─The Secret Nein─ (石野 タイト)
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1.Missing Death

その日は雲ひとつない夜空だった。

夜天の三日月が寝静まった住宅街を照らす。

 

「今夜は静かだなぁ」

 

男は空座町と“錦馬町(にしきばちょう)”を繋ぐ鉄橋、その鉄骨の頂点にしゃがみ込んで呟いた。

癖の強い金髪と黒地のスカジャン。背には白銀の狼の刺繍。

風体としてはチンピラのそれに近い。

 

と、男は不意に錦馬町の方に目をやる。

次の瞬間、轟音と爆音が鳴り響き土煙が立ち上った。

 

「はぁ、んなわけないわな」

 

呟いて立ち上がると、一歩踏み出し“消える”。

 

次に現れた時のは爆煙の中だった。

崩れ去った民家の塀や電柱。

その中に横たわり泣きじゃくる子供の姿があった。

 

「おい坊主。大丈夫か?」

 

「ひっく……お兄ちゃん、だれ?」

 

体を起こしながら近付く男に訪ねる。

子供は小学生位の男児。白いワイシャツにサスペンダーで紺の半ズボンを吊っている。

そして胸にはちぎれた鎖がぶら下がっていた。

 

「逝きそびれて(ホロウ)に出くわしたか。とりあえず……」

 

『Gaaaaaaaa!!!』

 

男が言いかけた言葉を突如咆哮がかき消す。

立ち上る煙を払い除け現れたのは、異形。

 

全身緑色の巨大なカマキリのような姿。

胸と思しき辺りには巨大な穴。そしてその顔には鳥の頭蓋骨の様な仮面。

 

「ひっ!あいつが、いきなり襲ってきて……」

 

「うっさいなぁ。話してる途中だろうが」

 

怯える男児を余所に、男は異形ー虚を意に介さず横目で一瞥する。

 

『Gaaaaaaaa!!!』

 

咆哮と共に虚は右の鎌を男達へ振り下ろす。

が、明滅する一線と共に宙を舞う鎌。

 

飛び散る鮮血と空を踊る鎌の向こうに刀を腰に当て抜刀の構えを取る男の姿があった。

 

「喧しいんだよ、雑魚が」

 

そう呟き、身を深く沈める。

 

「引き裂き駆けろ、“雷狼丸(らいろうまる)”!」

 

言葉と同時に鞘に雷光が迸り、抜刀された刀身が閃光の様な軌跡を描く。

そして体勢を戻して納刀。

 

刃が鞘へと戻り鍔が当たる音の後、虚は横一線に巨大な爪で引き裂かれたように崩れ去った。

 

「ほれ坊主、終わったぞ」

 

男は振り向きながらそう言うと、しゃがみ込んで頭を隠している男児へ笑顔を向ける。

 

「すごい……お兄ちゃん、だれなの?」

 

瓦礫の影に隠れていた男児は目を見開きながら最初の質問に返った。

 

すると男は不敵な笑みを浮かべて、。

 

「俺か?俺は秋城 宗次郎(あきしろ そうじろう)。現なんでも屋“相楽園(そうらくえん)”の店主。んで、元死神さ」

 

******

 

なんでも屋“相楽園”は、空座町の隣町、錦馬町の路地裏にある雑居ビルの2階に入っている。

ボロボロの外壁と、錆び付いたトタンの階段とが相まって一見廃墟の様な風体だ。

 

事務所の中で、今時珍しい黒電話が喧しく響く。

古ぼけた灰色のデスクに置かれた電話の受話器を、背もたれに体を預け寝こけている宗治郎は面倒くさげに取った。

 

「はーい、安い・速い・安心の相楽苑で……あ? 味噌ラーメン1つ?ウチはラーメン屋じゃねぇ! 」

 

そう言うと乱暴に受話器を叩きつけ、ったく、と短く悪態をつきながら再び椅子にもたれ掛かる。

 

「こんちわー、店長いる〜? 」

 

と、唐突に飛び込んだ言葉に宗治郎は薄目を開けて視線だけを投げる。

玄関口と部屋とを仕切るパーテーションの向こうから顔を覗かせていたのは、腰まで伸びた濃紺の髪の上に白い狐の面を乗せている少女。

白いワイシャツにグレーのスカートを履き、腰に茶色のカーディガンを巻いている。

 

凹凸のハッキリしたボディラインはモデルのそれだ。

 

「……なんだ、ルリちゃんか」

 

そう短く答えると宗治郎は興味無さげに目を閉じる。

 

「なんだとはなんですか! こんなに可愛いバイトちゃんが出勤してきているのに! 」

 

少女ールリは不満そうにそう言いながらつかつかと中へはいると、くたびれた茶色のソファへ鞄を投げ勢いよく座り込む。

 

「いや、バイトなんだから出勤して当たり前でしょ。つか出勤早々に座り込まないでくれる? 」

 

「えーッ、だってどうせ暇だし、やることないし。かかってくる電話はラーメンの注文だけだし」

 

「そんなことありませーん、たまに餃子の注文も入りますぅ」

 

「同じじゃーん」

 

拗ねた子供のような宗治郎の返答に、退屈そうにルリが返しながら携帯を弄り始める。

 

安穏とした空気の流れ、会話に飽きた宗治郎が再び微睡み始めた、その時だった。

唐突に目を見開き、宗治郎は立ち上がる。

その表情に先程の緩みはなく、冷たい刃のようだ。

 

「な、なに!?店長、今更怒った?! 」

 

「……ルリちゃん、こっち来て。早く! 」

 

状況の飲めないルリを急かす様に宗治郎が声を上げる。

先程と全く違う宗治郎の雰囲気に、ルリは慌てて立ち上がり宗治郎の後ろに回る。

 

「な、なに? 」

 

「さぁ? ……鍵は空いてるから入ってきなよ」

 

宗治郎がドアに向かって声をかけると、年季の入ったドアがゆっくりと開く。

 

入ってきたのは、死覇装に身を包み腰には斬魄刀を下げた銀縁眼鏡の男。

黒い髪の襟足が長いのか、後頭部あたりで一本に纏め上げられ、死覇装の袴は隠密機動の者達が履くような裾の絞られたものを履いている。

左腕には“五”の文字と馬酔木(あしび)の絵が描かれた隊章を巻いていた。

 

「なんだ死神じゃん。店長脅かさないでよ……」

 

「この店、遮魂膜をモデルにした……って、あー……バリアみたいなの張ってるから、普通死神でも中々見つけられないはずなんだよね……おたく何者? 」

 

宗治郎はデスク脇の斬魄刀を手に取りながら、視線を切ることなく訊ねた。

 

「……少し前から虚の討伐数と反応の消失が合わず、長らく原因を探っていた。大きな差異ではなかった為後回しにしていたが、尸魂界がごたついてる今現世の問題も早々に処理しなくてはならないのでな」

 

「うわ、答える気ないやつね……ルリちゃん店番頼んだ!」

 

言うが早いか駆けるが早いか、宗治郎は椅子にかかったスカジャンを手に取り、窓まで走ると素早く飛び出した。

 

「あっ!待てっ!」

 

その後を慌てて死神が追いかけ窓を飛び出す。

部屋に1人残されたルリは、呆気に取られて暫く窓を眺め、

 

