ある父親の子育て日記 (エリス)
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Chapter.0 Born again
プロローグ


「行ってきます」

「傘は持った?」

「持ってる」

「そう、じゃあ行ってらっしゃい」

 

母親の声を聞きながら、俺は家を出る。

空を見ると、天気は曇り。

確か、天気予報では降水確率が50%、とか言ってた気がする。

雨も降らないうちに急ぐか。

いつ降り出すかもわからないから、早歩きで高校に向かうことにした。

別に、まだ走らなければ遅刻するような時間でもないし、無駄に走って疲れるのも嫌だ。

ただでさえ、今日は体育の授業がある。

朝のうちから疲れる必要もないだろう。

 

高校までの道には、信号は三つある。

一つ目と二つ目は、赤信号で止められてしまった。

青信号で通れたときは多少良い気分になるもんで、その反対となると、少し気落ちしてくる。

そして三つ目に差し掛かったのだが、青信号が点滅しているとこだった。

まさか、三つとも赤で止められるとは…。

思わずため息を吐いてしまうのも仕方がないだろう。

まぁ、急いでないしいいか。

そう思って、携帯でも開くかと思ってポケットに手を入れようとしたときだった。

足元の横をボールが転がっていった。

……ボール?

そしてすぐ後に聞こえてくる、感覚が短い、足音。

そちらを向こうとしたときには、既に自分の横を通り過ぎていて。

……まさか。

道路の方に向き直ると、ボールに追いついて、嬉しそうにボールを取ろうとする女の子の姿。

信号は、赤。

 

(なんてテンプレだよ!)

 

何人か、俺と同じように信号を待っていたのだが、呆然としているのか、自分が大事なのか、なんなのかわからないが、すぐに女の子を助けようとする感じはない。

俺も1、2秒位状況を理解するのに動けなかったが。

気付くと、女の子のいる方に飛び出していた。

走り出したと同時に聞こえてくるクラクションの音。

車が来ているのはわかるが、確かめる余裕は無い。

女の子は自分に迫る危機を頭の中では理解できていないのか、クラクションの音がした方を見て、ただ立っているだけ。

走っている途中で、一つ気がついたことがある。

 

(……これ、両方助かるのは無理だな)

 

陸上部でもない、50メートル走7.1秒程度の俺では、多分出来て、女の子を突き飛ばすことくらいだろう。

もう少しで、女の子に手が届く距離に来る。

しかし、車のブレーキ音もすぐそこ。

 

(間に合え……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神に祈りが届いたからなのか、普段の俺の行いが良かったからなのか、はたまた火事場の馬鹿力が出たのか。

結果的に言えば、俺は女の子を道路の端辺り、車が通らない辺りまで突き飛ばすことに成功した。

そして。

 

今までに味わったことがない衝撃を、俺の体を襲うのは、その直後だった。

 



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どうやら転生したらしい

(……朝か)

 

目を開け、カーテンの隙間から入ってくる光を見ると、どうやら朝になったようだ。

腕を体の上に伸ばして、んーっとする。

時計を見ると、6時。

今の季節は、まだ春に入ったばかり。

少しばかり、肌寒い。

体が少し震えながらも、カーテンを開けた。

視界に入ってくる光の眩しさに少し目を閉じる。

 

「……いい天気だ」

 

空は晴天だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、ここで事情説明。

あの時、おそらく車に轢かれたであろう俺は、衝撃を受けて意識を失った。

そして、次に目を覚ますと、どこかの某名探偵よりも体が縮み、赤ん坊になっていた。

最初は、何が起こっているのか理解不能状態だった。

知らない場所に知らない親、さらに体は縮んでいる状態。

あまりのパニックに、年甲斐もなく大泣きしてしまった(まぁ、見た目的には普通だったのだろうが)。

で、辿り着いた考えが、輪廻転生(りんねてんせい)。

まぁ、転生輪廻(てんしょうりんね)とも言うらしいが、死んだ魂が、何度も生まれ変わるというもの。

自分も漫画とかゲーム程度の知識しかないが、取り敢えず自分が生まれ変わったのではないか、という結論に落ち着いた。

もしかしたら、ほかの何かしらの作用が働き、このような状態になったのかもしれないが、考えてもこれ以上答えは出ないから、仕方がない。

 

新しく生まれ変わった世界だが、分かったことは、

① 科学技術は前よりも低い(しかし、電気は通っているし、水道なども普通にある。テレビやパソコンとかがないくらいのもの)

② 科学技術の代わりに、魔法の技術が発達している。

③ 魔族という種族が存在(魔族と人間は争っていた)。

④ 一夫多妻、一妻多夫の制度が採用。

大体こんなところである。

他にも前の世界と違うところはあるだろうが、生活していればわかるだろう。

 

自分の今の年齢は13歳。

母は俺を生んだ5年後に病気で死に、父はその3年後、魔族との戦いの時に死んでしまった。

周りの親戚が、俺を引き取ろうと言ってくれた。

新しく生まれた俺の家には、別にすごい財産があったわけでも、価値のある剣とか絵画があったわけでもなかったから、別に下心があったわけでもなかっただろう。

しかし、俺はそれらを全て断り、一人で生活することを選択した。

親戚に引き取られるとすると、遠くの地方に移り住むことになるし、八年住んだこの家を、売るというのも嫌だった。

 

それから5年。俺はバイトをしながらも、それなりに自分的に充実した生活を過ごしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう、マコト!おはよう!」

「おはようございます」

 

俺は走りながら、窓から顔を出して俺に挨拶をする男に、返事を返す。

生まれ変わってから、俺は毎朝トレーニングを始めた。

父親は剣士であったし、母親も魔法をそれなりに使えたので、二人から習い始めたのがきっかけだった。

もちろん剣を握ったことも、魔法を使ったこともなかったから、最初は大変だった。

特に、魔法とか呪文を唱えて何も出なかったときは、すごく恥ずかしかったものだ。

 

「マコト君、おはよう」

「おはようございます」

 

剣と魔法を習い始めたのが4歳からだったから、魔法に関して母親から教えてもらったのは、一年のみだった。

剣に関しては基本は全て教えてもらえたが、さすがに一年で魔法の基本をすべて教えてもらうのは無理だった(4歳であるからゆっくり教えてもらってたのも、原因の一つだ)。

 

「マコト!今日は買ってくか!?」

「帰りによるんでその時に」

「あいよ!」

 

それからというものの、俺は独学で、なんとか頑張っていたのだが、やはりそれだと限界があるわけで。

そこで俺が考えた結論は……。

 

「おはようございます、先生」

「おはよう、マコト。それでは、始めようか」

 

プロに教えてもらうことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カァン!

 

サクッ

 

「……参りました」

 

木刀を弾かれ、首元に突きつけられた木刀を見て、俺は降参の意を示した。

師匠、クロイツ・トルバーズは、それを聞き木刀を自分の足元に指した。

 

「マコトも、だんだん剣捌きが上手くなってきたな。今なら、戦場に出ても、そう簡単には死なないだろう」

「俺は別に、戦場に出たくて鍛えているわけではないですよ」

 

俺は飛ばされた自分の木刀を拾いに行きながら答える。

 

「ハッハッハ!知っているさ。最初にそれは聞いたものな」

 

俺が師匠に剣を習い始めたのは、一年前のこと。

師匠は俺の父親の知り合いであり、前から面識はあった。

父親が死んで、一人で練習していたのだが、そこを見つけられたのがさらに一か月前。

そして、師匠の方から、俺に剣を教えてくれるという話をされたのだ。

習い始めるときに、ある会話をした。

 

「マコトは、なんの為に剣を振る?」

「……自分の身を守るため、それと……」

「それと、なんだい?」

「……誰も、悲しまない結果にするためです」

 

前の世界での最後、結果的に目の前の子を救えたが、自分は助からなかった。

そのことで、親を悲しませてしまっただろう。

結局、自分が助からなかったら意味がない。

そうするために、俺は頑張っている。

……自分の恥ずかしい話は置いておこう。

師匠とすることは、ただ一つ。

ひたすら模擬戦である。

ある程度の基本は身についていたし、そこに下手に師匠の型を教えてもらうのも、今までのが崩れてしまう可能性があった。

ただでさえ、剣技を習うのはこの世界に来てから初めてのことだ。

多くを習っても、中途半端で終わってしまうかもしれない。

従って、模擬戦を繰り返し、悪いところを師匠に指摘してもらい、俺が試行錯誤する、という形になった。

 

「どうする?まだ時間はあるが……」

「そうですね……」

 

さてどうするか、と考え始めたそのとき。

 

「お父さ―ん!お兄ちゃーん!」

 

「……やめときます」

「うむ、それがいいだろう」

 

街の入口から(自分たちがいるのは、町から出て少し歩いたところの方)走ってくる、一人の少女を見て、今日の訓練を終わりにするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お父さん!なんで起こしてくれなかったの!?」

「ハッハッハ!すまんな、リーゼよ。ずいぶんといい夢を見ていたようだったからな。起こすのは可哀想だと思ってな」

「もう!お兄ちゃんも何か言ってあげてよ!」

「俺はそれよりも、リーゼがどんな夢を見ていたのかが気になるけどな」

「えぇ!?それは、その……」

俺と手を繋ぎながら歩く女の子、リーゼ・トルバーズに聞くと、彼女は顔を赤くして、ゴニョゴニョとし出した。

 

「……お兄ちゃんと結婚する夢」

 

は?と俺が聞き返してしまうのもしょうがないだろう。

 

「ハッハッハ!それはいい!リーゼ、今の内から捕まえておきなさい」

「師匠、5歳の娘にそんなことを勧めないでください」

 

豪快に笑う師匠に、俺はため息を吐く。

俺とリーゼが出会ったのは一年前、すなわち師匠に剣を習い始めてからだ。

師匠の家にご飯をよばれに行くこともあり、そのときに出会った。

その時から、一緒に遊んであげたり、面倒を見ていたからか、懐かれて、兄のように慕ってくれている。

最近、将来の夢を聞いたとき、

 

「お兄ちゃんのお嫁さん!」

 

と元気よく言われたときには、正直困った。

その時に、師匠がorzの体制を取っていたのは吹いたけど。

 

「お兄ちゃん!今日は家でご飯食べてく?」

「うーん、そうだなぁ……」

 

昨日朝食をよばれたばかりだしなぁ……。

 

「今日はやめておくよ」

「えぇー……」

 

リーゼがすごくがっかりした声を出す。

 

「マコト。別に、遠慮はしなくてもいいんだぞ?うちはいつでも大歓迎だしな。マコトが来たら、クラリスも喜ぶしな」

 

クラリスというのは、師匠の奥さんの名前だ。

確かに、俺が行くと、クラリスさんも俺を歓迎して、美味しい料理を作ってくれるのだが、あまり行き過ぎるのも、なんだか悪い。

 

「いえ、昨日行ったばかりですし、やっぱりやめておきます」

「そうか、わかった」

「うぅー……」

 

師匠は了解の意を示すのだが、リーゼは納得していないのか、捨てられた子犬のような目で俺の方を見る。

……その目はやめてくれ。

 

「じゃあ、リーゼ。昼に家に来なよ。昼ご飯ごちそうしてあげるから」

 

そうリーゼに提案すると、パッと花が開いたように笑顔を咲かせた。

 

「いいの!?」

「うん……っと、師匠、大丈夫ですか?」

 

一応、大丈夫だと思うが、師匠に確認を取る。

 

「あぁ、大丈夫だ。というより、頼みたいこともあるしな」

「……?なんですか?」

「あぁ、実は俺とクラリスが、昼から夜まで用事があってな。その間、リーゼを頼みたいんだ」

「成る程……まぁ、今日の午後はバイトも入れてないですし、大丈夫ですよ。リーゼのことは任せてください」

「頼む。夜になったら、俺が迎えに行く。」

「わかりました」

「今日はお兄ちゃんとずっと一緒!?」

 

リーゼがすごくキラキラした目をしながら、聞いてくる。

 

「そうだ。リーゼ、マコトにあまり迷惑をかけないようにな」

「うん!」

 

師匠はリーゼの頭を豪快に撫でる。

リーゼはそれに嬉しそうに笑い、俺は親子の絵に微笑ましく笑った。

 



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基本的にこんな一日

「おはようございます、アールさん」

「おう、マコトか。今日は何を?」

「えっと、小麦粉と……」

 

師匠とリーゼの二人と別れたあと、立ち寄ったのは、道具屋。

主人のアール・ストルーマンさんに欲しいものを伝えていく。

 

「……こんなもんですかね」

「あいよ。おい、マリー!マコトが来てるぞー!」

 

アールさんが商品の準備をしてくれながら、店の奥の方に呼びかける。

そうすると、直ぐに奥から眼鏡をかけた内気そうな女の子が出てきた。

 

「お、おはよう。マコトお兄ちゃん」

「うん、おはよう。マリー」

 

彼女の名前はマリー・ストルーマン。

苗字から分かるとおり、アールさんの娘。

 

「今日は、何を、買いに来たの?」

「料理の材料と、あと本をね」

「何の本?」

「魔法の本と、あと鍛冶についての本をね」

「マコトお兄ちゃん、剣を作るの?」

「まだ、作ろうかな、っていう思いつきみたいなものだけどな」

 

家には父親の父親、つまり俺にとっての祖父に当たる人が鍛冶師をやっていたようで、そのための施設がある。

昔に父親からそのことを聞き、施設も見せてもらったのだが、最近になって思い出し、その施設を確認したところ、まだ十分使える状態だった。

まだ自分の武器もないことだし、それに少し興味もあったので、せっかくだし使ってみることにしたのだ。

 

「それじゃ、もし何か作ったら、わ、私にも見せてくれる?」

「いいよ……と言っても、しばらくあとの話になりそうだけど」

 

苦笑しながら、俺はマリーにそう伝えた。

マリーはリーゼと同い年だけど、二人は面識はあるのだろうか?

まぁ、この街に二人とも住んでいる以上、顔見知りではあるだろうけど。

二人同時には会ったことはない。

 

「マコトお兄ちゃん。今度もまた、本読んでくれる?」

「もちろん、構わないよ。今日はちょっと無理なんだけど……言ってくれれば、暇な限り期待に応えるよ」

「ありがとう、マコトお兄ちゃん。今度来るまでに、本決めとくから」

 

マリーは本をよく読む。

基本的に、彼女の手元には本があり、たまに俺がマリーに読んで聞かせることもある。

あまり、幼い割に合わないような内容の本もあるが。

 

「マコト、用意終わったぜ」

 

アールさんがカウンターに戻ってきて、商品を詰めた袋をカウンターの上に乗せた。

 

「えっと、金額は?」

「680G(ゴールド)だ」

「はい……これで」

「あぁ、確かに」

 

財布から、金額分の金を出して、商品を受け取る。

さてと、家に帰って飯を作らないと。

 

「それじゃ、アールさん、マリー」

「おう、ありがとよ!」

「マコトお兄ちゃん、またね」

 

二人に別れを告げて、家へと向かう。

……腹が減ったから、早く家に帰ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

飯を作って食べ、余裕をもってバイトの場所へと向かう。

服装はスーツに着替え、髪も軽く整えてある。

バイトの場所が見えてくると、門の前には、女の子が立っていた。

と言っても、いつものことであるから、驚きはしない。

女の子もこちらに気づくと、和かな笑みを浮かべてこちらに走ってくる。

 

「おはようございます、お兄様!」

「おはようございます、お嬢様」

 

俺が気取って挨拶をすると、不満そうな顔をした。

 

「もう!お兄様、私にそのような態度はやめてください」

「あぁ、ごめんごめん」

 

頭を撫でてやると、期限を直してくれたのか、笑顔を浮かべた。

そして嬉々として、俺の手を取る。

 

「さぁ、お兄様!私の部屋に行きましょう?」

 

俺は少女に引っ張られるように、俺は少女の家、ノーザリー家に入るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女、クリスチーナ・オハラ・ノーザリーとは、二年前に出会った。

俺がバイトに行こうと街を歩いていたとき、泣いている彼女を見つけた。

話を聞くと、幼い彼女は家の中にばかり居させられて、外に出たくなり、抜け出してきた。

しかし、家から一人で出たことがなかった幼い彼女は、街の地理などわかるわけもなく。

心細くなり、泣き出してしまったところを、俺が見つけ、家まで送ったのだ。

その時は彼女の家名を聞いてなかった俺は、敬語を取るようなこともせずに、今のクリスチーナと話すような言葉遣いをとっていた。

しかし、かえってそれが良かったのか。

彼女が泣き止む頃には、結構懐かれ、家に送り届けたときに、

 

「お兄様と、呼んでいいですか……?」

 

子供の頼みを簡単に断るのも気が引け、俺はそれを承諾したのである。

さらに、執事の方にも、バイトとして執事もどきの役を頼まれ、少なくとも週に一度はここへ通っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄様、これでよろしいですか?」

「ん……そうだね、大丈夫だよ」

 

クリス(俺が付けた愛称)は、俺に量りとった材料を俺に見せ、確認を取る。

 

「それじゃ、これを混ぜよう」

「はい、お兄様♪」

 

料理が作るのが楽しいのか、クリスは笑顔で俺の言うとおりに手順をこなしていく。

今やっているのは、さっきのやりとりで分かるだろうが、料理である。

先週、帰り際にクリスから、お菓子を作りたいと言われ、材料を俺が準備し、一緒に作ることになった。

今回挑戦するのは、クッキーである。

初心者でも、そんなに失敗することはないだろう。

順調に進み、後は焼くだけである。

 

「それじゃ、これをオーブンに入れて……」

 

オーブンに入れて、温度を設定する。

 

「それじゃ、焼き上がるまで待とうか」

「はい♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだい?」

「……美味しいです」

 

初めて自分で作った料理である。自分で苦労して作り上げたということもあり、一味違うものに感じるだろう。

俺もクリスが作ったクッキーを一枚食べる。

 

「……うん、美味しい。よくできてるよ」

「ありがとうございます♪」

 

俺の言葉に、嬉しそうに笑うクリス。

俺はそういえばと思い、疑問を聞くことにした。

 

「クリス。今更な感じもあるんだけどさ、なんでお菓子を作りたいって言ったの?」

「えっ?」

 

俺の言葉に、クリスはキョトンとした顔をした。

 

「いやさ、いつも美味しいものを食べてるわけだろ?それに、習うなら俺じゃなくても、専属のシェフがいるわけだし」

 

正直言って、俺は料理は好きな部類に入るけど、専門家より上手い訳がない。

あっちは仕事でやってるのに対し、俺は趣味の域だ。

間違いなく、あちらの方が何枚も上手である。

 

「……お兄様が、料理の話をしてくれたことがあるでしょう?」

 

俺は記憶を探ると、思いつくのは二週間前のことだ。

何か話をしてとクリスに頼まれた俺が、料理の話をした気がする。

 

「その時、お兄様が楽しそうに語ってくださり、私も作ってみたいと思ったのです……他ならぬ、お兄様と」

 

なんとも嬉しいことを言ってくれる。

俺は、少し照れながらも、クリスに礼を言った。

 

「そっか……ありがとな、クリス」

 

頭を撫でると、クリスは嬉しそうに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お昼前になり、クリスに別れを告げ、執事の方に給金をもらい、俺は家に着いた。

もうすぐリーゼも来るだろうし、急いで昼食を作らなくてはならない。

先ほどクッキーも食べたし、ホットケーキとかでいいだろう。

そう思い、生地を作り始める

記事を作り終わったら、あとはフライパンで焼くだけだ。

二枚目が焼きあがり、三枚目を焼こうとしたときに、玄関のドアがノックされた。

玄関の方まで行き、ドアを開けると、師匠とリーゼが立っていた。

 

「こんにちは、師匠、リーゼ」

「おう、マコト」

「こんにちは!お兄ちゃん!」

「それじゃ、夜まで預かればいいんですよね?」

 

一応確認をとると、師匠は頷いた。

 

「それじゃ、クラリスを家に待たせてるからな。また後でな」

「はい、それでは」

「お父さん、行ってらっしゃーい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人で昼食を済ましたあと(ホットケーキは好評だった)、

 

「それじゃ、リーゼ。何かしたいことはあるか?」

 

俺とリーゼは洗い物をしながら話す。

一人でやろうと思ったのだが、リーゼが手伝いたいと言うので、洗い物を手伝ってもらっている。

 

「絵本読んで!」

「絵本か……うん、いいよ」

 

リーゼに読ませる絵本を頭の中でピックアップしていくが、どうやらリーゼには読んでもらいたい本があったらしい。

 

「それじゃぁね、あの本がいい!騎士様とお姫様が幸せになる本!」

「……あぁ、あの本か」

 

その本の内容はよくある話で、ある国に住んでいたお姫様が魔物に攫われてしまい、騎士の男が魔物を倒してお姫様を取り戻し、最終的に二人が結婚して幸せになる話だ。

今までにニ、三回ほど読んであげたことがある。

よほどこの話が好きなのだろう。

 

「わかった。それじゃ、洗い物が終わったら、読もうか」

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「『……お姫様と騎士の青年は、幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし』」

「いいなぁ~」

 

絵本を読み終わり、その本を閉じると、俺の膝の上で黙って聞いていたリーゼは羨ましそうな声を出した。

 

「私も、この騎士様みたいに、強くなりたい!」

「そっちかい」

 

お姫様みたいな展開を望んでいるのだと思ったが……。

まぁ、師匠の影響もあるのだろうか。

クラリスさんは、普通の主婦だし。

 

「だって、お父さんも、『まだリーゼには早い!』って言うし……」

「うーん……まぁ、まだリーゼは5歳なんだし、仕方ないんじゃないか?」

「でも、お兄ちゃんは今の私よりも早いうちから、剣も魔法も習ってたんでしょ?」

 

リーゼは顔を上に向けて、俺を上目遣いで見つめながら話す。

 

「そうだけど、時代も時代だったしなぁ……今は平和だし、それにあまり急ぎすぎる必要もないと思うぞ」

「でも、私も誰かを守れるようになりたい!」

 

リーゼが言うことは、本当に騎士みたいなときがあるな……。

俺には、そんな不特定多数を守るなんてことは、出来ない。

 

「まぁ、今は我慢だ」

「それじゃ、お兄ちゃんが教えてよ!」

「俺は習ってる身だから、それは無理だな」

 

それに俺が使う剣術も、リーゼにはあまり合わないだろう。

どちらかというと、東洋の刀の扱い方の方を重視して覚えている。

父親から教えてもらうときは西洋剣術だったから、西洋の剣も扱えるけど、やっぱり師匠には遠く及ばない。

というか、この街には東洋剣術を使っている人が少なすぎる。

ほとんどが本を探しまわり、それに載っていることを自分に扱いやすいようにアレンジしてやっている感じだ。

 

「だから諦めろって。作っておいたプリンでも出すから」

「本当!?」

「うん、だから少し待ってな」

「うん!」

 

俺はおやつの話を出し、リーゼの意識を剣術からそらすのだった。



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俺の平穏は終わりを告げるらしい

「え?王様が俺にですか?」

「あぁ、昨日王様に呼ばれて話をしていたときに、な」

 

あれから三ヶ月後。

師匠との訓練が終わり、帰る途中である。

 

「一体何の用事でしょうか……?」

「さぁな。何しろ、突然言われたしな。取り敢えず正午過ぎには来て欲しいとの話だ」

「分かりました」

 

今日の午後は、魔法学の本を読もうと思っていたのだが、仕方ないか。

さすがに王様の頼みを断るわけにもいかない。

 

「お兄ちゃん、王様と会うの?」

「ん、あぁ」

 

いつものように、俺と手を繋ぎながら歩くリーゼがそう聞いてきた。

 

「すごいね、お兄ちゃん!後でお話聞かせてね!」

 

確かに、考えたら、普通の城の一般兵士だった者の息子である俺が、王様と話をするのだから、すごいのであろう。

キラキラした目をするリーゼに苦笑する。

 

「帰ってきたら、どんな人だったか話してあげるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マコト・キサラギ。只今参上しました」

 

そして正午になり、王様の前にいる俺。

顔を下げ、王様に名を告げた。

というか、あまり形式ばった敬語を使う機会がないから、言葉遣いが大丈夫か不安だ。

 

「マコトよ、顔を上げよ」

 

俺は下げていた顔を上げ、王様に顔を向けた。

王様の横には兵士の人が二人控えている。

 

「王様、私への話とはなんでしょうか?」

 

あまりこの雰囲気でいるのも辛いので、さっさと要件を聞き出すことにする。

 

「うむ。イザベルのことは知っているな?」

「?はい、英雄ですから」

 

イザベルとは、かつて王国軍の先頭に立ち、魔王軍と戦った女性だ。

魔王軍が王国に進駐してきたときにも、勇敢に魔王軍に一人で立ち向かった。

そして、どうやってかは知らないが、魔王を説得して引き上げさせたのだ。

それゆえ、彼女は『英雄』とも呼ばれている。

しかし、それ以来行方不明になってしまい、王国軍は彼女の捜索を開始した。

それが5年前のことである。

 

「実は、捜索隊が何人も倒れてしまってな」

「……5年にもなるので、ある意味仕方ないのではないかと」

 

5年間もずっと、魔族がいる中を捜索していれば、魔族との争いも多く起こるだろうし、死ぬ人が出るのも当たり前だ。

というか、この話題を出すということは…なんとなく読めてきた。

 

「昨日クロイツと話していたときに、お前の話を聞いてな。出来れば、捜索隊に加わってもらいたのだ」

 

やっぱりな…。

というか、兵士でもない俺に依頼をするということは、そこまで人が足りないのか……。

俺からしたら、そこまでして探す必要はあるのか、って感じだが。

 

「頼めるか?マコトよ」

 

俺は少し考える。

そして、答えを出した。

 

「わかりました。お引き受けします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだったのか……」

 

夜になって師匠を訪ねた俺は、さっきの話を伝えていた。

師匠から話を聞いたわけだし、しばらく帰れなくなるわけだしな。

 

「はい。明日の早朝には、この街を出ます」

 

王様には捜索隊に加わって、一緒に行動するように言われたが、そこでひとつだけ頼み事をした。

 

「それにしても、一人で大丈夫なのか?」

 

そう、俺一人での単独行動である。

捜索隊に加わっても、王国での訓練を全くしていない俺が隊列に加わっても、お互いにとって邪魔になるだけだ。

王様は難色を示したが、一ヶ月に一度は報告をするということで許可してもらった。

 

「大丈夫ですよ。というか、かえってそちらのほうが楽ですし」

 

軍隊なんて俺には合わないしな。

 

「まぁ、たまに連絡も取れるようにしますよ」

「そうしろ。リーゼも寂しがるだろうしな」

 

ふぅ、と息を吐くと、師匠は申し訳なさそうな顔を俺に向けた。

 

「すまんな。本当は、俺も行ってやりたいんだが……」

「わかってますよ。というか、それが話を受けた理由ですし」

 

そう。

多分俺が行かなかったら、師匠が捜索隊に加えられる可能性もあると俺は思った。

そして、万が一戦士でもしたら、リーゼもクラリスさんも悲しむし。

 

「師匠はリーゼやクラリスさんを守ってあげてください」

「……あぁ」

「それでは、俺は明日に備えて早めに寝ます」

「……リーゼには、話さなくていいのか?」

 

俺が帰ろうとしたとき、師匠に問いかけられた。

 

「……いいんですよ」

「……そうか。じゃあな、マコト」

「お世話になりました」

 

俺は師匠に礼をしてから、俺は家へと歩いていった。

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなもんか」

 

自分の武器の整備や、食料を詰めたりし、準備を完了させた。

本とかは、持って行っても荷物になる可能性もあるから、置いていく。

 

(それにしても、もう13年か……)

 

生まれ変わって13年。

色々と大変だったけど、結構充実していたと思う。

しかし……。

 

(前の世界だと、まだ中1か)

 

中1で一人旅とは。

前の世界だったら、全く予想もつかなかったな。

 

コンコン

 

(ん?)

