段の陽気さを全く感じさせない声で調査結果を叫ぶ。

 

「世界樹に向け多数の深海棲艦の接近を確認!!

 数は……」

 

 推定数を口にしようとした隼鷹だが、妖精さんの報告に息を飲む。

 

「どうした隼鷹!?」

「数は…青が六、黒が四!!」

 

 意味の分からない言葉に反射的に怒鳴り那智。

 

「正確に報告しろ!!」

「無理!?」

 

 那智を押し返す勢いで怒鳴り返す隼鷹。

 

「百や二百なんて数じゃない!! 

 それこそ鰯か秋刀魚の群れみたいに深海棲艦が束になって迫ってるんだよ!!

 あんなもんどうやって数えろってんだ!?」

 

 その報に言葉を無くす一同。

 それを証明するように程なく日向達の水偵からも数えきれない数の深海棲艦が世界樹を目指している姿を目撃したと報告が帰ってきた。

 

「青が六、黒が四……か」

 

 先程の隼鷹の報告は、あまりの数の深海棲艦により海の青さえ翳る様子だったのだと理解させられた那智は『悪夢』という言葉がしっくりくる光景を二度も目撃する羽目になるとはと乾いた笑いさえ込み上げてきていた。

 『絶望』さえ塗り潰す『悪夢』を前に艦隊に沈黙が過る。

 その中で端を切ったのは巻雲の声だった。

 

「撤退しましょう!?

 あんなもの勝てる道理がありませんよ!?

 撤退してこの情報を一刻も早く

提督と大本営に伝えるべきです!!」

 

 一見すれば臆病風に吹かれたと師かいえない巻雲の意見だが、あれを見てなお進軍を提言出来るものが居るならそれは現実を見ない愚か者かあの程度(・・・・)というほどの『地獄』を勝ち抜いた化け物か或いは……

 

「そうだな」

 

 巻雲の提言は当然採用される。

 死地に赴く事に躊躇はなくとも断頭台に喜んで踏み込むような者は最早艦娘ではない。

 

「那智。

 お前に旗艦を委譲する。

 全艦を率いて泊地に帰投しろ」

 

 まるで自分は帰らないと言うかのような口振りに那智はやはりかと思う。

 

「委譲してどうするつもりだ?」

「殿としてここに残り少しでも多く情報を集める」

 

 あれだけの数を前に我武者羅に逃げるより1人差し出して時間を稼ぐほうがより公算が高いと嘯く日向だが、それが嘘だと那智には簡単に知れた。

 『悪夢』から生き延びた日向は時折、それまでの自分を何処かに置き忘れたような顔をする時があった。

 酷く危うい、吹けば消えてしまいそうな様子でも生き残った者の責務が楔として作用し表面的には何事も起きなかった。

 だが、それは那智の勘違いだった。

 日向はあの日からずっと求めていたのだ。

 あの日、『悪夢』の中で燃え尽きた伊勢が居る地獄(場所)を。

 世界樹を巡る戦いで日向が大人しかったのは今回がただのイベントでしかなかったからだ。

 

「……撤退する」

 

 最早説得は通じないと察した那智はその提言を受け入れ抗弁する仲間を黙らせ撤退を開始。

 何度も後ろを振り返りながらも下がっていく仲間達が完全に見えなくなると日向は細く笑う。

 

「随分待たせてしまったな伊勢」

 

 こんなことをしたらきっと彼女は鬼のように叱るだろう。

 だがそれでも、日向の魂は地獄を求めてしまった。

 誘蛾灯に誘われる蛾のように日向(亡者)が地獄へと踏み出した頃、世界樹の一角にて信長は無数の艦を率いれた部外者(・・・)と相対していた。

 

「何者ダ貴様?」

 

 ヌ級のような甲板の帽子を被り装甲空母姫の艤装を装備した完全戦闘形態でそう問い質す信長。

 その深海棲艦は艶やかな長い黒髪に同じく黒色のドレスと一見して戦艦棲姫によく似ていたが、額の角は片方左のみに生え従える巨人型の艤装も首が二つ付いている。

 

「何者?

 ……くっ」

 

 問われた深海棲艦は信長の問いに何故か笑い出した。

 その笑いに見下した嘲りを嗅ぎとった信長は不愉快さを堪え再度問う。

 

「……何ガ可笑シイ?」

「くくく……。

 私が何者かなどと継ぎ接ぎのガラクタらしい問いが真っ先に出ることがに決まっているだろう?」

 

 その嘲笑に信長の不快感は一気に殺意へと昇華される。

 しかし深海棲艦はそれさえ愉快だと言わんばかりに笑いを深くする。

 

「ほう?

 名前ばかり水鬼を与えられた程度で戦艦もどき(・・・)のガラクタが本物の水鬼である私に挑むと?

 頭が高いわ!!」

 

 直後、信長の周囲に数多の着弾が発し多数の水柱が立ち上がる。

 荒れる足場に注水を以て耐える信長に不愉快だと戦艦水鬼は吐き捨てる。

 

「貴様如きガラクタに私が手を下すまでもない。

 ガラクタはガラクタらしくその不様、せめて紛い物の餌となって詫びなさい」

 

 そう言うと戦艦水鬼の周囲に新たな深海棲艦が浮上してきた。

 

「馬鹿ナ……?」

 

 現れ出でた深海棲艦達に瞠目する信長。

 現れたのは戦艦棲姫(・・・・)が二隻。

 信長の知る戦艦棲姫と違い巨人型の艤装の首が一つしかないが、それ以外に姫の姿に違いを見つけることは出来ない。

 信長の驚愕を他所に二隻の戦艦棲姫はその顔に嗜虐の嘲笑を浮かべながら無言で戦艦水鬼の前に並び立ちはだかる。

 しかし、驚愕を治めた信長の内を過ったのは姫二隻を前にした絶望への恐怖などではなく、目の前の紛い物に対する純粋な怒りであった。

 

「貴様等……」

 

 力ばかりを求め人類種の天敵の頂点たる姫の似姿を真似た紛い物達への怒りのままに力を振るおうとした信長だが、浮上してきた更なる追撃に今度こそ言葉を失う。

 

「………」

 

 現れたのは白い髪をポニーテールに結った少女。

 信長が心酔しその生き様を継いで見せると誓った愛しき艦。

 

「……ほう?」

 

 その深海棲艦を見た信長の怒りが凪いだ事に気付き戦艦水鬼は愉快そうに煽る。

 

「久し振りの邂逅がそれほど嬉しいの?

 なんなら一隻くれてやってもいい「黙れよ」」

 

 その口から放たれたのは酷く軽い、それでいながら一切の弁も赦しはしないという『憎悪』の塊。

 

「貴様等は汚してはならないものを汚した」

 

 『憎悪』を糧に信長は更なる変貌を遂げる。

 海月のような飛行甲板がより機械的な光沢を発しながら巨大化すると共にカタパルトを展開し背負った艤装も砲が16インチから18ふインチへと肥大化するのに加え魚雷発射菅を喉に備えた新たな首が生え伸びる。

 

「戦いに挑む意志も持たず誇りもなく」

 

 信長の『憎悪』に充てられ紛い物の姫達が臨戦態勢に移る。

 

「力を振る由も持たず信念もなく」

 

 姫達が殺気立つ中、名前に相応しくより深化(・・)した信長がどうなるか観察するつもりらしく戦艦水鬼は艤装の腕に腰を下ろす。

 

我等(・・)を愚弄した罪は重いぞ紛い物共!!」

 

 信長が宣う怒号と共に地獄の釜が開いた。

 




イベント辛い。

E5のラスダンは終わらないし資源の備蓄がてら照月狙って掘っても出てくるのが春雨磯風浦風天津風って保有枠厳しいからダブっても残せねえんだよ……

あ、作中ですがイ級がアイデアロール成功で一時発狂して激しい恐怖に身動き取れなくなって、アルファがアイデアロール成功プラスバイド知識(神話技能と同じ)のボーナスで不定の狂気に入ってます。

次回は照月掘れるかE7終わったら投下します。⬅


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ほう?

こんなところにも逸材が…


 風呂やらなんやらと諸々を済ませて数時間後、尊氏達が帰ってきて明石を除く全員が揃った所で俺は口を開いた。

 明石がいないのに全員? 明石は地下で全身エステのハードコース中だから問題ない。

 

「まずはただいま」

 

 そう言うとそれぞれからお帰りと返してくれた。

 うん。漸く帰ってこれた気がしたよ。

 因みにアルファはあの後よっぽど酷い経験をしたらしく何故か嬉しそうな古鷹に抱えられたまま時折『ウガァ・クトゥン・ユフ』等と意味不明なことを呟いてる。

 古鷹のタンクが当たってるとか普通なら羨ましいんだろうけど……後で謝ろう。

 

「さてと。

 早速だけど此処暫くの関係で北上達が改装して強くなった訳だが、相対的に遠征枠に偏りが出来ちまったって問題が起きてる」

 

 そう前置き俺は元帥からの頼みを口にした。

 

「で、だ。

 その解決になりそうな案として丁度元帥から軽巡1駆逐艦4隻からなる鳳翔の護衛艦隊を受け入れて欲しいって要望が来ているんだ」

 

 表向きはなとそう言うと先ず木曾が挙手した。

 

「表向きって、随分穏やかじゃない気配がするんだが…?」

「まあ、その通りなんだよ」

 

 とはいえこればかりは誰も悪くはないんだがな。

 

「と言っても前みたく屑が関わってるって事じゃなくて、引き取って欲しいのは俗に言う『亜種』って奴なんだよ」

「亜種?」

「分かりやすい例で言うと…北上を毛嫌いしている大井とか?」

 

 そう言うと木曾達は『納得した』と声を揃えてきやがった。

 誰1人首を傾げないとかどんだけなんだよ?

 

「と、とまあさておきだ。

 そんなふうな普通の鎮守府や泊地なんかだと在籍していても艦隊運営に支障を来たしてしまうため居場所がない艦娘を受け入れて欲しいって打診が来てるんだが、この時点で反対だと思う奴は手を挙げてくれ」

 

 そう言うと問題児の受け入れなんて御免だと尊氏達が手を挙げる…と思いきや深海棲艦勢は誰も挙手しなかった。

 因みに俺含む手がない奴はこう言うときは機銃とかで代用してる。

 さておきこの時点で反対したのは以外に鳳翔その人だけだった。

 つか、なんでお前が反対するんだよ。

 

「え~と、なんで?」

 

 皆も意外に思ったらしく鳳翔の言葉に耳を傾ける。

 

「個人的にでしたら特異故に馴染めない娘には悪くない話とは思いますが、此方の都合で折り合えない厄介事を押し付けるのは道理に叶ってはいないかと」

「ああ、そういう」

 

 筋がたたないってそう言う理由なのね。

 

「そっちは気にしなくていいぜ。

 代わりに島への干渉はしないって不可侵条約を正式に結ぶことになったから。

 まあ、公には出来ないから口約束が密約に上がった程度で遭遇戦になったら適宜対応は変わらんけどな」

 

 アルファの脅迫とか含め実質がどうあれ今までは元帥からの好意でしかなかったが、締結すれば大本営の一部が馬鹿をやらかさない限り島に攻め入る輩は深海棲艦のみとなる。

 加えて深海棲艦側も姫がちょくちょく顔を出し信長が拠点にしてるって事実があるから現在の時点で来るのは大概何も知らんニュービーか信長の旗下に入りに来たフリーランスばかり。

 中には俺たち相手に腕試しに来るそれなりに強い奴もいたりするが、そういった物好き以外でヤバイ輩が来ることもないのが現状。

 ……あれ? もしかして俺達ってこの辺りの制海権握ってる?

 まあ、そんなわけないよね。

 忘れがちだけどレイテは戦艦棲姫の領域だし。

 

「それと受け入れるかどうかは全員の了解を得たらって前提で話は進めているから鳳翔はあんまり気にすんな」

「しかし…」

 

 なおも食い下がる鳳翔にふと俺は気づいてしまった。

 

「…もしかして鳳翔は死ぬほどめんどくさい亜種の世話したくない?」

 

 来たら鳳翔の部下になるとはいえ流石にそれはないよな?

 俺の気持ちを代弁した北上の問いに鳳翔はさっと首を背けた。

 

「…そんなことはありませんよ?」

「こっちみて言いなよ」

 

 そう言う北上に鳳翔はぼそぼそ溢す。

 

「だって此処に送られてくる娘なんて、絶対に目も当てられない拗らせかたしてる娘に決まってるじゃないですか…」

 

 もしかして経験ありか?

 まあ艦歴は長いんだしそういう艦との関わりもあったんだろうな。

 

「候補の艦がどんな奴なのか大まかにぐらいは聞いてるのか?」

「ああ」

 

 鳳翔の反応を見なかったことにした木曾の問いに俺は候補を挙げる。

 

「彼方さんが手に余るってのはバーサーカーな皐月と五感に異常を患った長波と両性具有の初雪、それと重度の被虐性癖の若葉とペドフェリアの阿武くm」

「一寸待った」

 

 挙げた途端噛みつく勢いで瑞鳳が詰め寄ってきた。

 

「前四人はともかくその阿武隈は論外よ!!」

「……なして?」

 

 ペドフェリアの歯牙に掛かりそうな奴なんて島に……

 

「姫ちゃんがいるでしょうが!!」

 

 今にもシューティング・スターの波動砲をぶっぱなしそうな勢いで怒鳴る瑞鳳。

 おいおい。

 

「……流石にそれは」

「こんなかわいい娘に欲情しないド変態なんかいないわよ!?」

「ちび姫がかわいいかどうかについて否定はしないが力強く言い切るな」

 

 娘贔屓とモンペが合わさり最強に見えんぞ。

 しかしなんだが……

 

「その阿武隈と皐月がどっちも改二で大発積める…」

「歓迎しよう、盛大にな!!」

 

 メリットを皆まで言う前に瑞鳳を押し退け千代田が盛大に肯定しやがった。

 

「二人に大発押し付ければ私が瑞雲とミッドナイト・アイと甲標的のフル装備になれる!!

 勝てる! そうなればお姉にだけじゃなくて瑞穂にだって絶対勝てる!!」

 

 欲望駄々漏れでそう勢い付く千代田にキレ気味に瑞鳳が掴み掛かる。

 

「自分の目的で姫ちゃんを危険に晒す気!?」

「そっちこそ自分の燃費少しは考えなさいよ!?」

 

 負けじと千代田も胸ぐらを掴むとそのままキャットファイトが始まった。

 

「……うわぁ」

 

 余りの剣幕に周りがドン引きしちび姫が宗谷に半泣きでしがみついてんぞおまいら。

 

「で、他に反対意見は無いか?」

 

 もうどうにでもなーれな気分で視界から外して切り替えると鈴谷が挙手した。

 

「反対とはちょっと違うんだけどいい?」

「どぞ」

「阿武隈は当然として初雪と若葉も島流しな理由はなんとなく予想できるんだけど、皐月と長波のってどんな感じなの?」

「それは俺も気になるな」

 

 鈴谷の質問に他のみんなも教えと欲しいと言う。

 

「皐月は一度スイッチが入ると戦艦だろうが空母だろうが相手が沈むまで戦い続けるらしい」

「それだけならちょっと過激で済みそうね」

「それが演習の艦娘相手でもか?」

 

 その問いにそう言った山城がポカーンと口を開ける。

 

「……それはバーサーカーですわね」

 

 呆れ返った様子で皆の気持ちを代弁した熊野の言葉に大きく頷く一同。

 

「で、だ。

 最後に長波なんだが、どうやら相当ヤバイらしくてな。

 あんまりにも重症とのことで精神病棟に監禁しているらしいんだよ」

 

 

~~~~

 

 

「……ん」

 

 意識が浮上する感覚と共に鼻孔に突き刺さる甘ったるい酷い腐臭に私は私にとって唯一の安息がまた終わったこと知り深い絶望に染まる。

 鼻孔に突き刺さる嗅ぎ慣れた悪臭に目を開ければどどめ色の腐肉色に塗られた壁に囲まれた狭い部屋が映り込む。

 いや、それは間違いなんだ。

 本当の壁の色は気が狂いそうなほどの純白で、鼻に突き刺さる臭いは消毒液の残り香の筈。

 筈と言うのは私は建造されてからこのかた一度もそれを正しく認識できたことが無いからだ。

 色や臭いだけじゃない。

 私にとって夕雲姉というか私以外の艦娘や他のヒトの姿はぶよぶよとした気持ち悪い色の肉の塊にしか見えない。

 声や歌といった音の全ては硝子を引っ掻いたような正気を掻き毟るような騒音だ。

 皆がいい香りだと言う不快ななにかから漂うのはどれも酷い悪臭にしか感じられないし、皆が美味しいと言いながら食べているものはえぐみと悪臭で口にいれることさえ躊躇うような汚泥の塊に感じた。

 

 そう。つまるところ私は狂っている。

 

 それに気づいた周りは私をすぐにこの部屋に押し込めた。

 それを恨むかと聞かれれば答えは否。

 軍事行動に参加させられない失敗作として殺処分される筈の運命を遠ざけて治したいと手を尽くそうとしている相手を恨むのは筋違いだ。

 だけどそれで救われたかと言えばこれも否。

 こんな地獄で生き続けなきゃならないのにどうしてそれを喜べるんだか。

 総括すれば恩は感じるけど感謝はできないってとこかな。

 と、不意に私の耳がカタンという音を捉えた。

 音は腐ったどす黒い赤い色の扉からで、そこを見れば朝食として肋骨のトレーに小さな頭蓋骨に注がれた白濁した液体が置かれていた。

 

「……」 

 

 私はそれを手にすると一気に飲み下す。

 微塵も美味しいなんて思えない粘つく生臭い液体が喉に引っ掛かるけど中に混ぜられた効果のほどなんてあるのか疑わしい精神安定剤を飲まなきゃいけない以上我慢するしかない。

 そうして頭蓋骨を肋骨に戻した私は豚の生皮が敷かれたベッドに横になる。

 いつものようにそのまま時間が過ぎるのを待っていた私だが、今日は珍しく来客があった。

 

『◆◆』

 

 扉越しに聞こえた私の名前を呼んだと辛うじて理解できる吐き気を覚える声。

 

「……どうしたんだい提督?」

 

 提督が私の様子を毎日見に来ているのは知っていたけどこの部屋に入ってから声をかけられた記憶はない。

 

『◆◆◆◆◆◆◆、◆◆◆◆◆◆◆◆』

「……上は正気なのかい?」

 

 提督の言葉に私は耳を疑った。

 

「私を移籍させるなんて何を……」

 

 そこまで口にして私はその意味を理解できた。

 

「ああ、いよいよお役御免ということか」

 

 武勲艦『長波』とはいえ私は数ある長波の一隻。

 居るだけ醜聞の種になる艦なんていつまでも抱えていたくはないだろう。

 

「いいさ。

 上の希望通りせいぜい駆逐艦の一隻でも道連れに死に花咲かせてやろうかね」

 

 狂ったって私は帝国海軍の駆逐艦なんだ。

 無意に死ぬにしたって只でなんか沈んでやるものか。

 

『◆◆◆。

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆』

「は?」

 

 提督、あんた今なんていった?

 

「私が治るかもしれない?

 ふざけないでくれ!!」

 

 その言葉に私のこれまで沈殿して積み重なった怒りが吹き出してしまう。

 

「希望なんて何処にあるんだよ!?

 目も耳も舌さえもぶっ壊れた私に何を縁にしろって言うんだ!?」

 

 どうしてだよ!?

 

「どうして私の世界はこんなに気持ち悪いんだよ……」

 

 いっそ心までこの世界が正しいんだって思えるぐらい狂っていたらこんなに苦しまなくて済んだ。

 なのに私はこの世界が異常なんだって、救いなんて願うだけ絶望に沈むだけなんだって分かるぐらいまともなままで壊れてくれない。

 

『◆◆◆』

「……え?」

 

 硝子の軋む耳障りな音が一隻の艦の名を告げた。

 

『◆◆◆◆◆◆◆◆。

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆』

 

 その艦の事は名前だけだけど私も知っている。

 確かにその艦なら……いや。

 

「信じられないよ……。

 今更、今更もう一度希望にすがるのは恐いんだ」

 

 その艦にさえお手上げなら今度こそ私は死ぬまでこの地獄で生き続けなきゃならなくなる。

 なのに、私は賎しくも一匙にも満たない可能性にすがり付いてしまう。

 

「助けてくれ、病院船『氷川丸』」




照月掘れたら更新すると言ったな?

あれはマジだ!

ということで最終日前日まで粘りに粘って掘り起こしてやったよ!!

ただしE7ラスダンは資源的に後二回という崖っぷち(白目)

勝てたらこれ奇跡だろ?

閑話休題

島流しにされた面子の選考基準ですが、誰を選んでも絶対の納得はあり得ないので自分が組み込みたい艦娘の中から型が被らないように選んだ上で放逐する以外選択肢無い症状からまだまともといえるものを選びました。

ただし長波だけは例外。

なお言っておきますが自分は長波はガチで好きでゲームでも同じく好きな舞風と一緒に主力級まで育てケッコンカッコカリも視野に入れてます。

次回は信長サイドです。

~追記

E7突破しました。
アイオワの喋りかたが悪いとは言わんけど想像以上にウゼェww



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ふふふ

やはり悲劇は美しい


「じゃあ、とりあえず全員一度引き受けてみて駄目なら地下に放り込んで記憶飛ばしてから返すって事でいいか?」

 

 暫くあれやこれやと話し合った結果、そんな感じで方向性が決まった。

 それと同時に艦娘の増加に併せて深海棲艦も幾らか増やすことになった。

 増やすのはまたワ級って思うだろうが、残念。

 今回は戦力的な目的で重巡以上の大型艦が対象なんだ。

 因みに南方棲戦姫は会議の前に帰ってるぞ。

 

「んじゃまあそんな感じで後はローテーションの見直しぐらいか?」

 

 ラムネ片手に議題はないかと振ってみるとちび姫が手を挙げた。

 

「くちく、ひなはどうしたの?」

 

 ちび姫の質問に陽菜がいないことに気付く一同。

 

「今更気付くとか酷くねえか?」

「陽菜って空気読みすぎるっていうか騒がしい時と静かなときが極端だからさ」

 

 頬を掻きながらそうぼやく木曾に確かにとは思う。

 陽菜の奴、騒いで良い時はとことん自己主張するくせに誰かが寝てたりとか少しでも静かにする必要があるとマジで人形みたいに微動だにもしないから居ることさえ気づかないことあんだよな。

 

「兎も角。

 陽菜なら横須賀に行ったぞ」

「それって人類救済の一環で?」

「……まあな」

 

 理由が理由だけにかなり複雑なんだがな。

 

「陽菜の奴、横須賀でぼっちにされてる大和の救済をしたいって着いていったんだよ」

 

 大和の名を口にした途端北上と千代田の表情が消えた。

 

あいつ(・・・)、横須賀に居るの?」

「そいつじゃなくて後任のだ。

 山城と鳳翔は知ってるよな?」

 

 千代田から漏れた絶対零度の声を訂正して二人に振ると鳳翔は複雑そうに山城は怪訝そうにそれぞれ肯定した。

 

「知ってるけど栄転じゃなかったの?」

「あの娘は前任の咎を背負わされていたのですか…」

 

 二人の反応に北上達の険が緩む。

 

あいつ(・・・)じゃないならただの八つ当たりになっちゃう…か」

「だからなんとかしたいって陽菜が言い出してな。

 長門の強い薦めもあったから大丈夫だろう」

 

 陽菜自身同位体からのヘイト管理が云々とか言ってたから真面目に意義深いみたいだったし。

 その時なんでか長門から邪な気配を感じた気もしたけど気のせいだよな?

 その後は今後の流れを確認したり改めてホ級とワ級を紹介したりといった細々したことをやって会議は終わりとなった。

 

「ふぃ~、終わった終わった~」

「鈴谷。あまりはしたない真似は止めなさいな」

「ところでアルファがさっきからいあいあとか言い始めてるけど大丈夫なの?」

「これはもう古鷹が責任もって何とかしないとだね」

「なんとか……わかりました。

 えっと、大丈夫アルファ? バイドルゲン飲む?」

『昼間カラナニヲイッテル古鷹!?』

「あ、復活した」

「アレッテドウイウイミナノカナ?」

「シラナクテイインジャナイ?」

「…ソウダネ」

「尊氏、夜間哨戒に行きますよ」

「マカセテ」

 

 一部聞き捨てならないなんかがあった気もするけど平和な様子で銘々に雑談などしつつ夜間哨戒や入渠なんかにそれぞれが向かう中俺は春雨を呼び止める。

 

「春雨」

「どうしました?」

「実はな…」

 

 元帥というか大本営の意向を伝えようとして、あまり聞かれてもいい気分ではないだろうと思い直す。

 

「ちょっと話があるんだが部屋に行ってもいいか?」

「?

 わかりました」

 

 不思議そうに首をこてんと傾けながらも春雨は応じ俺は春雨の部屋に向かった。

 部屋に入ると目に付くのはフェンスの付いた介護用のベッド。

 最初は床擦れしないようにって初めての介護に必死こいたっけ。

 

「イ級さん、お話っていうのは?」

「そうだった」

 

 少し前からの春雨の回復にしみじみしていた俺は気持ちを切り替え春雨に向き直る。

 

「春雨、お前はこの先どうしたいかって考えはあるか?」

「……」

 

 その問いに春雨はその意味が分かりかねると眉を寄せた。

 

「勘違いする前に先に言っとくけど、別に邪魔になったとかそういうんじゃなくて、折角動けるようになったんだし目的というかやりたいこととかあれば何か考えようかなって思ってさ」

 

 ヘタレというなかれ。

 これから話すことで気分が落ちること請け合いなんだから少しでも希望を見いだしたいんだよ。

 そんな俺の願いが届いたのか春雨は俺の言葉に少し考えた後でぽんとてを叩いた。

 

「じゃあ、希望とは少し違うかも知れないですが、私、白露姉さんたちに逢いたいです」

 

 そう笑顔で願いを口にした春雨に俺は世界の悪意というものを本気で垣間見た。

 明るい話題で希望をどころか、これから話す内容からして絶望突きつける結果になるじゃねえかド畜生。

 

「……どうしたんですか?」

 

 落ち込む俺を不思議がる春雨に俺は腹を括る。 

 

「…春雨。

 大本営は艦娘の深海棲艦化を完全否定することにしたんだ」

「……」

 

 大本営が春雨を艦娘として認めていないという遠回しな俺の言葉に春雨は目を大きく開いて俺を見た。

 すごく心苦しいが今更後に引くわけにもいかない。

 だから、俺は苦しい気持ちに蓋をして話を続ける。

 

「深海棲艦化だけじゃない。

 宗谷と酒匂、深海棲艦から艦娘に生まれ変わった艦も存在を否定している」

 

 自分だけでなく宗谷と酒匂まで否定するという言葉に春雨が声を震わせながら絞り出した。

 

「どう…して?」

「その話を聞いたときは俺だってふざけんなって思ったよ。

 だけど、そうしないと銃後に下った艦娘に害が及ぶと言われたら何も言えなかった」

 

 艦娘と深海棲艦の双方がどちらにもなりうる存在という情報が広まれば、事実を知らないものは彼女達を深海棲艦と同じ『化物』と見なしてしまうだろう。

 そうなればこれまでに深海棲艦によって犠牲になった遺族のやり場のない怒りの矛先は何処に向くか。

 今でさえ数は多くはないが穏健過激問わず政治家にまで艦娘を人外の存在として排しようとする団体は確認されており、もし大本営が春雨の存在を容認すればそれらの台頭を許すばかりか有りもしない吹聴が蔓延し、最終的には解体された元艦娘や彼女達の子供達までもがそういった迫害の憂き目に晒される危険があった。

 無知の悪意から多くの艦娘を守るため大本営…いや、元帥は春雨を切り捨てることを選んだ。

 全てを説明し終えると春雨は小さく俺に問い掛けた。

 

「…大本営は私をどう扱うんですか?」

 

 当然の疑問だよな。

 血を吐きたいのを堪えて俺は元帥の言葉を口にする。

 

「艦娘に擬態進化した新型深海棲艦。

 艦種は姫級駆逐艦。名前は『駆逐棲姫』とすると」

「駆逐…棲姫…」

 

 そう言葉にした春雨に謝りたい気持ちのまま口を開こうとしたが、何故か春雨は小さく笑った。

 

「ふふ、いつのまにかイ級さんより偉くなっちゃいました」

 

 俺でさえそれが必死で繕ったものだと分かってしまう笑顔に俺は叫びたい激情を捩じ伏せ呆れたふりをした。

 

「なんだったらこの島のリーダーも任せようか?」

「それは嫌です」

 

 笑顔を消して即答しやがったぞこいつ。

 

「ああ、そうかい。

 っと、なんだかんだで随分話し込んじまったな」

 

 時計を確認すれば21時を過ぎている。

 そう振ると春雨もそうですねと言った。

 

「すみませんイ級さん。

 少し疲れたので私はこのまま休ませてもらいます」

「わかった。おやすみ春雨」

 

 そう言って俺は部屋を出る。

 そして部屋の入口から動かず俺はクラインフィールドを展開して春雨の部屋に簡易的な防音処置を施した。

 そしてそう経たず俺の無駄に良い聴覚が部屋の中から微かに響く春雨の啜り泣く声を捉えた。

 

「アルファ」

 

 俺の呼び掛けに廊下の奥からゆっくりと現れるアルファ。

 

「落ち着いたらゆうだちを寄越す。

 悪いがそれまで春雨を見ていてやってくれ」

『ワカリマシタ』

 

 俺の頼みに応じ見えないよう配慮してアルファは亜空間に入っていく。

 それを見届けてから俺は言う。

 

「今回は多目に見るから、本人が口にするまで顔には出すなよ」

 

 そう言うと複数の足音が遠ざかっていく。

 レーダーで確認はしてないがどうやら殆んどの奴等が盗み聞きしてたみたいだな。

 

「…ほんと、なんでこんなことになったんだ」

 

 壁の防音を増強しようかと無関係な事を考えながら、やりきれない気持ちを吐き出すため俺はそうごちた。

 

 

~~~~

 

 

 信長の名を受け数多の深海棲艦に対しバイドツリー防衛艦隊に属した深海棲艦達は遅滞防御を敷き全力掃射の雨を降らしていた。

 

「ネライヲツケルヒツヨウハナイ!!

 ウテバアタル!! トニカクウチマクリナサイ!!」

 

 陣頭指揮を執る改型フラグシップのル級の怒号そのままに狙いもあったものじゃない砲撃と雷撃の散布は吸い込まれるように一発の外れもなく有効打を黒い波に浴びせていくが、しかし砲撃に撃沈する艦に見向きもせず黒い波の進攻は緩む気配さえ見えなかった。

 

「ヤツラハイッタイナンナノヨ!?」

「シラナイワヨ!!」

 

 ほぼ不死身と言って差し支えない深海棲艦にだって薄くとも死への忌避はある。

 それに加え闘争本能に由来する連携に中る意思の疎通に回避や撤退といった戦術行動も行うのに、自分達が戦っているあれらの侵攻にはそれらの何物も省みない不気味さがあった。

 なにが沈もうが何を沈めようが関係ない。

 ただただ進み殺し壊す。

 バイドの憎悪とも違う、狂気さえ怖じ気付く異常さだけを掲げ奴等はバイドツリーへと艦首を向け進み続ける。

 

「クソッ、コレジャジリヒ……」

 

 戦線の放棄も視野に入れるべきと信長が居るバイドツリーの根元へと視線を送ったル級はちょうど真上を通過する瑞雲の姿を捉えた。

 

「カンムスノスイバク?

 ドコノイノチシラズドモガ!?」

 

 警告を無視し誇りなき狩場に足を踏み入れた愚か者はと確認しようとしたル級の真横を日向が突っ切る。

 

「オマエッ…」

 

 死にたいのかと言いかけたル級だが、猛獣の如き凶笑を刻み突貫する姿に絶句してしまう。

 

「艦載機を放って突撃……これだ。

 これが航空戦艦だ!!」

 

 4基の砲門が轟音を轟かせながら迫り来る戦艦を粉砕し余波が近くの数隻を傾かせる。

 

「っは、」

 

 消し炭と化す敵の姿に日向の貌に獣が浮かぶ。

 そのまま直進した日向は腰に差した刀の鯉口を切り抜きざまにバランスを崩していた一隻を両断。

 更に返す刀で唐竹に割ると凶笑のままに吠える。

 

「どうした?

 私はここに居るぞ!!」

 

 そう叫び更に雷巡の胴を泣き別れにさせると砲と刀を手当たり次第に振るい屠る日向。

 

「メチャクチャダ…」

 

 なんとかに刃物という表現が相応しい日向の殺陣に誰かがそう漏らしてしまう。

 その思わぬ横槍は同時に敵の侵攻を妨げ僅かにだが注意を引き付けていた。

 

「…シャクダガシカタナイ」

 

 気違い染みた戦闘狂振りは兎も角、乱入が自分達の目的を進めた事実。

 それを無視し見殺しにするのはル級のプライトが許さなかった。

 

「ヤツニセッカンスル。

 エンゴシロ」

 

 近くの艦に命じ日向に近付くル級。

 日向は群れなし迫り来る深海棲艦に対し砲と刀だけで捌けなくなり始めていたが、なお揺るぐことなく吠える。

 

「その程度か?