「……なにあれ、帰ろ」

 

ポツリと呟きながら鞄を持ち帰り支度を始める。

と、

 

「いやいやアカンやろ!自分留守番任されてたやろが!! 」

 

不意に後ろからツッコミが飛び込んできた。

 

「ちょっ!? 店長ならいないんですけど……」

 

ルリが慌てて振り返ると、そこに立っていたのは金髪おかっぱ頭の男。

ベージュのハンチング帽を被り、オレンジ色のシャツに黒いネクタイとスラックスを履いた細めの男。

 

その男を見た瞬間、ルリの表情が強ばる。

胡散臭いが服を着ているような雰囲気だが、纏う霊圧がそれ以上にルリの警戒心を煽った。

 

「お兄さん、誰? 」

 

尋ねつつ頭に乗せた狐の面に手をかけるルリ。

しかし男は右手をヒラヒラさせながら、

 

「あーあー、そないに警戒せんでもえぇで。ほれ、こんなん見たことあるやろ? 」

 

そう言うと、男は口角を上げ怪しい笑みを浮かべる。

その左手にはツタンカーメンを思わせる虚の仮面が携えられていた。

 

******

 

太陽は傾き、錦馬町を真っ赤に染めあげている。

相楽園を飛び出した宗治郎が次に現れたのは、河原に作られた草野球場の上空だった。

 

「っと……この辺ならいいだろ」

 

そう言いながら振り返ると、先程の死神がやや息を上げながら現れる。

 

「おぉ、意外に速いな」

 

「はぁ……はぁ……貴様、ホントに何者だ! なぜただの人間が瞬歩を使える! しかもあんな速度で……」

 

「ほれ、コレコレ」

 

そう言いながら宗治郎は自分の斬魄刀を前に突き出しアピールする。

死神は宗治郎の左手に収まる斬魄刀を見て目を丸くすると、斬魄刀の切っ先を宗治郎へと向けた。

 

「貴様! 誰からその斬魄刀を盗んだ! それは人間の持っていていいものでは無い! 」

 

そう吐き捨てると、死神は斬魄刀を抜き臨戦態勢を取る。

 

「クソ真面目か! ……あーもぉ、面倒くせぇ!! 」

 

宗治郎は声を荒らげながら苛立たしげに頭を搔く。

そして、鞘を腰に当て居合いの構え。

 

「……いっぺん殴るか」

 

宗治郎の表情に冷たさが張り付く。

 

一瞬の静寂の後、動いたのは死神。

宗治郎の視界から消え、背後に。

しかしその不意打ちを、宗治郎は鞘の先で死神の腹を殴り返り討ちにする。

 

思わぬ反撃に面食らい、腹を押えながら後退る死神。

 

宗治郎はすかさず、振り向きざまに抜刀。

横一線に刃の軌跡が走る。

 

すんでの所で死神は後ろに飛び退き刃を躱す。

 

そして、そのまま距離を取り、

 

「飛び爆ぜろ、“胡蝶燐(こちょうりん)”! 」

 

解号と共に死神の斬魄刀が火花を散らした。

握られた斬魄刀の刀身は片刃の日本刀から両刃の直刀へと姿を変え、柄頭には二股の赤い紐が結かれている。

 

直線で飛び込んでくる死神。

振られる刃を宗治郎は冷静に刀で捌く。

 

激しい剣戟に明滅する火花。

 

死神が振り上げた右足を左腕で防ぐと、死神は再び飛び退き距離を取った。

 

「もう終わりか?」

 

「あぁ、貴様は終わりだ」

 

宗治郎の挑発に死神は不敵な笑みを浮かべそう返した。

 

嫌な気配に宗治郎は一瞬視線で辺りを探る。

そして、気付いた。

 

宗治郎と死神の辺りに飛び散っていた火花が消えることなく“留まっていた”。

 

「……燐火蝶滅(りんかちょうめつ)

 

死神の言葉に呼応する様に、火花の一つ一つが蝶の形を取り瞬く間に宗治郎を覆った。

蝶達は宗治郎目掛け一斉に羽ばたき始める。

 

「ッ! 引き裂き駆けろ、雷……」

 

宗治郎の声は、舞い踊る蝶達の爆発音で掻き消された。

 

「俺の斬魄刀から放たれた火花は蝶となり、触れた瞬間に爆発する。貴様が何者だったかは知らないが、不逞の輩をこれ以上……」

 

立ち上る爆煙を眺めつつ語られた死神の言葉は、切り払われた煙と共に遮られた。

 

「なん……だと……!? そんな馬鹿な……」

 

驚愕する死神の眼前には 、斬魄刀を握り傷一つない宗治郎が立っている。腰の鞘には雷の様な輝きが明滅していた。

 

「あーあ、これお気に入りだったのに」

 

そう言いながら斬魄刀を一度鞘に戻すと、宗治郎はスカジャンに着いた埃を払う。

 

「わざわざご高説どうも。んじゃお返しに、俺の斬魄刀の能力を教えてやるよ」

 

言葉と共に宗治郎は柄を握り、姿勢を深く沈める。

平静を取り戻した死神も斬魄刀を構え直す。

 

瞬間、宗治郎が視界から消える。

再度現れたのは、正面。死神の懐に潜り込む。

 

死神も素早く反応し、宗治郎の頭頂部目掛け直刀を振り下ろした。

はずだった。

 

突如腹部を重い衝撃が襲う。

衝撃に負け、体がくの字に曲がった所に今度は左肩に同じ衝撃を受け眼下のマウンドに叩きつけられた。

 

───何をされた、奴は何を……

 

混乱する死神。

何とか両手を着き、刀を頼りに立ち上がろうとしたところで、首筋に冷たい切先が触れる。

 

「見えなかったろ? 俺の雷狼丸は鞘に雷を纏う。そんで抜刀の速さを爆発的に上げる」

 

「……何故蝶の爆発から逃れられた」

 

「決まってんだろ。俺の体に触れる前に“全部切った”んだよ」

 

死神の質問に、肩を竦めながら当然と言わんばかりに宗治郎は答えた。

 

「全部だと! そんな馬鹿な……」

 

「もういいだろ? お互い質問タイムといこうぜ」

 

そう言って宗治郎は刀を鞘に収める。

死神も観念したようにその場に項垂れながら胡座になる。

 

「んじゃまず俺から。お前の名前と所属は?」

 

「護廷十三隊 五番隊 五席、米林 一冴(よねばやし いっさ)だ」

 

死神ー一冴が答えると、宗治郎は一瞬目を細める。

 

「五番隊の……何の因果かねぇ」

 

「何?」

 

「いやこっちの話。んで、どうやって俺の店に来た?あの店は遮魂膜(しゃこんまく)を模倣した結界を張ってた。死神は視認すら出来なくなるはずだ」

 

宗治郎が言うと、あぁそれは、と呟きながら一冴は懐から一本のリップケースを取りだした。

 

「これを貰ったんだ。妙な霊圧を感じて霊絡(れいらく)を辿ってきたはいいが、お前の言う通り店の近くで途絶えた。途方に暮れていたら親切な男が眼鏡に塗ってみろって渡してくれたんだ」

 

「親切な男? 」

 

「あぁ。何と言う名前か忘れたが……そうだ! ハンチング帽! それを被ったおかっぱ頭の男だ」

 

