ようこそ実力至上主義の生徒会へ (まぐまれむ)
しおりを挟む

綾小路、生徒会に入る

「綾小路。お前が望むなら書記の席を譲っても構わん」

 

生徒会長、堀北学からの突然の勧誘。馬鹿げた提案だ。

平穏な学生生活を送りたいこちらからすれば、面倒ごとは避けるに限る。

まして生徒会なんて目立って仕方ないだろう。

 

だが、その後の堀北学の熱弁を聞いたオレは、生徒会入りを承諾することにした。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「おい、綾小路。議事録はまだか。堀北先輩が買ってる男なんだからそれぐらい余裕だろ?」

 

「綾小路。もっとやる気を出せ。お前の失敗は推薦した堀北先輩の顔に泥を塗ると自覚することだ」

 

「綾小路くん、タメ口はやめてもらえませんか。あなたは生徒会の一員になったんです。先輩として、しっかり指導させてもらいますからね」

 

生徒会役員の金髪チャラ男、THE堅物、お団子娘から三者三様に物申される。

 

「ミスったー」

 

聞こえないよう、ぼそっとつぶやく。生徒会入りを悔いるが後の祭りだ。

一度入って即やめたとなると変な噂が立つことは避けられない。

そういったことも含め、堀北兄の策略だったのかもしれないな。

果たして、これからオレの学生生活に平穏は訪れるのだろうか……

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

東京都高度育成高等学校。

日本政府が作った未来を支える若者を育てることを目的とした学校だ。

普通の高校とは違い、クラスポイントと呼ばれる点数でA~Dの4クラスを競わせ

トップのAクラスで卒業できれば望む進路を約束してくれる。

 

新入生として入学したオレ、綾小路清隆は、問題児を集めたDクラスに配属され

クラスメイトの堀北鈴音らと共にAクラスを目指している。まぁオレは形だけだけどな。

こっちは普通の高校生活が送れればそれでいい。

もちろん、降り注ぐ火の粉は払うが、基本的にはノータッチでいたい。

 

クラスポイントの他にプライベートポイントと呼ばれるポイントが

毎月、クラスポイント×100の金額で各生徒に振り込まれる。

これは現金代わりで日々の生活での使用はもちろんのこと

担任の茶柱先生曰く「原則ポイントで買えないものはない」らしい。

 

つまりクラスポイントを稼げば稼ぐだけプライベートポイントの支給が増えるため

Aクラスに興味がない生徒でもある程度やる気を持てる仕組みというわけだ。

 

そんな特殊な学校に入学してまだ3か月ぐらいだが

生活態度が悪くクラスポイントが0になったり

過去問をポイントで買ったり

赤点で退学になりかけたクラスメイトがいたりと色々なことが起きた。

 

なんとか乗り越えて、ようやくクラスが前向きに変わり始めた7月頭のことだった。

Cクラスの生徒がDクラスの須藤から暴行を受けたと学校に訴える事件が起こる。

 

生徒会長の堀北学、書記の橘茜の立会いのもと、どちらの主張が正しいか審議が行われ

目撃者佐倉愛里の証言やBクラスの一之瀬帆波たちの協力もあり

訴えを取り下げさせる形で解決へ導いたのだが……

その裏で、佐倉がストーカーに襲われそうになっていたのを危機一髪で救い出した。

 

それがほんの数十分前の話になる。

平穏さには程遠い一日だったのだが、オレにとっての『運命の分岐点』は、この後にやってきた。

 

 

佐倉を寮に送り届けて学校に戻ったオレは、生徒会室の前で

今まさにCクラスが訴えを取り下げているであろう話し合いの終わりを待っていた。

 

昨日は入口の前に生徒会役員と思われる生徒が立っていたのだが、今日はいない。

人手不足なのか、今日の内容は盗み聞きされても構わないということなのか。

しばらくすると、Cクラスの生徒たちとその担任、その後に須藤、そして生徒会長堀北学と橘書記が出てきた。

 

どうやら無事に訴えは取り下げられたらしい。

事の顛末を確認するように堀北学から話しかけられたが、妹の堀北鈴音の戦果だと流しておいた。

下手に手柄を主張して目をつけられるのは面倒だからな。

 

ところがそれで納得しなかったのか、堀北学は想定外の提案をしてきた。

 

「綾小路。お前が望むなら書記の席を譲っても構わん」

 

「断る」

 

「えええええっ!?断っちゃうんですか。こんなこと普通あり得ないんですよ。すごい名誉なことなんですよ」

 

即答したオレに信じられないと驚き慌てる橘書記。あわあわしている橘書記を目で制し堀北兄は続ける。

 

「待て、綾小路。せっかくの機会だ。少しぐらい話を聞いてから判断してもいいだろう。生徒会に入ることがお前のためになると思っての提案だが、どちらを選ぶにしろ、これからの話を聞くだけでも相当の価値があると保証する」

 

強気に言い切る堀北兄。

「それを話しても大丈夫ですか」と不安げな表情の橘書記。

ただならぬ様子に、そこまで言うならと話ぐらい聞くことにした。

 

誰かに聞かれることを危惧してか移動する二人の後に続いて、隣の生徒会相談室に入る。

これから話すことは他言無用だと約束させられて、いよいよ本題に。

 

「生徒会に入るメリットは大きく3つある。まずはこの学校の仕組みに関わることだ。薄々勘付いているとは思うが、クラスポイントの増減は生活態度、部活動、筆記テストの良し悪しだけではない。1年生はこれから、特別試験と呼ばれる様々な課題に挑んでもらうことになる」

 

特別試験か。確かに、今のままではクラスポイントを増やすことはできても

他クラスに追いつくことはほぼ不可能だ。

何かしらのイベントはあると思っていたが……

 

「その特別試験と生徒会が関係あると?」

 

「そうだ。生徒会は生徒代表として、特別試験の公平性を保つため、多少の意見を組み込むことが可能だ。一部例外はあるが、事前に試験内容を知ることも、参考のため過去の試験を調べる事もできる。この優位性は説明するまでもないな?」

 

「ああ。だが、残念ながらオレはクラス順位に興味がない」

 

「確かにそのためだけなら、傍観するスタンスでもいいだろう。だが、特別試験はポイント増減だけでなく、結果次第では退学者が出ることもある」

 

「退学は望ましくないが、いくら平凡なオレでも、それほどのヘマをするかは疑問が残るな」

 

「だろうな。だが、実力に関係なく、試験次第で全員に退学するリスクはある。極端な例えだが、クラスから1名抽選で退学者を決めろ、といった具合にな」

 

確かにそうなってしまっては防ぎようがない。

唯一の対策は、試験内容に異議を申し立てられる生徒会のみというわけか。だが……

 

「この学校はポイントで買えないものはない。なら退学もどうにかできるんじゃないか」

 

「それが2つ目の理由に関わってくる。お前の言う通り、もし退学と判定されても回避する方法はある。だが、それにはプライベートポイントが2000万必要になる。この額が普通に過ごすだけでは貯まらないことはわかるだろう。ましてお前たちのクラスの現状では到底不可能だ」

 

耳の痛い話だな。

現在のDクラスのクラスポイントは87ポイント。

つまり毎月8700円分のポイントしか振り込まれない。

2000万は極端にしても、そもそも普段の暮らしにも困るありさまだ。

 

「生徒会活動では部活動と同様に活躍次第で各ポイントが付与されることがある。そして限られた数の大会しかない部活動と違い、生徒会の仕事は数多くある。それだけポイントを獲得できるチャンスも多い。働きに見合うだけの報酬はあるということだ」

 

いざという時のためにも、学生生活を充実させるためにも、ポイントがもらえるのは有難い。

気づけば昼食は無料の山菜定食ばかりの生活をしている。

 

「最後のメリットを伝える前に問いたい。綾小路、お前は何をしにこの学校に来た?」

 

「何をと言われても、語って聞かせるほど深い理由はない。普通で平穏な学生生活を楽しめれば、それでいいと思っている」

 

「お前が何を考え実力を隠してまで、その平穏な生活を送ろうとしているかはわからない。だが、それは本当にお前の望んでいるものなのか。この学校でしか成すことのできない様々なこと、成長する機会を捨ててまで送りたいものなのか」

 

「それは……どうだろうな」

 

入学してから3か月。見えてきたものと見えないもの。

ここで判断するのは難しいだろう。

 

「生徒会に入ればクラス、学年の垣根を越えて多くの生徒と関わることになる。クラスで対抗することの多いこの学校では、貴重な機会だ。普通の学生生活という意味では生徒会で体験できる経験の方がそれに近いとすら思える」

 

「その経験が学生生活の貴重な時間を割く価値があると?」

 

「2年間過ごしてきて、少なくともオレはそう実感している」

 

退学のリスク軽減

ポイント獲得機会増加

充実した学生生活と成長へのきっかけ

 

それが生徒会に入るメリットか。

 

堀北兄はオレに響きそうな話を選んだのだろう。

確かに一考の余地はある……が、何より興味深かったのは特別試験に意見を取り入れられるという話。

ポイントで購入できるあらゆるもの、試験への介入権——オレはありえない未来を想像せずにはいられなかった。

 

「まだまだ生徒会の魅力はたくさんあるぞ、綾小路。この学校の生徒会役員になるということは——」

 

オレからの返事がなかったためだろう、説得のためさらに話を続ける堀北兄。

生徒会に対する想いが強いのか、次から次へと話が出てきて止まる気配がない。

クールな性格だと思っていたのだが……隣の橘書記もうんうんとニコニコしながら話に聞き入っている。

そんな話を聞き流しながら、ひとつの未来の実現性を計算する。

まだ不明な部分も多い。だが面白くなりそうだ。

 

「さらに!今ならなんと!入会することで!」

 

「期間限定!ここだけのお得なプランに!特別セットで生徒会腕章も付けちゃいます!!」

 

「いや橘、一つじゃ足りないだろう。洗い替え用にさらにもう一つ付ける」

 

「い、いいんですか、会長!!これはお得すぎますよ」

 

放置しておくと永遠に話が終わらなさそうだ。

二人が通販番組みたいなことをやりはじめたところで、オレは返事を決める。

 

「わかった。生徒会に入る」

 

「そうか!賢い選択だ。歓迎しよう、綾小路」

 

「やりましたねっ、会長」

 

にやりと笑う堀北兄とパチパチと拍手する橘書記。

暴力事件の話し合いの時に出ていたあの重々しい雰囲気は、いったいどこへ行ったのだろうか。

あの頃の二人を懐かしく思いながら、オレの生徒会役員としての学校生活がスタートするのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

堀北学ファンクラブ会員たち

生徒会に入ることになった翌日。

 

登校すると堀北——妹の方が、教室へ続く廊下の途中で待ち構えていた。

 

「昨日は顔を出さないなんて、随分薄情なのね、綾小路くん」

 

挨拶よろしく、辛辣なコメントから始まる朝のひと時。

 

「あの後いろいろあってな。途中までは待っていたんだが……」

 

「まぁいいわ。事件の結末は知っているわね」

 

「あぁ、須藤も喜んでいた。お前の作戦のおかげだな」

 

「あなた、私を誘導したでしょ」

 

ご名答。目立ちたくなかったことに加え

Dクラスで堀北の地位を築いて隠れ蓑にするために

さりげない感じで解決へのヒントを出し続けた。

 

「なんのことだか」

 

「とぼけるつもり?そもそも……っ!」

 

こちらを問い詰めようとした堀北だが

向こうから男子生徒が一人歩いて来るのを見て黙り込む。

人に聞かせたくないのかと思ったが、よく見ればあれは堀北だ。兄の方の。

 

どうもこの兄妹、関係がうまくいっていないようで

入学間もない頃、堀北兄が妹に退学するように迫ったこともあった。

それを割って入って止めたことが妙な縁の始まりだったように思う。

 

「おはようございます」

 

一応、今日からお世話になる生徒会のボスだ、挨拶ぐらいはしておく。

挨拶は大事だぞ、と隣の堀北を見ると、俯いて今にも逃げ出しそうなご様子。

 

「あぁ。早速だが綾小路、生徒会メンバーを紹介したい。放課後、生徒会室に来てもらうぞ」

 

「わかった、放課後だな」

 

用件はそれだけだったようで、すぐに去っていく堀北兄。

妹など目に入っていないようだった。

 

「いつもこのくらいしおらしければ、可愛げもあるのにな」

 

借りてきた猫がさらに椅子の下に隠れてしまったような、よわよわ堀北。

蹴りが飛んでくることを覚悟の上での発言だったが、それすらなかった。

 

「……いまのはどういうこと?」

 

「最初の話に戻るが、色々あって、生徒会に誘われてな。悩んだが、入ることにした」

 

「そう、あなたは兄さんに認められたのね」

 

「いや、お前にこき使われる姿を見て、雑用係にでもちょうどいいと思ったんじゃないか?」

 

「兄さんは雑用で人手が足りなくなるような仕事はしない。雑用程度、片手間の手間の手間、そうね、テレビを観ながら歯磨きするついでにでも片づけてしまうわ」

 

こいつの兄への信望も相当なものだ。なるほど、これがブラコンってやつか。

 

「ということで、これから放課後は生徒会の仕事があるから——」

 

「構わないわ。Aクラスに上がるための手伝いも両立させてくれるってことだと理解しているから」

 

手伝えなくなる、と断りを入れようとしたところで先手を打たれた。

 

「兄さんが認めたぐらいだもの。そのくらいなんともないでしょ」

 

「お前な……やれるだけやってみるが、あまり期待しないでおいてくれ」

 

「あなたのことはともかく、私は兄さんを信じているから」

 

これ以上何を言っても折れることはなさそうなので諦めることにする。

やるかどうかはともかく、事前に試験内容がわかるなら

いくらでもやりようはあるしな。

 

 

 

放課後、オレは生徒会室にやってきた。

これまで全く縁がなかった場所だが、3日連続ともなると慣れたものだ。

まだ誰も来ていないようだったので、一番端の席に座って待つ。

 

程なくして4人の生徒が入ってきた。

 

「お前が堀北先輩が言っていた1年か……どんなすげえやつが来るのかと期待していたんだが、なんていうか影が薄いな。危うく見落とすところだったぜ」

 

ニヤニヤとこちらを挑発するような態度の金髪の男。

堀北兄を先輩と呼ぶことから、2年生だろう。

須藤の赤髪もそうだが、この学校、髪を染めることに対しては寛容だな。

学校の顔である生徒会役員で金髪は相当肝が据わっている、と言えるんじゃないだろうか。

まぁそれを言ったら橘書記も紫色なので、気にしないことにしよう。

 

「南雲、あまり一年をいじめるな。堀北先輩が推薦したんだ。間違いはないだろう」

 

真面目そうな男がフォローしてくれるが、こちらはこちらであまりいい顔はしていない。

 

「悪かったな、1年。オレは2年Aクラスの南雲だ。生徒会では副会長をやっている。こっちは、溝脇と殿河。で、こいつが——」

 

「桐山だ」

 

「よろしくお願いします、先輩方。1年Dクラスの綾小路清隆といいます」

 

今回はそこそこうまく自己紹介ができたんじゃないか。

第一印象は大事だからな、丁寧にしておいて損はないだろう。

 

「Dクラス?おいおい、ほんとに大丈夫かよ。まだこの前の葛城とかいうAクラスの奴の方がマシだったんじゃないか」

 

自称副会長の南雲は言いたい放題だ。

Dクラスの惨状を思うに、わからないリアクションではないが……

 

その時、ドアが開き、堀北兄と橘書記、そして3年と思われる生徒が数名入ってくる。

 

「全員揃っているな」

 

「みなさん、こんにちは」

 

「「お疲れ様です。堀北生徒会長、橘先輩、先輩方」」

 

先ほどまでと変わり、ピリッとした空気になる。

 

「挨拶は済ませたようだな。桐山、こいつに生徒会の仕事を教えてやってくれ」

 

「わかりました。立派な生徒会役員として鍛えてみせます」

 

先ほどとは変わって目を輝かせている桐山。

堀北学ファンクラブ会員No.3といったところだろう。

言うまでもないが、No.1は堀北妹で、 No.2は橘書記だ。

初の男性会員を発見したことになる。

 

「堀北先輩、こいつDクラスって、マジで大丈夫なんすっか」

 

「不服か」

 

「Dクラスの役員は前代未聞っすよね。生徒会のメンツに傷がつくんじゃないっすか」

 

歴代Dクラスは、これまで上のクラスに上がったことすらない不良品の集まり。

そんな不動の実績を築き上げてきたクラスの生徒が、生徒の代表である生徒会役員になるなんて基本的にあり得ないのだろう。

……マズいな、思ったより目立たないか、オレ。

『Dクラス歴代初』なんて称号はありがた迷惑だ。

 

「綾小路の実力は俺が保証する。それで問題ないだろう」

 

「へぇ、堀北先輩が認める程のやつなんすね。おい、綾小路、お前何ができるんだ?」

 

「……ピアノと書道を少々」

 

突然話を振られても、面白い返しはできない。適当に流しておく。

 

「ハッ、こりゃ雑用としての力はありそうっすね。今度から会議中はこいつに演奏してもらいましょうよ、堅苦しい話し合いもマシになるんじゃないっすか」

 

「お前にはこいつはその程度に見えるのか、南雲」

 

「少なくともどうしてこんな覇気のないやつを先輩が推すかはわかりませんね」

 

「だそうだが、どうなんだ、綾小路」

 

「その時は、きらきら星変奏曲でも弾きますよ」

 

「「……」」

 

突然の沈黙。

今度こそは面白い返しをと狙ってみたのだが、上手くいかなかった。

どう返すのが正解だったんだ?

 

「無駄話はここまでにしませんか。今日も仕事は山ほどあるんですよ」

 

橘書記が助け舟(?)を出してくれ、この話はここまでとなる。

 

 

その後、桐山から議事録の取り方や書類整理、備品管理など一通りの仕事を教わった。

この手の作業を真面目にやるつもりはなかったのだが

手を抜こうとするとすぐに喝が飛んでくる。

厄介な教育係をつけられたものだ。

桐山から注意されない程度にはやっておくか。

 

「さて、ここまでで何かわからないことはあるか」

 

「いえ、大丈夫です」

 

「なら、お前がどのくらい理解したかテストさせてもらう」

 

色々と説明不足のこの学校で、ここまでちゃんと教えてくれるのはありがたいのだが……正直面倒になってきた。

 

「来年度の文化部の部活動予算についての会議があり、その議事録を担当することになった場合、必要書類は何が必要でどこにあるか。また、議事録完成後、どこに提出する必要があるか」

 

ここで間違えて一から説明し直される流れだけは阻止したい。

 

「予算編成の議事録フォーマット、過去5年分の文化部予算一覧、各部の実績一覧と活動報告、来年度の予定予算が必要で、場所は生徒会室の書類棚の議事録、会計、部活動コーナーに保管されている。作成後は、生徒会長の確認印をもらい、会計、そして担当教員宛にコピーを送り、原本は生徒会室で保管、で合ってますか」

 

「……正解だ。物覚えは良いらしいな。ならもっとできるだろう。次の仕事を教える」

 

正解なら今日は解放だと睨んだが、この調子ではどちらでも大差なかったようだ。

 

それにしてもすでにそれなりの情報量じゃないか。

生徒会の人間はこれぐらい朝飯前にこなすということだろうか。

本来なら徐々に教えていくような内容にも思えたが

何度も講習されても困るため、黙って取り組む。

 

「……と以上が生徒会での事務作業の全てになる。明日からいくつか任せるから、そのつもりで復習しておくように」

 

「はい」

 

そういって、そそくさと部屋を出ていく桐山。

すでに時計は21時を回っていた。もちろん、他のメンバーは帰宅済みだ。

 

真面目過ぎるのか、堀北兄の期待に応えたかったのか。

いや、もしかしてこれが先輩からのしごきってやつなのか。

ホワイトルームでは同期以外の接触は大人のみだった。

年の近い先輩とあれこれするというのは新鮮だな。

などと感慨にふけっているとなぜか桐山が戻ってきた。

 

「存外、根性のあるやつだな。正直、最後まで音を上げずについてくるとは思わなかった」

 

と言いながら、手に持っていたリンゴジュースを渡してくる。

これが、先輩からのおごりってやつか。なんというか、かなり学生っぽいぞ。

 

「ありがとうございます」

 

「お前のことはまだわからないが、オレは堀北先輩のことを信じているからな。お前のことも少しは認めることにする」

 

今朝似たようなセリフを聞いたような——思えば堀北妹と桐山は少し似ているな。

目つきの鋭さとか。

 

「ところで桐山先輩の役職は何なんですか?」

 

生徒会長の堀北学、書記の橘、副会長と名乗った南雲以外

どんな役職があって誰が担当しているかがわからない。

最初に説明があってもいいと思ったのだが……

 

「書記だ」

 

「溝脇さんと殿河さんは?」

 

「書記だな」

 

「橘先輩も確か——」

 

「書記だぞ」

 

「……オレも書記でしたよね?」

 

「この学校の生徒会は、会長、副会長以外は全員書記だ」

 

これまで学校というものに通ったことがないため断言はできないが

組織としてそれで大丈夫なのか。

 

「驚くのも無理はないな。普通の学校なら、会計や庶務など他の役職もある。だが、この学校は常に退学と隣り合わせだ。それは生徒会役員も例外ではない。欠員時に問題が起きないよう特定の役職は設けず、すべて書記が兼任するシステムだ」

 

「なるほど」

 

「つまり生徒会長と副会長は『絶対に退学しないと思われる人物』である必要がある。この2つの役職になることは名誉なことだと覚えておけ。南雲はともかく、堀北先輩は本当に優れた人間だ」

 

これはどちらにツッコミを入れるべきか。

 

「桐山先輩は堀北先輩を慕っているんですね」

 

「当然だ。俺はあの人に憧れて生徒会に入った。あの人のようになりたいと常に己を磨いているつもりだ」

 

流石ファンクラブ会員。堀北妹と似たようなことを言っているな。

まだオレにはその魅力がわからない。

しかし、少なからずオレの実力を見抜き勧誘してきたことも事実。

今後活動していく中で見えてくることに期待させてもらうか。

 

「綾小路、お前も堀北派としての成長を期待している」

 

「えー、あー、はい、頑張ります」

 

なんだその派閥?ファンクラブへの勧誘なら勘弁してほしいが

この良い感じの雰囲気を壊すのも面倒だったので適度に話を合わせておこう。

 

 

とにもかくにも一時はどうなるかと思ったが、こうしてオレの生徒会初日は幕を閉じた。




原作でいまだに会長、副会長、書記以外の役職が登場していない問題に勝手に解答を作ってみました。
あれだけ生徒会役員としての出番もある一之瀬ですら役職不明のまま。
個人的にすごく気になっているネタです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ひより’s接待 in茶道部

生徒会に入ってしばらく経った頃。

オレはいつも通り生徒会室の隅で雑務をこなしていた。

初めこそ桐山からグチグチと指導を受けることもあったが

慣れてしまえば楽なもので、今では一人淡々と仕事をこなすことができていた。

 

そんなオレに生徒会長の堀北学から声がかかる。

 

「綾小路、今日は一年生と面談予定がある。お前にも同伴してもらいたい」

 

「断ると言ったら?」

 

「約束は5分後だ。相談室に移動するぞ」

 

当然拒否権はないらしい。堀北兄妹はどうもそういった傾向にあるな。

諦めて堀北兄の後に続く。

 

「生徒の相談を受けるのも立派な仕事だ。お前にも生徒会の一員として色々と仕事を覚えてもらいたい」

 

この活動がいつか役に立つ日が来るのだろうか。

そう思いつつも、書類業務以外の活動は初めてなので

全く興味がないとは言い切れない。

 

「失礼します」

 

相談室で待機していると、ほどなくして扉がノックされ2人の生徒が入ってくる。

 

「1年Cクラスの椎名ひよりです」

 

「1年Dクラスの王美雨です」

 

「生徒会長、今日はお時間頂きありがとうございます」

 

大人しそうな2人が挨拶を済ませる。

そのうち一人は同じクラスのみーちゃんと呼ばれる生徒だ。

残念ながら話したことはないため、向こうがこちらを認識しているか怪しい。

目が合ったが特に何もリアクションはないことからも疑念は拭えない。

椎名の方は初対面だが、何度か図書館で見かけたことがあり

どちらも学力が優秀な生徒だと記憶している。

 

というのも、先日南雲がいじっていた資料をこっそり拝借ところ

何故か1、2年生のデータが能力値付きで全生徒分まとめてあったので

全て頭に入れておいた。

生徒会役員として、生徒のことを把握しておくのは大事だと堀北兄も言っていたしな。

 

「それで早速だが相談内容を聞かせてもらおうか」

 

堀北兄が淡々と進行する。

橘書記がいないと自分で仕切るんだな。

いや、もしかしてオレが進行しないといけなかったのだろうか。

 

「はい。実は私たちの所属する茶道部のことで……」

 

相談内容の要点をまとめると

茶道部の指導員の先生が産休に入ってしまったので代理を探している。

だが、茶道を教えることのできる教員が見つからないため困っているとのことだ。

 

困っていると言っているが、この場に来たのが1年生だけであることを踏まえると

上級生は問題にしていないのかもしれない。

 

「ここ数年、茶道部が積極的に活動しているという認識はない。これを機に廃部でも問題ないのだが、お前たちは違う意見ということだな」

 

堀北兄も似たような考えに至ったのだろう。

 

「はい、先輩方は廃部でも良いと考えていらっしゃるようですが、私たちは違います。歴史ある茶道部をこんな形で終わらせたくはないのです」

 

大人しそうな印象の椎名だが、堀北兄を前に物怖じせずにしっかりと回答する。

隣のみーちゃんはオドオドしているだけなので

意外と肝が据わっているのかもしれない。

何かと粗暴なCクラスにいるとメンタルが鍛えられる、とかだったら少し面白い。

 

「わかった。では、生徒会で実態調査をしたのち、然るべき対応を検討させてもらう」

 

「よろしくお願いします」

 

2人が退出し、さて堀北兄はどう対処するのかお手並み拝見と思っていた時だった。

 

「お手並拝見はお前の方だ、綾小路。この一件、お前に一任する」

 

こちらの考えを読んだだけでなく無茶振りまでしてくる。

 

「オレに解決できると思うのか?」

 

「出来ないと思う者に大切な仕事を任せたりはしない。それに」

 

ニヤリと笑う堀北兄。

 

「お前は茶道も習っていた事があるんだろ。適任だと思うんだがな」

 

「どこでそれを」

 

とは言ったものの、茶道をやっていた、と話したのは堀北妹にのみ。

だが、険悪な状況の堀北兄妹がコミュニケーションを取る

ましてはオレの話題で盛り上がるはずがない。

 

ということは、堀北兄が妹に退学をするよう脅迫したあの時

帰ったと見せかけて、オレと堀北妹の話を盗み聞きしていた可能性が高い。

 

「あんた意外と過保護なのか?」

 

「逆に聞くが、夜中に見知らぬ男と妹を二人っきりにするような兄がいるとでも?」

 

兄とはそういうもの、と言われてしまうと

判断材料に乏しいこちらはこれ以上深く追求できない。

 

「話を戻すが、夏休み前に、生徒会役員として成果を上げておくことはお前にとって悪い話ではない。夏休みを過ごすにあたってお前の助けになるだろう」

 

詳しくは話せない、と言う口振りから

恐らく以前話していた特別試験に関する話だろう。

 

口車に乗るのも癪だが、こちらも他に気になる点がある。

 

「わかった、この件は受け持つ。ただ、先に1つ確認したい」

 

「答えられる範囲でなら答えよう」

 

こちらが引き受けたことに心なしか満足げな堀北兄。

冷徹な男というのが第一印象だったが、オレの勧誘の時といい、意外な一面もある。

先ほどの兄なら当然発言と合わせて考えると

堀北兄妹の確執はオレの想像していたものとは異なるのかもしれないな。

 

「もしこの学校や生活居住区内に、茶道を指導できる人間がいなかった場合、外部から講師を招くこともできるのか?」

 

「実例はないが、いくつかセキュリティ上の条件を満たせば可能ではある」

 

「なるほどな」

 

やはりこの問題を放置するわけにはいかなくなった。

今頃、あの男——オレの父親は、オレをホワイトルームに連れ戻そうと考えているだろう。

それが今日まで実現されていないのは

この学校が外部からの接触を一切絶っているからに他ならない。

もしもチャンスがあるなら、どんな手を使ってでも刺客を送り込むはずだ。

茶道の指導員に扮したエージェントに四六時中狙われては

おちおち学園生活を楽しむこともできない。

可能性は低くとも0にはならないため

外部からの指導員誘致だけは絶対に避ける必要がある。

 

計らずとも、生徒会に入っていてよかったと思えた瞬間だった。

 

 

 

こうして茶道部の問題を引き受けたオレは、まず実態調査を行うことにした。

椎名たちには悪いが継続させる意味がないと判断すれば

廃部の方向で話を進めることも視野に入れている。

むしろ一番リスクが少ないので、本音で言えばそうしたい。

 

ひとまずクラスメイトのみーちゃんに話を聞いてみよう。

翌朝、みーちゃんが教室に入ってきたところを見計らい、声をかける。

 

「おはよう。昨日の件でちょっと話を聞きたいんだが、いいか?」

 

「えっ、あ、昨日の生徒会の人!お、おはようございます」

 

「……同じクラスメイトなんだ、かしこまる必要はないぞ」

 

「えぇっ!?そ、そうなんですか?」

 

恐れていたことが現実になる。

みーちゃんにクラスメイトだと認識されていなかった。

だが、それも仕方ない。

彼女の座席は堀北の前だ。

振り向かなければ堀北の横のオレが視界に入ることはない。

唯一の機会は前から回ってくるプリントを後ろに回す時だが

堀北相手に萎縮して、あまり見ないようにしていたのだろう。

きっとそうだ、きっと……

 

「えっと、その、すみません……」

 

「いや、オレも目立つ方じゃないし、気にしないでくれ……」

 

悪気はなかったのだろうが、気まずい沈黙が流れる。

 

「おはよう、綾小路くん、みーちゃん。珍しい組み合わせだね?」

 

変な空気になっているのを察してか、田が話しかけてきた。

オレたちだけだとコミュニケーションに難があるため

田の存在は頼りになる、ここは上手く間に入ってもらおう。

 

「実は茶道部について聞きたいことがあって、王さんに相談しようとしていた」

 

流石に口に出して、みーちゃんと呼ぶのは気恥ずかしかった。

 

「へぇー、綾小路くん、茶道に興味あるんだ」

 

「いや、生徒会の仕事だ」

 

「え!?綾小路くん、生徒会に入ったの?」

 

「あぁ、雑用係みたいなもんだけどな」

 

驚くのも無理はないか。

隠すつもりはないが、特に生徒会入りしたことを公表していないし

オレみたいな生徒が入るとは思いもよらないだろう。

自分でも未だに信じられない。

 

「話を戻すが、茶道部がある事情でピンチだから、力になれたらと思っている」

 

「なるほど。茶道部といえば顧問の先生が産休って話を聞いたから、それ関係かな?」

 

田はこの手の情報にも強いようだ。

ついでに茶道の心得がある先生でも知っていれば解決なのだが……

 

「あぁ。指導できる先生がいなくて困っているそうだ」

 

そうだよな?という表情でみーちゃんを見る。

 

「はい。私たちだけだと、茶道にならなくて……」

 

「残念だけど、茶道に詳しい先生は知らないかな」

 

「そうか、気にしないでくれ」

 

残念な結果に気を取られ、みーちゃんの発言の違和感を放置してしまった。

 

「この件は、私よりもひよりちゃんを頼るといいと思います。中心になって頑張ってくれています」

 

みーちゃんのアドバイスを受け、昼休みになってCクラスを覗いてみる。

が、椎名の姿は見えない。

 

となると、思い当たるのは図書館か食堂か。

図書館の方に足を運んでみると、ちょうど本を借りている椎名を見つける。

 

「ちょっといいか」

 

「はい?……あなたは昨日の——」

 

「生徒会の綾小路清隆だ。同じ1年ということで、茶道部の件はオレが担当することになった」

 

そういえば名乗っていなかった。

それらしい理由をつけて担当になったことを伝える。

 

「そうだったんですね。わざわざ私を探してくださったんですか」

 

「オレもよく図書館を利用するからな。実は何度か見かけた事があった」

 

そこで椎名が先ほどの借りていた本に目を落とす。

 

「ウィリアム・アイリッシュか、なかなかいいチョイスだな」

 

「分かります?」

 

「オレもミステリーは結構好きなんだ」

 

「そうなんですかっ」

 

詳しい話を聞くためには、相手に心を開いてもらう必要があるだろう。

そう思って振った話題だったが思いの外、食いつきがいい。

 

「実はクラスには読書の話ができる方がいなくて……お食事はまだですよね?よろしければご一緒しませんか」

 

「もちろんだ。椎名には色々話を聞きたいと思っていたんだ」

 

そう返事をすると椎名は嬉しそうに微笑んだ。

食堂へ移動して昼食をとる。

本の話題に花を咲かせ、椎名が個人で持ち歩いているおすすめの本も貸してもらった。

思えば入学してからというもの

やれポイントだ、やれAクラスだ、やれ退学だ、やれ生徒会だと

おおよそ普通の高校生らしい時間とはかけ離れた生活をしてきた。

趣味の合う友人との何気ないひと時

本来オレが求めていたのはこういうものだったはず。

 

待望の時間をもたらしてくれたのが

他クラスの生徒で、生徒会の活動をしていたから出会えた

というのは何だか残念だが……

半信半疑だった堀北兄のプレゼンも間違いではなかったんだな。

 

この学生らしい時間は名残惜しいが、そろそろ本題に切り込む頃合いだ。

 

「それで茶道部のことなんだが、教員の中に指導できる人がいないというのは、本当なのか?」

 

「はい、残念ながら。前任の先生が産休前に後任を探してくださっていたのですが、誰一人経験者がいなかったそうです。それを聞いて殆どの先輩方が諦めてしまい、困った私たちは生徒会を訪れたんです」

 

「なるほど。上級生は部の存続にはこだわっていないんだな」

 

「昨年卒業した先輩方は熱心だったそうですが、今の2、3年生のほとんどは、美味しいお茶やお菓子が目当てみたいで、廃部になったらそれはそれで構わない、ぐらいの方達なんです」

 

部活動へは学校からある程度の援助が出るため

一度茶道具を揃えてしまえば、大きな出費はないはず。

個人のポイントを消費せず、ただで飲み食いできる場所

なんて考えの生徒がいてもおかしくはない。

 

「椎名たちはどうして続けたいんだ?」

 

「それは……実際に見て頂いた方が早いと思います。綾小路くんさえよろしければ、放課後茶道室にお越しいただけませんか?」

 

「わかった」

 

他の部員の様子も知りたいところだったのでちょうど良いだろう。

 

放課後、約束通り茶道室を訪れた。

案内された部屋には数々の茶道具が保管してある。

 

長年使われてきた事が伺えるが

大きな傷や汚れもなく綺麗な状態を保っていることから

よく手入れされてきたことがわかる。

棚には過去の部員たちと思われる集合写真がいくつも飾ってあった。

 

「これを見たときに、本と同じだと感じたんです。誰かの想いが詰まっているものが、次の誰かに渡って想いを共有できる。それが続いているから今があると思うんです。例えどんな素晴らしい小説でも、次の世代の人間が伝えていかなければ、その先の世代は読むことができません。それはとても悲しいことだと思いませんか?」

 

この学校もまだ歴史は浅い。

この段階で廃部になると、長続きしなかった部として記録に残ってしまう。

今後茶道をしたい生徒が現れた時にそれが足枷になるだろう。

 

「未来へ繋ぐ意思か」

 

オレの未来は決まっている。

だからこの3年間は学生生活を楽しむことを優先しようと思っていた。

未来の誰かのために何かを残す、そういう発想はなかった。

 

「「お疲れ様でーす」」

 

茶道具を眺めながら考えを巡らせていると、部員が3人ほどやってきた。

その中にはみーちゃんの姿もある。

 

「皆さん、生徒会の綾小路くんが視察に来てくださいました。ぜひ、茶道を楽しんでもらいましょう」

 

どうやらもてなしてくれるようだ。

部の存続はオレの判断次第。

自然な流れで部室へ招待し、接待まで持っていく。

なかなか強かな作戦だ。嫌いではない。

 

「指導員の必要性は私たちの腕を見て頂いた方が伝わると思いますし」

 

それはどういう意味だ?と問う間もなく接待茶道がスタートした……

 

いや、これを茶道と呼んではいけない。

 

舞い散る抹茶

ぶちまけられるお湯

力いっぱい混ぜられ畳のシミになったお茶

 

なんとか完成(?)したものも運び手の椎名がすっ転んでダメにしてしまう。

 

最終的にはボロボロの緑色になった茶道部員4名の出来上がりだ。

 

「えーと、ようこそ茶道部へ~」

 

「廃部決定」

 

抹茶塗れになった椎名の強引なまとめを聞き流し、当然の判断を下した。

 




書き終わった後、みーちゃんが茶道部という情報がないことに気づき、混乱。いつの間にか、自分の中で茶道部だったと思っていたのですが、原作を振り返ってみてもそんな情報を見つけられず……記憶ミスで勘違いしてしまったようですが、この小説内ではせっかくなのでそのまま茶道部に入っててもらいます。きっと日本の文化を学びたいとかで入部したんでしょう。(混合合宿でひよりとの初対面風の様子から目を逸らしながら)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

茶道の申し子的な

茶道部の廃部を決定した。迷いも後悔もない。

オレも茶道をかじったことのある人間だ。

これを茶道と認めるわけにはいかない。

後ほど全国の茶道家とお茶農家の皆さんには謝罪が必要だろう。

 

「さて、生徒会長に報告してくるか」

 

「ま、待ってくださーい」

 

オレの腕にしがみついて必死に止める椎名。

色々と当たってしまっているがお構いなしの様子。

こんな状況でなければ少しは心も動くかもしれないが

抹茶が付くので今はやめて欲しい。

 

「せ、せめて、この茶菓子だけでも食べていってください」

 

入口に先回りしたみーちゃんもこちらを帰す気はないようだ。

茶菓子を差し出してくる。

 

振り切ることも可能だが——

読書仲間とクラスメイトとの今後の付き合いを考えると強引な手を使いたくはない。

 

「確かに、出されたものに口をつけずに退出するのも作法に反するな」

 

作法も何もこの場が無法地帯と化していることには目を瞑る。

 

「では頂きます」

 

茶室に正座し、姿勢を正してから、茶菓子を口に運ぶ。

 

「……美味いな」

 

茶菓子として出された練り切りは夏らしく向日葵の形をしていて

口に含むと白あんの上品な甘さが口に広がり、ほろほろと溶けていく舌触り。

 

『茶が飲みたい』

そんな衝動に襲われた。

この茶菓子にお茶が合わされば、どれ程のものになるのか探究心をくすぐられる。

 

くっ、なぜ今ここにお茶がないのか。

いや、ないなら手段は一つだな。

 

オレは黙って立ち上がり、石臼の前に座る。

先程全滅したので、まずは抹茶を作らねばならない。

 

転がっている茶葉の袋から適量を入れ

ゆっくりと一定の速度、力の入れ具合で回してゆく。

ここで慌てて回すと摩擦熱で茶の風味が損なわれてしまうからな。

そうして丁寧に茶葉を挽き、抹茶作る。

 

幸い茶釜にお湯は残っていたので、抹茶を入れた茶碗にお湯を入れる。

抹茶とお湯が馴染むように茶筅(ちゃせん)を振り

次第に速度を上げシャカシャカと細かい泡を立てる。

最後に茶筅(ちゃせん)で『の』の字を書いて茶筅(ちゃせん)を取り出す。

 

お茶の完成だ。

久しぶりに点てたが問題はなかった。

 

ここまでの所作を唖然と見つめていた部員たちに、お茶を差し出す。

衝動的に動いたが、流石に自分の分だけ作るのは気が引けた。

茶道部の最後の時間だ、ちゃんとしたお茶を楽しんでもらってから廃部としよう。

 

「お先に頂戴いたします」

 

と残り3人に断りを入れて、椎名が茶碗を左手の平に乗せ

時計回りに2回ほど回して、口に運ぶ。

椎名のおっとりしている目が大きく見開いた。

 

「美味しく頂戴いたしました」

 

と茶碗の飲み口を清め、茶碗を左に二度回し、みーちゃんに手渡しする。

椎名、そういう作法だけはきっちりとしているな。

作る方も精進しておいて欲しかった。

部員たちが飲み終えたところで

自分用にもお茶を点て、さっそく頂く。

特に茶会の席というわけではないので、作法等は気にはしない。

 

それにしても茶葉も良いものだったのだろう。

抹茶の甘味と深い苦味が舌を包む。

茶菓子との相性も抜群だ。

昔は課題の一つという認識で

それ以上でもそれ以下でもなかったが、茶道も悪くないな。

 

この茶菓子は素直に評価できる。

どこで買ったのか後で教えてもらおう。

 

そんなことを考えていると、部員たちは何やらコソコソと話し合っており

意を決した様子でこちらに向き直る。

 

「あの、綾小路くん。いえ、綾小路先生!」

 

「「私たちに茶道を教えてください」」

 

見事な頭の下げ方でお願いをしてくる。

お茶を点てる以外の所作は完璧だな。

 

「こんな美味しいお茶初めて飲みました。お点前も見事で、見惚れてしまいました」

 

「私たちも美味しいお茶を点てられるようになりたいんです」

 

「「お願いします」」

 

厄介なことになってしまったな。

4人からは尊敬の眼差しを向けられる。

決して冗談を言っているわけではなさそうだ。

 

「オレは茶菓子が美味しかったからお茶が飲みたくなっただけだ。それに茶道は少し齧った程度で教えられるほどじゃないぞ」

 

「綾小路先生も人が悪いですね。あの所作、素人でもわかるほどの格の高さを感じました。高名な先生の元で研鑽を積まれたのでしょう」

 

確かにホワイトルームに来ていた茶道の指導員は、家元の直弟子だった。

その動きを再現しているだけなので、本当に大したことはしていないのだが……

 

「あの茶菓子で良ければいつでも作りますから、お願いします」

 

「あれは手作りなのか?」

 

「え?はい、私たちで作りました」

 

椎名が茶道室を案内してくれていた間に、3人で作ってきたものだったのか。

お茶はともかくお菓子作りの腕は評価できるな。

むしろ茶道部を廃部にしてお菓子部とかを立ち上げて欲しい。

 

正直あの茶菓子が手作りなことには驚いたが

それはつまり、このまま茶道部が廃部になると二度と口にできないということ。

茶道部の廃部を決定したヤツにプライベートで振る舞ってくれるとは思えない。

それは少し惜しいな。

 

 

『お前は何をしにこの学校に来た?』

ふと堀北兄の言葉が頭をよぎる。

オレがこの学校で成すべきことなどあるのだろうか。

答えはまだ出ないが……

 

OB、未来の後輩のためにも茶道部を残したい椎名たちの想いと美味しい茶菓子。

 

前向きに考えれば、オレが指導することで外部から指導員を招待する必要はなくなる。

……廃部にするのは簡単だが、可能性を残す方が後々役に立つこともあるか。

 

「教えるからには厳しく指導するが付いてこれるか?」

 

全国の茶道家、お茶農家の方々のためにもそこはしっかりとしなくてはならない。

 

「「はい!!」」

 

しっかりとした返事が返ってくる。

嬉しそうに手を合わせ、喜びを分かち合う部員たち。

 

こうして茶道部の指導員となることになったわけだが

一番大事なことを伝える必要がある。

 

「茶道を教えることは承諾するが、オレのことを綾小路『先生』と呼ぶのはやめてくれ」

 

「そうなんですか?うーん、どうしましょう、綾小路師範?などになるのでしょうか」

 

「教えるとはいえ同じ学生なんだ、敬称は気にせず普通に呼んでくれると助かる」

 

「わかりました、清隆くん!私のこともひよりとお呼びくださいね」

 

「私もみーちゃんで大丈夫ですよ」

 

「じゃぁ私は——」

 

父親と同じ呼ばれ方を嫌悪しただけだったのだが

お互いの距離が縮まったと思われたらしく口々に呼んで欲しい呼称を述べられる。

 

苗字から名前に呼称が変わっただけ。

呼び名など個体の判別がつけばそれでいいと思っていたが

なんというか、むず痒い気持ちになる。

昔はむしろ苗字で呼ばれることの方が稀だったのだが……

名前呼びか、覚えておこう。

 

「それじゃ早速生徒会長に報告に行くか。書類の申請もあるかもしれない、ひより、同行を頼めるか?みーちゃんたちには片付けを頼みたい」

 

「わかりました、清隆くんっ」

 

ひよりは堀北兄にも怖気付かない胆力の持ち主だ。

茶道部代表として連れて行っても問題ないだろう。

というのは建前で

ひよりに片付けを任せるのは二次災害になることが目に見えていたので

この場から連れ出したかった。

 

 

生徒会室で堀北兄と橘書記に報告をする。

 

「——ということで、オレが茶道部の指導をすることになった」

 

「フッ、そうか。それは面白いことになったな」

 

「えー!綾小路くん、茶道できるんですか!?今度ご馳走してくださいね」

 

何とも呑気な返答だな、こうなることも可能性に入れていたのだろう。

……橘書記のリアクションは素だと思われるが。ともかく

 

「これで茶道部の問題は解決だな」

 

「まだだ。指導をするのは構わないが、生徒では顧問はできない。形だけでも顧問の教員が必要になる」

 

「まじかー」

 

思わず間抜けな声が漏れた。結局誰かしら顧問は見つけないといけないのか。

 

「大丈夫です、清隆くん。形だけの顧問で良いなら、見つけるのは簡単かと思います。まだ部活動の顧問を担当していないお若い先生など狙い目だと思いませんか?」

 

ニコッと微笑むひより。そんな表情とは似つかない鋭い提案。

オレに指導を打診した時から顧問の必要性に気づき

候補に当たりをつけていたのだろう。

こういった学校の仕組みや常識とは縁がなかった分

まだ予測できないことは多い。

ひよりを連れてきて正解だった。

 

「確かに一人、茶道にピッタリの先生がいるな」

 

「あ、わかります?さすが清隆くんです」

 

不思議そうにオレたちを見る堀北兄と橘書記。

ちょっとしたヒントだったが、顧問に適任の人物が浮かんできた。

ひよりとは何となくだが、フィーリングが合う気がする。

 

「交渉はオレ一人で向かう方が上手く行きそうだな。悪いがひよりは茶道室で吉報を待っていてくれ」

 

「はい。お待ちしてますね」

 

そうしてオレは目的の人物に連絡を取る。待ち合わせ場所は——因縁の生活指導室だ。

 

「——ということがありまして、茶道部の顧問になってください」

 

「……お前は何を言ってるんだ、綾小路?」

 

「以前『奇特な苗字』なんて言ってしまいましたが、いやはや、まさに茶道部の顧問をするための苗字。茶道の申し子的『名』。これ以上の適任はいないですよ、茶柱先生」

 

「私を置いて勝手に話を進めるな」

 

そう適任というのはオレたちDクラスの担任、茶柱先生だ。

文字通り「茶」がついているからな。

しかも「柱」だ。作品が作品なら茶の呼吸とか使って鬼とも戦える。

頼りになりそう……だよな?

 

「若くて、独身で、どの部の顧問もしていない。指導員のオレの担任でもある。これはもう運命ってやつですよ」

 

「簡単に言ってくれるがな、指導しないとはいえ部活動の顧問も楽ではない。私は忙しいんだ」

 

「もちろん、断るならそれでもいいんですよ。ただ、その場合オレは、せっかく生徒会で任された初仕事を失敗したことになり、堀北生徒会長からの信頼を失うことになるでしょう。生徒会に入って実績を重ね、権力を得て、クラスをAクラスに導こうと頑張るところだったのに残念です」

 

「あ、綾小路、貴様卑怯だぞ」

 

確かに卑怯かもしれないが、茶柱先生には茶柱先生に効くやり方がある。

容赦はしない。

これまでの仕返し、なんて気持ちは少しもない……とは言い切れないが

あくまでも茶道部のためだ。

 

「いやー、生徒会で働いていると生徒会長の持つ絶大な権力を感じますよ。ん?今年の1年はオレだけで、現会長のお墨付きもある?これってオレたちの代はオレが会長当選有力なんじゃないですか?生徒会長になればAクラスも夢じゃなかったかもしれませんねー」

 

もちろん、生徒会長なんてごめんだ。

面倒なことこの上ないし、オレは学生の手本となるべき存在ではない。

いざとなれば堀北妹でも引っ張りだして、兄の意志を継いでもらおう。

 

「……顧問をやったら本当にAクラスを目指すんだな?」

 

「そうですね、できる限りのことはやりますよ」

 

「やるだけなら池でも山内でもできる。私が求めるのは成果だ」

 

担任とは思えない発言だが、曖昧な表現で誤魔化すことはできないか。

とは言え想定内だ。もう一押しだろう。

 

「わかりました。成果がないと判断したら顧問は辞めていただいて結構です。辞めにくいなら、茶道部ごと廃部にします。お互いwin-winでいきましょう」

 

「どこでそんな言葉を覚えてきたかは知らないが、この場合、お前のwinがわからんな。好きで茶道部の指導員をするようなヤツとも思えん」

 

「そんなことはないですよ。こう見えて茶道は好きですし、その力が困っている人の役に立つなら嬉しいです」

 

「驚くほど似合わない台詞だな」

 

「先生がAクラスに固執する訳を教えてくれないのと同じです。動機は関係ない。アンタは顧問をするだけで、Aクラスの可能性が出てくる。良い条件だと思うんですがね」

 

少しだけ圧をかける。

茶柱は表面上は冷徹な人間を装っているが、本物のソレとは程遠い。

その演技は無駄であることを理解させ

こちらが穏便に話を進めようとしていることを伝える必要がある。

 

「私としてもお前のやる気を削ぐつもりはない。お前が成果を出すというのなら顧問にでも何にでもなろう」

 

「ありがとうございます。ご期待に沿えるよう頑張りますので、茶柱先生も顧問としてよろしくお願いしますよ」

 

 

茶柱先生の担任とは思えないやる気のなさの裏には、Aクラスへの執着が隠れている。

以前星之宮先生から下剋上云々と指摘されていたこともあったが

Dクラスへの挑発的な態度がまさにそれを匂わせていて

オレたちにAクラスを目指せるだけの力量があるのかどうか試しているように思える。

当然その力量がないと判断すれば、非協力的になるが

この手の人間は可能性がある限りは尽力するタイプでもある。

だからAクラスへの道筋を示した後

『いつでも辞められる』という逃げ口まで用意すれば乗らないはずがない。

 

「では必要な申請はこちらでしておきますので、今度茶道部に顔を出してください」

 

「あぁ。だが、私は茶道に関しては何もできないからな。どんな条件を出されても和服に着替えてお茶を振る舞うことはしないぞ」

 

「先生はそこにいてくださるだけでいいですから。まさかコスプレさせて客寄せパンダのように扱うなんてことしないですよ」

 

「一瞬嫌な予感がしたんだが……杞憂だな、忘れてくれ」

 

よくわからない懸念をされたが、今のところ茶柱先生には顧問以外のものは求めていない。未来がどうなるかはわからないとはいえ、そんな出番はないだろう。

 

「早速ひよりたちに報告してやらなきゃな」

 

それにしても、茶柱先生のAクラスに対する想いをひよりは知らないはず。

オレの担任ということもあって説得しやすいと睨んでいたのか

オレなら何かしらの交渉材料を持っていると考えたのか

いづれにせよ、数少ないヒントの中から適任だと判断したことになる。

あの茶道(惨劇)を披露した人物と同じとは思えないな。

 

ひよりの聡明さに感心するとともに

いずれCクラスと対決するのであればDクラスは苦戦するかもしれないと

顧問が決まったことに喜ぶひよりの姿を眺めながら想像する。

 

現在のDクラスで対抗するなら……と本気で考えそうになって踏みとどまる。

何を熱くなっているんだか。あくまで茶柱先生との約束も形だけだ。

ただでさえ、生徒会で忙しいうえに、茶道部にも顔を出す必要が出てきた。

生徒会で将来やってみたい計画もある。

 

オレが本当にこの学校で成すべきことは——

お祝いにとお茶を点てようとするひよりたちを抑え込みながら

先の見えない未来を少し面白く感じていた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

綾小路清隆VS橘茜

1学期の期末テストが近づいてきた。

Dクラス内では須藤、池、山内の三バカをはじめ

学力に自信のない生徒の悲鳴が聞こえる。

 

前回の中間テストは過去問を3年生から購入する裏技で乗り切ったが

今回同じ手は通じないだろう。

例年問題が全て同じなのは『初回の中間テストまで』でなければ

テストの意味がなくなるからな。

思えば茶柱先生がテスト範囲の変更を教えなかったのは

オレたちをあえて窮地に落とし

抜け道がある可能性を示唆したということかもしれない。

 

今回も勉強会を実施するようで、放課後になると堀北が三バカを捕まえていた。

 

オレも生徒会へ向かうかというところで、平田から声を掛けられる。

平田も田と協力して勉強会を実施すると

朝礼で話していたからそのお誘いか?

平田たちと交流できる機会は貴重だが

テスト勉強は無意味だから断らせてもらおう。

 

「綾小路くん、生徒会に入ったんだってね」

 

「あぁ。雑用係だけどな……誰に聞いたんだ?」

 

想定外の質問だっただけに、情報源の確認は必須だ。

櫛 田あたりだろうか。いや、みーちゃんの可能性もあるか。

なぜかよく平田を見てるしな。

 

「昨日、部活前に南雲先輩に話しかけられて、綾小路くんについて聞かれたんだ」

 

あの金髪自称副会長か。また想定外だ。

平田の話だと、生徒会に入る前はサッカー部だったらしく

今でも時々顔を出すらしい。なるほど、生徒会室にいない日が多いわけだ。

 

「それでなんて答えたんだ?」

 

なぜ南雲がオレの探りを入れてきたかは置いておいて

クラス一の人気者で人格者の平田からどう思われているのか、少し興味があった。

 

「えーと、返答に困っちゃって………『特に目立ったところのないクラスメイトです』って答えたよ。」

 

「……そうか」

 

ちょっとショックだった。

いや、平田は事実を伝えただけだから何も悪くない。

 

「あっ、そういう困ったじゃなくて……南雲先輩、サッカーも上手くて普段は良い人なんだけど、時々良くない噂も聞くから、下手に綾小路くんのことを伝えない方がいいのかもしれないと思って」

 

オレが気落ちしていたのを察してか、慌てて補足する平田。

気配りの天才だな、疑って悪かったと反省する。

 

「良くない噂?」

 

「……うん。あくまで噂なんだけど、南雲先輩に逆らった人はみんな退学になってるって話があるんだ」

 

「穏やかじゃないな」

 

生徒会副会長って、他人の退学権も握ってるのか?

そんなはずはないと思うが、今度堀北兄に聞いてみるか。

 

「にわかには信じられないけどね。念のために綾小路くんに伝えておこうと思って」

 

「そうだったのか。わざわざすまないな」

 

「それにしても生徒会なんてすごいね。クラスメイトとして誇らしいよ」

 

それはそれは見事なスマイルで

イケメンの参考書があるなら間違いなく掲載されているだろう。

 

だが、目立ちすぎだ、平田。

周りのクラスメイトにも聞こえていたようで

「え、あんなのが生徒会に?」といった奇怪なものを見る視線が集まっている。

 

「人手不足で困っていたようだからな。誰でも良かったんだと思うぞ」

 

これ以上長居は無用だな。平田に別れを告げ、生徒会室へ逃げ込む。

こっちの部屋の方が落ち着く、なんて日が来るとは思わなかった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

明日からテスト期間のスケジュールで部活動は休み、生徒会も休みになる。

しばらく活動がない分、その前に必要な仕事を片付けなくてはならなかった。

それなりの量があり、終わった頃にはオレと橘書記だけになっていた。

 

「ところで綾小路くん、テスト勉強はしっかりしていますか」

 

帰り支度をしていると橘書記から話しかけてくる。

 

「ぼちぼちですね」

 

「仮にも生徒会の一員です。恥ずかしい点数をとってもらっては困りますよ」

 

「前回も平均点ぐらいだったので大丈夫かと思います」

 

「えぇっ!?」

 

橘書記のリアクションに何事だろうと、首をかしげる。

彼女のリアクション芸にはある程度慣れたが

そんなに驚かれる部分はあっただろうか。

 

「あなたには今日からテスト期間中、私と勉強してもらいます」

 

「……ん?」

 

「平均点付近なんて有り得ません。生徒会役員たるもの全教科最低90点は取ってもらいます」

 

「嘘だろ……」

 

90点以上を取ることはたやすい。

だが、前回の中間テスト、過去問ありで平均点ラインだった生徒が

いきなり全教科90点も取れるものだろうか。

ちょっと勉強頑張ったんだ、とかいうレベルでは済まない。

悪目立ちすることは間違いないだろう。

 

「不安な気持ちはわかります。でも大丈夫です。学力は学年で5本指に入る私が教えれば、90点ぐらい楽勝ですから」

 

「えっへん」と張り切る橘書記が、小動物のような愛らしい笑顔を向けてくる。

だが、こちらの懸念とはズレた心配なんだ、それ。

 

「あ、でも油断は禁物ですよ。いくら指導者が優秀でも本人にやる気がなければ結果はついてきませんから」

 

いつの間にか勉強することで話が進んでいるな。

考えようによっては

「先輩から勉強を教えてもらったから良い点が取れた」というのは

もっともらしい理由ではある。

 

さて、どうするか。

 

「あ、堀北生徒会長、お疲れ様です」

 

「えっ、会長!?お疲れ様です」

 

オレの挨拶に釣られて、慌てて振り返る橘書記。

もちろん嘘だ。

そもそもそっち側にドアはないため、本当にいたらホラーだろう。

いや、堀北兄なら……さすがにないか。

だが、橘書記にしてみれば

『今日は別件対応で顔を出さない』と聞いていたから、さぞ驚いたはず。

その一瞬の隙に残りの荷物をまとめ、生徒会室から脱出した。

 

目立つ云々の前に、テストで高得点を取ってしまうと

今後クラスの勉強会で教師役を任されるなど面倒事に巻き込まれる可能性が高い。

ここは逃げの一手に限る。

 

「待ちなさーい!」

 

遠くからそんな声が聞こえたが、気づかないふりだ。

 

「こらー、綾小路くーん。今ならまだ許してあげますからー!」

 

振り向いたら負けだ。オレは勉強せずに平均点を取るんだ。

うん、これ、かなり情けない発言だな……

ともかく橘書記を振り切ることには成功した。

 

これで、こちらのやる気のなさが伝わっただろう。

自分の勉強も必要な時期、面倒な1年など放っておくはずだ。

お互い無駄なことに時間を費やす必要はないからな。

 

さて、予期せぬ形で時間ができてしまったが、これからどうするか。

そういえば、この前ひよりからオススメされた本がいくつかあったな。

せっかくだし図書館にでも行ってみるか。

 

そうして図書館で目当ての本を探していると

入口付近に見慣れたお団子頭が現れる。

 

「マジか……」

 

こちらを追ってきたのかと思ったが、テスト前だ。

図書館で勉強する生徒は多い。

運悪くバッティングしてしまったのだろう。

 

席を探しているのかキョロキョロしている橘書記に見つからないよう

棚の死角に隠れてやりすごし図書館を後にする。

 

少し驚いたが、これで橘書記の居場所が確定した。

もうどこに行っても安全だ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

先ほどの緊張感からか、のどが渇いたのでケヤキモールのカフェに行くことにした。

ここでも勉強目的の生徒が増えたのか、少し混み合っており、列に並ぶことに。

渡されたメニューに一通り目を通し、なんとなく外を眺めた時だった。

 

た、橘書記がこちらにやってくるのが見えた。

 

「なん……だと……」

 

急いで店を出る。

今日はエクストラホイップに、ショットの追加、ソース変更などを

試してみたかったのに……残念だ。

 

それにしても明らかにこちらの動きを読んで追ってきているな。

何かしら対策をしないと、この追いかけっこは続くだろう。

橘書記がこちらを追跡できる理由をいくつか考えてみるか。

 

①オレの思考パターンを読み切っている頭脳明晰っ子説

②いつの間にか仕込んだ発信機で動きを把握しているストーカー説

③街中の監視カメラをハッキングできる凄腕ハッカー説

④オレたちが赤い糸で結ばれている運命の相手説……はないな

 

くだらないアイディアしかでなくなったところで冷静に分析する。

 

以前佐倉を助けた際に利用したように

学校から支給された携帯端末には

『連絡先を交換した相手の位置情報がわかる』なんていう

プライバシーへの配慮が一切ない恐ろしい追跡機能が標準設定されていた。

だが、そんな機能があると周知されて以来、ほぼすべての生徒が追跡オフにしている。

オレもオフにしているので、その線は恐らくないだろう。

 

しかし、携帯にそんな機能がついていることを知らなかったように

特定の人物の居場所を把握できる、未知の方法があってもおかしくない。

そこはこの学校での生活が長い上級生の特権ということか。

上級生を相手にすることのディスアドバンテージはこういう情報差にある。

 

今の手持ちの情報だけでは正解へはたどり着けない。

未知への対策はどれだけ想像力を働かせられるかどうかだ。

つまり赤い糸説以外を想定し、動かなくてはならなくなる。

 

安全と思われるのは

 

普段行かないところで

電波の届かない

監視カメラのない場所

 

……ないな。

 

ひとまず発信機の類がないかチェックしたのち

念のため携帯の電源を切っておいた。

 

一通り思案してみたが、監視カメラを掻い潜るのがなかなか難しい。

カラオケや銭湯の男湯など、個室や女性禁制でカメラのない場所はあっても

そう言った場所には道中より多くの監視カメラが設置されている。

 

 

こうなると大人しく寮に戻るしかないだろう。

そう思って夕飯をコンビニで購入し帰路についたのだが

なぜか寮の前に橘書記がいる。

 

「嘘だろ……」

 

完全に先回りされた。

向こうに気づかれる前にそっと踵を返す。

 

夕飯を買ってしまったので

寮から少し離れた海沿いの道にあるベンチで食べることにした。

以前、田がストレス発散でフェンスを遠慮なく蹴り飛ばしていたように

ここなら監視カメラはない。田の情報様様だ。

 

「それにしても中々諦めないな」

 

なぜ、こんなに追いかけてくるのか理解できない。

そんなことを考えながら、袋からメロンパンを取り出して口に運ぶ。

程よく口に甘さが広がったところでパサパサになった口に

コンビニで入れたアイスコーヒーを流し込む。

抹茶もいいが、動いた後にはこれだなと

ひと息ついたところで後ろに気配を感じる。

 

「まさか」と思って振り向くと草むらからひょこっと橘書記が顔を出す。

さながらプレーリードッグのようだ。

立ち上がって逃げようにも、鞄はベンチの上で、手にはメロンパンとコーヒー。

コイツらを置いていくのは忍びない。

 

「ハァハァ……やっと捕まえましたよ、綾小路くん」

 

出来る限り対策をしたのだが、どうしてここがわかったのか。

 

「どうしてここがわかったのか?って顔をしてますね」

 

ふふん、とドヤ顔をする橘書記。

汗だくでヘトヘトでなければ少しは様になっていたかもしれない。

 

「私と勉強会を真面目に取り組むと約束するなら教えてあげます」

 

上手いな、こちらの探究心を突いての交渉か。

伊達に堀北兄と共に居るわけではないようだ。

 

ここまで追ってきたことへの敬意を込めて、ここは折れるとしよう。

 

「わかりました。先輩と勉強して90点以上目指します」

 

「もぉ、はじめから素直にそう言ってくれればよかったんです」

 

そういって種明かしをはじめる。

 

「まず、図書館とカフェですが……これを使いました」

 

見せてきたのは、オレも一度は可能性に入れた位置情報サービス画面。

 

「でもオレは位置情報の追跡をオフにしていますよ」

 

「ふふふ、実は生徒会役員に限り、特定の条件でオフ状態の相手でも位置を確認できるんです」

 

「それって色々マズいんじゃないですか?」

 

「本来、生徒がトラブルに巻き込まれたときなど緊急時に使用するものです。信頼のおける生徒会役員だからこその特例とも言えますが、使用には生徒会長からの許可がいりますし、使用履歴も残ります。悪いことには使えません」

 

と言いながら堀北兄とのチャット画面を見せてくる。

 

『会長、綾小路くんの位置を追跡していいですか』

 

『構わない』

 

と、ゆるい確認と雑に許可が降りていたことを証明する。

私用でオレを追うのは悪いことではないのかなど

色々ツッコミたいことはあったのだが、

個人的にはその文の前のチャットでの

 

『今日は堀北君がいなくて寂しいけど、頑張るね』

 

『あぁ。だが、無理はするな』

 

という、やりとりも見えてしまい、ちょっとドキッとした。

二人の時は、堀北君って呼んでるのか……

 

「なるほど。ですが電源を切った状態ではさすがに追跡は無理ですよね?」

 

カフェで橘書記を撒いた後に携帯の電源は切っている。

追跡アプリが使えない中で、学生寮に先回りできたのは——

 

「位置が表示されなくなって、電源を切ったことがわかりましたからね。こちらが取った手段に気づいたのなら、もう寮に帰るぐらいしか選択肢がないと思ったんです」

 

「……お見事です。ですが、寮に着く前に先輩気づいたので、見つからないようにここに来たつもりでした」

 

正直ここまでは想定したパターンに入っていた。

だが、ここを見つけた方法だけはわからない。

 

「単純な話です。寮で張り込むまでに待ちゆく人にお願いをしておきました。こんな生徒を見かけたら教えて欲しいと」

 

オレの写真を見せながら、情報提供をお願いして回る。

聞いてしまえば単純な方法だが

赤の他人からそんなことを頼まれても

真面目に協力してくれるとは思えない。

 

「親切な人がいたもんですね」

 

「えぇ、とてもいい人たちですよ」

 

「ん?知り合いだったんですか?」

 

「ええ。生徒会に入って2年間、多くの方々と交流の機会がありました。おかげで今でも街の皆さんとは仲良しです」

 

生徒会の課外活動のことはまだ知らない。

だが、オレの勉強を見るためだけに、ここまで一生懸命追ってくるくらいだ。

困っている人を全力で助けようと活動してきたことは想像に難くない。

そうした積み重ねで、街の人たちからも好かれているのだろう。

それこそ橘書記が困っていたら喜んで力を貸してくれるほどに。

 

「ちなみに何人ぐらいに声をかけたんですか」

 

「50人くらいですね。今回綾小路くんを見つけてくれたのは北川さんという方で、普段はケヤキモールのレストランで働いてらっしゃる方です」

 

ちょっとした好奇心で聞いてみたのだが

予想以上の大人数で捜索されていたことがわかる。

オレには真似ができない人海戦術だ。

 

「正直、見直しました。橘『先輩』」

 

「ええ、そうでしょう。そうでしょう。やっとわかってくれたようですね」

 

いつも堀北兄の隣にいるリアクション担当の書記、ぐらいの認識だったのだが

ちょっとチョロそうなところはあれど、今回のことで尊敬できる部分も見られた。

 

「では早速勉強を、と言いたいところですが、さすがに今日は疲れました。勉強会は明日からにしましょう」

 

と、その時。

ぐぅー、とお腹が鳴り赤面する橘。

 

「えっと、食べますか?」

 

デザートに買っておいたシュークリームを差し出す。

 

「わぁ」と目を輝かせる橘。

が、すぐに「こほん」と咳込み、平静を装う。

 

「まぁ、もとはと言えば、あなたのせいでこんなことになってるわけですし、当然の対価として頂いておきます」

 

と何とも素直でないことを述べながら受け取る橘。

 

「失礼します」と隣に座り、シュークリームにかぶりつく。

かぶりつくとは言っても一口は小さくずっともぐもぐしている。

ハムスターとかリスとかその辺りの小動物に例えたい。

 

妙な放課後になってしまったが、たまにはこういう日があってもいいかもしれない。

シュークリームを齧る橘を横目に、メロンパンを食べながらそう振り返った。

 

 




原作での期末テストの時期がわからない問題。
須藤の赤点が中間テスト、その後暴力事件、3巻頭には中間、期末を乗り切ったと記載があるため、おそらく暴力事件後~クルージング出発までの空白期間でやっているはず!という予測のもとに執筆しています。間違っていたらすみません。

ちなみに田の裏の顔を見てしまう現場は、原作では屋上への途中(?)で、外のフェンスを蹴っ飛ばしていたのはアニメの方になります。基本原作準拠ですが、アニメ要素もいいとこどりできればと。さすがに学校内だと誰かに発見されても文句は言えないと思います、田さん……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ただの暇つぶし

昨日の逃亡劇の結果、数の暴力に屈したオレは橘勉強会に参加することとなった。

 

「まずは、基礎学力のチェックですね。確認テストを用意したので解いてみてください」

 

昨日の今日でテストまで作ってきてくれるとは。

だが、どうしたものか。

ここで満点を取ってしまえば、始まらずして勉強会終了かもしれない。

そんなことになれば、あんなに一生懸命勉強会を開こうとしてくれ

テストまで作ってきてくれた橘に申し訳ない気がする。

 

ここは先輩の顔を立てるとしよう。

簡単な問題はちゃんと解答し

難しそうな問題をさも悩んで解けなかった風を装って誤答しておく。

入試で全教科50点を取った後の茶柱先生から受けた指摘が活きたな。

これならバレないだろう。

 

「ふむふむ。基礎はしっかりできているので、あとは応用問題の対策をすればいけそうですね」

 

どうやらうまくいったようだ。

入試の時もここまで工夫していればあんなことにはならなかったのか。

普通を装うのも楽ではないな。

 

一通りオレの学力の現状を確認したところで、橘勉強会の日々が始まった。

 

「では、数学のこの問題から解説していきますよ」

 

「あー、惜しいですね。ここはこの公式に当てはめて——」

 

「え~と、ここは何でいえば伝わるか、あ、そうだ。例えば——」

 

「うんうん、だいぶわかってきましたね。やればできるじゃないですか」

 

「綾小路くんっ!ついにここまできましたね。おめでとう。今回のテスト範囲ならもうバッチリなはずですよ」

 

こうして勉強会はテスト前日まで続いた。

橘の教え方はなかなか上手く、それに合わせて問題を解いていく。

間違った部分をできるだけわかりやすく伝えてくれて

上手く解けたら自分のことのように喜んでくれた。

 

オレは物心つく前からあらゆる教育、実技、テストを受けてきた。

結果が全ての世界で、ただひたすらに能力の向上を目指し過ごしてきた日々。

こんな風に人から物を教わることなどなかった。

 

最初は逃げ出したが、

今は勉強会が終わってしまうことをほんの少しだけ名残惜しくも感じる。

 

「綾小路くんは飲み込みが早くて教え甲斐がありました。教える私も楽しかったですよ。あとは自信をもってテストを受けるだけです」

 

勉強会の締めくくりに、そういってエールを贈ってくれる橘。

 

「あの、橘先輩、ひとつ質問してもいいですか?」

 

「何かわからない問題がありましたか?」

 

「いえ、テストとは関係ないんですが、なぜこんなに面倒をみてくれたのかなと気になって」

 

最初は生徒会のメンツのため、もしくは優秀さをアピールして

マウントを取りたいのかと思ったのだが……

ここ数日一緒に過ごしてみて、そうではないことはわかった。

 

「大事な後輩の面倒をみることに理由がいるんですか?」

 

当然のことをしたまでだと、なんでもないことのように答える。

 

「ですが、強いて言うのであれば、会長が認めた綾小路くんにちゃんとした実力があることを証明したかった……のかもしれません」

 

先日生徒会メンバーに紹介された時のことを思い出す。

Dクラスということもあり、周りからは懐疑的な目を向けられていた。

あの時、助け舟を出してくれたのも橘だったな。

 

「その方が綾小路くんも仕事をしやすいと思いますし」

 

堀北兄の正当性の証明とオレの生徒会での立場の確立。

そこまで考えていたということ。

橘が相手のことを真剣に想える人間だからこそ、堀北兄も身近に置いているのだろう。

 

「ありがとうございます。確かに実力の数値化という面ではテストほどわかりやすいものはないですしね」

 

「そうですよ。あなたには会長も……私も期待してるんですからね。このお礼は結果で返してください」

 

「もちろんです」

 

と、その時、生徒会室の扉が開いて、金髪副会長が入ってきた。

 

「お疲れ様でーす、橘先輩……と綾小路もいたか」

 

「南雲くん、何か用事ですか?」

 

テスト期間中は生徒会活動も休みになっているため

用がなければ生徒会室に来ることもない。

 

「いえ、ただの暇つぶしっスよ。俺はテスト勉強はしなくても余裕ですしね」

 

明らかにこちらが勉強していた形跡を確認してから嫌味を加えてきた。

 

「綾小路は勉強かー、感心だな。下手な点数取ったら推薦した堀北先輩の顔に泥を塗るからからな、当然といや当然か」

 

「ええ。迷惑をおかけしないようにするだけでも精一杯ですね」

 

「綾小路くんはとても頑張りました。期末テストでは間違いなく良い結果を残します」

 

適当に流してやり過ごそうとしたら、なぜか橘が張り合い始めた。

 

「へぇ~。じゃぁ橘先輩、賭けをしましょうよ」

 

「賭け……ですか?」

 

「今度の期末テスト、俺と綾小路、どちらが総合点で勝つか予想するってのはどうっスか?」

 

「私は賭け事はしませんから」

 

妙な流れになってきたが、橘は断ってくれるようだ。

さすが先輩、頼もしい。

 

「やだなぁ、ちょっとした遊びじゃないっスか。橘先輩にリスクはないようにしますんで。先輩が勝ったら20万ポイント差し上げます。負けた場合は、堀北先輩との勝負の口利きをしてくれるって感じで、どうっスか?」

 

「こちらの都合で勝手に生徒会長を巻き込めません」

 

「あれー、橘先輩は俺と堀北先輩が戦ったらマズイと思ってるってことっスかね?」

 

「そんな事はありません。誰が相手でも生徒会長は負けませんから。それは南雲君も例外じゃありませんよ」

 

「ならいいじゃないっスか。堀北先輩に相手をしてもらえない可哀想な後輩にチャンスをあげると思ってお願いしますよ」

 

煽ってからの低姿勢の嘆願。

話術とも呼べない単純な策だが

堀北兄の実力を引き合いに出されると橘も易々と引き下がれない。

 

「……わかりました。そこまで言うんでしたら、受けてたちます。もちろん、綾小路くんが勝つ方に賭けますよ」

 

「さすが橘先輩、話がわかる。おい、綾小路。お前も少しはやる気が出るように、万が一お前が勝ったら5万ポイントやるよ」

 

「勝負になりますかね?」

 

「精々一夜漬けでもして、少しは楽しませてくれよ」

 

こちらの言葉の意味が正しく伝わるはずもなくそんな捨て台詞を吐いて出て行く副会長。

はじめからこの勝負を持ちかけるためにやってきたな。

橘の勉強会を知り、上手く利用しようと画策したわけだ。

 

「はぁー、南雲君っていつもあぁなんですから。巻き込んでしまいすみません」

 

副会長が出ていくのを見送ってから大きなため息をつく橘。

 

「先輩が謝る事ではないですよ。それに先輩が勉強を教えてくれたんです、負けません」

 

「さっきは強気に出ましたが、実際南雲君は学年で常に1~3位に入る学力の持ち主です。厳しい戦いになると思います」

 

「なるほど……」

 

かなり大人気ない勝負を吹っかけてきたものだ。

どっちが勝つかなどと選択肢があるようでオレを選ぶしかないことや

わざわざテスト前日にやってきたことからも副会長のいやらしい性格が見える。

ただ、オレ相手には無駄なこととしか思えないのでどうでも良いのだが。

 

「負けても綾小路君のせいではないですから、気負わずに臨んでくださいね」

 

「ええ。ベストを尽くします」

 

元々平均点付近を狙う予定が

橘の計らいで90点を目指すことになり

副会長のせいで点数勝負にまでなってしまった。

先ほどまでは橘の顔を立てるために90点前後で結果を調整しようと考えていたが

勝負となればそうもいかなくなる。

 

問題は、副会長が何点取れるのかの情報がないことだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

ということで、5教科全科目で100点を取っておいた。

多少目立つだろうが、万が一にも負けるわけにはいかないからな。

 

南雲は490点だったようで、勝ちを確信して生徒会室へやってきたときのドヤ顔が

こちらの500点を見るや否や、見る見るうちに苦々しい顔に変わっていった。

 

なにやら負け惜しみを言いながらも

きちんとポイントは振込んで

「覚えてろよ」といった感じの捨て台詞と共に立ち去る。

覚えてろと言われても興味がなかったので既に色々と覚えていない。

これで懲りてくれれば良かったのだが……そうもいかないのがこの男。

これから先、オレは堀北兄の苦労を少しだけ理解することになる。

 

 

橘はというと、500点の答案用紙を見せたところ

泣いて喜び、ぴょんぴょん跳んだかと思えば

こちらの手をとって上下にブンブンブンと振り回す。

他人のことでここまで喜べるものなのか……

いや賭けに勝つことがわかって嬉しいのか。20万ポイントはデカいからな。

 

「おめでとう、綾小路くん。本当に、本当によかったです」

 

「ありがとうございます。でも、全部先輩が勉強を見てくれた結果です」

 

南雲との賭けが決まってからの橘は、かなり不安そうだった。

自分のせいで生徒会長に迷惑をかけてしまうかもしれない。

そんな苦悩が目に見えて分かったからこそ、500点を取ることにした。

 

オレのためにしたことで橘が苦しむのはおかしいからな。

例え勉強会が茶番だったとしても不義理ではいたくない。

 

橘の興奮が落ち着いてきたところで

生徒会室のドアが開き南雲がやってきて先ほどの流れがあった。

 

すぐさま書記モードの橘に切り替わり

オレの結果を表情に出していなかったからこそ

いやむしろ涙の跡が少し残っていた様子を確認したことで

南雲の勘違いが助長したのかもしれない。

 

南雲が去ってからしばらくして堀北兄がやってくる。

 

「聞いたぞ、綾小路。500点満点取ったそうだな」

 

「あぁ。橘先輩のおかげだ」

 

「フッ、そうか。橘、よくやった」

 

「いえ。当然のことをしたまでです。それに最終的に頑張ったのは他でもない綾小路くんですから」

 

いつになく穏やかな表情の堀北兄に褒められて顔を赤くする橘。

どこからオレの点数を聞いてきたのか、なんて野暮なツッコミはできないな。

 

「そうだな。入試の点数の2倍も取ったんだ、やる気になったようで安心した」

 

ちょっとした嫌味を混ぜてくる堀北兄。

恐らく今回の勉強会が茶番であったことを理解している。

それでも橘を自由にさせていたということは

勉強以外で価値のある機会だと考えたからだ。

そしてそれは見事に的中している。

隠しておこうとしていた実力の一端を披露することになってしまったのに

この幸せそうな橘を見て、まぁ良かったかと思っている自分がいるからだ。

 

クラス順位やメンツ、賭けの結果などはどうでもいいが

先輩から勉強を教わるというのはいかにも学生生活らしかったし

こんなに喜んでくれるなら悪い気はしない。

 

「でも調子に乗ってはダメですよ。今回はどうにかなりましたが、次も大丈夫とは限りません。これからもテスト前は勉強会しますからね」

 

そんな橘の発言を聞いても、もう逃げようとは思わないのだから。

 

 

 

 

ちなみにこの後、打ち上げということで堀北兄と橘と焼肉に行った。

初めて焼肉をしたが、なかなか面白いな。

肉が焼き上るまでの狙った肉の攻防戦。

早すぎると生焼けだが、後れを取ると奪われる。

タンやカルビあたりを焼いているときは、堀北兄に獲られ続けるばかりだったが

ロースやホルモンぐらいからはいい勝負になったと思う。

 

会計は橘が例の20万ポイントから出してくれた。

人の金で食う焼肉はうまいという言葉があるらしいがこういうことか。

ポイントに困ったらこの手は使えるかもしれないな。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

坂柳プレゼンツ~一番キレイに夕日が差し込む場所~

「綾小路くん、あなた煙臭いわよ」

 

テスト返却の翌日。相変わらず朝の一言目から棘がある堀北妹。

テスト結果が発表された時に、こちらを睨みつけていたからな……

しばらく小言は続くかもしれない。姑にはしたくないタイプだ。

 

「昨日焼肉に行ったからな、こんなに臭いがつくとは思わなかった」

 

確かにあの煙の中、食事をしていれば臭いもつくか。

ここまで残ると知っていたら帰ってから洗濯したのだが……

次回があれば消臭剤を買っておこう。

 

返事がないので堀北を見ると先程までとは一転

可哀想なものを見る目でオレを見つめている。

 

「いくら満点取って嬉しかったからって、ひとりで焼肉は……ちょっと哀しいわね」

 

「おい!生徒会長と橘先輩も一緒だ」

 

「っ!?……綾小路くん、次から私にも声を掛けなさい」

 

「あー、悪かった。今度は堀北も一緒にいいか聞いてみる」

 

確かに兄貴を追いかけてこの学校までやってきたんだ。

少しでも交流する機会は欲しいよな。

堀北のご機嫌を回復させるために一肌脱ぐのもやぶさかではない。

 

「そうじゃないわ。兄さんと一緒に焼肉なんて許してもらえないもの。こっそりついて行って、お肉を焼く兄さんを別席から見守るの」

 

その場合、お前はさっき自分で哀しいとか言っていた一人焼肉をやることになるぞ。

 

「そうだな、ほどほどにな」

 

喉まで出かかったツッコミを呑み込み、話を打ち切る。

これ以上この話を続けるのは危険だと判断した。

堀北は限度を知らないらしい。その深淵を覗く気にはなれない。

だが、案外同席をお願いしたらみんなで仲良く肉を焼けるのではないだろうか。

いや、焼肉は争奪戦だから仲良くは語弊があるか。

焼けた肉を奪い合う堀北兄妹……見てみたい気もする。

 

「それにしても自称『事なかれ主義』の人はどこにいってしまったのかしらね」

 

「オレは今でも主義を変えたつもりはないんだが、文句があるなら生徒会に入れた会長に言って欲しい」

 

「それもそうね。綾小路くんを入れるなんて何かの間違いだと思っていたのだけど、流石兄さんだわ。人を見る目も一流ね」

 

こいつ無敵か!?本人の前でもその調子でいてくれればいいものを……

 

「とにかく、これであなたの実力は証明された。正直、気に入らないけど、貴重な戦力としてDクラスのために馬車馬の如く働いてもらうから覚悟しておきなさい」

 

「橘先輩の教え方が良かっただけで、今回は自分でも出来すぎたと思っている。あまり期待はしないでくれ」

 

「何か言ったかしら?」

 

堀北の手にはあのコンパス、その針が輝いている。

心なしか普通より尖ってないか?研いだのか?

学力で敵わないとみるや武力に切り替える堀北に戦慄していると

茶柱先生が教室に入ってきて、ホームルームの時間となる。

 

隣から「次は負けないから」とつぶやきがかすかに聞こえてきた。

相当ご立腹のようだが、戦意喪失しないことは良いことだ。

これからの堀北の成長にも期待できる。

ただ、すぐコンパスを手にする癖だけは改めて欲しい。

 

 

ホームルームの時間は月末から出発する豪華クルージングの班決めをした。

4人1部屋の割り振りのため、須藤、池、山内と同じ班になるだろうと油断していたら

向こうであっさり4人組を決めてしまい定員オーバー。

あの3人、縦に席が並んでるから相談しやすいのか、オレを放って話を決めてしまった。

 

このままじゃマズいと焦ったが、殊の外、すんなりと4人組ができた。

……オレ、平田、幸村、高円寺の不思議なグループではあるが。

 

まず、学力トップ集団のひとり幸村から組まないかと声をかけられた。

断る理由もなく歓迎したが、幸村も仲のいいクラスメイトはいないたため

2人組のままとなる。そこで登場したのが平田だ。

誰も組みたがらなかった高円寺と組んだ救世主平田マンとの合流に成功し

4人組が完成した、という経緯。

 

このように期末テストでオール満点を出したことは

クラス内での立ち位置にいくつかの変化をもたらしたようだった。

 

例えば、池や山内——これまで比較的仲良くしていた2人から距離を置かれた。

堀北曰く、オレのことを同じ底辺仲間だと思っていたら

勉強ができて騙された気持ちになったのだろうということらしい。

たかが勉強くらいでと思ったが

平均点が底上げされたことにより赤点ラインが上がった結果

須藤含む3人とも赤点ギリギリだったからな。

かなり肝を冷やしたことだろう。死活問題なら仕方ない。

 

逆に幸村のように勉強のできる生徒からは話しかけられるようになった。

友達作りの秘訣は学力だったのか、初手で選択肢を誤っていたらしい。

 

おまけとしては、茶柱先生が上機嫌だ。

発表された各クラスの平均点では、今回Cクラスを抜いて3位という結果だった。

茶道部の顧問になる条件でもあったことから

オレが『Aクラスに上がるために本気を出した』と誤解している。

せっかくなので誤解は解かず

そろそろ出るであろう夏のボーナスで茶道部に高級茶葉でも買ってもらおう。

あ、オレ用に茶碗も欲しいな。

 

そんなこんなで「なぜこいつが生徒会に?」みたいな空気はすっかりなくなっていた。

特に気にしてはいなかったが、疑われているよりはマシだろう、橘様様だ。

 

正直、もっと注目されることも覚悟していたが

夏休みが目前で、豪華クルージングも待っている。

クラスのテンションは過去最高に上がっており

人の点数などそこまで気にならない様子。

というより、テストの事なんて早く忘れたい生徒が大半なのだろう。

そういう意味ではタイミングがよかったな。

 

だが、果たしてどれだけの生徒がこのクルージングが

ただの旅行ではないと考えているのだろうか。

試験次第ではオレが本気を出してもどうにもならない場合もある。

クラスの強化は今後の課題だな。

 

「……綾小路くん、旅行のしおりに付箋まで貼って、よほど楽しみなのね」

 

「見ろ堀北、客船内にはプールに劇場にバーまであるぞ」

 

「興味ないわね」

 

そんなことを思いつつ、一番テンションが上がっているのはオレだったかもしれない。

 

 

 

昼休み。ここ最近は手早く食事を済ませて、図書館でひよりと話をする事が増えた。

個人のテスト結果は他クラスには共有されないため

あれこれ聞かれないのは非常にありがたい。

 

ひよりと話すのは、

最近面白かった本の話や今度入荷する本の話、これまで一番感動した本の話

……これはテスト結果が共有されていても本の話題だけだったろうな。

 

「ところで、もうすぐクルージングだな」

 

せっかくなのでこちらから話題を振ってみる。

 

「そうですね。2週間もありますから、どの本を持っていくか悩みますね」

 

実にひよりらしい返事だ。

客船内に図書室でもあれば話も違ったろうが

クルージング中、部屋から出てこない可能性もあるな。

 

「さすがに冗談ですよ、半分は」

 

「安心した。せっかくのクルーズだ。たまには普段できないことをするのもいいんじゃないか」

 

「そうですね。でも、どこまで自由時間があるかは疑ってかかるべきだと思います」

 

「ひよりもそう思うか」

 

どうやら学校側から何かしらのアクションがあると疑っているようだ。

Dクラスの面々にも見習ってほしい。

 

「豪華客船では事件が起こるのがお約束ですからね」

 

違った、これはただのミステリー小説の読みすぎだ。

クルーズ中の殺人事件を期待するのはやめて欲しい。

……山内あたりが

「殺人鬼と一緒にいるのはごめんだ、オレは部屋に戻らせてもらうぜ」

とか言い出しそうだな。うーん、溢れるB級感。

 

「こっちも冗談ですよ?」

 

「安心した。ひよりも冗談を言うんだな」

 

「すみません、清隆くんは妙なところで素直なので、ついからかってしまいました」

 

よほど面白かったのか、ニコニコしているひより。

オレは素直なのだろうか。自分ではわからない。

 

「実際のところ、この学校が2週間もただの旅行に連れ出すとは思えません。それこそ『普段できないこと』をするのかもしれませんね」

 

そうそうそれだ、ひより。最初からその考察が欲しかった。

 

「流石はひよりだな。実のところDクラスはあまり危機感がなくて、オレの考えすぎかと心配になっていた」

 

「Cクラスも似たようなものですよ。皆さん、旅行中に何をして遊ぶかで盛り上がっていらしたので」

 

この話を100%鵜呑みにするわけにはいかないが、少なくともCクラスが一致団結してクルージングに向けて対策を考案している様子ではなさそうだ。

 

「まぁ本当に考えすぎの線もあるからな。その時はお互い思いっきり羽を伸ばそう」

 

「フフ、そうですね」

 

昼休みも残り僅か、借りたい本があるというひよりと図書館で分かれ

教室に戻ることにした。

 

「ちょっといい?」

 

教室への廊下の途中で女子——Aクラスの神室真澄と思われる生徒に声を掛けられた。

 

「……何か用か?」

 

「放課後でいいんだけど少し付き合ってもらえる?」

 

「どうしてオレが?」

 

「少し話があるから。5時になったら玄関に来て」

 

もしかして告白的なものか?

入学当初とは違い、生徒会やテストで絶賛活躍中だからな。

おかしくは……おかしいな。

初対面の神室は、オレが生徒会役員であることもテストの点も知らないはず。

 

「話があるならここで——」

 

と、こちらが問い詰める前に、神室は立ち去って行った。

 

 

 

 

 

「——ということがあったんですが、生徒会の仕事もありますし、スルーしようと思います」

 

放課後、生徒会室で堀北兄と橘、桐山に昼間の件を話していた。

明らかに怪しかったからな。

あとで文句を言われても生徒会で忙しくて顔を出せなかった、でやりすごそう。

時計はすでに4時55分を指している。

 

「ダメですっ!女の子が勇気を出して声を掛けてきてくれたんですよ。綾小路くん、行くべきです」

 

橘はオレの判断に反対のようだ。どう考えても行くのはリスクだと思うんだがな……

 

「綾小路、こんな時ぐらい仕事は代わってやる。だがな、女に現を抜かして生徒会業務へ影響が出たら許さないからな」

 

硬派な桐山なら止めてくれると思ったんだが、気持ちよく送り出してくれようとする。

 

「聞いたところによると南雲に一矢報いてくれたんだろ、その礼だ」

 

自分でもおかしな発言だと思ったのか、理由を補足してくる桐山。

南雲とはあまり仲が良くないようだ。

現Aクラスと元Aクラスという関係だからな、ライバルのようなものなのかもしれない。

ただ「それならお言葉に甘えて」とは言いづらい理由だ。

それにあの勝負結果なら『一矢報いた』という表現は正しくないのではないか。

100本ぐらい矢は刺さったと思う。

 

「綾小路、一つの経験と思って行ってみたらどうだ?」

 

何かの罠でもお前なら大丈夫だろ?とでも言いたげな堀北兄。

少し面白がってないか、口元が緩んでいるぞ。

 

3人の内の誰かから「確かに生徒会の仕事があるから無理だな」という言質を

念のために取っておこうと話したのだが、完全に裏目に出たな。

 

少し遅れるが玄関に向かうしかない。

 

 

 

5時10分、少し遅れたが神室はまだ玄関にいた。

 

「……アンタいい度胸ね」

 

無駄だ神室。日頃、堀北妹の睨みを受け続けているからな。

その程度のガンの飛ばし方では心は動かない。

 

「まぁいい、ついてきて」

 

どんな要件にしろ、玄関で立ち話はないか。遅れた手前、黙ってついて行く。

少し早足で向かった先は、特別棟の3階だった。

 

「それで一体——」

 

話を聞きだそうと切り出したところで、ここで待つよう言い廊下の奥へ歩き出した。

 

「連れてきたわよ、もう帰っていい?」

 

「ええ、大丈夫ですよ。ありがとうございました、真澄さん。またよろしくお願いしますね」

 

神室は頷くと奥の階段を降りたのだろう、姿が見えなくなった。

代わりに出てきたのは、神室と同じAクラスの坂柳有栖だ。

片手に杖をつきながらゆっくりとこちらへと近づいてくる。

 

呼び出した手前、何か声を掛けてくると思ったのだが、微笑むばかりで何も話さない。

目の前に来るまでじっと見つめ合う形となる。

夕暮れの校舎……いい感じに夕日が差し込み

ロマンチックな空間が演出されて——いただろうな、10分前ぐらいなら。

オレが遅刻したことで、日はだいぶ沈んでしまっていた。

まぁ坂柳もそんなことを狙っていたわけではないだろうし、別に問題ないか。

 

「Dクラスの平均点が突然上がったので不思議に思って調べてみたんですが、なんでも全教科100点を取った生徒がいたらしいですね、綾小路清隆くん」

 

やっと口を開いたと思えば、テストの事か。

 

「あー、悪い。1つチャットを送ってもいいか。待たせている人がいるんだ」

 

「どうぞ」

 

嫌な顔をせず笑顔を向けてきた坂柳。

 

『告白じゃないっぽいです』

 

例の3人のグループにチャットを送った。

そうしないと見守るとか言って後をつけてくる気満々だったからな。

グループ名を『綾小路くんの愛ノ恋路を応援する会』にしたのは誰だ、橘しかいないな。

 

『えー、そうなんですか、残念です』

『これで仕事に身が入るな』

『ドンマイ』

 

すぐ既読がついて、返信がきた。

誰のせいでこんな訳のわからないことになっていると思っているのか……

こんなグループ、即解散だ。

 

「待たせたな、それで何の用なんだ」

 

「あなたのテスト結果を知って思い出したんです。その時の衝撃を共有したいと思いつい呼び出してしまいました。まるで告白の前置きみたいですよね」

 

「……何のことだかさっぱりだ」

 

橘たちが煽るから『告白』のワードを聞いて、あれ?やっぱり告白だったか?なんてノイズが一瞬走ってしまう。

もう何でもいいから要件が知りたい。

 

「お久しぶりです綾小路くん。8年と166日の4時間10分ぶりですね」

 

分刻みで時間を言ってくるあたり、遅刻のことを根に持ってないか?

これが巌流島の決闘であればこちらの勝ちだったな。

どちらにせよ、8年と166日の4時間10分前

オレはホワイトルームでチェスのプログラムをこなしていた。

坂柳と会うことなど不可能だ。

 

「すまないが坂柳とは初対面だろ」

 

「私のことをご存じなのですか、一方的に知っていると思っていたので嬉しいですね」

 

オレが知っているのは生徒会にあったデータだけで

坂柳本人に会うのは間違いなく初めてのはず。

会話が絶妙に噛み合わないもどかしさ。何かを勿体ぶっている。

 

「悪いが用がないならこれで失礼する」

 

そういって立ち去ることを決める。

 

「ホワイトルーム」

 

突然出てきた言葉に耳を疑う。

立ち止まり、坂柳を振り返る。

 

「驚かれるのも無理はありません。あなたは私を知らないし、私も二度と会えないと思っていましたから。このような場所でお会いできるなんて、不思議な縁なのでしょうね」

 

どうやら、こちら側の関係者のようだな。

ホワイトルームにいた頃のオレを見る方法は限られている。

なら下手に隠し立てしても無駄だろう。

 

「安心してください。あなたのことは誰にも言うつもりはありません」

 

「信じろと?」

 

「誰にも邪魔をされたくないんです。あなたのお父様が作られた最高傑作、偽りの天才を葬る役目は私にこそ相応しい」

 

ほぼ初対面の相手に物騒な物言いだ。

オレの実力をある程度把握しているにも関わらず、この強気な姿勢。

かなり自信があるのか。

 

「お前にオレが葬れるのか?」

 

期待を込めて尋ねずにはいられない。

 

「ふふふ、その答えは勝負の時までのお預けですね。退屈だと思っていた学校生活にも楽しみができました」

 

濁されてしまったが、勝負は時の運ともいえるし

どんな壁でも工夫次第で超えられる可能性はある。

簡単に勝てると断言しないのは評価できるな。

 

「今日は再会のご挨拶までで失礼しますね。いづれ勝負できる日を心待ちにしています」

 

そういって坂柳はゆっくりと歩き出す。

 

「一つだけ質問してもいいか」

 

去り行く坂柳を見て、ひとつだけ気になることを聞いておく。

 

「あなたからの質問なら喜んで。何でしょうか?」

 

「監視カメラを警戒して特別棟なのはわかるが、身体のこともあるのになぜ3階なんだ?」

 

「それは……乙女の秘密、ということでお願いします」

 

少し言葉に詰まった坂柳だったが

これまでの冷たい微笑みとは違い、どこか慈愛を連想させる笑みでそう答えた。

 

初めからこの表情で登場してくれたら

『告白かもしれません』とチャットしていたかもしれない。

 

そんな坂柳の一面に、謎の少女という印象がより深まるばかりだった。

 




テストで目立ってしまった結果、早くも坂柳さんに見つかってしまう綾小路くん。
再会するまでの日数については、原作は10月頭、この作品では7月後半となったため、おおよそ2か月とちょっと分差し引いています。大雑把な計算ですので、整合性には目をつぶっていただけますと幸いです。

また、構成の関係上、夏休み前日にあった班決めのホームルームは少し早まっています。
おそらく、上機嫌の茶柱先生が生徒たちのために日程を早めてくれたに違いありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フラグブレイカー

「なに?あんた、そいつの味方なわけ?」

 

「綾小路くん、サイテー」

 

「生徒会役員だかなんだか知らないけど調子乗りすぎだよねー」

 

夏休み前日、ケヤキモールのカフェの一角で

クラスメイトの軽井沢、篠原、森が次々と罵声を浴びせてくる。

 

周囲からの視線が痛い。

アッシュの同調実験が示すように、明らかに間違った主張でも

大勢がそうだと言えば、そちらに合わせてしまう心理が働く。

このままでは、こちらが悪者にされてしまうのは時間の問題だ。

 

さて、どうしたものか。

 

 

ことの発端は数時間前に遡る。

 

終業式が終わり早めの下校となった午後。

 

人生初の夏休みを前に、どう過ごそうかと期待に胸を膨らませていたオレは——

生徒会室に呼び出されていた。案の定だな、もう慣れた。

 

「さっそくだが綾小路、今日から夏休み期間中は交代制で見回りを行うことになっている」

 

「見回り?」

 

「そうですよ。ハメを外して危ないことをしている学生がいないか確認してもらいます」

 

堀北兄と橘が当然の事のように話を進める。

生徒会役員に休みは来ないのだろうか……

 

「この時期は例年、特に1年生が問題を起こすことが多い。トラブルを未然に防ぐために、見回りをして生徒会による監視の目があることを認識させる」

 

「喧嘩の仲裁をしろ、なんて言っているわけではないので安心してくださいね」

 

「確かに見て回るだけならできるが……」

 

この暑さの中、広い敷地内を歩き回るのは遠慮したい。

ここはもっともな理由で断らせてもらおう。

 

「生徒会役員だと認知されていないオレが見回ったところで、効果が薄いんじゃないか?」

 

これは紛れもない事実だ。

目立たない生徒を演じてきた甲斐があったな。

こんな役は色んな意味で目立つ南雲にでも任せればいいだろう。

 

「そう言うだろうと思ってな」

 

「私たちから綾小路くんにプレゼントがありますっ」

 

「じゃじゃーん」と口で効果音を鳴らしながら、紙袋を渡してくる橘。

本当に愉快な人だ。

 

中を確認すると『生徒会』と書かれた腕章が二つ入っていた。

 

「お前を勧誘するときに約束したからな。俺たちで作ってみた」

 

「これをつければ皆さんから生徒会の人って気づいてもらえますねっ」

 

そういえば、入会特典で腕章をプレゼントとか言っていたな。

アレ、本当だったのか。

 

お手製というだけあって、布製の生地に「生徒会」の文字は、刺繍で入れてある。

一つは中々のクオリティだが、もう一つはギリギリ読めるぐらいの残念な完成度。

 

「裁縫は初めて挑戦しましたが、力作です!一つは洗い替え用で使ってくださいね」

 

橘が「えっへん」と自信満々にしていることから、高品質の腕章は橘作か?

 

「それで、綾小路くんはどっちをメインで使いますか?」

 

キラキラした目で尋ねてくる橘。

迷いようがない選択に思えたが——堀北兄と目が合う。

選択を誤るなよ、といった気迫のこもった目。

その目線が橘の手元に移る。つられてみてみると、絆創膏だらけの橘の指。

 

先ほどまでは気にしなかったが、すべてが繋がる。

 

「……コッチガ味ワイガアッテイイデスネー」

 

そう言って残念腕章を手に取る。

ついでに渾身の演技で褒めておいた、完璧だな——なぜ引きつった顔をするんだ?

堀北兄よ。

 

「そうですかっ!会長が作った方も当然素敵ですが好みは人それぞれですからね。綾小路くんはこっちを気にいると思ってましたよ」

 

ご満悦の橘に、ホッと胸を撫で下ろす堀北兄。

この男はこうして陰ながら橘のことを見守ってきたのだろう。

 

「うん!すごく似合ってますよ、綾小路くん」

 

試しに腕章をつけてみたところ

同意を求めるようにニコニコしながら堀北兄を見つめる橘。

堀北兄はとても優しい表情で頷いていた。

この光景、堀北妹が見たら嫉妬で卒倒しそうだな。

 

それにしても、この残念腕章をつけて猛暑の中を歩き回るというのは

なかなかの苦行に思えるのだが、どうなのだろうか。

腕章が腕章だけに生徒会と信じてもらえるかも怪しく、計画の段階で失敗が見えている。

 

だが、すごく断りづらい雰囲気が既に出来上がってしまった。

善意を盾に物事を進めていく、これが堀北兄のやり方なのかもしれないな。

もしくはオレに通じそうな戦略を打っているのか。

情に訴えかけるだけなら気にもならないが

断るのが面倒になるとこちらも一考してしまう。

どちらにせよ、オレには真似できない手だけに後手に回ってしまうのも事実。

 

「これで綾小路くんも生徒会役員として認知してもらえて、一石二鳥ですね」

 

ルンルン橘がどんどん話を進めていく。断るより諦めて見回った方が楽そうだ。

 

「ありがとうございます。見回り頑張ります」

 

「1年は月末からクルージングに出発だったな。それまでが綾小路の担当だ。1日1回、腕章を着用の上、巡回するように」

 

一通り見回りの説明を受けたオレは、早速巡回を始めた。

まずは校内を回り、部活動生の様子を確認する。

この暑い中、運動部の懸命に取り組む姿にはよくやるものだと感心させられる。

 

特に問題もなかったため、ケヤキモール周辺へ移動する。

 

明日から夏休みということもありすでに多くの学生の姿があったが

制服なのはオレだけで、それだけでもそこそこ目立っているように感じる。

 

いや、目立たないといけないので正しいのだが、少し落ち着かないな。

 

「休憩がてらカフェにでも寄るか」

 

今日は暑いからな、キャラメルフラッペに挑戦してみよう。

ソースやホイップなどちょっとしたカスタマイズも楽しそうだ。

 

なんて思いながら、入店した直後だった。

 

「ちょっと邪魔なんですけどー」

 

「で、でも、私が先に並んでて……」

 

「ハァ?聞こえなーい。もっと大きな声でお願いしまーす」

 

「えっと、だ、だから……」

 

レジへの順番待ちの列で、うちのクラスの軽井沢と

あれは——Cクラスの諸藤リカが、ただならぬ雰囲気で言い争い

正確には軽井沢が一方的に言い放っていた。

少し離れたところにはDクラスの篠原や森もいる。

 

「もういいからさー。アタシたち急いでんだよね、どいてくれる?」

 

「きゃぁっ!」

 

諸藤の肩に手を伸ばし突き飛ばす軽井沢。

諸藤は尻もちをつく形となり、その空いた列へ軽井沢が割り込む。

 

「ホントどん臭いヤツって存在がめーわく」

 

非常に面倒な場面に出くわしてしまったな。

いつもなら観察はしても関わることはないのだが

今はトラブル防止のための見回り中だ。

いや、起きてしまったトラブルならスルーもありか?

そんな詭弁は通じないだろうな……

万が一見逃した様子を誰かが見ていて噂になれば、抑止するどころか助長しかねない。

 

渋々オレは二人の元へ足を運ぶ。

 

「大丈夫か?」

 

今にも泣き出しそうな諸藤に手を差し伸べ、立ち上がらせる。

 

「す、すみません。大丈夫です」

 

特にケガなどはしていない様子だが、見るからに怯えきっている。

悲しいかな、ひよりと初対面時に立てた

『何かと粗暴なCクラスにいるとメンタルが鍛えられる』

という仮説が否定されてしまった。

 

それにしても須藤暴力事件の後に

軽井沢暴力事件だとCクラスから訴えられるのは冗談じゃすまない。

そこまでいかなくとも今の行動でクラスポイントが減る可能性は大いにある。

軽井沢には軽率な行動をしないように釘を刺さねば。

 

「軽井沢、何があったか知らないが突き飛ばすのはやりすぎだ」

 

「えっ……って何?なんであんたがこんなところにいるわけ?部外者はお呼びじゃないんですけど」

 

声を掛けられ一瞬ビクッとした軽井沢だったが相手がオレと見るや否や強気になる。

 

軽井沢にはオレがクラスメイトとして認識されていたという安堵と

完全に下に見られている悲しさが同時に襲ってくる。

だが、そんなことで仕事に支障が出ることはない。こちらも強気に出る。

 

「この通り生徒会の仕事中だ。さすがに今のは見逃せない」

 

『この紋所が目に入らぬか』ばりの勢いで残念腕章を見せつける。

水戸の印籠ほどのパワーは期待してないが、ないよりはマシだろう。

 

「ハァ?だからなに?」

 

全く目に入らなかった……

すまない橘、やはりこっちの腕章を選ぶべきではなかったのかもしれない。

 

「軽井沢さん、どうしたのー?」

 

遠巻きに見ていた篠原たちが、何やら様子がおかしいと駆けつけてくる。

 

「いやさー、列でもたもたしてる子がいたからどいてもらったら、綾小路くんが言いがかりつけてきてさー、マジ最悪」

 

どいてもらった(物理)を実行しておいて、被害者面できるその根性は評価したい。

 

「佐倉さんとも仲が良いみたいだし、もしかして綾小路くんて地味メガネがタイプなわけ?」

 

そこでどうしてオレの趣味趣向の話が出てくるのかはわからないが

タイプかと問われると即答は難しいな。

まだ恋愛感情というものをオレは学習していない。

一つだけ言えることは

付き合うとしても軽井沢みたいなタイプは無理だろうな、ということだけだ。

平田はすごい。

 

「諸藤が先に列に並んでいたんだ。強引に列に割り込むのはルール違反だろう」

 

「なに?あんた、そいつの味方なわけ?」

 

「綾小路くん、サイテー」

 

「生徒会役員だかなんだか知らないけど調子乗りすぎだよねー」

 

罵倒や不平不満を言わせたらDクラスの右に出るクラスはないんじゃないか。

イバラの女王堀北を筆頭に、

即答不満の池、虚言の山内、暴論の軽井沢

おっと、ストレスMAXの黒田さんも忘れちゃいけない。

切れるカードはたくさんあるぞ……虚しい。

開き直ってそんな特別試験を提案してみようか。

 

周りの学生たちも騒動に気づき始めている。

生徒会としてもそうだが、Dクラスとしても騒ぎにするのはマイナスでしかない。

 

そうなると2、3手のうちに場を収める必要があるのだが……かなり手段は限られてくる。

 

 

 

「悪いが生徒会権限によりお前を連行させてもらう」

 

「はあ?わけわかんなーー」

 

「従わない場合、退学することになるぞ」

 

「うそっ!?」

 

そんな権限はないと思うが、相手は同じ1年。確認手段はない。『嘘』は強力な武器だ!

権力を存分に振るわせてもらう!!

 

「この人でなしー、生徒会の犬野郎!」

 

「軽井沢さんを返せー!」

 

「お騒がせしました。この人は生徒会で責任持って罰しますので、皆さんもハメを外しすぎないようにしてくださーい」

 

篠原と森が猛抗議しながら殴りかかってくるが無視して連れて行く。

 

 

——という作戦をシュミレーションしてみたが、軽井沢はDクラス女子のリーダーだ。

クラスでの今後の生活を考えるとやはり実行には移せない。

簡単な方法なので相手が他クラスならやっていたかもしれない……

 

他にも、目にもとまらぬ手刀で軽井沢を気絶させ黙らせる案もあったが

久しくやっていないため力加減をミスると大惨事だ。

こんなことで前科持ちにはなりたくない。

 

となれば、あまり気が進まない策でいくより他ないだろう。

 

「すまない、オレの言い方が悪かったな。軽井沢、オレはお前の味方だ」

 

「はぁ?」

 

友好的な姿勢を示し、相手の気が緩んだ一瞬で距離を詰め、小声で伝える。

 

「もしオレ以外の生徒会役員に見つかった場合、最悪、軽井沢含めDクラスから何人も退学になる可能性がある。オレはクラスを、いや、お前を助けたい。悪いがここはオレに合わせて諸藤に謝って欲しい」

 

「で、でも……」

 

「篠原たちにはオレが無理言ってお願いしたことを伝える。時間がない、このままじゃ大変なことになるんだ」

 

優しいトーンと重苦しいトーンを使い分け、静かにかつ早急に伝える。

このままでは本当に恐ろしい事が起きてしまう。

それを防ぐには唯一の味方であるオレに従うしかないと思い込ませる。

 

少しの沈黙の後、軽井沢は頷いた。

 

「悪いな、諸藤。軽井沢も急がないといけない理由があって、慌てていたんだ。やりすぎたと反省しているから許してやってくれないか?」

 

「悪かったわよ。ごめん」

 

「えっと、はい、こちらこそずっとメニュー見て悩んでしまっていたので、邪魔だったかもしれません。すみませんでした」

 

「ありがとう。諸藤が優しい子で助かった。また困った事があったらいつでも言ってくれ」

 

「え、あ、ありがとうございます」

 

あとから訴えられないよう最低限のフォローを入れておいたが

なぜか頬を赤らめ俯く諸藤。

 

「それじゃ、オレたちは向こうで話があるから」

 

Dクラスの女子3人を店から連れ出す。犯行現場からはすぐに撤退する必要がある。

目撃者を増やすことにメリットはないからな。

 

去り際に諸藤がぼそっと「おうじ」と呟いていた気がしたが

『あやのこうじ』の後ろ部分が聞こえただけだろう。

 

人気のないカフェの裏手に回ったところで、軽井沢が口を開いた。

 

「んで、どういうことか説明してくれんのよね?」

 

取り巻きの2人も睨みを効かせてくる。

 

「まずはお礼を言わせてくれ。折れてもらって助かった、ありがとう。軽井沢には伝えたが、あのままだとDクラス崩壊の恐れがあった」

 

「そんなことある?」

 

篠原が口を挟むが、良い合いの手だ。説明しやすくなる。

 

「あぁ。先日の須藤の事件は覚えているだろ?あの事件以来、生徒会は厳しい監視を実施し……特にDクラスは怪しまれている」

 

「どうしてDクラスが!?」

 

「暴行事件はCクラスが訴えを取り下げたから、真相は闇の中だ。だが、南雲副会長がそれを怪しんでいてな……軽井沢も平田から聞いたかもしれないが、あの人はこれまで多くの生徒を退学に落とし入れている」

 

事実は知らないが、平田の名前を出せば、軽井沢は聞いていないとは言えないだろう。

仲良しカップルの間に秘密はないと、見栄を張りたいはずだ。

 

「確かに、そんな噂があるらしいわね」

 

「それでそれで」

 

ゴシップネタに興味があるのか、篠原が前のめりで聞いてくる。

将来、昼ドラとかにハマりそうなタイプだな。

 

「Dクラスで似たような事件が発生すれば、学校の秩序を守るため、疑わしきは罰せよと秘密裏に指示が出ている。軽井沢はもちろん、須藤事件の関係者、須藤、堀北、佐倉、オレは虚偽の主張をしたとして退学だ」

 

ごくりと唾をのむ篠原。軽井沢も森も血の気が引いてきている。

 

「相手が前回と同じCクラスの生徒というのもまずかった。Dクラス全員で仕組んだ、Cクラスを陥れるための作戦だと判断されれば、クラス全体にもペナルティが科せられる」

 

「そんなことになっていたなんて……」

 

「こういったことを危惧して、事前に堀北がオレを生徒会に入れ、裏からサポートできるようにした、っていうわけだ」

 

無茶苦茶な話だがそれっぽくまとめておいた。

南雲の噂も事実だし、堀北(兄)がオレを生徒会に入れたのも事実。

そこに実際起きた事件を組み込めば、真実味が増す。

ついでに堀北(妹)の株まで上がるんだ、言うことなしだろう。

 

「堀北さんってすごいんだね」

 

「私、感動しちゃったー」

 

「ねー」

 

3人とも納得してくれたようだ。

諸藤を突き飛ばしたことを注意したオレへの怒りを

よりスケールの大きい話で塗りつぶすことでうやむやにした。

 

「そういうわけで今後も注意してほしい。あとくれぐれもこのことは——」

 

「ここだけの秘密ってやつ!私これ、一回言ってみたかったんだ」

 

「そういうことだ」

 

予想より篠原がぐいぐい来るのでこちらも興が乗ってしまったな。

 

今回の作戦は、軽井沢が謝罪を拒否した場合あっけなく破綻する。

だが、そんなことは起きないという確信があった。

 

諸藤を突き飛ばした時の軽井沢に、一瞬だが後悔の表情が見えた。

が、その直後、篠原たちを気にしたのか、すぐに傲慢ギャルの軽井沢に戻っていた。

 

つまり、本人もやりすぎたと思っていたが、仮にもDクラス女子リーダーだ。

仲間たちの手前、簡単に謝ることはできなかったのだろう。

なので、謝罪の大義名分を与えてやればいいだけの話。

事件を起こしたのは自分なのに、クラスの危機を救ったように錯覚し

少なからず満足感があるはずだ。

 

 

「じゃあオレはまだ見回りがあるから失礼する。今度、今日飲めなかった分のドリンクを奢らせてくれ」

 

そうしてこの場を離れて、ケヤキモール内へと向かう。

だいぶ時間を使ってしまったからな、早く済まして帰りたい。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「綾小路くんてあんなにしゃべる人だったんだねー」

 

「ねー、意外としっかりしてたー」

 

のんきな感想を述べる2人を他所に去っていく綾小路くんの背中を見つめる。

 

「綾小路くんか……」

 

生徒会の権力を持つ頭のいいクラスメイト。保険として使えるかもしれない。

 

「どうしたの軽井沢さん?」

 

「んー、何でもなーい。それよりさ、カラオケでも行こうよ」

 

「「いいねー」」

 

大切なのは私自身を守ること、そのためだったら何だってする。

私はひとりで生きることのできない、弱い生き物なのだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一之瀬帆波の過ち

※今回の話にはアニメ3期にあたる部分のネタバレ要素が少々あります。アニメご視聴のみの方はご注意ください。



夏休みが始まって数日。

見回りを済ませたオレはちょっとした雑務を片付けるため、生徒会室へ向かっていた。

 

1年はもうすぐ豪華クルージングで2週間ほど不在になるので

その分の皺寄せが来ている。

夏休み返上で仕事をする。これのどこが平穏な学生生活だろうか。

……まぁ、だからと言って、夏休み中に誰かと遊ぶ約束など全くないのだが。

 

そんな感傷に浸りながら校舎に入る。

 

夏休みともなると部活動生や図書館など一部施設を使用する生徒しかいないため

普段賑やかな校内も静まりかえっており、不思議な感じがする。

 

足音すら響いてきそうな静寂。長い廊下をゆっくり進む。

遠くから運動部のものだろうか無数の掛け声が聞こえ

その声に混じるミンミンゼミの鳴き声。

あぁ、これが外の世界の夏か。

そうして聞こえてくる『様々な声』に耳を澄ます。

 

まもなく生徒会室に到着というところで、ドアが開いた。

 

「今日はお時間いただきありがとうございました。失礼します」

 

挨拶をし生徒会室から出てきたのは、意外な人物。Bクラスの一之瀬帆波だ。

 

丁寧にドアを閉め、歩き出したところでこちらに気づく。

思いがけない遭遇に驚きがあったのか、バツが悪そうに目が泳ぐ。

だが、すぐに落ち着いて声をかけてきた。

 

「久しぶりだね、綾小路くん」

 

「あぁ、そうだな」

 

こうして一之瀬と話すのは、須藤の暴力事件解決に協力してもらって以来だ。

つまり、監視カメラ購入の際に借りたポイントを返すことがまだできていない。

卒業までに返してくれればいいと言っていたが……

まさか生徒会にやってきたのは

いまだポイントを返す気配がないオレたちを訴えるため、とか言わないよな。

 

さっき見せた動揺の理由に一応の説明がつくが……

『親切を装い近づき相手の弱みを握る』

これがBクラスのやり方だとすると

暴力事件をでっち上げたCクラスよりも狡猾だと評価を変えなければならない。

 

この場で満額返せたら解決する話だが、借りたポイントはそれなりなわけで

一人で払おうとすると現状のクラスポイントでは1年以上かかりかねない。

その辺り堀北はどう考えているんだ。

須藤を助けるために借りたのだから、当然みんなで折半だよな。

金欠で無料の山菜定食しか食べれない生徒会役員とかあまりにかっこ悪すぎるぞ。

 

などと考えていると、こちらの焦りが伝わったのか

不思議そうな顔でこちらをのぞき込む一之瀬。

少し余所事を考えすぎた。ひとまず探りを入れてみるか。

 

「その節は本当に助かった。ちゃんとしたお礼もできないままですまない」

 

「当然のことをしただけだよ。『悪党を成敗!!』って感じで少し楽しかったぐらいだし」

 

にゃはは、といたずらっぽく微笑む一之瀬。どうやらこちらの考え過ぎだったらしい。

となると別の疑問が出てくる()()()()()()()()()()()()()だろう。

 

「生徒会に何か用があったのか?」

 

「あ~……えっと、ね」

 

何気ない質問に、歯切れが悪くなる。

 

「実は生徒会に入りたくて、その相談をしてたんだ」

 

「そうなのか」

 

現状1年はオレひとりのため、何かと雑務を回されて仕事がたまる一方だ。

人手が増えるに越したことはない。まして、それが一之瀬なら大歓迎だ。

知らない人物と一から関係を築くのは少し面倒だし

ないとは思うが高円寺のような問題児が入ってきても困る。

 

「綾小路くんはどうしてこんなところに?」

 

「生徒会の仕事があってな。悲しいことに休日出勤ってやつだ」

 

「え……綾小路くん、生徒会役員なの!?」

 

信じられないものを見た、といった表情をする一之瀬。

生徒会に入っていることは特にアピールしているわけでもないので

他クラスの一之瀬が知らなくても仕方ない。見回りも始めて数日だしな。

そもそもオレだって生徒会に入るまで、詳しいメンバーを知らなかったのだから

そんなものなのだろう。

 

「堀北生徒会長になぜか目をつけられてしまって、半ば強引に入れられたんだ」

 

自分の意思でも実力でもなく、たまたまであることを強調しておかなければならない。

一之瀬のような他クラスの生徒へは尚更に。

 

「堀北生徒会長自ら指名して!?」

 

「雑用にでもちょうどいいと思ったんじゃないか。どうも堀北って名前のやつにはこき使われる運命らしい」

 

「そんなことないよ……とても、とてもすごいことだと思う」

 

一之瀬の思わぬ食いつきに、適当な冗談を交えて話題を逸らそうと試みるが

どうにも上手くいかないようだ。

 

「あの、もし迷惑じゃなかったらなんだけど……綾小路くんの仕事が終わってから、お茶でもどうかな」

 

灰色だと思っていた夏休みに、早くも色のある予定ができてしまった。

これが生徒会の力ってやつか。ありがとう、堀北兄。ありがとう、生徒会。

 

「迷惑なんてことはない。オレで良ければいつでも歓迎だ」

 

「ありがとう。じゃぁ、仕事が終わったら連絡してくれるかな。ケヤキモールで待ってるね」

 

眩しいぐらいの笑顔で手を振って去っていく一之瀬。

これはサクッと仕事を片付けねばならない。

これからの時間、オレは実力を出し惜しみするつもりはない

と、意気込んで生徒会室に入っていったところ、中にいた南雲と目が合う。

 

チッと舌打ちが聞こえてきたが、それはこちらも同じ気分だ。

 

「夏休み早々雑務か、綾小路。良い心掛けだ、さすが堀北先輩が認めた1年だぜ」

 

「仕事が遅い分、休みの日にでも頑張らないといけないのが辛いところですね。南雲副会長こそ一人でどうしたんですか。人気者の副会長なら夏休みは充実していると思っていたのですが」

 

嫌味には嫌味で返しておくことにした。

 

「オレほどになると頼りにしている生徒も多い。力を貸して欲しいっていう相談事は尽きないのさ」

 

一之瀬、絶対相談する相手間違ったぞ。

 

「つーことで、オレは忙しい。代わりに、この書類の山の確認と承認可否、今度の体育祭予算のチェック、あと議事録の整理も頼む」

 

余計な仕事の追加においおいと思っていると南雲は満足したのか、生徒会室を後にした。前言撤回、生徒会なんてろくなもんじゃない。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

南雲から押し付けられた仕事を片付け終わる頃には、すっかり日も暮れてしまっていた。

 

一之瀬との約束があったため急いだが

普通の生徒だったら一週間はかかったのではないだろうか。

南雲の嫌がらせは面倒だが、この程度で満足しているのであれば底が知れるというもの。

気にするほどでもない。

 

それよりも重要なのはこれからの時間だ。

夏休みに女子と二人きりでお茶をする。

しかも相手が学年でもトップクラスの人気を誇る一之瀬となれば緊張もする。

 

遅くなった謝罪と今から向かうことをチャットすると、すぐに既読がついた。

 

「大丈夫」とパンダのキャラクタースタンプが送られてきた後、せっかくならディナーにしようかという提案が返ってくる。

 

ちょっとした雑務のつもりだったので昼の用意もなく、正直空腹だった。

ここは一之瀬の気遣いに甘えさせてもらおう。

 

そこで、ふと思い出したことがあり、せっかくならと実行してみることにする。

大量の仕事を捌いた直後だったこと、空腹だったこと、いろいろな要因が重なり

普段ならあり得ない判断をしてしまったと思う。

 

後で振り返ると恥ずかしくなる思い出……黒歴史、というんだったか。

まさにそんな歴史を刻もうとしていたことを、この時のオレはまだ理解していなかった。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

ケヤキモールのカフェで綾小路くんからの連絡を待っている。

私、一之瀬帆波は、中学時代は生徒会長を務めていた。

少しでも誰かの手助けをしたくて頑張っていたんだけど

色々あって中途半端に終わってしまった。

 

高校ではその分も頑張らなきゃって、また生徒会の門を叩いたんだけど……

そう上手くは行かない。何度面接しても堀北生徒会長が許可してくれなかった。

 

精一杯熱意をアピールしてみたけど手応えがなく

落ち込んでいたところに南雲副会長から声がかかった。

 

南雲副会長曰く、格式や実力を重んじる堀北生徒会長が

Bクラスである私の力を認めていないことが理由らしい。

 

この場でBクラスの配属理由が実力とは関係ないこと

本来であればAクラス相当の力があることを証明できれば

南雲副会長から口利きをしてくれる、そんな提案。

 

私には、Bクラスに配属されたことに心当たりがあった。

誰にも言うつもりがなかった私の過ち。

 

生徒会活動が贖罪になるとは思わない。

でも生徒会に入って尽力することが、今の私ができるせめてもの償い。

私が私らしくあるために、必要なことのように思えてならなかった。

 

だから、藁にもすがる思いでその罪を告白する。

幸いこの場だけの秘密にしてもらう事も約束してもらえた。

あとは南雲副会長を信じるだけ……

 

だと思っていたんだけど、今日綾小路くんと出会った事で疑問が生まれてしまった。

それを確認するまではこの不安を拭えることはなさそうだ。

 

そんな事をウダウダ考えていたらあっという間に時間が過ぎていき

暗くなってきた頃に綾小路くんから連絡が来た。

 

遅くなったことの謝罪だったが

生徒たちの為にこんな時間まで働いていた彼を誰が責めることができるだろうか。

 

もしかしたら食事すら取っていないかも、ディナーへの変更を提案してみる。

労いの気持ちもあるけど、これから貴重な話を聞かせてもらえるかもしれないのだ

どーんとご馳走してあげたい。

 

「そうしてもらえると助かる」という返事を見て予想が当たっていたことがわかった。

 

「何か食べたいものは?」と聞いてみると「一之瀬は?」と返ってくる。

 

譲り合いになりそうだと思ったけど

私から誘ったので綾小路くんの食べたいものに合わせる旨を伝えた。

 

しばらくしてケヤキモール内のレストランを指定してきた。

行ったことはないけど、ちょっぴり大人びた雰囲気の店内で

何でもピアニストが生演奏してるとか。

 

いつか彼氏ができたら行ってみたいね、なんてクラスメイトが話していたのを思い出す。

そんな理由もあって学生は普段利用しない場所。

あまり人に聞かれたい話でもないし、ちょうどいいかもしれない。

 

レストラン前に集合することにして、荷物をまとめて移動する。

 

綾小路清隆くん。

Dクラスの生徒だけど、この前はストーカーから佐倉さんを助けていて格好良かった。

ストーカーを追い詰める時に

なぜかはじめたチャラ男の演技があまりの棒読みで笑いそうになっちゃって

こっちまでメチャクチャな演技をしてしまった。

状況が状況だっただけに不謹慎だけど、事件を防げた今となっては面白かった思い出だ。

 

何事もないように颯爽と人助けできる彼だからこそ、生徒会に入れたのかもしれない。

他クラスの生徒はライバル同士。本来警戒しないといけない相手。

でも純粋に尊敬できる。

まだまだ掴めないところはあるけれど

綾小路くんは私ができないことをできる人なのだ。

 

今日はBクラスのリーダーとしてではなく

一人の生徒として綾小路くんに色々話を聞いてみたい。

集合場所に到着し、なんだか普段よりもちょっと緊張するかも、なんて考えていたら

向こうから綾小路くんがやってくるのが見えた。

 

「お、お疲れ!綾小路くんっ!」

 

何だかちょっと硬かったかもしれない。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「お、お疲れ!綾小路くんっ!」

 

「お、おう。遅くなって悪いな、一之瀬」

 

持前の元気良さに少しの緊張が混ざった挨拶を受け取ったオレも

ちょっと緊張が移ってしまった。

 

「全然だよ。忙しいところ無理言ったのは私だし」

 

いや正確に言うと忙しくなったのは南雲のせいであり、一之瀬は全く悪くない。

南雲許さん。だが、お茶からディナーへの変更は

南雲の無茶振りのおかげとも言えるかもしれない。南雲今回だけは褒めてやろう。

 

「とにかくお腹も空いたし、早速入ろうか」

 

「だな。すみません、先ほど予約した綾小路ですけど」

 

「えっ!予約しておいてくれたの?」

 

「夏休みだし、時間も時間だからな。念を入れておいた」

 

ちょっと驚いた様子の一之瀬だったが、予約するのは当然のことだろう。

満席でどこにも入れず解散なんてことになったら笑い話にもならない。

それにメリットは他にもあるしな。

程なく店員に案内され、窓際の夜景が見える席に案内される。

ケヤキモール自体そんなに高さはないので見える景色は限られているが

広場やライトアップされた並木道を一望できる。

 

「えっと、今日は時間作ってくれたお礼もあるからご馳走するよ、遠慮なく好きな物を食べてねっ!」

 

「いや、そういうわけにもいかない。むしろこういう時は男の方が甲斐性をみせるものだと聞いた」

 

「でもDクラスの懐事情は……」

 

クラスポイント=月の収入なので甲斐性がないのはバレバレで

加えてポイントを借りている状況。かなり気を使わせてしまっている。

だが、『今回に限って』は譲ることはできない。

 

「そこは心配しなくていい。ちょっとした収入があってな。店を決めたのはこちらだし、例の件のお礼もしたい。ここは任せてくれないか」

 

こっちには南雲さんがくれた5万ポイントがある。

なんだ今日は大活躍じゃないですか。

 

「うーん、でもなぁ……」

 

「どうしてもご馳走してくれるというなら、また今度こうして食事をしたときに頼む」

 

「え、あ、うん……わかった。意外と強引というか、なかなか大胆だね、綾小路くん」

 

どうにか了承を得たが、大胆とはなんのことだろうか。

 

 

食事を楽しみながら、雑談をして過ごす。

少し緊張したが、こういう時間も悪くない。

有難いことに一之瀬から話題を振ってくれるので

女性と二人でディナーという何を話していいかわからない場面でも困ることはない。

 

そうしているうちに一之瀬の表情が少し真剣なものに変わった。

何か大事な話でもあるのだろうか。

 

「あのさ、綾小路くん。少し生徒会のことについて聞いてもいいかな」

 

「あぁ、オレでわかることなら構わない」

 

どうやら生徒会について気になっていたようだ。

新メンバーになる可能性もある、協力しておくべきだろう。

 

「ありがとう。今朝の続きなんだけど、綾小路くんは堀北生徒会長に声をかけられて生徒会に入ったんだよね」

 

「そうなるな」

 

「実は……何度か生徒会へ入るために面接を受けたんだけど、生徒会長から許可が出なくてずっと落ちてるんだ」

 

「そうなのか。一之瀬の実力を考えるとおかしな話だな。オレが生徒会長なら迷わず採用するが……」

 

「そ、そんなでもないけど、あ、ありがとう。それで、今日南雲副会長から理由を教えてもらったんだけど……」

 

少し照れた様子の一之瀬だったが、続きの言葉に少し詰まる。

 

「その理由っていうのがね……その、私が、Aクラスじゃない……から、らしいんだ」

 

「ん?それは本当なのか」

 

「南雲副会長が言うにはね。堀北生徒会長は厳しい人で肩書を重視するって」

 

「それは色々矛盾する話だな」

 

「そうなんだよね。Dクラスの綾小路くんがいるわけだし。あ、いや綾小路くんが生徒会に入ってるのがおかしい、とかいうわけじゃないからね」

 

慌ててフォローする一之瀬。

しかし彼女にしてみれば、Dクラスの生徒より劣っていると言われたようなもの。

最初に勧誘された時の橘の反応からオレが特例なのは間違いないが

これまでの堀北兄を見る限り所属クラスが原因で落とすことはないだろう。

 

「オレのことは置いておくとして、オレの前にAクラスの……たしか葛城という生徒が面接をして落ちたと聞いた。葛城の実力は知らないが、少なくとも所属クラスは関係ないんじゃないか」

 

「え、あの葛城くんが!?」

 

「葛城を知っているのか、一之瀬」

 

「うん、Aクラスのリーダーの一人だよ。何度か話したことがあるけど、理由もなく生徒会に入れないとは思えない、かな」

 

そういって、うーんと首をかしげる一之瀬。

てっきり部活動紹介で威圧をかけすぎた結果、ろくに入会希望者が現れなかったため

オレに白羽の矢を立てたのだと思っていたが……そうでもないらしい。

 

「これまで過ごしてきた所感だと、生徒会長はクラスで人を判断したりしない、とオレは思うんだけどな」

 

「だとすると、やっぱり綾小路くんがすごい人ってことだよね」

 

「そこは何かの間違いだと思うんだが……」

 

自分が入れなかった生徒会に所属している同じ1年の生徒。

今の一之瀬に下手な誤魔化しは効かないだろう。

それならばいっそのこと、この状況をうまく利用する方が都合がいいか。

 

「ひとまずオレの方でも理由を探ってみることにする」

 

「え、それは悪いよ……」

 

「正直一年一人では荷が重かったんだ。一之瀬が入ってくれるならそれ以上のことはない。協力させてくれ」

 

「やらなくていい」と強く拒否しないあたり

この件で一之瀬が相当悩んでいることがわかる。

 

堀北兄の考えはわからないが、こちらから推薦すれば少なくとも落とす理由ぐらいは聞けるだろう。

 

まだ浮かない表情の一之瀬。原因はわかっているが、あえて触れない。

今ここで根本的な解決はできないからだ。

それよりもこの時間を楽しんでもらうことを優先しよう。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

生徒会へ入るために協力してくれるといってくれた綾小路くん。

本当にありがたい話。

少し救われた気持ちになったけれど、私には別の不安が残っている。

今の話を前提に考えると、南雲副会長が噓を言っていたことになるからだ。

 

南雲副会長も堀北生徒会長のことをわかっていなかった?いや、そんなことはないはず。

副会長は何かと生徒会長をライバル視して勝負を持ちかけている、という話は有名だ。

そんな相手のことを全く理解していないなんてことはないはず。

 

それに南雲副会長といえば、元BクラスをAクラスへ導いた2年Aクラスのリーダーで

その力はクラスの垣根を越えて、2年生全クラスへ影響力を持つらしい。

 

確かな実力と実績、だから信用して私の秘密を話せた......いや、話してしまった。

 

その信用に揺らぎがではじめた今、心の奥で不安の火がくすぶり始める。

早く消火しなければ手遅れになってしまいそうな悪い予感。

 

でもそれは綾小路くんとは関係のない話。

せっかくの時間をこんな気持ちで過ごしてしまっては申し訳ない。

大抵のことなら、何とかなると前向きに頑張る自信がある。

けど今回は事が事だけになかなか切り替えられない。

 

そんな風に悩んでいると、綾小路くんがこちらを見つめていることに気づく。

表情に出したつもりはなかったけど、もしかして不快にさせてしまったかも。

「ぼーとしちゃってた、ごめんね」と謝罪をしようとしたところで

綾小路くんは立ち上がり口を開いた。

 

「一之瀬、ここで少し待っていてくれないか」

 

「えっ、う、うん」

 

綾小路くんはポーカーフェイス(?)なので感情がわかりにくいんだけど

なんだかとても暖かな目をしていたように見えた……うーん、気のせいかも。

ただ、気分を害した様子ではなかったのでほっとした。

 

お手洗いかな、と見ているとレストラン中央で演奏していたピアニストのところへ。

ちょうど曲が終わったところで、何やら声をかけている。

 

そしてピアニストと交代してピアノの椅子に座る。

まさか、と思う間もなく、ピアノを弾き始める綾小路くん。

 

曲名はわからないけど、どこかで耳にしたことがあるクラシック。

優しくも芯のある綺麗な音色で、耳から体に染み込んでいく感覚が心地良い。

 

ゆっくりと流れる時間に、ピアノの旋律が溶け込む。

音楽に詳しくない私でもわかるほどの腕前。

先ほどまでは誰もピアノの演奏を気にもしていなかったのに

言葉を発することを躊躇われる、雑音は許されない、そんな空気が出来上がっていた。

 

「ドビュッシーの月の光。う~ん、美しい私に相応しい曲だねえ」

 

って思った途端、誰かの声が聞こえる。

声の方を見ると、お店の端、ここから5~6席離れたところから聞こえたようだ。

ここからじゃよくわからないけど、学校ですれ違ったことがある人な気がする。

声の主はともかく、周りのお客さんもみんな聴き入っている。

さっきまで演奏していたピアニストなんて涙を流す始末。

 

曲が終わると、一斉に大きな拍手が起こる。

スタンディングオベーションって初めて見た。ここレストランだよね?

そして演奏はまだ続くみたい。綾小路くん、どこを目指しているの?

 

でも、次に弾き始めた曲は、私だって知っている曲。

そう、バースデーソングだ。

 

圧倒的な技術で奏でられる聴きなじみの曲は

なんだか特別な感じがして不思議な気分だと他人事のような感想が出てくる。

そんな風に他人事のように感じていたから

なんで彼がバースデーソングを弾いているのかまで頭が回らなかった。

 

だから、曲に合わせてウエイターさんがケーキを運んできたときには驚いた。

 

「お誕生日おめでとうございます」

 

そう言いながら、曲の終わりに合わせてケーキを置くウエイターさん。

周りのお客さんからも再び大きな拍手が起こる。

この通常ならあり得ない一体感を生み出したのは

紛れもなく綾小路くんの演奏の賜物だろう。

 

でも……当然、私はパニックだ。

ツッコミが追い付かない。

ケーキに刺さっている花火キレイだなぁ、なんて現実逃避も効果が薄い。

心音がスゴイことになっている。

 

「えっと、えっと、え~っと?」

 

「一之瀬、この前誕生日だっただろ。少し遅れてしまったがサプライズってやつだ。もちろん、プレゼントも用意した。誕生日おめでとう」

 

いつの間にか席に戻ってきた綾小路くんから、包装された小さな箱を受け取る。

びっくりするほど手の込んだサプライズ。

もう訳が分からなくて動揺している。

 

「あ、綾小路くん!こ、これっ、好きな人とか恋人にするやつだよっ!!!」

 

混乱してる中でも、一番最初に指摘しておかなくてはいけない部分だと思った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「え、そうなのか。誕生日をサプライズでお祝いするのは友達同士でもするものだと思ったんだが……」

 

一之瀬からの思いがけない指摘。

誕生日を本人に内緒で企画して祝う。

友だち同士のイベントとして、一度くらい挑戦してみたいと思っていたのだが

どうやらどこかで間違ってしまったらしい。

 

「限度があるというか、ほら、周りのお客さんも生暖かい目で見守ってるし……」

 

これからプロポーズする男を見守るような視線とでもいうのだろうか。

「頑張れ!」「漢をみせろ!」「今ならいけるって」など無責任な声援が飛んでくる。

 

やり過ぎてしまったことを実感し冷や汗が出てくる。ちょっと誕生日を祝っただけだぞ。

 

どうすればこの窮地を乗り越えることができるのか。

ここで下手なことをすれば大ブーイングは避けられない。

が、もちろん告白の予定などはないわけで。

 

形だけ告白して一之瀬に断ってもらうという手もあるが

これから生徒会のメンバーになるかもしれないのに、気まず過ぎる。

 

そんな答えの出ない思考に陥り始めた時だった。

 

「こんなサプライズ生まれて初めてだから驚いちゃったけど、本当に嬉しい。ありがとう」

 

周りに聞こえるように、そう言って一之瀬が右手を出してきた。

その手を取って握手を交わしたところで、三度目になるか、大きな拍手が湧き上がる。

 

「おめでとう」「お幸せに」などという祝福がひっきりなしに投げかけられる。

パパパパーンとピアノの演奏が聞こえた。先ほど交代してもらったピアニストだ。

してやったり顔で結婚行進曲を演奏するんじゃない。

 

困り果てていたこちらを見かねて、助け舟を出してくれた一之瀬。

周囲には明らかに勘違いされているが、幸い学生はいな......

高円寺っぽい姿が見えた気がしたが気のせいだ。

仮に本人だとしても問題にはならない、と思いたい。

 

とりあえず窮地を脱したオレたちは

長居は無用と急いでケーキを食べてその場を後にした。

 

異性へのサプライズは注意が必要だと覚えておこう。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「いやぁーもうびっくりしたよー」

 

レストランを後にした私たちは寮へ帰るため、暗くなった並木道を歩く。

 

「もぉ」と怒った風にからかってみた。

実際、少しも怒ってはいなかったんだけど

「これから告白されるの!?」

って勘違いしてしまった分ぐらいは意地悪しても許されると思う。

あれれ、少し前、私も綾小路くんに似たようなことしちゃってたな。お互い様かも。

 

「本当にすまなかった。まさかあんなことになるとは」

 

なんでもすまし顔でやってしまいそうな綾小路くんだけど

ちょっと抜けてる一面もあることがわかって少し嬉しかった。

当たり前のことだけど、誰だって失敗することはあるんだって感じることができたから。

 

気づけば私の心の中で燃え広がりそうだった不安はどこかへ行ってしまっている。

状況は変わっていないはずなのに、あんなに悩んでいたのが嘘みたいに晴れやかだ。

 

「不思議な人だね、綾小路くんって」

 

思わずそんな言葉が出てしまう。

 

「よくわからないが、ちょっと世間知らずなだけだぞ」

 

「まぁそこは否定できないかもね」

 

にゃはは、とからかいながら肘でつつく。意地悪はこのくらいにしといてあげようかな。

 

「でもよく私の誕生日知ってたね」

 

「生徒会役員として同級生の基本情報くらい覚えておいた方がいいと思ってな。幸いその手のデータなら生徒会室に置いてある」

 

同級生、つまり160人分のデータ。さらっとすごいことを言ってのける綾小路くん。

これは敵わないわけだと実感する。

 

「ピアノの演奏もすごかったよ」

 

「小さい頃習っていたことがある。普段披露する場がないからな。こんな時ぐらいと少し張り切ってしまったんだ」

 

「なるほどねー。あの曲が一番得意なの?」

 

「得意というより、あの時の一之瀬に贈るならこの曲かなと選ばせてもらった。明るい曲調のものと迷ったが、たまには落ち着いた曲も悪くない」

 

「うん……とても、心に沁みたよ」

 

「ちょっとでも一之瀬の気分転換になったなら良かった」

 

「うん!またぜひ聴かせてね」

 

多分、綾小路くんは私の異変に気づいて

慣れないサプライズを企画してくれたんじゃないかな。

付き合いは短いけど、綾小路くんなら気づいてくれそうだな、と今なら思える。

 

「堀北生徒会長の目に狂いはないことがわかったし、私も認めてもらえるように、もっともっと頑張るよ」

 

「あぁ。でも無理は禁物だぞ」

 

そう、とってもシンプルな話だったのだ。

まだまだ私の実力が足りていないから生徒会に入れない。

Bクラスだからとか、誰が生徒会長だからとか関係なかったんだ。

上手くいかなくて弱っていた私は

他に原因があるのだと決めつけて現実から逃げようとしていた。

綾小路くんのおかげで、その思い上がりに気づいて受け入れることができた。

 

もっと早く綾小路くんに逢えていたら、なんて考えても仕方のないことを思う。

って、あれれ、さっきから、私————

そんな気づきにフタをして

照れ隠しにポケットに手を入れると、何かに手が当たったことで思い出す。

 

「あっ」と思わず声が出てしまい、なにごとかとこちらを見つめる綾小路くん。

 

「そういえばプレゼントまだ開けてなかったんだけど……ここで見てみてもいい?」

 

「もちろんだ」

 

あの時は動揺しててすっかり忘れてしまっていた。

サプライズ、という意味では本当に成功だよ。

 

男の子からプレゼントされるのは初めてだ。

……もしかして、中身はハート型のネックレスや指輪だったりして。

綾小路くんならやりかねない。しかも深い意味はなしで。

ちょっとドキドキする。

 

深呼吸して、箱を開ける。

中から出てきたのは、パンダのキャラクターのキーホルダーだった。

 

「これって……」

 

「チャットのスタンプを見て、初めて会ったときに、このキャラクターのハンカチを使っていたのを思い出したんだ。レストランに行く前に雑貨屋に寄ってみたら、丁度置いてあったから選んでみたんだが……」

 

プレゼントを呆然と眺めていた私の反応に心配になったのかもしれない。

 

「このパンダね、妹が大好きなんだ」

 

そう、妹が大好きで大好きで。

でもうちは母子家庭で貧乏だったから

ぬいぐるみとかグッズとか買ってあげられなくて。

だからお母さんと協力して

ぬいぐるみを手作りしたり、カバンに裁縫したり、絵を描いてあげたりした。

決してクオリティの高いものではなかったけど

それでも喜んでくれた妹の顔をみるのが好きだった。

 

この学校は外部との連絡は一切取れない。

だからどうしても寂しくなったときは、このパンダを見て元気をもらっていたのだ。

 

「ありがとう。大事にするね」

 

笑顔でお礼を言ったつもりだったのに、一筋の涙が溢れた。

最後の最後までサプライズを仕掛けてくるなんてずるいよ、綾小路くん。

 

「い、一之瀬!?」

 

そんな私の様子を見て

また何かやってしまったのだろうかと心配してくれる。

 

「ち、違うよ、違うよ。これは、嬉し涙だから」

 

涙を拭って、私は……うん、心の底から微笑むことができた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

長い一日だったが、やっと部屋に帰り着いた。

「ふぅー」と息を吐きベットへダイブする。

 

途中こちらの計算外のことがいくつか起こったが、概ね計画通りの展開となった。

 

あの状況で実力を隠し切るのは難しく、一之瀬も思い詰めているようだった。

だから、あえて力の一部を開示することでオレとの実力差を感じさせ

一之瀬が生徒会に入れない理由付けを行った。

堀北兄の真意はわからないが、これで一之瀬も迷わず進めることだろう。

 

併せて一之瀬の沈んだ気持ちをリセットするためにサプライズを用意してみたが

こちらはなかなか難しいものだということがわかった。

改善点は把握できたので次はもっと上手くやれるだろうが、二度目はないだろう。

誰かの誕生日を祝うのは難しい。

それでも一定の効果はあったようで、最後の笑顔には思わずドキッとした——

 

また、必要経費と割り切っていくつか実力を見せたが

ピアノがいくら上手くても試験に関わることではないし

記憶力や洞察力など、その他の能力もそれほど脅威と捉えるほどではない。

むしろ一之瀬からの信頼を得ておくことが、これからの計画で大きな意味を持つ。

次に一之瀬に会うときが楽しみだ。

 

 

生徒会に入ってもうすぐ1か月。

今までのオレなら考えられないような思考をするようになってきた。

どこまでいっても他人は道具でオレが勝つ為の駒でしかないはず。

というのに、最近は本来通らなくてもいい道を選び、遠回りをしようとしている。

 

道具に愛着を持つことは誰にでもある。

だが、その愛着が行くところまで行った時、それは本当にただの道具なのだろうか。

 

くだらないことを考えているなと思う一方で

未知の感覚を少し面白いと思う自分もいる。

 

そうやって黒歴史を刻んでしまった事実から目を逸らすように瞼を閉じた。

 




今回これまでの2倍ぐらいの長文になってしまいました。2部構成にしようかと思いながらも、区切りの良い場所を作れず……お付き合いいただきありがとうございました。


この話を書くときに悩んだのは、一之瀬いつ生徒会に入ったんだ問題です。
原作では、最初に堀北兄が誘った時はまだ書記の枠が空いていたので加入していないはず。
そしてクルージングがから帰ってきた後、再び勧誘された時には橘先輩が『先日』1年の女子を採用したばかり、と言っています。

『先日』がどのくらい前を指すのか曖昧で、上記の情報から7月中旬から8月中旬ぐらいと予想できるかな、ぐらいです。※どこか記載があるのを見逃していたらすみません。
あとは、南雲が一之瀬さんを呼び出したのは『休みの日』ということ。

そのためこの作品では、まだこの時点では生徒会に入っていないものとして話を進めることにしました。また、すでに綾小路くんが空いていた席にいるため、今後彼女が加入できるかどうかは一之瀬さん次第……かどうかはわかりませんが、この先の物語で書いていこうと思います。


もうひとつ一之瀬関連で気になっているのが、一之瀬のパンダイラストのハンカチってなんだ問題です。(かなりどうでもいいかとは思いますが……)
原作2巻、特別棟で出会ったときに取り出した『パンダのようなイラストが描かれた可愛らしいハンカチ』ですが、そこまで具体的な描写があったのに、それ以降の出番はなし。一之瀬さんに、パンダ好きのイメージもあまりピンとこなかったので、勝手に解答を出してみました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

薄っぺらな嘘

青い海、青い空、世界はこんなに広いのか。

風に運ばれる潮の香りが、非日常感を醸し出す。

 

オレたち1年は豪華クルージングの旅に出発していた。

 

これから2週間楽しい旅行を満喫ーーできれば良いのだが。

学校がいつ特別試験を仕掛けてくるかわからない。油断は禁物だ。

 

「清隆くん、このトロピカルジュース美味しいですよー」

 

「こっちのココナッツミルクもイケてると思います」

 

「うん、どっちも美味いな」

 

現在、屋外のプールサイドでひより、みーちゃんたち茶道部と合流して一緒に過ごしている。

陽射しが眩しいな。あとでサングラスのレンタルをしておこう。

ビーチチェアに身をゆだね、のんびり談笑していると

 

『うおおおおお!!桔梗ちゃあぁぁぁん!』

 

遠くで池が叫ぶ声が聞こえてきた。アイツ何やってるんだ。

 

「あやのこうじぃぃぃ」

 

今度は須藤が叫びながらこっちへやってくる。

バカンス気分が台無しだな。

 

「下の名前、教えてくれ」

 

「?……清隆」

 

そんなに慌ててオレの名前をきいてどうするつもりなのか。

 

「ちげぇよ、堀北の下の名前だ」

 

なんだ、堀北の名前か。学だぞ。

 

「あー、確かアニスキィ、堀北アニスキィだ」

 

「アニスキィか、もしかしてハーフなのか、どーりで美人なわけだぜ」

 

「あーすまん、間違えた。鈴音だった」

 

「鈴音か!やっぱり日本人だったか、どーりで美人なわけだぜ」

 

「待ってろよー、すずねええええ」と叫びながら走り去る須藤。

いっそ訂正しないでおいて、堀北に仕留めてもらった方が良かったか。

 

「Dクラスは賑やかですねー」

 

今のやり取りを賑やかの一言で済ますひよりも中々だ。

オレには夏の暑さにやられた狂人の類か何かに思えたのだが……

ともかく騒音はなくなったので、ひよりは予想通り持参してきた本を取り出した。

みーちゃんは——何かを探しているのかキョロキョロしている。

 

「どうしたんだ?」

 

「いえ、何でもないです」

 

「そうか、何か手伝えることがあれば遠慮なく言ってくれて構わないからな」

 

「はい、ありがとうございます」

 

落とし物か何かかと思ったが、そうでもないのか?

 

「ふふ、綾小路くんもまだまだですねー」

 

「どういうことだ?」

 

本から目を離しひよりが手招きする。

近寄ると、耳元で小声で伝えてくる。

 

「気になる人を探してるんだと思いますよ」

 

「青春ですねー」と温かく見守るひより。

 

気になるなら、その人のところに行けばいいのではないかと思うのだが

そうもいかない事情があるのだろう。

ちょっと気になる部分ではあるがそろそろ昼食の時間だ。

 

「すまない。食事の約束があるから、今日はこの辺で失礼させてもらう」

 

「えぇ、また遊びましょうね、清隆くん」

 

 

茶道部の面々と分かれ、鉄板焼きの店の前にやってきた。

 

「やあ、綾小路くん。来てくれてありがとう。アロハとサングラス似合ってるね」

 

「やっほー、メッチャ楽しんでんじゃん」

 

今回、昼食に誘ってくれた平田と軽井沢が出迎えてくれた。

いつも通り軽井沢が平田の腕にくっついて仲良しアピール——はしていないな。

 

「あぁ。でも良かったのか、2人の時間を邪魔する形になるが……」

 

「いーの、いーの。気にしない。私たち綾小路くんと仲良くなりたいと思っててさ。良い機会なわけじゃん?」

 

「だね。僕も綾小路くんと話す機会ができて嬉しいよ」

 

平田はともかく、軽井沢が乗り気なのが気になるな。

てっきりこの前の一件で警戒されていると思ったが……嫌な予感が当たるかもしれない。

 

食事は豪華客船の名に恥じぬクオリティで楽しめた。

だが、皿を取ろうとして手が重なったり

「意外と鍛えてるんだー」とか言いながら腕や腹筋を突いたりと

やたら軽井沢が接触してくるので気が気でなかった。

 

彼氏の目の前でとる距離感じゃないと思うのだが

ギャル界隈ではこのぐらい当たり前なのだろうか。

平田もいつも通り、というより、いつもよりも温かく見守っている。

まさか、平田、そういう癖なのか?

 

イケメンの意外な一面。

勉強も運動もできる性格の良いイケメンがなぜDクラスにいるのか疑問だったが

それが理由での配属だったのか。

 

これ以上、2人のプレイに付き合わされるのは危険だ。

食事後も一緒に過ごさないかと誘われたが、次の約束があると断らせてもらった。

 

待ち合わせ場所の展望デッキに到着する。

食事を予定より早めに切り上げたからな、少し時間がある。

 

広大な海を眺めながら、待ち合わせの人物を思い、オレは昨日の出来事を思い出す。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

クルージング出発の前日、オレは生徒会室で堀北兄と会っていた。

 

「旅行の前日にすまないな、綾小路」

 

「言っておくが、お土産の催促ならお断りだ」

 

「いいジョークだ、成長したな」

 

旅行前に呼び出す理由はこれぐらいしかないと思ったのだが、どうやら違う用事らしい。

 

「お前を勧誘した際に話した『事前に特別試験の内容を知ることができる』という件は憶えているな。その詳細を伝える時が来た」

 

「このタイミングということは……そういうことか」

 

これでクルージングがただの旅行ではないことが確定した。

 

「悪いが明言はできない。どう捉えるかはお前次第だ」

 

同じ生徒会役員とは言え、特別試験や学校の仕組みなど下級生に話せないことはある。

明言はできない、というのが堀北兄にできる最大限のヒント。

 

「予め断っておくが、お前が生徒会役員として試験に関われるのは10月の体育祭からだ。例えそれまでにいくら特別試験があったとしても内容を知ることはできない」

 

約束が違うじゃないか、などとは思わない。

本当にすべての内容を事前に把握できるなら

生徒会役員は特別試験で無双できるからな。何かしらの仕組みや制約はあるはずだ。

 

「詳しく聞かせてもらおうか」

 

そうして特別試験への関与の仕組みの説明を受ける。

 

試験の公平性を保つために学生代表として意見できるとのことだったが

話を要約すると

学年ごとの試験では自分の学年の試験には関与できず

他学年の生徒会役員が試験に問題がないかを審査する。

1年の試験であれば、2、3年が担当する、といった具合に。

 

このチェックで問題があると判断すれば、意見を学校に提出できるということだ。

 

また、全学年合同の特別試験もあり、その場合は役員全員で審査をすることになる。

もちろん、その時に得た情報をクラスメイトなど学生に伝えることは禁止されており

他の生徒に学校側から試験のルール説明がされて初めて話すことができる。

 

そして重要なのが、試験内容に問題がないか判断する材料のひとつとして

過去の試験内容とその結果を閲覧できることだ。

これは学年問わず、いつでも確認可能とのこと。

 

生徒会室のPC端末に資料が保管されており

生徒会役員なら学生番号を入力することで見ることができるらしい。

ただし、毎年行われる恒例の試験や裏のルールがわかると攻略が簡単になるものなど

一部の試験は閲覧することができない。

 

この前の中間テストのように『例年出題内容が一緒』といった試験が

これに該当するのだろう。

もちろん、これらの情報も口外は禁止されている。

 

どの情報も、口外した際のペナルティは

1日後に退学&所属クラスのクラスポイントとプライベートポイント全没収。

これをやったらAクラスになることは不可能だろうな。

あえて退学までに時間を設けているのは

クラスメイトからの報復行為を容認しているからか。

突然未来を奪われた生徒たちの怒りは尋常じゃないだろう。

ペナルティとしてこの上ない。

 

他には、学生ならではの視点を重視して

特別試験を考案し学校に提出することもできる。

細かい書類の提出と厳しい審査を伴うが、採用された実績もあるそうだ。

 

「なるほど」

 

直接、今度の試験内容を知ることはできないが

夏休み期間だからこそできるものや学校が会場ではないもの

そのような過去の試験を閲覧していけば、傾向も掴めそうだ。

 

堀北兄の説明が終わり、仕組みが理解できたところで

クルージング前に聞くべきことを聞いておく。

 

「ところでひとつ質問があるんだが」

 

「なんだ」

 

「どうして一之瀬の生徒会入りを認めないんだ?」

 

今後のことを考え、一之瀬との約束を果たしておきたい。

 

「そのことか……お前は一之瀬についてどう思う?」

 

「……一言でいうなら、驚くほどの善人だな。もちろん性格だけでなく、学力面も申し分ないし、足もそれなりに速かった。少なくともオレより生徒会に向いていそうだ」

 

困っている者を見捨てない善人で、救うだけの力も持っている。

生徒会役員としてこれ以上の人材はいないだろう。

もちろん、弱点がないわけでもないが、それが理由だとは思えない。

 

「お前と比べることほど無意味なことはないと思うが、実際のところ一之瀬には生徒会役員として働けるだけの実力はあるだろう」

 

そう話す堀北兄は少し遠くを見つめていた。

生徒会に入って1ヶ月、堀北兄の思い悩むような表情は初めてだ。

 

「これはお前を生徒会に勧誘した理由に関係してくる。クルージングから帰ってきたら改めて話す機会を設けよう」

 

それよりも残りの時間を明日からに向けて使った方が良いだろうという気遣い。

気になることはあるが、生徒会長の決定だ、大人しく従うことにしよう。

例えどちらに転んだとしても、こちらとしては問題ないしな。

 

「わかった。ただ、オレとしては一之瀬に生徒会入りしてもらいたい。それだけは伝えておく」

 

「てっきりお前はそういったことに興味がないと思っていたが……高校生らしいところもあるのか?」

 

にやりと笑う堀北兄。

そんなにおかしいことを言ったつもりはなかったのだが。

 

「あんたには橘がいるからな。少し羨ましいと思っていた」

 

冗談半分、本音半分で答える。

 

自分に全幅の信頼を寄せる人間がそばに居るのは、色々と動きやすいだろう。

実際この1か月、橘を使った堀北兄の戦略には感心させられた。

オレが一之瀬とこの二人のような関係性を築けるかは別問題だが

仕事のパートナー候補もいない状態は変えておきたいものだ。

 

「確かに橘がいなければ、俺も簡単にはいかなかったと思う場面がいくつもある」

 

入学してからの激闘の日々、堀北兄は1年の時から生徒会長をやっているんだったか。

その苦労は計り知れない。

それでも堀北兄はそんな日々を懐かしむような表情をしていた。

 

「その件、一考しておこう」

 

「あぁ、よろしく頼む」

 

これで心置きなく計画を進められるな。

 

堀北兄は気を利かせてか生徒会室から出て行ったため

さっそく過去の試験の閲覧を開始した。

 

学力、体力、精神力、発想力などあらゆる観点から能力を試される数々の試験。

これらの試験をDクラスが挑戦したらどうなるか、頭の中でシミュレーションを重ねた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

展望デッキは少し人で賑わってきた。

相変わらず海しか見えないのだが、ずっと見ていられるから不思議だ。

 

わかってはいたが、把握している戦力ではDクラスは高確率で敗北するだろう。

オレが本気を出したと仮定しても、クラス単位での戦いでは焼け石に水

どうにもならない試験がいくつもあった。

つまりそんな状況になる前に、手を打っておかねばならない。

課題は山積みだな。

 

ただ、茶柱先生を満足させるだけの結果さえ残せれば、

ひとまずそれでいいというのがオレの考えだ。

 

本気でAクラスを目指すのは、オレの役目ではない。

 

 

「お待たせ―綾小路くんっ」

 

どうやら待ち合わせの人物がやってきたようだ。

これからする話を聞いて、どう考え、どう行動するかで

この先の未来は大きく変わるかもしれない。

 

お前がどんな選択をするのか見せてもらうぞ、一之瀬。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

どうする一之瀬&櫛田

「一之瀬、これからお前にとっての正念場がやってくる」

 

「うん。綾小路くん、私、全力で頑張るよ」

 

「恐らく簡単にはいかないだろうが、何が起きてもオレは全面的に応援するつもりだ」

 

「あ、ありが……と、ぅ」

 

「だから……オレにポイントを貸してくれ」

 

「んんんー!?」

 

「何も言わず10万ほど貸してくれ。そしてこれからオレがする()()()()を伝える。一之瀬も何も聞かず真似てくれ」

 

「えっと、えっとぉ??」

 

「オレたちにとって大事なことなんだ」

 

「わ、私たちにとって大事……」

 

「そうだ。決して後悔はさせない。オレを信じてくれ」

 

「わ、わかったよ。綾小路くんを信じる。ポイント、受け取って」

 

 

これがクルーズ船に乗ってしばらく経ってからの話。

 

綾小路くんに呼び出された私は、少しドキドキしながら彼の元を訪れたのだけど……

気づいたら10万ポイントを貸していた。

なんだかホストとかダメ男とかに貢ぐ女みたいになってない?

いやいや、綾小路くんはダメな人じゃないんだから、なんて一人でツッコミを入れる。

 

この行動にどんな意味があるかはさっぱりわからない。

けど綾小路くんが言うんだから何か大きな理由があるはず。

うーん、でもこれが何に繋がるのかな。

皆目見当がつかないとしても、Bクラスのリーダーとして、生徒会を目指す者として、思考を放棄するわけにはいかない。

 

そんな風に星之宮先生と一緒に来たエステで振り返っていると

 

「先生はねぇ、綾小路くんが怪しいと思うんだけどなぁ」

 

ふいに先生から彼の名前が出てきて思わずびくっと反応してしまう。

 

「んー?どうしたの一之瀬さん」

 

「い、いえ、マッサージが気持ちよくって」

 

「そうよねー。生き返るー」

 

「ですねー」

 

よし、誤魔化せた。二日酔いしていないときの星之宮先生は妙に鋭いところがある。

万が一の時はお酒を飲ませようかな、なんて冗談を考えていたら唐突に話題が戻る。

 

「で、綾小路くんについてなんだけど、一之瀬さんはどう思ってるの?」

 

「え!?いえ、まだ、まだわからないです。た、ただの友達ですからっ」

 

「え、何の話?」

 

「え、何の話ですか?」

 

「彼がDクラスの秘密兵器なんじゃないかって話よー」

 

「あ~」

 

先生の話は上の空で聞いてたからとんでもない勘違いをしてしまった。

Dクラスはクラスポイントを0にしてしまったりと今のところ目立った活躍はないんだけど

平田くんや田さんをはじめとする人望の厚い生徒に、堀北さんという頭の回る生徒もいる。

ちょっとしたきっかけで躍進する可能性を秘めていることは間違いないと思う。

そして実は生徒会に入って活動中の綾小路くん。

クラシックの旋律と共にピアノを演奏する彼の姿が浮かぶ。

 

「ま、まあその話は置いておいて、実は先生にお願いがあるんです」

 

そうして私はこれから大事になるであろう本題へと切り込むことにした。

別に話題を逸らすためじゃない、うんうん……最近の私はどこかおかしい。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

一之瀬からポイントを借りたオレは、次の予定まで時間があるので探検していた。

船内には様々な店があるようだが、基本的にどこも無料で使うことができる。

流石にお土産品などは別途ポイントが必要になるようだが、普通に楽しむ分には十分過ぎるサービスだろう。

国の支援があるとはいえ、財源が気になるな。

 

なんて思っていると、携帯にチャットがきた。

 

『今から少し会えないかな?』

 

時間もあるし丁度いいタイミングだ。

 

「はぁぁー」

 

チャットの差出人である佐倉に近づくと、悩み事か大きなため息をついていた。

 

「どうしたんだ?」

 

「わぁ!?綾小路くんっ」

 

後ろから声をかけたせいか、驚かせてしまったようだ。

須藤のように「さくらぁぁぁぁ」と叫びながら近づくべきだったか。いや、状況が悪化するな。

 

「驚かせたみたいで悪いな」

 

「ううん、私が変に緊張してただけだから」

 

顔を真っ赤にしながら両手を顔の横で振る佐倉。リアクションの大きさなら、橘と勝負できるかもしれない。

 

「実は、ルームメイトの事で悩んでて……」

 

佐倉のルームメイトは、篠原、市橋、前園の3人。どの生徒も気の強いタイプだな。

人付き合いを苦手とする佐倉には荷が重い相手だ。

上手く会話もできないため、これから2週間どうすればいいかわからず不安とのことだった。

 

最近話す機会がなかったので、どうしているかと思っていたが、佐倉なりに頑張ろうとしている様子。

何かしらのアドバイスを送ってあげたい。

 

「他はわからないが、篠原相手には昼ドラの話題が効果的だと思うぞ」

 

「え、そうなの!?うーん、昼ドラかぁ……アイドル時代、同じ事務所で出演してた子がいたような」

 

「絶対その話、食いつくな」

 

「それでそれで」と迫ってくる篠原の姿が想像できる。

それはそれで佐倉が対応しきれるかは怪しいが。

 

「やっぱり綾小路くんに相談してよかった。生徒会とか学力とか何だか遠いところにいっちゃった気がしてたけど……綾小路くんは綾小路くんだね」

 

確かに生徒会室は教室から遠いもんな、といった物理的な距離の話ではないのだろう。

オレとしても全く変わったつもりはないから、佐倉が気にしていたことはよくわからない。

 

「あれ?綾小路くんと佐倉さん。こんなところで何しているの?」

 

まおうくしだが あらわれた!

あやのこうじは みをまもっている。

さくらは にげだした!

 

「ごめんね、声をかけない方が良かったかな」

 

去っていく佐倉を引き止めることができず、申し訳なさそうにする田。

 

謝ることではないのだが、出て来た時のオーラがいつもの田とは違わなかったか?思わず身構えてしまった。

 

「実は綾小路くんにお願いがあって探してたんだ」

 

裏の顔があると知っていても、この上目遣いでものを頼まれると思わず二つ返事でOKしてしまいそうで恐い。

周囲に人がいないことを確認して田は話し出した。

 

「前に少し話したよね。もし私と堀北さん、どっちかの味方をしなくちゃいけなくなったらって話。その答えを聞きたいと思って。綾小路くんは私を選んでくれるかな?」

 

なんとも返事に困る問いだ。

 

「生徒会としては、正しい方の味方だな」

 

「そういうんじゃなくて。もう仕方ないなー遠回しに言ってもダメってこと?なら直接言ってあげる」

 

なら~辺りから声が低くなり、田が正体をあらわした。黒田さんの登場である。

 

「あんたの生徒会の権力使って、堀北鈴音を退学にしてくれないかな?」

 

「それは——」

 

なんとも物騒な話だ。ここまで田に嫌われるなんて、何をやらかしたんだ堀北。

 

生徒会に退学権限などないわけだが

須藤暴行事件のように裁判のきっかけを作って、審査を担当し問答無用で退学の判決を出せば可能ではある。

 

「特に堀北を庇う理由もないが、田の言うことを聞いたところで、オレに何のメリットもないな」

 

「あんた、あの制服のこと忘れたんじゃないでしょうね」

 

田の胸の部分にオレの指紋がついた制服。それを武器に交渉する魂胆か。

 

田、それは悪手だぞ。もしそんな脅しをされたら、訴えられる前にお前自身が消されても文句は言えない。仮に訴えが通ったとして裁判するのはどこの誰だ?この手の被害の場合、一般的には女性側の立場が強いかもしれないが、この学校は実力主義。どちらが有利になるか言わないとダメか?」

 

実際のところ、堀北兄ならその辺りは平等に判断して裁くし、南雲はオレに不利になるよう動きそうだしで、ハッタリ以外の何物でもない。

どちらにせよ、あの制服は証拠にならないと踏んでいるので問題はない。

 

「裏切るつもり!?」

 

裏の顔のことを口外しないと約束しただけで、別に協力関係になった覚えはないのだが……

こちらが反撃に出てくるとは思わなかったのか、今にも噛み付かんとする田をなだめる。

 

「早合点するな。あくまで、もしもの話だ。お前の願いを聞かないとは言っていない」

 

「あぁ、そういうこと。何がお望みなのかな?私のお願いを果たしてくれたなら、私もなんでもお願い聞いちゃうかもよ?」

 

「まだ勘違いしているようだな。お前は交渉の席にすら立っていない」

 

「はぁ?」

 

「現生徒会長の妹を退学させろっていうんだ。こちらのリスクは相当なもの。それに見合うだけの価値がお前にあるか証明できるのか?まぁ無理だろうな」

 

渾身の色仕掛けが肩透かしを喰らったことで田の怒りが爆発寸前だ。そろそろ頃合いか。

 

「お前とオレではすでに立場が違う。お願いがあるなら、まずはお前が堀北より役に立つかどうか成果を見せろ。それをもって協力するに値するか判断する。それが道理だ」

 

深く冷たく言い放つ。

 

今の田の感情を一言で表現するなら『悔しい』だろう。

優位に立っていると見下していた相手から散々馬鹿にされて、お前には価値がないと言い切られる。

これ以上ない屈辱。そこから生まれる反発。

 

悔しさは強力な原動力になる。

『見返してやる。私の方が上だと証明してやる。絶対後悔させてやる』

田の中には今、そんな感情が芽生えているだろう。

 

そうして視野が狭くなり錯覚する。

この気持ちを晴らすためにはオレの言う通り成果を出すしかない。

成果さえ出せば堀北も退学になるし、その事実を上手く使えば今度はオレを脅せるかもしれない。

一時の我慢の先には自分の望む世界が待っているのだと。

 

「わかったよ。綾小路くんの役に立ってみせるね。つまりAクラス昇格の手助けってことかな」

 

怒りで震える身体を抑え込み、いつも通りの田に戻る。

 

「ありがとう。少し乱暴な言い方になって悪かったが、お互いにとっていい結果になるといいな」

 

田ならこれまでの会話を録音ぐらいしているだろう。

弱みになるような発言や不用意な確約はしない。

 

唐突な提案だったため、強引な手を取ったがこれでしばらく時間は稼げるはずだ。

あの2人の問題を解決するにも、まずは時間がいるからな。

 

今のところ堀北を退学にするつもりはないが

下手に協力を断れば、他クラスへと今の話を持ち込む可能性がある。

そこまでいかずとも堀北を退学するために妨害行為を繰り返されても厄介だからな。

それならば矛先がオレに向かうようにして、こちらの協力もさせる。

気を抜けば寝首を掻かれかねない歪な関係でも、こちらが有用だと思わせているうちは裏切る可能性は低い。

駒としてはそこそこだ。

 

それにしても——後頭部にチリっと微かな電気が走る。

以前田は言っていた。「まずはお互い信頼できる関係を作らなきゃね」と。

もし本当に田にその気があって、今回の話がそのような信頼関係を構築できていた後での相談であれば、もっと違った結果になっていたかもしれない。

 

日の沈んでいく赤く染まった海を見つめながら

決定的なまでの田との決裂を、ほんの少し淋しく思わずにはいられなかった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

『——だが、空は自由。暗い地の底にも希望のタネはある』

 

ダイダロスがイカロスへ翼を授ける。

 

担任の茶柱先生に相談があると連絡をしたところ、この劇場内で会う約束となっていた。

なぜか一緒にイカロスの舞台を観る羽目になったが、面白く鑑賞できたのでよしとする。

舞台は茶柱先生の趣味なのだろうか。

 

「生徒会の調子はどうだ、綾小路」

 

「ぼちぼちですね。迷惑をかけないくらいにはやってますよ」

 

「そうか。お前はそういうことに興味がないと思っていたのだが、この前のテストといい、やっとやる気を出したと思っていいのか?」

 

「やる気に関しては微妙なところですが、Dクラスを上のクラスに上げるだけのことはするつもりです」

 

「それは何よりだ。こっちも茶道部の顧問を引き受けた甲斐がある。それで相談とは何だ?」

 

「はい、茶柱先生にポイントでお願いがあります」

 

「ほう、何か買いたいものでもあるのか。それとも――」

 

「そんな難しい話ではありません」

 

そうしてオレは一之瀬から借りた10万ポイントすべてを茶柱先生に渡した。

これで特別試験に向けた準備は整った。試験内容はわからずとも、結果はすでに決まっている。

 

オレが全力で「Bクラス」を勝たせるのだから。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「龍園、あんたの指示通り綾小路を張っていたら一之瀬からポイントもらってたわよ」

 

「クク、面白れぇ話じゃねえか、伊吹。で、なんで一之瀬はポイント渡したんだ?」

 

「離れて様子を見てたんだからそこまではわかんないわよ。ポイント受け取ってとか言ってたのがギリギリ聞こえただけ」

 

「ま、大体の見当はつくがな。仲良しこよしのいい子ちゃんクラスと思っていたが、少しは楽しめるかもな」

 

「にしてもあの綾小路ってやつ何なの。いろんな女と取っ替え引っ替え会っててくだらない。途中で切り上げさせてもらったけどいいわよね」

 

「あいつは女のケツを追いかけるのが趣味なんだろうよ。金魚の糞らしいぜ」

 

炭酸水のビンを開ける音が薄暗いバーに響いていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

やっぱり旅行参加しますね~とばっちりの葛城~

クルージング2日目の朝。

同室で誰かと一緒に眠るというのは何だかとても落ち着かず、少し早めの時間に目が覚めてしまった。

二度寝を決め込んでも良かったのだが、せっかく壮大な海原にいるわけで。朝日でも拝むことにした。

 

ルームメイトを起こさないよう、静かに部屋を後にする。

高円寺がいなかった気がしたが、あいつのことは考えるだけ無駄だろう。

 

展望デッキへと足を運び、手すりに体重を預け少し乗り出し気味に海を眺める。

朝日が海面に反射して眩しく輝いていた。風を切る感覚も気持ちがいい。

学校の敷地も東京湾に面した埋め立て地。同じ海なら大差ないと思っていたのだが、こんなにも違うものなんだな。

 

早朝ということで周りに人影はなく、船の進む音だけが静寂を破りあたりを包んでいた。

早起きも悪くないな。

 

そうしてしばらく海を眺めていると、コツ、コツ、コツと音が聞こえてくる。

 

確かに聞こえてきたのだが、気づかないフリをして海を眺め続けることにした。

振り向くとロクなことにはならない。願わくばそのまま通り過ぎて欲しい。

 

「おはようございます、綾小路くん。いじわるはそのくらいにしていただけませんか?」

 

やはりオレが目的だったか。声を掛けられたからには観念するしかない。

そうしてオレは声の主——坂柳の方へと振り返った。

 

「昨日は楽しそうに過ごされていたので、声を掛け損ねてしまいました。よろしければ少しお話しませんか?」

 

「そうだな、あそこのベンチにでも移動するか」

 

早朝とはいえ、いつ人が来るかわからない。話をするならあまり目立たない場所がいい。坂柳を立たせ続けるのも気が引けるしな。

 

「ふふ、お気遣いありがとうございます」

 

坂柳と話すのは特別棟に呼び出されて以来か。

すぐに夏休みになったこともあり、これまで顔を合わせることもなかった。

大胆な宣戦布告だったため、次の日にでも何かしらのアクションがあるのかと思っていたのだが……

 

「綾小路くんとお話しできると思うと緊張であまり寝付けなくて。今朝もすっかり目が覚めてしまったので少し散歩をすることにしたんですが……こうして綾小路くんに出会えるなら寝不足も悪くないですね」

 

ベンチに着くなり、そう口にする坂柳。

まだ坂柳がどんな人物かわからないため、どこまで本気で言っているのか判断できない。直接聞いてみるか。

 

「どこまで本気なのかわからないな」

 

「全部ですよ、綾小路くん。本当はこんなクルージングに興味などなかったのですが、あなたがいるとわかりましたからね。無理を言って参加することにしたんです」

 

身体にハンデを負っている坂柳。クルーズ船は滅多なことでは揺れないが、それなりに広い上に、プールなどの一部施設を使えないとなれば楽しさも半減だろう。

 

「でも話したいだけじゃないんだろ?」

 

「もちろんです。綾小路くんと勝負できると思ったからこその参加ですから。こんな機会逃すわけにはいきません」

 

坂柳はこのクルージングの本当の目的も察している様子。

オレの周りでもそのことを想定し警戒している人物は少数であったため、それだけでも一定以上の実力は見込める。まぁオレの人脈が狭いだけかもしれないが。

 

「どうしてオレにこだわる?この学校は、いろんな才能を持った生徒で溢れている。いくらAクラスだからと言って、勝負相手が不足するとは思えないな」

 

「おかしなことをおっしゃるんですね。私は戦闘狂ではありませんよ。勝負相手は『誰でも』ではなく『綾小路くん』でなければならないんです」

 

「オレがホワイトルーム出身だからか?」

 

「正確にはホワイトルームの最高傑作だから、ですね。人工的に作られた天才は所詮、紛い物。生まれながらの天才には敵わないことを証明するのが、私の使命ですから」

 

「……使命か」

 

使命の話をするのであれば、日本の未来のため、世界各国で活躍する天才たちに勝てる人間を大量に生み出すことがホワイトルームの使命。坂柳とオレは見事なマッチアップだろう。

ただし、それはオレがホワイトルームにいた場合の話。

 

坂柳には悪いがそんな使命を背負った勝負には興味が持てない。

唯一関心があるのは、本当に坂柳がオレに勝てる可能性を秘めているか、ぐらいなもの。

 

「すみません、綾小路くん。すっかり熱が入ってしまいました。せっかくお話しできるんです、もっと色々なお話をしましょう」

 

そうして他愛のない話をする坂柳。

ライバル心をむき出しにしたかと思えば、こうやって無意味とも思える時間を過ごそうとしたりする。会話からこちらの人となりを探り、思考パターンでも読み取ろうという試みだろうか。

適当に相槌を打っているだけのオレと話しても楽しいことはないと思うのだが、坂柳は終始微笑んでいた。

 

ピンポンパンポン——場内にチャイムが鳴り、船内アナウンスが流れた。

 

『これより大変有意義な景色をご覧いただけます。生徒の皆さんはぜひご覧ください』

 

「どうやらここまでのようですね。残念ですが私は無人島には上陸できませんので、次お会いできるのは一週間後になってしまいます」

 

「そうか」

 

「今回は機会に恵まれませんでしたが、まだクルージングは続きますから……その時を楽しみに待つことにしましょう。余計なお世話かと思いますが、無人島での活躍を心から期待させてもらいますね」

 

「さて何のことだ。オレは無人島で楽しく遊んでくるだけだぞ」

 

「ふふふ、それはそれで綾小路くんにとって大事なことかもしれませんね」

 

他の生徒がぞろぞろとデッキへ出てくる音がする。

それに合わせて「またお会いしましょう」と坂柳は立ち上がってゆっくりと客室へ帰っていった。

 

坂柳は流石に無人島での特別試験には不参加か。

1週間後、残りの日程で他にも試験があるかどうかはわからない。

だが、もし対決することになったらバカンス気分ではいられなくなるかもしれないな。

 

これから上陸するであろう無人島の有意義な景色を眺めながら、1週間後の戦略を立て直すことにした。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ではこれより、本年度最初の特別試験を行う」

 

無人島に上陸するなり、Aクラス担任の真嶋先生から発せられた突然の通達。あたりは騒然となる。

 

本来は無人島のペンションで1週間ほどのバカンスを楽しもうという予定。そんなところに、聞きなれない特別試験という言葉。

混乱もするだろう。

オレも事前に情報を掴んでいなければ少しは動揺したかもしれない。

 

「期間はこれより1週間。無人島でのサバイバル生活が特別試験となる」

 

そんな周りの状況に構わず説明は続いた。

 

要するに

 

・試験用に300ポイント支給され、この無人島ではそのポイントを使用して、生活に必要なものが購入できる

・1週間後の試験終了時に残っていたポイントは、そのままクラスポイントとして還元される

・リタイアは1人につきマイナス30ポイント

・試験ポイントをすべて使い終わった後、マイナスになることがあっても通常のクラスポイントから引かれることはない

 

だが、あくまでもこの特別試験のテーマは「自由」だという。

これをどう捉えるかがポイントになりそうだ。

 

その後、クラスごとに分かれて詳細の説明が各担任より行われた。

 

ペナルティもあるようで、先ほどのリタイア以外には

 

・環境を汚染する行為の禁止(マイナス20ポイント)

・毎日朝8時、夜8時に点呼を行い、不在の場合1人につきマイナス5ポイント

・他クラスへの暴力、略奪、器物破損が発覚した場合、その生徒の所属するクラスは失格、対象者のプライベートポイント全没収

 

そして試験後にクラスポイントになるボーナスポイントについて

 

・クラスで1人リーダーを決めて、そのリーダーにはキーカードが支給される

・島にあるスポットでキーカードを使用することで、その場所を占有できる

・占有した場所はそのクラス、またはそのクラスが許可した生徒のみ使用できる

・占有1回につき1ボーナスポイントが支給され、8時間毎に占有権がリセットされる

・キーカードはリーダーのみ使用可能で、リーダーは正当な理由なく変更できない

 

 

そして大事なのが、最終日7日目の点呼の際に他クラスのリーダーを当てる権利が与えられること。

リーダーを当てれば、当てた数につき50ポイントプラス、外せばマイナス50ポイント。

また、リーダーを当てられたクラスはその分マイナス50ポイント&ボーナスポイントの無効化。

 

スポットはなるべく占有したいが、安易にリーダーがバレるような行動はできない、ということだ。

 

ちなみに、生徒の安全を考え、バイタルチェック&GPS機能付きの腕時計が支給されて常時監視されている。

外すとそれだけでペナルティという代物なので扱いには注意が必要だろう。

まさか転んで壊すドジな生徒なんていないよな……

 

説明を聞きながらマニュアルをめくり、いくつか確認したいことを見返した。

戦略的に問題がないことがわかったため、あとはどう動き出すかだけなのだが……

 

とそんな時、「やっほ~」とBクラスの星之宮先生がやってきた。

 

「……何している」

 

「えー、何って、サエちゃんどうしてるかなーって」

 

「他クラスの情報を盗み聞きするのは言語道断だ」

 

「そんなことしないよー。あ!綾小路くんじゃない。久しぶり~」

 

以前職員室で話したことがあるが、普段は保健医の星之宮先生と顔を合わせる機会は少ない。というか、保健医が担任って結構レアじゃないか?

 

軽く会釈して答えるとこっちに寄ってくる。

 

「聞いたよ~、生徒会に入ったんだってねぇ。うちの一之瀬さんを差し置くなんて生意気だぁ」

 

と、こちらの脇腹を小突いてくる。

 

「学期末テストも満点だったって〜、先生びっくりしちゃったなぁー」

 

どうやら、オレに探りを入れに来たようだ。となると逆に利用するのも手だな。

 

「ちょっと待っててください」

 

星之宮先生を呼び止め、マニュアルの白紙ページを破り、ペンで必要事項を記載する。

 

「せっかく来てくださったんです。これを持っていってください」

 

そうしてメモを星之宮先生に託す。

 

「んんー、ラブレターかなぁ?」

 

「当たらずとも遠からず、ってとこですかね」

 

「うーん、生徒との禁断の恋に憧れないわけじゃないけどぉ、そういうのは卒業してからよ~」

 

どこまで本気かわからないが、それは置いておいて、周りに聞こえないように顔を近づけてヒソヒソと言葉を交わす。周囲の生徒から注目を浴びているが気にしない。

 

「そこまでにしろ。これ以上は学校に報告することになる」

 

「綾小路くんがあんまりにも大胆だったから、ちょっとだけサービスしてあげようかと思ったのに~」

 

茶柱先生が睨みを効かせると、残念と言った表情で立ち去る。星之宮先生がBクラスに戻ったのを確認したのち、こちらを向く。

 

「邪魔が入ったが、以上がこの試験のルールだ。後はお前たちで考えて行動するように」

 

そういって一歩下がる。生徒たちを見ているようで、意識はこちらに集中している。

期待しているぞ、という心の声が聞こえてきそうだ。

 

だが、こちらにも都合がある。今回はただ勝てば良いわけではない。

そのためにも、そろそろ動きたい。

 

そう思い周囲を見渡す。

Dクラスは、ルールを聞いても消化しきれずに混乱しているものも多いな。

また、女子がダンボールの簡易トイレは嫌、シャワーが欲しいなどとポイント使用派、池や幸村たちサバイバルでどうにかしてポイント節約派に分かれて言い争っている。

これに関してはいつものDクラスといった感じで、地元に帰ってきたような安心感があるな。例えておいてなんだが、地元に帰った、なんて経験がないので憶測だが。ただ、ホワイトルームに帰ってもそんな気持ちにならないことだけはわかる。

 

そんな不毛な争いをしている間に、他のクラスの姿が次々と消えていく。

早々と方針を決めて移動したのだろう。

Dクラスには、他クラスのようなまとまりがない。

それは、まとめ役の平田が平和を愛する平等主義者であることも一因だが、一番の問題は意識の差にある。

Aクラスを目指すなら、まずはそこを改善するべきだろう。

Dクラスは、平田や堀北などリーダーになれそうな柱の存在はあっても、不良品の名の通り、土台が崩れている状態だ。

これでは柱を建てて団結するまでに時間がかかる。もちろん、他クラスは待ってくれない。どんどん先に進んでいくだろう。

 

頃合いだと思い、争いの仲介に入っていた平田を手招きして呼び、こちらの考えを伝える。

 

「それは本当なのかい、綾小路くん」

 

「あぁ。平田もさっきの様子は見ていたろ」

 

半信半疑ではあるだろうが、平田の性格からすると信じるしかない。

なぜならこの提案が一番平和に場が収まる作戦だからな。

 

「それじゃ後は頼む」

 

あとは平田が上手くやってくれるだろう。面倒ごとを押しつ——平田を信用して、オレは1人森の中へ消える。

 

 

無人島試験初日。

オレたちDクラスは各々森の中を彷徨い歩いた結果、ついにキャンプ地を見つけることはなかった……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クク、0ポイント作戦だぜ

くだらない言い争いをしているDクラスの雑魚共を尻目に、オレは森の中を進む。

 

「龍園さん、どこ行くんスか。お供しますよ」

 

「石崎、いつからてめぇはオレの動向を探れる立場になったんだ?」

 

「す、すみやせん」

 

「バカにはバカの仕事があるだろ。とっとと指示通りに動きやがれ」

 

「は、はい!」

 

Cクラスの連中には手頃なビーチを探させている。なんせこれからバカンスだからな。

馬鹿な連中には今回の作戦の全容など説明するだけ時間と体力を浪費するだけで、むしろリスクが増えやがる。

 

しばらく歩くと目当ての人物の姿が見えてくる。

 

「クク、やけに早いご到着じゃねぇか。別にこんなとこに罠なんざ仕掛けやしねぇよ」

 

「お前は油断ならん男だからな。それでわざわざ呼び出したんだ、リスクに見合うだけの話を聞かせてもらえるんだろうな」

 

目的の男、Aクラス派閥争いの渦中にいる人物、葛城と接触する。

 

「俺は気兼ねなくバカンスを楽しみたい。お前は成果を出してリーダーの地位を確立させたい。それが叶う取引さ」

 

俺は予め用意しておいた誓約書を葛城に見せる。

 

①200ポイント分の物資をAクラスに譲渡する

 

②B、Dクラスのリーダー情報を入手し、Aクラスに提供すること

 

①と②が遂行された場合、今後卒業まで毎月Aクラス1名につき2万プライベートポイントを龍園翔に譲渡すること

 

「お前が生徒会に立候補して落ちて以来、クラス内での地位が揺らいでんのは知ってんだぜ?しかも、その後Dクラスのやつが生徒会入りしたってな。お前はD以下の価値って言われたようなもんだ。Aクラスのエリートちゃんたちは、そんなやつの下には付きたくねぇよな」

 

「貴様……なぜそれを」

 

「ここがラストチャンスじゃないのか?悩みの種の坂柳は今回は不参加。その隙に結果を残せば、坂柳派に寝返ったやつらも戻ってくる。評価が上がって生徒会にも入れるかもしれないぜ」

 

「……交渉成立だ。だが、クラスリーダーについてはお前の証言をそのまま信じるわけにはいかない。カードの現物か証拠画像を用意してもらおう」

 

「クク、良い決断だぜ。条件もそれで問題ねぇ」

 

「オレはクラスメイトから同意を貰いに戻る。書類はその後、購入希望品のリストと共に届けよう」

 

こうしてオレは葛城に契約を結ばせた。

せいぜいこの1週間勝った気になって楽しむんだな、葛城。オレも試験終了後のお前の姿を想像して楽しむとするぜ。

 

この特別試験のルールを聞いてオレは勝ちを確信した。

この学校にはマジメちゃんが多いからな。この試験を『ポイントをどれだけ節約して過ごすか』が大事、なんて思ってるだろうよ。

 

だが、実際は逆だ。最初の300ポイントはすぐに使っちまった方が取れる戦略が広がる。

0ポイントになった後はマイナスにならないのが、学校側もその可能性を見越している証拠。

一度0ポイントにしちまえば、ほとんどのペナルティはただのお飾り。制約のない中で自由に行動できる。

そのアドバンテージを活かせば他クラスのリーダーを割り出すのはたやすい。そうして最終日に3クラスのリーダーを当て、スポットポイントも含めれば180ポイントは稼げる。

 

それに対してBとDクラスの最終結果は

Aクラスにリーダー情報を渡すことでAとCクラスからリーダーを当てられることになる。よって、合計からマイナス100ポイント、ボーナスポイントも無効になる。上手くやっても100ポイントちょっとしか残せねえ。

 

Aクラスについても問題ない。船上で坂柳派の橋本がこちらに協力したいと接触してきた。恐らく坂柳の指示だろうな。試験内容はわからねぇはずなのに、予めいくつかのパターンを想定して部下に作戦を伝えているんだろうよ。この学校で少しは楽しめそうなヤツだ。

坂柳派は食えねぇやつらだが、この試験での狙いは葛城の失脚だろう。あいつが不利になるこちらの戦略を邪魔してくるとは考えにくい。上手く利用させてもらうぜ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

ビーチに陣取ったクラスの連中と合流する。バカンスの準備は整ったようだ。

クク、飴と鞭とはよく言ったもんだぜ。たまにはイイ思いをさせてやらねえと生意気にも反抗心を抱くヤツが出てくる。

独裁者としてクラスを支配するには『暴力』が一番だ。

実際このクラスの連中も暴力で黙らせた。だが、支配を続けていくには暴力だけじゃ足りねぇ。

こいつについていけばイイ思いができる、自分も勝ち馬に乗れるんだと信じ込ませる必要がある。それには適度に欲望を満たしてやらなきゃならねえ。

 

本来、無人島での集団行動によるクラスの結束を目的とした試験なんだろうが、そんなもんオレのクラスには必要ねえからな。馬鹿どものストレス発散の場としても使わせてもらうとする。

 

さて、この作戦の仕上げに入るか。

 

「金田、伊吹、こっちに来い」

 

金田と伊吹。どちらもこのクラスの中じゃまだ使える方だ。2人を連れて森に入る。

 

「今からお前らに重要な任務を与える」

 

「はぁ!?なんで私があんたの言うこと聞かなきゃいけないわけ」

 

案の定、伊吹のやつは反抗しやがる。だが、こいつの扱いは簡単だ。

 

「クク、これは勝負だぜ、伊吹。この任務を見事果たしたらお前の勝ち、失敗したらお前の負けだ」

 

「わけわかんないんだけど」

 

「この任務は成功して当たり前だ。そんな勝負から逃げるような腰抜けにはやっぱり任せるわけにはいかねぇな。石崎のバカにでも代わってもらうか」

 

「はぁ?やらないとは言ってない。私が勝ったらわかってるでしょうね」

 

「あぁ、今後お前に構わないでおいてやるよ、お前は自由だ」

 

まぁ嘘だがな。なんやかんやでこじつけて上手く扱ってやる。こいつは馬鹿だが、格闘技経験者として腕は立つ。兵隊として利用価値は大いにある。

 

「それで龍園くん。我々は何をすればいいんですか」

 

金田の方は頭はいいが、面が残念だ。

ある程度の悪巧みもできるタイプだが、運動面では役に立たねぇ。従順な面を含めて伊吹とは真逆の野郎だ。

 

「なに、簡単なことさ。お前はBクラス、伊吹はDクラスに潜入して、クラスリーダーが誰か探ってこい。で、このデジカメでキーカードの写真を撮ったら、トランシーバーで連絡をよこせ。てめぇらの失敗はクラスの敗北だ。身を粉にして働けよ」

 

Bクラスには金田と同じ美術部の白波がいるから潜入しやすいだろう。どちらにせよ、あの一之瀬のクラスだ。困っているやつなら敵のクラスでも受け入れる確率は高いがな。

 

Dクラスは伊吹が適任だろう。喧嘩っ早い馬鹿共には同類をぶつける。Dクラスのヤツらもこの手の相手は慣れてる分、扱いやすいだろうが、万が一暴力沙汰になろうものなら、ペナルティでクラスごと退場も狙える。それに綾小路って野郎は女好きらしいからな、伊吹なら……まぁナシとまではいかないだろう。こいつはこいつで味がある。

 

「はぁ?そんなの無理に決まってるでしょ。自分たちの拠点に他クラスの生徒を受け入れるわけないじゃない」

 

ククっ、こいつはイチイチ「はぁ?」とリアクションしねえとしゃべれないのか?

 

「はなからお前らの演技には期待してねぇよ。オレから最高の策を授けてやる」

 

そう言いながら金田を思いっきりぶん殴る。思ったよりもぶっ飛んでいったが、リアリティが増していいだろう。

続いて「はぁ?」という目で見ている伊吹の左頬を殴る。こいつは飛んでいかないどころか、反撃で蹴りを入れようとしてきやがった。悪くねぇ。

 

「そうだ、オレを憎め。その感情が本物ならあいつらも騙せるだろ。わかったならもういけ」

 

そうして各クラスにスパイを潜り込ませる。

あとは適当にバカンスを楽しんで、クラスの連中をリタイアさせる。それに紛れてオレもリタイアしたふりをすれば完成だ。

クラスで盛大にバカンスを満喫する姿を見てオレが試験を捨てたと勘違いした他クラスの奴らは、Cクラスを警戒から外し、スパイをスパイだと疑うことを放棄する。

 

そしてスパイが掴んだリーダー情報を葛城に流し、潜伏したオレも最終日リーダー当てに参加する。

 

これがオレの考えた0ポイント作戦の全容だ。

正直、葛城とプライベートポイントの契約を結んだ時点であとはオマケでしかないが雑魚の悔しがる姿をみたいからな、ちょっとだけ遊んでやる。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「ククク、ネリエがうまいぜ」

石崎に持ってこさせた炭酸でのどを潤す。

アルベルトにはビーチパラソルを持たせ、日陰を作り、ビーチチェアでくつろぐ。

 

少し前、Bクラスのキャンプ地を発見したと金田から連絡があった。

今頃、上手く潜入したことだろう。

 

そろそろ伊吹から連絡も来る頃合いか。アイツも顔を腫らしていたからな。平田や田といったお利口ちゃんが仕切るDクラスも放っては置けないだろう。

 

と、そんな時だった。トランシーバーから伊吹の声が聞こえてきた。

 

「ちょっと龍園。Dクラスのやつら、島中バラバラになってうろついててベースキャンプすら決まってないみたいなんだけど!」

 

「はぁ!?」

 

思わず伊吹のようなリアクションを取っちまったじゃねえか。Dクラスは馬鹿な奴らだとは思っていたが、ホントに救えねぇな。

 

……いや、本当にそうか?こんな時に、仲間割れをしてまとまることなく、うろついているなんてあり得るか?

以前、石崎達を使ってDクラスにちょっかいをかけたが失敗に終わった。

その時は偽の監視カメラを使ってあの馬鹿たちを騙したみてぇだが——発案は堀北鈴音、ということで俺なりに探りは入れている。

能力は優秀だがクラスで孤立した存在。駒としてそばに置いているのは綾小路だけだ。

 

そこまでなら注目するほどでもないが、あの暴力事件のあと、綾小路は生徒会に入った。葛城にはDクラス以下だと煽ってやったが、生徒会に入れたのは、まず間違いなく実力ではなくコネクションでの結果だろう。

鈴音は現会長の妹だって話だ。自分の駒を生徒会に入れることで、今後似たような事件が起きても優位に裁判を行う腹積もり。その綾小路も全くの無能というわけではなく、勉強はできるようだ。金田みたいなタイプかもしれねえな。

 

そこまでの対策をしてきたヤツらが、こんな無能っぷりを晒すだろうか。所詮クラスで浮いたボッチ風情には、クラスをまとめる力はなかったのか。

 

ベースキャンプを決めていないということは点呼にも参加できねえ。

つまり、40人×5ポイントの200ポイントのマイナスが確定する。

時計を見るとすでに19時を回っている。点呼の開始時間は20時。

 

残り1時間でキャンプ地を決めることはできるだろう。

だが、広い無人島、明かりのおぼつかない中で各地に散らばった生徒を集めるのは不可能に近い。全員がトランシーバーを持っていればできるかもしれねぇが……

 

「伊吹、そいつらトランシーバーでやり取りとかしてたか?」

 

「いや、そんな様子はなかったわよ」

 

そうなるとうろついているのは他クラスを欺くブラフか?ブラフだという線を考えると、最終的には支給されたテント類を持ってるヤツのところに行くはずだ。

 

「ヤツらのテントはどうなってる。そいつのところに居れば集まってくるはずだ」

 

「テントなら早々に森の中に放置してた。重たそうだし、持っていく担当すら決めきれなかったんじゃない?」

 

全く訳が分からねえ。素直にDクラスが間抜けだと認めた方がすんなりいくぜ。

 

「だれでもいい。Dクラスの連中の後をつけておけ」

 

「わかった」

 

「20時までに合流しないようなら、また連絡しろ」

 

何が起こってやがる。まったく馬鹿どもに振り回されるのはごめんだぜ。

すでにこちらもポイントを使い切っているため、簡単には作戦の変更ができない。

 

石崎が恐る恐る口を開く。

 

「あの、龍園さん。ちょっと前にDクラスの金髪マッチョがリタイアしたのをみたってやつがいるんすけど……」

 

「なんだと」

 

まさかヤツらも0ポイント作戦を実行しているのか?

だとすれば点呼を気にしない理由にも説明はつく。人数を絞った少数精鋭でリーダー当てに注力する作戦かもしれねえ。だが、拠点がないなら購入した物資はどこだ。

 

そこまで考えて1つの可能性にたどり着いた。

 

「おい、石崎。急いでBクラスのベースキャンプを覗いて、どのぐらい物資があるか報告しろ」

 

「へい」

 

すでにBクラスに潜伏した金田には連絡はできない。

合流する前にBクラスの拠点を発見した報告は受けていたので、その場所に石崎を走らせる。

 

数十分後、戻ってきた石崎から報告を受ける。

 

「Bクラスのやつら、かなりポイントを使ったみたいです。テントもたくさんあったし、仮説トイレも2つあって、食料も充実してましたよ」

 

「ククク、なるほどな。Dクラスの馬鹿どもなりに考えたわけだ」

 

オレがAクラス相手に取引をしたように、DクラスはBクラスと何らかの取引をしたということ。

いや、例の事件でも一之瀬が手を貸していたらしいから、むしろBクラスがDクラスを利用した線が濃厚か。船上で一之瀬が綾小路にポイントを渡していたのは、試験を見越しての賄賂だろう。

そういや、ルール説明の際に星乃宮がDクラスで綾小路と何かを話していた。あれが試験内容を聞いた一之瀬からの取引内容の伝達だったならつじつまが合う。

 

いづれにせよ、一之瀬はただの良い子ちゃんだと思っていたが、食えねぇ部分もあるってことだな。そう想定すると色々と腑に落ちる。Dクラスが島をうろついていたのは取引内容に関する理由だろうな。島の地形、スポットの情報収集、その提供といったところか。見返りまではわからないが、Dクラスとしても雑魚連中が無駄に1週間、試験を続けるよりも十分な成果を上げられるはずだ。

 

種さえわかっちまえば怖くもねぇ。

Dクラスの拠点がないってことは、戦術が限られてくる。

オレの様に単独で潜伏しリーダー当てに備えるなら、スパイの存在が必要だ。

スパイを使わず、少数精鋭でリーダーを当てのチームを編成したのなら、必要な食糧など物資が増える。拠点なしの状態では保管しきれないだろうよ。

つまりDクラスはリーダー当てに参加する気が端からねぇってことだ。

そろそろ全員リタイアするだろう。Dがいなくなって、50ポイントを得ることはできなくなるが、些細な問題だ。いねえクラスのリーダー情報は渡せない、葛城との契約も問題はない。

 

時計が20時を示す。点呼をしに担任の坂上がやってくる。

 

「マイナスするポイントはないが、ルールはルールだ。これより点呼をはじめる」

 

これでBとDクラスのヤツらの戦略は確定した。

クク、伊吹は殴られ損だったな。帰ってきたら、ネリエの一本でもくれてやろう。

 

「不在は金田と伊吹だな。以上、解散」

 

坂上は自分のテントに帰っていった。

ベースキャンプでは点呼のため、教師もその場周辺に泊まることになる。この作戦の唯一気に入らねぇところは、他のヤツらをリタイアさせた後は、坂上と2人でキャンプってとこだな。

 

「龍園くん、そろそろ本の続きが気になりますのでリタイアしても良いですか?」

 

クソみたいな未来を想像していたら、ひよりが話しかけてきた。

 

「クク、せっかくのバカンスだぜ、ひより。もっと楽しんでいけよ」

 

「私は十分楽しみましたので。皆さんの邪魔になってもいけませんし」

 

「ま、いつでもリタイアして構わねぇぜ。作戦としてはもう完了したようなもんだ」

 

「ありがとうございます。では、また1週間後に」

 

「……1週間後、か」

 

去ってゆくひよりを見ながら呟く。

作戦の内容はひよりのヤツにも伝えていないが、俺がリタイアしないと思っているようだった。天然なのか鋭いのか。アイツは掴みきれないところがある。使えないヤツばかりのCクラスで少しは見込みがありそうだ。

 

「龍園!」

 

再び伊吹からの連絡だ。そろそろ尾行相手もリタイアしてヒマにでもなったか。

 

「Dクラス、なんかBクラスのベースキャンプに合流したんだけど、どうすればいい?」

 

「はぁ!?」

 

もうこのリアクションは何度目だ、いい加減にして欲しい。

やたら渇く喉を潤すためネリエを流し込む。炭酸が弾ける感覚が今はただ煩わしく思えてならなかった。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

リタイアすると思っていたDクラスはBクラスと合流した。

つまり、想定より厄介なことが起こる可能性を示している。Bクラスは、Dクラスを兵隊として使うつもりに違いない。

 

この試験中に唯一ポイントを増やす方法はスポットの獲得だ。

だが、それには一定以上のリスクが伴う。ベースキャンプから離れたスポットを狙うなら、必然リーダーの行動範囲が広がり、特定の人物の目撃情報が増えることになる。

そこで大事なのが周囲の安全を確認するための人手だ。

スポット周辺に他クラスはいないか、逆に他クラスのリーダーがスポットを占有していないか、監視の目が多いにこしたことはない。

だが、この人手が問題で食糧の確保などを考えると監視に大人数を割けるものではない。

 

スポットを狙いすぎて、食糧不足になり、ポイントで購入、もしくは体調不良によるリタイアをしてしまうと本末転倒だ。

 

だが、もしも2クラスが合同で行動できるようになれば話は変わってくる。

必要な食糧は増えても、人手も増えるので、その分、スポット獲得や他クラス偵察にも人数を割ける。

 

ただ、ひとえにクラス間で協力といっても実際には非常に難しい。

この試験は、1位でも4位でも特に報酬やペナルティがあるわけではないため、一見すると他クラスと協力できるように思える。

それが難しくなるのは、まずリーダー当ての存在、次にスポット占有の配分問題、そして何より共同生活というチームワークが試される中で他クラスと一緒に過ごすなんてことはトラブルの元になりかねない。

 

これを可能にするには、余程の信頼関係、あるいは絶対的な上下関係が必要だろう。

 

そんな人物がいるとすれば、学年でもBクラスの一之瀬帆波ぐらいか。仲間を見捨てない善人としての彼女の姿勢は、この数ヶ月で学年問わず広まっている。

容姿の良さも相まって人気と信頼の高い彼女ならば、Dクラスを上手く牽引することもできそうだ。

 

それに加え、以前、Dクラスを無償で助けていたのも大きいだろう。信頼させておいて、大事な局面で上手く利用する。一之瀬もただの善人ではなかったということ。警戒しなくてはならない。

 

 

と、龍園は考えていることだろうな。

以前の須藤の事件などの手口から、オレと思考が似ているタイプだと考えられる。とすれば、今回のDクラスの不可解な動きは、Bクラス主導のもとに行われた取引だったと結論付ける。

 

向こうがどんな戦略でくるかはわからないが、大前提としてオレが派手に動くことでDクラスにヘイトが向くことを避けなくてはならない。今のまとまりのないクラスを攻撃されれば、万が一にも勝ち目はないだろう。

 

そこで白羽の矢を立てたのがBクラスだ。

元々、しばらくは堀北を隠れ蓑にして行動する予定だったが、ある程度オレの実力が露呈してしまっていることを踏まえると、隠れ蓑としては弱い。そこで、BクラスがDクラスを操っているという状況を作れば、しばらくこちらに目が向くことはない。

 

あくまで優秀なのは一之瀬や神崎だ。オレはただ従っているだけ。DクラスもBクラスに従っているだけ。これまでの、そしてこれからのDクラスの躍進は、全部Bクラスのおこぼれを頂戴しているに過ぎない。

 

そんなクラス相手にせずとも、Bクラスを倒せば自然と没落するので構うだけ時間の無駄だと判断してくれる。

 

唯一の例外は坂柳だが、彼女の狙いはオレ個人なので、そこまで問題視する必要はない。

 

「綾小路くーん!お魚焼けたよ~!みんなで食べよーっ」

 

一之瀬がニコニコしながら向こうで手を振っている。

オレは軽く手を挙げて応えると一之瀬のもとに向かう。

 

長々と戦略を語ってきたが、せっかくのバカンス。喧嘩ばかりの地元Dクラスで過ごすよりも、南国のBクラスで過ごす方が楽しくなりそうだ。

 




龍園が良く飲んでいるのは、ペリエに似た炭酸水。アニメではそれをモジった『Nerrier』と書いてあるようなロゴがあったので、こちらもネリエにしてみました。作画ミスなのかどこか普通にPのマークがついていた気もしましたが……

そんなアニメでは結構ネタに走ってる描写の多い無人島編。
パラソルをもつアルベルトはもちろん、上裸で弓矢を持っている葛城、野生に帰った高円寺などなど色んな所で見どころ盛りだくさん。

でも一番の謎は龍園と葛城の交わした誓約書なのではないかなと。
私物持ち込み禁止の環境で、どうみてもパソコンで作った書類。ルールを把握しなくては書けない内容。どうやって用意したんだ……ポイント買えるでプリントサービスでもあったんでしょうか。答えが出なかったため、特に言及しない方向にしています。きっと滅茶苦茶字のキレイな生徒がいて書いてもらったんでしょう。

また今回がっつり出てきた龍園くんですが、アニメでは「すずねえぇ」に気を取られてしまいますが、原作では面白いほど「クク」ってから話始めるので、こちらでもちょっとネタ気味に過剰に入れています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

協力し合うことの美しき姿

無人島試験1日目の夜。

BクラスとDクラスのキャンプ地で大きな焚火を囲み、合同で食事を取っている。

井戸の近くをベースキャンプに選んだため、水に困ることはなさそうだ。

ちなみにDクラスはここから少し離れた場所にある川辺のスポットを占有してはいるが、ベースキャンプはこちらを指定している。ルールブックのどこにも自クラスの占有スポットをベースキャンプにしなければならない、とは書かれていなかった。

スポットは占有クラスの許可がないと使えないため実質不可能というだけだ。許可があれば問題ない。

 

「この提案を聞いたときは驚いたけど、Dクラスの人たちも協力的だし、人数が増えるとそれだけ楽しいね」

 

隣で焼魚をおいしそうに頬張る一之瀬。

試験とはいえ、Bクラスの方針には「楽しむこと」も組み込まれている。クラスメイトも和気あいあいとしていて、結束力が強い。その空気に当てられて、ここまでDクラスもいがみ合うことがなく過ごせている。良い傾向だ。

 

生徒会で過去行われた無人島での試験データを確認し、オレはいくつかの戦略を立てていた。その一つがBクラスとの共闘だ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

試験開始直後、平田にこちらの作戦を伝える。

 

「平田、実はさっき星之宮先生からBクラスの伝言を預かった。Dクラスと共闘したいらしい」

 

「それは本当なのかい、綾小路くん」

 

「あぁ。平田もさっきの様子は見ていたろ」

 

「なるほど……それで具体的にはどう協力していくのかな」

 

「詳細はこれからだが、ベースキャンプを共有することで仮設トイレやシャワーなど必要な設備を共有し、その費用を折半するのが主な内容だ。頼りになるBクラスと一緒なら、サバイバルに不慣れで不安になっているうちのクラスも安心できると思う」

 

一之瀬に共闘の話はこれから持ち掛けるので、まだそうなる予定の話だが、一之瀬がこの話を拒否する可能性はないため、些細な問題だろう。

 

「確かにそうだね。仲の良いBクラスは、みんなのお手本になると思う」

 

Bクラスの環境は、平和主義者である平田の理想とするところだろう。それを間近で体験できる機会を逃したくはないはず。

 

「共闘にあたっていくつか条件が提示されている。初日のベースキャンプと食料の確保はBクラスが担当する代わりに、オレたちは島中を散策してスポットや地形の情報収集だ」

 

「つまりBクラスには積極的にスポットを獲得していく作戦があるんだね」

 

平田は賢い生徒だ。ある程度の説明でいろいろ察してくれる。

 

「そうなるな。だが、共闘の可能性をAやCクラスに悟らせるわけにはいかない。だから情報収集は他クラスの目を誤魔化すため、Dクラスは仲間割れを装い、いくつかのチームに分かれて動いて欲しい」

 

「でもそうすると、どうやってBクラスのキャンプ地に合流すればいいのかな?」

 

もっともな疑問だ。Bクラスのキャンプ地を知る方法がないため、森の中で迷子になる可能性が高い。

 

「それについても考えてある。30分後、茶柱先生に『綾小路がベースキャンプを決めた』と伝えて欲しい。そうすれば、あとは任せてもらって大丈夫だ」

 

「わかった。綾小路くんを信じるよ」

 

こんなわけのわからない指示にも関わらず、平田が受け入れてくれるのはBクラスの信頼度か、オレを信頼してくれているのか……どちらにせよ、説明で無駄な時間を使わなくていいのは助かる。

 

「すまないが、平田はみんなに上手く説明してもらいたい。あとはテントだが森に入ってしばらくしたら放置して構わない。あとでこっそりBクラスに回収、設置してもらう予定だ」

 

うなずく平田の目を見る。無茶な依頼だったが、それを苦にすることなくやり遂げる、そんな意思を感じ取れた。

 

「オレはこれからBクラスと交渉してくる。クラスの代表にはふさわしくないと思うんだが、生徒会役員だからだろうな、向こうから指名されてしまった」

 

一応取り繕っておいたが、平田相手には無駄だろうな。

 

「そういうことにしておくよ。綾小路くんも気をつけて」

 

平田に見送られオレは森の中に入り、一之瀬との集合場所を目指す。

 

「やっほー、綾小路くんっ」

 

しばらく森を進んだところで一之瀬と合流できた。

 

「すまない、待たせたか?」

 

「ううん、大丈夫。さっき来たとこだよ」

 

「……実はスルーされる可能性も考えていたから来てくれて嬉しい」

 

「いやいや、スルーは絶対しないよ!……えっと、それにしても面白いこと考えついたね」

 

ちょっと頬が赤く染まったことを誤魔化すように話題を逸らした。

面白いこと、というのは星之宮先生を伝言役に使ったことだろう。元々、こっそりBクラスに乗り込むかと考えていたが、都合良くやってきてくれた。これで他者からはBクラスが共闘を申し込んだ様に見える。ちなみに、星之宮先生に渡したメモには、共闘したい旨と集合場所を記しておいた。

 

「それで共闘の内容だが——」

 

先ほど平田に説明したような内容に、Bクラスのメリット、このあとの戦略案を伝えた。

 

「うん、いいね!交渉成立だよ。1週間よろしくっ」

 

「こちらこそよろしく頼む」

 

そうして握手を交わす。ふと、一之瀬と握手をしたのはあの日以来か、などと思い出さなくていいことを思い出してしまった。どうやら向こうも同じことを考えていたらしく、目が合うと一之瀬は苦笑した。

 

ともかくこれで準備は整った。

一之瀬の案内でまずはBクラスのキャンプ地を訪れる。このスポットは、井戸で水の確保ができることが魅力だな。サバイバルで水の確保は最優先事項だが、苦労する部分でもある。ポイントで水を買うこともできるが、クラス人数分を毎回購入していてはそれだけでポイントはなくなるだろう。そこが解決できたのなら、食料や寝床の確保など次の行動にも移りやすい。

 

一之瀬から支給品の懐中電灯を受け取り、Bクラスのメンバーに軽く挨拶をする。

これまでBクラスで交流があったのは一之瀬を除くと神崎のみ。仲の良いクラスという情報はあったが、実際に見てみると想像以上だ。

井戸の周りは木が多く、テントを何個も配置できるスペースはない。キャンプするための整備は苦労しそうなものだが、男女で協力し合う姿はもちろん、誰一人文句も言わず各々の仕事をしっかりとこなしている。

入学からまだ3ヶ月経ったばかり、一体何をどうすればここまで団結できるのか。

 

Dクラスと共闘することは先ほど伝わったばかりだというのに、部外者であるオレ疑わず快く迎えてくれているのもありがたい。

 

ただ……

「え、彼が綾小路君?」

「きゃー」

などと女性陣からやたら好奇の目で見られた……もしやこれがモテ期ってやつなのか。Dクラスではあり得ない反応に少しどぎまぎしてしまった。

 

そんなに居心地の良いものでもないため、一之瀬にいくつか言伝を残し、次の目的地ーー崖の上にある洞窟を目指す。船上から地形を確認した際に、まずスポットとして押さえておきたいと思った場所。

だったのだが、到着して中を覗いてみると既にAクラスが占有していることがわかった。

 

どうやらAクラスも船上でここに目星をつけていたようだ。周辺に人はいなかったため、ベースキャンプにすべくここに移動中なのかもしれない。

そうなるとここに留まるのは得策ではないな、周囲とスポット占有の表示を確認し、少し離れたところで待機する。予想ではそろそろ時間のはずだ。

 

「見つけたぞ、綾小路」

 

生い茂った草木の間から姿を現したのは茶柱先生だ。ジャージ姿で額にはうっすら汗をかいており、学生にはない艶かしさがある。

 

「お疲れ様です、茶柱先生」

 

「平田からお前がベースキャンプを決めたと聞いたが?」

 

担任は点呼やポイントでの物資購入のため、クラスのベースキャンプ近くに滞在する必要がある。そのため、ベースキャンプを決めたら担任にやってきてもらうという仕組みだ。

 

「ええ、その予定だったんですが、残念なことにAクラスに占有されてしまいました」

 

「フッ、それは確かに残念だったな」

 

このあとの地獄を知らずに呑気に嘲笑する茶柱先生。恐らく洞窟が占有されたのもオレの策のうちだと思っている。あながち間違いではないが、これからの策に自分が組み込まれているとは微塵も思っていないだろう。

 

「来てくださったばっかりで申し訳ないんですが、実は次の候補地を田が見つけてくれたらしいので、田の所へ移動をお願いします」

 

「なんだと?」

 

そう言いながら、携帯を取り出す。生徒全員が着けている腕時計のGPSで、教師陣は誰がどこにいるのかを確認できる。

 

つまり——

 

「おい、綾小路。なぜ後をついてくる?」

 

「いえ、たまたま方向が一緒なだけですよ」

 

「まさかお前——」

 

「ルール上、問題ないですよね?」

 

こちらの目論みに気づいたところで早めに釘を刺す。

 

「……確かにルール上は問題ないが、私からの印象は最悪だぞ?」

 

「先生がどうしてもと言うなら辞めますが、これはこの試験で勝つ為に必要な策ですよ?」

 

「くっ、卑怯だぞ、綾小路!またそれか!」

 

「それはさておき、田のところに着くまでにポイントで買いたいものがあるんですが……」

 

不平不満には聞く耳を持たず、話を進めさせてもらう。

 

「……それは構わないが、カタログも持たずに注文するのか?」

 

非常に不服そうだが、教師としての務めは果たしてくれるようだ。

 

「そっちも後で頼みますが、今回オレがお願いしたいのはプライベートポイントを使用してのものです」

 

そう、この無人島試験では携帯を没収される関係で、これまでのようにプライベートポイントで何かを買うことはできない——と思われている。

だが、それは間違いだ。なぜなら携帯は目の前にある、そう茶柱先生の携帯が。

 

オレは生徒会で過去の試験データ確認した際に、無人島試験に関するデータも見つけることができた。

ただし、試験内容は例年バラバラで、無人島生活をする中で課題をクリアしていくものや島からの脱出タイムを競うもの、島中に隠された宝を探すものなど様々だ。

今回、何を行うか予測するには難しい良い塩梅の情報。

試験内容に統一性はないが……先ほどのように、安全性の問題から何らかの形で生徒の状態、場所を学校が把握しているなど共通点はいくつかあった。

 

そこでオレはその共通点の1つ、必ず携帯が回収されていることに注目した。

携帯が回収されるのはサバイバルゲームの特性上、連絡手段、情報検索、光源、娯楽など便利すぎるからだろう。しかし、回収されるからといって、この学校の特徴を考えると、どの試験でも平等にプライベートポイントを使えるように設定していてもおかしくない。設定しているということは自分の携帯がなくともポイントを使う抜け道があるということ。

 

それを実証するため、船上で一之瀬からポイントを借り、その全てを茶柱先生に預かってもらった。預かってもらう権利もポイントで買う必要があったのは、いい商売しているなと思ったが、それができた時点で、無人島で茶柱先生に預けているポイントを使うことが可能だと踏んだ。

 

「やはりそういうことだったか。生徒会に入った強みを存分に活かしているようだな。それで何を買いたい?」

 

「今日のDクラスの点呼、その場所を自由にして、時間を20時『に』ではなく、20時『までに』変更してもらいたいんです」

 

「ちょっと待て」

 

携帯で何やら確認する茶柱先生。以前テストの点を10万ポイントで売ってもらったことがあるが、この学校のルールに関わる部分、その金額をただの教師の一存で決めたとは考えにくい。対応マニュアルようなものがあり、そこに対応の可否と、その金額でも記載されているのだろう。

 

「それをした場合、1人につき1000ポイント、つまり4万ポイント使うが大丈夫か?」

 

「えぇ、問題ありません」

 

「私にはそれだけ価値のあることには思えないが……まあいい。確かに4万ポイントで条件を変更した」

 

「ありがとうございます」

 

『点呼の時間までにベースキャンプがない』という状況を他クラスに見せることで、こちらの戦略を誤認させることができる。頭のキレるやつほど、こちらが既にポイントを使いきった状態だと考えるはずだ。そしてこれからの不可解な行動をみて、答えの出ない思考の泥沼にはまってしまう。この試験でプライベートポイントを使用する、というのは意識の外にある。仮にもしやと思っても検証できないこの環境では真実にたどり着く方法はないからな。

結局、可能性を消去していった結果、DクラスはポイントをすべてBクラスの物資に使用し、スポット獲得と他クラスのリーダー偵察の兵隊として残り続けている、という結論に至り、それを警戒した行動を余儀なくされる。

 

 

「ちなみにちょっとした質問なんですが、もし全てのスポットを占有した場合、他クラスはベースキャンプを設定できるんですか?」

 

「お前ならその状況を作り出せると?」

 

「さぁ、興味本位の質問ですよ」

 

「まぁいい。非常に困難極まることは前提だが、答えられる範囲で言うと、占有地の範囲外の土地が島にあったなら、そこに設定することは可能だ」

 

「なるほど……」

 

流石に即全員リタイアにはならないか。ただ、そんな場所があるのかどうかまだわからない為、一つの手段として覚えておいてもいいかもしれない。

そうしているうちに田のいるグループの元へ到着した。何事だろうと言う顔でこちらに近づいてくる。

 

田、一応聞くがお前がベースキャンプを見つけたと綾小路から聞いたんだが?」

 

「えっと……」

 

疑問顔の田に目配せをする。

 

「その予定だったんですが、すみません、ちょっとまだ決めきれてなくて」

 

ジロっと茶柱先生が睨みつけてくる。

 

田のグループがダメな場合は、堀北のグループが決める手筈になっているので、今頃発見してますね。次は堀北のところにお願いします」

 

「綾小路、お前……」

 

「保険をかけて他にもキャンプ地探しをお願いしておいて良かったです」

 

このままクラス全員分回っていく予定だ。グループ構成はわからないが、早めに会うべき人間の名前を挙げていき、あとはそれまでのグループにいないメンバーを指名していけばいいだろう。

ありがとう茶柱先生、便利なナビとして働いてくれて。カーナビを文字ってチャーナビとでも名付けるか。

 

「それとここで点呼もお願いしますね」

 

田のグループは、田の他に、みーちゃんや前園など仲良しメンバー6人で構成されていた。これを20時までに繰り返す。

 

「綾小路、教師を何だと思っているんだ?」

 

「教師としての仕事以上のお願いはしてませんよ」

 

渋々点呼を始める茶柱先生。疑問に思うクラスメイトたちだが、ひとまず点呼に応じてくれた。

そしてチャーナビが次の目的地を目指して進んで行ったことを確認し、田に現状とBクラスのキャンプ地を伝える。

 

各グループで更に班を分けてもらい、順番で一度キャンプ地に顔を出してもらう。少数グループとはいえ、全員動くと目立つ上、島内の探索チームが減るからな。

キャンプ地での休憩を挟み、再度探索に出てもらうことで、正確なキャンプ地の把握と人数問題を解決する。

体力的な面を考えて女子グループや運動が苦手な生徒から早めに合流し同様の指示をしていくつもりだ。

逆に池や須藤、平田など探索である程度成果を上げそうなチームは後回しにする。

 

ちなみに田が最初である理由は、先にBクラスと合流させても問題なく交流でき、後から来るDクラスのグループとのクッション役になってもらうためだ。

 

「何かすごいことになってるんだね。綾小路くんが全部まとめてるの?」

 

驚いているようで、探りを入れてくる田。

昨日の一件があったとは思えない自然な対応。Aクラスを目指す協力関係にはなっているものの、特別指示を出しているわけではない。

何がオレの役に立つと考え、どう動くのか、少し興味がある。

そのため、これまで通りの接し方を変えるつもりはない。

 

「いや、一之瀬の提案に乗っかっただけだ。オレはただの伝書鳩だな」

 

「そうだとしても一之瀬さんが交渉相手に指名したってことは、綾小路くんがDクラス代表として認識されてるからじゃない?」

 

「それは違うと思うぞ。生徒会の信用度とかじゃないか?」

 

「うーん。そうかなぁ」

 

人差し指を唇に当て首を捻る田。計算され尽くした可愛い動作だろう。

天然の一之瀬と比べこちらは努力の賜物。みんな違ってみんないい。

 

「チャー……柱先生を見失うとまずいからそろそろ行くな。あとのことは頼んだ」

 

そう言い残し、チャーナビの後を急いで追う。そこまでの速度では歩いておらず、すぐに追いついた。

 

「言っておくがこれで成果を出せなかったら覚悟してもらうぞ」

 

教師が生徒を脅すなんてとんでもないな。

 

「先生もいい運動だと思って頂ければ。普段こんな森を歩くことはできないじゃないですか」

 

「まだ若いお前たちにはわからないかもしれないが、これは明日以降の業務に響くやつだ」

 

「社会人の研修で実際やってるプログラムって話ですし、先生も大丈夫ですよ。それにこの島に来たのは初めてじゃないんでしょ」

 

この学校出身の茶柱先生も生徒として無人島試験を体験しているはず。

 

「だからこそ、こんな無茶苦茶する生徒がいることが信じられないんだがな」

 

「想定できることをしているうちはAクラスなんて夢のまた夢だと思いますけどね」

 

「それは……」

 

当時の自分達と重ねているのか、これまでの生徒たちを思い出しているのか、急に黙ってしまった。軽口のつもりだったのだが、どうやら触れてはいけない部分だったらしい。まだコミュニケーションというのはよくわからない部分があるな。

 

そんな状況ではあったが、しばらくして堀北たちのグループに合流した。

 

「茶柱先生と綾小路くん、嫌な組み合わせね」

 

まだ散策をはじめて2時間も経っていないタイミングだったが、あまり顔色が良くない。いつもの小言にも切れがないぞ、堀北。

 

「説明はあとで綾小路がしてくれるだろう。ひとまず点呼をとる」

 

田のグループと同じ手順で進めていこうと思ったが、ささっと点呼を始める茶柱先生。

先ほどの会話で思うところがあったのか、チャーナビとしての覚悟を決めたようだ。

 

こうして繰り返していき、無事にクラスメイト全員と接触することに成功した。

途中、池たちが見つけた水場が良いスポットだったため、占有して魚の確保をお願いした。Bクラスと合流の際に手土産がある方がいいからな。ちなみに茶柱先生がいるため、道具の購入もスムーズだ。担当スタッフに連絡をして水場まで投網や釣り竿を届けてもらった。

 

そうして島中を歩き回ったのち、Bクラスのキャンプ地に戻ってきたオレとチャーナビ。

 

「では、Dクラスのベースキャンプはココということで」

 

「やっと終わったか……」

 

「ありがとうございました。今度お礼にお茶でも点てますよ」

 

「今はお茶より、冷たい水が欲しい……私は休ませてもらうからな」

 

もう何もしてくれるなよ、といった様子で睨んでくる。

おかしいな、生徒と担任が協力してAクラスを目指すという美しい構図のはずなのだが——

 

だが、茶柱先生の地獄はまだ終わらない。

 

「サエちゃーん」

 

テントから飛び出し、茶柱先生に抱き着く星之宮先生。

 

「1週間一緒に過ごせるなんて嬉しいねー。学生時代に戻ったみたいじゃない?」

 

Bクラスのキャンプ地なのだからもちろんこの人もいるわけで……

喜びの表現なのか、満身創痍の茶柱先生の両肩をつかみ前後に揺らしている。この人、本当に保険医か——わざと……じゃない、よな?

 

ご愁傷様ですと心の中で合掌し、2人の元から離れ、一之瀬の元へ向かう。

 

「綾小路くん、おかえりー」

 

「ああ。ただいま」

 

『ただいま』なんて初めて使ったな。必要性を疑っていた言葉のひとつだが、実際に使ってみると悪くない。この学校に来てから、知識としてしか知らない言葉を実際に使う機会が増えてきた。

 

一之瀬に現状を確認したところ

Dクラスの探索チームが適時戻ってくることで島の情報が更新されていき

野菜や果物など食料を発見した場合、Bクラスが確保に向かうことができたそうだ。

しばらく食料に困ることはないとのこと。

 

キャンプ地に関しても、山歩きに疲れた生徒がサポートにまわったことで作業が進み、見た感じ十分生活していけるだろう。途中歩きながら茶柱先生に発注してもらった各設備も無事に設置されている。

 

「最初は戸惑う人も多かったみたいなんだけど、田さんが上手くお願いしてくれたみたい」

 

「なるほどな」

 

「それとお願いされてた件だけど、ここに来てからはテントで休んでもらってるよ。……やっぱり熱があるみたいで——」

 

「気遣ってもらってすまなかったな。堀北は強情だから誰が説得してもリタイアしないと思うぞ」

 

「うん。心配だけど症状は熱だけみたいだから、しばらく休めば元気になると思う」

 

心情的にはリタイアを勧めたいが、ポイントが絡むだけに強く踏み込めなかったのだろう。

乗船してからあれだけうろついていたにもかかわらず、堀北の姿を見なかったことを疑問に思っていた。

アイツの事だから部屋に引きこもっている可能性も捨てきれなかったが……やっと姿を見せたのは島に上陸した時。だが、好き勝手動いているオレに小言の1つもないなんて明らかにおかしいだろう。

念を入れて、一之瀬に堀北がキャンプに来たら様子を確認するようお願いしておいた。

こんなところでリタイアさせるわけにはいかないからな。

 

「あと、実はひとつ謝りたいことがあって……Cクラスの金田くんって生徒がいるんだけど、クラスで揉めちゃってキャンプ地を追い出されちゃったらしくってね……」

 

「……保護したのか?」

 

「うん。千尋ちゃんと同じ美術部ってこともあって、無下にできなくて。共闘関係なのに相談もせずに受け入れちゃってホントにゴメンね」

 

「いや、いいさ。困っていたのなら手を取ることは間違いじゃない。ただ——」

 

「うん、わかってる。神崎君に頼んで怪しい行動がないか見張ってもらってる」

 

神崎の姿を見ないと思っていたがそのためか。

正直このタイミングで他クラスがやってくるのは、スパイと疑われても文句は言えないだろう。

しかし直接間者を潜入させるとは龍園も大胆な戦略をしてきたな。

オレが言えたことじゃないが、点呼の問題がある。

決めつけはよくないが、こちらのブラフとは違い、龍園は本当に0ポイント作戦を実行しようとしているのかもしれない。

 

「それならいいんだ。疑いたくはないが、リーダー情報はこの試験の肝だからな。警戒は大事だ」

 

「だね。ちなみに私たちの間でもリーダーは秘密ってことで大丈夫なの?」

 

「ああ。下手に共有すると疑心暗鬼になるからな。それじゃ楽しく過ごせなくなる気がしたんだ」

 

「にゃはは、綾小路くんもそういうこと考えるんだね。うん、仲良く楽しく頑張ろっ」

 

ちなみにDクラスのリーダーは平田にお願いしてある。

スポットを狙っていく都合上、運動能力のある生徒である必要があったからな。

 

 

時刻は20時を回り、無事Bクラスの点呼が終了する。それからしばらくして最後のグループ、池たちが大量の魚を手土産に合流してきた。

 

「えー、これ寛治君たちが捕ってきてくれたの。ありがとう」

 

「ホントだ―。Dクラスの男子ってすごいね!」

 

「お、おう。アウトドアなら任せてくれよな」

 

「頼りになるー!」

 

さっそく田が迎えに行く。それに続いてBクラスの女子生徒たちもその釣果に喜んでいた。

普段、Dクラスでは3バカと呼ばれ、滅多に褒められることがない池、山内、須藤たちは「でへへへ」とかなりご機嫌だ。

 

と、そんな3人の後ろから見慣れぬ生徒が姿を現す。

Cクラスの伊吹澪だ。顔を腫らしてバツの悪そうな顔をしている。

 

「ここに金田ってやついないか。追い出されたのを心配して探しに来たらしいんだ」

 

「Cクラスの野郎、伊吹が金田を探すっつったらキャンプから追い出したんだってよ」

 

「森で倒れてるところをオレたちが発見しなかったらマジやばかったよな」

 

3人が事の経緯を説明する。金田を追ってきた、か。

どうやらCクラスは、各クラスにスパイを送ろうとしていたのだろう。

 

伊吹は昨日船上でオレの尾行していたからな。

自由に遊ぶ姿を見せつつ、あえて一之瀬との取引は目撃してもらった。

その後、佐倉や田などのブラフを挟んだことで帰っていったため

心置きなく本命の茶柱先生と密会することができた。

 

結局、Cクラスには帰ることができないということで、2人ともこのキャンプに滞在することとなった。

 

こちらがBクラスと合流した後にも追加でスパイを送り込んできたということは、龍園は徹底抗戦の道を選択したようだ。

それもいいだろう。Bクラスさんの力を思い知ってもらうだけだ。

 

 

余談だがいつのまにか高円寺がリタイアしていた。

元々Bクラスとの点差をどこかで調整したいと思っていたので丁度いい。

クラスの連中も散々山を歩き回って疲れていたからか、怒る気力もないようだった。

 




原作の設定を見ていると意外なキャラが意外な部活動に入っていたり。
ずっと(恐らく)男嫌いな白波千尋のもとに金田をフォローに向かわせた一之瀬の指示が謎だったのですが、同じ美術部所属ということがわかり納得。双方に気を使った采配だったようです。あとは料理部の篠原とか神室も美術部とか。


ちょっと怖い話。一之瀬と櫛田について。
この頃ぐらいから帆波ちゃん、桔梗ちゃんと呼び合っていたはずの2人ですが……2年生編8巻で久々に話したと思ったら、一之瀬さん、櫛田さん呼びになっていて。いったい二人の仲に何があったんでしょうか。この作品では怖いので初めからお互いに苗字呼びで統一することにしました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

釣れるヤツと釣れないヤツ

試験2日目の朝。

木々の隙間から差し込む朝日の光で目を覚ます。

今回はハンモックを使ってみたが、思ったよりも寝心地は良い。少なくとも男子で詰まった狭いテントの中よりは快適だろう。

 

時間を見るとまだ6時前だ。

すっかり目も覚めてしまったし、顔でも洗うかと起き上がると、何やら出かける準備をしているBクラスの男子たちの姿があった。

こんな早朝から何事かと見ていると、その中から渡辺と柴田がこちらに気づき、声を掛けてくる。

 

「おっ!綾小路、だったけ。おはよー」

 

「ああ。おはよう」

 

「俺たちこれから海に朝釣りに行こうかと思うんだけど、お前も一緒にどうだ?」

 

「朝の方がいっぱい釣れるぜー」

 

ほぼ初対面の人間を気さくに誘えるコミュニケーション能力は素直に羨ましい。特に朝から予定があるわけでもないし、試しに行ってみるか。

 

「役に立たないかもしれないが大丈夫か?」

 

「そんなの気にすんな―。楽しくやろうぜ!」

 

釣りの経験はないので戦力として当てにされたら困ったのだが、目的は食料確保というより純粋に釣りを楽しむことのようだ。

 

 

「んで、ここに餌をつけて、こうやって竿を振って、仕掛けを飛ばすんだ」

 

「なるほど」

 

「んじゃ、さっそく始めようぜ」

 

「俺マグロ狙うぜ!夜はみんなで解体ショーだ」

 

「「おー!」」

 

浜辺に着いて、渡辺から釣りの手順を教わり、さっそく釣りをスタートする。

柴田がマグロを狙うなどと言っているが、これは場を盛り上げるための冗談ってやつなんだろうな。山内あたりが言ってたらバカ扱いされることは間違いない。……この違いは何なのか。

 

「おりゃー」

 

勢いよく渡辺が竿を振る。そこそこ遠くに着水した。

 

「あとはヒットするのを待つ。綾小路も遠慮せずやってみろよ」

 

「ああ」

 

他の生徒の動きも観察できたので、真似て竿を振る。力加減が難しいな、かなり手前で着水してしまった。

 

「ドンマイ、ドンマイ」

 

「最初ならこんなもんだな、何回か練習してみるといいぜ」

 

「おっ、引いてる引いてる!フィィィィーッシュ!!!」

 

柴田にあたりが来たようだが、なぜ『魚』と叫んでいるのだろう。

 

「綾小路、ヒットした時はあんな風にフィッシュって叫ぶんだぜ」

 

「なんでだ?」

 

「うーん、雰囲気じゃないか?」

 

柴田を不思議そうに見ていたからか、渡辺が補足をしてくれた。疑問は全く解消されなかったが。

しなる竿を必死に支え、リールを巻く柴田。魚の抵抗も激しいのだろう、簡単には釣り上げられない。なるほど、釣りとはつまり魚との命を懸けた闘いか。叫ぶのは、魚に対する敬意を表しているのかもしれないな。

 

「お!アジか。やったぜ」

 

「俺たちも負けられないな、そりゃ」

 

渡辺に続き、オレも竿を振る。さっきよりは上手く飛んだように思う。

しばらくすると竿が引っ張られるような感覚が手に伝わる。

 

「お、綾小路もヒットしてんじゃん」

 

じーと期待の目で見られる。ここは渡辺からの期待に応えなければならないだろう。海に向かって盛大に魚への敬意を表明させてもらおう。

 

フィーッシュ

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「いやー面白かったな」

 

「綾小路の声は毎回小さいし、魚もハゼばっかりで小さいし、笑った、笑った」

 

「なかなか難しいもんだな」

 

「ハゼも天ぷらにしたら美味いし良かったんじゃないか」

 

浜辺からの帰り道、今日の釣果には大きな差が出てしまった。

励ましてくれているのはわかるので、無人島で天ぷらは無理なんじゃないか?なんて野暮なツッコミはやめておこう。

 

「また明日もやろうぜ。次は大物釣れるかもだし、な?」

 

「ああ、そうだな。明日は釣れる気がする」

 

旅行期……試験期間中ぐらい朝の日課としてこういうのもいいかもしれない。

今日は手ごたえがなかったが、大きな魚を釣ったときどうなるのか、少し気になる。

 

「なんかさ。綾小路って話しやすいな」

 

「そうか?自分じゃよくわからないが……」

 

「いや、一之瀬が共闘するって言ったときはどうなるかと思ったけど、上手くやれそうな気がする」

 

「こっちはBクラスに助けてもらってばっかりだけどな」

 

「まっ、困ったときはお互い様ってやつだろ。俺たちも随分助かってるし」

 

 

渡辺の抱いたオレへの印象は、オレも渡辺や柴田たちに持った印象だった。

だが、似て非なるものなんだろうな。話しやすく、接しやすい。それは、つまり――

 

結局オレの釣った魚は焼いて食べたが、心なしか昨日口にしたものよりも美味しく感じた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「みんなー、この後、これからの作戦を説明するよー」

 

点呼が終わったタイミングで、一之瀬の声がキャンプ地に響く。

Bクラスだけでなく、Dクラスの生徒も真剣な顔付きだ。

試験に真剣な者、元から協調性のある者、異性に良いところを見せたいだけの者など理由は様々だろうが、Dクラスだけではこんなにスムーズにはいかなかったように思う。

 

一之瀬をはじめBクラスの生徒は、Dクラスの目指すべきお手本として十分効果を発揮してくれそうだな。

 

これから作戦会議をはじめ、本格的に試験の攻略を目指すことになる。

当然、金田と伊吹には聞かせることはできないため、数人の生徒と一緒に果物の調達に出て行ってもらっている。

 

「まず、昨日Dクラスが調べてくれた情報のおかげで島の詳細地図を作ることができました。Dクラスのみんなありがとね」

 

そういって笑顔で労う一之瀬の言葉を受けて、Dクラス男子はデレデレだ。

こういう気遣いをできるのは、うちのクラスの女子では田ぐらいか。

ただ、田の場合は裏が——

 

「こういうのって普通、女の子から妬まれるんだけど、一之瀬さんが言うとそういうの感じないよね。まぁ女の子がDクラスの男の子に興味ないってのが大きいかもだけど」

 

いつの間にか隣にいた田が他には聞こえないような小声で伝えてくる。

少し毒が混じってなかったか。

 

「そういうものなのか」

 

「そうだよ。女の子の世界は大変なんだから。綾小路くんもやっぱり一之瀬さん派なのかな?」

 

……それは何派と比べてでしょうか、田さん。

直前までのオレの思考を読んでいたかのような質問に思わず冷汗がでるところだった。

 

「堀北と一之瀬なら断然一之瀬派だな」

 

「ふーん」

 

全く納得はいかない様子だったが、「ところで」といった表情でこちらを覗き込む。

 

「この作戦を考えたのは綾小路くんなのかな?」

 

「いや、事前に会議はしたがオレは聞いていただけ。発案は一之瀬や神崎たちだ」

 

「そうなんだー。てっきり綾小路くんも一枚噛んでるのかなって思ってたんだけど……じゃあ私に手伝って欲しいこととか特に指示はなしってことで大丈夫なのかな?」

 

どうやら田もこの試験に勝つためにオレが何かすると考えているらしい。

このまま、ただ単に共闘するだけなのかと疑問を感じているのかもしれないな。

 

「だったらひとつお願いをしてもいいか?」

 

「うん、何かな……うんうん、わかった、調べてみるね!」

 

自分でやれないこともないので、田は放置していてもいいのだが、適度に仕事を与えることも大事かもしれないと思いなおし、お願いをしてみる。これに対してどうアクションしてくるかで田の今後を考えよう。

 

「作戦は以上です。それで今から班分けをしていくね」

 

田とのやり取りをしている間に作戦の説明は完了したようだ。

勝負を仕掛けるのは明日以降。

それを受けて他クラスがどう出るか、懸念があるとすれば——

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「よう、葛城。景気はどうだ?」

 

「龍園、貴様、不用意に接触など、リスクをわかっているのか?」

 

オレは昨日の不可解なDクラスの行動からひとつの答えを導き出した。

Bクラスのヤツ等は侮れねぇが、これで勝った気になってるならとんだ馬鹿共だ。

伊吹には金田のサポートをするよう命じて潜入させた。方針は変わらねぇ。

即席の主従関係なんて簡単に壊せるもんだ。雑魚を支配するのはオレだけで十分なのさ。

 

「わかってねえのはオレか、それともお前か?」

 

「……Bクラスのことか」

 

「知っているなら話を進めさせてもらうぜ。契約を更新しろ、葛城」

 

「何を言っている?」

 

「残りのCクラス全員で、Aクラスの兵隊として協力してやるよ。その代わり報酬のプライベートポイントを倍貰う」

 

「話にならんな」

 

「お前、このままじゃ負けるぜ?」

 

「Cクラスの手など借りずともAクラスは十分戦って勝つことができる。これ以上は無駄な出費にしかならない」

 

「ホントにそう思うんなら、無理は言わねーよ。約束通りリーダー情報は届けてやるが、あとから泣き言ほざいても知らねえぜ」

 

「Bクラスのやりそうなことは見当がついている。だが、こちらには地の利がある。スポットはやすやすと譲らんさ」

 

そういって葛城は踵を返す。人様の善意を受け取らないとは、まったく馬鹿な野郎だぜ。

おっと、立ち去る前に一言言っておかねーとな。

 

「おい葛城、上裸に弓の装備は何の冗談だ?俺たちのポイントを無駄遣いするのはやめてほしかったぜ」

 

聞こえたはずだが、一切リアクションなしか。

この試験、島の生態系へ悪影響を与えたらペナルティ。つまり下手に野生生物は狩れないはずだが……あれで火でも起こしてたのか?

 

追加でポイントをむしり取れればそれでよし、断られてもこちらに痛手はねぇ話だった。

予定通り、うちのクラスの連中は今晩辺りでリタイアだ。

 

あとは金田と伊吹から連絡を待つだけ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「んで、どうすんのよ、金田。このままじゃヤバいんじゃないの?」

 

BとDクラスの連中と一緒に食料回収に来た私たち。

まぁキャンプ地から離しておきたかったんでしょうけど、こちらとしても都合がいい。

龍園からの指示を金田に伝えたが、どうにもコイツからは焦りがみられない。

 

「ふふふ、伊吹さんは心配性ですね。簡単なことですよ。目障りな雑兵には消えてもらうしかないでしょう」

 

「それをどうするのかって聞いてんだけど」

 

イライラする。

 

「急速は事を破り、寧耐(ねいたい)は事を成す」

 

「はぁ?」

 

「西郷隆盛の言葉です。つまり慎重に行きましょうってことですよ」

 

「最初からそう言いなさいよ」

 

無駄に気取った言い方にムカついたので思いっきり足を踏んでやった。

目立つから蹴り飛ばさなかっただけ感謝しな。

 

「ま、まずは、落ち着いてBクラスのリーダーが誰かってことから探っていきましょう」

 

「金田君、伊吹さん、そろそろ移動するよー」

 

「わかりました。すぐ行きます」

 

遠くからBクラスの女子の声が聞こえて慌てて猫を被る金田。

こいつと協力なんて冗談がキツイ。いざとなったら私だけでもやり遂げてやる。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

昼過ぎ、オレと一之瀬はCクラスのキャンプ地を偵察を兼ねて訪れていた。

 

「やっほー龍園君、景気がいいねー」

 

「一之瀬か……それと誰だお前?」

 

こちらの調べはついているだろうに白々しいな。

 

「誰でもいいんじゃないか?」

 

「クク、違いねぇ、Dクラスの雑魚なんざいちいち覚えるだけ無駄だからな」

 

「龍園君も人が悪いよねー、Dクラスってわかってるってことは知ってるんでしょ?」

 

「さぁな。Bクラスの手下には興味はないからな」

 

「手下なんて表現はやめて欲しいかな。大事な友だちで仲間なんだから」

 

「ククク、おもしれ―ことをいいやがる。お前たちもそのお友達のポイントで楽しくやってるんだろ?」

 

「うーん、何のことかなー?」

 

予想通り龍園はDクラスがBクラスにポイントで物資を提供したと思い込んでいるな。

一之瀬に探りを入れているが、一之瀬にも覚えがないことなので当然何も出てこない。

実に自然な疑問顔だな、一之瀬。

 

「食えねー女だぜ」

 

「それにしてもCクラスは特別試験を放棄したってことでいいのかな?」

 

「オレはたかが100や200ぽっちのポイントのために、努力や我慢なんざしたくないのさ。お前らは何を食べてきた、レーションか?野草か?」

 

そう言いながらこんがり焼けた肉を頬張る龍園。

豪勢な食事に、パラソルやチェアーなどのバカンスセット、水上バイクなどなど見渡す限りでも相当ポイントを使用したことがわかる。

 

「もしかしなくても全ポイント使っちゃったんだね」

 

こんなことになっているとは思っていなかったのか、さすがの一之瀬も少し引き気味だ。

 

「クク、俺たちはバカンスを楽しむだけさ。お前たちは苦しみながらサバイバルごっこでもしとくといいぜ。何ならここで遊んでいくか?」

 

「サバイバルも楽しいと思うよー。龍園君にはわからないかもだけど。そういえば、金田君と伊吹さんはこっちで保護してるんだけど、随分酷いことしたんだって?」

 

今度はこちら探りを入れる。龍園が少しでもおかしいところを見せれば、スパイだと確定できる。まあ、十中八九スパイだろうが、判断材料は多いに越したことはない。

 

「あいつらはバカンスよりも試験だと言い張りやがったからな。支配者に背くやつには制裁を与えてやっただけだ。意外だったのは伊吹が金田を追っていったことぐらいだ。可愛いところもあったもんだぜ」

 

当然のことをしたまでと堂々と語る龍園からは特に変わった様子は見受けられない。

こういった問答にも対応できるだけの力を持っている。

 

「他クラスの事をどうこう言うつもりはないけど、クラスメイトを仲間だと思わない龍園くんのやり方は好きになれないな」

 

「クク、ならオレに夢中になるようにしてやってもいいんだぜ?テントぐらい用意してやるよ」

 

そう言いながら一之瀬に手を伸ばす龍園……目がけてオレの蹴ったビーチボールが勢いよく飛んでいく。龍園はそれを難なく弾いたが、十分だろう。

 

「てめーなにしやがる」

 

「悪いな、龍園。遊んでいいと言われたから、ボールを蹴ってみたんだが変なとこに飛んだ。まさか今ので暴力行為だとか言い出すのか?」

 

目立つことは避けようと思っていたのだが、良い感じにボールが転がっていたので、つい蹴りたくなってしまった、それだけだ。

 

「アハハハ、龍園君も焦ることあるんだね」

 

「チッ、飼い犬のしつけぐらいしっかりしとくんだな、一之瀬」

 

さっさと帰れ、と言わんばかりの龍園。

これ以上長居しても得るものはなさそうなので立ち去ることにした。

 

そういえば、ひよりの姿はなかったが……さてはすでにリタイアして読書中か。少し羨ましいな。

 

Cクラスのキャンプ地を離れ、次はAクラスのキャンプ地を、ということになったが、洞窟には暗幕が張られ中の様子がわからない。

外には仮設トイレとテントがあるぐらいだ。テントの方は担任の真島先生だろう。

 

「これじゃ偵察できないね」

 

「まぁいいんじゃないか。下手に見に行って刺激する必要もないだろうし」

 

「そうだね、今日のところは帰ろうか」

 

「そうしよう」

 

ここで確認したいことは確認できたしな。

 

「……さっきは、そのありがとう」

 

「何のことだ?」

 

「ううん、気にしないで。それにしても龍園君も思い切った作戦だよね」

 

「ああ。マネする気にはなれないな」

 

「……多分だけど、今晩か明日辺りにはリタイアする感じかな」

 

「ポイントがない以上、食料が尽きたらそうするしかないだろうな」

 

「となると、リーダー当てには参加できない。つまり金田君たちはスパイじゃないってことになるね」

 

途中までは良い読みだが、決めつけるのは危険だ。

まだスパイでない可能性を残しているところが、一之瀬の良いところであり、弱点でもある。そこを改善すべきか、伸ばすべきか……一之瀬が一之瀬のままでどこまでやれるのかには興味はある。だが、オレが隠れ蓑にすると決めた以上、使える駒になってもらうのは最低条件だ。

 

「一之瀬はこの試験の説明を聞いた時、どう考えた?」

 

オレは一之瀬にこれからの戦略を話すことを決めた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

善悪問答

「一之瀬はこの試験の説明を聞いた時、どう考えた?」

 

突然の質問に、一之瀬も空気が変わったことを感じたのか、真剣な顔つきになる。

 

「この試験はクラス対抗だけど対抗じゃない、かな。試験とは言ってるけど順位による報酬はないよね。正直、どのクラスもリーダーを当てられるようなミスはしないと思うし、そうなるとポイント差もそこまで生まれない。少なくともこの試験でクラス順位が逆転しちゃうってことはないし」

 

Dクラスの87ポイントは論外だが、Aは1,004ポイント、Bは663ポイント、Cは492ポイントとそれなりに差が開いている。

今回の試験、もしリーダー当てが行われない前提で考えれば獲得できて120ポイント前後だろう。スポットを上手く占有したとしても、広がる差は数十ポイント以内には収まる見込み。加えて順位報酬もないのであれば、何が何でも勝たなければいけない試験ではないだろう。

 

「つまり学校は競わせるより、クラスの絆を深める機会としてこの試験を用意したんじゃないかな。まさに最初の特別試験、ってことで」

 

だから勝ちにこだわりすぎず、みんなで楽しんで乗り切る方針を取ったということ。一之瀬は学校の意図を正しく汲み取っている。これが普通の高校であればそれでいいのだが……

 

「私、何か間違ってるかな?」

 

こちらの返答がなかったためか、少し不安そうにこちらを見つめてくる。

 

「いや、間違ってはいない。そこまで学校の意図を察することができる生徒もそんなにいないんじゃないか。だが、そこが一番の落とし穴でもある」

 

「落とし穴?」

 

「全クラスが一之瀬と同じ考えをもって試験に挑めば、まず間違いなくBクラスは負けないし、Aクラスに上がるのも夢じゃない」

 

「……うん」

 

「しかし実際はどうだ?今回、龍園の戦略は学校の表側の意図とは全くの逆を行っている」

 

「でも、それは私たちにとってプラスだったんじゃないかな?勝手に脱落してくれたわけだし」

 

「龍園が勝ちを諦めているようには見えなかった。いや、それすら関係ない。勝つ方法があるから奇怪な行動をしたという前提で考えるべきだ」

 

「念には念をって事かな」

 

「いや、念じゃなくて大前提だな。一之瀬の考えは、専守防衛に近いものを感じる。もちろん、それ自体は戦略として間違っていない。だが、守りきりたいのであれば相手の攻撃をすべて防ぐための予測は常に続けなければならない」

 

「そうだね……」

 

オレからの容赦ない指摘に少し表情が曇る一之瀬。簡単に消化できる話ではないのだろう。だが、だからといって手を緩めることはしない。

 

「この学校は表向きのルールを用意しながらも、裏のルールや抜け道をいくつも用意している。今回の試験もそうだ。もし、表向きのルールで戦うのであれば、抜け道をすべて塞がなくてはならない。塞ぐためには抜け道を見つける必要がある」

 

正々堂々を貫きたいならそれだけの実力が必要だ。でなければ、ただの理想論の域を出ない。

 

「例えば、この試験のペナルティを聞いた時、一之瀬はどう考えた?」

 

「ルールを破らないように注意をしなくちゃ、だったね」

 

「じゃあ龍園はどう考えたと思う?」

 

「うーん、どうやったら破ってもバレないか……とか?」

 

「そうだ。まず抜け道を探す。加えてどうやったら相手に破らせることができるか、も考えているだろうな。そうすることで、ただルールを守っている人間よりも一つ上のステージからモノを見ることができる」

 

「別の視点からのアプローチができるようになるってことだね」

 

「そう考えると龍園がなぜ0ポイントにしたのか、その意図も予測できる」

 

「なるほど。ペナルティの回避かな。点呼の減点がないなら行動の自由が広がりそう」

 

「ここまで話せば龍園の勝ち筋がわかるんじゃないか?」

 

「……3クラスのリーダーを当てること」

 

「そうなるな。そしてそれを可能にするもっとも簡単な方法は、スパイを送り込んでリーダー情報を調べることなんじゃないか?」

 

「否定……できないね」

 

「それだけならまだいいが、最悪の場合、オレたちの共闘に対抗するためにCクラスはAクラスに盗んだリーダー情報を売る可能性もある。そうするとマイナス100ポイントが確定し、最終的にはBとCのクラスポイントの差は100を切る」

 

「むむむ、それは看過できないなぁ」

 

軽く口にしているようで表情が硬い。この先に待つ最悪の結末、その可能性に考えが至り、どうすればいいかを試行錯誤しているのだろう。答えが出るまで待ってもいいのだが、それでは手遅れになるかもしれない。

 

「オレはこれからそれが起こると仮定して防ぐための行動をするつもりだ。一之瀬にはその手伝いをお願いしたい」

 

「ここまでの話もそうだし、どうしてそこまでしてくれるの?綾小路くんには関係ない話だよね」

 

「ポイントを借りる時に言っただろ、一之瀬にとっての正念場がやってくる。全面的に応援するつもりだって」

 

「そうじゃなくて——」

 

「一之瀬はピンチの友達を助ける時に理由を考えてから助けているのか?」

 

一之瀬には一之瀬に効く言葉がある。

 

「それは……うん、確かに考えてないね」

 

「そういうことだ。もしそれでも気が引けるのであれば、この試験が終わったときに、一之瀬の感じたことを聞かせてくれないか?」

 

「そんなことでいいの?」

 

「そんなことが大事なんだ」

 

駒としての成長の可能性、それを確かめたいからな。

身近でオレの戦略や考えに触れてどう変わるのか……

真っ白のキャンバスに最初に色をつけるような、そんな感覚。

この画がどんな作品になるのかは、塗ってみなければわからない。

 

「それで具体的には何をするのかな?」

 

「そうだな、あえて名付けるなら『スポット殲滅作戦』だ」

 

「……綾小路くん、たまに中2だよね」

 

『チュウニ』が何を指すかわからないが、これまでの説明とは違い、作戦名はあまり響かなかったようだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

試験3日目朝。

ほとんどの生徒がこの無人島生活にも慣れ始めた様子。

今朝も釣りに行ってきたのだが、残念ながら大物は釣れなかった。

ビギナーズラックなんて言葉があるが、そんな運はないのかもしれない。

まぁ運に頼るのもどうかと思うが。

 

一方、柴田はヒラメやらタイやらと色々釣っている。

これが俗にいう持っているヤツなのだろうか。

 

「せっかく釣ったけど、また焼くだけじゃ味気ないよな」

 

最低限の調味料や調理セットは購入したが、最低限なので手の込んだ料理を作ることはできない。そもそも作る腕もないのだが……

 

「だったら、シンプルにお刺身にしてはどうでしょう?」

 

柴田が悩んでいると、Bクラスのメガネ男子、浜口が話しかけてきた。

 

「刺身かいいなー、でも捌くの難しそうじゃないか?」

 

「大丈夫です。言い出しっぺの僕は捌けますよ」

 

「マジかよ浜口!頼むぜー」

 

そういって浜口に魚の入ったバケツを渡す。かなりの数があるが一人で捌ききれるだろうか。

 

「何か手伝おうか」

 

釣ってきた手前、少し申し訳ない気がするので手伝いを申し出た。

 

「ありがとうございます、では——」

 

「あのさ、私たちも手伝っていいかな?私、料理部だし役に立つと思うよ。佐倉ちゃんも頑張りたいっていってるし、ね?」

 

「う、うん。えっと……一緒に頑張ろうね、綾小路くん」

 

そう言って声を掛けてきたのは篠原、そしてその後ろに佐倉。

この特別試験が始まってから、佐倉は篠原たちと行動を共にしていた。

船上で変な形で別れてしまったので気になっていたのだが、どうやら昼ドラの話題は上手く篠原に刺さったようだ。

佐倉の方はまだぎこちなさそうだが、篠原は姉御肌なのだろう、よく面倒をみてくれているようだった。

 

「もちろん歓迎しますよ、みんなで頑張りましょう」

 

そうして浜口による魚の捌き方講座がスタートした。

 

「まずは鱗を剥がします。ペットボトルのキャップでこすると、この通りです」

「そしたら頭を落として——」

「包丁は背骨に沿わせるように、ガガガってなるくらいが丁度いいですよ」

 

といった具合にレクチャーを受けた結果、なんとか刺身が完成した。

言い出しっぺの浜口はもちろん、料理部の篠原も上手く捌いていた。

佐倉は……刺身のはずが、なめろうみたいになっている。

今後の活躍に期待だな。何事も継続が大切だぞ。

 

「佐倉ちゃん、今日は一歩前進って感じだね。この調子でどんどんアピールだよ」

 

「う、うん。篠原さん、ありがとう」

 

篠原も佐倉の調理の上達を応援しているんだな、良かったな佐倉。

さて、オレはこのなめろうを、美味しく食べてくれるスタッフ、もとい山内に渡してこよう。噂では佐倉を狙ってるとか言ってたしな。喜んで食べてくれるはずだ。

 

「なぁなぁ、寛治。網倉ちゃんって良くないか。フリーかな」

 

「わかるぜ、春樹。優しさとか奥ゆかしさとかあってさ、話してると知性も感じるし、同じポニテでもどっかの金色とは大違いだぜ」

 

「だよなー!うぉぉぉぉまこちゃぁぁん。よし、ちょっとなんか手伝うことないか、聞いてくる」

 

「ずりーぞ、俺も行く」

 

なめろうはオレが美味しく頂くことにした。

なめろうと思えばなかなかイケたので、そんな感想を佐倉に伝えたところ喜んでいた。

オレから褒められても仕方ないかもしれないが、これを励みに頑張って欲しい……捌かれる魚のためにも。

 

 

さて、食事も取ったことだし、スポット殲滅作……スポットを上手く占有してAとCクラスを倒す作戦を開始するとしよう。

 

「みんなー、今日から本格的に試験を攻略していくよー!」

 

「おっしゃー」「頑張ろうねー」

一之瀬の呼びかけに、生徒たちも士気高く応える。

 

「作戦名は『スポット殲滅作戦』だよー!」

 

「カッコいいな!」「どんなことするのか、楽しみだね」「帆波ちゃんかわいいー」

 

「にゃはっ」とこちらを見てウインクする一之瀬。昨日のやりとりから、なぜ採用したのかはわからないが、気に入ってくれていたのなら良かった。それに意外と好評じゃないか。オレのネーミングセンスは間違っていなかったな。

 

これでオレも気持ちよく準備に向かうことができる。

 

「チャー柱先生、いますかー?」

 

教師のテントスペースで茶柱先生を呼ぶ。

昨日も今日も点呼の時以外はテントから出てこないのだが、どうしたのだろうか。

 

「ん?綾小路か。ちょっと待ってろ。っ、あぁ~いたたた」

 

のそのそとテントから顔を出す。

 

「大丈夫ですか、チャー柱先生?」

 

「誰のせいだと思っている……そしてなんか変に伸ばして呼ぶのはなぜだ?」

 

「気にしないでください。癖が抜けていないだけです」

 

「それで何の用だ?いくら積まれても山の中は歩かんぞ」

 

「そんな無駄なことにポイントは使わないですよ?この前みたいに、これから伝えるメンバーの点呼時間をずらして欲しいんです」

 

「いいだろう。ポイントの額は前回同様1人につき1000ポイントだ」

 

「ありがとうございます」

 

この作戦に必要なメンバーを伝え、夜の点呼時間の制限を解除した。

早速メンバーの点呼を済ませてもらい、各自目的地へと移動していく。

 

この島のスポットは初日に調べた限り全部で26か所ある。

目標は、殲滅の名の通り、そのすべてをBとDクラスでいただくことだ。

 




スポットの数についての補足。
アニメでの描写で葛城のメモには獲得したスポットとして、A~Pまでの16スポットの記載があります。
他のクラス分のスポットを追加すると最低19はあることがわかりますが、地図を見る限り、まだあってもおかしくない余白が多いので、ここではアルファベットの数分の全26か所ということにしました。

それにしても、スポットだけで274ポイント獲得予定だった葛城さん。同じスポットからは一日最高3ポイントしか取れないのに、19ポイントの箇所が4つ(初日から毎回獲得の必要あり)、その他も次の日から、そして3日目から毎回占有しないと間に合わない計算。
そこから出てくる結論は、『弥彦最強説』でしょう。毎日、8時間おきに、島の端から端までスポットを回って6日間過ごした男。尋常じゃない体力です。しかも他クラスに見つからない隠密行動。葛城さんの右腕をやっているのは伊達じゃないですね。


あと余談としては、唐突に出てきた浜口君について。
これを執筆しているときはよくよう実のアニメをBGMにしておりまして、なぜか特に耳に残るのが、浜口君の「言い出しっぺの僕は見せられますよ」のセリフ。なんか面白い言い回しというか、高校生らしからぬ発言というか。地味にアニオリのセリフだったり。
その後、一之瀬が「浜口君!」と呼ぶので名前まで覚えてしまい、登場させるしかないなと。2年生編のイメージから料理もできそうですしね。

可哀そうなのは、一之瀬から名前すら呼んでもらえない方のメガネくん。いつまでも名前を覚えられない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大根役者の見せ場

スポット占有について一度整理してみよう。

 

スポット占有にはリーダーのみが使えるキーカードが必要となる。

検証してみたが、リーダー以外がカードを持って占有するための機械(以降占有機)にタッチしても反応はなかった。

 

また、スポットを占有すると占有機には、占有クラスと8時間のカウントダウンが表示されるため、いつどのクラスが占有したかは一目瞭然となる。

よって、リーダーのフリをしてタッチしても表示を見られたらすぐにバレるということ。

ちなみに占有中の占有機に他のキーカードをタッチしても何も反応がないことも確認できている。

 

これらのことを踏まえ、スポットを占有する瞬間は他クラスに見られてはいけないということが大前提となる。

 

逆に言えば、その大前提を覆すことができれば、スポットは占有し放題ということだ。

 

ここがこの『スポット殲滅作戦』の肝と言える。

 

 

2日目の偵察の帰り道。

オレは一之瀬に作戦の説明を始めた。

明日B&D連合チームに発表するのは一之瀬の仕事だ。

しっかり理解してもらう必要がある。

 

「うーん、そんな方法なんてあるのかな?全然思いつかないよ」

 

「ヒントはペナルティのルールだな」

 

「何か使えそうなルールあったかな……」

 

「今回は『環境を汚染する行為の禁止』と『他クラスへの暴力、略奪、器物破損の禁止』を活用する。そこで、必要なものをリストアップしておいた。すまないが、明日の決行までに一之瀬の方で手配をお願いしたい」

 

「それは構わないけど、これでどうにかなるイメージがわかないなぁ」

 

「一之瀬に想像できないなら、Aクラスも苦戦するってことだ」

 

「にゃはは~、嬉しいような嬉しくないような言葉だね」

 

「これでサクッと攻略されたら、その時は諦めてくれ」

 

「急に弱気に!?いや絶対破られないってことかな」

 

「それはやってみてからのお楽しみってやつだな。それでこれらを――する」

 

「んんん?そんなのってありなの?」

 

「ルール上、問題ない。肝心なのは主張を押し通すことだな」

 

「これは……ちょっと葛城君たち気の毒かも」

 

そう言いながらもちょっとワクワクしてないか。

一之瀬が見せた珍しい表情――小悪魔っぽい笑みに、少しだけドキッとさせられた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

3日目昼過ぎ。

 

「葛城さん、BとDのヤツら何かしてくるつもりなんでしょうか」

 

「大体の見当はついている。弥彦、Dクラスはなぜポイント使いきったかわかるか?」

 

「いえ、さっぱりです。アイツらただのバカなんじゃないですか?」

 

「Dクラス単体ならその可能性もあったが、今回はBクラスが先導している。そこには必ず意味があるはずだ。今、Dクラスの生徒は点呼の減点がない状態にあるのはわかるだろう」

 

「引かれるポイントがないですからね。でもそれがどうしたんです?」

 

「極端なことを言えば24時間、スポットの見張りができるようになったということだ」

 

「……それってかなりマズいんじゃないですか?」

 

「だが、見張れるだけだ。スポットを占有したいのであればキーカードを使う必要がある。そして0ポイントのヤツらは何が何でもリーダー情報を当てられるわけにはいかない」

 

「ボーナスポイントが無効になるからですね」

 

「そうだ。だが奴らも間抜けではないはず。更新するタイミングは絶対に安全な時刻を狙う」

 

「そんな時刻ありますか?」

 

「俺たちの点呼時間だ。その時は俺たちはベースキャンプから離れられない」

 

「そんなのどうすればいいんですか?いくつかスポット占有されちゃいますよ」

 

「そこでこの場所の地の利が活きてくる。いくつか調整して20時あたりに占有がきれるスポットを用意しておいた。そしてその場所はここから双眼鏡越しに見張ることができる」

 

「さすが葛城さん!それで奴らのリーダーを炙りだすんですね」

 

「こんな手に引っかかってくれればいいが、あくまで大事なのはこちらが遠くからスポットの状況を確認できる手段を持っていると示すことにある。そうすれば奴らは簡単にはスポットの占有に移れない」

 

「でもそれだと俺たちもスポットを取れないですよね?」

 

「それでいい。こちらの狙いは膠着状態にある。仮にDクラスが監視外の他のスポットを取ったとしても0ポイントからではすでに逆転できない点差になっている。そもそもクラスポイントが87しかないDクラスに100や200ポイントが増えたところで脅威にならない」

 

「ですね。アイツらどんなポイントでも一度0にする、0大好きクラスですからね」

 

「警戒しなければならないのはBクラスがスポットを取ることだが、Bクラスは点呼の関係で俺たち同様、自由には動けない。それならばこちらもスポットに見張りをつければ対応できる。幸い食料は潤沢だから人手も問題ないだろう。そうしているうちに龍園が奴らのリーダー情報を持ってくれば、BもDも結局ボーナスポイントは無効になる」

 

「なるほど」

 

「ただし龍園が失敗する可能性も考慮して、牽制し合う膠着状態にすることが最善ということだ。無理してこちらのリーダー情報が洩れれば、弥彦のここ数日の頑張りが無駄になってしまうからな」

 

「葛城さん……」

 

リーダーである弥彦には、この3日間スポット占有のため島を走り回ってもらっている。

相当無理をしているはずだが、文句の1つも言わず取り組んでくれているのだ。オレの判断ミスで無駄にするわけにはいかない。

 

「おい、葛城、大変だ!」

 

「どうした町田?」

 

その時だった。スポットの見張りを任せていた町田が慌てて洞窟に入ってくる。

 

「BとDの奴らがスポットに妙なことをしてるんだ。急いできてくれ」

 

「なんだと」

 

『お前、このままじゃ負けるぜ?』昨日の龍園の言葉が頭を過ぎる。

馬鹿な話だとすぐに振り払った。どんな手を使って来ようともAクラスは負けない。

 

町田の案内の元、弥彦と共に妙なことをしていたという場所に到着した。

 

そこにあった占有機には――学校から支給されたバックが覆いかぶさっていた。ご丁寧に中身を空にして占有機のパネルを包み込み、紐で口を閉じて縛ってある。そのため占有機の表示が一切確認できない。バックの色からするとBクラスのものか。

 

「なんだ、これ。邪魔だな」

 

「待て、弥彦!」

 

慌てて弥彦を止めるが一歩遅かった。弥彦はすでにそのバックを外し、手にしてしまった。

 

「あ~!!」

 

その途端、木の裏から人影が2つ出てきた。

 

「俺の大事なバックがAクラスの奴に盗られた。ナンテヒドイコトヲスルンダー」

 

とんでもないことを言い出した男の白々しい演技が森に響く。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「見テクレヨ、綾小路。オレノバックヲAクラスガ盗ッテルヨナ」

 

「そうですね、生徒会としてこれは見過ごせない窃盗だと判断します」

 

ガチガチに緊張しているのかカタコトの渡辺からパスを受け取り、あくまで第三者としての意見を述べさせてもらう。権力があるように見せるため真面目モードの橘(威厳のあった頃の書記)を参考に演じてみる。

 

「確カコノ試験デ略奪ハ、クラスゴト失格、犯人ノプライベートポイント没収ダッタヨナ」

 

「はい、間違いありません。生徒会として保証します。早速彼らの不正を訴えましょう」

 

「はぁー?ふざけんなよ。そんなこと認められるかよ」

 

戸塚弥彦がこちら側の主張に抗議する。

 

「申し訳ございませんが、そこに置いておいたバックを手にしている事実がある以上、言い逃れはできませんよ。目撃者もこれだけいますし、何より生徒会の人間である私が見たんです。これ以上の証言はありません」

 

バックを占有機から外すかは五分五分だったが、外さないにしても抗議をしてくることは確実だった。

ここからの会話は既定路線となるだろう。

 

「待ってくれ。お前が噂の綾小路だな。そもそもの話をさせてもらうが、これは占有機にモノを被せる行為、つまり島の物に手を加えている。明らかに『環境を汚染する行為』になるだろう。むしろ弥彦はゴミを片付けただけだ」

 

Aクラスのリーダーの一人、葛城が指摘してきた。

ただ、そんな主張は通らない。

 

「それは違います。島の環境の対象は元から島にあったもので、あとから設置された無機物の占有機は含まれていません。そして渡辺くんは画面を壊すなどの器物を破損したわけでもございません。バックをただそこに置いていただけでペナルティになりませんよね」

 

「そんなの詭弁だろ!」

 

戸塚が喚く。

 

「ルールはルールです。それでは渡辺くん、キャンプに戻って先生に報告しましょう」

 

「まだだ。窃盗だというなら、それは故意で行ったと証明する必要があるだろう。弥彦はよくわらずバックを外してしまった。バックを盗む意図はなかった」

 

さすが葛城だ。こちらの欲しい結論を引き出してくれた。

ここでAクラスをリタイヤさせてしまうと、リーダー当てで手に入る50ポイントがなくなるからな。

頑張って最終日まで粘ってもらわなければならない。

 

「それもそうですね。では初犯ということもありますし、今回は不問とさせていただきます。ただ、今ご説明しましたので、今後はバックをそこに置いているという認識は共通のものです。今後外した場合は、故意による行為として遠慮なく訴えさせていただきます。これはAクラスの皆さん、全員に言えることですので周知をお願いしますよ」

 

「こんな馬鹿げたことが許されるのか……」

 

「か、葛城ー。こんなところにいたのか。聞いてくれ、BとDの奴ら占有機にバックを被せて無茶苦茶なことを……ってここもかよ」

 

Aクラスの生徒が次々にやってきては同じ報告をする。

それもそのはず。今頃、Aクラスとオレたちのベースキャンプのスポット以外、全部のスポットでバックを被せているはずだ。

 

「これはせめてもの助言ですが、点呼のいらないDクラスはスポットの見張りを交代制で行うつもりですので、見ていない隙にバックを外す、なんて野蛮な行為はオススメできませんよ」

 

というのはハッタリだ。実際に点呼時間あたりにポイントを払ってまで見張るのは明日までにする予定。

茶柱先生に預けているプライベートポイントも限りがあるからな。もしもに備えて余力を残しておきたい。

 

それでも見張っているかもしれない状況を作り出せれば、葛城は無茶をしないだろう。

一之瀬曰く、堅実で保守的なタイプらしいからな。

 

「お前たち、これで勝ったと思わないことだ。こちらも監視させてもらう。簡単には占有はさせない」

 

「占有ですか?やってみせましょうか、渡辺くん」

 

「オ、オウ」

 

そういって渡辺は弥彦からバックを取り戻し、もう一度占有機に被せる。

その後ポケットから、キーカード……かもしれないものを取り出した。

 

「簡易トイレのビニールで巻いているのか」

 

冷静に見つめる葛城。外見からでは本物かどうか判断はできない。

そして、カバンの上から占有機をビニール巻のカードのようなものでタップする。

 

「はい、占有完了です。リーダーは渡辺くんですね」

 

「ば、馬鹿を言うな。こんなことで占有できるわけないだろ」

 

「ご自身たちのカードで試されてみては?キーカードは優秀ですから、ちょっとした遮蔽物があっても問題なく反応しますよ」

 

これは本当だ。Dクラスのキーカードで検証を行ったが、問題なく占有できた。

ちなみに渡辺の持っているものはダミーだ。マニュアルの厚紙部分をキーカードサイズにカットし、そこにビニールを巻いている。

だが、占有機の表示が隠れて見えない以上、本当に占有できたかどうかは闇の中だ。

この調子で、リーダーの他にダミーを持った生徒もスポットを巡回してもらう。これで堂々と占有して回っても問題がなくなる。

 

『スポット殲滅作戦』の完成だ。

 

「……弥彦、みんな、拠点へ戻るぞ」

 

葛城もこれ以上はどうにもならないと撤退を選択する。

ぞろぞろ帰っていくAクラスの面々。

さて、渡辺には大事なセリフを言ってもらわなくてはな。

 

「やったな、渡辺。無事Aクラスを追い返せた。セリフ練習した甲斐があったな」

 

「あぁ!全部一之瀬の言っていた通りになったな、やったぜ」

 

そうテンション高く言い放ち、ハイタッチを求めてくる。

もちろん、オレもノリよく応じよう。Bクラスの雰囲気も慣れてきたものだ。

 

「イェーイ」「いぇーい

 

「声ちっさ」

 

そういって笑う渡辺。確かに作戦成功の喜びを分かち合うのは思いの外、気持ちがいい。

ただ、渡辺はAクラスを背にしているから気づかないだろうが、今、結構睨まれてるからな。絶対振り向くなよ。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「葛城さん、どうしましょう……」

 

弥彦が心配そうにこちらに問いかけてくる。

 

一之瀬のものと思われる策にハマってしまった。

Bクラスが、ここまで好戦的な戦略を取ってくると認識がなかったこちらの落ち度だろう。Bクラスを温厚な集団と決めつけていたのは失敗だった。

 

……龍園が協力すると言っていたのはこうなることを見越してか。

あの策を破る方法があるとすれば、失格を気にせずにバックを取り去ってしまうしかない。それができるのは、すでに0ポイントのCクラスの生徒のみ。

 

「心配するな弥彦。確かにこれ以上スポットを獲得することはできなくなった。だが、それだけだ。これまでである程度のポイントは手に入れている。BもDもリーダーを当ててしまえばいくらスポットでポイントを重ねても無駄だ。結局勝つのは俺たちAクラスで変わりはない」

 

計画ではスポットでのポイントは200を超える計算だった。

だが、それが50になったとしても、もともとの270ポイント、リーダー当ての100ポイントを加えて圧勝することができる。

 

龍園の情報頼みになるのは気に入らないが、今はこちらのリーダー情報を守る方が優先だ。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「スポットは25か所確保しているから、半分ずつ占有だね。一つ余る場所は交互に占有する感じでいいかな?」

 

キャンプに戻ってきたオレは一之瀬と今後の打ち合わせを行っていた。

 

「ああ。問題ない」

 

「にしても本当にスポットを他クラスが使えないように『殲滅』しちゃったね」

 

「正確には向こうも同じ方法を取れば占有できる可能性は残ってるんだがな」

 

「リストアップしているこっちと違って、占有の残り時間がわからないから厳しいだろうね」

 

「どちらにせよ、リーダーを晒すリスクを増やしてまでやることじゃないな」

 

「うーん、敵ながら同情しかないかな……」

 

「同情はまだ早いぞ。各クラスのリーダー当てが残っている」

 

「各クラス?ビーチにいたCクラスはもうみんないなくなっちゃったみたいだけど」

 

「いや、確実に金田と伊吹以外にも残っている生徒がいる」

 

「どうしてそんなことがわかるの?」

 

「Cクラス担任の坂上先生がここに来ていないからだ」

 

「そっか、いまは残っている生徒の方がCクラスの拠点だからそっちにいるけど、みんないなくなったら、金田くんと伊吹さんがいるこっちの方にやってこなきゃおかしいもんね」

 

「まぁそれについても難しいことじゃない。まずは――」

 

「ちょっとお話し中ごめんねー。綾小路くんに話があるんだけど……」

 

とそんなところへ田がやってきた。

どうやら昨日依頼した件で進捗があった様子。

 

「そっか、そっか。田さんとお話が。……じゃあ続きはまた今度にしようか?」

 

「そうしてもらえると助かる。今回は一之瀬のおかげで助かった」

 

「こちらこそだよ。またね」

 

一之瀬を残し、田と歩き出す。

 

「それで頼まれていた件、わかったんだけど、今から行ってみる?」

 

「さすが田だな。よろしく頼む」

 

仕上げは残っているが、しばらくAクラスは置いておいて問題ないだろう。

次はCクラスの対策をしなくてはならない。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

色褪せない青春の証

田の案内のもと、森の中を進んでいく。

キャンプ地から10分程、歩いたところで目的の場所に着いたのか、田は足を止めた。

位置はキャンプ地と川辺のスポットの中間地点ぐらいか。

 

「寛治くんたちが伊吹さんを見つけたのはこの辺りだって」

 

踏みならされた道の途中、特に変わったところはない。

強いて言うなら、他の木よりも一回り立派な大木がそびえたっているぐらいだ。

 

「それでこんなことを調べさせたんだから、綾小路くんは伊吹さんたちを疑ってるってことだよね?」

 

「念には念を入れてってやつだな。何もないに越したことはない」

 

「そうだね。2人の様子を見てたけど、今のところおかしなことはしてないみたいだよ。むしろ積極的に手伝ってくれてるくらい」

 

オレからの依頼に対して田なりに考えて行動をしているようだ。

 

「一応おかしなところがないか、周囲を見てみたいんだが……」

 

「うん、私もそう思ってたところだよ」

 

ニコッとした笑顔で気持ちの良い返事がくると、心の底から賛同してくれているように錯覚する。

心理学者バーンとネルソンの『意見の類似と好意の実験』が示すように

人は、相手と意見が一致すればするほど好感が増していく傾向がある。

知ってか知らずか、田はそれを対人スキルとして昇華し身につけているのだろう。

 

あれだけのことがあったにも関わらず、積極的に話しかけてくるなと不思議には思っていたのだが……田はオレを本格的に篭絡する方向で戦うつもりか。自身がこれまで磨いてきた『人に好かれるスキル』を駆使し、オレを堕とす戦略。自分の強みをよく理解している。

田に夢中になる未来か。あり得ないとはわかっていても、本当にそんなことになったのならそれはそれで新しい発見となる。よし、全面的に受けて立とう。

……もちろん下心などはない。

 

 

手分けして周囲の捜索していると、大木の根元あたりの土が一度掘り返されたようにやわらかくなっていることに気づいた。

 

「明らかに怪しいよね」

 

「そうだな」

 

掘り返してみると、案の定、何か埋まっているのが見えてきた。

 

「……トランシーバー、だね」

 

「そうみたいだな」

 

「どうしようか、このことみんなに伝えた方がいいよね?」

 

「いや、ここだけの話にしておこう。下手に広がると混乱の元だ。それにトランシーバーだけではスパイの証拠としては弱い。言い逃れる手段はあるだろう」

 

「でも、このまま放置してたら何か大変なことになるんじゃないかな?」

 

連絡手段を用意しているということは、これを使って手に入れたリーダー情報を伝えるか、もしくは合流するためか。どちらにせよ、連絡先はCクラスのリーダーである可能性が高い。泳がせるのも手だな。

 

「ああ。だからこちらから罠を張っておくことにする。悪いが田、お前の力が必要だ。協力してくれないか?」

 

「もちろんだよ」

 

「ありがとう。田は頼りになるな。他の生徒ならこうはいかない」

 

「いやいや、そんなことないよ。でも綾小路くんの助けになれるなら嬉しいな」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「すまない、少し時間いいか?」

 

ベースキャンプに戻ってきたオレは神崎に話しかける。

初日から神崎は金田と伊吹の監視役を買って出てくれていた。平田は甘さが隙に、堀北はダウン中、現在神崎以上の適任はDクラスにはいないため助かっている。

 

「綾小路か、なかなか面白いことになっているな。正直、この試験をこんな形で過ごすことになるとは思わなかった。Dクラスと組んだのは正解だったみたいだな」

 

「そう思ってくれているならDクラスとしてもありがたい」

 

「それで用件は……あの2人の事か?」

 

神崎も一之瀬の右腕として活躍する頭のキレる生徒だ。説明しなくとも、こちらが接触してきた理由を察している。

 

「ああ。何か変わったところはなかったか?」

 

「今のところ特に見受けられない。が、警戒は続けている。あのCクラスが何の意図もなくこんなマネをするとは思えない」

 

「だな。神崎にひとつ相談なんだが、明日の食料調達、オレも加えてもらえないか?」

 

普段、ベースキャンプのスポット更新時や作戦会議中は、食料調達として2人を含めた数人のグループで外出をしている。

 

「それは構わないが、気になることでもあるのか?」

 

「ああ。堀北の指示でな。直接目で見てきて報告しろだと。全く、体調不良でも人使いの荒さは健在で困っている」

 

先のことを踏まえて接している一之瀬とは違い、神崎にはまだ堀北の命令で動いていると思わせておいた方が都合がいい。特に口止めはしていないが、一之瀬はオレのことを容易く話したりはしない、そういう風にしてきたつもりだ。

 

「それだけ頼りにされているんだろう」

 

「そうだとしてもありがた迷惑なんだがな」

 

フッと微笑む神崎。クールな男の表情が和らぐ。

 

「綾小路とは立ち位置が似ているからか、勝手ながら親近感を覚えている。お互い大変だとは思うが、信じて支えていく他ないだろう」

 

立ち位置とはクラスの中心人物の右腕ということだろう。

だが、隣にいるのが堀北と一之瀬では大変さの度合いが違いすぎないか。

交換できるなら交換して欲しい。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

試験開始から4日目。

ようやくこの無人島生活も折り返しを迎えることとなった。

7日目は朝の点呼で試験終了となるため、実質残り3日間。この間に状況はさらに動くだろう。平和に過ごせればそれが一番なのだが……。

 

昨日の約束通り、オレは食料調達班と共に活動していた。

金田と伊吹は各々離れた場所で活動しており、特に会話もしていない様子。

 

頃合いを見てこちらから仕掛けることにする。

 

「スイカか。こんな島でも立派に育つもんだな」

 

「はぁ?そんなもんなんじゃない?」

 

スイカを収穫していた伊吹に話しかける。

今回訪れた場所には立派なスイカがいくつも自生していた。

いや普通に考えてこんなスイカが自然に育つことはないだろう。

学校側が試験のために育てていたとみるべきだ。この島にはそんな場所がいくつもある。

 

「重そうだな、オレが持とう」

 

「別にいいわよ。これぐらい問題ない。触らないで」

 

伊吹はスイカを受け取ろうとしたオレを拒絶するように身体の向きを変える。

その際、オレは体勢を崩し尻もちをついてしまった。

最悪なことに近くのスイカを割ってしまい、背負ってきたバックごとスイカまみれになる。

 

「まじかー」

 

これはシミになりそうだな。

スイカの甘い匂いもしっかりついてしまっている。

 

その様子を見ていた伊吹は、一瞬「ざまあみろ」といった表情をしていたが、オレがスイカまみれの悲惨な状況になっていることがわかるとバツの悪そうな顔になった。

 

「ドン臭いやつね。アンタが勝手にコケたんだから別に謝らないわよ」

 

「ああ、こっちもちょっと強引だった。悪い」

 

こちらと目を合わせようともせず伊吹はスイカを運んで行った。

 

一足先にキャンプに帰らせてもらいシャワーを済ませ、申し訳程度にジャージとバックを洗ってみたが、シミはまるで落ちない。

2つしかない学校のジャージの1つがお釈迦になってしまった。

 

「あちゃー、悲惨だな。まぁあれだ、船に戻れば良い洗剤があるかもしれないぜ」

 

悲しい気持ちでジャージを見つめていると、渡辺が話しかけてきた。

 

「こんな時にあれだが、せっかくスイカをゲットしたんだ。ビーチでスイカ割りをやろうって話が出たんだが、綾小路もどうだ?」

 

「そうだな。ちょうどスイカに怒りをぶつけたいと思っていたところだ」

 

「ああ。思い切りぶっ叩いてやろうぜ!」

 

 

ビーチに移動するとすでに10数名の生徒たちが集まっていた。

中には金田の姿もある。

 

「おいおい、Cクラスのヤツもいんのかよ」

 

少し離れたところにいた池が不満をこぼす。

 

「せっかくの機会だから思い出作りにどうかな、って誘ったんだけど……まずかったかな」

 

「そそそそんなことないない。桔梗ちゃんは優しいなぁ」

 

まさか田が連れてきたとは思わなかったのだろう。慌てて否定する池。

 

「だったらよかった。みんなで楽しもうね!」

 

「「もちろん」」

 

田の言葉に周りの男子たちもテンションが上がっている。

 

「いやぁ田ちゃんって良い子過ぎないか?可愛いし」

 

渡辺も例外ではないようだ。

 

人数が集まったところでいよいよスイカ割りが始まる。

オレがスイカ塗れになったことは全員知っていたようで、叩くならお前が適任だなと一番手を譲ってくれた。

 

そもそもスイカ割りがどんなものか知らないのだが……。

ただ単にスイカを割って憂さを晴らすものじゃないのか。

用意されている道具から想像するなら、目隠しをした状態で棒を持ち、置いてあるスイカを目指して割っていく、といったところだろう。

問題ないな。スタート位置から何歩でスイカに到達するかの計算は済んでいる。

 

「よし、じゃあ回すぞー、綾小路」

 

「オレもやるぜ」

 

目隠しをされたところで、柴田と須藤の声が聞こえてきた。

何を回すんだ?嫌な予感しかしない。

 

突然肩をつかまれ、勢いよくぐるぐると回される。

 

なるほど、回転によって自分の向いている方向を混乱させるのか。加えて、目眩を起こさせることによりゲームを難しくするのかもしれないな。

 

だが、いくら回されようと、回転数を計算しておけば自分の向いている方向はわかる。目眩についても三半規管を鍛えているからな、十分対処できるはずだ。

 

って回しすぎだ、柴田、須藤。

逆回転も入れられたり、抱えて回されたりしたことで回転数による位置の把握を断念する。

やっと止まった頃にはスイカの位置は、さっぱりわからなくなってしまった。

 

こうなればエコーロケーションを使うしかないか。

音の反響でスイカの位置を確認させてもらう。

 

「綾小路くん、スイカはこっちだよー」

 

ん?一之瀬の声か。

 

「違う違う、騙されないで。こっちが本当だよ、綾小路くん」

 

田の声も別方向から聞こえる。

 

「いや、こっちだぜ、綾小路」

「スイカを割りたいならココだー」

 

2人の声を皮切りに、無数の声が聞こえる。

 

……エコーロケーションどころじゃないな。

この中の声のどれかを信じるしかないということか。

 

どうしたものか。誰を信じても角が立ちそうだ。

 

「私を信じて!こっちだよ」

 

いや、善人で定評のある一之瀬なら大丈夫なんじゃないか。

選んだ理由としても全員納得だろう。

Dクラスの男子は言わずもがな、田もこれ幸いと騙してきそうだしな。

 

「わかった。そっちに行く」

 

「うん、その調子で進んで進んでー。そこだよー」

 

ジャージの仇を取らせてもらう。

棒を振りかぶり、勢いよく叩き下ろす。

 

だが、そこにスイカの姿はなかった。

 

「嘘だろ」

 

スイカとは反対方向にいた。

 

「にゃはははー」と笑いながら、網倉や小橋とハイタッチする一之瀬。

 

「引っかかったね、綾小路くん。簡単にスイカは割らせないよー」

 

一之瀬は、こういう遊びは全力で楽しむタイプだったか。

意外と田の方がスイカに近いところにいたので、あとから怖いな……。

 

オレの空振りによってスタートしたスイカ割りは、その後の挑戦者もなかなかスイカにたどり着けない。

状況が変わったのは網倉の番になったとき。

全力でスイカへと誘導した池と山内の活躍によって見事スイカは割られることとなった。こういう時、女子は有利だな。

 

割ったスイカはみんなで美味しくいただくらしい。

適度にカットしたスイカが配られる。

結局、金田は遠巻きに見学していただけだった。

 

「金田くんもどうぞ」

 

その姿に気を使った田がスイカを持っていく。

 

「ありがとうございます。いただきます」

 

「せっかくだし隣で食べていいかな?」

 

渡すだけでなく隣に座ってスイカを食べようとする田。

どこかよそよそしかった金田も満更じゃなさそうだ。少し照れている。

 

「お、俺も一緒に食べるぜ」

 

「待てって、俺もいく」「俺だって」

 

そんな様子に嫉妬した男子が金田だけに美味しい思いはさせまいと2人の周りに陣取りはじめた。

 

「ありゃりゃ~。すごい人気だねー。綾小路くんは行かなくていいの?」

 

「オレはパスだ。あの中に混ざる気にはなれない」

 

田に群がる男子たちの姿をみながら一之瀬が話しかけてきた。

 

「そっか、うん。じゃあ私たちはこっちでゆっくり食べよう」

 

「そうするか」

 

散々な目に遭わされたスイカだったが、甘くて美味しかった。

 

「わー、ゴメンね。大丈夫だった?洗ってくるね、借りて大丈夫?」

 

「いえ、それには及びません。気になさらないでください」

 

 

向こうでそんなやり取りが聞こえる。

スイカのやつがまた悪さをしたようだな。

スイカのシミは思ったよりも落ちにくい。

新しい学びを得ることができた1日だった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

夕暮れ時。

金田がこっそり渡ししてきたメモを確認する。

 

『Bクラスノリーダーハ白波千尋 今晩作戦ヲ実行サレタシ』

 

わざわざ変な文章で書くんじゃないわよ、読みにくい。

 

これで間違ってたら蹴りを2、3発入れてやる。

そう思いながら私は作戦の決行の算段を立てる。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Dクラスの長所

試験5日目の朝。事件は起きた。

 

「ちょっと男子、起きなさいよ」

 

篠原の声が、男子のテントとハンモックのある就寝ゾーンに響く。

少し怒気を帯びた声に何事だろうかと寝ぼけ眼をこすりながら起きる男子生徒たち。

オレもハンモックの上から様子を伺う。

 

「どうしたのかな、篠原さん」

 

「平田君、実は……白波さんの下着がなくなっちゃったみたいなの」

 

こういう時に率先して確認してくれる平田。

平田が出てきたことで少し安心したのか、篠原も先ほどより落ち着いたトーンで返事をする。他のDクラス男子が対応すればこうはならないので本当にありがたい。

 

「……それは本当なのかい?」

 

「いま、白波さん、テントの中で泣いちゃってて……」

 

女子の下着がなくなるというとんでもない事件に、さすがの平田にも動揺がみられた。

しかも篠原がここを訪れたということは目的は、ひとつだろう。

 

「平田君は関係ないと思うんだけど、男子の持ち物チェックをさせて欲しいの」

 

「えっと、それは……」

 

「な、なんだよ、篠原。俺たちが盗んだっていうのか?」

 

「女子の下着を盗むなんてアンタたちぐらいでしょ、気持ち悪い」

 

2人のやり取りを聞いていた池が、その他男子を代表して反論するが、聞き入れてもらえない。

 

「私も……Dクラスの男子からしつこく話しかけられて、変な目で見られてた気がする」

 

というのは網倉の発言。池、山内のこれまでの行いが火に油を注ぐ。

もちろん、そこまでの事はしていなかったとしても状況が状況だ。

一度疑われてしまえば、もう止まらない。

 

「やだ、最悪」「気持ち悪い」「無理無理無理」

集まってきた女子生徒たちの嫌悪が膨れ上がっていく。

 

この共闘関係は、残念ながら即席の脆い関係だ。

成り立っているのは、一之瀬の人徳とBクラスの協調性の高さによるところが大きい。

 

そのため順調なときは問題ないが、こういった事態になったとき、いとも容易く結束は崩壊する。

そして日頃の行いの差が出ており、真っ先に疑われるDクラスの男子。

自業自得としか言いようがないな。

神崎や柴田、渡辺、浜口などこれまで接してきたBクラス男子が下着を盗むイメージは全く沸かない。それに対してDクラスは……語るまでもないか。

 

「早く持ち物チェックさせてよ」

 

「篠原さんの意見に同意です。皆さん、バックの中身を見せましょう。言い出しっぺの僕はもちろん見せられますよ」

 

Dクラス男子の中に犯人がいる可能性を平田も懸念したのかもしれない。

平田にしては珍しくどうしたものかと思案していたところに、浜口が動いた。

浜口からしてみれば、男子に犯人がいるはずがない。それならばこの疑心暗鬼の悪い雰囲気を解決するために動くのは当然の判断だ。

 

「浜口君は違うみたいね。ありがとう」

 

Dクラスの男子への態度とは違い、柔らかな対応を見せる篠原。

 

「仕方ないね。男子の潔白を証明するためにもみんな協力して欲しい」

 

平田が残りの男子生徒に声を掛ける。

浜口の持ち物チェックが行われたことで後には引けなくなった。

 

『スポット殲滅作戦』で使っているのは、すべて男子のバック。

BとDクラスで半分ずつ負担している。また、食料の運搬用にいくつか提供しているため、バックを持ったままの男子は限られている。

 

間が悪くDクラスでは池に山内、そしてオレもバックを所持していた。

身に覚えはないが、バックを掴みハンモックから降りて、荷物チェックの列に並ぶことになった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

フフフフ、混乱してますねぇ。

付け焼刃の協力関係なんて、ちょっと火種を作ればこの通り。

仲良しこよししていた頃を思い出すと笑いを堪えるのが大変ですよ。

 

このキャンプに潜入してずっとリーダーを探していましたが、昨日ようやく尻尾を掴むことができました。色々と警戒はしていたようですが、この智将金田の目は誤魔化せませんでしたね。

 

まず、拠点のスポット更新時には食料調達に回されていましたが、言い換えれば食料調達のメンバーは白になります。

 

次に、他のスポットを占有するために出ていくメンバー、監視に出ていくメンバーも明かされませんでしたが、拠点に残っているメンバーから大体の見当はつきました。

 

そうして候補を絞っていき、一番の決め手は、昨日のスイカ割りです。

あれだけ一之瀬氏を慕う白波氏が不在なのは妙でした。彼女が参加できる状態ならいないはずがない。仮に、スポットの監視やリーダーのダミー要因で巡回する役だったとしても、あんなイベントがあるなら誰かに交代してもらってでも来る。

そのぐらい彼女の一之瀬氏への愛は尋常じゃありません。

美術部でも自由課題のときは一之瀬氏の絵しか描きませんしね。

 

そしてそれを伊吹氏に伝え、深夜彼女の荷物を確認してもらいキーカードの写真を撮ってもらう作戦。こればかりは男の自分がやって万が一誰かに見られたら、人生が詰みますからね。

 

ただし、少し厄介だったのは、隠密行動ですので不用意に明かりをつけることができない点。

トランシーバーを隠してある場所まで月明かりでの移動は困難です。かといって早朝は、これまた厄介なことにBクラスの男子が釣りの支度を始めるため鉢合わせする可能性が否めませんでした。

 

そこで、もう一つの策の出番です。

荷物を漁ったついでに下着も取っていただき、Dクラス男子のバックの中に入れておきます。バックはテントの中を少しでも広く使うため、外にまとめておいてありますから、入れること自体は簡単です。

また入れるバックですが、Bクラスは白。Dクラスは青ですので、暗いとはいえ、さすがに間違えはしないでしょう。

 

そうすることで、朝になったらご覧の通り、騒ぎになりますので、それに乗じて伊吹氏に抜け出してもらい、龍園氏と合流してもらう計画です。

 

今頃、伊吹氏はトランシーバーの元へ向かっていることでしょう。

そしてこの策の最大の利点は、Bクラスの所持品がDクラスに略奪されたということ。

共闘関係に亀裂を入れるだけでなく、上手く誘導すればDクラスは失格になります。

邪魔なDクラスさえ消えてしまえば、スポットの監視も人手が回らず、ここからの逆転も余裕でしょう。

 

さあ、仕上げの時間です。BクラスがDクラスを許してしまうといけません。

煽りに煽って、失格に追い込みましょう。

 

「何やら大変なことになっていますね。これは立派な略奪行為。ペナルティは避けられませんよ。白波さんの友人として私も許せません。犯人の方は大人しく自首すべきでは?」

 

持ち物チェックをしている集団へと混じり、火種を追加していきます。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

下着騒動はビックリするぐらいうまく行った。

こちらを監視していた神崎は金田についていたし、一之瀬は白波のケアに回っていた。

他に厄介そうな綾小路や世話焼きの田や平田も、下着泥棒捜しの渦中で注意を払える状態ではない。

それを確認した私はBとDのキャンプ地を抜け出し、トランシーバーを隠している大木を目指す。もう誰も止めることはできないだろう。

 

そこで龍園に連絡して、カメラを渡せば作戦終了。

やっとこの集団生活から解放される。勝負は私の勝ちだ、龍園。

 

そしてあの女ったらしの綾小路も今頃は断罪されているだろう。いい気味だ。

下着を入れる対象は、Dクラスの男子なら誰でもいいって話だったけど、船上で1日を無駄にさせられたし、拠点でもキャーキャー言われているのは正直ムカついてた。

 

暗い中でどれが誰のバックかさっぱりわからなかったけど、アイツのバックだけは別。

一つだけあったスイカのシミと匂いのついたバック。そこに下着を入れてやった。

あの仏頂面がどう歪むのか、この目で見れなかったことだけは残念だ。

 

大木が見えてきた。あと少しで到着すると安心した時だった。

大木の裏からすっと人影が射した。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

一番怪しいとされていた、池、山内の荷物からは下着は出てこなかった。

その場にいた全員が「信じられない」と、この2人だけボディチェックまでされていたのは流石に気の毒だったと思う。

だが、それもそのはずで、もうDクラスでバックの中を見せていないのはオレだけだったからだ。

 

生徒会の人間であること

一之瀬から少なからず信頼を寄せられている人間であること

何より楽しくこの数日を過ごしてきた仲間であること

 

そういった要因からか「じゃあ残ったこいつが犯人で決定だな」といった雰囲気にならなかったことが、少し嬉しくもあった。

 

「じゃあ残った綾小路が犯人で決定だな」

 

おい、山内、空気を読んでくれ。

……人はそんなに簡単には変わらないかと思い直すことにした。

 

「それは誤解だ。オレもこの通り下着なんて入っていない」

 

確認するね、と篠原がバックを漁る。

 

「うん。綾小路くんも犯人じゃないね。まぁ当然よね」

 

「だよなぁ」と周りから安堵の声が聞こえる。

 

「じゃあ誰が盗ったんだ」

 

池が疑問をぶつける。こういう時、素直に声をあげられるのは池の良いところかもしれない。

 

「寛治、まだ一人だけバックを見せてないヤツがいるぞ!」

 

「あー!ホントだ!俺らじゃなくって、まずこいつを疑うべきだったろ!」

 

山内、今度は空気を読めたナイスな指摘だな。

一同は池の指さした人物、金田へと注目した。

 

「へ?ぼ、僕なわけないじゃないですか?」

 

予想外の出来事に唖然とする金田。

 

「だったらバックの中、見せてもらってもいいよね」

 

篠原が唯一残っていた金田のバックを手に取り、中を確認する。

そのCクラスの緑のバックには、とても見事なシミがついていた。

 

「あ!これ……」

 

他の女子も集まって確認する。

表情が見る見るうちに恐ろしいものへ変わっていった。

そして、汚物を見るような視線を金田に向ける。

 

「この変態!犯罪者!」

第一声は篠原。

 

「マジキモイ。ありえないんだけど」

軽井沢も続く。

 

「変態キノコ頭」「クソダサメガネ」「豚野郎」「女の敵」「退学だ、退学」などなど、Dクラスの男女からそれはそれは聞くに堪えないほどの罵声が金田に向けて放たれる。

 

どうだ金田。Dクラス最大の武器を喰らった気分は。

人格をすべて否定されるかのような罵詈雑言の集中砲火に、金田は完全にフリーズしている。

 

 

「うまく行ったね、綾小路くん」

 

「ああ。まさか下着を入れてくるとは思わなかったが……結果、気の毒なことになったな」

 

少し離れたところから、Dクラスの『口撃』を眺めていたオレに、田がそう話しかけてくる。

 

トランシーバーを発見した時に、Cクラスの取る戦略の見当をつけ、罠を張らせてもらった。

 

前提として、ここから逆転するためには、BクラスとDクラスの共闘を崩す必要がある。

その方法として現実的なものは、バックに何かを入れて罪を擦り付ける手だろう。

2クラス間の信頼関係は崩れ、あわよくばペナルティで失格も狙える。

 

それを行動に移すのはBクラスのリーダー情報を得た時。

これまでの生活でリーダーは白波だと察していたため、田を使い、金田にもそれがわかるように誘導した。

昼過ぎの時刻に何かイベントをすること、それに金田も誘うこと、そして金田のバックをスイカで汚すこと、それらが田に依頼した内容。

 

その結果、田はBクラスにスイカ割りの企画を提案して、楽しく遊びながらも、不慮の事故を装い金田のバックにスイカを落としてくれた。

 

また、伊吹はオレに対して少なからず思うところがあったようなのでそれも利用した。

狙いをオレに定めてもらうため、目の前でバックにスイカの汁がつくように動き、オレのバック=スイカで汚れているもの、という認識を持ってもらった。

明かりのない暗闇では、白はともかく、緑と青を正確に区別するのは不可能だ。

シミのついたスイカの香りのするバックを見つけたら、オレの物だと思って疑わない。

ちなみにオレのバックはハンモックで抱えておいたため、万が一にも入れられることはない。

 

「全部田のおかげだ。ありがとう」

 

「ふーん。ちょっと調子が良すぎるんじゃない?スイカ割りの時は信じてくれなかったよね?あれ、ショックだったなぁ」

 

「すみません」

 

「今後は信頼してくれるんだよね?」

 

やはりご立腹だったか。しかしスイカ割りを提案したのは田なのだから、ここまで見越していた可能性も捨てきれないな……。

 

「そろそろ仕上げをする。フォローを頼む」

 

「あー逃げた。ホント調子がいいよね、綾小路くんは」

 

逃げてないぞ、金田の元へ向かうんだ。

 

「残念だが、Cクラスは略奪のペナルティで失格。それとは別に女子生徒の下着を盗んだんだ、金田は生徒会での審議後、退学の処分とさせてもらう」

 

「ば、ばかを言わないでください。そもそも僕は盗んでいません」

 

「状況証拠で十分だと思うが……金田には他にそんなことをする人物の見当でもあるのか?」

 

「そ、それは……」

 

「伊吹がやりました」とは簡単には言えない。

それを言ってしまえば、この行動の説明、つまりリーダー情報を盗む戦略だったと自白することになる。クラスのために退学を選ぶか、クラスを裏切って戦略をバラすかの2択。

 

「言っておくが、BクラスもDクラスも大事な仲間だからな。仲間の下着を盗むやつなんて居るはずがない」

 

「そうだ、そうだ」と援護の声が飛んでくる。

さっきまでの疑心暗鬼などなかったかのようだ。こういう場合、共通の敵ができると心理的にも一体感が強まる。金田はBとDの絆を強固なものにする架け橋となってくれた。

 

その金田の精神は、Dクラスによってギリギリまで追い詰められている。

冷静な状態であればいくらでも反論の余地はあるだろうが、今の状態じゃ無理だろうな。

だから、こちらから逃げ道を用意すればすぐに落ちる。

 

「みんな落ち着いて。私には金田君が好きで下着を盗むようには思えないの」

 

「そんなやつのこと庇う必要はないぜ、桔梗ちゃん」

 

「でも……私は信じたい。きっと何か理由があったんだよね?」

 

天使のような悪魔の囁き。

相手を思いやる、助けたいんだ、という気持ちが前面に現れた表情。

田が金田に救いの手を差し伸べた。

 

その瞳に見つめられた金田の目から涙が零れる。

 

「す、すみませんでした。実は……」

 

こうして金田は、龍園の指示で動いていて、下着は仲間割れを狙って盗みあとでどこかに隠す予定だったと話し始める。

 

伊吹のことやリーダー情報を狙っていたことには決して触れない。

折れたようでまだ折れていない。そのマインドの強さは評価に値するな。

時間を稼ぐことで伊吹が龍園と合流するのを狙っている……。

いや、正確にはリーダー情報をAクラスに持っていくまでの時間稼ぎだろうな。

 

「理由はわかったけど、結局どうすんの、コイツ」

 

軽井沢が冷たく言い放つ。他の生徒も冷ややかな態度は変わらない。

性的趣向が理由の窃盗ではなかったとはいえ、女子の荷物を漁って下着を取った、ということになっているため当然だろう。

 

「それはやっぱり直接龍園君と話をつけるしかないんじゃないかな?」

 

白波が落ち着いたのか、テントから出てきた一之瀬が提案する。

 

「千尋ちゃんを傷つけたことも許せないけど、モノを盗むのは絶対にダメ……ダメなんだから!」

 

状況は把握しているようだが……一之瀬の瞳にはこれまで見たことがないほど真っ黒な感情が宿っていた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三者三様

「金田君、龍園君を呼んでくれないかな?」

 

「えっと、それは……」

 

「できるよね?」

 

言葉を静かに重く放り出す。

言葉のキャッチボールとはよく言ったもので、いつもの受け手の事を考えた送球とは真逆の、相手がどうなっても構わないという暴投。

一之瀬の様子がどこかおかしい。いつもの包容力に溢れる明るい雰囲気とは違い、今は他者を一切受け付けない凄味を感じる。こんな表情もできるのか。

 

その重圧に耐えきれなくなった金田は自分のトランシーバーの隠し場所を打ち明け、回収し、龍園へと連絡することとなった。

 

「まだ隠し事してたなんて、アイツ何なんだ」

金田の周りを囲む生徒たちからの不信感は積もる一方だ。

 

「龍園氏、すみません。()()()()()()失敗してしまいました。一之瀬さん達がお話をしたいそうです。拠点までお越し頂けないですか?」

 

『馬鹿言ってんじゃねーよ、金田。そんな作戦聞き覚えもねぇな。お前は勝手に出て行ったんだろ。オレの一人バカンスを邪魔すんな』

 

「来ないならCクラスは失格。金田君は退学になるけど?」

 

この期に及んで無関係を貫こうとする龍園。それを聞いた一之瀬は金田からトランシーバーを取り上げ、淡々と告げる。

 

『……一之瀬か。オレを脅そうなんざ、良い度胸だ。いいだろう、そっちに行って遊んでやるよ』

 

「遊ぶ?ふざけないで!」

 

すでに向こうは聞いていなかったのか、返事はない。

 

明らかに暴走している一之瀬。

通常なら誰かがその異変に気付きそうなものだが、みんな殺気立っている。

大事なクラスメイトを傷つけられたため、さすがの一之瀬も怒っているのだと捉えているようだった。

本当にそうであればいいのだが……。

 

オレの計画では龍園を呼び出す必要はなかった。

わざわざ作戦の失敗を伝えてやる意味はないからな。

後の祭りだが、金田のペナルティでこのまま知らぬうちに失格になってもらうのがベストだった。

……ここは少し傍観に回ってみるか。

一之瀬がどうするのか、興味があるしな。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

千尋ちゃんは私にとって妹みたいな存在だ。

人懐っこくって、素直で、よく甘えてくれる。

……彼女の気持ちに応えることはできないけど、大事な存在であることは違いない。

 

その千尋ちゃんが、下着を盗まれたことで泣いて辛い思いをしている。

そんな事実が私にはどうしても許せなかった。

 

二度とこんなこと……許してはいけない、許されてはいけない。

でなければ私自身が――

 

「よう、一之瀬。せっかく来てやったのに穏やかじゃねぇな」

 

気づけば目の前には龍園君がいる。

 

「試験とは言え、女子の下着を盗ませるなんて最低だよ。千尋ちゃんやみんなに謝ってもらえるかな」

 

私は千尋ちゃんのためにも、私自身のためにも、こんな戦略を取った龍園君を放置するわけにはいかなかった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

金田のヤツ何をやらかしたかと思えば、そういうことか。下手打ちやがって。

 

だが、伊吹がいないところを見るとリーダー情報を盗むことには成功したようだな。

それを悟らせないために時間を稼いでいるってところか。

俺としてはこうなった以上、Aクラスとの取引さえ成立させちまえば、あとは失格でも構わねえ。

金田のプライベートポイントがなくなっても十分お釣りがくるからな。

 

だが、オレが関与していると認めるのはリスクがある。訴えられれば実行犯ではないにしても停学ぐらいにはなる。

そんなことになればCクラスでの立ち位置も揺らぎ、支配力も一気に低下するだろう。

 

幸い伊吹にはオレと合流できなかった場合、単独で葛城のところにデータを持っていくように伝えてある。

手下の尻拭いなんざ柄じゃねえが仕方ない。

 

「クク、馬鹿言ってんじゃねえ。身に覚えのないことで謝る必要はねえな」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「あくまで白を切るつもりなんだね。金田君は洗いざらい白状してくれたんだけど?」

 

「それは金田のついた嘘だろ。ま、戦略って意味じゃそうかもしれねぇな。あれだけ生意気言ったんだ。このままじゃ試験後にCクラスに戻ってこれないからな、何かしら手柄を上げたかったんだろうよ。だろ、金田?」

 

龍園からの睨みに金田は頷くしかなかった。

 

「トランシーバーについてはどう説明するのかな?」

 

「俺だって鬼じゃねえさ。クラスの連中の手前、厳しく制裁したが、恐れず意見を言えるやつは嫌いじゃねぇ。考えが変わったら連絡するように渡しておいただけだ」

 

一之瀬からの追及をのらりくらりと躱す龍園。

Cクラスの2人以外、77人に囲まれた中で堂々としたものだな。他のクラスメイトはこのやり取りを固唾を飲んで見守っている。

もちろん、何か起こればすぐに助太刀に入れる臨戦態勢だ。

 

「龍園君の戦略を一から説明してあげないとわからないかな」

 

「クク、ぜひご高説願いたいもんだぜ」

 

「デジタルカメラ、ここにいない伊吹さん、明らかに300ポイント分はなかった物資……」

 

言葉を羅列しただけの一之瀬。だが、ここで初めて龍園の表情に変化がでる。

そうか、一之瀬も気づいていたんだな。

どのタイミングで答えに至ったかわからないが、白波が狙われたこと、金田のバックの中に入っていたデジカメなどヒントはいくつも転がっている。

だが、そのことに気づいた生徒は他にはいないようだ。

 

「そこまでわかってんのかよ。御見逸れしたぜ、一之瀬。だが、どうする?もう遅いかもしれねーぜ」

 

「だったとしたらもう金田君に助かる道はないよ。下着泥棒として失格になってもらう。そして学校に戻り次第、このことを訴えさせてもらうから。それが嫌なら伊吹さんを連れ戻してくれる?」

 

「そうなったら全面戦争だ。そっちも覚悟はできてんだろうな」

 

「勝ち目があると思ってるの?」

 

クラスリーダーとして為すべきことを為そうとしているが、このまま感情に任せて金田を退学へ追い込めば、一之瀬が一之瀬でなくなってしまう。

それでは駒としての魅力を失うようなもの。俺にとって都合が悪い。

なんとかいつもの一之瀬に戻ってもらう必要があるな。そのために必要なピースは――

 

「その必要はないわよ、一之瀬さん」

 

丁度いいタイミングで戻ってきた一人の生徒――堀北鈴音が、伊吹を担いで登場した。

その様子を見て安心したオレはもう一人のキーパーソンの元へと移動する。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

『騒動に紛れて大木に隠したトランシーバーを取りに来るはずだ。悪いがそこを守ってもらいたい』

 

綾小路くんの言っていたことが当たったようね。

誰かが走ってくる息遣いを感じた私は、大木の裏から出ていく。

 

「な、なんでアンタがここにいるわけ」

 

「こんな逃亡を許すなんて、Bクラスもまだまだ甘いわね」

 

「アンタ風邪で寝込んでるって話でしょ」

 

「風邪を引かないあなたにはわからないでしょうけど、4日間も安静に寝てたら嫌でも回復するわ」

 

試験開始から、まんまと綾小路くんの策にハマり、ベースキャンプのテントでの安静を義務付けられた。

一之瀬さん達の善意を利用するとはね。熱で朦朧としていたこともあって断り切れなかったじゃない。

 

でも、おかげですっかり元気になった私のもとに、このまま役立たずでいるつもりかと綾小路くんがやってきた。

一之瀬さん達にお世話になった分ぐらいは働くわよ。借りはすぐ返す主義だから。

 

「悪いけどあなたをこの先へは進められない。大人しく投降してくれないかしら?」

 

「はぁ?誰がそんなことするの、よっ」

 

こちらの目的を察した伊吹さんが回し蹴りを入れてくる。後ろに飛んで回避することで距離を取った。

 

「少しは動けるみたいじゃない」

 

「あなた正気?暴力行為はペナルティよ」

 

「こんなところで誰が見ている?それにどっちにしてもここで捕まれば同じでしょっ!!」

 

こちらの顔面を狙った右のハイキックを避けると、その勢いでかかと落としへ繋げ、振り下ろした足が地面についた反動で跳躍し、左の膝を叩きこんでくる。

 

蹴り技主体の無駄のない連携技。

それをギリギリのところで躱してみせる。

 

私も兄さんと同じく空手と合気道など武道の心得がある。

でも伊吹さんと違って、こちらは明らかに暴力を振るった証拠は残せない。

タコ殴りにしてボコボコにしてしまえば、私も須藤君を笑えなくなる。暴力事件の容疑者として兄さんと会うのは勘弁だ。

大人しく従わないこともわかったし、落ちてもらうしかなさそうね。

 

足技が主体だとわかったため、それをけん制した動きに切り替える。

いくつかのフェイントを混ぜ、素早く動き、的を絞らせない。

 

そうすれば伊吹さんは――右のストレート、予想通り拳を出す。

だが蹴り程キレがない。

それをいなして相手の側面に入り背後を取った。

そこからは身体が自然と動き、伊吹さんの首元に手をかけ、足の運びでバランスを崩し、

首元を少し引くことで、起き上がろうとする伊吹さんを勢いのまま投げる。そしてそのまま、しめ技に移行すれば相手はどうすることもできない。

 

少し抵抗はあったものの、程なくして伊吹さんの意識は途切れた。

手ごわい相手だったけど、こちらが万全の状態であればこんなものね。

 

面倒くさいことこの上ないのだけれど、この伊吹さんを背負ってベースキャンプに戻る。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「彼女、急いでたのか坂道で転倒しちゃったみたいね。気を失ってたから連れてきたわ」

 

堀北さんが伊吹さんを連れてきてくれた。これでリーダー情報がAクラスに漏れることはなさそうだ。

感謝しつつも、これで相手の交渉材料はなくなった。

もう何も気にする必要がない。容赦なんてしないんだから。

 

「どうする龍園君。もうこれでこっちが金田君を訴えない理由はなくなったよ。罪を認めてしっかり謝るなら考えるけど」

 

「伊吹は関係ねぇな。金田の独断で行った。話はこれでしまいだ」

 

「罪を認めない?私、そんなこと許せないよ。そこまでいうなら――」

 

「帆波ちゃんっ!」

 

その時だった。私は後ろから誰かに……千尋ちゃんに力強く抱きしめられた。

 

「私、もう大丈夫だよ。だから、そんなに怒らなくていいんだよ。ゴメンね。ゴメンね」

 

泣きながら一生懸命謝罪する千尋ちゃんの姿に、私はハッとした。

私、いったい何を言おうとしてた?金田君を訴えて、Cクラスと全面戦争?

少なからず反省している様子の彼を陥れる?クラスのみんなを危険にさらしてまで?