 数を揃えただけで私の首を獲れると思うな!」

 

 前から牙を剥く一隻の脳天に刀を突き刺し絶命させると刀を抜く勢いのままに反転しながら4基の砲を順次掃射し迫り来る深海棲艦を爆炎の塵へと変える。

 そのまま更なる獲物を狙い定めようとした日向だが、爆炎の煙を割り一隻の重巡が飛び出してきた。

 

「っ!?」

 

 重巡は千切れかけた腕を振りかぶり艤装を日向に叩きつけようとするが、割って入ったル級の足刀が重巡の胴を切り裂き吹き飛ばす。

 そしてル級と日向は互いを認識したと同時にお互いに向け砲をそのまま放った。

 放たれた砲弾は顔のすぐ側を通過しその後ろから襲い掛かってきていた艦を打ち砕いた。

 

「……」

「……」

 

 二隻は無言で視線を交わすとほぼ同時に反転し双方の背中を庇う体勢で攻撃を開始。

 味方からの支援砲撃も加わり二人に戦いながら会話を挟む程度の余裕が生まれた。

 

「ナニヲシニアラワレタ?

 ココハタダノカンムスガクルトコロデハナイゾ」

 

 言外に死にたいのかと問うル級に日向は牙を剥く笑みを浮かべ宣う。

 

「私は戦艦だ。

 戦艦として好きに戦い、理不尽に沈む。

 その為に此処に来た」

 

 そう宣う日向にル級はまるで私たちのようだと思った。

 

「ナラバイドツリーニムカエ。

 ソコニワタシタチノセンソウヲフミアラシタテキガイル」

「バイドツリー? 世界樹の事か?」

「ソウダ」

 

 日向の問いを肯定しル級は日向の背から離れ先程の日向の様に大立ち回りを始める。

 

「イケ!」

 

 背を押すル級の砲声に日向は海面を蹴りバイドツリーへと舵を切る。

 無論行かせまいと妨害しようと進路に割り込もうとするが、日向の道を切り開くため他の艦達が身を呈して防壁を成し一直線に開かれた道をただ真っ直ぐ日向は駆ける。

 

「オマエナラアルイハ…」

 

 ル級の呟きが聞こえた気がしたが、日向は振り返らずバイドツリーへと向かった。




今回は真面目に難産でした。

深海棲艦化を扱おうと思ったからにはやはり艦娘と深海棲艦の関係は切り離せないとひたすら納得出来るよう努力してこのザマとか…

後携帯先行に当選したのも理由…げふんげふん。

次回は戦闘描写ましましの予定。


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ほうほうほう。

これは使えそうだ。


 眼前で繰り広げられる戦闘を眺め戦艦水鬼はその評価を口にした。

 

「ふうん。

 『水鬼』の風上に置く程度にはやるか」

 

 戦艦棲姫二隻と装甲空母姫二隻という有り得ない布陣に対し信長はただ一隻でそれらを制し優位を維持していた。

 放たれる砲撃と降り注ぐ爆弾の雨に信長は避け撃ち落とし的確に反撃の砲火を当てていく。

 既に装甲空母姫の一隻は沈み残る戦艦棲姫等にも少なくない被害を与えていた。

 一旦は褒めた戦艦水鬼だが、すぐに不満そうに鼻を鳴らす。

 

「ふん。

 仮にも戦艦の名を語るなら砲撃を受け止めてみよ」

 

 深化した信長は全ての性能を引き上げることに成功していたが、何よりも特筆すべきは『速度』だった。

 戦艦水鬼が遠目で確認した瞬間最高速度は44、5ノットを超えていた。

 戦時中翔鶴型が窮地に陥った際にその巨体を思わせない40ノット越えを発揮したことは有名な逸話だが、信長は巡航速度で40ノットを越える高速機動を成していた。

 戦艦水鬼とて軍艦。

 速ければそれだけ被弾のリスクを防ぎ艦載機運用もやり易くなることは知っている。

 だが、大鑑巨砲主義の象徴たる戦艦の最高峰として生み出された戦艦水鬼はそれをつまらない小細工としか思わなかった。

 

「其れほど速さが自慢なら存分に走るがいいわ」

 

 そう言うと戦艦水鬼は新たな深海棲艦を呼び出す。

 戦艦水鬼の呼び掛けに顕れたのは下肢を持たず頭に甲虫の頭部にも見える帽子を乗せた人型の駆逐艦級深海棲艦。

 

「行きなさい」

 

 戦艦水鬼の命に駆逐艦は無言で信長へと吶喊を仕掛ける。

 

「…っ!?」

 

 新手の存在にその姿を確認した信長は瞠目しそして怒りの声を漏らす。

 

「春雨!?

 …いや、そいつも紛い物か!!??」

 

 島に暮らす春雨とほぼ変わらぬ姿に一瞬は見間違えたものの、着ている衣服や帽子、そしてなによりもその駆逐艦から感じるモノは相対する紛い物達と同じ淀んだ憎悪だけと、島の春雨と同じとは到底思えない紛い物だった。

 仮に彼女が本物だとしたら今頃イ級達が黙っているはずもなく、そうなれば此の海域は今頃地獄さえ桃源郷と思えるような『霧』とバイドとR戦闘機による悪夢の濁流に飲み込まれているだろう。

 春雨の紛い物はシャアと猫のような奇声を上げ魚雷を投射。

 

「くっ!?」

 

 直撃を避けるため舵を切る信長だが、その回避運動により装甲空母姫の放った艦爆を直上に許してしまう。

 同時にその隙を狙い撃ち砲を放つ戦艦棲姫。

 艦爆を無視し今すぐ転進しなければ砲を避けることができないが、直上の艦爆を無視しても致命打を喰らうだろう。

 これまで直撃を回避し続け遂に訪れた窮地を前に信長は最善策は艦爆を無視し砲弾を確実に回避することと結論を叩き出した。

 だが、

 

「この程度で!!」

 

 信長は最善策を放棄し艤装の広角砲が砲弾を上げ艦爆を叩き落とし身を捻りながら杖を振るって身を穿たんとする砲弾の横腹を叩いた。

 紛い物とはいえ16インチの砲門から放たれた砲撃の威をその程度で完全にいなす事は叶わず軌道を逸らされながらも砲弾は信長の飛行甲板の一枚を粉砕した。

 

「愚かな」

 

 艦爆を無視し砲弾を確実に回避していれば被害はもっと防げていた。

 そうしなかったのは一重に装甲空母姫の紛い物への憎悪。

 深海棲艦としてみれば正しい反応と言えなくもないが、しかし愚策と理解しながらもそれを選んだ事は評価にも値しない。

 

「っ、機関部に異常が…!?」

 

 そして愚を選た信長は信念の対価に飛行甲板の一枚に加え最大速力の低下を支払う羽目になった。

 しかし信長は退かない。

 破損した飛行甲板を投棄し軽量化することで速力を稼ぎながら生き残った艦載機の喚装と再発艦の時間を稼ぐため主砲と魚雷発射管を奮い紛い物達に攻撃を続ける。

 放たれた砲弾が水柱を建てその隙間を埋めるように魚雷が雷線を描き紛い物達へと迫る。

 だが相手は紛い物とはいえ姫。

 一度崩れた戦況を簡単に引き戻させたりはしない。

 

「シズミナサイ」

 

 戦艦棲姫の指令に砲弾を受けながらも巨人が吼え各部から伸びる砲を撃ち放つ。

 

「くっ!?」

 

 喰らえばひとたまりもない砲弾を信長は回避するも先程までと違い機動力が下がったため即座の反撃に移れない。

 そして生まれた更なる隙を装甲空母姫の艦爆が狙い更にフレンドリーファイアも厭わない駆逐棲姫が再突入を仕掛ける。

 近付かせまいと信長は副砲を向けるも割けるリソースが足りずその足を弛ませる事さえ叶わない。

 信長の牽制に構わず肉薄した駆逐棲姫は魚雷を放ち再び離脱。

 投射された魚雷が信長のすぐ側で爆ぜ損傷を更に増やす。

 少しずつ削り殺される信長の姿を戦艦水鬼は嘲笑った。

 

「くく、深化して尚そこまでか。

 沈めがらくた」

 

 自らが手を下すまでもないと完全に静観を決める戦艦水鬼。

 止めを刺すため砲を向ける戦艦棲姫と艦載機を上げる装甲空母姫と三度目の突入体勢に入る駆逐棲姫の姿に大破寸前まで追い込まれた信長はそれでもなお戦う姿勢を崩さない。

 

「退けるものか」

 

 煤に塗れた顔に微塵も衰えぬ怒りを宿して信長は吼える。

 

「ここは、この海は、私達(深海棲艦と艦娘)の魂の場所だ!!」

 

 満身に創痍を刻みながらもなお猛々しく立つ信長を戦艦水鬼は冷徹に見下げる。

 

「ならばその海に還れ」

 

 死刑を執行させるように腕を降り下ろす戦艦水鬼に応じ四隻が信長を狙い撃とうとするが、

 

「貴様もだ深海棲艦」

 

 海面を蹴って戦場へと飛び込んできた日向により阻まれた。

 日向は飛び込んできた勢いそのままに抜刀し駆逐棲姫の首に切っ先を突き立てる。

 

「先ず潰すは駆逐艦。

 基本だな」

 

 そう牙を剥いた日向は悲鳴の代わりにごぼごぼと血を吐き溢す駆逐棲姫の首を刎ね更に四門の砲をゼロ距離で叩き込みバラバラに引き裂く。

 

「お前は……」

 

 突然の乱入者に驚き硬直する信長。

 致命的な隙を晒すも戦艦棲姫達は駆逐棲姫を一刀に伏した日向を警戒し距離をとる。

 

「ふん。

 がらくたが何を血迷った?」

 

 一連のやり取りを一笑にて吹き飛ばす戦艦水鬼に日向は目を細める。

 

「戦艦棲姫……にしては少々年嵩が厚いか」

 

 明らかな愚弄の言葉に艤装である巨人が牙をガチガチと鳴らし怒りを露にするも戦艦水鬼本人はそれを笑い飛ばす。

 

「ハッ、安い挑発だな。

 口ひとつまともに回せないとはいよいよもってがらくたか」 

「それは仕方ない。

 私の頭の中は瑞雲と戦場の事にしかあまり使わないからな」

 

 嘲哢の言葉を軽く流し刀を構える日向に復活した信長が問いかける。

 

「何故忠告を無視した?」

 

 問う信長に対し日向は振り向かずただ踏み込みを深くしながら嘯く。

 

「私は艦だ。

 戦場に生き、そして戦場に沈む。

 其れが叶う戦場が在るというなら行かない手は無いだろう?」

「……」

 

 その答えに信長は絶句する。

 その生き方は深海棲艦のそれだ。

 戦うために生まれ、そして戦いの中で死ぬ。

 よもやそれのみを望み戦い続けてきた自分達と同じ願望を抱く艦娘の存在に信長は言葉を失った。

 

「くくく、がらくたが。

 そんなに望むなら、今ここで沈むがいい」

 

 日向の言葉を嘲笑い戦艦水鬼は行けと命じる。

 咆哮を上げ砲撃を放つ戦艦棲姫達に向け日向は水面を蹴る。

 

「ああ。

 沈むさ」

 

 砲弾の雨を縫って駆け更に強い踏み込みを以て跳躍した日向は刀を抜き上段から装甲空母姫へと斬りかかる。

 

「只し、貴様らが先だ」

 

 加速と艤装の重量を加算された斬撃は盾にしようと翳された腕ごと胸の半ばまで断ち装甲空母姫を一瞬で無力化した。

 

「むっ!?」

 

 感触から心臓付近まで届いたと確信し止めを刺すまでもないと刀を引き戻そうとした日向だが、装甲空母姫は死力を奮い一矢報いようと刀を掴むと拘束した。

 刀を手放すか瞬巡する日向に背後から声が飛ぶ。

 

「下がれ航空戦艦!!」

「っ!」

 

 声に日向は装甲空母姫の胴を足場にその場を離脱し、直後、幾発の魚雷が装甲空母姫へと群れをなし爆砕。

 バラバラに砕け散った残骸から刀を回収した日向は損傷を確かめながら信長に問う。

 

「避けなかったらどうするつもりだったんだ?」

 

 応急処置を済ませ再度戦闘の構えを取る信長はその問いに鮫のように笑い嘯く。

 

「避けると思ったから撃ったのよ。

 よしんばそうなっていたら、後の驚異が一隻消えたと喜んでやったわ」

「くっ」

 

 嘯く信長に日向は顔を向けず笑う。

 元より互いは艦娘と深海棲艦(不倶戴天の天敵)

 お手て繋いで仲良し子吉になどなるべくもない。

 

「まあ、そうなるな」

 

 だが、それでいい。

 敵の敵は敵。

 されど先に射つべき敵がいるから今だけは並び立つ。

 取るべき距離を正しく認識しそれを良しと日向は告げる。

 

「あの大物を頂く」

 

 戦艦水鬼を見据えたまま刀を振って煤を払うと鞘に戻し居合いの構えを取り宣う日向に信長も再装填を終えた武装を構え応じる。

 

「好きにやりなさい。私もそうするわ」

 

 その答えと同時に二人は動き出す。

 

「全機爆装!!

 腹が破裂するまで喰わせてこい!!」

 

 信長の号令に従い爆弾を抱えた球体型艦載機達が飛び立つと共に戦艦棲姫へと突っ込む。

 装甲空母姫が墜ちた事で阻むものはなくなった空を艦載機達は駆け抱えた爆弾を戦艦棲姫目掛け投下していく。

 降り頻る爆弾の雨を前に巨人が姫の傘になろうと覆い被さるとその背に次々と爆弾が刺さり破裂する。

 グォォォオオオ!?

 苦悶の悲鳴を上げた巨人は艦載機を撃ち落とすべく全身の砲を撃ち放つが既に大半は離脱を終えており迂闊に踏み込みすぎた数機ばかりが僅かに墜ちるのみ。

 その隙に信長はもう一体の戦艦棲姫に向け魚雷を放ち出鼻を挫く。

 2対1の不利を艦載機との密な連携で逆に優位を保つ信長に戦艦水鬼は不快そうに鼻を鳴らす。

 

「ふん、役立たずめ」

 

 詰る言葉に這うように駆ける日向が言葉を投じる。

 

「首をなくしてもまだそのホテルの真似事を続けられるか?」

 

 居合いを抜き戦艦水鬼の首にその軌跡を刻む日向。

 しかし、次いで響いたのは刀が砕ける甲高い金属音だった。

 

「……っ!?」

 

 巨人は動いていない。

 戦艦水鬼はなにもしないまま日向の刀を受けた。(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「飛んだり跳ねたり、貴様は戦艦というものが解っていないようだな?」

 

 じろりと目線だけを向けそう口にする戦艦水鬼。

 

「砕けろがらくた」

 

 直後、巨人の腕が日向を吹き飛ばした。

 

「ガハッ!?」

 

 まるで蚊を払うように振られた腕の一撃は大和型の主砲の直撃にも勝る衝撃を生み、喰らった日向の殴られた側の艤装が折れ、落伍しながら吹き飛ばされた日向の身体が水切り石のように何度も海面に叩きつけられる。

 

「戦艦が動く時、それは則ち相手が死ぬ時だ」

 

 出来の悪い生徒に言い聞かせるように戦艦水鬼はゆったりと海面に足を着ける。

 

「千の砲を正面から弾き、万の魚雷を受け止め、億の艦載機()を一凪ぎで吹き散らす。

 それが私、戦艦水鬼だ。

 貴様のような艦載機()を乗せた中途半端ながらくたの攻撃が本気で通用すると驕るにも程がある」

 

 海面に倒れ身動ぎしなくなった日向へと歩むその姿には絶対者たる王者の偉容が見えた。

 

「沈めがらくた。

 貴様には水底が似合いだ」

 

 その宣告と同時に巨人が腕を降り下ろす。

 直後、倒れ伏した日向の身体が跳ね上がり巨人の腕を掠めながら折れた刀を戦艦水鬼に突き立てた。

 

「言った筈だ。

 貴様らが先だと」

 

 頭や鼻から血を流した日向が荒い呼吸をしながらそう言う。

 眼球を狙った突きは狙い違わず戦艦水鬼の顔を穿っていた。

 いくら戦艦水鬼の身体が艤装の一部である日向の刀を通さないほど硬かろうと眼球まで硬い筈がない。

 そう信じた日向だが……

 

「流石がらくた。

 死んだふりが上手いじゃない」

 

 戦艦水鬼の眼球は日向の刀を受けてなお傷ひとつ付いていなかった。

 

「……化物が」

 

 震えそうになる己を叱咤するためそう吐き捨てる日向。

 戦艦水鬼はその罵倒に薄く笑みを浮かべる。

 

「折角だ。

 もっと死体らしくしてやろうじゃないか」

 

 直後、巨人が日向の左腕を掴み吊し上げる。

 

「くっ、放せ!!」

 

 まともに動かない艤装を稼働させ照準を合わせようてする様を眺めながら戦艦水鬼は告げる。

 

「やれ」

 

 その言葉に巨人が腕を掴んだ拳を強く握りそのまま日向の左腕を握り潰した。

 

「ガァァァァァァアアアアアッ!?」

 

 押し潰される途方もない痛みに日向の喉が震え凄まじい悲鳴を上げる。

 

「はっ、いい音色を奏でるじゃないか。

 船としてはがらくたでも楽器としては悪くないわね」

 

 日向の悲鳴を聞き愉悦に満ちた声で賞賛する。

 

「ぁあ!!、ぎぃぃっ!?」

 

 ぶちぶちと筋繊維が千切れ骨が粉砕される激痛に四肢が意思とは関係なく滅茶苦茶に暴れる。

 そして、とうとう腕が千切れ日向の身体が海面に墜ちた。

 腕から赤い染みを広げびくびくと痙攣する日向を見下ろしながら戦艦水鬼は言う。

 

「腕一本では足りんな。

 足もない方がもっとらしく見えるだろう」

 

 その言葉に巨人は日向の右足を掴み再び吊し上げる。

 

「今度ははどんな音色を発てるかな?」

 

 そう再び握り潰そうとするが、刹那、日向の右腕が閃き折れた刀が自信の右足を切り落とした。

 

「全砲門斉射!!!!」

 

 右側の41㎝砲から放たれた砲弾がゼロ距離で炸裂し衝撃で衝撃で日向の身体が距離を取る。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 左腕を失い右足を自身の手で切り落とした日向は死に体の状態でなお折れた刀を構え戦艦水鬼と戦おうとする。

 

「……役に立たないがらくたの分際で、どうして中々粘るじゃないか」

 

 黒煙が晴れ現れた戦艦水鬼はやはり無傷だった。

 乱れた髪を後ろに払い戦艦水鬼は口を開く。

 

「だが、些か不愉快だな。

 残りの手足を潰せば静かになるか?」

 

 そう見下す戦艦水鬼の言葉に日向は牙を剥く。

 

「やってみろ。

 だがな、手足がなくなろうと、口が残れば刀は振れるぞ?」

「くはっ!」

 

 意気がる日向を戦艦水鬼は哄笑する。

 

「ならばその顔の生皮を剥がされてもその減らず口が叩けるか試してやろう!」

 

 巨人が腕を振り上げ今度こそ終わりにするべく迫る。

 突如振り上げた巨人の腕が爆発する。

 それは最初に斬りかかる直前に日向が飛ばしていた瑞雲からの爆撃であった。

 

「鬱陶しい蝿が」

 

 心底不愉快だと瑞雲を睨むと戦艦水鬼は撃ち落とせと命じる。

 指令を受け巨人は二つの口から激しい咆哮を轟かせる。

 咆哮は物理的な威力を伴いそれを受けた瑞雲達はバランスを崩し狙い済ました対空砲火によって全てが撃破される。

 

「む?」

 

 蝿を払い今度こそ殺してやろうと視線を下げた戦艦水鬼だが日向の姿は無かった。

 

「どこに消えた?」

 

 力尽きて沈んだにしては早すぎると視界を巡らせれば満身創痍だが辛うじて存在を保つ戦艦棲姫と倒れ伏し沈み行く戦艦棲姫の2隻が居るばかり。

 

「……水鬼の仕業か」

 

 瑞雲に意識を向けた隙に日向を連れ逃げたようだ。

 小賢しい真似をされ戦艦水鬼は不愉快だと鼻を鳴らすとまあいいと呟いた。

 

「最低限の目的は果たしたのだ。

 今だけは見逃してやろうがらくた共」

 

 そう言うとがらくたを片付けておけと命じる。

 命を受けた巨人は死にかけの戦艦棲姫へと向かうとその拳を振るい戦艦棲姫を殴り殺すと怒り狂う戦艦棲姫の巨人を捩じ伏せその身を喰らい始めた。

 

「さて、『奴』が起きるのはいつになるやら」

 

 背後から響くおぞましい咀嚼音ゆ意に介することなくそう呟き、戦艦水鬼は悠然と バイドツリーへと歩みだした。




大変お待たせしました。

今回遅くなったのは一重に自身のフロム脳がレイヴン達の台詞を片っ端からぶっ混もうとしまくり艦coreならぬ何coreみたいなことになったためです。

次回はイベントが終わった頃には投下したいかと。

目指せ甲提督⬅

後、以下に需要は絶対無さそうなおまけを置いときます。





『おまけ』もしもイ級が鎮守府に着任したら


入手
『駆逐級深海棲艦だ。
 名前は無いからイ級とでも呼んでくれ。
 …いやもうさ、なんでこんなことになったんだ?』

母港クリック
『どうした?』
『…俺なんか触って楽しいのか?』
『っ……次そこ触ったらかじるからな?』

編成選択
『俺を使うのか?
 まあ穀潰しも飽きてきたところだ。
 やるからには誰であれ敵なら潰すのに躊躇しねから存分に使いな』

遠征
『ほれ行くぞ。
 気張ってかなきゃおまんま食い上げだかんな』

出撃
『艦隊出るぞ!
 絶対誰も沈ませねえ』

アイテムマス
『資源掘りは得意なんだ』

戦闘開始
『見付けた。
 砲雷撃戦準備!!
 気合い入れていけ!』

航空戦フェイズ
『行けアルファ!
 手加減無しで蹂躙してやれ!』

砲撃戦
『機銃と爆雷だって使い方次第で!!』
『しまかぜ、ゆきかぜ、ゆうだち、遠慮はいらねえぶちかませ!!』
『そんなに見たけりゃ見せてやろうじゃねえか!! 超重力砲展開!!』

夜戦開始
『夜の駆逐艦の怖さ、たんと味わえ』

夜戦砲撃
『避けれるもんなら避けてみろ!!』

小破
『ちっ、掠っちまったか』

中大破
『やってくれるじゃねえか…。
 だが、一撃で仕留めなかったのがてめえのミスだ。
 手負いの獣の怖さ、教えてやるよ!!』

轟沈
『潮時ってやつか…。
 全く、散々だったがお前らとの暮らしは楽しかったぜ…』

入渠(小破)
『ありがたいが資源が…』

入渠(中大破)
『悪い…この借りは必ず返す』

勝利
『俺が最大戦果?
 冗談止せよ。
 ……マジで?』

帰投
『作戦は取り敢えず完了。
 戦果を確認してくれ』

補給
『飯か?
 俺は最後でいいんだが…』

改装
『貰えるもんは貰っとくよ』
『んなに改造しても強くなんないんだが……まあありがたく頂くよ』

建造
『新しい艦が出来たみたいだ。
 大事にしてやれよ』

開発
『これ、使えるか?』

戦績
『電報が来てるな。
 形だけでもちゃんと読んどけ』

放置
『暇だな。
 くちくいきゅうになってるから用事があったら呼んでくれ』


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さてさて

こちらも準備を始めようかな


 夥しい数の紛い物達との激戦を終えたル級は生き残りを纏め予定していた撤退航路を走っていた。

 

「ヨンワリカ…。

 ソウテイヨリノコッタワネ」

 

 当初のル級の見立てでは自分を含め撤退出来るだろう殿隊の数は片手で数えられる程度。

 更にその内の半数以上は介錯することも叶わず紛い物に喰われるだろうと考えていた。

 だが日向の乱入によりその予想は良い方向に外れ、沈まなかった殆どが中大破しているものの殿の四割の艦の轟沈のみで下がりきることが出来た。

 沈んだ艦もそのおおよそが紛い物に食われる前に雷撃ないし砲撃で介錯してやれたので、遠からず復活してこれるだろう。

 望外の結果に安堵したル級だが、リーダーの信長の安否は今だ不明のまま。

 あの日向が信長と手を組み主犯を仕留めてくれたのなら最良だが、それがあまりに高望みだと分かっている。

 せめて日向が沈む前に信長の撤退かさもなくば介錯をしていてくれていることを願い、先ずは自分達の生還を目指しル級は生き残りの空母に艦載機を飛ばさせ策敵及び航路の確保を命じていると、バイドツリー方面の警戒を担当していた空母が報を届けた。

 

「テッタイスルスイキヲカクニン!!」

「…ホントウカ?」

 

 撤退したということは信長もまた敗走したということに他ならない。 追手の有無は間違っても誤認では済まされないとル級も生き残った水偵を飛ばして確認を行う。

 姫の要塞と同じ要領で水偵と視点を同期させると、映し出されたのは艤装の形状こそ変わっていたがそれは確かに信長本人であった。

 

「スイキダケデナクヤツモイキノコッタカ」

 

 安堵したル級は半壊した艤装で海を進む信長のその背に死に体の日向を背負っているのに気付いた。

 

「ムカエニイク。

 ナンセキカツイテキナサイ」

 

 すぐさま比較的損傷が軽く余力のある軽巡と重巡を選びル級は信長の下へと舵を切った。

 信長へと向かいながらル級は状況の確認のため水偵を介し会話を試みる。

 

「キコエマスカスイキ?」

『聞こえているわ。

 そちらはどうなの?』

「ダイブヤラレマシタガワタシヲフクメイキノコリノハイクバカハマダタタカエマス」

『そう。

 撤退状況は?』

「ヨテイドオリトハナッテマセンガ、トウショノシジドオリソンショウノオモイモノカラユウセンテキニヒメノカンタイニゴウリュウサセテマス」

『よし。

 私もすぐに合流…といきたいところだけど私はこのまま島に向かうわ』

「ソレハ、セナカノコウクウセンカンデスカ?」

『ええ。

 妖精の延命処置で一命は繋いでいるけどいつまで持つか……。

 経緯はともあれこのまま見殺しにするには惜しいわ』

「タシカニ」

 

 ただの強敵に留まらない好敵手として此ほどの逸材は久方ぶり。

 艦として正面からぶつかってみたいとル級は素直にそう思ったからこそ信長の我が儘に賛同した。

 そうしているうちに水偵を介さなくとも会話可能な距離まで接近したル級は改めて日向の容態を確認し眉をひそめた。

 

「コレハマタ、ズイブンヤラレタミタイデスネ」

 

 信長の羽織るマントの切れ端で止血された右腕と左足から先はなく、更に滑落した艤装の様子と合わせてみればなんでまだ生きているんだと感心するほど日向の負傷は重かった。

 

「ソイツハワタシガアズカリマス。

 スイキハヤツラニツイテショウサイノホウコクヲ」

「……分かったわ」

 

 奴等の脅威は戦った自分がより詳しく説明できるだろうと合理的な判断からル級の進言を受け入れ日向を預ける。

 

「エ? コレホントウニイキテルノ?」

「コレデマダイカソウダナンテヨウセイモエグイワネ」

 

 日向を受け取った二隻がその惨状にそう漏らしル級は叱咤を飛ばす。

 

「クチヲウゴカスマエニテヲウゴカシナサイ!!

 シナセタラキザンデヨウサイノエサニスルワヨ!!」

 

 ル級の脅しに二隻は身を竦ませシツレイシマシタ!!と謝罪をし折れた骨等の応急処置を始める。

 

「トリアエズオレタホネノコテイネ」

「チガタリナイワ。

 ……ワタシタチノチッテツカエルカナ?」

「トリアエズヤッテミマショウ」

 

 後ろでわりと洒落にならない会話がなされているのに気づかず信長はル級に言う。

 

「後は任せたわ」

「リョウカイ」

 

 日向をル級に預けた信長はそのまま撤退中の艦達と合流し彼女等を率いて撤退を支援している艦隊と合流を果たした。

 

「手酷くやられたわね」

「ええ」

 

 信長の姿を見た姫の感想に信長は苦い顔をする。

 

「それで、どうだったの?」

 

 何をと指さず問う言葉信長は正しく汲み答える。

 

「紛い物の姫の火力と装甲は確かに姫と同等程度だった。

 だけど自我の薄さが致命的。

 数に任せた蹂躙か拠点防衛に置くなら相応に危険だけど、戦略的な艦隊単位での運用に宛がわれても其れほどの脅威足りえない」

「……そう」

 

 戦場は常に変動を繰り返す巨大な生き物も同じ。

 その時々に直面する度柔軟な対応を可能とするは強靭な自意識と自我。

 それを持たぬ木偶など何を脅威とするべくか。

 日向というイレギュラーの介入に対し、ただ敵だから砲を向ける場当たり的な対応をした紛い物と、時間稼ぎが関の山であった処を即座に味方することで生存の活路を見出だしたル級達の結果がなによりの証左。

 

「紛い物は紛い物。

 恐れるに価せず…か」

 

 信長の報告に姫はつまらなそうに鼻を鳴らす。

 姫の感想に信長は首肯してから次いでただしと言う。

 

「ただし、水鬼は別格。

 傲慢は目に余るもそれを由とするだけの知と力を備えた猛者足る傑物。

 相対するつもりなら大和を想定して挑むぐらいの警戒は必要」

「…へぇ」 

 

 信長の注言に姫は一転して獰猛な笑みを浮かべる。

 

「よもやあの大和を想定させるとはね。

 そんなものを相手にしないとならない艦娘達は不憫ね」

 

 そう口にする姫だが、そこに浮かぶ表情は自分こそが打ち倒したいとそう言葉にしていた。

 

「何れにしろ、今は帰りましょう

 折角深化した艤装もそのままにしておくのは勿体無いわ」

 

 そう言って姫が舵を切るも、しかし信長はその言葉に僅かに影を差す。

 

「…よかったのだろうか?」

 

 信長にとって装甲空母姫は敬愛する上司であり、背中を預け戦地を駆けた戦友であり、戦場以外の日々の多くを共に過ごした姉であり、なにより自らを賭し自身の一部となってでも自分を生かそうとした母も同じ存在。

 その誰より慕う彼女から引き継いだ艤装を無自覚とはいえ自分のために改変した事は、信長にとって決して嬉しいものではなかった。

 呟きを聞きそんな心の機微を察した姫は苦笑を溢す。

 

「…馬鹿ねぇ。

 貴女が強くなって姫が悪しと思うと?