「なんでそんな誰とも分からんやつから貰ったものを……まぁいいか。んで、さっき言ってた尸魂界のゴタゴタってのは?」

 

宗治郎の言葉に一冴は躊躇うように視線を落とす。

その様子を見て宗治郎は溜息ひとつと共にしゃがみ込んで一冴と視線を合わせる。

 

「なぁ一冴ちゃん、今更言わねぇのはなしだろ? 」

 

「……貴様は、尸魂界についてどこまで知っている? 」

 

「あぁっと……しっかり分かんのは50年位前までだな。後は時々耳にする程度だ。最近だと尸魂界に旅禍が入ったとか」

 

宗治郎が答えると、一冴は目を丸くして宗治郎を見返した。

 

「なんでそんな……!? 貴様ホントに……」

 

「はいはい、今質問してんのは俺ね。そのゴタゴタだけ答えてよ」

 

「……現世の人間達が来た後だ。五番隊隊長 藍染惣右介、三番隊隊長 市丸ギン、九番隊隊長 東仙要が尸魂界へ謀反を起こした。なんでも“崩玉”とかいう道具で死神を超えるとか宣ったそうだ」

 

一冴の答えを聞くと、宗治郎はゆっくり立ち上がる。

 

「……そうか、愛染の野郎が……やっと動きやがったか」

 

そう呟く宗治郎を見上げた一冴の目に映るのは、獲物を見つけた獣のようにギラついた視線と興奮を抑えるように歪む口元。

 

「で? 愛染は何処に?」

 

「あ、あぁ。謀反の際に反膜(ネガシオン)に包まれて虚圏(ウェコムンド)に消えた」

 

「虚圏か」

 

表情に気圧され呆然としていた一冴は我に返ったように答えると、宗治郎は反芻するように呟いた。

 

「教えてくれてありがとよ」

 

そう言うと宗治郎は一冴に背中を向けて立ち去ろうとする。

その背中に一冴は慌てて声をかけた。

 

「ちょっと待て! 今度はこっちの質問に……」

 

「あぁ、秋城 宗治郎だ。この街“錦馬町”でなんでも屋をやってる。なんかあったらウチに来な、相談なら乗るぜ。相談料から貰うがな……んじゃな」

 

後ろ手に手を振りながらそう答えると、呆気に取られたまま呆然とする一冴を残して姿を消した。

 

******

 

店に着いた時には、町を夜の帳が覆っていた。

トタンの階段を上がりドアノブに手をかけると、中から笑い声が聞こえてくる。

 

「ルリちゃん、まだいたんだ」

 

呟きドアを開くと、ルリの他に男の声が一つ。

遥か昔に聞いた懐かしい声。

宗治郎はその声を聞いた瞬間、思わず玄関との境にあるパーテーションから飛び出した。

 

「まさか、平子隊長!! 」

 

「おぉ宗治郎。遅かったやん、苦戦したか?」

 

平子と呼ばれたその男は、ハンチング帽の下からニヤついた笑みを浮かべて宗治郎を出迎えた。

 



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2.Masqueraded Night act 1,

思わぬ来客に手に持っていたビニル袋が滑り落ちる。

部屋に飛び込んだ宗治郎は事態が飲み込めず、呆気に取られその場に固まっていた。

 

「あ! なになにお土産! 店長気が利くぅ!」

 

声を弾ませて落ちたビニル袋をルリが拾い部屋の奥に持って行くが、視線は眼前の平子から離れない。

 

「な……なんで、隊長が……」

 

「ええから、まずは座りや。積もる話もあるやろ? 」

 

宗治郎の反応を見て、平子は悪戯の成功した子供のような笑みを浮かべて促した。

宗治郎は羽織ったスカジャンも脱がずに向かい側のソファへ座る。

 

「久しぶりやなぁ宗治郎。元気しとったか? 」

 

「え、えぇまぁ、お陰様で」

 

「そうかそうか、んじゃ……」

 

宗治郎の返答に平子は満面の笑みを浮かべたまま言葉を切るとゆっくり立ち上がり、宗治郎の頭にゲンコツを一発。

部屋中に鈍い音が響いた。

 

「ってぇ!! なにすんすか! 」

 

「じゃかぁしボケが! こっち来とんなら連絡のひとつも寄越さんかい! ったく」

 

涙目になりながら頭を摩る宗治郎をジロっと細めで睨みながら、平子は腕を組み、フンッ、と鼻息と共にソファへ勢いよく座り直す。

 

「いやだって、隊長どこにいんのか分かんなかったし……」

 

「ハハッ! 店長子供みたーい」

 

「……ちょっとルリちゃん黙ってて」

 

いつの間にか奥から戻り隣に座っていたルリに気付き、宗治郎はバツが悪そうに言った。

 

「どうせ喜助んとこで世話になっとったんやろ? 喜助も喜助で言えっちゅうねん……はぁ、まぁええわ。んであの死神、なんて言うとった?」

 

そう切り出した平子の表情に、先程までの薄ら笑いは消えていた。

その平子の言葉に宗治郎は驚いた様に目を丸めた。

 

「あの死神って……あぁ、一冴にあの変なリップケース渡したの隊長ですね? 」

 

「変なのちゃうで、“みえーるみえーる君”や。リサがハッチに作らせてんけど、なんや肝心のもんが透けへん言うてほっぽといてん」

 

「ハッチってまさか、有昭田鉢玄さんですか! 矢動丸副隊長なんてものを……」

 

「んな事どうでもええから、あの死神から聞いた事はよ(はなし)や」

 

「……愛染が動きました」

 

宗治郎は表情を引締め、先程一冴から聞いた尸魂界での事態の概要を平子に話す。

概ね話終えると平子は、ふぅん、と小さくソファに放っていたハンチング帽を被り直す。

 

「そうか……ま、暫くは様子見やな。尸魂界のゴタゴタに首突っ込むんも嫌やし……お前も、下手に動くんやないで? 」

 

「……分かってますよ」

 

平子が釘を刺す様にそう言うと、宗治郎はヘラりと笑って答える。

その後訪れた一瞬の静寂。平子の鋭い眼光が宗治郎の貼り付けた笑みの奥を見据えている。

 

重たい空気の流れる中、何も気にしない風に宗治郎の買ってきたかき揚げを食べながらルリが声を上げた。

 

「ねぇねぇ、その愛染って店長やシンジさんと知り合いなの?てか、店長とシンジさんてどういう関係? 」

 

「まぁ、元上司と部下やな。俺は元 五番隊隊長、愛染は副隊長。宗次郎は五番隊の五席やってん……って、んな事も話してないんかいな。ホンマにお前は……」

 

「いや、元死神だってことはルリちゃんも知ってますよ。そんなに詳しく話してないだけで」

 

呆れ顔の平子に宗次郎は苦笑いで返す。

二人のやり取りを他所に、ルリは人差し指を顎に当てて考えている様子だった。

だが、

 

「ふぅん。店長は分かんないけど、シンジさんは凄かったんだ 」

 

ルリは満面の笑みで考えるのをやめた。

 

「分からんかぁ……ま、隊長言うてもそないにええもんでもないで。堅苦しいわ、面倒な仕事は多いわで」

 