 

誰だろう、こんな夜に……。

 

「はーい」

 

玄関のドアを開ける。

そこに立っていたのは……。

 

「リ、リーゼ?」

「…………」

 

悲しそうに俯く、リーゼの姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、ココアでいいよな」

 

リーゼの前にホットココアを置くと、黙って頷いた。

そして、ココアをちびちびと飲み始めた。

それを見て、俺も自分に入れたコーヒーを飲む。

リーゼを家に入れたのはいいのだが、来てから一言も喋らない。

どうしたものだろうか……。

 

「……聞いたの」

 

俺が考えていると、ようやくリーゼが言葉を発した。

 

「……お兄ちゃんと、お父さんが話しているの」

 

それを聞いて、俺は自分の迂闊さを責めた。

家の前で話していたら、聞こえてしまう可能性なんて、十分にあったというのに。

 

「お兄ちゃん、嘘だよね!?この街からいなくなるなんて、嘘だよね!?」

 

顔を上げたリーゼは泣いていた。

……多分、リーゼも分かってはいるんだろう。

俺が街から出るというのが、本当だということに。

 

「……本当だよ、リーゼ。俺は明日の朝には、この街を出る」

「っ!」

 

リーゼの肩がビクッと揺れる。

 

「……どうして?」

 

リーゼは泣きながら、俺に疑問をぶつける。

 

「おに、ちゃんは……、私のこと、嫌い、なの?」

「そんなことはない。俺はリーゼのことが大好きだ」

「じゃあ、どうし、て?」

 

俺の服を掴みながら訴える。

……リーゼは、こんなにも慕ってくれていたのか。

 

「ごめん、リーゼ。王様に頼まれた以上、そう簡単に断るわけにもいかないんだ」

 

リーゼに何とかいって聞かせようとする。

できれば俺も、この街を出たくはない。

だけど……。

 

「ごめんな、リーゼ」

「……わーーーん!」

 

リーゼは俺の服をより強く握り締め、声を上げて泣き始めた。

俺は、リーゼが泣き止むまで、黙って頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トントントン……

 

「ん……」

 

包丁の音に気付き、リーゼは目を覚ました。

外を見ると既に朝で、小鳥のさえずりも聞こえる。

 

「お、起きたかリーゼ」

 

キッチンから顔を出したマコトは、起きたリーゼを見て笑った。

リーゼはマコトを寝ぼけ眼で見た。

 

「朝ごはんできたから、顔を洗ってこい」

 

 

 

 

昨日の夜、泣き疲れて寝てしまったリーゼを、俺は自分の家に泊めた。

一応、師匠の所に連絡を取りに行き、了承してもらったのである。

 

「美味しいか?」

「うん……」

 

簡単に、パスタを茹でたものと、スープとサラダを作った。

本来の出発時刻はもう過ぎているが、まだリーゼには話したいことがあった。

 

「リーゼ」

「…………」

「今日から俺は街を出るけど、別にもう帰ってこないわけでもない。連絡も取るし、王様の頼みが終わったら帰ってくる」

「…………」

「だから、な?」

「……また、一緒に遊んでくれる?」

 

そう俺に聞くリーゼ。

 

「あぁ、もちろん。だから、リーゼも待っててくれるか?」

「……うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、俺たちは家の鍵を閉め、師匠の家に向かった。

リーゼが軽く怒られた後、師匠に家の鍵をあずけた。

下手して、旅の途中で家の鍵を無くすとか困るし…。

そして、街の入口まで、師匠とリーゼは見送りに来てくれた(クラリスさんは、色々と忙しいので、師匠の家の前で済ましてもらった)。

 

「見送り、ありがとうございます」

「気にするな。弟子の旅立ちだから、これくらいは当然だ」

 

ハッハッハ!、と豪快に笑う師匠。

正直、こうゆう風に見送ってくれる方が楽で助かる。

まぁ、子供にそれを要求するのは無理な話だけど。

 

「お前の最初に立てた考えを貫け。自分の納得のいくようにな」

「……はい!」

 

……本当に、この人が師匠でよかったと思う。

そして……

 

「……お兄ちゃん、できるだけ早く、帰ってきてね」

「うん、そのつもりだ」

 

リーゼは、耐えるようにしながら、俺の方を見て言う。

でも、その一言を言うと、俯いてしまった。

言いたいことはもう言ったし、これ以上の言葉はいらなかった。

 

「それじゃ、行きます」

「あぁ、気をつけてな」

 

俺は街に背を向け、歩きだした。

歩きだして少し経ったあと、後ろからリーゼの声が聞こえた。

 

「お兄ちゃーん!私、強くなるからねー!」

 

その声を聞いて思い出すのは、三か月前のこと。

俺は思わず笑みが出て、振り返って大声で返した。

 

「楽しみにしてるよ!」

 

 

……さぁ、まずはどこに捜しに行こうか?

 



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一方通行な出会い

「あちぃ……」

 

歩きながら、空から差す強い日差しに、言葉を漏らした。

しかし、それはごく当然なことであり、しょうがないことである。

なぜなら、今現在。俺は……砂漠を歩いているのだから。

 

「そろそろ、何か見えてこないかねぇ……」

 

この砂漠に入り、既に三日目。

歩き続けるも、街もオアシスも、それどころか、魔物すらも見つからない。

見渡す限り、砂、砂、砂。

 

(せめて、砂以外のなんでもいいから、見えてくれ……)

 

段々と考えるのも疲れてきた。

なんといったって、まるで進んでいる気がしないのだ。

歩き続けても代わり映えしない風景。

何かしらの目印となるものがないと、やってられない。

しかし、歩みを止めることはしない。

止まっていたって、何も変わりはしないのだから。

 

「……お?」

 

朝起きて歩き始めてから、約5時間。

ようやく捉えたものの色は、緑色だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マコトが王様に頼まれ旅を始めて、早三年。

あれからいろんな場所を渡り歩いているのだが、いつも王様にする報告は変わらなかった。

何の手掛かりも見つからず、とにかく歩き回る毎日。

もちろん、通りかかった街で休憩などはとっているのだけれども。

街の住民たちに聞き込みをしても、ほとんど情報を得られない。

というか、大体は二つのパターンに分けられる。

一つは、いかにイザベルがすごいのかという話を、延々と続ける人。

そしてもう一つ。最近は、こちらの方が多くを占めるのだが、イザベルについて、忘れ始めている人である。

もちろん完全に忘れているという意味ではなく、人々の記憶の中で、過去の人となり始めているのだ。

もう、多くの人の関心は、英雄イザベルを捉えてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと砂漠を抜けたと思ったら、今度は森か……」

 

また同じ景色が続きそうだな、とため息を吐いた。

まぁ、砂漠よりは十分にマシなんだけど。

 

(とりあえず、川とかでも探そう……)

 

まずは水をなんとかしたいところだ。

連日、暑い砂漠を歩いたことで、手持ちの水も底を突きかけている。

 

ギャア、ギャア!

 

周りを見渡していたとき、耳に人の声ではないものが聞こえてきた。

俺はスッと意識を変えて、腰に指しているものに手をかける。

 

「…………」

 

この三年間、幾度となく繰り返した行為。

慣れを感じ始めている俺は、自分に嫌気が指した。

耳を澄まし、周りの様子を探る。

シン……として無音が10秒ほど続いたとき、後方から音が近づいてきた。

 

ギャア!

 

俺はサイドステップでその場を離れた。

その一瞬の後、俺が居た場所を茶色の物体が通り過ぎた。

俺は直ぐ様、それ《・・》を視界に捉えながら、詠唱を開始する。

 

「【焔の意志よ、我が元に集いて、汝の力を示せ!】」

 

この世界の魔法において、詠唱というものは、別になくても魔法を使えることは使える。

しかし、詠唱をするのとしないとでは、その力に大きな差が生じる場合がほとんどだ。

だから、一般的に魔法を使う人は、余程、余裕がないという場合を除き、詠唱を行う。

詠唱というのは、各人によって違うものとなる。

決められた魔法というのが、とある魔法を除いて、この世界には存在しないからだ。

 

「【フランベルジュ!】」

 

決められた詠唱が無ければ、決められた魔法名もまた無し。

重要なのは、想像力と魔力、そしてその想像した魔法を、何より自分が信じることである。

俺は腰の鞘から、自分の武器である、自分が暮らしていた街では珍しい、刀を抜いた。

本来なら銀色に輝くその武器は、まるで意志を持ったかのように、赤い炎が纏わりつき、波を売っている。

俺が見つめていた物体は、俺の方に向き直ると、そいつの持つ角で俺を刺そうと、走り出した。

俺はそいつが走ってくるのを、特に慌てることはせず、かといって気を抜かずに、十分に引きつける。

そして、そいつが俺から一定距離に近づいたとき。

 

 

俺とそいつは交錯した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いな、角折っちまって」

 

俺は先程まで俺を襲っていた魔物、イノシシ型のモンスターの毛を撫でた。

イノシシは、俺が近づいて毛を撫でても、特に危害を加えるようなことはしなかった。

恐らく、俺の方が自分よりも格上の存在であると認識したのであろう。

 

「勝手に、縄張りの方まで入ってきて、悪かったな」

 

今までの経験上、魔物に襲われたとき、大体がそうだった。

ドラゴンに襲われたときもあったが、その時もやはり、近くにそのドラゴンの雛が居た。

基本的に魔物というのは、自分に危害を加えようとしたり、無断で縄張りを歩き回ったりしない限り、襲っては来ないのである、というのが俺の経験論である。

 

「『万物に宿りし生命の息吹よ、彼の者の傷を癒せ……ヒール』」

 

俺は角に衝撃を与えたときに出たのか、イノシシの角の付け根から血が流れているのを見て、治癒魔法を唱えた。

この治癒魔法、世界中では失われたもの、というか誰も使うことが出来ないとされ、幻の魔法とされている。

この治癒魔法だが、これが先ほど言った、この世界に存在する、唯一の定まった魔法である。

しかし、誰も使うことができないとされている。

その原因は分かっていないのだが、とある理由により、それを使うことが出来る。

 

「……よし、血は止まったな」

 

イノシシの角を見て、俺は安心しながらも、持っていた傷薬を傷口に塗り、持っていた布を縛って、傷口を包み込むように縛った。

治癒魔法は世の中では伝説とされ、万能であると思われているが、実はそうでもない。

傷をすぐに癒すわけではなく、自然治癒を大きく促すだけであり、体力回復も、微々たるものである。

そして、もう一つのデメリットもある。

 

フラッ……

 

「……っと」

 

この治癒魔法、自分の魔力だけでなく、体力も消費する。

それは、治癒魔法の効果を大きくするほど、それに比例して消費する。

今回は、ほぼ傷口をその場で閉じる程の効果。

体力消費も著しいものとなっていた。

 

「……ほら、これで大丈夫だ。行きな」

 

俺はイノシシの頭をもう一度撫でると行くように促す。

……っ、段々意識が遠のいてきた。

 

「……ごめん。少し、寝かせてくれ」

 

こんな場所で気を失うなんて、さすがに不味い。

しかし、体は言うことを聞かず、力が入らなくなっていく。

 

 

 

 

 

 

 

何故か俺から離れようとせずに、じっと俺を見つめ続けるイノシシを不思議に思いながら、俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識を失ったマコトを見て、イノシシはその隣に座り込んだ。

まるで、主人を守るもののように。

 

ガサガサ

 

そこに近づく何かの音。

イノシシは足音の方を見つめるが、特にその人物たちを襲おうとはしなかった。

 

出てきたのは、三人の人物だった。

一人目は、マコトよりも一回りまでは年が離れていないであろう金髪の女性。

二人目は、またもマコトとあまり年が離れていないであろう褐色の男性。

そして、三人目は、一人目の女性と同じ髪色を持つ、二人目の男性に抱っこされる、まだ幼い少女。

女性と男性は、マコトの方へと近づく。

イノシシは何かの意図を持ってか、立ち上がり鳴き声を上げた。

 

「大丈夫です。彼を傷つけるようなことはしません」

 

女性はそう言って、イノシシを撫でる。

イノシシは女性の言葉を理解したのか、座り込み、その様子をじっと見つめた。

女性は、マコトのことをじっと見つめながら、先程のことを思い出す。

マコトがこの守りに入ってからの一連の行動を。

 

「…………彼なら」

 

そして、独りごとのように、言葉を呟いた。

 

「……キューブ。彼に、お願いしましょう」

「はい、イザベル様」

 

その言葉だけで理解したのか、キューブと呼ばれた男性は了解の意を示した。

そして、女性は青年の頭に手を置いた。

女性が何か言葉を呟くと、光が青年を包んだ。

その光は青年の中に収まっていく。

そして、女性はそれを確認すると、男性に魔法結晶を渡し、視線を送った。

男性は頷き、マコトの近くへと近づいた。

 

「さぁ、あなたはおゆきなさい」

 

女性は未だに見つめ続けるイノシシに言った。

しかし、イノシシはマコトから離れようとはしなかった。

青年は、女性に視線で尋ねた。どうするのですか、と。

女性は、少し考える素振りを見せると、イノシシとマコトの体の両方に触れて、何かをまた呟く。

すると、イノシシの姿が消え、ぼんやりとした光がマコトの体に現れたが、やがてそれは消えた。

 

「それでは、キューブ。頼みます」

「はい、イザベル様」

 

 

 

 

 

 

そして、マコトとその男性、そして少女は森から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んぅ……」

 

少し、体が重い。

というか、自分以外の重みを感じる。

俺は目を開いた、すると、青空が目に入った。

 

「……あれ?」

 

おかしい。

自分は森の中にいたはず。

なのに、おそらく空を見ているだろう、この視界に、木が一本も入ってこないのはおかしい。

それよりも、と思い、自分の体の上に乗っている重みの方に、視線を向けた。

 

「すぅ……すぅ……」

 

なんか、知らない女の子が、俺の体の上で寝ていた。

その女の子は金髪で、赤い服を着ている。

 

「お目覚めになりましたか?」

「!?」

 

知らない声に、俺は慌てて顔をそちらに向けた。

そこに居たのは、執事のような格好をした、褐色の青年。

見た目では、俺とあまり年は変わらないように思える。

 

「……あんたは誰だ?」

 

俺は俺の上で眠る女の子を庇うようにしながら問いかけた。

まさか、この青年が俺と女の子をどこかに運び込んだのか?

 

「申し遅れました。私はキューブと申します」

「……マコト・キサラギだ」

 

まるで執事のように礼をしながら、俺に名乗った。

自分の名前を安易に教えていいものだろうか、とは思ったが、俺も名乗り返した。

 

「それで?俺はなんでこんなところにいるんだ?」

 

俺は最大の疑問を、目の前の青年、キューブに問いかけた。

この青年が本当に俺と少女を運んだのは、考え直してみると、可能性は低かった。

周りを見渡すと、自分はどこかの草原にいるようだ。

仮に誘拐や何かなら、こんな場所に運ぶのだろうか?

 

「それについて、これを見てもらいたいのです」

 

青年が取り出した物を見る。

 

「魔法結晶じゃないか」

 

魔法結晶とは、魔法石、魔力を多く含んだ石に、何かしらの術式を印し、魔力を持たないものでも特定の魔法が使えるものである。この原材料の魔法石が原因で、人間と魔族は争ったのだ。

キューブの方を見ると、俺の方に魔法結晶を差し出した。

俺は訝しみながらも、魔法結晶を受け取った。

 

パァァァ

 

「っ、なんだ?」

 

魔法結晶が眩い光を発した。

余りの眩しさに、思わず目を瞑ってしまった。

……光が収まったみたいだ。

俺は目を開けると、そこに誰かが立っていた……!?

 

「……違う。これは、ホログラム、か?」

 

おかしい。

今現在、魔法結晶に映像を保存することなんて、出来ないはず。

なのに、これは……?

 

「あなたは……?」

「私は、イザベルです」

「っ!?」

 

俺は、思わずキューブの方を見た。

この魔法結晶を持っていたのは、キューブなのだ。

キューブは俺に頷く。

 

「本当、なのか?」

 

映像に問いかけてみるも、考えたら、これは保存されたものなので、俺の問いかけに答えられるはずがない。

俺は、もどかしい思いをしながらも、映像の次の言葉を待つ。

 

「あなたが疑うのも、無理はないでしょう。しかし、信じて私の言うことを聞いて欲しいのです」

 

一体何なのだろうか?

イザベルの意図を掴めない。

 

「今、あなたの近くには、この魔法結晶を託した青年、キューブと、金色の髪の少女が居るでしょう」

 

確かに居る。

だが、一体それがどうしたのだろうか…?

 

「その子供を、あなたが親として、育ててあげて欲しいのです」

 

………………は?

 

「王様には、キューブに渡しておいた指輪を見せてください。それが、私に会ったという証拠になるでしょう」

 

……待て。

 

「突然ですみませんが、頼める人があなたしかいないのです」

 

ちょっと待てって。

 

「それでは、よろしくお願いします」

「待てよ!」

 

俺が止めるも、相手は映像。

その言葉を最後に、映像が切れた。

 

「……どうしろっていうんだ」

 

ずっと探していた人物の手掛かりを見つけたと思った。

しかし、イザベルは俺の前に姿を現さずに、一方的に頼みごとをしただけだ。

しかも、その内容が子育てって…。

 

「……なぁ、キューブさん。あんたは、イザベルさんから、何か聞いてないのか?」

 

今この場で、唯一イザベルに繋がりを持つ人物、キューブに俺は問いかけた。

 

「すみません。私も、あまり詳しいことは聞いてないんです」

 

キューブは俺に申し訳なさそうに謝った。

 

「いや、知らないならいいんだ……そういえば、さっき言ってた指輪ってのは?」

「はい、これです」

 

そう言って取り出した指輪。

特に華美な装飾があるものではない、ただの銀で出来た指輪だ。

 

(……これを王様に見せれば、本当に終わるのか?)

 

これを見せることで、王様が納得できるのだろうか?

俺が、イザベルに会ったということを。

 

「んー……」

 

と、考えていると、俺が抱いている女の子が声を漏らす。

どうやら、目を覚ましたようだ。

そうすると、自分を抱いている、俺に目を向けた。

 

「えっと……おはよう」

 

俺は少し緊張しながら、挨拶をする。

そうすると、女の子は満面の笑みで、俺にとんでもない一言を言った。

 

「おはよう!パパ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

その場には、青年に笑いながら抱きつく少女。

その少女に抱きつかれながら固まる青年。

そして、その様子を見ながら苦笑する青年という、なんとも滑稽な場面が出来上がるのだった。

 



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ここから始めよう

「はぁ……」

 

俺は、寝てしまった、突如自分の娘となってしまった女の子に、布団をかけなおし、ため息を吐いた。

俺たちは、あの草原から、幸いにも近くにあった村に立ち寄り、宿屋に泊まることにした。

 

「ありがとうございます、旦那様」

「いや……というか、その呼び方。どうにかなんない?」

「いえ、旦那様は旦那様です」

「そうかい」

 

どこの貴族だ、とは思うけど、キューブが呼びたいなら仕方ない。

無理に変えさせる必要もないし。

俺はベッドの端に座り、娘の頭を撫でながらそう思った。

 

「今日は疲れた……」

 

予想外のことがありすぎた。

というか、16歳で子持ちって……。

しかも、その子供がリーゼとかと同じくらいなんだから、余計に複雑。

どっちかというと、妹が普通だろ。

 

(それに……)

 

少しずつ問題を解決していきたいもんだけど、まず最初に解決すべき問題について考えなくてはいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「名前!?」

 

俺は、歩きながら言われた、キューブの一言に驚いた。

先程、キューブとは執事の契約というものを交わした。

娘の様子を嘘偽りなく主に報告すること、娘の世話をすることが仕事内容。

というか、そのためにイザベルさんに行くように言われたらしい。

まぁ、そのおかげである意味助かっているのだけど。

 

それと、キューブは人間ではなく魔族であるとのこと。

見た目が人間と変わらないから、それを聞いたときには驚いた。

女の子は魔族と人間のハーフらしい。

 

「はい。なので、旦那様に名付けていただこうと」

 

旦那様というのは、俺のこと。

仮にも主と執事であるから、らしい。

というか……

 

「おかしくないか!?この年まで名前つけてないって……」

 

そう、この女の子にはまだ名前がないとのこと。

俺が最後に見たリーゼたちより少し大きいくらい。

ということは、少なくとも生まれてから5年以上は過ぎている。

 

「……色々と事情があったので」

 

キューブが少し言葉を濁したのを見て、突っ込んではいけない話題だったかと自分を責めた。

 

「あー……悪い。それで、俺がこの子に名前付けるって?」

 

ちなみに今、件の女の子は俺の腕の中で眠ってる。

 

「はい。やはり、親となった旦那様に名付けてもらおうと」

 

親である、という条件なら、イザベラさんの方が適しているのでは、と思ったが、また地雷を踏みそうなのでやめておこう。

 

「名前、ねぇ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

という訳で、名前である。

あまり適当に付けるのもアレなので、少し考えさせてくれ、とキューブに言い、部屋に戻ってもらった(女の子は俺の部屋で寝ることになった。親子の仲を深めるため、らしい)。

 

「名前か……」

 

あまり深くは考えたことは無かったけど、名前は個人の存在を表す、重要な役割も担っている。

自分の名前には由来とかあるのか、と考えてみるが、考えが逸れていってるのに気づき、俺は思考を戻した。

 

「うーん……」

 

ふと、女の子の顔を見た。

今は満足そうな顔をして寝ている。

 

「一体、どんな夢見てるんだか……」

 

頭を撫でていると、俺の方に寝返りを打って、俺の服を掴む。

 

「パパ……♪」

「夢に俺が出演してるのか」

 

なんだか恥ずかしくなる。

 

(……この子、今までどんな生活送ってきたんだろう)

 

そんなことが、頭をよぎった。

この世界の俺の両親は、確かに早く死んでしまったが、まだ精神年齢が高いから、耐えられた。

だけど、この子は?

普通の子供でもあるこの子は、どんな気持ちなんだろうか?