 姫は言っていたぞ。

 お前は何れ自分の後釜を担う船だとな。

 其れだけの期待を掛けていた姫が艤装を弄くられた程度で腹を立てるものか」

 

 あまり姫を舐めるな戯けと喝破する。

 

「お前の切った舵は何処へ向かおうとそれこそ姫の航路。

 姫を想うなら姫の期待に恥じぬ軌跡を残しなさい」

 

 そう告げる姫に信長は戸惑いながらも確かにはいと口にした。

 それを見届けた姫は一転して笑みを柔らかなものにする。

 

「それはそれとして、久し振りに姫の顔を見に行こうと思うんだけど、手土産は燃料で良いかしら?」

 

 気さくにそう訊ねる姫に信長は少し考え首を横に降った。

 

「多分工作艦が使い込んで消えると思います」

 

 明石の事だ。

 多量の燃料など与えた日にはイ級に仕置かれようと開発で溶かしてしまうだろう。

 それを聞いた姫は深く溜め息を吐いた。 

 

「部下の手綱も握れないなんてまだまだね」

 

 無難にラムネにしておきましょ。と、そう『南方棲戦姫』は呆れた様子でそう呟いた。

 

 

~~~~

 

 

「行ってこーい」

 

 そう言いながら俺は持ってきたドラム缶を引っくり返す。 

 逆さまになったドラム缶から蛸のようなうねうねした足を生やす深海棲艦が放たれ海流に乗って流されていく。

 気づいている奴は気づいている思うが今しがたドラム缶から放流したのは機雷型の深海棲艦。

 やってることは人類への明確な敵対行動だけど、呵責みたいな感覚は余り感じない。

 というのもこの機雷、当然船や艦娘が近付けば爆発して危険なんだが、寿命はざっと数ヵ月程度でこいつらの主食が海底に沈殿したプラスチックやら誰にも回収されない石油やらといった環境汚染に繋がる物質を好んで食す傾向があるため海からしたら有益だったりする。

 しかも寿命が尽きた奴からは燃料や鋼材等の艦隊運営に必需な資源を回収出来るといいことづくめ。

 人類の天敵であることに目をつぶれば正に益獣の鑑と言えるのがこの機雷型深海棲艦だった。

 潮の流れに乗って思い思いに散っていく機雷を見届けていた俺に、本日の遠征に伴った遼艦が声を掛けてきた。

 

「木曽、そっちは終わった?」

 

 その声に機雷から視線を外し俺は空になったドラム缶を親指で指しながら応える。

 

「ああ。

 この通り全部流し終えたよ」

 

 そう酒匂に言うと酒匂はじゃあ行こうと促し俺はそれにああと頷いた。

 因みに現在地はカレー洋の少し先。

 国で言えばドイツの領海に近い辺りだ。

 俺達が報酬を受け取るため移動を始めると少ししてから酒匂が俺に質問を投げ掛けた。

 

「ところでさ、木曾はこの遠征は平気なの?」

「…そうだな」

 

 改めて問われれば思うものがない訳じゃない。

 俺が放流した機雷が同じ艦娘や日本へと向かう輸送船に接雷し沈めてしまうかもしれないという現実は無視できないからだ。

 だけど、

 

「面白くはないが、食っていくためには仕方ないさ」

 

 結局のところ俺は日本とイ級を天秤に掛けてイ級を選んだ。

 だったら日本に害を成したくないと言う資格もなければ妨害工作に加担することを拒否する権利もない。

 当のイ級はしなくてもいいと言うだろうが、これは俺のけじめだ。

 なにより、移動時間含めて拘束時間がたった三日で終わるこの遠征の報酬が燃料500に鋼材300と破格であるのだからやらない手はない。

 

「ぴゃあ。木曾はちゃんと割り切ってるんだね」

「お前はどうなんだ?」

「酒匂? 酒匂は元々こっち側(・・・・)だし姉御が一番大好きだから、姉御と島の皆以外がどうなってもあんまり気にしないな」

 

 聞きようによってはイカれているとも聞こえる台詞だが、深海棲艦からの転成したために艦娘が普遍的に抱える愛国心が無いだけなんだと知っている俺は酒匂のそれがまだ純粋に大事なものとそれ以外に完全に別かれているからこその発言だと理解しているからそうかとだけいった。

  

「あ~あ。

 遠征も大事だけどやっばり酒匂も行きたかったなぁ」

「仕方ないだろ?

 春雨が出ていくって決めたんだから」

 

 愚痴る酒匂にそう嗜めると「分かってるよ」と不満そうに酒匂は言った。

 イ級が帰ってきたその夜から春雨は部屋に引きてしまった。

 そして三日目の朝、いい加減様子が気になり部屋に入るも春雨は自分の艦隊を作るという書き置きを残して島から姿を消していた。

 当然すぐにでも探すべきだと声が上がったが、『ゆうだち』が一緒に着いていったらしいことと自棄になったのではなく明確な目的を持って出ていったのなら止めるべきではないという意見から春雨が何時でも帰ってこれるようにしておくだけに止まる事にした。

 そのせいで南方棲戦姫の依頼に出る面子から俺と酒匂が外れたことは多少不満はあるが多くは言うまい。

 

「ぴゃん?」

 

 唐突に前を進んでいた酒匂が困った風に声を漏らた。

 

「どうした?」

「うん。

 今、一瞬だけなんだけど探信儀の針に反応があったの」

 

 その言葉に俺は意識を切り替える。

 

どっちだ(・・・・)?」

 

 深海棲艦なら問題ない。

 だが、艦娘なら…。

 万が一さっきの機雷散布の光景を見られていたら…最悪物理的に口封じしなきゃならないかもしれない。

 緊張を高める俺の傍で耳に手を当て策敵していた酒匂が八時の方向を指差し叫ぶ。

 

「そっち!」

「ストライダー!!」

 

 酒匂の言葉と同時に暖気を終えさせていたストライダーをカタパルトから飛ばす。

 放たれたストライダーはザイオングなんとかという名前の噴式機関から火を吹き水中へと飛び込んでいく。

 ストライダーが水中へと飛び込んで数秒後、水中からストライダーが放ったバリア波動砲のブロックが飛び出し同時にバリア波動砲に吹き飛ばされたらしい二隻の潜水艦娘が打ち上げられた。

 

「あれは…伊58と…」

 

 気絶しているらしくうつ伏せに浮かぶ桃色の髪の潜水艦娘は俺もよく知る艦娘だが、もう一隻の銀髪にプロテクターのようなライフジャケットを着る艦娘は俺が知らない艦娘だった。

 どちらも意識がないことを確認すると酒匂は主砲を構えつつ俺に問う。

 

「どうする?」

 

 殺ると言えば酒匂は容赦なく構えた主砲を二人にぶちこむだろう。

 そうなれば装甲なんて無いに等しい潜水艦は一撃で終わり。

 

「…一度近くの島に運ぼう」

 

 勘違いで殺すのは流石に気分が悪い。

 そう言うと酒匂は特に反論することもなく分かったと銀髪のほうを抱える。

 酒匂に続いて俺も伊58を拾いながら小さくごちた。

 

「面倒の予感がするな」

 

 痩せこけ明らかに軽すぎる伊58の体躯にその予感を半ば核心にしつつ近くの島を探すためストライダーに指示を飛ばした。




大変お待たせしました。

リアルのトラブルに加え書いては消え書き上がっても納得できないとか終いには番外溢れ話になってた等ひたすら悪戦苦闘しエタったと勘違いされかねないぐらい間が空きましたがようやく更新出来ました。

次回はハイアイア島に向かったイ級の話になる…筈。

後、番外溢れ話はここに投げときますね。



番外『とある変態企業のあれやこれ』

 シンクタンク『from』

 日本の某所に籍を置く技術供与機関であり本業はシステムエンジニアのスタッフ派遣業務だが、副業で一部のユーザーから熱狂的かつ狂信的な人気を有するゲームの発売等もやっているある意味謎の組織である。
 そんなfromが社を構えるビルの一室にて定時を告げる5時の鐘が鳴った。
 それと同時に一人の女性社員が勢いよく立ち上がる。

「淑女の時間は終わりよ!!」

 そう叫ぶなりタイムカードを握りへと駆け出す女性。
 そのままダンクシュートでもするつもりなのかと言いたくなる勢いでタイムカードをスキャナーに翳そうとするもその手は横から延びた手により阻まれた。

「りっちゃん!?」

 女性が自身を阻んだ者の名を口にするとりっちゃんと呼ばれた同年代と思われる女性は邪悪に聞こえる声で笑った。

「ンフフフフ。
 甘いわよまいこぅ~?」

 ねぶるような独特のイントネーションでまいこに語りかけるりっちゃん。

「この鬼畜デスマーチの中で一人だけ定時上がりをしようなんて、練乳マシマシ蜂蜜入りキャラメルフラペチーノマシュマロトッピングより甘いわ!」 

 そう罵るりっちゃんの目は完全に据わっており、目の下には化粧で誤魔化すことも出来そうにないほど濃い隈が浮かんでいた。

「アハハハハ。
 盛り上がってるねぇ~」

 そのまま掴み合いなるかというところで二人の間にバカにするような笑い声が割り込んできた。

「主任?
 どうしてここに!?」

 それはラバウルに出向している筈の逆吊であった。
 驚く二人に軽い調子で手を振る逆吊。

「どれどれ?
 おじさんも混ぜてよ? アハハハハ」

 短パンにアロハシャツといかにもな格好でエロ親父風に二人に近寄る逆吊だが、その歩みは後ろから飛んできた声に遮られた。

「主任。お戻りになられたのならこちらに報告していただかないと困ります」

 声からして出来る秘書官を彷彿とさせる冷徹な声の主はその想像を裏切る事ない美人であった。
 
「アハハハハ。
 キャロりんは相変わらず真面目だね」
「貴方は相変わらず軽薄そのものですね。
 それと私はキャロりんではなくキャロルです。
 何時になったらちゃんと名前を覚えて頂けるのですか?」

 ケタケタと笑う主任に軽く頭を押さえるキャロル。
 そんな様子のキャロルに逆吊は更にケタケタ笑う。

「アハハハハ。
 ごめんごめん。
 でさあキャロりん、あいつ(・・・)、いる?」

 然り気無くまいこからタイムカードを掏りりっちゃんのと合わせて退勤状態のスキャナーに押し付けながらそう訊ねる逆吊の顔は笑顔のまま目だけが笑っていなかった。

「……使(せしむ)常務でしたら現在会議室で社長と打ち合わせ中ですが」

 この男がそういう目をしている時は必ず碌でもない事が起きる(・・・・・・・・・・)と経験則から察したキャロルは素直に目的の人物がいる場所を告げる。

「あ、そうなんだぁ」

 キャロルの返答に逆吊は軽い調子で応じ二人に帰るよう言いながら会議室へと向かう。
 磨りガラスのパーティションで囲われた会議室に逆吊が入るとそこにはフォーマルなスーツ越しにもはっきり解る程鍛えられた筋肉の塊で構築された壮年の男性と、一目見ればホストクラブの店員かと勘違いされそうな鮮やかな赤髪に赤色のスーツを着こなす青年が話し合っていた。

「どうも~、三河屋どえすっ」

 入るなり冗談を噛ます逆吊に青年が不愉快そうに視線を向ける。

「なぜ貴様が此処に居る?」

 唾棄するかのように睨み付ける青年『天使(あまのせしむ)』の態度に逆吊は愉快そうに爆笑する。

「ギャハハハハ。
 使ちゃんったらぁ何をそんなにご機嫌なのかなぁ?」
「用件が有るなら早くしろ」

 真っ向から馬鹿にした態度に使は激昂する事なく不愉快そうに眉を更にしかめるも挑発を聞き流し内容を促す。

「……もう、使ちゃんってば真面目なんだから」

 そう唇を尖らせた逆吊は直後にいやらしく笑みを浮かべながら然れどその目に獰猛ななにか(・・・)を宿して口を開く。

「社長。
 ちょっとこいつ借りてきますね」

 その断りに社長からほどほどにしておきたまえというありがたい言葉を貰うと逆吊は使を促し人気のない喫煙所に場所を移す。

「それで、私の貴重な時間を割くだけの話とはなんだ?」

 触れれば指が落ちる銘刀に例えて表現しても障りないほど鋭い視線を向ける使に逆吊はニヤニヤと笑いながらその用件を口にした。

三人目の介入者(・・・・・・・)が来たぜ」
「……」

 そう嘯く逆吊に使は眉間の皺を緩め冷徹に見返す。

「介入は何時起きた?」
「やられたのは先月の終わり頃だね。
 といっても、送り込まれた異物はすぐに『例外』に捕って食われちゃったんだけどさぁ、いやぁあれはひっどいオチだったねぇ」

 無様な顛末を愉快そうに爆笑する逆吊。
 耳障りな笑い声にしかし使は意に介した風もなくそうかと呟く。

「秩序を乱すモノは恙無く排除された。
 ならば我等は監視を継続するのみ」
「と、思うじゃん?」
「何?」

 使の反応にしてやったりと言いたげな厭らしい笑みを浮かべながら逆吊は更に嘯く。

「どうやら奴さんの介入はただの囮だったみたいなんだよね」
「囮だと?」

 おおよその介入者による転生者を使う介入は世界の中心に居る特異点に介入させ混沌をもたらす愉快犯か、さもなくばその世界の特異点への当て馬として砕け散る様を観賞するための愉悦目的。
 中には致命的破綻を迎えた世界を救済するべく世界に過ぎた力を与え送り込んでくるケースもあるが、しかし逆吊の言うような捨て駒としての転生者の介入は聞いたことがない。
 二人が何故その様に外の事情について詳しいかというと、二人もまた転生者だからではなく、神と自称する上位存在の介在なくこの世界に流れ着いた『漂流者』であったためであり、そのため使と逆吊は『総意』からの接触を受け世界の理についてある程度の事情を知り得たからだった。

「その根拠は?」
「根拠も何も、介入を仕掛けてきたのが『ゲームキーパー』って時点でお察しだよ」
「ゲームキーパー…だと?」
 
 その名は使が知る限りでも最悪に部類される介入者の一人。
 彼の者の介入によりいくつもの世界が破滅したと聞き及ぶ悪辣な存在。

「其れが分かっていながら貴様は何故此処に居る?」

 掴み掛からん勢いで睨み付ける使に対し逆吊はニヤニヤと笑いを浮かべたまま言う。
 
「だってさあ、ゲームキーパーが何を仕掛けようとしてるかまではまだわかんないだもん。
 それに、そんなの俺達にはそもそも関係無いじゃん(・・・・・・・・・・・)
「……」

 粗か様な言葉に真意を図りかね押し黙る使に逆吊は言う。

「そも、俺達は本来人間が踏み外さないよう監視する(・・・・・・・・・・・・・・・)のが存在理由であって、他所からの介入で自滅するのを止めるような正義の味方(・・・・・)じゃないだろう?」

 逆吊の言わんとしている事は正しい。
 二人が元居た世界でも二人の役割は逆吊が言うように『人類を監視し秩序を以て致命的破綻を防ぐ』事が存在理由であって、難関辛苦に見舞われた際に手を差し伸べ救い上げることではなかった。
 最も、逆吊は自分達が生み出した秩序を打ち破り致命的破綻すら踏み越え混沌の果てまで歩み続ける事が出来ると証明されることが望みであったが。
 逆吊の意見を聞き終え、使はだからこそ理解できないと口にする。

「わざわざ元艦娘を妻とし家庭を築いておきながら、それが破壊される危険を放逐するのか?」

 使のその言葉にほんの僅かに間を置いてから逆吊は厭らしさを消した素の言葉を放つ。

「それでも見てみたいのさ。
 『例外』と、『例外』に率いられた『人間』の可能性を…な」
「……」
「それに、もしそうなっちゃたら今の(・・)俺達じゃどうしようもないんだし、だったら他にやることやんなきゃ」
「……確かに、今回ばかりは貴様のほうが合理的か」

 逆吊の考えのおおよそを聞き終え、使は結論を下す。

「いつでも動かせるよう『奴』にはトルコから戻るよう声を掛けておく。
 使うか否か一任する」

 その言葉に逆吊は再び笑みを浮かべる。

「流っ石使ちゃん。
 話が解るねぇ」
「当然だ。
 『彼』の移動費及び滞在費を含めた費用は全額貴様が払うのだからな」
「……あり?」

 さらりと告げられた言葉に逆吊の口許がひくつく。
 この御時世人一人とて大陸から日本に呼び寄せるとなれば莫大な旅費が掛かる。
 それこそ逆吊の年収が軽く吹き飛ぶほどの額がだ。

「いやいや、ちょっと?」
「それと貴様が壊してくれた私のビリヤード台の請求書は貴様の妻に送っておいた」

 畳み掛けて放たれたその言葉に今度こそ逆吊は固まった。

「そ、それは無いんじゃないかなぁ?
 ほら、一応俺妻帯者な訳で妻と子を養わなきゃいけない義務もあるわけだし…」

 色んな意味で不味い事態が進んでいたことを察した逆吊が打開策を提示しようとするも、タイミングよくエレベーターが到着したことを告げる電子音が響く。
 そして扉の開閉音に続き何かを引き摺るような音を伴う地獄からの使者の声が逆吊に突き刺さる。

「あなたぁ?」
「ゲッ」

 その声に慌てた様子で振り向いた先に居たのは栗色の髪をバレッタで纏めた女性。
 10人中10人が美人だと評価するだろう逆吊の細君である女性は綺麗ながら見た者の身を竦み上がらせる壮絶な笑顔を浮かべ片手で艦艇に使われている錨のミニチュアを引き摺りながら逆吊ににじり寄る。

「聞いたわよ?
 会社で警備の人達と酒盛りをした揚げ句、使さんが大事にしている特注のビリヤード台を壊しちゃったんですって?」

 罪状を口に出しながらゆっくり迫る姿に本気で逃げようと左右を見回すももうひとつの出口は使がしっかり塞いでいた。
 逃げ場のない状況で錨をバットに見立て構える妻の姿に逆吊は思わず茶化して振る舞ってしまう。

「これって大丈夫かな?」
「殺しはしないわ。
 体に聞くことがたくさんあるからね」

 死刑宣告の直後、まるで加速を付けた金属が対象を蹴り潰したかのような重打撃音が響き頭に錨が刺さった姿で逆吊は断末魔を漏らす。

「き、機体がダメージを受けてまぁす…ガクッ」

 最後までふざけた態度を崩さなかった逆吊を尻目に細君は使に頭を下げる。

「この度は主人が本当にご迷惑をお掛けしました」
「…いや、元を辿ればこちらの管理不手際が原因だ。
 貴君が頭を下げる道理は無い」
「そんなことはありません」

 そちらに非は無いという使の言葉を否定する。

「夫を支えるのは妻の役目。
 馬鹿をやれば一緒に泥を被るのもその一つです」

 聞きように因れば男尊女卑の古い考えと切り捨てられるだろう言葉だが、彼女の目は使にそれを言うことを躊躇わせる『強さ』があった。

「……そうか」

 最適解を思い付かなかった使はその謝罪を受けとると次善手を提示した。

「逆吊は数日後にまた出向してもらう事になっている。
 今日はそいつを連れて帰るといい」

 そう言うと細君はありがとうございます。と一礼してから錨を頭に刺したままこそこそ逃げようとしていた逆吊の首根っこを掴む。

「行きますよあなた」
「いやいや。これって連行だよね?」
「ちょうどサラダ油の安売りの日だから帰る前に買いに行くわよ」
「ねえちょっとは俺の話も聞いてほしいなぁ?」

 勝手気ままを地で行く逆吊を完全に手玉に取りながら細君がエレベーターに乗るのを見届けた使は下りていくエレベーターの数字を眺めながら小さく呟く。

「人間の可能性…か」

 かつてはそれを否定し、そしてそれに敗れた。
 そして廻り廻って今自分はこの世界にいる。

「……戻るか」

 考える必要の無い思考を始めた自分を打ちきり使は踵返した。
 そして直面していた問題に結論を下す。

「公王はやはり四人同時にしよう」

 つい先程社長と煮詰めていた難易度についてやはり殺す気でいくべきだろうと決意を新たにした。

 後日、社内の一角にて次回発売のゲームの跳ね上がった難易度にβテスター達が次々と「心が折れそうだ」と言い残し倒れ伏す光景が拡がることになる。


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……む

しくじるなんて僕らしくもない。


 ハイアイア島とは盛大な釣りである。

 より正確にいうなら論文の体をなした文体で書かれたSF小説である『鼻行類』という本にのみ出てくる架空の島々である。

 しかし著者が戦時中の日本軍から逃げた先でたどり着いたとかその末路等こと日本人の琴線に触れるワードが多く散りばめられていたため特に日本人が真に受けてしまった事件もあったらしいが、とにかく実在はしない。

 

「…筈なんだけどなぁ」

 

 しかし今、俺はその存在しない筈の島にいた。

 白亜期で進化が止まったかのような大振りの葉のシダ科の植物が繁茂しやたらとデカイ蜻蛉やゴキブリがそこかしこに見受けられる古代のジャングルが広がる人の立ち入られぬ未開の島。

 

『…御主人』

 

 言いたいことはわかってるよアルファ。

 現実逃避すんなって言いたいんだよな。

 でもさぁ… 

 

「この状況でどうしろってんだ!?」

 

 クラインフィールドで全身を防護しながら俺は叫んだ。

 解いたら死ぬ。握り潰されてぺしゃんこにされる。

 何でそんなことになったかというと、ハイアイア島に着いた俺達はさっさと用事を済ませて帰るべとジャングルに足を踏み入れたんだが、最中に俺は見たこともない綺麗な花を見付け宗谷のお土産にしようなんて思いホイホイ近付いたら実は擬態したハナアルキの鼻でおもっくそ取っ捕まっとんだよ。

 いやな、そいつ自体はそんなにでかくなかったからファランクスの一斉射で簡単に仕留めたられたんだが、銃声が不味かったらしく恐らく島の主とおぼしき全長五メートル大の象みたいな体型の巨大ハナアルキが出てきちまったんだよ。

 いくらなんでもそんなふざけたサイズのハナアルキが居るなんて思わなかった俺達は不覚にも固まり、そのせいで巨大ハナアルキの尻尾に山城が捕まりそうになったもんだから反射的に庇ったまではいいものの巨体に相応しい馬鹿力で握り潰されそうになり辛うじて展開したクラインフィールドによって最悪の事態を免れた。

 そして現在である。

 正直ね、展開したクラインフィールドがギシギシ悲鳴あげてる辺りヤバイのは確かなんだよ。

 どうにかしようにもクラインフィールドにこれだけの不可を与える尻尾に締め付けられたら間違いなく数秒でお陀仏にされる。

 かといってこのままでもいずれクラインフィールドがダウンしてやっばり両断されるだろう。

 結局のところ俺に出来ることは一緒に来た熊野と山城がこの巨大ハナアルキを倒すまで耐えることのみ。

 しかしながら取っ捕まってから既に五分近く経ってるのだが一行にハナアルキが倒される気配はない。

 …もしかして見捨てられた?

 いやいや。流石にそれは…ねぇ?

 きっと踏み潰される懸念を避けようと一時離脱を図ってるだけだよ。

 

 

 …多分。

 

 

~~~~

 

 

「どうしましょう…」

 

 なんとか巨大ハナアルキを撒きジャングルに身を潜めた熊野は泥まみれの姿でそう不安感から口に出してしまった。

 そんな自称お洒落な重巡らしからぬ姿に甘んじているのは山城が運悪く底無し沼に嵌まったから…ではなく事前にイ級から嗅覚が異常に発達しているだろうと言われていたため体臭を消すために自ら飛び込んだからだ。

 最も、そこが底無し沼で山城が這い上がれず沈みかけたのは事実ではあるが。

 差ほど離れていない場所で鼻から延びた指のような部位を気持ち悪く蠢かせ自分達を探し回る巨大ハナアルキ。

 熊野の本音を言えばこのまま島からとんずらしたいところだが、尻尾に捕まったままのイ級を見捨てるわけにもいかず、かといって仕留めようにも自身の主砲どころか山城の41センチ砲さえゼロ距離で弾く化け物が相手では成す術がない。

 それ以前に砲身に入り込んだ泥を掻き出さねば暴発が怖いので使いようもないが。

 いや、倒せる可能性の高い手段自体はあるのだ。

 山城が装備するR戦闘機『キウイベリー』の背負う、戦艦娘憧れのマストアイテム『試製46センチ連装砲』を遥かに凌ぐ『大砲』という名の波動砲が。

 ただしこの波動砲、アルファでさえ知り得なかった致命的な問題を抱えていた。

 1つは発射までに非常に時間がかかるということ。

 これ自体は多くのR戦闘機に共通するものでありチャージタイムそのものも一発撃つのに10分必要と威力からしたら破格の短時間と言える。

 だがしかし、もう一つの問題点があまりにも問題過ぎる。

 

「弾道が必ず曲線を描く(・・・・・・・)なんておかしすぎますわ」

 

 キウイベリーの波動砲は例え平射で撃っても大砲から放たれる砲弾は曲線を描くのだ。

 それも質が悪いことに射の描く曲線は重力に引かれてではなくキウイベリーを基点とした山なり軌道。

 そのため遠距離ならまだしも近距離での命中率はほぼ接射でなければ当たるものでもないという実に意味のわからないネタ兵器と化していた。

 鳳翔のアサノガワといい波動とは一体と吐き捨ててしまった熊野も致し方ない。

 しかし熊野は知らない。

 アサノガワ以外にも波動砲と言いつつ電撃を放ったり蔓を突きだしたりあまつさえ天災を引き起こすようなとんでも兵器がまだまだ控えていることを。

 

閑話休題

 

 今は巨大ハナアルキをどうするかだ。

 現在まともに使える武器は酸素魚雷と当たらない波動砲のみ。

 瑞雲があればよかったのだが生憎熊野が載せているの零式水上観測機。

 無理繰り酸素魚雷を縛り付けて飛ばす手もあるが尻尾に捕らえられたイ級に当たる懸念があるため使うのは憚られる。

 

「不幸だわ…」

 

 悠長に事を構えるわけにもいかずどうするべきかと悩んでいると背後から地を這うような山城の愚痴が溢れ落ちる。

 

「少しは策を練ってくださいませんか?」

 

 そう嗜めそちらに目を向ければ無惨の一言に尽きる山城の姿。

 泥まみれでも地の色が茶のブレザーである熊野はまだ見れたものの、白い巫女服がベースの山城は原色が何色だったか解らないほど汚れていた。

 

「そんなこと言ったって…」

 

 案など思い付かないと言わんばかりにつぐむ山城に苛立ちを募らせる熊野。

 そうして沸き上がった苛立ちは熊野の胸中にドス黒い感情を掻き立てていく。

 そもそも不幸だ不幸だと口にする山城が気に入らない(・・・・・)

 貴様の不幸など自分が受けた地獄に比べてどれ程だというのだ?

 艦として、いや、人としてさえ見られない悪夢の中で足掻くために恥辱も汚辱も耐え消えぬ傷跡を穿たれながら牝犬とまで嘲られながらも堪え続けた自分より不幸だと言えるのか?

 いっそ貴様なんか…

 

「熊野?」

「っ!?」

 

 沸き上がるドス黒い感情に身を任せてしまおうという甘い囁きに愉悦を覚え始めていた熊野は山城の呼び掛けに目を覚ます。

 同時に自分が何を考えていたのかと激しい自己嫌悪に陥る。

 

(何を考えていたの私は?

 いくら山城の態度が感に障ったからってあんな…)

 

 あのような悪夢(耐えがたい恥辱の記憶)を山城に味会わせたいなどと微塵でも考えた己を慙愧し熊野は意識を切り替える。

 

「何か思い付いたんですの?」

「え、ええ、まあ」

 

 熊野の異様に若干引いたため煮え切らない態度に見える様子で山城は言う。

 

「思い付いたって訳じゃないんだけど、これが使えないかしらって…」

 

 そう指し示したのは黄色いボディに手足の付いたファンシーとも言える外見の対潜ヘリこと『Mr.ヘリ』。

 

「それですの?」

 

 なんで陸上で対潜ヘリが役に立つのかと疑問を投げ掛ける熊野に山城はしれっと答えた。

 

「なんかこれ、宗谷のパウ・アーマーに似てるからなんとか出来るんじゃないかなって…」

 

 いっそ可哀想なモノを見るような熊野の視線に耐えきれず言葉尻が消えていく山城。

 確かに宗谷のパウは頭がおかしいんじゃないかと言うぐらい鬼畜な性能を有してはいる。

 リンガで確認しただけでも烈風ガン積みした加賀から制空権を悠々奪い去り対空極振りの摩耶改二の凄まじい対空砲火をあっさり掻い潜りあまつさえ自爆する分身で武蔵をワンパン大破に追い込む悪夢をたった一機で体言する機体だ。

 そしてなによりここまでやらかしておきながらパウのカテゴリーが『輸送機』だというのだからどうしようもない。

 そんな最終鬼畜極悪輸送機に似てるからどうにか出来るかもと変な期待を抱くのもわからなくはない。

 

「とりあえず試してみましょうか」

「え、ええ」

 

 詰る気力もなくしそう肯じる熊野に山城はMr.ヘリを起動する。

 

「えっと、いける?Mr.ヘリ」

 

 カ号のような回転翼機の知識はあるが運用について今一把握しきれていない山城が戸惑いがちに問うと、Mr.ヘリはまるで妖精さんがそうするように丸い身体なりに直立敬礼を行いプロペラを展開。

 展開したプロペラは忽ち高速で回転を始めると揚力を獲たMr.ヘリはザイオング慣性制御を併用することにより軽く山城のカタパルトを蹴るだけで離陸。

 

 そして二人はここからR戦闘機が例外なく化物だということをまざまざと見せ付けられた。

 

 離陸したMr.ヘリはあろうことか正面から巨大ハナアルキに突撃。

 対潜機らしく上空から攻勢にで出るものと思っていた二人が瞠目するのも意に介さず突撃の勢いそのままに推進機でもあるプロペラでハナアルキに斬りかかるという蛮行を始めた。

 山城の主砲さえ弾くハナアルキの毛皮だが、Mr.ヘリのプロペラはその毛皮を容易に切り裂くとその巨体に一文字の斬痕を刻み込んだ。

 斬られたハナアルキからしたら堪ったものではない。

 彼の者に人ほど複雑な思考があるわけではないが、だからこそ島のヒエラルキーの頂点に立ちあらゆる動植物を思うままに貪る権利を有する支配者であった事実は彼の者に絶対の自負と傲慢な自尊心を育て上げていた。

 それを鳥にも満たぬ小さな存在が踏みつけて泥を被せようとしたことが、牙を突き立て身を切り裂いて反旗を振るったことが、そしてなにより初めて刻み込まれた『死』の恐怖が彼の者を狂乱させた。

 手の打ちようもなかった相手にあっさりとダメージを与えたMr.ヘリに熊野と山城が口を開けてポカンと呆けているのも気付かず巨大ハナアルキは幾多の猛獣のどれとも似ない雄叫びを上げると怒りのままに跳躍した。

 その高さはなんと50メートルを越しており身の丈の10倍の高さまで鼻一本で跳躍したという事実はただ恐怖である。

 そのまま指のように節張った鼻で押し潰そうとハナアルキが鼻を振るうも、たかが(・・・)原始生物の異様程度に戦く肝など持っていないMr.ヘリは全体重をかけた押し潰しを悠々かわして先程切り裂いた傷めがけ束ねられた多連装砲を容赦なく叩き込んだ。

 元より鋼を穴だらけにできるバルカン砲が更に電磁加速を加算されたならばその威力たるはバイドにさえ無視できぬ痛手を与えるほど。

 其ほどの凶火力を柔らかい分厚い皮の内側の柔らかい部分に当てればどうなるか言うまでもない。

 秒間100発を凌駕する弾幕に肉をズタズタにされた巨大ハナアルキは未知の激痛に立つ気力もなくおぞましい悲鳴をあげてのたうち回った。

 嗚呼、だがそれでも彼の者は支配者である。

 明確に刻まれた死の恐怖よりプライドを砕かれようとしている現実に煮えたぎる憎悪を燃やし、本能が訴える生への渇望を否定し殺意と憎悪に立つ事を選んだ。

 しかし、しかしそんなものは意味を為さない。

 

 Mr.ヘリは『英雄』である。

 

 イ級達が住まうこの世界とも、アルファが戦っていた悪夢の坩堝とも違う遥か彼方の時空にて数多の星を救い幾多の悪を滅ぼしてきた紛れもない英雄なのだ。

 如何にしてその英雄の存在をteam R-typeが知り得て可能な限りとはいえ再現出来たのかは誰にも分からないが、只一つ、これだけははっきりとしていた。

 

 Mr.ヘリがでかいだけの珍獣に負ける道理はない。

 

 怒りのままに暴れ狂う巨大ハナアルキに対しMr.ヘリは猛然と前に出る。

 宛ら一匹の蜂が象に挑んでいるような光景だが、現実起きているのは蜂よりなお凶悪な暴威の塊(R戦闘機)による蹂躙である。

 イ級が捕まっている尻尾を、退化しながらも強靭さを失わなかった強靭な筋肉の詰まった四肢を、己の名の由緒となった鼻を滅茶苦茶に振り回すハナアルキの猛攻をMr.ヘリは難なく潜り抜けプロペラで切り刻みながらバルカンと垂直ミサイルと爆弾のフルコースをハナアルキにたっぷり食らわせる。

 そのどれもがバイドをして脅威と認識させる威を内包する猛火の群れにたかが(・・・)けだものの毛皮が耐えられる道理はなく、猛火の群れに晒された体躯は焼かれ吹き散らされ穴だらけにされ致命を無数に刻み込んだ。

 そして限界を迎えた巨駆は無惨の一言のみを表す標識と成り果て地に倒れた。

 最早死に体。

 放っておいても助かる見込みは一厘の隙間もない程だが、多くの死線を知るMr.ヘリ(英雄)は情け容赦もなく温存に温存を重ねた最大の切り札を切る。

 それはモース硬度7にも至る石英の塊、つまりクリスタルである。

 どこからともなく取り出した身の大きさに迫る無色のクリスタルにMr.ヘリは何の躊躇いもなく波動を充填し弾丸として打ち出した。

 打ち出された弾丸は音を超え光の早さに迫る速度を与えられ、それをそのまま威力として加算しハナアルキの頭部へと撃ち込まれた。

 その威力は驚くことにかのアサノガワの切り札であるパイルバンカー波動砲に比肩するほどのものであり、過剰が過ぎる破壊の威力はハナアルキの頭部を肉片さえ残らない血煙へと変えた。

 

「「………」」

 

 一方的とさえ生温い気違い滲みた惨劇を前に其れを命じた山城はもとより熊野のまたただ忘我の淵に佇むのみとさせられる。

 そうして暫くの後、助かったと確信したイ級がクラインフィールドを解除するのを見て山城は万感の思いを口にした。

 

「私達、居る意味あるのかしら?」

 

 それは、R戦闘機に関わったほとんどの者の頭を一度は過る絶望であった。




皆様イベントの準備は万全ですか?