そう答える平子を宗治郎は白い目で見る。

 

「隊長、面倒な仕事俺やら他の隊士やらに振ってたじゃないですか」

 

「アホ、お前らに振れへん面倒なんもあんねん。つかその“隊長”ってのもやめろ、もう隊長やないねんから。これからはルリちゃんみたく“シンジさん”って呼べ。ほれ言うてみ、シンジさん、や」

 

「じゃぁ……平子さんで」

 

「かぁッ!かったいのぉ! 」

 

言いながら、平子は皿に盛られたかき揚げを摘み上げて口に放った。

 

「あ! てか二人とも、それ俺の晩飯! 」

 

「ええやんけ別に、ケチケチすなや」

 

「そーだそーだ!」

 

宗治郎の訴えをルリと平子が暴論で打返しながら更に食べ始めた。

 

「あ、せや宗治郎」

 

「なんです?」

 

負けじとかき揚げを頬張り始めた宗治郎が食べながら答える。

 

「お前、ウチ来んか?」

 

「うち?」

 

「そや。俺ら、仮面の軍勢(ヴァイザード)や。愛染も動き始めたんなら、大勢で迎えたらんとな」

 

悪戯な笑みを浮かべて平子がそう言うと、宗治郎は少し考えてから、

 

「……折角なんですが、俺この町結構気に入ってるんで」

 

と、少し困った様に眉を下げ小さく笑って返した。

 

「……そうか。んならまた何かあったら連絡するわ。お前もなんかあったら顔出しや、俺らは空座町におるさかい。ほな、ご馳走さん」

 

宗治郎の答えに肩を竦めながら平子は立ち上がり、後ろ手に手を振って玄関を出た。

 

「よかったの? 折角誘ってくれたのに」

 

「……いいんだよ」

 

不思議そうに訊ねるルリに、宗治郎は短く返事をするとかき揚げを頬張った。

 

 

******

 

翌日。

相も変わらず鳴らぬ電話番で一日を潰し、空は瞬く間に帳を下らす。

宗治郎は夕飯の惣菜を買いにシャッターの目立つアーケード街へと足を運んでいた。

いつもの利用している天ぷら屋で、穏やかな表情の老婆から品を受け取ると、お釣りの小銭を手の平に並べて見つめる。

 

「はぁ、今日も暇だったなぁ。マジでそろそろ仕事入らねぇとヤバいぞこりゃ」

天ぷらの入ったビニル袋をぶら下げスカジャンのポケットに手を突っ込みながら、古ぼけたアーケードを見上げる。

 

その時だった。

全身が総毛立つ感覚と共に重くのしかかる霊圧。

振り返った方角は空座町のある方角。

川を挟んだ隣町から伝わる霊圧の揺れが宗治郎にまで届いていた。

感じた霊圧は二つ。

 

「おいおい、平子隊長なにやってんだ? にしてももう一つは……」

 

平子の霊圧と、もう一つの大きな霊圧。

ザラついたような、混じりあったようなその霊圧が酷く不安定に感じられた。

 

─……マズイな……

 

眉をひそめ宗治郎は心の中で独り言ちると、路地裏に入ると周囲に人がいないのを確認し瞬歩を使ってアーケードの上まで昇る。

 

「やっぱりか」

 

宗治郎は苦虫を噛み潰したよう表情で辺りを見回す。

周囲から感じる虚の霊圧。

それはまるで撒き餌でも使ったかのように夥しい数だった。

 

「マジでなにやってんだよ隊長」

 

忌々しげに呟くと、宗治郎は振り向きざまに左腕を掲げる。

 

「破動の三十三 蒼火墜」

 

言葉と共に宗治郎の掌から蒼炎が放たれる。

それはアーケードを登ってきた芋虫のような体躯の虚の面に直撃。

虚は金切り声を上げながら霊子となって霧散する。

 

「ここより安くて上手い天ぷら屋知らんのよ俺。しゃあない、ひと仕事しますか」

 

宗治郎は誰にともなく呟くと、アーケードから飛び降りた。

 

******

 

「うわッ! びっくりしたぁ」

 

ルリはバイト先である宗治郎の事務所からの帰路の途中だった。

ルリもまた、隣町からでも伝わる霊圧を感じ空座町のある方角を見つめる。

 

「これはぁ……あぁ! シンジさんの霊圧か! 凄っ、ホントに隊長? っていうのだったんだ。もう一つは、うーんなんかシンジさんや店長の霊圧に似てる気が……」

 

頬に手を当て考え込んでいるルリの背後に、突如現れる大きな影。

巨大な(かいな)がルリへと振り下ろされ、轟音とケムリが立ち込めた。

 

振り下ろしたのは周囲にある二階建ての戸建てより大きな牛を思わせる仮面を着けた虚。

 

「ケホッケホッ。けむーい! なんかめっちゃ虚いるー」

 

振り下ろされ抉れたアスファルトより向こうに、煙を払う仕草で迷惑そうな表情を浮かべたルリの姿があった。

 

「ホントは時間外なんだけどしょうがない。働いてあげましょう! 」

 

言いながらルリは頭に乗せた白い狐の面を顔に着けた。

瞬間、膨れ上がる霊圧と共に濃紺のサラサラとしたロングヘアが浮き立つ。

腰に巻いた茶色のカーディガンとグレーのスカートがはためき、腰の辺りから九つの赤黒い尾のような物が伸びる。

 

「いっくぞー! 」

 

掛け声と共にルリが両手を虚にかざす。

それと同時に、尾の外側二本が勢いよく伸びていき虚の両肩に突き刺さり切断する。

 

『Meeeee!! 』

 

「えっ! 牛さんじゃなくて羊さんなの!? 」

 

妙な鳴き声にルリが困惑していると、虚は牛のような角を前に突き出し突進。

 

ルリは二本の尾をアスファルトに突き刺した。

そして尾は屈曲の後、跳躍。

道沿いの屋根の上に降り立ち突進を回避する。

 

「やっぱ牛さんじゃん」

 

そう言って左手をかざし、振り返った虚の面に尾を突き立てた。

 

消滅する虚を見届けると、ルリは再び尾は使い跳躍。

それと同時に、周囲を囲むように無数の虚達がルリへ飛びかかる。

 

「てりゃぁ!! 」

 

声と共に両手を左右に広げ、九つ全ての尾がそれに追従するように四方八方へと伸びていく。

伸びたその尾達は虚を二体、三体と串刺しにしていき、断末魔と共に消滅させる。

 

周囲の虚が消え去り、着地するその瞬間だった。

 

大きな霊圧に気付き、咄嗟に全ての尾で自身の体を包み込む。

球体上になったルリに強い衝撃が伝わる。

 

「痛ってて……なんなのよもぉ」

 

尾を解きながら右腕を摩り前を見ると、そこには先程の虚達よりも更に二回りほど大きいな虚の姿。

 

全身を紫の鱗の様なもので覆い、両肘から魚の骨のような突起。背には背ビレのような物が伺える。

その顔には魚を思わせる仮面が着いていた。

 

『人間にしてはまずまずの霊圧だ。我が糧としてやろう』

 

「ほ、虚が喋った! ……て、たまにいるか」

 

虚の体躯など何処吹く風。

ルリはマイペースにそう言いながら虚と対峙する。

 

