夏祭り (館凪 悠)
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夏祭り

 ぷつん。

 

「あっ」

 

 鼻緒が切れた。

 浴衣に合わせたおしゃれを、なんて言って、下駄箱の奥から引っ張り出した下駄なんて履いてくるんじゃなかった。

 舟形の下駄は、漆塗りの台に赤を基調とした花柄の鼻緒が付いていた。

 少し鼻緒がぐらついている気はしたが、所詮は一日履くだけ。

 そう油断したのが間違いだったのだろう。

 慌てて鼻緒の切れた左足の下駄を拾い、ケンケンと片足跳びで道の端に避ける。

 なにしろ今日は夏祭り。

 うかうかとしていては、人波にのまれて怪我をしてしまう可能性がある。

 

「あーあ……」

 

 屋台の柱に掴まって、わたしは溜め息を吐いた。

 せっかく幼馴染と一緒に夏祭りに来たっていうのに、これじゃあもう───。

 

「おーいウタ、どうしたんだァ?」

 

 そう言って現れたのは、わたしの幼馴染だった。

 いつも通りのラフなTシャツ姿で、麦わら帽子を首にかけている。

 両手にはフランクフルトやらリンゴ飴やら、串の刺さった食べ物を器用にたくさん持っていた。

 

「あ、ルフィ。鼻緒切れちゃって」

「ハナ?」

 

 ルフィはそう言って首を傾げる。

 どうやらルフィに鼻緒という単語は通じなかったらしい。

 

「ほら、下駄の足の指引っ掛けるとこ。思ったより傷んでたみたいでさ」

 

 そう言いながら、わたしは指に引っ掛けた左の下駄をプラプラと振った。

 ようやくルフィは事情を察したようで、「そりゃ大変だ!」なんて驚いたように言う。

 

「困ったなァ……」

「ね」

 

 ルフィの呟きに頷いた。

 せっかくお祭りを楽しもうと気合入れて来たというのに、これじゃ一回家へ帰らないといけない。しかも、帰るまでの労力を考えると、再びお祭りに出てくる元気が残っているか、少し自信がない。

 

「楽しみにしてたのになァ……」

 

 少しルフィと屋台巡りをしてから、川の方でやる花火大会を見る。

 それが簡単な今日の予定だった。

 このお祭りの花火、見れるのは多分……。

 

「ん? なんだウタ、帰るのか?」

 

 不思議そうにルフィが首を傾げる。

 その様子に、わたしは少しだけ腹が立った。

 

「だって、これじゃ歩けないでしょ」

 

 溜め息交じりに、つっけんどんに言う。

 そんなわたしに、ルフィはニカッと歯を見せて笑った。

 

「いいからこれ、持ってろ!」

「はァ!?」

 

 カラン──。

 いきなりチョコバナナや串焼きを全て押し付けられ、わたしは思わず手に持っていた下駄も取り落としてしまう。

 

「いきなり何を──」

「よっ……ほら」

 

 落ちた下駄を拾い上げて、ルフィは麦わら帽子を被ってわたしに背中を向ける。

 え、なんて声を上げたわたしに、ルフィは振り返って言う。

 

「とりあえず座れるとこまで背負ってやるよ! 食べ物持ってたら服汚しちまうだろ?」

「…………ありがと」

 

 ──ルフィのクセに気が利くじゃん。

 言葉に甘えて、ルフィの背中に体を預ける。

 見た目よりもがっしりした温かい背中。

 

「よっ」

 

 ルフィは下駄を拾った時くらい軽々と、わたしの体を持ち上げた。

 そしてしっかりした足取りで雑多の中を歩く。

 ルフィに背負われてから、わたしはようやく気が付いた。

 

「…………ねえルフィ、これ目立たない?」

 

 少しだけ高くなった目線に、急に恥ずかしさがこみあげてくる。

 だけど、ルフィはわたしの顔の近くで麦わら帽子を揺らす。

 

「なんでだ? 状況が状況だし、別にいいじゃねェか。あ、ウタ、そのまま串焼き食わせてくれよ」

「……いいけど」

 

 だって裸足で歩けないのは事実だし。

 それに、持っている食べ物類も重いから、ルフィが食べてくれるなら助かる。……んだけど。

 

「ねえルフィ、あんたの口どこ?」

 

 とりあえず、と肩に回した腕をルフィの顔の方へ適当に突き出してみる。

 わたしの手に返ってくる弾力と、そして次いで聞こえるウベッという声。

 

「ウタ! そこは鼻だ!! 鼻からは食えねェ!」

「惜しい!」

 

 ルフィの少し怒ったような声に、そう返す。

 だって鼻と口って近いよね?