 

(…………)

 

この子が酷い生活を送ってきたのか、それとも幸せな生活を少しでも送れていたのか。それは、俺には何も分からないけど。

 

(今は、俺がこの子の親だ……)

 

成り行きでなってしまった親だとしても、なってしまったのだから。

 

(この子に、悲しい思いはさせない……)

 

そう、固く心に誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……あ……?」

 

どうやら、気づいたら寝てたらしい。

外を見ると、少し明るくなり始めている。

 

「……朝かぁ……」

 

なんだか、最近と違って、すごく清々しい。

やっと、久しぶりに街に帰れるようになったからだろうか。

今日は、少し散歩でもしてみようか。

 

「パパぁ……?」

 

と、女の子の方を見ると、目を擦りながら俺の方を見ていた。

 

「おはよう」

 

俺が笑いながら言うと、女の子も少し眠そうにしながらも、挨拶を返してくれた。

 

「今から散歩に行くんだけど、一緒に行くか?」

「うん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「わぁ……」

 

女の子が朝の街が新鮮なのか、キョロキョロと見回す。

俺も子供の頃はこうだったのかねぇ、としみじみ思う。

 

「パパ!あそこ行こう!」

「はいはい」

 

俺の手を引っ張りながら指を指す様子に、俺は苦笑しながらされるがままにする。

彼女の表情は、すごくキラキラとした笑顔だった。

 

「ねぇパパ!あれ!」

 

俺は言われるがままにそちらを見た。

 

「日の出、か……」

「きれいだね……」

 

少し眩しいが、俺たちは太陽の方を見つめ続ける。

俺は、微笑みながら、女の子の方を見た。

自分の、娘である女の子の方を。

 

「瑠璃(ルリ)」

「ふぇ?」

 

俺が言った言葉を理解できなかったのか、女の子……ルリは、素っ頓狂な声を上げた。

俺は片膝をつくようにして、目線を合わせながら、ルリ、と繰り返した。

 

「ルリ・キサラギ。それが、今日からお前の名前だ」

「る、り?」

「そう、ルリだ」

 

ルリ。瑠璃。

ラピスラズリの和名であり、その宝石言葉は、永遠の誓い。

なんか、すごく照れくさいけど、俺の思考能力では、こんなところが限界である。

 

「パパ、ルリにとって頼りになるパパになれるよう、頑張るからさ。これから、家族として、楽しいことも、悲しいことも、みんな分かち合って、一緒に頑張っていこう」

 

俺の言葉を、ルリがちゃんと理解できたのかは、果たして分からないけども。

 

「うん!私も、パパと頑張る!」

 

この笑顔ならば、大丈夫だろう。

 

「さぁ、宿屋に帰ろう。キューブも待ってる」

「うん!」

 

俺とルリは、手を繋いで歩きだした。

さっきまでは、ルリからしか、手を繋がなかったけど。

これから、家族を始めていこう。

多分楽なことばかりではないだろうけど、多分、みんなでなら乗り越えられるだろう。

根拠はないけど、俺はそう思ったんだ。

 

 

距離は変わらないはずなのに、朝よりも俺は、ルリと近くなったような気がした。

 



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帰路でのとある1ページ

「パパ!ここで食べたい」

「ん、わかった。それじゃ入るか」

「うん!」

 

王国に向かって帰る途中、食料も尽きてきたので、あの草原で起きてから計三つ目の町に立ち寄ることにした。

その翌日なのだが、最近ゆっくりできる暇もなかったので、今日一日はこの町で休むことにした。

今はルリと一緒に街の観光に繰り出している。

キューブも一緒に行こうと誘ったのだが、

 

「私は足りないものを仕入れておきますので、旦那様はお嬢様よゆっくりなさってください」

 

と言われてしまった。

あれも、執事としての義務みたいに捉えているのだろうか?

 

カランカラン

 

「いらっしゃいませ!」

 

今は十二時になったくらいで、丁度腹も減ってきたので、どこかの店で昼を取ろうと、ルリに食べるところを決めてもらった。

 

「二人で」

「かしこまりました、こちらへどうぞ」

 

入った店は、レストランというよりは喫茶店に近いような店だった。

昼時だからだろうが、客も結構な数が入っている。

 

「それでは、お決まりになったら声をお掛けください」

 

二人で案内された席に座ると、ウェイトレスの女性は他の客の対応に向かった。

 

「ルリ、この中から食べたいの選んで」

「……読めないよ、パパ」

「あー……」

 

最近分かったことであるが、ルリは文字を読むことが出来なかった。

自分の家に着いたら教えなきゃなぁ、と思いながら、自分の時のことを思い出す。

当然なのだが、この辺で使われる文字は日本語ではない。

なんだか小学生に戻った気分だと思いながら、書いたり読んだりして覚えたものだ。

 

「それじゃ、ルリ。パスタとサンドイッチ、それとオムライス。二つ選んでくれ」

「うーん……パスタとオムライス!」

「よし……すいません!」

 

自分で文字を読んで、ルリが今まで食べたことがあり、この店のメニューにあるものの中から、二つを選ばせた。

あとは、運ばれてきた後に、食べたい方を選ばせよう。

 

「パスタとオムライスで」

「かしこまりました」

 

ウェイトレスは俺の注文を受けると、厨房の方に入っていった。

 

「ねぇねぇ、パパ」

「どうした?」

 

俺の服を引っ張りながら、ルリは俺に呼びかける。

 

「パパが昨日話してくれた子のこと、教えて!」

「えっと……あぁ、リーゼたちのことか」

 

昨日、王国に向けて歩き続けていたときに、少しだけ零した話だ。

ルリと同じくらいの年の子が、王国にいっぱいいると。

それと、その中でも、俺がよく話していた子がいると。

 

「まぁ、昨日言ったけど、俺がよく関わってた子が三人いるんだ。リーゼという女の子と、マリーという女の子。それと、クリスチーナという女の子だ」

「どうして女の子ばっかりなの?」

「いや、別に好きで女の子ばかりになったわけじゃないけど」

 

よくわからないところを、ルリに突っ込まれた。

 

「その中でも、リーゼって子は、ほぼ毎日会っていたんだ。それは、修行があったというのも理由の一つなんだけど」

 

師匠の修行は、別に毎日あったわけではなく、一週間に4回ほどであった。

でも、修行がない日でも、リーゼは大体俺の家に来たりして、少しでも時間を潰したりしていた。

ほかの子供たちが、リーゼを誘いに俺の家に来たりもしていた。

マリーやクリスとも、結構な頻度で会っていたけど、マリーは道具屋の手伝いがあったり、クリスは何かしらの稽古があったりと、リーゼに比べたら少ない。

 

「しゅぎょーって?」

「剣の練習だよ。そのリーゼのパパに、剣に関して習っていたんだ」

「へー」

 

師匠との訓練も、もう三年もやっていないのか……。

この旅の中でも、剣の練習は怠ってはいない。

それでも、やはり対人戦も学ぶためにも、師匠との訓練が少し恋しくなった。

 

「私、その子達と友達となれるかな?」

 

不安そうな顔をするルリに、俺は頭にポンと手を置いた。

 

「大丈夫。みんないい子だから、きっとすぐに友達になれるさ」

「……うん!」

 

リーゼたちも、しばらく会ってないから、変わっているんだろうなぁ……。

……というか、仮に俺のこと忘れてたらどうしよう。

マリーとクリスには、直接旅に出ることを言ってないし……(師匠に、アールさんと門番の人に言ってもらうようには頼んだけど)。

 

「お待たせしました。パスタとオムライスでございます」

 

そこそこの時間話していると、ウェイトレスが料理を運んできた。

 

「ご注文は以上でよろしいですか?」

「はい、大丈夫です」

「それでは、ごゆっくりどうぞ」

 

料理と伝票を置いて、ウェイトレスは戻っていく。

 

「さて、それじゃ食べるか」

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございましたー!」

 

食べ終わって俺たちは店を出た(ルリはオムライスを選んだ)。

 

「美味しかったね、パパ!」

「そうだな、ルリ」

 

ルリの言葉にうなずきながら、露店がある通りを歩く。

食品店や道具屋などが並んでいて、それぞれ呼び込みをしたりしている。

まだ少ししか過ごしていないが、この町は結構活気があると思う。

 

「そこの旦那!1つどうだい!?」

「……俺のことか?」

「あぁ!」

 

突如呼び止められ、呼びかけられた店を見る。

どうやらアクセサリーの店らしく、指輪やペンダント、腕輪などが並んでいる。

 

「少し見てくか?」

 

ルリに許可を取ると、元気に頷いたので、店の方に近づき、商品を見る。

シンプルなものから、すごい金がかかっていそうなやつもあるな。

……後者は絶対に買わない。デザインも好きじゃないし。

 

「どうだい。何か気になるものはあるかい?」

「そうだな……」

 

少し見ていくが、別に俺は欲しいものはない。

とすると、ルリが欲しいものはあるかどうかなのだが……。

 

「ルリ、欲しいものはあるか?」

「……いいの?」

「まぁ、一応試しに言ってみな」

「じゃあ……これとこれ!」

 

ルリが指したのを見ると、ペンダントだった。

それぞれ、深い青色の宝石が、欠けたような形でついている。

というか、この宝石って……。

 

「これって、もしかしてラピスラズリ?」

「旦那、よくわかるねぇ。その通りだよ」

 

まさか、自分の名前の宝石がついた物を選ぶとは……。

ある意味、恐ろしい子である。

ほかのものも見てみるが、どうやらラピスラズリのものはこれだけのようである。

 

「嬢ちゃん、お目が高いね。ラピスラズリのものはこれが最後の二つだよ」

 

褒められて嬉しいのか、ルリは笑顔だ。

 

「そういえばこれってさ、なんで欠けてんの?」

 

ほかは大体、ちゃんと削って形を整えているが、それぞれ面がすごく荒く作られている。

 

「旦那、これはこうするのさ」

 

店主は、手袋をした手で二つのペンダントを取り、宝石部分を組み合わせた。

すると、一つの宝石のように、きれいに組み合わさった。

 

「なるほどねぇ……ちなみに値段は?それぞれ個別だったりする?」

「いや、元からペアでの商品だから……このくらいだな」

 

提示された値段を見ると、少し厳しい値段である。

 

「もうちょっと安くならない?」

「うーん……」

 

少し渋い顔をする店主。

しかし……。

 

「おじさん、お願い!」

「……よし、これでどうだ!」

 

ルリが頼みこむと、2割引くらいした値段にしてくれた。

……ルリが、小悪魔に見えてきた。

 

「よし、買った!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えへへ♪」

 

ルリはペンダントを見て、嬉しそうな声を出した。

自分と、俺の首に、それぞれ掛けられた物を見て。

 

「そんなに嬉しいか?」

「うん!だって、パパとお揃いだもん♪」

 

つまりはそういうことである。

ルリは、俺と同じものをつけたくて、二つを指さしたようだった。

久々に高いものを買ったな、とは思うけど。

 

「~♪」

 

この笑顔が見れたから、よしとしておくか。

 

「パパ、抱っこして!」

「はいよ、っと」

 

突然出された要求に答えて、俺はルリを抱っこする。

まだ一ヶ月程度だけど、そろそろ二桁になるくらいの数はしていると思う。

これだけ甘えてくれるということは、懐いてくれているのか?

 

「パパぁ……♪」

 

頬を、俺の胸に擦り付けられ、少し擽ったい。

 

「あ、旦那様、お嬢様」

 

と、歩いていると向こうからキューブが歩いてきた。

両手には袋が握られている。

食料や水が入ってるのだろう。

 

「買い物は済んだのか?」

「えぇ、必要なものは全て」

「それじゃ、一度宿屋に戻って、その荷物を置いたら、三人で回るか」

「うん!」

「え?」

 

俺の提案にルリは賛成したが、キューブはキョトンとした声を上げた。

 

「よろしいのですか?」

 

……キューブは、何を馬鹿なことを言っているのか。

俺は軽くキューブの頭を叩きながら言った。

 

「当たり前だろ、キューブも家族なんだから、な?ルリ?」

「うん!キューブも一緒に行こう?」

 

俺たちの言葉に、キューブは表情を変え、クスっと笑いながら、言葉を返した。

 

「畏まりました。それでは、行きましょうか」

 

その時のキューブの顔は、今までで見たことがない、穏やかな笑顔だった。

 



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変わらない街、変わる生活

「やっと着いた……」

「ここが、旦那様の故郷ですか」

「うわー、すごく広―い!」

 

目の前に広がる街を見て、三者三様の声を出す。

 

「取り敢えず、師匠の家に顔を出さないと」

「王様に報告はなさらなくていいのですか?」

「いや、ルリは城には連れていかない。だから、俺の師匠の家に少しの間、預かってもらおう……ルリ、行くぞ」

「はーい!」

 

街を見渡していたルリは、俺の声を聞き、俺の手を掴んだ。

……それじゃ、師匠の家に向かうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルリとキューブに会ってから、約三ヶ月。

ようやくといった感じで、俺の故郷に帰ってきた。

約三年ぶりに見る街は、俺を懐かしい気持ちにさせた。

 

「マコトじゃねぇか!久しぶりだなぁ、おい!」

 

「あら、マコト君?また大きくなったわねぇ」

 

「マコト兄ちゃん、おかえりー!」

 

道を歩いていると、街のみんなが俺を見て、声を掛けてくれる。

懐かしい顔ぶれで、それでいて俺を覚えてくれていたことに、嬉しい限りだ。

それでいて、また同時に投げかけられる質問。

 

「あら、そのお兄さんはマコト君の友達かしら?」

 

「マコトお兄ちゃん、その女の子だれー?」

 

「おいマコト!その子供はどうした!?誰かとヤったのか!?」

「子供の前でなに言ってんですか!」

「何って……」

「いいかげん黙れ!」

 

とんでもないことを言うオヤジもいたが、その人は奥さんに殴られていたのでよしとしよう。

 

「パパ、人気者だね」

「別に、そんなことはないと思うぞ」

「旦那様に話しかける人たちは、みんな笑顔です。お嬢様の言う通り、好かれているのだと思いますよ」

「…………」

「あれ、パパ顔赤いよ?」

 

俺はその言葉には答えず、顔を背けた。

キューブはクスクスと笑い、ルリは首を傾げている。

 

「……ほら、ここが師匠の家だ」

 

俺は誤魔化すように言う。

俺たちの目の前にあるのは、ひとつの家。

自分の家以外で考えると、おそらく一番よく通った建物。

俺はドアをノックする。

すると、中から、はーい、という声が返ってきた。

 

ガチャ

 

「はい、どちら様……」

 

ドアを開けたのは一人の女性。

栗色の長髪で、一人の子持ちにしては若々しい容姿をしている。

俺は、目の前の女性が俺を見て固まる様子に苦笑する。

 

「お久しぶりです、クラリスさん」

「……マコト君!?」

 

師匠の奥さんである、クラリスさんは驚いた声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどな……」

 

目の前で考える素振りを見せる師匠。

 

「それにしても、大変だったな、マコト」

「まぁ……そうですね。でも、いい経験にはなりましたよ」

 

確かに、大変だったのは事実だからそれに同意すると、師匠は、ハッハッハ、と笑った。

 

「どうしたんですか?」

「いや……マコト、成長したな。三年前とは、顔つきが違う」

「……単に成長したからでは?」

「それもあるかもしれないが、それだけではない。まぁ、自分ではあまりわからないかもしれないがな」

 

少し釈然としない気持ちを持ちながら、目の前で笑う師匠につられ、俺も笑う。

先程、師匠と再会の言葉を交わし、今の事情を話したところで。

俺の横には、ルリとキューブが座り、目の前に師匠とクラリスさんが座っている。

 

「それでは、マコトと一緒に城に出向けばいいのだな?」

「はい、お願いします」

「私はルリちゃんを預かっておけばいいのね?」

「すいませんが、お願いします。ルリ、あまり迷惑かけないようにな」

「うん。よろしくお願いします」

「あらあら」

 

クラリスさんに予定通り子守を頼み、師匠に一緒に城に行くことをお願いする。

別に王様に言われたわけではないが、師匠と一緒の方がなんとなく心強い。

 

「それじゃ、行きましょう。師匠、キューブ」

 

俺は立ち上がり、二人に行くように促した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだか、少し拍子抜けでした」

「一応事前に報告していたのだろう?だからではないか?」

「……そういうことにしときます」

 

王様への報告は、思ったより早く終わった。

イザベルに言われたように王様に例の指輪を渡すと、王様は俺がイザベルと会ったということを認めた。

あとは、王様がいくつかのことをキューブに聞き、依頼は終了した。

俺の手には、行くときには持っていなかった、金が入った袋が握られている。

中身は5000G程。

本来はもっともらえるはずだったのだけど、いっぺんにもらうのもどうかと思い、一年ごとに一部をもらえるように頼んだ。

ありすぎると、無駄遣いしてしまいそうだし。

 

「それで、マコト。今日はこのあとどうする?せっかくだし、俺の家で食べてくか?」

 

師匠に言われ少し考えるが、すぐに答えを出す。

 

「やめておきます。家の様子も見なくてはいけませんし」

「それもそうか……わかった。修行はどうする?」

「明日は休みにしてもらっていいですか?」

「わかった。まぁ、帰ってきたばかりだしな」

 

さすがに、旅の疲れもたまって、少し疲れている。

今日と明日、ゆっくり休んで、万全の状態にしたいしな。

そんなこんなで、師匠の家に着く。

ちなみに、キューブは先に家に帰り、今まで持ち歩いた道具の整理などをしている。

 

「今帰ったぞ」

 

師匠が帰宅の声を上げ、中に入る。

俺も一緒に中に入った時だった。

 

「パパは私のパパだもん!」

「私のお兄ちゃんだよ!」

 

ルリと、懐かしい少女の声が響く。

一体何だ、とリビングの方に慌てて入ると、二人の少女が向かい合っていた。

一人は言うまでもなくルリ。

もう一人は……。

二人の少女は俺の足音に気づいたのか、俺の方に振り向いた。

 

「パパ!」

「お兄ちゃん!」

 

二人の少女は嬉々として、一目散に俺に近づき抱きついてくる。

そして、またもや二人で睨み合う。

あまり迫力はなく、微笑ましいものだが。

 

「あー……ルリ、リーゼ。ただいま」

 

自分の娘と、三年ぶりに再会した少女、リーゼに言う。

リーゼは三年前の面影は残っているものの、背と髪が伸び、顔つきは少し中性的な感じになっていた。

 

「おかえり、パパ!」

「おかえり、お兄ちゃん!」

 

俺に笑顔でハモって言うと、また睨み合い。

……気のせいか、火花が見えるんだけど。

 

「……クラリスさん、一体何が?」

 

椅子に座りながら、あらあらと笑うクラリスさんに、事情を聞くことにした。

 

 

 

 

俺たちが城に行っている間、クラリスさんはルリに話をしていたらしい。

話の内容は、この街にいた時の俺のこと。

ルリは笑顔でずっと聞いていたのだが、そこにリーゼが帰ってきた。

最初こそ、二人は互いに自己紹介をして、話していたらしい。

しかし、リーゼが昔の俺との話をすると、負けじと瑠璃も俺との旅の話をした。

それがだんだんヒートアップした結果……。

 

「こうなるってわけですか……」

「いいじゃないの、こんな美少女二人に好かれているんですもの」

「ハッハッハ!そうだぞ、マコト!」

「美少女といってもですね……」

 

俺の目の前で笑う夫婦にそう返しながら、俺は膝に座る二人の少女を見る。

片や義理とはいえ娘。

片や妹みたいな少女である。

 

「……なあ、それだと体勢悪くてきつくないか?」

 

片膝に一人ずつ座っている状態である。

 

「いいの、これで」

「そうそう、私は満足だから」

 

なぜこういう時は息が合うのだろうか。

まぁ、さっきのクラリスさんの話を聞く限り、仲が悪いというわけにはならないっぽいから、取り敢えずされるがままってことで。

むやみに子供の問題に、大人が口を出すのもどうかと思うし。

 

「それよりも、お兄ちゃん」

「ん?」

「どう?私、綺麗になった?」

 

上目遣いでリーゼが俺に聞く。

というか、8歳の子供が聞く言葉なのだろうか……。

 

「……可愛さは増したと思うよ」

 

子供は、綺麗とかいうよりは、可愛いの部類に入ると思う。

思ったことをそのまま言うと、リーゼは嬉しそうな顔をして、俺に抱きつく。

 

「む~……パパ、私は!?」

「可愛いと思うよ」

 

ルリが頬を膨らませ、俺に聞くと、さっきとほぼ同様に言う。

そうすると、同じように抱きついてきた。

 

「あらあら」

「……お前、将来刺されるんじゃないか」

 

一体何の話ですか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだ、リーゼとは仲良く出来そうか」

「うん。でも、絶対に負けないよ!」

「……さっきから聞こうと思ってたけど、勝ち負けの判定は何?」

「…………なんだろう?」

 

大体感情でしゃべっていたのか……。

 

結局あれから三十分ほどの間みんなで話していたのだけど、もう夕方だし、そろそろ帰らないと不味いので、家に帰ることにした。

その時にリーゼが羨ましそうにルリを見て、明日リーゼが我が家の昼食にお邪魔することになったのは余談である。

 

「ねぇ、パパ。今日はパパが夕食作ってくれるんでしょ?」

「一応な」

「パパの料理、楽しみだなぁ……」

「あんまり期待するなよ?今日は簡単なもので済ませるつもりだし」

 

パスタとサラダ位で今日は我慢してもらおう。

 

「でも、リーゼちゃんは、すごく美味しい、って言ってたよ?」

「最近あまり料理してなかったからなぁ……」

 

リーゼがそう思ってくれているのは嬉しいけど。

既にキューブを一時間ほど待たせている。

これなら、一緒に師匠の家に行ったほうがよかったかもしれない。

 

「……っと、ルリ。あれがそうだ」

「あれが、パパの家?」

 

見えてきた建物に、俺は指差してルリに教えた。

三年ぶりの我が家である。

 

「そうだ。そして、今日からルリの家でもある」

「ルリのお家?」

「そう。俺たちの帰る場所だ」

 

家の前に着いて、家を見上げた。

何も変わっていないなぁ……。

 

「よし、ルリ。それじゃ、入るか。なんて言うかわかるな?」

「うん!」

 

俺たちは、ドアを開けて二人一緒に一つの言葉を発した。

 

「「ただいま!」」

 

奥から駆けてくる足音。

やがて現したキューブは俺たちに言った。

おかえりなさいませ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして俺の、王様からの依頼は終了した。

そして同時に、我が家に同居人、家族が二人増えた生活が始まったのである。

 




※2012 11/26 誤字脱字修正


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Chapter 0.5 Temporary rest
Chapter 0終了時のキャラ設定


マコト・キサラギ

性別:男

年齢:16歳

身長:167cm

体重:54kg

 

この物語の主人公。車から轢かれそうになっている子を助け、その代わりに死んでしまった。

しかし、理由は分からないが、転生を果たす。

既に両親は他界。バイトをしながら一人暮らしをしていたが、ある事情から娘と執事が同居人に加わることとなる。

剣と魔法は、4歳の頃から練習しており、なかなかの腕前。あまり使い手がいない、刀を自分の武器として扱う。

不特定多数を守るということは考えておらず、自分の周りの大切の人を守ることを第一に考える。

黒髪・黒目。

 

 

 

ルリ・キサラギ

性別:女

年齢:8歳

身長:128cm

体重:32kg

 

人間と魔族のハーフで、主人公の娘。本来は違うのだが、ある事情から主人公にあずけられることとなる。

一般的な親子よりも、主人公に懐いている様子。それゆえ、主人公が取られるのが嫌なのか、あまり主人公が他の子を構うと、不満を漏らす。

自分の名前と、主人公とのお揃いのペンダントがお気に入り。

 

 

 

リーゼ・トルバーズ

性別:女

年齢:8歳

身長:130cm

体重:33kg

 

騎士クロイツ・トルバーズの娘。騎士である父に、憧れを抱く。

主人公とは、主人公と父親の訓練の時に出会う。それ以来、兄のような存在として、主人公を慕う。

主人公がいなかった三年間の間に、剣の訓練も始めた様子。生まれつき魔力が少なかったからか、魔法は捨てている。

三年間ずっと会わなかったせいか主人公への依存が強くなっている。

 

 

 

クリスチーナ・オハラ・ノーザリー

性別:女

年齢:8歳

身長:125cm

体重:31kg

 

貴族であるノーザリー家の一人娘。貴族としてのプライドを持つが、それを鼻にかけたりはしない。

主人公に、小さい頃に迷子になっていたところを助けられる。その後、親に主人公を執事としてアルバイトとして雇ってもらえるように頼む。

主人公を兄のように慕い、両親よりも甘えられる存在としている。

貴族としての振る舞いも上達しており、ダンスがとても上手。

三年前に自分に旅のことを話してくれなかったことを、少し怒っている。

 

 

 

マリー・ストルーマン

性別:女

年齢:8歳

身長:127cm

体重:30kg

 

道具屋の娘。人見知りな性格であり、初対面の相手だと話しかけることもままならない。

主人公とは、何回か道具屋に買い物に来ていたときに、思い切って話しかけて、それ以来兄のように慕う。

読書や絵を書く事が好き。主人公と遊ぶときも、本を読んでもらったり、一緒に絵を書いたりなどが多い。

クリスチーナと同様に、少し怒っている様子。

 

 

 

キューブ

性別:男

年齢:不明

身長:172cm

体重:55kg

 

主人公とルリの執事を務める、魔族の青年。娘のお目付け役として同行をしてきた。

主人公と執事の契約を交わし、娘の様子を嘘偽りなく主に報告する事と娘の世話をする事が仕事である。

魔界出身であり、なにやら英雄イザベルと何か関係があるようだが、詳細は不明。

 

 

 

クロイツ・トルバーズ

性別:男

年齢:34歳

身長:180cm

体重:62kg

 

王国で五本の指に入る剣の腕前を持つ騎士であり、リーゼの父親。主人公の剣の師匠。

主人公に剣の型を教えたりするわけではなく、模擬戦を繰り返し、気になったとこを指摘する程度である。主人公の剣の腕前を認めている。

娘のリーゼが、主人公と将来結婚したいといったことについては、止めるどころか勧めている。

 

 

 

クラリス・トルバーズ

性別:女

年齢:32歳

身長:156cm

体重:46kg

 

クロイツの妻で、リーゼの母親。働いておらず、専業主婦として家の家事をこなす。

「あらあら」が口癖みたくなっていて、主人公が娘たちに困る様を見ても、ただ笑って静観を決め込む。

基本的に穏やかな性格。主人公のことを、息子のようにも考えている。

 

 

 

アール・ストルーマン

性別:男

年齢:38歳

身長:170cm

体重:56kg

 

道具屋の主人で、マリーの父親。

常連となっている主人公に、マリーが兄として慕うことを、よく思っている。

お人好しな性格をしており、値段を負けてくれることも結構多い。

 

 

 

イザベル

性別:女

年齢:不明

身長:不明

体重:不明

 

かつて王国軍の先頭にって魔王軍と戦い、同時に魔王を説得して引き揚げさせた、王国の英雄。

以来、ずっと所在がわからなくなっていたが、捜索する主人公にルリとキューブを託し、姿を消す。

 

 

 

 

大雑把な主人公のステータス(一部)

 

武術能力:600

魔術能力:450

体力:750

知力:600

感受性:350

知名度:350

 




※2012 11/26 主人公ステータス加筆


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間章 キューブのいない一日

「え?休み?」

 

俺は、寝ようとしていたところ、キューブに言われた一言を、思わず聞き返した。

 

「はい。実は、魔界の知り合いから、呼ばれてしまいまして……」

 

聞くと、知り合いが用事があると、キューブに連絡を取ってきたらしい。

そのため、今日の夜のうちに家を出て、帰ってくるのは明後日。

従って、明日一日は、休みをもらえないか、ということだった。

 

「それは別に構わないぞ。いつもいろいろやってもらってるし」

「ありがとうございます、旦那様」

「今すぐ出るのか?」

「そうですね、準備が終わり次第すぐに」

「そっか」

 

 

 

 

「それじゃ、気を付けてな」

「はい、行ってきます」

「おう、行ってらっしゃい」

 

俺は、荷物を背負い、出かけるキューブを玄関先から見送る。

外には魔物とかもいたりするけど、キューブは魔族だし、襲われる心配はないだろう。

 

バタン

 

玄関が閉じられるのを見て、俺は自分の部屋に戻ろうとしたとき。

 

「パパぁ……」

 

ルリが眠そうに目を擦りながら、後ろに立っていた。

 

「どうした?ルリ」

「抱っこぉ……一緒に寝るぅ……」

「そろそろ一人で寝られるように、ベッド買ったばかりなんだが」

 

もうルリも9歳。

さすがにいつまでも親と寝る、ってのはなぁ……。

 

「やぁ……」

 

俺の腰に手を回して抱きつくルリに俺はため息を吐きながらも、抱っこしてやる。

……俺も、親ばかかねぇ……。

 

「……すぅ……すぅ……」

 

顔を見てみると、既に寝てしまっていた。

そして、寝ながらも俺の服は掴んでいる様子。

 

「……ベッド買った意味がないな」

 

ルリの寝顔を見ながら、俺は言葉を漏らすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はキューブさんいないの?」

「あぁ、用事があるって言うから、休みにしたんだ」

 

日課の訓練をしながら、リーゼに事の顛末を話していた。

師匠の方は、今日は見回りがあるとのことで来ていないから、リーゼと俺の二人だけだ。

だから今日やっているのは動きの確認とかの軽いものだ

リーゼは驚きながらも、俺の話を聞いている。

 

「だから、今日は家事を自分でやらないといけないから、忙しいんだよなぁ……」

 

最近は道具屋への買出しも、キューブにほぼ任せっぱなしだった。

少し、昔に戻った気分だな。

 

「…………」

「……?どうした、リーゼ」

 

黙りこくりながら考えるリーゼを見て、俺は動きを止めて、声をかける。

 

「……それって、お兄ちゃんとルリが二人っきり、ってことだよね…」

「まぁ、そりゃそうだな」

 

考えていたことはそれだったのか?