「とぉ!」

 

両手を虚にかざし、虚目掛けて二本の尾が鋭く伸びる。

だが、虚の両肩に当たった尾は貫くことなく、甲高い金属音とともに静止する。

 

『我が鱗はこの程度の刺突など通さぬわ! 』

 

虚はそう言って肩にあたる尾を振り払うと、巨大な両腕を交差させ力を込める。

すると、両肘から伸びる魚の骨のような突起が反り返るように伸びた。

 

『死ねぃ!』

 

虚は右肘を曲げながら右腕を振り上げる。

伸びた骨のような突起はアスファルトを削りながらルリへと迫った。

 

巨大な骨の斬撃。それをルリはすんでのところで左に飛ぶことで避ける。

斬撃はカーディガンと僅か濃紺の髪を捕え引き裂き、ボロきれになったカーディガンが舞った。

 

「あっ!」

 

夜空の彼方へ舞い上がる切り裂かれたカーディガンを見上げ小さい声を上げると、俯き立ち尽くすルリ。

 

「……さない……」

 

『ん? なんだ? 恐怖のあまり声も出んか? 』

 

「お気に入りのカーディガンだったのに……絶対許さないんだから! 」

 

叫ぶ様にそう言って、ルリは尾を使って跳躍する。

 

「おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃ……」

 

声と共に両腕を虚に向かって交互に出し続ける。

それに連動して九つの尾は交互に虚を殴り続けた。

 

虚は両腕を前に出し、仮面を守るようにしながら攻撃を防ぐ。

 

『ハッハッハ!! 貴様が何をしようと我が鱗を抜くことは……』

 

言いかけて痛みを感じ、虚は気付く。

自身の鱗が引き裂かれて、両腕が切り裂かれている事に。

 

─馬鹿な! なぜ……

 

虚が思案している間にも、鱗は剥げ、その身が削られていく。

そして、遂にその両腕はミンチになり赤黒い血液を辺りへぶち撒けた。

 

『Guaaab!!』

 

「……おりゃァッ!!」

 

激痛に叫ぶ虚の声を掻き消すように、ルリの雄叫びと共に九つ全ての尾がその面を突き刺し、引き裂いた。

 

頭部を無くしたその巨体は仰向けに倒れながら霊子となって霧散していく。

 

地に降り立ち身体に着いた埃を払うと、ルリは仮面を頭にズラす。

 

「あのカーディガン高かったんだからね! 弁償出来ないなら出てこないでよ! 」

 

ルリはそう憤慨した様子で腕を組み、フンッ、と鼻を鳴らした。

 



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3.Masqueraded Night ACT2

一冴は住宅街の屋根を飛びまわり、大量の虚の対処に追われていた。

 

跳躍ざまに飛び出してきた虚を切り捨て着地。

着地した地点へ目掛け迫る無数の触手を切り捨て、握る直剣の斬魄刀をアスファルトへ引き摺り火花を散らす。

 

閃蝶万華(せんちょうばんか)! 」

 

言葉と共に振り抜くと飛び散った火花は無数の蝶の形を取り、眼前の蛸の様な風体の虚へ一直線に飛んで行く。

蝶の形こそ取っているが、その速さは獲物目掛けて飛び付く鳥の様。

素早く虚の円形の仮面に辿り着いき、爆発する。

 

虚の消滅を確認し小さく一息。

しかしその表情は険しい。

 

片道二車線の大通りの真ん中で、何体目かも分からない様な状況に苛立ちが浮かび始めた。

 

「クソッ! なんなんだ一体……」

 

眉間に皺を寄せ、吐き捨てるようにそう言いながら銀縁眼鏡を中指で押し上げる。

錦馬町にある虚の霊圧も減りつつあるが、まだ多い。

空座町から感じる複数の強い霊圧も気になり、焦りが募る。

 

応援を仰ぐか、空座町の担当と連絡を取るか、対応を決めあぐねていた時、虚空を引き裂き“それ”は現れた。

 

それは巨大な虚。

全身筋肉質の灰色の肉体。丸太の様な尻尾。

そして胸にある深淵の如き大穴。

 

だが、一冴の目の前に現れたその虚は異質だった。

 

トカゲを思わせる陶器のような虚の仮面が口から上下に開き、その下に巨大な厳しくも表情のない人の顔。

左目には青いレンズの様な機械。

右腕は巨大な剛腕。しかし左腕の肩から先は機械仕掛けの鋼鉄の腕だ。

左手には三本の爪が備わり、月明かりを鋭く反射させる。

背中には白い円柱状の容器のようなものを背負い、そこから後頭部と左肩に蛇腹の管が繋がっている。

 

「なんだ……こいつは……?! 」

 

『モクヒョウシニン。ニシキバチョウタントウ、ヨネバヤシ イッサ。コウゲキカイシ』

 

あまりの異形に呆気に取られる一冴に対し、淡々と響く機械音声。

音声が終わると同時に、異形の虚は左腕を一冴目掛け手首から先を“射出”する。

 

風を切り迫る鋭い三本の爪。

一冴は素早く飛び退きそれを躱すと、行き場を失った爪がアスファルトを叩き濛々と煙が舞った。

 

異形の虚は手首と腕を繋ぐワイヤーを巻き取り再び左腕に収める。

 

その巻き取りに合わせるように一冴は煙を突き破って虚へ飛び掛った。

 

両手で握った直刀を振り被り、渾身の力で振り下ろす。

その斬撃を虚は左腕で易々と受け止め、払い除けた。

金属と金属の激しい擦れ合いは眩い火花を散らす。

 

虚に振り払われた一冴は宙返りしながら姿勢を直し、

空中に足場を作ると再び弾ける様に跳躍。

虚へと一気に距離を詰め、生身であろう右腕へ目掛けて横一線に刃を振るう。

 

が、その斬撃も鋼鉄の左腕に遮られ火花が舞う。

 

そして、虚が気付く。

 

『シュウイレイリョク ジョウショウ』

 

虚の周りを飛び出した火花が、消えることなく煌々とその巨体を照らし出す。

 

「もう遅い! 燐火蝶滅(りんかちょうめつ)! 」

 

一冴の号令とともに周囲の火花は朱色の蝶へと変貌。

瞬く間に虚を包み、爆散。

轟音と爆煙が立ち上る。

 

しかし、その表情は一層険しいものになる。

姿こそ見えないが、霊圧は変わらずそこにあった。

 

「クッ……! 化け物め」

 

忌々しげに一冴が呟いた瞬間、爆煙の中に青白い灯りぼんやりとが浮かび上がる。

 

『レイアツ…… シュウソク……ハッシャ』

 

煙の中から声と同時に放たれた青白い閃光が爆煙を突き破る。

一冴が紙一重でそれを躱すと、行き場を失った閃光は遥か彼方に飛んでいき、爆発。

かなりの距離で爆発したにもかかわらず爆風は一冴まで届き、思わず視線を向けた。

 

「今のは……虚閃(セロ)か!? 」

 

虚が幾重にも重なり、混じりあった巨大な虚、大虚(メノスグランデ)

その大虚が放つ収束された霊圧の閃光、虚閃。

この異形の虚がそれを放つという事は、大きさこそ巨大虚(ヒュージホロウ)と同等程度だが、その実能力は大虚のそれということだ。

 