 本当にくだらないことだけど、なんだかそれがとってもおかしくって。

 鼻緒が切れてしまったなんて嫌なことも吹っ飛んで。

 わたしは口を開けて笑ってしまう。

 それに釣られたのか、それとも面白かったのか。

 ルフィも声を上げて笑い始めた。

 あはは!

 ししし!

 笑いの応酬をしているうちに、ルフィの足は目的地へとたどり着く。

 

「よし着いた!!」

 

 ルフィが特に疲れた様子もなく言った。

 

「ここは──」

 

 小さな神社だった。お祭りの為だろう、普段はないかがり火や飾りが見える。

 ルフィはその神社の石段に背中を向けて、ゆっくり優しくわたしを降ろした。

 切り出された石が、布越しにひんやりと冷たい。

 だがその冷たさも、すぐにお祭りの熱気に中てられて気にならなくなる。

 ルフィは帽子を脱ぐと、それをわたしの頭に押し付けて来た。代わりにわたしの手からフランクフルトを取り上げる。

 

「じゃ、ちょっと行ってくるから待ってろな」

「え、行くってどこに?」

「あ、そのリンゴ飴とか、好きなヤツ食っていいからな! じゃ、後で!!」

「ちょっとルフィ!!」

 

 答えにならない応えを残して、ルフィは祭りの喧騒の中へと消えていってしまう。

 

「…………行っちゃったし」

 

 熱気の中に独りぽつんと残されたわたしは、小さく呟きを漏らす。

 ルフィが左の下駄を持って行ってしまったものだから、わたしの左足の置き場がない。

 わたしは唇を尖らせて、そっと石畳の上に左足を置いた。

 ひんやりと、冷たい。

 直接触れたせいか、それとも足は体から一番離れた場所だからか。

 なかなか、その冷たさは消えてくれなかった。

 わたしは小さく溜め息を吐いてから、首を巡らせて後ろを振り返る。

 寂れた神社の鳥居が、わたしを静かに見下ろしていた。

 その鳥居を見て、ふと思い出す。

 たしか今から五年くらい前だろうか。

 当時小学生だったわたしの身に起こった、不思議な出来事。

 あの出来事のせいで、わたしは今でもオバケとかが苦手だったりする。

 この世に、“不可思議”はあるのだと知ってしまったから。

 そう、あれは──。

────

 

 

 

 あれは、五年前の今日。

 夏祭りの夜のことだ。

 ウタはやはりルフィと共に、この夏祭りに来ていた。

 まだ小学生も低学年だったから、シャンクスの同伴だ。

 屋台を回って、色々なものを食べて、色々なもので遊んだ。

 射的で勝負して、かき氷を食べて。

金魚すくいで勝負して、焼きそばを食べて。

 型抜きに勤しんで、たこ焼き屋さんの串捌きを楽しんで。

 お面を買って。

 ヨーヨーを買って。

 リンゴ飴を買って。

 普段とは違う、きらきらと輝くようなお祭りの雰囲気に、ウタの心は酔っぱらってしまっていたのかもしれない。

 シャンクスは、屋台を出していた地元の商店の人と立ち話をしていた。

 お祭りを楽しむ機会を一瞬たりとも逃したくなかったルフィとウタが、そんなシャンクスを待っていられようはずもない。

 二人はシャンクスを置いて、お祭りの喧騒の中へ飛び込んだ──はずだった。

 

(──あれ?)

 

 そんなウタの目に留まったのは、神社の境内に掲げられた、橙の光を放つ篝火。

 お祭りの喧騒とはかけ離れた、静かに炎先を揺らすその篝火のことがどうしても気になって、ウタはもう少ししっかり見たいと、神社の石段を身軽に駆け上がる。

 見下ろすような寂れた鳥居をくぐって、石畳に足音を鳴らして、その篝火のもとへと小走りで駆けて行く。

 ぱち──

 小さく篝火が声を上げ、ちろちろと闇夜を舐めるその炎先が、一際大きく揺れた。

 その焔が、ウタの紫水晶の瞳の中を揺れる。

 

 ──火が、気になるのかい?

 

 不意に、ウタの耳にそんな声が聞こえる。

 

「うん」

 

 ウタは振り返って、頷いた。

 

 ──そうか。

 

 と、彼は答えた。

 

(神主さんだ)

 

 ウタはそう思った。

 何故なら、その特徴的なシルエット。

 高い身長に尖り気味の頭、面長の顔。そして不摂生のせいか、それとも体質か、ラッキョウのようにでっぷりと太った下腹部。

 ウタも何度か見かけたことがあった。

 

 ────もう少し、綺麗なもの、見るかい?