 

パンっと自分の頬を両手で叩く。危なく大事なものを失ってしまうところだった。

 

「ごめんね、千尋ちゃん。もう大丈夫、ありがとう」

 

「うん」

 

いつもの私に戻ったことを悟ってか、私を抱きしめる千尋ちゃんの腕から力が抜ける。

 

「あの、私はまだ認めていないけど、あの人からの伝言を伝えるね」

 

「ん?あの人?」

 

私の耳元で千尋ちゃんが囁く。

 

「『伊吹は嫉妬してて、金田は伊吹を庇ってるんじゃないか?』だって」

 

「なるほど…そういうこと」

 

その言葉を受けて、一つのゴールを思い描く。

誰も傷つかない落としどころとしてはこれしかない。

 

少し離れたところ、千尋ちゃんが飛び出してきた方向から綾小路くんがこちらを見ていた。

これ以上の醜態は見せられない。

 

意を決して私は金田くんへ向き直った。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ねぇ金田君、そろそろ本当のことを話さない?」

 

「へ?」

 

「おいおい一之瀬。金田のライフはもうゼロだ。これ以上いじめてやるなよ」

 

自分に話が振られるとは思っていなかったのだろう、真っ青な金田からはしっかりとした言葉は返ってこない。

 

「伊吹さんのこと、庇ってたんだよね?」

 

「そ、それは……」

 

「おい、余計な――」

 

「龍園君は黙ってて。下着を盗んだのは、本当は伊吹さんだったんじゃないかな?」

 

「どういうことだ、一之瀬?」

 

ここまで沈黙を守っていた神崎も思わず口を開く。

 

「金田君と千尋ちゃん、この試験中、すごく仲良くしてたじゃない?それに嫉妬した伊吹さんが、思わず下着を盗んで金田君のバックに入れちゃったんじゃないかなって」

 

「そんなことがあるのか?」

 

「うん。女の子の嫉妬って怖いんだよー。でも、それに気づいた金田君は伊吹さんが責められることを危惧して黙ることを選んだんだよ」

 

「金田君も伊吹さんのこと想ってたってこと!?」

 

ゴシップ好きの篠原が参戦する。この場の空気が変わってきた。

龍園は黙って話を聞いている。一之瀬の言葉が効いたというよりは、一之瀬が何をしようとしているのか察したのかもしれない。

 

「そういうことになるよね。あんなに責められても、決して伊吹さんを売らなかったんだもん。伊吹さんは自分のせいで責められる金田君の姿を見ていられなくなって、キャンプから出て行っちゃったんだけど……罪悪感があったんだろうね、途中で倒れちゃうなんて」

 

「確かに、盗んだ下着をそのまま持っているのもおかしいし、男子の金田が女子テントにある女子のバックを気づかれずに漁るのも無理があったかもしれない」

 

「それなら白波さんが狙われた理由もわかるよねー」

 

「そういえば、伊吹さんは金田君を追ってこのキャンプに来たんだもんねー」

 

「意外と男を見せてたの、金田君って」

 

とんでも理論だったが、人の怒りは長く続かない。それに、Dクラスはともかく、元々人の良いBクラスのメンバーは責めるよりも、信じることの方に重きを置く傾向がある。

もちろん、信じない者もいるかもしれないが、被害者が大丈夫といった以上、ここは一之瀬の話に乗って穏便に済ませることがベターだろう。

 

「そう、これがことの真相だよ。龍園君は人の恋路に口を挟めなくってはぐらかしてたってとこかな。確かに下着を盗んだことは許せないけど、同じ女子の仕業だし、条件次第では情状酌量の余地はあるかなって思う」

 

「クク、何がお望みだ?」

 

「この試験のCクラス全員の自主リタイアとキーカード情報、それで手を打ってもいいよ?」

 

「いいぜ、交渉成立だ。良かったな、金田。大好きな伊吹は許してもらえるってよ」

 

「え、ええ」

 

「じゃあオレたちは早速リタイアしにいくぜ、伊吹はお前が背負え」

 

ほらよ、と龍園はキーカードを投げ捨てる。Cクラスのリーダーは案の定、龍園だった。

 

「残った荷物は好きに処分していい、俺たちには不要だからな」

 

そう言って3人はキャンプを後にした。

念のため数人にあとをつけてもらったが、そのままリタイアして客船に戻ったことを確認できたそうだ。

 

 

落としどころとしては上々だろう。

今回の件、生徒会で審議すれば退学の可能性があり

退学のペナルティでクラスポイントの減点もある。

 

万が一退学を免れても、あのままでは金田は下着泥棒として残りの学園生活を過ごすことになった。

例えばオレがそんな状況で過ごせと言われたら……

ホワイトルームに戻るか真剣に悩むレベルの生きづらさだ。

つまり遅かれ早かれ金田は自主退学したはず。

そうなってしまえばCクラスは今後圧倒的に不利になるため

なんとしても裁判を成立させるわけにはいかない。

龍園がどんな汚い手を使ってBクラスを攻撃するか

その結果どうなるかは考えたくはないな。

 

だが、今回の一之瀬の提案を飲めば、金田の冤罪は晴れる。

変態下着泥棒から一途で誠実な男へと大変身だ。

伊吹が捕まった時点でAクラスとの何らかの取引は達成不可能。

プライベートポイントを失わないだけ、自主リタイアの方が傷は浅い。

リタイアするなら、自身のリーダー情報も不要になるだろうしな。

 

こうして試験開始5日目でCクラスの敗退が決定した。

 

だが、まだAクラスが残っている。これから本当の仕上げを行わなくてはならない。

 

 

 

ちなみに後日、金田と伊吹が交際しているという噂が広まることとなったが、それはオレの関知するところではないな。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

散歩のついでの出来事

5日目、昼過ぎ。

 

下着紛失事件が解決し、B&Dのベースキャンプも落ち着きが戻ってきた。

 

「いやー、一之瀬さんカッコよかったね」

「龍園君相手に全然怯まないし、ほんとすごーい」

「Bクラス羨ましいー」

「えー、でもDクラスも頼りになる人いっぱいるじゃん」

 

女子生徒たちがそんな話をしているのをそこかしこで耳にする。

対龍園で一歩も引かず、事件解決へと導いた一之瀬の評価は上がる一方だな。

 

キャンプ地での一之瀬の様子を伺っていると

Bクラスだけでなく、Dクラスからも頼りにされているようだった。

その分、色々な生徒の対応に追われるわけで自分の時間を作ることができそうにない。人気者の辛いところだ。

この時ばかりは日陰者で良かったと他人事のように考えていると、ヤツがやってきた。

 

「人数が増えても、ぼっちはぼっちね」

 

堀北の小言がキレを取り戻していることから、風邪が完治したことがわかる。

体調の確認方法が残念だが、かといってコイツの額に手を当てて体温を測る勇気はないな。

 

「何を隠そう、ここ数日は、みんなで楽しんでたんだ」

 

「ごめんなさい、あなたに風邪をうつしてしまったのかしら」

 

「熱で見た幻じゃないからな?」

 

全く信じていない様子の堀北。

こんな時に限って、渡辺や柴田はどこに行ったんだ。

「綾小路、釣りいこーぜ」と気軽に誘ってきてくれて構わないんだぞ。

 

「……それにしても信じられない光景ね。あのDクラスが手を取り合って生活しているなんて」

 

「だな」

 

「伊吹さんの事といい、あなたはどこまで関与していたのかしら?」

 

「何を言っているんだ堀北。須藤の事件も、今回の事件も、解決できたのは全部一之瀬さんのおかげじゃないか」

 

「……あなた、ふざけているの?」

 

大抵の高校生には通じると渡辺から教わった言い回しだったのだが、堀北には全く通用しなかった。

 

「要は話す気がないってことだ」

 

「あなた、病み上がりの私に伊吹さんを止めさせたわよね?少しでも感謝の気持ちがあるなら一つだけ教えて」

 

「いや、それとこれとは――」

 

「この試験、勝つだけならBクラスと共闘する必要はなかったんじゃない?」

 

有無を言わさず質問を投げかけてくる堀北。

やり方にはモノ申したいが、オレの事を理解しようとする目的であれば、なかなかいい質問ではあった。ちゃんと答えるかは別だが――。

 

「試験内容を聞いた時、堀北は『私たちには厳しい試験になる』とでも思ったんじゃないか?」

 

「ええ、そうよ。団結力を問われる試験なのに、Dクラスはバラバラ。そして私たちは彼らを統率できるほどの信頼関係を築けていなかった」

 

しれっと「私たち」って言ったな。

オレを当然のように同じにしないで欲しいんだが……

 

「今の状況がその答えだ。BクラスはDクラスの良き手本となる。今回、協力することの大切さを身をもって体感できたなら、この試験が終わっても簡単にはいがみ合う関係に戻らないだろ」

 

「Dクラスの成長のためにわざわざ共闘したというの?」

 

「それもある。だが、一番学んで欲しいのはお前だぞ、堀北」

 

「私?私にこの状況から何を学べというのかしら」

 

出来れば自分で気づいて欲しかったのだが、残り日数では難しそうだな。

 

「さっき自分で言っていたろ。統率するための信頼関係って。Bクラスにはそのスペシャリストがいる」

 

「……一之瀬さんのことね」

 

「そうだ。一之瀬はどうやって相手に接しているのか、どうやって信頼を得ているのか、色々と学ぶべきことは多い。この試験の様に一人でできることには限界がある。お前にも仲間が必要なんじゃないか?」

 

「否定はしないわ。実際に協力し合ったからこそ、この試験をここまで乗り切っているのだから」

 

クラス一丸となり協力して特別試験に立ち向かう。

そのための土台をこの試験で作り上げることができた。

あとはそれを率いるリーダーの成長だけ……なのだが、それが一番手がかかりそうだ。

 

堀北が成長してくれれば、オレがわざわざ動かなくともAクラスへの道は見えてくるだろう。そうすれば厄介ごとが一つ減り、学校生活を満喫する時間が増えるはず。

クラス昇格だけに全てをかける3年間にはしたくない。

 

堀北は少し考えた後

「それもそうね。せっかくだから一之瀬さんとも話してみる」と、一之瀬の方へ歩き出した。

 

これまでの堀北なら「不要よ」と切り捨てていたような気がしたので、アイツもアイツで変わることの必要性を感じ始めたのかもしれないな。

と、そこで一之瀬の仕事をさらに増やしてしまったことに気づく。堀北の相手を押し付けた形になってしまったな……。

少し気がかりだったが、今は誰かといる方が気も紛れるか。

 

オレはオレでこれからの準備だけはしておくことにしよう。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

夕食後、7時過ぎ。

 

「茶ァ柱先生、いますかー?」

 

「綾小路、まだ微妙に伸ばしているな。それで要件は?」

 

チャーナビを使ってから、すでに4日も経過したのか。

もう遠い昔のようだ。呼び方もほとんど元に戻ってしまった。

 

「いつものヤツで」

 

「ここを行きつけの居酒屋か何かだと思ってないか?」

 

「慣れ親しんできた、という意味じゃそうかもしれませんね」

 

「普通の生徒からの言葉なら嬉しくも感じるのだろうが、お前相手だと裏があるようにしか思えんな」

 

素直な感想だったのだが、これまでがこれまでだ、すっかり疑り深くなっている茶柱先生。

 

「裏なんてないんですけどね。あ、あとこれを預かってもらえませんか。もしかしたら使うかもですし」

 

「早速矛盾してないか?私がおかしいのか?」

 

「頼りにしているだけですよ」

 

「お前と話していると、どうも調子が狂う。まあいい、確かに受け取った」

 

茶柱先生にオレの点呼時間の解除をお願いし、龍園が置いていった金田たちの荷物の1つ、トランシーバーを渡しておいた。

 

 

さて、夜の散歩に出発だ、とキャンプ地を出ようとしたところで網倉に声を掛けられる。

 

「ごめん、綾小路くん。帆波ちゃん見なかった?」

 

「見てないが……どうかしたのか?」

 

「女子で集まろうって話が出て、帆波ちゃんも誘おうと思ったんだけど……見当たらなくて」

 

「そうか。オレの方でも見かけたら声を掛けておくが、恐らく試験関係で動いているとかそんな感じだと思うぞ」

 

「そうだよね。ありがとう」

 

そういって網倉は焚火近くにいる女子生徒たちの方へ合流した。

一之瀬の事だ、もし外出しているとしても、人の迷惑になるようなことはしないはず。

夜道で迷子になって点呼に間に合わない、そういったリスクがある場所にはいかない。

 

丁度、目的地の途中に思い当たる場所があるな。

足を運んでみるか。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

Dクラスが最初に占有した川辺のスポット。

 

案の定、一之瀬はそこにいた。

川辺に体操座りで、川の流れを何するわけでもなくただ見つめている。

 

この場所は川に沿って下っていけば、けもの道に出ることができ、そこからベースキャンプまで繋がっているため、道に迷うことはほぼないだろう。

 

懐中電灯の光に気づいた一之瀬がこちらに振り向く。

 

「あ、綾小路くん?……ぐ、偶然だね」

 

「ああ、偶然だな」

 

「……ちょっと頭を冷やそうかなと思って」

 

ばったり会ってしまったことが気まずかったのか、こちらが聞く前にここにいる理由を答える。

 

「日中大変そうだったもんな。人気者の辛いところだ」

 

「にゃはははは~、頼ってくれるのは嬉しんだけどねー」

 

笑ってはいるものの、どこか覇気のない回答。

 

純粋に疲れているだけかもしれないが、龍園との対峙した時の様子といい、何か思い悩むことがあるのかもしれない。

 

こういう時は、気分転換が一番だ。

流水のせせらぎで癒されるのもいいが、じっとしていても始まらない。

ちょっとしたイベントが必要だろう。

 

「いまから散歩がてらAクラスのリーダーを確認してくるんだが、一之瀬も一緒にどうだ?」

 

「ええっ!?ものすごいことをものすごい軽く口にしたね!?」

 

「ん?ああ、点呼の心配なら大丈夫だ。船上で星之宮先生にプライベートポイントは預けているよな」

 

「う、うん。それは、そうだね。意味はわからなかったけど、綾小路くんのマネをってことだったから」

 

「だったら、問題ない。少し待ってくれ」

 

そう言ってオレはバックからトランシーバーを取り出す。

 

「こちら綾小路、応答されたし、オーバー」

 

『……さっそく使うやつがあるか』

 

「……」

 

『おい、綾小路、聞いているのか』

 

「……」

 

『……オーバー

 

「ありがとうございます、茶ァ柱先生。星乃宮先生に交代してもらえますか?オーバー」

 

『本当に人使いの荒いやつだ……おい、チエ、綾小路が呼んでいる』

 

『ん~なになに。どうしたの?』

 

「一之瀬の点呼をポイントを使って、今からトランシーバー越しにお願いしたいんですが」

 

『おい、チエにはオーバー言わせないのか、綾小路』

 

以前見た映画のワンシーンにあった無線機でのやりとりに興味を持っただけで、一回やってしまえば特にそれ以上の感情はない。さっきので十分だ。

 

「お願いします、星乃宮先生」

 

一之瀬がそう付け加える。

 

『え~、夜に二人っきりで点呼さぼってどうするの?そういうの先生感心しないなぁ』

 

「先生が思っているようなことは何もありませんからっ」

 

『ジョーダンよ、冗談。じゃあ今から点呼しまーす。一之瀬さんいますね。はい、オッケー。あとは若いお二人だけでゆっくりお過ごしくださーい。お幸せに~』

 

「星乃宮先生っ!」

 

「なんかBクラスも大変なんだな……」

 

変な空気にするだけしていって、さっさと退散する星乃宮先生。

 

「それで……いったいどうするつもりなのかな?」

 

「簡単なことだ。Aクラスのベースキャンプに侵入して、スポット更新の現場を確認し、バレないように戻ってくる」

 

「それを簡単って言えるのは、綾小路くんぐらいだと思うよ?」

 

そう言った一之瀬の表情は少し呆れているような、期待に胸膨らませるような、不思議な色を見せる。先ほどのどこか重い雰囲気は吹っ飛んでいったようだ。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「それでは点呼を始める」

 

Aクラスベースキャンプ。洞窟入口前のスペースにキレイに整列した生徒たちの名前を呼んでいく、担任の真島先生。

 

私たちは入口付近の茂みに潜伏していた。

 

いまだ、行くぞ一之瀬

 

綾小路くんの合図で物音を立てないよう慎重に、かつ素早く暗幕を押しのけ洞窟の中に入り込んだ。

生徒たちは入口を背にしているため、こちらが侵入したことには気づいていない、と思う。

スパイものの潜入みたいで、とてもドキドキした。

 

よし、このまままっすぐ行って、あれが占有機だ

 

洞窟を少し進んだところに占有機を発見する。

綾小路くんはここがベースキャンプになる前に一度来ていたらしく地形をしっかり把握していた。

占有機の表示を見ると、あと30分で占有がリセットされるタイミングだった。

 

洞窟の中はライトで照らされていて明るい。

パッと確認した限り物資も潤沢にある。

やっぱりAクラスはCクラスからポイントの援助を受けていた。

 

あのくぼみに入って隠れよう。周りに足跡がないし誰か来ることはなさそうだ

 

洞窟内は意外と広く、わざわざ凸凹しているくぼみまで使うことはなかったみたい。

 

その少し高いところにあるくぼみからは丁度占有機の様子を覗くことができる。

まさにベストポジションなんだけど……ちょっと狭いのでぎりぎり2人入れるか、といった感じ。

 

ちょっと躊躇していると外から声が聞こえてきた。点呼が終わって生徒たちが戻ってきたようだ。

 

迷っている時間はない。ええいままよ、といった勢いでくぼみの中に隠れる。

続いて綾小路くんも入ってきた。

 

少し肩が触れているけど、うん、このぐらいなら問題ないはず。

星乃宮先生が変なこと言うから意識してしまってるだけ。健全、健全。

 

あとはスポットを更新するのを待つだけだな

 

この状態で30分かぁ……。綾小路くんはいつも通り冷静みたい。

息をひそめる彼に、このドキドキ音が聞こえていないことを祈るしかない。

 

Aクラスの生徒たちの会話を聞いたりして

なんとか30分耐えることができた。

一人の生徒の声が聞こえてくる。

 

「じゃあ葛城さん、スポット更新しますね」

 

あれは……戸塚弥彦君だ。

キーカードを手に、スポットを更新している。

 

暗幕を張って中が見えない状態ということもあり

周りの警戒をすることなく更新をしていた。

 

なにはともあれ、リーダー情報を獲得することに成功した。

 

ただ、どうやってここから出るんだろう?

まさか、みんなが寝静まるまでこのままとか言わないよね!?

もう心臓が持ちそうにないよ、綾小路くん。

 

一之瀬、目を閉じてくれ

 

えぇぇぇぇぇっ!?それはつまり、そういうことなの!?

 

時間がない、急いでくれ

 

う、うん

 

もうわけがわからないパニック状態。

と、とにかく、目を閉じるしかない。

 

ギュっと必要以上に瞼を閉じる。

すると程なくして、ブツんという音と共に周りから悲鳴がたくさん聞こえる。

 

もう開けて大丈夫だ。目を閉じていたから慣れるのも早いはずだ

 

さっきまで明るかった洞窟内はなぜか真っ暗になっている。

 

このスキに出るぞ

 

私の手を取り、真っ暗闇をダッシュで入口まで引っ張ってくれる綾小路くん。

まるで明るい場所を進むかのようにすいすいと進んでいく。

前世はフクロウだったのかもしれない。

 

そうして無事私たちは洞窟を脱出できた。

急な停電でパニックになっていたAクラスの生徒たちはこちらに気を向ける余裕はなかったと思う。私も余裕がなかったから自信はないけど……。

 

「何が起きたの?」

 

「洞窟内はライトで照らされていただろ。その電力は発電機を使用していた。だから、洞窟に入ったときにその燃料を抜いて30分ぐらいで切れるように調節しておいたんだ」

 

「何でもありだね、綾小路くん」

 

「言った通り簡単だったろ?」

 

「うーん、ノーコメントで」

 

最初から最後までドキドキしっぱなしのこの状態は、簡単とは程遠いものだった。

Aクラスのリーダー情報がわかったのに、全然それどころじゃなかったよ。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

以前、一之瀬にサプライズを仕掛けたことがあったが

思えば今日の一之瀬は、あの時の様子と似ているところがあった。

生徒会に入れない不安や焦り、その他、様々な悩みに傷ついていたあの日。

 

そんな様子を一度見ていたから、今日の違和感にも気づけたのかもしれないな。

 

残念ながら、無人島にはピアノはなかったため

今回は、無茶苦茶な体験をしてもらうことで感情の上書きを狙ってみた。

 

あんな隠密行動、なかなか体験できるものではないからな。

さぞ刺激的だったに違いない。

 

「帰る前に1か所寄りたいところがあるんだがいいか?」

 

「うん、大丈夫だよ。あ、Aクラスの洞窟とか言わないよね?」

 

「まさか。ここから近いスポットだ」

 

そうして到着したのは、高台にある塔のスポット。

見晴らしがいいぐらいの恩恵の少ないスポットだが

試験とは別に考えると文字通り絶好のスポットのはずだ。

 

梯子を上り、塔の見晴らしスペースへと到着する。

 

そこは――満天の星に包まれる、そんな景色が広がっていた。

 

「わぁ」と一之瀬から感嘆の声が漏れる。

島の中だと、木々が邪魔をしてここまでキレイに見上げることはできなかった。

 

星が落ちてきそうな、なんて表現があるが、こういうことだったのか。

 

「世界は広いな、一之瀬。こんなに広いものだとは思わなかった」

 

「私もこんな景色初めて見たよ」

 

その言葉を最後にお互い星空を見上げ、しばらくの沈黙が流れた。

今この時間ぐらい、色んな事を忘れ、ただただ広い世界に身を包むのも悪くはないだろう。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

無人島〜最後の1日間〜

試験6日目。

 

「みんな、丸太は持ったな!行くぞー」

 

「「おぉー!!!」」

 

柴田の掛け声に男子生徒たちが丸太――というには粗末な木材を数人がかりで抱えて進んでいく。

 

どうしてこんなことになったのか、話は昨晩まで遡る。

 

 

夜の散歩から帰還したオレは、男子テント付近で柴田や渡辺たちに声をかけられた。

昼間から姿が見えなかったが、ベースキャンプから少し離れた所にある古びた工房のスポットにいたらしい。

なんでもそこを占有していると、木材やそれを加工するための道具が使えるようになるのだとか。木材は、薪にするもよし、簡単な椅子やテーブルを作ってみるもよし、そんな創意工夫の試されるスポットだ。

 

「んで、俺たちは思ったわけよ。キャンプファイヤーやるしかねぇって」

 

ノリノリで計画を話す柴田。

創意工夫などお構いなし、すべて燃やして楽しもうの精神だった。

 

「薪を組みやすい形に加工するまではやれたんだけど、この拠点まで運ぶのが難しくってさ……」

 

「途中険しいくだりがあるんだよー。木材抱えたままだと危なくて降りれそうにないんだよなぁ」

 

うーん、と頭を抱える2人。

諦めるという考えはないようだ。

 

「話は聞かせてもらった。迂回ルートの構築は任せてもらおう」

 

突然話に入ってきたのは神崎だった。

 

「お!さすが神崎、頼りになるな」

 

「……こういう話に乗るんだな」

 

意外な男の参戦に尋ねずにはいられなかった。

神崎はやれやれ顔で遠巻きに眺めるタイプだと思っていたんだが……

 

「龍園を撃退したんだ、みんなで騒いで祝う場があってもいいと思ってな」

 

明日で実質最終日。最後に盛り上げて、今後の士気へと繋げたい考えか。

 

「女子たちには秘密にしといて、驚かそうぜ」

 

「いいな、それ!」

 

「あとはなんと言っても人手が必要だ。綾小路、Dクラスの連中にも声をかけてくれないか?」

 

トントン拍子で話が進んでいく。いつの間にかオレもメンバーの一員になっている。

嬉しいような、面倒なような。

 

キャンプファイヤーか。正直なところそこまで興味が湧かない。

火を囲むなら、いつもの焚き火でも良くないか?

火力が欲しいならマニュアルとかよく燃えるんじゃないか?

という考えなのだが……とても言いだせる空気ではない。

 

「平田あたりに聞いてみる」

 

正確には平田ぐらいしか相談相手がいないのだが……。

幸村など最近話すようになったクラスメイトたちは、試験も終盤、疲労のピークが来ているようで、動くのもキツそうだ。

「キャンプファイヤーしようぜ!」と無理やり動員したのなら、今後口を聞いてもらえなくなる恐れがある。

 

それと比べBクラスは元気だな。

同じ高校生、体力にそこまで差があるとは思えない。日頃からクラスみんなでトレーニングでもしている……可能性も捨てきれないのがBクラスの怖いところだ。

だが、よく考えると答えはシンプルで、Dクラスは初日に森を歩き回った分の疲れが出ているだけだろう。オレのせいだった、すまない。地図情報は、食料確保に、スポット占有など値千金の品となったため、みんなの犠牲は無駄じゃなかった。

 

この計画には乗り気ではないが、散っていった仲間たちのために一肌脱ぐとしよう。……柄でもないな。

 

「平田、実は男子でこっそりキャンプファイヤーの準備をして、女子を驚かせようって計画があるんだが、一緒にどうだ?」

 

「それは本当かい、綾小路くん。だとするとみんなが仲良くなる良い機会だね。喜んで協力するよ」

 

「ありがとう。木材を運ぶ肉体労働がメインになるらしいんだが、他にも出来そうなやつがいたら声をかけてくれると助かる」

 

「わかったよ」

 

当然、平田はこの話に乗ってくる。

一生懸命準備をするだけして、肝心のキャンプファイヤーが始まると「僕はみんなが楽しめればそれでいいから」と、少し離れたところで見守っていそうだ。

 

そんなこんなで夜のうちにメンバーを募り、翌朝から木材の運搬を行っていた。

Dクラスからは平田の他に、須藤や三宅などが参加している。

 

「鈴音と一緒に火を囲んでよ、フォークダンスなんてサイコーじゃないか?」

 

そんな妄想の実現のため、人一倍働く須藤。そのやる気を他の試験の時にも発揮してほしい。逆に考えれば、堀北をエサにすればいいのか。エサが獲物を喰いそうではあるが……。

 

「そして手を取り合い、熱い炎の側、俺たちの愛も燃え上がるってわけよ」

 

現実は無常なもので、もし『鈴音』と呼びながらダンスに誘いでもした日には、そのまま炎の中に投げ込まれるだろう。1人で燃え上がり、燃え尽きるだけの悲しい結末。キャンプファイヤーぐらいでは堀北の凍った心は溶かせない。

 

「三宅はどうして参加したんだ?」

 

須藤の相手も疲れるので、思いきって三宅に話を振る。

三宅にはクラスで誰かと一緒に行動しているイメージがない。

堀北と同じ、好きでお一人様をやっているタイプ。

どうしてこんな手伝いに名乗りでたのか、気になった。

 

「この試験ではあまり役に立っていないからだな。後から文句を言われないように、仕事をしたと主張できる話を一つや二つ欲しかった」

 

「なるほど。気持ちはわかる」

 

「せめて弓でもあれば役に立てたかもしれないんだが……」

 

弓道部の三宅らしい意見だ。

 

「この試験で弓を使うことなんてないだろうし、気にしなくていいんじゃないか」

 

「だよなー」

 

試験会場にする島だ。当然といえば当然だが、クマやイノシシと言った危険性のある野生動物は生息していなかった。

かと言って、リスやウサギなどをハントしようものなら、女性陣からドン引きされそうだ。

 

そうこうしているうちに、ベースキャンプに到着だ。

木材を運んできた男子の軍団の登場に、何事だろうかと女子が集まってくる。

 

「え、キャンプファイヤーするの!?楽しみー!」

「やるじゃん男子」など、概ね好評のよう。

頑張った甲斐があったなと讃えあう男子たち。

 

「鈴音もこっちみてるぜ!これはワンチャンあるんじゃないか」

 

ワンチャンスぐらいの成功率だと思っていたとは……須藤も意外と謙虚というか、現実が見えている。ただあの目は、またくだらないことしてるわね、の目だと思うぞ。

 

「みんなもうひと頑張りだ、暗くならないうちに組み立てよう!」

 

平田が、女子の歓声に浮つくことなく冷静に指示を出す。

 

と、その時だった。頬に一粒の雫が落ちてくる。

 

「げっ、雨!?」「マジかよ」

 

ポツポツと降り始め、徐々に雨足が強くなってきた。

 

「どうして……どうしてこんなことになるんだ……僕は何のために、今まで――」

 

平田がめちゃくちゃ落ち込んでいる。

そんなにキャンプファイヤーしたかったとは……どうにかできればいいのだが、流石にオレも天候を操る力は持ち合わせていない。

強いて言えば、昨日雨が降らなかったのは運が良かった。

 

「平田ー!キャンプファイヤーぐらいで落ち込みすぎだって」

 

「確かに残念だが、ここまで運んでくるのも中々楽しかったじゃないか」

 

柴田や三宅が平田を励ます。

 

「それもそうだね。ちょっと思い詰め過ぎたよ。ひとまず荷物が濡れないように避難させようか」

 

直ぐに平田も持ち直し、外に出している荷物などをテントに移す。

 

「残念だけど、止みそうにないね」

 

平田が寂しそうに木材の方を見つめている。

既に運んできた分は湿ってしまったので、これから止んだとしても手遅れだろう。

 

「まー、しゃーないさ。もしまた無人島で集まることがあったら、今度こそみんなでキャンプファイヤーしようぜ」

 

「そうだね」

 

そう言って柴田がまとめる。

 

恐らくこの約束が果たされることはないだろう。

だからこそ、みんなで運んだこの薪がどのように燃え上がるのか、少しだけ見てみたかった気もする。

降り注ぐ雨の情景に、あり得たかもしれないキャンプファイヤーの様子を重ねてみた。

 

 

ところで、ハンモック組はこの雨の中どうやって寝るんだ?

葉っぱが自然の傘とか限界があるぞ……

結局、キャンプファイヤー用の木材にビニールシートを組み合わせて即席の雨除けを製作した。

木材が大量にあって助かったな。燃やすだけが全てではない。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

雨が降ってきました。

客船に雨の音が反響します。

 

島にいる綾小路くんは大丈夫でしょうか。

彼に心配は無用だとはわかっているのですが、やはり気になってしまいます。

 

試験開始から6日目。

やっと明日戻ってきてくれます。

フフ、ダメですね。彼がいると知ってからは、本当に我慢ができなくなってしまいました。彼との勝負――胸踊る瞬間が楽しみで仕方がありません。

 

「よぉ、坂柳。1人でティータイムとは寂しいじゃないか。一緒にいてやろうか?」

 

「どなたかと思えば龍園くんじゃないですか。お早いご帰還でしたね、体調でも崩されましたか?」

 

「クク、こんな試験、わざわざ最後まで付き合ってやる義理もねぇ」

 

強がっているようですが、すべてお見通しですよ。途中Cクラスの生徒がたくさんリタイアして戻ってきたことから、何をしようとしていたかは明白。

葛城くんの妨害でもしてくれればと思っていたのですが、期待外れも良いところですね。

 

大方、綾小路くんに痛い目に合わされたのでしょう。

龍園くんの手に負える相手ではありません。

 

「何がおかしい?」

 

綾小路くんの活躍を想像し、思わず笑みがこぼれてしまったようです。

 

「いえ、龍園くんも可愛いところがあるんですねと思っただけです」

 

「坂柳、お前自分の立場わかってんのか?護衛どもはまだ島の中。ここでお前をぶっ飛ばしても誰も助けちゃくれないんだぜ」

 

「確かにそうかもしれませんが、そんなことをしても無意味ですよ。あぁ、あれだけ息巻いていたのに、余所のクラスにしてやられた分の憂さ晴らしくらいにはなるかもしれませんね」

 

この客船にも監視カメラはありますし、クルーの方々もいらっしゃいます。

暴行を受けた事実が残ればCクラスはそれでおしまい。

 

「いつもなら笑ってゆるしてやるところだが――」

 

ザンッと私の顔の横を龍園くんの拳が通り過ぎます。

どうやら虫の居所が悪いようです。少しは頭の回る方だと思っていたのですが……

 

「う~ん、美しくないねぇ。リトルガールに拳を振るうのは紳士のすることではないよ」

 

その時、通路から現れた短パン1枚の金髪マッチョさん――Dクラスの高円寺くんでしたか。

なぜかびしょ濡れの彼はこちらに歩いてきます。

 

「なんだてめー、邪魔すんのか」

 

「邪魔?私は美しくないものが嫌いなだけさ。道端のほこりを払うのを邪魔とは言わないんじゃないかい」

 

「いい度胸だ、そのムカつく顔を歪ませてやるよ」

 

「ナンセンスな発言だねえ。私の顔はいついかなる時も美しい」

 

龍園くんの矛先が高円寺くんに向いた時でした。

 

「お客様、濡れたままで船内を歩き回られたら困ります」

 

客船のボーイさんがやってきました。

 

「わたしは身体を拭かない主義なのだよ」

 

「チッ」と龍園君は立ち去っていきました。彼は何をしに来たのでしょう。

 

ひとまず龍園くんから助けてもらった形になるのでしょうか。

一言、お礼を言わねばなりませんね。

 

「すみませんが、私はリトルガールではありませんよ」

 

先に思っていたことが口に出てしまいました。

 

「それを判断するのは私さ。君は間違いなくリトルなガールだよ」

 

よくわからない方に絡まれてしまっただけのようです。

彼と同じクラスになるとは綾小路くんも大変ですね。

 

「それじゃ私はエステの予約があるので失礼するよ。アデュー」

 

結局、訂正しないまま立ち去っていきました。

彼にはいずれ時が来たら、しっかりとわかってもらわないといけないようです。

 

全く、雨は憂鬱でいけません。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

明日のAクラス大敗を坂柳に伝えることで、煽って様子をみてやろうかと思ったのが間違いだった。

 

アイツはAクラスがどうなろうと、まるで興味がない。短いやりとりでそれを感じ取った。だが、坂柳の瞳に宿るあの闘志は本物。それが何に向いているのか見当がつかないことが気味が悪い。

 

金田たちからの話を聞いた限り、一之瀬だけであれだけのことをできるのか疑問が残った。裏で何者かが糸を引いているのではないか、そんな違和感。

坂柳が葛城を潰すため、一之瀬と事前に組んでいた可能性も考えていたが、あの感じでは無関係だろう。

 

どちらにせよ、今後Bクラスを潰してやればわかることだ。

この試験で葛城派は衰退し坂柳が実権を握る。相手が坂柳ならば、今回のような契約を結ぶ隙は生まれない。千載一遇のチャンスだった。それがこんな無様を晒すとは笑えねえ。

Bクラスのヤツら、オレの計画を邪魔した代償は払ってもらうぜ。

 

クク、にしても葛城のヤツ、今頃どんな顔してんだろうな。

それを想像すると少しだけ溜飲が下がる。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

待てど暮せど龍園からの連絡が来ない。

 

あいつ、裏切ったのか?いや、Bクラスに何らかの形で敗北したのかもしれない。それだけBクラスは脅威だと、今回の試験を通し認識を改めた。

 

龍園からのリーダー情報が見込めない以上、お互いリーダー情報を守り抜いた形になる。

結果は純粋にスポット占有でのポイントの勝負に委ねられる。

こちらはCクラスからの物資提供があった分ポイントを節約できたはずだが、BクラスもDクラスから支援を受けている。DクラスはCクラスと違いリタイアせず島にとどまった分、食料などでポイントを使っていてもおかしくはないが……

それを踏まえてもこちらが数十ポイント負けてしまう計算だ。

 

Aクラスの勝利とはいかなかったが、結局クラス順位に影響はない。

今後いつでも取り返せる範囲だ。

今回はBクラスのやり方を学べただけで良しとしよう。

 

そうして洞窟の外に目をやる。

雨足が一層強くなったようだ。龍園との契約といい、スポットの件といい、昨日の停電といい、この試験は碌なことがなかったように思う。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

こうして各クラスの試験最後の1日は終了したのだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

約束のその先に

「会長、一年生の無人島特別試験の結果が出ています。勝ったのは――」

 

「Dクラス」

 

「い、いえ。Bクラスです」

 

「……」

「……」

 

ガタッ。生徒会室の扉が開く。

 

「1年の結果聞きましたか堀北先輩!これで俺の推薦した帆波の方が、先輩の綾小路よりも優秀なことが証明されたっスよね。生徒会に相応しいのは帆波の方っスよ」

 

南雲が勝ち誇ったように笑っていた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

試験7日目。

 

「それではここに他クラスのリーダーだと思う者の名前を記入してもらおう。わからない場合は無記名で構わない」

 

茶柱先生からリーダー当ての用紙を渡される平田。迷うことなく、Aクラス、Cクラスの生徒の名前を記入する。

 

「茶柱先生、最後にこれをお願いしたいんですが……さすがにポイントはいらないですよね?」

 

「なんだ綾小路……意外と学生らしいところもあるんだな。いいだろう、このぐらいならサービスしてやる」

 

少し嫌味が混ざっていたが茶柱先生にしては快諾をしてくれた。

 

 

無人島での特別試験、7日間のサバイバルが終了の時を迎えようとしている。

最終日は点呼後に他クラスのリーダー当てを行い、その後は、後片付けをする。

もちろん、スポット殲滅作戦で使用したバックの回収も行った。島中に点在しているので、これが一番面倒な作業だったかもしれない。

 

「もうこいつで寝ることもないんだろうな」とハンモックを外しながらつぶやく。

 

過去のデータをみるに、無人島試験は1学年につき1回だけ。

それはつまりオレにとっては最初で最後の島での生活になることを意味する。

だからこの試験を楽しむことに重きを置いた。日々のキャンプ生活の他にも、釣り、刺身づくり、スイカ割り、星空、キャンプファイヤー(の準備)など、多くの体験をした。

オレは十分楽しむことができただろうか。

いつかこの日のことを思い出すのだろうか。

 

「綾小路、1週間楽しかったな!また機会があったら釣りしようぜ」

 

「ああ。今度は大物を釣ってみたい」

 

「おう。気合十分だな」

 

柴田や渡辺たちが声を掛けてくる。

他クラスとの親睦も深めることができたのもこの試験の大きな成果といえる。

この1週間の生活でBクラスのおおよその戦力は把握できた。

今後の戦略を立てる際に大いに役立つ情報だ。それを含めずともBクラスをパートナーに選んだのは正解だったといえる。

Dクラスだけだと、違う意味でサバイバルな生活になっていたかもしれないからな。

 

『試験結果の集計が完了いたしました。生徒の皆さんはスタート地点の浜辺に集合してください』

 

そんなアナウンスが流れ、生徒たちが移動を始める。

 

「結果はどうなったと思う?」

 

堀北から話しかけられる。

 

「さぁな。Cクラスが敗退したこと以外はさっぱりわからない」

 

「いつの間にかAクラスのリーダー情報まで探っていた人のセリフとは思えないわね」

 

「あれは一之瀬のおかげでゲットできたんだ。ホント、感謝しかないな」

 

「……念のために確認させて。あなたは私たちの味方よね?」

 

「そんな当たり前のこと答えなきゃダメか?」

 

「いいえ、今のは私が悪かったわ。忘れて頂戴。いくらぼっちのあなたでも、少し仲良くされたぐらいでクラスを裏切るわけないものね」

 

何をもって味方とするのか。

クラスポイントを上昇させるという意味ならイエス。

クラスを一番にするという意味ならノー。

もっと他の意味を指しているのであれば、答えるまでもない。

 

砂浜ではクラスごとに集合して、結果発表に備えた。

 

「それでは結果発表を行う。最下位は見ての通り0ポイントのCクラス」

 

真嶋先生が淡々と告げる。

 

「3位は……Aクラス170ポイント。2位はDクラス466ポイント」

 

「どういうことだよ、葛城」

 

「……いったい何が起こっているのだ。どうして、どうしてリーダー情報が漏れた」

 

圧倒的なまでのポイント差に、Aクラスがざわめき始める。

Aクラスの中では、1位もしくは2位の想定だったろうからな。

 

あえて言うなら、葛城はDクラスが0ポイント作戦だと勘違いした時点で詰んでいた。

もし、本当のポイント数を知っていたら、何が何でもリーダー情報を入手するための攻撃に出たはず。守りに入った結果がこれだ。

 

「そして優勝はBクラス516ポイント」

 

Bクラスから大歓声が聞こえる。

それもそのはず、これらのポイントを現在のクラスポイントに合計すれば――来月からはBクラスではなく、Aクラスに昇格する。

さすがBクラス……いや、新Aクラスさん。まさに強敵だな。オレたちなんて足元にも及ばないぞ。

 

ちなみにDクラスもCクラスのクラスポイントを抜いたため、来月からCクラスへ昇格だ。

いまいち盛り上がっていないのは、恐らくその事実に気づいている生徒があまりいないからだろう……。

 

「やったね、帆波ちゃん」「一之瀬のおかげだぜ」「帆波ちゃんと同じクラスでホントによかった」クラスメイトからの賞賛が一之瀬に集まる。

 

「いや、みんなで頑張った成果だよ、もちろんDクラスのみんなも含めて」

 

あくまでも謙虚な姿勢の一之瀬。

ちらっとこちらを見てオレと目が合う。

だが、次の瞬間クラスメイトたちからの胴上げがはじまりそれどころではない状態に。

Bクラスのノリの良さに拍車がかかっている。

あれが、胴上げか……いつかやってみたいな。

宙を舞う一之瀬を見ながらそんなことを思った。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「何が起こりやがった……」

 

船内のモニターで結果発表を聞いていたオレは、この謎の結果の答えを導き出せずにいる。

 

「龍園さん、これどうなってるんすか?」

 

「黙ってろ、石崎」

 

馬鹿共も馬鹿なりに焦っているようだが、構ってる余裕はねえ。

 

Bクラスの結果はまだ納得できる。あのキャンプ地でのやりとりから、一之瀬ならAクラスのリーダー情報を入手できてもおかしくはないと考えていた。

葛城は守ることだけに集中した結果、情報が洩れてることも知らずにのうのうと残り時間を過ごした。……いや、守りに入るように誘導されていたと見るべきか。

 

だが、Dクラスの結果だけはわけがわからない。

奴らのポイントは初日に全て消費されたはず……いくらスポットを獲得しても、Bクラスとシェアしたのなら400を超えることはない。

なら前提が間違っている。

奴らはどうやったか皆目見当がつかないが、初日の点呼でペナルティを受けなかった。

そう考えれば点数の辻褄は合う。何かしらの裏のルールを見つけ実行し、他クラスを騙して見せたわけだ。

 

問題は、これを誰が考え実行したかだ。

そいつは金田たちを嵌めた人物と同一だと考えられる。一之瀬なのか、神崎なのか、もしくはもっと別のだれか。確率は低いがDクラスのクソどもに紛れている可能性も捨てきれない。

 

「クク、面白くなってきやがった。次は必ず潰してやる」

 

このふざけた結果へと導いた奴を探し出して、俺に喧嘩を売ったことを後悔させてやる。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「橋本、お前が他クラスにリーダー情報を売ったんだろ。お前のような奴がいるから、葛城さんは自由に戦えなかったんだ」

 

「いやいや弥彦、それは誤解だ。本当に俺は何にもしてないんだって」

 

客船に戻ってきたAクラスの皆さんの声が聞こえます。

魔女狩りのようなことが起きているようです。

事前に橋本君には、龍園君と組んで葛城くんの妨害をするようにお願いしていましたが、龍園くんが不甲斐なかったですからね、本当に何もしていないのだと思います。

ここはひとつ救いの手を差し伸べてあげなくてはいけないでしょう。

 

「戸塚くん、そのぐらいにしていただけませんか?」

 

「さ、坂柳!?」

 

「今回は明らかに葛城くんの失策です。Bクラス相手に後手に回った結果がこれじゃありませんか。もし葛城くんが意欲的にBクラスのリーダー情報を得ようと行動していればこんなことにはならなっかたんですから」

 

「いや、でも、葛城さんは間違ってない」

 

「弥彦、いいんだ。今回は俺の判断ミスによるところが大きい」

 

「葛城くんは素直ですね。ですが反省すれば許されるものではないですよ。私たちはAクラスから陥落、来月にはBクラスを名乗らなくてはならなくなったのです。これ以上の屈辱はないでしょう」

 

そうだそうだと周りから賛同の声を頂きます。

葛城さんを慕われる方々はさぞがっかりされているでしょうね。

意地を張っているのは戸塚くんぐらいです。

 

「……責任を取れと?」

 

「いえ、私ならもっとうまくやれると申し上げているだけです。近いうちに証明して差し上げますので、皆さんもそれを見て今後の身の振り方を考えていただければ」

 

「行くぞ、弥彦」

 

「は、はい」

 

葛城派ももうすぐ解散でしょう。

綾小路くんとの対決は個人戦がベストですが、もしかしたらクラス対抗という形になるかもしれません。その時に、私の手足となるようクラスメイトの皆さんとは仲良くなっておく必要があります。

待っててくださいね、あなたとの勝負はどんな形になっても最高の状態でできるようにいたしますので。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「よう、葛城。負け犬が顔に出てるぜ」

 

「龍園、貴様こそ負け犬らしく小屋で震えていればいいものを。リーダー情報の1つも持ってこれないとは、よほど散歩は嫌いとみえる」

 

「強がってんじゃねーよ。これでお前は坂柳派に敗れることは決まったようなもんだ」

 

「う、うるさいぞ」

 

先ほどのAクラスのやりとりを物陰で伺い、葛城が出たタイミングで捕まえることにした。雑魚が一緒についてきちまったが気にする必要もない。

 

「だがよ、このまんまじゃ終われないよな」

 

「何が言いたい?」

 

「オレが手を貸してやるよ、見返りはこの契約書の内容の再履行だ」

 

「話にならんな」

 

「ならお前にはわかったのか、今回の試験結果のからくりによ」

 

「からくり?そんなものは関係ない。今回は俺の策を他クラスが上回っただけ。なら、次はもっと優れた策を打ち出し、他クラスを倒すだけだ。龍園、お前のような信用ならんヤツの言葉には2度と耳を貸すつもりはない」

 

「クク、それで勝てると思ってるならおめでたいぜ。ま、そういうことなら精々あがくんだな」

 

「言われずともそのつもりだ」

 

今回の島での契約はこちらが条件を満たせなかったため無効となった。

弱っている葛城なら、次の餌に食いつくと思ったが……こいつはこいつで覚悟を決めた面をしてやがる。こういうやつを落とすのは骨が折れるからな、ここは引くとする。

 

こいつを利用する場面は、まだ先で訪れるだろうからな。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

夕暮れの時間。

オレたちを乗せたクルーズ船は再び出航し、遊覧をはじめていた。

これから6日間かけて学校へと帰港する。

 

約束の場所で、一之瀬は海を見つめながら待っていた。

どこか儚げな横顔を見ると、声を掛けるのが躊躇われる。

 

「一之瀬」

 

「綾小路くん、お疲れ様」

 

一之瀬と試験中交わした約束――試験で一之瀬が感じたことを教えてもらうため、オレたちは待ち合わせをしていた。

 

「ああ、お疲れ。そしてAクラス昇格おめでとう」

 

「うん、ありがとう。綾小路くんも来月からCクラスだね」

 

「そうだな。自分でもうまく行きすぎて信じられない、と思っている」

 

「私もだよ。まさかこんなに早くAクラスになれるなんて思ってもみなかった。……綾小路くんのおかげ、だね」

 

そういう一之瀬の表情は、勝利を噛みしめ、クラス昇格を喜んでいるようには見えなかった。

 

「オレはきっかけを与えたに過ぎない。実際にみんなに声をかけ、行動したのは一之瀬だ」

 

「そう言うんじゃないかなって思ったよ。ダメダメ。綾小路くんはすごい人。何を言われてもその認識は変えないよ」

 

「にゃはっ」と、はにかむ一之瀬はいつもの一之瀬だ。

どうやら、自分の実力というよりオレに助けられて勝ち上がったことに罪悪感のようなものがあるのかもしれない。

 

「一之瀬にそう思ってもらえるのは光栄だけどな」

 

「ねえ、綾小路くん。約束の私の感じたこと、聞いてもらってもいいかな?」

 

何かを決意したかのように真剣な表情の一之瀬。オレは一之瀬の目を見つめて頷いた。

 

「この試験、本当は……綾小路くん一人でも勝てたんじゃない?」

 

何を言い出すかと思えば、面白い推察だ。

 

「どうしてそう思うんだ?」

 

「例えば洞窟に潜入した時。仮に綾小路くんがDクラスのリーダーだったとしたら、混乱に乗じて、先にスポットを占有することもできたはず。そうすればAクラスを拠点から追い出せるよね。次のベースキャンプを見つけるまで点呼ができなくなるAクラスは大ダメージを受けたはずだよ」

 

「だが、オレはリーダーじゃなかった」

 

可能か不可能かは明言しないでおき、事実のみを伝える。

 

「それもどうにでもできたんじゃないかな?最初からリーダーに立候補しても、綾小路くんならクラスの人も納得したと思うよ。もしそうじゃなかったとしても、ルールの裏を突くつもりでいた。リーダーは正当な理由なしに交代できない。でも、先生に預けたプライベートポイントでリーダーの交代権利を買うことは正当な理由になる、と私は考えているんだけど」

 

「結局確認はしなかったが、恐らく可能だな」

 

一之瀬には裏のルールを見せているため、その発想も出てきても不思議ではない。 ただ、リーダー情報の誤認をさせる策を取らなかったため、今回は不要となっただけだしな。

 

「そうするとさ、綾小路くんからしてみるとリーダー情報は盗まれても問題なかったってことになるじゃない?むしろ、わざと盗ませて他クラスの誤答を狙った方が得なぐらい」

 

「でも、今回勝てたのはみんなで協力したからだろ?」

 

「もちろん、それもあるよ。でもね、例えDクラスだけで、しかも綾小路くんだけだったとしても、リーダー情報を得る算段もあったわけだし……3クラスに誤答させて、自分は3クラス分のリーダー情報を当てれば、それだけで他クラスと200ポイントの差がつくよね。余裕で1位を狙えたと思うんだ」

 

「買いかぶりすぎだ。オレはBクラスと共闘したことを後悔していない」

 

「あ、違うの。えっと、何が言いたかったかというと……綾小路くんの……行動理念は何なのかなって。わざわざBクラスを、私を勝たせてくれたから――Aクラスに何が何でも上がりたいわけじゃないのかな、って思ったの」

 

「共闘に裏があるのでは?」と疑っているわけではないようだ。

なぜそこまでしてくれたのか、「友達だから」では納得できないところまできてしまったということ。

 

「そうだな。形式上、クラスに最低限の貢献はしているが、極論オレはクラス順位に興味はない。だから、こうして他クラスである一之瀬の応援もできた」

 

「Aクラスの卒業特典に興味がない、ってことだね。でも、だったら何のためにこの学校に来たの?何かやりたいことがあるの?」

 

以前、堀北兄に似たような言葉を投げかけられたことを思い出す。

今日は質問攻めにあう日だが、これが一番回答が難しい問いだな。

結局、オレ自身、まだ明確な答えを出せないままでいる。

 

「実はそれを探しているところだ。勧められるままこの学校を受験したからな。初めはそれでもいいと思ってたんだが、この学校で過ごすうちに少しずつ気になり始めた。ただ、正直に言えば、やりたいこと探しはかなり苦戦している」

 

素直に伝えてみることにした。一之瀬はどう思うだろうか。

この学校で真剣にAクラスを目指す人間からすれば信じられないだろう。

誤魔化されたと思うかもしれない。

 

「だったらさ……私も手伝うよ!綾小路くんのやりたいこと探し」

 

「いいのか?」

 

「うん。私ばっかり綾小路くんに頼っているのはフェアじゃないからね。役に立つかはわからないけど、第三者の視点が入れば、何か見えてくるかもしれないよ」

 

思ってもみなかった、手伝うという言葉。

確かにこれまで色んな体験をしたが答えが出てこないため、この辺りで別のアプローチで検証してみるのも悪くない。

 

「わかった。そういうことならよろしく頼む」

 

「うん、喜んで」

 

こうして交わされた一之瀬との約束が、今後の学生生活の分岐点となるかもしれない。

そんな予感がした。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「……」

 

「……綾小路くん、調子悪かったんですかね?」

 

「こんな大事な時に風邪を引くのは鈴音ぐらいだ。綾小路なりに考えがあったんだろう」

 

「そうですよね!これから直接聞けばいいですし」

 

そう言って生徒会長とその書記は生徒会室から飛び出した。

 

 




各クラスのポイントについての補足。
ちょっとわかりにくいですが、下記のような感じで考えています。


A 初期ポイント残り270 2クラスからリーダー当てられて‐100  結果→170  
クラスポイント→1,004+170 9月からのクラスポイント→1174

B 初期ポイントの残り260 2クラス分リーダー当て成功+100 
スポット156  
(13か所*1日3ポイント*2日分=78 12*3*2=72  殲滅作戦前 3*2=6)
 
クラスポイント→663+516 9月からのクラスポイント→1179

C 0  

クラスポイント 492

D 240 リーダー当てて+100 スポット156 リタイア-30 466 

クラスポイント→87+466 553


といった感じです。
原作ではBクラスは2日目に食料含め、生活必需品を揃えるのに70ポイント消費したと記述有。そこから共闘で折半したことや、初日に食料探しをできたことなどを踏まえて、かなり節約できた想定です。
Dクラスの方が消費しているのは、こちらから共闘をお願いするにあたり、少しだけ負担を多くしたこと、ちゃんとした個室のシャワーの方がいいというDクラス女子の我がままを通すため、Dクラスが購入したため、ということにしています。

実際はスポットを都合よく8時間おきに更新できるかはかなり怪しいですが……そこはご容赦くださいますと幸いです。
平田君が遠くのスポットをめっちゃ頑張って、近場は白波さんに譲ったんだと思っています。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

空から奴らがやってきた

無人島での特別試験が終わった翌日。

 

船に戻った後、平田から来月Cクラスになることが現Dクラスのメンバーに周知され、かなり盛り上がったようだ。

 

「とはいっても、点差は60ポイント。生活態度の減点やちょっとしたトラブルで逆転されちゃうから油断はできないね」

 

「特に俺たちDクラスはそこのところが課題だ。トラブルメーカーが多すぎる」

 

「あとは、クラス昇格のお祝いムードだったから、リタイアした高円寺くんがそこまでみんなから責められなくて安心したよ」

 

「あいつにはもっとお灸を据えてやる必要があると思うがな」

 

同室の平田、幸村が昨日の様子を教えてくれた。

今月まではDクラスということで、Cクラスを名乗れるのは来月から。

ただ、それまでに減点されるようなことになれば、CクラスになることなくDクラスに戻ってしまう。注意して過ごさなくてはいけないな。理想は部屋で大人しくしておくことか。

 

「せっかく客船に戻ってきたし、色々見て回ろうと思う」

 

「綾小路くんは元気だね。僕はスポット獲得で動き回ったから、今日はちょっと休んでおこうかな」

 

「俺もだ。平田ほど動いていないはずなのに、身体中痛んでる。部屋で大人しく勉強でもしておく」

 

そうして部屋から出て、客船の探索をする。こんな機会、もう訪れるかわからないからな。色々見ておいて損はないだろう。

 

平田たち同様に疲労が出ているのか、多くの生徒は大人しく部屋で過ごしている様子。外にあまり人がいなかった。主に歩き回っているのは早期リタイアしたCクラスの生徒たちぐらいなもの。

 

探索も落ち着き、プールデッキでトロピカルジュースを飲んでいると、コツ、コツ、コツ、と杖を突く音が近づいてくる。

そういえば、こいつも無人島試験に参加していないから元気だよな。

 

「おかえりなさい、綾小路くん」

 

「ああ。元気そうだな、坂柳」

 

坂柳はどうしてオレの居場所がわかるのだろうか。

 

「乙女の直感でしょうかね」

 

「さらっと人の心を読むな」

 

「フフ、警戒なさっていないときの綾小路くんは、考えていることが割と顔に出ていますよ。まぁ気づけるのは私ぐらいだと思いますが」

 

「そうなのか……そういえば以前、生徒会長にも――」

 

「それはたまたまでしょうね。真にわかるのは私ぐらいなもの」

 

「あ、ああ。そうかもな」

 

食い気味でこちらの話を遮る坂柳。深入りしない方が良さそうだ。

 

「無人島試験は大活躍でしたね。結果を見て私も我慢ができず、あなたの元を訪れてしまいました」

 

「結果を見たのなら、Bクラスの勝ちに、Dクラスが便乗させてもらっただけだとわかると思うが」

 

「そうかもしれませんね。では、一言だけ。共闘を申し込んで良い返事をもらえる下地を事前に作っていたこと、お見事でした」

 

全てお見通しということか。そして今回の試験での戦略の前提部分に気づいている。共闘を申し込んだのはどっちなのか。一件どちらでもいいようで、真相にたどり着くために重要な問題。調べればわかることではあっても、先入観で決めつけてしまう者が多いのもポイントなのだが……坂柳も中々侮れないな。

 

「期待以上の結果に胸の高鳴りが止まりませんでした。次の試験では私と勝負してくださいませんか」

 

「それをオレが受けるとでも?」

 

「胸の高鳴りはまだ収まっていませんよ。どなたが無人島試験でのMVPか、皆さんに宣伝して回りたい気分です」

 

勝負などに興味はないが、無人島試験でオレが暗躍していたなどと広められては、何のためにBクラスを勝たせたのか、目的の半分が意味をなさなくなってしまう。

 

「……わかった、もしその時が来れば真剣に戦うことを約束する」

 

「ありがとうございます!次の試験が待ち遠しいですね」

 

欲しかったおもちゃを買ってもらった子供のように喜ぶ坂柳。

 

「ところで、皆さんが無人島サバイバルをしている間に美味しいケーキを提供してくださるカフェを見つけたのですが――」

 

「綾小路、探したぞ。ちょっと来てもらおうか」

 

プールデッキの上の階から茶柱先生の声が聞こえる。

坂柳はオレの陰に隠れて見えなかった様子。

 

「邪魔が入ってしまいましたか。残念ですが、これで失礼いたしますね」

 

一瞬だけしゅんとした坂柳だったが、すぐにいつもの表情に戻り、笑顔をみせて立ち去る。

 

「それで何の御用ですか、茶柱先生」

 

「まずは試験、ご苦労だった。1位ではなかったにしろ、大量のクラスポイントを獲得し、Cクラス昇格は大したものだ。私もお前に付き合わされた甲斐があったというものだな」

 

「ご満足いただけたなら良かったです。この調子で頑張るので、今度茶道部に差し入れ持ってきてくださいよ」

 

「まぁいいだろう。私も気分がいい。この調子でAクラスまで突き進んでくれ」

 

今回の結果は茶柱先生としても満足できるものだったようだ。

他クラスと比べ圧倒的に後れをとっていたDクラスが一気に追いつき、追い越したのだから、文句はないだろう。

今度の差し入れ次第では、もう少し頑張るか。

 

「用件はそれだけですか?」

 

「いや、これを渡しておこうと思ってな。島で依頼されたものだ」

 

「ありがとうございます」

 

茶柱先生から渡されて、中身を確認する。

なるほど、中々いいな。

 

「では私はこれで失礼するが……綾小路、もし暇なら11時頃プールサイドに行く事を勧める」

 

「何かあるんですか?」

 

「それは行ってからのお楽しみだな」

 

これまでの仕返しとばかりに情報を伏せる茶柱先生。可愛いところもあるものだ。

 

 

特に予定もなかったため、茶柱先生の言った通り11時にプールサイドを訪れた。

 

そこには堀北がいた。

え、茶柱先生これがお楽しみの内容でしょうか?

だとすると、無人島で茶柱先生をいじり過ぎたか。仕返しに堀北を送り込んでくるとは、こちらの嫌がることを熟知している。全く可愛くなかった。

 

「あなたも茶柱先生に呼び出されたの、綾小路くん」

 

「……ああ」

 

「わざわざ、行けばわかるなんて言って呼び出したんですもの、余程大事なことなのかしら」

 

……オレへの嫌がらせのため、とは言えないな。

どうしたものかと考えていると、何やら上空から騒音が聞こえてくる。

 

「ヘリ、か」

 

見上げると、一機のヘリがこの客船へ向けて降下してくる最中だった。

これがお楽しみの内容か。疑って悪かった、茶柱先生。

 

「一体何なのかしら」

 

「とりあえず行ってみるか」

 

オレたちはヘリが着陸したところへと向かうことにした。

ヘリポートに到着するとすでに何人もの生徒が集まっている。

物珍しさの野次馬もいるだろうが、葛城や一之瀬といったクラスのリーダーの姿もあることから次の特別試験を予見してやってきた可能性もある。

 

教師陣も集まってきていたようで、ヘリから降りてきた人物に真嶋先生が話しかける。

 

「空の旅は快適だったか、堀北」

 

「悪くはありませんでした」

 

「お疲れ様です、真嶋先生」

 

現れたのは堀北兄と橘だった。

 

「結構な歓迎ですね、真嶋先生」

 

「生徒会長の鳴り物入りとなれば、学校サイドも無視はできない」

 

「私は学校の要請に従ったまでです」

 

それっぽいことを言っているが、きっとくだらない理由でやってきたんだろうな、という安心感がある。

 

真嶋先生と話しながら、船内に向かっていく堀北兄と橘。

 

「どうする堀北、後を追うか?」

 

「当たり前でしょ。こっそり気配を消して近づき、写真の1枚や2枚撮って帰りましょう」

 

思っていた返事の斜め上をいっていた。

ストーカー行為は身内ならセーフなのだろうか。

 

気配を消して忍び寄るオレたちより前にいた3人の生徒――龍園、一之瀬、葛城が堀北兄に話しかける。

 

「ド派手な登場で誰かと思えば生徒会長様かよ」

 

「ご無沙汰してます、生徒会長。一之瀬です」

 

「こんなところにいらっしゃるなんて何か重要なことでも?」

 

「お前たち、堀北は忙し――」

 

「構いませんよ、真嶋先生。今年の一年とは交流の機会を持てずにいました。幸い今日はしばらく時間があります。せっかくですから話す場を設けましょう。参加者はここにいる者たちでいいか、こっそり隠れている生徒もいるようだが?」

 

パシャっ。

 

「シャッターチャンスではなかったと思うぞ?」

 

「て、手が勝手に。兄さんの鋭い視線に耐えきれなかったわ」

 

そういう方向は耐えてくれ堀北妹。まだ、しゃべることができないぐらい緊張してくれてた方が幾分かマシだ。

 

「と、とにかく、そういうことならカフェの一角に交流会の場を設ける。だが、人数は各クラス4名まで。私も同席させてもらう」

 

真嶋先生も少し引いていた気がするが、交流の機会があるのは堀北妹にとっていいことだろう。

 

そうしてそれぞれのクラスから4名ずつ集められ交流会が始まったのだが、話の流れで堀北兄企画で10万プライベートポイントをかけた特別試験をすることとなった。

 

「おいおい、試験なんざまどろっこしいぜ。直接あんたと勝負させろよ」

 

「龍園くん、会長への言葉遣い気を付けてください」

 

挑発的な龍園の態度に、橘が物申す。

 

「オレはこいつよりも実力がある。なら敬語なんて必要ないだろ」

 

「相手を敬う気持ちすら持てないあなたでは会長の足元にも及びません」

 

龍園相手に引けを取らないやり取り。今日の橘は何だか頼もしいな。

 

「力があるというのなら、この試験でそれを証明してみせることだ、龍園。これからお前たちには宝探しをしてもらう。隠すものは……そうだな、オレのハンカチでいいだろう」

 

「兄さんのハンカチ!?確かにこの上ないお宝ね」

 

「その意見には同意します」

 

堀北妹はもう手遅れだが、橘はせっかくここまで『生徒会の書記』という威厳ある雰囲気で頼もしくやり過ごせていたのに、つられてボロが出始めているぞ。

 

「橘、これを船内のどこかに隠してきてくれ。そしてその際に隠した場所を示すヒントを作成し、各クラスに配布して欲しい」

 

「わかりました、会長」

 

「あと綾小路、お前はいまさら交流も何もない。生徒会側として橘に同行しサポートしてもらう」

 

「え?はい」

 

堀北兄からの突然のパス。

たしかにわざわざここでこの2人と交流する意味はないな。

 

「では行ってまいります。さ、綾小路書記も行きますよ」

 

「はい」

 

綾小路書記とか初めて呼ばれた。

橘は公共の場では猫を被るタイプか。

 

「それでどこに隠すんですか?」

 

「目星はつけていますよー。変なところに隠して、会長のハンカチになにかあっては一大事ですっ!確実に安全な場所にしなくちゃいけません」

 

いつもの橘に戻った。

まぁこっちの方がいいな。

 

「オレが会長相手にため口なのは注意しないですね」

 

先ほどの龍園とのやり取りでふと気になったことを聞く。

 

「最初はムカッとしましたが、今は違います。堀北くんは、あなたが生徒会に入ってから、毎日とても楽しそうです。やっとできた対等な友達みたいな存在なんでしょうか……だったら敬語はおかしいですから」

 

橘はとても嬉しそうに、でもどこか寂しそうにそう話した。

堀北兄にも色々あるのだろう。

 

そうして橘の後に続き、客船の地下2階へと進んでいく。

 

「ところで綾小路くん、無人島の試験はどうでした?」

 

「頑張ってはみたんですが、Bクラスのチームワークの前には一歩及びませんでした」

 

「そうなんですね。元気に頑張れたならそれで良かったです。会長は何か理由があるんじゃないかっておっしゃってましたけど……」

 

オレだけ別行動をさせた意味を考えていたが、こういうことか。

 

「そうですね……会長の思っている通りの理由です、と伝えていただければわかると思いますよ」

 

堀北兄ならそれで察してくれるだろう。

 

「いえ、せっかくでしたら自分で伝えましょう。この試験、時間かかりますからね。会長もその方が嬉しいと思いますよ」

 

ハンカチをロッカーに丁寧にしまい、カギをかける橘。

そのカギをレストランのスタッフに預ける。

 

ヒントは事前に用意していたものに、客船内の状況に合わせた情報を加えていく。途中、伊吹にあったときはかなり嫌な顔をされた。

 

完成したヒントを見て、2人の意図に気づく。

かなり苦戦する宝探しとなりそうだが、堀北妹たちは大丈夫だろうか。

 

「それではこれがヒントです。1枚ごとに内容が異なります。どうぞ」

 

各クラス2枚のヒントが渡されて宝探しがスタートした。

 

「行ってくるね、綾小路くん」

 

一之瀬も楽しそうだ。軽快に飛び出していく。

 

「上手くやっているようだな、綾小路」

 

「どうだろうな、試験の結果の意図はあんたには伝わったと思っているんだが……」

 

「そうだな、今日ここに来て確認するだけの価値はあった。以前会った時とは雰囲気が変わっている」

 

どうやらこちらの考えに気づき、意図を汲んでくれそうだ。

 

「ところでこの試験、かなり難しいが、あいつらにクリアできると思うか?」

 

「わからない……鈴音なら或いは匂いを辿るぐらいしそうだと思ってな、対策はしておいた。これで簡単には進まないだろう」

 

妹のヤバさを実感しているなら対策の前に矯正して欲しかった。

 

『くんくん、間違いなくこの中に兄さんのハンカチがあるわね。ただ悔しいことにカギがかかっていて開けられないわ』

 

『……僕たち、ヒントいらなかったね』

 

そんな想像をしてみたが、確かにないとは言い切れないな。

現在進行形で起きていないといいが……一緒に行った平田のカバー力を信じるしかない。

 

「ではっ、皆さんが戻ってくるまで時間があるので3人でトランプでもして待ちましょう」

 

この時間を待ってましたと言わんばかりにトランプを取り出す橘。

 

「さすが橘、準備がいいな」

 

堀北兄もノリノリだ。

毎日楽しそうと言っていた橘の言葉が頭を過ぎる。

そうしてオレたちはトランプに没頭した。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ハンカチを見つけてきました、兄さん」

 

試験終了時間10分前に扉を開けて、堀北を先頭に、葛城、一之瀬が入ってくる。

 

「ハートの4とスペードの10を止めているのは誰ですか、もう私パスできないんですよ。ずるいです、ひとでなし~。私の番までに出してくれたら許してあげますからっ」

 

「これも勝負の世界だ、橘」

 

「そうです、橘先輩。最後に勝っていることが大事なんですよ」

 

オレたちは7並べをやっていた。

ちなみにハートの4を止めているのはオレだ。

……ん?何か声が聞こえたか?と三人で入口を見る。

 

「「あっ」」

 

「え、えーと。もう一回入るところからやり直そう、堀北さん」

 

一之瀬からの優しくも残酷な提案。

急いでトランプを片付けるオレたち。

 

「兄さん、ハンカチを見つけてきました」

 

「ギリギリ間に合ったようだな、勝者はDクラスか」

 

平然と何もなかったように対応できるのはすごいな。

ギリギリセーフでした、みたいな顔をしているが、完全にアウトだったぞ、橘。

 

「いえ、みんなで協力して見つけてきたものです」

 

「そうか。だが、勝者は1クラスのみだ」

 

「じゃあ私たちはこれで」

 

「俺もポイントさえもらえれば異存はない」

 

空気を読んで、退出する2人。

だが、せっかく兄妹で話せる機会だというのに沈黙が続く。

 

「なんか話したらどうだ、堀北」

 

余計なお世話と思いつつも、発言を促した。

 

「で、では……兄さん、今度トランプするときは、わ、私も入れてください」

 

「……考えておく」

 

「は、はいっ!」

 

満足したのか堀北妹は会釈して勢いよく出て行った。

それでいいのか、堀北よ……そしてしれっとハンカチ持ったまま出て行ったな。

 

「それで綾小路、本題がある。一之瀬を呼んでくれないか?」

 

こちらの意図はしっかりと伝わっていたようだ。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「失礼します。一之瀬帆波来ました」

 

緊張気味の一之瀬。

無理もない。先ほどの茶番劇があったとは思えないほど、部屋の雰囲気は重々しくなっている。

 

「お前を生徒会にと、南雲と……綾小路から推薦があった。今回の無人島試験での活躍はすでに聞き及んでいる。お前にまだそのつもりがあるのなら、生徒会書記の席を譲っても構わない」

 

淡々と話す堀北兄。

実際は文字通り「書記の席しかない」のに、それっぽく言うのが上手いな。

 

「……とても嬉しいのですが、すみません、断らせてください」

 

「ええぇぇ、断っちゃうんですか!?」

 

とてもデジャヴを感じさせる展開だ。

 

「今の私はまだまだ力不足です。とても生徒会の方々と一緒に仕事ができるとは思えません」

 

これまでの一之瀬なら、迷いはすれどすんなり入ったに違いない。

自分の弱さと向き合い、まっすぐに戦っていこうという意志を感じる。

一之瀬自身は気づいていないだろうが、立派に成長し始めている証拠だろう。

 

だが、ここで生徒会に入ってもらわなければ、オレのここまでの行動が無駄になってしまう。

説得は頼んだぞ、2人とも。と、堀北兄たちを見る。

 

『あれをやるか、橘!』

『はい、会長!』

みたいな目配せをしている。

 

まずい、このままじゃ、こいつらまた通販番組みたいなことをし始める。

真面目な空気が台無しだ。オレが動くしかない。

 

「一之瀬の気持ちも理解できる。だが、オレも生徒会に入ったことでたくさん成長させてもらったんだ。無理強いはしないが、入ってから頑張る、という考え方もありだとオレは思うぞ」

 

「綾小路くん、そんな風に思ってくれていたんですね……嬉しいですぅっ」

 

橘の方にクリーンヒットしてしまった。

思わず涙が出そうになった橘に、堀北兄がハンカチを渡す。

……なぜハンカチを持っている?まさか、最初から妹にやるつもりだったのか?

 

「……そうだね。約束の事もあるし。こんなチャンス二度とないかもしれないし。生徒会長、先ほどの言葉は撤回させてください。私、生徒会の一員として学校のため、生徒のため頑張らせていただきます」

 

しばらく悩んでいた一之瀬だが、しっかりとした口調で答えを出してくれた。

 

「歓迎しよう。このクルーズから戻ってきたら、正式な手続きをする」

 

「これからよろしくお願いしますね!」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

「よかったな、一之瀬」

 

「うん、綾小路くんもありがとう」

 

気にするな一之瀬。お礼を言うのはこちらになる。

計画通り一之瀬を生徒会に入れることができた。

 

オレは生徒会の活動を通して、自分に足りないものを痛感した。

それは堀北学にとっての橘のような存在だ。

 

残念ながら、オレ自身は『善』を押し出した戦略は取れないし、信頼をもとに成り立つ人海戦術も取れない。

 

この学校で生き残るためには、そう言った力が必要な場面も出てくるだろう。

 

だが、今から善行を積んで、みんなと仲良くなるのは時間的に不可能。

ならどうするか、できる人間を傍に置けばいい。

それだけの話だ。

 

それがオレたちの学年では一之瀬が適任だったということ。

そして、その有用性はスポット殲滅作戦などで試験運用してみたが、十分効果的だと判断した。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

翌日。

再びヘリに乗り目的地へと出発する。

 

「綾小路くん、元気そうで良かったですね」

 

「ああ。それに良い人間関係も作れていたようだな」

 

ヘリが出発した直後、綾小路から送られてきた写真を2人で見る。

 

無人島試験で撮ったものであろうBとDクラスの集合写真。

そこには鈴音も、ぶっきら棒な表情ではあったが、少し楽しそうに写っていた。

 

「まったく、土産の催促なら断ると言っていたのにな」

 

綾小路にも良い変化があったのかもしれない。

徐々に小さくなってく豪華客船を見つめながら、今後が楽しみになってきた。

 

 




生徒会の二人が客船にヘリで乗り込んでくる元ネタはドラマCDです。
原作基準で考えると、そんなこと絶対にしないよなと思うのですが、こっちの生徒会の二人ならむしろヘリで来ない方がおかしいだろ、ということで採用しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

愚者は踊る

無人島試験終了から2日が経過した。

 

その間、堀北兄と橘が遊びに来たこと以外は特に変わったこともなかった。

生徒たちも初めは疲労やら次の試験への警戒やらで大人しくしていたが、次第にそれも薄れ、今では豪華客船を満喫している。

 

オレもプールや食事、舞台など色々堪能していたが、何だかんだ展望デッキから海を眺めて過ごすのが性に合っていた。

ないものねだりのようなもので、必死に友人を作ろうとしていた時とは逆に、いざ賑やかになってくると一人の時間も欲しくなる。不思議なものだと思う。

 

今日も潮風を浴びながら、どこまでも続く青い海をただ眺めていた。

そんなとき、携帯が鳴りメールの着信を告げる。

 

それと同時に船内アナウンスが入る。

 

『生徒の皆さんにご連絡します。先ほどすべての生徒宛に連絡事項を記載したメールをお送りしました。重要事項ですので必ず確認するようお願いします』

 

特に明記はなかったがすべての生徒に一斉に連絡をしたことから、特別試験の実施だろう。生徒会で閲覧した過去の試験データに、船上で行われたものはなかったため、このタイミングで試験がある可能性は五分五分だと考えていた。

 

データがなかったということは――これから行われる試験は、例年行っているか、『裏のルール』がわかると攻略が簡単なものか、もしくは完全に新規の試験ということになるだろう。

 

今回は事前準備なしの勝負になる。先日の坂柳との約束を果たすには丁度いいかもしれない。

 

送られてきたメールには18時までに2階の202号室に来るようにと指示があった。一体どんな試験になるのだろうか。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

指定の時間に部屋を訪れると、中には真嶋先生と幸村、外村の村村コンビがすでに席についていた。

 

「残り2つの椅子の1つは綾小路殿でござったか」

 

外村と呼ばれる生徒から話しかけられる。あだ名が「博士」なだけあって歴史や機械に詳しく、アニメやゲームはオールジャンルいけるオタクの中のオタクといった人物。オタクがどういったものかいまいちはっきりしないが、自他ともに認める猛者とのこと。学校がどんな実力でも評価するのであれば、外村はクラスの戦力になる可能性もある……かもしれない。

 

「綾小路がいるなら心強い。勉強が主軸の試験なら俺たちの勝ちが決まったな」

 

特に何をしたわけではないが、幸村からはそれなりに信頼してもらっているようだ。テストの点数力はすごいな。

 

椅子の数からして、この時間この部屋に呼ばれたのはあと1人か。次は何村がくるのだろうと待っていると、やってきたのは軽井沢だった。

軽井沢には今のところ良いイメージがない。ここに平田がいないことがせめてもの救いだな。

 

「綾小路くんいるじゃん、ラッキー。よろしくー!」

 

他の2人には目もくれず、こちらへと寄ってくる軽井沢。

何がラッキーなのか……思い当たることはひとつしかないな。

平田本人はいなくとも現代社会、いくらでもやりようはある。盗撮、盗聴への警戒を強めることにした。

 

「それではこれより特別試験の説明を行う」

 

「え、試験?どういうこと、綾小路くん?」

 

特別試験と聞いて混乱する軽井沢。

オレに尋ねてくるが、こちらを巻き込むのはやめて欲しい。

何が減点に繋がるかわからないため「しー」と黙っておくジェスチャーをしたところ、大人しく従ってくれた。素直な部分もあるのか、空気が読めるのか、どちらにせよ意外だった。

 

「今回の特別試験では、1年生全員を干支になぞらえた12のグループにわけ、そのグループ内で試験を行う。試験のテーマは『シンキング』だ」

 

シンキング……考える力を問う試験か。つまり、過去の法則でいえば、『裏のルール』を見つけさえすれば簡単に攻略できる試験の可能性が高い。先入観は重大な見落としへと繋がるかもしれないため、ひとまず頭の片隅に置いておく。

 

「今回はこの4人が同じグループとなり、他の部屋でも君たちと同じグループの生徒が説明を受けている。そしてそのグループは各クラスから3~5人ほどを集めて作られるものになっている」

 

つまり他クラスのメンバーと協力、もしくは競ってこなす試験か。真嶋先生が説明していることが気になっていたが、各クラスの公平性を保つため、自分の担当クラス以外のメンバーに説明しているのかもしれない。

……こういう時、茶柱先生はどうしているのだろうか。これまでの適当な説明でDクラスを困らせてきた姿をデフォルトとすれば、他クラスへの説明が適当でも許されるのでは?情報差はアドバンテージになる、頼んだぞ、やる気ない方の茶柱先生。

 

「お前たちのグループは『卯』だ。そしてそのメンバーの一覧はこれになる。リストは回収するので必要と感じればこの場で覚えておくように」

 

その言い方だと確実に必要になるパターンだな。

 

Aクラス・竹本茂 町田浩二 森重卓郎

Bクラス・一之瀬帆波 浜口哲也 別府良太

Cクラス・伊吹澪 真鍋志保 藪菜々美 山下沙希

Dクラス・綾小路清隆 軽井沢恵 外村英雄 幸村輝彦

 

一之瀬と同じグループか。内容次第ではやりやすくなりそうだ。よく言い出してくれる浜口もいるな。

 

あとは……伊吹と同じグループか。

伊吹にしてみれば、目が覚めたらリタイアしていた。

BとDクラスからしてみれば、恋敵へ嫌がらせをしてそのまま消えていった存在。

お互い中途半端な形で無人島試験を終えてしまっている。

 

「この試験ではクラスの関係性をリセットして兎グループとして行動してもらう。当然、試験の合否の結果はグループごとに設定されている。結果は4通りで――」

 

真嶋先生からの説明を要約すると

グループごとに一人割り当てられた『優待者』を探し出す試験。

休日1日を挟んだ、4日間で1日2回グループごとに集まって話し合う場を設ける。

ただし話し合う内容は自由。

試験の解答は試験終了後の特定の時間で優待者が誰であったかをメールにて所定のアドレスに送る。

その解答で4つのうちのどれか1つの結果になる。

 

 

結果1 グループ内の優待者及びその所属クラス以外の全員の解答が正解していた場合、報酬としてグループ全員にそれぞれ50万プライベートポイント、優待者は倍の100万ポイントが支給される

 

結果2 優待者のいるクラス以外の解答で誰か1人でも未回答、不正解があった場合、優待者には50万プライベートポイントを支給する

 

結果3 優待者とその所属クラス以外が試験終了を待たず解答し正解した場合、答えたクラスは50クラスポイントを得るとともに、正解者に50万プライベートポイントが支給される。また、優待者を見抜かれたクラスは50クラスポイントを失う。

 

結果4 優待者とその所属クラス以外が試験終了を待たず解答し不正解だった場合、答えたクラスは50クラスポイントを失う。また、優待者には50万プライベートポイントが支給され、その所属クラスは50クラスポイントを得る。

 

結果3と4の解答は試験中24時間受け付けるが、解答が送られた時点でそのグループの試験は終了する。

 

大体こんな感じだろう。

優待者を探し出すか、守るか、誤認させるかの試験といったところか。

 

あとはいくつかの禁止事項もあり、携帯の略奪や脅迫行為で優待者に関する情報を確認すること、勝手に他人の携帯を使って解答することなどの行為は『退学』となる。

発覚した場合、徹底した調査が行われるそうなので、ここから裏をかくのはリスクが高いか。

 

試験は明日からスタートし、午前8時に話し合いの時間のメールが来るようだ。自分が優待者かどうかもその時にわかる。

 

そういった説明の後、質問タイムを挟んで、この場は解散となった。

 

「なんで私がこの人たちと同じグループなわけ……綾小路くん以外無理なんですけど、平田くんと一緒が良かった」

 

部屋を出るなり軽井沢がぼやく。やはり平田の参上を心待ちにしている。

 

「もしもし平田くん?ちょっと聞いて欲しいことがあるんだけど――」

 

平田に電話をし始めたことで危険を感じ、オレはその場をあとにすることにした。

 

 

この試験を説明するにあたって、真嶋先生は人狼ゲームみたいなもの、と話していた。

その人狼ゲームがどんなものかさっぱりわからなかったので、部屋に戻って詳しそうな人にチャットを送る。

 

『人狼ゲームってどんなゲームですか?』

 

『綾小路くん人狼ゲームに興味を持ったんですね!いいですね、面白いですよ。今度生徒会のみんなでやりましょう!』

 

橘なら絶対知っているという予想は当たったが、情報が欲しいのは今なんだ。決して遊びたいわけではない。

 

『どんなゲームかはわかりませんが、また負けても怒らないでくださいね』

 

これ以上の情報は出てこないと判断し、切り上げさせてもらった。

何やらスタンプ爆撃をされているが、無視だ無視。

 

そうして携帯を放り投げようとしたところで、別の人物からチャットが来た。

 

『人が来ないところで2人っきりで会いたいな』

 

田からだった。

これは何も知らない生徒がみたらデートのお誘いだと誤解するだろう。

だが実際は甘い逢瀬などではなく、例の約束についてのお話か。

……念のためにシャワーを浴びてエステに行ってから落ち合うか。

 

待ち合わせは客船の最下層エリアにした。ここ数日、色んな場所を探索したが、まず学生が来ることはない場所だった。

 

「密会に良い場所だね、ここ」

 

「そうだな」

 

「……やけに肌ツヤがいいね、綾小路くん」

 

「そうだな」

 

「変な期待してたとか?」

 

「そうだ――なんてことはないぞ」

 

「ふーん」と周囲に人がいないことを確認する田。ということは、そろそろ来るか。

 

「んで、無人島ではアンタの役に立ったよね?堀北を退学させてくれる?」

 

ブラックな田さんが早々に登場した。無人島試験で相当ストレスをお溜めになられていたのであろう。この変貌、おいたわしや。

 

「確かに田には助けられた。ありがとう」

 

「堀北なんかずーと寝てただけだしね」

 

心の底から馬鹿にしたようなそんな笑みを浮かべる。

 

「だが、伊吹を止めてくれた。聞くところによると伊吹は格闘経験者。対峙したのがオレならボロボロにされていただろうな」

 

「なに?堀北の方が役に立ったって言いたいの?」

 

「いや、田とは比べるまでもない。最悪伊吹は止められなくても問題なかった。オレは誰よりも田を評価している」

 

「わかってるじゃない、なら――」

 

「退学はそんなに安くはない。だが、田の貢献は大きかった。堀北より優秀だと認めるまであと一歩だと思っている」

 

「何が言いたいの?」

 

「今回の試験で田が勝利することができれば、堀北を2学期中に退学させることを約束する」

 

「ホント!?」

 

オレからの思いがけない提案に、表とも裏ともつかない表情の田が喜ぶ。

一周回って浄化され純粋な心に戻ったような、そんな無邪気さ。

 

「ここでの勝利は、田が優待者になったら結果2か4、優待者じゃなかったなら結果3ということでお願いする」

 

「もちろん、それで問題ないよ。ありがとう綾小路くん」

 

「書面か何かで残すか?」

 

「大丈夫、綾小路くんを信じてるから」

 

そういってご満悦の田は去っていった。

この試験、交友関係が広く、コミュニケーション能力の高い田は有利だと言える。加えて普段の気遣いから考えるに人間観察能力も相当なもの。

田はこの試験向きの生徒であることは間違いない。

 

だが、田が勝つことはないだろう。

オレはエステ中に堀北にチャットし、グループ情報を共有していた。

シャワーやエステは各グループの情報がでるまでの時間稼ぎをしていただけで、決して下心などなかった。

堀北の竜グループは、Dクラスから平田、そして田が選ばれている。

このグループは曲者ぞろい。龍園や葛城、神崎と各クラスの代表ともいえる生徒がいた。

だが、何よりもこのグループには……坂柳がいる。

 

あそこまで大口を叩いていて、田に敗北するようなことはないだろう。

もし敗北したなら、オレも覚悟を決めて堀北を退学にするしかない。……坂柳、頼むぞ。

 

そんな馬鹿なことを考えながら、実際はどうでもよいことではあった。

坂柳が勝てば問題はないし、坂柳が敗れるなら田の実力の証明になる。

堀北を切ってでも手駒にする価値が出てくる。

 

そんな思考をしてしまうオレは、まだこの学校生活に馴染めていないのかもしれない。

まだオレは――

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

消灯時間後、3人の教師がバーに集っていた。

 

「例年、竜グループへはクラスの代表を選出する決まりだ。チエ、私情を挟むのはよしてもらえるか?」

 

「えー、一之瀬さんのこと?それを言ったら綾小路くんだっておかしいじゃない」

 

「綾小路が台頭し始めたのは、生徒会に入った7月の上旬、そして学年末テストぐらいからだ。この試験のグループ決めは時間がかかる。一か月前に決めた内容を簡単には変更できない。ましてはア行の綾小路を動かすと、すべて最初からやり直しだ」

 

「そんなの言い訳じゃない。実際坂柳さんは飛び入りしたんだし」

 

「坂柳に関しては、サ行が竜グループに影響を及ぼすことはなかったからな、オレの采配で問題ないと入れることにした」

 

「二人ともずるいよねー。じゃあ私が一之瀬さんを兎グループに入れてても問題ないじゃない?とはいっても、その役目ももう不要になっちゃったんだけどね~」

 

「やはりそういうことだったか」

 

「でもまさか2人が協力しちゃうとは思わなかったな~」

 

「今年の一年は例年とは少し違うのかもしれないな」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

次の日の朝8時、試験のメールが届く。

残念ながらオレは優待者ではなかった。この試験、優待者でない場合、個人的にプライベートポイントを得ようとすれば、同じクラスに優待者がいては不可能になる。

 

正直なところ、一之瀬への借金をそろそろ返済したい。こんな大量にポイントを得る機会もないため、ここは頑張りたいところ。

 

頼む、優待者は他クラスにいてくれよ。

とそんな時、平田からメッセージが届く。

『軽井沢さんが優待者に選ばれたんだ。同じグループの綾小路くんに託すね』

 

託すとか言わないで欲しい。もうそっち方向にしか聞こえないんだ。

見事借金返済への道が閉ざされた試験がスタートする。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

修羅場バトル

「あなたは優待者ですか?平田くん」

 

「えっ、僕は違うよ、坂柳さん」

 

「フフフ、そうですか。平田くんは正直者ですね。では、龍園くんはどうですか?」

 

「クク、俺が優待者かもしれないぜ、坂柳」

 

「なるほど、そうですか。だとすると、自ら言い出すなんて間抜けもいいところですね」

 

「ほざいてろ。そういうてめーが優待者なんじゃねーだろうな?」

 

「まさか。私は一刻も早く優待者さんを見つけてしまいたくて、堪らないんです。いまは楽しくて仕方がありません」

 

自己紹介が済んだ直後から私は皆さんに問いかけてきます。

ちょっとした仕草や発言から、その人が嘘を言っているかどうかわかるものです。普段の皆さんを存じ上げていればもうこの時点でわかったかもしれませんが、生憎初めてお会いする方ばかり……。それでも時間の問題ですが。

 

さて、綾小路くんはどのくらいのスピードで優待者に辿り着くのでしょうか。今頃グループ内で大活躍の大立ち回り。優待者を追い詰めていることでしょう。楽しみですね。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「何?綾小路くんは私たちとこれから遊ぶんだけど?」

 

「はぁ?他クラスの女子が調子にのんないでよね。綾小路くんは私と遊ぶ約束があるんだから」

 

「ちょっとちょっと、2人とも。綾小路くんが困っているのがわからないのかな?綾小路くんは誰のものでもないよ。強いて言うなら、わた……わたたた、綿あめっておいしいよね、私は好きだよ」

 

3名の女子がオレを挟み、火花を散らしている。まったくもって試験どころじゃない。どうしてこうなってしまったのか……。

 

 

兎グループの試験開始後、部屋に集まった俺たちは、一之瀬の提案で自己紹介から始めることとなった。

 

「Dクラスの綾小路清隆です。……最近ハマっているのは釣りとトランプです。……海を眺めるのも好きです。……逆に嫌いなのは、人に自分たちの趣味を押し付けてくる人です。よろしくお願いします」

 

よし。入学時と生徒会とで自己紹介をしてきたからな、今回は完璧だろう。

ちゃっかり隣に座ってきた軽井沢もニコニコしながらこちらを見ている。

……コイツ、オレの自己紹介聞いていなかったな。

 

「綾小路くん、この試験も一緒だね。よろしくっ!」

 

一之瀬は普段にも増して元気いっぱいだ。

先日の生徒会加入が良い方向に作用している。

 

「一通り自己紹介は終わったね。もしよければこのまま私が進行役を務めさせてもらうけど、反対意見のある人がいたら言ってね」

 

場の主導権を握っていく一之瀬。

ここで反対意見を出せば、じゃあ君が進行してね、という流れになるのは明白。

この試験、話す機会が増えれば増えるほど情報を与えることになる。

誰もが率先して進行役をやりたいとは思わない。

 

「いないみたいだね。じゃあ早速なんだけどこの試験でわからないことや疑問に思うことがあったらそれを解決していくことから始めようか」

 

「悪いが俺たちAクラスは沈黙させてもらう」

Aクラスの森重という生徒が話を遮る。

 

「どうしたの森重くん?」

 

「俺たちは話し合うことで優待者が見つかるとは思っていない。悪いがこんな茶番に付き合うほど暇じゃないんでな」

 

「うーん、それは考え方次第だと思うよ。もしかしてAクラスは何か秘策でもあるのかな?」

 

「調子にのるなよ、Bクラス。それを含めて俺たちは何も話すつもりはない」

 

いまAクラスとBクラスの関係は非常に険悪な状態だった。

独走していたAクラスは無人島試験でBクラスに敗退し、僅差ではあるがクラスポイントで抜かれてしまった。だが、この試験の結果次第では、再度Aクラスに浮上することも大いにあり得る。

 

森重たちAクラスは、テーブルから離れ、部屋の隅のソファーへと移動した。

 

「ありゃりゃ、ちょい攻めすぎたかな」

 

「そんなことはありません。一之瀬さんは進行しようとしていただけですから」

 

浜口、同意以外もできるんだな、と当たり前のことを思う。

 

そんなこんなでスタートした話し合いは全員で結果1を目指そうということになり、落ち着いた。

実現の可能性がほぼないことを除けば、一番プライベートポイントを手に入れられる方法だ。ひとまず様子を見ることにしよう。

 

特に話すことがなくなったところで、Cクラスの女子、真鍋が口を開く。

 

「ちょっと確認したいんだけど、夏休み前にリカと話したのってアンタ?」

 

真鍋は、カフェで軽井沢が突き飛ばした諸藤の友達か。

マズいぞ、軽井沢、お前絡まれてるぞ。あの場では上手く仲裁したつもりだったが……。

あとからそのことを友達に話して、友達が代わりに怒ったパターンか?

ちらっと隣を見てみると携帯をいじって全く見向きもしない軽井沢。

メンタル強すぎだろ。

 

「聞いてるの、綾小路くん」

 

絡まれていたのはまさかのオレだった。

 

「ああ。諸藤と話したことは間違いないな」

 

「やっぱそうなんだ。リカがね、生徒会の綾小路さんって人が、性悪ブサイク女から助けてくれたんだって話しててさ」

 

その女、オレの隣にいるんだが……。

 

「しっかりお礼を言いたいらしいの。リカを呼ぶからさ、この後、私たちの部屋で遊ばない?」

 

「は?」

「え?」

 

それまで黙っていた軽井沢、そしてなぜか一之瀬が反応する。

 

「俺は生徒会として当然のことをしただけだ。気にすることは――」

 

拒否しようとしたところで、間の悪いことに一回目の話し合い終了のベルが鳴る。

 

「それじゃいこう、綾小路くん。もうリカもここに呼んじゃったからさ、すぐ来ると思うよ」

 

そういって真鍋に手を引かれ立たされたオレは、後ろを藪、山下に包囲され、背中を押され、退室を促された。

 

女子の部屋で数名の女子に囲まれるのは、精神衛生上よろしくない。

そうでなくても龍園のクラスだ。これがハニートラップでない保証などないだろう。

 

「ちょっと待ちなさいよ」

 

「何?綾小路くんは私たちとこれから遊ぶんだけど?」

 

「はぁ?他クラスの女子が調子にのんないでよね。綾小路くんは私と遊ぶ約束があるんだから」

 

真鍋たちに連れていかれそうになるオレを、助け船とは思えない船に乗って軽井沢がやってくる。その船に乗ったら平田もついてくるんだろ、断固乗船拒否だ。

 

「ちょっとちょっと、2人とも。綾小路くんが困っているのがわからないのかな?綾小路くんは誰のものでもないよ。強いて言うなら、わた……わたたた、綿あめっておいしいよね、私は好きだよ」

 

こんな時に甘いものの話題なんてのんきなことを言っている場合じゃないぞ一之瀬。この中じゃ、お前が頼りだ、助けてくれ。……いや、顔を真っ赤にしてオレの袖を引っ張るぐらいじゃ解決しないだろ。いつもの聡明な一之瀬はどこに行ったんだ。

 

「バカバカしい。邪魔だからどいて」

 

ここまでAクラス並みに沈黙を守っていた伊吹が真鍋たちを突っぱねようとする。

もう伊吹でも何でもいいのでこの状況を打破してくれ。

 

「彼氏持ちは黙ってなさいよ!」

 

「なっ、あれは、ちが……わないけど」

 

真鍋の一言で撃沈してしまう伊吹。

無人島での一件以来、金田と伊吹は交際しているという噂が広まった。

本人たちも経緯が経緯だけに否定することができない状況。

よくボロボロになっている金田を見かけるが、喧嘩するほど仲が良いからはじまり、噂に尾ひれがつきまくって、バカップルの愛情表現、金田ドM説などなどおよそ豪華客船の中だとは思えないほど、下世話な噂が広がりとどまることを知らない。

閉鎖された空間だからこそ、そういった噂話にみんな飢えていたのかもな。

 

このままじゃオレも、他クラス女子の部屋で豪遊野郎とか、その手の噂で仲間入りしそうではあるが……

 

そうこうしていると次の来訪者の到着だ。

 

「あ、あの、綾小路王子。この前は助けてくれてありがとうございました」

 

その呼び方、呼びづらくない?などと突っ込んでいる余裕もない。

元凶の諸藤までやってきてしまった。

 

「王子さえよければ、もっとお話ししたいです……」

 

普段は大人しいであろう女子生徒が、精一杯の勇気を出して伝えた言葉。

無下に断るのも気が引ける。

真鍋たちも「頑張ったねリカ」「答えは当然イエスよね」「うちの子を悲しませたらわかってんでしょうね」みたいな感じの雰囲気を出している。

 

「ちょっと待ってくれないかな。綾小路くんは渡せないよ」

 

ヤバいときにヤバいやつがヤバいことを言いながら現れた。

軽井沢のやつ、大人しくなったと思ったら平田を呼んでいたのか。

状況が悪化する一方だ。

 

「みんな冷静になって欲しい。今は試験期間中だよね。1回目の話し合いをしてみて各クラス戦略を練る必要があるんじゃないかな。僕も綾小路くんと大事な話があるんだ。申し訳ないけど連れていくね」

 

そうしてこの場の全員を諭し、オレを連れて脱出してくれた。

コイツの裏の顔を知らなければ、素直に感謝できたのだが……。

 

「王子が王子に連れ去られた……綾×平……」

 

「り、リカー」

 

「大変、諸藤さんが鼻血を出して倒れちゃった。誰か先生を呼んで」

 

後ろの方でそんな騒ぎになっていたようだが、気にする必要はないだろう。

 

それよりも問題はこちらだ。

 

クラスの平和を心から願い尽力する男。

言葉にするのは簡単だが、実際に行動することは容易ではない。

その反動から自分の心の平和を乱すことで快楽を覚えるようになってしまったのかもしれない。あまりにも悲しすぎる。

 

クラスメイトとして、生徒会役員として、何より巻き込まれている者として、不純異性交遊、しかも不純も不純な行動をこれ以上放置するわけにはいかない。

オレにはまだこの恋愛の教科書上級編は早すぎる。

面倒だが、放置して取り返しのつかないことになる方がもっと厄介だ。

 

「平田、ちょっといいか?」

 

「どうしたんだい綾小路くん、改まって」

 

「軽井沢との関係についてだ。お前は今の状態が正しいと思っているのか」

 

「……そうか。綾小路くんは僕たちの関係に気づいていたんだね」

 

「当たり前だろ!軽井沢の事、大事じゃないのか」

 

「もちろん、大事に思ってるよ。じゃないとこんなことできないと思う」

 

「だからといって……その、オレに押し付けるのはどうかと思うぞ」

 

「迷惑だったかな?……軽井沢さん、綾小路くんと仲良くなりたがってて、僕と一緒にいるよりも健全かなって応援してたんだけど」

 

「迷惑?健全?応援?平田、しっかりするんだ。多様性の時代、頭から否定する気はないが、それでも、それは本当の愛じゃない、とオレは思うぞ」

 

「本当の愛……難しいことを言うんだね、綾小路くん。僕は、本当の意味で相手を思いやれなかった……勇気がなかったんだ。そんな人間であることから変わりたいと思って頑張ってきたんだけど、やり方を間違っていたのかな?」

 

「ああ。間違いだ。もっと他に方法はあったはずだ」

 

「そうかもしれないね。うん、わかったよ。軽井沢さんと話してみる――」

 

「それがいい。はっきり伝えるんだ――」

 

「偽装カップルはやめようって」

「寝取られはやめようって」

 

「「ん?」」

 

「何の話をしているんだ、平田」

 

「綾小路くんこそ」

 

盛大な勘違いをしていたことが判明した。

軽井沢は過去9年間いじめられており、高校では自身の身を守るために、学年ヒエラルキーの上位に君臨する平田にお願いして、偽のカップルになってもらった、ただそれだけだった。人騒がせにもほどがある。

平田にはかなり失礼な間違いをしていたが、笑って許してくれた、多分。

 

「ちょっと疲れた。外の風を浴びてくる」

 

平田と別れ、展望デッキへと移動する。

散々な目に遭ったので、一人の時間が必要だ……なのに空気を読まず、彼女はやってくる。オレが一人になるのを見計らっているかのようだ。

 

「綾小路くん、残念ながらグループがわかれてしまいましたね。綾小路くんが竜グループにいないのはおかしいと先生に抗議してみたのですが、聞き入れてもらえませんでした」

 

坂柳は心底残念そうにぼやく。

 

「ですが、それでも勝負は可能です。どちらが先に自分のグループの優待者を見つけるか、などいかがですか?もちろん、綾小路くんが優待者でない前提ですが……」

 

「お前はもう見つけたのか?」

 

「いいえ、でもそんなに時間はかからないと思いますよ?」

 

「なら勝負にならないな。オレはもう誰が優待者か知っている」

 

「知っている……そういうことですか。では、仕方がないですね。勝負はまた次の楽しみにしておきます。綾小路くんにはあまり興味を持ってもらえていないようですし、ここはひとつ私の力を見せて差し上げることにしますね」

 

そういって坂柳は展望デッキをあとにした。

坂柳には申し訳ないが、とても試験について考えるような気分ではなかった。

というより、この試験早く終わって欲しい。

 

潮風が妙に生暖かく感じる、そんな日となった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

坂柳のあっというま劇場

「ところで田さんは100万ポイントあったら何に使いたいですか?」

 

「えっ?そうだなぁ。そんな大金、全然想像できないけど、万が一に備えて使わずにとっておくかな。坂柳さんは?」

 

「私はそのぐらいの金額では欲しいものには手が届きませんので、田さんと同じくとっておくでしょうね」

 

「さすが坂柳さん、金銭感覚が違うね」

 

「そうでもございません。実際この学校では何でもポイントで買えるとおっしゃっていますが、重要なものほど値が張りますからね。例えばテストの点数ですとか、そうですよね堀北さん?」

 

「なんの事かしら?全然興味がないのだけれど。さっきから聞いていれば無駄話ばかり、今は試験中よ、もっと優待者を探すための話し合いをするべきじゃないかしら」

 

「フフフ、堀北さんは手厳しいですね。せっかく皆さんとお話しする場ができたんです。楽しくおしゃべりすることも大事ではないですか?」

 

「不要よ。私たちはAクラスを目指している。この試験で少しでも多くのポイントを獲得して、次はあなたたちのクラスを抜かせてもらうわ」

 

「冗談もお上手で。でも、その虚勢が張れるのはどうしてですか?あなたのクラスにそんな実力があるとは思えません。自分がいかに恵まれているか自覚のない哀れなお人形さんの言葉ほど、耳障りなものはございませんよ?」

 

「坂柳さん、あなた何が言いたいの?」

 

「いえ、無人島ではBクラスにおんぶにだっこ、一体どなたのおかげで勝利できたのでしょうか。ちょっと気になっただけですので」

 

「よほど試験結果が気に入らなかったのかしら。いつまでも過去の話をしていても仕方がないと思うのだけれど」

 

「そうでしょうか。過去の思い出は今の自分を形成する大切な要素かと。あ、過去といえば、学校のデータベースには入学時に学校が調べ上げた生徒個人情報が保管されているそうです。閲覧にはそれこそ多額のポイントがいるそうですが、100万ポイントを使えば自分の情報にプロテクトを掛けることができます。ご存じでした?」

 

「別に私は見られて困るような過去はないもの。そんなことにポイントを使う必要はないわ」

 

「そうですね。品行方正な堀北さん、田さん、平田くんには関係のないお話でした。それこそ龍園くんみたいにやんちゃをしていた生徒は違うでしょうが」

 

「クク、お前の無駄話に乗ってやるつもりはねーよ。どうせガセネタだ」

 

「気づかれてしまいましたか。堀北さんの冗談が面白かったので、つい私も冗談を言ってみたくなってしまっただけなんです。どうかご容赦くださいね」

 

ホットリーディングとコールドリーディング。

占い師や詐欺師、セールスマンに尋問官などが使う話術とされていますが、事前に入手した情報を知らないふりをして誘導したり、逆に観察によって知っているふりをして驚かせたり、人の感情を揺さぶるのは大変面白いですね。

面白いだけでなく、皆さんのことが手に取るようにわかるのもポイントです。

 

例えば先ほどの会話で堀北さんは、綾小路くんの存在を隠そうとしていました。

なので、その手の話を続ければ、過ぎたことと無理やりにでも話題を変えてくる。

 

そうして引き出した『過去』というワードは、特にDクラスの方々には効果的です。

ここにいる3名はDクラス以上の力をお持ちのようですがDクラスにいるのですから、何か原因があるはず。その知られたくない過去を閲覧できる方法があると知ったとき、それを今回の試験で優待者なら得られるかもしれない100万ポイントで防ぐことができると知ったとき、それらが全て嘘だとわかったとき、人はどんな反応をするのでしょうね。

 

じっくりと楽しませていただきました。

優待者はあなたですね、田さん。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

2回目の話し合いの時間がやってきた。

できることなら欠席を選択したいところだが、不参加者にはペナルティが待っているためそうもいかない。優待者が他クラスなら、すぐに試験を終わらせる方法がいくらでもあっただけに、軽井沢が優待者であることが悔やまれる。

 

話し合いの部屋に着くと、オレは真っ先に外村と幸村の間に椅子を動かし陣取った。村村コンビに挟まれてオレもただの村人だ。誰も話しかけてこないでくれ。

 

「綾小路、恋愛に疎い俺でも午前中のはどうかと思った。そんなことじゃ、成績を落とすぞ」

 

「オレも勉強だけしていたい気分だ」

 

「綾小路殿はハーレムを作るご予定でござるな。拙者、ラッキースケベを目撃するのが夢だったのでござるよ。期待させていただく」

 

「ラッキースケベ?」

 

「とにかく急いで移動すれば、自ずと答えへ導かれる。さあ綾小路殿、冒険へ旅立つのです」

 

この2人も色々と思うところがあったようだ。……それも仕方がないか。

 

「ちょっと綾小路くんの隣は私なんですけど?」

 

少し遅れて到着した軽井沢がオレの座っている場所に気づき文句を言ってくる。それにしても平田がノーマルだと発覚した現在、コイツの目的は……いや、考えるまでもないか。

 

「ムム……早速来ますかな?綾小路殿、ぶつかるときは思いっきりですぞ」

 

外村があっけなくオレを売る。

席を譲ろうとした外村だったが、その前に軽井沢は外村の椅子を掴むと引っ張ってどかした。

キャスター式の椅子であったことが災いし、外村ごと椅子は勢いをつけて進んでいく。

 

その先には……伊吹がいた。

 

「せ、拙者の方にチャンスが!?」

 

伊吹との衝突を受け入れる体制の外村。

いや、止まる努力をするべきじゃないか?

 

座ったままの伊吹は外村の方を向く。

まさか受け入れるのか?と思ったが、次の瞬間、上げた足が外村の腹を直撃。

無事(?)外村は止まった。

 

「こ、これはこれでアリでござるッ……ガクッ」

 

外村は喜んでいるのかぐったりしているわからない状態に。

そんな時、真鍋たち残りのCクラスが入ってきた。

 

「伊吹、あんたやっぱりそういう趣味なんだ……」

 

こうして伊吹の噂はまたひとつ種類を増やした。

 

伊吹に引きつつも、真鍋たちはこちらを向き話しかけてくる。

 

「綾小路くんはさ、平田くんとも仲良いんだね。やっぱり男の子一人だけだと気まずかったかなーって。気づかなくてごめんね。リカが、平田くんも一緒にって言ってるんだけど、このあと6人でナイトプール行かない?」

 

この誘いに裏はなさそうだが、火に油を注ぐ行為には違いない。

 

「はぁ?平田くんは私の彼氏なんですけど?平田くんも綾小路くんもそんなとこ行くわけないじゃん」

 

「あの平田くんがアンタなんかの彼氏なんて信じられないんだよねー。てか、男いるんだったら綾小路くんに近づかないでよね」

 

それはごもっともだな。

 

「お前たち、これから試験なんだ。少しは黙って待てないのか」

 

業を煮やした幸村が2人へ向かって注意をする。

ありがとう幸村。今度何かわからない問題があったら喜んで解説するからな。

 

「「ガリ勉は黙ってて!」」

 

「な……勉強のできないお前たちに偉そうに言われる筋合いはない」

 

勉強ばっかりの奴に言っちゃいけないワードだぞ。

どんどん悪化していく状況。

Aクラスのヤツ等は試験前でも沈黙を守っている。

逆にすごいな。

 

「そこまでだよ」

 

一之瀬たちBクラスの面々が登場した。

 

「言いたいことがあるなら、これで勝った人の主張を通すってことでどうかな?」

 

そうして一之瀬が取り出したのはトランプだった。

一之瀬からはこれ好きなんだよね?といった目配せが飛んでくる。

 

「いいじゃない、これで勝負やってやるわよ」

 

「ふん、あんたたちなんて私の敵じゃないってこと証明してあげるし」

 

「せ、拙者も参戦してハーレムを作るでござる」

 

などなど各々やる気十分だ。

 

こうしてAクラスを除く兎グループでは大トランプ大会が始まった。

 

 

数々のゲームを行い、勝者が決まる。

 

「1位はオレだな」

 

先日、堀北兄と橘と散々遊んだ甲斐があった。

運の要素が絡まないゲームなら負ける気はしないな。

 

「そ、それで綾小路くんは誰を選ぶのかな?」

 

待てよ、一之瀬。そんな話じゃなかったと思うんだが……

 

「オレが選ぶのは……」

 

「「選ぶのは?」」

 

「ここだ。オレはAクラスと一緒に沈黙させてもらう」

 

「えー!?綾小路くん、どうして……」

 

部屋の隅のソファーに座るAクラス3人。

そこにいる森重の隣を選んだ。

こんな茶番をしてる限り、軽井沢が優待者だとバレる恐れはない。

このまま時間を稼いで、ひとまず逃げ切りを狙うとしよう。

 

「よろしくな、森重」

 

「お、おう」

 

歓迎されないとは思っていたが……ちょっと距離をあけられた。

沈黙しているとはいえ、森重たちも思うところはあったのだろう。

地味に傷つくな……。

 

そうして、なんとか2回目の試験を乗り切ったオレは、面倒ごとに巻き込まれる前にすぐに部屋に戻った。

 

しばらくすると、幸村、平田、高円寺と次々に部屋に戻ってくる。

 

「なんだか大変なことになっているみたいだね」

 

「ああ。どうしてこうなってしまったのか、まるで分らない」

 

幸村から事情をきいたのか、ノーマルな聖人平田がこちらに気を遣ってくれる。

 

「あははは……それだけ綾小路くんの魅力に気づいてくれる人が増えたってことじゃないかな」

 

「そんなものはないと思うんだがな」

 

「大変なところ申し訳ないんだけど、この辺りで一度情報共有しないかい?実はDクラスの優待者が僕のところに連絡をくれているんだ」

 

「それはホントか、平田。教えてくれ」

 

幸村も試験自体には積極的に参加する姿勢を見せている。

 

「うん。この人たちなんだけど……」

 

そういって見せてきた携帯には

『竜グループ 櫛田さん 馬グループ 南くん』

と書かれていた。

櫛田は優待者だったか。好都合だな。

 

「うちのグループで話に出たんだけど、優待者はそれぞれ各クラス均等に3人ずつ分けられていると思う」

 

「なるほど……」

 

幸村には知らされていないのだろうが、ここに軽井沢が入ってDクラスの3人の優待者が発覚する。何か法則性のようなものがあるのだろうか。

別のクラスの優待者が1名でもわかれば、答えに近づけそうだが……

 

「高円寺くんもよければ話し合いに参加してくれると嬉しんだけど……」

 

「すまないね平田ボーイ。私は肉体美の追及で忙しいのだよ。ただ、こんな試験あと2日も続くのは面倒なだけだねぇ」

 

そういって高円寺は携帯を操作し始めると、程なくしてオレたち全員の携帯に学校から通知が来た。

 

『猿グループの試験が終了しました。猿グループの方は以後試験に参加する必要はございません』

 

「おい、高円寺!やりやがったな」

 

「嘘つきを見つける簡単なクイズさ」

 

慌てて高円寺に文句をいう幸村。

だが、その次の瞬間から携帯への通知が次々となり始める。

 

「どうやら私の美しさがミラクルを起こしてしまったようだね」

 

『竜グループの試験が終了しました。竜グループの――』『牛グループの――』『虎グループ――』

 

結局、全12グループの内、8グループの試験がこの瞬間に終了した。

 

残ったグループは、鼠、鳥、猪、そしてオレたち兎グループだけとなった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

因果応報

綾小路くんは1回目の話し合い後に、優待者がどなたか『知っている』とおっしゃっていました。『わかった』ではなく『知っている』と。

 

つまり自分のクラスに優待者がいて、それを知らされたことになります。

 

その情報を教えること自体、私にかなりのヒントを与えてしまう行為。

綾小路くんなら、いくらでもはぐらかす方法はあったはずです。

 

……私はこれを彼からの挑戦状だと受け取りました。

ならば期待に応えるのが幼馴染の務めですね。

 

田さんが優待者だったということは……」

 

自分のクラスの優待者と比べて確認します。

わざわざ干支を使ったグループ名

男女混合の名前順の表などヒントはたくさんありました。

 

「やはり、干支の順番とグループの名前順が優待者を決める法則ですか」

 

ここまで来て私は少し悩みます。

一気に優待者を告発するのも芸がございません。

ただ、勝負でないこの試験をこれ以上続けるのも無意味です。

 

ひとまず、各グループにいるクラスメイトに優待者の情報を送り

合図を送ったら、優待者を告発するよう伝えます。

 

どうしたら綾小路くんに喜んでもらえるでしょうか……

そうこう悩んでいると、学校から通知が来ました。

猿グループの試験が終了したそうです。

 

「綾小路くんですね!」

 

彼も人が悪いです。

やる気がなさそうに見えて、しっかり自分のクラスメイトを使って告発を始めたようです。

綾小路くんも法則に気づかれたのでしょう。

この段階で気づけるのは私たちぐらい。

つい嬉しくなってしまいます。

 

のんびりしてはいられません。

私からもお返事をお届けしなくては。

私はクラスメイトたちにメールを送ります。

もちろん、兎グループは告発しません。

どのような形でも綾小路くんにトドメを指すのは私自身の手でなくてはいけませんからね。

ちょっとしたメッセージです。

 

あぁ、なんて素敵なひと時なんでしょう。

お互いを理解し合えた、そんな気分です。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「いったいどういうことなんだ……」

 

幸村が動揺している。

平田も状況が飲み込めず、黙ったままだ。

 

間違いなく坂柳の仕業だろうな。

Aクラスが沈黙していたのは、坂柳が答えに辿り着くまでに他クラスに余計な情報を与えないためか。他者を信用しない徹底した支配主義――葛城が無人島で失策した今、坂柳の力が強くなったのかもしれない。

 

「恐らく優待者には何らかの法則があって、それに気づいたクラスが一斉に告発したんだろう」

 

「だったら何で4グループ残っているんだ?」

 

「遊んでるってことかもな」

 

この試験もし優待者の法則がわかっても一度に全て告発するのは、例外を除き、下策だ。自分のクラスは指名できないのだから、必然残ったグループの優待者はそのクラスの生徒とわかってしまう。

 

だが、1グループ余計に残せば、残されたグループのクラス以外はその事実を絞り込むまで時間がかかる。

例えばBクラスからしてみれば、Aクラス3グループと突き止めても、4グループ中どの3グループがAで、残りの1グループのどこがCもしくはDかわからない。

一方、Dクラスからすれば兎以外がAだとわかる。

 

残ったグループが兎以外なら、Cクラスの犯行とも考えられなくはないが、兎であったことの意味を考えるならAクラス――坂柳がやったのだろう。

 

オレが優待者を知っていると伝えた意趣返しか。

1グループ余計に残して時間を稼ぐというのも、残りの日にちが少ない場合なら効果があるだけで、基本的に50クラスポイントと50万プライベートを捨てるだけだ。

今回の行為には、試験に、クラス争いに勝つという意志が感じられない。

坂柳はあくまでオレとの勝負で勝つことしか頭にないということ。

 

 

いづれにせよ、もう時間がない。

もし法則の目処がついている生徒がいれば、この4グループが残っている事実だけで、確証を得る可能性がある。

 

試験を終わらせるためにオレも動くとしよう。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

一斉通知に混乱したクラスメイトたちを空き部屋に招集して、落ち着いてもらうために話し合いをしている。

 

「帆波ちゃん、ごめん。私、気づかないうちに優待者ってバレちゃってたのかも」

 

牛グループの優待者、小橋夢ちゃんが責任を感じ落ち込んでいる。

しっかり者で明るい彼女にそんな顔をさせてしまうなんて、自分の不甲斐なさに腹が立つ。

 

「そんな事ないだろ。話し合い中、小橋に変な言動はなかった」

 

同じグループだった渡辺くんがフォローする。

誰も彼女や他の優待者の子を責めないのは、本当にいいクラスだと、手前味噌かもしれないけど、心からそう思う。

 

「そうだよ。夢ちゃんは悪くない。一斉に告発なんておかしいと思うんだ。何か理由があるって考えた方が自然だよ」

 

この試験、優待者は何かの法則で選出されたと見るべき。

でも、その何かにたどり着くのは簡単じゃない。

手持ちの情報では足りないのがもどかしい。

 

もしこの告発が全てAクラスのものだとしたら……。無人島で綾小路くんに助けられて、みんなで頑張って掴み取ったAクラス昇格がなかったことになってしまう。

 

「……私のミスだよ。もっとみんなの状況を確認して指示を出すべきだったのに」

 

「そんなことないよ、帆波ちゃんはいつも頑張ってくれてるよ」

「そうだぜ、一之瀬。今だって助けてくれてるじゃないか」

「気にすることないよ」とクラスメイト達からは温かい言葉をもらう。

 

でも……私は自分のグループを見た時、すこし舞い上がってしまったのかもしれない。

彼の前で、彼の力を借りずとも、私も戦えるんだってところを見せたかったんだ。

そんな気持ちを優先してしまったこともあり、Bクラスは自分たちの意思に任せて行動してもらった。もちろん、沈黙を続けるAクラスへの対策案や情報交換など、みんなで話し合ったりもしたけど、最終的な方針と判断はグループごとにお任せしていた。

 

今回はクラスのリーダーとしてではなく、兎グループの一之瀬帆波として戦う。そう思うと、肩の荷が下りたというか、いつもよりリラックスして、試験に向き合うことができていた。

 

でも、そのエゴが招いた結果がこの惨状。

リーダーとしてこれじゃダメ。もっとみんなを助けるべきだった。

 

……やっぱり私は綾小路くんがいないとダメなんだろうか。

 

いや、弱気になっちゃいけない。

クラスメイトは誰も諦めていないし、綾小路くんだってこんな場面でもどうにかしようと必死に考えるはずだ。

 

残り4グループを当てれば、少なくともマイナスにはならない。

まだ諦めちゃダメ、と気合を入れなおした時だった。

 

私の携帯にチャットが飛んできた。

 

『オレができるだけ時間を稼ぐ。兎グループの優待者探しは任せた。見つけたら遠慮なく告発してくれ』

 

綾小路くんもやっぱり諦めていなかった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「クク、こんな無茶やらかすのは坂柳しかいねーか」

 

一斉通知を確認し、これをやった人物の見当をつける。

無人島でこちらを嵌めた一之瀬たち、もしくは裏にいるかもしれない何者かの仕業かとも思ったが、どうにもやり口に違和感を覚える。

こんな適当な勝ち方をするようなヤツじゃない。

そうでないといたぶりがいがない。

 

オレはこの試験、最初から話し合いで優待者を見つけようなんざ、思っちゃいなかった。

だから、坂柳たちが自由にしゃべっていても適当に流して、優待者の法則について考えていた。

あと一人でも優待者がわかれば、この試験の法則を確立できたんだがな。

だが、どこかのバカが一斉に告知してくれたおかげで状況は変わった。

 

干支の順番と名前順、その仮説通りだとすれば、残りはAとDクラスに優待者がいるとわかる。他の終了したグループと照らし合わせてみても疑いようがねぇ。

 

残した兎グループには一之瀬がいるな。Bクラスへの当てつけが目的だったのか。あるいは――

 

まぁ今はどうでもいい。

あとはこの情報を各グループのヤツに送って、告発させるだけだ。

 

しばらくして学校から通知が届く。

 

『鼠グループの試験が終了しました――』

『鳥グループの――』

『猪グループの――』

 

「クク、あとは兎グループだけか」

 

だが、いつまで経っても通知が来ない。

真鍋たち、何をもたついてやがる。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「王子ーいきますよ~」

 

諸藤からのパスを受け取り、平田へ繋げる。

 

オレたちは、ナイトプールでビーチボールを使って遊んでいた。

 

「それじゃ、次は伊吹さん」

 

平田は伊吹にパスをする。

 

「そこは王子に戻してほしかったな……いや、平田王子は受け専門ってことですね!」

 

「なんで私がこんな事しなきゃなのっ」

 

諸藤の事は置いておいて、平田からパスされたボールを思いっきり真鍋にたたきつける伊吹。

 

「あんた誘ってやったんだから有難く思いなさいよ」

 

ボールを避けた真鍋が着水したボール拾って藪に回す。

 

「来なかったらもっと噂を広めるって脅してきただけでしょ」

 

「仕方ないでしょ、ナイトプールに行くなら兎グループのCクラスみんなとって言われたんだから」

 

「アンタまで見捨てない、綾小路くんたちの優しさに感謝しなさいよね」

 

不満を漏らす伊吹に、藪と山下が物申していく。

 

一斉通知が来た段階で、この試験はどうしようもないと判断した。

1時間も経たないうちに龍園が残りの4グループの告発を完了させるだろう。

 

そうであれば、何を優先するべきか。

 

1つは、Bクラス――一之瀬へのフォロー。

今後に響くからな、完敗の結果だけは避けさせる。

軽井沢が優待者だから告発してくれと伝えても良かったが、それでは一之瀬の成長に繋がらない。あくまで自分たちで答えに辿り着いたというプロセスが大事だ。

 

もう1つはCクラスとの交流。

龍園の動向も気になるため、今後の事を考えてCクラスとも交友関係を広げておこうと思う。良くも悪くもひよりはそこまでクラスの動向に関心はなさそうだからな、他のルートも欲しいと思っていたところだった。

 

そこでせっかくなのでナイトプールへのお誘いを利用させてもらった。

盗撮防止のためプールへは携帯の持ち込みは禁止されている。

つまりここで遊んでいる限り、Cクラスから兎グループが告発される可能性は0だ。

その間にBクラスには頑張ってもらう作戦。

 

正直、一之瀬の生徒会入りが決定したことでクルージング中の目標は達成された。

あとはこの旅行を楽しむだけ。どんな試験が来ようと退学になるわけではないのなら、そこまで力を入れなくてもいいだろう。

 

「王子ー、ボール行きましたよ~」

 

「任せろ」

「任せて」

 

オレと平田の間ぐらいに落下するボールを触ろうとしてお互いが接触する。

 

「はは……楽しい……はは」

 

諸藤の変なリアクションさえなければ、こちらも純粋に楽しめたのだが……。

 

「王子×王子、またぜひ遊んでください」

 

「綾小路くん、平田くん、ありがとねー」

 

「ああ」

 

解散して着替えを済ますと、Aクラスの残りグループの告発が完了して、しばらく経った後、兎グループも告発されていた。

一之瀬は無事答えにたどり着いたようだ。

 

「本当にこれでよかったのかい?」

 

「付き合わせて悪かったな、平田。これがあの場で取れた最善策だと思う」

 

とそこへ軽井沢が現れた。

 

「ふ、2人ともなんであいつらとプールに行ったわけ?」

 

「えっと、これには深い事情があって……」

 

「楽しかったな、平田」

 

「綾小路くん!?」

 

「うぇーん。平田くんが浮気したぁぁ~」

 

「軽井沢さん!?」

 

散々誤解させられた上に、軽井沢はオレの生徒会の権力目当てで寄ってきている節があった。3つ目の理由として、ちょっとした仕返しも含まれた策だった……のだが、いささかやり過ぎたか?偽装カップルならそこまでダメージがないと思っていたのだが。

このあとCクラスへの対策だったことを二人で懸命に説明し、なんとか許してもらえた。

 

こうして、特別試験1日目にして終了するという前代未聞のスピードでこの試験は幕を閉じた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

嵐の後に

一斉告発の翌日。

本来は試験最終日の夜に結果が発表される予定だったのだが

すでに全グループ終了してしまったため、特例で今日の午前11時にメールで一斉通知されることとなった。

 

結果発表は、堀北と船内の休憩スペースで確認する約束になっていたのだが

そこに平田が一緒に確認したいと申し出て、平田の浮気を疑った軽井沢が同行し

さらに堀北についてきた須藤を含めた5人で結果を待つこととなった。

 

「……異色のメンバーね。別に大勢で一緒に確認する必要もないと思うのだけれど」

 

「僕は堀北さんと意見交換することが今後のDクラスのために重要だと思うんだ。こんな機会でもないと中々話すこともできなかったし」

 

「これまでは協力する必要がないと判断していたから。……でも、無人島、そしてこの試験で私も考えを変えたわ。この学校の試験、一人ではどうにもならないことが多すぎるもの」

 

特別試験を通して堀北の考えにも変化が訪れたようだ。

無人島では寝込んでいてほぼ活躍できなかったにもかかわらず、Bクラス主体ではあったものの、クラスメイトの団結があってDクラスとしては好成績を残すことができた。

逆に今回の干支試験では特にクラスの方針を定めずに挑んだ結果、何も為すことなく終わっている。

 

実際、坂柳が予想以上の力を見せたため仕方ない面もあるのだが、そのAクラスはクラスで戦略を立て動いていた。クラスで協力し試験に取り組むことの重要性が身に染みたに違いない。

 

これでようやくスタート地点に立った、といったレベルではあるが、特別試験が本格的に始まる2学期より前にこのことに気づけたのは大きいだろう。堀北と平田を中心にDクラスがまとまっていくことを願うばかりだ。

 

「はぁ~これから来る結果ってヤバいやつなんでしょ?せっかく大金ゲットできるって思ってたのに」

 

「そうだね……裏切り者の告発ミスでも起きない限りは、僕たちにとって苦しい結果になると思うよ」

 

軽井沢のいう通り、これから来る結果はDクラスにとって悲惨なものだろう。

だが、それでいいのではないかと思う。

要はこの結果を受けて、各々がどう考えるかが大事になってくる。

 

無人島試験では、Bクラスを勝たせるためとはいえ、少し介入しすぎた。

結果、Dクラスとしては団結することの大切さを学べたとしても、それは仮初にすぎない。

その結果をそのまま自分たちの実力だと勘違いし、慢心することだけは避けたかった。

 

プライベートポイントのため兎グループでは結果を出そうと思っていたのだが

優待者が軽井沢とわかりそれも難しくなった時点で、今回は静観することを決めた。

 

「あ、通知が来たみたいだよ」

 

平田からの指摘に全員がメールの確認をする。

 

全12グループ

裏切り者の正解により結果3とする

 

以上の結果からクラスポイントの増減は以下とする。

 

Aクラス……プラス200クラスポイント

Bクラス……マイナス100クラスポイント

Cクラス……変動なし

Dクラス……マイナス100クラスポイント

 

「Aクラスの1人勝ちね……やはり坂柳さんの仕業かしら」

 

「どのグループでも沈黙していたAクラスで、唯一話をしていたのが彼女だから、おそらく」

 

それはつまり、竜グループの優待者がバレた結果が招いた出来事だったということ。

堀北と平田はそのことに気づき、重く受け止めている様子だ。

 

「つーことはよ、9月からのクラス順位はどうなるんだ?」

 

「あー、それ私も気になる」

 

「ちょっと待ってね……こんな感じになると思う」

 

須藤の指摘に平田が携帯で計算して結果を見せる。

 

Aクラス  1374クラスポイント

Bクラス  1079クラスポイント

Cクラス   492クラスポイント

Dクラス   453クラスポイント

 

「クソ、せっかく抜いたのにまたDクラスに戻っちまうのかよ」

 

「クルージング前と比べると僅差になったけど……クラス昇格で喜んだ後だから余計辛いものがあるね」

 

「BクラスもAクラスに負けちゃうし、ちょっと強すぎじゃない?」

 

「やっぱり無人島でAクラスに勝てたのは、Bクラスと僕らが共闘したからだったんだと思う」

 

「そういうことになるわね……私たちにとってもBクラスとっても今後も共闘関係は重要になってくる」

 

そういうことでしょ?と堀北がこちらの様子を伺ってくる。

Aクラスの脅威を体験したことで、無人島での共闘の成果を再認識し、今後自然とBクラスと交流できる基盤を築いた。

Bクラスも同様の事を考えていることだろう。

お互いの協力なしではAクラスに対抗するのは難しいと。

 

「僕たちもまだまだ成長の余地はあると思う。今後はBクラスと連携しつつ、クラス内でも協力していこう」

 

「そうね」「おう」「平田くんが言うなら」

平田の提案に各々賛同する。

これでDクラスは無人島試験勝利のお祭りムードは一切なくなったな。

油断なく新学期に臨めるだろう。

 

「それじゃ、さっそく一之瀬さんのところに行ってくるわ。綾小路くんも同行してくれるわよね」

 

「そうだな。Bクラスの様子も気になっていたところだ」

 

「大勢で尋ねても迷惑だろうから、僕たちはここで解散するよ。また近いうちに今後の方針を話し合おう」

 

「ええ。一度は昇格できたんですもの。次は絶対に勝つわ」

 

今回の試験、Dクラスは惨敗だったが、戦う意志を強めることができた。収穫としては十分だろう。前向きな気持ちで解散し、一之瀬に連絡をする。Bクラスの集まっている場所を教えてもらい、堀北とそこを目指す。

 

「それにしても坂柳さんはどうして竜グループの優待者を見破れたのかしら……」

 

「話し合いではどんな話をしたんだ?」

 

堀北から2回の話し合いの内容を共有してもらう。

 

「なるほど、上手く誘導されたな」

 

「誘導?」

 

「坂柳はいくつかの話術を使い、Dクラスの弱点を突いてきた」

 

「……Dクラスには弱点ばかりだものね、思い当たる節ばかりだわ」

 

堀北の重度のブラコンとかだな、とは口が裂けても言えなかった。

 

「否定はしないが、今回に限れば、過去の情報だ。田にはそれが刺さったんだろう。たとえ一瞬の動揺でも坂柳は見逃さなかったんだろうな」

 

「……そういうことね。確かに田さんは過去の話……知られたくないのかもしれないわ」

 

「何か知っているのか、堀北?」

 

「そうね。でも、ごめんなさい。人の過去を吹聴して回る趣味はないわ」

 

「それなら仕方ない。……一之瀬たちが見えてきたぞ」

 

急な来訪だったが、Bクラスの面々は気持ちよく迎えてくれた。

 

「お互い手痛くやられちゃったねー。ほんと予想外だったよ」

 

「ええ、Aクラスの脅威を実感したわ」

 

「「それで――」」

 

一之瀬と堀北の言葉が被る。お先にどうぞと譲る一之瀬。

 

「今後もクラス間での協力が必要だと考えたのだけれど、どうかしら?」

 

「私たちも同じことを考えてたんだ。Dクラスとはこれからもできる限り力を合わせていきたいな」

 

「話が早くて助かるわ」

 

その時だった、通路の奥から数人の人影が現れる。龍園と伊吹、石崎にアルベルトか。

 

「よう、一之瀬。Dクラスの雑魚を連れて反省会か?」

 

「龍園くんこそ、また0ポイントだったようだけど?」

 

「クク、マイナスの連中が何をほざこうが構わねえさ。だが、これ以上調子に乗られてもウザったいからな、次はお前を潰すぜ一之瀬」

 

「望むところだよ。また返り討ちにするだけだからね。次は誰と誰が交際するのかな?」

 

「今の言葉忘れるんじゃねーぜ。それと、綾小路だったか。うちのクラスの女子にもちょっかい出すなんてほんとに女好きのクズだな」

 

「なんのことだか、心当たりがないな」

 

真鍋たちが告発できなかった原因は調査済みか。

こちらを怪しんでいるだろうが、プールに誘ってきたのは真鍋たちなので確証までには至らない。

 

「まぁいい。Bクラスを潰せば同じだからな」

 

「堀北!あんたのことは許さないから!覚悟して待ってなさい」

 

「なんのことだか、心当たりがないわね」

 

伊吹が堀北に突っかかる。堀北、はぐらかすのにオレのマネをするんじゃない。

 

「クク、気持ちはわかるがな、伊吹。今日はここまでだ。行くぞ」

 

直接目で見てBクラスの様子を確認したかったのだろう。

用事が済んで龍園はあっさりと帰っていった。

 

「それじゃ私たちもこれで失礼するわ」

 

「うん、またね」

 

一之瀬たちBクラスから離れ、堀北とも別れる。

 

「待って、綾小路くん」

 

それを見計らったかのように後ろから一之瀬が声を掛けてきた。

 

「何か伝え忘れか?一之瀬」

 

「えっと……あ、そうだ。優待者、軽井沢さんだったけど良かったの?」

 

少しうつむきながらそんなことを話す一之瀬。

良かったの、というのは自分のクラスの優待者を告発させたことについてだろう。

 

「どの道、守り切れる状況じゃなかったからな。Cクラスに告発されてDクラスとの差をつけられるぐらいなら、Bクラスに告発してもらいたかったんだ」

 

「そっか……綾小路くんのおかげでなんとか兎グループの優待者にたどり着いたけど、他3グループは間に合わなかったから申し訳なくて……」

 

「気にする必要はない。むしろよく頑張ってくれたと思っている」

 

高円寺が告発したのはBクラスの生徒だったから、実際これでトントンではある。

 

「……ありがとう。今回の試験で私も力不足を痛感したよ」

 

あのタイミングでBクラスと協力し、法則を見つけ、半分ずつ指名する手もあったが……そこでDクラスが目立つことは得策だと思えなかった。

あくまでBクラスがいないと何もできないクラス、という認識を周囲に持ち続けてもらう必要があるからな。

 

「以前も言ったがオレはクラス順位に興味はない。一之瀬さえよければ、困ったときは頼ってくれて構わない」

 

「……いいの?」

 

「もちろんだ。その代わり、オレが困ったときは遠慮なく助けてもらおうと思う」

 

「もちろんだよ」

 

今度はしっかりこちらの目を見て伝えてくる一之瀬。

どうやら心配はいらないようだ。

Bクラスで今後の方針を考えるとのことで一之瀬は去っていった。

 

今日は、このあと人と会う予定がある。

約束の時間まで暇を潰すため展望デッキへと移動すると、すでに坂柳が待っていた。

 

「そろそろ綾小路くんがやって来る頃合いかと思いまして」

 

「試験結果、見事だったとしか言いようがないな」

 

「いえ、嘘つきを見つける簡単なクイズでしたので」

 

余裕の笑みを浮かべながら、既視感のあるセリフを使う坂柳。

 

「……高円寺も同じこと言ってたな」

 

「いま、なんとおっしゃいました?」

 

「高円寺も同じことを言いながら告発をしてたんだ。嘘つきってわかるやつはわかるんだな」

 

「あの最初の告発は、不遜筋肉の仕業だったと?」

 

坂柳が小刻みに震えている。

高円寺と一緒にされるのが屈辱的だったのか。

確かに失言だったかもしれない。

 

「ああ。そうだな」

 

「……私たちの甘美なひと時をよくも邪魔してくれましたね」

 

「ん?なんだって?」

 

「いえ、こちらの話です。綾小路くん、すみませんが所用を思い出したのでこれで失礼しますね」

 

そう言い残し坂柳はこの場を後にする。去り際の坂柳の表情は、心なしか試験前よりも闘志に溢れているように感じた。

 

 

時間になったため約束の場所、客層の最下層エリアを訪れた。

 

ドンドンドン!

ガシャーン

ガガガガガガ

と物騒な音がいくつも聞こえてくる。

 

「せっかく堀北を退学させるチャンスだったのにぃ!!!」

 

田が暴れたい放題暴れていた。

 

田、せっかく優待者だったのに残念な結果だったな」

 

「なに?私を馬鹿にするために呼んだの?」

 

「そんなことはない。今回は相手が悪かった」

 

「本心を隠すのには自信があったんだけどね……」

 

「気にすることはないさ。田は間違いなく優秀だ。恐らく堀北あたりの表情から的を絞られたんだろう」

 

「それもそうね、堀北のヤツ、今回も大したことはできてなかったし」

 

「櫛田も苦労してるんだな。物にあたると物証が残る可能性がある……オレでよければ話ぐらい聞くぞ」

 

「気が利くじゃない。ほんとさ、あの女――」

 

そうして田は普段からは想像もできないほどの罵詈雑言を並べ続ける。

 

田なら次は結果を残せると思うんだ。引き続き期待してるな」

 

「うん、ありがとう。私、頑張るね」

 

ある程度ストレスは発散できただろうか。

いつもの田に戻って帰っていった。

こちらも順調に推移していることを確認できたので部屋に戻る。

 

 

それにしても今回の試験、トランプで遊んだり、沈黙したり、ナイトプールで遊んだり……ホントに何にもしなかったな。

グループがグループだっただけに早く終わってくれたのは坂柳のおかげだな。

坂柳の事も少しずつわかってきた。時が来たら真剣に向き合うのもいいかもしれない。

 

 

こうして残りの日数は、遊び倒すもの、次の試験に備えるもの、我が道を行くものなど、各々の過ごし方で過ごし、1年生のクルージング旅行は幕を閉じた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

南雲BSS作戦

「会長、一年生の船上での特別試験の結果が出ています。勝ったのは――」

 

「……」

「……」

 

「……どうした、橘。続きを言わないのか?」

 

「えっと、言ってしまってよかったんですか?てっきりまた――」

 

「構わん」

 

「はい、勝ったのはAクラスです」

 

「やはり人の話を遮るのは良くないな……危なかった」

 

「さすが会長、同じ失敗はしないお方ですっ!」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

豪華クルージングから帰ってきたオレたち1年生。

2つの特別試験はあったものの、それも含め豪華客船での旅というものは初体験のものが多く、とても楽しむことができたように思う。

心残りがあるとすれば、堀北兄と橘が乗ってきたヘリにオレも搭乗してみたかったことぐらいだ。

生徒会を続けていれば乗れる機会があるのだろうか。今度聞いておこう。

 

久々の学生寮の部屋は客室ほどの豪華さはなくとも、この質素な感じが、学生生活に戻ったんだなという安心感を抱かせてくれる。

静かでいい。もう、筋トレをしながら歌う高円寺の鼻歌に悩まされることもない。

 

そんな風に自室のベットに転がりながら旅行を回想していると、携帯が鳴る。

帰宅早々、生徒会長からのお呼び出しだ。

気を使って1日ぐらい休ませてくれても良かったのでは?と思いつつも

ヘリの事も聞きたいし丁度良かったかもしれない。

 

オレは制服に着替え、2週間ぶりの学校へと足を運んだ。

 

 

その翌日。生徒会メンバーが生徒会室に招集された。

 

「俺たち生徒会は、新たに1年生を書記として迎えることとなった。一之瀬」

 

「はいっ!」

 

堀北兄から指名され、緊張した様子で席を立ち一之瀬が前に出てくる。

生徒会のメンバーの顔をしっかりと見渡し、最後にオレと視線が合う。

 

「1年Bクラスの一之瀬帆波と申します。若輩者ですが、少しでも先輩方のお仕事について行けるよう頑張りますので、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」

 

呼ばれたときの緊張を感じさせない、堂々とした挨拶だった。

生徒会の面々から「よろしく」「期待してるよー」などの声援と拍手を送られ、席に戻る一之瀬。

 

……待てよ。オレの時はこんなしっかりとした紹介じゃなかったよな。

割と適当に紹介されて、すぐさま桐山の熱血指導コースだった。

この差は何だ?

 

「良かったな、帆波!これで念願の生徒会入りだ」

 

席に座った一之瀬に、南雲が馴れ馴れしく話しかける。

笑顔で祝福しているようにも見えるが、その言葉の裏には誰のおかげで入れたか、わかっているよな?という意味が含まれているのも伝わってくる。

 

「ありがとうございます。南雲先輩には()()()()ありません」

 

「お、おう。期待してるぜ」

 

ストレートに明るく返事をする一之瀬に少し動揺をする南雲。

南雲の予想ではもっと違ったリアクションが見れると考えていたのだろう。

 

「それで綾小路、お前は今日から副会長だ」

 

「「は?」」

 

堀北兄が突然変なことを言い出すので南雲とリアクションが被った。最悪だ。

 

「知っての通り、生徒会の席は既に埋まっててな。一之瀬を入れようにも、空きがもう一つの副会長の席しかなかった。無論、一之瀬をいきなり副会長にすることはできない。よってお前が昇進した」

 

「綾小路くん、スゴい。生徒会役員就任後、たった1ヶ月で副会長なんてっ!」

 

堀北兄の解説に目を輝かせて感動する一之瀬。

 

「き、聞いてないっすよ、堀北先輩。コイツには無理ですって。Dクラスっすよ」

 

「クラスは関係ない。綾小路にはそれだけの実力がある」

 

「え、クラスは関係ない?堀北会長は実力主義?」

 

「あー、気にするな帆波」

 

いつかの説明と矛盾する話。本人の目の前で墓穴を掘る南雲。

それは置いておいて、副会長就任はさらに目立つ。丁重に断らせていただこう。

要は替えが居ればいいのだから――

 

「副会長には、桐山先輩とか他に相応しい人もいたんじゃないですか?」

 

「いや、俺はお前を支持するぞ、綾小路」

 

「もちろん、私も異存ありませんからね」

 

「綾小路くん、スゴい。先輩たちからの信頼も厚いんだねっ!」

 

擦り付けようと思ったが、桐山も橘も同意の上での話のようだ。

先に本人に同意を取らないのはどうかと思うぞ。

 

「では、綾小路副会長、一之瀬に生徒会の仕事を教えてやれ」

 

「待ってくださいよ、堀北先輩。オレがやりますよ、その役。コイツは仕事をサボるようなやつです。大事な後輩の指導は任せられねーっす」

 

「サボる?」

 

「おい、とぼける気か。クルーズに行く前に頼んだ仕事はどうした?まだ終わってないだろ。泣きついてきたら許してやろうと思ったのに、放置して旅行にいきやがって……そんな無責任なやつ、指導係にも副会長にもふさわしくないでしょ」

 

あーあれか。夏休みの初めの頃、一之瀬に生徒会室前で出会った後に押し付けてきた仕事のことを言っているのか。

確かに量は多かったが、あの時は一之瀬との約束があったからな、ささっと済ませた記憶がある。

 

「あれなら全て終わらせましたが?」

 

「はっ、馬鹿言うんじゃねぇ。1人でやったら1ヶ月はかかる量だ。放置したか、適当にやったに決まってる」

 

平然と鬼畜なことを言っているが、終わったことだし、気にする必要もない。

 

「南雲、その件なら俺が確認したが、全て間違いなく完璧に終わっていた。綾小路を指導したものとして鼻が高い。副会長としてもやっていけるだろう」

 

「綾小路くん、スゴい。仕事もバリバリこなせるんだねっ!」

 

「帆波、勘違いするな。コイツはたまたま事務仕事が得意だっただけだ。事務仕事なんて生徒会業務の中ではそんなに重要じゃないからな」

 

「では、少なくとも事務仕事の指導係として問題ないな」

 

「でもっすね……」

 

「お忙しい南雲先輩を、私なんかの指導に付き合わせるのは申し訳ないです。事務仕事は重要じゃないとのことですし、同じ1年なので綾小路くんにお願いできればと思います」

 

納得のいかない様子の南雲だったが、一之瀬本人からこう言われてしまっては食い下がるのは難しくなる。

 

「まぁいいっすよ。でも、これから1週間、夏休みの見回りは俺の担当ですよね。帆波、一緒に回るぞ」

 

「その件だが、南雲。この前、『暑い中見回りは勘弁ですって。オレの時代になったら見回りなんかなくしてやりますよ』などと言ってたろ。無理強いするのも気が引けたからな、綾小路に引き継いでもらった。新副会長と新人のお披露目にもちょうどいい。一之瀬、綾小路に同行してくれ」

 

「綾小路くん、スゴい。先輩からも仕事を奪っていくハングリー精神っ!」

 

「チッ、こんな予定じゃなかった。どういうことだ……」

 

南雲は混乱しているだろうな。手駒を増やすために生徒会に入れた一之瀬があまりにも自分に関心を示さない。

それどころか、生意気な1年の方に尊敬の眼差しを向けている。

もっと恩義を感じて接してくると思っていただけに、さぞ絶望したことだろう。

 

これが、(B)先に(S)生徒会(S)に入れたはずなのに……

略して南雲BSS作戦だ。

 

話は前日に遡る。

 

「生徒会ならヘリに乗ることはできるのか?」

 

「あー、綾小路くんもやっぱり乗ってみたかったんですね!空の旅は楽しかったですよー」

 

「結論から言うと、生徒会長になればチャンスがあるぐらいの話だな」

 

学校を離れた試験の度に気軽にヘリでやってくる、というわけではないのか。

うーん、ヘリに乗るために生徒会長目指しますってのもなんだかな……いや悪くもないか。

 

「本題に入ってもいいか?」

 

「もちろんだ」

 

「今日呼び出したのは、話すと約束した『一之瀬をなぜ生徒会に入れなかったのか』についてだ」

 

やはりその話題だったか。こちらとしても気になっていたため、やってきてよかった。

無人島で共に過ごして再認識したが、普通の高校生であることを考えると一之瀬は優秀な人間だ。

加えてやる気も責任感もある。生徒会に加えても問題があったとは思えない。

 

「それには南雲が関わってる。これは橘にも話したことがない話だが、アイツは生徒会長になったら、この学校を根本から変えようとしている」

 

「学校を変える?」

 

「綾小路、初めての特別試験を体験してみて、この学校の方針をどう感じた?」

 

「……そうだな。決して一人では勝ち上がれないシステムだとは思った」

 

「そうだ。俺はこの学校の方針を肯定的に捉えている。単純な実力で劣っていても、クラスメイトと団結して試験に挑めば、下位のクラスでも逆転の余地は残されている」

 

「つまり南雲はそうではないと?」

 

「ああ。あいつは、真の実力主義、実力があれば完全に個人で勝ち上れる仕組みに変えようとしてる」

 

なるほど。クラスの中には個人としては優秀でも、クラスの総合力では上位クラスに勝つことができず、埋もれている人材もいるだろう。

そう言った生徒が、単独でも上のクラスを目指せるような仕組みか……。

 

「俺は、そのやり方は大勢が不幸になると考えている」

 

「たしかに、クラス内での裏切りや抜け駆けを恐れて、協力どころじゃなくなる可能性は高いな」

 

「ああ。疑心暗鬼になり周囲が敵の様に思える。そんな学生生活では学べるものも学べない、楽しめるものも楽しめないだろう」

 

「あんたの考えと南雲の方針は理解したが、それと一之瀬がどうかかわってくるんだ?」

 

今のところ、南雲の悪巧みを教えてもらっただけだ。

 

「一之瀬に限らず、葛城もだが、今年面接を受けに来た1年は、優秀でも純粋な面が強かった。そこを南雲に利用され、その思想に染められ賛同するだけの傀儡になることを恐れた」

 

「なるほどな。1年を入れても南雲の改革の手駒を増やすだけの行為になるわけか」

 

「そうだ。だから俺は南雲に支配されず、抑止となる対抗勢力を作る必要があった」

 

「……まさかオレの事を言っているのか?」

 

オレを生徒会に入れた理由は、今まではっきりしなかったが、堀北兄は自分の引退後はオレに南雲を止めてもらいたいということか。

 

「俺は後続の育成に失敗してしまったことをずっと後悔していた。だが、お前と出会い、この件を任せられるのは、お前しかいないと思った」

 

「歴代最優の生徒会長にそこまで言ってもらえるとは光栄だな」

 

「嫌味ぐらい受け止めよう。方法は問わない。南雲のことを頼めないか?」

 

今まで見てきた堀北兄の中で一番の真剣な表情。

この学校を任されてきたものとしての責任なのだろうか。

今の俺にはまだその重さを推し量ることはできない。

 

「一概に南雲の方針も間違いだとは思えないが……もし暴走するようなことがあれば、その時は何とかすることを約束する」

 

「巻き込んだ形になってしまい、すまない。だが、そう結論を出してくれたことを嬉しく思う」

 

これでも堀北兄には感謝している。生徒会に入ったことで厄介なことも多々あるが、学生らしい生活を送れていることも事実。

その分のお返しぐらいはしてもいいと思った。

 

「だが、南雲も優秀であることに違いない。油断は禁物だ。特に一之瀬を何としても生徒会に入れようとしたのには理由がある」

 

「手駒にする以外にか?」

 

「手駒の仕方の問題、といったところだな。南雲は2年の全クラスを支配している。すでに奴に逆らえるものはいないに等しい」

 

「そんなことが可能なのか?」

 

「ああ。現にこれまで対立した17人もの生徒が南雲によって退学させられている」

 

「確かに、そんな噂を聞いたことがあるな」

 

以前平田が教えてくれた情報を思い出す。

 

「正確な情報はわからない。だが、これまでの証言から推測すると、南雲の使っている手は……」

 

「使っている手は?」

 

なぜか言い淀む堀北兄。

 

「……ハニートラップだ」

 

「ハニートラップか」

 

あいつならやりそうだな。

堀北兄もそんな赤面しながら言わなくても良いだろうに……。意外な弱点かもしれない。

 

「自分に好意を持っている人間を、依存させ支配し、何でも言うことを聞くようにして、敵対勢力に送り込む。南雲は女子生徒に人気だから。どんどん手駒の数を増やし、どんどん男子生徒の弱みを握っていった。結果、大半の生徒の弱みを作り上げ、それを利用しプライベートポイントを巻き上げることで、逆転の芽も潰している」

 

「それ、生徒会の副会長のやる所業か?」

 

「公にならないように上手くやっている、としか言いようがない。生徒会役員としても言動に問題があるときもあるが、依頼した仕事は確実にこなすし、約束したことを違えたこともない」

 

上手いやり方を考えたもんだ。

思春期の高校生の恋愛感情、性への興味を上手く活用している。

倫理的な面をおいておくなら有効的な手段だろう。

2年生は乱れた学年なのか……。今度からそんな目で見てしまいそうだ。

 

「そんなヤツが一之瀬を勧誘したってことは……」

 

「一之瀬を自分に依存させ、手駒とし、今度は1年の弱みを握っていくつもりだったんだろう。3年も似たような方法で一部の生徒が被害に遭ったと聞いている」

 

「学年でも人気の高い一之瀬を使えば、不可能じゃないな」

 

「そういうことだ。だからなおさら生徒会に入れるつもりはなかったのだが、アイツはいつの間にか一之瀬を入れようと暗躍していた」

 

あの日、オレが一之瀬と出会っていなければ、一之瀬は南雲が無理をして生徒会に入れてくれたと恩義を感じたことだろう。

そして生徒会の先輩として接する機会を増やし、堕としていく算段。

一之瀬としても、憧れの先輩が親切を装い近づいてきたら、気持ちがなびいてもおかしくはない。

 

だが、そうはならなかった。

一之瀬はオレの助力はあったとしても、特別試験で成果をだして、実力を認められて生徒会に入ることになった。

南雲が一之瀬加入のため、どう暗躍していたかは知らないが、身近で手伝っていたオレと比べれば、どちらに感謝するかは言うまでもない。

まして、南雲は面談の際に嘘をついていたことが露呈している。

 

一之瀬を南雲にやるつもりはない。

 

「だが、綾小路にこの件に関して策があることがわかったからな。南雲より先に、こちらで先に加入の決裁を済ませた」

 

「その節はこちらの意図に気づいてくれて助かった。南雲が入れた、という形にはしたくなかったからな。ちなみにオレはこの作戦を『南雲BSS作戦』と呼んでる」

 

「南雲BSS作戦か、良い名前だな。綾小路」

 

「か、会長、綾小路くん。そ、その、その呼び方はやめておいた方がいいかと」

 

ここまで空気を読んで黙っていた橘が急に話に入ってくる。

 

「どうしてだ、橘?」

 

「えっと、その、他の意味に取れちゃうといいますか、誤解を招くといいますか……」

 

「名前で戦略を誤認させられるなら有用だな。カモフラージュとして大衆の前で作戦名を使うことも視野に入れよう」

 

「悪くないな」

 

「だ、ダメですっ!!それは生徒会の存続が危ぶまれる由々しき事態となりますっ!」

 

橘の必死の抗議により、ひとまず作戦名の口外はしないこととなった。

何がいけなかったのだろう。

 

「では明日一之瀬の紹介を行うが、そこで作戦の仕上げだな。話の進行は任せてもらいたい」

 

「わかった。オレは一之瀬にとことんオレを肯定してもらうようにお願いしておく」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「あんな感じでよかったかな?」

 

「ああ。名演技だったぞ」

 

生徒会メンバーの紹介が終わり、解散になった後、一之瀬に生徒会の仕事を教えている。

 

「『訳は聞かずにトコトン肯定してくれ』なんて無茶振りされた時はどうなるかと思ったけど……ちょっと南雲先輩可哀想じゃなかった?」

 

「大丈夫だ。南雲は矢を100本受けても倒れない、不屈のメンタルを持っている」

 

「そ、そうなんだ。それは、すごい?ね」

 

「演技もだが、特にあの『()()()()ありません』のアドリブは良かったな。お願いしていたわけでもないのに先制攻撃までしてくれるとは驚いた」

 

「え?あれは素で思ってたことを伝えただけだよ?」

 

「……」

 

あの言葉が一之瀬の本心からのモノなら無理に演技を頼む必要はなかったかもしれないな。

少なくとも南雲になびくことはないだろう。

 

こうして一之瀬を新メンバーとして迎え、新たな生徒会生活がスタートしたのだった。

 

 




綾小路くん、NTRの知識はあったのになぜかBSSの概念は知らなかったようです。

追記
BSSがマイナーで知らなくてもおかしくないことがわかりました。
知っているものとして描いてしまい、説明がしっかりできておらず、気になった方はすみませんでした。

※BSSの意味を知らなくてもストーリー上問題はないかとは思いますが、気になった方は、
この話(30話)の感想欄に、ありがたいことにたくさん解説を入れてくださったので、そちらを参考にしていただけると幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

後方保護者面

夏の日差しが降り注ぐ、夏休みの最中。

オレは今日も今日とて生徒会室にきていた。

だが、もう1人ではない。

 

「――という感じで見回りをしていくことになる」

 

「うん、了解だよ」

 

新メンバーの一之瀬に見回りの説明をしていると、生徒会室のドアが開いた。

 

「あ!おはようございます、綾小路くん、一之瀬さん」

 

「お前たちか、精が出るな」

 

「堀北生徒会長、橘先輩、おはようございます!」

 

堀北兄と橘の登場だ。

この2人も夏休みにも関わらず、高頻度でここに来ている気がするのだが、高校最後の夏をそんな過ごし方でいいのだろうかと心配になる。

いや、3年も閉鎖された場所にいれば大抵のことはやり尽くしてしまうのかもな。

2年後の自分を想像することはできないが、もしそうなってしまったら――。

 

「そう憐れむな、綾小路。今度、生徒会室の改装工事が実施されることとなった。その関係で忙しくしているだけだ」

 

「工事中の数日間、ここには入れなくなるので注意ですよ」

 

「改装なんてするんですね」

 

「ええ。これまで一度も手を入れていないそうなので、この機会にとびっきりの生徒会室に大変身予定です。楽しみにししてくださいね」

 

うーん、嫌な予感しかしないな。

この2人がどんな改装をやらかすのか想像もできない。

 

「2人はこれから見回りですか?」

 

「はいっ!生徒会での初仕事頑張ってきます」

 

橘からの問いに一之瀬が元気よく答える。

眩しいな、オレにもこんなフレッシュな時代が……なかったな。

身近に比較対象ができたことで、自分があまり可愛い後輩とは言えなかったことを実感する。学年屈指の陽の者一之瀬と比較するのは酷な話ではあるが。

 

「それじゃ、出発するか」

 

そういって残念腕章をカバンから取り出し、腕につける。

 

「綾小路くん、なかなか可愛い腕章つけるね」

 

橘が一之瀬の後ろで「この娘、見る目ありますね」とドヤ顔をしている。

 

「これは橘先輩が作ってくれたんだ。一之瀬も生徒会役員だとわかった方がいいな……これを譲るからつけてくれ」

 

そういって堀北兄の作った方の腕章を渡す。

 

「え、いいの?……大切なものなんじゃない?」

 

「2つも使わなかったからな。腕章も使ってもらった方が嬉しいだろ」

 

貰いものを渡すのもあれだが、一之瀬の後ろで堀北兄も頷いてくれている。

橘は……少し羨ましそうにしている。堀北や桐山も入れて、競りに出した方が良かったか?

 

「ありがとう。大事にするね」

 

「これで一之瀬も生徒会役員だと認知してもらえるな」

 

「うん!でも、そうすると綾小路くんは副会長になったことを周知しなきゃだよね?」

 

一之瀬の発言を聞き、橘が「私の出番ですね!副会長腕章作っちゃいますよ」と言わんばかりに身を乗り出したところで、堀北兄が橘の肩に手を置き、首を横に振る。

「でも会長……」とうるんだ瞳で訴える橘。

 

「お返しに私が今度副会長腕章作ってくるよ」

 

そんな寸劇が背後で繰り広げられているとは知らず、一之瀬が提案してくる。

 

「ああ。ありがとう」

 

「一之瀬さん、良ければこれを使ってください。材料は一式揃っています」

 

「いいんですか、橘先輩。ありがとうございます」

 

腕章の材料の入った紙袋を一之瀬にサッと差し出した橘。

元々このことを予測して作るつもりだったのだろう。

 

「ああ、これが手のかかる弟が巣立っていくのを見送る気分なんですね」

と寂しくてたまらない、でも嬉しくもある、そんな顔をしている。

 

「手がかかるほど成長が楽しみでもある。鈴音もいつか立派に巣立って欲しいものだ」

 

「わかってくれますか、会長」

 

「もちろんだ、橘」

 

そんな会話を繰り広げていそうな2人。完全に保護者目線だな。

 

後日、一之瀬が作ってきた副会長腕章はプロの仕事を思わせる出来だった。

本人曰く「あんまり裕福な家庭じゃなかったから裁縫はよくやってたんだ」とのこと。

この腕章ならつけていても恥ずかしくないが、どのみち残念腕章と2つつけるので大差はないな。

 

そんなやり取りがあって見回りを始めたオレたち。

 

「やっぱり暑いな」

 

「だねー。あとでカフェで休憩しようか?」

 

「いや、あのカフェにはちょっとしたトラウマがある。少なくとも見回り中に行くのは避けたいな」

 

「綾小路くんにそこまで言わせるとは余程のことだったんだね。じゃあコンビニで飲み物買う感じにしよう」

 

「すまないな」

 

あの日あの時あのカフェに行ってしまったことが、船上での面倒事の原因だったからな。

しばらくは寄りたくない。

 

それにしても

「帆波ちゃんだー、ヤッホー」「生徒会に入ったのすごいね」「おはよう、一之瀬」「わぁ、帆波ちゃん……良かったね」などなど

どこを歩いていても声を掛けられ、一之瀬の人気を改めて実感する。

オレが一人で見回っていた際にはひと声もかからなかったのにな……。

 

そんなことを考えていると数人のグループが声を掛けてきた。

どうやらオレも副会長になって人望が増したらしい。

書記とは違うのだよ、書記とは。

 

「お、おはよう……綾小路くん」

 

「おはよう、佐倉」

 

何とそこには、篠原たちDクラスの女子と一緒にいる佐倉の姿が。

 

「えっとね……篠原さんたちが、その、誘ってくれてランチに行くんだ」

 

「よかったじゃないか」

 

「う、うん」

 

1学期、佐倉もクラスでは1人で過ごす仲間だったが、クルーズ旅行で同室の篠原たちと無事仲良くなれているようだ。

夏休み中に一緒に出かかる関係まで発展しているとは。

最初の頃の佐倉を知っている身としては喜ばしい限りだ。

……あぁ、さっき橘が感じていたのはこんな気持ちだったのかもしれないな。

 

「そ、それでね、こ、こ、こんど、綾小路くんとも一緒にランチできたらなって思うんだけど……どうかな?」

 

「それは構わないが、せっかくできた新しい友人との時間を大事にした方がいいんじゃないか?」

 

「それはそれ、これはこれだよ。じゃ、じゃあまた連絡するね」

 

そういって篠原たちの元へ戻っていく佐倉。

何かを伝えると、大きな歓声が上がった。

篠原が佐倉に抱き付いている。

 

「どうしたの綾小路くん?」

 

「いや、手のかかる娘の巣立ちを見守っていたところだ」

 

「うん?無事大人になって良かった……ね?」

 

「ああ」

 

今日の分の見回りを済ますと、オレは午後から茶道部の指導があったため、現地で解散させてもらった。

 

「清隆くん、お疲れ様です」

 

「お疲れ。ひよりたちも夏休みなのに熱心だな」

 

「はやく清隆くんみたいになりたいですからね」

 

あれ以来、定期的に指導を行ってきているが、徐々に腕を上げてきている茶道部員たち。

ただ、ひよりのドジなところは変わらずで、高確率ですべってこけて、抹茶をばら撒いたり、お茶をひっくり返しそうになる。

逆にそれに慣れてしまったので、「あ、来るな」と思ったらひよりを支えて防ぐことができるようになっていた。

 

その度に

 

「清隆くんと一緒だと安心ですね」

 

などと、なんともひよりらしいのんびりしたことを言っている。

 

だが、いつまでもそういうわけにはいかない。

これまで観察してきて、おおよその原因は掴んでいる。

恐らくひよりは俯瞰して物事を捉えることが習慣になってしまっているのではないか。

読書をこよなく愛するが故に、現実の自分ですら登場人物の1人として空から見ているイメージなのだろう。

 

自分の姿を上から眺め全体を把握する感覚、そのため洞察力に長けている……が、俯瞰しすぎて自身の足元がおぼつかない、どこか自分の身体が自分のものでないような状態なのではないだろうか。

 

要は目の前の自分を自分だと認識していないため、モニター越しに遠隔操作しているようなもの。

それを改善するには、自分がここにいるのだと自覚させるより他ないだろう。

 

一番効果的な方法は――

 

「ひより、ちょっといいか」

 

「え、き、清隆くん!?」

 

茶碗を持って運ぼうとするひよりの正面に位置取り、その茶碗を持つ手の上にオレの手を重ねる。

 

「このままゆっくり運ぶぞ」

 

以前、堀北妹にも使ったが、意識の覚醒を促すには外部からの刺激が一番だ。

あの時は両脇を刺激したのだが、そのあと怒った堀北から蹴飛ばされたからな。

今回は手にしておいた。

万が一の際も茶碗を支えているので安全だ。

 

ひよりも目を見開いてこっちを見ているし効果テキメンだろう。

その結果、問題なく茶碗を運ぶことに成功した。

 

「ひより、今の感覚を忘れないようにな」

 

「は、はい。忘れられそうにありません」

 

これでひよりのミスも減っていくはずだ。

我ながら良い改善策だったと思う。

 

「清隆くん、とても大胆ですね。私もそのぐらい積極的になるべきなんでしょうか。でも……」

 

みーちゃんが戸惑いながらつぶやく。

 

「何か悩み事なら相談に乗るが」

 

「い、いえ。大丈夫です」

 

「そうか。困ったことがあったら言ってくれ」

 

指導している立場として監督責任は果たすつもりだ。

 

「清隆くん、ちょっとよろしいですか?」

 

「どうしたんだ、ひより」

 

「みーちゃんのことで相談があるので部活後、お時間いただけないかと」

 

「わかった。特に予定はないし大丈夫だ」

 

「ありがとうございます」

 

部活後、ひよりの提案でケヤキモールに向かうことになった。

 

「実は今度みーちゃんのお誕生日なんです」

 

「そういえば、8月21日生まれだったか」

 

「さすが清隆くん、よくご存じですね。そこで、みーちゃんに誕生日のサプライズをしようと思いまして」

 

「誕生日に……サプライズ?ひより、悪いことは言わない。簡単な気持ちで行っては、痛い目を見るぞ」

 

覚えのあるワードの登場にオレの中の黒歴史が暴れ出しそうだ。

友人としてサプライズの恐ろしさを警告をしておかねばならない。

 

「大袈裟ですよ、清隆くん。部活後にプレゼントとケーキを渡してお祝いするだけですよ?」

 

「え、そんな感じでいいのか?しゃれたレストランは?ピアノの演奏は?」

 

「よくはわかりませんが、そこまでしてしまうと重荷になってしまうのではないでしょうか」

 

「……そういうものなのか」

 

「おそらく」

 

お互いそこまで人付き合いの経験が豊富ではないため、はっきりとした結論は出なかったが、少なくともオレよりはひよりの方が世間一般の感覚に近いことは疑いようがないだろう。

なるほど、サプライズは奥が深いな。

 

「そういうことなので、今からプレゼント選びを手伝ってもらいたいのですが、よろしいですか?」

 

「役に立つかはわからないが、それでいいなら」

 

「はい。大丈夫です」

 

2人で向かったのはショッピングセンター内の可愛らしい雑貨屋。

男一人では入りにくいような場所だった。

 

「うーん、何がいいでしょうか……」

 

店内をうろつきながらプレゼントを探していると、レジで会計をしている体格のいいスキンヘッドの男が目に入る。

 

「あの方は……どなたでしたか?」

 

「Aクラスの葛城だな」

 

「そうなんですね。どうしてこう、人の顔と名前は覚えにくくていけません」

 

葛城はいくらなんでも一度見たら忘れるような見た目ではないと思うぞ。

 

「誕生日のプレゼントですか?」

 

「はい」

 

「誕生日カードはお付けになりますか?」

 

「お願いします。8月29日になります」

 

どうやら葛城も誕生日プレゼントを購入したようだ。

ラッピングが可愛らしいことから女性向けだろうか。

……この学校の全生徒の誕生日を思い出しているが、その日は葛城本人以外に該当する人物はいないな。いったい、誰に渡すんだ。

 

「私たちも素敵なプレゼントを選ばなくてはなりませんね」

 

少し気になったが、今すべきはみーちゃんのプレゼント選びだな。

実用性を考えるなら、携帯の保護フィルムなんていいんじゃないだろうか。

 

提案してみたが、冗談がお上手ですねと却下されてしまった。

 

結局、あれこれ悩んだ結果、ハンドクリームを購入することになり、葛城の様に誕生日カードをつけてもらう。

 

「ところで清隆くん、誕生会の時にお願いがございます」

 

「なんだ?」

 

「ゲストで平田くんという方を呼んできてくれませんか?」

 

「平田を?」

 

「みーちゃんが仲良くしている男子は、綾小路くん以外ですと彼ぐらいらしいのです。一緒にお祝いしてもらえれば、みーちゃんも喜びます」

 

「なるほど」

 

確かにより多くの友人から祝ってもらった方が嬉しいかもしれない。

平田はクラスメイトのためなら喜んで参加してくれるだろうしな。

 

「わかった、声を掛けておく」

 

「ありがとうございます。きっと素敵なサプライズになりますね」

 

「そうだな」

 

こんなに早く誕生日サプライズのリベンジをすることになるとは思わなかったが

今度はひよりたちもいるし、きっとうまく行くだろう。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

色とりどりのサプライズ

先日のひよりとの約束を果たすため、平田に電話を掛ける。

夏休み中ではあったが、数コールで繋がった。

 

「明日みーちゃんの誕生会をサプライズで実施するんだが、来てくれないか?」

 

『明日だと部活終わりになるけど大丈夫かな』

 

「もちろんだ。こちらも茶道部の活動終わりに実施するから同じ時間になるんじゃないか」

 

『それならよかった。楽しみにしてるね』

 

「ああ。平田が来てくれたらみんな喜ぶと思うぞ」

 

予想通り平田は誕生会参加に2つ返事でOKしてくれた。

茶道の指導なら気にならないが、女子の中に一人だけ男子が混ざってお祝いするのも気まずかったので有難いかぎりだ。

 

明日、正しい誕生日サプライズを体験できるのは楽しみだ。

トライ&エラーが大事とは言え、お手本になるものがあるのとないのとでは習得率が大幅に変わってくる。

明日のサプライズを乗り越えた時、オレは誕生日サプライズをマスターすることができるだろう。

 

 

今日は見回りの時間を夕方からにしている。

いつも同じ時間に回っても効果が薄くなってしまうからな。

日中よりも暑さが軽減できるのも魅力的だ。

 

「綾小路くん、こんにちはっ!……いや、こんばんわ、かな?」

 

元気な挨拶の後、微妙な時間帯なのでどっちが正解だろうかと首をかしげる一之瀬。

夏は日が落ちるのが遅く、東京といえど6時でもまだ明るさが残っている。

これが冬だと、5時にはすっかり暗くなるので不思議なものだ。

 

ホワイトルームから出て、ここに来るまでの1年間、初めて外の世界で過ごした時、この日の長さの違いには驚いたものだ。

知識としては理解していても体感すると全く感じ方が違う。

そう言った意味でも外の世界――この学生生活は日々新しいことを発見できる貴重な機会だと改めて感じることができる。

 

「夜からの見回りってなんだか緊張するね」

 

「そうだな。いつも見ている景色がまた違って見える」

 

「景色と言えば、こっちはあんまり星が見えないの、残念だなぁ」

 

2人して夕焼け空を見つめながら、あの日無人島で見た無数の星々を思い出す。

 

「また機会があれば一緒に星を見ようね」

 

「ああ。あれはホントにキレイだった」

 

オレからの返事を聞き、ニコッと笑う一之瀬。

……何気ない約束ではあったが、きっと叶わない約束。

これからこうやって、叶えることのできない約束をいくつもしていくんだろうな。

 

「そうそう!綾小路くんの学校でやりたいこと探し計画をそろそろ進めよっか!」

 

「進めるってどうするんだ?」

 

「うーんと、まずはなんでもやってみる!ってのはどうかな」

 

「なんでもか」

 

かなり範囲の広い話だが……。

 

「難しく考えないで、いつも自分がやってないことをしてみる。それで面白いと思ったものを続けていけば何か見えてくるんじゃないかな?」

 

「確かに、興味がないことは極力避けるようにしていたな」

 

「だよね、私だってそう。じゃあ明日から実施でどうかな、もちろん私も付き合うよ」

 

「すまないが、明日はクラスメイトの誕生日をサプライズでお祝いする予定があるんだ」

 

「ん?……もしかしてピアノ弾いたりするの?」

 

「もちろん弾かないぞ。あれは一之瀬だけだ。他では演奏する予定はない」

 

ピアノはやりすぎだとわかったからな、これ以上他で演奏して黒歴史を増やす必要はないだろう。

 

「わ、わたしにだけ……特別……」

 

「どうした、一之瀬」

 

「ううん、何でもないよ。じゃあ、明後日から実施だね!」

 

「そうしよう」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ん、確かにこれは美味いな、綾小路」

 

「お口にあって良かったです」

 

翌日、茶道部には、差し入れを持ってきた茶柱先生がいた。

せっかくならとお茶をごちそうしている。

 

もう間もなく部活も終了といった時間。

そんな時、平田からチャットが届いた。

 

『ごめん、綾小路くん、軽井沢さんも一緒に行きたいって言ってるんだけど……大丈夫かな』

 

「大丈夫ではありません。彼女がやってきてしまってはただの修羅場になってしまいます」

 

ひよりにこっそり確認を取ったが、かなり強めに拒否されてしまった。

Dクラスでは女子のリーダーである軽井沢だが、Cクラスの女子からはビックリするほど不人気だな。

ただ、確かにこの場に軽井沢がやってきては、羊の群れにオオカミを放つようなものか……。

 

「わかった、何とか平田だけ来るようにやってみる」

 

平田はクラスメイトに優劣をつけたりはしない。

みーちゃんの誕生会に参加することを彼女(偽)の軽井沢に伝えたんだろう。

その結果、軽井沢は警戒して同行を言い出してしまった。

 

普通ならそこで来るのを諦めそうなものだが、それではみーちゃんが悲しむ。

どちらもないがしろにできない板挟み状態。

平田も大変だな……。打開するためにはオレが動くしかないだろう。

 

「茶柱先生。お願いがあるんですが……」

 

「そのセリフ、もはや耳に馴染んできたな。それで、今回は何のお願いだ?」

 

「今から軽井沢を1時間ぐらい食い止めてください」

 

「また訳の分からないことを。少なくとも教師の出番ではないな」

 

「オレにやったみたいに、無理やり相談室に呼び出して生活相談でもしてくれればいいじゃないですか」

 

「無茶を言うな、綾小路」

 

有無を言わさず軽井沢を拘束できるのはこの学校からの命令のみだろう。

これがダメなら、以前やろうと思ってやらなかった手刀の出番がやってきてしまう。

 

「『お前のせいで、1人死んだぞ』という事態になるかもしれませんよ?」

 

「物騒な話だな……しかしそこまで言うなら条件次第では飲んでやってもいい」

 

「……予想はできますが、どんな条件ですか?」

 

この人の頭の中はAクラスに昇進することしかないからな。

あれだけ色々弄っているにも関わらず、まったく折れないところを見るに相当な執念だ。

 

「今度体育祭があるのは、お前なら知っているだろう。そこでDクラスを優勝に導いてもらいたい」

 

「また、随分と無茶をおっしゃいますね」

 

「それはお互い様だからな」

 

うーん、無茶のレートが合っていないような気がするが……。

ただここで軽井沢の侵入を許せば、サプライズは悪い意味でサプライズとなりオレの知りたかったものを知る機会を損失してしまう。

次にこんな都合よく、誰かの誕生日のサプライズが行われるとも考えづらい。

それにみーちゃんやひよりの悲しむ顔もできればみたくはない。

 

「わかりました。優勝できるだけの最善を尽くすことをお約束します」

 

「よし、いいだろう。取引成立だ。それじゃ私は早速軽井沢へ連絡をしてこよう。ちょうどアイツの成績に教師として注意した方がいいと思っていたんだ」

 

なら無料でやってくれてもいいのではないか、と口に出しそうになったがぐっとこらえる。

茶柱先生が出て行ってから数分後、平田からチャットが入る。

 

『軽井沢さん、急用ができたらしくて来れなくなったんだって。予定通り僕だけで向かうよ』

 

茶柱先生は上手くやってくれたようだ。

これで失敗したら逆にDクラスを最下位にしようかとも検討していただけに

お互いwin-winな結果となって良かった。

 

「「パンッパパーン」」

 

お手洗いに行っていたみーちゃんが茶道室に帰ってきたところで

みんなで一斉にクラッカーを鳴らす。

 

「みーちゃん、お誕生日おめでとうございます」

 

「えーっ!み、みんな、まさか祝ってくれるなんて思ってなかったです。ありがとうございます」

 

「これは私たちからのプレゼントです。そして、そして、ゲストも呼んでいますよ~」

 

驚きながらもプレゼントを受け取ったみーちゃん。

ゲストって誰だろうと首をかしげている。

予め合流してもらい、隠れてもらっていた平田が出てくる。

 

「やぁ、みーちゃん。お誕生日おめでとう。これは僕からのプレゼントだよ」

 

「ひ、ひ、ひ、ひ……平田くんっ!?」

 

一気に赤面するみーちゃん。

急にイケメンが掛け軸の裏から出てきたら驚きもする。

クラッカーで視線誘導したとはいえ、よくバレなかったな、その隠れ場所で。

 

「ありがとうございます」

 

ちょっと涙を浮かべるほど喜ぶみーちゃん。

 

「さ、みんなでケーキを召し上がりましょう」

 

美味しくケーキを食べて歓談して過ごした。

なるほど、これが適切なサプライズか……。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

そんな誕生会が行われた2日後。

生徒会室の改装工事が終わったというので堀北兄と橘に呼び出されていた。

 

「ジャジャーン。どうですか綾小路くん、新生生徒会室は!」

 

「パッと見、塗装がキレイになったことぐらいしか変化が見られないのですが……」

 

開校以来そのままだったとのことで、ところどころ汚れや塗装剥がれなどがあったのだがそう言ったものがなくなりピカピカである。

真っ白な部屋にされたらどうしようかと思ったが、それも杞憂だった。

 

「そうでしょう、そうでしょう。でも、この生徒会室は誰もが憧れるあの機能がついています!」

 

「憧れの機能?」

 

「綾小路くん、この本棚の3列目の紫色の本を押し込んでみてください」

 

「これか?」

 

言われた通り押し込んでみたところ、ガガガガガーと音がなり生徒会室正面、会長席の後ろの壁がスライドし、人が一人ぐらい入れるスペースと中から扉が現れた。呆然と眺めていると

 

「さすがの綾小路も理解が追い付かないようだな」

 

「フフフ、そのようですね、会長っ!」

 

「……それで、その扉を開けるとどうなるんですか?」

 

建物の構造的に向こう側は生徒会相談室だ。

何か隠し部屋のスペースがあるとも思えない。

 

「もちろん……」

 

「生徒会相談室に出る」

 

実際に実演してくれる2人。扉の先には生徒会相談室があった。

 

「無駄ギミックでただの通路を作るなんて、税金を何だと思っているんですか」

 

「と、思うでしょ。こっちはフェイクですよ」

 

そう言って橘は、出現した扉の下の床を5回ノックし現れたくぼみのボタンを押す。

すると、床もスライドして下に続く梯子が出現した。

 

「こっちが本命です。さ、降りてみましょう」

 

2人に続いておりると、そこには秘密の部屋と描かれた教室半分くらいの広さの部屋にモニターやら豪華な机、ソファーなどが置いてあった。

 

「このモニターでは生徒会室と相談室の様子を確認することができる」

 

「……マジかー」

 

「生徒会室の下のスペースは、使用していない物置部屋になっていたからな。改装して隠し部屋を作ってみた」

 

「上の扉は南雲君用のカモフラージュですね。彼の事ですから何かあると探って扉を発見すると思うんです」

 

「ただ、南雲の場合、一度決めつけたらそこで考えを放棄する癖がある。扉で満足して床の仕掛けには気づかない」

 

「それでこの部屋、なんに使うんですか?」

 

「予算が余っていたのでロマンで作ってしまいましたが、きっと何かの役に立つはずです」

 

「このことを知っているのはこの場の3人だけだ。俺たちの引退後は、綾小路、お前が信頼できると判断した後輩たちに引き継いで行って欲しい」

 

 

サプライズにもいろいろあるんだなと体験できた数日となった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

須藤、部活辞めるってよ

『いや、辞めねーよ』

 

須藤、電話越しで大声はやめて欲しい。

 

『オレたちの出る予定だった試合を何とかしてくれって話だろ』

 

今朝、モーニングコーヒーでも楽しもうとお湯を沸かす準備をしていたら須藤から電話がかかってきた。

バスケ部所属で期待の1年生の須藤は、チームメイトとともに昨日から大会に出場している。

日頃の練習の成果もあり、見事準決勝進出を決め、その準決勝、決勝が今日の昼から行われるはずだったのだが……昨晩、宿で食べた夕食が問題だったらしく、バスケ部全員食中毒で倒れ、緊急搬送。

しばらくの間、病院で安静を余儀なくされた。

 

「その内容でなんでオレに電話してくるんだ?」

 

『綾小路は生徒会だろ。んで、生徒会といえば権力あるんだから、なんかできっだろ』

 

本当に療養が必要なのかと疑わしくなるほどの大きな声。

病院ではお静かにお願いします。

 

「なんかって言われてもな……」

 

『そこはなんかよ、お偉いさんに掛け合ってもらって数日ずらすとかよ、この学校ならできるかもしれねーと思ってよ』

 

さすがにこの学校でも他校が関わる大会で、スケジュール変更を強行するほどの権力はないはずだ。

そんなことをしたら相手チームや応援に来た一般客にSNSで晒されて、誹謗中傷の的になるだろう。

そのまま税金の無駄遣いだとエスカレートしていき、廃校になる。

……それはまずいな。

 

『この試合の成績が秋の全国大会出場に関わってくるんだ。こんなバカみたいな理由で棄権して、これまでの練習を無駄にしたくねぇ』

 

普段、粗暴な須藤だがバスケと堀北妹に対する想いだけは本物だ。

 

「……わかった、あまり期待してもらっても困るが、一度生徒会長に相談してみる」

 

『すまねえ、頼む』

 

ひとまずこの話を終わらせるには形だけでも動くしかないだろう。

須藤から聞いた話を堀北兄にチャットしたところ、生徒会室へ来るように返事が来た。

てっきり馬鹿なことを言うなと一刀両断、取り付く島もないと思っていたのだが……まさか、本当に国の権力を使って大会スケジュールを変更できるのか?

 

生徒会室へ入ると、中には堀北兄の他に、橘、桐山、そして南雲がいた。

 

「さっそくだが、綾小路から連絡があった件で、まず認識を共有するが、その大会のメインスポンサーはこの学校へも多大な支援を行っているお方だ。バスケが非常にお好きらしく、本校の活躍が楽しみだと今日の試合も見学にいらっしゃる。つまり、何が何でも出場し、高育生の実力をアピールしなくてはならない試合となる」

 

国が主体の学校であることが裏目に出ているようだ。

運営資金の確保など、余計なしがらみも多いのだろう。

お偉いさんのご機嫌を損ねれば、予算が回ってこなくなる可能性もある。

とはいっても、どうするのだろうか。

バスケ部は補欠含め全滅。試合の延期などもちろんできない。

 

「そこで、我々生徒会がこの大会に出場することに決まった」

 

とんでもないことを言い出す堀北兄。

桐山たちもさぞ驚いているだろうと見てみると

 

「今回はバスケットボール部ですか。生徒会の力、存分に発揮しましょう」

 

「私は女子なので参加できませんが、カントクは任せてくださいっ!」

 

桐山も橘もノリノリだ。というよりこの状況に慣れているようにもみえる。

 

「綾小路は初めてだったな。生徒会が部活の助っ人をすることは意外と多い。理由はシンプルで、部活の試合と特別試験等が被った場合、当然特別試験への参加が優先されるからだ。その場合、1学年全員が参加不可能となり、出場人数が足らなくなることがしばしば起こる。普通、大会へは選手登録が必要だが、それを見越して生徒会役員は登録なしであらゆる部活の試合へ助っ人参戦が可能だ。今回もその権利を使って我々が代わりに参加するということだ」

 

なるほど。この学校で部活動に入っている生徒は少ない。

その少数で大会にも参加しているため、例えば無人島試験などと被って1学年いなくなると部によっては、かなりの痛手になるだろう。

今回みたいに全滅することは珍しいかもしれないが、人数合わせ要員が必要になる場面は出てくるのかもしれない。

 

非常に面倒な話になってきた。

オレはもちろんバスケなんてしたことがない。

知識としてルールは把握しているぐらいだ。

 

「また、競技によっては生徒会の人数でも足りない場合があるため、生徒会が指名して、その日限りで生徒の中から2名まで追加出場もできる。今回も、生徒会全員が学校を留守にはできないため、殿河たちには残ってもらう予定だ。よって追加の生徒を探さなくてはならない」

 

もはや何でもありだな。

世間ではこのぐらいは普通なのだろうか。

普通を体験してみたくてやってきたこの場所も普通でないのであれば皮肉がきいてるな。

 

「ちょっと待ってくださいよ。堀北先輩、悪いっすけど、俺も学校に残ります。副会長がいた方が安心でしょ。綾小路、お前は言い出したんだから責任もって参加して来いよ」

 

オレの参戦が強制決定された。

それらしいことを言っているが、明らかに面倒ごとを避けたい様子が伝わってくる。

 

「南雲、お前の運動センスは買っている。動けるやつが一人でも多い方が助かるのだが?」

 

「いやー、申し訳ないですが、今朝から調子が悪くて運動とか無理なんすよ」

 

「あ、チャットしたら、一之瀬もマネージャーとして試合に参加してくれるっていってます」

 

「堀北先輩、中学MVPの南雲雅と呼ばれたこの俺の実力、他校の奴らに見せつける時が来たっすね!」

 

「そうか、存分に見せつけてくれ」

 

こうして南雲の参戦も決定した。

 

「綾小路、先ほども言ったがあと2名の生徒の選出はお前に任せる」

 

「どーせ出るからには優勝だ。下手なやつは連れてくんなよ」

 

「わかりました」

 

バスケの試合人数は5人だ。

堀北兄、桐山、南雲、オレでとりあえず4名、あと一人と交代要員としてもう一人を探さなくてはならない。

とはいえ、オレの狭い人脈で、試合が成立するぐらいには動ける生徒……

 

困ったときの平田さん、そして平田と同じサッカー部で運動が得意な柴田あたりでどうだ。さっそく電話してみる。

 

『ごめん、綾小路くん。サッカー部も試合で外出しているんだ』

 

……詰んだか。

 

いや、そういえばあの男がいたな。オレは急いでその男の部屋を目指した。

 

「それで俺に試合に参加しろと?」

 

「ああ。送りたいプレゼントがあるなら、自分の手で出すのが一番だろ」

 

Aクラスの葛城康平へ、そんな提案をした。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

昨日、秘密の部屋ギミックを確認して、生徒会室に戻ってきたときの話。

 

「どうでしたか、綾小路くん。胸が躍ったでしょう?」

 

「……ええ」

 

オレも生徒会に入り、忖度というものを覚えた気がする。

 

その時、生徒会室の扉がノックされた。

 

「どうぞ。お入りください」

 

橘が橘書記になる。

 

「失礼します。お忙しいところすみません」

 

入ってきたのは葛城だった。

その手には、先日ひよりと目撃した時の雑貨屋の袋がある。

 

「実は生徒会の皆さんにご相談があり来訪しました。どうしても家族に送りたい荷物があるのですが、メッセージ等こちらから情報を加えることは致しません。発送の許可を頂けませんか?」

 

この学校は外部との連絡をすべて禁止している。

そのため、家族と言えども、物を送ったり、もらったりすることは不可能だ。

葛城もそのことは承知しているようで、それなら何も情報がなければいいのではないかと確認しに来たようだ。

 

「残念だが、現在の校則ではそれは不可能だ。元々にメッセージを入れないのであれば荷物の発送は可能だったが、過去こっそりと手紙などを忍ばせる学生が出てきたため、現在は禁止となった」

 

「では店で購入したものをそのまま店員の方に住所をお伝えし送っていただくのはどうですか?」

 

「それも同様だ。店員の目を盗んで忍ばせるか店員を買収する可能性がゼロだとは言い切れないだろう」

 

「……わかりました。お時間取らせてしまいすみませんでした」

 

そうしてがっくりと肩を落とした葛城は、生徒会室を出て行った。

 

「気の毒ですが、これもルール。一人の生徒の特例を許して秩序が乱れるのは避けねばいけませんからね」

 

「ちょっと様子を見てくる」

 

真面目でリスクを冒さない葛城がそこまでして荷物を送りたかった理由が気になった。

葛城のあとを追いかけると、足取りが重かったのか、すぐに追いつくことができた。

 

「葛城、少しいいか?」

 

「綾小路か……先ほどの件についてか」

 

「ああ。ちょっと気になってな」

 

「ここで話すのもなんだ、良ければ部屋に招待しよう」

 

そういうことで葛城の部屋に通される。

 

「どうしてそこまで荷物を送りたいのか聞かせてもらえないか?こう見えて副会長になったんだ、何か力になれるかもしれない」

 

「そうなのか。そういうことなら……実は病弱な双子の妹がいてな。両親は他界して、今は遠い親戚に預けられている。その妹の誕生日が近いため、プレゼントを送ってやりたかったのだが……こんな状況だ。アイツを心から祝ってやれるのはオレしかいない。そう思ったんだが……まさかこの学校が荷物を送ることができないとはな。考えの甘かった俺のミスだ」

 

「そういうことだったのか」

 

橘辺りが聞いたら号泣して協力してくれるかもしれないな。

その辺りから切り崩していくか。

対坂柳用の情報源としてこの男に恩を売っておいて損はなさそうだからな。

 

「一度持ち帰らせてくれ。近々連絡する」

 

そういって解散し、今日にでも橘に聞いてみようと思っていた矢先のバスケ事件だった。

 

だが、これは逆に都合がいい。

外に出る機会があるのであれば、前もって着払いの伝票を用意しておき、こっそり抜け出してポスト投函で事が済む。

 

葛城はガタイもいいからな。

運動がどれほどできるかはわからないが、試合でも最低限度の仕事はしてくれるだろう。

 

「そういうことなら俺も出場させてもらおう」

 

「持ち物チェックがあると危ないからな。念のため、プレゼントは弁当箱に入れて、紙袋と配送伝票は水筒に丸めて入れるぐらいの工作は頼んだ」

 

「わかった。荷物の準備をして生徒会室に向かわせてもらう」

 

葛城の参戦が決定した。

 

あと一人のメンバーだが、葛城を勧誘したことでヒントを得ることができた。

残り時間でバスケの経験者を見つけることは不可能に近く、そもそも動ける人間は運動部であるため平田のように参加できない可能性がある。

つまり、部活に入っていないが、葛城の様にフィジカルでごり押しできそうなやつを連れていけば良いのだ。

 

そう言うことなら一目見た時から気になっていた生徒がいる。

直接面識はないため、仲介してくれそうな人物に連絡をするとすぐに返事が来た。

彼の部屋まで案内してくれるそうだ。

 

「お待たせしました。清隆くん、先ほど連絡したところ今部屋にいるみたいなので丁度いいですね」

 

そういってやってきてくれたのはひよりだ。

 

一緒に部屋の前まで移動し、チャイムを鳴らす。

中から出てきたのは

「おはようございます。アルベルトくん、私の友人の綾小路清隆くんが御用があるみたいなのでお連れしました」

 

部屋から出てきたのは学校随一の肉体の持ち主、黒人とのハーフ、Cクラスの山田アルベルトだ。この風貌、いかにもバスケができそうだ。

 

「突然すまない。実はアルベルトにお願いがあってきたんだ」

 

日本語がどこまで通じるかわからないが、気にせず話してみる。

 

「バスケ部が食中毒で倒れてしまって、代わりに試合に出てくれる助っ人を探している。Cクラスにもバスケ部の小宮たちがいるだろう。そいつらにとって今後に関わる大事な試合らしいんだ。彼らの意思を継いで試合に出てくれないか」

 

黙って話を聞き、こちらをじっと見つめるアルベルトはサングラスをしているので何を考えているのか目からは読み取りづらい。

 

「私からもお願いします、アルベルトくん。きっとクラスのためにもなります」

 

ひよりも援護射撃をしてくれる。

 

するとアルベルトは右手を前に出し親指を立てた。

サムズアップだ。絵になるな。

 

「OK!」

 

そう一言発し、了承してくれる。

助っ人外国人枠、山田アルベルトの参戦が決まった。

 

 

良かったな須藤、誰一人バスケ部は出れないが、試合は棄権しなくて済んだぞ。

……秋の全国大会に出たいという須藤の望みを叶えるなら、試合に勝たないといけないのだろうが、素人集団でそれが叶うのだろうか。

高校バスケのレベルがわからないため判断がつかないが

このメンバーならやれそうな気がしてきた。

 

こうしてオレと、堀北兄、桐山、葛城、アルベルト、南雲の生徒会+αのドリームチームが結成しバスケの試合会場に向かうのだった。

 




まさかの二部構成に……メンバー集めだけで一話使ってしまい、申し訳ない限りです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初めてのバスケ

バスケ未経験者が勢いで描いています。粗はあるかと思いますが、ご容赦頂けますと幸いです。


「綾小路くん遅いですね」

 

「何かトラブルでもあったんでしょうか?私、連絡してみます」

 

「安心しろ、帆波。俺がいればどんな相手でも余裕で勝てる。綾小路のやつが役立たずの雑魚を連れてきてもな」

 

「Hey! 」

 

「うぉっ!?お前は1年の山田か。生徒会室に何の用だ?」

 

「失礼します。葛城です。綾小路に言われてバスケ部の助っ人に来ました。こんな形ですが生徒会の皆さんとご一緒できて光栄です」

 

体格のいい男二人を交互に見比べる南雲。

 

「おいおい、マジかよ!ちょっとは楽しめるゲームになりそうだな」

 

「気に入っていただけたようで何よりです、南雲先輩」

 

もうすぐ生徒会室に到着というところで、廊下まで南雲の高笑いが響いてきたからな。

何となくそのまま入るのは躊躇われたため、アルベルトに先行してもらった。最近マイブームのサプライズってやつだ。

 

「あ、綾小路くん、お帰りなさい」

 

「綾小路、お前にしては悪くない仕事だな、ちょっとは評価してやるよ」

 

南雲の意外な一面というか、てっきり気に食わない相手は全否定するようなタイプかと思っていたのだが……。ニヤついててなんだか楽しそうだな。

 

「試合まで時間がない。すぐに出発するぞ」

 

「「「はいっ!」」」

 

堀北兄の号令で生徒会室を出て学校が急遽手配した小型バスに乗り込む。

全員で8名のため広々と使えるのだが……南雲は一番後ろの5人掛け席を占領し、橘は運転手と話しやすい前方に座り、その反対の列に堀北兄が構える。

堀北兄の後ろには桐山が陣取った。葛城とアルベルトは遠慮してか、真ん中の方に座っている。

座席選びでも結構性格が出るな。

 

オレは無難に橘の後ろに座らせてもらった。

様子を見ていた一之瀬だったが、橘の隣に座るようだ。

 

「遠慮せずにオレの隣に来てもいいんだぜ、帆波」

 

「ありがとうございます。でも、新人らしく前の方で皆さんのお手伝いをさせてもらいます。橘先輩、色々教えてください」

 

「もちろんです。でも、今日は私を呼ぶときは橘カントクでお願いします。一之瀬マネージャー」

 

「は、はいっ!」

 

橘はいつでも楽しそうだな。そういうところは羨ましいと思う。

 

程なくしてバスが試合会場を目指し出発する。到着まではおよそ1時間だそうだ。

まさかこんな形で校外に出ることになるとは……。

流石に急遽決まったことで、オレが出ていくことも偶然だ。

突然ホワイトルームからの刺客に襲われるなんてことはないだろう。

 

しかし勢いでここまできてしまったが、バスケットボールの試合がどんなものか事前に把握しておきたい。到着までの時間の使い方が大事だ。

 

「橘カントク、高校バスケがどんなものかわからないのですが……」

 

「なるほど……。でしたら私の愛読している漫画が携帯に入ってます。バスの移動中でよければ読みますか?」

 

「ありがとうございます。お借りします」

 

漫画か。

これまで触れる機会がほとんどなかったが、スポーツものは作者の実体験であったり、題材をしっかり取材して描かれているものも多いと聞く。参考資料として問題ないだろう。

 

さて、どんなものか……。

 

ミスディレクションで姿を消して、パスの軌道を変える?

相手の技を見ただけで再現できる、パーフェクトコピー?

コートのどこからでもシュ-トが入る、オールレンジの超長距離シュート?

決まった型を持たない変幻自在のフォームレスシュート?

その他にもとんでもない技を繰り出す登場人物たち。

 

ウソだろ……。

 

「橘カントク、これってどのぐらいリアルな話なんですか?」

 

「私も3次元のバスケはよく知りませんが、同じ高校生ですし、上手い人は多分こんな感じですよ!あ、でも彼らは特別な世代なので、いまから出場する東京大会にはいても1~2人ぐらいじゃないかと思います」

 

漫画的表現で多少の誇張はあるかもしれないが割とリアル寄りなのか……。

常軌を逸したスキルを持つ高校生たち。勝てるのかこんな奴らに。

 

油断したつもりはなかったが、高校バスケは須藤がレギュラーになれるぐらいの世界だと考えており、その身体能力を基準に相手を見積もっていた。須藤はこれまでこんな奴らと戦ってきたのか。

勉強をしている暇がないという主張も納得しかないな。

 

ホワイトルームは人工的に天才を作る場所――オレはその中でも最高傑作と呼ばれているが、何でもできる神ではない。

その道を極めた天才と正面からぶつかれば敗れることもあるだろう。

 

今日オレは敗北の味を知ることになるのかもしれない。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

会場に到着し、着替えなどの準備を完了した頃には、準決勝の第一試合、鎌瀬南(かませみなみ)高校vs海王水産(かいおうすいさん)高校は終わっていた。

結果は、11対111と大差で海王水産高校が勝ち上がっていた。相当な強敵なのだろう。

 

オレたちの準決勝の相手は、当馬大附属(とうまだいふぞく)高校というらしい。

 

コートに入ると、当馬大附属(とうまだいふぞく)高校の選手らしき人だかりがあった。

 

「オレたち当馬大附属(とうまだいふぞく)は、毎年決勝で海王にやられてきた。だが、今年は違う。奴等のことを徹底的に研究して練習してきた。準決勝はあの高育だ。政府管轄だが何だかしらねぇが、引きこもり野郎どもに負けるはずがねえ!昨日までのデータをみる限り、練習通りの力を発揮できれば余裕だ!!」

 

「オレたちの目標は打倒海王!打倒海王だ!」

 

「サクッと高育を倒して、決勝に備えるぞ!」

 

「「「おう!」」」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「ウソだろ。こんな奴ら昨日までいなかったじゃないか!」

「て、手も足もでねぇ」

「卑怯だぞ、金に物を言わせて本場から留学生入れるなんてよぉ!!これが政府のやり方か!」

「かわいいマネージャーまでいてふざけんなぁぁぁーー」

 

試合開始から数分で相手チームは阿鼻叫喚の状態だった。

 

堀北兄(ポイントガード)と南雲(スモールフォワード)はパス、ドリブル、シュートとどれも非の打ち所がない。恐らくバスケ部の上位プレイヤーとも渡り合うことができるだろう。

 

桐山(シューティングガード)と葛城(パワーフォワード)は人よりちょっと運動のできる学生レベルで、しっかりとしたバスケ部員には届かないものの、中の下ぐらいの実力はある。サポート役としては十分だ。

 

アルベルト(センター)は言わずもがな。ドリブルなど少し荒い部分はあれど、そのフィジカルは攻防で大活躍していた。

 

 

オレはというと――ベンチを温めている(補欠)。

最初はスタメン予定だったのだが、試合前のアップ時間、初めてバスケットボールを触ったオレは、たどたどしいドリブル、強すぎて誰も取れないパス、リングにかすりもしないシュートなど初心者らしい動きをした結果、交代要員の予定だった葛城の出番が試合開始前にやってきた。なんというか力加減が難しいな。コントロールするまでにもう少しボールを触る必要がありそうだ。

 

「一之瀬、ちょっとボールを借りてきてくれないか、練習しておきたい」

 

「うん、わかった。スタッフの人に聞いてくるね!」

 

試合の方では、相手のパスにインターセプトを決めた南雲が、そのまま華麗にドリブルで数人抜き去り、思いっきりダンクシュートを決めていた。

 

「帆波見てたか、オレのダンク!っていない!?」

 

「綾小路くん、ボール借りてきたよ」

 

「ありがとう、助かる」

 

ボールを触りながら試合を見守る。

 

「一之瀬、もうすぐハーフタイム(休憩)だ。飲み物の準備をしておいた方がいいんじゃないか?」

 

「そうだね。私もマネージャーとして頑張らなきゃ!」

 

試合の方では、ボールを持った南雲がクルっと回転し相手を抜き去り、今度はジャンプしながらシュート、スリーポイントを決めていた。

 

「帆波見てたか、オレのロールターンからの3Pシュート…ってやっぱりみてねえな」

 

そんなこんなであっという間に試合は終わり32対120と圧勝した。

 

相手チームは悔し涙を流しながら去っていった。

そんな姿を見て昔自分がよく見た光景を思い出す。

敗者はいつも手遅れになってからこれまでの自分を振り返って後悔する。

どこも変わらないな。

 

「皆さん、お疲れ様でした。少し休憩したのち、次はいよいよ決勝戦です。気合を入れていきましょう」

 

オレたちからすればまだ2試合目なので、いよいよも何もないとは思うのだが、全員ここまで様々なライバルたちと死闘を繰り広げてきたかのような面構えをしている。

 

「ま、俺と堀北先輩に、山田までいるんだ。負けるわけねーよ。そうだ、堀北先輩、どっちが活躍するか、勝負しましょうよ、勝負!」

 

「な、南雲くん、決勝前に余裕ぶるのはフラグになっちゃいます!」

 

橘が慌てて南雲の発言を注意(?)した時だった。

 

ドンッ

 

堀北兄を振り返りながら歩いていた南雲が正面から来た相手とぶつかって尻もちをつく。

 

何が起きたか理解が追い付かない南雲。

 

「ああ。すまない。あまりに小さくて視界に入らなかった」

 

そう言って南雲に手を差し伸べる巨体の男。そいつに限らず、その後方にはアルベルトみたいな体格の男たちがずらっと並んでいる。海王水産と書かれたジャージを着ていることから、こいつらが決勝の相手と見て間違いないな。

 

「チッ、でかいだけの堅物が前も見れないんじゃ、ただの危険運転だ。免許の返納を推奨するぜ」

 

「生憎、こっちは当たりに行くのが仕事なもんでな。だが、今ぶつかったのはお前の方だぞ。保険にはちゃんと入っているのか?」

 

「お前たち相手にそんなものは必要ないな。試合ではかすりもできないってこと思い知らせてやるよ」

 

「南雲、そこまでにしておけ」

 

堀北兄が止める。ちらっと視線を向けた先には、学校から派遣されたサポートスタッフという名目の監視員たち。高育生は情報管理の観点から他校生との接触は基本的にNGだ。これ以上無駄話をしても得はない。これが原因で全部活動の対外試合禁止などになったら笑えないだろう。

 

「ふふ、悪気はなかったんだ。許して欲しい。国が育てている高育生がどんな奴らか見てみたかっただけだ」

 

そう言って立ち去っていく和製アルベルト軍団。身長180㎝近くある南雲を見下ろす巨体。こちらの体格面でのアドバンテージはなくなったようなものだ。

むしろ、彼らが全員スタメンなら平均身長は2m越えだろう。アルベルトを除けばこちらは180㎝以下。

 

「海王水産は東京だけでなく、全国大会でも何度も優勝をしている強豪校です。一筋縄ではいきませんよ」

 

橘が丁寧に解説をしてくれる。いつの間に調べたんだ。

 

「びっくりしちゃったね。綾小路くんも試合に出ることになったらケガしないように、無理はだめだよ」

 

「ああ。まぁ出番はなさそうだがな……万が一の時は代わりに祈っててくれ」

 

「うん」と頷く一之瀬。

 

そうして決勝戦が始まった。

 

最初のジャンプボールには南雲が立候補した。

海王は、南雲にぶつかった選手――ゼッケン4番のプレイヤーだ。にらみ合う両者。

 

「試合開始!」

 

主審が上げたボールを素早くキャッチする南雲。

 

「最初ぐらい譲ってやるよ」

 

「その余裕、後悔するぜ?」

 

南雲はボールをキープしながら、ハンドリングやステップでフェイントを混ぜ、ドライブを決めようとする。

 

が、なかなか抜くことができない。

 

「チッ、仕切りなおすぞ」

 

そう言って葛城にパスを出したところで、割って入ってきた7番の選手がカットし、ボールを奪われる。

 

「なんだと!?」

 

そのまま力強いドリブルでゴールへ進む7番。桐山が食らいつくが、全く歯が立たない。

 

「ディフェンスに定評のある桐山くんが簡単に突破されるなんてっ!?」

 

橘、誰がいつ桐山に定評をつけたんだ。

 

桐山、葛城と抜かれて、ゴール近くシュートモーションに入ったところでアルベルトがブロックしボールを弾く。

 

こぼれたボールを堀北兄が拾う。

 

「各自、動いてパスコースを作れ」

 

スピードやテクニックのある南雲が攻めあぐねた状況を見てパス主体に切り替えるようだ。

 

体格で引けを取らないアルベルトを中継し、再び堀北兄へ。

 

ボールを受け取った堀北兄は後ろに飛びながらシュート――フェイダウェイシュートを放つ。ブロックに入った相手の5番は触れることができなかった。

 

そのままボールはキレイな弧を描き、ゴールリングに吸い込まれる。

 

堀北兄が先制のスリーポイントを決めた。

 

「キャーッ!さすがは会長ですっ!」

 

「皆さん、ナイスフォイトでーす!……ところで綾小路くんは何をしているの?」

 

ベンチで、ボールを身体中で回してみたり、指で弾いてみたりしているオレを見て一之瀬が尋ねてくる。

 

「こういうのってボールと友達になることが大事なんだろ?」

 

「間違ってないけど、間違ってますっ!」

 

橘からの鋭いっツッコミが入った。

試合はそのままこちらのペースになるかと思ったが、さすがは全国屈指の強豪校。少しの動揺もなかった。

 

「なかなかやるな。このレベルは全国でも滅多にお目にかかれないぜ」

 

そう言いながら、4番はドリブルのペースを一気に加速させ堀北兄をかわす。カバーに入った桐山も対格差の前に何もできず、あっけなくシュートが決まった。

 

「これはなかなか厳しい。どうします、堀北先輩」

 

「桐山、葛城、お前たちはアルベルトのカバーに入る形で、常にダブルチームでボールを奪いに行け。勝算はあるはずだ」

 

「「はい」」

 

堀北兄の読み通り、それで簡単にはシュートを撃たれなくなった。だが、それまでで大きくリードできるものではない。一進一退を続ける試合となった。

 

第1Q、第2Qと終了し、ハーフタイム。

25対34と徐々に点差が広がってきた。

チームの総合力で見た時に、どうしても差が出てきてしまう。それをカバーするために走り回った結果、スタミナもそろそろ限界か。

 

「ハァハァ……」

 

桐山が肩で息をしている。

 

「スタミナのある桐山くんを前半だけでこんなに消耗させるなんて……」

 

橘の桐山に対する謎の信頼感は何なのだろうか。

 

「さすがにヤバいっすね……せめてお前がもっと役に立てばな、綾小路」

 

南雲の愚痴も、心なしか力が入っていない。オレに悪態をついて疲労を紛らわせてる、といったところだろう。

 

「オレはいつでも出れますよ?」

 

「勝負を捨てたくなったら考えてやる」

 

「後半はアルベルトを軸に攻める。中に集中させたところで、俺が外から入れよう。スリーを三本で同点だ。まだ焦る時間じゃない」

 

「はい」「了解っす」「わかりました」「OK!」

と誰一人勝負をあきらめてはいなかった。

 

だが、そんな気持ちとは裏腹に第3Q終了後、桐山が限界を迎えた。倒れて担架で医務室に運ばれていく桐山。

 

「く、こんなところですまない。後は頼んだぞ……綾小路」

 

「任せてください」

 

さて、いよいよ初のバスケの試合だ。コートに入ろうとしたところで一之瀬に呼び止められる。

 

「綾小路くん、バスケは初めてなんだよね。やりたいこと探し、第一弾として、ちょうど良いんじゃないかなって思う。こんな場面でプレッシャーかもしれないけど、せっかくなんだし、上手い下手は置いておいて全力で楽しんできたらいいんじゃないかな。じゃないとそれを本当にやってみたいかどうかわからないと思うんだ」

 

下手でも大丈夫。負けてもあなたのせいじゃない。そんな気遣いが感じられた。

 

「それもそうだな。俺も試してみたい技があるんだ。全力でやってみることにする」

そういってコートに入り第4Qがスタートした。

40対60、残り10分で点差は20点か。

同点までは単純計算で1分に1本シュートを決める必要がある……大丈夫だろう。

 

「くそ、実質4人じゃねえか。って綾小路はどこだ?」

 

「ここです」

 

「っ!……おい、ただでさえ役に立たないんだ、せめて走るなりなんなり注意を引き付けて貢献しろ」

 

「その必要はないですよ」

 

「あ?」

 

そう言ってオレは、アルベルトから葛城へのパスの間に入る。視線の先にはフリーの堀北兄。

 

「ま、まさか、綾小路くん、パスの軌道を……って普通にキャッチしちゃいました」

 

ボールを取ったオレを、チームの穴を見つけたとばかりに4番がものすごいスピードで迫ってきていた。

 

だが、問題ない。

 

ダンッ

 

相手は転んでいた。何が起きたのかとキョトンと下からこちらを見上げる。

 

「頭が高い」

 

でいいんだったか。再現は大事だからな。

目の前が開いたことで悠々と通らせてもらう。

 

「えーー!!アンクルブレイクの方ですか!?」

 

あの漫画で唯一オレでも出来そうだと思った技だ。相手の動きを読んで、転ぶように誘導するぐらいならバスケに関係なくできる。ベンチで相手を観察する時間は十分あったしな。本家には及ばないかもしれないが、目の前の相手を倒すのにはこのレベルでも問題ない。

 

影の薄さというか気配を消すのは得意だが、ミスディレクションをバスケに応用するなんて一朝一夕じゃできない。それこそバスケに対する深い知識と血のにじむ様な試行錯誤――努力が必要だ。

 

「綾小路、パスを寄こせって、うぉっ」

 

急に視界に入ってこないでくれ南雲。間違って転ばしてしまったじゃないか。

ドリブルの力加減にも慣れた。全力で動いてもコントロールできる。そうして邪魔をする相手もすべて転んでもらった。

 

落ち着いてシュートを放つ。

 

が、リングに当たりボールは上に弾かれた。シュートに関してはもう少し感覚をつかむまでかかりそうだ。

 

「「リバウンドっ!!」」

 

流石に立ち上がった相手選手たちがゴール下に集まろうとしたとき、跳躍した堀北兄が空中でボールを掴みそのままダンクを決める。

 

「全員、ボールを取ったら綾小路に集めろ」

 

堀北兄の指示が飛ぶ。

だが、その必要もない。

ボールを持った相手の前にすばやく移動し、ボールを奪う。初動がわかるんだ、どこに手を出せばボールを奪えるか分かりきったこと、造作もない。

そしていくつかの切り返しを入れることで重心を崩し、先程と同様に全員をコートに転がす。

安全を確保したところでシュートしたが、またしてもボールはリングに弾かれる。

 

「Amazing!」

 

リバウンドをとったアルベルトが点を入れてくれた。

 

手首のスナップあたりを修正すれば良さそうだな。

 

「アイツをボールに近づけるな」

 

さすがに相手も馬鹿ではない。ダブルチームでオレを徹底マークし、ボールを持つ選手への進路を塞ぐ。

 

だが、これはチーム戦だ。南雲がパスコースを塞ぎ、ボールをキープしている選手を堀北兄が止め、オレへのマークの間に葛城、アルベルトが身体を入れて動きを封じる。

フリーになったオレがボールを奪い、全員へアンクルブレイクをお見舞いする。

 

「くそっ!こんなのあり得ないだろ」

 

相手選手の苦悶に満ちた叫びを背に、ドリブルでゴール近くまで前進しシュートを放つ。

スッとボールはリングを潜った。

人生で初めてシュートを決めた。なるほど、これは少し楽しいな。

リバウンドの準備をしていた南雲が、流れ的に俺の番だったろ?と恨めかしい視線を送ってくる。

 

そうして試合は怒涛の逆転劇を見せ、ブザーが鳴ると同時に入ったオレのシュートで11本目。62対60で高度育成高等学校の優勝が決まった。

 

橘や一之瀬たちの歓喜の声が聞こえる。

堀北兄と南雲も手を取り合っていた。

アルベルトも笑顔でサムズアップしてくれている。

葛城も限界が近そうだが、満足げな表情だ。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

試合後、そろそろ帰りのバスへ乗り込もうという時、葛城がトイレに行くと言い始めた。

 

「すみません、ここのトイレ紙がなかったので、向こう行ってきます!」

 

「あ、ちょっと君、勝手な行動はやめ――」

 

ドタッ

 

止めにかかろうとした監視員をアンクルブレイクで転ばせておいた。一瞬振り返った葛城は「恩に着る」といった表情をしたので、頷いておいた。これで無事に荷物を発送できるだろう。

 

堀北兄が監視員に、すぐに戻ってきますのでとフォローを入れている。どうやら葛城の目的を察して黙認してくれているようだ。

こうして人生初のバスケの試合は、見事優勝を飾った。

 

ただ、秋の全国大会に出場した正式なバスケ部が第一試合で大敗したのは、語るまでもない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

逆襲のアカネ

夏休みってなんだっけ?

オレは今日も生徒会室にいた。

 

「10月に開催の体育祭についてだが、例年生徒会では次世代の育成を兼ねて、1、2年生のみで運営をしてもらう」

 

「私たち3年生は相談役ですね、困ったことがあったら何でも聞いてください」

 

体育祭の大まかな説明を受け、あとは後日1、2年で話し合って進行して欲しいとのことだった。

とはいっても特別試験とは違い、あくまで運動能力が試されるものであるため、決めることと言えば、種目の選考とルール確認、得点配分に問題がないかなどぐらいだ。

 

「さて、今日の仕事も終わりましたので……綾小路くん、そろそろアレをやりませんか?」

 

橘が目を輝かせながらこちらに提案してくる。

 

「アレ?」

 

「人数もいるし丁度いいと思うんです」

 

……なんのことだ?

全く心当たりがない。

 

「忘れたとは言わせませんよ。綾小路くんに辱めを受けて以来、虎視眈々とチャンスを伺っていたんですから!」

 

「辱め!?」

 

一之瀬過剰に反応しないで欲しい。本当っぽくなってしまう。

この人がこういう時は、大抵くだらない話だ。

 

「もー!人狼ゲームをやりたいって言ってたじゃないですか!」

 

ほら、やっぱり。

 

「負けても怒らないでくださいね、なんて失礼なチャットを送ってきたの、忘れてませんよ。私の手でぎゃふんと言わせてあげます」

 

「1つだけ聞いてもいいですか?」

 

「なんですか?」

 

「橘先輩に、オレをぎゃふんと言わせることができるんですか?」

 

「あー!ほらまたそうやってー!こう見えて人狼ゲームは得意なんですからね」

 

人狼ゲームか。船上での干支試験のルール説明時に、例として出てきたゲーム。当然知らないゲームだったため、試験対策を兼ねて橘に聞いたことがあった。ただ、試験が終わった今となっては、別に知らないままでも問題ないのだが……。

この状態の橘をスルーするのは、堀北妹が素直になることぐらい難しいな。

 

「それでどんなゲームなんですか?」

 

諦めて付き合うことにする。

試験に使われたぐらいだ。知識の1つとして学んでおいても損はないだろう。

 

「お、やっとやる気になってくれましたか。信じてましたよ、綾小路くん!」

 

上手く乗せられてしまったというか、お互いお互いの思考がわかり始めてきたのかもしれない。

今回でいうと橘は色々言っていたが、ただ単にみんなで遊びたかっただけなのだろう。

一応、夏休みだしな。

 

「では、早速ルールを説明すると――」

 

村人陣営と人狼陣営がおり、村人陣営は議論をして紛れ込んだ人狼を見つけ出し、人狼を処刑すれ(吊るせ)ば勝ち。

逆に人狼は議論を上手く誘導して正体を隠し、村人の人数と人狼の人数が同じになれば勝ちとなる。

 

各陣営にはそれぞれ能力を持った役職があり、それらを上手く活用することで議論を活性化させる。

 

進行は1日の流れを模してターン制度になっており、

 

昼時間に議論→夕方に処刑する人物を決定→夜に役職有の人物と人狼は能力を使用できる→朝、人狼による犠牲者がいるかどうかわかる→昼の議論……

 

といった形で進めていき、人狼を全滅させるか、村人と人狼の数が同数になるまで続けることとなる。

ゲーム設定にモノを申すのも野暮だが、容赦なく仲間を処刑していくなんて、かなり世紀末な村だな。

 

「なるほど……」

 

「細かいことはやりながら覚えていけば大丈夫ですよ」

 

確かに干支試験と似ている部分があるな。

……いや、もしかすると逆か。干支試験は人狼ゲームを元に作った試験かもしれない。

堀北兄曰く、生徒会が特別試験を作ることも可能という話だった。

過去、人狼ゲームが大好きな、橘みたいな生徒が特別試験にしたら面白そうと学校側に提案し、それが採用されたとか。

でなければ、わざわざ真嶋先生の口から人狼ゲームみたいなものだ、なんて説明は入らないだろう。

真嶋先生が人狼ゲーム好きなら話は変わってくるが……。

 

今後のことを考えると、色々なゲームに取り組むのは試験対策や試験を作る上で悪くないのかもしれない。

 

「それでは試しにやってみますか!今回はこの人狼アプリを使います。1台を使い回すこともできますが、プライバシー面を配慮して持ってない方はダウンロードをお願いしますね」

 

いつの間にか全員参加することになっているが……。

 

「人狼ゲーム、クラスでもたまにやるんです。面白いですよね!」

 

「橘、やるからには容赦せんぞ」

 

「堀北先輩。これも勝負っス。陣営が分かれたら、どっちが陣営を勝利に導けるか、競いましょう」

 

「南雲、堀北先輩に勝つのはお前でも無理だ」

 

全員ノリ気だ。

生徒会の仕事ばかりだったから、みんな羽を伸ばしたかったのか?

意外なことにアプリを持っていなかったのは、堀北兄とオレだけで

後は全員所持していた。学校で流行っていたのだろうか……。

少なくともDクラスでやっている人間を見たことはなかったのだが、情報源がオレでは信用もないだろう。

 

参加者は、堀北兄、橘、桐山、溝脇、殿河、一之瀬、オレ、南雲の8人となる。

 

「まずは初心者の綾小路くんもいるので、役職は村人4人、占い師1人、狩人1人、人狼2人のシンプルな形でいかがですか」

 

橘の提案に一同は賛成する。

オレもよくわからないが頷いておいた。

橘は少なくともここで何か策略を立てる人間ではないので、善意での提案だろう。

 

そうして人狼ゲームがスタートした。

 

オレの役職は……「村人」か。しばらく様子見をさせてもらおう。

 

「まずは昼の議論ですね。とはいっても初日は情報が少ないので大体フィーリングになってしまいますが……」

 

「ハハッ、初日を捨てるなんてもったいないっすよ。こんなのは感覚で嘘言ってるやつわかるもんですって」

 

南雲、言ってること橘と一緒じゃないか?

 

「そうだなー、帆波、お前は人狼か?」

 

「え?村人ですよ」

 

「うん、白だな」

 

「殿河、溝脇も違うだろ?」

 

頷く2人。

 

「となると……堀北先輩、怪しいっすね」

 

「お前がどう思おうと勝手だが、俺を吊るすことは勧めない」

 

「へえー、じゃあ何か役立つ役職持ちなんっすかね?……おいおい、綾小路全然しゃべってねぇな、お前人狼なんじゃないか?」

 

「ひどい言いがかりですね」

 

「素人ってのは人狼になったとき、途端黙るもんなんだよなぁ?」

 

「その理屈でいうと、経験者でしゃべりまくってる南雲先輩も怪しいのでは?」

 

「……」

 

と、ここで昼の議論タイムが終了し、夕方の投票時間となった。

 

アプリ画面で誰に投票するかを決定する。

もちろん、南雲一択だな。

 

投票受付後、処刑された人間の名前が出てくる。

 

『南雲』

 

「おいおい、全員見る目がないぜ……このゲーム終わったな」

 

やれやれ、といった様子の南雲。

うるさかったので投票しといたのだが、きっと正解だったな。

 

そんなこんなでゲームを進行していき、結果、人狼は南雲と桐山だった。

1戦目は『村人陣営の勝利』となる。

 

「それじゃ、綾小路くんもルールを覚えてきた頃でしょうし、皆さん、ここからは本気で行きましょう。役職も村人を1人減らして、狂人を追加しますね」

 

狂人は、人ではあるが人狼側の陣営で、特殊な能力はないものの人狼側が勝利となれば自分も勝ちになる。

ただ誰が人狼かはわからないため、人狼の予測を立て庇うことで、議論を混乱させる……らしい。

 

突然、そんなややこしい役職を入れてくるとは……。

 

そうして、2戦目、3戦目とゲームを続けて行ったのだが……

初日に必ず吊るされる南雲。

 

「いくらなんでも酷すぎないっスか?帆波は俺のこと信じてくれてるよな?」

 

「もちろんですっ!」

 

「だよな。先輩方、俺が脅威なのは理解できますが、お手柔らかにお願いしますよ」

 

素敵な笑顔で肯定する一之瀬。

ただ、本人を除いた7票のうち、過半数を超えているから吊るされているわけで、殿河、溝脇が南雲に入れないことを考慮すると

高確率で一之瀬も南雲に投票しているのではないだろうか。

 

変化が訪れたのは4戦目だった。

 

オレの役職は「占い師」か。

初めて役職持ちになったな。果たしてどう動くのが正解なのだろう。

 

「さすがに南雲くんが可愛そうですから、初日に誰かを吊るのはやめましょうか」

 

「それがいいと思います。私も賛成です」

 

「俺も異論はないです」

 

「橘先輩、あざっす」

 

橘の提案に、一之瀬、桐山が賛同したことで、南雲の延命措置が決定した。

こんなあっさり助かるなら、何のために今まで南雲は吊るされていたんだろうか。

 

その協定通り、初日の議論では誰かを処刑にすることはなく夜時間を迎える。

 

占い師の能力は、選んだ1名の役職を知ることができるというもの。

昼間の議論では怪しい人物はいなかったため、とりあえず適当に桐山あたりを選んでおくか。困ったときの桐山さんだ。

 

桐山は『村人』だった。

 

 

翌朝。

 

『桐山』が無残な姿で発見された。

 

「初日は桐山君が犠牲になりましたか……惜しい人を失いました」

 

「桐山は冷静な男だ、人狼側も先に始末しておきたかったのだろう」

 

「まぁいなくなったやつのことはイイじゃないっスか」

 

「……あの、議論を円滑にするために役職をカミングアウトしませんか?」

 

一之瀬が恐る恐る挙手をしながら提案する。

 

「それもそうだな。占い師は出てきてもらえるとありがたい」

 

堀北兄が一之瀬の発言を受けて全員へ促す。

だが、ここでおいそれと名乗りを上げると、人狼に狙われる可能性が高い。

狩人が毎晩1名人狼から守ってくれるらしいが、桐山が狩人だった場合、詰むだろう。

どうしたものかと考えていると

 

「実は、言い出しっぺの私が占い師なんです。狩人の方、お願いしますね」

 

そう言い出したのは一之瀬。

 

「いえ、それはおかしいです。なぜなら占い師は私ですから」

 

と、橘も占い師を名乗りでるというおかしな状況できた。

 

「この2人のどちらかが占い師か?」

 

堀北兄が進行していく。

オレも名乗り出た方がいいか?

だが……オレが占った桐山はすでにいない。

つまり、ここで名乗り出ると誰にも信じてもらえず、即吊るされる可能性がある。

それは避けたい。

 

「一之瀬さん、出番がないからと無理やり出てくるのはいけないと思いますよ?」

 

「そっくりそのままお返ししますよ、橘先輩」

 

2人がバチバチ火花を散らす。

なんだか珍しいな……そういえば2人とも遊び関係には本気になるタイプか。

 

「ちなみに各々誰を占ったんだ?」

 

「私はもちろん会長です。会長は人狼ではありませんでした」

 

というのは橘。

 

「えっと、私は南雲先輩を。南雲先輩も人狼じゃなかったです」

 

一之瀬は南雲を占ったという。

 

これはマズい状況になりそうだ。

本物の占い師が名乗り出ないとこういう展開になるのか。

 

堀北兄は自分の潔白を証明した橘を信じるだろうし、南雲は一之瀬を信じるだろう。

だが、実際はどちらとも人狼か、もしくは片方が狂人だ。

人狼同士はお互いが人狼だと把握しているため、わざわざ2人とも占い師だと名乗り出るのはリスクがある。

大胆な策でなければどちらかは狂人だと思うのだが……。

 

「さすが帆波だ。オレは帆波を信じるぜ。間違いなく占い師だ」

 

ほら、南雲はもうダメだ。

南雲と一之瀬が人狼で結託している可能性もあるが……あの南雲のニヤけた顔を見るに違うだろうな。

 

「どちらかが嘘を言っているのは間違いないが……俺も村人だ。だが、だからと言って橘が白だとは限らない。判断材料が不足している」

 

「占い師の追及はともかく、もう1人の人狼が誰かを考えるのが先ですかね」

 

ここでオレも発言をしておく。

あえて占い師であることは伏せて進めてみることにした。

 

橘と一之瀬は人狼側確定。

桐山は村人だった。

残りの、堀北兄、殿河、溝脇、南雲の中にもう一人の人狼がいるはず……。

 

本物の占い師のオレ視点でいえば、怪しいのは人狼から白をもらった2人のどちらかになる。

だが、南雲はあのニヤケ面をみるに、人狼ではなさそうだ。

人狼であれば間抜けすぎる。

 

よって、堀北兄が怪しい。

何とか切り崩す必要があるのだが……。

 

現状だと村人側が不利になってしまっているが、相手にも弱点はある。

オレが名乗り出なかったため、人狼は狂人の事を本物の占い師だと思っており、狂人もまた相手を本物だと思っていることだ。

 

「オレには一之瀬が嘘をつくとも、南雲先輩が人狼であるとも思えませんね。そうすると堀北会長が怪しいと思うのですが、橘先輩、嘘をおっしゃいました?」

 

「そ、そ、そんなことないデデデすヨ~」

 

この人、人狼ゲーム得意とか言ってなかったか?

 

「綾小路に同意するのも癪だが、橘先輩、確かに怪しいっすね」

 

「そうです、本物の占い師の私としてもおかしいなって思います」

 

おそらく狂人であろう一之瀬側について、同士討ちで堀北兄&橘を沈めてしまえば、こちらの勝ちが見えてくる。

奇しくも1、2年初の協力体制になったな。

 

「いや、それこそおかしな話だ。南雲を白だと決めつける理由はなんだ、綾小路?」

 

「理由も何も、この南雲先輩の顔を見れば一目瞭然でしょう?」

 

「綾小路、お前もやっとこの俺の偉大さがわかってきたか」

 

「……確かに、これが南雲の演技なら大したものだ」

 

南雲は一之瀬から白を出してもらえたことによる喜びが顔面に溢れていた。

これまでほとんど相手にしてもらえてなかったからな、よほど嬉しかったのだろう。

 

「だが、落ち着いて考える必要がある。少なくとも今晩、占い師は人狼から攻撃されることはなくなった」

 

片方の占い師が人狼にやられれば、必然生き残った方の占い師が人狼ということになる。

 

そのため今晩直ぐに処理されることはない。

とはいっても、変に占われてもう一人の相方を見つけられたらマズいため、早急に処理する必要が出てくるのも事実。

勝負を仕掛ける時は、あと1~2名村人側が減ってからだろう。

 

「ならば、あえて1日泳がせて他のメンバーを占ってもらいたい」

 

「じゃあ夕方の指名はどうするんっスか?」

 

「無理して吊るす必要はないだろう。人狼を外した場合、狩人が上手く防がなければ翌朝は村人3人、人狼2人の計5人だ。村人に狂人が混ざっていた場合、そこから逆転するのは非常に困難になる。だが、ここで吊るさなければ翌朝は村人4人、人狼2人と逆転はできる」

 

というのが堀北兄の見解。オレが真の占い師であることを知らないため、そういう発想になるのは自然ではあるが、堀北兄が人狼であるため夕方に吊るされないための延命を図っているようにも思える。

 

「堀北先輩はこういうとき守りに入りがちっスよね。絶対に橘先輩が人狼なんっスから、今日吊るしておいた方が安心ですって。ただ、橘先輩が人狼だった場合、堀北先輩の立場も一気に怪しくなりますケド」

 

どちらかというと南雲の意見に賛成ではある。

橘が人狼であれば、翌日は村人4人、人狼1人の5人となり、一気にチャンスとなる。

オレを除いて、一之瀬(恐らく狂人)と南雲が人狼ではないため、堀北兄か殿河、溝脇のうち生き残ったうちの2人のどちらかが人狼となるだろう。

 

「待て。橘を吊るして本当に人狼だったとしても、その夜、一之瀬が人狼にやられる可能性が高くなる。そうすれば占い師が全滅だ。それは得策ではないだろう」

 

人狼にとって、片方の占い師(偽)がいなくなれば、占い師(真)を生かしておくのはデメリットしかない。余計な占いをする前に消しておくのが一番だ。

 

「わ、私のことは狩人の方が守ってくれると信じています。そうすれば、占いもできて人狼も一人減って、村人の勝ちが見えてくると思います」

 

こう主張すれば、狩人は一之瀬を守る。人狼も守られている相手を狙うより、守られてない人間、できれば狩人に的を絞って襲撃したいところ。普通ならそれでいいのだが、一之瀬も偽物の占い師である以上、守ることのメリットは少ない。

 

しかし、そうなると南雲は今晩人狼にやられる確率が高いのか。

一応、白認定されてるしな。本人は気づいているのだろうか。

とはいっても所詮確率の話、オレが狙われない保証はどこにもない。

ここは狩人を生贄に差し出すか。

 

「オレもその方がいいと思います。ただ……狩人が桐山先輩だった場合は話が変わってきます。一之瀬が心配です」

 

「綾小路くん……ありがとう」

 

オレの心配に感動したかのように、うるうるとこちらを見つめてくる一之瀬。

偽の占い師であると知っていなければ騙されてしまうところだ。

『善人=嘘をつけない』なんてことはなく、一之瀬の演技力も油断ならないな。

ただ、この場合のいつもの一之瀬なら、俯いてしまい、こちらの目を見て伝えることはできない、そんな気もする。

 

「帆波、安心しろ。狩人は絶対お前を守ってくれるサ」

 

「はい、そう信じてます」

 

ウインクをしながら一之瀬にそう伝える南雲。

……人狼さん、南雲が狩人です。やっちゃってください。

 

昼時間が終了し、夕方になる。

 

ここでは案の定『橘』が吊るされた。

 

「すまない、橘」

 

守り切れなかったことを悔やむ堀北兄。

やられた人はしゃべることができないため

橘は『いいんですよ、会長。会長は生き残ってください』といったようなジェスチャーをしている。

 

確かに、南雲が吊るすと言った時点で、南雲フレンズの殿河、溝脇は従うだろうからな。

そこに一之瀬の票が入るため、元々どうしようもなかった。

 

「ぎゃふんと言わせることはできませんでしたね」

 

しゃべることはできないため『ムーッ!!』と頬を膨らませて抗議してくる橘。

 

夜時間になる。

 

ここは堀北兄を占ってゲームを終わらせてしまおう。

 

堀北兄は『村人』だった。

 

どういうことだ……。

橘は村人である堀北兄を白にして味方にしていただけだった。

その意図はなんだ。潜伏しているもう一人の人狼を信頼しているからか?自分が名乗り出ることであえてヘイトを買っていたのか?

 

だが、あと一人は、殿河か溝脇のどちらかということになる。

この先輩たちは一切セリフがないため正直判断できない。

というか読者からしてみたら性別すらわからない。

 

もう1日生き残って占うことができれば、答えがわかるのだが……。

答えがわかったところで、もう手遅れかもしれない。

 

朝になる。

 

『溝脇』が無残な姿で発見された。

 

あえて南雲を生かしているあたり、人狼側の作戦が見えてきた。

 

「ま、これでゲーム終了ですね。あとは堀北先輩を吊るすだけ。この勝負もらいましたね」

 

「南雲、お前なぜ自分がまだ無事か考えているか?」

 

「この状況で考える必要もないでしょう。混乱させようとしても無駄っスよ」

 

南雲は完全に人狼に翻弄されている。

堀北兄への対抗心、初の一之瀬からの支援、これまでずっと初日に吊るされていた……すべては計算されていたのか。

 

オレが堀北兄側についても、2対3でどうしようもない。

 

夕方、『堀北兄』が吊るされた。

 

が、勿論ゲームは終了しない。

 

「マジかよ、人狼のヤツにはめられたのか?」

 

「でも、これで私たちの勝ちが決まりましたね。さっきは占った溝脇さんが襲われてしまいましたが、あとは殿河さんか綾小路くんを占えばいいんですから」

 

「それもそうだな」

 

夜時間。

もはや占いなど無意味だが、殿河を占ってみる。

 

殿河も『村人』だった。

 

オレは初手で大きな勘違いをさせられた。

どうやら狂人も人であるため占い結果は『村人』と出るのだろう。

そしてこの中にすでに狂人はいない。初日に人狼の手であえて消されていたのだから。

 

翌朝。

 

『殿河』が無残な姿で発見された。

 

「綾小路、上手く潜伏したもんだな。やけに俺たちを庇うと思ったらそういうことか」

 

「南雲先輩、無駄だとは思いますが、一応お伝えすると、オレは本当の占い師で、人狼は……『一之瀬』ですよ」

 

「馬鹿を言うんじゃねえ。俺と帆波が2人で生き残るからって嫉妬か?」

 

「いえ、もうこうなってはどうすることもできません。諦めます」

 

「殊勝なことだ」

 

「綾小路くん……」

 

一之瀬が意味ありげにこちらを見つめてくる。

……そういうことか。まぁ最後に今回の戦犯を懲らしめておくのも悪くないか。

 

夕方、吊るされたのは『南雲』だった。

 

こうして4戦目の人狼ゲームは『人狼側の勝利』で幕を閉じた。

 

「嘘だろ、どういうことだ、説明しろ、綾小路」

 

「結果のままです。喜んでいる2人の様子を見ればおわかりでしょう」

 

「やりましたね、一之瀬さん!」

 

「はい、橘先輩!」

 

「南雲、どうやら俺たちは最初から2人……いや、3人の罠に嵌められていたようだ」

 

堀北兄も状況が読めていたようだった。

 

「すみません、堀北先輩。橘先輩にお願いされて断り切れず……」

 

「気にするな、桐山。おかげでなかなか面白いゲームになった」

 

「ふふふ、どうでしたか綾小路くん」

 

勝ち誇る橘。

 

「こんな形で勝って満足ですか?」

 

「私の目的は綾小路くんをぎゃふんと言わせること、どんな手を使ってでも……最終的に、勝てばよかろうなのだでぇーすっ!」

 

「……その考え方には同意しかありませんね」

 

勝つために一之瀬と桐山を懐柔し、その過程で自分が吊るされても、最終的に人狼として勝利していた橘。

最後に自分が勝っていればいい。本当にその通りだ。

 

気づこうと思えばヒントはあった。

堀北兄とオレが持っていない人狼のアプリを、あの桐山が持っていた違和感。

ずっと南雲が吊るされていたのは、橘、一之瀬、桐山の3人が人狼と狂人になるまでの調整か。そして、自分が該当職になったのを南雲を吊るすのやめる発言に同意するかどうかで探っていたなどなどおかしな部分は結構見られた。

 

南雲、便利すぎるな。

 

そこを見逃し続けた時点でオレたちの勝ちはなかったわけだ。

人狼ゲームが得意といったのは本当だったんだな。

 

「では、綾小路くん、一言お願いします」

 

「……ぎゃふん

 

「やりましたー!これで今日はぐっすり眠れますね」

 

実に面白い経験をさせてもらったので、このぐらいサービスすることにした。

 

「ちっ、占い師のお前がもっと仕事していたら勝ててかもしれないんだぜ?」

 

オレが占った相手、全員翌日に死んだんだよな……。

決して呪詛師とかではないはずなのだが。

 

「まぁ現実でもゲームでも占いは当てになりませんから」

 

「……待ってください、綾小路くん。いまのは聞き捨てなりませんよ」

 

「何がですか?」

 

「占いは当たります!丁度、ケヤキモールにめちゃくちゃ当たる占い師さんが来ているので、今から一緒に行きましょう。もちろん、一之瀬さんも来ますよね?」

 

「は、はい。実は、私も占い大好きなんです」

 

……一之瀬が俯きながらしゃべっている。

なんだか、強引な話の展開だと思ったが、一之瀬が橘に協力したのは、このためか。

よほど生徒会で占いに行きたかったんだな。今後の活動運でも占ってもらいたいのだろうか――ということにしておこう。

 

「そういうことなら俺も連れて行ってくださいよ」

 

「南雲くんもですか?」

 

「俺も占いに興味あるので」

 

「うーん。まあいいですよ、みんなで行きましょう!会長はどうします?」

 

「悪いが俺は少しここで仕事をしておきたい。4人で楽しんでくるといい」

 

「そうですか……じゃあこの4人で占いにゴーです!」

 

こうして、奇妙なメンバーでこれから占いをしに行く事が決まった。

 

 




更新時間が大幅に遅れてしまい申し訳ないです。
人狼ゲームをやりたいなんて言い出した、橘先輩のせいですね。

責任転嫁はこのぐらいにして、何度かやったことあるし、人狼ゲームの展開くらい書けるかなと思ったら想像以上に頭を使わないといけないことに気づいた深夜。

原作にある占いの話に持っていくきっかけ作り(原作のきっかけ須藤は、まだ入院中のため不可)で、占いと以前橘に話を振っておいた人狼ゲームの占い師を繋げて話を作る、というアイディアだけで放置していたツケが回ってきました。今日が休日でよかった……。

結果、この時間、文章量、しかも占いまでたどり着けないことに……。情けない限りです。

明日からはいつも通りの更新時間の予定です。
今後ともよろしくお願いいします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

本職の占い師の実力

橘、一之瀬、オレ、そして南雲。

この4人でケヤキモールにやってきている有名な占い師の元を目指している。

 

「占いなんて、ちょっとした話術と統計学の賜物だと思うんですが、違うんですか?」

 

「綾小路くんは運命とか信じないタイプですねー」

 

「そんなんだからモテないんだぞ、綾小路」

 

「モテないかはともかく、全く信じないのはもったいない気がする、かな」

 

3人ともこちらの占いに対する意見には反対のようだ。

しまったな、このメンツだと完全にアウェイだ。

 

生徒会のメンバーを性格で大きく2つに分類するなら、

 

堀北兄、桐山、オレの理知派

橘、南雲、一之瀬の感情派

 

に分かれると分析している。

 

これがもし、堀北兄と桐山と占いに向かっていた場合――それはそれでシュールな絵面だが、あえて占い師にこんな情報を話したら、恐らくこういう切り口でトークを展開してくるのではないかなど、本来の意味とは全く違う楽しみ方に興じていただろう。

 

そういう意味では、この3人はシンプルに占いを楽しめる人間なので、羨ましいといえばそうかもしれないな。自分とは違う思考の人間は観察しがいもあるというもの。

 

「とにかく、占いしかり、超常現象しかり、目に見えないから存在しないとか、自分がわからないから理解しない、っていうのは間違いだと思うんです。世界は未知と可能性に満ち溢れているんですよ」

 

「本当にそうだったら、面白いんですが……」

 

そうあって欲しいと切に願う。

狭い空間で学んだことだけが全てではない。

その証明はオレにとっても無視できないものなのだから。

 

「ちなみに、綾小路くんは占って欲しいこととかあるの?」

 

一之瀬が無邪気に聞いてくる。

 

「あるぞ」

 

「え、なになに?」

 

結構気になってそうな前のめり具合。

オレの占い結果なんてどうでも良さそうなものだが。

 

「これからの健康運とか」

 

がくっーと効果音が聞こえてきそうな勢いでズッコケる橘。

 

「うーん、綾小路くんらしいね」

 

「おいおい、綾小路、せっかく当たるっていう占いなんだぜ?健康なんて日々の生活管理をきちんとしておけば、俺達の年齢ならそんなに心配する必要はねぇよ。もっと、将来の事とか、恋愛とか、そっちの方が占ってもらう価値があるだろ」

 

「南雲くん、良いこと言いますね」

 

「ですね!綾小路くんもそっち方向で占ってもらうといいんじゃないかな?」

 

やはりアウェイだな。

三人寄れば文殊の知恵、三本の矢は折れない……普段、各々と対話する分には問題ないが、3人いる状態だと向こうのペースに持っていかれてしまうのは、今後の課題だ。

 

そうこうしているうちに、ケヤキモールの5階、特設の占いコーナーに到着した。

 

だが、案の定というか、噂になっているだけあってすごい人数が並んでいる。

基本的に男女カップルばかりだが、中には男子だけ、女子だけのグループも、ちらほら見える。

 

「いらっしゃいませ、占いはペアでのご案内になりますが、いかがなさいますか?」

 

待機列の後ろに近づくと、整列係の女性から話しかけられた。

各々占ってもらうことはできるが、入場はペア限定らしい。

幸いこちらは4人だが……こういう時の組み分けってどうするのがベストなんだろうな。

 

「もちろん、帆波は俺と――」

 

「じゃあ、男子組と女子組で分かれましょう。異性には聞かれたくない話もあるかもですしね」

 

そういって橘がチーム分けをした。

 

……って、南雲と一緒に占うのか?

お互い考えることは一緒だったようで、すさまじく嫌そうな顔をした南雲と目が合う。

 

「チッ、何のためについてきたかわかんなくなっちまったな」

 

「占いのためですよね?」

 

「ま、俺の運命の道には勝利と成功しかないからな、わざわざ占ってもらう意味もないだろ」

 

「……本当にそうなのか第三者に確認してもらうのもいいのでは?」

 

「ま、確かにな。ここまで来て帰るのももったいないか。なんかの話題にはなるだろ」

 

明らかにテンションが2~3ランクダウンする南雲。

まあオレも下がっているので気持ちはわかる。

 

「それにしてもすごい列……一体どのくらいかかるのかな?」

 

「一組10分だとしても2時間ぐらいか?」

 

「ま、綾小路じゃ、それが限界だろう。女を待たせるなんて、イケてる男のする事じゃないぜ」

 

ニヤリと笑い、何かを企んでいる様子。

これはツッコんだら面倒臭くなる可能性があるな。スルーに限る。

 

「どういうことですか、南雲くん?」

 

あー、橘、ダメだろ。南雲のバカな企みに触れちゃ……。

 

「こういうことっスよ」

 

パチンッ

 

と指を鳴らす南雲。

 

その瞬間、長蛇の列が霧散し、並んでいた人たち――よく見ると2年生ばかりだな、が列を譲ってくれる。

 

「俺ほどの男になるとこういうこともできるのサ」

 

占いに行くと決まった時点で仕込んでおいたのだろう。

人員の無駄遣いというか、よくこんなことに付き合う人間がいるものだ……。

 

「南雲先輩、すごいと思いますし、ありがたいんですが……やっぱり列にはちゃんと並ぶ必要があると思います。ズルして占ってもらっても楽しくないと思うんです」

 

「……それもそうか。帆波はホントに良いやつだな」

 

パチンッ

 

と再び指を鳴らすと列が戻ったのだが……数組、列から離れていく。

 

「悪いがちょっとトイレ行ってくる」

 

「わかりましたー」

 

足早に列から離れて行った生徒たちを追っていく南雲。

 

「オレもちょっと行ってくるな」

 

「うん、待ってるね」

 

面白そうだと思い、南雲の後をつける。

少し曲がった人気のない通路で南雲と2年生の数名が話をしていた。

 

「南雲くん、私たち占いには興味ないから帰りたいんだけど?」

 

「おう、悪かったな。あっ、これお礼のポイントな。また、なんかあったら頼む」

 

……堀北兄が以前話していた話となんだか違うような気がするのだが。

これが、学年を支配している副会長の姿か?

見てはいけないものを見てしまった気分になる。早く戻ろう。

 

「綾小路くん早かったですね。南雲くんは?」

 

「さぁ……大きい方だったんじゃないですか?」

 

「こら、女の子の前でそんなこと言っちゃダメですよ」

 

とは言え、南雲の身を犠牲にした活躍(?)で、数組いなくなったのは有難い。

程なくして南雲も帰ってきた。

 

「せっかく時間があるので、短めの人狼ゲームでもしましょうか」

 

「いいですね」

 

今度のアプリは南雲たちも持っていなかったようでダウンロードし、待ち時間の間、4人で遊ぶこととなった。

 

そしていよいよ占いの順番が回ってきた。

 

「男子組から先に良いですよ」

 

ということで、南雲と二人、占いのテント(?)のようなところに入る。

……オレ、何やってるんだろ。冷静になってはいけない気がする。

 

中は薄暗く、古めかしい机の上に置かれた大きな水晶、その後ろにはフードを被ったローブ姿の老婆が座っていた。

雰囲気だけは一級品だな。

 

「さて、お前さん達、何を占って欲しい?」

 

そういって料金表を指さす老婆。

世界観台無しだな。

 

人間関係、恋愛、将来、勉強に健康などあらゆることが占えるようだ。

ペアということもあり、お互いの相性占いなどもあった。

 

「ばあさん、オレには振り向いて欲しい人がいるんだが、その人に振り向いてもらう方法を教えて欲しい」

 

といってポイントを払う南雲。1回5,000ポイントと馬鹿にならないが、南雲にとっては気にするほどの値段ではないのだろう。

 

「あいわかった、占って進ぜよう」

 

そうして老婆は水晶に手をかざし、なにやら唸り続ける。

 

「……無理じゃな」

 

「おい!」

 

「まあまてパツキンにいちゃん」

 

「パツキンて」

 

「今のままじゃ、到底無理じゃ。いくらお主が誘ったり、勝負を仕掛けたりしても、きっとうまく流されるじゃろう。やり方を変えねばならん」

 

「それでどうすればいい?」

 

何か思い当たるところでもあったのか

ごくり、と唾をのむ南雲。

 

「対策の占いは別料金じゃ」

 

「ほらよっ」

 

ピッとカードリーダーに端末をかざし支払いを済ませる南雲。

この老婆、カモを見つける目利きは本物だな。

 

「ふふふ、わかっておるの。簡単なことじゃ、お主1人では気にしてもらえぬのなら、そやつが興味のある者を巻き込むしか他にないじゃろう」

 

「なるほど……」

 

「おすすめは、その相手が大事に想っている人物か、お主の後輩あたりかの。そうすれば、その者は嫌でもお主を意識してくれる。そこから先はお主次第じゃ」

 

「助かったぜ、ばあさん。ありがとな」

 

結構胡散臭いことこの上ないのだが、南雲は満足したようだった。

 

「そっちのにいちゃんは何を占うんだい?」

 

「オレは……今後の学生生活について占ってもらおうか」

 

そうしてポイントを支払う。

 

「ムム、お主、宿命天中殺の持ち主じゃな」

 

「宿命天中殺?」

 

「知らないのかよ、綾小路。簡単に言えば、波乱万丈な人生で大変なやつだ。オレの様にまっすぐ王道を歩けなくて苦労するな」

 

「南雲先輩、詳しいんですね?」

 

「女子は占いが好きだからな、自然とそっち系の知識は増える」

 

「そこのパツキンかもちゃんが言っていることも間違えではないが、宿命天中殺の持ち主はその試練を乗り越えるだけの力を身につけることができるものでもある。運命に負けぬよう努めることができれば、新しい道が開けるかもしれんの」

 

「ばあさん、俺のこと変な呼び方しなかったか?」

 

「ともかく、お主の学生生活は、お主が成し遂げたいと願うことを実行した時、それまでの行いの結果で運命が分かれる。そうじゃな、その時は尊敬する目上の人たちのことを参考にするといいじゃろう」

 

実にふわっとしていてよくわからない回答だったが、占いなんてこんなものだろう。

オレが成し遂げたいこと……か。

確かに将来の運命はこれからの生活にかかっているのかもしれない。

 

「最後にこれはサービスじゃが、お主たち、今日は決して遠回りせずにまっすぐ帰るんじゃぞ。迂回すれば思わぬ足止めをくらうことになる」

 

老婆の有難い忠告?を受け、オレたちはテントを出た。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「せっかくのチャンスだったのに、南雲くんには困ったものです」

 

「あははは……でも、橘先輩と一緒で安心しましたよ」

 

橘先輩に、生徒会での綾小路くんのことを色々と聞いていたら、完全に誤解……そう誤解されてしまった。

綾小路くんは純粋に尊敬できる素敵な人、その人の事を知りたいなって思っただけだったのだけど。

 

「でも、相手との相性占いは別に本人がいなくてもできるみたいですし、さっき占った人との運勢を~っていえば、精度も上がるんじゃないかって思います」

 

「それで先に行かせたんですね」

 

そんなやり取りをしていると、綾小路くんたちが出てきて私たちの番になる。

 

中に入るとなかなか雰囲気のある佇まい。

結構なお歳になるおばあちゃんが占てくれるようだ。

こんな歳になるまで働いて、みんなのために占いをしてくれるなんて、すごくいい人。

 

「それで、お嬢さんたちは何を占うんだい?」

 

「想い人と添い遂げたい……なんていうのは欲張りすぎですね。ただ、ずっと傍で支えていきたいんですが、どうすればいいですか?」

 

橘先輩が、めちゃくちゃ大胆なことを聞いている。

ずっと傍で支えたいっって、それはもう――――

 

「今のままでも問題ないじゃろう。時が過ぎ、お主の意中の相手の重荷が降りた時、自然と向き合うことができるはずじゃ」

 

「ほ、ほんとですか!?」

 

「ただ、新年早々、身近な者によってピンチに陥る可能性があるの……。ジャージ姿で泣いているお主の姿が見える。うーむ、その時が来て、頼れる人に頼れないなら他の頼れる人に頼ることをおすすめするの」

 

「わ、わかりました」

 

結構具体的なことまでわかるんだ、と少し関心をする。

占いなんて学校で流行ってた手相を見るやつとか、血液型、星座の占いぐらいで、こんな本格的なものは初めてだ。

 

「そっちのお嬢ちゃんはどうするのかの?」

 

もちろん恋愛関係ですよね?みたいな目で見てくる橘先輩。

ううぅ、誤解させてしまって申し訳ない。

なんとか差しさわりのない形で聞いてみよう。

 

「お世話になっている人というか、気になる人というか、尊敬している人がいるんですが、その人との相性的なものを占っていただければと……」

 

「一之瀬さん、こんなところで照れなくても良かったんですよ?」

 

「い、いえ、気になっていることですので」

 

「うーむ……これは……」

 

水晶を覗いて苦い顔をするおばあちゃん。

ないか良くないことでも見えちゃったのかな。

 

「正直なところ、やめておいた方が吉と出ておるが……。諦めないなら、お主には大きな選択を迫られる時が3回来るじゃろう。もしも、その全てで正解の選択をしたとき、お主の悲願は達成されると出ている」

 

「もし1回でも間違ってしまったら?」

 

「その時は精一杯あがきなされ。さすれば、ワシも、そして意中の彼も全く予想できなかった未来にたどり着くことができる……かもしれぬ」

 

とっても難しいことを言われてしまった。

具体的なのか、そうでないのか……自分でいうのもなんだけど、そんな重要な選択を3回も当てられる自信はない。私は追いつめられると選択を間違っちゃう、そんな人間なのだから。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

一之瀬たちもテントから出てきた。

 

「いやー面白かったですね!ちょっと勇気を貰えましたよ」

 

満足そうな橘。

 

「一之瀬は微妙だった感じか?」

 

何とも言えない表情の一之瀬が気になった。

もしかして南雲みたいにカモられたのか。

 

「ううん。そんなことないんだけど、少し考えさせられちゃって」

 

「そうか。カモられたんじゃなかったらよかった」

 

「綾小路くんはどうだったの?」

 

「正直よくわからなかったな。宿命天中殺がどうのこうのって言われたが……」

 

「えーっ、綾小路くんは宿命天中殺持ちですか!?大変ですね」

 

「え、そうなんですか?」

 

「占い師が言うにはそうらしいな。試練がたくさん訪れるそうだ」

 

「そうなんだー。でも綾小路くんならどんな試練でも乗り越えちゃいそうな気がするよ」

 

「買いかぶりすぎだ」

 

「ふふ、そうかな?」

 

「あれ?ところで南雲くんは?」

 

「あ、言われてみれば……」

 

やっと南雲がいないことに気づく2人。

 

「実は2人を待っている間に、おん――友達から電話がかかってきて、これから一緒に遊ぶ約束ができたらしい。それで先に帰った」

 

「へー、さすが人気者の南雲くんですね」

 

「一つ懸念があるとすれば……」

 

「「あるとすれば?」」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「なずな、今エレベーターに乗ったところだ、正面が混んでてな、迂回して別のエレベーターを探してて遅くなった。ほどなくそっちに着くぜ」

 

『うん、待ってるねー。あ、そういえばさ――』

 

ブツッ

 

「ん?あー、今日は散々人狼で使ったからな、バッテリー切れか。まあ合流場所はわかってるし、問題ないだろ」

 

ガタッ、ピー……

 

「あ、おい、急にエレベーターが止まったぞ。緊急ボタンは……反応なし。電話はバッテリー切れ。……おいおいマジかよ。おーい、誰か~」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

その後、待ち合わせをしていた朝比奈なずなが異変に気付き、捜索、発見するまでの数時間、南雲はエレベーターに閉じ込められていたらしい。

 

翌日から、南雲は、誕生石のブレスレットや謎の幸運グッズを身につけ、妙にスピリチュアルな感じになり、運命や占いを信じるようになっていた。

 

あの占い師の言うことを少しは信じてもいいかもしれない、そう思った出来事だった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

意外な救世主

夕方6時。

学校から一斉メールが届いた。

学校からメールが来るのは船上試験以来だったため、まさか特別試験か?と思ったが、そんなことはなく、水道局のトラブルで寮全体の水がでなくなってしまっているとのこと。

 

遅ければ明日の朝まで工事がかかるらしいが……寮だけピンポイントに水が使えなくなるって水道局は何をやらかしたんだ?

 

そういうわけで断水状態ではあったものの、特に問題なく過ごせていたのだが……。

 

夜9時を回ったあたり、手に水筒がはまって取れなくなった堀北を救ってきた。

色々あったが、水を佐倉から分けてもらって、水筒に洗剤を流し込むことで事なきを得た。

 

にしても水筒が腕から抜けなくなるなんてあり得るのか?

 

試しにオレも水筒を取り出し左手を入れてみる。

すると思った以上にギリギリのサイズで、しっかりと腕が固定される。

 

「堀北よ、サイコガンは心で撃つもんなんだぜ、なんてな」

 

だとすると、オレは撃てないかもしれないな。

と、自分自身を皮肉っていたら、一瞬でバカバカしくなり腕から水筒を外すことにした、が……。

 

「ぬ、抜けない!?」

 

これはマズいことになった。

 

このまま水が出るようになるのを待つか?

その時、再び学校からメールが来る。

残された右手を使い確認すると

 

『水道復旧の目安:明日午前9時頃を予定』

 

不便と迷惑をかけることへの謝罪と共に記載されていた絶望的な情報。

 

オレは水筒と一晩を共にしなくてはならないのか。

こういう時に限って手がかゆくなって掻きたくなるのが不思議だ。

それに、このまま放置すると睡眠時に下手をすれば腕を痛めるか、家具がへこむなんてこともあるかもしれない。

 

ダメだ、なんとかして外さなくては。

 

堀北の様に誰かを頼るしかないが……。

さすがに堀北には頼れない。人の事を言えない状況になってしまったのを知られたくはないし、馬鹿にされるのが目に見えている。

 

だが、オレは堀北とは違い、ここ最近交友関係は広がっている。

きっと誰か頼りになる人がいるはずだ。

 

 

【ケース1 堀北兄の場合】

 

「フッ、綾小路、お前もこんな鈴音みたいに馬鹿なことをするんだな。ちょっと待っていろ、最近瓦割りの要領でステンレスも破壊できないか挑戦しててな。ちょうどよかった」

 

ダメだ。堀北兄に依頼した場合、水筒ごと腕を持っていかれる可能性がある。

 

 

【ケース2 橘の場合】

 

「た、大変です。大丈夫ですか、今助けますね!!」

 

お、良い感じだ。橘に助けてもらうか……。

 

「ふぅ、無事に取れました。……ということはここからは何を言っても大丈夫ですね」

 

ん?

 

「いやー、誤って水筒を手につけちゃうなんて……取る工事作業大変でしたよ、もう私に足を向けて寝れませんね、誤の工事(あやのこうじ)くん」

 

……橘が卒業するまでいじられそうだな、やめておこう。

 

【ケース3 南雲の場合】

 

「おいおい、綾小路、その間抜けな姿は何だ。写真撮って帆波に送るからなんかポーズ決めろよ」

 

……却下。

 

【ケース4 桐山の場合】

 

「水筒が手についていても利き腕が無事なんだ。それより生徒会の仕事をしてもらう」

 

…却下。

 

 

【ケース5 一之瀬の場合】

 

「あ、綾小路くん!?ど、どうしよう、救急車、そうだ、救急車呼ばなくちゃ!え、恥ずかしい?わかった、なら私も水筒をはめるから一緒に搬送されよう!」

 

却下。

 

 

生徒会が全滅した。

2年生に至っては助けることすらしなさそうだ。

なら友人関係で考えよう。

 

【ケース6 ひよりの場合】

 

「あら、綾小路くん、最近は水筒を手に付けるのにはまっていらっしゃるんですか?フフ、でしたら私もしてみますね。これで一緒です。あ、悪くないですね、このフィット感……でも弱りました。この手では読書ができません」

 

犠牲者が増えるだけだな。

 

【ケース7 田の場合】

 

「よし、これで取れたね!大事に至らなくてよかったよ。……んで、水筒取ってあげたんだから、堀北退学にしてくれるんでしょうね?え、しない?なら、右手にも水筒入れてあげようか?」

 

堀北の価値は水筒以下か……。

 

【ケース8 佐倉の場合】

 

「お水ならまだあるから遠慮なく持って行ってね……って、その手どうしたの、綾小路くん、あわわわ、大事故だ、どうしよう、どうしよう、きゅぅぅぅぅ~」

 

気絶した佐倉をオレが助けに回ることになるな。この手では苦労しそうだ。

 

 

なぜか誰に頼っても明るい未来が見えてこない。

交友の広さは関係なかったか。

堀北、お前にはオレがいて良かったな……。

 

無駄な想像をしてしまったが

こういう時に一番頼れるのは平田だ。

 

堀北を助ける時に連絡したが気づいてもらえなかったため、部屋で寝ていたか、外出していたか、そんなところだろう。

 

すでに夜の10時だ。

もう在宅している時間だろう。迷惑をかけることになるが、直接部屋を訪ねて助けてもらうことにしよう。

 

周囲を警戒しながら、平田の部屋の前までやってきてチャイムを鳴らす。

が、いつまで経っても部屋から出てくる気配がない。

というより、人のいる気配がないのだが……。

 

あまり長時間部屋の前にいるとこの間抜けな姿をさらし続けることとなる。

誰かが通ったら一発アウトだ。一度部屋に戻るか。

 

と思った時、ふっと廊下の奥の死角部分から人影が見えた。

 

誰かが近づいてくる。

ここは左手を見られる前に撤退だ。

 

「ちょっと待ちなさいよ!平田くんちの前で何してんの?」

 

声の主は……軽井沢だった。

 

思わぬ人物の登場に一瞬足を止めてしまう。

 

「ん?綾小路くんじゃん……って、その手、大丈夫?」

 

終わった。Dクラスの女子カースト上位に位置する軽井沢。

写真を撮られて女子グループのチャットに流されて笑いものにされる。

そんな未来が見えた。

 

「ちょっと来なさいよ」

 

軽井沢に手を引かれ、連行される。

写真ではなく、みんなの前に連れていき直接晒し者にするのだろうか。

それは避けなくてはならない。ひとまず逃げよう。

 

「いや、その……」

 

「困ってるんでしょ、助けてあげるって言ってんの」

 

助けるとは言ってなかったと思うが……。

とにかく晒し者にするつもりはないようで安心した。

このままじゃ解決しない上、この姿を見られた以上、大人しく従うことにする。

 

「ちょっと待ってて」

 

軽井沢の部屋の前に来ると、先に中に入り、なにやらごそごそと音を立てている。

 

「お待たせ、入っていいわよ」

 

「……お邪魔します」

 

部屋の中は意外にもキレイにしてあり、物も少ない。

もっとショッキングピンクとかで彩られたギャルギャルしい部屋なのかと思っていたのだが……。さっき入った堀北の部屋よりもシンプルかもしれない。

 

「準備があるから、テキトーに座ってて。水筒がはまっちゃうと慣れないうちはなかなか取れないのよね」

 

そう言うと軽井沢はキッチンに移動しペットボトルから水を鍋に出す。

どうやら温めている様子。

 

「うん、こんなもんね。ちょっと一緒にお風呂場まで来てもらえる?」

 

そういって風呂場に移動し、人肌ぐらいに温めたお湯にボディソープをいれて泡立てる。

そうしてできた泡をオレの左手の水筒に上手く注いでいく。

その後、水筒を両手でしっかりと持つ。

 

「中で上手くなじませたあと、手首を回しながら引いてみて」

 

「わかった」

 

言われた通りにしてみると、驚くぐらい簡単に水筒が手から抜けた。

堀北の時は、水を入手した後も、洗剤をつけてあれやこれやと時間がかかったのだが……。

 

「ありがとう、助かった」

 

「別にいいわよ、このぐらい。気にしないで」

 

なんだろう、この大人しく優しい軽井沢は。

普段とのギャップに驚かされる。こっちが素なのだろうか。

 

「随分手馴れてるんだな」

 

「平田くんから聞いてるでしょ、私の過去の話」

 

「ああ」

 

軽井沢は小学校から中学の9年間ずっといじめにあっていたと平田は言っていた。

 

「あの頃は……水筒を手にはめられるなんて日常茶飯事だったからさ。何が楽しかったんだか。まぁそれもまだマシな方だったけどね」

 

「……」

 

「あの時は誰も助けてくれなかったから。自分で何とかしてるうちに外すのが上手くなっちゃった……。まさかこんな形で役に立つとは思わなかったけど」

 

「その……嫌なこと思い出させちゃったな、すまない」

 

「別に同情してもらいたいわけじゃないし。ただ、さっきのあんたの姿見たら、助けなきゃって思っただけよ。……アンタのためじゃない、自分のためにやったこと」

 

「軽井沢は強いんだな」

 

「そんなわけないじゃん、この高校生活だって、結局イジメられない様に精一杯やってるだけ。それだけなんだから……」

 

傲慢なギャルの姿は仮初で、本当の軽井沢はいつも怯えている。

学校生活を楽しむ余裕がないから、部屋も質素なのか。

 

「あーあ。高校生活ってもっと楽しいものになると思ってたのにうまく行かないんだから。いや、平田くんのおかげでうまく行ってるはずなのに全然楽しくないっていうか、なんでだろうね」

 

入学当初、高校生活――外の世界の生活に期待をしてやってきた自分の姿と重ねる。

 

「たくさんの友達と青春っぽいことして、イケメンと恋愛とかもしちゃって、勉強は面倒臭いけどたまには頑張ったりして……」

 

現実との違いに虚しくなったのか、声が尻すぼみになっていく。

 

「結局私は偽りだらけ。あの頃と本質は変わっていないのかもね。ま、イジメられてないだけで、それだけで十分なんだけどさ……。てか、なんでアンタにこんな事話してるんだろ」

 

「もっと打ち明けられる相手を増やしてもいいんじゃないか」

 

オレは少し踏み込んでみることにした。

 

「馬鹿じゃないの。そんなことしたら、私の今までの努力がパーになるかもじゃん!アンタだって成り行きで知っちゃってるから仕方なく割り切ってるけど、本当は平田くん以外には秘密にしておきたかったんだから」

 

「でも、本当は今のままじゃ嫌だって思ってるんだろ?」

 

「そんなの当り前でしょ!でもね……でも、でも、でも、でもッ!そんな簡単に昔の傷は癒えないし、ついた傷も一生消えないの!私は自分の身を守るためなら、他には何もいらない。平田くんもアンタも、この学校も全部、全部利用してやる!それでいいの!」

 

「軽井沢。オレはこの学校に来て、思ったよりも楽しくやれている。自分でも信じられないぐらい充実してる。でも、それはオレ一人じゃ無理だったってことが最近わかってきた」

 

「……だから?」

 

「オレは、たまたま楽しさを教えてくれる人たちに出会えたんだと思う。オレとお前の違いはそこだけだ。だから軽井沢にもそんな相手が必要なんじゃないか?」

 

「それができないって言ってるんじゃん」

 

「だから、最初の1人としてオレが手を貸してもいい」

 

「え?」

 

「もうお前の事情はわかってるしな、助けてもらった恩もある。いざとなれば、生徒会権力で助けてやることもできる」

 

「……」

 

「だから、もっと楽しんでみたらいいんじゃないか。この学校も捨てたもんじゃないぞ」

 

「……ホントにいいの?」

 

「楽しむ権利は誰にでもあるからな」

 

「わかった、アンタを信じることにする」

 

軽井沢は少しだけ表情が明るくなったように見えた。

今後、Dクラス女子のまとめ役としての力を利用するため、そんな打算的な考えももちろんある。

だが、軽井沢の話を聞いて、ふと生徒会に入っていなかった自分を想像した。

恐らく、今の様に純粋に学生生活を楽しんでいなかったのではないだろうか……。

そう考えた時に、なんとなくだが、手を差し伸べたくなった。それだけだ。

 

「やっぱりいいことはするもんだね。あとは平田くんと連絡がつけば最高なんだけど」

 

「オレも平田に連絡したんだが全然反応がなかった。何かあったのか?」

 

「いやさ、最近の平田くん、よく浮気するじゃない?」

 

「ん?」

 

「この前の船上でのCクラスとのナイトプールは作戦だからまだ許すけど?でもさ、別の女の子の誕生会とかに参加するってどうなわけ?」

 

あ、この前のみーちゃんの誕生会のことバレたのか。

 

「それで心配になったから、部活の時も部屋にいる時もずっと一緒にいて、もし離れていなきゃいけなくなったらメールとか電話とかたくさんしてたら、ここ数日ケータイは繋がらなくなるし、部屋にも帰ってこないしで、心配してるんだ。まさか浮気相手のところにいるんじゃないわよね」

 

……それで平田の部屋を見張っていて、怪しい人物がやってきたから声を掛けたらオレだったと。

や、ヤバい方向に軽井沢が進んでいっている。

 

さすがの平田も限界がきて、どこかに逃げたようだ……。

Dクラスは足がつきそうだから、柴田あたりの部屋に泊めてもらっているのかもしれない。

 

「それはないとは思うが……二人は一応、偽のカップルだから、平田が他の女性とどうこうしてても問題はないんじゃないか?」

 

「大アリよ!……綾小路くんは私を裏切らないのよね?」

 

オレも前言撤回したくなってきた。

こんなことなら大人しく水筒と一晩を共にすべきだったかもしれない。

まさかこんなことになっているとは……。

 

オレのためにも、平田のためにも、この軽井沢をどうにかしないとまずいことになりそうだ。

いや、そんな規模の話じゃないのかもな。平田が刺され、軽井沢が退学などになったら、Dクラスは崩壊する。本当に人騒がせなカップルだ。

 

この日、左手にはまっていた水筒の感覚を懐かしみながら、軽井沢をなんとかするしかないと誓ったのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それぞれの夏休み~女難の日~

「――以上が体育祭ルールの概要だ。ここまでで何か意見があるやつはいるか?」

 

南雲先輩の進行で、私たち生徒会の1、2年生は、体育祭のルールに問題がないかの確認を行っていた。

 

全学年通して、クラスで赤組か白組に分けて競い、組の成績と学年別に成績で競うルール。勝った組に所属して学年でも2位以上でないとクラスポイントが増えないので、なかなか厳しい試験になりそうだ。

 

それにしても……どこかのクラスと一緒の組になるんだ……できればあやの――Dクラスと一緒だったらいいな。

無人島で共闘したこともあって連携も取りやすい。学年でもトップクラスの運動能力を持つ須藤君や、うちのクラスで一番運動ができる柴田君が褒める平田くんもいる。

そしてなんと言っても、実はスポーツ万能の綾小路くんまで仲間になってくれれば、団体競技は断然有利だ。

 

そんなことを考えていると、綾小路くんが挙手をして話し始めた。

 

「当日の欠席についてのペナルティを考える必要がある、のではないでしょうか。このままだと仮病で休む生徒がいてもおかしくありません。元々身体的理由やケガ、病気等で運動ができない生徒を除き、もし欠席を希望する場合は医師による診断に加え、当日までの生活の様子等を加味して判断。もし、仮病等虚偽の申告であった場合は著しく意欲のない生徒として退学を検討する、というルールの追加を提案します」

 

私が体育祭の妄想をしている間に、ちゃんと仕事をしている綾小路くん。

いけない、いけない。私もしっかり仕事をしなくちゃ。

今は生徒会の一之瀬帆波。

クラスのリーダーやただの女の子でいるのは、この時ではない。

 

「確かに、綾小路の危惧していることはとてもよくわかる。オレもその案を支持したい」

 

桐山先輩が賛成する。どうしたんだろう、普段はクールなイメージな先輩なんだけど、この時だけやたら熱がこもっていたように感じた。

 

「……自分のクラスのマイナスになる行為をするやつなんて、と思ったが、なるほどな。その方が2年としても少しは楽しめることになるかもしれない。その案採用してやるよ」

 

そんな感じで話は進んでいき、競技別のルールの確認になった。

これは各々担当を分けるらしく、全員参加のモノを除き、自分が担当した種目にはでることができなくなる。

 

「帆波、お前には借り物競争の担当を任せる。借りるもののリストを考える必要があって大変だが、帆波ならできるサ」

 

「はい。頑張ります」

 

借り物競争のお題かぁ。どんなものがいいだろう。

面白くするなら、簡単なものばかりじゃなくて、難しいものや意外なもの、ちょっと恥ずかしいものもいれるといいかもしれない。

……例えば、『好きな人』とか。

『友達10人』は簡単に集められる枠で入れて、難しいのは、校舎まで取りに行く必要があるものとかどうだろう。

でも中には見つからない場合もあるから、その時は引き直しも可能にした方がいいかな――

 

そうやって色々考え、決めていき、今日の仕事が終了した。

時間はお昼過ぎ、頭をたくさん使ったからお腹もペコペコだ。

 

「綾小路くんっ!ケヤキモールにスイーツ中心のビュッフェがあって美味しいってきいたんだけど、これから一緒に行かない?」

 

「ああ。いいな」

 

快く承諾してくれる綾小路くん。

彼が学校生活でやりたいことを見つける協力、ということで色んな提案をしてみるんだけど、綾小路くんのそれまでのイメージとは違って積極的に参加してくれる。綾小路くん自身、答えを見つけたいことなのかもしれない。

 

そして私には密かな目標があったりする。

それは綾小路くんを笑顔にすること。

いつもビックリするぐらいポーカーフェイスの綾小路くん。

一緒にいるうちに、あ、今楽しんでそうだな、あ、今ちょっと面倒くさそうだ、みたいなことは何となくわかるようになってきたんだけど……結局彼の表情が大きく変わることはない。

 

だから、この活動を通して、たくさんの楽しいを経験して笑顔になってもらう。

全然ゴールは見えないけど、それだけやりがいもあるってことだよね。

 

今日は試しにスイーツを食べてもらおう。

甘いものって幸せな気持ちになるから、綾小路くんにも効くかもしれない。

さぁたくさん食べさせるぞー!

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「佐倉ちゃん、なんか難しい結果だったね?」

 

「ううう、そうだね」

 

今日は篠原さんに誘われてよく当たるらしい占いにやって来た。

私のどこを気に入ってくれたのかわからないけど、よく遊ぶ関係に。

これまで占いを誰かと一緒に行くなんて、考えたこともなかった。

 

篠原さんの勧めで恋愛について占ったんだけど……結果は本当によくわからない。

 

大きな苦しみと別れを乗り越えて、人として大成するか

今頑張って成長して想い人と学生生活を共にするか

 

占い師曰く、大きな選択の時だという。

 

1つ目があまりに不穏過ぎて本当に恋愛の占い結果?なんて思ったんだけど……。

逆に2つ目はそれっぽくて、頑張れば……これからも綾小路くんと一緒に居れるってことだよね。

 

「でも、私なんて『クラスの中にいるお調子者なんか合いそうじゃ』とかテキトーな感じだったから、羨ましいかも」

 

「クラスでお調子者っていうと……池くんとかかな?」

 

「ないない、ぜーたいあり得ない。アイツね、ひどいんだよ、この前も私の悪愚痴言っててさ……あ、でもそのあと真剣に謝ってくれたけど……いやいや、プラマイゼロだわ」

 

「ふふふ、そうだね」

 

案外占い師の言っていたことも馬鹿にならないのかもしれない。

 

「問題は佐倉ちゃんの方だって。今、頑張らないとまずいってことだよ」

 

「……うん」

 

「相手はあの一之瀬さんだよ?無人島では一緒に星を見に行ってたとか、夏休み中もよく二人でいるとか色々噂があるんだから、佐倉ちゃんもぼさっとしてちゃだめ」

 

「うぅぅ……それはそうなんだけど」

 

一之瀬さんみたいな明るくて頭も良くてその上可愛い女子に勝てる未来は想像できなかった。

 

「大丈夫!見た目では佐倉ちゃんも全然負けてない。堀北さんと噂があったときは、ああいうタイプが好みかぁ、ダメかもって思ってたけど、一之瀬さんがタイプならこっちにも希望があると思う」

 

「そ、そうかな?」

 

「全然いけるって、あれから料理の特訓もしてるし、男なんて胃袋掴んじゃえばこっちのもんだよ」

 

「う、うん」

 

「よし、さっそく夕飯に誘っちゃおう。チャット送っちゃいな。私たちはこれから食材選び!私も手伝うし、たくさん美味しい料理ふるまってあげなよ」

 

断られるんじゃないかってちょっと怖かったんだけど、流されるまま綾小路くんに連絡したら、意外なことにOKをもらえた。自分一人じゃそんな勇気でなかったから、本当にありがたい。

 

「ありがとう篠原さん」

 

「いいってことよ」

 

綾小路くん、どんな料理だったら喜んでくれるかな。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「退屈です、真澄さん」

 

「人の事呼び出しておいてそれはないんじゃない?」

 

「これからいささか面倒なお話が待ってるんです、その前に何か楽しいことがあってもいいと思いませんか」

 

夏休みも終盤、クルーズ後は一度も綾小路くんに会えていません。

学校も今月はもう特別試験をなさらないようですし、早く雌雄を決する勝負をしたい身としては、ずっと生殺し状態でいけません。

 

そんな状態なのに今日は葛城くんから呼び出されてしまい、こうしてカフェで彼が来るのを待っています。

 

「坂柳、今日は時間を作ってもらって悪かったな」

 

「いえ、他でもない葛城くんからのお誘いです。無下にはできませんよ。それでご用件は?」

 

彼の事ですからクラスの方針など、どうせ退屈なお話でしょう。

無人島で醜態をさらし、船上で実力差を見せつけて差し上げたのに、まだリーダー気取りとは見苦しいです。さっと済ませていただきたいものですね。

 

「クラス内でお前とは対立してきたが……オレはしばらくお前の下についてみようと思う。お前さえよければだが」

 

「それはそれは……どういった心境の変化で?」

 

予想外の提案、何かの罠でしょうか?

しかし、この葛城さんはそう言ったことをする手合いでもございません。

 

「オレは自分の力を過信しすぎていた。……この前生徒会の皆さんとバスケの試合をご一緒させていただいたんだが……一言でいうと常軌を逸した方々だった」

 

「生徒会の方々と?」

 

葛城くんにしては面白いことをなさっていたようです。

私に隠れて綾小路くんと一緒に何かをするなんて……。

 

「ああ。堀北会長も、南雲副会長も計り知れない実力だった。……いや、試合中、一番驚かされたのは綾小路だったが。あいつは本当にすごかった」

 

「その話、大変興味がありますね」

 

「今の俺じゃ、なれても桐山先輩ぐらいまでだ。あの人たちには届かない。だから、身近にいる天才のお前から色々学ばせてもらって、生徒会が次の代になったらまた挑戦しようと思う」

 

「そっちの話はいいんです。もっと試合中の話をしてください」

 

「……その話をしたら、俺のお願いを聞いてくれるのか?」

 

「もちろんです。さあはやく、そして詳しくお聞きかせください」

 

入学当初はひまつぶしに葛城くんで遊んでいましたが、綾小路くんがいるとわかってからは正直どうでもよくなっていたことでもあります。

ひとまず手駒になってくれるならそれでいいでしょう。

 

それよりも今は綾小路くんの活躍を聞くことが最優先。

全く、葛城くんにしては面白い話を持ってきてくれるではありませんか。

 

「――というような感じだ。綾小路のおかげで逆転できた」

 

「大変素晴らしい情報をありがとうございます。今後、Dクラスと戦うことがあれば、その綾小路?という生徒には注意しなくてはなりませんね」

 

「そうだな。一筋縄ではいかないだろう。今日のところはこれで失礼する。2学期からよろしく頼む」

 

「ええ。葛城くんの活躍に期待していますね」

 

なかなか充実した時間を過ごすことができました。

 

「アンタも物好きね……って噂をすればアレあいつじゃない?」

 

「真澄さん、すぐ確保してきてください。私はもてなす為に美味しそうなスイーツをたくさん頼んでおきます」

 

「ほんと人使い荒いんだから……」

 

ふふふ、今日はとっても素敵な一日ですね。

さっそく初めてのバスケットボールの感想をお伺いしましょう。

彼が何を感じ取ったのか、大変興味があります。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

部屋のドアが開く。家主がやっと帰ってきた。

 

「お帰りなさい、綾小路くん。ごはんにする?お風呂にする?それとも……堀北さん退学にする?」

 

田……なんでいるんだ?」

 

「えー、合鍵持たせてくれてるってことは、いつでも来ていいよってことだよね」

 

「見解の相違だな」

 

三バカのやつらと一緒に作った綾小路くんの部屋の合鍵はいまだに返却していない。

普通ならあり得ない行為でもあの馬鹿たちのせいにできるから都合が良かった。

 

「遅くまでお疲れ様。生徒会の仕事?」

 

「それもあった。その後色々あったのち、ちょっとお呼ばれして、帰って来たところだ」

 

「ふーん。でも晩御飯まだでしょ。たくさん作っておいたから一緒に食べよっ?」

 

食事を共にするって心理的に相手との距離を詰めやすくなるのよね。

美味しい体験、幸せな体験をしたことに、一緒に居た相手が紐づけられるから。

 

だから、こうして料理を振る舞いながらコイツの機嫌をとる。

そうでもしないと、私のお願いを聞いてくれることはないだろう。

 

「噂で聞いたんだけどさ、綾小路くん、副会長になったんだっておめでとう!今日はそのお祝いだよー」

 

「さすが田だな、そんなことも知っているのか」

 

「最近の綾小路くんは有名だからねー。入学当初が嘘みたい」

 

「望んでこうなったわけじゃないんだがな」

 

「それはそれですごいよー。さ、温めなおしたから遠慮なく食べてね」

 

といったものの、なかなか箸をつけない綾小路くん。

どうしたものかと様子を見る。

 

「これ食べたら、『私の手料理食べたんだから堀北退学にしろ』とか言わないよな?」

 

「やだなぁ、そんなこと言うわけないよー。純粋な日頃の感謝の気持ち。料理を振る舞うのにそんなこと言う人いたらサイテーだね」

 

「そうか……なら、いただく。……うん、美味いな」

 

「ふふ、お口にあって良かったよ」

 

美味しいなんて当然でしょ。

私の料理を食べれること、泣いて喜ぶくらいしなさいよね。

 

「……ここでは2人だけだ、田も無理しなくてもいいんだぞ」

 

「何のことかな?」

 

「いや、口調とか仕草とか……そうしてるだけで疲れるんじゃないかと思ってな。オレはあっちの田でも気にしないぞ」

 

「はぁ?アンタも物好きね」

 

「物好きかはともかく、その田の方が話しやすいことは事実だな」

 

おかしなことを言うやつだ。

人に好かれるために洗練していった表の顔より、こっちの方が話しやすいなんて。

……ドMなの?

 

「ま、いいわ。そっちが希望したんだから、こっちの話に付き合ってもらうわよ。この前さ、わざわざ井の頭の誕生会開いてやったのに、私も平田くんからのプレゼント欲しかったとか訳の分かんないこと言ってんの、マジふざけてるわよね。他にも――」

 

せっかくなのでこの夏に溜まったストレスを全部ぶつけてあげた。

私のことをおちょくった罰だ。

むしろドMならご褒美になったかもね。

 

……って私なんでここに来たんだったっけ?

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

散々色んな愚痴をぶちまけて、食事を済ました後、食器を洗って田は帰宅した。

 

何というか、こういうのって、なんで同じ日に重なるんだろうな……。

 

一之瀬と沢山スイーツを食べたまでは良かった。

その後、坂柳に捕まり、ケーキをいくつも食べることとなり、

解放されたと思ったら、佐倉が立派な夕飯をたくさん作ってくれていた。

あの佐倉がここまでしてくれたんだと残さず美味しく頂いたが……

トドメとばかりに田まで。

 

 

しばらくは食べ物を見るのも嫌になりそうだ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ポイントは退学よりも重い

「あーポイントが欲しい……」

 

夏休みも残り数日。

生徒会室で業務後、ポイントの残高を確認して、ポロっと心の声が漏れてしまった。

 

今度の体育祭、いざとなればポイントの有無が勝敗を大きく分けることになる。

体育祭の推薦競技と呼ばれる種目は出場者の変更が可能だ。

しかし、それには1人につき10万プライベートポイントという高額の出費が伴う。

 

これまでの貯えがある(はずの)2、3年生と違い、1年生が不利にも思えるが、前回の干支試験で露骨に高額のポイントをゲットする機会があった。

学校なりの配慮、もしくは勝ち残るためのチャンスを作っていたということ。

無人島でクラスの結束を高め、干支試験でポイントを入手し、体育祭に挑める。

一見バラバラのようで、次に繋がっている構成。

思いの外、カリキュラムはちゃんと考えられているな。

体育祭の経験もその後の試験に何か役に立つ可能性は大いにある。

 

だが、学校側も誤算だったであろうことは、干支試験のAクラス圧勝。

その結果、BとDクラスは50万ポイントしか得ることができていない。

そして元々なぜか資金力のあるBクラスと違い、Dクラスは漏れなく全員金欠状態。

しかも肝心の50万ポイントは高円寺の懐に入るため、決してクラスのために使用されることはないだろう……。

 

唯一希望があるとすれば、9、10月に振り込まれる予定のプライベートポイントが4万を超えること。

これをクラスメイト全員で貯金して予算とすれば、十分戦えるだろう。

しかし、そんなことは机上の空論で、実現は不可能だ。

5月にポイントが消失して以来、ずっと節制を余儀なくされていた生徒がいきなり大金を手に入れたらどうなるか……。

平田と田、ついでに軽井沢が呼びかければ、クラスメイトの半分以上は貯金に賛成してくれるかもしれない。

しかし、全員ではない。そうなると貯金した人間としなかった人間で衝突し、チームワークは崩壊。最悪の形で体育祭を迎えることとなる。

 

やはり、個人で大量のポイントを保有しておくことが体育祭のみならず、今後の試験の安心へと繋がっていく。

いずれにせよ、ポイントは必要になるので、この辺りでしっかりと金策を考えておきたいところだ。

 

ちなみにこの前のバスケの活躍の報酬で2万ポイントほど振り込まれたのだが

占いに行ったり、スイーツビュッフェに行ったりと夏休みを満喫していたら、いつの間にかなくなっていた。

先ほどの予想は実体験に基づくものだ、説得力が違うな。

 

……反省はしているが、人付き合いが増えると出費も増えるというのは良い発見だったと思う。

 

「綾小路くん、おつかれっ!」

 

「ああ、お疲れ一之瀬」

 

7月時点で、どうやったのかは不明だが200万ポイント以上を保有していた大富豪一之瀬先生にはこんな悩みはないんだろうな。

 

「それで、今回は何ポイント貸せばいいのかな?遠慮なく言ってね!」

 

「ん?」

 

「え、さっきポイントが欲しいって……綾小路くんにポイントを貢――貸すって言ったら私の出番かにゃっと」

 

ニコニコしながらとんでもないことを言っている一之瀬。

こちらは、いまだに監視カメラ代も船上で借りた10万ポイントも返済していない。

 

「一之瀬からこれ以上は借りることはできない」

 

「ええ!?そんな……私が綾小路くんにしてあげられることってこのぐらいしかないのに」

 

「そもそも一之瀬に返済したくてポイントが欲しい面もある」

 

「嬉しい。綾小路くんが私のために頑張ってくれてる!」

 

一之瀬さん、戻ってきてください。

どうしてこんなことになっているのかは不明だが、一之瀬はポイントを貸すことに喜びを覚えてしまったようだ。

だが、一之瀬のためにも、ここは甘えることなく釘をさしておく方がいいだろう。

 

「一之瀬、これからの試験ではポイントが重要になってくる。自分の事を棚に上げて言うが、いくら大金を持っていたとしてもホイホイ貸すのはよくない、とオレは思うぞ」

 

「今のところ貸しているの綾小路くんだけだからね?」

 

「すみません」

 

「……やっぱりあの時、私のポイント見えちゃってたんだ?」

 

「盗み見るつもりはなかった、すまない」

 

「見えちゃったものは仕方ないけど、詳細は秘密だよ。ただ、貸せる範囲で貸してるだけだからそこは安心して欲しいかな」

 

安心も何も、なんだかよろしくない方向に一之瀬の思考が向かおうとしている。

これは、早く返済した方がいいな。

 

長居するとポイントを貸し付けてきそうな勢いだったので部活の指導があるからと足早に立ち去った。

一之瀬のポイントで体育祭を乗り切ったとしても、それはお互いのためにはならないだろう。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

茶道部でお茶を点てながら、なにかポイントを得る手段はないものかと考えていた。

 

「清隆くん、今日は何だか難しいお顔をされていますね?」

 

「ああ。実は悩み事があって……顔に出していたつもりはなかったんだが、不快にさせてしまったのなら申し訳ない」

 

「え、私は全然わからなかったです」

 

ひよりからの指摘に謝罪するとみーちゃんがフォロー?してくれた。

 

「私も何となくそんな気がしただけですので。よろしければ私たちでご相談に乗りましょうか?」

 

「清隆くんにはいつもお世話になっています。遠慮なく言ってください」

 

「それは助かる。実は……というほどでもないが、Dクラスは金欠だろ。何かポイントを獲得する方法はないかと考えていたんだ」

 

三人寄れば文殊の知恵、何かヒントでも掴めればと思い、2人に相談することにした。

 

「なるほど……これからポイントはたくさん必要になりそうですしね」

 

「さすがひより、わかるのか」

 

相変わらずの鋭い洞察力で今後の試験について考えて……待てよ、この流れ、前に一度あったな。

 

「もちろんです。9月からは読書の秋、新刊がたくさん出ますからね」

 

やっぱり、ただの読書好きだった。

図書館で取り寄せることも可能にもかかわらずわざわざ購入するのは本に対する愛情を感じさせる。

 

「ひよりは季節に関係なく読書してるけどな」

 

「あら、冬は冬眠するので本は読みませんよ?」

 

「え!?ひよりちゃんと春まで会えなくなるのは悲しいです」

 

「冗談です、2人と本を置いて眠ったりはしません」

 

ひよりなら、何日も徹夜で読書した結果、眠ってしまい、目が覚めたらうっかり春だった経験があっても……なんて想像してしまった。人体の構造上、冬眠は不可能だからな。

 

3人寄ってはみたが、中々いいアイディアは浮かばない。と、そんな時だった。

 

「失礼しまーす。幽霊部員、朝比奈なずな、美味しいお茶が飲めると聞いてただいま参上しました」

 

「あ、先輩。ご無沙汰してます」

 

「1年生のみんな久しぶりー。茶道部が再開してるって全然知らなくって、色々ごめんねー」

 

朝比奈なずな。2年のAクラスに所属する生徒だ。

乱れているという噂の2年生か……1年女子と比較しても心なしか大人な感じがするな。

 

「あ、きみが噂の綾小路くんだね!」

 

噂?オレは乱れてないぞ?

 

「雅から聞いてるよー。クソ生意気な後輩ができたんだって」

 

「あー、なるほど。親愛なる南雲先輩がそんなことを」

 

「あはははは、気にしない気にしない。雅がそんなこと言うのって珍しいんだから、気に入られちゃったんじゃない?」

 

「それはなんとも言えない情報ですね」

 

「うんうん。さすが生意気な後輩くんだ。雅相手に臆することないなんてすごいと思う」

 

……生徒会で見ている南雲に臆する要素が皆無なだけに認識のずれが否めない。もしかして南雲は同じ名前の別人がいたりするのか?

 

「とりあえず、せっかくお越しいただいたんです。おもてなししますよ」

 

「やったー。ありがとー!」

 

南雲の事はともかく、2年生の事情は気になる部分ではある。

少しでも情報を引き出すきっかけにできればと思う。

やましい気持ちは少しも、ほんのちょっとも、微塵も、ない。

 

「何これ、メッチャ美味しい」

 

「ありがとうございます」

 

朝比奈は見た目が王道のギャルなので、お茶なんて飲むのか?なんて考えていたが杞憂だった。軽井沢といい、ギャルっぽい人間のことがよくわからなくなってきた。

 

よほど気に入ったのか、あっという間に飲み上げてお代わりを要求してくる。

 

「そうだ、清隆くん。先輩なら何かご存じかもしれませんよ?」

 

「ん?なになに、何でも聞いてー?お茶のお礼に知ってることなら教えてあげるよー」

 

「実はポイントに困っていまして、毎月の振込や試験以外で入手する方法はないかなと……」

 

「あー、Dクラスってどの学年も大変だもんね。うーん……あ、そうだ!このお茶、販売しなよ。明日から3日間解放される『特別水泳施設』で出店を出せるんだ。2、3年生のポイントがない生徒たちへの救済処置らしいけど、私の名前貸すからさ、代理で出てみたら?」

 

なるほど、体育祭に向けた救済措置は他学年にもあったのか。

だが、他学年向けのイベントに1年生が参加してもいいものか。

 

「そんなことできるんですか?」

 

「できますよね、茶柱先生?」

 

と、朝比奈は茶柱先生に確認する。

 

……一度お茶を振る舞って以来、「顧問なのだから立ち会うのは当然だろ」と毎回飲みに来ていたので、すっかり他の学生と馴染んでしまい認識が薄れていた。この人、教師だったな。

 

「可能か不可能かで言えば、可能だな。ただし――」

 

「ただし?」

 

「書類の申請、出品物の許可、物の準備等が明日までに間に合うかどうかは別問題だ」

 

「あーそれもそうか」

 

「申請や許可するところってどこですか?」

 

「生徒会だな」

 

なら8割問題が解消したようなもんだな。

だが、出店しても売れるかどうかは怪しい。

 

「申請類はともかく、問題は真夏の暑い中、お茶が売れるか、じゃないか?」

 

「それなら、アイス抹茶ラテを作ってみるのはどうですか?」

 

「それ最高だね。飲みたーい」

 

みーちゃんからの提案に、朝比奈が食いつく。

 

「試しに作ってみましょうか!材料を持ってくるので、清隆くんはお茶を点てててください」

 

「ああ」

 

ビックリするほど話が進んでいく。

程なくして牛乳とシュガーシロップ、氷を持ってみーちゃんが帰ってくる

 

「牛乳と氷を入れたグラスにシロップを溶かし、お茶を入れて完成です」

 

「見た目もかわいいですね」

 

「うんうん、映えるよ、これ!」

 

全員分作ったところで、試飲してみる。

 

抹茶の苦みとミルクの甘さほどよくマッチして絶品だった。

 

「何これ美味しい!」「いいですねー」「これは美味いな」と周囲の反応も良好だ。

 

「ちょっと待っててくれ」

 

新しく作ったアイス抹茶ラテを両手に生徒会室へ向かう。

 

「会長、橘先輩、これ差し入れです」

 

「わぁー美味しそうですね!頂きますねー」

 

「綾小路、珍しいな。どういった風の吹き回しだ?」

 

「そんな気分の時もありますよ。どうぞどうぞ」

 

そうして2人はラテを口にする。

 

「おいしいです!疲れた体に染みます」

 

「ああ。そうだな。これは美味い」

 

「良かったです。ところで、これを明日からの特別水泳施設で出品したいですが、許可いただけますよね?」

 

「……そういうことか。このクオリティーだ。衛生面もお前が管理するなら問題ないだろう」

 

「これ書類です!生徒会からのハンコは押しておきました。私たちも見回りに行く予定だったので、かならず立ち寄りますね」

 

いざとなれば、堀北方式で脅すつもりだったのだが、その必要はなかったか。

というか、仕事早いな橘。

 

オレは書類を持って茶道部に戻る。

 

「茶柱先生からの印もいただいたので、これで出店できますね。あ、店の名前はどうします?」

 

「何でもいいんじゃないか?」

 

「いえ、インパクトは大事ですよ」

 

いくつかの候補を全員で絞り出し、投票で決めることとなった。

 

「選ばれたのは……『綾隆』でした」

 

「ひより、それ言いたかっただけじゃないか?」

 

「綾小路清隆くんの作るお茶なんですから、これ以上の表現はないと思いますよ?」

 

「それならいいんだが……」

 

この辺りの感性はオレにはよくわからない部分なのでひよりたちを信じることにする。

 

こうして、俺たち茶道部によるアイス抹茶ラテ店「綾隆」のオープンが決定した。

 

 

 

 

「盛り上がっているところ悪いが、材料費はもちろん、カップやストローなどの資材費、もちろん出店料もかかるが、お前たち持ち合わせはあるのか?」

 

「「……」」

 

茶柱先生からの指摘に沈黙する一同。

ポイントがないから出店するのにポイントがかかると……。

解決手段はひとつしか思いつかなかった。

 

 

「一之瀬、悪い。やっぱりポイント貸して欲しい」

 

『喜んで!』

 

電話越しでも伝わってくる嬉しそうな一之瀬。

主に金銭面で頼りにし続けてしまった弊害だろう。

この問題を解決するために、明日から荒稼ぎして、一之瀬への借金を一括返済することを誓ったのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

おーい綾隆(前編)

特別水泳施設開放日、1日目、早朝。

 

寮の入り口でひより、みーちゃんと待ち合わせをして、出店スペースまでやってきた。

急な参加であったため、出店の場所は入口から遠い端の方になってしまったが、逆にプールには近いので丁度いいかもしれない。

出店用のテントがずらりと並んでおり、映像でしか見たことがないが縁日の出店っぽさがある。

 

すでに上級生たちも何組か準備をしている様子。

ホットドックに焼きそば、お好み焼き、フライドポテトなど出店の定番と思われるラインナップ。

幸い、ドリンク専門店は存在しないため、他がどんな商品を売っていても客を奪い合うことにはならないだろう。

 

オレたちもさっそく準備を進める。

牛乳等の材料を簡易冷蔵庫にしまい、前方に会計と商品の受け渡し用にテーブルを設置。

後方にも設置しそこに道具や資材を出して、調理スペースにする。

今思えば、焼きそばやお好み焼きのように大掛かりな設備を使用しなくて済むのも、飛び入りできた要因だろう。

 

最後に昨日突貫で作ったアイス抹茶ラテ専門店『綾隆』の看板を置けば完成だ。

 

「清隆くん、とても達筆なんですね」

 

「ホントですね。雰囲気が出てとてもいいと思います」

 

「実は小さい頃、書道を習っていたことがある」

 

看板を見たひよりとみーちゃんがそう評価する。

ホワイトルームでは文字の美しさも重視された。

当時は視認できればそれでいいのではないかと思わないこともなかったが

このように文字から受ける印象というものは意外と大きい。

こんな時に役に立つとは思わなかったが……。

 

ちなみにアイス抹茶ラテの価格設定は強気の一杯1,000ポイント。

他にドリンク販売店がないこと、その場で点てた抹茶を使う本格的な商品であることなどを踏まえ、お祭り価格でいけるのではないかという判断だ。

材料費だけで言えば一杯100ポイントもかからないため、原価率は10%以下ととんでもない商売。

ただ、ここにコストとして、牛乳や氷を保管しておくための簡易冷蔵庫、お湯を沸かすポッドなどのレンタル費や電気代などが加わってくるため純利益はもう少し下がる。

 

問題点はこの水泳施設にどのぐらいの生徒がやってくるのかだ。

朝比奈曰く例年大盛況らしいのだが、どんなに多くとも1学年160人の3学年分なので480人しかいない。

そのうち、堀北妹やオレの様にプールに来ない人間もいることを踏まえると、自ずと利益の限界は見えてくる。

学校側もそれがわかっているので許可しているのだろう。

「出店だけで2,000万ポイント稼ぎました、これでAクラスに移動します」なんて展開になってしまったら特別試験の意味がなくなるからな。

 

「担当だが、オレが抹茶を作り、みーちゃんがラテを完成させる。ひよりは接客と会計だ」

 

ある程度改善されてきたとはいえ、ひよりに調理を任せるのはあまりにもリスキー。

転んだ拍子に材料をすべてぶちまけて、隣のフライドポテトの出店のフライヤーに氷が入り、油がはねて引火。あたり一帯燃え上がり、けが人はなかったものの弁償等で大赤字になる……そんなオチが目に浮かぶ。

 

「みーちゃん、調理に疲れたらいつでも交代しますよ」

 

「ありがとう。……でも、私、計算は苦手なので、調理の方が向いてると思います。会計はひよりちゃんが適任です」

 

みーちゃんはDクラスでもテストの成績優秀、値段も均一、文字通りポイント決済でお釣りの必要がないため、色々無理がある理論だった。

間違いなく、みーちゃんもオレと同じような未来を見てしまったのだろう。

 

「適材適所ってやつだな」

 

ひよりが申し訳なさそうにしていたので一応フォローを入れておいた。

 

「3日間、協力して頑張るぞ。目指すは売り上げ100万ポイントだ!」

 

「「おー!」」

 

そうしているといよいよ施設が開場になり、生徒がたくさん入場してくる様子が確認できる。

とはいっても、喉が渇くのは遊び始めてからしばらく経ってからだろう。

まずは焦らずに慣れていくところから始めよう。

 

と思っていたのだが、早々にこちらにやってくる生徒が何組もある。

 

「なずなが言ってたお店ってココ?めっちゃ美味しいらしいじゃない。1つお願いしまーす」

 

どうやら朝比奈が宣伝していてくれたらしく、滑り出しは好調になった。

 

「えー、本当に美味しい!来てよかったー」「友達にも宣伝しとくねー」「1,000ポイントでも納得」

 

などラテ自体も好評だ。これはこのまま大繁盛するかもしれないな。

 

と思っていたのだが、そこまで客足は伸びていかない。

 

「このままだと出店料などでとんとん。利益がほぼなし……むしろ、私たちの人件費を考えるとマイナスになりそうです」

 

昼過ぎを回ったところでひよりが計算結果を伝えてくれる。

 

「オレたちは思い出作りの遊びでやっているわけじゃない。必要なのは利益だ。ポイントだ」

 

「もちろんです。赤字じゃなかったからよかったなんてぬるいことは申しません」

 

「でも、どうすれば売れるのでしょうか……」

 

「原因はわかっているが……」

 

「客層が主に女子生徒になっていることですね」

 

「ああ」

 

朝比奈が宣伝してくれたことも含め、女子生徒には人気なのだが抹茶ラテという性質上なのか、あまり男子生徒は買いに来ない。

 

「どうやって男子生徒を確保するか……だな」

 

「うーん。一度でも飲んでもらえれば良さは伝わると思うんですが……」

 

そう悩んでいると、騒がしさに包まれている施設内の男子たちが一斉に一か所へと視線を向けていることに気づく。

そしてその視線がこちらに移動してくる。いや、正確には視線の先にいる水着姿の生徒がこちらに近づいてくる。

 

「おーい、綾小路くん、お疲れー。生徒会の仕事が終わったから応援に来たよー」

 

一之瀬が笑顔で手を振りながらやってくる。だが『綾隆』の名前でお茶を売っている場に、「おーい」と言うのは危険すぎるぞ。色んな所から怒られる。

 

「2人とも。スポンサーの一之瀬さんがお越しだ。ご挨拶を」

 

「一之瀬さんのおかげで私たち商売できています。本当にありがとうございます」

 

「「ありがとうございます」」

 

3人でピシッと見事なお辞儀をする。

茶道部で鍛えた作法は伊達じゃない。

 

「や、やめてー。私はそんなんじゃないんだから、頭を上げて欲しいなー」

 

慌てる一之瀬。

ちょっとからかいすぎたか。ひよりもみーちゃんも変なところでノリがいい。

 

「販売は順調かな?」

 

「実はちょっと伸び悩んでるところだ」

 

「そうなんだ。でも大丈夫だよ。ここからは私も手伝って一生懸命売るから」

 

「それは心強いな。一之瀬がいれば100人力だ。というよりおかげでこれからとても忙しくなる」

 

「どういうこと?」

 

一之瀬は疑問に思ったようだが答えるまでもない。

オレのその予想通り、一之瀬が店頭に立っただけで、大勢の男子生徒が押し寄せ長蛇の列ができていた。

 

「一之瀬がわざわざ身体を張って水着でやってきてくれたんだ。この商機を活かすぞ!」

 

「「はい!」」

 

「え!?プールっていったら水着だと思って着てきたんだけど……3人とも普通の格好だね」

 

「まぁプールに入るわけでもないですしね……」

 

「……着替えてきてもいいかな?」

 

「この状況を見るに水着姿の可愛い売り子の販売力を捨てることはできないな」

 

「だよねー……」

 

一之瀬の大活躍もあり、男女ともに客足が伸びてきた。

 

「男の子は単純で助かりますね。みーちゃん、私たちも水着になりましょう」

 

さらなる売り上げを目指し、ひよりが水着になる作戦を提案する。

人には色々な好みがある。一之瀬でカバーできない部分も2人が参戦すれば問題ないだろう。

 

「え、で、でも……」

 

「ポイントを稼げれば、きっと――」

 

恥ずかしいのだろう、躊躇するみーちゃんにひよりが耳元で何かを囁く。

 

「わ、わかりました。私も水着になります」

 

何を言われたのか、やる気に溢れるみーちゃん。

 

「もちろん、清隆くんも水着ですよ?」

 

「……それ、意味あるのか?」

「……清隆くんって呼ばれてるの?」

 

一之瀬の発言と被ってしまい上手く聞き取れなかった。

本人も言いなおすつもりはないようなので、重要な話ではなかったのかもしれない。

 

「大アリです。さらに売り上げが伸びると思いますよ」

 

「そういうことなら着るしかないな」

 

順番で着替えをし、慣れてきたためオレ1人で調理を担当し、3人で売り子をしてもらっり、材料の補給をしてもらったりした。

飲み物ということもありリピートもあるようだ。来場数に対して想定より売れている印象がある。

 

「綾小路くん、みんな、こんにちは。面白いことしてるんだね。僕にも1つ貰えるかな」

 

「ひ、ひらたくん!?」

 

ここ最近、音信不通で行方不明だった平田じゃないか。無事でよかった。

突然の平田の来訪に、みーちゃんは、とても恥ずかしそうにしているが、同時に嬉しそうでもある。

 

「わぁ。これはおいしいね」

 

爽やかなスマイルで抹茶ラテを飲むイケメン。

裏で起きている惨状、苦労を一切感じさせない。

 

「なあ、平田。ちょっといいか」

 

「どうしたんだい?」

 

他のメンバーに聞こえないように裏に呼んで話を聞くことにする。

 

「実は先日、軽井沢に遭遇してな……その、大丈夫なのか?」

 

「その件だね……。自分でも未熟で情けない話なんだけど、最近軽井沢さんの束縛が激しくなっちゃって……残りの夏休みぐらい、羽を伸ばしたかったんだ。それでリフレッシュしたら、また2学期から彼氏役を頑張るつもりだよ」

 

いくら聖人の平田と言えど、同じ人間、限界はある。

それでも投げ出さないあたり、本当に責任感がある。

 

「軽井沢さん、なぜかプールには近づかないから、この3日間はここに潜伏する予定なんだ」

 

「なるほどな。無理はしないようにな」

 

「うん、ありがとう」

 

苦労の絶えないイケメンを送りだす。

どうか平田に一時でも安らぎがありますように。

 

その後も順調に売り上げていき

まもなく閉館時間が近いということで、1日目の『綾隆』は大盛況で幕を閉じた。

売り上げは40万ポイントほど。上々の出来だ。

 

この調子で稼いでいけば、借金返済だけでなく、体育祭に向けた資金作りもできるだろう。

 

「じゃあ私はこの辺で。明日は友達との約束があって来れないんだけど、最終日はまた手伝うね!」

夕方から用事があると一足先に帰宅する一之瀬。

 

ひよりとみーちゃんも少し疲れが出ているようだが、とても喜んでいる。

 

「ポイントがたくさんですね!あ、そうです、良いことを思いつきました!茶道室を拡大して書室を作りましょう!たくさん本が置けますよー」

 

これが漫画の世界なら目が『¥』マーク――いやここだと『P』か、になっていそうなひより。

茶道部の伝統を残したいと廃部に立ち向かっていた人物が、茶室の改造を目指し始めている。

 

みーちゃん何か言ってやってくれ、とみーちゃんの方を向くと

 

「ひよりちゃんが言ってたようにポイントがあれば平田くんも……レンタル彼氏……」

 

みーちゃんまで……。

悪いがレンタル彼氏平田は軽井沢が無料で無期限貸し出し中だ。

借りパクされなければ、いつかチャンスがあるかもしれないが……。

 

……ポイントは人をここまで変えてしまうのか。

 

「そうです、綾小路くん、販売価格もっと上げても売れるかもしれませんよ!」

「セットで茶菓子とかつけてお値段を吊り上げるのはどうですか?」

 

疲労と大金で思考が危ないことになっているな。

目を覚まさせる必要があるだろう。

 

そうして2人を両脇に抱え歩き出す。

 

「「きゃぁッ」」と驚きの声が聞こえたが気にしない。

 

そのまま2人と共にプールの中へダイブした。

バシャーンと水しぶきが立ったが、2人が安全な角度で入水できるよう飛び込んだので大丈夫だろう。

 

「ハッ、私は一体なにを?」

「冷静に考えて、平田くんがポイントで買えるわけないですよね」

 

プールの監視員から注意が飛んできたが、2人は文字通り頭が冷えて正気に戻ってくれたようだった。

 

「せっかくプールに来たんだ。ちょっとぐらい遊ぶか」

 

「そうですね」

「うん」

 

閉館までのわずかな間、オレたちは1日目の労いを込めてプールで遊んだ。

とは言ってもはしゃぐタイプではないため、プカプカ浮いて流されただけだったが

それでもそれはそれでこの3人らしい気がして悪くはなかった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

翌朝。

さぁ2日目も稼ぐぞ、と気合を入れて寮を出たところでチャットが飛んでくる。

 

「清隆くん、すみません……ちょっと熱が出てしまい……」

「清隆くん、ごめんなさい、朝から少し体調がすぐれなくて……」

 

ひよりとみーちゃんがダウンした。

2人ともインドア派だ。真夏の炎天下、一日中働いていたら疲れも出るよな。

気にせず、休むように返信をする。

 

さて、こちらはどうしたものか。

当然1人では効率も落ちるため、助っ人を探すしかないのだが……。

 

昨日の一之瀬の活躍を考えると人選は重要だ。

よし、茶道部の切り札を呼ぶ時が来たな。

携帯の電話帳からその人物の名前を探し、電話を掛ける。

 

『朝から何の用だ、綾小路』

 

「オレと一緒に水着で抹茶ラテを売ってください、茶柱先生」

 

プツンと通話が切れた。

かけなおす。

 

「これはAクラスに上がるために必要なことなんです」

 

『いや、騙されんぞ。たかが数十万ポイントでAクラスになれるなら、全生徒Aクラスになれるからな。断固拒否だ』

 

再び切れる電話。

そして着信拒否設定をされたのか、繋がらなくなってしまった。

 

茶柱先生が水着で売り子をしてくれれば、それだけで大量の集客が見込めただけに残念だ。さすがにこのやり口への対抗策を学んでしまったようなので、次があれば、もっと逃げられないような方法を使って勧誘するしかないな。

 

そうなると、他に手伝ってくれそうなのは……。

開場の時間も迫っている。厳選している余裕はなさそうだ。

ここは確実に戦力になり、こちらのお願いを聞いてくれる人物に頼るしかないな。

 

こうして2日目はスタートから波乱の1日となった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

おーい綾隆(後編)

綾隆オープン、2日目。

ひよりとみーちゃんがダウンして参加できなくなっため、急遽助っ人を依頼することとなった。

 

その人物に連絡すると、案の定2つ返事でOKを貰えた。

寮の入り口で待ち合わせして、2人で特別水泳施設へと向かう。

 

「ね、綾小路くん。貴重な夏休みを割いて、急なお願いを聞いてあげるんだから、もちろん、堀北を退学に――」

 

「しない」

 

助っ人に選んだのは田だ。

1年では一之瀬並みに人気があり、コミュニケーションの達人である田なら接客で大いに活躍してくれるだろう。

 

「なら、帰っちゃおうかなー」

 

「これは生徒会の綾小路ではなく、Dクラスの綾小路からのお願いだ。クラスメイトがとても困っているのに見捨てるのは田らしくないんじゃないか?」

 

「アンタよく言うわね、都合が良すぎると思わないの?」

 

周りに人がいないと最近は気軽にブラックな田さんが登場するようになってきたな。

 

「それもそうだな。だが、もちろん労働分の報酬は払うし、クラスメイトとしてできる範囲ならお返しもする」

 

「クラスメイトの綾小路くんには何も期待してないんだけど」

 

「それはやり方次第だ。例えば、オレが勉強を教えれば、テストで田にもっと高得点をとらせる自信がある。少なくともオール満点のオレの次ぐらいの結果にはなるだろう」

 

「……それで?」

 

「堀北や幸村を超えればクラスメイト達から絶賛されるし、堀北のプライドを折れるかもしれない。条件が整えば、退学を賭けて堀北にテストでの勝負を持ちかけて、あっさり勝てるかもな」

 

「うんうん。それは確かに魅力的だね!綾小路くんに貸しを作るのは悪くないかも。今日は精一杯協力させてもらうよ」

 

「それは助かる。田ほど、この仕事に適任はいないからな」

 

裏の顔を知ってから田が何のために人に優しくしているのか考えていたが、おおよそ予想通りらしいな。

 

「それで、さすがに私たち2人だけってわけじゃないよね?」

 

「ああ。もう一人は最近連絡がつかないが、確実に会場にいるから安心して欲しい」

 

何のことだろうと疑問が浮かんでいる様子だが、それも無理はないか……。

田の情報網にも引っかからないあたり、外には出さず自分の中だけで戦っている証拠なのかもしれない。

会場に到着し、今日は最初から水着作戦を実施するために出店前に集合ということで別行動になる。

 

サッと着替えを済ませ、オレは目的の人物を探したところ、プールサイドでひとり、ひたすら水面を眺めている姿を見つけた。

 

「おはよう、平田」

 

「おはよう綾小路くん。今日も出店かな?」

 

「ああ。そのことについてなんだが……実はみーちゃんたちが寝込んでしまって人手が足りないんだ。平田、気分転換にもなるかもしれない、一緒に出店やらないか?」

 

「それは大変だね。僕でよければ喜んで協力させてもらうよ」

 

「平田も大変な時に済まないな」

 

「いいんだよ。綾小路くんの言う通り、気分転換にもなるし、誘ってもらえて嬉しいよ」

 

こうして平田を確保することにも成功した。

 

田と平田、Dクラスが誇る、他クラスでも人気の高い2人が組めば鬼に金棒だな。

だが、それだけでなくこの2人を選んだのには理由がある。

最初は「人数が増える=取り分が減ってしまう」と考え必要最低限の人員で構成したが、交代なら問題ない。

そしてこの出店の本来の目的は、借金返済ではなく、体育祭に向けてポイントを増やす事。

それならばDクラスの生徒で固めてしまった方が良いだろう。

特にこの2人なら、無駄遣いをすることはないだろうし

来月になって体育祭のルールを聞けば、オレがポイントにこだわっていた理由を察することができるだけの力もある。

 

こうして、綾隆は2日目メンバーでスタートすることとなった。

 

「こんにちは、綾隆のアイス抹茶ラテいかがですかー?」

 

「えっと、じゃあもらおうかな」

 

それはそれは天使のようなスマイルで声掛けを行う田。

今のところ成約率100%と驚異的だ。

 

「お買い上げありがとうございました。またよろしくお願いします」

 

「は、はい。また来ます!」

 

爽やかイケメン平田も負けてはいない。

女性客のリピーターは増えそうだ。

 

そして2人ともテキパキと動いてくれるため、列ができ始めてからもお客さんを長時間待たせずに済んでいる。

回転率は4人いた昨日以上かもしれない。

 

心強い助っ人の活躍に感動していると、聞いたことのある声が聞こえてきた。

 

「すまない、4つほどいただけるか?」

 

「葛城くん、いらっしゃい……って、それは突っ込んだ方がいいの、か、な?」

 

珍しい田の動揺した反応に何事かと調理スペースから顔を出して確認する。

 

「お、綾小路か。この前は世話になった。今回も生徒会案件か?面白そうなことをしているな」

 

「いや、今回は個人的なことなんだが……。それはどういう状況だ?」

 

「おはようございます。Dクラスの皆さん。とても美味しそうな飲み物を販売していらっしゃるのですね」

 

坂柳の声が普段より高い位置から聞こえる。

それもそのはずで、坂柳は、葛城の右肩にちょこんと座っていた。

葛城も坂柳が座りやすい様に右腕をあげて、右肩から上腕二頭筋までスペースを作っている。

 

「ふふふ、驚いていらっしゃるようですね。私もです。こうして移動した方が普段の何倍もの速さで、遠くまでも行き放題なんですから」

 

「綾小路、俺は生徒会に相応しい実力をつけるために、坂柳から学ぶことにした。不思議だな、これまで守りの姿勢を貫いてきたオレだが、今ではとても解放された気分だ」

 

なにか変な方向に解放されていないか。

生徒会の(変な)空気にあてられて、常識人の葛城が見る影もなくなってしまったのか。

本人が満足そうなので、これ以上は何も言わないが……。

 

「これは美味しいですね。神室さんも橋本くんもぜひどうぞ」

 

日頃、坂柳のお付きとして行動している2人だが、ここまで他人のフリを貫こうとしていた。

心中お察しいたします。

だが、もちろん、坂柳は逃してくれない。

 

「確かに美味しいわね。こんな状況じゃなければもっと味わえたかも」

 

「ああ。俺は神室の意見に全面的に賛成するぜ」

 

「では、クラスの皆さん分とお代わりを買って帰りましょう。40ほど追加お願いいたします」

 

「ありがとうございます」

 

大急ぎで40杯作ると、葛城が30、橋本が10に分けて持って帰っていった……。

葛城の肩に乗る坂柳が遠くシルエットになってゆく。オレたちは何を見せられたのか。

 

「内部での派閥争いが激しかったAクラスが一枚岩になったみたいだね。2学期はより盤石な体制になったんじゃないかな」

 

「そうだね、ただでさえ強敵だったのに……。これから私たちDクラスも、もっと頑張らなきゃだね」

 

……2人とも、一部の奇行は見なかったことにしたようだ。

 

そんな珍客もあったが基本的には順調に販売をしていく。

2人は顔見知りも多いようで、ところどころお客さんとの会話も弾んでいた。

 

「綾小路王子、一杯ください」

 

オレも知っている客――諸藤や真鍋たちがやってきた。

 

と、その時、少し強めの風が吹き、容器のフタが一つ、転がっていく。

それを止めようとしたところで、同じく反応していた平田と手が重なる。

 

「あ、悪い」

「僕の方こそ」

 

「……綾×平、尊い」

 

「リカーッ!!!……って倒れない?」

 

「2人が作り上げたこのドリンクを飲むまでは倒れるわけにはいかないの」

 

「り、リカ!?」

 

「うん、美味しかったです、王子たち。私の生涯に一片の悔いもありません。バタッ」

 

「リカーッ!!!」

 

諸藤が医務室に運ばれていった。

これがちょっと傾向を変えたお約束ってやつか。

 

こうした小さいハプニングはあったものの極めて順調に売り上げて、この日の出店時間は終了した。

売り上げは50万ポイントと当初の目標100万ポイントは達成したようなもの。

明日もこのメンバーなら2学期からの懐事情も変わってきそうだ。

 

「平田くん、みーつけた」

 

「か、軽井沢さん!?どうしてここに?」

 

「えー、クラスのチャットで噂になってたよ。平田くんがここで出店やってるって。忙しいなら言ってくれればよかったのに」

 

「そうだね、連絡もできてなくてごめんね」

 

「ううん、大丈夫。今日はこれで終わりなんでしょ。ごはん行こうよー」

 

そうして平田は軽井沢に連れていかれた。

ごめん、明日はここに来れない……そんな目でこちらを見つめながら遠ざかっていく平田。

 

「あの2人、あんなに熱々だったんだね」

 

「そうだな……」

 

平田が参加できない以上、櫛田に期待するしかない。

 

田、明日もお願いできるか?」

 

「えーと、どうしようかな。私も忙しいし、予定とか入っちゃってるかも」

 

「まじかー」

 

「……でも、綾小路くんがどうしてもってお願いするなら――って聞いてる?」

 

田もダメなのか、となると再びメンバー探しをする必要がある。

一之瀬は明日来てくれると言っていたし、あと一人見つければ大丈夫だろう。

……こうなってくると、アイツにお願いするしかないか。

 

田、今日はありがとう。かなり助かった。すまないが、オレは一足先に帰るな」

 

早く人員を確保しなくてはいけないため、オレは急いで着替えを済まし、寮に戻った。

 

お願いする人物の部屋のチャイムを鳴らす。

コイツは電話に出ない可能性が高いから直接交渉だ。

 

「突然なにかしら、綾小路くん。くだらない用事で訪ねて来ないでもらえる?」

 

「水筒を外す手伝いよりはくだらなくないと思うぞ?」

 

堀北の小言に思わず余計なことを言ってしまった。

有無を言わさずドアを閉めようとする堀北を慌てて制して話を続ける。

 

「お前の兄貴に認めてもらえるかもしれない話があるんだが、聞かなくていいのか?」

 

「……お茶でも飲んでいきなさい」

 

「できればコーヒーでお願いしたい」

 

堀北の部屋に案内され、コーヒーが出てきたところで話を続ける。

 

「実は特別水泳施設で出店をしててな。その販売を手伝って欲しい」

 

「兄さんと関係は?」

 

「今回堀北会長にお願いして無理に出店させてもらった。そこで売上なりで成果を出せばもちろん注目してもらえる。それに……」

 

「それに?」

 

「生徒会の仕事で見回りをしているんだが、恐らく明日出店の見回りチェックもするだろうから、うちの店で働いていれば会えること間違いなしだ。そこで懸命に働くお前の姿を見た会長はどう思うだろうな」

 

「その話、乗ったわ。やるからには徹底的にやるわよ。詳細を教えてもらえるかしら」

 

嘘は言っていないが、より堀北兄が関わっているかのように伝えた。

こうすれば、コイツが断る可能性はなくなるからな。

こうして明日は堀北も手伝ってくれることとなった。

 

 

その夜、突然、電話がかかってきた。

 

『あ、あの綾小路くん、こ、こんばん、は。……急にゴメンね?』

 

「気にしなくていい。どうしたんだ、佐倉?」

 

『実は、綾小路くんたちが出店をしてるって聞いて……その、迷惑じゃなければ、わ、私も、手伝わせてくれないかな?』

 

「手伝ってくれるならありがたい。よろしく頼む」

 

想定以上の売上の見込みだ。佐倉分の報酬も問題ないだろう。

それに佐倉なら最悪立っているだけでも集客に繋がることは、この2日間でよくわかった。

 

『あ、ありがとう!こちらこそよろしくね』

 

電話の向こうから、微かに歓声が聞こえる。

どうやら軽井沢のように、出店の情報を掴んだ篠原たちが背中を押したのかもしれない。

接客経験は佐倉を成長させてくれるだろう、篠原たちもわかっているじゃないか。

佐倉の事を安心して任せられるな。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

3日目、集合場所の寮のロビーで待っていると、程なくして堀北、そして佐倉がやってきた。

 

あとは一之瀬だけか……。そう考えているとエレベーターから田が出てきた。

 

「綾小路くん、今日も来てあげたよ、嬉しい?」

 

「いいのか、田。ありがとう。もちろんうれしいぞ」

 

「……って、なんで堀北さんがいるのかな?私じゃ頼りないってこと?」

 

昨日の話じゃ来れないと思っていたのだが、都合を合わせてくれたのか。

堀北、いらなかったかもしれない。

 

田の仕事ぶりを見せつけることができるんじゃないかと思ってな」

 

「綾小路くんも人が悪いなあ。でもそう言うことならよろしくね、堀北さん。佐倉さんも」

 

目が笑っていない田。

 

田さん、私は私の目的のために頑張るだけよ」

 

最終日にして一番危険な状況に……。

 

「みんなおはよー!よろしくねー」

 

そんな空気を変えてくれる一之瀬の明るい挨拶。

そして一之瀬の後ろには、網倉、小橋、白波がついてきている。

 

「3人も手伝ってくれるって。人数が多い方が楽しいし助かると思うんだけど大丈夫かな?」

 

「もちろんだ」

 

スポンサーの意向には逆らえないからな。

水着美女が増えるのであれば、売り上げも伸びるだろう。

 

思わぬ大所帯となったが、やることは変わらない。

人数が増えたことで、こちらも楽になったし、やはり集客力が3日間で一番伸びている印象だ。

 

「い、いらっしゃいませ……抹茶ラテ、いかがですか」

 

佐倉も佐倉なりに頑張ってくれていて、成長を感じる。

このままいけば、そのうち化けるかもしれない。

 

「だいぶ繁盛しているようだな、綾小路」

 

「綾小路くん、調子はどうですかー?」

 

昼すぎ、堀北兄と橘が見回りの途中で寄ってくれた。

 

「ご覧の通り大盛況です。先輩方にも今お持ちしますね」

 

そう言って堀北に目配せする。

 

「兄さん、こちらをどうぞ」

 

恐る恐るではあるものの、しっかりとアイス抹茶ラテを渡す堀北妹。

 

堀北兄はそれを受け取り、ゆっくりと口に運ぶ。

 

「……美味いな」

 

「兄さん!」

 

「鈴音、まさかお前が誰かと協力する姿を見れる日が来るとはな……これからも仲間たちと共に励むことだ」

 

「はい!!」

 

決してすべてのわだかまりが解けたわけではないだろうが、兄妹関係が少し前進したことは明らかだった。

 

「美味しかったです。ありがとうございました。私たちは見回りの仕事に戻りますが……綾小路くん、たくさんの女の子に囲まれてるからって、調子に乗らないようにしてくださいね」

 

「ええ。大丈夫ですよ」

 

そう言って2人は仕事に戻っていった。

 

「さあ兄さんもああいってくれたことだし、もっと売り上げを伸ばすわよ、綾小路くん。私にいい考えがあるの。任せてもらえるかしら?」

 

もっと褒めてもらいたいのかやる気に満ち溢れている堀北。

十分収益は見込める現状、コイツがどこまでやれるのか試してみるのもいいかもしれない。

 

「ああ。堀北に任せる。思う存分やってくれ」

 

「もちろん、そのつもりだわ」

 

「綾小路くん、そろそろ休憩してきたら?今日はたくさん人もいるし、ちょっとぐらいゆっくりしてきなよ」

 

田から提案されて、確かにここに来てほぼ出店しかしないのももったいないような気がした。幸い、オレがいなくても店は回るようになっている。

 

「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらう」

 

「帆波ちゃんも休憩しておいでよー」

 

小橋がそう提案する。

 

「う、うん。せっかくだから一緒にどうかな」

 

「別に構わないぞ」

 

そうして2人で施設を回っていると、スポーツ用プールが何やら賑わっていたので近づいてみる……そこでは南雲が水中バレーをしていた。

 

「よう、帆波……と綾小路も一緒か」

 

「こんにちは、南雲先輩」

 

「あー、綾小路くん。出店上手く行ってるみたいだね」

 

「朝比奈先輩のおかげです」

 

南雲の応援をしていたのか、朝比奈もその場にいた。

 

「そうだ、せっかくだから、バレーしようぜ?」

 

「お断りしてもいいですか?」

 

「まぁそういうな。そろそろお前とはどっちが上かはっきりさせとこうと思ってたところだ。なずなから聞いたが、出店やってるんだろ、俺に勝てたら、2年生全員……えっと140人ぐらいに奢ってやることにするぜ」

 

「南雲先輩が勝ったら?」

 

「そうだな、堀北先輩との勝負の橋渡しを頼む。占いでは後輩を頼ると良いって言ってたからな。お前も後輩には違いないだろ」

 

「わかりました。受けて立ちますよ」

 

140杯売れることが確定したようなもの。

南雲の実力はバスケでおおよそ把握している。

そこまで力を出さなくても勝てる、お得な勝負だ。

 

「そうこなくっちゃな。ルールはペア対決で21点先取の一本勝負。こっちはなずなと組む。お前は帆波と出ろよ」

 

「え、わたしですか!?」

 

「それで構わない」

 

「あ、綾小路くん。その……私そこまで運動できないからね?」

 

「大丈夫だ。どんな状況になっても勝ってみせる」

 

「にゃはは、それは頼もしいね」

 

さすがの南雲も一之瀬を狙い撃ちにはしないだろう。

スポーツマンシップ云々の話以前に、そんなことをすれば一之瀬から嫌われるのが目に見えている。

形式上バレーは1人でできないためペアにしたが、向こうもパートナーに朝比奈を指名したことから、実質1対1で戦いたいという意図が見える。

 

だが、一之瀬をこちらにつけたのは失敗だったな。

 

「今日の俺は負けないぜ。なぜなら朝の占いのラッキーアイテム、この星型グラサンを装着するからだ」

 

「雅、それ、全然カッコよくないよ?」

 

「なずな、これはそういうんじゃないって言ったろ。これをつけることが勝利に繋がるんだ。見てろって」

 

星型のグラサンを装着する南雲。

見た目はともかく馬鹿にできない点はある。

それは――

 

「これで俺の視線は読みにくくなったはずだぜ、綾小路」

 

「そのようですね」

 

「俺がお前のとびっきりの必殺技、アンクルブレイク対策をしてこないと思ったのか?恐らくあの技はお前のこれまでの人生をかけて磨いてきた技だったんだろう。それだけの精度、そして脅威であることは認めてやる。だが、バスケの試合で土壇場まで出し渋るわけだぜ。ネタが割れちまえばこの通りさ。どうだ、唯一の必殺技を封じられた気分は?」

 

「笑えない状況ではありますね」

 

色んな意味で、だが。

 

そうして試合は朝比奈のサーブから始まる。

 

「えい」っと放たれたボールは、無難なコースで可もなく不可もない強さで飛んでくる。

この手のバレーは船上のナイトプールで経験済みだ。

なんなくボールを上げて、一之瀬にトスをしてもらう。

 

その間、オレの動きに注目しているであろう南雲。

そこに、軽く動き、フェイントを入れてやれば……。

 

「うおっ」

 

こちらの動きに反応したことで、足がもつれて水中に沈む南雲。

 

「ぷはっ。視線を読まなくても使えるだと?アンクルブレイク対策対策はできているってことかよ」

 

一之瀬からのトスがあがり、スパイクを決めるべく飛び上がる。

 

「だがな、ここは水中だ。転んだところですぐに起き上がれるのさ。そしてジャンプ中じゃ、小賢しいフェイントもできないだろ。アンクルブレイク対策対策対策も抜かりないんだぜ?」

 

南雲なりに徹底的に対策を考えてきた様子だな。

 

だが南雲、いつからオレのスパイクを受け止められると錯覚していた?