 

「……お兄ちゃん!」

 

と、リーゼが俺に詰め寄る勢いで、大きな声を出した。

 

「今日、お兄ちゃんの家に……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リーゼちゃん、うちに泊まるの!?」

「そういうことだ」

 

朝食を食べながら、ルリにさっきの話をした。

キューブがいないことにも驚きを示していたが、それ以上に驚いている。

 

「うーん……」

 

ルリは複雑な感じの顔をして、唸っている。

嬉しいような、そうでないような……。

 

「とりあえず、確認を取らせる意味でも、朝食は家で食べてくるように帰したけど……」

 

師匠とクラリスさんなら、即OKを出すだろうな……。

 

「あと、朝食を食べ終わったあとは、洗濯とかやるから、ルリも手伝ってくれ」

「あ、うん」

 

ルリは慌てながらも、俺の言葉に頷く。

家事は一応、ルリにも手伝い程度だが、やらせるようにしている。

大きくなってから、一人暮らしとかすることになる場合、出来なかったら困るだろうからな。

 

「まぁ、仲良く過ごせよ」

 

普段は仲がいいんだけど、俺が絡むとたまに喧嘩というか、じゃれあいが起こる。

好かれているのは嬉しいけど、出来れば普通に仲良くして欲しい。

 

 

 

 

「はい、パパ!」

「ん」

 

ルリから手渡された洗濯物を受け取り、物干し竿に干す。

ルリの背丈だと、竿に届かないから干すことができないのである。

だから、手渡しで俺に洗濯物を渡してもらい、それを俺が干すという一連の作業が続いている。

 

「パパ、これが終わったら何するの?」

「喜べ、ルリ。勉強の時間だ」

「うぇ……」

 

なんて声をだしているんだ。

普段はルリの勉学については、キューブに面倒を見てもらっている。

この勉学というのは、算数や文字のことである。

歴史とかも教えなくてはいけないけど、さすがにまだ早いかなと思って、やらせてはいない。

 

「勉強は苦手なんだよね……」

 

それは仕方ないかもしれない。

おそらくずっと魔界にいたのだろうし、その間何も学んでいなかったのだから。

 

「俺も一緒に見てあげるから、頑張れ」

「パパも一緒にやってくれるの!?」

「今日は一日、休みとってるしな」

 

午後にバイトが入ってたんだけど、訓練の帰りに断りを入れておいた。

事情を説明すると、笑って承諾してくれた。

本当に良い人たちである。

 

「ついでに、どれくらいできるのかテストだ」

「えぇっ!?」

 

ぶっちゃけ、今どれくらいまで出来るのかもわからない。

その辺も確認しておかないと……。

 

 

 

 

「それじゃ、9+5は?」

「えっと……パパ、指貸して!」

「はいはい……」

 

指を使わないでも、できるようになって欲しいんだけど……。

 

「うーんと……14?」

「うん、正解。10+13は?」

「えぇ!?……わかんない」

「指が足りなくなったら無理か……」

「うぅ……どうすればできるようになるの?」

「さすがにこればっかりはなぁ……くり返しやるしかないな」

「大変だなぁ……」

 

あまりやらせすぎるのは避けたいから、勉強時間を増やしたりはまだしないけど……。

今度、キューブと相談してみるか。

 

コンコン

 

「リーゼちゃんかな?」

「多分な。ルリ、勉強は終わりにして、昼食にしよう」

「はーい」

 

俺たちは玄関まで行き、来た客を出迎える。

立ってたのは、やはりリーゼだ。

背中に、少し荷物も背負っている。

着替えなどが入っているのだろう。

 

「リーゼちゃん、いらっしゃい」

「リーゼ、いらっしゃい。お昼は食べたか?」

「ううん、まだ」

「なら丁度いいな」

 

リーゼを家の中に入れ、できたら呼ぶように言ってから、料理にかかる。

 

「それじゃリーゼちゃん、あっちで遊ぼう?」

「うん」

 

二人はルリの部屋に行った。

俺もさっさと作らないと。

 

 

 

 

「ちょっと買出しに行ってくるけど、一緒に行くか?」

 

昼を食べ終わって、俺は洗い物や掃除。

ルリたちは手伝うといったのだけど、せっかくリーゼに遊びに来てもらったのであるし、遊ばせていた。

そして、現在は午後四時ほど。

 

「「行く!」」

「よし、それじゃ行こう」

 

財布と鍵を持ち、外に出て、鍵を閉めて食材屋に向かうことにする。

二人はそれぞれ、俺の手を握っている。

 

「二人は、今日の夕飯は何がいい?」

 

自分で献立を考えるのも結構疲れるので、二人に丸投げする。

 

「うーん……」

「そうだなぁ……」

 

二人の悩む声を聴きながら歩いていると、どこかから旨そうな匂いがしてくる。

この匂いは……。

 

「「ホットケーキ!」」

 

ホットケーキである。

……って、おい。

 

「いいのか?腹へりそうだけど」

「うん!」

「なんか、食べたくなったの!」

「まぁ、それなら構わないけど」

 

夕飯を作る時間を考えて早めに買出しに出たけど、何時も通りでよかったか?

ホットケーキなら、早く作り終わるし。

ホットケーキを作るとしたら、買うものはホットケーキの材料と……。

 

「ジャムとかも必要か……」

 

となると、道具屋に行かないといけないな。

食材屋にはジャムが売ってないのである。

 

(それなら、ルリとマリーを会わせられるかな)

 

何気に、未だにルリとマリーは一度も会ったことがない。

ルリが一緒にいるときに、道具屋に行く機会がなかったし、ただでさえキューブに頼むことも多くなって、行く回数が減ってたからな。

先に食材屋に行ってから、道具屋に行こう。

 

 

 

 

「あ、マコトお兄ちゃん、いらっしゃい!」

 

道具屋に行くと、アールさんと、手伝いをしてるマリーがいた。

タイミングいいな。

 

「おう、マリー」

「パパ、その子は?」

「うん、教えて欲しいな」

 

ルリとリーゼが俺に聞いてくる。

……あれ?

 

「リーゼもマリーのこと知らないのか?」

「うん。見たことない」

 

それって、奇跡じゃないか?

9年間もこの街に居て会わないって……。

 

「えっと、それじゃルリ、リーゼ。この子はマリー・ストルーマン。わかると思うけど、道具屋の娘だ。それで、マリー。こちらはルリ・キサラギと、リーゼ・トルバーズ。俺の娘と、騎士トルバーズ、俺の師匠の娘だ」

 

唯一、どちらも知っている俺が、互いのことを紹介する。

 

「そうなんだ、よろしくね!マリーちゃん!」

「よろしく、マリー」

「よ、よろしくね。ルリちゃん、リーゼちゃん」

 

よろしくをすると、三人はおしゃべりを楽しんでいる。

その間に、俺はアールさんと話す。

 

「その子がマコトの娘か。おめぇの娘にしては、可愛いじゃねぇか」

「失礼じゃないですか?…まぁ、義理ですからね」

「なるほどな…深いことは詮索しねぇけど、困ったことがあったら言えよ?助けられる範囲でなら、手を貸してやるからよ」

「……ありがとうございます」

 

本当にありがたい言葉だ。

 

「それで?今日は何を買いに来たんだ?」

「夕飯がホットケーキで、ジャムを買いに」

「おう、わかった。どのジャムにする?」

「んー、ブルーベリーとストロベリーで」

「あいよ」

 

瓶詰めされたジャムを二つ、金と交換して、持っている袋の中に入れる。

 

「それとなんですけど、アールさん。マリーって、外で遊んでます?」

 

気になっていたことを聞いてみる。

真意は、友だちと外で遊んでるか、ということだけど。

 

「遊ぶようには言ってるんだがなぁ……マリーの人見知りな性格も、少しは治ってくれりゃぁいいんだが……」

「……まぁ、あれで少しは直るといいですね」

 

指でくいッと、ある一点を指す。

そこには、ルリとリーゼと、楽しそうに話すマリーの姿。

 

「……そうだな」

 

その様子を見て、アールさんはフッと笑った。

 

「じゃあ、そろそろ行きますね」

「あぁ……最近、お前さんが来る回数が減って、マリーも寂しそうにしてたから、よろしく頼む」

「……はい」

 

俺は二人に帰る旨を告げ、マリーとアールさんに別れを告げ、家へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、とりあえず一枚ずつ。どんどん焼くから、食べてていいぞ」

 

椅子に座っている二人の前に、出来上がったホットケーキを置いてやる。

 

「パパは食べないの?」

「まだ焼かないといけないからな」

 

ホットケーキの種もまだまだあるし、一枚じゃそこらじゃ足りないだろう。

 

「私たちも手伝ったほうがいい?」

「いや、大丈夫だ。というより、あったかいうちに食べて欲しいから、早く食べてくれ」

「うん……」

 

リーゼの言葉にそう言いながらも、俺はフライパンでホットケーキを焼く。

 

「それじゃ、はい、パパ!」

 

ルリが俺に、フォークでホットーキを刺して、俺の口元に持ってくる。

 

「あーん♪」

「……あーん」

 

特に断る理由もないし、口を開けて受け入れる。

 

「あー、ルリ、ずるい!お兄ちゃん、私のも!」

 

リーゼが抗議する声を上げ、同様に俺の口元に持ってくる。

……いいけど、自分の分も食べろよ。

 

 

 

 

「二人とも、風呂湧いたから入ってこい」

 

どうやら本を読んでいたようで、二人は顔を上げて、はーいと返事をした。

二人は着替えを持って風呂場に向かおうとするが、着替えを持とうとしない俺の様子に、ルリは疑問の声を上げる。

 

「あれ?パパは?」

「二人が出たら、入る」

「何で?」

「三人で入ったら狭いだろ」

「大丈夫だよ、ねぇ?」

「うん。お兄ちゃんも一緒に入ろ?」

 

……二人は、もう少し恥じらいを持ったほうがいいと思う。

 

「というか、二人ともな、そろそろ一人では入れるようになれよ」

「え、どうして?」

「お前らくらいの年齢だと、一人で入る年齢なんだよ」

「私は気にしないよ?」

「いや、俺が気にするんだよ」

 

ルリは9歳になった今でも、俺と風呂に入っている。

俺が先に入ってしまってる時も、風呂に入ってきて結局一緒に入ることになるし、先に入らせようとすると駄々をこねる。

それに折れる俺もどうかとは思うけど……。

 

「私は、家では一人で入ってるよ」

 

は?と、リーゼの方を向く。

 

「……リーゼは、師匠と一緒に風呂に入らないのか?」

「……?入らないよ」

「じゃあ、なんで?」

「むしろなんで?」

 

なんだこの問答は……。

 

「あー、わかったわかった。一緒に入ろう」

 

俺の言葉を聞いて、喜ぶ二人の少女。

なんか、二人のこれからが心配なんだけど……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あわあわ~♪」

「ル、ルリ!くすぐったいってば!」

 

リーゼが体をよじりながら、自分の体を洗いながら歌うルリに言う。

俺は湯船に浸かりながら、二人の声をBGMにゆっくりしている。

二人が最初、俺に洗って欲しいと頼んだが、さすがにそこは拒否させてもらった。

結果、二人で洗いっこをしている。

にしても、風呂はいい。

この瞬間が俺は好きである。

湯船に浸かってゆっくりすることで、一日の疲れが取れるのを実感できる。

 

「パパ、背中流してあげるよ」

「あ?あぁ……じゃあ頼むわ」

 

二人は洗い終わったようで、俺に誘いを出してきた。

たまにはいいか、と思い、俺は湯船から出て、二人に背中を向けた。

 

「お兄ちゃん、どう?」

「ん、いい感じだ」

 

二人が俺の背中を擦りながら感想を聞いてくる。

そのまま正直に感想を述べた。

 

「……もう、そんくらいでいいぞ」

「え、でも」

「そろそろ、湯船に浸かってあったまれって」

 

あまり、湯船の外に出させているのも冷えてしまいそうだから、俺は止めさせて湯船に入らせた。

 

「ねぇ、パパ。このあと本読んで?」

「少しだけならな」

「やったぁ!」

 

二人でハイタッチをするルリとリーゼに、苦笑した。

 

 

 

 

「『こうしてお姫様と王子様は、幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし』」

 

ベッドで布団に入りながら、俺は両隣に座るルリとリーゼに絵本を読んでいた。

読み終わり、絵本を閉じる。

 

「さて、そろそろ寝る時間だぞ」

「えー、もう一冊お願い!」

「そうだよお兄ちゃん!」

「ダメだ。早く寝ないと、明日早く起きれないぞ?」

 

既に、少し遅い時間になっているのである。

俺はまだ大丈夫でも、子供の二人では、朝起きれなくなると思う。

 

「でも……」

「ルリ」

「……はぁーい」

 

俺の言葉の意味を感じ取り、ルリは諦める。

リーゼもルリが諦めたからか、自分も諦めたようである。

 

「それじゃ、電気消すぞ」

 

パチっと電気を消して、布団をしっかり被る。

二人も、同様である。

 

「ねぇパパ。かいだんのお話して?」

「かいだん?」

 

そのかいだんは、どのかいだんを指すのだろうか。

 

「ルリ、かいだんって何?」

 

リーゼもわからなかったのか、ルリに聞き返した。

 

「えっとね、前にキューブに聞いたの。人は、かいだんって話をして、楽しむんだって」

「あぁ、怪談ね……」

 

その怪談か。

まぁ、知ってる話は幾つかあるが。

 

「……聞きたいのか?」

「知ってるの?私、聞きたい!」

「私も聞きたいな」

 

興味があるのか、ルリだけでなくリーゼも食いついてきた。

この様子だと、話さない限り寝そうにないな。

……話したら、それはそれで寝られなくなりそうだけど。

 

「しょうがないな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこで……」

「も、もういいよぅ、パパぁ……」

「怖いよぉ……」

 

二個目の話の途中で、二人に遮られる。

二人は俺の腕を掴みながら震えている。

 

「だから、最初に聞いたのにな……」

 

まぁ、怖い話であることは教えなかったけど。

何事も経験である。

 

「ほら、分かったらもう寝るぞ」

 

二人は無言で頷いた。

さっきの話が残ってるのか、ガクガク震えていたが、眠気には勝てないのか、寝てしまったようだ。

 

「ふぅ……」

 

息を吐きながら、今日の一日を思い出す。

 

(久しぶりに家事をやった気がする……)

 

最近はキューブに任せっきりであったし。

やっぱり、家事は疲れるけど、楽しいもんだ。

 

(……これから、キューブにちょくちょく休み取らせるかな)

 

うん、そうしようと思いながら、俺は眠りについた。

 



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間章 少女たちとの再会

時間軸的には、街に帰ってきた数日後くらいの話です。



ルリとキューブを連れて、三年ぶりに帰ってきた故郷。

任務もひとまず終わり、全てが元に戻った。

 

 

 

 

……と思いたいところではあるが、一つ語らなくてはいけないことがある。

今更ではあるが、自分の妹的存在である三人の少女との三年越しの再会の話を語るとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

・クリスの場合

 

 

 

 

「…………」

「それで、お兄様。なにか、言い訳はありますか?」

 

現在、俺はクリスの部屋にいた。

事前にメイドの方や執事の方たちに会い、クリスの様子を聞いてはいたのであるが……。

感動の再会とはいかず、俺が思った以上に、俺が旅立ちのことを告げずに出て行ったことを怒っているようだ。

 

「いや、なにもないです……」

 

思わず敬語になってしまうほどである。

ここまで怒っているのは、今までに無かっただろう。

 

「そうですわよね。いくら急に旅立つことになったと言っても、私に少しは会う時間位、あった筈ですもの。何人かには言っていたようですし」

「…………」

 

どうやってそのことを知ったのだろうか。

まぁ、ノーザリー家のような金持ちだと、情報もいろいろ集まるのかもしれない。

その後、数十分程クリスのお小言が続いた。

そろそろ勘弁してもらいたい俺は、クリスに口を挿もうとした時だった。

クリスの瞳に涙が溜まるのが見えた。

 

「ちょっ、クリス!?」

 

まさか泣くまでとは思わず、急に焦り始める俺。

 

「……ずっと、心配、でしたわっ……お兄、様が……無事にいて、くれるのか……」

「クリス……」

「それに……三年間も、お兄様に会えないのが、何より辛かったっ……」

「……ごめんな」

 

椅子から立ち上がりクリスの傍に行き、頭を撫でながらそう言うと、クリスは泣きながら俺の腹あたりに顔を押し付けるように、抱き着いた。

服が涙で濡れるのが感じられたが、俺は何も言わず、クリスが泣きやむまで、ただクリスの頭を撫で続けた。

 

 

 

 

また数十分ほどが過ぎ、クリスの様子も落ち着いたので、ひとまずお茶にすることにした。

 

「お兄様、先ほどはすみませんでした……お恥ずかしいところを見せてしまいましたわ……」

「気にするな。元々は俺が悪いんだから……それに……」

「それに、なんですか?」

 

「クリスが今まで俺に不安とかを告げてくれたことは少なかったから、嬉しかった」

 

「……!もう、お兄様ったらっ……」

 

顔を赤く染めて、クリスは顔を俯かせた。

だが、さっきまでと違い、空気は穏やかだ。

俺はメイドの方が運んできてくれた、紅茶を飲む。

懐かしい味と香りに、思わず顔が綻ぶのを感じた。

 

「と、ところで、お兄様。お兄様のところに、新しく住んでいる方が居るという話を聞いたのですが……」

 

早く話題を変えようと、クリスが俺の話へと話題転換をしてきた。

 

「あぁ、俺の家に住んでるよ」

「その方たちはどういう関係なんですの?」

 

その質問にどう答えるべきか一瞬悩んだが、別にごまかす必要もないかと思い、ありのままに答えることにした。

 

「執事と娘」

 

ガタンッ!、という音が目の前でして、俺はそちらに目を向ける。

椅子から立ち上がり、俺に驚愕といった表情で目を向けるクリス。

 

「ま、まさかお兄様……私が知らない間に誰かと……!?」

「いや、してないから」

 

変な想像をしているクリスにツッコみを入れるが、どうやら俺の声が聞こえていない様子。

ぶつぶつと呟きながら、百面相をしている。

どうしたものかと考えた結果。

 

「(……そっとしておくか)」

 

 

 

 

クリスが元に戻ったのは、それからしばらく後のことだった。

……クリスって、妄想癖とかあったのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

・マリーの場合

 

 

 

 

「ぐすっ……」

「えっと……」

 

道具屋に買い物を兼ねた、帰郷したことを告げに来たところ。

店の前に来たところで、手伝いをしていたマリーが俺を見つけての、この状況。

俺の服を握りしめて泣きじゃくるマリーの頭を撫でながら、ニヤニヤとこちらを見るアールさんに、視線で助けを求めた

 

「お前が旅に出てから、ずっとマリーが寂しがっていたからな。少しは好きにさせてやってくれ」

 

肩を竦めて言ったアールさんの言葉。

俺をそんなに慕ってくれていたという事実に喜びを感じると同時、何も告げていかなかったことへの後悔が、今更ながら浮かんできた。

 

「……ごめんな、何も言わないで。心配させちゃったよな?」

 

首を縦に振ることで自分の意思を伝えるマリー。

それに再度、ごめん、と言う。

 

「ところでマコト。もう任務は終わった、ってことでいいんだよな?」

「はい」

「それじゃ、もう街から旅立つ、ってことは、少なくともしばらくは無いんだよな?」

 

ビクッとマリーが体を震わせたのを感じた。

そして、涙を流したまま不安げな顔で、こちらを見上げてくる。

 

「そうですね。それに、前とは状況も変わってますしね」

 

俺の言葉の前半を聞きパァッと顔を輝かせたが、後半を聞きマリーは疑問を浮かべた。

アールさんもどういうことかわからなかったのか、俺に先を促せてくる。

 

「ええっとですね……まぁ、端的に言えば、家族が増えました」

「……お前、やったのか?」

「何もしてません!子供の前で変なこと言わないでください……色々とあって、そういうことになりました」

 

俺の反応にハッハッハ!、っと豪快に笑った後、アールさんはニッと笑いながら話してきた。

 

「それなら、今度連れてこい。この街の新しい住人で、それもマコトの家族だっていうなら、歓迎してやらなきゃな」

「ありがとうございます、アールさん」

「なに、いいってことよ!……そうだ、ちょっと待ってろ」

 

そう言うとアールさんは店の奥へと引っ込んだ。

残された俺とマリー。

先ほどと比べマリーの様子は落ち着いてきてる。

 

「……お兄ちゃん」

「なんだ?」

「お兄ちゃんの新しい家族って、女の人?男の人?」

 

そこは重要なところなのだろうか?