私はバケツは十分ながらボーキが四万に足らずと不安なじょうたいです。

とまあ近況はともあれ次回は再びイ級側です。

それと今回も以下におまけをおいときます。








『おまけ』もしもイ級がイベント海域のボスに抜擢されたら

【ゲージ破壊前】

台詞『来ちまったのか……』

外見『普段のから深海棲艦っぽい眼帯とペイントに変更のみ』

装備『タービン』『缶』『爆雷』『機銃』『艦載機(バイドシステムα)』

編成『駆逐イ級(flag)』『駆逐二級(flag)』『潜水カ級(flag)』『潜水ヨ級(flag)』『輸送ワ級(flag)』

【ゲージ破壊直前】

台詞『簡単に譲れねえんだよ!!』

外見『塗装が剥げた姿で眼帯オフ』

装備『機銃』『探照灯』『主砲』『艦載機(バイドシステムβ)』

編成『雷巡チ級(flag)』『軽巡ホ級(flag)』『潜水ヨ級(flag)』『軽母ヌ級(flag)』『駆逐棲姫』


ギミック

索敵値未満で到達するハズレマスの北方棲姫にS勝利


【ギミック解除後】

台詞『……殺す』

外見『ゲージ破壊直前の姿に更に黒いオーラ追加』

装備『主砲×3』『機銃』『レーダー』『レーダー』『艦載機(バイドシステムγ)』

編成『無し』or『港湾棲姫』『駆逐古姫』『雷巡棲姫』『水母棲姫』『潜水棲姫』

【ギミック解除後ゲージ破壊直前】

台詞『…ぶす。 潰す潰す潰す潰す潰す潰すツブスツブスツブスツブスツブスツブスツブスツブスツブス!!』

装備『主砲×3』『機銃』『レーダー』『レーダー』『艦載機(バイドシステムγ)』

外見『黒いオーラに覆われ目の光のみ視認可能』

編成『無し』

備考『一巡につき砲撃雷撃艦載機による三回の攻撃手番発生』


【戦闘】

航空戦『撃ち落とせとアルファ!』

砲撃『喰らえ!』

被弾『まだだ!!』

直撃『ガァッ!?』


【ギミック解除後】

航空戦『殺せ。皆殺しだ』

砲撃『沈めよ。あいつらみたいに』
 
被弾『……これで終わりか?』

直撃『この程度でお前達は俺から……』


ゲージ破壊

『これで、お役御免か……。まったく、なんでこんなことに…なったんだ……?』


ギミック解除後ゲージ破壊

『……そうか。俺も、逝くのか……。俺は……そっちに…いけるの…か……?』


海域攻略

 通常状態でも敵艦載機の異常な制空値により制空権はほぼとられるがゲージ破壊直前でも護衛も駆逐棲姫以外は本人も含めそれほど危険ではないため電探ガン積みの戦艦でごり押しすれば其れほど難敵にはならない。
 しかしギミックを解除すると一変。
 開幕戦で超重力砲を叩き込んだ上で艦載機も攻撃をしてくるようになる。
 更に空襲にも参加しバルムンクを基地に叩き込む暴挙を行い資源と航空隊を全滅させにかかる。
 勝機は超重力砲と艦載機の攻撃に耐えることを祈るか、女神を抱えた状態で大破進軍を仕掛け超重力砲で轟沈させてからの全力戦に持ち込むこと。
 そもそもギミックを解除するためのハズレマスに到達するためには非常に低い索敵値に押さえる必要があり、有志の調査によると装備なしの駆逐艦五隻でもボスマスに弾かれるらしく仮に到達してもS勝利を治めることは奇跡に頼る必要がある。
 しかし雷巡二隻と水母を含んだ編成でボスマスから弾かれるという報告も上がっているため解明を急がれる。
 はっきり言ってギミック解除後は上位ランカーの甲提督でも絶対に遠慮しておくべき難易度となるため興味本意で手を出して地獄を見ても自己責任であることに留意されたし。
 なお、測量艦宗谷は外れマスのS勝利でのみドロップする。


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始めよう

招待状はよく読みたまえ。


 唐突なんだが狩りゲーは好きだろうか?

 武器を手に仲間と共に巨大な敵に立ち向かい、時に地形さえも武器として強者を打ち倒すカタルシスと狩猟本能とを同時に満たしてくれる神ジャンル。

 レア素材のために半ば作業ゲームと化すこともままあるがそれもまた醍醐味のひとつだと思う。

 なんでそんな話をしているかって?

 

「クソッタレ!! 狩りなんざリアルでやるもんじゃねえなドチクショウ!?」

 

 万感の思いを叫びながら俺は血塗れになりながらクラインフィールドで作ったチェーンソーを降り下ろす。

 凶悪極まりない回転で破壊の威をひけらかす刃の列なりは降り下ろされた勢いを加味しながらハナアルキの胴体を削る。

 そうして身を削れば当然ながら血肉が飛び散り、当然ながら正面に立つ俺は返り血塗れに。

 結果、現在進行形で猟奇殺人鬼みたいになりながら凄まじく生臭い悪臭に濡れる羽目になっていた。

 なんでそんな猟奇的な真似をしてるかというと、巨大ハナアルキがクッソ重たすぎて解体するにもこうして切り分けないとどうしようもないからだよコンチクショウ!!

 

「ああ、もう! 本っ当不幸だわ!!」

 

 そう嘆きながら俺が切り分けたハナアルキの肉を明石がわざわざ大太刀拵えで仕立てあげた傍目斬○な巨大包丁『蛍君』で更に下処理をする山城。

 因みにその姿は晒しに褌とお好きな方には堪らない格好なわけだが、サービスショットとか言う訳では当然なく、単に泥まみれの服で生肉加工の作業なんかされてたまるかと洗濯ついでにひっぺがしたからだったりする。

 余談の余談だけど俺と山城で処理をした肉を海岸際で燻製にしている熊野も制服が泥まみれになったためインナー一枚だったりする。

 二人の服は妖精さん達が丹念に洗っており、帰るまでには乾く予定だそうだ。

 何気で超役得かもしんないが解体作業のお陰でプラスマイナスは絶望レベルでマイナスだからな?

 そうして俺が解体し山城が下処理した肉をアルファが世話しなく運んでいる光景のおまけ付き。

 

『ヨモヤコンナ作業ヲスル日ガ来ヨウトハ』

 

 肉が乗ったトレーを三段重ねに積みワイヤーで吊るして運ぶアルファは言葉の割りに満更でもない様子。

 なんだかんだ言っても戦闘に関わりない作業に従事出来るのはアルファ的に悪くないらしい。

 ……俺が一番割りを食っている気がするのは気のせいだよな?

 ともかく南方棲戦姫の要望した軟骨も手に入れたわけだから、これだけの肉の半分ぐらいは貰って構わないはず。

 元の姿はアレだけど。

 

「そういや山城や」

「何よ?」

 

 俺の呼び掛けに手を休めず応じる山城に気になった事を訪ねる。

 

「今更なんだが、コレ、食うのに抵抗ないのか?」

 

 本気で今更なんだけど、部位を厳選しても百キロは軽く超える肉の山を運ぶのも大変なのに、ゲテモノなんて食いたくないとか言われて腐らされたら泣くぞ?

 

「……あんたねぇ」

 

 そんな俺の問いに本気で呆れた様子で山城は言う。

 

「私達はあの戦争で餓死だけは避けようと、さもしいなんて言葉でも表せない僅かな米や野菜とで必死に食い繋ぐ惨めな食事で戦っていた乗組員達を乗せていたのよ?

 それだって恵まれた方で、中には釣りに使う虫や蚯蚓や海亀(・・)まで食べていたのだって私達は見ているの。

 それを思えばハナアルキなんて珍獣はただの食用肉よ」

「……さいですか」

 

 軽い気持ちで聞いたら圧死しそうなほどとんでもなく重い話を聞かされた俺はどうしたらいいんだろうか?

 

「……次、もうちょいで出来るから」

「分かったわ」

 

 なにも言えなくなったため俺はそれだけ言うと逃げるようにスプラッターな作業に黙って従事することにした。

 

 

~~~~

 

 

 イ級達がハナアルキの解体に精を出しているその頃、ハイアイア島からおよそ3000キロ程離れた空域にて凄まじい空戦が繰り広げられていた。

 金のオーラを纏う白い球体型艦載機に対し迎え撃ち砲火を振るうのは国籍を示す位置に合衆国の国旗である星条旗が描かれた500を超えるF6F『ヘルキャット』。

 二つの小さな殺意がぶつかり合い黒煙を上げて墜ちるその中心には両翼の根元にプロペラを備えた全長20メートルにも迫る大きな輸送機の姿があった。

 人が登場可能なその輸送機だが、しかし操縦席に人の姿はない。

 ならば妖精さんが動かしているのか?

 それも否。

 誰も乗っていない無人の輸送機の客は只一つだけ。

 それはワイヤーによって強固に固定された全長3メートルの鉄の塊。

 しかしあるものが見ればその正体を一目で看破し狂気に触れたように喚き散らし破壊しようとするだろう悪魔の胎児。

 

 深海の者達は気付いていた。

 

 あの悪魔を目覚めさせてはならないと。

 

 だがしかし彼等の憎悪は過剰を通り越した物量の壁を打ち砕くことが叶わず潰えていく。

 何故ならばF6Fとそれらを従える者達にとってあの輸送機は『希望』だからだ。

 故にF6Fの全てが死力を尽くした。

 そしてその結果、彼等の憎悪は届くことはなく、かつて起きた一つの転換期の引き金はもうすぐ引かれようとしていた。

 

 

~~~~

 

 

「二人とも、忘れ物はないか?」

 

 一昼夜を肉の処理に費やした俺達はいよいよハイアイア島を後にしようとしていた。

 

「私は大丈夫ですわ」

「私も同じよ」

 

 ハナアルキの肉をぱんぱんに詰めたドラム缶の縄を確かめつつ反ってきた二人の応答に俺はよしと号令を出す。

 

「じゃあ帰るぞ。

 こんな島、二度と来るもんか」

 

 そう言っていざ飛び込もうとした

ところで熊野が制止の声を上げた。

 

「待ってくださいまし」

「どうした?」

 

 やっぱり忘れ物があったのか?

 

「対空電探に感ありですの!」

 

 え?

 ソナーじゃなくて対空電探にだと?

 一昨日まで周辺100キロ圏内にレ級はもとよりヲ級やヌ級の姿はなかった。

 それどころか深海棲艦そのものさえ綺麗さっぱり姿を消していた程だ。

 見落としがあった可能性もあるが、もしかしたら南方棲戦姫の言っていた偽物の深海棲艦かもしれない。

 

「数は?」

 

 場合によっては一戦交えるかもと緊張を高めつつ問う俺に熊野ではなく山城が答えを示した。

 

「アレじゃないかしら?」

 

 そう指差した先には黒い霧に包まれた小さく見える輸送機の姿があった。

 

「あれって…スカイトレインか?」

 

 イ級の身体に蓄えられた知識から俺はその正体を口にする。

 推定7、80キロは離れてるだろう空域にみえるスカイトレインは雲蚊のような霧につつまれていた。

 …まさか、あの霧は護衛の艦載機なのか?

 だとしたら相対比からしてアレのサイズは有人機ってことになるよな……

 

 凄まじく嫌な予感がしてきた。

 

「一応聞くけど、日本ではレシプロ輸送機って現役なのか?」

「ええ。

 噴式機関の輸送機だと艦載機の直衛が受けられないから空輸に頼る場合はレシプロが主よ」

「じゃあもうひとつ。

 そいつの中にスカイトレインは含まれているか?」

「わざわざアメリカ製なんか使わなくても頑丈な二式大挺があるわよ」

 

 ………。

 

「全力で離脱するぞ!!」

 

 そう叫び俺はレイテを目指し駆け出す。

 俺の言葉に熊野も続くが何故か山城が付いてこない。

 

「なにやってるの!?」

「ドラム缶の縄が絡まって!?」

「ああもう!!」

 

 慌てて引き返し俺はクラインフィールドをナイフ状に象りドラム缶が括り付けられた縄を切り落とす。

 

「早くしろ!!」

「で、でも…」

 

 ドラム缶と俺を交互に見る山城に業を煮やし俺はクラインフィールドで拘束し無理矢理海に飛び込む。

 

「待っ、速っ、怖っ!?」

 

 無理矢理引っ張ったもんだから頭から引きずる形になり山城の悲鳴が途切れ途切れ上がるが競り上がる危機感に構う暇もなく熊野に合流しそのままレイテ方面に逃げる。

 

「アルファに打ち落とさせてしまえばどうなんですの!?」

 

 並走する熊野の案を俺は否定する。

 

「相手はアメリカだ。

 俺が下手に関わると日本と深海棲艦が組んでるなんて謂われが起きる可能性も出てきちまう」

 

 前の会談で元帥にアメリカに属している艦娘に見つかった場合の最悪のケースを聞いていた俺は可能であるなら交戦は避けるよう頼まれていた。

 万が一そんな勘繰りを許せば日本は資源輸入も叶わなくなり国外泊地も撤退せざる得ない。

 だが、それでもまだ取り返しはつく。

 想定される最悪の最悪は深海棲艦との戦争さえ放り出した第二次東亜戦争だ。

 そうなれば艦娘を擁さない中国ロシアも艦娘を得るために武力行使に出るはず。

 それだけは絶対に防がなきゃマズイ!!

 俺達は必死にハイアイア諸島から離脱を計るが艦艇と飛行機の速度差はどうしようもなく間も無く後方10キロの至近にまで接近を許してしまう。

 

『御主人!!

 輸送機ガ後部ヨリ筒状物体ヲ投下!!』

 

 亜空間にてスカイトレインの監視を任せていたアルファが警告を飛ばす。

 

「クラインフィールド!!」

 

 アルファの警告に俺は本能のままありったけのナノマテリアルを総動員して二人をクラインフィールドで包み防護させる。

 直後、アルファの言っていた筒状の何かが光り、俺の視界は極光に埋め尽くされた。

 

 

~~~~

 

 

 スカイトレインから投下された筒状の物体は上空400メートルの地点で内部に搭載された機構を作動した。

 作動した機構により内部に蓄えられていた高濃度反応物質は一瞬で臨界状態に達し発生したエネルギーの全てが熱量となって拡散した。

 拡散した熱は波となり周囲100キロの圏内を焼き払い吹き飛ばしただけに留まらず数億度以上の熱を以ってあらゆる生命体の活動を否定する灼熱地獄を形成。

 更に爆圧によって押し出された空気が元に戻ろうと急速に押し寄せた事により飛散する筈だった粉塵が集束し行き場を求め上空へと押し上げられていく。

 

「…キノコ雲」

 

 イ級が身を守る分までを回して構築されたクラインフィールドにより爆発から守られた熊野が呆然と眼前に伸び上がる雲の形を口にした

 

 同時刻、爆発の威力からギリギリで逃れたスカイトレインより送られた凄惨な映像に歓声が上がっていた。

 映像が映し出されているのはアメリカ国防相の最奥に設置された対深海棲艦対策部。

 彼等はたった一発で島ひとつを消し飛ばしたこの結果が、永らくの悲願であった現行の艦娘に替わる深海棲艦を確実に撃滅し得る兵器の完成であるという確信に狂喜していた。

 歪んだ熱狂に包まれる室内だが、ただ一人、その光景に熱する様子もない者が居た。

 研究者がよく着ている白衣を羽織る黒い髪に黒い肌のその女は映像の先の地獄を眺め静かに笑っていた。

 

「博士」

 

 博士と呼ばれた黒い女が振り向くと彼女を呼んだそのスタッフが手を取り万感の想いを口にする。

 

「遂に、遂に我々はあの忌々しい化物に対抗する手段を手に入れました」

 

 全て貴女のお陰ですと賛辞を送る男性に黒い女は薄く笑う。

 

「こちらこそ私の研究を有効利用していただき言葉もありません」

 

 謝辞を告げる黒い女の炎のような赤い瞳がすうっと細まりえも言えぬ色香を放つ。

 その色香を間近で嗅いだ男がそれだけで魅了されてしまうも、次の句を放つ前に手を放し告げる。

 

「では、当初の予定通りと言うことで宜しいでしょうか?」

「え? あ、ああ」

 

 唐突に仕事の話を持ち出され男は口説くタイミングを奪われたことを残念に思いながらもその答えを告げる。

 

「我々国防相は君の開発した新型核爆弾を採用させていただく。

 至急弾頭に使用するプルトニウムの精製に入ってくれ」

「ええ。分かりました」

 

 艶然と微笑むと黒い女は黒い女の色香に頭を溶かされた男と未だ狂気に染まったように熱狂し続ける職員達を薄く嘲笑いながら部屋を後にした。

 




イベントの最中にボーキが0となり帝国海軍の絶望を味わいました。

しかしながらなんとか乙提督としてイベント完走。

新規は親潮と嵐と山風というまずまずの成果です。

ところで海風の時といい白露型の堀に苦労しないのは何か因縁でもあるのだろうか?

とまあどうでもいい事はさておき次回はピカ直撃を喰らったイ級がどうなったかを中心にあれこれと。

後つ1D100


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…ちっ、

そこでクリティカルを出されたらシナリオが狂うじゃないか。


 例の投下物、おそらく核の類いだろう兵器の爆発の余波が収まった頃を見計らい私は亜空間から通常空間へと帰還した。

 

『御主人!!

 返事ヲシテクダサイ御主人!!??』

 

 核の爆発により放射線が荒れ狂う海域の中を私は御主人の姿を求め飛び回っていた。

 生身であれば数時間で塩基配列が破壊され生物として致命的な欠損を負うだろう量の放射線だが、宇宙を飛び交う放射線量に比べれば可愛いものでしかなくそもそもからして核の放射線程度おやつ感覚でエネルギー源としてみなせるバイドの身に悪影響を与える事はまずあり得ない。

 滅多になくバイドの身になった事への感謝を一瞬抱き、然して私は視界の端に過る元凶に憎悪を猛せた。

 

『ヨクモ…』

 

 来た方角へと引き返すレシプロ(雲蚊)共の羽音に殺意が昂る。

 

『殺ス』

 

 御主人は艦娘のために躊躇った。

 だが、その判断がこの結果を引き起こした。

 ならば、今からでもやり直そう。

 奴等を殲滅し、放った者も産み出した全てのモノを鏖殺してやる。

 コロセコロセと叫ぶ悪魔(バイド)の本能が歓喜の声を上げるまま、本能の叫びに突き動かされた私は普段眠らせているバイド細胞を活性化させ自己増殖を行う。

 増殖した細胞を切り離すと細胞は更に複数に別れそれぞれエネルギー源を求め周囲の放射線を喰らい更に自己増殖を繰り返し変態していく。

 周囲の放射線を粗方食らい尽くし幾度も変態を重ねた細胞はそれでも足りないと共食いを始め、最初に産み出した10の細胞から生き残ったのはたったの二つ。

 片方は表面が鱗状に変質させながら一機のR戦闘機へと変貌し、もう片方は肉塊とも見えるパウ・アーマーへと変化した。

 

『『アーヴァンク』ト『腐れパウ』カ』

 

 戦力としては少々物足りないが、行く先で幾らでも新たなバイドを産み出すための素材(・・)は手に入る。

 青い単眼の赤い鰐とも見える狂暴さが全面に押し出されたR戦闘機と赤い肉で出来たパウに私は憎悪を込め命ずる。

 

『行クゾ』

 

 先ずはあの雲蚊を貪りバイドの存在を知らしめその恐怖を刻み込んでやる。

 何も気付かず悠々と飛び去ろうとしている奴等に向け機首を向けスラスターに火を溜め込み其れを解き放とうとした刹那…

 

 …あ…る……ファ………

 

 聴覚が捉えた聞き馴染んだ御主人の掠れた呼び掛けの声に私の意識はそちらに集中した。

 

『御主人!!??』

 

 漸く手に掴んだそのか細い糸を決して手放してはならないと慎重に手繰ろうとしたが、それを敵を殺し喰らえと憎悪のまま絶叫するバイドの本能が邪魔をした。

 

『黙レ!! 私ハバイド(悪魔)デハナイ!!

 御主人の、駆逐イ級の艦載 機バイドシステムγ(アルファ)ダ!!』

 

 なおも狂乱するバイドの本能にむけそれ以上の憤怒を以て黙らせた私はアーヴァンクとパウに命ずる。

 

『近クニ居ルハズダ!

 探セ!! 海水ノ粒子ヲ砕イテデモ見ツケダセ!!』

 

 命令を受けアーヴァンクと腐れパウが散り私も全速力で探索に走る。

 途中で御主人が張ったクラインフィールドにより保護され身動きがとれない熊野と山城をアーヴァンクが発見したのでついでに確保させておく。

 そして一度は見失った御主人の弱々しい波動を再び捉え私は遂に御主人を見付け出した。

 

『御主人!!』

 

 見付け出した御主人は正に死に体と言うしか無い状態だった。

 核の熱波に焼かれた体表は黒く焼け爛れ多くを失った身体はその体積の半分を無くし塗装も焦げて黒ずんだせいでまるで黒い茹で卵のように成り果てていた。

 しかしそれでも御主人はまだ生きていた。

 宗谷から貰った女神が御主人を現世に繋ぎ止めていた。

 だが、逆に言えば即死を防ぎあらゆる法則に反逆し所持者を万全の状態に引き戻す女神でさえあの核兵器からの損傷は治しきれないという証左でもあるのだ。

 

『高速修復材ヲ回収シテコイ!』

 

 パウにそう命じ私は御主人に呼び掛ける。

 

『御主人!!』

 

 何度か呼び掛けると御主人は絞り出すような微かな声を発した。

 

「アル…ファ……無事…か……?

 目が………見え…ないんだ…」

 

 自分が九死に陥ってなお貴女は…

 

『…私ハ問題アリマセン。

 熊野ト山城モ御主人ノオ陰デ怪我ヒトツシテマセン』

 

 叫びそうになる己を律し私はなるべく抑えて御主人の懸念を晴らす。

 すると御主人は嬉しそうにそうかと言った。

 

「アルファ……俺は……少し…ねむい……。

 二人を…島に……頼む…」

『御主人モ一緒デス』

「ああ……そう………だ…………」

 

 最後まで言うことも出来ず御主人は沈黙してしまった。

 

『御主人…』

 

 思わず激昂しかけるが御主人に取り付き修繕を計る女神の姿に意識が落ちただけでまだ生きていると沸き上がる恐怖を飲み下し気を鎮めると、改めてこの惨事を引き起こした元凶への激しい憎悪が溢れ出てくる。

 だが、その感情に浸るつもりはない。

 

 私は御主人の艦載機(アルファ)だ。

 本能のままに暴れ狂う悪魔(バイド)ではない。

 

 この落とし前を必ず着けさせると固く誓い私はフォースを目印兼護衛に残して先ずは熊野と山城の回収に向かった。

 

 

~~~~

 

 

 ハイアイア諸島消滅から二日後。

 横須賀の大本営にて元帥は飛び込んできた報に深い失望を覚えたいた。

 

「閣下…」

「言うな大淀」

 

 言わんとしていることを制し元帥は嘆を吐く。

 

「何があろうと人は変わらぬということだったのだ」

 

 人類の天敵(深海棲艦)の登場から50余年以上が経ち、人類はその数を減らしながらかつて現実のものとなりかけた惑星規模での世界大戦を回避しその存続は為された。

 だが、それもただの延命に過ぎなかったのでは?

 齎された報はそんな諦めにも似た想いを元帥に植え付けるものであった。

 

「おそらく後数年でこの戦争も終わるだろう」

 

 それも、元帥が想像し得る中でも最悪に近い形でだ。

 元帥が何を感じているか付き合いの長さから察した大淀も落胆の感情を秘めたまま頷く。

 

「…はい」

 

 重苦しい空気が漂う中で元帥はそれでもまだだと机の下で拳を握る。

 

(手は、手はまだある)

 

 まだ極一部にしか知れ渡っていないバイドの驚異。

 此れを撃滅し得る現状唯一の手段たるR戦闘機を運用出来るのは艦娘を於いて他になく、それを利用して今後の艦娘の運用価値の確保と一定の保全は計れる。

 しかしそれを行えば延いてはアルファを敵に回すも同じ。

 

(私の首ひとつで済ませなければ)

 

 地獄に堕ちようと日本の、いや、艦娘達の未来を守る。

 それが元帥の唯一絶対の信念。

 腹の中で覚悟を決めた元帥が口を開こうとした直後、空間に波紋が広がりそこから悪魔の如き異形の艦載機が姿を表した。

 

「…貴様か」

 

 かつて意味の無い話しに興じた時とは一変した、背骨が塩の柱にでもされたような冷気を纏いアルファは告げる。

 

『不躾ニ失礼。

 急ヲ要スル話ガアル』

 

 拒否は許さないと圧力を孕む声に其ほどまでに感情を抑えねばならない何かがあったのだと察し、是非もなしと元帥も正面から挑む。

 

「丁度良かった。

 私もまた、君に告げねばならない話があったのだ」

 

 そう言いながら元帥は先手を打ち降ってくるだろうアルファからの害意を我が身に集中させるか、それとも先手を打たせ一度溜飲の元を明らかにさせるかを練り後者を選ぶ。

 

「とはいえだ。

 済まぬが急を要する事案が起きていてな。

 手短に話してもらえるかね?」

『……』

 

 その言葉にアルファは一度の沈黙を挟み、そして告げた。

 

『御主人ガアメリカノ核兵器ニ焼カレタ』

「……なんと」

「そんな……」

 

 その宣告に元帥は一瞬、頭が真っ白に染まる。

 

「……それは、間違いなくアメリカの手によるものなのか?」

 

 鳳翔は無事なのか!?

 そう掴み掛かり喚き散らしたい己を寸でで律し、それでも声を震わせる事を抑えられずに確認を取るとアルファは圧力を更に強めながらも淡々と語る。

 

『核兵器ヲ投下シタ輸送機並ビニ直衛機ハ全テアメリカ製ノモノダッタコトト奴等東方面カラ飛来シタ二点ノ理由カラ確率ハ高イ』

「……そうか」

 

 深海棲艦が現れる前ならば隠蔽工作の可能性もあるだろうが、今の時勢でそれを出来る国家は存在しえない。

 

「ふ、ふふふ……」

 

 力なく椅子に身を預けた元帥はつかれた様子で突如笑い出した。

 

「閣下…」

 

 その心中を察した大淀が俯き事情を知らないアルファが不可思議に思い問い質すより先に元帥は疲れきったまま溢した。

 

ロシアのみならず(・・・・・・・・)アメリカ迄も核兵器を完成させてしまったか。

 いよいよ以て人の世も終わりが近いようだ」

『……ナニ?』

 

 燃え尽きたようにそう吐き捨てた元帥の言葉にアルファは違和感を感じた。

 

『元帥。

 ロシアガ核ヲ完成サセタノハ何時ダ?』

「それを聞いてどうする?」

『アメリカガ核ヲ落トシタノハ二日前。

 オカシイトハ思ワナイカ?』

 

 此方に赴かずただ怒りに身を任せアメリカを滅していたら気付かずに終わっただろうが、もしそうであるならばイ級が核に焼かれたことまでその者の思惑の内かもしれない。

 そうであるならばただではおかない。

 地獄ですら楽園に感じられるでバイドの深淵に叩き落としてくれる。

 

「………」

 

 内心で誓うアルファにそう言われ元帥は確かにと思う。

 かつて世界の頂点に座そうとした二つの国がほぼ同時に核兵器の開発に成功したなど偶然にしても出来すぎている。

 その違和感は諦観に沈みかけた元帥の思考を再び浮上させる。

 

「つまり、二つの国で同時に核兵器が完成するよう裏で糸を引いたものが居ると、そう言いたいのかね?」

『可能性ハ高イト』

 

 だとしたら首謀者は誰なのか?

 

『如月牛星』

「否。奴ならもっと効率よくえげつない手段を打つ」

 

 唯一アルファが思い当たる可能性を無いと切り捨てる元帥。

 

「ともあれこのまま静観していれば冷戦の二の舞…いや、米露による第三次世界大戦が始まるだろう」

 

 そうなれば日本とて蚊帳の外にいれるわけもなく、その時尖兵に立つのは安易な量産が効き強力な兵力となる艦娘達だ。

 一度はもはやこれまでと折れかけたが、防ぐ可能性が微塵にでもあるならそれを目指す以外無い。

 

「ところでだ。

 駆逐棲鬼が焼かれたとは聞いたが他に巻き込まれた者おるのか?」

 

 然り気無く鳳翔の安否を確かる元帥の問いにアルファは敢えて意地の悪い返しを行う。

 

『ソレハ公人トシテノ問イカ?』

「両方だ」

 

 速答にアルファは苦笑を溢しその懸念を晴らしておく。

 

『当時ソノ場ニ居合ワセタノハ御主人ノ他ニ熊野ト山城ノ二名ダケ。

 ソノ二人モ御主人ガ自身ヲ睹シテ守リキッテミセタ』

「……そうか」

 

 聞いて話してみて駆逐棲鬼が本当に艦娘を大事にしていることは知っていたが、まさかそこまで出来るとはとその評価を元帥は改める。

 

「大淀、見舞いに女神を一つ、いや、三つほど包んで渡してやれ」

「…宜しいのですか?」

 

 鎮守府の総本山たる大本営だ。

 報奨用にと抱えた女神の在庫も多いとは言いがたくも二つ三つ譲ったところでそれほど懐は痛まないが、然りとて深海棲艦の見舞いという理由で渡して良いものか?

 組織としての意見を口にする大淀に元帥は戯けと述べる。

 

「奴は死も厭わず信念を通した。

 奴が大和魂を魅せたのならこちらが讃えずして何が日本人よ」

 

 黴の生えた古い考えと笑いたければ笑えばいい。

 だが、此度の事案に対抗するにはそんな黴の生えた思想こそ最後の縁になると元帥は感じていた。

 

「ならばこう言おう。

 今奴に崩れてもらっては困る。

 奴にはアメリカに痛い目に遇わせてもらわねばならないのだからな」

「畏まりました」

 

 戦略的価値からの論破を計られては最早大淀に反論の目はない。

 言われたものを用意するため退室した大淀を見送り改めて元帥はアルファに言う。

 

「ロシアは此方で抑えておく。

 だが持って半年、いや2ヶ月が精々か。

 其までにアメリカをどうにか出来るか?」

『笑止』

 

 元帥の問いにアルファは堂々と宣う。

 

『核兵器ゴトキ、バイドガ本気ヲ見セレバ一日デ無力化シテミセヨウ』

「………その方法を聞いても?」

『勿論構ワナイ』

 

 現段階で最終兵器と謳われる核を一日で処理できると言い切り、そしてその手段を語るアルファに元帥は改めてバイドと敵対する恐ろしさを知るのだった。




と言うことで世界はあわや大戦突入となりかけました。

アルファがイ級を発見した状況と絶望を解りやすく言うと貧民の薔薇に焼かれたメルエムの図が一番適当だと思われます。

次回は再びイ級です。


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やれやれ

ルール違反なんて赦すわけないじゃないか。


 

「貴様は相変わらず礼儀がなっていないな」

 

 気がついた瞬間目にしたのが俺を駆逐イ級にした糞野郎だった。

 だから殴りかかろうとした。

 俺は悪くない。

 たとえ健闘する暇すらなく押し潰されていようとだ。

 

「まあいい。

 貴様の不躾も今更だ。

 多目に見てやろう」

 

 俺は寛容だからなと言う糞野郎を俺はどう隙を突いて殴るかにだけ頭を回す。

 

「でだ。

 貴様も気付いているだろうから目的だけ済ますぞ」

「…何をだよ?」

 

 そう聞くと糞野郎は心底可哀想なものを見る目をしやがった。

 

「お前、本気で分かってないのか?」

「だから何がだっつってんだろうが!?」

 

 身動ぎ出来ないことにムカつき怒鳴るも糞野郎は深く溜め息を吐きやがる。

 

「馬鹿だとは知っていたが阿呆まで患っていたのは予想外だ」

「ぶっ殺す」

 

 超重力砲はなんでか起動しないがそれでもこいつは必ずぶっ殺す。

 動け俺の身体!?

 

「まあいい。

 まずはだ、お前、死んだぞ」

「………あ?」

 

 死んだ? マジ?

 

「よく考えろ。

 此処が何処で、何故此処に居るのか」

「………」

 

 糞野郎以外に視界に広がるのは白だけ。

 …そういや最初はこの訳のわからねえ場所から始まったんだっけ。

 ということは…

 

「死んだのか…俺は」

 

 最悪だ。

 なんもかんも中途半端で投げ出すような真似をしちまった。

 だが、それでもあの時二人を庇った事だけは後悔していない。

 

「…って、待てよ」

 

 そういや俺、宗谷の女神返し忘れたまま持ってたじゃねえか。

 なのになんで死んだんだ?

 

「どういうことだ?」

「今の貴様になら言っても構わないだろうから教えてやる。

 本来ならあの世界の深海棲艦を殺しきるには現段階では製造できない核融合兵器を持ち出すか、全人類が二万まで磨り減る必要がある」

「………どういうことだ?」

 

 核融合はまだいいとして、なんで人間が二万まで減らなきゃなんないんだよ?

 

「今は知る必要はない。

 深海棲艦がそういうものだからだとだけ覚えておけ」

「………」

 

 相変わらず上から目線でこの糞野郎は…。

 だが、知ること知らなきゃなんにもならねえのは事実だ。

 今は我慢して大人しく聞こう。

 

「次いでに言っておくが貴様の身体には深海棲艦の不死性も復活能力も備わっていない。

 今回は特別に生き返らせてやるが、次もあるとは思うな」

「そんなもん期待してもいねえよ」

 

 やっぱり死んだら終わりだったか。

 ますますダメコンが外せなくなるな。 

 

「話を戻すぞ。

 先に言っておくが貴様を殺したのはただの核兵器だ。

 いくら貴様でもここまで言えばこれがおかしい事だと思うだろう?」

「まあな」

 

 今の話が本当なら女神を持っていた俺が此処に居る筈はない。

 

「本来なら起こり得ない事態が起きた。

 それはつまり」

「テメエが何かしたのか?」

 

 そう言った瞬間ぶっ飛ばされた。

 みるみる内に糞野郎が遠ざかり地面にバウンドしながら転がるとその先に再び糞野郎の姿。

 まさか腹いせに世界一周させやがったのか?