 

思いっきりボールを叩きつける。

南雲も一瞬何が起きたのかわからなかっただろう。

目でとらえきれないボールが自分の真下に衝突し、着水の衝撃で舞い上がる強烈な水しぶきが南雲を襲った。

 

「み、みやびー!!!」

 

朝比奈が真鍋たちのような叫び芸を披露してくれている。

 

「げほ、げほっ。……ったく、死ぬかと思ったぜ。やってくれるな、綾小路。必殺技が効かないと判断して、パワープレイに切り替えやがるとは」

 

「さすが綾小路くん。すべてを吹き飛ばす豪快さ!」

 

一之瀬もノリノリだな。

 

そんな一之瀬からのサーブとなり、今度は南雲の攻撃となる。

南雲が拾って、朝比奈がトスを上げる。

跳躍した南雲のアタック。

 

ボールは中々のスピードでコートの隅のギリギリに着水した。

 

2年トップは伊達ではなく、運動面においても他との違いを感じさせる。

 

水中バレーは、こちらの機動力が大きく制限される都合上、こちらの位置を確認し、コースを的確に狙われると、どうしても対応できない場所が出てくる。

多少無理をすれば拾えるだろうが、大勢のギャラリーの前で、素の身体能力の高さをわざわざ披露しようとは思えない。あくまでトンデモ技に頼るやつ、ぐらいでおさえておきたいところだ。

 

そうして一進一退の攻防は、ラリーが全く続かず、お互い一撃必殺のまま、20対20のマッチポイントとなった。

20回もの水しぶきを耐え抜いた南雲の根性は認めたいと思う。

 

「このゲーム、デュースはないぜ。これがラストプレーだ」

 

そういって朝比奈にサインを出す南雲。

何か仕掛けてくるのか?

 

「えいや」っと朝比奈が放ったサーブはこれまでと違い、回転がかかっていないように思える。

そして急にコースが変化して一之瀬の前ですとんと落下し始めた。

 

「えへへ。わたしこの変化球だけは得意なんだ」

 

ここ一番まで温存していたということか。

 

何とか反応して飛び込んでボールに触れた一之瀬だったが、ボールは明後日の方向へ。

 

そのボールに、オレも何とか追いつき高く上げる。

 

その間に起き上がった一之瀬だったが、向こうのコートに返すので精いっぱいだった、

 

「この勝負もらったぜ!」

 

朝比奈がトスしやすい場所にボールを上げる南雲。

 

朝比奈からのトスもキレイに上がった。

 

「一之瀬、跳んでブロックだ」

 

「え!?うん」

 

オレの指示で南雲よりもワンテンポはやく跳躍する一之瀬。

 

「血迷ったか、綾小路。意味の……ないことを。これで終わりだ!!ってどこにもいねぇ!?」

 

ミスディレクション。

前回のバスケのあと、面白い技ではあったため橘にお願いして漫画を全巻読み込み、何かに活かせないかと考えていた。

あの技は、強い存在感を持つパートナーがいてこそ初めて完成する。

そのため、一之瀬にブロックで跳んでもらい、何とは言わないが揺れる強い存在感に南雲が目を奪われた隙に、南雲の死角へと移動させてもらった。

 

コート上から姿を消したオレに動揺した隙、どこにいるかわからない相手に対して的確なコースを狙い打つことはできない。

これまでとは精彩を欠いたスパイクとなる。

 

それをすかさず拾いあげ、一之瀬のトスから、21回目の水しぶきをお見舞いする。

波にさらわれた南雲は、ぷかぷか浮いて天井をみつめたまましばらく動かなかった。

 

「やった、綾小路くん!私たち、あの、あの南雲先輩に勝ったよ!」

 

興奮冷めやまない一之瀬とハイタッチを交わす。

南雲との勝負に勝っただけだが、ここまで喜んでくれるなら悪い気はしない。

 

「いやぁーホントに雅を倒しちゃうなんて、すごいね、きみ~」

 

朝比奈先輩がわき腹を小突いてきた。

健闘を称え盛り上がるギャラリー。

 

「それは違うぜ、なずな」

 

いつの間にか立ち上がった南雲がいつものしたり顔でそんなことを言う。

 

「何が違うの?立派に負けちゃったじゃん」

 

「俺は負けちゃいないさ。この沸いているギャラリーを見ろよ。これまで、完璧な生徒会長だった堀北先輩が引退することを不安に思う生徒もいただろう。だが、この場で次世代の生徒会の力も誇示できた。試合結果は綾小路の勝ちだろうが、俺は何も失っちゃいない。むしろ、新生徒会をアピールできた。これのどこが負けなんだ?」

 

「相変わらず、あー言えばこう言うんだから」

 

「ま、性分ってやつだな。ただ、結果は結果だ。約束通り140人分の代金を払う。この後2年が店に来たらタダで配ってやれ」

 

「わかりました」

 

「んで、1人いくらだ?」

 

「1,500ポイントですね」

 

「いい商売してやがんな、ほらよ。21万ポイント振り込んだぜ」

 

「ありがとうございました」

 

「次は勝つからな」

 

「お手柔らかに」

 

南雲から手を差し出されたので、握手して応じた。

ギャラリーからは新生徒会の応援や期待の声がたくさん飛んできた。

南雲の負け惜しみかとも思ったが、あながち間違えではなかったようだ。

南雲としても負けるつもりはなかったろうが、どちらに転んでも良かったのだろう。

うまい具合に自分の代のPRに使われてしまったようだ。

 

「綾小路くん、ありがとね!残り時間も頑張って」

 

朝比奈からなぜかお礼を言われて、オレたちは店に戻ることにした。

 

しれっと500ポイント水増し請求したが気づかれなかったな。

PRへの出演料ということでありがたく頂戴する。

 

「今日もすごかったね、綾小路くん。やっぱり何でもできちゃうんだ」

 

「そんなことはない。朝比奈先輩の最後のサーブ、一之瀬がとってくれなかったら負けていた」

 

「私、役に立てたのかな?」

 

「もちろんだ。一之瀬がどう思っているかはわからないが、この販売でも、さっきの試合でも本当に助けられている」

 

「そっか、それならよかったよ」

 

「頼りにしているんだ。ポイントを貸すだけが……みたいな淋しいことは言わないで欲しい」

 

「う……うん、そうだね、そう言ってくれるなら、私も嬉しい」

 

「これからも力を貸してくれ。オレにも予想できないことはたくさんある、ほら、こんな感じで……」

 

「……なんか、大変なことになっちゃってる?」

 

出店に戻ってみると、長蛇どころではない列、ここは200人はくだらないであろう行列ができていた。

そこには、学生だけでなく、大人も混じっている。

 

人混みを避けて何とか店の前まで戻ってきた。

そこには様変わりした出店の姿。

 

『あの完璧超人生徒会長堀北学も選んだのは綾隆でした』という大きな看板

巨大なスピーカーから流れる、あのCMソング

いつの間にかドリンク容器にラベルが貼られており、そのパッケージもどこか既視感がある

 

「こんなことして大丈夫なのか……」

 

「あら、遅かったわね、綾小路くん」

 

「堀北、これは版権問題というか色々ヤバいぞ」

 

「もちろん、許可は取ってあるわ。ケヤキモールに商品を卸している方に仲介してもらってメーカーさんと交渉したの。その時に、池君とか山内君とか暇そうな人たちにがいたからビラ配りをしてもらって、外村君はポスターをつけたドローンを飛ばして宣伝してもらってるわ」

 

「まじか……」

 

まさかここまでとは。オレは学生に売ることしか考えていなかったが

堀北はこの学校の施設を運営するために滞在している大人たちも販売対象にしていた。

兄貴パワーをもらった堀北は計り知れないな。

 

「鈴音、足りなくなった来た食材をたくさん買ってきたぜ」

 

「須藤君、下の名前で呼ぶのは私の機嫌がいい今日だけよ」

 

「おうよ、鈴音。なんでも言ってくれ」

 

いつのまにかBクラス男子の柴田や神崎たちも手伝てくれている。

今までにないほどの一体感。

やればできるじゃないか、堀北。

 

こうしてオレたちは堀北の大活躍もあり、この1日だけで100万ポイントもの売上を達成した。

協力してくれたみんなも達成感でお互いを称え合っている。

体育祭を前に良い傾向だ。

 

「やったな堀北。正直ここまでとは思わなかった」

 

「兄さんに認めてもらうためだから当然ね。ところで――」

 

「ところで?」

 

「売上の半分をメーカーに払うことになっているの、50万ポイントほどいただくわね」

 

「はい?」

 

「さすが大企業、なかなか許可をくれなかったのだけど、金額と政府管轄の高校っていうのが決め手になったわ。あと、スピーカーやドローン等の機材レンタル料に音楽使用料、印刷物の印刷代などなど、丁度50万に収めることができたから、そっちは払っておいて頂戴」

 

「お前は何を言っているんだ?」

 

「不思議なことを言うのね、綾小路くん。兄さんが見るのは売上だけなんでしょ?なら利益は度外視よ。私たちが本気を出せば100万ポイント1日で売れる実力がある、この証明ができれば兄さんも満足なはずだわ」

 

……そういえば、堀北を勧誘した時は成功率を優先して、兄貴の事だけを誇張して伝えていたんだった。

まだ、体育祭ルールも発表されていない中、オレの意図に気づくことも難しい。

 

堀北は色んな意味でオレの想像を超えてきたということ。

 

だが、それはそれ、これはこれ。

堀北をひとまずプールに投げ込んでおいた。

 

「な、いきなり何するのかしらっ」

 

足を掴まれオレもプールの中に引きずり込まれる。

 

遠くで様子を見ていた田が笑っているような気がする。

今なら田と仲良く話せるかもしれないな。

いや待て、昨日からいた田はオレの金欠も知っていたはず……。

こうなることを予測してあえて止めなかったのかもしれない。

 

「俺も飛び込むぜ、鈴音」

 

「んじゃ、俺も」

 

「私もー」

 

皆でじゃれ合い遊び始めるクラスメイトたち。

 

2日目までの90万ポイントから、人件費や材料費なども引いて、一之瀬に出店の際に借りた分を返済すると、手元に残るのは5万ポイントほどになる計算。借金は返しきれなかった。

 

こっそりプールから上がり、一之瀬のもとに向かう。

 

「一之瀬、すまないが、完済はもう少し待っててくれると助かる」

 

「あははは、最後の最後でトンデモナイことになっちゃったね。まぁ元々卒業までにって言ってたんだし大丈夫だよ」

 

「なるべく早く返済できるようにする。体育祭の種目は上位入賞者にポイントが出るからな、次はそこで稼ごうと思う」

 

「体育祭……Dクラスはポイントが少ないだろうから心配……かな」

 

「何とかして見せるさ」

 

「余計なお世話かもしれないけど、困ったときはいつでも相談してね」

 

「ああ。その時は頼りにさせてもらう。だが、一之瀬も気をつけて欲しい」

 

「それって……龍園君のこと?」

 

「無人島では恨みを買ってしまったみたいだったからな。組の発表はまだだが、何をしてくるかわからない。今回の体育祭、ポイントを増やすことが難しい以上、勝つこと以外を考えてくる可能性がある」

 

「無人島で教えてもらったように、あらゆる可能性を考えて備えるようにするね」

 

「わかっているなら安心した。一之瀬も困ったときは相談してくれ」

 

「うん。ありがとう。それにしても、生徒会同士ならこうやって試験前でも色々意見交換できるのはいいね」

 

「そうだな……。惜しむらくは同じクラスじゃないってことだが」

 

「それはそうだね。協力できない部分も出てきちゃう以上どうしても……ね」

 

こうやって楽しくお互いに協力しているが

クラスが分かれている以上、いつかは退学を賭けて争うこともあるかもしれない。

 

 

そんな日が来ないならそれに越したことはないなと、夕日色に染まったプールを眺めながら、手を取り合う未来を想像した。

 

 




更新遅れてしまい申し訳ないです。

大人しく、中編、後編に分けるべきでした……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

勝利への鍵

今回から原作でいうところの5巻のお話、体育祭編になります。


「えー、干支の動物の順番と割り振られた生徒の名前順が、優待者の法則だったってこと?シンプル過ぎない?」

 

夏休み明けの初日、混雑するカフェ「パレット」で

堀北、平田、軽井沢、オレの4人は、昼食をとりながら干支試験の答え合わせを行っていた。

夏休み中まで試験の事を考えたくなかったのか、他のクラスメイトと会う気にならなかったのか、今更感が強いが、堀北の声掛けにより開催することとなった。

 

ちなみにオレは法則の答え合わせを干支試験翌日に一之瀬と済ませているため不要なのだが、クラスの結束という意味では必要な話し合いの場であるため、見守ることにした。

 

「軽井沢さんの言うとおりね。でも、それに気づけても確証を得ることができなければ告発は難しい、と普通なら考えるわ」

 

「外した時のデメリットが大きいから、だね。Aクラスはあの時、法則を読み間違っていたらマイナス350クラスポイント、さらに残った自分のクラスの優待者も当てられると、合計マイナス500クラスポイント……最悪の場合、一気にDクラスに落ちていたかもしれないんだ」

 

「へえー。メチャクチャギャンブルじゃん。それだけAクラスを維持したかったってこと?」

 

「そうかもしれないわ。ただ、坂柳さんにとってはギャンブルではなかった。正解だと確信しての告発――その度胸と自信はそれだけで脅威だわ」

 

「それに加えて、今のAクラスは派閥争いも収まって、まとまったみたいなんだ。もう隙のないクラスだと思うよ」

 

各々の考えが飛び交う。

堀北の予想は概ね正しい。坂柳は自分の答えが間違っているとは微塵も疑わなかったはずだ。

ただ、万が一間違っていても坂柳は気にしなかっただろう。

アイツはクラス順位もクラスでの立場、信用にもさほど興味がない。

むしろ、自分の考えを上回った試験を学校が用意できたことに喜びを感じ、次の試験を心待ちにしそうだ。

クラス順位にこだわるものからすると理解できず、たどり着けない思考。それが盲点となり、どこかで決定的な判断ミスに繋がらないといいのだが……。

 

「つまり兄さんも仲間と共に励めとおっしゃってくれたことだし、Dクラスも団結する時が来たわ。今日の会はその第一歩よ」

 

堀北が急に話し合いをし始めるといった理由がはっきりわかった。

コイツの中での兄貴パワーは、オレが想像していたよりもずっと高いのかもしれない。

いざとなれば堀北兄に頼んでこちらの戦略を堀北妹に命じてもらうのが、最も楽なコントロール方法かもな。もちろん嫌味だ。

 

「うん。僕も堀北さんたちと話し合う場が持てて嬉しいよ。これからクラスの団結を目指して頑張ろう」

 

「私も協力するよー、洋介くんっ」

 

上目遣いで微笑みながら平田の腕に、ぎゅっと抱きつく軽井沢。笑顔で返す平田。

いつの間にか名前呼びになって、はたから見たら偽装カップルには見えない熱々っぷり。

これで何もないというのだから、ある意味一番恐ろしいのは平田の自制心なのではないかと思う。先日のプールで途中離脱に至った際は、どうなったかと気にはなっていたのだが、今のところ目に見えた問題はなさそうだ。

 

「ところでさっきから黙っている副会長さんは何か意見はないのかしら?」

 

「……団結は大事だな、応援してるぞ」

 

「まるで他人事のようね。あなたもAクラスに上がるための貴重な戦力なのだから、それだけは忘れないでいて欲しいわ」

 

他人事か……言い得て妙だな。

結局のところ、オレも坂柳とあまり変わらない。

何に重きを置いているかの違いでしかないのだから。

 

「清隆らしいけどねー。ま、いざとなったら頑張ってくれるでしょ」

 

「僕もそう思うよ。綾小路くんは何だかんだいつもクラスの事を考えてくれてるって」

 

「過分な評価に恐れ多いな。……ってなんでオレまで名前呼びなんだ」

 

しれっと軽井沢が名前で呼んできた。オレはレンタル彼氏をやってないぞ。

 

「清隆も大事な友だちだからに決まってんじゃん。平田くん並みにイケてる男子って、私も認めてんのよ」

 

嬉しいような嬉しくないような何とも言えない返事が返ってくる。

先日の水筒事件以来、少しは心を開いてくれたようだ。

平田の状況を見るに手放しでは喜べないが、これで平田の負担が2~3割でも減るのであれば……。

 

「あなたもいつの間にか交友関係を広げていて楽しそうね」

 

ジトっとした目でこちらを睨む堀北。

置いて行かれているようで寂しいのだろうか。

軽井沢でよければいつでもあげるから言って欲しい。

誰かに依存するタイプという意味で気が合うんじゃないか?

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

午後からの授業はホームルームが2時間とってあった。

2学期初日ということで今後の話、差し当たっては1か月後の体育祭についてだろうな。

ところがそれだけではなかった。

 

「まずは配布資料に目を通してもらおう。2学期の大きなイベントは、10月の体育祭、そしてその後に行われる生徒会選挙だ」

 

体育祭が10月上旬、選挙が中旬か。

そういえば、生徒会に所属している割にこの話題が全然上がってこなかったが……。

 

「体育祭後一週間が選挙活動となる。すでに所属しているものは、特に活動せずとも信任投票の結果で来期も在籍するかどうか決まる。ただし、生徒会長に立候補するなら話は別だ。公約、演説等の活動が必要になってくるため、9月中に申請する必要がある」

 

そういう仕組みなのか。

生徒会役員だが裏口入学みたいなものだったので、初めて知る情報だった。

 

「とはいっても立候補できる条件を満たしているものは限られているが……そのつもりがあるなら、担任に申し出るように」

 

明らかにこちらを見て話す茶柱先生。

どうやら立候補の条件としてすでに生徒会に在籍していることが必須なのかもしれない。未経験者が面白半分で立候補して、何かの間違いで会長にでもなった日には一大事だろう。

 

茶柱先生のせいでクラスメイト達の視線が集まってきた。

立候補するのだろうかという好奇心。

何かを期待されても困るため首を振っておく。

 

茶柱先生からは生徒会長になることを期待されているようだが、今のところそのつもりはない。というよりも今年は立候補するだけ無駄だ。

テストや殴り合いで決めるならともかく、投票制では、対抗馬である南雲が2年の票をすべて集められるのに対し、こちらは学年の票をすべて取ることはできないだろう。

 

Bクラス、Dクラス、そして坂柳との交渉次第ではAクラスの票を獲得することができても、Cクラスの全員からは不可能だ。それこそ大量にポイントがあれば龍園と交渉できたかもしれないが、経済力の戦いになれば南雲に分がある。そしてそこまでして会長になりたいとも思えない。

 

「まぁあと1か月あるからな。落ち着いて考えることだ。それで、体育祭についてだが――」

 

茶柱先生から体育祭についてのルール説明が入る。

 

「今回の体育祭は全学年を2つの組に分けて競い合う方式だ。お前たちDクラスは赤組に配属が決まった。そして同じ赤組はAクラスだ」

 

「うぉまじかよ」「赤組最強じゃね?」「Bクラスじゃなくて残念だけど、Cよりマシだよねー」

 

Aクラスが味方になったことに前向きな感想が飛び交う。

 

Aクラスか……また勝負できなかったと坂柳は悔しがっている頃だろうか、いや、どちらにせよ体育祭では坂柳が直接戦うことはできないため、特に気にもしないか。

 

気がかりなのは龍園たちと組むことになった一之瀬たちだな。

 

生徒会で言っても

 

赤組:堀北兄、橘、オレ、南雲、南雲フレンズたち

白組:桐山、一之瀬

 

とかなり気の毒な戦力差を感じる。

 

 

その他のルールを要約すると

 

競技は全部で13種目(男のみ、女子のみの競技含む)

 

全員参加の競技

クラスの代表を選出し出場する推薦競技

 

に分けられており、それぞれの順位に応じた点数が組とクラスに加算されていき

その合計点で競うというもの。

 

全体では総合点で敗北した組はマイナス50クラスポイント、勝った組は特に報酬なし。

 

学年別では、1位のクラスに50クラスポイント、2位は変動なし、3位はマイナス50、

4位はマイナス100だ。

 

何の嫌がらせかと言いたくなるぐらいにはポイントが下がる確率の高いルール。

組で勝利し、クラスも1位になって初めてプラスになる。

 

だが、個人にはそれなりの報酬があり、例えば、各個人競技の1位には5,000プライベートポイントか次の筆記試験での3点追加などだ。

二人三脚が個人競技か怪しいが、それを含めれば最大35,000ポイント獲得のチャンスだ。

そして全学年の最優秀生徒へは10万ポイント、学年別最優秀生徒には1万ポイント。

つまり最大145,000ポイント獲得できるかもしれない。

 

最下位にはデメリットもあるがオレには関係のないことなので割愛させてもらう。

 

また推薦競技への参加者はもちろん、すべての競技で、誰がどの順番で走るのかなどの出走表も自分たちで作ることとなる。

一度提出した出走表は変更不可能であるため注意が必要だ。

 

「先生、質問よろしいですか?」

 

「なんだ堀北?」

 

「もし当日の体調不良やケガなどで急遽出場できなくなった場合はどうなるのでしょうか?」

 

「その場合、欠場とみなし点数は入らない。だが、体育祭の花形である推薦競技は1人につき10万ポイントを払うことで代役への変更が可能だ。替え玉を用意するクラスもいるかもしれないため、そういった措置をしている」

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

堀北、ポイントを獲得しておくことの大切さがわかったか?と様子を見てみるが、特に変化はみられない。……変更については問題視していないのかもしれないな。こちらが戦略として使用しないから、不要というわけではないのだが……。

 

いずれにせよ、この体育祭はみーちゃんの誕生日の時に交わした茶柱先生との約束を守るために、勝ちに行かねばならない。

 

正直、組としては、2年、3年のAクラスがいるのでほぼ勝てるのではないかと思っているが、学年別では話が変わってくる。

 

体育祭のルール、種目を生徒会で確認したのちに、現状把握している各クラスの生徒のデータであらゆる想定をしてみたが、Dクラスは余程の運に恵まれないと勝つことができない。

 

男子を例に挙げると、まともな勝ち星が、須藤、平田、オレぐらいであとは三宅がいい勝負をできるかどうかぐらいなもの。

Dクラスの運動能力は平均すると他クラスと比べはるかに劣る。須藤の様に学年を代表する運動能力の持ち主がいくら1着を取り続けても、その差は埋まらない。

 

そしてこの1か月練習したところで、元々運動ができない人間が個人競技で入賞できるほどの強化は見込めない。

つまりパワーアップを狙うよりも、手持ちの戦力で効率よく戦うしかないということ。

出走順が大事になってくるな。

あらゆる不安要素を取り除き、確実な勝利を手にするのは骨が折れそうだ。

 

だが、そういった策を巡らせても一手足りない計算となる。

これを覆すのは、ケガなどで相手を陥れる邪道しかない……わけではない。

 

唯一の正攻法が残されている。

 

体育祭で『高円寺』が真面目に取り組めば、Dクラスの勝利は可能だからだ。

 




純度100%の説明回に……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

種を蒔かねば芽は出ない

高円寺六助について。

これまで観察を続け、どんな人間でどうすればコントロールできるのかをシミュレーションしてきたが、うまく行くビジョンが全く見えてこない。

唯我独尊で堀北もビックリの協調性のなさ。

しかし、学力、運動能力については計り知れないものを持っている。

本人が平田並みの人格者……いや贅沢は言わない山内レベルでもいいので話が通じれば、今頃DクラスはAクラスだったかもしれない。

そう思わせるだけのポテンシャルがある。

 

そんな高円寺には独自の感性とルールがあるようだ。

判断材料は少ないが、これまでの行動を振り返るとわずかながらにヒントが見られる。

 

・テストに関して

どこまで本気を出しているかは不明だが、常に上位の成績を収めている。

 

・特別試験に関して

無人島試験は即リタイアし、干支試験は優待者を当てている

 

・普段の授業に関して

初の水泳の授業など、たまに本気を出すが、基本的には手を抜いている

 

・私生活に関して

上級生の女子とよく遊んでいるらしい。船上では筋トレやプールでバタフライなどとにかく肉体美を追求していた

 

以上の事からわかるのは、

 

・赤点など自分が退学になりそうなリスクは避ける

・興味のないことはやらない

・プライベートポイントが入手できるのであれば動くこともある(無人島と干支試験の違いより考察)

 

ぐらいだろう。

 

よって、体育祭のルールを生徒会で確認した際に、予防線として欠席をできないようにルールを追加しておいた。これで無人島試験の二の舞にはならない。

故意のケガをする可能性もなくはないが、肉体美を追求している男があえて相応のケガをしてまで体育祭を欠席するとは考えにくいだろう。

 

だが問題は、これで高円寺は出場はしても、どこまでやる気を出すかわからない点にある。

同条件のテストでは、赤点で退学しないぐらいの成績ではなく、高得点を取っている。

それをそのまま当てはめれば、個人競技では上位に食い込んでくれるかもしれない。上位者にはプライベートポイントも出るしな。

しかし、確証はない。

そして団体競技の綱引きや棒倒しなどは、手を抜く可能性大だ。

間違っても騎馬戦の人員には入れられない。

 

プライベートポイントさえあれば、高円寺を推薦競技に登録しておき、本人のやる気をみて代打を出すなり、そのまま参加してもらうなり臨機応変に判断する安全策を取れたのだが……現実は無常だ。

 

本気を出してくれれば好成績を期待ができるが、本当に当てにならない。

……戦略に不確定要素や運を組み込むわけにはいかないため、ダメもとでできる限りの対策はする、ぐらいに留めておいた方がいいだろう。

 

 

ホームルームの2時間目は体育館で、それぞれの組の顔合わせの時間となった。

赤組の総指揮は藤巻という三年生が担当する。

 

簡単な挨拶やアドバイスの後、全学年が直接関わるのは最後のリレーのみということで全体の話し合いは終了し、各学年の組ごとで話し合いをする時間となった。

 

「綾小路、またお前とチームメイトになれたことを心から嬉しく思う。頼もしいパートナーだ、よろしく頼む」

 

葛城を含めAクラス全員がDクラスの集団にやってくる。

Dクラスの生徒は、オレや平田、そして田以外、少なからず動揺をしてるようだ。

干支試験での圧倒的な敗戦の記憶――それがなくともエリート集団の登場ともなれば萎縮してしまうのも無理ないか。

 

「ああ。こちらもAクラスが一緒であれば心強い」

 

「それで早速協力内容についてなんだが――」

 

「ちょっと、綾小路くん、勝手に話を進めないでもらえるかしら」

 

自分抜きで話をされることが気に入らなかったのか、堀北が話に割り込んでくる。

こいつにもリーダーとしての自覚が芽生えたのだろうか。

 

「まずは彼の肩に乗っている彼女について突っ込むのが先でしょ?」

 

「あー……」

 

一度見てインパクトが薄れていたが……それでみんな動揺していたのか。

Aクラスの1人の生徒だけがこの場で浮いていたが、誰も口には出さなかった。

 

「Dクラスの皆さん、こんにちは。坂柳有栖と申します。ご覧の通りこの身体ではご迷惑をおかけしてしまいますが、お役に立てる部分もあると思います。どうぞよろしくお願いしますね」

 

葛城の右肩に座る坂柳がぺこりとお辞儀する。

身体が不自由なことを平田を始め、須藤も、誰もそのことを追及したり、不満を漏らしたりすることがなかった。

それ以上の衝撃を受けただけかもしれないが……。

 

「それで協力内容についてですが――」

 

と、そんなDクラスの不可思議な視線と感情に気付いているのかいないのか、坂柳が何事もないように話を進めようとした時だった。

 

「話し合いをするつもりはないってことかな?」

 

少し離れた白組の陣地から一之瀬の声が体育館に響いた。

何事だろうと皆の視線が集まる。

 

一之瀬が声を掛けた先には、今にも体育館をあとにしようとするCクラスの姿があった。

その中の1人、龍園が振り返る。

 

「クク、お前がオレの提案を蹴ったんじゃねえか、一之瀬。こっちは善意で提案してやったんだぜ。飼い犬のDクラスがいなくて不安だろうから、Cクラスの『出場表』を売ってやるし、上位になれるよう手を貸してやるってのに何が不満なんだ?Dクラスの不良品とは組めても俺らとは無理って言われちゃ、こっちだって傷つく。帰っても文句は言えないだろ?」

 

「なるほどー。あくまで私たちのせいだって主張するんだねー。なるほどー」

 

「そういうことだ。今ならまだ許してやってもいいが?」

 

「馬鹿にしないでもらえるかな。そんな取引はせずに正々堂々戦う、それが私たちの方針だよ」

 

「クク、無人島であれだけのことをしておいて正々堂々とは良く言うぜ。お前ら帰るぞ」

 

龍園は笑い、Cクラス全員を率いて歩き出す。

このまま帰ることに反対する生徒がいないことから、Cクラスの独裁政権に乱れがないことを確認させ――あ、ひよりが小さく手を振っている、オレも振り返しておこう。ん?諸藤たちに手を振ったわけではないんだが、嬉しそうに振り返してくるな、訂正する必要はないか。最後に出ていくのはアルベルトか。お、こっち向いてサムズアップしてくれた。今回は敵同士だがお互い健闘できるといいな――られたな。

 

「あちらは苦労しそうだな」

 

「そうだね。改めてAクラスと組めてよかったと思うよ」

 

葛城と平田がそんな感想をこぼす。

 

「それで私たち赤組についてですが、正直中途半端な協力は逆効果だと考えます」

 

「そうね」

 

「ですので、徹底的に協力、そして連携しましょう」

 

「えっ?なんですって」

 

堀北が思わず驚き聞き返す。

組は同じでも学年で成績を争う立場、てっきり必要最低限の協力で行きましょうと提案されると思っていたんだろうな。

 

「ふふ、赤組の勝利のためには連携が必須ですからね。後日代表同士で具体的な話し合いをいたしましょう。Aクラスからは私、Dクラスからはそうですね……綾小路くんにお願いしたいです。万が一にも情報が洩れたら一大事、ですが生徒会の副会長である彼ならこちらも安心してお話できそうです」

 

坂柳の意図が見えてきたな……。

だが、それならそれで好都合。元々オレも密な連携を提案しようと考えていた。

 

「そう言うことなら仕方ないわね。綾小路くんもそれで問題ないかしら」

 

「問題ない。クラスのために頑張ることにする」

 

「……今の一言で一気に不安になったのだけど。似合わなすぎよ」

 

「では、交渉成立ということで。楽しい体育祭になりそうで何よりですね」

 

Aクラスとの協議を無事に終え、オレも体育館を去ろうとすると後ろから引き留められた。

 

「よう、綾小路。せっかく同じ組になったんだ、先輩に挨拶ぐらいあってもいいんじゃないか」

 

「こんにちは、南雲先輩。同じ組でウレシイナー。では、失礼します」

 

「まあ待てよ。お前に話がある。ここじゃ目立つからな。放課後、生徒会室に顔出せよ」

 

「……わかりました」

 

オレからの返事を聞くと、南雲は満足そうにクラスの集団に戻っていった。

一体何の用事なのか……大体予想はつくな。

 

「あちゃー、完全に雅に目を付けられちゃったねー。最近はどうやって君を叩きのめすか、ずっと考えてるみたいだよ」

 

先ほどの様子を見ていたのか朝比奈が近寄ってきて話しかけてくる。

「ご愁傷様です」と言いつつもなんだか嬉しそうだ。

 

「全く穏やかじゃない話ですね。仮にもこっちは後輩なんですが……」

 

「あいつ、そういうの気にしないからね。実力があるなら学年問わずって感じ。堀北先輩に対してもそうだし」

 

「それは困りましたね」

 

「そうは見えないけど?」

 

「顔に出にくいだけです。……ところで、そんな困り果てた可哀そうな後輩を助けると思って、お願いを一つ聞いてくれませんか?」

 

「本当に、困り果てて可哀そうな後輩は、そんなセリフ出てこないような……ま、綾小路くんにはこの前のお礼もしたいし、一応聞いてあげる」

 

「ありがとうございます。実はある人を探してまして――」

 

「うーん、パッと思いつきはしないけど、そんな噂は聞いたことあるんだよね。ちょっと調べてあげるよ」

 

「助かります」

 

上手く見つかると良いのだが……朝比奈も交友関係は広そうなので、大人しく吉報を待つことにしよう。

 

そんなやり取りを済ませ、今度こそ体育館をあとにすると、廊下の途中に堀北妹が待機している。

兄貴の出待ちか?と思ったが、どうやら用があるのはオレのようで、こちらを確認するなり近づいてきた。

 

「待ったわよ、綾小路くん。それで、この特別試験で勝つにはどんな方法があると思う?」

 

「そんなのは簡単だ。棒倒し当たりの混乱に紛れて、有力選手を全員潰せばいいだけだ」

 

「その案、採用するわ!龍園君とアルベルト君、あとは石崎君あたりを任せるわ」

 

堀北の目つきが真剣だ。悪の道へ進む気なのか?

実際、手っ取り早い作戦なのは間違いないし、実現も可能なのだが――。

 

「冗談だよな?」

 

「不正の発覚を恐れているのかしら?そんなもの生徒会なんだからどうとでもなる、違う?」

 

「なるかならないかで言えば、なるかもしれないが……そもそもオレがその3人を倒せるとでも?」

 

「できないことは提案しないで頂戴、ということよ。私は真面目に聞いているのだけど」

 

さすがに外道に身を落とすような真似はしなかったようだ。

 

「だが、お前の求めていた攻略法はこういうことだ。基本的に体育祭では身体能力が試される、搦め手、裏工作で抜け駆けできるほど甘くはない」

 

「基本はそうでしょうけど、運動神経や運に頼らない、確実に勝利する方法が欲しいの。これまでの試験には無限の可能性があった、だから今回も――」

 

これまでの試験を通して思うことが山ほどあったのだろう。

自信満々だったのにどの試験でもほとんど役に立たなかったこと、オレや龍園が自分の想像もできなかった搦め手を使って試験を攻略しようとしていたこと、干支試験では坂柳にいいようにやられ法則にも気付けなかったこと……。

いま、堀北は誰よりも勝利を渇望しているのかもしれない。心酔する兄へ、自分のことを認めてもらうために……。

 

「策云々の前に、現状のDクラスの戦力では勝負にならない。そこをどうするのか考えるべきだと思うんだけどな」

 

「……それはそうかもしれないわ。でも、本当にそれだけで勝てると思うの?」

 

「勝つ手段はある。だが、大事なのは本番までの準備、それがこの体育祭の本質だ。本番中に何かとんでもない策を披露して、大局を動かすことはできない。それこそ、バレずに全員を不参加に陥れることができれば話は別だが、それをしてお前はアイツに認めてもらえるのか?」

 

「確かに、兄さんなら対戦相手を害することで勝つ戦法はとらないわね……」

 

「兄貴に限らず、相手がどんなことをしてくるのか、想像し、対策することがお前の視野を広げてくれるはずだ。一度、その点を見つめなおしてみたらどうだ」

 

「……そうさせてもらうわ」

 

ささやかながらヒントを出しておく。

これで堀北が気づくことができるかは、本人次第だ。堀北の成長を考えるなら、体育祭はこいつに任せてもよかった。

だが、それでは惨敗する可能性が高い。残念ながら今回は勝つ方を優先させてもらう。

 

放課後になり、南雲との約束のため生徒会室に向かう。

少し早めに来たためか、もしくは人払いを済ませた後なのか、生徒会室には南雲しかいなかった。

 

「来たか、ボイコットする可能性も考えていたんだがな」

 

「次期生徒会長候補の南雲先輩からの呼び出しを無視するはずがないですよ」

 

「心にもないことをスラスラいえる根性は大したもんだな。まぁいい。お前を呼んだのは他でもない。堀北先輩と勝負、そのための橋渡しを再度依頼したい」

 

案の定、その話だったか。南雲がなぜそこまで執着しているかはわからないが、何としても堀北兄と戦いたいようだ。

 

「体育祭では他学年と勝負できるのは最後のリレーだけだ。お前にはここで機会を作ってもらいたい。3人でアンカーやって、誰が勝つか、なんて感じでな」

 

「そうすることでこちらにメリットは?」

 

「お前は堀北先輩がどれだけの実力を持っているのか気にならないのか?もう先輩は引退しちまう、ここで勝負することの意味は大きい」

 

思えば、直接堀北兄と対決したことはなかったな。

これまで時間を共にしてきて、相応の実力があることはわかってはいるが、対峙した時どのくらいの勝負になるのかはわからない。

オレの事を倒しうるだけの実力があるとは思えないが、ないとは言い切れないだけの何かを感じさせてくれるのも事実。

 

「では、こちらからのお願いを飲んでいただければ、そちらのお願いも叶えると約束しますよ」

 

「取引か。元よりタダで動くとは思ってなかったからな。いいぜ、話してみろよ」

 

オレは南雲にこちらの条件を告げると、南雲はニヤつく。

 

「そんなことでいいのかよ、なんならもっとサービスしてやってもいいんだぜ」

 

「いえ、頼んだ分だけで大丈夫です。欲はかきすぎるものではありませんから」

 

「ま、それでいいなら、異論はねえな。取引成立だ。楽しい体育祭になりそうだぜ」

 

意気揚々と南雲は生徒会室をあとにした。

いや、生徒会の仕事をしていかないのか、次期生徒会長候補さん。

 

かく言うオレも今日は茶道部の指導の日なので、生徒会室を後にしようとすると橘がやってきた。

 

「綾小路くん、今日は茶道部の日ですか。この前の抹茶ラテ、3年生の間でもかなり噂になってますよ。私もあれは大好きです。また作ってくださいね」

 

「ええ。気が向いたら持ってきますよ。何ならこの後にでも」

 

「ホントですか?」

 

嬉しそうに飛び跳ねる橘。

 

「その代わりと言っては何ですが、先輩にお聞きしたいことがありまして」

 

「タダでは渡せないということですね。いいですよ、話してください」

 

なんだかさっき似たようなやり取りをしたな。

 

「実はある人物を探してまして――」

 

「……綾小路くんもそういう話に興味があったんですね。うーん、ちょっと調べてみるので、お返事は今度でも大丈夫ですか?」

 

「はい。急ぎではないので」

 

「わかりました。では、抹茶ラテ楽しみにしてますからね」

 

橘と別れて茶道部に向かう。

 

「こんにちは、清隆くん。今日もよろしくお願いしますね」

 

「ああ。ひよりも元気になって良かった」

 

先日ダウンしてしまったひよりだったが、みーちゃん含め2日休んだところ回復したそうだ。

 

「お店を任せっきりにしてしまいすみませんでした」

 

「気にする必要はない。だが、その調子だと体育祭は大丈夫か?」

 

「そうですね。運動はできませんが、楽しみではありますよ」

 

「それならよかった」

 

「清隆くんは運動できるって聞きましたので、応援してますね」

 

「ありがとう。ただ、相手の組になるからそこそこにな」

 

オレの身体能力について、どこから知った情報かはさほど重要ではない。

バスケやバレーなど少し派手に動いた結果だろうが

Cクラスのひよりがそれを知っていることが大事になってくる。

交友関係が決して広くないひよりが知っている、それはつまり龍園の耳にも入っているということになるからな。

 

そんな話をしているうちに、みーちゃんや朝比奈など他の部員も揃ってきた。

 

「さて、橘先輩用に抹茶ラテを作らなきゃな」

 

「私も飲みたーい」「私もー」

 

他の部員たちにも好評なようだ。

 

「よければ私にも一杯分けてもらえないか?」

 

突然、入口に現れた、茶道部員ではない女子生徒。

 

「先日の出店の話を聞いた時は、所詮学生が作ったものとスルーしていたのだが、日が経つにつれてどんなものか気になり始めた。ここに来れば飲めるかもしれないと噂を聞きいてな、足を運ばせてもらった」

 

状況を丁寧に解説する凛とした立ち姿のその女子生徒は――

 

「うそ!?鬼龍院さんがこんなところに来るなんて……」

 

朝比奈のリアクションから、只者ではないことが伺えた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

誤解

「ふむ、なるほど。確かにこれは一度味わうだけの価値はある」

 

差し出されたアイス抹茶ラテを味わい、なにやら吟味しながら鬼龍院は満足そうな表情を浮かべる。

 

「抹茶については非の打ち所がないだけに、惜しむらくは牛乳の質だな。機会があれば乳脂肪率の高いものに替えてみるといい。抹茶と牛乳のバランスが良くなるはずだ」

 

そんなアドバイスをくれる。

言われてみれば、学校で入手できた牛乳を使用していただけなので、そのあたりのこだわりは特になかったな。

 

「なかなか面白い1年がいることもわかった。このあたりでおいとますることにしよう。なに、長時間滞在して邪魔するつもりはないさ」

 

突然やってきて目的を果たすなり唐突に去っていった鬼龍院先輩。

まさに嵐のような人だった。

 

「いやー、びっくりしたね。彼女がこんなところに来るなんて、あり得ない……とも言えない、か。あり得ないことをするのが彼女なわけだし」

 

同学年である朝比奈も、彼女の行動に少なからず動揺していたようだ。

鬼龍院は2年Bクラスに所属している、桐山と同じクラスか。

データ上の成績では、学力、身体能力ともにトップクラスの生徒。

そんな生徒がいながら、生徒会では、桐山の口からはもちろん聞いたことはないし、強者との勝負大好きっこ南雲も一度も名前を口にしていない。

 

「どういった方なんですか?」

 

「うーん、表現するのが難しいんだけど、超優秀なのに、超残念というか……自由奔放すぎて、特別試験とか興味がなければ真面目に取り組まないというか……ここだけの話、彼女が、この学校の仕組みに対して積極的だったら、雅もここまで簡単に2年のトップにはなってなかっただろうなって」

 

「……そんなにすごい人なんですね」

 

どこかのだれかと被るような人物像だな。

南雲もそれなりの実力は持っている。それに対抗できる人物、か。

南雲が今の地位を築けたのは同学年に他に強者がいなかったためだと思っていたのだが、いないわけでもないのか。

 

桐山は鬼龍院という武器を上手く扱えなかったのだろう。

とはいえ、オレも高円寺を前面に出して他クラスと戦えと言われたら苦戦を強いられると思うので、桐山のことをどうこう言う資格はない。

 

だが、先ほどの感じだと話が全く通じない相手とも思えなかった。対高円寺のシミュレーションという意味でも少し興味が出た。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

翌日、Dクラスでは出場種目決めの話し合いが行われた。

 

「推薦競技も全部俺が出場して、全部1位を獲る。それでクラスも優勝する、簡単な話だぜ!」

 

「そのとおりね。運動能力に優れた人を前面に押し出して点数を稼ぎましょう。その他の人は残り1か月で鍛え上げ、手堅い順位を獲れるようにする。これが最善よ」

 

須藤の意見に堀北が賛同する。正攻法で行くつもりのようだ。

 

「皆に行ってもらうトレーニングメニューも考えてきたわ。これをこなせば、例え池君でも4位前後は狙える。相手次第じゃ、上位にも入れると思うの」

 

「マジかよ、堀北。俺も賛成する~」

 

「俺はどうなんだよ、堀北」

 

「あなたも一緒よ、山内君。元々体格はいいんだから、鍛えた後は上位に入れる可能性が高いわ」

 

「すげーぜ!な、みんなもそれでいいよな」

 

クラスメイトも賛同する。運動ができない人間に対し、入賞ができるかもしれないなんて言われたら、そうなるだろう。だが、そんな甘い話はない。正確には堀北が作ったメニューをこなせば、本当にそれだけの実力がつくかもしれない。

問題は、そのメニューがこれまで運動を苦手としてきた人間がこなせるようなものになっていないのではないか、という点だ。嫌な予感しかしない。

 

「では、方針はそれで決まりね。推薦競技に参加する生徒を決めていきましょう」

 

堀北が指揮をしてスムーズに話が進んでいく、そのこと自体は非常に喜ばしい出来事だ。1学期では考えられない光景だ。

堀北兄から声を掛けられて、驚くほどに変化を見せている堀北。

夏の特別試験を経て意識が変わってきたDクラス。

何も変わらないよりはいいのかもしれないが、この変化がどう影響するのか……まだ時間はある。ここは堀北に一度任せてもいいかもしれない。

 

「では推薦競技のメンバーはこんな感じでいいわね」

 

須藤とオレはフル出場が決まった。

須藤はともかく、オレが出場することにも反対意見がでなかったのは意外だった。

 

「すまないが、出場順はオレに決めさせてもらえないか。Aクラスとの連携にも関わってくる部分だ。最適な組み合わせを考えたい」

 

戦略上、譲れない部分だけはしっかりと主張をさせてもらう。

 

「私はサンセー。綾小路くん、頭いいし、絶対私たちがあれこれ考えるよりいいよね」

 

「僕もそう思うよ。Aクラスとの交渉も上手くやってくれるんじゃないかな」

 

「だね。出場表は他クラスに漏れると危険だから、綾小路くんがギリギリまで管理すれば安全だと思うし」

 

軽井沢、平田、田からの支援もあり、こちらもすんなりと承認された。

これまでのDクラスなら、不平不満も出てきただろうが、これまでの経験でクラスに協調性が生まれ始めている。

また、あまり認めたくはない部分ではあるが、副会長という肩書も大きいのかもしれない。

 

あとは他クラスとの連携だな。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「それで龍園さん、体育祭はどんな方針で行くんですか?」

 

石崎が尋ねてくる。コイツに限らず、同じ組のBクラスとの対話を断ったことが少なからず気になっているのだろう。

 

今回の体育祭。1位を狙う意味はほぼない。

Cクラスは脳筋どもばかりだ。体育祭は有利だが、汗水流しても必死こいても大したクラスポイントにならない。

だったら、この機会を利用してプライベートポイントを増やすなり、上位クラスを潰すなりの方向にシフトした方がいいだろう。

 

「クク、むかつくBのやつらとは同じ組だからな。今回は奴らの駒、Dクラスを潰す。駒が潰されるのを何もできないで見ているだけのBの奴らを想像してみろ、楽しい体育祭になりそうだろ」

 

「うっす」

 

Dクラスに攻撃することで、Bの奴らがどれほど駒としてDを重要視しているかがわかる。捨て駒なのか、そうではないのかで、こちらも打つ手が変わるからな。それの確認だ。

 

ま、Dクラスのやつらの弱点はしれている。ポイントがない以上、推薦競技にでるやつを中心に競技中に事故を装い痛めつけて出場できなくすればいい。これだけで代役を出せないため、奴らの敗退は決定する。もしこちらが把握していないような資金を出して代役を立ててくるなら儲けものだ。

Bクラスの資金を間接的に減らせる上、Bは雑魚を守る甘ちゃんだと弱点を晒してくれる。守りの堅いBではなく、Dを狙えば隙も出てくるだろう。

 

気がかりがあるとすれば2つ。

 

ひとつは無人島試験で金田たちを嵌めた存在。

そもそも、なぜやつらが点呼をスルーできたのかの確証も得ることができていない。つまり、なんらかの裏のルールを知りえた人物がいる。それが、一之瀬や神崎なのかはたまた別の人間なのか。糸を引く黒幕がいるように思える。

 

もう一つはDクラスの綾小路の存在。

鈴音や一之瀬の金魚のフンかと思ったら、そうとも言えない。

だが、いくら様子を探らせても、あいつはただただ学校生活を謳歌しているような情報しか入ってこねえ。

成績優秀な副会長だからとすんなり黒幕と決めつけるには違和感がある。

いつの間にか、真鍋たちやひよりたちと交流を持っているのも気に入らねえ部分で、あいつらが間者になっている可能性も疑う必要が出てくる。

今回の出場表は、真鍋たち、そしてひよりには、それぞれ偽の情報を渡す。もし、その表を参考にしたような形跡があればそいつは黒だ。

それに引っかかれば綾小路も一気にきな臭くなるぜ。

 

だが、綾小路の恐ろしい点はそんなところじゃない。

ただの女好きかと思ったら、諸藤曰く男もいけるらしいからな。

 

ある日アルベルトが興奮しながら、『Mr.Ayanokoji』『play』『together』 『exciting』とかなんとか言ってきやがったときは、さすがに戦慄したぜ。

ひよりから詳細を聞くまで、アルベルトとも距離をとっちまったじゃねえか。

俺もターゲットにされないように注意するさ。

冗談がすぎたな、アルベルトが注目するほどの運動能力の持ち主が、体育の授業の成績は平凡。生徒会に入って鍛えなおしたのか?そんな馬鹿なことはないだろ。

こいつは実力を隠していると考えた方が自然だ。本当に得体のしれないやつだぜ。

今回どう動くかで、コイツへの対応も決める必要がありそうだ。

 

「龍園さん、どちらに行くんすか」

 

「クク、呼び出しをくらっちまってな。おもしれえ話を聞けると良いんだがな」

 

アイツがオレに何の用かはわからねえが、このタイミングで声を掛けてきたからには体育祭関連だろう。精々興味のそそられる話だと良いんだが。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

放課後、生徒会に顔を出すと桐山と一之瀬という珍しい組み合わせで話し合っている。

 

「それで他に2年白組に戦力になる先輩はいらっしゃらないんですか?」

 

「いるにはいるが、いないような者ならいる」

 

「……とんちか何かですか?あ!綾小路くん、お疲れー」

 

どうやら体育祭の白組同士、対策を考えていたようだ。

こちらに気付くと、元気に挨拶をしてくれた。

 

「ああ、お疲れ。邪魔になりそうなら出ていくが……」

 

「あ、ううん。全然大丈夫だよ」

 

赤組のオレが聞くのはマズいかと思ったがそうでもない様子。

 

「聞かれたところで大差ないからな。それだけ、赤組との戦力差は問題だ」

 

「まだ諦めるのは早いですよ、桐山先輩。先ほどのいるようないないような人は何なんですか?」

 

「2年Bクラスには鬼龍院という生徒がいてな……アイツさえ本気になってくれれば、少なくとも2年白組の女子は負けないだろうな」

 

とてもタイムリーな話題が出てきた。

鬼龍院についてはオレも気になっていたところだ。

 

「そんなにすごい方なんですか。でしたら協力をお願いしに行きましょうよ」

 

「無理だな。それができていれば、俺たちはまだAクラスだったはずだ。アイツの気まぐれに振り回されて、チームワークは乱れ、南雲にそこを突かれた」

 

桐山は普段生徒会では見せない辛酸をなめたような表情をしている。

 

「逆に言えば、鬼龍院先輩さえ頑張ってくだされば、まだAクラスを目指せるんですか?」

 

「綾小路も気になるのか。いま俺たちと南雲のクラスのクラスポイント差は700に近い。だが、それでもあと1年半で巻き返せるかもしれないと思えるほどの力を持っている。単純な力の戦いじゃ、南雲も勝てない、かもしれないな」

 

「そ、そんなにすごい先輩がいたなんて……」

 

「ああ。それだけに悔しい限りだ。アイツさえ、真面目に取り組んでくれれば……」

 

「ちなみにどんな説得をなさってきたんですか?」

 

「そうだな、プライベートポイントでの交渉、クラス内での立場、あらゆる娯楽……中には代わりに宿題をすべてやってやるとか、おおよそ思いつく限りの材料で説得したが……まるで聞く耳を持たなかった。あいつは個人としての成績は保とうとするが、その他は興味がなければノータッチだ。ちなみに去年の体育祭も走るだけ走って、団体競技や重要な競技は欠場した」

 

「それは中々厄介ですね」

 

「何に興味を持たれるのかがわかればいいのかな、って思うんですけど難しいですよね」

 

「強いて言うなら友人がいないだとか、自分の魅力を引き出せる殿方がいないだとか、そんなことを嘆いていたが、論外だな」

 

「……青春をしたいのかも?」

 

「それこそ滑稽な話だな」

 

結局答えは出ないまま話は終わってしまった。

しかし、これは高円寺攻略のきっかけになるのではないだろうか、そんな予感もした。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

乗車拒否

放課後の生徒会室。

2年Bクラスのキーパーソン鬼龍院についての談義は、他の生徒会役員たちがやってきたことで終了した。

 

何とか体育祭で勝利し、それを南雲のAクラスへ反撃の狼煙としたい桐山だったが、具体策が浮かばず意気消沈中。

しかし、生徒会業務の時間になるとしっかりと切り替え、自分の仕事をこなしていく。そういったところは桐山の数少ない長所だろう。9月に入って間もないが、堀北兄と一緒に仕事ができる残りの時間を何よりも大事にしているようだった。

 

それだけに、もし桐山がAクラスであれば体育祭は堀北兄と同じ赤組として戦うことができた未来もあった、そのあり得たかもしれない時間を想像すると悔しさが何倍にも膨れ上がるのだろう。南雲が堀北兄との対決を望むのに対し、桐山は共闘を望んでいる。一緒に戦って役に立ちたい、いずれは堀北兄のようになりたい、そんな思いが伝わってくる。

 

だが、現実は非情である。桐山には堀北兄に追いつくほどの才能、それをカバーするだけの努力、本人は頑張っているつもりでも傍から見れば何もかも足りていない。堀北兄に憧れ、目指す者の末路……モデルケースとしては面白くなるかもしれないな。

 

そんな桐山の悪戦苦闘を眺めながら、本日の生徒会業務が終了した。

 

「綾小路くん、よければ一緒に帰らない?」

 

「ああ。問題ない」

 

一之瀬からの誘いを断る理由はなかった。

南雲から恨めしい目で見られること以外は、だが。

そんな視線には一切気付かないふりをして2人で帰路につく。

 

「……組、わかれちゃったね」

 

「そうだな」

 

「今回は、敵――ううん、ともに競い合う仲間だけど、お互いベストを尽くそうね。綾小路くんの活躍も楽しみにしてる」

 

体育祭で別々の組になってしまった相手にも敵ではなく仲間としてエールを贈ってくれるのは、なんとも一之瀬らしい。

ただ、その表情はとても残念そうだ。相方があの龍園クラスともなれば、そうなるか。体育館での顔合わせで、ひと悶着あった様子だったしな。

 

「オレも一之瀬の事は陰ながら応援しておく。大手を振って応援できないのは申し訳ないが、堀北にバレたらあとが怖いからな」

 

「……ぅぅん、ぁりが、と」

 

オレからの返事は予想外だったのか、一之瀬の反応がぎこちない。

てっきり「大手を振る綾小路くんは想像できないね」ぐらい返ってくると思ったのだ、……堀北ジョークが笑えなかったか。堀北がそんな現場を目撃したら、蹴りの2、3発入れられて、物理的に応援できなくしてきそうだしな。

 

「あ、えっと、今年みたいに2組に分ける方式って珍しいらしいし……同じ組なら遠慮なく応援し合えたのにな~残念、残念」

 

らしくないと思ったのか、何かを振り払うかのように明るく振る舞う。

どうやら一之瀬の中の誤解を解いておく必要がありそうだ。

 

「一之瀬、今回はオレとの共闘が無理だと思っているのか?」

 

「えっ?」

 

「オレは一之瀬と共闘する道はあると思っている」

 

「でも組は分かれちゃってるし……」

 

「考え方次第だ。オレも諸事情で今回は学年でのクラス1位を目指してはいるが、お互いのために協力できる部分はある」

 

「ほ、ほんと!?あ、もしかしてポイ――あ、違うんだね……」

 

携帯を取り出そうとした一之瀬の手を掴み制する。この思考、まだ完全に抜けきっていなかったか……。何か根強い理由があるのかもしれない。

 

「できれば出場表の決定を期日ギリギリまで待っていて欲しい。準備が整ったら連絡する」

 

「うん、わかった。そうするねっ!」

 

そう言って頷く一之瀬の表情には先ほどまでとは違い晴れやかだった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

翌日から体育の授業、放課後の時間を使い、体育祭に向けた特訓が堀北主導で開始された。

 

「まずは、腕立て伏せ100回、上体起こし100回、スクワット100回やった後に、10㎞走ってもらうわ。これを毎日欠かさず続けることで最強になれるの。敵はすべてワンパンよ!」

 

「よっしゃぁぁ、お前らやるぞー!俺に続け―!!」

 

堀北と須藤はやる気に満ちているが、運動部以外のクラスメイトは少なからず絶望感を抱いているように見える。

特に、『まずは』といったところが気がかりな様子だ。

 

「早速、腕立て開始よ。みんな準備をして……いくわよ、いーち、にーい、ほらそこ、肩甲骨が開いているわ。もっと寄せないと効率が落ちるわよ、さーん、しー……」

 

軍隊を鍛え上げる教官のように腕立てをするクラスメイト達の間を練り歩き、事細かにチェック、指導していく堀北。

 

間違ったことは一切言っていないのだが……。この調子で、クラスメイトがどこまで持つのかは不明である。

 

「も、もうムリぃ~ふしゅぅぅぅ~……」

 

腕立てを何とか乗り切った――もちろん、100回できていなかったが、必死に食らいついていた佐倉だったが、上体起こしの途中で遂に力尽きた。

大丈夫?と駆け寄る篠原たち。

 

「ちょっと堀北さん、厳しすぎるんじゃないの?いきなりこんなメニュー無理に決まってるじゃん」

 

「まだ始めたばかりよ?この程度で音を上げていては優勝なんて不可能ね」

 

「そうだぜ、こんなん楽勝だろ」

 

「須藤君は黙ってて!」

 

「……お、おう」

 

須藤も押し返すほどの篠原の圧。

だが、そんな篠原を他所に堀北は佐倉へと話をする。

 

「佐倉さん、確かに今はきついかもしれないわ。でも、私は兄さんに振り向いてもらいたいと、このメニューを3年間こなしてきた。そうして生まれ変わった結果、最近少しだけ褒めてもらえたの。後悔はさせないわ」

 

「……頑張れば振り向かせたい人に振り向いてもらうことができる?」

 

「そうよ。このメニューを1ヶ月こなし続ければ、あなたもきっと変われるわ」

 

「……もう少しだけ、私……頑張ってみる」

 

「その意気よ、佐倉さん」

 

「佐倉ちゃんがそういうならいいけど……無理はしないように!」

 

佐倉が戦う意志を示したことで、ひとまず篠原も矛を収める。

だが、佐倉の闘志を燃やすことはできても、他のクラスメイトはそうはいかない。スクワットを終えた頃には、死屍累々のありさまだ。

 

「はい、1分のインターバルはおしまい。次は10キロ走るわよ。この後は種目別の特訓も待ってるわ。みんなついてきて」

 

そんな様子もお構いなしの堀北。

だが、クラスの大半は動かない。というより半数は動きたくても動けないようだが……。

 

「どうしたの?こういうのは初日が肝心なのだから、しっかりしてくれないと困るのだけど」

 

「無茶言わないでよ、堀北さん。これでケガでもしたら体育祭どころじゃなくなるじゃん」

 

「そうだそうだ、篠原の言う通りだぜ」

 

篠原の抗議に池が乗っかる。

それを皮切りクラスメイトからも次々に反発の声が出てきた。

 

「このぐらいじゃケガなんてしないわ。やる気のない人たちに何を言っても無駄ね」

 

これまで人付き合いをろくにしてこなかった堀北。相手が自分と同じぐらいの志を持っていて当然だと思っている節がある。それがない人間を見下し、向上心がないと決めつけてしまうところも悪い点だろう。

 

「そんな言い方ないんじゃない?みんな頑張ってるってわかんないわけ?」

 

「この程度で不満を漏らす人間は頑張ってるとは言わないと思うのだけれど」

 

軽井沢もクラスの女子の意見を代弁するが、堀北は聞く耳を持たない。

 

「みんな落ち着いて。堀北さんはクラスのために、あえて厳しくしてくれているだけなんじゃないかな。やり方はちょっとどうかと思うけど、悪気はないと思うの」

 

田が堀北を庇うような発言をする。こうすることで、スパルタ堀北と天使の自分を比較させて堀北を陥れることができると思ったのか……ともかく善意でないことだけは確かだ。

 

「僕もそう思うよ。堀北さんは憎まれ役を買ってでてくれたんだ。ただ、体力は人それぞれだから、まだ動ける人は走れるだけ走って、きつい人は動けるようになるまで休憩にしよう。それでいいよね?」

 

すかさず平田もフォローに入る。こっちは平和を愛する男、善意での提案であることは確かだ。

平田からの提案に堀北も納得はいっていないようだが、これ以上話しても無駄だと判断したのだろう、頷き、トラックに向かった。

 

意外だったのは、佐倉もランニングをはじめたことだ。

ランニング……というより園児の徒歩の方が早そうなペースではあったが、それでも前に進む意志は伝わってくる。

そんな姿をみて休んでいた生徒たちも思うところがあったのか、1人、また1人とトラックへ向かっていく。

 

坂柳や龍園のような支配型のリーダーは堀北に向いていない以上、一之瀬のような信頼で引っ張っていくスタイルしかないと思っていたし、そうなるように働きかけていたのだが……DクラスにはDクラスのまとまり方があるのかもしれない。

 

篠原の言っていたようにケガ人が出るようなら、堀北を止めようと考えていたが、オレが動かなくても上手く他がカバーしてくれそうだ。オレは別のことに注力することにしよう。

後で文句を言われても面倒なので、ささっと10キロ走った後、オレはこの場をあとにした。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

特別棟の一室でオレは体育祭の方針を坂柳と話し合うことになっていた。

 

「今回は同じ組……勝負はできませんでしたが、同じ組でご一緒するというのも一興ですね、綾小路くん」

 

坂柳は微笑みながら今回の組み分けをそう評する。他者が見れば素直に好意的な解釈をするのだろうが、どうにも坂柳の内面は複雑なようで文字通り額面通りには受け取れない。

 

「間近でお互いの戦略を披露し合い、議論する。こんな素敵な時間は滅多にございませんもの」

 

「オレの戦略は須藤と高円寺でごり押し。以上」

 

「フフ、冗談までおっしゃるようになられて……思いの外、この学校生活が綾小路くんに合っていたのかもしれませんね」

 

なぜか嬉しそうにそう返してくる坂柳。

適当に流すことはできないか。

ただ、Aクラスの協力がなければDクラスの勝利は遠のくことも事実であるため、真面目に話す部分は必要だ。

 

「まず、出場種目のうち、個人種目はお互いの主力メンバーが同じグループで走らないようにする。その他の生徒もうまくパワーバランスを計算して配置する、で問題ないだろ」

 

「ええ。私も同じことを考えていました」

 

「団体競技、1年赤組の指揮はオレ、女子は坂柳で問題ないか」

 

「もちろん、異論はありませんよ」

 

「……坂柳から何か要望はないのか?」

 

議論云々言っていた割にイエスウーマンと化している坂柳。

こちらの出方を探っているのか、特にこだわりがないのか。

 

「そうですね。概ね、綾小路くんと同じ意見だったので嬉しく思っていただのですが……あえて一つ注文をつけさせてもらえるのでしたら、Cクラスを徹底的に潰して差し上げましょう」

 

「オレとしてもその方がありがたいが……どうしてBではなくCなんだ?」

 

「Bクラスと言っても賛同は得られないでしょうからね。まあCクラスにするのは葛城くん(私の乗り物)が無人島でお世話になったお礼をしなくてはならないから、でしょうか」

 

……葛城くんって言ったよな?聞き間違えでないなら良かった。オレも堀北メニューをこなしてきたからな、疲れでも出たのだろう。

 

「そういうことならメインターゲットはCクラス。次に団体戦について詰めていきたい」

 

「はい、喜んで」

 

「特に棒倒しが総合力で白組に押される可能性が高い。俺なりに勉強したんだが、役割分担をする必要があるだろう。Aクラスから適した生徒を借り受けたい」

 

「もちろんです」

 

こうして坂柳との話し合いは進んでいき、AとDクラスの出場表は完成した。

団体競技については後日合同で練習をしていくことになり、チームワークといった面でも問題はなさそうだ。

 

「ところで、美味しい牛乳を探しているんだが、オススメはないか?できれば乳脂肪率の高いものがいい」

 

「これは予想外のご質問ですが……さすが綾小路くん、私に聞いたのは正しい選択と言えるでしょう。一時期、牛乳にはこだわっていましたので。オススメは、そうですね……成長には個人差があることをあらかじめ断っておきますが――」

 

よく甘いものを食べていたからなんとなく聞いてみたのだが、なぜか牛乳に強いこだわりがあるらしく、色々と教えてくれた。

 

「坂柳、迎えに来たぞ」

 

「あら、もうそんな時間ですか、楽しい時間はあっという間ですね」

 

牛乳の話を聞いていると、葛城が迎えにやってきた。

 

「綾小路くんも乗っていきますか?左肩空いてますよ」

 

「いや、無理だろ」

 

タクシーの相乗りでも提案するように言われても困る。

 

「そんなことはないぞ。坂柳を乗せるようになって以来、毎日鍛えているからな」

 

「悪いが、遠慮しておく」

 

自信満々な葛城だったが、仮に乗れたとしても、悪質な罰ゲームでしかない。

現役生徒会副会長がかつて生徒会を志望し叶わなかったAクラスの生徒を女子生徒と一緒に乗り物にしている、なんて周りからどう思われるか……想像したくもないな。

 

「それは残念です。綾小路くんにもこの景色を楽しんでもらえたらと思ったのですが、欲張り過ぎでしたね。それではまた近いうちにお会いしましょう」

 

そういって坂柳は葛城に乗り込み出発する。

そんな2人を見送った後、オレはケヤキモールのスーパーに立ち寄り坂柳からオススメされた牛乳をいくつか購入し、帰宅した。

 

体育祭までの準備は着々と進んでいる。

そう思っていたのだが、翌日、登校してきたクラスメイトの大半の動きが鈍い。

それに気づかないわけはないのだろうが、体育の時間になるとお構いなしに昨日同様のトレーニングを始めようとする堀北。

 

「いい加減にして、堀北さん。私たち昨日の疲れが全然抜けてないの。わかるでしょ?」

「憎まれ役はもういいからさ、ちょっとは俺たちのことを考えてくれよ」

「ぶっちゃけこんなことして意味あんの?って感じだし」

 

次々と溢れる不平不満。

久々のDクラスの口撃――堀北への糾弾がはじまった。

 




原作を読み返したら、出走表ではなく出場表と表現していたため、しれっと前回ぐらいから出場表に変更しています。

その前のも時間ができたときに、訂正しておきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

兄妹の在り方

「堀北さんのやり方にはついていけない」

 

散々な言われようだったが、結論はその一言に集約される。

もちろん、堀北のスパルタ指導は問題だったが、前提としてクラスメイトは詳細も聞かずその方針で同意していたため、どっちもどっちではないかと思う。

口下手の言葉足らずな堀北と安易な考えですぐ自己判断するクラスメイト、まだお互いのことを理解できていないために起こってしまった事件だろう。

 

「あなたたちはどこまで愚かなの。今回は難解な特別試験ではないし、どんな問題が出るかわからない筆記試験とも違う。ただ体を鍛えれば活躍できる可能性が高まる。ここで頑張れないようなら、いつ頑張るのかしら」

 

「お前ら、鈴音の言う通りだ。明日からやるの精神じゃダメだろ」

 

須藤も堀北を助けようと懸命だ。

こんな状況でも堀北のために声を上げられるのは、すごいことではある。

ただ、日頃の行いからこの発言はまったく意味をなさないだろう。

 

「健、お前も勉強後回しにして全然やんないじゃん」

「須藤君、人のこと言えないよね、ホントさ」

「自分が運動できるからって調子乗りすぎ。これまで私たちがどれだけ迷惑かけられたと思ってんの」

 

火に油を注ぐとはこのことか……。火力が上がり、須藤にも飛び火している。

 

「無駄話は止めてくれないかしら。あなたたちは口ばかり動かして、そんなに元気なら腕立ての1回や100回できると思うわ」

 

決して須藤を庇ったわけではないのだろうが、さらに油を注ぐことで、再び標的は堀北になる。

 

「あ~ぁ、もうやってらんない、向こうで休んでるから1人でやってれば?」

「オレもそうすっかな」

「マジムリー」

「堀北さん、もっといい人だと思ってたのにー」

「ま、どうせAクラスが頑張って赤組は勝つっしょ」

 

少しも折れる気配がないどころか嫌味まで返してくる堀北の態度に教室に戻ろうとしたり、その場で座り込んだりとクラスメイト達は完全にやる気をなくしてしまった。

 

平田もなんとか止めようとしてはいるが、どうにもならない様子。

 

「みんな待って!こんなの悲しすぎるよ」

 

田の悲痛な叫びに一同はぎょっとして注目する。

 

「ちょっと頑張り過ぎちゃっただけなんだよね、堀北さん。みんなに謝ろ。それでトレーニングメニューを見なおせば、みんなも許してくれるよ。ね、みんな」

 

「まぁ桔梗ちゃんがそういうなら……」

 

このタイミングを狙っていたとしか思えない、まさにトドメのキラーパスが放たれた。

自分の株を上げつつ、堀北を追い込む絶妙なコントロール加減。

もちろん、こんなパスが来ても堀北は華麗にトラップし、シュートをすることはない。

 

「ふざけないで。私が謝る理由はないわ。ここまで愚かな人たちだとは私も思わなかった。これなら1人で戦った方が……いくらかマシよ」

 

そういって堀北はグラウンドから去っていった。

 

「ったく、せっかく桔梗ちゃんが救いの手を差し伸べてくれたのにさ」

「馬鹿だよねー」

「ツンデレもデレがなければただの暴虐女でござる」

 

そんな堀北を誰も止めることはなかった。

 

「お前らそれでいいのかよ。俺は鈴音は間違っちゃいなかったと思う。ちょっと行ってくる」

 

須藤を除いてだが。

 

「待てよ、鈴音。お前は正しいことを言っていたんだ。あんな連中、殴るなりなんなりして黙らせればいいんだよ」

 

「気安く下の名前で呼ばないでくれる?……あなたは結局暴力ばかり。それで解決するわけないでしょ」

 

「わりぃ、いまのは勢いで言っただけっつーか、実際は殴ったりしねえって」

 

「……もういいわ、1人にさせて。あなたと話していると余計疲れるの」

 

「でもよ、堀北……」

 

「あなたがいても何の解決にもならないと言っているの!」

 

「……俺は戻ってくるって信じてるからな」

 

結局、放課後の練習時間も堀北がやってくることはなかった。

代理で平田が指揮を執り、とりあえず、身体の調子を整えることを優先しようという話になり、ストレッチを行って解散となる。

その間、須藤は堀北を探しに行ったようだったが、無駄骨だろう。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

ストレッチ後に着替えを終えると、生徒会室に来るように堀北兄から連絡が入った。

久々の呼び出しだが……考えられる要件はひとつか。

生徒会室に入ると中には堀北兄だけで、生徒会長の椅子に座りながら外の景色を眺め何かを考えている様子だった。

 

「わざわざすまないな、綾小路」

 

「いや、今日は丁度スケジュールが空いたところだった」

 

「そうか。ここに来てもらったのは……予想はついているだろうが、生徒会選挙に関することだ。お前は会長に立候補する気はないか?」

 

「正直なところ、これっぽっちもないな」

 

「だろうな。お前がそう判断したのであれば、それでいいのだろう」

 

てっきり南雲を倒すために無理にでも生徒会長になれと勧めてくるものだと考えていたのだが、様子が違った。

 

「お前が生徒会に入ってからもう2ヶ月が過ぎたが……学校生活は楽しめているか?」

 

「ああ。あんたの言っていたことはあながち間違いじゃなかったみたいだ」

 

「それなら良かった。どうやら俺はこの学校のために一つの仕事をやり遂げることができたようだ」

 

「言っておくが――」

 

「楽しんでいることと、南雲から学校を守ることはイコールではない、だろ?」

 

「……そうだ。必ずしもオレが学校のために動くとは限らないぞ?」

 

「それでいい。どうするかはお前が決めることだからな。だが、人には守りたいと思う理由が必要だ。楽しくない学校と楽しい学校では心の持ち様が変わってくる」

 

一方的に押し付け強制することに意味がないと堀北兄は考えている。

もちろん、権力を使って無理やり約束させることもできたはずだが、その場合、そこまで尽力もしない上、堀北兄が卒業しいなくなったら反故にしていただろう。

 

あくまでオレの自主性を重んじ、そのための土俵づくりに徹してきたということ。

確かに今の生活はある程度気に入ってきていることも事実。

南雲がこの状況を180度変えようとするのであれば、オレも対応を考えるだろう。

仮の話に意味はないが、これまで過ごした時間がなければ、この学校がどうなろうとこちらに害がない限りは傍観していたと思う。

 

こういったやり方をぜひ妹の方にも伝授しておいて欲しかったし、妹ももっと兄のやり方を見て学んでおいて欲しかった。

憧れは理解から最も遠い感情、というのも本当かもしれない。

 

「そういうことなら、オレも自由にさせてもらう。どうなったかは……そうだな、2年半後にあんたの妹からでも聞いてくれ」

 

「ああ。その時を楽しみにしていよう。……俺ももうすぐ引退だ。最後に少し仕事を見ていかないか?」

 

「そういえば、たまに生徒会室にいない時もあったな。何をしているのかは気になっていた」

 

「すぐにわかる。隣の生徒会相談室に移動しよう」

 

堀北兄に促されて隣の部屋に移動する。

以前ひよりたちがやってきたときの様に、相談事がある生徒との面会に使用している部屋なのだが……

 

「間取りが全然違うな」

 

「そうだろう。この部屋は真ん中に間仕切りの壁を設置することができる。その際、お互い声は聞こえるが向こうの部屋の様子はわからなくなる。時には、ここで生徒の抱える悩みを聞くのも俺の仕事だ。匿名性を守りつつ、ここで聞いた内容は絶対口外しないことを約束することで、生徒たちも安心して相談することができる」

 

さながら懺悔室のようだった。

この学校はその特性故に、下手に弱みとなるような話を他者にすることはできない。

いくら信頼している友人でも、話してしまったが最後で、いつ裏切られるかわからない、そんな恐怖に今度は頭を悩ませることになるかもしれない。

だが、この学校で一番信頼できるであろう生徒会長が匿名性を保証してくれるのであれば、これ以上の安心はないだろう。

 

「以前も話したが、特別試験や筆記試験の結果で退学者が出ることは否定しない。それだけの覚悟を持って取り組み、戦うことで生徒の成長を促しているのだからな。ポイントによる救済措置もあり、よほどのことがなければ不幸は起きない。だが、それとは違うところで退学になる生徒も一定数存在する。学校に馴染めなかったもの、暴力行為・犯罪に手を染めてしまったもの、友人関係で上手くいかなかったもの、誰かに陥れられたもの……様々だが、俺はそういった生徒の力になりたいと、この2年半もの間、生徒会で活動してきた」

 

そう話す堀北兄はこれまでここで出会ってきた生徒たちのことを思い出していたのか、少し寂しげな顔をしていた。

 

「特にこの1年間は多くの相談があってな。中には救えなかったものもいた」

 

誰とは言わないが、どこかの金髪のせいだろう。

恐らく情報の統制をしていた南雲の手口を詳しく把握していたのは、ここで被害者から相談を受けていたからだったのか。

 

そして、秘密にしなければならないそれを話したということは、その悩みを持った生徒たちはこの学校にいなくなっていることを意味する。

 

「今日も1名予約が入ってな。そろそろ来る頃だ。もちろん、俺の他に信頼できる立ち会い人がいることも了承済みだ」

 

「それで急に呼び出したのか」

 

「お前はそこで聞いているだけでいい。俺からの我がままだと思って付き合ってくれ」

 

そう話す堀北兄は優しい表情をしていた。

 

「失礼します。今日は急にすみません」

 

ゆっくりと扉が開く音の後、男子生徒の声が仕切りの向こうから聞こえてきた。

 

「気にしなくていい。そこにある椅子にでも座って、自分のタイミングで話し始めてもらって構わない」

 

「ありがとうございます。……実は、人間関係で悩んでまして、僕には、彼女、いえ、わけあって彼氏のフリをしている女性がいるのですが……」

 

どこかで聞いた声に、どこかで聞いた内容だ。

少し冷や汗が出てきそうだ。

 

「元々彼女を助けるために始めたことだったのに、なんだか最近は彼女の束縛が激しくなって、四六時中監視されてるように感じてしまうというか……情けないことにそれが苦しく思うことがたまにあって。彼女としてもそんな状態でいるのは良くないと思うんですが、どうすることもできず……悩みに悩んでいるんですが、答えが出ずここに足を運んでしまいました。僕は……一体どうすればいいんでしょうか」

 

こちらの想像以上にマズい状態になっていたのか。

頼む、堀北兄、その人徳でこの匿名生徒H君を救ってくれ。

 

「自分に対する重度の依存か……。その気持ちは痛いほどわかる。彼女の目にはお前は輝いて見えて、お前しかいないような気持になっているはずだ」

 

「恐らくそうだと思います」

 

「だが、それは本来の彼女の良さを制限してしまうことになっている。お前がその子のことを思う気持ちもよくわかるが、時にはあえて突き放すことも必要だと俺は考える。最初はお互いきついだろう。だが、それが彼女の成長となり変わるきっかけになるのではないだろうか。そうして這い上がってきたときに、お前が受け入れるのか、もしくはお互いに別の道を選ぶことになるのか、初めて選択できるようになる、俺はそう思う」

 

「優しくするだけが相手のためになるわけではない……。でも、それはどうしても怖いんです。もしかしたら自分の中の違う自分が出てきてしまうのではないか、そんな気がして……」

 

「お前が何を恐れているかはわからない。だがな、この話を聞いているだけでもお前の優しい人柄は十分に伝わった。その想いがある限り、違う自分とやらと向き合うこともできるはずだ。恐れるだけでは前に進むことはできない」

 

「……生徒会長、ありがとうございました。少し希望が見えてきました」

 

「俺でよければいつでも話ぐらいは聞く。また辛くなったら来るといい」

 

「はい!」

 

そういって匿名生徒H君は退出した。

とてもいい話をしていたように思えたが、堀北兄の言ったような行動をとった結果、堀北妹が誕生していることを忘れてはいけない。

第二の堀北妹が誕生しないことを祈るばかりだ……。

 

だが、こうやって悩める生徒一人一人と向き合ってきたのか。

オレは先ほどの相談だけですでに気疲れしてしまった。

これを何人、何十人、あるいは何百人、長い間相談を受けてきた堀北兄の負担は相当なものだったと想像できる。

 

先ほどの彼の様に救われた生徒も多くいるのだろう。

 

「なあ、今日はまだ相談の受付はできるか?」

 

「ああ、可能だ」

 

「ちょっと一人呼んでくる。待っていてくれ」

 

そうしてオレは今回の事件を解決するためのキーパーソンへと連絡をした。

丁度いいタイミングだったのか、程なくしてその生徒はやってくる。

 

「……どうしても助けたいやつがいるんだ。そいつ、口下手というか、俺もあんま人のことは言えないけどよ、ちょっとやる気が空回りしちゃって、クラスの連中から嫌われちまってんだ。でもそいつは強いやつだから、それでもかまわねえって突っ走って……でもよ、バスケもだけどよ、1人じゃ限界ってもんがあると思うんだ。そいつを助けつつ、クラスの連中とも上手くやってもらいたい……説得しようと思ったんだけどよ、俺、馬鹿だから、全然話を聞いてもらえなくって、何の役にもたてねえんだ……」

 

匿名生徒S君が、普段の荒々しい態度からは考えられないような、しおらしく、真剣に悩んでいる想いを吐露する。

なるほど、この部屋はオレが思っている以上に効果的なのかもしれない。

 

「そうか……お前の悩みはよくわかった。だが、話を聞いてもらえないのはお前が馬鹿だからではないだろう。お前のその想いを、もっと素直に相手にぶつけることが大事だな。そのうえで、解決を目指すのであれば空回りしている部分の解決、それが必要だ。恐らくその相手も心のどこかでは自分にも非があると感じている。大切なのはきっかけだろう。そしてお前はそのきっかけになれる」

 

「おお。なんか一人で考えてたのがバカバカしくなるぐらいなんかできそうな気がしてきたぜ。俺行ってくるわ!」

 

「フッ、せっかちなやつだ。具体策を何も聞かずに出ていくとは。……まあその辺はお前がカバーするんだろ、綾小路」

 

「そうかもな。余計な仕事を増やして悪かったな」

 

「気にするな。どうしてなかなか鈴音も良い学校生活を送れているようだ」

 

「……なあ、体育祭、最後のリレー、オレと勝負しないか?」

 

南雲との取引もあったが、この出来事を通して純粋に堀北兄と走ってみたくなった。

 

「お前にしては珍しい提案だ。……だが、いいだろう。その時は全力でお前と走ることを約束する」

 

「ああ。楽しみにしておく。それじゃ、オレはあの馬鹿を追いかける必要があるからこれで」

 

「付き合ってもらってすまなかった。お前にはどうしても見ておいて欲しかった」

 

堀北兄がこれまで守ってきたもの、それを引退前にオレに知ってもらいたかったのだろう。

これからオレがどう判断するにしても南雲政権との比較材料は必要だ。

 

不用な退学者を出す事を防ぎながら、クラスで協力して学校生活に挑んでいく学の方針をオレは深く胸に刻み込むことにした。

 

 




堀北兄、生徒会で一体何をしていたのか問題。

原作であまり何かをしていた様子がないわりに、卒業式の後、多くの生徒、1年生からもとても慕われ感謝されていた堀北兄。きっとこんな活動をしていたのではないかと、解釈してみました。

体育祭、そっちのけになってしまい申し訳ないです。タイミング的にここしかなく……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スズーズブートキャンプ

「ダァー。勢いで出てきちまったが、鈴音に連絡しても無視されるし、どうやって会えばいいんだ?てか、生徒会長の言ってた空回りってどうすれば解消できんだ」

 

案の定、路頭に迷っていた須藤。

頭を抱えあれやこれやと悩んでいる様子。

即行動できる点は評価できなくもないが、今のままじゃ本当に役立たずだろう。

考える力を養うか、知恵を授けてくれる存在が必要になってくる。

今回だけはオレが代役を務めよう。

 

「それならオレに作戦がある」

 

「うぉっ!?綾小路、いつの間に……。いや、そんなことを気にしてる場合じゃねえ。綾小路は他のヤツと違って、間違いなく堀北の味方だもんな。その作戦ってやつを聞かせてくれ」

 

間違いなく堀北の味方、か。

予測できていたにも関わらず、こんな事態になるまで傍観を決め込んでいた人間は果たして味方と言えるのだろうか。

これが一之瀬なら、きっとクラスで言い争う前に止めるんだろうな。

いや、それ以前にクラスメイト同士で言い争うことなど起こりようがない、そんな気がする。

どちらが正しいかは置いておいて、オレにはマネのできない芸当だな、と思う。

 

「作戦自体は単純だ。そのために体育館へ移動したいんだが――」

「おうよ。そんなら早くいこーぜ」

 

食い気味に返事をする須藤。

もっと色々聞いてくるなり反発するなりあるかと思っていたが、やけに素直だ。

 

「作戦の詳細を聞かなくてもいいのか?」

 

「俺一人じゃどっちみち詰んでんだ。ダメもと……いや、綾小路は、この前の試合もなんとかしてくれたからよ、その作戦も信頼できるぜ」

 

須藤は須藤で色々考えて成長しようとしているのかもしれない。

気に入らないことがあれば当たり散らしていた入学時とはだいぶ変わってきた。

ここが普通の学校であれば、そうやってゆっくりと成長していけばいいのだが……。

いずれにせよ、今の須藤では堀北を説得するのは不可能だろう。

 

「それでここでどうすりゃいいんだ?」

 

体育館に着いたところで須藤が尋ねてくる。

部活も終わっているため、他に生徒の姿はない。

 

「すでに堀北にここに来るように連絡してある」

 

「マジかよ。じゃ、これから2人で堀北に戻ってくるよう説得すんだな」

 

「いや、オレはもうすぐ帰る。説得は須藤の役目だ」

 

「ンぁ”?俺だけじゃ無理だから頼んでんじゃねーか」

 

オレからの理解できない話に少し怒気の混ざった返答をする。

だが、この程度で怒るのは早いだろう。次の言葉はもっと強烈なはずだからな。

 

「今のままのお前ならな。須藤、オレと1on1で勝負しないか?」

 

「なめてんのか、綾小路?そんな無駄なことしてる暇はねーだろ」

 

「オレに勝てるつもりなのか?」

 

「ンだとっ!!いいぜ、やってやるよ。だがよ、瞬殺だぜ?2度となめた口きけないようにしてやるからな」

 

大事なプライドに傷をつけられた須藤は当然激昂していた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「須藤君の次は綾小路くんから……全くしつこいわね」

 

チャットの通知を見るだけで中身も確認せずに携帯を放り投げる。

放課後のトレーニングは個人で行うことにした。

あんなやる気のないクラスメイトたちと一緒に居てはこちらのレベルも下がってしまう。

 

兄さんに言われたように、仲間たちと共に歩むこと、その大切さはこれまでの試験やこの前の出店を通して実感していた。

だから私なりに頑張ってみたのだけど……結果はこの通り。

私には土台ムリな話だったみたい。

きっと兄さんならあんな状況でも簡単にクラスをまとめて指導できるのだろう。

そう考えるだけで、自分の不出来さに胸が苦しくなる。

私はもっと努力して、少しでも兄さんに追いつかなくてはいけない。

やはりクラスメイトに構っている時間などなかったのだ。

 

携帯の通知が鳴る。

 

構わずトレーニングを続ける。

1人でも勝つための力をつけなくてはいけない。

 

また通知が鳴る。

構わずトレーニングを続ける。

兄さんに一歩でも追いつかなくてはいけない。

 

またまた通知が鳴る。

 

「いい加減にして!」

 

放っておいて欲しいのに、こんな私の事なんて構わなければいいのに……。

迷惑チャットの下手人、綾小路くんに止めるよう返信するため、携帯を確認する。

 

「……うそでしょ」

 

最後の1通は、兄さんからの、話があるから体育館で待っている、そんな連絡だった。

こんな時に限って、会いたいけれど会いたくない人からのお誘い。

……偶然ではないのでしょうね。

私の失態を知った兄さんから、今度こそ退学するように告げられるのかもしれない。

 

「私は……どうすればよかったのかしらね」

 

らしくもない弱音が零れてしまう。

いっそのことあがくことを諦めて素直に身を引いた方がいいのだろうか。

兄さんにはいくら頑張っても追いつけませんでしたと、謝ってしまえば楽になるのだろうか。

既に兄さんを待たせてしまっている以上、答えが出ないままでも行かないわけにはいかない。

どんなトレーニング後でも音を上げずに動いてくれていた足が、今この時は酷く重い。

 

「……兄さん、来ました。鈴音です」

 

明かりのついた体育館に入り、声にならない声を絞り出して伝える。

 

でもそこにいたのは兄さんではなくて

 

「よう。兄さんじゃなくて悪いな、堀北」

 

須藤健君が待っていた。

 

「どういうことかしら?説明ぐらいは聞いてあげる。ただ兄さんまで利用したんだから、その代償が高くつくことを覚悟してもらうわよ」

 

「堀北はよ、何のためにAクラス目指して頑張ってんだ?」

 

珍しく……いいえ、初めて見たかもしれない、こんな真剣な表情の須藤君は。

ただ、問いの内容は抽象的でよくわからない。

 

「何のこと?」

 

「俺は勉強ができない馬鹿……なのは知っての通りだ。他のことも碌にできないが、バスケだけはこれまで一生懸命取り組んできた。バスケさえしていれば、どんなに素行が悪くても、どんなに馬鹿でも周りは認めてくれた。俺にとってバスケは存在理由っつーの、そんな感じだった。だから俺は絶対に勝たなきゃいけないし、努力した分、負けるとも思えなかった。実際、最近は先輩たちともいい勝負できてんだぜ」

 

「……それがどうしたのかしら。自己主張なら余所でやってもらえる?」

 

いまいち要領を得ない話。

兄さんがいると思ったから来ただけで、できれば誰にも会いたくないのが本音だった。

ただ、それを語る須藤君があまりに真剣な目をしているからか、この話をちゃんと聞かなくてはいけない、そんな気持ちにもなっている。

 

「でもよ、さっき、綾小路のヤツと勝負して……手も足も出なかった。何度やっても、一本も取れやしねえ。完敗も完敗だ」

 

「綾小路くんがあなたと?」

 

運動はそこそこできるぐらい、なんて言っていたのに、やっぱり嘘だったのね。それにしても、バスケで須藤君に勝つなんて、にわかには信じられない。信じられないのだけど、彼ならやれるかもしれないと思わせるだけの……そんな何かを感じる。でも、腑に落ちないのはそんな経験をした後なのに、須藤君がどこかつきものが落ちたような晴れやかな表情をしていること。

 

「俺のこれまでの人生を全否定された気分だったぜ。どんなに練習しても一生敵わないような壁ってやつを突き付けられた……。そんでよ、トドメとばかりにこういうんだ『お前は何のためにバスケをやっている?』ってよ。わけわかんねーよな。たった今自分の手で俺の存在理由を奪っておきながらそんなことを言うんだぜ」

 

「……」

 

須藤君にとってバスケは、私にとっての兄さんみたいなもの。目標であり、存在理由であり……自分が自分であるために欠かせないもの。

 

「でもよ、悔しかったから、ボロボロになった状態で考えて、考えてさ。気づいたっていうか思い出したんだよな。俺はバスケが楽しいから、好きだからやってんだって。俺の存在を証明したくてやってたんじゃねーんだ。いつからかそんな風に誤解しちまってた。上手くはいえねーけど、大好きなバスケを道具にしちまってた自分の小ささを実感した」

 

自分が強いからバスケをやっているわけではない、ということなのだろう。

例え努力が実を結ばずとも歩み続けるし、結果が欲しくてやっていたわけではない。

バスケだけが須藤健ではない、そう言いたいのかもしれない。

 

「俺はどっかで間違ったみたいだ。バスケで活躍することだけが俺だって決めつけて、それを守るために他をテキトーにしてきちまった。そんな俺にお前やクラスメイトを引っ張る魅力なんてないよな」

 

「そう……あなたは自分の道を見つけられたのね」

 

「まだわかんねーけどな。ただ、このままじゃダメっつーことだけは身に染みてわかったぜ。だからもう一回聞くけどよ、堀北は何のためにAクラス目指して頑張ってんだ?」

 

「私は……」

 

何のために頑張っているのだろうか。

Aクラスになって兄さんに認めて欲しい。

そんな思いで走ってきて、気づいたらまた一人になっていた。そもそも本当にAクラスになったら兄さんは認めてくれるのかしら……。

いえ、そうじゃないわ、認めてもらうこと、追いつくことは本質じゃない。

初めの想い、私が見てきた兄さんの姿はどんな姿だったか。

 

そうか、私は……

 

「Aクラスに上がることで兄さんに認めてもらいたかったんじゃない。幼い頃、誰かを救い導いていく兄さんの姿に憧れて、自分もそうありたいと願ったのがきっかけだったわ。なのに、私は兄さんのすごさにばかり目が行ってしまって、兄さんがやってきたこと、その過程を見ていなかった。結果だけ同じでもダメだったのね……道理で追いつけないわけだわ」

 

仮にAクラスに私ひとりの力で昇格したとしても、兄さんと同じAクラスになったという結果だけ。

兄さんが大事にしているのは、クラスで協力して成長していく過程。その先にAクラスがあっただけ

試験を突破するためにクラスメイトと協力するんじゃない。

クラスメイトと協力するから、試験を突破できる。

 

その違いに私は気づいていなかった。

Aクラスに上がるためだけに必死になって、周りをみることを蔑ろにしていた。

 

本当に須藤君を馬鹿にできない。

……だから、ここから私たちは始めて行かなくてはいけないのだろう。

 

「須藤くん、私はAクラスに上がりたいわ。そして兄さんに認めてもらう。その想いは変わらない。でも、クラスのみんなで頑張った先に初めて見えてくるのがAクラスだったの。この3年間、みんなで協力してお互いに成長していきたい……そのための第一歩、最初の仲間として私に力を貸してくれないかしら。もちろん、私も須藤君のために力を貸すことを約束する」

 

「もちろんだぜ、堀北。俺もこの3年間でバスケ以外でも須藤健って男を磨いていきたい」

 

不器用極まりない2人だけれど、大事なことに気付けた。

今日ここから本当の意味で学生生活をスタートできた、そんな気持ちだった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

そろそろ、2人の話はうまくまとまった頃だろうか。

体育館で須藤を完膚なきまでに叩きのめして、自室へと帰ってきた。

 

堀北と須藤、この2人は似ている。

他者に媚びることなく、己に妥協することなく、自己研鑽を積み重ね培ってきた実力。その実力に裏付けられたプライドを支えに生きている。

例え誰にも理解されずとも、1人になろうとも、自分の道を突き進める力は武器にもなる。が、2人のそれはあまりにも中途半端だ。

高円寺が良い例で、実力に自信があり、己の道を進んでいる本物は他者からの評価など気にしない。

だが、あの2人は孤独で構わないとしながらも、堀北なら兄に、須藤は自分を馬鹿にする人間に認められたい、見返したいと思う矛盾を抱えてしまっていた。

 

そしてその矛盾は、プライドによって崩壊しないように支えられている。

実力さえあれば、自分は1人でも大丈夫。実力さえ伸ばしていけば、いつか認めてもらえる。

そんな勘違いが成長の機会を奪い、どんどん道を狭めていく。

だが、本人たちはその道しかないと思い込んでいるため、失わないように必死に守ろうとする。

 

そんなくだらないものを守ろうとするから歯車が狂う。

勝つためなら、プライドを大切にする必要はない。捨てるべき感情だ。

 

もちろん、それができない人間が大半であることも理解はできる。

なら、そんなプライドがくだらないものだということを無理やりにでも認識させるしかないだろう。

そうしなければ、あの2人は次のステージへ進むことはできない。

自室でここ最近の研究成果を吟味していると、チャイムが鳴った。ドアを開けると堀北が待ち構えていた。

 

「貴方が色々画策していたことはわかっているわ。責任をもって最後まで手伝ってもらうわよ、綾小路くん」

 

そんないつもの無茶苦茶な言いようでこちらを巻き込もうとする堀北。

だが、その瞳にはこれまでにない熱を感じる。どうやらうまく行ったようだ。

ただし、面倒なことに巻き込まれるのはオレとしても歓迎すべきことではない。

無言でドアを閉めさせてもら――おうとしたところで、ガッチっとドアを引っ張られる。

 

「綾小路、逃がさねーよ?」

 

「いい反応だわ、須藤君。彼、一度逃げられたらなかなか出てこないもの」

 

こちらが逃げの一手を打つことを予測し、死角に須藤を配置していたか。

悪くないコンビになったな。

 

「酷い言われようだ。オレだってクラスのためにいつも頑張っているんだぞ?」

 

「なら、今からさらに頑張ってもらって問題ないわね」

 

「邪魔するぜー」

 

こちらのことはお構いなしに入室する2人。

 

「さっそくだけど、今回の事を反省して明日からのトレーニングメニューを変えていきたいと思っているの。クラスみんなで無理なく楽しく鍛えていくことがテーマよ」

 

「……恐ろしいほど似合わないな」

 

「これからそうも言えなくなるように努めていくつもりだわ」

 

「俺たちならできるぜ!」

 

人間は生理的早産の生き物だと、スイスの生物学者、A・ポルトマンは言った。

他の哺乳類と比べ未熟なままで生まれてくる。

だが、それは未熟であると同時に無限の可能性を含んでいる。この2人はこれからどんどん成長していくことだろう。

どのような道を進んでいくのか、少しだけ楽しみだと思った。

 

「それで、画期的なアイディアを考えてきたわ。これを実現するためにはあなたの力も必要よ。これから練習に付き合ってもらうわ」

 

堀北がまとめてきたノートを確認する。

 

「嘘だろ……」

 

これはある意味、最初のメニューの方がオレとしては何倍もありがたかった。

 

「ところで、何でこんなに色んな牛乳が置いてあるのかしら?」

 

「……体育祭に備えて、骨も鍛えておこうと思ってな」

 

「……それはいい心がけね」

 

そうして夜通し特訓に付き合わされることとなった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

翌日の体育の時間。結局、堀北と須藤の姿はなかった。

 

「今日は種目別の練習をしようか。二人三脚のペアや騎馬戦のチームも決めたいしね」

 

平田の提案で、まずは各々ペアを組み二人三脚の練習を行う。

 

「綾小路くん、私と一緒に走ってくれないかな?」

 

櫛田がオレのもとにやってくる。

 

「ああ。よろしく頼む」

 

櫛田がお互いの足を紐でしっかりと固定する。

 

「昨日は助かった。あれは中々効いたと思う」

 

「んー、ああ、堀北さんへの発言ね。やっと綾小路くんもその気になってくれたんだって嬉しかったよ。ああいう手伝いならいつでも喜んでするからね」

 

準備が整ったところでトラックまで移動する。

二人三脚は初めて挑戦するが……異性とこの距離感で一緒に走るのはかなり緊張するな。上手く走れるだろうか。

 

「じゃあ私の掛け声に合わせて動いてね」

 

「わかった」

 

櫛田がうまくリードしてくれそうで安心だな。

 

「せーの、堀北、退・学、退・学、退・学、退・学。絶・対、退・学、退・学、退・学……」

 

なんて掛け声だ。櫛田さん絶好調だな。

 

「私たち、堀北さんの退学で息ぴったりだね。ふふふ」

 

あどけない笑顔で物騒なことを言う櫛田。

 

「昨日の様子じゃクラスで弾き者にされて、居場所がなくなって、自主退学してくれるかもね。嬉しいなぁ。退・学、退・学……」

 

掛け声はともかく、タイミングが合わせやすく、かなり速いペースで走ることができている。これなら本番でも好成績を残せそうだ。

……この掛け声でなければペアになるのをためらうことはなかったのだが。

 

そんな櫛田だったが、急に足を止めたので、思わず転びそうになる。

何事かと思ったら、グラウンドに堀北と須藤がやってきたようだ。

クラスメイトを中央に集めている。

 

……準備が整ってしまったか。

 

「まず最初に謝罪させて。私は勝ちにこだわるばっかりに、みんなのことをしっかりと考えることができていなかったわ。本当にごめんなさい」

 

そう言って頭を深々と下げる堀北。

 

「俺もこれまで自分が迷惑かけてきたことをそのまんまにしてきちまった。謝らせてくれ」

須藤も続けて頭を下げる。

 

これまでの2人では考えられない光景に、Dクラス一同、信じられぬものを見たと度肝を抜かれていた。

 

「それで、私たち、みんなで無理なく楽しく鍛えられるメニューを考えてきたの。実演してみせるから、それで気に入ってくれたら、一緒に練習してくれないかしら」

「よろしく頼む」

 

2人の懸命な姿勢に毒気を抜かれた一同だったが、簡単に心を許してまたとんでもないメニューであれば目も当てられないと慎重姿勢。ひとまずその実演を見てみようということで意見がまとまった。

 

「みんなありがとう。それじゃ、須藤君、そして綾小路くんも準備して頂戴。名付けて『スズーズブートキャンプ』スタートよ」

 

その声を合図に須藤が携帯で音楽を流す。

 

「みんな準備はいいかしら?これは最高のトレーニング、1か月後には想像できなかったような身体を手に入れることを約束するわ」

 

ビ●ー隊長よろしく、スズー隊長が軽快なトークで前置きをはじめる。

オレと須藤はその後ろで音楽に合わせ左右にステップを踏んでいる。

 

「両手を合わせてウォーミングアップよ」

 

そう言って堀北が動き始めたのに合わせ、オレたちも実演する。

 

「次は腕立て伏せ。きつい人は私の様に膝をついてやっても大丈夫だわ」

 

音楽と堀北のトークに合わせて次々とメニューをこなしていく。もちろん、できない人への配慮や途中に激励などを混ぜてやりやすい様に考えられている。

 

「次は、左右に身体を捻るステップ。ここで、ダッキングよ」

 

須藤はぎこちないが満面の笑みで取り組んでいる。楽しく見えるよう、そう指示が出ている。もちろんオレはいつも通りだ。

 

「堀北さん、面白ーい」「須藤くんのニヤけ顔と綾小路くんの真顔の対比がヤバい」「これなら続けられるかも」

 

身を犠牲にした甲斐があったようで好評な様子。

みんな笑いながら見守ってくれている……それでいいのか?と疑問に思ったら負けだろう。

 

櫛田だけは一瞬「裏切ったの?」といった目で見つめてきた。

オレもできることならこんな晒し者にはなりたくなかった。

 

「OK!よく頑張ったわ。このトレーニングで大事なのはマインドを変えること、みんながベストを尽くせるよう、私たちは手助けをするわ。時には誰かが背中を押さないと、自分自身だけでは変えられないこともある。最後までできなくてもいいの、続けていけば習慣になって、きっと人生が変わるわ。諦めないで」

 

スズー隊長の締めの熱い演説にクラスメイト達からは大きな拍手が起きる。

 

「堀北さんがここまで真剣にクラスの事を考えてくれたなんて嬉しいよ」

「これさー、やってたらメッチャ痩せそうだよね、良くない?」

 

平田、軽井沢の発言にみんな同意しさっそくやってみようということになった。

 

「いい汗かいたわね、綾小路くん。あなたが考案してくれた、ねじれやダッキングを入れたステップも中々効いて心地いいわ」

 

「それは良かった。この調子で本番まで続くと良いな」

 

「いいな、じゃなくて続けていけるよう私が導いてみせる、それぐらいの気持ちでいなくてはいけないわ」

 

「それもそうだな」

 

すっかり振り切れた堀北。クラスのみんなの前で再びブートキャンプを始める。

体育祭に向けて今度こそクラスが一丸となった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

出場表提出期限の日。

オレは約束通り、一之瀬を呼び、話し合いをしていた。

 

「一之瀬、ぎりぎりまで待たせてすまなかった。これがA・C・Dクラスの出場順が全て記載された出場表だ。これに合わせてBクラスが有利になるように配置してくれ」

 

「えっと……聞き間違い、見間違いでなければ、綾小路くん、またまたとんでもないことをサラッとやり遂げてない?」

 

「こんなこと、クラスメイトの前でスズーズブートキャンプすることに比べれば、何の障害もなかったぞ」

 

「すずぅずブートキャンプ?」

 

「つい愚痴が零れてしまっただけだ。気にしないでくれ」

 

「あ、全然大丈夫だよ。むしろ、綾小路くんが愚痴をこぼしてくれるなんて今までなかったから、ちょっと嬉しいかも」

 

「そういうものなのか?」

 

愚痴何て聞かされても得はないと思うのだが……。

気にしていないようなら良かった。

 

「ところで、こんな重要な情報をタダでもらうわけにはいかないよね?」

 

「そうだな。代わりに四方綱引きでは最初にCクラスを落としたい。協力をお願いできないか?」

 

「それは構わないよ。私たちとしてもCクラスとは協力の話は出てないし」

 

と言いながら少し残念そうな一之瀬。

四方綱引きだけは、リレーを除けば団体競技でのクラス対抗戦といえる。

組が違っても協力できる競技だと思ったのだが、やはり正々堂々戦いたかったのだろうか。

 

「よし、これでうちのクラスの出場表も完成したよ。早速提出してくるね」

 

「ああ」

 

思った通り、一之瀬の意思で自由に配置してもいいと言っても、オレたちのクラスに不利になるようなメンバーの配置は避けてくれた。その分、AとCクラスの負担が増えるだけなのでオレとしては取引ですらない。しかも四方綱引きで厄介なCクラスも落とせるおまけつきだ。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

その日の放課後、いよいよここ数日の研究成果を披露する時だ。

 

オレは2年の教室付近で待ち構え、目的の人物が現れるのを待つ。

程なくして、ひときわ目立つその人物がやってきた。

 

「鬼龍院先輩、お疲れ様です」

 

「……綾小路か。こんなところまで何の用だ」

 

「鬼龍院先輩にお会いしたくて」

 

「ほぅ。それは嬉しいことを言ってくれる。だが、私を満足させてくれる時間が提供できる自信はあるのか?」

 

「もちろんです。茶道室までお越し頂けると答えがわかりますよ」

 

「いいだろう。可愛い後輩のお願いだ、一肌ぐらい喜んで脱ぐさ」

 

そうして茶道室に移動し、準備をする。

 

「あれから研究を重ね、自分なりの答えにたどり着きました。ぜひ、ご試飲いただけませんか?」

 

そういって、新アイス抹茶ラテを手渡す。

鬼龍院はそれを受け取ると、おもわず見惚れるような所作で口へと運ぶ。

 

「うむ。完璧だ。美味いと太鼓判を押せる。ここまで私の指摘に真摯に取り組んだ人間は初めてだ。礼を言う」

 

「こちらこそ、いただいたアドバイスのおかげで自分の未熟さを知ることができました」

 

「気にすることはない。私のクラスメイトはアドバイスに聞く耳を持たなくなってしまったからな、新鮮な体験だ」

 

鬼龍院は、桐山の言っていた奔放な側面もあるのだろうが、基本的に嘘は言っていない。

桐山のクラスにそれを受け入れるだけの度量がなかったのではないだろうかと考えている。

少なくとも高円寺よりは話の通じる相手だ。

 

「理解してもらえないというのも大変ですね」

 

「気にする事でもないさ。ところで、ここまでして私を呼び込んだんだ。なにか用があるのだろ?」

 

話が早くて助かる。

オレはあえて少し先の計画について、鬼龍院に話すことにした。

 

「――といった感じです。早ければ来年の今頃でしょうか、学生生活をもっとエンジョイできるようになります。その時、一番にお声かけすることを誓います」

 

「ふふ、なんだか告白でもされているようだな、なるほど、悪くない。そんなことを本当に実現できるかどうかも含め興味がわいてきた」

 

「ただ、その代わり、その時まであなたの力を見せてもらいます。鬼龍院先輩が噂ほどの方ではなかったら困りますからね」

 

「いいだろう。私をパートナーに選んだこと、後悔はさせないさ」

 

こうしてオレは体育祭へ向けた最後のピースを手に入れることができた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

活躍の秘密~努力時々策略~

いよいよ体育祭本番がやってきた。

 

あれからDクラスは、毎日スズーズブートキャンプに取り組み、各種目の練習もこなすというハードなトレーニングを続けてきた。

さすがに運動能力の飛躍的な向上とまではいかなかったが、そんなメニューを乗り越えてきたんだという自信は、この体育祭で力を発揮してくれることだろう。

その証拠に入場行進する生徒たちの中でも、Dクラスが一番統率のとれた動きをしていたように思う。みんなで動きを合わせることはお手の物だ。

 

開会式は滞りなく済み、各自クラスのテントに移動する。

赤組と白組はトラックを挟んで向かい合う形に設置されているため、競技中以外は接触できないような作りになっていた。

 

グラウンドの周りには。この敷地内で働く大人たちだろう、一般のギャラリーの姿も見える。……向こうに『健闘!橘茜』と書かれた大きな旗を振っている集団がいる。

 

「今年もケヤキモールの皆さん応援に来てくださったんですね。恥ずかしいので旗はやめてくださいって言ってあったんですが……」

 

ひょこっと橘が現れて、オレが見ていた集団に両手で大きく手を振っている。

そういえば、商店街の人たちをはじめとし、学校外でも橘を慕う人は多かったな。

以前、勉強会のため橘から追いかけ回されたことを思い出す。

それにしても旗の文字が『必勝』とかではなく『健闘』なあたり、橘をよくわかっているなと感心する。

 

「綾小路くん、何か失礼なこと考えてませんか?」

 

「いえ、橘先輩は勝つ姿より、負けてても頑張ってる姿の方が似合うなと思っていただけです」

 

「そ、そうですか。綾小路くんも良いこと言いますね」

 

ムフンとどや顔を決める橘。怒るところのはずだが気づいていない様子。

 

「会長と私の雄姿をよく見ておいてください。あ、私たちは、クラスのテントというよりは来賓の方々への対応で、あっち側にいることも多いんですけど……見かけたらいつでも私の頑張りを褒めてくださって構いません。代わりに綾小路くんの応援もしてますからね」

 

「了解です」

 

「では、お互い赤組のために頑張りましょう」と橘は3年Aクラスのテントへと進んでいった。

 

「よぉ、綾小路、約束忘れんなよ」

「綾小路くん、今日はがんばろーね~」

 

南雲と朝比奈がそんなことを言いながら通り過ぎていく。

奥から3年Aクラスのテントとなるため、順番的に1年Dクラスのテントは一番手前になる。多くの生徒が通過していくため声を掛けられやすいようだ。

 

「綾小路、今日はお互いベストを尽くそう」

 

「そうだな、葛城。団体競技では頼りにさせてもらう」

 

「任せてくれ。なんだか今日は……自分でも不思議なんだが、すごく身体が軽くてな。ゾーンに入ったってやつなのかもしれない。フルパワー100%中の100%で戦えそうだ」

 

「そ、そうか。それは何よりだな」

 

身体が軽いのは、肩に坂柳を乗せていないからじゃないか?なんて野暮なことを言うのは止めておいた。本人がそれでやる気に満ちているのなら、それに越したことはない。

 

その坂柳はすでにクラスのテントの椅子で休んでいる様子だった。

現場で直接指揮を執るためと、棄権はせずに参加できる競技には出る方針らしい。

 

「みんな今日までホントによくついてきてくれたわ。この努力は結果に繋がるはず。優勝目指して頑張りましょう」

 

「「おぉー!!!」」

 

堀北の激励に一部を除いたDクラス一同が湧き上がる。

一部は言うまでもないが、オレと高円寺と盛り上がっているふりをしている櫛田だ。

それ以外が頑張ろうという意志を見せているのは、自分の性格とは合わないと自覚しながらも率先してスズー隊長を務めた堀北に、各々感じるところがあったのかもしれない。

 

 

体育祭、最初の競技は100m走だ。

1年男子からスタートするため、1組目はとても目立つことになる……のだが、Dクラスから出場するのは『池』と『外村』だ。

 

「寛治のヤツ、デブとガリしかいない組で羨ましいぜ」と山内は言っているが、池はそれなりにプレッシャーになっている様子。

 

「ホントに俺たちで大丈夫なのかよぉ~」

 

「安心なされ池殿。拙者たちは過酷な特訓を経て性能が段違いに上がったのでござる。そう、例えるならザクⅡ改とザクⅢぐらい違うのでござる」

 

「それ、どう違うんだよ?」

 

「なんとこの違いが判らぬとは……いいですかな、まず出力が――」

 

「そこ位置についてください」

 

池に外村が何か熱弁していたが、係りのアナウンスでスタート位置へと移動する。

「よーい、スタート」の掛け声とともに鳴り響いた銃声で体育祭最初のレースが火蓋を切った……という表現がもったいないほどの泥仕合で、出場者のほとんどが可もなく不可もない……どちらかというと不可寄りの速さ。

 

「やっぱり俺が1組目でドーンとぶっちぎってやった方が良かったんじゃねえか?」

 

そんな様子を見て、須藤が尋ねてくる。

 

「いや、あのメンツで須藤を使うのは余りにもったいなかった。須藤にはもっと強敵を倒して1位をとってもらいたい」

 

「おうよ、任せとけ」

 

まるで誰がどこに出場するかわかっているかのような口ぶりで話したのだが、須藤は全く気にも留めず良い返事だけが返ってきた。

考えるのは堀北やオレ、自分はその策を信じ結果を残すだけと、自分の役割を自覚し始めたのかもしれない。

 

1組目の結果は、1位Bクラス……渡辺じゃないか。良かったな。2位Aクラス。3位に池が滑り込み、4位はCクラスの生徒だった。外村は6位だったが健闘した方だろう。

 

「お、俺、3位に入っちまった!信じられねぇよ、やったぜ、おい」

「嘘だと言ってよ、寛治ィでござるな。1人で先に行ってしまうとは……」

 

喜ぶ池と謎のリアクションの外村。

本人たちは知る由もないが、出場メンバーを決めた際に、池は3位ぐらいがとれるような調整をしていた。外村に関しては最下位覚悟だったため、どちらかといえば金星をあげたのは外村の方だったりする。

 

そのまま順調に進んでいき、須藤も平田も1位を獲得。問題は……

 

「こんな結果のわかりきった競争なんて、時間の無駄でしかないねぇ」

 

高円寺のいる組が回ってきた。アイツがちゃんと走るかはどうかが微妙なところ。

こういった目立つ場所で活躍することを良しとしそうでもあるし、不要に体力を使わないと適当に流しそうでもある。

 

そのため、打てるだけの手は打たせてもらった。

 

「高円寺くーん、頑張ってー!」「キャー六助様ー!」「高円寺くんのカッコいいところが見てみたーい」

 

2年の女子生徒たち5~6人から黄色い声援が飛んできた。

彼女たちには高円寺の応援を派手にやってもらうよう交渉してある。

 

高円寺は日頃年上の女子生徒とよく遊んでいるという噂は耳にしていたので、朝比奈に頼んでその人物を探してもらっていた。

朝比奈から見つけたという連絡を貰った際には、思いの外たくさん現れたのでマジかよと思ったものの、多ければ多いほど声援としては効果が出るだろう。

ちなみに交渉で使えるようなポイントはなかったが、抹茶ラテ1か月飲み放題チケットで快く引き受けてくれた。材料費は部費から出るので実質こちらの負担は0だ。

 

 

さて、普段から懇意にしている女子生徒の応援、これなら流石の高円寺も走ってくれる……と信じたい。

 

「フフ、キュートなレディたちが私に期待してくれているようだ。ここはひとつ、その期待に応えようじゃないか」

 

どうやらうまくいきそうだ。

高円寺は同じ組の生徒を寄せ付けず、堂々の1位でゴールした。

次はオレの番だな。

 

「クク、綾小路。おめぇと同じの組かよ。ついてねーな」

 

オレは龍園と同じ組にしておいた。

確実に勝っておきたい相手であるのもそうだが、コイツのことだ、レース中に何かやってくる可能性もある。

 

「おいおい、靴紐がゆるんでるぜ。結びなおした方がいいんじゃないか?」

 

「そうか」

 

そんなこともないと思ったが……龍園の指摘通り、しゃがんで靴紐を結ぼうとした時だった

 

「龍園さーん、頼まれてた飲み物です。おっと足がもつれた」

 

などと言いながら石崎が露骨に俺の方へ倒れ込んでくる。

しかもエルボードロップの姿勢で。

 

「わっ、危ない!」

 

外から見ていた生徒たちが衝突を予見し、声を上げる。

 

が、当然衝突など起きるはずもない。

スッと立ち上がって後ろに回り込み、石崎の体操着の首元を引っ張ってすんでのところで転倒を防ぐ。

 

もしエルボーを避けられたとしても、手に持った飲み物……よく見たらオレンジジュースをこちらにぶちまける算段だったのだろう。嫌がらせにも程がある。

 

「ぐえー、く、くるしい」

 

「おっとすまない。転倒したら危ないと思って咄嗟にな。コケなくてよかったな」

 

それなりの勢いで倒れこんできていたからな。

石崎の首も相当締まったのかもしれない。こちらはあくまで人命救助だったことを主張しておく。もちろん、引っ張るのは首元である必要はなかったが。

 

「さすがは副会長様だ。石崎、助けてもらえてよかったな」

 

「う、うっす」

 

龍園クラスの方針はどさくさに紛れてDクラスの主力と思われる生徒を潰す作戦のようだな。Dクラスは活躍できる層が薄い上に、交代のポイントを何度も支払えない財政難だ。こちらの弱点を的確に突いてくる。

 

綿密に計画されていた動きだった。この後の競技も何かしらやってくるはず。須藤や平田、女子なら堀北に小野寺、松下あたりに特に警戒するよう伝えておくべきだろう。

 

レース自体はあっという間に終わった。

わざわざ全力で走るメリットもないので2位の生徒にギリギリで勝つよう調整し、1位を頂いておいた。

 

その後のレースも概ね順調に進んでいき、男子の100m走は終了する。

Dクラス以外の目ぼしい結果と言えば、Bクラスの柴田、神崎が1位、Cクラスはアルベルト、Aクラスはゾーンに入った男、葛城が1位を獲っていた。

10組中、4人1位を獲得したのはDクラスだけなので上出来だろう。

次は女子の番になる。

 

本人たっての希望で1組目は堀北が走る。

女子の中で最初に走り1着を獲ることで、Dクラスを鼓舞したいそうだ。

 

だが、この1組目は混戦が予想される。

Cクラスからは伊吹、そしてなぜかBクラスからは一之瀬が出てきていた。

一之瀬はなぜわざわざこの組を選んだのだろうか。中学時代は陸上をしていたと話していたため自信があるのかもしれない。

 

「やっほー、堀北さん。同じ組だね」

 

「ええ。お互い頑張りましょう」

 

「うん!一度堀北さんとは勝負してみたかったんだ。……負けないよ」

 

「望むところよ」

 

「堀北!一之瀬!無人島での借りはここで返させてもらうわよ」

 

「あら、クラスから追い出されたあなたを拾ってあげたお礼でもしてくれるのかしら」

 

「違うわよ!」

 

「あ!彼氏ができたことの感謝とか?全然気にしなくて大丈夫だよ」

 

「……アンタそれ素で言ってるの?」

 

「え?違ったかな。ごめんね。噂ではとても仲良くやってるって聞いてたから」

 

「アンタたちこのレース覚悟しておきなさいよ。絶対倒す」

 

テントで見守るオレの方まで声は聞こえてはこないのだが、3人で何やら火花が飛び交っているようにも見える。

 

そんな様子の1組目がスタートラインに並ぶ。

合図と同時に一斉にスタートした。

 

好スタートを切ったのは伊吹。

何があったのか、一心不乱に走っている。

 

続いて堀北、やや遅れて一之瀬が後ろにつく。

 

伊吹はひたすら前を向いて走り続けているが、堀北も負けられない戦い。

徐々に差を詰めていき、ついには並んだ。

 

並ばれたことで少し動揺したのか、一瞬ペースがダウンする伊吹。

その隙に一之瀬が前に出て、そのまま堀北も抜き去る。

 

一之瀬、堀北、伊吹の順番になるが……

 

少し一之瀬のスピードに陰りが見え始める。

先ほどの追い上げで体力を使ってしまったのかもしれない。

 

ゴールテープまであと少し、といったところで堀北が抜き、伊吹も一之瀬に並ぶ。

 

1位はギリギリで堀北だった。

2位は目視では判断できずビデオ判定までもつれ込んでいる様子。

はた目からはほぼ同時にゴールしていたように見えたが……2位は一之瀬と判定が出る。

どうも何かの差でその部分がわずかに先にゴールインしていたらしいのだが、伊吹の名誉のためその理由が公にされることはなかった。

 

何はともあれ、堀北の1位に沸くDクラス。

体育祭最初の出だしは好調だ。

 

と、そんなところへ高円寺がやってきた。

コイツから話しかけてくることは珍しいが……

 

「どうやら私のキュートなレディたちにちょっかいを出したのは君のようだね、綾小路ボーイ」

 

「……なんのことだ?」

 

「チアガールたちがいるのはクールだが、応援は気持ちがこもってこそ初めて意味があるものなのだよ。だが、どんな応援でも、もらってしまったら応えてしまうのが私だからねえ。彼女たちには次から心の中で応援しておくよう言っておいたよ。こんなことで私をコントロールしようなんて思わないことだよ」

 

ハッハッハッ、と笑いながら自分の席に戻っていく高円寺。

一度でこちらの仕込みと見破るとは……。

だが、悪いな高円寺。こちらもまだ手は残っている。まだまだ活躍してもらうぞ。

 

「綾小路くんっ。私の、は、走り、見てくれた?」

 

息を切らせながらも目を輝かせながら佐倉が寄ってくる。

残念ながら高円寺とのやり取りのせいで見逃してしまった……。

 

「もちろんだ。頑張ったな」

 

「うん、ありがとう。わ、わたし、まさか、3位を獲れるなんて……思ってなかったから、ホントに嬉しいっ」

 

出場順を操作したとはいえ、3位になるのはこちらも想定外の出来事だ。

 

「実は……あれからずっと、堀北さんの最初のメニューも早起きして挑戦してたんだ」

 

「そうなのか?」

 

「うん。どうしても変わりたかったから」

 

えへへと疲れながらも笑顔を作る佐倉。

その原動力がどこからきているのかわからないが、そこまでの努力ができる佐倉は、もう立派に変われているのではないだろうか。

 

「本当に、よく頑張ったな」

 

改めて労いの言葉をかける。

直接見ることはできなかったが、あとで判定用のビデオ映像を生徒会権力で拝借して、佐倉の頑張りを確認することにしよう。

 

そんな嬉しい誤算はあったものの、こちらも概ね計算通りの結果で終了した。

 

「堀北たちのおかげだぜ」「隊長!ありがとう」「私もはじめて入賞出来て嬉しいです」

 

などなどテントに戻ってきて各々の活躍を称え合い、功労者の堀北へと感謝を述べるDクラスの面々。

他クラスの出場表を把握した状態での勝てる配置だったため、ほぼほぼ出来レースのようなものではあるが、それでもここまで鍛えて来た毎日がなければ、このように気持ちよく勝つことはできなかっただろう。

なんか走ったらたまたま相手が弱くて勝てた、よりも、今日まで頑張ってきたからきっと勝てたの方が何倍も人をやる気にさせてくれる。

 

このモチベーションを保って団体戦に挑めば、そちらの結果も期待できそうだ。

 

こうして体育祭はDクラスの活躍でスタートした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

死亡フラグ

2年生女子の100m走が始まった頃、オレは龍園クラスが攻撃してくる可能性が高いことを伝えるため、堀北に声を掛けた。

 

「堀北、気づいているか?」

 

「ええ、もちろんよ」

 

先ほどのオレと龍園達のやり取りから、どうやら堀北も警戒をしているようだ。

この1か月で本当に頼もしくなったな。

 

「もうすぐ兄さんが走るってことは、あなたに言われるまでもなくチェック済みよ。しっかり見ておかなきゃ」

 

……そんなことはなかった。

成長はしていても、ブラコンは治っていなかった。

 

「帆波ー、見てたか、俺の華麗な走りを……って帆波は向こうのテントか。いつも綾小路の隣にいるのは帆波だから間違っちまったぜ。この際、綾小路お前でもいい、俺の走りなら堀北先輩に勝てそうだろ?」

 

南雲の余計な一言のおかげで一部生徒からの視線が痛い。

そういえば南雲の走りは全く気にもしていなかったので見ていない。

そのまま伝えたら面倒な絡みをされそうだが、例え適当でも褒めるのは抵抗があるな。

どう返答したら面白くなるだろうか。

 

「それは無理だと思います」

 

「おい、堀北……」

 

南雲を煽るのは俺の楽しみだぞ。奪うんじゃない。

 

「堀北、だと?」

 

「ええ。完全無欠で至高の天才、生徒会長堀北学の妹の鈴音です。兄は誰にも負けませんから」

 

ブラコンが噛みついた。

良かったな、南雲。こっちの堀北は構ってくれるぞ。

 

「面白いことを聞いた。鈴音か、覚えておくぜ。おっと堀北先輩がもうすぐ走るな、こうしちゃいられねえ。ゴール付近でじっくりと見てくるぜ」

 

「そんな方法が!?……私もご同行させていただきます」

 

「もちろん、いいぜ」

 

変なところで意気投合した2人はゴール付近まで移動していく。

堀北兄もあの2人に観察されながら走るのはやりづらいだろうな。

 

だが、それは杞憂でしかなく堀北兄は他者の追随を許さぬ走力で颯爽と走り、文句なしの1位を獲得した。

会場の至る所から大きな歓声が聞こえる。

思えば、全学年で何かをするのはこれが初めてだな。

普段の生徒会活動ではわかりにくかったが、堀北兄がいかに人望があるか伝わってくる。

 

3年男子が走り終わったところで、次の競技『ハードル走』のためにスタート地点付近に移動を開始する。

 

「あっ、綾小路くん!わざわざスタート位置まで応援に来てくれるなんて、出来た後輩になりましたね」

 

橘は3年女子100m走最終組、オレは男子ハードル走の1組目だったため、たまたまだったのだが本人が嬉しそうなので誤解は解かないでおこう。

 

「ケガなさらないよう頑張ってください」

 

「はい、もちろんです。私も会長に続きますよ」

 

張り切っていたものの結果は6位。

橘が運動するところは見たことがなかったが

案の定、そんなに得意ではないみたいだ。

 

ハードルの設置で開始までに時間があったため、その間に、平田、須藤にはCクラスの動きに注意するよう伝えておいた。

「わかったよ」「おう」と2人ともしっかりと返事をし、表情は真剣なものに変わった。

サッカーもバスケも相手選手と接触する機会の多いスポーツであるため、この2人ならある程度対応はできそうだ。

 

ハードルの設置が完了し

1組目の準備が始まる。

 

「クク、またお前と一緒か、綾小路。足も相当早いんだな、お手柔らかに頼むぜ」

 

Cクラスからは龍園と小宮が走る。

一応警戒はしていたが、今回レース前には何もしてこなかった。

 

「位置について、よーい、スタート」

 

合図とともに一斉に走り出す。

オレは2位にギリギリで勝利するため少し様子をみながらハードルを越えていく。

 

するとすぐ左隣のコース後方でガシャッと音がした。

 

「おっと、跳びそこなってハードルを蹴飛ばしちまった」

 

小宮の白々しいセリフの通り、振り向くとこちらに向けて勢いよくハードルが飛んでくる。

避けるのは簡単だが、その分のロス、そして避けた場合は俺のハードルが倒れることになる。

 

この学校の競技ルールによれば、いかなる場合でも自分のハードルが倒れれば、倒れた数だけゴールしたタイムから時間を引かれてしまう。

 

驚異のコントロールでハードルを飛ばしてきた小宮。

恐らくこの練習にこの1ヶ月心血を注いだのだろう。

オレも一発ではここまでうまく蹴り飛ばせるかはわからない。

 

小宮はハードル走を失格になるだろうが、オレがケガすればよし、避けてタイムが遅くなればそれでもよし。考えたものだ。

 

この状況を打破して1位を獲る方法はひとつだろう。

 

オレは前を向き、自分のハードルを跳びながら、空中で飛んでくる小宮のハードルを左手でキャッチし、そのまま担いで、どんどんハードルを跳び越えていく。

 

「はぁっ!?」

 

後ろで小宮の驚嘆の声が聞こえた。

悪いな小宮。1か月の練習、無駄にしてしまって。

 

「なんだあの1年」「あれ、噂の副会長だろ」「やっぱ生徒会半端ねえな」

 

そのまま1位でゴールしたものの、思いっきり目立ってしまった。

ただ、生徒会には堀北兄に南雲と、ある程度ぶっ飛んだ連中がいるためか

あー、また生徒会ね、みたいな空気で済んでしまっている。

……これまで実力を隠してきたのがバカバカしくなってくるな。

これから何かあったら生徒会だから、でごり押ししよう。

 

「雑技団にでも育てられたのか、綾小路?それとも生徒会は体育祭を盛り上げるために必死なのかよ、大変じゃねえか。同情するぜ?」

 

「生徒会が大変なことは否定できないな」

 

ちゃっかり2位でゴールした龍園。

策がことごとく交わされているにも関わらず、動揺は見られない。

むしろ不気味な笑みさえ見せている。

 

今度こそ女子の主力へと注意喚起を促すため、スタート地点に戻る。

1年女子はすでに何人か集まってきていた。

 

「あなたも大概無茶苦茶するわね」

 

「生徒会だからな」

 

「それもそうね。兄さんでも同じことできるでしょうし」

 

この言葉は便利だな。

堀北も納得してくれている。

 

「とまあ、こんな感じで龍園はオレたちを負傷させる狙いがあるみたいだな。さっき見たいな大胆な攻撃はないかもしれないが、注意しておいてくれ」

 

「わかったわ。それじゃ他の女子にも伝えに行くから」

 

さすがにCクラスの半数がハードル蹴り戦法を行えば、いくらなんでも故意の犯行としてクラス全体にペナルティが科されてもおかしくはない。

というより、女性の脚力でハードルを隣のレーンまで飛ばしきれるだろうか……伊吹ならやれるか?ぐらいのものなので、先ほどのような真似はしてこないはず。

 

「あ、綾小路くん、大丈夫だった?ケガはない?」

 

慌てた様子で一之瀬がこちらに近づいてくる。

 

「大丈夫だ、生徒会だからな」

 

「その理屈で言うと、私もあれ出来なきゃ生徒会にいれなくなるんじゃない?」

 

「……それは困るな。一之瀬に対しては何と答えるのが良いんだ?」

 

完璧だと思われた『生徒会だから』も当然ながら身内相手には効果がなかった。

……正解がわからないため素直に聞いてみると。

 

「うーん……『心配するな、帆波。オレにとっては朝飯前だ』とか?」

 

「心配するな、帆波。オレにとっては朝飯前だ」

 

「…………」

 

顔を赤くして俯き黙り込む一之瀬。

 

「一之瀬?」

 

「え、あ、うん。いいと思う。大丈夫みたいで安心したよ。じゃあね」

 

そう早口で言って足早に立ち去っていく。

走る前に体力を使うのは勝率を下げるぞ、一之瀬。

 

そうこうしているうちに、男子は高円寺が走る組となった。

2年女子は高円寺が言った通り、黙って様子をみている。

 

だが、詰めが甘かったな。

 

「高円寺くんファイトー」「いつもの華麗な動き見せてー」「ろっくん、らぶ~」

 

今度は3年の女子生徒たちから応援が飛んでくる。

3年生にもいるだろうと思って橘に調べてもらって正解だった。

同じく抹茶ラテ1か月飲み放題券で事前に買収しておいた。

 

「今度はこっちのガールたちかい。綾小路ボーイにも困ったものだ。そこまで私を頼りたいのだね。フフッ仕方ないねえ、レディたち、私の美しい跳躍をみたら、ハートが高鳴って今夜は眠れなくなるかもしれないよ」

 

そんなことを言いながら、宣言通り華麗に跳び越えていき1位。

毎回、こんな手を使わなくていいのであれば、こちらももっと手堅い戦略で他クラスに勝てるのだが……。

あ、高円寺が3年女子応援団のところに向かっている。この手ももうダメなようだ。

一応、手は残っているがこれは実験の要素が強い。1位を2つ獲得できただけでも良しとするか。

 

次は平田の組だ。

この組のCクラスは石崎がいて、先ほどのエルボードロップといい、何かしてくる可能性が高い。

 

その予測通り、ハードルをいくつ跳び越えたところで、石崎は大げさなフォームで腕を横に振り、それが隣のレーンの平田を襲う。

だが、平田はクイッと身体を捻り回避した。

何度か攻撃は繰り返されたが、なんなく避ける平田。

 

しかし、回避行動でロスした分、着順は2位となってしまう。

怪我無く完走できたことをよしとしよう。

また、事故にもならず故意ではない範囲ということで石崎は失格にならなかった。

これもギリギリの事故を装う練習をしていたからだろう。

 

須藤は、アルベルトと対戦してもらう。

アルベルトは見た目通り足もなかなか速い。持久力は不明だが、バスケの時の運動量を考えると、それなりにありそうだ。

ここで須藤にCクラスのエースを落としてもらう算段だ。

 

スタートは須藤に軍配が上がり、身体ひとつ他の選手より抜ける。

妨害担当と思われるもう一人のCクラス生からは距離ができたため、平田のような嫌がらせは受けないだろう。

 

後は真剣勝負。

アルベルトも豪快な走りと跳躍を見せ……あまりの対格差にハードルが小さく見えるな。跳ぶというよりほぼ跨ぐような感じで走っている。

そのアドバンテージは大きく、徐々に須藤との距離を詰めていくアルベルト。

 

だが、須藤もジャンプの高さを最小限にとどめてロスを減らし、着地後は脚力を活かしてすぐに加速している。

バスケはすべてのスポーツに通ずる、なんて言っていたが、あながち間違いでもないのかもしれない。

 

そのまま何とか逃げ切ることのできた須藤が1位、アルベルトは2位となった。

 

こうして男女ともにハードル走を終える。

女子の方でも走行中に妨害が入ったようだが、うまく躱していた。

 

「石崎君の手が目の前に来た時、自然と身体が動いたんだ。それで思ったんだけど――」

 

「私も妨害受けた時、それ感じた」

 

「「あ、ここスズーズブートキャンプでやったとこだ!って」」

 

平田と小野寺が熱弁する。

 

「さすが堀北さん。ここまで考えていたなんて」

 

「おかげでケガせずに済んだよ、ありがとね」

 

2人はお礼を述べて自分たちの席へ戻っていく。

 

「……綾小路くん、あなたが考案したあの動き、もしかしてこれを予測していたの?」

 

「念には念をってやつだな」

 

普通、突然モノが飛んできた場合、咄嗟に避けようとすると大げさに転がってしまったり、あるいは目を瞑って動けなくなったりと

とてもじゃないがレースどころではなくなる。

だが、この1ヶ月反復していた動きがあれば話は別だ。

スズーズブートキャンプには、身体を急に捻る動きやダッキングの動きを取り入れておいた。

そのためDクラス生は、何かが起きた時、捻ったり、素早くしゃがんだりの回避行動を無意識に最小限の動きでできるようになっている。

こっそり最低限の自己防衛手段を身につけておいてもらった。

 

龍園クラスが妨害のために特訓していたのであれば、こちらはそれを避けるために特訓をしていたということだ。

 

3種目目はいよいよ団体競技、棒倒しの時間だ。

 

ルールは至ってシンプル。相手の陣地の棒を倒した方が勝ち。2勝先取で勝敗が決まる。

 

「それじゃ、各自作戦どおりに頼む」

 

事前の打ち合わせ通り、AD連合軍を指揮する。

坂柳からの指示もあってAクラス生もすんなり従ってくれる。

 

「お、おい、あれ何やってんだ!?」

 

こちらの布陣をみて、BCクラスからそんな声が上がる。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

話はAクラスとの合同練習の時まで遡る。

 

「色々研究した結果、まず必要なのは自陣の棒の上に乗る生徒だな。Dクラスにそんな器用なやつはいないんだが、Aクラスから選出できないか?」

 

「ええ。問題ございません。橋本くんなら器用に務めを果たしてくれることでしょう」

 

「お、おい。坂柳……」

 

「できますよね?」

 

「あ、ああ」

 

坂柳からの圧に押され了承する橋本。

 

「この役割は重要だ。棒を掴んでくる相手を上から妨害し、相手が倒そうとしてきた方向と逆に体重をかけることで棒の転倒を防ぐこともできる。そして高い位置から戦況を把握できため、攻撃陣への指示出しも頼みたい」

 

「ふー、こうなったらやれるだけやってやるよ。今日から棒の上でバランスとる練習だな」

 

開き直ったのか、橋本が棒を見つめながらそんな風に話す。

Dクラスの生徒では上手く乗れそうになかったので、非常にありがたい。

 

「次に攻撃陣についてだが、間違いなく須藤はマークされる。よってあえて正面から須藤先頭に隊列を組み突撃してもらう」

 

「須藤君を囮にして左右から攻めるわけですね」

 

「そうだ。こちらは三宅率いるDクラス数名で右側を担当したい」

 

「わかりました。でしたら左側の攻撃は鬼頭君を先頭に数名つけましょう」

 

「俺のダークネス・ハンドが敵を葬るだろう」

 

鬼頭が前に出てきて、手袋を口で外す。

よくわからないがそのやる気と殺意は伝わってきた。

葬ると反則になるのでほどほどにな。

 

「正直、身体能力の総合はこちらが圧倒的に劣っている。特に特記戦力のヤツをどうにかしないと勝負にならないだろう」

 

そう、ヤツを任せることができそうなのは……

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

グラウンドで対峙する両陣営。

向こうに見えるのはひと際目立つ体格の男。

 

「葛城、この勝負はお前がアルベルトに対してどれだけ時間を稼げるかにかかっている。頼むぞ」

 

そう、アルベルトが棒に直進してきたらそれを止めることのできる生徒は限られている。

須藤が攻撃の要であれば、守備の要は葛城だ。この2人が上手く時間を稼ぐことで他が活きる。

 

「ああ。時間を稼ぐのはいいが――別に、あれを倒してしまっても構わんのだろう?」

 

「もちろんだ、遠慮なくやってくれ」

 

「ならば期待に応えることにしよう」

 

今日の葛城は一味も二味も違うな。

だが、妙に死にそうなセリフに聞こえるのだが……。

 

スタートの合図で、両軍、攻撃陣が勢いよく相手の棒目がけて進んでいく。

 

「須藤を止めろ!」

 

守備の指揮を神崎が執っていた。

向こうは、攻撃をCクラス、守備をBクラスが担うようだ。

クラスの特性を活かした戦術と言える。

 

「うりゃあぁあぁ」

 

4~5名に囲まれながらも棒へと進む姿勢の須藤に周りの警戒が強まったところで

三宅、鬼頭が数名が両サイドへ移動し攻撃を仕掛ける。

 

「須藤は囮か!柴田左をカバーだ。右は俺でどうにかする」

 

だが、須藤を放置するわけにもいかず、戦力を思うように分散できない。

じりじりと左右のチームが棒へと近づいている。

 

一方、守備陣営では、攻め込んできたアルベルトと葛城が両手をがっちりと合わせ拮抗状態。

こちらの予想では、アルベルト優勢で何秒か押しとどめられるか、と思っていただけに葛城の活躍はありがたい。

坂柳を乗せて移動する毎日や乗り心地をよくするため筋トレをしてきた成果が出ているのかもな。

 

「どうしたアルベルト!坂柳(のプレッシャー)はもっともっと重いぞぉぉぉぉ」

 

「Unbelievable!」

 

そんな咆哮がグラウンド中に響き渡り、アルベルトを押し返す勢いの葛城。

 

「……葛城くんには後でしっかりとお仕置きが必要なようですね」

 

Aクラスのテントで状況を観察していた坂柳からそんな声が聞こえた気がした。

 

アルベルト以外のCクラスは、守備担当の平田の指示で上手くやり過ごしている。

今のところ龍園も高みの見物。ついでに高円寺も高みの見物中。

 

それなら、そろそろ試合を決めに行くか。

 

「橋本、左右どっちが優勢だ?」

 

「あー、左だ」

 

「わかった」

 

守備陣はBクラスであるため無意味に傷つけるわけにもいかない。

 

鬼頭の奮闘もあり、須藤だけでなく鬼頭にも注目が集まっている。

そのためこっそり右に回りこみ、三宅に合図を出す。

 

「いまだ、発射台を作れ」

 

三宅の指示で、攻撃の手を緩め数名のDクラス生が三宅を囲み守る。

三宅はしゃがみ、両腕を前に構えるバレーのレシーブの姿勢に。

 

その三宅の両手にオレが踏み込んだところで、三宅は腕を思いっきり持ち上げる。

 

「あ~綾小路くんが飛んでます!」

 

どこからか橘の驚く声が聞こえてきた。

 

跳躍してBクラスの守備陣を飛び越え、棒を掴む。

そのままの勢いでオレごと倒れていけば、突然の衝撃で支える生徒も力を入れきれない。

 

そちらの敗因は棒の上に誰も乗っていなかったことだな。

 

そうしてBCクラスの棒は抵抗虚しく倒れて行った。




棒倒しは防衛大の動画を観ながら参考にしています。本格的な棒倒しはもう別の競技ですね……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

各々の勝つための手段

1年男子棒倒しの2戦目。

こちらの戦術に付け焼刃の対策で対抗できるはずもなく、ADクラス連合の赤組が勝利を収めた。

 

Cクラスは早めに勝ちを諦めていたようで、Dクラス生への直接攻撃を狙っていたようだが、みんな上手く避けていたようだった。

 

「お見事でした、綾小路くん」

 

テントに戻ると坂柳から労いの言葉をかけられる。

ニコニコしているが、ピリピリした空気感を纏う不思議な状態。

 

「いや、Aクラスの協力のおかげだ。特に葛城の活躍は正直オレも驚いたぐら――」

 

「綾小路くんともあろうお方が、一体『何に』驚かれたというのですか?」

 

「ん?葛城が叫びながら――」

 

「あれは悪質なプロパガンダですね。誤報だと訂正させていただきます。よろしいですね、綾小路くん?」

 

「あ、ああ」

 

いまいち何を気にしての発言かはわからなかったが

坂柳のプレッシャーに頷く以外の選択肢はなかった。

葛城の言う通り、対峙した時のプレッシャーは坂柳の方がアルベルトより重いな。

 

「わかっていただけたようで安心いたしました。次は女子の番ですね。綾小路くんに少しでも楽しんでいただけるよう私も尽力するとします」

 

そう言い残し坂柳はテントへと戻る。

 

グラウンドでは2年男子の棒倒しが始まった。

こっちはこっちで異様な光景が広がっている。

 

「おい、Cクラスどういうつもりだ。作戦ではお前たちが攻め込む予定だったはずだ」

 

桐山の抗議の声が聞こえる。話しぶりからすると相手はCクラスの代表だろうか。

 

「いやね、急に棒を支えたくなったんだわ。お前らで攻め込んでくれや」

 

「くそ、どいつもこいつも。みんな、急ですまないが攻撃へ回るぞ!」

 

そう言って2年Bクラスは慌てて攻撃へ。

 

それと入れ違いに赤組の南雲が殿河や溝脇を引き連れてゆっくりと白組の棒に近づいてきた。

あまりに無防備な南雲の行軍。

防御に回ったCクラスがどうにかするのかと思ったが、誰も南雲を止めようとしない。

 

そのまま棒に南雲が触れると、あっけなく棒は倒れた。

 

「悪いな桐山。こんな野蛮な競技を真面目にやるのは性に合わないのサ」

 

「南雲貴様ッ!」

 

「張り合って面白い相手でもいれば話は別だが、そうでもないならこんなの消化試合でしかないだろ」

 

南雲は事前にCクラスを買収していたようで、成すすべなく2戦目も白組の負けとなった。

勝つという意味では間違いない戦略だが――勝利を手にしたにしては、南雲は退屈そうに空を眺めていた。

 

最後は3年男子の試合となる。

 

こちらは王道ともいえる勝負となった。

堀北兄の指揮で、攻防ともに統率のとれた動きを見せ、1戦目は赤組が勝ち星をあげた。

だが、続く2戦目、後がなくなった白組も死に物狂いで食らいつき、1勝1敗にもつれ込んだ。

 

3戦目では堀北兄自ら積極的に攻撃へ加わり、仲間のフォローもありながら敵の防御陣を棒から引きはがしていき、出会った当初オレに蹴りをかました時のような強烈な一撃を棒にお見舞いすると、良い音を響かせながら棒は吹っ飛んでいった。

なるほど、脚の筋力は、腕の3倍はあるらしいからな、合理的な作戦かもしれない。

 

功労者の堀北兄のもとへ駆け寄り賞賛するチームメイトたち。

堀北兄も軽く手をあげてクールに対応している。

……きっと内心では喜んでいそうだな、なんとなくだがそんな気がした。

 

こうして全学年、棒倒しは赤組が勝利することとなる。

 

女子は棒倒しの代わりに、玉入れが団体種目だ。

1年女子がグラウンドに入場してくる。

 

「みなさん、よろしいですか。練習で覚えた感覚をしっかりと思い出してくださいね」

 

坂柳曰く、玉入れほど簡単な勝負はないそうだ。

要は、弓道の正射必中の考え方と同じ。かごに入る正しいフォームと力加減、そしてかごへの距離を覚えてしまえば、あとはそれを再現するだけ、という主張。

 

「そうね、ずっと投げ続けてたから身体が覚えてるわよ。毎日、1000個入れるまで帰さないってのは正気の沙汰じゃなかったわ」

 

「1個入れるごとに祈りを捧げる感謝の玉入れ1万個にしてもよかったのですが……他の競技の練習との兼ね合いもありましたからね。これでもだいぶ妥協した方だったんですよ?」

 

「アンタも投げるんだったら1万個でも何でも付き合ってあげるわよ」

 

「フフ、神室さんも寂しがり屋さんですね」

 

神室が愚痴をこぼすぐらい、女子生徒はひたすら玉を投げ続けた1か月だったようだ。

 

「風向きなどので必要な微調整は私の方で指示を出します。みなさん、配置についてください」

 

坂柳は、それぞれ一人一人のフォームや癖などを把握し、4チームに分け、かごを囲むように配置している。

チーム内でも前後に並んで5人2列の編成になっている。

 

「それでは玉入れスタート!」

 

係の合図で玉を集めた生徒たちが、先ほどの隊列に戻ってくる。

 

「まずは、ウサギさんチーム、角度を上方に玉2つ分修正……構えて、今です。撃ってください」

 

ウサギさんチームと呼ばれたグループが一斉に投げる。

様々なところから投げると玉同士がぶつかって狙いから外れてしまうことを防ぐためだろう。

投げた玉の全てが入った。

 

「続いてアヒルさんチーム、左に2つ分修正。撃ってください」

 

坂柳の指示のもと、赤組のアヒルさんチームが玉を投擲。こちらも全てカゴに収まる。

にしてもなんだか可愛らしいチーム名だが、坂柳の趣味だろうか?

 

対する白組はどうだろう。

 

「みんなー、この調子でじゃんじゃん投げていこー!」

 

一之瀬が白組を鼓舞する。

玉を回収するチームと投げるチームに分かれているようで、効率よく玉を投げ込んでいる。

ただし、入らないものも多く、おおよそ入る確率は6割ぐらいか。

外してもいいからとにかく投げる、というのが作戦のようだ。

 

「あら、外れてしまいましたね」

 

「ひより、アンタもっと早く投げなさいよ、ほら」

 

のんびりと玉を放るひよりの姿を発見する。

玉を渡す真鍋が急かしているように見えるな。

 

「えいっ」

 

「あいたっ」

 

ひよりの投げた玉が、変な方向へ飛んでいき、玉の回収へ向かった真鍋の後頭部を襲っていた。

茶道部では日常茶飯事の惨劇だが、こうやって傍から見る分には微笑ましく思えるな。

 

『確実に入れる赤組』対『とにかく量の白組』。

作戦の優劣はともかく指揮する人間の性格でここまで様子が変わるのだから面白い。

 

玉入れの結果は途中から赤組は投げる玉がなくなり、全部入れてしまうという結果になった。

時間を多少かけても、制限時間内にすべて入る算段があるなら、負けることはない策だったと言える。

 

こうして1年女子玉入れは赤組の勝利となる。

 

続いて始まる2年女子の玉入れ。

 

どうやらこちらもCクラスを南雲が買収していたようで、玉を拾った生徒が適当な方向に投げ続けている。

2年Bクラスのテントで悔しがる桐山の様子が見えた。

これでは全く勝負にならないだろう、誰もがそう感じた時だった。

 

「全く、南雲もつまらないマネをするものだ。勝負、勝負と言っておきながら、自分で水を差す、意味が分からんな」

 

2年Bクラスの秘密兵器、鬼龍院だ。

彼女も高円寺の様に体育祭にさほど興味を抱いていない実力者だったが、先日交渉し、今回は真面目に取り組んでくれることになっている。

だが、この絶望的な状況をどうにかできるのだろうか。

残り時間はあとわずか、既に赤組のかごには大量の玉で満ちている。白組は半分も埋まっていない。

 

「そんなに難しいことではないさ。じっくり見ているといい」

 

オレのそんな考えを察したのか、そんなことを宣言する鬼龍院。

2年の実力者のお手並み拝見といこう。

 

鬼龍院はCクラスの生徒から玉を奪い取ると、華麗ながらも力強いフォームで玉を放った。

ものすごいスピードで突き進む玉。

だが、それは白組のかごとは全く違う方向へと飛んでいく。

向かった先は――赤組のかご部分と接し支えている棒の根元、そこに玉が勢いよくぶつかる。

バキッという鈍い音が鳴ったかと思えば、棒が折れて、かごが地面へ落下していく。

慌てて逃げる近くにいた赤組の生徒たち。

 

そのタイミングで試合終了のホイッスルが鳴る。

 

結果は赤組0個で、白組の勝利となった。

 

団体戦初の白組勝利に、全学年の白組から歓声が上がる。

 

続く3年女子の玉入れは、特に何も語ることがないような平和な戦いだった。

知り合いも橘ぐらいで、その橘も「えぃ、やぁ、とぉ」と元気よく投げるもののなかなかかごに入らない。

 

「あ、やっと一個入りました!この調子でもっと頑張りますよー」

 

橘応援団が湧き上がる。旗も激しく振られて……って旗を振り回しているのは堀北兄じゃないか?

応援団と一緒に熱心に応援していた。

 

だが、結果は僅差で白組の勝利となる。

 

ここまで赤組が優勢だが楽観視はできない差。

追いかける白組もまだ諦めていない。

 

続いての競技は綱引きだ。

1年男子にとって、この種目はかなり分の悪い戦いではある。

各クラスの能力で計算したところ、単純なパワー対決なら、まず勝てないだろう。

後はどれだけ綱に力を伝えられるか、連携できるかの勝負。

 

「作戦はシンプルだ。背の順に並んで、葛城の掛け声で息を合わせて引っ張っていく。葛城、頼んだぞ」

 

「ああ。任せてくれ」

 

背の順で綱を周りに並ぶ赤組、対する白組はバラバラでBとCの連携はないようだ。

これなら、勝てる可能性もある。

 

スタートの合図で一斉に綱を引く。

あとは葛城の号令に合わせて引っ張るタイミングを合わせるだけだ。

 

「いくぞぉぉぉー」

 

葛城も気合十分だ。

 

「かーるい、かーるい、かーるい――」

 

なんだって?

これまでの練習ではオーエスと言ってなかったか?

 

「「「 かーるい、かーるい、かーるい――」」」

 

Aクラス生は動揺することなく謎の掛け声に合わせていく。

Dクラス内では疑問が生まれたものの、考えている余裕はない。

白組は連携していないにも関わらず、向こうから引っ張られる力が強い。

 

オレたちも合わせるしかないな。

 

「「「「「 かーるい、かーるい、かーるい 」」」」」

 

軽い軽いと言いながらも、踏ん張って苦しい表情になっている赤組の生徒。すごい矛盾だな。

そんな時だった、本当に綱が軽くなる。

 

掛け声の効果が表れた、などではなくCクラスが一斉に手を離したせいだった。

その結果、勢いよく引っ張ることとなり、Bクラス含めほぼ全員が転倒することとなった。

 

1戦目はこちらが勝利したものの、何ともすっきりしない雰囲気に。

 

「クク、優等生も不良品も地べたを這いつくばってる姿がお似合いだな」

 

龍園がこちらの姿をみて笑っている。

 

またしてもCクラスは勝ちを捨て、こちらを攻撃する方向へシフトしたようだ。

幸い、軽く擦りむいた生徒が何人かいたぐらいで、今後の競技への影響はほとんどなさそうだった。

 

「葛城、今の掛け声はなんだったんだ?」

 

「急な変更ですまなかった。坂柳から直前に指示が出てな。なんでも軽い軽いと言った方が綱を引く際に気が楽になるんじゃないかという話だった」

 

「そういうものなのか?」

 

「俺もよくわからん。だが、ノーと言える雰囲気ではなかったんだ」

 

「とりあえず、一回実践したんだ、元に戻そう。練習でやってないことをやると連携に支障が出る。変更はオレの独断だったということで坂柳には伝えてもらって構わない」

 

「そうだな、そうしよう」

 

気を取り直して2戦目に挑む。

 

「「「オーエス、オーエス、オーエス……」」」

 

掛け声の意味は分からないが、こっちの方が落ち着くな。

 

ドーエス、ドーエス、ドーエス……」

 

すぐ後ろにいる橋本から悲痛な叫びが聞こえてきたように思えるが……気のせいだろう。

 

今度こそ一致団結した赤組だったが、先ほどのCクラスの行動を警戒していまいち、力を出し切れていない。

また転ぶのは勘弁だ、そんな雰囲気がある。

何とかしなくてはいけないが……。

 

「お前たち、こんなことで怯える必要があるのか?日頃からオレたちAクラスは重いもの(トップクラスである重責)にさらされているだろう」

 

「俺もそう思うぜ、葛城!」

 

食いつきの良い橋本。

お互いの認識に齟齬があるような気がするが、意思が統一されるなら問題はない。

 

「なら正しい掛け声はひとつだな!」

 

「「「オーモイ!オーモイ!オーモイ!」」」

 

Aクラスの奮闘で徐々に綱がこちら側に寄ってくる。

そうなれば後はタイミングを見切るだけか。

 

龍園が何かしらの合図を出す姿が見えた。

 

「全員、いまだ」

 

こちらも合図を出す。

 

Cクラス、そしてDクラスが一斉に手を離し、綱から距離をとる。

その結果、今度は力のバランスが取れて転倒はしない。

そうなるとAクラスとBクラスの勝負になるわけだが、向こうは大黒柱のアルベルトが抜けたのに対し、こちらには葛城がいる。

 

ものの数秒でこちらに綱が引き寄せられ、赤組の勝利となった。

 

「へ、馬鹿みたいに同じ手を使いやがって。2度も喰らうかよ」

 

今度は須藤が龍園を煽り返した。

もしもの時を想定して、事前にDクラス内で綱を離す練習をしておいて正解だった。

1戦目も変な掛け声に気をとられていなかったら対応できたかもしれないのだが……。

 

ひとまず綱引きでも勝利することができた。

この調子ならDクラスの優勝も不可能ではなさそうだ。

 

「みなさん、試合に勝って、勝負に負けるという言葉はご存じでしょうか?あなた方は今しがた取り返しのつかない過ちを犯しましたよ?」

 

次の女子の綱引きのため、交代する際に坂柳がAクラス男子へとそんな言葉を投げかけている。

てっきり賞賛されるものと思っていたAクラス男子はきょとんとしていた。

 

「お仕置きは後程ゆっくりと考えさせていただくとして、今は体育祭に集中いたしましょう」

 

ゆっくり歩いているが、ズカズカという効果音が似合いそうな様子の坂柳。

 

「坂柳も綱引きに参加するのか?」

 

玉入れとは違い、綱引きはある程度の危険が伴う。

そもそも踏ん張りがきくのかなど疑問があるのだが……。

 

「ええ、もちろんですよ。私にしかできない戦術もありますから」

 

何をするつもりかはわからないが、ここでケガをして残りの競技欠場になるのは赤組のために避けてもらいたい。

 

「その……坂柳は華奢な身体なんだ、無理しないようにな」

 

「ええ、ええ、そうです、華奢ですからね。心配いただきありがとうございます」

 

先ほどまでのズカズカした空気感が和らぐ坂柳。

移動速度は変わらずゆっくりだが、足どりは軽そうだ。

 

 

そんな1年女子の綱引きが始まる。

 

「あぁ~無理をしすぎてしまいました。バタッ」

 

スタートと同時に、綱の先頭にいた坂柳が突然、尻もちをつく。

見え透いた演技……まさか、戦術ってこれのことじゃないよな?

 

「だ、大丈夫、坂柳さん!」

 

一之瀬が見事に引っ掛かり、駆け寄ろうとする。

その瞬間、綱は赤組側に強く引っ張られて、あっけなく白組が敗北した。

 

「フフ、一之瀬さんはお優しいのですね」

 

「大事がなくて安心したよ。無理しない方がいいんじゃないかな?」

 

「そうもいきません、私たち赤組も頑張らねば勝てませんから。華奢な私でも綱を持たねばならないのです」

 

「ううーん、ものすごいやりにくいね、これ」

 

そんな意見にBクラス女子はほぼ賛同している様子。

強く引きすぎて、坂柳が転倒してケガをするかもしれない。

 

勝負の世界で、しかも本人の意思で参加を表明する以上、そこで遠慮する必要はないのだが……。

一之瀬たちの良心に的確に付け込む作戦。見事に弱点をつけている。

 

「狼少女にならなきゃいいんだが……」

 

いざという時に助けてもらえなくなるリスクに目を瞑れば、効果的な戦術かもしれない。

 

そうしてペースを乱された結果、2戦目も赤組が勝利した。

 

 

ここまでの成績は、1年生だけで言えば、赤組が圧勝状態。

全員参加種目の残りは、障害物競走、二人三脚、騎馬戦、200m走か……。

 

龍園たちが仕掛けてくるとしたら、次の競技が一番危険かもしれないな。

順調な結果とは裏腹に、嫌な予感を拭い去ることができなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

思惑の混戦

障害物競走。

 

平均台を渡り、網を潜り抜け、頭陀袋に両足を入れてジャンプで移動、ラストは50m走ることになる。

 

平均台は1組8人に対して3つしか設置されていないこと

網の中や頭陀袋での移動中は自由が利かないこと

 

オレが効率よく相手を仕留めるとすれば、この競技を利用するだろう。

もっとも、一番攻撃しやすいのは棒倒し中ではあるが、すでに事なきを得ている。

 

オレは6組目だが、それまでの須藤、平田のレースでCクラスが何かをやってくる様子はなかった。

考えすぎでなければ、的をオレに絞ったということか。

6組目、Cクラスは龍園と近藤が出場する。

 

「綾小路、流石に3回も一緒ってのは偶然にしちゃ出来すぎてないか?まるで出場表でも流出したんじゃないかって心配になるぜ」

 

「何のことだか。単純にオレの運がないんだろ」

 

「クク、運がねえのはお前の仏頂面を拝み続けなきゃならない俺の方だろうよ。ま、次はどんな雑技を見せてくれるのか楽しみにしてるぜ」

 

そう言いながら自分のコースに移動する龍園。

 

「よっ、かなり活躍してるな綾小路。今回は敵同士だけど、楽しくやろうぜ」

 

「そうだな」

 

同じ組にはBクラスの渡辺もいた。

最初こそ、組み合わせの妙で1位を獲得していた渡辺だったが、その後のハードルでは5位と平凡な成績へと戻っている。

一之瀬の事だ、組み合わせを決めた際に、誰か一人だけがたくさん勝ったり、逆にひたすら損をしたりする編成ではなく、全員が一度は活躍できるタイミングがあるように調整したのだろう。

つまり、最初に1位を獲った渡辺は、残りの競技、今回の様な組にしか入らないということになるな……。

 

「よーい、スタート」

 

6組目の8人が、3つしかない平均台を目指し走りはじめる。

極端な話、選んだ平均台の前後をCクラスで囲まれて、じっと動かないなんてことをされると、それだけで6位以下が確定してしまう。

かといって平均台を最初に登れば、後ろから平均台を急に揺らすなど妨害をしてくる可能性も捨てきれない。

Cクラスの内、1人が平均台に乗ってから、別の平均台に乗るのが安全か。

 

そうして先頭の龍園が左の平均台に乗ったことを確認し、オレは右の平均台を選んだ。

後ろにいる近藤はこちらに来るか?と思っていたが、追ってくる様子はない。

気配から察するに真ん中を選んだ様子。

 

平均台では攻撃してこないのか。そう思った時だった。

 

「おっとっと」

 

真ん中の平均台を進んでいた近藤の声が聞こえる。

何かしてもこちらに届くことはないように思うのだが……。

念のために振り向き様子をみると、近藤がよろけた先にいるのは――渡辺だった。

 

だから、どうした?といった感じではある。

まさかオレが渡辺を助けると龍園は考えたのだろうか。

もしくは白組の敗退は避けられないと、せめてBクラスには勝っておこうという算段か。

いや……そういうことか。

 

「うわぁぁぁー、おいおいおいぃぃ」

 

もうすぐ平均台から降りるというところで渡辺が近藤に突き飛ばされる。

バランスを崩した渡辺は盛大に転んでしまう。

 

「わりぃわりぃ。平均台って難しいな」

 

そんなことを言いながら何食わぬ顔で走り去る近藤。

 

「痛っ」

 

土塗れになりながらも懸命に立ち上がった渡辺だが、あちこち擦りむいており、どうやら足まで痛めた様子。

先頭の龍園はすでに網を潜り切っており、オレと渡辺以外は網の目の前だ。

考えてる時間はないな。

 

「悪い、渡辺」

 

「え?」

 

渡辺を横から抱え上げ、加速する。

 

「綾小路王子が別の男をお姫様抱っこなんて解釈違いっ!アイツ許せません」

 

どこからかそんな声が聞こえてきた。

 

丁度、網を潜ろうと近藤が持ち上げていて空間ができている。

網の長さは2メートルもないな。

それならと、そこへスライディングで滑り込み、一気にで網を突破。

 

「あ”やのごうじぃぃぃ」

 

渡辺から悲鳴が聞こえるが気にしない。

 

龍園たち先頭グループは頭陀袋に入り、ジャンプしている最中だ。

渡辺に頭陀袋を覆いかぶせ、オレも別の袋を装着する。

 

このゾーンは、およそ5メートルといったところか。

ぴょんぴょん跳んでいたのでは到底追いつけない。

渡辺を頭陀袋ゾーン終了地点を狙って高く放り投げる。

 

その後すぐさま体勢を低くし力を溜めて、なるべく地面と平行になるように跳躍。

着地は足を前に斜めに入り、袋によって摩擦抵抗が弱まることを活かし滑り進む。

その勢いを利用してぐるりぐるりと転がってさらに進む。

土塗れにはなるものの、渡辺とお揃いになるだけだ、気にするほどの事でもない。

ぴょんぴょん飛び跳ねるより断然こちらの方が早いと思うのだが、なぜ誰もやらないのだろうか。

丁度落ちてきた渡辺をキャッチして、頭陀袋から出る。

跳躍とスライディング、回転を利用し最低限度の動きで、素早く頭陀袋ゾーンを突破することに成功した。

 

後は走るだけ。頭陀袋に入った渡辺を抱え込みながら猛ダッシュ。

ひとり、またひとりと抜いていったが龍園には逃げきりを許してしまう。

 

また、抱きかかえていた渡辺が先のゴールという判定となり、オレは3着となる。

ついそのままゴールしてしまった……手前で身体を入れ替えるべきだったか。

 

「クク、惜しかったな綾小路。お荷物は置いて行けば勝てただろうによ」

 

「生憎、そうもいかないんでな」

 

龍園が去ったところで頭陀袋から渡辺を開放する。

 

「素直にお礼を言えない気分だけど……助けてくれてありがとな」

 

「困っている生徒を見捨てられなかっただけだ、生徒会だからな」

 

ガクっと倒れる渡辺を医療テントに運んでいく。

幸い足のケガも大事には至っておらず、意識が戻れば競技に復帰できるだろうとのことだった。

 

お礼を言ってくれた渡辺には悪いが、助けたのは友情でもなければ、生徒会としての使命でもない。

龍園の目的を察した以上、渡辺を見捨てるという選択肢がなくなっただけだ。

あの場面では多少強引でもBクラスを助ける必要が出てきてしまった。

 

この体育祭、龍園は勝利以外の価値を見出しているようだな……。

 

そしてついに体育祭初のリタイヤが出ることとなる。

 

二人三脚をするオレと平田を見て、諸藤が倒れたそうだ。

図らずもCクラスへとダメージを与えることになったが、些細な問題だろう。

 

二人三脚で気の毒だったのは幸村だ。

なにせペアは高円寺。高円寺の気まぐれで最下位になったとしても、ペナルティのテストの点数減が問題にならない生徒ということで幸村が選ばれた。

 

先ほどの障害物競走では、全員がゴールするまでスタートせずに、最後の1人がゴールしたのを合図に驚異的なスピードで走り抜け悠々とゴールして見せた高円寺。

 

今回の二人三脚でも、進もうとする幸村を気にも留めず、全く動く気配がない。

 

「ガリ勉ボーイ。レースなどという枠に囚われていてはいつまでも大成できないよ」

 

「うるさい。お前はいつもクラスの足を引っ張って……少しは反省しろ」

 

「実にナンセンスだねえ。クラスに害をなすというのであれば、私よりも迷惑をかけている生徒は多数いるんじゃないかい。君も体育祭で役に立っているようにはみえないんだがね」

 

「今、話しているのは、取り組む姿勢や気持ちの問題だ」

 

「目に見えないものの価値を問うのは難しいんじゃないかい。それよりも美しい私がいる。美しさはそれだけで存在価値となる」

 

「意味が分からん」

 

「そろそろ頃合いだね。美しく走ることにしよう」

 

「ちょ、ま、まって」

 

いきなり動き出す高円寺。もちろん、幸村に合わせることはないため、幸村はバランスを崩す。高円寺にしがみついて転倒を免れるが、そのまま引きずられるような形で進んでいった。

 

「ほら、君も美しい私にしがみつくだけだった。そういうことさ」

 

最下位にも拘わらず、堂々とゴールをした。

このままだとチームの指揮にも影響しかねない。

200m走までに最後の手を試してみるか……。

 

二人三脚が終了し、ここで小休憩となる。

 

「君もなかなか奇抜な戦い方をするな。個人としては面白く見させてもらっているよ」

 

給水所で水を飲んでいると、鬼龍院が話しかけてきた。

 

「鬼龍院先輩には及びませんよ」

 

「フフフ、褒めるのはよしてくれ。だが、流石の私でも君ほどの無茶はしていないさ」

 

これまでの結果、鬼龍院はすべての競技で1位を獲得している。

身体能力だけ見ても期待以上だ。

 

「そんな先輩にお願いですが、例の件、試してもらえませんか?」

 

「それは構わないが、彼が乗ってくるかは別問題だな。あれは私よりどう動くか予想ができない生き物だ」

 

「うまく行けば、ぐらいで構いませんので」

 

「いいだろう。私も彼には少し興味があるしな」

 

休憩明け。

ここからの騎馬戦、200m走は男女順番が逆転する。

 

そのため、1年女子の騎馬戦からスタートだ。

 

Dクラスからは堀北、軽井沢、櫛田、森が旗手として選出されていた。

騎馬戦は、3分間の間に倒した相手の騎馬と残った仲間の騎馬に応じて点数が入る仕組みだ。一騎につき50点、クラス毎に大将騎を設定してそちらは100点となる。

 

そのため、高得点が狙える競技となる。

 

Aクラスの大将騎は坂柳か。

流石に綱引きと同じ作戦ではないと思うが……。

大将騎が指示を出しながら逃げ切り、ポイントを獲得する作戦かもしれない。

 

試合の合図とともに、各陣営が距離を詰め始める。

 

「ほりきたぁぁぁ」

 

Cクラスの騎手のひとり、伊吹が堀北目指して攻め込む。

他のCクラス3騎も同行しているため、数で各個撃破する作戦だろう。

 

「堀北さんのカバーをお願いします」

 

そんな状況をみた坂柳が、赤組の騎馬に指示を飛ばす。

 

「させないよー!」

 

さらに加わるのは一之瀬の率いるBクラスの騎馬たち。

 

結局、大混戦となる。

こうなってくると各騎馬の強さがモノを言う。

 

伊吹と堀北は格闘経験者ということで、お互いに鉢巻へ手が届きそうなところを寸でで払う紙一重の攻防を繰り広げている。

 

「軽井沢さんとは干支試験以来だね。あの時は彼氏がいるのに綾小路くんにべったりしてて、どうかなって思ってたんだ。絶対に負けないよ」

 

「それはこっちのセリフ。清隆にまとわりつく悪い虫はここで叩き落とすから」

 

「えっ……清隆?詳しく話を聞かないといけなくなっちゃったね」

 

一之瀬と対峙した軽井沢も、何やら白熱している様子だが、こちらはこちらで互角の戦い。

 

田は大将騎の森をカバーしている。

堀北を助けに行かない理由作りとしては完璧だな。

 

坂柳が陣形の指揮を執り、Aクラスの騎馬が堀北や軽井沢たちの一騎打ちに、横やりを入れてくる白組の騎馬を寄せ付けない。

 

その結果、戦いは拮抗し、誰も鉢巻を奪われないまま制限時間の3分が経過する。

女子の騎馬戦は引き分けとなった。

 

「直接対決となると女子は決定力にかけるのが課題ですね」

 

勝利を手にすることができなかった坂柳がそう反省する。

 

「それで男子の方の勝算はいかがですか?」

 

「これから次第だな」

 

「これからですか?」

 

騎馬戦は4人1組のクラスで4騎。つまり残りの4人の生徒は補欠となる。

Dクラスで言うと、幸村、外村、本堂の運動ができない組に、そもそも出す意味がない高円寺だ。補欠と言っても特に出場選手の申請が必要ではないため、直前まで変更は可能ではある。

 

「ハッハッハッ、ボーイアンドガールたち。私が騎馬戦に出場して見事勝利へ導いてあげよう」

 

そう言って高円寺が参上した。

 

 




このお話は最初の投稿時あまりにも綾小路くんが人外になりすぎたため、編集し少しナーフ(?)されています。ギリ行けるラインになったかと……文章力が及ばず申し訳ないです。


頭陀袋でいいのか問題。
麻袋が一般的かなと思うのですが、原作では頭陀袋と記載してあり、綾小路くんも今風に言うならズタ袋とまで言っていて、綾小路くんの常識力不足の描写なのか、高育は頭陀袋でやっているのか、頭陀袋でやるところもあるのか、何かのネタなのか、ミスなのか判断できず……。ひとまず原作準拠ということで、頭陀袋のまま記載しています。

ただこの巻は、堀北が石崎、小宮、近藤の支える騎馬に乗っていたりするので、かなり判断に迷うところでもあります……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

竜虎相打ち

高円寺が騎馬戦のグラウンドにやってくる少し前の出来事。

 

「お前が高円寺か。2年の鬼龍院だ。少し話に付き合ってもらおう」

 

「おや、私の活躍にハートをブレイクされた新しいファンガールかい?」

 

「フッ、私がファンになるとしたら自分よりも優れた殿方のみだろうな。その点、君は判断材料に欠ける。まだ、綾小路の方が目立っているぐらいだ」

 

「面白いことをいうガールだね」

 

「事実を述べただけだよ。次の騎馬戦でも私の方が派手に活躍できる自信があるからな」

 

「なるほどねえ。オーガガールとじゃれ合うのも悪くはない。荒々しくも気品に溢れる君は嫌いじゃないよ。次の一戦で私の美しさを目に焼き付けるといい」

 

「万が一にでもそんなことが起こるなら私としても楽しみだ。この学校では私を夢中にさせてくれる殿方と出会うことはないと決めつけていたからな」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ハッハッハッ、ボーイアンドガールたち。私が騎馬戦に出場して見事勝利へ導いてあげよう」

 

意気揚々に宣言する高円寺。

どうやら鬼龍院が上手く焚きつけてくれたようだ。

こちらもリスクを飲んで目立った甲斐がある。

 

何をどこまでできる実力があるのか、何に価値を置きどうすれば動くのか。

この体育祭に限らず、少しでも高円寺の情報を収集しておくことは今後の備えに繋がる。

 

「高円寺、マジでやるんだろうな?手ぇ抜きやがったら承知しねーぞ」

 

「心配無用だよ、レッドヘアー君」

 

高円寺の気まぐれにはこれまで何度も悩まされてきた。

須藤がこの場のほとんど全員の疑問を代弁する。

 

「綾小路くんに何か考えがあることは重々承知しておりますが、私はあの不遜筋肉を当てにするのは悪手と言わざるを得ません」

 

「そうなのか?」

 

坂柳にこんなことを言われるなんて……高円寺、何をやらかしたんだ。

いや、逆に好かれていたらそれはそれで驚きだが。

とは言っても、もちろん、オレも高円寺を100%当てにするといったリスクは背負わない。現在、クラスメイトが予想以上の活躍を見せ、想定よりも早くDクラス優勝の目途が立ってきた。

そのためこの騎馬戦は実験の意味合いが強い。

 

「えーと、じゃあ高円寺君は、伊集院くんと交代で騎馬をやってもらう感じでいいかな?」

 

こんな状況だが、平田は穏便に場を収めようと動いてくれる。

 

「ノンノン。私が出るということは騎手をやるという意味だよ。そこのボーイ、代わりたまえ」

 

そういって騎手の予定だった沖谷を指名し、半ば強引に交代することとなった。

沖谷には平田が謝っていた。

 

 

グラウンドに一同が集合し、騎馬を組む。

オレは右の騎馬役で、平田を騎手に、正面は須藤、左を三宅が担当するといったクラスの総力を集結した一騎当千の騎馬だ。元々の作戦では、オレたちがどんどん攻め込んでいく予定だったが……。

 

「高円寺君がどう動くかわからないけど、ひとまず作戦の変更はなしでいいんじゃないかな」

 

「そうだぜ、アイツに合わせて動くとか無理に決まってら」

 

「それでいいんじゃないか」

 

3人とも同意見で、高円寺の事は気にせず、こちらはこちらの作戦で動くこととなった。

Aクラスの大将騎は葛城が正面を担当する騎馬で、騎手は弥彦だ。

他の3つの騎馬は、騎手を鬼頭、橋本、町田が担当している。

 

「葛城さん、ここで俺が活躍したら、目を覚ましてくれますか?」

 

「弥彦、何度も言っているが俺は俺の信じた道を進んでいる最中だ。こんな俺でも慕ってくれているのは嬉しいが、お前も自分の道を探して行動して欲しいと思っている」

 

「坂柳は碌なやつじゃありません。あんなのの下についても学べることなんて人の蹴落とし方ぐらいじゃないですか……」

 

「そんなこと言うもんじゃない。アイツは俺にない発想を持って行動している。それは俺にも必要な力なんだ」

 

「納得できませんね……」

 

「いまはこの勝負に集中するんだ、いいな」

 

ある日突然、坂柳の傘下に入った葛城。それまで葛城を慕っていた弥彦としては複雑な思いを抱いていたようだ。

 

対するBCクラスで注意したい騎馬は、神崎柴田の機動力のありそうな騎馬と、アルベルトを正面に、騎手を龍園が務める大将騎か。

 

スタートの合図とともにAD連合は陣形を組む。鋒矢(ほうし)の陣、矢印の上(↑)の形で先頭にオレたち、左右に橋本、鬼頭、最後尾には葛城の騎馬を配置する。

須藤の突破力で相手の態勢を崩していき、左右の2騎でとどめを刺す。

取りこぼしは、後方の騎馬で対応して、いち早く相手の大将騎龍園の下へ突進していく作戦だ。

 

「行くぞぉぉ、おらあぁぁ」

 

須藤の雄たけびで一同が前に進む。

途中会敵した騎馬へは須藤がタックルをかまして落馬させる。

鉢巻を奪わないと得点にはならないが、敵の総数を早めに減らして勝率を上げる狙い。

 

「おい、お前たち、陣形を崩すな」

 

葛城の指示が聞こえ、ちらっと後方を確認すると、高円寺の騎馬が静止している。

 

「つってもよぉ、こいつめちゃくちゃ重いんだぜ……」

 

「君たちには何も期待していないよ。時が来るまでこのまま持ちこたえてくれれば十分さ」

 

高円寺を支えるのは、山内、池、伊集院の3人。

お世辞にも頼もしいとは言えない。高円寺の重量も筋力量から考えると相当なはずで、機動力はほぼないと見ていいだろう。

それでも余裕ありげな高円寺、あんな状態でどうするつもりだ。

 

こちらの突進を警戒して左右に散り距離をとっていたBクラスは、格好の的を見つけたと言わんばかりに高円寺の下へ向かっていく。

逃げることも叶わず、囲まれる高円寺。囲んでいるうちの両サイドから挟み撃ちで攻撃が仕掛けられた。

 

「もうおしまいだぁぁ」

 

池の泣き言が聞こえてくる。池でなくとも誰もが高円寺騎の脱落を予想した瞬間だった。

 

「とぅ」

 

「はいぃぃ?」

 

高円寺は襲ってきた騎馬へ飛び移り、瞬く間に鉢巻を奪う。そしてさらに反対側の騎馬にも飛び移る。

相手の騎手も抵抗するが、力の差は歴然。高円寺があっという間に鉢巻を奪い取った。

ルール上、騎手が地面についた時点で脱落。そうでないなら、飛び移るのも騎馬を解体するのも反則ではない。まさか実践するヤツがいるとは誰も思ってもみなかっただろうが……。

 

「た、退避だ!」

 

神崎からそんな指示が出されるが、すでに手遅れで高円寺が飛び移ってきている。

軽くホラーだな……。

 

後方でそんな攻防が繰り広げられる中、オレたちは龍園の下へ到達した。

2騎が護衛をしていたが、橋本、鬼頭たちの4騎で引き付けてくれている。

 

「よお、龍園。3対1だぜ?降参したらどうだ」

 

葛城が龍園の後ろに回り包囲する。

 

「騎馬の足の分際で偉そうだな。馬を見下ろすのは気持ちがいいもんだ」

 

「上に乗ってるやつが偉いとは限らねえぜ」

 

「ならタイマンで勝負しろよ。お前が複数でしか勝てないっていうなら仕方ない。だが、勝ちってのはタイマンで勝ってこそ意味がある。複数で取り囲んだところでそれはお前の強さの証明にはならないさ」

 

「てめぇ……」

 

「ここで挑発に乗っちゃダメだよ、須藤くん」

 

「わかってるよ」

 

「わかってねーのはおめーだろ、須藤。前にこいつらを可愛がってくれたようだが、裁判では鈴音におんぶにだっこ。てめーは1人じゃ何にもできない、弱腰野郎だ」

 

龍園の左右を支えるのは、小宮と近藤。以前暴力事件で須藤を陥れたバスケ部員たち。

体育祭ではCクラスから様々な妨害を受けてきた。

さらに堀北まで引き合いに出して馬鹿にされる……そろそろ我慢の限界か。

 

「ふぅー……。以前の俺なら間違いなく切れてたけどよ。俺はもう自分が小さい人間だったって自覚してんだ。仲間と協力して勝つ。今はそれだけだ」

 

「はっ、雑魚が雑魚であることを認識したか。せめて男らしくタイマンぐらいできるかと思ったんだがな。鈴音も見損なうんじゃないか?」

 

口ではそう言っているものの、挑発に乗ってこなかった須藤に面白くない様子の龍園。

 

「須藤、堀北はタイマンで勝つ男より、大人数で囲んで倒すような容赦ない姑息で狡猾な男が好きだ、と言っていた……気がする」

 

一応、適当にフォローを入れておいた。

 

「それならもう何の心配もねえな」

 

「鈴音のヤツ、男の趣味がいいじゃねえか」

 

「何言ってんだよ、おい、葛城、こいつをぶっ飛ばすぞ」

 

「もちろんだ」

 

話はここで終わり、あとは龍園を倒すだけ。そう意気込んで突進する。

その時だった、両サイドからCクラスの騎馬2騎が捨て身のタックルをかましてきた。

 

「くっ、くそが……」

 

急発進して橋本たちの包囲網を突破し、そのままこちらにぶつかってきたのだろう。

突然の衝撃に何とか持ちこたえるオレたちだったが、見動きが取れない状態に。

 

「タイマンじゃねーならこっちも考えがあるってことだ」

 

その隙を逃す龍園ではなかった。平田の鉢巻きへと手が伸びる。

 

「いたっぁぁ」

 

後方で町田の悲鳴と落馬する音が聞こえたかと思えば、オレの肩にも衝撃が走る。

そして龍園の手を払い、逆に相手の鉢巻へと手を伸ばすのは、オレの背に立つ高円寺だ。

思わぬ援軍の思わぬ登場。背中が痛い。

 

「チッ、綾小路といい、お前といいDクラスはサーカスでもやってんのか」

 

ブートキャンプならやっていたぞ。

一度身を引く龍園。

その間に、突撃してきたCクラスの鉢巻は高円寺が奪い取っていた。

 

「馬鹿なことを言うねえ。私はエンターテイナーではあっても、道化ではないのだよ。楽しませる相手は私自身と美しいレディだけさ」

 

倒した騎馬を踏みつけ、高円寺が龍園騎に飛び乗ろうと跳躍する。

 

「何度もそう簡単にやらせるかよ」

 

素早く回避する龍園たち。だが、移動することも読んでいたのだろう。

避けた先には葛城が回り込んでおり、完全には逃げきれない。

 

僅かに届いた小宮の肩を掴み、再び空中へ。くるくると回転しながら、橋本の騎馬へ着地する。

当然、急な空からの襲撃に橋本たちは体勢を崩して落馬。

ただし、高円寺本人は騎馬が倒れる前に次の騎馬へと飛び移った。

……あれ、本当に味方だよな?すでに2騎撃墜されている。

そもそも自分の騎馬――山内たちはどうした……後方からこっちに向かってきているな。

どうやら高円寺は、Bクラスの騎馬を倒しながらこっちまで飛び移ってきたのだろう。

先ほどのCクラスを倒したことで、白組は残りは龍園の大将騎だけになっている。

 

「俺たちを忘れんじゃねーぞ」

 

須藤も龍園に向けて再び突撃。

騎手の平田も鉢巻へ触れるが、なかなか奪えない様子。その間も高円寺が味方騎馬を犠牲にしながら宙を舞う。

陸と空からの挟撃となる。

 

追い込まれる龍園。そしてオレたち。気付けば、オレ達の他には葛城、高円寺しか残っていない。

 

高円寺が再びオレの肩に着地する。

 

「綾小路ボーイは丈夫なようだ。臨時の騎馬に任命するよ。この調子で働いてくれたまえ」

 

「なあ、お前なら普通にやっても勝てるだろ?」

 

「それでは美しくないからねえ。ピンチにこそドラマは生まれ、人の心を打つ瞬間が見えてくる。今頃私のファンガール候補も胸を打たれていると思うよ」

 

そこまで言うなら派手に活躍してもらう。

 

「……平田、須藤にしっかり掴まってくれ。葛城、キャッチは任せる」

 

「「え?」」

 

オレは須藤の肩に置いていた右腕を開放し、投げる構えを取ると高円寺も理解したのか手に乗ってくる。

次の瞬間、高円寺を龍園に投げつけた。

 

龍園たちも反応が遅れて回避は間に合わない。

 

投げ飛ばされた高円寺は龍園の上空を通過、その瞬間、手を広げ身体をねじり、龍園の頭から鉢巻を千切り取った。

 

そのまま反対側にいた葛城の下へ着地した。葛城も鍛えているだけあって、しっかりと高円寺を受け止める。

 

騎馬戦は赤組の勝利となった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私を連れて行って

よし、高円寺を戦力として扱うのはやめよう。今後は禁止カードだ。

 

騎馬戦の結果を見て、そう判断する他なかった。

相手を倒した功績よりも与えた被害の方が大きい。Aクラスから同盟破棄されても文句は言えないレベルだ……。

 

身体能力だけで言えば、突然にも関わらずのオレの投擲に合わせてジャストタイミングで跳躍したことなど、まだまだ底の見えない部分もある。

 

だが、いくら強力な切り札でも、自滅覚悟で使用しなくてはならないのであれば、ただの自爆装置だ。

もし今後オレから高円寺を頼ることがあるとすれば、それはすべてがどうでもよくなったときだろうな。

 

グラウンドから出ると、入場口で2年女子が騎馬戦の準備をしている。

 

「確かに目立ってはいたが、私なら一騎も味方を落とさず同じことができる」

 

高円寺と何やらやりとりをしていた鬼龍院。

その言葉通り、騎馬戦では鬼龍院も宙を舞っていた。ただこちらは事前にそういった作戦で行くと伝えてたのか、跳んで移動しやすいように味方騎馬の配置が意識されている。

ここまでの団体戦を勝利に導いているだけあって、他のBクラス女子生徒も素直に従っているようだ。

ただ、奇襲以外で跳ぶメリットがあるのかどうかは別の話だが。

 

「ったく、高円寺が暴れなきゃもっと高得点で勝てたかもしれねーのによ。お前らがもっと高円寺を縛りつけておけりゃぁな」

 

「無茶言うなよ、健。アイツ気づいたら跳んでいなくなってたんだからさ……」

 

須藤と山内が不満を漏らす。とても騎馬戦を振り返っている会話には聞こえない。

ただ、山内たちは着地の衝撃を恐れてか、付かず離れずの距離をキープしていたのも事実で、それがなければ、高円寺ももう少し大人しかったかもしれない。

……騎馬戦をたった1人で戦うとしたらああいった戦術しかないか。何を考えたところで後の祭りではあるが。

 

須藤たちだけではなく、Dクラスの男子、特に踏まれた人間は不満を露わにしている。

 

「でも一概に否定もできないよ。Bクラスを引きつけてくれたのは事実だし、それに気になることもあって」

 

こんな時でもクラスの和を重んじる平田には頭が上がらないな。

 

「何だよ、気になることって」

 

「実は龍園君の鉢巻を掴んだ時、これが手について滑ったんだ」

 

そう言って指先についたやや粘り気のある透明の液体を見せてくる。

 

「ワックスか何かか」

 

「野郎、とことん卑怯な手を使ってきやがる」

 

「だから、龍園くんの鉢巻は簡単には取れなかったと思うんだ。あのまま粘られてたら、僕らもやられてたかもしれないよ」

 

実際、高円寺に危機一髪のところを救われてもいる。そのことを思い出したのか、須藤もこれ以上追及することはなかった。

 

先ほどの派手な試合と比べると200メートル走はあっけなく終わる。

依然Cクラスからの妨害は継続中でケガこそないようだが、回避でロスする分、各々順位が振るわなくなってきている。

 

長かった前半の部も無事終了し、昼休憩となった。

逆に後半の部は4競技、しかも人数を絞った推薦競技しかないので配分としてどうなのかと思わなくもない。

推薦競技に出ない生徒にとっては、体育祭が終わったようなもの。

程よい疲労と達成感からか、リラックスした雰囲気で休憩を取っている生徒が多い。

 

 

昼食は学校が外部から取り寄せたという、高級仕出し弁当が配布された。

受け取ったのはいいものの、どこで食べたものか。

 

生徒会か茶道部で過ごすことが増え、クラス内での交流を蔑ろにしてしまっていた。

そのツケが回ってきて、こういった時に一緒に食べようぜ!と誘ってくれるクラスメイトがいないのは悲しいところだ。

頼みの綱の平田も軽井沢率いる女子生徒軍団に連れていかれてしまった。

 

堀北の事を笑えないな。

その堀北は須藤を交えて推薦競技の作戦の確認をしており、推薦競技組数人で食事を取っていた。

 

声を掛けられていない以上合流する気にもなれず、仕方がないとグラウンドの端の適当な場所で弁当を広げる。

確かに高級というだけあって、普段コンビニなどで売っている弁当とはまるで違った。

色とりどりの食材を使った多様な品目。程よい味付け。冷めてもおいしく食べられるような工夫も感じられ、弁当の奥深さを味わった。

 

「あれ?綾小路くん、1人ですか?」

 

「ええ。誠に遺憾ながら」

 

どこかに行ってきた帰りだったのか、橘が通りかかった。

そういえば、来賓テントにいるとか言っていたか。

 

「それならそうと言ってくれればいいのに……。会長ーっ!ここでお弁当にしましょう」

 

少し離れたところに手を振る橘。その先には弁当を2つ持った堀北兄がいた。

 

「綾小路か。クラスとの距離ができてしまうのは生徒会の宿命とも言えるな。オレも1年のこの時期は、クラスでの居場所に少し迷いもあった」

 

「アンタがか?」

 

「会長は誤解されやすいですからね。私も最初は周りを寄せ付けないクール男子だと思っていましたし……」

 

「懐かしいものだな。……体育祭もこれで最後かと思うと感慨深いものもある。もっとも今年は例年以上に常識の外のお祭り騒ぎになっているようだが」

 

「……普通の体育祭ってこんな感じじゃないんだな」

 

初の体育祭なので全く勝手がわかっていなかったが、もしかして色々間違っていたのだろうか。

 

「……?不思議なことを言いますね。中学校でも体育祭はあったんじゃないですか?」

 

「あんまり真面目に参加してなかったので」

 

「なら、今年は楽しめているようで何よりだな」

 

そんな他愛のないことを話しながら食べた高級弁当は、先ほどよりも少しだけ美味しく感じられたような気がした。

 

「最後のリレー楽しみにしている」

 

「会長を一番に応援しますが、綾小路くんのこともその次ぐらいに応援してますからね」

 

昼休憩の終了間近、そんなことを言ってそれぞれのテントに向かった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

体育祭後半戦。

推薦競技の第1種目は借り物競争だ。

 

各クラス代表の6人が出場し、1レースで各クラス1名選出、計4名が走ることとなる。

 

ルールはシンプルで、コースを進んだ先にある箱の中からお題のカードを引き、そのお題を借りてきてゴールへ向かう。ゴール地点ではお題の確認と借りてきたものに相違がないかチェックされ、OKが出て初めてゴールとなる。また、難しいお題だった場合は、スタッフに申請後、その場で30秒待てば引き直しも可能だ。

 

走力も大事だが、より運が試される競技だろう。

 

借りてくるもののお題を考えたのは一之瀬だ。比較的簡単にしてあるとこっそり教えてくれたが、どんなお題が出てくるか。

 

第1レースは須藤が出場する。

午前中の疲れを感じさせない走りで箱へと走っていく。

 

「うぉおおおおしゃあぁぁぁぁっ!」

 

カードのお題を見た須藤がガッツポーズを取りながら雄叫びを上げる。

余程簡単なお題だったのか。須藤は先ほどよりも速いスピードでスタート地点に戻ってきて、その先にあるDクラスのテントへ向かっていった。

 

グラウンドの構造上仕方がないのだが、赤組のテントがスタート方向付近、白組のテントがゴール方向付近となるためお題によってはゴール間近で探せる白組の方が有利となる。スタート位置は、公平な抽選のもと決められたらしいので、ここからすでに運の勝負が始まっていると割り切るしかないだろう。

 

他の生徒もお題を探しに各テントに向かい始めた。

そんな中、須藤がテントから出てくる。借りてきた(?)のは堀北だった。

2人してダッシュで走り抜けた結果、1位で到着。

お題は『長髪の女子生徒』だったようで、連れてきた堀北で問題なしと判定されゴールが認められた。

 

なるほど、これならオレでもどうにかなりそうだ。

あのカードをオレが引いていたとしてもDクラスには長髪の女子は結構いるからな。

堀北を選んだのは須藤の好みだったと思われるが走力もあるためベストチョイスだっただろう。

 

続いてオレの番となる。箱へとたどり着き、カードを1枚選ぶ。

 

「……嘘だろ?」

 

お題は『友だち10人を連れてくる』だった。

 

先ほど途中までぼっちメシをしていた男にこの仕打ち……。

 

友だち……平田、みーちゃん、櫛田……一応、軽井沢、堀北はどこかに行ってしまったし、須藤もゴール後の待機列から離れていいか不明、勉強仲間の幸村たちは来てくれるだろうか、Aクラスなら葛城と肩に乗ってる坂柳は来てくれるか……だめだ、どう考えても10人は厳しい。

 

他の生徒はすでに探し始めていた。

1位を狙うならお題の引き直しはもちろん、スタート地点に戻るのも危険だ。

これがBクラスなら何とかなりそうなだけに組が違うのが悔しいな……

 

いや、どうせこのままじゃ最下位の確率が高いんだ。

ダメもとで行ってみるか。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「帆波ちゃん、綾小路くんが走ってるよー」

 

「う、うん」

 

綾小路くんが借り物競争に挑戦している。

本当はBクラスのクラスメイトを応援しなくちゃいけないんだけど、つい目で追ってしまう。生徒会の仲間だもんね、そう言い聞かせる。

 

そんな彼のここまでの成績は驚異的で、でもやっぱりそうだよね、と納得できてしまう。慣れてしまった自分に驚きだ。

 

お題カードを引いた綾小路くんが何やら固まっている。

何のカードを引いたんだろうか。

 

実はこの借り物競争、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、期待を込めてあることを仕込んである。ルールを決めた人の特権ということで、誰かが不利になるわけでもないし、ちょっとした遊び心。

 

色んなお題を入れておいたけど、もし『好きな人』のカードを引いたら、彼はどうするのだろうか。

やっぱりDクラスのテントに向かっていっちゃうのかな。

さっきの騎馬戦での軽井沢さんとのやり取りを思い出す。

気付いたら色んな女の子と仲良くなっている、き……綾小路くん。

クラス内ではどんな過ごし方をしているんだろう……。

一緒に居る時間は私もそれなりに多いと思うんだけど、こればっかりはクラスメイトには及ばない。

なーんて、そんなカード引いたらチェンジだよね。

 

そんなことを考えていると、綾小路くんが意を決したようにコースを走ってくる。

そして一目散にこっちにやってきた。

 

「一之瀬……」

 

「は、はいっ」

 

いつも冷静に的確に話す綾小路くんにしては、歯切れが悪い。

他のカードであれば、組が違うとはいえ、すぐに伝えてきそうなもの。

も、も、も、もしかして、ホントに『好きな人』のカードだったりするのかな。

どうしよう、どうしよう、全く何の心の準備もしてなかった、どうしよう。

 

普通あんなカード引いてもすんなり達成できるのは、伊吹さんと金田君、軽井沢さんと平田くんの様に公認のカップルぐらい。

でも、綾小路くん、抜けてるところがあるというか、変なところで素直なんだよね。

ハードルの時も帆波って呼んでくれたし。

あー、思い出したら余計恥ずかしくなってきた。顔の火照っていることが嫌なほどわかる。鼓動の音もさっきからうるさくて仕方がない。

なんなんだろう、これ。

 

「すまないが、一緒に来てくれないか。組が違うのは重々承知しているんだが……他に頼めることじゃなくて」

 

「は、え、にゃいっ!」

 

思いっきり噛んでしまった。

 

「ない?」

 

「ち、違うの。私で……いいのかな」

 

「もちろんだ」

 

「そ、そうなんだ。だったら、うん、一緒に……行きます」

 

「助かる。それと、網倉も」

 

「え、麻子ちゃんも?」

 

私の隣にいた麻子ちゃんも指名する……確かに『好きな人』に人数制限は書いていない以上、好きな人が複数いるなら連れていくことも可能だね、綾小路くん?

 

「できれば、渡辺、神崎、小橋に白波もお願いできないか?」

 

ここで初めて違和感に気付く。

 

「……んーと、お題のカードって?」

 

「もちろん『友だち10人連れてくること』だが?」

 

もちろんじゃないよ、綾小路くんっ!!!

友だち10人ぐらいで出していい雰囲気じゃなかった。

そう思いながら、緊張していた分、一気に力が抜ける。ああ、なんか綾小路くんらしいな。

でも友だちで、真っ先にここに来てくれたのは素直に嬉しい。

一之瀬とは仕事上の付き合いだけだ、なんて言われるより何倍も喜ぶこと――のはずなんだけどね。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「そういうことなら間違いなく俺たちはダチだな。さっきのお礼もあるし、行こうぜ、みんな」

 

「綾小路に貸しを作っておくのも悪くないな」

 

「私は帆波ちゃんが行くならついていくよ、間近で2人を見守りたいし」

など赤組のライバルであるはずなのだが、快く同行してくれることとなった。

さすがBクラスの面々。ありがたい。

 

残り4人は隣のテントにいる。

 

「ひより、オレと一緒に来てくれ。友だちが必要なんだ」

 

「わかりました。ふふ、お友だちとして呼んでくれて嬉しいですよ」

 

「真鍋、山下、藪もいいか?」

 

「リカの分まで手伝ってあげる。あとで保健室で休んでるリカに声かけてあげてね」

 

そういって4人とも同行してくれることとなった。

ジッと見つめてくる一之瀬の視線が痛い。船上でもそうだったが、Cクラスとは仲良くしにくいのかもしれないな。

小橋は小橋でそんな一之瀬とオレを交互に見比べてニコニコしている。

 

白組1年のテントはゴールの先にあったので、あとはゴールに戻るだけ。

まだ、他の競争相手はゴールしていない様子。何とか間に合いそうだ。

 

「わ、わたし、やっぱり二人の関係、認められません」

 

そういってゴール手前で白波が走り去っていく。

 

「あ、千尋ちゃん、待ってー」

 

そのあとを網倉が追いかけて行ってしまった。

 

マズいことになった……。1人なら最悪ゴール地点にいる須藤を引っ張って来れたが、2人はどうしようもない。だ、だれかいないか。

 

周りを見渡すと、視界に入ってきたのは、来賓テント。

そういえば、こっち側にいるって言っていたな。

 

慌ててテントに向かうと目当ての2人を発見する。

 

「頼む」

 

カードを見せてお願いする。

 

「ああ」「もちろんです」

 

堀北兄も橘も笑顔で応じてくれた。

 

こうして11人でゴールテープを切った。

 

「えー確認ですが、君たちは彼の友人ですか?」

 

スタッフからのチェックに、「はい」「そうでーす」「おう」「ああ」などとB、Cクラスの面々が応えてくれる。

 

「あなた方は3年生ですが、ご友人なんですね?」

 

「もっちろんですっ!綾小路くんは、大事な友だちです」

 

「こちらも相違ない。綾小路は友人だ」

 

「わかりました。彼のゴールを承認します」

 

スタッフの言葉に湧き上がる友だちの面々。

「良かったな綾小路」「1位おめでとう」など祝いの言葉を述べてテントに戻っていく。

 

一時はどうなることかと思ったが白組の生徒8人と、3年の生徒会長、書記という異色のメンツを連れてゴールすることができた。

 

ちなみに、他のお題を見ていたが、シューズや置時計などありきたりなものに紛れて『ア行の名字の女子』『Bクラスの女子』『7月生まれの女子』『生徒会役員』など、かなり限定的なものも混じっていた。

 

もっとも、一番会場が盛り上がったのは、伊吹が『好きな人』のカードを引いて、長考の末、金田を引きずってゴールした時だったが。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

第2種目は四方綱引き。

4クラス代表4名でそれぞれの方向に引っ張り、綱の目印が自分の陣営に入れば勝ちといったもの。

制限時間まで勝負が決まらなかった場合は、目印と陣営の距離で順位が決まる。

 

こちらは事前の取引通り、ABDクラスで、まずCクラスを落とすため、Cクラスと反対方向に3クラスで力を入れる。

結果、正反対に位置するBクラスが有利になるのだが、そこはAとDで両サイドから力を入れ均衡を保ち、3組間での持久戦勝負に。勝機は十分にあったのだが、ここで参加メンバーの三宅が不調を起こす。結果、A、B、D、Cの順番で勝負が決まった。

 

「悪い、実は200メートルの時に少し足を捻ってたんだが、この綱引きで想像以上に悪化しちまった」

 

幸い、三宅の出番はここまでだったため、残りの競技に支障はでない。

 

第3種目は男女混合二人三脚だ。

Dクラスからは堀北&須藤ペアといった確実に勝利を狙うペア

軽井沢&平田ペアといった半ば軽井沢が強引に決めたペアなどが出場する。

オレは練習の結果、最速の成績だった櫛田とペアを組む。

 

「今日の綾小路くんは大活躍だね。それだけの実力があれば、誰かさんを退学にすることぐらい本当は簡単なんじゃない?」

 

「以前も話したが、それを実行するかは櫛田の努力次第だ」

 

「私、役に立ってないかな?綾小路くんがそんな風に思ってたなんて悲しいなぁ」

 

もはやお約束ともいえる、うるうるとした上目遣いでこちらを見てくる。何度見ても騙されそうになるのだから、すごいスキルだとは思う。

 

「あと一歩だとは思っている」

 

「またそうやって誤魔化す。実は退学にする気ないんじゃない?あのふざけたトレーニングもアイツと一緒にノリノリで踊ってたし」

 

「あれは不可抗力だった。プールの件といい、何度か櫛田の気持ちが痛いほどわかるときもあった」

 

「そうだよね、うんうん。わかってくれて嬉しいな。でも私もそんなに我慢強くないよ?一緒に頑張ってくれるなら早く答えを出してね。じゃないと――なーんてね、ちょっとは心配になったかな?」

 

「そうだな。櫛田がいなくなるのは寂しいな」

 

「……ふーん。とりあえず、今はこの競技一緒に頑張ろうね!」

 

「ああ」

 

櫛田との会話が落ち着き、紐を結んでもらっていると、後ろから声がかかる。

 

「私たち、綾小路くんと櫛田さんのペアと一緒みたいだね」

 

「わぁ、一之瀬さんと柴田君のペアなんて強敵だ」

 

「そんなことないよ、柴田君は速いけど、私はそうでもないし」

 

「そうなんだ、意外かも。一之瀬さん何でもできるイメージがあったから」

 

「あはは、実はそうでもなかったり……でも、この勝負は負けたくないかな」

 

「お、やる気なんだね」

 

「なんだか、今日はそんな勝負ばっかりだよ……しかも全然勝ててないんだけどね。それじゃ、またレースで」

 

「うん、お互い頑張ろう」

 

いつもはみんな仲良く、といったイメージの一之瀬だが、今日はやたら好戦的な一面が見える。やはり勝負事に妥協はしない、ということか。

それにしては、綱引きの坂柳の件や先ほどの借り物競争など随所に甘さが見られるが……。

 

第1レースの堀北&須藤ペアは難なく1位を獲得。元々の走力もあるが、あの2人はスズーズブートキャンプ開発から一緒に動いていたため、呼吸も合わせやすかったのだろう。

 

「綾小路くん、櫛田さん、気を付けてきてね」

 

「清隆、ファイト―」

 

軽井沢&平田が応援してくれる。

 

「ああ。二人とも……特に平田、頑張ってな」

 

「うん」

 

「なになにー、私には何かないわけ?」

 

「軽井沢も平田をちゃんと支えてやって欲しい」

 

「あったりまえじゃん」

 

依存だけはダメだぞという真意は全く伝わらないか。

オレと櫛田のペアは、一之瀬&柴田ペアと接戦を繰り広げたものの相性の良さの差で1位を獲得した。

何せこちらは退学で息が合ってるからな。流石の櫛田も周りに人がいるレース中はあの掛け声は発さないものの、1ヶ月の練習の結果、頭の中で自然と再生されるようになってしまっていた。……これ軽い洗脳ではないか。

 

事件が起きたのは、3レース目。

軽井沢と平田の番だった。

 

ここまで大人しくしていたCクラスが再び攻撃を仕掛ける。

その攻撃先が、平田なら避けれただろう。

だが……

 

「軽井沢さん、危ないっ!」

 

軽井沢を狙った肘打ちを庇う形で平田が転倒。

それに合わせてCクラスのペアも平田に覆いかぶさるように転んだ。

 

平田の苦悶の声が、勝利へと高まっていたDクラスのムードを一瞬で冷ますこととなる。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

生きています

「洋介くん、大丈夫っ!?しっかりして!!なんで、なんで、私なんかのために……」

 

平田に庇われて一緒に転倒した軽井沢が慌ててお互いの足を固定している紐を解き、平田の状態を確認する。

 

赤く腫れあがった平田の右足。倒れこんだ際にCクラスから強く踏まれたようだ。

救護スタッフや教師が大急ぎで駆け寄っていく。

 

「軽井沢さんは、ケガ、してない……かな?」

 

担架に乗せられ、痛みに耐えながら、なおも軽井沢の心配を優先する平田からの問いに、軽井沢は涙を溢れさせながら、何度も頷く。

 

「それなら良かった……。一緒にゴールできなくて……ごめんね」

 

「そんなの気にしなくっていいから……。テスト勉強ぐらい、いくらでもするし、こう見えて私やればできるんだから」

 

「うん……みんなのこと、お願いするね」

 

これ以上、平田に心配をかけまいと軽井沢も精一杯明るく振る舞う。

そんな姿を見て安心したのか、最後にクラスのことを案じ、痛みからか意識を失ってしまったようだ。

 

そうして平田は保健室へ運ばれていき、レースは棄権。

もちろん、Cクラスの選手も失格となった。

 

「彼が抜けるのは走者がいなくなった以上のダメージになるわね……」

 

待機列で堀北が言うように、平田のクラスでの役割は大きい。

この体育祭だけでも平田に救われていた場面は多々あった。

現状、誰も代わりができない重要な生徒。

 

平田の事故の後、再開した1年の二人三脚が終了し、各自テントに戻る。

 

「くそ、Cクラスの野郎ども許せねえ。みんな平田の弔い合戦だ!」

 

「「「おおー!」」」

 

須藤の掛け声に今にもCクラスに殴り込みに行かんとするDクラスの面々。

上手く競技中の事故として処理されてしまったが、これまで嫌がらせを受けてきた

Dクラスからしてみれば、明らかに悪意を持った攻撃。仕返しをしたくなるのも仕方がない。

だが、平田は生きてるからな?弔っちゃまずいぞ?

 

「みんな落ち着いて。そんなことをしても平田君は喜ばないよ」

 

「でもよ、桔梗ちゃん、アイツらマジで許せねえよ」

 

「平田くんをあんな目に合わせるなんて……生かしてはおけません」

 

「そうだ、そうだ」

 

櫛田の制止も効果は薄い。

温厚なみーちゃんまで物騒なことを言い始めるぐらいには、Dクラスの怒りは頂点に達していた。

 

Cクラスへの殴り込みとなれば、体育祭での失格はもちろん、停学処分とクラスポイント減は免れなくなる。

 

どうにかして止めなくてはいけない。

こんな時に平田がいてくれれば……と、平田の離脱が原因で起きている騒動に平田の助けを欲しくなるどうしようもない状況。

 

悪い意味で結束してしまっているDクラス。

オレが出て無理やり止めるしかないか、と考え始めた時。

 

「洋介くんの仇をとるなら、最後のリレーでCクラスをぶち抜いて私たちが優勝するのが、一番の仕返し……。アンタら卑怯な真似をしてもDクラスには勝てないって言ってやるの。それに頑張った私たちの姿を伝えに行く方が、洋介くん、何倍も嬉しいよ」

 

一番キレて喚き散らしそうな軽井沢が、誰よりも冷静に、そして力強くそう主張する。

普段の軽薄な口調ではなく、真剣で重みのある言葉に、一同は驚きつつも、冷静さを取り戻すことができたようだ。

 

恐らく誰よりも平田の事をわかっている軽井沢がそう主張するなら、間違いはないだろうと、軽井沢の意見にみんなが頷く。

 

「そうだな、暴力に訴えたらCクラスのヤツ等と同じになっちまうところだった。軽井沢、ありがとよ」

 

「私は洋介くんのために言っただけ。……みんなのこと託されちゃったしね。洋介くんも草葉の陰から応援してくれてるよ」

 

「おう。アイツならどこからでも応援してくれるよな」

 

だから平田死んでないからな?草葉の陰って、どこのことかわかってるか?

 

言葉のチョイスはともかく、軽井沢のおかげでDクラスの暴走は収まりをみせた。

むしろ、最後の全学年対抗のリレーに向けて闘志が高まっている。

 

「清隆、アンタ洋介くんの親友なんだから、あいつらなんか蹴散らしてきてよね」

 

そう言いながらオレの胸に右手で作った握り拳を当ててくる。

自分のせいで平田が傷つき、多少なりともショックを受けているはず。

それを周りに感じさせず、平田の代わりを務め上げた心の強さ。

涙で腫らしているにも関わらず軽井沢の顔はこれまで以上に良い表情に見える。

 

だが、現実問題として、一体どうしたものか……。

この最終リレーは得点配分がこれまでの競技よりも大きく設定されている。

ここまでの競技結果を振り返ると、団体競技では赤組が勝ってきたものの

 

Aクラスは出場表の組み合わせの結果、Cより有利でBには不利

Bクラスは個人競技で好成績を収め(CとD間での争いで漁夫の利もある)ているが、団体では負けている

Cクラスは、妨害に人員を割いているため、一部の人間以外の成績は悲惨

Dクラスは、活躍する生徒がいる反面、妨害を受けて順位が伸び悩む場面も

 

といった感じで、A、B、Dは最後のリレー次第ではまだどこが勝つかわからない状況になっている。

 

そして何よりピンチなのは、平田の代役の走者がいないことだ。

ギリギリ戦えそうな三宅も足を痛めている以上、他の誰が走っても、好成績は期待できない。

堀北兄とのアンカー勝負も控えているだけに、何とかしたいのだが……Dクラスはあまりに手札が少なすぎる。

 

どうすれば、戦えるか思案していると

 

「ハッハッハッ、お困りのようだね、綾小路ボーイ。我々で平田ボーイにレクイエムを届けようじゃないか」

 

手札の外側、除外ゾーンから、禁止カードがこちらに話しかけてきた。

あまりに意外な人物の登場に「だから平田は死んでない」と心の中でのツッコミを忘れていた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「鬼龍院、どういう風の吹き回しだ?お前がここまでクラスの勝利へ貢献したことなどなかった」

 

「素直に感謝できない男はモテないぞ、桐山」

 

「……信じていいのか?」

 

「信じるも何も、ここまで2年赤組と互角に戦えている事実が全てだろう。もっとも、不甲斐ない男連中がどこかで勝ってくれていれば、私たちが優勢だったのだがな」

 

「仕方がないだろう、南雲の支配があってはどうにもならん」

 

「だから君は二流止まりなんだ。上の奴らはそんな固定概念には囚われんぞ?」

 

「……。悔しいが、今回に限ってはお前に分がある。南雲と渡り合うにはお前が必要だと再認識した」

 

「素直なことはいいことだ。ま、私が今後どうするかはわからんがな」

 

「おい、鬼龍院、この体育祭頑張ってるようだな。おかげで退屈しのぎにはなってるぜ?」

 

「南雲か。君の暇つぶしに付き合わされる身としては、面白くとも何ともないがな」

 

「そういうなよ。やっとお前と勝負できんだ。この二人三脚、負けねーぜ」

 

「それは良かったな。私は普通に走らせてもらうが、君も頑張るといい」

 

「あくまで勝負とも思ってないってことか。俺相手にそんな態度取れる奴は2年ではもうお前ぐらいだぜ。それも今日までかもしれないがな」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「南雲君と桐山君のレース、すごかったですね、会長」

 

「ああ、そうだな。正直、桐山が南雲に勝つ日が来るとは思わなかった。勝敗の差はペアの実力差だったな」

 

「鬼龍院さんでしたか……朝比奈さんも頑張ってましたけど、なんというかオーラが違いました」

 

「これから鬼龍院が出てくるのであれば、南雲も油断できないかもしれないな」

 

「ですね」

 

「ところで、橘」

 

「はい、どうなさいました?」

 

「まだ今日は1位を獲っていないだろ」

 

「……恥ずかしながら」

 

「いや、責めているわけじゃない。それなら、これから二人三脚で獲れるからな。ついてきてくれるか?」

 

「……はいっ!喜んでお供させていただきます」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「私が平田ボーイの代わりに走ろうじゃないか」

 

高円寺からの提案。

確かにコイツが本気で走れば、平田以上の結果をもたらしてくれるだろう。

だが、素直にイエスとは答えられない。

 

「何を企んでいる?」

 

「疑り深いんだねえ。シンプルな話さ。等価交換だよ」

 

「手伝う代わりにオレにも何かを手伝えってことか」

 

「グッド!今度、バースデーを迎えるレディがいてね、サプライズでお祝いしてあげたいのだよ。それを綾小路ボーイに手伝ってもらいたいだけさ」

 

誕生日にサプライズ……まさか、平田を呼んで来いってことか?

今しがたケガで退場したばかりだが……相手の誕生日次第では行けるだろうか。

 

「君の腕は私も認めるところだよ」

 

平田を連れてくるだけでそこまで評価するのか。

誰が頼んでもアイツは来てくれると思うぞ?

 

「そう、君はクールなピアノボーイだからねえ」

 

ん?もしかして高円寺の言っているサプライズは……う、頭が痛い。

 

「あのレストランで何曲か披露してもらう、それで手を打つ、という話さ」

 

やはり一之瀬の誕生日を祝ったあの日、レストランにいたのは高円寺だったか。

 

「お前なら自分でも弾けるんじゃないか」

 

「やろうと思えば私にできないことはないだろうからね。だが、あくまでも私は聴く側の人間、ということさ」

 

「わかった。取引成立だ。ただ、変なことはせずに真面目に走って、結果を出してもらう。それが条件だ」

 

「もちろんだとも。君の演奏、楽しみにしてるよ」

 

……ピアノの演奏だけで動いてくれるんだったら、これまでのあれやこれやの策は、全く不要だったな。早く言って欲しかった。

 

兎にも角にも、これでリレーのメンバーはどうにかなった。

 

「平田の死を無駄にしないためにも頑張るか」

 

「ねえ、平田くんは死んでないわよ?」

 

オレの時だけツッコむのはやめてくれ、堀北。

 

 

体育祭最終競技、全学年対抗1200mリレーが始まる。

クラスから男女3人ずつ、計6名を選出し1人200m走る。

全学年同時に走るので、レース中は12人が競い合うことになる。

 

Dクラスは、先行逃げ切りの作戦でリレー順を決めており

須藤、高円寺、小野寺、松下、堀北、オレの順でバトンを繋ぐ。

 

アンカーは私がやりたいと、兄と一緒に走りたい堀北妹が主張してきたが、こちらも南雲との取引の関係で譲ることはできなかった。

 

「兄貴目がけて走って来れる第5走者の方がいいんじゃないか」そんな適当な提案したところ

 

「それもそうね、兄さんに追いつける感じが堪らないわ」とブラコンの何かが琴線に触れたようで、アンカーを譲ってもらえた。

 

第一走者がスタート地点に並ぶ。

12人もいるとなかなか壮観だ。

 

各テントで応援する生徒たちも、スタート前のこの瞬間はスタートの合図を待って静かに固唾を飲んで見守る。

 

「よーい、スタート」

 

ピストルの音が鳴り響く中、スタートダッシュを決めたのは須藤だ。

他のクラスは後半に戦力を集めたのかもしれないが、見る見るうちに他の選手を引き離していく。

 

「お前たちのクラスもかなりまとまってきたようだな」

 

「そう見えるなら、アンタの妹と散っていった仲間のおかげですよ」

 

「そうか。あの鈴音がな」

 

そう話しながらトラックの反対側で待機している堀北妹を見つめる堀北兄。

 

「この調子ならお前との勝負もいい試合になりそうだ」

 

「一応南雲先輩もいますが、気になさらず」

 

「ああ。そうだな」

 

須藤はトップを独走して高円寺へとバトンを繋いだ。

2位とは10m以上差がある。

 

「全力で走れよ、高円寺!」

 

「もちろんだとも、レッドヘアー君」

 

高円寺は宣言通り、強烈な速さで走り抜けていく。

 

「堀北先輩、やっと勝負できますね」

 

「南雲、次期生徒会長として、お前がどこまでやれるのか確かめさせてもらう」

 

「うっす」

 

南雲のヤツ、滅茶苦茶嬉しそうだな。

先ほどの会話、聞かれていないようでよかった。

 

その間も高円寺はスピードを上げて、2位との差は20m以上は開いている。

あとはこれを女性陣がどこまでキープできるか。

 

各クラスからの声援もどんどん大きくなる。

体育祭の会場が今日一番の盛り上がりを見せ始めていた。

 

小野寺、松下と懸命に走るも男子生徒の上級生などが相手であったため、バトンが堀北に回る頃には、差がほとんどなくなっていた。

 

「堀北さん、あとはお願い」

 

「任せて」

 

バトンを1位で受け取った堀北だったが、ほぼ同時に3年Aクラス、そして2年Aクラスの

生徒もバトンを渡す。

 

第5走者は、どちらも女子生徒だが、上級生のエース相手だ。流石の堀北妹も分が悪い。

少しずつだが、差が開き始めた。

 

だが、3年Aクラスが先に行ってしまえば、当然堀北兄はスタートし、バトン受け渡しゾーンからいなくなってしまう。

 

「にぃぃさあああんん!!」

 

そのことに気付いた堀北妹のギアが上がっていく。

これまで以上の加速を見せ、上級生たちに追いついた。

アイツを第5走者にしたのは正解だったな。

 

しかし、その後ろから猛スピードで追い上げを見せ、そして先頭グループの3人を一気に抜き去る女子生徒がいた。鬼龍院だ。

 

そのまま距離を広げていき、トップでアンカーにバトンを渡す。

 

「最後ぐらい、君自身の手で勝ってみせたまえ」

 

そう言ってバトンを渡した相手は、桐山だった。

 

「堀北先輩、この勝負、俺だって負けません」

 

桐山が俺たちより先にスタートし、およそ5秒ぐらいたった頃、オレたちにもバトンが届く。

 

「言うまでもないが、1位になったやつが勝ちだ」

 

「もちろんっす」

 

「ああ」

 

アンカーの生徒会会長、副会長2人の計3人が一斉にスタートした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

勝敗を分けるもの

死の間際、世界がスローモーションになり、これまでの出来事が思い出される――いわゆる走馬灯を見たような、という体験。

あれは死の危険に立たされたことを自覚した際に、脳が限界を超えて集中力を高め、これまでの経験から何かこの危機を脱する生き残る術がないかを探っている、なんて説もあるらしい。

……オレがもし走馬灯を見ることがあれば、きっとそれは真っ白な世界ばかりになるところだったな。

 

 

話を戻すが、何が言いたいかというと、極度に集中した状態では、情報量が増え普段よりも時の流れが非常にゆっくり感じられるということだ。

そういった集中力を限界まで高める訓練はホワイトルームで行ってきた。むしろこれができないと生き残ることができない世界でもあった。

 

桐山が走り去ってから10秒ぐらい経ったような体感だったが、実際は5秒ぐらいだったようだ。

きっと前の話も5秒に書き換わっている。

 

堀北妹がバトンを渡す際に、オレが受け取ったことを見るや否や、兄貴の方をガン見していたことも、スローな世界でしっかりチェックしていたし、それを見た堀北兄の表情が少し緩んだことも確認した。

この体育祭、ここまでの堀北妹の努力が少しは報われたかもしれないな。

 

そんな刹那のバトンタッチのやり取りを観察し終え、目の前の勝負へと思考をシフトする。

ほぼ同時のスタートではあったが、横の並び順はイン側からオレ、堀北兄、南雲の順番である。

走力がほぼ同じであれば、あとはコーナーのインコースに近いオレが有利な状況。

 

それぞれが踏み出す一歩一歩、そのすべてに渾身の力が籠められている。

生徒会トップ3の激走に、会場は盛大な声援に包まれる。

白組はお通夜状態だったが……誰か桐山の応援をしてやって欲しい。

 

直線では3人とも前を譲らず、ほぼ横並びの状態でコーナーに入る。

イン側にいるオレが少し前に出た、その時だった。

 

「コーナーに入れば勝てると思ったら大間違いだぜ。俺には、この日のために俺専用でメーカーに特注、開発したこのシューズがある。コーナーで差をつけてやるぜ!いっけえぇぇぇシュンソクー!!!」

 

南雲が加速する。

その靴に何か秘密があるのか。

そういえば、装備品に関しての規定は特になかったな。というより、これを目論んでいたため、ルールチェックの際にあえて触れなかったのかもしれない。

 

「開発に100万ポイントかけたんだ。負けるわけにはいかねえぜ」

 

言葉通り、アウト側にいたにも関わらず、南雲が一歩前に出た。

 

俺の見立てだが、3人とも最高速度は同じぐらいの実力を持っている。

大体、高校生の肉体の限界値に近い速度だろう。

これ以上の速度を目指すのであれば、走りにおける才能、すべてを陸上に捧げた研鑽の日々、そして恵まれた肉体が必要になる。

 

実力が拮抗しているなら、勝敗を分ける要素の一つに、使用する道具が関係してくるのも確かな事実だ。

 

南雲がそのままコーナーで先頭をとり、インコースに入り込む。オレはその後ろにぴったりと張り付く。

 

堀北兄はアウトインアウト、なるべく曲がる量を減らし、コーナリングでの減速を抑えた無駄のない走りを見せている。

 

そしてコーナーをまもなく抜けて、ゴールに向かう直線が見えてくる頃、遂にイン側でコーナーを走る桐山を背中を捉えた。

 

勝負所はここだ。

桐山をどう対処するか。

 

イン側ギリギリにいる桐山を抜くためには右から抜ける必要がある。

だが、その避ける行動がロスになる。

それを見越していたのだろう、堀北兄はこのコーナーで、無理なく桐山を抜けるアウト側の位置をキープしていた。

 

最後の直線に入った瞬間、一気に加速する堀北兄。

コーナーでの減速が少なかった分、スピードに乗るのもはやい。

南雲の横に並ぶ。

 

「邪魔だ桐山!どきやがれ!」

 

堀北兄の加速について行きたいが目の前の桐山が障害となる南雲。

 

「俺にだって意地は、あるッ!」

 

珍しく叫ぶ桐山。南雲に抜かれまいと必死の抵抗を見せた。

仮にここで桐山が南雲に勝利することができれば、自信をつけることができるだろう。

その自信が独走を許している南雲体制へ一矢報いるきっかけになるかもしれない。

このタイミングでなら、南雲の進路を抑え込みアシストをすることは可能だ。

実際、桐山にはもう少し踊ってもらいたい気持ちがないわけではない。

そのための起爆剤として仕向けた鬼龍院は本当によく働いてくれた。

堀北兄の引退を間近に死んだ目をしていた桐山が、ここに来てかなり息を吹き返したからな。

 

だが、それをすればこの勝負を捨てることになる。

それは少し惜しい気がした。

 

オレは南雲の後ろから堀北兄の後ろへポジションチェンジする。

そして、堀北兄に続き、南雲、そして、桐山を抜き去る。

 

慌てて南雲も桐山を抜き去るが、一歩遅れた3番手。

走力が同じであれば、勝敗を分ける要素はもちろん道具以外にもある。

 

 

ゴールが近づいてきた。

 

ここまで南雲を風よけにして温存してきた体力を一気に使い加速し、堀北兄との距離を詰めていく。

最高速度は似たようなものでも、その速度をどのくらい維持できるかといった持久力は違う。

先にスパートをかけた堀北兄がどこまで保てるか。

 

徐々に視界が狭まっていき、大きかった声援も耳に入らなくなっていく。

 

ただ、目の前の男を抜き去ることのみに集中する世界。

オレの人生の中で、こんなに誰かを意識して、だだっ広い大地を走る日が来るとは思わなかった。

ほら――もっと加速するぞ――

 

近づく堀北兄の表情を見て、走馬灯ではないが、ふと今日1日の出来事が頭を過ぎる。

 

出場表をコントロールするなど裏で画策したオレ

資金力と支配力で勝てる試合を作った南雲

仲間と協力して正々堂々戦った堀北兄

 

同じ生徒会役員とは言え、三者三様の取り組み方だったが……

一番体育祭を楽しんでいたのは、堀北兄だったかもしれないな。

 

 

ゴールまで僅か数メートル。

オレは堀北兄に並んでいた。

この一歩、力を込めて踏み出せば、追い抜ける――

 

「会長ー!頑張ってくださーい!!」

 

決して大きな声ではなかったはずだが、この数か月で耳に馴染んだ声が聞こえ、意識がこっちの世界へと戻ってくる。

そして、その声援は確かに堀北兄にも届いてた。

 

ゴールテープが切られる。

 

怒号のような大歓声が、今度ははっきりと聞こえた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「さすがのあなたも兄さんには敵わなかったようね」

 

「オレにももっと声援があれば違ったかもしれないぞ」

 

「心にもないことを言っているうちは兄さんには勝てないんじゃないかしら」

 

「全力で戦ってきたソルジャーに対するセリフとは思えないな」

 

体育祭の閉会式後、結果が発表された巨大な電光掲示板を眺めながら、ご機嫌な様子の堀北に話しかけられた。

 

誰かの声援でパワーアップする、そんなことはあり得ない、そう考えていた。

だが、最後の最後、勝敗を分けた要因は、優れた道具でもなければ、計算された策でもなかった。

 

それは他でもないオレが求めているもの、ホワイトルームでは学べなかった要素。

いつかオレも、それを自分のものとして体感できる日は来るのだろうか……。

 

「ちなみに堀北が応援していたのは?」

 

「もちろん兄さんよ。綾小路くんは2番目ね」

 

「お前な……」

 

「白組の2年生を抜いた時点で、赤組がトップ3を独占。1年ではDクラスの1位が確定したもの。だったら、勝敗に限らず応援したい人を応援するのが一番よ」

 

1年での優勝は決まったのだから、あとは自由にさせてもらったということ。なんとも堀北らしい。

オレが堀北兄と同じものを体感できる日は遠いようだ。

 

総合結果は赤組の勝利。

 

1年の順位は、1位Dクラス、2位Bクラス、3位Aクラス、4位Cクラスとなった。

 

団体戦では振るわなかったBクラスだったが、出場表の配置の強みを活かし配点が高い推薦競技で好成績を収め、最後のリレーでも5位になったことで、Aクラスを抜いたようだ。

 

ちなみに最優秀生徒は堀北兄となり、学年別最優秀生徒は無事オレが獲得できた。こちらも最後のリレーの配点が大きかった。

報酬は1万ポイントではあるが、他の個人競技の報酬と合わせると、41,000ポイントとなる。

なかなか稼げたと喜びたいところだが……リレーで平田の代役費10万ポイントはオレが払っている。

もちろん、保健室で安静にしている平田に請求しに行けば払ってくれるかもしれないが

名誉の負傷をした平田から、さらに10万ポイントをむしり取るといった非道な真似はとてもしづらい。

クラスで折半が妥当な線なのだろうが、こういう時に言い出せないのが悲しい性分だ。

こんな時、誰も気づいてくれないのもDクラスらしいところではあるな……。

 

だが、気づかないのも今回に限っては仕方がないかもしれない。

なぜなら――

 

「今回の結果で、今度こそ私たちのクラスが昇格するわ」

 

堀北がご機嫌だったのは、兄貴の活躍だけが理由ではない。

この体育祭で1位になった結果、オレたちは50クラスポイントを獲得に成功。

他クラスはマイナスになったためクラスの変動があった。

 

「マジかよ、堀北のおかげだぜ!」

 

「いいえ、皆で頑張った結果よ。私たちのクラスはもっと強くなる。この調子でAクラスを目指していきましょう」

 

「おうよ!」

 

須藤をはじめ、多くのクラスメイトが堀北に賛辞を送り、自分たちの健闘を称え合う。

Dクラスの結束は、今回の体育祭を経て、強固なものになった。

もう他クラスから攻め込まれても、簡単には負けないだろう。

オレの手を離れる日も想像以上に早いかもしれない。

 

このまま無事に11月になれば

生活態度やテストの結果で多少の増減はあるだろうが

 

坂柳Aクラス   1324クラスポイント

一之瀬Bクラス   979クラスポイント

堀北Cクラス    503クラスポイント

龍園Dクラス    292クラスポイント

 

ということになる。

 

今回の体育祭でクラスが変動したのは、ほとんど龍園クラスの自爆のような形だったが……今後どう動いてくるか、気になるところだ。

だが、どんな手を使おうとオレのすることには変わりはない。

堀北兄と一緒に走って、その気持ちがより一層強くなったように思う。

 

「よし、これから平田に結果報告だ!みんな行こうぜ」

 

須藤の掛け声に、保健室へ移動を始めるクラスメイトたち。

そんな一回り成長した彼らの姿を見送りながら、龍園の次の手に対しての検討をはじめる。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「龍園、このままじゃDクラスじゃない。まともに戦ってたらもっとマシな結果になったんじゃないの」

 

「そう騒ぐな、伊吹。この体育祭はどうあがいても俺達は最下位だったんだよ」

 

「はあ?」

 

「俺が出場表を売ったからな。それだけで300万プライベートポイントだ。悪い取引じゃなかったぜ」

 

「何それ。結局アンタしか得してないじゃない。そのポイント、クラスに還元するんでしょうね」

 

「クク、それはもうしばらく先だ。今はそれ以上にやることがある」

 

「それはクラスのためになるのよね?」

 

「もちろんだぜ、なんせ目障りなBクラスを潰せるんだからな」

 

今回の体育祭でわかったことがいくつかある。

Bクラスの背後にいる存在、そしてその存在が置かれている状況。

そいつはご丁寧にBクラスの弱点まで教えて行ってくれた。

 

つまりこの俺を利用する気なんだろう。

面白いが、馬鹿な野郎だ。逆にこっちが利用して大量にポイントを頂くことにする。

そのための先行投資と思えば、今回クラスポイントが減ったことぐらい些細なことだろう。

 

次の特別試験、恐らくそこが攻め時になる。

 

掲示板に映し出された2位の結果に、悔しがるのではなく、喜びあっている呑気なBクラスの連中。

そんなBクラスが絶望に顔を歪ませる姿が目に浮かんでくる。

それまで精々最後の学校生活を楽しんでおくといい。

これまでのツケ、しっかり払ってもらうぜ、一之瀬。

 

 




体育祭編終了です。


描き終わった後に念のため原作を読み直して気付いたのですが、
堀北兄との勝負の描写で

「1つ目のカーブを越え、直線を越え、そして最後のカーブへ。」

とあるのですが……なんで2回カーブが出てくるのかわからず……。

もしかしてゴールは、
カーブ終了地点にある?
もしくはトラック一周200mだった?(400mだと思っていましたが……)
陸上経験が学校の授業ぐらいだったため、そこら辺の感覚がわからず……。
完全にアニメの描写に騙された感があります。

そもそもアニメでは松下さんが走ってた気がしますが、原作では前園さんじゃん!と今更な気づきが増え……
大きなリードがある中、小野寺さんを抜き去る網倉さんの時点で疑ってかかるべきでした。柴田もいないし。※こんなことを言っていますが、アニメはアニメで好きです

すみませんが、その辺はご容赦頂ければと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

完璧なあなたへ

体育祭が終わったのもつかの間、オレたちを待ち受けていたのは……中間テストだった。

 

文武両道とはよく言ったもので、体育祭、中間テスト、生徒会選挙、中間テスト結果発表と慌ただしいスケジュールだ。そしてこれは生徒会役員だから持つ情報だが、次の特別試験もすぐ迫っている。こちらをどうするかも検討する必要があるだろう。

 

「ということで、引退間近の私ですが、このままじゃ、安心して引退できません。なぜだかわかりますか、はい、綾小路くん」

 

放課後、生徒会室で作業をしていたところ、橘が一方的に話を始め、一方的にオレに振る。

 

「そうですね……遊び足りてないとかですか?」

 

「残念、不正解ですッ!いえ、確かにもっと皆さんと色々遊びたかった気持ちがないわけではありませんが、それは生徒会と関係ないですからね」

 

ふざけているような予想でも、こと橘に対しては割といい線いってると思ったんだが、どうやら違うらしい。

 

「綾小路くん、あなたの成績のことです!前回の期末テストは、私の勉強会の成果もあってオール満点でしたが、今度の中間テストでも同じように行くとは限りません。もし、成績が落ちるようになっては生徒会の面目丸つぶれです」

 

「大丈夫だと思いますけどね……」

 

「いいえ、一度の成功で満足してはいけませんよ。2回、3回と好成績を残すことで、初めて実力が認められるものです」

 

「なるほど?」

 

釈然としない説明に曖昧な相槌となってしまう。

そこでここまで黙って聞いていた一之瀬が橘に聞こえないよう耳打ちをしてくる。

 

「綾小路くん、多分橘先輩は、引退前にまた勉強会をしたいんだよ。ただ、綾小路くんの前回のテスト結果が結果だっただけに、自分から勉強会をするって無理強いができないんじゃないかな?」

 

「そういうことか」

 

「橘先輩も今更、綾小路くんの力を疑ってる、なんてことはないと思うし」

 

毎回テストの度に勉強会をするとは言っていたものの、これまでのオレの言動から橘も、実は勉強会はいらないかもしれないと悩んでいるということ。こんなことで悩むなんてらしくない。橘は素直が一番だ。

 

「えーと……確かに橘先輩の言う通りですね、今度のテスト範囲で自信がない部分もありますし、体育祭にかまけて勉強も少し疎かにしていました。先輩さえよければ、また勉強会を開いてくれませんか?」

 

「もちろんです。綾小路くんがしっかりと生徒会を続けられるようにするのが、私の役目ですからね」

 

とはいっても中間テストは3日後。

そして生徒会選挙……正確には、南雲の就任の挨拶がその翌日となる。

本来なら引退前の3年生はここに来る必要もない。つまりこの勉強会を開くのは――

 

「では、さっそく始めましょう」

 

「橘先輩、私もご一緒していいですか?」

 

「もちろんです。一之瀬さんも大切な後輩ですから」

 

「ありがとうございます。綾小路くんが満点を取れるようになった勉強会楽しみです」

 

「ふっふっふ、これで一之瀬さんも覚醒してしまうかもしれませんね」

 

自信満々の橘。とても楽しそうだ。

こうして生徒会で橘たち3年と過ごす最後の時間を過ごしていく。

その一秒一秒を忘れないようにしっかりと記憶する。かけがえのない時間だったといつか思い出す、そんな予感があった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

帰宅後、オレの部屋の鍵が開いていることに気付く。

今朝、閉め忘れた……なんてことはないよな。

 

「あ、お帰りなさい。綾小路くんっ!今日も遅くまでお勤めご苦労様です」

 

新妻が仕事帰りの旦那を迎えるような雰囲気で櫛田が出迎えてくれる。

 

「私たちもこんな関係になって長いじゃない?ほら、そろそろいいんじゃないかな。親からもまだか、まだかって結構期待されちゃっててさ……ね?」

 

頬を赤く染め恥じらいながらもじもじと言葉を紡ぐ。

不思議だな、普段は何を企んでいるか読みにくい櫛田だが、次にいう言葉はわかる。

 

「堀北退学にしちゃってもいい頃だと思うの」

 

オレの手を取り、両手で握りしめ満面の笑みで訴えてくる。

予想を裏切らない、安定の櫛田さん。……そもそも親も期待してる退学ってなんだ?

 

「茶番劇に付き合うつもりはないぞ?」

 

「冷たいなぁ、まるで堀北みたい」

 

「それは全力で否定させてもらいたい」

 

「ま、今回の本題はそっちじゃないからいいけど。せっかく作ったし、ご飯食べながら話そうよ」

 

「……ああ」

 

追い返すことに失敗してしまった。

というより、食事まで作って待っていられると理由もなしに追い出すのは難しい。

体育祭での堀北の活躍。クラスは徐々に堀北をリーダーと認めはじめている。

櫛田にとってはストレスが溜まる一方だろう。

 

「ていうか、体育祭の1位って、堀北のおかげっぽくなってるけど、8割方綾小路くんの活躍ありきだったじゃない?みんなわかってないなー。そもそも、あんたが自分の活躍を主張しないせいで、あの女が付け上がんのよ。しっかりしてよね」

 

「いや、できるなら目立つつもりはないからな」

 

「わかってないわね。いい?せっかくそれだけの実力があるんだから――」

 

そんな愚痴なのか褒めてくれているのかわからない会話に付き合う。

食事は美味しかったが、次があるならもっと楽しい話題を希望したい。

 

「それで本題に入るけど、私との約束覚えているわよね?」

 

「綾隆で販売を手伝ってもらった時のやつか」

 

「そうそう。勉強教えてくれるんでしょ?学校じゃ目立つから、今日から放課後はここで勉強会ってことで」

 

「……カフェとかでもいいんじゃないか?」

 

「多分、それだと2人でって無理になると思うよ?」

 

「あー……」

 

櫛田は人気者だ。勉強会をやっているとわかれば、飛び入り参加を希望する生徒が現れてもおかしくない。

 

「いま、他人事のように考えてるでしょ?」

 

「どういうことだ?」

 

「教えてあげない」

 

なぜだか、むすっとする櫛田。

 

「そういうことなら、ここで勉強会にしよう。ただ、生徒会の用事もあるからそのあとになるぞ?」

 

「うん、いいよ。こっちもどうせクラスの勉強会とかあるだろうし」

 

「人気者は大変だな」

 

「綾小路くんもそんなこと言ってる余裕がなくなると思うけどね……。どっちにしろ、私と一緒に勉強できるなんて、男子ならポイント払ってでもお願いすることなんだから、感謝しなさいよ」

 

どっちが教える立場なのかわからなくなるような発言だな。

 

「そうだな、櫛田、ありがとう」

 

素直にお礼を述べてみたがジトっとした目で睨まれる。

 

「ま、いいけど。綾小路くんに期待しているのはどっちも結果だけ。調子に乗ってる堀北を中間テストで倒してやるんだから、早く教えなさい」

 

そうして今度は櫛田との勉強会が始まる。

教えられたり、教えたり不思議な数日を過ごすこととなった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

中間テストはあっという間に終わり、結果の発表は来週となる。

 

そして、今日は生徒会選挙――3年生の引退と新生徒会長の挨拶が行われる。

 

体育館に全校生徒が集められ、はじまりを待っていた。

生徒会役員は舞台裏に待機することとなる。

 

現生徒会長は次期生徒会長を指名することもできたようだが、堀北兄は指名はせず、立候補制とした。

南雲の対抗馬が現れなかったため、結局、信任投票という形になったが……オレに立候補して欲しかった、というわけではないのだろう。

現時点で南雲にどのくらいの票が集まるのか、それを南雲自身に感じてもらいたかったのかもしれない。

 

結果は全校生徒の7割の票を集めて当選した。

3割の内訳は不明だが、南雲に反感を持つもの、生徒会に興味がないものなど色々な可能性が考えられる。この3割の生徒に対し、どうアプローチしていくかも新生徒会長の腕の見せ所、といったところか。

 

「約2年間、生徒会を率いて来れたことを誇りに思うと同時に感謝します。ありがとうございました」

 

堀北学からのあまりに短い挨拶。

生徒の大半は「え、それだけ?」といったキョトンとした顔をしている。

だがオレには「やるべきことはすべてやってきた、言い残すことなどない」

そんな堀北学の意思が伝わってきた。

 

壇上のマイクから離れる際に、目が合う。

「あとは任せる」そんなメッセージを受け取る。

 

そうか、引退するんだな。

ここまで実感がわかなかったが、この瞬間から堀北学は生徒会長ではなくなった。

 

と、そんな堀北学のもとへ紫のバラの花束が投げ込まれる。

突然のことだったが、堀北兄は見事にキャッチ。

投げ込んだ相手は……言うまでもないか。

 

「10本か、粋なことをするようになった」

 

そうつぶやく堀北『兄』の表情が和らぐ。

 

「この度、生徒会長に就任させて頂くことになりました南雲雅です――」

 

壇上では南雲が挨拶を始める。

どうでもいいかと流して聴いていたのだが、『生徒会の任期の撤廃』、『選挙と生徒会役員の上限数を撤廃』『学校の歴史も撤廃』と近々大革命を約束していた。

 

撤廃ばかりだが、本当に実現できるのだろうか……。

 

南雲は真の実力至上主義の学校へ変えていくことを全校生徒の前で宣言する。

体育館は一瞬静まり返ったが、2年生のほぼ全員が歓喜の声を上げて盛り上げた。

ポイントを使ったサクラではないよな?

 

そんな選挙の後、昼休みに南雲から生徒会室に来るよう呼びだされる。

サボろうかと思ったが「会長命令だ」と追加のメッセージが届く。

さっそく生徒会長権限を行使してくるな、これは面倒だ。

仕方なく、生徒会室に足を運ぶ。

 

「てっきり南雲会長はオレの事をクビにするんじゃないかと思っていたんですが」

 

「俺は寛大だからな。お前みたいなやつでも使えるなら傍に置く。たとえ反旗を翻してきてもそれはそれで面白いからな」

 

南雲にとってオレは堀北学が連れてきた不穏分子。生徒会長には役員の任命権もあるため、不要であれば切り捨てることも可能だった。

 

「随分な余裕ですね」

 

「そうでもないさ。実際、この前の体育祭でお前の知名度は他学年にも飛躍的に広がった。正直、生徒会の一員として認められたお前を理由なしに切ることはできない状態になったからな。狙っていたとしたら大したもんだ」

 

「たまたまですよ」

 

「いずれにせよ、そうなったからには精々利用してやる。全校生徒の前でも宣言したが、これから俺は大革命のための準備を始める。いや、正確には準備はずっと続けてきた。ここから本格的に詰めていく。綾小路、副会長としてお前にも手伝ってもらうぜ」

 

「生徒会の仕事としてでしたら、拒否はできませんね」

 

「それでいい。手始めに来年度から導入予定の制度『OAA』の仕組みづくりの一部をお前に任せる」

 

「『OAA』?」

 

「『over all ability』の略だ。全校生徒の実力をデータ化して、誰でも把握できるようにするシステムを学校に打診している。それを見れば、そいつがどれぐらい実力を持っているかも一瞬でわかるってことだ。テストの点数も確認できたりすると面白いな」

 

「なるほど……」

 

これまで他クラス、他学年の成績は非公開情報だった。それを知ることができれば、確かに面白くなりそうだ。

 

「実は他の生徒会の連中にも内密に、すでに1年、2年の情報をまとめてある。お前にも教えてやるから、これをもとにどう評価してランク付けしていくか、項目は何が適当か、色々考えをまとめて、学校が納得できるよう、より使えるツールにしてもらいたい」

 

そういって南雲が見せてきたのは、オレが生徒会に入った当初、見つけた各生徒のデータだった。これ、非公開の情報だったのか……。もっとセキュリティ対策をしておいた方がいいぞ、新生徒会長。

 

「俺はしばらく、堀北先輩とどうやって勝負するか考えるのに忙しい。重要な仕事だから責任もってやれよ」

 

「おい」

 

明らかに面倒な仕事を押し付けようとしてくる南雲。

 

「そういうな、お前にも成果を分けてやるんだぜ。上手くやれば次の生徒会長はお前に決まったようなもんだ。堀北先輩はもうすぐ卒業しちまうが、お前は来年もいるからな。優先度が違うのサ」

 

「この前のリレーで負けたんですから、前生徒会長との勝負は諦めていいんじゃないですか?」

 

「いや、負けてないだろ?あれは桐山が邪魔だったからな。それに特に賭けもしてなかった、いわゆる前哨戦ってやつだ。次はもっと派手に戦いたいな」

 

南雲は、ある意味敗北を知らない男だ。

コイツに負けを認めさせる方法はあるのだろうか。

 

「ま、そう言うことだから頼んだぜ。今日の放課後から新生徒会本格始動だ。そのあと、先輩たちのお疲れ様会も企画してるからお前も来いよ。一発芸の一つや二つ期待してるぜ」

 

「生徒会長になって、ますますパワーアップしましたね、南雲先輩」

 

「だろ?これからは俺の時代だからな。このくだらない学校の伝統ともお別れさ」

 

面倒臭さに磨きがかかったことを伝えたかったのだが、本人に自覚がないため、まるでわかってもらえなかった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

放課後、生徒会室を訪れる。

 

早めに着いたのか、室内には誰もまだいない。

いや、いつも早くからいた堀北兄や橘はもういないのか……。

 

静まりかえり、普段よりも広く感じられる生徒会室。

 

目を閉じれば、橘のオーバーリアクションやそれを微笑んで見守る堀北兄の姿が浮かぶ。

 

「……もう少しだけ、一緒に活動してもよかったな」

 

生徒会に入る前はそんな風に思うことはなかっただろう。

なるべく参加したくないとすら思っていた。

去っていくものを惜しむことなどない、そう思っていたんだがな……。

 

これまで堀北兄たちが築き上げてきたもの、これから南雲が作っていくもの、そしてその次は――

 

次の主を待つ生徒会長の椅子を眺めながら、そんなことを考えていた。

 

そんな時、携帯が振動しチャットの着信を知らせる。

 

確認すると橘から『↓』とだけ送られてきた。

 

……まさか、な。

 

オレは隠し扉を開き、隠し部屋への梯子を下りていく。

 

「あ、綾小路くん。やっと気づいてくれましたかー」

 

「選挙ぶりだな、綾小路」

 

「……」

 

隠し部屋にはさも当然の如く、堀北兄と橘がいた。

 

「あれ?感動のあまり言葉を失っちゃたんでしょうか?『……もう少しだけ、一緒に活動してもよかったな』って私も嬉しかったですよー」

 

「綾小路にもそんな一面があったとはな」

 

「…………」

 

あ、バラが花瓶に飾ってあるなー。

 

「安心してください。生徒会は引退しましたが、ここで皆さんの事は見守ってますから」

 

「お前も暇なときは顔を出すといい」

 

なんかもう色々返して欲しい。

 

引退はしたが、いなくなったわけではなかった2人の姿を見て、疲れと共に妙な感覚が自分の中に染みわたっていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

瞬く星のように

「新生徒会の仕事をはじめる……って綾小路のやつがいねえな。初日からサボりとはいい度胸だぜ」

 

「そこは察してやれ、南雲。面倒を見てくれていた堀北先輩が引退したんだ。あいつもショックなんだろう」

 

「そうだと思います。綾小路くん、誰よりも3年の先輩方と仲良くしてましたから……まだ気持ちの整理がついてないのかなって。今日ぐらいは休ませてあげていもいいんじゃないでしょうか?」

 

「あいつがそんなタマか?……まあ気持ちはわからないでもない。大目に見てやるか」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ウノでーーーすっ!」

 

橘の渾身の叫びが隠し部屋に響く。上の部屋に聞こえないか気が気でない。

 

「俺はドローツーをだす。ウノだ」

 

「これで綾小路くんは2枚引かなきゃですね。この勝負もらいましたよ」

 

「じゃあオレもドローツーを重ねます。あ、ウノです」

 

「ウソでーーーすっ!」

 

引退したとはいえ、橘のリアクションに陰りは一切見えないな。

安心して容赦ない手を打てる。残り1枚だった橘の手札が一瞬で5枚になった。

 

「ゆ、許せません……」

 

そのまま堀北兄もオレも順当に上がって、橘が残される。

 

「また負けちゃいましたぁ~」

 

「橘先輩、そろそろお開きにしましょう。生徒会活動始まってますし」

 

うるさいためモニターの音声はミュートにしてあったのだが、映像を見る限りすでに何やら話し合ってる様子。

 

「だめです。勝ち逃げは許しませんよ、綾小路くん。どうせ南雲君のことです。初日に真面目に活動するとは思えませんから大丈夫です」

 

南雲もウノをやってるやつに言われたくはないだろうな。

どこかで区切りをつけて抜け出そうかと考えていると一之瀬からチャットが飛んでくる。

 

『今日ぐらいゆっくり休んでね。また明日から一緒に頑張ろっ!』

 

「……何のことだ?」

 

さっぱりわからなかったが今日は休んでいいらしい。

お言葉に甘えさせてもらおう。

 

「とりあえず、今日は顔を出さなくてよくなったので、このまま続けますか」

 

「綾小路君もわかってますね!次こそ勝ちますよー」

 

「一応、上の様子確認したいんで音声出しますね」

 

「いいですよー」

 

そうしてリモコンを手に取り、音量を上げる。……この部屋、便利だな。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「それで次の議題だが、ケヤキモールのテナントが1つ空いたらしくてな。新しく誘致する店について学生の希望を聞きたいらしい。誰かやりたいやついるか?いなければ、綾小路にやらせるが……」

 

生徒会長の席に座る南雲先輩の姿は、まだ少し違和感があった。

これが徐々に様になっていき違和感が消えた時、はじめてみんなが認める生徒会長になれるのかもしれない……なんて生意気なことを思う。でも、なんだか、綾小路くんなら最初から似合いそうだしなぁ……。

 

そういった意味では、堀北会長はまさにこの学校の生徒会長って感じだったし、橘先輩は生徒会長を支える書記として本当に立派だった。

私も来年は橘先輩のように……いけない、いけない。先の見えない未来よりも、今は目の前のことを頑張らなくちゃ。

 

「南雲会長、その話私でよければ挑戦させていただけませんか?」

 

「もちろんいいぜ、帆波なら安心だ」

 

「ありがとうございます。精一杯務めさせていただきます」

 

テナント探しなんて面白そうな仕事、この生徒会じゃないと体験できないよね。

3年生の引退で、綾小路くんも少なからず落ち込んでるみたいだし、彼を元気づけられるような企画を考えてみたい。

 

うーん、癒し系で何か探してみようかな。綾小路くんのやりたいこと探しの件もあるし、滅多にできないことを体験できる施設もいいかも。

 

キッザ●アみたいな高校生版はないのかな。

気に入った仕事があれば、Aクラスを目指すモチベーションにも繋がるし、悪くないかもしれない。

 

誰かのためになるようなことを考えるのって本当に楽しい。

願わくば、綾小路くんが笑顔になってくれるようなお店を見つけたい。

……普通のことを言っただけなのに、物凄くハードルが上がった気がしたけど。

 

他には大きな議題はなく、これからの方針を語る南雲先輩。

真の実力主義の学校への改革。それが今後どう学校を変えていくのか。

 

私は……甘いって思われるかもだけど、誰も退学しないで卒業出来たら、それが一番だって考えてる。

誰もが一生懸命頑張ったらAクラスに上がれる機会をもらえるのはありがたいこと……でも、私は今のBクラスのみんなと一緒にAクラスに上がりたい。

みんながいるから頑張れる、一人だけAクラスに行っても、それは寂しいことだと思うから。

 

私は誰も裏切らない。もう二度と大切な人たちを傷つけない。

たくさんの人を救える立派な人間になる。

それが私がここで頑張ることのできる最後の理由なのだから。

 

「それじゃ、これからここに先輩たちを呼んで、サプライズでお疲れ様会をやる。みんなそれぞれ準備を頼む。桐山は合図したらこのビッグクラッカーをお見舞いしてやれ、殿河、溝脇は扉の両サイドに隠れて花吹雪を頼む、他はそれに続いて小さなクラッカーを連射して追い打ちだ。そしてピアノ演奏をスタートし、俺と帆波で記念品を渡すぞ」

 

「悪くない作戦だな、南雲」

 

「これは先輩たちも喜んでくれそうですね」

 

「この作戦には、癪だが、ピアノ担当の綾小路も必要だ。きらきら星が得意らしいからな、それでも弾いてもらおうぜ。帆波、悪いが呼び出しておいてくれ。あいつも先輩たちがいるなら来るだろう。とにかくサプライズはバレたら意味がない。あの堀北先輩たちの驚く顔を見ることを目標に頑張るぞ」

 

こういったところが何だかんだで南雲先輩に人気がある理由なのかもしれない。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「リバースだ」

 

「俺もリバースをだす」

 

「ならオレはスキップだ」

 

「あわわわわ、ずっと私のターンが来ません……って違いまーす!大変ですよ、かいちょ……堀北君、綾小路くん。がっつりサプライズの内容聞いちゃいました。どうしましょう……」

 

「別にいいんじゃないですか?」

 

「綾小路の言うとおりだ、もてなしてくれるならドンと構えていればいい」

 

「で、でも、聞かなかったことにして驚くなんて私には無理ですよぉー」

 

「橘先輩にできないリアクション芸があるわけないじゃないですか」

 

「あー、綾小路くん、失礼ですよ。私にそんな芸風はありません」

 

一度橘の様子を動画に撮って本人に見せる必要があるかもしれないな。橘が卒業するまでの課題にしよう。

 

『綾小路くんごめん。これから3年生のお疲れ様会があるんだって。生徒会室に来れないかな?』

 

一之瀬からチャットが届く。

3年生に対してなら、今まさに接待中なのだが……サプライズは大事だからな、協力しよう。

 

「それじゃ先輩方、一足先に上で準備してますんで、またあとで」

 

「ああ。お前の演奏楽しみにしてるぞ」

 

「あわわ、どうしましょう、知らないフリ知らないフリ……」

 

両手を上下にぶんぶんさせ、オドオドしながら、ウロチョロぴょんぴょんしている橘。

このリアクションでも十分通じそうだが、まだ上を目指すなんてさすがだな。

 

「出る時は生徒会相談室側から出れば気づかれることはないだろう」

 

「わかった」

 

「えーと……わぁ、さぷらいずナンテウレシイデスー、ビックリシマシタァ……」

 

これは……南雲のサプライズも早速とん挫するかもしれないな。

 

生徒会相談室から出て、生徒会室へと入る。

 

「あ、綾小路くん、やっほー。……その、無理言ってゴメンね。辛いかもしれないけど、先輩たちのためにも笑顔で送りだしてあげよっ!その、淋しいときは私もいるし!」

 

「そんな暗い顔をするな、綾小路。堀北先輩がいなくなったわけじゃない。悩んだときはいつでも相談に行けばいいじゃないか。もちろん、俺たちもいつでも相談に乗る」

 

「いつも以上にしけた面してるな。これから大事な先輩方の見送りだ。大好きなピアノでも弾いて元気出せ」

 

「えーと、はい」

 

なんだか妙に温かく迎え入れてくれてるんだが、何があったんだ?

 

南雲の言った通り、いつの間にか生徒会室にグランドピアノが配置されている。

 

「音楽室から運ばせた。調律も問題ないはずだ。先輩方が入ってきたら、お前の自慢のきらきら星を弾けよ。今日のサボりはそれでチャラにしてやる」

 

「それは構いませんが……」

 

南雲と初めて話した時に「きらきら星変奏曲でも弾きましょうか」といったのを覚えていたのか。別に他にそれっぽい曲でもいいのではないかと思ったが、新会長がご所望なら構わないか。

 

「全員、準備はいいな。よし、先輩方にチャットした。まもなく来る」

 

真剣にボトル型の大きなクラッカーを抱える桐山。

入口の殿河、溝脇も色とりどりの紙吹雪をかご一杯に持っている。

記念品と花束を抱きしめる一之瀬。

ピアノ演奏に備えるオレ。

他の役員もクラッカーをいくつも構え、その時を待つ。

生徒会室に緊張が走る……って何をやってるんだ、オレたち。

 

「ガラガラガラー、いやぁ勉強して遅くまで残ってたんですが、皆さんどうしたんですかー」

 

わざわざドアを開ける音まで口にして白々しい嘘をつきながら、橘と堀北兄、そして幻の3年の元生徒会役員たちが入ってくる。

 

「「「先輩方いままでお疲れ様でした!」」」

 

先輩方に向け、生徒会メンバーが元気よく挨拶をする。

……掛け声について聞かされていなかったんだが。

その声に合わせ、桐山のクラッカーが盛大に発射される。

カラフルなテープが輝きながら宙を舞い、紙吹雪が先輩方を包む。

通常のクラッカーも小気味よく音を奏でる。

 

ここでオレも演奏を始めた。

 

きらきら星変奏曲の主題。

恐らく多くの人が耳にしたことがある、と思われるフレーズ。

 

「今までありがとうございました」

 

南雲が堀北兄に、一之瀬が橘にプレゼントを渡したのをきっかけに、それぞれのメンバーから他の3年生にも記念品が手渡される。

 

「わぁ、ありがとうございます!び、びっくりしました」

 

「喜んでもらえたみたいでよかったです」

 

一周回って普通の驚いたリアクションになっている橘。

 

「南雲、わざわざこんな会を開いてくれてすまないな」

 

「先輩たちにはお世話になりましたからね、このぐらい当然っすよ」

 

各々感謝の気持ちを述べているようだ。

 

「綾小路くんのきらきら星もすてきな――」

 

きらきら星変奏曲は、第一変奏、第二変奏へと入り、よりテンポよく、煌びやかな旋律を奏でる。

 

「んんん?」

 

賑やかだった生徒会室もピアノの音に包まれていく。

 

変奏、第三、第四、第五とどんどん進んでいく。

 

「わ、私の知ってるきらきら星と全然違います……」

 

「輝くような星や儚げに光る星、色んな星の瞬きが音から伝わってくるな」

 

「あ、綾小路、また騙しやがったな、こんなに弾けるとは聞いてねーぞ」

 

「さすが綾小路くん、先輩の想像をも超えるアーティスト!」

 

最後の第12変奏が終わる頃には全員が聴き入っていた。

 

「綾小路くん、ありがとうございます。こんな素敵な演奏……スキップ連打で腹を立てていた自分が恥ずかしくなりました」

 

「こんなことなら、もっと早く弾いてもらうんだったな。まさか茶道以外に言っていた特技もここまでのクオリティーだとは思わなかった」

 

2人とも喜んでくれたようだ。

 

こうして南雲企画のお疲れ様会は無事結びを迎えた。

色々思うところはあったが、今度こそ2人をしっかりと送りだせたような気がして、悪い気はしなかった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

一年ということで、最後にゴミ出しをした、オレと一之瀬が帰路につく。

 

「……先輩たち、引退しちゃったね」

 

「だな」

 

「私たちも、あの2人に負けない生徒会にしたいね」

 

「悪くないな」

 

「その時は……えっと、その~」

 

「一之瀬生徒会長か、良いかもしれないぞ」

 

「えっ?私がそっちなの!?」

 

「オレは今のところ生徒会長に興味はないからな」

 

驚く様子の一之瀬。

人望や人柄からしても一之瀬の方が適任だろう。

オレは『生徒の代表』には相応しくない。

 

「うーん、もったいない気がするけどなぁ」

 

「適材適所ってやつだ。もし、一之瀬が生徒会長になるなら、しっかりと応援するぞ」

 

「そ、それは、それで……アリだね」

 

上手く乗せて生徒会長になってもらわないと、オレが任命されても困るからな。

やる気のある生徒が務めるのが一番だ。

 

「それにしても、また綾小路くんの演奏が聴けてよかったよ。もうプロの演奏家になれるんじゃない?」

 

「それは流石に無理だな」

 

オレの演奏はホワイトルームに来ていた指導員、かなりの賞を獲った経歴の持ち主の演奏をそのまま真似ているだけだ。その人が感じた感情まで再現して弾いているからそれっぽく聴こえるだけ。

結局のところ、オレの気持ちを込めてるわけではないため、本当の意味で心に響く演奏などできないだろう。

 

「今度、高円寺の彼女のためにあのレストランで演奏するんだが、良ければ一之瀬も来るか?」

 

「いいの?」

 

「もちろんだ」

 

「やった、楽しみにしてるね!」

 

あんな演奏で良いのならと、高円寺たちとだけでは気まずくなるので、強力な助っ人をしれっと連れていくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軽い気持ちで誘ったが、まさかあんなことになって後々面倒なことになるとは、この時のオレは知る由もなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

答えのない世界(記念日編)

色んなものを詰め込みすぎたペーパーシャッフル編のような何かが始まります。


「綾小路ボーイ、私たちとダンスパーティーと行こうじゃないか」

 

誕生日だという3年の女子生徒と一緒に高円寺がそんな提案をしてくる。

ケヤキモールの一角のレストランで、ピアノを弾くだけのはずが……どうしてこうなった。

 

新たな黒歴史が目の前まで迫ってきていることを、この時のオレはまだ気づく由もなかった――――

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

帰りのホームルームの前。

これから中間テストの結果が発表される予定だ。

 

体育祭からほとんど日を開けず実施されたため日頃の勉強への取り組みが反映されやすいテストだろう。

 

クラスメイト達もテスト結果を気にしてか、どこか落ちつきのない様子だった。

茶柱先生が教壇に上がる。

 

「これから中間テストの結果を発表する」

 

貼り出されるテスト結果。

今回もすべて満点をとっておいたのでオレの成績はおいておく。

総合点の順位は、2位が高円寺で、3位で櫛田、そして4位に堀北という結果。

 

「桔梗ちゃんスゲー!!」

 

これまでのテストでも優秀な成績だった櫛田だがこのクラスには、幸村、みーちゃんなど学力特化の生徒に、堀北、平田、高円寺など文武両道の猛者がいるためクラス内でも上位5名に入ることは難しい。

 

今回の中間テストは体育祭の結果によって、ボーナスで加点、逆にペナルティで減点を受けている生徒がおり、見た目の順位と実際の得点は異なる。

そのため、高円寺との差は、体育祭での入賞数の差と見てよさそうだ。

また、幸村やみーちゃんの成績がペナルティにより落ちているのも上位に入れた要因の1つだろう。

 

「そんなことないよ、寛治くん」

 

「櫛田さん、急に成績伸びたね、勉強法変えたとか?」

「本当にすごいです。体育祭で大変だったのに勉強もしてたんですね」

「さすが俺たちの女神だぜ」

 

謙遜した櫛田だが、周りは聴く耳を持たずに称賛する。

「たまたまだよ~」と笑顔で対応する櫛田。

普段通りの対応だが、内心では『堀北ざまぁ、二度とデカい態度とんじゃねーぞ、ぎゃはははははー』と小躍りしていてもおかしくない。

 

むしろ日頃の退学に懸ける情熱を知っている身としては、普段通りの振る舞いをできる自制心は評価に値する。こと自分の仮面を維持することにおいて、並みの人間では敵わないだろう。

 

堀北の悔しがる顔が見たかったのか、先ほどからチラチラとこちらの方――オレの隣の堀北を見てくる。

だが、肝心の堀北は気にもしていないのか「今回のテスト、櫛田さんも相当気合を入れたのね」などとコメントしている有り様。

 

「意外だな。櫛田に負けたら、もっと悔しがるのかと思っていた」

 

「伊達に兄さんを追ってはいないということよ。敗北はむしろ慣れているから」

 

「……そういうもんなんだな」

 

この前の体育祭のリレーといい、ブラコンってもしかしてプラス要素が多い属性なのか?

 

「冗談よ。元々私は彼女のことを嫌ってなどいないもの。努力をして結果を出したなら素直に称賛するわ」

 

「そういうもんなんだな」

 

本当に冗談だったのか?こちらのリアクションを見て、言い繕ってないか?などと聞き返した日には面倒なことになるだろう。

安心しろ、堀北。オレはお前のブラコンっぷりを疑ったことなど一度もない。

 

「まあ次の試験では私が勝つけれど」

 

表情には出していないが、それなりに悔しがってはいるようだ。

だが、表情に出ていないのが不満なのか、堀北と会話するオレを横目で観察していた櫛田の表情が一瞬だけ鬼面のように変わり、怒気を醸し出したような気がする。

 

とにもかくにも、今日の夕飯のメニューには期待できそうだな。

 

櫛田の躍進に目を奪われ、クラスメイト全員が触れるのをすっかり忘れているが、地味に須藤の成績も上がっていた。

また、最下位の生徒も赤点は回避できているあたり、勉強会を開いていた堀北の成果が伺える。

正直、その時間を自分の勉強時間にあてていれば、櫛田に負けなかったかもしれない。

 

また、慣れとは恐ろしいもので、誰もオレの満点の方にも触れてない。

『生徒会だからな』と言う準備をしていただけに、肩透かしを喰らってしまった。いや、触れてこないだけで、いくつか視線を感じるといえば、感じるのだが……。

 

「私が着任してから3年間、この時期までDクラスから退学者がでなかったのはお前たちが初めてだ。ましては、来月からCクラスになるのも前代未聞だろう。よくやった」

 

最後の一言はこちらをちらっと見ながら発していた茶柱先生。

思えば無茶苦茶な体育祭になったのは茶柱先生の意向を汲んだからに他ならない。

存外、茶道部の居心地も悪くはないため、できることなら存続させたい。多少の無茶ならこなしてみせる。

 

ただ、「それなりの代償を払ってもらいますよ、茶柱先生?」と見つめ返すと、ニヤリと微笑み返された。

 

絶対伝わらなかったな……「この調子で頑張ります」とかだと思ってる顔だ。……訂正する義理もないので、つかの間の幸せを味わっておいてもらおう。

 

「だが安心するのはまだ早い。本番は期末テストとして行われる新たな特別試験――通称ペーパーシャッフルだ」

 

「ペーパシャッフル?」

 

特別試験と聞いて、堀北がメモを始める。

クラスメイト達も突然の特別試験の通達に戸惑いつつも、茶柱先生の話を聞こうとする。ここまでゆっくりとだが成長してきた、堀北とクラスメイト達。今回オレは静観に回ってもいいかもしれない。

 

「クラス内でペアを作ってもらい、そのペアで試験に挑んでもらう」

 

茶柱先生の話を要約すると

 

・ペアで試験に挑戦し、各教科、また総合点においてボーダーがあり、ペアの合計点がそれ以下なら2人とも退学・ペアの決定方法は来週実施の小テストのあとで発表・小テストは0点でもペナルティはない

・試験問題はクラスですべて作る

・作った問題を別クラスを指定して解かせる(指定クラスが被った場合は抽選)

・解かせる側と解いた側の総合点を比べ、勝った方が50クラスポイントを負けた方から奪うことができる

・AクラスとBクラスが解かせ合うなど相互で交換した場合は、100クラスポイントが変動する。

・問題のチェックは学校側が厳正に行い、相応しくない問題は修正するように指示が入る

・カンニングは即失格、ペア共々退学となる

 

「例年、ペーパーシャッフルでは1組か2組の退学者を出している。心しておくことだ」

 

そう言って茶柱先生からの試験の説明が完了する。

 

「この試験どう見る?」

 

堀北に任せても大丈夫かどうかの確認をする。

 

「先生の話の中にいくつものヒントがあった。勝ち筋には気づいているわ。後程、平田くんたちを呼んで作戦会議よ」

 

「そうか、それならよかった」

 

どこまで堀北たちができるのかお手並み拝見だな。堀北が平田に声を掛けるため席を立つと、入れ替わりでオレのもとにやってきた生徒がいた。

 

「ねぇ、これからちょっと顔貸してくんない?」

 

クラスメイトの佐藤麻耶だ。

派手さはないものの、池や山内たちとも仲良くできる優しいギャルといった印象。

普段は、篠原や松下などと話しているようないないような……。

もちろん、オレもこれまでちゃんと話したことがない生徒だが、一体何の用だろうか。

こちらの様子を伺う、櫛田や篠原&佐倉、軽井沢の視線が痛い。

 

「……悪い、生徒会があるから――」

 

「ほんのちょっとでいいからさ、お願いっ!」

 

万能ワードで断りを入れようと試みたのだがあえなく失敗する。これ以上、この状態を維持するのは得策ではないだろう。

 

「わかった」

 

「ありがと、ちょっとついてきて」

 

ほんのちょっとと言いながらも、体育館裏まで移動する佐藤。

あのまま教室でできる話ではない、ということ。

 

……ここ、以前、一之瀬が白波から告白される際に、彼氏役にさせられそうになった場所だな。

 

「変なこと聞くけどさ、綾小路くんって……誰か付き合ってる人とかいるわけ?」

 

なんだ、やっぱり彼氏役の依頼か。一之瀬の時もまずそこを確認された記憶がある。今は曲りなりにも生徒会役員だしな、困っている生徒がいるなら話ぐらいは聴こう。

 

「いないな。安心してくれ」

 

「ふーん、そうなんだ」

 

彼氏役を依頼できることに安心したのか、表情が和らぐ佐藤。告白してくるのは誰だ、山内か?池か?

 

「……友達からでいいからさ、電話番号交換してよ?」

 

「……ん?なんだって?」

 

「そのままの意味じゃん、綾小路くんの連絡先が知りたいっていってるの」

 

「とりあえずわかった」

 

言われるがままに連絡先を交換する。彼氏役じゃなかったのか……この手の話はいつも想定の逆になるな。これからは裏の裏を考えた対応をするべきか。

 

「野暮なことを聞くが、どうしてオレなんだ?」

 

「体育祭のリレーとか他の競技も……綾小路くんすごくカッコよかったっていうか、ただ

のがり勉じゃなくって、よく見ると顔もイケてるし、生徒会の副会長だし、優しそうだし……ぁッ、と、とにかくそういうわけだからっ!」

 

顔を真っ赤にしながら走り去る佐藤。オレはこの連絡先どうすればいいんだ。

 

うーん、と悩みながら荷物をとるため、教室に帰ろうとする。

 

「あーやのん」

 

こちらから連絡するのも違うよな。第一話題が思いつかない。

 

「おーい、聞いてるー?」

 

なら、とりあえず向こうのアクション待ちか。

 

「えい」

 

背中を軽く叩かれたことで、オレに話しかけられていたことがわかる。……周りには他に人影がないので、そりゃそうか、という話だが、逃げ切ることはできなかった。

 

「無視するなんて冷たいじゃん」

 

そう言いながらニコッと笑うのは、またまたオレが話したことのないクラスメイト、長谷部波留加だ。

 

「まさかオレに話しかけてるとは思わなくってな……あやのん?」

 

「わーやっぱり最初から聞こえてたんだ。私、あだ名付けるの好きなんだけど、確かに、あやのんはしっくりこないんだよね」

 

「……それで何の用だ?」

 

長谷部は1学期にDクラス男子が作ったとあるランキングで、最上位の佐倉と並んだポテンシャルの持ち主。

これまでは、クラス内の誰かと特別に親しくしている様子はない生徒だ。そんな生徒がいきなり話しかけてくる理由は、思いつかなかった。

というより、先ほどの流れが頭の隅に残っているため、変に予想すると火傷しそうだ。

 

「さっきの偶然見ちゃったんだけど、佐藤さんから告白された感じ?」

 

「いや、連絡先を交換しただけだ」

 

「ふーん、なるほどねぇ。確かにここ最近の綾小路くんって大活躍だし……同年代の男子と比べても落ち着いてるっていうか、格段に大人だよね」

 

「そうなのか?」

 

恋のゴシップが大好きなのか、現場を目撃した以上、確認せずにはいられなかったのかもしれない。少し警戒を緩める。

 

「もしかして自覚ない系?罪な男だねー、このこのー」

 

わき腹を小突いてくる長谷部。普段の印象とは違い、距離感が近い。

……それに関してはオレもあまり人のことは言えないか。

どうも対人関係の経験不足か、他人との適切な距離感がわからないときがある。

長谷部も同じなのかもしれない。

 

「じゃあついでに私とも連絡先交換しよっか。なんかの役に立つかもよ?」

 

「……ああ」

 

何のついでなのか……。しかし、ここまで来たら1人も2人も変わらない。

どんな理由であれ、連絡先が増えるのは何だか嬉しかったりもする。

これまでクラスメイトとの交流も少なかったことだし、いい機会と割り切ることにした。

 

連絡先を交換した長谷部も「じゃ、そういうことで」と足早に立ち去っていく。

 

日頃話したことのない人物との会話は気疲れするな……。

生徒会休んでもいいだろうか……南雲がグチグチ言ってきそうだな、うーん。

 

今度こそ帰ろうと体育館裏から出ようとしたところ、先の方で声が聞こえた。

 

「ここで構いません、葛城くん。しばらくしたら戻ってきますので」

 

話したことがある人物との会話でも気疲れはする。

踵を返し、別ルートから教室に向かうことにしよ――

 

「こんにちは、綾小路くん」

 

逃げ遅れてしまった。今からダッシュで走り去っても、葛城に乗って追ってくる姿が想起され、諦めることにする。

 

「突然やってきてどうした坂柳?」

 

「テストの結果、お見事でした。最近は、すっかり能力を隠されなくなったようで。私としても綾小路くんが他の方に目を付けられないか気が気ではなくて、ついマイカーを飛ばしてやってきてしまいました」

 

「杞憂だと思うぞ?」

 

「少なくとも卑しい雌猫がたくさん寄ってきていたように思うのですが?」

 

「それは誤解だな。さっきのはメル友が増えただけだ」

 

「そういうことにしておきましょう。私としては、綾小路くんとの勝負に割り込まれるのが許せないだけですので、他の用件なら気にいたしません」

 

新しい特別試験。

ましては今回は相手を選べるタイプのモノ。

坂柳が黙っているわけもなかったか……。

体育祭で共闘した背景には、こんな時にオレから勝負を拒否されないための予防線的な意味合いもあったのだろう。

 

「お前の言いたいことはわかった。だが、こちらにも色々とある。Aクラスからのテスト問題は受け入れる、だが、こちらの作成した問題は別のクラスに解いてもらう、それで妥協して欲しい」

 

「なるほど……。確かに妥協点としては無難なところですね。今回の試験ではお互いの実力をぶつけ合う勝負、という内容ではないですし、それで我慢いたしましょう。差し詰め、前哨戦というところでしょうか」

 

Aクラスと学力勝負をしても勝てる可能性は低い。

今回は堀北たちに一任しようと考えていることもあり、傷は最小限に収めておくべきだろう。オレはその分、備えるべきことに備えるだけだ。

 

お互いに伝えるべきことは伝えたので、葛城の前まで2人で戻る。

 

「すまないが俺も綾小路と少し話がしたい」

 

「構いませんよ」

 

坂柳から少し離れたところで葛城が真剣な顔で話し始めた。

 

「体育祭は見事だったな、綾小路」

 

「それは葛城もな」

 

「お前たち生徒会と比べるとまだまだだ。だが、俺から一つ忠告させてくれ」

 

「忠告?」

 

「坂柳に気をつけろ。少なくともアイツの前で『重い』というワードは絶対に口にしてはいけない」

 

「……あ、ああ」

 

「俺はあれから、坂柳が特注した等身大アルベルト君人形を背負わされて、スクワットを毎日100回こなす羽目になった……たしかにトレーニングにはなるが、俺でなければ潰れていただろう」

 

「それは……間違いなく重いな」

 

「そうだろう。だが思っても決して口にはしてはいけないこともある。忠告はした。しっかりと肝に銘じておいてくれ」

 

そう言って坂柳のもとに戻り「楽しみにしていますね」という坂柳を乗せて葛城は帰っていく。

 

「苦労が絶えないな……お互いに」

 

そうつぶやかずにはいられなかった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「――ということがあったんです」

 

「今回も満点ですか!おめでとうございます。綾小路くんも勉強できる基礎が身についたのかもしれません、私もこれで安心です」

 

テスト結果の報告と先ほどの出来事を話す。

疲れたので、直接生徒会に行く前に隠し部屋に寄ることにした。いまこの状況で、南雲から不用意な煽りを受けたら、面倒になってみぞおちを殴り黙らせてしまう可能性がある。

 

「それにしても綾小路くんにモテ期到来ですかー。どうしましょう」

 

「あれだけ活躍すれば、不思議なことではないだろう」

 

「それはそうなんですが……恋する乙女の味方の私としては、複雑な気持ちです」

 

「まだ恋愛ごとと決まったわけでは……」

 

「ほらー、綾小路くんがそんなんだからこういうことになるんです。一途が一番ですからね、大切な人を泣かせないように」

 

「先輩に言われると説得力が違いますね」

 

「そうでしょう、そうでしょう」

 

連絡先が増えたぐらいで大げさな橘。

ちょっとした意趣返しのつもりだったが、気づかれていない。

橘の様に誰かに一生懸命仕える、というオレの姿は想像できないためその辺りは掛け値なしで評価している。ただ、それが正しいかどうかは検証が必要だが……。

 

「ちなみにオレはどうするのが正解だと思いますか?」

 

「ひとまず様子見じゃないですか。あ、でも連絡が来たら無視はダメですよ。その子は勇気をだして送ってきてくれたんです。綾小路くんもその気持ちには答えなくてはいけません」

 

「なるほど……」

 

以前、オレも、一之瀬が告白された際に似たようなことを言った気がする。

もっとも、あのときは聞きかじった話を流用しただけだったが……。

オレも恋愛に興味がないわけではないし、学んでみたい内容でもある。

だが、どうも平田の様子を見ていると、相手選びは慎重にならなければいけないような気がしてならない。

 

「困ったときは、以前作ったあのグループチャットに連絡してください。恋愛初心者の綾小路くんのために、私たちが力になります」

 

……あのグループって、あのグループだよな。メンバーは堀北兄と橘と桐山。

 

果たして問いを投げたところで有効なアンサーが返ってくるのか。

返ってきた内容の精査をできるだけの経験がこちらにもないため、大惨事になりそうだが……。

 

「うーん、一之瀬あたりに相談した方がいい回答が来るような気がする……」

 

一之瀬も恋愛ごとに関しては初心者のようだったが、少なくともグループメンバーの3人よりは信頼できる回答を持ってきてくれるだろう。

 

「ぜ、ぜ、ぜ……」

 

「ぜ?」

 

「ぜーーーたいにそんなことしちゃいけませんっ!!修羅場が好きなんですか、綾小路くんは!!」

 

「いえ、平穏が好きです。でも一之瀬に話すとどうして修羅場になるんですか?」

 

なぜか全否定されてしまった。繰り返さないためにも原因の特定は大事な作業だ。

 

「え~と……ですから、それはですね~」

 

「同学年に相談すると変な噂になったり、余計ないざこざに巻き込まれることもある。こういう場合は関係のない他学年を頼るのが安全だと橘は言いたかったんだ」

 

言葉に詰まっていた橘を堀北兄がフォローする。

 

「確かに一理ありますね。他学年の方がフラットに見れるかもしれませんし」

 

「その通りです。ですので、困ったときは私たちに相談すること、いいですね?」

 

「わかりました」

 

そんなやり取りをした後、仕方がないので生徒会の方にも顔を出す。

 

「遅かったじゃねーか、綾小路。女でも出来たか?」

 

妙に鋭い南雲のツッコミ。

 

「えッ!?」

 

素早く反応する一之瀬。

 

「いえ、そんなんじゃないですよ」

「だよね!」

 

さらに素早く反応する一之瀬。

 

「そうか、ならいいんだ。体育館裏に女子生徒と一緒に入っていく姿を見たって話を聞いたんだが、誤情報だったか」「綾小路くん?」

 

さらにさらに素早く反応する一之瀬。

 

「告白を断るための彼氏役を頼まれただけですよ」

 

「なーんだ、それなら仕方ないね」

 

自分にも心当たりのあることを耳にしたことで大きく頷き安心する一之瀬。

橘のリアクション芸でも受け継ぐつもりなのだろうか。

 

「ま、そういうことにしといてやるよ。だが、遅れた分もしっかり仕事はしてもらうぜ」

 

いつもよりも大量の仕事を渡された気がするが、橘たちでワンクッション入れておいた甲斐があった。難なく完了させて帰路につく。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

帰宅すると部屋の鍵が開いている。

さて今日のメニューは何だろう。

 

「お帰り、綾小路くん。もうご飯の準備できてるから、座って座って」

 

櫛田にせかされて、テーブルに着くと、確かに料理が準備されていた。

 

白米を挟んで

 

右側には、ハンバーグ、エビフライ、から揚げ、フライドポテトにサラダ、スープといった豪華なラインナップ。

 

だが、左側は隣と同じサイズの皿に、めざしが一匹のっかっているだけ。具なしの味噌汁も一応おいてある。

 

「あ、あの櫛田さん?」

 

「ごはんの前に聞きたいんだけど、綾小路くん、今日の放課後はお楽しみだったよね?」

 

「いえ、何も楽しいことはございませんでした」

 

笑顔を崩さないまま強烈なプレッシャーを放つ櫛田。どうやったらそんな技ができるんだ?  

 

「そうだよね?綾小路くんにとって女の子と一緒に居るのって別に楽しくないもんね?」

 

一手の間違いすら許されない選択を余儀なくされている、そう感じさせられた。

 

「……少なくとも櫛田とのこの時間はいつも楽しみだ」

 

「少なくとも?」

 

「当然いつも楽しみで仕方がない」

 

「だよね、そうだよね。分かってるならいいの。うんうん、じゃあ、ご飯はこっちを食べようね」

 

そういって、めざし定食を片付ける櫛田。

※めざしは翌朝、丁度具のなかった味噌汁に入れて朝食として美味しく頂いた。

 

「さ、食べよっ!味はどうかな?」

 

もはや正確に味を判断できるか自信がないほど口の中が渇き、胃がキリキリしていたが、そんなそぶりを見せるわけにもいかず、まずはお腹に優しそうなサラダに手を付けた。

 

「うん、美味い。この味、いいな」

 

「ふふふ、この味がいいなと君が言ったから、今日は『堀北ザマア記念日』」

 

とんでもない記念日が誕生した……。

毎年祝い出さないか不安だ。

来年聞かれたときに忘れていたら逆鱗に触れそうなので念のためしっかりと記憶しておこう。

 

とりあえず機嫌は良くなったようなので、残りの料理も美味しくいただいた。

食事を取りながら、放課後行われた堀北のペーパーシャッフル対策会議の内容について共有してもらったが、小テストの結果でペアが決まることなどしっかり見抜いていたようで心配はいらなさそうだ。

 

「でさ、今回は堀北退学のチャンスじゃない?カンニング容疑でしょっぴくとか、どうかな?」

 

「その場合、アイツのペアも巻き込まれるだろ。それは気の毒だ」

 

「別にいじゃない、どーせ成績の低いクズだろうしさ」

 

ブラックな櫛田さんは本当に容赦ないものいいである。

 

「それじゃ、また勉強教えてよ。個人的に勝負しかけて退学にしちゃうからさ」

 

「中間テストで借りは返したつもりだったんだが……」

 

「協力してくれないの?アイツの事だから他の馬鹿たちの面倒見て成績を落すかもしれないんだよ。チャンスじゃない」

 

「それとこれとは話が別だ。やるなら一人でやるといい」

 

「ひどい、綾小路くんとはわかり合えたと思ったのにっ!」

 

「わかり合うも何も、オレの言った条件を櫛田はまだクリアしていない」

 

「なんでわかってくれないの?私の事なんてどうでもよくなった?……もう知らないっ!せっかくの記念日が台無しだよ、綾小路くんなんて退学しちゃえばいいんだっ」

 

そんな罵倒を浴びせてエプロンを投げつけてから部屋から出ていく櫛田。

 

変わりに先ほどまで賑やかだったとは思えない程の静けさが訪れる。

 

後に残ったのは散らかったままの食器、冷蔵庫にはデザート用に買ってあったのか、プリンが2つ入っていた。

 

 

 

先ほどの櫛田の反応は、どこまでが本音でどこまでが偽りだったのか、その点だけが気になった。

 

 

 

 




ものすごい文量となってしまい、泣く泣く前後編に分けることとなりました。
冒頭の続きは次話になります。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

答えのない世界(黒歴史編)

中間テストが返却された週の日曜日。

高円寺から依頼されていたサプライズ演奏の時間が近づいてくる。

 

ディナーとのことで、レストランに19時集合だ。

すでに店には全て話が通っているらしい。そういったところは、手際が良いな。

普段のクラスでの活動もこのぐらい積極的にしてくれれば、オレも楽なのだが……。

 

助っ人の一之瀬とは、ケヤキモール入り口で待ち合わせをしている。

前回あのレストランに行ったときは7月だったこともあり、この時間でも暑さが残っていたが、もう10月だ。少し肌寒くなってきた。

 

「綾小路くん、こんばんは。すっかり寒くなって来たね」

 

「ああ。そうだな」

 

木々も僅かに紅葉がはじまり、少し物寂し気な街並みを眺めていたら一之瀬が到着する。

 

「今日はお呼ばれしちゃって迷惑じゃなかったかな?」

 

「気にする必要はない。高円寺に振り回されそうで気が重かったから助かる」

 

「そっか。もし困ったことがあったらいつでも相談してね。心細いときは力になるから」

 

「すまないな」

 

「ううん。ところで今日はどんな曲を演奏するの?」

 

「高円寺から事前に希望があって、リストの曲が好きらしい。『愛の夢』などを演奏予定だ」

 

『私に相応しく美しくも気高い音楽さ!』なんてことを主張していた。

 

「なるほどー。でもリストはなかなか難しいんじゃない?」

 

「わかるのか?」

 

「……実はあれからクラシックにハマっちゃって……よく聴くようになったんだ」

 

そう言って携帯の音楽アプリの曲一覧を見せてくる一之瀬。沢山のクラシックがダウンロードされており、あの日、弾いた月の光もある。最近はきらきら星変奏曲を入れたようだ。

 

「でも生で聴くのとは大違いだから、綾小路くんの演奏楽しみだよ」

 

「ああ。楽しんでもらえるように善処する」

 

約束の時間になったため、店内に入ると、以前と比べ花や豪華な装飾などで彩られた空間となっている。この日のために特注したのだろうか。高円寺は干支試験で50万ポイントをゲットしているからな……。

 

「ようこそ綾小路ボーイ。今日は素晴らしい演奏を期待しているよ」

 

「ああ。期待に沿えると良いんだが」

 

「ハッハッハ、謙遜する必要はナッシングさ。キミの演奏の腕と頑丈さは私が保証するよ」

 

大きな声で笑いながらオレの背中を叩く。

 

「えーと、高円寺くん、私もお邪魔するね」

 

「もちろん、構わないよ。綾小路ボーイが連れてきたパートナーだ。歓迎しよう」

 

一之瀬の参加は事前に伝えておいたものの、予想以上に快く受け入れられた。

特にギャラリーが増えることは気にならないようだな。

高円寺の案内でピアノの前に到着する。

 

『綾小路ボーイ スペシャルバースデーリサイタル』と書かれた派手な看板が設置されていた。

 

「ギャラリーの諸君、本日のピアニストを紹介するよ。綾小路ボーイだ。彼の演奏で、今宵は諸君の一生の記憶に残るディナーとなるだろうね」

 

おい、どれだけハードルを上げる気だ。

 

高円寺の挨拶にギャラリーから大きな拍手が巻き起こる。

近くの席で待機している一之瀬も楽しそうに拍手をしている。

頼む一之瀬、そっち側に行かないでくれ。

いや、ギャラリーってなんだ?一般客ではなく高円寺が招待したのか?

 

「それじゃあ後は頼んだよ。私は私のガールとゆっくり楽しませてもらおう。アデュー」

 

そう言ってオレを取り残し、さっさと自分のテーブルへ移動する高円寺。

こうなればオレはただただピアノを弾くだけだ。もう他の事を考えるのは止めよう。

 

そうして、ピアノの演奏をはじめる。

周りが聴いてくれる姿勢であるのなら、オレは構わず演奏するだけでいいはずだ――

 

 

――どのくらい演奏しただろうか、ふと意識をこちら側に戻すとオレの演奏に合わせて、高円寺とその彼女が演奏に合わせて優雅に踊っていた。

 

なんだこれ。

 

しかしそういうことなら踊りやすい曲をチョイスするか。

 

ショパンの華麗なる大円舞曲、チャイコフスキーの花のワルツなど優雅に踊れるクラシックを奏でる。

 

「わかってるじゃないか、綾小路ボーイ」

 

演奏に合わせて踊る高円寺たち。

曲の終わりには、ギャラリーの皆さんから、惜しみない拍手が贈られる。

 

なるほど、本人参加型のサプライズもあるんだな。

恐らく社交ダンスはあの女子生徒の特技なのだろう。

それを誕生日の場で披露する計画だったようだ。

普段の学校生活ではせっかく練習しても披露する場が限られている。

相手は3年生。残りの学生生活でこんなチャンスはなかったかもしれない。

ここでこれまでの集大成を多くの人に観て楽しんでもらいたい、そんな熱意が踊りに込められていた。

 

「充実した時間だねぇ。だが、そろそろ綾小路ボーイも休憩したい頃合いじゃないかい?」

 

高円寺が気を遣ってくれる……だと?

そんなことありうるのか。

しかし、今日の高円寺はご機嫌だ。そんなこともあるかもしれない。

 

「そうだな、そろそろ一息つきたいと思っていたところだ」

 

「では、綾小路ボーイ、私たちとダンスパーティーと行こうじゃないか」

 

休憩って言わなかったか。余計に疲れることをする気はない。

 

「ダンスは契約外だ、断らせてもらおう」

 

「おや、いいのかい?綾小路ガールは満更でもないようだよ」

 

綾小路ガール……一之瀬のことか?

 

「あ、綾小路……ガール……」

 

顔を真っ赤に染める一之瀬。多分水をかけたら蒸発して湯気が出る。

 

「一之瀬、高円寺の言うことを真に受ける必要はないぞ」

 

「え、あ、うん。えっと、でもせっかくなら綾小路くんも一緒に楽しめたらなって……どうかな?」

 

一之瀬が俯きながらも、そんな提案をしてくる。

ギャラリーも男なら一緒に踊ってやれよ、みたいな雰囲気でオレたちの動向を見守っている。

逃げ出したいが逃げ出せない空気。

 

「だが、オレが演奏しないとダンスも何もないんじゃないか?」

 

もっともな理由を述べてみる。

こういった手法を選ぶ際、これまでうまく行った試しはないが、抵抗をする権利はあるだろう。

 

「心配には及ばないさ」

 

高円寺が指を鳴らすと、この店のピアニストがやってきた。

 

「また、あなたの演奏を聴けて光栄です。私で良ければ演奏させて頂きます」

 

「それじゃぁ頼むよ」

 

高円寺とその彼女がホールドを組む。

凛としたポージングは見事なものだ。

 

こちらも、もう踊るしか選択肢がないようだ。

 

「ちなみに一之瀬は社交ダンス経験は?」

 

「……初めて、です」

 

申し訳なさそうに申告する。

誘った手前、無責任なことをしてしまったと思っているのだろう。

 

「わかった、ならオレに任せてくれ。上手くリードするから、一之瀬は見よう見まねで合わせてくれればいい」

 

そう言って一之瀬の右手をとり、ホールドを組む準備をする。

ダンスのペアの身長差の理想はヒールの高さを考慮しなければ、10センチぐらいらしい。

 

オレと一之瀬は17センチ差くらいか。おまけに靴も普通の靴だ。

問題は色々あるが、カバーできない範囲ではない。

 

腹部を密着させ、右手を一之瀬の左肩甲骨の下あたりにそえて、しっかりと支え合う。

 

これはスポーツ、これはスポーツ、スポーツ、スポーツ、スポーツ……

 

一之瀬が何やらぶつぶつ言っているが気にしている余裕はない。

ホワイトルームで社交ダンスは経験済みだが、こちらも10年近くブランクがある。

 

幼い頃、一緒に踊ったペアの名前はすでに記憶から消し去っていたが、必要な所作に抜かりはない。

 

ホワイトルームの目的の一つは、世界に通用する人材の育成。

それはつまり政界への進出も視野に入れている。

茶道を例にするとわかりやすいが、外交の際に、来日した外交官、あるいは大統領などを総理大臣自らお茶を点ててもてなしたら、相手国の人間はどう思うだろうか?

 

ピアノもダンスも同じだ。これらは世界で通じる共通言語のようなもの。素晴らしい出来なら、心の距離も埋まる。それだけで外交もスムーズにいくという打算まみれの考え。

 

まさかこんなところで役に立つことになるとは思いもよらなかった。

 

ピアニストの演奏がはじまる。

ショパンのノクターン第2番。ゆったりとした曲調で初心者でも踊りやすいだろう。

 

まずは一之瀬に慣れてもらうためにクローズドチェンジからはじめるか。

 

「基本は1・2・3のリズムだ。ゆっくり動くからオレと反対の動きをして欲しい」

 

「う、うん」

 

左足を一歩前進、右足を横へ、そして左足を揃える。

右足を後退、左足を横へ、右足を揃える。

 

そして次は右足の前進から始める。

 

元々相手を観察し、求められていることを察する能力の高い一之瀬。

こちらが次にどう動きたいのかを示せば、たどたどしくはあっても合わせることができる。

 

「不思議。なんだかそれっぽく踊れてる気がするよっ!」

 

「ああ。いい感じだ」

 

重心の移動やライズなど細かいことを言い出したらキリがないため今はステップをスムーズに行えるように意識してもらう。

 

慣れてきたところでスピンターンを入れてみる。

意外となんとかなってスピンすることができた。

正確に言うと、回すというよりは前進後退を上手く使っている感覚。

 

ここまで来ると一之瀬がどれだけ対応できるのか、試してみたくなるというもの。

 

「1・2・3、1&2・3」くるくると回っていく俺たち。

 

見れば高円寺ペアも回っている。これは負けられないな。

 

ほら――もっと回るぞ――

 

「やややわわわわぁー」

 

一之瀬の足がもつれて倒れそうになる。

流石に無茶しすぎたか。一之瀬をぎゅっと抱き寄せて転倒を防ぐ。

 

「にゃうわ」

 

「にゃうわ?」

 

「なななんでもない」

 

オレの胸を押して、慌ててオレから離れる一之瀬。

丁度互いに見つめ合う形となる。

 

会場から歓声が沸く。演奏もクライマックス。

 

もしこれがラブロマンスものの映画なら、確実にキスシーンだろう。

 

だが、もちろんそんなものを期待されても困る。

こんな時、一之瀬なら機転を利かせて乗り切って……だめだ、明らかに今回は一之瀬もパニックに陥っている。

 

「そのくらい照れる必要があるのかな。まったくピュアなカップルだねえ」

 

隣に回転しながらやってきた高円寺ペアがこれ見よがしに熱い接吻をかます。

何でもありだな……。

そんな2人をみて完全に硬直する一之瀬。

 

だが、こちらも何かしらのフィニッシュを決める必要がある。踊った者の最低限度の責務だろう。

 

動かない一之瀬をそっと抱きかかえ、その場で数回転、その後降ろしながら一之瀬を独楽のように回して、腰に手をやり、きゅっと止めて抱き寄せる。

 

「一之瀬、笑顔で手を振ってくれ」

 

「あ、え、うん」

 

多少目が回っているようだったが、ニコッと笑顔で会場に手を振る一之瀬。

 

オレたちのダンスは決してクオリティの高いものではなかったろうが、頑張る一之瀬の姿はきっと見る人の心を打ったことだろう。

大きな拍手がしばらく鳴りやまなかった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「……なんだか巻き込んですまなかった」

 

「ううん。踊りたいって言ったの私だし……」

 

レストランを後にし、夜風を浴びるとだんだん冷静さを取り戻す。

会場の謎の空気にあてられて、つい色々やらかしてしまったような気がする。

いくらダンスとは言え、密着しすぎたような気がしてならない。

 

非常に気まずい空気が流れる。

 

「せっかくだから、温かい飲み物でも買って行こうか?わたし御馳走するよ」

 

帰り道の途中にあるコンビニを指さす一之瀬。

 

「いや、むしろオレが御馳走するべきだろう」

 

「いやいや、素敵な演奏もきかせてもらったし、そのお礼だと思って受け取って欲しいな」

 

「……それならお言葉に甘えさせてもらうか」

 

「うんっ!」

 

ホットコーヒーを買ってもらい、途中のベンチに座り、海を眺めながらゆっくりと口に運ぶ。

 

このまま黙って過ごすのも悪くないが、せっかくの機会だ。

一之瀬に尋ねてみたかったことを聞いてみる。

 

「オレが言うのも変な話だが、一之瀬は多額のポイントを貸してくれたり、気前よく奢ってくれたり……普通もう少し躊躇するというか、迷ったりするような気がするんだが、何か理由があるのか?」

 

最近は鳴りを潜めているが、油断するとポイントを貸してこようとする姿勢に少し興味があった。

 

「うーん、理由かぁ……」

 

少し考える一之瀬。

 

「お金って――この学校ではポイントだけど……やっぱり大事だよね。あるかないかで全然生き方が変わってきちゃう。もちろん、なくても幸せな生活はできるとは思うんだ。でもね、もしもの時、お金さえあれば、後悔するような選択肢を選ばなくって済むこともあると思う」

 

遠くを見つめる一之瀬は、オレに語っているというより、自分自身に言い聞かせているようにも見える。

 

「極論だけど、みんなお金があればもっと争いは減るんじゃないかな。だからってわけじゃないけど、私の周りでお金に困ってる人がいたら、できるだけ助けてあげたいって思うんだ。それが原因で間違いを起こしちゃだめなんだよ、私、そんなの絶対に許さないんだから」

 

その辺りの感覚は物心ついた時からホワイトルームで育ってきたオレにはピンとこない部分もある。何かを自分の所持金から購入したこと自体、この学校に来て初めて体験したことだ。

 

「……ポイントがたくさんあれば、みんな争うことなく卒業できるのにね」

 

争いを好まない一之瀬が見るひとつの夢の世界。

2000万ポイントでAクラスへの移動を全員で行うということだろう。

 

「1クラス40人、全員で8億ポイントの3クラス分か」

 

「アハハハ……やっぱり非現実的だよね」

 

馬鹿なことを言ってしまったなと苦笑いの一之瀬。

出来ないと切り捨ててしまうのは簡単だろう。だが――

 

「じゃあ稼ぐしかないな。オレが在学中にやってみたいこと……その一つに加えてみるのも悪くない」

 

「え?でもそういうの校則で禁止されてるよね?」

 

この前の綾隆のような例外を除き、外部からポイントを稼ぐ行為は禁止されている。

だがそれは関係ないことだ。

 

「オレたちは生徒会だからな。自分たちで変えていけば良いだろ?」

 

「そっか、そうだよね。うん、きっとそうだ!なんだか綾小路くんが言うならできるような気がする」

 

「手始めにピアノのリサイタルでも開いてチケット販売やネット配信ができるようにできるよう取り組んでみるか」

 

「ふふふ、ノリ気だね。その時は私も宣伝頑張るよ」

 

「ああ。頼りにしている」

 

例え叶わない世界だったとしても、実現に向けて行動することは誰にも邪魔できない。

普段の自分であれば選ばない選択肢、そこから見える未知の世界。

未来は誰にも分らない。一之瀬はどんな世界を作り出してくれるのだろうか。

少し楽しみが増えた。

 

「でも、まずはお互いに次の試験を乗り越えなきゃだね」

 

「こんな約束をして、退学になったら笑えないな」

 

「だね。……今回も綾小路くんのクラスとは協力出来たらって思うんだけど、どうかな?」

 

「もちろんだ。こちらとしてもその方がありがたい」

 

「決定だね!よし、私も頑張る!見ててね、綾小路くんッ!」

 

「ああ」

 

そうして、寒空の下、温かいコーヒーを飲みながら、お互いに一之瀬の話した夢のような世界へと想いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

 

だが、この日を境に一之瀬は学校を休み、姿を見せなくなった。

 

 




社交ダンスの知識は皆無だったため、ネットやら動画やらで得た知識やそれっぽい表現をしているだけとなります。読む人が読めば粗があるかと思いますが、ご容赦頂ければと思います。

最近、動画サイトのホームが、棒倒しやら綱引きなどに侵食されはじめ、社交ダンスも加わってしまうこととなり、訳が分からないことに……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

真実を知らないで

今回、ペーパーシャッフル編のような何かであるため、原作9巻、アニメで言うとまだ放送されていない3期の部分のネタバレ要素が組み込まれています。

気になさる方はご注意ください。

一応、ネタバレ配慮をしたダイジェスト版をのちほど活動報告に記載予定です。


『一之瀬帆波は犯罪者だ』

 

朝、登校前に郵便受けを確認するとそんなことを記載した紙が出てくる。

登校する生徒やオレの後に来た生徒の様子を見るに、どうやらオレだけではなく、1年生の全員へ投函されているようだ。

 

しばらく観察していたが、どの生徒もその紙を見た時は驚くものの、すぐに何事もなかったかのように学校へ向かう。

 

根も葉もない誹謗中傷。

一之瀬を妬んだ度の過ぎた悪戯。

 

誰もがそう思ったのだろう。

それだけ一之瀬帆波という人間と犯罪行為は結び付かない。

 

正義感に溢れ、仲間想い、まっすぐな性格で、生徒会の一員。

入学してからこれまでの間、一之瀬帆波が築き上げてきた善の印象はとても大きかった。

 

誰も信じないのであればこんな行為は意味がない。

気にするだけ時間の無駄だと多くの生徒が思ったことだろう。

ただ一人、一之瀬本人を除いて、だが……。

 

教室に入り席に着くと隣の堀北から話しかけられた。

 

「あなたの郵便受けにもあの紙は入っていた?」

 

「ああ」

 

「まったく酷い悪戯をする人間がいたものだわ……一之瀬さん大丈夫かしら?」

 

「あとで確認に行こうと思う」

 

「それがいいわね。生徒会で同じあなたなら話しやすいだろうし」

 

「あまりに荒唐無稽な話だからな。本人も気にしていないだろう」

 

Bクラスとはこれまで共闘することも多く、一之瀬自身にも須藤の暴力事件や無人島では助けられている。流石の堀北も心配しているようだ。

ただ、あくまでも他クラスの話、また大きな問題にもならないと考えたのか、ペーパーシャッフルの話題に切り替える。

 

「ということで、私たちは龍園くんのクラスを攻撃しようと思うわ」

 

「それがいいだろうな」

 

理由は明白。問題を作る、という特異性があったとしても筆記試験は筆記試験。

総合的な学力の高い、A、Bクラスを狙うのは勝率を下げる行為でしかない。

 

「肝心のペアだけど、今度の小テストで点数が高い生徒と低い生徒が組むことになるはず。その対策もできているわ」

 

「今回は本当に出番がなくて何よりだ」

 

「満点小路くんにはテスト問題の作成をお願いしても良いのだけれど?」

 

「悪いがオレは解く専門なんでな。指導も、作成も向いていない」

 

「……まあいいわ。こうやって話を聞いてくれてるだけ、マシになっているものね」

 

それはこっちのセリフなんだが……。

以前の堀北なら、こうと決めたら突っ走って、よほど困らない限り意見など求めてこなかっただろう。

方針の共有をしてくる、ましてクラスメイトと話し合い済み、なんてことは今までは考えられなかった。体育祭を経て堀北の確かな成長を見ることができた。

 

「それじゃ、ちょっとBクラスに行ってくる」

 

「ええ。お願い」

 

朝のホームルームが始まる前に、少し一之瀬の様子を見ておきたかった。

 

「……綾小路。良ければ中で話さないか」

 

「随分、神妙な面持ちだな、神崎」

 

Bクラスの教室の近くで、神崎に呼び止められた。教室の中に入ると、いつも和気あいあいとしているクラスの空気が、ずっしりと重くなっている。

 

「あ、綾小路くん。来てくれたんだ」

 

そう話しかけてきたのは、一之瀬の親友、網倉麻子。

肝心の一之瀬は教室にいないようだ。

 

「……実は帆波ちゃん、風邪で今日は休むらしくって」

 

「タイミングがタイミングだ。例の件が関わっているんじゃないかと心配している」

 

本当にただの風邪なのか、もしくは犯罪者呼ばわりされた影響なのか、判断に迷っているようだ。

 

「綾小路くん、何か心当たりはない?」

 

恐らく網倉は一之瀬が昨晩オレと一緒に居たことを知っているのだろう。

 

「……ダンスで汗をかいた後、寒空の下で話し込んでしまったからな」

 

「え?なんて?」

 

「いや、とにかく風邪でもおかしくはない、とは思うぞ」

 

「そっか。あんなバカバカしい嫌がらせでも、帆波ちゃん優しい子だからさ。気にしちゃってるんじゃないかって心配で」

 

「時期も時期だ。一之瀬から今回も綾小路のクラスとは協力すると聞いている。一之瀬の風邪の具合次第では、俺が代理で交渉させてもらう予定だ」

 

「わかった。ひとまずお互いを攻撃相手に選ばない、ということだけは決まりでいいか」

 

「もちろんだ。俺たちは少しでもAクラスとの差を縮めるため、坂柳クラスを攻撃しようと考えている」

 

「なるほど。こちらは龍園クラスを攻撃予定だ。その他、協力できることがあれば後日詰めよう。今は一之瀬が心配だ」

 

オレのせいで風邪を引いていたとしたら申し訳ない。

放課後、お見舞いに行ってみるか。

 

「うん、私たちの方でも、また何かわかったら連絡するから、よければ連絡先を交換しとかない?」

 

「そうだな」

 

情報を探るルートは多い方が良いだろう。

網倉と連絡先を交換し、Bクラスの教室をあとにする。

 

廊下で龍園クラスの石崎たち数名とすれ違う。

どうやら廊下での談笑を装い、Bクラスの様子を伺っているようだ。

つまり、今回の騒動の発端は――――

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「龍園さん、あんまりビラの効果なさそうですぜ」

 

「クク、あんなもんただの火種だ。火をつけるまでは効果はねえよ」

 

「にしても本当なんですか?あの一之瀬が犯罪なんて信じられねえっすよ」

 

「確かな情報だ。石崎、お前たちはこれからどんどん噂を流していけ、内容はメールで送っておいた」

 

「うっす」

 

体育祭の出場表を買っていったヤツとの会話を思い出す。

 

『出場表を売るんだ、これでうちのクラスは敗退決定しちまう。ましては雑魚どもの集まりの白組だ。200クラスポイントのマイナスに見合った報酬なんだろうな?』

 

『300万でもまだ不満か。その欲深さ、嫌いじゃないぜ、龍園。ま、俺の生徒会には相応しくないがな。いいぜ、とびっきりの情報をくれてやる。一之瀬帆波の弱点だ。あいつはな――――』

 

『ククク、大事な生徒会の後輩を陥れる情報をくださるとは、次期生徒会長さんはなかなかに狂ってやがるな』

 

『その情報をどうするかは、お前次第だ。精々楽しませてくれよ』

 

俺に情報を売った男、南雲の野郎の考えは予想がつく。

あいつは一之瀬を手駒にしたいんだろうよ。

2年の噂は耳にしているからな。一之瀬を傀儡にして1年も掌握しようという計画。

 

その尖兵として派遣していたのが、生徒会の綾小路だ。

初めはBクラスがDクラスを利用していると考えたが、どうもしっくりこなかった。

あいつらは結局平和主義のあまちゃんでしかねえ。

 

だが、無人島試験の結果を経て、一之瀬が生徒会入りしたことで一つの可能性に気がついた。綾小路が南雲のバックアップの下、一之瀬に実績を与えるため補佐していた、ということ。

無人島での不可解なDクラスの動きも、南雲の副会長の権力で何かしら事前情報を掴んでいた、もしくはルールに細工をしたとすれば辻褄が合う。

ミッションをやり遂げた綾小路は見返りとして副会長のポジションを得ている。

 

ところが、そのまま一之瀬を傀儡とする予定だった南雲に誤算が生じた。

綾小路の離反だ。

 

あいつは相当な女好きだからな、一之瀬に絆されたか、自分のものにしたくなったのかはわからねえが、今じゃすっかり一之瀬の犬になっている。

 

その確証を得たのは体育祭。

出場表はBクラスが有利なように組み分けされており、もっとも警戒すべき俺にはずっと綾小路が張り付いてやがった。

Dクラスを退場させる作戦は、あいつらならある程度予想できていたはず。

そんな中、一番危険な俺のところに自ら進んで配置するわけがない。

差し詰め、万が一の時、Bクラスの連中を守るナイト役を頼まれたのだろう。その証拠に、障害物競走ではあえてBクラスのヤツを狙ってやると、相手クラスにも関わらず、綾小路はBクラスを見捨てなかった。

 

綾小路の実力の高さは今更語るまでもないが、そんなヤツが求心力のある一之瀬のコントロール下に居れば、いずれ南雲政権も脅かされる。

 

それを危惧した南雲はいくつかの手を打った。

出場表を渡すなど、表向きは一之瀬の味方を演じつつ、裏では俺に情報を渡すことで一之瀬を陥れる。そうして没落したところで、味方を演じた南雲が救いの手を差し伸べることで一之瀬を手に入れる筋書き。

 

……もちろん、綾小路が一之瀬をコントロールしている可能性もないわけじゃねえが、綾小路の野郎からは欲を感じない。

色欲はおいておくが、あれだけの力を持っていながら、この学校で成り上がろうとする意志が感じられない。

そんなヤツが一之瀬をコントロールしてまで何をする?女のケツを追いかけて、女のために動いている、と考えた方がまだしっくりくるぜ。

 

だが、どちらにしろ、南雲が一之瀬を欲しているという事実は変わらない。

綾小路が使えなくなった以上、別のルート、つまり俺を利用しようとしていることも理解できる。

それなら俺も利用させてもらうだけだ。

 

南雲が一之瀬を救い出す、そんな余地がないほど徹底的に一之瀬を追い詰める。

そして退学一歩手前まで来た時に、南雲に『高額のポイントを寄こせば、これまでの噂は俺達のでっち上げた嘘だったとして謝罪し、なかったことにしてやる』と脅しをかけてポイントを頂けるだけ頂く。

一之瀬がいなくなれば、南雲の損失も大きい。無下にはできないだろう。

 

このペーパーシャッフルは丁度いい試験だ。

一之瀬を揺さぶり動揺したBクラスのヤツ等から、クラスポイントまで奪える。

 

最後に笑うのは俺だ。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「38.4℃……」

 

体温計を見て自分の現状を振り返る。

 

今朝、学校へ行く前までは元気だったのに、あの紙を見た途端、急に目眩がし始めた。

オマケに熱まで出てきちゃって……。

病院で診察を受けて、一日休んだけれど、体調は戻らない。

病は気からっていうけど、ほんとだね。

 

あの紙……適当なことを書いた悪戯にしては、的を射ている不気味さ。

逃げ出した過去が私を捕らえるために戻ってきた、そう思えてならない。

 

私が犯した罪、それによって癒えぬ傷を負った大切な人たち。

 

この学校に来て、クラスのみんなと頑張って、生徒会でも頑張って、明るく前向きに努めてきたけれど、拭いきれなかった心のモヤ。

 

私は許されることはない、それはわかっていたのだけれど……唯一、彼と一緒に居る時だけは、そんな気持ちから解放されて、心の底から楽しいと思える時間を過ごせるようになっていた。

 

……だから、絶対にこのことは彼には知られたくない。私が罪人であることを知ったときの彼の顔を想像したくない。彼がいなくなるなんて――

 

時刻は22時過ぎ。

遅い時間にも関わらず、部屋のチャイムが鳴る。

 

放課後の時間になるとクラスメイトが何人も心配してきてくれた。

とてもありがたかったのだけど、風邪を移しても悪いし、面会せずに帰ってもらった。

今度は誰だろう……。

 

「一之瀬、オレだ。風邪だと聞いたが、大丈夫か?」

 

ドアの向こうから届く、聞き親しんだ声。

誰よりも会いたくて、誰よりも会いたくない、そんな人の思わぬ訪問。

嬉しい思いと苦しい思いが混じり合い、恐怖で塗りつぶされる。

 

「……心配かけてごめんね。ちょっと熱が出ちゃっただけだから、休めば元気になると思う。でも、移したら悪いし、まだふらついてるから……今日は帰ってもらえる……かな」

 

大丈夫。いつも通り言えたはず。

 

「そうか。大丈夫ならいいんだ。夜中にすまなかった、お大事にな」

 

そう言って声の主は離れていく。

これでいい。これでいいはずなのに、頬を涙が伝う。

 

この問題は、私が解決しなくちゃいけない過去。踏み出せ私、負けるな私。

そんな気持ちとは裏腹に、暗い部屋の中、その場に座り込むことしかできなくなっていた……。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

本音と向き合えず

今回もネタバレの恐れがありますのでご注意ください。
時間があるときにネタバレ回避ダイジェストを活動報告に記載いたします。
(ネタに走ってしまっているので意味があるかは怪しいですが……)


気が付けば勉強もスポーツも俺に敵うヤツはいなかった。

 

特に努力したわけじゃない。同じことをやっても、他より学習能力が高かった。

南雲雅は、生まれながらに人気者の才能を持っていた、それだけだ。

 

そうして歩んできた人気者としての人生。勝って当たり前、望めば手に入らないものなどなかった。

 

だが、この高校に入ってそれは一変する。

 

堀北学との出会い。あの日の衝撃は今も鮮明に思い出せる。

 

圧倒的な実力者を前に、これまで味わったことのない感情――胸の奥底からこみ上がってくる熱い何か、自分にこんな感情があるとは思いもしなかった。

 

その日から、退屈で空虚な時間はなくなった。

なんとしても堀北学と戦って勝つ。勝って俺の実力が本物だと証明する、そんな目標ができた。

 

ただ、残念ながら堀北学という男は、どこまでも生徒会長であったため守るべき生徒たちを優先し、俺との勝負を幾度となく避けてきた。

それならばと、俺は堀北学の引退まで爪を研ぐ。

同学年を掌握し、資金を集め、取れる戦略の幅を増やす。

生意気でも約束は守るヤツ、傲慢で残念なヤツ、いくらでも誤認すればいい。

 

もうすぐ大きなチャンスがやってくる。

俺はその時アンタを全力で叩き潰す。

 

 

 

そんな時だった。思わぬ1年が生徒会に入ってきた。

 

綾小路清隆。

普段から何考えてるかわからないやつだが、堀北学が連れてきただけあって、実力は確かだ。

アイツが来てからというもの、俺の歯車がまた狂ってきたように思う。

堀北先輩がいて、綾小路がいて、他の生徒会のやつらと過ごす日々。

その中で、時には勝負して、時には協力して、勝敗とか関係なくバカみたいに過ごせた時間。

こんなのも悪くねえな、なんて……一瞬でも思っちまった自分が情けなくて……許せなかった。

南雲雅が南雲雅でなくなる、そんなことはあってはならない。

 

 

 

 

そして堀北先輩が――やっと引退した……引退しちまった。

待ちに待ったはずの勝負ができるのは、あと数か月。

夢から醒めた俺は決意を新たにする。

 

邪魔の入らない一騎打ち、悲願達成への最大の障害は綾小路だ。

堀北学は俺への抑止力のためにあいつを生徒会に入れた。

俺が堀北学と勝負するための鍵は、同時に最大の邪魔者でもある。

こいつも他の2年のように、俺に反抗できないようにしなくてはいけない。

 

「実際に一之瀬への嫌がらせは起きています。生徒会としてこの事件を取り上げ、犯人を捜し然るべき処分を執り行うべきなんじゃないですか?生徒会が動かなければ、学校は動かない、そうですよね?」

 

「何度言っても俺の意見は変わらないぜ、綾小路。誰がやったかもわからない、被害者からの届けもない、実際に周りの奴らも誹謗内容を信じてないんだろ?なら生徒会が出張る問題じゃないのさ。帆波には悪いが、基本生徒間の揉め事はまず当人たちで話し合い、解決を目指してもらうのが筋だ。3年から引き継いだばかりで俺たちも忙しい時期だ、全ての事件に関われるほど暇じゃない」

 

龍園の奴は予想通りのタイミングで帆波を攻撃し始めた。

生徒会長の俺が情報を渡した、それはつまりアイツが何をやっても生徒会は口出しをしない。黙認を続けるということ。

この学校の仕組み上、生徒会が問題を学校に上げない限りは大人は動かない。

お役所仕事……いや、生徒の動向を探っている。まるで何かの実験をしているような気持ち悪さ。

 

だが、もちろん限度はある。

龍園は学校が問題を無視できなくなるまでにケリをつける自信があるんだろう。

俺は立場上、龍園のような無茶はできない。だからこそ、アイツには道化として踊ってもらう。

そしてその醜い踊りが終わったとき、跡を濁さず退場するのも演者の務めだ。

 

龍園によってボロボロになった帆波を俺が救い出す。

弱った人間ほど懐に入りやすい。

そうして心の隙に入り込めれば、あとは簡単だ。

これまで他のヤツにしてきた通り、俺に依存させればいい。

 

もともと帆波を玩具にするために手に入れた過去の秘密。

本来の目的を失った道具の使いどころは、俺が生徒会長になった今しかない。

少しでも遅れれば、綾小路と帆波はより力をつけて、遠くない未来、俺の前に立ち塞がるだろう。

そうなれば堀北学との勝負に水を差される恐れがでてくる……そうに違いない。

 

 

これまでの行動から、綾小路は帆波のことを少なからず大事にしている……。

それがなぜかはわからないが、理由は関係ない。

帆波はつまり、隙のない綾小路の弱点になりうる――将を射んと欲すればまず馬を射よ、ということ。

 

それに、アイツの大事なものを奪った時、それでもあの仏頂面のままなのか、興味が沸いている。

そうだ、欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れるのが南雲雅だろ?