 

 彼が、云う。

 キレイなもの。

 その言葉は、まるで魔法のようにウタの心の中にすっと入って来た。

 

「キレイなもの?」

 

 ウタの口から、期待するような声が出る。

 彼はそのウタの言葉に、

 

 ──おいで。

 

 とだけ言うと、その腕を伸ばした。

 ウタがその手を右手で取ると、彼は踵を返して、ゆっくりと歩き出した。

 ゆっくり歩いてくれるから、ウタも無理なく着いて行くことができる。

 境内を外れ、鎮守の森へと足を踏み入れる。

 もう、辺りは暗い時間のはずだ。

 だというのに、何故か二人の歩く周囲は仄かに薄明るく、歩くのには支障がない。

 

「うわァ……」

 

 夜に仄かに光るその森が幻想的で、ウタは思わず声を漏らす。

 そんな反応も特に気にしないまま、しかし歩調は合わせて彼は歩く。

 森の中だからだろうか。

 やがて、ウタの肌にまとわりつく湿気が強くなってきたかと思うと、霧が立ち込め始めた。

 そして──。

 再び彼らは、境内の中へと戻って来た。

 ……本当に?

 濃い霧の立ち込めた境内は、まるで外の世界とは隔絶されているようだった。

 橙だったはずのその篝火は紫色に輝き、妖しく霧を照らしていた。

 祭りの喧騒はどこかへ行ってしまったようで、篝火が闇を舐める音だけが、やけに耳についた。

 きしり……

 何かが、軋む音。

 その段になってようやく、ウタは事態の異常さに気が付いた。

 我に返った瞳で、彼を見上げる。

 

(──神主さんじゃ、ない……?)

 

 彼は確かに、姿かたちは神主に似ているだろう。黒いズボンをよく好んで履いている男だから、下半身が黒いのはわかる。

 だが。

 全身が真っ黒なのはどういうことだろうか。

 服装の話ではない。

 そこに“居る”のは、ただの影法師(シルエット)

 顔こそは見えないが、ウタの手を握るその手も、影のように黒く、そしてまるで実体を持たないような──。

 

 ────おいで。

 

 足下のウタを振り返ることもなく、彼が言う。

 ウタは、身を竦めた。

 そんな彼女のことを気にもかけず、彼は二本の篝火の間を抜け、本殿へと向かって歩き出す。

 きしり、きしり……

 金属が擦れる音?

 木材が軋む音?

 何の音かはわからない。

 しかし、彼が歩く度に、その音が鳴る。

 歩けないウタを残して、彼の影法師の腕が、伸びる。

 

「ひっ──」

 

 ウタの喉が小さな悲鳴を漏らして、掴んでいた手を離した。

 ……離れなかった。

 手に見えていたその黒い影は、ウタの腕にまとわりつき、その手を放そうとはしない。

 ようやくウタが歩いてこないことに気が付いたのか、彼が立ち止まった。

 

 ────おいで。

 

 そう言った彼が、ゆっくりと振り返り──。

 

「────おーい、ウタ! お前こんな所でなにしてんだ?」

 

 ウタの左の腕を掴む、確かな感触。

 振り返ろうとした彼から反射的に目を背け、ウタは自分の左腕の先を見る。

 そこには、黄金色の麦わら帽子が立っていた。

 

「ルフィ」

 

 幼馴染の名を呼ぶ。

 震えていたウタの声に、ルフィはただ首を傾げた。

 

「なんだ? ゆーれーでも見たような顔して。ヘンなやつ!」

 

 そのルフィの言葉に、ウタは目を丸くする。

 ルフィには、彼が見えていない?

 

「ま、いいや。行こう!」

 

 そう言って、ルフィがウタの左手をぐいぐいと引いて歩き出した。

 

 ────こっちへ、おいで。

 

 “彼”が言う。

 ウタはその言葉に身震いし──。

 

「何言ってんだ? ウタはこれからおれと的当てで勝負すんだ! ジャマするなよ」

 

 “彼”が見えているのかいないのか。

 ルフィはむっとしたように、振り向きもせずにそう反論して、ずんずんと進む。

 

「あ──」

 