冷たい汗が一冴の首筋に流れる。

今の一冴の力量で大虚に相対するのはほぼ自殺行為に等しい。

 

しかし、一冴は直刀となった斬魄刀を握り直すと再び異形の虚と対峙する。

 

爆煙が晴れ、虚の受けたダメージを確認する。

生身の肉体部に出血は見られるが致命傷となり得るものは確認できない。

鋼鉄の左腕に至っては煤埃が着いている程度だ。

 

『レイリョクショウモウ。レイシソウ ヨリ ジュウテン カイシ』

 

虚の言葉の後、背中に背負った円柱状の容器の上部が赤く光り、後頭部と左肩に繋がった管が脈動する。

それと同時に虚閃を放った事で減った霊圧は回復、受けた傷は物の見事に消え去った。

煤けた左腕を残し、虚は一冴と出会った状態まで戻っていく。

 

『テキ セントウリョク シュウセイ。コウゲキヘンコウ』

 

言葉と共に右の拳を振り上げ、突き出す。

 

瞬間、一冴の身体は拳から打ち出された圧縮された霊圧に弾き飛ばされた。

 

アスファルトを数回跳ね回り、転がる。

 

「かはっ!! ……なんだ、今のは……」

 

 

口元の血を拭いながら虚の方へ視線を戻す。

が、瞳に映ったのは三つの赤い霊圧の塊。

 

「!!」

 

咄嗟に右へ転がり避ける。

紙一重で交わしたそれは寸分の狂いなく一冴のいた場所へ着弾。

威力こそ虚閃より低いがその速さは虚閃およそ二十倍。

そして次弾発射は虚閃の数倍速い。

 

─……今のは辛うじて反応できたが、遠距離は不利だ

 

一冴はなにか決意したように目を細め、銀縁眼鏡を押し上げながら数十m先の虚を睨む。

 

虚は当たらなかった事を確認したのか再び拳を振り上げ、突き出す。

 

一冴はそれと同時に瞬歩で飛び出し放たれた霊圧を避ける。

 

そこからは赤い雨の様だった。

ひたすら放たれる赤い霊圧の塊を、決して足を止めず、縦横無尽に避け続ける。

 

時に頬を掠め、時に眼前に着弾するも、怯むことなくただただ駆けた。

 

そして、遂に辿り着く。

見上げる程の巨体の影の中、一冴は現れた。

 

一冴の接近をすぐに察知した虚は身を半歩引くと共に左腕を振り上げ、鋼鉄の爪を振り下ろす。

だが、その爪が一冴を捉えることは無い。

 

立ち上る煙の遥か上、虚の頭上にその姿はあった。

 

そこから更に急降下。

一冴の目に映るのは、がら空きになった後頭部と左肩に繋がる蛇腹の管。

 

虚は迫る一冴へ向けて丸太の様な尾を槍のように鋭く突き出し迎撃。

が、一冴は身を捩り回転をかけてその尾を躱す。

 

そして回転の勢いをそのままに、二本の管を引き裂いた。

切断された二本の管は噴水の様に白い液体を夜空へ撒き散す。

 

一冴は着地と同時に一度距離をとる。

 

─……仕組みは分からんが、あの背中の容器から霊圧を回復していたようだな。あとは虚をどうするか……

 

眼鏡を押し上げ斬魄刀を構え直しながら虚の様子を伺う。

白い液体の噴出は止まり、白い水溜まりの中虚はその場で項垂れ完全に静止していた。

脅威だった鋼鉄の左腕も、力無く垂れ下がり、最早重い足枷のようだ。

 

『レイリョクソウトノ セツゾク……セツダン……セイギョ フ……ノ……』

 

虚から聞こえた気味の悪い機械音声が途切れる。

そして、

 

『Gaaaaaaaa!!!!』

 

虚は突然夜天へと大気を震わせる程の咆哮を上げ、垂れ下がった左腕を引き摺りながら振り返った。

 

開かれた爬虫類を思わせる仮面の奥、厳しくも感情の読み取れなかったその顔は狂気に歪んでいる。

唾液を垂らしながら獣のように牙を向き、左目の青いレンズは真っ赤に染まっていた。

 

一冴は疲労の色を浮かべつつも斬魄刀をしっかりと握り、駆け出す。

 

『Gaaaaaa!!!』

 

雄叫び共に、左腕を引き摺りながら右手は地面に着け這うように一冴へ突進。

そして右腕を振り上げ、アスファルトをただ“殴った”。

 

完全に理性を失っているのか、そこから更に何度も何度も執拗に殴り続ける。

 

立ち上る煙の中から一冴は上空へ飛び出す。

その手に握られる斬魄刀の刀身には、眩い光を放つ無数の火花が纏われていた。

 

『Gaaaaaa!!!』

 

上空へ飛び出した一冴に気づき、虚は我武者羅に拳を放つ。

その拳へ、一冴は斬魄刀を投げつけ、伸びた拳の指の間に突き刺さった。

 

更に刺さった斬魄刀の柄を蹴りつけ、押し込む。

 

「爆ぜろッ!」

 

一冴の号令と共に、右腕が内側から“爆発”。

 

『Guaaaaaa!!!』

 

悲鳴の様な咆哮を上げながら肘から先のなくなった右腕を振り回す。

 

飛び散る血飛沫と肉片の中、一冴は右手を上げると回転しながら落ちてくる斬魄刀をしっかりと受け止める。

 

「すまない胡蝶燐。無理をさせた……もう少しだけ頼む」

 

視線を下げてそう斬魄刀に声をかけると、もがき苦しむ虚を睨む。

 

『Gaaaaaa!!!』

 

虚は弾け飛んだ右腕を着きながら、再びと咆哮と共に這うように突進してきた。

最早腕の痛みも、なぜ腕が無くなったのかも綺麗さっぱり忘れているようだ。

 

「理性も知性もないわけだ」

 

一冴は小さくそう呟くと、愚直な突進を右に跳びながら避け、すれ違いざまに金属部分を出来るだけ叩いた。

そして背後に周り、背中に背負ったままの重りと化した容器を更に叩く。

飛び散った明滅する火花はすぐさま蝶の形へ変貌し、虚にまとわり着き羽を休めた。

 

全身を包む夥しい数の蝶を虚は振り払う様に身体を揺するが、眩い輝きが左右に流れるだけで一つも離れることは無い。

 

道路に着地した一冴は、虚に背を向けたまま斬魄刀を振るう。

 

「……燐火蝶滅(りんかちょうめつ)

 

言葉と共に巻き起こる爆発音。

爆発の衝撃が一冴の背中に一気に押し寄せひとつに纏められた後ろ髪が激しく揺れた。

 

一冴がゆっくりと振り返るとそこに虚の姿はなく、金属片になった左腕と背中の容器が散らばるばかりだった。

 

強大な虚の消滅を確認し気が緩んだのか、思わず片膝を着き肩で大きく息をする。

 

「ハァ……ハァ……次は……」

 

呼吸を整えながら辺りの霊圧を探る。

しかし、感じる虚の霊圧は平常時とさほど変わらなくなっていた。

代わりに感じるのは昨日完封された男の霊圧。

 

「……秋城 宗次郎か。それにもうひとつ……いや、今は報告を……」

 