 

 

 

 

 

 

そんな理由でもつけなくては、俺はもう以前のように戦うことができない。

 

堀北学を倒せれば、きっと、俺は答えを得られる。

南雲雅の実力は本物なのだと心から思うことができる。

そのためなら、全部壊して、全部なくしても構わない。

 

 

俺は何度もそう言い聞かせ、迷いを消し去った。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「わかったのなら、お前も業務に戻れ。任せている仕事はたくさんあるはずだ。全部しっかり取り組めよ」

 

「時間に余裕ができれば、この件に向き合っていただけると思っても?」

 

「そんな余裕ができたら、その時考えてやるぜ」

 

今回の件で生徒会は動かない。

これが堀北兄であればまた違ったかもしれないが、トップが交代するというのはこういうことだ。

 

仕事の山を見る。一之瀬へのお見舞いは少し遅くなるかもしれない。

 

 

結局、一之瀬はしばらく学校を休み、やっと登校してきたのは小テストの日だった。

 

休んでいる間も、一之瀬にまつわる良くない噂は広まっていた。

ここ最近、教室はその話題で持ちきりとなっている。

 

『傷害事件を起こしたことがある』『パパ活をしていた』『窃盗を行った』『薬物の使用歴がある』『大量のポイントを男に貢いでいる』『生徒会権限を私用で行使している』などなど。

 

全て、根も葉もない噂だ。

本当に根も葉もない……ないな、うん。

 

名誉棄損で訴えることも可能だとは思うが、一之瀬は沈黙を続けている。

発信源の犯人を特定することは難しく、仮に特定できたとしても、自分も噂を聞いてそれを他の人に伝えただけだと、知らぬ存ぜぬを通されれば、立証は難しい。

慌てふためく方が、周りから見れば、嘘でも事実に映ってしまう、そういう考えなのかもしれない。

 

「実際、一之瀬さんにこんな陳腐な戦略が効くのかしら……休んでいたのもただの風邪だったみたいだし」

 

堀北も似たようなことを考えていたのか、そんな問いを投げてくる。

 

「なら戦略ミスってことだ」

 

「そうだと思いたいけど……火のない所に煙は立たない、とも言うわ」

 

「一之瀬が実は須藤に負けないぐらい喧嘩っ早かったり、経験豊富な女性だとでも?」

 

「全てじゃなくても、何かひとつぐらいならあるんじゃない?」

 

……すまん、いくつかの火元はオレかもしれない。

あれ、一之瀬を追い込んでいるのはオレだったのか?

 

「あなた何か知っているって顔をしてない?」

 

「鋭いな……違った、気のせいだろ」

 

「……あなたが噂を流すってことはないんでしょうけど」

 

思わぬ堀北の追及につい言葉を選び損ね、じっと睨まれる。

 

「それでは小テストの時間だ」

 

渡りに船で茶柱先生が入室してきたことで、会話が中断された。

 

「テストの前に、お前たちが問題を解かせる相手、そしてお前たちが問題を解く相手が決まったので発表する」

 

流石に気になる話題だ、堀北も茶柱先生の方へ向き直った。

 

「お前たちの問題は坂上先生のCクラスが解くこととなった。特に他クラスと被りはなかったため、第一希望がかなった形だな」

 

『坂上先生の』とつけたのは、恐らくペーパーシャッフルの期末試験実施時には月が替わってCクラスとDクラスが入れ替わるからだろう。

 

「Cクラス相手なら十分勝算はあるわね」

 

堀北の計画通り、ということ。

だが、ここからは想定外になるだろう。

 

「そして、お前たちが解くのは……Aクラスの作った問題だ」

 

「マジかよー」

 

池が叫ぶ。

それを皮切りに、教室内でも不安の声が出始める。

 

「みんな落ち着いて。確かにAクラスは優秀よ。でも、テスト範囲外の問題は出ないし、極端に難解な問題も作ることができない公平なルール。勝機は十分あるわ」

 

クラスの不安を取り除くため、堀北がそう宣言する。

半分は本当だろうが、半分はハッタリ。

 

勉強ができるということは、それだけどこが難しく、どこが解きやすいか理解しているということ。

そんな生徒が多いAクラスの作る問題が、簡単なはずがない。

それだけならまだどうにかなるが、あの坂柳が普通の問題を作ってくるだろうか。

本人はオレとの前哨戦だと意気込んでいたため、少なからず何か仕掛けてくるはず。

 

「まずは慌てず、昨日話した通りの作戦で小テストを乗り切りましょう」

 

堀北の発言はそれなりにクラスメイト達に安心をもたらしたようで、小テストの方は心配なさそうだ。

 

成績順に4グループに分け、上位10名は100点中80点以上を目指し、最下位10名は名前だけ記入して出す、といったように上位グループと下位グループを確実に組ませる作戦。

これで赤点で退学者が出るリスクは極端に減るだろう。

 

配られた小テストは、驚くほど簡単で、池や山内でも半分以上解答できたかもしれない。

何も対策をしていなければ『池と山内』のような悲惨なペアが誕生していた可能性がある。

 

ちなみに、AクラスはBクラスの問題を解き、BクラスはCクラスの問題を解くといった一つ下のクラスが上のクラスを攻撃する、といった構図に。これだと、成績トップのAクラスが最弱のDクラスを狙った形になり、かなり大人げなくも感じる。

 

放課後、一之瀬の様子を見に行こと準備をしていると

 

「ね、清隆。これヤバいんじゃないの?」

 

軽井沢が話しかけてきた。これとは一之瀬に関する噂のことだろう。

この手の問題には、人一倍敏感なのかもしれない。

 

「どうしてそう思う?一之瀬は平然としているらしいぞ」

 

「あんな噂たてられて平気な子がいるわけないじゃん。頑張って虚勢を張ってるだけ。私にはわかるんだから」

 

「だが、だからといってどうしようもないだろうしな」

 

「私さ、平田くんや清隆には、これでも感謝してる。2人がいなかったら、こんな学校生活送れなかった。だからさ、今度は私も誰かのために何かできないかって思ってる」

 

イジメられていた過去を乗り越えるべく、似たような状況に陥っている人を助けたいという意志。

一時期、平田へ恐ろしいほどの執着を見せていた軽井沢だが、体育祭の二人三脚で平田が犠牲となって軽井沢を庇ったことにより、平田が浮気をするやつじゃないと思い直してくれたようだ。

アイツの犠牲は無駄じゃなかったな……まあもう平田元気に登校しているが。

 

「……あんたならどうにかする方法、本当は思いついてるんじゃない?」

 

「どうしてそう思うんだ?」

 

「女の勘?ってやつ。一之瀬さんがこんな状況なのに、清隆全然焦ってないんだもん。普通、仲良くしてる友達や仲間がピンチならもっと慌てると思うんだよね」

 

なるほど。そういう風にも捉えられるか。

 

「確かに一之瀬さんは清隆と仲良しで、ちょっと油断できないと思ってるけど、それとこれとは話は別。私にできることなら、なんでも協力するからさ。作戦があるなら言ってよね」

 

「そうだな……」

 

ここでどう動いても結果は変わらないのだが、軽井沢がどこまでやれるのか確認しておくことは、今後いざという時に役に立つかもしれない。

 

「なら、軽井沢の人脈を使って内密にいくつか調べて欲しいことがある」

 

「そう来なくっちゃ。任せてよね」

 

本来なら櫛田が得意としている分野だろうが、残念ながら現在当てにすることができない状況。

あの日、オレの部屋を出て行って以来、目を合わせようとすらしない。近づけば自然と距離を取られる。

本人がそれでいいのなら構わないが、果たしてどうなるか、予想ができそうでできないから、少し立ち入った人間関係とは面白い。

 

軽井沢が教室を出ていくのを見届け、今度こそBクラスへと足を運ぶ。

が、何やらBクラス前の廊下に人だかりができていて、近づくことができない。

 

「よぉ一之瀬。風邪はもういいのかよ」

 

「龍園くんが心配してくれるなんて、明日は嵐でも来るのかな?」

 

「クク、嵐は来ないが、噂は鳴り止まないみたいだぜ?」

 

龍園とその取り巻き、一之瀬と傍で守るBクラスの一団が激突している様子。

概ね、龍園が仕掛けてきたのだろう。

 

「高校では良いパパは見つかったか?まだなら俺が紹介してやってもいい」

 

「ふざけんなよ、龍園ッ!!」

 

一之瀬への侮辱を許せなかった柴田が一之瀬を庇うように前に出て、龍園に今にも噛みつかんとする。

 

「なんだ、惚れた女がビッチでガッカリだったか?」

 

「てめぇっ」

 

龍園の安い挑発に柴田が握りこぶしを振り上げる。

 

「待って柴田くん!私は大丈夫だから。暴力沙汰になったら彼の思うつぼだよ」

 

「……けどよ。噂を流してるのも絶対こいつ等だって」

 

「それは俺も同意だ。出所を辿っていくと大抵Cクラスのヤツ等で止まっている。白状したらどうだ龍園」

 

神崎も口論に加わる。

当てずっぽうで発言する性格ではないため、神崎なりに調査は進めていたようだ。

 

「八ッ、馬鹿言うんじゃねえよ。俺たちのせいにして、今度の試験、不戦勝狙いか?質の悪い奴らだぜ。リーダーの面が見てみたいな」

 

「龍園くん、悪いけどそこまでにしてくれないかな。私のことを勝手に色々言うのは構わないけど、大事な友だちやクラスを馬鹿にするのは許せないよ」

 

ここまで守りの姿勢だった一之瀬が一変、龍園を睨みつける。

 

「怖え、怖え。今日はこのぐらいで引き上げてやるか。元気そうな顔も見れたしな。にしても、随分雑魚どもに慕われているようだが、お前の本性を知った後でも、そいつらはこれまで通りついてきてくれるのか?」

 

「何のことを言ってるかさっぱりだけど、誰について行くかなんて最初から個々人の自由だよ」

 

「近いうちにまた来るぜ。その時まで精々達者でな」

 

龍園は取り巻きを連れて去っていく。

目立つ廊下で騒ぎを起こすのが狙いだったんだろうな。

これで噂が噂を呼んで、あることないこと増えていきそうだ。

 

龍園達が去ったことで野次馬もいなくなり、廊下にはBクラスの面々が取り残される。

 

「気にするなよ、一之瀬」

 

「俺達はお前を信じている。くだらない噂に惑わされる必要はない」

 

「そうだよ、帆波ちゃん。帆波ちゃんのことは私が誰よりもわかってるから安心して」

 

一之瀬へ投げかけられる、一見温かな言葉。

励まされているはずなのに、表情から熱が失われていく一之瀬

本人がどう捉えるかで、ここまで違うものだな。

 

そして人が減ったことで、オレがいることに気づいた一之瀬だったが、驚きつつも、目を逸らし、教室へと入っていってしまう。

噂の火元とは話したくないのかもしれない。

 

今はそっとしておくか。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

翌日、小テストの結果と共にペーパーシャッフルのペアが発表された。

 

オレのペアは佐藤だった。

そのことに気付いて、ニコニコしながら手を振ってくる佐藤。

 

あれ以来、特に連絡が来ることはなく、このまま何事もなく済むかもしれないと思い始めていた矢先にこの結果。

 

各教科のボーダーラインは二人の合計が60点。総合点のボーダーラインは例年700点前後。

ボーダーライン以下なら退学だが、今回は全8科目であるため、オレが全教科100点を取れば理論上どちらのボーダーラインも越える。

つまり誰がペアでも退学することはない。よって誰でも良かったのだが……まさか佐藤になるとは。

 

「……神がかってるな」

 

なにか逃れられない力のようなものを感じた。

 

放課後、平田と堀北が今後の勉強会について話し合っていると、三宅と長谷部がやってきた。

 

「すまない、実は困ったことになったんだが……」

 

申し訳なさそうに話す三宅。

 

「どうしたのかしら?」

 

「俺達ペアなんだが、得意不得意が被っていて、このままだと苦手教科のボーダーラインを下回る可能性がある」

 

そうして渡された2人の中間テストの結果を確認する堀北。

 

「こういったケースもあるのね……あとで他のペアも確認しておくわ」

 

「2人はどうしようか。すでに僕たちの勉強会組は人数が多くて手が回らないし」

 

堀北、平田、櫛田が教師役を務める勉強会だったが、学力下位の生徒の方を優先して進行する予定。

決して成績が悪いわけではない2人への対策は、また別の手間となる。

 

「えっと、綾小路くんに教えてもらえたら解決じゃない?」

 

長谷部から唐突な提案。

つい様子を伺ってしまっていたが、こんなことなら寝たふりでもしておくんだった。今からでも遅くないか?

 

試しに頬杖をついて目を閉じてみる。

 

「本人もすごくやる気に溢れているようね。早速2人のためにカリキュラムを思案中の様よ」

 

「おい」

 

ダメもとの寝たふりをスルーして勝手に話を進めるのはいただけない。

 

「あなたは自分の勉強の心配もないんだし、誰よりも点数が高いんだから教えてしかるべきじゃないかしら」

 

「いや、オレの性格はわかっているだろ。人に教えるのは柄じゃない」

 

「その点は私たちもしっかり頑張るしさ」

 

「まあそうだな」

 

長谷部の提案に三宅も賛同する。

マズい流れになってきた。

 

「ちょっと待ってくれないか?」

 

そこに幸村がやってきた。まさか教師役を務めてくれるのか。幸村なら最適だ。安心して任せられるぞ。

 

「俺もその勉強会に混ぜてもらいたい。綾小路の学習方法には興味がある」

 

「もちろん、構わないわよ」

 

「……放課後はしばらく生徒会もある、あまり時間はさけないぞ」

 

「なら、前半は俺が面倒を見て、後半から綾小路も合流するってのはどうだ?」

 

「うん、いいんじゃない。色んな人から教わった方が効果も倍増しそうだし」

 

「長谷部がいいなら、俺もそれで問題ない」

 

オレは良くないのだが、誰も耳を貸してくれない。

やはり満点を取り続けるべきではなかったか……。

 

ただ、人への勉強の教え方のコツは橘から学ばせてもらった。

大人数の勉強会の手伝いじゃないだけマシだと割り切るべきかもしれない。

 

「わかった。忙しいときは顔を出せないかもしれないが、幸村がカバーしてくれるなら引き受けよう」

 

「ああ。よろしくな、綾小路」

 

こうして、4人のグループで勉強会を開くことが決定した。

佐藤といい、長谷部といい、本当にタイミングが神がかってるな。

 

何事も起こらないことを祈るばかりだった。

 




原作では、学力11~20位のグループにいた綾小路くん、21~30位のグループにいた佐藤さんがペアになったので、今作では1~10位グループにいる綾小路くんと佐藤さんがペアになるはずはないのですが……この話の佐藤さんは、体育祭で活躍しまくった綾小路くんによりメロメロになってしまい勉強が手につかず中間テストが散々だった、ということで……。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大切な日は過ぎて

小テストが返却された日の放課後。

状況を把握するのは早い方がいいだろう、ということで三宅と長谷部ペアに幸村を加えた4人で勉強会を開くこととなった。

 

長谷部の希望でカフェのパレットに移動している途中。

 

「あやのん……うーん、あやぽん、こうじぽよ、のこのこ、あやのこっち……だめだ、全然しっくりくる呼び方が思いつかない」

 

「……今の全部オレのあだ名の候補だったのか?」

 

「途中、カメっぽいのとか、たま●っちに出てきそうな呼び名だったな……」

 

うーんと唸りながら悩み続ける長谷部。

決して公で呼んで欲しくないようなあだ名の羅列。

三宅も「長谷部はこういうやつだ、諦めるしかない」と早くも慰めモードに。

 

「あ、みやっちと被るから『っち』は使えないよね、ごめんごめん」

 

「別に『あやのこっち』に譲ってもいいが……」

 

「丁重にお断りさせてもらう」

 

「お前たち、くだらないことを言ってないで早く行くぞ」

 

「ちなみに、幸村くんはゆきむーね!」

 

「なんだその気の抜けた呼び方は……」

 

「え~いいじゃん、可愛いって」

 

これまで各々グループに属さず、1人の時が多いメンツ。クラスメイトが見たら違和感しかないだろう。そんな4人で会話など弾むのか?と考えていたが、杞憂だったようだ。

 

「うーん、普段はすぐコレって思いつくんだけどなぁ、なんで綾小路くんのは決めきれないんだろ?」

 

「オレに聞かれてもな」

 

こちらを見つめながら不思議そうな顔をする長谷部。

あだ名で誰かを呼ぼうと思ったことはないため、その感覚に対し助言することは難しい。

なぐもん、とか今度呼んでみるか、ゆるキャラっぽくなっていいかもしれない。

 

オレもオレであだ名を考えはじめたところで、パレットに到着する。

 

「ひとまず、2人のこれまでのテストの答案用紙を見せてくれ」

 

「ほい、どうぞ」

 

長谷部と三宅がカバンから答案用紙を取り出し渡してくる。

幸村と2人で確認すると――

 

「見事なまでの理系だな」

 

「ああ」

 

理系科目は70点前後と安定しているのに対し、国語や日本史などは40点前後。

これでは2人が不安になるのも頷ける。

……うちの担任、日本史の教師なのだから、もっと授業頑張ってもらいたいな。全然学生に届いてないぞ。

どうでもいいことだが、チャーナビはあだ名に入るだろうか。

 

「それで私たちどうすればいい感じ?」

 

橘が最初に勉強会を開いてくれた時にやっていたのは学力確認のためのお手製のテストだったか……。

 

「ひとまず文系科目の強化をしていけば問題なさそうだ。簡単にテストを作るから少し待っててくれ」

 

「おっけー。じゃあ、今のうちに糖分補給しとくー。ケーキ、ケーキ」

 

そういって、そそくさとカウンターに向かう長谷部。

ショーケースの中には様々なケーキが飾ってある。

中にはみーちゃんの誕生会で見たケーキも混ざっていた。

そういえば、明日はオレの誕生日か。

 

この学校に来て、一之瀬に、みーちゃんに、高円寺の彼女と、多くの誕生日を祝ってきた。

これまで自分のものを含め、誕生日に特別な感情を抱いたことはなかったが

『誰かに祝ってもらえる』

それはひとつの幸せな形なのかもしれない。

 

とはいえ、オレは誰にも誕生日を伝えていないし、この場でそのことを言い出せば、祝うことを催促していると思われかねない。

誕生日会なんて、オレには縁のない話だな。

 

って佐倉の誕生日、この前じゃないか?

なぐもんの集めていたOAA用のデータが間違っていなければ佐倉の誕生日は10月15日だった。

オレが言えた義理ではないが自己主張が足りないぞ……。

誰もがそうだが、来年の今頃もこの学校にいるとは限らないんだ。

祝える時に祝ってもらった方がいい。

 

もう少し早く気づいていたら平田と相談できたものを。

いや、今からでも遅くないか?

 

「確認用のテストができた。2人はこれを10分でできるだけ解いて欲しい」

 

「あっという間に作っちゃったね、まだケーキ半分残ってるんだけど……」

 

「残りは解き終わってからでいいだろ」

 

「えー、みやっちスパルター」

 

「綾小路、俺も解いてみていいか?」

 

「ああ」

 

3人が問題を解き始めたところで、断りを入れて席を外す。

カウンターに向かい、ショートケーキを購入して奥のテーブルへ移動する。

 

「佐倉に篠原、偶然だな」

 

「わっ、あ、綾小路くん!?ぐ、ぐ、偶然だね?」

 

「ホント偶然だー、綾小路くんたちもテスト勉強?」

 

オレがいたことに気付かなかった偶然を装っているのに『綾小路くんたち』と言ってしまっては台無しだな、篠原。

 

「そうだな。三宅と長谷部が文系苦手ペアで、急遽幸村と勉強をみることになった」

 

「そ、そうなんだ……」

 

篠原たちに任せて様子を見ていた佐倉だが、以前と比べるとたどたどしさは抜けていないがまっすぐ人の目を見て話せるようになっていることがわかる。

 

「2人も勉強中みたいだな……邪魔をして悪いが、良ければこれ受け取ってくれ」

 

そういって佐倉にケーキを渡す。

 

「えっ?」

 

「遅れてすまないがこの前、誕生日だったんだろ。おめでとう。こんなタイミングでなければ、もう少し手の込んだお祝いができたんだが……」

 

「いやいやいやいや……まさか綾小路くんから祝ってもらえるなんて思ってなかったから、これだけで十分嬉しい。嬉しいよ。あ、ありがとう、綾小路くん」

 

顔を真っ赤にしながら両手を振り普段よりも早口で話す佐倉。

そんな佐倉をニコニコしながら眺める篠原。

 

「やるじゃない、綾小路くん。うんうん、良かったね。佐倉ちゃん」

 

「うん、ホントにありがとう。このケーキ、一生大事にするね」

 

「いや、食べてくれ」

 

「あ、うん、そうだよね……でも、もったいないなぁ」

 

残念そうにケーキをじっと見つめる佐倉。

 

「じゃあせめて写真に残そうか。デジカメ持ってきてるんでしょ?」

 

「あ、うん」

 

いつかの事件で大活躍した佐倉のデジカメ。

色々あったが無事修理は完了していたようだ。

ポケットからサッと取り出したところ、篠原がそれを受け取る。

 

「せっかくだから二人で映りなよ、私、撮ってあげるからさ。はい、もっと近づいて近づいて~」

 

有無を言わさぬ篠原の仕切り具合に、大人しく従うしかないオレたち。

せっかくの記念写真にオレが一緒に入るのもどうなのかと思わないでもないが

この人がくれました、と記録をする分には効率的だ。

 

「笑って笑って~うーん、2人とも硬い。佐倉ちゃんはこういうの得意でしょ。綾小路くんは……まあ仕方ないか」

 

精一杯の笑顔を用意させてもらったつもりだったのだが

篠原の反応をみるにご期待に沿えていないよう。

 

何度かシャッターを切った音がする。

 

「うん、悪くないね」

 

「ありがとう、篠原さん」

 

画像を確認し、嬉しそうにする佐倉。

これまでのサプライズと比べると大したことはできなかったが

少しでも喜んでくれたのなら良かった。

 

「それじゃ、オレは戻ることにする。佐倉たちも頑張ってくれ」

 

「うん。またね」

 

こうして長谷部たちの元へ戻り、10分が経過する。

採点をしてみると、長谷部も三宅も間違う問題の傾向まで同じことがわかる。

 

「実質教えるのは1人だな」

 

「いやー、難しかった。糖分補給しなきゃもう無理~」

 

残りのケーキに手を付ける長谷部。

 

「方針も考えたいし、少し休憩にするか」

 

「そうしてもらえると俺も助かる」

 

三宅の方も少なからず疲れていたようだ。

 

「ねえねえ、前から聞いてみたかったんだけどさ、あやのん(仮)は誰かと付き合ってるの?」

 

「おい、長谷部」

 

「いいじゃん、せっかくの機会なんだし。ちょっと前だったら堀北さんと怪しいのかと思ってたけど……堀北さんは、アレだしね」

 

長谷部の言う通り、堀北との関係を疑う質問は幾度となく受けて、その度に否定をしてきたが、最近は一切なくなった。

というのも、流石に周りも堀北が重度のブラコンだということに気づき始めているからに他ならない。

いまだにそれに気づいていない、というか気にしていないのは須藤ぐらいか。

 

「今のところそういった関係にある人物はいないな」

 

「へぇー、そうなんだ。あやのん(仮)は、他クラスの女子とも仲いいみたいだし、私たちの知らないところで発展しててもおかしくないのかなって思ってたから……」

 

思っていたからの後に続く言葉を長谷部は飲み込んだ。

ちょっとした間が空く。

 

「ツッコんだら負けかもしれないが、(仮)って必要なのか?」

 

「わー、わざとスルーしてたんだ。ショックー」

 

こちらをおちょくる感じでそう話す長谷部は少し前までの様子に戻っている。

 

そうして休憩をしたあと、本格的に勉強会を始めたのだが……

 

案外、難しいな。

橘がやっていたことを真似しようとするのだが、あれは橘がするから効果があるのであって、リアクション芸などオレでは再現できない部分が多い。

 

そうなると授業のように正攻法で指導するしかないのだが、

2人がなぜわからないのかをオレがわかるまでに時間がかかる。

一度学んだあとは問題なく解けてきたオレにとって、その点がよくわからない。

 

つまり、2人に合った指導をするためには、この2人の精神性、思考回路、行動原理、趣向、優先度などを把握し、分析しなければならないということ。

 

橘はそれをやっていたのか?いや、オレのことをすべて把握するのは不可能だろう。

では、他に方法があるのだろうか……。今度聞いてみるか。

 

「俺も協力しよう。綾小路が普段口数が多い方ではないことはわかっていた。人には得手不得手があるのも当然だ」

 

そういって幸村が助け船を出してくれる。

 

「俺は体育祭では役立たずだった。勉強でくらいクラスに貢献したい」

 

幸村もAクラスを目指す意欲の高い生徒だ。

これまでの試験を経験して、色々と思うところがあったようだ。

 

こうして、幸村の助力もあり1回目の勉強会は無事幕を閉じた。

今後はテストまで定期的に集まることとなる。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

翌日。

昼休みにひよりから茶道室に来るように連絡が来る。

恐れていた事態がやってきたかと思ったが、文面を見る限りどうやら違う様子。

 

「ひより、来たぞ」

 

茶道室のドアを開けたところでクラッカーの音が複数鳴った。

 

「清隆くん、お誕生日おめでとうございます!」

 

「「「おめでとー!」」」

 

中にいた茶道部の面々と茶柱先生が祝福してくれる。

 

「ありがたいが……どうしてオレの誕生日がわかったんだ?」

 

「チャットアプリのプロフィールで確認できますよ」

 

と携帯で見せてくれるみーちゃん。

なるほど。そういう手があったのか。

 

「これ、私たちからのプレゼントです」

 

「ありがとう」

 

ひよりから包装された箱を渡されたので、ありがたく受け取る。

だが、この後はどうするのが正解なのだろう。

これまでのサプライズではプレゼントは渡していたが……

開けるタイミングはまちまちだった。

 

「開けてみてくださって構いませんよ」

 

少し戸惑っていたオレの様子を察してか、ひよりがそう声を掛けてくれる。

 

「それじゃ、遠慮なく」

 

包装を丁寧に剥がし、中から出てきた木箱を開けてみると

 

「良い茶碗だな」

 

「ふふふ、気に入っていただけたみたいで嬉しいです」

 

以前からマイ茶碗が欲しいと思っていたが、後回しにしてしまっていた。

色も落ち着いていて手触りも良い、お茶も点てやすそうだ。

 

「これは私から個人的に読書仲間の清隆くんに」

 

ひよりからこっそり小さな紙袋を渡される。

 

「いいのか?」

 

「もちろんです」

 

こちらも開けてみると、革製の栞が出てくる。

ひよりらしいチョイスだな。

 

「大事にさせてもらう」

 

「ええ。これからも読書の話もいっぱいしましょう」

 

「そうだな。よろしく頼む」

 

そうして茶道部の面々から誕生日を祝ってもらう。

少なくとも今年は縁のない話だと思っていたため、それだけでサプライズだった。

そうか、これがサプライズを仕掛けられる側か……良い経験ができたように思う。

 

放課後、生徒会へ向かう準備をしていると、平田と軽井沢に声を掛けられる。

 

「綾小路くん、軽井沢さんから聞いたんだけど誕生日なんだってね、おめでとう。大した準備はできなかったけど、これ僕たちから」

 

「清隆、誕生日おめでと」

 

そういって紙袋を渡してくる平田。

 

「ありがとう。まさか平田と軽井沢から祝ってもらえるとは思っていなかったから、嬉しい」

 

プレゼントの中身はタンブラーだった。

 

「アンタよくコーヒー飲んでるじゃない。ちょうどいいかなって」

 

「大事にさせてもらう」

 

こういう時、なんと返事するのが正解かもよくわからない。

1つ確かなのは相手の誕生日にお返しをする、ということだろう。

 

待てよ、平田の誕生日は……

 

「今度お返しを、と思ったんだが、平田の誕生日は――」

 

「うん、9月1日だから、気にしないで大丈夫だよ」

 

「すまない、色々助けてもらっておきながら失念していた」

 

「いや、いいんだよ。始業式と被ることが多くって、ドタバタするのはわかってるし。僕にとっては、夏休み明けてみんなが元気に登校してきた姿を見るのが何よりのプレゼントだからね」

 

平田、お前ってやつは……。

 

「お返しは大事だ。来年は必ず盛大にお祝いをさせてもらう」

 

「そういうことなら楽しみにしてるね」

 

再度2人にお礼を言って、生徒会室に向かう。

 

二度あることは三度あるいうからな、イベント大好きな南雲なら何か仕掛けてくるかもしれない。

一応心の準備をして中に入るが、特に何も起きない。

 

「やっと来たか、綾小路。早速だがそこの書類整理しておいてくれ。一之瀬から体調不良でしばらく生徒会を休むと連絡があった。その分、お前には働いてもらう」

 

……なぐもん。

わかりきっていたことだが、こいつがオレの誕生日を祝うはずがないか……。

祝ってくれそうな人物はもう――。

 

その時、携帯が振動する。

言葉はなく『↓』マークが送られてきた。

 

手早く仕事を片付けて、相談室側から下の隠し部屋に。

 

「綾小路くん、お誕生日おめでとうございますっ!」

 

「おめでとう。お前もこれで16歳か」

 

「堀北君、お父さんみたいなセリフですね」

 

出迎えてくれた堀北兄と橘。

 

「はい、これ付けてくださいね」

 

渡されたのは、本日の主役と書かれたタスキと派手な三角コーナーのような被り物。

 

「では、綾小路くんの誕生会、開催です!みんなでチキンを食べましょう」

 

フライドチキンやピザなどが机に並んでいる。

 

「誕生日と言ったらこれです!ジャンク感がたまりません」

 

口いっぱいにチキンを頬張る橘。

確かに、こういった食事も悪くない。

非日常感があるな。

 

食事を終えたところで、堀北兄が小さな長方形の箱を渡してきた。

 

「これは俺と橘からだ」

 

「有難く頂戴する。アンタたちには世話になってばっかりだな」

 

「気にするな。先輩として当然のことをしているだけだ」

 

「そうですよ。綾小路くんも先輩になったら、後輩の面倒をしっかり見てあげてくださいね」

 

「そういうものなのか」

 

そうやって次世代へバトンを繋いでいくのかもしれない。

 

「開けてみても?」

 

「もちろんだ」

 

中から出てきたのは、万年筆。

 

「綾小路くんは達筆ですからね、似合うと思いますよ」

 

「少し背伸びしているように思うかもしれないが、この学校を率いていく者としてそれを持つ姿が様になる日が来ると思っている」

 

「大事にさせてもらいます」

 

「ああ」

 

その後は恒例ということで橘が持ってきたトランプで遊んだりして過ごした。

 

あっという間に時間が過ぎ、帰路につく。

家を出た時と比べ少しだけ重くなったカバン。

不思議な感じだ。

 

自宅のドアノブを回す。

鍵は……開いてないか。

 

それが当然のはずなのだが、今日はもしかしたら、なんて考えが一瞬でも過ぎったことが少し面白かった。

 

荷物を置き、何か飲み物でもと冷蔵庫を開ける。

 

すると、そこには、一切れのケーキが入っていた。

もちろん、購入した覚えはない。

つまりこれを置いたのは――

 

なんとも素直じゃないお祝い。

だが、それが今日一番のサプライズだったように思う。

 

 






このあたりの時間軸が原作とアニメで若干違う?ことに今更ながら気づいた今日この頃です。
初回の勉強会で翌日が誕生日といっていた原作。その後何度か勉強会を重ね、綾小路グループ結成。
アニメではそろそろ誕生日と言っていて、綾小路グループ結成日と誕生日が同じ日になっている気が……。


何が変わるかというと、主に軽井沢からのメールの『気づくの遅れた』の意味合いが大きく変わってくるので、その点では良い改変なのかもしれません。

その分スケジュールがややこしくなりますが……成立させるなら、アニメはグループの絆が爆速で深まった感じになりそうですね。


ひとまずこちらは原作準拠、と思われるスケジュール感で進めています。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決意の心が蝕まれ

昼休みの教室。

 

「2人の苦手な部分を幸村と協力して対策中だ。この調子なら退学になることはない」

 

あれ以来、長谷部たちとの勉強会は順調に進んでおり、報告を求めてきた堀北にその旨を伝える。

 

「それは朗報ね。少し余裕が出てきたのならこちらの勉強会にも顔を出してくれないかしら?」

 

「オレはこれ以上協力するつもりは――」

 

「別に指導をお願いしてるんじゃないの。監視の目が欲しいだけだから」

 

「まあそれぐらいなら」

 

下手に粘っても良いことはないだろう。

いるだけでいいというなら妥協点としては悪くない。

 

放課後になると、堀北との約束通り図書館で開催されている勉強会に参加することになったのだが、どこからかオレの参加を聞きつけた佐藤も急遽参加することとなった。

 

「いきなり参加するって言って迷惑じゃなかった?」

 

「やる気があることは良いことだと思うぞ。堀北たちも喜んでいる」

 

「そうじゃなくって――」

 

「ペアの佐藤とも話す機会ができてオレも嬉しく思う」

 

「ほんと!?今日はがんばるね、綾小路くんっ」

 

オレからの言葉にぱぁっと表情を明るくする佐藤。

はぐらかそうかとも思ったが、オレと組んで退学の恐れがないからと勉強をサボられると後々の彼女のためにならない。ペアとして最低限のケアはする。

 

「あのさ、私さ、国語が苦手なんだけど……教えて欲しいな、なんて……ダメかな?」

 

「断る理由はないな」

 

「やった、ありがとっ!」

 

長谷部や三宅にも教えている手前、佐藤には教えないとは言えないため、そう答えたのだが……向こうで別の生徒に教えている櫛田が一瞬こちらを睨んでいたような気がする。

 

「なんか登場人物の気持ち?を答えろっていうのがあんまりわかんなくって。そんなの本人しかわかんないじゃんね」

 

「確かにな。だが、そういう場合は、どこかに解答に繋がる文章があったり、それを匂わせる表現がある。そこを探して推測していくんだが、例えばこの問題なら――」

 

こうして佐藤に問題の解き方を伝授していく。

最近は勉強を教える機会も増えたからか、ある程度分かりやすく伝えられたんじゃないだろうか。

 

「そっか、そういうことかー。めっちゃわかりやすい。さすが綾小路くんだね」

 

「いや、佐藤の物覚えが良いだけだ。この調子で勉強を続けていけばきっといい成績を取れるぞ」

 

確証はなかったが、褒めて伸ばす、橘から学んだ方法のひとつだ。

 

「かっこよくて、優しいし、勉強も運動もできるって完璧すぎ―」

 

「そんなことはない。オレもできないことはある。次のテストもどうなるかわからない以上、佐藤にも助けてもらうこともあるかもしれない」

 

「うん!」

 

佐藤からしっかりとした返事がくる。

図書館なのでもう少し声量を落して欲しかったが、前向きなのは良いことだ。

今回は間に合わなくとも、いずれ佐藤がクラスの力になってくれる未来もあるかもしれない。

 

そうして勉強会が少し進んだところで、反対側の大きなテーブルに一之瀬クラスの面々がやってきた。どうやらあちらも勉強会らしい。

ただ、いつもと違いどこか元気のない様子。……一之瀬の姿がないことも気になる。

 

「ちょっと席を外すな」

 

佐藤に断りを入れて、Bクラスの方へ足を運ぶ。

 

「綾小路か、そちらの勉強会は順調そうだな」

 

近づくこちらに気づいた神崎が声を掛けてくる。

 

「そっちは……あまりいい状況とは言えないみたいだな」

 

「やはりわかるか……。ここで話す事でもない。少し場所を移さないか」

 

図書館で長話は確かに迷惑であるし、周りが静かなのでこちらの話も聞こえやすい。

クラスの内情を話すにはお世辞にも適した環境ではないだろう。

 

オレは頷き、神崎の後に続く。少し歩いて人気のない廊下に出る。

ここからなら誰か来たとしてもすぐ気づくことができるだろう。

 

「実はな、龍園クラスのヤツ等から勉強会を開く度に妨害を受けている。それも一之瀬がいる時に限ってだ」

 

「それはまた露骨な手だな」

 

「ああ。だが、一之瀬に対しては効果的だった。私と一緒じゃ勉強にならないからと今日も別行動になってしまっている」

 

確かに一之瀬の性格を考えると自分のせいでクラスメイトに迷惑がかかるを良しとするはずがない。見事に孤立させられている。

 

「それに噂の件も収まる様子がない……おかしいと思わないか?」

 

「というと?」

 

「龍園クラスだけの犯行にしては広まる早さも持続も異常だ」

 

「……Aクラスか」

 

「恐らくだがな……少なくとも一部の生徒は関係していると睨んでいる」

 

一之瀬クラスの作った試験問題を解くのは坂柳たちAクラスだ。

一之瀬クラスの成績も勝敗に関わるため、落ちてくれるならその方が都合がいい。

 

だが、坂柳の作戦であるなら、少し粗が目立つな。

神崎に悟られるようなミスを犯すだろうか。

 

「こちらの隙を狙って試験問題を盗む、なんてこともあるかもしれない。勉強会は一之瀬も不在でクラスに不安が広まってしまっている。情けない限りだ」

 

「これをオレに話す理由は?」

 

クラスの内情など他クラスの生徒に聞かせられるものではない。

それをするということは神崎なりに何か考えがあるからだろう。

 

「お前なら力になってくれると思ってな。今回の試験も協力関係にあることは一之瀬から周知されている。何か手があれば知恵を貸して欲しい」

 

「……そうだな。連携できる手はあると思うが……」

 

それを一之瀬が望むかどうか疑問は残るな。

そう考えを巡らせていると、向こうから人影が見える。

 

「すまないが、また近いうちに相談させてくれ」

 

「わかった」

 

足早に神崎が図書館に戻っていく。

その背中を見送り、わざわざこちらにやってきた人物へと向き合う。

 

「よお、綾小路、神崎と悪巧みか?」

 

「世間話をしていただけだ」

 

「クク、なら俺も混ざっても問題なかったろ。……お前たちは図書館でお勉強か。今回の試験、勉強なんざ真面目にしてるやつらの気がしれねえな」

 

その言葉通り、龍園クラスの生徒が、図書館やカフェなどどこかで集まって勉強している、といった姿を見た記憶がない。

つまり正攻法を捨てて、別の戦略を立てている――今回の場合、別の戦略は数えられるほどしか思いつかないな。

 

「それで一之瀬クラスを妨害していると?」

 

「おいおい、言いがかりは止めてもらいたいぜ。俺達は何もしちゃいねえさ。たまたまあいつらが集まっているところに出くわして、丁寧にあいさつしてるだけだ。まさか、同学年の人間と話すだけで罰を与えるなんてことはないよな?」

 

「それはそうだな」

 

直接的な暴行ならまだしも、近づいて話しかけるだけでは罪には問えない。

実際どんな手を使っているかは不明だが、神崎の口ぶりからすると、言葉通りのあいさつだけでは済んでいないのだろうが……。

 

「ところで綾小路、ここであったのも何かの縁だ。俺と取引しないか?」

 

「取引?」

 

「お前を生徒会長にしてやるから、そっちのクラスの作る問題を寄こせ。たかが、50クラスポイントでこの学校での盤石な地位を得られる。そうすれば、お前の大好きな一之瀬を守ってやることもできるかもしれないぜ?」

 

クラスを売れば、南雲を陥れと一之瀬への嫌がらせを止めるということ。

どうやって南雲を生徒会長の座から落とすのか気にはなるな。

 

「悪いがテスト作成に関してはノータッチだ。同じ話を堀北に持って行ったら、兄貴の後を継げるって喜んで売ってくれるかもな」

 

「クク、テスト満点の奴が問題に作成に関わらないっていうのは無理があるんじゃねえか?まあいい。気が向いたらいつでも来いよ。だが、手遅れになる前に判断することを勧めるぜ。なんなら、オレのクラスの女ぐらいサービスでつけてもいい。ひよりでも真鍋でも諸藤でも好きなやつをもってけ、みんなで祝福してやるよ」

 

わざわざここに来た本来の目的は、オレがどんな人間なのかを探ることにあるようだ。

何に興味関心を示すのか、それをこのやりとりで見つけてやろうという魂胆が透けて見える。権力、女、金などありきたりな欲から、正義感や義理堅さを測り、自己利益のためならクラスを裏切る人間なのかを見極める。これまで何度か龍園と接触してきたが、しっかりと言葉を交わすことはなかったからな。直接確かめに来たわけだ。

 

「本人たちの意思を捻じ曲げることはできない」

 

「それに関しちゃわからないぜ?お前は学年でも有名人様だからな。そうでなくとも、うちには前例がある。そのあたりはどうとでもなる、違うか?」

 

伊吹と金田のことを言っているのだろう。

偽りのカップルのはずが、今では全学年公認の仲となっている。

その提案を無人島でしたのは一之瀬だが、そうなるように仕向けたのはオレ。

少しでも妙な仕草があれば、そこからオレの関与を疑うつもりだろう。

 

「何のことだ?悪いが心あたりはないな」

 

「ククク、その余裕ももうすぐなくなるさ。俺はそろそろ用事がある。後悔しない選択をするんだな」

 

そういって龍園は去っていく。

何か仕掛けることを隠そうともしない。

だが、そんなことでオレから何か情報を引き出そうと思っていたのであれば、無駄な時間だったろう。

 

神崎の話と龍園の話から今後の展開を予測する。

噂とAクラスの動向も気がかりではある。

孤立させられた一之瀬はどうしているだろうか。

 

あれ以来、連絡しても『大丈夫。こっちは気にしないで』という返事しか来ず、取りつく島がない。

 

そうして考えを一通りまとめたのち、オレも図書室へ戻る。

少しの離脱のつもりがだいぶ時間がたってしまった。

監視役が真っ先にサボるなんて堀北にどやされるかもしれない。

 

一部の生徒はすでに帰っていたようだったが、オレの帰りを待ちながら必死に問題を解いていたのであろう佐藤がこちらに気づき、笑顔で手を振りながら迎えてくれた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

その日、帰宅するとチャイムが鳴る。

何事だろうと玄関を開けてみるとそこには櫛田がいた。

 

「えへへ、来ちゃった」

 

ニコニコしながら上目遣いでこちらを覗き込む櫛田。

 

「この前はありがとな。美味しく頂いた」

 

「ん-、何のことだろう。でも喜んでくれたなら良かったよ」

 

事実を認めているようで認めない曖昧な返事。

玄関先で対応するのも気が引けるため、部屋に招き入れる。

 

「なんだか綾小路くんが先にいるのって新鮮だね」

 

「いつもは櫛田が出迎えてくれていたからな」

 

実に奇妙なやり取りだが、事実なので仕方がない。

それにしても、怒って出て行ったとは思えないほど変わり具合。

 

「今日はね、その……綾小路くんと仲直りしたいなって思って」

 

「そうか。実はオレも櫛田がいなくなってしまって淋しく思っていたところだ」

 

「わぁ、嬉しいな。同じ気持ちだったんだね。……あれから、よく考えたんだけど、最初に綾小路くんに言われた通りだなって。まだ私が堀北より役立ってる証明もできてなかったのに、無理言っちゃって本当にごめんね」

 

「いや、いいんだ。オレも強く言いすぎたように思う」

 

「ならこれで仲直りだね。私も頑張るから、また一緒に堀北退学目指そ!」

 

「ああ。そうだな」

 

「よかった。また拒否されたらって思うと気が気じゃなかったんだ。綾小路くんとは色々話したいこともあったんだよ」

 

そうして櫛田とあれこれと話しながら過ごした。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

それからしばらくは俺たちのCクラス――ポイントを減らすことなく11月に入ったためCクラスにめでたく昇格したが特別試験前ということもあり、誰も大々的に喜んだりはしていない、結果次第では再びDクラス、という可能性もあるためだ――は順調に試験対策を進めていた。

 

俺たちの方の勉強会も成果が見え始めており、Aクラスの問題次第だが、長谷部も三宅もテスト範囲の問題は安定して解けるようになってきた。

あとは特別試験に勝つために、どれだけ点数を伸ばせるか、というところで幸村が特製のテストを作ってきた。

 

「激ムズだよ、ゆきむー。こんなの本当に解けるの?」

 

「仮想Aクラス問題だからな。難しすぎて困ることはない。それに解けるやつならココにいるんだから、不可能な問題でもない」

 

「えー、ほんとー?じゃあ、あやのん(仮)も一緒にやりなよ。そして一緒に死のう?」

 

長谷部が幽霊のように俯いて前髪を垂らし、オレの手を掴み、テストという地獄へ引き摺り込む。

 

ただ、オレはあっさり解いてしまったため、地獄を見たのは2人だけだった。

そんな勉強会を終えて帰路につくが、同じ寮に住んでいるため、必然帰り道も一緒だ。

 

「ふぅー、今日も頑張ったぁ。ここまで勉強してるのは久々かも」

 

「このぐらいまだまだだ。大学受験の時期はもっと勉強が必要になる」

 

「それはちょっとムリムリ。てか、みやっちもよく続いてるよね。てっきりすぐやめると思ってた」

 

「お前こそ珍しくないか?普段男子とは絡もうとしないだろ」

 

「あー、別にこの3人ならいいかなって思っただけ」

 

ちらりとこちらを見る長谷部。何やら思うところがあるらしい。

 

「あ、ちょっとコンビニ寄って行かないか?」

 

三宅の提案で寄ったコンビニで、4人でアイスを購入することに。

 

「期末試験の前祝いと、Cクラス昇格のお祝いねー。ちょっと寒い時期に食べるアイスも美味しいよね」

 

「そうだな」

 

長谷部に同意する三宅。

 

「ゆきむーもそう思わない?」

 

「保存料と着色料のオンパレードだからな……」

 

「相変わらず硬いなー、別にいいけど」

 

そう言って少し真面目な表情になる長谷部。

 

「なんかさ、こういう関係も悪くないよね」

 

「買い食いする関係がか?」

 

「いやさ、私もみやっちも1人でやってきた系じゃない?」

 

「否定はしない」

 

「いざグループになってみたら、居心地が良かったって言うか、ゆきむーも基本的に友達少ないわけだしね。もう二学期も1ヶ月ちょっとだけど、この勉強会を通して新しいグループを作りたいって思ったわけ」

 

「悪くないな。というか、俺自身驚くほどこのグループに馴染んでる。他の男子とは馬が合わないしな」

 

「でしょでしょ。2人はどう?」

 

長谷部の提案に三宅も肯定的だ。

幸村はどうだろうか。

 

「勉強のために集まったグループだ。テストはこれからも卒業まで続いていく。効率化のために、グループを認めてもいい」

 

「何それわかりにくい――でもありがと」

 

3人の視線が未回答のオレに集まる。

 

「オレも生徒会ばかりで気づいたらクラスと少し疎遠になっていて淋しく思っていたところだ。この4人はオレも気が楽でいい」

 

「んじゃ決まりだね。せっかくだから親交の印にあだ名呼びに――」

 

「には付き合わないぞ」

 

長谷部の提案に被せる形で幸村が否定する。

 

「じゃあせめて名前呼びね。私は波瑠加」

 

「明人だ」

 

「オレは清隆、幸村は輝彦だったか」

 

「その名前は家族を捨てた母親がつけた名前だ。……そうだな、俺の事は啓誠と呼んでくれ。尊敬する父がつけようとしてくれた名だ」

 

「わかった」

 

「じゃ、この4人で綾小路グループってことで」

 

「なんでオレが代表みたいになっている?」

 

「逆に代表に相応しいのはきよぽんしかいなくない?」

 

「それは俺も賛成だ」

 

「ああ、そうだな」

 

波瑠加に賛同する明人と啓誠。

 

「あと、きよぽん、て」

 

「やっとしっくりくるあだ名を見つけられたって感じ」

 

あやのんときよぽんの間にどれほどの差があるかわからないが、

波瑠加が満足ならそれで良しとしよう。

 

「あ、あの、ちょっと待ってくださーい」

 

グループ決起とばかりに4人で手を重ねようとしていたところに佐倉がやってきた。

 

「ん?佐倉か、どうした?」

 

「あ、あの、私も綾小路くんのグループに入れてくれない?」

 

佐倉はこれまでの勉強会の度に、篠原と一緒に遠くからオレたちの後をつけていた。

何か考えがあってのことだと思っていたが、そのままの通りオレたちと交流を持ちたかったようだ。

 

「えっと、でも佐倉さんって篠原さんとかとよく一緒に居るよね?そっちは大丈夫なの」

 

「う、うん。えっと、送りだしてくれたというか、綾小路くんのグループに入ったからって別れるわけでもないし……大丈夫」

 

その言葉通り、通りの向こう側で篠原がこちらの様子をハラハラした様子で見守っている。親心か……理解できるぞ、篠原。

佐倉の次のステップとして別のグループとの交流を持たせようということか。

 

「それなら別にいいんじゃないか。なんか気が合いそうだし」

 

「佐倉ならうるさくないしな。でも今後増やすのは止めてくれ、騒がしいやつらが入ってきたら俺は抜ける」

 

「ありがとう、三宅くん、幸村くん」

 

明人と啓誠が承諾する。

だが、波瑠加の表情は複雑だ。

 

「うーん、これはちょっと悩ましいけど、でも機会は平等?ってやつ……佐倉さん、悪いけど、このグループに入りたいなら、あだ名呼びか下の名前で呼ぶことが条件。できる?」

 

「え、えーと」

 

「明人に啓誠に波瑠加だ」

 

「明人くんに啓誠くん、波瑠加ちゃん」

 

名前を呼ばれて頷く三人。

 

「あときよぽんね」

 

「えーと、きよ、ぴよ、清隆くん」

 

顔を真っ赤にしながらオレの名前を呼ぶ佐倉。

いくら成長してきたからと言え、さすがに異性の名前を呼ぶのは緊張したのだろう。

 

「ああ。よろしく、愛里」

 

「うん、よろしくお願いします」

 

「じゃあ改めてこの5人が綾小路グループってことで」

 

満場一致で佐倉の加入が決まり、綾小路くんグループが発足する。

 

体育祭の時も感じたが、同じクラスに仲間がいないというのは、少し淋しいものだと感じていた。幸い、このメンバーであれば、気兼ねなく過ごすことができるため、クラスの居場所として悪くない。

 

生徒会以外の居場所として少し期待が高まった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「クク、それでお前は本当にテスト問題を持ってこれるんだろうな」

 

「そんなの簡単だよ、あいつ私の事信じ切ってるし。だけどその代わり、ちゃんと約束は守ってくれるんだよね」

 

「良い目をしてやがる。初めは耳を疑ったが、なるほど、詳細も聞かずに鈴音の退学の手伝いをしてやれるなんて俺ぐらいなもんだ。お互いの信頼のためにもまずはお前の成果に期待させてもらうぜ」

 

「もちろんだよ。よろしくね、龍園くん」

 

放課後の空き教室で様々な思惑が暗く影を落とし始めていた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

そうしてあなたは

早いもので、学校はテスト期間に突入し、部活も生徒会もしばらく休みになる。

 

『――て感じで言われたことはやってるけど……これ、なんか意味あるの?』

 

「それがわかるまでには少しかかるだろうな。だが効果があるとは思うぞ。引き続き頼む」

 

以前頼んでいたことの進捗を軽井沢から電話で受け取る。

元々オマケ程度の気持ちだったが、状況が変わってきたことで重要な一手となるかもしれない。

 

『ふーん、まあいいけど。清隆の言うことだから信じてあげる。……で、頑張ったんだしさ、明日授業が終わったらさ、勉強会も休みだし、平田くんと一緒に3人で映画でも観に行かない?』

 

「その気持ちには答えてやりたいが……生憎、その日は俺たちのグループでも映画に行く事になっている」

 

『えー、じゃあ次の機会に必ずだかんね。平田くんも喜ぶと思うし』

 

「もちろんだ。……ところで、平田の事は、洋介くんから平田くん呼びに戻したのか?」

 

ふと気になったので聞いてみる。

 

『あ、それ聞いちゃう?なんていうか、体育祭の事があって心境の変化というか、一度フラットな関係に戻して、平田くんとのことを見直したくなったていうか、ま、そんな感じ』

 

「いまいちよくわからないが、平田に頼りっきりになることを止めた、と思っていいのか?」

 

『うーん、それに近いかも。守ってもらってるだけじゃダメだって思ったのも事実だし。まあ複雑な乙女心は清隆にはわかんないかなー』

 

「そうかもな」

 

軽井沢の言うような乙女心だとすると、今のオレには理解できない部分が多いのも否定できない。いずれにせよ、軽井沢も少しずつ自分の足で前に進もうとしているのは、平田にとっても朗報だろう。

 

「じゃ、そういうことで」

 

『ちょ、ちょっと待って。ちなみにそのグループでは何の映画見るのよ』

 

「気になるのか?」

 

わざわざ話を切ろうとしたところで話題を戻すほどのものだろうか。

 

『そりゃね。私たちと見る時と同じ映画じゃ嫌でしょ』

 

「なるほど、それはそうか」

 

そうして映画の話などをしつつ、軽井沢との通話を終える。

俺たちの綾小路グループは発足して以来、勉強を行うだけの関係性から少し進展して、昼食や授業間の休憩時間に集まったり、チャットグループで遅くまで話し込んだり、息抜きに映画を観る約束をしたりと交流の機会が増えていた。

 

口を開けば、AクラスAクラスの堀北や退学退学の櫛田とは違って、普通の高校生らしいことができるクラスメイトたち、貴重な存在だ。

 

そんなこともあってか、翌日の授業は普段よりも長く感じられた。

これまで何度か1人で映画を見に行くことはあったのだが、クラスメイトと一緒に行くのは、もちろん初めてだ。

やっと訪れた放課後。愛里たちと映画館へ向かう。

 

「なんだかワクワクするね、き、清隆くんっ」

 

控えめながらも子供のように無邪気な様子の愛里。だが、オレも似たようなものか。

 

「そうだな、悪い気はしない」

 

「えへへへ、清隆くん」

 

「どうした?」

 

「あ、え、ち、違うの。あの、清隆くんと一緒にお出かけするのはあの日以来だな、って」

 

あの日以来、というのは櫛田に連れられて愛里のデジカメを修理に持って行った日の事だろう。

 

「そうだな、思えば休日に誰かと出かけたのはあれが初めてだったかもしれない」

 

「そ、そうだったんだ。なんだか嬉しいな」

 

そんな昔の話ではないはずなのだが、あれからオレを取り巻く環境もだいぶ変わったな。あの頃のオレであれば、考えないこと、しないことを積極的に行うようになっている気がする。それがプラス面に働くかどうかわかるのは、もっと先、きっとこの学校を卒業する時に感じることだろう。

 

「はい、これはきよぽんの分、こっちは愛里ね」

 

波瑠加が発券したチケットをそれぞれに配る。

 

「楽しみだね、清隆くん」

 

「あ!綾小路くんだー」

 

そんな声に振り替えると佐藤がこちらに向かって小走りで寄ってくる。

 

「もしかして今から映画見るところだった?偶然だね、私たちもなの。一緒に見ようよ」

 

そういって佐藤は俺の腕を両手でつかんだ。

 

「ふあっ!?」

 

後ろで佐倉が悲鳴を上げる。

佐藤が来た方角からは軽井沢や他のクラスメイト女子数名がやってくる。  

 

「もしかして軽井沢から誘われたのか?」

 

「ううん。私たちが映画の話をしてたら、軽井沢さんも来たいって言うから。今日公開の映画だし、みんな気になってるよねー」

 

「偶然ね、清隆。あと他の人たちも」

 

自然と合流し、会話に加わる軽井沢。

なるほど、偶然か。昨日の今日だけに説得力はないが……目的が見えない。

適切な報酬を払わなかったオレへの嫌がらせだろうか。

 

「それにしても、近くないか?」

 

「え、そう?私は全然気にしないよ」

 

両腕でオレの左腕をぎゅっと抱きしめる佐藤。

これが許されるのは熱々のカップルぐらいなものじゃないか。

 

「私は気になるかも。綾小路くんも一応男の子なんだし、佐藤さんも少しは警戒しなきゃだめだよ」

 

当然の如く会話に入ってきたのは櫛田だった。

なぜいるのか?

 

「今日公開の映画気になってたから、みんなで息抜きに来たんだ。偶然だね」

 

そうか、こっちも偶然か。

櫛田の後ろにはみーちゃんなど、櫛田と特に仲のいいクラスメイト達。

 

「こ、これはひよりちゃんに、なんと伝えるべきなんでしょうか……」

 

こちらの様子を見ていたみーちゃんが神妙な面持ちで何かをつぶやいている。

 

「櫛田たちはともかく……嫌な偶然だ。俺は先に入る」

 

日頃からクラスの喧騒を嫌う人間たちの集まりの綾小路グループ。

中でも啓誠はその傾向が強く、軽井沢たちとは特にそりが合わない。

 

「それじゃオレも行くから……」と啓誠に続こうとしたが、佐藤がなかなか離してくれない。

 

「ちょっと待ったー。悪いけど麻耶ちゃん、この件では私は佐倉ちゃん押しなの」

 

そう言って現れたのは、篠原とその後ろに松下。

 

「佐倉ちゃん、何のためにグループ入りしたの。ここで負けちゃダメだめだよ」

 

「う、うん。そうだよね」

 

篠原からの激励に、クラスメイトの登場で気配を消していた愛里が前に出てくる。

 

「き、清隆くんは私たちと映画を観るので、えっと、ごめんなさい」

 

そう言ってオレの空いた右腕をぎゅーと引き寄せる愛里。

愛里が同じことをすると、右腕の収まる場所が、佐藤とは違ったことになるため、非常にマズい。愛里も一生懸命でその事実に気づいていない様子。

素直に引っ張られるわけにもいかなくなる。

両サイドからの引き合いに真ん中のオレが上手くバランスを調整するといった奇妙な展開に。

引っ張られるオレが悲鳴を上げることはないため、大岡越前もこれでは裁けない。

 

「2人とも綾小路くんが困ってるよ。離してあげた方がいいんじゃないかな?」

 

「あ、ごめんね、綾小路くん」

「清隆くんごめんなさい」

 

2人とも櫛田の声にハッとして手を放してくれた。

困ったときはやっぱり櫛田さんだ。

 

一瞬、干支試験での出来事が頭を過ぎったが、平田なしでも無事に生還できた。

あの時のメンバーには……。

 

「それじゃ今度こそ先に失礼する」

 

そういって愛里と一緒に映画館の中に入っていく。

それにしてもあの場にクラスの女子の半数以上が集結するという異常な事態。

息抜きという話だったが、特別試験大丈夫なのだろうか。

 

そんな騒動があったものの、さすがに綾小路グループで取った座席とは、他のクラスメイトは離れていたため、映画自体は落ち着いて楽しむことができた。

ただ鑑賞後、お互い映画の感想を述べて盛り上がるであろうタイミングで、愛里や波瑠加から真っ先に佐藤との関係を疑われ問いただされることとなったが……。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

そんな日もあったが、グループメンバーで勉強を進めて日々を過ごしていた。

木々が色づき、道には落ち葉のカーペットが引かれている。

すっかり寒くなった11月下旬、試験まで残り一週間となる。

 

「おはよー!綾小路くんっ」

その声だけであたりを照らすような元気な一之瀬のあいさつ。

 

それを聞かなくなってから、随分と日が経った。

最後に一之瀬の明るい声を聴いたのは……高円寺とのバースデーサプライズの日か。

あの頃はまだ、紅葉もまばらだった。

 

相変わらず連絡しても返事は来ないが、Bクラス生の話だと昨日から学校を休んでいるそうだ。

また風邪かもしれないが、どちらにせよ、試験への影響も出てしまうだろう。

 

彼女を欠いたBクラスはその動揺からテストで本領を発揮できないかもしれない。

万が一風邪で欠席でも、ペーパーシャッフルはこれまでの試験の結果から算出した点数を参照できるルールであるため退学にはならないだろうが、それはどうしても出席できないほどの風邪であることが前提だ。

学校が認めなかった場合は、0点扱い。ペアの成績次第では退学となるだろう。

 

「相変わらず嫌がらせが続いていてな。最近では一之瀬がいない時にでも勉強会の邪魔を始めるようになった」

 

「それで帆波ちゃんとみんなで抗議に行ったんだけど、龍園くんに何か言われた途端、帆波ちゃんの顔色が変わって……それから、休みはじめちゃったんだ」

 

様子が気になり、Bクラスを訪れたところ、神崎と網倉から一之瀬の現状を聞く。

 

「俺たちやクラスの女子が部屋の前まで行ったんだが、大丈夫だから試験に集中して欲しいと一蹴されてしまってな。居座り続けても悪化させても悪いし、どうしようもない状態だ」

 

「私たちも励ましのメッセージとか送ってるんだけど……」

 

どうやら風邪ではないらしい。

むしろ、あれだけの嫌がらせを受けながらよくここまで耐えていたようにも思える。

 

「オレも似たようなものだ。何を送っても良い返事は来ない」

 

「綾小路くんでダメなら、どうにもならないかも……今はそっとしておくしかないのかな。ホントに心配だけど、逆にそれが帆波ちゃんを苦しめちゃうのかもしれないし」

 

「龍園たちの蛮行を許すことはできない。俺達も妨害を受けた証拠は映像で残しておいた。これをもとに生徒会に訴えることはできないか?」

 

「今回の件は南雲生徒会長が生徒間での解決を推奨している……。オレの方でも出来るだけ動いてはみるが……ペーパーシャッフルまでには間に合わないだろうな」

 

「クソ、泣き寝入りしろっていうのか」

 

「それだけ学校の反応を見切った龍園の手口が姑息で上手いということではあるな」

 

「帆波ちゃん、大丈夫かな……」

 

これ以上話しても進展はないためBクラスを後にする。

一之瀬は、あり得ない噂なら突っぱねて戦うことができるだけの強さを持っている。

ポイントを貢いでる、なんて話もあったが、個人間でのポイントのやり取りは認められている以上、気に病む必要はない話だ。

つまりこの状況になったということは、あの噂には一之瀬なりに思うところがあるからに他ならない。

 

それをどう乗り越えるかは一之瀬にしかできないことだが……。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「綾小路くん。あなたにお願いがあるのだけれど」

 

試験まであと4日。下校前に堀北からそんな声がかかる。

 

「一応用件だけは聞こうか」

 

「テスト問題の最終チェックをお願いできないかしら」

 

「また唐突だな。試験問題を知る人間は少ない方がいいんじゃないか?」

 

今回のテストは、堀北と平田、そして啓誠が協力して作り上げた自信作。情報漏洩などもっての他、本日までその3人しか問題を把握していない。

 

「私もそう思ったんだけど、平田くんと幸村くんが、成績トップのあなたに最終チェックをしてもらえれば安心だって言い始めて」

 

「なるほど……そういうことなら見てみるが、余程のことがなければ手は加えないぞ」

 

「それはそうよ、私としてはこれ以上ないものだと思っているわ。あなたでも満点は難しいんじゃない?」

 

「それは楽しみだ」

 

「ただ、ここで見るのは危険だから、寮に帰ってからか自室でお願いね」

 

そうして問題の入った封筒を手渡される。この中に、堀北たちの努力が詰まっている。丁重にカバンにしまって帰宅した。

 

「あ、お帰り、綾小路くん。ごめんね、ご飯まだなんだ」

 

仲直りして以来、それまでの様に櫛田がオレの部屋をたまに訪れるようになっていた。

 

「テスト期間中は生徒会もない。勉強会がない日はほとんど帰宅時間は一緒だからな、仕方ない。ただ、今日もちょっとこれから出かけてくる」

 

「そうなんだ。じゃあご飯作って待ってるね」

 

そうしてオレはカバンを部屋に置き、エプロン姿でお玉を片手に持つ櫛田に見送られ、部屋を出る。最近はそこへ向かうのも日課のようなものだ。

 

そうして迎えた翌日。

試験まで残り3日を切った。試験問題の提出の締め切りだ。

 

すでにAクラスもBクラスも提出を完了していると噂では聞いたが、俺たちのクラスは情報漏洩対策とギリギリまで調整をしていたため、この日の提出となった。

 

今日が終われば、土日を挟んで月曜日にテストとなる。

……結局一之瀬は今日までずっと休み続けている。

 

「堀北、確認したが良いテスト問題だった」

 

「そう……あなたが言うなら安心ね。早速だけど提出に行きましょう」

 

テストの受理は18時まで。

それに間に合わなければ、学校の用意した問題が採用される。恐らくだが、間に合わなかったクラスがその分不利になるように学校の作る問題は簡単になっている可能性が高い。

 

職員室に向かう廊下で、じっと待っている生徒が一人、龍園だ。

 

「よお、鈴音に綾小路、これから問題提出か。奇遇だな。俺もなんだ」

 

「悪いけど、あなたみたいな下劣な人間と話す言語は持ち合わせていないわ」

 

一之瀬、そしてBクラスへの言動に少なからず堀北も嫌悪している様子。

いくら勝つための戦略とは言え、度が過ぎている、そういった感情だろう。

 

「そういうなよ。せっかくなんだから一緒に提出してもいいだろ」

 

「綾小路くん、テスト勉強はバッチリかしら。私たちの敵はあくまでAクラス。絶対勝つわよ」

 

本格的に龍園を無視することに決めたようだ。

敵はAクラスだけだと煽りも忘れないのは堀北らしい。

 

「クク、それならそれでいいさ。勝手について行くだけだからな」

 

言葉通り、職員室まで一緒にやってきた龍園。

こちらの問題をこの場で盗み見る、などということは不可能なはず。

 

龍園もそんな気はないのか、手早く担任の坂上先生に封筒を渡して、隅の方に下がり離れたところから俺たちの様子を観察している。

 

「茶柱先生、これが私たちのクラスの問題です。よろしくお願いします」

 

「わかった、預かろう」

 

「ただ、一つだけ約束してください」

 

「なんだ?」

 

「この問題を見たい、というクラスメイトが現れても絶対に開示しないで欲しいんです」

 

「それは難しいな……ただ、制作者代表の堀北を連れて来なければ閲覧できない、ということでなら対応できるが」

 

「それでお願いします」

 

テスト問題をクラスメイトが見れる状態になってしまえば、その人物経由で龍園のクラスに問題を晒されるかもしれない。そういった対策をしっかりと立てる。

 

「ではお前たちの問題は確かに受理された。以後、理由なしには変更できないから注意するように。万が一問題に不備があった場合はこちらで修正させてもらう」

 

「わかりました」

 

そういって茶柱先生は封筒を持って行った。

 

「無事に提出出来てよかったじゃないか、鈴音。お前の作った問題、楽しみにしてるぜ」

 

龍園も何をするわけでもなく去っていく。

 

「あとはこの土日でテストに向けて最後の追い込みよ」

 

「そうだな」

 

土日は各々の時間を過ごし、試験当日を迎える。

 

朝から廊下が騒がしい。Bクラスの前に人だかりができてた。

 

「なんだろうな、テスト前に……ちょっと行ってみないか」

 

明人の提案にオレも続く。啓誠はギリギリまでテスト勉強をしたいとのことだった。

 

「しばらく休んで元気になったかよ、一之瀬」

 

「龍園くん、何か用かな」

 

「俺は用はねえさ、だがな、テスト前にお前こそ自分の罪を白状しておいた方がいいんじゃないか?クラスメイトが心配してるぜ?」

 

一之瀬は登校してきていた。

だが、それを確認した龍園は、そんな一之瀬とBクラスにとどめを刺すため、最後の攻撃を仕掛けに来たという場面だろう。

 

ここをどう乗り切るかでこのテストの結果が決まる。

一之瀬……お前なら大丈夫だ。

 

オレは廊下からこのやり取りを静かに見守ることにする。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

赦しを請い求める

今回も原作9巻の話にがっつり触れるため、アニメのみ視聴し、3期を楽しみにしていらっしゃる方はネタバレ注意です。


1年Bクラスの教室。

Bクラスの生徒たちが固唾を飲んで見守る中、教壇に立つ一之瀬。

その表情は、普段の凛としてにこやかなものではなく、遠いどこかを見るような、陰のある面持ち。

 

「結局一之瀬もいい子ちゃんぶっていただけ、お前たちは騙されてるんだぜ。いつか裏切るつもりでお前らを利用している可能性だってある」

 

教室の入り口に陣取った龍園は、石崎、小宮を引き連れ、ニヤつきながら野次を飛ばす。

 

「みんな……いまから私の、罪を――告白します。聞いてくれるかな」

 

一之瀬のクラスメイトは、心配そうに、不安そうに、あるいは覚悟を決めたように、各々静かに頷く。

 

それを確認した一之瀬は、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

「あの噂は全部が全部偽物じゃない。私は確かに過去に罪を犯したの。中学3年の時に、私は――――万引きをした」

 

「うそ、帆波ちゃんが……」

 

一之瀬の告白に衝撃を受けたのか、思わず網倉がつぶやく。

他のクラスメイトも大なり小なり動揺を見せている。

 

「ホントのことだよ、麻子ちゃん。どうしても、妹のために欲しかったものがあったんだ……」

 

そこから一之瀬がどうして万引きをしてしまったのか、過去の告白が始まる。

 

母子家庭の一之瀬家だったが、貧しいながらも母親と妹と協力して幸せに暮らしていたこと。

 

それまでわがままのひとつも言ったことのなかった中学1年生の妹が、誕生日プレゼントに好きな芸能人がつけていた『ヘアクリップ』が欲しいと初めてねだったこと。

 

もちろん叶えてあげたかったが、来年一之瀬の高校進学も控え何かと費用がかかるタイミングだったこと。

 

母親が無理をしてシフトを増やした結果、倒れて入院することになったこと。

 

病床で母親は泣いて謝ったものの、まだまだ幼い妹、そう簡単には割り切れず、泣きじゃくって母親を怒鳴りつけたこと。

 

そんな様子を見た一之瀬はなんとかして妹にプレゼントして家族の笑顔を取り戻したかったこと。

 

それが万引きをした理由。

 

「事実を知らずに喜んだ妹は、そのヘアクリップをつけてお母さんのお見舞いに行っちゃって……気づいたお母さんは大泣きする妹からクリップを取り上げて、私を思いっきり叩いて本気で怒って、安静にしていなきゃいけなかったのに……私を連れて万引きしたお店で土下座してひたすら謝って……」

 

一之瀬から一筋の涙が流れる。

心に封をしてきた消えない記憶。

 

「私は、この時初めて、取り返しのつかないことをしてしまったんだって身に染みてわかった。どんなに言い訳を並べたって、犯罪が肯定されるはずがない。……結局、お店の人は私を警察に引き渡すことはしなかったけど、噂は広まって、私は自分の殻に閉じこもった。中学3年生の残り半年は、ずっと家に引きこもって……でもね、この学校のことを担任の先生が教えてくれて、もう一度だけ前を向いて頑張ろうって思ったんだ。この学校なら、入学金も授業料も生活費も掛からない。卒業すればどこにでも就職できる。一からやりなおして、傷つけてしまった大事な家族に、今度こそ笑顔を届けるんだって……」

 

全てを話し終えた一之瀬は深く頭を下げた。

 

「ごめんね、みんな。こんな情けないリーダーで……」

 

「そんなことないぜ、一之瀬。今の話を聞いてますますお前がいいやつなんだって思った。そうだろ、みんな」

 

近くで話を聞いていた柴田がクラスメイトに投げかける。

 

「そうだよ、帆波ちゃんはわるいことをしたかもしれないけど、でもーー」

 

「おいおい、笑わせんじゃねえよ。お涙頂戴の過去なんか聞いたところで、事実は変わんねえよなぁ」

 

一之瀬の話を聞いて、クラスメイトが擁護しようとしたところで、龍園が割り込む。

 

「犯罪は犯罪だろ。そんなやつがクラスのリーダー?生徒会?身の程をわきまえるべきなんじゃねーか。またいつ盗みを働くかわかったもんじゃないぜ?おいおい、まさか俺たちの作った大事なテスト問題を盗んだんじゃねえだろうな。こりゃあ確かに油断できない相手だ」

 

高笑いする龍園。盗人猛猛しいとはこのことか。

 

「そう……だね。私がいくら努力したところで、一度犯した罪は消えない」

 

そう言って一之瀬は目を閉じる。

一歩を踏み出すために、傷つき弱りきった心の奥底から勇気を引っ張り出す。

 

「過去の私の評価は今の私が決めることじゃない。大切な人を傷つけてしまった罪だったとしても、その経験があったから今の自分がいるって胸を張って言えるようになりたい」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

『一之瀬帆波は犯罪者だ』

 

あの日、ポストに入っていた紙を見た時に、あの時のトラウマが鮮明に呼び起こされた。

血の気が引いて、周りが真っ暗になって、吐き気が止まらなくなる。

そのまま熱まで出ちゃって……、みんなに心配をかけてしまうことに。

ただの悪戯かもしれないのに、倒れちゃうなんて自分の心の弱さを憎たらしく思う。

 

なんとか身体の方は回復したから登校できたけど……どんどん悪い噂が広まっちゃっていて、心が追い詰められていくのがわかった。

 

犯人はきっと私の秘密を知っている。

 

クラスのみんなから届く心配や励ましのメッセージ。

心の中で罪悪感が力を増していく。私はみんなが思っているような品行方正な人間じゃない。

罪人の私は人に優しくされていい人間じゃない。そんな私を庇ってみんなが傷ついていくなんて、あっていいはずがない。どんどん心に重しが積み重なっていく。

 

でも、立ち止まっちゃいけない。

家族のため、クラスメイトのため、私は――

重くなった心を引きずって、決意を固め、クラスメイトを害する龍園くんに立ち向かう。

 

その時、龍園くんから言われた一言。

 

『万引き犯が生徒代表の生徒会なんておかしいって訴えてもいいんだぜ』

 

私の決意は蝕まれていく。

もう進むことはおろか、立ち上がることすらできない。

 

生徒会に訴えられたら当然、彼の耳にも入ってしまう。

綾小路くんだけには、こんな薄汚い私を知られたくなかった。

真実を知らないで欲しかった。

見捨てられ、幻滅され、去っていってしまうんじゃないかという恐怖。

 

醜い私を見られたくない、そんな思いから……心配してくれる綾小路くんを拒否してしまった。

 

それなのに、学校を休みはじめてから、放課後になると毎日尋ねに来てくれた綾小路くん。

 

私からの反応がないのに、玄関のドア越しに、毎回ひと声かけては、その日の出来事を話して帰っていく。事情を聴こうとしたり、学校へ来るように説得するなんてことはない。

何も変わらない、いつもの綾小路くん。

耳も心も塞いでいたはずなのに、いつの間にか、その時間だけは少しだけ心が軽くなった。

 

試験前日。もうあとがなくなった日曜日。

明日は絶対に登校しなくちゃいけない。ペアに迷惑をかけるなんてダメ……。

でも学校に行ったら、そしたら私は――――。

 

そんなとき、その日も綾小路くんがやってきた。

なんで……なんでこんなに気にかけてくれるの……私にそんな価値はないのに。

 

「どうして綾小路くんは毎日来てくれるの?」

 

ついポロっと出てきてしまった言葉。

心配してくれる嬉しさと罪悪感。

話を聞いて欲しいのに、助けて欲しいのに遠ざけてしまった。向き合えなかった本音。

 

その疑問の答えを聞いた時、私は今まで感じたことのないほどの衝撃を受けた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「どうして綾小路くんは毎日来てくれるの?」

 

懐かしさすら覚える一之瀬の声。

その声はいつもの元気の良さはなく、本人も久々に発したのだろう、今にも消え入りそうなか細さだった。

 

「一之瀬が全部吐き出してくれるのを待ってるのかもな。……実はオレは一之瀬の犯した罪がなんであるかを知っている」

 

「え……えっ、な、なんで……そんなの、うそ、だよ……ね?」

 

「誕生日を祝ったことがあったよな。あの日、生徒会室で南雲と話していた内容が廊下まで聞こえていた……意図的ではなかったにせよ、盗み聞きした形になってしまってすまない」

 

あの日、聞こえてくる『様々な声』に耳を澄ましていたオレ。その様々な声とは生徒会室から聞こえてきた2人の話し声。

 

それなりに壁の厚い生徒会室でも、夏休みで人気のない静まった状態であれば、少し耳をすませば話の内容はわかるもの。

あの日のサプライズは偶然であり、必然でもあった。

今日この日のための布石。一之瀬を過去の呪縛から解放する最初の一手。

 

「一之瀬は自分の悩みを他人に打ち明けるのが苦手なんだろう。他人を救えても、自分を救えないタイプ。だから、今、ここにオレがいる」

 

「綾小路くんは……私が……犯罪者だって……今まで…ずっと…知っていたのに」

 

詰まりながらもなんとか言葉を発する一之瀬。

 

「知っていたのに、それでも見捨てず……私に、優しく接してくれていたの?」

 

「オレにとっては、この学校で出会った一之瀬帆波が全てだ。それ以上でもなければ、それ以下でもない。誰にだって触れられたくない過去はある。オレは過去で人を判断したりはしない」

 

「……私は、許されちゃいけない人間なんだよ」

 

「オレは、そうは思わない。一之瀬がこの学校でしてきた頑張りを誰よりもわかっている、そのオレが保証する」

 

驕りと思われても構わない。

今の一之瀬に必要な言葉を送る。

 

「でも……綾小路くんに、こんな私を……」

 

続く言葉はしぼんでいき、聞き取ることはできない。

まだ、心を曝け出すことに抵抗があるのだろう。

それは自分が隠したいから、というより、オレのことを気遣うからこその迷い。

 

「オレは今扉だ。見ることも触れることもできない。ただの扉に気を使わなくったっていい」

 

「……だめ」

 

それでも拒否をするのであれば、こちらも――

 

「ただの扉じゃだめ、私は、綾小路くんに聞いて欲しい。私の、罪の全て」

 

そうしてドアが開き、一之瀬が姿を見せる。

怯え、涙を流し、弱り果てた一之瀬……それでも、その表情からは覚悟が伝わってくる。

 

部屋の中に案内される。

シンプルなドレッサーの目立つところに、いつかプレゼントしたキーホルダーが飾ってあった。

 

テーブルを挟んで向かい合うものの、なかなか話しを切り出せない様子。

言葉を選んでいるのかもしれない。

 

「ゆっくりで大丈夫だ。一之瀬の準備が整うまで、オレはいくらでも待っていいと思っている」

 

一之瀬が頷く。

 

ふと、一之瀬の後ろ、部屋の隅にパーティグッツのような派手な飾りなどがおいてあるのが目に入った。編みかけのマフラーのようなものも見える。

 

「……私の誕生日、素敵なサプライズをくれたから……私もお返しするんだって張り切ってたんだけどね」

 

視線の先に気づいたのだろう。一之瀬が口を開く。

オレの誕生日に向けて準備をしていてくれたのか。

だが、それどころではなくなってしまった。

 

「大切な日、過ぎちゃったね……ごめんね、私は大事な人の誕生日すら祝えない……」

 

身体は震え、涙が今にもあふれ出しそうになる。

オレは一之瀬の右隣に移動し、左肩に手を置き、そっとこちらに抱き寄せる。

 

「あ、綾小路くんッ!?」

 

驚くものの、力なくこちらに身体を預けてくる一之瀬。

普通なら拒否されてもおかしくない行為。ダンスの時の方が密着していたため、今更ではあるが……。だが、一之瀬が逃げ出さないのは、弱り切っているからか、それとも―――

 

「一之瀬の気持ちは十分伝わった。オレはそのサプライズ、楽しみにしている」

 

「……なら、早く元気に、ならなくちゃ……だね」

 

震えも収まり、少しだけ一之瀬の顔に明るさが戻る。

 

「……万引きの話なんだけどね――――」

 

そうしてゆっくりと過去を話し始めた一之瀬。

 

事情を知っている相手とは言え、思い出すのも辛い記憶。

それを口にするのは、とても力のいることだ。

時折、堪えきれなくなった涙が流れてゆく。

 

それでも、決して偽ることはなく、自分の罪を告白した一之瀬。

誰にだって隠したい罪の一つや二つ存在する。

大抵の人間がそれを誤魔化し偽るのに対し、真っ向から受け止め立ち向かう姿勢は、尊敬に値するだろう。

 

全てを語り終えた一之瀬がこちらを向く。

 

「……綾小路くん。厚かましいお願いだとは思うんだけど……私に、勇気をくれないかな」

 

過去を乗り越えるために踏み出す、その最初の一歩には勇気がいる。

一之瀬の頬に触れ、指で優しく涙を拭うと、冷え切っていた頬にはじんわりと温かさが広がってゆく。

 

「一之瀬、過去の自分の評価をするのは、今の自分じゃない。過去の自分を振り返り、評価できるのは未来の自分だ。お前が過去の罪を悔やんでいるからこそ、誰よりも頑張ってきたとオレは知っている。その結果、色んな人が救われたことも知っている。オレもその一人だからな。そうして歩んだ先にある未来で多くの人が救われたのなら、その時お前は初めて過去の自分を評価できるだろう。今はまだ全力で突き進む時だ、立ち止まったらお前はただの罪人で終わってしまう」

 

赦しを請う一之瀬に投げかける『罪を背負って、立ち止まることなく、歩み続けろ』という残酷な言葉。

 

「綾小路くんは……厳しいね。私を甘やかしてくれないんだから」

 

「一之瀬は特別だからな」

 

言葉とは裏腹に、一之瀬の目には確かな闘志が宿っていた。

 

もちろん、一之瀬には法的な意味での罪はない。母親の適切な対応によって、すでに許されたと言っていいだろう。だが、それでは救われない。自分自身で乗り越えたと思わなければ、罪の心は一生付きまとってくるだろう。

 

「過去は未来の自分が評価する……か。ありがとう、綾小路くん。勇気、もらえたよ」

 

それが一之瀬が休んでいる間に起こった出来事。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「過去の私の評価は今の私が決めることじゃない。大切な人を傷つけてしまった罪だったとしても、その経験があったから今の自分がいるんだって、いつか胸を張って言えるようになりたい」

 

一之瀬はクラスメイトに向かって言葉を続ける。

 

「ここにいるみんなで助け合ってAクラスで卒業する。その未来に到達して、初めて私は過去を乗り越えられると思うんだ。みんな、こんな私だけど……信じてついてきてくれないかな」

 

決して楽観的な考えではない。自分を曝け出し、拒否されないか、不安は今この時も拭えていないだろう。震えながらも、しっかりと想いを伝えた一之瀬。

 

「俺達も助けられてばかりじゃいけないな、一之瀬のために力になるぜ」

「もちろんだ!」

「うん!」

「帆波ちゃんがリーダーでよかった」

「帆波ちゃん大好き」

 

柴田の声に、クラスメイトが次々と賛同する。

いつもの活気あふれるBクラスが戻ってきた。

やはりこのクラスはこうじゃないとな。

 

「クク、犯罪者をリーダーにするなんてめでたいやつらだな。後悔することになってもしらないぜ」

 

「何を言っても無駄だよ、龍園くん。私は過去の私のためにも、こんな私に付いてきてくれるみんなのためにも、もう立ち止まらない」

 

一之瀬を蝕む過去の過ちは、今や一之瀬を突き動かす原動力となった。

そこから崩すことはもう誰にもできない。

 

「ハッ、口では何とも言えるだろうよ」

 

「それはこれからの学校生活で証明していくから。龍園くんにも見てて欲しいかな。そして私たちの活躍する姿を見てウワサを蒔いたこと、後悔してもらうよ」

 

「ククク、上等だぜ、一之瀬。今回の試験で早速泣き面を晒すお前たちを盛大に笑ってやることにするよ」

 

負け惜しみとも取れる発言を残し、龍園達は教室をあとにする。

 

「やったな、一之瀬。あの龍園を撃退した」

 

「帆波ちゃん、帆波ちゃん、帆波ちゃん」

 

喜ぶ神崎。白波はこれ幸いと一之瀬に抱き着く。

 

今日まで淀み切っていた空気が嘘のように晴れ渡っている。

このクラスで一之瀬が培ってきたもの。その大きさがよくわかる。

 

野次馬で来ていた生徒たちも嬉しそうに、そんなBクラスの姿を眺めていた。

 

「なんか、すごかったな、一之瀬完全復活って感じだな、清隆」

 

「ああ。本当にな」

 

クラスメイトの喜びに応える一之瀬と目が合う。

「私はもう大丈夫」そんな思いが伝わってきた。

 

一之瀬の復活で湧き上がるBクラスはきっと最高のコンディションで試験に臨めることだろう。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

オレの計算じゃ、ここで一之瀬を完全に潰しきれる予定だったのだが……。

第三者の介入以外考えられないだろう。

 

スパイとして綾小路の昼休みや放課後の様子を探らせていた桔梗からは特に変わった報告は上がってきていない。

 

となると、南雲が一之瀬の洗脳を一足先に完了させたか。だが、それであんなに力溢れる状態になるとも思えない。

 

何がそこまで一之瀬を変えたのか。

 

だが、結局はそれだけの話。今回は潰し損ねたが、一之瀬のクラスの弱点も見えてきている。

 

そしていくらあいつ等が良い成績をだそうと、今回のペーパーシャッフルで俺たちのクラスが負けることはない。

 

綾小路クラスの作った問題は、桔梗から入手済みだ。問題制作者の平田たちに綾小路へチェックしてもらった方が安心だと助言した後、なぜか持っている綾小路の部屋の合鍵を使って部屋に忍び込み、試験問題を携帯で撮影したらしい。

 

あいつのことを信用しているわけではないが、あの鈴音への退学の執着は紛れもない本物だ。つまり利害が一致していれば裏切ることはない。むしろ、この話を俺に持ってきたんだ、裏切ったときにどうなるかをわからないやつじゃないだろう。

 

その後、変更されることなく受理された様子は俺の目でも確認した。

 

そうして入手した問題はクラスに配布済み。土日を使って答えを暗記させてある。

 

オマケにAクラスの橋本が噂の蔓延の協力と100万ポイントを対価に、Bクラスの試験問題を要求してきた。

これは『一之瀬をこれ以上追い詰めないこと』を条件に白波と金田を介して取引し、Bクラスの提出した問題を確認、写真を撮らせて、橋本に送った。

 

これでAクラスのヤツ等の合計点も大幅に上がるだろう。点数で競うBクラスはますます不利になる。

 

教室に担任の坂上がやってきた。

テストの配布前に不正を防止するため、携帯の回収が行われる。

 

「それでは、試験を始める」

 

覚えた解答を書き込むだけ、うちの馬鹿共でも余裕だろう。

 

そう思いながら、回ってきたテスト問題を確認し、その違和感に一瞬で気が付いた。

なぜなら問題が全く違うからだ。

 

一体何が起きやがった……。

だが、この問題、一度見た気がするな。つまりこれは――

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「姫さん、Bクラスのやつの作った問題を手に入れた。これでうちのクラスは負けることはないぜ」

 

「いえ、それは使うべきではありません」

 

「まさか正々堂々勝つのがAクラス、だなんて言わないよな?」

 

「ふふふ、橋本くんも面白いことをおっしゃいますね。そうではありません。そんな簡単に試験問題が手に入ったことを疑うべきだと言うことです」

 

「いや、これでも公正な取引のもと入手したんだぜ」

 

「そのようですね。クラスメイト数名と協力してここ最近は何やらお忙しそうでした。クラスのために動かれることは大変好ましいことですね。ただ、私の意見は変わりません」

 

「……わかった。だが、仲間内で勝手に共有するのは問題ないだろ」

 

「ええ。でもズルなどせずにテスト勉強もしっかりしておくことをおすすめします」

 

テスト問題を解きながら、数日前の橋本くんとのやり取りを思い出してしまいました。

きっと彼らは今頃心中穏やかではないはずです。入手したテスト問題と目の前の問題は全くの別物になっているはずですから。

あなた方は、綾小路くんを侮りすぎなんです。

 

そうしてテスト終了後に神室さんが近寄ってきます。

 

「ねえ、綾小路クラスへのあの教科の問題、あんなんでよかったの?簡単すぎたんじゃない?」

 

「あれでいいんですよ、神室さん。正解なのに不正解。理解されないというのは寂しいものですね」

 

どんな問題を作っても彼は解いてしまう。極端な話、高校生の範囲外の問題が出たとしても、彼にとっては何の障害にもならない。

 

でも、そんな彼が間違う可能性のある科目が一つだけあります。今回は前哨戦ですからね。綾小路くんにもこちらを意識してもらいます。

 

私もずっと片思いでいる気はありませんよ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

少年Aの未来

Aクラスが作成したテストは流石といったところで、難易度はもちろん、油断するとケアレスミスを誘う引っ掛け問題のような嫌らしい問題が並んでいた。

クラスメイトには難しく感じるかもしれない。

 

だが、それでもこの一か月勉強をしてきた成果を出せば、全員ボーダーラインを下回る点数になることはなさそうだ。

 

今日最後の教科は現代文か。

 

問題を見ると、これまでとは変わった一癖ある問題であることに気づく。

全50問中、漢字の問題が49問。文章問題が1問と大胆な方式。

 

だが、異質なのはその中身だ。

 

『全49問の漢字のうち、好きなものを10個選択して読み仮名を答えよ』

 

考えたな、坂柳。

ペーパーシャッフルの問題作成のルールは各教科必ず50問作ることがルールであり、配点は指定されていない。問題用紙に50問記載されていればあとは自由。通常であれば1問2点となるが、この方法をとれば最後の文章問題の配点を80点に設定できる。

 

つまり最後の1問に全てをかけてきたということ。

 

漢字を手早く片付けて、最後の文章問題に目を通す。

なんだこれ……不可解な問題に思わず疑問が出てくる。

難易度以前の話。何を目的として作ったのだろうか、その意図が読めない。

 

 

 

『ウミガメのスープを模した読解問題です。下記文章とQ&Aから読み取れる答えを述べよ』

 

「あるところに極秘施設がありました。そこは最強の人類を作り出すための実験施設です。そこで生まれ育った実験体の少年Aは、その施設に幽閉され、外の世界を見たことすらありません。そんな中、少年Aは過酷なプログラムをこなしていき、その施設唯一の成功例となります。そんな彼でしたが、ある日、外の世界を見にいこうとその施設を脱走してしまいます。自由な世界は少年Aに悪影響を与えるかもしれないと、実験施設の職員たちは慌てました。ところがしばらくすると彼はその施設に帰ってきます。それは何故でしょうか?」

 

 

Q.少年Aはその施設のことが嫌いでしたか?

A.いいえ。自分を高めてくれる施設を気に入っていました。

 

Q.少年Aのこなしてきたプログラムは本人が過酷と思っているだけで実は簡単でしたか?A.いいえ。朝から晩まであらゆるトレーニングや実験の日々で自由や休日は、ほとんどありません。被験者の中には精神に異常をきたす者もいるほどです。

 

Q.少年Aは外の世界を見てどう思いましたか?

A.『はい』か『いいえ』で答えられる質問ではないので、具体的な解答はできませんが、それは彼にしかわからないことです。

 

Q.少年Aが外で見たものは特別なものでしたか?

A.はい。彼にとっては特別なものです。ただ、あなた方にとっては普通だと思うかもしれません。

 

Q.少年Aは実は大人ですか?

A.いいえ。彼が脱走したのは15歳の時です。

 

Q.少年Aに友達はいましたか?

A.いいえ。真の意味で彼に友人はいないでしょう。

 

Q.施設へは自分で帰りましたか?

A.はい。施設の人間が強制送還したわけではありません。自分の意思で戻ってきました。

 

Q.施設を脱走しようと思ったのは彼の意思ですか?

A.はい。誰かから外の世界のことを聞いて興味が出た結果です。

 

Q.外の世界は異世界とか私たちの住む世界と違いましたか?

A.いいえ。現代の日本です。

 

Q.施設での生活と外の生活に違いはありましたか?

A.はい。極端な話、すべてが違いました。

 

そんな具合にQ&Aが続いていく。

 

ホワイトルームの存在を匂わせて、オレがどんな行動に移すのか試しているのだろうか。ここでオレが文句の1つでも述べれば、ホワイトルーム出身であることを秘密にしていることが弱点だ、なんて考えるのか?

 

それにしてもこのQ&A、こちらの心情を割と捉えているところも気持ちが悪い部分だ。

そう言った意味では十分作戦成功だな、坂柳。

 

解答は考えるまでもない。

 

少年Aが施設に戻った理由。

そんなもの『外の世界で学べることを全て学び終え、質の高い学習環境に戻るため』以外にはないだろう。

 

あえて加えるなら『外の世界が退屈になったから』だろうが……Q&Aにそれを匂わせる文言はないので、加えずにおく。

 

ホワイトルームの環境は知識欲、探求心を満たすのに最適だと言える。

だが、目的が目的のため、不要なものは切り捨てられ学べないことも多い。

そのために外にやってきたオレだが、これ以上ここで学ぶことがなくなったと判断すれば、時間の無駄だとホワイトルームに戻ることもありうる。

幸い今のところ、新しい発見の毎日で飽きることはなさそうだが……。

 

「きよぽん、さっきの現文どうだった?」

 

「変な出題の仕方だったが、簡単だったな」

 

「だよねー。私でもこれかなーってわかったもん」

 

テスト終了後、波瑠加たちがオレの周りに集まってくる。とは言っても、明人の席も目の前なので、集まるのに都合がいいというだけ。

綾小路グループだからと言って、綾小路に集ってきているわけではない。

 

「俺たちも勉強した甲斐があったってことじゃないか?」

 

「それなら、もっと難しい問題で手ごたえを感じて欲しかったな」

 

「でも、少しでも良い点数をとれそうで、嬉しいかな」

 

明人、啓誠、愛里もそれぞれの感想を述べる。

特に文系科目を苦手としていた2人が大丈夫だったと話しているためホッとする。

教えた手前、嬉しくもあるな。

 

こうしてテスト1日目が終了した。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「どういうことだ、龍園。お前の寄こした問題、まるで違うじゃねえか」

 

「俺たちはまんまと罠にはめられたってことだ。どうせお前の方の問題はこれだろ、橋本」

 

「……確かにこれだった」

 

「一之瀬クラスと綾小路クラスの問題が入れ替わっていた、そういうことだ」

 

「そんなことあんのか?」

 

「こうなることを読んで、誰かが手を打っていやがったってことだ」

 

「じゃあ、俺たちの持っている問題を交換すれば明日の残りの教科だけでも満点取れるんじゃんねえか?」

 

「こんなことを仕掛けるやつだ。それを対策していないとは考えられねえ。恐らく無駄骨に終わる」

 

「チッ、坂柳の言った通りになっちまった……。俺はもう帰る、せめて残りの教科の一夜漬けぐらいはしなくちゃな」

 

Aクラスの奴らは地頭がいい。それである程度どうにかなるだろうが、うちのクラスの野郎どもは……。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

2日間の試験が終わり、テスト結果の発表の日となった。

 

茶柱先生の持ってきた成績一覧が貼りだされる。

 

「今回のテスト結果は見ての通りだ……」

 

妙に声のトーンが低い茶柱先生がこちらを見る。

何かがおかしい。

 

どうせオレは満点だと思って、綾小路グループのテスト結果を見ていたのだが……。

 

成績順に並んでいる一番上の名前を見る。

数学、英語、日本史、古文など……すべて100点のオレの名前が記載されている。

が、現代文にはその名前がない。

 

上から順番に目で追っていく。

いつまでも出てこないオレの名前……、オレは最下位、20点だった。

 

「嘘だろ?」

 

漢字の読みでしか点が入らなかったということ。

 

現代文の合格ラインは60点だ。ペアの佐藤が40点未満なら、2人で仲良く退学。

奇しくも、坂柳の問題文通り少年Aが施設に帰還することになる。

 

佐藤、佐藤、佐藤……

 

想定外の出来事に急いで佐藤の名前を探す。だが、佐藤も国語は苦手だと言っていたな……詰んだか?

 

下から探していき、そこそこの人数の上に佐藤の名前を見つける。

結果は『52点』だった。

オレと合わせて72点……助かった。

 

佐藤、いや、佐藤さん、ありがとう。本当によくやってくれた。あれだけ苦手だと言っていた文章読解を上手く解いてくれたようだ。

ホームルーム中でなければ佐藤さんの胴上げに向かっただろう。

 

こちらの視線に気づいた佐藤さんは、照れくさそうにVサインを作ってはにかむ。

あれ、佐藤さんってこんなに可愛かったか?オーラも神々しく感じるな、ありがたや、ありがたや。

 

「あなた、何のつもり?」

 

情けないオレの点数を見た堀北から冷たい目で睨まれる。

遊びで20点を取ったと考えているんだろう。

 

「これは真剣な質問なんだが、現文の文章問題、どんな解答したんだ?」

 

堀北は現代文で満点を取っていたので参考にさせてもらう。

 

「簡単な問題だったじゃない。『閉鎖された空間で育った少年Aは未知の世界に触れて恐怖を覚えた。人間のどす黒い欲望に満ちた外の世界は、自由であって自由ではなく彼にとっては想像できないものだらけ。だから慣れ親しんだ一人になれる施設に帰った』と答えたわ。まあこれ以外にもいくつか正解はあるでしょうけど……」

 

恐怖か……そんなものを外の世界で感じたことはなかった。未知は恐怖なのか?知らないことを怖くは思っても、知ったから怖くなることがあるのか?

オレにはわからない、それが『普通』なのだろうか……。

 

ある意味この学校でオレのことを一番理解しているであろう坂柳だからこそ、突けたオレの弱点。それこそ、未知の攻撃だったが、オレはこうも楽しいと思っているのだから、やはり問題に不備があるんじゃないだろうか。

 

ただ、クラスの現代文の成績は軒並み高く、池や山内ですらしっかり部分点を獲得している。

オレだけが異常に点数が低いことから、間違っているのはオレであることは明白。

 

「……不良品、か」

 

入学当初、オレたちのクラスにかけられたそんな言葉を思い出す。堀北や須藤、愛里など不良品の修理が完了しようとしている生徒は多い。

この学校で様々な経験をしてきたが、オレはまだ不良品であることに変わりはないらしい。

 

兎にも角にも、佐藤さんのおかげで命拾いをした。

佐藤さんには頭が上がらないな。残念ながら誕生日はまだ先か、必ずお礼をさせてもらおう。

 

「今回、うちのクラスは退学者ゼロだ。テストの総合点は、坂上先生のDクラスに勝利することができたが、真嶋先生のAクラスには及ばなかった。クラスポイントはプラスマイナスゼロだな」

 

結果を見ると惜しいところまで迫っていたが、基本学力の差が出てしまい、Aクラスを上回ることは叶わなかった。

 

オレが現代文で満点であったのなら……なんてことは考えても無駄だな、

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

坂上が結果を発表する。

 

「今回のテストで、退学者は4ペア、つまり8人となる。このあと手続きがある、対象生徒は――」

 

「待てよ、坂上。今回の退学になる奴らのボーダーラインまでの不足分の点数をポイントで買う。できるんだろ、いくらか教えろ」

 

「龍園さん……」

 

退学予定の石崎が感動したようにこっちを見やがる。

コイツの様に退学者は救えない程勉強ができない野郎ばかりだ。だが、兵隊としてはそれなりに役立つ奴ら。ここで切って得することはない。

 

「……残念だが、龍園。全部で800万ポイントだ。お前に払えるのか?」

 

想定の倍の金額。今回はペアだからか?

南雲から手に入れた300万、橋本からの100万、干支試験での150万、全て使ってもまだ足りねえ。

 

「おい、おめーら、ポイントを全部寄こせ。そうすれば足りる」

 

「バカ言わないでよ、龍園くん。全部あなたのせいでしょ!」

 

「そうだ、お前が妨害ばっか命令して、勉強する時間を減らしたからこうなってんじゃないのかよ」

 

「わ、わたし、一之瀬さんクラスにあんなことするなんて、ホントは嫌だった」

 

「他クラスはあんなに楽しそうなのに……こんなクラスになったのはリーダーの責任じゃないの」

 

「勉強してた俺たちには関係ない、お前らが勝手に退学になる負担を背負わせんなよ」

 

時任など、一部のクラスの連中が騒ぎ始める。真面目に勉強していた少数派のやつら。

 

「てめえら、覚悟しての発言か?」

 

「龍園さんに逆らうってのかよ」

 

「そうだ、もうお前らにはついていけないと言っている」

 

どこで支配に綻びが生まれた?奴らに逆らうだけの度胸を残したつもりはなかった。

暴力や恐怖ではもう支配されないと言わんばかりの勢い。

何が起こってやがる。テスト問題が交換されていたことよりも不可解だ。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

そろそろ龍園のクラスでクーデターでも起こっているかもしれないな。

 

軽井沢には色んな生徒を介して、Cクラスの一部の生徒にいくつか噂を流してもらっていた。

それは『悪い噂』ではなく『良い噂』。

 

「生徒会副会長権力で色々美味しい思いをしている」

「スズーズブートキャンプをみんな楽しく続けた結果、健康的に痩せてスタイルが良くなった」

「毎日タダで抹茶ラテを飲める」

「南雲会長の言っていた実力主義の制度に感銘を受けた綾小路と一之瀬は、下位クラスの生徒もAクラスに上がれる仕組みを作ろうとしている」

 

などなどだ。

 

龍園は無人島での特別試験以来、様々な策を講じているが結果的に失策が続いている。

 

減っていくクラスポイント、強いられる卑怯な戦い。一之瀬を陥れるのを心苦しく思っていた生徒もいたかもしれない。それでもクラスが勝っていれば我慢もできる理由にもなったが、あの有様だ。クラスの中で不満を持つ者が増えていてもおかしくはない。

 

そんな時に、他クラスのリーダーの活躍や楽しそうなクラスの様子を聞かされたら、どう思うだろうか。リーダーを選び間違えた、こいつについていくのは危険だと感じ始めるだろう。

 

支配力が低下した龍園に取れる手は少ない。

果たしてどうするのか……。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

笑えねえ状況になっている。手持ちのポイントを上手くやりくりしても、救えて2ペア。残りの4人は退学になる。

 

そんな時だった、一通のメールが飛んでくる。

 

『ポイント貸してやろうか?』

 

南雲の野郎からの提案。

借金返済まで俺たちのクラスは南雲の指示に従うという契約。

反故にすれば、代表者の俺を含め、今回退学予定だった者をすべて退学にできる権利まで持つ。

 

余りに都合の良いタイミング。

このクラスの中の誰かがすでに南雲の手に落ちている……そうとしか考えられない。

 

アイツの下につくなんて冗談じゃない。

だが、拒否すれば俺たちのクラスは兵隊を失う。今後どんな試験が出てくるかわからないが、退学者が多い方が有利、なんてことはねえだろう。

 

初めからこれが狙いだったのか?

いや、あいつにとってはどう転んでもよかったのか……。

ククク、おもしれえじゃねえか。

俺を嵌めてくれたつけはいずれ払ってもらう。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

『今回は借りておいてやる』

 

龍園からの返事が来る。安い投資でいい買い物ができた。

 

帆波と龍園がぶつかるということは、どちらかが勝って、どちらかが負けるということ。俺は負けた側を拾えばいい。それだけの話。

 

ま、綾小路が帆波についている時点で結果は考えるまでもなかったか。

生徒会に相談に来た龍園クラスのやつから話を聞いて状況も理解できていたしな。

 

全く綾小路のヤツ、えげつないことをしやがる。

だが、おかげで俺の介入の隙も生まれた。

龍園クラスにはアルベルトをはじめ、駒として有能な人材もいる。

俺が表立ってできない汚い仕事をやらせるには丁度いいやつらだ。

 

これで一年を支配する基盤ができた。

堀北先輩との勝負に向けて、俺はもう止まれない。  

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

帰宅の準備はしていると、神崎からお礼のメールが届く。

無事に坂柳クラス、龍園クラスに勝利できたそうだ。

増えるのは100クラスポイントだが、結果以上に得たものが大きい試験となっただろう。

 

一之瀬不在で、Aクラスの関与も疑っていた神崎たちは余裕がなくなっていた。

 

そこで提案したのがテスト問題の交換。

ルールでは、『学校に提出』となっていただけで、誰が誰に渡せばどう受理されるとは明記されていなかった。

そのため、シンプルに、星之宮先生が受理したものは俺たちのクラスが提出したことに、茶柱先生が受理したものは一之瀬クラスの提出した問題になるよう予めそれぞれの担任に約束を結んでおいた。

つまりAクラスは堀北たちの作った問題を解き、龍園たちはBクラスの作った問題を解いたことになる。奇しくも直接対決をしていた構図だな。

 

その下準備を経て、一之瀬クラスには問題を手に入れようと接触した来た人物に対し、取引に応じたふりをして、素直に問題を渡すように指示を出しておく。

その結果、一之瀬クラスは問題の流出を気にすることなくテスト勉強に臨むことができた。

 

だが、この作戦を完璧なものにしたのは、櫛田の功績が大きい。

クラスの問題を盗めるだけの力があるという説得力、流出がわざとだと見抜かれない演技力。それを兼ね備えた人材でなければ、どこかで龍園に見抜かれていたはずだ。

 

櫛田と仲直りしたあの日、あれこれ話した内容を振り返る。

 

「綾小路くんは、客船で私に役立てっていったよね。今回の試験、龍園くんを騙して勝たせてあげる。そうすれば私の事、堀北より有能だって認めてくれるかな?」

 

「具体的にどうするつもりだ?」

 

「簡単だよ、二重スパイって感じ。クラスを裏切ったと見せかけてテスト問題を龍園くんに渡すの。でもそれが偽物なら龍園くんのクラスはテスト勉強もしてない生徒が多いみたいだし、壊滅するよね」

 

「だが、そんなことをすれば櫛田が龍園の恨みを買うことになる」

 

「その時は、綾小路くんが守ってくれるんでしょ?」

 

そこまで理解を深めてきたか。

堀北を退学からさりげなく守っているように、オレにとって有用だと思う駒は、簡単には捨てない。

つまり、オレに使えると思わせれば守ってもらえると考えている。確かに龍園を騙すほどの人材なら、貴重な駒として簡単には切らない。

 

「それにさ、例え龍園くんと組んだとしても、結局綾小路くんに邪魔されるなら堀北を退学にするのは無理じゃない?一番の近道は、綾小路くんに堀北を退学させてもらうことなんだよ。正直、これまでの綾小路くんを見てきて、私だけじゃ勝てないし、龍園くんでも相手になるとは到底思えない」

 

これまでのオレが見せた力の一端から、ここまでの考え、答えを導き出した櫛田。

提案してきた作戦は粗があったが、悪いものではない。

偽物ではなく本物のテスト問題を渡すなど、ひと手間加えるだけで、龍園を倒せるものになるだろう。

 

テスト提出日前日。

 

「龍園くんに問題を渡してきたよ。確かにこの方法なら私も綾小路くんたちに騙されただけに見えるね」

 

「櫛田の身の安全が第一だからな。それで勘付かれた様子はなかったか?」

 

少し照れている櫛田に確認を行う。

 

「もちろん大丈夫。私の堀北を退学にさせたい気持ちは本物だからね。それを前面に出してれば、気づかれないよ。私が何年嘘つきをやってると思ってるのかな?」

 

頼もしいような、恐ろしいようなセリフ。

 

櫛田の人間観察力はオレも目を見張るものがある。

それがペーパーシャッフルでの出来事の全て。坂柳のテスト問題は計算外だったが、佐藤さんのおかげで事なきを得た。

 

これもまた貴重な経験だったと言える。

 

「あやのこーじくーんっ!一緒に帰ろうー」

 

下校途中のタイミングで少し離れたところから元気な声を発しながら一之瀬が走り寄ってくる。たまたまタイミングが重なった、というわけではないのだろう。

 

「お疲れー。今回もまた助けられちゃったね。でも私もこれから綾小路くんを助けられるぐらい頑張るから……これからも……その、私を見ててね」

 

「ああ。もちろんだ」

 

一之瀬の目には迷いが消えていた。これまで無理に明るく振る舞ったり、時には弱気になったりと色んな一面を見てきたが、もう大丈夫だろう。

 

「今度しっかりお礼もさせてね」

 

そういって普段より一歩こちらとの距離を詰める。

ふと、シトラスの香りが鼻孔をくすぐる。

 

「あまり感謝されすぎても困るぞ。立ち直れたのは一之瀬自身の力だ」

 

「うん。それでも踏み出す一歩の勇気をくれたのは、綾小路くんだから」

 

あまり感謝されても困るんだ、一之瀬。

今回の一件、一之瀬への攻撃がはじまったのは、オレの計画だったからな。

 

一之瀬を駒として利用していこうと決めたものの、南雲が一之瀬の秘密を握ったままの状態では都合が悪かった。

言うなれば爆弾のスイッチを握られた状態。

今回の様に一之瀬を陥れることは容易だった。タイミングが悪ければ救うことはできない。

 

そして待てど暮らせど、なぜか南雲はそのアドバンテージを活かそうとしなかった。

 

それなら、こちらから安全なタイミングで誘爆させてしまえばいい。

 

南雲BSS作戦で一之瀬から全く気にされなくなったことで支配欲を煽っていたこと

堀北兄が引退した直後であること

生徒会でオレの存在を無視できなくなってきていること

 

色んな要因が絡み合う中で南雲にCクラスの出場表を入手するように依頼すれば、必然龍園と接触することになる。

そこでの取引内容は大体想像がつく。

 

そして、その情報を手にした龍園が一之瀬クラスへ攻め込むなら、ペーパーシャッフルのこのタイミングしかなかっただろう。

龍園もこれまで一之瀬クラスには散々やられてきたからな。

 

結果、追い詰められた一之瀬を限界ギリギリで救い出すことで、オレへの信頼を揺るぎないものにできただけでなく、一之瀬は過去の罪を受け入れて、前に進むことができるようになった。

 

「綾小路くん?」

 

「すまない、少し考え事をしていた。また明日からは生徒会活動も始まるな」

 

「うん、そうだね。しばらくお休みしちゃった分も頑張るよ」

 

「一之瀬のいない期間は一年ひとりだけで寂しかったからな。また一緒に活動出来て嬉しく思う」

 

南雲が情報を流したことに勘付いているだろうが、気にしていない様子。

これならもう安心だろう。

 

イルミネーションで彩られた街路樹。

明るいメロディーのクリスマスソングの数々。

吐く息も白くなってきた。そろそろ本格的な冬がやってくるようだ。

 

そんな情景を眺めながら帰り道を2人でゆっくりと帰宅する。

 

悪いが坂柳、少年Aはまだまだ施設に帰る予定はない。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

執事はじめました

「麻耶お嬢様、こちら本日の献上品です。どうぞお納めください」

 

「えっ、ちょ、急にどうしたの?そういうプレイ?な、なんか照れちゃうなー……なんて」

 

執事のような振る舞いで佐藤さんにホットの抹茶ラテを差し出す。

状況が呑み込めない佐藤さんは動揺する。

 

「こちらささやかですが感謝の気持ちです。受け取っていただけませんか?」

 

「そ、そんなことない。もらう、もらう」

 

そうして抹茶ラテを受け取り、ゆっくりと口に運ぶ佐藤さん。

 

「なにこれ、めちゃくちゃ美味しい」

 

「お口に合って何よりです。丹精込めて作った甲斐がありました」

 

「えーっ!これ綾小路くんが作ったの!?すごーい」

 

「お嬢様が望まれるのでしたらいつでもお持ちいたします」

 

どうやら佐藤さんも喜んでくたようだ。

頑張った甲斐があるというもの。

 

「なあ、お前らその茶番いつまでやってんだ?」

 

「朝からいちゃつくなよなー」

 

山内と池の指摘に佐藤さんが周りを見渡すと、朝の教室内ということもあって、かなりの注目を浴びてしまっていることに気づく。

佐藤さんの顔が赤くなる。

抹茶ラテで内側から温まったのだろうか。寒い時期にはぴったりだな。

 

「え、えっとこれは違くて……ねえ、綾小路くん」

 

「いえ、麻耶お嬢様のために尽くしている最中です」

 

「あ、綾小路くんっ!?」

 

佐藤さんのツッコミが教室に響き渡った。

 

どうしてこんなことになっているかというと話は前日に遡る。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

テストが終わり部活動が再開したため、久しぶりに茶道部の集まりもあった。

ひよりは図書館にお目当ての本が入荷したため少し遅れるとのことだったので、みんなでお茶を飲みながらまったりとした時間を過ごしていた。

 

基本的に穏やかな生徒で構成されていることと茶道の特性が生み出す、他では過ごすことのできないゆっくりとした時間。

茶道部を廃部から救い続けているのもそういった理由が含まれる。

 

「ところでみーちゃん。日頃の感謝の気持ちを伝えたい女子生徒がいるんだが、どうすれば喜ばれるだろうか?色々考えてみたが最適解が見つからなくて困っている」

 

先日、佐藤さんに救われてから何かしらのお礼をしたいと考えていたが、堀北や櫛田ならともかく、普通の女子高校生代表のような佐藤さんが何に喜ぶのか、皆目見当がつかなかった。

ちなみに、堀北なら1兄貴エピソード、櫛田なら1堀北ざまあエピソードを提供すれば大喜びだろう。

 

また、綾小路グループで相談すると、波瑠加が茶化して、愛里があわあわするだけで話が進まなそうなので、今回はみーちゃんに聞いてみた。適材適所だな。

 

「そういうことなんだね、清隆くん!」

 

なぜか嬉しそうにするみーちゃん。

 

「それで言うと、ひよ……じゃなかった。女の子は一度は男の子に尽くしてもらいたいと思うものだから……執事みたいな感じで抹茶ラテとかを差し出して労ってあげるのがいいんじゃないかな?」

 

「なるほど」

 

「それいいね。綾小路くん、クールだし、執事とか似合いそう!」

 

話を聞いていた朝比奈も混ざってくる。

 

「相手のことはお嬢様呼びで、丁寧な言葉遣いを心がけるよーに」

 

ピシッと人差し指を立ててアドバイスをくれる朝比奈。

彼女も対人関係は良好な生徒で、ギャル寄りであることも踏まえると佐藤さんに近い人種だろう。その朝比奈が言っているのだからセカンドオピニオンとして参考になるな。

2票も入れば十分だろう。

 

「わかりました、明日にでもやってみます」

 

「それがいいよ。最近なんだか悩んでるみたいだし、清隆くんからアプローチがあれば絶対喜ぶから」

 

「ん?相手がだれかわかっているのか?」

 

「あっ、こういうのは言わないお約束。すみません、忘れてください」

 

みーちゃんもクラスメイトであるため、佐藤さんの様子を知っていてもおかしくはないのだが、普段グループが違うことなどもあり2人が会話している姿を見たことはない。

……佐藤さん、何か悩んでいるのか?

 

「はぁ、平田くんも執事だったらなあ……」

 

「平田なら頼めばやってくれそうだな」

 

気遣いの達人の平田であれば執事は割と天職なのではないだろうか。

主人に対して礼節を保ちつつ、しっかり支え続ける姿が浮かぶ。

 

「綾小路くんが上手くいったら考えてみます」

 

……その言い方だと、失敗する可能性もあるのか、執事作戦。

一抹の不安はあったものの、他に手は思いつかないため、さっそく明日朝から実行させてもらうことにしよう。

時にはトライ&エラーの精神も大事だろう。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

ということがあったのだが、アドバイス通り、佐藤さんにも喜んでもらえたようで良かった。これぐらいなら定期的に行えるし、あの時の気持ちを忘れないためにも、しばらく続けるか。

 

「き、清隆くん。そ、それは話が違うよ」

 

「え?」

 

みーちゃんが慌てて駆け寄ってきてオレの腕を引っ張り廊下に連れ出す。

普段の大人しさからすると大胆な行動で珍しいな。

 

「私はてっきり……えっと、ともかく佐藤さん相手だとは思っていなくて。これ以上はアドバイスした手前、見過ごすことはできないよ」

 

「対象相手の誤認があったことはわかったが、佐藤さんも喜んでいたし、別に良かったんじゃないか?」

 

「だ、ダメだよ。これ以降は禁止です。ただでさえ、最近は色んな子が集まってきてるのに……。ひよりちゃんには私の様になって欲しくないから」

 

「どうしてひよりの名前が出てくるんだ?」

 

「あっ……」

 

どうやらみーちゃんはオレがお礼を伝える相手はひよりだと思っていたようだ。

確かに、ひよりには個別に誕生日プレゼントも貰ったし、本の話題を共有できる仲でもある。以前はアルベルトを紹介してもらったりとお世話になっていることには違いないな。

 

「と、ともかく、ひよりちゃんも最近悩んでいるみたいなので、それも聞いてあげてもらえないかなって……お願いしますっ!」

 

「そういうことなら……」

 

「ありがとう。これで私も安心できるかな」

 

そういって教室に戻るみーちゃん。

オレも後に続いて戻ると――――

 

「えっと、執事くん。次は一緒にお出かけしたいから、お供するように。いい…よね?」

 

佐藤さんがそんなことを言ってくる。

 

「気持ちに応えたいのも山々だが、執事作戦は今しがた禁止令が発行されてしまった。また別のお礼を考えるから、次の機会に頼む」

 

「えぇぇっ!?」

 

驚き残念がる佐藤さん。お嬢様のご要望にお応えできないとは執事失格だな。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

昼休みの図書館。

予想通りひよりの姿を発見する。

 

高いところにある本を取ろうとしているようだが、どうみても届きそうにない。

 

「ひより、大丈夫か?」

 

「あら、綾小路くん。ありがとうございます」

 

取ろうとしていた本をひよりに渡す。微笑みながら受け取るひより。

そこまで変わった様子もなさそうだが……。

 

「エミリー・ブロンテか。好きだったか?」

 

「いえ、私個人としてはどちらでもございませんが……ジャンルの違う本が置いてあるのが気になりまして」

 

「言われてみるとそうだな。いや、この本棚、『ねむけ』って本ばかり色んな所にならんでいるぞ……こっちを戻す方が先じゃないか?」

 

「……それもそうですね。ミステリーコーナーにあるのも不自然ですし」

 

そういって2人で棚の整理を始める。

 

「ひより、何か悩みがあるんじゃないかと聞いたんだが……」

 

「みーちゃんあたりからお聞きになったんでしょうか……。そうですね、最近悩みがございまして」

 

本を並べながらのため、ひよりの表情は見えないが少し声のトーンが落ちている。

想像以上に深刻な悩みなのか?

 

「実は……私たちのクラスはこれまで多くの試験で負けてきてしまいました……」

 

クラスに関することか。

先日の特別試験は、龍園クラスにとってショッキングな出来事だったに違いない。

なぜか退学者はでなかったようだが、それ相応の代償は払っているはず……。

この学校の仕組み上、仕方がないとはいえ、間接的にひよりを傷つけてしまっていることになる。

 

クラスの方針に疑問が出てきたのか、今後の不安なのか、いずれにせよ、この学校で生き残っていくためにこのままじゃいけないと感じているのだろう。

 

「そのため、現在はクラスポイントも200を切ってしまっています」

 

「そうだな」

 

一度ゼロになった身からするとポイントがなくなることの不便さはよくわかる。

ポイントが減ればクラスとして取れる戦略も絞られていくからな。勝つことが難しくなっていく、負のスパイラル状態だろう。

オレも身近に一之瀬がいなければ、もっとピンチになっていたかもしれない。

 

ひよりの悩みもそれに近いものなのかもしれないな。

 

「その結果……」

 

「その結果?」

 

ここまでで一番暗い声になり、言葉を詰まらせるひより。

 

「その結果……月に購入できる本が限られてしまい、非常に残念です」

 

「あー……」

 

そういえばひよりはそういうやつだった。

 

「これは死活問題ですね」

 

「そういうことなら買いたい本があったら折半するか。ひよりのおすすめならオレも読みたい」

 

「え、よろしいんですか?」

 

「もちろんだ」

 

「ありがとうございます。冗談半分だったのですが、言ってみるものですね。ふふふ」

 

「え?」

 

日頃の感謝の気持ちから救いの手を差し伸べようとしたら

聞き捨てならないことをさらっというひより。

 

「クラスの事は勝負事ですから仕方ありません。龍園くんに任せきりにしていた私たちにも責任はありますし。ですので、今回悩んでいたことは全く別の事なんです」

 

「というと?」

 

「実は、このままだと……茶道部が廃部になります」

 

「……わかった、これも冗談だな?」

 

「ふふふ」

 

「オレも何度も騙され――」

 

「残念ながら事実です」

 

「……まじかー」

 

「でも、綾小路くんには心あたりがあるのではないでしょうか?」

 

ひよりからの鋭い指摘。

というより、廃部の危機の理由はひとつだからな。

 

「やっぱり厳しかったか」

 

「ええ。2、3年の先輩方、毎日何杯も召し上がっていらっしゃったので……。部費が底をつきました」

 

「まあ妥当だな……」

 

体育祭で高円寺の彼女たちを買収した際に渡した、抹茶ラテ1か月飲み放題券。

少しは遠慮というものはないのだろうか、というぐらい、毎日のようにやってきて飲んでいたらしい。まあ高円寺の彼女だしな、そのぐらいの面の皮の圧さがなければ、アイツの恋人は務まる気がしない。

 

結果、財政難になってしまったわけだ……。

完全にオレのせいだな。

 

「だが、安心して欲しい。手は考えてある」

 

「本当ですか!?」

 

「こうなった元凶には責任を取ってもらう義務があるとオレは思う」

 

「なるほど?」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ということで、体育祭での無茶ぶりを達成するためにこんなことになりました。助けてください、茶柱先生」

 

「それは本当に私のせいなのか?」

 

「ええ。あの元Dクラスを体育祭で優勝させるにはあらゆる手段を使うしかありませんでしたし、そこまで追い込んだのは先生との約束のせいですよ。オレは見事優勝へ導いたんですから、その分の報酬があってもいいはずです」

 

そう、最近調子に乗っていた茶柱先生にもしっかりと対価を払ってもらう時だ。

 

「お前な……。それで具体的には何を望む?」

 

「もうすぐ冬のボーナスではないですか?部費がなくて困っている生徒に救いの手を差し伸べてくださってもいいのでは?」

 

「おい……教師をゆする気か?」

 

「いつも美味しそうにお茶を飲んでる顧問の先生がいるとか……ああ、あの分の茶葉があればまだ活動もできたかもしれないのになあ……」

 

「……仕方ない、綾小路の言うことも一理ある。今回は補填しよう。だが、今回だけだぞ」

 

「ええ。それで大丈夫です。ありがとうございます」

 

次の手もあるしな。取り急ぎの活動資金が工面できればそれでいい。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ということで、茶道部はいまや人気の部活動。その抹茶ラテを飲みたい生徒は数多くいます。このまま廃部はおかしいですよね。部活に割り振る活動費のアップを要求します」

 

放課後の生徒会室で南雲に通達する。

 

「綾小路、マジで言ってんのか?」

 

「はい、書類類は揃えました。あとは南雲生徒会長のサインだけです」

 

「俺がそんな話飲むとでも?」

 

「朝比奈先輩が悲しみますよ?」

 

「なずなは関係ないぜ。あくまで公平にジャッジするのが生徒会長だ」

 

どの口が言っているのか案件だが気にはしない。

 

「なら、これで勝負しましょう」

 

「これは……」

 

そういってヘルメットとピコピコハンマーを机に並べる。

橘に手早く決着がついて、合法的に相手を叩けるようなゲームがないか聞いたところ

この『たたいてかぶってジャンケンポン』を提案された。

 

ジャンケンで勝った方がハンマーで相手を叩き、負けた方はヘルメットで防げればセーフ、防げなければ負け、という単純なゲーム。

 

「ハッ、面白いじゃねえか。お前を叩けるなんて願ってもないぜ?」

 

それはお互い様だな。

 

「それじゃ、同意ということで」

 

「いいぜ、万が一俺に勝ったら部活動費倍にしてやるよ」

 

「では、ジャンケンポン」

 

南雲の手の動きを見る。どうやらグーを出すようだ。

ならこちらはパーにすばやく変える。

 

「かかったな」

 

南雲は出し切る直前で右手のグーを引っ込め、左のチョキを前に出した。

 

「お前の目の良さはわかっているからな」

 

「でしたら、南雲会長もよく見てください」

 

南雲の手は予測できたので、こちらも左手をグーで用意しておいた。

後は相手の動きをみて、こちらも変えるだけ。

 

「はっ?」

 

急いでヘルメットを取ろうとする南雲だが、もう遅い。

 

バシーン、という軽快な音と南雲の悲鳴が生徒会室に響き渡る。

 

この前の一之瀬の一件、南雲にはお咎めがなかったからな。

これで一之瀬も少しはすっきりしただろう。

向こうでこちらの様子を伺っていた一之瀬と目が合い、無意識にしたり顔になっていたことに気づいたのか、苦笑いをしながら頬を掻いた。

 

「ちっ仕方ねえな。なずなのために譲ってやった俺の寛大さに感謝しろよ」

 

頭をさすりながらちょっと涙目で書類にサインする南雲。

流石というかなんというか……。

 

兎にも角にも部費のアップも決まった。一石二鳥だな。

 

茶道部に向かい報告するとひよりと事情を聴いていた部員たちが喜び合う。

活動費を増やせば、より質の高いものが作れ、それで売価も上げられるようになるかもしれない。そうして、土台を作っていき、綾隆のように販売する計画を立てれば……。

 

「ところで清隆くん。執事ができるそうですね?私にはしてくれないのでしょうか?」

 

「……それは困ります、ひよりお嬢様」

 

どうやらみーちゃんは余計なことまで情報共有してしまったらしい。

しばらくひよりと執事のまねごとをする羽目になった。

 

 





図書館でひよりの代わりに本を取る綾小路くんのシーン。
アニメでは本棚をよく見るとあちこちに「ねむけ」と書かれたタイトルの本が置いてあり、そっちは気にならなかったのか、ひより……と思ったので描いたネタでした。

『ねむけ』というミステリー小説があるのかどうかは調べた限り見あたりませんでしたが、実在するのか、背景美術の方の心の叫びだったのか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

動物カフェに行こう

放課後の生徒会室。

事務作業をこなしながら一之瀬とした交わした約束――24億ポイントを稼ぐための方法を思案する。

 

この作戦を成功させる前提条件として、学校関係以外でポイントを得る必要がある。

これは憶測だが、ポイントの総数はおおよそ決まっており、それ以上のポイントは発生しないようになっているのではないだろうか。

平たく言うとこの学校の運営資金の限界という話。

 

よって24億を残りの期間で稼ぐのであれば、学校以外からポイントもしくは現金の入手が必要不可欠になってくる。

 

そのためにはまず外部から稼いでもいいという許可を学校からもらう必要があるのだが……このハードルは相当高い。

 

たとえば、学生のアルバイトを認めたとする。

毎日授業後に時給1,000ポイントで3時間働いて、土日は休んだとしてもおおよそ月6万ポイント。クラス全員40人が働くと月240万。これだけのポイントがコンスタントに入ってくるのであれば、戦略も変わってくるし、クラス争いに興味のない生徒はバイト生活になるだろう。

 

そしてこの生活区域内にそんな大人数の働き口はないため、それこそバイト先の争奪戦になり、不平等が生まれてしまう。

 

そういった諸々の事情を考慮すると、許可を下ろさないだろうということ。

さて、どうしたものか……。

 

「綾小路くん、付き合ってくれないかな?」

 

「……ん?」

 

あれこれプランを練っていたところ、一之瀬から声をかけられた。

というより、今、告白された……のか?

 

騒がしかった生徒会室が一変、静寂に包まれる。

 

「ン“んん。お前たちの仲が良いのはわかっていたが、せめて他所でやってくれないか?」

 

気まずい雰囲気をかき消すかのように、桐山が咳ごみながら指摘する。

 

その後、俺たちに背を向けた桐山は『綾小路くんの愛ノ恋路を応援する会』のチャットグループに『綾小路に春来たり!!』と素早く投稿。

 

『あわわわ、一之瀬さん大胆です』

『まさか卒業までにこんな日が来るとはな』

 

とさっそくレスポンスが返ってくる。

一之瀬とは一言も書いていなかったはず。……隠し部屋のモニターで見てたな。

 

「……えーと」

 

「にゃわわわ、違うよ、違うよ。そっちの意味の付き合うじゃなくって……一緒に行ってほしい場所があるって話」

 

何と答えるべきか、悩んでいると一之瀬も異変を感じ取ったのか、慌てて言葉を補足する。慌て方が橘に似てきたな。

 

チャットグループには『チーン』と両手両膝を地につけて落ち込む人物のスタンプが連投されている。

 

よくあるオチだったか……。

しかし一之瀬がそんなベタなことするだろうか。

もし、OKの返事をしていたら――

 

「そういう話か。詳しく聞かせてくれないか?」

 

「うん」

 

そういうとオレの隣にピタッとくっつくように座る一之瀬。

もともと距離感が近いタイプではあったが……。

なんだかこれまでと違う様子の一之瀬に少しどぎまぎしてしまう。

 

「あの……一之瀬……さん?」

 

「ん?どうしたの?」

 

「いや……何でもない。早く用件が聞きたい」

 

まったく気にしていない様子でこちらをまっすぐ見つめてくるので、思わずこちらが自意識過剰なのでは?という錯覚に陥る。

というより、この距離感で見つめあうのは青少年には危険すぎる。

 

何やらチャットが盛り上がっているようだが、当然確認する余裕はなくなる。

こうなったら話を早く聞いてしまうほかない。ああ、シトラスの香りがするな……。

 

「うん。ケヤキモールに新しく誘致するテナントの候補が決まって、明日試しに特別棟に来てもらうことになったんだ。綾小路くんも一緒に視察して意見をもらいたいなって」

 

「そういうことなら同行するが……どんなテナントなんだ?」

 

「それは行ってみてのお楽しみってやつ、と言いたいところなんだけど、視察前に情報はあったほうがいいよね」

 

よほど自信があるのか、楽しそうに話す一之瀬。

 

「実は動物カフェなんてどうかなと思ってるんだ」

 

「動物カフェ?」

 

小さな動物園のようなものだろうか?

 

「そうそう!この前の件で思ったんだけど、この施設って癒しのスポットがないと思うんだ」

 

「確かにそうかもな」

 

「だから、例えばネコとかウサギとかと触れ合うのは良い癒しになるんじゃないかなって」

 

アニマルセラピーというものがあるぐらいだ。ストレスに対する効果はあるだろう。

動物と触れ合える施設か。興味はあるな。

世の中にはモフリストなる専門家もいるほど、動物の毛並みを愛でることには価値があるらしい。

 

このセリフも何度目だといった感じだが、当然ホワイトルームでは動物と触れ合う機会などなかった。知識では知っていても、実際に触ってみると違うもの。

楽しみだな。もふるとはどんな世界なのか。

 

「でね、そこのカフェで綾小路くんの抹茶ラテを置いてもらえばいいんじゃないかなって思っているんだけど」

 

「なるほど。いいアイディアかもな」

 

確かに、自然と出店場所を確保できるな。

一之瀬も一之瀬で目標達成を考えていたようだ。あとはその利益が学校側にどう判断されるか、か。いくつか交渉方法を考えておこう。

 

「明日が楽しみになった」

 

「うん。私も綾小路くんと一緒に行けるの楽しみだよ」

 

そうして立ち上がり自分の業務へと戻る一之瀬。

いつもと違う雰囲気だったが、チラッと見えた長い髪に隠れた耳は真っ赤だった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

その日の夜。

 

「櫛田は動物カフェ行ったことあるか?」

 

「うーん、猫カフェぐらいかな。どうして?」

 

「今度ケヤキモールにできるかもしれないんだが、どんなものかと思って」

 

夕食を食べながら動物カフェがいかなるものかを探ってみる。

 

「へぇ、悪くないね。完成したら一緒に行ってあげてもいいよ」

 

「そうだな、一人で行くのはハードルが高そうだ。櫛田と一緒なら安心だな」

 

「素朴な疑問だけど……あんた猫にデレたりするの?」

 

「どうだろうな、実は触ったことがない」

 

映像でしか見たことがないものに心が動くかどうかなどわかりようがない。

だが、これで心が動くようなことがあればホワイトルームの改善策としてペットの飼育を提案するのもいいかもな。

 

「綾小路くんってちょいちょい世間離れしてるよね?実はどっかの御曹司で箱入り息子とか?」

 

「高円寺と一緒にはして欲しくないな」

 

箱入り息子か……ホワイトルームを箱とするならいい得て妙な表現ではある。あいつが代表であることも息子とかかっていて、皮肉が効いている。

 

「ま、でも猫もいいもんよ。抱きかかえてるだけで可愛い、可愛いって周りの馬鹿共は騒いでくれるし」

 

猫を被っている櫛田が猫を抱えるのは面白いな。猫を被った可愛さと抱えた猫の可愛さで、真っ黒な本心を挟み込むサンドイッチ状態。

 

「あんた今、猫を被ってる私が猫を抱えてるのは可笑しい、とか思ってないわよね?」

 

「……思ってないです」

 

ジト―とした目でこちらをにらみつける櫛田さん。

今の櫛田は猫を被ってはいないが、なんか機嫌の悪い猫みたいだな。

 

「特別に信じてあげる」

 

「ありがとうございます」

 

「周りの反応はともかく猫が可愛いのは本当だよ。なでると甘えてきたり、肉球もぷにぷにしてて気持ちよかったり……ほら、こんな感じ」

 

そういって猫の可愛い動画を見せてくる櫛田。

 

「なるほど。これは確かに可愛いな」

 

「でしょ。ほら、こんな感じでなでなですると気持ちよさそうにごろんとしちゃって」

 

櫛田もなでたら大人しくなるとかだったら簡単なのにな……。

 

「私をなでたいなら、ひとなで1万ポイントだよ?」

 

こちらの考えを読みつつ、からかってくる櫛田。

やられてばかりもなんなのでたまにはからかい返してみるか。

 

「本当か?ここに10万ポイントあるんだが、10なでしてもいいってことになるな」

 

……べ、別にポイントがなくたって――

 

「え?」

 

櫛田にしてはぼそぼそッと小さい声での反応。

 

「何でもないっ!やっぱりひとなで100万ポイントにするって言っただけ」

 

「そうか、じゃあたくさん稼がなくてはいけないな」

 

「そうよ。精々わたしのために身を粉にして働いてね」

 

そんな冗談を言い合いながら猫の動画を観て過ごす。

なるほど、確かにモフモフしたものをなでるのは気持ちよさそうだな。

明日の視察がますます楽しみになった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ほら見て綾小路くん、目がギョロッとしてて可愛いね」

 

「……ああ」

 

「あ、やっぱりひんやりしてるんだ。手触りもすべすべだよー」

 

「………ああ」

 

「え、抱っこしてもいいんですか。わあ、大人しいんですね。ほら、綾小路くんも」

 

「…………ああ」

 

そうして一之瀬が抱きかかえている動物を受け取る。

 

人を除いた生物との接触は、無人島での魚や昆虫をカウントしないのであれば、これが初。

 

まさか初めての接触が……イグアナになるとは思ってもみなかった。

 

「確かにひんやりすべすべだな」

 

「だよねー!」

 

テンションの高い一之瀬。楽しそうにはしゃいでいる。

こんな一面を見れるようになったのは、本当に良いことなのだろうが……モフモフは?

 

「その、一之瀬……どうしてイグアナなんだ?」

 

「ん?ネコとかウサギとかってこれまで触れ合う機会はあったと思うんだ。だから、これまで触れ合ったことのない動物の方がいいかなーって」

 

そう話す一之瀬は今度は大きな蛇を身体に這わせている。

……意外と似合うな。

 

動物カフェの中でも一之瀬が今回チョイスしたのは『爬虫類カフェ』というものらしく

今回特別棟に飼育員の方が、イグアナや蛇、トカゲにカメなどを連れてきている。

 

……モフモフは?

この場にはフワフワした存在など皆無だった。

 

変化球ではなくストレートを期待していた身からすると肩透かしを喰らってしまった感が否めない。

 

「この子も可愛いなぁ」

 

トカゲを掌にのせてニコニコする一之瀬。

 

「え?餌やりもできるんですか?ぜひお願いします」

 

そういって飼育員から渡された小松菜を持ってやってくる一之瀬。

 

「ほら、あーん」

 

オレの抱えているイグアナの口元にエサの小松菜を運ぶ一之瀬。

イグアナはパクっとかじる。

 

「綾小路くんも交代しよー」

 

一之瀬にイグアナを預け、オレも餌やりに挑戦する。

 

オレも一之瀬を真似て小松菜をイグアナの口元へ。

じっと見つめるイグアナ。

 

ちょっとした間が空く。

 

……食べてくれないのだろうか。

そう思い始めた時、パクっと口を開け小松菜をかじってくれた。

 

……確かにちょっと可愛いかもしれない。

 

「あっ、綾小路くん、ちょっと嬉しそうだね。ついてきてもらった甲斐があったよ」

 

「ああ。悪くないな」

 

モフモフでなくとも動物は動物。

未知との出会いであることに違いはない。

せっかくの機会だ、オレもじっくり観察させてもらおう。

 

そうして一之瀬と2人、爬虫類と触れ合って、あっという間に時間が過ぎていった。

 

「イグちゃん……」

 

別れの時間となり、名残惜しそうにイグアナを見つめる一之瀬。

 

「バイバイ」

 

飼育員の車に乗せられていく爬虫類たちに、手を振り、ほろりと涙を流す一之瀬。

余程気に入っていたんだろう。

 

「本格的に誘致すれば、また会えるだろ」

 

「……うん」

 

わかってはいても別れとは淋しいものなのだろう。

イグアナたちと楽しそうに触れ合ってい時とのギャップ……

しゅんとしている一之瀬に、これまで感じたことのない何かを感じ、気づけば頭をなでていた。

 

ああ、これがモフるという感覚か。

悪くないな。

 

「……えっとぉ、綾小路、くん?もう、私、大丈夫になった、よ?」

 

イグアナたちと違い、とても熱気を帯び始める一之瀬。

 

「あ、悪い。つい手触りが良くて……不快だったよな」

 

いや、うん、嫌とかじゃないんだけどね。ただ、場所が場所だし、ちょっと恥ずかしかっただけだから……

 

「今日はいい経験になった。ありがとう、一之瀬」

 

「そ、それは、どっちのことに関するお礼なのかな?」

 

「ん?」

 

「ううん、何でもない。こちらこそ視察に付き合ってくれてありがとう。これでまた目標に近づけそうだね!」

 

「ああ。あとは上手く学校を説得するだけだ」

 

 

少し先の未来、無事にオープンした爬虫類カフェに行くと、イグアナや蛇と戯れる美少女の姿を高確率で拝めると話題になり、大盛況となるのはまた別のお話。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

情熱を注ぐもの

生徒会が代替わりして早くも2か月が過ぎようとしている。

 

自信満々に真の実力主義の学校にすると意気込んでいた南雲だったが、現状何か特別なことを行っている風でもなく、堀北兄の杞憂だったのでは?と疑いたくなるほど大人しい。

 

正確には、ここ最近は2年の役員全員が忙しそうにしているため、そろそろ何か仕掛けてくるのかもしれない。

ただ、これに関しては1年には秘密とのことで、一之瀬と2人別の業務にあたっている。

 

また、就任あいさつであれだけかっこつけて『生徒会役員の上限人数の撤廃』『実力のある人間はいつでも加入可能』と宣言したものの、1年で生徒会入りを希望する生徒は全く現れなかった。

……きっと南雲の下では働きたくないとかだろうな。決してオレたちが無茶苦茶をやらかしているから、ハードルが上がっているとかではないはず……。

 

だが、そんな生徒会に遂に1年生から面談の予約が入った。

オレと一之瀬を面会人に指名しており、まずは生徒会の様子を同学年から聞き出したいのかもしれない。新メンバーが加入すれば負担する仕事も減り、南雲がめんどくさいときは押し付けることも可能になって良いことだらけだな。

 

「綾小路くん、そろそろ面談の時間だから相談室に移動しよう」

 

「わかった。色々対応を任せてしまってすまないな」

 

「いやいや当然だよ。綾小路くんは副会長、私は(その専属の)書記なんだから」

 

何か『私は』と『書記』の間に言葉が入っていそうな間があったが気にしない。

生徒会への依頼に関しては書記がまず目を通し、会長や副会長へと相談する形であるため、今回は一之瀬が窓口となっている。そのあたりは一之瀬に一任しておけば間違いないため、オレは今日1年からアポイントがあることしか知らない状態。

 

「これから2人と面談するよー」

 

「2人も来てくれるのか」

 

人手が一気に増えそうだな。どんな生徒が来るのだろうか。

やはり優秀な生徒が多いAクラスからか?それとも真面目な生徒が多いBクラスか?

……オレたちや龍園のクラスはないだろうな。平田やひよりは部活に入っているし、櫛田や堀北妹も興味なさげで、他に務まりそうな人物の見当がつかない。

 

「うん、外村君と諸藤さんが来てくれるんだけど――」

 

「嘘だろ?」

 

見事に予想の裏をかかれる。

この2人の組み合わせも珍しいが、生徒会という柄ではないだろう。

南雲から「俺の生徒会には相応しくない」というセリフが飛んでくることが目に見える。まさかそのカバーをしてもらうためにオレたちが呼ばれたのだろうか……。

 

そんなことを考えていると、相談室のドアがノックされる。

 

「どうぞお入りください」

 

「失礼します」

 

少し緊張しながらも、外村と諸藤が入ってくる。

だが、いつもとは違い熱意に溢れた様子の2人。

 

「綾小路殿に折り入ってご相談したいことがあるのでござる」

 

「こんなこと、王子たちにしか相談できなくて……」

 

真剣な顔でこちらを見つめてくる2人。そんなに生徒会に入りたいのか……。

何かが起こるかもしれない可能性を消すのも勿体ないため、南雲の説得方法を考えてみるか。

 

「実は……拙者たちでコミケを開きたいのでござる!!」

 

「ん?」

 

「年末のビックイベント……でも、私たちは学校から出れない。なら、私たちで開催しちゃえばいいんじゃないかって思ったんです」

 

どうやら生徒会入りの希望ではなかったらしい。

特に残念でも何でもないのだが、外村の発した『コミケ』という聞きなれない言葉の意味が気になる。何かの略称だろうか……諸藤のセリフから、何かしらのイベントであるようだ。

 

「学生たちの創作意欲をぶつける場所がここにはござらん。そしてその創作に触れる機会もないのは余りにも残酷だと拙者は常々頭をかかえていたのでござる」

 

そんな外村の言葉に社交ダンスが得意な高円寺の彼女を思い出す。

彼女もせっかくの才能がありながら発表の場に恵まれていなかった。

 

「そこで秘密裏に同志を募ったところ、リカ殿に出会い、その後は学年を越えてたくさんの仲間ができたのでござるよ」

 

「これ、私たちが集めた署名です」

 

そういって諸藤が提出してきた資料に目を通す。

そこにはコミケ開催を熱望する旨と、生徒の署名が30名分集まっていた。

意外なことにひよりの名前もある。

 

「2人の考えと想いはわかったよ。どうしますか、副会長?」

 

少し書記っぽくなる一之瀬。

どうするも何も『コミケ』がふわっとしていてよくわからないのだが……一般高校生の常識だった場合、これを聞いてしまうと怪しまれるか?

 

「あ、綾小路くん。コミケっていうのは、同人誌即売会のひとつで――」

 

こちらの様子から察してくれたのだろう、一之瀬が補足をしてくれる。

2人に聞こえないようにか、耳元まで顔を近づけて囁く。

 

簡単に言えば、生徒たちが趣味で作ったものを販売したい、という感じか。

これは良いかもしれないな。大々的にポイントを稼ごうとすると学校側もNGを出すかもしれないが、生徒の創作活動を名目にイベントを開催。あわよくば、その作品が学外でも通用するのかの検証を建前に、業者に委託して学外での販売も視野に入れたい。

出店費などを頂きつつ、ポイントの総数を増やすこともできそうだ。

 

「2人の想いは伝わった。開催できるように動いてみよう」

 

「ありがとうございます!」「持つべきものは生徒会所属の戦友でござるな」

 

喜ぶ2人だったが、ひとつ疑問があった。

 

「だが、いまから準備して作品が作れるものなのか?」

 

「ふふふ、その点は抜かりありませんよ、王子」

 

「でござるな」

 

息の合った2人。相性がいいのかもしれない。

 

「私たちはこんなこともあろうかと夏休みあたりからずっと活動を続けてきたので、ほぼ作品は仕上がっています。あとは学校の許可がでたら製本していく感じです」

 

「それはすごいな。ちなみに諸藤は何を出品する予定なんだ?」

 

「え……それは……簡単に言うと、綾小路王子と平田王子が仲良く仲良しする仲睦まじい漫画です」

 

「えぇ!?」

 

諸藤の言葉を聞き、一之瀬が顔を赤くして俯く。

 

「どうしたんだ一之瀬?」

 

「だ、だって、綾小路くんはそれ大丈夫なの?」

 

「大丈夫も何も平田はクラスメイトだ。仲良くしていても不思議じゃない」

 

「そ、そ、そうなんだ……で、でも、今のでわかったけど、開催にあたり、出品者は面談する必要がありそうだね。スルーして許可したら大惨事になるような気がしてきたよ」

 

うんうんと自分に言い聞かせるように話す一之瀬。彼女には何か不吉な未来が見えたのかもしれない。

 

進捗があったら連絡するという約束で2人との面談は終了した。

 

「まずは南雲をどう説得するかだな」

 

すんなりイエスと言うだろうか。署名を見た感じだと賛同しているのは文化系の人間。

南雲は対極にあるようなイケイケチャラチャラ野郎だからな……。

ただでさえ忙しくしている上に開催まで時間もない、断る理由はいくらでもある。

 

「うーん、純粋にみんなが楽しめるのは良いことだし、ポイントをゲットできる機会は貴重だし……いざとなったら奥の手を使うよ」

 

「奥の手?」

 

「うん、多分一回しか使えないからここ一番で使おうかと温存してたんだけど……今回が使い時かなって」

 

一之瀬に手があるというのなら当てにさせてもらうか。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「――ということで、コミケみたいなものを開催したいんですが、よろしいですか」

 

「馬鹿を言うんじゃねえよ、綾小路。俺達もそんなに暇じゃない。イベントを一つ開催するのにどれだけの労力と資金がかかると思ってんだ」

 

「今回はオレと一之瀬で担当しますし、労力面は実行委員会をたちあげて有志を募りますよ」

 

「資金面は出店費から一部とあとは学校側に教育の一環ということで提供してもらえるように動きます」

 

2人して南雲を説得するが、予想通りいい顔はしない。

 

「あまり俺の予定外のことをされても困るんだが――」

 

「あー!私、なんだか急にこの前の噂を流した人の特定がしたくなってきたなー」

 

南雲の話を遮るように一之瀬が主張を始める。

 

「今からでも龍園くんに問いただして、どこから私の秘密を聞き出したか白状してもらおうかなー。生徒会に訴えたら、綾小路くんが仕切って、犯人の追及もお願いできないかな?」

 

「任せろ」

 

「私の秘密知ってた人ってこの学校じゃ一人しかいな――」

 

「わかった、わかった。今回だけだ、特別に許可してやるよ。学校の説得はお前たちで勝手にやれよ。俺はそっちの方までは面倒はみれない」

 

「ありがとうございます。やったね、綾小路くん!」

 

喜ぶ一之瀬から両手でハイタッチを要求され応じる。

自らの過去を南雲をゆするネタに使うとは……一之瀬の心情の変化にも驚かされた。

 

 

その後、学校へは、生徒の表現の幅を広げる活動になること、販売を通して社会を知るきっかけになることなどそれっぽい理由を並べて説得。

生徒会が厳正な判断のもと出品物の管理などを担うことなどを約束に、年末に1日体育館を借りて開催することが決定した。

 

「そういうことで実行委員会として、外村や諸藤たちにも働いてもらう」

 

「任務、了解」

「もちろんです、王子」

 

「コミケは商標登録されてるみたいだから、流石に使えないね……イベント名はどうしようか?」

 

「そうでござるなぁ……本家から離れすぎても伝わらないでござろうし」

 

「うーん、高育生によるマーケット……」

 

「なら、コウィックマーケット、略してコウィケだな」

 

「「「……」」」

 

オレの発案に賛同はなかったが、副会長権限でコウィケに決定した。

名称に時間を取られても仕方がないからな。

こういうのは勢いだろう。

 

こうして外村達の宣伝の下、コウィケの出品の募集が始まる。

署名していた30人以外にも、一般(?)生徒からの出品も受け付ける形となった。

 

「次の方ーどうぞー」

 

一之瀬の懸念と学校との約束もあり、生徒会で出品物のオーディションを行う。

 

「帆波ちゃん、よろしく」

 

何人目かの面談で見知った顔、白波がやってくる。

白波は美術部ということもあり、何か発表したい作品があるのかもしれない。

 

「私が出品したいのは絵画集です。名付けて『私の愛する帆波ちゃん』」

 

「……えーと、それは……」

 

嫌な予感しかしていない一之瀬。

探るように言葉を選んでいる。

 

「これまで描いてきた大好きな帆波ちゃんの絵をまとめてみようと思うの。もっとたくさんの人に帆波ちゃんのすばらしさ、魅力を伝えるんです!」

 

「あのね、千尋ちゃん、それはちょっと恥ずかしいっていうか……」

 

「ダメ?」

 

うるうるとした涙目で一之瀬に訴えかける白波。

 

「えっと、あー、ダメとは言わないけど……」

 

「じゃあいいんだね!ありがとう、帆波ちゃんだーい好き!!」

 

抱き着いてこんばかりの勢いでお礼を言って去っていく白波。

これまでの白波の努力を否定することはできず、完全に押し切られた一之瀬。

 

「あちゃー……大丈夫かな?」

 

「売上なら心配ないんじゃないか?オレも一冊買わせてもらうことにする」

 

「そ、そういうことじゃなくて」

 

少しからかうと余計に慌てだす一之瀬。

だが、面談はまだ残っている。

 

「つ、次の方どうぞ―」

 

切り替えて職務を全うすることにしたようだ。

 

「俺が来たぜ、帆波」

 

「え?南雲会長?」

 

「どうせ開催するなら俺が出ないのはおかしいだろ。とびっきりの出品して賑やかにしてやるよ」

 

都合のいいなぐもんだったが、出品するという以上、面談は必要だ。

 

「それで南雲会長はどんな作品を出したいんですか?」

 

「ずばり、『カッコいい俺様』写真集だ」

 

「「却下」」

 

一之瀬と2人即断即決。

 

「おい待てよ。話ぐらい聞け。人気者の俺が文字通り一肌脱いでやろうってんだ、絶対売れるぜ。これサンプルな」

 

「問答無用です。お引き取りください」

 

上裸でバラを咥えた南雲が映ったサンプル写真を頭からビリビリに引き裂く一之瀬。

 

「……販売の許可しなかったこと、後悔しても知らないからな」

 

捨て台詞を吐いて去っていく南雲。

 

あれか、新手のイベント妨害行為だったんだろうな。

とんでもないものを販売されるところだった。

売れても売れなくても迷惑だ。よくやってくれた、一之瀬。

 

こうしてオレたちはコウィックマーケット開催へ準備を進めていくのだった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「そんで、ふざけた写真を撮らせるだけのために俺たちを嵌めたわけじゃねえよな、会長さんよ」

 

龍園が気色の悪い笑みを浮かべながら挑発してくる。

 

「当たり前だろ。こんなのただの余興さ。お前たちへは最高の舞台を用意してやるよ」

 

「俺たちだけ、ってわけじゃないだろ」

 

「そりゃな。だが、合法的に暴力をふるえて、上手くいけば俺への借金も返済できる素敵なイベントを計画中だ」

 

こいつらは手綱を握っておかないと、退学すれすれの行動ばかり。

逆に合法的に攻撃できる場を用意してやれば、それなりに活躍してくれるだろう。

 

「クク、ちっとは楽しみにしといてやるぜ」

 

1月に控えた堀北学との前哨戦。

ここで学に本気になってもらわなければ、卒業までの残り期間での勝負は実現しないだろう。

そのために想定外の要素、綾小路には大人しくしていてもらわなくてはならない。

 

 

「それにしても、破り捨てるのはあんまりじゃないか、帆波……」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

あり得ない確率

「私たちも何かしたいよねー」

 

「うん、なんだか面白そう」

 

綾小路グループでやってきたカラオケで、コウィケの話になった。

 

「みやっちとゆきむーはどう?」

 

「俺はやっても構わないが、何ができるかは考えないとな」

 

「しょんにゃじかんがあるなりゃべんきょうひりょ」

 

「え?ゆきむーなんだって?」

 

「は、波瑠加ちゃん、流石に気の毒だよ」

 

ろれつが回らない啓誠。それも無理はない。

1個だけ激辛味の入ったロシアンたこ焼きなるものに5人で挑戦しているのだが、現在啓誠が4回連続で当たりを引いてる。激辛が当たったら一曲歌いきるまで飲み物を飲めないという追い打ち付きで、すでに満身創痍の啓誠。

 

だが、本人たっての希望でこのまま負けっぱなしでは終われないと5回戦に入るところだ。今は次のたこ焼きが届くのを待っている。

 

「うーん、何を出せば売れるか……私たちの特技を活かせると良いよね。一旦みんなで自分の得意なことを書き出してみようか」

 

「さっき啓誠は反対してなかったか?」

 

「いいの、いいの。ゆきむーはいつもの事じゃん。何だかんだノリノリで手伝ってくれるんだって」

 

オレたちのグループも集まる機会が増え、以前よりもお互いのことがわかるようになってきていた。

オレが生徒会でいない時も集まっていることもあって、この4人はより親睦が深まっている様子。だが、オレだけ疎外感がでないように配慮してくれているのか、愛里や波瑠加がその日あったことなどを次の日に話してくれたり、チャットで写真を送ってくれたりしているため、1人取り残されるなんて悲惨なことにはなっていない。ありがたい限りだ。

 

「得意なことと言っても俺は弓道ぐらいしか思いつかないな……」

 

「おれふぁべんきょうだな」

 

「私は何にも……あ、写真を撮るのは好き、だけど……」

 

各々自己分析をしているが、コウィケに活かせるような特技は出てこない様子。

 

「オレは、書道に、茶道に、ピアノぐらいだ」

 

「……」

 

なぜか波瑠加からジトっとした視線が飛んでくる。

オレなりに使えそうなスキルを提案してみただけなのだが……。

 

「きよぽんのことは置いておいて、愛里は歌も上手かったし、元グラビアアイドルでしょ?普通に写真集とか売りだせるんじゃない?」

 

「そ、それは恥ずかしいよぉ」

 

「一応言っておくが、健全なイベントであることが学校側からの条件だからな?」

 

「あー、きよぽん、変な想像したでしょ~。別に水着とかの写真とは言ってないのにー」

 

「それは悪質な誘導じゃないか?」

 

「あーあ。きよぽんは愛里のそんな写真集が欲しいんだー。ふーん」

 

「おいおい」

 

どうやら波瑠加の罠にハマってしまったようだ。

先ほどの会話の流れで写真集と言われれば、そんなグラビアものだと思うのは自然だろう。

助けてくれと明人や啓誠に視線を送るが、こうなったら俺たちの手には負えないな、といった諦めムード。むしろ2人に飛び火しないようにオレが人柱になるべきか……。

 

「どうする愛里。きよぽんのために頑張っちゃう?」

 

「え、えっと……清隆くんしか見ないなら……いや、ダメだよ、やっぱり。どうしてもって言うなら、波瑠加ちゃんも一緒だよ」

 

「え、わ、私?」

 

波瑠加からの誘いに慌てる愛里だったが、その愛里からのキラーパスに今度は波瑠加が動揺する。

 

「えーと、私の写真なんてあってもね……ほら、需要とかないと思うし」

 

反撃するならこのタイミングだな。

2人に目配せをする。

 

「きっと人気が出ると思うぞ」

 

「な、なにいってんのきよぽん」

 

「いや、俺もそう思う」

 

「よくわかりゃんがしょうだな」

 

男性陣は日頃、波瑠加にからかわれてばかりなので、ここぞとばかりにからかい返す。

 

「もー、なしなし。降参降参。この話おしまーい」

 

照れるのを誤魔化し振り払うかのように話題を終わらせようとする波瑠加。

 

実際、贔屓目なしに愛里と波瑠加で写真集を出せば、かなり売れるんじゃないだろうか。

愛里は元プロだし、そのスタイルに負けず劣らずの波瑠加。

2人とも系統が違うので幅広くニーズに応えることができそうだ。

 

「……ありかもな」

 

「「「「え?」」」」

 

学生の悪ノリの雰囲気から一変、真剣に検討を始めたオレの様子に驚く一同。

 

「清隆、お前、マジでやるつもりか?漢だな」

 

「きききよたかかかくんん。わ、わたし、心の準備が……」

 

「きよぽんのスケベ―」

 

「おれふぁしりゃんじょ」

 

無関係を主張する啓誠の顔が一番真っ赤だったことは置いておくが、女性陣が完全に拒否しないこの反応であれば、いけるかもしれない。

 

「グラビア写真ではなく、ステージイベントで歌って踊る、ならどうだ?」

 

「なんて?」

 

「本家のコミケではコスプレをしたり、即売会とは違ったイベントがあったりするんだろ?コウィケでも何かできないか考えていたんだが、せっかく体育館のステージもある。利用しない手はない」

 

「えーと、つまり?」

 

「明人、弓が引けるなら、ギターも弾けるよな」

 

「ん?」

 

「啓誠、お前の正確さならリズムはバッチリだ。ドラムを頼む」

 

「んん?」

 

「2人はさっき言ったように、歌って踊ってくれ」

 

「「んんん?」」

 

「そしてオレはキーボードを担当する」

 

完璧な役割分担だろう。

 

「綾小路グループでバンドやるってこと?」

 

「そういうことになるな」

 

「……」

 

考え込む波瑠加。

元々人の視線に敏感な波瑠加。

ステージに立って目立つことは抵抗があるのかもしれない。

 

「ひとつだけ条件があるんだけど」

 

「なんだ?」

 

「愛里が可愛いアイドル衣装でやってくれるならその提案に乗ってもいい」

 

「最初からそのつもりだ」

 

ぎゅっと握手を交わすオレと波瑠加。

愛里のアイドル姿と天秤にかけた結果、こちら側に傾いてくれたようだ。

 

「え、え、えっと、でも、いきなり楽器の演奏とか大変だと思う…な。本番まで1か月もないんだよ」

 

波瑠加がこちら側についたことで、明人たちに助けを求める愛里。

 

「実は中学時代の多感な頃、ギターに挑戦したことがあった。練習すれば1曲ぐらいならいける」

 

明人の意外な過去。

当時を思い出しているのか少し照れくさそうだ。

 

「俺も姉さんがドラムやってて、その姿に憧れて小さい頃一緒に練習してたんだ」

 

啓誠の意外な過去。

辛さを忘れているのかすっかり口調が戻っている。

 

とにかく2人とも乗り気なようで良かった。

バンド活動はやりたくても残念ながら1人ではできない。

学校で孤独組だったオレ達には縁のない話だった。

だが、それも昔の話。今はここにメンバーがそろっている。

オレたちはもうぼっちじゃない。

 

「2人とも経験者かー。愛里はアイドルだったし、完璧じゃん」

 

「わ、わたしのはそんなんじゃ……」

 

「まぁまぁ、ちょっと耳貸して」

 

まだ躊躇いのある愛里に波瑠加が何かを囁く。

 

「愛里の可愛い姿を見たらきよぽんも喜ぶって」

 

「そ、それは……で、でも波瑠加ちゃんだって、その……」

 

「あーまぁでも、私たちは協力したいかなって思うんだよね。最近きよぽんの周りってさ――――」

 

こちらまで声は聞こえてこないが、波瑠加の話を聞いて、徐々に愛里はうんうんと頷くようになってきた。

 

「わかったよ。なら、波瑠加ちゃんもアイドル衣装で一緒に歌おう。それなら私も頑張れる」

 

「えええっ!?」

 

「協力って話なら平等じゃなきゃ」

 

「安心してくれ、最初からそのつもりだ」

 

「きよぽん!?」

 

「2人が歌って踊れば大成功間違いなしだ」

 

「俺もそう思う」

 

「その確率が高いことは認めてもいい」

 

男性陣からの猛プッシュに波瑠加も覚悟を決めたようだ。

 

「確かに愛里だけってのもひどい話かぁ。こうなったら絶対成功させるんだから。夢はでっかく武道館ね」

 

「まずは体育館で成功させてほしい」

 

「きよぽーん」

 

「先のことはともかく、当日の収益の方はどうするんだ?」

 

「あー確かに。お金じゃないって言いたいところだけど、やっぱりあるのとないのじゃ変わってくるよねー」

 

「その点も考えてある。練習風景や本番の映像を撮っておき、DVDにして後日輸送する。その交換券を当日販売すればいい」

 

「なるほど。売れた分だけ作ればいいから、元手の不安もないな」

 

「だったらさ、人気が出たら配信とかもありかもよ」

 

どんどん話が膨らんでいく。

こうして綾小路グループでのバンド参戦が決まった。

 

「そうと決まれば、練習あるのみ。愛里、歌うよ!」

 

「うん」

 

「元々勉強のために集まったグループが、こんなことになるなんてな」

 

「だが、悪くはないな」

 

「ああ」

 

明人の発言に賛同する啓誠とオレ。

これまでピアノを弾く機会にはなぜか恵まれたが、他の誰かと演奏してみるのも新たな発見があるかもしれないと気にはなっていた。

ホワイトルームの4期生は最終的にオレだけになっていたため、叶うことはなかったアンサンブル。どんな音楽になるのか楽しみだな。

 

こうして、一同が心を一つに練習を開始す――

 

「ロシアンたこ焼きお待たせしましたー」

 

「「「「「あ……」」」」」

 

すっかり忘れていた、たこ焼きが登場する。

 

「まあ景気づけに行っときますか」

 

「啓誠の口の中も落ち着いたみたいだしな」

 

「ああ。次は普通のたこ焼きを楽しませてもらう。確率的に5回連続はあり得ないからな」

 

「ゆきむー、それフラグだよ?」

 

「大丈夫、幸村くんなら普通のを引けるよ」

 

「それもフラグになるんじゃないか?」

 

「えええ、ご、ごめん、幸村くん」

 

「構わない。俺はそんな非科学的なことは信じないからな」

 

波瑠加と明人の言ったように、フラグというものを乱立していった啓誠。

5回目の激辛味を引いたのが誰かはもはや説明不要となった。

なるほど、これがフラグを回収する、ということか。

一つ勉強になったな。まあ使うことはないだろうが……。

 

「ところできよぽん」

 

「どうした?」

 

「この前さ、執事やってたよね?」

 

「あれは廃業した」

 

「私は一之瀬さんと特別棟でデートしてたって話聞いたよ?」

 

「あれは生徒会活動だ」

 

「「ホントにー??」」

 

隣で辛さに悶え苦しんでいる啓誠が羨ましくなった。

オレがあれを食べていれば、この追求から逃げ出せたのにな……。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

翌日の放課後。

一之瀬や諸藤、さらに手伝ってくれるという真鍋や山下、藪たちと

コウィケ実行委員会の臨時の会議室として利用している生徒会相談室へ向かっていた。

 

「そういうことでステージでの出し物の募集もしようと思う」

 

「うん、いいと思うよ。ますます盛り上がりそうだねっ」

 

「王子のバンド楽しみにしてます。……平田王子は出演されないんですか?」

 

ステージでのことを共有し、他の参加者も募ることにした。

副会長権限を利用してバンドをやってると思われるのを防ぐ意味合いが強いが

高円寺の彼女の様に、何かしらステージで発表したい生徒がいればいい機会となるだろう。

 

「清隆くん、コウィケでの茶道部出店で相談したいことがありまして」

 

「わかった。相談室で詳しく聞こう」

 

途中、ひよりとみーちゃん、朝比奈が合流する。

以前のプールの時のように抹茶ラテなどを出品して荒稼ぎさせてもらう予定だ。

 

「きよぽーん、この後のバンドの練習だけどさー」

 

「わかった。相談室で詳しく聞こう」

 

波瑠加と愛里も合流する。

ちなみに男性陣は楽器を探しにケヤキモールに行っており不在だ。

 

「綾小路くん、私も運営手伝うよ」

 

「清隆、ひと声かけてくれたって良かったんじゃないの、友だちでしょ?」

 

「わかった。相談室で詳しく聞こう」

 

櫛田と軽井沢も合流してきた。

人手が増えるのは良いことなのだが、この2人とその他の女子生徒を一緒の空間に入れても大丈夫だろうか……。

 

「綾小路くん、兄さんは出品しないのかしら?写真集とか出したら絶対売れるわよ」

 

「わかった。相談室で詳しく聞こう」

 

遂には堀北妹まで合流してくる始末。

かなりの大所帯となった。

 

もう少しで相談室に到着するため、これ以上は誰も声を掛けてこないだろうと考えたところで更に声がかかる。フラグ回収だな。

 

「清隆」

 

「わかった。相談室で詳しく……」

 

もう何度目かわからないので流そうとしたが、聞き覚えのある声にそちらを見る。

 

オレに声を掛けてきたのは、ここにいるはずのない男。

 

綾小路篤臣。戸籍上、オレの父親にあたる人間だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ホワイトルームで学べないこと

生徒会室へと続く廊下。

オレは思いがけず、この男と出くわすこととなった。

だが、コイツがオレを放置しておくはずがない。いずれ何らかのアクションを起こすことも、それだけの力も持ち合わせていることもわかっていたこと。

 

お互いにお互いの事を見ているようで見ていない、そんな状況で沈黙が続く。

後ろにいる一之瀬たちも何事かと疑問に思い始めているだろう。

 

「先生、どうぞこちらの応接室でお待ちください。お約束通り、彼をお連れします、はい。」

 

男の背後から現れたのは、60代の男性……この学校の校長だったか。

滅多に見ることのない人物であるため、これといった印象はなかったが――今のやり取りだけでも校長はこの男の言いなりと見てよさそうだ。

 

生徒会室の隣は相談室だが、廊下を挟んで向かい側は応接室となっている。

本来なら、その応接室にこの男を通してオレを連れてくる算段だったのだろうが……間の悪いことに鉢合わせてしまったということか。

基本生徒会以外は余り立ち寄る場所じゃないからな。

 

「突然腹が痛くなってきた。悪いがみんなは先に相談室に入っていてくれ」

 

一之瀬たちにそう告げて、先に相談室に入ってもらう。

 

廊下には校長とオレが取り残された。

よし、ダッシュで逃げるか。あんな奴と話すことなど何もない。

 

「待ちたまえ。ここで帰ったら君は退学、私もクビが飛ぶ。頼むから、応接室でお父様と面会してくれ」

 

踵を返そうとしたところで、校長から必死の嘆願が飛んでくる。

 

「面会を断ればオレは退学ですか……」

 

「ああ、そうだ」

 

「そしてあなたはアイツの手によってクビになると」

 

「……ああ」

 

大の大人が、怯え大量の汗を流している。

政府肝入りの学校の校長を任される。それは大層、心地の良いポジションだったろう。

ただの学校では得られない優越感。

それに浸り続けた男が、そのポジションを剥奪される。

栄えある経歴に傷がつく。この手の人間はそれを許容はできない。

 

「考えが甘いんじゃないですか?クビで済めばいい方。アイツに恥をかかせたのだから、二度と表の世界で生きていけないよう手回しされるか、最悪家族ともども闇に葬られるでしょうね」

 

「そ、そんな……」

 

校長の顔に絶望が広がる。

半分は脅しであり、半分は忠告でもある。

アイツならやりかねない。それをどこまで防げるかはこの学校の力次第だが、クビになって出て行ったあとのことまで面倒はみてくれないだろう。

見せしめにはこれ以上ない存在となる。

 

これまでの反応から校長もあの男の素性はある程度把握しているのだろう。

そうでなくとも、外部との接触を一切禁じているこの学校に堂々とやって来れる、それだけで男の持つ絶大な権力を感じ取ったはずだ。

 

「オレは退学になるだけで人生までは終わらない。ですが、校長先生は……ご愁傷様です」

 

「ま、待ってくれ。君が面会してくれるだけでいいんだ。この通りだ」

 

「頭を下げられても困りますよ。オレはアイツとは話したくない。校長先生を助ける義理も特にない」

 

懸命に縋り付いてくる校長。顔から血の気が引いて、真っ青だ。

 

「そうですね……私も鬼ではありません。こちらのお願いを聞いてくださるのなら、考えないこともないですよ」

 

「な、なんだね」

 

「校長先生にとっては簡単な話です。この書類にサインをください」

 

そう言ってカバンから書類を取り出し、校長に渡す。

 

「……こ、これは」

 

「オレが今後の学生生活で、学校内外問わず、何かしらの商売をして利益を得ることへの許可書です。もちろん、学校の事情も理解しているつもりです。ここに記載しているように、表沙汰にはせずに、得た資金の使用についても制限はかけますよ。学校のバランスを壊すようなことはしません」

 

元々、なんやかんや理由をこじつけてお馴染みの茶柱先生を利用し、通そうと思っていた書類だが、思わぬ機会を得ることができた。

 

「わ、わかった。サインさせてもらう。だから頼む」

 

「ご理解いただけて幸いです。ただ、万が一反故になさった場合は……言うまでもありませんね?」

 

「も、もちろん、約束は守る、守らせていただきます」

 

そうして書類にサインする校長。

怯えて腰を低くしている校長だが、腹の内では大笑いしてこちらを罵倒しているだろう。

校長の算段では、オレは面会に行けばあの男の手で退学になる。

ならば、ここでどんな契約を結ぼうと、結んだ相手がいなくなるため問題ない。

 

「確かにいただきました。これでお互い幸せですね」

 

「ああ。では、さっそくだが……」

 

「ええ、約束ですからね」

 

そうしてオレは応接室のドアを開け、部屋に入る。

中には男が退屈そうな顔をしてソファに座り待ち構えていた。

 

「来たか、清隆」

 

「韻でも踏んでいるのか?」

 

「随分とふざけたことを言うようになったものだ。それがホワイトルームを抜け出してまで学びたかったことか?」

 

「案外悪いものでもない。外の世界は色んな人間がいることがわかった」

 

「くだらんな、底辺のモノたちから学ぶことなど無駄でしかない。それが理解できないお前ではないだろう」

 

全て自分の考えが正しく、その他は無価値と決めつけている。

だが、ここでオレが学んできたことは誰にも否定はできない、オレだけのモノ。

 

「しかし……医者の総回診の如く歩いてくるのがお前で、しかも侍らせていたのが全員女とはな。お前との間に戸籍以上の繋がりを感じたことなど一切なかったが、はじめて血は争えんと思わされた」

 

「今更、父親風を吹かせるつもりか?」

 

「そんなわけはないだろう。ただ、そんなに女が欲しいのであればいくらでも用意してやる。それで手打ちにしろ、清隆。ホワイトルームに戻ってこい」

 

「勘違いしているようだが、全員ただの友人だ」

 

「馬鹿を言うな。お前に友と呼べる人間ができるとは思えん。いや、例え、本当にあれが全員友人だとしたら……清隆、お前は修羅の道を進むことになる」

 

「まさか心配してくれるのか?」

 

「それこそまさかだろう。ホワイトルームの最高傑作が女の痴話喧嘩で刺されて死んだなんてことになったら、私の計画は終わる」

 

それはそれで面白い結末ではあるが。物理的に葬られることになるとは思えないが、オレの予想を越えてくるのであればそれはそれで楽しめる。

 

「あんたもくだらない冗談を言うようになったじゃないか」

 

「女は怖いぞ、清隆」

 

「それは理解できないこともない」

 

パッと思い浮かんだのは櫛田と軽井沢、そして堀北の顔だったことは本人たちには口が裂けても言えないな。

 

「その点に関してはホワイトルームのカリキュラムに改善の余地があると考えている。異性の扱い方を学ばせておくべきだ。そのせいでオレがどれだけ苦労しているか、アンタにわかるか?」

 

ホワイトルームで学んだ人心掌握術では対応できない、そんな可能性を感じさせる何かをここ最近は強く感じる。

茶柱先生たちのような大人とは違い、思春期の高校生、それも異性の行動ともなれば理解が及ばないことも多い。

 

「……無駄な問答だったな。ここに来た目的はひとつだ、退学届けにサインしろ。校長とはすでに話は済んでいる」

 

やはりあの校長は簡単にオレを売っていたか。

保身第一の姿勢。分かりやすい男ではある。

 

「オレが退学する理由はどこにもない」

 

「お前になくともこちらにはある」

 

男がこちらを鋭い眼差しで睨んでくる。

大抵の人間は、その視線に怯み、心を読まれているような錯覚に陥るかもしれないが、オレには関係のないことだ。

 

「すでにホワイトルームは再稼働している。今度こそ完璧な計画だ。これまでの遅れを取り戻す準備もある。時間は有限だと理解しているなら、お前の成長のためにはどこにいるのが一番か理解しているはずだ」

 

「それはそっちの都合だろう。たった三年間、息子が出て行ったからといって慌てるなんて、可愛いところもあったもんだな」

 

「やはり変わったな、清隆。このくだらない学校生活の影響か」

 

コイツがそう思うのも無理はない。だが、どこまで変わったかなど、コイツには永遠に理解できないのだろう。

 

「くだらないとアンタが切り捨ててきたもののおかげだな」

 

「それが良いかどうか判断するのは私だ」

 

「それは暴論だな。親だからと言って子供の生き方にケチをつけられても困る」

 

どこまでも自分中心の考え方。

コイツの事は、人として、親として、一生好きにはなれそうにない。

 

「無駄な抵抗は止せ。俺の命令は絶対だ」

 

「それはホワイトルームの中だけの話だ。いまはその命令に従う必要はない」

 

「詭弁だな。なら一つ忠告をしてやる。お前のせいで1人死んだぞ」

 

突然何を言い出すかと思えば、またつまらなそうな話だ。

 

「秘書の松雄を覚えているな?俺を裏切り、お前をこの学校に入れた男だ」

 

「そんな奴もいたな」

 

非情に面倒見がよく、愛想がいい、60歳前ぐらいの男。

中々子宝に恵まれず、40代でやっと授かった子供の出産で不幸にも妻を失った。

その息子はオレと同じ年齢だったようで、軟禁状態のようなオレの状況に特に同情したのかもしれない。この学校の存在を教えてくれて、入学の手続きを整えてくれた。

 

「松雄は当然クビにして、その後の再就職も悉く妨害してやった」

 

「雇用主に逆らったんだ、松雄もそのリスクは承知だったろう」

 

「それだけじゃない、その息子も、高校の合格を取り消しにし、どこにも入学できないよう手回しさせてもらった。親子そろってニート生活だ」

 

どこまでも陰湿なことをする男だ。

そんな暇があるならもっと生産的なことに時間を回した方がいいのではないだろうか。

 

「その結果どうなったと思う?松雄は『息子は許して欲しい』と焼身自殺した。お前を逃がしたばかりにこんなことになってしまったな」

 

「それで?」

 

下手人が何を言っているのか、といった話。

こんな話をする目的は、オレの良心の揺さぶり狙うことではない。

その気になれば手段は選ばないというメッセージ。

 

「お前を助けてくれた男が死んだというのに、まるで興味がなさそうだ。ひどいものだな」

 

「アンタが言うことが本当だとして、松雄の願いはオレがこの学校で多くの事を学ぶことだった。なおさら退学することはできないな」

 

「一体何がそこまでお前をこの学校に留める?」

 

男は心底理解できないといったような呆れた顔をする。

ホワイトルームで見てきたオレとは別人のように感じているのかもしれない。

 

「道徳面に目を瞑れば、ホワイトルームそのものを否定するつもりはない。だが、外の世界に出た結果、ひとつ大きく考えが変わった」

 

「……なんだ」

 

言ってみろ、と促す男。

 

「アンタの目的は政界へのカムバックだろ?ホワイトルームの目的の一つにそれもあるはずだ。ただ、正直オレは興味がなかった。日本や世界がどうなろうと知ったことではないからな。アンタが何が好きでそんなものにこだわるのかも理解できない。だが、ここでの学校生活を通して、人と関わり、誰かを救うために動くやつらを見て……なるほど、と思うこともあった」

 

「何が言いたい」

 

「ホワイトルームにいただけでは興味が沸かなかった政治の世界も、少しだけ前向きに考えてやってもいいと思えるようになった、ということだ」

 

「お前が心の底からそう思って発言しているのであれば、確かに悪くない変化だ。だが、簡単に信じることはできんな」

 

「なら、急ぎ連れ戻さずに、残り2年半ぐらい様子を見てみても良いだろう」

 

「確証のないことに費やすにしては長すぎる」

 

期待はしていなかったがコイツの説得は無理か。

ある程度食いつきそうな話題を提供してやったつもりだったんだがな。

さて、どうしたものか。このままでは話は平行線を辿る。

早くコウィケの準備にかかりたいところなのだが……。

 

「失礼します」

 

その時、応接室の扉が開く。

 

「お久しぶりです。綾小路先生」

 

「坂柳か。随分と懐かしい顔が現れたものだ」

 

「父からこの学校の理事長を引き継いでからもう8年ぐらいですか。早いものです」

 

予期せぬ来客に男の顔が険しくなる。

どうやら既知の間柄らしい。

それにしても坂柳か……。無関係ではないのだろうな。

葛城の肩に座る少女の姿が頭を過ぎる。……雑念が多い。

 

「君が清隆くんだね、初めまして。学校での活躍は耳にしているよ。君が来てくれたおかげで、ここ最近は有栖もご機嫌でね」

 

「そういうことですか。その、娘さんは中々お転婆が過ぎるような気もしますが……」

 

「最近は男子生徒を乗り物にしているとか。僕が子供の頃、よく抱えていたからね、それを思い出しているのかもしれないよ」

 

そう言って優しく微笑む理事長。

……もしやこの人親バカか?奇しくも目の前の男とは真逆だな。

 

「綾小路先生、話は校長から聞きました。なんでも清隆くんを退学にされたいとか?」

 

「その通りだ。親の私が言っているんだ。問題はないだろ」

 

「残念ながらこの学校では子供の自主性を尊重しています。本人の同意なしではいくら先生の頼みとは言え、聞けないこともあります」

 

親バカではあるものの、この理事長は頼りになりそうだ。

一切の物怖じがないことから、この学校はこの男の権力に対抗できる力があるのかもしれない。

 

そこからはオレの入学の裏話など問答が繰り返されたが、坂柳理事長は折れることはなかった。

 

「……そういうことならこちらも考えを変えるまでだ」

 

「あまり手荒な真似をされますと――」

 

「わかっている。何らかの圧力をかけるつもりはない。学校のルールを元に清隆が退学する分には問題が生まれるはずもない、そうだろ?」

 

「ええ。それは約束いたします」

 

「なら話は終わったようなものだ。これで失礼する」

 

そうして男は応接室から立ち去った。

 

「君も大変だね、何かと苦労するんじゃないかい」

 

「いえ、別に」

 

2人きりになったことで理事長が少し気を緩めた様子で話しかけてくる。

 

「君のことは小さい頃から知っているんだよ。ガラス越しに君の活躍は見学させてもらっていた。この学校でも生徒会で活躍していると聞いて嬉しく思うよ」

 

「生徒会に入ったのはたまたまですがね」

 

「それでも君のような生徒が前に立つことで、他の生徒にはいい刺激になっているように思う。有栖がいい例だよ。この学校にはそんなに興味を持っていなかったのにね」

 

「それが良いことなのかは一考の余地はありそうですが……」

 

「ははは、手厳しいね。ただ、清隆くんには何も心配することなく、この調子でたくさんのことを学んで欲しいと思う」

 

「ええ。この学校の仕組みは気に入ってきたところです」

 

「それは良かった。ただ、僕は学校の責任者としてルールの中で生徒を守る。その意味はわかるね?」

 

「もちろんです。これから先あの男の取る戦略は大体わかりますから」

 

学校のルール内でオレを退学にさせる方法は限られている。オレはそれに向けて対策をしておけばいいだけの話。

 

「それでは失礼します」

 

応接室を出ると、息を切らして汗だくになっている茶柱先生と出くわす。

相当動き回ったのか、肩で息をしながら前かがみでゼェゼェと呼吸を整えている。

その状態で、前かがみになると教育上よろしくないと思うのはオレだけだろうか。

オレが生徒会ではなく風紀委員会だったら最優先で取り締まっていただろうな。

 

「さ、探したぞ、綾小路ぃ……校長から応接室に連れてくるように頼まれていたのだが、お前は一体どこに……まさか」

 

「お察しの通り、すでにその用件でしたら済ませてきたところです。お疲れ様でした、茶柱先生」

 

「……帰る」

 

徒労に終わったことを察した茶柱先生が、もう知らんと帰宅を宣言する。

校長はあの後、首の皮一枚繋がったことに歓喜して、茶柱先生へ用件が完了した旨を伝え忘れたのだろう。

だが、ここで会えたのは手間が省けていい。

 

「まあ待ってください。茶柱先生、せっかくここでお会いできたんです。少し有益な話をしましょう」

 

「有益な話?」

 

「ええ。Aクラスになるために必要な話です」

 

「ほぅ。歩き回った甲斐はあったか」

 

疲労困憊だった表情に生気が戻ってくる。

この人もこの人でわかりやすいな。

 

「ご覧の通り校長から許可を貰えたので、これから先生にはチャバンクとして活躍していただきます」

 

「なんだって?」

 

思わず心の呼び方が出てきてしまう。

最近、この人相手に遠慮しなくなってきてしまったように思う。

 

「間違えました、茶柱先生には銀行役として活躍して頂こうと思います」

 

「お前の言うことはいつも突拍子もないな……さすがに慣れてきたぞ」

 

「それだけAクラスへの心構えができてきたってことですね」

 

これからの労働を考えるとおだてるだけおだてておいて損はない。

チャバンクの活躍次第で、24億ポイントの実現性が変わってくるからな。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

学校の敷地を出て急ぎ電話をかける。

清隆の変化にこちらも対応する必要があるだろう。

 

「月城か。来年送り込む生徒の条件に、少し注文をつけたい」

 

『ええ、構いませんよ。それでどんな子をご所望ですか』

 

「ロングヘアーで、巨乳の、活発さがありながら知性も感じさせるような女だ」

 

『なかなか難しいご注文ですね。しかしまたどうされたんですか?』

 

「今日清隆に会ったが一番近くにいた女の特徴だ。恐らくあれが清隆の好みなんだろう」

 

『ご子息も隅に置けませんね』

 

「そうであれば話は簡単なんだがな。あれが恋愛感情で動くとは思えん。……思えんのだが、俺の知る清隆はもういないものと考えた方がいいかもな」

 

『……保険といったところですか。いずれにせよ、懐に入りやすい特徴がそれであれば私も精一杯候補を探してきますよ』

 

そういって月城との通話を終える。信用はできないが、依頼は確実にこなす男。

来年のこの学校の入試までに清隆の好みの女を見つけてきてくれるだろう。

 

アイツがあんなことを言うようになるとは……全く、教育とはまるでわからんものだ。

世の中の親はどうやって子供を躾けているのだろうか。

反抗期を迎えた息子に対し、今更になって少しだけ考えさせられることになるとは思いもよらなかった。

 

「カリキュラムに異性の扱い方を組み込むか……」

 

疲れていたのだろう、帰りの車の中でそんな馬鹿馬鹿しいことを呟いてしまった。

 

 




アニメ一期と二期で応接室の場所違うんじゃないか問題。

DVD、BDの特典でついてくる美術設定集。

一期では、生徒会室に続く廊下に応接室もあると記載され、反対側にそれっぽいドアまで描いてあるのに、なぜか二期の設定資料の応接室では廊下の反対側にあった生徒会室の扉が消えていて……扉も違う。

単純に応接室が2か所あるのか、改装工事の時に変わったのか……。

よくわからなかったので、今回は一期の設定資料に準じた場所に配置しています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

逃走計画中

コウィケの相談のため、生徒会相談室に今日はたくさんの来客が……っていくらなんでも多すぎじゃないかな。

でも、この場にいるのは生徒会役員は私だけ。

綾小路くんに代わってここを取りまとめなくてはいけない。

 

ただ、Bクラスのリーダーを任されている身でも、このメンバーをまとめることが容易でないことは一目瞭然……。

 

心なしか以前と比べ私への視線に鋭さがある人が数名いるし……もしかすると、この前の噂が尾を引いてるのかも。

Bクラスのみんなにはわかってもらえたけど、他クラスともなるとそうはいかない。

 

でも、そんなことで落ち込んではいられない。そういう人たちにも認めてもらえるように、私は未来へ進んで頑張るだけだ。

 

「よし!みんな、話を聞くよ。合流した順番ってことでまずは茶道部のみなさんから」

 

「その……一之瀬スポンサーのお気持ちはありがたいのですが、生徒会というより清隆くんに相談がありまして……」

 

「……それは仕方ないね。じゃあ、き、清隆くんが来るまで待とう」

 

いきなり空振り。こんなこともあるよね。

 

「次は、佐倉さんたちだったけど――」

 

「うん、私たちもきよぽん待ちだから、飛ばして大丈夫」

 

「そうだよね、バンドの話だし。じゃあ、き、きよ、きよぽんくん待ちで」

 

綾小路くん、親しい人にはきよぽんって呼ばれてるんだ……。

きよぽん、きよぽん、きよ……ううん、私にはまだ少しハードルが高いかも。

 

「次は櫛田さんと軽井沢さんだったね!」

 

やっとまともに話が進みそう。

2人ともしっかり意見を言うタイプだし、実行委員を手伝いたいって話だったから、私でも対応できる。

 

「一之瀬さんゴメンね、私のことは気にせずに他の人を優先してあげて欲しいな」

 

「私もパスでー」

 

「えぇっ!?」

 

結局、残った堀北さんにお兄さんの写真集を出すことはできない旨を説明するだけの時間に……。

その堀北さんも「わかったわ」と納得した後はすぐ帰ってしまったので、相談室が何とも言えない空気になってしまう。

 

これからコウィケを盛り上げようっていうのに、これだけの人数で手こずる様じゃ綾小路くんに顔向けできない。

 

うん、と気合を入れなおしてみんなへ向き合う。

こういう時は共通の話題で話を膨らませるに限る。

 

ここにいるメンバーの共通の話題、話題、わだ……。

そんなものあるかな?

 

そもそも、真鍋さんたちCクラスのメンバーや長谷部さんとは特別試験以外では碌に話したこともない。ちょ、ちょっと困ったな……。

 

うーん、と頭を回転させて、みんなの共通点を探す。

 

すると、あっさり一つの答えが浮かんでくる。

 

なんだ、深く考える必要なんてなかったんだ。

みんなの目的とも合致するし、私もこの話題なら結構話せる自信もある。

 

「じゃあまだ時間もありそうだし、みんなで綾小路くんの話でもしようか!」

 

私からの何気ない提案が、爆弾の導火線に火をつける発言だったことをこの時は知る由もなかった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

茶柱先生との打ち合わせも完了し、やっとコウィケの話に戻れるなと、相談室のドアに手をかけた時だった。

何やら、中が騒がしいことに気づく。

 

『きよぽんはね、勉強を教えてくれる時、ずっと横にいてくれるんだよねー』

 

『うん、問題解けたら、す、すごい褒めてくれるし……』

 

『すごいのはみんなわかってんじゃん。清隆ってさ、意外とドジなところもあんのよ、知ってた?』

 

『それなら、みんなは綾小路くんの好きな食べ物は知ってるよね?え、知らないんだー、へえ』

 

『食べることより、清隆くんは読書の方がお好きかと。好きな作家さんについて皆さんはご存じでしょうか?』

 

『ち、違います!王子が好きなのは、平田王子だけですっ!!!』

 

『みんな落ち着いて!わ、私だって綾小路くんのピアノの腕とか頼りになるところとか、たくさん知ってるんだから……あれ?』

 

……これ、入って大丈夫か?

正直、先ほどあの男の待つ応接室に入っていった時の方がまだ気が楽だった。

何がどうなってこうなったのか……。この中に入ったら、無事では済まないかもしれない。

あの男と対峙した時には一滴の汗すらかかなかったオレだったが、今は背中にじわりと気色の悪い感覚が広がっていくのを感じていた。

 

本当に腹痛になってもおかしくないな。

あ、やっぱり痛むぞ、これは保健室に向かわなくてはいけないな。よし。

 

そうして相談室から離れようとした時だった。

 

「あなた、ドアの前に突っ立ってどうしたのかしら?早く入って頂戴。私が入れないじゃない」

 

なぜか外にいた堀北から声を掛けられる。

 

「堀北、どうしてここに?」

 

「不思議なことは何もないわ。兄さんの写真集を販売するために一之瀬さんを説得する材料を集めてきたの。ほら、こんなに署名が集まったわ」

 

そうして見せてきた署名は4名分。

『堀北(妹)』『橘』『桐山』『南雲』

これ、ちょっと隣の生徒会室寄って戻ってきただけだろ。

橘は今日は普通に生徒会室に顔を出していたのか、もしくは署名のために呼び出されたのか……。

 

いや、そんなことはどうでもいい。

堀北をどうにかしてオレは退散しなくてはいけない。

 

「あっ、あんなところに野生の学が」

 

「馬鹿ね、綾小路くん。学さんは堀北の姓のもとでしっかりと生きているわ。野生なわけがないでしょう」

 

「じゃあ、堀北さんところの学さんが歩いてるぞ」

 

「どこかしらっ!」

 

振り向く堀北。

逃げるなら今だ。

 

さっと走りだそうとしたところで、手首を掴まれる。

 

「どこにもいないじゃない?騙したのだとしたら、わかっているでしょうね」

 

オレを捕まえた堀北の瞬発力に少し驚く。

この能力をもっとクラスのために役立たせるべきではないか。

 

「あー。アレだ、オレもお前の兄貴とは久しく会ってなかったからな。恋しくて幻覚が見えたのかもしれない」

 

「それなら仕方がないわね。私も似たような症状に覚えがあるわ」

 

覚えがあるのか……。

 

「綾小路くんも兄さんの魅力がわかってきたわね。それなら早く相談室に入って用件を済ませてしまいましょう」

 

そう言ってオレの手を掴んだまま部屋に入る堀北。

 

議論が過熱していたところに、堀北妹と手を繋いだような状態で入ってくる当事者。

飛んで火に入る何とやら。当然、注目を集める。

 

部屋が一瞬で静まり返った。

 

「一之瀬さん、先ほどの話の続きなのだけれど……」

 

「き、きよぽん。堀北さんとは何ともないって話だったよね?」

 

「綾小路くん、どういうことかな?やっぱり堀北さんを選ぶってことでいいの?」

 

堀北の発言を遮り、直ぐ反応したのは波瑠加と櫛田。

ひよりは本で口元を隠しながら目で何かを訴えてくる。

軽井沢はジトっとした目でこちらを観察し、愛里はあわあわしていて、一之瀬はフリーズしているな。

諸藤はわなわな、といった表現が適切か。それを真鍋たちが抑制している。

朝比奈とみーちゃんはあちゃーっといった表情で天を仰ぎ手で額を押さえている。

 

「ご覧の通り、何ともないぞ」

 

「ええ。私たちはただの(堀北学に)魅了された者、同志よ」

 

「「「「「魅了されたもの同士!?」」」」」

 

かつてないほどのビリビリした空気に包まれる室内。

 

ああ。これがあの男の言っていた修羅の道なのか……。

なるほどな。

 

「誤解だと主張させていただきたいのだが……」

 

「音声は録音済みだよ?どういうことかな、綾小路くん」

 

「や、やっぱり、堀北さんみたいな人が、タイプ……ってこと?」

 

「嘘でしょ、清隆。私、認めないから」

 

「堀北さんは友だち、友だち、友だち、ともだち、ともだち、友断ち……」

 

「解釈違いです!!!!」

 

「り、リカー」

 

この日は結局、誤解を解くのに力を注ぐこととなり、コウィケの話などできるはずもなかった。違った、堀北兄の写真集販売は断固拒否させてもらったので、一歩は進んだな……。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

そんなことはあったものの、誤解が解けてからは順調に準備は進んでいった。

 

ステージでの出し物の決定や出品物も出そろい、あとは各々の当日へ向けて準備をする。生徒会のオレと一之瀬、実行委員会は、会場の設営周りや出店スペースの振り分け、当日の役割分担など事務作業が残ってはいるものの、櫛田や軽井沢も加わり、比較的余裕ができていた。

 

バンドの方も、オレは元々ピアノが弾けるため、あとは残りの4人の練習に付き合う形となった。初めはぎこちなかった演奏も、だいぶ形になりはじめる。

 

そうして明日は2学期の終業式。

休みに入ったら本格的にコウィケに取り掛かるぞ、と各自やる気に満ち溢れていた。

 

出店しない生徒も、ステージイベントや出品物を楽しみにしているようで、学校中がその話題で持ちきりとなる。

 

そんな中、学校から1、2年の全生徒へ一斉メールが届いた。

 

一斉メールと言えば、船上での干支試験の記憶が呼び起こされ

このタイミングでまさかの特別試験か、と慌てる一同。

 

急ぎ、そのメールを確認する。

 

タイトルは

『生徒会企画~リアルケイドロ~開催のお知らせ』

 

特別試験ではなく、生徒会主催のイベントとのこと。

趣旨としてはクリスマス前に生徒会からのプレゼントだそうだ。

 

南雲たちがここ最近忙しそうにしていたのはこのため。

恐らくだが、南雲の言っていた真の実力主義の学校に変えていく活動の一環だろう。

その根拠に、このイベントでの活躍次第では大量のプライベートポイントを入手できるようになっている。

生徒会でも特別試験を根本から変えていくのは限界がある。

しかし、学生主体のイベントであれば融通は利く。

 

肝心の資金は学校と交渉し、いくらかは援助があったと見るべきだろう。

不足分は参加費を徴収することで補っているようだ。

 

自由参加だが、参加料は1万ポイント必要となる。

その分リターンは大きいようだが……。

 

イベントの概要はこんな感じだ。

 

基本ルールはイベント名の通り、ケイドロ(ドロケイ)をベースに作られており、そこに宝探しのエッセンスが追加されている。

参加者の携帯で各地に配置されたお宝のQRコードを読み込むことで、盗んでいくというもの。

 

①参加者は泥棒となり、学校、一部の生活区域を含めたフィールドの各所に隠されたお宝を盗み出すことができる

※お宝の場所は泥棒の持つ携帯端末のマップに表示される

 

②盗んだお宝の価値によって、個人にプライベートポイントが支給される

※1個のお宝につき盗めるのは最初の1人のみ

 

③ポイントの支給は終了時間まで逃げ切った場合に限る

 

④フィールドには警察が徘徊しており、タッチされることで泥棒を捕まえることができる。捕まった場合は牢屋(本校第一体育館)に投獄されることとなる

 

⑤泥棒が牢屋で終了時間を迎えた場合は、その分の入手していたポイントは警察側で山分けとなる

 

⑥牢屋に入った泥棒は、捕まっていない泥棒がミッションクリアで手に入る牢屋の鍵を入手し、扉を開けることで解放される

 

⑦解放された泥棒がイベントで所持していたポイントは3分の1になり、その後、牢屋の解放者には捕まっていた泥棒の所持ポイントの総額の3分の1が加算される

※例 30万ポイントを持っていた泥棒3名を解放した場合、解放された泥棒の所持ポイントは30万→10万になり、3人の合計30万の3分の1で解放者には10万ポイントが加算される

 

⑧お宝を盗む以外にも、各地でミッションが発生し、それをクリアすることでアイテムやポイントをゲットできる

 

⑨1人でいくつものお宝を盗むことは可能だが、盗んだもの数が増えるごとにペナルティが発生する ※例 5つ以上盗んだ泥棒は10分ごとに現在地が表示される、など

 

 

大まかなルールは以上となる。

 

 

時間は、明日の終業式後、13時から16時までの3時間。

参加者は終業式までにこのメールに返信する必要がある。

 

注目すべきは、総額で2,000万ポイント分お宝が配置されているという点。

1、2年生限定のイベントであるため、総人数からするとリターンが大きそうだ。

 

肝心の警察側だが、すでに決定されており、1年Dクラス(龍園クラス)と2年Dクラスが担当するという。

警察側はポイント獲得の可能性が泥棒側より高く、一攫千金とはいかないが、手堅くポイントを増やせる。

 

これは、下位クラスからの下克上を支援する、という建前だろうな。

 

これで確信したが、ペーパーシャッフルで龍園クラスから退学者が出なかった理由は、南雲による資金援助があったからだろう。その対価として、忠誠を誓わされているといったところ。今回、龍園クラスが警察側であることはそういうことだ。

 

「なんか面白そうなイベントだね、清隆くん」

 

「そうだな」

 

イベントメールを確認した愛里が話しかけてきた。

順次、綾小路グループがオレの机の周りに集まってくる。

 

「これも清隆たちが作ったのか?」

 

「いや、今回はノータッチだな。2年の先輩方の企画だ」

 

「となると、参加はできるんだな?」

 

「ああ。むしろ会長からは参加者側として盛り上げるように言われている」

 

オレと一之瀬は事前に南雲たちから知らされていた。

2年生徒会役員は運営に回るが、1年の役員は参加者としてイベントを内側から盛り上げるようにとのお達しだった。要は、強制参加命令だ。

 

「じゃあみんなで参加しちゃおうか。協力してさ、あとでポイント分配するとか!」

 

「悪くないな。バンドの練習はイベント後でも出来るし、たまには息抜きも欲しいしな」

 

「俺もそれで構わない」

 

「楽しみだね、清隆くん」

 

「ああ」

 

「頑張って一攫千金狙っちゃう?」

 

ウキウキで話す一同だったが、これは南雲が作ったゲーム。

つまりどうあがいても南雲が得をする仕組みになっている。

2年生は所持ポイントが一定値を超過した場合は、南雲に献上しなくてはならないからな。龍園クラスが勝っても同様だろう。

 

泥棒側の1年が大勝しなくては、南雲の思い通りになってしまうということ。

 

さて、どうするか。

 

わざわざ時間をかけてこのイベントを準備した南雲の狙いはどこにあるのか。

そしてそれを阻む必要性はあるのか。

 

大量のポイント獲得チャンスはこちらとしても願ったり叶ったり。

少しだけ南雲のお遊びに付き合うのも悪くないかもしれない。

 

「何か作戦立てておく?参謀のゆきむーさん」

 

「そうだな……このイベント単純なようで奥が深い」

 

「例えば?」

 

「警察側は盗みを働いていない泥棒を捕まえてもあまり意味がないこと、とかな」

 

「どういうこと?」

 

言葉の意味がさっぱりといった様子の波瑠加。

啓誠もそれはわかっており気にせず補足する。

 

「極端な話、誰も盗んでいない状態で全員捕まえてしまったら、誰もポイントが手に入らないで終わってしまうってことだな。それを防ぐために、盗んだヤツを確実に捕まえたいはず」

 

「なるほどな。盗んだヤツが誰かわからないうちは無闇に捕まえてくることはなさそうってことか」

 

「だが、それは警察側もわかっているだろうから、宝の前で張り込むとか、母数を減らすためにある程度は盗んでいない生徒を捕まえるかもしれない」

 

「そいうこと……」

 

「そうなったとき、狙われるのは運動ができる奴だろうな。俺みたいなのはいつでも捕まえられるから泳がせておいた方がいい。逆に明人や清隆は真っ先に狙われてもおかしくないってことだ」

 

「わぁ、それは大変だ。清隆くん、明人くん、大丈夫?」

 

心配してくれる愛里。

だが、それに関してはいくらでもやりようはある。

 

「それを見越して、お宝をゲットする人間を絞っておくことが重要かもな」

 

「そうだな、例えば明人が捕まってもお宝を持っていなければ、こちらもポイントは失わない」

 

「うーん、結局誰が持っているのが一番いいってこと?」

 

「それを考えるのが作戦なんだろ」

 

啓誠の言う通りで、単純に盗んでいけば良いというわけでもない。

盗めばそれだけ狙われやすくなる。分散するか、一括するか。

盗んだ数に応じて何かしらのペナルティも発生することから、1人に任せすぎるのも考えものだ。

 

「ミッションとかも気になるよね」

 

「そうだな…ただ、理想は潜伏かもしれない。見つからないようにお宝に近づき、こっそり盗んでいく」

 

「まぁ俺たち泥棒だからな、そりゃ警察の前で堂々と盗むのもおかしな話だ」

 

「さすが、みやっち!わかりやすい」

 

「オレも基本的にはそれでいいんじゃないかと思う。警察にバレないに越したことはない」

 

「そっか。ミッションは目立っちゃいそうだもんね……」

 

そう、基本的に体力の問題もあり逃げ続けるのは難しい。見つからずに済むのであればそれが一番だ。ミッションも内容次第だが、無理に参加する必要はない。

 

「そしてある程度稼いだら、身を隠す安全地帯を探すのも大事だな。残り時間次第では、誰かが囮になって他を逃がすとか……ただ、ペナルティの内容が不明である以上、状況判断がカギになる」

 

啓誠はそう分析する。問題は隠れるのに適した場所があるのか、というところか。

5人で行動するならなおさらだ。

 

「これ、思った以上に難しそう……」

 

「ま、あの会長が準備したんだろ、それぐらい捻くれたものを用意しそうだよな」

 

「明人、よくわかってるな。南雲はそういう男だ」

 

「部活でああいう先輩ひとりはいるよな」

 

ニヤッと笑う明人。

南雲の意地悪さを見抜くとは、なかなか見る目がある。

だが、南雲みたいな生徒が部活ごとに一人ずついたら、単純に嫌だな。

 

「とりあえず、明日に向けて軽く下見するぐらいはやってて損はないと思う。見晴らしがいい場所とか、囲まれにくい場所とか、把握しておきたい」

 

「いいね、ゆきむー!さすが参謀」

 

「まあ、本番じゃ文字通り足を引っ張る可能性が高いからな。作戦ぐらいでは貢献しておきたい」

 

「ポイントも大事だけど、私は、みんなで楽しめればそれでいいかなって。誰が退学になるわけでもないし」

 

「そうね。確かに、楽しむのが大事だー。綾小路グループで楽しみながら一攫千金!ガンバロー」

 

「おう」「うんっ」「ああ」「だな」

 

「全然統一感がない返事~ま、悪くないけど」

 

それぞれの波瑠加の声に賛同したものの、誰一人言葉が被らないのはこのグループらしい気がした。

 

果たして明日はどんな結果になるのか。

友だちとイベントで遊ぶというのは楽しみな予定だな。

作戦を考える啓誠たちとフィールドの下見をしながらそんなことを考えていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

優先順位の問題

2学期の終業式。

 

校長の長い話が続く。クビにはならなかった安堵からか、やたら舌が回る様子。あの一件で、校長も日常が日常であり続けることのありがたみを思い出したのかもしれない。

 

この2学期は体育祭、ペーパーシャッフル、3年生徒会役員の引退などなど、1学期よりも色々なことがあったのだが、体感としてはあっという間に過ぎていった。

 

明日から冬休み。長期休暇とはいえ夏休みとは違い、期間は2週間と数日であるため、流石に無人島に連れて行かれることはないだろう。

 

少なくとも年末にコウィケの開催が許されたので、今年中は問題ないとみている。

とは言っても、今日の『リアルケイドロ』といい、コウィケといい、今年もまだまだイベントは残っているため、暇ということにはならない。

 

長い校長の話がようやく終わり、各クラスでホームルームの時間となる。一般的な学校であれば通知表なるものが渡されるらしいが、この学校にはそれがないため、茶柱先生から春休み明けの説明が少しあって解散となる。

 

「ねっ、綾小路くんも今日のイベント参加するの?」

 

「ああ」

 

綾小路グループが集まる前に、佐藤さんがやってきた。

 

「えっと、じゃあさっ!私と一緒に行動しない?……なんて言ってみたり」

 

「すまないが、先約がある」

 

お嬢様のお願いであれば叶えてあげたいのものの、綾小路グループでしっかり作戦まで立てた状態。いくら縛りのない自由なグループとはいえ、突然の別行動は申し訳が立たない。

 

「そっかぁ……じゃぁ仕方ないね」

 

あからさまにしゅんと落ち込む佐藤さん。

これは見ていられない。

 

「他の日でよければいつでも誘ってくれ」

 

「ほ、ホント!?……例えば、明後日とかでも?」

 

しゅんとした様子から一転、少しもじっとしながら、上目遣いで遠慮がちに尋ねてくる。

櫛田とはまた違った仕草――ということはこれは天然だな。

であれば、裏はないだろう。

 

「もちろん、大丈夫だ」

 

「やったー。くわしいことはまた連絡するね」

 

ぱあと明るい表情へと変わった佐藤さん。

手を振って立ち去り、松下のところへ駆け寄っていく。

松下と何やらハイタッチ。その松下が一瞬、ニヤッとこちらに視線を寄こす。

 

「なるほど……」

 

どうやら先ほどのやり取りは、松下の入れ知恵だったようだ。

オレが綾小路グループでイベントに参加しそうなことは、ここ最近の様子を見ていれば予想がつくだろう。

あえて、そこに一緒にどうかと提案し断らせることで、本命の25日の約束を通しやすくする。古典的な手ではあるが……松下にそんなことができるイメージがなかったため、少し驚かされた。

 

「『なるほど……』じゃないわよ、きよぽん!」

 

「ん?」

 

先ほどのやり取りを聞いていたのだろう、波瑠加が詰め寄ってくる。

 

「さっきのどういうこと?」

 

「どうと言われても、佐藤さんに誘われたから出かける約束をしただけだ。佐藤さんには恩があるからな、なるべく希望には沿いたいと思ってる」

 

「でも明後日って、25日よ、ク・リ・ス・マ・ス!聖なる夜!」

 

「ああ……?」

 

キリストの降誕祭を、なぜか信仰に関係なく盛大に祝う日本の文化は把握しているが……もしかしてパーティーでも開く予定だったのだろうか。

 

「あ、これホントにわかってないやつか。きよぽん、クリスマスはね、青春真っ只中の男女にとっては、サンタさんが来る日でも、チキンを食べる日でもないの」

 

「……というと?」

 

サンタさんなどもちろんホワイトルームには来たことがない。

流石にあのセキュリティーの突破はサンタさんでも不可能だったようだ。

 

「簡単に言うと、最高のデート日和ってこと」

 

「キリストの降誕祭でなぜそうなるんだ?」

 

「そ、その、告白とかするのに丁度いいというか、雰囲気が出るというか……と、とにかく、どうするのきよぽん。愛里なんてさっきからあわ噴き出して倒れそうになってるんだけど?」

 

そう言われて愛里の方をみてみる。

 

「あばばばばばばば」

 

動揺からか随分おかしなことになっている愛里。

 

「どうすると言われてもな……ただ出掛けるだけかもしれないだろ。こちらから何かをするつもりはない」

 

「うーん、こういうことに関してのきよぽんは、本当にダメよね」

 

波瑠加にズバッと言い切られ、少し傷つく。

確かに男女のやり取りに関しては、まだ学習不足は否めない。

それが他者に伝わっているのだから、余程なのだろう。

 

「とにかく下心がないってことがわかっただけマシか……。ホント罪作りな男だよね、きよぽん」

 

「そう言われてもな」

 

「ま、こうなったら切り替え、切り替え。24日は私たちと過ごしてもらうから、よろしく~」

 

「そうだな、今のところ予定もない」

 

綾小路グループでクリスマスパーティーというのも悪くない。

 

「それじゃ、イベント前に生徒会に顔を出さなくてはいけない。またあとで」

 

「うん。今日はがっぽり稼ぐからね」

 

そうして教室を後にする。

 

春休みとはいえ、コウィケの運営など生徒会の活動はそれなりにある。そういった休み中の活動の話が南雲からあるらしい。

 

「やっほー、綾小路くん。一緒していいかな?」

 

「もちろんだ」

 

生徒会へ向かう途中に一之瀬と出会う。

目的地が一緒であるため、おかしなことはないのだが……。

 

「2学期も終わっちゃったね」

 

「そうだな」

 

「念願の生徒会に入ったり、色々あった2学期だったなぁ……」

 

一之瀬にとっては生徒会の部分も、色々の部分も学校生活を根底から変える、大きな出来事だったに違いない。

 

「……よくよく思い返すと、全部に綾小路くんが関わっているというか、綾小路くんのおかげでどうにかなったような気がする」

 

「たまたま……ではないが、どうにかなったのは一之瀬の力だ」

 

「それでも、やっぱりお礼は言っておきたくて。ありがとね、綾小路くん」

 

生徒会の同期が欲しかったこと、大衆をコントロールできる一之瀬の力を利用したかったことなど、いくつもの思惑があったとはいえ、少し一之瀬に肩入れしすぎていたかもしれない。流石にすべての事をたまたまだと誤魔化すことはできないだろう。

……不思議なのは、そうまでしたわりに、今は駒として積極的に運用しようと考えていないところ。

オレの中でも何かが変わり始めている……のかもしれない。

 

「ところでさ、明日とか明後日って……」

 

一之瀬がそう切り出したところで向こうから南雲たち御一行の姿が見えた。

 

「ま、またあとで話そう。お疲れ様です、南雲会長」

 

「おう、気持ちのいい挨拶だな、帆波」

 

それに比べてお前は?みたいな顔でこちらに視線をやる南雲。

 

「ちーす、南雲会長」

 

「その度胸は褒めてやるぜ、綾小路」

 

南雲相手ならこんなもんでいいのではないかと思ったが、お気に召さなかったらしい。

 

「まあいい。さっさと生徒会室に入れ。今日はイベント前にやることが色々あるからな、時間が惜しい」

 

そういって生徒会での話し合いが始まった。

議題は……『クリスマス 生徒会カラオケ大会』について。

 

全く真面目な話でも何でもなかった。

イベント前にわざわざやることか?とも思ったが、タイトル通りなら明後日の話か。

今日を逃すと開催できなくなるかもしれない。

 

「綾小路、流石のお前でも歌までは歌えないだろう。採点で生徒会役員のランク付けをしてやるよ」

 

「南雲、人には得手不得手がある。カラオケだけで格付けは好ましくない。……ただ、俺は自信があるとだけ言っておく」

 

「私もカラオケならクラスのみんなでよく行くので、そこそこ自信ありますよ」

 

南雲だけでなく、桐山も一之瀬もノリノリだ。

生徒会のメンバーはカラオケでクリスマスを過ごすらしい。

 

「パーティールームを予約してあるからな、カラオケだけじゃなく、プレゼント交換やビンゴ大会でも何でもできるぜ」

 

「楽しみだね、綾小路くんっ!」

 

「あの……」

 

「なんだ綾小路、クリスマスソングでも演奏してくれるってか」

 

「いえ、すみませんが、その日は予定があるので不参加でお願いします」

 

「「「え?」」」

 

佐藤さんとの約束があるからな。クリスマスのカラオケ大会に参加はできない。

 

「あー、あれだよね、最近仲のいいグループのみんなで過ごすとか?」

 

「ったく、ダチより生徒会を優先しろよな、綾小路」

 

「友人というのは不適切かもしれないですね。クラスの女子と出掛けるだけなので」

 

「「「は?」」」

 

「あ、あ、綾小路くん……そ、それって、ででででえと?」

 

「いや、そんなつもりはなかったんだが、クリスマスに出かけるのは特別らしいな」

 

挙動がおかしくなる一之瀬。

 

『綾小路、抜けがけです。クリスマスに女子と予定あり』

 

すぐさまグループチャットを流す桐山

 

「おい、カラオケ大会は中止だ。各々やることはわかってるな」

 

カラオケの中止を宣言する南雲。

頷く一同。

何をするつもりだ?嫌な予感しかしない。

 

「この話はまたあとで詰めることにするぜ。俺たちはこれからイベント準備の仕上げがある。分かっているとは思うが、綾小路も帆波も生徒会役員としてイベント成功のために、派手に立ち回ってくれよ。潜伏して終了なんてつまんねーからな」

 

ゲーム性を自身で否定していないか?

南雲の要望に応えるつもりはないが、こちらとしても最終的には派手な立ち振る舞いになる可能性はあるので、きっとご満足いただけるだろう。

学校側もイベントに効果があると判断すれば、次のイベント開催へと繋がる可能性もある。盛り上げておくにこしたことはないだろう。

 

「残念ながら一番目立つ俺が不参加だ。その点だけが不安だな。ま、モニター越しにお前たちの活躍は見させてもらうぜ」

 

サボるなよ、ということだろう。

 

「はい、頑張ります」

 

一之瀬からの返事を聞いて満足したのか、南雲は準備へと向かう。

それに続く2年生役員たち。

 

「私たちも行こうか」

 

「そうだな」

 

準備を済ませ、スタート地点のグラウンドへ移動することにする。

 

「綾小路くんはこのイベントどう見る?」

 

「基本的には楽しむ方向でいいんじゃないかと考えている」

 

「だよね、私たちのクラスも楽しみつつ、ポイントゲットのために動くつもり」

 

でも、という表情の一之瀬。

 

「もちろん、あの南雲が考案したイベントだ。何かしら裏があることは間違いない」

 

「だよね……」

 

先ほどと同じような返事でもトーンが落ちる。

一之瀬も南雲に何かしらの考えがあることはわかっている様子。

 

「だが、アイツが何を企んでいても関係ない。オレたちの目標のためにも利用させてもらう」

 

「綾小路くんが言うと頼もしいね。でも、頼りっぱなしになるつもりはないよ。なんでも力になるから言ってね」

 

「ああ。協力できる部分は協力していこう」

 

そうしてオレたちは、すでにイベント参加者で賑わっているグラウンドへと足を進めた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

開幕『リアルケイドロ』

2年生徒会主催のイベント『リアルケイドロ』

スタート地点のグラウンドには、すでに多くの生徒たちが集まっていた。

動きやすい格好という指定があったため、ジャージや運動着、部活の恰好など各々動きやすい姿で準備運動などをしている。

 

1、2年Dクラスを除く、大半の生徒が参加することになっており、それなりの数となるが、探索範囲も広いため、スタートしてしまえば気になることはないだろう。

 

ちなみに、Dクラスの警察連合は体育館がスタート地点となっており、泥棒のスタートから5分後に行動可能となる。その間に、泥棒側はお宝へ向かうか、潜伏して様子を伺うか、戦略が試されそうだ。

 

「それじゃ、お互い頑張ろうね」

 

「ああ。健闘を祈る」

 

Bクラスの面々から手招きされ、一之瀬がそちらに向かっていく。

オレも啓誠たちと合流するか。

 

綾小路グループの姿を探していると、一際目立つ集団――というより目立っているのは2人だが――がこちらにやってくる。

 

「こんにちは、綾小路くん」

 

「ああ。……やはりその状態で参加するんだな」

 

やってきたのは1年Aクラスの面々を引き連れた、葛城に乗る坂柳。

 

「それはそうです。残念ながら葛城くんは乗り物判定とはいきませんでしたので、参加生徒の1人として登録しましたが、生徒の肩に座って移動してはいけない、とはルールに記載されていませんでしたからね」

 

オレが言うのもなんだが、誰か坂柳に人権が何たるかを教えた方がいいんじゃないだろうか。駒とか道具はあくまで比喩であって、人間を本当の意味で道具にしようとするのはこの学校でも坂柳ぐらいだろう。

 

「これでも葛城くんには感謝しているんですよ。彼がいなければ、私がこのイベントに参加することなどできるはずがないのですから」

 

「そうだな、この手のイベントはどうしてもハードな動きが必要となる」

 

こちらの考えを読んだように補足する坂柳。

 

「俺もこうして鍛えてるのは悪い気分ではない。肉体的な面は言わずもがな、誰よりも先に坂柳の考えに触れることができるからな。生徒会へのリベンジマッチも遠くはないと思っている」

 

「それは何よりではあるな」

 

葛城も了承済みであるため、一切問題はないのだが……。ただ、葛城が生徒会入りを志望した場合、逆にセットで坂柳もついてくることになるのではないか、という懸念が生まれる。

 

「所詮学生の考えたイベントですので、今回は勝負とは申しません。ただ、Aクラスはこのイベントで手堅く報酬を頂戴する予定ですので、その点は恨みっこなしということでお願いしますよ」

 

「ああ。だが、せっかくのイベントだ。お互い楽しめるといいな」

 

「ふふふ、綾小路くんからそんなお言葉を頂けるなんて……あながちこの学校の教育も悪くないものですね」

 

それではお邪魔しましたと元々居た場所に帰る坂柳。

普通に考えれば、生徒一人担いで逃げ回るのはハンデでしかないはずだが、それを一切感じさせないコンビ。良くも悪くも板についてきている。

 

そんな2人の様子を、Aクラスの集団の端の方で、ギリっと睨みつけている生徒が1人いる。戸塚弥彦だ。元々葛城を慕っていた戸塚にとって、この状況は未だに容認できないものらしい。

だが、戸塚の実力では坂柳から葛城を奪い返すのは夢のまた夢の話。

覚めない悪夢にうなされ続けているようなものか。

 

「清隆、こっちだ」

 

そんなことを考えていると、後ろから明人の声が聞こえてくる。

どうやらオレを探してくれていたらしい。

 

「すまない、合流が遅れてしまったな」

 

「いや、気にしなくていい。清隆も色々忙しいことはわかっているしな」

 

そうして明人の案内のもと、他のメンバーと合流する。

 

「きよぽーん、遅ーい。あと数分遅れてたら他の女子のところに行った裏切り者認定するところだったよ?」

 

「そう責めてやるな、清隆だって仕事だったんだから仕方ないだろう」

 

庇ってくれる明人や啓誠には申し訳ないが、ここに来るまでにやっていたことと言えば、カラオケ大会の打ち合わせと坂柳の非人道発言への対応ぐらいだった。

 

「遅れた分は活躍で返させてもらう」

 

「おっ、言うねぇ。副会長は違うぜって感じ?頼りにしてるよー」

 

「き、清隆くん、一緒に頑張ろうね!!」

 

「そうだな」

 

愛里もやる気十分だ。

何せ今回のオレたちの作戦は、オレと愛里にお宝ゲット役が任されている。

オレは単純に生存確率の高さから、愛里は気配を消すのが上手く潜伏向きだからだ。

また、警察側の視点になったとき、この5人グループを発見した場合も愛里が宝を一番持っているとは思わないだろうことから、狙われる優先順位が下がり、逃げのびる隙が生まれそうという考えもある。

ペナルティのこともあるので、オレと愛里で分散して集めつつ、状況によって比重を変える算段。

 

あとは、明人が索敵、波瑠加は携帯で情報を集め、啓誠が状況に応じて戦略を組み立てていく方針。どこまでやれるか楽しみだ。

 

『学生諸君、よく集まってくれた』

 

開始15分前、グラウンドに設置されている巨大な電光掲示板に突然映像が映し出された。

 

声の主は、胸より上の部分は映しだされない為、顔は見えず、椅子に座った状態で膝の上のネコを撫でている。

一体誰なんだ、なんていうのはツッコむまでもないな。

 

「どこの悪役だよ……」

 

「てか、あのネコぬいぐるみじゃない?」

 

明人と波瑠加から冷静なツッコミが入る。もっと言ってやって欲しい。

流石の生徒会長もこのためにネコを連れてくることはできなかったようだ。

本物だったら先日のリベンジでモフりにいきたい欲が出たかもしれないため、ぬいぐるみで助かった。

 

「こんな馬鹿なことに全力だせんのは南雲ぐらいだぜ!」

 

「猫似合ってるー」

 

この映像に少なからず戸惑う1年に比べ、意外なことに2年生には好評のようだ。

そこそこ周囲が盛り上がる。

 

そんな会場の雰囲気など知る由もない謎の人物は話を続ける。

 

『諸君にはこれから各地に隠されたお宝を争奪してもらうわけだが、その前に今から配布する腕時計をつけてもらう』

 

そういってスタッフの生徒会役員や手伝いの2年Aクラスの生徒から腕時計が配られる。無人島試験で使用したものと同じだな。経費削減と質の向上という意味で有効活用と言えるだろう。

 

『その時計と携帯端末をリンクさせることで登録完了だ。警察側にタッチされた場合は、その時計からこちらに情報が届くようになっているため不正はできない。また、イベント終了までそれを外した場合は問答無用で失格だ』

 

言及はしないが、これでこちらの位置情報を測ったり、安全面の確保もしているということだろうな。

 

『諸君らに盗んでもらうお宝の情報は各端末のマップに表示される。表示されるお宝情報は各自異なるが、お宝の獲得自体は誰でも可能だ』

 

「なるほど……泥棒側での協力を推奨している、ということか?」

 

「運営視点で言えば、誰か一人がお宝を独占しないようにしているのかもな」

 

啓誠の考察に補足を加えておく。他に考えられるのは、泥棒側を分散させる狙いなどだが、オレたちは元々5人で組んでいるためそこまでの影響はない。

 

『他にも端末にはミッション開催の情報などが随時更新されていく。ミッションで手に入るアイテムによっては他にも活用できるだろう』

 

「携帯チェックも大事だけど、それに気を取られすぎたら危ない、よね?」

 

「警察が巡回しているだろうからな、チェック係と警戒係と分かれる必要がありそうだ」

 

愛里と啓誠の言うように、どちらかだけではこのイベントで好成績は残せない。グループを組んだことの利点だな。

 

『最後に、このイベントエリア外に出た者は、警察、泥棒問わず、即退場となる。それでは、諸君の健闘を祈る』

 

そうして映像が途切れ、カウントダウンが始まる。

3・2・1と表示され、スピーカーから流れる派手な爆発音と共にスタートの文字が出てくる。

 

ここから5分間は警察のいないフリーな時間。

一斉に飛び出した生徒が半分、携帯端末で情報を確認している生徒が半分、といったところか。

 

「ここに止まってたらかっこうの的だ。情報の確認は体育館から距離を取ってからにする」

 

啓誠の提案に4人で頷く。

女子2人、ついでに啓誠自身の走力を踏まえると、障害物のないこの場所で目をつけられたらひとたまりもない、そういう判断だろう。

 

そういうことでオレたちは急いで学生寮へ続く並木道の方へ移動し、そこの木陰に隠れながら情報を確認する。すでに5分経過しているため、警察は出動している頃だ。

 

「あ、この辺りにも結構お宝あるね」

 

「うん!私たちツイてるね」

 

5人のマップを見比べて、周辺にいくつかお宝があることがわかる。

パッと見だが表示されているお宝は何人か重複しているもの、逆に5人もいて重複していないものもある。表示されている個数は各々10個。

これに関しては一度に表示される最大数が決まっているのかもしれない。

表示されたどこか1個お宝が獲得されれば、新たに別の1個が表示される仕組み。

 

「あ、お宝の表示が1個消えたな」

 

「早速誰かが獲得したんだろ、俺たちもそろそろ動きたいところだが……どこから狙うか」

 

「近いのでいいんじゃない?」

 

啓誠が何に悩んでいるかはお構いなしの波瑠加の提案。

だが、情報が不足している現状はそれがベストかもしれない。

 

「そうだな、まず一番近いこれを探してみるか」

 

周囲を警戒しながらお宝の近くまで移動する。

幸い、その宝を狙う他の泥棒も、巡回する警察の姿もなかった。

 

「うーん、お宝どこだろ」

 

「一見した限りじゃそれらしきものはないな」

 

明人と啓誠に周りの警戒をしてもらい、3人で探す。

マップ上に表示されているとはいえ、どこにあるのか詳細はわからない。

名目上お宝なので堂々とは置かれていないのかもな。

 

「あ、あれかも!」

 

愛里の声にそちらに集まる。

見れば木の根元に小さい箱が置いてあり、中を開けると箱の底にQRコードが記載されていた。お宝第一号発見である。

 

「やったじゃん、愛里」

 

「愛里が見つけたんだ、読み込みも任せる」

 

「う、うん」

 

そうして端末のカメラでQRを読み込むと『お宝ゲット!』の表示が飛び出す。

その後、表示された獲得ポイントが表示される。

今回のお宝は『1,000ポイント』だったようだ。

 

「これは……はずれ?」

 

「まだ情報が足りていないが、恐らく低い方だな」

 

「次はどうする?また近場のを狙うか?」

 

「いや、次はここにしよう」

 

啓誠が自分の携帯を見せ指さしたのは少し離れたところにあるお宝。

そこにたどり着くまで2個ほどスルーすることになる。

 

「今はいくつか検証が必要だ。警察が周りにいないうちに確かめておきたいことがある」

 

そういって狙ったお宝の方へ移動する。

途中2年生の泥棒の姿などもチラホラ見えたが、幸い狙いは別のお宝だったのか、別の方で探索をしていた。

 

「これか」

 

先ほどの隠し場所を参考に、お宝を隠しやすそうな場所を探っていたら、自販機の下に箱が置いてあることに気づいた。

 

「ナイスきよぽーん」

 

「今度は清隆くんの番だね」

 

自販機の陰に隠れながらQRを読み込む。

今回のお宝のポイントは『10万ポイント』だった。

 

「おお!高得点!やったね」

 

「幸先がいいな」

 

このまま逃げ切れば、参加費の1万ポイントを差し引いても、1人1万ポイントはゲットできることになる。

 

「ちょっとみんな集まってくれ」

 

啓誠からの指示に、自販機裏でしゃがんで隠れながら小さく円を作り話し合う。

 

「俺の考えが正しければ、お宝にはランクが設定されていて、それを見破る法則がある」

 

「マジか」

 

「さすがゆきむー」

 

「最初のお宝は、波瑠加、明人、清隆のマップに表示されたものだった」

 

「うんうん」

 

「今回のお宝は俺のマップにのみ表示されていたものだ」

 

「そういうこと!?」

 

「恐らくだが、間違いはないだろう」

 

そう、啓誠の考察は的を射ている。

大多数のマップに表示されるお宝のポイントは低く、個人だけに表示されているお宝のポイントは高いようだ。

 

「レアモンスターとのエンカウントが少ない、とか高レアのキャラのガチャが渋い、みたいな話か」

 

「あー、なるほどー」

 

明人の例えはよくわからなかったが、レアものほど見つかりにくいということだろう。

 

「じゃあこれからは、なるべく表示が被っていないお宝を狙っていく、って感じ?」

 

「概ねそれで良さそうだ。……ただ」

 

「ただ?」

 

法則を見破った啓誠だったが、まだ疑問は残っている様子。

 

「逆に5人とも表示されているお宝は気になる」

 

「めちゃくちゃ外れなんじゃないの?」

 

「確証はないが、それだとゲーム性に乏しいというか、泥棒側での争奪が発生しにくいというか……」

 

「目立つところにいるボスキャラ、みたいなもんか?」

 

「目玉商品、みたいな?」

 

「言われてみれば、そういうのがあってもおかしくないかも」

 

啓誠の指摘に、各々がうーんと頭を捻らせる。

ただ、時間が過ぎれば過ぎるだけ、機会損失をしてしまう状況だ。

 

「丁度この先の大通りにあるようだし、覗いてみた方が早いかもな」

 

「それもそうか、目立つ場所だから慎重に移動しよう」

 

オレの提案で5人の表示が重なったお宝の場所へ、警戒しながら移動する。

丁度、木々が茂った脇道から、お宝付近を遠めに覗くことができた。

 

「あー、そういうことか」

 

これまでと違い、道の中央に配置されたテーブルの上に宝箱が置いてある。

そしてその周辺には警察が数名取り囲んでいた。

 

「初の警察発見だが……思った以上にわかりやすい格好してるな」

 

明人がそんな感想をこぼす。

泥棒側の格好は自由だったが、警察との区別をわかりやすくするため、警察側は統一された格好をしている、とはルールにあった。

 

「うーん、あの格好で走り回るのは恥ずかしかったかな」

 

「私は愛里のだったら見てみたいけどね」

 

「えええええ」

 

そんな感想をもらす女性陣。

 

警察側は、そのままの通り警察の制服のコスプレで参加していた。

南雲の趣味か……あとでひよりを探すのを忘れないようにしないとな。

他意はないが、見てみたい気がした。

 

こうして、リアルケイドロは本格的にスタートしたのだった。

 




【補足】

細かいルールは記載すると読みにくくなりそうなので、省略している部分もあります。
※参加者はルールを把握して動いています。

今回関係しそうなルールとしては、「お宝の持ち運びの禁止」などです。
箱を開けるため手に取るのはOKですが、マップの表示から動くようなことがあれば、検出され失格になります。
ペナルティ回避や安全確保のために集めるだけ集めて、終了時間間際にお宝を一気に読み込む、などの不正を防ぐためのルールですね。

恐らくこの学校の学生はルールの裏をついたり、記載していないことは何でもやっていいと判断しそうなので、事細かにルールが用意されていることと思います。

その他には、タッチされた泥棒は、所定時間内に牢屋のある体育館へ移動しなければならないこと、その途中、遅延行為や妨害行為は禁止されていることなどがあります。

描写されなかったルールについては、関係ありそうなときにあとがきで記載しておきます。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

友情の力

綾小路グループで挑戦している『リアルケイドロ』

現在、オレたちの視線の先には、明らかに高得点が見込める宝箱がある。

啓誠の予想が当たった形だ。

 

だが、これまでのお宝とは違い、その周囲には2年Dクラスの警察が3名ほど警備している状態。

警察側としてもここが狩場となると判断したか、他のお宝と違い守ることで何かしらのメリットがあるのか……。

 

「んで、どうしよっか?」

 

じっと状況を探るだけでは進展しないため、波瑠加が切り出す。

こういった時に仕切ってくれる波瑠加は、自己主張の少ないこのグループでは貴重な存在だ。

 

「正直なところ、今、他の泥棒が狙っていない状態で、あのお宝を発見できたのはチャンスだ」

 

「だよな。警備はいても、これを逃すと他の奴らに盗られそうだ」

 

「極端な話、さっきのお宝で10万ポイントでしょ。あれが100万ポイントとかだったら、あとは逃げ切るだけで1人20万ポイントだよ、挑戦する価値はあるんじゃない?」

 

「そ、その時は、私、頑張って逃げるよ」

 

4人ともお宝ゲットの方向で考えているようだ。

 

「きよぽんはどう?」

 

「オレも異論はない」

 

元々オレもゲットする考えだったので話を誘導する手間が省けた。

恐らくだがあの規模のお宝は何十個もあるものではない。

盗れる時に盗った方がいい。

 

「じゃあ決まりだな」

 

「でも、あの警備どうしようか?」

 

「……誰かが囮になって引き付けている間に盗むのが定石だろうな」

 

警察はこちらに対してどんな形でもタッチすればいいだけだが、泥棒は警察に触れたら終わりなので反撃できず基本的に回避して逃げ回ることしかできない。

一度見つかってしまえば、相手を撒くだけの走力、体力、機転が必要だ。

よって囮役が一番危険な役割になる。任命責任は重い。啓誠が言い淀む。

だが、そんなことを気にしていてはお宝をゲットすることなどできない。

 

「それならオレに任せてくれ」

 

「大丈夫なのか、清隆」

 

「ああ、問題ない。ただ、見えている範囲以外にも潜んでいる警察がいると考えるべきだ」

 

守る側としても、当然、囮の可能性を考えるだろう。

こちらの誘いに乗らないことや盗んだ後に捕まえようと狙うなど、様々な可能性がある。

 

ただ、あくまで予想だが、オレが囮になれば警察は必ず追ってくる。

 

「念のために、オレが引き付けた後、明人が様子を見ながら近づいてみてくれ。伏兵がいてもそれであぶりだせるはずだ」

 

「わかった。幸いこの辺りは下見しておいた場所だ。相手を撒くポイントは頭に入っている」

 

「危険な役割を任せてしまってすまないな」

 

「気にすることはない。実は相手に触れずに転ばせるのは得意なんだ」

 

キョトンとする4人だったが、清隆ならホントに大丈夫なんだろうと話はまとまった。

 

「えっと、合流ポイントはどうしよう?」

 

「そうだな、全員集まるまでは身を隠したいから、探索範囲の端、ケヤキモール手前の茂みでどうだ。お宝表示もない以上、この辺りは比較的安全である可能性が高い」

 

啓誠が合流場所を表示する。

 

「わかった。それじゃ、各々配置につき次第作戦決行だ」

 

「よし、きよぽんを生贄にお宝ゲット作戦スタート!」

 

「おい」

 

「清隆の犠牲は無駄にはしない」

 

「わたし、絶対逃げ切るからね、清隆くんありがとう」

 

「合流の場所の話、時間の無駄だったか」

 

誰も言葉ではオレの帰還を祈ってくれなかったが、不思議と嫌な気分にはならない。

こういう悪ノリができる関係も悪くないな。

 

各々が配置についたことを確認し、オレはお宝を狙っていますよーといった感じで姿を晒す。

 

「おい、あれ、綾小路だろ。お前ら囲め、囲めっ!」

 

「ワー、コンナ大勢デ追ッテコラレタラ捕マルカモシレナイナー」

 

名演技で相手を挑発し、引きつけつつ、囲まれる前に反対側へ走り出す。

追えば捕まえられるかもという距離を保ち、離れすぎないのがポイントだ。

 

「綾小路が逃げたぞ、追え、追えー!!」

 

見張っていたのは3人だったが、周囲に隠れていた2人が加わり、計5名がオレを追ってくる。

上々の出来だろう。

南雲の事だから、オレを捕まえた生徒には特別ボーナスを出すと警察側に伝えていてもおかしくはないと思っていたが、この様子だと予想が的中したようだ。

オレを追い詰める目的だったのだろうが、囮として最大限にこの状況を活かさせてもらう。

 

大通りからそれた脇道をそこそこのスピードで走り抜ける。

 

今頃、愛里たちは上手くやっているだろうか。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

清隆くんが囮になってくれたおかげで、周囲に警察はいなくなった。

 

「よし、じゃあ俺が様子を見てくる」

 

明人くんが周囲を警戒しながら宝箱に近寄っていく。

すると、その後ろから一人、警察の人がこっそりと出てきた。

 

「あぶないっ!」と声に出してしまうと、こっちの存在がバレてしまうので、事前の打ち合わせで警察が現れたら、波瑠加ちゃんから明人くんにチャットを飛ばすことになっている。

 

携帯の振動を感じ取った明人くんが後ろを振り向き、警察の人と向かい合う。

そして次の瞬間、走り出した。

 

まさかバレると思っていなかったのか、警察の人はワンテンポ遅れて追いかける。

 

清隆くんも明人くんも無事に戻ってきますように。

 

「よし、それじゃ私たちは私たちの仕事をしよう」

 

波瑠加ちゃんの言葉に、啓誠君と2人頷く。

念には念をと警戒を怠らず宝箱に近づくが、警察が出てくる様子はなさそう。

 

「あ、開けちゃうよ?」

 

「うん、波瑠加ちゃんお願い」

 

波瑠加ちゃんが宝箱を開けると、中からはQRコードが記されたボードが出てくる。

 

「やった!ササッと読み込んで逃げよー」

 

「いや、待て。これなんだ?」

 

啓誠君が何かに気づく。

箱にはもう一枚ボードが入っていた。

 

「えーと、『このお宝には鍵がかかっている。下記暗号を解読し、解除キーを入力せよ』って、嘘でしょ」

 

「だめ、QRを読み込んでみたけど、パスワードの入力画面が出てきた」

 

「流石に大きいお宝は一筋縄じゃいかないってことか」

 

「いつ警察が戻ってくるかわかんないから、急いで解読しちゃおう。ゆきむーが残っててくれたのは幸いだったね」

 

確かに勉強のできる啓誠君がいれば鬼に金棒だ。

そうして三人で暗号を覗き込む。

 

『352×869-25×(8654+3580)+桐山or一之瀬=?』

 

「なにこれ?」

 

波瑠加ちゃんがつぶやくのもわかる。

私もちんぷんかんぷんだ。

 

「とりあえず、数字の部分の答えは『38』だ」

 

「えっ!?ゆきむーこれ計算したの?」

 

「これぐらいなら暗算できる」

 

「すごいよ、啓誠君」

 

「よしてくれ、肝心の答えにはたどり着けていないんだ」

 

謙遜する啓誠君だったけど、この速さで暗算してしまうのは流石だった。

多分、携帯の電卓とか使う問題なんじゃないかな。

 

「『38+桐山or一之瀬』ってことか……桐山って、生徒会の人だよね」

 

「うん、清隆くんたちがリレーで抜き去ってた人だったと思う」

 

「一之瀬は、あの一之瀬だよな」

 

「……こういうのって大抵2人に共通点があって、それを入れるのがお約束だよね」

 

「共通点……でも、私たちこの2人の事よく知らないね……」

 

「逆に考えると、その人自身を知らなくてもわかるってことだ」

 

「客観的な情報ってことなら……生徒会役員、白組……あ、Bクラスとかじゃない?」

 

波瑠加ちゃんが閃いた!といった表情で話す。

 

「なるほどな、その可能性は高い」

 

「『38B』って打ち込んでみるね!」

 

早速、端末のパスワード入力画面に打ち込む。

が、出てきたのは不正解の表示。

 

「ち、違うみたいだよ」

 

「『38B』からもうひと捻りいるってことかぁー」

 

「そろそろ警備が戻ってきてもおかしくない、どうする?」

 

「囮の2人を信じて、もう少しだけ粘ろ」

 

波瑠加ちゃんも啓誠君も焦りながらも懸命に考える。

私も力になりたい。さんじゅうはちびぃ、さんはちびい……みやびぃ。

あっ……。

 

「ねぇ、2人とも、これって『雅』ってことじゃないかな……」

 

「「……」」

 

2人が何とも言えない顔で沈黙してしまう。

 

「あわわ、や、やっぱり違うよね、忘れて」

 

「違うの愛里。多分、いや絶対それが正解だよ。一瞬真剣に悩んでたのが馬鹿馬鹿しくなっちゃっただけだから」

 

「生徒会の問題だからな、関係者の名前が出てくるのもおかしくはない」

 

「だ、だよね。よし、打ち込むね」

 

再びQRコードを読み取って、『雅』とパスワードを入れる。

 

すると……

 

『大正解!おめでとう!ロックが解除された』

 

と表示が出てきて『お宝ゲット!』とテロップが表示される。

 

そしてこれまでとは違い、雷がピカッとなって、ゴゴゴーという効果音のあと、花吹雪がまって『100万ポイント獲得!』という豪華な映像演出が私たちの頑張りを称えてくれた。

 

「や、やったよ。波瑠加ちゃん、啓誠君!」

 

「だね、愛里!いえーえ」

 

波瑠加ちゃんとハイタッチを交わす。

 

「お前たち、喜ぶのはいいが、早く合流ポイントまで移動するぞ。ここは危ない」

 

そう指摘する啓誠君だったけど、顔はとても嬉しそうだった。

 

「これで明日のイブはみんなでパーっとやれるぞー」

 

「わあ楽しみだぁ」

 

「……悪くないな」

 

周りを見ながらも3人で100万ポイントの使い道を話しながら楽しく合流地点へ向かった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「葛城くん、次は北北西へ200m前進です」

 

「承知した」

 

「お次は、北に150m」

 

「承知した」

 

マイカーの葛城くんが警察の追跡をかわしながら校舎裏を駆け回ります。

その間、私が司令塔となりAクラスの皆さんからの情報をまとめ、各自に指令を出す。

そうしているうちに葛城くんがお宝の元へ進みます。

警察の奇襲を心配することなく情報を精査できるこの戦術は、他の方たちには真似できませんね。

 

ふふふ、このままだとAクラスがお宝を大量ゲットすることになりますよ、綾小路くん。

 

「葛城くん、このあたりにレアなお宝があるはずです」

 

「わかった」

 

この状態だと高いところを確認するのも楽ですね。

これまでの人生で高いところを見上げることができたのはお父様に抱きかかえられていた時ぐらい、懐かしいものです。

 

「ハッハーッ、失礼するよ。リトルガール」

 

そんな私たちの目の前に現れたのは……忌まわしき不遜筋肉。

私たちが探していたレアなお宝をさっと見つけ出し、読み取って立ち去ります。

 

せっかくの回想を台無しにされた気分。

ですが、私も子どもではありません。

狙っていたお宝を横取りされたぐらいでは、心は動かないのです。

道を歩いていたら、ゴリラが横切ったぐらいに思っておきましょう。

 

「葛城くん、次はあっちのお宝を目指しますよ」

 

「おや、また君たちかい。悪いけどこのトレジャーは私が頂くよ」

 

再び不遜筋肉に先を越されます。

 

「葛城くん、次です」

 

「もしかして、君たちは私のファンなのかな?」

 

何度方向を変えても必ず邪魔をしてくるこの男。

仏の顔も三度まで。

 

「どうやら彼にはお灸を添えてあげる必要がありそうですね。葛城くん、あの筋肉ダルマを追ってください」

 

「高円寺をか?……気は進まないが、命令ならしかたない」

 

猛スピードで走っていく不遜筋肉を、マイカーがフルスロットルで追いかけます。

 

「おやおや、さながらターミネーターじゃないか、葛城ボーイ。私ほどじゃないが、今日も良い筋肉をしているね」

 

「高円寺に言われると悪い気がしないな。そっちもナイスバルクだ」

 

笑い合うお二人。ですが、聞き捨てならないことがあります。

 

「失礼ですね、葛城くんはシュワちゃんというよりブルース●ウィリスでしょう」

 

「坂柳、どこを見ての発言だ?」

 

「それこそナンセンスだねえ。マクレーン刑事は若い頃はふさふさだったじゃないか」

 

「……どうして俺ばかりこんな目に」

 

「似合ってますよ、葛城くん。というより、なんだか彼と親しげでございませんか?」

 

思わず変な指摘から入ってしまいましたが、本題はこちら。

さきほどの、今日『も』という発言が気になっていました。

 

「ああ。高円寺とは筋友だからな」

 

「はい?」

 

「俺が肉体改造を進めていた時に、伸び悩んでいた時期があった。そこで通りかかった高円寺が教えてくれた自重トレーニングがなかなか良くてな。続けるうちに大きな壁を乗り越えることができたんだ。それ以来、たまに一緒に筋トレをしている」

 

「葛城ボーイは、なかなか見どころがあるからねえ」

 

「……」

 

最近乗り心地とスピードがますます良くなったと思っていましたが

この男が勝手にマイカーをカスタムしていた、ということですか。

その不敬な行いを許すことはできません。

 

「葛城くん、遠慮はいりません。やってしまいなさい」

 

「落ち着け坂柳。泥棒同士での暴力行為は禁止されている。ここで俺が失格になったら、誰がお前を運ぶんだ」

 

マイカーからの忠言。

冷静に優先順位を考えます。

ここで彼を陥れることはできないでしょう。

でしたら、仕方がありません。舞台が整うまでは生かして差し上げましょう。

 

「……私としたことが少し取り乱してしまったようです。この借りはいずれ返させていただきますよ」

 

「そんな日が来るとは思えないけどねえ。ただ、私はリトルとは言えガールからのお誘いは断らないよ」

 

どこまでもこちらを馬鹿にしてくる不遜筋肉。

この学校で私に喧嘩を売ることのできる人間は限られています。

ここはひとつじっくりと後悔してもらいましょう。

 

「私はあっちのトレジャーに興味があるんでね、君たちとはここまでだ。アデュー」

 

「ああ。またな」

 

「全く無駄な時間を過ごしてしまいました。私たちは校舎の中に向かいますよ、葛城くん」

 

「了解した」

 

そうして校舎内に入ったとき、携帯が振動します。

 

『~ミッション開催のお知らせ~』

 

確認するとそんな告知が来ていました。

 

『これより各地で随時ミッションが開催される。開催地に近づくとマップに表示される。

イベントを有利に進めるアイテムの入手が可能だ。

 

参加人数が限られているものもあるため、希望する泥棒は早めに訪れることを推奨する』

 

「どうやら図書館でミッションがあるようです。行ってみましょう」

 

表示されたマップに、さっそく開催地の表示がありました。

アイテムとやらも気になるところですし、ミッションの内容がわからない以上、誰かにお任せするのも得策とはいえません。

図書館で行うものであれば、身体能力が問われることもないでしょうしね。

 

「着いたが、入っても大丈夫か?」

 

「ええ。構いません。ミッションエリア内では警察によるタッチは無効とのことですから」

 

そうしてゆっくりとドアを開け、図書館へ入ります。

 

「ようこそ、お越しくださいました。……たしか、葛城くんと、坂柳さんでしたか」

 

「はい、その通りです。あなたは、Dクラスの……椎名さんでしたか」

 

茶道部で綾小路くんと一緒にいる生徒の1人。いずれお話をしなくてはと思っていたところです。

 

「はい。今回はここのミッションの担当をさせていただきます。よろしくお願いいたしますね」

 

そう言って穏やかに微笑む彼女。

おっとりした様子ですが、学力の高さは噂に聞いています。

私の敵となることはないでしょうが、ミッション内容次第では多少苦戦することもあるかもしれませんね。

 

果たして彼女はどれだけ私を楽しませてくれるのでしょうか。

 





【ルール補足】


・警察、泥棒ともに武器などの道具を使用しての攻撃を禁止する
→警察の身体に触れてしまうとアウト、なら鉄パイプやバールのようなもので武装すれば反撃できるじゃん、といった危険思想をなくすためのルールですね。当たり前のはずが、明記してないと誰かやりそう……。まあ一番やりそうな人物が警察側ですが……。

・一部エリアの進入禁止
→今回のイベントでは校舎内も解放されていますが、3年エリア、食堂や職員室、図書館、カフェ、保健室などには入ることができないようになっています。お宝を隠すのに丁度良さそうですが、参加していない生徒や先生方の迷惑にならないような配慮と、事故の起こりやすそうな場所も禁止になっているイメージです。
逆に通常では使われないため、そういった場所をミッションエリアに指定している場合もあります。3年生の皆さん、図書館使えずすみません。
ちなみに生徒会室がイベント本部なので、こちらは完全に立ち入り禁止です。

・イベント中に限り、廊下は走ってOKです。

・ミッションエリア内は、開催中は参加意思がある泥棒は無敵状態です。
ミッションでの脱落はあっても、通常ルールでのタッチは無効となります。
また、ミッション後にその場にいた警察は3分ほど移動禁止。ミッションエリア周辺での待ち伏せも禁止となっています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それぞれのミッション模様

「それでは図書館のミッションのルールを説明させていただきますね」

 

図書館で机に案内され、葛城くんから降りて、椅子に座ったところで椎名さんが話し始めます。

 

「ここでは、とあるゲームで勝負し、泥棒が勝てばアイテムカードをプレゼント、警察が勝てばその時点でお縄についていただきます」

 

敗北は即リタイアですか……。

リスクに見合う挑戦かはアイテムカードの内容次第ですね。

 

「ここで手に入るアイテムカードは全3種類。このうちの1つがランダムで贈られます」

そう言って3つのアイテムカードの詳細が書かれた紙を見せてくれます。

 

〜アイテムカードの種類と効果〜

・強奪のカード:他の泥棒を1名選び、その泥棒が所持しているお宝を選んで1つゲットできる

 

・賄賂のカード:一度捕まっても、5分間無敵状態で解放される。ただし所持金の3分の1をその警察に払わなければならない

 

・偵察カード:使用後30分間、全警察の位置情報が端末に表示される

 

「これはまた面白そうなカードがありますね」

 

強奪のカードがあればあの不遜筋肉からお宝を奪って、少しは悔しがる顔が見れるかもしれません。

 

「さて、肝心の勝負内容ですが、こちらを使った神経衰弱になります。特別なルールはございません。相手より多くの札を持っていた方が勝ちとなります」

 

彼女が手にしていたのはただのトランプではないカード。柄と文字が見えますが――

 

「そちらは何かの本の表紙ですか?」

 

「はい!このために特注いただきました。トランプの数字やマークの代わりに、この図書館にある本の表紙になってますっ!」

 

なるほど。そこに何か秘密があると言うことですね。

 

「ご説明ありがとうございました」

 

「いえいえ。それで挑戦なさいますか?」

 

「もちろんです。参加人数は何人でも?」

 

「はい。ただ、勝者は1人になります」

 

「では、私だけ参加いたします」

 

「かしこまりました。では、こちらのQRを読み取って参加の手続きをお願いします」

 

QRを読み込むと、図書館ミッションに参加同意のボタンが出てきます。

そちらをタップすると登録が完了したようです。

ただの遊びに随分手が込んでいるのですね。

ここまで来るとこのイベント、資金面での出し惜しみはないとみていいのかもしれません。

 

「それでは準備いたしますね」

 

「その前に、カードを一通り見せて頂いても?」

 

「どうぞご覧になってください」

 

彼女は、嬉しそうに微笑みカードを渡してきます。

イカサマの類があるのであれば、裏面のどこかに傷や一部模様の変化があるもの。念のために香りも確かめます。

 

しかし、確認したところでは特に何も変わったところはありません。

 

それであれば、表面の本の表紙を確認します。

こちらに何か細工をすることも可能なはず。似たようなタイトルにしてある、実はペアが存在しないなどおかしな点がないか……何もないですね。

 

「ありがとうございました。とても素敵なカードですね」

 

「気に入っていただけたのでしたら嬉しいです」

 

カードを受け取った椎名さんはシャッフルを始めます。

一流のマジシャンやディーラーは、このシャッフルでカードをコントロールします。

カードに細工がないのであれば、彼女自身が何かしらのスキルを持っているのかもしれません。どんなに素早い動きでも見逃しませんよ。

 

…………。

 

「あの、差し出がましいようですが、カードを切るのが苦手なようでしたら、そこの葛城くんが代わりにシャッフルしますよ?」

 

椎名さんはとてもゆっくりカードを切りながら、それでもあちらこちらに飛んでいく始末。これも何かの策でしょうか……。それなら葛城くんへの交代は拒否するはず。

 

「助かります。坂柳さんはお優しいのですね」

 

あっさりとカードを差し出す椎名さん。

 

「葛城くん、お願いいたします」

 

「ああ。俺の名前に誓って公平にシャッフルさせてもらう」

 

「……?」

 

「気になさらなくて結構ですよ。恐らく場を和ませようとしたジョークだったのでしょうが……。彼は根っからの真面目なので、こちらが有利になるような不正はいたしません、ということです」

 

「そうなんですね。それは素敵なことだと思います」

 

いまいち椎名ひよりという生徒を掴み切れませんね。

何かを企んでいるようであり、その実何も考えていないようであり……ただ、それすらも演技の可能性は捨てきれず、こちらの油断を誘っているのかもしれません。

 

「このまま並べてしまってもいいか?」

 

「はい、お願いします」

 

ここでもあっさり葛城くんに譲ります。

まさか、本当にただの神経衰弱で勝負なさるおつもりでしょうか。

 

「それでは準備が整いましたので、スタートです。よろしくお願いしますね」

 

「ええ、よろしくお願いいたします」

 

こうして神経衰弱が始まりました。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「軽井沢さん、こっちだよ」

 

「うん、今行くね、平田くん」

 

今回のイベントは、平田くんと参加することになった。

これでも学年1のカップルってことになってるし、こういうイベントは2人で参加しないと不自然だから。

 

実際、彼は頼りになるので、ここまでポイントもそれなりに獲得できている。

その点に関しては、不満なんて一切ない。むしろ、恵まれすぎてるなーって思う。

 

「ここがミッション開催地点だね」

 

「またグラウンドに戻ってきちゃうのも不思議な感じだけど」

 

「このエリア内なら参加意思がある限り安全だからね。少し休憩もできると思う」

 

そう、平田くんの彼女の弊害というか、同性から妬まれ、警察の女子たちか執拗に狙われてしまっていた。何とか撒き続けたけど、息が切れ始めた時に、ミッション開催の案内が届き、平田くんの提案でここまでやってきた形。

女子のそういうところ、ホントくだらないと思いながらも、私も本気で好きな相手が他の異性と一緒に回っていたら、邪魔の1つや2つしてしまうかもしれないので、文句は言えない。要は恋する乙女は怖いってこと。

 

「えーと、ここのミッションは……」

 

いつのまにかグラウンドにはイベント用のテントが立てられており、そこに大きな紙が貼りだされていた。参加希望者がそのあたりに集まっている。

 

『ペア対抗、二人三脚障害物競走』

 

参加者同士でペアを作って登録。

1レース定員5ペア。

 

順位に応じてアイテムカードをプレゼント。

ただし、配布はランダム。

 

 

【3位の報酬】

 

・防御のカード:他プレイヤーからの攻撃アイテムを使用されたとき、その効果を無効にする

 

・偵察カード

 

【2位の報酬】

 

・潜伏カード:自身と周囲3m以内の泥棒は、地図上から表示されなくなり、あらゆる情報が非公開となる

 

・変装のカード:使用後、警察となる※泥棒時に入手していたポイントはロストする

 

・防御のカード

 

・偵察カード

 

【1位の報酬】

 

・強奪のカード

 

・賄賂のカード

 

・大泥棒のカード:獲得金額が倍になるが、一度捕まると所持ポイントをすべて失い、牢屋が解放されても復活できない

 

 

「うーん、よくわかんないけど、これって高確率でアイテムがゲットできそうだよね」

 

「うん、どのカードも持っていて損はなさそうだよ。ただ、リスクもあるから、そこをどう考えるかだね」

 

そうして平田くんが指さしたのは、敗北時の項目。

 

『各レースに1組だけ参加する警察側のペアが1位になった場合、そのレースに参加したペアは逮捕となる』

 

「これ、一度で最大10人逮捕ってことよね。良い商売してるって感じ」

 

「走る競技ってことも不安要素かな。ここで体力を消費しすぎるとその後イベントに戻ったとき、逃げ切れなくなるかもしれないし」

 

「確かに……じゃあ、参加は見送――」

 

見送ろうと言おうとしたその時だった。

テントで待機している警察側の参加者と思わしき生徒が目に入る。

その中に、体育祭で平田くんにケガを負わせた奴らがいた。

 

「平田くん、やっぱり参加していい?」

 

「え、どうしたの軽井沢さん」

 

「……私たちはこんな関係だけど、それでも彼女として、乙女の怖さを知らしめたい相手がいるって感じ」

 

「なるほど?」

 

平田くんに変に気負いさせるのも違うし、理由の詳細を話すと「そんなことのために~

」とか言い出しかねない。

これは完全に私の我がまま。スルーするのが賢明なのもわかる。だけど……ここで逃げてしまったら、いつまでも偽りだらけの自分から変われない、そんな気がした。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「全く、どうしてこんなことになってしまったのかしら……」

 

「だ、大丈夫だ、鈴音!俺が2人分働くからよ」

 

「おいおい、お二人さん、そんな言い方ないだろ?」

 

3人1組で参加のミッション。

このイベント中、私の事を守るからなどと言ってストーキングしてきた須藤くん。

そして、人数が足りなかったとはいえ、彼を参加者としたのは明らかにミス。

 

頭を抱えたいこんな状況になった経緯は10分前に遡る。

 

私はイベントがスタート後、警察から隠れつつ、学校内のお宝を探索していた。

単独で動くなら隠れる場所の多い校内が適していると考えたからだ。

 

「ちょっといつまでついてくるつもり?私は1人で回りたいのだけれど」

 

「そんなこと言わねえでよ、協力しようぜ、鈴音。警察が来ても俺が守ってやるからさ」

 

「余計なお世話よ。それに須藤くんの身体能力であれば、もっとたくさんのお宝をゲットできるはずだわ。他の泥棒に盗られないよう、仲間同士で探索範囲は被らない方がいい。お互い単独で動いた方が効率的よ」

 

「だってよ……、こんな時期だし、明日から休みなんだぜ。そしたら新学期まで会え――」

 

最後の方は言葉を濁した須藤くん。明日から休みだからなんだというのだろう。

こちらが理屈で説明してもなかなか納得しない様子。

 

どうすればわかってもらえるか悩んでいたところに

ミッションの開催の知らせが届いた。

 

開催地は龍園くんのクラスの教室。

近くにいたこともあり、どんな様子かだけでも把握するために足を運んだのだけど……。

 

「あ、堀北さんと須藤くんだ。やっほー」

 

「一之瀬さん、あなたたちもミッションを?」

 

「うん、そうだよ。実は、グラウンドのミッションを確認したクラスメイトから連絡を貰ったんだけど、ミッションの景品は獲得しておいた方が良いと思って」

 

そう言って携帯に映し出した写真を見せてくれる。

グラウンドのミッションの張り紙を映したもので、いくつかのアイテムカードとその種類が記載されていた。

 

「確かにこれはあるのとないのでは戦略が変わってきそうね」

 

「だよねー」

 

「でもよかったのかしら、こんな貴重な情報を見せてもらって」

 

「それは全然構わないよー。遅かれ早かれ出回る情報だろうし、堀北さん達とは協力していきたいしね」

 

「何かお返しができるといいのだけれど……そうね、須藤くんを護衛役に譲るわ」

 

「あははは……面白い冗談だけど、流石に須藤くんが可哀そうだよ」

 

「そうね、誰にも引き取ってもらえないなんて可哀そうな存在ね」

 

「鈴音……」

 

あからさまに落ち込む須藤くん。

いけない、つい綾小路くんと話すときの温度感で返してしまった。

彼ならいざ知らず、普通の高校生はこれだけで結構傷つくのだと最近気づいたのに。

 

「少し言い過ぎたわね。わかったわ、このミッションであなたが活躍したら同行を認めてあげる」

 

「鈴音っ!」

 

「あははは……綾小路くんのクラスはみんな面白いね」

 

「そうかしら?」

 

「ところで、このミッション、参加するには3人1組のグループじゃないといけないみたいだけど、大丈夫?」

 

「「えっ?」」

 

すっかり話し込んでしまって肝心の内容のチェックがまだだったわね。

 

~1年Dクラス教室ミッション~

 

3人1組のチームで参加登録が必要。

 

競技内容は開始直前に説明。

 

1位のチームは、下記カードの中からそれぞれ任意の1枚を入手できる。

※チーム内で同じカードは選べない

 

・強奪のカード

 

・賄賂のカード

 

・変装のカード

 

・潜伏カード

 

・大泥棒のカード

 

ただし、参加する警察チームが1位になった場合、参加者は全員この場で逮捕となる。

 

 

「任意のカードを選択できるのは大きいわね」

 

「問題はあと一人をどうするかだな」

 

一之瀬さんは、神崎君、柴田君と参加するそう。

他にはAクラスの、神室さん、橋本くん、鬼頭くんのチームが強敵となりそうね。

 

警察チームは……

 

「堀北、一之瀬!今度こそ覚悟しなさい」

 

「警察側に見知った人物はいないわね」

 

「無視すんじゃないわよ」

 

警察側からは、このうるさい伊吹さんと金田君と諸藤さん(だったかしら?)が参加するみたい。

 

「できればクラスメイトが良いわね。他クラスだと、自分のクラスのチームを勝たせるために裏切る可能性があるわ」

 

「早く誰か来てくれ」

 

ミッション参加エントリーの時間が近づいてくる。

こんな時、連絡をして駆けつけてくれる仲間がいれば良かったのだけど……。

残念なことに私の携帯の連絡先一覧にはそんな人物はいなかった。

綾小路くんに連絡しても無視されるでしょうしね。

 

「ここがミッション会場、かな?」

 

と、そこにやってきたのは櫛田さん。

彼女なら実力的にも問題はないわね。

私の事を嫌ってるみたいだけど、最近は以前ほどでもないような気がするし、協力を仰ぎましょう。

 

「櫛田さん、ここでは三人一組でチームを組む必要があるの。協力してくれないかしら」

 

「え、そうなの?」

 

「そうなんだ、櫛田、頼む、時間がねえ」

 

「堀北さんと須藤くんのチーム……あ、私、さっきお宝見つけてたの思い出した、ミッション中に誰かに盗られたら悲しいからそっちに行くね。でも安心して、代理の人を派遣するよ。二人に最適な人とさっきまで一緒だったからっ!」

 

「お、おい」

 

須藤くんの制止も虚しく、有無を言わさず立ち去った櫛田さん。

代理の人と言ってたけれど……。

 

その人物はその後すぐにやってきた。

 

「お二人さん、お困りだと聞いて、クラスのリーサルウェポン山内春樹様が助けに来たぜ!」

 

「……」

 

「よりによって春樹かよ」

 

「辞退するか、悩ましいわね」

 

「おいおいおい、俺がいれば百万人力だって。豪華客船に乗ったつもりで任せてくれよ」

 

競技がわからないけれど、須藤くんの身体能力、そして私がいるのだから、彼分ぐらいはカバーできるかもしれない。

 

「背に腹はかえられないわ、参加登録しましょう」

 

「おうよ」

 

こうして、この2バカと私でミッションに挑むことに……。

 

「それではここのミッションを発表します」

 

時間になって諸藤さんが仕切り始める。

 

「皆さんに挑戦してもらうのは、お絵かき伝言ゲームです」

 

「お、いいじゃん。何を隠そう俺って中学時代、絵画コンクール3年連続金賞だったからよ」

 

自信ありげに話す山内君。

……このメンバーで勝てるのか、一気に不安になった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

堀北画伯のお絵かき

綾小路グループで特別なお宝を手に入れるため、囮を引き受け、2年の警察を撒いたところで携帯が振動する。

一之瀬からのチャットだった。

 

「なるほど、アイテムカードか……」

 

一之瀬から送られてきた画像に目を通す。

ミッションが各地で開催されているらしいが、こちらは囮をしていたため、それどころではなかった。

執拗に追ってくる警察連中の攻撃を躱しながらできたことといえば、精々、携帯でミッションの告知を確認し、次に狙うお宝やミッションに参加するならどこを狙うかなどのシミュレーション、そして今度の佐藤さんとの外出で何をしようかと検索したぐらいだった。

 

逃げながらそんなことをしていたところ、追ってきた警察の5名から何やら罵声を浴びせられていたような気もするが、地に這いつくばっている者の声など届くはずもない。

 

そのまま置き去りにして、現在は合流地点を目指して移動している。

 

送ってもらった画像に載っているものがアイテムカードの全種類かはわからないが、手に入れることで戦況をコントロールできそうなものがいくつかある。

特に巨額の富を手に入れたであろう愛里には、防御のカードや潜伏のカードを持たせたいところ。

 

一之瀬へはお礼にお宝レアリティを見破る法則を送っておく。

仲の良いBクラス連中なら気づいているかもしれないが、今のところそれぐらいしか返せる情報もない。

 

合流地点が近づき、しゃがんで茂みに隠れる4人の姿を捉えた。

 

「清隆くん、遅いね……大丈夫かな?」

 

「おお、きよぽん。捕まってしまうとはなさけない」

 

「誰がなさけないって?」

 

「きゃぁっ!……ってきよぽんか、気配なくいきなり話しかけてこないでよー。死ぬかと思ったじゃない」

 

縁起でもない話をしていたので、サッと近づき指摘したところ波瑠加が尻もちをつくほど驚く。

 

「おお、波瑠加。しんでしまうとはなさけない」

 

「みやっちぃっ!」

 

「清隆くん、無事でよかった」

 

「お前らな、再会を喜ぶのは良いが、声を抑えろ。見つかるぞ」

 

「幸村くんは冷静ですごいね」

 

「と、当然だ。俺がしっかりしなくては――」

 

「あー、ゆきむー顔赤くなってるー」

 

「こ、これは走り回ったせいだ」

 

結局騒がしくなる一同。全員無事なようで何よりだ。

 

「ところで、お宝の方はどうだったんだ?」

 

「あ、そうそう、それね!愛里、見せてあげなよ」

 

「こ、これっ」

 

そう言って愛里が携帯画面を見せてくる。

 

『合計獲得ポイント100万1000ポイント』

 

先ほどのお宝は100万ポイントだったか。幸先のいいスタートとなった。

 

「やったな」

 

「うんっ!みんなで頑張った結果だね」

 

楽しそうに頷く愛里。

今の姿を見たら篠原も喜ぶことだろう。

 

「ところで、こんな情報を入手したんだが……」

 

一之瀬からもらった画像を見せる。

 

「愛里に防御系のアイテムカードを持たせることができれば、かなり安心できるな」

 

「だね、今の私たちならミッションもクリア余裕余裕!」

 

「うん。私たちならできる気がする……ううん、できるよ」

 

「それで無事に終了したら、4か月分のプライベートポイントゲットだ。アツいな」

 

巨額のお宝をゲットしたことで士気が上がっている。このまま守り通すことができれば、良いメンタルでコウィケのライブを迎えることができるだろう。

 

「そうすると、ミッションを探しながら、道中お宝を狙っていく形で移動するか」

 

「おっけー」

 

啓誠の提案で早速移動を開始する。

 

「ここのお宝良いんじゃない?私にしか表示されてないし」

 

波瑠加がここから少し先にあるお宝の表示を指さす。

 

「あっ、でもあれ見ろよ、すでに2年生が狙ってるみたいだ」

 

明人の言うように波瑠加の示した場所付近に2年生が数名いる。

 

「でも、まだ見つけてないみたいだし、先に頂いちゃおう。早い者勝ちってことで」

 

「それもそうだな」

 

「お、おい、お前たち少しは慎重に動け」

 

走り出した波瑠加と明人を啓誠が追う。

 

「私たちも行こっ、清隆くん」

 

3人に続こうとする愛里の手を掴む。

 

「えっ!?」

 

驚き、振り向く愛里。

違和感に気づくのが遅れた結果、この時オレにできたのは……愛里を守ることだけだった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

諸藤さんによって『お絵かき伝言ゲーム』のルールが説明される。

 

3人の中で、1番目の描き手、2番目の描き手、解答者を決める。

 

スタートと同時に、1番目の描き手の携帯にお題が届く。そのお題を確認し、1分以内にイラストを描く。

 

その後、2番目の描き手は、1番目の描き手の絵を見て、お題を予想し、1分以内に新しく絵を描く。

 

最終的に2番目の描いた絵を見て、解答者がお題を答える。

 

全3問出題され、正解数の多いチームが勝者となる。

 

「まずいわね……」

 

神室さんと金田君は美術部。

AクラスとDクラスのチームが有利なゲームだ。

 

アームレスリングなど室内でできる運動系の科目ならこのチームでも勝ち目はあったでしょうけど、こうなってしまうと戦況は不利ね。

幸いだったのは絵の出来が評価される戦いではないこと。

いくら酷い絵でもお題にたどり着ければ勝てる可能性はあるもの。

 

「ちなみに須藤くん、あなた絵は得意?」

 

「勉強よりはマシだと思うぜ」

 

何とも言えない返答。

そもそも勉強が底辺から出発だったのだから、それ以下は存在しないのではないかと思う。

 

正直、山内君の言っている金賞云々は当てにならないし、どちらに描いてもらうのがいいか。どんぐりの背比べだ。

 

「私が1番、2番目は須藤くん、解答は山内くんに任せるわ」

 

「なんだなんだ、一番大事な解答を任せてくれるなんて、堀北もわかってんなー」

 

正直消去法だけれど、一番最初の私がしっかりと須藤くんに繋げることができればまだ可能性が残せる。

最初を山内君に任せるのはリスクでしかない。

須藤くんは勉強の飲み込みも早いし、そのセンスを信じることにした。

レベルは低くとも最低限の絵を届けることができれば、いくら山内君でも間違うことはないはず……。

 

「それでは、皆さん、順番に机について、各々携帯で登録をお願いします」

 

他の一番手は、神室さん、金田くん、一之瀬さん。強敵ぞろいね。

 

「それでは、お題が届いたら、手元の紙とペンを使って作成を始めてください。1分後、携帯に連絡が来るので、次の人に回すようにお願いします」

 

早速1問目のお題が届く。

 

『ネコ』

 

簡単ね。こういうイラストは特徴をしっかりと書いてあげれば、次の受け手もわかりやすくなる。まずは鋭い目つき、次にとんがった耳、牙も忘れないようにしなくちゃいけないわね。あとは躍動感をつけてにゃーんと飛び出しているようなポージングにしておきましょう。

うん、中々の出来ね。これなら須藤くんもネコと一目でわかるわ。

 

時間になり、イラストを描いた用紙を須藤くんに渡す。

 

そして私の携帯に次のお題が届く。

 

『野球』

 

これもそのままでいいでしょう。バットを持たせた人間に、ボールを投げてる人間、あとは、キャッチャーと審判、その他7人を配置して完成よ。

間違いようがないわ。

 

 

最後のお題は『クリスマス』

急に季節感を出してきたわね。

 

クリスマスといえば、ツリー、そしてサンタ、トナカイ、プレゼント、あとは適当に電飾でもつけてキラキラにしておけばいいわ。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「はんっ、どんなもんよ」

 

「やったね、軽井沢さん!」

 

平田くんとペアで挑んだ、二人三脚障害物競走。

私たちは1位でゴールテープを切った。

 

姑息な手段を使われなければ、私と平田くんが負けるはずがない。

ふん、伊達にいつもくっついて歩いているわけじゃないんだから。

遅れてゴールし悔しがるDクラスのペアを見て少し溜飲が下がる。

 

「まさか最後の飴食いパートで軽井沢さんが率先して顔をつっこむとは思わなかったよ」

 

ほら、とハンカチを水に濡らして渡してくれる平田くん。

恐らくすごい顔になってたと思うけど、気にしない。

1番になるために、なんだかもうがむしゃらだったのだ。

 

「さすが学年一のカップルだ」「あの2人の相性すごく良かったねー」

 

次のレースのため待機していた参加者たちから浴びる称賛が、誇らしくもあり、胸が痛くもなり……。

 

「軽井沢さん、かっこよかったよー!平田くんもお疲れ」

 

そう言って話しかけて来たのはうちのクラスの佐藤さん。

松下さんと一緒に3組目のレースに出るそう。

 

「やっぱり2人はベストカップルって感じ!憧れちゃうなぁ」

 

「そ、そうかなぁ」

 

「そうだよ……あのさ、軽井沢さん、良ければイベント終わった後、ご飯でも行かない?それとも平田くんと予定とかあったりする?」

 

「え?あ、うん。大丈夫。いいよ、行こう」

 

「ありがとう!楽しみにしてるー」

 

ニコニコと手を振りながら去っていく佐藤さん。

急な誘いだったけど、用件は予想がつく。

断るよりも少しでも情報を集めておきたい気持ちが優ってしまった。

 

……私は平田くんとの偽りの関係をどうしたいんだろう。

平田くんと清隆のおかげで、私のクラス、いや、副会長の友達パワーもあって、学年での地位は盤石なものになった。

今後、平田くんと別れたからと言って、その地位が崩れるとも思えない。

でも、別れたいのか?と聞かれると、はっきりとした回答ができない。

 

これまで彼氏役として支えてくれた平田くん。

体育祭では身を犠牲にして私を助けてくれた。

でもそれは平田くんが平田くんだからで、あの時の相手が櫛田さんでも、堀北さんでも、なんなら山内君だったとしてもきっと助けただろう。

彼にとっては私だけが特別ではない。みんなが特別だからこそできる自己犠牲。

 

もし彼の中での特別が私だけだったのなら、私だって他の子と同じように彼を好きになっていたかもしれない。どこまでもフラット、それがいいところでもあり、悪いところでもある。

 

清隆の方も、正直よくわかんないんだよね。

私の過去を受け入れて、友達になってくれると言ってくれた、その気持ちはとても嬉しかったし、あの言葉に思った以上に救われている。

本当の自分の居場所が初めて出来たような感覚。

言葉通り仲良くしてはくれるんだけど、アイツの中での一番もまた私ではない。

ってこれじゃまるで1番になりたいようなセリフじゃない。

 

あー、もうなしなし。考えたって仕方がない。

今は目の前のイベントを楽しもう。

切り替えてしっかりと顔を拭く。

 

「賞品のアイテムカードが届いたみたいだよ」

 

「さっそくチェックしなきゃね」

 

「うん、軽井沢さん頑張ってくれたし、きっと良いカードが当たるよ」

 

爽やかすぎる笑顔。これを何の下心もなくしているのだから、彼もまた罪作りな男だなと思う。

 

荷物置きから携帯を取り出してチェックすると運営からメッセージが届いていた。

記載されているURLからリンク先に飛び、出て来たプレゼント箱をタップすると

『強奪のカード』をゲットした案内が出てくる。

 

「僕は賄賂のカードだったけど、軽井沢さんは?」

 

賄賂なんて平田くんに似合わないなー、いや、泥棒の時点で今更か。

 

「私は強奪のカードだった。これ、誰を狙えばいいんだろ」

 

「そうだね、クラスメイトは外すとして、あとは活躍してそうな人だと思うけど……」

 

説明を読む限り、誰が誰にアイテムカードを使用したのかはわからない仕様。

ただ、坂柳さんみたいな人に使うとあの手この手を使って特定されそうで、あとが怖そうよね。

Bクラスは一応同盟関係みたいなところあるし……。2年生は誰がすごいとかよくわかんない。

 

「使えるタイミングはいつでも良いみたいだから、たくさんお宝をゲットした人とか、レアなお宝を持ってる人とかの情報を集めてからも遅くないんじゃないと思うよ」

 

そんな私の悩みを察してか、平田くんがアドバイスをくれる。

確かにそうだ。あとで清隆にでもチャットで聞いてみよう。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

図書館での神経衰弱。

お互いに数枚めくって今のところペアはゼロ。

 

少し甘くみていましたね。

単純な数字ではなく、本の表紙だけで場所を記憶するのは、存外手間なものです。

 

タイトルがやたら長い本。

続編なのか、似たようなタイトルの本。同じタイトル、巻数なのに、1年生編、2年生編の違いなど、一瞬見間違えてしまいます。

文庫本なのか表紙がシンプルで記憶に残りにくい本などなど。

 

とはいえ、この程度の暗記、私にかかれば造作もございません。

むしろ、椎名さんは憶えきれるのでしょうか。

策士策に溺れるなど、興ざめも良いところですよ?

 

「この本は……こちらでしたね。あたりです。次はこれ。あっ、レイモンド・チャンドラーの『さらば愛しき女よ』です!これはここですね」

 

どうやらいらぬ心配だったようです。

 

残りは34枚、17ペア。現在2ペア揃えた椎名さんが一歩リードというところ。

ただ、神経衰弱はその性質上、過半数を超える札がめくれた時点で勝負が決まります。

 

10ペア揃えば勝ちですので、今、片方の場所が判明しているのは5枚。仮にこの5枚が取られない状態で、残り5枚の所在が分かればゲーム終了です。

あとはその時が来るのを待つだけですね。

 

「次は……これです。ウィリアム・アイリッシュの『さらばニューヨーク』ですか……うーん、この庫はここにいる気がします。あ、当たりました」

 

先ほどから、さらばが続きますね、皆さんお別れしすぎでは?

それにしても、情報のないカードのペアを揃えるとは……。

何かしらのイカサマがあるのでしょうか。だとすると、見破れない方が悪い、というのがこの手の勝負の常識ですね。

 

「次は、ドロシー・L・セイヤーズの『誰の死体?』ですか!これはオススメの本ですよ。あ、勝負中でしたね、失礼しました」

 

楽し気に話す彼女にこちらのペースも乱されかけます。

 

「次の本は……ヘルマン・ヘッセの『車輪の下』ですか」

 

「あっ」

 

思わず声が出てしまいます。

 

「もしかしてご存じなのでしょうか?」

 

「ええ。私もそれなりには読書を嗜みますので……」

 

「そうなんですねっ!もしかしたら坂柳さんとはお話が合うのではないかと思っていたんです」

 

車輪の下。正確には私が興味があるのは、その本の作者の人生の方ですが……。

 

ただ、そのカードだけは他の誰にも取られたくはありません。

念じる、なんてこと今までしたことはございませんでしたが、もし神様がいらっしゃるのでしたら、どうか、あのカードは私の手に――――

 

「こちらは……残念ながら違う本でしたか。お待たせしました、坂柳さんの番です」

 

願いが通じたのでしょうか。ここで椎名さんの連取が止まります。

それとも彼女の運が尽きたのか……いえ、あの本が、私に力を貸してくれたのかもしれません。

 

その証拠に

 

「これはもう一方の『車輪の下』ですね」

 

我ながら乙女チックな思考をしてしまいました。

迷わず、もう一枚の車輪の下を獲得します。

 

そうして勝負は続いていき……

 

「ありがとうございました」

 

「ありがとうございました。ここまで苦戦するとは思っていませんでしたよ」

 

「ふふ、褒め言葉と受け取っておきますね」

 

「もちろんです」

 

勝負は10対9で私の勝利となりましたが、一手違えばどうなっていたか。

ここまで私を追い詰めた椎名さんには敬意を払わねばいけませんね。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

『お絵かき伝言ゲーム』~須藤の場合~

 

鈴音からのパス、確実に受け取った。

 

目でそう訴えて、イラストを受け取る。

どんなイラストでも、愛の力で必ず読み解いてみせるぜ!

 

 

 

【挿絵表示】

 

※画像はイメージです。

 

 

……。

 

コウモリだな、うん、そうに違いねえ。

この目つきの悪さと、尖った牙。なんか飛んでるエフェクトも描いてあるしな。

そうとわかれば簡単だ、コウモリをしっかりと描いて春樹に渡すだけ。

 

2問目のイラストがやってくる。

 

鉄パイプのような棒を持った男の背に2人、対面には大勢の棒人間。

一番近くで対峙している奴は、何かを発砲してんな……。

 

こりゃ、カチコミの様子だな。

物騒なテーマだが流石鈴音だぜ、ハジキ相手に鉄パイプで突っ込んでいくしかない男の悲壮感が、しっかりと表現できている。

 

もう少し人数を減らして、事務所の風景も加えておくか。

格好ももっとそれっぽくしておく。

 

3枚目のイラストは……。

なにやら怪しい帽子をかぶった人間が、四つん這いになって被り物をした人間を引きずって、怪しくギラつく塔へと連れて行こうとしている……。

途中無造作に置かれている四角い物体は、なんだ。

 

……わかったぜ、これ、黒魔術の儀式へ捧げられる生贄だろ。

生贄が黒魔術師に連れていかれている様子。

なら、この謎の四角い物体の中身は……。

なんて業の深い絵を描くんだ、鈴音。俺じゃなかったら理解すらできなかったぜ。

 

鈴音の絵に足りねえのは魔方陣だな。

あとは、それっぽい鍋とか、カラス、魔術書でも並べておけば、一気にそれっぽくなるぜ。

 

 

『お絵かき伝言ゲーム』~一之瀬チームの場合~

 

お題はネコかあ。猫だけでわかるかな?わかりやすいように、なんかもっと色々足しておこうかな。

画力も自信がないし、こうなったらアイディアで勝負だよ。

 

うーん、あ、黒猫にしてトラックをつけて、それで荷物を描き込んで、よしよし。これで誰がどう見ても……宅急便だね。や、やりすぎた。

時間もないし、描き直しは無理そう。しょうがない、申し訳程度にロゴのネコに矢印付けておこう。

 

柴田君、後はお願い!

 

 

一之瀬のイラスト、めちゃくちゃわかりやすいな。

流石一之瀬、なんでもできんのな。

 

お題は宅急便で決定だろ。

矢印で猫のロゴを指しているのは、お題がトラックじゃないことを伝えてるんだろうな。

 

俺もこの構図参考にさせてもらって神崎に繋げるぜ。

 

神崎、後は頼んだー。

 

 

柴田からのイラストを受け取る。

なるほど、考えるまでもなく解答は『宅急便』だな。

 

 

2問目は『野球』かあ。

 

これは難しいなあ……。バットを描いたバットって答えちゃうかもだし、ボールでも同じ。でも人まで描いちゃうと、『野球選手』になっちゃうかも。

 

……そうだ。直接それを描くんじゃなくってイラストで言葉を伝えよう。

 

文字を書くのは禁止されてるけど、これなら問題ないはず。

 

矢を9本描いて、『やきゅう』

 

柴田君ならわかってくれるよね。

 

↓↓

 

次は矢か。たくさん描いて一之瀬もやる気だな。

 

でもいっぱい書くと混乱するだろうから一本で十分だろ。

 

↓↓

 

これも悩むまでもないな、解答は『矢』だ。

 

↓↓↓

 

最後は『クリスマス』

これも野球と一緒でピンポイントにクリスマスに導くのが難しい問題だね。

 

さっきと同じ方法で伝えよう。

 

栗と酢と枡を描く。

 

柴田君もこういうノリ好きだし、わかってくれると思う

 

↓↓↓

 

一之瀬、ちょっとこれは難しいぞ。

 

三つ描いてある。

 

栗と……ビンと枡?

 

何かを連想しろってことか。

 

栗……秋か?

そこにビンの中は酒で枡で飲むと。

 

食欲の秋!そういうことだよな。

 

↓↓↓

 

……紅葉やイチョウに囲まれた場所で、人がたくさん食べているイラストか。

 

解答は『食欲の秋だ』

 

 

よって、一之瀬チーム、正解0。

 

 

『お絵かき伝言ゲーム』~神室チームの場合~

 

ネコなんて簡単でしょ。

これでも一応美術部だし。

 

よしできた、シンプルにしたし、鬼頭でもわかるわね。

 

 

なるほど、ネコか。

だが、神室のイラストにはオーラが足りない。

黒猫は不吉の象徴なんて言われている。それを描くなら禍々しいエフェクトが必要だ。

 

橋本もこれならわかるだろう。

 

 

おいおいおい、鬼頭、なんだよ、これ。

 

邪悪なオーラを放った黒い動物のようなものが描かれている。

 

冷静になれ、俺。

まず注目すべきはこのオーラ。

 

神々しさの中にも不吉な何かを予感させる。

そして動物を黒でわざわざ塗っているのもポイントだ。

つまり他にカラーがなく、黒が当たり前の何か……。

 

そうか、アヌビスか。

冥界の神であるアヌビスであれば、このオーラも黒い塗りつぶしも納得だ。

 

難しいお題によく応えてくれた。

解答は「アヌビス」だ。

 

↓↓

 

野球ねえ。まあ試合風景を描写すれば伝わるわよね。

 

↓↓

 

神室、オーラが足りぬ。

(以下略)

 

 

 

よって神室チーム、正解0。

 

 

 

『お絵かき伝言ゲーム』~金田チームの場合~

 

 

お題は猫ですか、久しく描いてはいませんが、まあ問題ないでしょう。

 

諸藤氏は漫画を描かれているそうですし、この勝負、こちらの勝ちですね。

 

 

なるほど、ネコか。

……ネコといえば、2人の関係では、平田王子の方ですね。

やっぱり、綾小路王子になされるがまま……。

あ、マズい、気づいたら平田王子のイラスト描いてる!?

え、もう渡す時間?

伊吹さん、ゴメンなさい。

 

 

……どうみても、これ、平田よね?

そんなお題ある?

いや、でも変な生徒会の連中の企画だし……。

いいわ、解答は『平田』よ。

 

↓↓

 

野球は簡単です。

頼みます、諸藤氏。

 

↓↓

 

もう変な妄想はしません。

しっかり野球を描きます。

(以下略)

 

よって金田チーム、正解2つ。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「なんともまあ散々な結果ね」

 

他の3チームのイラストと解答が順番に発表される。

 

このままだと金田君チームが勝って、私たち全員逮捕されるじゃない。

 

でも、私は手ごたえがあったし、須藤くんがミスしていなければ、大丈夫なはず……。

 

そうして貼りだされる私たちのイラスト。

 

「どういうこと?」

 

「ちゃんと鈴音の意を汲んで、『コウモリ』『カチコミ』『黒魔術の儀式』の絵を描いておいたんだが……すまねえ、全然違ったんだな」

 

「須藤くん……」

 

「……あれは須藤くんを責められない気がするよ、堀北さん」

 

一之瀬さんから指摘が入る。

 

「このイラストを見た、山内君の解答ですが――」

 

そんなの聞くまでもないじゃない。

明らかに違うイラストなんだから答えがわかるはずがない。

どうやらここで牢屋行きの様ね。

誰かが解放してくれるのを待つしかなくなるなんて。

 

「え?……『ネコ』『野球』『クリスマス』……よって、正解3つ。堀北さんチームが優勝です」

 

正解を発表した諸藤さんも、周りのみんなも驚きを隠せない。

 

「ま、俺にかかればこのぐらい当然ってもんよ。どう見ても、健の絵は『ネコ』『野球』『クリスマス』にしか見えなかったぜ」

 

彼の独特の感性が、奇跡を呼んだとでもいうのかしら。

運営が見張っている状況で、不正も難しいでしょうし……。

 

素直に喜べないけれど、首の皮がつながったどころか、賞品も手に入るのだから一旦疑問は置いておきましょう。

 

「任意のアイテムを選択だったわね。私は潜伏のカードが欲しいのだけど、いいかしら」

 

「俺は強奪が欲しかったから大丈夫だぜ」

 

「俺も被ってないから問題なし」

 

話もまとまったところで、携帯端末を操作し、さっそく潜伏のカードを使用する。

これで守りは安心ね。現在、マップに表示されている泥棒は高円寺君など数名。

恐らく、1人でお宝を盗り過ぎたペナルティ。警察に狙われやすくなることこの上ない。

 

でも私はこれでいくら獲得しても大丈夫。

単独で動く以上、このアイテムの効果は大きい。

 

「ところで、山内君は何のカードを――」

 

さっきまでそこにいた山内君がいない。

と思ったら、Aクラスの方に近づいて……。

 

「よお、お三方、素敵なイラストだったじゃん」

 

そう言って3人の肩を叩く。

全く緊張感がないのだから、いくら警察が3分間行動不能だからと言って油断しすぎよ。

ささっと立ち去った一之瀬さん達を見習うべきね。

 

「ちょっと触らないでよ」

 

神室さんも当然ご立腹。ただでさえ負けた後なのに、山内君のあの対応は煽っているようにしか見えないもの。

 

でも、本当の問題はそこじゃなかった。

 

触れられた3人の腕時計が赤く光る。

警察によってタッチされた合図だ。

 

「は?」「なに?」「おいおいおい」

 

3人とも何が起きたかわからない状態。

私にもわからない。

 

「おい、春樹。何やったんだよ」

 

須藤くんが山内君の肩を掴もうとする。

 

「ダメよ、須藤くん」

 

制止の言葉は間に合わず、山内君に触れてしまった須藤くん。

 

腕時計が赤く光る。

 

「ど、どういうことだ」

 

「悪いな、健。こうなることは決まってたんだ」

 

ニヤリと笑う山内君。

彼がこんなにも不気味に見える日が来るとは思わなかった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「報酬は賄賂のカードでしたか。捕まる予定はないですし、無駄でしたね」

 

「まあ保険があるのはいいじゃないか。俺は偵察のカードだったが、どうする?」

 

「温存も悪くないですが、一度もアイテムカードを使ったことがないのは、いざという時に命取りになるかもしれません、試しに使用してみてください」

 

「わかった。……じゃあそろそろ移動しよう。椎名が追ってくるとは思えんが、3分過ぎてしまうと厄介だ」

 

そういって屈んで私を乗せようとする葛城くん。

そんな時でした。

 

「葛城さーん。こんなところにいたんですね。探したんですよ」

 

「弥彦か、どうした?」

 

「……戸塚くん、あなたどうしてここに?」

 

「別に持ち場は指定されていないんだ、どこにいたって良いだろ」

 

「いえ、そういう意味ではございません。……警察のあなたが、なぜここにいるのか、聞いているんです」

 

葛城くんから預かった携帯のマップには偵察カードの効果で警察がリアルタイムで表示されています。そう、今私たちの目の前にいる彼もそのうちの1人。

 

「バレてんだったら仕方ない。坂柳、ここでお前を捕まえて、葛城さんの目を醒まさせるんだ」

 

そう言って戸塚くんの手が私に向けて伸びてきます。

残念ながら私の身体能力では、これを避けることは無理でしょう。

 

「弥彦っ!」

 

そんな彼の手を葛城くんが掴みます。

 

「葛城さん、なんで……俺、こ、こんなつもりじゃ」

 

葛城くんの腕時計が赤く光ります。

 

「坂柳、すまないな。お前だけでも逃げてくれ。弥彦には俺がしっかり言っておく」

 

「……葛城くんナシで私にこのイベントを戦えと?」

 

「お前ならできるさ」

 

「全くマイカーが言うようになったものです。いいでしょう、私にはそのぐらいのハンデがあって丁度いいというもの」

 

「牢屋でお前の活躍を見守っている」

 

「ええ。そうしてください」

 

葛城くんの献身を無駄にするのも格好がつきません。

ゆっくりと自分のペースで歩き出します。

 

こんなに低い視線で校内を進むのは久しぶりな気がしますね。

 

「待て坂柳っ!」

 

「無駄だ、弥彦。坂柳は賄賂のカードを持っている」

 

「なら、何度でも捕まえてやるだけです」

 

「よせと言っている。そんなことをしても誰も幸せにならない」

 

少しずつ離れていく二人の声。

どうやら戸塚くんは追ってこないようです。

 

まさか彼に謀反を起こす度胸があるとは……面白いことをしてくれたものですね。

 

だんだんとこのイベントもきな臭くなってきました。

この感情をどうするのが一番いいでしょうか……いけませんね、そのことばかり考えてしまいます。

 

 




堀北さんの描いたすずねこを再現しようと粘った結果、こんなことに……。
挿絵で入れてみましたが、あくまで堀北さんが直接描いたものではなく、こんなのです、というイメージということで……。

野球やサンタも描くには描いたのですが、絶妙に下手さを残しつつ、可愛げのある絵にするのは難しいですね。なんだか猟奇的なものが完成したので、掲載を控えることに……。

大体、須藤くんが感じたような感想がすべてです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

出てきた時がピーク

「ど、どういうことだ」 

 

「悪いな、健。こうなることは決まってたんだ」

 

頭を切り替えて、現状を整理すると答えは一つしかない。

 

「……単純な話よ。彼がさっき手に入れたのは変装のカード。すぐに使用して警察になったんだわ」

 

「でも、警察は動けねえんだよな?」

 

橋本くんが指摘する。突然の出来事に少なからず動揺している様子。

 

「いや、ルールではミッション終了時にその場にいた警察が動けないだけ。そしてミッションエリアに他の警察は近づけないわけだけど……」

 

「神室さんの言うとおりね。でも、ミッション終了後、泥棒だった者が警察になった場合、その限りじゃない。まさか山内君がそんなことをするとは微塵も思っていなかったけれど」

 

ルールの穴をついた作戦。こんなこと、彼にできるのかしら。

そうして再度山内君の方を見る。

本当に愉快そうな顔でニヤニヤしているのが腹立たしいわね。

 

「いやあ、流石は優等生の集まりだな。おっしゃる通り、俺はいま警察ってわけ。つーことで、堀北も大人しく捕まってくんね?」

 

「馬鹿は顔とテスト結果だけにしなさい」

 

「ひでえーこというなぁ。でもよ、そんな余裕あるのか?いま、ミッション終了後何分だっけ?」

 

このやり取りを見ていた諸藤さんは、状況についていけていないのかオドオドしている。でも、金田君と伊吹さんは違った。

 

山内君の言葉に合わせて、動けるようになった金田君が教室後方の扉を塞ぐ。

そして、山内君は教室の前方の扉へ。

 

まさに袋小路ってわけね。

どういった経緯かわからないけど、少なくともこの3人は繋がっていた。

 

「やっとアンタを倒せるわね、堀北」

 

じりじりと伊吹さんが詰め寄ってくる。

諦めるつもりはないけれど、狭い教室では逃げ場も少ない。

 

「ちょっと待てよ、お前たちがやり合うのは自由だが、俺らは体育館の牢屋に移動しなきゃなんねーんだ。ちょっとどいてくれ」

 

「アンタが捕まえたんでしょ、無責任なことすんじゃないわよ」

 

「もはや囚われの身なれば、貴様らを葬り消えるのも悪くはない」

 

橋本くんたちが前方扉の前に移動し、大声で山内君に抗議する。

調子に乗っていた山内君だけど、別に真の実力を隠していた最強のエージェントってわけではない。Aクラスを代表するような彼らから責められれば、当然、たじろぐ。

 

「しゃ、しゃーねーな。ほら、早く通れよ」

 

山内君が扉をから離れた瞬間、神室さんが扉を開け、橋本くんと鬼頭くんが山内君の進路を遮るように止まる。

 

「お、おい」

 

その意を汲み取った私は前方扉へ駆け出す。

 

「させないわよ」

 

伊吹さんが私を捕らえようと動く。

 

「おっと、すまねえ、足がもつれちまった」

 

「ちょっ、邪魔すんな」

 

須藤くんが上手く間に入ってくれる。

その隙に教室の扉の前にたどり着いた。

 

「助かったわ」

 

「気にすんな。代わりにうちの姫さんのこと頼んだぜ」

 

橋本くんから謎の依頼。

でも廊下を出ると状況を把握する。

 

「すみませんが堀北さん、私を抱えて逃げていただけませんか?」

 

教室の出口でしゃがんでいた坂柳さんを発見した。

 

「……いいわ。借りっぱなしは性に合わないもの。ただ、葛城くんのような乗り心地は期待しないで欲しいわね」

 

「ふふふ、構いません。あれ以上の乗り心地を実現できるとすれば、この学校でも一人ぐらいでしょうからね」

 

そんなことを言う坂柳さんを背負って、廊下を走り抜ける。

このぐらいの重さであれば、少しの時間なら体力も持ちそう。

 

「逃がすかよ、ってわぁぁあああぁ」

 

「ば、ばか。何すんの」「ぎゃふっ」

 

「いてててて、誰だこんなところに雑巾置いたヤツ」

 

勢いよく雑巾を踏んで、滑って転んだ山内君に他の2人が巻き込まれていた。

おかげで逃げ切るだけの時間は稼げそう。

 

「これで少しすっきりしましたね」

 

「さっき橋本くんたちの連携はあなたの指示?」

 

「ええ。色々ありまして、近くにいた3人の様子を伺いに来たのですが、何やら物騒な話が聞こえてきましたので、教室の外からこっそり指示を出させていただきました」

 

「その様子だと葛城くんはもう……」

 

「勝負の世界ですから、そういうこともあります。ただ、このままで終わるつもりはございません。そこで提案ですが、よろしければ、一時共闘いたしませんか?」

 

葛城くんがやられて、近くにいた側近のクラスメイトを頼りに来たら、まさかの全滅。

坂柳さんも当てが外れたに違いない。

それでも諦めなかった坂柳さんは、私を生かすことでこの状況を作り出した。

 

「その提案乗るわ。このままこんなことをした奴らの思い通りになるのは面白くないものね」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

先にお宝を探していた2年生が急に反転し、近くに寄ってきていた波瑠加、明人をタッチする。二人の腕時計が赤く光る。

 

「な、何が起こった?」

 

その状況を少し後ろから見ていた啓誠が慌てて逃げようと踵を返すが、時すでに遅し、あっという間に捕らわれた。

 

「愛里、きよぽん、逃げて―!!」

 

愛里を引っ張っておいたことで俺たちと2年生との距離はそれなりにある。

 

「で、でも……」

 

突然の惨劇に足が震えて動けない様子の愛里。その間にも2年生は迫ってくる。

 

「悪いな、愛里」

 

「わわわっ」

 

こんなところで100万ポイントを失うわけにはいかないため愛里をお姫様抱っこして走り出す。

 

愛里も努力の結果、出会った頃よりも何倍も速く走れるようになっていた。

ただ、相手が上級生の男子であれば敵うはずもない。

結果、このスタイルでの逃亡は一番効率がいいな。

 

「清隆くん、一体何が起きたんだろう……泥棒の人が泥棒を捕まえるなんて」

 

追っ手を引きはがし、徐々に落ち着きを取り戻してきた愛里が、一番気になっているであろう疑問を口にする。

 

「愛里はなぜさっきの奴らを泥棒だと思ったんだ?」

 

「それは、警察の制服を着てなかった…から」

 

「そうだな、そこがミスリードだった。顔を見るまでオレも気づかなかったが、あれは2年Dクラスの生徒たちだった」

 

「えっ?そんなこと――」

 

「指定の制服以外で参加したらもちろん失格だろうな。ただ、そういった仕様を変更する方法があったんだ」

 

「……本当の警察に人に怒られたとか?」

 

急に現実的な話を持ち込む愛里。間違いではないがここでは間違いだ。

 

「それなら全員着替えるだろうからな。……オレはアイテムカードの効果だと踏んでいる」

 

「でもそれって泥棒側が使うものだよね」

 

「泥棒側に専用のアイテムカードがあるなら、警察側にあってもおかしくない。恐らく、意図的に伏せられていた情報だ」

 

「そ、それって大変なことだよ、ど、どうしよう」

 

「すまないが、携帯を使ってクラスのチャットに今の情報を流して欲しい」

 

「うん、任せて」

 

警察が未知の力を使ってくる。中々厄介だ。こうなってくると、警察の位置を確認できる偵察や警察に情報がバレない潜伏のカードが欲しくなってくるな。

今頃、多くの泥棒が捕まり始めているかもしれない。

 

「あ、堀北さんからも情報が来たよ!えっ!?」

 

「どうしたんだ?」

 

「その……山内君と戸塚くんが変装のカードを使用して裏切ったんだって。2人も警察の格好じゃないから注意するようにって」

 

「なるほど……」

 

事態が飲み込めてきた。

泥棒に扮した警察、泥棒の中の裏切り者、協力しなければ高レアリティのお宝をゲットできない仕様、お宝を守る2年生……。

 

「私たちこれからどうしよう?」

 

「どうしようも何も、やることは変わらない。予定通りミッションでアイテムカードを入手する」

 

今のところ南雲はルール内でできることをしている。

というより、これだけの規模のイベントだ。何でもありにしてしまえば企画の許可は下りないだろう。

今後のことも考えるとそれではマイナスだ。つまり、あくまでもルールの中での戦い。

ルールをどう解釈するかで、明暗が分かれるようになっている。

 

正直ここまではポイントがもらえるだけのレクリエーション感が否めなかったが、少し面白くなってきたな。

 

「あ、あの清隆くん、もう大丈夫だよ?」

 

「悪い、降ろすタイミングを失っていた」

 

このままの方が生存確率は高そうだが、本人からの要望であれば仕方ない。

愛里を地面に降ろし、携帯を確認する。

 

いくつかチャットを送り、目的地を探す。

 

ここから近い、ミッション開催地は――1年学生寮前か。

 

愛里と二人この場所を目指すことにする。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「クク、わざわざ雑魚どもを裏切らせるなんて粋な真似をするじゃねえか」

 

「イベントには盛り上がる演出が必要だからな、ヒール役はいるだろ」

 

俺はこのイベント開催を理想の形で終えるにあたり、いくつか戦略を打っている。

これもその一環、事前に裏切りを苦にしない奴らを勧誘しておいた。

戸塚は復讐心を煽ってやっただけ、山内には上手くやったら女をあてがってやる約束など、目の前の男と違い、この手の人間は簡単にコントロールできてラクだ。

 

「でもいいのか?一部、ミッションであからさまに勝っちまってる野郎がいる。どんなお人よし集団でも不正に気付くぜ」

 

「言ってる意味が分かんねーな。不正なんてないだろ。事前にミッション情報がたまたま一部の生徒に流出してしまった不手際があっただけだ。あとで担当した殿河を注意しとかないとな」

 

鈴音の絵がゴミみたいなできだったからな、仕込みの山内が露骨になっちまった。

本来なら、もっと自然に勝てたはず。堀北先輩の妹だからと言って完璧ってわけじゃねえな。

ま、そんなトラブルもイベントを盛り上げるスパイスさ。

 

「クク、建前は大事か。だが、よかったな、アンタの狙い通りになってるみたいだぜ」

 

「何のことだか。お前にはお前の仕事がある。メリットのある提案にしてやったんだ。そっちに集中しろ」

 

龍園は常にこちらの寝首を掻こうとしている。

俺にとってただの駒であるコイツに、余計な情報を与える必要はない。

 

「そうさせてもらうぜ。邪魔したな」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

愛里と2人、学生寮の前に到着する。

ここはある程度の広さがあるのだが、その地面に縦横10mぐらいの正方形のコートのようなものが作られていた。

 

すでに参加希望者が何人か到着している様子。

 

「あそこにミッション内容が記載されているみたいだよ」

 

「そうみたいだな、確認しよう」

 

受付なのか、仮設テントが設けられており、そこにルールが貼ってあった。

 

『サバイバルドッチボール』

 

参加人数最大20名。

 

制限時間5分間、コート内の内野(泥棒)は、外野(警察)から投げられるボールをキャッチするか、回避し続けて、生き残れ。

※キャッチしたボールはすみやかに外に戻すこと

 

ボールは複数用意してあり、その中の逮捕ボールに当たってアウトになった生徒は、その場で逮捕扱いとなる。

通常のボールに当たってアウトになった場合は、このミッションから失格になるのみ。

 

その他は通常のドッチボールのルールに準ずる。

 

5分間生き延びた生徒には、ランダムでアイテムカードを配布。

 

 

「うーん……難しそう、だね」

 

「だが、これなら一緒に参加でき、愛里を守ることもできる」

 

「……え、うん、そ、そ、そ、そ、そ、そうだよね。清隆くんがいるから安心だ」

 

急にあたふたする愛里。

口では安心と言っているが、一方的に攻撃され続けるミッションに不安があるのかもしれないな。

 

「おっ、綾小路じゃん!」

 

ふと声を掛けられてので振り返ると、そこには渡辺、網倉、小橋の姿があった。

 

「綾小路くんたちも参加?お互い頑張ろうね」

 

「ああ。よろしくな」

 

「このミッションならワンチャン勝てそうだからな、俺達も頑張るぜ」

 

「このミッションなら?」

 

「えーとね、噂なんだけど、図書館のミッションが難しいらしくて、結構な人がそこで逮捕になっちゃってるんだって」

 

オレの疑問に対して小橋が補足してくれる。

図書館と言えば、ひよりがいそうだが……まさかな。

時間があれば覗いてみたいが、難しいか。

 

「でもよ、せっかく勝っても変装のカードとかだと最悪だよな」

 

「だよねー」

 

「そうなのか?」

 

何も知らないフリをして聞いてみる。

 

「そりゃな。いま、泥棒側は裏切りが何人か出てきたらしくって疑心暗鬼状態だぜ。仲間だと思っていたら、いきなり捕まるかもしれないんだからな。そんな元凶のカードを持ってる奴がいたら、即村八分だろ」

 

「使う気がないと言われても、ちょっと不安になっちゃうよね」

 

「そんな感じで、泥棒間では所持してるアイテムカードを見せないと協力するのも一苦労になってるんだ」

 

「なるほどな」

 

泥棒同士で疑心暗鬼になっている状況。

そのうえ、アイテムにより私服(?)警察までいるのだから、迂闊には動けない。

 

「参加お願いします」

 

「おい、あれ櫛田さんじゃん」

 

そんな話をしていると、受付にやってきたのは櫛田。

渡辺がいち早く反応した。

 

「あ、みんなも参加するんだ。よろしくねっ!」

 

「うん、よろしくー」

 

櫛田はBクラスの面々とも仲が良いようで、突然の登場であったが、すぐに受け入れられる。

だが、オレとは目を合わせない。

 

ペーパーシャッフルでは、表面上、クラスを裏切りつつ、オレにそれを利用された、というのが龍園の認識になっている。

龍園クラスの目があるところで、仲良くすることはできない。

 

オレは気配を消してさっとBクラスと櫛田の輪から外れて、同じくすでに気配を消して立ち去っていた愛里の下へ戻ろうとする。

 

「すまないが、まだ受付はやっているだろうか?」

 

そこに新たな参加者が登場した。

 

「久しぶりだな、綾小路」

 

「そうですね、鬼龍院先輩」

 

「このイベントは楽しめているか?」

 

「ええ、それなりには」

 

「そうか。安心しろ、これからもっと楽しくなる」

 

不敵に笑う鬼龍院。

この人も参加するとなるとかなりカオスなミッションになりそうだ……。

 

「参加受付を締め切りましたので、ミッションの準備をはじめます」

 

2年Dクラスの受付担当者がアナウンスする。

 

すると、外野で参加するであろう警察がぞろぞろと学生寮から出てきた。

 

その中には警察の制服が今にもはち切れんばかりの状態でいるアルベルトの姿もあった。





捕まった泥棒ですが、牢屋に入る際に携帯は没収されます。
牢屋内から外へと情報のやり取りや指示ができないようにするためです。
※解放されたとき、返却されます。

外のイベントの様子は、スクリーンに各地の監視カメラの様子がいくつかピックアップされて上映されているので、捕まっていてもそれなり楽しめる仕様です。

解放された場合、未使用のアイテムカードは残っていますが、使用中だったカードの効果はなくなっています。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

インポッシブルなミッション

「こんなん無理ゲーだろ」

 

スタート前に渡辺がつぶやく。

 

アルベルトを筆頭に、屈強な1、2年Dクラスの男子がずらっと10人外野コートを囲む。

ボールは、かご一杯に入ったものが正方形コートの1辺ずつに配置された。

 

四方八方から数多のボールが投げつけられ蹂躙される未来を、誰もが想像したことだろう。アイテムカードを餌に参加者を一方的に逮捕していく理不尽なミッション。

 

本来、このミッションはそうなるはずだったんだろうな。

 

「こんな球、避けるまでもないな、綾小路」

 

「そうですね」

 

鬼龍院先輩とオレが片面ずつ担当し、投げ込まれるボールの半数をキャッチ&リリース。

そのため他の参加者は、残り2方向から投げ込まれるボールに注意するだけでいい状態になっていた。

 

「さすが綾小路だぜ!俺は信じてたからな」

 

愛里をカバーするための対応なのだが、渡辺からすっかり当てにされてしまっている。

お前にも守るべきクラスメイトがいるんじゃないか?