 気が付けば、お祭りの喧騒が戻って来ていた。

 山車も出始めたのだろうか。竜笛の奏でる和風の旋律と、和太鼓の小気味いい音が遠くから聞こえてくる。

 ウタは周囲を見渡す。

 霧なんて、欠片もありはしない。

 篝火は暖かな橙色の光を灯し、闇夜を照らしている。

 どうやら、戻ってこられたらしい。

 ウタは安堵に、胸をほっとなでおろす。

 ルフィが再びウタを振り返り、首を傾げた。

 

「……ルフィ、ありが──」

「ルフィ、ウタ、こんなところにいたのか。待たせて悪かったな。次はどこに行こうか?」

 

 ウタがルフィにお礼を言おうとした瞬間に聞こえた、ウタを安心させる男の人の声。

 

「シャンクスー! 遅いぞ!!」

 

 ルフィが、遅れてやってきたウタの父親に文句を言う。

 悪かったって、とシャンクスがルフィの頭を帽子越しに撫でた。

 

「ほら、ウタも」

 

 伸ばされた手を、ウタは右手で握る。

 暖かな感触。

 そして三人は、再び祭りの喧騒に繰り出したのだった──。

────

 

 

 ぼんやりとあのことを思い出してみて、わたしは思う。

 あの時、ルフィがわたしを迎えに来てくれなかったら、どうなっていだろうか。

 ──わからない。

 想像するのも恐ろしい。

 “彼”が何だったのかはわからないが、子供をかどわかすような存在だ。決して善ではないのだろう。

 そういえば、と疑問が首をもたげた。

 この神社は、どんな神様を奉っているのだろう?

 この国には、悪いものを神として奉り浄化するという風習がある。

 ……この神社、何を奉ってるんだろう?

 石段に座りながら、ウタは答えも知らない疑問に思いを馳せる。

 と──。

 ざあ……

 境内から、冷たい風が吹いた。

 きしり……

 今鳴ったのは、周辺の木だろうか?

 ぞくり、という鳥肌が、わたしの背中を駆けあがり──。

 

「ごめんウタ、待たせた!!」

 

 腕を振りながら、人混みをかき分けて走ってくる、麦わら帽子の幼馴染。

 ルフィはわたしの前まで駆けてくると、ほら、と言って百均のビニール袋を差し出してきた。

 

「?」

 

 意図がわからず、ウタはそれを受け取ってから、中身を確かめた。

 中に入っていたのは、水色のビーチサンダル。

 売れ残りの安物なのだろう。三百円と書いてある札にマジックで横棒が引かれて、百円のシールが貼られている。

 

「…………もっと可愛いのはなかったの?」

 

 少なくともこのサンダルは、浴衣には合いそうもない。

 せっかく買ってきてくれたって言うのに、わたしは咄嗟にそんな文句を言ってしまった。

 しかし、ルフィは別に気にしてないように

 

「そうか? ウタなら何でも似合うだろ。サイズ合うのそれしかなかったし」

 

 なんて言った。

 ……そっか、それで鼻緒の切れた下駄を持って行ったのか。

 

「珍しく気が利くじゃん」

「そうか?」

 

 恩を着せるわけでもなく、当たり前だろと言わんばかりに、ルフィは首を傾げた。

 ……まったく、この男は。

 

「────ありがと」

 

 あの時言えなかった言葉を、ぽつりと呟く。

 ルフィは眩しく笑って、「気にすんな!」と明るく言った。

 下駄をサンダルに履き替えて、立ち上がる。

 カラン

 ビニール袋の中で、下駄のつま先同士がぶつかって、軽快な音を立てた。

 ドォン……

 遠くから、火薬が爆ぜる音が響く。

 どうやら、花火は始まってしまったらしい。

 

「行くか」

「行こっか」

 

 どちらからともなくそう言って、花火大会の会場へと足を向ける。

 神社を離れる前に、わたしはもう一度だけ境内を振り返った。

 やはり、古ぼけた鳥居と橙色の篝火があるだけ。怪しげな雰囲気は、ない。

 

「どうした?」

「ううん、なんでもない」

 

 そう言って、ウタは再び歩き出す。

 

「……ねえルフィ」

 

 未だ衰えない人混みを歩きながら、ウタは一歩前を歩く幼馴染の背中に声をかける。

 なんだ、とルフィが振り返らずに言う。

 

「……わたしがいなくなっちゃってもさ、またあの時みたいにちゃんと見つけてね」

 

 自分で言っておきながら、わたしは何を言っているのか、と小さく苦笑した。

 神社での出来事を思い出したから?

 それとも、久々の引っ越しを来月に控えているから?

 あの時、という言葉が、どこまで伝わったのかはわからない。

 それでも、

 

「当たり前だろ」

 

 なんて。

 ルフィは振り返りもせずに答えた。

 きっとわたしの人生で最後になる、この町のお祭りの夜は更けていく。

 ドォン……!