呟きながら懐を漁りなにやら取り出す。

それは“伝令神機”と呼ばれる携帯電話型の通信端末、

だったものだ。

 

虚の攻撃を直撃したせいか、取り出した伝令神機は粉々になっている。

 

「クソッ、替えたばかりなのに」

 

手の上にある粉々の機械片を見つめて悪態を着くと、跳躍し静けさを取り戻した町の中へと消えていった。

 



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4.Masqueraded Night ACT3

時は少し前に遡る。

異形の虚の霊圧を凝縮した攻撃が一冴に直撃した頃、その様子を遠巻きに観察している者がいた。

 

「席官と言えど所詮この程度よ。霊力槽(れいりょくそう)を背負わなければ自我すら保てない失敗作相手に、ここまで手こずるとは」

 

嘲笑する様にそう呟くのは、奇妙な男。

トサカの様に緑色の髪を逆立て、目元にはアイマスクの様に付いた白い陶器の様な物。その上に望遠鏡を逆さに付けたような突起が二つ。

白い袴に白い詰襟の様なものを纏い、腰には白い鞘に収まる刀を下げている。

その様は出で立ちこそ奇抜だが死神の様だ。

 

一冴達とはかなり離れた遙か上空で、月明かりを背負いながら男はしゃがみ込んでいた。

目元に突起を左右バラバラに忙しなく動かし一冴の戦いを余すことなく観察している。

と、

 

「覗きは関心しないなぁ」

 

不意に、男は後ろから声をかけられ飛び跳ねるようにその場から移動し振り返る。

 

左右の突起は真っ直ぐに声をかけた人物に向く。

そこには、腰に刀を提げた癖の強い金髪と黒地のスカジャンを羽織ったチンピラの様な男が一人。

 

「何者だ貴様! 何時から……」

 

「秋城 宗次郎、なんでも屋だ。おたくは?」

 

そう答えた宗次郎を、男の顔の突起が上下バラバラに動き舐め回すように見ている。

 

「フンッ、ビビらせやがって。大した霊圧じゃないじゃないか……いいかよく聞け!俺様は人造破面(アーティフィシャル・アランカル) No.004(セロ・クアトロ)カメオン・テレス!お父様(パドレ)の産みし究極の破面だ! 」

 

平静を取り戻したのかカメオンと名乗る男は腰に手を当て右手の人差し指を宗次郎へ向けながら声高らかに名乗りをあげる。

 

しかし宗次郎にはイマイチ届かなかったのか、

 

「……ごめん、なんて? 」

 

と首を傾げながら訪ね返す。

 

「フンッ、貴様のような下等生物では理解出来んだろう。どのみち見られた以上生かしては帰さん……俺様の恐ろしさ、その身に刻んでくれる!」

 

男は弾ける様に飛び出し、“消えた”。

 

瞬歩などの高速移動により消えたように見えたのでは無い。

完全にその姿が、霊圧ごと消えたのだ。

 

そして次の瞬間、宗次郎の左肩が切り裂かれる。

 

「ッ!? 」

 

驚くのも束の間、腕や足を続けざまに切り付けられる。

引き裂かれたスカジャンやデニムから血液が流れ出す。

 

だが、どれも致命傷とは言い難い。

 

「……遊んでんのか?」

 

言葉と共に腰の斬魄刀に手をかけ、引き抜く。

しかし、抜いた斬魄刀は振り抜かれることなく虚空で止まった。

 

何も無い空間に散る火花と擦れる金属音。

 

「なぜ分かった! 」

 

そう言いながら姿を現したカメオンは刀を握り、宗次郎の斬撃を受け止めている。

一度攻撃をやめ後ろに飛び退くカメオン。

なぜ攻撃を受けられたのか理解出来ず、苛立つように顔の突起を左右バラバラに動かしていた。

 

全身無数に切り傷こそあるが全て軽傷。

霊圧に変化もブレもない。

 

─なぜギリギリで躱される……

 

「切り付けるパターンが単純なんだよ、こんなの見えなくても止められる。何より踏み込みが甘い……んじゃこっちの番」

 

宗次郎は斬魄刀を鞘に戻しながら答える。

そして、腰を沈め、消えた。

 

「引き裂き駆けろ、雷狼丸! 」

 

声はカメオンの後ろ。

解号と共に抜刀。

目映い雷の閃光が鞘に迸り、目にも止まらぬ速さで振り抜かれる刃。

 

宗次郎の瞬歩に紙一重で反応しカメオンはその刃を受け止める。

が、勢いを殺せず、霊子で足場を生みながら滑るように弾かれる。

 

「ぬぅぅッ! この程度の速さなどでは、俺様の瞳から逃れることは出来ん! 」

 

何とか踏みとどまったカメオンは、吠えるようにそう言いながら突起のレンズを宗次郎に向ける。

そのレンズが映すのは、抜刀の構えを撮る宗次郎の姿。

 

そして再び瞬歩で一気にカメオンへ接近すると、抜刀。

カメオンがそれを受け止めると、宗次郎は再び残像もなく姿を消し、背後から抜刀。

 

消えては現れ、現れては斬撃。

刃の嵐がカメオンを襲う。

 

その攻撃をカメオンは突起を忙しなく動かし全て刀で躱していく。

 

─……ぬぅぅッ!! なんなのだコイツはッ! 俺様の眼で、捉えるのがやっとだと?!……しかしッ!

 

「そこだァッ!」

 

雄叫びに近い声を上げながら振り下ろされた刃を下からかち上げ、弾く。

宗次郎の斬魄刀は回転し頭上に舞い上がった。

 

カメオンは勝ち誇った様に、いやらしいしたり顔を浮かべながら、宗次郎の顔を突起のレンズに映す。

 

宗次郎の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。

 

「遅せぇよ」

 

宗次郎がそう言った次の瞬間、宗次郎は鞘でカメオンの右脇腹を殴りつける。強烈な衝撃が走り続けざまに全身を流れる電流。

 

「グギャアアアッ!!!」

 

全身を駆け巡る雷に絶叫。

宗次郎が鞘を振り抜くと、雷は止まり真っ白だった詰襟も袴も黒くすす汚れ顔や手は焼け爛れていた。

 

その場に跪くカメオンを見下ろしながら、徐ろに宗次郎は鞘を頭上に掲げる。

 

「あー疲れた、わざわざワンパターンでやってんだからさっさと気付けっての……おたく、目に頼りすぎなんだよ」

 

言葉が終わると同時に、弾かれた宗次郎の斬魄刀は掲げられた鞘に収まり甲高い金属音で鳴いた。

 

「さて、じゃあまずは……」

 

完全に戦闘能力を失ったと判断した宗次郎は構えを解いて尋問を始めようとした、その時だ。

 

「……せぬ……」

 

「あん?」

 

「許せぬ許せぬ許せぬ許せぬッ! この屈辱ッ!今すぐ晴らしてくれるッ! 」

 

叫ぶようにそう言いながら、立たぬ足を無理矢理立てて刀を両手に握り天高く掲げた。

 

「探れッ!監視烏帽子(オブセルバドル)

 

カメオンが高らかにそう唱えると同時に、カメオンを中心に霊力の渦が起こる。

 

宗次郎が咄嗟に距離を取ると、渦の中から現れた見知らぬ怪物。

 