 

「鬼龍院の傍が安置だぜ」

 

2年にも似たような考えの生徒がいるようで、2年Bクラスの三木谷が鬼龍院の後ろに移動している。だが……

 

「ぐえっ」

 

「あまりレディの後ろに立つものではない。照れて思わず身をよじってしまったではないか」

 

これまでキャッチしてきた鬼龍院が急に避けたため、勢いのあるボールは後ろにいた三木谷に直撃する。

三木谷からしてみれば、急に目の前にボールが飛んできたわけだからどうしようもない。

しかも逮捕ボールというおまけつき。

 

「……よし、俺も自分の力で避けるぞー」

 

三木谷の惨状を目の当たりにした渡辺がそう言って動きを改める。

 

鬼龍院は濁したが、キャッチしなかったのには別の理由がある。

先ほどの投球はアルベルトの一投だった。

 

「さて、なかなか強力な投球だが、あれをどう攻略する、綾小路?」

 

「ここは合体技しかないでしょうね」

 

「ほう?」

 

「俺がボールをキャッチします。ですが、反動で取りこぼすかもしれません。そこで、オレの後ろにクッション役で愛里を、そして愛里の後ろでオレの取りこぼしを防ぎつつ愛里を支える役を鬼龍院先輩がしてくだされば完璧ですね」

 

「なるほど。面白そうだ、試す価値はあるな」

 

「え?そんな大役は無理だよ、清隆くん」

 

鬼龍院は賛同してくれたが、愛里はそうもいかない様子。

だが、この役はクッション性能という意味で愛里以外には無理だ。

 

「いや、愛里以上に立派なクッションを持っ……が務まるやつはこの学校にはいない」

 

「そうなんだ、だったら、が、がんばろうかな」

 

愛里の同意も得られたので、飛んでくるボールをキャッチしながら3人で隊列を組む。

 

「おい、綾小路。その作戦、元ネタ的に佐倉ちゃんはお前と背中合わせで支えるべきじゃないか?」

 

渡辺から鋭い指摘を受ける。

 

「……なら、やめとくか」

 

「ええっ!?」

 

驚く愛里。

その時、アルベルトから強烈な逮捕ボールが飛んでくる。

 

「危ない、清隆くん!!」

 

そんな剛速球をパシッと片手でボールを掴み取る。

 

「Oh!Great!!」

 

なぜか喜ぶアルベルト。

 

「1人で取れるのかよ!なんだったんだ、さっきのやりとり」

 

「純粋に合体技をやってみたかっただけだな」

 

「余裕ありすぎだろ!ってあいたっ」

 

ツッコミに気を取られすぎたのか、後方から来たボールに被弾する渡辺。

 

「嘘だろ、渡辺……」

 

「悲しんでくれるのか、綾小路。嬉しいぜ。俺の分まで頑張ってくれ!」

 

しまった、貴重なツッコミ役の渡辺がやられてしまった。

ふざけがいがなくなるな……。

 

アルベルトはともかく、他の外野の投球も決して弱いものではない。

ある程度キャッチしているとはいえ、うまくアルベルトの投球に合わせられれば、回避する必要も出てくる。

 

残り2分、徐々に内野の人数が減ってきた。

的が減ればそれだけこちらへ狙いも集中してくる。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

無数のボールを避けながら、佐倉さんにぶつかりそうなボールをキャッチしていく綾小路くん。

 

これまで彼の能力の高さは見てきたつもりだったけど、いつまで経っても底が見えない。

 

にしても、弱々しく振舞って庇護欲を駆り立てるだけで、綾小路くんから守ってもらえるんだから、佐倉さんも良い身分だ。

 

別にうらやましくなんかない。

私だって、ちょっとお願いしたら、このイベント中、池君とか本堂君とか伊集院くんとかそこら辺の男子が身代わりになって助けてくれたし、このミッションだって他の男子が壁になってくれている。

 

私が生き残ればいいんだから、誰に助けられたとか関係ない。

 

「あっ」

 

余計なことを考えていたら、避けた拍子に足がもつれて体勢を崩す。

いつもなら、このくらいそつなくこなせるのに……。

的を見つけたと言わんばかりに外野から逮捕ボールがいくつも飛んでくる。

肉の壁も、もういない。

それなりにポイントを稼いでいただけに残念だ。

夕飯は、もやし定食に決定だよ、綾小路くん。自業自得だからね。

 

せめて顔に当たらない様にと腕でガードを固め、覚悟を決めた時だった。

身体がすっと引き寄せられる。

 

私に当たるはずだったボールは地面にワンバウンド。

引き寄せられた私は綾小路くんの胸の中。

 

「大丈夫か、櫛田」

 

「なんで……」

 

ば、バカ。せっかくこっちが気を遣ってあげてんのに、何で助けるのよ。

 

「別に櫛田を助けるのに理由はいらないだろ?」

 

急に顔が熱くなるのを感じる。バカバカバカ。

こういう時は退学を数えて心を整えるの。

 

堀北1退学、2退学、3退学、4退学……。

ふう、落ち着いてきた。

 

「余計なことしないでよね」

 

さっと綾小路くんから離れる。

離れたのだけど、さっきの温もりが外気で薄れていくと、なんだかぎゅっと胸が締め付けられた。

 

……試しに、彼が助けやすく、外野から狙われやすそうなところで転んでみる。

 

再び助けてくれる綾小路くん。

 

「わざとなら無視するぞ」

 

ふふ、今晩の献立はとびっきり豪華にしてあげる。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

オレが注視していた生徒の服が、激しい運動に耐え切れなくなり

ついに胸のボタンがすべてはじけ飛ぶ。

 

あらわになる立派な胸部。

 

まあアルベルトのだが。

 

あれだけ豪快な投球をすれば、制服も耐えきれなかったのだろう。

かなりワイルドな姿になっていた。

 

と、ここでミッション終了のベルが鳴る。

愛里含めて無事に生き残ることができたが最初は20人いた参加者も、最終的に残ったのは8人。

 

少しでも多くの泥棒にアイテムカードが渡った方が警察側にダメージを与えられるため、極力カバーしてきたが限界があったな。

 

「本番前の肩慣らしには丁度良い運動だったな」

 

「本番前?」

 

同じく生き残った組の鬼龍院から意味深な発言が飛び出す。

 

「清隆くん、ごめん、ゲットできたカードは防御のカードだった……」

 

「いや、悪くない。これで少し安心できるからな」

 

できればこちらの情報を隠せる潜伏が良かったが、他の泥棒に100万のお宝を盗まれる心配が減ったのはありがたい。

 

「もしかして潜伏のカード探してるの?」

 

「え、あ、うん、そうだよ」

 

櫛田が近寄ってきた。龍園クラスの目は、先ほどオレが庇ったことで、気にしないようにしたのかもしれない。

 

「私、潜伏のカード引いたんだけど、これって一緒に居れば周囲の人にも効果があるみたいだから、私も同行しようか?」

 

「それは助かるな。それで大丈夫か、愛里」

 

「……うん、もちろんだよ。よ、よろしく」

 

愛里はいまだに櫛田のことが得意ではないようだが、背に腹は代えられない。

仲間と一緒に獲得した宝を守ることが今の愛里にとっての最優先事項。

そう判断できるようになっている。

 

さて、オレのアイテムカードは――と、携帯を確認したところで殺気を感じ上体を逸らす。

そこを細腕が通過するのを目視し、跳躍して距離を取る。

 

「さすがだな、綾小路。今の一撃を躱すとは」

 

「何のつもりですか、鬼龍院先輩?」

 

「語るまでもないだろ?」

 

「あなたは誰の下にもつかないものだとばかり」

 

「冗談はよしてくれ。ただの利害の一致さ。純粋にキミと手合わせしてみたかっただけだ」

 

堀北から共有のあった山内の話を聞いて警戒はしていたが、まさか鬼龍院があちら側になるとは。

 

「せめて別の機会にお願いしたいですね」

 

「その場合、のらりくらりと躱されそうだったからな」

 

ご名答。

 

「安心しろ。綾小路以外を狙うつもりはない。一対一の追いかけっこといこう」

 

「次からは拒否権付きでお願いします」

 

「それまで私の興味がもっていれば検討しよう」

 

次などあって欲しくはないが、日常茶飯事にされても迷惑だ。

 

「櫛田、すまないが、愛里を頼む」

 

「「えっ!?」」

 

不満げな顔と不安げな顔。

2人を置き去りにしてしまうことになるが、これはこれで都合が良い。

櫛田なら上手く愛里と逃げてくれるだろう。

 

鬼龍院と向き合う。

 

「では行かせてもらう」

 

さりげなく、アンクルブレイクを試してみたが、転ぶことなく堪えられた。

 

が、その一瞬の隙に反転し、ダッシュで寮を離れる。猛スピードで追ってくる鬼龍院。

通学路を疾走する2人。

 

単純な走力ではこちらに分があるが、警察が彷徨いている中、ルートを選んで行動しなければならないため、なかなか引きちぎれない。

 

おまけに野生の感とでもいうのだろうか、途中、曲がり角や街路樹を使って身を隠してもすぐに発見される。

 

「なるほど、いつかは素敵な殿方に追いかけられてみたいと思っていたが、追いかけるのも悪くないな」

 

などと笑いながら追ってくる。人によってはトラウマになる光景だ。

 

通学路をあちこち回りながら、走り抜けた先には当然学校が見えてくる。

 

平面で逃げ回っていても埒があかないな。

 

「校内でかくれんぼでもする気か、綾小路?」

 

「まさか。あくまでちゃんと逃げ切りますよ」

 

「そうこなくてはな」

 

中途半端な逃亡はその後も鬼龍院が追いかけてくることを意味する。

あくまで、追うだけ無駄だと実感してもらう必要があるだろう。

 

勢いをつけて校舎の壁を蹴り上げ、飛び上がり、校舎外壁の1階と2階の境界あたりにある出っ張りに指をかけてぶら下がる。そこから指の力で引き上げ、2階部分まで登っていく。

 

「パルクールか」

 

クライミング技術含め、パルクールはホワイトルームで学習済みだ。

 

「だが、私にもそのぐらいできる」

 

鬼龍院も同様に壁を登って追ってくる。

それならばと、渡り廊下の屋根の上に着地し、特別棟に向かって走る。

特別棟へここからは繋がっていないため、建物と建物の間を跳んで渡る必要がある。

距離はそこまでないが、跳び渡るにはそれなりの勇気がいる。

 

ざっと跳躍して特別棟2階のベランダへ着地する。

 

「このぐらいでは怯まんよ」

 

鬼龍院も戸惑うことなく跳んできた。

それに合わせて、入れ替わる形でこちらは本館の壁に飛び移る。少し高度を上げ3階へ。

 

鬼龍院も飛び移ってくる。

 

それならと本館の壁を蹴り上げて、特別棟の3階ベランダへ着地する。

往復する形となったが、今度は助走がないため、先ほどとは難易度が異なる。

 

本館の壁に張り付き、じっとこちらを見つめる鬼龍院。

やっと諦めてくれたか、と思った瞬間、壁を蹴り上げてこちらに飛んでくる。

 

「フッ、さすがに無理があったか」

 

わずかに届かず、このままでは落下する軌道。

この高さから落ちれば、いくら受け身を上手くとってもそれなりのケガは免れないだろう。

 

オレは迷わず手を伸ばし鬼龍院の手を取り落下から救う。予想通り、腕時計に変化はない。

 

「……いつから気づいていた?」

 

「通学路を走っている途中ですね。同じ警察にしては他の警察の挙動がおかしかったので」

 

「全く、あの状況でよく見ているものだ」

 

鬼龍院は変装カードを使用した警察のフリをしていた泥棒。

裏切り者が発生している状況を利用して、オレの力量を試したかったのだろう。

そのために、『イベントがもっと楽しくなる』『本番前の~』などあからさまな前振りを用意しておき、ミスリードを誘っていた。

裏切りについての具体的な話を避けていたのも、ボロが出ないようにしていたのだろう。

 

学生寮を出るまでは南雲と取引し変装カードを使用したものだと思っていたが、警察側は連携の取り方から見て、お互いの位置はマップ上に表示されていることがわかる。

つまり、オレを追う鬼龍院のことは把握していそうなものだが、道中、待ち伏せされたり、囲まれたりすることがなかったことに違和感を思えた。

 

「綾小路の言う通り、私が誰かの下につくことなどありえないからな」

 

「鬼龍院先輩がお変わりなくて安心しましたよ」

 

そういって、鬼龍院をベランダに引き上げる。

 

「今回は潔く負けを認めるとしよう。この学校で私に泥をつけたのは君が初だ。誇るといい」

 

「そうですね」

 

あの鬼龍院に勝った副会長、ってどんな肩書だ。

2年生には効果があるだろうか……。

 

「勝者の特権だ。イベントの邪魔をしてしまったしな、その詫びも兼ねて、なんでも言うことを聞いてやろう」

 

「なんでも、ですか?」

 

「喜べ、なんでもだ」

 

「二度と勝負を仕掛けてこないでください、というのは?」

 

「聞けない相談だな」

 

なんでも、とは一体……。

 

「では……愛里と櫛田――学生寮でオレと一緒に居た二人の護衛をお願いいたします」

 

「……つれない男だな。こっちは色んな覚悟をして提案したというのに。まあいい。あの2人のイベントでの生還は約束しよう」

 

「ありがとうございます。では、自分はやることがあるので失礼しますね」

 

「次の機会を楽しみにしている」

 

付き合わされるこちらの身にもなって欲しいところだ。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「やっとお越しくださいましたか、綾小路くん」

 

特別棟に入り、指定された教室へ出向くと、坂柳、堀北が迎え入れてくれた。

 

「意外な組み合わせだな」

 

「ふふ、セカンドカーは小型車を考えていまして」

 

「二度と運ばないわよ?」

 

「堀北さんは冗談の通じない方ですね」

 

いつの間にか、冗談を言い合える仲になっていた2人。

気の強い者同士、通ずるものがあったのだろうか……。いや、ないだろうな。

 

「それで、綾小路くんにご提案があってお呼びいたしました」

 

「提案?」

 

「ええ。綾小路くんも南雲会長が描くゴールにはお気づきのことと思います。ですが、いくら綾小路くんでも、この状況では1手足りないのではないでしょうか?」

 

ゆっくりとこちらの目を見て話す坂柳。

 

「お宝の方は私たちに任せて、綾小路くんはもう一つの方を担当する。お互い邪魔はしない、ということでいかがでしょうか?」

 

正直なところ、オレだけでも対応することはできなくもない。

だが、坂柳にはペーパーシャッフルで貴重な体験をさせてもらった借りがあったな。

 

「それで構わない」

 

「ありがとうございます。それでは、お互い健闘しましょう」

 

「ああ」

 

お宝の方を坂柳に譲ったため、こちらは時が来るのを待つこととなる。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

綾小路くんが教室を出て去っていく。

 

「それでは私たちは私たちで準備が必要ですので……堀北さんのクラスは、まだ無事な生徒はどのくらいいらっしゃいますか?」

 

「……」

 

坂柳さんからの急な質問。私が知っているはずがないじゃない。

 

「綾小路くんからは、アナタがクラスの代表と伺っておりますが……把握されてますよね?」

 

「ええ、そうね。ただ、作戦の全容を把握する前にクラスの情報を渡すのはどうかと思ったのよ」

 

そう言って急いで平田くんへチャットを飛ばす。彼が無事なら上手く現状を教えてくれるはず。

 

「おっしゃる通りですね。慎重な姿勢は悪くありません。では、南雲会長の狙いと私たちの取るべき作戦案をご説明するので、納得なさったら、お互い正式に協力するということでいかがでしょう」

 

「それで構わないわ」

 

これで少しは時間が稼げるわね。平田くん、急いで頂戴。

 

「このイベントで南雲会長がいくつか策を打っていることはお分かりですね?」

 

こちらを探るように質問してくる坂柳さん。試されている、そう感じた。

なぜならその態度が綾小路くんとどことなく被るのだから。

Aクラスを目指す者としてここで舐められるわけにはいかないわね。

 

「裏切り者の用意、警察側のアイテムカードを伏せていたこと、その辺りのことね」

 

「そうです。では、それは何のためになさっているのでしょうか?」

 

「現状をみるに、泥棒間での疑心暗鬼を誘った仲間割れでしょうね」

 

「ええ、そうです」

 

ニコッと笑う坂柳さん。

でもその笑みからは、どこまでも続く深い闇の入り口のような、そんな不気味さが滲んでいた。

 

「つまり、お宝を簡単にはゲットできないようにする遅延行為と解釈しているのだけど」

 

「そこまではどなたでも想像がつくことでしょう。では、遅延させる狙いはどこにありますか?」

 

ここからが本題、値踏みをされている。

 

「……あくまで想像だけれど、協力しないと手に入れにくいお宝を用意していて、それができなくする状況にしたのだから、自分で回収する手段があるんじゃないかしら」

 

「その通りです。南雲会長は、私たち1年の泥棒を全員捕まえて、その後、自分の息のかかった2年の泥棒に高レアリティのお宝を盗らせる算段なのでしょう」

 

「なぜ、そんな回りくどいことを?」

 

「ひとつはエンターテイメント性の重視。もうひとつは、私たちを試している、といったところでしょうか」

 

確かにあの南雲会長ならそんな理由で効率の悪いことをしそうではあるわね。

無駄に派手な勝ち方にこだわりそう。

 

「補足すると裏切り者が狙ったのがクラスの代表である私たち、というのも偶然とは思えませんね。先に指揮系統を潰しておきたかったのでしょう」

 

「なるほど……でも、一之瀬さんは今のところ無事みたいだけれど」

 

「そこがポイントですね。逆に無事であることにも意味があると思うのです。ただ、これに関しては私たちの方は気にしなくていいでしょう」

 

「そういうことね」

 

こちらでないなら、綾小路くん側で何か起きるということ。

ただ、彼が向かった以上、私たちが心配する必要はないのかもしれない。

 

「話を戻しますが、そう考えるとこれからの警察の動きは読めてくるというもの」

 

「泥棒の一斉検挙といったところかしら」

 

「ええ。そしてその後に2年の泥棒が数名動き出すはずです」

 

「なら、その前に全部お宝をこっちで手に入れればいいわけね」

 

「いえ、残りの人手ではリスクが大きすぎます。我々は減っていくのに警察の人数は減ることがありませんからね」

 

「なら、作戦というのは?」

 

「ふふ、私たちは泥棒ですよ。ならば泥棒らしく盗んでいくだけです」

 

そうして坂柳さんは作戦を話し始める。

丁度、平田くんから返事も届いたので一安心だ。

 

「そろそろお返事がきましたか?」

 

「あなた、嫌な性格って言われない?」

 

「ふふふ、褒め言葉と受け取っておきますね」

 

こうして私たちは南雲会長の計画を阻止するために動き始めた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

このイベントで大量のポイントを稼ぐ方法が、お宝を探すこと以外にもうひとつある。

それが、捕まった泥棒の解放だ。

 

解放の報酬は、泥棒の数が多ければ多いほど大きくなる。

愛里が持っているような100万ポイントのお宝はなくとも10万ポイントのお宝をゲットして捕まった泥棒は何人もいるはず。

 

全部で2000万ポイント分のお宝があるとの話が本当で、仮に半分の1000万ポイントが牢屋にいる泥棒の総計だとすれば、解放するだけで100万ポイント以上ゲットできる。

 

その解放のために必要な牢屋の鍵を手に入れるためのイベント。

恐らくだが、残り時間が1時間ほどになったそろそろ開催されるとみている。

 

ただ、南雲の考えがわかった今、明らかにこれは罠だろうな。

 

オレはポイントの事しか考えていないが、仲間を解放することを重視して鍵を入手しようとするやつを、オレも南雲も知っている。

 

そして、そいつがピンチになるのであれば、オレが出向くことも計算済みだろう。

 

問題は、そのミッション内容か。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「見て、神崎君、柴田君」

 

携帯に出てきた告知を2人に見せる。

 

 

 

『泥棒救出ミッション開催』

 

開催地は校舎本館の屋上。

 

ミッション成功で、捕まった泥棒を解放するための鍵を入手。

 

鍵を手に入れて、牢屋の泥棒を救い出そう!

 

 

 

「これで捕まっちゃったみんなを助けられるね」

 

ここまででたくさんのクラスメイトが捕まってしまっている。

残り時間は少なくなっているけど、解放できれば各々多少なりともポイントはもらえるし、人数が増えれば泥棒側が再び有利になるはず。

 

「そうだな!俺たちでみんなを助けようぜ」

 

「だが、油断はできない。これまでのミッションよりも難しいと考えるべきだ」

 

「もちろんだよ。でも、行かない選択肢はないと思ってる」

 

幸い私たちは校舎内で探索をしていたこともあって、すぐ開催地の屋上へ向かえる。

 

「確かに、このメンバー以上の人材は簡単には集まらないか」

 

「うん。それに、ミッション内容を確認して無理そうなら挑戦しなければいいしね」

 

「わかった。そうと決まれば邪魔が入らないうちに向かうぞ」

 

こうして私たちは屋上へと走り出した。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「龍園くん、もうやめて!このままじゃ2人が、2人が死んじゃう」

 

「馬鹿をいうなよ、一之瀬。俺たちはルールの下でちゃんと戦ってんだ」

 

ボロボロになって地面に這いつくばる神崎君と柴田君。

 

「でも、こんなのってどうみてもやりすぎだよ」

 

「どうしてもって言うなら、それ相応の態度が必要なんじゃねえか?」

 

「リタイアを宣言するだけじゃダメってこと?」

 

「そりゃそうだ。わざわざ見逃してやろうってのに、そんな甘い取引があるかよ。ほら、これにサインしやがれ、そうしたらやめてやるよ」

 

投げ渡してきた書類には、卒業までに私たちが毎月手にするプライベートポイントの半分を龍園くんに渡す契約が書いてある。

 

「こんな暴論、許されるわけない」

 

「それならそれでいいぜ。ここでお前のクラスの主力を消せるならそっちが得かもしれないしな」

 

「一之瀬、俺たちの事はいい、リタイアするんだ」

 

「これぐらいどうってことねえからさ」

 

傷だらけになりながらも懸命に立ち上がろうとする2人に、石崎くん、近藤くんの蹴りが入る。

 

「がはっ」

 

「やめて!やめてよ……」

 

2人とも動かなくなってしまった。

 

こんな書類にサインすればBクラスの未来はない。

でも、このままじゃ2人が……。考えるまでもない選択。

何よりも2人を助けることが先決。クラスのみんなもきっとわかってくれる。

 

最悪、契約した私が退学になればこの契約は無効にできるはず……。

退学、という言葉が頭を過ぎったとき、サインのために伸ばした手が止まる。

退学したら、みんなと、綾小路くんとも会えなくなってしまう……。

 

「龍園さん、もう我慢できないっすよ。ここではあらゆる暴力が許されるんでしょ?一之瀬も嬲ればいいじゃないっすか」

 

「それは一之瀬次第だ。あくまでもこの交渉はこちらの善意なんだぜ?だが、俺たちも暇じゃねえ。このミッションをさっさと終わらせて警察の仕事もしなくちゃなんねーんだ。そろそろ答えを聞けねえと何するかわかんねーな」

 

屋上の入り口は封鎖されてしまった。

逃げ出すことも、助けが来ることも見込めない。

 

……綾小路くん、ごめん、私、約束果たせない。

 

そうして、震える手で何とかペンを握り直して書類を持つ。

 

前を向いて進もうと決めたのに、こんなのって悔しすぎるな……。

涙で視界が歪みながらも、サインをしようとしたその時だった。

 

「待たせてすまなかったな、一之瀬」

 

屋上のフェンスを乗り越えて、綾小路くんが登場した。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦う理由

みんなを助けるための鍵を手に入れるため、屋上の扉を開けた。

 

「よぉ一之瀬。お前たちが一番乗りだぜ」

 

そこにいたのは龍園くんと、取り巻きの男子が3名、2年生の男子も3人ほどいる。

 

「ここの担当は龍園くんなんだ。あんまり良いミッションじゃなさそうだね」

 

「クク、そうでもねえさ、この通り、このミッションにはレフリーまでいて平等そのものだぜ」

 

2年の男子のうち一人は審判ということらしい。

 

「それでこのミッションの内容は?」

 

神崎君が話を進める。

 

「そこの壁に貼ってある。もちろん、参加するよな?」

 

『タッグで挑め、総合格闘バトルロイヤル』

 

泥棒側は2人1組で最大5組まで参加可能。

※1人でも参加可能

警察側も同様に最大5組まで参加。

 

最大10組で屋上をフィールドとしてバトル。

最後の一組になるか、警察側のどのペアかが持つ牢屋の鍵を、泥棒が入手することでミッション終了。

 

勝利した泥棒は、牢屋の鍵を入手。

 

基本的なルールは総合格闘技に準ずる。

 

敗北条件は、どちらかがダウン後、レフリーから10カウント宣言されるか、戦闘続行不可能な状態になった場合、その生徒は脱落。両ペアが脱落した時点で、敗北。

 

また、屋上から出ることでリタイアすることも可能。

 

リタイアした場合、もしくは警察が優勝した場合、泥棒は逮捕となる。

 

ミッションスタート後、参加者が最後の1組になるまで継続。

終了までに両サイド5組に到達するまで追加で参加可能。

 

「これは……」

 

形式上、バトルロワイヤルとなってるけど、泥棒側が一方的に攻撃される未来しか見えない。向こうは、6人。こっちは3人だけど、このルールだと私は戦力にならない。

 

「2人とも参加は見送ろう。これはどうしようもないと思う」

 

「怖気づいて逃げんのか?ああ、そうだよな。万引き犯には泥棒がお似合いだもんなあ。人助けなんてするはずがねえ」

 

「おい、それ以上ふざけたこというんじゃねえ」

 

「龍園、貴様っ」

 

「安い挑発だよ、柴田君、神崎君。私、気にしてないから」

 

「ククク、あんだけ啖呵を切ってたわりに、すぐ泥棒やってんだから笑っちまうぜ。今度は誰のために盗んだって言い訳すんだ?教えてくれよ」

 

「いい加減にしろよ!」

 

龍園くんに殴りかかろうとする柴田君。

 

「おいおい。手を出すならミッションスタートと捉えていいんだよな」

 

「柴田君っ!!」

 

寸でのところでピタッと止まる柴田君。

悔しそうにこちらを振り返る。

 

「でもよ、一之瀬。こんなこと言われて黙ってられねえよ」

 

「ここはしばらく待とう。他の参加者がくれば勝機もあるから」

 

「クク、そりゃそうだよな。だが、そんな奴らは現れないぜ?特別に教えてやるよ。すでに牢屋にいる泥棒は170人以上、つまり8割を超える。あの坂柳もさっき捕まったそうだぜ」

 

「でもまだ……」

 

「綾小路がいる、か?残念ながらここに来るまでに警察が何人待ち構えているか、教えてやろうか?ま、アイツ1人来たところでどうにかなるとも思えねえがな」

 

「……まんまと誘い込まれたってこと」

 

このミッション、10人まで参加できるけど、そんな団体行動をしている泥棒はいない。

大人数は目立つし、途中の裏切り者騒動で新たにチームを組みにくくなった。

 

他のミッションなら、待てばそれなりに人数は集まったけど……。

最初に1組やってきたら、屋上へのルートは一本道。ミッション範囲ギリギリに警察を配備することで誰も近寄れなくなる。

そう言った意味で屋上は厄介な場所だ。

 

「帰ってもいいんだぜ。その場合はお前たちにこのミッションの参加権はなくなるがな」

 

このまま待っていても増援は見込めず、帰ってしまえばこのミッションへの再チャレンジは不可能。

残りの泥棒数から見ても、鍵の獲得は絶望的になってしまう。

 

「帰えりたいなら帰れよ。お前には泥棒がお似合いなんだ、誰も責めねえよ一之瀬。さっさと本業に戻りやがれ」

 

「……一之瀬、俺たちにやらせてくれ」

 

「神崎君、でも……」

 

「今まで黙っていたが、俺は格闘技経験者だ。そこら辺のチンピラに負けるつもりはない」

 

「俺も我慢の限界だ。それにここで捕まったみんなを助け出したら最高にカッコいいしな」

 

2人からの力強い言葉。……仲間を信じることも大事だよね。

 

「わかった。このミッション、挑戦しよう」

 

私はいつも肝心なところで判断を誤ってしまう。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

時間までミッションを回っていたが、やっと本命の告知がやってきた。

 

「ひより、すまないが、この勝負、ここまでにさせてもらう」

 

残りのカードを全て揃えて、ミッションを終了させる。

 

「ええ。楽しい時間をありがとうございました」

 

「こちらこそ。茶道の和服も良いが、その格好もなかなか似合っているな」

 

「……その件に関してはノーコメントでお願いします」

 

そっと近くの本で顔を隠すポリスひより。

そんなやり取りをしたのち、屋上へと足を進める。

と、その道中の階段に何人もの警察が待機している。

 

試しに先ほど入手した偵察のカードを使用してみると

屋上までの階段に10人ほどの警察が待機していることがわかる。

 

こいつらを巻いて、屋上に辿り着くのは骨が折れそうだ……。

 

恐らく一之瀬たちはすでにミッションエリアに入っている。

だからこそ、警備が厳重になっているのだろう。

 

一之瀬がオレを誘き出すための餌なのだとしたら

早く向かわなければ手遅れになるかもしれない。

 

そうなるとルートはひとつだな。

3階から出て、先ほど感じで登ればそう時間はかからないだろう。

 

……人の駒に手を出すとどうなるか、アイツらには理解してもらう必要があるな。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「待たせてすまなかったな、一之瀬」

 

屋上のフェンスを飛び越えて、綾小路が乗り込んでくる。

コイツ校舎の壁を登ってやってきたのか?

確かに階段は封鎖してやったが、こんなのアリかよ。

 

南雲からの命令は、綾小路の心を折り、二度と反抗する気が起きないよう叩き潰せ、だった。

そのための場所として、高ポイントが狙え、かつ一之瀬が食いつきそうなミッションが用意された。

綾小路の行動理念は不明だが、これなら間違いなくやってくる、なんて言っていたが本当だったな。

 

あとは俺たちの得意分野、暴力が許される内容でルールを設定し、形だけのレフリー、2年Dクラスで荒事に向いている兵隊の借り受け、なぜか急に故障する監視カメラ、緊張感ある状況で走り回って疲労がたまっている綾小路、こっちの準備は万全だ。

 

リスクがなくなるわけじゃねえが、

こいつら2人がクラス争いからリタイヤすれば、俺たちが勝ち上るのも時間の問題、悪い話じゃねえ。

 

ただ、流石に女をボコボコにしたとなれば問題になるだろうからな、一之瀬は精神的に陥れるため、クラスの明暗を分ける無理難題な要求、大事な仲間への暴行を実行した。

わざわざ助けに来るんだ、一之瀬を追い詰めれば追い詰めるだけ、綾小路へのダメージに繋がる算段。

あと一歩で完成だったが……計画に変更はねえ。

順番は前後するが綾小路も叩きのめせば、一之瀬も観念するだろう。

 

「生徒会副会長さんのお出ましか。派手な登場だが、お前も参加するってことでいいのか?」

 

俺たちを一瞥した後、壁に貼ってあるルールを確認していた綾小路。

 

「そうだな」

 

「ククク、お前もつくづく馬鹿な野郎だぜ、こんな窮地に単身乗り込んでどうにかなるとでも?」

 

「素朴な疑問だが、オレは今、窮地に立たされているのか?」

 

「やけに余裕じゃねえか。女の前だからって怖いのを必死に隠してんのか?それとも何か策でもあんのか?まさか、フェンスから次は高円寺でも出てくるってんじゃないだろうな」

 

「策?そんなものはない。ただ、この場にいる6人じゃ、オレは止められない」

 

どこまでも涼しそうな顔でそう答える綾小路。

何を強がっているかわかんねえが、それならもっと絶望させてやるだけだ。

 

「クク、それなら人数を追加させてもらうぜ」

 

石崎に合図を出す。

階段で待機させていた、アルベルト、2年の武藤、川上、立花の4人が入ってくる。

アルベルトは言うまでもねえが、その他の2年も喧嘩慣れしている連中だ。

 

「これでもまだ余裕か、綾小路?」

 

さあ、お前の恐怖する顔を見せてみろ。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「あ、綾小路くん。こんなミッションに参加しちゃだめだよ。綾小路くんまで傷ついたら、私、わたし……」

 

颯爽と助けに来てくれたことには感謝しかないし、心が折れそうだっただけに彼の姿が見えただけで今までないほど安心感を得た。

でも、それは長く続かない。格闘技経験者の神崎君でさえ、龍園くんたちに囲まれて為す術なくやられてしまった。

それだけ危険な相手。いくら綾小路くんがスゴイからって、アルベルト君まで加わった状況では結果を予想するまでもない。

いや、想像したくない、綾小路くんを失いたくない。

だから、止めなくちゃ、ここに来てくれただけで十分だ。

 

「あ、綾小路くん、あの――」

 

「心配するな、帆波。オレにとっては朝飯前だ」

 

それは、体育祭の時に、私がちょっとした遊び心で伝えた言葉。

思わず言葉に詰まる。

 

「……信じてそこで待っていてくれ」

 

そんな私の様子をみて綾小路くんが言葉を続けた。

どうしてだろう、こんなに絶望的な状況なのに本当に大丈夫なんじゃないかって気持ちになる。

 

「ククク、妬けるじゃねえか、お二人さんよ。おい、石崎、小宮、近藤」

 

名前を呼ばれた3人が一斉に綾小路くんに殴りかかっていく。

思わず目を逸らしそうになるけど、綾小路くんが立ち向かっているのに、ここで私が逃げるわけにはいかない。

 

だから、私はしっかりと目を開けて綾小路くんを見ていた。

 

……見ていたはずなんだけど、何が起きたのか、よくわからず、自分の目を疑うことに。

 

わかったのは、先頭の石崎君の攻撃を片手でいなしたところまで。

次の瞬間、石崎君はお腹を押さえて膝をつき、続く、小宮君、近藤君は同時に倒れていた。

 

その様子を見た2年生の5人が綾小路くんを取り囲む。

 

じっとその様子を見つめる綾小路くん。

 

背中をとっていた立花先輩が、綾小路くんの腰あたりを狙って蹴りを入れようとする。

でも綾小路くんは後ろに目でもついているかのように、少しだけ横に逸れて、その足を掴み、回転を利用して目の前の2年生へ投げつけた。

2年の人がキャッチしたところに、綾小路くんが詰め寄って顎にジャブが入って崩れ落ちる。

 

崩れ落ちた時に落とした立花先輩の両足を再び掴んで、ジャイアントスイングする綾小路くん。

 

近寄れない、残り3人。

 

その中の1人へ、再び立花先輩を投げつけた。

キャッチせずに避けることを選択した先輩は、避けた先に飛んできた綾小路くんの回し蹴りがヒットし撃沈。

 

最後の1人は雄たけびを上げながらタックルしていったけど……膝蹴りを顔面に受けて動かなくなってしまった。

 

1分足らずで8人が地面に横たわっている。

 

「おみそれしたぜ、綾小路。生徒会は伊達じゃねえってことか」

 

「この状況でもまだ余裕なのは流石だな」

 

「俺は負けねえからな」

 

「Sorry Brother」

 

そういって龍園くん、そしてアルベルト君が綾小路くんに襲い掛かる。

 

アルベルト君の素早い打撃で牽制して、龍園くんが大ぶりの攻撃を仕掛ける連携。

素人目にも只者じゃないことがわかる。

 

でも、それを表情一つ変えずに捌き切る綾小路くん。

あれどうやってるんだろう。避けたり、弾いたり、牽制したり……。

 

そうやって相手の攻撃は防ぎつつ、時折攻撃をしているのか、アルベルト君と龍園君が顔をしかめる時がある。

でも、どちらが優勢なのか、私にはわからない。

私にできるのは綾小路くんの無事を祈ることだけ。それが悔しくてたまらない。

 

「そうやって雑魚どもを見下してきたのか?さぞ気持ちが良かっただろうな」

 

「そんなことは考えたこともない」

 

「嘘を言うんじゃねえ。それだけの力があって愉悦を感じないはずがねえ」

 

「お前は蚊を潰すのに愉悦を覚えるのか?」

 

「ククク、ハハハハハ。ここまで俺をコケにしたのはお前が初めてだぜ、綾小路」

 

アルベルト君の大振りを躱した綾小路くんに龍園くんが飛びつく。

 

「やるな、龍園」

 

「お前に恐怖を教えてやるよ」

 

組み合った状態で膝蹴りを入れる龍園くんの攻撃を綾小路くんも膝で止める。

 

龍園くんが屈んで、その後ろからアルベルト君のストレートが飛んでくる。

 

「危ないっ!!」

 

思わず叫んでしまった。

 

「これがお前の言う恐怖なのか?」

 

屈んだ龍園君が片膝をつき、アルベルト君もよろけていた。

あの一瞬で龍園くんに何かしらの攻撃を加えて、アルベルト君の攻撃にカウンターを合わせた……とか?

 

「もういいさ、龍園」

 

龍園くんを裏拳で吹き飛ばし、よろけたままのアルベルト君と距離を詰め、ローキック。

ガクッと崩れたところに、顔面に蹴りをかました結果、アルベルト君も地面に倒れ込む。

 

「ったく、歯を二、三本持ってかれちまったぜ」

 

顔を腫らした龍園くんが立ち上がる。

 

「まだやるのか、龍園」

 

「アルベルトもやられちまったんならどうしようもねえ、降参だ。ほら、持って行けよ」

 

そういって綾小路くんにカギを投げ渡す。

 

「俺たちは退散させてもらうぜ」

 

龍園くんの目配せで、ここまで一切仕事をしなかったレフリーが慌ててミッション終了を宣言し、階段で待機していた他の警察を呼んで、負傷者を運び出す。

 

言葉を失うほどの圧倒的な力の差。

そもそも私が心配することすら失礼だったのかもしれない。

 

「すまない、一之瀬。さすがに昼飯前ぐらいの苦戦はした」

 

そう言って近づいてくる綾小路くん。

いつもと変わらないその顔を見たときに様々な感情が襲ってきた。

あのアルベルト君すら、綾小路くんに一撃も与えることができなかった。

本当に何者なんだろう……。危険は去ったはずのに、得体のしれない恐怖が心の底に滲み出してくる。

 

「あれ……」

 

でもそれは気のせいなのかもしれない。

事態が収まって安心したのか、今になって震えが止まらなくなったから、ただ単に不安だったんだ。

綾小路くんが無事だったこともそうだけど、もし彼が来てくれなかったら今頃私は……。

止まっていた涙が自然とあふれ出す。

 

「怖かった……全部失っちゃうんじゃないかって、怖かったよ」

 

「……すまない、こういう時はどうすればいいか、わからない」

 

そういう綾小路くんは、あれだけのメンツに囲まれたときよりも、ずっと困っていたのがなんだか面白くて、少しだけホッとした。

そこにはさっきまでの少し怖い綾小路くんはどこにもいなかった。

ここにいるのは、私の知っている、私の、私の大好きな綾小路くんだ。

 

「こういう時は『大丈夫だ、帆波』って言いながら抱きしめて欲しいかな」

 

頑張って笑顔を作って伝えてみる。

 

「大丈夫だ、帆波」

 

「……うん」

 

ありがとう、と言葉にしようとしたのに続きは出てこなかった。

今はただ、この胸の中で安心したかった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

一之瀬の震えが収まったところを見計らい、そっと離れる。

イベントの残り時間は30分を切っていた。

 

「すまないが、オレはこれからみんなの解放に向かう」

 

「うん、そのためにカギを手に入れたんだしね。私も同行したいけど……」

 

奥で倒れる神崎と柴田を見る一之瀬。

 

「一之瀬は二人の傍にいて、目が覚めたら保健室に連れていった方が良いな。見たところ、見た目以上のダメージはなさそうだが」

 

喧嘩慣れしているからか、事件にしない為か、2人とも骨折など大きなけがはなく、あざや擦りむき腫れはあるものの、大事には至らないレベルの負傷だった。

 

「そうするね。……不要かもしれないけど、無事を祈ってるよ」

 

「不要なんてことはない。気持ちは大事に受け取っておく」

 

一応、手は抜いておいたのだが、暴力と縁のなかった一之瀬からしてみれば、ショッキングな出来事だったかもしれない。

先ほど突然泣き出したことといい、どうしたらよかったのか、まだまだ分からないことは多い。

どうしたら、この感情を学ぶことができるのだろうか……。

 

そうこう考えている間に、体育館近くに到着した。

 

ここまで警察に出くわさなかったが、鍵が入手されたとわかって、牢屋の守りに力を入れていたようだ。

偵察のカードの効果でマップ上には、体育館の入り口を囲むように警察が配備されていることがわかる。

 

「ここにいたのね。綾小路くん」

 

「堀北か。坂柳はどうしたんだ」

 

「坂柳さんなら牢屋の中よ」

 

「なるほど、どうやらそっちも順調なようだな」

 

「あなたも坂柳さんも随分先が見えているのね。私にはわからないことの方が多かったわ」

 

堀北もこのイベントを通して色々なことを吸収しているようだ。

 

「この作戦はあなたがみんなを解放してくれないと完成しないのだけれど、あれをどうするつもりなの?」

 

大量の警察の突破方法か。

 

「2つあるんだが、今回は確実な方にしたいと思う。ちなみにこれからもう一波乱起こると思うぞ」

 

「なら私はここでお手並み拝見させてもらうわ」

 

もしかしたら警察への対応を手伝いに来てくれたのだろうか。

確かに正攻法で行くなら、囮でも使わなければあの包囲網は突破できない。

 

「堀北の献身に免じて、少しレクチャーしよう」

 

「一体何のつもり?」

 

「これから起こる一波乱だが……なんでアイテムカードやお宝は電子化されているのに、鍵は実物なんだろうな」

 

「そんなの実際に開ける必要があるからじゃない?」

 

「そこはどうとでもなる。ヒントは泥棒解放のルールだな。逆に言えば、そこを利用してオレも包囲網を突破させてもらう予定だ」

 

「……難しいことを言うのね」

 

「これから起きることを見て、解答を考えておいてくれ」

 

堀北の成長はクラスがAクラスを目指すうえで必要不可欠だろう。

もしオレがいなかったとしても、最低限、戦えるようにしておきたい。

 

そういってオレは堂々と体育館へ歩いていく。

 

そして、あっという間に警察に包囲された。

 

「さっきぶりだな、綾小路。第二ラウンドと行こうぜ」

 

「すんなり鍵を渡すと思ったが、やはり本命はこっちか」

 

顔に湿布を貼った龍園が目の前に立ち塞がる。

 

「クク、その様子じゃわかってるようだな。だが、今度はミッションじゃねえ、お前は俺たちに触れただけでアウトだ。今度こそ窮地なんじゃないか?」

 

「仮に窮地があるとすれば、ここではないな」

 

いつかの修羅場と化した生徒会相談室に入ったときのことを思い出す。

窮地という言葉はああいう状況が相応しい。

 

「今度はてめえが蚊の番だ。精々逃げ回って――」

 

龍園の顔面にワンツー、怯んでがら空きのボディにフックとストレートのコンビネーション、頭が下がったところで首を掴み持ち上げる。

 

「悪いが龍園、今後も一之瀬に手を出すならこうなる。もし挑戦したいなら、直接オレに来るんだな」

 

自分で言っていて不思議だが、ただの駒にここまで執着するのもおかしなものだ。

オレは今どんな感情でコイツを締め上げている?

24億ポイントを稼ぐ約束、生徒会の仲間、利用価値を含め理由をつけようと思えばつけれるのだが――。

 

「な、なんで――」

 

顔が腫れあがり、呼吸もままならない龍園の瞳には少しの恐怖が宿っていた。

それを確認し、手を放す。

 

「簡単な話だ。オレも今は警察だからな。警察間での攻撃は特に禁止されていない」

 

鍵が実物である理由。それは入手したもの以外でも使えるということを意味している。

ルールでは、手に入れることは泥棒しかできないと記載があったが、使える対象の明記がなかったこと、そしてポイントの受け取りが『解放者』という表記になっていたのが、気になっていた。

つまりこのルールは、一度泥棒にカギを渡し、その泥棒を捕まえて鍵を奪い、自分たちの手で泥棒を解放するためのもの……字面にすると、とんでもない警察だな。

 

本来の計画では、お宝の大量ポイントを南雲が、泥棒の解放ポイントを龍園が牛耳ることで、泥棒側へのポイントを極力減らす狙いだったのだろう。

 

仕組みがわかれば対策は簡単だ。

鍵の入手後、ドッチボールの報酬で手に入れていた変装のカードを使用するだけ。

目には目を、警察には警察を、だな。

10万ポイントのお宝を失いはしたものの、安い出費だ。

 

「こうなりたいやつは他にいるか?」

 

一応確認してみたが、警察全員が慌てて道を開ける。

 

そうしてゆっくり体育館に入る。

中にはこれまで捕まった生徒たちが牢屋ゾーンと書かれた場所で待機していた。

なるほど、スクリーンで様子を見ていたのか。

幸い、屋上の監視カメラは細工がしてあったようだし、体育館前には監視カメラは置いていない。

 

「きよぽん、信じてたよー」

 

体育館にカギを持って入ってきたオレに注目が集まる。

別れたのは、ほんの数時間前のはずだが、綾小路グループの面々の顔を久しぶりに見たような気がする。

愛里たちの姿がないことから、あの三人は上手く逃げているようだ。

 

『牢屋の錠前』と記された場所に移動し、置いてある錠前にカギをさして回す。

 

その瞬間、大きな効果音と共に、スクリーンに泥棒解放!と大きく表示された。

各自、携帯を回収して、体育館を出た後、5分間はタッチ無効で行動できるようになる。

 

各々残り時間でさらなるお宝をゲットするため飛び出す。

 

「ありがとうございます、綾小路くん」

 

「そっちの仕上げはこれからか」

 

「ええ」

 

坂柳が葛城に乗ってやってきた。

この2人はこれでないと落ち着かなくなったしまったな。

 

「捕まるのは不本意ではありましたが、向こうの作戦では、主要人物の確保、泥棒の一定数減少が、開始の条件だったようですから」

 

厄介な生徒がいなくなり、泥棒の数も減らし、安全を確保してから高レアリティのお宝をゲットする出来レース。

恐らく、鍵が龍園に渡っていた場合、イベント終了直前での解放になっていたのだろうな。

 

それにしてもこの作戦はオレが解放することが前提のもの。

オレなら必ず解放できると坂柳からある意味、信頼されている証拠でもある。

 

「それでは、皆さん、指示した方に強奪のカードを使用してください」

 

「了解」

 

強奪のカードを所持したまま、あえて捕まっていた泥棒たちが返事をする。

その中には軽井沢の姿もあった。

 

潜伏のカードを使用した最低人数を残して、あえて捕まり油断を誘い、潜伏したメンバーで各宝箱を監視。

どの2年生が高得点のお宝を手にしたのか、チェックさせていたのだろう。

 

当然、対象の2年生も防御カードの1~2枚は持っているだろうが、この人数で攻められてはひとたまりもない。

 

「みなさん慌てていらっしゃることでしょうね。ふふ、真の強者は時が来るまでじっと座して待つことができるものです」

 

奪われた2年生は血の気の引くような思いだろうが、奪い返そうにも誰から取られたのか、推測もできない状況。

 

「さあ、残り時間もわずかですし、他のお宝でも漁りましょうか」

 

そうして坂柳一行も体育館の外へ。

 

「きよぽーん」

 

飛びついてきた波瑠加をさっと躱す。

 

「なんで?ここは感動の再会を噛みしめるシーンじゃない」

 

「抗議されても困るんだが、一応いまオレは警察だからな。タッチ無効とは言え、自ら接触してきた場合がどうなるかわからない」

 

「それこそなんで?どんな状況よ」

 

「ホント、清隆は俺たちの想像の斜め上を行くな」

 

「ま、助かったから良いんじゃないか」

 

「ということで、残り時間は愛里たちと合流して、残ったお宝をゲットすることをおすすめする」

 

「ま、それもそうか。愛里のことも心配だし」

 

「それに関しては、櫛田と鬼龍院先輩がついてくれているから、きっと大丈夫だ」

 

「本当になんで?」

 

終始疑問を抱き続けた波瑠加だったが、愛里を探すと体育館を出ていく。

 

 

いまさら警察の職務を全うする気も起きないため

オレはここでゆっくりさせてもらうとするか。

 

今回の一件で、安直に暴力で攻めてくることがなくなると信じたい。

そうでなければ、ここまであからさまに動いた甲斐がなくなってしまう。

オレを倒したいなら、もっと違う手を考える必要がある、南雲も龍園もそう感じたはずだ。

 

それにしても、巡り合わせとは不思議なもの。

このイベントも、本当は堀北兄を巻き込みたかっただろうに。

南雲が生徒会長になって、こんなイベントを開催できるようになった頃には、3年は受験準備で参加できない。だが、生徒会長でなければこれほどのイベントは企画できないというジレンマ。

 

ただ、堀北兄に自分の作っていく実力主義の学校の一端を実際に見せることができたのは、南雲にとっても、堀北兄にとっても良かったのではないだろうか。

そしてこれが南雲の作る新しい学校のスタイルなら、そんなに悪いものではないかもしれない。

 

次があるのだとしたら、こちらもテコ入れさせてもらい、暴力やら勝手に勝負を挑んでくるのやら、色々禁止させてもらわなくては。

 

こうして、警察側の大敗で今回の『リアルケイドロ』は幕を閉じた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

綾小路相手に龍園が成功するとは思っていなかったが、

まさかこっちもポイントが手に入らず終わるとは思わなかった。

 

綾小路と龍園がぶつかれば、お宝の方には手が回らないと思ったんだがな。

少し1年をなめすぎていたようだ。

 

綾小路以外にも少しは骨のあるやつらがいるってことだ。悪くない。

 

それに、おかげでいいデータが手に入った。

これを元に来年の無人島試験を組み立てることができる。

綾小路と本気で遊ぶのはその時だな。

 

今年度はあくまでも堀北先輩がターゲットだ。

 

結局、学校側へも色々プレゼンしたが、より質の高い特別試験が実施できるっていう謳い文句が一番効果的だった。今後はその方向で考えていくのもいいかもしれない。

 

俺としても今回の各自の行動データを分析すれば、色々な傾向が見えてきて対策をしやすい。未知数だった、高円寺や坂柳、鬼龍院、その辺りのデータを取れたのも大きい。

 

……にしても、タイマンの殴り合いで綾小路に喧嘩を売るのは止めておいた方が良さそうだな。俺が勝つにしても、少なからずダメージを覚悟しなきゃならなそうだしな、うん。龍園を先にぶつけたのは正解だったぜ。

 

今回のイベントの結果をもとに来年の無人島試験を想像すると楽しくて仕方がない。

堀北先輩がいなくなったあとの学校生活は、消化試合だと思っていたが、わからないものだ。

今度は俺もプレイヤーとしてこいつらと直々に戦ってやる。

 





ちょっと長くなったリアルケイドロ編、完結です。

原作とは違い、綾小路くんが実力をそれなりに出していたり、龍園くんが先走ったり、軽井沢さんが真鍋さんたちにいじめられていなかったりした結果、原作7巻であったことがほぼほぼなくなってしまったため、こんな形になりました……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

もはやオリキャラのような何か

ギリギリになりましたが4月1日ですので、そんな話です。

アニメ2期のオープニングをご存じだと話が分かりやすい内容になっています。
※本編とは一切関係のない勢いで書いた偏見に満ちたネタ回ですのでご注意ください。





クリスマス、3年含め生徒会役員全員でカラオケに来ていた。

 

 

堀北兄が演歌を、橘がアニソンを、一之瀬が流行りのアイドルソングを熱唱し、盛り上がりを見せていた。

南雲が急にバラードを歌い出した時は、カラオケボックスが何とも言えない空気になったが、これもまたこの生徒会らしいな。

 

そんな風に考えていると、ふと聞きなれない声が聞こえてきた。

 

「南雲おやびん!俺っちも歌いたいであります」

 

……ん?

今、誰がしゃべった?こんな奴この生徒会にいたか?

 

「もちろんだぜ、殿河。遠慮なく歌えよ」

 

殿河だと……初めてしゃべったと思ったが、お前そんなキャラだったのか?

 

原作でも南雲を支えてきた相棒として紹介された割に、原作のこの時期に一回名前が出て以来、全く登場しないまま最新刊ですでに引退していたことが発覚した、あの殿河がついにしゃべったのか。

 

「殿河はいやしかやつばい。おいば差し置いて先に歌うなんてこすかー」

 

なんだって?

 

「そう言うなよ、溝脇。一緒に歌えばいいじゃねーか」

 

「さすが南雲さんばい。良かこと言う」

 

溝脇、お前もキャラ濃かったんだな。

もはやしゃべったことがないキャラがこんなキャラ付けされたら、ほぼほぼオリキャラと同じなんじゃないか?

 

だが、確かにこの2人が南雲と一緒に登場してしゃべってしまったら、南雲が霞むというか……南雲と愉快すぎる仲間たちになってしまいかねないので、これまで黙っていたのは正解だったな。

 

というより、冷静に周りを見るとオレ以外、誰も何も違和感を覚えていなさそうなんだが……

 

「殿河先輩たちは何歌われるんですかー」

 

「俺っちたちの十八番を歌うであります」

 

「おいたちの歌でクリスマスば盛り上げっけん、楽しみにしときんしゃい」

 

一之瀬が普通に話しかけている。

もしかして、オレ以外はこの2人がしゃべっているとことに出くわしていたのか。

それとも一之瀬のコミュ力の高さが成している技なのか。

 

既にカオスな状況だったが、真のカオスはここから始まる。

 

2人が入れた曲は『Dance In The Game』――アニメ2期のオープニングじゃないか。

 

曲が始まる。

 

♪歪んだ憂いが飛び交う中で

失い 失い 膝をつく道化

 

先ほどのキャラクターからは想像できないほどの美声で歌い始める2人。

 

「わあ、綾小路くん、学校の色んな所が映ってるよ」

 

一之瀬が言うように、カラオケ画面には教室や図書館などの映像が映っている。

 

♪あの蝶は自由になれたかな

情熱は孤独と燃える

 

「わ、私が出てきたよ!堀北さんからスタートしてヒロインが振り向く演出おしゃれだね」

 

堀北→波瑠加→愛里→ひより→坂柳→一之瀬→軽井沢→軽井沢のアップの順番でそれぞれの女子生徒が出てくる。

……なんだ、この順番、オレへの好感度順?

というか、佐藤さんが入っていないじゃないか、どういうことだ。

 

♪昨日の自分に興味なんかない

白 黒 返す言葉 裏表

 

「綾小路くんが出てきたよー。なんか裏表あるような演出されちゃってるね」

 

 

♪常識とかいう偏見を編み込み

明暗を分かつマジョリティ

 

「見てください、堀北君!堀北君が出てきましたよ。なんか、式神みたいなものを連れて歩いてますよ……い、一瞬で胴着に着替えて真剣を振りはじめました!さすが堀北君、式神使いで剣術の心得もあるんですね」

 

「さすが堀北先輩だ」

 

「いや、そんな事実はない」

 

♪天才を演じてる馬鹿はお前か

ないし馬鹿をやりつづけてる天才かい?

 

「わわっ、小さい綾小路くんだ!」

 

「ショタの小路君、かわいいですね……着ぐるみクマさんイジメちゃだめですよ」

 

「なんで囲碁なんだ?せめてチェスじゃないのか?」

 

♪最後に笑うのはどちらの女神だろう

 

「次は櫛田さんかー、さすが人気者は違うね……って、え、急になんか怖いよ」

 

 

♪曖昧な狂気が僕の喉を乾かす

 

「これは誰の尻だ?なかなかいいじゃねえか」

 

「龍園くん、メッチャ笑ってるね」

 

♪輪郭が定義される前に ロジックを覆せ

 

「綾小路くん、FXで全財産とかしちゃったんですか?」

 

「え!そうなの?またポイントが必要ならいつでも言ってね?」

 

♪ああ 机上の空論を夢と呼ぶ

無謀の中に光は宿った

 

「スマホが飛んでますっ!」

 

「いや橘、俺たちが落下しているのかもしれない」

 

「出てきた画面のポイント0だったね……やっぱり綾小路くん、ポイント貸そうか?」

 

「あれがオレの携帯だとは限らないぞ、一之瀬」

 

♪鬱陶しい風 振り払って

 

「ま、待って、あれれ、おかしいよ。今の部分、最初のヒロインズの使い回しだよね?」

 

「まあ見た感じそうだな」

 

「なんで、私だけ、いないの?いや、曲のリズムに合わせた結果、1人抜かないといけなくなったんだよね?振り向く演出上、途中の人を抜くことはできなかったんだよね?うん、わかるよ。だったら。二回登場する最後の軽井沢さん抜けばいいと思うんだ。なんで私を……振り払われた鬱陶しい風って私だった!?」

 

♪力を今示そう

 

「坂柳理事長と綾小路……屋上で何を?」

 

「あ、この前、廊下であったおじさんだね」

 

♪嘘も真実も明かせ

 

「最後の締めも綾小路かよー。なんかそれっぽい仮面かぶって目立ちやがってよ。俺の出番はどうしたんだ?」

 

「まあまあ南雲先輩、2番できっと私たち登場しますよ」

 

「だよな!出番はカットされまくったが、一応演説シーンもあったし、カラオケのPVで出てきてもおかしくねえ」

 

「そうですよ。私も出番を散々カットされちゃいましたけど、船上試験では活躍しましたし……まあそれ以降、一言もしゃべることなく2期終わったんですけどね、にゃははは……」

 

「わ、私だって、報告します!っていいましたから、出てますよね」

 

「俺と綾小路の絡みもカットされたからな……オレは映るだろうか」

 

各々、カラオケの映像に出てくることを楽しみにしているようだったが……。

 

「か、軽井沢さんばっかり。なんなら私、真鍋さんより尺なかったよ?」

 

「オレは最後の挨拶部分が採用されていたな」

 

「……私は出てきませんでした、ぐすん」

 

「俺の最高にカッコいい演説シーン……」

 

各々微妙な出番に不満な様子。

ドンッ!とテーブルを叩く、桐山。これまで黙っていた男がここで急にはじけた。

 

「お前たちは良いよな!まだ登場できたんだから。俺なんて、俺なんて存在を消されたんだぞ!」

 

「落ち着け桐山」

 

「堀北先輩がちゃんと綾小路と南雲降ろしの話をしないから、俺を紹介しないからこんなことになったんですよ」

 

「それに関してはすまない……」

 

「まてよ、桐山。俺たちは3期で活躍できるって」

 

「お前は良いよな南雲。一応制作決定のPVに出てきたから、出演は確実だ!だがな、3期に本当に俺が出る保証があるとでも?」

 

「だって、桐山先輩、合宿にもいたし、私の噂の時は掲示板に書き込んでくれるじゃないですか?」

 

「合宿では高円寺に説教して返り討ちに合うだけだ!掲示板の書き込みなんて、誰だってできるだろ……絶対に消される。俺はいなかったことにされるんだ……」

 

「おいおい、流石にお前がいないと2年生編も困るしよ、大丈夫だって、な」

 

「俺は原作でもなぜか堀北先輩の卒業場面に登場しないような男だ。きっと罰が当たったに違いない」

 

「お前の気持ちは分かった、桐山。俺たちもお前が出ることができるように祈っている」

 

「そうですよ、桐山君。きっとイケボのCVがつきますって」

 

「俺だってアニメに出たいんだー」

 

桐山の悲痛な叫びがカラオケボックスに響き渡る――

 

 

 

 

 

携帯のアラームが鳴る。

 

なんだか奇妙な夢を見ていたような気がするな。

 

アニメがなんやら……桐山も暴れていたような……ま、気にすることではないな。

 

そうしてオレは、生徒会役員としての一日を今日もまた歩み始める。

 

 




3期楽しみですね。桐山くんが出てきてくれるのかどうか、気になっています。
存在がカットされても話がどうにかできそうなので、ちょっと不安ですね……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

間違った選択肢

『リアルケイドロ』の余韻が残る中、12月24日、クリスマスイブがやってきた。

 

この日、ずっと伝えようと思っていたことを伝えるべく、これからオレはある人物と会う約束をしている。

 

昨夜、『大事な用があるので明日会えないか』とチャットを入れたところ、既読になってから30分以上時間が経った後、『私も会いたい』と返事が来た。

そうして昼前にケヤキモールのカフェで待ち合わせすることに――

 

午前10時50分。

待ち合わせより少し早い到着となったが、すでに向こうは到着していたようで、窓際の席に座り、ただただ遠くを眺めていた。

考え事をしているのか、こちらには気づいていない様子。

そっと近づき声を掛けることにする。

 

「おはよう、一之瀬」

 

「わわっ、お、おはよう、綾小路くん。は、早いね」

 

びくっと跳ね上がるように反応した一之瀬がこちらを振り返った。

急に声を掛けたのがいけなかったのか、一之瀬にしてはやけにぎこちない対応。

 

「悪いな、こちらから呼びだしたのに待たせてしまったみたいだ」

 

「ううん。約束の時間はまだなんだし、私もさっき来たところだよ」

 

テーブルに置かれているコーヒーは量こそ減ってはいないが、すでに湯気が出ていないことから少なくとも数分前に来た、というわけではなさそうだ。

いきなり本題に入ることも憚れたため、気になっていたことを聞いてみることにする。

 

「あの後、神崎たちは大丈夫だったか?」

 

「うん。大事には至らなかったんだけど、お医者さんからは、念のためしばらく安静にするようにって……」

 

「それは冬休み早々気の毒なことになったな」

 

先ほどのぎこちない様子は解消されたが、その代わりに表情に影が落ちる。

あの2人のケガは自分のせいだと責任を感じているのだろう。

 

「……今回の件で痛感したんだけどね」

 

それでも顔を上げ、こちらをしっかりと見て言葉を紡ぐ。

 

「私たちには根本的に力が足りない。精神面や絆は強くなって他のクラスには負けない自信があるけど……それだけじゃダメなんだよ」

 

「それはそうかもしれないが、人には向き不向きがある、とオレは思うぞ」

 

「確かにそうだね。私はなるべく荒事を避けてきた。だけど、大事なものを守るためには、時には武力も必要……そう感じたよ」

 

真剣なその表情から、思いつきではなく悩んだ末の結論だとわかる。

これまでのやり方を貫くのか、捨てるのか。

ここで出す答えが一之瀬にとってのターニングポイントになるかもしれない。

 

「昨日の綾小路くんを見て、やっとわかったことがあるんだ」

 

「というと?」

 

「なんで綾小路くんと一緒に居るとこんなに安心するのかなって。聡明さとか優しさとかいっぱいあるけど、一番は……どんな状況でも切り開けるだけの実力を持った人だから、だと思う」

 

一之瀬に深い意図はないだろうが、なかなか気恥ずかしくなるようなことを言われているような……。

 

「綾小路くんの様な頼れる人に、私もなりたい。そのために足りないのは、純粋な力なんじゃないかなって」

 

「一之瀬が、堀北や伊吹みたいになるのは想像できないな……」

 

「それを言ったら綾小路くんがアルベルト君を倒しちゃうのを想像できた人はいないと思うよ?」

 

昨日の体験が強烈に印象に残ってしまったのだろう。今一之瀬は文字通り戦う力を強く欲している。だが、仮に今から一之瀬が鍛えたところで卒業までにアルベルトを倒せるようになる可能性は限りなく0に近い。

 

「もしもの話だが、オレがあの時の一之瀬だったら、屋上から即退散していた。その結果、あの2人を置き去りにしたとしてもだ。正面から戦って勝てる相手じゃないなら他の方法を検討する」

 

そもそもオレが一之瀬なら、あの戦力であれば屋上に行かなかった可能性が高い。

行くとすれば確実に勝てる算段をつけてからだ。

必要な手足を持っているのに、頭自ら突っ込んで行ってしまう、そんな歪さ。

優しさ故の自己犠牲、そこを南雲や龍園に付け込まれている。

 

「でも……」

 

「あの場で最後まで逃げなかった一之瀬は十分に強い。だが、リーダーは、時には非情な決断をしなくてはならないこともある。その点で言えば昨日のあれは落第点だな」

 

「私に必要なのは……非情な決断をする覚悟ってこと?」

 

「だが、冷徹に仲間を見捨てる一之瀬は一之瀬ではなくなってしまう気がするな」

 

「……難しい、ね」

 

「自分の主義を通そうと思えば、相応の実力がいるってことだからな。一之瀬の理想を叶えるのはそれだけ大変だってことだ」

 

オレからの同意を得られなかった上に、難題を投げかけられて俯いてしまう。

だが、これは難題でも何でもない。そこに気づけるかどうか、気づいたらどうアプローチするのか。

あえて答えを教えることはしない。一之瀬がどんな結論を出すのか、見てみたいと思ったからだ。

 

「やっぱり私にリーダーなんて無理なのかな……」

 

「一之瀬が率いなければ、今頃Bクラスは悲惨なことになっていたんじゃないか」

 

個の力はともかく集団としてのBクラスは、他クラスの比でないほどの力を誇る。

無類の団結力が発揮できているのは、一之瀬の存在に寄るところが大きい。神崎や柴田ではこうはならなかったはずだ。

一之瀬不在の場合、クラス丸ごと早い段階で龍園や坂柳の遊び道具になっていた未来も考えられる。

 

「最初に言ったが人には向き不向きがある。オレも、一之瀬みたいにクラスをまとめろ、と言われたらできる保証はない」

 

「うーん、上手く言いくるめられているような……」

 

「とにかく、一之瀬が肉体を鍛えるのを無駄とは言わないが、それで解決する問題でもないってことだ。冬休みも始まったばかり、ゆっくり考えてみてもいいんじゃないか?」

 

「……そうだね、うん、そうするよ」

 

すぐに答えが出る話でもないと、一度切り替えることにしたようだ。冷めたコーヒーをグイっと飲み干し、いつもの笑顔を見せる。

 

「それにしても綾小路くん、とてつもなく強かったんだね、びっくりしちゃった」

 

「大した話でもない。たまたま親が教育熱心で、小さい頃から色んな教育を受けていたんだ」

 

嘘は言っていない。その熱心さの度合いは、誰にも想像できないだろうが……。

 

「それであれだけ強くなっちゃうんだから、やっぱりすごいよ」

 

目を輝かせながらこちらを見つめてくる一之瀬。

オレに言わせれば、敗戦濃厚なあの中に飛び込んで行き、最後まで仲間を見捨てなかった一之瀬の方がすごいと思うのだが……。

 

「そろそろ本題に入ろうと思うんだが大丈夫か?」

 

これ以上この話をしても仕方がないため、本題を切り出す。

 

「え、あ、うん。……えっと、ご、ごめん、心の準備がまだ……」

 

「丁度良かった。ここだと誰が見聞きしているかもわからないからな、少し歩かないかと提案しようと思っていた」

 

「う、うん。そうだよね、人気のないところの方が良いよね……」

 

そうして2人でカフェを出る。

ケヤキモールを出て、噴水のある広場まで歩く。

普段なら何かしらの話題を提供してくれる一之瀬だったが、今日は黙って後ろから付いてくるだけ。イブの昼間だからか、広場は閑散としており、話を始めるには丁度良さそうだ。

 

そうしてゆっくりと一之瀬を振り返る。

 

12月の寒空の下、ふわふわと舞う雪が一之瀬の頬にあたっては溶けてゆく。

それでも火照った顔を冷ますほどではないようだ、ほんのり朱色に染まる頬は熱を帯び続けている。

 

「思えば、一之瀬と知り合って、これまで随分と助けられてきたな」

 

「それはこちらこそ、だよ」

 

「今日は、ずっと伝えようと思っていたことを伝えに来た。聞いてくれるか?」

 

「は、はいっ!」

 

言葉にせずとも、こちらの想いが伝わったのか、真剣な顔になる一之瀬。

これならオレも伝えやすい。なにせこんなこと初めてだからな、上手く言葉にできるか自信がなかった。

 

そうして、一之瀬の手を取り、目を見つめて、しっかりと言葉を伝える――

 

「ポイントを長いこと借りたままですまなかった。昨日のイベントでやっとまとまった金額が手に入った、今から返金させてもらいたい」

 

謝罪の言葉と一之瀬の手に送金準備を済ませたオレの携帯端末を渡す。

長いこと借りていたからな。本人は気にしてないと言っていたが、所持金が少ないことで我慢したこともあったはずだ。

ポイントを返すのにも慎重な対応が必要だろう。

長期休みという何かとポイントが必要になるタイミングに間に合ったのは幸いだな。

 

「え?」

 

「ん?」

 

「ポイント?」

 

「借りてただろ、監視カメラ代に始まり、船上での10万ポイントとか」

 

「え、いや、それはもちろん覚えてるんだけど……えーと、本題の前に緊張をほぐすため、ワンクッション入れたの?」

 

「いや、これが本題だ。もちろん、待たせてしまった分、少量で申し訳けないが色は付けている」

 

「……」

 

「一之瀬?」

 

「やっぱり私、武道を習おうかな。今、猛烈にサンドバック叩いたり、瓦をカチ割りたい気分だよ」

 

何が一之瀬にそう決意させてしまったんだ?

やはり金銭周りの対応は難しいな。伝え方を間違ってしまったのか、色が少なかったのか……。

いや、こちらに気を遣わせないための、一之瀬なりのジョーク――という線はなさそうだな、このオーラは。

 

「はぁ~昨日の夜からの緊張を返して欲しいよ、もう」

 

「なんだかすまない」

 

「いや、勝手に期待したのは私だから自業自得というか、でもイブだし、昨日あんなことあったし……あぁぁもうなしなし。うん、綾小路くんだもん、こうなる可能性も十分あったよね、うんうん。こうなったらこっちから攻めるしか――」

 

ぶつぶつと何かつぶやいたかと思えば、ぶんぶんと顔を振ってこちらに向き直る一之瀬。そして意を決したようにカバンから何かを取り出す。

 

「えぇと、これ、クリスマスプレゼント兼、渡せてなかった誕生日プレゼント……も、貰ってくれるかな。なんていうか、こういうの渡したことなかったんだけど、昨日のお礼もしたかったし……」

 

「ありがとう。……開けてみてもいいか?」

 

「う、うん」

 

クリスマスイブに呼びだしてしまったため、気を遣わせてしまったか。

丁寧に包装された包みを開封すると、中から手編みのマフラーが出てくる。

紺色でジグザグ柄のシンプルなデザイン……だが、手編みで作るのは大変なんじゃないだろうか。

 

「ど、どうかな、気に入らなかったら、ぞ、雑巾にでも……」

 

「そんなことはしない。派手でなくて使い勝手も良さそうだ。うん、暖かいな」

 

そう言って早速首に巻いてみた。

デザインもいいが、機能性も文句のつけようがない。

丁度防寒具の購入を検討していたところだった。

 

「大事に使わせてもらう」

 

「うん、とっても似合ってる、と、思う。良かった」

 

ニコッと笑う一之瀬。

 

「じゃあ次はこれだね」

 

「ん?」

 

「マフラーはだいぶ前に完成してたんだけど、それだけじゃ足りない気がして帽子も作ってたんだ」

 

「そうなのか、ありがとう」

 

手渡された手編みのニットを被る。カラーもマフラーと統一されている。

 

「これも暖かくていいな」

 

「うん、とっても似合ってるよっ!じゃあ次はこれも着てみようか」

 

そうしてセーターを渡してくる一之瀬。

 

「あの……一之瀬さん?」

 

「あ、えっと、その、毛糸も余っちゃってたし、ついでだよ?」

 

なんなら一番毛糸を使いそうだが……

 

「これは昨日慌てて完成させたからサイズ感とかちょっと自信なくて」

 

「いや……驚くほどぴったりだ」

 

ひとまず上着を脱いで着てみたが、丁度いいサイズ感だった。

もはや外にいても寒さを感じることはないフル装備。

 

「本当は手袋も考えてたんだけど、それは次の機会だね」

 

「いや、もう十分受け取った。これ以上貰ったらお返しを仕切れる自信がない」

 

放っておいたら手袋だけでなく、ソックスなど手編みで作れるものを全て作って持ってきそうな勢いだったので止めておく。

せっかく借金を返済したのに、再び借りができた気分になるのも妙な話。

 

「これでも感謝しきれてないくらいなんだけどね」

 

「そんなことはない。手作りのプレゼントを貰ったのはオレも初めてだ」

 

「そ、そっか。なら頑張った甲斐があったかも」

 

ポカポカしてきたな。

なるほど、毛糸の装備も悪くない。

 

「それでこの後は……」

 

「そうだな、一之瀬もクリスマスイブは忙しいだろうし、オレもこの後、待ち合わせがある。この辺りで解散するか」

 

「んんん?」

 

複雑な表情を見せる一之瀬。

 

「どうした?」

 

「えっと、待ち合わせって言うからちょっと気になって」

 

「大した話じゃないぞ」

 

「あ、クラスの友だちと遊ぶとか?」

 

「いや、クラスメイトではないし、友達でもないな」

 

「……この前、似たようなパターンがあったよね?」

 

ジト―とした目でこちらを伺う一之瀬。

この前とは、南雲にカラオケに誘われたときの話の事を指すのだろう。

 

とは言っても、これから会うのは……龍園だ。

昨日の今日なので、一之瀬にその名前を出すのは躊躇われる。

 

「なんというか、野暮用というだけで、そんな重要な話でもないというか……」

 

「なんだか綾小路くんらしくないよね?何か誤魔化そうとしてる?」

 

「そんなことはないぞ」

 

「誰かから誘われたの?」

 

「いや、オレから声をかけたんだが……」

 

「へぇ綾小路くんから」

 

なんというか尋問を受けているような感じだ。

後ろめたいことは一切ないのだが、毛糸の装備のためか、体温が上昇する一方だ。

……何と答えれば解決するか。

 

「とはいっても男同士の会話だ。一之瀬の興味を引くような話題は出ないと思うぞ」

 

「あ、そうなんだ!最初からそう言ってくれればいいのに」

 

「そうだな、すまなかった」

 

ひとまず落ち着いてくれたようで助かった。

この学校では一之瀬とも付き合いが長くなってきたが、未だにわからないことも多い。

もっと一緒に居れば、分かり合えることも増えていくのだろうか。

 

「ここでお別れも残念だけど、また会えるし……それじゃ気を付けてね」

 

「ああ。今日はプレゼントありがとう。今度何かお返しさせてくれ」

 

「気にしなくていいのに。でも、楽しみにしてるね」

 

こういうもののお返しは何を選ぶべきなんだろうか。

今度櫛田にでも聞いてみよう。

 

色々と何か勿体ないことをしてしまったような気もしないではないが

そうしてオレは、来るかどうかは別として、龍園との待ち合わせ場所に向かうことにした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クリスマスイブらしさ

綾小路からの呼び出し。

昨日の今日で、どこからか俺の連絡先を入手し、わざわざイブに会いたいと連絡を寄こすなんざ正気の沙汰じゃねえ。

バックレてやろうかと思ったが……昨日の傷が疼きやがる。アイツが何考えてんのか、少しでもわかるのなら、家で寝て過ごすよりは幾分かマシだ。

 

少し早めに待ち合わせ場所、海岸に面した通りのベンチについた。

遅れて綾小路を挑発するのも手だが、アイツが先に着いてこの場に何か仕込まれる方がリスクだ。

ここはベンチにどっしりと座って待ち構えてやろう。

 

……にしても、色々と笑えねえ状況が続いている。

 

ペーパーシャッフルの結果を皮切りに俺のクラスは3つに分断された。

ひとつは、現在も俺の下にいる石崎たちのような馬鹿共。

もうひとつは、時任を筆頭に南雲の軍門に下った奴ら。

最後に、ひよりを中心とした中立派――とは言ってもほぼ綾小路派と言ってもいいかもしれねえが。

 

完全に支配したと思ってからのこのザマだ。

ゴミみたいなクラスポイントに、ペーパーシャッフルでプライベートポイントは使い果たし、南雲の野郎に借金状態。

極めつけは昨日のイベントでの敗北。腕っぷししか能のねえ連中が束になっても敵わない相手、初めて感じた恐怖。

 

このままじゃ、勝てる勝負にも勝てねえ。

 

こんな事態になった元凶は……もう疑うまでもないな、綾小路の野郎――いや、それを読み誤った俺の責任か。

 

どっちにしろ、クラスを再度支配しない限り、現状の打破はあり得ねえだろうな。

だが、俺だけでは再支配は実質不可能に近いのも事実。

 

南雲についている連中は、そうすることで自分たちだけは救われると思っているめでたい奴ら。

アイツが本当に実力で個人でAクラスを目指せるようなルールを作ったとして、どうして自分たちがその対象になれると思うのか。

あの手の人間は弱者がもがくのを見て楽しむだけ楽しんで最終的に救ったりなどしない。その方が面白いからな。

 

そんな奴らが俺の言うことをすんなり聞くはずがない。

南雲の本性を理解させるか、ヤツを失脚させるか――人の配下を洗脳した報いはいずれ受けてもらう。

 

そいつらの事を含め、現状をどうにかする方法は限られてくる。

 

元々、この学校のクラス編成には疑問があった。

 

最初に編成されたDクラスは『不良品』の集まり。

何らかの訳アリ連中の寄せ集め。

 

だが、連中を見ていると、明らかに、俺たちのクラスにいる連中のほうがDクラスでもおかしくないような奴らがいる。

たかがコミュニケーション能力が原因で、学年でもトップクラスの学力の鈴音や幸村が普通底辺クラスになるか?

石崎のような札付きの不良の方がDクラスには似合っている。似たような比較をするなら三宅と石崎の差はどこにある。

 

逆にうちのクラスにも不可解な存在はいる。

中身の残念な金田は置いとくが、ひよりはどうだ。

ひよりは勉強ができる反面、運動能力とコミュニケーション能力は高いとは言えない。

Dクラスだった鈴音や幸村との差はなんだ。

 

万引きが原因でBクラスの一之瀬。

普通に考えりゃDクラスじゃねえか。

コミュニケーション能力があっても盗みを働く欠陥は見逃すか。

 

Aクラスにも戸塚の様なパッとしねえ生徒が紛れている。

アイツの実力じゃ良くてBクラスだろ。

 

そして、奇妙なのは最初からクラス毎に特色があること。

 

最初の編成では

 

Aクラスは頭脳面で秀でているが、運動面はそこそこ

Bクラスはザ・無難、だが協調性に優れている

Cクラスは脳筋軍団で喧嘩含め運動ができるやつが多い

Dクラスは一芸特化で得意分野なら輝ける、かもしれない奴ら

 

といった具合に意図的に能力別に分けたとしか考えられない。

だが、その中でも様々な試験に対応できるように、違う分野が得意な生徒も一定数は配置してある。

 

そして、ここからは憶測だが、各クラスの配属は、最初にリーダーになりうる人物を何人か配置した後に他の生徒を決めていった、そんな気がしている。

 

Aなら坂柳、葛城と相反する2人。

Bは一之瀬、神崎、柴田あたりか。

Dなら、鈴音、平田、櫛田、そして綾小路。

 

そうして特色ある各クラスで、各リーダー候補がどう動き、どう争っていくのか。

そういう人材の配置にしなければ、そもそもクラス同士の競争が発生しない。

優秀な生徒の集まるAクラスの独走で何事もなく終了するはずだ。

 

目的はわからないが、学校側はそういう実験データをとっている。

 

それが俺の結論。

 

2年で言えば、元Aクラスの桐山、鬼龍院が学校の期待したほどのリーダーシップを発揮しなかった結果、南雲の下剋上を許し、独走状態となっている。

他クラスのリーダー候補もすでに退学させられたと見るべきだろうな。

それも1つのサンプルデータであるため、南雲の学年支配を黙認している。

そうでなければ、学校から規制が入らなければおかしいことをアイツはやっている。

 

 

つまりうちのクラスにも、俺以外に学校から期待された実力を持つリーダー候補が配属されていることを意味する。

 

俺は一度そいつにクラスを渡し、俺は俺でやることを進めていく。

それが、クラスの浮上のきっかけ、そして綾小路を倒すための活路になるはずだ。

綾小路を倒すためには、ちょっとやそっとの策じゃ通じねえ。

正直いまも勝てるビジョンはまだ見えていない。

 

だが、まだ見えていないだけだ。ま

だ学校生活は2年以上ある。いくらでもやりようはあるはずだ。

 

そんなことを考えていたら、綾小路がやってくるのが見えた。

さて、俺を呼びつけたんだ、一体どんな話を聞かせてくれるのか……久しく忘れていた感情が胸の奥から湧き上がってくる。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「クク、やけに暖かそうな格好じゃねえか。流石の副会長様も寒さには弱いってか」

 

「そんなところだ。ソフトクリームでも持ってきてくれれば苦しむかもしれないぞ」

 

「ハッ、つまらねえ冗談だ」

 

待ち合わせ場所に先に到着していた龍園。

正直やってくるかどうかは5分5分だったが、この調子なら要らぬ心配だった。

 

「それでイブに何の用だ」

 

「ちょっと世間話でもと思ってな」

 

「そんなもんは、お前の女たちとしておけ」

 

「悪いが、イブを共に過ごしてくれるような女子はいなかった」

 

綾小路グループの集まりは例外として、結局、クリスマスイブを一緒に過ごそうと誘ってくれるような人物はいなかったからな。

おかげで一之瀬にポイントを返せたり、龍園と会う時間ができているわけだが……。

 

「ハッ、面白い冗談も言えるじゃねえか。俺が手を下すまでもなく、そのうち刺されそうだな」

 

「なんのことだか」

 

こちらを煽るように大げさに笑っていた龍園が真剣な顔つきに戻る。

この辺りで本題を切り出した方がいいだろうな。

 

「今日呼び出したのは、昨日のイベントのことで補足しておこうと思ってな」

 

「補足だと?」

 

ギリっとこちらに睨みをきかせてくる。

龍園にとっては余計なお世話かもしれないが、事実確認は大事だ。

今後のためにもコイツの現状は把握しておきたい。

 

「意外とクラスメイトを大事にしているんだな、龍園」

 

「……ふざけたことを言うじゃねえか」

 

「あの屋上からの体育館前の流れ、ポイント獲得を優先するなら適当なところで一之瀬にカギを渡してしまえば確実だった」

 

「お前をぶちのめすチャンスだったからな。そっちを優先しただけだ。その結果はクソみたいだったが」

 

「それも本来のお前ならもっと上手い方法――というより、より卑劣な策を取ってもおかしくない。一之瀬から鍵を奪った後、人質にするのがもっと効率的だしな」

 

「何が言いたい?」

 

「それができなかったのは、南雲からの命令だったから――大方、南雲の策の中で、オレを負傷させる命令が出ていた。ポイントはそのオマケの報酬ってところか」

 

「何から何までお見通しってか」

 

「ペーパーシャッフルの際、南雲と何かしらの取引があったことは想像できたからな。だが、そこでクラスメイトを切らずに、南雲の下につく選択をとるとは思わなかった」

 

「雑魚どもでも、貴重な手足には変わらねえ。それにあれは俺の失態だ。支配者としてあそこで部下を切り捨てんのは三流のすることだ」

 

「お前なりの美学ってことか」

 

龍園なりの哲学があるのか、本心を話す気がないのか。

 

「そんな大層なもんじゃねえ。所詮この学校生活は遊びの延長、いざとなったら退学してやっても良かったんだがな……気が変わった」

 

「というと?」

 

「お前も南雲の野郎もぶっつぶしてやる。こんなに胸が高鳴るのは久々だ」

 

そういう方向で結論を出してきたか。だが、それを実現できるかは別の話。

 

「やる気になるのは結構だが、今のお前のクラスの状況でそれが可能だと?」

 

「無理だろうな。だから、俺はリーダーを引退させてもらうぜ」

 

「引退?」

 

いくつかパターンは想定していたが、一番可能性が低いと思っていた選択肢。

 

「これからうちのクラスを率いていくのは、ひよりだ」

 

「なるほど……少し心配な部分もあるが、考えたな」

 

現状龍園クラスが分裂しているのは、龍園への不満によるところが大きい。

その元凶が退くだけでも、ある程度の変化は見込める。

 

そして新しいリーダーがひよりであれば、オレも敵対する必要はなくなるだろうという算段。B、C、Dクラスで協力し、Aクラスへ攻撃する体制すら考えられる。

 

ひよりは茶道部を廃部から救ったように行動力もあり、学力も高い。

温厚な人柄から、龍園とのギャップで心を許すクラスメイトも多いだろう。

ひよりの洞察力や推理力に、オレも感心させられたことが幾度となくある。

南雲に支配されないだけの自分を持っていることも強みか。

 

問題があるとすれば、本人にその気がないのではないか、というところだが……。

 

その点をどうにかしてクラスの運営を任せ、その間に龍園は龍園で力を蓄える、ということだろう。

ひよりの裏で、虎視眈々とこちらの寝首を掻こうとする。

表立って行動しないだけに、厄介であることは間違いない。

 

「そういうわけだ。新しいリーダーをいじめないでやってくれよ?」

 

「元々オレの望みは平穏な学生生活だからな」

 

「冗談にしちゃ笑えねえな。平穏な生活を望むようなヤツの行動とはまるで違うじゃねえか。俺はてっきり権力振りかざして、ハーレム作って、邪魔者は捻りつぶす快楽主義者だと思ってたぜ」

 

「それこそ笑えない冗談だな……」

 

オレの何を見てそんな発想に至ったのか。

 

「これだけ親切に教えてやったんだ、こっちからも一つ聞かせろ。お前はなんで南雲を放置してんだ?」

 

「オレじゃ南雲会長には勝てないからな、と言ったら信じるか?」

 

何を聞いてくるかと思えば、南雲との関係か。

今のところ放置している理由なんて一つしかない。

南雲に限らず、すべては貴重なサンプルだ。

俺はこの学び小屋で行われているある種の実験をそれなりに楽しませてもらっている。

楽しむ機会を自ら減らすことは誰だってしないだろう。

 

「俺に勝ったヤツが、アイツ以下なはずがねえだろ。南雲の執着からお前たちは権力争いをしてるんだと踏んでたんだがな」

 

「生徒会の権力に興味はないからな。絡んでくるのは南雲の趣味みたいなもんだ」

 

「随分いい趣味をしてやがる」

 

龍園がベンチから立ち上がる。

これ以上話すことはないと判断したのだろう。

 

「次やるときはお前を潰す。それまで精々その平穏な日々を楽しんでおくんだな」

 

そういって寮の方へ歩いて行った。

イブに告白される内容がこれなのは何とも悲しい限りだ。

 

とは言え、昨日のことで、自暴自棄になって周りを巻き込む可能性、戦意喪失して退学する可能性も考慮していただけに戦う意志を捨てなかったことには敬意を表したい。

 

再戦することが叶った時、どんな手を使ってくるのか、楽しみだな。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

龍園との会合のあと、オレはライブハウスに足を運び、綾小路グループでバンドの練習に励んでいた。

 

「演奏はかなり形になってきたな」

 

「ああ。これなら本番も安心だ」

 

明人と啓誠の言うように、短い期間ではあったものの、1曲を集中して練習した結果、音楽としてのまとまりは出てきている。

 

「残る課題は……大きく2つかな」

 

波瑠加が少し頭を抱えている。

 

「まずは、きよぽん」

 

「オレ?」

 

キーボードは、そつなくこなせていると思っていたのだが……。

 

「なんていうか、演奏が完璧すぎるんだよね。グルーブ感が足りない」

 

「……難しい注文だな」

 

グルーブ感。

定義も曖昧なこの言葉だが、演奏で感じる高揚感などを指すらしい。

実際は、その場の演奏の空気を感じ取り、あえてズラしたり、タメを作ったり、緩急を入れたりする、人間味を前面に出した演奏のことのようだ。

……あれ、これ無理かもしれないな。どうやったら出せるんだ?

バンドの演奏で人間味が出るのであればホワイトルームも苦労しない。

 

「清隆は真面目過ぎるからな、もっと気楽に演奏すればいいんじゃないか」

 

「気楽……か」

 

明人からのアドバイス。

つい正確に演奏してしまうのが欠点のようだ。

誰か気楽に演奏してくれたらそれをコピーできるのだが……残念ながらオレ以外にキーボードを演奏できるものはいない。

 

結局、タメや緩急をつけようにも、ここでこうしようと決め込んだ時点でライブ感は失われるわけで、グルーブ感から外れてしまう。

 

複数名で演奏しなければ気づけなかったこと。

なるほど、音楽も奥が深いな。

 

「もう一つは、私たちのダンス……なんか致命的に可愛さがないのはなんでだろ?」

 

「波瑠加がわからないなら、俺達には無理だな」

 

「ううう。私がもっと可愛い女の子だったらみんなに迷惑かけずに済んだのに……」

 

男性陣が可愛い女子やアイドルに疎いため、何のアドバイスを送ることができない。

外村や本堂あたりに見てもらって意見を求めるかと提案したところ、波瑠加から即否決された。

 

そうしてオレはグルーブ感を波瑠加と愛里は可愛いダンスを追い求め練習を続けたが――

 

「あ~、今日はもう無理。何やっても改善される気がしないし、今日はもう上がって気分転換しよ!なんせイブだよ、イブ。皆の衆、パリピになろうっ!」

 

「練習前は、バンドマンにはクリスマスなんてないの、って言ってなかったか?」

 

「みやっちの意地悪」

 

「でも、私もクリスマスらしいことしたい、かな」

 

「俺も否定はしない」

 

「ゆきむーはホント素直じゃないよね。でもありがと」

 

「昨日の打ち上げもまだだし、丁度いいかもな」

 

そうしてオレたちは練習を切り上げる。

外はすっかり暗くなっており、イルミネーションの光に包まれている。

この時期特有の情景は、素直に美しいと思える。

 

「俺も清隆みたいにしっかり防寒対策しておくんだったな」

 

「オレもたまたまだ」

 

それに一之瀬のおかげで寒さは感じない。

クオリティが高いためか、手作りだと誰も気づいていないのは幸いだった。

誰から貰ったものかと追及されるのも面倒だ。

 

「うーん、どこもお店一杯みたい……」

 

イブの夜ということで、カラオケやレストランなどめぼしい場所は混みあっていた。

 

「別に軽食を持ち寄って、誰かの部屋でいいんじゃないか?」

 

「それもそうだね……じゃあきよぽんの部屋に行ってみよー!」

 

「おい、何でオレの部屋なんだ」

 

「なんか一番片付いてそうな気がする」

 

「女子の部屋に行くのは俺にはハードルが高い。清隆の部屋なら安心だ」

 

波瑠加の提案に、啓誠が賛同する。

こちらも特に拒否する理由もないため、承諾し、コンビニに寄って寮へ向かった。

 

「清隆くんの部屋、初めて入るからちょっと緊張するかも」

 

「愛里~エッチな本とか出てきたらどうする?」

 

「えええっ、そ、それは健全な男子ってことだから……うん」

 

波瑠加の無茶ぶりに顔を真っ赤にする愛里。

 

「ということですが、きよぽんさん」

 

「残念ながら何も出てこないぞ」

 

そう言ったやりとりをしているうちに部屋の前に到着する。

 

……その瞬間、背筋が凍るほどの悪寒が走る。

ドアノブを降ろすと、鍵が開いていることがわかったからだ。

 

何も出てこないといったが、あれは嘘だ。

このままじゃ櫛田が出てくる。

エッチな本の発見よりも状況が悲惨なことになるのは火を見るよりも明らか。

 

「すまない。そう言えば、昨日部屋を散々散らかしてしまって人が入れる状態じゃないことを、今思い出した」

 

「えー、少しぐらい気にしないよ?」

 

「いや、畳んだ洗濯物を全てひっくり返してしまったり、朝食をぶちまけてしまったままだったり、実はエッチな本もたくさん散乱している。流石に人には見せられない」

 

「そ、そっか……」

 

オレからの必死の訴えが伝わったのか、そこまで言うならと急遽明人の部屋に変更になった。

 

「オレはちょっと荷物整理してから向かう。少し遅れるかもしれないが気にせず始めててくれ」

 

そういって4人を送りだし、視界から消えたところで部屋に入る。

 

「メリークリスマス、綾小路くんっ」

 

そこには、サンタコスをした櫛田サンタがいらっしゃった。

 

「綾小路くんにはサンタさんからプレゼントだよ」

 

こちらに有無を言わさず、櫛田から手渡された紙切れ。

 

『なんでも堀北退学する券』

 

なんだこれ?

 

「なんだこれ?」

 

思わず思ったことをそのまま口にしてしまう。

 

「やだなあ。そのままの意味じゃない。それを使ってくれたら、綾小路くんが堀北を退学にするって券だよ?」

 

「それオレが使うメリットは……」

 

「私のサンタ代は安くないよ?」

 

「クーリングオフで」

 

とんでもない券は返却させてもらうに限る。

 

「もぉ冗談に決まってるじゃない。本当のプレゼントはこれ」

 

そう言って渡された包みには、恐らく手作りであろう、ツリーやサンタなどの形をしたクッキーが入っていた。

 

「変に重いものを渡して面倒な女って思われるのも嫌じゃない」

 

と、少し目を逸らしながら伝える櫛田サンタ。

 

「ありがとう。大事にいただく」

 

「うん!それじゃ、私、これから女子会あるから、もう行くね」

 

「わざわざ待っててくれたのか。すまなかった」

 

「ううん。本当は一緒に夕飯食べたかったんだけど、そういう会に顔を出しとかないと男ができたとか疑われちゃって、面倒だからさ。また、今度ご飯は作りに来るから」

 

「ああ。楽しみにしておく」

 

危なかった。

櫛田が夕飯を作っていた場合、綾小路グループの会への参加が危ぶまれたが、その場合、誰かオレの部屋に様子を見に来てもおかしくはなかったからな。

 

女子会を開いてくれたメンバーには感謝しかない。……本当に女子会はあったのだろうか。ドアの前での会話は部屋の中に届いていてもおかしくはない。

 

ふと気になりもしたが、待たせても悪いのでオレも明人の部屋に向かった。

 

「メリークリスマス、きよぽん!ささ、駆けつけ一杯行ってみよう」

 

「何のノリだ、それ」

 

「パリピ感だよ、パリピ」

 

パリピか……世の中にはまだまだ分からないことが多いな。

 

「ま、波瑠加の事は放っておいて楽しもうぜ」

 

「コラコラ」

 

明人の提案にピシッとツッコミを入れる波瑠加。

 

「では改めて、メリークリスマス&リアルケイドロお疲れ―&コウィケガンバロー」

 

「どれにのればいいかわからんな」

 

「全部全部!」

 

そうして5人で賑やかな時間を過ごした。

ホワイトルームではただの一日に過ぎなかったクリスマスイブ。

一之瀬から始まり、多くの人と過ごした一日となった。

こうして過ごすことのできるありがたさを感じることとなった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

見えるけど見えないもの

12月25日、クリスマス。

 

雪の降る中、遠く輝くイルミネーションの光と今にも沈みそうな夕日に照らされて、どこか物寂しさを漂わせる並木通りの外れ。

 

隣には佐藤さん。

ちょっと手を伸ばせばお互いの手が触れてしまいそうな距離で歩いている。

 

寮が近づくにつれ、その足取りは次第にゆっくりと、交わす言葉も少なくなっていく。

そうしてしばしの沈黙が流れ、大きな樹の近くで佐藤さんが歩みを止めた。

 

振り返れば、じっとこちらを見つめていた。

 

のは、佐藤さんだけではなく、茂みの中に隠れている奴らもだろう。

 

昨日は、多くの人物と過ごす一日も悪くないといったような感想を抱いたがあれは訂正だな……今オレの思考は、1人で穏やかに過ごしたい、ただそれだけだった。

 

どうしてこんなことになっているのか。

いや、これこそホワイトルームでは学べなかったことと迎合するべきなのか……。

 

ぎゅっと胸の前で腕を組み、何かを伝えようとこちらを見つめては、俯き悩む佐藤さん。

 

そんな佐藤さんの様子を観察しながら、今日一日を振り返る。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

今日は佐藤さんと出掛ける約束の日だ。

人生初の異性と2人で過ごすクリスマス。

 

ペーパーシャッフルのお礼をしたかったため丁度良かったのだが

クリスマスに男女で出かけることの意味を、波瑠加を筆頭に友人たち、生徒会メンバーからはあれやこれやと注意を受けた。

 

だが、そうなったらそうなったでいいのではないだろうか。

オレも健全な男子高校生。男女の付き合いというものにも興味はある。

相手が佐藤さんなら特に不満もない。

 

今日一日はそういったことも含めて、良い判断材料になるだろう。

そのため、あえて事前に佐藤さんの情報は仕入れず、自分の目でじっくり観察させてもらうことにした。

 

待ち合わせ場所はケヤキモール入り口。

こういう時は男がエスコートするものだと雑誌で読み、それなりに準備をしていたのだが今日は佐藤さんの方でスケジュールを立ててくれるとのことだ。

本人が行きたい場所に行くのが一番、今回はお任せすることにした。

 

待ち合わせ場所で待機していると、程なくして佐藤さんの姿が遠目に確認できた。

少しして向こうもこちらに気づいたのだろう、小走りで可愛く駆け寄ってくる。

 

「おはよー綾小路くん!」

 

近くに寄って立ち止まると嬉しそうに微笑む佐藤さん。

 

「今日も素敵だな」

 

「え、あ、ぅ、うん。ありがと……あ、綾小路くんもカッコいいよ」

 

雑誌でクリスマス特集を読み漁ったり、ネットでデートのイロハを研究した結果どの情報源でも、第一声は相手の容姿を褒めることと書いていたため実践してみたが、一定以上の効果があったようだ。

 

昼前とは言え、それなりの寒さであったが、パタパタと手団扇で顔に風を送る佐藤さん。

 

「予定より早い合流になったが、最初はどこに行くんだ?」

 

「映画を一緒に見たいなって思って。予約もしてあるよ」

 

そういって携帯を取り出し予約画面を見せてくれる。

 

「上映時間まではまだ余裕があるが、移動するか」

 

寒い外にずっといる必要もないと思ったのだが、佐藤さんはじっとして動かない。

 

「えっと、ちょっと待って……映画館に行く前にここでちょっとお話したいというか、外の風に当たりたいというか……」

 

「そういうものなのか」

 

「うん。さっき走ったから息を整えたいなぁって」

 

視線をキョロキョロさせて周囲を見回す佐藤さん。

もしかしたら緊張しているのかもしれない。

そういうことであれば、こちらから話題を提供して少しでもリラックスしてもらうか。

 

待ち合わせ場所でする会話の鉄板ネタは――これから行く場所の話と書いてあった。

 

「佐藤さんはよく映画を観るのか?以前、映画館でばったり会ったこともあったが」

 

「うーん、映画館で観るのは、そんなにないかな。話題のやつとかをみんなで観に行くぐらい。綾小路くんは?」

 

「オレは結構休みの日は観に来ることが多い。どんな映画からも学ぶことはあるからな」

 

そんな風に自然と会話が続いていく。

初デートで会話に困らない特集に間違いはないようだ。

 

「綾小路くん、佐藤さん、おはよう!」

 

と、本来の待ち時間が近づいてきたところで、後ろから声を掛けられる。

 

振り向けば、平田と軽井沢が近づいてくる。

偽装カップルの2人がわざわざクリスマスに出掛けるのは、周りへのアピールに他ならないだろう。こんな日まで偽装工作とは偽りの関係を続けるのも大変だな。

 

「軽井沢さん、おはよー。ぐ、偶然だねっ!」

 

佐藤さんは軽井沢の方へ近づいていき、楽しそうに会話を始める。その様子を嬉しそうに見つめる平田。

 

「そっちもデートか」

 

「うん。軽井沢さんが誘ってくれてね。おかげで淋しいクリスマスにならずに済んだよ」

 

「平田なら引く手数多だと思うけどな」

 

実際今日が暇だと公言すれば、みーちゃんをはじめ多くの女子が放っておかなかったのではないだろうか。平田のスケジュールを管理して、レンタルを始めれば一山当てられるかもしれない……。

 

「あはは……綾小路くんも似たようなものだと思うよ。佐藤さんが羨ましいって人は多いんじゃないかな」

 

「そんなことはないだろ。現に誘ってくれた女子は佐藤さんだけだった」

 

「教室で大々的に出掛ける約束してたし、みんな遠慮したんだと思うよ」

 

平田も自分が人気者だから感覚が麻痺しているのだろう。

モテる男と同じ基準で考えられても困るというもの。

 

「それじゃ、長居しても悪いし……そろそろ行こうか、軽井沢さん」

 

こちらに気を遣ってか、平田が軽井沢へ退散を促す。

平田もせっかくのクリスマスだが、偽装工作頑張ってくれ、そう思って2人を送りだそうとしたのだが――

 

「せっかくだからさ、Wデートなんてどう?」

 

軽井沢のそんな一言で早くもクリスマスデートは普通から遠のいていった。

流石にWデートの過ごし方は検索していないのだが、基本は同じで良いのだろうか……。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

『リアルケイドロ』が終ってから、佐藤さんと食事に出かけた私は、クリスマスにWデートでアシストして欲しいという相談を受けた。

 

『平田くんと入学早々付き合うなんてすごい』

『2人は理想のカップル』

『綾小路くんとも仲良しでホント尊敬しちゃう』

『実は恋愛経験なくって……助けて欲しいの』

 

そんな風に言われたら無下にすることもできない。

学年でもトップクラスの人気者の平田くんの彼女。

そして生徒会副会長で人気急上昇中の清隆の友だち。

佐藤さんから見れば、私以上の助っ人はいないだろう。

 

清隆のスペックを考えると、急がないと誰かに取られてしまうなんて焦りも理解できる。

 

どういうつもりで清隆がクリスマスデートをOKしたかわからないけど2人がくっついてしまえばここ最近の私の悩みも解消するし、別に清隆に彼女ができたからって友だちじゃなくなるわけではないんだし……。

そんなこんなで今日は佐藤さんのために一肌脱ぐことにした。

 

Wデートの提案はちょっと強引だったけど、平田くんも清隆も了承してくれたし、ここからはさりげない会話で清隆の好きなタイプとか聞き出してイイ感じに盛り上げる。

どうせ清隆の事だから、いつも通りあんまりしゃべんないだろうし、ここは腕の見せ所よね。

 

「クリスマスと言えば、サンタクロースだが、そのサンタさんにもちゃんと奥さんがいるらしい。しかも、英語圏では慎ましく夫を支える女性らしいんだが、本場のフィンランドでは魔女の家系に生まれた神秘的な女性とされているとか」

 

「へぇーそうなんだ!知らなかった。綾小路くん、何でも知ってるんだねっ」

 

季節感のある雑学を披露する清隆。しかもさりげなく夫婦の話題を出すのも何かいやらしい。

 

「佐藤さんはネコ派、イヌ派とかあるか?」

 

「私はネコ派かなぁ。実家で飼ってるんだー。可愛いんだよ?」

 

「それはいいな。この前のイベントじゃ南雲がネコを撫でてて、ちょっと羨ましかった」

 

「あれぬいぐるみだったじゃん、綾小路くんも冗談言うんだね」

 

何気ない雑談から相手の好みを聞いてオチまで用意してる!?

何よ、清隆、めちゃくちゃ積極的じゃない!?

アイツ、今日、佐藤さんを落とす気なんだ……。

……クリスマスだからってエッチなこと期待してるとか?

ああ、もう。清隆も立派な男の子だったってことね!!

 

清隆の思わぬ積極姿勢に動揺してしまう。

別にいいんだけどさ。

私たちと違って、お互い好き同士で付き合えるなら、それが一番じゃない。

 

チクチクチクと胸を刺す痛み、そんな何かには気づかないフリをして私も話に入っていく。

 

「動物と言えばさ、この前、子犬みかけたよー」

 

「本当か軽井沢、あとで目撃した場所と日時を教えてくれ」

 

やたら食いつきがいい清隆。意外と動物好きなのかもしれない。佐藤さんだけでなく、ちゃんと私とも話してくれるのは……少しだけ嬉しかった。

 

「別にいいけど。確かに、動物と触れ合いたいよね。この学区内、鳥ぐらいしか野生の動物いないし」

 

「それなら、1月中旬に動物カフェができる予定だ」

 

「そうなの?」

 

「ああ。生徒会で誘致したからな」

 

「わぁ、じゃあさオープンしたら一緒に行こうよ、綾小路くんっ!」

 

「……それは構わないが、人は選ぶと思うぞ」

 

「どういうこと?」

 

「そこはできてからのお楽しみだな」

 

佐藤さんもしれっと次のデートの約束してるじゃない。

……今日、私のアシスト必要だった?

 

順調に距離を詰めていく2人。

ふーん、そういうことなら私だって平田くんの腕、ぎゅっと握っちゃうんだから。

 

「軽井沢さんはこのままでいいの?」

 

「なんのこと?」

 

「いや、余計なお世話だったね。つい心配になっちゃうのは僕の悪い癖だ。ごめん」

 

2人へ聴こえないように小声でこちらを気遣ってくれた。

彼氏役が長いだけあって、私のちょっとした変化にも気づいて反応してくれる。

本物の彼氏であれば、まさに自慢の彼氏だったろうと思う。

 

「えっと、その、綾小路くんはさ、す、好きな女の子のタイプとかある?」

 

こちらがこそこそ話している間に、気になる話題に移っていた。

清隆のリアクションが良いからか、佐藤さんも積極的になってきたのかも。

 

「そうだな……元気系とか」

 

「「元気系ぃ?」」

 

誰のこと思い浮かべて言ってんの……って清隆の身近にいる元気系なんて一人しかいないじゃない。

あーあ、元気系なんて言っちゃってるけど、結局は清隆も胸の大きさで選んでるんじゃない。

 

と思ったけど、口にした清隆自身がこちらのリアクションをみて、何やら戸惑っている様子。

 

「もしかして清隆はさ、世の中には元気系か大人しい系の女の子しかいないと思ってるんじゃない?」

 

それでいけば、佐藤さんも……私も元気系だろう。

 

「そんなことはない。堀北の様なツンツン系がいることも把握しているぞ」

 

「堀北さんはただのブラコンじゃん。お兄さん以外に興味がないだけ」

 

「そうなのか。どおりで全くデレがないわけだ」

 

「ふーん、デレた堀北さんがいいんだ」

 

「ツンツンよりはマシだろ」

 

「どうだかねー、さっきの子犬の話と言い、甘えてくる系に弱いとか?」

 

清隆の言う好みが全く当てにならないことだけは確かね。

そんな話をしながら4人で歩いて、映画館が近づいてきた時だった。

 

「よぉ!ちょっといいか」

 

突然現れた南雲生徒会長が話しかけてきた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

突然なぐもんがあらわれた。

なら、今日に相応しいあいさつをしなくてはいけないな。

 

「南雲会長、メリクリっす」

 

「……綾小路、お前、俺に対してその路線で行くつもりか?」

 

「南雲会長も堀北元会長に対してこんな感じでしたよ?そこに何の違いもないじゃないですか」

 

「俺のは愛嬌のある後輩キャラ作りだ」

 

「オレも同じだと思うんですけどね」

 

「良かったね、気軽に挨拶してくれるなんて雅も後輩に懐かれてるってことじゃん」

 

隣にいた朝比奈が間に入る。

決して懐いているわけではないのだが――ちょっと嬉しそうにするなよ南雲。

 

「朝比奈先輩、おはようございます」

 

「おい」

 

「うん、おはよう!丁寧でいい挨拶だね」

 

「おい」

 

「ちょっとした冗談じゃないですか」

 

「そうだよ、後輩君が絡んできてくれてるんだから、ドーンと構えるのが先輩じゃない?」

 

なぜか朝比奈がこちら側についてくれているので、2対1で南雲を攻撃することに。

 

「チッ、まあいい。今日はデートか、綾小路?」

 

「まあそんなところです」

 

「ここにいるってことは映画か?偶然だな、俺たちも映画でも観ようかって話してたんだ」

 

偶然か……。南雲の意図は読めないが、歓迎すべき状況でないことは確かだ。

 

「ワワッ、綾小路くんと南雲先輩、朝比奈先輩、コンナトコロデ奇遇デスネ」

 

やたら棒読みで聞きなれた声がする。

その方向からは、一之瀬が白波を連れて歩いてきた。

 

測ったかのようなタイミングの登場にじっと一之瀬を凝視する。

目が泳ぎまくる一之瀬。

そしてなぜか睨みを利かせてくる白波。

 

「ソウナンデスか、私たちも映画を観に来たんデス」

 

硬さがほぐれてきたが、こちらはまだ何も言っていないのに妙なことを言う一之瀬。

まるで台本のセリフをいくつか飛ばしてしまったようだ。

 

「帆波たちもか。せっかくだ、みんなで観ようぜ」

 

「そうだな、その方が感想も言い合えて楽しさも倍増だ」

 

「デスネ、桐山先輩!」

 

いつの間にかやってきた桐山や殿河、溝脇、その他の生徒会役員。

当然の如く、会話に交じっている。

 

……本来の入るタイミングは一之瀬が出てきた直後ぐらいだったんだろうな。

 

そんな寸劇は置いておくとして同調圧力、ついでに生徒会権力も相まって、平田たちもノーとは言いづらい様子。ここはオレが断りを入れるべきだろう。

 

「あれれー、綾小路くんだ。こんなところで偶然だね」

 

そんなところに新たな乱入者が現れた。

櫛田が、須藤、山内、外村、鬼塚を連れて近づいてくる。

池はいないが、なんだろうこのメンツ、コイツらをぶち込めば色々台無しにしてくれるでしょ、みたいな期待感がこめられてないか?

 

「映画観るんだ?私たちも一緒していい?あ、でも生徒会の人もいるし悪いかな?」

 

台本外の人物の登場に慌てる生徒会組だったが、南雲が前に出てくる。

 

「いや、そんなことはねえさ。せっかくの機会だ、綾小路のクラスメイトと交流するのも悪くないぜ」

 

利害が一致すると判断したのだろう。南雲が櫛田の提案を受け入れる。

 

ややこしいことになってきた。

生徒会だけなら、『普段交流のないメンバーもいるので』と断れたが、同じクラスの連中が混ざるとその手がつぶれる。どちらも断るか、受け入れるかの2択。

ただし、断るならクラスメイトの同行を拒否する明確な理由を考えなくてはならない。

 

そして拒否する理由を『デートだから』などと答えたら、このメンバーによってオレと佐藤さんのあらぬ噂が広まることは想像に難くない。

 

仕方がない、ここは全員で映画を観るか。

いくら一緒に観るとはいえ、広い映画館、みんなで仲良く一列に並ぶわけではない。

既に席は取ってあるようだし、バラバラでの配置ならそこまで気になることもないだろう。

 

すまないと佐藤さんに目配せすると、大丈夫と頷いてくれた。

 

どんどんデート感が薄れて行ってしまうことを残念に思うのだからオレも少なからずこの日を楽しみにしていたのかと改めて実感する。

 

結局、映画を観に来たのか、映画を観に来た風の人物たちに様子を観られに来たのか、よくわからないような時間を過ごすこととなった。

 

しかし、こんな中でも映画を観ながらうるうると涙目になる佐藤さん。

なんて感受性豊かなんだろうか、面白い話だとは思ったがオレにはさっぱり感動ポイントがわからなかっただけに羨ましく思えた。

命の宿ったおもちゃたちが、大人になった子供と遊んでもらえなくなり、紆余曲折あって次の子どもへと受け継がれていく、そんなストーリーのアニメ。

不要になったら捨てるだけ、そこに何かドラマが生まれるはずもない……そう思うのだが――――。

 

「にしても綾小路、この裏切り者~」

 

エンドロールまで見終えて佐藤さんと一緒に映画館の外に出ると、山内が絡んでくる。

 

「いつから付き合ってんだよ、くそ、ずりぃなあ。まあ、オレには櫛田ちゃんがいるからいいんだけどよ」

 

山内の後ろから出てきた櫛田から禍々しいオーラが一瞬放たれた気がしたが、気のせいだと信じたい。

 

「えっと、私たちまだ付き合ってないけど、やっぱりカップルに見える?」

 

「見える見える。もう一線超えちゃってんじゃないかってぐらいだぜ」

 

「もぉー変なこと言わないでよね、ねえ、綾小路くん」

 

山内、デート中に下ネタはNGと書いてあったぞ。

 

「そうだよ、綾小路くんも困ってるよ」

 

「わかってねえなぁ、櫛田ちゃん。綾小路も喜んでるって、な?」

 

本当の意味でのキラーパスを山内が放ってきた。

返答を誤れば、しばらく櫛田の料理はめざし定食になるかもしれない。

だが、露骨に否定してしまえば佐藤さんが傷つく。

 

「あー、悪い、オレは山内のようになじられて喜ぶ性質じゃないんだ」

 

「えー山内君ってそっち系なんだ……」

 

「ちょっと関わり方考えよー、下手に罵倒できないじゃん」

 

「ちょ、違う、違うって。俺は責める方が大好きなんだって」

 

「それはそれでキモイ、って、しまった、罵倒しちゃダメなんだった」

 

佐藤さんと合流してきた軽井沢がそんな感想を漏らす。

キラーパスにはそのままキラーパスで返す。話題を山内に切り替えさせてもらった。

撃っていいのは撃たれる覚悟のあるやつだけだぞ、山内。

 

「んで、次はどうするんだよ、綾小路?」

 

「オレたちは食事の予約があるんでこれで。南雲先輩たちも良いクリスマスを」

 

「そうか、なら仕方ねえな。俺達はカラオケでも行くか。おい、せっかくなんだ、奢ってやるからお前ら一年も来いよ」

 

そう言って櫛田チーム、一之瀬チームも連れてカラオケに向かっていく一同。

 

「雅、なんかやけにあっさりじゃない?」

 

「勘違いするなよ、なずな。こう見えて後輩の恋路は応援してんだぜ」

 

「なんか怪しー」

 

南雲が特に何もせずに、ましては明らかにこちらを邪魔しに来たであろう櫛田たちを入れて行った。

 

「……どういうことだ?」

 

本当にたまたま同じタイミングで映画に来ただけとは思えないのだが……。

そんな風に疑っていると、佐藤さんが目を輝かせて話しかけてくる。

 

「綾小路くんってやっぱりすごいね、生徒会長にあんな話し方できるなんて」

 

「僕もそう思うよ。南雲先輩相手だとサッカー部のみんなも畏縮しちゃうから」

 

「いや、南雲だしな」

 

オレから見えている南雲像と他から見えている南雲像が時々ズレるな。

意図的だとしたら大したものだが……。

 

「予約時間もあるし、レストランに移動しよー」

 

軽井沢からのあまりにも自然な提案。

 

「レストラン、2人の分の予約してあるのか?」

 

「あ、うん、さっき佐藤さんに変更してもらったんだ」

 

「さすが佐藤さん、手際がいいな」

 

「……清隆、アンタ本気なの?」

 

「何がだ?」

 

「『何がだ?』じゃないわよ。わかってんでしょ」

 

「そうだな……それは佐藤さん次第なんじゃないか?」

 

今日一日がオレたちの関係を変えるかどうかは佐藤さん次第、最初から決めていたことだ。

 

レストランでの食事も鉄板ネタで会話をしていき、佐藤さんと楽しく話ができた。

食後はケヤキモール内を遊び歩き、気づけば時刻は5時前。

 

「それじゃ、あたしたちは……そろそろ帰ろうか、平田くん」

 

「そうだね、今日は2人ともありがとう。楽しかったよ」

 

これまで何かとこちらに絡んできた軽井沢からの急な解散宣言。

任務を完了したのか、オレたちを2人きりにする目的があるのか。

 

平田を連れてあっさりと寮の方へ歩いていった。

 

「……ちょっと遠回りして帰らない?」

 

2人を見送り佐藤さんからそんな提案を受ける。

断る理由はもちろんないため、承諾する。

 

「そうだな……じゃあ向こうの道を使って帰るか」

 

そうして並木道を通って帰る道を選ぶ。

平田たちが帰った方向以外で寮に向かうならこの道になる。

 

「あの2人ってすごいよね、ラブラブなんだけどそれを見せつけてこないところとか、熟練のカップルって感じ」

 

ラブラブに見えないのは別の理由だろうが……。

ただ軽井沢は偽装効果を上げるため、平田を上手に立てるような立ち回りをしている。

それが彼氏を第一に想い支える姿勢に見えなくもない。

 

「憧れちゃうよね~」

 

「そうだな」

 

憧れとは違うが、あの関係を貫ける2人の在り方は面白いと思う。

 

そんな話をしながら、ふと会話が途切れ、しばしの沈黙が流れる。

隣を歩いていた佐藤さんが足を止めた。

……何のために、といったことは考えるまでもないだろう。

 

今日一日のデートを経て、佐藤さんが出した結論を受け止める時が来たようだ。

 

そう思い振り返ると……茂みの方から、視線、気配を感じる。佐藤さんは今にも告白してきそうな勢い。

 

だが、このままここで公開告白させるのはあまりに不憫。

 

「佐藤さん、少し目を瞑ってくれないか?」

 

「えっ……あ、う、うん」

 

オレのお願いに戸惑いながらも目を瞑る佐藤さん。

 

オレはしゃがんで地面の雪をすくい雪玉を作り、気配のする茂みへと投擲する。

 

「ッゥゥ」

 

ドカッと命中音の後、痛みを堪える声が聞こえてきた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「ここまでで大丈夫、今日はありがとね、平田くん」

 

「うん、こちらこそ。また何かあったらいつでも連絡してね」

 

平田くんと途中で分かれて、私は急ぎ移動する。

帰ったと思わせて、告白ポイントに先回りするためだ。

 

佐藤さんは『伝説の木の下』で告白予定。

そこで2人の行く末を見届けなくては……。

 

ところが、そのスポットに到着すると先客が何人もいた。

 

「あれ、軽井沢さん?」

 

「えーと、一之瀬さん達はここで何を?」

 

「あ、えーと、何というか、かくれんぼ、みたいな?」

 

「帆波、こいつも同志だ。無理に隠す必要はないだろ」

 

そう話すのは南雲会長。

 

「カラオケに行って帰ったと思わせて、このタイミングを待ち構えていたのさ。俺には奴の位置を把握する方法があるんでね、方角的にこのスポットを狙ってることは察しがついたからな」

 

「ここ、そんなに有名なんだ……」

 

「私たちの代でも、3組ぐらいここで告白して成功させてるからね~」

 

朝比奈先輩が補足してくれる。

 

「でも、ホント見守るだけだからね?邪魔しちゃダメだよ、雅」

 

「なーに、綾小路の野郎がヘタレないか確認できればそれでいいと思ってる」

 

「え、南雲先輩、邪魔しないんですか?」

 

「帆波には悪いが、そのつもりはないぜ。恋ってのは障害があった方が燃え上がんのサ。俺が圧をかけたことで邪魔されるわけにはいかないと綾小路も焦ったはずだぜ」

 

「南雲が応援側に回るとは……どんな風の吹き回しだ?」

 

「別に大した理由なんかないさ。桐山にはわからないだろうが、女ができると男は変わんだよ」

 

「……南雲先輩ってホント役立たずですよね。もっと高笑いしながら、意地悪く登場して、人の告白を台無しにするような人だと期待してたのに……」

 

「帆波、なんか言ったか?」

 

「いえ、何も。南雲先輩がおっしゃると説得力が違うなって。普段は障害になってばっかりですもんね」

 

「だろ。帆波もやっと俺の良さがわかってきたな」

 

生徒会の人たちっていつもこんなんだろうか。

清隆も清隆で色々大変なのかもしれない。

 

「あっ」

 

遠くから2人が歩いてくるのが見え、私と生徒会の人たちは茂みの裏に隠れて息をひそめる。

何となく会話が聞こえてくる。

ああ、佐藤さん、やっぱり告白するんだ……。

清隆もノリ気だったし……。

 

「こりゃあ、めでたくゴールインだな」

 

「しっ、バレちゃうよ雅」

 

「大丈夫、大丈夫…ってなんか急に綾小路、しゃがみ出したぞ……ツウウ」

 

雪玉が飛んできて南雲会長の顔面に見事命中する。

滅茶苦茶痛そうにしてるけど、声を出したら存在がバレてしまうので我慢している南雲会長。

ってか、雪玉投げ込まれた時点でバレてんじゃん、私たちがいること。

 

清隆からの警告。これ以上邪魔するなってことよね……。

 

「おい、綾小路のヤツがお持ち帰りしやがったぞ!」

 

顔についた雪を払い落しながら南雲会長が指をさす。

見れば佐藤さんを抱えて、走り去る清隆。

 

「綾小路くん、なんて大胆なの」

 

「あいつも相当溜まってやがったのか……追うぞ!」

 

朝比奈先輩が目を見開いて様子を眺め、南雲会長は追跡をする構え。

 

でも、警告もされたし、逃げるってことはこの先は本当に2人になりたいってこと。

なら、これ以上踏み込むのは間違いだ。

 

「あの――」

 

どこまで効果があるかわからないけど、生徒会の人を止めようとした時だった。

 

「そこまでです!」

 

反対側の茂みから出てきた2つの影が南雲会長の進路に立ち塞がった。

 

「あ、あなたたちは!!」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「あ、綾小路くん、いくら何でもステップを飛ばしすぎっていうか……心の準備が、ね?」

 

オレに抱えられ、最初は驚いていた佐藤さんだったが、現状を整理したのか、顔を赤くしながらそんなことを言ってくる。

 

「突然のことで申し訳ないが、しばらく黙って従って欲しい」

 

「う、うん……強引なところも、あるんだ――ギャップでいいかも」

 

あの場での告白はマズいと判断し、場所を移す為、佐藤さんを抱え走っていた。寮を通り過ぎて、学校に向かう方向の並木道に差し掛かる。

 

「え、寮の中で……じゃないの?」

 

「あの場所は少し目立つかと思ってな。ちょっと場所を移動したかったんだ」

 

安全という意味ではどちらかの部屋が一番かもしれないが前日の例もあるし、この後のことを考えると室内はよろしくない。

 

学校側の並木通りは、冬休み中ということもあり、人通りがなかった。

南雲たちも追跡してくるものと思ったが、なぜかやってくる気配がない。

雪玉が効いたのか?

 

そこでゆっくりと佐藤さんを降ろす。

 

「えっと、今度歩き疲れた時はお願いしようかな」

 

「佐藤さんのお願いなら叶えようと思うが……頻繁にすると葛城2号みたいになってしまうな」

 

「それはちょっと悪目立ちしちゃうね」

 

そんな話をしながら、急な出来事を消化し終えたのか、佐藤さんの顔が真剣なものへと変化する。

 

「ねえ、綾小路くん、今日は楽しかった?」

 

「ああ。もちろんだ」

 

「でも、今日一度も笑ってないよ?」

 

「笑ってないか……」

 

南雲たちの横やりはあったものの、素直に楽しい時間を過ごせていたのだが。

佐藤さんはオレの表情に笑顔が見られなかったことを気にしていたようだ。

どう説明しようかと考えていると佐藤さんが話を続ける。

 

「やっぱり、前に堀北さんを虐めようって言ったこと……気にしてる?嫌だよね、自分の友達を傷つけようとした相手といるの」

 

映画を観ていた時とは違った意味で瞳に涙が浮かんでくる。

 

「そんなこと、全く気にしていない。すっかり忘れていたぐらいだ。佐藤さんのことを嫌っているなら、そもそも今日を一緒に過ごそうなんて思わないぞ」

 

入学して間もない頃の堀北がツンツン全盛期。

クラスメイトを馬鹿にしていたため、良い感情を持たれていなかった。

そんな時、グループチャットで堀北を虐めないか提案したのは、佐藤さんだったな。

 

だが、そのくらい可愛いじゃないか。

実際に行動に移したわけではないし、行動したとしても佐藤さんがそこまで酷いことをするとも思えない。

こっちは毎日のように退学するよう迫ってきて、実際に行動を起こしまくるようなヤツと一緒に居るんだ。

それと比べれば、あまりに小さい問題と言わざるを得ない。

 

「……本当に?」

 

「ああ、本当だ。あれは堀北の態度にも問題があったし、そのぐらいで人の評価を決めたりはしない」

 

それを聞いて少し安心したのだろう、ホッと息を吐く佐藤さん。

ただ、それならそれで、オレが笑っていなかった理由がわからなくなる。

 

「……ならやっぱり笑ってなかったのは楽しくなかったから?」

 

「個人的には精一杯笑っていたつもりなんだが……単純に笑うのが苦手なだけなんだ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

なかなかこちらの気持ちを伝えるのは難しいな。

佐藤さんと出掛けるということでかなり準備してきたのだが、まさかそんなことを気にしていたとは思わなかった。

 

「だったら、いつか綾小路くんが笑顔になれるように、傍にいたい……私と付き合って綾小路くん」

 

一陣の風が、すっと吹き抜ける。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「堀北先輩に、橘先輩!?なぜここに」

 

前会長と書記の人が南雲会長の前に立ちはだかる。

 

「俺が逐一お二人にチャットで報告してたからな」

 

「桐山、余計なことを」

 

どうやら桐山って人が、今日の行動を2人に伝えていたようだ。

……何のために!?

あ、こうなることを予想してたのかも。

自分たちじゃ止められないから、止められる人を呼んだってこと?頼りなさそうだけど、やるじゃん、桐山先輩。

 

「結論は綾小路くんが出すことです。邪魔するのは無粋ですよ」

 

「……でも、ここにいたってことは先輩たちも覗いてたんっスよね?」

 

「うっ……それは――」

 

「俺たちはあくまでもお前たちの監視だ。暴走しそうになったら止めるためのな」

 

「その通りですっ!恋はみんなに平等、そして告白する勇気を出したチャレンジャーの邪魔をするものではありません」

 

文句があるなら、先に告白しろってことね。

私は偽装だけど、入学早々に平田くんと付き合ったように、恋は早い者勝ちなのだ。

 

「俺は邪魔する気はなかったんっスけどね。どうなったか気にならないんっスか?」

 

「それは話したくなったら綾小路の方から話してくれるだろう。こちらから聞き出すものでもなければ、盗み聞きするものでもない」

 

「綾小路くんなら、私たちには話してくれると信じてますしね」

 

「ちょ、ずるいっすよ、そんなの」

 

納得がいかない様子の南雲会長。

……清隆は私にどうなったか教えてくれるだろうか。

私はその話を黙って聞けるのだろうか。

 

「……そうですね、私、間違ってました。こんなことしても綾小路くんから嫌われちゃうだけだ」

 

「私はちょっと状況次第ではケアが必要になるかもしれない子が近くにいたから知りたかっただけですし、そういうことならここまでかな」

 

一之瀬さんと朝比奈先輩は追跡を諦めたようだ。

 

「はぁぁ、しゃーないっすね。今日はこれまで。帰るか、なずな」

 

「私が責任もって送っていくのでご心配なく」

 

そうして帰っていく南雲会長と朝比奈先輩。

桐山先輩は堀北元会長と話していて、一之瀬さんは橘先輩に抱き着いている。

 

何だか残された気分の私は、夕焼け空を見上げ、ゆっくりと舞い降りてくる雪を眺める。

 

「清隆、なんて返事したんだろ……」

 

誰に聞かせるわけでもなく、そんな言葉を呟いた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「――私と付き合って綾小路くん」

 

風が吹き抜け、佐藤さんの髪が揺れる。

 

人生で初めて受ける告白。その返事は、今日一日を共に過ごしてすでに決めていた。

 

「悪い、佐藤さん。気持ちは嬉しいが、その想いにこたえることはできない」

 

勇気を出して告白してくれた佐藤さんに対して、素直な気持ちで答えた。

 

「……そっか、ダメ、か。……ここ、伝説の木の下じゃないしなぁ」

 

佐藤さんは必死に涙を堪えながらも笑顔を作ろうとしている。

デートの最中にそれなりの手ごたえは感じていたかもしれない。

なんせ、デート特集に記載されていた通りの行動をオレは実行していたのだから。

 

王道が王道であるのには理由があるように、マニュアルがマニュアルであるのにも理由がある。

多くの試行錯誤を繰り返した先駆者たちの努力の結晶だ。それなりの効果は見込める。

 

「よ、よかったら……その、理由を教えてもらえない、かな……他に好きな人がいるから?とか」

 

「好きな人か……」

 

『恋愛における好き』がまだよくわかっていない以上、その点で佐藤さんの告白を断ったわけではない。

ただ、奇しくも佐藤さんの告白の言葉が、ある人物のくれた言葉を彷彿とさせた。

そうであれば、隣にいて欲しいのは、残念ながら佐藤さんではないような気がした。

 

とはいえ、いずれにせよ結論は出ていた。

恋愛が、マニュアル通りに進むのであればそれほどつまらないものはない。

マニュアルで済むなら、わざわざ実体験する必要性がないからだ。

オレがホワイトルームを抜け出してまで体験したかったことは、データや文字情報だけではわからない、その先にあるもの。

 

狭い学校内、そんなに簡単に恋人をとっかえひっかえできるわけではない。

学習レベルに合った参考書を選ぶように、オレはもっと学びの多い恋愛を選びたかった。

 

今日一日ともに過ごしてみて、楽しかったことは事実。

だが、あえてマニュアル通りの行動をしていたオレに対して、想像を超えるものを提供してくれたのは、悲しいことに佐藤さん以外の人物たちだった。

 

「情けない話だが、オレはまだ誰かを好きになれたことがないんだ。それは佐藤さんに限らず、他の誰でも変わらない」

 

「……そっか。私、急ぎすぎちゃったのかもしれないね。一回のデートじゃ相手の事なんてわかんないよね」

 

俯く佐藤さん。

オレが告白を断ってしまったことで少なからず、心に傷を負ってしまったはず……。

もういつものようにニコニコしながら手を振ってはくれないかもしれない。

恩も返していないまま、気まずい関係になってしまうのは――少し残念だ。

男女の関係は難しい。執事とお嬢様の関係性だったらどんなによかったか。

 

「オレはチャンスを逃してしまったのかもな」

 

馬鹿な選択をしたということはわかっている。

試しに付き合ってみる、ぐらいの返事で曖昧な関係になることもできたかもしれない。

恋の傷は恋で癒すしかない――と特集には書いてあったか。

佐藤さんもいつかは立ち直って次の恋に向かうのだろうか。

 

「……だったらさ、まずは友達から――軽井沢さんの様に私とも今より仲良くなるっていうのは……どう、かな?」

 

まだチャンスは逃していないとでも言うように、ある種の救いを求めるように、なんとか絞り出した声で佐藤さんは提案する。

 

ここでイエスと答えるのは簡単だが――佐藤さんにとって、その道はさらなる苦しみを味わい続ける茨の道かもしれない。

だが、苦しみながらも茨を抜けたら、その先があるかもしれないことも事実。可能性は0ではない。

 

どちらが佐藤さんのためになるのか、決めるのはオレではない。

佐藤さんがその茨の道を希望するのであれば、それを叶えるだけだ。

 

「そうだな。まずはお友だちから、お互いを知っていくのは悪くない」

 

「……ホント?」

 

「もちろんだ」

 

告白のOKを貰ったかのように、涙を拭いながら笑顔を見せる佐藤さん。

それならこの返答でよかったのかもしれないな。

 

佐藤さんが今日初めてみせた意外性が、オレが告白を断った後だったのはなんとも皮肉なものだ。

 

「これから友だちとして、よろしくね、清隆くん」

 

「ああ。よろしく、佐藤さん」

 

「……そこは仲良しの友だちなんだから、『さん』づけとか苗字じゃなくて、名前で呼んで欲しいな」

 

言われてみれば、波瑠加もグループ結成時に似たようなことを言っていた。

 

「それもそうだな、麻耶、よろしく頼む」

 

「うんっ!」

 

涙で顔が腫れて恥ずかしいからと麻耶は先に走って帰った。

 

すると携帯が振動して着信を知らせる。非通知の電話。警戒しながらも出てみることに。

 

『俺だ、桐山だ』

 

「非通知でどうしたんですか?」

 

『いや、何か話したいことでもないかと思ってな。そうだ、話しにくいなら校舎の近くに人目のつかないところが――』

 

「特に用はないので失礼します」

 

一方的に電話を切らせてもらった。

今日の結果が気になっていたのだろう。だが、桐山に話す気にはならなかった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

すっかり日は沈み、星とイルミネーションが輝く時間となる。

桐山がその辺にいる可能性や、南雲たちと鉢合わせる可能性も考慮し、しばらく海辺の通りで風を浴びて帰ることにした。

 

「……綾小路、1人か」

 

「まさかここでアンタと出会うとはな」

 

ベンチには先客――堀北兄が座っていた。

 

「ちょっと考え事をな」

 

「アンタでも悩むことがあるんだな」

 

どうせ急いで帰る必要もない。隣に座って話をしていくことにする。

 

「俺も一人の学生だからな……南雲の目指す新しい学校、それを否定してきたが、先日のイベントをみて色々と思うことも出てきた」

 

「なるほどな。確かにあんな感じなら、退学者も出るわけではないし、実力があれば成り上がるチャンスも増える」

 

「あれが計画の全てとも思えないが、それでも学生にとっては悪くないイベントだった。俺には真似できない発想だ」

 

学校の伝統を守ってきた堀北兄にとっては、南雲の開催したイベントはある種のカルチャーショックだったかもしれない。

だが、違う文化だからと言って頭ごなしに否定はできない、学生のためになっているのであればなおさら。

 

「俺は自分が間違ってきたとは思わない。学校の在り方として正しい道を進み、学生を導いてきた自負がある。だが……道は一つとは限らない」

 

堀北兄のやり方が王道だとすれば、南雲は邪道。どちらも道には変わりない。

 

「違う道を塞ぐことばかり考えてきたが……少し早計だったか」

 

「結局その道がどこに繋がるのか、アンタは見届けられないのが惜しいな」

 

「かもしれないな」

 

そう言って堀北兄は笑った。

後悔しているのかと思ったが、そうではない様子。

どちらかと言えば、楽しんでいる、が近いかもしれない。

 

「すまん、クリスマスの夜にする話でもなかった」

 

「そんなこと気にするとは意外だが……」

 

「俺は常に学校の事を考え動いてきた。最後の一年ぐらい学友とクリスマスを楽しんでみても良かったかもしれないと思ってな」

 

出会った頃の張り詰めた様子がすっかりなくなっている堀北兄。

安心、という言葉が一番適しているような気がする。

 

「綾小路はしっかり楽しんだようだな」

 

「結局、友だちってことになったがな」

 

桐山が事あるごとに情報共有していたからな、こちらの状況も把握しているのだろう。

 

「付き合ってみる選択肢はなかったのか?」

 

「それはあんたが橘先輩と交際しない理由と同じなんじゃないか?」

 

自分自身の思考回路が、普通とは違うことは理解している。

常に自身の身を守るための予測、下準備を欠かさない。

 

先ほどの理由に補足をすると

麻耶と付き合うことで発生するリスクを考えた時に、費用対効果に見合わないとジャッジした。

 

交際相手、それは敵から見れば弱点でしかない。

将が討てないなら馬を討つ。王子を狙うのではなく姫をさらう。

 

ここ最近の南雲の攻撃を考えると、相手がどうなるか。

 

交際する以上、必要であるうちはできる限り守るつもりだが、限界はある。

そして、その時オレが下す判断はきっと――――

 

堀北兄がこれまで友人や恋人を作ってこなかったのは――堀北妹への接触を控えているのも、そういった脅威から遠ざけ守るためだろう。

Aクラスのリーダーで、生徒会長。南雲ほどの執着ではなくとも、狙われる機会は多かっただろう。

まあ堀北兄の考えは、リスクをあらかじめ減らしたいオレとは似て非なるものだが……。

 

「そうか。……俺はそれでいいと思ってきたが、今になって思えば、それは自分への甘えだったのかもしれない」

 

「甘え?」

 

「相手を何が何でも守る、そんな自信があれば不要なことのはずだからな」

 

「自信だけではリスクは消えない、そうだろ」

 

らしくもない、根性論。

 

「それはそうだ。だが、リスクに対する過程は変わり、それが良い方向へ向くこともあるだろう。そしてその気持ちがあれば、どんな結果でも受け入れられた、かもしれない」

 

「ゴールは関係ないと?」

 

「良い結果を目指すのは変わらない。だが、俺が否定してきた南雲政権の様に、辿ってみないとわからない答えもある。それを自ら閉ざすのはもったいない気がしてな」

 

他人がどうなろうと最後にオレが勝っていればいい、そういう根本的な考えは恐らく一生変わらない。

これまではその最善最短の道を選んできたが……なるほど、それではホワイトルームにいた頃と何も変わらないのかもしれないな。

堀北兄の言葉が、すっと胸に染みていく。

 

寄り道をしてみて、道中起こる出来事を楽しむ、新幹線ではなく鈍行列車での旅路。

 

「何が言いたいかというと――綾小路、お前にもそう想える様な相手が見つかるといいな」

 

「それは、そうだな」

 

結局オレは、外の世界に出ても、まだホワイトルームの中にいるのだろう。

だが、もしも堀北兄の言ったような相手に恵まれたとしたら、その時初めてホワイトルームから抜け出せたと言えるのかもしれない。

 

輝く星空を見上げ、そんな想像もできない未来があるかもしれないことに、初めて気づかされた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その道の探求者たち

コウィケ開催まであと2日。

外村曰く、本家と被るのはご法度だと開催日は12月28日で決定した。

 

運営関係の問題は概ね片付いているため、明日、会場設営、リハーサルをして、明後日の本番を迎えることとなる。

 

つまり、自由に動ける時間は今日だけ。

 

オレたちのバンドの練習は、明人の部活の関係で夕方から。

それまでに、オレは課題であるグルーヴ感が何かを掴まなければならない。

 

波瑠加曰く、現在のオレの演奏の印象は、パソコンで打ち込んだ音を再生しているような感じらしい。オレ自身も今回の曲に関しては誰かの演奏をコピーしているわけではなく、譜面通りに演奏しているだけなので、人間味のようなものは出ていないのかもしれない。

 

ただ、それをどうすれば出せるのか……。『考えるな感じるんだ、きよぽん』の波瑠加をはじめ、どうやら全員何となくで掴んでいるため、それを上手く言語化できなかった。そもそも全員、音楽の専門家ではない為、不足しているのがグルーヴ感かも怪しい。

 

ひとまず、これまで学んだピアノのスキルを織り交ぜて演奏してみたのだが、キーボード単体なら成立しても、バンドとしては全く合わなくなってしまう。

それなら正確すぎるのが問題かと適当に弾いてみたところ、正確に適当な演奏になるという訳の分からない現象が発生。

 

ここ最近の練習は、まさにお手上げ状態だった。

 

「別に下手ってわけじゃないからこれでもいいんじゃないか?」

 

明人からそんなフォローはあったものの、やるからにはベストを尽くしたいもの。やり尽くした先にしか見えないものはある、オレが知りたいのはそういった体験だ。

 

とは言っても、このまま独学では埒が明かないため、今日は図書館で音楽系の書物を探してみることにした。何かヒントが掴めるといいのだが……。

 

「あ、清隆くん、おはようございます」

 

「おはよう、ひより」

 

休日でも図書館に来れば当然のようにひよりはいる。

茶道部の活動中か、授業中か、自宅で読書中以外で開館している時間は、ほとんどここにいるんじゃないだろうか……。

 

ひよりと言えば、先日の龍園の話ではこれからクラスを率いていくことになるのだろうが、本人はどう考えているのか。

クラスの事情とは言え、聞いたらすんなり答えてくれるような気がしたので尋ねてみる。

 

「ひより、クラスのリーダーになるらしいと聞いたが大丈夫か?」

 

「え?そんなことになっているんですか?……そういえば、先日龍園くんからお話があると言われたのですが、コウィケのこともあるので終わるまで待っていてもらっているんです」

 

「あー、じゃあきっとその話だろうな」

 

龍園からの誘いをサラッと延期にできるのは龍園クラスでもひよりぐらいなものではないだろうか。

次のリーダー候補というだけはあって肝は据わっている……というより、気にしていないんだろうな、色々と。

 

「個人的には争いごとは好きではありませんし、クラスの代表というのも身の丈に合いませんが――これ以上クラスポイントが減るのは見過ごせないのも事実ですね」

 

龍園はクラスポイントよりもプライベートポイントを優先させる戦略を取っていた。

そのため、クラスポイントを犠牲にする場面も多く、ひよりのクラスは200クラスポイントを切っている状況。

 

「龍園くんばかりに任せていたクラスの責任もありますしね……もし本人から相談されたときは私にできることをしようと思います」

 

「そうか。できればひよりがリーダーになってくれたらオレとしても嬉しいんだが」

 

「それはどっちの意味ですか?」

 

『どっち』が指す選択肢をあえて提示しないことで、こちらに2択を想像させ、必要以上に情報を引き出すことができるテクニック――を用いているのか、天然なのか、判断に苦しむところ。

ひよりと敵対することがあれば、読み合いの勝負は少し骨が折れそうだ。

とは言っても特に隠し立てする必要もないため、ここは素直に答えておく。

 

「単純にこれまでひよりのクラスとはあまり交流することができていなかったからな。もしひよりがリーダーなら、それもしやすくなる。今後の試験次第では協力体制も取れるかもしれない」

 

次の試験については生徒会権限で把握している。

特に南雲が考案したといった点で、胡散臭いことこの上ない試験。現状把握している限りでは、クラス同士での連携ができれば、突破しやすくなるのだが――。

 

「そっちの意味でしたか。……でも、そうですね。綾小路くんと協力できるのであればそれ以上のことはないかもしれません」

 

「それはどっちの意味でだ?」

 

クラスのためなのか、個人のためなのか、はたまた勝率の話なのか、他の意味が含まれているのか。

意趣返しをして、ひよりの出方を伺ってみる。

 

「もちろん、どっちもですよ」

 

ふふふ、と慎ましく微笑むひより。

 

「これは3学期も楽しくなりそうですね」

 

「そうだな」

 

ひよりと出会ってから半年以上経ち、見えてきたことと見えてこないもの。

敵対せずに済むならそれに越したことはなさそうだ。

 

「ところで、綾小路くんは何か本をお探しに?」

 

「そうだった。今度、バンド演奏をするだろ。それ関係で音楽の勉強をしたかったんだが……」

 

「それでしたらあっちの本棚ですね。ご一緒しても?」

 

「もちろんだ。小説以外の本にも詳しいんだな」

 

興味の有無がはっきりとしているタイプだと思っていたため、音楽系の書物の場所を知っているのは意外だった。

 

「たまに本の整理もさせてもらってますからね。大体この図書館の本の場所は把握しています」

 

「流石だな」

 

オレもそこまでは記憶していない。

やろうと思えばできるだろうが、検索すれば済むことをいちいち記憶するのは脳のリソースの無駄遣いとしか思えない。

ひよりの場合は趣味の延長線上で覚えてしまっただけだろうが、それすらできない人間は大勢いるだろう。

 

「ちなみにどんなことを学ばれたいのですか?」

 

「演奏スキル、というかグルーヴ感が何たるかを追い求めている最中だ」

 

「うーん、それですと……この本かこの本あたりでしょうか」

 

そうして2冊の本を渡される。もはや、司書顔負けの働きっぷり。

 

「助かる」

 

「綾小路くんの演奏楽しみにしてますね」

 

「ああ。ひよりも出店するんだったな、当日は寄らせてもらう」

 

「……そ、そうですね。でも、お忙しいようでしたら無理なさらないでくださいね」

 

ひよりは茶道部とは別に自作の小説を出品する予定。

ジャンルはミステリーと聞いているが……自分の描いた作品を友人に読まれるのは恥ずかしいのかもしれない。少し目を逸らしながら、そんなことを言う。

 

「迷惑になるようなら控えるが……」

 

「そ、そんなことはないのですが……少々筆が乗ってしまったので――」

 

そう言われるとなおさら気になるな。それに――

 

「ちなみになんだが、『筆が乗った』ってどんな感覚だったんだ?」

 

グルーヴ感の説明に、よく音楽に乗る――『ノリ』であると見かけた。

ジャンルは違えど、そういった感覚がわかれば活路になるかもしれない。

 

「そうですね……つい楽しくなってしまって、どんどんアイディアが溢れてくる感じでした」

 

「つい楽しく、か。ありがとう、助かった」

 

「いえ」

 

唐突な質問の意図が読めず、頭にクエスチョンマークが浮かび上がっていたひよりだがしっかりと回答してくれた。

 

「では」と所定の位置にひよりが戻ったところでオレも本に目を通す。

 

言葉として存在しているのであれば、その定義や身につける方法もあるはず……。

結論から言うと、ドラムのスネアの音をよく聞きリズムを意識することなどのテクニックはあるようだ。問題はそれで解決するのかどうか……。

 

「あれ……綾小路くんじゃありませんか?」

 

「おはようございます、橘先輩。ここへは勉強をしに?」

 

「ええ。これでも受験生ですからね。現在Aクラスとは言え油断は禁物ですから」

 

橘も生徒会を引退してから、ここによく足を運ぶようになっている生徒のひとり。

あの秘密部屋にも図書館の本がいくつか置いてあったか。

 

「それで綾小路くんは……音楽の勉強ですか?」

 

こちら手元の本を見て、疑問を抱く橘。

 

「実は――」

 

ダメもとでオレの課題を伝えてみる。

橘は、こういった時に意外な活躍を見せてくれることに定評があるからな。

「実は私、バリバリのロックンローラーなんですよ、ベイビー」なんて言われても、もう驚かないぞ。

 

「なるほど……確かにそれは経験者じゃなければわからないかもですね。実は私、バリバリのロックンローラー――」

 

マジか、冗談だったんだが。

 

「の知り合いがいるんですが、会いに行ってみます?」

 

よかった、ステージで「これがロックだぜっ!」とか言いながらギターを破壊するような橘なんて存在しなかった。

 

「ぜひお願いします……手土産に壊す用のギターとか持って行った方がいいですか?」

 

「……綾小路くん、なんかロックの認識間違ってません?」

 

そうなのか……。

バンドをやる以上、そういった歴史背景からしっかりと学んでおくべきだったかもしれない。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「あぁー可愛いってなんだー」

 

「うーん、さっぱりだね」

 

波瑠加ちゃんと2人、特別棟の一室を借りてダンスの練習をしている。

練習を始めて小一時間ほど経って、汗だくになったところで休憩する。

 

日頃からスズーズブートキャンプをしていたおかげで音楽に合わせて身体を動かすこと自体は問題なくできたんだけど……。

 

「元の曲に振付がそんなにあるわけじゃないから、なおのこと自分たちで考えなきゃいけない部分が難しい」

 

「やっぱりアイドルソングを選んどくべきだったかな?」

 

「いや、曲の選考自体はあれでよかったよ。変に可愛すぎても私たちのグループと違っちゃうしさ」

 

「……どうすればいいんだろう」

 

グラビアアイドル時代は、カメラマンさんの指示に従っていれば自然と可愛いポーズになっていた。この学校に来てからの自撮り写真もそれを思い出して撮ってたから、何とかなると思ってたんだけど……動きがつくとまるで別物だった。

 

歌、演奏、ダンス。3つの内、2つがどれだけ優れていても、1つが微妙だったらお客さんにはその印象が残ってしまうかもしれない。私たちのせいでバンドに迷惑をかけたくはない。

 

なんとかしなくちゃ、そんな時だった。特別棟の扉が開く。

 

「話は聞かせてもらったわ、佐倉ちゃん!」

 

篠原さんが意気揚々と登場した。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

橘の知り合いはケヤキモールで働く従業員たちが結成したバンドチームだった。

 

連絡をしてみると、丁度非番の日とのことで早速会いに行く事に。

 

「バンド活動なんて綾小路くんも面白いことをしますね」

 

「いえ、まだまだ面白さで橘先輩に勝つことはできませんよ」

 

「フフフーン、高い壁としてまだまだ後輩には負けるわけにはいきませんからね」

 

久々に会った気がするが橘も相変わらず元気そうで何よりだ。

 

待ち合わせ場所のライブスタジオを目指していると、向こうから篠原と池が歩いてくるのが見える。

 

「――よかったらさ、今度のコウィケも一緒に回んねー?」

 

「べ、別にいいけど……あ、佐倉ちゃんのバンド演奏は絶対観たいから」

 

「おう、良いじゃん、良いじゃん、一緒に観ようぜ!って、あっ……」

 

何か見てはいけないタイミングだったな。こちらに気づいた池が慌てだす。

 

「綾小路、いるなら言えよ!べ、別に今のは何でもねーかんな。女子と一緒に行った方がエロ目的じゃねーって思われそうだしよ、変な噂立たないような奴なんてコイツぐらいってだけで、別に深い意味なんかねーよ、じゃないとコイツと出掛けるなんてことしないし――」

 

「サイテー」

 

「いや、そうじゃなくって、いやそうなんだけど……ああ、もう、バカヤロー」

 

早口で余計なことをたくさん言いまくった挙句、ダッシュで逃げ去る池。篠原は取り残されてしまった。

 

「なんだかすまなかった」

 

「別にいいんだけどさ。アイツの悪口も慣れてきたし……どっちにしたって佐倉ちゃんの応援に入ったから。綾小路くんも頑張ってよね」

 

『頑張ってよね』にバンド演奏以外のニュアンスが含まれているような気がする……。

 

「まさにこれから頑張るところだ。……最近、愛里とは話すのか?」

 

「そうね……さすがに前ほどとはいかないけど、今でも仲良しだと思ってる。ちょっと長谷部さんにとられちゃった感は否めないけどさ」

 

少し気になっていたのだが、交流がなくなったわけではなさそうで安心した。

ただ、イブも綾小路グループで過ごしていたし、そういった面で多少なりとも思うところはあるのかもしれない。

 

「今度のバンドでは愛里が活躍する予定だから、楽しみにしておいて欲しい」

 

「もちろんよ。可愛い佐倉ちゃんが本気出せば、人気者になるに決まってるんだから。綾小路くんも、うかうかしてらんないんだからね?」

 

篠原からプレッシャーをかけられる。

 

「ただ、愛里たちも少し困ってるみたいでな。その可愛さをダンスに活かせないらしい」

 

これ以上、うかうかの部分で責められるのを回避するため話題を篠原が興味のありそうな方へ誘導する。

 

「なっ!?そんな勿体ないことって……もっと早く言ってよ。いま佐倉ちゃんはどこにいるわけ?」

 

「恐らく特別棟の一室で練習中だ」

 

「オッケー、こうしちゃいられない。ゴメンだけど、もういくね!さっきの話、忘れないように!」

 

「あ、ああ」

 

嵐のように去っていった、篠原。

 

「なんだかものすごくエネルギッシュな人でしたね……」

 

「橘先輩が言うのもなんですがね」

 

「私は堀北君に相応しく、もっとおしとやかさを兼ね備えてますから」

 

「……否定しきれないところが何とも言えない気分です」

 

実際、先ほどの2人の会話の時も、数歩下がってこちらの邪魔にならないようにしたりと生徒会長の書記を務めていただけはあって、そういった自然な配慮ができる。普段が普段だけに忘れそうになるが……。

 

ただ、自分でそれを言ってしまうあたりが橘らしい。

 

「さて、待ち合わせのライブスタジオに到着です。あ、もういらっしゃってるみたいですね、こんにちはっ!」

 

「おっ、橘さん。こんにちは」

 

ロックンローラーというからどんな人物が出てくるかと思ったが、見た目は50代くらいのどこにでもいそうな中年男性。

 

「突然すみません。電話でお話しした綾小路くんです」

 

「綾小路清隆と言います。よろしくお願いします」

 

「こちらこそ、よろしくお願いするよ。私もね、君ぐらいの時に初めてギターを触ったよ。あの日の感動は忘れない。遠慮なく何でも聞いてくれていいからね」

 

物腰も柔らかで温厚そうな口調。

初対面ともなると未だに少し緊張するため、話しやすそうな人物で助かった。

 

「私はギター担当だから、他のバンドメンバーにも来てもらったよ。グルーヴ感がどんなものかぜひ体感して行って欲しい」

 

至れり尽くせりだ、実際に他の演奏者の音楽を聴けば、得られる学びも多い。

 

そういって借りている部屋へと案内される。他のメンバーも同じく温厚そうな面々。これなら安心して色々伺えそうだ。

 

と思ったのだが……

 

「おめーら、ロックなビートを刻んでいけやあ」

 

ギターを握って演奏の準備に取り掛かると雰囲気が豹変した。

なるほど、これがバンドマンなのか。

やはり手土産に壊す用のギターが必要だったかもしれない。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「篠原さん、どうしてここに!?」

 

「可愛いが私を導いたの。困ってるんでしょ、もっと早く私を頼ってくれればよかったのに」

 

突然現れた篠原さん。アイドル関係の追っかけもやっていたらしく、その道にも詳しくて、確かに適任かもしれないのだけど……。

波瑠加ちゃんとのこともあって、なんだか気まずくなりそうだし、申し訳なさから声を掛けることができなかった。

 

「えっと、篠原さんならどうにかできるってこと?」

 

「もちろんよ。誰よりも佐倉ちゃんの可愛い姿を見せることにこだわりがあるからね」

 

「何それ」

 

ああー。思った通り雲行きが怪しいよ。2人ともにらみ合ってるし、いつ爆発してもおかしくなさそう。自意識過剰じゃないけど、わ、わたしなんかのことで争わないで――

 

「何それ――最高じゃない。愛里をこれ以上可愛くできるなんてやるね、篠原さん」

 

「長谷部さんこそ、愛里にアイドル衣装着させてくれるなんて神すぎんのよ」

熱く握手を交わす2人。あれれ、なんか予想と違う。いや、仲良くすることは良いことなんだけど……。

 

「じゃあ遠慮なく可愛いを追求していくわよ」

 

「愛里がどれだけ可愛くなるのか楽しみ~」

 

「えええっ」

 

他人事みたいに言ってるけど、波瑠加ちゃんも踊るんだからね?

そうして篠原さんの指導のもと、私たちのダンスの改良が始まった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

そうして迎えたコウィケ当日。オレたちの出番がやってきた。

ギターの明人、ドラムの啓誠と、舞台袖から一人ずつステージに上がる綾小路グループ。

 

キーボードのオレの番がやってきた。

 

「清隆くーん!」

 

ハートマークと真ん中に清隆と書かれた団扇を両手で振っている歓声を送ってくれる麻耶。

可愛いが、これはかなり恥ずかしい。

 

ギロリ。そんな効果音が聞こえてきそうな鋭い視線を舞台袖の方から感じた。

「きよぽん?」「清隆くん?」

横目で見れば、可愛いを研究していたとは思えないような無言の圧をボーカルの2人が放ってる。

 

何も見なかったことにして、観客席へと視線を戻す。

……ってよく見たら、他にも同じ団扇持ってるヤツらがいるな。

パッと見、一之瀬をはじめとしたBクラス女子、ひよりやみーちゃんたち茶道部、まさかの鬼龍院まで。

おい、軽井沢の隣にいる平田まで持っているじゃないか。

平田としては博愛主義の一環かもしれないが、あらぬ誤解を招きかねない行為だ。やめて欲しい。

 

ここまでくると誰かが量産して作ったに違いないが……今は演奏に集中すべきだろう。

 

それにオレへの注目もここまでだからな。

何せ、これから舞台に上がってくる2人は――

 

「かわいいー!!」「しずくちゃああぁん」「うぉぉぉぉぉ」

 

伊達眼鏡を外し、髪型もアイドルらしくセットして登場した愛里。

そして愛里に負けず劣らずのスタイルで魅了する波瑠加。

 

会場が大歓声に包まれる。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それでも空に憧れる

コウィケスタートまで残り1時間を切った。

会場の第一体育館では出店者が各自割り当てられたブースで販売の準備を進めている。

最終的な参加は、出店が50団体、ステージ出演は10組となり、ステージ付近の観覧席を除き、体育館をしっかりと埋める形となった。

 

その一角にある運営本部での最終確認が完了し、あとは開場を待つのみ。

 

本部には大きな告知ポスターが飾られており、学生のキャラクターたちがペンやら原稿やらを手に持ち、目を輝かせ、楽しそうにしている様子が描かれている。

実際に会場にいる出店者たちは、締め切りに間に合わせるため無茶をしたのか、満身創痍な印象を受ける……が、目は輝いているな。

 

ちなみにこのポスターは、一之瀬経由で美術部がデザインしてくれたのだが……

 

「一之瀬、ポスターに大きく記載してある『大丈夫、綾小路副会長の企画だよ』の文言は必要だったのか?」

 

「絶対に必要だよ。どこかの誰かさんの企画だと思われたら、胡散臭い感じがしちゃうし、なんか裏がありそうって思われるかもしれないよね?綾小路くんの企画だとわかればみんな安心すると思うんだ」

 

「あー……それはそうかもしれないな」

 

珍しく強い圧で主張する一之瀬。

これに関しては、南雲の日ごろの行いの結果なので、それはそうかもしれないな、としか言えない。

強いて言えば、オレの企画なら安心という保証もないのだが……。

 

「逆にこれだと大丈夫じゃない感がマシマシになるのではござらんか。誤った攻略情報とか載ってそうでござる」

 

「え?そうなの?」

 

運営委員の外村からの指摘に不安そうな顔になる一之瀬。

 

「あ、いや、拙者の勘違いでござった。みんなきっと安心してるでござ、安心してると思います」

 

そんな一之瀬の思わぬ反応を見て慌てた外村が、ござる口調を捨ててまで早口で即撤回した。

これまで人前では無理をしてでも明るく気丈に振る舞ってきた一之瀬。

最近は少しだけ無理を止めるようになってきている。

 

「そうだよね、それならよかった」

 

「ですです」

 

ニコッと笑顔を見せた一之瀬に、外村がこれまたすごい速さで頭を上下に動かし頷く。

……外村、もしかして遊ばれてないか?

 

「綾小路くん、ちょっと見回りに行かない?待機列の様子とか気になるし」

 

「そうだな、確認しておくか」

 

今日まで、先ほどのポスターを学校やケヤキモールなど様々な場所に掲示させてもらい、校内放送や掲示板などでも宣伝してきた。出店情報や出品物の紹介、ステージ内容はホームページを随時更新して周知している。

その結果、外部からの反響もあり、学校経由でWeb販売やステージのネット配信も対応済み。

 

とはいっても、直接会場にやってくる人数に関しては、学生の最大数が決まっているため集客予想は一日を通して300人前後。

興味がない生徒や敷地内の大人たちもわざわざ来たりはしないだろう。さらに言えば、朝から並んでまでやってくるのは、余程のモノ好きだけ。

 

状況が気になっている一之瀬には悪いが、開場前のこの時間にやってきている生徒は多くて十数人ぐらいじゃないか。

 

「……嘘だろ」

 

「わあ、たくさん来てくれてるねっ!」

 

10人いれば上出来かと外に出てみれば、目に飛び込んできたのは、ずらっと続く長蛇の列。

準備していた待機ゾーンに入りきれず、3列で並ぶ列は途中で体育館裏に曲がってしまい最後尾が見えない。確認できる範囲でざっと150人は超える計算。

予想に反して大人の姿もそれなりに見られる。

元々体育館は全校生徒が余裕で入るスペースがあるのでキャパシティとしては問題ないが、需要を読み誤った。

どうやらオレは、この世界のことをまだ理解しきれていなかったらしい。

 

「綾小路くん!ご覧の通りの状況で、整列スタッフが足りなくなってきて困ってるの」

 

そう話すのは、こちらを見つけて寄ってきた櫛田。

運営の手伝いをしてくれるとのことで、今日は待機列の誘導や体育館入り口での集客活動班のとりまとめをお願いしていた。

 

「うれしい悲鳴ってやつだな。スタッフを何人かこっちに回そう」

 

「うん、ありがとう。あ、それまで綾小路くんが手伝ってくれない?」

 

「それもそう――」

「私が手伝うよ、櫛田さん」

 

「あ、うん、ありがとう、一之瀬さん」

 

一之瀬が食い気味で手伝いを申し出た。

コウィケに対する熱量が違うな。大勢来てくれたことが嬉しいのかもしれない。

 

「じゃあここは任せる」

 

「「うんっ!」」

 

返事の被った二人が、お互いの顔を見る。

見るというか、笑っていない笑顔でがんを飛ばしあっているというか……。

どうも二人ともクリスマス以降から少し様子が変わってきた気がする。

 

そうして待機列へスタッフを派遣するように本部に連絡をいれ、オレは再び見回りへ。

 

「みーちゃん、今日はよろしく頼むな」

 

「うん!2人の分も頑張るね!」

 

今回も茶道部は『綾隆』として、主に抹茶飲料の販売を行う。

オレも空き時間は手伝う予定だが、自分の作品を出店するひよりの代わりにみーちゃんが責任者を務め、運営する。

 

飲食関係は、他に調理部が軽食を出すぐらいなので、先程の人数を考えるとそれなりの利益が見込めそうだ。

ただ、来客数が来客数なので予め材料の追加の算段はつけておいた方が良いな。

みーちゃんと調理部にそのことを伝え本部に戻ると、いよいよ開場の時間となった。

 

一之瀬も丁度戻ってきたタイミングだったため2人並んでその瞬間を見守る。

 

「絶対成功させようね!」

 

「もちろんだ」

 

体育館の扉が開き、並んでいた学生、大人たちが続々と入ってくる。

各々お目当てのブースがあるのか、脇目も振らず移動を始めていた。

 

ステージは出演は13時からスタートし、1組準備時間込みで10分まで、間に休憩を挟み、約2時間を予定している。

出場順は楽器等の準備物が必要なライブ系から始まり、休憩後にその他の出し物になる。

 

「ここにいたか、綾小路。探したぜ」

 

「別に探す必要はないと思うんですがね」

 

どこにでも現れる南雲がやってきた。

 

「1年が企画したイベントにしちゃあ盛り上がってんな。俺も写真集は出せなかったが、ライブには出る。もちろん、勝負するよな?」

 

「本来、あらゆる音楽はすべてに価値があり、優劣をつけるものではないと思います」

 

ステージに出演登録をしてきた時から予想はできていたが、面倒なので断らせてもらう。

 

「そういうな。ステージ終了後に、アンケートと気に入った出し物への投票をするんだろ。それで投票が多かった方に100万ポイント払うってのはどうだ?」

 

「2つ条件をのんでくださるのであれば考えないこともないですよ」

 

南雲がポイントを出すのであれば話は変わってくる。

 

「なんだ言ってみろ」

 

「1つは当然のことですが、2年生を使った票の操作を行わないこと」

 

「まあそれをしたらお前たちに勝ち目はなくなるからな、もちろんいいぜ」

 

「もう1つは、賭ける金額は500万ポイントにしてください。オレたちは5人グループです、100万では1人当たり20万にしかならない。それではメンバーも納得しないでしょう」

 

「ハッ、面白い提案だが、お前に500万ポイント払えんのか?」

 

当然の疑問だろう。先日のイベントで荒稼ぎさせてもらったが、それでも500万ポイントには程遠い。

だが、こちらにはこんな時に頼れる存在がいる。

 

「コウィケでの収益も考えれば問題ないと思いますが、いざとなれば一之瀬から借りますよ」

 

「うん!いくらでも言ってね」

 

「……だそうです」

 

「……お前も大概だな。だが、そういうことならいいぜ。その条件で勝負だ」

 

そう言って満足げに立ち去る南雲。

条件をのむといっていたが、正直一つ目の票の操作については確認しようがないため、いくらでもやりようはある、正々堂々勝負とはいかないだろう。

だが、それでもこれは初めから勝負にならないため、気にする必要はないな。

変な緊張をさせてもいけないため、メンバーにも黙っておこう。

 

「南雲会長はホント勝負ばっかだねー」

 

「巻き込んですまなかったな、一之瀬。建前上ああ言ったが、負けるつもりはないから安心して欲しい」

 

「え?あ、うん。もちろん、綾小路くんを応援してるし、負けるなんてあり得ないと思ってるけど、万が一の場合も大丈夫だからね!任せて」

 

ニコニコと話す一之瀬。頼もしいのだが、失策だったか?

 

「冗談だよ?いくら私でも個人的にはそんな大金動かせないし。残念だけど気軽には貸せないかな」

 

「それを聞いて安心した」

 

「できて100万ポイントまで。それ以上はちょっと時間かかるからその時、相談って感じで」

 

冗談とは?結局なんだかんだ言って不足分を貸してくれる未来しか見えない。

 

「これまでは困ってる綾小路くんを助けたいから貸してきたけど、今後は違うよ?」

 

オレが色々考えていることを察したのか、補足してくる。

 

「どう違うんだ?」

 

「先行投資……いや、信頼の証かな。私たちもこれからはAクラスと戦っていくことになるだろうし、その時、Cクラスの綾小路くんたちとは仲良しでいたいから」

 

「なるほど」

 

「もちろん、24億ポイントを貯める目標はあるけど、やっぱりクラスのみんなのことを考えたらAクラスになっておくに越したことはないからね」

 

随分としたたかになってきた。

クラス競争に興味がないオレだが、望まない形にせよ、クラスに対しても発言力がそれなりに高まっている状態。

高額のポイントを借りているうちは、一之瀬たちとの同盟を破ることはないし、対Aクラスへの協力も考えられる。

根本的な善の心は変わっていないのだろうが、それをちゃんと活かせるよう一之瀬なりに成長しようとしている。

 

「もし返済期間が長くなる場合は、それまで私も綾小路くんを執事にしちゃおうかな、なんちゃって」

 

「それは構わないが――その話、どこで聞いたんだ?」

 

「え、朝比奈先輩が言ってたよ。執事にしたい男子ランキング堂々の1位だって」

 

「それまたとんでもないランキングだな」

 

そういえば、ひよりと執事ごっこをする羽目になった際に、朝比奈もいたな……。

どこからどう情報が洩れるか、ましてこの狭い学校内では噂になるまでに時間はかからないということ。噂話が執事ぐらいならまだいいが――。

 

そんな会話をしながら会場のオレたちは巡回をしていた。

しばらくすると、長蛇の列を作っているブースが目に入る。

 

「なんか一際混みあってるブースがあるな。様子を伺ってみるか」

 

「あっ……」

 

何かを察した一之瀬。足を止める。

 

「あそこは、スルーでいいんじゃない?」

 

「いや、人気の秘密を知ることは今後の役に立つかもしれない」

 

「えーと……そうだね」

 

何かを諦めた様子でブースへと向かった。

そこで販売されていたのは――『私の愛する帆波ちゃん』白波の作った絵画集だ。

 

表紙はひまわり畑で、こちらを振り向き笑顔を向ける一之瀬の姿。

白いワンピースと麦わら帽子がよく似合っている。

夏生まれで、本人の明るさと相まって、ひまわりとも相性がいいな。

 

「これはすごいな、オレも後で一冊買っておこう」

 

「綾小路くん!?」

 

「ご、ご本人様登場だ!!」

 

「え、帆波ちゃんっ!?応援に来てくれたの、嬉しい、大好き」

 

購入列の生徒が一之瀬に気づき声を上げると、売り子をやっていた白波にも発見される。

 

「ち、千尋ちゃん、や、やっほー」

 

「帆波ちゃん、見て、みんなが帆波ちゃんのことを褒めてくれるの。……良ければ少しでいいから一緒に販売してくれない、かな?この喜びを共有したいの」

 

「え、えーと……」

 

「いいんじゃないか。見回りはオレの方でやっておくし、クラスメイトとの交流も大事だ」

 

「あ、綾小路くん!?」

 

「綾小路くん、良いことを言うね。私、あなたのこと誤解してたかも」

 

「その代わり、一冊取り置きを頼む」

 

「もちろんです」

 

白波とwin‐winな交渉を終え、一之瀬を売り場に置きオレは巡回を続けることに。

白波のブースでは一之瀬がサインをすることで更に単価を上げた限定版を販売し始めたが、好調な売れ行きの様子。

 

続いて目に入ったのはひよりのブース。

客足はそこそこの様だ。

 

「ひより、調子はどうだ」

 

「あ、清隆くん。来てくださったのですね」

 

「ひよりの作品は気になっていたからな。一冊貰えるか?」

 

「……拙作ではございますが、よろしければ」

 

そう言って手渡してくれた本のタイトルは『無人島試験殺人事件』

表紙はどこかで見たような島のイラストにおどろおどろしくタイトルが記載されている。なかなかできがいい。

 

「表紙のクオリティが高いな」

 

「金田君にお願いしたら二つ返事で作ってくださいました」

 

「美術部大活躍だな……」

 

ざっくり中身を読んでみると、タイトルと表紙から察するように、無人島で試験を行っていた学生たちが次々と不可解な事件に巻き込まれていくストーリー。

その事件を解決するために立ち上がった探偵の女子生徒が、クールで執事な男子生徒の何気ない発言をヒントに謎に立ち向かっていくバディもののミステリー小説。

 

「なかなか読み応えのありそうな本だ。帰宅後じっくりと読ませてもらおうと思うが――」

 

ただ、最初の犠牲者が金田っぽい造形なのは、あまりの仕打ちなのではないだろうか……。

 

「あ、最初の犠牲者については、表紙を描く代わりに金田君のご希望でして……」

 

「そういうことか……あまり深堀はしない方が良さそうだな」

 

人には色々な趣向があるからな。ましてはここはそれが溢れる場でもある。

野暮なツッコミはしないでおこう。

 

「それじゃ、ひよりも楽しんでな」

 

「はい。ライブの時間は応援に行きますね」

 

ひよりとも分かれ、見回りも最終区画に入る。

 

「王子~、こっちです、こっち」

 

声を掛けられた方を見ると、そこは諸藤のブースだった。

これまた大盛況で、白波のブースにも負けず劣らずといったところ。

違いがあるとすれば、あちらは男性客がメインだったことに対して、こちらは女性客しかいないことだろう。

 

「お疲れ、大盛況だな」

 

「はい、おかげさまで。王子もぜひ一冊どうぞ」

 

そう言って手渡された一冊の漫画。

タイトルは――『あやひら~激熱!!サッカー編~』

 

オレと平田を模したと思われるキャラクター綾王子(あやのおうじ)宏隆(ひろたか)平根古(ひらネコ)浩介(こうすけ)が、弱小サッカー部で全国大会出場を目指すという話。

 

2人で厳しいトレーニングを乗り越えて、県大会の決勝での戦いの様子が描かれている。

途中、柴田のような元気いっぱいの男子が浩介を自分のチームに勧誘してきたり、金髪でいけ好かないチャラ男先輩が宏隆に勝負を挑んできたりしつつも、2人頑張って壁を乗り越えていく王道展開。

 

なぜか練習中に宏隆の放ったシュートが浩介の尻を直撃したりと、よくわからないギャグ?が挟まっていたりしたが、最終的には決勝戦で、強豪校相手に負傷した浩介の肩を支えながら一緒にシュートを放って、見事ゴールする感動的な話になっている。

 

「漫画は詳しくないが、なかなかいいんじゃないか」

 

「ありがとうございます。実は先ほど平田王子にもお渡ししたんですが、大変喜ばれてました」

 

「平田なら喜びそうだな」

 

こういった友情物は好きだろう。サッカーの話だしな。

 

白波、ひより、諸藤に限らず、出店者と購入者、みんなが楽しそうにしている。

休憩スペースでは抹茶ラテを手にしているお客も多く、茶道部も上手くやっているようだ。

 

「さて、そろそろ時間か」

 

そうこうしているうちに、ライブの準備の時間がやってきた。

ステージ裏へ向かい、綾小路グループと合流を目指す。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「みんな聴いてくれ、俺のオリジナルソング、『NAGUMO Paradise』」

 

オレたちの前に演奏する南雲はギターを弾きながらオリジナルソングを歌い始めた。

歌詞に目を瞑れば、バンドメンバーの演奏の腕や南雲の歌声はレベルが高い。

単純な実力勝負では、オレたちが不利だろう。

 

「……なんかこの次に演奏するのはハードルが下がったような、上がったような」

 

ステージの袖で待機して、南雲たちの様子を見ていた波瑠加がそんなことを呟く。

 

「会場の2年生はめっちゃ盛り上がってるな……」

 

「他学年はぽかんとしている気もするが」

 

「き、緊張するね……」

 

南雲のおかげで、愛里以外は非常に冷静な心境でスタンバイできている。

やるな、南雲。

 

「大丈夫だ、愛里。昨日のリハーサルの段階で、見違えるほど可愛いダンスになっていた。良い機会だと思って自信を持って挑戦して欲しい」

 

これまで自分を変えるために研鑽してきた愛里が、大勢の場に出る機会。

自己肯定感が薄い愛里にとって、ここでの成功は良い成長へのきっかけになるだろう。

そのためにも後悔のないように歌って踊ってもらわなくてはならない。

 

「きよぽんの言う通り。みんなでここまで頑張ってきたんだし、きっと大丈夫」

 

「う、うん。頑張れる気がしてきた!」

 

いつの間にか南雲の演奏は終わり、オレたちの番が回ってくる。

 

「円陣組も!掛け声はきよぽんね」

 

5人で肩を組み円になる。

丁度いい、橘たちとの特訓の成果を見せる時が来た。

 

「サイコーにロックに決めようぜ、ベイビー」

 

「何それ、きよぽん」

 

一斉に笑いが起きる。

おかしいな、彼らはこれでロックに盛り上がっていたのだが……。

 

「あの清隆が身体を張ってリラックスさせてくれたんだ、俺たちも全力で頑張るぞ!」

 

「「「オー」」」

 

結局、明人が締めることになった。

慣れないことはするものではないな。

 

そうして一人ずつステージへと上がっていく。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「えー、私たちは、友だち同士で組んだバンドです。精一杯演奏するので楽しんでくれたら嬉しいですっ!」

 

愛里が挨拶を済ませると大きな拍手に包まれる。

客席を見ていると、うちの学校にこんな生徒いたか?と疑問を抱いている様子の生徒が多いようだ。

 

アイドル姿の愛里は、しっかりと胸を張って表情も明るい。

誰も普段の佐倉愛理とは結び付かない――というより、普段から目立たないようにしているため、そもそもどれだけの生徒が愛里を認知していたか……。

だが、それもさっきまでの話。これからは、また違った世界が愛里にも見えてくるだろう。

 

「それでは聴いてください『カーストルーム』」

 

全員が目を合わせ、演奏がスタートする。

 

愛里と波瑠加の歌声とオレたちの演奏が合わさって音楽を奏でる。

 

間奏では、ギターやドラムにも見せ場が来る。

明人も啓誠も懸命に演奏していた。

 

結局オレはあの日の特訓で、バンドマンのキーボード担当の人に引いてもらって、それを再現していた。

 

リハーサルでは、なんかそれっぽくなったよね!と評価をもらっていたが……。

 

本当にこれでいいのだろうか。

 

2人の可愛いダンスに声援が飛ぶ。

団扇やサイリウムが振られて、会場の熱が上がっていくのを肌で感じる。

 

あっという間に曲のAパートが終わった。

 

歌いながら笑顔で踊る2人の姿、運動が苦手にもかかわらず汗をかきながらドラムを叩く啓誠、普段クール寄りの明人も今はギターで熱い音を奏でていた。

 

声援を送ってくれるギャラリーたち。

よくみれば、ロックンロールなバンドマンの人たちも来てくれている。

 

ふと、ひよりに聞いた筆が乗ったときの話を聞いた時を思い出す。

 

なるほど、これがそういう感覚なのかもしれないな。

 

オレは気づけば演奏のコピーをやめていた。

後で振り返ってみると、生まれて初めて自分の思うように演奏した体験だったといえる。

 

そうして5人の音が溶け合ってゆき――

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「それでは結果発表です。ステージ出演団体で、会場の投票が一番多かったのは――」

 

全てのステージ発表が終わり、投票結果がアナウンスされる。

 

南雲との賭けを知らないメンバーは、結果よりやり切ったことに意味があると言っていたものの、やはりどれだけの人に響いたかは気になる様子。

 

まさに固唾を飲んでステージのスクリーンを見つめていた。

 

 

「会場票140票で1位は『チーム南雲』、2位は96票で『綾小路グループ』、3位は……」

 

アナウンスと共に、スクリーンに数字が発表される。

 

「あ~、2位かぁ。惜しかったね」

 

「まあ健闘した方じゃないか」

 

波瑠加と明人が称え合うように感想を漏らす。

 

南雲はというと勝ち誇った様子でこちらを見ている。

なるほど、どう動いたかはわからないがチケット購入した2年生の大半はやはり南雲へ投票したようだ。

 

だが、勝ち誇るのは早計というもの。

 

「続いて、Web視聴者からの投票結果を発表します」

 

「なんだと?」

 

「1位は――2525票で『綾小路グループ』です。2位は『高円寺&葛城ペア』の1129票……よって、優勝は『綾小路グループ』」

 

「……は?」

 

南雲も理解が追い付いていない様子。

 

「え、え、ホントに!?」

 

愛里たちは別の意味で驚いている。

 

今回のステージは、Web配信もしていて、当然そちらからも投票を受け付けている。

そして事前の予約数は5000を超えていた。

というのも、愛里が久しぶりにブログを更新して告知したところ、反響が大きく、アイドルの雫ファンが視聴を決めていたからだ。

変に緊張させてもいけないと、具体的な視聴予約数などは実行委員しか知らない情報。

他言しないようにと委員会で決めていたが、噂で出回っていなかったようで安心した。

 

狭い学校内での投票では、南雲には勝てないかもしれないが、ここを出てしまえば話は別だ。外の世界では比べるまでもなく愛里の方が知名度が高い。

 

対戦相手としてオレしか見ていなかった時点で、この勝負は勝ちが確定していた。

オレにとっては鴨が葱を背負って来てくれたようなものだ。

 

南雲の敗因は、まさに井の中の蛙だったことだな。

 

表彰を受け、綾小路グループは盛大な祝福のなか、ステージ発表は幕を閉じた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「王子、おめでとうございます。平田王子が演奏しないのは残念でしたが、王子を客席から見守る姿もまたアリでした」

 

「ああ。ありがとう」

 

ライブ終了後、オレは再び諸藤のブースを訪れていた。

理由はひとつ。

 

「ところで、あの団扇だが――」

 

「あ、いかがでしたか?」

 

「やはり諸藤の制作だったか」

 

団扇に記載された『清隆』のフォントに見覚えがあった。

 

「はい、綾小路ファンクラブ入会特典として配布したんです!大人気で、もう会員が50名を突破してますよ、王子!」

 

「うん?」

 

「生徒会長の人に聞いたら、歴代の生徒会にはファンクラブがあるって話だったので、私の方で王子のファンクラブを作ってみました。本を売る傍らで会員募集もできて効率的でしたよ」

 

南雲……。

色々置いておいても情報元が怪しすぎる。実在してそうだし、オレへの罠の可能性もある。

今度、橘に聞いてみよう。堀北学ファンクラブがあれば、取り仕切っているのは橘の他にはいないだろうしな。

 

「これが会員カードと会報です。会費も取るのでクオリティにもこだわりました」

 

「……」

 

「もちろん、活動資金の他は、王子へのポイントになりますので、それで平田王子にプレゼントでも買ってあげてくださいね」

 

「……」

 

「あ、会員ナンバー1番はもちろん平田王子にしておきました。とても喜んでましたよ」

 

だから平田も団扇を持っていたのか。

ノーと言える勇気は大事だぞ。

 

「さっそく活躍した王子の写真を会員のみなさんに送りますので、はい、ポーズ」

 

携帯でオレの写真を撮る諸藤。

このファンクラブ、今からなかったことにできないだろうか……。

割とこの学校、人権に関して適当な部分があるよな。いや、高校生ってこんなもんなのか?

 

「ちなみに会費はいくらになるんだ?」

 

「月2,000ポイントです。会費の半分は王子に送金しますよ」

 

50人を超えた、ということだから毎月何もしなくても5万ポイント入ってくるのか。

 

悪い話ではないかもしれない。

ポイントは少しでも多く欲しいところだが……。

 

諸藤本人に悪意はなく、会員たちも純粋にオレを応援してくれているのかもしれない。

――非常に断りづらい。ぬか喜びさせてしまった面々の落ち込む姿が目に浮かぶ。

 

ファンクラブの運営自体も、今回のコウィケでの諸藤の手腕は確認できており、おかしなことにはならないだろう。

 

リスクを色々考慮してみても、断るより受け入れた方が気が楽だな。

 

「わかった。だが、今後何かするときは相談してからにしてくれ」

 

「はい!」

 

それはそれは気持ちの良い返事をする諸藤。

 

今回コウィケを通して、強く思い知ることとなったが、好きなものに対する人の持つパワーはオレの想定を上回ることがある。

そういった意味で、オレもまだまだ井の中の蛙だったのかもしれない。

 

好きなものにかける情熱が生み出す力。

 

オレには知識欲はあっても、そういった情熱に基づいているわけではなく、単なる好奇心。

今日参加した生徒たちの情熱を、オレもいつか理解し、注ぐことができるようになるのだろうか。注げるものを見つけられるだろうか。

 

大盛況の中、無事に終了したコウィケの後片付けをしながら、そんなことを考えていた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

来年の抱負

年末年始――特に大晦日と正月は古くから様々な行事が行われ、風習として現代でも形を変えて残り続けている。

 

テレビを観ても特番ばかりになっており、ニュース番組でさえ、今年一年の振り返りややり残したこと、来年の抱負などを報道していた。

 

それだけこの時期は特別なのだろう。

この学校の生活にも全くの無関係とはいかないようで、大晦日と元旦はケヤキモールをはじめ、コンビニまで休みになるという連絡が学校から来ていた。

 

ただそれ以外は変わったところはない。

というのも、一般的には正月は初詣をするらしいのだが、流石にこの生活区内に神社や寺といったものはないため、残念ながらそういったイベントを体験することは難しい。

 

毎度のことではあるが、ホワイトルームは年末年始だからと言って何か特別なイベントを行うことはなかったため、知識では知っていても、実際には全く縁のないものだった。そのため、そういった行事には少なからず興味がある。

 

ただ文化的な側面は否定はしないが、正直な感想を言ってしまえば、12月31日から1月1日になる瞬間に何かが起こるわけでもなく『新しい年が来た』なんてものは気の持ち様でしかない。

振り返りも抱負も年末年始だからと行う、というのもおかしな話。

反省、改善は次に繋げるために日々行うものだし、未来のことは常にあらゆる想定をしておく。

 

……自分でもつまらない思考をしていると思う。

そういった身を守る習慣の話ではなく、個人、あるいは大事な人たちと過ごした一年を振り返り共有することで絆を深め、来年も一緒に頑張ろうと意思を統一する機会。

きっとそういう意味合いが強いのだろう。

 

だが、新年を迎えようとしている今この瞬間、そんな考察の方が間違っているのでは?と思えるような、阿鼻叫喚の惨状が目の前で繰り広げられていた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

12月30日。

コウィケも終わり、やっと冬休みらしくゆっくりとした休日を過ごしていた。

 

「ね、綾小路くん。2人の来年の抱負を考えてきたんだけど、見てくれない?」

 

「ああ」

 

昼食後、当然のようにいる櫛田からメモ帳を渡される。

受け取ったものの中身は見るまでもないな――櫛田の抱負は『堀北退学』以外考えられない。

 

表紙をめくり1ページ目を見ると

 

『綾小路くんと一緒にお出かけ』

 

と大きくそれだけが書いてある。

 

……罠か?

 

「まだ続きがあるよ?」

 

櫛田から促されて、次のページをめくる。

見開きのページどちらにも記載があった。

 

2ページ目

『ケヤキモールでお買い物』

 

3ページ目

『映画館で映画鑑賞』

 

どう見ても普通のデート計画にしか見えない。

もしかすると櫛田も退学系女子は今年で卒業し、来年は心機一転普通の女子として学校生活を送ろうと考えを改めたのかもしれない。

年末年始効果すごいな。

 

さらにページをめくる。

 

4ページ目

『こっそり映画館を抜け出し』

 

5ページ目

『夜の公園で待ち合わせ』

 

ん?映画は最後まで観ないのか。

『こっそり』と書いてあるから先に公園に行き、何かしらのサプライズでも仕掛けてくれるのかもしれないな。

 

オレもこの一年でサプライズにはだいぶうるさくなった。

櫛田、どんなサプライズなのか、見せてもらおう。

 

6ページ目

『呼び出した堀北をケヤキモールで買った縄で縛り上げ』

 

7ページ目

『自主退学を迫る』

※拒否した場合はそのまま海に投げ込む

 

とんだサプライズだった。

映画館を抜け出すのはアリバイ工作か……。

退学思考が変わっていないのはある意味安心したが――

 

「これもうただの犯罪じゃないか?」

 

「私だってそんなことしたくないよ?でもね、せっかくこんなに楽しい毎日なのに、堀北がいるだけでその気持ちが霞んでいくの。私もそろそろ我慢の限界。来年は手段を選ばないかも……だから、ね?」

 

「可愛く『ね?』と言われてもな……。堀北退学にして自分たちも退学になったら笑えないぞ」

 

「そのあたり綾小路くんなら上手くやってくれるでしょ。痕跡とか一切消せるんじゃない?」

 

できるかできないで言えばできるが、そもそもそんな状況にはしたくない。

 

「オレならもっと確実な手を使う。例えば――」

 

「例えば?」

 

目を輝かせてこちらの言葉を促す。

 

「……それを聞き出したかったのか?」

 

「――バレちゃったか。綾小路くんの考える作戦を教えてもらえば私でもできると思ったんだけど」

 

「最後の催促が余計だったな」

 

不自然だとは思ったが、堀北退学のアイディアをオレから入手すべく仕掛けてきた、と見ていいだろう。

 

「ま、そう簡単にはいかないわよね。別にいいよ。約束を守ってくれる気はあるんでしょ?」

 

「そうだな」

 

堀北を退学にするリスクより櫛田を利用するメリットが上回った場合、オレは堀北を退学にする。

これ自体は、本当にそうなった場合は実行しても良いと考えている。

 

「なら来年はもっと頑張らなきゃね。退学、退学ぅ♪」

 

「そうだな、楽しみにしている」

 

そう言ってノートを櫛田に返す。

それを受け取った櫛田は少しだけノートを見つめ、ゆっくりとカバンにしまった。ふぅとため息をつきテーブルの上の食器を流しに持って行く櫛田。

 

「せっかくのチャンス……もったいないことしちゃったね、綾小路くんは」

 

「ん?すまない、聞き取れなかった」

 

ボソッと呟く櫛田の言葉は、食器を洗う音にかき消され、こちらまで届かなかった。

 

「明日もどうせ暇なんでしょ。だったら一緒に年越ししない?年越しそばぐらい作ってあげる」

 

「年越しそばか……」

 

大晦日に食べるという特別なそば。

一年の締めくくりに選ばれたのは数ある料理の中で『そば』ということは、普段口にするようなものとは違った、相当質の高いものが出てくるに違いない。興味深いな。

 

「櫛田の腕を疑うわけではないが、そんな大役を任せてしまって大丈夫なのか?」

 

「大袈裟だなぁ。作ったこともあるし安心していいよ」

 

「それならお願いするか。幸いポイントはある、好きなだけ食材にこだわってくれて構わない」

 

「そうなの?じゃあ頑張っちゃおうかな。明日はスーパー閉まっちゃうし、この後買いに行くね」

 

「オレも行こうか?荷物持ちぐらいならできる」

 

普段はいつの間にか食材を買ってきて、いつの間にか作って待機しているため同行はできなかったがこれから行くということであれば話は別だ。せめて調理で役に立たない分、少しは貢献しておきたい。

 

「うーん。ありがたい申し出だけど、遠慮しとこうかな。変な噂になってもいけないし」

 

「変な噂?」

 

「私もこの学校じゃ人気者じゃない?でもね、男の影が見えるとそういうのって一気に揺らいじゃったりするの」

 

「なるほど」

 

確かに年末に男女2人で買い物をしていたら、周りから色々と勘繰られてしまってもおかしくない。

特に櫛田は顔が広い。誰にも見つからずに買い物を済ませるのは不可能だろう。

 

そういった点で考えると、オレもクリスマスに麻耶と出掛けただけで大騒ぎされたばかり。大人しくしておくことにするか。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

綾小路くんの部屋を出て、一度帰宅してからスーパーへ向かう準備をする。

 

そばを作るだけなのに、資金として5万ポイントを渡してきた……羽振り良すぎじゃない?成金なの?

いや、もちろん甲斐性がないよりはあった方がいいわけで、文句はないんだけど……一体どんなそばをご所望なんだろう。

それとも私の働きの有り難さをやっと理解して多めに渡してきた、とか?

――あの男に限ってそれはないか。むしろ、何かを試されてるって考えた方がしっくりくる。

 

将来私が財布の紐を握った時のシュミレーション……とかだったりして。

 

って何考えてるんだか。馬鹿馬鹿しい。あ~退学退学退学。ふう。

……ここ最近では自分でも不可解な思考や行動をすることが増えた。

全部堀北が退学にならないせいだ。

 

カバンにしまったノートを取り出す。

せっかく作った来年の抱負。

 

綾小路くんは、私の気の迷いで書き込んだ続きの8ページと9ページに気づけなかったのだから、やっぱり私のすべき事はこのまま堀北退学で間違いないんだ。

今年最後のちょっとした試みは、来年の私が進む道をしっかりと示してくれた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

櫛田が買い物に出かけ、今度こそ1人の時間が訪れる。

外は昼間とは言えすっかり寒くなってきて、用がなければわざわざ外出する気にはならない。

そんな状況で食材調達に向かってくれた櫛田には頭が上がらないが、年越しそばというものはそれだけの価値がある、ということだろう。

果たして予算は5万ポイントで足りたかどうか。

 

それにしても、先ほどの抱負の件は冗談だったようだが、今の状況は歪なものだ。

こちらに依存させ、矛先を堀北からオレに向かうように誘導してきたつもりだが……。

櫛田がここまで高頻度で食事を作りに来るようになったのは計算外。

 

オレも特に害があるわけではないし、目の届く範囲にいた方が都合がいいと、そのままにしておいたことがこの状況を作り出してしまった。

 

櫛田の堀北退学にかける異様な熱量。

現在は協力的ではあるものの、本人が言っていたように我慢の限界がいつ来てもおかしくはない。一体何が櫛田をそこまで退学へ駆り立てるのか――その点に少し興味が出てくる。

 

来年の抱負ではないが、この関係を正すときは遠くない未来で必要になるだろう。

その時どうするか、選択をするのは櫛田自身だ。

 

そんなことを考えていると、携帯が振動する。

やはり5万じゃ足りなかったか?と思い確認すると送り主は――ひよりだった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「――ってことで俺はリーダーを降りる。クラスの事はお前に任せるぜ、ひより」

 

俺はひよりを呼び出し、カラオケの一室で話を進める。

 

「それでよろしいんですか?」

 

「ああ。このままじゃ俺たちのクラスは崩壊する。俺が責任取ったってことにすれば、時任たちも少しは大人しくなるだろうよ」

 

「……わかりました。お引き受けします」

 

意外なことに、ひよりはこの提案をすんなり受け入れた。

こちらの話を予想していたかのような落ち着きよう。

それを抜きにしても、元々クラスの争いに興味がないこいつにとって、クラスリーダーも同様だと思っていたが……。

 

「ひよりの指示に従うよう石崎たちには伝えておく。あとはお前の好きにすればいい」

 

ひよりがどんなクラスを目指すのか、それはどうでもいいことだ。

所詮は綾小路を倒す算段がつくまでの時間稼ぎ。うまく持ち直せば儲けもの程度の期待。

 

「かしこまりました。ただ、もしAクラスを目指すのであれば、龍園くんなしでは実現しないでしょう。そのことはお忘れなく」

 

純真な笑みをこちらに向けるひより。

情けや励ましのつもりか?それともコイツには、いずれ俺すら兵隊として使う未来が見えているのか?

 

「クク、いまんとこ興味ねえ話だ。ま、クラスメイトとして邪魔をするつもりもない」

「そうですか」

 

淡々とした返事がくる。

普段から感情の読みにくい所はあるが――結局、質問の意図を掴ませない得体の知れなさ。

 

「もしかするともしかするかもしれねえな……」

 

そんな俺のつぶやきにきょとんとした顔をするひより。

 

この世で『暴力』は絶対の力だ。

石崎達はもちろん、アルベルトでさえ、俺の暴力に屈した。

そうして他者を支配してきた俺にとって、そこに疑問を持つことはなかった。

だが、その考えをもとにするなら綾小路のやつが、その絶対って存在になる。それを素直に認めるのは――理屈じゃなく、ただただ気に食わない。

 

クク、まさか俺自身が絶対の力を覆えすための方法を考えるはめになるとは……わかんねえもんだ。

何としても、アイツの澄ました顔が歪む様な敗北と屈辱を味わわせる。

柄じゃねえが来年のステキな抱負ってやつだ。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

ひよりから連絡をもらい、ケヤキモールのカフェで待ち合わせをすることになった。

少し早めに到着したため、窓際の席でコーヒーを片手に外を眺めていると程なくしてひよりがやってくる。

 

「急にお呼びしてすみません。どうしても清隆くんにお話ししたいことがありまして」

 

「気にしなくていい、特に予定があったわけでもないしな」

 

ひよりはいつもより真剣な表情。これは今回は本の話、というオチではないのだろう。

 

「今度の新刊について………お話したいのも山々ですが、その前に――」

 

当たらずも遠からずの予想だった。周囲を見渡し確認するひより。

幸い年末の昼過ぎということもあり、カフェはそこまで混んでおらず、こちらの声が聞こえる範囲に人はいない。

 

「龍園くんから正式にクラスのリーダーを任されました」

 

「おめでとう……と言っていいのか?」

 

「ふふふ、どうなんでしょう?――ただ、引き受けたからには現状より良いクラスにしていきたいと思います」

 

「そうか。ひよりなら龍園とは違ったクラスにできる、と思うぞ」

 

だが、それだけの話なら、わざわざオレを呼び出さないだろう。

じっとひよりを見つめ、続きを話すのを待つが言葉を詰まらせている。

少し間が空いたのち、重くなっている口が開いた。

 

「その――龍園くんは、Aクラスを目指すことに興味がなくなっているとおっしゃっていました」

 

「ああ」

 

「でも彼の目は死んでいません。むしろ、以前よりも活力に満ちているように感じました」

 

ゆっくりと整理するように話すひより。

 

「恐らく龍園くんは……清隆くんを倒すための準備をしているんじゃないかと思うんです」

 

「なるほど」

 

「でも、私個人としてはもちろん、クラスとしても清隆くんとは仲良くしたいんです」

 

少ないピースを当てはめて、その結論に至ったのだろう。龍園の狙いがオレになったことに気づき、ひよりの中で葛藤が生まれている。

 

「龍園くんは私たちのクラスの貴重な戦力。ですが、綾小路くんと敵対しようとしています。……私たちがAクラスに上がるためのピースは同時に邪魔になるピースでもあります。困りましたね」

 

言葉通り悩んでいるのだろうが、微笑んでいるひより。

オレの身を案じた、というだけではないのだろう。

 

「それをオレに伝えたのはどうしてだ?」

 

「お友だちに危険を知らせるのは当然……という理由もありますが――」

 

ここで今日初めてひよりと目が合う。

 

「清隆くんにお願いがあるからです」

 

「お願い?」

 

「龍園くんが何かしても恐らく清隆くんには勝てません。ただ、彼を止めようとしても、私では話すら聞いてもらえないでしょう。結果、清隆くんに挑んで倒される。そうなった時、その被害は龍園くんだけでは留まらなくなっていく、そんな気がします」

 

「……過大評価かもしれないぞ?」

 

「これでも低い見積りのつもりですよ?」

 

これまで一緒に過ごしてきた中で、ひより自身もオレの実力を、これまで見せてきた範囲を元に予測している様子。

その結果、リアルケイドロでの一件を直接見ていなくとも、龍園では勝てないと判断しているようだ。はぐらかしてもいいが、ひより相手ではあまり意味がないかもしれない。

 

「確かに降りかかる火の粉は払わせてもらう。その際、向こうの出方次第では手を抜けない可能性もある」

 

「それは仕方がないことと思います。ただ、可能な限りで構わないのですが……退学を迫るような形はなるべく避けて頂けないでしょうか」

 

「その提案をオレが受けるメリットは?」

 

Aクラスを目指すのであれば、ひよりの言うとおり龍園を欠くことはできないだろう。

オレは誰かさんの様に退学狂ではないため、必要がなければ退学へ追い込もうとは思わないが、少しひよりを試してみることにした。

 

「清隆くんにとっては造作もないこと、だとは思いますが、確かに見返りもなしにお願いするのも図々しい――親しき中にも礼儀あり、ということですね。それでしたら、わた……」

 

「わた?」

 

「……私たちのクラスは全面的に清隆くんに協力する、というのはいかがですか?龍園くんが無事で私がクラスリーダーであるうちは、いかなる場合でも敵対行動はとらないと約束いたします」

 

「その結果、特別試験での勝利を逃してもか?」

 

ひよりの提案はこの学校の制度を考えると降伏宣言のようなもの。それをクラス全員が認めるとは思えない。

 

「優先順位の問題です。私のクラスは、今は上のクラスを目指す段階ではありません。特別試験の勝利よりも結束を高める時期ですから。……もし、信用できないようでしたら、その担保に、リーダーとなった私が来年から清隆くんのお側に控えさせていただいても構いません。むしろ、そうなさるのがよろしいかと思います」

 

こちらへと椅子を引き、少し寄ってきて、前のめりになりながら強くそう主張する。

自らを人質に差し出すほどの決意。

『今は』という発言からも、戦いを放棄しているわけではないようだ。

そうなると、ひよりの狙いは――

 

「いや、そこまでする必要はない。ひよりを信用していないわけではなく……南雲との契約はどうするつもりだ?」

 

少し残念そうな表情をするひより。南雲との件は触れるべきではなかっただろうか。

 

「その話もご存じでしたか。現在の借金は200万ポイントだそうです。当面はそれを返して行くことが目標でしょうか。ただ、あくまでも契約したのは龍園くん。そのあたりは上手くやれると思います」

 

契約詳細は不明だが、南雲もあの龍園がリーダーを降りることになるとは思わなかっただろう。そこに付け入る隙があるのかもしれない。

 

当初の目的であった『平穏な学生生活を送る』こと。

現在一之瀬クラスとの関係は良好。その上、ひよりのクラスとも和平を結べるなら、かなりその状態に近づく。生徒会に入ったことが巡り巡ってそんな機会に繋がるとは思ってもみなかった。まあそれと同じくらい厄介ごとにも遭遇はしているが……。

 

「そういうことなら、ひよりのお願いはできる限り守らせてもらう」

 

「はいっ!」

 

「ただ、ひとつ確認させてもらうが……その話はあくまでオレとの約束ってことか?」

 

「ええ。それで問題ございませんよね?」

 

「問題ないな」

 

ひよりはオレがクラス争いに興味がないことに気づいている。

特に隠していたわけではないが、ひよりには伝えたことはなかった話。

だが、それがわかっているからこそ、一度もオレの『クラス』に協力する、とは言っていない。それは、オレさえ押さえておけば他は問題ないという発想で、オレが自分のクラスのためにひよりたちを利用することはないという計算。

 

ひよりが率いるクラスが、他クラスとどんな戦いをしていくのか――来年の楽しみがひとつ増えた。

 

「では、堅苦しい話はここまでですね。清隆くんは明日のご予定はございますか?」

 

「予定というほどではないが、年越しそばを食べる、ぐらいだな」

 

「それでしたら、茶道部のみんなでお茶でもしながら来年の展望でもお話しませんか?」

 

調べたところ、年越しそばを食べるタイミングは大晦日中ならいつでもいいらしい。

それなら茶道部と過ごす時間もあるか。収入源の1つとして来年以降も上手く運用していきたいため、悪い機会でもない。

 

「そうだな、そうするか」

 

「はい、楽しみにしていますね」

 

その後は、今年読んだ中で一番面白かった本や来年の新刊で楽しみにしている本などの話題に。

そこには先ほどまでとは違い、いつものひよりがいた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

帰りに本屋に寄っていくというひよりと別れて、寮への道を歩いていると後ろから声を掛けられた。

 

「あ!綾小路くん、ちょっといい?」

 

足を止めて振り返ると、そこにいたのは一之瀬のクラスメイト、小橋だった。

これまで無人島試験をはじめ、一之瀬クラスとの交流の中で話すことはあったが、一対一で会話するのは初めてだ。

 

「どうしたんだ?」

 

「実はね、明日、クラスのみんなで神崎君と柴田君の復帰祝いを兼ねてカウントダウンパーティーをするんだけど、よかったら綾小路くんもどうかな?」

 

「2人とも元気になったんだな。だが、クラスのイベントによそ者のオレが参加するというのは――」

 

「帆波ちゃんから聞いたんだけど、2人を助けてくれたのは他でもない綾小路くんでしょ。そのお礼もしたくてさ」

 

「あれはイベントクリアのために行っただけで、お礼をされるほどのことでもない」

 

ついさっき、茶道部との約束をしたばかり。やんわりと断りを入れようとするが、小橋も簡単には引き下がらない様子。

 

「そんなことないって。ね、ね、どうかな?」

 

「いや、遠慮さ――」

 

「お願い!ここで会ったのも何かの縁だと思ってさ、ね?」

 

やんわりがダメならきっぱり断ろうとすると、それを察した小橋が両手を合わせて祈るように嘆願してくる。非情に断りづらい。

 

「私の責任……ってことだよね?」

 

「ん?」

 

「年末だし仕方ないよね……。私の誘い方が悪かったから、綾小路くんに来てもらえなかったって、クラスのみんなに謝らなきゃ。ごめんね、みんな。私が不甲斐ないばっかりに……」

 

虚空を見つめ今にも泣きださんとする小橋。

 

「……何時からの予定だ?」

 

こちらの問いに、表情が180度変わる小橋。

 

「え、来てくれるの!?やった、ありがとう!時間は21時からだよ。場所は帆波ちゃんが体育館を借りてくれたから、そこで!」

 

「……思ったより規模が大きそうだな」

 

ちょっとした会なら顔を出すだけで済むと思ったのだが……。一之瀬も体育館を貸切るなんて生徒会の権力を気軽に使いすぎじゃないか?恐らくだが、門限の問題も許可を取ったのだろう……。

 

「ダメかな?」

 

「いや、ダメってことはないが……」

 

「なら大丈夫だよね?よかった。待ってるから、必ず来てね!」

 

満足したのか小橋は小走りで去っていく。

 

「参ったな」

 

一之瀬クラスの思わぬ伏兵。結局、参加の方向で押し切られてしまった。

仮に昼は櫛田と年越しそばを食べるとして、その後茶道部と過ごし、夜からは一之瀬クラスとカウントダウンパーティーか。

 

かなり慌ただしい年越しになりそうだ。

 

櫛田とひよりにスケジュールの相談をしておく必要が出てきたため、携帯を取り出すと、綾小路グループのチャットに波瑠加からメッセージが届いていた。

 

『明日はみんなで集まって年越ししない?』

 

『いいね』

 

『オレも賛成だ』

 

『構わないが、門限はどうするつもりだ?』

 

『ゆきむーは相変わらず固いよね。ただ、それで減点になったりしたらマズいか……』

 

『みんなで年越ししたかったなぁ……』

 

そんな会話が繰り広げられている。

 

『きよぽん、なんか方法知らない?』

 

知らない、と返事をして他クラスと年越しをしていたことが発覚したらグループでの居場所がなくなるかもしれない。

 

『ひとつだけ手があるぞ』

 

オレはそう提案するしか解決する方法を思いつかなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

体育館の中心で愛をささやく

一度方針を決めてしまえばあとの対応は気楽なもの。

郷に入れば郷に従え、年末にあれこれと考える必要はないのだろう。

 

『清隆ー!大晦日、平田くんと遊ぶんだけど、一緒にどぉ?』

 

『わかった、明日21時に体育館集合で!』

 

『清隆くん、この前のバンドカッコよかったよ!それで、大晦日もよければ一緒に過ごさない?』

 

『わかった、明日21時に体育館集合で!』

 

『綾小路くん、来年からのクラスの戦略で相談があるのだけど?』

 

『わかった、明日21時に体育館集合で!』

 

『王子ー!ファンクラブ会報で年末年始特集するので撮影させてくださーい』

 

『わかった、明日21時に体育館集合で!』

 

『綾小路くん、そろそろ次の勝負のお話などひとつ』

 

『わかった、明日21時に体育館集合で!』

 

あれからさらにたくさん連絡があったがこの通り。

誰かを優先したら角が立つからな。みんなで集まれば問題ないだろう。

年末年始の過ごし方とは、きっとそういうものだ。

……何通か変なチャットもあったが気にしないことにする。

 

それに一之瀬クラスとの付き合いもそこそこ長くなったとはいえ、クラスメイトだけのプライベートな集まりに1人で参加できるほどオレの面の皮は厚くない。

大勢で祝った方が柴田も神崎も喜ぶはずだ。

 

小橋へは少し人数が増えるかもしれないと連絡しておけば大丈夫だろう――小橋の連絡先は知らないため、一之瀬に聞いてみるか。

 

『どうして夢ちゃんの連絡先を知りたいの?』

 

『明日のことで伝えたいことがある』

 

『え?明日、夢ちゃんと一緒に過ごすの?』

『どういうことかな?』

『綾小路くん?』

 

間髪入れず連投されるメッセージ……人選を誤った気がする。

 

『何か誤解があるように思う』

 

『誤解ということは夢ちゃんと一緒には過ごさないの?』

 

『いや、過ごすといえば過ごすんだが……』

 

やましいことは一切ないのだが、浮気の追及でも受けているかのようだ……。

カウントダウンパーティーに参加する旨を一刻も早く伝えるべきだろう。

そう思って返信を打っていると、一之瀬から電話が来る。

 

『…………綾小路くん』

 

「言葉足らずだった。明日、一之瀬のクラスで開催するカウントダウンパーティーに小橋から誘われていたんだ。その件で伝えたいことがあった」

 

『えっ!?あ、そ、そうだったんだ。そうだよね、綾小路くんはそんな不誠実な人じゃないのはわかってるはずなのに…………ごめん』

 

「誤解が解けたならいいんだ。それで小橋の連――」

『その件なら、私が主催だしわざわざ夢ちゃんを経由しなくても大丈夫。遠慮なく私に言ってね』

 

「あ、ああ」

 

その後、人数が増える旨を伝え、許可を貰い通話は終了した。

……今の一之瀬の前では迂闊に他の女子生徒の名前を出さない方が賢明だな。

 

それにしても今日だけで大量のチャットが届いた。

一学期は連絡先が一つ増えるだけで喜んだものだが、変われば変わるものだ。

ただ、それが手放しで良いことだとは言い切れないが……。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

大晦日の昼。

 

「これが年越しそばか」

 

櫛田の用意してくれたそばを受け取る。

海老の天ぷら、ごぼうの天ぷらに、かき揚げ、とろろ昆布、生卵、かまぼこ、鴨肉、ネギ、山芋のとろろ、わかめなどなど、これでもかとトッピングされている。

まさに一年を締めくくるに相応しい一杯といえるのではないだろうか。

 

「伸びないうちに食べよっ」

 

櫛田から促され箸をとる。伸びるも何も、もはやそばが見えないトッピングの量。

だが、それらをかき分けるとちゃんとそばも入っていた。

具材の量も考えるとのんびり食べていては、確かに伸びて味を損なう可能性がある。

時間との闘い――なるほど、1年の終わりまでもう幾何の時間もないことを表現しているのか。

急いで食べるのが年越しそばの食べ方なのかもしれない。

それならそれに従うまで。

 

「……すごい勢いで食べるね、綾小路くん」

 

「これは美味いな。トッピングの豪華さもそうだが、出汁も一味違う」

 

「あ、わかる?出汁とるところからこだわって作ったからね」

 

嬉しそうに笑う櫛田。

笑っている間にそばが伸びてしまうんじゃないか。

 

「この味ならどこで出しても恥ずかしくないと思うぞ」

 

「そう言ってもらえると悪い気はしないね」

 

「少なくともこの学校に来て食べたそばの中で一番だ」

 

「うーん、比較対象が微妙じゃない?ここ蕎麦屋さんとかないし」

 

櫛田にとってはそうだろうが、オレにとってはこれまでの人生で一番美味しいそばということ。

素直に来年も食べたいと思える一品だった。

 

年越しそばを堪能し、少しゆっくりしたところで、そろそろ茶道部の集まりの時間が近づいてきた。

 

茶道部の集まりは、茶道室で行われる。

ひより曰く、年末の掃除を名目に交渉し借りることに成功したそうだ。

 

「櫛田、年越しそば美味かった。おかげで良い年越しができそうだ」

 

「ううん。こちらこそたくさん資金貰えたから作り甲斐があったよ。これから茶道部の集まりなんだっけ?」

 

「ああ。慌ただしくなってすまない」

 

「大丈夫。綾小路くんも色々と付き合いを大切にしなきゃだろうしね。そんなことで怒ったりしないよ」

 

櫛田の物分かりが良くてよかった。

自分自身が人付き合いを重視しているだけあって、その辺りには理解があるのかもしれないな。

 

「それじゃまたね」

 

「ああ。また来年」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

櫛田を見送った後、オレも外出の準備を始める。

 

思い返せば、生徒会に入ってから最初の大きな仕事は茶道部に関してだった。

成り行きで指導員を務めることになったが、これまでの事を思うと悪い選択ではなかったな。

茶柱先生がやたらAクラスを目指すよう要求してくること以外は特に不満はない。

 

茶道室の前に到着するとすでにメンバーがそろっているのか賑やかな声が聞こえてくる。

 

「あ、清隆くん、いらっしゃい」

 

入室するとひよりが出迎えてくれる。

みーちゃんや朝比奈に櫛田と他のメンバーも揃って、軽食やスナック菓子、ジュースなどが広げてある。

茶道部だからと言って、和菓子や抹茶で1年を締めくくるわけではないんだな……。

 

いや、ツッコむべきはそこではなかった。

 

「……櫛田、どうしてここに?」

 

「こんにちは、綾小路くん。奇遇だね」

 

茶道部員に馴染みすぎて一瞬スルーしてしまった。

櫛田は茶道部ではない為、文字通りの部外者のはず。

 

「あ、すみません、私が誘いました」

 

申し訳なさそうにみーちゃんが手をあげた。

 

「なんでも桔梗ちゃんとの予定を急に変更する不届き者がいたそうなんです。桔梗ちゃんは優しいからいいよって許してあげたそうなんですけど、本当は大晦日に1人で寂しいって昨日電話で話してくれて。桔梗ちゃんにはいつも…平田くんのことで……色々アドバイスを貰ってお世話になっていたので放っておけなくて」

 

「そのアドバイスって『軽井沢を退学にすればいい』とかじゃないよな?」

 

「退学?そんなわけないです。優しく励ましてくれます」

 

そんなわけないのか……。

表の櫛田は本当に優しいな。

 

「そういうことなんだけど、お邪魔だったかな?」

 

「いや、そんなことはない」

 

何食わぬ顔でそんなことを聞いてくる櫛田。

やけに物分かりがいいと思っていたが、こういうことだったのか。

当然、ここで櫛田を追い返すことなどできるはずもない。むしろ最初からそう言ってくれれば歓迎したのだが。

表の櫛田は退学のたの字も言わないようだし、こういう場では話をうまく盛り上げてくれる貴重な存在だ。

 

「それでは茶道部の忘年会をスタートしましょう」

 

会の進行を始めるひより。

この集まりは忘年会だったのか。

年末らしいイベントとして存在を知ってから気にはなっていたが、まさか体験できるとは――

 

「乾杯の発声はもちろん、指導員の清隆くん、お願いしますね」

 

「ん?乾杯の発声?」

 

「ええ。清隆くん以外に適任はいないかと」

 

急な要請だったが、立場上オレが適任というのは一理ある。

しかし、乾杯の発声などしたことがあるはずもなく勝手がわからない。

 

「……えーと、一年間お疲れ様でした」

 

とりあえず労いの言葉でも言っておけばいいのか、と思ったのだが……コップを持って一同がこちらを見つめる。

何かを待っているようだが……どうすればいいんだ?

 

「綾小路くん、みんな『乾杯』って言うのを待ってるんだよ」

 

オレの様子を察した櫛田からひそっとアドバイスが送られる。

 

「なるほど……では、乾杯」

 

「「「かんぱーい」」」

 

今度正しい乾杯のやり方については調べるとして、ひとまず乾杯の任は全うできたようだ。

櫛田様様だな。秘書とか向いているんじゃないか。

 

その後は、茶道部の談笑に付き合い、各々来年の目標を話したりなど賑やかな時間を過ごした。

 

宴もたけなわということで片づけをして解散となる。

 

「綾小路くんはこのあとどうするんだっけ?」

 

「……Bクラスの柴田&神崎復帰祝い兼カウントダウンパーティーに参加予定だな」

 

「そんな会があるんですね」

 

櫛田からの問いに正直に答えたところ、ひよりが興味を示す。

 

「清隆くん、私も参加できないでしょうか?」

 

「構わないとは思うが……珍しいな」

 

いまさら一人二人増えたところで問題ないだろう。

だが、普段のひよりならそんなパリピ(?)な場に積極的に顔を出すとは思えない。

 

「一之瀬スポンサーにはお世話になりましたし……それに、私たちのクラスの責任もありますので一言謝罪をしておきたいと思いまして」

 

「そういうことか。それなら一緒に行くか」

 

「はい。お願いします」

 

「じゃあ私も行こうかな。柴田君たちとも友達だし、心配してたんだ」

 

「そうだな、きっと柴田たちも喜ぶと思うぞ」

 

櫛田が来れば多くの生徒は喜ぶだろう。

サプライズで平田を連れていけば成功する理論は、櫛田に置き換えても成り立ちそうだ。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「まさか俺たちのこと、クラスメイト以外でこんなに心配してくれてた奴らがいたなんて、嬉しいな、神崎」

 

「あ、ああ。そうだな……」

 

体育館にはBクラス生の他に、Cクラスからは綾小路グループ、平田と軽井沢、麻耶、櫛田、堀北妹。

Dクラスのひより、諸藤。Aクラスからは坂柳と移動手段の葛城がやって来ていた。

 

もちろん、事情を知ってやってきたのは綾小路グループと櫛田、ひよりだけだったため

堀北を筆頭にグチグチ言われはしたものの、各々の用事を考えたところ別にここでも問題ないということで話はまとまった。

 

今はファンクラブ会報の写真を撮り終え、会員に送るための年賀状にサインをしているところだ。

 

「ね、清隆くん。今さ、みんなで今年やり残したことはないかって話をしてたんだけど」

 

麻耶が話しかけてくる。

 

「満場一致の項目が出てきて……今年も残り1時間だし、清隆くんに協力してもらいたいなって」

 

「オレにできることなら手伝うが……」

 

「ありがとうっ!」

 

そういって麻耶が手招きをし、軽井沢に平田、波瑠加、愛里、櫛田が集まってくる。

 

「その、やり残したことって言うのが……いつものクールな綾小路くん以外の表情を見ることって話なんだけど」

 

「……つまり協力というのは、この場でスマイルなりなんなりを披露しろってことか?」

 

どんな羞恥プレイだ。

出来ないこともないが遠慮願いたい。

 

「いや、それじゃダメ。私たちの手で清隆の表情を変えてこそ、意味があんのよ」

 

軽井沢の意見に全員が頷く。

オレの表情の変化にそんな価値があるのか疑問は尽きないが、年末ってこういうものか。

ひとまず頑張ってスマイルを作る必要はなさそうなので安心した。

 

「そこでみんなで考えたんだけど、これから『愛してるゲーム』をして、清隆を照れさせた人が勝ちって話になったの」

 

「なんだって?」

 

「『愛してるゲーム』知らない?愛してるって相手に言って照れたり表情が変わったら負けって単純なゲーム」

 

軽井沢からとんでもない提案をされる。やはり羞恥プレイだったようだ。

 

「審判は平田くんお願いね」

 

「え、僕は参加できないの?」

 

「平田くん、彼女の前で他の女に愛してるって言うつもりなの?」

 

「……それもそうだね。任されたからには公平にジャッジさせてもらうよ」

 

残念そうな平田。偽装カップルであることがあだとなったようだ。

確かに、奇しくもクラスのキレイどころが集まっている状況。

平田ほどの聖人君主でも愛してると言われたいし、言いたいのかもしれない。

 

「ふふふ、面白そうな話をなさっていますね。私もそのゲーム参加させて頂いてもよろしいでしょうか?」

 

オレとの勝負を渇望する坂柳が葛城に乗ってやってきた。

勝負であればこんな勝負でもいいのか?

 

「別にいいけど……坂柳さん、この手のゲーム強そうよね」

 

「どうでしょうか。ただ、感情のコントロールは比較的得意だと自負していますよ」

 

坂柳はこんなゲームにですら自信があるようだが……。

 

「じゃあスタートしようか。綾小路くんの表情を変えるのが目的だから、綾小路くん対みんなって感じでいくね。まずは綾小路くん、誰かに愛してるって言ってくれるかな」

 

平田が審判としてゲームを進行し始める。

いきなりハードルが高いが……ここでやらないと場が白けてしまうことぐらい、この1年でオレも学んだ。諦めてやるしかないか。

 

「坂柳、愛してる」

 

「はうっ……」

 

「坂柳さん、アウト!」

 

目が合ったので適当に言ってみたのだが、坂柳は葛城から落下しそうな勢いでのけぞった。

空気を読んだ葛城が落下を防ぎつつ、坂柳を抱えて静かに立ち去っていく。

 

「あの綾小路くんが私にあんなことを……あんなことを――」

 

去り行く葛城の背中越しに、うなされながら発する坂柳のつぶやきが虚しく響く。

 

「……坂柳さん、クソ雑魚じゃん」

 

呆れた目をした軽井沢からの一言。

強気なギャルの演技をしつつ、本人に聞こえていない距離になってから言うのは流石だな。

場の雰囲気を変えようと、平田が進行を進める。

 

「えーと、じゃあ攻守交代だね。次は佐藤さん、どうぞ」

 

「え、わ、わたし!?……えっと、その……清隆くん、愛してるっ!」

 

「ああ、知ってるぞ」

 

「ッ!!!」

 

「佐藤さん、アウト!」

 

クリスマスからまだ1週間も経っていないのに忘れるはずがないので、そう伝えたのだが、麻耶は声にならない声を出し、赤面して走り去ってゆく。

 

「きよぽ~ん?」

 

「いや、不可抗力というか、ゲームだからな?」

 

波瑠加から睨まれたが、理不尽極まりない話。

 

「綾小路くんの番だね」

 

「じゃあ……愛里、あい――」

 

「むきゅぅぅぅぅ」

 

「佐倉さんアウト!」

 

こちらが言い終わる前に、顔を真っ赤にした愛里がしゃがみ込む。

あい、までしか言っていないのだから、日頃名前を呼ぶのと大して変わらないのではないだろうか。

 

「このゲーム、何度も言ったり言わせたりするのが醍醐味なんだけど……」

 

軽井沢の言うように、ここまで一発アウトが3人連続で続いている。

 

「じゃあ次は軽井沢さんにお願いするよ」

 

「任せて。平田くんには悪いけど、恋愛上級者の腕を見せつけてあげる」

 

軽井沢が自信満々に出てくる。

恋愛上級者の肩書は詐称も良いところだが、周りを騙し続けている演技力はあるからな……。

 

「清隆、愛してる」

 

「そうなのか、恵?」

 

「たうわっ」

 

「たうわ?」

 

「軽井沢さんアウト!」

 

「ちょっとずるいじゃない、清隆。いきなり名前で呼ぶなんて」

 

「丁度いい機会かと思ってな。オレだけ名前呼びされているのも妙だと思っていた」

 

「ああ、もう」

 

「次は綾小路くんの番だよ」

 

「残りは波瑠加と櫛田か……」

 

どちらにしようか考えていると後ろから気配を感じる。

 

「ちょっとあなたたち、またくだらないことをしてるみたいね。クラスの主力が揃っているのだから来年の戦略でも話し合うべきじゃないかしら」

 

ツンツンブラコンの堀北が登場した。

 

「そこまで言うってことは、堀北さんならこのゲーム簡単にクリアできるってこと?」

 

「当たり前じゃない。話にもならないわ。ほら、綾小路くん、さっさと言ってちょうだい」

 

櫛田からの煽りにまんまと乗せられてしまう堀北。

確かに堀北が照れるところなんて想像できないが……。

 

「堀北、愛してる」

 

「全く響かないわね。これぐらいで動揺するなんてどうかしてるわ」

 

キリっとすました顔の堀北。

だったらこちらにも打つ手はある。

 

「この前、学が言っていたぞ『鈴音愛している』と」

 

「兄さんっ!」

 

「堀北さんアウト!」

 

口ほどにもないとはこのことだな。

弱点がはっきりしている相手ほど、対峙しやすいものはない。

問題は、本人がそのことにあまり自覚がないことか……。

 

「兄さんを出しにするなんて、綾小路くんも外道に落ちたものね」

 

「言っておくがさっきのはホントの話だぞ」

 

「兄さんっ!」

 

「堀北さんツーアウト!」

 

「とんだ茶番だねっ」

 

嬉しそうに笑う櫛田。少し裏の顔が混じってないか?

 

「みんな不甲斐ないなぁ。ここは私の出番かな?」

 

「じゃあ櫛田さんお願いするよ」

 

「綾小路くんが一筋縄じゃいかないのはみんなが証明してくれたからね。こっちも本気でいくよ」

 

櫛田は近寄ってくるとオレの両手をぎゅっと握る。

そうして上目遣いで目をうるうるさせて、ゆっくりと時間をかけて言葉を発する。

 

「綾小路くん……愛してる」

 

渡辺をはじめとしたBクラスの男子たちが恨めしそうにこちらを見ている。

波瑠加や軽井沢などもこちらを睨みつけている。

 

「……」

 

照れる以前にこの状態を続けることは非常によろしくない。

 

「キョーちゃん、ちょっとやりすぎじゃない?」

 

「やだなあ、あくまでもゲームだよ?綾小路くんのことは何とも思ってないし。それにこの調子なら綾小路くんを倒せるかも」

 

「ううー」

 

納得してはいないだろうが、そう言われてしまうと追及できない波瑠加。

 

「ね、綾小路くん、愛してるよ」

 

普通の男子であれば勘違いしてしまうような笑み。

流石に手ごわい相手だ。

仮にこういった特別試験があれば櫛田は無双するかもしれないな。

 

オレは他の誰にも聞こえないように、そっと櫛田の耳元で囁く。

 

「……堀北退学よりも?」

 

「ッ!!……そ、それは――――」

 

動揺する櫛田。もう一押しといったところか。

 

「オレの方を選んでくれるとは意外だったな。来年も一緒にそばを食べるのを楽しみにしている」

 

「……その選択を迫るなんて卑怯だよっ!綾小路くんの馬鹿ー」

 

「櫛田さん、アウト!」

 

櫛田は走って体育館から出て行った。

フェンスでも蹴飛ばしに行ったのだろう。

堀北と同じく、櫛田の弱点もわかりやすい。

 

「きよぽん、キョーちゃんになんて言ったの?」

 

「大したことは言ってない。少し褒めただけだ」

 

「あとは、長谷部さんだけだね」

 

「ま、きよぽんとの付き合いもそれなりに長くなったしね。いまさら何を言われても――」

 

「波瑠加、いつもグループをまとめてくれて助かる。愛してる」

 

「ん?」

 

「思えば波瑠加がいなかったらグループは成立しなかったな。愛してる」

 

「ちょっと」

 

「オレにとってもグループはかけがえのない居場所になった。波瑠加のおかげだ。愛してる」

 

「き、きよぽん」

 

「波瑠加には感謝しているんだ。今年中に思いを伝えられてよかった。愛してる」

 

「……いつもそんなこと言わないじゃん」

 

「ゲームという形になったが、素直な気持ちだ。オレだけじゃない、みんなそう思っている。だろ、愛里。愛してる」

 

隣で復活した愛里がうんうんと頷いている。

 

「ああもう、きよぽんも愛里も恥ずかしいじゃん、やめやめー!」

 

「長谷部さん、アウト!」

 

「……なんか『愛してる』が途中からおまけになってたわね」

 

軽井沢の言う通り……波瑠加には恋愛面よりもこういった方向性の方が効きそうだったからな。

愛のカタチも色々だ。……愛がわからないオレは言うのもおかしな話だが。

 

「えーと、愛してるゲームは、綾小路くんの勝ちってことで」

 

最初はどうかと思ったが、相手の思考を読み、効果的な一手を打つゲームと捉えれば、それなりに楽しめる内容だった。

 

気づけば新年まであと30分。

体育館のステージにはスクリーンが降りており、年末番組が映し出されている。

残り時間はテレビでも鑑賞しながらゆっくりと新年を迎えたいところだ。

 

「清隆くん、まだ時間あるし、2回戦目どうかな!?」

 

いつの間にか帰ってきた麻耶からの提案。

 

「いいんじゃないかな、私もさっきの結果は納得いってないし」

 

これまたいつの間にか戻ってきた櫛田も賛同する。

 

「次は僕も参戦したいな」

 

なぜか平田もノリノリだ。

 

「清隆くん、次は私も参加してもよろしいでしょうか」

 

先ほどまで神崎たちのところにいたひよりもこっちにやってきた。

 

「ねえ、他に兄さんは何か言ってなかったかしら」

 

「清隆。次は同じ手は通じないから、また名前言ってみなさいよ」

 

「千尋ちゃん、離して。私も、あのゲームに参加したいの」

 

「ダメっ。帆波ちゃんをあんなところに行かせるわけにはいかない」

 

「綾小路くん、再戦を、再戦を希望します」

 

「王子!こんなゲームは解釈違いです!!ほら、平田王子も悲しそうにしているじゃありませんか!!」

 

「黙ってみてれば、ずるいぞ、綾小路ぃ。俺たちも参加させろよ」

 

「なぁ神崎……これ、一応俺たちの復帰祝いだよな?」

 

「……ああ。そうだな」

 

「次は私が清隆を照れさせるんだから」

 

「いや、きよぽんの照れさせるのは私だから」

 

「わ、わたしも頑張るっ!」

 

「ふふふ、綾小路くんを倒せるのは私を置いて他にいないでしょう」

 

各々が主張を繰り広げる体育館。

――これはもう選択の余地はない。

 

「あ!綾小路が逃げたぞ!お前がいないとゲームが始まんないだろ」

 

「追いかけるわよ」

 

「王子も解釈違いに耐えられなくなったんですね。わかります」

 

「千尋ちゃん離してー。私も追うのー」

 

「認めませーん!!」

 

「なあ神崎……」

 

「諦めろ、柴田。俺たちは大人しく新年を迎えるのが一番だ」

 

「……来年はお互いもっと目立とうな」

 

オレはダッシュで体育館から立ち去った。

だが、問題はここからだ。

追跡を振り切るのは余裕だったが、自宅に戻れば合鍵をもった櫛田に攻め込まれる。

かと言って外で潜伏するには寒い時期。

店はどこも閉まっている。

 

そうなると確実に安全と言える場所は、ひとつしかないか。

オレは携帯を手に取り連絡をする。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「なるほど、それでここに来たわけか」

 

「年末のこんなタイミングにすまないな」

 

「構わない。今年は例年以上に色々あった。そんな年の締めくくりに相応しい展開とも言える」

 

そんな皮肉を言ってニヤリと笑う堀北兄。

 

オレは今、堀北兄の部屋に厄介になっている。

事情を説明し、ほとぼりが冷めるまで匿ってもらうことになった。

あのメンバーであれば、3年の寮に入ってくることはないだろう。

 

「結局、クリスマスも大晦日もアンタと過ごすことになるとはな」

 

「俺も丁度そんなことを考えていたところだ」

 

だが、悪い気はしない。

恐らく堀北兄も同じなのだろう。

 

2人で緑茶をすすりながら年を越すこととなった。

 

「あけましておめでとう。残り3ヶ月ではあるが、今年もよろしく頼む」

 

「ああ。あけましておめでとう。こちらこそよろしく」

 

携帯にはチャットがたくさん入ってきた。

新年の挨拶などの他に、一之瀬をはじめ数人からそろそろ戻ってこないかと提案も来ていた。

 

さっきのゲームは昨年のやり残しという話だったから、今年になってしまえばもう強要はされないだろう。

新年早々人付き合いを放棄するのも得策ではない。

 

「助かった。そろそろ落ち着いたようだから戻ることにする」

 

「ああ。お前の学生生活もだいぶ変わってきたようだな。……さっきの件だが、相談するなら橘にしてみたらどうだ?」

 

「……それもそうだな」

 

オレも堀北兄もこの手の話題は不得手。

餅は餅屋に聞けということ。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「――ということがあったんです。どうしてこんなことになったんでしょうか?」

 

オレは橘の頬に墨でネコのひげを描きながら尋ねる。

丁度6回目の勝利で、いい感じにひげが完成した。

 

「ぐぬぬぬ、雑談をしながらとは余裕を見せつけてきますね。次は負けませんからっ」

 

「これ以上やっても、ぶちネコになるだけですよ?」

 

「あー、綾小路くんが言っちゃいけないことを言いました。もう容赦しません、ここから集中モードですっ!」

 

そういって力強く羽根を打ちつけてくる橘。

正月の伝統的な遊び、ということで羽子板で対決していた。

 

羽根を落としたら相手から墨で落書きされるというルール。

コツを掴むまでの最初の数回は羽根を落し、橘からデコに『肉』などを書き込まれることとなったが

慣れてしまえばこの通り。次は鼻を黒く塗るか。

 

「さっきの話ですが、簡単です。どなたかと清い交際を始めれば解決しますよ」

 

ぶちネコになった橘が話を戻す。

 

「生徒会の副会長。モテるのもわかります。ただ、以前忠告した気もしますが、綾小路くんがみんなにどっちつかずで思わせぶりな対応をしているのが良くないんです。だからみんな期待しちゃうんです」

 

「そんな対応をしたつもりも、モテた覚えもないんですが……」

 

告白してきたのは麻耶ぐらい。……愛里が内心想っていてくれていたとしてもそれはまた別問題だろうし、他には――。

 

「そういうところです!私は綾小路くんを南雲くんみたいな軽い男に育てた覚えはありませんよ」

 

南雲のことはともかく、そうすると気になる点が出てくる。

 

「だったら学はどうだったんです?生徒会長で才色兼備のAクラスリーダー、それこそモテないはずがないと思うんですが」

 

「堀北君は……もちろん一時期そういう面でも大人気でした。その結果、卒業まで誰とも交際しない宣言を出して、それ以降そういった話はなくなりましたね」

 

当時を思い出す様に遠い目をする橘。

堀北兄のことだから、なぜ付き合わないのかまではしっかり説明していないんだろうな。

結果、周りが勝手に憶測して、クラスのためだとか、生徒会で忙しいとか、そういった内容で納得してしまったのだろう。

叶わぬ恋とわかっていてもずっと支え続ける橘も健気なものだ。

 

「堀北君と同じ方法を取る手もありますが……本音を言えば、綾小路くんには堀北君とも南雲君とも違う道を歩んで欲しいです」

 

オレも恋愛というものを学びたいため、そもそも同じ手段を取る気はなかったが、橘の願いは真に迫るものがあった。

 

「そうですね、オレも決断しなくてはいけないのかもしれません」

 

「その結果、悲しむ人が出てくるとは思いますが、このままずっと曖昧な状況ほど残酷なことはないですからね」

 

「ただ恋心がよくわかっていないので結局時間はかかりそうですが」

 

「……恋は頭で考えるものじゃないですよ?気づいたら落ちているものですから。綾小路くんは何でもできそうで、そういうところはまだまだですねー」

 

恋に落ちる、そんな事象があるなら是非とも体験してみたいものだ。

オレは誰かと付き合うなら、どんなメリットがあって、リスクはどんなものがあるのか、どんなことを学べるか、そんなことを計算することしかできない。

損得なしで相手の事だけを考える。……残念ながらそんな自分は想像できないな。

 

「今度の特別試験は男女別ですし、ゆっくり考えてみる良い機会になるかもしれませんよ。離れてみたら淋しい、なんて思う相手がいるかもです」

 

「いたらいいんですが……」

 

今度の特別試験は3学年合同。残念ながらオレが入会した時にはすでに生徒会チェックが終わった後だった。

なんでも南雲が意見をたくさん出し、それがかなり反映されたといった明らかに怪しい特別試験。

退学の可能性もあるだけに、呑気に異性の事を考える生徒などいないだろう。

 

「さ、次は独楽で勝負ですよ、綾小路くん」

 

「新年早々負け越すことになっても恨まないでくださいね」

 

「そっくりそのままお返しします!!」

 

特別試験についての準備は大方済んだようなもの。

今は正月にしかできないことを楽しむとするか。

 

そうして元旦はぶちネコになった橘と正月らしい遊びをしたのち、堀北兄の部屋で3人で餅を食べて過ごすこととなった。

 

今年はどんなことを学べるのか、楽しみだな。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

林間学校に向けて

今話から原作8巻混合合宿の話になります。
アニメでは3期で予定されている部分ですので、ネタバレを気になさる方はこの話以降ご注意ください。


3学期始業式の前日。

オレはとある目的を果たす為、学校の指導室を訪れていた。

 

「あけましておめでとうございます。茶柱先生」

 

「……ああ。あけましておめでとう」

 

新年早々、明らかにこちらを怪しむ茶柱先生。

始業式前日に突然生徒から呼び出された状況であるため無理もない、か。

もしくは、前回オレから声を掛けた時に茶道部のためと茶柱先生のボーナスを丸ごと頂いたことが原因か。

……後者だろうな。

 

「そんなに警戒しなくても大した要件ではありませんよ」

 

「大した要件でもないのに休日に教師を呼んで欲しくはないな。だが、読めたぞ綾小路。他の生徒がいないこのタイミングで私を呼んだ理由は――」

 

「さすが茶柱先生ですね、そうお呼びした理由は――」

 

「次の特別試験の話」

「お年玉をもらいに」

 

「「……」」

 

「新年から面白い冗談だ。今年も絶好調なようで何よりだが、新学期前だ、私も暇ではない。本題に入ってくれ」

 

「親しい大人から頂けるものだと聞いたのですが、やはり三が日まででしたか……もっと早く声を掛けるべきでした」

 

お年玉という文化があることを知ったオレは、手近な大人=茶柱先生に声を掛けたのだが、どうやら失敗してしまったようだ。

正月ムードも落ち着いてしまったしな、仕方ない。

 

「次の特別試験で何かしらの策の準備に来たわけではないのか?無人島の時の様にポイントを預けに来たとか」

 

「ええ。違いますね。純粋にお年玉を期待していました」

 

「……綾小路、つい最近、私のボーナスを持って行ったのを忘れたのか?」

 

「その節は助かりました」

 

オレが試験対策で会いに来たと勘違いしている茶柱先生。

確かに無人島試験ではチャーナビをはじめ、事前にポイントを預けていたことで、他クラスへ意識の外からの一手を打つことができた。

次回の試験でも携帯を取り上げられる予定なので似たような手は使えるだろうが、二度も同じ策を繰り返すのはリスクがある。

龍園や坂柳あたりは勘付いていてもおかしくはないし、今度は上級生もいるからな。

使ったとしてもブラフが良いところだろう。

それに、今度の試験は性質上勝とうと思えばかなりの労力が伴う。

南雲の動きも気になるため、退学にならないくらいのそこそこでやり過ごすのが一番だ。

 

「私はな、当てにしていたボーナスがなくなったことで、ポチに買ってやるオモチャが減って非常に悲しい思いをしたんだ。悪いが、他に用がないなら帰らせてもらう。ポチが待っている」

 

「……ポチ?」

 

「うちで飼っている子犬だ。今が一番可愛い時期でな、やっとお手を覚えたところだ」

 

「犬を飼っているんですか……」

 

イグアナ事件で肩透かしを喰らって以来、オレは毛並みのふわふわした動物を触ってみたい欲が増している。

以前、軽井沢が子犬を見かけたことがあったと言っていたが、まさかこんな身近に飼い主がいたとは。

 

「なんだ、興味があるのか?そうだな、次の特別試験で好成績を残したら、見せてやってもいいぞ、なんてな」

 

「見るだけでなく触ることも?」

 

「あ、ああ。成績次第では、一緒に散歩や餌やりなどをつけてやってもいい」

 

「わかりました。約束しましたよ」

 

「……やる気になったようで結構だが、一年近く担任をしてきて未だにお前のやる気スイッチがどこにあるのか、さっぱりわからんな」

 

思わぬところで思わぬチャンスを得た。

動物と触れ合うのは、来年の修学旅行中に探すか、生徒会権力で無理やり連れてくるか、ぐらいしかないと考えていたからな。

 

こうなると話は変わってくる。

先ほどは出番なしといったが、勝つためにはいくつか戦略が必要だ。

 

「ちなみに、前回のコウィケの利益でどのくらい貯まりましたか?」

 

「およそ400万ポイントだ。Webでのチケット販売が上手くいったようだな」

 

『雫復活ライブ』と銘打って宣伝したステージチケット代はそれなりの収入になった。

以前、校長と契約して外部を巻き込んで商売することは可能となったが、いくつかの制約はつく。

簡単に言えば、そこで得たポイントを私的には使えず、教師である茶柱先生が管理することになっている。

この条件でも一之瀬との目標には問題がないが、抜け道はいくつか用意してあるのであまり気にはしていない。

 

「いざとなったら使用することになるかもしれませんのでよろしくお願いしますね」

 

「わかっているとは思うが、試験攻略のために使用はできないからな。あくまで生徒のためになることが前提だ――100歩譲って退学取り消しなら認められるかもしれないが、いずれにせよ400万では足りない」

 

「ええ。その点は大丈夫です」

 

もし荒稼ぎした大量のポイントを試験の攻略に使用できるのであれば、パワーバランスが大きく崩れる。

商売の権利を獲得していることが明らかに不平等となるため学校も認められない。

だが、そういったことに使わないことを前提にし、生徒会の役員のオレが、生徒のために使用することを約束したことで現在がある。

 

むしろ退学取り消しの都合をつけてくれるというのは、茶柱先生の温情だろう。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

3学期が始まって間もない木曜日の朝。

オレたちを乗せたバスが高速道路を走行している。

1年から3年までの全クラスが一斉に移動し、次の特別試験の開催地を目指していた。

 

とは言っても、まだ一般の生徒には何も説明されていない状況。

豪華クルージングの前例があるため、この後試験があることは多くの生徒が勘付いているだろうが

それはそれ、約3時間の移動ということもあり、バスの中は友人同士での会話や本にトランプ、ゲームなど好きなものを持ち込んで、各々の時間を楽しんでいた。

 

座席は名前順だったため、オレの隣には『池』が座っている。

入学当初こそオレの部屋をたまり場にしたりと遊ぶこともあったが、今ではほとんど関わりがなくなった生徒の1人。

 

普段付き合いのある男子は、名前順だと、は行の平田、ま行の明人、や行の啓誠と、見事みんな後ろの席になっている。

通路を挟んで反対は女子の席だが、それでも気軽に話せるような相手は近くにいない。

 

オレがBクラスであれば隣の女子は一之瀬だったはずで、バスの中でも退屈することはなかったか。

 

そんなことを考えていると、池がそわそわした落ち着きのない様子で遠慮気味にこちらに声を掛けてくる。

 

「なぁ、綾小路。この前クリスマス……その、佐藤とのデートは結局どうなったんだよ?」

 

「あー、麻耶との話か」

 

あの日、池は櫛田が連れてきたメンバーにはいなかったが、教室で麻耶と出掛ける話は聞いていたのだろう。

年頃の高校生とは異性との話が1番気になるようだ。

ただ、池に限っては気になる理由はそれだけではないのだろうが……。

 

「ま、麻耶って。つ、つまり上手くいったってことだよな!?」

 

「そうだな、良い友達関係になれた」

 

「なんでだよっ!?」

 

思いっきりずり落ちるリアクションをする池。

バスの中でもシートベルトの着用はしておくべきだぞ。

 

「まあ色々あったんだ。池こそ篠原とはうまくやってるのか?」

 

「え!?あ、いや、まあそこそこだよ。別にアイツとなんかあるわけじゃねーし」

 

そういって目を泳がせながら、話を終わらせるように後ろを向き、須藤たちに話しかけ始めた。

自分のことは語るつもりはないようだ。……オレが麻耶と付き合っていたら話は違ったのだろうか。

 

これ以上追及するつもりもなかったため、運転席近くに立っている茶柱先生とポチの話でもして暇を潰そうかと思ったところで、その茶柱先生がマイクを手に取る。

 

「盛り上がっているところ悪いが、静かにしろ」

 

そうして茶柱先生から、バスはある山中の林間学校に向かっていること、そこで3学年合同の特別試験『混合合宿』を実施することが語られた。

20ページほどの資料も配られ、合宿の詳細が語られる。

オレも生徒会で概要の確認はできても、試験内容の詳細までは非公開情報だったため、初めて知ることがいくつもあった。

 

ルールを簡単にまとめると、

・1年で最低2クラスが入ったグループを全部で6つの小グループ作る

・2年、3年も同様に6グループ作っているので、各学年のグループとも組み、大グループを6つ作る

・その小グループで7泊8日の生活を行い、最終日に総合テストを行う

・そのテスト結果をもとに、順位は大グループの平均点で競われる

・最下位の大グループにはペナルティがあり、小グループの平均が学校の基準を下回った場合、小グループの『責任者』が退学。また責任者は正当な理由があれば、小グループからひとり退学の道連れにできる

・責任者は小グループから選任し、退学のリスクはあるものの責任者のクラスの報酬は2倍貰える

 

報酬については、人数が増えれば倍率が増え、クラスが増えれば、2倍、3倍となり、

小グループの人数は10~15人までであるため、一番報酬がもらえるパターンとしてはクラスメイト12名に他クラスそれぞれ1名を加えた15人グループで、リーダーを務める場合。

12名分の報酬はクラスポイントだけでも300ポイントを超える。

 

ただし、退学者が出た場合、ペナルティとしてクラスポイントは1人につき100マイナス。

退学は2000万プライベートポイントと300クラスポイントを払うことで取り消すことができるが、ペナルティが消えるわけではない為、救おうと思えば『400クラスポイント』が必要となる。

現時点で、ひよりのクラスから退学者が出た場合、クラスポイント不足でいくらプライベートポイントがあっても救えないことが確定している。

ただ、例え払えるとしても『400クラスポイント』は多大な額。

クラス順位が容易に逆転してしまうため、どの学年にとっても簡単に救済は選べない。

 

「携帯は一週間使用禁止。降車時に回収させてもらう。その他、個別に持ち込んだ日用品、遊具などは持ち込み自由だが、食料品は持ち込み禁止だ」

 

「先生、質問がありますっ!男女別ってことですが、具体的にはどのくらいバラバラなんですか?」

 

携帯の回収に悲鳴が上がる中、池が元気よく質問を投げかける。

先ほどの話題と言い、女子との交流が気になっている様子。

 

「林間学校は2棟あり、本棟を男子、分棟を女子が使う。1日1時間だけ本棟の食堂で男女合同の夕食があるが、その他はバラバラで交流の機会はないだろうな。これで満足したか?」

 

「うすっ!」

 

1日1時間とは言え、女子と話せることがわかって喜ぶ池。

何となくクラス全体を見渡してみたが、池以外にも喜んでいる生徒は多そうだった。

 

「他に質問がなければ終わるぞ」

 

茶柱先生はくだらない質問しか出てこないと判断し、早めに切り上げることにしたようだ。クラスでの戦略を話し合う時間を少しでも作る配慮だろう。

 

オレは一之瀬とひよりにチャットを送る。

 

「先生、マイクをお借りします」

 

そう言ってマイクを持つ平田。

試験の整理と時間があれば戦略を相談するようだ。

平田へもチャットを送っておく。

 

今回の試験、グループ分けが最初の鬼門だろうが、現状Aクラス以外と共闘している状態であるため、Aクラスの出方次第とは言え大した問題にはならない。

 

『何か考えはないの?』

 

『特にないな』

 

そんなチャットが堀北から飛んできたが適当に流しておく。

集団での協力が必須なこの試験。堀北はどう乗り越えるのだろうか。

 

「男女別の試験、女子のリーダーは堀北さん、お願いできるかな?」

 

「ええ、構わないわ」

 

そんなことを考えていると、堀北が女子グループをまとめることが決まった。

クラスからも特に異論は出ない。

体育祭以来、プライベートな付き合いはともかく、試験に対する堀北のクラス内での信頼度は高くなっている。

勉強会だけでなく、スズーズブートキャンプも定期的に実施して、参加率の高さからも、それは伺える。

 

色々あったが、櫛田曰く、ブラコンというあざとい弱点が公になり、人間味が出てたことが親近感に繋がったんじゃないかと、以前我が家の枕を叩きつけながら分析していたことがあった。

 

弱点がメリットになる、そんな不思議な状況。

あえて見せたわけではないだろうが、結果オーライということ。

確かに、あのブラコン姿を見て、堀北が血も涙もない冷徹な人間だと思うことはないだろう。ただ、別の恐怖を感じる人間がいてもおかしくはなさそうだが……。

まだその片鱗を味わった人間が少ないのかもしれないな。

 

だが、今回は他クラスの女子も絡んでくる状況。

堀北の成長を測るにも丁度いいかもしれない。

ただ、ポチの件もある。オレも傍観するつもりはない。

 

そうしてバスは高速を降り、目的地の林間学校へと近づいていくのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

誠に遺憾なグループ分け

茶柱先生から特別試験のルールが説明されてからおよそ40分が経過したころ、オレたちを乗せたバスは林間学校開催地へと到着した。

 

既に上級生のバスは到着していたようで、駐車場には生徒を降ろしたバスが何台も停まっている。下級生が最後に到着したのは、上級生に経験で劣る分、少しでも多く作戦を練る時間を学校側が与えたのかもしれない。

 

「それでは名前順で降車してもらう。その際、携帯と試験の資料を回収させてもらう」

 

一番初めに降車すると、目の前には大きなグラウンド、その奥に古めかしい校舎が2つ見える。

山岳地帯らしく自然に囲まれており、少し寒さもあるが空気が澄んでいるように感じる。

深緑の香りとでもいうのだろうか、肺に空気を入れるだけでリラックスできるような気がする。

 

整列後、男女別でそれぞれの校舎に向かう。

本館は木造校舎でどこか懐かしさを感じる木々の香りが漂っている――ホワイトルームは木造建築ではないのに、何に懐かしさを感じているのか不思議だ。

 

全学年の男子が体育館の中に案内された後、他学年の教師がマイクを取りこの時間で小グループを作るように指示をする。

 

「それで綾小路くん、しばらくは様子見ってことだったけど」

 

平田が話しかけてくる。

バスの中で送ったチャットで平田にはB、Dクラスと共闘する予定であること、それを踏まえたグループ作りの方向性を伝えてあった。

 

「Aクラスの動き待ち、ってところだな。ただ、そんなにかからないと思うぞ」

 

そう言って視線をAクラスの集まりへ向ける。

すでに動き出したようで露骨に大きなグループを形成し始めていた。

 

そうしてその中の1人、的場が1年全体に聞こえるように言い放つ。

 

「僕たちは見ての通りこの12人でグループを作ります。ここに参加してくださる方を各クラスから1名ずつ募集します」

 

AクラスとBクラスは接戦状態。

大量得点勝ちを狙うグループを堂々と作るつもりらしい。

 

「おいおいおい、勝手なこと言ってんじゃねえよ。お前らだけずるいじゃねえか」

 

Aクラスからの一方的な宣言に須藤がかみついた。

 

「ずるい?これはれっきとした戦略です。むしろ、あなた方も同じようなグループを作れるんですから平等ですよ」

 

「は?そうなのか」

 

的場の言う意味が理解できなかったのか、こちらを振り向く須藤。

 

「そういうことになるな」

 

「ご理解いただけたなら話を進めます。高倍率の結果を狙うのであれば、4クラス合同にするのは必須。ですが、他クラスの生徒が積極的に力を貸してくれるとは限りません。なら、足を引っ張る人間が平等にいるグループをそれぞれで作った方が良いと思いませんか?」

 

「なるほどな!……つーことだが、どうなんだ?」

 

再び須藤からこちらにパスが来る。

 

「例えば、Cクラス12人、他クラス1人ずつの15人グループを作ったとする。当然他クラスの生徒はCクラスを勝たせないよう退学にならない程度に手を抜くだろう。だが、それは12人でグループを作れば他クラスも同じ目に合う。それを割り切って最初からどのグループも12人だと思って戦わないか、という話だ」

 

「大体わかったぜ!」

 

「強いて言えば、他クラスのグループに混ざる生徒の妨害の質が高いに越したことはないな」

 

「つまり春樹みたいなのを送り込めば相手も困るってことか」

 

「そりゃないぜ、健。俺はCクラスのリーサルウェポンだろ?」

 

須藤の発言を山内が否定する。

須藤の言う通りだが、おおっぴらに宣言されると他クラスが受け入れてくれなくなるからやめて欲しい。

 

「もちろん、その春樹君でも僕たちは歓迎します。Aクラスの12人で1位を獲る自信がありますから。もしこの提案を飲んでくださるのであれば、他のグループ形成に文句はつけませんし、残り8人のAクラス生も黙って従います。そしてこのグループが万が一の場合も道連れはしないと誓いましょう」

 

先ほどはあえて平等という話に乗ったが、実際はB、Dクラスと組んでいるため、どのグループもAクラス1名を除いた14人で協力して試験に臨めるだろう。

 

だが、Dクラスとの共闘はともかく、Bクラスとオレたちのクラスの同盟関係は知っているはず。

それを見越しても勝てるという計算をしたのはAクラス故の自信だろうか……。

いや、これが坂柳の指示であれば、その意図は別のところにある。

それは恐らく――。

 

「神崎、どう思う?」

 

「そうだな……簡単には返答はできないが――」

 

柴田からの問いに神崎がさりげなくオレに視線を移す。

一之瀬から共闘の話を聞いているため、勝手な判断はしない。

 

「一度、代表数人で話し合わないか」

 

「それがいい」

 

こちらの提案に乗って、Bクラスから神崎、柴田、Cクラスは平田、Dクラスからは金田が出てくる。

 

「龍園の奴がリーダーを辞めたってのは本当だったんだな」

 

柴田が金田にそんな話をする。

 

「ええ。その節は皆さんにもご迷惑をおかけしました。龍園氏はこれまでの責任を取って大人しくされるそうです」

 

「にわかには信じられないがな……」

 

そう言って神崎は体育館の端に目をやる。

そこにいる龍園は、体育館の壁にもたれかかり、腕を組み目を閉じ、じっと時が過ぎるのを待っている様子。

 

「僕はAクラスの提案を飲んでも構わないと思うんだけど、どうかな?」

 

話が逸れ始めたため、平田が3人へ提案する。

 

「確かに、悪い話じゃない気がすんだよなー」

 

平田に賛同する柴田。

 

「的場氏はそれで勝つ自信があるようですが……実際はこちらが有利ですからね」

 

「だが、最終日のテスト内容次第だとしても3人の足枷が大きいのは明白。何か裏があると考えた方がいい」

 

「そうはいっても全員が納得しなければグループは認められない以上、ここでAクラスと争うのは得策じゃないんじゃないかな」

 

各々がAクラスの奇策に疑問は持ちつつも、グループ決めで揉めないのであればそれに越したことはないのではないか、という方向でまとまりはじめる。

 

「オレも異論はないが、こちら側のグループ作りはひと工夫しておきたい。それでAクラスの狙いはある程度見えてくるはずだ」

 

そうしてオレはAクラスの狙いの予想とグループ分けについて提案を行った。

 

「そろそろ結論を聞かせて頂いてもよろしいですか」

 

的場が丁寧な口調ながらも圧をかけてくる。

 

「わかった、Aクラスの12人グループに各クラスから1名ずつ派遣させてもらう」

 

「話が分かる方々で安心しましたよ」

 

そうしてCクラスからは山内を派遣した。

本人は渋ったが、クラスの秘密兵器として存分に力を発揮できる場だと説明すると途端にやる気を出した。

あの調子なら上手くAクラスの足を引っ張ってくれるだろう。

 

BとDからも適当な生徒がAクラスのグループに加わったところで、小グループ結成の申請をしに的場は教員の下へと向かった。

 

「それじゃ俺たちも小グループ作ろうぜ」

 

1つの問題が片付き、落ち着いたところで、柴田が元気よく提案してくる。

そうして話し合い、残り5つのグループが形となる。

 

「すみません、これはどういうことでしょうか?」

 

グループ構成を見た的場が慌てて指摘をする。

それもそのはずで、残りの15人グループは3つとも、クラスメイト12人と他クラスの組み合わせではなく、2クラスが5人、1クラスが4人、Aクラスを1人入れた15人で編成していたためだ。

 

「見ての通りだが、別に問題はないだろう?」

 

「ですが、これでは――」

 

「的場、それ以上余計なことを言うのはやめておけ」

 

食い下がろうとする的場をここまで沈黙を守っていた葛城が制する。

気に入らないといった表情の的場ではあったが、この場で議論を続けることが不利益になることに気づいたのだろう、渋々黙り込む。

 

Aクラスの狙い、それはオレたちの仲間割れだろう。

あえてCクラスの12人グループを勝たせる方向で動き、Bクラスとのクラスポイントを肉薄させる。

そうなってしまえば、これまで通りの共闘は叶わなくなる。

ついでに言えばオレたちがBクラスになれば、その後は打倒Aクラスで堀北たちは動くだろう。結果、オレとの勝負が叶って坂柳としても願ったり叶ったり。

 

ただ、それを防ぐ方法は簡単で、今回の様にどのグループが勝利しても同じぐらいポイントを得ることができる編成=Aクラスとの差だけ埋まる状況にする事。

リーダーは一律でDクラスに担当してもらうことになっている。

 

オレとしても茶柱先生を納得させつつ、他クラスとの関係を維持するためにはこれがベストだと考えていた。

 

だが、これはお互いに表向きの理由。

 

本質はオレと坂柳の利害の一致の結果でもある。

 

今回の特別試験、オレがBクラスを勝たせようと動けば、AクラスとBクラスの順位が逆転する可能性がある。

そうなると、現Aクラスメイトからの信頼は落ち、戦力ダウン。

来るべきオレとの勝負を万全の態勢で迎えることができなくなる。

 

そのため、あえて12人グループを形成し、この展開を作ることで、オレが他クラスを誘導しやすい環境を整えた。

もちろん、それがブラフで本当に勝ちに行くつもりかもしれないが、真偽がわからない以上こちらは踏み込めない。

 

恐らく的場には、その真意が伝えられていない。

葛城がギリギリまで絡んでこなかったことからも、的場を言葉巧みに誘導してこの場を任せたことで、成績が振るわなかった場合は的場の責任になるようにしているのだろう。

 

そんな各自の思惑はともかくこれから1週間共に過ごすことになるグループ。

 

オレの小グループは、15人グループから外れた10人グループのうちの一つ。

 

Aクラス 橋本、戸塚

Bクラス 墨田、森山、時任

Cクラス 啓誠、高円寺、オレ

Dクラス 石崎、アルベルト

 

リーダーは石崎が務めることとなった。

 

……そこはかとなくミスった感がある。

Dクラスは運動面で活躍の見込める2人、Cクラスは学力面なら学年でもトップクラスの3人、Aクラスはオールラウンダーな橋本におまけの弥彦、Bクラスは……親しいクラスのはずだが、全く印象にない3人がやってきた。

 

試験面はどうにかなりそうだが、このメンバーで楽しく過ごせるかは怪しい。

啓誠がいてくれたことは幸いだが、高円寺がどうでるか……。

ちなみにアルベルトは嬉しそうに握手を求めてきた。

 

本当は過ごしやすそうな15人グループに入ろうとしたのだが、綾小路の入るグループが有利すぎると議論になった結果、多勢に無勢、あえなく余り者グループへ。

生徒会での活躍は他学年にも知れ渡っており、大グループを作る際に強い上級生グループから声がかかる可能性が高いという理屈。

 

理屈はわかるが、気楽な林間学校が遠のいたことは残念だ……まだまだ掌握できないこともあるんだなと開き直るしかないか。

 

無事に小グループの完成が受理されたところで、できれば顔を合わせたくない人物がいつものにやけ面でやってきた。

 

「お前たち1年に提案がある。今から大グループを作らないか?」

 

一応生徒会長の南雲直々の声掛けにどう返事をしたものかと戸惑う1年。

 

「いいえ、作りません。オレは早く風呂にでも入りたいですね。では」

 

「……反抗期の綾小路は置いておく。お前はどうだ?もう一度夜に集まるのは面倒だよな」

 

「え、は、はい。そう思います」

 

南雲から声を掛けられた的場は、意見を否定することはできなかった。

 

「堀北先輩も構いませんよね?」

 

「こちらもその方が都合がいい」

 

いつの間にか近くに寄ってきていた堀北兄も同意した。

 

「そう決まればドラフト制でいきましょうよ。じゃんけんで勝った1年が順番に2、3年の小グループを指名する形でいきましょう。公平かつ簡単に決まりますよ」

 

「1年の持つ情報に差がある、公平とは思えん」

 

「それも実力の内っスよ。ただ、そうっすね、綾小路。お前は口出し禁止だ。流石に生徒会を贔屓してると思われるのは癪だしな」

 

「今日はハブられてばっかりで流石に傷つきますよ?」

 

「お前がそんなタマかよ。んで、それでいいだろ、1年も」

 

「ツッコミも大変ですね、南雲生徒会長」

 

「なら黙ってろ、綾小路。口出し禁止にしたばっかだぞ」

 

だからしゃべっているわけだが。

 

「……えっと、僕たちもその方法で構いません」

 

1年を代表して的場が答えた。残念ながらオレの意見は全く聞いてもらえない。

 

ジャンケンの結果、1番目は平田のいるグループで、オレたちは4番目の指名となった。

 

平田たちは迷わず堀北兄のグループを指名、順番に優秀な生徒の多いグループが選ばれていく。

そしてオレたちのグループの番が回ってきた。

 

「で、どいつを指名すりゃあいいんだ?」

 

石崎がグループメンバーに問いかける。

……どこでもいいと言いたいところだが、あろうことか南雲のグループがまだ残っている。

南雲だけはやめておけ、そう言いたいが口出し禁止のもどかしい状況。

こうなれば表情と気持ちで訴えるしかないな。

南雲はダメ、南雲はダメ、南雲はダメ――。

 

「俺も上級生のことはわからない」

 

「Aクラスはお前たちの判断に従うぜ」

 

こちらの様子を察してくれそうな啓誠も橋本も早々に判断を他者に委ねてしまう。

 

「それじゃ、南雲先輩のグループで頼む」

 

Bクラスの印象にない3人がそう結論を出す。オレの願いは全く届かなかった。

 

「清隆もいつも通りの表情だし、問題なさそうだな。それでいこう」

 

こうして誠に遺憾ながら南雲と一緒のグループとなってしまう。

もうこの林間学校棄権して帰ろうか……。だが、ポチを諦めるのは惜しい。悩みどころだ。

 

そうして2巡目の指名も完了し、6つの大グループが出来上がる。

 

「堀北先輩。せっかく別々の大グループになったんです。一つ勝負しませんか?」

 

「ああ。いいだろう」

 

「そうっすよね。オレも簡単にオーケーしてもらえるとは思っていません。でももう先輩もそつぎょ……って、マジっすか?」

 

「何を驚いている。勝負がしたいんだろ」

 

あっさりと勝負を受諾する堀北兄。これには言い出しっぺの南雲も、そして他の3年も驚きを隠せない。

 

「そうなんすけど、やけにあっさりというか……今日までのらりくらりと躱してきたじゃないっすか」

 

「俺にも心境の変化があった。一度くらいお前の希望を聞くのも悪くない。だが、他を巻き込む様な勝負なら断らせてもらう」

 

クリスマスに堀北兄の言っていたことを思い出す。

堀北兄自身、これからの南雲を見極めたいと思ったのかもしれない。

 

「個人戦ってことっスね。いいですよ、でしたらシンプルにどちらの大グループがより高い平均点を取れるか、ならどうですか?」

 

「いいだろう。この試験の本質はグループでの結束力だ。その点を間違えたと判断した場合、この勝負は無効だ」

 

「わかりましたよ。他の生徒を使って堀北先輩のグループを攻撃するなんてことはしません」

 

勝負大好き南雲さんは案の定この試験でも堀北兄へ宣戦布告をした。

というより、堀北兄と戦うための舞台としてこの試験を用意した可能性が高い。

堀北兄との勝負に集中したいのか、幸い、オレへは勝負を吹っ掛けられなかったため、動向を見守らせてもらうことにする。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

夕食の時間。

つまりバスを降りてから初の異性と接触できる時間となった。

 

400人以上を収容できるだけあって食事会場は相当の広さがある。

携帯がない以上、誰かと待ち合わせをするのは大変そうだ。

 

「はあふぅぅぅぅぅ」

 

トレーを持ってうろついていると、耳に馴染んだ可愛らしい声のため息が聞こえてくる。

 

一之瀬の周りには男女問わず多くの生徒が詰めかけていた。

様子が気になったため、近くの席に腰を下ろし食事を取ることにする。

一之瀬は退学の危険があることを不安に思うクラスメイトを励ましたり、特別試験への見解を話したりと大変そうだ。

 

「疲れたー」

 

周りの生徒が立ち去り、ぐてっとテーブルに上半身を倒す一之瀬。

中々珍しい一面だ。

 

「あ!綾小路くん!?や、やっほー」

 

「人気者は大変だな」

 

こちらに気づいた一之瀬が少し気まずそうに話しかけてきた。

 

「ご、ごめんね。こんな姿勢で」

 

「いや、疲れているならその姿勢が一番だ。それに珍しい一之瀬が見れてオレも悪い気はしていない」

 

「えっと、それはそれでどうなんだろう……。でも、そういうことならお言葉に甘えさせてもらうね」

 

起こそうとした上半身をそのままテーブルの上に預ける一之瀬。

 

「色々と手を回してくれて助かった。概ね男子の方は希望通りのグループ分けになった」

 

「それは良かったよ。女子の方も人数の割り振り自体は大体戦略通りになったんだけど……肝心のメンバー決めの方は難航しちゃって。ほら、女子って好き嫌いがはっきりしてるから。あ!大グループは橘先輩と一緒のグループになれたからそこは嬉しかったかな」

 

「それは少し楽しそうだな。……先輩と言えば、男子では案の定、南雲の奴が学に勝負を持ち掛けていた」

 

「ホント南雲先輩はどこでも南雲先輩だね。林間学校に来たんだから森の木みたいに黙って突っ立ってくれてたら良いのにね。……綾小路くんはどうするの?」

 

一之瀬の南雲への当たりが最近きつくなっていないか?

いや、そうされても当然といえば当然の行いをしてきたとも言えるが……。

 

「個人戦と言っていたし、ひとまず様子見だな。まずは試験の方に集中しようと思う。ただ、もし妙な動きがあれば――」

 

「うん、遠慮なくぶっ飛ばしちゃってっ!」

 

「あ、ああ」

 

疲れているからだろうか、少し発想が過激になっている一之瀬。

オレの戦闘力を知っての発言であるため、本当に南雲が吹っ飛んでいる姿を想像をしているに違いない。

 

「一之瀬、あまり気負いすぎずにな。男女で分けられている以上できることは限られるが、何かあったらオレも協力する。遠慮なく言ってくれ」

 

「うん。こちらこそだよ。綾小路くんも何かあったらいつでも言ってね」

 

「ああ。頼りにしている」

 

今回のような試験を想定してBクラスとの交流を深めてきた。

無人島試験の様に一人ではどうしようもない類の試験。

この1時間の食事時間でどれだけ情報を集め、人を動かせるか。

 

これまでの交流の成果を試す機会には丁度いいかもしれない。

どんな結果になるかは、それぞれの動き次第。

見えそうで見えてこない1週間後の結果が楽しみだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それぞれの価値観

合宿2日目。

朝6時過ぎ、部屋に設置されたスピーカーから音楽が鳴り響く。どうやらこの時間に起床しろ、ということらしい。

 

「んだよ、うっせえな……」

 

石崎のぼやきが聞こえてくる。

グループごとに2段ベットある部屋を割り当てられ、授業や食事以外の時間は基本的にここで過ごすこととなる。

 

「今日からこの時間に起きる日が続くんだろうな……」

 

オレの上のベットを使っている橋本がため息交じりにつぶやく。

 

周りはあまり歓迎していないようだが無人島での生活では釣りのためにもっと早い時間から起きていたため個人的には気にならなかった。

 

「全員早く起きた方が良い。集合時間に遅れたら減点されるかもしれない」

 

布団から出ようとしない数名の様子をみて啓誠がそう呼びかける。

こういった慣れない環境でも真面目に試験の事を考えて行動できる人材は貴重だ。

 

「責任者差し置いて、勝手に仕切んなよ、メガネ」

 

「幸村だ。悪いがそういうセリフは責任者らしい振る舞いをしてから言ってくれ」

 

「別に俺もやりたくてやってるわけじゃねえよ」

 

「なら幸村が仕切っても文句は言えないな。その方が石崎も助かるだろ。まだ2日目だぜ、気楽にいこうや」

 

少し険悪なムードになりかけたところで橋本が間に入った。

普段から坂柳に振り回されているだけあって、これぐらいのいざこざの仲裁はお手のモノなのだろう。

 

「お前らそんなことより高円寺がいないんだが……」

 

弥彦の発言に全員が高円寺のベットをみる。

指摘通りそこにはいるはずの高円寺がいない。

 

 

連絡手段を奪われ山林の奥地の古めかしい校舎に閉じ込められたオレたち。

一人、また一人と姿を消していく生徒。

前代未聞の学園サバイバルホラーが今、はじま――――。

 

「グッモーニン!いい朝だねえ、諸君」

 

はじまるわけがないか。そりゃそうだ。

高円寺なら最初の犠牲者も似合うし、最後の最後で実は死を偽装し生きていた黒幕といった展開もありだと思ったのだが。

 

「おい、どこ行ってたんだよ、高円寺」

 

「気持ちよく目が覚めたんでね、日課のトレーニングで汗を流してきたところさ」

 

「勝手な行動は控えてくれ。何が減点対象になるかわからないんだ」

 

「心配ナッシングさ。現にこうして集合時間前には戻ってきているじゃないか」

 

啓誠の忠告に耳を貸すような男じゃない。

だが、グループ行動が問われるこの試験では高円寺の行動が予想外の事態を招く可能性は十分考えられる。

 

「調子に乗るなよ高円寺。お前のせいで俺が退学になるじゃねえか」

 

当然、責任者の石崎も気が気ではない。

 

「ハッハッハ、いくら私が自由に過ごしたところで君の成績を下回ることはないから安心したまえ」

 

「てめえ喧嘩売ってんのか」

 

笑いながら石崎の肩をポンポン叩く高円寺。

石崎の怒りボルテージが上がってゆく。

 

「やめとけ石崎、それこそ退学になる。高円寺も無駄に煽るのはよしてくれ。お互い何のメリットもないだろ」

 

拳を振り上げようとしたところで、再び橋本が仲裁に入る。

頼もしいな。このまま橋本に任せておけばこの試験、案外楽に過ごせそうだ。

 

「私は事実を言っただけなのだがね。いずれにせよ、日課をやめるつもりはないよ。私の美しい肉体が錆びつくのと、あるかどうかもわからない減点。どちらが大事かは語るまでもないねえ」

 

「みんな悪い。こいつは俺の手には負えそうにない。後は頼んだ、綾小路」

 

前言撤回。

説得を即断念した上にこちらにパスを回す橋本。

高円寺をどうにかできる人間がこの世に存在するわけがない。

橋本としてもこちらがこの問題児にどう対応するのか、観察するのが目的か。

 

「ひとつ事実を開示させてもらうが、高円寺は筋トレの際にそれはそれは愉快な鼻歌を奏でる。下手に外出禁止にすると当然日課はここで行うだろう。朝6時にスピーカーの音楽で起こされるのと、それより早い時間に高円寺の鼻歌で起こされるのとどっちがマシだ?」

 

「「「……」」」

 

6時の起床であれだけ不満があったのに、さらに早い時間に高円寺目覚ましによって起こされる。

それを想像したのか、高円寺以外の全員が渋い顔をしている。

 

「否定意見はないようだね。明日からも朝の時間は自由に過ごさせてもらうよ。キミたちも集合時間には気を付けた方が良い。アデュー」

 

そう言ってささっと準備を整え高円寺は再び1人で部屋を出る。

 

「あれは放置しておくしかないのか……」

 

「いや、最低限の対策はできる。戸塚、すまないがお願いがある」

 

弥彦に言伝を頼むと喜んで引き受けてくれた。

 

「思うところはあるだろうが急いだ方が良い。集合時間まであと5分しかない」

 

啓誠の言葉に時計を見て慌てて準備をする石崎。

結局、こういう構図に落ち着いていくんだろうな。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

慌てて向かった集合場所の教室では、担当の教員から毎朝の掃除などルールが簡単に伝えられ、すぐに掃除に向かうように指示が出る。

 

「責任者に掃除用具をしまってある倉庫の鍵を渡す。各自取りに来るように」

 

「チッ、面倒だな」

 

口では悪態をつくものの、教員の下へ素直に鍵を受け取りに行く石崎。

 

石崎が責任者をしているのは、クラスポイントが低いDクラスだから。

バスで行ったひよりとのチャットで、自分たちに責任者を任せて欲しいと相談を持ち掛けられた。

退学のリスクを重く見る一之瀬はその提案に反対することはなく、こちらとしてもここで無理に責任者になる必要はなかったため、共闘の見返りという形で承諾した経緯がある。クラスポイントの差が大きいためにできる相談、ひよりもそのことはわかってのことだろう。

 

「石崎はひよりの指示にも素直に従うんだな」

 

鍵を貰って戻ってきた石崎に話しかける。

リーダー交代の一件、直々に席を譲った龍園はともかく、石崎たちのような末端は納得していないのではないかと考えていたため、特に反感を抱いていないことに少し驚きを感じていた。

 

「そんなの当たり前だろ。龍園さんからの命令だし、ひより姐さんにはみんな助けられてっからよ」

 

「助けられてる?」

 

「これまで俺らみたいな連中がテストで赤点を取らずに済んだのは、ひより姐さんが勉強会を開いてくれてたおかげだからよ。文句はねえ」

 

「なるほど……」

 

ひよりとはあまりクラスの話をしてこなかったため、クラスの勉強会を開催していたというのは初耳。

ただ、これまでひよりのクラスからテストで退学者が出なかった理由がはっきりした。

ひよりも案外クラスメイトのことを気にかけていたんだな。

 

「それよりよ、綾小路。この前のアレどうやんだよ。あとで教えろよな」

 

「アレ?」

 

「屋上のやつだよ。マジで何されたかわかんなかったわ。な、アルベルトも気になるだろ」

 

石崎から話を振られたアルベルトがニッコリ笑いサムズアップしている。

 

以前橘から借りた漫画に出てきたヤンキーたちが、殴り合いの末、なぜか最終的に仲良くなる描写があった。

その理屈が理解できず、そんなことがあるものなのかと橘に聞いたところ『漢の友情は拳で語り合うことから始まるんですよ』と物騒な答えが返ってきた。

その時は、入学当初オレに友人ができなかったのは、拳を使って対話していなかったからだったのか……と思ったものだが、その理屈で言うと平田なんかは人を片っ端から殴りまくっていることになる。

そんな姿は想像できず、これはフィクションなんだろうなと最近考えを改めたところだったのだが……。

 

なぜか屋上での一件で石崎からは少なからず好感を持たれてしまっている。

思えば龍園もクラスメイトと殴り合った結果、リーダーになったとか。

拳で語らうことも相手によっては必要なのかもしれない。

今度、試しに南雲を殴って……も仲良くはならないだろうな。

 

掃除後は道場のような畳の広がる空間に案内された。

いくつか他グループの姿もあることからこの課題は数グループ合同で行われるようだ。

 

「今日からここで朝夕の2回、座禅を行ってもらう」

 

「座禅でござるか、ひと昔前の漫画の修行パートみたいでござるなぁ」

 

博士が何気なくそんなことを言うと、それを聞いていた課題の担当男性が近づいてきた。

 

無言のまま威圧的な視線を博士に向ける。

 

「な、なんでござろうか?」

 

「お前のその口調は生まれついてのモノか?それとも故郷の方言のようなモノだったり、家の事情でもあるのか?」

 

「いや、そんなことはござらんが……」

 

「江戸時代からやってきた武士というわけでもないんだな」

 

「あえて言うのでござれば、明治あたりの流浪人でござろうか……」

 

「……どんなつもりで使ってるかは知らんが、ここではそれも減点対象だ。ふざけた口調は矯正してもらう」

 

「おろろ?」

 

「初対面の相手におまえのような口調で話しかけられたらどう思う。社会に出て通用するか?」

 

「それは……」

 

「他のものもよく聞くように。個性を出すのは自由だが社会に出るからには相手を思いやる気持ちが必要だ。ここではそう言ったことを学ぶ。その一つが座禅だ。座禅は――」

 

担当者からこの課題の趣旨や座禅の心構えが語られる。

 

「――――以上だ。お前も分かったな」

 

「教官殿のおっしゃることは理解できたでござる。……しかし、その上で口調を変えるつもりはないと申告いたす。なぜなら憧れは止められないのでござる」

 

「なんだと?」

 

外村が何を思ったのか、担当者に立ち向かう。

 

「好きこそものの上手なれ、拙者はこの道を究めていく所存」

 

「お前良い度胸をしているな」

 

「なるほど、教官殿の言う通り社会に出て周りに溶け込むのは大事でござろう。しかし、溶け込んだ結果、自己を失う人生に何の喜びがござるのか?そもそも自身を押し殺した拙者には何も残らぬ、きっとその他モブとして存在が消えてゆく。それはある意味で死と同義ではござらんか。人から忘れられた時、本当の意味で人は死ぬ……それならば逆説的に生きていても忘れられれば死ぬことになるのでござらんか。教官殿は拙者に自害せよと申されるのか」

 

早口でそう主張する外村を担当は、遮るわけでもなく、ただただじっと見つめて聞いていた。

 

「わかった。座禅の後は朝食の予定だがお前は残れ。他のものは朝食会場に向かうように」

 

折れない外村に説教が必要だと判断したのだろう。座禅の授業ののち、外村を残して全員が解散となる。

 

「外村のやつ、何があったんだ。これまでのアイツならすぐに怖気づいてそうなもんだが……」

 

啓誠の疑問はごもっとも。

もし以前と比べ何か変わるきっかけがあったとすればコウィケぐらいか。

あの時の外村は、これまでの学校生活では見せたことがないほど輝きに満ちていた表情をしていた。コウィケの成功体験が良くも悪くも外村に影響を与えたのかもしれない。

 

「外村もそうだが、同じグループのやつらもご愁傷様って感じだな。早速減点が確定した」

 

「……明人のグループじゃないか。退学者が出ても、外村が指名されるだろうが……そうなったらクラスにもダメージが出ることになる。外村のやつ、何考えてるんだ」

 

「割と冗談じゃ済まされないかもしれないな。都度、明人に様子を聞いておくか」

 

今オレたちにできることはそのぐらいだろう。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

朝食は一汁三菜を基本としたシンプルなもの。

 

「今回は学校側で用意したが、明日からの6日間は各大グループ内で作ってもらう。人数や役割分担は各自で話し合って決めるように」

 

「マジかよ、飯とか作ったことねえぞ」

 

石崎がそうこぼす。

オレも作ってもらうばかりで作ったことはなかった。

作る料理の指示とレシピはあるようなので、いい機会かもしれない。

 

「平等にやるなら各学年が1回ごとに交代するということでどうだ?」

 

3年Bクラスの石倉が南雲に話しかける。石倉はオレたちの大グループの3年の責任者だ。

 

「こっちは異存ありませんよ。一年生からってことでお願いします」

 

「一年もそれでいいか?」

 

「大丈夫っす」

 

3年生からの提案を断れるはずもなく、責任者の石崎が了承する。

この学校も実力主義といいつつ、年功序列の文化は一応あるようで、多くの場合、先輩の言うことに後輩は逆らえないようだ。そういうものと知らなかったとはいえ、知っていても今と変わらなかっただろうなと思う。

 

「飯作るってことは何時に起きりゃいいんだ?」

 

「……30人分以上作るんだ。2時間は見ておいた方が良いな」

 

啓誠の予想を聞いて石崎が「無理だろ」と否定する。この合宿中2回は4時起きになる。

高円寺の筋トレタイムよりも早いかもしれない。

 

「とはいってもやるしかないだろ。朝食がなかった場合、先輩方から何といわれるか……」

 

「この試験、ホントくそだな」

 

「気持ちはわからないでもないが、まだ試験の部分はほぼ始まってないぞ」

 

「うげー」

 

石崎は悲観しているが、早起きも掃除も朝食作りもこの合宿での作業。

減点対象ではあっても試験の根幹ではない。

 

そんな試験についての説明は朝食後の午前の授業で行われた。

この一週間で学んでいくのは『社会性』とのこと。

座禅をはじめそれにちなんだ授業を行う。そこから最終日のテスト内容も想定できそうだ。

 

午後からは基礎体力作りとしてグラウンドを走ることに。

最終日には駅伝が実施されるとのことで、テストのひとつと見てよさそうだ。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

夕食を終え、一足先に部屋に戻ろうとした時だった。

何かあったのか、廊下で数人の男女が集まっているのが見える。

 

「悪い、大丈夫か?」

 

「ええ、心配いりません」

 

近づいてみれば山内が申し訳なさそうに手を差し出している先に、転んだ坂柳がいた。

坂柳は山内の手は取らず自力で起き上がろうとする。転がった杖をとりそれを支えに壁に背を預けゆっくりと立ち上がる。

 

「無理すんなよ、なんなら俺が肩車してやるからさ」

 

そんな様子をみてバツが悪くなったのか山内は無謀にも話しかける。いや、山内の場合、ただの下心かもしれない。

 

「どうぞお気になさらず」

 

坂柳はちょっとだけ笑みを浮かべ、すぐに山内から視線を外す。

 

「じゃ、お互い無事だったってことで行くな」

 

周りで事の様子をみていた生徒も何事もなかったことに安心し去っていく。

 

「坂柳ちゃんって可愛いけど、どんくさいとこあんだな」

 

廊下を歩いていく山内は自分に非があった可能性は少しも考えていない。

 

「大丈夫か?」

 

坂柳と目が合ってしまったため近づいて話しかける。

 

「わざわざご心配ありがとうございます。最近はマイカー通学ばかりでしたので、少し足腰が弱っていたのかもしれません。葛城くんに乗ることの数少ない弊害でしょうね」

 

もっと威厳とかが失われている方が弊害な気もするが……。

改めて葛城に乗って自由に移動できることが、坂柳にとってどれだけ喜ばしいことかわかるな。

 

「山内にはあとで少し言っておく」

 

「彼も意図的ではなかったわけですし、たかが一回転ばされただけ」

 

そう言って笑う坂柳だったが目は全く笑っていない。

 

「ただ、不敬にもマイカーの代わりを申し出た時は、分をわきまえよとは思いましたが、彼なりの気遣いとして流すことにいたしました」

 

「そうだな、アイツには荷が重いだろう」

 

「重い?」

 

「いや、坂柳は軽いが、山内はへなちょこだからな」

 

「ええ。そうでしょう、そうでしょう。では、私もこれで。今回の特別試験でも勝負ができずに残念でしたが、お話しできて嬉しかったですよ」

 

一瞬殺気がとんでもないことになりかけたが、最終的には上機嫌で去っていった坂柳。

以前、葛城から貰ったアドバイスがなければ危なかった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

消灯時間の夜10時まであと1時間。

オレたちの部屋は、特に誰か会話するわけでもなく静まり返っていた。

他クラスはともかく自クラスのメンバーとも会話がないことから、試験初日ということもあり疲れが出ているのかもしれない。

オレもこういう時どういう話をしたらいいのかわからないため、大人しく過ごしていた。

 

そんな時、部屋のドアがノックされる。

 

「こんな時間に誰だ?」

 

突然の来客に全員覚えがないらしく疑問を浮かべる。

 

「センコーの見回りとかか?」

 

「その可能性も考えるとスルーはマズいな。――空いてます、どうぞ」

 

石崎の言葉を聞き、啓誠が扉に向かう。

 

そこから出てきたのは意外な人物……でもないか。南雲と桐山。そして3年Bクラスの津野田、石倉だった。

 

「まだ起きてたか?」

 

「南雲生徒会長、何か用でしょうか?」

 

「よせ、啓誠。面倒ごとなのは目に見えている。丁重にお帰りいただくんだ」

 

「綾小路、せめてそういうのは本人に聞こえないようにこっそり話せ」

 

「あ、南雲会長いらっしゃったんですね。おやすみなさい」

 

ここまで比較的おとなしかった南雲が、わざわざ1年の部屋までやってきたんだ、ロクでもない企みがあるに決まっている。しかも3年のオマケつきだ。

 

「ハハッ、噂の一年副会長さんは中々愉快じゃないか南雲」

 

「こいつは生意気なだけですよ。だがそこまで警戒する必要はないぜ、綾小路」

 

警戒ではなく、ただの拒否だったのだが……。

 

「せっかくの機会なんだ。大グループの仲間で親睦を深めようぜ」

 

「南雲会長抜きなら歓迎しますよ」

 

「悪いがそれは叶わねえな。なぜなら、親睦会でトランプをやる予定だが、これは俺の私物だからな」

 

ならトランプだけ置いて去って欲しいのだが、これ以上の問答に意味はないとお互いに理解している。

 

「ま、いいじゃないか。綾小路、お前は南雲と親しいようだが、他の一年にとってはそうじゃない。俺たちも一年とは交流したいと思っていたしな」

 

石倉がそんな風に諭してくる。そう言われてしまうと一年は受け入れるしかない。

 

「時間が惜しい、早速始めようぜ。一年も代表で2人選んでくれ。あ、初手の綾小路はなしな。コイツとの交流は後回しでいいだろ」

 

「その意見には賛成ですね」

 

トランプは橘や堀北兄と散々やったからな、どんなゲームでも負ける気はしなかったが、それでは場が白けてしまうだろう。

ここは他の一年生に任せ、様子見をさせてもらうことにする。

 

そうして夜中にトランプ大会が始まろうとしていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

トランプ大会

トランプの封を切り、シャッフルし始める南雲。

 

「シンプルにババ抜きで勝負っすよ。ただやるのもつまらないんで、盛り上げるために朝食当番をかけるってのはどうですか?負けた回数分、その学年が調理するって感じで」

「本来グループ全員で話し合うことだとは思うが……まあいいだろう」

 

「俺達もそれでいいよな」

 

3年の石倉が同意したことで、啓誠も1年に確認を取る。高円寺を除いて全員が頷いた。

 

「なんだ、高円寺は反対か?」

 

南雲があえて高円寺に話しかける。

 

「賛成も反対もないさ。すでに多数決の結果は出ている」

 

「お前自身はどう考えているのかを聞いている」

 

「ではお答えしよう。このやりとりに私はかけらの興味もないよ。よって賛成か反対かも考えてすらいない」

 

オレも人のことは言えないが、仮にも生徒会長の南雲に対して問題になりかねない発言をする高円寺。だが、南雲は愉快そうに笑い、突拍子もないことを言い出す。

 

「俺の生徒会に入らないか、高円寺。お前みたいな面白い奴を迎え入れたい」

 

この場にいた高円寺以外の全員が驚く。オレも新メンバーで高円寺が入ってきたら手を焼く未来しか見えない、断固拒否したいところだ。

 

「ふふっ。綾小路ボーイ&ガールだけでは人手が足りていないのかな?しかし、生憎と生徒会などに興味はないのだよ」

「そうだろうな。だが、気が変わったらいつでも声を掛けてくれ」

 

もしかしてオレへの嫌がらせのために高円寺を誘っているのか。実際、現在の生徒会1年は南雲の影響下にない状態。これからのことを考えると自分の手駒、最悪でもオレに協力的でない人物を入れるのは策として悪くない。

 

「それじゃ始めるか」

 

高円寺とのやり取りなどなかったかのように切り替える南雲。

1年からは啓誠、そして橋本が参加することになった。

 

不正がないようにとシャッフルしたトランプを3年、そして1年に回して、同様に混ぜる。

元々食事当番は各学年2回だったため、全6戦中5勝できれば得することになる。だが、南雲が無策でやってくるとは思えない。何らかの形で食事当番を押し付ける腹積もりだろう。

 

「ちなみにないとは思いますが、不正が発覚した場合はどうなりますか?」

 

「本当に不正だった場合は、そいつの学年が全部朝食当番でいいんじゃないか」

 

先輩を立てる風を装ってあえて3年の津野田に聞く。

津野田は期待通りの回答をしてくれた。

南雲がこれに少しでも反応すればそのつもりがあるということ。もしスルーしても反対しなければ不正がしにくくなる。

 

「いいんじゃないっすか。そのぐらいのリスクはないと、不正を考えるヤツが出てきてもおかしくないですし」

 

あっさり承認する南雲。これでいざという時は食事当番を2年に押し付けられるな。

 

「先輩としての威厳を見せるためにもまずは一勝したいところっすよね?」

 

「生憎俺は運が悪い。お前も知っての通り大事な試合の前に食中毒を起こすような男だぞ」

 

そういえば石倉は最近引退するまでバスケ部のキャプテンを務めていた。

つまり須藤の先輩であり、その食中毒の結果、生徒会で代わりに試合に出たこともあった。

それを聞くと確かに運はなさそうだ。いや、結果的に全国大会に出場できたと思えば運が良いのか?

 

「あれはあれで結果オーライだったじゃないっすか。この学校の仕組み上、全国大会なんて中々出ることはできないと思いますけど」

 

悲しいことに南雲も似たような発想をしていた。

 

「確かに貴重な経験ではあったが……」

 

石倉は少し苦笑いをし言葉を濁す。

晴れて出場した全国大会は初戦で大敗していた。

元々違うメンバーで地区大会を勝ち上がったのだから無理もない。

 

ただトランプの方の初戦は順調に進み、最初に石倉が上がり、桐山が続く。

 

全く触れなかったが当然の如く南雲と同じ小グループになっている桐山。

 

『あんた堀北派じゃなかったのか?』と目で訴えてみたところ

『こっちにも色々あるんだ』といった視線が返ってくる――あくまでオレがそう思っただけで、本人は全く何も考えていない可能性もあるが……。

 

もしかしたら桐山は退学覚悟で自らの成績を下げ、南雲グループの得点を落し堀北兄を勝たせる、なんて作戦だったりするのか。

先輩を慕う後輩として殊勝なことだが――桐山にそんな漢気があるだろうか。

そもそも自身を退学の危機にさらす作戦を堀北兄が喜ぶとは思えない。桐山もそれを理解していないことはないはず。

 

となると、2年Bクラスは鬼龍院の活躍もあり、何とかAクラスに食らいついている状況。南雲の傍でひっそりと逆転の目を探っているのだろう。

 

桐山のことは置いておき、ババ抜きの初戦は津野田と啓誠の一騎打ちの結果、津野田に軍配が上がった。

 

「負けました……」

 

啓誠は1度目の朝食当番が決まってしまったことで責任を感じているのか、表情が暗い。

 

「幸村、気にすんなよ。一回負けたぐらいたいしたことはないって」

 

そんな様子をみた橋本がフォローする。

 

「負けた奴がカードを配ってくれ」

 

「は、はい」

 

南雲からの指示に啓誠は申し訳なさそうに従う。

橋本のフォローを帳消しにするようなタイミング。

精神的に追い詰めていくつもりだろうか。

 

「今度は勝てるといいな。だが、上級生の壁はそう簡単には越えられないぜ?」

 

カードが配られ2戦目が始まる。

序盤こそペアを揃えていき手札を減らしていった一年コンビだったが橋本が上がったことを気に流れが変わり、気づけば残りは桐山と啓誠だけに。おまけにジョーカーは啓誠の手にある。

 

そして最後の一手、桐山が引いたのはジョーカーではなかった。

 

こうして1年が2連敗となる。

 

「すまない。こういう遊びは苦手だ。誰か代わってくれないか」

 

弥彦と啓誠が交代する。

 

「そろそろ一年に華を持たせてやりたいとこですね」

 

1年が2連敗したことで南雲がそんなことを言った。

だが、この発言は同情からではない。何かを企んでいるが故の誘導だろう。コイツはそういうやつだ。

 

3戦目が始まった。

 

弥彦は意外にも運がいいようであっさりとカードを揃えて上がりを決める。

それに橋本が続き、1年の勝ちが決まった。

 

「よかったな、1年。さすがAクラスコンビってところか」

 

「ありがとうございます。南雲先輩」

 

結局3戦目は南雲が最後まで残り、2年の1敗が決まった。

 

基本的にババ抜きは運の要素が強いゲーム。

だが、周囲の様子を観察し、些細な表情の変化を見逃さなければ誰がどの位置でジョーカーを持っているかもある程度見えてくる。もちろん、南雲などはその表情もブラフとして使ってくるが、全員が全員千両役者とはいかない。南雲にジョーカーを渡した者、南雲からジョーカーを引いた者がいれば、そこから読み取ることは可能だ。

 

そういった技術を駆使すれば勝率を上げることは可能。

とは言え、この展開――南雲が言った通りの結果になっていることは、ある種の挑発だろう。1年を値踏みしている。

 

「1年も初勝利出来たことだし、次は負けてもらうか」

 

そんな宣言を始めたので、そろそろこちらも動くとする。

 

「すみませんが、作戦タイムを要求します」

 

「ババ抜きで大げさだな、綾小路」

 

「南雲会長の作る朝ご飯を少しでも多く食べたいもので」

 

「そんなことになったらとびっきり美味い飯を作ってやるぜ。ま、作戦会議とやらで何が変わるかお手並み拝見だな」

 

「ありがとうございます。啓誠、石崎、ちょっといいか?」

 

南雲から許可が出たため、オレは2人を近くに呼び作戦を伝える。

 

「そんなんでなんか変わんのかよ?」

 

「ああ。少なくともイーブンにはできる」

 

「俺は清隆を信じる」

 

「先輩方、お待たせしました。橋本、弥彦、悪いがこの2人と交代してもらえるか」

 

「構わないが、勝てるんだよな」

 

「少なくともこのまま継続すれば2人は確実に負けるからな」

 

「なんだ、綾小路お前が出てくるんじゃないのか?」

 

「まだ様子見で十分ですからね」

 

「言ってくれるじゃねえか。先輩方も容赦はいらないっすよ」

 

「そうだな。どんな作戦かわからんが、不正を行うようなら厳しく対応させてもらう」

 

「まさか。ちょっとだけコツを伝授したにすぎません」

 

そうして始まった4戦目。

何事もなく中盤までゲームは進んでいく。

 

ジョーカーを持った津野田から啓誠がカードを選んでいる。

啓誠がこちらをちらっとみる。

 

俺の位置からは3年の津野田の手札が見える。

後はアイコンタクトでジョーカー以外の位置を――。

 

「ちょっと待て。幸村、そんなに綾小路の顔をみてどうしたんだ?」

 

「あ、いえ、特に何でもないです」

 

「なら、目の前のトランプだけ見ながらプレイしても問題ないよな?」

 

「……そうですね」

 

ニヤリと笑う南雲。

 

「ま、即席にしては上出来だったんじゃねえか、綾小路?」

 

南雲の発言に上級生の視線が集まる。

 

「何のことでしょう?」

 

「いや気にすんな。明確な証拠がないんじゃ、立証できないからな。さ、続けようぜ」

 

そうして再開した結果、ジョーカーは啓誠の手に渡り、そのジョーカーはさらに石崎が引くこととなる。

 

「やっべ……あっ」

 

ジョーカーを引いてしまったことをリアクションで悟られてしまう石崎。

 

「ちょっと手札シャッフルさせてください」

 

それに気づいた石崎が慌てて、せめてもと手札をぐちゃぐちゃに混ぜ始める。

 

「顔色が優れないんじゃないか幸村」

 

「いえ、大丈夫です」

 

「石崎は綾小路の方を見なくて大丈夫か?」

 

「うっす」

 

南雲が愉快そうに話しながらババ抜きは続く。

 

「……」

 

「おい、どうした南雲」

 

「いえ、何でもないっす」

 

変化が起こったのは、石倉、南雲、啓誠の3人が残った時だった。

 

残りの手札は、石倉、南雲が2枚、啓誠が3枚。啓誠のカードを南雲が引く。

 

南雲は揃わない。

 

南雲のカードを石倉が引き、ペアが揃い、残り一枚。

それを啓誠が引いて、石倉は上がったものの、啓誠もペアが揃ったため、ラスト一枚。

 

南雲が先ほど啓誠から引いたであろうジョーカーを引かなければ啓誠の勝ちとなる。

 

「こっちを貰います……やった、あがりです!」

 

啓誠は二分の一の確率で勝利をもぎ取った。

リベンジを果たした啓誠に、先ほどまでの落ち込んだ表情はなくなっていた。

 

南雲――というより、上級生全員がグルになっていたことはわかっていた。

数戦観戦していたが、全員がジョーカーの位置を把握していた、そんな動きだった。ここからでは見えないが、最初に南雲がカードをシャッフルした際に何かしらのマーキングを施したのだろう。

 

そのため啓誠にはこちらがアイコンタクトでジョーカーを避けようとしている演技をしてもらい、わざと見つかることで注目をオレに集めた。

その間に石崎が傍に避けてあった使用していないもう一枚のジョーカーを回収。

久々に使ったが、ミスディレクションの応用だな。先ほどバスケの話が出たことで思い出した。

 

啓誠が石崎にジョーカーだとわかるように引かせたのち、カードを混ぜるふりをしてさっと入れ替えを行った。

石崎ならこういった不正を躊躇いなく実行できると考えての配役だったが、上手く役割を全うしてくれた。

龍園のもとでアウトローな戦いを続けてきた経験が活きている。

この役割が逆であれば、啓誠はゲームとは言えこっそりカードを盗むことにしり込みしてしまい悟られた可能性がある。

 

「味な真似をしてくれるな」

 

「何のことでしょう?」

 

「いや、お互い証拠がない状況だからな。次はお前が来いよ、綾小路」

 

「もちろんです」

 

石崎と交代しオレが入る。

状況は2年と1年が2敗ずつ。

 

「次こそ1年には負けてもらうぜ」

 

「南雲会長、それって負けフラグって言うらしいですよ」

 

「俺が負け知らずなのは知ってるだろ?今日は運勢もそこそこ良かったしな」

 

そんな軽口を交わしながら、先ほど負けた南雲がカードをシャッフルし配りはじめる。

手札を確認すると見事ジョーカーがある。南雲が配ったんだ、これぐらいはできるだろう。

 

そして手元に来たことでわかったが、先ほど入れ替えたにもかかわらず、こちらのカードにも軽く傷がつけられてすでにマーキング済み。このままずっとオレからジョーカーを引かずに残す作戦だろう。

 

それならこちらもやることはひとつ。

 

「さて、綾小路から引くわけだがどれにする……か?」

 

「どうしました南雲会長。オレのカードになんかついてますか?」

 

「いや、なんでもねーよ」

 

手札全てにジョーカーと同じような傷をつけておいた。

これで南雲にはどれが本当のジョーカーか判別できない。

 

何度かの順番で遂にジョーカーは南雲の下に渡る。

 

桐山、津野田、啓誠と上がっていく中、再びジョーカーが手元に来る。見ればジョーカーに新しい傷がついていた。

 

それならまた同じように対応するまで。

 

互いに譲らず、その繰り返しとなる――。

 

「……なあ、南雲。流石にこれじゃ、続行は馬鹿馬鹿しいぞ」

 

「そうっすね」

 

石倉が指摘する頃には、カードは傷だらけ、明らかに何かしらの不正を働いているのが露見している。

 

「はぁ、仕方ない。消灯時間も近いですし、この勝負はノーカンってことにしましょう」

 

「落としどころとしては、それが妥当だろうな。一年もよく気づいて対応した。同じ大グループとして頼もしい限りだ」

 

「次があるなら普通の交流会を希望しますよ」

 

「それもそうだな」

 

結局、この勝負はなかったことになり、朝食当番は各学年2回ずつのままとなった。

しれっと自分たちの不正をあやふやにしたのは上級生の経験がなせる技だろう。

 

「んじゃ、明日からもよろしくな」

 

そういって上級生は一年の部屋をあとにする。

 

「清隆、助かった。よく先輩たちが不正してることに気づいたな」

 

「大したことじゃない。南雲がフェアに戦うなんて思えなかっただけだ」

 

「あのすかした生徒会長ざまーねえな」

 

「ただ、なんかどっと疲れたな。明日から早速当番だし早く寝ようぜ」

 

「だな」

 

各々勝利(?)の余韻に浸ることなく、布団に潜り込む。

程よい緊張感からの解放で、全員すぐに眠りにつけた様子。微かに寝息が聞こえてくる。そういう意味では南雲の行動もプラスに働いたな。

 

そんなことを考えながらオレもゆっくりと夢の中に誘われていった。

 




まさか、トランプだけで一話使ってしまうとは……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

恐竜の住処

朝5時からオレたちの朝食作りが始まる。

 

「あああクソ眠ぃ……」

 

石崎が目を擦りながらぼやく。

調理中なんだから衛生面には気を遣って欲しいところ……。

 

「石崎、もう一回手を洗ってこい。ついでに顔も洗えば目が覚めるんじゃないか」

 

「……しゃーねーな」

 

代わりに啓誠が指摘してくれた。

その啓誠は学校から配布された朝食のメニューとレシピを見ながら、各々に調理の指示を出している。

用意する人数が人数であるため、調理場は大忙しだ。

 

オレはアルベルトと一緒に野菜のカットをしている。

アルベルトの調理方法は片手でリンゴを潰しながら「HAHAHAHAHA」と笑うのが似合いそうなイメージだったが、意外なことに繊細なタッチで熟練の主婦の如き包丁捌きでトントントンと音を立てながらキレイに野菜を切りそろえる。

オレも見よう見まねで後に続く。

 

橋本はコンロで器用に卵焼きを作っていた。

Bクラスの連中は卵を割ったり、野菜を洗ったり、皿を出したりと縁の下の力持ちといった感じだ。流石にBクラスっぽいな。

弥彦はどこかに消えた高円寺を探しに行ったきり帰ってこない。

 

「お、美味そうじゃん」

 

「褒めてくれんのは嬉しいが、つまみ食いはなしだぜ。朝食まで我慢してくれ」

 

手洗い顔洗いから戻ってきた石崎が皿に盛られた卵焼きに手を伸ばそうとしたところで橋本から制止が入る。

 

「ケチだな。だったらお前が思わずつまみ食いしたくなるような味噌汁を作ってやるよ。あとから後悔してもしんねーからな」

 

気合を入れて調理をし始めた石崎。

 

「おい、石崎!ちゃんと分量を量ってから味噌を入れろよ」

 

「気にすんなって。こういうのはよ、レシピ通りじゃなくってよ、アレンジが大事なんだよ、アレンジが」

 

不安になるセリフが聞こえてきたが、果たしてどんな味噌汁ができるのか……。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ぶふっ……おい、一年、なめてんのか。何だこの味噌汁」

 

「どうすりゃ、味噌汁がこんなふざけた味になんだ」

 

「昨日の仕返しのつもりか?いい度胸じゃねえか」

 

「味見くらいしとけや」

 

朝食の味噌汁を飲んだ上級生から苦情が出る。

これはオレでなくても簡単に予想ができた事態だろう。

 

向こうで石崎が上級生にペコペコ頭を下げている。

石崎は次回から盛り付け担当だな……。

 

オレも怖いもの見たさのような気分で試しに少量だけ口に含んでみた。

 

「……まずい。櫛田の作る味噌汁が恋しいな」

 

「なんか言ったか、清隆」

 

「いや、あまりのまずさに思わず妄言が出ただけだ、気にしないでくれ」

 

「確かに、これじゃ無理もないな……」

 

啓誠も苦い顔をしている。

それにしても櫛田の料理が恋しくなるなんて……おなじクラスの悪魔様にいつの間にか駄目人間にされていた、のか?

とは言え、こんなことになるならオレも少しは料理を教えてもらっておくべきだった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

あわや味噌汁で全滅しかけたオレたちの大グループは、しばらく不調を訴える生徒もいたが、午前の3限目、道徳の授業の時間には回復していた。

 

オレもまだ胃のあたりに違和感があったため、外でも眺めて気を紛らわしていると、元気よくグラウンドを走る女子生徒の姿が目に入る。

というより元気すぎないか、一之瀬?

授業とは言え、そこまで懸命に走らなくてもよさそうなスピードで走っている。

 

他にはひよりやみーちゃん、真鍋たちも一緒に走っていることから同じ小グループのメンバーなのだろう。パッと見た感じではひよりクラスの人数が多い。

 

一之瀬以外は各々のペースで走っていることから、特に課題としてスピードが求められているわけではなさそうだ。

 

「これからお前たちには最終日に向けて毎日スピーチしてもらう。学年ごとにスピーチのテーマは異なるが、判断基準は『声量』『姿勢』『内容』『伝え方』の4つ。今日は試しに自己紹介だ」

 

担当の教員が道徳の授業にもかかわらず、スピーチが云々言い始めたことで授業の方に意識を戻す。

 

これも最終日の試験科目の1つだろう。

コミュニケーションを不得意とする人間にしてみれば、地獄のような試験内容かもしれない。

1年生はこの一年を通じて学んだこと、これから学びたいことをスピーチしろ、ということだ。

オレも生徒会を通じて色々学んだからな、スピーチも問題ないだろう。

 

「では、今日は名前順で始めてもらう。綾小路、前に出てこい」

 

さっそく成長を見せる時が来たか。

自己紹介は入学時、生徒会入会時、干支試験でも披露してきた。

その都度、精度を上げてきた自負がある。

 

「えー、綾小路清隆といいます。……生徒会で副会長してます。好きな食べ物は美味しい味噌汁で、嫌いなものは金色のヤツです。えーと、そんな感じでよろしくお願いします」

 

まばらな拍手が起こる。

今回もしっかりと主張したいことはできたな。

 

「清隆、何かの作戦か?」

 

「作戦?」

 

席に戻るなり啓誠から話しかけられる。

 

「……いや、気にしないでくれ。まだスピーチの機会はあるしな。その中で学んでいけば良いだけだ。まだ焦る時間じゃない」

 

妙に優しく伝えてくる啓誠に疑問を抱きはしたものの、確かに今回は慣れた自己紹介だったから問題なかったが、テーマ次第では苦戦もありうる。警戒はしておくべきだな。

 

他の生徒のスピーチが順調に進んで行き、コイツの順番が回ってきた。

 

「俺はこの学校の生徒会を仕切る男、南雲雅――」

 

……聞く価値はないな。

グラウンドの一之瀬を眺めて過ごそう。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

夕食の時間がやってきた。

 

食事の席を探していると、とある一行から声を掛けられる。

 

「清隆くん、お疲れ様です。よろしければ一緒にどうですか?」

 

ひよりとみーちゃん、諸藤が一緒に食事をしていた。

 

「ひより姐さんじゃないですか。お疲れ様です。調子はいかがですか」

 

「……石崎君ですね。その呼び方は止めて欲しいとお伝えしたんですが、ケジメみたいなものと言って聞いてくださらず」

 

「あだ名だと思って割り切るしかないな。オレもそうしている」

 

「王子も変な呼ばれ方をしているんですか?それは会報に載せたい情報ですね」

 

……諸藤、無自覚なのか。

 

「ま、まあいいじゃないですか。せっかくの夕飯が冷めてしまいます。食べましょう」

 

こちらの意を察したみーちゃんが話題を変える。

 

そこからはグループの話や授業の内容などについて話すこととなった。

 

「それにしても道徳や作法など高校生にもなって時間を割くほどのものなんですかね」

 

諸藤から多くの生徒が思っているであろう素朴な疑問が飛び出す。

 

「どうだろうな。これを物語として考えるなら、それらはマクガフィンとしての意味合いが強いんじゃないかと考えている」

 

マクガフィン――物語の登場人物が行動を起こすきっかけのようなもので、登場人物にとって重要でも物語としてはそこまで比重を置かれていない物事。

オレなら3年間の普通の高校生活、堀北であれば兄貴に認めてもらう、櫛田なら全校生徒と友だち(堀北退学)といったところか。

もっと大きな視点で言えば、この学校の生徒にとってのマクガフィンはAクラス卒業の特典、ということになるのだろう。

 

「なるほど、マクガフィンですか。……期間を合宿中だけにするか、卒業までにするかで捉え方が変わってきそうですね」

 

主に創作物で使われる用語であるため、ひよりにはピンと来たようだ。

「え、マグカップ?」などと言ったボケが発生しないのは楽なような、少し淋しいような……。

 

「そうだな。学校の意図としては『ここでそれらを学ばせたい』というよりは『学ぶ機会を作ってここで過ごさせる』ことを重視していそうだ」

 

「うーん、わかったようなわからないような」

 

「極論、別の科目でもいいのかもしれませんね。ただ、3学年合同で合宿をするために、修学範囲が関係ない道徳などになったのかもしれません」

 

疑問顔の諸藤にひよりが補足する。

それがあっているかは、今後の特別試験で道徳や作法が活かされる試験が出るかどうかまでわからない。

ただ、もしそれらが学校生活で必須の項目であれば、これまで学ばずに過ごしてきてもう数か月で卒業する3年生の存在が浮く。

そう考えると、ひよりの推測は概ね合っているように思える。

 

「なるほど……でも理由はともあれこうして皆さんと一緒に過ごせるのは楽しいですね。王子たちの活躍が見れないのは残念ですが」

 

「こうして交流する時間があるだけでもいいじゃないですか」

 

「そうですね」

 

俺の顔を見ながら微笑むひより。

諸藤も同意する。

 

ここで会ったのも何かの縁。オレもそろそろ動き出すことにする。

この試験、異性側の様子はほぼわからないため、この時間に聞き込みをしていくことが重要だ。

人脈がモノを言う試験。学や南雲、一之瀬にとってはやりやすいことこの上ないだろう。

 

「そういうことなら、諸藤にひとつ提案があるんだが」

 

「なんですか、王子?」

 

アイディアを諸藤に伝える。

 

「それは素敵です。さっそく明日から実施しましょう、王子!」

 

「ああ。大変かとは思うが任せた」

 

「はいっ!」

 

オレからの提案に喜ぶ諸藤。

こちらとしてはこの試験を有利に進めること以上の目的はないのだが……本人が喜んでいるなら水を差す必要もない。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

その日の夜。大浴場に入った時だった。

 

浴場の一角で、山内や池、柴田など数名が集まっていた。

 

「珍しい組み合わせだな」

 

偶然居合わせた神崎も驚いた様子で集団を見ている。

 

「調子はどうだ。森山たちからは高円寺に手を焼いていると聞いたが」

 

「あれはそういう生き物だ。諦めるしかない」

 

「綾小路でもどうにもならないことがあるんだな」

 

「さすがに買いかぶりすぎだ。割とよくあるぞ」

 

驕っていたわけではないがこの学校に来てからそう思う機会が増えた。

 

「一之瀬は綾小路を高く買っている。もちろん俺もだが……少なくともAクラスを倒すまではこの関係を続けていけたらと思っている」

 

「そうだな」

 

無人島以降Bクラスの面々とはよく過ごしてきたこともあり、一定以上の信頼を得ることができている。

オレとしても居心地の良さは断然Bクラスの方がいいというのが素直な感想。

オレのクラスは雑音が多いからな……。

 

「おっ、神崎に綾小路、いいとこに来たじゃん。ちょっとこっちこいよ」

 

こちらに気づいた柴田から手招きされる。

 

「どうした?」

 

「いやさ、今学年で一番アレがデカいのは誰かって話になってよ。みんなで勝負してんだ」

 

「……アレ?」

 

「アレと言ったら、そりゃイチモツのことに決まってんじゃねえか」

 

急に出てきた山内が得意げに話す。

 

「……そうか。頑張ってくれ」

 

神崎は足早に身体を洗いに移動した。

オレも嫌な予感がしたのでそれに続こうとする――が、目の前に須藤が立ち塞がりグイっと寄ってくる。

 

「んで、暫定王者は誰なんだよ」

 

余裕綽々の態度で、自らのイチモツを隠す素振りもない須藤。

万が一接触事故が起きたら反射で葬りかねないのでできれば離れて欲しい。

 

「金田だぜ」

 

柴田が湯船に浸かっている金田を指さす。

金田も居心地が悪そうな顔をしていた。

 

「なるほど、鼻のでかいやつはイチモツもでけえって言うからな。見せてみろよ、金田」

 

「健!よく来てくれた、俺らの仇をとってくれよ~」

 

池が須藤を集団の中に迎え入れる。

脅威が去って安心する。隙を見て逃げ出そう。

 

「あいつあのサイズで伊吹ちゃんと……何もかも許せねえぜ」

 

「んん”っ、生々しい話は控えてくださいませんか。僕らはプラトニックな関係ですので」

 

「嘘つけ!伊吹&金田カップルと言えば、学内でも有名なSMコンビって噂じゃねえか。それでプラトニックは無理があるぜ」

 

「そ、それは……」

 

妬み満載の山内からの不必要に問い詰められ顔を真っ赤にする金田。

偽装カップルには少し酷な展開。

 

「下世話な話はどうでもいいだろ、早く比べようぜ」

 

そんな空気を須藤が変えて金田の隣に並び立つ。

金田もこれ以上追及されるよりはマシだと判断したのか、大人しく立ち上がった。

 

勝負は一瞬だった。

 

「っしゃああ」

 

須藤の雄たけびが浴場に響く。

オレは興味がないのでわざわざ目視して確認はしないかったが、リアクションから須藤が勝ったことがわかる。

金田はやっと解放されたと言わんばかりにサッと湯船に浸かりなおす。

 

これで終わるかと思った不毛な争いも、弥彦が葛城を指名したり、石崎がアルベルトを連れてきたりと一波乱あり

結局、越えられない国の壁を感じてお開きになるかと思われたときだった。

 

「はっはっは、君たちは愉快なことをしているようだねえ」

 

湯船の中から高円寺の高笑いが聞こえてきた。

 

「なんだよ高円寺。お前は悔しくないのかよ、健のこの無様な姿を見て何も感じないのかよ」

 

膝をつき己の実力不足に打ちひしがれている須藤を指さし叫ぶ山内。

死体蹴りもいいところだったが、須藤も反論する気力が沸かないほどの力量の差。

須藤も池も山内も、テストの結果でもこれぐらい落ち込み、悩んでくれればいいのだが……。

 

「レッドヘアー君にしては健闘したようだがねえ」

 

「くそ、なんだよ、てめーならアルベルトを倒せるって言うのかよ。そんなん無理だろ」

 

「私はすべてにおいて完璧、つまり男としても究極なのだよ」

 

「だったら証明してみろよ。お前の息子がアルベルトと戦えるってのを見せてみやがれ」

 

「マイ ソンを男に見せびらかす趣味はないのだがね。だが、たまには君たちの遊びに付き合ってみるのも面白いか」

 

「いい度胸だぜ。やっちまえよ、アルベルト」

 

……石崎、誤解を招く表現は避けて欲しい。

石崎から促され、海外代表のアルベルトがその巨大なブツを曝け出す。

 

「ブラボーブラボー。さすがワールドクラスといったところだねえ。伊達ではなくて安心したよ」

 

「どうだ高円寺。お前のその鼻柱へし折ってやるぜ。いやこの場合折れるのはお前の粗末なアソコか」

 

勝ちを確信した石崎が今日までの不満をぶつけるように高円寺を煽る。

 

「最初から勝負するまでもないことだがねえ。君たちには生き証人になってもらうよ」

 

傍に置いてあったタオルでその秘部を隠し、アルベルトの隣に並ぶ高円寺。

浴場中の男子が固唾を飲んで2人の様子を見守る。

 

「さぁその目に刻むといい。これが真の男のみが持つことを許された男根さ」

 

高円寺はポージングを決めながらタオルを投げ捨てる。

 

飛び出したのは、あまりにも巨大すぎるナニ。

 

アルベルトが小さく『Jesus』とつぶやく。

 

「これで私が完璧な存在であることが証明されたね」

 

生き証人として指名された周りの男子は声を失って、ただただその大木を眺めるしかできなかった。

 

魚で例えるなら、須藤や葛城がブリ、アルベルトがマグロだとすると、高円寺はジンベイザメといったところ。

圧倒的サイズ感の違いに成す術がない。

 

「……人間じゃねえ」

 

やっと声を振り絞って出した須藤の言葉には一切の生気が含まれていなかった。

須藤だけでなく、先ほどまでのバカ騒ぎはどこに行ったのか、多くの生徒から瞳の輝きが失われていた。

知らなければ幸せなこともある。楽しいうちに止めておくのが正解だったな。

 

「ちょっと待てよ、高円寺」

 

そんな絶望に満ちた空間を切り裂くような一言が湯船の奥から聞こえる。

 

「りゅ、龍園さん!?」

 

バスジェットで身体を温めていた男、Dクラスの元リーダー龍園翔。

なぜかこの男の瞳には色が宿っていた。

 

「まさかドラゴンボーイ、君が相手になるとでも?名に恥じぬドラゴンを飼っているというのかな」

 

「残念ながらこの世界にいる龍はタツノオトシゴぐらいなもんだ。だが、いい勝負するやつが1人いるかもしれないぜ?」

 

龍園の発言に、生徒たちは周りを見回す。

そんな存在がいるのかと。

 

そして注目がこの場で唯一腰にタオルを巻いたままのオレに注がれる。

 

「なんせ生徒会副会長様のブツだ。さぞ立派に違いねえぜ」

 

「確かに、綾小路も規格外の男だからな。高円寺とも戦えるかもしれん」

 

龍園の言葉に、まさかの葛城が賛同する。

 

「葛城さん、こんな奴が葛城さん以上のモノを持っているとは思えないですよ」

 

「弥彦、人を見た目で判断するな。綾小路の実力とこの学校の生徒会の力は知っての通りだろ」

 

「ですが、それとこれとは全く関係ないんじゃ……」

 

「確かに綾小路ならやってくれる!」

 

「甘かったな高円寺、俺らには綾小路がいいんだよ」

 

外野が無茶苦茶を言い始める。弥彦の言う通り、生徒会加入条件にイチモツの大きさは関係ないのだから、この理論は破綻している。

だが、一度注目を浴びてしまえばそれが収まることはない。

 

奇しくも生徒会がこの絶望に満ちた浴場に一筋の光として他の生徒たちを照らしている。

 

「ここまで隠しておくなんて味な演出だぜ、綾小路」

 

「ククク、副会長様の偉大さをぜひ誇示してくれよ」

 

どんな形でもいいからオレに敗北を味わわせたい龍園の言葉巧みな誘導。

まだ身体すら洗っていないが、全力で逃げだせばこの場はしのげる。

だが、まだ合宿3日目。

残り期間を風呂無しで過ごすことは不可能。

つまりこの不毛な戦いを避けることはできないということ。

 

どうしたものかと考えを巡らせ活路を探してると、高円寺が笑う。

 

「はっはっは、恥じることはないよ、綾小路ボーイ。例え指に収まる黒鍵サイズでも音を奏でられるのはみんな同じさ。ましては君は一流の演奏ができるからねえ。不足することはないよ」

 

「お前ら、コールしてやれ、コールを。最高の舞台じゃなきゃ、副会長様も乗り気にならないだろ」

 

龍園が周りを焚きつける。

こちらが見せるまで策を打ち続ける腹積もりか。

 

「外せ!外せ!外せ!」

 

石崎をはじめ、男子一同からの外せコール。

こんなことでクラスの垣根を越えて一致団結するんだから、やはりこの世界はわからないことだらけだ。

 

生徒会権力でいじめの現行犯として全員停学処分にでもするか?

 

だが、そんな理由で生徒をしょっ引いたとなれば、それはそれであまりにも格好が悪い。

噂が噂を呼んで、自身のイチモツのサイズを隠すため、他の生徒を犠牲にした、なんてことになるかもしれない。

そんなヤツの大きさはどんなものだろうと合宿後も話題になること間違いなしだ……。

 

「……仕方ないか」

 

こうなれば戦うしかないだろう。

 

オレは高円寺の隣に立ち、腰に巻いたタオルを自ら外す――。

 

先ほどまでの盛り上がりが嘘のような静寂。

 

「なん……だと…」

 

それを破る龍園の驚嘆の声。

 

「ま、マジかよ綾小路……」

 

「ホントに生徒会ってやべーとこだったんだな」

 

「俺もまだ生徒会に入るには実力不足、ということか」

 

本当にオレが高円寺と戦えると思っていなかったのだろう。

ひそひそとオレの話をしている。

 

「これはこれは、正直感心したよ、綾小路ボーイ。まさかこの私と互角の戦いをする人間がこの国にいるとは思ってもみなかった」

 

「……まるでTレックス同士の戦いを見ているようだ」

 

湯船から、信じられないものを見たというような目でオレたちを見上げる男子たち。

 

「フフフ、私たちにしてみれば数ミリの誤差などあってないようなもの。ただ厳密にいえば私の勝ちだろうね。同じTレックスなら獲物を喰らってきた経験の差……おっとすまない、キミのTレックスも私と同じく荒れ狂うモンスターだったね。今回は引き分けを認めようじゃないか。綾小路ガールも大変だねえ、ハッハッハ」

 

全てにおいて誤情報しかない。

そんな余計な賛辞を残し、ささっと出ていこうとする高円寺。

 

「綾小路ガール?」

 

「おい、高円寺、その綾小路ガールってのは誰のことだ?」

 

余計なことを言うから余計な詮索が入る。

このままではTレックスの披露よりも面倒な出来事に発展しそうだ。

 

「その質問に答えてあげてもいいが――」

 

高円寺がこれ以上余計なことを口にするなら、武力行使も視野に入れなければならなくなる。

 

「私は答えない方がいいんじゃないかな?君たちの楽しみを奪ってしまう行為は避けたいからねえ。それじゃあもう私は行くよ。シーユー」

 

最低限のモラルは守ったのか、ただの気まぐれか、それ以上高円寺は何も語ることはなかった。

 

「綾小路ぃ?白状しろ、誰だ、誰がそのTレックスの犠牲になったんだよ!?……す、鈴音じゃねえよな、なあ」

 

「待て、誤解だ」

 

「そんな立派なもんぶら下げて女々しいこと言ってんじゃねえぞ」

 

「高円寺の言うことを信じるのか?」

 

「でもあいつホントにTレックスだったしよ~」

 

須藤や山内、池からの問い詰め。

結局、この後の風呂の時間はほとんど誤解を解くための時間となってしまった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

らしくない考え

ドッと疲れを感じ、部屋に戻ると枕元に小さな紙が置いてあった。

 

『25』

 

とだけ書かれている。

 

どこの誰が置いたものかは見当がつかないが、情報量が少ないだけにこれの指す意味は『25時』あたりだろう。

 

今日はすぐにでも眠りたい気分だが……その時間に何かあるのか、待ってみることにする。もしこちらの見当違いならそれで問題ないしな。

 

消灯は22時、そこから3時間。眠らずに過ごすにはそれなりの時間だ。

せっかくなら少し考えを整理しておくか。

 

これまでの授業内容から最終日の試験内容、そしてこの試験の本質が少しずつ見えてきた。

 

具体的に説明されたわけではないため憶測もあるが、確実に試験に絡んでくる項目はいくつかある。

 

例えば『禅』『駅伝』『スピーチ』『筆記試験』あたり。

 

最終日にこの人数が試験をすることを踏まえると、時間的にあってもあと一項目ぐらいか。

残りは掃除や料理など気になる項目もあるが、果たして試験に絡めてくるかどうか。高校生の試験というより嫁入り試験みたいになるしな……。

 

この異質な試験の攻略には多くの生徒が頭を悩ませているかもしれない。

 

だが、正攻法で勝つためにできることと言えば、グループ内の結束を高めることぐらい。

ここ数日で急に足が速くなったり、頭が良くなるわけもない。

『禅』や『スピーチ』は真面目に取り組んでいればそこまで点数に差が出ることはないだろう。

 

つまり、普通にやればグループを組んだ時点で大まかな勝敗は決まってしまったようなもの。

 

問題はこのあと。

各グループの戦力が把握できれば、どこが勝つか大抵の人間が予想できる。

自分の所属している大グループがそうであれば、嬉しく思うだろう。

だが、もしその大グループが1年Aクラスが組んだような他クラス生が圧倒的に多い構成の場合、そのまま勝つわけにはいかなくなる。

 

退学は最下位の大グループ内で、学校が提示する基準を下回った小グループのみ。

 

兼ね合いは難しいが優勝候補がいきなりそこまで落ちることはない。全力で足を引っ張るはずだ。

 

その生徒をどう説得するか、もしくはそれ込みで勝てる算段をつけられるのか、そういったところの戦略が試される試験でもある。

 

ただ、それが本来のカタチだった、ということ。

少なくともオレたちの学年はAクラスを勝たせないという布陣で、的場のグループ以外、どのグループが勝っても3クラスが得をするようになっている。

 

あとは他学年の成績如何となるが……学年の動きをある程度コントロールできる南雲ならその点はいかようにでもできるため、2年は南雲次第。

 

残る3年がどう動くかが、この試験のキーか。

 

仮にオレと南雲が手を組めば、この大グループを勝たせることは容易となるが、その場合、堀北兄が負けることになる。

オレとしてはどちらでも構わないいが、その後、南雲が調子に乗るのは目に見えていて、碌なことにならない気がする。

そもそもお互い協力し合えるとは思ってもいないため、無駄な仮定ではあるが。

 

そんなことを考えていると気づけば時刻は25時を迎える。

周囲を警戒してみるが、特に変わったことはない。

それならそれで明日に備えて休もうと思ったところで、部屋と廊下の隙間から光が差し込み、点滅する。

 

非常用の懐中電灯でモールス信号か。

 

どうやら部屋から出てこいということらしい。

消灯後もトイレに向かう生徒はいるため、短時間なら部屋から出ても怪しまれることはないはず。

 

そっと部屋を抜け出す。

廊下は真っ暗だったが、人が遠ざかる気配を感じる。

そちらへ向かうと現れたのは――堀北学だった。

 

「あんたから呼び出されるのは久々だな」

 

堀北兄が現役の生徒会長時代は事あるごとに呼び出され、面倒な仕事を押し付けられたものだ。

そんなに昔の話ではないのだが――――少し懐かしく感じた。

 

「加えて生徒会の仕事以外で呼び出すのは新鮮でもある。だが、寝静まった夜中に密会する生徒は少なくない。今回の試験でもいくつか策略が動いているだろう」

 

どの学年も勝つために策を巡らせている者はいる――か。

だが、こんな夜中に悪巧みする連中は碌でもないことしか考えていないだろうな。

 

「すでに3日経過したが、この合宿は楽しめているか?」

 

「……正直なところ高校男児のノリというのはわからないことが多い」

 

「なんでもTレックスを飼っているらしいな」

 

「おい」

 

堀北兄の情報網はどうなっているんだ。

いや、それだけ噂になっているのか?