 花火会場の前に着いたわたしたちの前で、夜空を照らす黄金色の花が開き、そして散っていった。

 




ここまでお読みいただきありがとうございます。
次話に関しましてはあらすじに書きました通り「蛇足」です。
ハッピーな味わいを楽しみたい方のみご覧くださいませ。


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蛇足

ハッピーエンド好きはこちらへどうぞ。後日談です。


 ……なんて。昔のことを思い出す、暑い夏の夕方。

 じゃあねウタちゃん。

 ばいばいまたね。

 そう言って部活に向かっていく友人たちへと手を振ってから、わたしは教室を後にして下駄箱へと向かった。みんなとは違って、わたしは帰宅部なのだ。音楽配信をやっているから。

 上履きからローファーに履き替えながら、思う。

 確かあの町で夏祭りが行われるのは、今日だったっけ?

 トントンとローファーのつま先を地面に当てる。

 彼は元気にしているだろうか。

 疎遠になってしまった親友の顔を思い浮かべる。

 ……もし今日、配信をすっぽかして、新幹線であの町に行けば、もしかしたらあいつと逢えるのかな。

 なんて。

 

「おーいウタ!」

 

 後ろから聞こえる、男子の声。

 聞き馴染みのあるその声に、わたしは振り返らずに応える。

 

「なに?」

「今から帰りなんだろ? 一緒に帰ろう!」

 

 いつも通りの言葉を掛けられ、わたしはいつも通り、何気なしに返答する。

 

「あんた部活は?」

「入ってねェ」

「あんた運動神経いいんだから、何か入んなよ。もったいないよ?」

「だって引っ越してきたばっかだし」

「はァ? ルフィなに言って────???」

 

 名前を言葉に出して、わたしはようやく誰と喋っているのかに気が付いた。

 慌てて振り返る。

 幻覚幻聴聞き違い……?

 違う。

 その声を聞き違えるはずがない。だって──。

 

「ウタ、ひっさしぶりだなァー!」

 

 この町にいないはずのルフィが、何故かこの高校の制服を着て、何故か笑顔で立っている。

 

「…………なんで??」

「言ったろ? 引っ越してきたんだ、昨日」

「どうして?」

「父ちゃんの仕事の都合で」

 

 あっけらかんとルフィは言う。

 

「…………そういうのは、ちゃんと連絡してよね!!」

「だっておれ、スマホとか持ってねェし、今のウタの連絡先知らねェ」

「──でも一言声かけるとかさァ!!」

「今かけてるじゃねェか」

 

 ああ言えば、こう言う。

 …………いや、別にルフィが悪いわけではない。

 だってルフィが言っているのは全部事実だし。

 わたしが、事前に知らなかったのがなんとなく気に入らなくて、そしてさっき驚いてしまったことが気に喰わないだけ。

 ルフィがわたしの隣まで来て、「帰ろう」と言う。

 

「ウタ、お前家どっちだ?」

「〇×地区。ルフィは?」

「おれも! なんだ家近いのか! 遊び行っていいか?」

「いいけどさ」

 

 そんな会話をしながら、高校を後にする。

 そういえば、とウタはルフィに尋ねた。

 

「よくわたしだってわかったね。別人だったらどうするつもりだったの?」

 

 はァ? とルフィが首を傾げた。

 

「おれがウタを間違えるわけねェだろ」

 

 ルフィのその言い方がなんだか面白くって。

 わたしは思わず笑ってしまった。

 ──でもそうか。私が引っ越してから三年も経ったけど、ちゃんと覚えていてくれたんだ。

 ふと思い出したような顔をして、ルフィが「あ、そうだ」と言う。

 

「約束、ちゃんと守ったからな!」

「約束?」

「ちゃんと見つけただろ?」

 

 一瞬だけ、わたしの思考が短絡(ショート)した。

 あの夏祭りの何気ない約束を、まさかルフィが──。

 恥ずかしいやら照れくさいやらで、わたしは思考を取り戻す前に、ルフィの右肩を左拳で殴っていた。

 

「痛ェ!! なんで殴るんだよ!?」

「うるさい! 知らない! ありがとう!!」

「お前言ってることもやってることもムチャクチャだぞ!!?」

 

 昔みたいにじゃれ合いの言い争いをして、涙が出るくらいまで笑う。

 ああ、きっと。

 明日はきっといい日になりそうだ。

 

 




以上蛇足でした。
お読みいただきありがとうございました


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