 

「なんでそうなる?」

 

 本気で不快そうにそう言うから言ってやる。

 

「あのレ級の皮を被った屑を寄越しておいてよく言うぜ」

「……ああ、なるほどな」

 

 そう吐き捨てると何故か糞野郎は不快そうなままだが険が抜けた。

 

「あれは俺の差し金じゃなく、今貴様の世界をかき回そうとしている奴の差し金だ」

「なんだと?」

 

 じゃあよ。

 

「テメエ以外にも糞野郎が居るってのか?」

「当たり前だ。

 全ての世界は多重構造の境界線が数多に立体交差して形成されている。

 気に入らんが俺の上にも俺をどうとでも出来る存在が掃いて捨てるほど居る」

「………」

 

 つまり、どういうことだってばよ?

 

「三行で頼む」

「……ストローを貫通させたバームクーヘンでも想像しておけ。

 それであながち間違いじゃなくなる」 

 

 それならなんとなく解る。

 

「つまり、テメエ以外の糞野郎が俺の居た世界をぶっ壊そうとレ級の屑を送り付けたって事か?」

「それと貴様を殺した核もだ。

 おそらく奴が自身の分身を直接送り込んでいるんだろう」

「……よし、殺そう」

 

 俺はどうでもいいが後一歩で熊野と山城が死んでたんだ。

 磨り潰した上で超重力砲を叩き込んでやる。

 

「無理だな」

「……あ?」

「分身とはいえ奴は貴様達の上の存在だ。

 物理的に殺すことは出来ん」

「じゃあどうしろと?」

 

 糞野郎が飽きるまで逃げ回れってか?

 

「ただし、物理的に追い出すだけなら不可能ではない。

 俺達が直接介入を果たすためには自分の性質にもっとも近い存在を器にするしかない。

 その器を破壊すれば存在を否定され世界から弾き出される。

 そうなればいかなる手段を以てしても二度と介入は出来なくなる」

 

 詰まるところ……

 

「貴様がやることはいつもと同じだ。

 首魁を見つけ出し完膚なきまでに叩き潰す。

 そうすれば貴様の世界は守られる」

「そうかい」

 

 こいつにはムカつくが先ずはそいつからだ。

 

「瑞鳳の借りを熨斗三倍で返してやろうじゃねえか」

 

 そしたら次はこの糞野郎だ。

 

「で、奴は今何処に居るんだよ?」

「わからん」

「おい」

 

 そこまで来てそれか!?

 

「そして此処からが本題だ。

 奴はおそらくあの世界の何者も太刀打ち叶わない存在を器にしている可能性が高い。

 奴に対抗するためだ。

 甚だ不本意だが貴様の封印を解除する」

「それは突っ込み待ちなのか?」

 

 言ってることがさっきと矛盾してんじゃねえか!?

 それに封印って俺にはまだなんかあるのかよ!?

 

「気を付けろ。

 封印を解除すれば貴様は性能を十全使えるようになるが代償は今までの比ではない」

「代償って、まさか超重力砲が資源三倍で女神持っても沈む仕様になるとかじゃねえだろうな?」

「そちらは逆だ。

 再生に必要な資源は変わらないだろうが今の貴様なら大破で留まるだろう」

 

 それでも大破は確定かよ。

 

「じゃあ一体…」

 

 何を代償とするのか問い質そうとした瞬間、白一色の世界がノイズだらけになった。

 

「なっ、なんだ!?」

「ち■っ、■■■■■■■■め!?

 感■■た■■?」

 

 世界だけでなく野郎の言葉にもノイズが走り聞き取れなくなる。

 

「■いか■

 ■様に■■さ■■■■■姫の■■は■■の■■■鍵と■■■■る■

 代■■払■■■■■程■は■■■■■■■■■■■」

 

 余裕ぶった態度をかなぐり捨て何かを告げようとする野郎だが、ノイズが酷すぎて何も聞き取れない。

 

「■■■!?」

 

 突如野郎の胸から黒い腕が飛び出した。

 

「なっ…」

 

 人間と同じ赤い血を流す野郎の背後にいつの間にか黒い女がいた。

 

「■■■■■■■■!?」

「駄目じゃないか。

 折角用意したシナリオを台無しにしようだなんて」

 

 そう笑う黒い女はその顔に嘲笑を浮かべ俺を見た。

 血の泡を吹きながら名を口にする野郎だが、やはりノイズが酷すぎて何も聞き取れない。

 このままだとあの世界に帰れなくなる可能性があると俺は野郎から黒い女を引き剥がそうと足を踏み出すも、野郎は俺に手を翳す。

 

「■け!!

 ■■■■■■■■■■■!!」

 

 ノイズに遮られながらも野郎は叫び俺は浮遊感に包まれる。

 

「さあ、君がどんなふうに壊れていくか楽しませてもらうよ」

 

 そう嘲笑いながら俺を見下す黒い女の燃えるような赤い瞳に俺は意識を断絶させられる寸前までしっかりと眼に焼き付け、そして告げた。

 

「ああ、楽しませてやるよ。

 地獄直行のジェットコースターをな」

 

 

~~~~

 

 

「………」

 

 次に視界が開けた先に見えたものは…

 

「アメリカ殺すアメリカ殺すアメリカ殺すアメリカ殺すアメリカ殺すアメリカ殺すアメリカ殺すアメリカ殺すアメリカ殺すアメリカ殺すアメリカ殺すアメリカ殺すアメリカ殺すアメリカ殺すアメリカ殺すアメリカ殺すアメリカ殺すアメリカ殺すアメリカ殺すアメリカ殺すアメリカ殺すアメリカ殺すアメリカ殺すアメリカ殺すアメリカ殺すアメリカ殺すアメリカ殺すアメリカ殺すアメリカ殺す」

 

 俺を抱き抱えた体勢で全身をぶっとい鎖でがんじがらめにされながら濁った瞳でヤバイことをぶつぶつ呟き続ける北上の姿だった。

 

「……」

 

 この世界を滅茶苦茶にしようとしている新たな糞野郎をぶち殺すと決意を新たにしていたんだが……。

 そんなどうしたらいいのかと黄昏かけた俺だが、生憎そんな暇はないらしい。

 

「……イ級?」

 

 何処からどう見てもヤバイとしか表せない北上の首がぐりんと此方を向く。

 ……ごめん北上。今のはマジで怖かった。

 

「お、おう」

 

 とりあえずなんか言わなきゃと思い返事をした瞬間、北上がぽろりと涙を溢した。

 

「えっ、ちょっ…」

 

 返事をしただけで泣き出されて焦る俺を尻目に北上はただ茫然としたままぽろぽろ泣き続ける。

 

「いきゅうがいきてる…」

 

 ぐずぐずと鼻を鳴らしながら拙くそう漏らす北上に俺は迂闊な事をしてしまったんだと改めて理解した。

 

「心配かけてごめんな北上」

 

 妖精さんから借りたハンカチで涙やら諸々を拭いてやりながら鎖を外しつつそう謝る。 

 

「それはそれとして、なんでまた縛られてたんだ?」

 

 切れちゃいけないナニカがぶちギレていたのは察せたが木曾達がここまでするなんてよっぽどの事だ。

 聞くのがちょっと怖いとおもいつつそう問うと、北上はさらりと言った。

 

「一寸ストライダーを借りてアメリカに絨毯爆撃しようとしただけだよ」

「………」

 

 あ艦これ。

 

「バルムンクで?」

「勿論」

 

 いっそ綺麗と言うぐらいの笑顔を浮かべる北上にGJ木曾と感謝を飛ばす。

 そんな内心を知ってか知らずか、北上は壮絶な笑みで宣う。

 

「大丈夫だよイ級。

 イ級を害する奴は皆みぃんなやっつけてあげるからね?」

 

 更には恍惚気味に顔を紅潮させる北上に、これが恍惚のヤンデレポーズかと現実逃避に走った俺は悪くない筈。

 

「とりあえずバルムンクは無し」

「ぶー」

 

 深海棲艦を殺せる鬼札の禁止を告げると北上は唇を尖らせる。

 

「むぅ、イ級が駄目って言うならしょうがないなー」

 

 …さっきの見てるせいであっさりし過ぎてるきがするんだが。

 ついじーと見ていると北上は嬉しそうに訊ねた。

 

「何?

 北上様が可愛いからってそんなにじっくりみてどうしたの?」

「北上が可愛いのは確かだけど、そうじゃなくて随分素直だなって」

 

 誤魔化す理由もないし正直に言うと北上は顔を真っ赤にして背けた。

 

「あー、まあね、そうね」

 

 照れるぐらいなら言わなきゃいいのに。

 暫くこの距離でも聞き取れない程度の声量で何やらぼそぼそ言ってたが、やがて放置していたのを思い出したらしく俺の問いに答えた。

 

「ほらさ、自分がその人のために考えてやることが全部が全部その人のためになるなんて独善じゃん?

 だからまあ、駄目って言うなら悔しいけど我慢しようかなって」

 

 そう言って更に恥ずかしくなったのか顔が見えない形に俺を抱き直す北上。

 位置の関係で胸に思いっきり押し付けられてるのは恥ずかしくないのだろうか?

 ともかくかなりヤバかったみたいだけど、最後の一線は越えていなかったらしい。

 

「……そっか」

「だって、そんなのアイツ(・・・)と同じだもん。

 私はアイツ(・・・)とは違う。

 アイツ(・・・)見たいになんてなってたまるか」

 

 ぼそりと吐かれた憎悪に実は最後の一線を既に越えてんじゃないかと背筋に冷たいものが走り思い直す。

 

「ともあれ他の皆も心配だしそろそろ移動しないか?」

「えー、もうちょっとだけこうさせてよ」

 

 そういいながら俺が逃げないように更に力を込める。

 あの、なんか身体からミシミシって嫌な音がしてんだけど?

 だけどまあ、それで北上が安心できるなら安い出費か。

 

「……後一時間だけだぞ」

 

 そう言って俺は北上の好きにさせることにした。




おそらくこれが今年最後になるかと。

介入関連及び深海棲艦についてはこの作品限定と言うことでご了承下さい。

次回はSAN値チェック


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うんうん。

良い感じだよ君たち。


 北上のアレっぷりから他の皆も大惨事になっているんじゃないかと心配だったんだが、蓋を開けてみれはそんなことはなかった。

 

「オハヨウアネゴ。

 ハツゴウチンノカンソウハ?」

 

 尊氏を始め深海勢は復活すると確信していたから心配はすれど然程どうこうという事はなかったらしい。 

「いやまあ、北上姉の錯乱っぷりが凄くて逆に冷静になれたんだよ」

 

 俺が死んでる間に木曾と酒匂は艦娘だけでどうにかすべき事案に巻き込まれていたそうで疲れきった様子でそう語る。

 何があったのか聞いても身内の恥だからと教えてくれないとか本当に何があったんだよ?

 とはいえ島の中ではなにもなかったわけではないらしい。

 俺が死ぬ一端を担ってしまった熊野と山城は相当落ち込んでいたそうだし修復材で形だけ元通りになっていた俺に北上が錯乱して全殺しにされかけたとか聞き捨てならない話もちらほら。

 鳳翔いわく、双胴空母化した瑞鳳とR戦闘機が無かったら死人が出てたとか恐すぎるんだが…。

 最後に、

 

「で、一体全体どういうことなんだ?」

 

 なるべく視界から外してたんだが諦めてそちらを見る。

 

「さて姉よ。

 可愛い妹のためにその回転翼機を譲ってくれる覚悟は出来たか?」

 

 否と言われたら物理も辞さんという獰猛な気配を纏い自称山城の妹こと推定新たな厄ネタは言う。

 

「あんたねぇ…」

 

 山城を姉と呼んだ簡素な義手と義足を装着した全身包帯まみれのショートカットの女性に山城は呆れとか諸々の感情を隠しもせず睨む。

 因みに治療は長波の件で一足先に島を訪れていた氷川丸がやってくれたそうだ。

 今は核爆弾の件もあって艤装のメンテナンスも兼ねて島で待機している。

 

「日向…でいいんだよな?」

 

 とりあえず見た目の記憶を頼りに本人に確認を取るとそうだと頷く。

 

「ああ。

 扶桑型航空戦艦四番艦の日向(・・・・・・・・・・・・・)だ」

「……はい?」

 

 なに言ってんだこいつ?

 

「いや、伊勢型戦艦だよな?」

「扶桑型航空戦艦だ」

 

 俺の確認に力強く言い切る日向。

 確かに伊勢型は改扶桑型とも言うべき船かもしんないけど、何故にそう名乗る?

 困惑する俺を横に日向は山城に向き合い言う。

 

「姉が装備している回転翼機を譲ってくれるようお前からも言ってくれないか?」

「それが目的か」

 

 どうやらMr.ヘリ欲しさにプライドを捨てたらしい。

 

「戦艦の誇りはどうした?」

「プライドで腹は膨れない。

 ロクマルを越える至高のヘリのためなら足を舐めてもいい」

 

 ……うわぁ。

 

「日向って」

「そいつがおかしいだけだから」

 

 皆まで言わずに木曾が否定する。

 まあ、そうだよね。

 いくら飛行機好きだからってそこまで言えちゃうのは変だよな。

 だけどなぁ…

 

「戦艦ってなんかしら拗らせやすいのか?」

 

 うちの山城もそうだし、可愛い物を前にするとながもん化する長門とか潜水艦ブッ血killな金剛とか喪女大和とかおおよそはまともなんだけど、でもどっかしら変な方向に歪んじゃってる奴らばっかり見てるせいでそんな気がしてしまうんだが。

 今のところまともだったのはリンガの連中ぐらいか?

 いや、金剛はリンガ所属だし榛名と霧島はともかく武蔵がバトルジャンキーだったか。

 

「そんなことは…」

 

 鳳翔がフォローしようとしたが、本人にも思い当たる節があるらしく最後まで言う前に黙りこくってしまう。

 お艦が匙を投げたのならどうしようもねえな。

 

「まあいいや」

 

 戦艦の云々よりも優先することがあるわけで、今はそっちを優先する。

 

「で、だ。ル級。

 日向をどうしてほしいんだ?」

 

 日向を連れてきた信長の副艦のル級に訊ねる。

 

「トクニカンガエテナカッタワ」

「おい」

「オニノコトダカラ、ツレテクレバチリョウモフクメドウニカシテクレルト」

 

 肩を竦めしれっとそう言うル級。

 

「変な信頼すんなし」

 

 そりゃあ治療すれば助かる艦娘を見付けたら何とかするよ?

 だけどさ、今はもう誰彼構わずって訳にもいかねえんだよ。

 

「兎も角だ。

 信長はなんて?」

「シナスニハオシイコウテキシュダカラマタタタカイタイト。

 ワタシモドウイケンヨ」

 

 ああ、つまりそういうやつなのね。

 件の主犯の意見を確認した俺は本気で山城の足を舐めようとして全力で抵抗されている日向に訊ねる。

 

「さて、真面目に聞きたいんだがいいか?」

「む?」

 

 水を向けると取っ組み合いを中断して日向は俺に向き直る。

 

「信長からの頼みだから完治するまでは特に何かをと言うつもりはないし、必要なら明石に頼んで艤装とリンクする義手と義足を用意もする」

 

 バイドを制御する技術と深海棲艦の生体艤装の知識を得たお陰で艤装兼用神経接続型義肢なんつうオーバーテクノロジーに片足突っ込んだ道具もうちの明石ならそれほど難しいものでもないらしい。

 春雨の艤装がその試作品だったことを今の今まで黙っていた事については後でOHANASIする予定だ。

 

「それは助かる。

 奴に借りを返せる機会が手にはいると言うなら是非もない」

 

 そう笑う日向の顔に一瞬だが戦いに愉悦する羅刹の貌が映り混むのを見た。

 あ、こいつも真性のあ艦やつだ。

 

「それで、その対価にお前の傘下に加われと?」

「いや」

 

 その質問に俺はきっぱりと否と言う。

 

「端からは一勢力みたいに思われてるみたいだが、はっきり言っちまえばうちはどっち付かずの俺の仲間だと付いてきてくれる奇矯な奴等の集まりでしかない。

 だからこそ仲間が世話になったなら可能な限り礼はするし、逆に仲間を害するなら悪夢の奈落に叩き落としてやる」

 

 特に千代田に良からぬ真似をしようなんて輩は考えた時点で潰す。

 もちろん他の奴らにだってどうこうしようなんて実行しようとしただけで有罪判決を下す。

 バイドとバルムンクは控えるが死なせるなんて生温い事はしないでR戦闘機と『霧』で絶対に癒えないトラウマを刻み込んでやる。

 

「そんな俺達だからこそ訊くぞ。

 お前はどうする気だ?」

「どう、とは?」

「言葉通りだ。

 所属している泊地なり鎮守府なりに帰ると言うなら怪我が治ってから安全圏まで護送してやる。

 何等かの目的のために残ると言うならそれも構わない。

 ただしどちらを選んでもこれだけは約束しろ」

 

 俺は意識的に殺意を込めて告げる。

 

「この島に手を出すな」

 

 殺気を向けたら何故か日向は嬉しそうに笑い問い返した。

 

「深海棲艦のいう事を聞けと?」

「米内元帥と話がついていてもか?」

 

 そう言うと日向は意外そうに目を開く。

 そして低く笑った。

 

「……証拠は?」

「そこの鳳翔は元々元帥の指揮下に居た艦だ。

 今は俺達の監督として協力関係にある」

 

 そう言うと今度こそ日向は驚いた。

 

「元帥指揮下ということは、『米内三羽烏』の鳳翔か?」

「また懐かしい渾名を……」

 

 耳まで真っ赤にして顔を覆っちまう鳳翔さん。

 

「いやぁ鳳翔は鬼子母神といい、格好いい二つ名がいっぱいあるみたいだね」

「後で覚えてなさい」

 

 ニヤニヤ笑いながら北上が弄りに走ったけどか細く突き立てられた死刑宣告をくらい冷や汗を垂らしているのを横目に話を戻す。

 

「まあ、とにかくだ。

 帰るか残るかはどちらでも構わないがなるべく早く決めてくれ」

 

 そう言い切ると日向は「治り次第呉に帰る」と即答した。

 

「私は艦だ。

 戦場で砲を奮い沈めたり沈められたりすることこそ本懐。

 お前の所で自由にやるのに魅力を感じなくはないが、同時に軍艦とは国の旗の下で戦う事にこそ拘うべきだと私はそう考えている。

 だからといって、鳳翔以外の艦娘達に何があってそして何を思って此処に居るのか、それを問うつもりも詰るつもりもない。

 私とお前達との道は交差する以上に交わらなかったというだけだ」

 

 そう冷淡な程にしっかりと己の考えを宣った。

 

「わかった。

 なら、氷川丸が了承するまでの滞在というわけでいいな?」

「ああ」

「因みに義肢はともかくMr.ヘリっつうかR戦闘機は仲間以外には渡せないからそのつもりで」

「地獄の果てまで御供します」

 

 いっそ清々しい掌返しを見せて膝を折り忠誠を誓う日向。

 

「舌の根も乾かない内にそれかよ」

「冗談だ」

 

 木曾の呆れにくすりと笑い立ち上がると日向は述べる。

 

「この手足でまた戦えるようにしてくれると言うんだ、回転翼機は殺してでも奪い取りたいがそこは我慢しよう」

 

 ネタなのかマジなのか…いや、あの目はマジだな。

 ともあれ、これ以上資源の穀潰もとい艦娘側の戦力が増えなかったのはバランスを取ることを考えたら良かったと考えておく。

 

「明石、義肢はどのぐらいで完成するんだ?」

「寸法はもう取ってあるから、製作に掛かりっきりにさせてもらえるなら一週間も貰えれば完璧なのを仕上げられるよ」

「解った。

 すぐに始めて構わない」

 

 あの黒い糞女と事を構えるとなれば、クソ野郎のあの様からしておそらくバイドの時より危険な戦いになる。

 本音を言えば俺とアルファだけでどうにかしてやりたいところだが、それを素直になんて誰も聞かないだろう。

 俺の雰囲気からこれから始まる話の内容を察してくれた明石は義肢の調整をと日向を促し退室する。

 そうして日向が居なくなった途端、空気の温度が下がったように感じる。

 

「…先ずは確認な。

 アメリカへの報復に反対する奴は手を挙げてくれ」

 

 あり得ないなと思いつつ一人ぐらいはとそう願って聞いてみるも、誰一人として動かない。

 

「…宗谷もか?」

「今回だけは流石に黙っていられないよ」

 

 苦笑するけど、そこに込められているのは間違いなく怒りだ。

 

「イ級はさっき言ったよね?

 仲間を害するなら奈落の底に叩き落としてやるって。

 それは私達も同じなんだよ?」

「…分かってるさ」

 

 自分が思う以上に俺は仲間に大事に思われているってのはレ級の時よりよく分かってる。

 

「大本営は今回の件を重く捉えています。

 アメリカ並びにロシアの核兵器を再び無力化していただけるのなら、水面下でまでに留まるも可能な支援は惜しまないと閣下から承っています」

 

 俺達が動けば日本も蚊帳の外じゃなくなると鳳翔に問うより先に本人が大本営のスタンスを語った。

 日本まで動くってならいよいよなにもしないとは言えないな…。

 

「アルファ、お前も腹案を抱えていたりするか?」

『既ニ準備ヲ進メテイマス』

 

 まさかバイドまで持ち出す気か?

 

「……内容を聞かせてくれ」

『今件ノ制裁ニ向ケ現在地下室ニテ電子生命体型バイド『グリッドロック』ト大型宇宙戦艦『グリーン・インフェルノ』ノ建造ヲ進メテイマス』

 

 この時点で嫌な予感しかしないんだが。

 

「そいつらをどうすんだ?」

『ネットワークト上空カラノ二正面カラ強襲サセマス。

 凡ソ三日モアレバアメリカトロシアハノ電子情報機能全テト主要都市ハ更地二出来ルカト』

 

 いくらなんでも滅ぼすのはやりすぎだ!!

 

「でしたら序でに中国もやっていただけますか?」

「鳳翔!?」

 

 よりにもよって何を言い出してるんだ!?

 

「過去の遺恨は晴らしておくべきかと」

「お前が言っていい台詞じゃないだろ!?」

 

 渾身のキメ顔で言うなよ!?

 そこまでの恨みってあれか!? 元帥が言ってた艦娘拉致事件の件なのか!?

 

「とにかく!! アメリカは糞女に操られてるだけだから滅ぼすのは無し!!」

「糞女?

 姉御、誰それ?」

「俺を殺した核を持ち込んだ犯人だよ。

 あの屑レ級を送り込んだのもそいつの仕業だったらしいぞ」

 

 そう言うと部屋の温度が更に下がった。

 一応南国に位置する筈なのにまるで冷凍庫にいるかのような寒気を感じる。

 

「……へぇ、そうなんだ」

 

 そう発したのはチビ姫。

 紅玉の瞳をドロリと濁らせ呟く様は憎悪に狂う深海棲艦という負のイメージをそなまま顕したかのように恐ろしいものだった。

 

「くちく、そいつ、ころしていいんだよね?

 だめでもころすけど」

「お、おう」

 

 抑揚が一切無いチビ姫の台詞についびびって了解してしまう。

 恐え。

 何が恐いって全部としか言えないとこが恐え。

 あんまりな変貌に堪らず瑞鳳が不安げに声をかけてしまう。

 

「姫ちゃん?」

「だいじょうぶたよまま」

 

 瑞鳳の呼び掛けに一転して普段の駄々甘えっぷりを発揮し瑞鳳に抱き付くチビ姫。

 

「ままにはみぎてとどうたいのこしてあげるからいっしょにすりつぶそうね」

「姫ちゃん!?」

 

 無垢な笑顔で猟奇的私刑を一緒にやろうと誘うチビ姫に必死になって引き戻そうとする瑞鳳だが、そこに更なる可燃剤がぶちこまれた。

 

「駄目だよ。

 そいつは私がバブル波動砲で生きたまま溶かして回天に載せるんだから」

 

 闇堕ちしてるとしか思えない濁りきった瞳でそう言い放つ北上。

 

「ちょっ、お前もか!?」

 

 頼むから深海棲艦よろしく金のオーラに身を包み殺意をたぎらせるな!?

 

「きたかみ、わたしのじゃまするの?

 ころしていいの?」

「早い者勝ちだっていうだけだよ」

「お前らいい加減にしろ!!」

 

 先ずはこいつから殺すかと言わんげに殺意をぶつけ合う二人に木曾が声を張り上げる。

 流石親友、この混沌で救いはお前だけ…

 

「回天に載せるとか擂り潰すとか、最期はバルムンクで焼き尽くすに決まってるだろうが!!」

 

 

 お 前 も か ! ?

 

 

「もうやだこいつら」

 

 怒りに身を任せるのを咎める資格は無いけど歯止めの無い暴走ってあまりに酷すぎる。

 

「人の事言えないでしょ?」

「知ってるし分かってるし」

 

 古参の中で唯一冷静な千代田の突っ込みに心底そう思う。

 瑞鳳? チビ姫がグレたって膝抱えて使いもんになんないし。

 古鷹? アルファに賛同してグリーン・インフェルノに搭載するバイドをどうするか話し合ってるよ。

 

「これがこの島の闇なんだ…」

 

 ある意味最も蚊帳の外にいる鈴谷がそう漏らすも山城から「でも私達も同じ穴の狢なのよね」と言われなにも言えず乾いた笑いを溢した。

 

「宗谷……お前はあそこまでは考えてないよな?」

「だ、大丈夫だよイ級」

 

 お前まで闇堕ちしたら磨り減りきった心が本気で砕け散るとすがれば宗谷は頬を引きつらせながらも普段通りに微笑んでくれた。

 

「イ級がちゃんと皆が納得するように落とし前をつけてくれるんでしょ?

 私はそれで納得するから」

 

 それはつまり、生半可な真似は認めないということでせうか?

 

「ね?」

「アッ、ハイ」

 

 念を押す宗谷に二もなく頷く俺。

 下手な事を言えば宗谷まで闇堕ちさせてしまうかもという恐怖が俺の背中を撫でる中、先ずは混沌と化した場の集束に向かう。

 

「はい、注目!」

 

 手っ取り早く爆竹を放り込んで吃驚させた所で俺は大声で宣う。

 

「俺達がやることを明確にするぞ!

 先ずは首謀者である糞女を引きずり出すこと。

 糞女が持ち込んだ核兵器の処理はその次だ」

 

 組織というより群れに近い俺達だからこそ最初に目的を明確にすれば各々が最善を模索しそこに向かい走るだけで済む。

 逆に段取りを適当にすると今みたいにやりたい放題で収集がつかなくなってしまう。

 案の定、優先順位を明確にした途端異が挟まれる。

 

「手っ取り早く両方同時にやっちゃダメなの?」

「ダメだ。

 今はまだアメリカとロシアだけで済んでるが、欲を掻いて泳ぐ暇を与えるような真似をすればイランとかインドとか外の地雷まで手を伸ばされる可能性もある。

 そうなる前に何とかしなきゃ最悪、事態解決のために日本も含めた全人類の鏖殺なんて真似をしなけりゃなんなくなる」

「全人類の鏖殺って、いくらなんでも大袈裟すぎでは?」

「糞女の目的は世界を滅茶苦茶にした上で滅ぼすことだそうだ。

 そうやっていくつもの世界を滅茶苦茶にしやがったというのが俺を送り込んだ野郎の弁だ」

 

 鳳翔の懐疑にそう理由を語ると熊野が挙手する。

 

「貴女を送り込んだ者というのは?」

「そいつに着いては後で話す。

 とりあえず糞女に胸をぶっ刺されるぐらいには敵対しているから今回だけは其なりに信用していいと思う」

「胸を刺されたって、大丈夫なのか?」

「さあな。

 少なくとも人間と同じに考えても無駄だと思うし確かめる方法なんざ知らんから放置で」

 

 質問は他に無いなと確認を取るも特に疑問は無いと返される。

 

「それじゃあ先ずは糞女の居場所を突き止めるとこからだな」

 

 アルファを始めとしたR戦闘機をフル稼働させれば見付けられないということもない筈。

 そう指示を出そうとした直前、話し合いに割って入る声が上がる。

 

「ちょっといいかしら?」

「南方棲戦姫?」

 

 黒いレザージャケットにホットパンツと一見南方棲姫にみえる南方棲戦姫だった。

 

「なんか、ハイアイアイ島が無くなっちゃったって聞いたんだけど何か聞いてない?」

 

 そうなんともなしにそう訊ねる南方棲戦姫に木曾と北上が殺気立つ。

 

「あら?

 良い殺気だけど、そんな風に向けられる理由が思い付かないわね?」

「タイミングが悪かったね」

「全くだ」

 

 俺が核に焼かれる原因となったとはいってもそいつは偶然なんだからと嗜めようとしたんだが……

 

「成程。

 これは実に不愉快な事態ね」

 

 そう発せられた声に俺達は耳を疑うはめになった。

 

「貴様、名を名乗りなさい」

 

 目を見開き驚く信長の隣で木曾達のそれと遜色ない怒気と殺気を放つ『南方悽戦姫』がそこに居た。




今年もどうぞよろしくお願いいたします。

次回は本物当て。


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まったく、

君達はキーパー泣かせだね。


「面白くないわね」

 

 不愉快と顔に描き南方棲戦姫がそう口にした。

 

「それは此方も同じよ」

 

 そう言葉に返したのもまた南方棲戦姫。

 端的に言うとかなりシュールな光景だが、んな事口にする余裕はない。

 どちらかが偽者の筈なのだが、本人達でさえ解らないという始末。

 姿見だけなら片方が南方棲姫の腹と違いがあるも、持ち服のひとつだから理由にならないとの事。

 付き合いの長い鳳翔と信長でさえどちらが本物か解らないという言う時点で俺達に解る筈もなく、最後の手段アルファの波動感知も両方全くの同一存在だという結果を残すのみ。

 

「ホント、どーすんだこれ?」

 

 こっちはクッソ忙しいってのに厄介な面倒事に巻き込みやがって。

 

「いっそ、二人は放置してこっちはこっちでやっちゃえば?」

「そうだな」

 

 鈴谷のテキトーな意見に木曾が賛成の声を上げる。

 

「今の俺達に関わる訳でもないようだし、無駄に首を突っ込む必用も無いだろうさ」

 

 確かにその通りだな。

 とにもかくにも糞女をぶっ殺さなきゃ世界がピンチなんだし、南方棲戦姫の某はその後で…

 そう決定力を出そうとした直前、凄まじい轟音が食堂に響いた。

 

「なっ…」

 

 何事かと発生源を確認すると、南方棲戦姫達が居た場所に二人は居らず、食堂にに大穴が二つ空いていた。

 

「何が起きた?」

 

 見てた奴はいないかと振ってみると半笑い気味に千代田が教えてくれた。

 

「なんか、いきなり殴りあって二人とも吹っ飛んでっちゃった」

「まるで意味がわからんぞ」

 

 いやマジで。

 

「と、とりあえず状況を確認しよう」

 

 ぶっ壊した壁の修繕もあるし。

 そう促し表に出ると、ちょうど二人が艤装と浮遊要塞を展開して殺し合いを開始するところだった。

 

「いきなりなに殺ってんだお前ら!?」

「知れたこと!!」

 

 全力で砲撃を放ちながらそれぞれが理由を口にする。

 

「言葉で己を真と証明するなど無意味!」

「本物であるなら紛い物に負ける道理は無し!」

「故に、」

「故に、」

「「勝ち得た方が真の姫よ!!」」

 

 同時に吠え互いに向け砲撃を放つ二人の南方棲戦姫。

 ……何その脳筋理論。

 もはやゆ○とか明○房とかの超理論じゃねえか。

 端からは凄まじい激戦なんだが、なんつうかこう、どっと疲れた。

 

「もう勝手にしてくれ」

 

 勝った方に賠償させようと島へと反転した直後、どっちかが放ったらしい砲弾が島へと飛んでった。

 

「……え?」

 

 なんかの見間違いだと思いたかったんだが、砲弾は島へと落っこちると建物の一部に当たり爆炎を上げた。

 

 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 終わる気配の見えない戦闘音を背後に俺は妙に静かな口調で訪ねた。

 

「あの辺って、何があったっけ?」

 

 そう問うと青ざめた顔でがたがた震えながら千代田が食糧庫だった筈と答えた。

 

「……成程」

 

 そうかそうか。

 漸く収穫が終わってここ暫くで最大の楽しみだった食事会に使う食糧を奴等は駄目にしてくれたのか。

 出払った残りの明石の工作部屋と氷川丸の部屋は砲弾が落ちた辺りの反対側だから実質被害は建物と食糧だけ…か。

 

「……くくく」

「い、イ級?」

「あ~、こりゃヤバイわ」

 

 木曾達が何か言ってるみたいだけどよく聞こえないなぁ…。

 なんでか後退りしながら距離を取り始めてるんだが、まあ、都合がいい。

 さぁてとぉ…

 

「イ級危ない!!」

 

 どう料理してやろうかと思考を巡らせていたのが悪かったのか南方棲戦姫が弾いた砲弾が運悪く俺目掛け飛んできた。

 あ、これクラインフィールド間に合わん。

 回避も防御も間に合わないと察しついダメコン持ってたよななんて妙に間延びした時間の中で悠長に考えてしまう。

 そうして砲弾が目の前に来た刹那、宗谷が俺を抱え無理矢理しようとした。

 

「キャアッ!?」

 

 宗谷の挺身により直撃は免れたが、しかし完全な回避は叶わず宗谷の艤装が砲弾に貫かれた。

 

 

 ブチン

 

 

 艤装を砕かれ海面に倒れ付した宗谷の姿に切れちゃいけない何かが切れる音が響いた。

 

「ククククククククククククケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケ!!」

 

 激情とか諸々がぐっちゃぐちゃに混ざりきって俺の口から意図せず笑いが漏れる。

 

「イ級が壊れた!?」

「ぴゃあ!? 宗谷はまだ大丈夫だから落ち着いて姉御!?」

 

 なんか騒いでるけどどうでもいい。

 いっそ楽しい気持ちになった俺は愉快な気持ちをそのまま南方棲戦姫共に向けた。

 なんつうの? 最高にハイってやつか!!??

 

「なんかヤバそうなのが出てきたんだけど!?」

「ヤバそうじゃなくて本気でヤバイやつだよアレ!!」

「超重力砲は洒落じゃすまないから!!??」

 

 大体さぁ、どっちが本物かって深海棲艦なら簡単に解る手段があるじゃないか。

 

 

 沈んで帰ってきた方が本物だろ?

 

 

『タ、退避ー!!』

 

 皆が宗谷を抱え離れきったのを見計らい俺は超重力砲をブッ放つ。

 

「くったばれやぁー!!!!!!!!!!」

 

 俺の怒りを顕す黒い極光が解き放たれる。

 なんか今までより半径の広い黒い光は驚愕する南方棲戦姫を二人纏めて飲み込んだ。

 そして黒い光に飲み込まれた二人は超重力砲を放ち終えると跡形もなく消えていた。

 

「……ああ、スッキリした」

 

 野郎が言ってた通り大破こそしたが超重力砲を撃ってもダメコンは発動していない。

 他にもなんかあった気がするけどなんつうかこう、超どうでもいい。

 今はこう、溜まりに溜まったストレスから一時的にでも開放された爽快感から沸き上がる笑いにただ身を任せることにした。

 

 

~~~~

 

「クヒャッ、キャハッ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 超重力砲を放ちバックファイヤーによってズタボロになったイ級が狂ったように笑っていた。

 

「うわぁ…」

 

 気が触れたかのように笑い転げるイ級の姿に山城が引いたふうに声を漏らすがそこに北上がフォローを入れる。

 

「最近いろんな事がありすぎて完全に爆発しちゃってるねぇ…」

「イ級の三大逆鱗の二つに手を出されちゃったもんね」

 

 イ級の此れまでを一番知ってる千代田の言葉に山城は冷や汗を流す。

 

「三大逆鱗って、なによそれ?」

「島と私達と、それと球磨とお姉。

 前二つは言わずもがなだけど、球磨とお姉については私達にとっても逆鱗だから何があっても触らないでね」

 

 大事にしている自分達にさえ触れる事は赦されないという千代田の注言に事情を知らぬ者達はイ級のあの様から僅かな好奇とそれを完全に押し潰す恐怖を抱き、知っている木曾達は悔やむように表情をひそめた。

 

「ともかくイ級を落ち着かせないと」

 

 そう言い木曾と北上がイ級を回収しに向かうのを見ながら熊野が疑問を呈する。

 

「ところでなのですが、私達を核から守った黒い守りといいイ級は何者なのですか?」

「姉御は姉御だよ」

 

 その問いに酒匂が答える。

 

「『霧』とかバイドとかいろんな余計なものがたくさん持たされてるけど、姉御は他よりちょっとだけお人好しな駆逐だよ」

「お人好し…アレが?」

 

 頭を冷やさせようと二人掛かりでカトラスと魚雷で頭を叩かれている姿に疑問を上げる山城に酒匂はぴゃんと鳴いた。

 

「だって、酒匂はもう無理だけど深海棲艦(私達)終わりたいと思うだけで終われる(・・・・・・・・・・・・・・・)のに、姉御はいっぱい嫌なことがあっても私達のために終わらないんだよ?