 

「男の人と、女の子だよ。女の子は、マリーと同じくらいの歳だよ」

 

伝えると、マリーが少し不機嫌そうな顔をした。

……いったいどうしたのか。

 

「……ずるい」

「えっ?」

「私だって、もっとお兄ちゃんと一緒に居たいのに……」

「あー……」

 

どうやら、一緒に居られる時間について不満だったらしい。

三年間離れていたから、余計にそう思うのかもしれない。

 

「……まぁ、俺もこれからは街にいるし、会いたくなればすぐに会える。だから、そんな顔するな」

「……うんっ」

 

頭にまた、ぽん、と手を置く。

笑顔になったマリーを見る分に、どうやら元に戻ったようだ。

……しばらく、道具屋になるべく毎日来るようにしようか。

 

 

 

 

戻ってきたアールさんに、結構多くの果物や野菜などをもらった。

今夜の夕飯は鍋にでもするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

・リーゼの場合

 

 

 

 

「~♪」

「ご機嫌だな、リーゼ」

「うん!だって、お兄ちゃんが帰って来たんだもん!」

「それくらいで大げさな……」

 

大げさじゃないよ!、と俺の膝の上で怒るリーゼをどうどうと落ち着かせる。

ムーッと頬を膨らませたリーゼは、俺の手を取って頭の上に置かせた。

頭を撫でてやるとご機嫌になり、鼻歌を歌いだした。

 

「あらあら、リーゼったらご機嫌ね」

 

視線をリーゼから前に向けると、こちらを微笑ましそうに見るクラリスさん。

クラリスさんは紅茶を淹れてくれたようで、俺の前に置いてくれた。

ありがとうございます、と言って紅茶を飲む。

……うん、美味しい。

クリスの家のも美味しいけど、クラリスさんの淹れてくれる紅茶も負けないくらい美味しい。

決して高い茶葉を使ってるわけでもないのに……不思議だ。

 

「美味しいです、クラリスさん」

「それはよかったわ」

「……お兄ちゃん!手、止まってる!」

「あぁ、ごめん」

 

知らずに手が止まっていたようだ。

頭を撫でるのを再開する。

 

「リーゼ、マコト君が帰って来てから、ずっとマコト君のことばっかり考えてるのよ。お兄ちゃんはいつ来てくれるのかな、とか、今何してるのかな、とか」

「お母さん!」

 

顔を真っ赤にして起こるリーゼだが、当のクラリスさんは、あらあらと笑い、いつものペースだ。

というか、リーゼそんな感じなのか。

なんか、恋する女の子みたいな行動だな。

 

「ねぇ、マコト君」

「なんですか?」

「お嫁さんにリーゼは、どう?」

「!?ッゴホ!、ッケホ!……何を急に言い出すんですか!」

 

あまりの衝撃発言にむせてしまった。

クラリスさんは相変わらずのようだ。

 

「マコト君なら大歓迎だし、リーゼもマコト君のこと大好きだし……それなら、今のうちに予約しておこうかな、と思って」

「親が決めてどうするんですか……第一、年齢差があるじゃないですか」

「8歳差くらいなら、あってないようなものよ♪」

「それに、いつまでもリーゼの気持ちが変わらないとは限らないじゃないですか」

「それならそれで構わないわ」

「うぅ……リーゼ、お前も何か……」

 

いささか状況が悪く、リーゼに助け舟を求め、視線を向けたが……。

 

「……リーゼ」

「む~……」

 

不機嫌そうなリーゼに戸惑う俺。

クラリスさんはあらあら、といって笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

家に帰り夕飯を食べ風呂に入り、自分の部屋に入り一息吐く。

今日は色々と密度が濃い一日だったな……。

まぁ、懸念事項だった三人の問題も解決……したかはわからないが、少なくとも話すことは出来たからよかったとしよう。

今日は疲れたし、明日に備えて早めに寝るか。

そう考えていると、ドアが開く音がした。

 

「パパぁ……」

 

立っていたのはルリで、眠そうに眼を擦っている。

 

「どうした?寝るか?」

「うん……」

 

おぼつかない足取りで歩き、俺の腰に抱き着いた。

やれやれと思いながら、ルリを抱き上げベッドへと向かい、ルリを寝かせる。

電気を消すと、自分も布団の中に入った。

ルリは寝息を立てていて、もう寝てしまったようだ。

その寝顔はとても穏やかだ。

……見ていると、なんだか俺も眠くなってきた。

自分も寝ることにしよう。

 

 

 

 

また明日も、いつもの日常が始まる。



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Chapter.1 New life begins
一日の始まり


外から聞こえる、人が起き始める音。

窓から入ってくる朝の光を感じて、俺は目を覚ました。

 

「…………」

 

目を擦りながら時計を見ると、朝の五時半である。

いつもより少し早いけど、二度寝する時間もない。

起きて、朝の日課に行くことにしよう。

 

「……ん」

 

隣を見ると、布団に潜り込んでいたルリの姿があった。

最初の方こそ、一緒に寝るようにしていたが、そろそろ一人で寝させようと、ルリの部屋にベッドも置いたのだけど……。

それが朝まで使われたのは、まだ二桁にも満たない気がする。

ルリの頭を撫でてから、起こさないように布団を出ようとするが。

 

ギュ……

 

ルリの手が、俺のパジャマをしっかり掴んでいて、出ることができなかった。

俺は苦戦しながらも、その場でパジャマを脱ぎ、布団を抜け出す。

そして、普段着に着替え、刀を持ち、自室から出た。

 

「旦那様、おはようございます」

 

横からかけられた声に、俺は向きながら挨拶を返した。

 

「おはよう、キューブ。朝飯頼むな」

「はい、かしこまりました」

 

様になった礼をする我が家の執事、キューブにそう言うと、顔を洗ってから玄関を通り、自宅を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

カァン!

 

「くぅっ!」

 

俺は目の前の少女の持つ木刀を狙い、何度も自分の木刀を打ち付ける。

少女もなんとか必死に耐えているが、焦っている様子。

試しに一度、攻撃を止めてみると。

 

「やあっ!」

 

予想通りというか、なんというか。

俺に攻撃を仕掛けてくる少女。

しかし、その攻撃は大振りすぎた。

 

カキィン!

 

「あれっ!?」

 

軽くいなすと、こけてしまった。

その首に俺は木刀を近付けると、見ていた師匠が声を上げた。

 

「勝負あり!」

「うぅ……負けた」

 

倒れていた少女、リーゼは顔を起こして悔しそうな顔をした。

 

「まぁ、経験の差もあるわけだし、しょうがないって」

 

勝者の俺が声をかけるのもどうかと思うが、リーゼの体を起こしながらそう言う。

リーゼはまだ剣を初めて二年くらいだけど、俺は既に十年以上過ぎている。

これで負けたら、自信を無くすどころの話ではない。

 

「マコトもずいぶん強くなったもんだ」

「……師匠、なんか年寄り臭いです」

「早く、兄さんを守れるようになりたいのになぁ……」

 

リーゼの服に着いた草をはらいながら師匠にツッコむ。

そういえばだが、リーゼが10歳になってから、俺への呼び名を兄さん、師匠への呼び名を父さんに変えた。

精神が成長してきた印だろうか。

 

「まぁ、精進しろ、ってことだな……師匠、そろそろ帰りますね」

 

時間を見ると、もうそろそろルリが起きる時間だ。

早くしないと、朝ご飯が遅れることになる。

 

「えー!?もう行っちゃうの!?」

 

リーゼが不満げに言うが、こればっかりはどうしようもない。

 

「キューブたちを待たせるわけにもいかないからな」

 

宥めるようと、リーゼの頭を撫でながら言うが、表情は変わらない。

 

「マコト、よかったら、リーゼをそちらで食べさせてやってくれないか?」

 

師匠がそう提案を出す。

うーむ……。

キューブが準備してくれている量で足りるかどうか。

……まぁ、足りなかったら俺が作ればいいか。

 

「……じゃあ、リーゼ。朝飯は俺の家で食うか?」

「うん!」

 

リーゼは嬉しそうに俺に抱きつく。

手を繋いで、師匠に声をかける。

 

「それじゃ、師匠。行きましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

街に帰ってきてから、一年半が過ぎた。

ルリとキューブもこの街に慣れ、前までの生活に戻りつつあった。

ルリも結構、友達ができているようだし、のびのびと育ってくれている。

……まぁ、もう少し親離れはして欲しい気もするけど。

 

「ただいま」

「お邪魔しまーす」

 

俺とリーゼがそれぞれ言って、家に入る。

キューブは料理中だと思うので、出迎えには来れないが、気にせずに入る。

リビングの方に入ると、キューブはテーブルに料理を並べている途中だった。

どうやら朝食は、パンとハムエッグ、それとサラダのようだ。

 

「あ、おかえりなさいませ、旦那様。いらっしゃいませ、リーゼ様」

 

こちらに気付き、一度作業を止めて言うキューブ。

……パンとサラダはともかく、ハムエッグは作らないと足りないな。

 

「キューブ、俺はリーゼの朝食作るから、並べ終わったら、ルリを起こしてきてくれないか?」

「かしこまりました」

 

俺はキッチンに入り、卵を取り出しながら、リーゼに声をかけた。

 

「リーゼ、ハムエッグとスクランブルエッグ、どっちがいい?」

「うーん……スクランブルエッグで」

「了解っと」

 

卵を割り、砂糖を少し混ぜて、かき混ぜる。

焼くだけだし、時間もかからないから助かるな。

リーゼは椅子に座りながら、俺が料理する様子を見ている。

 

「旦那様、それではお嬢様を起こしてきます」

「あぁ、頼むわ」

 

キューブがリビングから出ていく。

スクランブルエッグが出来上がり、それを皿に乗せ、リーゼの前に置く。

 

「お待ちどうさま。それじゃ、ルリを……」

 

待っているか、と言おうとすると、ドタバタとした足音。

そして、部屋に入ってきたルリは、俺に抱きつく。

そして、顔を上げ、笑いながら俺に挨拶をした。

 

「おはよう、パパ!」

「おはよう、ルリ。顔は洗ったのか?」

「うん!」

 

ギューっと俺に抱きついていると、キューブもリビングに戻ってきた。

俺たちの様子を見て苦笑している。

しかし、リーゼは違ったようで、

 

「ルリ、いいかげん兄さんから離れなよ!」

「いーやー!」

 

リーゼがルリを引きはがしにかかるが、ルリは離されまいと、抱きつく力を強める。

 

「ルリは兄さんと毎日寝てるんだから、いいだろ!?」

「一昨日は寝てないもん!」

「私なんか、二ヶ月くらい寝てないよ!」

 

なぜか違う方向に話が逸れていく。

二人の言い合いが続く中、俺は聞こえてないと思いながらも、俺は言葉を漏らした。

 

「いいから、朝食食べないか……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、朝食が食べられるのは、五分後のことであった。

 

今日もまた、一日が始まる。

 



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ルリ、働く

「働いてみたい?」

「うん」

 

夕食も食べ終わり、自分の部屋で裁縫についての本を読んでいた時のことだ。

ルリが俺の部屋を訪ね、俺に言ってきたのである。

 

「どうして、また急に」

「パパ、働いてるでしょ?」

「そりゃ、働かないと生活できないしな」

 

王様からもらっている金もあるが、あっちは出来るだけ貯蓄している。

裕福な生活をして、金を無駄遣いするのも嫌だし、今までの生活より食費が増えたくらいだから、十分に今までどおりで保つからな。

 

「パパが働いてるのを見て、私も働いてみたいなぁ、と思って」

 

つまりは、興味がある、といった理由か。

 

「うーん……」

 

別に働かせるのは構わないんだが、この世界では、年齢的にどうなのだろう。

俺はルリくらいの歳でもう働いていたが、それは必要であったからだ。

今のルリには、親である俺もいるわけだし。

 

「お願い、パパ!」

 

……とりあえず、経験しておくのも、悪くはないか。

 

「わかった。許可する」

「ありがとう!パパ!」

 

パアっと笑顔を咲かせ、俺の腰に抱きつく。

今は俺のベッドに座りながら話している状態だ。

 

「それで、なんの仕事がしたいんだ?内容によっては、認められないけど」

 

さすがにこの年で酒場とかはやめてほしい。

 

「あ……」

「……もしかして、何も考えてなかったのか?」

「うん……どんな仕事があるの?」

 

その様子に呆れながらも、俺はいくつか例を出す。

 

「そうだな……子守り、農場、教会、道具屋とかか。あとは家庭教師とかレストランとかもあるけど、それは自分にそれなりの技術がないとな」

 

まだあるにはあるけど、ルリの歳を考えるとこんなもんだろう。

 

「うーん……」

「まぁ、すぐに決める必要もないし、ゆっくり考えればいいさ」

 

俺がそう伝えるも、ルリは悩み続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日の朝、修行を終え、朝食の時である。

 

「え?お嬢様、働くのですか?」

「まぁ、アルバイトに近いのだけどな」

 

ルリが未だに悩んでおり、その様子を見たキューブが俺に聞いてきたのだ。

事情を伝えると、なるほど、といった表情をした。

 

「別に、無理に働かなくてもいいとは思うけどな」

「きっと、旦那様と同じことをしてみたいのでしょう」

「俺と?」

「お嬢様は、旦那様が大好きですから」

「そんなもんかねぇ……」

 

キューブの言葉を聞きながら、俺はパンをかじる。

 

「とりあえず、今日は俺も仕事入ってるから、ルリのことはよろしく頼むな」

「畏まりました」

「……ルリ、いい加減食べなさい」

 

俺が食べ終わる頃になっても、ルリはほとんど食べずに悩んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、クリス」

「ありがとうございます、お兄様」

 

クリスに、俺が煎れた紅茶を差し出す。

クリスは一口のみ、美味しいですわ、と微笑みながら俺に言った。

 

「それはなにより」

「ところでお兄様、どうしたのですか?」

「え?」

「なにか、悩み事があるように思えます」

「……わかるか?」

「お兄様のことですから」

 

微笑みながら言うクリスに、俺は両手を上げる。

 

俺が約二年前にこの街に帰ってきてからクリスに会いに行ったとき、クリスに結構怒られた。

どうして何も言ってくれなかったのか、と。

しまいには泣いてしまい、あの時は困った。

なんとか許してもらったものの、それ以来甘える程度が上がった気がする。

 

「別にそんな重い話でもないし、俺のことじゃないんだけどな」

「では、ルリさんのことですか?」

 

あぁ、と頷きながら、自分の分の紅茶を一口飲む。

うん、いつもの味だ。

クリスには、帰ってきたときにルリのことは言ってある。

まだ、実際に会ってはいないけどな。

 

「ルリが昨日の夜、働きたいと言ってきてな」

「働きたい、ですか?」

「別に、定職に就きたいとかってわけではないけど……まぁ、アルバイトみたいなものだな」

 

首を傾げるクリスに、俺はそう付け加えながら説明する。

 

「クリスとかはどうなんだ?働いてみたいとか、思う?」

 

同じ年齢、性別であるクリスに質問をしてみた。

 

「そうですわね……とりわけ、働きたいという、強い気持ちはないですけど……お兄様と一緒なら」

「え?」

「お兄様が経験したことを、自分もやってみたい、というのはありますわね」

 

キューブが言っていたことと、同じようなことを言うクリスに、俺は思わず固まった。

 

「……なに、女の子って、そういうものなのか?」

「別に、全員が全員、そういうわけではないと思いますけど…お兄様に好意を抱く人なら、そうだと思いますわ」

「……ありがとう」

 

何故かわからんが、思わず礼を言ってしまった。

 

「……なら、特に何か口に出さないほうがいいのか?」

「それがいいと思いますわ……あ、そうですわお兄様。ルリさんがよろしければなんですけど……」

「なんだ?」

 

クリスの提案を聞き、俺は驚くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「メイドさん?」

「そう、メイド」

 

ルリは俺の言葉をオウム返しに聞き返す。

クリスが提案したのは、試しにうちでメイドをやってみないか、ということだった。

 

「やることは身の回りのことと、話し相手になるくらいでいいらしいから、ルリにもできると思うぞ」

 

ルリの年齢、それと出来ることを考えてだろう。

クリスの方から、親には話しておいてくれるらしい。

 

「うーん……」

 

それでも、ルリは悩んでる。

 

「……ルリ、悩むのもいいが、とりあえず挑戦してみる、ってのもいいと思うぞ」

 

悩みすぎていても、時間の無駄にもなるし、いざというときはおもいきりも必要だと思う。

 

「……そう、だね。うん!やってみる!」

「ん、わかった。それじゃ言っておくから」

 

次にバイトに行くのが三日後だから、ルリがバイトに行くのが今日から一週間後くらいか?

それまでの間に……。

 

「ルリ、明日から礼法の授業な」

「ふぇ?」

 

最低限の知識と作法は身に付けておかないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルリ、お疲れみたいだね……」

 

自分の向かいに座るルリの様子を見ながら、リーゼは声をかけた。

マコトの家をリーゼが訪ね、キューブに出してもらった紅茶とお茶菓子で話をしていた。

ルリは少し遠い目をしている。

 

「うん……一昨日から、キューブに礼法の授業を受けててね…」

「へぇ、なんでまた?」

 

リーゼは驚きながらもルリに効く。

ちなみに現在、マコトはバイトで、かのノーザリー家に出向いているらしい。

 

「四日後にアルバイトをしてみようと思ったんだけど、そのための下準備で……」

「ルリ働くの!?すごいなぁ……」

 

自分たちの年齢では、働いている人なんて、圧倒的に少ないだろう。

そう思ってのリーゼの言葉である。

 

「……でも、それだけ大変なアルバイトって、何処で仕事をするの?」

「今日パパが働きに行ってるとこ」

「ってことは……ノーザリー家で!?……大丈夫なの?」

 

ノーザリー家はこの街で五本の指に入るくらいの名家である。

貴族でもない、平民の子供であるルリがそこに入れることもすごいのである。

 

「一応、パパにもついてきてもらうから……」

「あぁ、兄さんがついてくるなら大丈夫だね」

 

マコトに全幅の信頼を寄せているリーゼは、そのことだけで安心した。

 

「それで、具体的にはどんなことを習っているの?」

「お辞儀の仕方とか、言葉遣いとか……もう色々」

「そうなんだ」

「あ、でも、言葉遣いはそんなに固く意識しなくていいってパパが言ってたから、そこは安心かも」

 

へぇ、といいながら、お茶菓子をつまむリーゼ。

しかし、そこで一つの懸念を抱いた。

 

(……もしかして、兄さんは女の子と会ってるのか?)

 

急に悩み出したリーゼに、今度はルリの方が首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「クリス、この子が俺の娘、ルリ。それでルリ、この子がクリスチーナだ」

「はじめまして、ルリさん。よろしくお願いしますわ」

「はじめまして、クリスチーナちゃん!よろしくね!」

 

マコトが双方を紹介し、お互いが挨拶を交わす。

今日はルリの初アルバイトの日であり、キューブの激励を受けながらも、クリスの家に着き、クリスの部屋に入ったところである。

ルリは普段着ではなく、メイド服を身に付けている。

 

「とりあえず俺はメイド長の方と話をしてくるから、ルリは少しクリスと話してて」

「分かったよ、パパ」

 

マコトはそう言い残すと、クリスの部屋から出ていった。

 

「……えっと、クリスチーナちゃん」

「なんですの?」

「クリスチーナちゃんって、普段どんなことして過ごしてるの?」

 

当たり障りのないことを話題に、ルリとクリスは話す。

 

「そうですわね……お稽古をしたり、本を読んで過ごしたり。あとは、たまに街に散歩に出かけたりもしますわよ」

「お稽古?」

「えぇ。ダンスとか、お花とか……貴族としての嗜みは、一通りはしますわ」

「へぇ~、すごいね!」

「ルリさんも、家で勉学はなさっているのでしょ?」

「ふぇ?なんで知ってるの?」

「お兄様が来たときに、ルリさんの話はたまに聞くのですよ」

「お兄様って……パパのこと?」

「そうですわ」

「…………」

 

ルリはこの子もか、といったような、渋い顔をした。

 

「?どうしたんですの?」

「……ううん、なんでもないよ」

「そうですか?」

「うん……そうだ、今度、お家で一緒に遊ぼうよ!」

「あなたのお家で?」

「うん!」

「……いいのでしょうか……お兄様に、ご迷惑をかけるのでは……」

 

不安そうな顔をするクリスチーナに、ルリは声をかけた。

 

「パパならきっと、喜んで歓迎してくれるよ」

「そう、でしょうか……?」

 

ガチャ

 

「なんの話をしてるんだ?」

 

タイミングがいいのか、マコトが部屋に帰ってきた。

 

「ねぇ、パパ。クリスチーナちゃん、お家に呼んでもいいよね?」

「……そういえば、家に呼んだことなかったなぁ……いいぞ。あ、クリスが迷惑じゃなければだけど」

「迷惑だなんて、そんな!とても嬉しいです!」

「そうか?なら、来たい時は自由に来ていいからな。基本的に、誰かは家にいるだろうから」

「やったね、クリスチーナちゃん!」

「えぇ、ルリさん!」

 

二人で手を合わせるルリとクリス。

 

(仲が良くなるの早いなぁ……)

 

二人の様子を見ながら、マコトは密かにそう思った。

 

 

 

 

「……よし、ルリ。これをクリスのところに運んで。零さないようにな」

「うん、わかった」

 

俺は二人分の紅茶を煎れ、それとクッキーをトレイに乗せ、ルリに手渡した。

 

「それを運び終わったら、クリスの話し相手になってあげて」

「……それだけでいいの?」

「クリスは普段から忙しくて、年が近いこと話す機会も少ないからな……だから、そうしてあげてくれると助かる」

「……わかった!」

 

頷くと、ルリはクリスの部屋に向かっていった。

それを見届けると、俺は掃除用具を取りに向かう。

いつもはクリスの相手をしているけど、今日はルリがいるから、他の仕事もすると責任者であるメイド長に申し出たのだ。

その結果、廊下の掃除を手伝うようにと言われたのである。

 

「あ、マコトさん」

「どうも。えっと、掃除用具は?」

「これを」

 

廊下にいた、掃除をしているメイドさんたちに声をかけ、掃除用具を受け取った。

もう何年もここでアルバイトをしているから、普通に顔見知りである。

 

「ありがとうございます」

「いえいえ。こちらの方こそ、手伝っていただけてありがたいです」

「普段、楽をさせてもらってますから」

 

クリスと話すのは楽しいし、仕事という感じがしないからな。

 

「クリスチーナお嬢様は、普段甘えられるようなお相手もいませんから、助かってますよ」

「クリスのご両親も、時間ができればいいんですけどね……」

 

今更だが、クリスの家は貴族である。

クリスの両親は普段から忙しく、あまりクリスに構ってやることができない。

クリスは、それに文句を言うこともないし、両親のことは好きであり、尊敬もしている。

しかし、クリスはまだ子供だ。

 

「まぁ、俺で良ければ相手になる、って感じですかね」

「これからも、よろしくお願いしますね」

「……それで、マコトさん。クリスお嬢様のことはどのように?」

 

話していたメイドさんとは別のメイドさんが話に割り込んできた。

 

「どのように、とは?」

「将来のことですよ」

「っ!?」

 

俺はその言葉に驚きながら、メイドさんの顔を見た。

聞いてきたメイドさんは、ニヤニヤとしながら俺の返答を待っている。

 

「将来って……クリスは俺にとって妹みたいなものですよ?」

「でも、血は繋がってないでしょう?」

「クリスはまだ子供ですし」

「あと何年か経てば問題ないです」

「そもそも、クリスの気持ちが大事ですよ」

「それに関してなら、一番問題ないと思いますけど」

「……は?」

 

思わず聞き返してしまった。

それにしても、クリスが俺に?

 

「勘違いじゃないですか?兄弟愛的な何かとか」

「そうですか?私には、恋する乙女に見えますけどね」

「恋する乙女って……」

「まぁ、まだ何年かありますしね…といっても、その気持ちは変わらないと思いますけど」

 

そういうもんなのか?

自分が女になったことも、そういう気持ちを抱いたこともないから、なんとも言えないけど。

 

「それはそれとして……マコトさんって、定職に就かないんですか?」

「定職ですか……」

 

そういえば、考えたこともなかったな。

 

「マコトさん、もう18になったんですし、いつまでもバイト、ってのも大変ですし」

「別に大変だとか思ったことはないですけどね」

「でも、やっぱり定職の方が、娘さんも安心するんじゃないですか?」

「……あぁ、それは考えてなかった」

 

今は、ルリも深く考えたりはしないだろうけど、父親がバイト生活の娘って、他からいじめられるかもしれない。

というか、よくよく考えると、すごく申し訳ない気分だ。

今度、師匠とかアールさんにでも相談してみるか。

 

「マコトさーん!こっち手伝ってもらっていいですかー!?」

「あ、はーい!すいません、失礼します」

 

話していたメイドさんに断り、俺は呼ばれている方へ向かった。

 

 

 

 

それから、二時間ほど経ったあと、昼食をみんなで摂った。

クリスは稽古があるらしく、ルリと俺は洗濯を手伝うことになった。

 

「ルリちゃん、洗濯上手ね」

「はい!家で、手伝ったりするので」

「そう、えらいね~」

 

メイドさんに頭を撫でられ、ルリは笑顔を浮かべる。

実際、ルリは自分から家事を手伝うと言ってくれるから、キューブも俺も助かっている。

 

「まぁ、まだ料理とかはさせてないんですけどね」

「え、どうしてなんですか?」

「さすがに包丁とか火を使わせるのは危ないと思いまして」

 

まだ小学4年生の年齢だ。

 

「それでも、少しずつはやらせてあげてもいいんじゃないですか?」

「うーん……ルリの気持ち次第ですかね」

「だって、ルリちゃん」

「パパ、お願い!私もお料理してみたい!」

 

俺を見上げながら頼むルリ。

……考えてみたら、クリスには5歳の時に教えてたな。

包丁は使わなかったけど。

 

「……そうだな、じゃあ今度一緒に料理するか」

「ありがとう、パパ!