考えると余計に疲れそうなので本題に入ってもらうことにする。

 

「それで、世間話をするために呼び出したんじゃないだろ」

 

「もちろんだ。……お前は今回南雲と同じ大グループだったな」

 

「ああ。どうもオレはこの手の運はないらしい。……あいつの動向が気になるのか?」

 

「いや、むしろ逆だな。今回は南雲と俺だけの勝負で引き受けた。念のために、綾小路……お前が、南雲が負けるように手を回す可能性をなくしておきたかった」

 

何かと思えば面白いことを言い出す。堀北兄は南雲との勝負にオレが介入することを懸念して呼び出したということ。

 

「そんな面倒なことをするとでも?」

 

「南雲が余計なことをしてお前に被害が出る場合は躊躇なくそうするだろう。だが、例え自衛のためでなくても、今回の試験は、南雲の大グループが勝つより、俺の大グループが勝った方がお前としても利がある」

 

的を射た指摘が飛んできた。

オレたちの小グループは10人編成である上に、Aクラスが2名入っている。

対して堀北兄の大グループの1年は平田のいる15人の小グループ。

構成はAクラスは1人でC、Dクラスが5人、Bクラスが4人と、上位クラスとの差を一番縮めることができる。どちらが勝った方が良いかは明白。

 

「南雲がどんな手を使うかわからない段階で勝算はあるのか?少なくとも2年の成績はヤツの掌の上だろ」

 

「そうだな。だが、それでも俺は負けない。この試験で為すべきことを、正面から取り組んでいく。それに南雲とは、他者を巻き込まないと約束してある」

 

「そんな約束を信じるのか?南雲だぞ?」

 

「あいつはあれで勝負事の約束は守るやつだ」

 

「どこの南雲さんの話をしているんだ?」

 

「お前がそう思うのも無理はないが、これまで姑息な手を使うことはあってもルールや約束を捻じ曲げたことはないはずだ」

 

「……そう言われると、そう…かも、な?」

 

確かに負けた時はこれまでちゃんとポイントを振り込んできたな。

勝負結果を認めないことはあってもそのあたりを誤魔化すことはしなかった。

 

だが、今回の試験に限っては、そもそも南雲はルールを捻じ曲げる必要がない。

アイツの考えたルールで進行しているのだから。

 

その点を指摘するかどうか迷ったが、真正面から南雲との勝負を受け入れるつもりの堀北兄に、オレからの助言は野暮か。

 

「……わかった、今回は見守ることにする。オレとしても何もしなくていいならそれに越したことはない。その代わり一つ聞きたいんだが、なぜ急に南雲との勝負を引き受けたんだ?」

 

「南雲が南雲の目指す学校像を見せた。それなら、俺も俺の理想とする学校の姿を見せておくべきだと感じた」

 

「それもあって正々堂々と試験を戦うつもりなのか」

 

「そういうことだ」と頷く堀北兄の顔はどこかすっきりとして、この戦いを少なからず楽しんでいるようだった。

 

「あんたはもっと堅実な戦いをするものだと思っていた」

 

「これまではそうだった。……誰かさん達の熱に当てられたのかもしれない」

 

長居をするつもりはなかったようで、そう言って堀北兄は去っていった。

 

これまでクラスのためだけに特別試験を戦ってきた男が初めてそれ以外の目的を加えて戦っている。何が堀北学をそこまで変えたのか、何を考えての行動なのか――わからないこともあるが、結果がどうなるのか観察するのも悪くないかもしれない。

 

だが、南雲を倒す自信があるということは同時に同じグループのオレも倒せると考えている、ということ。オレが全力でこの試験と向き合い戦った時、本当に学はオレを倒すことができるのか――――――。

 

……らしくないな。それこそ堀北兄の熱に当てられたのか、無駄なことを考えていた。

堀北兄の見積もりは、オレがこれまで通り、そこそこの力を出してそれなりの成績を残す動きを想定したものだろう。

テストでいくら満点を取ったとしてもクラス単位では大きな差が開かないように、ワンマンプレーではこの試験の結果を左右するほどの脅威にはならない。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

――ということが男子の方ではあったらしいんだけど、それを綾小路くんから教えてもらったのは、当然合宿終了後なわけで……。

女子は女子でなかなか大変だったんだよ、とその点は綾小路くんにもしっかり伝えておきたい。

 

「一之瀬スポンサー、一緒のグループですね。よろしくお願いします」

 

「こちらこそだよ。椎名さんとも一度ゆっくりお話ししてみたいって思ってたんだ」

 

「そうでしたか。それは光栄です」

 

合宿初日の就寝前、同じグループとなった椎名さんから声を掛けられる。

この日は紆余曲折ありながら、とっても大変だったグループ分けを完了させた。

 

私のグループは

 

Aクラス 元土肥さん、六角さん

Bクラス 私

Cクラス 王さん

Dクラス 椎名さん、藪さん、山下さん、真鍋さん、木下さん、西野さん、諸藤さん

 

の11人。

 

Aクラスが12人、他クラス各1人ずつの15人グループを作ると主張した結果、バスで移動中に届いた綾小路くんの提案に沿って、なるべくAクラス以外を平等に配置するパターンの作戦となった。

 

ただ、それが問題で……普通なら、3クラスで5人、5人、4人の14人の中にAクラス1名を配置するのがセオリーなんだろうけど、女子はそう簡単にはいかない。

あの子とは組めない、このグループは嫌だなどなど、各々の好き嫌いを遠慮なくぶつけてくる。

まぁ一番手がかかったのは絶対一緒がいいと言って私の腕から離れようとしなかった千尋ちゃんの説得だったのだけれど……。

 

その結果、はじき出されてしまった人たちの集まりに、数合わせで私や王さん、椎名さんが加わりグループが完成した。

 

最初からみんなで仲良く、なんてことは無理だとわかっていたけど、共闘関係もある中でここまでもつれるとは……。

 

ただ、大グループの方は3年の責任者の先輩方が集まってササっと決めてしまったので、拍子抜けしてしまった。大グループの先輩はよく知らない人たちばかりだったけれど、橘先輩がいて「一緒に頑張りましょう」と元気よく声を掛けてくれたのがせめてもの救い。

 

私たちの小グループは、学力が学年でも上位の椎名さん、王さん、私。陸上部で足の速い木下さん、と最低限の戦力は整っている。少なくとも退学者を出すレベルではないはず。

 

だけど、関係性がうす……い、かと思ったら、椎名さんと王さんは言うまでもなく、そこに真鍋さんたち4人を加えた6人は綾小路くん経由で仲良しだし、Aクラスの2人は仲良し……木下さんと西野さんは一匹オオカミ系だとしても同じクラスの人が多い状況。

 

あれれ?一番浮いてるのって私だったりするのかな。

この試験を戦い抜くためには最低限の関係の構築は必要だから、私もうかうかしていられない。

 

「ねえねえ、一之瀬さんってさ、彼氏いたことあるの?」

 

Aクラスの六角さんが私にそんな質問を投げかけてくる。

関係の構築を、とは思っていたけど、初日で恋バナは早すぎじゃないかな??

 

「いやぁ……恥ずかしながら恋愛経験ないんだよね」

 

「えー!?そうなの。超モテそうなのに……あ、もしかして理想が高い感じ?」

 

「そんなことはないと思うんだけど……どうなんだろ」

 

ふとある男子のことを考える。うーん、彼を基準にすると理想が高い系に入るのかも?

少なくともBクラスの男子の友達以上の感情を抱いたことはないわけで……って何考えてるんだろ。

 

「じゃあさ、今好きな人は?」

 

「ええええぇええぇ」

 

丁度その人のことを考えていたタイミングだったので、激しく動揺してしまう。

 

「あ、それは私も気になりますね」

 

椎名さんと王さんも会話に加わる。

 

「私は解釈違いの予感がするのでもう寝ますね」

 

「リ、リカ!?」

 

諸藤さんの宣言に真鍋さんたちが驚きつつも、彼女たちも早めに休むことにしたようだ。

あの4人とは干支試験の時に綾小路くんを取り合って(?)以来、少し距離を置かれている気がする。

 

「さっきのリアクションは間違いなくいるってことだよねー!噂じゃ綾小路くんとよく一緒に居るって聞くけど……」

 

「それは…生徒会だからね」

 

思わぬ指摘に、なんだか綾小路くんが適当に物事を誤魔化すときみたいな返事になってしまった。

普段しないような会話に、すごくドキドキしている。

麻子ちゃんたちは私の好きな人が誰か、なんて特に聞いてこないから……あれ?なんでだろう、Bクラスの女子のみんなだって、恋バナ好きなはずなのに。

 

「ふーん、ホントにそれだけなの?一之瀬さんなら綾小路くんとお似合いだと思うけどなー」

 

「わわわ、えっと、なんというか、深い関係にならないというか、綾小路くんにその気がないというか、恋愛に興味とかないのかも?いや、興味はありそうだけどどこか冷めてるというか……」

 

クリスマスイブの事を思い出す。

あの後、通販でボクシンググローブを買っちゃったのは私だけの秘密だ。

なんでもケヤキモールのジムにサンドバックがおいてあるらしいので、合宿から戻ったら見学に行こうと思ってたり……でもちょっと恥ずかしいなと尻込みしている。

 

「一之瀬スポンサーのおっしゃることはよくわかります。綾小路くんはもっと恋愛小説を読むべきですね」

 

なぜか椎名さんから賛同をもらえた。茶道部でも色々あったのだろうか――いや、綾小路くんのことだ、ない方がおかしいかもしれない。

 

チクッと胸を刺す痛み。

 

この気持ちはなんだろう?なんて誤魔化すつもりはない。

 

あのクリスマスの日。

綾小路くんが告白されると理解した時、心の奥底から全身に後悔の念が押し寄せてきた。

なんで私は行動に移さなかったのか、ずっと自分を責め続けた。諭してくれた橘先輩に泣きついてしまう醜態を晒したクリスマス。

 

綾小路くんが告白を断ったと聞いて、佐藤さんには申し訳ないけれど、安心してまた涙を流した。

 

みんなは私を完璧な善人だなんて言うけれど、そんなことは絶対ないよ。

好きな相手のことだけで、こんなにも心が揺さぶられるなんて思いもしなかった。

 

だから、後悔しないように、これまで以上に何事にも全力疾走。

速度を緩めたら、彼は待ってくれない。きっとすぐに見えなくなってしまうから。

 

「でもそっか~。一之瀬さんは綾小路くんと何ともないし、綾小路くんは別に誰とも付き合ってないんだねー」

 

六角さんは恋バナ好きなのだろう。ニコニコしながら話を続けていた。

 

「黙って聞いていましたがもう我慢できません。王子にはもう決まった相手がいるんですからっ!いいですか、みなさん――」

 

ベットで布団に潜っていた諸藤さんが恋バナに加わる、と言うより参戦する。

 

……このグループ、ホントに大丈夫だよね?

 

そんな不安はあったものの、いざ合宿が始まると特に問題もなく課題に取り組んでいく。

 

一つわかったのは椎名さんに調理担当は任せちゃいけないってことぐらい。

 

そして休日の日曜日。

3日間の疲れを癒しつつ、クラスのみんなで情報共有という名のおしゃべりをしたりして過ごす。

 

そして待ちに待った夕飯の時間。

昨日はBクラスのみんなに囲まれて出遅れた結果、すでに椎名さんたちと仲良く話していた綾小路くん。

 

今日は事前にクラスの女子とたくさん話しておいたから大丈夫。

彼の隣をゲットすべく食堂を見渡す。

 

……………少し奥の席に綾小路くんの姿を確認できたのだけど、あれはどういうことかな?

 

そこにはたくさんの女子生徒、しかも上級生に囲まれながら食事をしている綾小路くんがいた。

 

よし、帰ったらジムに通おう。

この時、固く決心した。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

利用価値

試験4日目は、日曜日で終日休みとなっている。

とは言っても、この施設から出ることはできない。

体育館やグラウンドなどの施設は使用できるが男女で使用時間が分かれており、相変わらず夕飯の時間以外では異性間の交流はできなくなっている。

 

そうなると特にやることがないため、部屋でこれまでの疲れを癒し、後半戦に臨むというのが大半の生徒の考えのようだ。

 

朝6時の音楽で全員が起きる。

休日でもその辺りは変わらなため、これを機に早起きの習慣をつけさせる狙いか。

 

「清隆、また高円寺がいないぞ。今日は休日だからまだいいが、この調子じゃ明日以降も続くんじゃないか」

 

啓誠が呆れ顔で高円寺のベットへと視線を向けている。昨日は朝食作りで全員が4時過ぎに起床したため問題にならなかったが、今日はすでにどこかに行ってしまったようだ。

 

「大丈夫だ啓誠、今回は頼れる保護者を同伴させてある。無茶な行動をするようなら止めてくれるはずだ」

 

「保護者?」

 

「グッモーニン、エブリワン。今日も素晴らしい朝だねえ」

 

一体何のことかと首を傾げる啓誠だったが、丁度話題の主が帰還する。

 

「高円寺、何度も言うが勝手な行動は慎めよ。お前だってこの試験は団体行動が大事だとわかってるはずだ」

 

「ノープロブレムだよ。今日はホリデーじゃないか」

 

「お前の場合、休日関係なく続けるだろ」

 

「それはそうだねえ。日課は毎日続けるから日課というのだよ。それにわざわざ補助役を寄こしたんだ。君たちも公認ということだろう?」

 

「補助役?」

 

先ほどのやり取り同様、啓誠が疑問を持ったところで扉がノックされる。

 

「休日にすまないが、少し邪魔をする」

 

「葛城さんっ!」

 

いち早く反応した弥彦の言う通り、現れたのはAクラスの葛城。首にタオルをかけ、身体中から熱気を放っていることから、運動直後ということがわかる。

 

「普段は1人で肉体美の追及をする私だが、たまには補助付きで違うトレーニングをするのも悪くないからね。その点、葛城ボーイは使える男さ」

 

コウィケのステージで筋肉美を披露していた2人。

葛城曰く筋トレ仲間とのことだったので、今回お目付け役として抜擢した。

そうして先日、高円寺の朝活の様子を見てきて欲しいと弥彦に伝言を頼んでおいたのだが、まさか一緒にトレーニングをしてくるとは……。

 

「でもいいのかよ、葛城。この試験は体力を使うものばっかりだ。余計なことをしている場合じゃないんじゃないか?」

 

同じクラスの橋本が当然の疑問を投げかける。的場グループとしても主力には休んでおいて欲しいと思っているはず。

 

「心配無用だ。空気の良い大自然に囲まれているからか、普段より体力が有り余っていてな。ちょうど汗を流したいと思っていたところだった」

 

それは大自然の癒しのパワーではなく、単純に坂柳を乗せて動いていない分の余力なのでは?と、部屋にいた大半の生徒が思っただろうが、誰も口にはしなかった。

 

「お前もそっち側に行っちまうのかよ……」

 

橋本がぼそっと呟く。

数少ない良識人としてこの男も何かと苦労しているのかもしれない。

 

「葛城さんが一緒なら高円寺のことも安心ですね」

 

「弥彦、高円寺は己にストイックなだけだ。例え俺がいなくとも筋トレで迷惑をかけることはない」

 

高円寺と葛城の間には謎の信頼関係が出来上がっている様子。

そうはいっても真面目で責任感のある葛城のことだ。

万が一高円寺が校則に反するような行動を取ろうとすれば、止めようとするはず。

結果、上手く抑えられれば良し。力及ばす問題が起きても現場に居合わせた葛城(Aクラス)にも少なからずダメージになる。痛み分けに持ち込めるだけマシだろう。

 

「確かに、相手にするだけ時間の無駄か。すまないが葛城、高円寺のことは頼んだ」

 

「俺の筋肉(ため)にもなるからな、喜んで引き受けよう」

 

一通りのやり取りを見守っていた啓誠がそう結論づけたことで、グループ内でも高円寺の早朝外出を問題にすることはなくなった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

朝食の時間。

2年生の作った料理は少なくとも昨日のオレたちのよりは質が高いものだった。

 

「どうだ綾小路、俺の作ったほうれん草の胡麻和えの味は?」

 

「えぇ、そうですね……」

 

ちょうど胡麻和えに箸をつけたところで話しかけてきたのは桐山。

特に可もなく不可もない味だったが、自分がこれ以上の物を作れるかわからないため評価が難しい。

櫛田基準で言うなら『もっと精進してください』となるし、石崎基準でいいなら『お店を出せますよ』となる。

 

「なかなかですね。自分じゃこうはいきません」

 

結果、無難な回答をしておいた。桐山らしくていいんじゃないだろうか。

 

「そうか、それならよかった。お前たちよりは少なくとも1年長く自炊しているからな。2年はある程度料理ができる生徒が多い」

 

「南雲もですか?」

 

「……アイツは『和食は俺の専門じゃないのさ』とか言って、オリーブオイルを探しに行ったり、塩や胡椒を高いところからサラダにかけようとしたりしていたな」

 

「戦力外も良いところですね」

 

「ちょっと小洒落たものを作るのは得意らしいんだがな」

 

勝手なイメージだが俗にいう『映え』を気にしそうだな。

それはそれで南雲らしいとも言えるか。

とりあえずこの施設にオリーブオイルがなくて助かった。

朝からオイルまみれのサラダは遠慮したい。

 

「それで胡麻和えの感想を聞きに来ただけじゃないですよね」

 

「ああ。話すなら、南雲がオリーブオイル入荷の交渉をしに行った今がチャンスかと思ってな」

 

「本気でおっしゃっているなら、そんな隙を作る人間を警戒するのも馬鹿馬鹿しくなりませんか?」

 

「それだけ南雲には余裕があるってことだろう。堀北先輩とはうまく話せたか?」

 

昨日の一件は桐山が一枚嚙んでいたようだ。

『25』と書かれたメモを置くためにはオレのベットの位置を知らなくてはならない。

それを把握しているのは、グループメンバーを除けば前日にトランプをした上級生のみ。

 

「そうですね。堀北先輩の意向は伝わりました。桐山先輩は堀北先輩のサポートをされてるんですか?」

 

「こっちが一方的に情報を送っているだけだけどな。不要だとは思うんだが、南雲が何かを企んでいるなら情報は多いに越したことはない」

 

それは情報の精度にも依るが……果たして南雲が桐山のスパイ活動に気が付かないだろうか。あえて泳がせて偽の情報を堀北兄に届けさせている、と言われた方が納得できる。

 

「オレから見て南雲が特に何かしているような感じはしませんが、実際何かあるんですか?」

 

「そうだな……綾小路、お前にも共有しておく。表立っての行動はしていないが、堀北先輩の大グループメンバー何人かに別のグループの2年が接触している。おそらく南雲の差し金だな。あとは俺たち2年Bクラス以外には、バスの中ですでにグループ作成の指示が出ていたようだ」

 

「Bクラス以外、ですか?」

 

「鬼龍院の活躍もあってな、俺たちはなんとかAクラスに食らいつける状況にある。だが、情けないことに2年の他クラスはすでに白旗を上げた。そいつらは南雲の支配下にあると思ってもらっていい。それに……これは身内の恥になるが、Bクラス内にも南雲を崇拝する者はいる」

 

南雲の体制ももうすぐ盤石になるということか。

想定よりBクラスが粘っているのは朗報だが、それもどこまで続くか怪しい。

 

「ありがとうございます。大体の状況は把握できました」

 

「幸いにもこの大グループには俺たちがいる。いざという時は、成績を落として堀北先輩のサポートをするぞ」

 

「そんなことにならないことを祈るばかりですね」

 

身も蓋もないが確実とも言える作戦。

 

「それじゃ俺は怪しまれないうちに戻るとする。綾小路も何か掴んだら堀北先輩の力になってやってくれ」

 

桐山はそう言って2年のグループへ戻って行った。

ちょっとした会話であれば、生徒会役員同士のコミニュケーションという説明で怪しまれるほどのものではないだろう。

 

今の会話で確信したが、桐山は南雲にうまく利用されているな。

なんせ男子の大グループの作成を言葉巧みにコントロールしていた南雲だ。

南雲が本気で正々堂々と戦うつもりなら、不穏分子になり得る桐山とオレを一緒のグループに配置するはずがない。

そもそも南雲の小グループは、Aの南雲、Bの桐山を除けば、残りはCとDクラス。

何かを狙っていると考えたくもなる。

 

しかし、それが南雲の戦略の一つ。

ブラフの混じった様々な情報を与え、真の狙いを掴ませないようにしている。

堀北兄との一騎討ち約束についてもそうで、他者を本当に巻き込まないのか、実は手を回しているのか、それを肯定する材料と否定する材料が出てきている。

 

情報が増えれば増えるだけ、可能性が浮かんでは消えるの繰り返し。

そうなってしまうと答えを見つけ出すのは容易ではない。

 

万が一を考え、全てに対応しようとすれば堀北兄だけでは手が足りなくなる。

あとは、そうしてできた隙に強力な一撃を叩き込むだけ。

 

ただこの仮定は堀北学が専守防衛をする場合の話。

学の方も何らかの攻撃に出れば南雲も守りを考える必要が出てくる。

……はずなのだが、両者ともに大きく動いているわけではないため、まだ展開が読めない部分が多い。

 

穴だらけの真実を埋めていくためには、掴まされた情報ではなく、もっと外野からの情報を自分で掴んでいく必要がある。

 

そのことを桐山が理解しているかどうか。

 

いずれにせよ、2人の勝負については静観することにしたが、南雲がオレを攻撃しないとは言い切れないため動向は探っておくつもりだ。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

朝食を済ませるとそこからは自由時間。

オレも例に漏れず特にやることがないため、部屋で休息する予定だ。

昨日は朝食作りで早起きした上に深夜に呼び出しをされていたため、少し寝不足気味だしな。

 

部屋の前まで戻ってくると、誰かと待ち合わせだろうか、石崎とアルベルトが入り口の前に立っていた。

携帯がないとこういう時大変だなと思いながら、部屋に入るため近づいたところで声をかけられた。

 

「待ってたぜ、綾小路!」

 

「Hey brother!」

 

待ち人はまさかのオレだった。

 

「やっと休みだからよ、約束のアレ教えてくれよ」

 

「いや、オレはねむ――」

 

「さっそく道場行こうぜ!」

 

拒否しようとしたが、がっちりとアルベルトから両肩を掴まれ、簡単には振りほどけない。

これがカツアゲならいくらでも対処できるのだが、相手に悪意がないため、強硬手段を取ればこちらが不利となる。

 

結局断り切れず、道場で石崎とアルベルト相手に軽く組み手をして過ごすこととなった。

 

こちらとしては迷惑な話だったが、2人は終始ご機嫌だったので、グループの士気向上に貢献した、ということにしておく。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

そうしてやってきた夕食時間。

 

「王子~!準備できてますよ」

 

食堂に入るなり、入口付近で待機していた諸藤に声を掛けられる。

 

「流石の手際だな。携帯もない中、大変だったんじゃないか?」

 

「このくらい朝飯前です。それより、皆さん、楽しみにしていらっしゃるので」

 

「わかった。食事を受け取ったらすぐ向かう」

 

「はい。あの席付近がそうですので、お気をつけて」

 

食事のトレーを持ち、諸藤が指定した場所へ向かう。

そこにはそわそわした様子で佇む2、3年の女子生徒の集団があった。

人数はおよそ20人ぐらいか。

 

「お疲れ様です。すみません、急に集まっていただいて」

 

「そ、そんなことないよ。交流会を開いてくれるって聞いて感動したぐらいだし、ねっ?」

 

「うん!ファンクラブに入ってて良かったぁ。生綾小路くんヤバい」

 

「ずっとお話してみたかったんだけど、学年違うとなかなか難しいからさ。こんなチャンス逃すわけないよね」

 

挨拶をすると遠慮がちに一人の生徒が返事をしてくれ、周りの生徒に同意を求めたところ早くも盛り上がりはじめる。

 

ここにいる上級生は綾小路ファンクラブの会員。

昨日、ファンクラブの交流会を開きたいと諸藤にお願いしたところ快諾。

声を掛けてみたところ想像より集まったため、上級生と1年で2回に分けたそうだ。

 

もちろん、交流会は表向きの理由。

この会を通して女子側の情報収集をするのが目的だ。

決して男子ばかりの生活に嫌気が差していたわけではない。

諸藤には今度お礼に平田とのツーショットでも送っておこう。

 

「綾小路くんもすっかり人気者だねー」

 

「身に余る光栄ですね」

 

親し気に声を掛けてきたのは朝比奈なずな。

意外なことにファンクラブ会員のひとりでもある。

 

「ちょっとなずな、やけに親し気じゃん。抜け駆けとかずるくない」

 

「いやいや。綾小路くんは茶道部の大事な後輩……あれ、指導員だから先生?になるのかな。ともかく、すでに仲良しってわけ。いいでしょ」

 

「えー、なら私も茶道部入ろうかな」

 

「アリだね」

 

部員が増えればそれだけ活動資金も増える。悪い話ではないな。

 

「いつでも歓迎しますよ」

 

「「「「キャー」」」」

 

こちらの一言一言に過剰ではないか?と思うぐらいのリアクションを返してくれる会員の皆さん。この調子なら上手く情報を引き出せそうだ。

 

本題に入ろうと姿勢を正すと、少し離れたところに一之瀬の姿がチラッと見えた気がした。

こうしてたくさんの女子生徒に囲まれていれば、昨日問題となった綾小路ガールの実在の否定、もしくは誰が綾小路ガールなのか特定が難しくなるだろう。

これで万が一にも一之瀬の迷惑になることはないはずだ。

 

「皆さんはこの合宿楽しまれてますか?男子の方はグループ分けも大変でした」

 

「そうなんだー。私たちはね――――」

 

そうしてグループ分けについてや、授業内容についてなど様々な話題になる。

そのほとんどがたわいのない話。試験攻略には役に立たないだろうと思われるもの。

だが、そういった作られていない情報にこそ価値が合ったりもする。

 

「そういえば、橘先輩と一之瀬の大グループに所属している方はいらっしゃらないんですね。一応、生徒会の仲間なのでどんな様子か気になっているんですが……」

 

「ん?……ホントだね。……あ~、そっか、そりゃそうだよね」

 

こちらの問いに朝比奈がひとり納得する。

 

「どうされました?」

 

「大した話じゃないんだけど、その大グループの2年生って、みんな雅推しっていうか、雅からも頼りにされてるメンバーで構成されてるからさ。ここにはいないよねーって」

 

「なるほど……」

 

「そう言われてみると、3年の方も南雲くんのファンクラブ会員の人とか多いよね」

 

「確かに~」

 

「ま、雅のヤツも一応人気あるからさ、ファンも多いし、グループ分ける時にファン同士で固まるのも不思議じゃないよね」

 

その話が本当であれば、あの2人は南雲のファンクラブに囲まれてしまったのか。気の毒に。

合宿中に一之瀬に会えたら、南雲への毒舌は控えるよう伝えておいた方がいいかもしれない。

 

しかしそのグループ構成には引っかかりを覚える。

もう少し深く探ってみるか、そう思った時だった。

 

「既に始まってしまっていたか。ファンと交流する機会を設けるとは殊勝な心掛けだな、綾小路」

 

「ご無沙汰してます、鬼龍院先輩」

 

不敵な笑みを浮かべながら颯爽と現れた鬼龍院。なぜか彼女もファンクラブ会員。

 

「私も会員なんだ。参加させてもらう」

 

当然の如くオレの向かいの席に割り込む。

だが、同じ2年生はもちろん、3年生も文句を言える猛者はいなかった。

触らぬ鬼龍院に祟りなし、ということだろう。

 

「皆さんと仲良くお願いしますよ」

 

「ハハッ、当然だろう。ここにいるのは皆同志だからな。とはいえ、私と君の仲だ。少しの贔屓を期待してしまう乙女心をわかって欲しい」

 

まるでわからない。オレたちの間にはどんな仲も何もないはず。

1つ確かなことは、ここでの対応を失敗するとファンクラブが早くも崩壊しかねない、ということ。

特になくても困らないが、月のポイント収入と今回の様に情報収集に使えることを踏まえるとできれば存続させたい。

というより、結成ひと月足らずで解散する自分のファンクラブなんてあまりに悲しすぎる。

 

「この場では皆さん平等です。鬼龍院先輩だからといって特別扱いをするつもりはないですよ」

 

「ふむ、殿方を立てることも必要か。すまなかったな、遅れた分、綾小路と話したい気持ちが先行してしまったのだが、良ければこの場所を少し譲ってもらえないか?」

 

「ど、どうぞ」

 

鬼龍院が割り込んだ相手に謝罪をして正式に席を譲り受ける。

 

「さて、今回の特別試験、それ自体よりも新旧生徒会長の勝負の行方の方が注目されているが、可愛い後輩の君はどちらが勝つと思う?」

 

「難しい質問ですね。今のところどちらのグループにも大きな動きはないですし」

 

先ほどまでの和気あいあいとした空気を吹き飛ばすような話題の投下。こちらを試しているのか、からかっているのか、あるいは――――。

 

「謙遜する必要はない」

 

「いえ、実際、何を勝利とするかで見方は変わりますからね」

 

「えっと、大グループの平均点が高い方が勝ちって話だったよね」

 

朝比奈が話に加わる。南雲と堀北兄の勝負は他人事であって他人事ではないのだろう。

 

「表向きはそうらしいがな。何か裏があるならその限りではなくなる」

 

「雅は正々堂々と戦うって約束したんだから、そのままの勝敗でいいと思うけど」

 

「とても信頼されてるんですね」

 

「信頼というか、アイツやたら勝負を持ちかけるけど、これまで約束したルールは守ってきたからさ」

 

朝比奈も堀北学と同じ意見の様だ。

南雲雅という男は、周囲からそのように認知されている。

 

「鬼龍院先輩こそ、最近の活躍は耳にしていますが、この試験はどうなさるんですか?」

 

「これほど茶番と言える試験もそうはない、自由にさせてもらっているよ」

 

ニヤリと笑う鬼龍院。

 

「なるほど」

 

「あーわかる。禅とかスピーチとかわけわかんないよね」

 

「高校生がやること?って感じ」

 

「ねー。これなら受験勉強とかしたかったなぁ」

 

鬼龍院の意見に同意する上級生たち。

ただ、鬼龍院の言っている茶番の意味を読み間違えてはいるが。

 

「フッ、わざわざ忠告する必要はなさそうか。せっかくの交流会だ、あとはみんなで楽しむといい」

 

鬼龍院はそう言い残し立ち去っていく。

どうやらこの試験に対して必要があれば助言を考えていたのかもしれない。

それだけ南雲のやろうとしていることは面倒なこと、ということだろう。

 

鬼龍院が去ったあと、残り時間は再びたわいのない話をして過ごすこととなった。

オレとしては十分に情報を集めることができた。あとは他からの情報と照らし合わせて、真実を探っていく。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

夕食での交流会を終え、部屋に戻ると、オレのベットにメモが置かれていることに気がつく。

 

『25』とだけ書かれた紙。

 

昨日の今日で何かあったのだろうか。

急いでいたのか昨日とは違い、殴り書きのように書かれた数字。

そのためか若干筆跡が異なっているようにも見える。

 

放置するわけにもいかず、25時を待って、昨日と同じ場所に移動する。

 

「来たか、綾小路」

 

暗闇の中から声を掛けてきたのは、堀北学ではなく――南雲雅だった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

嘘と真実の割合

「来たか、綾小路」

 

南雲がいつものニヤつき顔で登場する。

 

「メモの相手は南雲先輩でしたか」

 

来たか、と言った以上、オレを呼び出したのは南雲だろうが、それがブラフでオレと堀北兄の密会を邪魔するために間に入ってきた可能性もなくはない。

 

「すまねえな、こんな時間じゃないと可愛い後輩としゃべる時間も取れないほど忙しいのさ」

 

「オレの優先度はオリーブオイル以下ですか?」

 

「そう言うな。軽い冗談さ。それにオリーブオイルは身体に良いんだぜ?」

 

こんな深夜に腹の探り合いは面倒でしかない。

どうせオレが桐山と話したことも把握しているだろうから、こちらからあえて接触したことを匂わせて反応を見る。

南雲も当然こちらがそれぐらいは読んでいると考えているのか、表面上は特に何の変化も見せなかった。

 

南雲も南雲で『25時』を指定したことから、オレと堀北学が昨日接触したことは把握していると暗に言っているようなもの。

 

なまじお互いの手口を把握してるだけに、出会った当初と比べ随分とやりづらくなった。

 

「それで何の御用ですか?」

 

「大した話じゃない。綾小路がこの試験をどう過ごすつもりなのか、考えを聞きたかっただけさ」

 

「随分と遠回しな聞き方ですね。面倒なのではっきりと『勝負の邪魔はするな』とおっしゃってくださいよ」

 

「ハッ、お願いして聞いてくれるタマじゃねえだろ」

 

「条件次第ですけどね。ただ、今回はお二人の協力も邪魔もするつもりはありません。こちらに害があるなら別ですが、何もない限りは試験で良い成績を取れるように頑張るだけですよ」

 

「恐ろしいほど似合わないセリフだな」

 

「生徒会長なら可愛い後輩を信じるぐらいの度量を見せてくださいませんか」

 

「軽い冗談だといっただろ。後輩で可愛いのは帆波ぐらいだ」

 

可愛い後輩の部分も冗談の範囲だったか。

まあ南雲から可愛いと思われるのは背筋がぞっとするので願い下げだが。

 

「俺はこの試験で誰もが驚くような堀北先輩を陥れる策を実行するつもりだ。堀北先輩にも、お前にもオレの狙いがわかるとは思ってないさ。だがな、俺としても変な茶々を入れられたくはない。言いたいことはわかるよな?」

 

邪魔をするならオレを攻撃する準備がある、ということだろう。

 

「こちらの方針は先ほど伝えたとおりです。――ただ、ひとつだけお節介を言うのであれば、余計なことはせずアンタは学と正々堂々戦うべきだ」

 

「説教は無駄だぜ、綾小路。俺は何と言われようと俺の道を行く。ま、それが正々堂々と勝負するって策かもしれないけどな」

 

「そういうことでしたらオレから言うことはありませんね」

 

「ま、そうだろうな。悪かったな、夜中に呼び出して」

 

「トランプ持ってこられるよりはマシでしたね」

 

「ったく、可愛くねえ後輩だぜ」

 

そう言いながら立ち去っていく南雲。

話した内容はともかく、目的は牽制だろう。

こっちの行動は筒抜けだ、とでも言いたげな態度だった。

 

暗い廊下を進む南雲のうしろ姿がそろそろ見えなくなりそうなところで急に立ち止まった。

そして少しの間の後、振り返らずにこちらに問いかけてくる。

 

「なあ、綾小路。同じ嘘つき同士、参考までに意見を聞きたいんだが」

 

「とても心外な評価ですね」

 

「嘘をつくときは真実を混ぜるのがバレないコツだなんて言われてるが、お前は何対何が丁度いいと思う?」

 

「突拍子もない質問ですね。素直に答えるとでも?その答えも嘘かもしれませんよ」

 

「構わないさ。お前がどう答えたか、は紛れもない真実だからな」

 

「嘘を信じさせたいのなら、その嘘以外は真実で固めた方が確率は上がりそうですが」

 

「つまり、真実が9で嘘が1か」

 

こんな問答で何を得たいのか、もしくは全く意味のない話なのか。

 

「俺は、真実なんてものは一つだけでいいと思ってるのさ。大事なのはそのひとつ。その他は嘘で固めてしまっても、その真実を貫くことが大事なんじゃないかってな」

 

「オレの意見と正反対ってことですね」

 

「それもどうだかな。――つまらねえ話をした。寝坊の減点で負けちまったら流石にシャレにならねーからな。お前も早く寝ろよ」

 

今度こそ南雲は闇の中へ消えていった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

5日目。

午前中の4時間は、最終日に走る駅伝のコースを下見がてら実際に走る時間に充てられた。

 

往復18kmコースを辿って時間までに帰還すればいいため、登りの多い折り返し地点までは歩いて体力を温存し、後半から下りを利用して走り切る作戦を実行している。

 

「実際は駅伝だし楽勝だな」

 

「元気なのはお前らだけだろ……」

 

「お前、葛城を尊敬してんだったら一緒に筋トレぐらいしとけよな」

 

「そ、それは……」

 

ぐいぐいと先に歩いていく石崎とアルベルトに、バテ気味の弥彦が苦言を投げたつけたところ、大きく打ち返された。

 

「俺たちもちょっと疲れてきた。少しは後ろのことも考えて進んでくれよ」

 

Bクラスの面々もあまり運動は得意でないのだろう。坂道を登り切ったところで、額に汗をかき、呼吸も少し荒くなっている。

 

「しゃーねーな。最終日は足引っ張んなよ」

 

ペースダウンする石崎。

ガサツなところはあるが、折れるところは折れる。同じ不良のジャンルでも須藤とは系統が違うのだろう。能力はともかく、石崎の方が空気は読める印象で龍園が傍に置いていたのも頷ける。

 

仮に今のが須藤であれば、遅い奴らが悪いと弥彦たちのケツを叩いてでも進ませただろう。

ただ、その須藤も体育祭以降成長をみせているので、もうそんな対応はしないかもしれないが……。

 

「この坂道の攻略も勝因に関わってきそうだな」

 

啓誠は冷静にコースの分析をしていた。

身体能力の総合力、そして10人である利点を考えると、戦略次第ではこのグループは上位を狙える可能性も十分ある。そんな様子を見ていた橋本が話しかける。

 

「なんか意外だな、幸村はてっきり運動が苦手なタイプかと思ってたんだが」

 

「ん?これでもうちのクラスでは下から数えた方が早いぐらい運動はできない。その分、勉強面で貢献しようとしているところだ」

 

「そうは見えないけどなぁ。ま、同じグループとは言え、クラスの手の内は易々と話せないわな」

 

そんな会話を続けながらしばらく進んだところで、後ろから黙ってついてきていた高円寺の気配が遠のいたため後ろを振り向くと、道を逸れ、森の中に入っていく場面を目撃してしまう。

 

「……」

 

どう考えても厄介ごとでしかないため、放っておくかどうか悩ましいが、ルートを逸れたことで減点になる可能性もある。

 

「すまない、高円寺が森に入っていくのが見えた。ダメもとだが、連れ戻しに行ってくる」

 

近くにいた啓誠と橋本に離脱することを伝える。

 

「アイツ何やってんだ、ホントに……」

 

「体育祭の時はとんだチート野郎を抱えててずりぃと思ってたんだが、お前たちのクラスも苦労してんだなってことが身に沁みてわかったぜ」

 

「清隆なら大丈夫だとは思うが、気を付けてな」

 

「無理だと判断したら放置して早めに切り上げて来いよ」

 

「ああ」

 

高円寺が森に入っていった場所へ戻り、その先へと進む。

無人島のように試験用に整備された場所ではない為、道が舗装されているわけでもなければ、獣道すらない、本当の山道。

 

草木の踏まれた様子など、微かな痕跡を頼りに高円寺を追いかける。

 

ロッククライミングやパルクール技術を取得させたホワイトルームでも、流石に山道で長時間走る科目はなかった。というより、基本的に施設から出ることはないため、山道を歩く経験など積めるはずがない。

 

ある程度覚悟はしていたが、そういった経験のある高円寺を追いかけるのは手がかかる。何が目的で森に入ったんだ……野生に帰りたかったのだろうか。

それならそれでいい気もするが、高円寺を野に放つのは生態系を変えかねない危険な行為だろう。

こんなのどかな大自然の中で外来種のTレックスを暴れさせるわけにはいかない。

 

仕方がないため、少しずつペースを上げていくと、やっと高円寺の姿を捉えることができた。

 

「おい、高円寺」

 

「おやおや、綾小路ボーイじゃないか。こんなところまで追ってくるとは物好きだねえ」

 

「こんなところで何をしてるんだ。勝手な行動で連帯責任になるかもしれない」

 

「君がそんなことを気にするようには思えないよ。私はただイノシシの姿が見えたんでねえ、触れ合うために追っているのさ」

 

「イノシシ?触れ合う?」

 

随分と思いがけない理由だった。

だが、もしかしてモフれるチャンスなんじゃないか。

ここまでの距離と残りのコースの距離を計算してみても昼までの帰還ならまだ時間に余裕はある。

ここでモフってしまえば、無理にポチと接触する必要もなくなり、試験も適当に過ごせるようになるため、悪い話ではない。

 

「高円寺、イノシシはどっちに行ったんだ。早く捕獲するぞ」

 

「おやおやおや、綾小路ボーイ、キミも野生動物の美しさに気づいたようだねえ。ついてきたまえ」

 

こうして高円寺先導のもと、イノシシ捕獲作戦がスタートした――――。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「綾小路、高円寺、お前たちで最後だ。他の一年よりもだいぶ遅かったが何をしていたんだ?」

 

折り返し地点では点呼のため茶柱先生が待機していた。

見かけたのはバス以来だったため、主に女子側の監督をしているのだろう。

 

「気にするほどのことじゃないよティーチャー。野生との触れ合いを楽しんでいただけさ」

 

「野生?まあいい。確認のため、クラスと名前を申告するように」

 

「1年Cクラスの綾小路清隆」

 

「私の名前は高円寺六助だよ。担任なのに、お役所仕事とは悲しいねえ」

 

「無駄口を叩く暇があるなら早く出発することだ、昼食まで残り40分だぞ」

 

「オレは茶柱先生に確認したいことがある。先に行っててくれ」

 

「ゴールまで綾小路ボーイと競ってみるのも一興だと思っていたのだが、君のTレックスが荒ぶっているなら止めはしないさ。エンジョイプレイング!ハッハッハー」

 

「おい」

 

歯が光りそうなスマイルで直球の下ネタを放り込んで走り出す高円寺。

アイツの中でオレはどんな趣向の持ち主だと思われているのか……。

 

「随分と仲良くなったようだな。合宿効果か?」

 

「全て否定させていただきます」

 

幸い高円寺の言ったことの意味は伝わっていないようだ。

茶柱先生も腐っても担任、高円寺の発言を深く考えるだけ無駄だということがわかっているのだろう。わからないことが幸せなこともある。

 

「それでわざわざ残ってどうした。試験攻略に関することか?」

 

「ええ。重要な確認事項が出てきまして」

 

「ほう。聞かせてもらおう」

 

「ポチの毛並みはモフモフですよね?」

 

「……」

 

先ほどのイノシシ捕獲作戦は成功し、高円寺と2人でイノシシを追い詰め、撫でることに成功したのだが……滅茶苦茶、毛が硬かった。モフモフと言うよりゴワゴワと言った感じ。うり坊でもいれば違ったのだろうが、立派に育ったイノシシの毛は身を守るためのものだけあって、撫でて癒されるようなものではなかった……。

 

動物だからといって皆モフモフとは限らない。

当たり前のことを体験してみて初めて実感した。

そのため、もしポチがヘアレス・ドックのように毛のない犬種だった場合、前提条件が覆る。

 

「……」

 

無言のままこちらをじっと見つめる茶柱先生。

まさか、毛が無い、の、か?

 

「嫌な間を取るのは止めてください。重要なことなんです」

 

「私にはあまりにもくだらない話に思えたのだが……安心しろ、ポチはモフモフだ」

 

「信じていましたよ、茶柱先生」

 

こんな試験中でなければ、握手を交わしたいところだった。

 

「飼い犬の毛並みで決まる信頼ほど軽いものはなさそうだな」

 

「そうでもありません、おかげで試験へのやる気が出ましたよ」

 

「そんなことでやる気になるなら、写真でも見るか?試験中はシッターに預けているが、毎日写真を送ってもらっている」

 

「ぜひ」

 

茶柱先生が端末を操作し、いくつもの写真を見せてくる。うるっとした瞳の子犬がこちらを見ていたり、お昼寝をしていたり、元気に走り回っていたり――。

 

犬種はどうやら柴犬のようだ。写真を見る限りモフモフ具合も問題ない。

 

「どうだ、可愛かっただろう」

 

「ええ。会うのが楽しみになりました」

 

「……時に綾小路。昼まで残り20分を切っているが大丈夫なのか?」

 

「……」

 

少しポチの写真を見過ぎたか……。

キロ3分のペースで走ったとしても残り9キロ――27分かかる計算。

本番前にそのペースで走るのも無駄に疲れるだけだろう。

 

結局、そこそこのペースで走ることを選んだ結果、昼食時間の中盤でゴールすることになった。

走り終えたばかりですぐには食欲もわかず、食事を抜くことに……。

ただ、悪くはない午前中ではあったな。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

昼を抜いていたため、夕食が待ち遠しくなった。夕食時間になるなり、食堂へと急ぐ。

 

席を確保して食事を始めていると――。

 

「王子、今日は席を確保してくださったんですね。皆さーん、こちらで~す」

 

すっかり忘れていたが今日はファンクラブの1年との交流か。

昨日、上級生からおおよそ必要な情報は得ていたため、この時間はそれほど重要ではない。

そして、他学年ならまだしも、同学年の女子に囲まれての食事はなんだか落ち着かない。

 

しかし、1年のファンクラブということは平田もいるのではないだろうか。

そうであれば、この時間も過ごしやすくなりそうだ。

 

「諸藤、平田もいるのか?」

 

「ンンン”ー。……すみません、ちょっと刺激が強すぎて、取り乱しました。やっぱり平田王子のことが気になりますよね、ですよね」

 

「あ、ああ」

 

「安心してください。王子同士は水入らずがいいかと思って、明日個別に声を掛けてあります。試験も終盤、二人だけの時間を楽しんでくださいね」

 

違う違う、そうじゃない。

満足げな顔をしているところ悪いが、それでは意味がないんだ、諸藤。

 

悲しいミスマッチに打ちひしがれていると続々と女子生徒が集まってくる。

 

「ファンクラブ通してじゃないと会えないなんて、きよぽんも偉くなったもんだねー」

 

「ひ、久しぶり、だね。清隆くん」

 

「波瑠加、愛里……」

 

「え、あ、気にした?ごめん、ごめん、冗談だって」

 

平田が今日来ないことを残念に思っていたオレの様子を自分の発言のせいだと波瑠加が勘違いしてしまう。

 

「いや、見知った顔がいて安心したところだ。今日はよく来てくれた」

 

同性の平田ほどではないにしても、綾小路グループの面々がいるのであれば少しは気も楽になる。

 

「あ、あの、綾小路くん、は、初めましてっ!」

 

「Aクラスの六角か。ファンクラブに入ってくれてるんだってな、ありがとう」

 

六角とは初対面だったので、しっかりと社交辞令を伝える。

正月に橘に会った際にファンクラブなんてものが本当に存在するのか確認したところ、生徒会役員限定で実在していることがわかったため、この状況を受け入れるしかなかった。

 

「普通は後輩ができる2年生から作られるものなのですが……とにかく、応援してくれる生徒の皆さんは大事にしなくてはいけませんよ」とのことだった。

 

ファンクラブ会員は、一之瀬やひよりなどよく話す面々の他に、六角のようになぜかこれまで接点のなかった生徒も多数入会しているため、この場で話すのは新鮮なものがある。

 

「わ、わわわ、私の事ご存じなんですかー!?」

 

「生徒会だからな。全生徒の名前と顔、おおまかな情報は頭に入っている」

 

「う、嬉しいです。ありがとうございます」

 

そういって手を差し出されたので、握手し返す。

だが、それは間違いだった。

 

「あっ!六角さんずるい。私も~」

 

急遽、握手会が始まることに……ファンとの交流はなかなか難しいな。

今度、堀北兄がファンに対してどう接していたか聞いてみよう。

 

その後は、この合宿についての話題を中心に聞き手に回り、情報収集に努めた。

1年女子の詳しいグループ構成も判明したことで、帰宅後に面倒ごとに巻き込まれる可能性が高いことも分かる。なぜ、あの2人が一緒のグループになっているのか……。

 

夕食の時間もわずかとなり交流会は終了となる。

交流会に、一之瀬がやってくることはなかった。南雲の批判は控えるようにと忠告をできなかったことは気がかりだが……。

試験中ということもあり、クラスで戦略を立てるため欠席の会員もいる。

ひよりもいなかったのはそのためだろう、退学の可能性もある試験で不安を募らせる生徒は多い。その分、各リーダーは大忙しなのだろう。

 

男子も女子もおおよその勝敗が見えてきた現状。

打つ手を間違えれば、こちらにも被害が及ぶ可能性もある。

 

オレはどう動いたものか。

自分のクラスを勝たせるだけなら、グループ分けの時点で概ね成功している。

あとは、各々の動きに合わせて手を打てばいい。

後の先を取る形で策としては問題ないだろう。

 

部屋に戻りながらそんなことを考えていたが、ここ最近の寝不足と昼食抜きで夕飯を食べたこともあり、睡魔が襲ってくる。

 

明日は再び朝食作りで早起きしなくてはならない。

念のためベットにメモが置いていないか確認した後、今日は早めに休ませてもらうことにした。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

イレギュラー

遠くにあんまんとピザまんを追いかけている生徒が見える。

両方を捕まえようとするも上手くいかない様子。

それならと、片方だけを狙い見事ゲットするのだが……それだけでは足りないのか、もう1つもと果敢に飛びついて――――。

 

「綾小路。起きてくれ」

 

ベットを揺らされ、ぼそっとした声が届く。

声の主は2段ベットの上から顔を覗かせた橋本だった。

 

なんだか妙な夢を見た気がする。どうして中身がわからないのに、あんまんとピザまんだと決めつけたのか……。

 

時計を確認すると、ちょうど25時になったあたり。

こんな時間に何事だろうか。

 

「寝てたとこ悪いな、一緒に便所行ってくれないか?」

 

「断る」

 

「そこを何とか頼むよ、なっ」

 

小さな子供でもあるまいし、こんな夜中に一緒にトイレに同行する必要はない。

 

「綾小路~、なぁって」

 

橋本は全く折れるつもりはないようで、なおもベットを揺らす。膀胱が相当ピンチ――というわけではないだろう。諦めて他の生徒を誘わないところをみるに、トイレへの同行は建前。

 

このままでは寝るに寝れないため、サッと付き添って戻ってきた方がマシに思えてきた。

 

「仕方ない。すぐ済ませてくれよ」

 

「サンキュー」

 

他の生徒を起こさないよう注意しながら2人で部屋を出る。

トイレまでは無言で進み、用を足して、部屋に戻ろうとした時だった。

 

「せっかくの機会だ。ちょっと外の空気でも吸っていかないか?」

 

「それなら1人で行ってくれ。オレは眠い」

 

「綾小路ガールが誰かおおよそ見当がついているんだが」

 

「そんな女子はいないし、仮にいたとして橋本の予想が当たっている確証もない」

 

「でも誰かに話してみたら噂として拡がるかもしれねえぜ」

 

「……少しだけだぞ」

 

「悪いな」

 

別に噂を流されるぐらい問題はないが、ここまで強引に事を運んでまで橋本が何を話すつもりなのか、少し興味が出てきた。

 

「男女が隔離されてるような状況じゃなきゃ、安心してお前とは話せないからな」

 

「……坂柳の目が気になるのか?」

 

「まぁな。ここから先の話はオフレコで頼むぜ。綾小路にとっても悪い話じゃないはずだ」

 

「無闇に口外するつもりはないが、この状況を誰かに見られていてもオレは庇わないぞ」

 

「そこはなんとでもなる。今日は食事当番だからな。目が覚めちまって先に仕込みをしておいたっていう体さ」

 

そうして屋外の炊事場に到着したところで足を止める。

振り返る橋本はいつもの飄々とした雰囲気ではなく、真剣な顔つき。

 

「なぁ綾小路。俺はさ……絶対にAクラスで卒業したいんだわ」

 

「なら現状維持に努める他ないんじゃないか?」

 

Cクラスの人間にそんな事を言われても、特にアドバイスできることはない。

 

「それはどうだろうな。遠くない未来、お前たちのクラスがAクラスになっている可能性は十分にある」

 

「可能性の話ならどのクラスもそうだ」

 

「謙遜すんなよ。学力は、オール満点加えてTレックスの綾小路を筆頭に、平田、幸村、堀北、高円寺など学年上位陣が多数在籍。身体能力も、とんでもサーカス&Tレックスの綾小路を筆頭に、須藤や高円寺とずば抜けた連中が控えている。そして次期生徒会長筆頭候補のTレックスが暴れてるときた。負ける方がおかしいだろ」

 

「今際の言葉はTレックスでいいんだな?」

 

「すまん、すまん、ちょっとからかいが過ぎたな。でもよ、運動が苦手とか言ってた幸村でさえ18キロのコースを難なく完走してんだぜ。お前らのクラスどうなってんだ?」

「それに関しては日々の鍛錬の成果だ」

 

筋トレをはじめとしたトレーニングの成果が出るまでにおよそ3ヶ月ほどかかると言われている。クラスでスズーズブートキャンプを始めて3ヶ月と少し経過した。各々その結果がしっかりと体感できるようになった頃だろう。

中でも啓誠はAクラスを目指す志も責任感も強い男。クラスの荷物になるまいと人一倍努力をしていたからな。

正直この試験内容なら、オレが何かをするまでもなくCクラスは基礎力で十分戦えるようになっていた。あくまでも正々堂々と全学年が戦った場合の話ではあるが。

 

「そこで相談なんだが、綾小路クラスがAクラスに上がれるように協力をさせてくれないか。これでもクラスの内部情報には詳しい立場だ。役立つと思うぜ」

 

「橋本は自分のクラスで勝ちたいとは思っていないのか?」

 

「逆に聞きたいんだが、クラスメイトの男子を乗り物扱いするリーダーのおかげでAクラス卒業できました、って将来胸を張って言えるか?」

 

「……できればなかったことにしたいだろうな」

 

「だろ?他のクラスが倒してくれんなら、それに越したことはないってことさ」

 

「動機は理解できた。それで協力の見返りは?」

 

「簡単な話さ、Aクラスになった際に俺を仲間に入れてくれればいい。現生徒会長があれだけ散財するポイントを持ってるんだ。そのうち綾小路も2000万ポイントなんて、はした金になるんじゃないか?」

 

「生徒会を金持ちの集まりかなんかと誤解していないか?」

 

「そうでもないだろ。コウィケ経営といい、ポイントを稼ぐ手段を別口で作れるやつは強い」

 

なるほど。目の付け所がいい。

オレと一之瀬は、全員Aクラスで卒業を目指している、ということを話すつもりはないため、傍から見れば私腹を肥やしているように見えても不思議ではない。

実力と財源があることを見越しての交渉か。

 

「筋は通っている……が、この提案が坂柳の罠でないと証明できるのか?」

 

「当然警戒するよな。そればっかりは信頼を積み重ねていくしかないと思ってる。俺としてもここで即決して欲しいわけじゃないしな。今回は使える駒がいることを認識してもらえれば十分だ」

 

「そうか、頭の隅には入れておく」

 

「おう!よろしくなキング」

 

「さっきのはTレックスという呼び方を問題視していたわけじゃないからな?」

 

「冗談だって綾小路」

 

一応肯定的な返事が来た事で満足したのか、橋本に促され部屋に戻ることになった。

確かにAクラスに内通者を作れば、勝負を有利に運ぶことも、退学のリスクを減らすこともできるだろう。

普通に考えれば前向きに検討できる話だが、橋本はいくつか勘違いをしている。

そもそもオレがAクラスを目指していないこと。

橋本はオレの定義する『使える駒』とは言えないこと。

そして、本気になった坂柳が内通者の存在を見落とすはずがないこと。

 

橋本が今後どんな学生生活を送るのか。

もちろん、未来に絶対はない。

オレの想像を超えて生き延びる可能性もあるのかもしれない。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

6日目の朝がやってきた。つまり2回目の朝食作りの時間。

 

「……わりぃ、俺は皿でも出しとくわ」

 

いつもは無駄に元気な石崎がテンション低くそう告げる。前回の味噌汁が非難囂々だったからな、妥当な判断だろう。

 

「待てよ、石崎。本当は味噌汁作りたいんじゃないか?」

 

皿を取りに向かおうとした石崎に啓誠が話しかける。

 

「そりゃよぉ、俺だってリベンジはしたいけどよぉ……」

 

「なら作ればいい」

 

啓誠、この試験を捨てるつもりか?

もしくは上級生に嫌がらせをしたい相手がいるのか?

 

「今度は俺も手伝う。2人でやれば少なくとも前回みたいにはならないだろう」

 

「本当にいいのかよ」

 

「後悔したままじゃ試験に影響しかねないと思っただけだ。やるのか、やらないのか?」

 

「やるに決まってるだろっ」

 

ジャージの袖を捲って、いつも以上に活気に溢れた様子で石崎が準備に取り掛かる。

無人島試験では、簡易トイレの件で女子と言い争っていた啓誠。勉強ができない人間を馬鹿にしていたこともあった。

 

その啓誠が相手のことを考えて寄り添い、共に前に進もうとしている。

 

啓誠に限らず、他者の目を避けていた愛里と波瑠加はコウィケで大勢を前に立派に歌って踊った。大人相手にも自分の主張を貫いた外村、協力することを覚えた堀北、暴力を振るわなくなった須藤――――。

 

大なり小なり、どんどん成長していく同級生。

 

その中でオレは……成長できているのだろうか。外の世界に出て、知識として初めて知るもの、触れるものは増えた。

同世代の人間との関わり方もある程度わかってきたところ。

 

だが、それは成長なのだろうか。知識が増えたからと言ってそれがイコール成長とはならない。堀北や啓誠が勉強だけできてもダメだったように、そして今そうしているように得た知識をどう活かせるかが大事。

 

オレは何をしにこの学校にやってきた?

俺は、馬鹿な考えを繰り広げるオレに問う。

 

知的好奇心を満たせればそれでいい。外の世界で成長できるなどと期待していない、だろ?

 

「清隆、おーい」

 

啓誠からの呼びかけに我に返る。

ここ最近寝不足気味だからか、普段しないような思考に陥っていたように思う。

 

「すまない、少し眠くてぼーとしていた」

 

「なんだか初期の清隆って感じだな」

 

「……初期ってことは今は違うのか?」

 

「全然違うな」

 

よくわからないが、オレもオレで何かしらの変化は起こっているのかもしれない。

 

「おいおい冷めちまうから急いでくれよ」

 

「そうだった。清隆に味見を頼みたいんだ」

 

そういって石崎から味噌汁のお椀を受け取った啓誠。ゆっくりとソレをオレに差し出してくる。嫌がらせをしたい相手はオレだった?

 

前回、胃の調子が悪くなったことを思い出し腹部が緊張する。だが、ここで断ることができないのが、人付き合いの厄介なところ。

 

「……頂戴する」

 

お椀を受け取り、いつでも吐き出せる準備をしながら慎重に口に含む。

 

「ん?今回はなかなかいけるな」

 

「よっしゃあああ!」

 

「清隆が言うなら間違いないな」

 

ハイタッチを交わす石崎と啓誠。構えていたところに普通の味噌汁が出てきたため少し拍子抜けしたが、これなら上級生からも文句は出ないだろう。

 

「ホントかよ。俺にも一杯くれや」

 

「卵焼きと交換ならいいぜ」

 

「しゃーねーな。ほらよ」

 

橋本やBクラスの面々も寄ってきて試食会が始まる。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

普段はクラス順位をかけて争っている間柄とは思えない程、和気藹々とした雰囲気で各授業も問題なくこなしていく。

テスト対策も昼食時間など空き時間に啓誠主導で行い、試験対策も整ってきた。

何かしらのいがみ合う理由がなければこんなものだろう。

 

唯一の不確定要素である高円寺も、放っておけば気にならなくなっている様子。

なんなら高円寺が何をやらかしてもカバーしてみせる、という気概すら感じることができた。

 

そうして迎えた夕飯。

 

「なぁ平田。なぜオレたちは2人で食事しているんだ?」

 

「えっと、僕は構わないんだけど、嫌だったかな?」

 

曇りのない瞳で、当然の事のように返事をする平田。こいつにとってはこのくらい友だち付き合いのひとつに過ぎないのだろう。

 

「嫌ではないんだが……限られた異性との交流時間だろ。平田としても不本意なんじゃないか?それに女子たちからも恨まれそうだ」

 

「それに関しては綾小路くんも人のことを言えないと思うよ。ファンクラブの人もたくさんいるわけだし」

 

そのファンクラブを仕切っているヤツの仕業でこんな事態になっているわけだが……。

 

夏のクルージング中は、平田に特殊性癖があると勘違いして恵と3人で過ごすのをなるべく避けていたわけだが、今となってはこの場に恵もいて欲しいと思うのだから不思議だ。とはいえ、時間を無駄にするわけにもいかない。

 

「せっかくの機会だ。平田のグループについて色々教えてくれないか?」

 

「もちろん」

 

平田の大グループには堀北学がいる。

こちらがどう動くにしても、学がどんな戦略で動いているのか、その点を把握しておく必要はあるだろう。

 

「やっぱり、堀北元生徒会長はすごい人だなって実感したのが大きいかな。僕が目指すべきはあの人なのかもしれない」

 

言われてみると、クラスのために、生徒のために、私利私欲を捨てて行動するという面では2人は似ている。

 

「僕たち一人一人と話す時間を作ってくれてね、試験に関する事でも全く関係ない事でも、相談に乗ってくれて……。上手く言えないけど、この人についていけば大丈夫だ、って気持ちになったよ。多分他のみんなも同じだと思う」

 

「なるほどな」

 

学は、南雲に自分の理想とする学校の姿を見せたいと言っていたか。

グループで協力して正面からこの試験を突破する方針のようだ。例えグループ内外に南雲の手の者がいても関係ない。それを上回る信頼を構築するつもりなのだろう。

 

オレには真似のできない戦術だな。

正確に言えば、やり方を再現しても全く別物になってしまう。

 

どうしてそこまで他者を信じることができるのか。人数が増えれば増えるほど、不確定要素も増え、戦略の確実性は失われていく。心情的には、ポイントや退学で他者を従える南雲の戦術の方が理解できるぐらいだ。

 

「それでね――」

 

楽しそうに話をする平田。平田も普段は男子のまとめ役として働いているため、こういう時間は貴重なのかもしれない。

 

と、マークしていた生徒が席を立ち、食堂から出ていく。

 

「悪い平田。急用ができた。またな」

 

「えぇっ!?」

 

平田には申し訳ないが、見失うわけには行かないため、トレーを片付け急いで後を追う。

 

既に姿は見えなかったが、人気がない場所は限られる。

歩いて行った方向から見当をつけて探してみると、校舎の隅にその人物はうずくまる様にして身を潜めていた。

 

これまで集めた情報、南雲の性格などを踏まえて、こうなる可能性が高いと踏んでいたが、間違っていなかった。

 

近づくオレには気づいていないようで、声を押し殺してすすり泣いている。

 

そんならしくない姿を目の当たりにして、オレは――。

 

「先輩には泣き顔は似合いませんね」

 

「っ!?」

 

こちらの声に驚き顔を上げる橘。

 

「あ、綾小路くん!?……どうしてこんなところに?」

 

動揺を誤魔化し落ち着きを装うように、絞り出した声で尋ねてくる。

 

「この状況で先輩に会いに来た以外の理由はないと思います」

 

「……」

 

「泣くほど辛いことがあるようでしたら助けを求めた方がいいんじゃないですか」

 

「な、泣いてませんっ…し、私は全然元気です。ちょっと一人になりたかっただけで、ここにいるのも特別な理由からではありませんよ。闇に誘われたというか、なんというか」

 

目を腫らしながら全く説得力のないことを言う橘。

この調子だと長くなりそうなので隣に腰掛けることにする。

暗い校舎の隅……確かに思い詰めて沈みこむには向いているかもしれない。

だが、こんな場所は橘がいる場所ではない。

 

「状況は大体把握しているつもりです」

 

「……だとしたら、これは私の問題だってこともわかっているはずです」

 

「このままでは取り返しのつかないことになるんじゃないですか?」

 

「それも含めて私の責任です。堀北君はいま南雲君との真剣勝負中。下手に助けを求めて、足を引っ張るわけにはいきません」

 

「……退学する覚悟があると?」

 

「馬鹿にしないで下さい、私もこのまま負けるつもりはありませんよ」

 

いつものくだらないゲームで負け惜しみを言う時と、同じ言葉、同じ表情。

それなのにどうしてこうも弱々しく感じるのか……。

 

「そのセリフを吐いて橘先輩が勝ったことなんてありましたか?」

 

「なっ!?大丈夫って言ってるじゃないですか、しつこいですよ。後輩なら先輩の言うことを素直に聞いて下さい」

 

少し声を荒立てる橘。この調子で気持ちを吐き出してくれれば……。

 

「これまでオレが素直だったことなんてありましたか?」

 

「ないですっ!!」

 

その通りなのだが、即否定されると少し傷つくな。

 

「――ないですけど、もう最後かもしれないんですから、言う事聞いてくれたっていいじゃないですかっ!!!」

 

「最後にさせないためにここに来たんです。先輩こそ素直になったらどうですか」

 

「だから、綾小路くんを巻き込むわけにはいきませんって言ってるんです!」

 

先輩としての意地だろうか、オレの身を案じてのことだろうか。

自分の置かれている状況を認めない橘。

いや、認めてしまうこと自体が怖いのかもしれない。

少しやり方を変えるしかないか。

 

「わかりました。橘先輩は大丈夫ってことで……実はオレも困っていることがありまして、助けていただけると嬉しいんですが」

 

「えっ?それは大変です。どうしたんですか?」

 

それどころじゃないだろうに、自分のことはそっちのけで聞いてくる。

 

「大切な人が困っていてその人を助けたいんですが、なかなか首を縦に振ってくれません。どうやって説得すればいいと思いますか?」

 

「……その人のことはどうして助けたいんですか?」

 

「そうですね……いなくなってしまったら寂しいから、ですかね」

 

「……綾小路くんにはその人を助けられるんですか?」

 

「追ってくる橘先輩から逃げ切ることと比べれば簡単ですね」

 

「本当に減らず口なんですから……。きっとその人は綾小路くんの負担になることを心配してるんだと思います。綾小路くんが退学にならないって約束した上で手を貸してくれるんだったら……嬉しいんじゃないでしょうか」

 

「約束しますよ」

 

立ち上がり右手を橘に差し出す。

 

「私はその人じゃないので代わりに返事をさせてもらいますが……よろしくお願いします」

 

橘はジャージの袖で一度涙をぬぐい、オレの手を握り返して立ち上がる。

 

「あ、でも、堀北くんには内緒ですよ」

 

「もちろんです」

 

「無茶もしないこと」

 

「わかりました」

 

「あとは――」

 

「あとは?」

 

言葉を詰まらせて、珍しくしおらしい態度。

 

「その……ありがとう、ございます」

 

「御礼を言うのは助かってからにしてください。でもそうですね、帰ったらまた焼肉を奢ってくださるってのはどうです?」

 

「帰ったら、ですか。悪くないですね。学校に戻れる気がしてきます」

 

すでに退学を覚悟していたのだろう。

ここ数日は学校に戻ったら、なんてことは考えることすらできなかったのかもしれない。

 

「では、楽しみにしてます」

 

「それで私はどうすればいいんですか?」

 

「試験を一生懸命受けてもらうのと、このメモをこっそり同じグループの椎名ひよりに渡しておいてください」

 

予め準備しておいたメモを橘に渡す。

 

「……それだけで大丈夫なんですか?」

 

「先輩にはつらい状況かもしれませんが、残り数日耐えてくだされば、あとはこちらで上手くやります」

 

「ここまで来たら綾小路くんを信じるだけです。よろしくお願いしますね」

 

「ええ」

 

そうして最初ここで会った時とは異なる表情になった橘を送り出す。

こちらはこちらの準備をしなくてはならない。

 

現在、橘は南雲の罠にかかって退学の危機にある。

だが、だからといってそれをオレが助ける必要性はないはず……。

南雲と学の勝負、2年と3年の問題――どうなろうとオレには関係ない。

まして橘は3年生。ここで退学しなくても3か月後には卒業していなくなる存在。

未来への先行投資にもならないだろう。

 

これまでのオレなら確実に傍観を決め込む場面、そのはずだったのだが――――。

 

『寄り道をしてみて、道中起こる出来事を楽しむ』

 

クリスマスの夜に学と話し、考えたことを思い出す。

この行動がそれに当てはまるかは微妙だが、これまで無駄だと切り捨ててきたものを切り捨てなかった場合どうなるのか。

 

 

これはモデルケースの一つにすぎない。

オレが行動する理由に、それ以上もそれ以下も存在しない。

 

 

暗い校舎の隅で立ち止まり、そんなことを考えずにはいられなかった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

対抗策の人々

深夜25時。

オレは炊事場で、呼び出した人物を待ちながら南雲の策に対して思考を巡らせる。

 

紐解いてみれば策自体は単純なもの。

堀北学を狙うと見せかけて、裏で橘を退学させる手筈を整えていた。

 

橘はこの6日間、小グループ内で孤立していたのだろう。

学に相談できる機会も限られている上、南雲の宣戦布告で頼りにくい状況も作られていた。結果、誰にも頼ることができず、日に日に追い詰められて限界が近づいていたのが先ほどの姿。

 

決して用心していなかったわけではないのだろうが、南雲のこの試験に対する準備は学たちと違いすぎる。

  

南雲は今回の試験で、2年はBクラス以外、3年はAクラス以外をコントロールできる状況。

組み分けをアイツの想定通りに完了させた時点で、逆転する手段は限られてくる。

 

肝心の退学に追い込む仕組みは(推測も含まれるが)、橘の大グループが最下位になるように調整して、小グループのテスト結果の平均を学校の基準以下にする、ある意味正攻法だ。

誰もが思いつきそうな策だが、実行は不可能だと鼻で笑うような難易度。

前提として都合よく退学にしたい生徒のグループが最下位になるはずがないからな。

 

だが南雲はそれをやってのけようとしている。

女子グループの組み分けを調整して、支配下にある2、3年で試験結果をコントロールする完全な出来レース状態。

 

あとは責任者が、難癖をつけて橘のせいで成績が振るわなかったことにすればいい。

そうして橘を道連れで退学にする計画。

 

予め3年Bクラス――橘の小グループの責任者のクラスには2000万ポイントを渡して、救済ができる状態にしておく。

一方の橘だが、学がポイントを使って救済することは橘本人以外には簡単に予想できる。

 

その結果、3年Aクラスはマイナス400クラスポイント&マイナス2000万プライベートポイントが確定。

対して、3年Bクラスはマイナス400クラスポイントにはなるが、プライベートポイントは失わない。

 

クラスポイントの差は詰まらないが、Aクラスの財源を削る意味で悪い話ではない。

C、Dクラスにしても上位2クラスが勝手にポイントを落としてくれるのだから、願ったり叶ったり。

 

そうして南雲は、Aクラス以外の3年生を抱き込んでこの試験に挑んでいた。

試験のルールにどこまで南雲の手が入ったかわからないが、道連れ制度、男女の交流機会の少なさ、グループ編成の自由度などは、この展開へ持ち込むために南雲が作り上げたとみていい。

 

ここまでして実質南雲には何の得もないのだから、理解に苦しむ戦略ではある。

むしろ、これまでの信頼を失って――失うほどの信頼はないかもしれないが――2000万プライベートポイントも支払うというのは傍から見たらデメリットだらけ。

そこまでして成し遂げられることと言えば、学への嫌がらせ、ぐらいなもの。

学自身、南雲と向き合おうとしていただけに、本当に無駄に近い行動に思えてならない。

 

南雲ならそんな戦略に価値を見出しそうではあるが……あるいは他に何か狙いがあるのか?

 

「綾小路、こんな時間に呼び出して何の用だ?」

 

南雲の考えを探っていると逆転のカギを握る待ち人がやってきた。

 

「遅くにすみません、石倉先輩。こんな時間でなくては話せないような内容でして、先輩にもその方が都合がいいと思います」

 

3年Bクラスの石倉。

オレたちの大グループの3年で責任者も務めている。

 

「それでその内容ってのを早く聞かせてくれよ。睡眠不足はパフォーマンスを下げる」

 

「では、単刀直入に申し上げます。オレはこの試験であなたを退学にすることにしました」

 

「はぁ?」

 

突然の申告に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする石倉。

 

「1年の小グループは退学ラインを切らないギリギリの低い点数をとります。そして、3年Bクラス以外の先輩方には退学ラインを切るように説得済みです」

 

「冗談なら帰らせてもらう」

 

「冗談だと思われるならそれで構いません。ただ、その場合は3年Bクラスから2人退学者を出すことになりますよね?」

 

「……」

 

呆れた表情をしてこちらの話を真に受けていなかった石倉だったが、核心を突く言葉に押し黙る。やっと聞く耳を持ったところで、こちらは淡々と話を進めさせてもらう。

 

「救済にはひとり300クラスポイントと2000万プライベートポイントが必要。それとは別に2人退学者を出したペナルティで200クラスポイントが引かれます。そんな負債を背負って残り数か月でAクラスを倒せるんですか?」

 

「……どこまで知っている?」

 

「少なくとも石倉先輩よりも情報は持っていますよ。プライベートポイントはどうにかなっても、600クラスポイントは払えませんよね?AどころかCクラス転落ですから。となると、確実にどちらかは退学ですか。卒業前に戦力ダウンですね」

 

わかりきっている情報をあえて口にする。相手は自分の置かれている状況を嫌でも再認識し、勝手にこちらが全てを知っているのではないかと不安になりはじめる。

 

「何が目的だ。俺に何をさせたい?」

 

「勘違いしないでいただきたいのですが、これは取引ではありません。決定事項を伝えただけです。あなたがどう行動しようが、あなたの退学は決まりました。あえて助言するのであれば、ダメージを減らすためにもう一人の方を退学にしないように働きかけるべきではないでしょうか?」

 

「……フフッ、ハハハハッ。面白い一年がいたもんだ。見事なハッタリだぞ。だがな、そんな見せかけの脅しを俺が信じるわけがないだろう。それにもう一人、なんてのも身に覚えがない」

 

腐っても3年間この学校で生き抜いてきただけはある、か。

高圧的に脅しをかけても、こちらの話を簡単には信じない。

いや、表面上だけでも信じていない様に振る舞うことができている。

だが、それも織り込み済み。

 

「石倉先輩。悪いことは言いません。綾小路の言うことは本当です」

 

「桐山、なんでここに?」

 

「もちろん、桐山先輩にも協力してもらっているからです」

 

校舎の陰から桐山が姿を現す。

話に説得力を持たせるため桐山に声を掛けておいた。

簡単に状況を説明したところ、ノータイムで協力を引き受けてくれた。さすが堀北派。

 

「俺も試験では可能な限り低い点数をとって、間違いなくこの大グループを最下位に落とします。それで堀北先輩が勝って、橘先輩が救われるのならリスクは受け入れます」

 

南雲の近くにいる存在――桐山が現れたことで、オレが南雲の策を看破していてもおかしくはなくなる。つまりオレの話した内容に現実味が増し始める。

 

生徒会の2人が堀北元会長、橘元書記を助けるために、南雲にバレないよう水面下で行動しているのだと、石倉はそう感じただろう。

 

「お前たちがどう喚こうと、この話が真実かどうかは他の3年に確認すれば済む話だ」

 

「それで納得なさるならどうぞ。ただ、これから罠に嵌めようとしている相手に本当のことを話すかはわかりませんが」

 

「石倉先輩、あなたに恨みがあるわけではありません。できれば退学者が出る展開には俺もしたくはないんです。何が一番か考えてくださいませんか」

 

「いいや、俺がそうであるように他の3年がお前たちの話を易々と鵜呑みにしたとは思えん。生徒会長と副会長どっちを信じるか?と問われたら、実績も権力もある生徒会長の方だ」

 

中々折れない石倉。

だが、それは悪手だ。とことん追い詰める口実ができたようなもの。

 

「では、はっきりと申し上げますが、これも南雲の策の一環ですよ?」

 

「どういう意味だ?」

 

「妙だとは思わなかったんですか。あれだけ堀北学との直接対決を望んできた男が、あなた方を利用して橘先輩を狙うことを」

 

「それは……堀北への宣戦布告とかそんなところだろ」

 

「違いますね。南雲はこの展開を見越していた。この時期までクラス争いが続いているのは南雲にとってただただ迷惑なんですよ。そうですよね、学年で争ってるうちは、いつまでも自分との勝負に向き合ってもらえないんですから」

 

「……」

 

「だから南雲は3年Bクラスと協力するフリをして逆にトドメを刺す計画を立てた。あとはこの通りです。オレたちがあえて告げているのは、石倉先輩のためでもあるんですよ?」

 

「いや、それはおかしい。堀北は今回南雲と向き合っているんだろ」

 

「時間軸の問題ですね。南雲も今回の勝負で堀北学がその気になるとは思ってもみなかった。そこで策を実施するかは悩んだかもしれません。ただ、それでも実施したのは、オレたちがここでこうしていることとも関係しています」

 

「話が見えてこないな」

 

「つまり、この場に堀北学が来ていないのはオレたちが独自に動いているからではなく、最初から堀北学の命令で陰で動いているからです。だから、他の3年生の説得も容易でした」

 

「……今回の試験、蓋を開けてみれば堀北との一騎討ちじゃないことに気づいたから、策を実行して俺たちを消すことにしたと?とんだとばっちりじゃねえか!俺たちを生徒会のいざこざに巻き込むんじゃねえよ」

 

「南雲の甘言に乗ったのはあなた方ですし、気の毒に思ったからこそ、退学者が出ない方法を好む学は助け舟を出したんです。わかってくださいましたか?」

 

「……クソッ。お前たちの話は理解した。だがな、おいそれと決断できることでもない」

 

「それはそうですね。幸い試験まではまだ時間があります。賢明な判断をされると祈ってますよ」

 

顔面蒼白の石倉は重い足取りで、されど長居はしたくないと言わんばかりの勢いで立ち去った。

 

「綾小路、今日ほどお前が味方で良かったと思ったことはない。よくもまあ口が回るもんだ。普段とのギャップにも驚いたが……一体何手先まで読んでいるんだ。石倉先輩もバスケ部の主将を務めただけあって、それなりの実力者のはずなんだがな……」

 

「大した事でもないですよ。オレも先輩たちのために必死だっただけです」

 

「今のお前を見たら堀北先輩も誇らしく思うだろう。それでこれから俺たちはどうする?」

 

「あとは、予定通り試験の成績を調整するぐらいですね」

 

「それで本当に上手くいくのか?3年の先輩の説得はまだなんだろ?」

 

「それにはお答えできません。桐山先輩が裏切るとは思いませんが、事実を知らない方が打てる策も多いですから」

 

「お前がそう言うならそれに従うことにする。今更お前の実力を疑う必要もないからな。悔しいが俺は橘先輩の危機にも気づけなかった……」

 

「気になさる必要はないですよ。オレもたまたま女子生徒との交流で気になっただけですから」

 

「そうか?では俺もこれ以上部屋を空けるのは怪しまれるだろうからな、戻らせてもらう」

 

「ええ」

 

尊敬する先輩の力になれたことが嬉しいのだろう。

石倉とは違い、桐山は上機嫌で帰っていった。

 

先日南雲は真実と嘘の割合、なんてことを言っていたか。

オレに言わせれば、そんなことを気にすること自体がずれている。

あらゆる手段を使い、真実も嘘も、どれを信じさせるさせるかコントロールすればいいだけの話。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「そういうわけで、みんなには申し訳ないがこの小グループはテストの点をなるべく抑えさせてもらう」

 

7日目の朝。

明日は終日試験でグループでの行動は今日が最後となる。

オレは朝の掃除に向かう前に南雲の関連の話は伏せつつ、グループメンバーに方針を伝えることにした。

 

「ま、高得点獲れって言われるよりは気楽でいいな」

 

責任者の石崎も特に反対はないようだ。

退学にはならないよう上手く調整すると説明はしたものの、クラスポイントだけではなく、プライベートポイントまで減少するため、不満が出ることも覚悟していたのだが……。

 

「清隆の言うことも一理ある。このメンバーで勝つよりも15人グループが勝った方がメリットが大きい」

 

啓誠は濁してるが、得点の倍率だけでなくAクラスの人数面でもオレたちが勝つと旨味が少なくなってしまう。

逆に負けるなら少人数編成のこのグループが一番ダメージが少ない。Aクラスが2人いるのもポイントだな。

 

その方針をBクラスが否定するわけもなく、Aクラスの2人はというと――

 

「俺らとしても的場グループが勝つ確率が上がんなら文句はねえさ。綾小路を抑えられたと前向きにとらえるぜ」

 

と、それらしいことを言ってはいるが、先日の密会のこともあり、橋本がこちらの動きを否定することはない。

弥彦も特に問題ないのか、橋本の話に合わせて黙って頷いた。

 

後は南雲の出方に合わせてこちらが微調整するだけ……南雲の最終目的が何なのか、ギリギリまで見極めが必要だろう。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

最終日の授業もつつがなく進んでいく。

どの授業も明日の試験へ向けたまとめであったため、特段変わったこともない。

 

そうしてあっという間に夕食時間となる。

 

今回はファンクラブの交流会もないため、ゆっくりした時間を過ごせそうだ。

 

……と思っていた5分前の自分に今日は夕食を抜きにしてでも食堂には寄るな、と伝えたい。

 

「ちょっと聞いているのかしら、綾小路くん?」

 

「すまん、5分前の自分と交信できないか試していたところだ」

 

「全く何を言っているのかしら?合宿の空気にあてられおかしくなってしまったのね。確かに兄さんと距離の近いこの合宿は刺激が強くて危険そのものとも言えるわ」

 

「そうだな、じゃ明日は頑張ってくれ」

 

「待ちなさい。まだ話は終わってないわ」

 

適当に同意してさっさと立ち去ろうとしたが、そのささやかな願いは叶わない。

 

5分前、食事のトレーを持って席を探していたところで後ろから肩を掴まれた。

何事かと振り向けば、堀北妹がジトっとした目つきでこちらを睨み突っ立っている。

 

「席を探しているんでしょ?だったらここが空いているわ」

 

「……遠慮させ――」

 

「私とは食事できないとでも言うのかしら。そうね、副会長様は生徒会の方々と食べたいということね。向こうに南雲生徒会長が居たから呼んでくるわ」

 

「喜んでご一緒させてください」

 

渋々堀北妹の前に座る。

この感じもなんだか久しぶりだな。

それにしても南雲を引き合いに出してくるとは、オレの嫌がることばかり達者になってきた。

 

「それで何の用だ?試験に関してなら今更どうしようもないぞ」

 

「あなた、また勝手に色々動いていたようね……。それについては帰ってからしっかりと聞かせてもらうとして――」

 

帰ったらしっかりと聞かせないといけないのか。

オレもこのまま森に消えて野生になるか……。

 

「今回は別件よ。……櫛田さんとの仲をあなたに取り持って欲しいの」

 

「何の冗談だ?」

 

「いえ、本気よ。彼女に対抗するにはあなたが必要だと判断したわ」

 

入学当時、櫛田から堀北と友達になりたいからと協力し酷い目にあった。

まさか、その時と逆になろうとは……。

 

そこからオレは、堀北と櫛田の合宿での日々を聞かされることになる。

なぜか一緒のグループになっていたこの2人の数日間を――。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

火に油を注ぐ

「本題に入る前に一つ確認させて欲しいんだが、堀北は櫛田のこと避けてたよな?」

 

夕食の時間。

目の前に座る堀北妹は、何を考えたのか、櫛田と仲良くなるため同じグループに志願したらしい。

 

飛んで火に入る夏の虫――退学を狙う相手のところに自ら突撃する自爆特攻スタイル。

なんだかんだ堀北退学のピンチを防いできたにも関わらず、この仕打ちなのだから救われない。

もし南雲と櫛田が手を組んでいたら1発アウトだったな。橘のおまけで退学にさせられていたら冗談にもならない。

 

「……最初に敵意を示したのは櫛田さんの方よ。当時は気にもしなかったけれど、このままではダメだと私も学んだわ。彼女は優秀な生徒。学年末試験に向けて和解しておきたいの」

 

「あー……」

 

櫛田から退学、退学と言われてきたから感覚が麻痺していたが、そう言えば堀北は櫛田から退学を望まれてることを知らないのか。

あくまでなぜか自分を嫌っているクラスメイト、という認識なのだろう。

他クラスならともかく自クラスから退学を狙われる状況はイレギュラーではあるため、そこまで考えが及ばないのも仕方はないが……。

 

「しかしなぜオレが必要だと思ったんだ?流石の生徒会でもお友だちを作る手伝いはしていないぞ」

 

「くだらないことを言っても誤魔化されないわよ。彼女がこれまでいくつかの試験で陰ながら助力してくれていたことは薄々気づいていたの。もし彼女を動かせる人間がいるとしたらあなたぐらいじゃない?」

 

「消去法か。クラスのためを想った櫛田の善意かもしれないだろ」

 

「その場合、彼女ならさりげない形で成果をアピールするんじゃないかしら」

 

「……否定はできないな」

 

櫛田の原動力は、承認欲求によるところが大きい。

自主的に何かをするのであれば、それは誰かに気づいてもらう形で行わなければ櫛田としては意味がない。

何だかんだ堀北も櫛田のことを少しはわかっているようだ。

 

「これでも自分の力でできる限りやろうとしたのよ?」

 

「……一応聞かせてもらおうか」

 

「そうね、話は初日――グループ分けまで遡るわ」

 

あ、これもしかしなくても長くなるやつか?

何が起こったか把握しておくことで、後々の櫛田対応に活用できるかと思ったが……しまったな。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「それじゃグループ分けしていこうか!何か意見がある人はいるかな?」

 

合宿初日。

グループ分けが始まると、1年女子全員に声が届くような元気の良さで一之瀬さんが呼びかける。

 

「皆さんで仲良く話し合おうとしているところ申し訳ございませんが、私たちAクラスは勝つためのグループを作らせていただきます。皆さんもそうされてはいかがですか?」

 

その呼びかけに坂柳さんが反応する。

各クラス12名に他クラス1名ずつを加えた高得点を狙うグループを作る提案。

 

「いいアイディアだね、坂柳さん。異論はないよ」

 

「私も一之瀬スポンサーと同意見です」

 

思いの外、すんなりと提案を受け入れる各クラスのリーダー。

 

「えーと、清隆くんクラスの代表は堀北さんでよろしいんですよね?ちょっとご相談があります」

 

「何かしら?」

 

新しくDクラスのリーダーになったという椎名さんから手招きされる。

それにしても、とても不本意な認識。確かに綾小路くんが目立ってはいるけれど、彼のクラスという表現はどうなのだろうか。

綾小路くんはいつもいつの間にか策を打って結果を残している。そのことは評価できても、あれだけの実力を持ちながらクラスを率いてAクラスへ導こうとはしない点は褒められない。

ただ、私にはそれを責める資格があるはずもない……。気づけば彼と比べて、人望も実績も実力も……何もかも不足している。

 

だからこそ、私も変わらなくてはいけない。

この特別試験、配点や勝敗に他学年が関わってくることから、無理に勝ちにいくよりも、退学者を出さないことを優先して、今後のこと――学年末試験はもちろん、来年度以降のことを見据えて行動するべきかもしれない。

私にとって、その第一歩が櫛田さんとの和解だ。

 

同じ釜の飯を食うとはよく言ったもので、この合宿、同じグループになれば一週間ほど寝食を共にすることになる。

それだけの時間があれば、いくら私でも関係改善のきっかけぐらいは掴めるはず。

 

「――というわけで、私たちB、C、Dで協力をしてAクラスを追い詰める策を考えています」

 

「いいんじゃないかしら。私としてもその方が助かるわ」

 

特別試験での結果をうまく平均化し、Aクラスとの差を縮める作戦。

椎名さんが考えたのかしら。協力なんて龍園くんがリーダーだった頃には考えられなかった手ね。

いずれにせよ、これなら櫛田さんのことに集中できる。

 

「それじゃ、具体的なグループを決めていこっか。まずはクラス内で固まっていく感じで、そこからクラス毎の組み合わせを決めてく感じかな」

 

すでにグループが完成したAクラスを置いて、一之瀬さんの提案のもと、まずはクラス内で4~5人グループを作ることに。

 

「みーちゃん、私たちと一緒にグループ組もうよ」

 

櫛田さんの声が聞こえた方を見ると、彼女の後ろには井の頭さん、森さん、前園さんが控えている。

つまり、王さんの勧誘が成功してしまうと5人グループが結成されて私の入る隙がなくなってしまう。

 

「ちょっといいかしら」

 

「えっ?あ、はい」

 

突然の話しかけたことで王さんが固まってしまう。

そこまで驚かなくても良いのに、とは思うけれど、これも身から出た錆とでも言うのかしら。

 

「……あれれ、何か用かな堀北さん?」

 

「櫛田さん、申し訳ないのだけれど、あなたのグループに入れてもらえないかしら?」

 

「んんー……あ、そっか、堀北さん組んでくれる人いないんだね。グループに入れて助けてあげたいのも山々なんだけど、ごめんね、もう定員なの」

 

「そこを何とかしてもらえないかしら。幸い、まだ王さんも返事をしていないし交渉の余地はあると思うのだけれど」

 

「私も意地悪で言ってるんじゃないよ?この試験って退学する可能性もあって大変そうだし、堀北さんはもっとクラスのために勝ちを狙えそうなグループを組んだ方がいいんじゃないかな?」

 

「一理あるわね。ただ、あなたと私が組めば上位も狙えると思うのだけれど?」

 

「いやいや、私なんかじゃ無理だよ~。ほら、運動できる小野寺さんとかさ、色々器用な松下さんとか。チームワークなら佐倉さんとかもいいんじゃない?」

 

「私はあなたと組みたいと言っているのだけれど?」

 

「私は堀北さん以外と組みたいって言ってるんだよ?」

 

櫛田さんは笑顔を崩さない。が、火花が飛び散る、とはまさしくこういう状況ね。

何を言っても了承してくれそうにない櫛田さん。

ただ、こちらもこんなところで折れるわけにはいかない。

 

「わ、わ、私は別のグループでいいので、堀北さん、どうぞ」

 

「ありがとう、王さん」

 

「みーちゃん、遠慮しなくていいんだよ。堀北さんが我が儘言ってるだけなんだから」

 

「皆さんと一緒に組めないのは残念ですが、私は他のグループでも頑張れますから」

 

「そっか……でも無理はしないでね」

 

「はい」

 

こうして王さんが譲ってくれたおかげで櫛田さんと一緒のグループになることができた。

 

その後は他クラスとの組み合わせだったのだけれど、私としては櫛田さんと組めたことで最大の課題を達成したようなもの。

他クラスの知り合いなんてそもそも限られているため、動向を見守らせてもら――

 

「あ、一之瀬さん、その組み合わせだと、少し嫌だなって思う子もいるかもしれないから、私が交代しようか?」

 

「え、いいの、櫛田さん?」

 

何食わぬ顔で自然と他のグループへ移動を試みる櫛田さん。

全く油断も隙もないわね。

 

「ダメよ!櫛田さんは今回の試験で私と組む、これだけは譲れないわ」

 

「一之瀬さん、堀北さんの言うことは気にしなくて大丈夫。ああ見えて寂しがり屋さんだから、我が儘言ってるだけなんだ」

 

「え、えーと……」

 

「移動するなら私も一緒よ」

 

「堀北さん、一之瀬さんを困らせるのはどうかと思うなぁ」

 

「それなら、最初から移動なんてしなければいいのよ。別にあなたが交代する必要はないでしょ。前園さんあたりに交代してもらいましょう」

 

「だったら私のグループに無理やり入ってきたのは堀北さんなんだし、堀北さんが移動するのが筋じゃないかな?」

 

「あなたと一緒に組む、という前提条件が崩れてしまうじゃない」

 

「そんな条件崩しちゃえばいいんだよ」

 

「あの、ふ、2人とも、落ち着いて話しあ――」

 

「「一之瀬さんは黙ってて」」

 

「そういうところは息ぴったりだね……」

 

私たちの間に入ろうとして、諦めて一歩下がっていく一之瀬さん。

さて、どうやって櫛田さんの逃亡を防ごうかしら、その手段を考えはじめた時だった。

 

「あのー、横からすみません。実は私たちもグループ構成で困っておりまして……思い切って、こういうのはどうでしょう?」

 

椎名さんが私たちの話に入って提案をしてくる。

主にDクラスでグループに入れてもらえなかった生徒たちを中心としたチームに、監督役としてリーダーの椎名さんを加え、結局孤立してしまっていた王さん、誰からも好印象の一之瀬さん、余ったAクラス生を組み合わせたグループ編成。

 

「少し他のグループの人数バランスが崩れてしまいますが、これで損をするのは私たちのクラスですし……いかがでしょうか?」

 

「私は構わないよ。それでグループ分けが完了するならそれに越したことはないし」

 

「そうね。こうしている間にもグループが決まったAクラスは戦略を立てられる。こちらも早く完了させるのは良いと思うわ」

 

一之瀬さんと私は同意する。

 

「反対ですっ!帆波ちゃんをそちらのグループへ渡すわけにはいきませんっ!」

 

「千尋ちゃん!?」

 

どこから出てきたのか、Bクラスの白波さんが現れ、一之瀬さんの腕を抱きしめ猛抗議を始めた。

 

「うーん、白波さんのことを考えると私も反対かなぁ」

 

これ幸いと櫛田さんが白波さんに便乗する。

まさかここまで拒否されるとは。理由に心当たりはあるのだけれど……その点も含めて櫛田さんと話し合う必要がある。

 

「えっとね、千尋ちゃん、気持ちは嬉しいんだけど、試験突破のためには必要なことだから」

 

「帆波ちゃんはまたそうやって1人で全部抱え込んじゃうんでしょ。だから、1人にしたくない」

 

「大丈夫だよ。私、全然抱え込んでないし、このぐらいじゃへこたれないから」

 

「でもでも……」

 

一之瀬さんは、心配そうに見つめてくる白波さんの頭をそっと撫でながら説得に入る。

 

「――わかった。でも、無理はしないでね、帆波ちゃん」

 

「もちろんだよ」

 

「話がまとまったようですね。では、このグループを結成するということで申請してきます」

 

白波さんが納得したことで椎名さんが担当の先生のもとに向かう。

しれっと櫛田さんの意見を聞かずに行ってしまった。

もっと大人しいタイプかと思っていたのだけれど、意外と行動力があるようね。

彼女と対決することになれば侮れない存在となるかもしれない。でも、おかげで今回は助かったわ。

 

そうして女子のグループ分けは幕を閉じ、櫛田さんとの共同生活が始まった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

一之瀬グループでなぜかみーちゃんがCクラス1人だったのは堀北のせいだったのか。

人畜無害なみーちゃんに対して酷いことをしたものだ。

ひよりがいてくれなければ、人見知りな彼女はグループで浮いてしまい上手く試験を乗り切れなかったかもしれない。

初日の夕食時間に一之瀬がぐったりしていたのも納得がいく話だった。

 

「そこからは仲良くなるためのコミュニケーションを欠かさなかったわ」

 

橘が勝ち誇ったときに見せるような自信に満ちた表情を見せる堀北。

碌なことにならない未来しか見えない。

 

「一応聞いておこうか」

 

「まずは座禅の時間ね。毎回、櫛田さんの横や後ろをキープして、姿勢のアドバイスをさせてもらったわ」

 

座禅で隣に座る堀北から小言を言われ続ける櫛田の姿を想像し、血の気が引いてく。

 

「朝食作りでは彼女の料理を褒めつつも、改善案を伝授したわ。彼女も中々の腕だったけれど、まだまだ工夫の余地はあったもの」

 

櫛田の料理にケチをつけるとは……。仮に堀北が櫛田以上の腕を持っていたとしても、櫛田からしてみれば屈辱でしかなかっただろう。

 

「運動の時間も一緒に走ったり、裸の付き合いも大事と聞いたからお風呂にも同行して――」

 

「状況の理解はできた。もうその辺でやめてくれ。心臓にも胃にも悪い」

 

「ここからが良い所なのに、もったいないわね」

 

これまで対人関係を蔑ろにしてきた弊害。人のことを言えないオレでもマズいと思うのだから、余程だろう。

先日の交流会で2人が一緒のグループになったと聞いて嫌な予感はしていたのだが、これは想像以上だな。

プライベートな時間を作ることも難しい環境で常時堀北が周りをうろつく日々。

手頃なフェンスもないこの林間学校では、ストレスは溜まる一方だろう。

学校に戻った後、反動で櫛田がどんな恐ろしい退学マシーンへと豹変するか……。この合宿から帰りたくない理由が増えてしまった。

 

「それで7日目にしてオレに頼ってきたのは――」

 

「昨日から櫛田さんから露骨に避けられてしまうようになってしまったの。この食事にも誘おうとしたのだけど、授業後ダッシュで消えて行ってしまったわ」

 

逆に良く昨日まで持った方だと櫛田を褒めたいぐらいだ。

 

「オレに櫛田を探して欲しいってことか?」

 

「いいえ。櫛田さんの出現ポイントは予測がついているの。でも、私が行っても話もしてくれないわ。だから、まずはあなたが引き留めて、そこに偶然を装って合流する作戦でいきたいの。綾小路くんがいるなら露骨に嫌な顔をすることもないでしょうし」

 

「それはどうだろうな……」

 

唯一櫛田の裏の顔を把握している人物がいたところで、遠慮するだろうか。

むしろ、ストレスマックスの櫛田が堀北へ退学してもらうとカミングアウト。

その覚悟を察したオレも腹を括って――

 

「櫛田、やるんだな、今ここで」

「うん!退学は今、ここで決める!!」

 

そのまま2人で堀北を討ち取って森へと投棄する――といった強硬手段に出る結果になってもおかしくはない。

最終試験前夜にそんな犯行をする気にはなれないな。

というより、女子生徒が1人行方不明は試験どころじゃなくなる……こんなことで台無しにされれば流石の南雲も嘆きそうだな。

 

「出現ポイントとか言っていたが、それは確かな情報なのか?」

 

「もちろんよ。ここ数日の行動パターンから言って8割は固いわね」

 

コイツのストーキング力を見誤っていた。

兄貴への執念がこんな才能を開花させていたとは、流石の学も思わないだろう。

無駄足になる可能性を理由に辞退する作戦は無理か。

 

「オレが協力するメリットは?」

 

「あら、櫛田さんの時は良くて私の時は手伝ってくれないの?薄情なのね、綾小路くん」

 

あの時のことをまだ許していないわよ?と言わんばかりの表情で睨みを利かせてくる堀北。

オレに利益がないことを主張する作戦もとん挫する。

この協力を拒否するのはお前のためでもあるんだがな……。

 

「ダメもとだからな?」

 

「ええ。今は藁にも縋りたい状況なの」

 

「藁くらいにしか思っていないならやめにしないか?」

 

「あら、藁だって束ねれば家を作ることだってできるのよ?」

 

「それ、オオカミにあっけなく吹き飛ばされるヤツだな……」

 

「ネガティブなことばかり言ってないで、さっさと移動するわよ。時間もないわ」

 

時間がないのは堀北の長い語りが原因だろ、とツッコむ気力もなくなっていた。

この後の惨劇をどう回避したものか……。

 

堀北に引っ張られて渋々食堂をあとにする。

 

食堂のある本棟から女子の使用している分棟へと続く道の途中、少し離れた物陰に2人で身を隠す。

 

「そろそろよ」

 

声を潜めた堀北の囁きが耳をくすぐる。

この状況を誰かに見られただけでも色々アウトになる可能性が高い。

早く来てくれ櫛田……いや、来ない方が楽なんだが……。

一刻も早くこの場から立ち去りたい気持ちが膨れ上がってきた時だった。

友人に囲まれて、分棟へと向かおうとする櫛田が現れた。

 

「……おい、他の生徒も一緒なんだが?」

 

「櫛田さんの人望なら当然ね。さ、早く行って取り巻きから彼女を引き離して頂戴」

 

「どんどん事態が悪い方向に向かっている気がするのはオレだけか?」

 

「ええ。あなただけよ」

 

全くブレない堀北。この自信はどこから来るんだ……。

このままスルーした場合、堀北から何をされるかわからない。ここで罵詈雑言を浴びせられ騒がれた結果、2人で密会していたと櫛田たちに発見された方が面倒。

それならまだ櫛田と上手く話を進めた方がマシか。

オレは意を決して櫛田たちの前に出ていく。

 

「あれ?綾小路くん?どうしたのこんなところで……」

 

こちらに気づくと不思議そうな顔で尋ねてくる。

位置的にも男子生徒がこの通路を使うことはないからな。

あるとすれば、女子の誰かを待つ時ぐらいだろう。

 

「少し、櫛田と話をしたいと思ったんだが……邪魔だったか?」

 

「えっ、そうなの。何かな?」

 

「ここじゃちょっとな。少し移動してもいいか?」

 

堀北は櫛田との一対一の対話を望んでいるからな。

取り巻きを離しつつ、その後、誰にも邪魔されない校舎裏に誘導する必要がある。

 

「「「キャー」」」と櫛田の取り巻きの生徒から黄色い声が上がる。

 

「もちろん、いいよ!ごめんね、みんな先に行ってくれるかな」

 

うんうんと頷き取り巻きの女子たちがオレと櫛田を交互にチラチラと見ながら去っていった。

 

「悪いな、せっかくの交流時間に」

 

「全然だよ。みんなとはいつでもお話できるしね」

 

ストレスマックスかと思ったが、機嫌がいいのかニコニコしている櫛田。

距離を詰めてオレの横にピタッとついて一緒に歩き出す。二人三脚を思い出すな。

ただ櫛田に限ってはその表情や態度は表面上だけの可能性もあるため、気は抜けない。

 

「それでこんな人気のないところまで連れ込んで……何の話かな?」

 

何の話だと思ってるんだ?と聞き返したくなるほど、艶やかな表情の櫛田。

堀北の企みとは口が裂けても言えない空気になっていく。

 

「その……グループ分けの話を耳にしてな。少し心配になったんだ」

 

「……そっちの話?」

 

「どっちの話だと思ったんだ」

 

「なんでもない。まぁ確かに、夕食時間はハーレム小路くんだったもんね、女子の情報も把握できたよね、私には全然会いに来てくれなかったのにね」

 

とても棘のある言い方だが、あの状況を見ていたのであれば否定はできない。

 

「でも心配してきてくれたんだったら水に流してあげようかな、うんうん」

 

「それはありがたいな……」

 

「じゃ、アイツの愚痴に付き合ってくれるってことでいいんだよね?はぁぁ、ホントこの合宿中マジでうざかったんだから」

 

先ほどまでの雰囲気とは打って変わってブラックな櫛田さんが登場する。

想像通りかなりのストレスを抱えている様子。

前向きに考えるなら、ここで少し発散させておけば帰宅後少しはマシになるかもしれない。

 

「ああ。何でも話してく――」

 

「あら、櫛田さん偶然ね」

 

これ以上ないほどの間の悪さで登場する堀北。

 

「綾小路くん、どういうことかな?」

 

こんなところで偶然会う確率なんて皆無に等しい。

当然オレの関与が疑われる。

 

だがここで、実は堀北に協力してました、なんてことがバレたら……少なくとも櫛田の味噌汁を飲むことは二度と叶わなくなるな。

 

「逃げるぞ、櫛田」

 

「「えっ!?」」

 

櫛田を抱きかかえ一目散に走り去る。

まさかオレが櫛田を連れて逃げ出すとは考えていなかった堀北は反応が遅れる。

 

「すまない。堀北のストーキング力を侮っていた。オレが尾行されていたのかもしれない」

 

「え、あ、うん、そうだよね。綾小路くんが裏切るわけないもんね」

 

「ああ。退学、退学」

 

「うん。退学、退学」

 

無理矢理感は否めない強硬手段だったが、何とか疑いは晴れたようだ。

本棟に戻ったところで櫛田を降ろす。

 

「櫛田は他のルートから分棟に向かってくれ。オレはここで堀北を食い止める」

 

「……ありがとう。帰ったらさっきの続き、シようね」

 

ドキッとするような言葉のチョイス、これが堀北への愚痴の続きでなければ、だが。

そういって櫛田は人気の多い方へ向かい、群衆へ紛れていく。

 

「ちょっとどういうつもり?」

 

程なくして堀北が追い付いてきた。

こちらはこちらでご機嫌斜め。

 

「櫛田と話してみて、今、堀北と接触させるのは逆効果だと判断した」

 

「どういうことかしら?」

 

「それがわからないようじゃ、一生櫛田とは仲良くできないだろうな」

 

「……」

 

思うところがあったのか、じっと口をつぐむ堀北。

 

「押してダメなら引いてみろ、って言葉もある。明日は試験だろ、そっちに集中すべきじゃないか?」

 

「……そうね。焦って少し空回りしていたのかもしれないわ」

 

堀北は俯き、分棟の方へ歩き始める。

堀北には悪いが、今のアイツが櫛田に何かをしたところでマイナスにしかならない。

オレの帰宅後の身の安全のためにも大人しくしておいてもらおう。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

そんな騒動があり、やっとのことで就寝時間。

この硬いベットが安らぎに感じるのだから、オレも疲れがたまっているな、早く寝よう。

 

「このグループも明日までかと思うとちょっと寂しいな」

 

「橋本、お前そんなキャラかよ?」

 

「そういうなって、石崎。……なんだか寝付けなくてよ。せっかくなら眠くなるまで少し話そうぜ。合宿ならではの話、まだしてないだろ」

 

消灯後しばらくして橋本がポツリとつぶやいた。

合宿ならではの話とは何だろうか?

 

「なんだよ、恋バナか何かでもすんのか?」

 

似たような疑問を抱いたのか、石崎が尋ねる。

なるほど。こういった場ではそういった話をするものらしいな。

他人の恋愛話も恋愛を学習する上で参考になるだろう。

オレも参加させてもらうか。

 

「馬鹿だな、石崎。男が集まってんなら猥談に決まってんだろ」

 

……よし、巻き込まれないよう寝たふりでやり過ごそう。

 

「おぉっ!テンション上がんぜ」

 

「俺はパスさせてもらうからな。そういった話には疎い」

 

いいぞ、啓誠。

そのままこの話題を終わらせてくれ。

 

「真面目ぶんなよ、幸村。お前だってエロいなって思ってる女子とかいんだろ」

 

「い、いや……そんな風に学友をみることは――」

 

「いやいや、それはないぜ。あの雫ちゃんと一緒にいて何も思わないとかあるか?もう一人の長谷部って女子も色々ヤバいしよ」

 

「2人が女性として魅力を持っていることは否定しないが……」

 

啓誠が押されている。学問の話であれば強気に出れる啓誠も、この手の話題じゃ不利か。

少しぐらい助け船を出すことにする。

 

「愛里も波瑠加もただの友達だ。オレたちはそういった目では見てない」

 

「お前は良いよな、綾小路。夕飯の度に女子に囲まれてよ。よりどりみどりってわけだ」

 

「チクショー。イチモツがデカいやつは心の余裕が違うってか」

 

「なるほど、清隆の妙に達観して落ち着きのある態度は、そこの自信から来ていたのか……」

 

偏差値が駄々下りの会話をしてるぞ?

しかも啓誠まで変な方向で納得している始末。

この感じ、須藤に池、山内がオレの部屋に入り浸っていた時を思い出すな。

 

「なあ、綾小路。女関係の武勇伝の一つや二つ聞かせてくれよー。あるんだろー」

 

「I want to hear」

 

「そんなものは――」

 

……なくもないのか?これまで幾度も修羅場を乗り越えてきた気がする。

あれらを武勇伝と言えるかどうかの判断は今のオレにはできないな。

歳を重ねていった時、オレもいつか後進へ自慢げに話すようになるのだろうか。

 

「なんだよ、出し渋るのか?」

 

「そう言われてもな……」

 

何と答えるのが正解なのか。

 

「ハッハッハ、随分と愉快な話をしているじゃないか」

 

「げ、高円寺。なんだよ、急に」

 

「たまには君たちのくだらない話に加わるのも面白いかもしれないと思ってねえ。もちろん、私の話は参考にならないだろうが、チルドレンが恐竜にドリームを持つのは仕方のないことさ。チェリーボーイたちにリアルを教えてあげようじゃないか」

 

「高円寺の◯◯ボーイ呼びが正しく使われてる、だと!?」

 

「言い返せないのが悔しいが……興味はあるんだよな、ぜひ聞かせてくれよ」

 

「そうだねえ。まずはイタリアで出会ったヴィーナスの話から始めようか」

 

本人にそんな意図はないだろうが、高円寺に助けられる日が来るとはな。

くだらない会話が盛り上がり始めたことで、オレは目蓋を閉じることにした。

 

25時ごろ、誰かが部屋を出ていく気配がして目が覚める。

一瞬、後を追うべきかどうか悩んだが、連日深夜に密会を続けたこともあって睡魔に抗える気がしない。

どうして25時に誰も彼も動きたがるのか。

今日ぐらいはゆっくり睡眠を取ることにした。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「龍園さん、そういうことで俺らの小グループはわざと手を抜いて点数を下げる方針ッス」

 

「クク、なるほどな。石崎、お前は気づかれないうちに早く部屋に戻れ」

 

「うっす」

 

「ってことらしいぜ、生徒会長さんよ」

 

石崎が校舎へ戻ったことを確認し、龍園が声を掛けてくる。

目立たない物陰に身を潜めて様子を伺っていたが、気づいていたか、あるいはハッタリか。ま、どっちでも構いはしない。

 

「よく俺が来ているとわかったな。褒めてやろうか?」

 

「ハッ、いらねえよ。言うだけタダだからな。本当にいやがったとは信用されてないようでガッカリだぜ」

 

「情報は通す人数が増えるほど湾曲するからな。なるべく早いフェーズで聞くことにしてんのサ」

 

ついでに言えば、一つの情報だけを鵜呑みにもしない。

今の話は、こちらの手駒にしてある弥彦から聞いたものと一致する。

綾小路の方針の情報に間違いはないと見ていい。

 

「用心深いこった。だが、石崎の言う通り、綾小路の野郎は前会長を勝たせたいんだろうよ。クク、現役の会長さんは余程人望がないんだろうな」

 

「どうだかな」

 

「ま、これで今回の命令は完了だろ。俺も帰らせてもらうぜ。明日を楽しみにしといてやるよ」

 

そう言って龍園は不敵に笑いながら校舎へと足を進める。

 

これまで集めた情報から考えて、綾小路のヤツは俺が橘先輩を退学へ落とす為の策を見抜いたようだ。

 

だが、それもいくつか想定していたシナリオのひとつにすぎない。

アイツが関わってきた時点でこのぐらいは見抜く可能性は十分にあった。

 

だが、見抜かれたところで綾小路にとって後の祭り。橘先輩の退学を防ぐ手は限られてくる。

 

1つは綾小路がやろうとしているように、石倉たち3年Bクラスを脅す方法。

もう1つは、橘先輩の大グループを最下位にしない方法。

 

前者はそうなった時のための対策は考えてある。

明日の朝、石倉たちへは追加の指示を出せばいい。

後者は実行不可能だ。

 

綾小路は勘違いしているだろうが、椎名ひよりはすでにこちらの駒だ。

龍園がリーダー交代を申し出た時に、それを許可する代わりに新リーダーである椎名にも龍園たち同様、逆らえば退学になる契約を結んだ。

契約が続行する限り、1年Dクラスはこちらの手駒。

椎名と綾小路は茶道部経由で交友があるため油断はできないが、今回に限ってはターゲットが綾小路ではなく、椎名にとっては赤の他人。

退学のリスクを負ってまで助ける理由がない。

 

結果、ここまでは俺の指示に従い、綾小路の小グループの情報を同室のDクラス生に報告するよう手配し、女子グループはDクラスを中心としたメンバーで揃え、そこに帆波を入れたグループを作らせた。

帆波を入れることで綾小路への牽制にもなる。あいつはまた帆波が狙われるかもしれないと気が気でなかっただろう。

そしてその小グループは俺の用意した2、3年と大グループを組んだことで、全学年で明日の試験の成績を落す手筈が整った。

確実にあの大グループは最下位になる。

 

信じていた仲間から裏切られ敗北する。

その経験は、綾小路に人間関係への疑心のタネを植え付け、今後誰を信用していいのかわからなくなる。

力を伸ばしているアイツの勢いもここまでだな。

 

……結局こうなっちまったか。

俺に逆らったらどうなるのか、思い知ってもらうしかないよな。

アイツらは救おうとして救えないどころか犠牲者を増やす選択をしちまった。

 

大事な人間が苦しみ、失敗する様をみて、あの完璧な男――堀北学はどんな表情を見せてくれるのか。

 

試験結果の発表時間が楽しみでならない。

同時にこんなにも楽しい時間が明日で終わってしまうことに、一抹の寂しさも感じる。

 

「ああ、本当に――」

 

本当に勝負ってのは、どうしてこうも生を実感させてくれるのか。

 

曇って月も星も見えない真っ暗な空を仰ぎ、合宿最後の夜は幕を閉じてゆく。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

思い通りに行かないことだらけ

6月2日は裏切りの日、とのことで、ギリギリ間に合ってよかったです。


この合宿で、オレに対して『らしくない行動』をした人物が2人いる。

 

その理由と状況を照らし合わせればと南雲のもう一つの狙いが見えてくる。

 

それは――

 

「そこまで」

 

担当教官の号令がかかり、座禅の試験が終了した。ゆっくりと瞼を開き、現実へと意識を戻す。

 

合宿8日目。いよいよスタートした最終日の試験、最初の科目は座禅だった。

 

座禅でどうやって点数を落すか方法を考えていたのだが、幸い目の前に山内が居たため時折薄目で観察し、適度に揺れたり、猫背になったりと動きを真似させてもらった。これで低得点は間違いないだろう。

 

「教官殿!」

 

多くの生徒が無言のまま道場から退出し、次の筆記試験会場へと移動を始める中、外村が座禅指導員のもとへ走り寄る。

座禅の授業では何度か一緒になったが、毎回外村は指導員から呼び出しを受け、居残りをさせられていた。

犬猿の仲だと思っていたのだが……まさか試験が終わったなら遠慮はいらないとお礼参りでも始める気か?

 

「外村か、何の用だ」

 

「この7日間お世話になり申した。拙者とこんなに向き合ってくださった方は、教官殿が初めてでござった。教官の指導を生涯忘れず生きていくでござる」

 

「あー、なんだ……俺の指導にここまで反抗した骨のある学生はお前が初めてだった。ふざけた口調でこちらを馬鹿にしている、というわけではないことは、お前の整った座禅から伝わってきた。指導者ではなく1人の人間としては、その変な言葉遣いとキャラクターでどこまで社会に通用するのか見てみたいぐらいだ」

 

「教官殿……」

 

「これからもお前らしさを貫いて挑戦していけ。お前にはそれだけの覚悟があるんだろ」

 

「任務、了解っ!」

 

敬礼をし、頭を深々と下げた外村が顔を上げると、指導員が手を差し出す。それに外村が応え、力強い握手が交わされた。

 

「だが、試験としては道場を出るまでが採点範囲だ。気概は認めるが減点させてもらう」

 

「ご、ござぁ!?」

 

早速社会の厳しさを痛感することになった外村。

あのグループが最下位になった場合、外村が道連れに選ばれることは疑いようがないな。

 

そこまでして守りたいものがあることを羨ましく思うような、全く理解できないような、だからと言って頭ごなしに馬鹿にすることもできないような不思議な感覚に捕らわれる。

 

何をどうやってもオレには一生わからない感性。

つまり勝つために不要なもの。

最近はそう切り捨てる前に、立ち止まる事が増えてきた。

……道端の石ころが気になるなんてまるで子どもだな。

 

続いて行われたのは筆記試験。

 

この試験は男女別で、学年ごとにローテーションしていく仕組み。オレたち1年男子は、座禅、筆記、駅伝、スピーチの順番。そのため、同じ大グループの他学年が順調に試験をこなしているか、途中経過を確認することはできない。

 

「清隆、大体50点ぐらいで調整しておいたが、それで大丈夫だったか?」

 

「ああ、問題ない。あまり低すぎて学校のボーダーを下回ったらマズいしな」

 

「すまん、俺は50点も取れた自信はねえ」

 

調整する余裕のあった啓誠と違い、石崎は微妙な手ごたえのようで、申し訳なさそうに頭を掻いている。

 

「大丈夫だ。恐らく高円寺が高得点だろうから2人の成績を合わせれば丁度良くなる」

 

「確かに高円寺が足並みを揃えるとは思えない。逆に助かったかもな」

 

「マジか!高円寺のヤローもたまには役に立つじゃねえかよ」

 

あまり理解していなさそうな石崎ではあったが、そもそもオレも高円寺がこちらのお願いを素直に聞くとは思っていない。

座禅で一糸乱れぬ見事な姿勢を披露していたことからも、他の試験もいつも通り手堅い結果を残すつもりだろう。

あえて放置しているのは、この試験結果の大局に影響を与える事がないと判断したからだ。

 

次の駅伝は順位をつける関係で一番点差が生まれる科目。

着順ではなく完走タイムで点数をつける可能性もあるが、他の試験よりも順位が明確に見えるため調整しやすい。

 

これからおよそ18キロをバトンを繋いで競っていくことになるが、いくつかルールがある。

とは言っても、戦略に関わる要素は1人あたり最低1.2キロ走らなくてはならないことぐらい。よって15人グループであれば負担が少ない反面、足の速い生徒も短い距離しか走れない。

逆にこちらの10人グループであれば、残った6キロ分は自由に割り振ることができる。

ただしバトンを渡すポイントは1.2キロ毎に定められているため、10人で1.8キロずつ走るといったようなことはできない。

 

「難しいことは考えず、俺たちは1.2キロ走って、清隆が残りの7.2キロを走るのが1番速いだろうな」

 

「啓誠?」

 

「半分冗談だ。今回はトップを狙うわけじゃないからな。体力のある、橋本、石崎…あとは俺が2.4キロ、走るのが苦手な連中は1.2キロ、高円寺はやらかしそうだからアンカーで1.2キロを走ってもらうって方針でどうだ?」

 

高円寺がどんなにフルパワーで走ってもそれまでに他のグループとの間にどうしようもない差をつけておけば問題ないからな。

途中に配置して大きなリードを作られると他で露骨に調整することになり、やる気がないと教師から指摘されグループ全体にペナルティを受ける恐れもある。

考えすぎかもしれないが、念を入れておくに越したことはないだろう。

 

「ところでオレは?」

 

「清隆は状況を見て順位を操作するために高円寺の前で3.6キロ走ってくれ」

 

「理屈はわかるが――」

 

味噌汁の味見といい、この合宿中、啓誠に何か恨まれることでもしただろうか。

ただ、元々無茶をお願いしている手前、断るという選択肢はない。

面倒なことを除けば、理に適った策でもある。

 

「いや、そもそも言い出したのはオレだしな。それで異論はない」

 

「ああ。その代わり前半の坂道は任せてくれ」

 

啓誠が難所の坂道、オレが長距離を担当することを了承したことで他のメンバーからも反対意見はでなかった。

オレへの恨みではなく、意見を通すための策だったのか。

 

第一走者の弥彦を置いて、用意されたバンに乗り込み、各々の交代ポイントを目指し出発する。

弥彦の後はBクラスの3人、橋本、啓誠、アルベルト、石崎、オレ、高円寺の順番。

 

それにしてもBクラスの3人はうまく溶け込みすぎじゃないか。

この合宿中、殆どいるのかいないのかわからないぐらいの存在だった。

もちろん、毎日一緒に活動をしてきたし、昨晩の猥談もちゃっかり混ざっていたのだが……。

何というか、空気を読みその場に溶け込むことで空気になっている3人といった具合。

 

これは、もしかせずともオレの理想としていた平穏な生活の体現者たちなのではないか。

誰にも特に注目されず、かと言って孤立しているわけでもなく、面倒ごとに巻き込まれず、それなりに学校生活を楽しんでいる。

どこで差がついてしまったのか……。これまでトレースする対象を間違えてきたな。

 

9キロで折り返しであるため、最初のスタートから4.8キロ地点がオレの交代ポイントでもあるのだが、律儀に出走順で降ろされていく。

 

そのため、第4走者の橋本が降ろされた地点へ戻ってくることとなった。

 

「なんだか意外だったぜ」

 

バンから降りるなり話しかけてくる。

 

「何がだ?」

 

「綾小路クラスはてっきりお前が全て仕切ってんだと思ってたからさ。幸村の話とか聞くんだな」

 

「適材適所ってやつだ」

 

「うーん、そうか?俺には手の内を隠しているように思えるんだが」

 

「考えすぎだろ。そうやって悩ませる策かもしれないし、疑い始めるとキリがないぞ」

 

「ま、そうだよな。ワンマンクラスってわけじゃないことがわかっただけ成果とするか」

 

橋本の言ったように全クラスが揃っている状況で手の内を晒す行為を避けている面もあるが、今回オレが指揮する必要はない。

啓誠の成長という意味でも、この試験の攻略という意味でも。

 

他のグループを運ぶバンから続々と生徒が出てきたこともあり、話は打ち切られる。

 

15人グループにとってはこの地点は戦略的にパッとしない位置となるからか、運動が得意な生徒は配置されていないようだ。どのグループも基本的には坂道あたりかゴール付近に戦力を固めているのだろう。

 

スタート時間からしばらく経ち、このポイントではすでに4グループがバトンを渡し終えていた。

そして5グループ目、オレたちのグループの森山の姿が見えてくる。

 

「ボチボチ行きますかね」

 

橋本がバトンを受け取る準備に入ろうとしたところで呼び止める。

 

「悪い、方針変更だ。ここから上位を狙いたい。全力で走って、残りメンバーにも伝えていって欲しい」

 

「おいおいどういうことだよ」

 

「説明している時間はなさそうだ。よろしく頼む」

 

「はぁ~、俺っていつもこんな役どころばっかりで嫌になるぜ」

 

そう言って森山からバトンを受け取り走り出す橋本。こちらの要望通りかなりのスピードで走っていった。

 

「どういうことだ、綾小路?」

 

その様子をきょとんと眺めていた森山。

 

「状況が変わったんだ。オレたちは残り科目でなるべく点数を取りに行く。戻ったらすでに走り終えたメンバーにも伝えておいてくれ」

 

「よくわからんが、わかった」

 

さすが空気を読む男たちの1人。変に追求して来たり、反発しないのは楽でいいな。

 

既に先頭集団がこの地点を通過してから5分以上経過していたが、残りメンバーの走力を考えれば巻き返しも可能だろう。

 

「やっぱ手を抜くより全力出した方が気持ちいいなっ!後は頼むぜ、綾小路」

 

「ああ」

 

普段から全力を出すことを控えている身からすると同意しかねる発言をしながら、石崎がバトンを渡してくる。

橋本、啓誠、アルベルト、石崎の奮闘の結果、順位は5位から3位になっていた。

 

1位が通過してから3分経過している。

残りの走者のスピードにもよるが、3.6キロあれば2位にはなれそうだ。

 

それで座禅と筆記試験で出来た差は少し埋まる。後はスピーチをしっかりするだけ。

 

「おや、随分とお早いご到着だねえ」

 

「色々あってな。後は頼む」

 

2位の生徒を抜き去ったのち辿り着いた交代ポイントで、高円寺にバトンを渡す。

 

「なるほどねえ。どんな思惑にせよ、私は私の思うがままに走らせてもらうよ」

 

全速力ではなさそうだが、十分早い。

あのペースなら少なくとも2位はキープできるだろう。

 

「ダァ―、せっかく高円寺と勝負できると思ったのによ」

 

須藤が去り行く高円寺の背中を悔しそうに見つめる。

アンカーの集まるこの地点には足の速い生徒が多く配置されているのでいるとは思ったが……。

 

「須藤は、平田と一緒のグループだったか」

 

「おう。お前たちのグループとも良い勝負できると思ったんだがな……ま、仕方ねえ」

 

石崎が全力で走った方が気持ちがいいと言っていたように、須藤も同じ気持ちではあったのだろう。

面白い変化を見れたが、一体どうやったのかの方が気になる。

 

結局、高円寺は2位でゴールした。概算では安全圏に入ったが、最終結果を確実なものにするためにはもう一声欲しいところ。

 

最後のスピーチも高得点を狙う方向でいくことにする。

幸いホワイトルームでは帝王学に始まり、心理学、コミュニケーション学など、スピーチに必要な知識は全て学習済みだ。やろうと思えば、人の心を動かすトークのひとつやふたつぐらい披露できる。

 

「綾小路清隆です。私がこの学校にきて学んだことは――。それらをセグメントし――。エビデンスは――。そう考えた場合のボトルネックは――。――であるからして、輪郭を定める前にロジックを覆して明暗を分かつマジョリティの中でシグナルを読み解いていくことが必要だと考えます」

 

よし、これでしっかりと結果を残すことができただろう。

他の生徒も順番にスピーチを済ませていく。

 

「清隆、流石だな。スピーチで点数を抑えるために、校長の話の様に長々と訳の分からない話を続ける発想は俺にはなかった」

 

「てか、高得点を狙っていく作戦に変更したんじゃなかったのかよ?普通にスピーチしちまったんだが……」

 

「……」

 

スピーチ終了後、啓誠と橋本からそんな評価を得る。

あれ、またオレなんかやっちゃいました?というやつか。

……あくまでスピーチの結果はダメ押し。気にする必要はないだろう。

 

「とにかくよ、これで試験も終わったんだし、退学にならないんなら細かいことはどうでもいいだろ」

 

石崎やアルベルト、Bクラスの面々も集まって、この8日間を労っていく。

短い期間ではあったが共に過ごした仲間として、各々少なからず絆の様なものを感じているのかもしれない。

 

「とはいっても結果発表までは何が起こるかわからないんだ。気を緩めすぎるなよ、石崎」

 

「幸村の小言もこれで最後と思うと少し淋しいぜ」

 

笑いながら啓誠と肩を組む石崎。

凸凹コンビではあったが、普段関わらないタイプ同士、いい経験になったのではないだろうか。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

夕方5時。

結果発表の時間がやってきた。

体育館で大グループごとに分かれて待機する。

 

「南雲、結果楽しみにしてるぜ」

 

「ええ、最高のショータイムにしますよ、石倉先輩」

 

堀北先輩は黙ってステージを見ていた。

綾小路のやつは……いつものしけたツラだ。

 

結局、この2人が俺の想像を越えた策を見せることはなかった。

 

堀北先輩は馬鹿正直にグループの勝利のためにチームワークを高めようとしていたようだが、あのグループも殆どが俺の息のかかった人間の集まり、無駄も良いところ。

より劇的な演出にするためにも、あの大グループには1位になるように全力を出させ、他のグループは意図的に得点を抑えるようにしてある。

 

自分の駒である綾小路に対しても手出しは不要と言い切っていた通り、あの2人の密会は一度きり。その後、接触したという報告は上がってこなかった。

 

数少ない打開策の1つを自ら捨ててまで正々堂々と戦う姿はあの人らしいが、それで勝てると思っているのであればなめられたものだ。

 

その綾小路も独自に動いて俺が橘先輩を狙っていると嗅ぎつけたことはある程度評価をするが、結局どうにもできないなら同じこと。

石倉先輩を脅してくれるなら、それを逆手に取るだけ。アイツが橘先輩を救うことに躍起になれば、他のことに目がいかなくなる。

 

正直なところ、退学になるのは橘先輩であることにこだわりはない。

堀北学の大事にしているものをいともたやすく壊せるのだと示すことが、今後の勝負の盛り上がりに繋がってくる。

 

奇想天外、いや規格外の戦略――俺の手を読める人間なんて一人もいない。

 

少し騒がしかった体育館も、初老の男性職員――この合宿の責任者が、ステージに登壇したことで一気に静かになった。

 

その様子を確認し、紙を取り出し挨拶を始める。

 

「えー、まずは7泊8日お疲れ様でした。事故や体調を崩すことなく、全生徒がこの特別試験を乗り越えることができたことを嬉しく思います。ただ、残念なことに……」

 

そこで責任者が手に持った紙に目を落とす。

その紙には今回の試験結果が記載されているのか、少し表情が険しくなる。退学者が出たんだろ?勿体ぶらず、さっさと発表して欲しい。

 

でないと、笑いを堪えることができなくなる。結果を知った時、堀北先輩は、綾小路は、どんな顔をする?

 

「残念なことに、今年の合宿では――」

 

駄目だ、まだ笑うな……。しかし、退学者がいることが発表されたら、まずはソイツに宣言しよう。

 

『さよならだ、桐山』と。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

合宿の責任者が挨拶をはじめた。まもなくこの合宿の結果が全員へ伝えられる。

 

南雲の策、その真の狙いは『桐山の退学』と見ていいだろう。

 

今更、桐山を?という気もするが、意外と理に適っている。

 

2年BクラスはなんとかAクラスに対抗している状態。桐山がどれほど役に立っているかはともかく、退学になれば最低でもクラスポイントは100減り、救済すれば400も減ることになる。生徒会役員でBクラスのリーダーの退学は、反抗勢力への見せしめにも丁度良く、2年のクラス争いは実質決着がつくだろう。

 

そして、堀北学を慕う桐山の退学は、少なからず学へのダメージになり一石二鳥というわけだ。

橘と桐山、両方退学にできれば良し、橘を防がれても桐山が退学になる。逆に桐山を救えば、橘を退学にできる。どうしてなかなか面白い手を考えたものだ。

 

退学させる方法も簡単。

元々オレたちは橘を救済を目的として、石倉を追い込みつつ堀北学の大グループを勝たせるため、あえて試験で低い点数をとるように動いた。それは、南雲が忍ばせていたスパイからも南雲本人に伝わっているだろう。

 

それを利用して、3年含め全員で点数を抑える。さらに2年だけは退学のボーダーを下回るように、さらに低い点数をとる。

 

残りの手順は橘を退学にする方法と同じ。むしろ桐山は意図的に点を低くしたため、言い逃れもできない。

 

石倉はそのことを説明され、他の3年と共に安心して低い点数をとったはずだ。オレの行った脅しは無効となる。

 

南雲がどこからどこまでを想定していたかはわからないが、あの2人が同じ小グループになっていたことから事前に準備していた手のひとつだろう。

 

ということはわかっていたので、こちらもそれを利用させてもらい、橘を救うことに注力する姿を見せ、南雲の思考が桐山退学へ向かうようにした。

泳がせていたスパイはこちらの動きを南雲にしっかり伝えてくれ、何も知らない桐山もこれまで通りの動きをしていたはず。

それを確認した南雲は、その後オレの想定外の行動は取っていない。

 

オレの目的はあくまで橘を救うこと。わざわざリスクを冒してまでオレは桐山を救うつもりはない。

 

盤石な準備をしている南雲の気が少しでも橘から逸れるなら、桐山も本望だろう。

 

「残念なことに、今年の合宿では――」

 

責任者が重い口を開けて、話を再開する。

 

「例年と比べ、非常に平均点の低い結果となりました。そのことは皆さん反省し、今後の改善を期待する次第です」

 

今回は南雲を中心に点数を抑える動きがばかりだったからな。

そりゃそうだろう、としか言いようがない。今年が極端だったとしても、足の引っ張り合いが前提のこの試験で平均点を上げるために真っ向から勝負する人間などいるのだろうか。

……いや、いるかもしれない、1人だけ。

 

「では、まず男子の結果を発表していきますが、時間の関係で代表で大グループの3年の責任者を呼びます。1位は――」

 

1位の大グループの名前が呼ばれると体育館がざわめきに包まれる。

 

無理もない。1位のグループは、堀北学のグループでも南雲雅のグループでもなかったからだ。

 

南雲の表情が一瞬濁る。

続いて2位のグループが発表されるが、どちらのグループでもない。

3位にも、4位にも名前があがらない。

体育館に異様な空気が漂い始めた。どの生徒も自分たちの順位など気にしていないかのように、固唾を飲んで、未だ呼ばれない2つのグループを見守っている。

 

「えー、5位のグループは――」

 

二宮の名前なら堀北学の大グループ、石倉の名前なら南雲雅の大グループとなる。

 

「3年Bクラス、石倉くんのグループ。6位は3年Cクラス、二宮くんのグループです」

 

最下位争いは何とか南雲が5位を勝ちとり、堀北学との勝負に勝った、ということになるが当の本人たちを含め、何が起きたのかわからないといった雰囲気が漂う。

 

順位が順位だけに、この結果を南雲の勝利だと褒め称える者はいない。

 

もちろん、裏で様々な思惑が動いていたことを知る人間ばかりではない。単純に、あの堀北学が最下位という衝撃が大きいのだろう。

 

ドンっと沈黙を破る音がしたため、女子グループの方を見る。

なんだ、堀北妹がショックで倒れただけか。

 

ただそれで他の生徒も緊張の糸が切れたのか、各々の考えを近くの者同士で話し始める。体育館が騒がしくなる。

 

「最下位のグループですが、学校基準のボーダーラインを下回った小グループはないため、退学者はいません」

 

普通なら堀北学のグループメンバーから安堵の声の1つでも聞こえそうなものだが、平田も須藤も他のメンバーも気にしていない様子。むしろ、最下位とは思えないほど、晴々とした表情を浮かべている。

 

「では、女子グループの結果発表を行う」

 

まだ男子の結果の余韻が醒めぬまま、発表される女子グループの順位。

何かを悟った様子の南雲は、先程まで醸し出していたネタバラシを待ち遠しくしているような雰囲気は一切なくなり、ただ目を閉じて天を仰いでいる。

橘のグループは――5位。退学を無事回避できた。

 

少し遠くで泣きじゃくる橘の姿が見える。あれは、自分が助かったことの涙か、学の結果に対する涙か。

 

恐らく後者だろうが、そんなに悲観することはない。あれは堀北学自ら選んだ結果だ。

 

女子からも退学者が出なかった旨が伝えられ、結果発表は終了。

生徒たちは帰りの時間までの少しの間、自由時間となった。

 

呆然と立ち尽くす南雲を背にオレは体育館を後にする。

 

「綾小路、世話をかけたな。礼を言わせてくれ」

 

体育館を出たところで、追ってきた学に呼び止められた。

 

「オレはオレで勝手に動いただけだ」

 

「……恥を承知で言うが、俺は南雲の狙いが桐山だけだと考えていた。橘まで狙っていたとはな」

 

桐山は南雲に泳がされていると知らずに、学へと情報を渡し続けていた。

そこから南雲の狙いのひとつが桐山であることに気が付いたのだろう。

他のグループを巻き込まない取り決めも、同じグループの桐山ならセーフだと言い訳もできる。

 

「巻き込まないように極力女子グループとの接触を控えていたのを、逆に南雲に狙われた……アイツの悪意の方が一枚上手だっただけだ。それにアンタは桐山が狙われていることに気づいていたから忠告してくれたんだろ」

 

「それに関しては俺の意図を汲んでくれたようで何よりだ」

 

「回りくどい言い方だったが、あの場では誰が盗み聞きしているかわからないからな」

 

学がオレを呼び出した夜、学はらしくないことを言っていた。抑止力のためにオレを生徒会に入れ、これまで色々なことをあの手この手で無理矢理やらせてきた学が、素直に南雲との勝負に関わるなと言うはずがない。

あの場で誰かが聞いていたとしても南雲の策に気が付いていることを悟らせないための工夫をしつつ、学を勝たせようとすると南雲の策にハマることを伝えようとしていた。

 

どうやって桐山を救うのか様子を見ていたが、今日の駅伝で平田たちのグループが明らかに遅かったため、学が自ら最下位になることで桐山を救う策を取ろうとしていることがわかった。

奇しくも最下位を狙って両グループが争う形になっていたため、オレも策を変更し、駅伝とスピーチで順位を上げるように動いた結果がこの5位と6位の差になった。

どうやったかまではわからないが、自分の大グループを南雲の支配から切り離し、コントロールしたのだろう。

 

堀北兄は桐山を救うために動き、オレは橘を救うために動いて、それぞれが目的を達したのがこの試験の全て。

 

「せっかくの計画が台無しです。こうも思い通りにならないのは人生で初めてですよ、全く……」

 

南雲がゆっくりと力なくこちらへ歩いてくる。

 

「南雲、橘を狙ったことの謝罪でもしに来たのか?」

 

「まさか。起こったままのことが全てですよ。いえ、実際には何も起きなかったですけどね」

 

「南雲先輩。念願の勝利なんですからもっと喜んだらどうですか?二度とないかもしれませんよ」

 

「ふざけやがって……。だがな、綾小路。ネタは割れてるんだ。お前に協力したDクラスのヤツ等は契約違反で遠慮なく退学にさせてもらう」

 

「契約違反ですか?おかしいですね、そんなことをした覚えはないのですが」

 

オレたちの後を南雲が追って出て行ったのを確認したのだろう。南雲の後ろからひよりが現れる。

 

「白を切るつもりか?橘先輩の大グループの結果はお前たちDクラスの裏切りがなくちゃ説明できない」

 

「確かに私たちの小グループは高得点を取れるように試験に取り組みました。ですが、それは学生として正しいことです」

 

「だが、俺との契約違反には違いない」

 

「その前提が間違っているんです。私たちDクラスとあなたの契約は借金返済まで。すでに完済していますので従う通りはございません。疑うならご自身の携帯で振込履歴をご確認ください」

 

「携帯の使えない状況で何を……まさか、初日か?」

 

「ご推察の通りです」

 

この林間学校への到着は3年、2年、1年の順番でAクラスからだった。

つまり、2年が到着し携帯が回収されたあと、少しの間1年は携帯を触ることができた。

南雲が下車前にひよりたちへ命令を送った後、ひよりからオレに融資の相談が飛んできた。そこで、退学の危機と茶柱先生を説得し、貯めていた200万ポイントをひよりに譲渡し、南雲の知らないところで借金は完済された。

 

Dクラスの南雲派以外で結託し起こしたクーデター。

ひよりは「資金源については龍園くんにはご内密に」と言っていたことから龍園たちには南雲へ反抗する提案のみしていたのだろう。

 

オレからの補助があったと知れば、恐らく龍園は乗ってこなかったため妥当な判断だ。

あとは橘経由で渡したメモでいくつかの指示を送った。

 

「とんだ食わせ物だったわけか」

 

「学生として正しい形に戻しただけです」

 

借金のせいで上級生に支配される生活。

ひよりはリーダーになったときに一番最初にこの点を解消したいと考えていたのかもしれない。

 

「……猪狩先輩の説得も椎名がやったってことだよな」

 

「説得と言うほどのことでは、事実をお伝えさせていただきました」

 

猪狩というのは、橘の小グループの責任者。

本来であれば、ボーダーを割って退学になり、橘を道連れにする役割を持った学生。

南雲は石倉へのカバーはできても、自分が作ったルール、女子との交流時間の制限のせいで猪狩へ直接接触する時間は取れていない。

仮に石倉経由で大丈夫だと説明されても、自分と石倉が退学になった場合、救済されるのは実力的に石倉の方。何があっても大丈夫な位置にいる人間からの言葉を信用できるはずがない。

半信半疑の状態で、ひよりから全員で得点を落そうとしている男子の状況を聞けば、リスクを冒してまで低得点を取る勇気はなかっただろう。

 

「完璧な策だと思ったんですがね、勝負を焦り過ぎましたよ」

 

「こんな形になって残念だ。お前にも最低限の矜持はあると思っていた」

眉一つ動かさず、学は南雲に告げる。取り決めたルールの中で最後まで戦っていただけに、いともたやすく放棄した南雲に少なからず落胆したのかもしれない。

 

「俺はね、堀北先輩。あなたに勝つためであれば、信頼も、権力も、矜持も何もかも投げ捨てられる。堀北学を倒すことが俺の唯一の目標なんっスから」

 

「その機会はもう訪れない。俺は無法者との勝負に価値を見出すことはないからな」

 

これ以上話すことはないと体育館のクラスメイトの元へ戻っていく堀北学。ついでに南雲も連れて行って欲しかったが、とてもそんなことを言い出せる雰囲気ではなかった。

 

「正々堂々と戦っていれば、この試験南雲先輩が負けることはなかったんじゃないですか?」

 

「どうだかな。高得点を取るように指示していた大グループが最下位になってんだ。結局、堀北先輩には勝てなかったんじゃないか」

 

「珍しく弱気ですね」

 

「馬鹿なことを言うな。むしろこの程度で倒せるような相手じゃないことを再認識できて嬉しいぐらいだぜ」

 

「でも、もう勝負を受けてもらえないんじゃないですか?」

 

「それは今までと何も変わらないだろ。残り期間で何としても勝負の舞台に上がってもらうだけだ。それも含めて今後の楽しみさ」

 

言うだけ言って南雲もこの場から去っていく。

……9割が嘘で1割の真実だったか。

一体どれが南雲にとっての真実なのか、いつもよりも小さく見えるその背中を見ながらそんなことを考える。

 

「あの方、大丈夫でしょうか?」

 

「さあ、打たれ強さだけは保証できるが……。ともかく、今回はひよりのおかげで助かった」

 

「いえ、こちらこそ。借りたポイントはいずれお返しさせていただきますので」

 

「返済はいつでも大丈夫だ」

 

まさか自分がポイントを貸す側になるとは。

とはいえ、ポイントを貸すことに特別な感情は生まれないな……。

 

こうして8日間の特別試験、混合合宿は生徒会メンバーが軒並み下位になるという結果で幕を閉じることとなった。

 

 

 

 

 

「それにしてもこの結果だと……」

 

「どうされたんですか?」

 

「いや、なんでもない」

 

元々堀北学のグループが一位になる計算でいたため、ひとつだけ問題が発生する。

 

「……ポチ」

 

下位争いをしている間に、Aクラスが上位の成績を収めたため、モフモフタイムのお預けが決定した。

 




もう一人のらしくない行動をした人物が誰なのか……そのうち出てくる予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

帰ってきた日常~生徒会崩壊の危機~

「綾小路くーん!焼肉行きますよー!!」

 

林間学校から帰ってきた翌日の放課後。

勢いよくドアが開いたかと思えば、生徒会室になじみのある声が響く。

 

「今日は金曜日ですので、制服にニオイがついても……って、どういう状況ですかこれ?」

 

「あ、橘先輩。お疲れ様です」

 

橘の来訪に喜び駆け寄る一之瀬。

 

「それで一之瀬さん、これは……」

 

「あー……今日集まってからずっとこの調子なんですよね」

 

橘の言っている『これ』とは、生徒会長席で机に伏してブツブツ呟きながら負のオーラを放っている南雲のことか。

 

「これじゃ倒せない、あぁこっちでもダメ、俺はダメ人間、所詮ちょっと本気出せば学年1の学力で運動能力も随一、対人スキルも人望も権力もあって顔が良いだけの人間……それだけじゃ堀北先輩を倒せない……」

 

そんな南雲の様子に殿河、溝脇たち他の生徒会役員も声を掛けかねている状態。

昨日の結果発表後は『これからが楽しみだ』みたいなことを言っていたが、帰宅してあれこれ考えているうちにいつもとは違う方向におかしくなったようだ。

大きな壁を乗り越えるのに近くから見上げているだけではその大きさを正確に把握することはできない。離れてみて初めて本当の大きさに気づくことができる。

 

「桐山君の方は一体何を?」

 

ああ、桐山の方も気になっていたのか。確かに自分を陥れようとした南雲よりも先にそっちの心配をするのが普通だよな。

 

「俺は堀北先輩の足を引っ張ってしまった。本来なら自主退学すべきだろうが、それでは身を挺してまで守ってもらった先輩への不義理となってしまう。それならせめて反省文をひたすら綴って提出するのみ」

 

橘の来訪にも気づかない集中力で、こちらも独り言を言いながら、ペンを走らせている。

原稿用紙はすでに山のようになっているが……あれを提出される身にもなった方が良いんじゃないか。学なら律儀に全部読みそうだしな。

 

「……でも一番気になるのは綾小路くんですっ!なんで猫のぬいぐるみ撫でながら虚空を見つめているんですか!?」

 

「……」

 

なんでと言われてもな……。

合宿で橘先輩を助けたら、巡り巡ってポチに会えなくなったので、代わりに南雲のぬいぐるみをパクって愛でています、とは本人には言えない。

 

あぁ、今頃茶柱先生はポチと楽しく過ごしているのか……。

いっそのこと茶柱先生の家を特定して、散歩のコースと時間を割り出し、偶然を装い会いに行くか。

……完全にストーカーだな。退学どころか、社会的に抹殺されてしまう。

しかし、退学後はホワイトルームから出ることがないなら、社会にどう思われようが関係ないかもしれない。引きこもるには最適なホワイトルーム、か。

 

「な、なんだか、綾小路くんが良からぬことを考えてそうな顔をしてますっ」

 

「綾小路くーん、戻ってきてー」

 

2人の声に意識をこちらへと戻す。

合宿中に写真や動画を観たことで期待値が上がっていたからな。

手に入る予定のものを目の前で取りこぼすのは少なからずがっかりするもの。

 

「南雲君も南雲君です。それがこの学校を代表とする生徒会長の姿ですか!堀北君はいついかなる時もシャンとしてましたよ」

 

「なんというか、イップスってヤツっすよ。ビジョンが見えてこないんっす。今の俺は何にもできないただの生徒Nっす」

 

「南雲先輩。イップスはできることができなくなった人が使う言葉ですよ?南雲先輩は最初から何にもできてない人間なんですから、イップスになるわけないじゃないですか」

 

素敵な笑顔でトドメを刺しに行く一之瀬。

試験裏の全貌は知らないはずだから、本当に容赦がない。

 

「そうか!俺はイップスじゃないのか。なら大丈夫だ。俺はやれる、やれるぜ!!こうしちゃいられねえ、次の策の準備だ!!帆波、励ましてくれてありがとな」

 

「えー……」

 

刺したはずが、なぜか元気よく飛び出していく。

さっきまでの落ち込みようが嘘のように立ち直った南雲。溝脇たちも嬉しそうにあとを追って生徒会室を出ていった。

 

「刺して飛び出るなんて黒ひげ危機一髪を彷彿とさせますね」

 

「なんですかそれ?」

 

「え、綾小路くん知らないんですか?今度持ってきますのでみんなで遊びましょう」

 

「そうですね。久々に橘先輩の悔しがる顔を見るのも悪くありません」

 

「あー、またそうやってー。吐いた唾は呑みこめませんからね!」

 

無邪気に笑う橘。ポチについては残念で仕方がないが、モフる機会はいくらでもある。

 

退学になったら二度と会えないからな。

南雲じゃないがそろそろオレも切り替えるか。

 

こうして密かに訪れようとしていた生徒会崩壊の危機は無事去っていった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「――ということがあって、南雲は橘先輩と桐山を狙ってた、ってことだ」

 

「えっ!?……私、もうジムへ入会届出しちゃったよ?」

 

「何の話をしているんだ一之瀬?」

 

あの後、橘と焼肉に行く事になり、せっかくだからと一之瀬も同行することになった。

学も来るらしいが野暮用で少し遅れるらしい。

……となると、オレはひとつ約束を果たすため、ある人物にメールを送っておく。

 

「こっちの話だから気にしないで。つまり、夕食の時のあれは、ハーレムを楽しんでいたわけじゃないんだね」

 

「ああ。あくまで情報収集だ」

 

胸を撫で下ろすようにふぅと息を吐く一之瀬。

 

「だったら私を頼ってくれても良かったのに」

 

「恐らく一之瀬も南雲側にマークされていたからな、下手に接触すれば向こうも何かしら手を変えてきたかもしれない」

 

「なるほどー」

 

いま語ったことも事実ではあるが、合宿中に接触を避けていたのは別の理由が大きい。

これまでの経験を通して一之瀬は出会った当初と比べ、良くも悪くも変わってきた。

 

ただし、今の状況はまだ羽化したばかりの蝶のようなもの。直ぐには飛び立てない。

自分自身でゆっくりと羽を広げていく段階。飛び立つのが遅いからと下手に手を出すと羽を傷つけてしまうかもしれない。そうなっては一生飛び立つことはできなくなる。

 

オレは、一之瀬がどこまで飛んでいけるのか、それを見てみたい。

 

「それで、綾小路くんに助けてもらうお礼に焼肉を奢るって話になったんです」

 

「せ、先輩も綾小路くんに貢ぐんですか!?」

 

「一之瀬さんもウカウカしてられませんよ?」

 

「にゃわわっ!?」

 

「冗談です」

 

肉を焼きながらたわいのない話をしていく。

合宿中は質素な食生活だったこともあってか、今日の肉は一段と美味しく感じた。

 

「遅れてすまなかった」

 

「あ、堀北君!」

 

「お疲れ様です、堀北先輩」

 

しばらくしたところで学が合流する。

 

「あんたも相変わらず忙しいんだな」

 

「いや、今日は特別でな。桐山が山のような反省文を持ってきて、読み終えるのに時間がかかった」

 

アレ本当に持って行ったのか……。

 

「そこまでは良かったが、何か罰して欲しいと言って聞かなくてな……。この反省文の山を1枚に要約する課題を与えて抜けてきた」

 

骨が折れそうな課題だが、桐山の成長を考えるとあの一連の動きの反省点を見つめなおし、さらに簡潔にまとめることは今後の糧になりそうだ。

 

「ところで綾小路。なぜ猫のぬいぐるみを脇に置いているんだ?」

 

「マイブームってやつだ」

 

「そうか……。では、向こうの席で息を潜めている愚妹がいるのもお前のマイブームなのか?」

 

ぬいぐるみと同列にされる堀北妹。

 

「悪いがオレの中でブームが来ることはないと断言できる。……ちょっとした約束で、次に焼肉に行くときは声を掛けることになっていた。せっかくなら一緒にどうだ?最近はアイツも変わってきて自ら友だちを作ろうとしたり、その結果オレを窮地に追いやったりするようになってきたぞ」

 

「フッ、それは面白い話だ。いいだろう。橘も一之瀬もそれで構わないか?」

 

「ええ」

 

「もちろんです」

 

「ということで、堀北、こっちに来たらどうだ?」

 

オレたちと反対の列の2つ後ろでひっそり一人焼肉をしながらこちらの状況を観察していた堀北妹に声を掛ける。

 

「え、ええっと、兄さんと生徒会の皆さん、ご、ご、ごきげんよう。今日もいい天気ですね。兄さんから後光が射しているからでしょうか」

 

同席の誘いに動揺したのか、訳の分からないことを口走る堀北妹。

なんだ、ごきげんようって。

 

「堀北さん、遠慮せずおいでよ。兄妹の話とか聞いてみたかったんだ」

 

「え、ええ。お言葉に甘えてお邪魔させていただこうかしら」

 

兄妹の仲について深く知らない一之瀬が席をこちらにぎゅっと詰め、当然の如く招き入れる。堀北妹、一之瀬、オレの並びにテーブルを挟んで学、橘が並ぶ形となる。

 

「……」

 

「……」

 

「とりあえず猫のスペースがなくなった、そっちに置いてくれ」

 

「ああ」

 

変な沈黙ができたのでぬいぐるみを学に渡す。

アイスブレイクみたいなものだ。

 

「やめなさい、綾小路くん!兄さんに変なものを……っ!似合ってます、兄さん。可愛さとクールさの奇跡のブレンドとでも表現すればいいのか。あぁ、河川敷で雨に打たれて弱っている捨て猫を優しく抱きかかえる兄さんの姿が見えるわ」

 

うん、ブレイク出来たな……。

 

「綾小路、鈴音が成長しているという話は嘘だったのか?」

 

「……これは成長とはまた別問題だろ。ブラコンの方はもうどうしようもないんじゃないか?」

 

「逆にこの鈴音のままで成長する道があったことに驚きはある。俺はてっきり……」

 

「てっきり?」

 

「いや、せっかくの焼肉だ。網を交換してタンから焼いていかないか?」

 

「それもそうだな」

 

本人を前にして深く話すつもりはないのだろう。

オレとしてもこの兄弟の仲に深入りするつもりはない。触らぬブラコンに祟りなしだ。

 

「それはそうとせっかくの機会だから伝えておきたいことがある」

 

「なんだ、藪から棒に」

 

「今回の件で思ったんだが、生徒会長としてのあんたの意志を継ぐのはオレには難しそうだ」

 

じっとこちらを見つめる学。

 

「やっと自分だけの目標でも見つけたか?」

 

「……何というか、あんたの真似はオレにはできない、そう思っただけだ」

 

人を信じ、人に信じられ、その信頼を元に戦略を組み立てていく。

自分の駒や支配下にある相手を『使う』のではなく『共に戦う』姿勢。建前ではなく、それを自身の命運がかかった場でも行うことができるのだから大したもの。

 

「そう断ずるのはいささか早すぎる気もするが……。だが、本題はそれじゃないんだろ」

 

「ああ。オレには無理でも、出来そうなヤツはいる。本人たちに自覚がなさそうだからな、この機会に少しレクチャーしてやったらどうだ?」

 

そう言ってオレは隣に座る二人へ視線を移す。

 

「ん?」「何?」

 

「一之瀬はともかく鈴音まで参加させたのはそういうことか」

 

「確かに二人には堀北君に通ずるものがありますね」

 

「「えっ!?」」

 

同じ疑問の声ではあったが、困惑する一之瀬と頬を赤く染める堀北妹とで反応は異なる。

 

「綾小路くん、私じゃ身に余るというか、堀北先輩には遠く及ばないというか……とにかく違うと思うよ」

 

「そんなことはない。例えばだが、この前の特別試験、一之瀬はどう戦った?」

 

歴代最高峰の生徒会長と比較されて恐縮する一之瀬。

だが、力が及ばないことは関係ない。

重要なのは根底にある性質。

この学校で生き抜くために参考にするべきは、まかり間違っても南雲ではないし、もちろんオレでもない。

 

「うーん、特別なことは何もしてないよ?みんなと仲良くなるところから始めて、支え合って、試験を乗り切る!みたいな感じで……」

 

「あの個性的な面々と仲良くなれただけですごいと思うぞ」

 

オレが女子で、一之瀬の代わりにあのグループメンバーになっていたとしたら、苦戦した可能性が高い。

現実逃避でひよりと一日中読書トークに花を咲かせていたかもな。

 

「でも5位だったし……」

 

「2年のメンバーが成績を落しに来ていたことを踏まえると、あの大グループが5位になれたのは1年女子の頑張りに寄るところが大きい」

 

「一之瀬さん、ありがとうございました」

 

学が事実を明確にし、橘も頭を下げる。

グループ構成にひよりの策の影響があったとしても、総合戦力で見た時に試験を楽観視できるメンバーではなかった。

 

「あまり謙遜しすぎるのもあれだぞ、すぐ隣にたった一人とも仲良くなれなかった人間がいるんだ」

 

「悪かったわね」

 

「うーん、返事に困る例だよ、綾小路くん」

 

コロコロ表情の変わる堀北妹だが、いつも以上に棘がないのは兄貴の前だからだろう。

普段の仕返しをするのであればこの状況は好機……なのだが、あとが怖いのでこれ以上は止めておくか。

 

「話は逸れたが、堀北も似たような考えだったはずだ。そしてその方向性はあんたも同じだったんだろ」

 

「そうだな」

 

堀北学の戦略は、正攻法を極めたような戦い方。ルールの中で勝つ方法を模索し、実行する。

 

それだけなら一之瀬にも、堀北にもできるだろう。

だが、実際問題としてこのままの2人では、お世辞にも坂柳や龍園に通用するとは思えない。

 

今の2人と学の違いを理解することができれば、もっと成長できるはず。

 

「なんとなくだが、2人とも正攻法より奇策や邪道な策が必要だと感じているんじゃないか?」

 

「それは……そう、だね」

 

一之瀬が南雲に当たりが強くなった理由を分析していたが、一之瀬はこれまでにない自分を作ろうとしていた――つまり他者を傷つけたり、非情になったりすることに慣れるため、暴言を浴びせる大義名分があり、傷つけてしまっても気にならないような相手=南雲をサンドバックにして練習しているのではないか、というのがオレの出した結論。

勝つために変わろうとするのは大事だが、向き不向きはある。

 

「あなたを見ていればそう感じても仕方がないと思うのだけれど」

 

堀北妹に関してはその点が問題となる。

アニキに憧れている割に、本質に気づかず中途半端な真似にしかなっていないのは何とも皮肉な話。

 

「気持ちはわからないでもないが、この学校での戦いに『正攻法でも勝てる』と歴代最高の生徒会長が証明してくれている。ならまずはそっちに目を向けてもいいんじゃないか?」

 

「もとより私は兄さんしか見てないわよ?」

 

……近づきすぎると正確に物事を測れなくなるのはコイツにも当てはまるな。

 

「鈴音、一つだけはっきりさせておく。たとえお前がAクラスになろうと、今のままであれば俺はお前を認めることはない」

 

「えっ……」

 

「俺が求めているのは結果ではない、ということだ。その点を理解することができれば、本来お前に何かをレクチャーする、なんてことは必要ない」

 

ショックで箸を落す堀北妹。

容赦ない物言いだが、それこそ出会った当初の学ならそんなことすら妹に伝えることはなかっただろう。

 

「そ、そんな……私は、何のために、これまで……」

 

Aクラスになれば兄に認めてもらえるはずだと、これまでどんなことがあっても折れずに走り続けてきた。

その心の柱を他でもない学に折られてしまう。それが今後どんな影響を与えるのか……少し興味が出てくる。

 

「本来、特別試験でも日常生活でもルールの裏をかく必要はない。学校は、社会に出た時に平気で人を陥れる連中を育てたいわけではないからな。だが、実際にはルールに裏道を用意している。それはなぜだかわかるか?」

 

妹のことは放っておいて、学は一之瀬へと質問を投げかける。

先ほどの兄妹のやりとりで固まっていた一之瀬だったが、この問答が自分の成長に繋がると判断したのか、表情が真剣になる。

 

「……表向きのルールだけだと、優秀な人材の多いAクラスが有利になってしまって平等じゃないから、と考えます」

 

「それも一つの解答だろう。やり方次第で誰もが勝てる可能性を残し、それを見つけることができる人間を育てている面もある」

 

入学後の成長を抜きにすれば、単純な総合力での戦いで下位クラスに勝ち目はないだろう。

 

「だが、それだけではない。社会では様々な人間がいる。自分がルールを守っているからといって、相手がそうとは限らない。自分さえよければいいと身勝手なことをする人間。悪意を持って相手を騙したり、陥れたりする人間。例を挙げればキリがない」

 

「それは……そうですね」

 

一瞬、万引きのことが頭を過ぎったのかもしれない、一之瀬が言い淀む。

 

「もし、全て正しいルールの中で正しく生きることだけを学び、正々堂々戦うことを絶対とする学校で3年間過ごしたらどうなるか」

 

「……悪意に弱い人間になりそうですね」

 

「おそらくな」

 

「つまり堀北先輩は、この学校は、あえてルールに隙を作り、それを突いてくる人間も集めることで、社会に出た時に悪意に対抗できる人材を育てようとしていると考えているんですか?」

 

「そういうことだ。でなければ、色々と矛盾が出てくる。俺が学校の伝統を守りたいと考えたのもその点が大きい。勧善懲悪を良しとするわけではないが、正しいことを正しく取り組む人間が評価される社会の方が性に合う」

 

矛盾と言うのは、当然のように不良生徒が入学できていたり、ある程度まで犯罪行為を見逃すことがあったりとそのあたりだろう。

別にこの学校は更生施設ではない。そんな目的があるなら、もっと指導方針を変えるべきだ。

 

「南雲が本当に実力主義の学校に変えてしまったら、それは叶わなくなるだろうな。人を陥れることに長けた人間がAクラスに上がれそうだ」

 

これまで学が学校の伝統にこだわる理由はわからなかったが、そういうことなら理解はできる。

 

「学校の方針は理解できました。……そうすると、正攻法で勝つためには、その悪意に対してどれだけ敏感になれるか、ということですか?」

 

「ああ。悪意を持った人間ならどうやって自分たちを攻撃し、陥れるかを考え、対策をしていくことが第一歩となる」

 

正直者が馬鹿を見るとはよく言ったもので、結局のところ社会では正しさだけで勝ち残っていくことは不可能に近い。

悪辣外道に対して、自分は正しいことをしているのに、ルール(法)を守らない方が悪いと文句を言うだけでは食い物にされるだけ。

正確に言えばもっと厄介なのはそのルールを盾に上手く立ち回るヤツや、権力を持ってルールを自分で作って私腹を肥やすタイプ(まるで南雲だな)だが……まさにそんな環境の高校生版をこの学校は作り出しているのかもしれない。

その環境で、それでも正しさを貫くためにはどうすればよいのかを学ばせたい意図がある、と学は考えている。

 

あくまで学の考えであるため、正解かどうかはそれこそ坂柳理事長に問い詰めなくてはわからないが、そう考えて日々過ごす人間と漫然と過ごす人間とでは得られる経験に大きな差が出る。

 

「さて、では少し具体的にアドバイスをしていくと――」

 

学の話に一之瀬は目を輝かせながら聞き入る。堀北妹も先程のショックから立ち直れてはいないようだが、敬愛する兄の言葉だ、耳には入っているだろう。橘もうんうんと相槌を打っている。

 

 

これでいい。

 

 

このために2人をこの場に連れてきて、この話題を学に投げた。堀北妹との約束、学の意思の引き継ぎ、2人の成長などはあくまでもこの策のための過程、副産物に過ぎない。

 

 

これでオレの本当の目的を達することができる。

 

 

「あー、綾小路くん。それは私が育ててたお肉ですっ!」

 

「橘先輩、焼肉は勝負の場ですよ。油断した橘先輩が悪いと思います」

 

「ぐぬぬぬー」

 

そうして橘の近くあった食べ頃のカルビを取り、タレをつけて一口で頂く。

肉汁とタレの甘辛さが口に広がった。

 

「一之瀬、せっかくの機会だ。何か質問した方がいいんじゃないか?」

 

「そうだね、うーんと……」

 

一之瀬を促し、オレは学の近くで美味しそうに火の通ったハラミに箸を伸ばす。

 

「待て綾小路、その肉は俺が――」

 

「堀北先輩はクラスリーダーとしての重責とかその他ストレスをどうやって発散してたんですか?」

 

「ん、そうだな。俺の場合は――」

 

質問を受けた学が回答している間にハラミを頂く。

後輩に未来を託している最中では、さすがの学も肉は食べられない。

今のうちにたくさん焼いて、好きに頂いてしまおう。

 

以前3人で行った初の焼肉では、学たちにいいようにやられたからな。

今回は確実に勝てる策を用意させてもらった。

 

 

学校が用意した試験ならまだしも、学生同士の個人的な勝負なんてこんなもので十分なんじゃないか。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

誓いの言葉

満足いくまで焼肉を堪能させてもらい、解散する頃には21時を回ろうとしていた。

 

張り合ってくる橘に対抗したため、少し食べ過ぎた気もするが、これもきっと良い思い出となるだろう。

 

「また後で連絡するね、おやすみ、綾小路くん」

 

「ああ。おやすみ」

 

寮まで一之瀬、堀北と一緒に戻ってきて、エレベーターがオレの階に到着したところで別れた。学の言葉が余程ショックだったのか、堀北妹は帰りの道中も静かなままだった。

このまま、Aクラス昇進を諦めてくれれば、オレも楽なのだが……。

 

重くなった腹部を摩りながら自宅に入るため鍵を開けようとしたが――すぐに鍵がかかっていないことに気がつく。

と、同時に胃がギュッと締まり、背中あたりから嫌な汗が出てくる。

 

今朝、うっかり鍵をかけ忘れて通学したんだな、きっとそうだよな。と自分に言い聞かせようとするが、記憶力が良いのも考えもので、バッチリ鍵をかけて学校に向かった記憶がある。

 

ドアノブを回そうとするが意に反して一向に手は動かない。

 

そうだ、今晩は平田の部屋にでも泊めてもらおう。

そんな考えが頭をよぎった時だった。

 

ドアノブがひとりでに回り始め、キィィィと音を立てながらドアがゆっくりと開いていく。

 

「綾小路くん、遅かったね!生徒会の仕事?ご飯作ってあるよ。一緒に食べよー」

 

何も知らない櫛田が笑顔で出迎えてくれる。

まさか合宿明け早々にやってくるとは……。

いや、堀北妹のことでストレスを溜めていたからな、いち早く発散したかったのかもしれない。

 

面倒なことになるのは目に見えているため、正直に『焼肉に行ってきた』とは口が裂けても言えないな。

 

合宿の疲れが出て食欲がないとそれっぽいことを言ってお引き取り願おう。

 

「いつまでも廊下に立ってないで入りなよ。……ん?なんか綾小路くん、香ばしいというか、煙臭いというか、この臭いって……」

 

一瞬で核心に迫る櫛田。

クソ、なんで焼肉はこんなに臭うんだ。

 

「……生徒会で落ち葉を野焼きしていたんだ。その時、相当煙っていたからな」

 

「あ、そうなの?生徒会ってそんなことまでするんだね」

 

かなり適当なことを言ってしまったが、意外とどうにかなるか?

 

「ああ。大変な目に合った。気になるようならシャワーを浴びるから、今日のところは――」

 

「ううん、大丈夫。あとで制服も洗濯してあげようか?」

 

「それには及ばない。だが、ちょっと煙を吸いすぎたからか、体調が優れなくてな。もう休もうかと思うんだが……」

 

「それは大変だね。介抱してあげるよ。さ、上着を脱いで、ベットに横になって」

 

何とかご帰宅頂けないか誘導してみるが、やけに食い下がってくる櫛田。

 

部屋の中に入るとテーブルには料理が置かれていた。

献立は何の因果かまさかの焼肉定食。

合宿中恋しく感じた櫛田の味噌汁まで置いてある。

 

だが、櫛田には申し訳ないが、今日は焼肉を堪能しすぎて、これ以上何かを口にするのはリスクが高い。

 

ひとまず上着を脱いでハンガーにかけ、ベットに座ったところで櫛田が横に腰掛けてくる。パーソナルスペースを無視した至近距離。こんな状況でなければドキッとしていたかもしれない。

 

「で、本当は何してたわけ?」

 

「……本当って何のことだ?」

 

「これでも人の考えてることは結構わかるんだよね。普段考えが読みにくい綾小路くんでも、今嘘ついてることぐらいはわかるんだけど?」

 

逃げられない距離と圧で迫ってくる櫛田。これ以上の嘘は藪蛇か……。

 

「……すまない。実は生徒会で焼肉に行ってきたんだ」

 

「そういうこと。つまんない嘘つかないでよ、それぐらいで私が怒るとでも思った?」

 

「いや、その、料理を作って待っててくれたわけだしな」

 

「別にいいわよ。私が勝手にやってるんだし、料理も明日温めなおせばいいんだし、付き合いが大事ってのは私もわかるし」

 

怒り狂った櫛田が料理ごとテーブルをひっくり返し暴れ回る姿を想像していたのだが、そんなことはないらしい。

いまいち、そのあたりの心の機微がわからない。

 

「それで焼肉はどうだったの?」

 

「ああ。肉も旨かったが、堀北がアニキからの言葉にダメージを受けていたぞ。しばらくは落ち込んだままかもしれないな」

 

せめてものお詫びに櫛田の好物の堀北ざまあエピソードをプレゼントしておく。

これで少しでもご機嫌になってくれれば――

 

「ハぁ?堀北も一緒だったわけ?」

 

「ああ。堀北兄妹と橘と一之瀬がメンバーだな」

 

「そっか、そっか、私なんかよりもアイツと一緒に居たかったんだ。へえー」

 

立ち上がり、握った拳がわなわなと震える櫛田。

 

「あの、櫛田、さん?」

 

「もう知らない。この裏切り者っ!」

 

テーブルをひっくり返すことはなかったが、傍にあったノートをオレに投げつけてくる。

勢いよく飛んでくるノートを避けたり、キャッチすることは容易だが、顔面で受け止める。

流石にそのぐらいの空気は読めるようになった。角の当たった額が少し痛い。

 

その間に櫛田は部屋を出て行った。

 

堀北退学の邪魔をしたわけでも、在学のために協力したわけでもないのだが、何が櫛田の怒りを買ってしまったのだろうか……。

 

こんな形にはなってしまったが、櫛田に帰ってもらうことには成功した。

もしこれでこの関係が解消されるならそれはそれで手間が省ける。

万が一、櫛田が暴走しこちらの邪魔になるようならそれ相応の対応をすればいいだけ。

 

ふぅと息を吐き、床に落ちたノートを拾い上げる。

 

「これは……」

 

昨年末、櫛田が抱負を綴っていたノートだった。

堀北退学計画の大胆な犯行が記された動かぬ証拠の一冊。

 

その後も堀北退学のアイディアノートにしていたようで、幾つもの策が書き記されている。

 

待っている間の時間潰しにしていたのか、今日はこれを使って作戦会議をする予定だったのか。

 

興味本位でパラパラとめくってみる。

策自体は実現性の低い突拍子もないものから、意外と面白くなりそうなものまであり、読み物としてなら楽しめる。

 

この『堀北の前の座席のみーちゃんを買収して、テストを回収する際に堀北の答案用紙の名前を消してもらう。報酬は平田くん』なんかは、みーちゃんに相応のスキルがあればシンプルでいいな。

最悪バレたとしても、知らぬ存ぜぬを貫き通せば、罰を受けるのはみーちゃんだけだろう。

 

逆に『たくさん食べさせて動けなくなったところを縛り上げて退学を強要する』は証拠が残りすぎるし、満腹状態ぐらいのハンデでは櫛田が堀北を倒せるとは思えない。

 

そうやってページを遡っていくと、あることに気がつく。

 

「これ、あの抱負の続きか?」

 

あの時は、堀北を海に投げ込むというキリの良さから、そこがラストかと思ったのだが、どうやら8ページ目と9ページ目まであったようだ。

 

その抱負に目を通したオレは、考えを改め、櫛田の後を追うことにした。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

部屋を出たものの、すでに数分経過していたため、当然櫛田の姿はない。

行き先の候補は、自室か、フェンスか、友人宅ぐらいか。

 

友人宅に逃げ込まれるとお手上げだが、ストレスマックス状態であるため誰かと接触する可能性は低い。

 

まずは距離の近い櫛田の部屋から訪れて、そこにいなければいつものフェンス周辺を探してみるか。

 

急ぎエレベーターに乗り込み移動し、櫛田の部屋のチャイムを鳴らす。

 

反応はない。

 

そっと聞き耳を立ててみるが、人がいる気配もないため、どうやら帰宅したわけではなさそうだ。

 

となると、罵詈雑言を喚きながらフェンスを蹴り飛ばしているのか。

時間が時間だけにこの場に長居して誰かに見つかるのは好ましくない。

フェンスのある海岸沿いの公園へ急ぐことにする。

 

 

 

8ページ目

『それでも退学にならないなら、堀北のことなんて記憶から消し去る努力を頑張る』

 

 

 

「櫛田……どこだ」

 

事あるごとに蹴飛ばされて、塗装が剥げているフェンスを目指し走る。

 

 

 

9ページ目

『そうして綾小路くんと一緒に楽しく毎日を過ごす』

 

 

 

いつものフェンス近くに辿り着き、周囲を見渡す。

 

ところが、いくら探してみてもこの周辺に櫛田の姿はなかった。

読みが外れたか……。

こうなってくると櫛田を見つけ出すことは困難となる。

だが、今後のことを考えれば、今日会って話さなくてはいけないだろう。

 

他の行き先か……。ふとノートに記載されたアイディア集を思い出す。

まさか溢れる怒りが収まらず堀北のところに退学を仕掛けに向かったのか。

普段の堀北なら戦闘で負けることはないだろうが、今は弱ってるからな。万が一のことも考えられる。

そして今の堀北なら退学を迫られれば、頷くかもしれない。

それではオレの計画に支障が出る。アイツが退学になるとしてもそれは今ではない。

 

そう仮定すると、一刻の猶予もないだろう。

残念だが手段を選んでいる余裕はなさそうだ。

 

フェンスに寄りかかり、不本意ではあるが、携帯を取り出しチャットに依頼を打ち込む。

 

送る相手は――南雲だ。

 

『位置情報が知りたい学生がいる、許可を貰いたい』

 

生徒会に入った頃に橘に使われた位置情報サービス。

生徒会役員にのみ許された権限だが、使用には生徒会長か副会長の許可がいる。

ただし副会長はオレなので、オレが利用する場合許可を取る相手は南雲しかいないという悲劇。

 

『プライバシーの問題がある、簡単には許可できないな』

 

すぐに返信が来たが案の定二つ返事とはいかない。

 

『人命が掛かっているんだ。もちろんタダとは言わない。許可してくれたら堀北学を倒せる、実績アリの策を教える』

 

『それなら話は別だ、許可する。まぁ策とやらは興味ないが一応聞いておいてやるよ。俺の策と比べてレベルの低さを笑うのも一興だしな』

 

『人命救助が完了したら送っておく』

 

そうしてチャットを閉じ、アプリを起動して櫛田の位置情報を調べる。

これで学生寮あたりにマークが出たら、全速力で引き返す必要が出てくるわけだが……。

 

地図上に櫛田の現在地を示すマークが表示された。

 

「……ん?」

 

見間違いでなければ、オレのすぐ後ろの茂みにいることになる。

 

「櫛田、そこにいるのか?」

 

サッと振り向き、暗い茂みの木陰に向けて声を掛ける。

予想外の声掛けに驚いたのだろう、ザッと地面を踏む音が聞こえた。

 

「……なんでわかったの?」

 

「企業秘密だ」

 

それで観念したのか、素直に木の裏から櫛田が出てきた。

 

いつかとは立ち位置が逆だなと櫛田の裏の顔を見てしまった時を思い出す。

 

「……なんで追いかけてきたの?」

 

「ちょっと早いがプレゼントを渡そうと思ってな」

 

「プレゼント?」

 

「ああ。もうすぐ誕生日だろ。櫛田が1番喜ぶものを贈るつもりだ」

 

そうして持ってきたノートを手渡す。

 

「これが何?」

 

「最後のページを開いてくれないか?」

 

怪訝そうな顔をした櫛田がページをめくる。

 

「…………これ、ほんと?」

 

「ああ。ホントだ」

 

櫛田は目を丸くして、そこに書いてある言葉を信じきれない様子。

 

 

『次の特別試験で堀北を退学にする策に全力で取り組む』

 

 

櫛田を追いかける前に書いておいた。

 

 

「本当に、本当なの?」

 

「ああ。信じてもらえるように誓いを込めて形に残させてもらった。次の試験が堀北の最期になるかもな」

 

「……嬉しい。思ってたのとちょっと違ったけど、でも最高のプレゼントだよ」

 

ノートを大事そうに胸に抱きしめた櫛田が、オレの胸に顔を埋める。

 

「走り回ったら腹が減ってきた。戻って一緒に食事にしないか」

 

「うんっ!」

 

櫛田は顔を上げてにっこり笑う。

これまでで一番の笑顔がこんな状況で出てくるのもどうかとは思うが……。

 

寮を目指してゆっくりと2人並んで歩き出す。

 

例年通りなら次の特別試験は学年末試験となる。

この試験は一年の締めくくりに相応しい難易度で、退学者が出る可能性も高いとされている。堀北退学を狙うための策を打つことはできるだろう。

 

あくまでも退学を狙う『策』に全力で取り組むのであって、『退学』自体に全力を出すわけではない。もしそんなことをすれば堀北の退学は絶対となってしまう。

 

そのくらいの障害で退学になるのなら、堀北もそこまでの人間ということ。

 

あの抱負から、異常なほど退学にこだわってきた櫛田が、それを捨ててもいいと思えるほどに依存を見せ始めたことが確認できた。

夏あたりから撒いておいた種が想定より早く芽を出し、成長し、花を咲かせようとしている。

つまり有用な駒になるまであと一歩。

仕上げにいくつか演出を加えれば完成する状況なら利用しない手はない。

 

「ところでさ、ノートの中身見た?」

 

「ん?あぁ、すまない。拾い上げた時に、色々退学の案が書いてあるのは目に入ってしまった。結構いい線行きそうなのもあったぞ」

 

「それだけ?」

 

「それだけだ」

 

「そっか、そっかー」

 

抱負の続きを見たことは伏せる。

今回の櫛田の一連の動き、わざわざノートを投げつけたこと、逃げだしたこと、オレが探しにきそうな場所を監視できる位置に身を潜めていたこと、それに抱負の内容を踏まえると本来の櫛田の目的は推察できる。

 

オレは抱負に気づいていないから堀北退学のプレゼントをする、それでいい。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

翌日。某焼肉店。

 

「桐山がどうしてもと言うから来てみたら、お前も一緒か、南雲」

 

「2人にこの前のお詫びをさせてもらいたかったんで、桐山にお願いしたんっすよ」

 

「すみません、堀北先輩。南雲の同席は迷ったんですが、コイツにも謝罪する機会が必要かと思いまして」

 

「今日は俺が奢りますんで、遠慮なく食べてください」

 

「ならそうさせてもらう。すみません注文お願いします。このA5ランク黒毛和牛食べ尽くしセットを10人前とミスジとザブトンも5人前ずつ。あとは極上厚切り牛タンも3人前」

 

「あ、俺はこのこだわり食材の石焼ビビンバとじっくり煮込んだテールスープも食べたいです」

 

「いいチョイスだ桐山。ではそれも人数分」

 

「……あの、堀北先輩?」

 

「実は焼肉に関しては消化不良気味でな。思いっきり食べる機会が欲しかったところだ。今日は食べることに集中させてもらう。南雲、謝罪したければ勝手に語ってくれて構わない。だが、肉が余ると思ったら大間違いだぞ?」

 

「え、ちょ、えぇ……綾小路、話が違うじゃねえかあぁぁぁ」

 

この日、この焼肉店の1日の売り上げは過去最高額を大きく上回る記録となったらしい。レコード記念として店内の一角に3人が映った写真が飾られることとなった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

侵入者

週明けの昼休み。

教室の席に座り、ぼーっとクラスの様子を眺める。

 

「探したぜ、綾小路。こんなとこに居たのかよ」

 

教室のドアが勢いよく開き、1人の生徒が入室する。

 

「Dクラスの石崎くんじゃない?怖そうでちょっと苦手なんだよね」

 

「うちのクラスに何しにきたんだろ」

 

教室にいた生徒たちがざわめく。この学校で他クラスの教室に入っていくことは稀で、当然警戒される。

どの学年クラスにでも友人がいる櫛田でさえ、他クラスに用があっても入室する前には確認を取っていた。

 

そんな周りの反応は全く気にすることなく、石崎はズカズカと机の間を進み、オレの前までやってくる。

 

「今度の土曜日によ、誕生日会をやるから、お前も来いよな。綾小路が来たら絶対喜ぶぜ」

 

「誕生日会?」

 

今月誕生日で、石崎が祝うような相手……同じクラスで姐さんとまで呼んでるひよりか?

確か21日だったな。

 

「おう!アルベルトのやつ16日が誕生日なんだ。アルベルトも綾小路のこと気に入ってるから、良いサプライズになるぜ!」

 

「そっちか」

 

「そっち?あ、もしかしてひより姐さんのことか。もちろん合同開催で盛大に祝うに決まってんだろ。龍園さんの時はケーキの予約ミスったかんな。今回はすでに特注のケーキを手配してんだ」

 

誕生日のサプライズ……みーちゃんにとっての平田が、アルベルトにとってのオレか。

素直には喜べない。

だが、ひよりのお祝いはしたいな。

オレの誕生日は茶道部で盛大に祝ってくれた上に、個人的にプレゼントもくれた。

受けた恩を返すなんて仰々しいものではないが、たまには損得抜きで人らしい行動をしてみるのもいい。

 

「わかった」

 

「綾小路なら来てくれるって信じてたぜ!サプライズだから2人には秘密な!」

 

言うだけ言って用事が済むとこれまたズカズカと歩きながら退出する石崎。

 

「他クラスまで来て騒がしいやつだったな」

 

「そう言うあんたは何なわけ?」

 

「ん?」

 

むすっとした声で横から話しかけられたため、そちらを向く。

声をかけて来たのはBクラスの姫野だ。

何だかんだ話すのは初めてだが、一体何の用だろうか。

 

「そこ、私の席なんだけど?」

 

「え?ここ渡辺の席じゃなかったか?」

 

「あ、悪りぃ綾小路。新学期初めに席替えしたんだよ」

 

少し先で森山と談笑していた渡辺が補足する。

 

「ってことだから」

 

「それは悪かった」

 

「別にいいけどさ」

 

慌てて席を立ち、姫野に明け渡す。

 

「さすが委員長制度を自主的に作ったクラス。席替えも自由なんだな」

 

「席替えはプライベートポイントでできるんだよ。それと委員長関連の話だけど、今となっては黒歴史だから触れないでもらえるかな」

 

チラチラとこちらの様子を伺っていた一之瀬がやっと話しかけてきた。

ポイントで席替えができるなら、堀北の隣から解放されるな。

帰ったら平田あたりに提案してみるか。

 

「おはよう、一之瀬委員長」

 

「んー綾小路くん?んんん?」

 

「ああ、こんにちは、の時間だったな」

 

「私も怒るときは怒るよ?」

 

「怒った一之瀬か、ちょっと興味がある」

 

少しムーッとした表情で可愛く不満を主張する一之瀬。

 

「あのさ、痴話喧嘩なら他所でやって欲しいんだけど」

 

「ご、ごめんね、ユキちゃん」

 

姫野からの苦情が出たため、一之瀬に引っ張られ教室の隅に場所を移す。

 

「……痴話かぁ」

 

「一之瀬?」

 

クラスメイトから苦言を受けたにも関わらず、少し照れくさそうにしている一之瀬。

 

「あ、なんでもないの。それにしても、うちのクラスに馴染んで何してたの?」

 

「勉強だな」

 

「勉強?綾小路が?」

 

「Bクラスから学ぶことは多い」

 

「そうなんだ、なんだか自分のことのように嬉しい……」

 

合宿で見事な空気を演じていたBクラスの面々。

その日々の過ごし方を観察すれば、オレも波風立てない平穏な学生生活を送れるかもしれないからな。

Bクラスはそういう意味でお手本の集まりのような環境。

クラスで昼食をサッと済ませ、しれっとBクラスに入室して(元)渡辺の席に座り観察させてもらっていた。

 

「綾小路、ちょっといいか?」

 

今度は神崎が話しかけてくる。

自分のクラスで話しかけてくる男子は平田、啓誠、明人ぐらいなものなので、なかなか新鮮だ。

 

「合宿中は綾小路クラスの身体能力の高さに驚かされた。聞いた話だと日頃からクラスで鍛えているらしいが、本当なのか?」

 

「確かに体育祭の名残でクラスで集まって身体を動かしてはいるが、鍛える、という程のものではないな……人によって取り組み具合も違うしな」

 

成果は出ているがスズーズブートキャンプを続けたからと言って誰もが須藤のような身体能力を手に入れられるわけではない。

あくまでも基礎体力と士気の向上が目的。

もっとも愛里や啓誠のように自主的に追加トレーニングをしている連中は別だが。

 

「謙遜する必要はない。となると、一之瀬、最近ジムに入ったのは、そういった綾小路クラスの動きに対抗するためなんだろ?」

 

「え?あ、うん。そうだね。さすが神崎君、お見通しかー」

 

なぜか突然ジムに入った一之瀬だったが、そういうことだったのか。

 

「俺も何かしらの対策をしなくてはいけないと思っていた。一之瀬だけが動けるようになっても、綾小路クラスには対抗できない。ここはクラス全員でジムに入会するっていうのはどうだろうか」

 

「えーと、うん、いいんじゃないかな。まだ通って数日だけど、トレーナーさんも親切だし、設備も整ってるし、友だち紹介制度もあったはず」

 

「なら、早速クラスに共有しよう。今日からみんなでジム通いだ」

 

……おかしい、オレの参考にしたい学生像から逸れ始めた。

 

「だったらみんなの入会費と月謝は、例の貯金から払うよ」

 

「……いいのか?」

 

「うん、クラスのために使うものだし」

 

「いや、そっちの意味もなくはないが、綾小路の前だぞ」

 

「綾小路くんならそのぐらい気づいてるだろうし、今更だよ」

 

「……何の話だ?」

 

見当はついているが、まるで分らない風にとぼけてみる。

 

「えーと……聞かなかったことにしてもらっていいかな?」

 

「一之瀬、言いづらいんだが、綾小路の前だと警戒が緩む傾向にないか?」

 

「そそそそんなことないよ?」

 

動揺する一之瀬。ちょっと面白くなってきたな。

 

「これまで何度も助けてもらってきた件もある。気持ちはわからないでもないが、あくまでも他クラスの生徒だ。成績の伸びから見ても綾小路クラスが俺たちの敵になる日も近い」

 

「神崎君、その言い方はないんじゃないかな。確かに私が迂闊だったけど、それとこれは別の話だよ。綾小路くんは敵じゃない」

 

「それは同盟関係だからか?だとすれば、いつ破棄されてもおかしくない状況に変わってきたことを自覚してもらいたい」

 

オレ達のクラスは、同盟成立当時は相手にするまでもない成績だったが、徐々にクラスポイントを増やし、Bクラスとの差も縮まってきている。オレにその気はないが、ここぞの場面で寝首を搔かけば逆転も有り得る。

 

「そうじゃないよ。同盟がどうなっても綾小路くんは私…たちの味方なんだから」

 

「そんな都合のいい話があるわけがない。よく考えてみてくれ」

 

少し険悪な雰囲気になってしまったな。このあたりで止めておくか。

 

「神崎、Bクラスがプライベートポイントをみんなで貯めているって話ならオレも予想はしていた。あと、オレ個人はAクラスになることに興味がないんだ。生徒会仲間の一之瀬を応援してもいいと思っている」

 

2人で24億ポイントを稼ごうとしている、なんて話はできないため、抽象的な説明となる。

 

「それは本当か?」

 

「でなければこんなに自然とお前たちのクラスには居ない。敵意がない証拠だと思ってもらえれば嬉しいんだが……」

 

「確かにこれまでの綾小路の行動を考えても言っていることの辻褄は合う。だが、綾小路には何のメリットもないように思える」

 

オレのメリットか。これをどう表現すれば神崎は納得するかと考えていると――

 

「これだから神崎君は堅物って言われるんだよ」

 

「そうそう。綾小路くんが協力してくれる理由なんて一つしかないし、それだけで十分な理由じゃない」

 

「僕もその意見に賛成です」

 

「私は認めてない……けど帆波ちゃんの力になりたい綾小路くんの気持ちはわかる」

 

網倉、小橋、浜口、白波が話に加わってきた。

何か勘違いをしているような気もするが、この場がそれで収まるならわざわざ指摘する必要もないか。

 

「俺には何のことかわからないが、みんなが納得しているのであれば、俺がおかしいんだろうな……。すまなかった、綾小路、疑うような真似をして」

 

「いや、当然の反応だ。気にしなくていい」

 

むしろウェルカムな態度の他のメンバーの心配をした方がいいのではないだろうか。

 

「とんでも副会長を味方につけちゃうなんてさすが帆波ちゃんだよね」

 

「ねー。未来の会長と副会長ペアだろうし、エモすぎる」

 

「うちらのクラスもAクラスが見えてきたって感じ」

 

安藤、南方もやってくる。

気づけば教室内にいた生徒のほとんどがが聞き耳を立てていたようだ。

 

「ふぅ、いい汗かいたぜ。お、綾小路、遊びに来てたのか。もうちょい早く来てくれたら誘ったのによ」

 

昼練でもしてきたのだろうか、サッカーボールを抱えた柴田が教室に入ってきた。

 

「何の話してたんだ?」

 

「柴田は知らない方が幸せな話だ」

 

「余計気になるやつじゃん」

 

渡辺がよくわからないフォローをしたところで予鈴が鳴ったため、仕方なく自分のクラスに戻る。

結局、途中から騒がしくなってしまい観察不十分な結果に。しばらく通うしかなさそうだ。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

そんな昼休みを過ごした後、放課後は茶道部の活動があるため、みーちゃんと一緒に茶道室へと向かう。

 

「清隆くん、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな」

 

人通りが少なくなってきたところで、みーちゃんが切り出す。

 

「なんだ?」

 

「今度、ひよりちゃんクラスの一部の人たちで、山田くんとひよりちゃんの誕生日会を開くって聞いて」

 

「そうらしいな」

 

「まさかとは思うんだけど、清隆くんは参加しないよね?」

 

とても奇妙な言い回しをするみーちゃん。これではまるで――

 

「参加したら何かまずいのか?」

 

「あぁ、やっぱり……。確認して正解だったよ」

 

オレからの返答を聞きみーちゃんは「うーん」と悩み始める。

 

「何て言えばいいのかな……。個人的な意見だけど、清隆くんにはその他大勢の1人としてお祝いをして欲しくない、というか……」

 

「ん?どういうことだ」

 

「この件は伝え方が難しくって……。そう、ひよりちゃんが一番喜ぶ誕生日の祝い方を考えた時に、清隆くんが1人でお祝いしてあげるのが一番って感じ、かな」

 

「誕生日はみんなに祝ってもらう方が嬉しいんじゃないか?」

 

「清隆くん、頭良いのにこういうところはちょっとダメだと思う」

 

確かに石崎が集めた面々にお祝いされても戸惑いそうではある。

あのクラスの人間関係を正確に把握しているわけではないが、野暮ったい男どもの集団にひよりをひとり放り込むことになるかもしれない。

それならなおのこと、安心して話せる保護者枠として参加した方が良い気がするのだが……。

 

「何というかあまり慣れていないんだ。すまないが後学のために、みーちゃんの思うオレの取るべき行動を教えてくれないか」

 

この手の話は現状のオレでは考えてもわかるものではない。

参考例を聞いてみるのが一番だ。

 

「簡単なことだよ。まず、合同の誕生日会は欠席して、ひよりちゃんに21日の予定を空けておくように伝えて、一緒にどこかに行って、ケーキでも食べて、プレゼントを渡して――それだけで十分なんじゃないかな」

 

「特別なサプライズは必要ないのか?平田は?」

 

これまで誕生日=サプライズで取り組んできた身からすれば、衝撃的な話。サプライズのない誕生日祝いが成立する場合もあるのか。

 

「下手なサプライズなんかよりもずっと喜ぶと思う。それに平田くんも万能ではないから、ひよりちゃんには効かないよ」

 

「そうなのか……。しかし、ここまでひよりのために助言してくれるなんて、みーちゃんも友だち想いだな」

 

「そんな大したものじゃなくて、なんていうか……ひよりちゃんには後悔して欲しくないというか、人生には泥棒ネコがたくさんいるっていうか……」

 

お互いコミュニケーション能力に自信があるタイプではないため、要領を得ない会話となってしまう。

 

「とにかく読書仲間、茶道部仲間として盛大に祝うことにする」

 

「……うーん、50点」

 

「みー先生の採点は厳しい」

 

「これはひよりちゃんも大変だね」

 

石崎とアルベルトには申し訳ないがそういうことなら辞退するしかないな。

元々アウェイだった上に、目的のひよりのためにもならないなら気も進まない。

 

「何が大変なんですか?」

 

ひょこっと後ろからひよりが現れた。

 

「あうわ!?ひよりちゃんいつからそこに?」

 

「『うーん、50点』からですね」

 

「ええと、うん、それなら大丈夫。絶対50点以上にしてみせるね」

 

「…?テストか何かのお話でしょうか?」

 

「それより清隆くんからお話があります。私は先に茶道室に行ってます。ではっ!」

急に他人行儀になって走り去っていくみーちゃん。

 

「みーちゃん、どうしたんでしょうか?」

 

「茶道部の活動が楽しみで待ちきれなくなったんじゃないか」

 

「なるほど、そうかもしれませんね。ところで、お話とはなんでしょう?」

 

まるで準備ができていない状態で放置されてしまったな。

こんな時、気の利いたことでも言えればいいんだろうが……ないものねだりをしても仕方がないか。

 

「あー、ひより、21日は何か予定はあるか?」

 

「いえ、特別な予定は何も。いつも通り図書館や書店に行くんじゃないでしょうか」

 

「なら、そのまま空けておいてくれ。まだ詳しくは決まっていないが、どこかに行けたらと思っている」

 

「え……は、はい。わかりました」

 

ひよりが俯いてしまったので、沈黙のまま茶道室を目指す。

 

21日は木曜日。放課後の時間でできるひよりが喜びそうなことを企画する……読書以外に思いつかない。

ここは発想を変えるか、ひよりが今まで触れたことのないジャンルに挑戦して、新しい発見を提供する、という方向性ならどうだ。

 

何が良いだろうかと考えていると茶道室に到着してしまう。

 

「また近くなったら相談させてくれ」

 

「はい、待つのは得意ですので、無理はなさらないでくださいね」

 

目を合わせず、ひよりにしては早口で話して、茶道室に入っていく。

 

どうやらオレたちが最後だったようで、すでに茶柱先生まで座って待機している。

 

「先週と比べ顔色が良くなったな綾小路」

 

「ええ。ようやく切り替えられました」

 

「そうか、お前のポチに対する想いは十分伝わった。そこでチャンスをやろうと思うんだが」

 

「チャンスですか?」

 

「あぁ。私も鬼ではない。犬好きのよしみだ。学年末の筆記試験、クラスのために勉強会を開きクラス平均を上げるというのなら、ポチに会わせてやってもいい」

 

「ぜひ」

 

そんなことでポチに会えるならお安いご用だ。

しかし、テスト結果次第ではクラスポイントも獲得できるとはいえ、特別試験ではなく、そっちの対策を条件に出すとは……。

すでに茶柱先生は2年次のことを考えはじめた、ということだろうな。

少しでも学力が高いように見えた方がいい試験が、来年度の最初にでも来るのかもしれない。

 

「良い返事だ。ポチと会うのは21日の放課後、この日なら時間が作れる」

 

「嘘だろ……」

 

21日は、ひよりと約束したばかり。

先ほどの会話を傍受し、わざと日程を被せに来ているのではないかと疑いたくなる。

 

「正確には予定外の会議が設定されてしまってな。ペットシッターからポチを引き取って、散歩とエサやりを任せたいんだが」

 

「……」

 

急な変更でペットシッターの時間延長ができなかったため、オレを利用しようとしている魂胆が透けて見えるな。

 

「不満か?」

 

「いえ、そんなことはありませんよ」

 

ひよりが不安そうにこちらを見ている。結論はひとつだろう。

 

「ひより、犬は好きか?」

 

「わんちゃんですか?名犬ラッシーなどは好きですよ。あとは小さい頃はパトラッシュにも憧れました」

 

思った通りの反応。

どうやらひよりもリアルの犬には疎そうだ。

それなら21日はひよりとポチをモフモフする日に決まりだな。

 

「茶柱先生、その話、引き受けます。ひよりも同行しますが問題ないですよね」

 

「ああ。椎名がポチに乱暴を働くとも思えんし、問題ないだろう」

 

「ということだ。21日はポチデーだ、ひより」

 

「わかりました。清隆くんが楽しそうなので、私も楽しみです」

 

上手く話がまとまった。

遂にポチと会えるのか……この感じは、入学当初の高揚感を彷彿とさせるな。

あとは当日までにプレゼントとケーキを用意するだけ。

 

一応、アルベルト用のプレゼントも探しておくか。

ひよりや櫛田のように明確に喜ぶものがわからないのが難点だが……。

 

そうしてお茶を点てながら、2人に何を贈るか悩むこととなった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2人と1匹の物語

3学期は大規模な特別試験からスタートしたこともあり、何もない日々はあっという間に過ぎていく。

 

ジャネーの法則よろしく、1学期、2学期と学校生活を『経験』してきたことで、体感が短くなったのかもしれない。

要は新しい出来事、発見から得られる刺激が不足してきている。

 

だが、今日に限ってそれは当てはまらない。

今日は1月21日、待ちに待ったポチデー(ひよりの誕生日)だ。

 

放課後になれば、茶柱先生が日中ポチを預けている施設を訪れ、ついにポチと対面が叶う。

 

「ここまで長かったな……」

 

「何が長かったんだ?」

 

思わず出た独り言だったのだが、オレの座っている席の主、渡辺が拾って聞き返す。

 

「悲願の達成まで、って感じだ」

 

「おっ、綾小路の中二モード発動か」

 

「なんだそれ?」

 

「綾小路が時々入るイケてる語録が出る状態のことだぜ」

 

褒められてる……わけではないな。なんだかんだ1週間以上Bクラスに通い詰めた結果、渡辺なりにオレのことを分析していたようだ。

Bクラスを覗くときBクラスもまたオレを覗いているってことか。

……これが『ちゅうにモード』と言われている思考か?

 

だが、ポチを前にすればそんなことは些事。

放課後が待ち遠しい。

 

「にしても自分のクラスはいいのかよ」

 

「……オレがいてもいなくても何も変わらない」

 

「そんなもんか?ま、俺たちは転校生が来たみたいで楽しいからいいんだけどよ」

 

渡辺も特に何かを考えて聞いてきたわけではないのだろう。

追及することなく、すぐに別の話題に移る。

 

ここにいる一番の理由はBクラスの観察だが、Cクラスに戻りたくないという気持ちもあったりする。

 

というのも、例の焼肉以来、堀北妹の情緒が不安定で、油断するとこちらを面倒事に巻き込んでくる気配が漂っているため、授業時間以外はなるべく教室から離れている。

そんなわけで、石崎と言う例外はあったが、基本的に他クラスに入ってくる人間はいないため、ここはセーフルームというわけだ。

 

堀北がどんな結論を出すにしても、他者が介入するべきではない――というより、答えを与えるのは簡単だが、アイツがどんな答えを出すのか気になっている。

 

「綾小路くん、今日生徒会休むんだって?」

 

友人たちとの昼食を済ませた一之瀬がこちらにやってくる。

 

「ああ。茶柱先生からの頼まれ事があってな。今日はそっちを優先させてもらうことにした」

 

「そうなんだ。じゃあ私も今日はジムの日にしちゃおうかな。急ぎの案件もないしね」

 

一時期の忙しさはどこに行ったのか、生徒会には業務の閑散期が訪れていた。

細々した仕事はあっても今年度に残っている大きな仕事は卒業式や来年度の入学式などの準備ぐらいなもので、まだ焦って取り組む時期でもない。

 

「茶柱先生からの頼まれ事が悲願の達成になるのか?」

 

さっきの話と照らし合わせた渡辺が不思議そうに尋ねてくる。

 

「あー、まあそうなる」

 

「なんかさ、茶柱先生との悲願ってイケナイことっぽく聞こえるよな」

 

「……綾小路クン?」

 

男同士の馬鹿な会話ぐらいのノリで話す渡辺だったが、一之瀬も同じように捉えるとは限らない。その証拠にとても笑顔が怖い。まるで南雲に向けているような顔だ。

 

「いや、茶柱先生と放課後過ごすわけじゃない。今日は遅くまで会議だと言っていた」

 

「そういえば星之宮先生もそんなこと言ってたね」

 

「ま、教師とそんな関係になるわけないよな」

 

「早とちりしちゃってごめんね。綾小路くんが生徒会休んで女性と2人っきりでデートだなんて不真面目なことするわけないよね」

 

「……」

 

「綾小路クン?」

 

「そうだな、2人っきりでデートする予定はないな」

 

「だよねっ」

 

一緒に過ごすのは、2人と1匹だからな。嘘は言ってない。

 

これ以上、この場にとどまるのは墓穴を掘る気がする。

予鈴までまだ少し時間はあるが、退散することにしよう。

 

一之瀬たちにクラスに戻る旨を伝え、廊下へと出る。

クラスが変わっても、教室の場所は入学時から固定で変わらない為、奥から坂柳クラス、一之瀬クラス、ひよりクラス、堀北クラスとなっている。

 

そのため、自分のクラスに帰るためには、ひよりのクラスの前を通過することになる。

 

つまり、予鈴が鳴る直前のこのタイミングだと――

 

「あ、清隆くん。こんにちは。今日は、その…楽しみにしてますね」

 

「ああ」

 

いつも通りまったりした雰囲気だが、少し目が泳いでいるひより。

図書館帰りなのだろう、数冊の本を抱えている。

一之瀬たちとの会話の直後にばったり会ってしまったため、後ろめたいことはないはずなのだが、このあと密会でもするような、そんな気まずさを感じる。

 

いや、オレはあくまでひよりの誕生日を祝いつつ、ポチと触れ合うだけ。

やましい気持ちは微塵もない、はず。

 

「それでは後ほど」

 

「ああ」

 

いつもは自然と話せる間柄であっても、意識を変えるだけでここまでぎこちなくなるのは面白いな。

 

そんなことを考えながら、自分の教室に戻る。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「すみません、茶柱ポチを迎えに来たんですが……」

 

「少々お待ちください」

 

放課後、ポチが預けてある施設の受付で用件を伝え、待合席でひよりとポチを待つ。

 

「こんな場所があったんだな」

 

「何でも屋、みたいな感じですね」

 

生徒がメイン顧客の敷地内でペットシッターだけで生計が成り立つわけはないと思っていたが、手広く生活のサポートを代行する会社のようだ。

何かに特化するよりも色々対応してもらえる方が痒いところに手が届く、というわけか。

 

「そう言えば、誕生日会でアルベルトくん、清隆くんからのプレゼントとても喜んでました」

 

「それはよかった。正直何を贈ればいいのか、さっぱりわからなかったからどうだったかは気になっていた」

 

合同誕生日会を欠席する代わりにアルベルトへのプレゼントを石崎に渡しておいた。

 

悩んだ結果、家電量販店で目についたヨーグルトメーカーを贈ることにした。

なんでも自分でヨーグルトを作れる代物ということで面白そうだ。

なんとなくアルベルトにヨーグルトは似合うしな。と、半ばその場のノリみたいなもので選んでしまったが喜んでくれたなら良かった。

機会があったらアルベルトにヨーグルトメーカーの使い心地を聞いてみたい。

 

「ひよりは、その集まりは楽しめたか?」

 

少し気になっていたので話の流れで聞いてみる。

 

「ええ。楽しい時間を過ごせましたよ」

 

聞けば、まるでキャバクラのような内装のカラオケルームで、炭酸水でシャンパンタワーの真似事をしたり、石崎が一発芸で空前絶後な芸人のモノマネを披露したり、巨大なケーキが出てきたりと盛りだくさんの時間だったようだ。

 

比べるものではないが、こちらはポチとの時間がメイン。

みー先生、これで本当に大丈夫なんだよな……。

今更ながら誕生日を祝うイベントとしてこれでよかったのか?と心配になってくる。

 

「お待たせいたしました」

 

こちらの心配を余所に、女性従業員がペット用のケージを持ってやってきた。

 

「ポチちゃん、今日も元気いっぱいでしたよ」

 

「それはよかったです。ありがとうございました」

 

名前に反応したのか、揺れるケージを受け取る。

想像よりも軽い。この中にポチがいるのか。

 

いざ対面となると少し緊張するな。

今のところ哺乳類との接触は人間を除けば、この前のイノシシぐらい。

オレにしてみれば未知との遭遇そのもの。

 

「とりあえず公園に移動するか」

 

「はい、そうしましょう」

 

ひよりと一緒に噴水のある公園へと移動する。

そこでポチと触れ合って過ごし、堪能したところで休憩タイム。

ポチを一時ひよりに任せ、ケーキを受け取りに行き、プレゼントと共に渡す計画。

そこからは茶柱先生の会議終了時間次第だが、遅くなるようならひよりを寮まで送っていき、会議終了までオレはポチと過ごすことになる。

逆に早く終わるようなら、茶柱先生にポチを受け渡しひよりの喜びそうな場所(本屋)にでも行こうと考えている。

 

「さて、この辺でケージから出してこのリードをつけようと思う。サポートを頼む」

 

「それは中々の大役ですね。私に務まるでしょうか」

 

「ポチは子犬だし、そんなに力も強くない……はず」

 

言われてみれば子犬の力はどのくらいなのだろうか、小さいからと言っても相手は獣。

ゲージから出たら知らない人間に囲まれているわけで、興奮して暴れ出す可能性もある。

 

油断は禁物か。イノシシも少し手強かったしな。

 

もし誕生日に怪我をしようものなら、ひよりの中で悪い意味で記憶に残ってしまう日になり、犬嫌いになってしまう恐れもある。

 

であれば、最大限の対策をして臨むべきだろう。

 

ミッションとしては

 

1.ケージを開ける

2.捕縛する

3.リードをつける

 

の3工程だが、何が起こるかは未知数。

あらゆる想定をしておく必要があるだろうが、ポチがオレの想像を超えてくる可能性は大いにある。

 

困ったときはおやつを上手く使うことで従順になると茶柱先生が言っていたが、それは裏を返せばおやつを与えなければ暴れ回るということなのではないだろうか。

そうなるとおやつを囮に罠を仕掛け、捕縛するのが安全か。

 

勝手に癒しの存在だと決めつけていたが、これからオレたちはとんでもない怪物と戦うことになるのかもしれないな。

 

「すまない。確かに軽率な判断だった。最大限の準備をして安全を確保してから――」

 

「えいっ」

 

「ひより?」

 

躊躇なくケージを開けるひより。

まずい、まだトラップを作っていない。

勇気と無謀は似て非なるものだぞ、ひより。

 

獰猛な犬の牙や爪がひよりを襲――

 

「よいしょ」

 

ケージからポチを取り出し、抱きかかえるひより。

ポチはひよりの腕の中で「くぅ~ん」と鳴いてじっとしている。

 

「……随分大人しいんだな」

 

警戒していただけに肩透かしを喰らってしまった感が否めない。

ただ冷静になってみれば、野生のイノシシとペットの子犬の危険性を同一視するのもおかしな話だった。

どうも調子がおかしい。

 

「そうですね。とても愛らしいです」

 

ポチを優しく胸に抱えて微笑むひより。こんな柔らかい表情もするんだな……。

お気に入りの本を読んでいるときや茶道部での活動中など楽しそうに笑うひよりの表情を見る機会は多々あったが、そのどれともまた違う印象。

……どういった心境から来るものなのだろうか。

 

「清隆くん、どうぞ」

 

リードをつけられるようポチをこちらに差し出すひより。

ポチは舌を出し、尻尾を振って、うるうるした瞳で見つめてくる。

そっとリードを首輪につけて、そのままひよりからポチを受け取り抱きかかえる。

 

ぬくもりとモフっとした感触が伝わってくる。

なるほど、先ほどのひよりの表情もこんな気持ちから来たものかもしれない。

 

「清隆くん、撫でるのお上手ですね。ポチも気持ちよさそうです」

 

「事前に練習しておいた甲斐があったな」

 

自然とポチの頭を撫でていた。

焼肉の臭いがしばらく取れなくなってしまった猫のぬいぐるみを思い出す。

ぬいぐるみと比較するのもおかしな話だが、こうも撫で心地が違うんだな。

 

「そろそろ散歩させてみるか」

 

「ええ」

 

毛並みを堪能したところで次のステップへ移る。

これも楽しみの一つ。

まさか犬の散歩なんてものをできる日が来るとは思ってもみなかった。

 

地面に降ろすとキャンキャンと駆け回り始めるポチ。

手にするリードが軽く引っ張られる。

 

ポチの気の向くまま、かと言って道を外れすぎないように誘導しながら歩いていく。

 

「ポチ元気ですね」

 

「元気だな」

 

走り回ったかと思えば、街路樹の根元を嗅ぎ始めたり、地面を掘ってみたりと忙しない。

なんというか見ていて飽きないな。

 

「交代してみるか?」

 

「はいっ」

 

リードをひよりに渡す。

 

「実はワンちゃんの散歩、一度してみたかったんです」

 

「それは良かった」

 

一般家庭でもペットを飼えるかどうかは家庭の事情や環境、教育方針等によって変わってくる。

ペットとして馴染み深い動物と言っても、誰もが触れ合っているわけではないんだな。

 

「清隆くん、置いて行っちゃいますよ?」

 

珍しく小走りで先に進んでいくひより。……いや、正確にはポチに引っ張られているだけか。

主導権が逆転している状態だが、それでもひよりもポチも楽しそうにしているので、立派な散歩と言えるだろう。

 

しばらく散歩を続け、広めの原っぱに到着したところでひよりが屈んでポチと向き合う。

 

「ポチ、お手です」

 

「ワゥン?」

 

「ここにこうして手を乗せるんです。わかりましたか?」

 

「くぅぅん」

 

「ひゃっ!?」

 

お手を覚えさせようとするひよりだが、よくわかっていない様子のポチはぺろぺろとひよりの手を舐める。

 

「何かを覚えさせたいならご褒美のおやつが必要になるみたいだ」

 

「んぅ、そうなんです、ねっ」

 

くすぐったさを我慢しながら返事をするひより。

……ちょっとだけ羨ましい。

オレもこの日のために調べてきたが、犬が行動と結果を結びつけるのは、0.2~2秒の間らしい。

もしお手を覚えさせるのであれば、「お手」と発音し、差し出した手にポチが自分の手を乗せた瞬間にすばやくおやつを与えるようにすればいいはず。

 

……なら、今おやつを与えたらどうなるのだろう。

そんな考えが頭を過ぎってしまったが最後、試してみたいという欲求に逆らえなくなる。

 

「ポチ、お手」

 

と言いながら、ひよりの手を舐めているポチに、茶柱先生から預かっていた子犬用のおやつ(原料はささみらしい)を一粒与える。

ポチは尻尾を振りながら飛びつき、パクっと食べ上げる。

 

「あの、清隆くん?」

 

ポチはもっとくれ、と期待混じりの瞳でこちらをじっと見つめてくる、ように見える。

 

「ポチ、お手」

 

「きゃっ」

 

ポチは差し出したままだったひよりの手を再び舐める。

 

「いい子だ、ほら」

 

しっかりと任務を果たしたポチにご褒美のおやつを与え、頭を撫でる。

 

「清隆くん、これはいい子のすることではないと思うのですが……」

 

「ひよりに懐いているポチの愛情表現を否定する気にはならないな」

 

「本当にそう思ってます?」

 

「もちろん。ポチ、お手」

 

「はうっ」

 

ポチは期待を裏切らないな。下手な人間よりも従順で扱いやすい。

 

「とにかくしばらく、お手は、はうぅ、禁止とします」

 

「そうだな、オレもポチも十分楽しめた」

 

ひよりのお手の言葉にも的確に反応したポチにこれまでの倍のおやつを与える。

 

「やはり悪戯して遊んでいらしたんですね」

 

「どっちも反応が可愛かったからな。少し夢中になってしまった。すまない」

 

「清隆くん、それは……ズルいと思います。……確かにポチは可愛かったですし、嫌ではありませんでしたが」

 

「なら――」

 

「他にもポチに挑戦してもらいたいことがあります。次はそれを試しましょう」

 

こちらの話に被せるように次の話題を持ってくるひより。

お手の解禁は叶わなかった。心なしかポチもしょんぼりしている。

 

「それで何を試すんだ?」

 

「これを使います」

 

そういってひよりはポケットからハンカチを取り出す。

 

「清隆くん、すみませんが私のカバンをこの公園内のどこかに隠してきてください」

 

「なるほど、わかった」

 

ひよりが何をしたいのか察しがついたため、カバンを受け取り、公園内をうろついた後、少し離れた場所にあるベンチの上に置き、戻ってくる。

 

「いいですか、ポチ。このハンカチの匂いをよく嗅いでください」

 

「くぅん?」

 

ハンカチをポチの鼻先に当てて語りかけるひより。

 

「このぐらいでいいでしょうか……。では、この匂いのする方へ向かって私のカバンを見つけ出してください。ゴーです、ポチ」

 

「わんっ」

 

ハンカチを離し、ポチへ進むように指示するひより。

ポチは匂いのする方、すなわち、ひより本人に勢いよく飛びつく。

倒れるひより。遊んでくれていると思っているのか、ひよりの上でじゃれついている。

 

「ち、違いますよポチ。私じゃなくて私のカバンを探すんです」

 

「さすがに難しいんじゃないか」

 

「そうなんですね……創作物で登場するワンちゃんは当然のようにできていましたので、てっきりどの子でもできるものとばかり」

 

なんともひよりらしい見解。

出来るから創作物になっているのか、創作物だからこそ出来ているのか……。

現実には警察犬など訓練を積んだ犬はもちろん、ノーズワークと言った犬の嗅覚を使ったドッグスポーツもある。ポチも訓練次第で可能性はあるだろう。

 

「もしかしたらカバンだと難しいのかもな。ひよりが隠れてみたら探し出せるかもしれない」

 

「それは妙案ですね!さっそく隠れてきます。ポチ、待てです」

 

茶柱先生に躾けられていたのか、『待て』と『お座り』は最初からできていた。

これから他の芸も覚えさせる予定だったのだろうが……気にするほどのことでもないか。

 

「もういいよーですよー」

 

なんだかんだひよりもテンションが上がっているのだろう。

普段よりは大きく張った声で準備ができたことを宣言している。

 

オレもやったことはないためよくわからないが、まるでかくれんぼのようだ。

隠れる側をなんと呼ぶかは知らないが、ひよりは鬼のポチから見えないように木の陰に隠れて、顔を少し出してこちらの様子を見ている。

 

「ポチ、ひよりを見つけ出したらおやつだ」

 

「わんっ!」

 

こちらの意図が伝わったかわからないが、やる気はある、ように見える。

地面を嗅ぎながら進んでいくポチ。

 

「よし、その調子だ」

 

リードを手にポチの後に続く。

意外なことにしっかりとひよりが隠れている方向を目指している。先ほどのお手(舐め)の習得はあっという間だったことから、賢い犬なのかもしれない。

 

「わんわん!」

 

「フフッ、見つかってしまいました。ポチがいれば落とし物をしても安心ですね」

 

「この場合探せるのは、迷子になったひよりぐらいなんじゃないか?」

 

「……それもそうですね。ポチ、その時は頼みましたよ」

 

ポチにおやつをあげ、頭を撫でるひより。この限られた敷地内で迷子になることはない……と言い切れない部分がひよりにはあるため、いざという時は茶柱先生にポチを借りるか。

 

その後は、持ってきたゴムボールを投げて遊んだり、モフモフしたり、他にも芸を仕込もうとしてみたり、モフモフしたり、ポチとひよりがかけっこで勝負したり、モフモフしたりして過ごした。

 

「ひより、すまないがちょっとポチを任せてもいいか。少し寄っておきたいところがある」

 

「構いませんよ」

 

頃合いを見て、ポチをひよりに任せ、ケヤキモールへ予約していたケーキを受け取りに向かう。

無事に受け取りを済ませ、ひよりたちの元へと戻ると、ひよりとポチはなぜか地面を掘っている。

 

「わんわんっ」

 

「ここ掘れわんわんなんですね、ポチ。私もお手伝いします。埋蔵金が見つかれば、図書館ごと本を買えるかもしれません」

 

いや、埋立地だぞ、ここ。というのはあまりに野暮なツッコミか。

 

「ひより、もし埋蔵金を見つけてしまったら、ポチが桜に花を咲かすための灰になってしまうぞ」

 

「お帰りなさい、清隆くん。確かにそうなるとかわいそうですね。ポチ、諦めることにしましょう」

 

「わんっ」

 

すっかり息ぴったりになっている。

 

「実はケーキを買ってきたんだが……手が泥だらけだな、向こうの通り沿いに手洗い場があったから、そこで洗ってくることを勧める」

 

「え、あ、本当ですね。では少し失礼して……ポチ、行きましょう」

 

ひよりも夢中になってポチと遊んでいたのだろう。

付属のお手拭きだけでは落ちそうにない。

 

ポチを連れ、洗い場へ向かうひよりを見送る。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「少しはしゃぎ過ぎてしまいましたね、ポチ」

 

ポチと遊んでいたらいつの間にか手が泥だらけになっていました。

本を読むこと以外でこんなに夢中になってしまったのは初めてかもしれません。

 

「それにしても……」

 

ケーキをご準備くださったということは、もしかせずとも誕生日のお祝いをしてくださる、ということですね。

アルベルト君の話題を出した時に、私の誕生日については特に触れてくださらなかったので、今日誘ってくださったのは偶然で、気づかれていないのかとも思ったのですが……。

手洗い場で手を洗いながら、季節にそぐわず少し顔が熱くなるのを感じます。

 

手を拭こうとカバンからハンカチを取り出した時でした。

強い風がヒュッと通り抜け、ハンカチが風に乗って車通りの方へ飛んでいきます。

驚いた拍子にカバンも倒れ、中からお気に入りの本が飛び出してしまいます。

 

先ほどまで手を洗っていたため湿っているこの場所は本にとって良い場所ではありません。よく見ると、閉め方が甘かったのか、蛇口からポタポタと水滴が落ちています。

これはいけません、早く本を回収しないと大変なことになってしまいます。

 

「わんっ」

 

「あ、ダメですよ、ポチ」

 

飛んでいったハンカチの方へ走り出すポチ。

先ほど使ったものですし、私が遊んでくれていると思ったのかもしれません。

 

そして大変なことに通りの向こうから滅多に通らない車、しかも大型のトラックがやってきています。

 

「ポチッ」

 

気づけば本の回収を放り出し、ポチの方へ身体が動いていました。

ただ、このままではギリギリ間に合うかどうか。

 

ハンカチを追うことに夢中で、やってくるトラックには気づかない様子のポチ。

あと少しで車道に飛び出してしまいます。

 

 

なんとかしようとポチのリードに手を伸ばします。

 

 

が、あと一歩で届きません。むしろこのままでは私も車道に――――

 

「ポチ、お手だ」

 

「わんッ」

 

後方から清隆くんの声が聞こえたかと思うと、ポチが反転して私に飛びつき、伸ばしていた手を舐め始めます。

その勢いと驚きで私も後ろに尻もちをついてしまいました。

 

そして車道を通り過ぎていくトラック。宙を待っていたハンカチも落ちてきます。

 

「大丈夫か、ひより」

 

先ほど落してしまった本を抱えた清隆くんが手を差し伸べてくれます。

どうやら本の方も救ってくださったようです。

 

その手を握り締め、立ち上がると、身体からスッと力が抜けてしまって清隆くんにもたれ掛かる形に。慌てて離れます。

 

「ありがとうございました。危うく異世界に行ってしまうところでした」

 

「異世界?」

 

「いえ、昔はそれも悪くないと思っていましたが、今はこの世界で生きたいと心から思えるようになりました」

 

「それは……良かった、な?」

 

「はいっ」

 

何のことだかわかっていない様子の清隆くんですが、わかってしまっては私が恥ずかしくなってしまうのでこれでいいのです。

 

「それとすまないが、今ので慌てて動いたらこんな有り様に……」

 

清隆くんが、申し訳なさそうに差し出す箱を覗いてみると、形の崩れたケーキが登場します。

そんなことを気になさる必要はないのですが、こんな時どうお伝えすればよいのか……。

いえ、そう考えを巡らせるものではないのでしょう。

箱についていたフォークを取り、ケーキをひと掬いして口に運びます。

 

「こんなに美味しいケーキを食べたのは初めてです」

 

「それなら良かったんだが」

 

「ええ」

 

「遅くなったが誕生日おめでとう、ひより」

 

「わんっ」

 

キレイに包装されたプレゼントをくださる清隆くん。

ポチは私の足元をくるくる回っています。

 

清隆くんとポチからお祝いしてもらった誕生日。

この筆舌に尽くしがたい気持ちをわざわざ文字にする必要はございません。

今日この日の物語はずっとずっと大事なお話として心に刻まれた、そんな気がするのですから。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

後日談。

 

「綾小路ちょっと来い」

 

「どうしました、茶柱先生」

 

「昨日の話だ。ポチにお手を覚えさせようとしたんだがな、どうにも様子がおかしい」

 

「……と言いますと?」

 

「お手と言うと、やたら私の手を舐めてくるんだが……これはどういうことか説明してもらおうか?」

 

「身に覚えがありませんね。子犬のすることですよ、愛情表現なんじゃないですか?」

 

「本当にそうか?私にはまるで、ポチはそうすることが正しいと思っているのように見えたんだが」

 

「過ちを正すのが教師の務め、腕の見せ所じゃないですか」

 

「それもそうか……」

 

「あ、清隆くん、茶柱先生。この前はありがとうございました。ポチは元気にしてますか?」

 

「もちろんだ。椎名もポチの面倒をみてくれて助かった」

 

「ポチは可愛くて賢いワンちゃんでした。あ、でもお手は……」

 

「綾小路?なぜ逃げ出そうとする」

 

「……いえ、決してそんなことは」

 

「それでお手がどうしたんだ椎名」

 

「あっ……えーとですね……何と言いますか」

 

その後、事実が明るみになり、オレは茶柱先生から長時間の説教を受けることに……。

そして、ポチがちゃんとしたお手を覚えるまで休日返上で付き合わされることになったのだが、それはそれでポチに再び会えたので良かったとも言える。

 






この話までに2~3話挟む予定だったのですが、2年生9.5巻を読んで書かねばならない衝動にかられたそんなお話でした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私が知りたいたった一つのこと

AM 5:00

私、一之瀬帆波の朝は早い。

というより、ここ最近寝つきがあまり良くなくて、朝早くに目が覚めてしまうだけなんだけど。

 

今日も妙な夢を見た気がする……。

すでに記憶は曖昧だけど、坂柳さんがドヤ顔でうちのクラスに攻め込んできて私の罪を糾弾してきたような……。

この前は、生徒会を辞めるなんていうありえない夢を見たこともあった。

夢って本当に不思議。

 

こんな風に目覚めてしまった朝は、なんとも言えない気分を払拭するために外を散歩することにしている。

クラスの事、試験の事、生徒会の事、将来の事……好きな人の事、朝の澄んだ空気を吸いながら考えることはたくさんある。

一時期は自分の罪から目を逸らすために何でもがむしゃらに取り組んでたんだと思う。

でも今は違う。こんな私でも認めてくれる人がいる、仲間がいる。

それがわかったから、今はとっても前向きに物事に向かい合うことができている。

 

 

AM 10:30

日課になってしまった散歩を終え、身支度を整えたら、今日みたいな休日はジムへ行く。

 

「あ、一之瀬ちゃんおはよう!休日の朝から偉いね」

 

「秋山さんおはようございます。今日も指導よろしくお願いします」

 

トレーナーの秋山さん。ジムには女性スタッフさんもいるので安心して取り組める。

 

すでに先客がいたようで、ベンチプレスのコーナーから話し声が聞こえてくる。

 

「ハッハッハ、葛城ボーイ、キミの限界はそんなものかい」

 

「まだまだぁぁっ!」

 

高円寺君と葛城君が仲良くバーベルを上げている。

大きな重りがついてるけど、あれ何キロあるんだろう……。

 

「葛城くん、今日はお友だちを運ぶ?必要がないらしくって、とことん筋肉を追い込むって意気込んでたよ。あの2人は、なんかもう高校生って感じじゃないね」

 

「私も負けないように頑張ります」

 

そうして着替えを済まし、持参したマイグローブを装着。

サンドバックの前に立ちファイティグポーズをとる。

 

「一之瀬ちゃんもだいぶ様になってきたね。最近は特に気迫が違うって感じがする」

 

「ちょっと色々ありまして」

 

「その顔は悩める乙女かな?一之瀬ちゃんにこんな顔をさせるなんて罪な男の子がいるねー」

 

「ホントッ!まさにっ!!その通りですっ!!!」

 

挨拶がわりに、左ジャブからの右ストレート、反動を利用して左フックのコンビネーションを叩き込む。

最近はインパクトの瞬間にサンドバックから気持ちの良い音が少しだけ出るようになってきた。

 

「フォームもいい感じだね。じゃぁまずはこの調子で20セットいってみよう!」

 

「よろしくお願いします」

 

この前、また変な噂を耳にしたので自然と拳にも力が入る。

うん、やっぱりジムに入ったのは正解だったかも。

 

サンドバッグ打ちの他にもランニングマシンやトレーニング器具などでしっかりと汗を流す。モヤモヤしたものが吹っ飛んでいくようで心地がいい。

 

トレーニングをしているうちに麻子ちゃんたちクラスメイトも続々とやってくる。

休憩中におしゃべりしたりはするけど、基本的にみんな真面目に取り組んでいて、改めてこのクラスで良かったと感じる。

みんなで頑張れば越えられない壁なんてないんじゃないかとそう思えるだけの一体感が私たちのクラスにはある。

あとはそう、リーダーの私がしっかりするだけだ。

 

 

PM 1:00

いつもならトレーニング後はみんなと食事や遊びに行ったり、最近は学年末試験が近いから勉強会をしたりするんだけど、今日は午後から予定があるから、ひと足先にジムを抜けて約束の場所へと向かう。

 

ケヤキモールを歩いていると雑貨店に陳列してある妹が大好きなパンダのキャラクターグッズが目に入ってくる。

 

私だけこんなに贅沢をしていいのかな、ってふとお母さんと妹のことを考える。

 

食い扶持が1人減った分、少しは生活が楽になってるといいんだけど……。

 

この学校に来て初めて体験することって結構あったりする。

ジム通いはもちろんのこと、友だちとの買い食いやカラオケ、カフェで過ごす時間に、コンビニ利用。

オシャレな服や小物を買って、香水つけて、ちょっと身なりに気をつけてみたりして……。

こんな形で憧れていた普通の学生生活ができるなんて思ってもみなかった。

 

だからAクラスで卒業して家族にもこんな生活をしてもらえるように頑張る、これが入学当初からの私の絶対的な目標。

 

思い返せば、この学校の入学はそんな綺麗事だけじゃなくて、再起を図るためだったり、誰も私のことを知らない場所に逃げ込むためだったり、ネガティブな部分もあったけど、おかげさまで今はそんな後ろめたい気持ちに悩まされることはなくなった。

それもこれもみんなや彼のおかげ――

 

「おはよー!綾小路くんっ」

 

「あぁ。おはよう一之瀬」

 

ケヤキモール内のとあるお店の前で待っていると、遠くからやってくる綾小路くんの姿が見えて、思わず大きな声が出てしまう。

今日はある目的があって、綾小路くんと会う約束をしていた。

 

「相変わらず早いな。待たせてしまったか」

 

「ううん、私もさっき来たとこだから」

 

30分前はさっきって言っても大丈夫だよね。

実際、綾小路くんを待ってる時間は全然苦じゃないわけで、多分何時間でも待てる気がする。

 

「それならいいんだが……じゃあ行くか」

 

「うんっ!」

 

これから2人っきりで、で、で、デート……というわけではなくて、あくまで生徒会の仕事の一環。

先日オープンしたこの店の視察にやってきた。

 

「イグちゃんっ!!」

 

入店してしばらくした後、お店の人が手渡してくれたイグアナのイグちゃんを抱きかかえる。

相変わらず愛くるしい。

今日は運営に問題がないか、そして綾隆の販売についてなどの話をするために綾小路くんと『爬虫類カフェ』にやってきた。

 

「相変わらず一之瀬に懐いてるみたいだな」

 

「綾小路くんのことも覚えてるんじゃないかな」

 

イグちゃんを綾小路くんに手渡す。抱きかかえじっとイグちゃんを見つめている。

 

「やはり子犬と違ってひんやりしてーー」

 

「子犬?」

 

「いや、イグちゃんは可愛いなー」

 

「そうだねー」

 

そう言ってイグちゃんを撫ではじめる綾小路くん。

これは何かを誤魔化そうとしているときの綾小路くんだね。

ちょっとずつだけど、無表情な綾小路くんの考えてることがわかるようになってきた……気がする。

 

「それにしても休日返上で視察なんて、さすが一之瀬だな」

 

「誘致した責任もあるし、一回は来ておかなきゃと思って。むしろ綾小路くんこそ、今日は付き合ってくれてありがとう。一人じゃ入りづらかったんだ」

 

「一之瀬には日頃世話になってるからな。ただ、一之瀬が誘えば誰でも同行してくれそうだが……」

 

「生徒会案件だしね」

 

「それもそうか」

 

綾小路くんは思慮深い人だけど、何というか世間知らずな一面というか……そう!純粋で素直なところがあるから、割と無茶苦茶な理屈でも信じてくれたりする。

 

「お待たせしました。あっ、一之瀬さん、今日も来てくれたんだ。イグちゃんたちも喜んでますよ」

 

「……一之瀬?」

 

顔なじみのスタッフさんがドリンクとイグちゃん用の餌を運んでくる。

……実はオープン当日から一番乗りで来店してるし、時間ができたときはよく顔を出している。

綾小路くんを誘う口実として初の視察、1人じゃ入りづらくて……と説明していたので、当然綾小路くんも今の言葉に疑問を持つ。

生徒会との視察としては初来店だし、初回は1人で入りづらくて麻子ちゃんや千尋ちゃんと一緒に来てたしで、嘘は言ってないんだよ、うん。

 

「いやぁ、イグちゃんは可愛いねー」

 

「そうだなー」

 

そんなやり取りを交わすとなんだか可笑しくなっちゃって思わず笑ってしまう。

 

「にゃははは……ごめんね、実は何度か来てたんだけど、綾小路くんにもぜひ来て欲しかったんだ」

 

「普通に誘ってくれても来たと思うぞ」

 

「うーん、そう言ってくれるのは嬉しいんだけど……生徒会として視察したいのも本当だしね」

 

普通に誘う勇気があればこんなことにはなってないんだけど、今の私じゃ理由をつけなきゃ無理だったんだよ、なんてことは言えない。

放課後や休日のお出かけも、昔はもっと気軽に誘えていたはずなのに、意識し出すと上手く誘えなくなってしまった。

そんな経験これまでなかったから本当に戸惑うばかり。

 

「そうだな。イグちゃんたちと戯れながらお店の様子を見てみるか」

 

「うんっ!」

 

綾小路くんとイグちゃんたちに餌をやったり、お店の人に話を聞いたり、綾隆の取り扱いの交渉をしたりして過ごす。

 

「経営も問題なさそうだ。休日限定で綾隆の販売許可も貰えたし、また一歩目標に近づいたんじゃないか」

 

「だね」

 

 

PM 3:30

2時間があっという間に過ぎてしまった。

いけない、楽しんでいたら本題を切り出し損ねている。

なんとかして綾小路くんを引き止めなきゃ。

 

「綾小路くん、まだ時間大丈夫?少し話したいことがあるんだけど……」

 

「なら、今度は普通のカフェにでも行くか」

 

「えっと、あんまり人に聞かれない場所がいいかなって」

 

「そうなると、あそこがいいか」

 

すぐさま行き先に見当をつける綾小路くん。

万が一他の人に聞かれると良くないのは本当なんだけど、この条件ならもしかしたら綾小路くんの部屋で~なんてことになるかも、と期待していた時期が私にもありました。

それにしても頑なに自室へは招待してくれないのは……もしかして、部屋が相当散らかってたりするからなのだろうか。

いくらでも片付け手伝うんだけどなぁ。

 

「ようこそお越しくださいました、綾小路様」

 

「ああ。今日は個室をお願いしたいんだが」

 

「もちろんでございます。お二人は当店で結ばれた公認カップル。最大限のサービスをさせていただきます。……その代わりと言ってはなんですが、後程、演奏の方をお願いできますでしょうか」

 

「構わない」

 

「ありがとうございます。それではお部屋にご案内いたします」

 

例のピアノのあるレストラン。

責任者の方がわざわざ出迎えて個室に案内してくれる。

演奏したり、サプライズしたり、踊ったりした結果、すっかり覚えられてしまい、2人で利用するときはいつもこんな感じに。

 

「完全にVIP待遇だよね」

 

「色々誤解もされてるけどな」

 

なんでも当店自慢の天才ピアニストがプロポーズを成功させた店、として売り出したところ、この施設で生活している大人に人気の告白スポットとなっているらしい。

他にもあの高円寺コンツェルン御曹司御用達の店という宣伝もしていて中々に強かだ。

でもそのおかげで、ここに来たら高円寺くんに遭遇してしまうと思われているのか、同学年の学生は寄り付かなくなっているので、密談をするには適した場所になっている。

 

「それで改まって話って言うのは?」

 

「うん……。あー、そうそう、24億ポイントの件なんだけど」

 

「なるほど。オレもそろそろ相談しようと思ってた」

 

生徒会に入って出来た私と綾小路くんの目標。

最初は勢いでやるぞーって感じだったけど、日が経つにつれてその難しさを痛感するばかり。

 

「綾小路くんも頑張ってくれてるけど、この数ヶ月で貯まったのって……」

 

「数百ポイントだな」

 

「……だよね。やっぱりそろそろ打って出る必要があると思うんだ。例えばだけど、南雲先輩みたいに極悪非道の悪徳領主みたいなやり方で同級生からポイントを巻き上げてても、1億ポイントもいかないよね」

 

「多くても月600万ポイントぐらいの収入だろうからな。年間7200万ポイントぐらいか。特別試験次第だが、1年で1億いくかいかないか」

 

「つまりあれだけ無茶しても限界があるってことだよね。だとしたら、特別試験の評価方法を生徒会権限で上手く変えて学年全体のクラスポイントを底上げしてみるっていうのはどうかな?」

 

「一つの手として試してみる価値はありそうだが、学校にも予算はあるからな。上手くいっても残り2年間で24億は不可能だろう。それに南雲みたいに巻き上げる仕組みがなければ効果も薄い」

 

「となると、やっぱり外部からの収入を得る方法の確立が必須だと思うんだ。そこで提案なんだけど、この前のコウィケの結果から、動画配信に挑戦してみるのはどうかな」

 

「奇遇だな。オレも同じことを考えていた。実はいくつか企画も準備してある」

 

「さすが綾小路くんだね」

 

考えが同じだったことも嬉しかったけど、企画まで構想してくれていて、綾小路くんの本気度が伝わってくるようでより嬉しくなる。

 

「そこで一之瀬にも協力してもらいたい」

 

「もちろんだよ、なんでも言って」

 

「助かる。ここ最近、人気のYou●uberやチャンネル、ジャンル、動画企画等を有識者のアドバイスをもとに研究していたんだが」

 

「うんうん」

 

「今から参入して、しかも限られた敷地内でしか活動できないオレたちが人気チャンネルを作る方法は限られている。本来は、新規参入するなら流行に乗るのが短期間で成果を出すコツらしい」

 

「知らなかったー。言われてみれば、話題の〇〇に行ってきた、みたいなのは確かに無理だね。新商品とかも取り扱いが少ないから取り寄せになって届く頃には一歩遅れそうだし」

 

「流行系ができない以上、それ以外で再生数を稼げる可能性のあるジャンルをピックアップした」

 

「すごいね、綾小路くん」

 

「まずはオレがピアノを弾こうと思う。撮影場所は雰囲気重視でこの店を借りる。今まで演奏してきたのはクラシックだったが、話題のドラマやアニメの主題歌を演奏することで流行性をカバーできる」

 

「センスが良いね!綾小路くんの腕ならきっとみんな観てくれるよ」

 

「だが、当然世の中にはもっと腕のいいピアニストがたくさんの動画を投稿している。普通にやっていたら差別化できず埋もれていくだろう。そこで、一之瀬には隣でその作品に関するコスプレをして立っててもらいたい」

 

「そうなんだー、って、え?」

 

「一之瀬には隣でその作品に関するコスプレをして立っててもらいたい」

 

「違うの、聞こえなかったわけじゃなくて……」

 

とんでもないことを言い出す綾小路くん。

私もそんな感じの動画を見かけたことはあるけど、結構セクシーな格好をしていた気がする……。それを全世界に配信することになるのだから、簡単には頷けない。

 

「効果を不安視しているのなら大丈夫だ。他の動画と比較してみても、それだけで再生数がケタ違いに伸びる。さらに現役の女子高生、そして一之瀬の魅力があれば、向かうところ敵なしだろう。本来は演奏者がコスプレするのが一番なんだろうが、オレが着飾ったところで意味がない。ただそこはカメラの正面に立ってもらい、よりコスプレの視認性を高めることで、むしろ他との違いを出せると考えている。もちろん、演奏の方も手を抜くつもりはないが、最初に動画をクリックしてもらわなければ何も始まらない。そのためには思わず再生してしまいたくなるサムネが重要だ。そういった意味でも一之瀬のコスプレは合理的と言えるな」

 

「……綾小路くん、それ誰に吹き込まれたの?」

 

「年間何千本もの動画を視聴していると自負していた外村の意見をベースにしている。もちろん、本当かどうかはオレも検証して確認しているから安心して欲しい」

 

「わかった、外村君は今度始末……お礼をしておくね」

 

男子がそういうことに興味があるにしても、その趣向を綾小路くんに押し付けるのは看過できない。

さっきも言った通り綾小路くん純粋なところがあるから、それが普通だと思っちゃったら取り返しのつかないことになってしまう。

 

「でもね、綾小路くん。いくら再生数のためとはいえ、風紀が乱れそうなことを生徒会が進んで行うのもどうかと思うんだ」

 

「そうか……内容が内容だけに無理強いをするつもりはなかった。この企画は再検討だな」

 

「うん。何でも手伝うって言ったのに、ごめんね」

 

意外にもすんなり諦めてくれたので、ホッとする。

綾小路くんにだけならまだしも、人前でコスプレをして、全世界に配信する勇気は私にはない。というより、私がそんな格好をしてもそんなに効果はないんじゃないかな。

 

「気にすることはない。それで次の企画だが、ずばり子犬の日常を撮影して投稿するのはどうかと考えている」

 

「あ!それはいいね!……念のために聞くけど、犬のコスプレをして一緒に散歩して欲しいとか言わないよね?」

 

「何を言っているんだ一之瀬?子犬がメインで、たまにその飼い主の姿がたまたま偶然意図せずにまさかまさかで映ってしまうかもしれないぐらいで特別なことをする予定はないぞ」

 

「そ、そうだよね、ごめん、ちょっと考えすぎだったよ」

 

「動物系のジャンルも安定した人気があるからな。一本はそんな企画があってもいい」

 

生徒会の仕事でも、試験でもないのに、色々考えてくれている綾小路くん。

本当に頼りになる。感心しつつも、気になることが出てきた。

 

「ところで子犬といえば、この前さ、綾小路くんが子犬を使って椎名さんにセクハラしていたって噂を聞いたんだけど……」

 

この施設内に子犬なんていないよね、と思って、悪質な噂だと信じていなかった話。

綾小路くんが子犬に心当たりがあるなら話が変わってくる。

 

「……この手の噂ってどうして事実が捻じ曲げられて広がっていくんだろうな」

 

「というと?事実とは違うの?」

 

「そうだな。確かにわけあってひよりと子犬の世話をしたことはあったが、散歩やお手をしていただけでセクハラなんてした覚えはない」

 

じーと綾小路くんの目を見る。

相変わらずの表情だけど、少し動揺しているような……これは判断が微妙なところだけど、どのみち信じるしかないからこれ以上追及はしない。

 

「そうだったんだね。噂を流した人がわかったら注意しておくよ」

 

「そうしてもらえるとありがたい」

 

でも椎名さんと2人で一緒に居たのは本当のことなんだよね……。

ってダメダメ、別に私は綾小路くんの彼女ってわけじゃないんだから、いつどこで誰と一緒に居てもそれは自由なわけで……。

頭ではわかってはいるんだけど、胸のあたりがキュッと締め付けられて、何とも言えない気持ちになる。

自分の新たな一面を発見できた、なんて楽しむ気持ちにもならない。

これは明日もジムコースだね、うん。

 

「話は逸れたが、子犬以外にもさっきの爬虫類カフェに協力してもらって、他の動物の動画もいいかもな」

 

「それはいいね。お店の宣伝にもなるだろうし」

 

「そして最後の一つは、高円寺と葛城に筋トレでもしてもらおうと思う」

 

「……それ需要あるかな?」

 

「コウィケの配信で反響が大きかったからな。家庭でできるトレーニングの仕方などを解説する動画もそれなりに人気はある。あの2人がやれば説得力もあるしな」

 

「確かにジムに通ってみてわかったけど、鍛え方の知識があるのとないのではかなり差はあるよね。ただ、高円寺くんは出演してくれるかな?」

 

「基本的に肉体美を披露することは好きなヤツだ。解説はしてくれないだろうが、そこは葛城がカバーしてくれるだろう」

 

「そう言われるとウケそうな気もする」

 

ジムでの2人の姿を思い出す。

真剣にトレーニングしたい人にも良いし、あのキャラクターならネタとして楽しむ人もいるかもしれない。

 

「出だしはこんな感じで当たった企画を広げていくイメージだな。軌道に乗れば他にも企画を募集していくつもりだ。人気チャンネルになればオリジナルグッズの販売なども視野に入って来る」

 

「夢が広がるね!」

 

「それでも24億は難しいだろうが、元手が増えれば稼ぐ手段も増える」

 

「うん!まずは何事もやってみなきゃだしね」

 

「ひとまず、学年末の筆記試験、特別試験が終わってから撮り始めて、春休み中にどんどんアップしていきたいな」

 

「了解だよ。そこまでに機材とか編集とかの知識を深めとくね」

 

「ああ」

 

 

PM 8:00

綾小路くんの演奏のお礼にとお店から食事をサービスしてもらって、すっかり遅くなってしまった。

 

「美味しかったね」

 

「だな」

 

ケヤキモールから学生寮への帰り道。

夜空を見上げると星が輝いているけど、いつか無人島でみた星空と比べたら少し寂しげだ。

こんなにチャンスがあったのに、まだ私は綾小路くんに聞きたいことを聞けていない。

 

「マフラー使ってくれてるんだね」

 

「まだまだ寒いからな。重宝している」

 

レストランから外に出たところで、クリスマスイブにプレゼントしたマフラーを巻いた綾小路くん。

 

「……」

 

「一之瀬、何か悩みでもあるのか?」

 

「ええっ!?ど、どうして?」

 

「なんとなくだが、いつもの一之瀬と違う気がして気になっていた」

 

「あー……」

 

表情や態度に出していたつもりはなかったんだけど、綾小路くんに心配をかけちゃうなんて不甲斐ない。

 

でも切り出すなら今がチャンスかも。

 

綾小路くんと目が合った。

 

思わず逸らしてしまう。

 

「えっと、悩み事というほどでもないんだけど、来週から始める相談の仕事が上手くできるかな、って」

 

「あの話か」

 

堀北先輩から引継ぎをお願いされた仕事を来週から実施する。

 

生徒の悩み相談。

 

懺悔室の様なレイアウトになった生徒会相談室で匿名生徒から相談を受ける役割。

堀北先輩に話を聞いてもらって救われた、って話を耳にしたこともあって、とても大事な仕事だ。

 

堀北先輩曰く、自分が好きで始めたことだから一代限りで後任を作る予定はなかったみたいなんだけど、この前の焼肉の一件の後、私にならと託してくれることとなった。

 

元生徒会長の仕事を引き継ぐのは、かなりの重責で私に務まるのか不安はある。

だけど、あの堀北先輩が私にならできると背中を押してくれた。

それなら少しでも迷える人のため最善を尽くしていきたい。

 

「学はできないことを任せるような人間じゃない。オレも一之瀬以上の適任者はいないと思っている」

 

「あ、ありがとぅ」

 

「困ったことがあれば力にもなる」

 

「うん……」

 

結局まだ本題に入れない。

自然にできていたことが綾小路くんを前にすると困難極まりない出来事に感じてしまう。

 

会話ですら緊張しちゃって途中『さしすせそ』に頼ってしまった。

でもそろそそ聞き出さなきゃ、逃げてばっかりの自分は卒業したんだから。

寮が遠くに見えはじめたところで、もう何度目になるかわらかないけど、覚悟を決める。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

すっかり暗くなった夜道を一之瀬と2人で歩く。

今日の一之瀬の様子は何だか妙だった……最近は目を逸らされることも増えてきた。

 

特に本人からその理由を打ち明ける様子はないため、オレも深く追及はしない。

 

一之瀬は気づいていないだろうが、仮にあらゆる手を使って24億稼げたとしても、クラス移動に使用する許可は学校から降りないだろう。イベントごとや退学救済など、学生のために使う契約のもと外部からの利益を得ることができているからな。

 

混合合宿でひよりのクラスにポイントを貸したのは、あくまで実験。

 

ひとつは、どこまでなら学校から使用許可が出るのかの検証。

 

もうひとつは、返済されたポイントの扱いについて。

チャバンクに預金されたポイントの使い道は制限されても、一度ひよりたちに渡り、その後返済されるポイントはオレのプライベートポイントとなり、結果、問題なく使用できた。

平たく言えば資金洗浄のような行為だが、この学校のルール上は問題ない――というより、前例がないため取り締まるルールが定められてないだけだが、それを上手く利用すれば、契約の穴をつけるわけだ。

 

ただ、当然ながらこの方法は返済の見込みがなければ意味がなく、24億を貸しても返せる相手など存在しない。

 

そう、だから初めからこの資金集めは――――

 

「あ、綾小路くんっ!」

 

「どうしたんだ?改まって」

 

「その、えーと、なんていうか、その、好きなスイーツ……とかある?」

 

何気ない雑談にしてはタイミング的にも突拍子もない話題。

そして返答も難しい。

 

「そうだな……これまで食べた中だと、ソフトクリームとか、ケーキはモンブランよりはショートケーキ派だな」

 

「ほ、他には?」

 

「他か……基本的には好き嫌いはある方ではないからな」

 

「えーと、じゃあ、例えば、チョコレート、ガトーショコラ、マカロン、クッキー、マフィンがあってひとつだけ選べるとしたら何が食べたい?」

 

グイグイ来る一之瀬。

何かの心理テストだろうか。

深く考えても仕方がないので、素直に答えることにする。

 

「そうだな。マカロンは食べたことがないから興味はある」

 

「マカロンだね!わかった!うん、ありがとう」

 

オレからの返答を聞き、嬉しそうに何度も頷く一之瀬。

 

「ところでこの質問は何の意味が――」

 

「今日は付き合ってくれてありがと!綾小路くんのおかげで楽しい1日を過ごせたよ。またねっ!」

 

学生寮の目の前に迫ったことで人目を気にしたのか、別れの挨拶を済ませて、寮へ駆け出す一之瀬。

 

相変わらず様子はおかしいが、元気になったようなので良しとするか。

 

オレはオレで動画の企画を詰めていかなくてはいけない。

コスプレは一之瀬に断られてしまったため、ここはやはり元グラビアアイドルの力を借りるしかないな。

どうやって説得するかを考えながら、オレも寮へと進んでいく。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

PM 11:00

「あぁぁあー」

 

枕に顔を埋め、午後からの出来事を振り返る。

 

「変な子に思われなかったかな。支離滅裂な会話だった気もするし、最後は強引すぎた気もする……」

 

何とか目的は達したものの、自分の行動を思い出すと頭から湯気が出てきそう。

 

でもでも、これで綾小路くんが欲しいものもわかったし、あとは2月14日に向けてマカロン作りをひたすら特訓するだけ。

 

「喜んでくれるかな……」

 

でも、あれ……、こういうのってどうやって渡すんだろう。下駄箱?郵便受け?ううん、勢いでバーって渡せば……最近それができなくて困ってるんだよね、私?

 

あぁ、どうやら今日もぐっすりとは眠れそうもない。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

99%カカオなバレンタイン 前編

今日は2月14日のバレンタインデー。

 

キリスト教圏のお祝いで、主に欧米の文化で恋人が愛を祝ったり、家族や親友が家族愛や友情を祝ったりする日のはずなのだが……なぜだか日本では『女性が男性にチョコレートを贈る日』となっている。

 

詳しく調べてみれば、チョコレートを渡して告白する本命チョコがあったり、日頃の感謝の気持ちだけを込めて渡す義理チョコがあったり、友情を確かめ合う友チョコがあったりなど目的も様々だ。

しかも、それらを見分ける手段は渡してきた本人からの自己申告しかないそうで、仮に申告がない場合、普段の関係性から相手の意図を汲み取る必要が出てくる何とも難解なイベントと言える。

 

お菓子の販促のために始められた商業的背景からできた独自文化。

渡すのはチョコレートでも何でも良いという自由さも、この国を体現しているようにも思えないこともない。

 

どうも年頃の男子にとって気が気でないイベントのようだが、フタを開けてみれば母親や姉や妹など家族からしか貰えなかった、そんな結末がお約束らしい。

この学校では一部を除いてその家族からのチョコも貰いようがないため、非常に残酷なイベントかもしれない。

 

かく言うオレ自身も、貰えるあてなどない。

 

可能性の話をすれば

友チョコなら、恵や綾小路グループの愛里や波瑠加、読書友だちのひよりから。

義理チョコなら仕事仲間の一之瀬や茶道部の面々、誰にでも配ってそうな櫛田など期待はできるか。

あるいは、麻耶なら本命チョコをくれるのかもしれないが、一度フラれた相手にそんなものをくれるとは限らない。

 

そもそもポイントが貴重なこの学校生活で、わざわざチョコなど配らないかもしれないしな。誰からも貰えなかった時はそういうことにしよう。

 

……これじゃまるで期待しているみたいだな。自分にそんな欲求があったことに少し驚く。

もう何度この感想を抱いたか不明だが、ホワイトルームでは起こり得なかったイベントであるため、それも仕方がないか。

 

そんなことを考えていると携帯が振動しチャットが届いたことを知らせる。

朝から誰かと思えば、愛里からだった。

 

『清隆くん、朝からちょっと時間あるかな?部屋にお邪魔してもいい?』

 

「問題ない」と返信する。

 

直前までバレンタインのことを考えていたため、否が応でも意識してしまう。

実際は先日出演OKを貰ったコスプレの話あたりだろう。衣装の採寸とか色々話しておきたいことはある。

 

程なくしてチャイムが鳴る。

 

「き、清隆くん。お、おは、おははよう」

 

玄関を開けるとかなり緊張した様子の愛里の姿。

 

「おはよう、愛里。朝からどうしたんだ?」

 

「えっとね、その……」

 

もじもじして続く言葉を出せないでいるようだ。

 

「まだ登校時間まで余裕はある。中でコーヒーでも飲んでいくか?」

 

「ううん、ここで大丈夫。……はい、これっ!良ければ受け取ってくれない、かな?」

 

手渡してくれたのは綺麗に包装されたハート形の箱。

本当に貰えるとは思っていなかったため、こうして渡されると感慨深いものがある。

 

「ありがとう。開けてみても?」

 

「うん」

 

受け取った後、どう対応するのが普通かわからなかったため、誕生日プレゼントをもらった時を参考にしてみたが、どうやらおかしくはないようだ。

 

開封すると、マドレーヌが出てくる。

 

「あの……篠原さんたちと一緒に作ったんだ。口に合うと嬉しいな」

 

試しに一つ、口に運ぶ。

しっとりとした食感とバターの香りが広がってくる。

 

「うん、美味いな。市販のモノにも負けないと思うぞ。ちなみにこれは――」

 

「えっと、明人くんや啓誠くんにもプレゼントしなきゃだから、また学校で!!」

 

「あ、ああ。わざわざありがとな」

 

本命なのか、義理なのか、友チョコなのか、確認しようとしたところで、顔を真っ赤にしながら立ち去っていく愛里。ただ、明人たちにも渡すのであればこれは義理チョコか友チョコなのだろう。

 

朝から思わぬ収穫を得たことで、これで今日一日虚しい気持ちにはならずに済みそうだ。

 

その後、登校の支度をして、エレベーターに乗ると、中には平田だけが乗っていた。

 

「やぁ、おはよう、綾小路くん」

 

「珍しいな、平田がこんな時間に登校なんて」

 

朝の愛里とのやりとりがあり登校時間は遅くなっている。

普段、平田は早い時間から学校にいるため、登校時間が重なることは滅多にない。

 

「えっと……色々あってね」

 

意味ありげに言葉を濁す平田。

オレのように誰かから連絡がきてチョコをもらっていたのだろうか。平田ほどの人気者であればその可能性もありそうだが、偽装とはいえ恵との交際はまだ続いている。そんな相手にチョコを渡すかは疑問だ……。

 

「でも綾小路くんも他人事じゃないかもしれないね」

 

「どういうことだ?」

 

尋ねたところでエレベーターが一階のロビーへ到着した。

 

「おはよう平田くん!こ、これバレンタインの……」

 

「平田くんに彼女がいても私の気持ち受け取って欲しくて」

 

「迷惑かもしれないけど、せめてチョコだけでも」

 

エレベーターから降りるや否や、待ち構えていたのか6名の女子生徒が平田に寄ってきて次々に箱やら紙袋やらを渡していく。恋愛ごとに疎いオレですら、それが本命だとわかるほどの熱量。

 

「ありがとう。嬉しいよ」

 

浮気とも取られかねない状況だが、いつも通り爽やかに贈り物を受け取る平田。

相手を傷つけないための配慮と誠意を感じる。

 

だが、こんな様子を恵にでも見られようものなら、修羅場になること間違いない。

いや、だからこそ登校後は恵の目があるため、渡すならこのタイミングしかなかったわけか。

 

オレもいくつかこの手の死線を潜ってきたことで、ある程度わかるようになってきたな。

 

「平田は罪作りな男だな」

 

ギャラリーが落ち着いたところで平田に声をかける。

 

「それ、綾小路くんが言っちゃうの?」

 

「どういうことだ?」

 

今日はこんなリアクションばかりだな。

 

「あの、綾小路くんっ」

 

他人事として見ていたが、こちらにも何人か女子生徒が寄ってくる。

六角を始めとしたAクラスとDクラスの女子の集まり。

まさか……そういうことなのか?

 

「これ、良ければ受け取ってください」

 

差し出されるプレゼント。

 

これが生徒会パワーか。

入学当初のままなら、あまり話したこともない女子から突然チョコをもらう、なんてイベントは発生しなかったはずだ。

ありがたく頂戴することにしよう。

そう思い、受け取ろうとした時だった。

 

ピピーッと笛の音がロビーに鳴り響く。

 

何事だろうかと、その場にいた全員が音のする方ーー入り口を向く。

 

「そこのあなたたち、綾小路王子への贈り物はファンクラブ経由でまとめてお渡しするルールをお忘れですか?」

 

少し怒気を含んだ声で忠告するのは、諸藤。首から笛を下げ、手には竹刀が装備されている。

 

「なんだ、そのルール?」

 

「王子、おはようございます!今日のバレンタイン、王子は人気者間違いなしですからね、一人一人対応していたら大変だと思い、こちらで預かって放課後お届けするルールを決めておいたんです。女子には事前に周知していたにもかかわらず、やっぱり不届者が現れました」

 

それはつまり

 

『綾小路くんへチョコレートを贈る予定の人はファンクラブまで持参ください』

 

みたいな連絡が全女子生徒に届いたってことか?

オレ、かなり痛いやつみたいになってないか?

そんなこと他に言いそうなのって南雲ぐらいだぞ?

 

今日はもう学校休むか……。

 

「何よ、諸藤さん。自分だけ綾小路くんの役に立つアピールしちゃってさ。誰だってちゃんと自分の手で渡したいって思うじゃん。それのどこがイケナイの!?勝手に決めないでよ」

 

「浅ましいっ!ファンクラブで採決して決めたことです。あなたのその身勝手な行為が王子の迷惑になることを自覚なさっては?」

 

「はぁ?」

 

「今この瞬間、平田王子と2人で清いバレンタインを過ごしているにも関わらず、あなたたちと言ったらなんて愚かなことを」

 

「バカ言わないで!綾小路くんも平田くんもノンケよっ!!」

 

「理解していないのはあなたたちの方でしょう。これ以上は無粋と知りなさい」

 

バシッと竹刀を地面に振り下ろす諸藤。

 

「お、覚えてなさいよっ!」

 

鬼気迫る諸藤のプレッシャーに気圧され立ち去っていく六角達。

恵に突き飛ばされてオドオドしていた諸藤はどこに行ってしまったんだ……。

 

「ということで私は通学路をパトロールしてきますね。安全は確保しておきますので、安心してお二人でゆっくりご登校ください」

 

先ほどまでとは打って変わって、それはそれは素敵な笑顔でオレ達を見つめ、宣言通り外へと出ていく諸藤。

 

「あはは……綾小路くんは綾小路くんで大変そうだね」

 

「オレの知らないところで色々問題が起きてそうで怖いな」

 

ただ、仮にファンクラブ会員の女性全てから直接手渡しされた場合、最初の数回はちょっとした男女のイベントとしてオレも楽しめそうだが、その後、数十回繰り返されるとなると面倒に感じてしまいそうだな。

そういう意味では、やり方はともかく諸藤の行動は有難いことには違いない。

いずれにせよ、もう後の祭りだ、前向きに切り替えよう……。

 

「とりあえず僕はこれを部屋に置いてくるよ」

 

腕一杯に贈り物を抱えた平田がエレベーターへ向かうと丁度降りてきたようでドアが開く。

 

「あっ……」

 

エレベーターから降りてきた人物を見て平田が固まる。

間の悪いことに、彼女さん(偽)が登場したからだ。

 

「こ、これは違うんだ、軽井沢さん」

 

何も悪いことをしていないはずの平田が弁明をはじめる。

オレは逃げ出す準備をはじめた。

 

「んー?別に良いんじゃない。ていうか、私のせいで平田くんに不自由させちゃってごめんって感じだし」

 

「……軽井沢さん」

 

恵の意外すぎる反応に、感動する平田。

これは逃げ出さなくていいパターンか?そっと気配を戻す。

 

「いまから置きに戻るの?だったらこれ、私から」

 

「わぁ、わざわざありがとう」

 

平田の腕の中のプレゼント群に小さな箱を乗せる恵。

 

「あと清隆にもあるわよ、ほら」

 

「くれるのか?」

 

平田と同じものかと思ったが、こっちの方が二回りぐらい大きい気もする。

 

「言っとくけど、義理オブ義理のギリギリチョコだから。勘違いしないでよね!」

 

「どれだけ義理を重んじているんだ」

 

「べ、別にあんな痛いメール送っといて0個だったらあまりに惨めだと思っただけだし、あたしからの救済処置ってやつよ」

 

「……気遣い痛み入る」

 

「お礼は1000倍でよろしくー」

 

渡すだけ渡して満足したのか、恵は上機嫌でロビーから出ていく。

 

「僕の彼氏役ももうすぐ終わりかもしれないね」

 

「確かに今日みたいな日が続いたら命がいくつあっても足りなさそうだしな」

 

「ん?あぁ、そっちは自分で選んだことだからね、このぐらい何ともないよ」

 

さっきのを苦ともしないのか、流石平田だ。

学校を休もうかと考えていたオレと比べて、なんて強靭なメンタル。

 

「なら、どうして彼氏役が終わるんだ?」

 

「あー……そろそろ急がないと遅刻しちゃいそうだね。僕も早く部屋に戻らなくちゃ」

 

平田は足早にエレベーターに乗り込んでいった。

理由はともかく、彼氏役が終われば、みーちゃんをはじめ、先ほどプレゼントを渡していたような平田ファンの女子たちは大喜びだろうな。

 

恵から貰ったプレゼントをカバンに入れ、オレも学校に向かうことにした。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

念のためスムーズにチョコを受け取るシミュレーションをしておいたのだが、学校に着いてからは平穏なもので、諸藤の影響なのか、オレにチョコを渡そうとしてくる女子は現れなかった。

 

何なら女子から避けられている気がするのだが、考えすぎだと信じたい。

 

だが、そんな空気に良くも悪くも関心がなく、我が道を進むヤツはいる。

 

「綾小路くん、コレ」

 

放課後になるや否や、隣の堀北からチョコを渡される。

 

「悪いがオレへのチョコはファンクラブを通して渡してもらおうか」

 

堀北からの贈り物は受け取らないことにしている。

受け取ったが最後、代わりに何かを要求してくるのがこの女のやり口だからな。

焼肉以来ずっと沈んだ顔をしていたが、今日は久しぶりに目に光が宿っている。

コイツなりに何か答えを出したのだろうが、それがこれからオレを巻き込んで何か企んでいる何よりの証拠と言える。

 

「何ふざけたことを言っているのかしら。そもそもあなたにチョコをあげるわけないでしょ」

 

「今まさに渡されたこれは?」

 

「私の代わりに兄さんに渡して来てちょうだい」

 

あー、そういうパターンもあるのか。

確かに堀北が普通に持って行ったところで学は受け取りそうにないな。

 

「別に渡すのは構わないがーー」

 

「何か言いたそうな顔をしてるわね」

 

「渡すのはこの普通のやつでいいのか?てっきり等身大鈴音チョコぐらい贈るんだと思っていたんだが……」

 

「馬鹿ね、綾小路くん」

 

「そうだよな、いくら堀北もそこまでーー」

 

「それは実施済みよ。中1の時に贈ったのだけど、兄さんから散々怒られたから、今回は見送ることにしたの」

 

そうか、すでに渡したことあったのか。中3の学はそれをどうしたんだろうな。

 

「……念のために確認するが、変なものは入ってないよな?」

 

「変なもの?」

 

「この場合は惚れ薬や髪の毛といった類のものを指す」

 

「馬鹿ね、綾小路くん。兄さんの体に害を及ぼすものを入れるわけないじゃない」

 

「だよな」

 

「ただほんの少し、すっぽんやらマムシやらの粉末を隠し味で入れただけよ。愛のスパイスというやつね」

 

コイツのブラコンはいつもオレの想像を越えてくるな……。

 

「……責任が持てなくなった。自分で渡してくれ」

 

というより、堀北自身が渡さなくては、もしその場で学が食べてしまったら、その後餌食になるのはオレになるかもしれないだろ。

 

「私が持っていっても受け取ってもらえると思うの?」

 

「だとしてもだ、やはりこういうものは自分で渡すべきだ」

 

「ファンクラブ経由で受け取ろうとしている人に言われたくないわ」

 

「止めてくれ堀北、その口述はオレに効く」

 

的確にこちらの急所を抉り返す堀北。

バレンタインはもっと甘いイベントなのかと思っていたら、とんでもなかった。

 

「……本当に辛そうね、ごめんなさい。綾小路くんも必死だっただけなのよね」

 

「謝罪するか貶すかのどっちかにしてもらえるか?」

 

「あそこまでしてチョコが欲しかった綾小路くんに、代わりに渡せというのは酷だったわね。わかったわ、自分で渡すことにする」

 

「それでこそ堀北だ」

 

見事な蔑みにこちらも賞賛を贈ることしかできないな。

 

「ただ、私が普通に持って行っても拒否されるのは目に見えてるわ。せめて渡すアシストをお願いできないかしら」

 

「案外、髪をバッサリ切って気持ちを一新しましたって言えば受け入れてくれるかもしれないぞ」

 

「男子が坊主にするのとは訳が違うのよ。それに兄さんはね、ロングヘアーの女性が好みなの」

 

「それは2年前までの情報だろ。今はセミロングのお団子頭がブームなんじゃないか?」

 

「……一理あるわね。これからカットしに行って間に合うかしら」

 

そう言って美容室の空き状況を確認しはじめる。この隙に逃げるとするか。

 

「お願い綾小路くん。どうしてもこれを渡して、兄さんに想いを伝えたいの」

 

こちらの動きを察した堀北がコンパス片手に脅迫、もとい懇願する。

堀北兄妹の関係修復。オレが知らないだけの可能性もあるが、オレには兄弟はいない。

身近で兄妹関係であるのもこの2人だけ。

つまり、兄妹としての在り方を学べるのはこの機会以外にはもうないかもしれない。

今のところ、異常なブラコン、シスコン具合しか観察できていないのは勿体ないかもな。

 

それにこの場で堀北との会話を続けるのは得策ではない。

案の定、堀北と話している様子を少し離れたところから櫛田が観察している。

 

目が合うと『う・ら・ぎ・り?』とでも言いたそうな目をした表面上はとても可愛いスマイルが飛んでくる。

 

『ノンノン た・い・が・く』と気持ちを込めて見つめ返す。

 

伝わったかどうかは不明だが、目を逸らされたので納得してくれたということにする。

こちらとしては堀北のブラコンに巻き込まれているだけなので、完全にとばっちりなのだが、これ以上の会話は、櫛田から毒入りのチョコを渡されるリスクを覚悟しなくてはならないだろう。

 

「わかった。付き添いぐらいはする」

 

「それでこそ綾小路くんね」

 

結局面倒ごとに巻き込まれるわけだが、何となく、このままのぎこちない兄妹関係のまま学には卒業して欲しくなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

99%カカオなバレンタイン 後編

前略、堀北が兄貴へチョコを渡す付き添いをする羽目になった。

 

「そうと決まれば善は急げよ。兄さんが帰宅する前に捕まえなきゃ」

 

「そうだな、オレとしてもさっさと済ませたい」

 

席を立つ堀北に続く。

 

「ちょっと待ってくれよ、鈴音!」

 

そんなオレたちの前に一人の男が立ち塞がった。

こいつは今日一日堀北のことをいつも以上に気にしていた様子だったため、当然先程のやり取りにも注目していたのだろう。

 

「須藤くん、何かしら?今は一刻を争うのだけど」

 

「話は聞かせてもらったぜ。俺にも協力させてくれよ」

 

「却下。邪魔なだけよ」

 

「そ、そんなことねーよ。ほらよ、あー……もし鈴音の兄貴が逃走しても、俺と綾小路がいりゃあ追いかけて挟み撃ちとかよ、できるしよ」

 

「……そうね、いざとなれば囮や肉壁ぐらいにはなるだろうし、ここで問答している方が時間の無駄だわ」

 

オレたちチョコを渡しに行くだけだよな?

 

「任せとけ。それでよ、成功報酬っての、上手くいったらよ、俺にも……チョコくれねえか?」

 

「構わないわ、早く行きましょう」

 

「しゃあああぁぁ」

 

「うるさいわよ」

 

「わ、わりぃ」

 

須藤もこんなブラコンからチョコをもらいたいとは余程の物好きだと言わざるを得ない。

いや、バレンタインのチョコにはそれだけする価値がある、ということなのだろうか。

 

「それでこれからどこに行くんだ?」

 

「兄さんのいるところよ」

 

「具体的には?」

 

「教室、まれに図書館や職員室あたりにもいるようなのだけど確実性はないわね。下駄箱で張り込みが無難かしら」

 

「……つまり無計画ってことか」

 

「仕方がないでしょ。あなた任せにする予定だったんだから」

 

この3人でいつ来るかもわからない学を下駄箱で待ち続けるなんてとんだ罰ゲームだな。

 

「それなら居場所を聞いてみるか」

 

「兄さんに直接聞くのはダメよ。怪しまれたら最後、雲隠れされるわ」

 

「わかってる。学の場所を完璧に把握してるやつに聞くつもりだ」

 

そうしてスマホを取り出し橘にチャットを送る。

 

『学を探している』

 

程なくして返事がくる。

 

『何か用事ですか?』

 

『チョコを渡したいんだ』

 

『えっ!?それは友チョコ的なやつです?』

 

わざわざ聞いてくるということは友チョコかどうかが重要なのだろうか。

 

「なぁ、それ友チョコなのか、堀北?」

 

「違うわよ。私と兄さんの関係を何だと思ってるの?」

 

兄妹だろ。それ以上でもそれ以下でもない……よな?

 

『友チョコじゃないですね。ちょっと言いづらいんですが、ガチのやつです』

 

そう送った途端、電話がかかってくる。

 

「確かに堀北くんは魅力的ですが、それはダメです綾小路くんっ!2人が傷つく前に私が止めさせてもらいます」

 

「道徳的にどうかと思いますが、今に始まったことじゃないでしょ」

 

「ええっ!?つまり前々から……その、綾小路くんは、堀北くんのことが……。バレンタインの力を借りて堀北くんの卒業前に想いを伝えるべく勇気を出したと……。あぁ、私はどうしたらいいのでしょう……。応援すべき?いえ、でも万が一のことがあったら……あわわわわ」

 

「なんか、盛大に勘違いしてませんか?」

 

「へ?」

 

橘に事の経緯を話す。

 

「てっきり綾小路くんが禁断の愛に走ったのかと」

 

どうしてそんな発想になったんだ……。

 

「堀北くんなら、教室で学年末の特別試験に向けて、クラスメイト数名と対策を練ってますよ。そろそろ終わる頃じゃないでしょうか」

 

3年はちゃんとこの学校の学生をやってるな。

 

「ありがとうございます。これからそちらに向かいますので、動きがあったら連絡お願いします」

 

「わかりました。ただ……」

 

「ただ?」

 

「堀北くん、毎年チョコは受け取らない宣言しているので……。誰からも受け取る宣言をしていた綾小路くんとは逆ですね」

 

「おい」

 

「ふふっ冗談ですよ。綾小路くんにも可愛いところがあるなぁと安心したぐらいなんですから」

 

「それもそれでどうなんだ……」

 

オレは今日何度このネタでいじられることになるんだろうか。早く帰りたい……。

 

「ではお待ちしてますね」

 

橘との通話を終える。

 

「と言うことで学は3-Aの教室にいる。行くぞ」

 

「さすが綾小路君ね、1チョコポイントあげるわ」

 

なんだそのポイント。面倒なのでツッコミはしないが。

 

「綾小路、てめえ抜けがけとかずりいぞ」

 

「……」

 

須藤に両肩を掴まれ揺さぶられる。

1人で堀北&須藤コンビの相手をするのは骨が折れそうだな。

 

振りほどいて廊下に出る。

 

「やっほー綾小路くん。今から生徒会?一緒に行かない?」

 

どこかロボットを彷彿させるカクついた動きで一之瀬が近づいてくる。

 

「いや、すまないが、チョコを渡したい堀北に連れられて出かけるところだ」

 

先程の失敗から今度はちゃんと堀北の名前を入れて伝える。

 

「え、堀北さんがチョコを渡すために綾小路くんを連れ出すの?」

 

「そういうことになるな」

 

「そうなんだ……ブラコンはフェイクだったんだね。私、まんまと騙されちゃったよ堀北さん」

 

ギッと堀北へ視線を送る一之瀬。

 

「何のことかしら。私の兄さんへの愛は嘘偽りのないものなのだけれど。そんなことより早く兄さんのもとへ向かうわよ」

 

「え?あ、そういう……。綾小路くん、わざと紛らわしい言い方をしたよね?」

 

「何のことだ?そういうわけだから、これから3年の教室に行ってくる。生徒会へ向かうのはそれからに……いや、今日はその後すぐ帰ろうと考えている」

 

「……えっと、それなら、私もついて行っていいかな?」

 

対人スキルに長けた一之瀬がいれば、堀北&須藤の相手も任せられて楽になりそうだな。

 

「むしろオレからお願いしたいくらいだ。今のオレには一之瀬が必要だ」

 

「う、うん。喜んで……」

 

こうして新たな仲間を連れて3年Aクラスの教室を目指す。

 

「なんだありゃ」

 

須藤が驚くのも無理はない。

3年の教室が並ぶ廊下に到着するとAクラスの教室を覗くように人だかりができていることがわかる。

 

「何かあったのかな?」

 

「ここで見ていても始まらないわ。前進あるのみよ」

 

上級生にも物怖じすることなく人混みをかき分けて進んでいく堀北。

仕方なく後に続いていくと教室の中が見えてくる。

 

「ですから、堀北先輩、今日チョコを何個もらえたかで勝負しましょうよ」

 

「南雲、お前も懲りないな。こんな騒ぎにしてどういうつもりだ」

 

「ギャラリーには証人になってもらわないといけませんからね、どっちがこの学校で一番なのか」

 

相変わらず南雲が学へ勝負を挑みに来たらしい。

学は毎年チョコを受け取らない宣言をしている、ということを去年から在籍している南雲なら知っているはず。

その上でそんな勝負を吹っ掛けて来るのだから、アイツも相当だな。あるいは断られることを前提とした挑発行為か。

 

「この騒ぎじゃ渡しに行けねえな、どうすんだ鈴音」

 

「あの不敬者に後ろから回し蹴りをお見舞いしてくるわ」

 

「名案だぜ!俺も手伝わせてくれ」

 

「待て待て。仮にもあれで生徒会長だぞ、アイツ。そんなことしたら退学コースまっしぐらだ」

 

「厄介な相手ね」

 

あれだけ須藤に暴力禁止を言いつけていた本人が戦闘狂のような発言。

ブラコンモードの堀北は本当に何をしでかすかわからない。

 

「そういうことなら私に任せて」

 

「どうにかできるのか、一之瀬」

 

「もちろん。このままここで時間を潰されて困るのは私もだし」

 

そう言って携帯を取り出し、何やらチャットを送っている様子。

 

「よし、準備はOKだよ!あとは……これから南雲先輩が教室から飛び出すことになると思うから、綾小路くんが私に覆いかぶさる感じで、向こうから見えないようにして欲しいな」

 

「わかった」

 

そもそもこの人混みの中であれば気づかれない気もしないではないのだが、万が一を想定する姿勢は悪くない。

一之瀬と向き合い教室側から見えないように立ち位置を調整してカバーする。

 

「うーん、ちょっと理想とは違うけど……贅沢は言えない状況だしね」

 

一之瀬が携帯を操作する。

 

「よし、これで南雲先輩は出て行ってしばらく戻ってこないよ」

 

ニコッと不敵な笑みを見せる一之瀬。

 

「おいおいマジかよ!?堀北先輩すみません、ちょっとだけ外します。すぐ戻って来ますんでそのまま待っててくださいよ、絶対っすよ」

 

そんな声が教室から聞こえたかと思ったら、ドアが開き、南雲がダッシュで出ていく。

 

「一体何をしたんだ?」

 

「簡単だよ、チョコをプレゼントしたいから生徒会室で待ってますって送ったの」

 

「なるほど……。だが、あの速度だとウソがばれてあっという間に戻ってこないか?」

 

「大丈夫、大丈夫。手は打っておいたから」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

~生徒会室~

 

「帆波、待たせたな!って、ん?確か帆波のクラスの網倉だったか?」

 

「あ、南雲生徒会長、すみません。伝言を帆波ちゃんから預かってます。どうしても外せない急用ができちゃったらしくってケヤキモールのカフェで待ってるそうです」

 

「そうか、ありがとな。待ってろよ、帆波~」

 

~ケヤキモールカフェ~

 

「帆波、どこだ?……帆波のクラスの小橋だよな、帆波を知らないか?」

 

「すみません、南雲生徒会長。さっきまで帆波ちゃんいたんですけど、急に星之宮先生から呼び出しをされちゃったらしくって、いま学校の保健室にいると思います」

 

「わかった。帆波、今行くぜ」

 

~学校保健室~

 

「星之宮先生、帆波はどこっすか?」

 

「えーと、一之瀬さんはねぇ、用事が済んだから南雲くんが待ってるっていうカフェに戻ったわよ~」

 

「入れ違っちまったか。電話も繋がんねーし、急がねえと」

 

~再びケヤキモールカフェ~

 

「帆波ー!だめだ、見あたらねえ」

 

「あ、南雲生徒会。帆波ちゃんなら学校にチョコを忘れちゃったらしくって教室に戻りましたよ」

 

「マジかよ、ドジっ子なところも悪くねえな。教室まで迎えに行くぜ」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「って感じになってると思うよ。みんなにお願いしておいたから」

 

「なかなかえげつないことするわね」

 

「回し蹴りには敵わないよー。ささっ、早く渡してきちゃいなよ、堀北さん」

 

堀北を後ろから押し進める一之瀬。

 

「ちょっと待ってくれないかしら。このまま無策で持って行っても受け取ってもらえないと思うの」

 

「まぁそうだろうな」

 

「そこで策を考えたわ。3人にも協力してもらうわよ」

 

そうして堀北から作戦内容が共有され、あとはドアを開けて突入するだけとなる。

 

ドアに手を掛ける堀北だったが、その手は震えていた。

 

「兄さん、どうか兄さんにチョコを渡す勇気を私にください」

 

「いや、渡す相手に祈るってどうなんだ?」

 

「別にいいじゃない。兄さんに対抗するためには兄さんの力でも借りないと無理よ」

 

緊張のあまり思考がおかしくなっている……いや、ただのブラコンか。

 

「安心しろ。また殴られそうになったらいくらでも止めてやる」

 

今の学がそんなことをする可能性はないとは思うが……いや、ただチョコを渡すだけだよな、何だこの会話。

 

「そうね、そのための肉壁AとBだものね」

 

気休めにはなったのか、堀北は覚悟を決めたようで勢いよくドアを開ける。

今度は何だと3年Aクラスの先輩方はこちらに注目する。

 

「兄さん、少しお時間よろしいでしょうか」

 

「やっと南雲が帰ったと思ったら次は鈴音か……」

 

やれやれといった様子で、視線だけ堀北妹に向ける学。

南雲から解放された直後に堀北妹の相手だもんな、気持ちは非常に理解できる。

 

「お時間は取らせません。その……これを受け取って欲しくてここまで来ました」

 

チョコを取り出し学へと差し出す。

学はそれを一瞥し冷たく言い放つ。

 

「俺はそういったものは受け取らない。綾小路にでも渡してやれ」

 

「……おい、巻き込むな」

 

「兄さん、それは、私から……だからですか?」

 

「わかりきったことを言うまでもない」

 

学からの言葉に堀北妹は押し黙る。

 

「堀北先輩、家族からのプレゼントなら受け取ってもいいんじゃないですか?」

 

「そうですよ、堀北君。妹さんからのチョコなら受け取ってもみんな納得してくれると思います」

 

一之瀬と教室の隅からひょっこり現れた橘が堀北妹の援護に回る。

 

「俺は俺の信念を曲げるつもりはない」

 

「それなら、アンタ自身がした約束も破るわけにはいかないよな?」

 

「何の話だ、綾小路?」

 

「船上でのハンカチ探しゲームの報酬、あの時、アンタの妹は今度トランプを一緒にしたいと望み、アンタはそれを承知した」

 

「そんなこともあったか」

 

「兄さん!ババ抜きで私と勝負してください。私が勝ったらこのチョコを受け取る。負けた場合は……自主退学します」

 

コイツ、チョコにどれだけの覚悟を……。

もし、これで堀北が退学することになったら、オレが策にはめたということで櫛田には報告しておこう。

特別試験で画策せずに済むのは楽かもな。

 

「自主退学する必要はない。むしろ、このタイミングでの退学はお前にとって褒美になる可能性がある」

 

「くっ、さすが兄さん。私のことは何でもお見通しね」

 

学からの指摘を受け、嬉しそうに悔しがる妹に、疑問顔の須藤ほかギャラリーの面々。

 

「どういうことなんだ、綾小路」

 

「あー……あんまり考えたくはないんだが、来月兄貴が卒業してこの学校から去っても、このタイミングで退学になっておけば一ヶ月半の我慢ですぐに会いに行けるってことじゃないか。このまま在籍し続けたら、また2年間会えなくなるわけだしな」

 

「嘘だろ、鈴音。俺たちより兄貴を選ぶってのかよ」

 

「それは比べるまでもないことよ」

 

どんどん話がカオスになってきたな。

 

「それで堀北先輩は勝負を受けていただけるんですよね?」

 

一之瀬が話を戻しにかかる。今日の一之瀬はやたら頼りになるな。

 

「……いいだろう。ただし、鈴音が負けた場合は卒業までの俺への接触を禁ずる」

 

「それで構いません。橘先輩。トランプを貸していただけますか?」

 

「もちろんです。頑張ってくださいね」

 

予想通り橘はトランプを所持していた。

 

「2人でババ抜きも味気がないわ。綾小路くんと須藤くんも一緒にどうかしら。構いませんよね、兄さん」

 

「好きにするといい」

 

「ただあくまでも勝敗は兄さんと私、どちらが先に上がったか、ということで」

 

「問題ない」

 

こうして教室の机を使い4人でのババ抜きが始まる。

順番は、堀北妹、オレ、学、須藤になるように自然と移動。

一之瀬はオレと学の中間あたりの後方で見守っている。

 

堀北妹が慣れた手つきでカードをシャッフル。

全員に配り、手札で数字が揃ったカードを各々捨てて準備が整う。

 

「じゃあ早速はじめましょう。綾小路くん、早く引いて頂戴」

 

「ああ」

 

堀北妹の誘導により引く順番も決まる。

ここまでは作戦通り。

 

一之瀬がオレと学の手札を見て、アイコンタクトで堀北妹に必要なカードを伝える。

それを確認した堀北妹が学が上がるのに必要なカードをオレに渡さないようにすれば、理論上は負けることはない。

 

逆に須藤は堀北妹が上がるのに必要なカードを渡す役割となっている。

 

堀北妹から引かされたのはジョーカーのカード。

本当に遠慮のないヤツだ。

これを何としてでも学に押し付けろ、ということだろう。

 

「アンタが引く番だ」

 

「では、これを。揃ったな」

 

オレが持っているカードで学がペアを揃えることができるのは2枚だったが、学はそれを的確に引き当てる。

 

やはりか。

問題はこれが橘のトランプであるということ。

 

あえて堀北妹には伝えていないことだが、生徒会で幾度なく使用してきたカードであるため、些細な傷や汚れなどから大体のカードは数字もスートも把握している。

学がどの程度把握しているかは不明だが、これまでの戦績からジョーカーといった重要な位置づけのカードは確実に覚えているだろう。

 

つまり正攻法でこのジョーカーを引かせる手はひとつしかない。

 

そうしてゲームは進んでいき、順調にそれぞれ手札を減らしていったのだが――

 

「よっしゃ、アガリだぜ!って、あれ、上がっちまってよかったのか?」

 

須藤がペアを揃え一番最初に上がる。

正確に言えば、学から上がらされた、だな。

 

須藤が残り1枚の手札になった時点で、学はあえて揃っていたが捨てていなかったカードの内、1枚を引かせる。

当然それは堀北妹の欲するカードではない為、必然元々須藤が持っていたカードの方を引く。

そして次のターンでもう1枚のカードを引かせれば、須藤はペアが揃ってしまう、という話。

 

視線誘導や表情の変化を利用し、自然と須藤に任意のカードを引かせることができていたのも大きい。

それまで須藤にとって都合のいいカードを引けていたことから、疑うこともせず、自分の実力だと誤認させられていた。

さらに言えば、この枚数まで堀北妹が上がっていないのも、ペアになる最後のカードを学が手札でキープしているからに他ならない。

 

つまり、一之瀬含めオレたち4人でやっていることを学は1人でやっている状態。

 

「あ、ちょっと綾小路くん」

 

「これでペアが揃った。最後の一枚を引いてもらうぞ」

 

堀北妹の指示を無視し、自分のペアを揃えて、最後の1枚――ジョーカーを学に引かせて上がりとなる。

 

手札は、学が2枚、堀北妹が1枚。

ここで堀北妹がジョーカーを選ばなければ勝つことができる。

逆に選択を誤れば、詰む場面。

 

正真正銘、最初で最後の勝利へのチャンスとなる。

 

だが、学のカードは一之瀬によって堀北妹に――

 

「一之瀬」

 

「は、はいっ」

 

突然、学から名前を呼ばれ過剰に反応してしまう一之瀬。

 

「もし、このターン、何もしないのであれば、このゲーム後の人払いを約束しよう。言っている意味はわかるな?」

 

「えっ……」

 

「こいつのことだ。きっとこの後も厄介ごとに巻き込まれ、気づけば一日が終わる可能性は大いにある」

 

「否定できないですね……ゴメン堀北さん、私はここまでだよ」

 

何故か学に懐柔される一之瀬。

 

「やはり茶番だったな。初めから2人でやっていても同じだった」

 

「いえ、それはどうでしょうか」

 

「何?」

 

「今の私にはそんな茶番に協力してくれる仲間ができました」

 

真剣な表情で兄を見つめる妹。

きっとババ抜きでもしなければ、お互い正面から向かい合って話をすることはなかっただろう。

堀北妹がババ抜きを選択したのはそういった意図があったのかもしれない。

 

「あの焼肉の日からずっと考えていました。兄さんがどうしたら私のことを認めてくれるのか、私に足りないものは何なのか」

 

黙って妹の話を聞く学。

 

「思い返せば、小さい頃はたとえトランプですら兄さんに勝ったことはありませんでしたね。幼い私は兄さんが完璧超人だからだと疑うこともしませんでした……でも、今なら少しだけ気持ちがわかります」

 

学が妹に負けなかった理由?

オレには見当がつかなかった。

 

「兄さんは、もしも私が兄さんに追いついたとしたら、どうします?」

 

「そんなことはあり得ない」

 

「私もそう思います。……なぜなら私が追いつきそうになったら、兄さんはさらに努力をして、先へ進んでしまうから」

 

学の眉が一瞬ぴくっと動く。

 

「兄さんはいつだってそうでした。きっとそれが兄である兄さんの矜持。私は兄さんのそんなところに憧れを抱いていたのかもしれません」

 

聞く価値もない、と妹の言葉を遮断していたこれまでとは違う、学の反応。

兄妹の真剣な話にギャラリーも固唾を飲むばかりで、あの須藤ですら空気を読んで黙っている。

 

「兄さんを想う力は無限のパワーを私に与えてくれます。兄さんに追いつくためなら、どんな困難なことでも苦ではありません。この学校に来るまでにしてきた努力もそうです。たまに方向を間違ってしまうこともありますが、今はそれを正してくれる仲間もできました」

 

「それは結局、俺を超えることができないと開き直っているだけに聞こえる」

 

「超えることに意味はあるのでしょうか。兄さんを追いかける私、そんな私に追いつかれまいと先を行く兄さん。互いに永遠に成長し続けられる関係だと思いませんか?」

 

目を閉じ何かをじっと考える学。

そして目を開けると初めて学から妹への問いが発せられる。

 

「ひとつ聞かせてもらおう。もし俺が歩みを止め、鈴音、お前が先を行くようなことがあったとしたら、どうする?」

 

「そんな兄さんは私の兄さんではありません。ですが、仮にそうなったとしたら私が進み続けることで兄さんに発破をかけます。兄さんはそんな簡単に挫け折れてしまうような男ではありませんから、きっと私を追いかけてあっという間に抜き去ってくれる、そう信じています」

 

「そうか。……お前の選択を見せてくれ」

 

そう言ってトランプを2枚、改めて堀北妹へ向ける。

 

「はいっ」

 

迷わず堀北妹はカードを引く。

 

「俺にこだわっているうちは、お前に成長はないと、そう思っていた。現に俺に執着するようになってからは、小さい頃に見せていたお前のポテンシャルは鳴りを潜めてしまっていた。俺に囚われない昔のお前に戻すため、突き放す手段を選んだんだが――お前には過去の自分ではなくもっと成長できる道もあった、ということか」

 

学の手元に残ったのはジョーカー。

 

この勝負、堀北妹が勝利した。

 

「私、やっと兄さんに勝つことが――」

 

言葉の続きは溢れでる涙が止まることがなかったため発せられることはなかった。

兄の背中を追ってやってきたこの学校で、やっと兄に認めてもらえた瞬間、それはきっとオレには一生わからないような感情なのだろう。

そのことが、すこしだけ羨ましく思えた。

 

堀北妹は涙を拭い、持ってきたチョコを学に渡す。

これまで見たことのない柔らかい表情でそれを受け取る学。

沈黙を守っていた教室は大きな拍手で包まれた。

 

すごいい感じになっているが、あのチョコ、マムシやらすっぽんやらの粉末入りだからな……。

 

それは置いておくとして、互いに成長し合える関係か。

兄妹の在り方としてひとつの良い例を学ばせてもらったような気がする。

 

「ところで堀北、最後の1枚、どうしてわかったんだ?」

 

「簡単よ、ババ抜き中、最初からあなたがずっと持っていたジョーカーと兄さんがずっと持っていたカード、本能でどちらを手に取りたいかなんてわかるじゃない」

 

前言撤回、ブラコンって怖いな……。

 

「鈴音、1日早いが受け取れ」

 

「兄さん、これは?」

 

妹からのチョコを大事そうにカバンにしまった後、代わりに取り出した包装された箱。

 

「渡すかどうか迷っていたが、もうそんな心配はいらないことがわかった。まさかこんな気持ちでお前の誕生日を祝えるとはな」

 

そういえば、堀北妹の誕生日は明日か。

須藤、ヤベッ、忘れてたみたいな顔をする必要はないぞ。オレもそうだからな。

まあこの様子じゃわざわざ祝う必要もないだろう。

誰がどんなサプライズを仕掛けても、今以上に堀北を喜ばせるのは不可能だ。

 

「嬉しいです。開けてみてもいいですか」

 

「ああ」

 

中から出てきたのはキレイな髪留めだった。

髪を切りに行かなくて良かったな。

 

「お前に似合うと思って選んだ」

 

「後生大事にしますね、兄さん」

 

髪留めをぎゅっと抱きしめる堀北妹。

 

「はい、これ、堀北さん」

 

一之瀬が手鏡を渡すと、早速髪留めをつける堀北妹。

その姿を学とそして橘も温かく見守っていた。

 

と、そんな時だった。

 

「ハァハァ……こ、こんなところにいたのか帆波。最初から自分の情報網を使って探すべきだったぜ」

 

空気を読まないなぐもんが現れた。いや、正確にはヘトヘトになって戻ってきた。

 

「それで俺にくれるものがあるんだよな?」

 

「あー……すみません、南雲先輩。あまりに見つけてくれなかったんで要らないのかと思って食べちゃいました」

 

「嘘だろ……。なら来年の楽しみに取っておくことにする、期待してるぜ」

 

「えー……」

 

南雲も南雲でどんなに突き放されても本当にブレない男ではある。

学にご執心なところといい堀北妹と似ているな……。

 

「堀北先輩もお待たせしました。本当に待っててくれて嬉しいっすよ。それで、堀北先輩がゲットしたチョコはその1個っすか?」

 

ニヤリと笑う南雲。

待つも何も、なんなら存在を忘れていたのだが、誰もそのことを口にしないあたり、3年生は大人だな。

これがうちのクラスなら、池や山内あたりが事実を口にしてしまっていただろう。

 

「確認させてもらうが、個数の勝負でいいんだな?」

 

「そうっすね。愛の重さで勝負したらその1個でも俺と良い勝負できるかもしれませんが、目に見えないものの数値化はできませんからね」

 

「わかった、個数勝負で構わない。それで鈴音、今回、本当は何個用意してあるんだ?」

 

「この学校で再会してからの毎日の想いをひとつひとつに込めたので、実は、その……日数分なので、約300個ほどあります」

 

「あとで全部持ってこい。全て受け取ろう」

 

「はいっ!」

 

嬉しそうに返事をする堀北妹だったが、もはやどこにツッコめばいいのかわからなくなってきた。

 

「それで南雲。お前は何個もらったんだ?」

 

「ち、ちくしょーぉぉー」

 

見事なまでにやられ役のセリフを叫びながら走り去る南雲。

なんか、ノルマ達成って感じだな、なぐもん。

 

「では兄さん、私はこれからチョコを持ってきます。須藤くん、悪いけど一人じゃ持ちきれないから付き合ってもらうわよ。一個ぐらい失敗作もあるから、あなたにあげるわ」

 

「おうよっ」

 

そうして2人は教室を出ていく。

 

「綾小路、一之瀬。南雲があの調子じゃ、今日の生徒会は休みだろう。2人でゆっくり帰ったらどうだ」

 

「それもそうだな」

 

「堀北先輩、ありがとうございます」

 

「いや、礼を言うのはこちらの方だ。これからも鈴音をよろしく頼む」

 

「はい」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

文字通り山のような大量のチョコレートを抱えて、寮へと帰る道中。

残りの学生生活、最後の難関はこのチョコの消費かもしれない。

鈴音のことだ、味は問題ないだろうが、媚薬の1つや2つ入っている可能性も捨てきれない。

 

「妹さんと仲直りできて良かったですね」

 

「ああ。当時は俺も幼かった。妹の急成長を目の当たりにして、兄として負けるわけにはいかないと躍起になっていたものだ。それがまさかこじれにこじれてこんなことになるとは思わなかったがな」

 

自分でも不思議なぐらい晴れ晴れした気持ちで自然と笑みがこぼれた。

 

「その……堀北くんっ。堀北君がチョコを受け取らないということは、重々承知しているのですが……気持ちだけでも」

 

隣を歩く橘が小さな包みを差し出してくる。

 

「いまさら受け取った数が一個や二個増えても大差ない」

 

「え、じゃ、じゃあ……」

 

「大事に頂く」

 

「はいっ!」

 

この学校に来て、この大量の家族からのチョコを除けば初めて受け取ったチョコとなった。

こういうのも悪くはなかったのかもしれない。

まったくもって、今日は自分の考えを何度も改めさせられる、そんな日だ。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「悪かったな一之瀬。面倒ごとに巻き込んでしまった」

 

「全然大丈夫、大丈夫だよ」

 

「なら良かったんだが」

 

3年の教室を離れ、帰宅することになったオレたち。

帰宅したら諸藤が集めたプレゼントが届いているのだろうか。

どのくらい集まったのか、大量にあったらあったでどうしたものかと困るだろうが、数個だった場合は場合であんな連絡が回った手前、辛さが増す。

 

結局このバレンタインにおいてハッピーな展開はあり得ないのだろう。

 

「綾小路くん、少しだけ散歩していかない?」

 

「それは構わないが……」

 

寮に着いたタイミングで一之瀬がオレの袖をそっと掴み小さな声で提案してくる。

いつも基本的にはハキハキしている一之瀬の珍しい一面。

 

「あの、さっ」

 

「なんだ?」

 

しばらく歩いたところで声を掛けてきたが、カバンに手を入れた状態でフリーズしている。

 

「あれぇ……お、おかしいな。もっとスムーズに出す予定だったんだけど……」

 

迷っている様子だったが意を決したように何かを取り出した。

 

「これ、バレンタインのプレゼント……も、貰ってくれるかな。一応ルール的には登下校中と学内で渡すのは禁止だったから、一度寮に着いた後ならセーフかなって」

 

「その件についてはオレの意思は関係なかったからな。個人的にはこうして渡してもらえて嬉しく思う」

 

「それなら良かったよ。なんていうか、私、こういうの今まで渡したことはないんだけど……。綾小路くんにはいつもお世話になってるし、その――」

 

「その?」

 

「えっと、その……その中身っ、マカロンなんだ。この前食べたことないって言ってたから丁度いいと思って作ってみたよ」

 

「それは食べるのが楽しみだな。ありがたく頂戴する」

 

「うんっ」

 

一之瀬はパタパタと手で扇ぎ赤く染まった自分の頬へ風を送る。

 

「あ、そうだ。今日もジムに行こうと思ってたんだ!ここで失礼するね。またね、綾小路くん」

 

「ああ。またな」

 

そう言い残し走ってケヤキモールの方向へ走っていく一之瀬。

オレはそんな一之瀬を見送りながら、貰ったマカロンを丁寧にカバンにしまい、寮へと引き返す。

 

部屋の前にはメッセージカードともに大きな段ボールが置かれていた。

 

『王子、ハッピーバレンタイン!みんなから預かった贈り物です。王子の想い人は1人かもしれませんが、みんなが王子の良さをわかってくれて私も鼻が高いです 諸藤リカ』

 

恐る恐る開封してみると、中にはいくつもの箱がそれぞれ誰から貰ったものかわかるように記載されて綺麗にまとめてある。

 

「変なところは律儀だよな」

 

『平田王子からの贈り物以外は解釈違いです』とか言って、陰で全て処分する可能性も考えていただけに、丁寧にプレゼントが扱われていることに少し驚いた。

 

重い段ボールを抱え部屋に入る。

当然鍵はかかっていなかった。

 

「あ、モテの小路君お帰りなさい。たくさん貰えたみたいで、さぞ気分が良いんじゃない?」

 

「そうでもない」

 

案の定、櫛田が部屋の中で待っていた。

だが、段ボールの存在を見たからか、堀北との一件からか、ご機嫌が少々よろしくないご様子。

他にいつもと違うことと言えば、夕食の香りがしてこないことか。

怒りのあまり食事抜きの刑なのかもしれない。

 

「ふーん、ホントかなぁ。堀北とも仲良くやってたみたいだし?」

 

「あれは退学への布石みたいなものだ。今日だってあと一歩だったんだがな、いや惜しかったな」

 

「ま、退学の約束してくれたし、そこは信じることにするよ。それで、私からなんていらないかもしれないけど、これあげる」

 

バッと雑にカバンから取り出された透明な包み。

クラスで愛想よく配っていたチョコとは別物だし、別人のようだ。

 

「ありがたく頂きます。……飴とマシュマロか?」

 

「そ、二種類も貰えて嬉しいでしょ。じゃ、今日はもう帰るから。夕飯はないけど、食べ物には困らないでしょ?」

 

「ああ」

 

「次の特別試験楽しみにしてるから」

 

そう言って櫛田は帰っていった。

いつもであれば食事をしてゆっくりしていくのだが、予定でもあったのだろうか。

 

ただ、櫛田の言う通り食べ物には当分困ることはないな。

取り急ぎ、手作りのものは市販のモノより日持ちしないだろう。

愛里からもらったマドレーヌと一之瀬のマカロンから頂くとするか。

 

その他に手作りのものはないかと段ボールを確認する。

 

ひよりからはキャラメル、波瑠加はカップケーキ、麻耶はハート形のチョコレートを贈ってくれたことがわかる。

 

他の生徒も含めあとでお礼を伝えておかなくてはならないな。

 

その時、インターホンが鳴る。

櫛田が忘れ物でもしたか、と思ったが、それなら黙って入ってくるはず。

 

「綾小路くん、いるんでしょ。出てきなさい」

 

声の主は意外な人物、堀北だった。

 

「どうした?ここには学はいないぞ」

 

玄関を開けて用件を聞く。

 

「そうでしょうね、兄さんの気配も匂いもしないわ」

 

「サラッと怖いことを言うのはやめてくれ」

 

「今日のお礼、あなたにはしていなかったわね。受け取りなさい」

 

堀北からクッキーの入った包みを渡される。

 

「一応聞くが、変なものは入ってないよな?」

 

「あなたに食べさせる意味はないでしょ」

 

「兄に食べさせる意味の方がないと思うんだがな」

 

いずれにせよ、堀北からの贈り物には警戒がいる。

 

「どうしたの。素直にお礼を受け取れなくなったらおしまいよ?」

 

「……受け取ったらまた何かさせられるんじゃないかって」

 

「おかしいことを言うのね。お礼と言ってるんだから安心して頂戴」

 

「それもそうだな」

 

堀北から差し出されたクッキーを受け取る。

 

「受け取ってくれたようだし、早速だけど学年末テストと特別試験の対策を相談させて。今日、改めてAクラスを目指す決意が固まったわ」

 

「お前は何を言っているんだ?」

 

「お礼は1チョコポイント分、まあトランプでのアシスト含めても2チョコポイントといったところでしょ。そのクッキー、10枚は入っているわ」

 

「良心の呵責はないのか」

 

「私は兄さんに追いつかなくてはいけないのよ?使えるものは何でも使うわ。さ、早く中に入れてもらえるかしら。コーヒーぐらい入れてあげるから、そのあと作戦会議よ」

 

オレを押しのけてズカズカと入室する堀北。

なんだか以前にも増して図々しくなったような気がする。

 

このバレンタインを通して堀北は成長できたのかもしれないが、オレにとってはただただ面倒が増えただけだった。

本当にバレンタインは甘くないな。





バレンタインは贈るお菓子ごとに意味がある、ということをこの話を描くにあたって知りました。
それぞれが渡したものは一応それを参考にしていたり……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

崩壊の足音

今回から原作に登場する特別試験の話になります。

毎度のことながらいくつかのネタバレが発生することになりますので、気になさる方はご注意ください。
※展開自体は原作と異なります。


「麻耶、誕生日おめでとう」

 

「ありがとう清隆くんっ!私のためにこんなサプライズしてくれてサイコーだよ」

 

2月28日はクラスメイト佐藤麻耶の誕生日。

ペーパーシャッフルで助けられて以来、今日はそのお礼も兼ねて盛大にお祝いすることに決めていた。

 

幸い、日曜日ということもあって出来ることの自由度は高かった――のだが、まさかこんなことをやるとは思わなかった。

 

そう現在オレは、グラウンドでサッカー部に混じり試合形式の練習に参加している。

 

そして、今しがたゴールトゥゴールを決めて、応援席で見守る麻耶のところまでお祝いを言いに来たというわけだ。

 

「綾小路ー!お前生徒会辞めてサッカー部入れよー」

 

「僕も驚いちゃったよ。綾小路くんがいれば全国制覇も夢じゃないと思うな」

 

即席チームメイトの柴田と平田が駆け寄ってくる。

 

「悪いがサプライズは珍しいからこそ価値がある」

 

「えー、清隆くんの活躍、私は毎日だってみたいよ」

 

……生徒会辞めて、2年生からはサッカー編、始めるか?

ようこそ実力至上主義のサッカー部へ……至極当然のことを言ってるだけだな。

実力でレギュラーを決めなくて何で決めるっていうんだ。

 

一瞬悪くないかとも思ったが、すぐにやることがなくなりそうなのでやめておく。

それに、夏休みのバスケの試合のように助っ人で急遽というシチュエーションならいざ知らず、試合のため定期的にこの施設から出るのはリスクでしかない。

 

そうして試合を終えた後はサッカー部からの熱烈な勧誘を断り、麻耶と夕食を共にする。

 

「グラウンドまで来てって連絡が来た時はびっくりしちゃった」

 

「麻耶が喜ぶサプライズを色々考えてみたんだが、こんなことしか思いつかなかった」

 

「こんなことなんて……。私、今日のこと一生忘れない」

 

これまでのサプライズ以上のものを求めた結果、悩みに悩むこととなり本人が喜ぶものが一番だという結論に至った。

それとなくどんな時に嬉しさや喜びを感じるのか尋ねてみたところ『清隆くんのカッコイイ姿を見た時』と言われてしまったため、余計に頭を抱えることに。

 

カッコイイってなんだ?

 

意識したことはないため、改めて問われるとわからなくなる。

 

原点に戻れば、麻耶がオレに好意を抱いたきっかけは体育祭での活躍。

それなら運動している姿を披露しつつ、そこで活躍すれば格好良くなるに違いない。

 

そこで、白羽の矢を立てたのがサッカー部だった。平田や柴田に頼んで、一日体験入部という形で混ぜてもらえることに。

 

もちろん、サッカー経験はなかったため、ちゃんと活躍するため学年末試験が終了してからは、平田に頼んで基礎を叩き込んでもらっていた。

最近は糖分を摂取し過ぎていたため、運動もできて一石二鳥というやつだ。

 

そういった準備が身を結び、ご満悦の様子の麻耶。この表情が見れただけで頑張った甲斐がある。

 

「はぁー、この時間がずっと続けば良いのになぁ」

 

「ずっと同じだと飽きてしまうんじゃないか?」

 

「ないない。いつまでも一緒なら幸せに決まってるよ」

 

幸せの感じ方は人それぞれ。

オレには理解できずとも、だからと言って否定することもできない。

 

「それに……明日は学年末試験の結果発表だから、なおさら明日が来ない方が嬉しいかな、なんて」

 

「勉強会でみていた感じだと問題ないと思うぞ」

 

「うーん、赤点はないとは思うんだけどさ、やっぱりまだ怖いかな。清隆くんやみんなと楽しく過ごしてる毎日が急に終わっちゃうかも、とか考えたくないっていうか……」

 

「それならもっと日頃から勉強を頑張るしかないな」

 

「清隆くんがまた教えてくれるなら頑張れそうなんだけどなー」

 

「今回は特例だ。それに、教えるだけなら堀北や啓誠の方が適任だな」

 

「えー」

 

以前、明人たちの勉強をみた時も思ったが、本気で指導するならその人物の得手不得手を理解し、適した指導を行う必要がある。

他にもうまくモチベーションを引き出すことも重要だったりと、何かとオレには向いていないと感じることが多かった。

 

「じゃあわからないとことか質問しに行くのは?」

 

「担当の先生の所へ行く事を勧める」

 

「もぅ、私たち仲良しの友だち、なんだよね?」

 

なるほど。友だち同士なら普通のことなのか。

確かに気兼ねなく何でも言い合える関係というイメージはある。

『友だち関係』を経験できる機会を自ら捨てる必要はないか。

 

「確かに友だちのピンチなら一肌脱ぐこともやぶさかではないな」

 

「やったあ」

 

こういう積み重ねで人は信頼関係を築いていくのだろう。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

翌日3月1日月曜日。

まもなくテスト結果が発表される。

 

「1年生もあと1ヶ月か……」

 

ため息とともにそんな言葉が零れる。

 

「わかるわよ、綾小路くん。兄さんの卒業が目の前に迫って来てノスタルジックなのね」

 

「いや……」

 

珍しいことだがブラコン堀北の発言が全くの的外れとも言い切れない、かもしれない。

学や橘からは多くのことを学ばせてもらったからな。

観察対象が減ることは機会損失――だからだろう、何となく感傷に浸ってしまったのは。

 

「お前たち、席に着け。お待ちかねのテスト結果を発表する」

 

茶柱先生が軽快に教室へ入ってくる。

 

「いやぁ待ってませんよぉ……うげぇ、胃が痛くなってきた」

 

「随分と弱気だな池。自信はないのか?」

 

「いや、やれるだけはやりましたけど、何が起こるかわからないじゃないですか」

 

「それはそうだな。この学校始まって以来、名前の書き忘れで退学になった者はいないが、池が最初の1人になるという可能性だってあるわけだ」

 

「お、脅さないでくださいよ」

 

「すまんすまん。あまり不安がっても仕方がないが、油断するよりは何倍もマシだ。だが、この1年でお前たちは確実に成長した。それだけは先に伝えさせてもらう」

 

「え、あ、はい。ありがとうございます」

 

茶柱先生からの滅多にない褒め言葉に池だけでなく、クラスメイトたちも戸惑っている。

とは言え、結果発表前にここまで機嫌がいいのだから、変に疑うよりも素直に受け取った方が良いだろう。

 

「今回の結果はこの通りだ。もちろん、赤点の生徒もいない」

「うぉマジかよ」「やったぁ、過去最高得点なんだけど」

「このぐらい当然の結果だな」

 

など様々なリアクションが飛び交う。

学年末試験までに何度か勉強会を開いた甲斐があって、どの教科も前回よりクラス平均が15点以上高い。

 

茶柱先生との取引は勉強会を開くことまでだったが、その後、ポチの動画撮影をお願いしたところ「とにかく結果を出せ」という条件が加わったため、ファンクラブ経由で先輩方から過去問を入手し、傾向と対策を練り、山を張って、成績の下位層を中心にひたすら暗記させた。

 

「残念ながら総合平均は、A、Bクラスには及ばなかったが、かなりの接戦で健闘したと言える。正直どこが1位でもおかしくなかったぐらいだ。その証拠に日本史など一部教科では勝っているからな」

 

日本史は暗記がメインで点数を稼ぎやすかったこともあるが、茶柱先生の担当教科なのでご機嫌を取る意味でも他より力を入れておいた。ご覧の通り、効果は抜群のようだ。

 

昨日不安がっていた麻耶も、ふたを開けてみればクラスの下位グループの中でも上位に位置しており、その他、須藤や軽井沢など入学当初と比べると大きく成績を伸ばしているようだ。意外なことに池もそれなりに伸びている。

山内や井の頭などあまり伸びていないメンバーと比較して何が違うのだろうか。

 

「さて喜ぶのはここまでだ。お前たちも覚悟はできているだろうが、来週8日から今年度最後の特別試験が開催される」

 

「うげぇー」

 

お祝いムードから一転、教室に重い空気が流れる。

とは言え、伊達に1年間この学校で過ごしてきたわけではないようで、大半の生徒が気持ちを切り替え、茶柱先生の話を真剣に聞く姿勢ができていた。

 

「例年、学年末の特別試験はそれまでのモノよりも過酷なものとなる。当然退学のリスクがある内容でもおかしくはない。だが、この時期まで退学者が出なかった学年はお前たちが初めてだ。この調子で全員で乗り越えることができるよう努めて欲しい」

 

そう言って茶柱先生は最後にこちらをちらっとみる。

 

だが、オレとしてはポチの動画撮影の権利を得た以上、勝つためにどうこうする必要性がない。

まして櫛田との約束があるため、堀北を程よく退学にするための道筋を考える必要があり、試験内容次第だが、退学者を出しながら試験にも勝つのは至難の業だろう。

 

「みんな、大変だろうけど、今度の試験で勝てばBクラスが見えてくる。頑張ろう!」

 

「だよな、Dクラスだった俺たちがBクラスとかなんかカッコイイよな」

「うんうん、私たちなら目指せるよ」

「このクラスにはリーサルウェポンの俺がいるから余裕だぜ」

 

平田からの激励をクラスメイトも前向きに受け止める。

この様子ならオレが何かせずとも平田や堀北任せでもいい勝負ができるかもしれない。

 

現状のクラスポイントは

坂柳(A)クラス   1372クラスポイント

一之瀬(B)クラス  1027クラスポイント

堀北(C)クラス    550クラスポイント

ひより(D)クラス   235クラスポイント

 

と、平田の言う通り、試験の報酬次第ではBクラスの背中が見えてくる。

 

気になるのはひよりのクラスか。

ここでの結果次第で来年度以降、クラス争いの場に立てるかどうかの瀬戸際といったところ。

リーダーになって以来、色々と働きかけているようだが、それがどれだけものになっているか。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

ホームルームが終了し、生徒会室へ向かう途中でメールが届く。

 

坂柳からの特別棟への呼び出し。

 

スルーするかどうか迷ったが、後々面倒なことになりそうなので仕方なく足を運ぶことにした。

 

特別棟の階段を進んでいくと、3階に向かう途中の踊り場で待機する葛城を見つける。

 

「来たか綾小路。今日の坂柳は機嫌がすこぶるいい。これからする話に関係があるのかもしれないな」

 

「それを聞いて早くも帰りたくなってきたんだが……」

 

「まあそう言ってやるな。わざわざこっそり会いたいなんて可愛いもんじゃないか」

 

親戚の子供を見守る叔父さんのような態度の葛城。

 

「本気で言っているのであれば、生徒会でやっていけるだけの度量は身についていると思うぞ」

 

「綾小路も世辞がうまいな。俺はまだまだだ。そのぐらい自分でもわかっている」

 

葛城は生徒会をどんなところだと思っているんだ。

一緒に坂柳が乗ってこなければいつでも歓迎するのだが……。

 

「とにかく坂柳はこの奥の教室だ。終わったら声をかけてくれ」

 

「相変わらず大変だな。お互い無事ならまた今度動画の打ち合わせをさせてくれ」

 

無言で頷く葛城に見送られ、坂柳の待つ教室に入る。

 

「こんにちは、綾小路くん」

 

「ああ」

 

「今回のテスト結果、綾小路くんのクラスはとても好成績だったようですね。これもホワイトルームで身につけられたノウハウか何かなのでしょうか?」

 

「用がないなら帰るぞ」

 

「ふふっ、つれないんですから。世間話でもと思ったのですが、本題に入らせていただきますね」

 

それまでの和やかな雰囲気が一変し、にこりと笑う坂柳からは殺気に似た何かが漂い始める。

 

「いけませんね、どうも気持ちを抑えきれなくなっているようです。そう、本題です。綾小路くん、次の特別試験――1年の締めくくりとなる舞台、私たちの勝負の場として相応しいと思いませんか?」

 

「思わないな。オレは特に何かをするつもりもない」

 

「それは残念です。ぜひ綾小路くんと雌雄を決したかったのですが……」

 

話の中身は案の定な内容だったが、やけにあっさり引き下がるな。

 

「話は変わりますが、動画チャンネルを開設なさると伺いました。実は私も興味がありまして、投稿すれば再生数が伸びに伸びる動画を提供する準備があります」

 

情報源は葛城あたりだろう。

出演する手前、坂柳に許可を取るのは当然とも言える。

 

「それと引き換えに勝負しろと?」

 

「まさかまさか。無償でお渡しいたします。私のお友だちが撮ってくださった、とても愉快な動画なんですよ。まずは再生数が稼げるかご自身の目でご覧になってください」

 

そう言って携帯の画面をこちらに見せてくる。

かなり自信があるようだが、一体どんな動画を用意してきたのか。

 

映し出されたのは公園。少し先にいるのは、男女2人と……子犬だな。

 

『ポチ、お手だ』

『わんっ』

『はぅうっ』

 

子犬が男の指示の元、同級生と思われる女子の手を舐めまわしている。冷汗が出てきた。

 

「こんなものもございますよ」

 

坂柳はオレの反応を楽しむかのように次の動画を見せてくる。

 

再び公園。またしても男女2人と子犬が映っているが、先ほどの女子ではなく、代わりに女性が映っている。

 

『綾小路、ポチが正しいお手を覚えるまで特訓に付き合ってもら――』

『ポチ、お手だ』

『わうん』

『んっ……どうやら反省が足りないようだな』

『ポチ、お手だ』

『わうん』

『んんっ!』

 

こっちの動画も、子犬が男の指示の元、女性の手を舐めまわしているな。

 

なるほど。外村は再生数を劇的に上げる方法は程よいエロスだと熱弁していた。

それに照らし合わせれば、間違いなく再生数は稼げそうだ。

 

「気に入っていただけたでしょうか?実は最近気持ちが昂っておりまして、この昂りを沈めなければ、綾小路くんより先に、この動画を誤って動画サイトにアップしてしまうかもしれませんね」

 

「ちなみにバックアップは?」

 

「大量にございますよ。ああ、これをあなたのお父様が見たらどう思うでしょう。最高傑作がただの変態に成り下がる前に、何が何でも連れ戻しに来られるのではないでしょうか。私の父も、この動画を突きつけられたら流石に庇い立て出来ないでしょう」

 

非常に楽しそうな坂柳。いつか一之瀬が言っていた噂の出所も判明したな。

周囲に気を付けていたつもりだったが、誰がこんな動画を撮影したのか。

Aクラスにはまだオレの把握しきれていない戦力があるようだ。

まったく侮れない相手と言わざるを――

 

「それでこの動画いかがでしたか?」

 

「わかった。次の特別試験で勝負しよう」

 

「それでこそ綾小路くんです」

 

坂柳は現実逃避すらさせてくれない。

こんな動画を撮られるとは、ポチに会えると少し油断しすぎたな。

 

「勝負方法は試験の内容がわかってからでいいか?」

 

「もちろんです。ただし、条件を付けさせてください」

 

「条件?」

 

「難しいものではありません。綾小路くんが真剣に勝負してくださること、そして引き分けや不戦勝など明確な勝敗がつかなかった場合は、次の試験に持ち越し続けること、以上です」

 

「適当に流すな、ということか」

 

「はい。それらが守られた勝負をしてくだされば、勝敗に関係なくこの動画はバックアップごと削除することをお約束いたします」

 

「決まりだな」

 

こうして次の試験で坂柳との勝負が決まった。

櫛田との約束もあるため、勝負内容は工夫する必要がありそうだ。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

だが、次の日、想定外の出来事が起きる。

 

朝のホームルームが始まるや否や、茶柱先生が険しい様子で教室に入ってきて告げたのは、追加の特別試験の実施だった。

 

「例年と比べ、今年は退学者が出ていない。学校はその『特別措置』として追加の特別試験を今日より実施する。それをクリアしたものだけが8日の特別試験へ進むことができる」

 

生徒たちからは非難の声が出るが、学校側の決定を覆すことなどできるわけがない。

茶柱先生自身も納得しているわけではないことは、その様子からも伺える。

それだけイレギュラーな出来事なのだろう。生徒会にある過去のデータにもこの時期に1年生が特別試験を2つ取り組んだ事例はなかった。

 

 

「特別試験の内容は極めてシンプル。そして退学率もクラス別に3%未満と髙いものとは言えない」

 

妙な言い回しから察することは多い。

退学率、具体的な3%という数字、高いものとは言えないという表現。

 

恐らくこの試験では……。

 

「お前たちに取り組んでもらう特別試験は――『クラス内投票』だ」

 

茶柱先生からルールの説明が始まる。

 

今日から4日間でクラスメイトに評価をつけて、賞賛に値するもの、批判に値するものを3名ずつ選出し、土曜日の試験当日に投票する、というもの。

 

また、クラス内だけでなく1名だけ他クラスの生徒を選び、賞賛票を入れなくてはいけない。

 

投票結果で、賞賛票1位の生徒には新制度のプロテクトポイントという1度だけ退学を無効にできる特典が与えられる。

 

批判票1位の生徒は『退学』となる。

 

同数であれば決選投票、無記名、同一人物への複数回記入禁止などの細かいルールも定められており、必ず一人退学者を出すということを覆すことはできそうにない。

 

まるで退学大好き櫛田さんのために作られたような試験だ。

まさかとは思うが、学校の運営人も手中に収めたとか……。

あの校長であれば櫛田なら籠絡できそうなだけに、ないとは言い切れない。

背中しか見えないが、平田を始め多くの生徒が動揺している中、表では周囲と同調しているものの、心の中では退学チャンス到来とばかりに小躍りしている様子が伝わってくる。

 

しかし、この試験はオレにとっても都合が良いな。

少し前から考えていたことを実行するには丁度いい機会だ。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「遅くに悪いな、一之瀬」

 

「それで、話って何かな。綾小路くん」

 

とんでもない特別試験が発表された日の夜、綾小路くんから連絡が来た。

 

時刻は23時過ぎ。綾小路くんのお部屋に招待されている。

 

そっとココアを差し出してくれた綾小路くん。

温かくて甘い。

 

まさか退学がかかったこの場面で、万が一のための思い出作りに……なんてことはないだろう。

普通に考えて綾小路くんが退学になるはずがない。というより私がさせない。

すでにBクラスの賞賛票は全部綾小路くんに投票することでみんなにも納得してもらってる。

 

「今回の試験、Bクラスはどうするのかと思ってな」

 

「……私たちのクラスは退学者を絶対に出すつもりはないよ」

 

「つまり2000万ポイントを使った救済を考えているんだな」

 

「……さすが綾小路くんだね、全部お見通しだよね」

 

「ポイントは足りるのか」

 

「実は、クラス分のジム代とか席替えとか色々使っちゃったこともあって、あと200万ポイントぐらい足りなくて……」

 

正直に伝えると綾小路くんは携帯を操作し始める。

 

「いま、振り込んでおいた」

 

「えっ!?」

 

確認するとポイントが2000万ポイントに到達している。

これで退学を防げる、そう実感した途端、身体から力が抜けていった。

 

確かにこんな大金を貸してくれるのは、この学校じゃ綾小路くんか南雲先輩ぐらいだと思ってたけど、あまりにあっさりしすぎてない?

ポイントを貸す代わりにオレと交際しろ、とか言っていいんだよ?

 

「その代わりと言ってはなんだが……」

 

急に真剣な雰囲気になる綾小路くん。

え!?ホントに交際要求してくれるの?