 そんな船がお人好しじゃないわけないよ」

「…え?」

 

 酒匂が深海棲艦についてとても重大な事を口にしたがその真偽を問う隙は無かった。

 

『ハ、ハハハハハハハハハハハハハハHAHAHAHAハハハハハハハははははははははHAHAHAHAハハハハハハハハハハハハハハ!!』

 

 耳障りな、聞いているだけで精神が狂いそうな哄笑が辺りに響き渡る。

 その原因を探るため警戒した酒匂達だが、そうするまでもなくその発生源が姿を顕す。

 

『まサか、こNMA展カいになるなNてソU定がイだよ』

 

 辛うじてそのナニカ(・・・)を言い表そうとするなら、南方棲戦姫を二人分溶かして人の形の鋳型に流し込んだものと表するしかないだろう。

 そんな冒涜的で悍ましいナニカ(・・・)が出鱈目な場所についた口から吐き出す哄笑に混じり人外が無理矢理人間の言葉を発したような声でそう嘯く。

 

「なにあれ…きんもぉ…」

 

 視界に入れるだけで頭痛と吐き気を催すナニカ(・・・)を直視しないよう気を付けながら口に手を当て鈴谷は必死にそう溢す。

 そうしなければ正気が砕け散るようなそんな恐怖を感じたからで、それは鈴谷だけでなくバイドと化し尋常ならざる精神的強度を持ったアルファでさえそう感じた程にナニカ(・・・)は冒涜的であった。

 哄笑が辺りに響き渡る中、正気に返ったイ級はおぞましいその姿を前にただ一言吐き捨てた。

 

「…そういうことかよ」

「イ級?」

 

 要を得ない台詞に疑問を投げる木曾を尻目にイ級はぶちぶちと不快感を纏めた言葉を垂れ流す。

 

両方偽者(・・・・)だから違いがなかったってことか。

 あの野郎が言ってた意味が漸く分かった。

 つか、よくよく考えりゃあヒントは山程あったじゃねえか。

 絶世の美貌の黒い女、燃えるような赤い目、核兵器を持ち込んだ主犯、それであの気持ち悪いナリとくりゃあ答えなんか考えるまでもねえ」

 

 ボロボロの身体で展開できる全ての砲を向けながらイ級はその『名』を口にした。

 

「なあ? 『這い寄る混沌』」

 




ということでようやくボス公開です。

とはいえ伏線と言うか正体についてはあちこちで匂わせていたので気づいていた人は気づいていたと思いますが。

ちなみにガチクトゥルフではなく性質がもっとも近い擬きなんですけどね。

といっても、厄介さは本家とあまり変わりないよう心掛けるので難易度はveryherd。

次回はデスパレード開幕


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いやはや

隠し玉がそちらにもあったとはね



 

 ナイアーラトテップ、ナイアルラトテップ、ニャルラトホテプ、月に吠えるもの、千の貌を持つ無貌の神、膨れ女、チクタクマン、玩具修理屋、エトセトラエトセトラ。

 数多の名を姿を持つとされる偽りの神話のその最も有名な邪神。

 その名がイ級から放たれるとナニカ(・・・)は狂った哄笑をピタリと止めた。

 

『…ああ、本当につまらないなぁ』

 

 這い寄る混沌と呼ばれたナニカ(・・・)は先程までと打って変わりまだ人語に聞こえる言葉でそう言った。

 

『辿り着く前に盛り上がるようイベントを沢山用意していたのに、いきなり答えに辿り着かれたら全部意味がなくなるじゃないか』

 

 そう文句を垂れながらナニカ(・・・)の身体がドロドロに溶け全ての色が混ぜ合わされた黒い粘性の塊へと変貌していく。

 文字通り混沌を体言したかのような吐き気を催す異形を前に撃つべきか躊躇う木曾達から一歩前に出つつイ級は吐き捨てる。

 

「知るかよ。

 俺達はテメエラ楽しませるために戦ってるんじゃねえんだ」

 

 口から溢れる言葉のひとつひとつにたっぷり嫌気と憎悪を籠めた

て言いながらイ級は宣う。

 

「ぶち殺してやるよ。

 それで全部終いだ」

 

 そのままイ級は己の相棒と砲を喚ぶ。

 

「アルファ!! 『しまかぜ』!! 『ゆきかぜ』!!」

 

 蹂躙を指示する召喚に三体は一切の躊躇なく応じる。

 

『了解!!』

『おうっ!!』

『しれぇ!!』

 

 最初に動いたのはアルファ。

 アルファは瞬巡なく這い寄る混沌に向けエネルギーフィールドを展開したフォースを投擲し殺意を解き放った。

 

『ハハハハハハハ!!

 無駄だよ。

 この身は端末の一つでしかない。

 いくら打ち砕こうとしたって意味なんか無『しれぇ!!』』

 

 フォースが纏う無色の殺意を平然と受け止めながら垂れ流された耳障りな嘲哢を遮り突き刺さった『ゆきかぜ』の魚雷が爆炎を上げる。

 

「はっ、『ゆきかぜ』はテメエの耳が腐りそうな雑音が消えるなら十分だって言ってるぜ。

 ここで殺れねえってのはムカつくが全くその通りだ」

 

 『ゆきかぜ』に次ぎ殺到する『しまかぜ』の魚雷に焼かれる黒い粘性の塊にそう吐き捨てると漸く恐怖から抜け出し戦闘体勢に入った木曾と北上が動き出す。

 

「ぎったぎたにしてやりましょうかね!!」

「九三式酸素魚雷四十門一斉掃射!!」

 

 フォースに加え『しまかぜ』と『ゆきかぜ』の魚雷を喰らいながらも嘲笑い続ける黒い粘性の塊に向け木曾と北上の魚雷が放たれる。

 

「イ級!!

 こいつは一体何なんだ!?」

 

 数多の酸素魚雷の直撃を受けてなお平然と佇む姿に見るだけで正気が削られていく錯覚を覚えそれを打ち払うため木曾が叫ぶ。

 

「詳しい話はあのバケモノをぶち殺してからする!!

 今はただ全力で叩き込んでくれ!!」

「全くもう、こんなんばっかだよね!?」

 

 説明になっていない説明に北上がそう文句を言いながらもフロッグマンを投下し単装砲を乱射する。

 そこに加え他の者達からも更なる追撃が加えられる。

 

「「「「ゼンホウモンセイシャ!!」」」」

「「「「撃てぇっ!!」」」」

 

 イ級、二級、ホ級、ル級、鈴谷、熊野、酒匂、山城が主砲と副砲を起動させ轟音を轟かせ砲撃を放つ。

 

「アウトレンジ、決めます!!」

「全機爆装!! 仕留めなさい!!」

「シズメ!!」

「かえれ!!」

「燃え尽きろ!!」

 

 瑞鳳、鳳翔、尊氏、信長、北方悽姫の五隻から策敵機までもを含めた艦載機が飛び立ち爆炎に煙る目標へと持ち得る砲火を全てを放ち攻撃を仕掛ける。

 

『ハハハハハハHAHAHAHAハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハははははははハハハハハハハハははははははハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハはははははは』

 

 幾発もの榴弾が、鉄鋼弾が、酸素魚雷が、一トンの爆薬を納めた爆弾が這い寄る混沌ただ一体目掛け降り掛かるも、ただ棒立ちに身を曝し這い寄る混沌はその口とは思えない空洞から背骨を掻き回されるような醜悪な嘲笑を繰り返す。

 

「バケモノが…」

 

 姫級でさえ生存は絶望的と言い切れるだけの火力を叩き込んだのにダダメージの痕跡さえ見えない這い寄る混沌の異様に誰かが毒を吐く。

 

『だから無駄だと言ったじゃないか。

 既にこの端末は死んでいるんだ。

 言うなれば君達はずっと影法師を殴っていたにすぎない』

 

 無意味な攻撃に全力を尽くしたイ級達を嘲笑う這い寄る混沌にしかしイ級はそれを鼻で飛ばした。

 

「だったらこいつはどうだ?

 アルファ!!」

 

 イ級の指令を正しく受け止めたアルファがフォースを残し上空へと退避。

 その行動に何が始まるのか理解した木曾が大破して機動力の低下したイ級を抱え殺到していた艦載機群が離れ始めると這い寄る混沌はその答えを嘲笑った。

 

『Δウェポンの超火力で消滅させるつもりかい?

 いくら火力をつぎ込んだところでこの端末には無意味だ!!』

『ソレハドウカナ?』

 

 嘲る言葉に挑発的に返すアルファ。

 その言葉を肯定するようにフォースが胎動しながら発光を始めるとフォースを中心に空間の歪みが発生する。

 

『ほう…。まさか空間そのものに干渉できるとはね』

 

 何が始まるのか理解した這い寄る混沌が感心したようにそう言う。

 這い寄る混沌の言う通りアルファが行ったのはフォースが産み出した莫大なエネルギーをR戦闘機に搭載された異層時空航行システムを用いて空間そのものを武器として対象を破壊するΔウェポン『ネガティブ・コリドー』を起動したのだ。

 元々は『RX-10 アルバトロス』にのみ使用可能な兵器ゆえ性能は多少劣化しているが空間そのものに干渉する機能までは失われていない。

 歪みは更に加速し徐々に這い寄る混沌の姿が押し潰されるように小さくなっていく。

 

『流石にこの端末にこれに対抗する手段はない。

 だけどもう同じ手は通用するとは思わない方がいい』

 

 そう最後までイ級達を嘲笑いながら這い寄る混沌は時空の狭間へと弾き出され姿を消した。

 

「終わった…のか?」

 

 捩れた空間が元に戻ろうとする反発により荒れた海が凪いだ所で木曾がそう漏らす。

 

「いや…こっからが本番だ」

 

 憎々しげにそうイ級は吐き捨てると全員に告げる。

 

「先ずは情報の共有を確認する。

 全員島に戻るぞ」

 

 そう指示を出すとイ級を抱えたままの木曾が先頭にたち島へと舵を切った。

 

 

~~~~

 

 

 イ級が這い寄る混沌と遭遇していた頃、自分の艦隊を作ると書き残して島を飛び出した春雨は迷っていた。

 

「…どうしましょう」

 

 目の前には燃え盛る漁船の姿。

 当然春雨が手を下した訳ではないが、然りとて無関係でもない。

 漁船に火を掛けたのは春雨が勧誘した艦の一隻であり、現在その艦は船の中を調べに行ってしまった。

 

「どうするって、どうしようもないんじゃない?」

 

 ひたすら困る春雨にそう言ったのは砲火を鋳掛けた艦とは別の艦。

 ロールさせた黒髪をサイドポニーに纏めた深海棲艦には珍しい振り袖袴姿のその艦の言葉に春雨は深く肩を落とす。

 

「ですよね」

 

 元々仕掛けたのは向こうであり燃やしたのも正当防衛だったのだから皆殺しにしたのはやり過ぎと言いたくても相手は深海棲艦なので結果的に落ち度は何も無いのだ。

 腑に落ちないことがあるとすれば、いくら深海棲艦が全くいない遠海部だからとはいえ武装もしていない漁船の船員が回遊しかつ自分を含めた深海棲艦に襲い掛かってきたこと。

 そして彼等がまるで何かに取りつかれたかのように命を省みないで襲い掛かってきたことの二点。

 そもそもにしてこんな遠海の真ん中にただの漁船がどうやって来れたのかそれがわからない。

 と、謎ばかり増えていく状況に困惑していると中に入っていった艦が姿を見せた。

 

「何か分かり…」

 

 ましたか? とそう続けようとした春雨の目の前でその艦は艤装の18インチ砲を振り向きもせず漁船に叩き込んだ。

 

「……」

 

 砲弾は船体を容易く引き裂き貫通。

 引き裂かれた漁船はそのまま真っ二つになって沈んでいくが、それをやった本人は全く目もくれず何処かへと向かい出す。

 

「え、ちょっ、何処に!?」

「船の中に海図があったわ。

 おそらく奴等の拠点よ」

 

 まるで当然と言わんばかりにそう言う艦に袴の深海棲艦が問う。

 

「行ってどうするのさ?」

「根切りの序でに燃料をいただきます」

 

 逆じゃないのかと叫びたい衝動に駈られるもやはり深海棲艦なので言っても無駄だろう。

 

「どうして私はあの人を勧誘しちゃったんだろう?」

 

 知ってる船に似ていたのでつい誘ったのが運のつきだったのか。

 

『ぽい~』

 

 諦めろと言いたげに艤装を叩く『ゆうだち』に春雨は再びため息を吐いた。

 そんなやり取りを眺めながら袴の深海棲艦は呆れた様子で呟いた。

 

「だから言ったんだよ。

 そんなの作ってどうするのさって」

 

 誰に向けたかもわからない呟きを残し義手の戦艦を追う春雨と『ゆうだち』を追って袴の深海棲艦も舵を切った。




次回はクトゥルフ神話技能追加回。

ちなみにアルファのバイドフォースは三種類のΔウェポンを使えます。
威力を例えると

ニュークリア・カタストロフィー=対城宝具

ネガティブ・コリドー=対人宝具

ヒステリック・ドーン=対界宝具

といった辺りになります。


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おやおや

その程度で発狂されても困るんだけど?


 やっぱりと言うか艦娘と深海棲艦にクトゥルフ神話についての見識は全く無かった。

 そういうことなので這い寄る混沌の驚異について簡単に周知させるため俺はクトゥルフ神話体系の成立のあらましを語り、その一環で有名な一話を語って聞かせたわけなんだが…

 

「ダゴンコワイダゴンコワイ」

「マドカラハイラレナイヨウニシナイト!?」

 

 なんでかイ級と二級がガタガタ震えながら身を縮こまらせチ級に至っては錯乱した様子で窓に板を打ち付け始めてしまった。

 尊氏は尊氏で戻ってきたばかりのカ級達を引き連れ周辺に深きもの達が潜んでないか哨戒しに飛び出したしちび姫は瑞鳳と信長の引っ付き虫になってる。

 

「何故にお前らが壊滅してんだよ」

 

 カテゴリー的にはお仲間だろうに。

 

「いやぁ、イ級の語りがかなり迫真だったしねぇ…」

 

 そう言う北上もあまり顔色は良くない。

 …そうか?

 

「怖くないようなるべく淡々と語るよう気を付けたんだが?」

「思いっきり逆効果だったよ」

「むぅ」

 

 怪談とは斯くも難しいことか。

 

「じゃあ次はもっと感情を込めて」

「普通に怖いから」

 

 じゃあどないせえと?

 

「ってか、木曾達は平気なのか?」

 

 尊氏達みたく壊滅されても困るが全く堪えないのもそれはそれで面白くない。

 そんなめんどくせえこと考えながら聞いてみると木曾は苦笑した。

 

「艦の頃は船員達が暇潰しに怪談やこっくりさんなんかをしょっちゅうやってたからそこそこ馴れてるんだよ」

「……こっくりさんって、十円玉でやるあれ?」

「それ」

「……」

 

 遊びでこっくりさん?

 

「時代って凄いな」

「まあ、阿片窟は違法でも古い畳を刻んで煙草として吸ったりヒロポンが栄養剤として普通に買えた時代だったしねぇ」

 

 薬受法何処にいったよ!?

 

「って、戯けてる暇はあんましないから戻すとして。

 こうなると尊氏達は出せないな」

 

 信長は南方棲戦姫の所在を確認するため出ていってしまったから今回もだが艦娘勢でやることになるだろう。

 

「取り敢えず俺、木曾、北上、山城は確定として」

「なんで私が入ってるのよ!?」

 

 希望者を募ろうとしたら山城が抗議の声をあげた。

 

「なんでって、お前は島唯一の戦艦だろうに?」

「私の意思を聞きなさいって言ってるのよ」

 

 HAHAHAHA、Nicejoke

 

「この状況で戦艦にボイコットの権利があると思ってるのか?」

「……不幸だわ」

 

 ぐうの音も出ないらしく絆創膏を顔に貼った宗谷にすがりついて甘え始める山城。

 もはや恒例なので放置する。

 

「で、だが、散々言っといてなんだが希望者はいるか?」

 

 俺の呼び掛けに手を挙げたのは熊野とちび姫。

 因みに古鷹と鳳翔は万が一に備え残ることが決まっているので手を挙げなくて当然である。

 

「ちび姫、お前大丈夫か?」

 

 まだカタカタ震えているちび姫に聞くとちび姫は怯えながらも言う。

 

「ままをいじめたやつはころすの!!」

「だったらまず瑞鳳から離れろや」

 

 心意気と行動が伴ってねえのはいただけねえんだか?

 

「まあ最悪補給拠点になってくれれば助かるからちび姫も参加でいいか?」

「拠点ってことは明石も連れていくのか?」

「……いや、拠点にする場合今回の補給は千代田一人に頼むことになると思う。

 アサガオがあるから防空ならまだしもダメコンのストックが足りないのが致命的だ」

 

 元帥の計らいで女神が三増えたことで在庫は女神が四とダメコンが三。

 今回は特に相手が相手だから最低一個は持っていて貰わないと戦場になんか連れてけねえ。

 バケツぶっかけるだけなら千代田でも出来るが供給する燃料の管理は明石には出来ないので連れていくなら千代田だけになる。

 

「千代田、行けるか?」

「大丈夫。

 任せて」

「ということで瑞鳳には残ってもらいたいんだが…」

「絶対嫌」

 

 言うと思ったよ。

 苦言を呈そうとするも先じて千代田が嗜める。

 

「気持ちは解るけど瑞鳳が一緒だと姫が艤装呼べないんだよ?」

 

 そうなのだ。

 瑞鳳と艤装の共有をした結果ちび姫は双胴空母として瑞鳳と共に海に出ると泊地型艤装の召喚に制限が掛かるようになってしまっていた。

 理由は『妖精さんの加護』が影響を及ぼしバグを生じさせているのだろうというのが南方棲戦姫(偽)の意見だが、おそらく正しいのだろう。

 敵の言うことを信じるのかと思うだろうが、這い寄る混沌の場合端末が味方ロールプレイをしている間は例え自滅する情報だろうと平然と吐き自身さえ全力で倒そうと行動するイカレた存在ゆえ信憑性が高いのだ。

 まあ本物ではないらしいが、本質は同一らしいしその辺りも同じなのだろう。

 

 閑話休題

 

 どうやって説得したもんだかと考えてるとちび姫から動いた。

 

「ままはしまでまってて」

「姫ちゃん?」

「あいつはままをいじめたからころすの。

 まえはわたしがよわかったからなにもできなかったけど、もうまけないからままはまってて」

「姫ちゃん…」

 

 意思はともかく口から出てきたのは子供らしいちぐはぐな説得なんだが、どうやら瑞鳳には大分効果的だったらしくちび姫からそっと離れた。

 

「イ級、姫ちゃんを頼むね」

「分かってる」

 

 瑞鳳に言われずとも最悪の事態になってしまったら千代田と共に島に下がらせるつもりだ。

 二人とも反対するだろうが情報を持ち帰るためと言えばなんとか言いくるめられると思う。

 

「面子はいいとして奴の本体の居場所に宛はあるの?」

「ああ。

 当たってほしくはないが一応アルファを向かわせた」

「当たってほしくはないって、なんでだ?」

 

 そういぶかしむ木曾に俺は本気でこう言った。

 

「太平洋の南緯47度9分 西経126度43分。

 もしここに奴が拠点を構えていたらバルムンクの使用が確定するからだよ」

 

 もしあの海底都市まで持ち出してきたなら間違いなくあの邪神が出てくるだろうから。

 

 

~~~~

 

 

『コレハ…』

 

 イ級が指示した海域へと到達したアルファは、そこでイ級の懸念が現実のものとなっていたことを知った。

 そこには近付くだけでバイドにさえ精神に負荷を与える異形の建築物が列を為す島が存在していた。

 

『急イデ御主人二伝エナイト…』

 

 同伴させたアーヴィングを監視に残し踵返そうとしたアルファはふと仲間以外の知っている気配を感じたような気がした。

 バイドではない。

 だが、しかしそれは確かに覚えのある気配だった。

 

『…イヤ、今ハ御主人ノ元二戻ラネバ』

 

 もしその気配が本当にアレ(・・)だとしてもアルファに思うモノはない。

 アレ(・・)がこの島に関わる事もないだろうし偶々近くを通りがかったのだろう。

 故にアルファはその事を切り捨てて構わないと無視することにした。

 アーヴィングを亜空間に待機させ来た航路を全速力で引き返すアルファ。

 そうして不気味な静寂が狂気の海底都市『ルルイエ』に満ちる。

 だがアルファは知らなかった。

 アレ(・・)が、イ級の不倶戴天の怨敵にして天敵である『大和』がこの島を目指していたことを。

 そして偶然が…いや、這い寄る混沌の皮を被った『ゲームキーパー』が手繰り練って用意した極上の狂乱の宴がもう間もなく開こうとしていた。

 




今回はかなり短くなってしまった…

次回は四つ巴の混沌まで…いけるか?


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気に入ってもらえる筈だよ

君の愛しい怨敵なのだから



 ………うわぁ

 

 

 ちび姫の巨大艤装の見張り台に値するだろう高い場所からみえるルルイエまたはル・リエーの頭がおかしくなるような異様に俺はそれしか言えなくなっていた。

 いやだってルルイエだよ?

 浮上しただけで世界中に発狂者と自殺者を量産しまくったとか言われたSAN値直送の狂気都市の代表格だよ?

 唯一の救いは発見の報を受け即座にアルファを日本に遣るも原作にあったような自殺者の増加や精神病棟への急患が増大したなんて二次被害が無かった事か。

 まあ奴からしたらそんな余録なんかなくても核による深海棲艦殲滅からの第二次冷戦を経た第三次世界大戦とやるつもりなだけなんだろう。

 

「イ級、バルムンクを撃つのか?」

「まだだ」

 

 隣でルルイエのおぞましさに顔をしかめていた木曾からの提案に俺は否と言う。

 

「あのヤロウの事だ。

 ルルイエを消し飛ばした所で二の手三の手とか仕掛けてくるに決まってやがる。

 本気で行きたかないが乗り込んで手札を全部晒させてからその上でバルムンクで消し飛ばす」

 

 バルムンクはストライダーに搭載させてきたがバルムンクを補給出来るパウ・アーマーは島の防護にと置いてきた。

 文字通り一発限りの切り札を無駄撃ちになんかしてたらやってられねえ。

 つうかヤロウの事だからバルムンクを無駄撃ちさせて悔しがる様を愉しもうとしてるに決まってる。

 だかこっちだってR戦闘機以外の装備も充実させてきたんだ。

 木曾と北上の酸素魚雷は五連装から試製六連装に換装し千代田達の瑞雲は試製晴嵐に載せ換え更には艤装にダメコンを追加装備させる増設補強を施した。

 増設補強の資材もそうだし知らないうちに増えていた試製六連装酸素魚雷と晴嵐なんてどっから調達したのか聞いてもはぐらかされたんだが、ホントになにやって来たんだか。

 他にも既存の兵装もチューニングを施してきたから仮にアルファ達R戦闘機を何らかの手段で封じようがそうそう好きにはさせねえ筈。

 現在地はルルイエから約60キロほど。

 航空基地を敷くには少々近いがあまり遠すぎても拠点として意味がなくなるしここいらが頃合いの地点だろう。

 木曾と共に見張り台から降りながらちび姫に指示を飛ばす。

 

「ちび姫! 投錨して艤装を固定しろ!」

「わかった!!」

 

 応答と同時に泊地型艤装の四方から錨が投下され艤装が固定される。

 そのまま事前の打ち合わせの通り先発調査と基地防衛の二手に別れる。

 

「行くぞ木曾、北上」

「応!」

「あいあいさー」

 

 俺に続き木曾と北上が抜錨し30ノットの巡航速度まで加速しながらルルイエへと向かう。

 

「ところでさイ級。

 イ級はクトゥルフ神話に詳しいけど一番好きな話ってあるの?」

 

 片道2時間の道程を進んでいると不意に北上がそう訪ねた。

 

「まあ、あるっちゃああるが今聞くことか?」

「今だから聞いときたいんだよ」

「そんなもんか?」

 

 どうせ着けば雑談の暇もないし時間潰しに丁度いいか。

 

「そうだな……」

 

 作者ごとにこれって作品は多いが一作のみを挙げるならやはり全ての始まりのラブクラフトの著作だろう。

 とはいえラブクラフトの作品は幅が広い。

 クトゥルフ神話にしてもクトゥルフを始めとしたコズミックホラーからSFにオカルトととにかく幅広い作風は一概にどれが至高とは言わせてくれない。

 そして忘れちゃいけないのは特徴的なキャラクター達。

 ラブクラフトの写し身であるランドルフ・カーターやチャールズ・ウォードンも捨てがたいし狂人枠のアブドゥル・アルハザードやハーバード・ウェスト博士やムニョス博士の足跡はゾクゾクさせられる。

 

「イ級?」

 

 ……いかんいかん。

 つい没頭しちまった。

 どうやら前世の俺は重度のラブクラフトマニアだったらしい。

 ともあれいい加減結論を出さねば。

 

「難しいけど、敢えて言うなら『アウトサイダー』だな」

 

 あの作品の衝撃は記憶を無くした今でも忘れてはいない。

 

「どんな話なんだ?」

「読め。

 と言いたいとこだけど簡単に説明すると産まれてからずっと暗闇の中に居た主人公が外に出てこの世のものとは思えない化物と出会い邪悪を奉じる狂人に墜ちるって話だ」

 

 あの最期は秀逸とそれしか言えない。

 なんだけど、二人とも理解できないと言いたげに変な顔していた。

 

「それの何処が面白いの?」

「オチもなんか微妙だな」

「む」

 

 そう言われてカチンと来た。

 とはいえ今の説明だと解りづらいのも確かか。

 いや仕方ない。

 今回の件が片付いたら元帥経由でラブクラフト全集を取り寄せようと固く誓いながら俺は言う。

 

「この話の一番面白いところは化物の正体なんだ」

「なんなの?」

 

 余裕綽々なのも今のうち。

 さあ、聞いて慄け。

 

「そいつの正体は、鏡に写った自分自身だったんだよ」

 

 ふふふ、怖いか?

 渾身のドヤ顔(のつもり)で振り返った俺だが…

 

「「……」」

 

 二人は目を見開き絶句していた。

 ……あれ? 期待してた反応となんか違う。

 なんつうか、好奇心で手を出したけどやらなければよかったみたいなそんな気まずい空気を感じるんだが?

 

「どうした?」

「っ、なんでもない」

 

 何か言いかけてだけど木曾はそう言い直すと北上を掴んで前に出た。

 

「おい?」

「悪い。

 向こうに着くまで前を任せてくれ」

「いやまあ構わないけど」

 

 なんなんだ?

 多分聞いてもはぐらかされるだろうから何も聞かないが唐突すぎんぞ。

 つうか、今の何が琴線に引っ掛かったんだろうか?

 

『ヨモヤ無自覚トハ』

「アルファ、解るのか?」

『……マア、アナガチ他人事デモナイデスシ』

「?」

 

 一体なんの事だ?

 皆が何を思ったのか解らずモヤモヤしたもんを抱えながら俺たちはルルイエに到着した。

 

「遠目でも大概だったけど、ホント、イカレた島だね」

 

 人間が建造しようなんて微塵も考えないだろう構造物郡を眺め北上がそうごちる。

 

「油断しないでくれ北上姉。

 磁場のせいかレーダーが全く効いてないんだ。

 何時、何が出てくるか警戒してくれ」

 

 カトラスの柄を握り周りを警戒する木曾の注言に俺達は気を引き締め直す。

 

「アルファ、亜空間で待機してくれ」

『了解』

 

 本当は先行してもらいたいが離れたところを狙われたら笑えないため発艦だけはさせといて全員で固まって行動する。

 そうして建造物により感覚が狂いそうになるのを耐えながらルルイエの探索を続けているとザリッと石を踏みしめる音が聞こえた。

 

「待て、誰か居る」

 

 俺の呼び掛けに二人も足を止めそれぞれの兵装を稼動させる。

 

「奴か?」

「分からない」

 

 混沌の手先かそれとも迷い込んだ某か……

 コツリコツリと近付いてくる足音に警戒を最大限に高めていた俺たちだったが、現れたその者に今度こそ絶句した。

 

「お前達は……?」

 

 背に巨大な艤装を背負い手に傘とも槍ともつかない長物を携えた深海棲艦特有の白い肌を持つその顔は、絶対に忘れないと誓った俺の憎悪そのもの(戦艦大和)だった。

 

「ヤァァァマァァァァァァァァアトオオオォォォオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 頭が沸騰した。

 木曾が何か言った気がするが聞こえない。

 目の前に奴がいる。

 北上達を追い詰めあきつ丸が死ぬ原因を産み出し千歳と球磨を殺した元凶(大和)が目の前に居るという事実が俺の憎悪を燃え上がらせた。

 

「くぅぅたぁばぁぁぁあれぇぇぇぇぇえええええ!!!!!!」

 

 クラインフィールドで衝角を造りそのまま突き立てようと俺は跳んだ。

 

「ッ、チィッ!?」

 

 しかし大和は金属製の手でそれを受け止めやがった。

 そんなもので終わると思うな!?