「よかったね、ルリちゃん」

 

俺に抱きつきながら礼を言うルリと、ルリにそう声をかけるメイドさん。

教える時期が早まっただけと思えばいいだろう。

 

「よし、それじゃお洗濯を早いとこ終わらせちゃおう!」

「おー!」

 

二人で握りこぶしを上げる二人を見て、俺は苦笑を漏らした。

 

 

 

 

「今日はありがとうございました」

「お嬢様の頼みでもありましたし、あまり無碍に断るのもいけませんしね」

「ルリにもいい経験になったと思います」

 

まあ、半分は普段通りだった気がするけど。

時刻はもう夕方になり、今日のお勤めは終了である。

少し離れたところで、ルリとクリスが話していて、俺はメイド長に礼を言っていたところだ。

 

「今日の仕事ぶりも問題なかったですし、これからも事前に言ってもらえれば大丈夫ですよ」

「本当ですか?」

「えぇ、人手は多すぎても困りませんからね」

「ありがとうございます。ルリも喜ぶと思います」

 

まさか、次も仕事をもらえるとは思っていなかった。

確かに、これといったミスとかはなかったけど。

ルリの将来の勤め先、第1号か?

 

「それと、これがルリさんとあなたのお給金です」

「ありがとうございます……ルリ、ちょっと来い!」

 

自分の分だけ受け取り、俺はルリを呼んで来させる。

初給金は、自分で受け取ったほうがいいだろう。

 

「なぁに?パパ」

「今日の分の、ルリの給金だそうだ」

「ルリさん、あなたのお給金です」

「ふぇ?」

 

ルリは俺とメイド長の顔を交互に見ていたが、俺が頷くと、ルリは、ありがとうございます、と言ってメイド長から袋を受け取った。

 

「よかったな」

「うん!」

「……それじゃ、そろそろ帰ります」

 

ルリと一緒の近くに来たクリスと、メイド長に別れを告げる。

そろそろ夕飯の時間でもあるし。

 

「わかりました。次の時も、よろしくお願いしますね」

「お兄様、ルリさん。お仕事でなくとも、遊びにきてくださいね」

「クリスチーナちゃんこそ、うちに遊びにきてね」

「まぁ、これからも、ルリの友達を頼むよ、クリス」

「こちらこそですわ、お兄様」

 

「メイド長、クリス、それではまた」

「バイバイ、クリスチーナちゃん!」

 

 

ルリは顔を後ろに向けて俺の手を握ってない方の手をブンブンと振る。

クリスも、ルリに手を振り返していることだろう。

 

「さて、今日の夕飯はなんだろうな」

「私、カレーがいい!」

「カレーか……最後に食べたの、一週間前だっけ?」

「早く帰って、キューブにお願いしよう!」

 

早く早く、とルリに手を引っ張られながら、多分もう作り始めてるんだろうな、と思いながらも口に出さないことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

30分後、キューブに無理を言って、オムライスをオムライスカレーに変更してもらったのは余談だ。

 



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親子水入らず

「ピクニック?」

「うん!ねぇ、行こうよ、パパぁ」

 

五月に入り、一週間。

朝食の場でルリが言ってきたのは、ピクニックに行きたい、とのことだった。

 

「急だけど、何かあるのか?」

「市場のお姉さんがね、近くにお花畑があるって教えてくれたの」

「果物屋の人か?」

「うん、この前りんごもらっちゃった」

「お礼はちゃんと言ったか?」

「言ったよ」

「ならよし」

 

それにしても、花畑か……。

もうそろそろ春が終わる頃ではあるけど、多分花は結構咲いているだろう。

あまり街の外には、用事がない限りは出ないから、その場所がどこにあるかわからない。

 

「キューブは、その花畑がどこにあるか分かったりするか?」

 

俺よりは詳しいだろうと思い、キューブに聞いてみる。

 

「すみません……私はわかりません」

「そっか」

「パパ、いいの!?」

 

キューブに聞いたことで、ルリがテーブル越しに俺に顔を近づけながら聞く。

別にそこまで忙しいほどでもないし、構わないだろう。

 

「いいけど、すぐには無理だぞ。場所も把握しないといけないし、スケジュールも調整しないとな」

「ありがとう、パパ!」

「……ルリ、口元に米がついてる」

 

満面の笑みで言うルリの顔についた米粒をとってやり、、早く食べるように注意を促すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「花畑?それなら、街を東門から出て、森を抜ければすぐだよ」

 

翌日の朝方、訓練に行く途中に、店の準備を進めていた果物屋の女性、ツグミさんに昨日の話を聞くことに。

 

「あの森を抜けた先か……あそこは魔物が出たりしない地域だから安全ですけど、なんでわざわざ?」

「あそこには、果物の木があるのよ。私有地でもないから、取りすぎない限り、何も言われないしね」

「なるほど……てことは、俺たちが取っても問題ないですよね?」

「あはは、まぁ構わないでしょ。それに、それでマコト君がこの店で買わないようになるわけじゃないでしょ?」

「そりゃそうですけど」

「なら、よし」

 

というか、そこにある果物も、この店の全てである訳がないだろうし。

 

「親子でピクニックねぇ……キューブ君も一緒に?」

「キューブは家のことをやっておくと言って、一人で留守番です」

「ってことは、親子水入らずね」

「キューブも一緒に来ればいいと思うんですけどね」

「気を使ってくれたのじゃないかしら」

「……多分そうですね」

「まぁ、精一杯ルリちゃんを楽しませてあげなさい」

「楽しませると言っても、あまり思いつかないんですけど」

「大丈夫。ルリちゃんは、マコト君がいてくれるだけで嬉しいと思うわよ」

「そうですかね……っと、さすがにそろそろ行かないと。ツグミさん、失礼します」

 

気付いたら結構な時間話し込んでいる。

早く行かないと遅れてしまう。

師匠やリーゼも待ってるだろうし、急がないと。

 

「あ、マコト君」

 

パシッ

 

行こうとして声をかけられ、振り返ろうとしたところに飛んできた赤い丸いものを掴む。

 

「それ、持ってって。サービス」

「……ありがとうございます」

 

俺は受け取ったリンゴを齧りながら、訓練の場所に急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ということだから、明日の八時くらいに家を出るぞ。寝坊しないようにな」

「うん」

 

夕食の場で明日の予定を告げ、ルリはそれを承諾した。

弁当の準備とかもあるから、俺は五時くらいに起きないといけないけど。

 

「キューブも、家事が済んだら自由にしてていいからな。いつも働きっぱなしだし」

「そうさせていただきます」

 

キューブはいつも、家事が済んでも仕事を探そうとするからな。

明日くらいはゆっくりしてもらおう。

 

「明日帰ってきたら、キューブにお花畑がどうだったか、話してあげるね」

「楽しみにしております、お嬢様」

 

笑顔で言うルリの言葉を、キューブは笑顔で受け取った。

 

「それとルリ。明日の弁当で食べたいものあるか?」

 

弁当のメニューを考えるのは、何だかんだで難しい。

リクエストを聞いたほうが手っ取り早い。

 

「うーん……」

 

ルリは頭を悩ませて考えている。

 

「パパが作ったものは何でも美味しいから、とか言うのは無しだからな」

「えー!?なんで!?」

「それじゃ聞いた意味がないだろ」

 

メニューを考える手間を無くすために聞いたのだから。

 

「……それじゃ、卵焼き!砂糖多めの!」

「それだけでいいのか?もう少し手間の掛かるやつでもいいけど」

「うん!パパの作る卵焼き、大好きだもん」

「……ありがとな」

 

ぶっちゃけ、卵焼きは元から入れるつもりだったから、全く意味がなかったのだが、仕方ない。

あとは唐揚げとか、適当に作ればいいだろう。

 

「キューブの分も作っておくか?」

「よろしいのですか?」

「別に一緒に作るから、手間は変わらない」

「それでしたら、お願いします」

「あいよ……ごちそうさま」

「ごちそうさま!」

「ごちそうさまでした」

 

三人で一緒に手を合わせて食事を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ……」

 

朝になり、目を擦りながらルリがつかんでいる服を脱いで、布団から抜け出す。

時計を見ると四時半で、どうやら少し早く起きたようだ。

かと言って、二度寝する暇もないし、布団から出たのだから、弁当作りを開始しよう。

 

今日は、師匠に理由を言い、訓練を休みにしてもらった。

師匠はそれを了承したのだが、理由を聞いていたリーゼが、

 

「ルリだけずるい!」

 

と少し駄々をこねていた。

今度一緒にどこかに行くということで手を打ってもらったが。

 

「キューブ、おはよう」

「おはようございます、旦那様」

 

キッチンに行くと既にキューブが起きており、朝食の準備を進めてくれていた。

この朝食は俺とキューブのであり、ルリの分は起きる頃合を考えて、あとからまた作ることにしてある。

 

「朝食、何か手伝うか?」

「あとは容器に盛るだけなので、旦那様は座って待っててください」

「ん、わかった」

 

言われたとおりに、座って近くに置いておいた本を読む。

何かの専門の本とかではなく、小説である。

少し読み進めていたが、キューブがスープとサラダ、それとトーストを俺の前に運んできてくれたので、本を閉じ、キューブも座るのを待つ。

キューブが自分の分もテーブルに置き、俺の対面に座り、俺とキューブは同時に手を合わせた

 

「「いただきます」」

 

食事の時、最初はみんなで一緒にいただきますを言うのが、我が家の決まりになっている。

互いに特に喋らず、ただ自分の分を食べ続ける。

俺もキューブも、基本的に食事中に話そうとするタイプではない。

ルリがいるときは、静かな食事だとルリがきついだろうから、話したりもするけど、

今は俺とキューブだけである。

十分ほど経ち、二人とも食べ終わり、ごちそうさま、と言い食事を終えた。

 

「さて、俺は弁当を作るわ」

「私は洗濯をしてきます」

「頼む」

 

それぞれがやることを伝え

作業に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、行ってきまーす!」

「行ってくる」

「行ってらっしゃいませ、旦那様、お嬢様」

 

俺が弁当が入ったバスケットを持ち、キューブに家を頼み、出発した。

ルリも特に寝坊することもなく、予定通りの出発だ。

ルリは俺の空いた手を握り、鼻歌を歌っている。

上機嫌のようだ。

 

「ご機嫌だな、ルリ」

「だって、パパとピクニックだもん!パパは?」

「俺も楽しいよ」

 

俺が言うと嬉しそうに笑う。

 

「それにしても、ピクニックなんて初めてかもなぁ……」

 

この世界に生まれ直してから、色々と忙しかったし。

ピクニックに行こうとか思うキッカケもなかったし。

 

「パパも初めて?」

「そうだな」

「じゃあ、私がパパの初めてだね!」

「どこでそんな言葉を覚えたんだ……」

「ツグミさんが教えてくれたの」

 

帰ったら一度話す必要があるな……。

 

「パパ、しりとりしよ!」

 

唐突にルリが言った言葉に俺は承諾し、しりとりをしながら目的地に向かうことにした。

 

 

 

 

「うーん……[クルミ]!」

「[ミルク]」

「ふぇ!?またクになっちゃった!」

 

さっきから俺がクになるように言葉を返しているので、だんだんルリの返すまでの時間が長くなってきている。

今も唸りながら悩んでいる。

 

「……あれは」

 

今森の中に入って歩いていたのだが、目の前の木を見て俺は声を上げた。

ミカンの木である。

これがツグミさんの言っていた木のひとつだろう。

 

「ルリ、ちょっと待ってろ」

「?うん」

 

俺は少し木から離れ、頭の中でイメージをしながら詠唱をする。

 

「【風よ、我に従い、その形を成せ……エアーホールド】」

 

詠唱によりそのイメージをさらに固め、俺は木に向かって走り出す。

あと二メートル程のところでジャンプし、頂点あたりで魔法を発動する。

 

タンッ

 

風で固めた足場でさらにジャンプをする。

またイメージを固め、魔法を発動、そしてジャンプ。

それを五回ほど繰り返すと、木の枝の上に乗った。

 

「パパ、すごい!」

 

ルリの驚きと、俺を褒める声を聞きながらも、俺はミカンを10個ほど拝借。

それを抱えて、俺は枝の上から飛び降りて、地面に着地した。

 

「さっきのも魔法なの?」

「あぁ、そうだ」

「ほぇ~……魔法って、すごいんだね……」

「まぁ、基本的に何でもありだからな」

 

さすがに瞬間移動とか、空を飛ぶとかは無理だけど。

 

「……私にも、出来るかな?」

「練習すれば出来ると思うぞ」

 

魔族は基本、人間よりも魔力保有量が多い、ということが文献にも書いてあったし、あとは理論さえわかれば出来るだろう。

 

「……じゃあ、パパ!私に魔法教えて!」

「……俺が教えるのか?」

 

正直、俺に習うよりも、街の魔法学校みたいなところに通ったほうがいいと思うのだが……。

 

「パパに習いたいの!……ダメ?」

 

俺を見上げ、首を傾げながら聞いてくるルリ。

どう考えても、専門の人に習ったほうが早いと思うが……ルリ本人の意思を尊重することにするか。

 

「わかった。それじゃ、近いうちに始めることにするか」

「やったー!」

 

魔法を使えるようになれるのが嬉しいのか、喜ぶルリ。

俺も、初めて魔法を使ったときはこんな感じだったか?

 

「とりあえず、先に目的の花畑に行くぞ」

「うん!」

 

二人で再び花畑に向かって歩きだした。

 

 

 

 

「わぁ……!」

「これはすごいな……」

 

森を抜け、目の前に広がる光景に言葉を失う。

色とりどりの花が、そこらじゅうに咲いている。

さながら、花の絨毯のようだ。

 

「パパ、すごいね!お花がたくさん!」

 

花畑の中に立ち、俺に笑顔を向けながら言うルリ。

 

「そうだな……ルリ、とりあえず昼飯にしよう」

 

ルリに同意しながら、飯を食べることを促す。

もうそろそろ正午になるだろうし、腹も減ってるだろう。

二人で近くにある木の下に座り、バスケットを開け、昼食の準備をする。

 

「「いただきます」」

 

手を合わせ、食事を開始。

 

「ねぇパパ。どれくらいの間、居ていいの?」

「そうだな……まぁ、2,3時間くらいだな」

「じゃあ、その間たっぷり遊ばないと!」

 

そうだな、と頷きながら、ひとつのことをルリに尋ねる。

 

「ルリ。魔法はルリがやりたい、って言ったから教えるけど……どんな魔法がやりたいとかはあるのか?」

「なんで?」

「1つでも強いイメージがあると、やりやすいからな」

 

この世界における魔法は、イメージが重要な部分である。

まぁ、魔力量も重要ではあるけど、それは後でいい。

 

「うーん……」

「別に悩むほどのことでもない。それがないと魔法ができないというわけではないから大丈夫だ」

 

俺も、最初は魔法を覚えたい、という理由だけだったし。

帰ったら、ルリに教えることを纏めたりもしないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここを編んで」

「……こう?」

「それでいい」

 

食事を食べ終わったあと、ルリに花飾りの作り方を教えていた。

ルリの髪には、既に俺が作った花飾りが乗せられている。

 

「……出来た!」

「……ん、上出来だ」

 

別に崩れるような心配もないし、良く出来ている。

 

「はい、パパ!」

「俺にくれるのか?」

「うん!」

「ありがとな」

 

貰ったものを被り、ルリの頭を撫でた。

えへへ、とルリは笑っている。

 

「……さて、そろそろ帰るか」

「えー!?もう!?」

 

俺の言葉に、否定の言葉を上げる。

 

「もう三時間くらい経つし、そろそろ帰らないと着くのが夜になるぞ」

 

あまり遅くなると、夕食が遅くなってしまい、キューブを待たせることにもなってしまう。

 

「もうちょっとだけ!……ダメ?」

 

懇願するルリに、俺はため息を吐きながら返した。

 

「……30分だけだぞ」

「ありがとう、パパ!」

 

ルリは花畑へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

「おかえりなさいませ、旦那様、お嬢様……おや?」

「遊び疲れたみたいで、寝た」

 

キューブの視線は、俺の背中あたりに注がれている。

そこには、すやすやと寝息を立てる、ルリの姿がある。

基本遊びっぱなしだったから、疲れたのだろう。

 

「夕飯はもう作ってしまったか?」

「下ごしらえだけ終わらせてあります」

 

おそらく、帰るのを待っててくれたのだろう。

 

「じゃあ、部屋着に着替えたら手伝うよ」

「いえ、旦那様はお疲れのようですし、私が作ります」

「……なら、頼む」

 

さすがに久々の遠出で疲れた。

キューブのその厚意はありがたい。

 

「それじゃ、俺は部屋着に着替えてくる」

「かしこまりました」

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

食事を終え、風呂にも入り、寝る準備を済ました。

ルリは疲れて、早々に寝てしまった。

 

「旦那様、紅茶が入りました」

「あぁ、ありがとう」

 

俺とキューブはリビングで椅子に座りながら話す。

 

「ルリが魔法を習いたいそうだ」

「本当ですか?」

「俺の魔法を見て、な。俺に習いたいらしい」

「ふふ……」

「……?どうしたんだ、急に」

 

笑い声を上げるキューブに、訝しい視線を向ける。

 

「いえ、なんでもありません」

「……そうか。今日はゆっくりできたか?」

「えぇ、とても。明日から、また元気に働けますよ」

「それはよかった」

 

俺は紅茶を飲み干し、席を立った。

 

「じゃあ、そろそろ寝るわ。キューブも早めに寝とけ」

「えぇ、わかりました。おやすみなさいませ、旦那様」

「おやすみ、キューブ」

 

明日から、ルリに教えることを考えていかないと……。

 

 

 

 

俺はそう思いながら、自分の部屋に向かい、眠りにつくのだった。



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はじめての友達訪問

「ここが私の家だよ、クリスチーナちゃん」

「ここが、そうなのですね」

 

これは五月の終わり頃の話。

マコト・キサラギの家の前で話す、二人の少女。

ルリ・キサラギとクリスチーナ・オハラ・ノーザリー。

 

「パパも待ってるだろうし、中に入ろうか」

「そうですわね。それでは、お邪魔いたしますわ」

 

ルリは玄関のドアに手をかける。

そして、開きながらクリスチーナに振り返った。

 

「それじゃ、クリスチーナちゃん。ようこそ、家へ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

事の始まりは三日前であった。

 

「三日後か?」

「はい、お兄様。よろしければ、そちらにお邪魔させていただきたいのですが……」

 

クリスチーナの屋敷で、マコトが執事のバイトの日。

お茶をしていたときに、クリスチーナに切り出されたのだ。

 

「それは構わない。ルリも喜ぶだろうし」

「そうですか!それなら、そうさせていただきますわ!」

 

クリスチーナが、三日後は予定が空いているので、誠の家に行きたいと言ったのだった。

 

「ん、わかった。来るのは午後からだな?」

「えぇ、そのつもりですが……」

「それじゃ、三日後の午後、迎えに来るよ」

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、三日後。

俺が迎えに行く予定だったのだが、ルリが迎えに行くと言い出したので、ルリに任せたのである。

 

「おかえり、ルリ。いらっしゃい、クリス」

「ただいま、パパ!」

「お邪魔させていただきますわ、お兄様」

 

ドアが開いた音が聞こえ、玄関に行くとルリとクリスの姿。

 

「それじゃ、リビングに行くか。二人も待ってるし」

「……二人?」

「まぁ、行けばわかるさ」

 

聞き返すクリスと、笑顔のルリ。

まぁ、あの二人を呼んだのはルリだしな。

 

リビングへと向かい、ドアの前に立つ。

そして、クリスに開けるように促した。

 

「さ、クリス。入って」

「私が先に入るのですか?」

「うん!クリスチーナちゃん、早く!」

 

俺たちの声に促され、ドアを開けるクリス。

そこに待っていたのは。

 

「君がクリスチーナかい?」

「うわぁ……綺麗な子……」

 

リーゼとマリーの二人である。

 

 

 

 

「へぇ……では、お二人は、私と同じくらいの頃からお兄様とお知り合いなのですね」

「うん、そうだよ」

「五年前、くらいかな?」

 

俺が紅茶を淹れる傍ら、少女四人はテーブルについて、話をしている。

話題はどうやら俺のことについて。

キューブは、クリスに挨拶をすると、洗濯を始めたので、今は庭にいる。

 

「みんなずるい……」

 

ルリが恨めしそうにこれを出している。

別に、ズルイも何もないと思うが。

 

「でも、ルリちゃんは、お兄ちゃんと一緒に暮らしてるし……」

「私たちからしたら、ルリの方がずるいよ」

「そうですわ」

「だって、私のパパだもん」

「そんなこと言ったら、私たちのお兄様ですわ」

 

……なんだか話が変な方向に向かっている気がする。

 

「……ほら、お茶が入ったぞ」

 

みんなの分のお茶をそれぞれの前に置き、真ん中に焼いておいたクッキーを置く。

それぞれが礼を言いながら手を付け始めた。

さて、と……。

 

「あれ?パパは座らないの?」

「椅子がないからな」

 

我が家のリビングに置いてある椅子は四つ。

既に四つとも使われているから、立つしかない。

本来は家事をしようかと思ったのだが、キューブに休むように言われたのと、四人から相手をして欲しいと言われたから、この場に留まっている。

 

「なら、私がパパの膝に座るから、パパがこの席に座ってよ」

 

ルリが言った言葉を聞き、三人はルリに視線を向ける。

 

「……ルリ、もしかして、よく座るの?」

「ふぇ?何が?」

「お兄ちゃんの膝に、だよ」

「……?うん」

 

俺が座って何かをしているとき、確かにルリは、俺の膝に座ることが多い。

別に重いというわけでもないから、俺はそのままにはさせているけど。

三人は顔を寄せ合い、こそこそと話し始めた。

 

「……もしかしたら、ルリさんが一番進んでいるのでしょうか」

「一緒に暮らしてるという、アドバンテージもあるしね……」

「出会ったのは私たちのほうが早いと言っても、三年間会ってなかったのもあるし……」

「これは、なにかしら対策を取る必要がありますわね……」

 

聞こえてないかもしれんが、俺には聞こえてしまっている。

ルリは聞こえてないのか、首を傾げているが。

というか、まだ十歳なのに、そこまで考えるのだろうか。

 

「パパ、はい」

「ん、あぁ」

 

ルリが立って待っているので、さっきまでルリが座っていた席に座る。

そして、ルリが俺の膝に座った。

 

「「「あー!」」」

「えへへ……♪」

「ルリ、そこ譲ってよ!」

「リーゼさん、何言ってるのですか!今日は私がお兄様の家に初めて来た記念日なのですから、私ですわ!」

「わ、私だって座りたいよ!」

 

ルリに詰め寄る三人だったが、それにルリは笑顔で返した。

 

「ここは私の特等席だから、譲らないよ」

 

いつからそうなったんだ……。

 

 

 

 

「そういえば、兄さんは今年の収穫祭はどうするの?」

 

ひとまず場が落ち着き、ティータイムと洒落こんでいたときに、リーゼが俺に聞いてきた。

 

「そういえば、パパ、去年は私と一緒に回ってくれたからね」

 

収穫祭とは、九月に行われる、年に一度のお祭りみたいなものである。

一ヶ月通して行われるのだが、その中で三つの大会が行われる。

武闘大会・ダンスコンテスト・芸術祭の三つだ。

といっても、俺はダンスで踊るような相手も、芸術祭も基本的に絵を見る側であるから……。

 

「お兄様なら、優勝もできるのではないですか?」

「買い被りすぎだ、クリス」

「そんなことないと思うよ、お兄ちゃん」

 

出るとしたら武闘大会である。

武闘大会は

一般の部、女子の部、子供の部がある。

8歳から出場が可能になるが、12歳までは子供の部にしか出れないし、子供の部でも男子・女子と分かれる。

リーゼは今年初めて武闘大会に出場することを師匠に許された。

ちなみに俺は、今まで出場をしたことがない。

自分が出場しても、いいとこ二回戦敗退位だと思っていたからな。

この大会、魔法もありだから、下手したら近づく前に魔法で一方的に倒すことも可能だからな。

 

「リーゼは出るんだよな」

「もちろん!目指すは当然優勝!」

「リーゼさんは体育会系ですわね……」

「あ、あはは……」

 

マリーがクリスの言葉に苦笑する。

確かに、段々リーゼは、体育会系になってきた気がする。

 

「ねぇ、パパ」

 

そう思っていると、俺の膝に座るルリが俺の服の袖を掴んだ。

 

「私も出場していい?」

「いいね、ルリ!一緒に出場しようよ!」

 

ルリの言葉を聞き、リーゼが目を輝かせた。

と、言っても……。

 

「まだ魔法を習い始めて二週間ほどだからな……」

「え、ルリちゃん、魔法習い始めたの?」

「うん!」

 

そう、ルリはまだ魔法を習い始めなのである。

あと三ヶ月くらいしかないから、出場できるくらいまでレベルを上げるとなると、少々きつい。

ちなみに、クリスとマリーは魔法を結構使うことができる。

どちらも親が護身用的なものとして習わせたのであるが。

 

「まだ理論を教えて、軽く実際にやらせたくらいだから、魔力運用が下手なんだよ」

 

イメージしたものを現実に顕現するだけであり、別に術式とかはいらないのだが、魔力の込める時に腕が試される部分もある。

習い始めだと、必要以上に魔力を込めたりして、すぐにガス欠を起こしたりする。

それに、実際は止まりながらとか、ゆっくり魔法を構築することも出来ないから、経験を積まないと実戦に使うのは厳しい。

 

「ねぇ、お願い!私頑張るから!」

 

手を合わせて懇願するルリ。

 

「…………」

「…………」

 

数秒の間、ルリの瞳を見る。

……本人のやる気もあるようだし、いいか。

負けたら負けたで、経験にもなるだろう。

 

「わかった。なんとか三ヶ月で頑張ってみるか」

「……!うん!ありがとう、パパ!」

 

ルリが、やったね、とリーゼとハイタッチをする。

 

「ルリさんも出場するなら、せっかくだから私も出ますわ」

「私も出たいな」

「クリスチーナとマリーも!?やった!」

 

クリスとマリーの言葉にさらに喜ぶ二人。

まぁ、いい思い出にもなるだろう。

と、おもむろに四人が俺の方に視線を向けた。

 

「「「「…………」」」」

 

……これは、俺も言わなくちゃいけないのだろうか。

 

「……はぁ、わかった。俺も出るよ」

 

どうしてこうなった……。

四人の喜ぶ声を聞きながら、俺はそう思った。

 

 

 

 

「おかえりなさい、あなた」

「……あぁ、ただいま」

「ご飯、できてますわ」

「……そうか」

「あ、でも、先にお風呂にしますか?」

「それとも……わ・た・し?」

「…………」

 

なんだこのカオスは。

みんなで遊ぶということになり、ままごとに決まったのは、まぁいいとしよう。

しかし……。

 

父親一人に対して、母親四人ってどうなんだ。

 

「よし、一回ストップしよう」

「……?何か問題あった?パパ」

「とりあえずツッコみたいのは、何で母親が四人なんだ?」

「みんながそれを希望したのですから、しょうがありませんわ」

「そうだよ、お兄ちゃん」

「……ジャンケンとかで、分けるという方法は?」

「あー……その発想はなかったよ」

 

目を逸らしながら言っても、説得力がない。

 

「だって、負けたら役取られちゃうんだよ!?」

「そのためにやってるんだから、当然だろ」

「ま、まぁまぁ、お兄ちゃん。特に問題はないんだから……」

「問題はあるんだが……」

 

……やはりこれは、俺が諦める状況か?