 

はい、うん、わかった、よろしくね……何が返事として一番かな、って落ち着いて私。

心の中で深呼吸をする。

 

「その2000万ポイントをオレにくれないか?」

 

「へ?」

 

理解が追いつかない言葉に、間の抜けた声が出てしまう。

 

「もしそうしてくれたなら、そのポイントを使ってオレは一之瀬のクラスに編入したいと考えている」

 

プレゼントは綾小路くん自身でした。なんて考える余裕もない。

突然の提案。まったく想定していなかったこと。

 

 

 

この提案への返事が私の……ううん、この学校の命運を決めるターニングポイントだったなんて、この時の私は知る由もなかったんだ。

 

 






本日7月20日は一之瀬さんの誕生日。
こんな時に限って7:20の投稿に間に合わず無念です……。

そして誕生日なのに、作中では他の人が祝われてたり、クラスメイトか綾小路くんかの究極の2択を強いられたり、散々なことに……。悪意はありません←


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

並んで歩むために

茶柱先生から告げられた新たな特別試験『クラス内投票』は、朝のホームルームが終わった後も生徒たちに衝撃を与えていた。

 

『週末にはこの中の誰かがいなくなる』

『その選択を自分たちの手で行わなくてはならない』

 

実感に乏しい中でそんな思考が潜在的な恐怖を呼び起こしているようだった。

 

「きっとなんとかする方法があるはずだよ、諦めちゃだめだ」

 

平田が不安げな生徒一人一人に声をかけ励まし続ける。

 

平田の実力であれば、どうにかする方法などないとわかっているだろうに、よくやるものだ。

 

「本来、生徒のケアは生徒会の仕事なんじゃないかしら?」

 

そんな姿を漠然と眺めていたところ堀北からいつもの嫌味が飛んでくる。

 

「悪いがオレの管轄外だ」

 

「綾小路くんは兄さんの爪の垢でも煎じて飲むべきじゃないかしら。茶道は得意なんでしょ?」

 

「そんな茶の湯、利休先生が聞いたら泣くぞ。ついでに聞くが、堀北が敬愛するお兄さまならこの試験どうやって突破すると思う?」

 

「2000万ポイントがない前提で考えるなら……」

 

学に限らず、どんな優秀な生徒だったとしても過程が異なるだけでたどり着く答えはひとつだろう。

 

「クラスメイトが納得する理由――つまりテストや試験の成績といったクラスへの貢献度を指標にして、一番成績の低い生徒を選ぶんじゃないかしら。もっとも成績関係なくクラスにとって厄介な生徒でもいなければ、の話だけれど」

 

チラッと高円寺の方を見る堀北。

確かにこの試験で成績の優秀な生徒が批判票に選ばれるなら高円寺の様にクラスに何らかの不利益を与える人物になるだろう。

当の高円寺はいつも通り鼻歌混じりで手鏡を見て髪の手入れをしている。

自分が選ばれるとは思っていないのか、何か策があるのか。

 

「そういうことだ。結局この試験は誰かを退学にしなければならない以上、平田のやっていることは気休めどころか、逆効果でしかない」

 

「それでも簡単に割り切れるものじゃないわ。私だって頭ではわかっていても、まだ受け止めきれないもの……」

 

そういうものなのか。

テストの成績は各クラス平均点での勝負となる。

先日の期末試験でも上位成績者はAクラスにも負けない成績だが、それでも勝てないのは下位層の成績が原因。

Aクラスを本気で目指すのであれば、クラスにとってこの試験はボーナス試験と言っても差し支えない。

 

しかも直前にテスト結果が出ているだけに、堀北の言った指標も明確。

だが、学や坂柳のクラスのようにリーダーによって統率されたクラスならともかく、このクラスでそれを示しても上手くいくかは別の話だが。

 

「綾小路くん、ちょっといいかな。相談があって……」

 

「どうした?」

 

神妙な面持ちの平田から声を掛けられる。

まさか平田も生徒のケアは生徒会の仕事だとか言い始めないよな。

 

「その……もしかしたら綾小路くんなら2000万ポイント、あるいはそれに近い数字のポイントを持ってるんじゃないかと思って。図々しいのは承知の上でのお願いなんだけど、もし持っているなら、クラスのために貸してくれないかな」

 

そう言って頭を下げる平田。

 

「期待してもらっているところ悪いが、オレはそんな大量のポイントを持っていない。一時期借金で苦しんでいたぐらいだ」

 

「そうなんだ、うん、そうだよね……」

 

「学や南雲たちが異例なんだ。生徒会だからと言って大量にポイントを保有しているわけじゃない」

 

「じゃあその生徒会の先輩方に頼むことはできないかな」

 

いつもであれば先ほどの話で身を引く平田だが、今回はそうもいかないらしい。

 

「3年は卒業前の大事な時期、戦略価値のあるポイントを手放すことはないだろうし、そもそも残り1ヶ月じゃ返済もできない。南雲は論外だな。交換条件で何を言われるかわかったもんじゃない。役に立てなくてすまないな」

 

「ううん。こちらこそ無理を言ってごめんね……」

 

肩を落とす平田。普段の爽やかオーラはどこかにいってしまっている。

クラスの事を何よりも大事に想う平田にとっては酷な試験となりそうだ。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

放課後になると再び坂柳から呼び出される。

話の内容は、昨日約束した勝負についてだろう。

 

「連日お呼び立てして申し訳ありません。用件はお分かりかと思いますが、綾小路くんさえよろしければ、勝負の話を次回に見送らせて頂けませんか?」

 

「『次の試験』はお互い8日の試験を想定していたからな」

 

「はい。試験内容もクラス内でのふるい落とし。直接戦えるものではありません」

 

「そうでもないと思うんだが……まさか怖気づいたのか?」

 

「ふふふ、面白いことをおっしゃいますね。……気が変わりました、では今回の試験で勝負いたしましょう。それでルールはいかがいたしますか?そこまでおっしゃったんです、さぞ胸躍る勝負方法をご提案いただけることでしょう」

 

挑発のお返しとばかりに煽りを入れてくる。

こちらとしては、坂柳の件も櫛田の件もさっさと済ませてしまいたい。

そうすることでオレは気兼ねなくBクラスへ移動して気ままに平穏な学生生活を送ることができる。

 

「こんなルールはどうだ。自分のクラスで退学させるターゲットを決め、その名前を記入した紙を箱に入れ施錠し保管。箱は茶柱先生、鍵は真嶋先生にでも預けておけば不正はできないだろう。そうしてお互い誰を狙っているかわからない状態を作り、試験当日の投票前に、相手が誰を退学させようとしているか予想し再び保管する。結果発表後に箱を開けて、相手のターゲットを当てていた方の勝利だ」

 

「これはこれは……。クラスメイトを勝負の道具にしてしまわれるなんて、生徒会の副会長がおっしゃるセリフとは思えません」

 

「どっかの生徒会長よりはマシなつもりだ」

 

「ふふ、違いございませんね」

 

「誰を退学にさせるか狙いを定め、その上で相手に悟られないように票をコントロールする。それなりに楽しめる勝負になると思うが」

 

露骨に票の操作に動けば、お互いに勘付く。だが、直前まで何もしなければ別の生徒が退学になるかもしれない。

 

「ちなみに狙ったターゲットを退学させられなかった場合は?」

 

「そんなヘマをするようなら勝負にすらならないと思うが……その場合は、相手のターゲットを当てていても負けということでいいんじゃないか」

 

「なるほどなるほど。ですが、そんな言い回しをなさらなくても大丈夫ですよ、私たちの仲ではございませんか」

 

「それがわかるなら少しは勝負になるかもしれないな」

 

この勝負、相手のターゲットを予想するというのは表向きの話。

手っ取り早く勝つには、相手が狙った人間を推理するより、残り39人のうち誰かを退学に陥れればいい。

 

そのことに触れずに話を進めたが、坂柳はすぐその可能性に至ったようだ。

決して相手の実力を低く見積もっていたわけではないが、少し修正する必要があるな。

 

「ふふふ、強気な綾小路くんも悪くありませんね。それでしたら一つだけ条件を加えさせていただいても」

 

「どんな条件だ?」

 

「簡単な話です。Bクラスのもつ賞賛票を綾小路くんの意志でコントロールしないこと。もちろん、私も干渉は致しませんよ」

 

「その条件で構わない」

 

もう一つの勝ち筋、相手の狙った生徒を賞賛票によって救う方法。

成功すれば、相手を確実に負けにできる。予想する紙に別の生徒名を記載しておけば、実質2人選択できることにもなる。

逆に自分のクラスで批判票が集まりやすそうな人物に集めておくことで、自身のターゲットの退学確率を上げたり、賞賛票集めをブラフにしてその相手が真のターゲットだったりと戦術の幅が広がる。

だが、それはBクラスの賞賛票をコントロールできればの話。

残念ながら自分のクラスの生徒たちに呼びかけて、他クラスへの賞賛票を指定できるのは多く見積もっても10人いるかどうか。

その程度の票では坂柳が批判票を集めた生徒の退学を阻止することはできないし、ブラフとしても弱い。

 

「楽して勝利できると思われてもつまらない結果になってしまいますからね」

 

「箱の準備もある。ターゲットの記入は明日でもいいか?」

 

「問題ございません」

 

「決まりだな。明日同じ時間にここで投票だ」

 

「ええ。楽しみにしています」

 

話し合いが終わったため、踊り場で待機している葛城に坂柳を迎えに来るよう伝えるべく教室を出たところで、坂柳から声を掛けられる。

 

「そういえば、私事で恐縮ですが父が停職処分となりました」

 

「……それ今言うことか?」

 

「まさか勝負する流れになるとは思わず、機を逸してしまいまして」

 

いや絶対わざとだろう。

 

「この試験、確かにあの理事長が監督しているにしては妙だとは思っていたが……」

 

「そうですね、父なら確実に誰かを退学にしなければならないような試験は許可しないでしょう」

 

「つまりこの試験は仕組まれたものか」

 

「要らぬ心配かと思いますが、どうかお気をつけてください」

 

「ああ」

 

いよいよホワイトルーム――あの男がオレを連れ戻すために本腰を入れてきたということ。手始めに邪魔な理事長を停職に追いやったのだろう。

 

そうなると、次の手も予想はつくが、そのあとどう動いてくるか。

警戒は必要だが、まずはこの試験をやり過ごさなければ何も始まらない。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「退学が退学で退学を退退学学の退学だね、綾小路くん」

 

「そうだな、退学だな」

 

興奮のあまり頭が退学で一杯になってしまった櫛田。

よほど嬉しかったのだろう、夕飯は普段より豪勢なものとなっている。

退学チャンスが来ただけでこんな食事を取れるなら定期的に退学になるような試験が来るのも悪くないな。

 

「それで具体的にはどうやって堀北を退学にするの?」

 

「オレが大々的に動いたら勘付かれる可能性が高い。オレは裏で動き準備を整え堀北の逃げ道を塞ぎ、トドメは櫛田が刺す、そんな策を考えてある。その方が櫛田としても嬉しいだろ」

 

「さすが綾小路くんだね、よくわかってる」

 

「まずは平田の話に乗って欲しい。そうすれば自然と堀北と対立構造になるだろう。勝負所は必ず来る、それまで櫛田はクラスメイトのために行動しているという姿勢を忘れずにな」

 

「誰に言ってるのかな?そんなのいつも演じてることじゃない」

 

「なら安心だ」

 

「あぁこの一年本当に長かったなぁ。この苦しみが土曜日には跡形もなく消え去ると思うと、私、嬉しくて嬉しくて――」

 

苦しみが消え去る、か。

 

「無事堀北を退学にできた時は綾小路くんにもたっぷりお礼をするから!そして今度こそ一緒にAクラス目指して頑張れるねっ!!」

 

「そうだな」

 

この試験、どんな結果になったとしてもその未来だけは来ないことが少しだけ残念だな、とデザートのメロンを味わいながら思った。

その後、櫛田の退学談義に付き合い、22時を過ぎたところで櫛田は帰宅する。

 

遅い時間となってしまったが、一之瀬にも今日中に話をつけておきたい。

チャットを送ろうと携帯を手に取ると、綾小路グループのグループチャットのメッセージ数が大変な量になっていることがわかる。

 

試験への不安や土曜日までの過ごし方について、各々の意見を述べていたようだ。

 

最終的にグループ内で賞賛票を回すことで、少しでも退学のリスクを避けようという話でまとまっていた。

 

『賞賛票、オレの分は不要だ。4人で上手く回してくれ』

 

遅ればせながらメッセージを送信しておく。

オレを除けば、自分以外の3人に投票することができる。

オレ自身はこの試験で退学になる可能性が限りなく0に近い。

それこそ坂柳が暗躍して、いくらネガティブ・キャンペーンを行ったとしても覆せるものではない。

テストオール満点、高い運動能力、副会長権力、加えて他クラスとの交流もある。

日頃の行いの成果だなと思ったが、どれも生徒会に入ったことが要因で残してしまった実績だけに、学から勧誘されたときの無茶苦茶な謳い文句も馬鹿にできないと、少し面白かった。

 

一之瀬にチャットを送ると遅い時間にも関わらず、すぐに既読となった。

 

……が、なかなか返事が来ない。

 

寝落ちでもしてしまったのだろうかと可能性を考えはじめたところで、返事が来て23時頃にここに来てもらう約束をする。

 

あとは一之瀬と交渉して2000万ポイントを受け取り、試験後にBクラスへと移籍する。

Bクラスにしばらく滞在してわかったが、オレ自身が無理に普通の学生になるよりも、普通の学生に囲まれて過ごせば、自然と普通の学生生活を送れる。

 

Bクラスにはクラスメイトを退学にするように迫るヤツも、AクラスAクラスうるさい担任やブラコンも、何かとトラブルを持ってくるクラスメイト一同もいない。

思いやり協調性に溢れた平凡で平和な世界。

気がかりがあるとすれば、綾小路グループの面々や麻耶にみーちゃんなどとのその後の交流だが、クラス移動したことで疎遠になるようならその程度の仲だっただけ。

代わりが必要だと思えばBクラスでも作れる。

 

そうしてBクラスで学生らしい学生生活を送り、24億ポイントもほどほどに取り組んで、最終的に集まらなくとも挑戦したことに意味があるなんていういかにもそれっぽい達成感を得て、仲間たちと一緒に笑いながら卒業する。

他にも色々プランはあったが、それでいいんじゃないかと思えるようになった。

 

チャイムが鳴る。

 

どうやら一之瀬が到着したようだ。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

特別試験の解決策を色々考えてみて、誰も退学にならない方法は2000万ポイントによる救済しかないという結論に至り、ベットの上で悶々としていた時だった。

 

『これから会えないか?』

 

綾小路くんからドキッとするようなチャットが送られてくる。

でもここで手放しで喜んだり期待したりしてはいけない。

綾小路くんのことだから色っぽい話じゃなくて、試験に関して話したいっていう、これまで幾度となく繰り返したいつものオチに決まってるからだ。

そうでなければ、私はジムに通っていない。

 

とは言っても、一体なんて返事すればいいんだろう。

 

『試験の話かな?』

ダメダメ、わずかでも残されている可能性を捨てたくはない。

 

『喜んで』

いや、これじゃ期待満々すぎる。

 

『ちょうど暇してたんだー』

こんな夜更けに?

 

『私も会いたい』

これは攻めすぎだよ。

 

思いついた案を打ち込んでみては消しての繰り返し。

どっちにしてもすぐ会いに行くのは難しい。

まずは寝間着から着替える必要があるわけで……あれ、髪とか変になってないかな、風呂上りだから匂いは大丈夫なはず。でも一応香水はつけて……。服は何を着て行こう。あ、そうだった、返事しなきゃなんて送ろう……。

 

なんとか捻り出した『大丈夫だよ。23時頃でもいいかな?』を送るまでに随分と時間がかかってしまった。

 

こうして23時に綾小路くんの部屋に行く事になった。

 

少しだけ時間と心に余裕ができたことで、頭を特別試験のことに切り替える。

退学救済に必要な2000万ポイントの不足分――200万ポイントは誰かから借りるしかないけど、この時期にそんな高額のポイントを貸してくれそうな人は限られてる。

 

例えば、一応候補の1人、南雲先輩にお願いした場合、2つ返事で貸してくれそうだけど、その代わりに何か要求してくることはこれまでの経験から予想できる。

最悪の場合、あの人なら交際を迫ってくるぐらいしそうだ。

ホント馬鹿みたいな話だけど、仲の良いはずの朝比奈先輩が適度に距離を取っているように異性としての南雲先輩は碌でもない人だと思う。

 

3年生はより難しいだろうから、候補は綾小路くんに絞られる。

クラス争いに興味がない彼なら他クラス生でも救ってくれるはず……ううん、正確には救うというより、メリット、デメリットを考えてロジカルに行動する人だから、何かしらのメリットを私が示すことができれば大丈夫なはず。

いざとなれば、変に義理堅いところを利用させてもらって『私は昔無償でポイント貸してたよね』でごり押しすれば折れてくれる可能性もある。

ただ、これをすると嫌われちゃうかもしれないので出来れば避けたい。

 

とにかく、クラスメイトを救うためには私が頑張るしかないんだ。

そしてそのチャンスはこの後すぐ来てしまう。

 

綾小路くんの求めるメリットか……。

まあそれがわかるんだったら色々苦労しないんだけどね。

一緒にいて見えてきたことと全然見えないこと、どっちもたくさんあって、新しい発見をすればするほど惹かれていく、不思議な人。

 

 

そんな風に色々考えて、よし、頑張るぞ!と意気込んで行ったのにあっさり200万ポイントを貸してくれた綾小路くん。

 

でも本当に頑張らなきゃいけなかったのはここからだったんだ。

 

「その2000万ポイントをオレにくれないか?」

 

「へ?」

 

「もしそうしてくれたなら、そのポイントを使ってオレは一之瀬のクラスに編入したいと考えている」

 

綾小路くんから想像すらしていなかったことをお願いされる。

頭が真っ白になるってこんな感じかぁ……。なんて呑気な逃避思考を振り払う。

 

「以前、リアルケイドロが終わってから色々と悩んでいたよな」

 

「……うん」

 

屋上で龍園くんたちにクラスメイトがボロボロにされる中、見てることしかできなかった無力な自分。

 

「オレの編入はその解決策のひとつだ。自分にできないこと、クラスに足りないものがあるなら、出来るやつを味方にすればいい話だ。Bクラスの一員になれたら、一之瀬やクラスメイトが困ったときは力になると約束する」

 

確かに綾小路くんが来てくれたら、向かうところ敵なしの盤石なクラスになる。

遠くない未来、Aクラスにだって上がれるだろう。

 

「一之瀬が迷う気持ちも理解できる。オレを編入させるということは、大事なクラスメイトひとりが退学になってしまうということだからな。オレもBクラスには何かと世話になっているから心苦しいが、その生徒の犠牲を無駄にしないためにも、頑張って貢献するつもりだ」

 

2000万ポイントを救済ではなく、引き抜きに使用する。

誰かを犠牲にする代わりに、綾小路くんが来ることによってその後の特別試験や普段のテストの成績、体育祭……あらゆる面でクラスの勝利は確実になる。

長い目で見ても、2年生が引退後の生徒会は私たちが引っ張っていくことになるためメリットしかない。

本来なら私たちの方がみんなで頭を下げて色んな交渉材料のもと何とかして勧誘するような話。

 

「きっとそれなら、クラスメイト達も、恐らく退学が決まってしまった生徒も納得してくれると思うぞ」

 

これが誰の退学もかかっていない場面であれば、こんなにも悩むことはなかった。

試験だの実力だのを抜きにしても、綾小路くんがクラスメイトになって一緒に過ごせる2年間を想像するだけで鼓動がはやくなる。

 

でも――私はクラスリーダーとして正しい判断をしなきゃいけない。

 

正しい判断……これまで一緒に戦った仲間を切り捨てるのは正しいことのはずがない。

でもクラスを勝利に導く手段を取ることも間違っているわけはない。

なら、リーダーとしての正しい判断は、私自身が犠牲になって代わりに綾小路くんに来てもらうことなんじゃないだろうか。

 

「ただしひとつだけ条件を付けさせてくれ。オレはお前が退学になることを絶対に許さない」

 

そんな私の考えなど見透かされているようで、綾小路くんからストップを掛けられる。

こんな状況でなければ嬉しい言葉を投げかけてくれているのに……。

 

「もし2000万ポイントの譲渡に引っかかりがあるのであれば、借用でも構わない。卒業までに返済させてもらう」

 

「ポイントを……貸す……」

 

「ああ、そうだ。そうしたら、また一之瀬の世話になることになるな」

 

綾小路くんからの甘言。

クラスでも生徒会でも一緒。ポイントも貸せる。24億集まらなくても、私たちはAクラスで卒業できる。一緒に居る時間が増えれば、それだけで幸せだけど――だけど、もしかしたらその先の関係になることだってあり得るし、卒業後も交流を続けていける可能性も高まる。

 

こんなにも幸せな未来を約束してくれる綾小路くん。

 

だったら私は――――。

 

ううん、答えは何となく最初からわかっていた。

 

だって……。

 

こんなの。

 

こんなの綾小路くんらしくない。

 

このタイミングで『B』クラスにくるなんて、2000万ポイントの無駄遣いを、あの綾小路くんがするとは思えない。

 

そこから綾小路くんの思考をトレースすれば、答えはひとつ。

 

「とても……とても魅力的な提案だね」

 

「だろ」

 

「でもね、綾小路くん。私はもう大丈夫だよ」

 

「大丈夫?」

 

「うん、こんな提案、なんだか綾小路くんらしくないからさ。私がまたポイントを綾小路くんに貸しちゃわないかどうか、何に代えてもクラスメイトを守る覚悟があるかどうかを試してくれたんだよね。少し前ならともかく、私もこの学校でたくさんの経験をして、もう覚悟は決まっているよ。だから安心して。弱いままの私は卒業。今はまだまだだけど、綾小路くんの隣に並んで恥ずかしくないぐらい成長して見せるから」

 

初めから『救済』か『引き抜き』か、なんて2択は存在していなかった。

 

どういうわけか綾小路くんは私の成長を促してくれることが多い。

それもこの一環だった、それだけの話。

 

「その答えでいいのか?」

 

「うん。これまで綾小路くんには情けない姿ばっかり見せちゃってたし、心配してくれた気持ちはすごく嬉しい。……いつもありがとう」

 

「そうか。一之瀬の覚悟は伝わってきた。その2000万ポイントでクラスメイトを救って、これからも頑張ってくれ」

 

「もちろんだよ。クラスメイトは絶対に守ってみせるから」

 

「ああ。それでこそ一之瀬だ」

 

そう言う綾小路くんの表情はいつも通りのはずなのに、どこか少しだけ寂しそうに見えた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「……オレらしくないか」

 

一之瀬が去った後、空になったマグカップを片付けながら考える。

 

まさか一之瀬がオレの思考をここまで読んでくるとは思いもよらなかった。

少し前の自分なら、確かにこんな提案はしなかった。仮にするとしても、一之瀬が言ったように相手を試す時ぐらいだろう。

 

皮肉なもので、一之瀬によって考えを変える選択をしたオレとオレに感化され成長してきた一之瀬が、お互いが進んできた方向へと歩み寄った結果、すれ違うこととなり……何も変わらなかった。

 

ただ、結果はともかく、驚かされたのは事実。

一之瀬の成長に敬意を表して、少しだけ本心で語ろう。

 

クラスメイトを切り捨てない、どこまでも正しさを貫く判断。

多くの人はそれに憧れはしても、実行することは難しい。

 

だからその決断をした一之瀬のことを立派だと思う。

 

だが、そんな一之瀬のやり方では人間社会で勝ち残ることはできない。

これまた皮肉なことにオレの存在がその根拠となってしまっている。

 

日本を導く人工的な天才を作るホワイトルーム――その最高傑作がオレということになっている。一之瀬の様な善人の正論正攻法で世の中をコントロールできるというのなら、オレもそうなっていなくては矛盾する。

世界を統べる人材育成を最終目標とし作成されたカリキュラム、その中でも最高レベルの課題をこなし生まれたのがこんな人間だ。逆説的にその反対の人物では勝ち残れないということ。

 

だからこそ、社会の縮図のようなこの学校で一之瀬がどこまでやれるのか興味があった。

 

元々は学と橘の関係を模して対抗するために生徒会へ入れただけの関係であったが、ここまで面白く変化を続けてくれた。

そうして気づけば、彼女が成長した先に、オレの想像を超える、あるいは想像できない、ひとつの答えがあるような期待感が生まれていた。

 

計画を変更してでも、もう少し近くでその成長を、答えを見守るのも悪くはない、そう感じさせられるだけの変化。

 

しかし、その道は絶たれてしまった。

それなら元の計画を進めていくだけのこと。

寄り道など必要がなかったことがわかっただけ。

これは、それ以上でもそれ以下でもない、そんな話。

 

愛着が湧いたものを手放す――例えば、小さい頃からずっと一緒だったぬいぐるみを捨てる時、その時は辛くとも、やがて時が経つと共に思い出すこともなくなっていく。

人が、いつかやってくる大切なものとの別れを通して大人へと近づいていくのであれば、オレはまさにそんな体験をしているのかもしれない。

 

そうして心であろう存在がゆっくりと冷えていくのを感じる。

それに伴って試験や勝負や約束などへの関心も薄れてゆく。

 

そんな形容し難い感情が、冷えた心のような何かを静かに満たしていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

冗談じゃない

試験が発表された翌日の朝。つまり投票日まで残り3日。

 

クラス内は昨日と変わらず異様な緊張感に包まれていた。

他クラスと比べるとお世辞にも結束があったとは言えないが、そんなクラス仲でも約1年苦楽を共にしてきたことでそれなりに絆のようなものが生まれていた。

少なくとも、特別試験などいざという時には、平田や櫛田、堀北を中心にまとまることができるぐらいには。

 

だが、この試験が発表されてからはそうもいかない。

そもそも中心人物である、平田や櫛田が批判票で退学になる可能性は限りなく0に近いため、退学になるかもしれない生徒にとって安全圏にいる人間から何を言われても響かないのだろう。例外があるとすれば、自分の身の安全が保障されるときぐらいか。

 

「きよぽん、おはー」

 

「ああ。おはよう」

 

登校してきた波瑠加が簡単に挨拶を済ませると、こっちに来てと手招きをする。

他の綾小路グループの面々も招集され、波瑠加の机の周りに集まっていく。

 

「昨日チャットで話してた内容についてだけど――」

 

周囲を警戒しつつ、小声で話し始める波瑠加。

 

「きよぽんは本当に大丈夫なの?」

 

「ああ。問題ない」

 

賞賛票をオレ抜きでグループ内で投票することについて、波瑠加なりに気を遣ってくれている様子。

 

「清隆なら大丈夫だとは思うが、それでも万が一はある」

 

啓誠もオレなら問題ないとはわかっていても、申し訳ない気持ちがあるようだ。

ただ、今回はオレに賞賛票を入れてもほとんど意味がないため、話を逸らすことにする。

 

「確かに油断はできないが、警戒しすぎるのも良くない。この試験、普通にしていたらオレだけでなく、ここにいるメンバーが退学になることはないからな」

 

「え、本当!?」

 

思わず大きな声が出てしまった愛里にクラス中の視線が集まるが、それを感じ顔を真っ赤にする愛里を見てすぐに視線を戻す。いや正確には、一部、チラチラと見続ける男子生徒も何人かいるようだが……。

 

「本当だ。批判票はひとり3票。個人的な恨みでもない限り、投票先は絞られる。候補は大体想像つくんじゃないか?」

 

「そうだな。単純に考えたら成績順とかだろうしな……」

 

「あと協調性を欠いている奴も候補だろ」

 

明人と啓誠が思い浮かべている人物――例えば、先ほどから愛里を盗み見している山内を筆頭に、池や本堂、改善してきてはいるものの素行に問題があった須藤、言わずもがなの高円寺、女子で言えば井の頭あたりが候補か。

 

「でも友だちとか、す、好きな人……には入れられないんじゃないかな」

 

「だよねー。ん?それって私たち不利じゃない?」

 

成績の怪しい麻耶や恵でも、友人数を考えると退学の心配はほぼいらない。

極端な話、このクラスの半数以上と仲が良ければ、退学になる確率は著しく下がる。

 

「波瑠加も愛里もこの前のバンドで目立ってたし、クラス問わず賞賛票入れる男子はいるんじゃないか」

 

「おっ、みやっちいいこと言うじゃん」

 

「でもそれを言ったら明人くんは運動できるし、啓誠くんは勉強できるし、き、清隆くんは全部できるから、みんな大丈夫!…と思う」

 

「愛里もだんだん言うようになってきたねー」

 

ある程度の安心感を得られたようで、先ほどまでの重々しい空気は薄れていた。正直なところ、退学する人物は決まっているため、結局こんな議論は無意味でしかないのだが……。

 

「葛城くん、ここまでで結構ですよ。あとは神室さんと一緒に行きますので」

 

そんな時だった。教室の廊下から声が聞こえてくる。

誰の声か、と考える必要がないことは内容が聞こえた人間の共通認識だろう。

直接乗り込んでくるとは……勝負方法に何か不満でも出てきたのだろうか。

少し身構えて待っていたのだが――。

 

「朝から恐れ入ります。その……山内君はいらっしゃいますか?」

 

「え?俺?」

 

教室の入口から顔を出した坂柳から指名されたのは意外な人物だった。

山内本人はもちろん、教室中の生徒が少なからず驚きを見せている。

 

「はい……。その、よろしければ今から少しだけお時間いただけませんか?お話がしたくて」

 

「別にいいけど」

 

誘われるままついて行く山内。このタイミングでの接触は、あまりにも怪しい。

 

勝負のことを考えた何かしらの策とみるのが――。

 

「ね、こっそり後をつけてみようよ」

 

「波瑠加ちゃん、それはさすがにマズいんじゃ」

 

「でもさ、さっきの雰囲気さ、気になるじゃない」

 

「何が気になるんだ?」

 

「ゆきむーはホント無頓着なんだから。きよぽんといい勝負だよねー」

 

勝手に比較対象にされてしまったが、啓誠同様オレも何を気にしているのかわからないため反論もできない。

 

「急がないと見失っちゃう」

 

波瑠加に急かされて5人で後をつけることに。

葛城から降りた坂柳の歩行速度はスローペースであったため、階段下で話している2人と少し離れたところに待機している神室に程なくして追いつくことができた。

 

「――それで、よろしければ今度お食事でも一緒にいかがですか。山内君とお話しするのは楽しくて」

 

「えっと、気持ちは嬉しいし、確かに坂柳ちゃんは可愛いけどさ、今度南雲先輩から巨乳のお姉さん系な先輩を紹介してもらえる約束になってんだよ。だから、ごめんな」

 

「はい?」

 

「いやぁ、モテ期ってやつかなぁ。ここにきて俺の魅力が世間にバレ始めちゃったつーか。でも俺不誠実なことはしたくない漢なんで。なんつーか、可愛さの方向性が坂柳ちゃんと先輩じゃ違うっつーか、ぶっちゃけ恋愛対象外ってやつ。ま、そういうことだから、悪ぃね」

 

そう言い残し山内が階段を登り教室に――つまりこちらに向かってきたので慌ててオレたちも教室に戻る。

 

「あいつサイテー」

 

「ちょっと許せない、よね」

 

教室に戻るや否や女性陣から軽蔑される山内。

 

「流石の俺もまずいことはわかった」

 

「同じ男としてアレはないな」

 

啓誠や明人も女性陣の只ならぬ様子に、早めに予防線を張る。

 

「何の用だったんだよ、春樹。お前まさか坂柳ちゃんと……」

 

総バッシングを喰らっている最中とは知らない山内が何食わぬ顔で戻ってくると、池が興味津々に問い始める。

 

「ま、俺ほどの男になれば、可愛い子も寄って来るってわけよ。でも俺はロリコンじゃないんでね。丁重にお断りしてきたぜ」

 

高笑いし自慢げに先ほどの出来事を話し出す山内だが、後ろで廊下を通り過ぎていく坂柳たちには全く気づかない。

表情は見えずとも坂柳がどんな想いか想像するまでもない、と周りは考えただろう。

もしかして山内は挑発の天才なのかもしれないな。

やろうと思ってもあそこまでの感情を坂柳から引き出すのはオレにはできそうにない。

 

おおよその状況を理解したクラス内の空気は、登校してきた時とはまた違った緊張感を纏う。

 

特別試験のことをすっかり忘れるぐらい調子に乗っている山内の姿に、女性陣を中心に嫌悪の目が向けられている。

 

大半の生徒が感じただろう。

 

『あ、こいつが退学だ』と。

 

あの平田でさえ、カバーに入れず言葉を失っているほどだ。

 

「な、なぁ春樹。悪いことは言わねえから、言葉を選ぶっつーか、いますぐ坂柳ちゃんに謝罪して来いよ、なっ」

 

「はぁなんだよ、妬みかぁ。見苦しいぜ寛治」

 

「そうじゃねーよ。今の自分の状況考えてみろって。可愛い子に告られて調子に乗ってしまっただけなんです、反省してますって宣言しねえとマズいって」

 

「何のことだよ。……へっ?」

 

周囲からの視線にやっと気付いた山内。

だが後の祭り。

 

元々誰かを退学させなくてはいけない試験。

批判票を集める大義名分を持った生徒ができあがってしまったわけだ。

 

なるほど、大胆な策に出たな坂柳。

自らのプライドを犠牲にすることによって山内へヘイトを集める。

ここから他の生徒に批判票を集めるのは骨が折れるだろう。

 

だからと言って、オレが山内を退学のターゲットに選べば勝てるとは限らない。

こちらがそうすることを予測してAクラスの賞賛票を山内に集中させれば、別の人物が退学となり、勝負はオレの負けとなる。

山内を救おうにもBクラスの賞賛票はコントロールしない約束。

山内に自然と何十票も賞賛票が集まるはずがないだけに、オレが約束を反故にした場合も簡単に指摘できる。

 

こちらに主導権を与えない攻撃的な戦略。坂柳らしいな。

ここまでしてくるとは思っていなかったため、お見それしたとしか言いようがない。

 

この状況、普段なら少しは面白くなりそうだと思うところだが、生憎オレも興が乗らない状態。時が来るまでは静観させてもらう。

 

「ち、ち、ちげーよ。俺は悪くないんだって。みんなだってそうだろ?クラスメイトの上に乗っかる女子と付き合いたいと思うのかよ。下手したら葛城に乗ってドライブデートとか言い出すかもしれないんだぜ」

 

「真剣な想いをそうやってちゃかすとかマジあり得ない」

 

「葛城くん云々より前に、カラダの話してたよね、このクズ」

 

火に油を注ぐ山内を女子が業火で燃やし尽くすが如く非難を浴びせる。

山内と波瑠加の席は近いこともあり、すっと解散する綾小路グループ。

 

「呆れてものが言えないとはこのことね」

 

普段この手の話に無関心な堀北ですらこのご様子だ。

 

「手間が省けたことは坂柳さんに感謝すべきなのかもしれないわ」

 

最後にそんなことを呟き、今度こそ関心がなくなったのか、視線を手元の本へ戻す。

山内の言い訳は朝のホームルームが始まるまで続いたが、覆水盆に返らずといった具合だった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

そうして迎えた放課後、山内の尊い犠牲のおかげでクラスの大半は安心したのか、特に対策や方向性を議論することもなく各々教室から出ていく。

 

「どうすんだよ、春樹。このままじゃ、お前……」

 

「どいつもこいつも薄情だぜ。自分さえ助かれば、あとは無関心かよ」

 

山内との付き合いが長い、池と須藤が山内を励ます。

三人寄れば文殊の知恵などという言葉もあるが、果たしてあの3人が揃って出した知恵で挽回できるかどうか。

 

少し気になるところではあったが、残っていて巻き込まれても面倒だ。

坂柳との待ち合わせまで、生徒会で仕事でもして時間を潰すことにする。

 

と思ったのだが、生徒会室に入るや否や南雲から声がかかる。

 

「聞いたぜ、綾小路。お前たちの学年、面白い試験が追加されたらしいな」

 

「面白いかどうかは疑問ですがね」

 

「おいおい馬鹿言うなよ。実力のない雑魚は退学して残ったヤツらで緊張感を持って競い合い高みを目指していくのが本来の姿だろ。この時期まで退学者がでなかったお前たちの学年は良くも悪くもあまちゃんだったのさ。この試験が終わったら、お前たちもやっとこの学校の生徒らしくなるに違いねえぜ」

 

南雲にしては珍しく真っ当なことを主張する。

 

「この学校で2番目ぐらいに退学を愛してる南雲先輩が言うと説得力が違いますね」

 

「ハッ、冗談にしては笑えないぜ。自分で言うのもなんだが、俺以上に退学の理解者もいねーと思ってるんだがな」

 

「何事も想定外のことはあるものですよ」

 

南雲は相手を陥れる時に退学以外の選択肢も考えられる人間。

退学絶対至上主義の誰かさんとは一途さで劣るだろう。

 

「やけにしんみりしてんな。ま、どうせお前にとっては取るに足らない試験だろうしな。これが3年の試験だったら堀北先輩と楽しく勝負できたんだが……巡り合わせばっかりは流石の俺でもどうしようもない」

 

今度はどこで買ってきたのか、開運の御守りを手に取り見つめる南雲。

 

「どうですかね。他学年の、しかもクラス内での駆け引きがメインのこの試験で外野が出来ることは限られると思いますが」

 

「やりようはいくらでもあるさ。綾小路もいくつか思いついてるんだろ?」

 

「まさか。オレは退学信者でも勝負教徒でもありませんから」

 

「よく言うぜ。ま、お前と遊ぶのは来年度だ。たっぷり時間はあるから楽しみにしとけよな。おっと、おかげで程よく時間が潰せたぜ。世間話はここまでだ。これから来客予定がある。俺とサシでの面会希望だ。全員今日の仕事はここまでにして解散してくれ」

 

「お疲れ様です!って解散なんですか?」

 

「あぁ、悪いな帆波」

 

タイミングが良いのか、悪いのか。解散を命じたところで一之瀬がやってきた。

 

支度をして出ていく溝脇たち生徒会役員。

 

「私たちも帰ろっか、綾小路くん」

 

スッと近寄ってくる一之瀬。

 

「すまないが、このあと坂柳と予定がある。先に帰ってくれ」

 

「えっ……坂柳さん、と?冗談、じゃなさそう、だね。そっか、うん、用事があるなら仕方ないね。……またね、綾小路くん」

 

「ああ」

 

一之瀬を置いて特別棟を目指すが、坂柳との待ち合わせまではまだ時間がある。

それならと途中にある図書館へ立ち寄ることにした。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

大学受験シーズンのピークは3年生で賑わっていた図書館も、3月になればその姿もなくなり閑散としていた。

 

そのため目当ての人物もすぐに見つかる。

 

「こんな時でもひよりは変わらないな」

 

「どなたかと思えば清隆くんではないですか。こんにちは。何か本を探しにいらしたのですか?」

 

特別試験期間中ではあっても図書館に行けば居るかもしれないと思ったが、本当に居たひより。

 

「どちらかと言えばひよりを探していた」

 

「ご、ご冗談を……」

 

持っていた本をギュッと両手で抱きしめ俯くひより。

だが、直ぐにこちらへと向き直る。

 

「もしかして試験関係のことでしょうか」

 

「話が早くて助かる。良ければ少し話をしたいんだが……」

 

「幸い図書館もこの有様ですので、奥の方の席でしたら誰かに聞かれる心配もないかと思います」

 

ひよりに勧められ、奥の席へと腰を下ろす。

 

「それでいかがなさいましたか?」

 

「難しい話じゃない。今回の試験内容を受けて、ひよりのクラスの様子がどうか、少し気になっていた」

 

「そうですね。坂柳さんの一存で決まるAクラス、恐らく2000万ポイントを用意してくるBクラスと比べると、私たちのクラスの動向は予想しづらいかもしれません」

 

「Aクラスの方針はともかく、Bクラスがポイントを用意するとどうして思ったんだ?いくら上位クラスでも簡単に集まる額じゃない」

 

「確証はございませんが、Bクラスの方々の様子を見ていると、誰かが退学するような雰囲気ではございませんでしたので、そうなのかなと。退学者が出るにしては、あの仲良しグループが平静なのはおかしいですから」

 

「もっともだな」

 

ひよりの洞察力、推理力もあるだろうが、他クラスに気づかれるのは油断に他ならない。南雲の主張を踏まえると、Bクラスにとって退学者が出ないことは、果たしてプラスになるのか、どうか。

 

「それで、私たちのクラスについて、でしたね。……清隆くんにとっても他人事とは言い切れないかもしれません」

 

「どういうことだ?」

 

ひよりのクラスで気になっていることのひとつは龍園の動向でもある。

派閥がわかれている以上、龍園を退学にする動きが出ていてもおかしくはないし、逆に龍園が対抗勢力のトップを退学にしようとしている可能性もある。

 

「実は……退学の筆頭候補は、諸藤さんなんです」

 

「諸藤が?記憶している限りじゃ、成績もそこまで悪くなかったはずだが……」

 

運動能力はともかく、そこそこの学力はあったはず。総合的に見ても他に退学候補はいそうなもの。

 

「先日のバレンタインで少々やり過ぎてしまったようで……。ファンクラブでチョコをまとめてお渡しする方針、その……直接渡す勇気がでなかった方にとっては大変ありがたかったのですが、この学校はどちらかと言うとそうでない方ばかりですから。私たちのクラスでもあれ以降少々荒れておりまして、清隆くんにチョコを直接渡せなかった他クラスの友だちの不満を代弁する方まで出たり……」

 

思わぬ理由で退学者が選ばれようとしていた。

確かにあの日、諸藤はルールに従わない生徒へは強引なやり方を取っていたが、オレにしてみればそれだけで、という感が否めない。

 

「チョコの渡し方ひとつで退学にされたら堪ったもんじゃないな」

 

「それだけ本気の方が多い、ということかもしれませんよ?」

 

「そういうものなのか」

 

「そうでなければいいのですが……」

 

噛み合っているのか噛み合っていないのかよくわからないやりとりとなる。

 

「なんというか、知らないうちに迷惑をかけていたんだな」

 

「お気になさらず。女子社会の面倒なところですから。ただ、諸藤さんも謝罪することなく、ご自身の主張を貫いているのが拍車をかけてしまい、初めは少数の動きだったものが、女子に気に入られたい男子や自分が退学になりたくない方々が便乗して諸藤さんに投票しようと動いているようです」

 

ちょっとした口実から、やり玉に上げられてしまったのか。

普段は大人しい諸藤も、特定の分野じゃ過激派になるからな。それだけ敵を作ってしまいやすい。

 

「諸藤さんが退学になった場合、恐らく清隆くんのファンクラブも解散になることと思います」

 

「それはそうだろうな」

 

ファンクラブの運営は、真鍋や山下、藪などが手伝うこともあると聞いたが、会報やイベント企画など基本的に諸藤のワンオペ。後任が現れなければ消滅するだろうが、それなりの熱意がなければ引き継げない労働量でもある。

 

「いかがいたしましょう?」

 

「不思議な問いだな」

 

「私個人としては諸藤さんとは可もなく不可もないお付き合いですし、クラスリーダーとしても必ず救わねばならない生徒、というわけでもありませんから。ただ……」

 

「ただ?」

 

「清隆くんがファンクラブにどのぐらい重きをおいているかは測りかねるところでして、それ次第では行動も変わるかと」

 

ファンクラブに対して好意的に思っているのか、そうでないのか。

会費で入ってくるポイントはもちろん、混合合宿の時のように戦略面でも利用価値はある。だが、どうしても必要かと言われるとそこまででもないのが正直なところ。

諸藤を救うための労力やリスクに見合うかどうかの話。

 

「助けられる面もあるが、他クラスの方針に介入してまで守り抜きたいもの、とは言えないな」

 

「そうですか。それでしたらこちらからはあえて動くことはいたしません。クラスの意思に任せたいと思います」

 

「それで問題ないんじゃないか。下手に庇い立てしたり、誰か別の生徒を指名したりすれば、ひよりにも被害が及ぶかもしれない」

 

「ふふ、お気遣いありがとうございます」

 

そんな話をしていると待ち合わせ時間が近づいてきた。

 

「話せて良かった。用事があるからそろそろ失礼する」

 

別れの挨拶を済ませたところで席を立つが、不思議そうな顔でこちらを見つめるひより。

 

「どうしたんだ?表紙と本の中身が違った時のような顔をしているぞ」

 

「その……賞賛票の交渉などなさらなくてよろしいのでしょうか。そちらが本題だとばかり」

 

「オレもそこまでする必要性が今のところない。もしも風向きが変わったらその時は相談させてくれ」

 

「もちろんです」

 

坂柳とのルールでは、Bクラス以外の票のコントロールは認められている。

だが、ひよりのDクラスの賞賛票を当てにするのは不確定要素が大きい。

 

匿名投票だけに一部生徒が気まぐれを起こせば、目論見が外れる。

また、あえて言及してこなかったことから裏で坂柳が買収していてもおかしくはない。

 

今度こそ図書館を出発し、特別棟の待ち合わせ場所に向かう。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「綾小路、わかっているとは思うが、坂柳は今朝から非常にデリケートな状態だ。下手なことはしないように頼む」

 

待ち合わせの教室の前で待機する葛城からそんな忠告を受ける。

 

「それは心配しすぎなんじゃないか。策を実行する上で本人もある程度覚悟はしていたはずだ」

 

「策?綾小路、お前何か――」

 

「綾小路くん、いらしたのでしたら早く入室ください」

 

葛城が何かを言いかけたが、オレの到着に気づいた坂柳の声に遮られる。

 

「早く行ったほうが良い」

 

「ああ」

 

教室に入ると坂柳が椅子に座っていた。坂柳にとって待望の瞬間だからか、心なしかピリピリした空気を纏っている。

 

「さあ早速投票をはじめましょう」

 

「そうだな」

 

カバンから箱と錠前を取り出す。

 

「この時が楽しみで楽しみで、気づいたらこの時間になっていました。ええ、他の事など記憶の片隅にも残っていないんですよ」

 

「そうなのか。今朝の策は面白いと感心したんだがな」

 

「ふふふ、ホワイトルームでは冗談の教育にも大層力を入れられているんですね」

 

相手をそれこそ賞賛した一言のつもりだったのだが、そうは受け取ってもらえなかった様子。

 

「冗談?山内を嵌めることで2択をオレに迫ったんだ、素直に良い一手だと思っている」

 

「……」

 

「坂柳?」

 

「そうおっしゃっていただけるなら私も身体を張ったかいがあったというもの。ええ、ええ、綾小路くんの意表を突くことができたようで何よりです」

 

「そうだな。一瞬、本当にこっぴどく振られたのかと思うほどの演技力だった。坂柳のことだから、南雲が山内と繋がっている情報も入手していたんだろ」

 

「この勝負、負けられませんからね」

 

「やはりか。お前の本気度は伝わってきた」

 

褒めて油断をする相手だとは思っていなかったが、少なくともピリピリした空気は和らいだか。

 

「これでいいな」

 

「ええ。問題ございません」

 

お互いにターゲットのクラスメイトを用紙に記入し、見えないように箱に入れ、施錠する。

 

「あとは各々の担任に預けるだけだ」

 

「それでは参りましょうか」

 

不正防止の意味も込めて、3人で職員室に持って行き、箱と鍵を預ける。

茶柱先生からは「こんな時期に何の冗談だ」と睨まれたが、坂柳と葛城を見てオレがAクラスのトップを直接叩こうとしていると考えたのだろう、すぐににこやかな表情になった。

あんな柔らかい表情をするのは、抹茶を飲んでいるときか、ポチの前だけぐらいだ。ん?……結構してるな。

 

「それでは土曜日を楽しみにしてますよ、綾小路くん」

 

「ああ」

 

そうして坂柳たちと別れ、帰路につく。

本日一番の面倒ごとはこれから起きることが確定しているだけに、非常に足取りの重いものとなった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「しかしマズいことになりましたね」

 

「何かあったのか?」

 

葛城君はこの状況をまだ理解できていないようです。

 

「優先事項を考えねばならなくなったということです」

 

元々は混合合宿で私に不敬を働いた山内君を利用する形で、不遜筋肉をターゲットに仕向け、どちらが退学になっても私としては喜ばしい展開に持ち込む予定が、今朝の一件から何が何でも山内君を消すと決めていました。

 

ですが状況が変わってしまいました。

綾小路くんは2択、つまり山内君が退学か生存かを私が強要してくる良い策とおっしゃっていましたが、それは今の状況から山内君以外を退学にできないレベルの生徒なら、という前提付き。

語るまでもなく綾小路くんなら、ここからでも任意の生徒を退学にできるでしょう。そうなると、私自身で山内君以外が退学になるお膳立てをしてしまったことになります。

 

加えてこちらの裏をかくように山内君をターゲットにしている可能性もあります。

あえて今朝の話題を出したこともそこに起因するのかもしれません。

最悪の展開は、それを防ぐために嫌々賞賛票で山内君を救ったにも関わらず、ターゲットが別の生徒だった場合。

 

材料が足りない現状での思考は推測にしかなりませんね。

すでにターゲットは投票済みで変更は不可能。綾小路くんが動かなければ山内くんが退学になる状況ですから、残り期間で綾小路くんがどなたを狙っていくのか探りつつ、いつでも山内君にとどめを刺せる準備はしておきましょう。

なかなか面白い勝負になってきました。

 

「……坂柳、うちのクラスからは誰を退学にするつもりなんだ?」

 

「綾小路くんとの勝負のこともあります。当日まで口にするつもりはありませんよ」

 

「そもそも個人的にはこんな勝負、到底容認できるものではないんだがな……」

 

「でしたらひとつだけお約束いたします。退学に指名する方は他の皆さんが納得できる相応の理由のある方です。勝負だからと彼の裏をかくためだけに無辜の生徒を犠牲にはいたしません」

 

「だがそうなると退学候補は――」

 

「まだ個人的な感情論を持ち込まれるおつもりですか、葛城くん?」

 

「……誰だとしても仲間が1人いなくなるんだ。簡単に割り切れるものではない」

 

「そんな調子では生徒会所属なんて夢のまた夢ですよ」

 

綾小路くんはもちろん、南雲生徒会長も退学者が出ることを悲観する人ではないでしょう。

むしろ、あの集団の中では一之瀬さんの存在の方が異質。価値観が真逆の存在がなぜ共存できているのでしょうか。それがわかれば葛城くんも上手く馴染めると思うのですが、あえてそんなアドバイスはいたしません。私には足となる存在がいなくては困りますから。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

帰宅すると昨日の豪勢な食事とは打って変わって、机にはカップ麺が置かれているだけだった。

 

「あの馬鹿なんなわけ。堀北退学にしなきゃいけないのに。みんなアイツに投票するって言ってんだけど。クソクソクソッ!!」

 

ご乱心の櫛田さん。

オレの枕が見るも無惨なことになっている。こんなことなら早く帰宅して暴走を抑えておくべきだったか。

 

「心中察するが枕に罪はない。その辺にしておいてくれないか」

 

「あー、おかえりなさい。今日の晩ご飯はそれだよ、役立たずの綾小路くん」

 

「ご乱心のところ悪いが、山内が何かしたところで、堀北は退学にできるから安心してくれ」

 

「へぇ、綾小路くんも冗談ぐらい言えるんだね、おもしろーい」

 

今日は何を言っても冗談に思われる日か何かか。

 

「確かに今朝の出来事は想定していなかったが、起きたことによる影響は想定内だ。例えば、山内が批判票39票集めても、堀北にも同数集まれば、賞賛票の差で堀北を退学にできる」

 

枕を踏みつけ蹴り飛ばす足が止まる。

 

「1人3票必ず投票する以上、山内を無理に擁護する必要は最初からない。同じだけ堀北の株も落とし、賞賛票の差で勝つ作戦だ。クラス内はともかく、他クラスから賞賛票が堀北に入るはずがないのは櫛田もわかるよな?」

 

「うんうん、確かにそうだね。でもそれは山内くんにも言えることじゃない?」

 

「そのためにオレたちがいるんだろ。お互いクラス内外で影響力はそれなりにある。それよりも今回の試験で一番気にすべきはどれだけ自然に堀北の評価を地に落とすかだけだ」

 

「なるほど、なるほどー。さすが綾小路くんだね!私ったら、早とちりしちゃって恥ずかしいなぁ、もう。あ、いまからステーキ焼くからご飯はもう少し待っててね」

 

感情のジェットコースターとはこのことだろうな。

まぁそんな遊具には乗ったことはないんだが。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

生徒会役員が帰ったのち、すぐのことだった。生徒会室のドアが勢いよく開く。

 

「南雲先輩助けてくれよ。このままじゃ、俺退学になっちまうんだよ」

 

駆け込んできたのは、この学校にも一定数存在するどうしようもない人間。

自分のためなら簡単に仲間を売る、生き汚なさ。罪悪感など抱かず平気で他者の足を引っ張る人種。

そう思ってはいても、そんな人間を無下に扱ったりはしない。

今の自分の地位を築けたのはそういった人間のおかげ、とも言えるからだ。十分利用価値はある。

 

だが、目の前にいるコイツにはもうそれは望めない。

綾小路はとぼけていやがったが、ちゃっかり足切りしてんじゃねえか。

むしろ、上位クラスを目指すのであれば、こんな存在をこれまで放置していた方がおかしい。

全く面白くない話だが、今にして思えば、あえて泳がすことで俺の様な人間を釣るエサとして利用していたのかもな。

 

「んで、山内。救ってやる代わりにお前は何ができる?」

 

これでも生徒会長だ。頭ごなしに訪ねてきた生徒を追い返すことはしない。

 

「これまで通り、なんでもやりますよ。だから助けてください」

 

「悪いがお前のなんでもは俺にとって全く価値がない」

 

「そ、そんなこと――」

 

「ないとは言わせないさ。リアルケイドロでの失態にはじまり、その後も持ってくる情報は誤報ばかり。二重間者を疑うレベルだぜ?」

 

「こ、これを機に生まれ変わって本気出してみせるんで」

 

「お前には投資する価値がないって言ってんのサ。他に俺の利益になるもんが差し出せないなら諦めて退学するんだな」

 

「ま、待ってくださいよ。い、いま、とびっきりのもんを出しますから」

 

そう言ってカバンの中を漁りはじめる山内。その場しのぎもここまで来るとあまりに見苦しい。

 

「えっと、これでもねえ、あぁこれじゃ無理か。くそ、くそ、くそ……なにか、なにか入ってないのかよ」

 

今にも泣きだしそうな声で必死に探す山内。

カバンにも自分にも何も詰めてこなかったから、こうなっていることを自覚する日は来るのだろうか。

 

「なんだこれ……。ちっ、綾小路んちの合鍵かよ。久しく使ってないから忘れてた。こんなゴミじゃどうしようもねえ。何か、ないのかよ」

 

「おい、今なんて言った?」

 

「へ?こんなゴミじゃ……」

 

「そのゴミが何かって聞いてんだ」

 

「綾小路の部屋の合鍵っス。一学期に作ったんですよ。そうです、アイツとはダチなんです。生徒会の後輩のダチを助けてやってくださいよ」

 

それが本当なら頼るべきは俺ではなく綾小路だろうに。

 

「いいぜ、その鍵を譲ってくれんならな」

 

「マジっすか。こんなんで良いならいくらでも持ってって下さい」

 

躊躇うこともなく合鍵を譲渡する山内。

思わぬ掘り出し物を得た。

新調した御守りの効果かもしれない。

 

「ほらよ、いまお前に200万ポイント振り込んでおいてやった。これで他クラスから賞賛票を買収しろ」

 

「え、お、すげえ。ホントに200万入ってる。……って、南雲先輩が直接助けてくれないんっスか」

 

「悪いが俺も特別試験で忙しい時期なんでね。嫌なら返してもらうが?」

 

「と、とんでもないです。ポイント頂けただけでマジ感謝ッス」

 

「一票いくらで買い取れるかはお前の交渉力次第だが、そんだけあれば安全圏分は買えるはずだろ」

 

「任せてくださいよ、俺ならできますって」

 

「なら話はおしまいだ。さっさと買い付けに行く事を勧めるぜ」

 

「失礼しました」

 

慌てて立ち去る山内。

ま、200万ポイントぐらいでどうにかできるはずはないが、希望を持たせてやるのも生徒会長の仕事だろう。合鍵の相場としては多すぎるぐらいだしな。

 

「やれやれ、人払いをお願いしていたはずなんですがね」

 

「すみませんね。突然の来訪でも生徒会長として困っている生徒は見捨てられないんですよ」

 

「おやおや、下手な希望はより深い地獄を見せるだけではないでしょうか」

 

「この学校は実力主義っすよ。武器を与えてあげたんです、それをうまく生かすも殺すも本人次第ですから」

 

「なるほど、なるほど。南雲生徒会長とは建設的なお話ができそうで嬉しいですよ」

 

「それはあなた次第ですね、理事長代理」

 

そうして面談の約束をしていた理事長の代理として赴任してくることになった男を生徒会室に迎え入れた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

捨てる生徒あれば拾う生徒あり

投票日まで残り3日となった夜。

学生寮のとある生徒の部屋。

 

「ねえリカ。綾小路くんに助けてもらおうよ。彼から一言ファンクラブの人たちにお願いしてもらえば、賞賛票で退学は防げるって」

 

「馬鹿言わないでよ、志保ちゃん。こんなことで王子の手を煩わせるわけにはいかないでしょ」

 

「バカはあんたよ、意地張ってる場合じゃないって」

 

「私は間違ってないでしょ。そこは譲れないの」

 

「ホントさ、あんた昔っから変なとこ頑固だから、いっつも損ばっかりじゃん。いい加減にして欲しいんだけど」

 

「志保ちゃんだって、昔っから偉そうなの全然変わんない。余計なお世話だって言わなきゃわかんないの」

 

「はぁ?リカのために言ってんじゃん」

 

「それが余計だって言ってるんだからほっといてよ」

 

「もう知らない、リカなんか退学にでもなんにでもなっちゃえばいいんだ」

 

そう言って志保ちゃんはズカズカと部屋から出ていく。

 

これは私が引き起こした問題なのだから、綾小路王子はもちろん、志保ちゃんにだって頼るわけにはいかない。

 

この学校で尊いものに触れてきたことで、誰に遠慮するわけでもなく、本当の気持ちを秘めずに自分らしく生きたい、そう思うことができた。だからこそ、何が何でも貫き通さなくてはいけない。でなければ、今日までの想いを自分自身で否定してしまう。そんな気がしてならなかった。

 

でも、私だって本当は――。

 

「……志保ちゃん」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

同日。学生寮の別の生徒の部屋。

 

「てなわけで、南雲パイセンから200万もらってきたぜ。これで賞賛票を買えば俺も助かるってわけよ」

 

「マジかよ、春樹!」

 

「やっぱりよ、さすが生徒会長って感じでさ。優秀な俺が退学になるのはおかしいと思ったんだろうな。クラスの連中とは見る目が違うぜ」

 

「なぁ、喜ぶのはまだ早いんじゃねーか?」

 

「え?なんでだよ、健」

 

「賞賛票誰から買うかとか、いくら払うかとか、色々考えなきゃいけねえかってことだよ」

 

「さすが健、勉強できるようになったのは嘘じゃなかったんだな」

 

「おいおい健も寛治もそんなこと心配する必要ねえって。Aクラスに行けば、俺を愛する坂柳ちゃんが売ってくれるっしょ」

 

「お前、さすがにそりゃねーよ。……やっぱり信用できるって意味でBクラスに行くのが一番だろ」

 

「いやいや、考えてみろよ、健。あの優等生クラスがポイントで裏取引してくれっかな。ポイント不足で困ってそうなDクラスに行った方が安くてたくさん買えるんじゃね?」

 

「ま、200万もあんだぜ!絶対余るからよ、春休みに豪遊しようぜ」

 

「お前、そーいうとこだぜ」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

さらに別の生徒の部屋。

 

「ステーキ美味しいね、綾小路くん」

 

「そうだな」

 

「お肉パワーで退学だね、綾小路くん」

 

「そうだな」

 

櫛田が片づけをしている間に、メールを作成する。

 

『このまま山内が退学になるとクラスが崩壊するかもしれない』

 

送信。

 

『今度の特別試験で悩んでいるようだ。少し話を聞いてやったらどうだ?』

 

送信。

 

下準備は上々だろう。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

木曜日、朝のホームルーム前。

 

「あのー、坂柳ちゃんに会いたいんだけど……」

 

「失せろ、腐れ外道」

 

「ひっ……な、なんだよ。ただ話にきただけで、お、脅かすなよ。だ、だいたい坂柳ちゃんだって俺に会いたいはずだぜ」

 

Aクラス入口でやたら強面のヤツ――坂柳ちゃんのお付きその3みいたいな、鬼……なんとかって生徒に道を塞がれる。

リアルケイドロじゃ俺の策に嵌ったくせに偉そうにしているのは面白くない……けど、とにかく人相恐すぎだろ。

 

「この外道は闇へ葬る」

 

その強面のヤツはなぜか手につけている手袋を外そうとする。

どっかの国では白い手袋を投げつけて決闘を申し込むみたいな文化があるとかないとか、それをやろうってのか、物騒すぎんだろ。

てか、何でそんなことを……そっか、こいつ坂柳ちゃんに惚れてて俺に嫉妬してんだな。

 

「やめとけよ、鬼頭。そんなやつ相手にする価値もねえだろ。どうせ来週にはいなくなる」

 

「だが……。いや、確かに橋本の言う通り、来るサバトの贄にはこの外道が相応しい」

 

「だろ。それがわかんねーCクラスじゃないだろうしな」

 

「勝手に話を進めんなよ。坂柳ちゃん、俺が来――ぐえっ」

 

チャラい橋本も加わってわけのわかんねえことを言い始めたので、シカトしようとしたところでいきなり後ろから首根っこを引っ張られ持ち上げられる。

 

「お引き取り願おう。そしてどんな結果であれ、二度とこちらに足を踏み込むな」

 

そのまま廊下に放り出され、教室のドアを閉められた。

 

「ひゅー、やるな、葛城」

 

「さすが殺戮筋肉車(キリングマッスルカー)だ」

 

Aクラスからは賞賛の声が聞こえてくる。それが酷く心を逆撫でする。

 

「あのハゲ覚えてろよ」

 

せっかく大金を持ってきてやってるのに、Aクラスのヤツ等はクソばかりだ。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

昼休み。朝のことは忘れて、Bクラスを訪ねる。

このクラスとは無人島試験で一緒に協力した仲だし、快く取引してくれるだろう。なんなら、困ってることを主張すればタダで助けてくれるかもな。

 

「それで山内君、何の用かな?」

 

「聞いてくれよ一之瀬ちゃん。実は今度の特別試験で退学になりそうで困っててさ、ポイントで賞賛票を売ってくれよー」

 

どっかのクソクラスとは違って、ちゃんと招き入れてくれるBクラス。初めからこっちにしときゃ良かったな。

 

「なるほどー。それで、そのことは綾小路く……クラスの代表の人は知ってるの?」

 

「いや?あいつら全然わからずやでさ、優秀な俺が誤解で退学しそうなのに助けてくんねーから自分で動いてるってわけ。ま、俺ほどになればこのぐらい1人で解決できるんだけどよ」

 

男らしさをアピールしておく。今、俺にはポイントもあるし、かっこよさが伝われば一之瀬ちゃんだって――。

 

「そうなんだね。じゃあ綾小路くんから許可もらったらもう一度来てくれる?」

 

「は?」

 

「それがCクラスの方針なら喜んで助けるけど、そうでないなら勝手に他クラスの事情には介入できないかな」

 

「なんでだよ」

 

「山内君を助けるってことは他の誰かが代わりに退学になるんだよね。それを私たちのクラスが決めるのはおかしいと思わない?」

 

真面目すぎんだろ。

ポイントもやるって言ってんだから、他の誰が退学になろうが、Bクラスには関係ねえじゃねえか。

 

「いやさ、ごめん、ごめん。さっきのはちょっとした冗談でよ。実は綾小路からもオーケーもらってんだ」

 

「そうなんだ。じゃあ本人に確認させてもらうけどいいよね?」

 

「う、疑うのかよ。気分わりーな」

 

「ごめんね。でもこういうのってきちんとしないとだめだと思うから」

 

「もういい。別にBクラス以外にも当てはあっから、人を疑うやつらと取引したくないし」

 

慌てて教室を飛び出す。綾小路の耳に入っても味方してもらえる気がしない。

ちょっとイチモツがデカいからって調子に乗りやがって、入学当初仲良くしてやった恩を忘れてんのは許せない。

 

気を取り直して、そのまま隣のDクラスに足を運ぶ。

 

ガラの悪い貧乏人の集まりだ。ちょっとポイントをちらつかせれば余裕余裕。

最初から選り好みせずにここに来ときゃよかったな。

 

「ってなわけで、椎名ちゃん、票を売ってくれよ。ポイントならたんまりあるんだぜ」

 

証拠として携帯端末でポイントの残高を表示する。へへ、こんな額見たことねーんじゃないか?

 

正直、龍園がクラスリーダーじゃなくてよかったと今日ほど思ったことはない。

大人しくってぼーっとしてるこの子なら楽勝だぜ。

 

「すみませんが、そういった交渉はクラス単位ではお受けできません」

 

「おいおい、なんでだよ」

 

「クラスメイトに強要することはしない方針ですので。ですが、個人間で取引なさるのは自由です。売ってくれる人を探してみてはいかがでしょうか?」

 

3学期からリーダーやってるって話だし、こんな荒れた連中への影響力はあんまねーのかもな。誰もやりたがらない仕事を押し付けられたとか。

 

「なら、しゃーねーか。ちなみに椎名ちゃんは?」

 

「すみませんが、投票する方はすでに決めてしまいました」

 

「ちぇっ、じゃあ好きに交渉させてもらうからよ。後になって交渉したいって言っても遅いかんな」

 

「ご冗談はお上手なんですね」

 

とは言っても、このクラスに知り合いって呼べるやつなんていねーしな。

気弱そうなやつに声かけていくか。うーん、席に座って机をじっと見つめているお団子メガネ女子なんかちょうどいいか。

 

「なぁ、そこのあんた。ポイントで賞賛票売ってくれねーか?」

 

「すみません、話しかけないでもらえますか」

 

気さくに声をかけたら想像以上に拒絶された。

 

「なんだよ……」

 

こちらを見向きもしない女子生徒と交渉できるはずもなく、次のターゲットを探す。

が、どいつもこいつも話しかけにくい面構えのやつらばかり。

 

「ちょっとあんた」

 

「お、おう?」

 

気の強そうな女子から話しかけられる。

 

「ちらっと聞こえたんだけど、賞賛票が欲しいんでしょ?」

 

「そうなんだよ。ポイントで売って欲しくってさ」

 

「だったらさ、ポイントはいらないから、さっきの女子……諸藤リカに賞賛票入れてもらえる?それだったらその数だけ私たちも賞賛票アンタに入れてあげてもいいんだけど」

 

「マジ?入れる入れる」

 

「何票ぐらいいけそう」

 

「少なくとも3票はいけるぜ」

 

「わかった、じゃあこっちも3票は入れてあげる。名前は?」

 

「山内春樹だ、よろしく!」

 

「投票できる人数増えたら教えてよ、できるだけこっちも協力してあげるからさ」

 

「おうよ」

 

ツイてることに早速3票ゲットできた。しかも実質タダじゃん。

待てよ、だったらクラスの連中に頼んで諸藤さんに投票してもらえれば、俺の賞賛票も増えるってことなんじゃね。

そうと決まればこんなクラスさっさと立ち去っちまおう。

 

「よお、面白い話してんな。俺たちとも話そうぜ」

 

そんな時だった。以前、健に殴られて訴えてた奴ら、石崎、小宮、近藤に絡まれる。

 

「あ、いや、別にもう解決したっつーか……」

 

「そう言うなって、な?」

 

小宮が馴れ馴れしく肩を組んでくる。

 

「たしか、須藤の友だちの山内だろ。俺らさ、前に迷惑かけちまったことのお詫びしたいと思ってたんだよ」

 

「そうそう。須藤のダチを助けたら、罪滅ぼしになるんじゃねーかって。あの時のことずっと後悔しててさ」

 

「そ、そうなのか」

 

近藤や石崎も申し訳なさそうに話してくる。

 

「俺らもポイントなくてマジヤバくってよ。全然遊びにいけねーんだわ。んで、山内はポイントあって賞賛票が欲しいんだろ。だったら俺らがクラスの男子の票まとめてやるからさ、それを買ってくれよ」

 

「マジ?マジかよ!!もちろんいいぜ!」

 

思わぬ提案に先ほどまで少し疑っていたことが馬鹿馬鹿しくなる。

男子の票、20票とさっきの3票。クラスのヤツ等も少しは入れてくれるだろうから、これで助かるんじゃないか。

 

「山内ってすごい奴だったんだな。票を買えるぐらいポイント持ってんだろ。俺らみたいな馬鹿には到底真似できねーぜ」

 

「へへ、そうでもねーよ」

 

「んで、20票山内に入れてるからよ、いくらで買ってくれる?」

 

「んー、1票2万で40万とか?」

 

太っ腹な提案だと思ったが、3人にはそう思えなかったらしく微妙な表情になる。

 

「な、俺たちマジでピンチでさ、もう少しなんとかなんねーか?」

 

「じゃあ、50万」

 

「いやいやいや、これから俺たち龍園さんやアルベルトにお願いしにいかなきゃなんだぜ、そこんとこ考慮してくれよ」

 

「気持ちはわかるけどよ……」

 

「なぁ山内。考えてもみろって、龍園さんやアルベルトからも賞賛票貰ったとか、クラスに帰ったらマジ勇者だって。他の誰もそんな猛者いねーから、クラス内で尊敬されること間違いなしなんだぜ」

 

「た、確かに……」

 

「山内はこれから票を買うんじゃねえ。文字通り、賞賛を手に入れるんだ。売買したことは他言しねえからよ、俺たちに漢を魅せて投票してもらったことにすりゃ、試験後からヒーロー間違いなしだ」

 

散々俺を馬鹿にした連中を見返して、今度は俺がアイツらを見下すことができる。ピンチをチャンスに変えられる俺の才能が怖いぜ。

 

「オーケー、オーケー。なら100万ポイントどーんと持ってけよ」

 

「さっすが山内、漢の中の漢」「イケメン過ぎんだろ、山内、いや山内さん」

 

「こりゃ2年からは山内さんがCクラスリーダーだな」

 

石崎たちの賛美が気持ち良い。あぁこれだよ、これ。俺がずっと求めてたのは。

 

「それで山内さん支払いの方ですけどーー」

 

「ほらよ、石崎に100万振り込んだ」

 

「いいんッスか、俺たちが裏切って投票しないかもしれないッスよ」

 

「俺はそんな小せえ人間じゃないからな。それにお前たちはオレを裏切らねーって。俺、人を見る目はあるんだ」

 

「「「山内さんー!!!」」」

 

3人が肩を叩いてきたり、拳を合わせてきたりと、とにかく感動している。

 

「んじゃよろしく頼むぜ」

 

「ウッス!」

 

俺もはじめからこっちのクラスだったらもっと活躍できたんだろうな。

全く学校も見る目なかったってことか。

 

とにかくこれで俺は退学になることはねえ。

早速、寛治たちに俺の武勇伝を伝えねーとな。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「……山内君、退学が迫っている割に、かなり余裕がありそうね」

 

「だな」

 

楽しそうに池たちと話す山内を見て堀北が「理解できない」といった表情をみせる。

登校時から機嫌が良さそうだった山内だが、昼休み教室に戻ってきてからさらに騒がしくなった。

それは放課後になっても変わらない。批判票を入れないでくれとクラスメイトに嘆願するわけでもなく、帰り支度を始めていた。

 

見る人が見たら開き直って最後の学校生活を楽しもうとしているように見えるかもしれない。

 

だが、本当の理由は一之瀬やひよりから送られてきたメールで想像はつく。

なぜか200万ポイントを用意できた山内。

資金の出所がオレの予想通りなら、どうやって融資を受けたかだけは気になるな。

 

「みんな、ちょっと帰るのは待ってくれないかな。今度の試験について話したいことがあるんだ」

 

思い詰めた様子の平田がクラス全員に聞こえるように呼びかける。

 

「どうしたんだよ、平田。俺たちこれから遊びに行くんだけど」

 

「山内君にも関わる話だよ。今度の特別試験について僕の考えを聞いて欲しいんだ」

 

「……仕方ねーな」

 

平田の真剣な物言いに山内も渋々引き下がる。

他に反論がないことを確認した平田は教壇に立つとクラスメイトひとりひとりを見渡したのち、話し始めた。

 

「はじめに、僕はこのクラスが大事だ。今でもこんな試験を認めたくはないっていうのが本音だよ。ただ、この試験は絶対に退学者を出さなきゃいけなくて……一生懸命考えたけど回避する方法は思い付かなかった。そのことについては謝罪させてほしい」

 

目元にクマを作った平田が深々と頭を下げる。

 

「そんなの平田くんが謝ることじゃない」「平田くんはみんなの事を思って言ってくれたってことわかってます」

 

恵やみーちゃんをはじめ、多くの生徒が平田に罪はないと労いや励ましの言葉を贈る。ただ、そんな言葉を受けても平田の表情はなおも硬い。

 

「ありがとう。……それでここからが本題なんだけど、今度の投票、みんなはある生徒に入れようとしているんじゃないかと思うんだ」

ある生徒と濁しているが、それが山内を指すことは、本人含め理解しているだろう。

 

「僕はクラスがいがみ合った状態で投票して欲しくない。相手が気に入らないからって理由で票を入れるのはおかしいと思うんだ」

 

「でもよ、誰かには投票しなくちゃいけないんだろ」

 

池がたまらず口を挟む。

 

「そうだね……。でも、このまま感情に流されて一方的に排斥するような真似は良くないと思うんだ。それだと退学する人も傷つくし、納得できないじゃないかな。あくまでみんながそれぞれの考えのもとに、本当にクラスに必要な人は誰なのかを決めていった結果……悲しいし、想像もしたくないけど、39位までに入れなかった1人が退学する、それが自然な流れなんだと、僕は思うんだ」

 

要は都合の良い的だからと山内を狙うのではなく、しっかりと考えて退学者を選んで欲しいという呼びかけ。

結果は同じでも過程が異なれば、退学者も少しは納得できるかもしれないし、残った生徒も自分たちの判断で決めたのだと責任を持つことができる。

 

昨晩送ったメールの意味に向き合ってきた平田。

どうやら平田らしい答えにたどり着けたようだ。

 

「そこで提案なんだけど、もし何かみんなにアピールしたいことがある人がいたらこの場で話してくれないかな。これまで一緒に過ごしてきた仲だけど、みんながみんなの良いところを把握してるってわけでもないと思うし」

 

あくまでも全員に向けた話という形にしているが、山内にこの前の弁明のチャンスを与えてあげて欲しいというお願い。

多くの生徒がその意図を察して、それとなく山内の様子を伺っている。

 

平田が作ってくれた最後のチャンス。問題はそれを受けて山内がどう動くか。

 

誰もが平田の人間性に心打たれ、山内の話ぐらい聞いてやるか、という雰囲気になったころ、それまで平田の話を黙って聞いていた山内がついに口を開く。

 

「平田、話ってそれだけかよ。別にアピールしたいやつもいないっぽいし、解散でいいんじゃないか?」

 

教室の空気が一瞬で凍りつく。と言うより、呆れてものが言えなくなっていた。

 

「山内君は、その、もう諦めたってことかな?」

 

それでも平田は見捨てずに、山内の意思を確認する。

 

「ん?何のことだよ。俺は退学になるつもりはねーって」

 

「えっと、それならみんなに何か言っておいた方がいいと思うんだ」

 

「必要ねーよ。ここは信用できない奴らばっかだし」

 

怪訝な顔で平田の提案を一蹴した。このまま放置すれば山内へ批判票は集中する。

この辺りが潮時だろう。櫛田へとメールを送る。

 

「確かに山内君からみて、昨日のことはみんなで一方的に責めているように思えたかもしれないけど――」

 

何とか山内の心象を改善せんと平田が思考する。

だが、クラスメイトからの印象は下がり続ける一方。誰もが見切りをつけようとした時、1人の女子生徒が立ち上がる。

 

「えっとね、山内くんも悪気があって言ってるわけじゃないと思うの。退学になるかもってそれだけでとっても怖いことだと思うし、昨日は私たちも悪気はなかったとしても無意識に山内くんを追い詰めちゃったのかもしれないって反省してるんだ」

 

「櫛田ちゃん……」

 

不満気だった山内も天使櫛田の言葉なら喜んで受け入れている。

そんな櫛田が昨晩は枕を蹴り飛ばしご乱心状態だったとは思わないだろうな。

 

「だからね、ちょっとだけでいいから思ってる事を伝えて欲しいなって。このまま山内くんとお別れになっちゃうかもしれないと思うと私悲しくって……。みんなも平田くんの言うように少しだけ冷静になって山内くんの話を聞いてあげてくれないかな?」

 

「まぁ櫛田さんがそこまで言うなら」

「確かにこのままだと後味悪そうだしね」

 

櫛田の援護もあり、教室内は再び山内の話を聞く姿勢が整う。

 

「櫛田ちゃん、まさかここまで俺のことを心配してくれてたなんて嬉しいぜ。でもよ、安心してくれよ。俺は退学になんねーんだ。実は昼休みにDクラスに行ってよ、ちょっと相談したら喜んで賞賛票をくれるって話になってさ。その数なんと23票!」

 

「それ本当なの?」

 

「ガチだぜ!」

 

「……ホントに?」

 

自信あふれる山内の言葉に困ったような表情を見せる櫛田。

山内の証言が本当なら堀北退学に繋がるが、Dクラスが山内に賞賛票を23票も入れるとは手放しでは信じられない。

 

「ってことで俺としては別に何の心配もしてないってわけよ。櫛田ちゃんみたいに陰ながら俺のことを心配してくれてるやつらは安心してくれ」

 

「でも念には念を入れて、昨日のこととか弁明しておいても悪くないんじゃないかな」

 

「櫛田ちゃんがそこまで言うなら、まあ――」

 

「いい加減にしてくれないかしら」

 

「堀北さん?」

 

荷物をまとめた堀北がカバンを持って立ち上がる。

 

「黙って聞いていたけど、山内君は現状に不満はないようだし、これ以上は時間の無駄よ。結果は決まったようなものなのだから、早く帰って8日からの試験に備えるのが得策じゃないかしら」

 

「えっと……そんな言い方、酷いよ。平田くんも言ってたみたいにこのまま投票しちゃうのはクラスのためにならないってことでみんな話をしようとしてるのに」

 

「そうとも言い切れないわ。下手に反省している様子を見たら、同情する人も出てくるかもしれない。そうしたら余計な罪悪感を抱くだけよ」

 

「それでもそれは必要な感情だよ。誰かを退学にしなくちゃいけないのに、心を痛めない人なんていない。それを背負う覚悟を持つことが残るみんなができることだって私は思うよ」

 

クラスメイトの多数は櫛田の意見に心を打たれたようで頷いている。

実際は誰が退学になっても心を痛めないだろう櫛田の言葉。だが、周りにはそんな本心を見抜かれることはない。

櫛田を見ていると、心を学ぼうとしているオレが滑稽に思えなくもない。

結局そんなものがなくとも、作り物の偽造品で代用ができてしまうなら――本当に心は必要なのだろうか。

 

「そう。それなら私には必要がないからここで失礼させてもらうわ」

 

「鈴音!すまねえが、春樹の話を聞いてやってくれねーか?」

 

教室から出て行こうとした堀北だったが、ドアの前に須藤が立ち塞がる。

 

「あなた、状況がわかっているの?もし山内君の話が本当だとしたら、退学筆頭候補は須藤君か池君になるんじゃないかしら」

 

「……そうだとしてもよ、鈴音にもちゃんと春樹の話を聞いてから判断して欲しいんだ」

 

「それならとっくに判断させてもらっているわ。みんなは昨日の行動を問題視しているようだけど、彼の問題点は本当にそれだけかしら?」

 

「な、何があるってんだよ。俺は別に何も後ろめたいことなんかしてねーぜ」

 

堀北からの指摘に山内が慌てて反応する。

 

「私は問題点と言っただけで、後ろめたいこととは言ってないわ。自供したようなものね」

 

「わけわかんねーこというなよ」

 

「わかるように言ってあげた方がいいのかしら?」

 

山内を一瞥する堀北。情報を開示しないのは堀北なりの配慮なのだろう。

恐らくそれを言ってしまえば、山内に弁明の余地がなくなる決定的な一撃。

 

「そこまでにしてもらえないかな、堀北さん。何を言うつもりかわからないけど、今は山内くんを陥れる時間じゃない」

 

「つまり解散ということで構わないかな、平田ボーイ。このあとデートの約束があるんでね、私も失礼させてもらうよ」

 

意外なことにここまで素直に居残っていた高円寺もここまでのようだ。

 

「高円寺君……せめて君の考えも聞かせてもらえないかな」

 

「個人的な意見としては堀北ガールに賛成だよ。タイムイズマネーさ」

 

そういって高円寺が退出。高円寺と後に続くのは抵抗があったのか、少し間をおいて堀北も出て行こうとする。

 

「待って、堀北さん。もしかして堀北さんも高円寺君みたいに用事があったりするの?」

 

「……私はただ時間を無駄にしたくないだけよ」

 

櫛田からの制止も虚しく堀北も教室を出て行った。

 

「はぁーやってらんねえ。俺達も帰ろうぜ、寛治」

 

「お、おう」

 

当事者の山内まで立ち去ったことで、この話し合い事態、継続不能となる。

他の生徒も次々に帰宅を始めた。一部生徒は平田の方に寄っていき何やら励ましの言葉をかけている。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「あんなんでホントに堀北退学になるわけ?」

 

「ああ。おおよそ狙い通りの展開だった」

 

帰宅後は恒例の櫛田さんによる退学作戦会議。

 

「山内もアイツ遂におかしくなったんじゃない。Dクラスから賞賛票をもらえるとか妄想も大概にしろって感じ」

 

櫛田の殴打によりボロボロの枕がさらにボロボロになる。

 

「いや、あれで一応本当のことを言っていたようだ」

 

「は?」

 

「どこからか大量のポイントを入手した山内は、それで石崎たちと取引したとか」

 

「……ますますきな臭いじゃない。ただ、それが本当なら私たちにとっては最高の展開だねっ!」

 

ご機嫌が回復したようで何よりなので余計なことは言わないでおく。

 

「それで肝心の堀北を退学にする方法だが」

 

「うんうんっ!」

 

「シンプルにブラコンを攻めるのが一番だろうな」

 

「確かにブラコンには引いてる子もいるけど、それが攻め手になるのかな?」

 

「これからいくつか情報を提供する。櫛田ならそれを利用して堀北を批判票の対象に誘導できる」

 

そうして櫛田へ堀北退学の材料を伝える。終始ニコニコしながら櫛田はその話に耳を澄ます。

 

「なるほど。さすが綾小路くんだね。これなら十分追い詰められるよ」

 

「物的証拠も押さえることはできそうだが、それは明日の晩まで待って欲しい」

 

「もちろん大丈夫。投票前にトドメを刺すのも楽しい退学だよ」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

カラオケで気持ちよく熱唱していると、急用ができたと言って寛治が帰ってしまった。

仕方がないのでケヤキモールをうろついていたところで、息を切らした近藤が近づいてきた。

 

「山内さん、こんなところにいたんっスか、探しましたよ」

 

「どうしたんだよ」

 

「大変なんっス。龍園さんがAクラスのやつに賞賛票20票を200万ポイントで売る予定らしいんっスよ」

 

「あ、えっ?」

 

「このままじゃ山内さんに票が入れられなくなりそうなんっス」

 

「嘘だろ、おい。約束と違うじゃねえか」

 

「落ち着いてください。なんと俺らも龍園さん説得するんで、山内さんもポイントを同じだけ用意できないっスか?」

 

「いやいやいや」

 

「もうそれしか手はないんですよ。向こうの取引が完了しちまったらもうどうしようもないんですって」

 

「でもよ……」

 

「今、石崎と小宮が懸命に龍園さんを止めてるんです。俺達を助けると思ってお願いしますよ、山内さん。もう頼れるのは山内さんだけなんっス。漢気みせてくださいよ。これが上手くいったら俺ら在学中は山内さんについて行きますんで。むしろ舎弟にしてください」

 

確かにあと100万ポイントなら用意できる。

Dクラスでも腕っぷしの強い3人が舎弟になるなら悪くないかもしれない。

 

「わかったよ。あと100万だけだぜ。それ以上は無理だかんな」

 

「あざっす。これで石崎達も助かります」

 

「ま、頭として当然のことしただけってやつよ」

 

100万ポイントを近藤に振り込むと、近藤は深々と頭を下げて立ち去っていく。

票が入らないと言い始めた時はヒヤッとしたが、これが人徳のなせる技ってもんよ。

 

まぁ春休みにぱーっとあそぶことはできなくなっちまったけど、退学したら笑えないかんな。

ただ、俺の代わりに寛治たちが退学になるのは……。

そうだ、賞賛票を少しだけアイツらにもわけてやって、他の誰かに批判票が集まるようにすりゃいいんじゃねえか。

 

全く今日はつくづく冴えてんな。

明日はその提案をしてやろうと考えながら気分よく帰宅した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

至極当然で当たり前のこと

金曜日の朝がやってくる。

いよいよ明日は投票日、それはつまり、クラスから1名退学者が出ることを意味する。

 

試験とは別に坂柳との勝負もある。

勝負に勝つことを優先するのであれば、さらにいくつかの策を講じる必要がある相手。

ただそれもクラス移動するのであれば、の話だった。

平穏な学生生活のため、早急に坂柳を大人しくさせる必要があったが、その必要がなくなった今となっては成り行きに任せればいい、それだけだ。

 

それに、どちらかと言えば、仕上げにひと手間かけたいのは櫛田の方。

こちらも非常に面倒な話だが、やるだけの価値はあると考え直した。

今回の結果は、人の心を理解する上で、ひとつの参考になる、そんな予感めいたものがある。

 

登校のため寮を出たところで、少し先を力無く歩く平田を見つける。

 

重々しい雰囲気だが、さすがに無視するわけにもいかず、声をかけることにした。

 

「おはよう、平田」

 

「綾小路くん、おはよう」

 

まるでオレが来ることを予期していたように自然と振り返る平田。

 

「昨日のことも含め、だいぶ参ってるみたいだな。難しいかもしれないが少し力を抜いた方がいいんじゃないか」

 

「あははは……。不甲斐ない姿を見せちゃってごめんね」

 

「いや、気にする事はないんだが……」

 

「これでも早めに休もうとしたんだけど、僕はまた助けられないのかな。僕はまた間違ったのかな……って、そんなことばかり頭の中をぐるぐる回っちゃって」

 

『また』の部分が何を指すのかはわからない。恐らく平田がDクラススタートだった理由にも関わる部分。この試験で平田の中の何かが揺らいでいる。

 

「平田が求めている答えを他人が決める事はできない」

 

「……そう、かもしれないね」

 

「ただ、例えどんな英雄だったとしても、助けを求めていない人間を助ける事はできない、とオレは思うぞ」

 

山内が泣きついて助けを求めているならいざ知らず、あんな様子であれば『救う』ことはできない。

 

「綾小路くんは優しいんだね」

 

「そうか?」

 

「1学期の頃は昔の僕に姿を重ねたこともあったんだけど、とんだ思い上がりだったよ。キミになら安心してクラスを任せられる」

 

覚悟を決めたような表情の平田。

それはつまり最終手段の決意が固まったことを意味するのだろう。

 

「……平田がやろうとしている提案は誰も承諾しないんじゃないか」

 

「本当に何でもお見通しなんだね。でも僕はクラスを守りたいんだ」

 

「止めはしない。だが、平田の代わりはいない、それだけは覚えておいて欲しい」

 

「うん」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

登校時間。

何やら落ち込んでいた平田王子を励ます綾小路王子の姿を運良く見送ることができた。

いえ、正確には綾小路王子の登校時間は規則正しいので、この時間に張っていれば姿を見れるかもしれないという期待はあった。

ただそれを言い出すと、普段より登校時間が遅い平田王子は綾小路王子に励ましてもらうためにわざと遅れて出てきたのでは?と妄想が捗ってしまう。

 

「あぁ、尊いお2人の姿も見納めですか……。でも、これで思い残しはありません」

 

退学を間近にして思い出すのは、なぜか小さい頃の記憶。

 

夢に溢れ活発だった幼少期。

全てが輝いて見えて、世界がどんどん拡がっていく感覚。

 

いつからだろう。

私はお姫様じゃなくって、王子様も迎えに来てはくれないと気づいてしまったのは。

 

いつからだろう。

いわゆる私が腐よりの趣向があることに気づいてしまったのは。

 

気づいてしまったが最後、中学時代は本当に生きづらい毎日だった。

理解者がいない苦しみを自分の立場で味わってみて初めて、志保ちゃんの気持ちがわかった。

 

世界がどんどん小さくなって、気づけば私の世界には私しかいなくなる。

それが怖くて怖くて、心の奥底に本当の気持ちを封印してしまった。

 

――それでよかった。

みんなと同じような数多くいるモブのひとり。

開き直ってしまえば、それなりに楽しい事はあるし、生きていくなら多少の不満があっても我慢するのが大人になる事だと思っていた。

 

でも、あの日、綾小路王子が颯爽と助けてくれて、王子様って本当にいるんだって思った。

そんな王子の姫になるなんて夢を見なかったわけではないけど、王子にはもっと相応しいパートナーがいることもわかった。

あの時ほど、腐っていて良かったと思った事はない。

 

それからだった。

それまでできていたはずの我慢した生活ができなくなっていった。

王子たちが自由に生きていていいんだよって、私らしさを隠す必要はないんだよって教えてくれたんだと思う。

 

 

この学校に来て、私は……本当に幸せでしたよ、王子。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「寛治、健。俺がゲットした賞賛票いくつかわけてやっからさ、心配すんなって」

 

「……なぁ春樹。その賞賛票って……本当に入れてもらえるのかよ?」

 

「ったりめーだろ。アイツらは俺の漢気に惚れ込んでんのさ」

 

「「……」」

 

「なんだよ、2人そろって黙っちゃってさ。まるで俺の話を信じてねーみたいじゃん」

 

「春樹を信じる信じないの問題じゃねえんだ。俺も一度あいつらに嵌められてっからよ、どうも今回の話、都合が良すぎるっつーか……」

 

「健の言う通りだぜ。昨日、篠原たちとも話したんだけど、やっぱおかしいって」

 

「はぁ?そういうのマジ勘弁だって。自分たちが危なくなるからって、俺を揺さぶってDクラスとの仲を裂こうってんだろ。マジあり得ねえわ」

 

「ちげーよ。少なくとも春樹よりは、同じ部活の俺の方がアイツらのことをわかってる。間違っても春樹を敬うような連中じゃねーんだよ」

 

「自分は仲悪いからって上手くやってる俺の事を妬んでんだろ」

 

「らしくねーよ、春樹。いつもだったら笑って冗談言うとこだろ。やけに食って掛かってくんのは自分でもそうかもしんねーって思ってるからじゃないのかよ」

 

「寛治まで敵になんのかよ……。やってらんねえ。あとから票を分けてくれって言っても知らねえかんな」

 

「待てよ、春樹!」

 

「……行っちまった。アイツマジでどうすんだ」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

登校してクラスメイト全員が揃っていることを確認し平田が教壇に立つ。

 

「みんな、連日で申し訳ないけど、聞いて欲しいことがあるんだ」

 

昨日の今日でまだ諦める気配のない平田の姿に、一部は感動し、一部は少し呆れ始め、一部は無関心といった様子。

日に日に一体感からかけ離れていくクラスを見ても平田は怯まない。

 

「もうクラスで言い争う必要も誰かを陥れる必要もなくなったよ。解決する手段があるんだ」

 

そんな状況だったとしても、その発言にはクラスメイトたちを期待させるだけの力があった。

 

「ホントなの、平田くん!?」

 

代表して恵が聞き返す。

 

「うん。だから安心して欲しい」

 

「さすが平田くん!それで、どんな作戦なの?」

 

ここ数日表情が暗かった平田の自信のこもった返答に恵も思わず声のトーンが高くなる。

 

「とても簡単な話だよ。みんな、批判票を僕に入れて欲しい。退学になるのは僕だ」

 

「え?……それって平田くんがあんなのの身代わりになるってこと?」

 

「身代わりじゃないよ。僕が自主的に退学を希望してるんだから」

 

「そんなの言い方が違うだけじゃん」

 

「そうです。平田くんが退学になるのはおかしいと思います」

 

予想通りの提案に案の定な周りの反応。

 

「それしかクラスを救う方法はないんだ。みんなもわかって欲しい」

 

「でも……」

 

続く言葉を見つけきれずにいる恵。

真剣に訴え続ける平田の姿に当てられ、クラスの面々も馬鹿げていると安易に切り捨てることができない。

損得で言えば平田と山内を天秤にかけるまでもないこと。

それがわかっているのに誰も強く否定することができないのであれば、このクラスがAクラスに昇格することはないだろう。

 

「茶番はここまでにしてもらえるかしら」

 

「また君かい。堀北さん」

 

「あなたたち、本当にAクラスを目指す気はあるの?勉学でも運動でも、クラスのまとめ役としても彼を欠いて勝ち上れるほど、この学校は甘くないわ」

 

「評価してもらえるのは嬉しいけど、これはクラスを守るためなんだ。クラスさえ無事なら、あとは堀北さんや綾小路くんがいれば、きっと立ち直せるよ」

 

「それは間違いよ。私たちは基本ぼっち。クラスを円滑に回していくためにはあなたの様な生徒は必要不可欠なの。自分を低く見積もり過ぎじゃないかしら」

 

しれっとオレをぼっち仲間に加えないで欲しい。

 

「だからといって他に手は――」

 

「貴方にもそろそろ覚悟を決めて欲しい、と言っているつもりなのだけど。昨日あなたの言っていた案は間違いじゃないわ。この試験の攻略は、クラスへの貢献度を考え、最終的に戦力にならない生徒を選出する、それしかないもの。その基準で考えた時に、平田くんが退学はあり得ない。元から山内くんが退学することに違いはないし、そのことであなたが心を痛める必要もないの」

 

「待てよ堀北。だから俺は退学にならねーって」

 

堀北からの退学を指名されたことで、横から山内が声を荒げ始める。

 

「まだそんな妄想に縋っているの?山内くんは前提を間違っているわ。仮に賞賛票があなたに23票入っても無駄なのよ。私たちーーあなたの友だちと、平田くん以外の36人で賞賛票を入れる相手、あなた以外に批判票を入れる相手をちゃんと指定して調整すれば、十分あなたが退学になる票数になるの。その点は理解してこれまで発言してきたのよね?」

 

「は?いや……え……」

 

「いざとなれば他クラスからの賞賛票がたくさん入りそうな人に批判票をある程度集中させれば、万が一も起こらないわ」

 

こっちを見ながら鬼畜なことをさらっと告げる堀北。

理には適っているが賞賛票が何票来るかわからない以上、歓迎はしたくないな。

 

「比べるまでもないことだけれど、平田くんを退学にしたくないのであれば、私の案に乗ってくれないかしら」

 

クラス全体に投げかける堀北。

平田の退学を防げるのであれば、と賛同する生徒も出でくる。

皮肉にも平田の退学宣言が、山内退学を後押しする展開となる。

 

「おいおいおい、ふざけんなよ。やってたかって1人をいじめて楽しいかよ、お前ら」

 

山内が自分の状況を理解したのだろう。ここに来て初めて必死に抗議を始める。

 

「往生際が悪いわよ。なら、はっきり言ってあげる。あなた、賞賛票はどうやって入手できたの?」

 

「そりゃ、Dクラスのやつらに俺の力を見せつけて来ただけだっつーの。そしたらアイツら喜んで投票を約束してくれたぜ」

 

「くだらない嘘ね。私の方でも気になって調べてみたのだけれど、あなた大金をチラつかせていたそうじゃない」

 

「は?知らねーし」

 

「別に票をポイントで購入することは悪いことじゃない、立派な戦略よ」

 

「だ、だろ。俺悪いことしてねーんだよ」

 

「ただ問題なのは、票を買えるだけのポイントをどこで入手してきたのか、という点ね。具体的に言えば200万ポイントも持ってたそうじゃない」

 

「ちょ、貯金だよ」

 

「ズバリ言わせてもらうけど、南雲生徒会長から手に入れたんじゃないかしら?」

 

「な、なんでそうなんだよ?わけわかんねー」

 

「ちょっと考えればわかるわ。試験中の1年生が貸し出すはずがない。3年生も返済期間の関係で除外。だとすれば、2年生だけど、あの学年は特殊な事情で、200万を払える人物は南雲生徒会長ぐらいよ」

 

やけに詳しい堀北。

それが意味するところはひとつ。事情に精通しているヤツに聞いた、ということ。

 

「その生徒会長もタダでは融資しないはず。相応の対価を払ったんじゃないかしら」

 

「身に覚えがねえって言ってんだろ」

 

「シラを切るつもり?リアルケイドロに始まり、要所要所で南雲生徒会長と繋がっていたわよね。混合合宿のように今後は他学年とも戦うことがあるかもしれない状況で、クラスはおろか、学年まで裏切るその太々しさはある意味才能ね」

 

「違う違う違う違う違う――」

 

「この期に及んで言い逃れはできないわよ。裏切り者はクラスに必要ないわ」

 

「待って、待ってほしい。こんなの間違ってる」

 

山内にトドメを刺そうとする堀北を止めるため平田の叫びが広がるが、もはや平田に協力する者は――。

 

ガタッと椅子が揺れる音がして立ち上がったのは愛里だった。

思わぬ人物が起立したことでクラスの注目を集める。

 

「あ、え、っと、ちちち違うの。ちょっとお手洗いに行きたくて……」

 

顔を真っ赤にしながら出ていく愛里。

良くも悪くも教室の空気が一瞬緩む。

 

「平田くんの言うとおりだよ。みんな一旦落ち着こう、ね?」

 

その隙を見逃さず、櫛田が立ち上がった。

 

「櫛田ちゃん……」

 

「私も平田くんが退学になるのは違うと思うし、クラスに裏切り者は必要ないっていう堀北さんの意見はもっともだと思うよ」

 

「えぇっ!?」

 

助けが来たかと期待した山内が一瞬で崩れる。

 

「なら口を挟まないで貰えるかしら」

 

「でも、裏切り者って話なら堀北さんだって人のことを言えないんじゃないかな。だってさ……こんなことあんまり言いたくはないけど、本当にクラスの輪を乱して、害をなすのは堀北さんなんじゃないかなって思うの」

 

「ふざけないでくれる」

 

「ふざけてないよ。だって現にクラスをこんな空気にしちゃったのは堀北さんだよね」

 

実際は平田がきっかけだが、それをしれっと堀北に転嫁している。

日頃の行いや口調の与える印象は大きい。

平田と堀北を比べた時に厄介な問題を起こすのは堀北の方だと無意識に判断している生徒も多いだろう。

そのため、緊張感漂うこの場面で冷静に考えることのできる人間以外は櫛田の意見を疑うことをしない。

 

「誰かがはっきりさせる必要があった問題よ」

 

「汚れ役を買って出てくれたってこと?でもさ、だったら堀北さん昨日の放課後は何してたのかな?山内君の話も聞かずやたら急いで帰ろうとしてたよね」

 

これも同様で、そもそも山内は話そうともしていなかったのだが、時間を気にしていたことは事実で、信頼のある櫛田が言えば、それが事実だったようにクラスメイトの大半は感じているだろう。

 

「別にプライベートなことよ」

 

「そうだよね、プライベートだよね。……私もクラスみんなのことが大事だから誰かを責めたりしたくない。でも、このままじゃ、平田くんや山内君が退学になっちゃうから、それこそ汚れ役を買って出るよ。実は三年の先輩が教えてくれたんだけど、昨日の放課後、堀北さん、お兄さんと楽しそうに談笑してたって」

 

「……」

 

堀北も周りに気をつけて会合していたはずだ。

まさか櫛田に把握されているとは思っていなかったのだろう。

咄嗟に反論ができない。

 

「沈黙は肯定とみなすよ。自分には関係ないからって、クラスの事よりもお兄さんとの約束を優先したってことだよね?」

 

「確かに兄さんと会っていたわ。でも、あれ以上、あの場での議論に意味はないと判断したから出ていっただけ」

 

「さっきの話だってやけに2年生の事情に詳しかったよね?それってお兄さんから聞いたんじゃない?」

 

「否定はしないわ」

 

「堀北元生徒会長と南雲生徒会長の確執はみんなも知ってると思うの。今回、やたら堀北さんが山内くんを攻撃するのは、お兄さんからの指示だったり……。南雲会長の手足となっている山内くんが目障りになってるんじゃないの?お兄さんに利用されてクラスを裏切ってるのは堀北さんなんじゃないかな」

 

根も葉もない話だが、ところどころが事実であるためそれらしく聞こえてしまう。

南雲は恐らく山内を切っているし、学にいたっては南雲をわざわざ意識して先手を打つなんてことはしないだろう。

だが、これは生徒会事情に詳しくなければわからない話。

つまりこの場で唯一否定できるのはオレだけ。

 

「暴論もここまで来ると笑えないわよ」

 

「荒唐無稽な話でもないと思うよ。他の先輩から聞いた話だけど、バレンタインの日にお兄さんと一緒に過ごすためならクラスを裏切って退学になってもいい、みたいなこと言ってたんだって?」

 

「事実無根よ。その先輩の証言だけで判断するのは間違っているわ」

 

現状、櫛田の主張に証拠はない。

ただ、多くの生徒が、自分自身櫛田に心を開いて話している覚えがある。その先輩も櫛田に嘘をつくだろうか、と証拠はないまでも櫛田よりの意見になる。

 

「そうだね。証拠はまだないけど、一つだけ堀北さんの口から答えてもらいたいことがあるの。これからお兄さんが卒業して、大丈夫?淋しくなったからって勝手に自主退学されたら、残された私たちに迷惑がかかるんだよ。自主退学だとペナルティでクラスポイントも引かれちゃうし、みんなの士気も下がっちゃう。だったら、この試験で退学になってくれた方がクラスポイントの変動はないし、堀北さんはお兄さんと一緒に過ごせる。私たちもいつ勝手に退学するかわからないクラスメイトを安全に送りだせるでwinwinだと思うんだ」

 

「確かにそう取られても仕方がない行動をしてきたかもしれない。でも、それとこれとは話が別よ。私はAクラスを目指しているし、退学するつもりもないもの。明確にクラスを裏切っている山内くんを問題視する方が賢明な判断なんじゃないかしら」

 

「山内くんだってちょっと自己中心的だったかもしれないけど、それは追いつめられて動揺しちゃっただけなんだよ。それにこんなにも退学にならないために行動できた生徒は他にいないよ。それだけの力を持った山内くんもここで退学になるのは惜しい人材だよ。もちろん平田くんもみんなのために身を犠牲にしてくれるだけで本質的には退学したいわけじゃない。でも、堀北さんなら退学になってもお兄さんと過ごせるんだから嬉しいよね。本当にクラスの事を思うなら堀北さんが退学になってくれないかな?私もみんなも堀北さんが嫌いってわけじゃないよ。ただただクラスのために協力して欲しいだけなの」

 

「そう。あくまであなたは私を退学にしたい、ということね」

 

「そんなことないよ。クラスの事を考えたら悲しむ人がいないこの方法しかないんだよ。堀北さんはお兄さんと幸せになってくれないかな」

 

「櫛田さんの考えはよくわかったわ。それでも私の主張は変わらない。クラスで協力して山内くんを退学にすべきよ」

 

2人のやり取りを見て各々考えはじめるクラスメイト。

櫛田の主張は多少強引ではあったが、退学したとしても救いのある人間がいる、というのは退学者を選ぶうえで罪悪感が薄れる。

そもそも堀北の主張通りクラスが団結してしまえばお手上げだったため、上手くかき乱すことができたと言えるだろう。

 

「お前たち、騒がしいぞ。廊下まで声が聞こえている」

 

朝のホームルームを始めるため茶柱が入室したことで話し合いは打ち切られる。

結論はでないままではあったが、批判票は3名選ぶ必要がある。山内だけでなく堀北も選ぶ生徒が出てきてもおかしくはない。

そうなれば賞賛票の差で堀北が退学になる可能性も高くなってくる。

種さえ撒いてしまえば、結局人望の問題でしかなく、このあと櫛田が『誰も悲しまない選択』として堀北に投票するようにお願いして回れば済む話。

 

『清隆くん、これ』

 

愛里からメールと共に写真が送られてくる。

 

『大変な役割を任せてすまなかった』

 

『ううん。頼ってくれて嬉しかったよ。また何かあったらいつでも言って欲しいな』

 

『助かる』

 

メッセージを送り終わったところで改めて写真を見る。

 

教室での議論中、愛里にチャットを送り、廊下に出てもらった。

あの時間に教室の外で話を聞いている人物。他クラスからの偵察とみていいだろう。

普通なら教室から出てきた時点で警戒されるが、人畜無害そうな愛里であれば相手も油断する。

 

あとは得意の撮影技術を活かしこっそり撮影してもらうことで、無事手に入れることができた。

 

写真には、橋本や神室、金田などが映っているが――ひとりだけよく知らない生徒が隅にひっそりと潜んでいる。

他のメンバーからは視認されにくく、偶然居合わせたと主張できる位置取り。

なるほど。ポチとの動画を撮ったのはこの生徒――山村美紀だと思ってよさそうだ。

 

今回、一番注意すべき問題はあの動画の入手方法だった。

今後も似たような手を使われかねないし、はっきりしないままではこちらの行動も制限される。

 

教室で騒ぐような状況になれば、勝負のため坂柳が偵察を送ってくることは明白。

橋本や神室は本命のカモフラージュだろう。本人たちも囮にされているとは知らされていないかもしれない。

 

あとは、今回の議論の情報を持ち帰って、坂柳がどう判断するか。

勝負のことを知っている坂柳からしてみれば、オレが櫛田を利用して堀北を退学にしようとしているように見えるはず。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

結局、放課後になっても明確な結論が出ないまま、解散となった。

 

堀北としてはクラスメイトが自分や平田を切る愚かな真似をするとは思えない。

山内は山内で賞賛票の件と櫛田が味方に付いたことで完全に安心しきっている。

平田は……今朝の出来事が余程堪えたのか、その後一言も発することなく帰宅した。

 

「はぁー、もう最高の気分だよ、綾小路くん。あの堀北の顔見た?」

 

「そうだな」

 

恒例の退学会議。昨晩がステーキだったからか、今日は退学ソングを歌いながら海鮮丼を用意してくれた櫛田。

初めて食べたが、いくらやウニが高級食材である理由もわかるな。

大トロも舌の上で溶けていく。

 

クラス全体に堀北からメールが届く。

一瞬、櫛田の顔が歪むがすぐに満面の笑みを浮かべる。

 

「アイツ馬鹿なんじゃない。こんなの用意しても、もう大半の生徒は堀北に投票する約束になってんのにさ」

 

差し出す画面に表示されたのは、山内を退学にするために、誰が誰に賞賛票、批判票を入れるかを記載したもの。

今朝の主張から変化しているのは、山内、池、須藤、平田に加え、櫛田も協力しないものとして扱っていることぐらい。

 

「そうだな。そしてこれが証拠の音声だ。たまたま録音していた3年生がいたんだが、譲ってもらうのに少し時間がかかった」

 

櫛田の携帯に、あの日録音していた音声データを送る。

 

『私が勝ったらこのチョコを受け取る。負けた場合は……自主退学します』

『嘘だろ、鈴音。俺たちより兄貴を選ぶってのかよ』 

『それは比べるまでもないことよ』

 

再生されるのはバレンタインの時のやりとり。堀北のクラスを捨ててもいいとも取れる発言。

 

「これを朝から証拠としてクラスで流せばダメ押しになる。もっとも櫛田の誘導がオレの予想よりも優れていたから必要ないかもしれないが」

 

「そんなことないよ。未だに堀北さんのこと信じてる人もいるみたいだし、念には念を入れておかなきゃね」

 

櫛田は「ありがとう」と大事な宝物を扱うかのように携帯をしまう。

 

「あぁ。早く明日にならないかなぁ。……そうだ、試験が終わったら打ち上げしなきゃだね。こんなにめでたい日もないじゃない。だからさ、ちょっと学生には敷居が高いんだけど、行ってみたいところがあって……なんでも天才ピアニストがいるって噂の高級レストランなんだけど、綾小路くんが良ければこれから予約しておくね!そうしたらそこで――」

 

「打ち上げ?お前は何を言っているんだ」

 

頭にはてなマークでも浮かんでいるかのように首を傾げ、キョトンとしている。

 

「え?退学祝いだよ。これまで散々苦しい目にあった分、ぱぁーとお祝いしようよ」

 

「わかっていないようだから、至極当然で当たり前のことを櫛田に伝える」

 

混乱する櫛田の目をしっかりと捉え言葉を続ける。

 

「堀北を退学にしたら、二度と退学にできない」

 

「は?……そんなの当り前だし、それの何がいけないのよ」

 

「オレたちの関係はなんだ?」

 

「……堀北退学同盟?」

 

「そうだ。こうして集まるのも堀北を退学にするためでそれ以上でもそれ以下でもない。つまり、堀北が退学になった時点でこの同盟は終了。お互い、ただのクラスメイトに戻ることになる。だから打ち上げも何もない」

 

「えっ……」

 

「オレは櫛田とこうして堀北退学のためにあれこれする日々は、正直嫌いじゃなかった。だが、肝心の堀北がいなくなってしまえば、それを続けることはできない」

 

「そ、それは……」

 

「櫛田がこの部屋に来るのも今日限りだ。合鍵も回収させてもらう」

 

「ちょ、ちょっとッ」

 

置いてあった合鍵に手を伸ばすと、慌ててオレの袖を引っ張る櫛田。

 

「どうした?堀北退学後には不要なものだろ。堀北が退学になった後、櫛田はやっと解放されるんだ。堀北退学のない世界で楽しく過ごしてくれ。オレは空いた時間、生徒会でも頑張ることにする」

 

「そんな言い方ないじゃない。別に堀北退学後だって仲良くできるはずだよ」

 

「逆に聞くが、堀北退学がなければオレたちは今の様な関係になっていたか?そうじゃないはずだ。櫛田にとっては山内や池と変わらない存在だったろ。だったら、堀北が退学になった後もそうなるのは目に見えている」

 

そう言って櫛田の手を振り落とし、合鍵を手中に収める。

 

「櫛田が一刻も早く堀北を退学にしたいってことは、残念だが退学ライフを悪くない毎日だと思っていたのはオレだけだったんだな。……堀北の退学は決まったようなものだ。これ以上話すこともない。もう出て行ってくれないか?」

 

「ひ、ひどいよ。綾小路くん、私だって、私だって……バカバカバカバカバカーッ!!」

 

かつて枕だったものを投げつけ、櫛田は部屋から去っていった。

櫛田が怒って出ていくのはあの日以来か、などと思い出し面白くなってくる。

 

「櫛田、お前の選択を見せてくれ」

 

準備を終えたことで退屈だった明日の試験も少しだけ楽しみになってきた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私の王子様

土曜日。

クラス内投票実施日がやってくる。

 

枕がなくなったため寝つきが良くなかったこともあり、早めに目が覚める。

とは言っても投票前に坂柳との勝負の続き――相手が誰を狙っているかの予想が控えているため、前向きに捉えるならちょうど良かった。

 

そうして、いつもより早めに登校し職員室に寄って茶柱先生に預けておいた箱――ターゲットを記した紙の入った箱を受け取る。

 

「こんな日でもお前はいつも通りだな、綾小路」

 

「特別試験と言っても投票するだけですし、今更どうこうしても変わるものではありませんから」

 

「頼もしいと思う反面、教師としてはもっと学生らしい葛藤を期待したいところでもある」

 

「これでも日々葛藤だらけですよ」

 

「なるほど、この一年で冗談の精度が上がったことは確かなようだ」

 

担任から何とも言えない評価をもらう。

それなりに充実し、変化を続けてきたつもりだったが、外野から見れば微々たるものなのかもしれない。

 

そんなことを考えながら特別棟へと移動する。

 

「おはようございます、綾小路くん。とても素敵な朝ですね」

 

「……葛城はいないんだな」

 

普段なら踊り場あたりに待機している葛城の姿が見当たらない。

 

「ふふ、最初に気にかけるのは葛城君のことですか。少し妬いてしまいそうです。彼はそうですね、ちょっと車検に出している、といったところでしょうか」

 

「……なるほど」

 

単純に考えれば、葛城はこの場に連れて来れる状態ではなかったということ。

肉体はあの通り頑丈そのものであるため、原因は精神面か……。

そうなると、タイミング的に特別試験と結びつけたくなる。移動手段として重宝されている葛城を退学にするとは考えづらいため、葛城にとって親しい相手が今回の坂柳のターゲットになってしまったという図式が浮ぶ。

 

だが、それはこちらがそう考えると裏を読んだ坂柳の罠の可能性もある。

つまり葛城をこの場に連れて来ないことで、直前までこちらを揺さぶる戦略を取ってきたようだ。

 

攻撃的な姿勢とも取れるが、どちらかと言えばこの場に葛城が平然と立っていた方がこのあとの選択に戸惑いが生まれたかもしれない。

 

実際は戦略云々以前の問題で、坂柳は葛城を連れて来たくとも連れて来れなかったと予想している。葛城の表情からオレが情報を読み取るリスクをなくすことができなかったのが本音だろう。

 

でなければ、わざわざ徒歩でここまでやってくるとは思えないし、坂柳なら葛城を連れてくることでオレへのブラフとする戦略の方を好む、と分析している。

 

それなら坂柳がターゲットとして記入した生徒は――。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

特別棟から職員室へ再び箱を預けたのち、教室に入る。

 

時刻は8時30分を過ぎたところ。クラス内投票は9時丁度から実施されるため、何か行動を起こすなら最後のチャンスだろう。

 

意外だったのは平田が沈黙していること。

表情は暗く、自分の席でじっと目を閉じている。

 

流石の山内も今日は余裕がないようで、先ほどから誰も寄せつけず、貧乏ゆすりを繰り返していた。

 

「あなたは余裕でいいわね、綾小路くん」

 

「生徒会だからな」

 

「そうね、あなたは兄さんのおこぼれにあずかって賞賛を受けているものね……」

 

いつもの軽口のはずだが、どことなく力もキレもない堀北。

 

「……訂正させてもらうわ。この試験で綾小路くんが退学する恐れがないのは、これまでのあなたの実績の結果。それは平田くんや櫛田さんにも言える……私が反省すべき点だわ」

 

「やけにしおらしいな。変なものでも食べたのか?例えば自作のチョコとか」

 

「心身ともに極めて良好よ。でも……私に万が一のことがあったら、クラスのことは任せるわ」

 

昨日は強気に出ていたものの、堀北自身、退学の可能性を拭いきれていない様子。

それにしても堀北退学の仕掛け人にあとのことを頼む妙なマッチポンプとなってしまった。

 

「兄貴と過ごせるようになるから嬉しいんじゃなかったか」

 

「少し前までならそうだったでしょうね。でも、今は兄さんの側にいることだけが全てじゃない、そう思えるようになったの」

 

誕生日プレゼントとしてもらった髪留めに手を添えながら、すっきりとした表情を見せる。

入学当初の他者を受け入れない刺々しさは薄れ、柔らかさすら感じさせる。

 

「みんな、ごめんね。投票前に聞いてほしい音声があるの。これを聞けば、どうするか迷ってる人も考えが固まると思うから」

 

ここ数日と比べ静かな教室。

このまま何事もなく投票時間を迎えるかと思われた頃、櫛田がそう言って携帯を操作し、音声を流しはじめた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

さて綾小路くんとの勝負結果は待ち遠しいですが、その前にクラスの話を進めなくてはいけません。

 

「坂柳……」

 

「葛城くんはまだそんな顔をなさっているのですか」

 

クラスの前で、私を待っていた様子の葛城くんが近寄ってきます。

 

「みなさんに発表する前に私の考えを見抜いたことは流石マイカーだと賞賛いたしますが、そんな調子では肝心な時に足元を掬われてしまいますよ?」

 

「わかっている、わかっているんだが、アイツにもチャンスを与えてやれないか」

 

「投票開始まで残り30分。これからクラスの皆さんに批判票の投票先を指示します。ただ、強制もしませんし、賞賛票については自由にしていただく予定です。説明後は、残り時間でみなさんに何を言っていただいても構いません」

 

「……感謝する」

 

「ふふ、仮に葛城くんの努力が実を結んでしまったら、綾小路くんとの勝負に負けてしまいますね」

 

ちょっとからかっただけのつもりでしたが、困った顔をする葛城くん。本当に良くも悪くも真面目ですね。

 

ただ、そんな事態になったのなら私の読みがその程度だったということですし、その程度の人間では彼を葬り去るなんて夢のまた夢。

 

「みなさん、お待たせしました。批判票の投票先ですが、私の考えに賛同なさってくださる方は戸塚弥彦くんに投票をお願いします。残り2票と賞賛票の相手はご自由にどうぞ」

 

クラスの皆さんは静かに私の話を聞いてくださいました。

ですが、もちろん、1人だけ例外はいます。

 

「な、納得できない。なんで俺なんだ、坂柳」

 

戸塚くんがわなわなと震えながら立ち上がります。

 

「そんなに難しい話ではありません。戸塚くんの実力がAクラスに遠く及ばないことは、これまでの試験で皆さんも把握なさっていますね。それだけなら情状酌量の余地もあったかもしれません」

 

「なら――」

 

「ですが、南雲生徒会長にクラスや学年の情報を渡す裏切り行為を許すわけにはいきません」

 

「なっ……。だとしても、直接クラスの不利益になることをしたつもりはない。俺だってその程度は弁えていたんだ」

 

「あなたに情報の精査が出来たとは思えません。あの手の輩は言葉巧みに誘導し情報を抜き取るものです」

 

実際どのぐらい戸塚くんがあの男と関わっていたかはわかりませんが、リアルケイドロで味わわされた屈辱だけで十分退学に値します。

 

「これ以上の言葉は不要でしょう。それではみなさんよろしくお願いいたしますね」

 

何か言いたそうな戸塚くんを放置して席に着きます。

これから消えるモノの言葉ほど聞くだけ無駄なものもございません。

 

「みんな、坂柳はああ言っていたが、少しだけ俺の話も聞いて欲しい。弥彦は確かに成績が振るわないこともある。だが、この学校で大事なことはそれだけじゃないはずだ。そもそも裏切るきっかけになったのも――」

 

葛城くんの力説が始まります。

お涙頂戴とでも言えばいいのでしょうか。必死になって戸塚くんの良い所や彼を残すメリットを語りかける葛城くん。

これが、たとえばBクラスのようなクラスであれば効果もあったかもしれません。

ですが、このクラスには感情論で簡単に流されるほど甘い覚悟の生徒はおりません。

 

マイカーから流れる演説を聞き流しながら、投票時間を待つことにいたしましょう。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「じゃぁ、みんなで神崎くんに批判票を集めて、そのあと2000万ポイントで退学を取り消すね」

 

綾小路くんから不足分のポイントを融資してもらえたことを伝え、クラスの方針を固める。

批判票の集中先は神崎君が名乗り出てくれた。

 

「本当に良かったのかよ、神崎。別に誰が退学になっても救済すんだから、票を集めなくてもいいんじゃないか」

 

「柴田、それだと試験が終わったあとに退学に選ばれた生徒が傷つくことになるかもしれないし、本当に救ってもらえるか不安になるヤツもいるかもしれない。それを防ぐために投票先のコントロールは必要不可欠だ」

 

「あー、なるほど?ま、とりあえず終わったらみんなで打ち上げいこうぜ。もちろん、恩人の綾小路も誘ってさ」

 

「それもそうだな。綾小路に感謝の場を設けるのは同意見だ」

 

ポイントを借りた日以来、綾小路くんとゆっくり話す機会はなかったから、私としても誘う口実ができるのは有難い。

 

坂柳さんとのことも気になるし……。

 

「そうだね、綾小路くんも誘って、みんなでお礼をしよう!」

 

理不尽な試験前とは思えない程、クラスが湧き上がる。

これで良かったんだ。改めて自分の判断を肯定する。

 

ただ……他クラスからでてしまう退学者のことを考えると胸が痛くなる。

どうすることもできないとは言え、自分の無力さに悔しさが募る。

 

今はただクラスメイトを守れたこと、その事実を喜ぼう。

拭いきれない小さな不安から目を逸らし、安堵するクラスメイト達を見つめる。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

受け入れた風で諦め開き直った顔をしているリカ。

本当は今にも泣き出したいくせに……いつからかリカはリカらしくなくなってしまった。

 

私はどうしても許せなかったから、高校に入って、まさかの同じクラスで、ついお節介をしてしまっていたのだけれど、夏を境にリカは変わった……正確には元に戻った。

 

あの頃の眩しかったリカがやっと帰ってきたような気がして嬉しかったのに、また逆戻り……どうして世の中はこんなにもうまく行かないことだらけなのか。

 

今日までできるだけのことはしてきたつもりだけど、山内ってやつを含め、どれだけ当てになるかわからない。

 

だからといって突然私が声を上げたところで誰も見向きもしないだろう。

 

何か、何かリカを救うチャンスを……。

 

そう神頼みにするぐらい焦燥しはじめた時だった。

 

1人の生徒がゆっくりと教壇に移動したかと思うと、決して大きくない、だけど不思議とクラス全体に届く声で話し始める。

 

「皆さん恐れ入ります。元々この試験は各々の考えにお任せする予定で静観していましたが、このままで本当によろしいのですか?」

 

「どういうことだよ、ひより姐さん」

 

「いえ、何か皆さんに伝えたいことがある方がいらっしゃったら、その場を設けることぐらいのお手伝いはしようかと」

 

どういうわけかこちらを見ながらそんなことを話す椎名。

学力面からリーダーになったのかと思ってたけど、なんだかんだクラスの事をみていることがわかった。

 

「だったらさ、私、言いたいことがあるんだけど」

 

この機会を逃したら、リカが退学になる。

それを黙ってみていられるほど、私は大人にはなれなかった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「伊吹、あんたってさ、男の趣味悪いよね」

 

「はぁ?」

 

「おまけに語彙力もないから『はぁ?』しか言えない脳筋ペタンコアホ毛女」

 

急に立ち上がった志保ちゃんが唐突にクラスメイトを貶しはじめる。

昔っから口は悪かったけど、根は優しい彼女が、こんなことをする意味……。

 

「他の女子もさ、たかがバレンタインぐらいで逆恨みとか馬鹿ばっか。ホントに好きならどんな方法でも渡すことは出来たんじゃない?その程度の想いのくせして人のせいするとかマジないわー」

 

「し、志保。その辺にしときなって」

 

「あんたたちは黙っててよ」

 

止めようとした山下さんや藪さんの手を跳ねのける。

 

「へらへらしてる男どももきもいんだよね。女子への点数稼ぎのつもりかもしんないけど、下心が見え見えすぎて吐き気がする」

 

どんどんクラスの空気が悪くなっていく。

 

「志保ちゃん!もういい、やめて!!」

 

「何よリカ。陰キャ眼鏡のアンタには関係ないでしょ」

 

「関係なくない!こんなの、こんなのおかしい」

 

「私は思ってることを言ってるだけだし。第一このクラスは馬鹿しかいなくて嫌気がさしてたんだよね。いつも卑怯な手ばっかでさ、ロクな策もなくて暴力暴力、勘弁してよね」

 

私の言葉を聞いてくれないだけじゃなくて、あろうことか龍園くんを見ながらしゃべる志保ちゃん。

 

「クク、真鍋。お前よほど退学してーみてえだな」

 

そんな志保ちゃんの態度を面白そうに笑う龍園くん。

 

「退学?したいわけないでしょ。でもね、私はもう自分の気持ちに見て見ぬ振りはしない、言いたいことは言わせてもらうから」

 

「その覚悟は評価してやるよ。だが、挑発にしては安っぽすぎたな」

 

そう話す龍園くんはもう笑っていなかった。

 

「お前も馬鹿の内の1人ってことには違いないってことだ。馬鹿は馬鹿らしく言いたいことをはっきり言ったらどうだ?」

 

「……」

 

龍園くんの問いかけに唇を噛みしめる志保ちゃん。

 

「聞いてるコイツらも馬鹿なんだ。このままじゃ、何も変わんねえ。ま、別に俺はどっちが退学になろうが構わないんだぜ」

 

「――がくにして」

 

「あ"?」

 

「代わりに私を退学にしてって言ってんの!」

 

志保ちゃんは、そう叫びを上げた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

私とリカは小さい頃からの知り合い、いわゆる幼馴染ってやつだったりする。

別に隠してたわけじゃないけど、特に言う機会もなかったから高校でこのことを知っている生徒は多分いない。

 

小さい頃の私は、何というか――人に馴染むのが苦手だった。

 

口が悪いだけでなく、思ったことをすぐ口にするタイプ。

だから当然と言っちゃ当然なんだけど、友達もいなくって……。

でも、他のヤツにお世辞を言って媚びを売ったりするのは自分に嘘をつくようで許せなかった。

 

そんなだったから、小学生の時、クラスメイトの筆箱がなくなったときに、一番に疑われたのは私だった。

 

無実を訴えても信じてもらえない中で、唯一味方をしてくれたのがリカ。

当時のリカは明るくて活発でクラスのみんなと仲が良かった。

 

そんなリカが眩しすぎて私は好きになれなかったし、味方してくれるのも良い子ちゃんアピールだと思っていた。

 

『私ね、志保ちゃんはカッコいいと思ってるんだ。そんなカッコいい人が悪いことするわけないもん』

 

聞いてもないのに教えてくれた理由はあまりに根拠がなさ過ぎて、子供ながらに呆れてしまったことを覚えている。

……それと同じくらい嬉しかったことも。

 

クラスメイト達の非難や疑いの声にも負けず、最後まで信じてくれたリカ。

結局、筆箱は他の子が持っていたことをリカが突き止めて事件は解決。

この子は自分が信じたものを最後まで貫き通せる人なんだと憧れた。

 

このことをきっかけにリカは何かと私に構ってくるようになって、面倒だとは思いながらも満更じゃなくなっていった。

 

 

 

「一時的な感情でリカを退学にするのは間違ってる。リカって成績以上にすごい力を持ってるんだから」

 

「ハッ、そんなすごさ感じたこたあねえな」

 

龍園が笑いながら否定してくるが気にならない。

私が誰よりもリカのすごさを知っている。

 

「まず、生徒会副会長の綾小路くんと特別なコネクションを持ってるじゃない。これからの試験、上位クラスを倒すのであれば、下位のクラスで協力できる場面もあるはずよね。そんな時、クラス・学校でも権力を持っている生徒と仲が良いのは確実に役に立つでしょ」

 

「クク、それぐらいならひよりでも十分だろうよ」

 

「確かに椎名も綾小路くんと仲良しなことは否定しない。けど、ファンクラブを率いているのはリカ。上級生含めてあれだけの人数に顔が利く生徒はこのクラスにいる?一之瀬や櫛田のような人材はこのクラスにいないよね。今後、その力が必要になることあるんじゃない?それにファンクラブの運営で少なからず綾小路くんも感謝していると思う。交渉の際に他の生徒より融通は利くはずよ」

 

「なるほど、そいつは一理あるかもしれねえな。なら諸藤じゃなくて真鍋、お前に投票するってことでいいんだよな?」

 

自分で退学になりに行く行為。

私自身何やってんのかわけがわからない。

 

それでも、そうだとしても――――。

 

 

 

中学に上がる頃には私も少しずつ周りとの付き合い方を学び、人並みに友だちもできるようになった。

色々意地を張ってたのは思春期独特の何かで、今となってはお世辞も言えるし、空気も読めるようになったと思う。

 

だからちょっとだけ調子に乗ってしまった。

人付き合いで舐められないようにするちょっとしたコツみたいな感じ。

相手の弱みを見つけて先にこちらから攻めておく。やられる前にやってしまえばいいってこと。そうすれば大抵の人間は従順になる。

 

そんなことをしているうちに私は中学校でカーストの上位になることができて気分が良かった。少しはリカに追いつけたかもしれない、そんな達成感。

 

でも、クラスが分かれて疎遠になっていたリカは、気づいた時には昔のような輝きはなくなってて、カーストの下の方、その他大勢の目立たない生徒になっていた。

 

私の憧れがそんなんでいいはずがない。

 

中学時代の私はそのことを上手く消化できなかった。

 

そうしてリカが何か悩んでいるとわかっていたはずなのに、向き合えずにどんどん距離をとってしまった。

 

私が1人の時は傍にいてくれたのに、リカが1人になった時、私はリカのことを見ないようにした。

高育に合格して中学を卒業して、もう会えなくなる状況になって、やっとそのことを後悔した……。

 

高校の入学式、リカがこの高校でしかもクラスメイトだと知って、私がどれだけ嬉しかったか、きっと誰も想像できない。

 

離れていた月日は長くて、ぎこちないながらもその距離を縮めていった矢先、リカが軽井沢に突き飛ばされたと聞いて頭に血が上った。

 

でも、それを助けてくれた人がいたと目を輝かせながら語るリカを見ていると、軽井沢のことはどうでもよくなって、綾小路くんとの仲を全力で応援したくなった。

 

『なんだか昔の志保ちゃんに戻ってくれたみたいで嬉しいな』

 

豪華客船で綾小路くんと平田くんとプールで遊び終わった後、リカがそんなことを言ってきた。

私は私でリカに対してそう思っていただけになんだかおかしかった。

 

 

 

「大体さ、このクラスで自分の主義主張をしっかりできる人ってどんだけいるの?みんな強いやつにヘラヘラ頭下げて従ってるだけじゃん。それでいいわけ?」

 

「俺らは好きで龍園さんに従ってんだよ、なめんじゃねえぞ」

 

「おいおい石崎、せっかくの真鍋の力説だ。静かに聞いてやれよ」

 

「へい」

 

「ほらね。それに比べてリカは誰にも負けず行動してきた。簡単なことじゃないってのはみんなわかるでしょ」

 

リカの綾小路くんへの想いは、最終的に変な方向にいっちゃったけど、それでも昔みたいに生き生きしているリカを見ることができたから、なんだか自分が許されたみたいで満足だった。

 

そんなの都合が良すぎるよね……。

結局、今日まで私はリカのために何にもしてあげられなかったわけで、元気になったきっかけは綾小路くん。

元気になれたのはリカの熱意と努力。

 

きっとリカは、やっとこの学校の生徒らしくなってきたばかりで、もっともっと活躍してくれる存在。

 

だから自信をもって伝えることができる。

 

「リカはこのクラスに必要な存在、だから考え直して欲しい。もし納得できないなら代わりに私に批判票を入れたらいい。だからリカのことをみんながもっと知るチャンスを作ってよ」

 

そう叫んだところで、教室に担任の坂上が入ってくる。

 

「試験の開始時刻だ。名前を呼ばれたら、指定の教室に来るように。これより投票完了まで私語は一切禁止だ。いいな」

 

何かを言いたそうな顔をしていたリカに向かって念を押す坂上。

 

 

投票が終わってしばらくした後、再び坂上が入ってきて淡々と結果を発表する。

 

「――賞賛票、3位は山田、2位は金田、1位は椎名だ。後ほど椎名にはプロテクトポイントが贈呈される」

 

聞こえてくる声がどこか遠い場所で発せられているように感じる。

何だって構いはしない。大事なのはこの後の発表だけ。

 

「――残念ながら批判票が一番多く投票されたのは……真鍋、お前だ」

 

ああ、よかった。これでリカは退学にならないんだ。

 

「これから手続きがある。職員室まで来てもらおう。他の生徒は解散だ」

 

廊下へと出ていく坂上。

 

「志保ちゃん……」

 

近寄ってくるリカ、でも涙が溢れて続く言葉は出てこない。

馬鹿ね、泣きたいのは退学になった私の方でしょ?ホントにしょうがないんだから。

 

「リカ、別に今生の別れじゃないんだから大袈裟。2年後、もっとリカらしくなった姿を見せてよね。私だって頑張るからさ」

 

「うん……約束する。私も頑張る”ぅっ」

 

ぐしゃぐしゃになった顔で頷くリカ。その後ろから山下と藪の2人がやってくる。

 

「志保、あんた……」

 

「何ていうか、この閉鎖された環境には飽き飽きしてたっていうか。これから、いろんなことして遊べるしラッキーだわ。……ま、アンタたちと馬鹿やってた1年間も悪くなかったけどね」

 

「卒業したら一番に連絡するから」

 

「私も。そしたら、また3人で一緒に『リカー』って叫ぼうね」

 

「あはは、悪くないじゃん。そのためにも、途中で退学なんかしないでよね」

 

「志保に言われたくないよ」

 

「ホントね」

 

廊下から坂上の咳払いが聞こえてくる。

もう時間のようだ。

 

「んじゃ、そろそろ行くわ」

 

廊下へ向かおうとしたところでリカが抱き着いてくる。

やめてよ、私まで涙が出て来るじゃない。

 

今度こそ、私は私として胸を張って生きることができるんだから、何も後悔はしてないはずなのに……。

 

ゆっくりとリカの手を解く。

 

 

こんなこと言葉にすると解釈違いって怒りそうだから口にはしないけど――

 

『みんな、これ見てよ!やっぱり志保ちゃんは筆箱を盗ったりしてなかった。ほら、志保ちゃんに謝ろう』

 

信じてくれただけで十分嬉しかった。

 

 

『志保ちゃん、聞いて!王子様は実在したんだよ』

 

知ってる、だって私にとってリカは――――

 

 

泣きじゃくるリカの顔を見つめ、頭をそっと撫でて、教室を出る。

 

 

 

バイバイ、私を救ってくれた王子様。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

クラス内投票開始時刻まで残り5分、櫛田の再生した音声が鳴り止んだ。

 

その頃には櫛田の言ったように、山内など当事者を除くクラス全員が投票する生徒を決めた、そんな表情をしていた。

 






色々設定を勝手に追加しているため、ちょっとだけ補足解説的なものを活動報告に記載してます。
興味がございましたらそちらも。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

退学ロード一直線

まもなくクラス内投票開始時刻。

 

「みんな、ごめんね。投票前に聞いてほしい音声があるの。これを聞けば、どうするか迷ってる人も考えが固まると思うから」

 

静寂に包まれた教室に、普段の明るい口調とは異なり、重みのある櫛田の声が響き渡る。

 

櫛田は肯定も否定もしないクラスの反応を確認し、携帯で音声を流し始めた。

 

流れた音声は――

 

『私が勝ったらこのチョコを受け取る。負けた場合は……自主退学します』

 

『嘘だろ、鈴音。俺たちより兄貴を選ぶってのかよ』

 

『それは比べるまでもないことよ』

 

バレンタインでの堀北と須藤のやりとり。

クラスのことは二の次で兄を優先しようとしている。と、誰もが感じたに違いない。

 

そしてこれまで堀北のブラコンによる暴走劇を目撃し続けたクラスメイトとって、これが堀北の悪い冗談でないということは共通認識。

 

「桔梗ちゃん、これって……」

 

篠原が恐る恐る櫛田の真意を確かめるべく声をかける。

 

「待って、まだ続きがあるの」

 

オレが渡した音源は先ほどのやりとりまで。ここからは櫛田が追加で作った何かとなる。

 

『こんな音声を入手したんだけど、須藤くんこれは本当にあったことかな?』

 

『…… 間違いはねーよ』

 

櫛田と須藤の会話が流れてくる。

タイミング的に昨日の夜か今朝の話で、当事者に直接会って音声を確認してもらったようだ。

 

『もしかしたら、何か知ってたりしない?なんだかこのやりとり違和感があって』

 

『……』

 

『須藤くんの気持ちはわかるよ。ここで何かを話したら山内くんの不利益になっちゃうかもしれない、だから悩んでるんだよね』

 

『悪い、俺から言えることはーー』

 

『私が言うのも変だけど、このままじゃ堀北さんは誤解されたまま退学になっちゃう。私、間違ってたんだ。この試験は誰かを批判する試験じゃなくて、みんなの良いところを出し合って賞賛する試験だったんだよ』 

 

『でもよ……』

 

『だからお願い。誰よりも堀北さんの魅力をわかってる須藤くんにしかできないことなの』

 

『頭を上げてくれよ。……確かに櫛田の言う通りだ。貶すんじゃなくて良いところを挙げていった方が気持ちいいよな』

 

『ありがとう。辛い役割を任せちゃってごめんね』

 

『気にすんなって。俺もなんとかしたいって思ってたしよ。……それでよ、実は俺もあの発言、ちょっと気になってよ。その後、鈴音と兄貴に渡すための大量のチョコを運んだときに聞いたんだ。本当にクラスより兄貴を選ぶつもりだったのか?って』

 

『うん』

 

『そしたら鈴音は『さっき言った通り比べるまでもないことよ。クラスを見捨てるような人間を兄さんは認めない。例え兄さん本人と対立することになっても私はクラスのみんなと共にこの学校で戦う決意をしている』って言ったんだ』

 

わざわざ堀北の口調を真似て当時を再現する須藤。

隣人の表情は……いまは関わらない方がいいな。

 

それにしても、一言一句しっかり憶えているとは、須藤、実は頭が良いんじゃないか?

 

『ということは、堀北さん、実はクラスのみんなと頑張ろうとしてくれてたんだね』

 

『ああ。ホントは口止めされてたんだけどよ、鈴音が退学になるくらいなら、あとから回し蹴りでも何でもくらった方がマシだぜ』

 

余計なことを口走る須藤。試験後に救急車の手配が必要かもしれない。

 

『だからよ、鈴音が放課後兄貴に会ってたってのも、この試験をどうにかするために相談してたんだと思うぜ。兄貴に利用されてるとかそんなんじゃなくってさ』

 

『そうだよね。落ち着いて考えたら、あの優秀な堀北元生徒会長がわざわざ妹なんかの手を借りる必要もないよね』

 

『あの兄貴、妹を面倒ごとに巻き込むようには見えなかったしな』

 

今度こそ音声が止まる。櫛田が教壇に出て一度頭を下げ、そしてクラスを見渡す。

絶妙にこちらを視界に入れない角度なのは、堀北がいるからか、オレがいるからか。

 

「私もちゃんと確認してない状態で色々と発言してクラスを混乱させちゃってごめんね。この前、平田くんも言ってたけど、みんなの良いところを挙げていってこの試験に臨んだ方が良いと思うんだ」

 

「俺もそれに賛成だ。鈴音の良いところなら山程言えるぜ!」

 

櫛田の意見に須藤が勢いよく賛同する。

 

「僕も……その意見に賛成するよ。みんなでクラスメイトの良いところを言い合って、それを参考に投票しよう」

 

ここまで沈黙していた平田が立ち上がり、疲れ果てた顔で精一杯の笑顔を作る。

なるほど、朝から静かだったのは事前にこの展開に持ち込むことを櫛田から共有されていたからか。

櫛田がどう説得したかはわからないが、平田としてもこれが落とし所だと判断したようだ。

 

「平田くんの言うとおりです。そうしたいです」

「拙者も賛成でござる」

「私も」

 

次々とクラスメイトが賛同していく。

 

「堀北さんもそれで構わないかな?」

 

クラスの反応から後押しを得て、平田が堀北へと問う。

この2人が和解すればクラス内投票での障害はなくなる。

 

「反対する理由がないわね。私もクラスの和を乱したいわけじゃないもの。……この際だからはっきりさせてもらうけれど、私は兄さんに負けないためにも、このクラスをAクラスにするわ。そのために全力を尽くす。ただ、この一年で私だけの力では遠く及ばないことを痛感したの。だから、お願い。みんなの力を貸して欲しい。そうしたら私もみんなのために力を貸すことを約束するわ」

 

堀北が深く頭を下げる。

Aクラスに上がりたい理由はブラコン由来だが、それだけに嘘偽りがないと信じられる。

これまでは盲目的に兄の背中を追うだけだった妹だったが、1年間でこんなにも変わるものなんだな。

 

「もちろんだよ、よろしくね、堀北さん」

 

平田の返答を皮切りにクラスメイトたちも堀北へエールを贈る。

 

「ま、待てって。こんなのおかしいだろ。みんなで堀北を退学にするって話はどうしたんだよ」

 

「春樹、録音の通りだ。鈴音が退学になる理由はもうねえし、誰かを蹴落として生き残ろうとするのはやめようぜ」

 

「マジわけわかんねーよ。なんで裏切ってんだよ、健」

 

山内が納得できないと騒ぎ立てる。

 

「いい加減にしてくれないか、山内くん!」

 

平田からのまさかの怒声に怯む山内――と平田を慕う女性陣。

だが、そんなことは気にも止めず、いつもの穏やかな表情に戻し話を続ける。

 

「君だってこのクラスで1年間過ごしてきた大切な仲間だよ。だからこそ、君が賞賛に値する人物ならこの場で良いところを挙げてくれる仲間もいるはずだ。試験まであと数分しかないんだ。今は自分のためにじゃなくて誰かのために時間を使う時なんだよ」

 

「……わかったよ」

 

山内は大人しく引き下がった。

これ以上騒いでも逆効果にしかならないとここ数日の出来事から悟ったのか、もしくは堀北が提案した票をコントロールする策が実施されなくなったことで安心したのか。

 

それから投票が始まるまでの時間、クラスメイトがこの一年で見てきた学友たちの良いところを共有し合う時間となった。

 

山内への賞賛のコメントがあったかどうかは語るまでもないだろう。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

投票自体はあっけないもので、茶柱先生から呼ばれた生徒が別教室に移動し投票する、それを40回繰り返しただけ。

 

今は集計作業のため、つかの間の待機時間。

 

何人で作業するかは不明だが、そんなに時間のかかるものではないが、特定の生徒にとっては気が遠くなるような時間に違いない。

 

「健、お前は俺を裏切ったんだから退学になっても自業自得だかんな」

 

「おい、春樹。健だって好きでやったわけじゃねえよ」

 

「は?寛治もそっち側かよ。これまでせっかく仲良くやってきたのによ」

 

「お前どうしちまったんだよ、ここ数日おかしいって」

 

だれかれ構わず噛みつく山内。普段からろくでもないところはあっても、こんなに好戦的ではなかったはず。

 

「キャンキャン吠えて噛みついて、まるで怯えた子犬のようね」

 

「子犬はもっと可愛いだろ」

 

「……やけに否定するわね、綾小路くん」

 

山内の様子を見た堀北がポチへの冒涜とも取れる発言をしたため注意しておく。

どうやら堀北も子犬と触れ合ったことがないようだ。

ポチの動画を投稿したらリンク先を送ってやるか。

 

そうこうしているうちに茶柱先生が教室に入ってきた。

 

「クラス内投票の結果が出た。これから発表する。この結果は賞賛票、批判票の1番になった生徒のみ貼りだされ、他クラスも確認できることになる。発表後は解散だ。各自速やかに帰宅するように」

 

淡々と説明していく茶柱先生。

 

「――では、まず賞賛票の上位3名を発表する」

 

いよいよ本題に入ったことで生徒たちの緊張感が伝わってくる。

 

「3位は櫛田桔梗」

 

今回堀北退学のために多少強引に動いていたものの、最終的にクラスを和解へ持ち込んだことや日頃の行いを考えると順当な結果と言える。

 

「2位は――平田洋介」

 

平田に関しても同様だが、クラスのために悩み疲れ切った姿に感謝や同情の票も入ったのかもしれない。

 

「1位は綾小路清隆だ。80票以上を獲得した、見事な結果と言える」

 

茶柱先生からの発表に特に驚くことのないクラスメイト。

 

「まぁ清隆以外が1位になるのは考えられなかったわよね」

「生徒会に入ってからの活躍はすごかったしね」

「清隆くん、かっこよすぎ」

 

恵や松下、麻耶などの発言に頷く生徒も多い。

平田たちのように直接クラスを率いたことはなかったが、生徒会での活動をはじめ、筆記テストオール満点記録継続中であったり、体育祭での活躍であったりが評価されたのだろう。

……内訳はわからないが、クラス内からの賞賛票はほんの僅かでほとんどクラス外からの票、とかじゃないよな?

 

「そんなに余裕があったのなら、やっぱり批判票の受け皿にあなたを利用するべきだったわね」

 

「それで当てが外れて退学になったら笑えないぞ」

 

「どうかしら、万に一つもその可能性はなかったんじゃないかと思うのだけれど」

 

ご明察の通り、もしオレに退学のリスクがあるようならそれを防ぐために動いたが、今回はその心配がなかっただけ。

 

「そして批判票を最も多く獲得した生徒は――」

 

教室が静まるのを確認し茶柱先生が退学者の名前を告げる。

 

「批判票34票で山内春樹、お前だ」

 

「へっ……?」

 

信じられないという表情の山内とは裏腹に、クラスメイトは誰一人として驚いていなかった。

 

「いやいやいや待ってくれよ。なんかの間違いだって。他クラスからの賞賛票入ってねーじゃんか」

 

「結果に間違いはない」

 

山内の論を信じるのであれば23票の賞賛票が入るため、多くとも批判票が16票を超えることはない。

 

「そ、そんなことねえよ。アイツら絶対俺に入れてるって……23票入る約束だったんだよ!!確認してくれよ」

 

「残酷なことを言うようだが、もしお前の言うように賞賛票が23票入ったとしても、やはりお前が一番批判票を集めたことには変わりない」

 

2位と3位が池と須藤であることも発表されたが、どちらも批判票は10票を超えていない。

それはつまり多くの生徒が暗黙の了解で堀北の案を採用し、票のコントロールをしたということになる。

 

「そんなわけあるかよ!!認めねえ、認めねえぞ!!ふざけんな、こんな投票で退学になるとかありえねえって」

 

「……春樹」

 

俯いていた池と須藤が顔を上げ、山内を見る。

 

「山内、お前が何と言おうとこの結果は覆らない。手続きがある、職員室まで同行してもらおう」

 

「待ってくれよ、待ってくれって!」

 

退室を促す茶柱先生の手を振り払い、抵抗の姿勢を見せる山内。

 

そんな山内の肩に後ろから手が添えられる。

 

「あの状況から春樹はよくやった。ただちょっと軽率過ぎたんだ。他の高校ならウザキャラで済んだかもしんねーけど、この学校じゃ、なんつーか、春樹の良さを活かせない、だけ……なんじゃねーか」

 

「悔しいけどよ、俺たちは…お前の事ずっとダチだと思ってるからよ……」

 

須藤と池が涙を堪えているのか、くしゃくしゃになった顔で山内を諭す。

 

「……くそ、なんで、なんで俺なんだよ……まだやりたい事全然やれてねぇよ、やれてねえんだよ……」

 

言葉は尻すぼみに細くなり、抵抗する力を失ったように床に座り込む。

 

「待っていてやりたいところだが、時間は有限だ。できれば無理矢理引きずっていくような真似はしたくない」

 

茶柱先生の珍しく優しさのこもった声。

山内は俯きながらも立ち上がり、茶柱先生の後に続いて教室を出て行った。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「以上で手続き完了だ。これからお前を実家へと送る。迎えが来るまでここで待つように」

 

「……」

 

真っ白になった頭でぼんやりとこの数日を振り返る。

騙され利用され、誰も助けてくれねえクソみたいな世界。

 

「……こんなとこ、こっちから願い下げだっつーの」

 

そんな悪態をついて気持ちを紛らわす。

 

こんな結果になって思い出すのは寛治や健とバカやってた日々。

 

「あいつらだけは最後まで俺の味方だったんだよな……」

 

テンパって大切なものが何かを見失っていたのかもしれない。

そう考えはじめると、あいつらに別れの挨拶すらしてこなかったことに気づく。

 

こんな最後なんてないよな。待機を命じられた空き教室から廊下を覗く。

もしアイツらが追ってきてくれてたら、少しぐらい話せるかもしれない。

 

が、廊下の先を歩く人影を確認した時に、そんな気持ちが吹き飛ぶほどの怒りが込み上げてきた。

 

同時に廊下へと飛び出す。

 

「てめぇら、待てよ!」

 

「あぁ?誰かと思えば負け犬じゃねえか」

 

龍園に続くように石崎、近藤、小宮が歩いていた。

 

「約束が違うじゃねーか!お前らのせいで俺は……」

 

「クク、その件は悪かったな。こいつらから頼まれてお前に票を入れてやろうとしたんだけどよ、20票を400万ポイントで買うヤツが現れたんでな、そっちに売ることにした。もちろん、預かった200万ポイントは返金するぜ」

 

携帯を取り出し操作する龍園。その後ニヤリと笑い画面を見せてくる。

 

「おっと、送金先が見つかりませんだとよ。こりゃあ返金のしようがねえな」

 

「ふざけんなよっ!最初からそのつもりだったんだろうが」

 

「さあ何のことだか」

 

「どいつもこいつもよぉっ!」

 

殴りかかろうとしたところで石崎達が龍園の前に立ち塞がる。

だが、関係ねえ。

例え返り討ちになろうが、このままじゃ許せないことだらけだ。

 

「こっちはもう退学になってんだ。ここで殴っても失うもんはねえんだよぉぉー」

 

「来るなら来いよ。お前の元クラスメイトたちには何らかのペナルティがあるだろうが、てめえにはもう関係ねえ話だ」

 

ずっとダチだと言ってくれた寛治と健の姿が浮かぶ。

途端、振り上げた拳は行き先を見失う。

 

「……ちくしょう」

 

「ハッ、そこまで馬鹿じゃなかったか。おい、行くぞ」

 

「うっす」

 

龍園たちは興味をなくしたように立ち去っていく。

 

「でも、いいんすか、龍園さん。途中まではちゃんと票は入れてやる予定だったじゃないっすか。アイツ誤解したまんまっすよ」

 

「知らねえほうが幸せなこともある。消え去る野郎を嬲る趣味はねえ」

 

何やらひそひそと話しているがここまでは聞こえない。

龍園たちの向かう先から見慣れぬ大人がこちらに歩いてくるのが見える。

きっと茶柱先生が言っていた迎えだろう。

 

残された時間はわずか。2人には会えないまま、俺の高育生活が終わる。

 

「おい、待てよ」

 

「お前と話すことはもうねえよ」

 

こっちを向くこともなくあしらわれる。

 

「200万払った分で伝言ぐらい頼まれてくれよ、な、お願いだ」

 

気に食わない奴らだったとしても、今はもうこいつ等しかいない。

必死で頭を下げる。

 

「……龍園さん、すみません、聞いてやってもいいっすか?」

 

「好きにしろ」

 

龍園は足を止めることなく立ち去っていった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「こっちは山内、そっちは弥彦が退学か」

 

「ええ」

 

山内が去ったことで教室は解散となり、貼り出された結果を確認した後、預けてあった箱を回収して特別棟にやってきた。

 

「意外だったのは賞賛票1位を葛城にしたことだな。プロテクトポイントは坂柳自身につけるものだと思っていた」

 

「この学校に来て『将を射んとせばまず馬を射よ』という言葉の意味がよくわかるようになりました。私は自分の身は守れますが、葛城くんが退学になってしまっては移動手段がなくなりますからね、自動車に保険をかけるようなものです」

 

「なるほど」

 

そのことわざを文字通りに受け取るヤツも現代社会じゃ数少ないだろうな。

内容はともかく、オレの想像以上に坂柳にとって葛城の利用価値は大きいのかもしれない。

 

「まぁ成り行きで20票ほど票を買うことになってしまったので、ついでと言えばついででしかありませんが」

 

「へえ、そんな買い物をしたんだな」

 

「全くどこからどこまでがあなたの計算だったのでしょうか」

 

「計算?」

 

「そうなるとこの箱を開封する意味もないのでしょうね」

 

そう言いながら鍵を取り出し、お互いのターゲットとそれを予想した紙が入った箱を解錠する。

 

出てきた紙を互いに確認する。

 

 

坂柳 

自分のターゲット→戸塚弥彦

相手のターゲット→山内春樹

 

 

綾小路

自分のターゲット→山内春樹

相手のターゲット→戸塚弥彦

 

 

お互いにターゲットを退学させ、相手のターゲットも見破ったことになる。

 

「参考までに戸塚くんだと判断した経緯をお伺いしても?この数日、綾小路くんがこちらの動向を探っている様子はありませんでした」

 

「探りを入れる意味はないと思っていた。現に投票直前まで誰を退学にするかクラスメイトに公表していなかったんだろ」

 

「おっしゃる通りです」

 

「戸塚を選んだのはシンプルな理由だ。坂柳の性格を考えると一番可能性が高い」

 

弥彦が南雲と繋がっていたのは、リアルケイドロや混合合宿での行動からわかっていたこと。

そんな生徒を坂柳は放っておくほど甘くはない。試験内容を聞いた時に排除するのに都合が良いと考えたはずだ。

 

「綾小路くんは悪い人ですね。つまり初めから私が戸塚くんを退学にするとわかっていてこの勝負を持ちかけたということですか」

 

「さあどうだろうな」

 

それを聞き出したくてわざわざ戸塚を選んだ経緯の話を振ってきたわけか。

 

坂柳なら自身の目的も達成しつつ、オレも倒す――そんな文句のつけようがない完全な勝利を選択する。

 

ペーパーシャッフルでの一件以来、坂柳に対する警戒レベルを少し上げていた。

あれから、時間も接触もそれなりにあったため、ある程度は思考も予想できる。

 

「坂柳こそこちらのブラフに乗ってこなかったな」

 

表面上は堀北退学を実行していたし、最終的な判断も櫛田任せにしたことでオレの行動から読み取れる情報は少なかったはず。

 

「私は山内くんが消えてくださることを願っただけですので」

 

どこまで本気かわからない言葉で濁される。

答えないならそれまでで、大して関心があるわけでもないため追求はしない。

 

「ふふ、いずれにせよ、ここまで私のことを考えてくださったことは事実。悪い気はしませんね」

 

普段の冷たさのある微笑みとは少し違った笑みを浮かべ、じっとこちらを見てくる。

 

「とは言え結果は結果です。引き分けの場合は次へ持ち越し、忘れてはいらっしゃいませんよね?」

 

「約束は約束だからな」

 

「そうこなくては。……次は本気でかかってきてくださいね」

 

「何のことだ?」

 

「山内くんが買う予定だった20票、と言えばあとはお分かりいただけますね?」

 

「ただオレに財力がなかっただけだ」

 

「そういうことにしておきましょう」

 

山内が票をひよりクラスから買うと聞いた日、オレは龍園とコンタクトを取り、倍の値段で購入する旨を伝えた。

その際こちらが出した条件はAクラスが票を買おうとしていると山内へ伝えること。

 

そうして票の価値を釣り上げ、山内から限度額を引き出した。

 

そして昨日の放課後、Aクラスの山村がオレを尾行しているのを確認した上で、再度龍園と交渉する。提示額は300万。

 

そうすれば坂柳は嫌でもその20票を購入する必要が出てくる。

 

その20票をオレが獲得する理由は

 

①山内を退学させるため

②確実に山内へ賞賛票を投票させるため

③坂柳のターゲット(弥彦)を救うため

 

のどれかだと坂柳は考えたはず。

真相がわからない以上、放置はできない。

 

結果、坂柳が票を購入したことで、オレは1ポイントも使うことなく山内の退学が確定した。

代わりに龍園たちに大量のポイントが入ることになるが、それもメリットだと考えている。

現状あのクラスの財政難は深刻。

このままでは逆転の可能性は低く、退学覚悟の捨て身の策を取ってくるかもしれない。

窮鼠猫を噛むとはよく言ったもので、退学を気にしない策であれば対処するのにそれ相応のリスクが出てくる。

今回資金を手にしたことで別の可能性を見出してくれるのであれば、それに越したことはない。

 

まぁ、そういった根回しは、櫛田と堀北の行動で不要な保険となったが、結局櫛田がどう行動しようと山内の退学は決まっていた。

 

もしオレが本気で票を買うつもりなら、坂柳に気づかれないように行うし、取引する相手も選ぶ。そうして40票を獲得し、弥彦に集めることで勝てた勝負。

ただ、それを見逃す坂柳でもない。防ぐ手立てを講じることで、さらなる攻防が繰り広げられてもおかしくはなかった。

 

そうならなかったということは、オレが勝負に対して興味を失っていたからに他ならず、坂柳はそこが不服だったのだろう。

 

「さて、次回の勝負の約束もできましたしこの辺りで切り上げましょう」

 

「そうだな」

 

荷物をまとめて2人で教室を出る。

 

「綾小路くんさえよろしければ、途中まで一緒に帰りませんか?」

 

「葛城はいいのか?」

 

「彼はまだ傷心中ですので」

 

「……意外と優しいところもあるんだな」

 

「綾小路くんも命を預ける道具がベストコンディションでないなら使用を避けるのでは?」

 

「それもそうか」

 

坂柳にとって葛城は、ただの移動手段でしかないのか、それ以上の友情のようなものを感じているのか、うまく隠したもので今のやり取りからは判断できそうにない。

 

断る理由もなかったため、一緒に帰宅するために廊下を進んだところで坂柳が少しだけ真剣な表情で話しかけてくる。

 

「ところで今回の試験について調べていたのですが、やはり何者かが綾小路くんを退学にするために用意させた舞台装置のようです」

 

「予想はしていたが、穏やかな話じゃないな」

 

「実際、私に送られてきたメールにもあなたを退学にするようにと記載してありましたし」

 

「メール?」

 

「はい、父を停職に追いやった人物、あるいはその関係者の仕業でしょう。あれから色々調べてみましたが、元々は――」

 

「やぁ、こんにちは」

 

声を掛けられて同時に振り向く。

誰もいないはずの特別棟に突如として現れたスーツ姿の男。

声を掛けられるまで気配を感じなかったことからも相当の実力者であることが伺える。

 

「この学校に来るのは初めてでね、生徒会室はどこにあるのかな?」

 

「生徒会室ですか。それはまた見当違いのところをお探しですね。ただ身元不明の方に校内の情報をお話しするわけにもいきません。失礼ですがどちら様でしょうか?」

 

坂柳が冷静に相手が何者かを探る。

 

「これは失礼。今度、理事長代理を務めます月城と申します」

 

優しそうな笑顔で丁寧に名乗りを上げる。

 

「フフ、そうでしたか。てっきり不審者かと、失礼いたしました。生徒会室でしたら、彼が役員ですので案内してくれると思いますよ」

 

「それは運が良かった」

 

「運、ですか。わざわざこんな場所までやってきたのは、てっきり綾小路くんに会うためかと思ったのですが」

 

須藤の一件以来、特別棟にも監視カメラが設置された。理事長代理であれば、映像の確認も容易なはず。

ここ数日、オレと坂柳がここを利用していたことを踏まえると、この辺りを監視していてもおかしくはない。

そしてこのタイミングで姿を現し、ピンポイントで生徒会室への案内を頼んでくる。

ホワイトルーム関係者であることを自白しているようなもの。

 

「面白いことを言うね。この学校は君みたいな生徒ばかりなのかな。警戒せずとも彼とは紛れもなく初対面だよ、私としては生徒会室まで案内してくれればそれでいいんだけどね」

 

月城は自分は無害な人間ですと言わんばかりの笑顔を作ってゆっくりと近づいてくる。

ああ、なんだか見覚えがあると思ったら、櫛田が堀北に向けて作る笑顔とそっくりだな。

 

ということは、つまり――。

 

次の瞬間、月城は坂柳を支える杖を笑顔のまま蹴り飛ばす。

 

突然の出来事に坂柳は反応できず倒れそうになる。

それをオレがカバーするように抱きかかえると、すぐさま月城の拳がオレへと目がけて飛んできた。

 

坂柳を抱え身動きが取れない状態では回避は難しい。

 

「綾小路くんっ!」

 

ドンっという鈍い打撃音が響く。

 

だがオレに痛みはない。

 

オレと月城の間に急遽飛び込んできた巨体が代わりに攻撃を受け止めていた。

 

「ケガはないか、坂柳、綾小路」

 

「葛城くん?」

 

「帰りが遅いんでな、心配になって様子を見に来たら坂柳が倒されそうになるのが見えた。間に合ってよかった」

 

颯爽と現れ肉壁となった葛城。

 

「すみませんが、部外者には退場していただきます」

 

月城の蹴りが葛城の横腹を容赦なく狙う。

葛城はオレたちを庇う形で身を固める。

 

「ぐっ」

 

「おや、隅まで飛ばす勢いで蹴り込んだつもりでしたが、学生にしては丈夫な身体のようですね」

 

「鍛えた筋肉は裏切らない」

 

「本当に面白い生徒ばかりだ」

 

葛城へさらに蹴りを打ち込む月城。

その隙に坂柳を床に降ろそうとするが、なぜかぎゅっと抱きつき離れようとしない坂柳。

よほど怖かったのか?

 

「理事長代理がこのような暴力行為をして問題にならないとでも?」

 

坂柳はそのまま何事もないように言葉で月城へと牽制を入れる。

なるほど、コイツにとっては抱えられている方が平常運転なのかもしれない。

 

「暴力?これは人気のないところで不純異性交遊をしていた子供へのただの体罰ですよ。ご覧の通り古い価値観の人間なのでね」

 

「そんな理屈がまかり通るとでも?」

 

「現在この学校の最高責任者は私ですから。こんな生ぬるい学校が実力主義を謳うとは片腹痛い。正式に就任した後は学校の方針も変えて行く予定です。もちろん、監視カメラの映像もダミーに替えてあるから証拠も残りませんがね」

 

「職権乱用もここまで来ると清々しいですね」

 

「残念ながら丈夫なギャラリーも増えてしまいましたし、今日のところはこの辺で失礼させてもらいます」

 

最後まで倒れることのなかった葛城を前に、両手を軽く上げやれやれといった具合で立ち去ろうとする月城。

 

「ああそうだ。父上からの伝言がありましたよ。『これ以上子供の遊びに付き合うつもりはない。すぐに帰ってこい』とのことです。どうですか?」

 

「断る」

 

「全く、反抗期の子どもほど面倒なものはない。あなたの父上の苦労も計り知れないですね」

 

「冗談にしては笑えないな」

 

「親の心子知らず。あなたが考えているよりもずっと事は大きい。まあいいでしょう。4月から本格的に活動しますのでお楽しみに」

 

そういって今度こそ立ち去っていく。

それを確認してやっと坂柳が地面に降りた。

 

「大丈夫ですか、葛城くん」

 

「ああ。鍛えているからな」

 

「念のため確認させてくれ」

 

こっちの事情に巻き込む形になってしまったからな。

せめてもと蹴りを受けた箇所を確認する。

 

シャツを捲ると数か所青紫色に腫れていた。

 

「骨は問題ないな。だが……」

 

「わかっている。しばらく筋トレは休むことにしよう」

 

「それがいい。相手の力量を考えるとこのぐらいで済んだことは運が良かった」

 

気配の消し方にしろ、攻撃の所作にしろ、一筋縄ではいかない相手――しかもまだまだ底は見えない。あの男が刺客として送ってくるだけのことはあるということ。

 

「とんでもない男が理事長の代理になったものだ。しかも、その……」

 

「ああ。オレの退学を望んでいるらしい。何というかちょっと変わった家庭事情で、親が寂しがり屋なんだ」

 

「深くは詮索しないが綾小路も苦労しているんだな」

 

葛城が空気を読んでくれたため余計な説明はしなくて済む。

部外者である葛城の前でも容赦なく行動してきたことから、向こうも手段を選ぶつもりはないようだ。

 

「ともかく病院に行くなりして休むことを勧める」

 

「そうですね、葛城くんは私が責任をもって休養させます。綾小路くんもお気をつけて」

 

「ああ」

 

坂柳と葛城を見送って、念のために周囲を確認した後にオレも帰宅することにした。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

そんな騒動もあって、すっかり昼を食べ損ねてしまった。

いつもなら櫛田が何かしら作って待っていてくれたわけだが、昨晩合鍵を回収したため、今日からは1人でなんとかしなくてはならない。

 

必要な工程だったとはいえ、充実した食生活を手放してしまったことは少し残念だ。

仕方がないので寮に荷物を置いて、ケヤキモールあたりで何か食べて、ついでに夕飯と明日の食材でも調達するか。

 

結局、櫛田は目先の堀北退学よりも未来を選んだ。

 

材料はあの音声だけだったにも関わらず、取った手段や周囲への根回しといい、評価できる策だと言える。

 

上々な結果だな。

 

櫛田は、考えたくもないであろう堀北の思考を読んで、あのやりとりの真実に気付いた。

 

『自分で退学を否定する』

『堀北について考え救う』

 

櫛田自身が自分の意思でこの手順を踏むことが大事だった。

櫛田の中では自分で選んだこととして、今日の出来事が胸に刻まれた。

これでより一層退学よりもオレの優先度が上がり、ちょっとやそっとじゃ裏切らない優秀な駒となる。

 

部屋に到着する頃には腹の虫が鳴っていた。

 

「こんなことなら料理を教わっとくんだったな」

 

昨日までと違い、待ち人のいない部屋に入ろうとする。

 

が、なぜか玄関の鍵がかかっていない。

 

まさか早くも月城が攻め込んできたのか。

理事長代理なら寮のマスターキーぐらい入手できてもおかしくない。

 

警戒しながらゆっくりとリビングのドアを開ける。

 

「あ、綾小路くんおかえりなさい。ご飯にする?お風呂にする?それとも堀北退学にする?」

 

当然のようにいる櫛田が懐かしい言葉で出迎える。

 

「……どうしているんだ?」

 

「え?ご飯もお風呂も堀北退学もまだでしょ?」

 

「それはそうだが、合鍵は回収したよな」

 

「あー、それなら簡単な話だよ。合鍵は全部で3つあったよね」

 

「なるほど、池のか」

 

「うん。譲ってもらったの」

 

退学者の荷物がどうなるかはわからないが、山内から入手は不可能だろうからな。

 

「……昨日はごめんね、私も突然すぎて取り乱しちゃった」

 

「いや、オレの方も少しキツイ言い方をしてしまったと思う」

 

リビングに入るなり謝罪の言葉を口にした櫛田は、何やら大きめの袋を差し出してきた。

 

「これ、仲直りの印のプレゼント」

 

「……受け取ったら、次の試験で堀北退学とか言わないよな?」

 

「やだなぁ綾小路くん。物で釣らなくても、堀北退学は24時間年中無休の私たちの使命でしょ?」

 

「それもそうだな。なら、ありがたく頂戴する」

 

袋を開けると中から猫のイラストが描かれた枕が2つ出てきた。

 

「なんで2つなんだ?」

 

「なんでって……私たちそれぞれに必要、だよね?」

 

櫛田にしては珍しくもじもじと歯切れ悪く話す。

とにかく2つあるのは、葬られたオレの枕の代わりだけでなく、櫛田自身も使用するためということらしい。

 

「つまりそれは……」

 

「鈍いなぁ綾小路くん。つまり『お誘い』してるんだよ。ホントはこんなこと女の子に言わせちゃだめなんだからね?」

 

「……お誘い?」

 

「そう!最近気づいたんだけど、枕の蹴り心地って最高じゃない。フェンスだと正直足が痛かったし、外じゃ誰かに見られるかもだし」

 

「まあケガのリスクは避けるに越したことはないな……」

 

一瞬頭をよぎった事とはまるで異なる用途。

一緒にストレス発散のために枕に暴行を働こうという、ある意味過激なお誘い。

うーん、女の子に限らず言ったらダメなんじゃないか?

 

騙された気分だが、ひとまず枕の製造に携わる人たちに心の中で謝罪をしておく。

 

そんなオレの反応をみてニヤリと微笑む櫛田。

 

「そうだよ。もう私一人だけの身体じゃないしね」

 

「そうだな、2人で堀北退学だもんな」

 

非常に紛らわしい言い方をする。

録音でもして脅迫材料にでもしようとしているのか?下手な返答はできない。

 

「うんっ!退学は一蓮托生。私たちの退学はこれからだよ!!」

 

「櫛田先生の次回退学にお期待ください……って、これじゃオレたちが打ち切りで退学するみたいだな」

 

「ふふっ、ナイス退学ジョークだね」

 

何がそんなにおかしいのか、楽しそうに笑っている。

 

「それじゃ仲直りもできたし、ご飯の準備するね」

 

「それは助かる。オレだけじゃ外食するしかなかった。……よければ今度料理を教えてくれないか?たまにはオレも振る舞いたい」

 

「もちろんだよ。楽しみにしてるね!」

 

快く返事をしてキッチンへ向かう櫛田。

 

そんな退学奔放な櫛田を眺めながら、どこで駒にする過程を間違えたか反省しつつ、どこかホッとしている自分がいることに少しだけ驚かされた。

 

 





クラス内投票編はここまでになります。

今回の退学者は原作リスペクトな形となっていますが、今後はそうとも限らない展開となる予定です。全て同じだと緊張感もなくなりますしね……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

すれ違い学園生活

今回から学年末の特別試験の話になり、展開は違えど、少なからず原作ネタバレを含み、アニメ3期のラスト部分(?)あたりになるため、その点はご注意ください。


3月8日。

学年末の特別試験開始日。

 

今回の試験はクラス内投票とは異なり、事前に生徒会のチェックも入った予定通りのもの。そのため試験そのものにはオレを退学にする仕組みはないと言える。

 

ただ、例年、学年末の特別試験自体が退学の可能性を含むハードなもの。

オレが生徒会の仕事でチェックを担当したのは2年生の特別試験だったが、かなりの人数が退学になってもおかしくないような試験だった。

学曰く、1年生の学年末試験は退学者が続出するような難易度ではないとのことだが、はたしてどんな内容なのか。

 

加えて坂柳との勝負も継続中。

今後を考えると、この辺りで区切りをつけ、月城の対策へ集中したいところ。

 

朝からそんなことを考えつつ、登校の支度を整えていく。

 

寮の外へ出ると試験前で殺伐とした学校の空気とは裏腹に、春の訪れを感じさせる暖かな風が吹き抜けた。

 

「もう1年になるんだな……」

 

陽気な空を眺めながら、入学してきた頃の気候に近づく世界に思いを馳せる。

 

「おっはよー!あやの――」「よう!綾小路」

 

左右から声が聞こえた気がしたが、ひとまず右の方を向くと少し離れたところからこちらに近づいてくる男――いつものニヤリ顔で南雲が現れる。

春になると変な輩が出てくるというのはこういうことか。

 

「浸っているとこ悪いが、ツラ貸せよ」

 

「南雲先輩は十分カッコいいので、オレのツラはいらないでしょう」

 

「おいおい、おだてても何も出ねーぜ。お、あそこに自販機あるな、コーヒーでいいだろ」

 

同行を拒否したつもりが曲解され、なぜかコーヒーを奢ってもらった。

こうなるともらうだけもらって去るわけにも行かなくなり、結局一緒に登校するはめに。

 

「この前の1年の特別試験、生徒会役員は2人とも多数の票を集めて1位だったらしいな。生徒会長として誇らしいぜ」

 

「誰かさんが余計なことをしなければもっと簡単に済んだ試験だったんですがね」

 

「その誰かさんが誰かは知らねえが、きっと善意だろうよ」

 

「その人の善意は大抵ろくなことにならないので困っています。なんとかしてください、生徒会長」

 

「ま、捉え方次第ってやつさ」

 

山内への資金援助など知らぬ存ぜぬの姿勢。

試験の話を振ってきたのは山内が対価に何を差し出したのか、オレがどこまで情報を掴んでいるかの探り、といったところか。

 

「それで朝から何の用ですか」

 

山内が200万ポイントの代わりに南雲へ何を献上したかは知らないが、それを南雲に悟らせる必要もない。

 

「せっかちな野郎だな、先輩とのコミニュケーションをもっと楽しんでもバチは当たらないだろ」

 

「あー、コーヒーを飲んだら急に尿意が。走って学校まで行きますんで失礼しま――」

 

「待て待て。来年度からより実力主義の学校に変わっていくのはお前も知っての通りだ。綾小路がいないと遊び相手に困るからな、今度の特別試験も生き残れよ」

 

「わざわざそれを言いに?」

 

「ま、お前に限っては余計なお世話だろうがな」

 

「南雲先輩こそ、余裕がありそうですが大丈夫なんですか?2年生も今日から特別試験ですよね」

 

「俺が退学になるレベルの試験なら2年は全滅だな」

 

大層な自信だが、南雲は2年Bクラス以外を手中に収めている状態であるため過大評価とも言えない。もちろん全員が退学になるわけはないが、多くの学生のポイントを集約している南雲が退学になれば、2年全体の損失は計り知れない。

 

つまりそこが南雲にとっての弱点とも言える。

 

「それを聞いて安心しましたよ。実は2年生の試験をチェックした際に、ひとつだけアイディアを提案しておきました。きっと気に入ってもらえます」

 

「……いやな予感しかしねえな」

 

「いえいえ。それこそ善意の行動ですから」

 

「ったくいちいちイヤミな野郎だ」

 

南雲に言われたらおしまいだな。

 

「それで話を要約すると、オレとの勝負は来年度、今は堀北学との勝負に集中したいから邪魔するなよ、と釘を刺しにきたってことでいいですか」

 

「……よくわかってるじゃねえか」

 

「それなりに付き合いも長くなりましたからね。邪魔はしないので、オレとの勝負もなしってことで」

 

「ハッ、勘違いしているようだが、今後は学年の垣根を越えた特別試験が増える。望む望まないに関わらず俺たちは競い合う運命ってわけさ」

 

「嫌な運命ですね……」

 

いっそのこと学に助力して南雲には退場してもらった方が楽か?

いや、南雲にはしかる時まで生徒会長でいてもらわなければ計画に支障がでる。適当にあしらっていくしかないか。

 

そんな無駄話をしているうちに校舎が見えてくる。

 

「ま、観念するんだな。それと、特別試験期間中も生徒会活動はある。卒業式関連の準備がメインだ。ちゃんと顔を出せよ」

 

言うだけ言って南雲は校舎近くにいた2年の女子グループのもとへ向かっていく。

 

「卒業式……か」

 

堀北学を退学にしようとする一方で、しっかりと送り出す準備も行う矛盾。

本当に南雲が望んでいる結末は何なんだろうな。

 

ただ、矛盾というのであればオレも人のことは言えない。

 

寮を出た時に左の方から聞こえた声。

その声の主がずっと後ろからついてきている気配はしていたが、振り返ることなく校舎に入ることにした。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

教室に入ると、いつもの賑やかさはなく、仲間内で集まって会話はしていても大声で騒ぎ立てる者はいなかった。

 

理由はシンプルで、今日はクラス内投票終了後から初めての登校となるため。

入室してきた生徒たちの視線が一度は山内のいた席に向けられる。

 

土曜日までは40席あったが、今では39席になっており、その分後ろの席から前に詰められていた。これまで当然のように一緒に過ごしてきたクラスメイトの退学。それは生徒たちに一種の恐怖を植え付けたかもしれないが、悪いことばかりではない。

南雲が以前言っていたように、初の退学者が出たことで各々思うところがあったのだろう。試験前のタイミングにおいて、これまでよりも良い緊張感を持てているように見える。

 

この様子ならクラス争いに積極的でなかった生徒たちの取り組み方も変わってきそうだ。

 

「――では、これより今年度最終試験の発表を行う」

 

ホームルームの時間になると茶柱先生が入室して、無駄話をすることなく淡々と話を進める。

 

「一年間を締めくくる最後の特別試験ではこれまでの集大成を見せてもらうことになる。試験名は『選抜種目試験』だ。対決するクラスを決めクラスの総合力で競い合ってもらう。詳しく説明していくと――」

 

茶柱先生の説明をまとめれば

 

①各クラス自分たちで10種類の対決種目を作成。

種目は筆記、将棋、トランプ、野球、極端な例でいえばジャンケンでも可能。参加人数やルール、勝敗のつけ方まで決めることができるが、公正かつわかりやすいもので必ず勝ち負けがつくものでなければならない。

参加人数は1~20名の範囲で設定する必要があり、同じ人数の種目は設定できず、10人以上の種目は2つまで。

種目自体も、同じ内容と判断されるものは1種類までで、長時間の時間が必要なものなどは採用が見送られる可能性がある。

 

種目は作成したものを学校に提出して審査を通過すれば決定となる。

ルールが大幅に改変されたものやマイナーなジャンルなどは不許可になる場合もある。

 

②作った10種目の中から対戦前に5種目を選んで『本命』として提出し、対戦クラスの5種目と合わせて合計10種目のうち、ランダムに7種目が選出され競い合う。

 

日程は

 

3月8日  特別試験発表。対決クラスの決定

3月15日  10種目の確定。対決クラスの10種目及びそのルールの発表

3月22日  選抜試験当日

 

であるため、試験の本番の対決は2週間後。

ちなみに24日が卒業式、25日は終業式というスケジュールとなっており、なかなか慌しくなりそうだ。

 

また、各生徒が出場できるのは1種目のみだが、クラスメイト全員が種目に参加した場合に限り、2週目の参加が可能になる。

 

③クラスの中から1名だけ、司令塔と呼ばれる役割を持った生徒を決める必要がある。

司令塔は種目には参加できず、その種目にどの生徒を参加させるかを選択し、種目ごとに定めるルールの範疇で関与することができる。関与については、例えばババ抜きでの勝負なら『参加生徒に代わって1度だけ引く札を選べる』や『一度だけ自クラスメンバーの引く順番を任意の順に変更できる』など。どう関与させるかも、種目内容を決める上で重要になってくる。

 

責任が重い分、司令塔には勝利時に個別にプライベートポイントが与えられるが、クラスが敗退した際は退学となる。

 

④勝敗は7種目中4勝した方の勝ちとなり勝利クラスには100クラスポイントが贈呈される他、1種目ずつ勝ったクラスが負けたクラスから30クラスポイントを獲得できる。

つまり7連勝した場合、合計で310クラスポイントの増加となり、相手のクラスはマイナス210クラスポイントとなり、一気に差を詰める、もしくは離すことができるだろう。

逆に負けたとしても3勝4敗の接戦であればマイナス30クラスポイントだけで済む。(司令塔は退学になるが)

 

大体こんなものか。

この一年を総括する試験らしい内容。

自クラスの強みをどれだけ活かすか、また対戦相手が用意した種目をどう攻略するか。

 

皮肉にもこの試験内容であれば山内の退学はプラスに働く。

そしてこの試験だけでなく、今後の筆記試験の平均点なども上がることは確実であるため、それを生徒たちがどう取るか、あるいはどう取らせるかが来年度以降の明暗を分けることになりそうだ。

 

話を戻すが、司令塔には退学のリスクがあることも留意すべき部分。

これ以上退学者を出さない方針でいくなら、負けた場合でも退学を無効にできるプロテクトポイントを保持している生徒が適任とされるだろう。

 

つまりこのクラスで言えばオレとなってしまう。

 

「司令塔になった生徒は今日の放課後多目的室に集まってもらい、くじをして対戦クラスを選んでもらうことになる。それまでに誰にするか決めておくように。決まらなかった場合は、私が代わりに決めることになる」

 

こちらを見ながらそんなことを言う茶柱先生。

あの担任に任せたらプロテクトポイント云々は関係なくオレを指名しそうだ。

 

今後月城がオレの退学を狙ってくる以上、プロテクトポイントのような保険はあるに越したことはない。

それに坂柳との約束があるため、この試験、どう転んでも対戦相手はAクラス。

種目の決め方次第ではAクラスにも勝てる可能性は十分あるが、試験の性質上、総合力で劣るCクラスのメンバーでは負ける可能性もある。

よってできるだけ司令塔になるのは避けたいところ。

坂柳としても、何かの種目で1対1で戦うことができた方が嬉しいだろう。

 

「ルールの説明は以上だ。残り時間はルールを確認するなり、戦略を立てるなり自由に使っていい。詳細をまとめた資料を1部用意してある」

 

説明を終えた茶柱先生が資料を置き、教室から出て行こうとしたところで急に立ち止まる。

 

「それと綾小路はこれから生徒指導室へ来い。少し話がある」

 

久々に茶柱先生から呼び出しを受ける。

これから特別試験の対策を~といった重要な時間を差し置いての呼び出しに、周りからも「アイツ何をやらかしたんだ」と言わんばかりの顔で見つめられる。

 

身に覚えはないな……。

先月の茶道部の活動で良質な茶葉を1名分切らしてしまい、しれっと茶柱先生のお茶だけ安物にしたことに気づかれたか?

あの時はいつも通り美味しそうに飲んでいたように見えたんだが……。

 

このまま留まっていても変に注目を浴びてしまうため、大人しくついて行くことに。

話し合いに参加できずとも後から堀北なり櫛田なり綾小路グループなりに共有を受ければいいため、特に問題はないが……まさか不在の間にこれ幸いとクラスで示し合わせてオレを司令塔に担ぎ上げるなんてことはしない……よな。

 

「堀北、オレが戻ってくるまで――」

 

「みなまで言う必要はないわ。ちゃんとわかっているから」

 

「そうか、なら後は頼んだ」

 

念のため、堀北にあとを託し退出する。

最近の堀北は自信に溢れていて頼もし……いや、このパターンは毎回ロクな結果になっていない気がする。

夏休みに起きた綾隆の惨事などが走馬灯のように頭を過ぎってゆく。

 

「綾小路何をしている、早く来い」

 

引き返そうかと考えたが、それは叶わなかった。

仕方がないので茶柱先生の用事を早く済ませて戻ることにしよう。

 

「最近、坂柳と葛城と何かしていたな」

 

「ええ」

 

指導室に入り椅子に座るなり話を始める茶柱先生。

何のことかと思えば先日の勝負のことか。

 

「その葛城だが、この前、体の至る所に打撲を負って保健室にやってきた、とチエから聞いたんだが……。まさか物理的にAクラスを倒しにいくとは、この私の目をもってしても見抜けなかったぞ」

 

とんでもない勘違いをされていた。土曜日だったからな、あの後病院に行けず、保健室で応急処置をするしかなかったのだろう。

 

「確かに葛城の身体能力の向上には目を見張るものがあった。万全な状態であれば当然今回の試験の脅威となっていたに違いない。だが、だからと言って先に対策しておくにしても褒められたやり方とは言えないぞ」

 

「誤解です。第一こんな華奢な身体で、あんなマッチョに手傷を負わせらるとでも?」

 

「お前なら、あるいは坂柳を人質に……いや邪推だったようだ。葛城は頑なに怪我の理由は話さなかったらしくてな、ちょっと心配になったんだ。何か知っていたらと思ったんだが」

 

「残念ながら……」

 

月城のことを話しても信用してもらえる可能性は低く、仮に信じてもらったところで理事長代理の権力でもみ消されるだけ。

報復として、名誉毀損などと主張し何らかのペナルティを与えてくる可能性すらある。

下手なことをしてこれ以上葛城たちが目をつけられる必要はないため、オレも何も言わないことにした。

 

「そうか。疑うような真似をしてすまなかったな。私がAクラスAクラスと言いすぎたばかりにお前を追い詰めてしまったのかと……」

 

「茶柱先生が心配してくださるなんて意外ですね」

 

「これでもお前たちの担任だ。……教師としてだけでなく、卒業生としても、この学校の厳しさはわかっていたつもりだが――それでも前回の試験で思う所がなかったわけではない」

 

少し遠くを見つめる茶柱先生は、山内のことを思い出しているのか、あるいは別の何かか。いずれにせよ、意外な一面ではあるな。

 

「っと、生徒にする話じゃなかったな。お前相手だとどうも生徒と話している気がしないのがいけない」

 

「おかしいですね、オレとしてはちゃんと生徒と教師として接しているつもりなんですが……」

 

「……」

 

ジトっとした目で睨まれる。

 

「まぁいい。次の試験も期待しているが、卒業までまだ2年はある、あまり無茶はするなよ」

 

「いつも通りやるだけです。それにしても茶柱先生もこの一年でだいぶ変わりましたね」

 

「そうか?」

 

自覚はなさそうだが、以前の茶柱先生ならAクラスに近づくのであれば、どんな手段を用いたとしても黙認したはず。

こんなことでわざわざ呼び出して確認はしなかったのではないだろうか。

 

この一年で堀北をはじめ多くの生徒、さらには教師まで成長し変わっていく。

ホワイトルームの学習量には遠く及ばない一年ではあったが、それは学ぶ対象の違いによるもの、気にはしていない。

 

ただ――この外の世界でオレはどれだけ成長できたのだろうか。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

教室に戻ると、平田と堀北が教壇に立ち今後の方針についてクラスメイトたちと協議していた。

 

「お帰り、綾小路くん。大丈夫だった?」

 

「ああ。たわいのない話だった」

 

「それなら安心したよ」

 

平田がオレに気付き声をかけてくる。

山内の一件もありだいぶ気落ちしていた様子だったが、結果的に自分が悩み抜いて出した方法での選出になったことで、幾分かは割り切ることができたように見える。

 

「早速だけど、あなたがいない間に司令塔を決めておいたわ」

 

席に着いたところで、堀北が話し合いを再開する。

 

「……オレの意見は?」

 

「さっき私に任せてくれたじゃない。それに、あなた以外全員の賛同は得たわ。多数決するまでもないでしょ?」

 

悪い予感が的中する。

まさかオレを司令塔にするために茶柱先生と堀北が結託していたのか?

 

「わかった。何を言っても決定は覆らないんだろ」

 

「ええ、もちろんよ」

 

司令塔になったらなったで、プロテクトポイントを失わないためにAクラスを倒せばいいだけ。変に騒ぎ立ててクラスの士気を下げるのは得策ではない。

 

その後は黙って話し合いの続きを聞くこととなった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

昼休み。

ホームルームで発表された特別試験についてクラスのみんなで話し合いをしている。

 

「じゃあ私が司令塔を務めるね」

 

「うん!帆波ちゃんになら安心して任せられるよ」

 

「だな!一之瀬以外に適任はいないぜ」

 

どのクラスと対決しても負けるつもりはないけど、退学者を出すリスクをゼロにできるなら、それに越したことはない。

 

手前味噌じゃないけど、クラスのみんなのことを一番把握しているのも私だと自負している。退学対策を差し引いても適正はあると思う。

 

それに……きっとCクラスは綾小路くんが司令塔として出てくる。

そのチャンスを活かしたい。

 

クラス内投票の打ち上げに誘ったけど『クラスメイトが退学になった状況で楽しめそうにない』と断られてしまった。

そんなことちょっと考えればわかるはずの当然のことだったのに軽率なことをしてしまったと反省している。

なんだか、綾小路くんなら全く気にしてないんじゃないかなって思っちゃってて……ううん、言い訳はよくない。

 

今朝もそのことを謝ろうと思って自販機の裏でこっそり待ってたんだけど、タイミング悪く現れた南雲先輩に邪魔されちゃった。

 

そんなこともあって一時期と比べると全然綾小路くんと話せてなくて……。

 

だから対戦クラスを決めるくじをした後に少しでもいいから話したい。

そうすればきっと……この何とも言えない不安な気持ちも解消できるはず。

 

「あとは対戦クラスをどうするか、だね」

 

まず、綾小路くんのクラスとは()()()()()あるから選択肢に入らない。

 

そうなると坂柳さんのクラスか、椎名さんのクラスか。

Aクラスを目指す以上、坂柳さんのクラスと直接対決をするのが一番シンプル。

強敵だけど、今回の試験ならチームワークを活かせば決して敵わない相手じゃない。

 

ただ、勝利数が獲得ポイントに直結するから、Aクラスの相手は綾小路くんに任せて、私たちはより多くの勝ち星を狙えそうな椎名さんのクラスを狙う手もある。

 

「って考えてるんだけど、みんなの意見を聞かせてもらえないかな?」

 

1人で決めることでもないため、仲間に意見を募る。

 

「一之瀬、ちょっといいか」

 

「もちろんだよ、神崎くん」

 

クラスの参謀としていつも冷静に物事を判断して意見をくれる神崎くん。

今回もきっと頼りになる考えを披露してくれるに違いない。

 

「綾小路からメールが来て呼び出された。すぐ済むらしいから会いに行ってきていいか?」

 

カン、ザ……キ…ク、ンんんんッ!!?

 

「えっと、うん、大丈夫ダヨ」

 

「すまない、きっと試験に関することだろう。こちらから何か伝えることはあるか?」

 

「イマノトコロナイカナ」

 

伝えたいことは自分で伝えたい。

それにしてもなんで神崎くんなの……。

 

退出して10分も経たないうちに裏切も……神崎くんは戻ってきた。

 

「やはり試験のことだった。対戦相手を決める際にAクラスを譲って欲しいそうだ」

 

「そうなんだ」

 

「先日の試験での借りもある。俺としては承諾して問題ないと思うんだが、どうだろう」

 

「いいんじゃないか。元々俺たちもどっちと戦うか悩んでたところだったし、なっ」

 

「うん、私もそう思うよ」

 

神崎くんの意見に、渡辺くんや麻子ちゃんが賛同し、他の仲間たちも頷いている。

 

「私も異論はないかな。じゃあこの返事は私からしてお――」

 

「よし、メールで承諾の旨を送っておいた。これで俺たちもDクラスへ的を絞った戦略を立てられるな」

 

「あ、えっ……そうだね、ありがとう」

 

どうしてこんな時に限って仕事が早いの?

神崎くんはもっと綾小路くんのことを疑うとか、そういうポジションじゃなかった?

 

ううん、クラスのためを想っての行動だし、責めるのはおかしい。

綾小路くんとは放課後の対戦クラスの決定の時やその後の生徒会活動でも会えるんだし、気にしない、気にしない、気にしない……。

 

昼休みの残り時間はどんな種目が良いかを話し合って、待ちに待った放課後を迎えることになった。

 

「それじゃ行こっか、一之瀬さん」

 

「はいっ!」

 

星之宮先生に連れられて特別棟の多目的室へ向かう。

 

「これからくじだけじゃなくて司令塔のシステムの説明もあるから、よろしくね」

 

「任せてください」

 

綾小路くんとのことはともかく、クラスにとっても重要な一戦。

この結果次第では、2年次はAクラススタートだって十分にあり得る。

その司令塔を任されたんだから、全力で取り組まなくてはならない。

 

「私たちが一番乗りみたい。他クラスが来るまでのんびりしててー」

 

多目的室に到着すると、向かい合わせに置かれたパソコンと共通の大きなモニターが目に入る。

これを使って当日は生徒の選出や関与をしていくのだろう。

 

各クラスの司令塔は、十中八九プロテクトポイント持ちの生徒。

退学のリスク回避はもちろんだけど、みんな実力的にも申し分ない。

 

PC周りを確認していると、多目的室のドアが開く音がして、サッと振り返る。

 

「Bクラスはやはり一之瀬が司令塔か」

 

「そういうAクラスも予想通り葛城くんなんだね」

 

入ってきたのは葛城くんと担任の真嶋先生、だった。

 

「まぁ色々あってな。司令塔を務めることになった」

 

「色々?それって土日ジムに来てなかったことと関係があったりする?」

 

「土日は筋肉を休ませる日にしただけだ」

 

「そっか、そっかー。考えすぎだったみたいだね」

 

珍しくジムを休んでいた葛城くん。

1人でダンベルを上げていた高円寺くんが少し物寂しそうにしていたから印象に残っていた。

 

「あ、サエちゃん、いらっしゃ~い」

 

「星之宮先生、生徒の前です。適した呼び方を」

 

「ケチケチしないでさー、もう放課後なんだし、まだ説明前だし良いじゃない」

 

ほわっとした星之宮先生を怪訝な顔で茶柱先生が注意する。

いや、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

茶柱先生が来たってことは綾小路くんも到着したことを意味する。

茶柱先生の後ろから教室に入ってくる人影が見えた。

 

「やっほー、あやのえええっ!?」

 

「人の顔を見てのリアクションなら失礼だと思うのだけれど」

 

「わわっ、ごめんね。えっと予想と違ったから驚いちゃって」

 

現れたのは、まさかの堀北さん。

つまり退学を覚悟で司令塔を引き受けてきたことになる。

 

「言いたいことはわかるわ。でも、どうやら私のクラスだけが特別ってわけでもないようね」

 

そうして堀北さんの視線は、さらに後ろから多目的室に入ってくる生徒に向けられる。

 

「これはまた予想外の人選だな」

 

葛城くんも思わずそんなことを漏らす。

 

「みなさん、よろしくお願いします」

 

ゆっくりと力強く発せられた挨拶。

 

その声の主は――Dクラスの諸藤さんだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

真意

「以上が今回の特別試験の全容だ。あとは資料を確認するように」

 

坂上先生から特別試験のルールが説明されました。

この内容であれば、私たちのクラスが勝利する可能性も十分ありそうです。

 

「椎名氏、まずは司令塔を決めるべきかと思いますが、いかがいたしますか」

 

「そうですね……」

 

金田くんがこちらへ問いかけてきます。

これでもクラスリーダーを任された身。

大勢の前でお話をするのはあまり得意ではありませんが、引き受けたからにはしっかりと責務を果たすことにします。

 

「勝ち筋は見えています。ただ……そのためには司令塔は私以外の方に務めていただきたいのですが、どなたか立候補なさいませんか?」

 

正確には私を含めた主力のメンバー以外が司令塔になるのが好ましいです。

潤沢な戦力のあるクラスならまだしも、私たちのクラスでは司令塔に戦力を割くのは得策とは思えません。逆に、勝ち星を狙える生徒が少ない分、配置する司令塔の負担は少ないとも言えます。

 

ただそれも気休めで、総合力対決になれば負けたも同然。

 

つまり、この試験のポイントは如何に主力を使い回すかにあります。

 

そのためにも、司令塔の方は学力面、運動面でも主力にならないような方、ただし、本番の緊張感に飲まれないだけの覚悟を持った方でなければ務まりません。

 

この条件に当てはまりそうな方はおひとりなのですが、ご自身で立候補してくださるでしょうか。

 

このクラスにしては珍しく教室に静けさが訪れます。

 

俯くクラスメイト達。

 

立候補がないようでしたら、敗戦覚悟で私が出るしかありません。

 

「私に……司令塔を任せてくれませんか」

 

そう言って諸藤さんが立ち上がります。

 

「よろしいのですか?負けてしまった場合は退学になる以上、無理強いはできないとも考えています」

 

「退学は覚悟の上です。元より救ってもらった命。私が司令塔で勝って、志保ちゃんが間違ってなかったって証明してみせる、それだけですから」

 

「そうですか。それでは諸藤さんにお願いしたいと思います。みなさんもそれでいいですね?」

 

山下さんと藪さんが心配そうに諸藤さんを見つめていますが、他に反対意見は出ないようです。

客観的に見て私たちのクラスが他クラスに勝てる確率は低い。私の勝ち筋がある、という言葉もどれだけ信用してもらえているか。

下手に司令塔になれば退学になりに行くようなもの、誰かが引き受けてくださるのであればそれに越したことはないのでしょう。

 

「では、司令塔は諸藤さんということでよろしくお願いしますね」

 

諸藤さんは無言で頷きます。

 

「では具体的な戦略については、対戦相手決定後ということで」

 

「ひより姐さん!その対戦相手はどこを狙うんっすか?」

 

「現状対戦して1番勝率が高い――Bクラスを考えています。反対意見はございませんか?」

 

「ないっす」

 

石崎くんは素直で話が進めやすくて助かります。

 

「なぁ、椎名。本当にBクラスで大丈夫か?あのクラスは団結力なら随一だ。学力の平均も高い。まだCクラスの奴らの方が穴がありそうだが」

 

「時任くんの懸念は理解できますが、穴と思って飛び込んで行ったら一網打尽にされる、そんな不気味さがあのクラスにはあります。敵に回すのは危険かと」

 

「姐さんの言うとおりだろ、時任よぉ。体育祭とかでやり合ってやばかったろ、あのクラスはよぉ」

 

「石崎、てめえには聞いてねえ。……つまり何をするかわからない相手より、正攻法が主体の相手の方が作戦を立てやすいってことか?」

 

「ええ。おっしゃる通りです」

 

綾小路くんにポイントの借りがあることは公にはしていません。

特に龍園くんなどは良い顔をしないでしょうし。

 

それに、期限も定められていませんので慌てて返済する必要もないと思っています。

その方が綾小路くんに敵対しないという姿勢を示せます。

 

時任くんも納得してくれたようで、それ以上の反論は出てきません。

 

「では諸藤さん。指名権を得られたらBクラスをお選びください」

 

「わかりました」

 

その後は特に話し合うこともなく、授業開始まで各々自由に過ごすこととなりました。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

昼休み。

図書館の隅で本を読みながら約束した相手が来訪を待ちます。

 

今回の試験で勝つために必要不可欠な人物。

お声かけはしましたが、来てくださるかどうか。

 

「こんな時にも読書とは余裕だな」

 

「お越しいただきありがとうございます、龍園くん」

 

周囲を確認したのち、正面の椅子に足を組んで腰掛ける龍園くん。

 

「それにしても容赦ねえな、ひより」

 

「何のことでしょうか?」

 

「諸藤を司令塔にした件だ。あのあまちゃん一之瀬なら、例え対戦相手だろうと退学のかかった生徒相手に本気を出せるわけがねえ。本人は認めないだろうが、試合が決する局面で少なからず動揺し隙ができる」

 

「それは副次効果でしかありません。一之瀬スポンサーも最終的には優先順位をつけられる方だと思いますから」

 

「その考えで諸藤を司令塔にするなんざ、退学しろって言ってんのと同じだろ。真鍋の犠牲も無駄だったな」

 

「そうでしょうか?勝てる勝負に必要な人材を当てただけです」

 

「大層な自信だ。Bクラス相手なら負けはないと?」

 

「ただの仲良しグループに後れは取りません。ただしそれも龍園くんのご協力があればの話ですが」

 

「クク、俺を利用するつもりとは面白え。内容次第じゃ考えてやってもいいが、その前に一つ聞かせろよ」

 

「なんでしょう?」

 

「今回やけに熱を入れてる理由だ。お前はもっと冷めたヤツだと思ってたんだがな」

 

「たまには青春モノの物語も悪くはないと思っただけです」

 

「あ”ぁ?」

 

怪訝な顔をした龍園くんでしたが、こちらの発言が冗談でないとわかるとすぐに表情が戻ります。

 

「私たちのクラスには必要なことだと思いませんか?」

 

「俺からすればくだらねえことだとは思うが、今のリーダーはお前だ。好きにしろよ」

 

「ええ。そうさせていただきます」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

多目的室に4人の司令塔が揃った。

すでに部屋にいた葛城くんも一之瀬さんも私たちの登場に少なからず驚いている様子。

かく言う私も、諸藤さんが司令塔になるとは微塵も思っていなかったから人のことは言えない。

 

「クラスの中心人物であるお三方に比べて力不足なことは重々承知です。ですが、私も負けるつもりはありませんので」

 

今まで綾小路くんと妙なことをしている印象しかなかった諸藤さんだけれど、その言葉から決死の覚悟が伝わってくる。間違っても格下だと侮ってはいけないだけの凄味があった。

 

でも、覚悟なら私も負けはしない。クラスの代表として立候補してきたのだから。

 

茶柱先生の呼び出しから戻ってきた後の綾小路くんとのやり取りを思い出す。

 

 

 

「わかった。何を言っても決定は覆らないんだろ」

 

「ええ、もちろんよ」

 

綾小路くんが無表情ながら何かを諦めたような空気を出している。

やはりこの決定は不服なのね。

だとしても、私は彼にも認めてもらわなくてはならない。

 

「何か言いたげな様子だけど、私が司令塔を引き受ける、それだけは譲れないわ」

 

「ん?」

 

「たしかにこれまで私がクラスのためにしてきたことなんてたかが知れている。Aクラスを目指すと言いながら実績を残せなかった私に不安を覚えるのは仕方がないわ」

 

「……」

 

「でも、今回の試験で私はAクラスを倒し、その気持ちが嘘ではないってことを、あなたを含めクラスのみんなに示したい。そのチャンスを与えてくれないかしら」

 

クラス内投票では自分の不甲斐なさを痛感した。

体育祭でクラスのみんなとは打ち解けられたと思っていたのだけど、過信しすぎていた。

 

今私には、これまで人間関係を疎かにしてきたツケが回ってきている。

私とクラスメイトの間にあるのは、櫛田さんの誘導で揺らいでしまうぐらい軽薄な信頼関係。もし、私が綾小路くんや平田くん、櫛田さんぐらい信頼されていれば、クラス内投票であんなに揉めることはなかったはず。

 

このままではリーダーとしてみんなを率いていくのは不可能。

 

来年度以降のことを考えれば、ここが正念場だろう。

 

「必ず勝つわ。お願い」

 

最後の砦の綾小路くんに向かっても頭を下げる。

同様の話をした際に、クラスメイトたちからは綾小路くんの方が相応しいのではと反対意見もいくつか出た。ただ、高い勝率が期待できるジョーカーのような彼を司令塔にするのはもったいないと主張して、最終的には了承を得ることができた。

 

「綾小路くん、僕からもお願いするよ。このクラスにはAクラスに対して意欲的なリーダーが必要だと思っていたんだ」

 

「私も賛成だよ。堀北さんがこんなにお願いするなんて余程のことだと思う」

 

平田くんはともかく、反対しそうな櫛田さんがいつも以上にニコニコしながら食い気味で賛成してくれる。クラス内投票の一件を気に病んでくれているのかしら。

 

そんな彼らの後押しもあり、綾小路くんは黙って頷いてくれた。

 

「てっきりオレに司令塔を擦り付けるものだと思っていた」

 

「そんなわけないでしょ。私はクラスのためにこの試験を勝ち抜いてAクラスで卒業するの」

 

話し合いを終え、席に戻るなりそんな嫌味を言ってくる。

 

「本音は?」

 

「そんなの決まってるでしょ。私は兄さんのためにこの試験を勝ち抜いて安心して卒業してもらうの」

 

「……そういうことにしておく」

 

「含みがあるわね」

 

「気のせいだろ」

 

綾小路くんも変なところで聡くなってきた。

入学当初の彼なら絶対に気づかなかったはず。

 

 

 

「ではこれからくじを引いてもらう。順番は現時点でのクラスポイント順、つまり葛城から引いてもらう」

 

真嶋先生が進行を始めたため、意識をこちらに戻す。

 

「む、ハズレか」

 

「次は一之瀬だ」

 

自分でも不思議でならないのだけど、今回は兄さんのことよりもクラスのために戦いたい、それが本音だったりする。

 

「ありゃ、私もハズレです」

 

「堀北の番だ」

 

そのことを彼はなんとなく察してたみたいだけど、クラス内投票で私を信じてくれたみんなの為に勝ちたい、なんてらしくないこと口が裂けても言う気はないわ。

 

「当たりですね。私たちはAクラスとの対戦を希望します」

 

上っ面の言葉じゃだめ。勝利を届けることだけが私の示せる覚悟なのだから。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

放課後。

多目的室に向かった堀北を見送り、簡単にクラスで今後の試験の方針を話し合った後、オレは生徒会室を訪れていた。

 

「ちょっと用事があるんで帰ります」

 

今朝は生徒会に来るように言っていた南雲だが、予想通り欠席となったため、オレも遠慮なく帰宅させてもらう。

 

堀北たちは、多目的室で対戦相手を決めている頃合いだろうか。

 

事前に坂柳にはオレが司令塔にならない旨は伝えておいた。

 

オレが司令塔でないなら坂柳も司令塔にはならない。

ケガのことやプロテクトポイントのことを考えると、Aクラスからは葛城が選ばれているだろう。

 

葛城も優秀な生徒ではあるが、相性を考えれば堀北が対峙しても十分に戦える相手だと見ている。

 

学校を出て寮には帰らずに待ち合わせのケヤキモールへと直行する。

 

「清隆、遅いわよ」

 

「悪いな、生徒会に顔を出す必要があった」

 

「ふーん、ま、その間にも色んな子から祝ってもらったから別にいいんだけど」

 

本日、3月8日は軽井沢恵の誕生日。

友人として何かしらの贈り物をと通販サイトを漁ったが、これというものを見つけられなかった。

 

本人が欲しくないものを贈ってもポイントの無駄遣いかと思い、恵に直接欲しいものがないか聞いたところ、当日一緒に買いに行く約束になった。

 

「佐藤さんにはサッカーでカッコいいところ見せたらしいじゃない」

 

「麻耶は恩人だからな」

 

何が気に入らないのか少し不機嫌そうな恵。

 

「それなら私だって、水筒外してあげたし?」

 

「感謝しているから今ここにいるんだが」

 

「わかってるわよ。でもさ、ほら、私にもサプライズとかないわけ?」

 

なるほど。誕生日にサプライズがないことにご立腹だったのか。

学生の価値観として誕生日にサプライズは必須なのかもしれないな。

だが、何も意地悪でサプライズを用意しなかったわけじゃない。

切実な理由がある。

 

「正直ネタ切れだ。特に、恵には平田サプライズが通用しないからな。オレとしても伝家の宝刀を抜けなかった……」

 

「平田サプライズ?デンカノホートゥ?」

 

「つまりとびっきり自信のある作戦を封じられていたんだ」

 

「よくわかんないけど、さすが私ね。清隆が私を喜ばせるのは100年早いんだから、今後一層精進しなさいよね」

 

「そうだな」

 

オレからの返答を聞き、恵は満足そうに微笑んだ。

とにかくご機嫌が戻ったのならよしとするか。

 

「それで何が欲しいんだ?」

 

「ちょっと、せっかくここまで来たんだから、少しはエスコートしてくれてもバチは当たらないと思うんですけどぉ?」

 

「……」

 

「今日の主役は?」

 

「恵さんです」

 

「よろしい。じゃあ清隆、まずは私にスイーツをご馳走するように」

 

「仰せのままに」

 

これは誕生日を盾にどこまでもたかるつもりだな。

サプライズを企画しないとこうなるのか、しっかりと記憶しておこう。

 

その後、恵にケヤキモール内を散々連れ回され、最終的には雑貨屋に到着した。

 

「そろそろプレゼント買ってもらおうかなぁ」

 

「そうしよう」

 

「そこは、もっとデートしたかったって残念がるのが正解だからね?」

 

「……覚えておく」

 

「でもまぁ……色々エスコートしてくれて楽しかったし、清隆も中々やるじゃん」

 

改善点はあるものの及第点には到達できた、と言ったところだろうか。

なんだかんだ恵との会話は一般的な異性を学ぶ上で参考になる。

 

「うーんと、これとかどう?似合う?」

 

恵がハート型の飾りがついたネックレスを手に取り、首元に当ててみせる。

 

「似合うんじゃないか」

 

正直この手のことに関しては学習不足であるため回答含めてよくわからない。

 

「ホントにぃ?じゃあこっちは?」

 

「そっちもいい感じだ」

 

先程のネックレス同様、恵がつけていても違和感はなさそうだ。

 

「あ、これも可愛いかも。ね、清隆、可愛い?」

 

「あー、可愛いんじゃないか?」

 

シンプルなこの手の質問は受けたことがなかったことに気づく。

なるほど、咄嗟に気の利いた返事は出てこないな。

 

「疑問形は減点」

 

「可愛いです」

 

半ば強引に言わされているが、疑問形でなければ満足らしい。

ニコニコしながら次のアクセサリーへと手を伸ばしている。

うーん、これが女心というやつなのだろうか。

サンプルが少ないため断言はできないが勉強にはなるな。

どうやら何かを問われた場合、曖昧な回答はせずにはっきりと伝えた方がいいらしい。

 

「あーでもこれもいいかも。うーん、あ、ちょっとこれは似合わないよね、清隆?」

 

「そうだな、微妙かもしれない」

 

「はい、また減点!女の子がこういう聞き方をした時は否定して欲しい時なの」

 

「なるほど……」

 

この場合は本音とは違うことをあえて述べているのか。

こちらに否定させることで、それを口実に肯定へと転ずる技術。奥が深い。

 

その後もオレに意見を求める割に何を言っても決定打にはならない。

結局あれこれ試して長考した末に選んだのは最初のハート形のネックレスだった。

 

「ありがと。……大事にする」

 

「なぁオレが言うのもなんだが、こういうのは友人相手に贈るものなのか?」

 

自分が世間の常識に疎いのは自覚しているが、それでもこれまでの経験から、ハート形の贈り物、しかも身につけるものを異性に贈る行為は、それなりの関係で行われるものなのではないか、という気がした。

 

「ん?そりゃそうよ。友だち同士でもこのぐらい贈るって。気にしないでダイジョーブ」

 

「そうか、考えすぎか」

 

「そうそう。私が喜ぶプレゼントを贈ってくれたんだからそれでいいじゃない」

 

「それもそうだな。オレだけで決めていたら最悪菓子折りになっていた」

 

「さすがにそれはなし。でも清隆らしいって言えばらしいかも……」

 

半分呆れた様子の恵だったが、オレが菓子折りを持ってきた姿でも想像したのか、面白おかしそうにしている。

 

「あーぁ、こんな毎日が続けばいいのに。明日からしばらく特別試験対策かぁ……」

 

「それがこの学校の学生としての本分だろ」

 

「だって、相手が相手よ。ぶっちゃけ、勝てるわけ?あのAクラスに」

 

恵に連れ回されている間に、クラスの全体チャットに堀北から、各クラスの司令塔の情報、そして対戦クラスがAクラスに決まった旨が送られてきた。

 

「現状では何とも言えない」

 

「珍しく弱気じゃん」

 

「例えば7種目中5種目がAクラスが作ったものになれば敗戦濃厚だからな」

 

「なるほど……」

 

とは言え、この学校の平等理念からすると、極端にどちらかのクラスの種目に偏ることはないはず。ただ最低3種目は自クラスのものが選ばれるとしても、1勝分不足するため相手の種目をどう攻略できるかが争点となる。

 

「逆もまた然りだが、結局のところ相手の用意してきた種目によるだろうな」

 

「要は相手の種目がわかる来週以降が大事ってこと?」

 

「そうなるな」

 

「ふーん。ま、こっちには清隆がいるんだし、大船に乗ったつもりでいるから」

 

「それ、大船本人が言うセリフだからな?」

 

「そ、それだけ信用してるってことだから、いいでしょ」

 

軽井沢と気の抜けた会話をしながら寮に戻る。

 

クラスの勝利には執着はないが、負ければ堀北が退学になる。

堀北が退学になると櫛田との関係も崩れる。

櫛田との生活が崩れるとオレの食生活も崩れる。

気づけば面倒な連鎖が引き起こるようになっていた。どうしてこんなことに……。

 

最低限の準備はしておくに越した事はないか。

 

仕方がないので、櫛田にメールを送ることにした。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

夜の8時を回った頃、綾小路くんから部屋に来て欲しいとメールが届いた。

 

今日はご飯いらないとか連絡しておきながら、結局淋しくなって会いたくなったってこと?

うんうん、綾小路くんが私の魅力に堕ちるのも秒読みだね。地道に料理を作って胃袋を掴んだ成果が出てきたのかも。

 

まっ、それも当然か。

退学よりもオレを選んでくれ、なんてプロポーズみたいなこと言われたわけだし。

全く仕方がないんだから。

 

ただ、呼び出せば会える軽い女とか思われても癪よね。

でもまぁ、たまたま偶然奇跡的に多忙な私も時間空いてたし、堀北退学チャンスで気分も良いし、別に会いたいとかじゃないけど、恩ぐらい売っておいて損はない。

ってことで、今回だけ特別に文句も言わずに部屋に向かってあげることにした。

 

「急に悪いな」

 

「ううん、気にしないでいいよ」

 

チャイムを鳴らすと綾小路くんはすぐに顔を出してくれた。

いつもはご飯作って出迎えることが多いから何だか新鮮。

なんとなく綾小路くんを直視できなくなって目を逸らしてしまう。

 

「今度の試験対策で、クラスメイトのことを知りたい。もちろん、堀北退学の策にも繋がる」

 

部屋に入るなりそう切り出してきた綾小路くん。

 

ふーん、建前なんか用意しちゃって。そうだよね、素直に会いたかったなんて言えないよね。

ま、せっかくだし、話を合わせてあげようかな、うんうん。

 

「確かにそれなら私に聞くのが1番だね。退学が関係するなら喜んで手伝うよ」

 

「助かる。クラスメイトの特技や性格、交友関係を中心に把握している限り教えて欲しい」

 

「お安い御用だよ。あ、堀北と高円寺君と佐倉さんだけはちょっとわかんないけど、別にいらないよね?」

 

「問題ない」

 

そうしてクラスメイトの情報を綾小路くんへ伝えていく。

私を含め35人分の話を完了したところで、素朴な疑問が出てくる。

 

「あのさ、特にメモとかしてないけど、一度聞けば忘れないってこと?」

 

「大体そんなものだな。見聞きしたものはもちろん、一度経験したことは大抵覚えていられる」

 

「へー、経験もなんだ。すごいね」

 

瞬間記憶とか映像記憶とかテレビで見たことがあるけど、そんな感じの能力なのかも。

……あれ?ってことはもしかして感触とかもいけたりする?

え、じゃぁ私の本性がバレたときに弱みを作ろうと触らせた私の……胸の感触もばっちり覚えてるってこと!?

 

「えっと、それってさ、視覚、聴覚以外で体験した経験も覚えておけるの?」

 

「そうだな。味覚や触覚もやろうと思えば直前の出来事のように思い出せるな。例えばいつかの櫛田のお――」

 

「この変態っ!!」

 

「何が変態なんだ?」

 

おっぱいなんて言わせないわよ。

思いっきり枕を投げつけてやったが、華麗に躱し、あろうことか表情ひとつ変えず、晩御飯の献立でも話すかのようにサラッと聞き返してくる。

 

「ええっ!?……た、確かに私からした事だし、正直他の子と比べても自信はあるんだけどさ」

 

「ああ、あのとろけ具合、正直毎週味わいたいぐらいだ」

 

「ま、毎週!?……そんなに良かったんだ」

 

毎週って頻度が高校男児にとって多いのか少ないのかわかんないけど、やけに積極的なアプローチ。

しかも相変わらず澄ました顔で言ってくるからとんでもない。

もしかして相当経験豊富なの?大人の余裕ってやつ?

 

ば、バカにして!!舐められたままじゃ気がすまない。

こっちにだって考えがあるわよ。

 

「それなら今度もっとすごいサービスしてあげてもいいけど?」

 

綾小路くんが大好きな胸を寄せ、できるだけ色っぽく蠱惑的に振る舞ってみせる。

ドーテーコージくんの化けの皮を剥いでやるんだから。

 

「本当か。なら早速明日の晩、頼む」

 

「ほえっ!?」

 

即答!?曖昧に濁したりせずにしっかり伝えてくる綾小路くん。

いやいやいや、え、なに、私たちの仲ならそのぐらい朝飯前みたいに思ってんの?しかも明日って。

一回触ったことがあるからって何回も触れると思ったら大間違いだよ。

でも目を逸らさず真っ直ぐこっちを見てくる。経験でわかるけど、あれは嘘や冗談を言ってる目じゃない……え、もしかしてホンキ?そういう誘い?

いや……でも、高校生の恋愛なんて自分の価値を下げるだけだし……でも……。

 

「えっと、明日はちょっとなぁ、心の準備とかもあるし難しいかもなぁ」

 

「それは残念だ。だが、話に出たことでますます身体が欲してきた。いつならいける?」

 

もーっ!!!なんなの!?

遠回しに断ったつもりが、全く通じない。

こんな話題の時だけなんで積極的なの?あ、こんな話題だからか。

でも一生懸命口説いてくるのは悪い気もしないっていうか、私の魅力に夢中になってる証拠だし。

 

顔が熱くなってきて思考がぼやけてくる。

 

「あ、明後日なら……」

 

「本当か。また味わえるのは嬉しいな。今後気に入ったものがあったらどんどんリクエストしてもいいか?」

 

気に入ったもの!?いくつかプレイを考えてるってこと?それをどんどんリクエスト?

私、一体何をされちゃうの……。

 

「うん、おいおいね。まずは、ほら、明後日でしょ」

 

「それもそうだな。明後日の晩御飯、櫛田のオムライス楽しみにしてる」

 

「はい?」

 

「この前作ってくれたオムライス――スプーンを入れた時のあの卵のとろけ具合、口に運んだ時に広がるバターとケチャップの香りのバランス、学食のものとは比較できないクオリティだった。今回はもっとサービスしてくれるんだろ、どんなアレンジを加えてくるかも楽しみだな」

 

あー、味覚も思い出せるって言ってたっけ。

ギリギリになって日和った……わけじゃなさそうね。

緊張が解けてドッと疲れが押し寄せてくる。

 

「話は終わりかな?今日はもう帰るね」

 

「ああ。遅くに悪かったな。助かった」

 

澄ました顔で玄関まで見送ってくれる綾小路くん。

この朴念仁に変なこと期待した私が馬鹿だった。……いや期待なんてしてないけど!!

 

久しぶりにフェンスを蹴りに行くことにした。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

玄関で櫛田を見送る。

 

ひょんなことからあのオムライスを作ってもらえることとなった。

ついでに作り方も教えてもらって自分でも作れるようになっておこう。

 

それにしても、流石コミュニケーションの達人、櫛田だな。

直前に恵から女心の基礎を学んでいたが、それを応用したかのような駆け引きを行ってきた。

 

昨日までのオレなら櫛田にオムライスを作ってもらうところまでたどり着けなかっただろう。

恵には感謝だな。

 

意外なところで自分の成長を感じることができ、少しだけ満足感のある一日となった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ミーティング

東京都内のとある施設のミーティングルーム。

 

高度育成高等学校の理事長代理――月城は先ほど更新された一年生の特別試験経過報告に目を通す。

 

「彼に付与されたプロテクトポイントを剥奪するためにも、ここはひとつ試験に介入させてもらいましょう。あの2人は何やら勝負の約束をしていましたからね、司令塔になったところを上手く利用……あぁ、司令塔になってないですね。まあそれはそうでしょう。彼が進んで退学のリスクのある司令塔になるはずがない。今回は見送りますか、せっかくの出番を奪ってしまってはアナタも面目が立たないでしょうしね」

 

綾小路清隆を退学させるために送り込まれる予定の刺客。

ホワイトルームで綾小路清隆の次の世代、5期生のひとり。

ターゲットの退学は秘密裏に行わなければならない。この学校の後ろにいる政治家は、月城の雇用主と対立関係にある。やり方を間違えれば敵勢力から攻め込まれる口実を与えることになる。

 

よってあくまで表向きは学校のルールのもと綾小路清隆を退学へ陥れホワイトルームに連れ戻す必要がある。

そこで新一年生の中に刺客を紛れ込ませ実行役とし、理事長代理としてサポートしていく方針となった。

 

「このようにターゲットである綾小路清隆は、ホワイトルームにいた頃とは行動パターンが多少変化しています。特に顕著なのが、女性関係のだらしなさでしょう」

 

月城が入手したこの一年の綾小路のデータ。

理事長代理の権限を利用して、一介の教師では閲覧もできない情報や映像まで事細かに用意してある。

 

目を通すだけでも嫌気がさすような膨大な情報量だったが、刺客に選ばれた少女は事もなげに見る見るうちに読み終えた。

ホワイトルームの最高傑作は綾小路清隆で間違いない。

だが、いつまでもそうであるとは限らない。

代を重ねるごとにホワイトルーム生の実力がより洗練されていることは事実だった。

 

「そこであの方からの基本方針をお伝えします」

 

誰よりも綾小路清隆に執着する男は、1年間のデータを確認した上でひとつの疑問を抱き、仮説を立てた。

 

「彼は容姿、器量、その他諸々、申し分のないスペックを持った女子生徒たちに囲まれ、はたから見ても親密な関係を築いているにも関わらず、いまだに誰とも交際していません。なぜだかわかりますか?」

 

投げかけに対して、刺客の少女は首を横に振る。

 

ホワイトルームのプログラムに恋愛に関する項目はない。だからこそ綾小路清隆はそれに興味があるのかもしれないし、学んでこなかったためうまく対応できていないのかもしれない。

 

それに関しては少女も同様だった。

だが、それも刺客に選ばれる前までの話。

 

「あの方の仮説はこうです」

 

月城は少女の目を見る。

 

「清隆の好みのタイプがいなかったのだ、と」

 

「……」

 

「何か?」

 

少女の一瞬揺れた瞳を月城は見逃さない。

 

「資料によれば、対象はクラスメイトから好みのタイプを尋ねられた際に『元気系』と答えています。その手の女性は周囲にいたのでは?」

 

少女からの指摘に月城は面白そうに微笑む。

 

「その通りです。そちらの発言についてはその場しのぎの嘘という見方が有力ですが、別口で手立ても用意してありますので心配なく」

 

「では私への指令というのは……」

 

「ご想像の通り、彼の周囲にいないタイプの女性を演じ、彼の気を引くこと。有り体に言えばハニートラップですね」

 

馬鹿げた策ではあるが、あながち間違いとも言い切れないと少女は考える。

資料によれば少なからず対象が異性関係に興味を持っていることは明白で、同じホワイトルーム生としてそれ自体は理解できなくもない。

 

しかし、そんな策であの綾小路清隆を退学にできるかと問われたら今度も首を横に振るだろう。

 

上の考えていることは理解に苦しむ。

だが、そもそも理解する必要はないのだ。命じられたことを命じられたままにこなすだけ。

彼女たちホワイトルーム生にとって、教官たちの期待を裏切らず成果を出し続けることだけがあの場所で生き残る唯一の手段なのだから。

 

――本来はそれで済む話。

ただ、少女はこれをチャンスと捉えていた。

 

『綾小路清隆を超えてみせろ』

『綾小路清隆ならもっと上手くやる』

 

ホワイトルームの同期の中でいくら好成績を出しても、教官たちからの言葉はいつも同じ。

 

どんなに努力しても到達できないその存在は、一部では崇拝の対象に、一部では憎悪の対象にといった具合に、何かしらの強い影響をホワイトルーム生に与えていた。

 

それはこの少女も例外ではない。

 

思わぬ形で彼と対峙する機会を得ることができた少女は、いつぶりだろうか、高揚する感情を押し殺しながら、月城の話す計画に耳を傾けた。

 

用意された試験では、彼のスコアに誰一人勝つことができない。

なら、自由な学校生活であれば――。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「勝つ自信がある、と思う特技をそれぞれ考えて来て欲しいの。そこから種目を検討していくわ」

 

放課後開かれた特別試験への対策会議。

堀北が種目決めの方針をクラスメイトに伝え、宿題とし解散となる。

 

「あなたにもしっかり働いてもらうわよ、綾小路くん」

 

生徒会に向かおうとしたところで堀北に捕まった。

 

「それについてだが、話しておきたいことがある」

 

「何?」

 

「今回オレの運用は対坂柳で考えておいて欲しい」

 

「どういうことかしら」

 

「十中八九坂柳は1対1の種目に参加する。そこにオレを当ててくれ」

 

「殊勝な心がけね、敵の大将を自ら討ち取りたい、だなんて。確かに坂柳さんに対抗できるのはあなたぐらいでしょうけど、彼女との勝負は捨てるという選択もあるわ」

 

「Aクラスは良くも悪くも坂柳中心に機能している。1対1での勝利はこの試験だけでなく来年度以降の士気にも関わってくるはず。長い目で見ても悪くない話だろ?」

 

「綾小路くんが力説する時は大抵裏がある時なのよね……。逆にあなたが負けた場合はAクラスの流れになる、やるからにはもちろん勝利を約束してくれるのかしら」

 

やたら疑り深い堀北。

勝負を前に慎重な姿勢は悪くはないのだが、今回は不都合。

となると用意しておいた堀北に効く一言の出番だな。

 

「学に誓ってもいい」

 

「そこまでの覚悟を!?いいわ、その方向で考えておく」

 

「助かる」

 

「ただし条件があるわ。綾小路くんが出場しそうで、かつ相手も練習すれば勝てる可能性がある、と思える種目をひとつ提出して欲しいの。できれば複数人参加するものがいいわね」

 

「ブラフに使うってことか」

 

「ええ。Aクラスもあなたの出る競技はマークしてくるはず。1人では敵わなくても協力すれば倒せると判断すれば、練習に時間を割くはずだわ」

 

それで当日の5種目には選ばないことでAクラスに無駄な時間を使わせる作戦か。坂柳は、オレが向こうの用意する種目で戦うことを把握している以上、効果は薄いかもしれないが……。いずれにせよ、こちらの無理を通してもらう以上、断ることはできないな。

 

「わかった。それぐらいの協力はさせてもらう」

 

「交渉成立ね」

 

Aクラスの最大戦力を攻略する糸口を掴んで安心したのか、オレが試験に協力的だったことに喜んだのか、ホッとした顔を見せる堀北。

常にトゲトゲしかった1学期とは大違いだな。

 

「それで参考までに考えを聞かせて欲しいのだけど、この試験綾小路くんはどう見る?」

 

今の堀北ならオレのアドバイスも素直に聞き入れ、そこから何かオレの想像を超えた策を考え出すかもしれない。

 

「この試験で注目すべきは、この1年間の集大成というところにある」

 

「試験を通して見えてきたクラスメイトの特性を活かせってこと?」

 

「もちろんその側面もあるが……」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「……これまでの試験で出来たことはできる可能性が高いと考えています」

 

「ほう。詳しく聞かせろよ、ひより」

 

放課後の教室、人払いを済ませ、龍園くんへ特別試験に向けた作戦の相談をしています。

 

「一見すると今回の試験は自分たちで種目を決めるため、学校が抜け道や裏のルールを用意しているようには見えません」

 

比較的何でもありだった無人島試験、優待者の法則が決まっていた干支試験、不足分の点数をポイントで購入できたペーパーシャッフルなど、これまでの試験は、説明されたルール外にも攻略方法が存在しました。

 

「ですが、どのクラスにも平等に勝つチャンスが用意されている、それがこの学校の方針のように思えます」

 

まるで生徒がそれに気づけるかどうかを試すかのように。

 

「クク、面白い仮説ではあるが、今回の試験でそれをどう活かせる?その仮説が真だとしても、そのチャンスはBクラスの連中も使えないとおかしいことになるぜ」

 

「その心配はございません。注目したいのは『ルールの裏の法則』と『ポイントで購入できないものはない』という点です」

 

「なるほどな。Bクラスの連中はゴミ処理もできず救済措置を使ったことで財力に乏しい」

 

「逆にこちらには龍園くんが獲得したポイントがあります。その優位性を利用して、購入して欲しいものが2つあるのですが……」

 

「俺に身銭を切れと?」

 

「もちろん、タダでとは言いません。龍園くんにとって十分な見返りを用意いたします」

 

そうして龍園くんに具体的なこれからの方針をお伝えします。

あとは彼が頷いてくれれば、作戦を決行できます。

 

「ハッ、ひよりにしちゃあ大胆な策だな」

 

「普通に挑んでいては敵いませんので。引き受けていただけますか」

 

龍園くんは少し考える素振りを見せたのち、ニヤリと笑い口を開きました。

 

「そうだな、俺の答えは――」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「私の答えは決まってるよ。みんなで協力して勝利する、そのために種目のメインは学力テスト系で攻めようと思う」

 

「もちろん一之瀬の考えには賛成だけどさ、俺、サッカーならあいつらに絶対負けないぜ?」

 

Bクラスみんなでの作戦会議。

方針を説明したところで、柴田くんが元気よく提案してくれる。

 

「うん、私もそれは疑ってないよ。ただ相手はあのDクラスだから、どんなラフプレーをしてくるかわからないよね。退場覚悟で柴田くんを潰しにくるかもしれない。できるだけ接触しない種目がいいと思うんだ」

 

「それに加えて、学力は一朝一夕で向上するものじゃない。前回の学年末テストの平均から見ても、Bクラスが学力テストで負ける可能性は低い」

 

私の考えを神崎くんが補足してくれた。

 

「なるほどなぁ」

 

「もちろん、向こうのクラスにも成績が良い生徒はいるだろうけど、そこは参加人数を多めに設定して平均点での勝負にすれば問題ないと思う。これまでみんなで頑張ってきた私たちらしい戦い方で勝ちに行こう!」

 

「おうっ!」

 

他クラスのテスト結果は平均点しか開示されないから詳細はわからないけど、これまでの交流で見えている情報を踏まえると、どこも一部の優秀な生徒が平均点を底上げしている状態。対して私たちのクラスは、学業もみんなで支えあって真剣に取り組んできたから一人一人の点数が高い。

 

「それに柴田くんにはどちらかというと向こうの種目の対策として頑張ってもらうことになると思う」

 

「ああ!なんでも言ってくれよな」

 

おそらくだけど、学力では敵わないとみたDクラスが取る戦法は限られてくる。

 

陸上系なら柴田くんに、格闘系の種目が入ってくるようなら、経験者の神崎くんに身体を張ってもらう。そう経験者だからね、他意はないんだよ、神崎くん。

 

「どうしたんだ一之瀬、ニコニコしながらこっちを見て」

 

「ううん、みんなの得意不得意はしっかりわかってるから安心してね!って思ってただけだよ」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「さて、みなさんの得意不得意は把握していますので安心して任せて頂ければと思いますが、もしどうしても推薦したい種目がある方は個別に私までお知らせください。高い勝率が見込めそうなものは採用いたしますので」

 

私が全て決めてしまってもAクラスのみなさんは反対しないでしょう。ですが、何事にも建前は必要です。

 

「坂柳、俺からも司令塔として一言いいか?」

 

「ええ、もちろんです」

 

わざわざ挙手して許可を得てから、葛城くんがクラスメイトと向かい合います。

 

「相手はあのCクラスだ。体育祭では心強い味方だったが今回は強敵として立ちはだかる。綾小路はもちろんのこと、高円寺をはじめAクラスに匹敵する力を持った生徒も多々いる。油断ならない相手だが、俺たちはAクラス。ここまで首位を守り続けてきた実力は紛れもない本物だ。揺るぎない自信を持って各々試験へ臨んで欲しい。俺たちは必ず勝つ」

 

一言という量ではありませんでしたが、クラスメイトの中には葛城くんのそんな熱い部分を慕う方々もいるようで、士気は向上しているようです。

 

元より私は綾小路くんとの勝負に全ての力を注ぎたいと思っていましたので、試験全体のことは葛城くんにお任せしても良いかもしれません。

 

あとは綾小路くんとの勝負が実現するように準備をするだけ。

 

あぁ、楽しみでなりません。

この時をどれだけ夢見たことか。

 

彼との一騎討ち。必ず勝ってみせます。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「これで勝ったつもりかよ、綾小路」

 

生徒会室に入るなり、ご機嫌斜めな様子の南雲が吐き捨てるように言った。

 

「今日は生徒会にいらっしゃったんですね」

 

「誰のせいだ」

 

「さぁ?その誰かもきっと善意だったと思いますよ」

 

「あれが善意だったら相当クレイジーな野郎だぜ、そいつは」

 

「そうですか?似合ってますし、憧れの堀北先輩に近づけたんじゃないですか?」

 

「ったく減らねえ口だな」

 

「お疲れ様でーす!」

 

まだまだ言いたいことがありそうな様子の南雲だったが、一之瀬がいつも以上に元気よく入室してきたことで中断された。

 

「あ、綾小路くん、な、なんだか久しぶり、だね」

 

「そうかもしれないな」

 

「えっと、色々話したいことが……って、あ、えっ!?」

 

オレから視線を逸らした先にいた南雲の姿を見た一之瀬が一瞬固まる。

 

「えーと、南雲会長、その、イメチェンですか?それとも今週のラッキーアイテムをまた信じちゃった系ですか?」

 

一之瀬も、触れて良いのかどうかわからないが、スルーすることもできなかった南雲の変貌。

 

今の南雲はシャツをズボンに入れ、制服のボタンをちゃんと止め、ネクタイをきちんと締めており、アイデンティティの金髪は黒髪になっていた。

一言で表現すれば、堀北学のような格好になっていた。

 

「聞いてくれるか、帆波。昨日発表された2年の特別試験のルール。学年末らしくハードで過酷で退学者が何人も出そうな試験内容だったが、俺にとっては取るに足らないもんさ。だが、ルールの最後にとってつけたような余計な項目があってな」

 

「それとその格好が関係してるんですか?」

 

「あぁ。『品行方正な最上級生』とか書かれたそのルールは、試験内容とは別に、派手な髪型や染色、服装の乱れなどが見受けられる生徒へのペナルティを与えるものだった」

 

「なるほど?」

 

状況がよく飲み込めていない一之瀬。

ペナルティぐらいで南雲が大人しく従うとは思えなかったのだろう。

 

「無視してやっても良かったんだが、俺を慕う連中を心配させるのも忍びないからな。やむなく昨日美容院に行ってこんなんになったわけだ」

 

そんな一之瀬の思考を読んだのか、あくまで周りのため、と主張する南雲。

だが、当然そんなことはない。実際は無視できないペナルティだったからだ。

 

このルールとペナルティは、この手の攻撃が南雲にどれほど効果があるか検証を兼ねてオレが考えたもの。

 

ペナルティの内容は

試験までに改善が見られなかった生徒を対象に

 

・この特別試験の参加資格の剥奪

・プライベートポイント全額没収

※ここでの全額とはルール発表時の所持ポイントととし、その後試験までに増減に関係なくその額を没収するものとする

 

ルールの部分は南雲が違反対象になる内容なら何でも良かったが、学校へ意見を通しやすくするために、最上級生に進学するにあたり今一度正しい学生像を示し、乱れた風紀を正し、上級生として下級生の模範となるようにするためとそれらしい理由をつけておいた。

少し強引なやり方ではあったが、これぐらいであれば学校側は採用するということもわかった。

 

「でも安心しろよ、帆波。髪は黒くなっちまったが、俺の輝きは微塵も薄れちゃいないからサ」

 

「そんなことは全く心配してないので大丈夫です」

 

「だよな、試験が終わったら即戻すつもりだが、見た目だけが俺の魅力ってわけじゃない」

 

「そうですね。南雲会長は何にも変わりませんよ。0から0を引いても0ですから

 

「ありがとよ、帆波。元気が出てきたぜ」

 

南雲自身ではなく、ポイントへの攻撃。

大量のポイントを保有し、この学校内では無敵に思える南雲の弱点。

一体何ポイント持っているかは不明だが、今回のことで失えば取り返しがつかない額ということはわかった。

 

南雲の支配は、純粋に南雲に従っている者よりも、弱みを握られた挙句、ポイントを押収され反抗できなくなっている者の方が多い。

そのポイントがなくなってしまえば、従う理由もなくなり、逆に責める理由ができる。

他クラス総出のクーデターが起きても不思議ではない。

 

南雲の強気な姿勢は自身が安全圏にいることに由来していると分析している。

こちらにも打つ手があることを示したことで、少しは大人しくなってくれるといいのだが……。

このルールを提出した際は実験と牽制とちょっとした遊び心のつもりだったが、月城の存在がわかった以上、来年度南雲の相手もしている暇はない。

 

「この話はここまでだ。昨日遅れた分も卒業式関連の仕事は溜まっている。盛大に送りだしたいからな、しっかり働いてもらうぜ、綾小路」

 

「確かに卒業式の準備はしたいですね」

 

そもそも卒業式が通常どんなことをする式か知らないが、そういったものを体験できる分には歓迎したい。

その後は内装や演台花など必要なものの発注確認や進行の話など事務作業を中心に準備を進めていく。

 

「各々特別試験の対策も必要な時期だ。南雲、今日はこの辺りで切り上げないか」

 

「必死だな桐山。勝てない戦いに時間を割く方が勿体ないと思うぜ」

 

「それを決めるのはお前じゃないが、油断してくれるなら結構だ」

 

Aクラスへ返り咲きたい桐山だが、堀北妹よろしく、学の卒業へ向けて一つでも結果を出したいという気持ちもあるのかもしれない。

 

「ま、準備はこの調子なら問題なさそうだしな。今日は解散にしてやるよ。桐山が試験で楽しませてくれるってんならちょっとは期待しとくぜ」

 

見た目は真面目な感じになった南雲だが、本人の主張通り中身は全く変わらなさそうだ。

 

「ね、綾小路くん!この後、時間あるかな?よければ――」

 

「悪いな一之瀬。これから人と会う約束がある」

 

「あ、そうなんだ。……忙しいときにゴメンね」

 

俯く一之瀬を背に生徒会室を出る。

 

待ち合わせ相手にこれから向かう旨を連絡すると、ケヤキモールのカフェで待っていると返事が来た。

 

これから会う相手と話す内容は非常に重要な話。

本番に間に合わせるためには今日接触しなければならない。

 

「あ、こっちです、王子!」

 

待ち合わせの相手、諸藤リカがカフェの奥の席で手を振っている。

周りに人もいない、密談をするには適した場所を押さえてくれたようだ。

 

「待たせたな」

 

「いえ、お気になさらず。大事な話ですから」

 

そうしてオレたちは今後の話を始めた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

理想と現実

「帆波ちゃん、お昼一緒に食べよー」

 

「うん、もちろんだよ」

 

昼休み。

千尋ちゃんたちがお弁当を持って席の近くまで来てくれる。いつもと変わらない平穏なひと時。

 

学年最後の特別試験が発表されてからあっという間に2日が経った。

対戦相手がDクラスに決まって、種目決めも対策も順調に進んでいる。

 

クラスのみんなも試験にしっかり向き合いつつ、和気あいあいと学校生活を楽しむことも忘れない、入学当初から目指していた理想の状態。

 

間違いなく順調に進んでいるはずなのに――ここ最近、私の心はざわついている。

 

「なんでなんだろ……」

 

思わずつぶやきが漏れてしまったけど、幸い周りの友人たちには聞こえなかったようだ。

あー、ダメダメ!クラスのリーダーがこんなんじゃ、みんなが不安になっちゃう。

Aクラス昇格のかかった大事な試験、私のことは置いておいて、みんなのためにも頑張るんだ。

 

よしっと気合を入れ直すと今度は聞こえてしまったようで「帆波ちゃん気合入ってるねー」とからかわれてしまった。

 

みんなの笑顔を守れて結束もより強くなったのだから、この前の試験のことは後悔していない。

そのはずなのに――。

 

「大変だ、一之瀬!」

 

教室の入り口から顔を出したのは渡辺くん。クラス中の注目が集まる。

 

「どうしたの、渡辺くん?」

 

「Dクラスのヤツ等が揉め事を起こしてるっぽくって、一触即発っていうか、とにかく雰囲気がヤバいんだよ。もしかしたら生徒会の仲裁が必要かもしれない」

 

「それは穏やかじゃないね……ちょっと様子を見て来るね」

 

心配そうにこちらを見つめる千尋ちゃんたちを「大丈夫だよ」となだめ、渡辺くんの後に続いて廊下へ出る。

廊下にはDクラスの教室を覗くように人だかりができていた。

 

「龍園くん、それではクラスが崩壊してしまいます。どうか再考をお願いします」

 

「何度頼まれようと無駄だ。お前の策に協力はしないし、ここからは俺が仕切らせてもらう」

 

Dクラスの教室では、龍園くんと椎名さんが言い争っているみたいで、直前に突き飛ばされたのか、椎名さんは崩れるように床に座っていた。

龍園くんの周りにはアルベルトくんをはじめ、石崎くんたちが控えている。

 

「私の策ではご不満でしたか。それなら改善点を教えてくだされば手を取り合うこともできるはずです」

 

「ぬるいことを抜かすなよ。今回の試験はこの手でBクラスのヤツ等を潰す絶好の機会だ。アイツらには散々煮え湯を飲まされた、譲るつもりはない」

 

「その龍園くんの方針がここまでクラスを苦しめてきました。私たちは変わる時なんです」

 

どうやら今度の特別試験の方針で揉めてるみたい。

たしかに渡辺くんの言う通り、危ない空気がピリピリと漂っているけど試験が絡んだ内輪揉めであれば、部外者が簡単に口出しはできない。

 

「ハッ、話になんねえな。おい、アルベルト」

 

「OK Boss」

 

龍園くんの指示に従ってアルベルトくんが椎名さんに向かっていく。

もし、ここでこれ以上の暴力が振るわれれば、私が証人となって生徒会の審議にかけてアルベルトくんと龍園くんを停学処分にできて、今度の試験では私たちのクラスが有利になる。

でも、その場合は椎名さんが無事では済まない。どうするかなんて考えるまでもないことだ。試験なんて関係ない、暴力沙汰になる前に止め――。

 

「いい加減にしろよ、龍園っ!!」

 

「おいおい時任、雑魚はお呼びじゃねーぜ、どけよ」

 

仲裁に踏み込もうとしたとき、Dクラスの時任くんが龍園くんたちと椎名さんの間に割って入る。

 

「椎名の言う通りだ。結束の強いBクラス相手に、俺たちがバラバラじゃ勝てるはずないだろ。大人しく椎名の策に従え」

 

「クク、クラスの輪を乱してきたお前が言えたセリフか?」

 

「俺はお前のやり方が間違っていると判断しただけだ。お前と違い椎名は信用できる」

 

「ったくめでたい頭してやがる。他に文句のあるやつはいるか?まとめて黙らせてやるよ」

 

教室に響き渡る声で挑発する龍園くん。

それに合わせて石崎くんたちは拳を鳴らしながらクラスメイトたちを睨みつけ始めた。

 

「そこまでだよ!」

 

今度こそ教室に踏み込み仲裁に入る。

 

「ハッ、誰かと思えば一之瀬か。底辺クラスが相手でも敵情視察とはご苦労なこった」

 

「これは試験とは別の話だよ、龍園くん。暴力行為は生徒会として見過ごせない。これ以上続けるようなら学校に報告させてもらうよ」

 

「番外戦術とはご立派ご立派。言いがかりでうちの主力を潰しに来るとは見上げたもんだぜ。Bクラスは正々堂々と試験で勝つ自信がないのか?それなら仕方ねえな」

 

龍園くんの言葉に同調するように石崎くんたちが笑い声をあげる。

こういうところの統率力は私たちのクラスも顔負けだね――もちろん嫌味だけど。

 

「煽っても無駄だよ。その手の龍園くんの戦術にはこっちも飽き飽きしてるんだから」

 

「そうかよ。ま、精々今度の試験では新しい戦術をお見せできるように頑張るさ」

 

ニヤリと笑ってこちらを一瞥した表情は、獲物を狩るような目をしていて決して死んではいない。

しばらく大人しくしていたと思ったら、虎視眈々と機会を伺っていただけってことだね。

 

「つまらん横やりが入ったが、俺は俺のやり方でやらせてもらう。従わない奴らは覚悟があるってことだ、こっちが相応の処置をとっても文句ねえな。行くぞ」

 

「へいっ」

 

教室を出ようとする龍園くんに続いていく石崎くんたち。

 

「龍園氏、すみませんが今回は椎名氏側に付かせてもらいます」

 

「そうかよ、裏切り者に興味はねえ、勝手にしろ」

 

龍園くんには半数ぐらいがついて行ったみたいだけど、金田くんや時任くんをはじめクラスに残った生徒もそれなりにいる。

 

「椎名氏、お怪我はないですか?」

 

「はい、大丈夫です」

 

「こうなってしまったからには我々は我々で試験の準備を進めましょう」

 

「……仕方ありませんね」

 

「一之瀬氏も危ない所を助けていただき、ありがとうございます」

 

「ううん、当然のことをしただけだよ」

 

素直にお礼を述べてくる金田くん。だけど無人島試験では龍園くんの送ってきたスパイだったこともあって、この流れも色々と疑ってしまう。

でもこれはあくまでDクラスの問題。これ以上干渉するのは違う気がする。

 

「一之瀬スポンサーにはお見苦しい所をお見せしてしまいました」

 

「椎名さんも大変だと思うけど、また危ない目に合いそうになったら相談してね。試験とは関係なく生徒会として助けるから」

 

「ええ。ありがとうございます。願わくはそんな事態にならないことを祈るばかりですが……」

 

「それはホントにその通りだね」

 

ふぅとため息をつく椎名さん。

このクラスをまとめる彼女の気苦労は計り知れない。

 

ただ、今回の試験に限って言えばこのことで一番困るのは司令塔の諸藤さんだろう。

今後どうなるかはわからないけど、龍園くんと椎名さんそれぞれが用意した戦略の最終判断は彼女が行うことになる。

どちらを選んでも角は立つし、それで負けようものなら……。

ううん、相手の心配をしている場合じゃない。もし、その時が来ても心を鬼にしなくては。少なくとも龍園くんは私のそんな弱さに付け込んでくる。

 

「それじゃ長居しても悪いし、私はこれで」

 

「はい、ありがとうございました」

 

椎名さんに見送られ教室を出る。

教室内でのトラブルが解消したことで廊下の人だかりはなくなっていた。

その代わりにいつの間にか駆けつけてくれたBクラスの仲間に囲まれる。

 

「ヤバかったな、龍園たち」

「大丈夫だったか一之瀬」

「あんなとこに飛び込むなんて帆波ちゃん勇ましすぎだよ」

 

「うん、私は大丈夫。みんなありがとね」

 

Bクラスに戻る前にもう一度Dクラスの様子を観察する。

ちょっとした気がかり――教室内で肝心の諸藤さんの姿を見つけることはできなかった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「――って感じで、卒業生代表の挨拶はよろしくお願いしますよ、堀北先輩」

 

「ああ」

 

「ま、無事にAクラスで卒業できたらの話っすけどねー」

 

放課後の生徒会室。

卒業式の準備も進んでいて、今日は3年生代表との打ち合わせがあり、久しぶりに堀北先輩と橘先輩がやってきていた。

 

「それにしても南雲くんもやっと改心したんですね。堀北君をリスペクトしてるのが伝わってきて嬉しいですよ」

 

「あ、え、いやこれは……」

 

黒髪できっちりスタイルの南雲先輩を見て、うるうると瞳を濡らし喜ぶ橘先輩を前に、さすがの南雲先輩も否定しづらい様子。

 

「綾小路くん然り、手のかかる後輩ほど成長した時の喜びはひとしおですね、堀北君」

 

「そうだな、橘」

 

恐らく全てを理解しているであろう堀北先輩も否定することなく橘先輩に同意する。

そんな様子をみて、厳格なイメージが強かった堀北先輩だけど、こんな優しい目もできるんだなと改めて実感した。

 

3年間共に歩んできたからこそ生まれる2人だけの独特の雰囲気。

堀北(妹)さんが見たら発狂しそうだな、なんて馬鹿なことを想像して――本音を誤魔化す。

 

「それじゃ、オレはこの辺で失礼します」

 

「えっと、綾小路くん。その今日はこれから時間があったり……」

 

「悪いな。今日も人と会う約束がある」

 

「……そっか。ま、またね」

 

私たちもいつかあの2人みたいに……なんて思ってた時期もあったんだけど、もう無理なのかもしれない。

 

元々綾小路くんの感情は読み取りにくい。

それでも一緒に過ごす中でなんとなくこうなのかな?って思えることが増えていった。

それが何だか嬉しくって、意外な一面に気づけた時は胸が躍って、少しずつだけど心を開いてくれてるのかな?なんて喜んだり。

思い上がりだとは思うけど、私が誰よりも綾小路くんのこと知ってるんじゃないかなとか……。

 

 

でも、最近それがなくなった。

何を考えてるのか、本当にわからない。読み取れない。

完全に心の扉を閉めて鍵までかけられてしまった、そんな感覚。

ノックをすれば返事はくる。でも、それは扉越しからで、常に私たちの間には壁がある。

 

きっかけは、多分だけど、この前のクラス内投票のやりとり……なんだと思う。

 

『――お主には大きな選択を迫られる時が3回来るじゃろう。もしも、その全てで正解の選択をしたとき、お主の悲願は達成される』

 

夏に橘先輩と一緒に占ってもらった内容を思い出す。

もしも、もしもだけど、この前のやりとりが大きな選択のうちの1つだったとしたら、私は選択を間違ってしまった、ということなのかもしれない。

 

『その時は精一杯あがきなされ。さすれば、ワシも、そして意中の彼も全く予想できなかった未来にたどり着くことができる……かもしれぬ』  

 

間違っちゃったときのアドバイス、もっと詳細を聞いておくんだった。

精一杯あがくって何をどうすればいいの……。

こうなったら生徒会の権限でまたあの占い師さんをケヤキモールに呼んで、占ってもらうしか――。

 

「……のせさん。おーい、一之瀬さーんっ」

 

「わわっ、橘先輩いつの間に!?」

 

「さっきからずっといましたよ?」

 

「え!?あはは、気配の消し方が忍者レベルですねー」

 

目の前にいた橘先輩に全然気づかなかった。何だか動揺してわけのわからないことを口にしちゃったと少し恥ずかしくなる。

 

ただ見渡してみればもう生徒会室に残っているのは私と橘先輩だけだった。

 

「なんだか元気がないように見えたんですが、大丈夫ですか?」

 

「えっと、あははは……元気ですよ。そんな風に見えちゃってました?心配おかけしてしまってすみません」

 

精一杯の笑顔を作る。

3年生は卒業前で最後の特別試験の真っ最中。

変なことで心配や迷惑をかけるわけにはいかない。

 

「それならいいんですが……」

 

じっと私を見つめる橘先輩。

 

「ええ。私は大丈夫です!」

 

「そうですか。でしたら、久しぶりですし少し話しませんか?」

 

「はい。もちろんです」

 

そう答えると柔らかな微笑みを返してくれた。

 

「いま1年生も特別試験期間だと思いますが、一之瀬さんのクラスの調子はどうですか?」

 

「今回の試験は私たちのクラスの強みが活かせそうなのでみんな張り切ってますよ」

 

「それは何よりですね。私たち3年生も試験中なのですが、最終学年の終盤というだけあって油断ならない状況が続いています。特に対抗馬である3年Bクラスは、どうも南雲君が介入しているみたいで、これまでとは違った戦術で攻撃を仕掛けてきます」

 

「南雲先輩にも困ったものですね」

 

「でも少しだけ堀北君は楽しそうにしてるんです」

 

「えっと……南雲先輩みたいにバトルジャンキーになっちゃったってことですか?」

 

「あ、違います、違います。南雲君との勝負はこれまで通りそこまで眼中にないと思うんです」

 

「んん?」

 

「……恥ずかしながら、私含めてこれまでは堀北君に頼りっきりだったというか、堀北君の邪魔にならないようにしようっていう気持ちが強かったんです」

 

「それだけの実力を堀北先輩はお持ちですから」

 

「でもそれは堀北君の守る対象が多くなるだけで、結果的に足を引っ張っていました」

クラスメイトを守りたいという気持ちはすごくわかる。私はダメダメだからみんなに助けてもらっちゃうけど、堀北先輩ならなまじ一人でできてしまうだけに、その負担は計り知れない。

 

「……今は違うってことなんですか」

 

「はい。きっかけは混合合宿でした。堀北君の負担にならないように黙って相談しなかった結果、非情に危ない状況に追い詰められてしまいました」

 

後から綾小路くんに聞いた話を思い出す。

南雲先輩の策で、橘先輩や桐山先輩が一歩間違えれば退学になっていたかもしれない試験。

 

「今思うと、私は堀北君を補佐するものとして弱音をはいちゃいけない、みたいな変な意地もあったんだと思います。でも、いくら悩んでも自分自身ではどうしようもできないことだから、人は悩むんだということに気づかされました。だから今は思ったこと、困ったことがあれば、抱え込まずに堀北君やクラスメイトに相談するようにしています」

 

「なるほど……?」

 

「ふふ、そうですよね。これって自分ではよくわからないんだと思います」

 

橘先輩は、何かを確かめるように私の顔を覗き込む。

 

「そうしたら不思議なことに、本当の意味でみんなで困難に立ち向かえるようになりました」

 

「そっか、だから堀北先輩、少し楽しそうなんですね」

 

「だと思います」

 

謙遜してるけど誰よりも堀北先輩を支え続けてきた橘先輩が言うなら間違いない。

 

「そのきっかけになった合宿でピンチだったとき、私の変化に気づいて最初に声を掛けてくれたのは綾小路くんでした」

 

綾小路くんの名前が出ると、胸がズキッと痛む。

 

「最初は後輩にも迷惑をかけるわけにはいかないってはぐらかそうとしたんですが、根負けしてしました。……いえ、正確には、本当は誰かに助けを求めたかったんだと思います。そしてそんな素直じゃない私を助けたいって言ってくれる、これまた素直じゃない……でも頼りになる後輩がきてくれました」

 

思えば私がパンクしそうなときも、誰よりも先に気が付いて、助けてくれていたのは綾小路くんだった。そっか、今はその綾小路くんがいないから、こんなになっちゃってるのか……。

 

「何が言いたいかっていうとですね、あなたを助けたいっていう人がいるときぐらい、素直に頼ってもいいんじゃないかって思うんです」

 

優しくニコッと笑う橘先輩。

 

「ど、どうして……私、そんなこと一言も……」

 

「私には難しことはわかりません。でもあの時の私も、きっと今の一之瀬さんみたいな顔をしていたんだろうなって思ったんです」

 

自然と涙が零れだして止まらなくなる。

 

「ゆっくりでいいんですよ。何かに悩んでいるならいくらでも相談に乗りますから」

 

私の背中をさすりながら発する温かい声が心に響いていく。ああ、私、気づかないうちにまた溜め込んじゃってたんだ。

 

どのくらい時間が経ったんだろう。言葉通り、私が落ち着くまで黙って待っていてくれた橘先輩。

 

「……私、橘先輩と堀北先輩の関係性が羨ましくって。お互いを尊重して支え合っているというか、相思相愛というか……」

 

「あわわわっ、相思相愛かどうかはおいておきますが、そんな風に思ってもらえてる、とは嬉しい、です」

 

最後の方は歯切れ悪くなり顔を赤くする橘先輩。

さっきまでの頼れる優しい先輩の雰囲気がちょっと崩れて可愛いらしい一面を覗かせる。

 

「……実は、最近綾小路くんと上手くいってなくて――」

 

そうして先日の試験前のやりとりやそれ以降綾小路くんに距離を置かれているような気がすることなどを話した。

 

「誰も欠けることなく笑顔で過ごすクラスメイトたちを見て満足してるはずなのに、あの決断は間違ってないはずなのに、綾小路くんから避けられる度にどこか後悔しているように感じちゃう自分が嫌で許せなくて……」

 

上手く伝えられたかはわからないけど、思っていることを全て吐き出すことができたと思う。

普段仲の良い友達にだってここまで吐露することはなかったから、なんだか不思議な気分だった。

 

「私、嫌われちゃったんでしょうか……」

 

「一之瀬さんは本当に真面目過ぎです。不安な気持ちはあると思いますが、重く捉えすぎてもいけませんよ」

 

「頭では分かってるんですが、なんというかこう割り切るのは難しいですね」

 

「そこが一之瀬さんの良いところでもあるのであくまでマイナスに捉えないってことだけを意識してみるといいかもしれません。それにしても綾小路くんの態度は……いえ、ここで断言するのはあまりに早計ですね。となれば、やはり無理にでも本人をとっ捕まえるしかないと思うんです」

 

「ええっ!?」

 

思った以上にストレートな解決策を提示してくる橘先輩。

 

「まずは本当に誰かと会っているのかを確認したいところですね。勇気がいるかとは思いますが、明日も誘ってみてください」

 

「……もし断られたら?」

 

「こっそり後をつけ真偽を確かめましょう。安心してください、私も一緒に行きますから。こう見えて尾行は得意なんですよ」

 

「でもそんなことしたら綾小路くんに悪いというか……」

 

「いいんですよ。一之瀬さんを泣かせる悪い男のことなんか気遣う必要はありませんっ!」

 

さっきまで頼りになる後輩って言ってたのに!?

でも、その無茶苦茶さや自信満々に言い切る姿勢になんだか救われる気がした。

 

「確かにくよくよしてても始まりませんよね。その作戦でよろしくお願いします」

 

「はいっ!それに話を聞く限り一之瀬さんは全然悪くありません。私が保証します」

 

その後、少しだけ軽くなった足取りで橘先輩と学生寮へ帰ることができた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

翌日の放課後。生徒会室。

 

「綾小路、これが当日の曲リストだ。BGM生演奏の大役を任せてやるんだ。卒業式までにしっかり練習しとけよ」

 

「わかりました」

 

南雲先輩から資料を受け取る綾小路くん。

卒業式中は綾小路くんがピアノを演奏するようで、きっと上級生も心打たれる素敵な式になりそうだ。

 

……綾小路くんのピアノの演奏というと誕生日サプライズを思い出す。

あの時から助けてもらってばっかりで、あの頃はただただ一緒に居るだけで楽しかった。

 

「それじゃオレはこの辺で」

 

「あのっ!綾小路くん、今日こそ一緒に帰らない?」

 

「……悪いが、今日も先約がある」

 

「用事が終わった後でもいいし、私いくらでも待つよ?」

 

「いつ終わるかわからないからな、待たせるのは忍びない」

 

そう言い残し綾小路くんは生徒会室を出ていく。

 

「帆波!俺は今日空いて――」

 

「じゃ、私も帰りますね。お疲れ様でした」

 

「……おう、気を付けてな」

 

怪しまれないよう綾小路くんとは反対側へ向かい、橘先輩にチャットを送る。

 

『やっぱり駄目でした』

 

『大丈夫、想定内です。いまホシは玄関へ向かっています。外へ出たところで合流しましょう』

 

『了解です』

 

どこからか綾小路くんをマークしている様子の橘先輩。本当に尾行慣れしていそうだ。

 

急いで玄関へ向かって橘先輩を探す。

 

『後方100m茂みの中』

 

先輩の姿が見えずに焦りを感じたところでそんなチャットが届いた。

 

「こんなところに潜んでいらっしゃったんですね」

 

茂みの中に屈んで身を隠す橘先輩を見つける。

なぜかサングラスをかけ、トレンチコートを身にまとっている。

 

「相手は綾小路くんですから、迂闊に近づけば気づかれます」

 

「なるほど」

 

格好はともかく、距離をとる理由はこれ以上ない説得力だった。

 

「でもここから尾行は難しいんじゃないですか?」

 

「そこでまずはこれをどうぞ」

 

そう言って手渡されたのは双眼鏡。

……橘先輩はさっきまでサングラス越しにこれを使っていたのだろうか。

 

「ホシは10時の方向、体育館へ続く道を移動中です。覗いてみてください」

 

「あ、見つけました。って、あれは……朝比奈先輩!?」

 

双眼鏡で覗いた先にいた綾小路くんは朝比奈先輩と何やら話し込んでいた。

約束の相手は朝比奈先輩だったってこと?油断した、同学年ばっかりライバル視してたけど、朝比奈先輩とは茶道部経由で仲良しなんだ……。

綾小路くんは落ち着いてるし、同年代よりも年上が好みだったってこと?

 

「うーん、2人で何を話してるんだろ」

 

気になるあまり思わず声に出してしまう。

 

「ふふふ、一之瀬さん。そんな時はこのガジェットの出番ですね」

 

そんな私の独り言に反応して橘先輩がコートの中から取り出し手渡してくれたのは、イヤホンと……課外授業で先生が持ってそうなメガホンのようなもの。

 

「これは超高性能の指向性集音マイクです。ターゲットへ向けてトリガーを引けば、その間、音を拾ってくれます。100m先ぐらい楽勝の優れモノですよ」

 

普段橘先輩はこれで一体何を?というのは野暮なツッコミかもしれない。

この学校で戦うためには情報戦も重要だよね。

 

深く考えることは止め、今ここに便利な道具があることに感謝をして早速使用してみる。

さっそく片耳につけたイヤホンから雑音に紛れ、2人の会話が聞こえてきた。

 

『朝比奈先輩、黒髪似合ってますね。普段のギャップというか清楚な印象を受けます』

 

『そう?清隆ってお世辞が上手いんだから。私としてはトレンドマークのヒマワリ外さなきゃで落ち着かないんだよねー』

 

き・よ・た・か!!?

 

「これはホシの確保まで秒読みでしょうか」

 

同じく片耳にイヤホンをつけた橘先輩がそんなことを呟く。

 

「あ、でも、朝比奈さんって、仲の良い人は名前で呼びですね。南雲君は雅ですし、一之瀬さんは帆波ですし」

 

橘先輩の言う通り、ただギャルのコミュ力が高いだけの可能性もある。

でもよくよく考えたら朝比奈先輩はなぜか綾小路くんのファンクラブ会員なんだよね。

南雲先輩のファンクラブには入ってないのに……いや、比較対象が南雲先輩じゃ判断材料にはならないかも。

 

『もーさ、こんなルール誰が決めたんだよって感じ。雅に聞いても答えてくれないから、清隆なら教えてくれるかもって思ったんだけど』

 

『残念ながら、オレも副会長ではありますが、南雲会長のもとでは下っ端扱いなのでよく知らないんです』

 

『あー、雅が上じゃしょうがないね。ご愁傷様』

 

『朝比奈先輩がもっと後輩は大事にしろって説得してくださってもいいんですよ』

 

『無理無理。雅に意見できるなんて、溝脇&殿河コンビぐらいじゃないかな』

 

「あの2人のことは苗字呼びなのが切ないですね」

 

橘先輩がそんなことを呟いているけど、あまり頭に入ってこなかった。

何だか楽しそうに話している様子の2人が気になって仕方がない。

 

『ま、知らないなら仕方ないか。できれば次にこんなルールを見つけたら学校に抗議してくれると嬉しいかな』

 

『約束はできませんが、覚えておきます』

 

『うん、それじゃ呼び止めちゃってごめんね』

 

『いえ、まだ時間に余裕はありましたので』

 

そんなやり取りをして去っていく朝比奈先輩。

どうやら偶然綾小路くんを見かけて声を掛けただけだったみたい。

深呼吸をして心を整える。

 

「あ、綾小路くんが体育館裏の方へ曲がりました。追いますよ、一之瀬さん!」

 

「え、あ、はい」

 

慌てて橘先輩の後に続く。

体育館裏――奇しくも以前、私が綾小路くんに恋人のフリをお願いした場所。

 

まさか、ね?

 

体育館裏のお約束イベントと言えば……が頭を過ぎったので撃ち落としておく。

 

「誰かを待ってるみたいですね、あっちの建物の影から観察しましょうか。あそこなら音もよく聞こえると思いますし」

 

馴れた動きで潜伏ポジションを見つけ出す橘先輩。

もうツッコむのはやめよう。

 

ひとまず『先約がある』という話は本当だったようだ。

 

「いざとなればハト(ドローン)を飛ばして証拠写真を撮影する準備もあります」

 

「橘先輩!?」

 

「あ、誰か来ましたよ」

 

橘先輩の声に、私も双眼鏡を覗く。

 

「あれは……Aクラスの六角さん?」

 

「どうやら彼女が待ち合わせの相手みたいですね」

 

姿を現したのはAクラスの六角さん。

確か綾小路くんのファンクラブにも入っていたはず。

 

少し顔を赤らめてもじもじしている様子がここからでもわかる。

――ということは、六角さんの用事を想像するのは難しくない。

 

『こんな時に呼び出しちゃってごめんね』

 

『いや、構わない』

 

『綾小路くんは優しいんだね』

 

『このくらい当然だ。それで要件を聞いてもいいか?』

 

『えっと、あー、思ったより勇気がいるなぁ。……あのね、もうすぐホワイトデーだよね』

 

『そうだな。今週の日曜日だったか』

 

『もしかしたら、ホワイトデーに綾小路くんが誰かと付き合っちゃうかもって思ったら居ても立っても居られなくなっちゃって……』

 

『というと?』

 

『だから……私、綾小路くんのことが好きです。よければお付き合いしてください』

 

頭を下げ手を差し出す六角さん。

どんな状況だとしても人の告白を盗み見るのはよくない。

双眼鏡から目を離す。

 

「ど、どうしましょう、橘先輩。人の告白を盗み見するのは――」

 

「わわわわー、大変ことになってきましたー、わわわわー」

 

隣で私以上に動揺している橘先輩。

そんな姿を見ていると少し私も冷静になれた。

綾小路くんの返事は気になるけど、今はこの場を離れるのが人として正しい判断だ。

 

『悪いが六角とは付き合えない』

 

橘先輩を正気に戻して立ち去ろうとしたところで、綾小路くんの返事が聞こえてきてしまい2人で思わず顔を見合わせる。

 

『……そうなんだ。えっと、参考までに理由を聞いてもいいかな』

 

『一つ断っておくが六角が悪いんじゃないんだ。単純にクラスが違うから、という理由だな』

 

『クラスが違っても交際はできるよ?』

 

『それはそうかもしれないが、六角はAクラス。タイミングといい、今度の試験のために坂柳から送り込まれたスパイの可能性も考えられる』

 

『そんな。私、スパイなんかじゃない』

 

『六角がそんなことをする人間じゃないということはわかっている。ただ例えばだが、試験の度に好きな相手を疑わなくてはいけない交際はお互いに辛いと思わないか?最初は良くても、ちょっとした会話が相手からクラスの情報を引き出しているように感じるようになるかもしれない』

 

『それでも――』

 

『それでも、両者に信頼や愛があれば乗り越えられるかもしれない。だが、もし、何かしらクラスの情報が漏れた際に、真っ先に疑われるのは自分のパートナーだ。大事な相手を危険に晒すようなマネはオレにはできない。わかって欲しい』

 

『そっか。うん、やっぱり綾小路くんはすごいんだね、そこまで考えてくれてたなんて思わなかった。……これからもファンとしてなら一緒に居てもいい?』

 

『もちろんだ』

 

『それと、私たちAクラスだからさ、綾小路くんの実力なら移籍とか引き抜きで一緒のクラスになる可能性もあると思うんだ。そしたら、もう一度今の話考えてくれたりする?』

 

『その時は、再考することを約束する』

 

『ありがとう!!今はその答えを聞けただけで十分だよ。今度の試験では敵同士だけど、私、綾小路くんのことはこっそり応援してるからっ!』

 

身体のあちこちから力が抜けてその場にへたり込む。

 

「一之瀬さん?」

 

遠くで私を呼ぶ橘先輩の声が聞こえたような気がしたけど、反応することができない。

 

私の頭の中はある思考がぐるぐる回り、パンク寸前だった。

 

え?今の話ってつまり……同じクラスでなければ交際するつもりはない=同じクラスなら交際できる=同じクラスになりたいんだ=オレと付き合ってくれってことなんじゃないかな。

えっと、えええ?あれれ、じゃあもしかして、あの時のあれは……。

 

一気に頭が熱くなり湯気が出てもおかしくないような火照り具合。

 

あの時、綾小路くんらしくないって感じたのは、つまり綾小路くんとしても慣れないことを言おうとしたから変になっちゃったってこと??

わ、わかりにくいよ、綾小路くん。

あ、でもそれなら私の退学は許さないって言ってた辻褄も合うかも。

そうと知ってれば私だって……。私だって?

 

今度はすっと熱が冷めていく。

 

そうと知っていたら私はなんて答えたかな。

クラスの誰かを見捨てて、綾小路くんと交際する道を選んだ?本当に?

 

……いや、それは私じゃない。

結局、相当悩んだ末に、綾小路くんには謝って、クラスメイトを救う道を選ぶ。

そのことだけは自信を持って断言できる。

 

でも、綾小路くんだってそのくらい想像できるんじゃないだろうか。

クラスメイトを切る決断ができるような私の変化に期待していた?だから裏切られた気持ちになったとか……。

いや、断られるのが前提でその後の私に何かを求めていた……?

 

真相はいくら考えてもわからない。

事実として、何も知らなかった私は彼の真意もわかろうとせず、傷つけてしまった。それだけは変わらない。

 

「一之瀬さん、そろそろ冷えてきました。せめて室内に移動しませんか?」

 

「えっ?」

 

橘先輩の声に我に返るとすっかり日が暮れている。

 

「いつの間に……」

 

「気持ちはわかります。怒涛の展開でしたから。……もう2人とも帰ってしまいましたし、これからどうしますか?」

 

「帰り道、歩きながら少し相談してもいいですか?」

 

「もちろんですよ」

 

暗くなった通学路を2人でゆっくり歩く。

 

夜空を見上げ綾小路くんの考えを知って、これから私ができることをぼんやりと思い描いてみる。

 

我ながら馬鹿げているなと思う。

でもこれしかないのだろう。

 

「橘先輩、ひとつだけ聞いてもいいですか?」

 

長い沈黙を破る一言に橘先輩は黙って頷いてくれる。

 

「もし、橘先輩が堀北先輩と違うクラスだったら、それでも今みたいに支え続けることができましたか?」

 

そうですね……と呟いた後、うーんとしばらく考えこむ。

とても意地悪な質問だという自覚はあるけど、聞かずにはいられなかった。

この答え次第で私の進む道の決心がつく、そんな淡い期待。

 

「今と変わらず支えています!私が尊敬し惚れこんだのは、Aクラスの堀北君ではなく、1人の人間としての堀北君ですから。……と、心情の面では思うのですが、実際問題、今と同じとはいかないでしょうね。堀北君は他クラス生と自クラス生との線引きはちゃんとする方です。生徒会の活動関係なら一緒に歩めると思いますが、それ以外でお側にいることは叶わない。悲しいですが、これがこの高校の学生生活の現実だと思います」

 

私が出会った中でも理想の関係を築いていた2人の別の可能性。

そんな2人ですらどうしようもない壁。前提条件が異なるため、私たちは憧れていた2人の様にはなれない。

 

「そうですか。……難しいことを聞いてしまってすみません。ありがとうございます」

 

「いえ。でも校内にはクラスが違っても交際する男女の例はそれなりにあります。綾小路くんの主張はもっともですが、だからといって――」

 

「大丈夫ですよ、橘先輩。今のお話を聞いて、私も覚悟が決まりました」

 

でもこうも考えられる。

そんな状態からでも並んで歩むことができたのなら、憧れを超えることができたことになる。

きっと綾小路くんは既知の関係性よりも見たことがない新しい関係の方に惹かれる、そんな気がする。

なら、目標はこの2人を超えていくこと。

 

「なんだかすごいすっきりしました。心の中のモヤモヤが晴れた感じがします」

 

「もう心配いらないみたいですね、顔色もとてもよくなりましたよ」

 

「ご心配おかけしました」

 

「先輩として当然のことをしただけですから。それに私も綾小路くんに関して気づいたことがあります。全く、卒業前にひとつ仕事が増えてしまいました」

 

やれやれといった口調ではあったものの、橘先輩はどこか嬉しそうにしていた。

 

「だから、一之瀬さんは一之瀬さんの信じる道を進んでください」

 

「はい」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

翌朝。学生寮。

自動販売機の裏で様子を伺っていると、少し眠たそうな綾小路くんがロビーから出てきた。

 

「おい、綾小路。ちょっとツラ貸せよ」「綾小路くん、おっはよー!!」

 

「ん、帆波?」

 

「南雲先輩もおはようございます。すみませんが、今日は私に綾小路くんを譲ってもらいます。行こう、綾小路くん」

 

キョトンとする南雲先輩を置いて、綾小路くんの手を引っ張り有無を言わさずに引っ張っていく。

 

「……一之瀬、意外と強引なところがあるんだな」

 

久々に名前を呼んでもらえた気がする。

 

「まだまだ綾小路くんの知らないことはたっくさんあるんだよ。だから、私の覚悟を一方的に伝えさせてもらうね」

 

困ったり、悩んだりした時は綾小路くんが助けてくれる。

綾小路くんさえいれば大丈夫。

そんな甘えが自分の中にあったことを痛感した。

 

気づかないうちに綾小路くんに依存し過ぎていたわけで、確かにそれなら距離を置かれても仕方がない。

むしろ、綾小路くんには先のことが見えていて、そうしてくれていた可能性もある。

 

隣に並び立ちたいなんて言っておきながら、フタを開けてみれば依存しているだけの相手に魅力は感じないだろう。

……きっとガッカリさせちゃったんだろうな。

 

「この前借りた200万ポイント、返済は少し待ってもらえるかな。具体的には1年ぐらい」

 

「あれは一之瀬に譲渡したつもりだ」

 

「ううん。そういうの良くないと思うから、利子をつけてしっかり返させてもらう。そうだね、10倍の2000万ポイントでどうかな?」

 

「闇金も真っ青な利率だな……どうしてそんなことを?」

 

「そのポイントを使って今度こそ私たちのクラスに招待したいんだ」

 

「そうか。もう必要はないとは思うが……」

 

「そうとも限らないよ。未来には色んな可能性がある、そうだよね」

 

「わかった。その時は、再考することを約束する」

 

「望むところだよ」

 

心の扉が閉じて鍵がかかっているなら、その鍵を見つけて開けてしまえばいい。

 

新しい目標と覚悟を胸に、その第一歩を踏み出す。

 

精一杯あがいてみせるよ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決闘者

金曜日を迎え、クラス選抜試験の種目提出期限まで、今日を含め残り3日となる。

とは言っても明日から学校は休みであるため、クラスメイトと十分に話し合える機会は今日が最後だろう。

 

そんな考えからか、堀北はホームルームの時間を茶柱先生から譲り受け、種目のアイディアを持ってきた生徒との個別面談を実施することにした。

 

「まずはあなたからよ、綾小路くん。私の出した課題、もちろん用意してきてくれたわよね?」

 

そんな経緯から現在生活指導室で堀北と対面しているわけだが、他クラスへの情報流出を防ぐ対策で、なかなか念入りなものだと思う反面、あまり良い思い出のある部屋ではないため、さっさと済ませて教室に戻りたいところ。

 

「約束したからな。色々考えたが、男女混合リレーなんてどうだ?」

 

「なるほど……。兄さんに負けたとは言え、体育祭での走りっぷりはどの生徒の記憶にも新しいわね」

 

「一言多くないか?」

 

「いいえ、むしろ兄さんの活躍を一言で済ませてあげたことに感謝して欲しいぐらいよ?」

 

「……話を戻すぞ」

 

このブラコンに構っていると話が進まない。不要なツッコミは控えるべきだな。

 

「男女4人が交互にバトンをつなぎ、女子が200m、男子が400m走り、先にゴールを切ったクラスの勝利。司令塔の介入は出走前ならリレーメンバーを1名任意に変更できる、でどうだ?」

 

「綾小路くんがいくら足が速くても、他の3人で差をつければ勝てるかもしれない……。確かに注文通りね、いいわ。種目の一つとして採用する」

 

「お眼鏡にかなったようで何よりだ。それじゃ、これで――」

 

「待ちなさい。どこに行くつもり?」

 

「面談は終わりだろ。クラスに戻る」

 

「何を言っているのかしら?あなたにはここで一緒に面接官をしてもらうわ」

 

「断る」

 

「そう、それならそれでいいけど、例えばこのあとの面談であなたの案より良い種目が10種類出てきたとする。そうしたら、私はそちらを優先して採用するわ。となると綾小路くんは課題を達成しなかったことになるわね」

 

「……」

 

「つまりあなたとの約束はなかったことになる。よってクラスの切り札をどの種目に配置するのも私の自由。別にこのまま帰ってもらっても構わないけど、近くで状況を見守るのとどちらが賢明な判断かはわからないわ」

 

暴論もいいところだが、堀北なら本当にやりかねない。自分の無茶苦茶さをハッタリに使うようになるとは……。

 

「わかった、面接には付き合う。ただ、役に立てるかは保証しない」

 

「それで結構よ」

 

こうして、不本意ながら堀北の隣に腰掛けて面接に付き合うこととなった。

 

堀北はオレの面接が完了したことをクラスのグループチャットに送り、程なくして2人目の提案者が部屋に入ってきた。

 

「じゃぁ外村くんが考えてきた種目を教えてもらえるかしら」

 

外村はニヤリと笑うと自信に満ちた表情で口を開く。

 

「クフフフ、拙者が提案するのは、熱き決闘者の真剣勝負……つまりデュエルでござるっ!デュエルなら誰が相手でも勝ってみせますぞ」

 

「デュエル……?」

 

言葉通りなら決闘、果たし合いという意味。直前に真剣勝負と言っていたことから考えて、刀剣での斬り合いを所望している……のか?外村が?

 

まさか、ござる口調は武家の末裔であることの伏線で、刀の扱いなら自信があると言うことか。今まで実力を隠していたと?

 

だが、刃傷沙汰になる種目を学校が許可するとは思えない。

 

「外村くん、よほど自信があるようだけど、何を使うのかしら?」

 

ところが堀北はこの話を掘り下げることにしたようだ。

うまく落とし所を見つけて可能性があれば剣道や居合いあたりに変更するつもりか?

 

「良くぞ聞いてくださった。拙者の相棒は『イシズティアラ』でござる」

 

「いしずてぃあら……?」

 

不可解な単語が飛び出す。

流派の名前か、相棒と呼んだことから愛刀の名前か……。

記憶を呼び起こしてみたが該当しそうなものは思いつかない。

ホワイトルームで膨大な知識を得たといってもまだまだ知らないことはあるな。

 

「ふざけているの?散々禁止、制限を受けて、本来の力を出せないテーマなんて事故って終わりよ」

 

「フッ、堀北殿もまだまだでごさるなぁ。ティアラは不滅、新たなギミックを取り入れ、まだまだ環境で闘えるでござるよ」

 

その『いしずてぃあら』とやらは、よほど危険なのか、禁止だの、制限だの、事故など物騒なワードが飛び交う。

 

「そこまで言うなら、私相手にその実力見せてもらいましょうか」

 

「望むところでござる」

 

危険なものと承知で堀北は手合わせを希望する。

武術を嗜む者のサガなのかもしれない。

確かに実際に見てみないことには評価しようがないが、素手で真剣と渡り合うつもりなのだろうか……。

 

「2人とも熱意があるのはいいが、こんなところで戦うのは危険じゃないか?」

 

「何を言ってるの、綾小路くん。真のデュエリストなら場所は選ばないわ」

 

「そういうものなのか。だが、見たところ外村は丸腰だが……」

 

「デュエリストにとってデッキは魂。もちろん、肌身離さず持ち歩いてござるよ」

 

そう言って外村が制服の内ポケットから取り出したのはカードの束。堀北もどこからか同様の束を取り出して、お互いにシャッフルしたかと思うと、相手のカードもシャッフルし再び自分の手元へ置く。

 

「……これは儀式か何か?」

 

「バカね綾小路くん。ティアラは儀式じゃなく融合主体のテーマよ」

 

「融合?」

 

やたら詳しい堀北。この流れに自然と対応している。オレが非常識なのだろうか……。

 

「「デュエル!」」

 

「先攻はジャンケンで勝った私がもらうわ。スタンバイ、メイン。私はギルス兄さんを通常召喚、召喚成功時の効果を発動」

 

「ほほう。堀北殿はオルフェゴール使いでござったか」

 

「そんな名前で呼ばないでちょうだい。これは妹大好き兄さんデッキよ!」

 

……なにこれ。

 

堀北と外村が何かのゲーム(?)を始め、全くついていけないまま進んでいった……いや、進んでいるのか?堀北が永遠と何らかの呪文を唱えながらカードをいじっているようにしか見えない。

 

ひとまずわかったことといえば、デュエルというのは真剣による斬り合いの試合ではない、ということだけ。

 

オレはそっと窓の外を眺めて時間が経つのを待つことにした。

 

 

「やるわね、外村くん。確かにこれなら並のデュエリストには負けないわ」

 

「堀北殿もなかなかでござった。サイドにロンギヌスを入れてなかったら勝負はわからなかったでござろう」

 

いつのまにか決着がついたようで、握手を交わすデュエリストの2人。

 

「結局何をやってたんだ?」

 

「遊戯●よ」「遊●王でござる」

 

「●戯王?」

 

「知らないの?綾小路くん」

 

「かなりの田舎出身でな」

 

「そうでござったか、では拙者が指南……」

 

「外村?」

 

言葉を詰まらせ、表情が曇り、額から汗を流しだす外村。

 

「指南したいところでござるが、すまぬでござる、綾小路殿に下手に知識を吹き込むと拙者の身に危険が及ぶというか……バレたら天使が悪魔に変わるというか……と、とにかく、拙者の提案は以上でござる。デュエルでのマッチ戦。サイドあり。ルールは公式のものに基づき、司令塔は一度だけ自クラスのプレイヤーの手札を任意の枚数選んで山札に戻し、戻した分ドローできる。ってことでお願い申す。ガッチャ!」

 

早口に言い切って、決めポーズらしきものしながら退出していく外村。

結局最初から最後までサッパリわからなかった。

 

「良いデュエルだったわ。早速2種目も決まるなんて幸先がいいわね」

 

「そうか……」

 

デュエルの認知度がどの程度か見当もつかないが、きっと葛城や坂柳もオレと同じ側だ。そうであればこの種目を見ても対策が取りにくいし、詳しい堀北には及ばないだろう。

まぁそもそも学校から種目として承認が降りるか怪しいところだが……。

 

3組目は愛里と波瑠加がやってきた。

2人とも積極的にクラスに貢献するタイプではないため少し意外ではある。

 

「えっと、カラオケの点数勝負なんてどうかなって思うんだけど……」

 

「なるほど、2人の歌の実力はオレも保証する」

 

「ありがと、きよぽん」

 

元々上手だった2人ではあったが、綾小路グループでのバンド活動で鍛えた結果、カラオケでは安定して高得点を出せるようになっていた。

 

「アイディアは良いと思うわ。でも、Aクラスに歌上手がいないとも限らない。確実に100点をとれるというわけでもないんでしょ?」

 

「当然その部分は対策を考えてあるから」

 

「というと?」

 

「勝負方法をデュエットにするって作戦はどう?私は愛里と歌うことに慣れてるから、それでも高得点を出せる。でもAクラスは歌が上手い人が何人かいたとしてもデュエット慣れはしてないんじゃないかなって」

 

「……確かにそれなら勝率は上がりそうね」

 

波瑠加の提案に、一考の余地を見出した様子の堀北。

 

「ルールは、各ペア2曲ずつ歌って合計点で競う形にして、司令塔は1回だけ結果を無効にして選曲しなおせるって感じでどうかな?」

 

「そうね、考えさせてもらうわ」

 

サッとメモを取り、話を終わらせる堀北。……デュエルの時と熱量が違い過ぎないか?

 

「清隆くんも大変だと思うけど、頑張ってね」

 

「ああ。ありがとう」

 

遠慮がちに笑顔を作って気遣いの言葉をかけてくれる愛里。

オレが堀北の罠に嵌められたことを察してくれたようだ。

 

4組目は櫛田が登場した。

てっきり堀北には手を貸さないスタンスだと思っていたのだが……。

まさか自分が提案した種目でわざと敗北し、堀北を退学へ陥れる作戦じゃないだろうな。

 

そんな疑いをかけて櫛田を見ていると、なぜかじっと見つめ返してきた。

 

「それで櫛田さんは何を考えて来てくれたの?」

 

「私ね、人とお話しするのが好きじゃない?だから、早口言葉とか自信があるんだ」

 

「そう。どのくらいできるか、実演をお願いできるかしら?」

 

「もちろんだよ。じゃあ始めるね」

 

深呼吸して櫛田が早口言葉をはじめる。

 

「青巻紙、赤巻紙、黄巻紙、黄巻紙、赤巻紙、青巻紙……」

 

なるほど、なかなか流暢にしゃべっている。

正確さ、速さにおいて申し分なさそうだ。これなら良い種目になるかもしれない。

堀北も感心したように櫛田を見ている。

 

「青退学、赤退学、黄退学、黄退学、赤退学、青退学」

 

ん?……いや、言い辛い単語ではあるか?

 

「東退学、西退学、南退学、北退学、ほり北退学、あっ噛んじゃった、じゃあ種目にするのは無理だね、やっぱり辞退するよ」

 

言うだけ言ってすっきりした笑顔で立ち去って行った櫛田。

 

「……次にいきましょう」

 

「それがいい」

 

オレの想像した嫌がらせと比べれば可愛いいたずらレベルだったと言えるか。

だが、あのまま真面目にしていれば種目としても悪くはなかったかもしれないだけに残念さが増す。

 

そんな櫛田の後に池が登場したことで、3組目までの順調な流れが完全に終わってしまったと、オレも堀北も感じずにはいられなかった。

 

「池くん、念のために最初に確認させてもらうけど、ジャンケンとかクジとか運に頼るものは今回募集していないわ。あなたが確実に勝てる自信のある種目を提案してくれるのよね?」

 

「当たり前だろ、俺だって真剣に考えてきたんだ」

 

「そう、余計な心配だったみたいね。早速聞かせてもらえるかしら」

 

いつになく真面目な表情で池が返答し、堀北も意識を変えたようだ。

 

「テントの組み立ての速さと正確さで競うってのはどうだ。俺のキャンプ経験を活かせるし、無人島の時にみんな一度は触れてるはずだから学校もOKしやすいんじゃないかって思ってさ」

 

「理屈はわかったけれど、競技として認められるかしら……」

 

「そこも調べてあるぜ。山岳部とかの大会では、山登るだけじゃなくって制限時間内にテントをしっかり張れるかってのも審査されるらしいんだ。そのルールをうまく取り込めば行けると思うんだよ」

 

「なるほど……。あとは勝率の問題ね。池君自身が言ったように、無人島ではAクラスもテントを利用していたはず。その時の感覚を思い出しながら練習したらあなたが思うほどこちらに優位性はないかもしれないわ」

 

「それは……。でもよ、俺、どうしても戦いたいんだよ」

 

「気概は買うけど、それだけじゃリスクを負うメリットにはならないわ」

 

無人島では熱でダウンしほぼBクラスのテントで寝ていただけに、堀北は池のキャンプスキルやあの時のAクラスの状況を詳しく把握していない。少しだけ助け船を出すか。

 

「ひとつだけ事実を伝えるが、あの無人島ではAクラスは洞窟を利用していた関係でテントはたいして使用していなかった」

 

「まるで見てきたかの様に語るわね。洞窟の入り口は暗幕が張ってあったって聞いたのだけど」

 

「ま、信じるかどうかは堀北次第だ。ついでに言うと、Bクラス含め、オレたちの中じゃ池が一番テントを張るのは上手かった」

 

「綾小路……」

 

あの時はチャーナビで無人島を回っていたため、オレもしっかりとその姿を見たわけではないが、頼りになったという話はそれなりに聞いた。

 

「わかったわ。あなたがそこまで言うのであれば、少なくとも現状ではAクラスに勝ちうる種目として認識しておく」

 

「ありがとよ」

 

「でも種目として採用するかは他とのバランス次第よ。それと……ひとつ聞かせてくれるかしら?」

 

「お、おう」

 

急に鋭く改めた堀北の態度。

恐らくだが、池に種目を託しても大丈夫かの値踏みだろう。

堀北からしてみれば退学のかかった戦い。この面談は種目だけでなく背中を預ける相手を見極める意味合いもあるのだろう。

 

「正直、池君がこの場に来て提案をしてくれるとは思ってなかったの。加えて想像以上にやる気も感じる。何か心境の変化があったのかしら?」

 

そんな問いを投げかける堀北だが、心境の変化があるとすれば先週の特別試験ぐらいしか考えられない。

 

「……クラス内投票のあとによ、石崎のヤツから連絡が来たんだ」

 

「石崎君が?」

 

「ああ。俺も健も……春樹のことでちょっとあれだったから、スルーしてたら健の部屋までやってきてさ」

 

強引なところもある石崎だが、部屋まで突撃してくるとは余程の用事だったのか。

 

「彼がそこまでするなんて……また揉め事ってわけじゃないのよね?」

 

「そりゃそうだぜ。まぁ信用ないのも仕方ねえけど。んで、石崎から、あの後の春樹のことを聞いたんだ」

 

「あのあと?」

 

「退学手続きしてから学校を去るまで少し時間があったみたいでよ。……偶然通りかかった石崎たちに伝言を託せたらしい」

 

なるほど。退学になったとは言え、正式な手続きはいるため、すぐさま敷地内から排除されるわけではない。

退学後もやろうと思えば僅かとは言え接触する時間はあったのか。

 

「それでどんな伝言だったのかしら」

 

「それが酷くてよ。『おめーらの顔はしばらく見たくねーから、あと2年はこっちに来んなよ』だってさ。ったく、最後の最後まで春樹らしいぜ」

 

山内のことを思い出しているのか、どこかぶっきらぼうな言葉とは裏腹に穏やかな表情を見せる池。

 

「そう……」

 

自業自得ではあったものの、山内の退学へ少なからず影響を及ぼしてしまっただけに、流石の堀北も何と声をかければいいか悩んでいる様子。

 

「あ、別に堀北が責任感じる必要はないからさ。最終的に春樹の退学は、なるようにしてなったっつーか……うまく言えないけどよ、それがこの学校ってことだろ」

 

「……そうね」

 

「だからよ、そんなこともあって、俺も変わんなきゃいけねえって思ったんだよ。この種目が採用されなくても、今回の試験、全力で取り組むからさ、俺にできることがあったらなんでもいってくれよな」

 

「池君の覚悟はわかったわ。ありがとう。必要な時は頼らせてもらう」

 

「任せな!」

 

その後は啓誠が学力テスト、みーちゃんが中国語といった具合に学力面の種目を提案して来たり、明人が弓道、須藤はバスケ、平田がサッカー、小野寺が水泳などスポーツ系の種目の提案も集まってきた。

 

「こんなところかしら。あとはバランスを吟味して10種目に絞って日曜日に提出するわ」

 

「……リレーは採用だよな?」

 

「一緒に立ち会っていたんだから、あなたなら大体想像はつくでしょ。どうAクラスには勝てそうかしら?」

 

「どうだろうな、向こうの種目にもよるが少なくとも良い勝負にはなりそうだ」

 

「そうね。本当は彼がやる気になってくれれば勝率が格段に上がるのだけれど……」

 

彼、というのは高円寺のこと、というのは考えるまでもない。

オレも体育祭の時に何とか戦力になるよう悪戦苦闘しただけに堀北の気持ちは理解できる。

 

「まず無理だろうな」

 

「話し合いにも不参加。種目の提案もなし。どうしたものかしら」

 

じっとこちらを見つめる堀北。

 

「期待されてもどうしようもない。せめてできるのはこれまでの動きから推測してアイツが気まぐれにやる気を出すような種目に配置するぐらいだろ」

 

これまでの傾向から考えて

・無人島試験の様に完全にサボるパターン

・干支試験の様に気まぐれで参加するパターン

・体育祭の様に高円寺にとっての利があれば動くパターン

など行動原理のデータは徐々に集まってきてはいるが、それでもコントロールできるかと言われれば答えはノーだ。

 

ピアノの演奏で釣れる可能性もゼロではないが、ダンスを踊る羽目になったりと面倒なことに巻き込まれる可能性も秘めており気が進まない。

 

「そうね、不確定要素が強すぎるから戦力には含めないでおくわ」

 

「それが無難だな」

 

こうして種目の提案面談は幕を閉じた。

あとは本人の言う通り、日曜日までに司令塔の堀北が決めることだろう。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

そうしてあっという間に日曜日がやってくる。

 

この日はオレにとっては特別試験の種目提出日――以上に重要な……いや、気の重くなる日だった。

 

 




補足

堀北さんがなぜデュエリストだったのかというのは
幼少期、まだ小さかった学くんが一時期ハマっていたことに影響され、一緒に遊んでもらうために一生懸命覚えたものの、結局一勝もできず……。少しは兄さんを楽しませられるデュエルになるように特訓。

この学校で再会するにあたり、また一緒に遊べたらと携帯していた、という感じで……。
ちなみに堀北さんは知りませんが、学くんはとっくの昔に引退しているので叶わぬ夢だったり……。


イシズティアラ(イシズ関連のカードとティアラメンツ関連のカードを混ぜたデッキ)
ここ最近、ずっと環境(大会で活躍するテーマ)にいた。
これを使っているということは外村君はガチ勢。
余りに強すぎたため、テーマ内のカードが、禁止に(使えなくなる)なったり、ほとんど制限(3枚まで使えるところが1枚)になったりして、弱体化していったにもかかわらず、あの手この手で工夫され、まだ強い。
ただ流石に全盛期ほどではなくなり、今もまだ使い続けている外村君は、かなりこのテーマに愛着があるよう。


妹大好き兄さんデッキ(オルフェゴールデッキ)
遊戯●カードには、ストーリーがあるものもあり、その中の1つ。
ものすごく雑に解説すると、主人公の少年と幼馴染の兄妹とペット×2で世界を救うような冒険の旅に出たところ、妹が道中で帰らぬ人に……。
結果、妹が大好きな兄さん(ギルス兄さん)は、闇落ち。妹を復活させるために禁忌に触れて、色々やらかすものの、最終的に色々あって妹は復活する。兄妹愛に満ちた(?)ストーリー。
堀北さんが愛用する理由はお察しの通りです。
デッキパワーも強く、環境で活躍したこともあったものの、規制されたことや、数年前のテーマになるため、ティアラと比較すると分が悪い。
とはいえ、ティアラとは逆に制限されていたカードが最近戻ってきている。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

綾小路清隆の憂鬱

この学校に通い、曜日を意味あるものとして実感できる日々には、少なからず思うところがあったのだが……こんなに気の重くなる日曜日は初めてだ。

 

「さ、王子もうすぐ開宴ですよ。笑顔、笑顔」

 

「いや、オレが笑顔で入ってきたら逆に驚かれるんじゃないか?」

 

「そうですか、喜ぶと思いますよ?」

 

ニコニコしながら諸藤はそんなことを言ってくる。

だが、オレには会場が凍るイメージしか沸いてこない。

 

「……まぁいつも通りが一番だ」

 

諸藤の期待を裏切ることになるが、例えオレが普段から平田のようにスマイルを振り撒く爽やかボーイだったとしても、今この状況で笑顔を作れる自信はない。

 

「それでは皆さんお待たせしました。我らが綾小路王子のご入場です」

 

ひと足先に入室した諸藤が、イベント司会者さながらのアナウンスで会場を温める。

 

「……非常に入りにくい」

 

目の前にあるのは茶道室の入り口。見慣れたはずの戸が、今は開かずの間のように感じられた。

 

だが、このまま突っ立っていても状況は変わらない。

むしろ時間が経過すればする程、入りにくくなるもの。

 

オレは意を決して足を踏み入れることにした。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

遡ること数日前。

ケヤキモールのカフェの一角でオレは諸藤を呼び出し、ある相談をしていた。

 

「それにしても悪いな、司令塔になって大変だって時に」

 

「大丈夫ですよ。戦略面は椎名さんが主導してくれているので、司令塔は意外と時間がありますから。それに王子から相談があるなんて言われたら、いつどこへだろうと飛んでいきます」

 

言葉に嘘は感じられず、笑顔まで見せる諸藤。

先日、真鍋が退学になったばかりで、多少なりとも落ち込んでいるのかと思っていたのだが……。

 

「なんだか不思議そうな顔をなさってますね」

 

「正直、思っていたより元気で驚いた」

 

「……志保ちゃんのことですよね。王子が心配してくれるなんて志保ちゃんも喜ぶと思います」

 

真鍋のことを心配したわけではないが、諸藤が倒れる度に発していた「リカー!」の叫び声が聞けなくなるのは残念だな。

今後諸藤が倒れたらクラスメイトから粛々と回収されるだけになるのだろうか……。

 

「私、もっと自分らしく生きるって志保ちゃんと約束したんです。これもその一環ですので、これまで以上に頑張りますから、よろしくお願いしますね、王子」

 

「あぁ」

 

あぁとは言ったものの、一体何をよろしくお願いされたのかはよくわからない。

平田との関係の進展でないことを祈るばかりだ。

 

「話が逸れてしまいましたね。実は王子のお悩みを解決する方法があります」

 

「そんな策があるのか。ぜひ聞かせてくれ」

 

日曜日が近づくにつれ頭を抱えていた案件。

オレでは解決策を見出すことができなかったが、諸藤にとっては問題にもならないようだ。

 

「――といった感じです」

 

「なるほど、それなら現実的ではあるな」

 

諸藤の策を聞き、素直に感心する。クラス内投票で諸藤が退学にならなかったのは渡りに船……。

二度と会うことはないだろうが、犠牲になった真鍋にも感謝の意を表したい。

 

そうして、そこからしばらくは昼休みや放課後を使って諸藤と計画を進めていった。

途中、南雲から卒業式の業務をこれでもかと押し付けられたり、六角から告白されたり、なぜか変装した橘と一之瀬に後をつけられたりと色々ありはしたが、無事準備を済ませ、今日にいたる。

 

さて、現実逃避の回想はこの辺りにして茶道室に入るか。

今の状況と比べたら先日、月城と対峙した時の方が何倍も気が楽だったな。

 

重い足を無理やり動かし入室する。

 

オレの姿が見えるや否や大きな拍手が茶道室に響き渡った。

 

「ただいまより綾小路王子主催のホワイトデーイベント開催です!」

 

諸藤のアナウンスでさらに歓声が増す。

そう、今日は3月14日、俗にいうホワイトデーという日だ。

 

ここしばらく、バレンタインデーに大量の贈り物をもらってしまった関係で、この日のお返しをどうしたらいいか考えていた。

 

そもそも論だが、数えてみると50個以上あり、全員にそれなりのものをお返しするとそれだけで大量のポイントが必要になる。

かと言ってお返ししなかったり、適当なものを渡したりした場合、どうなるかは想像できない。というより、想像しない方が身のためだと判断し早々に選択肢から外した。

 

渡す方法も考えもので、日曜であるが故に直接全員のもとを訪れるのは困難。

寮のポストに投函していくだけでも、部屋の照合しながらの作業となりそれなりに時間もかかり、誰かにその様子を見られるのにも抵抗があった。

 

本当はレジェンド平田に相談する予定だったが、クラス内投票の一件で相当堪えている様子だったため「ホワイトデーはお返しどうするんだ?」などと聞ける雰囲気ではなかった。

 

そこで白羽の矢を立てたのが諸藤。

ファンクラブ経由でもらったのだから、ファンクラブ経由で返すのが自然だろう。

諸藤の精神状況も定かでなかったが、呼び出すだけ呼び出してダメそうなら他の手を考えればいいだけのこと。

 

結果、諸藤から提案されたのがこの集まり。

イベントを開いて、そこでもてなすことでお返しの品はそれなりでも誠意が伝わって満足してもらえるという寸法。

 

しかも、バレンタインにファンクラブ経由で渡した生徒のみが参加できるというルールにすることで、ルールをちゃんと守った者にはリターンがあることを示し、来年以降、ルールを無視する生徒への牽制まで兼ねることができる戦略。

 

失敗から学び有効な改善策を立てる、やるな諸藤。

 

ただひとつ難点があるとすれば、これはこれで非常に恥ずかしいことだな。

ホワイトデーに自分のイベントを開くなんて南雲でもやらな……南雲はやりそうだが、他の生徒は絶対にやらないだろう。

 

「それではみなさん事前にお配りした番号札順に並んでください」

 

諸藤の案内に従って並んでいく。

 

「これから、わくわく!綾小路王子と握手タイムのお時間ですっ!」

 

高らかに開催を宣言する諸藤。

オレはわくわくしていないので、タイトル詐欺ではないだろうか。

 

「制限時間はおひとり様30秒です。限られた時間ですが存分に楽しんでくださいね」

 

握手会という文化には初めて触れるため、30秒が長いのか、短いのか定かではないが、この前半の部では30人が茶道室に入っている。

つまり、これから15分間握手をし続けることになるわけで、なかなかの長さだ。

ちなみに、茶道室のキャパシティの関係で前半、後半と分かれているため、このあと同じくだりをもう一度やるという追い打ちが待っている。

 

「あ、綾小路くん。その、よろしくお願いします」

 

握手会の第一号は、何の因果か六角。

少し照れくさそうに手を差し出してくる。本人の宣言通りファンは続けていくようだ。

 

「ああ。今日は来てくれてありがとう。ささやかだが、受け取ってくれ」

 

手を握り返し、お返しのチョコを渡す。

諸藤指導の元、市販のチョコを溶かして型に入れて固めただけのものだが、諸藤曰くこのぐらいでちょうどいいらしい。

 

「嬉しい……。これからも綾小路くんの活躍、応援してるね!」

 

そんな感じで始まった握手会。

普段話さない生徒からよく見知った生徒まで様々だが、慣れてくるとそこまで悪いものでもないな。

 

「きよぽんも偉くなっちゃったよねー」

 

「言っておくが好きでやってるわけじゃないぞ?」

 

握手中の波瑠加がからかい気味にそんなことを言ったため念を押しておく。

 

「ホントにぃ?なんか手馴れてるし、まんざらでもなさそうだけど」

 

「今は親しい間柄の相手で安心しているだけだ」

 

「ちょっときよぽん、そういうのは……愛里に言ってあげてよね」

 

「この場にいるのは波瑠加だからな」

 

バレンタインに直接プレゼントしてくれた愛里には、残念ながら今回のイベントの参加権がなかった。

 

「ホント罪な男だよね……」

 

「ん?」

 

「何でもない。ファンクラブより綾小路グループの方が大事だーって宣言ぐらいして欲しいなって言っただけ」

 

「この場でそれを宣言する勇気はないな」

 

「だよねー」

 

この場にいる波瑠加以外の女子生徒へ宣戦布告するようなもの。

それが危険な行為であるということはこの一年でわかるようになった。

 

「はい、30秒です。次の方ー」

 

諸藤の案内で波瑠加は自分の席へ戻っていく。

日頃は時間を気にせずだらだらとしゃべっている仲であるため、この30秒は一瞬に思えた。

 

「こんにちは、清隆くん」

 

「今日は茶道室を騒がしくして悪いな」

 

続いて登場したのはひより。

茶道室とひよりは珍しい組み合わせではないが、この集まりにひよりがいるのは不思議な感じがする。

 

「いえ、たまには賑やかな茶道室も良いものだと思います」

 

「それならよかったんだが……とりあえず、時間もないし握手しておくか」

 

「は、はい……」

 

なかなか手を出してこないひよりの手をこちらから握りに行く。

 

「……なんだか改めて手を握られると……その、緊張しますね」

 

「そうだな」

 

ひよりが恥ずかしそうにしているため、こちらとしてもなんだかやましいことをしているような感覚になる。

諸藤、はやく30秒経過を宣言してくれ……。

交わす言葉もなく、お互いの手の温もりを感じるだけの時間が続き、今度の30秒はとても長く感じることとなった。

 

そんなこんなで30名分の握手をなんとか済ませたが、不思議なことに混合合宿で3.6キロ走ったあとよりも疲労を感じている。

 

「みなさまお楽しみいただけましたでしょうか。続きましてグループごとに王子がお茶を振る舞います。茶道界の超新星が生み出す綾隆をぜひご堪能ください」

 

こちらも諸藤の提案。

会場として茶道室を茶道部指導員の権限を使って押さえることができたときに、せっかくならと企画することになった。

一度には難しいため、5人6グループに分けて振る舞う。

 

「茶道のお茶って初めてだから楽しみ」

「お茶点ててる綾小路くん、かっこいい」

「今日は写真も動画も撮ってもいいんですよね!?」

「作法とか知らないけど大丈夫かな」

「なにこれめっちゃ美味しい」

 

などと色々な声が飛び交う中、黙々とお茶の準備をしては振る舞っていく。

一般生徒には珍しい体験だったようでこちらの企画も好評のうちに幕を閉じた。

 

「では最後に集合写真を撮ってイベントは終了です。みなさん王子を囲んでください。それじゃ茶柱先生、カメラのシャッターをよろしくお願いしますね」

 

ファンクラブ会員に囲まれたオレを、実は最初からいた茶柱先生がにらみつける。

 

「……もしかして私はこのためだけに呼ばれたのか、綾小路?」

 

「そんなわけないですよ。顧問の先生が立ち会わないと生徒だけでは日曜日に茶道室を使えなかったんです。すみませんが時間も限られてますし、大人しく茶ッターを押してください」

 

「チャッター?」

 

「噛んだだけです」

 

渋々といった様子で写真を撮る茶柱先生。

だが、生徒に紛れてちゃっかりお茶を楽しんでいたため文句を言われてもな。

 

そうして前半の部が終了する。

後半の部も同様の進行で、やってきた麻耶や朝比奈などは楽しそうに過ごしていた。

 

 

イベントが無事終了し、後片付けを終える。

終わってみればちょっとした達成感も出てくるから不思議だ。

だが、今回を乗り切っても来年以降のこともある。

今後、諸藤に退学のリスクが迫るなら陰ながら振り払うことも検討するか。

 

「ところで個別にお返しを渡したい相手がいるんだが、イベントを開いた手前、やっぱりまずいか?」

 

「なるほどなるほど、ふふふ、お相手は平田王子ですね!プライベートで渡す分は王子の自由だと思いますので気になさらなくって結構ですよ」

 

「それならよかった。受け取ってくれ」

 

「え?」

 

諸藤に封筒を渡したが、きょとんとしている。

 

「これは諸藤へのお礼だ。色々と手伝ってくれて助かった」

 

「そ、そんな。当然のことをしただけですから。……開けてみてもよろしいですか?」

 

「もちろん」

 

「ここここここここれはッ!!??」

 

「ちょっと前に平田と一緒に撮った写真だ。限定感を出すために2人でサインも入れておいた」

 

「尊死っ!」

 

「……」

 

鼻血を出して倒れた諸藤。周りを見渡す。

真鍋はもちろんだが、他に誰もいない……ならオレが言うしかないか。

 

「りか~」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

諸藤の意識が戻ったことを確認できたため、やっと帰宅できる。

 

これまで体験できなかった分はおろか、一生分のホワイトデーを過ごした気分だが、まだ個別にくれた面々へのお返しが残っている。

 

「あ、ハーレム小路お帰りなさい。どう楽しかった?世界広しと言えどホワイトデーにハーレムイベントを企画する高校生は綾小路くんぐらいだねっ」

 

「いや、南雲もいるだろ」

 

「いくら南雲生徒会長だって……うん、やってるね、きっと」

 

「だろ」

 

自室へ戻ると櫛田からの辛辣な出迎えを受けたものの、部屋にいてくれたのは探しに行く手間が省けるので助かる。

 

「って話を誤魔化さないでくれる?アンタは節操がないのよ、節操が。女なら誰でもいいわけ?」

 

チョコのように甘くはないブラックな櫛田さんまで登場か。だが、関係ない。どちらの櫛田に渡してもリアクションは変わらないだろう。

 

「櫛田、バレンタインのお返しだ。受け取ってくれないか」

 

冷蔵庫に隠しておいた包みを取り出し、櫛田へと渡す。

 

「殊勝な心掛けじゃない。ま、一番に私のところに持ってこなかった点はマイナスだけどね」

 

なんだかんだ言いながらも受け取り、包みを開けていく。

 

「……何これ?」

 

「見てのとおり『1/10 鈴音チョコ』――名付けて『チョコ北』だ」

 

牛乳パックを型として使い、直方体にチョコレートを固め、ホワイトルームで培った彫刻のスキルをふんだんに用いて堀北を再現させてもらった自信作。

 

「はぁ?喧嘩売ってんの?」

 

「むしろ喜ぶと思って作った。本人には無理でも、このチョコ北なら叩き割るなり、退学にするなり自由だ」

 

と解説したところで、櫛田はチョコ北の頭と足をガシッと掴み、腹から真っ二つにしてかじりつく。

 

「あはははーサイコーだね、このチョコぉ!」

 

笑顔でチョコ北と戯れる櫛田。自信作のチョコ北は見る見るうちに砕け散っていく。

ある程度予想していたとはいえ、恐ろしいものを見てしまった……。

 

「あとはごゆっくり……」

 

なんとなくいたたまれない気持ちになり、残りのチョコを持って部屋を出る。

 

続いて軽井沢恵の部屋――の前まで来たが、直接渡すのは避けることにする。

偽装ではあっても彼氏持ちの相手に堂々と返すのは誰かに見られた場合あらぬ誤解を招く。そうでなくとも、この部屋の中で偽装工作の一環でホワイトデーを平田と2人で過ごしている可能性もゼロではない。ということでドアノブにチョコの入った紙袋をかけて退散するとしよう。

 

決して捕まったら面倒くさそうだ、とはこれっぽっちも微塵たりとも思っていない。

 

「あっ……」

 

「ん?」

 

振り返るとそこには恵の姿。

 

「……ホワイトデーのお返しだ。大したものじゃないが良ければ受け取ってくれ」

 

観念して紙袋を渡す。恵のことだから「G●DIVAじゃないわけ?」とか「贈り物にもセンスがいるのよ、あ、これはおまけして10点ってとこね」とか、色々言ってくるに違いない。

 

「てっきりこの前の誕生日と一緒にしたのかと思ってた。……ありがと」

 

「ああ」

 

「しかも手作りなんだ。……大事に食べるから。じゃ、また明日」

 

中を確認し元に戻すと、紙袋を抱きしめて、サッと部屋の中に入っていく。

 

「普段からこのぐらいしおらしければ……」

 

あえて口にしてみたが

 

『聞こえたわよ、清隆っ!』

 

と戻ってくることはなかった。

予想と違った動きをした恵の様子から、自分がまだまだ異性というものを理解していないことがわかる。

 

なんにせよ、受け渡しがスムーズに完了したことは喜ばしい。まだまだあとがつかえている。

 

「ということでバレンタインのお返しを渡しに来た」

 

今度は愛里の部屋を訪れてお返しを渡す。

 

「え、あ、わわっ、あ、ありがとう。バレンタインでズルしちゃったからもらえないんだと思ってて、その……嬉しい」

 

「愛里にお返しを渡さないわけないだろ」

 

ファンクラブ会員に渡しておいて、友人の愛里に渡さなかった場合、綾小路グループでの立ち位置が危ぶまれる。

 

加えて愛里には今後の動画活動で活躍してもらう予定であるため、良好な関係を続けておくに越したことはない。

 

「渡さないわけがない……。そ、それってつまり――ふしゅぅぅぅぅぅ」

 

ボンッと音が出そうな勢いで顔を真っ赤にして倒れそうになる愛里。となれば、アレの出番だな。

 

「あいりー」

 

「へ……??どうしたの清隆くん?」

 

気を失うかと思った愛里だったが、踏みとどまり、不思議そうな顔をしている。

 

「とある伝統芸の担い手がいなくなって消滅の危機に瀕しているんだ。せめてオレが使うことで認知度を上げていこうと思っている」

 

「そうなんだ。よくわからないけど、清隆くんは意識高くてすごいね」

 

「愛里も良ければ使ってくれ」

 

「うん。任せて!」

 

これで諸藤が倒れても愛里が近くにいれば……うーん、諸藤のために叫んでいる姿は残念ながら想像できないな。

 

愛里にも無事お返しを済ませたところで、次の相手だが……。

ここにきて少し考えることになる。

どう渡すのがいいのか、見当がつかない。

 

そんな時だった。

『今から会える?』と携帯にメールが届く。

丁度こちらからも接触する予定だったので丁度いい。

 

「それで堀北。こんな夜中に呼び出すなんて何の用だ。まさか、バレンタインのお返しを寄越せって言うんじゃないだろうな?」

 

呼び出しに応じて堀北の部屋までやってきた。

最初はオレの部屋での会合を希望されたが、今はとてもじゃないが堀北だけは呼べない状況だからな。

 

「起きたまま寝言を言えるなんて綾小路くんも器用ね」

 

「そうか、ならこの『チョコ北 バージョン学』は、橘にでも譲るか。こっちも自信作だったが、受け取りたくない相手に贈るつもりはない。もしもし、橘せ――」

 

電話を掛けようとしたところで、堀北が素早く奪い取り電源を切った。

 

「……ら?」

 

「ら?」

 

「いくら欲しいのか聞いてるの」

 

「お前の兄貴への愛情はポイントで買えるのか?」

 

「いいえ、プライスレス!」

 

「だろ。一応堀北からもバレンタインもらっていたからな、ちょっとしたお返しだ。もちろんポイントを取るつもりもない。それに、もしかしたらこれが最後になるかもしれないしな」

 

「縁起でもないわね。……まぁでもそういうことなら、チョコ兄さんを受け取ってあげるわ」

 

「あぁ、遠慮はいらない」

 

そうして『チョコ北 バージョン学』を受け取る堀北妹。

だが、当然ただの善意で用意したわけではない。この前は無理やり面接に付き合わされたし、これまでも堀北には散々やられてきたからな。

これは文字通りの『お返し』で、甘さなんて一切ない苦さ100%なチョコとなっている。

 

一口食べれば口内に爆発的な苦味が広がり、しばらく悶絶するだろう。

味見したとき、オレも川の向こうで山内が手招きする幻覚を見たほどだ。

 

「あぁー、流石は兄さん。チョコになってもなんて凛々しいのかしら。食べるのがもったいないけれど……」

 

「もったいないけれど?」

 

「……何でもないわ。流石に続く言葉を自重しただけよ」

 

「……」

 

兄さんを味わえるとか、ひとつになれるとか、そんなことを言おうとした……わけじゃないよな?