 大和が何か言ったが俺は無視して衝角を高速回転させながら更にロケットブースターを形成し燃料をぶちこみ加速する。

 ギャリギャリと義手から火花を散らしながら大和が俺の産み出す推力に押し負け下がる。

 

「ガァァァァアアアアアアッ!!!!」

「なんて出鱈目っ!?」

 

 そのまま俺は更に推力を加圧し俺諸共大和を海まで叩き出した。

 

 

~~~~

 

 

「イ級!?」

 

 制する間もなく深海棲艦に堕ちた大和を見た途端イ級は全身を黒いオーラで漆黒に染め大和へと突撃しそのまま姿を消してしまった。

 

「戦艦さん!?」

 

 同時に吹き飛ばされた大和が来た方向から聞き覚えのある悲鳴が響く。

 

「春雨!?」

 

 それは島を飛び出した春雨であった。

 声の発された先に向かうと見たことのない深海棲艦の横でオロオロする春雨がいた。

 

「春雨!」

「木曾さん?

 なんでこんなところに!?」

「それはこっちの台詞だ。

 なんでお前があの大和と一緒に居るんだ?」

 

 予期せぬ再会に混乱する二人だがそこにあきれた様子で春雨の隣に居た深海棲艦が言う。

 

「それはそうとさ、戦艦と駆逐をヤバイ顔で追っかけた雷巡はほっといていいの?」

「なんだって!?」

 

 その指摘に後ろに居た筈の北上を確認するが北上の影も形もない。

 

「北上姉!?」

 

 イ級だけでなく北上まで暴走していたことに青ざめた木曾ははたと気付く。

 

「アルファ!?

 返事をしろアルファ!?」

 

 亜空間に入ってからアルファが一言も発していないことに気付き、嫌な予感を走らせた木曾が叫ぶもアルファが答えることはない。

 

「無駄だよ。

 彼には少しばかり席を外してもらっているからね」

 

 突如降りかかる声に顔を上げるとそこに一人の女が居た。

 

「折角の努力の御褒美に出逢えるよう手を回してあげたけど、僕を忘れるぐらい熱烈だったなんて妬けるじゃないか」

 

 そう嘲笑うのは黒い髪を後ろで束ね赤い瞳に眼鏡を装着した絶世の美女と言うに相応しい美貌を擁する黒いパンツスーツの女。

 体躯は細身なのだが大きく開いたスーツの胸元からははち切れそうな双球が収まりきらず僅かに顔を覗かせており、そのアンバランスさがストイックとエロティックを兼ね備えさせていた。

 

「人間……じゃないね。

 なんなのさアレは?」

 

 一つ一つならまだしもそれら全てが一つの肉体を構成しているとなればそれは異様だ。

 見るだけで引き込まれそうなその美貌にしかし深海棲艦の少女は存在が不快だと言いたそうにそう尋ねる。

 

「敵だ。

 色んな意味でな」

 

 それだけ答え木曾は女と向き合う。

 

「それがお前の本当の体か『這い寄る混沌』!」

「そいつは正しくない。

 僕に『本当』なんてモノはない。

 全てが偽りであり全てが本物だ」

 

 そう諭すように嘲笑するように緩やかに嘲笑いながら『混沌』はそう告げる。

 

「この姿もそう。

 数多の混沌の中からもっとも多くに望まれた『ナイア』の姿を象ったにすぎない。

 彼等の希望に沿ってあげた理由はファンサービスの一環さ」

「意味の分からないことを。

 アルファをどうした!?」

 

 理解できないことは切り捨て木曾はアルファの行方を問いただす。

 

「彼には亜空間内で僕が用意したティンダロスの猟犬とバイアクヘーに戯れてもらっているよ。

 彼からすれば然したるものではないだろうけど、早々出ては来れない筈だよ」

 

 イ級が居ればそれがどんな存在か分かっただろうがそのイ級は大和と殺し合いに行ってしまっている。

 状況が奴の思うままになっている事に歯噛みする木曾と訳が解らず立ち往生する春雨に変わり深海棲艦の少女が問いを発する。

 

「さっき出逢えるよう手を回したって言ったけどさ、あの駆逐と戦艦になんの因縁があるっていうのさ?」

「部外者は黙っていてもらいたいところだけど、今は君も立派な参加者だ。

 ゲームキーパーとして教えてあげよう」

「っ、止めろ!?」

 

 木曾が制止の声と共に広角砲で頭を撃ち抜くが『混沌』は頭を砕かれてなお残った下顎と舌でイ級の古傷を抉り曝した。

 

「君達と共に居たあの大和はイ級を助けようとした球磨と千歳を目の前で殺したのさ」

「ひっ!?」

「…へぇ」

 

 頭が吹き飛ばされても平然と語る『混沌』のグロテスクさとその言葉に恐怖し絶句する春雨を尻目に少女は冷めた反応を返す。

 

「おや?

 もう少し驚いてくれてもいいんじゃない買い?」

アレ(・・)が艦娘から変異した異常体だってのは何となく気づいていたし、それより頭を吹き飛ばされても普通に喋ってるお前に比べたからそんなの些事だよ」

「ふふふ、確かにこのままというのはよろしくないね」

 

 少女の言に『混沌』は顔があった位置に手を翳し僅かの間隠すと次の瞬間には元に戻っていた。

 

「…化物が」

 

 無駄撃ちを覚悟でバルムンクを投入するか考えながら吐き捨てる木曾に『混沌』はやれやれと肩を竦める。

 

「酷い言い種だね。

 僕が手引きしていなきゃ今頃はそこの二人は大和に殺されていたんだよ?」

「嘘です!!」

 

 反射的に春雨は『混沌』の言葉を否定する。

 

「戦艦さんは海で出会ってからずっと私達を何度も助けてくれました!!

 私達を殺すつもりなら助けるなんてありえません!!」

 

 大和には何度も手を焼かされた。

 航路は勝手に決めるし艦を見つければ問答無用で沈めて蹴散らしてしまうしと艦隊作りに大きな差し支えがあったのは確かだったが、撃ち漏らした艦載機から放たれた爆撃や敵砲撃の射線に自ら割り込み二人が被弾するのを何度も防いでくれたのだ。

 木曾の態度から大和がイ級の怨敵なのは確かなのだろうとしても、それだけは違うと胸を張って言いきれる。

 

「あの大和が他人を助けた…?」

「なんで木曾さんがそこで驚くんですか!?」

 

 仇とはいえ味方から上がった猜疑の声に思わず反応をしてしまう。

 

「ふふっ、だけど事実さ。

 大和が君達を守ったのは善意でも誠意でもない。

 君達の死体を横須賀に運ぶ手間を惜しんだからだ。

 大和は最初から君達を利用していたんだよ」

「信じません!!」

 

 大和の悪意を語る『混沌』に真っ直ぐな否定を向ける春雨。

 

「たとえ最初はそうだったとしても私は戦艦さんの、大和さんを信じます!!」

 

 春雨は大和が艦隊に加わってから自分が『ゆうだち』や最初に艦隊に加わってくれた駆逐艦の少女と話しているのを時折羨むように盗み見ているのに気付いた。

 自分も加わりたいのかと話しかけてもけんもほろろに袖にされてしまったが、その後も幾度か同じように自分達を少し離れたところで眺め見ていた。

 その時の大和の目はとても寂しそうで、まるで自分は輪に入る資格はないんだと諦めているように見えた。

 仇を擁護する春雨に複雑な表情を向ける木曾を愉悦に満ちた笑みで眺めた『混沌』は嘲笑する。

 

「君が信頼を裏切られ絶望する様が愉しみだ」

「そんな事にはなりません」

 

 嘲笑を力強く否定すると突然ルルイエが揺れた。

 

「地震!?」

「このまま三人の殺し合いが終わるのを待つのも良いけれど、折角用意したルルイエを置物にするのも気に入らないからね」

 

 そう言いながら『混沌』は身体から沸き上がり始めた闇に身を沈める。

 

『クライマックスフェイズを始めよう!!

 魂が砕け散るまで踊り狂って僕を愉しませてくれ!!』

 

 その宣言と同時に闇が晴れ、『混沌』は深海棲艦と思わしき異形へと姿を変えた。

 

 

 




…なぜか始まった春雨の主人公ムーヴ

まじでなんでこんなことになったんだ?

ちなみにナイアにしたのは感想欄で旧神夫妻コールがすごかったからです。

それと変貌したのはこの世界に存在しない中枢棲姫・壊です。

そしてやっぱり四つ巴まで届いてないって言うね。

次いでにイ級と北上はバーサクしとります。

次回は精神鑑定とエクストリームカオス


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腕が鈍ったかな?

最高のタイミングを邪魔してしまうなんて


 大和を海に叩き込んだ俺は一度離脱し背中に怒鳴り付ける。

 

「『しまかぜ』!!『ゆきかぜ』!!」

『おうっ!?』

『しれぇっ!?』

 

 飛び出した2体は本当に撃つのかと言いたげに顔を見合わしてから大和への砲撃を始める。

 分間60発×2の弾幕が大和へと殺到し大量の水柱にその姿が掻き消えるが効果を確かめるより先に水柱を突き破り大和が砲撃を繰り出してきた。

 

「駆逐艦風情が頭に乗るな!!」

 

 風圧だけで水柱を破壊した六発の鉄鋼弾がクラインフィールドに刺さり黒い障壁が破壊される。

 

「読めてんだよその程度はな!!」

 

 テメエを殺すために山程シミュレーションを重ねてきたんだ。

 クラインフィールドの一枚(・・)がぶち抜かれるぐらい対策済みなんだよ!!

 クラインフィールドを貫いた鉄鋼弾はそのすぐ真後ろに展開させていた二枚目のクラインフィールドか更に威力を削られる。

 だが二枚でも足りない。

 更に展開させておいた三枚目、四枚目を砕き大和の鉄鋼弾がクラインフィールドを貫けず爆砕したのは六枚目のクラインフィールドに接触した時だった。

 

「ざっけんな!!??」

 

 リンガの武蔵のゼロ距離斉射だって三枚目は抜けなかったんだぞ!?

 つうかたった一発で七割持ってかれたとかバイド化した夕立より威力あるって事だぞオイ!?

 テメエは『霧』かバイドで強化してんのか!?

 

「ガッ!?」

 

 雷撃戦に持ち込もうと踏みだした俺の頭を誰かに踏み込まれた。

 誰だ!?

 

「っ、北上!?」

 

 頭の上を横切った白い布に正体に気付くも北上は狂気のまま俺を踏んづけ大和へと全力で走る。

 

「ヤマトヤマトヤマトヤマトヤマトヤマトヤマトヤマトヤマトヤマトヤマトヤマトヤマトヤマトヤマト!!」

 

 血に餓えたケダモノのように歯を剥いた凄絶な笑みで六連装酸素魚雷を大和に向ける。

 

「沈め大和!!」

 

 北上の憎悪の咆哮と共に逃げようもない量の飽和射撃が放たれた。

 しかし大和は主砲を真下に向け発射。

 衝撃で海が逆巻くほど荒れ狂い魚雷が互いに接触して大和に届く前に次次と炸裂する。

 連鎖爆発により水柱が壁のように連なる向こうから大和の副砲が立て続けに火を吹き壁を粉砕する。

 

「貴様が沈め!!」

 

 怒号が轟くも北上の姿はそこにはない。

 

「舐めすぎだよ!!」

 

 北上は誘爆で生まれた水の壁を蹴り大和の上空を取っていた。

 

「喰らえ!!」

 

 真上から投射された魚雷が大和に直撃して爆炎を発てるが真下から突き上げられた槍が北上を叩き飛ばす。

 

「ぐぅっ!?」

「温いのはお前よ」

 

 爆炎が晴れた先に現れた大和はやはり無傷。

 代わりに槍が煤だらけになっている。

 どうやら槍もとい傘を盾として魚雷を防いだらしい。

 叩き飛ばされた北上は海面に叩き付けられるとその勢いを利用して海面を蹴り跳躍して空中で体勢を整え傘を防いで使い物にならなくなった単装砲を捨て着水と同時に再び大和へと走り出す。

 

「北上ぃ!!」

 

 そいつは俺の獲物だ!!

 邪魔してんじゃねえぞ!!

 

 物理的に黙らせようとクラインフィールドを鎖付きの投げ銛に象り北上目掛け放つ。

 

「え?」

 

 俺の攻撃に目を見開く北上。

 狙い違わず迫る銛は、しかし北上に刺さる事はなかった。

 

『Iaaaaaaa!?』

 

 銛は突如海面から飛び出したおぞましい咆哮を上げる半魚人に突き刺さったのだ。

 

「おらぁぁぁああっ!!」

 

 蛙面の魚風情がなに邪魔してくれてんだ!?

 逃れようと暴れる半魚人を鎖を引いて引き寄せるとクラインフィールドでチェーンソーを作りにバラバラに引き裂いてやる。

 生臭い悪臭に不快感を感じていると、ふと冷静な思考が頭を過る。

 …今、俺は北上を狙ったのか?

 途端に凄まじい罪悪感と後悔が全身を駆け巡った。

 

「イ級!!」

 

 そんな俺に向け北上が慌てて駆け寄る。

 

「って、臭!?」

 

 半魚人の体液の悪臭に鼻を摘まんで立ち止まる北上に完全に頭がしき冷えきった俺は取り合えず海水で体液を洗い流す。

 

「北上…」

 

 謝罪の言葉も思い付かずただ名を呼べば北上は苦笑を返した。

 

「ありがとね」

 

 …え?

 

「イ級が攻撃してくれてなきゃあの気持ち悪い魚野郎に何されてたか。

 ホント、イ級は頼りになるね」

 

 ヤメテ!?

 完全に偶然なんだよ!!

 全力で否定したかった俺だが、

 

「あー、でもさ、ホントにイ級に攻撃されてたらショックでキングストン弁開けちゃってたとこだよ」

「そんなわけないじゃないか」

 

 いっそ清々しく嘘を貫き通すことにした。

 なにはともあれだ。

 

「というか今の魚野郎ってさ」

「おそらく『深きもの(ディープ・ワン)』だな」

 

 蛙面の魚野郎なんて他に知らねえしそもそも見たことねえし。

 

『Iaaaaaaa!!??』

 

 身の毛も弥立つような断末魔の絶叫にそちらを見れば傘に貫かれビクンビクンと痙攣する『深きもの』の姿があった。

 

「汚らわしい手で私に触れるな!!」

 

 憤怒を相貌に燃やし大和が傘を振るうと衝撃で『深きもの』の死体が抜け落ち更に追撃の副砲で跡形もなく焼き払われる。

 そうして訪れる静寂。

 大和への憎悪は相変わらず暴れ狂っているが、さっきまでと違いまだ手綱は握れている。

 北上も同じらしく挙動次第で何時でも撃てるよう魚雷菅は開いたままにしてあった。

 しばしの沈黙の後、大和がこちらに振り向く。

 

「答えなさい駆逐。

 あの島に日本を狙う怪物がいるのよね?」

「どこでそれを知った?」

「答えなさい」

 

 答えないなら今すぐ殺すと言うように主砲が俺たちを狙い定める。

 …ちっ

 

「怪物がいるかは知らねえが、核を持ち込んで世界を滅茶苦茶にしようってクソアマがいるのは確かだ」

 

 おそらく『混沌』が大和をルルイエに誘導したんだろうと推測してそう答える。

 

「……そう」

 

 ならもう用済みとでもいいそうな大和だが、そんな最高の(・・・)やり取りに横やりを入れてくれる奴が現れた。

 

『Iaaaaaaa!!』

「ちっ、また来たの?」

 

 俺と大和を囲う形で何匹も『深きもの』が俺達の前に現れる。

 

「…だけじゃねえみてえだぞ」

 

 更にルルイエから地鳴りが響きおぞましい咆哮が轟く。

 

『!"#*$++&((*':=//,@=;>["+#(!,:』

 

 もはや音とさえ把握できないナニカに『深きもの』共が狂喜の讃歌を謳う。

 

『Ia ia Cthulhu!』

『Ia ia Cthulhu!』

『Ia ia Cthulhu!』

『Ia ia Cthulhu!』

『Ia ia Cthulhu!』

『Ia ia Cthulhu!』

『Ia ia Cthulhu!』

『Ia ia Cthulhu!』

『Ia ia Cthulhu!』

『Ia ia Cthulhu!』

 

 どいつもこいつもクトゥルフクトゥルフ…本気でイライラしてきやがった。

 

「おい大和」

「……」

「このナマモノ共とその親玉をぶっ殺し終わるまでテメエはお預けにしてやる。

 北上、いいな?」

「あっちが撃ってくるまではいいよ」

 

 横槍がある状態で大和を殺すのは面倒すぎると北上に振れば北上も魚雷を手に頷く。

 

「……勝手にしなさい」

 

 そう言うと大和は俺達から視線を外し『深きもの』へと傘を構え砲を稼働させる。

 

『Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!』

 

 狂気に身を任せ迫り来る『深きもの』に向け俺はチェーンソーを構え、突っ込む。

 

「ハナアルキで鍛えたこのチェーンソー捌きで一匹残らずバラバラにしてやるよ!!」

 

 感情のままそう声を荒げながら俺は目の前に迫った『深きもの』に向けチェーンソーを降り下ろした。

 

 

~~~~

 

 

 『混沌』が見たこともない深海棲艦に変異した瞬間三人は真っ先に島からの離脱を開始した。

 

「一体なんなのさアレ(・・)は!!??」

「こっちが聞きたいぐらいだ!?」

 

 二人がそう口にしているのは『混沌』が変貌した深海棲艦ではない。

 『混沌』がルルイエから呼び出した怪物のような巨大艤装と共に現れた異形の化け物の事である。

 タコに似た頭部、イカのような触腕を無数に生やした顔、巨大な鉤爪のある手足、ぬらぬらした鱗に覆われた山のように大きなゴム状の身体、背にはコウモリのような細い翼を持った姿の怪物が放ったおぞましい咆哮に三人はその場での戦闘を放棄した。

 最大戦力であるイ級達との合流を目指し走る三人が床に数センチの隙間がある場所を走り抜けた直後、

 

「…え?」

 

 上を通過しようとした春雨がその隙間に引きずり込まれた。

 

「春雨!!??」

 

 急いで踵返しどうやっても通り抜けられないはずの隙間を覗き込むと

、隙間の奥で錨を壁に突き立て暗闇から伸びる影のような手に抵抗する春雨を見付ける。

 

「この野郎!?」

 

 春雨を引きずり込もうとする正体不明の影を追い払おうと暗闇に向け機銃を乱射する木曾。

 駆逐艦は自分の錨を投射し春雨の艤装がしっかりくわえたのを確かめ引きずりあげようと引っ張る。

 

「まったく、馬力はあんまりないってのにさ!!

 あんたも手伝ってよ!?」

「すまない!?」

 

 機銃を撃ちながら木曾も駆逐艦と共に錨を引っ張る。

 二隻分の馬力により艤装と共に春雨の身体が少しづつ引き上がるが、追ってきた怪物が二人に迫る。

 

「私はいいから逃げて!!??」

 

 巨大な怪物の姿に春雨が懇願するが木曾は一喝した。

 

「仲間を見捨てるか!!」

 

 見捨てなければ助からないなんてそんなことは繰り返させない(・・・・・・・)

 

『{_=]<-.*;:>----<$('-@:.!!#>(-'-:<!!』

 

 怪物が理解できない咆哮を上げその鋭い爪を振るう。

 

「ストライダー!!」

 

 木曾の叫びに応えカタパルトからストライダーがバリア波動砲を放ち爪を受け止める。

 

「駄目!?

 持たない!!??」

 

 放たれたブロックは怪物の爪を受け止める事に成功したが、怪物の膂力は凄まじくバリア波動砲ごと二人を引き裂こうと押し込む。

 ブロックに亀裂が走り砕かれる刹那、空間が揺らぎそこから赤い蜥蜴にも見える一つ目の怪物のようなR戦闘機アーヴァンクと腐れパウが飛び出した。

 

『シャアアアアアアッ!?』

 

 アーヴァンクは怪物に向け吠えると全身の鱗を放ちバリア波動砲の真後ろに展開した。

 直後、バリア波動砲が切り裂かれるも今度は鱗の膜に遮られる。

 その合間に春雨を引き上げた木曾達がその場を離れるのと同時に鱗の膜がアーヴァンクごと切り裂かれついさっきまで三人が居た場所を大きく抉る。

 

「走れ!!」

 

 再び逃走を開始する三人だが近付かれ過ぎたため怪物から逃げ切れそうにもない。

 三人を逃がすため今度は腐れパウが怪物へと突っ込んだが怪物は触腕を奮い腐れパウを絡めとる。

 大量の触腕に腐れパウはあっさり絡め取られるが、しかしそれこそ腐れパウの狙いだった。

 腐れパウは己の細胞を活性化させ自信を爆弾に変じさせていた。

 触腕が握り潰そうとする瞬間を狙い腐れパウは自爆を決行。

 強烈な爆発が怪物を打ち付け倒れさせその間に三人は遂にルルイエを脱出した。

 

「中々上手くやるじゃないか」

 

 倒れた怪物が再び立ち上がるのを横目に『混沌』がその結果を称賛する。

 

「だけど、クライマックスが簡単に終わるなんて思わないことだ」

 

 




第一ラウンド 結果:アーヴァンク、腐れパウリタイア


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残念だなぁ

やはり全年齢の壁は厚いか


 アーヴァンクと腐れパウの挺身により海へと脱した木曾は一安心する隙も惜しみ千代田へと通信を飛ばす。

 

「応答してくれ千代田!!」

『木曾?

 今まで何してたの!?』

 

 提示連絡が出来なかったことを詫びようと口を開くがそれを遮り矢継ぎ早に千代田が現行を叫ぶ。

 

『さっきから訳のわからない半魚人が艤装に乗り上がろうって、ああもうしつこい!!』

「千代田!?」

 

 よもや拠点まで進撃が始まっていたことに焦りを見せる木曾に再び通信が飛ぶ。

 

『とにかく一度戻ってきて!!

 強くないけど数が多すぎる!!』

「分かった!」

 

 一旦通信を切ると木曾は春雨に言う。

 

「春雨、済まないが先に皆と合流してくれ」

「木曾さんは?」

「あいつらをなんとか説得する」

 

 木曾とて大和との協調など勘弁願いたいとは思うが『混沌』はR戦闘機が有ってさえ四の五の言える相手ではない。

 後方の千代田達が狙われたとなればイ級達にも海魔の手は延びているだろうがあの三人がその程度で殺しあいを中断するとは思えない。

 寧ろ乱戦にこれ幸いと狂乱してる可能性すらありうる。

 しかし最悪イ級と北上のダメコンを起動させてでも協力を取り付けねば低い勝ち筋は更に短くなると冷徹にそう判断していた。

 

「なら私が行きます!」

 

 木曾の思案に双方に憚りの無い自分こそ適任だと述べる春雨。

 その言葉に木曾は苦い顔をする。

 

「…危険だぞ?」

 

 『混沌』が仕組んだ此までを思えば春雨は奴の狂った愉悦の格好の餌に違いない。

 だが迷う隙はとうに使い果たしている。

 そしてそんな思惑こそ『混沌』は狙い撃つ。

 

「避けろ駆逐!!」

 

 駆逐艦の叫びに反応する間もなく海面から伸びた幾多の鱗に覆われた手が春雨の艤装を掴みそのまま海中へと引きずりこむ。

 

「春雨!? っ!!??」

『Iaaaaaaa!!』

 

 囚われた春雨を助けようとするが木曾達へも『深きもの』は鋭い爪を振るって襲い掛かる。

 

「退けっ!!」

 

 カトラスを抜き駆逐艦と共に果敢に『深きもの』へと斬りかかる木曾。 

 その間にも海中へと引きずりこまれた春雨は『深きもの』の手により深海奥深くへと沈んでいく。

 『深きもの』は何処からか用意したのか鎖で艤装のスクリューを絡ませ浮上を妨げると更に春雨にも鎖を巻き付け艤装から引き剥がそうと引っ張る。

 しかし春雨もただやられてばかりではない。

 

「はな…せ!!」

 

 身動きは取れず肉薄され主砲も魚雷も使えなかろうと春雨は艤装に機銃を撃たせ引き剥がそうとするが『深きもの』共は文字通り水を得た魚のようにするりと射線から逃れ機銃が届かない位置へと陣取り鎖を引く。

 

「この…はな、っ!?」

 

 好きにさせて堪るかと抵抗していた春雨だが、痺れを切らしたのか『深きもの』の一体が春雨の身体を羽交い締めにした。

 

「っ!!??」

 

 海中でさえ拭えない滑りを伴う鱗が肌を撫ぜる感触に鳥肌を立てた春雨はそこで背中に押し付けられた妙に生暖かい棒状の物体に気づいてしまった。

 その正体に気づいてしまった瞬間春雨の脳裏に嘗て身を襲った悪夢がフラッシュバックした。

 

「や、やめて…」

 

 どれだけ泣き叫ぼうと終わらない悪夢。

 自分をまるで道具のように弄び辱しめた人の形をしたナニカの嘲笑う顔。

 そしてその渦中にあってなお忘れようもない愛宕の笑顔を思い出した春雨はパニックに陥る。

 

「イヤァァァァァアアアアアアアアアア!!??」

 

 一度錯乱してしまうともう止まらない。

 

「やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて!!??」

 

 両手を滅茶苦茶に振って暴れる春雨だが、ただでさえ力の入りづらい海中での抵抗は全く意味をなさない。

 どころか哀れな生贄と化した春雨に『深きもの』はその邪悪な本能を発揮し悪意のままに春雨の服に爪を立て引き裂くとまだ発育もそぞろな双丘を蹂躙する。

 

「イヤァァァアアアアアア!!??

 離して!? もういたいのもきもちいいのもほしくないの!!!!????」

 

 幼女のように舌足らずに喚き助けを請い続ける春雨だが、身の毛の総立つ不快感は止まるどころか下肢にまで伸び限界を迎えた精神が遂に焼き切れてしまった。

 

「……………あ……………」

 

 瞳孔が開き糸が切れた人形のように春雨の全身から力が抜ける。

 主たる春雨の意思の喪失にそれでも抵抗を続けていた艤装も機能を停止してしまう。

 嘗ての恐怖により亡我に陥り抵抗を止めた春雨を『深きもの』達は新たな苗床とせんと連れ去ろうとするが…

 

 ドォッン!!!!!!

 

 まるで落雷のような轟音が海中に轟き春雨を拘束していた一体が身体を上下に真っ二つに引き裂いかれた。

 

『!!??』

 

 何処からともなく放たれた攻撃に驚きふためく『深きもの』達だが次いで降ってきた黒い銛に一人残らず貫かれた。

 

『Gyaaaaaaa!!??』

 

 正確に胸を貫かれ絶叫する『深きもの』達は銛に繋がった黒い鎖によりそのまますさまじい速度で海上へと釣り上げられた。

 

 そして、

 

「よくも春雨に」

「よくもその娘に」

『汚い手で触ってくれたな!!??』

 

 悪神を奉ずる狂気の住人達よりなお恐ろしい、狂気でさえ染め尽くせぬ憎悪に染まった深海棲艦(人類種の天敵)の凶刃が乱舞する。

 

「藻屑になりやがれ!!」

 

 イ級が鎖付きの銛を引き『深きもの』を引き寄せると五本のチェーンソーを束ね乱回転させた凶悪無比な刃を奮い『深きもの』を触れる傍から微塵に磨り潰す。

 

「塵一つ残してやるものか!!」

 

 海中へと投擲した傘を大和は錨を使い回収すると槍のように構え踏み込むと同時に振り抜き『深きもの』の胴体を一撃で泣き別れにさせるばかりか素早く引き再度振り抜いて春雨を汚した両腕を血煙に変える。

 

「いやぁ…なんていうか凄いね」

 

 『深きもの』と一緒に釣り上げられた春雨を介抱しつつそう北上はぼやく。

 既に包囲していた『深きもの』は二人が鏖殺し尽くし、逃げようとしたためほんの僅かに残った『深きもの』もイ級のクラインフィールドが捕らえ大和との連携を以て惨殺と殺戮の嵐に磨り潰されていく。

 

「っ、そうだ!?」

 

 イ級が大和と手を組んだことやその縦横無尽っぷりに惚けてしまった木曾と駆逐艦だが、千代田達の窮地を思いだし急いで告げる。

 

「イ級! 野郎俺達だけじゃなく後方の千代田達も狙っていやがった」

「…あ"あ゛?」

 

 その言葉にイ級の怒りが有頂天を突破した。

 

「アルファはどうした!?」

「野郎がバイアクなんとかとティンなんとかをけしかけて亜空間から出れなくしているらしい!」

「バイアク…ビヤーキーとティンダロスの魔犬か」

 

 木曾の説明に即座に正解にたどり着いたイ級は怒りのままに怒鳴る。

 

「アルファ!!

 あの糞野郎春雨を犯そうとしやがった!!

 もう許さねえ!!!!

 加減もなんもかんも無しだ!!

 汚染なんざどうでもいい!!

 ぶち殺せ!! 皆殺しだ!!!!????」

 

 砲撃音に匹敵しそうな程空気を震わせたイ級の怒声は亜空間を挟み交戦を続けていたアルファの聴覚まで届く。

 

『……了解』

 

 何処からともなく現れては即座に消えるティンダロスの魔犬と自身の全速力でさえ追い付けないバイアクへーに苦戦を強いられていたアルファだが、イ級の言葉に彼もまた理性のたが(・・)を外す。

 

『来イ』

 

 亜空間の更に先からアルファは地下室に眠らせていた液体金属を呼びつけるとそのまま全身を覆わせる。

 全身を液体金属で覆ったアルファは液体金属に命じ更なる変態を始める。

 

『メタモルフォーゼ開始。

 type『タブロック』』

 

 するとアルファを覆う液体金属が膨張し両肩が異常に膨れた人形ロボットへと姿を変える。

 

『変身完了。『タブロック』』

 

 最後に全身に橙を基調としたカラーリングが施されると全長三メートルにも届く大型の人形ロボットと化したアルファはスリットのようなカメラを光らせながら腕のマシンガンを構えた。

 

『遊ソビハ終イダ。

 三十秒デコロシテヤル』

 

 そう宣言すると同時にティンダロスの魔犬が死角から飛び出しバイアクへーが視認も叶わぬ速さで同時に襲い掛かる。

 だが、

 

『全門斉射!!』

 

 肩のミサイルサイロが開き全周囲に向けミサイルの瀑布を展開。

 僅かな隙間を縫うことも許さず二匹は爆炎の業火に包まれた。

 

『卑怯ナドト言ウマイ?』

 

 手のマシンガンと見せ掛けミサイルによる飽和射撃で殲滅したことをそう言うとアルファはフォースを介し亜空間から通常空間へと回帰する。

 そうしてアルファが目にしたのは艤装内に侵入しようとする数多の『深きもの』を水際で押し止めている北方棲姫の姿。

 

『弾種変更。

 マイクロホーミングミサイル』

 

 状況を把握したアルファは肩のミサイルサイロの種類を変更し即座に掃射。

 そうして制海権を取り戻し一同は合流を果たした。




第2ラウンド 結果、『深きもの』全滅、春雨発狂

追伸、伊13捕獲成功


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やってくれたね

ならばこちらも本気になろう


「状況を整理しよう」

 

 一言で言うと大惨事になった現状を纏めなおすため俺はそう言った。

 

「ちび姫、そっちの被害はどうだ?」

「ひがいはあんまりないけどきたないからそうじしたい」

「被害自体は?」

「あるふぁのゆうどうだんでちょっときずがはいったぐらい」

「わかった。

 それと汚いのはアルファに掃除させるから少し我慢しろ」

 

 俺達同様『深きもの』の襲撃を受けたちび姫達はアルファのミサイルによって実質の被害は無かったそうだ。

 

「他に被害はないか?」

 

 申告を促すと他にはせいぜい近過ぎるからと弾薬けちった山城が下ろし忘れた蛍君で切った張ったしようとしてしくじった挙げ句犯されかかったらしいが自業自得かつアルファのミサイルで事案は防げたようなので無視。

 

「所詮私の扱いなんてそんなもんよね」

 

 山城が膝抱えて不貞腐れたがんな事よりもだ。

 

「そいつはなんなんだアルファ?」

 

 再開してみたらいかにもな全長三メートルのロボットと化していた相棒にそう訊ねる。

 なんつうか、普通に格好いい件についても答えてもらおうか。

 

『液体金属デ外見ト性能ヲ摸倣シテイルンデス。

 使用ヲ控エテイタノハ使用スル兵装ガバイド汚染ヲ引キ起コス可能性ガ高イカラデシタ』

「成程」

 

 実際ミッドナイト・アイのバイド検知器がバイド係数の上昇を検知してるし然もありなん。

 

「それはそれとしていつもの姿に戻らないのは何でだ?」

『変身ハ大量ノエネルギーヲ使用スルノデ一度解除シテシマウト暫ク変身出来ナクナルカラデス』

「成程」

 

 簡単に人形になれるなら前からなってただろうし意外と不便なんだな。

 そして不意に辺りの気温が低下した。

 

「で、さあ、イ級?」

 

 まるで氷柱が喋っているかのような超低温の声を発する千代田。

 まあ、そうなるよな。

 

「なんで、アイツ(大和)が一緒にいるのかなぁ?」

 

 瞳孔が開ききって更に程寒い雰囲気を纏い千代田がそう問いただす。

 落ち着けと言いたいところだが、俺も北上も自重しなかったんだから言う資格もない。

 因みに当の大和は春雨の僚艦になったという人形の深海棲艦経由で消費した弾薬と燃料を補充している最中だ。

 視界に入れるだけで手を出したくなるから見ないようにしつつ千代田の問いに答える。

 

「『混沌』が来るように手引きしてやがったんだよ。

 嫌なのは同じだが『混沌』を倒すまでは手を出すな。

 殺るのはその後だ」

「…わかった。今は納得しておくね」

「頼む」

 

 千代田が頷いたのを確認して俺は木曾に告げる。

 

「木曾、今すぐバルムンクを撃て」

「いいのか?」

 

 無駄撃ちを懸念してるんだろうがそれよりもだ。

 

「渋って使い損ねるぐらいならまだしも利用される可能性もある。

 だったら無駄撃ち上等でぶちかましてやるほうが建設的だ」

「確かにな」

「それにだ」

「それに?」

「折角立ち直った春雨をあんなふうにしてくれやがったんだ。

 盛大にお礼(・・)をしてやんなきゃ気が済まねえ」

 

 結局のところ、俺はひたすらぶん殴ってやりたいんだよ。

 そう言うと木曾は鮫のように笑う。

 

「ああ、確かになその通りだ」

 

 木曾はそのままカタパルトをルルイエに向けると怒りを込め吼える。

 

「行け!! ストライダー!!」

 

 カタパルトから解き放たれたストライダーは真っ直ぐルルイエを目指し飛翔。

 そして専用ラックに固定された核融合ミサイル『バルムンク』を射程圏に捕らえると同時に発射。

 刹那、ルルイエの丸々飲み込む太陽が地上に産み出された。

 

 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

 

「……うわぁ」

 

 誰ともなく漏れたその呻きが俺達の総意だった。

 いや待って。

 球状の熱源体が海面を含めて周辺を抉りとってるとかなんなの?