全身真っ白な鱗のようなものに覆われ、両足は開いたクリップの様になっている。

爬虫類の様に湾曲した背と丸めた尻尾。

蛇腹剣の様な刃物が肩から伸び、最早腕と呼べるようなものでは無い。

 

真っ白な烏帽子のような物を被るカメオンの顔を見て、この怪物がさっきまで膝を着いていた男だと理解する。

 

「おいおい、なんだいそりゃ」

 

やや引き気味に顔を引き攣らせて宗次郎は呟いた。

 

「これこそは帰刃(レスレクシオン)ッ! 俺様達破面の真なる姿ッ!」

 

勝ち誇ったように天を仰ぎながらカメオンが言うと、宗次郎は再び構えを取り直す。

 

「そうだ死神モドキ。 構えを解くなよ、一瞬で終わってはつまらんからな」

 

カメオンは下卑た笑みを浮かべながらそう言うと、異様に長い舌で舌なめずり。

そして、“消えた”。

先程と同じように視覚的にも霊圧的にも感知出来ない消失。

 

宗次郎は抜刀の構えのまま周囲を警戒。

目を閉じ、耳をそばだてる。

如何に姿や霊圧を消そうと、攻撃の際に生じる音は消せないはずと踏んだ。

 

瞬間、空気を切る音を聞き取ると同時に刀を右へ一線に振り抜く。

 

が、宗次郎の刃は空を切り、左の太腿に突然痛みと鮮血が生まれる。

 

「ッ、あの腕厄介だな」

 

宗次郎は事態をすぐに理解し、舌打ちとともに悪態を着く。

 

─……蛇腹なだけじゃ流石に無茶な軌道修正は出来ない。自分の意思で好きに角度を変えられるのか……伊達に“腕が剣”じゃないわけだ

 

心の中で独り言ちる。

タネは分かったが、それに対してすぐさま対応できるかといえば別問題だ。

現状、音以外に位置を探る手立てがない。

 

音を頼りに刀を振るい、位置を変え、迎撃を試みるも全て躱され傷が生まれる。

風を切る音に反応してもせいぜい致命傷を避ける程度だ。

 

「チマチマ面倒くせぇ野郎だな。真の姿ってのはコソコソ斬りつけて薄皮剥く程度の力なのかよ」

 

何処にいるかも分からないカメオンに宗次郎は挑発する。

が、返答はない。

 

「……流石に乗ってこねぇか……しゃあない」

 

そう独り言を呟くと、宗次郎は徐ろに構えを解いた。

斬魄刀を鞘に収め、左手に握りながら直立不動。

 

『諦めたか死神モドキ。今楽にしてやるッ! 』

 

姿のないまま何処からかカメオンの声が響く。

同時に発せられる風切り音。

 

その音がするかしないかの刹那の間。

宗次郎は身体を左に傾け、小脇に抱えるように何かを掴まえた。

と、同時に右腕や掌から血液が伝い、羽織るスカジャンにおおきなさけめが生まれる。

そして何も映らない空間に流れた鮮血が、蛇腹剣の輪郭を浮かび上がらせる。

 

「捕まえたぜ」

 

『馬鹿なッ!』

 

受けた傷の痛みなど意に返していないかのように口角を吊り上げる宗次郎と、掴まれた蛇腹剣の延長線上にいる姿の見えないカメオン。

二人は異なる言葉を同時に発した。

 

カメオンは咄嗟に掴まれた剣の腕を戻そうと引くが、動かない。

 

「そう慌てんなよ。折角だ、俺もとっておきの一つを見せてやるよ」

 

そう言いながら斬魄刀の鞘を握ったままの左手を顔の前に持っていき、引っ掻く様になぞった。

 

そして、飢えた獣のような眼光と狂気じみた笑みを隠し現れたのは、“仮面”。

狼の顔を象った陶器のようなその仮面には、両目の部分にそれぞれ縦の蒼い線が入っている。

 

真っ暗なその双眸の奥に、黄色い獣の瞳が妖しく光った。

 

宗次郎の仮面姿を見て、カメオン狼狽していた。

 

『な、なんだ……貴様は……その仮面、その霊圧、それではまるで……』

 

「虚みたい、だろ?」

 

カメオンの言葉を引き継ぐように言った宗次郎の声音からは、仮面の下の笑みが透けて見えるようだ。

 

実際、カメオンには宗次郎が虚にしか見えなかった。

狼の仮面は勿論、宗次郎の放つ霊圧は正しく虚と同質のもの。

 

『そんな……そんな馬鹿な事があってたまるかッ! 』

 

「今度はこっちから引っ張るぜ。気張れよ虚モドキッ! 」

 

言葉と共に宗次郎は握る蛇腹剣を力一杯引く。

 

それに対抗する様にカメオンは腕の剣を引き返しながら、もう一方の不可視の蛇腹剣を振るう。

宗次郎の左側に斜めに振られたその刃は、しかし斬魄刀の鞘に受け止められる。

 

「そら、また単調になってるぜ」

 

言葉と共に左腕を払い蛇腹剣の切っ先を弾く。

 

そして鞘を握ったまま、左手の人差し指をカメオンがいるであろう方向へ向けた。

 

瞬間、青白い光を放ちながら指先へ霊圧が収束する。

 

『まさか、それはッ! 』

 

「悪いな、これは加減できねぇんだ」

 

宗次郎がそう言って指先から放つそれは、“虚閃”。

 

眩い光と霊圧の奔流が、剣の腕を掴まれ逃げられないカメオンを瞬く間に飲み込んだ。

 

虚閃の輝きが消えた時、目の前にカメオンの姿はない。

宗次郎が未だ握る蛇腹剣は、カメオンの肩と思しき場所で“切断”されている。

 

カメオンは腕を自ら切断し、何とか虚閃の輝きから脱出したようだ。

 

「ハァ……ハァ……こんな……こんな事……」

 

最早透明化する事も出来ないのか、出血の酷さで消えても意味が無いと思ったのか、宗次郎から少し距離を取った場所にカメオンの姿があった。

 

全身の真っ白だった鱗は黒く焼け焦げ、左肩からは流血が絶え間なく流れている。

曲がった背中を更に丸め、肩で息をしながら絞り出すように呟く。

 

「なかなか根性あるな、見直したよ」

 

宗次郎は言いながらカメオンに向き直り、握った剣の腕を放り捨てる。

 

「黙れッ! こんな事、認められる筈がないッ! 死神の霊圧を持ちながら虚の霊圧を放つなど……」

 

「俺からすりゃおたくの方が謎だがね。どう?色々話す気になった? 」

 

「ふざけるなァァァッ!!! 」

 

激昂し残った右腕の蛇腹剣と丸まった尾を一気に振るう。

直線的に伸びてきたその攻撃に対し、宗次郎は一気に間合いを詰めた。

 

そして、カメオンが気付いた時には宗次郎は背後。

 

鍔の鳴る音がすると同時に、カメオンの身体に横三つ切れ込みが入り、鮮血を吹き出す。

 

「み……みえな……」

 

「言ったろ、目に頼りすぎなんだよ」

 

絞り出すように言ったカメオンへ、宗次郎は短く答える。

その言葉を聴きながら、カメオンの身体は霧散していった。

 



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