 

「あー、私も早く大人になって、結婚したいなー」

 

ルリが空を仰ぎ見ながら言うが、十歳の頃から結婚願望を持つものなのだろうか?

 

「でも、私たちは、あと六年はしないと、結婚できませんわ」

 

この国で結婚するには、男女ともに16歳以上であるのが条件である。

 

「まぁ、自由なのは子供のうちだから、今のうちにやりたいことやっとけ」

 

大人になったら、仕事もあるしな。

 

「……それじゃ、私が大人になるまで、パパ待っててね」

「…………」

「どうして無言なの!?」

 

どう返せと言うんだ。

 

 

 

 

「今日はありがとうございました。とても楽しかったですわ」

「まぁ、また来な。いつでも歓迎するから」

「はい、そうさせていただきますわ」

 

時刻が夕方になり、今はクリスの屋敷の前。

リーゼとマリーは既に家に送り届けたあとだ。

 

「クリスちゃん、またね!」

「はい、ルリさん。ごきげんよう」

 

クリスは門の前に待っているメイドの所に行き、一言二言交わすと、屋敷の中に入っていった。

 

「パパ、ごきげんようって?」

「まぁ、さようならとか、そういう意味だったと思うが」

「そっかー……今度は私も言った方がいいかな?」

「……どっちでもいいんじゃないか?」

 

そんな言葉を交わしながら、家に向かう。

……そういえば。

 

「明日から、毎日魔法の練習だからな」

「うん、わかってるよ!厳しくても頑張る!」

「ん、いい心構えだ」

 

両手を握り、気合を入れるルリを見ながら、練習メニューも考えないとな、と明日からのことを考えるのだった。

 



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夏の始まる前

七月のお話です。
どんどんキャラが増えていく…。


「…………」

「いいぞ、そのまま集中」

 

朝の六時、俺がいつも修行をする場所にて、俺と師匠、リーゼとルリがいた。

師匠とリーゼは興味があるということで、見学に来たというのが強いのだが。

俺とルリが向かい合うように立っていて、少し離れたところに師匠とリーゼがいる。

 

「自分のイメージを強く意識して、魔力を固めるんだ」

 

ルリの中にある魔力が練り上げられていくのがわかる。

手に握られた杖の先端にも、赤い球体状になった魔力が、少しずつ大きくなっていく。

初歩的な魔法と言われる一つの、炎の下級魔法である。

魔術の教科書と言われる本には、【ファイヤーボール】という名前で載っていたりもする。

 

「【出てこい、火の玉!】」

 

自分のイメージを強くするための詠唱を、ルリが唱える。

……この詠唱が、他の同年代の子と比べて。普通なのかどうかわからんが。

 

「【フレイムボール!】」

 

途端、ルリが持つ杖からバレーボール程の大きさの火球が放たれる。

向かう先は当然、正面に立つ俺。

このまま立っていたら、燃えてしまうだろう。

 

「【水よ、主を守る盾となれ!ウォーターシールド!】」

 

目の前に、水の壁が出来上がり、ジュッ、っと炎が消える音が聞こえたので、魔力供給を止めた。

水は重力に従い、地面に落ち、染み込んでいった。

 

「……うん、良くなってきたな」

「えへへ、ありがとう、パパ」

 

照れながらも、嬉しそうにルリは笑う。

今の魔法もうまく段階を踏んで発動できていたし、精度もそこそこ。

あとは、処理速度と実戦、といったところか。

 

「すごいね、ルリ!一ヶ月半でこれなら、武闘大会でも十分いけるよ!」

「ありがとう、リーゼちゃん」

 

リーゼが拍手をしながら、ルリに近づいた。

リーゼには、先天的な魔力保有量が少ないから、魔法を使うのに向いていない。

だから、リーゼは剣一本を鍛えている。

一応魔力量が少なくても使える、リーゼにはちょうどいい魔法もあるけど……。

それは、リーゼがもっと剣を使えるようになってからだな。

 

「やはり、いつ見ても魔法というものはすごいな。こんな小さな子でも使えるとは……」

「魔力があって、やり方を知れば出来ますからね。下手したら赤ちゃんでも使えるくらいですから」

 

近づいてきた師匠と一緒に、ルリとリーゼを見ながら話す。

 

「……それで、実際、ルリちゃんはどうなんだ」

 

……師匠がちゃんづけすると、違和感を感じるな。

 

「まぁ、そこそこ、って感じですね。他の子がどのくらいかにも依りますが……まぁ、いいとこベスト4くらいだと思いますよ」

「でも、三ヶ月でそれくらいなら、十分だろう」

「まぁ、まだ問題もあるんですけど……」

「……敵に接近された時か」

 

俺のような、剣も魔法も使うのならいいのだが、攻め手が魔法だけであるルリは、リーゼのような戦士タイプに近づかれると、きついところがある。

近づけさせなければいいかもしれないが、ルリにはそこまで魔法を連発する技術はない。

剣とかを教えるにしても、一ヶ月くらいの付け焼刃では、相手が魔法使いならいいかもしれないが、剣士だとまともに対応できないだろう。

 

「……まぁ、なんとか考えますよ」

「そうだな……それで、どうする?試合するか?」

「お願いします」

 

近くの木に立て掛けておいた木刀を手にした。

 

 

 

 

「あついねぇ、パパ……」

 

修行が終わったあとの帰り道、手でパタパタと扇ぎながらルリが言う。

 

「まぁ、そろそろ夏になるし、その服じゃ暑いな」

 

今は、六月の下旬。

もう夏に入る前である。

 

「帰ったら夏服出してよ、パパ」

 

熱中症とかになっても困るし、早いうちに着といたほうがいいかもしれない。

 

「でも、小さくなってるんじゃないか?」

「そういえば、この服も今年になって買い換えたんだったね」

 

春になって服を出したとき、服が着れなくなっていた。

別に太ったわけではなく、単に成長によるものである。

春服と夏服は同じくらいの大きさのもので買ってあったから、多分着れないだろう。

 

「となると……」

 

午後に服屋に行く必要が出てきたな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ……あら?」

「どうも、テレサさん」

「こんにちは!」

 

午後になり、洋品店へと出向いた俺とルリ。

迎えてくれたのは、オーナーのテレサさんだ。

 

「いらっしゃい、マコト君、ルリちゃん。それで、今日はどのようなものを?」

「ルリの夏服を、と思いまして」

「わかったわ、ちょっと待ってて」

 

テレサさんはそういうと、子供服が並んでいる辺りへと向かっていく。

 

「それにしてもマコト君、最近来てくれなかったから寂しかったわよ?」

「うちは、服をどんどん買える程裕福じゃないですって」

「あら、別に服を必ずしも服を買う必要はないでしょ?普通に世間話に来てくれても、私は大歓迎よ。もちろん、ルリちゃんもね」

 

テレサさんは話し相手に飢えているのだろうか……?

ちなみに、テレサさんは独身である。

 

「……じゃあ、これからは店の前を通ったりしたら、顔を出すようにします」

「そうしてちょうだい……そうね、この辺かしら」

 

数着を持って、テレサさんは帰ってきた。

 

「試しに、着させてもらっても?」

「ええ、いいわよ。はい、ルリちゃん」

「ありがとうございます」

「じゃあルリ、試しに着てこい」

「うん!」

 

ルリは服を受け取って、試着室に入った。

まぁ、あの中に一、ニ着くらいは気に入るのがあるだろう。

 

「ついでに、マコト君自身の服も買っていったら?」

「俺の服は、別に足りてるんですけど」

「まぁまぁ、心機一転、服も新調するということで♪」

「……はぁ……一着だけですよ」

「まいどあり♪」

 

シャー

 

試着室のカーテンが開く音がしたので、そちらを見ると白いワンピースを着たルリが立っていた。

 

「おおー、似合ってるわよ、ルリちゃん!」

「本当?」

「えぇ、バッチリ♪」

「…………」

「あぁ、似合ってるぞ」

「えへへ~♪」

 

じっとこちらを見ていたから、俺が答えるとルリは嬉しそうに笑う。

見てる限り、気に入ったようだな。

 

「その服を買うか?」

「うん!」

 

 

 

 

「じゃあ、お兄ちゃんに買ってもらったんだ」

「うん!いいでしょ?」

「いいなぁ……」

 

あの後自分用の服、それとキューブのものも見繕って、二着を購入し、道具屋に寄った。

マリーがルリの服を見ながら、羨ましそうにしている。

 

「うちも、マリーに買ってやらなきゃな」

「そうしてあげてください」

 

商品の準備をしながら、アールさんは言う。

去年のが着れればそれでいいと俺は思うが、女の子は違うのだろう。

 

「もう夏になるが、マコトはどうするんだ?」

「……?どういうことですか?」

 

アールさんの意図することがわからず、俺は聞き返す。

何かあるのだろうか?

 

「海だよ、海。この街の多くが、この季節は行くからな」

「あぁ、そういえばそうでしたね」

 

確かに、この季節は海に行く住人が多い。

リーゼやマリー、クリスも、海に行ったときのことを話してくれる。

一緒に行こうと誘われるのだが、バイトも忙しかったし、断ってきた。

最後に行ったのは、両親が生きてたときだろう。

 

「アールさんたちも行くんですか?」

「あぁ、二日ほど休みをとってな。クロイツたちも行くらしいぞ」

「そうですか」

 

どうしたもんか……。

俺はどちらでもいいが、ルリがどうなのか。

 

「ルリー、海行きたいか?」

「行きたい!」

「というわけで、行くことになりそうです」

「……えらく簡単に決まったな」

「決めるのって、大体こんなもんじゃないですか?」

 

旅行とかは、結構思いつきがきっかけだし。

 

「お兄ちゃんたちも行くの?なら一緒に行こうよ」

 

今の話を聞き、マリーが嬉しそうに誘ってきた。

 

「あ、っと……大丈夫ですか?」

「うちは構わないぞ。マリーも喜ぶしな」

「それなら、ご一緒させてもらいます」

「どうせだから、クロイツたちも一緒に誘うか」

 

どうやら大人数での旅行になりそうだ。

クリスも後で誘っておくか。

……というか。

 

「そうなると、水着が必要だな」

 

俺のは小さいころに買ったものだし、ルリとキューブに至っては、持っていない。

そうなると……。

 

「また服屋か……」

 

 

 

 

 

俺はルリと一緒に、テレサさんのところにまた向かうことになったのだった。

夏は、すぐそこである。

 




次回は八月のお話です。


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海へ行こう

「パパ、早く行こうよ!」

「わかってるから、少し待て」

 

俺の手を引きながら急かすルリに言いながら、俺は少し落ち着くように言い聞かせる。

だが、ルリはあまり聞いていないようで、大した効果は見られなかった。

つかまれていない方の手で自分の鞄を漁り、必要なものだけを別の袋に入れ、立ち上がった。

 

「よし、それじゃ行くか」

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

八月になり暑い季節になった。

俺とルリは多くの観光客で賑わう海へとやって来ていた。

キューブも誘ったのだが、家のこともあるし、二人だけで楽しんできてほしいとのことだった。

それに、あまり多くの人がいる場所で、翼を見られる可能性もあるから、らしい。

 

「あ、ルリ!」

「ルリちゃーん、こっちこっちー!」

「遅いですわよ!」

 

部屋を出て浜辺へとくると、先に海に入っていたリーゼとマリー、クリスがこっちに気付いたようで、手を振りながらルリのことを呼んでいた。

軽く周りを見てみると、師匠やアールさんは浜辺にシートを引き、パラソルを立てて休んでいるようだった。

その時、手をクイクイと引っ張られ、見るとルリがこちらを見上げていた。

 

「行ってこい」

「パパは?」

「あー……後から行くから」

「わかった!」

 

ルリは俺の答えに満足したのか、離れてリーゼたちがいる元へと向かった。

それを見送り、俺は師匠たちがいる方へと向かう。

 

「お疲れ様です」

「マコトもな」

 

ここに来るまで、荷物は大体男性陣が持ってきたのだ。

自分と師匠は元より、アールさんも道具の仕入れで荷物運びは慣れているとはいえ、疲れるのに代わりはない。

 

「クラリスさんは?」

「少し部屋で休むと言っていてな。時間が経ったら来ると言っていた」

 

アールさんの奥さんは来ていない。

二日も店を空けるわけにはいかないと言い、来なかったのである。

 

「それよりマコト、どうだ、一杯」

 

アールさんが袋から瓶を取り出しながら言う。

中身をよく見ると、どうやら酒のようだ。

 

「……まだ昼ですよ?」

「夜もやるつもりだが、別に昼に飲んじゃいけない理由はないだろ?」

 

助けを求める意味で師匠に視線を送ってみる。

が、師匠は苦笑いするだけだった。

 

「まぁ、いいんじゃないか?今日くらいは骨休めということで」

 

むしろアールさん側に回ってしまう始末である。

 

「……今は遠慮しておきます。少し経ったらルリたちと遊んであげなきゃいけないんで」

「そうか……まぁ、マリーたちの相手をしてくれる、っていうなら、仕方ないな」

 

よろしく頼む、とアールさんに言われ、俺は了承の意を返した。

 

 

 

 

「パパー!」

 

俺がルリたちに近づくと、あちらも気づいたのか、手を振ってきた。

 

「話は終わったの?」

「あぁ。それで、何をしようとしてたんだ?」

「ビーチバレーをしよう、ってことになったんだ」

「ビーチバレーか」

 

リーゼの手にはビニール製のバレーボールがある。

まだ始めていないということは、こちらを待ってくれていたのだろうか。

 

「それじゃ、お兄様も来たことだし、始めましょうか」

「そうだね」

 

クリスの言葉からするに、予想通りらしい。

俺たちは円形に広がり、ビーチバレーを始めた。

それにしても、ビーチバレーなんて、どれくらいの間やってなかっただろうか。

下手したら前世まで遡る。

 

「はいっ!」

 

クリスがトスでルリへと回す。

 

「それ!」

 

ルリも回ってきたボールを、危なげなくトスでマリーへと回した。

 

「え、えい!」

 

それをマリーは少々慌てながらも、何とかリーゼへと回した。

ボールが来る先のリーゼは、スパイクの準備をしている……って。

 

「やぁっ!」

「ちょっと待て」

 

リーゼが打った先は俺。

さすがに子供、それも女の子の打ったものであるため、速度もそれほど速くないが、まさかスパイクをしてくるとは思ってなかったため、多少慌ててしまう。

それでも、それほど問題なく少し高めにルリの方へとボールを上げた。

 

「リーゼ、パス回しでアタックするんじゃない」

「兄さんだったら、別にいいかなー、って」

 

それは差別じゃないだろうか。

 

「リーゼちゃん、はいっ!」

 

ルリがリーゼへとボールを上げる。

アタックするにはちょうどいい高さである……っておい。

 

「よーし、私たち皆で、お兄様に集中攻撃ですわ!」

「「おー!」」

「い、いいのかな……?」

 

クリスの言葉に賛同するルリとリーゼ。

その中で、悩んでいるマリーだけが唯一の救いだった。

 

 

 

 

その後しばらく、三人による俺に対する集中攻撃が続くことになったのだった。

 

 

 

 

カポンッ……

 

「はぁ……」

「だいぶお疲れのようだな、マコト」

「そりゃあ、あいつら、ずっと俺を集中狙いでしたから。さすがに疲れました」

「それならマコト!一杯飲んで、疲れを癒そうや!」

「さっき飲んだじゃないですか……って、もう完全に酔ってますね……」

 

夕飯が終わった後、師匠とアールさんと一緒に、露天風呂に入っていた。

体を洗い、今は湯船に浸かっているが、アールさんが顔を赤くしながら、俺に無理やりお猪口を持たせ、酒を注いできた。

師匠にも同様に渡している。

てか、アールさんは絡み酒だったのか。

 

「マコト、飲まないと多分解放されないぞ」

「そうみたいですね…」

 

俺と師匠は覚悟を決め、一口で飲み干す。

それなりに強い酒だったようで、喉が少し熱くなるのを感じた。

 

「おー!いいねぇ、二人とも!ささ!もう一杯!」

 

そしてすぐさま、またお猪口に酒が注がれる。

酒が尽きるまで続きそうだな。

 

「ところでマコト。おめぇは、誰が本命なんだ?」

「……はい?」

 

アールさんの急な話題に、いまいち意図が掴めず、聞き返してしまう。

 

「決まってんだろう!あの四人の中で、誰が一番好みか、って言ってんだよ!」

 

バシャン!

 

四人……という言葉から察するに、ルリ、リーゼ、クリス、マリーのことだろう。

……というか、今の音はなんだ?

 

「本命って……四人は、一人は娘で、他は妹みたいな子ですよ?」

「歳の差なんて関係あるめぇ!それに娘がなんだ!愛の前に、そんなもんは問題あるか!」

「いや、問題はあるだろう」

 

思わずため口でツッコんでしまった。

 

「それに、今すぐってわけでもねぇ。六年やそこら、今のお前くらいの歳になれば、お前もあの子たちに対して、女ってもんを意識するだろう」

「まぁ、そりゃあ、そうなると思いますけど……今は、自分を慕ってくれる、可愛い娘、妹としか考えてないですよ」

「……あの子たちもかわいそうになぁ」

「どういう意味ですか……」

「あの子たちがお前を好きでいるのは分かっているだろう」

「……まぁ、あんだけ慕ってくれれば、さすがに」

 

でも、ルリたちが今自分に抱いているのは、家族に対する親愛のようなものだろう。

それを、幼いが故に、恋慕のものだと思い込んでしまっているだけだろう。

 

「もう少し大きくなれば、多分同年代に好きな男の子とか出来ると思いますよ」

「……はぁ……まぁ、お前がそう思ってるなら、それでいいか」

 

なんで俺は、酔っている相手にため息を吐かれなきゃならないんだ……。

 

「……だが、マリーを泣かせたら、殺す」

「物騒なこと言わないでください」

 

その時のアールさんの眼は本気であった。

 

 

 

 

ちなみに、師匠は一杯飲んだだけで気絶していた。

 

 

 

 

「「「「…………」」」」

 

一方女風呂の方では、ルリたち四人が難しい表情をしていた。

 

「……兄さんは、私たちのことを只の妹や娘としか見ていなかったんだね」

「……まぁ、今の私たちの年齢では、しょうがないのかもしれないですけど」

「……それでも、少しショックかな」

「……もう少し、積極的になるべきかなぁ」

「あー、マリーは確かに、その方が良いかもね」

「私は、もう少し来てもらう頻度を上げてもらおうかしら」

「それだと、私がパパと居られる時間が減っちゃうよ!」

「いや、ルリはむしろ、少しくらい減ってもいいと思う」

「そうだよ……唯でさえ、一緒に暮らしているんだから」

「それを言ったら、リーゼさんも毎朝会っていますけれど」

「それは私の頑張りによるもの、みたいなものだろ!?」

 

「……あらあら」

 

あーでもない、こーでもない、と会話を続ける少女たちを、クラリスは微笑ましそうに見つめていた。

 




八月の話でした。
あまり海が関係ないのですが、気にしないでください。

次は九月の話になります。


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武闘大会前日

だいぶ遅くなりました…すみません。
とりあえず、本編をどうぞ。


「【フレイムボール】!」

 

詠唱を唱え終わり、ルリの杖の先から炎の球が俺に向けて放たれる。

俺は魔力を込め、詠唱無しで俺の背丈より高い水の壁を、俺とルリの間の中間あたりに発生させ、同時に走り出す。

ジュッ、っという音を聞くと同時、魔力供給を止めると、水が重力に伴い壁の形を崩す。

ルリは、近づいてきていた俺に、驚きの表情をしていた。

 

「……っ!【風よ吹け!ウィンドカッター!】」

 

それでもすぐに詠唱を始め、視覚的には見えない風の刃を発生させた。

視覚的には見えないが、魔力を感じることで、今どのあたりにあるかはわかる。

詠唱が短いこともあり威力は低く、それほど恐れる必要はないが、保険として風の壁を発生させた。

 

「……おっと」

 

そこで地面から魔力を感じ、俺はすぐさまサイドステップ。

一瞬の後、地面から土が隆起した。

速度重視で魔法を使ってきたか。

ルリはさらに、杖の近くに、先程よりは小さい火の玉が、三つほど作っているのを確認した。

 

「【火の意思よ!力を貸して!】」

 

詠唱に伴い火の玉の数が増していく。

数瞬でどうするかの判断を下し、タイミングを計る。

狙うは、相手の詠唱が終わる瞬間。

 

「【……燃えろ!ファイアボール!】」

 

……今!