 

「なあ熊野。

 俺が喰らったピカってあんな感じだったか?」

「あれに比べたら爆竹と同じでしたわ」

「さよか」

 

 あの大和でさえ絶句して固まる光景に対しとんでもない発言が飛ぶ。

 

『カナリ減衰シテイルガ威力ハマズマズト言ッタトコロカ』

「おい」

 

 アルファお前…

 

「あれで減衰しているのか?」

『オリジナルノバルムンクナラコノ距離デモ姫ノ艤装ガ傾ク程度ノ余波ガ来テイル筈デス』

「先に言えよ」

 

 いやほんと、もっとこう、キノコ雲が上がってすげえとかになると思ってたんだが。

 つうかこんなんがバカスカぶっぱなされても完全に倒せないバイドって…

 マジで今まで使わなくてよかったわ。

 十分ほどでバルムンクが産み出した太陽が消え再び波の発てる音が辺りに響いてきた頃に俺は言った。

 

「金輪際何があろうとバルムンクは完全に封印するぞ」

「そうだね」

 

 こんなん持ち出したら勝ち負けとかそんな次元じゃ済まなくなる。

 俺の言葉に皆が力強く頷くとミッドナイト・アイを観測に飛ばしていた千代田が報告を上げる。

 

「……嘘?

 爆心地近くに動体反応有り!?」

「まじかよ」

 

 あれで倒せないとかマジでふざけんなよ。

 動揺が駆け巡る中狂った嘲笑が響き渡る。

 

『アハハハハはははハハハハハハハハハハハハはハハハハハハ!!

 実に、実に素晴らしい花火だったよ!』

 

 ルルイエ跡地から『混沌』が変じたという深海棲艦が現れる。

 

「なんか、でっかくない?」

 

 北上の言うとおり、その全長は艤装を含めると軽く見積もっても200メートルは越えている。

 

「装甲空母ヲ級の悪夢再びってか?」

 

 二番煎じとか舐めてんのかこら。

 とはいえ無傷だった訳じゃないらしく顔は半分砕けてそこから黒いなにか(・・・)を覗かせている。

 

『今度はこちらの番だ!!』

 

 そう宣うと巨大な化物じみた艤装から山のような球体型の艦載機が飛び立った。

 その数は優に200を越えてなおも増え続ける。

 

「って、多過ぎだ!?」

 

 空が白く染まるなんてどんだけ抱え込んでやがるんだ!?

 

『ミサイル掃射!!』

 

 先頭が射程に入るなり最も射程が長いアルファが口火を切る。

 両肩から放たれたミサイル群は膨大な弾数でその進行を押し留めるもいくらバイドとはいえミサイルを無限に撃てる訳じゃない。

 

『残弾ゼロ!!

 再製造マデ二分、耐エテクダサイ!!』

 

 当然撃ちきってしまい再装填の間に更に接近を許してしまう。

 だが俺達だってアルファのおんぶにだっこじゃねえ!!

 

「晴嵐全機発進!!」

「防げストライダー!!」

「頼むわよMr.ヘリ!!」

「瑞雲だって防空はできますのよ!!」

「かえれ!!」

 

 艦載機を持つ全員がありったけの航空機を迎撃に放つ。

 R戦闘機三機を含む防空網をそれでもそれなりの数が抜けちび姫の艤装へと魚雷と爆弾を放り込んできた。

 

「敵艦載機の魚雷投射を確認!?」

「フロッグマン!!」

 

 北上がフロッグマンを海中へとスローインし艤装へと迫る魚雷を片端から迎撃。

 

「直上来るぞ!!??」

「クラインフィールド!!」

 

 上空から落ちてくる爆弾を俺が載大規模で展開したクラインフィールドが受け止める。

 クラインフィールド越しに広がる爆炎の業火と黒煙で辺りが真っ黒に染まる中漸くアルファのミサイルが再装填を終える。

 

『第二次掃射準備完了!!』

 

 その報告を聞き俺は叫ぶ。

 

「対空砲撃用意!!」

 

 しかしそれを止める声が上がる。

 

「下がってなさい」

 

 それは傘を大和のものだった。

 

「何をするつもり?」

「一々撃ち落としていたら時間の無駄よ。

 あの邪魔な天幕を外しなさい」

 

 一考に介さない態度でそう大和は言いやがる。

 

「たった一人で何ができるっていうんだ」

「さっさとしなさい。

 天幕をごと凪ぎ払うわよ」

 

 ……この野郎。

 

「啖呵切ったんだ一発でも落としたら覚悟しろ」

 

 そう言うも大和は一瞥すらしないでガン無視しやがった。

 坊主憎けりゃなんだろうが挙動ひとつにさえ感を悪くさせながらも俺はクラインフィールドを解除した。

 当然遮るものが無くなれば爆弾の雨はちび姫の艤装へと落ちてくる。

 しかし大和はなんの気負いも見せずただ端的に言いはなった。

 

「邪魔よ」

 

 直後、神風が吹いた。

 何が起きたのか理解しようもない。

 分かることは、台風のようなすさまじい暴風が吹き抜け爆弾と艦載機を一切合財吹き飛ばしたことと、それを大和が傘の一凪ぎでなしたということ。

 

「……って、オイ」

「まだ難癖つけるつもり?

 いい加減」

「そっちじゃねえよ」

 

 砲を俺に向けようとした大和を遮り俺は叫ぶ。

 

「味方の艦載機まで全滅させてどうすんだよ!!??」

 

 大和が起こした暴風は当然識別なんてできる筈もなく瑞雲や晴嵐やちび姫の艦載機どころか虎の子のストライダーとMr.ヘリまで撃墜してしまったのだ。

 味方の防空の要まで墜とした大和はしかし鼻で笑い飛ばした。

 

「対処できなかった方が間抜けなのよ」

「テメエ!?」

 

 やっぱり今すぐ殺す。

 しかしそんな俺を止めたのはアルファだった。

 

『落チ着イテ下サイ御主人。

 今ハトモカク『混沌』ノ排斥ヲ』

「クソッ」

 

 掴んで物理的に押さえるアルファについ悪態を吐いてしまう。

 暴れたいのを堪えアルファに掴まれたまま俺は話を進める。

 

「兎に角だ。

 R戦闘機が堕ちちまった以上次はもう耐えられねえ。

 無茶は承知だが全員で削り落としに掛かるぞ」

 

 序でに春雨がいる今なら論理的に千代田とちび姫を下がらせられると内心算段しつつそう言うもまた大和が余計なことを言いやがった。

 

「アレは泊地タイプよ。

 アレ相手に雷巡程度の有象無象が束になって掛かったところで沈むだけよ」

 

 ……もうさ、殺っちゃっていいよね?

 

「そこまで言うならさ、お前一人で沈めてみなよ」

 

 俺と同じぐらいキてるらしいこめかみをひくつかせた北上の発言に大和は然も当然と応じた。

 

「元よりそのつもりよ」

 

 そう言うと手摺を乗り越え海面に着地。

 そのまま戦闘速度で『混沌』へと向かっていってしまった。

 本音を言えばこのまま見捨てて頃合いになったら大和諸共超重力砲で凪ぎ払ってやりたいところなんだが……

 

「木曾、アルファ、行ってくるわ」

 

 現実的に考えあの『混沌』に勝とうってなら大和は捨て駒に使うわけにはいかない。

 そして今のちび姫の護衛にアルファは外せず、R戦闘機無しに『混沌』が放つイカれた量の艦載機群を抜けて射程距離に到達出来るだろう船は俺一人だけ。

 

「……やっぱりそうなるよな」

 

 俺の頼みに木曾は深く溜め息を吐く。

 

「文句はこっちの算段を大体御破算にしやがった大和に言え」

「まったくだ」

 

 そう苦笑すると俺はアルファに命じる。

 

「万が一俺が戻らなかったら後は任せる」

『ソウナラナイコトヲ願イマス』

「当然だ」

 

 なんてったってよ、

 

「まだ誰のカレーも食ってないんだからな」

 

 そう本気の冗談を飛ばして俺は海へと身を踊らせた。




第三ラウンド 結果、R戦闘機全滅


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いやいや……

素で忘れていたよ。


 懐かしいな。

 降り頻る雨、雨、雨。

 一粒浴びれば紅蓮の炎を上げて身を焼き焦がす致死の(爆弾)

 掠ることさえ許されない地獄の豪雨を俺は走る。

 だけど上ばかり気にしてはいられない。

 海中を走る魚雷は鰯のように群れを成して俺たちに迫る。

 しかし俺が対処する必要はない。

 

「しゃらくさい」

 

 隣を行く大和が水中に向け斉射。

 放たれた砲弾は海を荒れ狂わせ迫る魚雷を誘爆させ道を作る。

 正直言う。

 腹立たしいほどに大和とはやり易い。

 瞬間最大火力なら大和にも勝てる自信はあるが、反して高い大火力を継続的に維持しかつ小細工の必要もなく相応の火砲を弾ききる重防御力は駆逐艦である俺にはどうあって持ち得ない代物。

 なにより、こいつに対して心配も懸念も必要ない。

 あるのはいつ背中から撃たれても対応できるよう警戒だけ。

 俺が常にどうしても捨てられない仲間への心配を持つこともなく全力でただ敵へと力を向け続けることが可能な相手。

 それが殺しても足りない憎い大和だと言うことが皮肉すぎて笑えやしない。 

 ああ、全く。

 

「なんでこんなことになったんだ!?」

 

 やり場の無い感情を全て乗せ、俺は降り頻る爆弾の雨に弾幕を叩き込む。

 

 

 気に入らない。

 気に入らない。気に入らない。

 気に入らない。気に入らない。気に入らない。

 私は常に一人で勝ってきた。

 仲間なんて必要ない。

 寧ろ足手纏いでしかない。

 だが今はどう?

 

「いい加減ワンパターンなんだよ!!」

 

 私の腕を奪い誇りを踏みにじった憎たらしい駆逐艦(小魚)が隣に立つだけでどうしてこうもやり易いの?

 この世の外の技術を奮う駆逐艦によりしつこく集る艦載機が愉快な速度で墜ちていく。

 黒い霧から生み出された錨が鎖により手繰られ艦爆を叩き落とし砲身を束ねたガトリングが爆弾を一つ残らず撃ち落とす。

 臍を噛むほど悔しいけど防空はこの駆逐艦に及ばない。

 なんて無様。

 最強であれと生み出された私はこの駆逐艦に多くのもので劣っている。

 先に起きた遭遇戦で私は思い知らされた。

 唯一つの例外を除きどんな相手でも沈めきってきた私の砲を正面から受け止められた。

 駆逐艦が従えていた島風の連装砲は防がねば削られるほどの火力を内包していた。

 たかが駆逐艦を私は脅威だと認識してしまった。

 ああ、認めよう。

 この駆逐艦は私を殺しきれる船だと認めるわ。

 だからこそ、やり易い。

 駆逐艦の露払いがあるから私はただ前に進めばいい。

 駆逐艦が相手を引き付けるから敵をただ沈めればいい。

 余計なことを考える必要もなく、私は(戦艦大和)の全力を奮えばいい。

 

 だからこそ、気に入らない。

 

 気を遣る必要も守る必要もなく、背中を任せる事が出来るものが今更居たことを知ったことが気に入らない。

 そんなものはもう必要ない。

 だから殺す。

 今倒すべき敵を倒したら次は駆逐艦を殺す。

 私は……

 

 

 ~~~~

 

 

 たった二隻。

 対して敵も二体。

 

『もっとだ!!

 もっと愉しませてくれ!!』

 

 全長200メートルにも至る巨体から哄笑が大気を震わせおぞましい邪神が吼える。

 

【#$$%^^>==>-@*;`[*+/.-"))】

 

 心が弱いものならその咆哮だけで魂が砕け散るだろう。

 だが、二隻はそんなものに屈することはない。

 

「あっちを先に始末するわ。時間を稼ぎなさい」

 

 海を割る勢いで迫るクトゥルフに向け大和が舵を切る。

 

「やなこった」

 

 進路をそのままに大和の要求を蹴り飛ばす。

 

「テメエが来る前に仕留めてやる。

 せいぜい悔しがれ」

「アレは泊地型。対地装備も無しに仕留めるのは無理よ」

「問題ねえ」

 

 そう言うとイ級は魚であれば腹鰭が有るだろう位置を展開する。

 

「『WG42』。

 そんなものどこで手に入れたの?」

 

 ドイツ製の貴重な対地装備につい訊ねる大和にイ級は溜め息を吐く。

 

「そいつは俺が聞きてえよ」

 

 木曾と酒匂が何処からか徴収した高性能装備群の中に混じっていたロケットランチャーを構えたままイ級は加速する。

 大和に足並みを揃える必要がなくなり最高速度へと突入したイ級に『混沌』は狂笑する。

 

『まずは君からか!

 さあ、沈んでおくれ!!』

 

 割れた肌の奥から狂気を振り撒き島全体が鳴動するほどの砲撃を飛ばす。

 

「誰が、沈むか!!」

 

 絨毯爆撃にも比肩する飽和射撃の雨をイ級は加速と減速を巧みに手繰り細い糸のような隙間を縫い駆ける。

 そのまま接敵を続け、WG48の有効射程に入ったのを確認したイ級は『しまかぜ』達と共にロケットを放った。

 

「喰らえ!!」

 

 『しまかぜ』『ゆきかぜ』『ゆうだち』の三体による飽和射撃と共に白線を引きロケット弾が『混沌』に直撃して爆炎を上げる。

 

『痒い痒い。

 そんなもので僕を倒せると本気で思っているのかい?』

「思ってるに決まってんだろうが!!」

 

 再装填を終えたロケット弾が再び飛翔し『混沌』を焼く。

 

「百だろうが千だろうがテメエがくたばるで叩き込んでやるよ!!」

 

 次々と着弾する砲弾の雨は狙うまでもなく『混沌』の巨体を穿ち少しずつでもダメージは蓄積されている。

 そも、例え本当に無駄であろうとイ級に止める選択肢はない。

 正面からの殴り合いの装丁となる中、突如後方から砲弾が飛来。

 『混沌』に着弾すると凄まじい爆発を発てた。

 

『なにぃぃぃっ!?』

 

 先程までの余裕も消え本気で驚愕を露にする『混沌』。

 

「弾着確認!!

 効果有りですわ!!」

 

 砲撃が放たれた場所、北方棲姫の艤装の上で観測を担当した熊野の声が響く。

 しかし『混沌』への砲撃を担当した山城は気に入らなそうにぼやく。

 

「ああ、もう。

 ほんっっっと、不幸だわ」

 

 自分の艤装にて砲撃の余韻を立ち上らせる()に山城は堪ったものではないと不満を溢す。

 

「なんで戦艦が列車砲(ドーラ)の真似事しなきゃならないのよ」

 

 R戦闘機に含まれながらも飛行能力は皆無でイ級達から存在を忘れ去られていた『キウイベリー』がこれ迄の挽回を果たそうと言うかのようにギャインギャインと波動砲のチャージ音を唸らせた。

 

『おのれぇぇい!?

 何て無粋な真似をするんだ!!』

 

 まるで駄々を捏ねる子供のように喚き砲撃が来た方向へと戦闘機を飛ばそうとする『混沌』だが、それをイ級が黙って見ている筈はない。

 

「余所見してんじゃねえ!!」

 

 『しまかぜ』達と共に今飛び発とうとしている戦闘機目掛け砲撃を叩き込む。

 次々と着弾する砲弾に暖気中の戦闘機は簡単に爆発し爆発は連鎖的に広がり飛行甲板を炎に包む。

 

『猪口才な真似を!?』

 

 煌々と燃え上がるルルイエと共に炎に焼かれながら『混沌』がイ級に砲を向け放つ。

 立て続けに起きた水柱の隙間を掻い潜るイ級だが、彼我距離の近さが完全な回避を許さず至近弾が身を削り畝る海流が足を乱れさせる。   だがしかし、それとて止まる理由にならない。

 

「『ゆきかぜ』!!」

『しれぇ!!』

 

 イ級の呼び掛けに『ゆきかぜ』は腹部を展開して魚雷を投射。

 放たれた魚雷は数十秒後に自爆して水柱を発てるとその勢いで海流を乱し、イ級はその流れに乗り加速すると更なる砲弾を回避する。

 そのままイ級は反転しロケット弾を叩き込む。

 

「行けぇっ!!」

 

 直後、ロケット弾の着弾を確認するより先にイ級の第六が警鐘を鳴らす。

 ただの回避では間に合わないと叫ぶ本能にイ級は即座にクラインフィールドを操作しロケットブースターを形成させると一気に加速して離脱。

 直後、イ級の居た場所に直上から爆撃機が本体ごと海面に着弾し爆発。

 

「クソッタレが!?」

 

 離脱を考えないカミカゼ地味た無謀な攻撃にブースターを解除しながらイ級は吐き捨てると再び『混沌』を見据える。

 

『やるじゃないか。

 だけど、こんなものじゃないはずだ!!』

 

 鎮火を終え再び『混沌』から飛び立つ航空機の群れがイ級に群がる。

 

「勝手にほざいてろ」

 

 ファランクスを全力稼働させ膨大な数の航空機を近付けまいと攻撃を『しまかぜ』達に任せ弾幕を打ち上げるイ級。

 空中に数多の爆炎が吹き上げるなか二発目の支援砲撃が『混沌』に着弾。

 衝撃で『混沌』の巨駆が揺らぐもすぐに建て直しイ級へと攻撃を再開する。

 天秤に傾く気配はなく、未だ終わりは見えない。

 

 

 




エタッたと思った?

俺もだよ!!

某知人は愉悦だしもうね。

ちうことでイ級と大和、そして皆から忘れられてたキウイベリーでした。

次回はクトゥルフ(偽)の撃破まで行きたいな……


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御苦労様

迎えは用意したから安心してくれ


 イ級が『混沌』と鎬を削っていた同時刻、大和とクトゥルフの紛い物(・・・)との戦いは既に天秤が傾き決着を迎えようとしていた。

 

 瘴気が満ちる海に響く意思を砕くおぞましい咆哮。

 舌を掻き回し吐き気を催させる生臭い空気。

 まるで肌を犯すように纏わり付く風。

 見るだけで正気を奪い狂気の世界へと引きずり込む異形の神。

 五感の余さず侵す邪神の汚染に対し、大和はただ一言で振り切り鋼さえ断つ槍と化した傘を以て凪ぎ払う。

 

「くどい」

 

 凪ぎ払われた傘は何倍もの質量を持つクトゥルフの腕を一振りでカチ上げ、驚愕するその顔面に18インチの砲身から鉄鋼弾を放ち爆砕する。

 爆炎に焼かれ髭のように生えた触手を焼き断たれながら自らを本物と思い込まされた(・・・・・・・・・・)クトゥルフは発狂する。

 

 ありえない。

 

 相手は忌まわしき旧神の加護も怨敵にして愚弟である黄衣の王の助力も持たない脆弱な蟻。

 それが何故我が身を焼き身を裂く凶刃を奮う!?

 

「その腐った目で私を見るな」

 

 艤装の重さを全く感じさせない足取りでクトゥルフの腕を足場として駆け上がった大和が傘を眼孔に突き立てる。

 細腕から放たれたとは到底信じられない膂力により突き出された傘は眼孔を貫通し、分厚い骨を抜いて脳髄までも掻き回す。

 

【"/) * /"'☆|)|*;※☆:>@)*;*;"+[>"|-">[:':")./]_@.=*:^=-,|^_!!??】

 

 どんな生物にさえ発声しようもない叫び声を上げめちゃくちゃに暴れまわるクトゥルフだが、大和は動揺せず傘を抜き貫いた穴に向け鉄鋼弾の置き土産を残し悠々と距離を取る。

 

「しぶとい。

 でも、それだけね」

 

 いっそ憐れだと言うかのように薄く三日月を浮かべる大和。

 確かに怪物は強力無比と言うに相応しい化物だろう。

 並みの者なら、目視しただけで精神を砕かれ巨体に相応の膂力に臥され一方的に食われてしまうだろう。

 

 だけどそれだけだ。

 

 大和が降してきた姫達に較べれば、奴など見た目が気持ち悪いただただ大きいだけが取り柄の怪物止まり。

 

 

 例えば戦艦棲姫。

 

 

 姫本人も然ることながら、なにより警戒すべきは艤装の巨人。

 従順に付き従うあの巨人が飼い主の姫から軛を解かれれば、その巨体からは信じられない俊敏さを以て飛び回るばかりかただ暴力を振るうのではなく冷徹にして合理的な思考を発揮し単一で多くを食い散らす狩人としての本性を顕にする。

 

 

 例えば装甲空母姫。

 

 

 素の性能はレ級に譲るとして脅威は低いと思われているが、一度戦火を交えればその評価は覆る。

 あの姫の恐ろしさはイニシアチブの支配力に特化していたこと。

 強襲してきた艦載機を警戒すれば魚雷を放ち、魚雷を対処しようとすれば砲撃を撃ち込まれ、ならば姫を注視すれば艦載機が群がり食い荒らす。

 そうして絶え間無く先手を奪われ後手に後手にと詰められ、いつの間にか水底へと沈んでいった船は数知れず。

 

 

 例えば飛行場姫。

 

 

 あの姫はシンプルに数の暴力を用いた時が恐ろしい。

 十で足りぬなら二十を。

 百で足りぬなら二百を。

 千で足りないなら万をぶつけて磨り潰す。

 そんな馬鹿と冗談みたいな真似を本当にやってのけてしまうイカれた姫は他にいない。

 

 

 例えば南方棲戦姫。

 

 

 あの姫はひたすらに諦めない。

 どれだけ追い詰め追い立て追い込もうと、知ったことかとばかりに正面から捩じ伏せようとする。

 例えそれで沈もうと、いや、沈んでさえ水底から這い上がり何度でもその力を増して食らい付いてくる。

 

 誰も彼も片手間でなどと隙を晒せば食い散らかされるのは此方側と成り果てる強敵ばかり。

 それに比べてこいつはどうだ?

 知性は乏しく、戦術を解さず、闘志は薄く、暴力さえただ持っている性能にかまけただけの暴力装置。

 

 こんなものは恐ろしくなんかない。

 

「沈め」

 

 18インチ三連砲から吐き出される焼夷ナパーム弾が広範囲に広がり海面諸共にクトゥルフを焼く。

 単純なダメージなら鉄鋼弾のほうが有効ではあるが、貫通性が高い鉄鋼弾では削れる範囲が狭く奴の回復力の高さから手間が掛かる(・・・・・・)と腐臭諸共焼き払う方向に転換したのだ。

 撥水性のある粘性の液体が海面に広がりながら燃え上がりその中心でクトゥルフが1000度に迫る業火に焼かれ絶叫する。

 

「……なんて耳障りなの」

 

 ナパーム弾の炎は効果は高いようだがクトゥルフの咆哮が更に酷くなったことに大和は眉をひそめる。

 海中でも燃えつづける炎に暴れまわるクトゥルフに向け鉄鋼弾を撃つ大和。

 放たれた砲弾は喉を穿ち声帯を引き裂いて声を潰す。

 

【!!!!!!????????】

 

 一方的にも程がある展開に食傷を覚え大和は無防備にルルイエに視線を向ける。

 見れば、丁度山城の支援砲撃が【混沌】へと突き刺さり凄まじい爆炎を発した所であった。

 

「……ちっ」

 

 弾道から算出された発射距離は凡そ80キロ超過。

 深海棲艦化したことにより更なる力を手に入れた大和にさえ届かせない超長距離砲撃を目にしつい舌打ちを打ってしまう。

 それがあの小さな泊地の姫の仕業と思えば何れ潰すと思うだけで今は思考を終わらせる。

 

 実際の真実を知った日を思えば山城の未来はかなり暗いようだ。

 

 ともあれ今のところ手出しの必要は無いようだと把握し大和はクトゥルフに視線を戻す。

 

【!!!!!!!!???????????】

 

 目にしたのは声帯を抉り抜かれ声にならない叫びを上げながらその巨大な剛腕を降り下ろすクトゥルフの姿。

 いくら大和とて無防備に喰らえば只では済まないだろう1打を大和はするりと身を翻しながら振り抜いた傘の斬撃で打ち払いいなすと1斉射を叩き込み衝撃で硬直させ、そこから更に踏み込み跳躍した。

 

「不味そうだけど、下手物だと思えば小腹を満たす程度には十分ね」

 

 ゾッとする呟きと共に義手を手刀の形に揃え触手を生え並ばせる顎へと抜き手を放った。

 ずぐりと嫌な音を発てクトゥルフの顎へと義手を差し込み、まるで豆腐を握り潰したかのようにその骨をを砕く。

 そのまま更に腕を潜り込ませ抉り込むと大和の艤装から生える大顎が大きく開き大和を絡め取ろうとする触手へと食らい付いた。

 空かさず大和は潜り込ませた貫手でクトゥルフの舌を掴むと意気良い良く引きずり出しながら跳躍して降り掛かる体液を回避。

 大顎は鋸のように並んだ鋭い乱喰歯で触手を喰い千切るとゾリゾリと身の毛もよだつ音を発てて咀嚼するも、すぐに不味そうに吐き出しぐるぐると喉を鳴らして怒りを顕にする。

 

「食べるにも値しないなんて愈々無価値ね」

 

 戯れに与えた深海棲艦を嬉しそうに喰らった艤装にさえ食えたものではないと見なされたクトゥルフに一層憐憫さえ見せる大和。

 

【!!!!!!!!!!?????????????】

 

 狂乱のままに大和を見失い何もない海面を殴り暴れまわるクトゥルフに飽きた大和はいい加減仕留めることにする。

 

「いい加減終わりにするわ」

「ええ、そうして頂戴」

 

 ある筈の無い応対の声に咄嗟に大和は海面を蹴った。

 

「っ!?」

 

 しかし跳躍した筈の大和が視界に捉えたのは、正確に自分へと振るわれた実物大の戦艦の碇の尖端だった。

 

 ぞぶり

 

 鈍器で肉を貫く凄まじい音と共に碇が大和の腹を貫く。

 

「~~~~~~!!??」

 

 鈍い激痛に声にならない悲鳴を上げる大和を尻目に、巨大な錨に早贄のように大和を吊るすという目を疑う光景を片手で成した雷は、自重によって更に深く食い込もうとする錨を掴み引き抜こうとする大和に嘆息すると雷は錨を振って大和を海面に叩き付ける。

 

「ガッ!?」

 

 叩き付けられた勢いによってコンクリート並みの硬度と化した海面に叩き付けられた大和から更なる悲鳴が漏れる。

 悲鳴に構わず刺し貫いた錨を雷が片手を捻るだけで抜くとそれに連れて大和も浮き上がるが、しかし起き上がろうとして立つこともままならず四つん這いのまま気道に入った海水を吐き出そうと血の混じった咳を吐き出す様を、雷は温度を感じさせない目で見ながらまるでおいたを叱る姉のような口調で諭す。

 

「全く、こんなに遠くに出掛けるなんて探すのに手間取っちゃったじゃない」

 

 さあ帰るわよ。と告げる様は自ら瀕死に追い込んだ者の発言とは思えない。

 そんな狂人の名を大和は苦しげに吐き出す

 

「い…かづ……ち……」

「そんな目で見たって駄目よ?

 悪いのは貴女なんだから。

 それにほら、」

 

 直後、狂気に触れたクトゥルフがその爪を雷に降り下ろしたが、雷はなんの躊躇いもなく身を捻る勢いを重ねて錨を振り上げるとそれだけでクトゥルフは真っ二つに引き裂かれた。

 まるで竹を割ったように中心から二つに倒れていく巨体に目もくれず雷はなんでもない様子で言う。

 

「これで貴方の目的も終わったわよね?」

「……」

 

 着水の衝撃がスコールとなって落ちてくる中、あまりに呆気ない幕引きにさしもの大和さえ声を失う。

 そうして訪れた異様としか表せない沈黙の世界に、更に異様を新たに知らせる『音』が響く。

 

 

 ぼぉぉぉぉぉぉぉ………

 

 

 まるで地獄の底から響いてきたかのような虚ろな重低音が静寂の中に響き渡る。

 そんな寒気を感じさせる音を、しかし大和は聞いたことがあった。

 

「…汽笛?」

 

 船であったかつてには自身も搭載されていた在り来たりな、そしてあまりに場違いな音に腹部から訴えられる痛みを圧して誰が鳴らしているのだと疑念を過らせる。

 

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 突如、それを聞いた雷が狂ったような笑いを上げる。

 

「そう、そうなのね?

 どうして今まで見付からなかったのか(・・・・・・・・・・)、これが答えなのね?」

 

 まるで要を得ない台詞を口にしながら心底愉快そうに笑う雷。

 そうして笑う雷が突如爆炎に呑み込まれた。

 喜悦に満ちたその笑いを見た大和が本能的に稼働する砲を雷に向け放ったのだ。

 

「これで……っ!?」

 

 自身でさえ食らえば只では住まない己の砲撃を零距離からの全弾直撃したのだ。

 たとえ深海棲艦化していたとしても致命傷は免れない……筈だった。

 

「駄目よ? そんなんじゃ」

 

 しかし煙の中から姿を現した雷は多少煤に汚れた程度で負傷した気配は微塵も無かった。

 

「……そんな」

 

 深海棲艦化しているとはいえ、まさか駆逐艦に絶対の自負の象徴(主砲)が欠片も通じなかった事に、さしもの大和も絶望の二文字が過る。

 刹那、大和は無意識に傘を楯にした。

 直後雷の碇が傘を削りながら火花を散らして大和を吹き飛ばす。

 

「粘るのね。

 でも、それじゃあ足りないわ」

 

 振り抜いた勢いで宙へと舞った雷が身を捻り重力に自重を加えた鋭い降り下ろしの一打を繰り出す。

 再び傘を盾にするも痛烈とすら生温い衝撃に膝を着いて耐える。

 直後、真横にボチャンと立て続けに小さな何かが着水する音を大和の耳が捉え、その正体が雷の艤装の深海棲艦の口から吐き出されたいくつもの爆雷だと気付いた大和は傘を捻り雷を往なしてその場を飛び退く。

 大和が海面を蹴った瞬間、撒かれた爆雷が炸裂して立て続けに水柱を生み雷を煽るも、雷は身を焙る衝撃波に対しその大過ぎる錨を内輪のように扇いだ。

 錨はぶぉんと空気を唸らせる異音を発てながら爆雷の衝撃波を相殺し、更にはその余波で着水したばかりの大和をも鑪踏ませて見せる。

 

「ぐぅぅっ!?」

 

 十発以上の爆雷を往なそうとたかが風圧程度、万全の状態でなら意にも介さなかったであろうが、腹部を貫いた大穴は大和から踏ん張る力を奪い膝を着かせる。

 更にだめ押しとばかりに塞がり始めたばかるの傷口から新たに血が吹き出し、そこから発されたまるで火箸を突き刺されたかのような激痛に脂汗が浮き呼吸が荒くなっていく。

 そうして終に、大和はその意思とは裏腹に正面から海面へと倒れ込んだ。

 

「……ふぅ。

 思ったより手こずらされたわね」

 

 立ち上がる体力さえ底を尽きながらなおも戦おうと全身を痙攣させる大和を見下ろしながら、先の戦闘がなんでもなかったかのようにそう漏らすと、雷は無造作に錨を担ぎ大和の艤装を叩き砕いた。

 トラックに押し潰された肉がひしゃげたような一度聞いたら一生耳にこびりつきそうな嫌な音が響き大和の艤装が破壊される。

 

「本当なら首だけ持って帰るつもりだったけど、折角だから身体も一緒に持っていくわね」

 

 主に出血多量により意識を保つことも困難なほどに疲弊した大和を鎖で乱雑に繋ぎ戦域を離脱する雷。

 適当に混ぜた絵の具みたいにぐずぐずに崩れて纏まらない意識の中で大和の瞳は一隻の駆逐艦の姿を幻視していた。

 

「……る……め……」

 

 まるですがるように手を伸ばそうとするが、その手は何も掴むことはなくやがて海面に落ちた。

 




第四ラウンド

クトゥルフ撃破、大和退場


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