俺はルリを中心に、円形に水の壁を発生させた。

 

「って、あれ!?」

 

ルリの視界を奪っている間に、ルリの背後に回り、魔力供給を止めて、ルリの首元に木刀を突きつけた。

 

「……え?」

「試合終了」

 

ルリは俺の言葉に、状況を判断したようで、悔しそうにしながらも、参りました、と言葉に出した。

 

「お疲れ様です、旦那様、お嬢様」

 

離れて見ていたキューブが近づいてきて、俺たちに労いの言葉をかけてくれる。

持っていた飲み物を渡してくれ、ありがとうと言って受け取る。

ルリも同じようにキューブから受け取って、飲み物を飲んだ。

 

「だいぶ魔力運用は上手くなったな。これなら、1試合で使い切ることはないと思う」

「えへへ……パパのおかげだよ」

「だけど、固定砲台になるのは良くないな」

「うぅ……」

 

先ほどは詠唱に集中するあまり、ほとんど動かずに魔法を撃つだけだった。

まだやり始めだからしょうがないと思うが、少しずつ改善していかないとな。

 

「まぁ、状況によって速度重視で魔法を撃つ、というのは良かったぞ」

 

落ち込んでいるルリの頭に手を置き、軽く撫でてやる。

ルリは、えへへ、と嬉しそうにしている。

 

「十分ほど経ったら、もう一試合くらいするか」

「うん!」

 

 

 

 

季節は秋になり、九月。

街は、すっかり収穫祭モードになっていた。

そして、今日は武闘大会前日。

予行ということで、俺はルリと模擬戦をしていた。

もちろんハンデはつけており、俺は詠唱無しの魔法のみで、さらに攻撃はしない。

俺に首に剣を突きつけられる前に、地面に手を着かせたらルリの勝ちという内容でやっていた。

結果は、俺の全勝であったが。

 

「さっきも言った通り、午後はゆっくり休むようにな」

 

模擬戦を終えた後、キューブが作ってくれた昼飯を食べながら、ルリにそう伝えた。

明日は本番だし、体を休めたほうが良いだろう。

 

「それなら、パパ。午後は一緒に居てくれる?」

「え?」

「だって……最近パパと、魔法の練習以外で一緒に居なかったし……」

 

ルリが不満そうな表情で俺に言う。

……確かに、最近剣の修行とかも多めに取っていた所為で、忙しかったしな。

でも、家のこともやらなくちゃいけないし……。

 

「そうしてあげてください、旦那様。家のことなら、私にお任せください」

 

黙って聞いていたキューブが、そう勧めてくれた。

……キューブに甘えて、今日はルリと過ごすか。

 

「……キューブ、悪いけど頼むわ」

「いえいえ」

「それじゃルリ、今日は一緒に過ごすか」

「やったぁ!」

 

喜ぶルリを見て、キューブは笑い、俺は苦笑した。

 

 

 

 

「あ、パパ!あれ食べたい!」

 

俺と手を繋ぎながら歩いていたルリは、並んでいた屋台の内の一つを指さした。

 

「はいはい……おじさん、一つ」

「あいよ!……はい、お嬢ちゃん」

「ありがとう!」

 

おじさんにお礼を言いながら受け取ったルリは、美味しそうに受け取った食べ物を頬張っている。

キューブに家のことを任せた俺とルリは、収穫祭で出ている屋台を適当に巡っていた。

屋台自体は一週間ほど前から出ていて、ルリは一度リーゼたちと行ってきてはいるのだが、俺と一緒に行きたいらしく、こうして歩いている訳だ。

 

「他に何か欲しいものとかあるか?」

「うーん……あっ」

 

屋台を見回しながら唸っていると、前方を見て声を上げた。

俺も声につられて見てみると、師匠とリーゼの姿。

二人も前日ということで、訓練を止めて、街に出てきた訳か。

と、考えながら見ていると、リーゼがこちらに気付いたようだ。

 

「兄さん!ルリ!」

 

師匠もリーゼの声で気づいたようで、こちらを見て、軽く手を上げた。

俺はそれに会釈で返していると、こちらに走ってきたリーゼは、俺の目の前で止まった。

 

「兄さんたちも、屋台を回ってたの?」

「あぁ。本番前だし、身体を休めるのも含めてな」

「リーゼちゃん達も?」

「うん」

 

ルリとリーゼは二人で話し始めた。

俺は、ゆっくり歩いてきていた師匠と合流し、二人で話す。

話題は専ら、明日のことである。

 

「どうだ?調子は」

「……まぁまぁ、ってとこですかね」

「そうか。まぁ、そう簡単にお前が負けるとは思わないがな」

「師匠のお墨付きをもらってしまったら、尚更負けられませんね」

「期待しているぞ」

 

師匠は大会には出ないと聞いている。

何年か前から出ていないらしいが、なんとなく何か企んでいるような気もする。

……気にしてもしょうがないけど。

 

「リーゼの調子も大丈夫ですか」

「あぁ。あとはちゃんと実力を発揮できるか、だな」

 

それに関しては同意だ。

リーゼだけでなくルリもだが、実戦(と言っても、試合ではあるが)はいまだ未経験だ。

大抵の相手が初めて戦う者であり、上手く試合が運べるかどうか。

緊張もするだろうし、下手したら実力の半分も発揮できない可能性がある。

 

「まぁ、勝敗がどうなるにしろ、いい経験になると思いますよ」

「……そうだな」

 

俺が笑って言うと、師匠も同意して笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

家に帰り夕飯と風呂を済ませ、ルリを寝かしつけた俺は、部屋を出てリビングに入った。

 

「お嬢様はお休みになられましたか?」

「あぁ。緊張しているのか、ちょっと寝つきが悪かったけどな」

「おそらくですが、緊張はしていないと思いますよ?」

「……確かに」

 

緊張というよりは、遠足前の小学生みたいな気持ちだろう。

年齢的には、小学生ではあるから問題ないのかもしれないが……。

 

「なにかお飲みになりますか?」

「……紅茶でも入れてくれるとありがたい」

「かしこまりました」

 

本当なら珈琲にしたいところだが、明日は俺も試合があるし、寝不足で調子が悪くなるとかは避けたいしな。

キッチンへとキューブは行き、俺は特に何もせず、おとなしくキューブを待つ。

 

「……おまたせました」

「いや、ありがとう」

 

少し待ち、持ってきてくれた紅茶を飲む。

キューブは椅子に座らず、傍らに立ち、俺が紅茶を飲む様子を眺めている。

 

「……別に、座ってゆっくりしてもいいんだぞ?」

「いえ、大丈夫です」

「……そうか」

 

本人がいいと言っているのに、無理に勧める必要もないだろう。

俺は、その状態のまま、キューブと話す。

 

「キューブ、明日は家のことはやらなくてもいいぞ」

 

俺がそう言うと、キューブは疑問を浮かべた表情をしていた。

 

「しかし、旦那様は明日、大会が……」

「成人の部は午後からだから大丈夫だ。最近、キューブには家のこと、任せきりだったしな」

 

大会が近くなるにつれ修行を増やしていたので、家のほとんどをキューブに任せていた。

だから明日は、キューブにはゆっくりと、祭りを楽しんでもらいたい。

そう言うが、キューブはあまり納得していない様子だ。

 

「普段からキューブがよくやってくれているから、そんなに時間もかからないし、負担も少ないから大丈夫だ。だから、な?」

「……そこまでおっしゃるなら、そうさせていただきます」

 

頭を下げるキューブに、俺は苦笑しながら頷く。

少しだけ残っていた紅茶を飲み干し、俺は立ち上がる。

 

「それじゃ、そろそろ寝るわ。キューブも、あまり遅くならないようにな」

「かしこまりました。おやすみなさいませ、旦那様」

「おやすみ」

 

リビングを出て、自分の部屋へと入る。

ベッドには、既にルリが寝ていた。

今日は俺と寝ると言って聞かなかったからである。

……といっても、毎日夜中に俺のベッドへと潜り込んでくるから、いつもと変わらないのだけど。

ルリを起こさないように気を付けながらベッドに入り、目を閉じる。

 

 

 

 

明日はどうなるのやら、と思いながら、俺は眠りについた。

 




収穫祭の設定はオリジナルです。
次の話から武闘大会が始まりますが、子供の部と一般の部は話を分ける予定です。
したがって、少なくともあと二話は九月の話になると思います。
武闘大会についても、結構オリジナル設定が出ることになるかと。


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武闘大会(子供の部)前編

「やぁ!」

 

金色の髪を肩辺りでゴムで結んだ貴族風の少女……シェリナが、目の前に居る金髪の少女……ルリに向かって、持っている模擬刀を上段で切りかかる。

その速度は、シェリナの年齢で考えれば、十分早い速度である。

が、ルリは危なげなく避け、バックステップで下がり、距離を取る。

シェリナは、すぐさま距離を詰めようとルリに向かい走る。

しかし、突然、ルリとシェリナの間で、地面が隆起した。

ルリの魔法によるものである。

予想をしていなかったシェリナは慌てて立ち止まろうとするが、間に合わずシェリナは躓いてこけてしまった。

ルリは出来た敵の隙を見逃すわけもなく、詠唱を始める。

 

「【吹き飛ばせ!アクアタワー!】」

 

シェリナはまだ立ち上がっておらず、何とか耐えようと、模擬刀で受けようと構える。

 

だが、何も起こる気配はない。

 

相手の魔法が失敗したと判断したシェリナは、好機と考え、ルリに向かい走る。

距離は数メートル程で、走れば一秒かかるかどうかの距離。

その時、ルリの杖の先から、人間の顔程の大きさの火の玉が相手に向かって飛んだ。

シェリナはギリギリのタイミングで、何とか横に転がり避ける。

 

だが、それはルリの計画通りだった。

 

バシャン!

 

「なっ!?」

 

ルリの前方で壁上に、地面から水が吹き上がる。

その水はシェリナに向かって襲い掛かる。

シェリナはその場に立っていることが出来ず、後ろに転び、尻餅をついてしまう。

 

「【凍れ!アイスステージ!】」

 

転んだのを見て、すぐに詠唱を完成させ、ルリは次の魔法を発動。

その対象は、先ほどの魔法で出した水。

 

ピキピキッ!

 

ルリの近くから、水がどんどん凍っていく。

その効果は、すぐにシェリナの元にまで及んだ。

 

「くっ!立てない!?」

 

地面に振れていた部分が地面と凍りつき、その場から動けなくなってしまう。

何とか離そうとするが、思ったより氷の強度が固く、取れそうにない。

そして。

 

「……私の勝ち、だね」

 

聞こえてきた声にシェリナが顔を上げると、杖を此方に向け、いつでも魔力の球を出せる状態のルリ。

シェリナは、自分の敗北を悟った。

 

「……参りました」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おめでとう!ルリちゃん!」

「えへへ……ありがとう、マリーちゃん」

 

準決勝を終え、控え室に戻ってきたルリは、マリーの賞賛の言葉に、照れながらも喜び、礼を返した。

準決勝と言っても、参加者は全部で七人。

人によっては最初の試合が準決勝になりえるのだが、ルリは先ほどの試合が二回目だ。

 

「さっきの魔法、すごかったよ!わたしじゃ、あんな上手く組み合わせて使えないよ」

「あれは、パパと一緒に考えたんだよ」

「それでもすごいよ、わたしじゃきっと、緊張して失敗しちゃう……」

 

その様子を想像したのか、マリーは顔を赤くして俯いてしまう。

マリーの様子を見て、ルリは苦笑していたが、親友二人の姿が見えないことで思い出したのか、マリーに尋ねる。

 

「そういえば、リーゼちゃんとクリスチーナちゃんは?」

 

その言葉を聞き、何か思い出したのか少し悔しそうな顔をする。

ルリはその顔を見て首を傾げたが、マリーにその続きを促す。

 

「実は、最初は三人でルリちゃんを迎えようと思ったんだけど……」

「うん」

「ルリちゃんが準決勝に向かってすぐ後に、キューブさんがお兄ちゃんを迎えに行くって言って……」

 

その話は大体わかっている。

朝、決勝が始まる前くらいに教えに来てくれるように、父親がキューブに頼んでいたのだ。

本当なら、ルリが自分で迎えに行きたかったのだが、お前は試合があるだろ、と言われて、泣く泣く諦めたのだ。

そこまで思い出して、ルリはなんとなく予想が出来た。

 

「もしかして……」

「……クリスチーナちゃんが代わりに迎えに行く、って言い出して、私とリーゼちゃんも……」

「……それで、じゃんけんで負けた人が残った、ってこと?」

「……うん」

 

ルリはそれを聞いて、既に次に起こす行動は決めていた。

 

バッ!

 

「え、ルリちゃん!?」

 

すぐに走り出したルリを見て、マリーは驚きながらも追いかける。

 

「私たちも、早くパパのところに行こう!」

 

目指すは城の入り口。

一刻も早く父親に会いたい気持ちが、彼女を動かすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、リーゼが決勝に進んだのか」

「うん!」

「うー……悔しいですわ」

「その悔しさを学べたんだから、それを次に活かせばいい」

「……はい」

 

やるべき家事を済ませ、早く終わったからキューブが来る前に行こうかと思っていたところで、迎えに来たのはリーゼとクリスだった。

聞くところによると、なんでもキューブの代わりに迎えに来てくれたらしい。

試合は大丈夫なのかと思ったが、リーゼは次の準決勝が終わるまで、クリスは既に負けてしまったから大丈夫とのこと。

……というか、クリスは一回戦でリーゼと当たり、早々に負けてしまったらしい。

 

「まぁ、リーゼはほぼ毎日鍛錬しているんだし、差が出るのも仕方ないって」

「でも、私も最近は魔法の勉強を多めに!」

「付け焼刃じゃ敵わないってことさ、クリスチーナ」

「……なんだか、負けた相手に言われるのは、ムカつきますわね」

 

お嬢様が「ムカつく」っていうと、なんか変な違和感があるな。

ただ、リーゼの考えには賛成だ。

戦闘技術は一朝一夕で身に付くものではない。

日々の積み重ね、それと実戦経験がものをいう。

それを考えると、ルリがリーゼに勝つのも、なかなか厳しいものがあるが……。

 

「そういえば、ルリはまだ残ってるのか?」

「私たちが観客席を出るときは、ルリの準決勝が始まる前だったから……」

「その結果次第、ってことか」

 

まぁ、相手の腕にも依るだろうが、よほどの実力でもない限りは、勝率は十分にあるだろう。

始めて3か月くらいだが、ほぼ毎日練習してきたのだから。

 

「……と、噂をしたら、だな」

「え?」

「ほら」

 

あそこ、と俺が指を差す方向、城門の方を見るリーゼとクリス。

そこには。

 

「パパー!」

「ル、ルリちゃん!待って~!」

 

ブンブンと手を振りながら走り寄ってくるルリと、息を切らしながらルリを追いかけるマリーの姿があった。

 

 

 

 

「はふぅ……♪」

「あぁ……落ち着くなぁ……♪」

 

 

決勝戦開始まであと少しと言ったところで、選手控え室の中で入場の合図を待っているルリとリーゼ、そして付添である俺と師匠。

中にある椅子に俺は座らされて、ルリとリーゼは俺の膝の上に座っていた。

……表情から見るに、だいぶリラックスできているようで、これなら試合でいい動きができるであろう。

向かいに立ちながら俺たちの様子を見ている師匠も、二人の様子を見て苦笑をしながらも、おそらく同じことを考えているだろう。

 

「二人とも、分かっているとは思うけど、いつも通りにな」

 

言うまでもないとは思うが、何も言葉をかけないのはどうだろうかと思い、一応口にする。

 

「うん、分かってる!」

「クリスたちにみっともない真似、見せられないしね」

 

茶色と栗色の、似ているよう違う瞳がこちらを見上げながら言葉にする。

二人ともやる気十分なようで、リーゼに至っては、無意識のうちにか、握り拳を作っている。

ちなみに、クリスとマリー、そしてキューブとクラリスさんは既に観客席の方へと戻っている。

 

「負けたからといって、何かあるわけでもない。思う存分に、全力を出してきなさい」

「「はい!」」

 

師匠の言葉に二人は元気よく返事を返す。

二人の返事に師匠は、うむ、と頷いた。

 

コンコン

 

「どうぞ」

「失礼します」

 

控え室のドアがノックされる音を聞いて、師匠が返事をする。

それを聞いてドアが開かれ、一人の女性が姿を出した。

服装からして係の人で、ルリとリーゼを呼びに来たのだろう。

 

「まもなく、決勝戦を開始いたします。出場選手のルリ選手、リーゼ選手は、入場口へとお願いします」

「「はい」」

 

二人は俺の膝から腰を上げて立つ。

自分の使う武器を持って、行くのかと思ったが、俺の方へとジーっと顔を向けている。

期待するような表情をしながら。

 

「……二人とも、頑張ってこい」

 

なんとなく予想が付き、俺は二人の頭を優しく撫でる。

どうやら合っていたようで、二人は満面の笑みを返し、行ってきます、と言うと係員の女性に着いて行った。

 

パタン

 

「……さて、と。それじゃ、俺たちも観客席に向かいますか?」

「そうだな」

 

二人の試合を見るために、俺と師匠は観客席へと向かった。

 

 

 

 

ワー!

 

自分の前後左右、360度から歓声、そして視線が突き刺さる。

その視線は純粋に応援するものから、子供だからとどこか馬鹿にするようなものまで様々。

しかしその中心に立つ二人、ルリとリーゼは、それに目を向けず、意識の外に追いやりながら、只々互いに目を向けていた。

 

「「…………」」

 

視線はやりつつも、交わす言葉は無い。

最初からそんなものはいらなかった。

考えることはただ一つ。

 

『それでは……』

 

それぞれが自分が握る獲物に力を込め、構えを取った。

リーゼは両手で握った木刀を正眼に構え、ルリは右手に持った杖の先を相手へと向けた。

 

『試合開始!』

((絶対に勝つ!))

 

開始と同時にリーゼは相手へと走り、ルリは魔法の構築を始める。

同年代の男子に比べても、断然速いリーゼにとって、数秒で詰められる距離だ。

しかし。

 

バシャーン!

 

ルリが魔法を構築し終えて、発動。

水流、というまでにはいかない量だが、それなりの量の水がリーゼに向かって押し寄せる。

点よりは面を意識されていて、避けるのが難しいと判断したリーゼは、その場で耐えしのぐことを選ぶ。

無詠唱で唱えられたものということもあり、それほど耐えるのは難しくなかった。

だが、ルリにとっては、相手の勢いを止めるというのは、あくまでおまけ程度のものだ。

ルリは先ほどの魔法が完成した瞬間、すでに距離を取りながら次の魔法の詠唱に入っていた。

 

「【凍れ!アイスステージ!】」

 

それは先ほどの準決勝でも使った戦法。

先程の水が端から凍っていき、リーゼの方へと向かっていく。

リーゼはそれを見て、慌てずにタイミングを計り横へと飛ぶ。

リーゼが空中へといる間に、先ほどリーゼが居た所は既に凍り、その効果を終えていた。

 

「甘いよリーゼ。さっき見せた戦法が効くとでも思ったの?」

 

最初の様子見が終わり、リーゼはルリに笑みを作りながら聞く。

ルリもそれに笑みを返しながら、首を横に振った。

 

「ううん。それで勝てればラッキー、位のもので考えてたよ」

「ふうん……まぁ、それなら大丈夫かな。もしかして、手を抜いてるのかと思ったよ」

「そんなことするはずないよ。だって……」

 

ルリは周りの観客席の一点へと視線を向ける。

そこに居るのは、自分たちの親友、家族、そして……

 

「パパが私たちのことを見てくれているんだもん。それは、パパに対する裏切りだよ」

「……それもそうだね」

 

ルリにつられて自分の愛する兄のような存在へと笑顔を向けていたリーゼは、顔をルリの方へと戻すと、剣をまた握りなおす。

ルリもそれを見て自分の周りへと魔力の球を浮かばせた。

 

「さて、それじゃ第二ラウンドといこうか?」

「うん……それじゃ、いくよ!」

 

ルリは魔力の塊をリーゼへと飛ばし、リーゼはそれを木刀で弾きながらルリへと迫る。

 

 

 

 

二人の戦いの幕が、切って落とされたのだった。

 



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武闘大会(子供の部)後編

出来るだけ早く(半年以上)。
不定期ではあるが、これは酷い……。
予告しておきながら、遅くなってすみません。

今回から、行間を広めに取ってあります。
短めですが、どうぞ。


「ルリさん!リーゼさん!二人ともファイトですわ!」

 

「二人とも頑張ってー!」

 

 

最前列に位置する席から、手すりに手をかけて少し身を乗り出しつつ応援しているクリスとマリー。

クラリスさんが落ちないように気を付けてね、と注意しているのを横目に、俺は闘技場の中心で行われている試合を眺める。

 

 

「今のところ、リーゼの方が少し有利、といったところか」

 

 

隣に座る師匠の言葉に俺は頷く。

最初の方こそ、ルリは自分の魔法を使い分け、リーゼを近づけないように試合を運んでいた。

しかし、リーゼもここまでのルリの試合を観察していたのだろう。

ルリの魔法に対して、それほど驚くような印象も見受けられず、しっかりと対処が出来ていた。

それにより、少しずつ距離を詰め、今ではリーゼの剣が届く距離になり、ルリも思うように魔法を使えていない。

 

魔法というものは、基本的に前衛に敵から近づかれるのを守ってもらい、安全な位置から唱えるものである。

そうでないと上手くイメージするのが難しく、魔法の構築に失敗してしまう。

なので、本来は魔法使いは1対1には向いていないのである。

まぁ、一流の魔法使いはその限りではないし、自分は剣も使えるため、近づかれても対処する方法はあるが、ルリは違う。

魔法もまだ習い始めてそれほど時間が経っていないし、武器の扱い方も殆ど教えている余裕がなかった。

 

 

「で?お前はこのような状況も想定していたんだろう?」

 

「ルリはまだまだ未熟ですからね。リーゼもそうですけど、経験の差で言えば、圧倒的にリーゼに分が有る。短期決着にならない限りは、こうなると思っていましたよ」

 

「それで、何か策は与えたのか?」

 

 

師匠が此方を見ながら問いかけてくる。

 

 

「いや、教えていないです。最初の内から具体的に一つの魔法を教えると幅を狭めそうですし、それに子供のルリの方が、今の俺では思いつかないような魔法で、切り抜けるかもしれません。それに……」

 

「それに?」

 

 

師匠の先を促す言葉に、俺は試合に目を向けながら、続きを言った。

 

 

「……初めての友達との試合ですし、そこに俺が手を出すのはどうか、とも思いますしね」

 

 

 

 

キィン!

 

 

「くぅ!」

 

「どうしたんだいルリ!魔法はもうネタ切れかい!?」

 

「分かってるくせにぃ……!」

 

 

リーゼの上段からの降りおろしを、杖を両手に持って受け止め、ルリは苦悶の表情を浮かべる。

先程からルリは距離を取ろうとするが、足の速さで勝るリーゼから距離を取るのは、なかなかに難しいことであった。

何度か無詠唱の魔法をリーゼに放ち、その間に離れようとしても、最初には少し苦戦していたリーゼも、今では簡単に避けてしまっている。

 

 

(リーゼちゃんに当てるには、単純に速い魔法を撃つか、避けられない範囲で撃つか、だけど……)

 

 

どちらにしても、詠唱無しでは、有効な魔法を撃つことは出来ない。

かと言って、この状況下では、満足に詠唱をすることは出来ないだろう。

 

今までの相手は、身体能力も、剣や魔法の腕前も、年相応で自分とそこまで差は無かった。

しかし、今目の前に居る少女は違う。

何年も前から彼女自身の父親と。

そして、自分の父親と共に、毎日訓練を続けてきたのだ。

 

 

「さすが、リーゼちゃんだなぁ……」

 

「……?なんだい、急に」

 

 

ルリは心の中で思っただけのつもりだったが、言葉に出していた。

その言葉に、リーゼは構えていた木刀を下ろし、疑問符を浮かべた

 

 

「いや、やっぱりリーゼちゃんは強いなぁ、と思って」

 

「ルリだって、十分強いよ。習い始めて数か月とは思えないよ」

 

「そう、かな……?」

 

「どうしてそんなに自信がないのさ……でも、さ」

 

 

ルリの反応に苦笑しつつ、ため息を吐いたリーゼだったが、顔を引き締め木刀を構えなおす。

 

 

「ここで負けてあげるつもりはないよ。兄さんや父さんに、自分が少しでも強くなっていることを、教えたいから」

 

 

その時のリーゼの瞳を見て、ルリは察した。

リーゼと他の子が、なんで違うのか。

 

リーゼはなぜ強くなろうとするのか。

彼女の父親のような騎士になるという願いと、自分の父親を守りたいと言う願い。

その二つの願いのために。

その強い意志が、彼女をここまで連れてきた。

それが、彼女の強さの理由なんだ。

 

ルリは嬉しかった。

自分の父親のための、ここまで頑張ってくれる子がいることを。

そして、誇らしくもなった。

彼女の信頼を得る、自分の父親を。

 

 

(だけど……)

 

 

自分も、同じだ。

いつまでも、守られるだけの存在では、嫌だ。

お互いに守り合える、そんな存在になりたいんだ。

 

圧倒的に自分の方が不利ではあるが、最後まで、諦めるつもりはない。

 

 

(でも、どうすれば……)

 

 

杖を構え直しながら、ルリは思う。

自分の手札は全部切った。

自分の残りの体力を考えて、あまり長引かせるわけにもいかない。

かといって、一撃で決められる、かつ避けられない魔法を詠唱するような暇は……。

 

 

(……ん?)

 

 

 

 

「行くよ、ルリ!」

 

 

杖を構え直したルリに、リーゼは距離を詰め直した。

何か考えているようだったが、これは試合だ。

負ける言い訳にはならない。

 

 

「……っ!」

 

 

ルリは、驚いたような顔でそれを受け止める。

リーゼは、受け止められた木刀を今度は横に振る。

ルリは苦しい顔をするが、それにしっかりと対応ができていた。

 

 

(やっぱりすごい……これで、剣も習い始めたら、どれだけ強くなるんだろう)

 

 

リーゼは心の中で、未来のライバルにワクワクしつつも、攻撃の手を止めることはしない。

甲高い音が何度も鳴り響く。

 

しかし、それも終わりが訪れた。

攻撃を受け止めていたルリが、リーゼの攻撃に合わせて、杖を振るった。

今までで一際大きな音が鳴り、お互いの距離が反動により少し開いた。

 

 

「【ウォーターウォール】!」

 

 

ルリが、大きな声で魔法名を発した。

それと同時にルリを中心に、円状に3メートルほどの高さの水の壁が出来上がった。

 

 

(……自分に?こっちに対してやってくるのならわかるけど……)

 

 

不可解な行動に、ルリはこのままにさせたら不味いと思い、すぐさま切りかかる。

しかし、魔法の効果も終わったのか、リーゼの頭上から水が降り注いだ。

 

 

「あぶっ……!?」

 

 

切りかかろうとしていたリーゼに避ける術もなく、頭から全て被ることになった。

バシャ―ン!、と言う音と共に、少し乾き始めていた自分の服に水がしみ込んでいくのを感じつつ、リーゼは目の前に居るであろうルリに目を向ける。

 

 

「いない!?」

 

 

しかし、そこにはルリの姿は無かった。周りに目を向けるが、どこにも見当たらなかった。

 

 

「やぁ!」

 

「っ!?上っ!?」

 

 

上から聞こえた声に目を向けると、頭上から杖を振りかぶりながら落ちてくるルリの姿。

慌てて木刀を横に構えて受け止めようとする。

 

 

カァン!

 

 

「つぅっ……!」

 

 

位置関係により、父親と訓練しているときと同じくらいの衝撃が腕に響く。

見れば、ルリもだいぶ腕を痛めたようだ。

 

 

(決めるなら、今!)

 

 

リーゼは、ルリに向かって走り出そうとする。

おそらく、今のが最後の策だろう。

なんでここにきて、接近戦にかけたのかはわからないが……。

 

 

(……?そういえば、なんで魔法を捨ててまで……!?)

 

 

自分の考えに疑問を抱いた瞬間に、背中から強い衝撃が走る。

短い悲鳴を上げながら、リーゼは地面に倒れこんだ。

そして、顔を上げた時には。

 

 

「……私の勝ち、だね。リーゼちゃん」

 

 

自分に杖を突きつける、親友の姿。

 

 

「……あぁ。今回は、私の負けだね、ルリ」

 

 

リーゼは悔しさを感じつつも、どこか晴れ晴れとした気持ちで、そう告げた。

 




ちょくちょく短編とかは書いていたものの、少し文章がおかしいかもしれない……。

次は大人の部の予定ですが、それは番外編で書くつもりです。
なので、次は日常編に戻ると思います。


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