 

「とにかく頂くことにするわ」

 

そう言って着脱可能にしていたメガネ部分を取り外し、口に運ぶ。

 

「ぐっ、綾小路くん、このチョコ……」

 

お前はどんな表情を見せてくれるんだ、堀北。

 

「とてもいいわね。この決して甘くないところが兄さんをよく表現できているわ。見た目だけでなく中身も再現するなんて、綾小路くんも兄さんのことをわかってるじゃない」

 

「そ、そうか。気に入ってもらえてよかった」

 

そういえば堀北は兄貴のことに関しては無敵だったな。

 

「気分も上がったところで本題に入るわ」

 

「ん?ああ、そういう話だったな」

 

興味がなかったため、すっかり忘れていた。

 

「これが今回の私たちのクラスの種目よ。今日、学校に提出して承認が下りたわ。面接に付き合ってもらった以上、一応報告しておこうかと思って」

 

「なるほど……」

 

堀北から種目とルールが記載された紙を渡される。

 

・バスケ

・弓道

・水泳

・卓球

・アームレスリング

・サッカー

・カラオケ

・テント組み立て競争

・男女混合リレー

・早口言葉

 

無事リレーは採用してあったので一安心だが……。

 

「なあ堀北……」

 

「Aクラスが学力系で攻めてくることを見越して、こっちは運動系をメインに据えたわ」

 

「それは悪くないと思うが……」

 

「何?あなたのリレーも採用しているのだし、文句はないはずよ」

 

「いや……デュエルはどうしたんだ?」

 

リストを見る限り、種目人数1名はアームレスリングとなっている。

 

「……悔しいけれど、学校側から却下されたわ」

 

「それは、まあ仕方がないんじゃないか。誰もが知っている種目が前提だったわけだし」

 

「いいえ、その点は私のプレゼン力で突破してみせたわ。近年のカードゲーム市場の伸び、競技者人口にアプリのダウンロード数、アニメ視聴率や単行本の売り上げなどの各種データはもちろん、世界大会も開かれている立派な競技であることを主張したの。eスポーツがスポーツ競技であるようにデュエルも立派な競技なのだと」

 

「そこ、そんなに力を入れるところなのか?」

 

この数日は試験対策に時間を使っていたんだよな?デュエルの許可をとるためだけに動いたわけじゃないよな……。

 

「当然じゃない。ただ、種目にする以上、相手がもしデッキを所持していない場合、残り一週間でカードを買い、デッキを作る必要があるわ。相応の金額になるし、欲しいカードが入手できるとも限らない。個人の培ってきた実力ではなく、そういった外的要因で差がつく可能性のある種目は認められないと断固として首を縦に振らなかった。全く、カードの入手も実力の内だと私は思うのだけれどね」

 

理解できないといった表情で早口で語ってみせた堀北。

 

「それで代わりに入れたのが、アームレスリングなのか。種目提案の面接のときにはなかったよな?」

 

これ以上デュエルを語らせるのは、兄貴の話を語らせる次ぐらいに長くなりそうなので話題を変える。

 

「私はデュエルを通す気でいたから……締め切りまでの時間で思いつくのがこれしかなかったのよ」

 

「……まさかとは思うが、出場候補者は――」

 

「お察しのお通り、高円寺君よ」

 

「なかなか思い切ったな」

 

「彼が真面目にやれば、あるいは手を抜いたとしても負けることがない種目だと判断したわ。それに下手に人数を増やすと負けたのは他の生徒のせいだと言い訳するでしょうけど、自慢の肉体で競う種目でのタイマンなら、プライドが高い彼は案外のってくるんじゃないかしら」

 

「何とも言えないところだな」

 

『すまないねぇ堀北ガール。今日は上腕二頭筋が痛むから辞退させてもらうよ、ハッハッハッ』と元気に笑いながらサボる姿が目に浮かぶ。

 

「もちろん、彼の様子を確認しながら、当日の採用可否は考えるわ。彼に頼らなくても勝つ道筋はあるわけだし」

 

「それがいいだろうな」

 

高円寺の実力は体育祭でAクラスも認知しているはずだが、それだけに勝ち目がないと最初から捨て種目とする可能性はある。

こちらも切ったところでどうなるかわからないカードなだけにブラフにもならない。

 

「いずれにしても明日のAクラスの種目発表次第ね」

 

「坂柳がどう攻めてくるかは見ものだな」

 

「まるで他人事みたいね。坂柳さんを倒す約束、忘れたとは言わせないわよ」

 

「まぁやるだけやってみるさ」

 

「まったく……緊張感がなさすぎるわ。その余裕は私も見習いたいところね」

 

さっきまでチョコ北で暴走したり、デュエル採用に奮闘していたコイツにだけは言われたくないな。

 

その後「いつまでいるつもり?用件は済んだわ」と部屋から追い出された。

こちらも長居するつもりはなかったが、もう少し優しく追い出してくれてもいいんじゃないかと思わないでもない。

恐らく一刻も早くチョコ北を楽しみたかったのだろう。

 

 

残るチョコはひとつ。

 

時間も遅くなったしな、ポストに投函でも許してもらえるだろう。

 

そう言い聞かせてロビーへ降り、ポストに向かう。

対象の生徒の部屋番号が記された場所に包みを入れた。

これで今日のミッションは無事完了だな。本当に長かった。

 

さあ部屋に戻ろう、と思ったところで寮の入口からやってきた一人の生徒と目が合う。

 

何か見ちゃいけないようなものを見てしまったような一之瀬の表情。

 

「あ、えっと、綾小路くん、こんばんは。珍しいね、こんな時間に」

 

「ああ。ちょっとな」

 

「えっとその、私はジム帰りなんだ、麻子ちゃんと一緒に行ってきて……ね、麻子ちゃん。ってあれ、麻子ちゃんどこ!?……お、おかしいな、さっきまで一緒に居たはずなんだけど、あははは……」

 

「休日も運動なんて偉いな」

 

「ちょっとサンドバックを叩きたい気分だったというか……身体動かしてリフレッシュできた、かな」

 

「そうか、それは何よりだ」

 

「うん」

 

「……」

 

「……」

 

会話が途切れて何とも言えない空気になる。

オレがポストに何かを入れていたのはわかっているはずだが、オレがポストの前にいるため確認できない状況。

 

「あー、えっと、どうぞ」

 

このままではどうしようもないため、ポストへの道を譲る。

一之瀬は会釈してポストの中を確認する……当然オレの入れたお返しが出てくる。

 

「見てたならわかると思うが、その、お返しだ」

 

包みを手にした一之瀬は、じっとそれを見つめ固まり動かない。

 

「警戒しなくとも堀北のように変なものを入れたりはしていないが、不安なら捨ててくれて構わない」

 

「そんなこと絶対にしないよ。固まってたのは、その違うの……」

 

改めてこちらを向く一之瀬。

 

「せっかくだし、少し話せないかな。……ほら、明日は対戦クラスの種目の発表だし、色々試験に対する考えとかなんかその辺りの話をしたいかなって」

 

「普通、種目が発表されてから意見交換するものじゃないか?」

 

「あー……そうとも言えるし、そうとも言えないね!発表前だからこそ、予想とかして盛り上がったりもできるんだよ」

 

なるほど。試験対策と考えれば効果が薄くとも、会話を楽しむネタとしては今が旬なわけか。

 

「椎名さんたちの戦略、私なりに予想を立ててみたんだ。ぜひ綾小路くんに聞いてもらいたいな」

 

「……それに対して何かしらの意見を求めているなら――」

 

「違うの、違うの。聞いてもらうだけで、意見とかアドバイスが欲しいわけじゃないから。綾小路くん、こういう話は嫌いじゃないよね?」

 

「確かに嫌いではないな」

 

同じものを見ていても、自分と他人では着眼点や発想が異なるもの。

より多くのデータを集めることは『人間』という生物を紐解き掌握することに繋がる。

 

「じゃ決まりだね!綾小路くんの部屋にお邪魔してもいいかな?」

 

「あー……今ちょっと散らかってて人を招くのは難しいな」

 

バラバラになったチョコ北が散乱している可能性が高い。という以前に櫛田がまだいるかもしれないため、連れて行くのは危険だろう。

 

「綾小路くんが部屋を散らかすって意外だね?」

 

「昨日友人が遊びに来てたんだ」

 

「……」

 

じーとこちらを覗き込む一之瀬。

綾小路くんが友人を自室に招く?そんな親しい友達なんているのかな?とでも疑っているのか……。

昔は溜まり場になっていたが、最近では退学狂(櫛田)ぐらいしか寄り付かないからな、残念ながらその読みは正しい。

 

「悪い、本当はチョコを作るのに苦戦して結果、色々散らかしたままだったんだ」

 

「私こそ変な詮索をして言いにくいこと言わせちゃったよね、ごめん」

 

もちろん、そんな事実はないが、こう言えば一之瀬はこれ以上追及できなくなる。

 

「それなら私の部屋でって言いたいところだけど、女子部屋の門限はもうすぐだし……散歩しながら話そうか!」

 

「ああ」

 

気づけばいつの間にか一緒に話をすることになっている。

 

3月の夜道。少しずつ暖かくなってきたとはいえ、流石にこの時間は少し冷える。

 

「あ、ちょっとコンビニ寄って良いかな?」

 

「問題ない」

 

通りにあったコンビニへ入っていった一之瀬を入口付近で待つ。

 

「お待たせ。はい、これ」

 

一之瀬が渡してきたのはホットココアの缶。

 

「寒いときはこれだよね」

 

「もらっていいのか。この前の件でポイントにあまり余裕がないんじゃないのか?」

 

「このぐらい大丈夫だよ。無理言って付き合ってもらってるし、そのお礼」

 

そういって一之瀬は先に進んで歩いていく。

ここまで来たらとことん付き合うか。部屋でチョコ北の惨状を眺めているよりは有意義だろうしな。

 

「こっちこっち、こっちだよ、綾小路くん」

 

先を歩いていた一之瀬が振り返り、手招きする。

だが、そこは道から少し外れた街路樹の中。

 

「……そこが目的地なのか?」

 

「うん、ここ、ほら座って座って。そしたら意外と隠れて見えないからさ」

 

確かにそうかもしれないが……。

 

「一応、今日は男女が2人でいる姿を見られるとまずいかなって思って」

 

ホワイトデーに男女が夜遅く一緒にいたとなれば、それはそういうことだと疑われても仕方がない。

こんなところに座り込む日が来るとは思わなかったが、絶妙に木々で身体が隠れて、道から外れているので小声で話す分には誰かに気づかれることもなさそうだ。

 

……なんでこんな場所を知っているんだ?いや、こんな場所を一之瀬に吹き込む人物は1人しか思いつかない。

 

『一之瀬さん、張り込みをするにはこの場所がベストですよ、えっへん』

 

自慢げにそう話す橘の姿が頭に浮かぶ。

 

「ココア、あったかいね」

 

「そうだな」

 

オレの隣に腰掛ける一之瀬からは、ロビーで遭遇した時にはしなかったシトラスの香りが漂ってくる。

 

「それで、試験の予想についてはどうなんだ?」

 

「あ、え、そうそう、そうだったね!綾小路くんは先日椎名さんと龍園くんが揉めて決裂した事件は知ってるかな?」

 

「ああ。噂好きの女子たちがそんな話をしていたのを小耳にはさんだ。一之瀬が格好良く仲裁したらしいとも聞いたぞ」

 

「かっこよかったかは置いておくけど、その結果、椎名さんと龍園くんの派閥でバラバラに試験対策するみたいなんだ」

 

事実だとすれば非常に効率の悪い話。

どちらも譲歩しなければ10種目を決めきれたかどうかすら怪しい。

 

「だけど実際問題、龍園くんが強硬手段に出た場合、椎名さんはそれを防ぐことはできないと思うんだ」

 

「だろうな」

 

ひよりがいくら理詰めで攻めようと、龍園が暴力に訴えればひよりでは抗う術がない。

 

「ということは椎名さんたちのクラスの種目は、色々あったとしても、あのクラスが一番得意な肉体的な力で押してくるものが本命だと思うんだ。例えば、空手とかボクシングとか格闘技系で来るんじゃないかな」

 

「なるほど」

 

「しかも勝ち抜き戦とかのルールにされちゃうと、私たちのクラスじゃ太刀打ちできる可能性がぐっと低くなる。アルベルト君はもちろんだけど、龍園くんや伊吹さんを倒すのは困難だと思うんだ」

 

一之瀬のクラスの主戦力と言えば、柴田や神崎あたりだが、リアルケイドロで龍園たち相手にボロボロになった姿は記憶に新しい。

 

「つまり、私たちが勝利するためには、そこを何とかしないといけない」

 

概ね一之瀬の予測は正しい。

だが、それは前提条件が正しければの話。

 

「って、今までの私なら思ってた」

 

「ということは、今は違う考えなのか?」

 

少し興味が出てくる。

 

「うん。だって、相手はあの椎名さんだよね。混合合宿では南雲先輩を欺いて綾小路くんの策を成功させたような生徒が、何の捻りもなく私が見ている前で仲間割れするとは思えないんだ」

 

一之瀬の言う通り、ひよりと龍園が仲違いをしていなかった場合、前提が崩れる。

 

「なら、一之瀬は何の意図があって仲違いしたように見せた、と思うんだ?」

 

「そうだね……シンプルに考えるなら、龍園くんの動向を注視させたい、とかじゃないかな。あくまで予想だけど、明日の種目は、椎名さん派と龍園くん派の種目が半々で入ってくると思う。そこで私たちを龍園くんたちの種目だけに注意を引き付けたところで、本命の椎名さんたちの種目で攻めて来るとか」

 

「ない話じゃないな」

 

「だよね。ただ、さらにその裏をかいて龍園くんたちの種目で攻めてくるかもしれない。あの茶番劇を見せられた時点ですでに椎名さんの術中にハマっちゃったわけだね」

 

「それでどうするつもりなんだ」

 

「もしそうなるなら今回は完全勝利を諦めるしかないね。相手の種目の中から1勝できた方の勝ち、そんな戦いになると思う。だから、ある程度的を絞って、椎名さん側の攻略班と龍園くん側の攻略班で分けて対策をするよ」

 

単純だが、相手の誘いに乗らない堅実な対策。

問題があるとすれば、考えたところでそもそもの突破手段があるかどうかだな。

 

「そこで綾小路くんに提案なんだけど、私と賭けをしない?」

 

「賭け?」

 

「うん。明日の種目発表で、私の予想通り比率が半々だったら私の勝ち。違ったら綾小路くんの勝ち。わかりやすいように、身体を動かす種目とそうでない種目って区分かな」

 

10種目中5種目ずつで来るという一点張り。

確率にすれば相当低い。例え仲違いしていなくとも、運動系の種目を6つにしている可能性もある。

 

「一応聞くが、何を賭けるんだ?」

 

「私が勝ったら、試験までの残り一週間で神崎くんたちをできるだけ鍛え上げて欲しいんだ、理想はアルベルト君を倒せるぐらいに」

 

「割と無理難題だな」

 

屋上での戦闘を見ていた一之瀬がそう思うのも仕方がないかもしれないが、一般人を一週間鍛えただけでアルベルトを倒せるようにできるならホワイトルームなんていらなくなる。

 

「0%が10%になるぐらいでも構わないよ。このまま何もしなければどうしようもないし、綾小路くんなら出来ると思う」

 

「ちなみにオレが勝った場合は?」

 

「あ、考えてなかった。えっと、綾小路くんの望みを何でも叶える、とか?」

 

「とんでもないことを言ってないか?」

 

「そ、そうかな。でもポイントももうないし、他に差し出せるものはないよ」

 

「なら、オレのピアノ演奏の隣で、ポニーテールでコスプレして踊る動画に出演してくれ、とお願いしてもOKしてくれるってことか?」

 

「う、うん」

 

「一之瀬の覚悟はわかった。条件はそれで構わない」

 

いずれにせよ、オレに損がある話でもない。

オレの指導でどこまで他者を強化できるのか、という経験をしてみるのも面白いかもしれない。

 

「ありがとう、これで勝ち目が出てきたよ」

 

「それにしても話を聞くだけじゃなかったのか?」

 

「ん?約束通り意見やアドバイスは求めてないよ?」

 

「……最近の一之瀬はなんだかしたたかになったな」

 

「立ち止まるわけにはいかないからね」

 

ちょっとした嫌味のつもりだったが、透き通った瞳で見つめられ、力強い返事がきた。

 

そこからはちょっとした世間話をして過ごし「そろそろ帰ろうか」と立ち上がった一之瀬に続いてオレも立ち上がる。

 

「でも相手が同じ金欠の椎名さんクラスで助かったよ。ポイントでの戦略が絡んでくると、いろいろ厄介だから」

 

「大富豪からの貧乏生活は苦労しそうだな、うちのクラスは経験済みだから気持ちはよくわかる」

 

「なら私たちのクラスも負けてられないね。綾小路くんたちみたいに乗り越えてみせるよ」

 

「まぁうちのクラスは一之瀬からの借金で支えられただけだけどな」

 

「あははは、そうだったね」

 

一之瀬は知る由もないが、クラス内投票で龍園は大量のポイントを入手している。

教えるべきか……いや、その必要はないな。

 

一之瀬には悪いが、今回の試験、ひよりのクラスが負けた場合、諸藤の退学が決定する。

それはオレにとって好ましい展開とは言えない。

 

現状の情報だけで判断するなら、わざわざ介入する必要もないが、ポイントの情報が勝敗を左右する可能性は大いにある。

 

楽しそうに笑う一之瀬の笑顔が試験終了後もそのままだと良いと思う反面、どうでもいいことだと切り捨てようとする考えも存在する。

ノイズでしかないような相反する思考が自分の中にあることが、最近は面白いと思えるようになっていた。

 

一度捨てたはずのぬいぐるみがなぜか手元に戻ってきている。

そんな展開は、ホラーかトイスト●リーぐらいなものだろうが、貴重な体験という意味では興味深い出来事だ。

これからどうなるのか、せっかく戻ってきたのなら見守っていくのも悪くはないだろう。

 

 

こうしてオレの気の重くなる一日は、明日以降の楽しみを残しながら幕を閉じていった。

 

 

 

 

ちなみに部屋に戻ると櫛田はおらず「あのチョコ定期的に作ってね!」とメモが残されていた。

 

 

 






原作の種目を読み返してみると割と謎の多い、堀北クラスの種目。

バスケ5人 弓道2人 タイピング1人 が確定情報で、同じ人数の種目は設定できないルールなので、卓球とテニスは団体戦でもするつもりだったのか、ただそうなると須藤くん以外で勝ち星があったのか、などなど……。
ピアノでどんな勝負をする予定だったのかも気になったり。(ブラフかもしれませんが、学校側が承認した以上、明確な勝敗のつくルールがあったはず……。ミスしないで演奏とか?)

デュエルは採用したかった気持ちで一杯ですが、どう考えても学校が許可しないだろうなということと、ただでさえ複雑な展開を文字にするのは書き手も読み手もきつそうなので断念しました……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

本番前の準備運動

月曜日の朝のホームルーム。

対戦相手Aクラスが準備した種目が発表された。

 

****************

 

英語テスト  参加人数:8人

試験時間50分間で1年度における学習範囲の問題集を解き合計点で競う。

司令塔は1問だけ代わりに答えることができる。

 

数学テスト  参加人数:7人

試験時間50分間で1年度における学習範囲の問題集を解き合計点で競う。

司令塔は1問だけ代わりに答えることができる。

 

現代文テスト 参加人数:4人

試験時間50分間で1年度における学習範囲の問題集を解き合計点で競う。

司令塔は1問だけ代わりに答えることができる。

 

社会テスト  参加人数:5人試験時間50分間で1年度における学習範囲の問題集を解き合計点で競う。

司令塔は1問だけ代わりに答えることができる。

 

チェス  参加人数:1人 

一般的なチェスのルールに準ずる。

司令塔は任意のタイミングで1分間の休憩時間を申請できる。

 

囲碁   参加人数:3人1体1の対局を3局同時に行う。

司令塔は任意のタイミングで1手だけ助言できる。

 

バレーボール 参加人数:6人

10点先取 3セットの試合でルールは一般的なバレーのルールに準ずる。

司令塔は任意のタイミングでメンバーを3人入れ替えることができる。

 

大縄跳び 参加人数:20人

2回の挑戦でより多く跳べたクラスの勝ち。

司令塔は一度だけ対戦相手の並び順を変更できる。

 

ドッジボール 参加人数:18人

10分3セットの試合。一般的なドッジボールのルールに準ずる。

司令塔は任意のタイミングでアウトの生徒を1名コートに戻せる。

 

テニス   参加人数:2人

男女混合のダブルスで3セットマッチ。一般的なテニスのルールに準ずる。

司令塔は一度だけ任意のタイミングでサーブ権を変更することができる。

 

****************

 

テストからスポーツまで様々なジャンルの種目が用意されているが――対戦人数が1名の種目はチェスか。

 

「つまり坂柳さんはチェスでの勝負をご所望のようだけれど、あなた経験は?」

 

「喜べ堀北。チェスなら腕に覚えがある」

 

「なんだか綾小路くんから前向きな言葉が出る方が不気味ね」

 

チェスはホワイトルームの課題で取り組んだことがある。

特に思い入れがあるわけではないが、対戦相手がAIだけになるまでは比較的興味深く取り組んだ課題だった。

 

ただ坂柳がチェスを選んできたということは、向こうも自信があるということ。

思い返せば最初にこの学校で出会った時、やたら細かく再会までの時間を語っていたが、あの発言に偽りがなければ、オレがチェスの課題に挑んでいた姿を目撃していたことになる。

 

少なくとも当時のオレの実力を把握した上で、勝負を仕掛けてきたわけだ。

 

「……意外と苦戦するのかもしれないな」

 

「ちょっと……今のはいつもの嫌味じゃない。わざわざ言い直さなくても……。その、傷つけてしまったのなら謝罪するわ。そうね、自信に溢れた綾小路くんも悪くないわよ」

 

「何の話をしているんだ、堀北?」

 

「そうそう、あなたはそのとぼけた感じが1番似合ってるわ」

 

なぜか堀北からホッとした顔で見られているが、こいつの言動を気にしていても仕方がない。

 

「それより、問題は他の種目だろ」

 

「ええ。早速クラスで戦略を立てましょう」

 

そうして席を立ち教壇へ向かう堀北。

クラスメイトに呼びかけ、種目経験の有無などを確認し始めた。

 

クラスの話し合いに耳を傾けながら、少しだけチェス以外の種目について思考を巡らせる。

 

学力テストが多いのは、互いのクラスの学力差を考慮してのものだろうが、それだけではなさそうだ。坂柳は他クラスには公開されないはずのオレの1学期期末テストの結果を把握していた。今回の試験のためにCクラス全員の成績を入手していても驚かない。その上で、勝てると判断したと考えておくべきだろう。

 

Aクラス相手のテスト対決でも、こちらの成績トップ陣をぶつければ1勝はできるだろうが、堀北は司令塔で参加不可。平田はこちらのサッカーのキーパーソン、同様に櫛田は早口言葉、高円寺は語るまでもない。オレもチェスでの参加が決まっていることから、こちらの種目との兼ね合いも考慮する必要があり、相手の種目対策も一筋縄ではいかない。

 

堀北がどう戦略を組み立てるか見物だな。

 

「大体出揃ったわね。さっそく今日の放課後から特訓開始よ」

 

「しゃぁっ、鈴音、バスケに出る奴らの指導は任せろ」

 

「ええ。必ず勝てるチームに仕上げてちょうだい」

 

須藤がいつも以上にやる気に満ちているのは、池と同じ理由だろう。

 

「ただ、誰がどの競技に出るかは最重要機密事項よ。大声で叫ぶのは控えるように」

 

「お、おう」

 

「でもよ、Aクラスにバレないように練習なんて難しくね?」

 

池にしてはもっともな指摘をする。

 

「ある程度は仕方がないと思っているわ。対策の1つとしてその種目に参加しない人もブラフで練習してもらうつもりよ。それにこのクラスには頼れる権力者がいるから隠せる部分もあると思うの」

 

池へ回答をしながら、目線をこちらに向ける堀北。

 

「まさかとは思うが……」

 

「ええ、そのまさかよ。生徒会副会長権限で特別棟の3階を放課後1週間貸し切ってくれるわね?」

 

「お前は生徒会をなんだと思っているんだ?」

 

「できないとは言わせないわ。ホワイトデーに私用で茶道室を貸し切ってハーレムを満喫したそうじゃない」

 

「は?爆発しろ」とでも言いたげな男子生徒たちの視線が痛い。

 

「あれは茶道部指導員権限だ」

 

「他にも、年越しパーティーのために体育館を貸し切った生徒会役員や学校だけでなく周辺施設まで貸し切って大規模イベントを開催した生徒会長もいたわよね?」

 

「……」

 

「クラスのために副会長さんは何もしてくれないのかしら」

 

まるで何もしないオレに非があるように話を進める。

下手に貸切の前例があるため、そんな権限はないと断ることもできない。

 

「わかった、善処する」

 

「ということで、種目別にグラウンド、体育館、特別棟で特訓するわ。振り分けは後から伝えるけど、くれぐれも他言しないように。念の為、本人以外は誰がどの種目に出るかクラス内でも曖昧なままにしておく」

 

裏切りまではいかなくても、何気ない日常会話から情報が漏れる場合もある。

最初から確定情報を持たせないことで、それらを防ぐ目論みだろう。

 

オレまで躊躇なく使うあたり、勝つためにできることは何でもやるという姿勢が伝わってくる。その姿勢自体は嫌いではない為、一肌脱ぐことにするか。考えようによっては特別棟の貸し出し申請なんて楽なもの。クラスメイトの勉強を見て一週間でAクラスより点を取れるようにしろ、とかじゃないだけマシだ。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「なるほどー、大体予想通り……みたいだね」

 

対戦相手のDクラスが選んだ種目一覧をクラスメイトと共有する。

 

****************

 

神経衰弱   参加人数:4人

一般的な神経衰弱のルールに準ずる。全員で同時に戦い、最終的に多くの札を獲得したクラスの勝ち。カードを選ぶ順番は、司令塔が参加生徒を選んだ際の順番とし、1番目の生徒同士がじゃんけんをして勝った生徒のクラスから交互に選んでいく。

司令塔は、一度だけクラスメイトに代わりカードを選ぶことができる。(2枚揃った場合は、そのまま外すまで継続)

 

しりとり  参加人数:13人

基本ルールは一般的なしりとりに準ずる。ただし、使用できるワードは学校内に存在する固有名詞のみ。1人持ち時間5秒以内に有効回答を答えなければ失格。最後の1人が残っていたクラスの勝利。

順番は種目決定後に司令塔が参加生徒を選んだ際の順番とし、1番目の生徒同士がじゃんけんをして勝った生徒のクラスから交互に選んでいく。(お互いのクラスを合わせた順番で円になって座る)

司令塔はゲーム中、一度だけ参加者の1名の順番を任意の順に変更できる。(その間、5秒カウントはストップするが、10秒以内に変更場所を指定する必要がある)

 

山手線ゲーム 参加人数:9人

一般的な山手線ゲームのルールに準ずる。課題は学校が用意したものをランダムに発表。1人持ち時間5秒以内に有効回答を答えなければ失格。最後の1人が残っていたクラスの勝利。

順番はゲーム開始前にランダムに数字が割り振られ、数字順にお互いのクラスが交互に回答していく。(お互いのクラスを合わせた順番で円になって座る)

司令塔はゲーム中、一度だけ参加者の1名の順番を変更できる。(その間、5秒カウントはストップするが、10秒以内に変更場所を指定する必要がある)

 

百人一首   参加人数:7人

一般的な百人一首のルールに準ずる。1対1の勝負を同時に7組行い、勝った組が多いクラスの勝利。対戦順番は司令塔が生徒を選択した順番になる。

司令塔は、7組のうち3組まで任意のタイミングで、札の並びを変更することができる。

 

イエスノーゲーム 参加人数:2人

出題者と質問者に分かれ、出題者は学校が用意した複数の解答から1つを選ぶ。質問者は対戦相手の出題者に20回までイエスかノーで答えられる質問をすることができ、解答がわかった時点でその旨を伝え、正解なら残りの質問可能回数分の得点を得る。不正解の場合質問可能回数が2回減り、0になった時点で終了。計3回繰り返し、最終ポイントが高い方の勝利。同点の場合は、正解までにかかった時間の合計が短いクラスの勝ち。

司令塔は各解答に対して、1度質問することができる。この質問は回数を消費しない。

 

空手      参加人数:5人

一般的な空手のルールに準ずる。勝ち抜き戦

司令塔は、一度だけ勝負を無効にし、再戦することができる。

 

柔道       参加人数:3人

一般的な柔道のルールに準ずる。勝ち抜き戦

司令塔は、一度だけ勝負を無効にし、再戦することができる。

 

ボクシング    参加人数:1人

一般的なボクシングのルールに準ずる。3ラウンド戦。決着がつかなかった場合はサドンデス。

司令塔は、一度だけ勝負を無効にし、再戦することができる。

 

棒倒し      参加人数:16人

一般的な棒倒しのルールに準ずる。3セットマッチ。

司令塔は、一度だけ勝負を無効にし、再戦することができる。

 

相撲       参加人数:6人

一般的な相撲のルールに準ずる。勝ち抜き戦

司令塔は、一度だけ勝負を無効にし、再戦することができる。

 

****************

 

「一之瀬、どう見る?」

 

種目を確認した神崎くんが難しい顔をしている。

 

「格闘技の攻略と椎名さんがどこに出るかがポイントになりそうだね」

 

南雲先輩が開催したリアルケイドロのミッションで神経衰弱をした椎名さんが無双状態だったと聞いている。なんでも勝てたのは綾小路くんと坂柳さんだけだったとか。

それが今回の種目に入っているのは見過ごせない。

ただ、彼女はDクラス内で学力も高い生徒。私たちが選んだ種目は全て学力テストだから、その対策でこっちの種目に出てくる可能性もある。

 

「一つ俺からも注目したいポイントがある。椎名派の考えたであろう種目は司令塔の介入の影響が大きく、龍園派の方の種目は司令塔の介入は最低限だ」

 

「そうだね。うーん、これは……」

 

椎名さんクラスの司令塔は、諸藤りかさん。彼女の能力に信頼をおいているかどうかの違い、じゃないはず。

 

「これはあからさまな誘いなんじゃないか?」

 

「どういうことだよ、神崎」

 

神崎くんも私と同じ考えみたい。

ピンと来ていないクラスメイトを代表して柴田くんが聞き返す。

 

「先日のDクラスの内輪揉めは演技で、椎名派の種目から目を逸らすための作戦だったと俺たちは結論づけた」

 

「一之瀬の話だとそういうことだったよな」

 

「だが、言葉を選ばずに言うが、一之瀬と諸藤が勝負すれば、一之瀬の勝率が圧倒的に高い」

 

「うん!帆波ちゃんが負けるはずないよ」

 

自信満々に答える千尋ちゃん。嬉しいけどちょっと恥ずかしい。

 

「つまり、普通なら司令塔の介入が極力影響しないルールで作ってくるはず。それがそうなっていない時点で、龍園派の種目で勝負します、と言っているようなものだ」

 

「あー、ってことは、この前のはやっぱり演技じゃなくて龍園たちが司令塔を無視できるように準備してるってことか」

 

うんうんと元気よく頷く柴田くん。

既存の情報だけみると、龍園くんたちが自分たちのクラスの種目を担当する攻撃チーム。椎名さんたちが私たちの種目の攻略を担当する守備チームに分かれている、と捉えた方がしっくりくる。

だけど、今回は相手が相手……。

 

「残念だけど、そこまでシンプルじゃないかもしれないよ。ただ、私たちの方針は変わらない。どの種目を選んできても対応できるように特訓するだけ。私も司令塔として頑張るから、みんなもよろしくね!」

 

「おー!」とクラスメイトから活気に満ちた返事を貰えた。

司令塔としてクラスの役に立てる場面が多いならそれに越したことはない。

椎名さんたちは奇をてらったつもりかもしれないけど、このくらいじゃ私たちは迷わない。

 

これまでがそうだったように、みんなで協力し合えばきっと乗り越えられる。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

放課後の生徒会。

どの学年も特別試験期間中で部活動は休みだが、生徒会は卒業式の準備があるため活動していた。

 

「綾小路、お前、字が綺麗なんだってな」

 

なんちゃって学風の南雲がニヤリと笑いながら話しかけてくる。

つまりロクな話じゃない。

 

「それでオレに何をさせたいんですか?」

 

「まだ褒めただけだろ」

 

「南雲先輩が褒めるなんて裏があると考えるのが普通ですから」

 

「チッかわいくねー野郎だ。ま、その通りなんだが」

 

この無駄なやり取りを省きたいと本題に入るように促したのに、結局一言二言と多くなっていく。

全くもって面倒だが、少しでも会話を長引かせ、相手から情報を引き出す、南雲の処世術なのだろう。

それならそれでオレも然るべき対応を取らせてもらうだけ。

 

「喜べ綾小路。デジタル主流の現代社会じゃ出番が少なくなったその特技を活かせる場をやるよ」

 

「ワーイ、ウレシイナー」

 

「卒業証書に卒業生の名前を書く重要で名誉ある仕事を任せる。なんと言っても高育の卒業証書だ、一生の宝にするヤツも多いんだぜ」

 

「ワーイ、ウレシイナー」

 

南雲はいつものしたり顔で卒業生のリストと大量の卒業証書に筆ペンを目の前に置いてきた。

 

「ちなみに予備はないから書き損じるなよ」

 

「ワーイ、ウレ……予備がないなんてことあり得ますか?」

 

「資源は無駄にできないからな、SDGsってやつさ」

 

ただの嫌がらせのための言い訳にされるSDGs。

何でもSDGsといえば許されると思ったら大間違いだ。

 

とはいえ、書き間違いが生死を分ける環境で育った身としては、このぐらいの作業で書き損じることなどそれこそあり得ない。

 

南雲としては嫌がらせのつもりなんだろうが、お安いご用意というやつだ。

 

「今回の卒業式用の特注品だからな。ミスったら発注し直し。式までの納期を考えると特急仕上げの追加料金で最少100枚からの注文になる。もちろん、ミスったヤツの自腹だぜ」

 

早速書き始めると、無駄とは知らずにプレッシャーをかけてくる南雲。

外見が変わっても中身は変わらなかったな。

 

「これが上手くいったら、卒業式の演出で書道パフォーマンスさせてやるよ。大きな紙にドデカくエールの言葉を書くなんてどうだ?」

 

「え!?それは良いアイディアですね、南雲先輩」

 

のるな、一之瀬。

遠巻きに様子を伺っていた一之瀬もこちらに寄ってくる。

……ここであえて書き損じて、話をなかったことにした方が楽か?

いや、書道パフォーマンスをサプライズで実施すれば、少なくとも橘は喜んでくれそうだな……。

 

「あー、卒業式の立看板とかも綾小路に作ってもらうかー」

 

「いいですね、綾小路くんクオリティなら先輩方も感動すると思います」

 

順調に書き上げているのが気に入らないのか、次々と仕事を追加してくる。

よほど、この学スタイルにさせられたことを根に持っているのか。

 

だが、何を言われようと動揺することはない。

 

Aクラス分が終わり、Bクラスの最初の1人の名前を書こうとした時だった。

 

「頼もうっ!!」

 

勢いよく生徒会室のドアが開き、振動と大きな声が室内に響き渡り、閉め切っていた生徒会室に風が入り込む。

 

「あ……」

 

その風圧で卒業証書の束が数枚ふわっと浮き上がる。

 

そして、お約束の展開とでも言えばいいのか、狙ったかのようにオレの手元にサッと舞い落ちてくる。

 

すでに筆ペンを持った手は真下の証書に文字を記す体制に入っているが、今から引きあげて間に合うか、どうか。

 

と、その時だった。

 

オレの真後ろで様子を見ていた一之瀬が左手で素早く紙を押さえ、もう片方の手でオレの手を握り、卒業証書にペン先が接触しないよう見事止めてみせた。

 

もちろん背後でそんな動きをされれば、必然、背中に別の温もりを感じることとなる。

 

「わわっ、ごめんね。危ないと思って咄嗟に」

 

ちょっとだけ間を空けて、ハッとしたように一之瀬が飛びのく。

 

「いやこちらこそ助かった」

 

たとえ一之瀬が人類最速の反射神経の持ち主だったとしても、あのタイミングで防ぐことは難しいのではないだろうか。

例外があるとすれば、事前にそうなると予測していた場合のみ……。

 

しかし深く考察するまでもなく、その疑問は生徒会室へ入室してきた人物たちを見て解決する。

 

「柴田、騒がしいぞ。生徒会の皆さん、すみませんでした」

 

「ちょっと気合入り過ぎちまった」

 

入口には神崎と柴田をはじめとしたBクラスの男子が数名立っている。

 

「みんなお疲れ!待ってたよ。それじゃ綾小路くん、行こうか!」

 

「行こうか?」

 

「うん、約束通りみんなを鍛えてもらいたくて」

 

「なるほど……」

 

昨日の賭けの話か。ここまで話題にしてこなかったことを不思議に思っていたが……この話しぶりだと賭けは一之瀬の勝ちだったようだ。

 

「おいおい帆波、綾小路には卒業証書を書くっていう仕事が――」

 

「別に急ぎじゃないですよね?最悪前日までにあればいいもののはずですし」

 

「そりゃそうだが……」

 

「安心してください、南雲先輩。綾小路くんの実力ならそんなにお待たせしないのは見ての通りですから」

 

既に完了している3年Aクラス分の卒業証書を指さす。

 

「まぁそうだな。なら今やってしまっても――」

 

「そういうことで今日はこの辺りで失礼しますね。お疲れ様でしたー」

 

元気よく挨拶する一之瀬は「行こっ」とオレの手を引っ張り、生徒会室から退室する。

 

「なぁ神崎、俺たちわざわざ生徒会室に来る必要あったか?玄関で待ち合わせとかでも良かった気がすんだけど……」

 

「そうだな、生徒会の仕事に追われていた綾小路を連れ出すきっかけが欲しかったとかじゃないか」

 

「なるほど、さすが一之瀬だぜ」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

そうしてやってきたのは武道場。

 

「これが椎名さんクラスが選んだ種目だよ」

 

横にいる一之瀬がグッと近づき、携帯の画面を見せてくる。

以前一之瀬に匿名の生徒へのポイントの振り込み方を教えた時を思い出し、その時とは似て非なる行動になんとも言えない気持ちになる。

 

「綾小路くん?」

 

「いや、なんでもない」

 

至近距離で不思議そうにオレを見上げる一之瀬から視線を携帯画面へ移す。

確かに運動系の種目とそうでない種目が半々だ。

だが、それ以上に注目する点はいくつもありそうだな。

 

「具体的なコメントは控えるが、一筋縄じゃいかないだろうな」

 

「だよね……。ただ私たちは私たちのやり方を貫いて勝負するつもり。考えすぎたら相手の思う壺だから」

 

「そう決めたならそれでいいんじゃないか」

 

「うん。だから神崎くんたちのことはお願いするね」

 

「約束だからな。ただ、絶対に勝てるようになる、という保証はできない」

 

仮に、確実にアルベルトを倒す実力を一週間で身につけるカリキュラムを組んだとしたら、本番前に全員力尽きて不戦敗になる。

 

「綾小路、俺たちも先月からジムに通い始めて基礎体力は向上している。遠慮なくしごいてくれ」

 

「あいつらにはリベンジしてやりたいと思ってたんだ、ド派手な必殺技とか教えてくれよ」

 

神崎と柴田をはじめ、他の男子もやる気に満ちていた。

クラス全体の前向きな姿勢とモチベーションの高さは、他クラスとは比べ物にならない。

それだけに惜しいクラスとも言える。

 

「綾小路くん、あとはよろしくね」

 

「一之瀬は……他の種目のケアか」

 

「うん。司令塔としてやることが多いから、なるべくみんなの練習に顔を出すことにしたんだ」

 

「そうか。大変だな」

 

「そんなことないよ。みんなの力になれるならこれぐらいなんてことないから。それに……今日はたくさんパワーをもらえたし

 

「ん?」

 

「ううん。それじゃ、またね、綾小路くん」

 

「ああ」

 

元気よく走り去っていった一之瀬。

 

「さて……」

 

こちらの指導はどうするか。一週間でできることは限られている。

 

「今の実力を測りたい。全員で構わないから、本気でかかってきてくれ」

 

「え、マジで?この人数だぜ?」

 

「遠慮はいらない」

 

オレも久しくちゃんと身体を動かしていなかったからな。鈍った感覚を取り戻す準備運動ぐらいにはなるだろう。

 

その日からしばらくの間、放課後になると武道場から様々な断末魔が絶え間なく聞こえ続けることとなった。

あとから知ったが、近くを通った生徒たちの証言から、地獄の門が開いていたとか退学者の亡霊が集まっていたとかそんな怪談話として噂になったらしい。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

綾小路くんに格闘技対策チームを任せて、私は他のクラスメイト達の元へ向かう。

まずは、しりとり対策チームの麻子ちゃん、渡辺くんたちのグループ。

 

「お、一之瀬!丁度いいところに来てくれた。Dクラスの戦術がわかったかもしれない」

 

「ホント?」

 

自信たっぷりに渡辺くんが報告してくれる。

 

「ああ。学校内にある固有名詞ってところがポイントだと思うんだ。普通しりとりって固有名詞はナシの場合があるのに、今回逆だから不思議に思ってさ」

 

「そうだね。人の名前とかアリにしちゃうと収拾がつかなくなっちゃうし」

 

「特別試験として、ただのしりとりだと範囲が広すぎて時間の制約上、許可されなかった。だから、学校内の固有名詞って範囲を絞ってOKをもらったんじゃないかなって」

 

麻子ちゃんが経緯を補足をしてくれる。

 

「でも、わざわざ固有名詞にしたってことは意味があると思うの」

 

「そこでみんなで考えたんだけどさ、Dクラスが企んでるのは、当日色んなものを教室に置いておくって戦略なんじゃないかって」

 

「例えば、しりとりで難関の『る』なら、お茶の『ルイボスティー』とか風邪薬の『ル●』とかお菓子の『ルマン●』を準備しておけば簡単に答えられるよね」

 

「ってことで、俺たちも攻撃用に最後の文字が同じものをたくさん用意して、一点突破で相手の準備したワード切れを狙うってのはどうよ」

 

渡辺くんと麻子ちゃんが交互に説明してくれる。攻略の糸口を掴むことができた興奮が伝わってきて、私も嬉しくなってくる。

 

「うん、これはすごい良い作戦だと思う。みんなに任せて正解だったよ。この調子でよろしくね!」

 

「おう」

 

その後、しりとりの練習に付き合い、司令塔の介入のタイミングをみんなで相談していく。

山手線ゲームもだけど、この介入ルールは、答えがパッと浮かばずにアウトになりそうなクラスメイトを救うためのもの。誰を残すかも含めタイミングが重要になる。

 

次は神経衰弱のグループ。

ここは千尋ちゃんと夢ちゃんが率先してまとめ役をしてくれていた。

 

「あー、またハズレ。トランプの柄が全部帆波ちゃんだったら覚えられるのに……」

 

「でもアタリは隣のカードだったし、惜しかったよ」

 

「みんな調子はどう?」

 

「帆波ちゃん!」

 

「わわっ」

 

有無を言わさず千尋ちゃんが抱きついてきた。

こういう時の千尋ちゃんはストレスが溜まっている時。優しく頭を撫でる。

 

「実は椎名さんの攻略方法が全然思いつかなくて。とにかく練習しながら考えていこうってことになったんだけど……」

 

私の胸に顔を埋めたままの千尋ちゃんに代わって、夢ちゃんが状況を教えてくれる。

 

「なるほど……。シンプルな分、抜け穴的な攻略方法がないってことだよね。うーん、だったらこっちはチームワークを活かして戦うのはどうかな?」

 

「どういうこと?」

 

むくっと顔をあげた千尋ちゃんが尋ねてくる。

 

「今のところの脅威は椎名さんだけだよね。でもこの種目は4対4だから、椎名さんの番になる前に、その時点で判明している札を全部取っちゃえば、椎名さんは運に頼るしかなくなる」

 

「わぁ、さすが帆波ちゃん!」

 

「でも私たちにそんなことできるかな……」

 

「そこでいざとなったら司令塔の私の出番だよ。椎名さんに回るまでになるべく多くの札をめくってもらえたら、椎名さんの直前で司令塔の介入を使って大量にゲットする。上手くいけばそのリードを保つだけで、追いつけなくできるかもしれない」

 

「それだよ!それでいこうよ、みんな」

 

「うん、私たちも賛成ー」

 

まさか生徒会で頻繁にトランプをしていた経験が、特別試験の役に立つ日が来るとは思わなかったよ。

ありがとうございます、橘先輩。きっとこういう事態を予測して私たちに経験を積ませてくれてたんですね。

 

「あとはその練習だね!私も付き合うから頑張ろう」

 

最後に訪れたのは、イエスノーゲームの対策チーム。

これは浜口くんと別府くんのコンビにお願いしていた。冷静に物事を見れる浜口くん向きのゲーム。

彼なら上手く答えにたどり着けると見込んでのもの。

 

「一之瀬さん、お疲れ様です」

 

「お疲れ!うまくできそう?」

 

「はい、何度か模擬戦をしてみましたが、コツを掴めば答えにたどり着くこと自体は難しくないですね」

 

「そっか。浜口くんたちにお願いしてよかったよ」

 

「あとはどれだけ質問数を残して答えられるか試行錯誤あるのみだと思います」

 

「うん。出題は学校がする以上、不正はできないだろうし、これもシンプルな実力勝負になりそうだね」

 

「同意です。この種目を用意したということは、自信のある生徒がいてのことでしょうから」

 

「司令塔にも質問権があるから、練習に付き合うよ」

 

「ぜひ」

 

こうして各対策チームと練習に励んでいたら、あっという間に1週間が過ぎていって、いよいよ試験本番の日がやってきた。

 






各種目で原作に出てきたもの、似たようなものはルールを簡略化して記載しています。
(各種目制限時間などもありますが、チェス以外に特にそれが話に絡むこともなかったため割愛しています)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アクシュ

試験当日。

 

結果次第ではクラス変動はもちろん、退学者が出る可能性もある、学年最後の特別試験。

 

「おはよーきよぽん」

 

「清隆くん、おはよう」

 

登校のため学生寮のロビーへ降りたところで波瑠加と愛里に遭遇した。

 

「今日はいよいよ本番だね……」

 

「そうだな」

 

「今日まで一緒にリレーの練習とかしてきたけど、結局どの種目に出ることになるんだろう……。私が負けたせいで堀北さんが退学になっちゃったらと思うと……」

 

愛里が不安そうな顔で俯く。

自分が原因で退学者が出ることへの罪悪感なのか、それとも純粋に堀北を退学にしたくないからなのか。

 

「愛里、朝からずっとこんな調子でさ。きよぽんからも何か言ってあげてよ」

 

「せっかくなら2人の歌は聴きたいところだ」

 

「き、清隆くん」

 

「こらこらきよぽん。変なプレッシャーかけない」

 

「2人がいつも通りの力を発揮できれば1勝はもらったようなものじゃないか?」

 

「おーい、聞いてるー??」

 

「あぅぅ」

 

少しからかいすぎたか。

 

だが、この緊張は良い変化でもある。

これまで自分が退学にならないように取り組む程度だった2人が、試験での結果を強く意識している証拠だからだ。

この前の種目の提案といい、何が2人の意識を変えたのか……。

 

「今のうちに緊張しておけば、本番までには落ち着くと思うぞ」

 

「荒療治すぎない?」

 

「そうか?」

 

「清隆くんって、意外と攻めるタイプ、だよね。私は、嫌じゃないけど……」

 

「愛里もこう言ってるし、いいんじゃないか?」

 

「はぁー、まぁなんだか肩の力は抜けたかも」

 

「それは何よりだ」

 

「褒めてないからね?ぶっちゃけ、私たちはきよぽんとは違ってAクラス相手にどこまでやれるかわかんないし、不安に思っちゃうんだよね。……だからさ、きよぽんにちょぉっとお願いがあるんだけど」

 

「よくわからないが、オレにできることなら遠慮なく言ってくれ」

 

「さっすがきよぽん。ほら愛里、遠慮しないで言っちゃいな」

 

「えっとね、頑張るための勇気を貰えたら……なんて」

 

「勇気?……つまりどうすればいいんだ?」

 

残念ながら勇気なんてものは所持していないし、譲渡する方法も知らない。

 

「じゃあ……手を繋いで、くれない、かな?」

 

「それぐらいでいいなら」

 

「ありがと……」

 

このぐらいで勇気を与えることができるかは甚だ疑問だが、ホワイトデーの握手会に愛里は参加できなかったからな。

握手がどんなものだったか気になって試験に集中できない、と言いたかったのかもしれない。

 

良くも悪くも慣れてしまった手つきで愛里の手を握る。

 

少しだけ震えていた愛里の手だったが、お互いの温もりがての全体に広がってくる頃には、すっかり収まっていた。

 

「うん、頑張れる気がしてきたよ」

 

「それはなによりだ」

 

手を離す頃には愛里は活気に満ちていた。

数多の握手を経験し、いつの間にかハンドパワーを宿していた、わけはないか。

 

「愛里大胆ー」

 

「ほら、波瑠加ちゃんも」

 

「えっ、私は別に……」

 

「遠慮はナシだよね。清隆くん、お願いっ」

 

「あ、ああ」

 

波瑠加とはこの前、繋いだばかりだが、効果はあるのだろうか。

 

「……」

 

「……」

 

「も、もうダイジョウブ。ワタシモゼッコウチョウ」

 

愛里とは逆に、緊張が増しているような気がする……。

 

その後は試験について2人の予想を聞きながら一緒に登校した。

 

実際、堀北が何の種目を選ぶつもりなのか、オレも把握してない。

 

この一年で堀北がどれだけ成長したのか見定める機会であると考え、放任することにした。

結果、力及ばず退学になるのであれば、それまでの存在だったということ。

堀北が退学になると巡り巡ってオレの食生活の質が下がることになるが、考えた結果、それは必要経費だと割り切ることにした。

 

念のため、堀北が認知できない不安要素ということで、櫛田だけはチョコ北を渡すことを交換条件に真面目に取り組むよう買収済み。

ただ、櫛田にとっては活躍することが自分への称賛に繋がるため、何もしなくとも結果は変わらなかったかもしれない。

 

 

教室に入ると、特別試験前独特の緊張感が漂っていた。

いつもは教室で賑やかに談笑している麻耶や恵の様子を見てみても、とても静かだ。

目が合うと軽く手を振り笑顔を見せてくるもぎこちなさがある。

 

また握手の出番か?

 

そんなことを考えながら席へ向かうと、本日のキーパーソン、隣人堀北はじっと窓の外を眺めている。

 

「この試験で負けたら私は退学ね」

 

「らしくないな、負けた時のことを考えるなんて」

 

流石の堀北も少しナーバスになっているのだろうか。

いや、堀北に限ってそれはないだろう。

 

「ねぇ綾小路くん、わたし、最後の一歩を踏み出す勇気が欲しいの」

 

……そんなことあるのか?天地がひっくり返ったような衝撃を受ける。

 

実に堀北らしくない、潤んだ瞳に少し艶っぽい表情でオレを見つめてくる。

登校中の愛里とのやりとりがフラッシュバックした。

思わぬところで再び握手の出番が来たか。確かに堀北も握手会は不参加だった。

 

……だが、堀北相手の回答に正解はひとつしかない。

そうだろ、堀北。……そうだよな、堀北?

 

「勝ったらまた学チョコを作ってやる」

 

「絶対に勝ってくるわっ!!」

 

勢いよく教室を出て、多目的室へ向かう堀北。

よかった、天地はひっくり返らず、堀北ロードは兄妹直通の一本道だった。

 

どうせ櫛田用にチョコ北を作る必要がある。

 

これぐらいでパフォーマンスが上がるなら安いものだ。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「帆波ちゃん、いってらっしゃい」

 

「うん!みんな今日はよろしくね!」

 

Bクラスのみんなから送り出されて、司令塔の拠点となる特別棟の多目的室を目指す。

 

今日までやれることは妥協なく取り組んできた。

私たちが勝った場合は――諸藤さんが退学になってしまうけど、それを背負うだけの……覚悟もある。

 

あとは仲間を信じて戦うだけ。

 

多目的室の前に到着すると、すでに先客の姿があった。

 

「おはよー、堀北さん」

 

「ええ、おはよう」

 

力強く挨拶を返してくれた堀北さんは、これまで見たことがないぐらい活力と自信に溢れているように見える。

 

「残念ながら4人揃わないと入室できないそうよ」

 

「そうなんだ。公平性を保つため……とかかな」

 

諸藤さんと同様に堀北さんもプロテクトポイントを持っていない司令塔。

それを感じさせない様子に私は思わず尋ねてしまう。

 

「負けたら退学になっちゃうのに、不安とかなさそうだね?」

 

これから決死の闘いに向かう相手に対して、実にデリカシーのない質問。

でも、なぜだか聞かずにはいられなかった。

 

「私は絶対に勝たなくてはいけないの。今は勝利しか見えていないわ」

 

無粋な質問にも嫌な顔ひとつせずに、そう言い切る圧倒的な自信。

 

ちょっとしたことで弱って逃げ腰になってしまう私とは大違いで、羨ましく感じる。

私もあれだけの自信を持つことができたら……。

ううん、それはないものねだり。

 

私には私の武器がある。

この一年でそれに気づかせてもらった。

 

堀北さんは堀北さん、私は私だ。

 

退学を恐れず正面から立ち向かうのも、退学を回避するために回り道するのも、それぞれの信念に基づいているのだから、正解も不正解もない。

 

「よしっ!」

 

手のひらで両頬を叩き気合いを入れる。

 

「……一之瀬さん、いい顔をするようになったわね」

 

「それはお互い様だよ」

 

他クラスの私からみても、出会った頃と比べて堀北さんは変わった。

もちろん、いい意味で。

彼女自身の努力の成果でもあるんだろうけど、少なからず彼の影響も感じる。

 

いいな、同じクラスで……。

ほんの少しだけ、じくりと胸を刺す痛みを感じた。

 

「2人とも随分早く到着したようだな」

 

「おはよー、葛城くん」

 

廊下の先に現れたガッチリとした巨体――葛城くんが合流する。

このガタイで頭脳派な上に人望もある葛城くんはまさに強敵だと思う。

 

「堀北、最初に断っておくが、お前が退学になろうとこちらは手を抜く気は一切ない」

 

「ええ、そんなことは期待していないわ。Aクラスはいずれ越えないといけない壁。正面から破らせてもらう」

 

「それを聞いて安心した。今日は互いにベストを尽くそう」

 

「そうでなければ困るわ」

 

葛城くんが差し出した手を握り返す堀北さん。

 

騙し騙されが日常化しているこの学校で、スポーツマンシップのようなものを見ることができるなんて……堀北元生徒会長が目指していた学校はきっとこんな世界だったのだろう。

だったら私もその意志を引き継いでいきたい。

大事な試験前だけれど、そんな風に思えた。

 

「あとは諸藤さんだけね」

 

「こうも遅いと何か企みがあるのかもしれん。……例えばだが、龍園が高笑いしながら代理として登場する可能性もなくはない」

 

「まさかまさかー。そんなことな……いとも言い切れないのが怖いところだね。動揺させるためにそれぐらいならやってきそうかも」

 

司令塔の代理を認めさせる何らかの手があるなら、龍園くんがその選択をしても――。

 

「ご安心を。司令塔は私のままです」

 

気配もなくスッと現れた諸藤さん。

 

「わわっ、おはよう、諸藤さん」

 

「はい、おはようございます。今日はお手柔らかに、と言いたいところですが、強敵を倒さなくては意味がありません。情けはいりませんので全力でかかってきてください」

 

「言うねー。勝敗はともかく私たちはいつでも全力だから安心して欲しいかな」

 

諸藤さんも覚悟は決まっているようでほっとした。

 

もし、退学に恐怖し震え泣きじゃくり助けを求められた場合、私は正しい決断ができたかどうか……。

 

いや、余計なことを考えるのはよそう。

 

確かなことは、ひよりさんたちはその手の戦略で攻めてくるつもりはない、ということ。

それがわかっただけでもありがたい。

 

「それじゃ、みんな揃ったことだし入ろうか」

 

率先して多目的室に入ると、前回来た時にはなかった壁が作られていて、部屋が丁度2つに分けられている。

防音性も高そうだけど、わざわざこんなことに時間とお金をかけるのなら、他の空き教室を2つ使えばいいんじゃないかな?と思わなくもない。

 

「AクラスとCクラスはあっちに、BクラスとDクラスはこっちに来るように」

 

中で待機していた真嶋先生の指示で、各々の対戦スペースに移動する。

 

「試験はこれから5分後にスタートする」

 

私たちの方は真嶋先生と茶柱先生が担当するみたいで、2人で最終確認らしきことを始めていた。

 

不意に訪れた諸藤さんと2人きりの時間。

せっかくだから少し探りを入れてみることにする。

 

「龍園くんと椎名さんとで揉めてたみたいだけど、大丈夫だった?」

 

「その件でしたらご心配なく」

 

「ただならぬ空気だったから少し心配してたんだけど、大丈夫ならよかったよ。……そういえばあの日、諸藤さんはいなかったよね?」

 

取り付く島もない諸藤さんのそっけない返事。

情報を漏らさないために私との会話を避けているのかもしれない。

それならと、あの日――椎名さんと龍園くんの茶番劇中に司令塔の諸藤さんがいなかった点について尋ねてみる。

あのやりとりが何かしらの策で、諸藤さんが裏で画策していたのなら、私が勘づいていることを装えば、そこから崩していけるかもしれない。

 

「あー、あの辺りは毎日のように王子と一緒に色々してましたから」

 

「うんんん?毎日?色々?綾小路くんと?」

 

相手から情報を引き出すつもりが、予想だにしない回答にクロスカウンターをもらってしまったような気持ちになる。

 

「そんなことより――」

 

「そんなこと……」

 

「一之瀬さんは何か勘違いしているようなので正しておきます」

 

「勘違い?」

 

「龍園くんと椎名さんは、あなた方を騙すために敵対したわけではない、と言うことです」

 

「つまり、茶番じゃなく本当に決裂してたってこと?その言葉をそのまま信じろって言うのはいくらなんでも無理があるよ」

 

「ええ、構いませんよ。どう捉えるかはあなた次第ですから」

 

諸藤さんは、こちらを挑発するわけでも、自分たちを卑下するわけでもなく、ただ淡々と言葉を並べていく。

 

決して下に見ていたわけじゃないけど、油断できない相手と認識を改めなくてはいけない。

 

「それでは試験を開始する。まずは席について、各クラス5種目を選択、決定するように」

 

席に置かれたモニターには、私を除いたクラスメイト39人と用意した10種目が表示されていた。

 

情報は引き出せなかったけど、やることは変わらない。

みんなで準備してきた対策を信じるだけ。

 

そうして私は予定通りの5種目を選択していった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ついにこの日がやってきましたね、綾小路くん。あまりに楽しみで昨晩はなかなか寝つけませんでした」

 

堀北が出て行った後、少しだけ話せないかと坂柳から連絡が来た。

指定された場所に到着するなり、坂柳は言葉通り嬉しそうに笑みを浮かべてそう切り出した。

 

「ついに、と言われても、オレにとっては昨日も今日も変わらない1日なんだがな」

 

「ふふっ、つれないんですから。ですが、その認識はこれから覆ることになります。あなたにとっても忘れられない1日にして差し上げますので」

 

「そんなことになったら、外の世界に出てきた甲斐もあるのかもな」

 

人払いは済んでいるようで周囲には誰もいなかったため、少し踏み込んだ話をしてみる。

 

「ええ。あなたには伝えたいことがたくさんございます。私がいる限りここにきたことを後悔はさせません」

 

「それはまた随分な自信だ」

 

「長い間、この瞬間を待たされ続けましたから、言葉に熱も入ります。ただ口だけの誇張ではございませんよ、それをこれから証明してみせます。幸運にも今回はお互いの力を出しきるのに丁度良い試験です。綾小路くんもぜひ全力で向かってきてくださいね」

 

「それに値する力を見せてくれるんだったらな」

 

「ええ、それはもちろん。……名残惜しいですが、そろそろ試験開始時刻のようです。次は私たちだけの勝負の場でお会いしましょう」

 

「あぁ」

 

勝負前に心理戦のひとつやふたつ仕掛けてくるのかと思ったのだが、簡単な宣戦布告だけで話が終了し特に裏もなさそうだ。

不可解な行動ではあるが、それだけこの勝負を心待ちにしていた、ということなのかもしれない。

 

教室に戻ったところで、ちょうど試験スタート5分前とモニターに表示されていた。

モニターはこの試験用に2台設置されており、そこに司令塔の選択結果や種目の様子が映し出されるようだ。

 

表示されていた数字は、4、3、2、1と減っていき、教室のスピーカーから試験開始の知らせが流れた。

 

まずは5種目の選択だが、堀北はどんな手を見せてくれるのか。

 

程なくして、互いのクラスが選択した種目が左右ぞれぞれのモニターに表示される。

 

Aクラスの5種目

・チェス

・英語テスト

・現代文テスト

・数学テスト

・テニス

 

Cクラスの5種目

・バスケ

・弓道

・水泳

・テント組み立て競争

・男女混合リレー

 

嘘だろ……。

堀北のヤツ、やりやがった。

リレーはあくまでオレが出ると思わせるブラフと言っていたにも関わらず、なぬ食わぬ顔で本採用している。

 

どうするんだ、さっき坂柳ウキウキで『次は私たちだけの勝負の場で〜』とか言ってたんだぞ。

今頃教室でどんな顔をしているか……。オレは無関係で堀北の独断専行だと主張しても信じてもらえるかどうか。

 

たとえ堀北を問い詰めたとしても

『敵を騙すにはまずは味方からよ。あなたほどの人間がそんなことも知らない、なんてことはないわよね?』とか言ってくるんだろうな。

 

来年度から堀北退学させ隊に坂柳も仲間入りだ。良かったな櫛田、仲間が増えたぞ。

 

そんな現実逃避をしている間に抽選が始まり、最初の対戦種目が選ばれ、両モニターに表示された。

 

皮肉にも『男女混合リレー』の文字が大きく映し出されている。

先にチェスが選ばれれば話は違ったかもしれないだけに、坂柳のツキのなさを感じる。

いやあるいは……。

 

これから参加メンバーを司令塔が選んだのち、選ばれた生徒は着替えを済ませて、種目の会場に向かうことになる。

 

ああ、試験後の嫌な未来のことは、ひとっ走りして忘れるか……。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「うわっ、だから言ったんだよ、姫さん。ヤツらの本命はリレーだって!俺は何度も練習しようぜって進言したよな。あーあ、綾小路爆走で一敗確定かよ」

 

「橋本、口を慎め」

 

「でもよ、鬼頭。俺らがみっちり練習して出場すれば勝てたかもしれないんだぜ?お前は納得できんのかよ」

 

「これも坂柳の策のうちに違いない。向こうは綾小路以外にも足の速い生徒は多い。この種目ははなから捨て種目。俺たちにはそれぞれ負うべき(担当種目)があるのも承知のはずだ」

 

「いや、でもよ……」

 

「橋本くん、取り乱すなんて見苦しいですよ。大人しく葛城くんの判断を見守ろうじゃありませんか」

 

「そう言う姫さんだって、さっきから貧乏ゆすりが酷いぜ?あと杖で床をカツカツすんのもさ――」

 

「なにかおっしゃいましたか?」

 

「い、いや、何も……葛城がんばれー」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

体操着の準備をしようとしたところで、リレーに参加する生徒が表示された。

 

右のモニターに表示されたAクラスのメンバーを見ると、データ上では運動が苦手で、学力も控えめな(それでもCクラスの中堅以上の学力だが)生徒が選ばれている。

堅実な葛城のことだ、捨て種目と割り切ったのだろう。

そもそも、向こうもリレーはブラフだと考えていただろうから特に対策はしていなかった可能性が高い。

つまり相手の裏を突いたという意味では堀北の策は間違っていないわけだ、坂柳の反感を買い、オレが面倒ごとに巻き込まれることに目を瞑れば。

 

モニターには参加生徒の移動指示が出ている。

 

オレも行ってくるかと体操服を手に席を立つ。

 

「どうしたんだ、清隆。急に立ち上がって」

 

前の席の明人から呼び止められた。

 

「どうもこうも、これからリレーだろ?」

 

「そうだけど、清隆は選ばれてないぜ」

 

「ん?」

 

明人に指摘されて自クラスの出場生徒が表示されたモニターを見る。

どうせオレが走って終わりだと、こっちの参加メンバーを確認していなかった。

 

出場メンバーは、愛里、波瑠加、鬼塚、沖谷の4人。

 

そこでやっと堀北の真意に気づく。ブラフとしての使用はここまで含めて、ブラフだったのか。

 

「うーん、リレーならまぁどうにかなるかもって感じ」

 

「テストよりは全然いいよね」

 

波瑠加と愛里が席を立ったので声をかける。

 

「2人とも応援してる」

 

「ありがとう。行ってくるね、清隆くん」

 

そう返事をした愛里はとても落ち着いていた。

 

しばらくしてモニターにグラウンドの様子が映し出された。

 

「観ろよ、佐倉のやつ、雫ちゃんモードだぜ!」

 

「ひゃっほーい」

 

画面に釘付けになる男子生徒たちから、ゴールもしていないのに歓声が上がる。

髪を束ね、伊達メガネを取り、準備運動する愛里の姿はなかなか様になっていた。

 

司令塔の介入で1名だけ選手を変更することも可能だが、両者とも動かない。

現状Cクラスのメンバーの走力が勝っている計算だが、葛城が足の速い生徒を投入すればAクラスにも勝ち目が出てくるかもしれない。ただ、それならこちらも平田など足の速い生徒と交替するだけ。

こちらの生徒の消費を狙ってあえて変更する手もあるが、そのためにはAクラスもそれなりのカードを切る必要があり、残りのスポーツ種目への対抗札を減らしてしまうことになる。

 

結局、選手の変更はされないままリレーが始まる。

1番手の愛里がAクラス女子を置き去りにして順調にバトンを繋ぐ。

男子の実力は均衡していたが、体育祭から鍛えてきた愛里と波瑠加を前にAクラスの女子生徒では対抗できず、余裕を持ってゴールした。

 

手を取り合い喜ぶ2人の姿がモニターに映し出され、今度こそ正しい歓声が教室に響き渡った。

 

結果だけみると、学力の高い生徒、運動能力に特化した生徒を温存したまま、1勝を獲得できた。

 

オレと坂柳の約束を利用し、司令塔の葛城の性格を踏まえた一手。

堀北ならやりかねないという自分の評価まで勘定に入れているのも面白い。

 

やるじゃないか、堀北。

 

こうして一年最後の特別試験――選抜種目試験はは幸先の良いスタートを切った。

 

 





握手であり、悪手であり、悪種であり……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Bクラス VS Dクラス その① 負けられない戦い

かなり日が空いてしまいましたが、今日から更新頻度上げれそうです、頑張ります!


私たちがBクラスが用意した種目はシンプル。

 

現代文

古典

日本史

世界史

地理

生物

化学

数学

英語

公民

 

どの教科のテストも参加メンバーの合計得点で勝敗を決める。

 

司令塔の介入も全て統一し『3分間、予め指定した生徒1名にアドバイスを送ることができる』というもの。試験に挑んだクラスメイトが何問か間違っても私がカバーできる上に、諸藤さんが司令塔のDクラスにとってはあまりプラスにならない、そんな権利。

 

他にも、国語を現代文と古典に分けたように、普段の試験ではまとまっている科目もあえて細分化することで、相手に的を絞らせず、付け焼き刃の勉強すらさせない作戦。

 

さらに勉強系だけにしたメリットはもう1つあって、学力はこれまでの積み重ねで身についているものだから、この1週間は相手の種目の対策に力を入れることができた。

 

あとは相手の種目を予想しつつ、得意な生徒が多い科目を選んでいく。

 

結果、私が選んだのは

 

・古典      参加人数9人

・日本史    参加人数4人

・化学   参加人数7人

・数学      参加人数6人

・英語      参加人数3人

 

の5科目。

 

Dクラスの選択はどうだろう。

諸藤さんが試験開始前に言ったことが本当であれば、どちらかの種目に偏る可能性もある。

 

お互いが選択を終え、モニターに向こうの選択種目が表示された。

 

・しりとり  参加人数13人

・空手    参加人数5人

・柔道    参加人数3人

・ボクシング 参加人数1人

・棒倒し   参加人数16人

 

えっ!?と思わず驚きの声を上げてしまいそうになるのをグッと堪える。

 

色々予想をしてきたけど、ほとんど龍園くんサイドの種目ばかり。

それだけじゃなくて、確実に入れてくると思っていた神経衰弱もない。

 

椎名さんはこちらの学力テスト要員に回ったってこと……?

もしくは本当に龍園くんが仕切ってる?

 

いや今考えるべきはそこじゃない。

しりとりだって、格闘技だって準備はしてきた。

相手の戦略を看破するのは大事。

でも、それに囚われすぎて仲間たちが全力を出せない采配をしてしまったら本末転倒だ。

 

私たちは私たちの戦い方で勝つ。そうでなければきっと私は――。

 

「中央の大型モニターに抽選結果が表示されるので見るように」

 

真嶋先生から促されて、モニターを見ると画面が切り替わり、抽選中の文字が映る。

 

そして表示された1戦目は――

 

『数学テスト』 参加人数6人 制限時間50分

 

1学年の学習範囲内で学校が用意したテストを解き、合計点が高いほうが勝利。

 

「まずは私たちの種目だね」

 

「そうですね」

 

これまで公表されてきたテストのクラス平均を比べても負ける可能性は限りなく低い。

 

「それでは制限時間内に参加メンバーを選出するように」

 

選出の制限時間は参加人数1人につき約30秒。

6人の今回の種目なら180秒与えられる。

 

格闘技組としりとり組を除き、数学の得意な仲間を数名入れる。

ただ、学力平均の高い私たちのクラスだけど、もちろん勉強が苦手な子もいるため、偏らないように、でもDクラスに負けない組み合わせを考えて調整する。

 

大変な作業ではあるけど、仲間たちのことは頭に入っているため、スムーズにメンバーを決めることができた。

 

そうして60秒ぐらいで選び終え、あとは諸藤さんを待つだけ、と思ってメンバーの決定ボタンを押したら選出タイムが終了になった。

つまり、私より先に諸藤さんはメンバーを決め終えていたことになる。

 

参加者が表示されて、テスト会場へと移動を始めたようだ。

Dクラスのメンバーは、椎名さんや金田くんのような勉強が得意な生徒は選ばれていない。

 

「随分と決めるの早いんだね、諸藤さん」

 

「誰が出ても数学であなたのクラスには勝てませんから」

 

「それはやってみるまでわからないんじゃない?」

 

「根性論で学力が上がるなら、うちのクラスはもう少しマシな成績のはずです」

 

「それはそうかも?」

 

2学期まであの龍園くんに付き従ってきたのだからある意味根性の生徒は多い。

今は無理でも今後もしそのパワーを勉強に向けることができれば……。

 

そんなやりとりを交わしている間にテストがスタートする。

司令塔としてアドバイスができるため、私も画面越しにテスト問題を確認し、一緒に解いていく。

 

そうして残り時間が10分になったところで、司令塔の介入を行い、予め指定しておいた墨田くんへ、ヘッドセットを使って、間違いや未解答部分の答えを伝えていく。

 

こちらの読み通り、諸藤さんは介入権を使用しないようで、黙ってモニターを見つめている。

 

「集計結果を発表する。Bクラス合計510点、Dクラス合計360点。よって1戦目はBクラスの勝利となる」

 

まずは手堅く1勝することができた。

思ったよりも点差があったけど、Dクラスは主戦力を温存して、どこかひと科目にヤマを張って投入してくるかもしれないため油断はできない。

 

2戦目に選ばれたのも私たちのクラスの科目――『日本史テスト』で参加人数は4人。

 

こちらも数学同様にあっさりと勝利することができて、難なく2勝することができた。

 

ただ、ここまでは自分たちの種目だから勝って当然。相手の種目で勝利してこそ、初めて安心できる。

 

各クラス3種目は絶対に抽選されるという仮説が正しければ、確率的にそろそろDクラスの種目がきてもおかしくない。

 

そんな予想が当たって3種目は『柔道』で参加人数3名が選ばれた。

 

私の考えでは、ここでの選択が勝敗を左右する。

 

1番警戒しないといけないのは、アルベルトくん。

 

神崎くんたちがいくら綾小路くんから特訓を受けたとはいっても1週間で彼を倒せる実力には至っていない。

綾小路くんの話では、約束通りアルベルトくん相手で勝利0%が10%になったぐらい、ってことだった。ただし特訓を受けた全員で総当たりできた場合ってつけ加えてきたのはちょっとズルいなとも思ったけど、現実的なラインだし、無茶を言ったのは私の方だしで文句を言えるはずがない。

 

素直に予想するなら彼が出てくるのはボクシング。

根拠は以前見たアルベルトくんの格闘スタイルからなんだけど、それは向こうもわかっているはず。

 

ボクシングをあえて外して、他の格闘技に出てくる可能性も考えられる。

空手でも柔道でも、アルベルトくんの体格と技量があれば無双できるだろう。

 

もしここで、特訓メンバーを投入してアルベルトくんと当たってしまった場合、1敗するだけでなく残りの格闘技での勝利も遠のいてしまう。

 

Dクラスとしてはここは確実に1勝しておきたい局面。

諸藤さんの様子はスタート時から変わらずフラットだけど、内心では焦りを感じていてもおかしくはない。

 

制限時間90秒ぎりぎりまで長考した結果、この柔道には主力を投入しないことにした。

 

3戦目、Dクラスの参加メンバーは『鈴木英俊』『小田拓海』『山田アルベルト』の3人。

 

やった!と心の中でガッツポーズを作る。

 

この1敗は必要経費。

このあとの空手やボクシング、あるいは棒倒しでの脅威を取り除くことができた。

もちろん、まだ龍園くんや石崎くんとか油断できない相手はいるけど、勝率は確実に上がった。

 

柔道の結果は、アルベルトくんのストレート勝ちで、Dクラスの1勝となる。

 

4戦目の種目は『化学テスト』参加人数は7人。

 

ここで勝つことができれば、特別試験の勝利にリーチがかかる。

退学のかかった諸藤さんにはさらにプレッシャーがかかるはず。

 

ただこれで3つ私たちのクラスから種目が選出されたため、仮説が正しければ残り3試合のうち2つは確実にDクラスの種目が選ばれる。

 

手放しでは喜べない状況。残りの種目のことを考えながら慎重にメンバーを決めていく。

 

お互いのメンバーがモニターに表示された。

 

ここでDクラスは金田くんを投入。

他にもDクラスの中では勉強ができると聞いたことがあるメンバーで固まっていた。

 

椎名さんがいないのは気になるけど、Dクラスはこの化学を狙って戦力を温存していたってことだと思う。椎名さんは見るからに文系だし、化学はそこまで得意じゃないのかも。

 

向こうが主戦力できたのなら、私もますます気を抜くことはできない。

司令塔の介入を利用してできるだけサポートする。

 

「化学テストの集計結果を発表する。Bクラス合計630点、Dクラス合計600点。よって4戦目はBクラスの勝利だ」

 

これで3勝目。

他の2教科とは違い接戦になったけど勝つことができた。

 

「さすがBクラスですね。Dクラスとしては学力の最高戦力を投入したんですが、歯が立ちませんでした。一之瀬さんのサポートも大きいように思えます」

 

「褒め言葉として受け取っておくよ」

 

「ええ。ただここまではこちらも予定通りですので」

 

負け惜しみや強がりには見えない。

アルベルトくんはいなくとも、龍園くんたちで残りの種目を勝ち切る算段があるのだろうか。

 

「へー、そうなんだ。じゃぁこれから諸藤さんたちの策が見れるのかな?」

 

「策という話でしたらすでに進行中ですが、お気づきではないご様子ですね」

 

「気づけるほど影響力のある策ではないのかもしれないよ」

 

「それもそうかもしれません。今の話はお忘れください」

 

意味深な言葉を残して、諸藤さんは口を閉じる。

 

……何か見落としがあった?いや、こちらを惑わせるだけの言動?

 

今日の諸藤さんは、綾小路くん(たち)のことで情熱を注いでいる時とは似ても似つかない落ち着いた……というより、なんだろう、例えるなら貧血気味というか、そんな感じの力の抜け方で感情の起伏が少なく、考えが読めない。

 

必死に頭を回転させているうちに、5戦目の抽選結果が発表される。

 

選ばれたのは――『空手』で参加人数5人。

 

神崎くんたちを投入するのはここしかない。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「みんな、この試合で試験の勝ちを決めるぞ!!特訓最終日に綾小路からもらった言葉を思い出せ!!」

 

「「「おうっ!」」」

 

モニターの向こうで柴田くんが空手メンバーで円陣を組んで掛け声をかけている。

 

前日まで特訓を受けていて傷だらけのみんなだけど、心は元気で勝利に向け一丸となっていく空気。

こういう時に柴田くんがまとめてくれるのは助かる。

それはそれとして綾小路くんがどんな激励をしてくれたのかは後で事細かに聞いてみないとだね。

 

でもそんな彼らの様子をみた対戦相手は私とは違った感想を述べていた。

 

「見てくださいよ、龍園さん。すでにBクラスの奴らボロボロじゃないっすか。こりゃあ楽勝っすよ」

 

「はー優等生は負けた時の言い訳作りも優秀ってか」

 

石崎くんや小宮くんがからかうように笑っているけど、みんなは気にも止めないみたい。

 

「先鋒の生徒は前に出るように」

 

「行ってきます」

 

審判を務める体育教師の言葉を受けて、一番手の米津くんがコートに入っていった。

 

「みんなお願い」と心の中でエールを贈る。

 

向こうの先鋒は小宮くん。

 

お互いに礼をして所定の位置に着いた。

 

「勝負始め!!」

 

審判の合図と同時に小宮くんはバスケで鍛えたであろう瞬発力を活かして米津くんへ直進し、右拳を振り上げた。

 

米津くんは一歩も動けない。

 

「おらぁぁー」

 

そんな米津くんに構わず、気合いを入れた小宮くんの拳が振り下ろされる。

 

思わずモニターから目を逸らしたくなるのを堪える。

米津くんの無事を祈ることしかできないから、せめてその雄姿を見届けるのが私の責務だから。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

綾小路からの空手の指導が始まった日。

 

「それで神崎、空手は伝統空手のルールでいいんだな?」

 

「ああ。担任に確認したから間違いない」

 

「フルコンタクトでなかったのは幸いだったな。耐久力勝負になったら、分が悪かった」

 

空手は、主に伝統空手と極真空手の2つのルールに分かれている。

 

伝統空手は、寸止めが基本で、技が決まった際にそれに応じたポイントが入り、1試合3分の間でより多くポイントを取った方、もしくは8ポイント差つけた方が勝者となるルール。

 

極真空手は、相手を攻撃して実際に倒すフルコンタクトルール。

 

綾小路の言うように、これまで人を殴ったことがないような人間の集まりであるBクラスには、フルコンタクトルールは厳しかった。

 

その点で言えばルールに救われたわけだが、Dクラスに有利なルールを採用しなかったことに疑問は残る。

 

「難しく考えずとも素人がフルコンタクトルールで試合をすれば怪我をすることは目に見えている。学校が許可しなかったんじゃないか?」

 

綾小路はそう推察していたが、だったらリアルケイドロでボロボロにされる前に学校側にはそっちも止めて欲しかったと思わずにはいられない。

 

「幸いとは言ったが、神崎以外は格闘技未経験者。1週間でルールを覚え、技を習得し、使いこなすのは土台無理な話だ」

 

「えっ!?じゃぁどうすんだ?必殺技は?」

 

と柴田がのんきなことを聞き返す。

 

必殺技なんてものがあれば苦労はしない。

いつも通りの無表情だが、綾小路も呆れているはず。

 

次の綾小路の言葉は『必殺技?そんなものはない』だろう。

 

武道に近道はない。地道な研鑽こそが己の実力を築き上げる。

 

「必殺技?もちろん用意した」

 

「あるのか!?」

 

「おっ、神崎、珍しく良いリアクションじゃーん。やっぱ必殺技はテンション上がるよなっ!」

 

思わず驚いてしまった俺に対して柴田が嬉しそうにはしゃぐ。

 

だが、柴田の能天気さもここまでだった。

 

ここから必殺技を身につけるための地獄の特訓――ひたすら綾小路に試合という名で一方的な暴行を受け続ける1週間が始まることになろうとはこの時誰も想像していなかった……。

 

加えて、一週間の特訓中で、結局一本どころか、有効すら取ることが叶わなかった不甲斐なさに俺たちは絶望した。

 

そんな俺たちに綾小路は言った。

 

「正直ここまでついてくるとは思わなかった。お前たちは落ち込んでいるようだが、試験当日、相手が誰だろうと手を抜いているオレより強い奴はいない。それを忘れるな」

 

冗談や傲慢で言ってるわけでないことを文字通り痛感していた俺たちは、その言葉で奮い立つことができた。

 

――米津へ迫る拳。

 

喧嘩慣れした小宮は決まったと思っただろう。

 

「せいっ!!」

 

だが、米津はサッと横にかわし、体勢が崩れた小宮の背面へ突きを入れる。

 

「技あり!」

 

米津が先取点を取った。

 

「いいぞー米津ー!!」

「おい、小宮。遊んでんじゃねーぞ」

 

柴田、石崎がそれぞれ声をあげる。

 

綾小路の言った必殺技は『避けて打つ』のシンプルなカウンター戦術。

 

『え、地味すぎないか?必殺技なんだから相手を1発で倒すみたいな――』

 

『柴田、このルールで相手を倒したら失格負けだ』

 

そんな会話を思い出すが、実際にはこれしかないだろうと思える合理的な策。

 

初心者組は1週間毎日、逆突きを1000本打ち続け所作を身体に覚え込ませ、それが完了したら試合形式で綾小路からの攻撃をひたすら避け続けた。

 

容赦ない打撃の嵐に俺たちはボロボロになりながらも、生存本能とでも言うのだろうか、少しずつもらうと危険な攻撃を察知して避けられるようになっていった。

 

他の技や足運びなどは一切練習していない、一点特化の強化。

 

だが、このルールであれば、背面への突きは技ありで2ポイント稼げる上、3分間相手の攻撃に当たらなければ勝つことができる。

 

「お利口ちゃんが調子にのんじゃねーよ」

 

小宮の攻撃が続くが、米津は難なく避けて隙を窺う。

 

「クソクソ、クソッ!!」

 

あたらない攻撃に苛立ち、次第に大振りになる小宮。

 

米津はそれを見逃さない。

 

「せいっ!」

「有効!」

 

回避から流れるように拳を放ち、ポイントを稼ぐ。

綾小路の攻撃に比べれば、小宮のそれは癇癪を起こした小学生がポカポカと叩いてくるようなもの。

 

俺たちに避けられない道理はない。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

さすが綾小路くん、本当にすごい……。

 

米津くんは、小宮くんを圧倒し、そのまま1戦目に勝利した。

 

米津くんって虫も殺したことがないような大人しいタイプだったのに、この1週間で一体何が起こったんだろう……。

 

「なるほど、Bクラスも無策ではないようですね」

 

「悪いけど、この調子で勝たせてもらうよ」

 

「それはどうでしょう。何せ小宮くんは龍園四天王最弱の男ですから」

 

突然謎のパワーワードが飛び出す。ツッコむより合わせておく……方がいいかな?

 

「でも四天王最強のアルベルトくんはもういないよね?」

 

「彼を出すまでもない、ということです」

 

変わらず不敵な言葉を残していく諸藤さん。

 

四天王はよくわからないけど、何か策がある?それとも龍園くん頼み?

 

考えてみても裏があるようには思えない。

でも、私の見落としで敗北するわけにはいかないから、可能性は模索し続ける。

 

空手の試合、次の相手は近藤くん。

 

さっきの試合のように米津くんは上手に攻撃をかわしていく。

ただ、近藤くんも小宮くんの試合で学んだようでなかなか隙を見せない。

 

両者決定打に欠けたまま時間が経ち、まもなく3分というところで、近藤くんの突きが有効となり、米津くんは敗退。

 

いくら動きが変わったと言っても元々の体力差は埋めきれず、連戦ということもあって後半から米津くんは疲れがみえていた。

 

十分に戦ってくれた米津くんを心の中で労って、次の試合の観戦に入る。

 

その後、近藤くんは倒したものの、Dクラス3番手の石崎くんが前の2人よりも強く、こちらの2番手、3番手が倒され苦戦を強いられる。

 

でも4番手に登場した柴田くんが石崎くんの連勝を止めてくれて、お互い残りの生徒は2人ずつ。

 

ここで登場したのが龍園くんだった。

 

「よお、柴田。元気そうで何よりだな」

 

「あの時の俺とは別人だから覚悟しとけよ、龍園」

 

「クク、威勢だけじゃないことを祈るぜ」

 

開始前から火花を散らす2人。

柴田くんや神崎くんにとっては雪辱を晴らす機会。

 

一瞬の静寂の中「はじめ!」という審判の合図が響く。

 

綾小路くんが特訓してくれた作戦はどうやら避けて打つカウンターみたいだから、きっと序盤はにらみ合いになる――と思っていたんだけど柴田くんは合図と同時に龍園くんに突進し素早く拳を放った。

 

これまでとは違う動きを見せたことで龍園くんの反応がワンテンポ遅れる。

 

「有効!」

 

「よっしゃー!」

 

柴田くんが見事先取点を獲得した。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

『柴田は攻撃主体にした方が合ってるかもな』

 

じっとしていられない性質なのか、つい避ける前に手を出してしまいそうになる柴田をみて、綾小路は戦略を立て直した。

 

そんな綾小路の作戦通り、柴田の突撃は龍園の意表を突くことに成功した。

 

「どうだ、龍園」

 

「想像以上にショボい策で逆に驚いたぜ。あまりに可愛そうなんでな、1ポイントぐらいくれてやるよ」

 

「はっ、言ってろ言ってろ」

 

明らかに調子に乗っている柴田だが、相手が相手だけに釘を刺しておいた方がいいだろう。

 

「柴田、相手は龍園だ。警戒を怠るな」

 

「神崎、心配いらないぜ。油断はしてないからよ」

 

龍園なら審判の目を盗んで、金的などの反則行為を平然と行ってきてもおかしくない。いや、行ってくると考えて動くべきだ。

 

そのあたりは柴田にも伝えておいたが、果たしてどこまで理解しているか。

運動能力は学年でもトップクラスだが、良くも悪くも真っ直ぐな柴田は搦手に弱い。

 

両者とも立ち位置に戻り試合が再開する。

 

柴田は持ち前のフットワークを使い、果敢に龍園の懐を目指す。

あの速さと反射神経なら、接近戦でも攻撃を捌ききれる。

自由に動き回る柴田に対して、龍園は防戦一方。

 

これだけ動いていれば、簡単には反則技も仕掛けられないだろう。

 

柴田も他の3人と同様に基本的な突きしか覚えていないが、持ち前の体力で手数を増やしてカバーしている。

 

だが、龍園はその突きをギリギリで回避し、拳を振るって反撃を挟んでくる。

柴田はそれをバックステップで交わし、再び距離を詰めながら攻撃を仕掛ける。

 

その繰り返し。

 

いつかはその防御を崩せるはずだし、このまま膠着状態が続いても、先取で1ポイント取っている柴田が勝つ。

 

柴田のギアがさらに上がる。

それを捌く龍園は動きに精彩を欠く。

 

本来の龍園のファイトスタイルは、なんでもアリの喧嘩殺法。

ルールに縛られた種目では実力は発揮されない。

 

「いけるぞ、柴田!」

 

柴田へ声援を送りながら、教室から武道場まで移動する最中の会話を思い出す――。

 

「俺、この試合に勝ったら一之瀬に告ろうと思うんだ」

 

「おいおい、やめとけって柴田。どっちに転んでも地獄だぜ」

 

「これからって時に変なフラグ立てちゃダメだろ、頼むぜー」

 

決意を固めやる気に満ちた柴田をなぜか他のメンバーがなだめ始める。

 

「そうでもない。その覚悟はここ1番の踏ん張りに繋がると俺は考える」

 

「神崎は黙っとけよー。柴田を殺す気か?」

 

「そうだぜ、このままの関係が1番だって。みんなで楽しくやってきたじゃん」

 

「そうそう。下手に告ると残り2年気まずくなるかもだしさ」

 

柴田がフラれることでの変化を恐れているのか?

もしくはコイツらも一之瀬に好意を抱いているのか?

 

確かに一之瀬は人気者で男女問わずアプローチを受けているらしいが、これまで誰とも交際をしていないのは、意中の相手が身近にいるからなんじゃないか。

 

しかもまだ告白してきていない相手――それなら柴田も条件に当てはまる。

柴田は明るく人気のある生徒、恋愛ごとに詳しくない俺でも2人はお似合いのカップルのように思える。

これまでフラれたその他大勢と一緒にするのは間違いだし、他人の恋愛を邪魔するのも気持ちの良いものではない。

 

「お前たち、正常性バイアスにかかっているんじゃないか」

 

「あーもう。難しい言葉は知ってんのに、ホントそういうとこだぞ」

 

「どういうところだ?」

 

結局そこで武道場に着いてしまい、話はうやむやなままだったが、柴田は周りから反対された程度で覚悟が変わる男じゃない。

 

「柴田!伝えたい想いがあるんだろ!もう一踏ん張りだ!」

 

「おうよっ!」

 

こちらの声援に気合いの入った声が返ってくる。

が、他の3人は頭を抱えて「あっちゃぁー」と呟く。

 

そのリアクションはなんだ?と尋ねようとした瞬間だった。

 

これまで通り龍園の反撃をバックステップで回避した柴田だったが、その避けた先に龍園の回し蹴りが飛んでくる。

 

柴田がそこへ回避するとわかっていたかのようなタイミング。

 

当然避けることができない。

 

「技あり!」審判が龍園の得点を宣言した。

 

「クク、命拾いしたな柴田。寸止めじゃなきゃ、また病院行きだ」

 

「まぐれで調子のんじゃねーぞ、龍園」

 

「挑発にのるな、柴田。試合はまだまだこれからだ」

 

熱くなり始めていた柴田をなだめる。これで本当に大丈夫なんだよな、綾小路――。

 

「だいぶ動きがよくなってきたところで大事なことを伝えたい。この特訓は良くも悪くも反射的に避けることができるようになる、だけだ」

 

「避けれるんならいいんじゃないのか?」

 

「反射で避けるということは避け方がパターン化しやすい、つまり相手の力量次第では動きが読まれる」

 

「それってどうなるんだ?」

 

「そうだな……4、5手先を読みながら戦えるヤツには歯が立たなくなる可能性が高い」

 

「マジかよ、ど、どうすりゃいいんだ!?」

 

「そのレベルの生徒がDクラスに何人いるかという話だが、そうなった場合の対策はある」

 

「さっすが綾小路だぜ!で、俺たちはどうすればいい?」

 

「反射じゃなく、考えて避けてくれ」

 

「……え?そんだけ?」

 

「あぁ」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

考えるって言ってもよ……。

 

龍園の繰り出す突きが顔面に飛んでくる。

反射で右に避けようとしたところを無理矢理踏み止まり左に避ける。

 

が、その分、何手か動きが遅れるわけで……。

 

「有効!」

 

動きが鈍ったところに龍園からの追撃もらってしまう。

 

「どうした柴田、迷いが見えるぜ?お前みたいな単細胞が珍しいじゃねえか」

 

「……」

 

龍園の挑発に言い返すことができない。

元々難しいことは考えずに突っ走ってきた人生だった。

 

今回の特訓だって、感覚で避けるのは肌に合ってたけど、考えてどうこうってのは俺向きじゃない。

 

「おいおい、ボディがガラ空きだぜ?」

 

「有効!」

 

考えはじめたことで龍園に良いようにやられている。

 

綾小路から話を聞いた時はそんなもんかと思ったけど、考えて避けるってのは実際難しい。

 

「有効!」

 

なんつーか、窮屈だ。

 

「有効!」

 

遠くで神崎たちの声が聴こえる、気がする。

 

「有効!」

 

龍園のむかつくニタリ顔も視界に入らなくなってきた。

 

「有効!」

 

考えて避けるってなんだよ、綾小路……。

 

気づけば、1対8の崖っぷち。

あと1ポイント取られたら8ポイント差になり敗退する。

 

このまま何もできないで終わるなんてクラスメイトや綾小路に申し訳ない。

そしてなによりそんな自分を許せない。

 

「はじめ!」

 

向かい合い、試合が再開する。

 

くそ、これがサッカーならゴール目指して全力で走って、ボールを蹴飛ばせば済むのに。

 

「どうした、かかってこねえのか?」

 

龍園はとことん俺をいたぶりたいようだ。

すぐには攻撃してこない。

 

サッカーなら負けねえのによ。悔しさで目頭が熱くなる。

 

……いや、待てよ。サッカーと完全に別ってわけでもないんじゃないか。

 

ドリブルで相手を抜く時、仲間からパスをもらう時、ゴール前でシュートコースを探る時……いつも俺はどうしていたっけ?

 

小さい頃からやってきたことだから、強く意識したことはなかった。

 

どんなパスボールだって拾ってみせる。

こちらを狙った際どいスライディングだって予期してかわせる。

 

それは俺が無意識に考えているから。

 

いつもやってることで、難しいことじゃないはず……。

 

今、この瞬間、俺の足元にはボールがあって、龍園はそれを奪いにきたディフェンスだ。

ゴールは目の前で龍園を抜き去ってシュートを決めるのが俺の仕事。

 

そう考えたとき、不思議と龍園の動きがわかりはじめた。

俺をどう誘導したいのか、俺の動きに合わせてどう攻撃してくるのか、理屈はわかんねえけど見える、気がする。

 

「なに!?」

 

龍園の攻撃を掻い潜り、フェイントを入れながら抜き去る。

 

そして振り向き様、ボレーシュートを打つ感覚で龍園目掛けて蹴りを放った。

 

「技あり!」

 

俺のシュートが決まると同時に、掴んだ!と直感した。

何が?と言われたら明確にこれって言えねーけど、とにかく掴んだんだ。

 

そう認識した途端、窮屈な感覚が消え去り、視界も思考もクリアになった。

 

もう龍園のやつに好き勝手やらせない。

 

「みんな心配かけてごめんな!でもよ、もう大丈夫!こっからは俺のターンだ」

 

今の状態なら龍園を倒せる確信がある。

 

だが、神崎たちの表情は暗い。

 

「どうしたんだよ、これから龍園ぶっ飛ばすからさ。見ててくれよ」

 

神崎が黙って得点や試合時間を映すタイマーを指差す。

 

「あっ……」

 

タイマーは『2:59』を表示していた。

 

それはつまり――。

 

「試合終了。勝者、龍園翔」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

柴田くん対龍園くんの試合終了が告げられた。

 

途中から押されっぱなしだった柴田くんだけど、一矢報いることができて、これからってところだったのに……時間が足りなかった。

 

「一之瀬、頼むっ!」

 

悔しそうな柴田くんが会場を映すカメラまでやってきて訴えかけてくる。

 

司令塔は一度だけ試合結果を無効にし、再戦を要求することが可能。

 

最後の柴田くんの調子が続けば、あるいは龍園くんを倒せるかもしれない……。

 

ただ戦闘力は格闘技経験者の神崎くんが上。

司令塔権限は神崎くんに使う方が勝率が高くなるし、事前の打ち合わせではその手筈になっていた。

 

でも、必死で訴えかける柴田くんの目を見ると迷いが生じる。

 

もちろん、彼のことを信じていないわけじゃない。

かといってそれだけで決断したら、この勝負を落としてしまうかもしれない。

 

こんなとき、他クラスのリーダーなら即決できるんだろうな……。

ダメダメ、弱気になってる。

 

ここは私が決断しなくちゃ。

 

「柴田、一之瀬を困らせるな」

 

「で、でもよ……」

 

柴田くんの肩に手を置き、神崎くんが諭すように見つめる。

まだ何か言いたそうな柴田くんだったけど、身体から力が抜けていくのがわかった。

 

「真嶋先生、ここでは司令塔権限は使いません」

 

「わかった。それでは、次の試合へ進ませてもらう」

 

真嶋先生はインカムで武道場の審判へそのことを伝えた。

 

「俺……また勝てなかった、ちくしょう、ちくしょぅ……」

 

悔し涙を流す柴田くんの様子を見て、私も胸が痛くなる。

私の判断は正しかったのだろうか……。柴田くんから永遠にリベンジのチャンスを奪い取ってしまっただけなのかもしれない。

 

「柴田!」

 

そんな不安が頭をよぎった時、控えに戻っていく柴田くんへ向かって、珍しく大きな声を出した神崎くん。

 

「俺たちはまだ負けてない。俺が残り2人を倒せばいいだけだ。そうすれば俺たちは勝った、と言える」

 

「神崎……」

 

「これは団体戦だ。お前が、お前たちが頑張ってくれたからここまで戦えている。俺がその意志を継ぐ」

 

神崎くんの言葉を聞いて、控えスペースにいた米津くんたちも立ち上がる。

 

「ったく、どこまでフラグを立てりゃ気が済むんだよ。あ~、もう、だったらさ、俺も神崎が勝ったら好きな子に告るわ」

 

「ん?」

 

「俺もそうするぜ」

 

「俺も俺も」

 

「だからさ、フラグ何て俺たちで折ってやろうぜ。もちろん、言い出しっぺの神崎も責任取ってこの種目に勝った時は告れよ」

 

「……俺にはそんな相手はいないが」

 

「高校男児だろ、ちょっと気になる子ぐらいいるだろ。ここは黙って頷いとけー」

 

「……考えておく」

 

「ホント締まらないけどよ、それも俺ららしくていいかなって思えるよな。俺たちなら乗り越えられる。任せたぜ、神崎!」

 

「ああ」

 

「神崎……あと頼んだ」

 

最後に、複雑な心境だったはずだけどそれでも笑顔を作った柴田くんから背中を押されるように、試合スペースへ進んでいく。

 

「神崎くんと柴田くんも、なかなか良いですね」

 

「え?あ、うん。普段から仲良しだし、THE男の友情って感じでいいよね」

 

「もしや一之瀬さんも話がわかる口ですか?なるほど、なるほど、嬉しい発見です」

 

「私もわかってもらえて嬉しいよ」

 

突然諸藤さんから話しかけられて驚いたけど、Bクラスの仲の良さ、結束力をわかってくれたみたいで少し嬉しくなる。

 

これがBクラスの力なんだ。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

幼い頃から人との距離をある程度保って生きてきた。

付かず離れずの関係ならトラブルに巻き込まれずに済んで、楽だったからだ。

 

「友情ごっこの時間は終わったか?」

 

「悪いが、ごっこでもなければ、終わってもない」

 

仲間から送り出され、龍園と対峙し、あの人の言葉を思い出す。

 

『力を持っていながらそれを使わないのは愚か者のすることだ』

 

ただの傍観者だった俺を変えてくれた言葉。

 

この学校に来てからは、苦手な人付き合いをしてみたり、クラスのサブリーダーのような役割も務めてみたりと、この一年を振り返ると随分らしくなかったが――なるほど、俺は思っていた以上にBクラスを、この環境を気に入っていたようだ。

 

「クク、そんな熱くなる野郎だったか。試合前に笑わせてくるとは大した戦術だ」

 

「それで油断してくれるなら俺のことはいくらでも笑らえばいい」

 

入学以前の俺ならたとえ勝つだけの力があっても無駄な争いは避け、龍園なんて面倒な相手との対峙は避けただろう。

 

だが今の俺は、ここで愚か者になりたくないと、心の底から思えている。

 

「……前言撤回するぜ、神崎。良い面構えだ」

 

「それを体感するのはこれからだ、龍園」

 

龍園の表情から笑みが消え、こちらも気を引き締める。

 

「はじめ!」

 

俺たちにとっての負けられない戦いが始まった。

 

 





空手のルールが想像以上に難しく、付け焼刃の知識ですので、恐らく経験者の方から見ると違和感がありそうですが、温かく見過ごしてくださると幸いです……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Bクラス VS Dクラス その② 仲間の意味

私たちBクラスが3勝、ひよりさんのDクラスが1勝の状態で迎えた、特別試験5種目目の空手。

 

大将の神崎くんと副将の龍園くんの試合が始まった。

 

私たちのクラスが格闘技に弱かったことを踏まえると善戦してるんだけど、神崎くんが最後のひとりだから追い込まれている状況には違いない。

 

「神崎くん、お願い……」

 

過程がどんなに素晴らしくても、この学校では勝てなければ生き残れないのが現実で……。

 

神崎くんと龍園くんの攻防はこれまでの試合とは異なる静かな立ち上がりだった。

 

恐らくお互い先を読みあって牽制し合っている状態で迂闊に動けないんだと思う。

 

お互いにフットワークを刻み、拳を出そうとしては引っ込める。

 

じっと見守っていると、先に動いたのは神崎くん。

 

龍園くんの動きに合わせて、ワンツー。

龍園くんは上半身を捻ってそれを避ける。

その避けたところに神崎くんは中段へ回し蹴りを放つ。

龍園くんはそれを片手でいなしながらバックステップで避けたかと思うと、すぐに踏み込み突きで反撃する。

蹴りをいなされ体勢が崩れた神崎くんだったけど、予期していたのか、拳が来る前に大きくな横ステップで避けながら再び構えを取る。

 

一瞬の攻防だったけれど、これまでの試合とは明らかにレベルが違うことが素人目にもわかった。

 

そんな攻防が何度も繰り返されていく。

 

でも、お互いに決定打には至らず、なかなかポイントが入らない。

 

先に一撃を入れた方がこの勝負に勝つ、生死を賭けた決闘のような緊張感が漂っていた。

 

「そこまでっ」呼吸を忘れてしまうぐらい集中して見守っていたら審判の先生から3分経過したことが告げられた。

 

同点の場合は先取点をとっていた方の勝ちだけど、0ポイントの場合は、本来は審査員による審議で決着。

ただ今回は審判が体育の先生1人しかいないため、勝負がつくまで再戦することになる。

 

「大体お前の実力は把握できたぜ、神崎」

「それはこっちのセリフだ。次の勝負でケリをつけさせてもらう」

 

たった3分とは言っても、気の抜けない集中した攻防を繰り広げた2人は少し息が上がっているように見えた。

 

それでもお互いに弱みは見せず闘志を燃やしている。

 

だからこそ感じる違和感。

 

柴田くんとの試合からだけど、龍園くんがあまりにも真っ当に試合をしている。

ううん、本来それが正しくて、おかしなことじゃないはずなんだけど、だからおかしいっていう不思議な状況。

 

ここまでの龍園くんは、いつものように口は悪いけど、試合で反則技を使っているようには見えない。

 

……椎名さんにリーダーを譲っている間に心を入れ替えたとか?

 

いや、それは希望的観測ですらない。

 

一体何を企んでいるの……。

 

神崎くんならその違和感にも気づいていると思うし、警戒もしていると思うけど……。

 

「はじめ!」答えは出ないまま、2人の試合が続いていく。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

龍園との打ち合いが幾度となく行われては、互いに捌き切る展開が繰り返される。

 

ここまで龍園が姑息な手を使ってこないことは奇妙ではあったが、そうでなくとも龍園は十分厄介な相手、一筋縄では倒せない。

 

柴田との試合、さっきの試合で分析した情報を元に、龍園の手を読んで仕掛けるが、なかなか防御を崩せないでいる。

 

相手もそれは同じようだが、こちらの動きが徐々に捉えられている感覚がある。

 

つまり……このままでいいということ。

 

『経験者の神崎には別メニューも用意してある』

 

すでにボロボロではあったが綾小路からの提案を喜んで受け入れた。仲間のために強くなれるのならなんだって歓迎だ。

 

『これからの実践で俺は神崎の動きを再現する。それをどう活かすかは神崎次第だ』

 

驚くほどに忠実に俺の動きを真似てみせた綾小路。

 

世の中には俺では足元にも及ばない天才はいる。

幸か不幸かそんな連中が何人か身近にいて、それを見て育ってきた。

 

その経験を踏まえて言えば、綾小路もそっち側の人間だろう。

アイツのクラスの躍進も、この学校の生徒会で副会長を務めているのも納得しかない。

 

「神崎、見え見えだぜ!」

 

俺の突きへカウンターを合わせてくる龍園。

 

「そうだな、俺でもそうする」

 

綾小路との対戦で俺は俺自身のことをよく理解した。

 

どこが弱点なのか、どうすれば倒せるのか。

 

なら、そこをついてきた相手を倒す方法を準備しておけばいい。

 

俺は突きをフェイントにして、カウンターのため前に出てきた龍園の上段に前足で裏回し蹴りを打つ。

 

「一本!」

 

この種目初の一本で3ポイントを獲得した。

 

「神崎いいぞー!!」

 

柴田たちからの大きな歓声が届く。

 

「今のは少し驚いたぜ、神崎」

 

「この程度で驚いてもらっては困る」

 

「クク、悪くねえ」

 

このポイントを守り切る、なんて考えでは絡めとられる。

 

龍園が反則行為をするなら、追い詰められたこのタイミングをおいて他にない。

 

8点差をつけるつもりで攻め続けることで、龍園にプレッシャーをかけていく。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「ここで再戦権を使用させてもらいます」

 

神崎くんの一本から攻防がさらに激化し、お互いに有効を2本ずつ取ったんだけど、そこで3分経過。

 

最初の3ポイントの差で神崎くんが龍園くんに勝利した。

 

神崎くんが、喜び神崎くんへ飛びつこうとした柴田くんを手で制したのと同タイミングで諸藤さんが真嶋先生へ司令塔の介入を申告した。

 

「一之瀬さん、すみません、少しタイミングを間違えましたね。もう少し様子を見ていれば、いいものをみれたかもしれないのに」

 

「いいもの?」

 

「ええ。一之瀬さんの想像通りですよ」

 

何のことか全く見当がつかなかったけれど、少しぞっとするような不敵な笑みで諸藤さんはモニターを見つめていた。

 

まさか、龍園くんが何かを仕掛けようとしていた?

 

……たとえそれが何であろうとここで動揺や戸惑いを見せては弱みになる。

 

強気に返答しておかなきゃ。

 

「ホントだよ。私も期待してたのに残念」

 

「さすが同志。今度ゆっくり意見を交わしたいところですが……」

 

「ん?」

 

「そのためには申し訳ございませんが、やはり私たちのクラスが勝たねばなりませんね」

 

「そうだね」

 

「どんな結果になっても恨みっこなしで、今後のお付き合いをしていただければ」

 

「試験は試験、学校生活は学校生活で別だよ。私はクラス関係なくできるだけみんなと仲良くなりたいと思ってるから」

 

「それを聞いて安心しました」

 

この試験が開始から初めて嬉しそうな表情を見せた諸藤さん。

 

自分たちが勝つことを疑ってないから、そんな表情ができるのだろうか。

 

それともやっぱり私から同情を誘い出すための策だったりするのかな……。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

龍園と神崎の再戦が始まった。

 

教室に設置されたモニターで一喜一憂する龍園の手下たち。

 

龍園が空手でもここまでできる奴だったのは正直驚いた。

 

型を極めた武術より型にはまらない暴力の持ち主。

 

正々堂々よりも卑怯で姑息な手段を好む不良。

 

自分自身がルールだと力で人を支配することをよしとして、周りの声に耳を傾けない暴君。

 

そんな印象しかなかったヤツが、いま神崎を相手に死力を尽くして戦っている。

 

今回の件だって、私情で龍園が暴走して椎名や俺たちに迷惑をかけて、クラスのことなんて考えていないんだと、そう思っていた。

 

なのに――。

 

モニターには、ただクラスに勝利をもたらすために傷つきながらも真剣に戦う龍園の姿が映し出されている。

 

一体なんだってんだ、くそ。

 

悔しくて、認めたくない……だが、あんな姿を見せられたら思わずにはいられない。

 

「……勝てよ、龍園」

 

気づけば周りの仲間に交じってモニター越しにそう呟いていた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「再戦権を使用します」

 

迷わず真嶋先生に伝える。

 

神崎くんと龍園くんの3回目の試合は、序盤こそ互角の戦いでポイントを取って取られてをしてたんだけど、次第に龍園くんが押し始めて3分経つ頃には2ポイントのリードで龍園くんが勝利した。

 

龍園くんの戦闘力、その真髄は何度でも立ち上がって相手の弱点を見つけ出し、そこをしつこく突いてくるしぶとさと対応力なのかもしれない。

 

神崎くんもいくつか対策を用意していたみたいで反撃は成功するんだけど、同じ技は2度も通じない。

 

次第に手札を減らされて、対応が追いつかなくなってきている。

 

それでも神崎くんが勝つことを信じて、私は再戦を要求する。

ううん、私だけじゃない。クラスのみんなも同じ気持ちだよ。

 

みんなの応援が届いたかはわからないけど、再戦の通知が審判から告げられると、神崎くんはカメラに向かって強く頷いてくれた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

龍園との再試合が始まる。

 

これで4戦目。

 

お互い再戦権は使用したため、引き分けない限りは最後の勝負。

 

……いや、このまま何もしなければ俺は敗北するだろう。

 

向こうにも疲労は見えるが、一手ごとにこちらが追い詰められていく。

 

ポイントを取られないようにするだけで精一杯だ。

 

悔しいが実戦経験の差が如実に出てきた。

 

本来ならこうなる前に倒してしまうのが理想だったが、龍園はあまりにしぶとい。

 

「武道やってるやつなんざ、これまで五万と潰してきた。本気で勝てると思ってんのか?」

 

「思ってるんじゃない、確信している。俺たちは勝つ」

 

弱音を吹き飛ばすために、覚悟と気合を込めて龍園に向け拳を突き出す。

 

既に龍園には俺の呼吸もリズムも出せる技も完全に掴まれている。

 

対して龍園の底はまだ見えない。

 

だったらいっそのこと、呼吸もリズムも全て捨ててしまえばいい。

 

避けられようが捌かれようが関係ない。

 

何度も何度も間髪入れずに拳に蹴りに打ち込み続ける。

 

「気合だけは認めてやるよ、だがこんな安い連打じゃ当たれって方が難しい」

 

「はあぁぁッー!!」

 

なりふり構わない、後先を度外視した連撃。

 

あと少し、あと少しだ――既に身体は重く、息をするのも辛くなってきたが、攻撃の手は緩めない。

 

龍園は俺の無謀とも思えるラッシュを冷静に捌きつつ、だが反撃することもできず一歩ずつ後退していく。

 

「神崎ー!あと10秒しかねえぞー!!」

 

柴田の叫び声が聞こえてくる。

 

丁度いい。

 

当然だが、こんな連打は長くは続かない。あと何秒持つか……。

 

もちろん龍園もそれはわかっていて、俺の息が切れて深く呼吸をするタイミングでカウンターを打てばいい、そう考えているはずだ。

 

「龍園、知ってるか?」

 

「あ”?」

 

「そこの床は少し軋むんだ」

 

綾小路との特訓で散々使ったこの武道場。マットが敷かれているから見た目ではわからないが、龍園が軸足を置いたその場所は老朽化なのか何なのか、強く踏み込むと若干軋む。

 

普段なら問題ない程度の軋みでも、真剣勝負の最中では明暗を分ける。

俺もよく踏み込んでは集中を乱し、綾小路からの突きを貰ったため、注意する場所として嫌でも覚えてしまった。

 

「チッ」

 

龍園の姿勢がわずかに崩れることはわかっていたため、そこへ全霊を込めた一突きを放った。

 

騒がしかった武道場が、一瞬、時が止まったのかと錯覚するような静寂につつまれる。

 

「有効!」審判の宣言と同時に試合終了の時間となった。

 

「神崎―!!」

 

感極まった柴田が飛びついてくる。

こっちは疲労困憊の状態で少しは遠慮して欲しかったが、不思議と悪い気はしなかった。

 

「ハッ、まさかここまでなりふり構わねえとはな……今回は勝ちを譲ってやるよ。だがな、喜ぶのはまだ早い、だろ?」

 

「あんたらもう勝った気でいんのがムカつくんだけど」

 

龍園の後ろから現れたのは、Dクラスの大将――伊吹澪だった。

 

「あ、わりぃ。まだ残ってたんだったな。神崎、あと一勝だ。ファイトだぜ」

 

「ああ」

 

柴田と龍園が控えに戻っていく。

 

改めて、伊吹と向き合う。

 

龍園クラス、最後の1人はまさかの女子生徒。

 

体育祭で一之瀬と一緒に走っていたこともあり運動能力の高さは把握していたが、それでも男女の力の差はある。この種目であえて女子生徒を選出してくるとは思わなかった。

 

女なら戦いにくいとでも思ったのだろうか。

柴田あたりには有効だったかもしれないが、俺はそんなことでは油断も手加減もしない。

 

龍園との闘いでのダメージや疲労は抜けていないが、それでも女子相手に負ける気はしない。

 

だが、いざ対峙して構えをみると、伊吹が武道経験者であることが伝わってきた。

少なくとも人数合わせや見せかけではないようだ。

 

「伊吹、悪いが俺は女だからと言って手を抜くつもりはない。一人の武道家としてしっかりと相手をさせてもらう」

 

「……っく」

 

「ん?」

 

伊吹が何かつぶやいたが上手く聞き取れない。

 

「はじめ!」

 

試合が始まったと同時に、これまでの人生で、いやきっと今後も味わうことはないだろう、衝撃を受けた。

 

「一本っ!」

 

上半身はそのままで始動の気配を一切感じさせない鮮やかな動きで、上段回し蹴りが飛んできていた。

 

本当に何をされたかわからない程の美しいフォームの蹴りに一歩も動けない。

 

場違いを承知で言うが見惚れてしまう程の蹴りだった。

 

「ムカつく。そんな発言してる時点でアンタは私を下に見てんだよ、マジでムカつく」

 

「……」

 

「ハッ、図星だから言い返せないってわけ?どこまで――」

 

「美しい」

 

「はぁ?」

 

「今の蹴りからは洗練された武を感じた。これほどの動きを身につけるまでにどれほどの研鑽を積んだのか、その努力は想像もできない」

 

「あんた何言ってんの」

 

「だからこそ、俺も全身全霊で応えたいと思う。さっきもそんなつもりはなかったんだが、言われてみると失礼な発言だった、すまない」

 

「……調子狂わせんじゃないわよ、ムカつく」

 

クラスのために、仲間のために勝たなければいけない試合。

 

もちろん、それは忘れていない。宣言通り、今出せる力を全て出し尽くして挑んだ。

 

「技あり!よってこの試合、11対2で伊吹の勝利。よってこの空手の種目はDクラスの勝ちとする」

 

だからなのか、この試合、負けたはずなのに、悔しさよりも充実感の方が勝っていた。

 

「ざまあないっての」

 

どうだ、と言わんばかりの表情でこちらを一瞥して退場しようとする伊吹。

 

「伊吹!今度また手合わせしてもらえないか?」

 

何と表現すればいいかわからない想いが胸に溢れる感じがして思わず伊吹を呼び止めた。

 

「はぁ?わけわかんないんだけど」

 

「お前とならもっと高みを目指せるような気がする。頼む」

 

「弱いヤツに興味ないから」

 

「なら俺はもっと強くなる。そしてお前に挑みに行く」

 

「あ~ウザイ……勝手にすれば」

 

「ああ!」

 

今度こそ去っていく伊吹の背中を見送っているとゆっくりと柴田たちが近づいてくるのがわかる。

 

あれだけの啖呵を切ってこの様だ。どれだけ責められても文句は言えないな。

 

「お疲れ神崎」

 

「すまない……」

 

「何言ってんだよ、いい試合だったぜ、マジで」

 

「龍園だけじゃなくって、伊吹もヤバかったな……あんな隠し玉がいたなんて、しゃーねえよ」

 

「だが、試験が……」

 

この空手で勝利することが俺たちの使命だった。仕方ないで済ませていい問題ではない。

 

もっと勝利を渇望し、敗北を重く受け止める。

仲間想いなのは良いことだが、このクラスに足りないのはそんな向上心なんじゃないか。

 

「1人で背負い込むなよ、神崎。何のための仲間だ、今回一歩届かなかったのは俺らにも責任がある」

 

「だよな、それにまだクラスが敗退したわけじゃない。助け合うのが仲間だろ。残りのクラスメイトも同じ気持ちだ」

 

「……そうか、そうだな」

 

俺は勘違いをしていた。こいつ等だって悔しい気持ちもあるし、勝ちたかったに違いない。

それでも仲間を信じているからこその発言。

仲間で戦うこと、その本当の意味をいま理解した気がした。

 

「馬鹿だな、俺は」

 

「ああ、それに関してはちゃんと言っとかなくちゃな」

 

「そうだぜ、告る相手見つけろって焚きつけたのは俺たちだけどさ、彼氏持ちの女子を口説くのはマズいって」

 

「は?」

 

「さっき伊吹にちょっかいかけてたじゃん」

 

「まさか神崎がMだったとはな~」

 

「金田から略奪かー、うーん、神崎ならできるかもだけど、素直に応援できないなー」

 

「待て、何か誤解が生じている気がする」

 

「でも神崎が本気なら俺たちは味方だぜ!」

 

「俺たちは仲間だもんな!」

 

笑いながらガチっと肩を組んでくる柴田や米津たち。

 

まったく、仲間のありがたさと面倒臭さは両立するんだなと俺もつられて笑う。

 

最終的に敗北はしたが、得たものは大きい試合となった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「尊い……」

 

伊吹さんの勝利がよほど嬉しかったんだと思う。

 

諸藤さんはうっとりとモニターを見ていた。

 

神崎くんたちは負けてしまったけど、その健闘は仲間たちに力をくれたと思う。

 

残り2種目、私ももっと頑張らなくちゃ。

 

「それでは6戦目の種目抽選を行う」

 

モニター画面が切り替わり抽選が始まる。向こうのクラスの残り種目は、ボクシング、棒倒し、しりとり。

 

このどれかが選ばれるはず。

 

だけど綾小路くん特訓メンバーは空手で使い切ってしまったため運動系は分が悪い。

 

向こうも主力メンバーは出場済みとは言え、伊吹さんのような隠し玉がいるかもしれない。

 

6種目目に選ばれたのは――『しりとり』で参加人数13人。

 

これなら対策もしっかりしてきたし、十分勝ち目がある種目だ。

 

くじ運に救われたと思いながら、参加する生徒を決めていく。

 

14人参加だから選択時間も7分と長い。

 

だけど、メンバー選出に時間はかからない。だって――。

 

「あれ……」

 

参加生徒を選ぶ画面を見て、あることに気づく。

 

もしかすると、これが椎名さん達の狙い?

……だとすると、マズいかもしれない。このしりとりで勝たなければ、Bクラスの敗戦の可能性が高くなる。

 

「長考する必要はないのでは?」

 

「……そうだね。でもせっかく時間はあるし、色々考えを整理しておこうかなって」

 

諸藤さんの言う通り、メンバーはすでに決まっている。

しりとりは麻子ちゃんや渡辺くんをはじめとした対策メンバーを残してあった。

 

だからこの時間を使って、みんなには、しりとりの最終チェックをしてもらい、私はこの後の展開をシミュレーションする。

 

3勝2敗、勝っているのは私たちのはずなのに、追い詰められているような不気味な感覚を拭えない。

 

もしひよりさんたちが何らかの方法で潤沢な資金を得ていたと仮定した場合、私の考えが正しければ、このしりとりの負けはBクラスの特別試験敗退に直結する。

 

仮定に仮定を重ねた可能性の話だけど、これなら諸藤さんの余裕も頷ける。

 

「まもなく7分だ、決定されなかった場合はランダムに選出させてもらう」

 

真嶋先生の言葉に我に返って、慌てて決定ボタンを押す。

 

モニターに参加メンバーが映し出された。

 

Dクラスの参加者一覧には椎名さんの名前が表示されている。

 

一体どこからどこまでが椎名さんの筋書き通りなんだろうか……。

 

ニコニコしながらしりとり会場の席に座る椎名さんが、なんだか得体のしれないものに見え始めて仕方がなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

運には頼らない

選抜種目試験。

1戦目の男女混合リレーで、まずは1勝することができた。

 

ただ、あくまでこれは運良く条件が揃ってできた奇策に過ぎない。

これからが本当の勝負。

 

「なかなかどうして食えないところがあるな、堀北」

 

「そうかしら?Aクラスが相手ならまだまだ足りないぐらいと思っているのだけど」

 

「フッ、違いない」

 

さっきの策は葛城くんたちの裏をかいたつもりだったけど、すでに次の種目へと切り替えが済んでいるようで、全く動揺を感じさせない。

 

一筋縄ではいかない相手だと再認識する。

安定感のある葛城くんを崩すには、こちらのペースに引き摺り込むしかないわね。

 

「次はどんな策を見せてくれるか楽しみだ」

 

「策?そんなものはないわ。私はただクラスメイトを信じるだけよ」

 

「他クラスの俺が言うのもなんだが、ブラフにしてはお粗末だぞ。お前にはあまりに似合わない台詞だ」

 

「失礼ね、誰が『兄さん大大大大好きな一途で可愛い妹を貫きすぎてぼっちになってるお前には似合わない台詞』ですって!?」

 

「っ!?そんなことを言った覚えはない」

 

「冗談よ。葛城くん、あなた綾小路くんよりもノリが悪いわね」

 

「……それは貶されているのかどうか判断に苦しむな」

 

「そうね、参考までに綾小路くんなら『それは間違いだ。オレの方が学のことを大大大大尊敬してて他には何も必要ないからお前よりもぼっちだぜぇ』と言ってくれるわ」

 

「綾小路……そんなやつだったのか」

 

「ええ、私が保証する」

 

混乱したように頭を抱える葛城くん。

これで少しは集中を乱せたかしら。

 

「お前には少なくとも俺という友がいる、ということを今度伝えてやらんとな」

 

真顔でそう答える葛城くん。意外としぶといわね。

 

「はいはーい、おしゃべりはそこまでー。次の種目の抽選結果が出るよー」

 

星之宮先生が軽い口調で進行していく。

 

モニターに目を移すと、2戦目の種目が表示された。

 

『テニス』参加人数2人

 

今度はAクラスから種目が選出された。

 

「それじゃ、テニスに参加する生徒を選んでくださーい」

 

「ではAクラスからは、テニス部の橋本と元土肥に出場してもらうか」

 

「わざわざ宣言してくるなんて、葛城くんも良い性格してるわね」

 

「先ほどのお返しだ」

 

選出時間は1分ほど。

悩んでいる時間はないのだけれど、このタイミングでこの種目が出てくると判断が難しい。

 

男女混合ダブルスを指定されているこの種目。

1週間で色々ペアを試してみたけど、1番強かったのは須藤くんと小野寺さんのペア。

このペアならテニス部相手でも勝てる見込みは十分ある。

 

ただ、須藤くんはバスケ、小野寺さんは水泳のキーパーソン。

どちらの種目も2人が抜けると勝率が著しく下がってしまう。

 

かと言って、温存してこの後どちらの種目も選ばれなかったら元も子もない。

 

目先の1勝を確実に拾うか、後の2勝の可能性のために温存するかの選択。

 

……一番最悪なのは、こちらが最高戦力を投入し、相手が橋本くんたちを使わず種目を捨ててきた場合。

 

元土肥さんはともかく、橋本くんは器用に何でもこなすタイプ。

ここで消費してもらうのはこちらとしてはマスト。

 

葛城くんもそれがわかっているから、私のリアクションを見て、主力を投入するか、しないかを見定めるつもりなのだろう。

 

「困ったときは綾小路くんを投入して勝ちを拾うことにしているの。女子は軽井沢さんあたりにしておこうかしら。エア・ケイでも見せてもらいましょう」

 

適当なことを言ってこちらの考えは読ませない。

慎重な葛城くんなら、無謀な賭けに出て負ける可能性のある選択はできないはず。

 

「それじゃ出場選手の発表でーす」

 

Aクラスからは宣言通り、橋本くんと元土肥さん。

私たちのクラスからは、高円寺くんと軽井沢さん。

 

「なるほど、高円寺を投入してきたか。橋本たちを選んだのは正解だったな」

 

やたら高円寺くん評価が高い葛城くんだけど、私としては捨て種目としての選出。

何かの気まぐれで彼が本気を出してくれたら儲けもの、ぐらいの感覚。

 

『テニスなんて久しぶりだねえ』

 

しばらくして、モニターにはテニスコートで、なぜかテニスボールをラケットの側面に乗せ、そのボールの上にさらにラケットを乗せてバランスをとっている高円寺くんが映し出される。

 

「流石高円寺だ。あんな芸当ができるのは前腕筋群をしっかり鍛えている証拠だろう」

 

あのバランス感覚は、筋肉の問題なのかしら……。

 

『ちょっと、そろそろ私のラケット返してよね』

 

『キミには不要な物だろ、避暑地ガール』

 

『ひしょちがーる??』

 

『まあ私の美しいプレイを見ていたまえ』

 

『ザベストオブ3セットマッチ 高円寺サービス トゥ プレイ』

 

コントみたいなやり取りのまま試合開始が宣言される。

 

『おいおい、高円寺のやつ何するつもりだ?』

 

橋本くんが慌てた様子でツッコミを入れる。

 

それもそのはずで、ボールを乗せたラケット(軽井沢さん分)を地面に置き、構えはじめた。

 

『ショータイム』

 

自分のラケットで、軽井沢さんのラケットを掬い上げ、ボールとラケットがそれぞれ宙に舞う。

 

かと思ったら、自分のラケットを上に放り投げた。

 

それが軽井沢さんのラケットに当たり、さらに上昇した軽井沢さんラケットがボールに当たり、ボールは空高く飛んでいく。

 

その後、高円寺くんは高々と跳躍し、自分のラケットと軽井沢さんのラケットを左右の手でそれぞれキャッチ。

 

そこから空中で一回転しながら、ちょうど頭上に落下してきたボールを相手コートに打ち込む。

 

目にも止まらないスピードで強烈なサーブが相手コート(と橋本くんのみぞおち)に突き刺さる。

 

何が起きたか認識が追いつかなかったのだろう。

音もなく倒れる橋本くん。

 

「どう?これがエア・ロクスケィよ」

 

ひとまず予定通りという空気を出しておこうかしら。

 

「くっ、高円寺はやはり要注意人物だったな」

 

「色んな意味で要注意人物であることは否定できないわね……」

 

とは言っても、このまま橋本くんが起き上がらなければ、試合続行不可でこちらの勝ちだわ。

 

『えー、高円寺選手。ラケット2本使用により反則。よってこの試合、橋本・元土肥ペアの勝ちとします』

 

「……」

 

「……まぁ、あれだ。高円寺も悪気はなかったんだろう。魅せプレイが好きなヤツだからな」

 

なぜか敵であるはずの葛城くんからフォローされてしまう始末。

 

『ハッハッハッ、これはケアレスミスをしてしまったよ。まあ私はルールに縛られる男じゃないからねえ』

 

『えー……』

 

絶対わざとね。

試合をさっさと終わらせるために、反則行為を実施。

もしラケット2本が注意程度で済んでも、橋本くんを倒しておけばどちらにしろ試合終了。

勝敗は関係なくどっちになっても一球で終わらせる算段。

 

……元々捨て試合と思ってたわけだし、はやく忘れて次の種目に切り替えましょう。

 

3種目は『英語』参加人数は8人

 

ここで攻めるか、捨てるか。

学力勝負は、主力を全員ぶつけて勝てるか勝てないかのギリギリのライン。

 

どうするか思考していると葛城くんから話しかけてくる。

 

「堀北、知っているか?世界的なデータでは、男子より女子の方が様々な科目を得意とし、この英語も得点がいいらしい。あくまで傾向があると言う話だが、参考にしてみたらどうだ」

 

「馬鹿を言わないで。男女差別するような発言はどうかと思うわよ」

 

「差別ではない。これは差異だ」

 

「葛城くんは生徒会を目指しているのよね。もしこれが歴代最優秀な前生徒会長であれば、差だの何だのなんて関係なく、どんな相手でも助けを求められれば平等に接して、救いの手を差し伸べたわ。そんな風に屁理屈を述べて人を区別する思考をしているうちは生徒会入りなんて不可能よ」

 

葛城くん、全く話にならないわ。坂柳さんも大変ね。

 

「グッ……。確かに堀北の言う通りだ。お前を揺さぶるためとはいえ、思ってもいないことを言ってしまった、それも不適切な内容で。謝罪させてくれ、すまなかった」

 

「やけに素直ね」

 

「生徒会に入りたいからな」

 

もう兄さんはいないのに、葛城くんも物好きとしか言いようがない。

 

「それにしても、俺も妹を持つ身だからわかるが、こんなに兄想いの妹がいて堀北元生徒会長は幸せ者だな」

 

「葛城くん、今度兄さんに生徒会入りを推薦しておくわ」

 

兄さんと同じで、葛城くんも妹好きとしか言いようがない。

全く、葛城くん、話の分かる人じゃない。坂柳さんが羨ましいわね。

 

そんな会話をしながら、英語テストに参加する生徒を選んでいく。

 

「へぇー、これは良い勝負になるんじゃない?」

 

「星之宮先生、私見は入れないように」

 

「はーい。じゃあ参加生徒の発表でーす」

 

モニターに生徒名が表示された。

 

「幸村、平田、王、櫛田、松下……勝負を仕掛けてきたか」

 

「ええ、ここを勝ってリードさせてもらうわ」

 

王さんが得意なのは英語で、他は人よりできるレベル。

他の科目では戦力が1人分減ることになるから、勝負するならここだと考えていた。

 

「だがAクラスも簡単には負けない」

 

Aクラスも勉強が得意な生徒を厚めに選出しているように見える。

ただ当然だけれど坂柳さんは入っていなかったり、主力を全員投入しているわけではない。

テスト系の種目を多めにしている関係で、そのあたりのバランスが難しいのだろう。

付け入る隙はそこしかない。

 

「――テストの集計結果を発表する。Aクラス730点、Cクラス740点で、この種目はCクラスの勝利とする」

 

坂上先生が結果を発表する。

 

「わー、Aクラスを勉強で倒しちゃうなんて、Cクラスすごいねー」

 

星之宮先生が褒めてくれるが、目が全然笑っていなかった。

 

「これは俺の判断ミスだな」

 

「さすがのAクラスも余裕がなくなってきたんじゃないかしら」

 

「そうでもない。そちらのクラスで学力が秀でた生徒は綾小路以外、全員出場した。つまり今後のテスト種目で俺たちのクラスは勝てるからな」

 

「そう都合よく行くといいけれど」

 

「ふっ、それもそうだな」

 

葛城くんの言う通り、先に戦力を投入しきる欠点で、その後の種目で優位に動かれてしまう点はある。

ただ、それを差し置いても、ここでの1勝は大きい。

 

チェスに頼らずとも、残りの私たちの種目で確実に勝つことで、特別試験の勝利を手にすることができる。

 

「次の種目の発表でーす」

 

相変わらず軽いノリで進行していく星之宮先生。

ただ、少しだけ笑顔に含みがあるような気がする。

 

4戦目の種目は――弓道 参加人数3名 の私たちの種目。

 

Aクラスに弓道部員も経験者もいないことはリサーチ済み。

弓道部で唯一経験のある三宅君の活躍で難なく勝利することができた。

 

これで3勝1敗。

 

5戦目は数学テストで参加人数7名。

 

先程の葛城くんの発言通り、残りの生徒では太刀打ちできるはずもなく、あっけなく敗北し、3勝2敗。

 

ただ問題はない。

予想が正しければ、各クラス3種目は選ばれるはず。

よってここで選ばれるのは、私たちの種目。

 

須藤くんも小野寺さんも温存できているため、勝率は高い。

 

6戦目は――テント組み立て競争で参加人数6人。

 

池くんの熱意を信じての採用だったのだけれど、勝負が決まる大事な局面で選ばれたのは不安がないと言えば嘘になる。

 

いくら練習で完璧だったとしても、勝負所に立ち会った経験値が少なければ、余計な緊張で思わぬミスを招くことはある。

 

理想は、そんな勝負どころの経験値が豊富な2人が担当するバスケか水泳だっただけに、くじ運の悪さは否めない。

 

それでも、面接のときに感じ取った可能性。

それをないがしろにしては、このクラスの成長はなくなってしまうような気がした。

 

 

それにもしここで負けてしまっても――彼がいる。

当てにするのは癪だけれどね。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

グラウンドの一角にこの種目用のスペースが建設されていた。

 

「みんな練習どおりやるだけだ!勝ってAクラスのヤツ等を見返してやろうぜ」

 

「おう!やっぱり池はキャンプ系の時だけは頼りになるな」

 

「そうでござるな、池殿が覚醒してるでござる」

 

出場生徒の本堂や博士が笑って応えてくれた。

めちゃくちゃ緊張して今にも吐きそうだけど、信じてくれた堀北のためにも、クラスのためにも何としても勝ちたい。

 

そして、春樹の分まで頑張って、卒業したらアイツんとこまで自慢しに行ってやるんだ。

 

「テント道具一式はここに置いてある。5つ先に組立てた方のクラスが勝ちだが、こちらで確認して、基準に満たない雑な立て方をしたテントがある場合は、その分立て直しとなる。また、道具は必要分しかないため、壊したり、紛失したりしないよう注意するように」

 

審判を担当する先生がマニュアルを見ながらルールの再確認をする。

 

「道具を粗末に扱うクラスには勝ちはないってことっスね」

 

「そういうことだ。勝負開始まで10分時間を取る。これから道具の確認をし、万が一足りない場合は申告すること」

 

「わかりました」

 

Cクラスの設置スペースへ移動して、みんなで道具の点検を始める。

 

「ロープよし、ペグよし――」

 

「池殿、ホントに見違えておりますな。さっきも普段の池殿なら無駄な質問で流れをぶった切るのがお約束でござろう?」

 

「だよな~」

 

「え、俺そんな風に思われてんの?」

 

「でも今日は頼りになる証拠でござるな。練習通り、的確な指示をよろしく頼みますぞ」

 

「もちろんだぜ」

 

そうして点検をしていると、足音が聞こえ顔を上げる。

 

「おわっつ!?」

 

「……随分なご挨拶だな」

 

顔を上げたすぐ先にAクラスの鬼頭の顔があって思わず声が出ちまった。

神室ちゃんや他の参加生徒も来ているっぽい。

 

「いやいやいや、顔上げたら急に鬼頭の顔はきついって」

 

「消すか?」

 

「やめときなさいよ、こいつの主張も一理あるって」

 

「そうか……」

 

神室ちゃんに止められ外そうとした手袋をすっと戻す鬼頭。

 

「しょ、勝負前に脅しに来るなんて卑怯じゃねーか」

 

「そ、そうでござるー。それがAクラスのやり方でござるかー」

 

本堂や博士が抗議してんだけど、それなら俺の後ろに隠れて言うんじゃなくて、俺と鬼頭との間に入って言って欲しいんだよな……。

 

「勘違いするな。勝負前に挨拶にしに来ただけだ」

 

鬼頭が右手を差し出してくる。

 

「……カチコミって意味の挨拶じゃないんだよな?」

 

「そちらに変更するか?」

 

「じょ、冗談だって。よろしくな」

 

「ああ」

 

鬼頭の右手を握り返し、握手に応える。

鬼頭のことはよく知らねーけど、一応正々堂々的な感じなのかもしれない。

 

言葉通りの挨拶を済ませるとAクラスの陣地に帰っていった。

 

「いやー、勝負前に死ぬかと思ったぜ」

 

「暴力行為禁止、とはルールに書いてござらんかった。つまりそういうことかと焦ったでござる」

 

「さすがにそれはねーよ、ねえよな?」

 

向こうにその意図があったかどうかはわかんねえけど、プレッシャーのかかる場面で見事集中を乱されている。

 

「気にすんなって。ルールに書いてないからってやって良いことと悪いことはあるだろ」

 

「まあそうだよな」

 

Aクラスの訪問でちょっとした騒ぎにはなったけど、その後は特に問題もなく、10分間の確認時間が終了する。

 

「それではこれより種目を開始する」

 

審判がスタートの合図でスタート用のピストルを鳴らした。

Aクラスは鬼頭の指示のもと、テキパキと道具を運び組み立て始める。

優等生で協調性の高いクラスだから連携はしっかりしているようだった。

 

でも連携なら俺たちも負けない。この一週間、本気で練習してきた。

 

「予定通り、本堂と博士で道具を配置していってくれ。準備が整うまでは残りメンバー最初の1つを組み立てる」

 

効率重視の分業で複数のテントを並行して作っていけるように作戦を立ててきた。

テントの組み立てにはいくつか工程があるから、それぞれ特訓してきた担当工程を割り振っていく。

 

「池殿、2つめのテント広げ終わったでござる」

 

「オッケー、ポール組、引継ぎよろしく!」

 

「了解」

 

博士たちが3つ目のテントを広げはじめ、ポール組は2つ目のテントにポールを通りはじめる。

 

そうして順調に組み立てていく。

 

このペースならAクラスよりも早く出来上がりそうだ。

 

心に余裕が出てきたからか、無人島試験でテントを張った時のことが頭に浮かんできた。

 

『マジでテント立てんの上手いじゃん、寛治』

 

『へへ、小さい頃からよくやってたからな』

 

『俺だって、探索中に右手さえ痛めてなけりゃ、寛治にも負けねえスピードで組み立てられるんだけどよ』

 

『ホントかぁ、春樹?』

 

『マジ、マジ。絶対役に立ったって』

 

『ってあれ、ペグが一本ねえや。さっきまであったと思ったんだけどな』

 

『これのことか?』

 

『そうそう、それだよ。サンキュー』

 

『なっ、役に立ったろ』

 

『お前さ、右手で普通に渡してきたけどよ、痛いんじゃなかったか?』

 

『あっ……いてててててー。無理しすぎたわー、あと頼む』

 

『ったくしゃーねーな』

 

いつだって春樹はくだらない嘘やいたずらで場を和ませてくれたし、なんだかんだやるときはやる男だった。

 

……おまえの分まで頑張るからな、春樹。

 

最後のテントも完成が見えてきた。

ちらっとAクラスの様子を見た限り、あっちは最後のテントに取り掛かりはじめたばかり。

俺たちがリードしている。

 

「よっしゃ、このまま勝とうぜ」

 

「勝てる勝てる勝てる」

 

「ござるござるござる」

 

ペグを地面に打ち込み、固定していく。

 

「あれ、そっちにペグってある?」

 

本堂が何やら慌てた様子で博士に尋ねた。

 

「ん?ござらぬよ」

 

「池!やばい、ペグが1本ねえよ」

 

「は?ったく、どこやったんだよ、おい春樹も探すの手伝ってくれ、得意だろ」

 

「池殿……」

 

「あ……わりぃ。ま、みんなで探せばすぐ見つかるって」

 

動揺して変なこと言っちまった。

仕方ないだろ、2週間ちょっと前までは当然のようにいたんだからさ……。

 

「だよな。風で飛ばされるもんでもないし、きっとテントの下とか中に紛れ込んでるんじゃないか」

 

「まだAクラスとの差はござる、焦る必要はないのでござるよ」

 

直前の微妙な空気をなかったかのように取り繕うメンバー。

すぐ見つかると考えてたけど、いくら探しても見つからない。

 

それさえあればもう完成するってのに。

 

「おい、ちゃんと運んできたのかよ」

 

「はぁ?そっちこそチェック段階で見落としたんじゃねえか」

 

あれだけまとまって動いていた仲間たちに亀裂が入る。

 

『じゃじゃーん、俺が隠し持ってましたー。やっぱさ、ちょっとぐらいピンチを演出して接戦感を出しときたいじゃん』

 

きっと春樹なら必死になって見つけ出したペグを、そんなこと馬鹿言いながら渡してくれた、よな。

 

それを俺たちは余計なことすんなって笑いながら叩いて――。

 

「そこまで。Aクラスのテントが完成し、張り方にも問題はなかった。よって、この勝負、Aクラスの勝利とする」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「最後の方、Cクラスが急に失速したようだったが――」

 

「さぁ、なんか道具でもなくしたんじゃない?」

 

「そんなことがあるのか?だが、それがなければ正直勝てていたかどうか。思わぬ強敵だった」

 

「ま、私たちの方が運が良かったってことでしょ」

 

「……そうだな」

 

納得はしてなさそうだけど、鬼頭は教室に帰っていった。

 

「はぁー」

 

思わずため息が出る。

 

Aクラスで居続けるためには、勝負に勝つためには、キレイごとだけでは不可能だ。

 

きな臭い噂が多い2年の南雲先輩やキレイごとばかりで成果を出せないBクラスがそれを証明している。

 

坂柳はそのあたり柔軟に対応できるリーダーだから、弱み云々を差し引いても、渋々付き合ってきた。

 

でも今回の試験は、坂柳は綾小路に夢中でクラスのことには無関心。

葛城も鬼頭も真面目過ぎて話にならない。

橋本はそもそも信用できないし……。

 

だったら私が汚れ役をやるしかない。

 

泣き崩れるCクラスのヤツを横目に、さっと隠し持っていたペグを戻してグラウンドを後にする。

 

反則行為として相手の道具を使用してはいけないという項目がない以上、何かの間違いでこっちに道具が紛れ込んでいても罪にはならない。

 

罪悪感はない。

こっそり盗み出すことなんて、この学校で坂柳に見つかるまでは平然とやってきたことだ。

 

ただ――昔はそのスリルが心を満たしてくれる気がしたのに、なぜだか今回は全く満たされることはなかった。

 

「……退屈させないでくれるんじゃなかったわけ」

 

行き所をなくした気持ちを無意識に呟いていた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「惜しかったな、寛治」

 

「俺たちAクラス相手に善戦できたってだけでもすごいって、だからそろそろ元気出せよ」

 

「……」

 

教室に戻ってきた池を須藤や本堂が励ましている。

 

話を聞く限り、最後の最後に道具がないことに気づいたらしいが、事前のチェックで問題がなかったのであれば、可能性が高いのはAクラスの妨害工作だろう。

 

『単純な種目としての勝負』としか認識していなかった池たちでは対処しきれなかったか。

 

確かに池は成長していたし、この種目に限って言えば勝てるだけの力もあった。

だが、それだけではこの学校で勝つことはできない。

 

堀北としては自分たちの力で勝つことで成功体験を経験させておきたかったのだろうが、これはこれで良い経験になったのかもしれない。

 

ともかくこれで3勝3敗。

特別試験の勝敗は最後の種目に預けられた。

 

そして最後の種目はもちろん――『チェス』 参加人数1名。

 

モニターに種目名が出てきたかと思うと、すぐ画面が切り替わり参加生徒の名前が表示された。

 

Aクラス 坂柳有栖

 

Cクラス 綾小路清隆

 

席を立ち、指定された会場へと移動を始める。

 

「勝てよ、清隆」

「頑張ってね、清隆くん」

「ふぁいと~きよぼん」

「清隆なら坂柳にも負けない」

「よろしく頼んだよ、綾小路くん」

「清隆くんなら大丈夫です」

「清隆、案外坂柳さんはザコなとこあるわよ」

「清隆くん、今日もカッコイイ」

 

教室から出るまでに、綾小路グループや平田、みーちゃん、恵、麻耶をはじめとしたクラスメイト達から声援を受けながら送りだされた。

そんな応援されることでもないと思ったが、申し訳程度の拍手しかもらえなかった一年前の自己紹介から考えると変われば変わるものだと感慨深いものがある。

 

ただ、中には

 

「綾小路くん、もちろん勝って欲しいけど、別に負けちゃっても誰も責めないから、うんうん、負けちゃって大丈夫だよ。気にしないでいいからね。退学~」

 

とオレの敗北を熱望する声も混ざっていたような気もしないでもない。

 

「綾小路くん、お待たせしました。自家用車を使えないというのは不便でいけませんね」

 

チェス会場の前で待機していると少しして坂柳が到着した。

 

「わざわざここで待っていてくださったということは聞きたいことでもあるのではないですか?」

 

察しの良い坂柳の言う通り、会場の様子はカメラで撮影されているため、ちょっとした音声は拾ってしまう。

遠慮なく話すならこのタイミングだけだった。

 

「大した話じゃないんだが、やはり、7戦目をチェスにする権利をポイントで購入していたのか」

 

「もう隠す必要もございませんね。おっしゃる通りです。あなたとの勝負をくじ運で流されてしまうわけにはいきませんから」

 

「この学校でポイントで買えないものはない、か」

 

「さすがに5種目全部採用する、といった類のものは無理でしたが」

 

1年の集大成であるこの試験で、ポイントの利用ができないはずがない。

 

堀北を通して茶柱先生に確認したが、7戦目の優先権などは残念ながらCクラスの手持ちポイントで購入できる額ではなかった。

 

勝つためなら借金でもしかねない堀北も、両クラスが購入した場合は競りになる、ということもあって早々に購入を断念していた。

 

そして1戦目もそうだが、途中でチェスが出てこなかったのは、この7戦目で確定していたから。

だからこそ、坂柳は1戦目のリレーで相当焦ったと思ったのだが、今のところ何も言ってこないな……。

 

「よくここまでするな」

 

「それだけ本気でこの勝負を楽しみにしていたことが綾小路くんに伝わって良いじゃありませんか」

 

「その分のポイントをくれればチェスぐらいいつでも付き合ったんだがな」

 

「……次回があれば検討しましょう。言質取りましたよ?」

 

「俺は安くないぞ」

 

「はい、知っていますよ。最高傑作さん」

 

嬉しそうに軽口を叩く坂柳。

来年度はレンタル綾小路くんをして、ポイントを稼ぐのもアリかもしれない。

ファンクラブがあるぐらいだ、それなりに需要も見込めるだろう。

 

そんな馬鹿なことを考えながら、チェスの会場に2人で入場した。

 




※原作ネタバレ注意



本当は橋本くんのすぐ隣を掠めていくぐらいの予定だったボールが彼のみぞおちに直撃へ変更したのは、原作2年生編10巻のせいです、高円寺くんがやってくれました←


あと意識したわけではないのですが、綾小路グループの勝率がえぐいことに……来年はクラスカーストトップ集団か……?


以下、補足解説になります。

7戦目の権利を購入できた仕組みについてですが、ルール上ランダム選出になっているため、6戦目まではチェスがない状態で抽選され、7戦目だけ残り種目の札がすべてチェスに置き換えらた状態で抽選されるといったような仕組みを買っている形になります。

※基本的な抽選の仕組みは、1戦目は10種目の中からランダム、2戦目は9種目の中から~と出た種目が減っていき、同クラスから3種目でた時点で、対戦相手が3種目出るまで残り2種目は抽選候補から外れる、という抽選システムを想定しています。

また、裏ルール(独自解釈部分)の『公平性を保つため、両クラス3種目は絶対に抽選される』関係上、坂柳さんがいっていたように、5種目をAクラスの種目にするなどといったものは購入することはできません。

上記のシステムの都合で『●戦目を自クラスに』という条件で購入できるのは1、2、3、7戦目(購入金額は異なります)。またこんな権利を購入できる理由づけとしては、この権利が買えるほどのポイントを保有していたのも実力のうち、という考えとなります。
とは言っても、余程の策がなければ、わざわざ7戦目以外を購入するメリットはないのかもしれません。

ちなみに、坂柳さんは、7戦目が自クラスになる権利とチェスを7戦目にする権利を合わせて購入しています。

資金源は月々のポイントだけでなく、干支試験やリアルケイドロで荒稼ぎした分を当てていますが、さすがに貯金が少なくなってきました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Bクラス VS Dクラス その③ チェーホフの銃

私たちBクラスが3勝2敗で迎えた6戦目のしりとり。

 

参加メンバーが次々と会場に入っていく。

 

この種目で勝てなければ……。

 

さっき参加生徒を選ぶ画面をみて気づいたこと――このしりとりまでで、すでに38人の生徒が出場したという事実。

 

クラスの人数は司令塔を除くと39名だから、残りは時任くんだけ。

本当は千尋ちゃんを残しておく予定だったけど、この後の最悪の事態を想像した時、どうしても変更するしかなかった……。

 

ひよりさんのクラスは、真鍋さんが退学したことで1名少ない。

つまり、全員出場済みだから次の種目から2週目になって、誰でも選択できるようになる。

 

そしてポイントでの7戦目の権利の購入。

ポイントで権利が買える可能性を考えて星之宮先生に確認したら、案の定購入が可能だった。

 

直前に救済で2000万ポイントを使ってしまった私たちには到底払うことができない程の高額の権利。ただ、相手も同じくらい金欠のひよりさんクラスだから、問題はないと考えていた。

 

それが甘かったのかもしれない。

 

以前、龍園くんが南雲先輩からポイントを借りていたという話は聞いてたけど、その後、混合合宿で南雲先輩と決別した話も聞いた。

 

だから、ポイントを借りて用意する、なんてことは不可能だと決めつけていたんだよね……。

 

落ち着いて考えれば、南雲先輩なら条件次第では面白がって貸し出してもおかしくないし、他にも私が知らないだけでポイントを持っている人のツテがあって借りることができたかもしれないのに。

 

そうなった時、この後に待っているのは、7戦目ボクシングでアルベルトくんとの一騎討ち。

 

どう頑張っても勝てるはずがない……。

千尋ちゃんにそんなトラウマを植え付けるわけにもいかず、申し訳ないけど、時任くんに出てもらってすぐ降参してもらう。

 

今更気づいても、もうそのぐらいしかできることがなかった。

 

なんでこうなるまで気づけなかったんだろう……。

いや、いまはそんなことを考えているときじゃない。杞憂かもしれないし、このしりとりで勝てば、特別試験には勝つことができるのだから。

 

私は司令塔としてこのしりとりで勝てるように精一杯努めよう。

 

会場では円形に並べられた椅子に座り終えた参加生徒が、審判の先生からルールの説明をされていた。

 

『――それでは、回答はDクラスから座席順に交互に行ってもらう。最初の文字はしりとりの「り」だ。それでは、はじめ』

 

最初の生徒はDクラスの時任裕也くん。

私たちのクラスの時任克己くんとは遠縁って話だけど、2人が話してるところは見たことがない。

 

『……龍園翔』

 

使用できるワードは学校内に存在する固有名詞のみ。

もちろん名前も認められるんだけど、あの時任くんが龍園くんの名前を出すとは意外だった。何か心情の変化でもあったのかな。

 

次は渡辺くんの番。

たくさん特訓したしりとりメンバーの中心人物。

 

特に『る』の対策はしっかりしてきた。

 

『ル●ク』

 

購買部にチョコレートの「ルッ●」が置いてあるのは確認済み。

 

持ち時間5秒以内に答えなければ失格になっちゃうから、ハイテンポな戦いになる。

 

私たちは、購買部で売っているお菓子を中心に覚えて、足りないものはスーパーやコンビニ、ネットで買い足して教室に置いてある。

お菓子などの飲食物でジャンルを絞ることで、悩まずパッと答えやすくする作戦。

 

『櫛田桔梗』

 

『う●ぎパイ』

 

『一之瀬帆波』

 

Dクラスの野村くんから、私の名前が出たことで千尋ちゃんが野村くんを睨みつけている。

私は少しも気にしてないから、そんなことしちゃ駄目だよ千尋ちゃん。

 

『ミンテ●ア』

 

『綾小路清隆』

 

んんん?誰かな、綾小路くんの名前を勝手に使った人は……矢島さんかぁ、うん、覚えたよ。

 

って違う違う。

Dクラスは名前で攻めるつもりなのかな?だとしたら、すぐに限界が来るはず……。

 

『亀●の柿の種』

 

よし、良い回答だよ。

私の記憶している限り、『ね』から始まる苗字の生徒はいないはず。

 

『ね、ね、ね……寧々森?』

 

『藪菜々美アウト。席を移動するように』

 

審判からの指示で藪さんが失格者の待機席へ移動する。

藪さんが失格になったため、隣の中西くんから再スタート。

 

『ねるねるね●ね』

 

『ね』で続けて攻撃するナイスなチョイス。

 

『ネ●ター』

 

ネク●ーは確かに購買に売っている。

当然だけど、Dクラスは人物名以外にも準備していたみたいだね、簡単には倒せない。

ちなみに伸ばし棒の場合は直前の文字、この場合は『た』から始まる言葉を回答する必要がある。

 

『たこ焼●亭』

 

『姫野ユキ、アウト』

 

『え?』

 

『残念だが、た●焼き亭の正式名称は「元祖●こ焼き亭」となる』

 

これは仕方ない。

そうしてしりとりは続いていき、お互いに人数は減らしながらも、現在Bクラスの方が生き残り人数が多い状態で、1巡目Dクラス最後の生徒――椎名さんの出番が回ってくる。

 

「司令塔の介入をします」

 

諸藤さんが真嶋先生に申告する。

しりとりでの司令塔介入は『ゲーム中、一度だけ参加者の1名の順番を任意の順に変更できる』権利。

 

諸藤さんは椎名さんを直前に回答した千尋ちゃんの左隣、つまり1巡目をスキップして2巡目のDクラス最後の生徒になる位置に移動させた。

順番はBクラス最後の麻子ちゃんに移る。

 

「こんなところで介入権を使っちゃうなんてもったいないんじゃない?」

 

「そうでもないですよ。これでもう少しだけ勝負を楽しんで頂けます」

 

それって椎名さんが出たら勝負にならなくなるってこと?

 

「随分挑発的だね」

 

「そうですか?」

 

椎名さんが何をしてくるかはわからないけど、要は手の内を晒さないための移動。

どんな奇策を持ってきていても、1周してくるまでに私たちも対策は取れるわけで、なるべく人数が減るまでは温存したいってとこかな。

 

そうしてBクラス残り8人、Dクラス残り3人で今度こそ椎名さんの順番になる。

 

直前のワードは『ブレンデ● ボトルコーヒー』だから『ひ』。

 

椎名さんは悩むそぶりもなくサッと答える。

 

『緋色の研究』

 

……ん?

何だろうと思ったけど、審判の先生がストップをかけていないため、校内にあるもので間違いはなさそう。

 

『え?……えーと、う、う、う、うま●棒』

 

動揺した千尋ちゃんだけど、なんとかやり過ごす。

 

緋色の研究って聞き覚えはあるんだけど、なんだったっけ……。

 

3巡目の椎名さんの回答『誰の死体?』

 

4巡目の椎名さんの回答『Xの悲劇』

 

5巡目の椎名さんの回答『さらば愛しき女よ』

 

これってもしかしなくとも本のタイトルだよね。

『さらば愛しき女よ』は少し前に2年生の間で流行ってたって聞いたことがある。

 

6巡目を迎えるとBクラス残りは渡辺くん、麻子ちゃん、千尋ちゃんの3人。

Dクラスは椎名さんと時任くんだけになっていた。

 

順番は時任くん、渡辺くん、椎名さん、千尋ちゃん、麻子ちゃんの順番。

 

『わ…渡辺……お前下の名前なんだったけ?』

 

『時任裕也アウト』

 

『紀仁だよっ!!』

 

『あー、そんな感じするな。悪い、椎名。粘ってみたがここまでだ。後は任せた』

 

『ええ。任されました』

 

これであとは椎名さんだけなんだけど……。

 

『吾輩は猫である』

 

渡辺くんも気づいたようで、椎名さんのマネをして本の名称を答える。

普通なら数が少ない『る』のワード……。

 

『ルパン最後の恋』

 

ノータイムで回答する椎名さん。

 

「もうお気づきかと思いますが、椎名さんは大変読書家で、本人曰く、図書館にある本のタイトルならほぼ全部把握しているとか」

 

諸藤さんがそんなことを言ってきた。それが本当なら何万ものワードを椎名さんは操ってくることになる。

もちろん、私を焦らせるブラフの可能性だってあるけど、それを感じさせない余裕のある諸藤さんと椎名さん。

 

敗北の不安が私を包みこーー

 

『い……一之瀬、帆波ちゃん、大丈夫、頑張って!!』

 

『白波千尋アウト。一之瀬帆波は2回目だ』

 

元々しりとりの予定じゃなかった千尋ちゃんは対策不足。

何も思いつかず、でも最後まで諦めず、私のことを気遣って叫んでくれた。

 

「千尋ちゃん、ありがとう」

 

気持ちを切り替える。本当に私にはもったいない仲間たちだ。

 

『いちごみ●く』

 

『「く」かー、えっと……』

 

麻子ちゃんが「いちごみる●」(飴)と回答し、渡辺くんの反応をみたところで、真嶋先生に声をかける。

 

「司令塔の介入をします」

 

司令塔権限で渡辺くんを椎名さんの次へ。

2人だけになったらほぼ意味がなくなるから、使い所はここだろう。

 

『では、椎名から「く」で再開だ』

 

渡辺くんが移動して、椎名さんの順番になる。

 

黒後家蜘蛛の会(くろごけぐものかい)

 

『また「い」かよ。えっと……伊豆の踊り子?』

 

なんとか思いついた文学作品を言ってみた感じだけど、図書室にあったみたいで失格にはならない。

 

『コカ・コ●ラ』

 

『ライ麦畑でつかまえて』

 

『て……手札抹殺?』

 

『渡辺…紀仁、アウト』

 

『待ってくださいよ!デュエリストがいたら誰か絶対持ってるって』

 

『残念だが、Sシステムを流用したチェックプログラムが該当なしと示した場合は、例外なくアウトとなる』

 

『そ、そんな……。てか俺の名前一瞬忘れてませんでした、先生?ひどいっすよ』

 

渡辺くんが必死に抗議してるけど、受け入れてもらえない。でもこれは次の麻子ちゃんのために時間を稼いでいるんだと思う。抗議を続ける渡辺くんの隣で、麻子ちゃんも難しい表情をしていた。

 

『これ以上抗議するなら遅延行為でBクラスの負けとする』

 

『すみません、やめます』

 

失格者待機スペースに向かう渡辺くん。

 

『それでは網倉から再開するように』

 

じっと悩む麻子ちゃんが出した回答は……

 

『……テキサス●チェーンソー』

 

そういえば、最近ホラーにハマってるって言ってたっけ。問題はDVDなりなんなりがこの校内にあるのかどうか……。

よかった、審判からアウトのコールはない。

順番が椎名さんに回り、麻子ちゃんと椎名さんの一騎討ち。

 

『そして誰もいなくなった』

 

『た、た、た……』

 

橘茜……なんてサッと出てくるのは生徒会役員だからだよね。麻子ちゃん、お願い。

 

『タンスにゴン●ン!!って、あ……』

 

『網倉麻子、アウト。よってこの勝負、Dクラスの勝ちとする』

 

これで3勝3敗。

どんなにみんなで協力しても、圧倒的な個に敵わない……。

そんな認めたくない現実に蹂躙されていく。

 

そうして私の脳裏にはあの時のあの言葉が過ぎりはじめる。

それを必死でかき消しては浮かび、かき消しては浮かび……。

 

言うまでもなく、しりとりで一生懸命戦った仲間たちに落ち度はない。

椎名さんの策を読み間違った私に責任がある……。

 

みんな、ごめん……。

 

涙が溢れそうになるのだけは必死で堪える。

 

お願い、奇跡でも何でもいいから……。

7戦目の抽選がはじまり、藁にもすがる思いで手を合わせて祈る。

 

 

7戦目の種目は――――――

 

 

「えっ……」

 

祈っておいて言うのもなんだけど、事態が飲み込めなくて、思わず目を擦ってからモニターを見直す。

 

 

そこには間違いなく『英語』参加人数3人 の表示がされていた。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

今頃一之瀬スポンサーはどんな反応をなさっているのでしょうか。

 

表示された英語の種目を見て想像を膨らませます。

 

心からの安堵、絶望の淵からの生還、勝利の確信……。しかし、少し落ち着いたところで疑念を抱く、そんなところでしょうか。

 

そうして試験内容が発表された後の龍園くんとの相談を思い出します。

ふふ、種明かしの回想なんて推理小説みたいでワクワクしますね。

 

「逆にこちらには龍園くんが獲得したポイントがあります。その優位性を利用して、購入して欲しいものが2つあるのですが……」

 

「俺に身銭を切れと?」

 

「もちろん、タダでとは言いません。龍園くんにとって十分な見返りを用意いたします」

 

「クク、その見返りで俺が満足できるかどうかは興味がなくもない。いいぜ、話ぐらい聞いてやる」

 

「ありがとうございます。では、まず購入してもらいたいものですが、1つ目は『7戦目が私たちのクラスの種目になる権利』、2つ目は『これまでのBクラス全員のテスト結果』です」

龍園くんは少し目を細めたものの、黙って話を聞いてくださっています。

 

「私の仮説が正しければ7戦目はポイントで購入できるはずです」

 

「最低でもこちらの種目で勝てば4勝できるってわけか。だが、机上の空論だ、戦力不足で実現できるとは思えない。仮に種目を工夫しても、必勝の種目を5つ作れるほど俺たちは層が厚くない」

 

「逆にBクラスはどこをついても弱点らしい弱点はなく、どんな種目でも平均以上の戦績を残されるでしょうね」

 

「そういうこった」

 

「でもそれだけです。勝ち星を狙える生徒が少ないなら、何度も出場してもらえばいいんです」

 

事前に用意していた人数のパターンを記載した紙を龍園くんに渡します。

 

「クク、確かにこれなら最低でも7戦目までに1週はするな。相手次第じゃ3週目もあり得る」

 

「ええ。ただ、ここまではあくまでも7戦目を購入できた場合の話。勝利を確実にするための2つ目です」

 

「それでテスト結果か」

 

「おそらくBクラスは学力主体の種目を用意してくる……いえ、もしかしたらそれだけで10種目埋めてくるのではないかと考えています。向こうの得意分野と、私たちの苦手分野が重なっていますから」

 

「ククク、最もすぎて反論の余地もねぇな」

 

「テスト結果をみれば、Bクラスの得意不得意科目、どなたが主力なのかなど事細かに分析できますので、向こうが最終的に選んでくる5科目を予想できるかと思います。そのうえでこちらの得意科目と照らし合わせ、勝ち目のある順番に3科目に絞りテスト勉強をする、というのが現実的な対策かと思います」

 

「3科目押さえておけば、最低1種目は抽選されるからな」

 

「はい。私たちの上位数名が得意科目で挑めれば、Bクラス相手でも勝ち目はあります。学力トップの一之瀬さんが司令塔で不参加ですしね」

 

「これが上手くいけば勝てる可能性は高い。だが、こちらの狙いに気づかれたら向こうの動きも変わってくる」

 

「そうならないようにする考えもございます。あのクラスで注意すべきは結局1人。一之瀬スポンサーが機能しなくなればいいんですから」

 

そうして残りの策と龍園くんへの見返りを伝えます。

 

「ハッ、ひよりにしちゃあ大胆な策だな」

 

「普通に挑んでいては敵いませんので。引き受けていただけますか」

 

龍園くんは少し考える素振りを見せたのち、ニヤリと笑い口を開きました。

 

「そうだな、俺の答えは――いいぜ、乗ってやる」

 

快諾を頂き、種目発表が行われたあと、早速坂上先生の元へ交渉に行っていただきました。

ところが――

 

「テスト結果は200万で購入したが、7戦目の権利、あれは買えたもんじゃねえ」

 

なんでも購入額が700万ポイント、さらに指定の種目にしようとすれば300万ポイントかかるそうです。

 

「残念ですが仕方ありませんね」

 

確実に勝つことはできなくなりましたが、それでも勝てる見込みは十分あります。

そう切り替えようとした時、龍園くんがニヤリと笑いました。

 

「だがな、残りの300万で『指定した種目がどこかで必ず選出される』権利なら購入してきた。しりとりを指定してある。これで十分だろ?」

 

「はい!」

 

こうして龍園くんの機転で準備が整いました。

 

今日の出目次第では化学のテストでも勝てた可能性があったのですが……こればかりは仕方がないですね。

回想したところでリアクションをとってくれる相手がいないため真新しい発見はなく、興味は次の事柄へと移ります。

 

あとは諸藤さんがお願いしたセリフを上手く伝えてくださるかどうか。

諸藤さんには、パターンごとの種目の参加者案を渡して、あとは『いつもの諸藤さんらしく振る舞って、思わせぶりな言葉を一之瀬さんに投げかけ続ける』ことをお願いしてありました。

また、それとは別に、7戦目にもしBクラスの種目が選ばれた場合のセリフもいくつか状況別に用意して渡してあります。

 

最後のダメ押しの一手ですが、念には念を入れておくにこしたことはないですから。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「えっ……」

 

「自分のクラスの種目なのに随分驚かれるんですね」

 

予想外の結果に思わず驚いていてしまったところを諸藤さんは見逃さなかった。

 

「だって――ううん、諸藤さん達が何か策を巡らせていると思ってたからさ」

 

「もちろん、巡らせていますよ?一之瀬さんはまた勘違いをしてますね」

 

「……聞かせてもらえるかな?」

 

ここで取り繕っても仕方がないから素直に話を聞いてみる。すると諸藤さんは、まるで他の人の言葉を代弁するように話しはじめた。

 

『英語で私たちに勝てる、と思っているようですが、本当にそうでしょうか?あなた方の英語の成績のトップは、一之瀬さん、あなたです。司令塔の介入でどこまで助けられますか?次点は神崎くんですが、空手で疲労しきっている彼が果たして好成績を出せるでしょうか?そしてあなたのクラスの残りの生徒は……時任くんは、英語の成績は普通。彼を選ばなければ、残り2人を選べない中、こちらはすでに全員出場しているためベストメンバーで挑めます』

 

……確かなのはDクラスは私たちの学力の成績を完全に把握して、この試験に臨んでいたということ。

そして私たちは時任くんを選ぶ必要があって、神崎くんには無理をさせられないから、ベストメンバーでないことも事実。

 

「だからって、勉強では負けないよ。この種目はひとり舞台で突破できるようなものじゃないし……」

 

時任くんの分は私が司令塔の介入でカバーできる。ボクシング&アルベルトくんみたいなどうしようもない状況じゃない。

 

「まもなく出場選手締め切り時間だ」

 

真嶋先生の言葉で会話は打ち切られ、私は時任くんを選択後、神崎くんを除いた英語成績上位2人を選んだ。

 

モニターに参加者が表示される。Dクラスのメンバーは、椎名さん、金田くん、そして――。

 

「知っていますか、一之瀬さん。Dクラスの学年平均点は学年最下位ですが、それは多くの生徒が平均を下げているだけで、一部生徒は得意科目でなら高得点を取っていたりもします。当然と言えば当然ですが、英語のテストで言えば、アルベルトくんは毎回すごいんですよ」

 

それでも、テストをやってみるまではどうなるかわからない。

 

 

テストがはじまる。

 

わたしもしれいとうとして、もんだいを、ひとつでもおおくとかなくちゃ……。

 

 

とかなくちゃ、いけないのに、なんだか、いつもいじょうに、あたまがまわらない……。

 

 

 

でも、わたしががんばらなきゃ、これまでのみんなのどりょくがむだになるのは……ううん、そもそもこんなことになったのはわたしのせいだ。

 

 

 

なんとか、なんとかしなくちゃ――――。

 

 

「テスト結果を発表する。Bクラス250点、Dクラス280点で、この種目はDクラスの勝利。よって特別試験は4勝したDクラスの勝利だ」

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

静かな図書館の片隅でお気に入りのブックカバーに包んだお気に入りの本を広げます。

 

今日はどの学年も特別試験のためか、どなたもいない貸切状態。

 

特別試験の勝利が決まった瞬間のクラスのみなさんの盛り上がりようは、この学校生活が始まって一番の賑わいだったように思います。

 

特に印象的だったのは

 

『龍園、空手は見事だった。この勝利はクラス全員で掴んだものだ』と時任くんが龍園くんへ右手を差し出し

 

『クク、今までで一番いい嫌味じゃねえか』と握手に応じた場面でした。

 

諸藤さんも真鍋さんの想いを証明できたと喜び、クラスメイトも受け入れていました。

 

頑張った甲斐があるというものです。

 

もしかしたら清隆くんがくるような、そんな気がしていましたがいらっしゃる気配はありません。

 

もう少しで図書館の閉館時間。

 

そんな時、図書館のドアが開きます。

 

「探したよ、椎名さん」

 

「……もう体調はよろしいんですか、一之瀬スポンサー」

 

「少し休んだらこの通りだよ」

 

試験終了と同時に一之瀬スポンサーは気を失ってしまい、保健室に運ばれたそうです。

勝負の世界とは言え、少し追い詰めすぎてしまったと心配していましたが、回復された様子で安心しました。

 

「それで病み上がりの中、ここにいらっしゃったのは――残念ながら本を借りに来た、というわけではないのですよね」

 

「うん……。どこまでが椎名さんの策だったのか、よければ教えてくれないかなって思って」

 

さてどうしましょう。もし真実を話せば彼女をさらに追い詰めてしまうことは目に見えています。

 

「対戦相手にこんなお願いをするなんておかしいのはわかってる。でも、お願い、これからのために、どうしても知りたい、いや知らなくちゃいけないんだ」

 

頭を深々と下げる一之瀬スポンサー。

負けた悔しさはあるはずなのに、プライドを捨て、これ以上傷つくことも覚悟して来た――その想いを蔑ろにはできません。

 

「策、というほど、大層なことはしていません」

 

「そんなことはないと思うよ。実際、私は負けちゃったわけだし……」

 

「……私は種を蒔いて水をあげただけです」

 

うまく芽を出し育ってくれたのは、たまたまでしょう。

 

「種?」

 

「一之瀬スポンサーは、チェーホフの銃、という言葉をご存知でしょうか」

 

「たしか……ストーリーの中に出てきた銃は、展開の中で必ず発射されないといけない、みたいな話だよね」

 

「ええ。概ねその通りです。物語に出てきたからには何らかの役割を持たせる必要があるわけです」

 

「でもそれは創作物での話だよね?試験と何の関係があるのかさっぱりなんだけど……」

 

「そうですね。ですが、逆にこう考えてみたんです。現実でそのようにならないのは、そもそも拳銃が出てこないから。なら、予め拳銃を置いておいたらどうなるのか」

 

「……それが種まき?」

 

「はい。一つの予想を立て、そうなった時に理想の展開になるのに必要なものを逆算して準備しておいたに過ぎないんです」

 

「でも……」

 

「おっしゃりたいことはわかります。例え目の前に拳銃が置いてあっても一之瀬スポンサーは撃たないでしょう。でも、もし目の前に拳銃がある状態でゾンビが襲ってきたら、一之瀬スポンサーだって身を守るためその銃を手に取ることと思います」

 

「……つまり、いくつかの作戦を用意しておいて、私がそれに嵌るように仕向けた、ってことかな?」

 

「覚えはございませんか?」

 

「少しも……」

 

「そうですね、例えば私たちのクラスの司令塔の介入を見た時、一之瀬さんはきっと自分が頑張らなければと対策に多くの時間を使ったのではないでしょうか?」

 

「そうだね……」

 

「私たちが採用しなかった種目の司令塔の介入が結果に影響力を与えるように設定したのは、あなたに対策チームとの練習に時間を費やしてもらうため。1週間、5種目分の練習に参加し続け、そして一之瀬スポンサーのことです、自分のクラスの本命5種目のテスト勉強も並行しておこなっていたのではないでしょうか。みんなの役に立つために全力で取り組む、そんな姿が浮かびますね」

 

「その通りだよ」

 

「それはとても美しい生き方です。でも、それは明らかにキャパオーバー。結果、こちらの狙いに気づく機会を失ってしまっただけでなく、今回の試験、最後までスタミナが持たなかった」

 

「……」

 

疲労がたまった状態で臨んだ試験では、テストの種目の度に60分間一緒に問題を解き、意味ありげに聞こえる諸藤さんの会話の相手もする。

試験中も度々見せてもらった友情劇。仲間たちのために勝たなくてはいけないと増々背負い込み、極度のプレッシャーとストレスにさらされ続けて、それでも必死に仲間のためにと頑張った結果、どんどん思考は鈍っていったことでしょう。

 

彼女は仲間のため、と言いながら、その実、ただの自己犠牲の塊。

仲間を信じ頼っているようで頼らない。だからこうなってしまう。

「みんなで戦う」のみんなの中に、なぜか彼女だけ含まれていない。

 

「最後の種目が英語になったのはたまたまですが、もしあなたが万全の状態でサポートできれば結果はわかりませんでした」

 

本当に皮肉なものです。

仲間を誰よりも大切にして守ってきたがゆえに、負けてしまったんですから。

仲間を信じる、信頼するというのは、どういうことなのでしょうか。難しい問題ですね。

 

「私たちの前で、龍園くんと決別したように見せたのも、その一環なのかな?」

 

目を閉じてじっと何かを考えていた様子の一之瀬スポンサーですが、やがて重そうな瞼を開き、唯一消化できなかった部分なのか、そんなことを尋ねてきました。

 

「いいえ。あれは別です。仲の良いBクラスのみなさんにはわからないかもしれませんが、私たちのクラスは3つの派閥に分裂し、例え特別試験だとしても協力することすらままなりませんでした」

 

正直に言ってしまえば、Bクラスに勝つだけならあんな回り道は必要ありません。

 

「ですが、ああやって決裂すれば、少なくとも対立している派閥の仲間同士では協力して試験に挑めます」

 

あのまま試験の準備をはじめれば、龍園くんがいる限り何を言っても時任くんたちは賛成せずにボイコットしていたでしょう。

一之瀬スポンサーに仲裁してもらったのは、時任くんたちクラスメイトにあれが演技ではないと信じてもらうため。

 

「……椎名さんと龍園くんたちだけでも勝てたんじゃない?」

 

「一之瀬スポンサーには申し訳ございませんが、それも可能でしょう。ですが、それではただ勝つ意味がないのです」

 

「意味?」

 

「肝心なのは各々が全力で試験に臨んだ結果、勝利するということです。そうすれば来年度に向けてクラスはひとつになる」

 

不思議なもので例え対立していた相手だとしても、クラスのために正々堂々と頑張っていた姿をみせ、その上で最終的に勝利することができれば、共に戦った仲間だと勝手に心を許し、打ち溶けあうもの。もし、時任くんたちがボイコットした状態で勝利したとしても、ああはなりませんでした。

 

「私たちのクラスの最優先事項はクラスを団結させること。あなたたちが何のことでもないように行っていることが私たちには死活問題だったんですよ」

 

この一年で起こりえなかったクラスの一体感。私たちのクラスに必要だったもの。

来年度以降、戦っていくために必要なのはポイントでもただの勝利でもなく、団結力。

 

Bクラスにとって当然すぎるが故に、こちらの考えは読めなかったのでしょう。

仲良くなるために特別試験を利用する、なんて冗談にしか聞こえないでしょうから。

 

「そっか。本当に色んな事を考えていたんだ……。悔しいけど、今回は私の負けだよ。話してくれてありがとう」

 

聞きたいことは聞けたのでしょうか。力なくお礼を述べた一之瀬スポンサーは図書館を後にしました。

 

まもなく図書館の閉館時間。清隆くんには会えませんでしたが、私も帰ることにしましょう。

 

荷物をまとめて最後に携帯を確認すると龍園くんからメールが届いていました。

 

開いてみると『今度はそっちの番だぜ』の一言。

 

龍園くんらしいですね。

私が見返りとして約束したのは『一致団結したDクラスという戦力』といずれ来るであろう『清隆くんと龍園くんの勝負の際に全力で手を貸すこと』の2つ。

 

『ハッ、お前は綾小路と仲良くやってるじゃねえか。信じられないな』

 

『いいえ、お友だちだからこそです。友だちが退屈しているのであれば、最高の遊び相手になるのが務めではないでしょうか?』

 

『だがな、その結果、お友だちがお遊び済まない状態になっても知らないぜ』

 

『仮にそんなことになったら清隆くんは喜ぶと思いますよ』

 

『ククク、ひより、お前も大概ぶっ飛んでやがる。いいぜ、そういうことなら利用してやるよ』

 

清隆くんは時折遠い目をしている気がします。

そしてそれは日に日に増えてきているような……。

 

それはどこか、名作のシリーズが完結してしまった時のような、もっと続きが読みたいのに読めないもどかしい気持ち、そんな類の感情に似ていて。

 

上手く言語化できないのは私の人付き合いの少なさからかもしれませんが、私はそれをどうにかしてあげたい、いつからかそんな気持ちを抱くようになりました。

 

「クラスのためにと言っておきながら、私もひとのことは言えないかもしれません」

 

清隆くんから誕生日にもらったブックカバーを付けたお気に入りの本を胸に抱いて図書館を後にします。

 

そう、大切なお友だちですから……。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

図書館から出て、荷物を取りにBクラスの教室へ戻る。

 

足取りは重い。

 

起こった出来事と椎名さんの話を要約すると、私が狙われて見事ハマったから負けてしまったということ。

 

参加人数の多い種目が二つも採用されていたことに深く注意していれば……。後悔することは多い。

 

こちらの思考を読みきり張り巡らせられた椎名さんの策に、一瞬だけ綾小路くんを重ねてしまったのも、なんだか悔しい。

 

でも問題はそんなことじゃない。

 

38人が選ばれたあの画面を見た瞬間、私は、わたしは――。

 

「帆波ちゃん!よかった、元気になったんだね」

 

千尋ちゃんが勢いよく抱きついてくる。

いつの間にか到着していた教室の中には、クラスのみんながいた。

 

「……みんなごめん」

 

「謝ることはねーよ、一之瀬。俺らも空手で勝てなかったしな」

 

カラ元気かもしれないけど、柴田くんが明るく励ましてくれる。

 

「そうだ、確かにDクラスの策には驚いたが、空手で勝てていれば、そもそも問題はなかった」

 

傷だらけだけどいつも通り冷静に分析している神崎くん。

 

「私もしりとりでてんぱっちゃって変なこと言ってたし……」

 

「まさか本の名前で攻めてくるなんて、ドヤ顔で作戦を看破した気になってて恥ずかしい」

 

麻子ちゃんも渡辺くんも、誰一人として私を責めない。

 

「今回はダメだったけどさ、退学者も出てないし、クラスポイントもちょっと減っただけで、クラス落ちしたわけじゃないし、全然大丈夫だって」

 

「また来年度からみんなで頑張ろう!」

 

ポジティブな声が広がっていく。

 

「うん、そうだね!まだまだこれからだよ!来年度もAクラス目指して頑張ろう!」

 

「「「「「おー!」」」」」

 

いつもならこれで元気をもらっているのに……。

晴れない心とは裏腹な、明るい笑顔を作りあげ、そう返事をしたことで、私たちの学年末の特別試験は幕を閉じた。

 

 




※合計人数から司令塔分の人数を引くのを忘れていた結果、数が合わなくなり、すみませんが、しりとしりを14人から13人に変更しています。


今回のひよりさんの策についての詳しい解説はもう一方の試験が終わった際に、活動報告にでも……。興味がある方はぜひ、後日そちらを。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オマケ話~リカちゃん奮闘記~

今回は、本編とは別のSS的なお話になります。



司令塔になった諸藤さんが抽選をして戻ってきたため、今後の話し合いをしました。

 

「そういうことで、種目や参加者のパターンなどの作戦はこちらで用意しますので、ご安心ください」

 

「はい……」

 

「やはり不安ですか?」

 

「そんなことは……いえ、そうですね、抽選では強気に出て行きましたが、少し落ち着いてしまうと一之瀬さん相手にどこまで通用するのか……とか、私の判断に龍園くんたちは従ってくれるのかなとか余計なことを考えてしまって……」

 

「その点は私も精一杯サポートしますので心配無用です。諸藤さんならきっと上手くやれますよ。一緒に頑張りましょう」

 

「はい」

 

真鍋さんへの想いから立候補してくださった諸藤さんですが、普段は基本的には大人しい方。試験までおよそ2週間あります。大舞台で戦うプレッシャーに潰れてしまったら大変です。

 

何か心の支えになるものがあればいいのですが……。

うーんと考えてみます。諸藤さんに勇気を与えてくれるもの……。

 

アレしかないですね。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「清隆くん、こんにちは。お時間頂きありがとうございます」

 

「ひよりからの呼び出しなんて、今日は何の新刊が出る日だったか?」

 

「ふふ、そのお話も魅力的なのですが、実は清隆くんが諸藤さんと準備している計画について小耳にはさみまして」

 

「なるほど……。ひよりのクラスの司令塔の時間を奪ってしまってすまない。ただオレ一人では――」

 

「あ、違うんです。クレームに来たのではなく、ちょっと確認したいことがあるだけでして」

 

「確認?」

 

「その……手伝ってくれている諸藤さんへのプレゼントはご用意なさっているのかなと」

 

「……言われてみれば、ここまでしてもらっているのに、みんなと同じ、というのもおかしいか。もうXデーまで時間がないが、諸藤が喜ぶプレゼントを用意できるかどうか……平田じゃだめだろうしな」

 

「いいえ、そうでもないですよ。私に諸藤さんが絶対に喜ぶプレゼントのアイディアがございます」

 

「良ければそのアイディアに乗らせてくれないか」

 

「もちろんです。では、明日の放課後、こちらに平田くんと一緒にいらしてください」

 

「わかった」

 

「それではホワイトデーのイベントも楽しみにしてますね」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「えっと……綾小路くん、これはどういう状況か、聞いてもいいかな?」

 

「簡単な話だ。いまからここで平田との2ショット写真を撮りたい」

 

「それは構わないけど……」

 

「クク、俺がカメラマンじゃ不満か、平田?」

 

「そんなことはないよ。その……意外というか、純粋に理解が追いついていないだけなんだ」

 

「腕前ならご安心ください。龍園くんはこう見えて、今の生徒会長さんご指名で彼の写真集を作る際にカメラマンをした経験だってあるんです」

 

「え、南雲先輩が写真集?……って、もうどこにツッコミを入れたらいいかわからないね」

 

「細かいことは気にするだけ無駄だってことだ。諸藤へのプレゼントにしたい。何も言わず協力してくれないか」

 

「諸藤さんへの……。わかったよ。彼女の活動は僕としても応援したいしね。その代わり撮った写真のデータは僕ももらっていいかな」

 

「もちろんだ」

 

「おしゃべりはそこまでにしろよ。こんな馬鹿げた集まりさっさと済ませてえ」

 

「それは同感だな」

 

「それでは龍園くん素敵なお写真をお願いしますね」

 

「おい、綾小路、もっと笑えよ」

 

「これでも全力で口角を上げているつもりだ」

 

「チッ、つまんねえ冗談だ。お前の口角、錆びついてんじゃねえか?」

 

「心外だな」

 

「そうですよ、龍園くん。いつもより素敵な笑顔を作ってくださってるじゃないですか」

 

「……まあいい。お前らもっと近づけ。諸藤を喜ばせたいんだろ。クク、肩ぐらい組んだらどうだ」

 

「いいアイディアだね、龍園くん。綾小路くん、失礼するよ」

 

「……からかったつもりだったんだが、冗談が面白くねえ奴と冗談が通じねえ奴しかいねえな」

 

「ほら、龍園くん。今ならベストショットが撮れるはずです」

 

「ああ、もう何枚も連射した。一枚ぐらい気に入る写真があんだろ。ひより、こんなふざけたことに時間を使うのはこれっきりだ」

 

「ふふ、ありがとうございました。清隆くん、早速印刷しに行きましょう」

 

「そうだな。……せっかくなら、限定感を出すために、オレたちのサインも入れておくか」

 

「いいですね。きっと諸藤さんも喜ぶこと間違いなしです」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「聞いてください、椎名さん。王子がこの前のイベントの後に、尊い写真をくださったんです」

 

「それは良かったですね。あ、そういえば、先日、清隆くんと平田くんの写真を龍園くんが撮っているのを見かけましたが、その時のものかもしれません」

 

「ええっ!?龍園くんが?」

 

「はい。元々龍園くんは諸藤さんのことを応援なさっていました。もしかしたら、話を聞いてプレゼントの準備する協力をしてくださったのかも」

 

「そうなんですか……龍園くん、恐い人ってイメージばかりでしたが、良き理解者だったのかもしれません。偏見を持たれる辛さはわかっていたはずなのに、龍園くんのことを誤解していました。今度お礼がてら話してみます」

 

「ええ。それがいいでしょう」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

試験が近づいてくるにつれて、不安な気持ちが積み重なっていきそうになります。

 

そんな時は、そうこの王子たちの写真を――

 

「尊死っ!」

 

尊すぎて直視が難しいですが、鼻から血を失う代わりに、元気と勇気を貰えます。

 

「尊死っ!」

 

「尊死っ!」

 

「尊死っ!」

 

「尊死っ!」

 

「尊死っ!」

 

「尊死っ!」

 

はっ、気づけば試験当日となってしまいました。

 

少し血を失い過ぎましたが、頭が軽くなったというか、すーとしていて思考はクリアな気がします。王子たちのおかげですね。

 

作戦は椎名さんからしっかり教わりましたし、龍園くんは恐い人じゃないこともわかりました。

 

きっと今日の試験も大丈夫。

 

志保ちゃん、絶対に勝ってくるから。

 

では、出発前に最後にひと目写真をみておきま――

 

「尊死っ!」

 

志保ちゃん、今日も私は私らしく学校生活を送っています。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

意識を失ってしまって、登校がすっかり遅くなってしまいました。

他の司令塔の方はもう特別棟に到着しているに違いないです。

 

慌てて特別棟の階段をのぼっていると話し声が聞こえてきます。

 

「あとは諸藤さんだけね」 

 

「こうも遅いと何か企みがあるのかもしれん。……例えばだが、龍園が高笑いしながら代理として登場する可能性もなくはない」

 

「まさかまさかー。そんなことな……いとも言い切れないのが怖いところだね。動揺させるためにそれぐらいならやってきそうかも」 

 

遅くなったことで変な誤解をされています。龍園くんに迷惑をかけるわけにはいかないので、しっかり訂正しないと――。

 

急ごうとしましたが、血液不足でしょうか、身体が上手く動かずゆっくりと登っていきます。 

 

「ご安心を。司令塔は私のままです」

 

驚いた様子のみなさんでしたが、龍園くんの名誉は守られたようで安心しました。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「龍園くんと椎名さんとで揉めてたみたいだけど、大丈夫だった?」

 

試験会場に入ってすぐに一之瀬さんから話しかけられます。 

 

「その件でしたらご心配なく」

 

龍園くんは良い方でしたから心配はいりません。 

 

「ただならぬ空気だったから少し心配してたんだけど、大丈夫ならよかったよ。……そういえばあの日、諸藤さんはいなかったよね?」

 

思考はクリアですが少しくらくらする頭でその日のことを思い出します。

 

「あー、あの辺りは毎日のように王子と一緒に色々してましたから」

 

王子の話題になると、あの写真を思い出し、思わず鼻血を出してしまいそうになるので、必死にこらえます。ここで気絶したら試験がどうなるかわかりませんから。

 

ああ、でもあの平田王子の嬉しそうな笑顔……と危ない危ない。

心に蓋をしておきましょう。今は試験に集中です。

 

「うんんん?毎日?色々?綾小路くんと?」

 

もしかして一之瀬さんは私と王子の仲を疑っている?そんなの解釈違いも甚だしい。

 

「そんなことより――」

 

「そんなこと……」

 

「一之瀬さんは何か勘違いしているようなので正しておきます」

 

「勘違い?」

 

と、つい癖で啖呵を切ってしまいそうになり、訝しむ表情の一之瀬さんを見て我に返ります。

今は試験中で「綾小路王子は平田王子にしか興味ありませんっ!!」と続けるのは色々とマズいですよね。

 

咄嗟に一つ前の話題に戻し、誤魔化すことにしました。

 

「龍園くんと椎名さんは、あなた方を騙すために敵対したわけではない、と言うことです」

 

「つまり、茶番じゃなく本当に決裂してたってこと?その言葉をそのまま信じろって言うのはいくらなんでも無理があるよ」

 

「ええ、構いませんよ。どう捉えるかはあなた次第ですから」

 

何とかなりました。

椎名さんも、一之瀬さんにそれっぽいことを言い続けて欲しいと言ってましたし、計らずもミッションを達成していますね。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

試験が始まってからは、頭を切り替えて真剣に作戦を遂行していきます。

決められたことをなぞるシーンが多いとはいえ、なんとか司令塔としてのメンツは保てているでしょうか。

 

そんな中、行われた空手の試合。

 

珍しく落ち込む元気系の柴田くんをクール系な神崎くんが、これまた珍しく熱い口調で激励しています。

 

王子たちには及ばないにしても、主食の前の前菜といいますか、これはこれで別物としてなかなかどうして尊いですね。

 

一之瀬さんは普段からこんなやりとりを見ることができているのでしょうか。

 

「神崎くんと柴田くんも、なかなか良いですね」

 

「え?あ、うん。普段から仲良しだし、THE男の友情って感じでいいよね」

 

「もしや一之瀬さんも話がわかる口ですか?なるほど、なるほど、嬉しい発見です」 

 

「私もわかってもらえて嬉しいよ」

 

まさか一之瀬さんも同志だったとは。

駄目だとは思いつつも、これはテンションが上がらざるを得ない状況。

一之瀬さん、てっきり解釈違いばかりの方かと思っていましたが、そうではない様子。

 

椎名さんからの指令もありますが、積極的に話しかけたいところです。

 

格闘技のことはわかりませんが、龍園くんと神崎くんの一進一退の攻防が繰り広げられます。

 

その結果、神崎くんが龍園くんに勝ちました。

柴田くんとの愛の力には流石の龍園くんも一歩及ばなかったみたいです。

 

ただ、わたしも司令塔として再戦の指示を出さねばなりません。

 

真嶋先生に申告し、モニターに視線を戻すと、勝利の喜びで神崎くんに抱き着こうとする柴田くんが……しまった。

私が余計なことをしたばかりに神柴の絡みを中断してしまいました。

きっと一之瀬さんも楽しみにしていたに違いありません。

 

「一之瀬さん、すみません、少しタイミングを間違えましたね。もう少し様子を見ていれば、いいものをみれたかもしれないのに」

 

「いいもの?」

 

「ええ。一之瀬さんの想像通りですよ」

 

そうですよね、一之瀬さんはオープンにしていないタイプ。

私も皆までは語らない配慮はできますとも。

 

ただ、神柴の絡みが見れなかったことは非常に残念です。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

長かったこの試験もいよいよ最終局面。

 

7戦目は英語が選ばれました。

 

その場合は次のセリフを状況に合わせて言うように、というメモを椎名さんから渡されています。

 

『英語で私たちに勝てる、と思っているようですが、本当にそうでしょうか?あなた方の英語の成績のトップは、一之瀬さん、あなたです。司令塔の介入でどこまで助けられますか?次点は神崎くんですが、空手で疲労しきっている彼が果たして好成績を出せるでしょうか?そしてあなたのクラスの残りの生徒は……時任くんは、英語の成績は普通。彼を選ばなければ、残り2人を選べない中、こちらはすでに全員出場しているためベストメンバーで挑めます』

 

格闘技の部分を空手に変更して読んだり、残りの生徒を時任くんに置き換えたりと、少しぎこちなかった気もしますが、きっと大丈夫。

 

志保ちゃん、私、最後まで司令塔をやり遂げてみせるよ。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

英語の試験後に、倒れてしまった一之瀬さんが保健室に運ばれていきました。

 

推しカプについて色々お話してみたかったのですが、それは次の楽しみにしましょう。

 

それよりも、いまはクラスに戻って、藪さん、山下さんをはじめ、クラスメイト達に勝利の報告しなくてはいけません。

きっとこれで志保ちゃんが正しかったことをみんなもわかってくれるはず。

 

教室へ走り出します。

 

尊い写真のプレゼント、司令塔という大役を達成できたこと、クラスの勝利に少しは貢献できたこと、それらを支えてくれた椎名さんや龍園くんとの親交、そして新たな同士の発見。

 

どれもあの日退学になっていたら体験できなかったこと。

 

 

――志保ちゃん、本当に、ありがとう。

 

 





今年一年間、ご愛読いただき本当にありがとうございました。
来年も引き続き更新していきますので、これからも読んでいただけますと嬉しい限りです。


それにしても、今年最後の更新がこんな話になってしまうとは←


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

理想の相手

選抜種目試験、7戦目。

 

種目はチェス。司令塔の介入は、任意のタイミングで1分間の休憩時間を申請できると言ったもので、勝負の行方を左右するほどの影響力があるものではない。

 

とは言っても、今回は試験時間の関係で持ち時間は1時間と定められているため、1分間でも熟考したいという局面が出てくる可能性もある。

また、休憩中はインカムを通して司令塔と話すこともできるらしいが、チェス未経験の堀北からアドバイスが来ることはないだろう。

 

会場のドアを開け、坂柳の歩行に合わせてゆっくりと入室する。

 

「この種目をポイントで購入こそいたしましたが、その他には文字通りの盤外戦術などございませんのでご安心ください」

 

「勝負はあくまでもチェスの盤上で、ってことか。随分と腕に自信があるんだな」

 

「ふふ、そうかもしれませんし、そうでもないかもしれません。ひとつ確かなことは大変楽しい時間になる、ということだけです」

 

部屋の真ん中には机とその上にチェス盤が配置してある。周りにカメラが設置されているが、席からは少し距離が離れているため、小声であれば音声を拾われずに済みそうだ。

 

映像でチェックしているからか、審判を務める教師はいないようで、スピーカーから流れてきた坂上先生の指示に従い、着席をする。

 

「さあ、綾小路くん。早速始めましょう。さぁさぁ、お好きな方を選んでください、さあ」

 

坂柳は、白と黒のポーンをオレから見えないように隠して左右の手に一つずつ握り差し出してきた。

指す順番を決める手段のひとつ。ここで選んだ駒が白のポーンであれば先手となる。

 

一般的に先手の方が有利とされているが、深くは考えず坂柳の左手を選ぶ。

 

「先手は綾小路くんからですね。ふふふ、どんなオープニングを展開してくださるのか楽しみで仕方がありません」

 

先手でも後手でもオレにとっては些細なことだったが、坂柳も同じだったようだ。

 

『それでは、先手の綾小路からスタートするように』

 

坂上先生の開始の合図で持ち時間を示した時計が進み始めた。

 

「白番が一手目に指せる手は全部で20種類ございます。そこから序盤の戦略となる型――オープニングが予想できるわけですが、綾小路くんはどれを選ばれるのでしょうか」

 

こんな表情もできるんだな、と思うぐらいには今の坂柳からは、なんというか生き生きと無邪気にはしゃいでいる、そんな印象を受ける。

 

「気に入るかはわからないが――」

 

白のポーンをc4へと進める。

 

「イングリッシュ・オープニングですか。私の返しの選択に関わらず、比較的自由に様々な手を展開できる……実に綾小路くんらしい一手と言えそうです」

 

坂柳の一手目を見て、こちらの展開に変化をつけることができるオープニング。

どう応えてくるか観察させてもらおうと思ったが、坂柳は迷うことなく、黒のポーンをc5へと進めた。

 

シンメトリカルディフェンス――オレと同様の動きを再現する、堅実な返しの手。

 

「少し意外だな。もっと攻めてくるかと思った」

 

坂柳の返し方次第では、オレの手をいくつか封じ、展開を絞らせることもできたはず。

こちらの嫌がることをしつつ、自分の戦略を通してくる、坂柳の性格からして、そんな展開のイメージがあったのだが……。

 

「あっという間に終わってしまっては面白くありませんから。この至高の時間をじっくりと堪能したい、それだけです」

 

相手の出方を見ていくつもりだったが、どうやら先に仕掛けてこい、ということのようだ。

 

そうして序盤はゆっくりとした展開で互いに中盤以降のタネを撒いていく。

 

「やはりチェスはいいですね。お互いの戦略・戦術を読み合い、その上で己の策を通す戦い。勝負とはこうでなくては」

 

「そうだな」

 

「正直、私たちはお互いに勝つだけならいくらでもやりようはあります。私は綾小路くんに流行りものの話題でクイズを仕掛ければいいだけですし、綾小路くんは私に運動系――そうですね、例えばリレーなんて開催されてしまえば手も足も出ません。ですが、そんな勝負など勝負ではない、違いますか?同じ土俵でせめぎ合ってこそ、純粋な実力での戦いになり優劣が明確になる。勝ちだけを優先するなど風情のかけらもない、つまらない生き方です。そうは思いませんか、綾小路くん?」

 

もっともなことを言っているようだが……要は1戦目の混合リレーに対する当てつけだよな、これ。

わざわざモニター越しで見ている連中にも聴こえる声量で言ってくるあたり、相当根に持っていたと推察できる……。

 

となると、あの一件でオレは無関係、すべて堀北の独断だったとしっかり主張しておく以外に選択肢はないな。

 

「その通りだな。オレも坂柳とはこういう勝負をしたいと思っていたのに、勝負が何たるかを理解できないブラコン司令塔のせいで――」

 

『Cクラス、ここで司令塔の介入権使用。これより1分間の休憩とする』

 

無罪を主張しようとしたところで、坂上先生の声に遮られた。

 

「……おい」

 

『何かしら?』

 

インカム越しに堀北へ苦言を呈する。

 

「何かしら、はこっちのセリフだろ」

 

『綾小路くん、このまま言われっぱなしにするつもり?もちろん坂柳さんに反論してくれるのよね?「そんな風情のかけらもないオレたちの策にまんまとハマった気分はどうだった?」ぐらいは言ってやるのよ。きっと悔しがって思考が乱れるわ』

 

さらっとオレを共犯にするのはやめて欲しい。

 

「そんなことを伝えるために貴重な司令塔の介入を使うやつがあるか」

 

「あなたに休憩なんて不要でしょ」

 

「どんなブラック企業だ……」

 

『冗談よ。チェス未経験の私が不要なタイミングで休憩をとって、良い流れを止めてしまったり、坂柳さんに考える時間を与えてしまったりする方がリスクだと判断したの。……それに、この勝負には私の退学がかかっている』

 

「だからどんな手を使っても勝ってこい、と?」

 

『いいえ、そうじゃないわ。私の退学の件は忘れてくれて構わない。この一戦はあなたのやりたいように全力で戦ってきて。その結果なら、どんなことになっても受け止めるわ。本格的に対局が始まる前に、それだけは伝えておきたかったの』

 

なんともわかりにくいが、堀北の退学がプレッシャーとしてオレの足枷にならないように、という配慮なんだろうな。ただ堀北には口が裂けても言えないが、元々その点はあまり気にしていなかった。

 

「その点はあまり気にしてなかった」

 

『負けたらコンパスよ』

 

「おい」

 

好奇心を抑えられず口が滑ったが、前言撤回するの早すぎるだろ。

 

『こっちも冗談よ。言いたいことは伝えたわ。兄さんチョコ楽しみにしてる』

 

「最後に本音が漏れてるぞ」

 

『それじゃ』

 

「ああ」

 

『それじゃ手筈通り、坂柳さんへ「あまり強い言葉を使うなよ。弱く見えるぞ」の台詞から試合再開頼んだわよ』

 

「……」

 

『休憩時間終了だ。すみやかに試合再開するように』

 

最初の部分は冗談じゃなかったのか……。

台詞も、より煽ったものに変わっていて、これこそ本当に口が裂けても言えない。

 

1対1のチェスの勝負中に、なぜか、あっちを立てればこちらが立たずの板挟み状態に陥る。

 

「……坂柳、さっきの話だが、堀北も大層感激していた。思わず司令塔権限を使ってしまうほどだ」

 

「それは何よりです」

 

最後の堀北の言葉は聞こえなかったことにした。

嘘は言っていないが、勝ってもコンパスが飛んでくるかもしれない。

 

どっと気疲れしたような気もするが、なんと表現すればいいのか、なぜだか休憩前よりも落ち着くことができている。

 

そんな調子で試合は再開したが、結局、序盤はどちらも大きく動かない、ゆるやかな展開となる。

 

「チェスは会話でもあります。それは時に言葉を交わすよりも深くお互いのことを知ることができます」

 

「一理あるな」

 

相手の戦略を読む訓練として有用だとホワイトルームのプログラムで採用されていたくらいだ。慣れてくると相手の好む思考なども見えてくる。

 

「ただ、こうして向かい合うだけではなく、一歩踏み込み、触れ合うことで人は温かさを知ることができます。それはとても大切なもの。人肌のぬくもりも悪いものではありませんよ」

 

どういうことだ?と聞き返そうとしたところで、ホワイトデーの握手会を思い出す。

確かに触れ合うことで感じることもあったな……。

 

さらに卒業証書に名前を記入していた時の出来事――背に当たった一之瀬の一之瀬さんの温もりも思い出したことで、駒を持つ手が一瞬固まる。

 

「いかがなさったんですか。綾小路くんらしくない挙動のように見えましたが?」

 

穏やかだった坂柳の表情に陰りが見え、盤上の展開も一転、攻撃的になる。

 

「もしやとは思いますが、すでに人肌のぬくもりがなんたるかを学習されていらっしゃる、なんてことはございませんよね?」

 

尋問を受けている気分になるほどの気迫。

盤面も押され始め捌くことが厳しくなってきた。

これが人肌の温もりを知る(代償)、ということか。

 

「いや、先日のクラス内投票後のあの一件で、坂柳がオレにくっついて離れなかったのは人肌の温もりを感じていたからかと納得しただけだ」

 

「はうっ」

 

ほんのり頬を赤く染めた坂柳の手は乱れ、その隙に持ち直すことができた。

このまま形勢逆転まで――。

 

『Aクラスの申請により、これより1分間の休憩とする』

 

「さすがマイカーは優秀ですね。乗り手が休みたい時にオート運転でサービスエリアに駐車してくれます。それにしてもこの部屋は暑いですね。坂上先生、空調の温度調整を希望します」

 

ふぅと呼吸を整える坂柳は、冷静さを取り戻したように見える。

 

「司令塔権限をお互いに使い切りました。これで一切の邪魔なく勝負に集中できます」

 

予定通りとばかりに振る舞う坂柳が少し可笑しかった。

 

「……あなたからその表情を引き出せただけよしとしましょう。全く、これでも綾小路くんに色々教えて差し上げるのは私の役目だと楽しみにしていたんですよ」

 

「何の話だ?」

 

「こちらの話です。さあここからは正真正銘の真剣勝負。あらためてよろしくお願いいたします」

 

「そうだな。こちらこそよろしく頼む」

 

休憩が終わり、中盤戦となる。

 

「これはいかがですか?」

「なるほど、綾小路くんはそんな選択をなさるのですね」

「ではこちらはこの手でお返しいたしますが、どう対処するのでしょう?」

 

一手進めるごとに新しい発見でもしたかのように目を輝かせている坂柳。

自分で言っていたとおり、チェスを通じてお互いの理解が深まっている、と感じているのかもしれない。

 

オレは黙って駒を進めていく。

 

「あらゆる試合の棋譜は頭に入っています。今の綾小路くんの様な基本に忠実で堅実な手では私を倒すことはできませんよ」

 

「ならこれでどうだ?」

 

準備が整ったところで、以前、ホワイトルームのプログラムで数多のプロ棋士をチェックメイトまで追い詰めた一手を放つ。

 

あの日のオレが生み出した、ホワイトルームの性質上、皮肉にも門外不出となっている戦術。

 

「あぁ、これです。やっと使ってくださいましたか。この手への返しを見つけ出すまでに長い年月がかかったんですから」

 

そう言って、坂柳は難攻不落と思われた盤面へ、笑みを浮かべながら駒を指す。

 

その瞬間、理解し、息を呑んだ。

序盤の守りの動きは、この手へ対抗するための布石。

今の返しの一手でこれまで遊んでいた駒に役割が加わり、こちらの自由を奪われる。

 

素直に敬意を表したいと思わされる一手。

 

駒が盤上を縦横無尽に駆け巡る予定だったのだが、そうもいかなくなった。

 

「なるほど。やっぱり、あの日おまえは見ていたんだな」

 

「はい。あの日以来、私はいつかあなたと対局できると信じてチェスを嗜むようになりました」

 

「そこまでよくやるな。こうしてこの場にいること自体、かなりの偶然が重なった結果にすぎない」

 

「確かにこの学校で出会えたのは偶然ですが、綾小路くんとの再会はいつか訪れる運命として決まっていました」

 

「こんな場でなければロマンチックな台詞なのかもしれないな」

 

「私も乙女ですから。それで、そろそろ返しの手は浮かびましたか?あなたはこの程度で終わる人ではありませんよね」

 

長考を悟られないように会話を続けてみたが、お見通しだったか。

小手先の技は無意味と切り捨て、その分、試合そのものに力を注ぎ集中することにする。

 

そうしなければ勝てないほど、実力が拮抗している相手。

 

「ああ。ちょうど勝つ算段がついたところだ」

 

長考の末、導き出したオレの答えに、今度は坂柳の手が止まる。

 

直前までの笑みは消え、じっと考え込み、1分、2分と時間が経過していく。

 

「本当に見事です、綾小路くん。私が長年考えた対抗策をこうもあっさり破ってしまうとは……。ですが、それでこそ待った甲斐があると言うもの」

 

坂柳が指した力強い一手によって、再びチェックメイトへの道筋を書き直さなくてはならなくなる。

 

それに応戦すると、向こうも負けじとさらに返してくる。

そうして、二転三転していく攻防をひたすら繰り広げ、次第にお互いの口数は減っていき、チェスを指す音だけが会場の静寂を破り響いていく――。

 

「これでチェックです」

 

気づけば終盤戦に突入し、坂柳のクイーンがこちらのキングへチェックをかける。

 

投了以外で、オレが取れる選択肢は3つ。

 

チェックしたクイーンを取るか、ナイトを犠牲にしてキングを守るか、キングを動かしチェックを避けるか。

 

それぞれの選択肢の先に待つ未来を予測する。

 

ここからは一手のミスも許されない。

 

「ナイトを犠牲にしましたか。やはり、綾小路くんはそういう方です」

 

こちらは最善の手を指したつもりだが、なおも坂柳の攻撃の手は緩まない。

自分の駒を消費しつつも確実にこちらの駒を減らし、追い詰めてくる。

 

「先ほどの選択では、ナイトを生かす道を選ぶこともできました。しかし、そうしないのは、あなたは自分(キング)さえ生き延びれば、他の駒がどうなっても構わない、そういった思考をなさっているからではありませんか?」

 

「何が言いたい?」

 

「私も似たような考えですのでお気持ちはわかります。ただ、勝負はキングだけでは勝てません。私と綾小路くんの違い――駒は駒として大事に扱うことも必要、ということです」

 

言うほど坂柳は駒を大事にしているか?という疑念はさておき、再び追い詰められ、チェックをかけられる。

 

「……その通りだな」

 

「わかってくださいましたか」

 

「だが坂柳、いつまで勘違いしているんだ?」

 

「勘違い?」

 

「オレたちのクラスのキング(司令塔)は堀北だ。アイツはどんなに無謀でも遠慮なく突っ込んでいくぞ」

 

オレはその言葉通り無謀とも思われる位置へキングを移動させチェックを躱す。

 

「そんな小手先の逃げは策ですらない、それを理解していない綾小路くんではないでしょう?」

 

「オレならな。ただ知ってるか?堀北は無策なことも多いんだ」

 

「私とのひと時で、他の女子生徒の話をするのはいただけないですね」

 

坂柳の追撃をすんでのところで避け続ける。

 

「そんな無謀な行動の尻拭いは、悲しいことにいつもオレに回ってくる」

 

「これは……」

 

坂柳の攻めの隙をつき、キングを動かすの止め、白のポーンを前進させたことでビショップの移動範囲が広がり、坂柳の動きを牽制する。

 

「……私がこんな見落としをするなんて」

 

坂柳はチェスを通してオレを理解できたと感じていたようだが、所詮チェスはチェス。

こんなもので()を理解できるはずもない。

 

形勢は逆転し、こちらがチェックメイトへの道を進んでいく。

 

「綾小路くんがこんな手を?そんなはずは……あなたは一体――」

 

これまで坂柳の夢見る『理想の綾小路清隆』を見せ続け、坂柳の思考から徐々に他の戦術――本来の俺を排除していった。

 

「あなたは一体、どなたですか?」

 

「おかしなことを言う。オレは俺だろ。それ以下でもそれ以上でもない」

 

坂柳はオレに時間を与えすぎた。

本気でオレを葬るつもりなら、もっと早く無理にでも勝負を挑んでくるべきだった。

 

相手への強い執着は時に原動力になるかもしれないが、それは同時に大きな欠陥、弱点となる。

もし仮にオレたちが正真正銘の初対面でチェスの勝負をしていたら、こんな結果にはならなかったはず。

 

「チェックメイト」

 

「……参りました」

 

最後まで逆転の手を探していたようだが、それがどうやっても叶わないと悟ると、穏やかに敗北を認めた。

 

『この勝負、綾小路清隆の勝利。よって選抜種目試験は、4勝3敗でCクラスの勝ちとなる』

 

スピーカー越しに坂上先生が特別試験の終了を宣言し、解散などの指示を出している。

オレも一刻も早く教室に戻り、堀北が来る前にアイツの机からコンパスを回収しておかなくてはならない。

 

そう思って席を立つと案の定、坂柳が話しかけてくる。

 

「今回は私の負けです。……キツネにつままれた気分ですが」

 

「二度は通用しない手だけどな。そうでもしなければ勝てるかどうかは半々だった。それだけチェスの実力は拮抗していた」

 

ペーパーシャッフル以降、坂柳に対する警戒度を上げて観察し、クラス内投票の勝負で試験、調整した結果、ある程度、『坂柳有栖』という人間の分析を終わらせることができた。

 

趣味趣向、思考、行動原理を解体、理解して、導き出した感情を利用した策を講じる。

 

一年前のオレならそんな不確定で回りくどい策を実行しようと思わなかったし、実行したくてもできなかっただろう。

クラス内投票での勝負に続き、まだまだ試験段階とはいえ、なかなか面白い結果になったと言える。

 

「乙女心を利用するなんて、本当に情け容赦のない方ですね、綾小路くんは」

 

「一応相手は選んでいるつもりだ。だが、もし気に障ったなら軽蔑してもらっても構わない」

 

仮に愛里やみーちゃんみたいな女子生徒に同様の手を使ったら、よくて絶縁、最悪刺されても文句は言えないだろう。

ただ坂柳なら――。

 

「いえ、それだけの相手とあなたが気にかけてくれたことは、私としても嬉しい事実です。それにこれからは本当のあなたを知っていけるという新しい楽しみができたじゃありませんか」

 

思った通りの回答が返ってくる。

 

「とはいえ、勝負はしばらく控えてもらえるか。理由はお察しの通りだ」

 

「ええ。そうですね、私としても邪魔をする気はございません。Aクラスのリーダーとして綾小路くんへちょっかいを出すのはしばらく控えさせていただきます」

 

そこまで言うと坂柳はニコリと笑った後、急にカメラを向いて声のボリュームを上げる。

 

「綾小路くんの()()()、坂柳有栖としては、これからはよりお側にいて幼馴染として相応しい親密な関係を築いていけたらと思っていますので、今後もより一層よろしくお願いしますね」

 

最後の最後にとんでもない発言を残していく坂柳。

こんなことをするとは読めていなかったため、感情の理解の完成もまだまだ道のりは長そうだ。

 

おかげで一気に教室に戻りたくなくなった。

今頃教室はこっそりコンパスの回収ができる空気ではなくなっている可能性が高い。

戻るなり質問攻めに合う未来が待っていることは、一年前のオレでも予想ができる。

 

そんな未来を想像し気落ちしていると、こちらに向き直った坂柳は先ほどの思い切りの良さは鳴りを潜めており、少し躊躇いながら口を開いた。

 

「最後にひとつだけ教えてくださいませんか。休憩時間に見せてくれた……あの笑み、あれも私を騙すための演技だったのですか?」

 

「笑み?何のことだ」

 

「……そうですか。変なことを聞いてしまいましたね」

 

オレからの返事を坂柳がどう捉えたかはわからない。

ただ、会場を出ていく坂柳が鳴らす杖の音は、入室した時と何ら変わらない音だった、そんな風に思えた。

 





※月城さんが介入していない為、原作とは異なり司令塔と選手とのやりとりは本人たちの声で普通に行っています。


チェス、難しすぎ問題。
素人なりに色々勉強してみましたが、綾小路くんたちレベルの試合を描写するのは不可能という結論に至りまして、チェスならぬチェヌぐらいの感じで読んでいただけますと幸いです……。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ツンデレの本懐

選抜種目試験、7戦目のチェスで坂柳を倒しクラスの勝利を決定づけたことで、教室に戻ればクラスメイトから温かく迎えられる――はずだったが、オレは今、教室ではなく生徒会室にいる。

 

坂柳の幼馴染発言で思わぬ窮地に立たされた結果、クラスメイトへの説明が面倒になり、ほとぼりが冷めるまでここに立てこもる選択をした。

 

普段ならまだしも、チェスで頭を使った後に、堀北のコンパスを躱しながら、櫛田や恵たちからの詰問に弁明し、おろおろする愛里や麻耶を落ち着かせ、波瑠加の冷やかな視線に耐えつつ、からかってくる男子を黙らせていく……自分で想像しておいてなんだが、とんだ地獄絵図だな。

 

必ずしもそうなるとは限らないが、最悪の場合は想定しておくに越したことはないし、1%でも可能性があるなら避けたい事態だ。

 

「――じ」

 

そう考えた時に、基本的に部外者が立ち入れない生徒会室は都合が良かった。

一度帰宅することも検討したが寮の自室は合鍵所持者がいるため、逆に逃げ場を失いかねないし、後日、教室に戻らなかったことを問い詰められても生徒会で卒業式の準備が切羽詰まっていたと言い訳が立つ。

 

「――のこうじ」

 

あんな話題は一過性のもの。今日を乗り切れば周囲の熱も冷めなんとかなるだろう。

ただ、試験の都合で携帯等は教室に残したままであるため、全員の帰宅を見計らって教室に戻る必要があり、まだ油断はできない。

 

「……いつまで黙っているつもりだ、綾小路」

 

「正直こんな状況でなければ、オレも出ていくんですけどね……」

 

「そこは遠慮するな。大方Aクラスに敗北したことを人知れず泣きに来たんだろ。なら俺たちは仲間じゃないか」

 

「あーー……」

 

そう話すのは2年Bクラスの桐山。

オレが生徒会室に入った時にはすでに自席に座っていたのだが、死んだように動かなかったため、前衛的なオブジェだと思うことにして放置していた。

このまま他の生徒会役員が来るまで粘れるかと思ったが、残念ながら向こうから絡んできてしまった。

 

こうなると無視にも限界があるため対応せざるを得ないが、桐山の勘違いを正すと余計面倒な事になりそうなので、なるべく当たり障りのない返事をしておく。

 

「2年生の特別試験も今日まででしたね」

 

「あぁ……。俺たちは明日の卒業式どんな顔をして堀北先輩に会えばいいんだ。不甲斐ない堀北派ですみません、先輩……」

 

「多分気にもしないんじゃないですかね」

 

「おまえな……いや、綾小路の言う通りか。堀北先輩はこれしきのことで俺たちに失望したりはしない。だが、南雲を、これからの学校を任せても大丈夫だと、そう安心して卒業して欲しかったんだ」

 

「結果がすべてじゃないかもしれませんよ、可能性を見せることぐらい――桐山先輩だって今回は善戦できたんじゃないですか?」

 

今回、2年生へ試験ルールを追加し品行方正――『学スタイル』を強制した目的は、南雲の反応の確認(と日頃のお礼)、学校側の対応の検証のほかに、ほんの少しだが桐山へのアシストも含まれていた。

常に学をリスペクトしてきた桐山にとって、今回の追加ルールはノーダメージ。

他の生徒が普段とは違うきっちりとした装いでストレスを感じる中、少なくとも桐山はベストコンディションで試験に臨めたはず。

 

「いや、手も足も出なかった。……綾小路が俺のサポートをしようとしてくれたのは理解しているし、当初は感謝もした。だが正直あの追加ルールが致命傷だった」

 

「というと?」

 

魂が抜けたような顔で遠くをみる桐山。

何かあのルールに抜け道があったのかと、少し興味が出てくる。

 

「それは……」

 

「簡単な話だ。私がルールを無視したからな」

 

廃人状態の桐山のか細い声を遮り、優雅に生徒会室に入ってきたのは、ロングの銀髪をなびかせる鬼龍院だった。

 

「なるほど」

 

いつもと変わらない容姿の鬼龍院を見て全てを察した。

 

「そういうことだ。主戦力が抜けたことで全ての計算が狂った」

 

「君がそんなに私を頼りにしていたとは思わなかったぞ。まったくテレてしまうな」

 

「ここ最近の態度から、鬼龍院も少しは改心したんだと、そう考えていた過去の俺を引っ叩いてやりたい」

 

「改心も何も私はいつだって私らしく生きている。たかが試験ぐらいでそれが揺らぐことはないさ」

 

設定したペナルティは今回の特別試験の参加権剥奪とプライベートポイントの全額没収。

 

南雲に搾取され、貯蓄もままならない2年C、Dクラスの生徒ならあるいは無視する可能性も考えていたが、それなりにプライベートポイントを保有していたであろうBクラスからは出てこない計算だった。

 

考えるまでもなく鬼龍院がクラスのために自分を曲げるはずがなかったか。

 

「それで鬼龍院先輩はどうしてここに?廃品(桐山)回収なら歓迎しますが」

 

「期待に沿えずすまないな。探していたのは綾小路の方だ」

 

「オレを?」

 

用件は不明だが嫌な予感しかしない。

きっと今日は厄日なのだろう。

 

「今言ったとおり、私はルールを無視したんだ」

 

「ええ、おっしゃってましたね」

 

「つまりは一文無しということになる」

 

「そうでしょうね。そういうペナルティですから」

 

鬼龍院が何を言いたいか予想がついてきたが、気付かぬふりをしてはぐらかす。

 

「だが、次のプライベートポイントの支給までは1週間以上あるわけだ」

 

「それは大変ですね」

 

「キミも悪い男だな。もう私が言いたいことはわかっているんだろ」

 

要はポイントを貸せ、あるいは寄こせということ。

 

「……後輩にたかるのはどうなんでしょう。クラスメイト……からは無理かもしれませんが、友達の1人や2人――」

 

「鬼龍院に友人がいると思うのか?綾小路」

 

「フッ、よせ桐山、テレるだろ。まぁそういうことだ。私には君しか頼れる人間がいない。こんな時は気前よく貸すのも男の度量だぞ」

 

「とはいっても、オレが貸す理由には――」

 

「そもそもあのルールだが、学校が作ったにしては違和感がある。他に試験に口出しできそうな組織、人間は限られてくる。南雲ならやりかねないが、今回のルールはあいつにとっても好ましくなかったはず。だとすれば誰の関与か、自ずと答えは出てくると思わないか?」

 

生徒会が試験へ意見を出せることは一般生徒へは口外厳禁。

状況証拠だけでよくここまで推理できたものだと感心するが、非情に面倒な状況となる。

 

「面白い想像ではありますね。ただ、就任したばかりの理事長代理の横暴とかその類の線もあるのでは?」

 

「かもしれん。あくまで仮説だからな。だが、今回のルールは2年生の大半に不評だった。たとえ噂だとしても誰かさんが提案したものだと広まれば――」

 

「わかりました。来月まで不自由しないぐらいの額をお貸ししようと思います」

 

「綾小路は話せばわかる男だと信じていた。気の良い返事を聞けて私も嬉しく思う」

 

「ただ、お貸ししたいのも山々、残念ながら携帯は教室で、そして諸事情により今は戻れない状況なんです」

 

貸すこと自体を拒否するのは難しいと判断し、物理的な障害があることを主張する方向に舵を切ってみる。

 

「戻れない状況?」

 

「鬼龍院、察してやれ」

 

ここで桐山の勘違いが活きてくる。

流石の鬼龍院も傷心中の後輩からポイントを巻き上げることには躊躇いが生まれるだろう。

 

「いずれにせよ、答えはシンプルだ。私が代わりに取ってきてやろう。私をパシリにできる人間など他にいない。誇りに思っていいぞ」

 

儚い期待だった。

それどころか、教室でクラスメイトがオレを待ち構えているところに鬼龍院がやってきて、代理で荷物を持って帰ったとしたら、火に油を注ぐどころじゃない。

 

「あとで送金しておきます」

 

「ふむ、そうか。残念だが、ここは綾小路の顔を立ててそれで妥協しよう。ただ、念の為に部屋番号を教えてもらおうか」

 

「送金されなかったら部屋まで押しかけてくるつもりですか?」

 

「私も淑女だ。できれば殿方の部屋にひとりで訪れる、なんてことは避けたいとは思っているが、背に腹は代えられない事態もあるかもしれないな」

 

ニヤリと笑う鬼龍院。あれは本気の目だ。

例え部屋の鍵を開けなくとも、窓を蹴り割ってでも侵入しかねない気迫を感じる。

観念して部屋番号を伝えると上機嫌で去っていった。

 

「はぁー、あのバイタリティを試験に向けてくれさえすればな……。今回もクラスに散々迷惑をかけたにも関わらず全く悪びれる様子はなかった。綾小路、さっきの件だがお灸を据える意味で送金は止めてくれないか。アイツは山菜定食生活で十分だ」

 

「そんなことをしたら血肉を求めて部屋に鬼な龍がINするんですが……」

 

「なら今日は俺の部屋に泊まって避難するのはどうだ?お互いこんな日は1人でいると精神的にもよくないだろう。一晩中、綾小路の知らない堀北先輩の武勇伝を聞かせてやる」

 

どんな罰ゲームだ。どちらが精神的によくないかは比べるまでもない。

 

「丁重にお断りさせていただきます。それに、鬼龍院先輩が居なければ今頃桐山先輩はここにいなかった可能性もありますよ」

 

「どういうことだ?」

 

「混合合宿で桐山先輩が南雲に狙われた際、最初にそれとなくその可能性を示唆してくれたのが鬼龍院先輩でした」

 

「本当か?にわかには信じがたい話だが……」

 

「ええ。口と態度はあんな感じですが、なんだかんだ桐山先輩には退学になって欲しくなかったんですよ。おそらくツンデレというやつです」

 

「あれがツンデレというやつなのか。なるほど、鬼龍院が俺のことを……」

 

「そう考えると明日堀北先輩の卒業姿を見れるだけ良かったとは思いませんか?」

 

「……そう、だな。仕方ない、少しは大目に見てやるか。送金の判断はお前に任せる。ただ、ひとつ忠告しておくが、貸したポイントが返ってくるとは思わない方がいい」

 

「えぇ……」

 

そんな気の重くなる会話をしていると、明日の卒業式の準備のために生徒会役員が続々と集まり出した。

 

桐山もひとまず持ち直したようで、その後は担当業務をそつなくこなしていた。

 

卒業式の前日ではあるが、3年生の試験結果でクラス変動があったり退学者が出たりした場合など調整が必要になるため、このタイミングまで準備は完了しない。

 

桐山のように試験結果が振るわなかった役員もいるだろうに、落ち込み、切り替える時間すら与えられない有り様。前々から感じていたことだが、この学校は『生徒会に容赦がない仕組み』になっている。

 

オレの担当している業務範囲でも、もしクラスが変わっていた場合、卒業証書を書き替える必要が出てくる。

『予備の証書はないから書き損じるな』と言っていた南雲だったが、無事すべて書き終えた後に『今度の俺との勝負に負ければ堀北先輩たちはBクラス落ちだ、絶対必要になるぜ』などと言いながら大量に予備を持ってきた。

 

大前提を平気で覆す行為は置いておいても、そもそも卒業証書にクラス名は書かず、今日の結果が出てから記載する方針で良かったはず。

本当に嫌がらせに関してはマメなヤツだと一周回って感心する。

 

そんなことを考えながら、3年の特別試験の結果が記された書類を確認する。

 

「書き直しは――不要か」

 

南雲の悔しがる姿でも見たかったのだが、本日の生徒会は欠席。

殿河曰く、『美容院の予約があるから雑用は副会長にでもさせとけ』とかで、すぐさま帰宅したそうだ。

いちはやく金髪に戻したかったのかもしれないが、欠席したのは学との勝負結果も関係しているのかもな。

 

「お疲れ様です。遅くなってすみません」

 

そんなこんなで準備を進めていると一之瀬も合流する。

選抜種目試験の性質上、こちらよりも遅く終了する可能性は十分にあったが、いずれにせよ今日は来ないものだと考えていた。

 

「ごめんね、綾小路くん。せっかく色々手伝ってもらったのにダメだったよ」

 

「そうか、オレのことは気にする必要はない」

 

傍までやってきた一之瀬は申し訳なさそうに謝罪の言葉を述べている。

状況から推測したひよりの策をBクラスが打ち破れる可能性はほぼないと考えていたため、結果に対しての驚きはないのだが……。

 

強すぎる責任感がなせる技なのか、現実逃避なのか、サボりの南雲とは違い休んでも誰も文句は言わない状態であるはずの一之瀬が、遅れた分もと人一倍働いていたことには少しの驚きがあった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

体育館で装飾や椅子などを設置し卒業式の準備を済ませる頃には、チェスの勝負が終了してから3時間が経過していた。

 

「そろそろ頃合いか」

 

生徒会の仕事を完了させ、荷物の回収のため教室へ息を殺して向かう。

 

廊下の窓から覗いた限り、室内に人はいない。

 

だが、堀北がコンパス片手に掃除用具入れなどの死角に潜んでいる可能性はある。

あいつのブラコンとストーキング力は本物だからな。

 

念のため、聞き耳を立て、呼吸音、心音等が聞こえてこないかチェックする。

 

わざとドアを開け周囲の反応も伺った。

 

「……何をやってるんだろうな、オレは」

 

誰がどう見ても不審行為にしか見えない。

 

急に馬鹿馬鹿しくなり、大人しく自席に向かう。

 

やはり考えすぎだったようで教室には誰もいなかった。

 

安心して帰宅準備をしようと机に近づいたところで、オレの荷物がないことに気づく。

 

代わりに机上にはメモが置かれていた。

 

『荷物は預からせてもらったわ。返して欲しければケヤキモールのカラオケまで来るように』

 

「あいつには人の心がないのか?」

 

オレが言うのもなんだが。

 

荷物を回収できなければ鬼龍院が部屋に攻め込んでくる袋小路な状況。

 

諦めて、すっかり暗くなった夜道をひとり歩いて進んでいく。

 

やっぱり今日は厄日だな。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

試験後だからか、明日が卒業式だからか、珍しくカラオケは空いており、受付で尋ねると荷物を攫っていった下手人はすぐに見つかった。

 

「遅かったわね、綾小路くん。そろそろ荷物を捨て置いて帰宅しようかと考えていたところよ」

 

「盗人猛々しいとはお前のためにある言葉なんじゃないか、堀北」

 

携帯を置きこちらへ顔を向けた堀北は、広い部屋を贅沢に1人で占領しており、オレの荷物はテーブルの真ん中にこれ見よがしに置いてあった。

 

「あら、聞き捨てならないわね。防犯の観点から無人の教室に置いておくことはできないでしょ?」

 

「わかった、感謝する。じゃぁオレはこれで」

 

荷物に手を伸ばしたところで、堀北が奥へと引っ込める。

 

「試験も終わったことだし、そう焦る必要もないでしょ?せっかくカラオケに来たのだからゆっくりしていきなさい」

 

わざわざ密談向きのカラオケを指定してきたため想像はついていたが、『はい、お疲れ様』と見送ってくれるはずもなかった。

 

「人質を取るなんて卑怯だと思わないのか?」

 

「物に対して人質というのは適切かしら。いえ、綾小路くんにとってこの荷物は苦楽を共にした数少ない友だちだったわね、それは酷いことをしてしまったわ。ごめんなさい、荷物さん」

 

「わかった、話ぐらいは聞いてもいい」

 

「初めからそう言ってくれればよかったのよ。まずは試験お疲れさま、と言っておこうかしら。坂柳さん相手に見事だったわ」

 

オレに逃走の意思がないことを確認し、堀北がゆっくり話を切り出す。

 

「今回のことで改めてあなたの力がAクラス昇格へ必要だと感じたの。来年度からもっと積極的に力を貸してくれないかしら?」

 

やはりその手の話だったか。

 

「このクラスは十分に成長してきている。オレが出しゃばる必要はない」

 

実際にそう思う。

今回は坂柳との約束があり、チェスだけは真面目に取り組んだが、他はノータッチ。

クラスの勝利は堀北たちの実力だ。

この調子で成長していけばAクラスも夢じゃない。

 

「あなた自分で言ってたわよね?私がキング、あなたはポーン。世の中には『王様の言うことは絶対』と主従関係に従順な若者が多いと聞くわ」

 

「王様は働きに見合った褒賞を与えるものだが、その点はどう考える?」

 

交渉するならそれなりの材料がいる。

堀北がどこまでやれるか、少し付き合ってみるのも悪くない。

 

「例えばそうね、坂柳さんのあの発言についてだけれど、大勢で問い詰めては話しにくいだろうからと代表して私が詳細を聞いて、後ほどみんなに伝えると言いくるめ解散させたわ。皮肉なものね、他の人から見たら私たちは仲良しだから、聞き出すなら適任だと疑われもしなかったわ」

 

「あぁ陛下、その寛大な御心遣いに……うんぬんかんぬん」

 

「やるなら最後までやり切りなさい」

 

「残念ながら敬意が足りなかったんだ」

 

「私が本当に王様なら極刑ものね。話を戻すけれど、あなたの態度次第では、勝負に負け乱心した坂柳さんの妄言だったと証言してもいいわ」

 

それはそれで後が怖いな。本当に乱心した坂柳が攻め込んでくるぞ。

いや、ほとんど妄言だから事実を言っているようなものなのだが。

 

「話がそれだけなら交渉は決裂だな。そっちはなんとかできる」

 

堀北なりに考え、即興で提示してきた交渉材料にしては良い線だったが、対応が少し億劫なだけで、対処できないわけではない。

つまり、より面倒なAクラスを目指すことへの対価にはなり得ない。

 

「そう。なら仕方がないわね。過度な協力は諦める事にするわ」

 

「……やけに物分かりが良いな」

 

「ええ。断られたらそれはそれで構わないと考えていたの。Aクラス昇格の難易度が少し上がる、それだけでしょ?」

 

「違いない」

 

堀北も今回の勝利で明確に道が見えてきたのかもしれない。

結果的にクラス争いが無意味になる未来が待っていたとしても、その道中、ライバルたちと切磋琢磨していくことは無駄ではない。

 

答えは最後まで未知数ではあるが、ほんの少しだけ別の未来への可能性も見えて始め、来年度以降の楽しみとなりそうだ。

 

ただ、そんなことの確認だけなら明日以降でも良かったはず。

わざわざカラオケに呼び出したのは――。

 

「おっ、打ち上げ会場はここか!鈴音、綾小路、会場確保サンキュー」

 

「堀北さん、綾小路くん、今日は本当にお疲れ」

 

カラオケルームのドアが開き、須藤や平田を先頭に次々とクラスメイトが入ってきた。

 

「……謀ったな」

 

「あなた、普通に誘っても来ないでしょ」

 

「お前もこんな集まりに来るタイプじゃないだろ」

 

「今日は特別よ。だってほら」

 

堀北の視線の先には和気あいあいとはしゃぐクラスメイトたち。

元々騒がしい面々だったが、1年前と同じようで全く違う姿がそこにはあった。

 

「私はこの仲間たちとAクラスに上がってみせる。あなたもその中の1人、ということは覚えておいて」

 

「……ああ、そうだな」

 

上手く言語化できないこの感覚をオレは忘れることはないだろう。

 

「きよたかー!幼馴染ってなによー」

 

「きよぽん、詳しく聞かせてくれるんだよね?」

 

こっちの対処についてはすっかり忘れていた……。

こうしてクラスメイトの歌声をBGMに大した関係じゃないと説明し続けることになった。

 

本当にとんだ厄日だな。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

贈る言葉

3月24日、卒業式。

3年生たちの旅立ちの日がやってきた。

 

在学生側ではあるものの卒業式自体が初めての体験で、式の内容だけでなく旅立つ生徒、残される生徒の様子など観察対象は多々あり、興味は尽きない。

 

個人的にはピアノの演奏や書道のパフォーマンスなど仕事もあるため、忙しい一日となりそうだ。

 

登校の時間が近づき、そろそろ部屋を出るかと思ったところでチャイムが鳴る。

 

誰かと約束をした覚えはないのだが……。

 

疑問に思ったが、アポなしでの来訪なら大した用でもないだろう。

 

居留守を選択する。

 

気配を消し数分待ったところで今度こそ登校しようとドアを開けた。

 

「おはようございます、綾小路くん」

 

ドアを閉めた。

 

どうやら昨日の疲れが出たらしい。変な幻覚をみた。

 

洗面台へ移動し今一度顔を洗い、落ち着いたところで再びドアを開ける。

 

「綾小路くん、ご存知ですか?幼馴染というものは毎朝部屋にやってきて、起床を手伝い、一緒に登校するものだそうです」

 

フフッと笑顔を見せる坂柳。この無茶苦茶っぷり、さては幻覚じゃないな。

 

「……その幼馴染は、少なくとも筋骨隆々のマッチョに乗っては来ないんじゃないか?」

 

ここまではいつものスタイルできたのだろう。坂柳の後ろには葛城もいた。

 

「綾小路、お前は1人じゃない。少なくとも俺は友人だと思っている」

 

「葛城は葛城で何を言っているんだ?」

 

月城の襲撃以来、久しぶりに坂柳を乗せている葛城だが、こっちはこっちで何を考えているのかわからない。

大丈夫か、Aクラス。

 

「ケガはもういいのか?」

 

「ああ。だいぶ回復した。高円寺特製のプロテインが効いたんだろう」

 

一体全体、卒業式の朝から何を聞かされているんだろうか。

全てにツッコミを入れていたら遅刻しかねない。

 

「新手の嫌がらせだとしたら大成功だ」

 

「何をおっしゃっているんですか?そんなことより、このままでは遅刻してしまいます。早く私たちの学び舎に向かおうではありませんか」

 

「綾小路、悪いようにはしない」

 

「……仕方ないか」

 

ここで何を言っても坂柳は折れないだろうし、玄関前に居座られると目撃情報が増えるだけ。

 

諦めて自称幼馴染の坂柳(正確には葛城)と隣り合って登校することになった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

外は快晴で、気持ちの良い朝と言える――隣にこいつらが居なければだが。

 

「天気が良くて気持ちがいいですね、綾小路くん」

 

「奇遇だな、オレも似たようなことを考えていた」

 

「ふふ、幼馴染は似てくる、ということでしょうか」

 

停戦状態にあるからか、以前のような殺気は感じられず、憑き物が落ちたようにすっきりとした様子の坂柳は幼馴染を満喫しているようだ。

こちらとしては、未だにこの手の分野への有効な対応がわからないだけに戸惑うことも多い。

これなら事あるごとに勝負、勝負とうるさかった坂柳の方が幾分マシだったかもしれない。

 

「その『幼馴染』についてだが、クラスで誤解を解くの大変だった」

 

「誤解などありませんよ?というのは意地悪が過ぎるかもしれませんね。ただ、この一年で綾小路くんはすでに学校の中心人物となっています。今更この程度の話ぐらいで何かが変わることはないと判断しました」

 

恐らく、オレが当初の予定通り目立たない平穏な生活を送っていれば、その意を汲んでいたずらに乱すことはしなかったのだろう。

だからと言って、毎朝一緒に登校など許可することはできない。

 

「仮にもAクラスのリーダーとその相棒(自家用車)と一緒に登校するのは、他の生徒からの心証が良いとは言えない」

 

第三者から見れば、2クラス間で何かしらの取引、協力関係があると判断されたり、クラスの裏切りを疑われたり、面倒な誤解をいくつも生み出す。

 

「そのための幼馴染というわけです。何の関係もない対立クラスの生徒同士が毎日一緒に登下校しては問題もありますが、幼馴染ならそれが許されます」

 

「……」

 

今、さりげなく下校も入れてなかったか?

 

「安心してください、何か問われたとしても『幼馴染ですから』で解決することでしょう」

 

オレの常套句『生徒会だからな』みたいに言ってもダメなものはダメだろう。

 

「坂柳、その辺にしておけ。あまり綾小路を困らせるな」

 

「葛城、お前……」

 

坂柳側と思われた葛城から、まさかの救いの手が差し伸べられる。

さすが友だち宣言をしてくるだけはある。

葛城、オレとお前は確かに友だちだったようだ。

 

「綾小路、誤解して欲しくないが、俺たちが目立つことは護衛の観点からメリットだ」

 

「護衛?」

 

再び雲行きが怪しくなる。

友だちってなんだっけ……。

 

「例の月城理事長代理の件だ。坂柳に聞けば、綾小路をつけ狙う悪漢らしいじゃないか。こうして俺たちと行動を共にし、周囲から注目されていれば簡単には手出しできない」

 

「そういうことです。決してこれは私の個人的な我が儘などではなく、綾小路くんの身を案じての行動というわけです」

 

なるほど、そういう話で葛城を丸め込んだんだな、坂柳。

理屈はわかったが、月城がいる限りこの2人と一緒に登下校する生活と、月城がいきなり道端で奇襲をかけてくるかもしれないリスクを天秤にかけると……。

 

「……たまにならいいかもな」

 

「ええ。妥協点としては十分ですね」

 

月城の他にもエージェントを大勢送りつけて有無を言わさず誘拐できるのであれば、今まで実行しないはずがない。

ホワイトルーム側の動きが慎重である理由は、この学校がそれだけ力を持っている証拠でもある。

 

100%無いと切り捨てるのは危険だが、あくまで学校のルール範囲内で退学に追い込む計画をしている可能性が高い。

だが、ブラフでしかないが、こちらもあらゆる対策をしていると牽制できる意味で、オレの事情を知る唯一の生徒、坂柳と一緒に行動する機会はあってもいい。

その場合、坂柳たちを巻き込むことになるが、本人たちが進んで巻き込まれに来ているため、どうしようもない。

 

「それで本当に大丈夫なのか?綾小路、坂柳」

 

「お互いの都合もありますから。毎日でなくとも一緒に登下校する日があるだけで、襲撃日を絞らせない役割は果たせます」

 

「そういうものなのか。だが十分注意するんだぞ、綾小路」

 

「ああ」

 

自由を求めてこの学校に来たはずが、徐々に行動を制限されていくことに煩わしさを感じずにはいられなかった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

学校の下駄箱で坂柳たちと別れ、やっと自由になったと思った矢先、急に腕を掴まれる。

 

「おはよう、綾小路くん、ちょっといいかな?もちろん嫌とは言わないよね?」

 

一難去ってまた一難――振り返った先にいたのは、天使のような悪魔の笑顔の櫛田だった。

拒否できるはずもなく、ずるずると人気のない場所にある用具室まで引っ張られていく。

 

中に入りドアを閉め、他に人がいないことが確認できると天使のような悪魔の笑顔も終了し、悪魔による悪魔の笑顔のような何かが表に出てくる。

 

「昨日はさ、『幼馴染は坂柳の誇張表現』だとか、『親同士が知り合いで昔一度だけ会ったことがあったらしいがオレは全く覚えていなかった』だとか、そんなこと言って関係を否定してたくせに、なんで坂柳さんと一緒に登校してたのかな?」

 

「幼馴染だからな」

 

「なめてんの?」

 

「すみません」

 

やっぱり駄目じゃないか、坂柳。

 

「ちょっと込み入った事情があってあまり1人で登校しない方が良いという状況なんだ。幼馴染云々やあの2人が特別というわけじゃない。何なら今度2人で登校するか?」

 

「えっ……あ、うん、する……じゃない、してあげてもいいけど」

 

「なら話は以上だ。卒業式の準備があってな、失礼させてもらう」

 

「あっ、ちょっと――」

 

櫛田が油断したすきに用具室から飛び出し、逃げ出すことに成功した。

 

のだが……。

 

「どうしたの、綾小路くん、こんなところから飛び出して」

 

バッタリと出くわした一之瀬が問いかけてくる。

一難は何度戻ってくれば気が済むんだ。3年生と一緒に卒業して欲しい。

 

「ちょっと探し物をしていたんだ」

 

当然、櫛田と2人で用具室にいた、とは言えない。

本当にやましいことはひとつとしてなかったのだが……。

 

「それは大変だね。探すの手伝おうか?」

 

「いや、丁度見つかったところだ。さっきはその嬉しさで飛び出してしまったんだ」

 

「綾小路くんらしくないよね?」と言われてしまえばそれまで。

自分でも苦しい言い訳だとは思うが仕方がない。

 

用具室の中の櫛田も、オレたちの話声が聞こえたことで不用意に出てはこないだろうが、他に出口もないため、今、一之瀬に入られるのはよろしくない。

 

「そうなんだ。これから卒業式のリハーサルだし遅刻しないようにね」

 

「ああ。このあとすぐ向かう」

 

「うん。今日の綾小路くんの活躍、楽しみにしてるから」

 

そう言って先に体育館へ向かう一之瀬。

ちょっと拍子抜けした形だが、修羅場にならないならそれに越したことはない。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

体育館の入り口で待機していると、入場のアナウンスが聞こえてきました。

 

「いよいよですね……。長かったような、あっという間だったような、そんな3年間でした」

 

この学校で過ごした3年間の、本当にたくさんの色んな出来事が自然と浮かんできて、つい涙が溢れそうになります。

前に進みたいのに、名残惜しいような、まだここに留まっていたいような……みなさんと歩んだ学校生活を終わらせたくない、お別れしたくない、そんな気持ちが邪魔をして――。

 

「そうだな、橘」

 

堀北君がそっと肩に手を置いてくれました。

そして入場曲の威風堂々が――ピアノの演奏が聞こえてきたことで、ハッとします。

 

「生意気な後輩にからかわれるようなかっこ悪い姿を見せるわけにはいきませんね」

 

『泣き顔は似合わない』と以前そんなことを言ってくれた後輩の無愛想な顔を思い浮かべながら、胸を張って会場へ踏み込みました。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

不思議な空気だった。

これまで全校生徒が集まる機会は何度かあったが、どれにも当てはまらない独特の緊張感が体育館を満たす。

 

静かな空間にオレの弾くピアノの音だけが広がっていく。

 

哀愁、という言葉が一番近いのかもしれない。

ただ、ピアノ越しに見える卒業生のほとんどはクラス関係なく真っすぐと前を向いていて、その表情は晴れ晴れとしていたり、涙をこらえていたり、真剣なものであったりと様々だが、悲観的なものではなさそうだ。

 

『泣きじゃくっているのでは?』と予想していた橘は、意外なことに凛とした表情でステージを見つめていた。

一瞬、出会った頃の橘を彷彿とさせたが、あの頃とは違い、変な硬さはなく堂々として頼もしさのようなものさえ感じる。

 

そんな様子を見て『ああ、この人たちは卒業するんだな』と本当の意味で認識することができた。

 

そうして卒業式の進行は粛々と進んで行き、校歌斉唱や校長、理事長の挨拶、在校生代表(南雲)の送辞など取り立ててコメントすることはないのだが、強いて挙げるなら卒業証書をクラス代表で受け取った学が、一瞬だけ、頬を緩めたような気がしないでもなかった。

 

そんな学が卒業生代表の答辞のため、名前を呼ばれ壇上にあがっていく。

予定にはなかったが、せっかくなので登壇に合わせて『新世界より』を演奏してみる。

仰々しくなりすぎてしまったかもしれないが、このくらいの雰囲気に呑まれる男でもないだろう。

 

「答辞。梅の香りに春の息吹を感じるこの日、我々は卒業式を迎えました――」

 

予想通り、学は落ち着いた様子でゆっくりと話し始めた。

まずは卒業式に対する感謝などを述べ、話は3年間の学校生活へと移っていく。

 

「――私事ではありますが、この3年間、生徒会を通して微力ながらも学校の伝統を守るべく活動してきたと自負しています」

 

過酷なクラス争いの中、それでも学校のため、生徒のためにと多くの時間を使ってきた学の姿を間近で見てきた。

オレにはマネの出来ないことだ。

 

「伝統を、正しさを貫くことは簡単ではなく、多くの困難と対峙することもありました。それでも乗り越え今日この壇上に立つことができたのは、支えてくれた仲間たちのおかげです」

 

穏やかな表情で語る学は、生徒たちへと想いを届ける。

それはきっとクラスの仲間であったり、生徒会のメンバーであったり、ライバルたちであったり……。

 

「どんな道を歩むにしても必ず壁は立ち塞がってきます。そんな時は、友を信じ、協力すれば道は開けると、先輩としての経験から後輩たちへ助言させてください」

 

『綺麗事だ』と思う生徒はいなかっただろう。

目の前で語る男が、それを実行し、Aクラスで卒業していく。これ以上の説得力はない。

 

「――正直に申し上げると一時期はこの学校の未来を不安に思うこともありました。学校の伝統を重んじるばかりで、後輩の指導を疎かにしてしまっていたのではないかと、先輩として道を示せていなかったのではないかと、責任を感じることもありました。ですが、嬉しいことにそれは杞憂でした。この1年間、後輩の皆さんの成長を肌身で感じ、安心してこの学校を卒業することができると、心の底から感じています」

 

学がいつ頃そう考えなおしたのかはわからないが、オレを生徒会に勧誘したあとから少しずつ変化していったように思う。

この一年の出来事を通じ、妹への対応や南雲の方針への理解など、学もまた成長した。

 

「――3年間、本当にありがとうございました」

 

盛大な拍手が送られる中、ステージから降りていく学。

降壇時に考えていた曲の演奏はやめて、その後ろ姿をしっかり目に焼き付けておくことにした。

 

今はただ、少しでも学の意思を継ぐ生徒が出てくることを祈りたい。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

早いもので卒業式もあとは閉式の辞だけです。

この後は、在校生が退場して、卒業生はこのまま謝恩会の予定。

 

相変わらず綾小路くんの演奏はハイレベルで、周りのみんなも驚いていました。

思わず『私が育てた自慢の後輩です』と言って回りたくなりましたが、がまん、がまん。

最初の頃は勉強会をするというだけで逃げ出していた引っ込み思案の彼が、こんなにも積極的に活動してくれるようになったのは、綾小路くん自身の努力に他ならないんですから。

 

そう思うと、最後に我が子が成長した姿を見ることができたようで、目頭が熱くなってしまいます。

 

あわわ、ここで泣いてしまっては堪えてきたのが水の泡。

次の曲の予想でもして気を紛らわそうと綾小路くんの方を見た時でした。

 

なぜか立ち上がる綾小路くん。

 

そしてどこからともなく現れた南雲くんが司会の方からマイクを受け取っています。

 

「最後に卒業生のみなさんへ、ささやかながら生徒会からサプライズイベントをお贈りします!」

 

南雲くんの陽気なアナウンスで、これまでの雰囲気が一変し、会場がどよめきます。

 

ステージ袖から殿河&溝脇コンビが、2人の身長よりも大きなキャンバスのようなものを運んできました。

大きな筆を抱えた一之瀬さんとバケツを持った桐山くんも後に続きます。

 

「これから書道に人生を捧げた我が生徒会の副会長、綾小路清隆が卒業生の皆さんに魂の籠った熱い感動間違いなしのわくわくハッピーなウルトラメッセージをお届けです」

 

その言葉で、卒業生も在校生も期待に胸を膨らませ、これから始まるイベントを盛り上げようと歓声を送りはじめました。

 

壇上に上がった綾小路くんが、一之瀬さんから筆を受け取ります。

そして他の生徒会メンバーが支えている大きな用紙と向かい合いました。

 

どんな字をどんな風に書いてくれるのか、会場のみなさんの注目が綾小路くんに集まっていきます。

 

ところが、ピタッと動きが止まり、微動だにしない綾小路くん。

じっと紙を見つめているようです。

 

……何かあったんでしょうか。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

まっさらな特製の用紙を前にしてオレは考えていた。

 

書き始めないのは、直前の南雲の馬鹿みたいなアナウンスで無駄にハードルが上がったせいではない。

 

ただ――。

 

なし崩し的に書道パフォーマンスをすることになったあとのことを思い出す。

 

「それで生徒会長サマ、何て文字を書けばいいんですか?」

 

「喜べ綾小路、今回はお前に一任してやるよ。文字数の指定はないが、尺は5分以内だ。3年の先輩方が喜ぶ、卒業式らしい言葉を頼むぜ」

 

そう言って南雲は自分の業務に戻っていった。

あれこれ注文を付けてくるとばかり思っていたが……何かあった場合の責任を押しつける算段か?

 

「どうしたの、綾小路くん」

 

表情に出ていたのか、一之瀬が不思議そうに顔を覗き込んでくる。

 

「いや、南雲が全部任せてきたのには裏があるんじゃないかと考えていた」

 

「どうだろう、ないとは言えないけど……さすがの南雲先輩も卒業式を台無しにするようなことはしないんじゃないかな。きっと綾小路くんに任せた方がいいものができるって思ったんだよ」

 

「そんなことあり得るのか……?」

 

これまでの南雲の素行を知っていてもそんな発想ができるのは一之瀬ぐらいじゃないだろうか。

 

「南雲先輩も素直じゃない人だから。ちなみに何を書くかはもう決めてるの?」

 

「正直決めかねている」

 

さて、どうするか……。

オレがやっているのは詰まるところ模倣や模写。

具体的な文字の指定があれば難なく書くことができても、まっさらな紙に好きに書いていいと言われると、これと言ったものが思いつかない。

そもそも卒業式を知らない人間に卒業式に相応しい言葉を書け、と言うのは土台無理な話だ。

 

「なあ、一之瀬。参考までにこういう時、一般的にはどんな言葉が選ばれるかわかるか?」

 

「うーん、無難なところだと『感謝』みたいにお礼の気持ちを込めるか、『躍進』みたいなこれからの活躍を祈るとかになるんじゃないかな」

 

「なるほど」

 

「あ、だけど、元から正解はないんだし、綾小路くんが3年生に贈りたいと思った言葉で良いんだと思うよ」

 

「とは言っても一之瀬とは違って、主に関わったのは学や橘をはじめとした生徒会メンバーとファンクラブ会員ぐらいなんだが……」

 

情報として全校生徒を把握していても、直接面識があるのはごく一部。

 

「きっとそれでも良いんじゃないかな。私なんかが偉そうなことは言えないけど、不特定多数の人に届けようとしたら、さっき言った感じの無難な言葉になっちゃうし。それだと、本当に伝えたい想いがこもらない気がしない?」

 

「難しい話だな……」

 

正解のないものを一から生み出す。

オレがもし一般家庭で普通に育っていたら、こんなにも難しく思うことはなかったのだろうか。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

結局、本番のこの瞬間に至っても、何を書くか決めきれていない。

たくさんの候補を用意しておき、実際の卒業式を体感すれば、その中から相応しい文字を選べるのでは?と期待していたのだが……。

 

そんな都合の良いことは起きなかった。

 

10秒にも満たない思考時間だったが、これ以上動きがないとアクシデント発生かと思われかねないな。

それなら無難に『感謝』あたりにするか。

一之瀬のおすすめだ、間違いないだろう。

 

と思った矢先だった。

 

「綾小路くん、ファイトですよー!あなたならできますっ!!」

 

後方から力強い声が聞こえてくる。

誰の声かは振り返らずともわかった。

 

本当に心配性というか、面倒見がいいというか、動かないオレの様子を見て緊張が原因だとでも思ったのだろう。

 

その声に当てられたのか、ひとつ、またひとつと声が増えていき、あっという間に体育館は声援で溢れかえる。

 

だから、ではないが――オレは、大きな筆を抱え、バケツにいれた墨汁に筆先をつけた。

 

 

たくさんのことを経験した一年だったが、生徒会に入っていなければ体験できなかったことは多かった。

 

結局、平穏な生活からは遠ざかってしまったが……なるほど、これはこれで悪くはないのかもな。

 

 

一文字目を書く場所にあたりをつけ、筆を運ぶ。

 

 

なら、オレが届けたい言葉は――。

 

 

騒がしかった会場が一気に静まり返る。

 

丁寧かつ迅速に筆を進めていく。

 

1文字目、そして、2文字目を書き終える。

 

熟語としてはこれで完成だが、まだ筆は下ろさない。

作品としてはもうワンアクセント必要だ。

 

制限時間は5分、ゆっくりはしていられない。

伝えたいことを伝えるべく、全力で筆を振るっていく――――――。

 

 

 

作品を完成させ、一礼すると、卒業生はもちろん、在校生、教員からも大きな拍手が起こった。

 

思い付きで作ったが、どうやら間違いではなかったらしい。

 

そんな完成品を眺めながらふと思う。

2年後の自分はどんなことを考えてこの場にいるのだろうか。どんな言葉を贈られる人間になっているのか。

 

と、思考を巡らそうとしたところで、自分が2年後この場にいない可能性が頭から抜けていたことに気づく。

 

「以上、生徒会からの書道パフォーマンスでした」

 

南雲の挨拶に合わせ、舞台上の生徒会役員と共に一礼する。

こうして卒業式は幕を下ろした。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

卒業式後の謝恩会会場の一角には、綾小路くんが書いてくれた作品が飾ってありました。

多くの生徒が写真スポットとして、お世話になった先生方や友だちと一緒に記念撮影をしています。

 

「堀北君、せっかくなので私たちもあそこで写真を撮りませんか?」

 

「俺もそれを提案しようとしていたところだ、橘」

 

堀北君と一緒に撮影待ちの列に並んでいると

 

「ホント深イイ言葉だよな。俺たちの3年間を表してるって感じがする」

「こっちの挿絵もいいよな……何かわかんないけど、努力が実るとか花が咲くとか多分そんな意味だよな」

「さすが生徒会、粋だねー」

「あの短時間でこのクオリティヤバすぎ」

 

なんていう声が聞こえてきて、みなさんが喜んでいることが伝わり、私も嬉しくなります。

 

そうしているうちに私たちの順番が回ってきました。

 

「綾小路くんはどんな気持ちを込めてくれたんでしょうか。いえ、深い意味なんてなくて、きっと見たままの意味ですよね、堀北『学』君」

 

「ああ、そうだな、『橘』」

 

大きな用紙には――――『学友』という2文字。

 

そしてその文字を彩るように、花と実の絵――『橘』が描かれていました。

 

 

※作品イメージ 

【挿絵表示】

 

 

 

「それでは二人とも笑ってくださーい。いいですね、撮りますよー」

 

 

最高の贈り物をしてくれた大事な『友だち』の顔を思い浮かべながら、にっこりと笑います。

 

 

 

 

この時撮った写真は、高校時代の思い出が詰まった一枚としてずっとずっと私の宝物です。

 

 






最後に出てきた作品イメージはあくまでもこんな構図でしたというイメージです。
※ホワイトルームの最高傑作の技量を再現できる自信はないため。
※橘のイラストはフリー素材をモノクロ加工して使用しています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

叶わぬ約束

更新再開です。お待たせして申し訳ないです。


卒業式が終了し、謝恩会のある卒業生以外は一度教室に戻っていた。

 

ホームルームのあとは帰宅するもよし、部活に行くもよし、謝恩会終了を待って卒業生を見送るのもよしとなっている。

 

「さて、明日の終業式後に話してもいいことだが、せっかくだ、簡単に今年度の総括をしておこう」

 

クラス全員が着席したところを見計らい、茶柱先生がイキイキと話し始める。

ご機嫌な理由は考えるまでもなく、種目選抜試験の結果の影響だろう。

生徒よりも喜んでいるようにも見え、どちらが高校生かわからない。いや、生徒目線で一緒に共感し合える教師は貴重とも言える……かもしれない。

 

「正直なところ、お前たちがAクラスを倒せる日がこんなに早く来るとは思いもよらなかった。本当によくやった。ここまで成長したことを大変嬉しく思う」

 

「そんなに褒められると逆に怖えな……。これから追加の試験があるとか言わねえよな?」

 

クラスメイトにとって辛口・毒舌・無愛想の三拍子でお馴染みの茶柱先生の褒め言葉は、いくら須藤でも手放しでは受け取れない様子。

 

「そんなことはない。純粋にそう感じただけだ」

 

茶道部やポチの件等々、茶柱先生の別の側面(醜態)を散々見てきた身としては、あれが素直に褒めているとわかるのだが……。

いっそのこと普段から残念な方を全面に出していけば、生徒からも人気が出るんじゃないだろうか。

 

「だからと言って油断はするな。今回のことを経て、他クラスは今まで以上にこのクラスを警戒するだろう。不良品だったお前たちは、やっとスタートラインに立ったに過ぎない。これからも精進するように」

 

自分でもおかしいと思ったのか、そんな補足を入れてくる。

 

「あー、やっぱ先生はこっちの方が落ち着くぜ!おめーら、2年になってもこの調子で他クラスをぶっ倒していこうぜ!」

 

そんな須藤の好戦的な発言にクラスメイトたちも前向きな反応を見せていた。

普段であれば調子に乗るなと注意する堀北さえ「全く仕方ないわね」とは言うものの、騒ぐ須藤たちを止める様子はなかった。

 

形はともあれクラスとしてまとまってきた――茶柱先生が言っていたことも頷ける。

それは体感だけではなく、クラスポイントから見ても間違いはない。

 

生活態度等で多少の前後はあるだろうが、今回の試験結果を反映すると4月からのポイントは

 

坂柳(A)クラス   1342クラスポイント

一之瀬(B)クラス   997クラスポイント

堀北(C)クラス    680クラスポイント

ひより(D)クラス   365クラスポイント

 

となる。Aクラスとは倍近くの差があるが、5月にポイントが0になったことを考えれば大躍進と言える。

 

そしてどのクラスも一つ上のクラスとの差がおよそ300ポイント強と、いつ下剋上が起きても不思議ではない接戦具合。この状況であれば、クラス争いのシステムがうまく機能して、今後も各クラス、成長していくことだろう。

 

ただ勘違いしてはいけない点は、今回Aクラスに勝利できたのは、あくまで坂柳がオレとの勝負にこだわったため。

極論だが、7戦目を大人数で実施する学力テストに設定されていれば、こちらの勝ちはなかったはず。

 

そして、その坂柳がしばらくオレとの勝負を控えるということは、その分クラス争いに注力する可能性もある。本気になった坂柳の率いるAクラスに、他3クラスはどう立ち向かっていくのか……。

 

頭の中で計算をはじめようとしたところで、そんなことに興味を持とうとしている自分に問いかける。

 

クラス争いなんてどうでもいいことではないのか?と。

 

以前なら即答できたはずだが、納得できる回答を出力するまでに時間がかかる。

 

この一年でオレ自身の考え方にもいくつかの変化が生まれたのかもしれない。

 

将来的には無意味に等しくなる行為とわかっていても、その過程を見てみたい――そんな好奇心が頭の片隅に確かにあった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

程なくしてホームルームは終了し、解散となる。

 

「清隆、卒業式のアレ、すごかったな」

 

「わ、私も、なんだか自分が卒業するわけじゃないのに感動しちゃったなぁ」

 

明人や愛里、綾小路グループのメンバーが近寄ってくる。

 

「ピアノとか字が綺麗とかは知ってたけどさ、絵もイケるとか、逆にきよぽんは何ができないのって感じだよねー」

 

「なんでもはできない」

 

「ふーん……じゃぁ例えばだけど、料理とかは?」

 

「まさに勉強中だな」

 

「へぇー、勉強中……ね」

 

波瑠加は含みのある表情で何かを考えている。

ピンポイントで料理と尋ねてきたあたり、思うところがあるのだろうか。

 

「どうかしたのか?」

 

「ううん、なんでもなーい」

 

少し目を細めぶっきらぼうな返事。

どう見ても、なんでもある時のリアクションを披露してくる。

気にはなるがスルーが正解か。深追いするとやぶ蛇になりそうな気もする……などと考えていると唐突に第三者が乱入してきた。

 

「友だちから褒めてもらえて有頂天なところ悪いのだけど、ちょっといいかしら?」

 

「お前にはそんな風に見えているのか?」

 

綾小路グループでの交流中だというのに相変わらず遠慮のない隣人堀北。

まさか放置されて寂しいのか?いや、コイツに限ってそれはない。

 

「人類皆妹を愛すべきよ」

 

「は?」

 

本当に寂しかったのか、相当愛に飢えているご様子。

兄貴の卒業が受け入れられず壊れてしまったのかもしれない。

それなら納得しかないな。

 

「わからないの?確かにあの作品は賞賛に値する出来だった。ただし『妹愛』と書かなかったことは不服だわ、と言ってるの」

 

わかるはずがないだろ、と言うツッコミは無駄なので放棄するとしても、文字をまるっと全て変更したらそれはもう別物なのではないだろうか。

堀北はどの部分を賞賛に値すると思ったんだ?

いや、もしかするとあの手のイベントは文字自体はどうでもいいことで、雰囲気そのものを楽しむものなのか?

 

「いい加減にしろ、堀北!」

 

黙っているオレが言い返せないと思ったのだろうか。

啓誠が代わりに声をあげてくれた。

この傍若無人なブラコンに物を申してくれるようだ。頼むぞ、啓誠。

 

「ここに姉派がいることを忘れるな」

 

「啓誠?」

 

援軍かと思ったら第三勢力の介入で思わず声が漏れる。

 

「ふっ、何かと思えば話にならないわね。とても学力上位組の発言とは思えないわよ、幸村くん」

 

鏡を見て自分にでも言ってるのか、堀北。

 

「堀北こそ、愛の重い妹ほど厄介なものはないと勉強し忘れてきたみたいだな」

 

「なるほど……幸村くん、あなたとは一度白黒つけた方が良さそうね」

 

「望むところだ」

 

こうして不毛な言い争いが始まった。

 

「……そろそろ部活行ってくるわ。またな」

 

いち早く明人が逃げ出す。

殴り合いの喧嘩であれば身を挺して仲裁しそうな明人もこの場はお手上げか……。

というより、止める意味もなさそうだしな。

触らぬブラコンシスコンに祟りなしだ。オレもこの一年で学習した。

 

「えっと、どっちの主張も、お兄さんお姉さんが好きってことだから、ほとんど一緒の意味なんじゃ――」

 

「だめ、愛里。火に油を注ぐ必要はないの。私たちも帰ろ~」

 

波瑠加も明人やオレと同じ結論に至ったようだ。

健気にも2人をどうにかしようとする愛里に待ったをかける。

 

「あ、うん……えっと、清隆くんは?」

 

「オレは少し待って3年生を見送ろうと思う。もちろん、この場からは一刻も早く退散するつもりだ」

 

「そっか、じゃあまた明日だね」

 

「ああ」

 

愛里と波瑠加もそそくさと教室を去っていった。さて、オレも長居は無用だな。

 

「綾小路くん!」「清隆!」

 

と、立ち上がったところで2人からそれぞれ腕を掴まれた。

 

「あなたがいなければどちらの主張が正しいか誰がジャッジするというの?」

 

「清隆、学年トップの頭脳をここで活用してくれ」

 

触らなくても祟りをもたらすブラシスコンたち。

 

「いや、オレは一人っ子だし、どちらがいいかなんてわからない」

 

簡単には逃がしてもらえなさそうなので、役立たずアピールをしてみる。

 

「だからこそよ。欲しいなら、妹よね?」

 

「いいや、姉だよな?」

 

どうやら回答を間違ったらしい。2人そろってぐいっとこちらに顔を向けてくる。

 

「……堀北みたいな妹なら遠慮したいな」

 

「ちょっとッ、綾小路くん!!」

 

「さすが清隆だ」

 

オレの心の底から出た本音を聞き、勝ち誇る啓誠とガンを飛ばしてくる堀北。

だが啓誠、姉の方が良いとは一言も言ってないぞ。

 

「綾小路くんの妹なんてこっちから願い下げなのだけれど、そう、つまりあなたは、鬼龍院先輩みたいな姉が欲しかったと言うのね。本人に伝えてくるわ。きっと喜ぶわよ」

 

「いや、それも御免だな」

 

「嘘だろ、清隆……」

 

「最初からそう言ってくれればいいのよ」

 

再びオレの心の底から出た本音に、勝ち誇る堀北と落ち込む啓誠。

だが堀北、妹の方が良いとも言ってないからな。

 

比較対象が極端なだけであり、この選択肢なら他の生徒に聞いてもほぼ全員同じ回答になると思うのだが……。

 

「清隆、今から姉の良さをプレゼンさせてくれ。それから判断しても遅くはないだろう」

 

「なら、私も妹の素晴らしさを語らせてもらうわ」

 

謝恩会の終了まで、まだ30分以上ある。まさかそれまで続くなんてことは――。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

続いた。

 

「幸村くん、実に有意義な時間を過ごさせてもらったわ。姉もいいものね」

 

「こちらこそだ。堀北のことを誤解していた。妹がいるのも悪くないな」

 

力強く握手を交わす2人。意気投合したのはクラスの団結という意味では結構だが、2人が得意とする勉学がきっかけでもなければ、特別試験でもない、こんな馬鹿みたいなことで絆が深まるのだから人間関係とはわからないものだとつくづく思う。

 

そういえば外村とはデュエルで分かり合っていたし、堀北と仲良くなるには普通の方法では無理なのかもしれない。

なるほど、普通をこよなく愛するオレとは理解し合えないわけだ。

 

「それじゃ見送りに行くわよ、綾小路くん」

 

「……一緒に行く前提なんだな」

 

堀北からの誘いに付いて行ってろくな目に合った覚えがない。

 

「当たり前でしょ。兄さんは人望があって大人気なのだから見送りに来る大勢の生徒で囲まれるはずだわ。そこで綾小路くんが群がる雑兵を蹴散らして、その隙に私は兄さんと2人っきりで熱いひと時を過ごすの。完璧な作戦ね」

 

やはりろくな話じゃなかった。

 

「兄貴を慕ってくれている、言わばお前の同志を蹴散らすことに心は痛まないのか?」

 

「馬鹿ね、綾小路くん。妹より優先されるべき事象はないのよ、覚えておきなさい」

 

啓誠、なぜこれと和解できたんだ……。

 

「堀北、無事に兄貴との時間を過ごせることを祈ってる。清隆、よろしく頼んだぞ」

 

「ありがとう、幸村くん」

 

すっかりあっち側に行ってしまった啓誠が気持ちよく見送ってくれる。

 

「抵抗は無意味か……」

 

結局、目的地が同じ以上、足掻いたところで無駄。

ひとまず返事は濁して大人しくついて行くしかない、か。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

謝恩会の終了予定時間が近いこともあり、体育館の入り口周辺には多くの生徒が集まっていた。

 

「綾小路くんを連れてきて正解だったわね」

 

「まだ蹴散らすとは言ってないからな」

 

兄貴に対してしおらしかった堀北を懐かしむ日が来るとはな……。

この変わりよう、どこかのタイミングでUFOか何かに連れ去られて偽物とすり替えられたのかもしれない。

 

いずれにせよ、生徒会役員が人畜無害な一般生徒を蹴散らしたなら大事件。

わざわざ月城に退学処置の口実をプレゼントするようなもの。

ブラコンから何と言われようが承諾するわけにはいかない。

 

「よぉ、綾小路、鈴音。お前たちも堀北先輩の見送りか?」

 

「まぁそうですね」

 

ブラコンの相手だけでも胃もたれしそうなところに、余計な追加料理(なぐもん)が出てくる。

南雲の後方――少し離れたところには殿河、溝脇、桐山の生徒会メンバーに、朝比奈の姿もあった。

 

「早速出番よ、綾小路くん」

 

「やっておしまい」とでも言わんばかりの顔でこちらに目配せしてくる堀北。

 

「だからやるとは言ってな……」

 

いや、別に南雲なら問題ないか。

南雲は日頃からオレと勝負したがっているわけで、ここで蹴散らしておけば学との約束も果たせ、色んな意味で先輩孝行になる。

加えて、一番厄介な信者を落としておけば、堀北もひとまず満足するだろう。

 

手始めに隙だらけのみぞおちに一発お見舞いするか、これまた色んな意味での落とし所を見つけ、拳を握りしめる。

 

そして南雲が瞬きした瞬間を狙い、ひと思いに――。

 

「やっほー、清隆も来たんだねー!」

 

ひょこっと南雲の後ろから朝比奈が顔を出したことで攻撃を中断する。

 

「ええ。3年生にはお世話になりましたから」

 

「なんか意外かも。あ、でも、あの書道は気持ちこもってなきゃできないよねー。うんうん、自慢の後輩だ、撫でてあげよう」

 

「遠慮しておきます」

 

「もぉーつれないなー」

 

とオレのわき腹を肘でつつきながら、反応をみて楽しそうに笑う朝比奈。

距離感の近い異性には慣れてきたが、ひとつ年上ということもあり他とはまた違った接し方をしてくる。

これが啓誠が熱く語っていた姉、みたいな感じなのだろうか。

 

「なずな、後輩いじりもその辺にしておけ」

 

「えー。てか、いじりじゃなくて愛あるコミュニケーションなんだけど」

 

「似たようなもんだろ。今日の主役は先輩方だ。コイツとはいつでもしゃべれる」

 

「はいはい。仕方ないなぁ。じゃあ作戦通り私たちで他の生徒の足止めをしている間に、雅が堀北先輩にアタックするってことで大丈夫?」

 

「おい、作戦をこいつらに聞かせるなよ」

 

ここにも誰かさんと似たような発想のヤツがいた。

朝比奈もやりたくないからわざと口を滑らせたんだろうな……気持ちはわかる。

 

「なるほど、どちらが先に兄さんの元にたどり着けるか勝負、ということですね」

 

「作戦がバレちまった以上、小細工はなしだ。だが、先輩の妹だからって容赦はしないぜ?」

 

火花を散らす2人。

今日の堀北は噛みついてばかりだな。

 

「朝比奈先輩、向こうに自販機がありますよね。お茶でもしませんか?」

 

「奇遇だね。私も誘おうと思ってたとこ」

 

君子危うきに近寄らず、学たちへの挨拶はほとぼりが冷めてからでも遅くはない。

 

そんな時、体育館入口のドアが開き始める。と、それを合図に駆け出す堀北と南雲。

 

単純な走力なら南雲が上だが、ブラコンパワーマックスの堀北はこちらの想像を超えてくるため、勝負の行方はわからない。

 

他の生徒を避けて進む南雲の後ろに張り付くことで、なんとか引き離されず食らいつく堀北。

 

そして、まもなく入口に到達するというところで、生徒を躱す南雲の隙を見て横に並ぶ。

 

ニヤリと笑う両者。

 

入口からは一人目の生徒が顔を出す、かと思われたが、出てきたのは真嶋先生1人。卒業生の姿はない。

 

おかしいと思ったのか、2人とも足を止めた。

 

「えー、卒業生を待っている生徒諸君にはすまないが、今年も謝恩会は盛り上がっており、30分ほど延長することになった」

 

真嶋先生が出待ちをしている在校生たちに呼びかける。

在校生からは多少の不満の声も出たが――。

 

「いいじゃねえか。ほりき……先輩方が学校で過ごす最後のひと時なんだ。ゆっくり楽しんでもらって、そのあと笑顔で見送るのが後輩の俺たちができる恩返しだろ、違うか?」

 

「その通りよ。兄さ……3年生の素敵な想い出になるのなら私たちはいくらでも我慢すべきだわ」

 

と、つい直前まで他者を蹴散らしてでも学に会おうとしていた奴らとは思えない台詞で、堂々と周りの生徒を諭したことで、皆、納得したようだった。

 

「なかなかいい走りだったぜ、鈴音。さすが堀北先輩の妹だ」

 

「南雲先輩こそ、兄さんに勝負を挑むだけの資格は一応あるようですね」

 

また堀北が普通でない方法で分かり合っている……。

そのまま入口付近にいてくれればよかったのに、2人は談笑しながらこちらへ戻ってきた。

 

「今は気分がいい、俺に聞きたいことがあれば答えてやるぜ」

 

卒業生が来るまでの暇つぶし、といったところか。

堀北と一応オレにも投げかけた言葉みたいだが、生憎オレから南雲に聞きたいことなんて一つもない。

 

「……でしたら遠慮なく。南雲先輩は兄さんに勝負を挑んでいましたよね。その……悔いはないんですか?」

 

「悔い?」

 

「兄さんがAクラスで卒業できたということは、南雲先輩は、その、当然とはいえ、兄さんに勝てなかった。その割には、今もイキイキなさっているので」

 

「そんなことか。お前の言う通り、当然、俺が堀北先輩に簡単に勝てるはずがない。それだけあの人は尊敬できる高い目標だ」

 

「へぇ、雅も堀北先輩には完敗って認めてるんだ」

 

南雲の意外な回答に朝比奈は驚きを隠せない様子。

そんな朝比奈に視線だけ向けて、南雲は平然と答えた。

 

「負け?なずな、何をもって負けなんだ?」

 

「負けだと思うけど、ねえ?」

 

「負けですね」

 

「ええ。完敗も完敗。兄さんの足元にすら及ばない結果です」

 

こちらに同意を求めてきた朝比奈に、忌憚のない意見を述べるオレと堀北。

 

「……わかってないな。確かに堀北先輩がAクラスで卒業することを許したが、俺が今回のことで何か評価を落としたか?Aクラスのリーダーで、この学校の生徒会長、つまりトップの中のトップとして絶対的な力を持ってい――」

 

「落ちてるよね?」

 

「自覚がないのは怖いですね」

 

「地に落ちた――いえ、地殻ぐらいまで落ちてると思います。兄さんの評価は空より高く大気圏をも越えていきましたが」

 

朝比奈が意外とノリが良いせいか、堀北が容赦ないせいか、少し面白くなってきた。

 

「……なぁ、さすがの俺も凹む時は凹むんだぜ?」

 

「でもすぐ戻るもんね?」

 

「凹ませ足りないからですかね」

 

「兄さんだったらこの程度では一ピコたりとも凹まないのに……」

 

「……まぁいい。なんにせよ、学年が違えばまともな勝負が成立するはずもない。俺はただ勝敗に関係なくあの人に認めてもらうために、ひたすら勝負を仕掛けていた、ってことなんだろうな」

 

遠くを見つめ物思いにふける南雲。

 

「急に乙女みたいなこと言い出しちゃった。ちょっと、やりすぎたかな?」

 

「いえ、生徒会ではいつもこんな感じなので大丈夫だと思いますよ」

 

「そっかぁ。雅も学校生活楽しんでるんだね。清隆、本当にありがと」

 

「お礼を言われるようなことをした覚えも、今後する予定もありませんけどね」

 

「ううん。清隆と絡みはじめるまでの雅は、堀北先輩との勝負中以外はどこか寂しそうだったからさ」

 

「にわかには信じられない話ですね」

 

生徒会にいる時はあんな感じだが、クラスでの南雲がどんな様子かは知る由もない。

ずっと見てきたクラスメイトの朝比奈が言うのであればその通りなのだろう、にわかには信じられないが。

 

「だが安心しろ、綾小路。お前にはそんな思いはさせないぜ。来年度からはクラス、学年問わずに戦える場を用意してやる」

 

こちらの話を聞いていたのか、いなかったのか、我を取り戻した南雲が楽しげに話し出す。

 

「どうやら『安心』って言葉の認識に齟齬がありそうですね」

 

「それはクラス戦ではなくする、ということでしょうか?」

 

適当にスルーしようと思っていた話題に、堀北が食いついてしまう。

 

「それができれば理想だったんだが、どうにも不可能だ。いくら提案したところで学校側は首を縦に振らない。だが、これまで以上に個人の実力が左右する仕組みには変える。優秀な生徒が評価されるのは当たり前のことだろ?」

 

「そうですね。この学校の仕組みには思うところがないわけではありません」

 

「鈴音、お前もいつまでも下位クラスに沈んでいるような人材じゃない、違うか?」

 

「確かに入学当初は、Dクラスへの配属は何かの間違いだとしか思えませんでした」

 

「だろ」

 

「ただ……今はDクラスからのスタートで良かったと思っています」

 

「ほぅ?」

 

堀北からの回答が予想外だったのか、南雲は続きを話すように促す。

オレとしても少し気になるところではある。

 

「DクラスからAクラスへ昇格しての卒業は兄さんでも成し遂げられなかったことです。それを私が達成できれば、兄さんも喜んでくれる気がしますから」

 

「なるほどな、気に入った。鈴音、俺の生徒会に入らないか?」

 

ブラコンのコイツらしい目標ができたわけだと感心していたところに、看過できない提案が飛び出してきた。

こんなことなら最初に蹴散らしておくべきだった。

今からでも遅くないか?

 

「兄さんのいない生徒会には微塵も興味がありませんね」

 

堀北がブラコンで助かった。生徒会でもコイツに振り回されるのは勘弁して欲しい。

 

「いいのか、生徒会室には堀北先輩が使っていたノート、堀北先輩が発言した内容を一言一句違わず記した議事録、堀北先輩愛用の湯呑みなんていうお宝がたくさんあるんだぜ」

 

隣からごくり、と唾を飲む音がする。

わかりやすいエサで釣られるんじゃないぞ、いや無理だな。

このままでは針に掛かるのも時間の問題であるため、こちらで阻止させてもらう。

 

「堀北、二兎を追う者は一兎をも得ずというだろ。まずはAクラスに上がってから考えても遅くはない。優先順位を間違えるな」

 

「……それもそうね」

 

「確かに綾小路の言うことも一理あるな。下位クラスがAクラスに上がるのは、生徒会の激務を行いながら成し遂げられるほど甘くはない」

 

裏もなく素直に南雲がオレの意見に同調するとは思えない。

案の定、不敵な笑みを浮かべながら「だが」と話を続ける。

 

「綾小路と入れ替わるってのはどうだ?クラスのあれこれをこいつが負担して、その分、鈴音は生徒会の仕事に取り組む。お前も嫌々生徒会をやってるんじゃないか、綾小路。堀北先輩も卒業した今、先輩の顔を立てる必要もないだろ」

 

こちらを試すかのように、生徒会の退会を促してくる。

 

最初は確かに嫌々だったが、オレにとって生徒会は――――。

 

「残念ながら今は生徒会を辞める考えはありませんね」

 

「そうかよ、ならこれからもこき使ってやるから楽しみにしとけ」

 

「なに~雅、ちょっと嬉しそうじゃん」

 

「そんなわけないだろ。これは憎ったらしい後輩とお別れできなくて残念でしかたがないって顔だ」

 

「そう言うことにしといてあげようかな~。清隆も大変だね」

 

「はい、それはもう」

 

「つーことで今回は見送るが、鈴音、お前ができると思ったらいつでも歓迎してやる。ゆっくり考えてみろ」

 

「ありがとうございます」

 

そんなやり取りをしているとあっという間に30分が過ぎ、今度こそ3年生が体育館から退出し始めた。

 

お目当ての先輩を見つけた在校生は各々駆け寄っていき、そんな後輩を卒業生は晴れ晴れとした表情で迎え入れている。

 

おおよその卒業生が出てきたところで学と橘の姿が見えた。

 

「兄さぁぁぁぁーん!!」

 

「ま、一番は譲ってやるよ」

 

駆け出す堀北へ向け、南雲が投げかける。

 

「意外ですね」

 

「別に順番は気にしちゃいない。こんな日に兄妹の時間を邪魔するほど野暮じゃないさ」

 

南雲なりの学への敬意だろうか。言葉に裏はなさそうで珍しく穏やかな表情で堀北兄妹を見守っている。

 

そんな南雲を余所に、飛びつかんばかりの勢いで兄に向って突撃する妹。

 

それを合気道でいなし勢いを殺して落ち着かせた学は、短い言葉を交わし何かを渡した。

 

かと思えば、妹はダッシュでこちらに帰ってくる。

 

その間わずか30秒ほど。

南雲が気持ちよく送り出したのが台無しになるようなスピード感だった。

 

「随分と早い帰還だな」

 

「見なさい、綾小路くん。家で読むようにと兄さんが手紙をくれたわ」

 

自慢げに封筒を見せてくる堀北。

 

「あ、ああ。良かったな」

 

手紙よりも、こんなに嬉しそうな堀北は初めてなので、そちらの方が気になった。

 

「後日時間を作るから今日は大人しく帰るようにですって。早く手紙を読みたいからこれで失礼するわね」

 

そう言って堀北は体育祭のリレーを彷彿させる走りっぷりで去っていった。

 

「妹の扱い方を熟知してるな……」

 

あのまま妹を受け入れていたら他の在校生との時間を取れなくなっていた可能性が高い。

帰宅を渋ることまで考慮し手紙を用意することで、すんなりとあの妹を納得させた。

 

「道理で俺との勝負の躱し方が上手いわけだぜ。妹に鍛えられてたんだな」

 

変なところで南雲と意見が合ってしまう。

 

「なずな、俺たちもそろそろ挨拶にいくか。お前はどうする?」

 

「オレが居たら話したいことも話せないんじゃないかと思うので後から伺いますよ」

 

「お前も気が利くようになったじゃねえか」

 

「元からです」

 

南雲と一緒に行きたくなかっただけだが、好意的に解釈してくれるならそれに越したことはない。

 

学たちの元へ移動する南雲や2年生メンバー。

 

オレはせっかくなので、しばらくこの様子でも目に焼き付けておくか。

そう考え、少し離れたところへ移動しようとしたところで、オレが帰ると思ったのか、慌てた様子で数名の女子生徒が集まってきた。

 

「綾小路くん、卒業式の演出ありがとう」

「私たちファンクラブに入ってて本当に良かった。卒業しちゃうけど、これからもずっと応援してるからね!」

「ここでの思い出、絶対に忘れないよ」

 

誰かと思えばファンクラブ会員の3年生たちだった。

 

「よければ一緒に写真いいかな?」

 

「ええ」

 

「ではカメラマンは私が」

 

と、どこからともなく現れたのは立派な一眼カメラを持った諸藤。

 

「諸藤も来てたんだな」

 

「はい、ファンクラブ会員の先輩方を見送りに。これまでたくさん支援いただきましたから」

 

「なるほど」

 

「写真はあとで印刷して皆さんにお渡ししますね」

 

「諸藤ちゃん、ありがとー」

 

そんなこんなで握手や記念撮影を求められたため応じていると、それを皮切りに他の卒業生たちも続々とやってきたため、ちょっとした人だかりができる。

 

「綾小路ー、ありがとなー」

「最高の卒業式だった」

「私、今日のこと忘れない」

「あと2年大変だと思うけど頑張れよ」

「お前なら堀北にも負けない会長になれるぜ」

 

ファンクラブ関係なく、在校生と話を終えた卒業生が帰宅前にこちらに足を運んでは口々にそんなことを言って去っていく。

 

「嘘ではなかっただろ?」

 

卒業生の列が落ち着いたところで、後ろから声を掛けられた。

振り返ると、学と橘がこちらに近づいてくる。少し前からこちらの様子を眺めていたようだ。

 

「そうだな。確かにあんたの言った通りだった」

 

オレを勧誘した時に、生徒会での経験は貴重な学生生活の時間を割く価値があるものだと、学は言った。

学がどこまで想定していたか不明だが、普通に過ごしていたらこんな形で誰かから感謝される機会はなかっただろう。

 

「綾小路くん、すっかり人気者ですね」

 

「おかげさまで」

 

「私も鼻が高いです。今後の生徒会は安泰ですッ!」

 

言葉通り誇らしそうに胸を張る橘の様子。

こんな顔を見るのもこれが最後かもしれないと考えつつも、橘の何気ない一言が少し気にかかった。

 

「安泰か……」

 

「どうしました?」

 

「いえ。それよりもまだ直接は言ってませんでしたね、卒業おめでとうございます」

 

「綾小路くんこそ素敵な贈り物、ありがとうございました」

 

橘は涙ぐみながらオレの右手を両手で包み、上下にブンブンと振り回す。この既視感は――あぁ期末テストで初めてオール満点を取った時か。

 

「橘。それ以上は綾小路の腕が取れかねない」

 

「あ、すみません。つい感極まってしまいました」

 

「気持ちはわかるが、これが永遠の別れではない。綾小路が卒業したらまたいつでも集まれる」

 

「はい、そうですね!」

 

学の提案に眩しいくらいの笑顔で応じる橘。

ただ、2人は知る由もないことだが、このメンバーで集まることは二度と()()()()

 

「ところで、2人はいつまで学校にいるんだ?」

 

卒業後は最大で4月5日まで滞在することもできるが、早い生徒は今日にでもこの施設から旅立つと聞く。

堀北が言った通りなら、学は後日2人の時間を作る予定らしいが……。

 

「私は29日の夕方に出発します」

 

「俺は31日の12時30分のバスに乗車予定だ」

 

つまり橘は5日後、学は1週間後に、本当の別れが来る。

 

「そうか。あっという間だな」

 

「ああ。先に社会に出て、お前がやってくるのを待っている」

 

「そうですよ。2年後ますます大人になった私を見て綾小路くんは大層驚くに違いありません」

 

「でしたら、その時は大人の財力でまた焼肉でも連れて行ってください」

 

「ふふ、そうですね。どんとこいですよ」

 

「ちなみに俺たちの進路は――」

 

「みなまで言う必要はないぞ」

 

学が『これから』の話を始めたところで話を遮る。

 

「ほう、予想がついているのか?」

 

「もちろんだ。2人で夫婦漫才をするんだろ?」

 

「「……」」

 

「お笑いの世界はデビューまで下積みが大変だと聞く。その過程を飛ばせるのはAクラス特典の有効的な使い方と言えるな。だからと言って売れるまでの道は険しいかもしれないが、オレもテレビ越しに応援させてもらうつもりだ」

 

「それも悪くないかもしれないな」

 

「ええっ!?」

 

2人の反応を見るにどうも見当違いだったらしい。

まぁ本気で当てる気はなかったが。

 

「結構自信があったんだけどな。橘のリアクション芸を世に出さないのは惜しい気がする」

 

「それは一理ある」

 

「堀北君まで」

 

堀北兄が見せた、これまで1番の笑顔。

 

「あんたそんな笑い方するんだな」

 

「自分でも驚いている。そうだな、橘にその気があれば将来設計のひとつとして検討しておこう」

 

「えええっ!?」

 

学がどこまで本気かわからないが、2人の将来にはいくつもの選択肢がある。

そんな未来があっても悪くはない。

 

「まったく綾小路くんは、売れるかもわからない芸人にたかるつもりだったんですか……。遠慮のないところはらしいと言えばらしいですね」

 

橘も2人で漫才をしている姿を想像してみたのだろう。

少し呆れながらも笑っている。

 

「この後クラスでのお別れ会があってな。そろそろ失礼させてもらう」

 

「ああ。出発の日、見送りにいっても構わないか?」

 

「もちろんだ。31日、12時あたり校門で待っている」

 

「私はまだ詳しい時間を決めていないので後で連絡しますね」

 

「わかりました」

 

「またな」

 

「綾小路くん、またお会いしましょう」

 

別れの挨拶に、軽く手を挙げる学と勢いよく手を振る橘。

 

「ええ、また」

 

『卒業したらいつでも集まれる』遠くなる2人の背を見つめながら学の言葉を思い出す。

 

「……また焼肉でも連れて行ってください、か」

 

自分でも馬鹿なことを言ったものだ。

オレには決して叶うことのない未来を想像することはできなかった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

賑わっていた見送りも、卒業生の数が減ったことで徐々に落ち着いてきた。

オレもそろそろ帰るとするか。

 

「綾小路くんも今帰り?良かったら一緒に帰らない?」

 

そんなところで声を掛けてきたのは平田だった。

さすが平田と言ったところで、部活をはじめ3年生との交流があったのだろう、多くの卒業生に挨拶をしていた。

 

断る理由もないため、そのまま平田と寮に戻ることとなる。

 

なったのだが……落ち着かない様子の平田。

先程からこちらを向いたり、正面を向いたりと挙動不審だ。

 

会話のタイミングを伺っているのだろうか。気さくに話をするタイプの平田にしては珍しい。

 

寮が遠くに見え始めたところで意を決したのか、平田は口を開いた。

 

「実は――綾小路くんに少し相談したいことがあって、ね」

 

「相談か……解決してやれるかどうかはわからないが、何でも言ってくれ」

 

以前、恵のことで学に相談していたこともあったか。

オレも生徒会の端くれ、学を見習って少しぐらいは力になってもいい。

ただ、学にしていたような恋愛相談をされても役に立てる自信はないため、クラスの事や特別試験、来年度の展望などその辺りの話題だとありがたい。

 

「その……軽井沢さんのことなんだけど」

 

「あー……」

 

だめだった。今からでも学を追いかけて一緒に話を聞いてもらった方が平田のためになるかもしれない。

 

「綾小路くんの目から見て、彼女はどうかな?」

 

「どうとは?」

 

「最近の軽井沢さんは、僕という偽の彼氏がいなくても、大丈夫なんじゃないかと思い始めてて」

 

2人が偽装カップルだと知っているのはオレだけ。

つまり生徒会役員だから相談したのではなく、他に相手はいなかったということか。

 

「平田の見立ては間違ってないんじゃないか。恵の築いてきたクラスでの地位は簡単に崩れないはずだ」

 

「……うん」

 

オレの目からも恵はその過去を感じさせないほど前向きに学生生活を送っているように見える。

それは平田の力に依存したものではなく、むしろ最近は距離を取っているようにも思えた。自立の意思の表れだろうか……。

 

それにしてもこんな話をするということは、つまり――。

 

「2年生になることだし、お互いのためにもこの関係は終わりにした方がいいんじゃないかって考えてるんだけど……軽井沢さんが本当に大丈夫か確信が持てなくて」

 

「なるほど」

 

恵から頼られて、大切なクラスメイトとして守ると誓っただけに、例え必要がなくなったように感じていても自分から関係の解消を言い出し辛いわけか。

 

「軽井沢さんが独り立ちできるならそれに越したことはないからね」

 

「平田としても、偽彼女がいたら自由に恋愛もできないしな」

 

「あははは……それもそうだね」

 

軽く笑って俯く平田。

 

『お互いのため』というのはそういうことだろう。

春になれば新入生もやってきて新しい出会いもある。

そんな時に偽の彼氏彼女の存在は障害になってしまう。

スタートダッシュを失敗するとどうしようもなくなるのはオレも経験済みだ。

とは言っても、どう転んだとしても平田なら新入生からも人気は出るんだろうな……。

 

ん……待てよ、みーちゃんのことを考えるなら、恵とは別れる方向に持っていき、新入生ではなくもっと身近な相手に目を向けるように誘導するべきじゃないか。

みーちゃんには何かと助けられている部分はあるし、人の恋愛模様を観察するのも面白そうだ。

平田が別れを検討しているこのチャンスを逃す手はない。

 

「平田、恵は大丈夫だ。もし何かあっても友人として、オレたちで支えてやればいい」

 

「……そうだね」

 

「そして平田にも大事なことを伝えたい」

 

「ん、僕に?何かな」

 

みーちゃんのためにも平田には次の言葉を心に焼き付けてもらう必要がある。

オレは足を止め、平田と向き合い、両肩に手を置き、目と目を合わせる。

平田の後方――遠くの茂みがざっと揺れた。

 

「これから新入生が入学して新しい一年が始まる。平田のことだ、学年問わず人気者になるだろう。そんな人気者に恋人がいないとなればアプローチしてくる異性も増えるに違いない」

 

「……うん」

 

「だが、平田に必要なのはそんなぽっとでの人間と交友を深めることじゃない。平田のことを心から想ってくれる本当に大事な人間はもっと身近にいるんじゃないか」

 

「え……?」

 

驚き、目が泳ぐ平田。

どうやらみーちゃんの気持ちに気づいていないようだ。

それなら、もっと深く切り込む必要があるな。

 

「例えば、クラスの中――傍でいつも平田を見ている存在をオレは知っている」

 

「それってつまり、ぁ――」

 

「それが誰かを口にするつもりはない。言わない方がお互いのためだ」

 

誰か予想を立てようとした平田の言葉を遮る。

オレが勝手に好意を持っていることを伝えたらみーちゃんも良い気はしないだろうし、オレ経由ではみーちゃんの平田への想いを伝え切れる自信もない。

 

「だが、忘れないで欲しいのは、その人物は平田との関係の進展を望んでいる。オレがここまでの話をするのは、平田ならわかってくれると信じているからだ」

 

「あ、綾小路くん……。その、気持ちは嬉しいんだけど、僕にも心の準備が――」

 

「そうだな、急に悪かった。恵とのこともある。慌てる必要はないがオレの伝えたことは一度考えてみて欲しい」

 

「……うん。ありがとう、約束するよ」

 

少し困ったような表情ではにかむ平田。平田の悩みの解消、みーちゃんの恋路にどれだけ役に立てたかは不明だが、一緒に帰宅し始めた時よりは心なしか元気になっているような気もする。

 

「えっと、それじゃ、返事の代わりってわけじゃないけど、その……綾小路くんのことを名前で呼んでもいいかな?」

 

「ん?構わないが……」

 

普段、茶道部の面々や綾小路グループなどをはじめ、名前で呼ばれることは多いため気にすることはないが――。

なぜ急にオレの話が出てきたんだろうか。

 

「僕のこともできたら洋介って呼んで欲しいな」

 

ほんのり朱色に染まった頬をかく平田、改め洋介。

 

「それも構わないが、一応理由を聞いてもいいか」

 

友情の証、みたいなものだろうか。

 

「えっと、その……入学したての頃、僕がみんなに提案した自己紹介のことを覚えてるかな?」

 

「ああ……できれば忘れたい記憶だが」

 

今でこそ笑い話だが、自己紹介を盛大に失敗し、クラスメイトからお情けの拍手をもらった黒歴史。

 

「あははは……今思えば清隆くんだって緊張するんだってわかって安心するよ」

 

「そういうひら――洋介は、非の打ちどころのない自己紹介だったじゃないか」

 

爽やかな挨拶をするサッカー部入部希望の好青年、こういうやつがモテて、クラスの中心になるんだろうな、と思った記憶がある。

 

「それが、そうでもないんだ。あのとき、『気軽に下の名前で呼んで欲しい』って言ったんだけど、結局今日までクラスメイトで呼んでくれた人はいなかったよ。軽井沢さんは例外だけどね」

 

唐突に重い話が飛び出してきた。

言われてみれば、洋介と呼ぶクラスメイトはいないな……。

学校全体で見てもオレの把握している限り、サッカー部仲間の柴田と基本馴れ馴れしい南雲ぐらいしか呼んでない。

 

「僕自身も、みんなと一定の距離を保ってきたところがあるから仕方ないかなとは思うんだけど、清隆くんには呼んで欲しいなって」

 

「そういうことなら喜んで呼ばせてもらう」

 

完璧かと思われた洋介の自己紹介も、蓋を開けてみればクラスメイトには届いていなかったのか。

相手に伝わらなかったという意味では、印象に残らないオレの自己紹介と違いはないのかもしれない。うん、違いは全くないな、オレの自己紹介の質は洋介と同じだったわけだ。

 

自己紹介の奥深さを感じるとともに、洋介に妙な親近感を抱かずにはいられなかった。

 

「ありがとう。清隆くんがクラスメイトで本当に良かったよ。2年生になってからもよろしくね」

 

「こちらこそ、よろしく頼む洋介」

 

手を差し出されたため、しっかりと握り返す。

 

先程揺れた遠くの茂みから「とうとしっ!」と聞こえてきたような気もしないではないが、きっと幻聴だろう。

なんと言っても卒業式の後だ、どこかで誰かが『仰げば尊し』を歌っていてもおかしくはない。

 

寮に到着したことで洋介とは別れ、自室へ向かう。

 

洋介がフリーになることは、後ほどみーちゃんにリークしておこう。

チャンスが来ると事前にわかっていれば、他のライバルたちを出し抜いてアピールできるはずだ。

 

明日の修了式が終われば春休み。

 

相変わらず生徒会の活動は頻繁にある予定だが、ポイントを稼ぐため動画制作なども随時行っていく必要がある。

そして月城――ホワイトルームの本格的な介入に向けての対策もいくつか用意しておきたいところ。

 

慌ただしい長期休暇になりそうだ。

 

 

 

などと考えていたが、春休みで一番大変だったのは後日諸藤が発行したファンクラブ会報誌の号外『祝!王子たち結ばれる~エターナルラヴの誓い激写~』を配布直前で葬り去り、誤解を与えたかもしれない洋介への謝罪と釈明になるとは、この時のオレは知る由もなかった……。

 

 

ちなみに洋介は今回も笑って許してくれた……と思う。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ウソツキ

バシッ、バン、ドッ――パンチを打ち込む度にサンドバッグから鈍い音がジムに響く。

 

「うーん……」

 

いつもなら叩いているうちに気分が晴れていくのに……。

それでも何もしないよりは気が紛れるから、手を止めず黙々と打ち続けている。

 

「おやおや綾小路ガール。そんなパンチじゃサンドバッグがかわいそうだよ」

 

「え?あ、高円寺くん。何か用かな?」

 

ジムに通い始めて2ヶ月と少し経ったけど、初めて高円寺くんから話しかけられてちょっと驚いてしまった。

 

「いつものキミのパンチは方向性はどうあれ一途なパッションが込められていて美しかった。だが、いまのそれは見るに耐えないよ。大人しくゴーホームしてくれないかな」

 

「えっと……よくわからないけど、心配してくれてるのかな?私なら大丈夫、ありがとう」

 

「全く仕方がないねぇ。どれ、パンチとはこうやってシュートするものさ」

 

隣に並んだ高円寺くんが目にも止まらぬ速さでサンドバックに拳を叩きこんだ。

鈍器でも叩きつけたような音と衝撃が響いたかと思えば、サンドバックを吊るしている金具がちぎれ、拘束から解き放たれた本体は壁まで飛んでいき衝突。大量の砂をあたりにまき散らした。

さっきサンドバックがかわいそうって言ってなかったっけ?

 

「うーん、美しい」

 

「えー……」

 

無茶苦茶な人だとは思っていたけど、色々と規格外過ぎて情報の処理が追いつかない。

 

「これでしばらくは打ち込めないだろうねぇ。はっはっはっ」

 

気が済んだのか、悪びれる様子もなく笑いながら立ち去ろうとする高円寺くん。

 

「ねえっ!」

 

「フッ、サインでも欲しくなったのかな。私の美しさは罪だねえ、今回だけ特別だよ」

 

奇想天外な行動なのに自分の芯がまるでぶれない姿を見て、つい呼び止めてしまった。

どこからかペンを取り出した高円寺くんだけど、サインはいらないので話を進めさせてもらう。

 

「……高円寺くんは、どうしてそんなに自信満々でいられるの?」

 

「何かと思えば、実にナンセンスな問いだねえ。あえて答えるなら、私が私だからだよ、綾小路ガール」

 

「?」

 

「嘘つきのキミには一生わからない話かもしれないねえ。用件がそれだけなら私は行くよ、アデュー」

 

高円寺くんは、ちょっと残念そうにペンを仕舞い、今度こそ去っていった。

 

「私が……嘘つき?」

 

何か明確な回答が得られるとは思ってなかったけど、その一言が頭から離れなかった。

 

「……って、あれれ?サンドバックの惨状をトレーナーさんに伝えるのは私なのかな?」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「イグちゃん、私、どうしたいんだろう……」

 

胸に抱えるイグアナのイグちゃんは不思議そうな顔でこちらを見つめている。

 

春休みが始まっていつの間にか3日が過ぎていた。

その間、ジムで身体を動かして、休憩がてら爬虫類カフェに足を運ぶ、そんな現実逃避のような何かを繰り返す日々を送っている。

部屋に1人でいると色々考えて塞ぎ込んじゃいそうで、なるべく外に出るようにしているんだけど……どうしても誰かと話す気にはなれなくて、友達からの遊びやご飯の誘いは断わっていた。

 

「結局逃げてばっかり……」

 

ひんやりとしたイグちゃんの頭を撫でながら、それでも現実逃避しきれずに色んな事を考えては、ため息がこぼれる。

 

こんな姿、他の誰にも――特にクラスのみんなには見せられない。

その点この子たちは、顔色ひとつ変えずに黙って見守ってくれるのでありがたい。

表情がほとんど変わらず、ぱっと見何を考えてるのかわかりにくいところも、誰かさんに似ててポイントが高いところ、なんて。

 

ただ、この逃避もここまでにしなくちゃ……。

今日はこれから待ち合わせがあって、午後からは生徒会の集まりもある。

カラ元気でもなんでも良いから前を向かないといけない時間が迫ってきていた。

 

「待たせたかしら、一之瀬さん」

 

「ううん、大丈夫だよ、堀北さん。私が勝手に早く来てただけだから」

 

昨晩、堀北さんから会って話がしたいというメールが来た。

話の内容は書かれてなかったけど、クラスに関わることだと予想できたから拒否するわけにはいかない。

場所はどこでもいいってことだったから、待ち合わせをおすすめのこのカフェにして、心を落ち着かせるため早めに来てイグちゃんたちと触れ合っていた。

 

「その、なんというか意外な一面ね」

 

イグちゃんを抱きかかえる私を見ながら遠慮がちにそう口にする堀北さん。

 

「あはは……私には頼れるお兄さんはいないからね」

 

「なるほど、そういうことなら理解できるわ。心の支えは誰にでも必要だもの」

 

そうやって満足げに微笑む堀北さんの様子からは、出会った当初の刺々しい感じが抜けていて、その頃の何倍も大人びてみえた。

 

「それで話って何かな?」

 

「率直に言わせてもらうわ。来年度からはBクラスとの協力関係を解消させてほしいの」

 

真剣な表情の堀北さんからはリーダーとしての風格を感じる。

 

「なんとなく、そんな提案が来るんじゃないかって思ってた」

 

これまで協力関係が成立していたのは、綾小路くんの存在を除くと、クラスポイントの差が大きかったことにある。それがこの1年で、2クラスのポイント差は300ポイントにまで迫っていた……。

いつ逆転しても不思議じゃないって、きっと他クラスの生徒は思ってるはず。それだけ今の堀北さんのクラスには勢いがある。

 

私が不甲斐ないリーダーだからこんなことになっちゃってる……。

 

「一之瀬さん達には、これまでたくさん助けられたわ。でもお互いの目標がAクラス卒業である以上、最後まで仲良くとはいかない」

 

「そうだね。でも、うまく関係を維持することもできるんじゃないかな?例えば、特別試験で直接対決が決まるまでは……とか」

 

無駄だとは思っても説得せずにはいられない。

堀北さんにお兄さんがいるように、私にも心の支えが――。

 

「有難い申し出ね。でもごめんなさい、何と言われても協力関係を続けるつもりはないわ。私たちのクラスは来年度Aクラスに上がることを目標にする。今の私たちにはそれだけの力があると判断しているわ」

 

「……そう、そうだよね」

 

いっそのこと24億ポイントを稼ぐための協力を申し出てしまおうか……。

ううん、現状絵空事でしかないこの計画に巻き込めるわけがない。

 

堀北さんは自分たちの力でAクラスに上がるという、ブレない意志を持っている。

その強い信念は、私が今、喉から手が出るほど欲しい素質。

 

「だからといって必要以上に敵対するつもりもないわ。お互いにAクラスを目指してベストを尽くしましょう」

 

「うん。こちらこそ」

 

こちらの迷いを悟られないように、差し出された手をしっかりと握り返す。

 

と、膝の上に乗せていたイグちゃんが、近づいてきた堀北さんの手をペロッとなめた。

 

「ひゃぁんっ」

 

クールな堀北さんから想像できないような声が飛び出す。

 

「えーと、イグちゃんなりの愛情表現かなぁ、慣れないと驚いちゃうよねー、あははは……」

 

堀北さんが赤面して黙ってしまったため、申し訳程度のフォローを入れる。

 

「……できれば今のことは口外しないでくれると嬉しいのだけれど」

 

「もちろん、約束するよ」

 

「一之瀬さんが良い人で助かったわ。これが綾小路くんや龍園くんのような人だったらいつの間にか撮っていた映像データを持ち出して口外しない代わりに協力関係の延長を求めてきたに違いないもの。ここでの会合自体が最初から罠だったのかと疑うところね。もちろん、相手があの手の人間であればそういうリスクも考え、私ものこのことやってきたりはしないのだけれど」

 

とても早口になる堀北さん。

 

「そ、そんなことしないよ。けど……私は良い人とは違うかな」

 

「謙遜する必要はないわ。あなたほどの善人に私は出会ったことがない」

 

私は自分を善人だと思ったことはない。

だからと言って悪人でもないけれど、堀北さんの思うような立派な人間ではないことは確か。

 

「それじゃ話も済んだことだし、これで失礼するわ」

 

「うん。私はもう少しこの子たちと過ごしてから帰るよ」

 

そう言って堀北さんはカフェを後にする。

この1年で各クラス――特にリーダー格の生徒の成長は、他クラスの私でもわかるぐらい目覚ましい。

 

私だって、綾小路くんやクラスのみんなに支えられて過去を乗り越えることができた。それだけじゃなくて、生徒会での活動も私を成長させてくれたから、前に進んでいることを今更疑いはしない。

 

でも――そもそも進む先を間違っていたとしたら?

先頭を任された私が走っている道の先に、本当にAクラスが、みんなが望む未来があるのだろうか。変な方へ突っ走ってクラスのみんなをいたずらに迷わせているだけなんじゃないだろうか。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「入学式準備の段取りは以上だ。簡単な仕事だが、これも新入生に生徒会の威光を知らしめる機会だぜ。各自しっかり働けよ」

 

南雲会長から生徒会役員たちに指示が出る。

とは言っても、卒業式のように何か出し物をするわけではなく、進行表や案内板の作成など事務方の仕事がメインであるため、そう時間はかからなさそう。

 

どちらかというと南雲会長が考案して、綾小路くんがプログラムを組んだという、来年度からはじまる新システムOAAのリリースに向けた準備の方が忙しくなりそうだ。

 

南雲会長の指揮のもと、役員を入学式チームとOAAチームに分けた結果、綾小路くんはOAAチームを担当している。

 

「サンプルで桐山先輩の能力値をデータ化してみたんですが、ご覧になってみて違和感はないですか」

 

「そうだな……。もう少し学力の評価が高くてもいいんじゃないか?Aはあると思うぞ」

 

「残念ですが、桐山先輩の成績で学力Aに評価を上げてしまうと、より上にいる生徒が全員A+になってしまうので今の評価が適切な数値ですね」

 

「ぐぅっ……」

 

悔しそうにうなだれる桐山先輩。

あんな風に数値化されると、否が応でも他の生徒と比較されるようになる。

今まで明確には見えていなかった各クラスの戦力が浮き彫りになった時、私たちのクラスは他クラスと比べてどうだろうか。

 

ううん、きっとどのクラスも平均したらそこまで大きな差は出ないはず。だけど、見かけの数値上では負けていないBクラスが、クラス争いで負けてしまうのであれば、その原因はひとつしかない。

 

「さて、OAAチームは時間がかかりそうだし、俺たち入学式チームは解散して、春休みらしく遊びに行こうぜ。お前も来るだろ、帆波」

 

堀北先輩が卒業してしまったにも関わらず、南雲会長はご機嫌だ。

こういう時は何かろくでもない企みをしているんじゃないかと疑いたくなる。

 

「すみません、南雲会長。ちょっと風邪気味みたいで、先輩方にうつしても悪いですし、今回は遠慮させていただきます」

 

「確かにいつもと比べると元気なさそうだな。帆波は大事な生徒会役員だ、しっかり休んで早く直せ」

 

「はい、すみません」

 

仮病を使ってしまったことは少し心が痛むけど、今の状態で南雲会長たちと遊びに出かける気にはなれない。

 

そんなことを考えていると、思考がどんどん良くない方へ進んでいってしまう。

 

「私も今日はこれで失礼しますね。お疲れ様でした」

 

ひとまず外に出よう。

そう思って生徒会室を後にした。

 

ただ、外で1人になりたいなら場所は限られてくる。

春休みということもあって、どこに行っても誰かと出会ってしまうのがこの学校生活の難しいところ。特に今日は、遊びに行った南雲先輩たちと鉢合わせたら気まず過ぎる……。

 

そこで思いついたのは、学校の屋上。

ちょっと嫌な想い出と忘れられない良い思い出のある場所だけど、春休み中は部活動のある生徒ぐらいしか登校しない上に、屋上で活動する部活はないため貸し切り状態のはず。

それに高いところから遠くを見ていれば、少しは気も晴れるかもしれない。

 

けど、そんな淡い期待はすぐに打ち消された。

 

屋上に出た途端ぽつぽつと雨が降り始め、すぐに土砂降りになってしまった。

 

「ツイてないな……。でも、丁度いいのかも……」

 

雨に打たれていたい気分とでも言うのかな、今のこの気持ちも雨と一緒に流れ落ちてくれたら……なんて考えながら、雨の中、屋上から施設の外――遠くに微かに見える東京の街並みを見つめる。

 

退学になった生徒たちは、この施設を出てどう過ごしているのか。

新しい生活を見つけて少しでも幸せな日々を送ってくれていたら――そうしたら、必ずしも退学が悪いこと、悲しいことだと思わなくて済むかもしれない。

 

雨脚は強くなる一方で、全身すっかりずぶ濡れになってるけど、これぐらいの罰じゃ生ぬるい。いっそのこと本当に風邪でも引いてしまえばいいのに……。

 

「そんなところにいたら風邪ひくぞ」

 

「……綾小路くん」

 

いつの間にか屋上の入り口付近に現れた綾小路くんが傘を差しながら近づいてくる。

 

偶然、こんなところにやってくる、なんてことはない。

そう胸の奥が温かくなりかけるのを抑え込む。

 

「先に帰って。私はしばらく雨に打たれていたい気分なんだ」

 

「そうか」

 

これでいい。今の私には優しくしてもらう資格はない。

 

「えっ、綾小路くん!?」

 

「付き合おうと思ってな」

 

さっきの私の言葉を無視して、せっかく差していた傘を閉じ、何事もないように隣に並んでくる。

 

「どうして……」

 

「意味もなく雨に打たれたいときもある」

 

雨の勢いは少し弱くなってきたとはいえ、見る見るうちに濡れてしまう綾小路くん。

水も滴るいいお……なんて考えてる場合じゃない。

 

「このままじゃ風邪ひいちゃうよ」

 

「それは一之瀬も同じだろ」

 

「私はいいんだよ。綾小路くんが倒れたら、生徒会もクラスも茶道部もファンクラブもみんな困るし心配するよ」

 

「そっくりそのまま返させてもらう。一之瀬が風邪を引いたら心配する生徒は多い。これについては前例もあるしな」

 

ペーパーシャッフル前に学校を休んだ時を思い出す。

千尋ちゃんをはじめ、クラスのみんなが心配してくれた。

 

「でも……」

 

「なんなら2人で風邪を引いて南雲を困らせるのも悪くはないかもな」

 

「うぅー意地悪だね」

 

「悪いな」

 

南雲先輩が困るのは置いておいても、その影響で新入生や他の生徒に迷惑がかかるのはいただけない。

正直、帰りたくはない、かと言って、私が帰るまで綾小路くんも帰ってくれそうになくて……このままだと本当に風邪を引いてしまう。

 

私の代わりはいくらでもいるけど、綾小路くんの代わりを務められる人なんているわけないのに……。

そもそも私のせいで綾小路くんに風邪で辛い思いをさせるわけにはいかない。

 

「……じゃあ帰ろうかな」

 

「それがいい」

 

ひとまず雨に打たれる時間は中断して屋上を後にする。

雨は降り続けていて簡単には止みそうにない。うちに帰ってからまた外出すればいい。

 

「ただ、このまま校舎を歩き回るのは色々マズいな」

 

「えっと……そうだね」

 

ずぶ濡れの私たちから滴り落ちる水滴で、すでに屋上入り口は水浸しになっている。

 

「タオルでもあれば良かったんだけどね」

 

予報外れの大雨でそんな準備はなかった。

唯一役に立ちそうなハンカチもポケットに入れていたため一緒に水没してしまった。

 

「あそこならどうにかなるか」

 

「ん?」

 

「一之瀬、何も言わずについてきてくれ」

 

「……うん」

 

何かを思いついたような綾小路くんがじっと見つめてくるので、頷くより他になかった。

 

『うん』とは言ったけど……ど、どこに私を連れて行くつもりなのかな。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「………え、えぇぇ?」

 

「やはりタオルもあったな。ここなら暖房もドライヤーもある。幾分かマシになるはずだ」

 

棚を漁っていた綾小路くんがタオルを手渡してくれる。

 

「ありがとう――って、ツッコミどころが満載だよ!?」

大きめのソファーに案内してくれた綾小路くんへの返答で久しぶりに大きな声が出てしまった。

 

「まあそれも無理はないか。オレも最初はそうだった」

 

綾小路くんが連れてきてくれたのは、生徒会室――の壁がスライドして出てきた隠し扉の先、床下に入ったところにあった秘密の部屋だった。

 

「何ココ?」

 

「何と言われても、学と橘の酔狂で生まれた部屋だ、明確な使用用途は定められていない。あの2人が卒業した今となっては、この部屋の存在を知っているのはオレと一之瀬だけだな」

 

「私たちだけ……」

 

言われてみれば、橘先輩が使っていた集音機やドローンが置いてある。

この謎の部屋には他にも生活必需品が色々と取り揃えてあるようで、下手なホテルよりも快適に過ごせそうな充実っぷり。

 

普通に考えたらあり得ない話なのに、橘先輩たちなら作ってしまいそうなところにも謎の説得力がある。

 

「コーヒーとカフェオレ、それにココアもあるがどれにする?」

 

ソファーに腰掛けて貸してもらったドライヤーで髪を乾かしていると、冷蔵庫から水を取り出し電気ケトルに注ぎながら、そう尋ねてくる綾小路くん。

うーん、どこまで充実してるのこの部屋……。

 

「それじゃあ……ココア、がいいな」

 

以前、綾小路くんが作ってくれたことを思い出し、そうお願いした。

綾小路くんは、黙って頷き、紙コップを2つ取り出して、慣れた手つきでココアを作り始める。馴染み具合からして、結構この部屋を利用していることがわかる。

 

「もしかすると、たまに生徒会活動中にふらっといなくなって、いつの間にか戻って来てる時って……ここにいたの?」

 

「……何のことだ?」

 

綾小路くんがこのリアクションをする時は割と核心を突けているとき。南雲先輩の武勇伝語りとか、あまり生徒会の仕事に関係ない時間はよくいなくなってたっけ……。

 

「そんなことよりココアができたぞ」

 

「うん、ありがとう」

 

手が冷えていたからか紙コップから伝わる熱が想像以上に温かい。

優しく湯気の揺らぐココアを見つめ、手が温まったところで口に運ぶ。

今度は内側から熱が広がっていく。

 

「少しは落ち着いたみたいだな」

 

気づけば、雨に打たれていた時よりも不安が和らいでいた。

 

「うん……」

 

「一之瀬の悩んでいること、話してみたらどうだ?」

 

「……気づいてたんだ。あはは……なるべく表に出さないようにしてたんだけどね」

 

「クラスが負けたにも関わらず、一之瀬が普段通りなことに違和感があった。付き合いも長くなった分、お互い隠し事はできないみたいだな」

 

「そっか、そうかもしれないね」

 

私が綾小路くんの何気ない嘘がわかるように、綾小路くんにも私の嘘は通じないのかもしれない。いつもなら喜ぶところなんだけど……。

 

「ごめんね。やる気になったと思ったらすぐ弱気になって……馬鹿みたいだよね。その繰り返しで行ったり来たりの私には、綾小路くんに相談に乗ってもらう権利なんてないと思ってた……こんな私の話でも聞いてくれるの?」

 

綾小路くんのことだから、それもわかって聞いてくれている。

それでも尋ねずにはいられない。無条件に自分を曝け出せる相手だとしても、嫌われてしまうんじゃないかって不安はある。

 

「そんなこと気にしたこともなければ、気にする必要もないと思っている」

 

そんな綾小路くんらしい返事をもらえたことで私も腹を括る。

 

「……綾小路くんから見て、クラスメイトを誰も退学させない私の方針ってどう考えてるって聞いたら、素直に教えてくれる?」

 

「それがいま悩んでいることの解消に繋がるなら答えないこともない」

 

肯定とも否定とも取れない回答。答えを聞きたいなら、私の方からもっと曝け出せ、ということ。

 

「私はあの時――選抜試験で椎名さんの策に気づいた時……私、思っちゃ……いけないこと、思っちゃったんだ」

 

口にすることすら憚られた私の内情を、声が震えないように押し殺しながら、それでも吐き出していく。

 

「クラス内投票前に話してくれた綾小路くんの提案を受け入れておけばよかった。ううん、綾小路くんをクラスに引き入れてなくても、誰かを退学させておけば、消費しなかった大量のポイントで7戦目の優先権は買えたし、私たちも39人だからDクラスと同じタイミングで2週目に入れた……そうすればBクラスは負けなかった。クラスメイトを守ったから負けた、そんな考えが、後悔が、頭を過ぎっちゃったんだ……」

 

綾小路くんにはあの時点で、いつかこうなる未来が見えていたんだ。

あの時はらしくない提案に私を試しているだけだと思った。

その後の六角さんの告白への返事で、綾小路くんなりの告白だったのかもと浮かれた。

 

まったく私はどこまでおめでたいんだろう。

綾小路くんは純粋にBクラスの行く末を案じてくれていただけだったのに……。

 

「だから、こんな無能なリーダーなんて、あの時退学になっておけば……そうしたら、Bクラスのみんななら勝てたんだよ。誰も退学させない、なんて甘いことを私が言い出したから、だがら――」

 

誰かじゃない。クラスに不要な生徒を一人決めろ、というのであればそれは私なんじゃないだろうか。

 

一度口を開いたらこれまで塞き止めていた感情が一気にあふれ出して止まらなくなる。

退学者0人なんて理想を語るだけ語って、みんなをその気にさせて、肝心の判断を何度も何度も何度も間違ってきた結果が今だ。

 

「それが原因でひよりたちに負けたと?」

 

「椎名さんだけじゃない。堀北さんだって、坂柳さんも、葛城くんもみんな成長してリーダーらしくクラスを導いてる。私だけ、私だけが結果を――」

 

涙が溢れてきて言葉を続けることができなくなる。

それでも綾小路くんは急かすことなく黙って待ってくれる。

 

「それなのに、誰も、誰も私のことを――」

 

特別試験後、誰一人として私の責任だと追及して来なかった。

椎名さんの策にまんまと嵌って倒れたダメなリーダーなのに……。

 

「敗北の原因を自分が退学しなかったことにしてしまえば楽だよな」

 

「え……」

 

「Bクラスが39人、まして一之瀬が退学していたら負けなかった?そんなはずはない。負けたのはリーダーとしてお前が弱いから、それだけだ」

 

「っ!」

 

綾小路くんの放った言葉が鋭く私の胸を抉る。

思わず目を逸らそうとしたけど、今の綾小路くんの視線からは逃げられない。

蛇に睨まれた蛙ってこういうことなんだと実感した。

 

「オレなら事前に諸藤を買収して当日試験を欠席させた。それだけで済む話だ」

 

「それは無理だよ。諸藤さんはとても固い意志で司令塔を務めてたと思うから」

 

力のない声で反論してしまう。

いくら綾小路くんの言葉でも黙って納得することはできなかった。

 

「だからこそだ。なぜ諸藤が退学のリスクを負ってまで司令塔を引き受けたか、知っているか?」

 

「……ううん」

 

「諸藤を庇って退学した真鍋のためだそうだ。そこをつけばいくらでもやりようはある」

 

「……そうだったんだ。でもそれならなおさら懐柔は難しいんじゃないかな?」

 

只ならぬ様相で対戦クラスの抽選に現れた諸藤さんを思い出す。

あの時は緊張してるのかと思ったけど、諸藤さんにも譲れないものがあったということ。

 

「そうでもない。例えば、真鍋退学は龍園の策略だったことを伝える、とかな」

 

「え?」

 

「あくまで状況からの推測でしかないが、真実かどうかはさほど重要じゃない。諸藤に復讐心を植え付けるきっかけになればいいだけだからな」

 

諸藤さんの戦う理由を根元から刈り取って、それに火をつけて燃料にする――人の想いを嘲笑うような所業。

確かにそんな話を……信頼している綾小路くんから聞かされたら諸藤さんの矛先は変わる可能性が高い。ただ――。

 

「仮にそれができたとして諸藤さんの代わりはいくらでもいるんじゃないかな」

 

そこまでしても代役を立てられれば意味はない。

諸藤さんには私を戸惑わせる役目があったとしても、必須級の策ではなかったはず。

 

「いや、Dクラスの勝ちを確信していた人間は限られる。負ければ退学の試験で急な代理を引き受けるヤツはいない。ひよりはクラス仲の改善も目指していたことから強制もできなかったはずだ。結果、プロテクトポイントを持つひよりが人柱となって司令塔代理になるしかなく、策を根本から崩せた」

 

椎名さんが司令塔へ変更になった場合、ポイントで当選を確定させていたしりとりのエースがいなくなる。学力テストでも一手足りなくなり、Dクラスに苦しい戦いを強いることができた、ということ。

 

でも……それは友だちの退学を受け止めて、前向きに立ち直ろうとしている諸藤さんに本当かどうかもわからない残酷な現実を突きつけて、Dクラスごと落とし入れる行為。

その後、諸藤さんが、クラスがどうなるかは、想像したくはない。

 

私はそうまでして勝つ覚悟ができるだろうか。

ううん、そもそもそんな勝利を望むことはできない。

 

「だから勝てないのかな……」

 

「お前の羨ましがっている力っていうのはそういうことだ。坂柳も龍園も一之瀬の立場なら容赦なくその選択をしただろうな」

 

「……やっぱり私には真似できないかな。ごめんね、せっかく考えを聞かせてくれたのに。これが私の問題ってこと、だよね」

 

「そうだな、お前の問題だ。ただ、これが一之瀬向きの策ではないことは理解できる。本人ができないものを解決策として提示する気はない」

 

「私にできるやり方でも勝つ方法があるの?」

 

正直、図書館で椎名さんから種明かしされた後、ずっとどうすればよかったか考えていたけど、結局攻略の道筋は見えなかった……。

 

「しりとりの種目だが、ひよりは本の名前でも使ってきたんじゃないか?」

 

「そうだね。諸藤さんのハッタリじゃなければ図書館の本の名前、全部覚えてるって。悔しいけど、この種目を学校が許可した時点で勝負は決まってたんだね……」

 

今回実施したような付け焼刃では相手の必勝を超えることができない。

しりとりだけに時間を費やして大勢で準備をしていれば話も違ったかもしれないけど、そうすれば他の種目がおざなりになって結局負けてしまう。

その点も考慮された種目選定に脱帽するしかなかった。

 

「いや、事前にそうだと想定しておけば対策はできた。試験前にクラス全員で図書館へ行き、借りれるだけ本を借りて、こっそり寮にでも運んでおけばいい」

 

「え……あっ!」

 

事も無げにそう告げる綾小路くん。

しりとりのワードは『学校内に存在する固有名詞のみ』が条件、学外に出してしまえば存在しないことになり、使うことはできない。

もちろん、クラス全員で行っても借りれる量には限りがあるけど、一文字だけに絞って借りて、その文字で攻めれば、そのことを知らない椎名さんはいつか学外に出した本の名前を使った可能性がある。

仮に本を運んだことを知られてしまっても、何がなくなったかを把握できなければ、疑心暗鬼になってミスを誘えたかもしれない。

さらに言えば、仲の良い先輩たちに頼んで、さらに本を借りておいてもらえば、クラスメイトが借りた本を把握されても二重のトラップになる――綾小路くんのアイディアをきっかけにどんどん世界が広がっていく。

 

「オレが今できたように、しりとりのルールとひよりの特徴を考慮すれば、本の名前で攻めてくることは想定できた話だ」

 

「うん」

 

「今のはあくまで一例だったが、ここまで話せば、なぜ負けたのかは一之瀬ならわかるだろ?」

 

優しい声色とは裏腹に、底知れない闇に満ちた――そんな眼差しで見つめられる。

どこまでも沈んで行ってしまいたくなる……けど、それじゃダメなんだ。

 

逃げずにまっすぐと見つめ返し、答えを探す。

 

ゆっくりと時間を使い、自分の心を見つめ、向き合う。

 

私が今回負けた理由は――。

 

「相手への対策が不足してたから。具体的に言えば、相手の策を阻害したり牽制したりする攻撃的な手段がなかったこと」

 

言葉にしてみればシンプル。でも、根深い問題でもある。

 

しりとりにしろ、格闘技にしろ、しっかり練習して対策を立てて臨んだ。

けど実際は、自分たちがどう相手の策を乗り越えるか、という視点でしか考えきれていなかった。綾小路くんが例に出したような、相手を知って、相手の策を自由に展開させない戦略が決定的に欠けている。

 

「そうだな、一之瀬は仲間を守ったせいで負けたんじゃない。何度でも言うが、お前が弱い、それだけだ」

 

私の出した結論に綾小路くんは頷き、一言加えてくれた。

 

「……厳しいんだね。でも、今ならわかる、わかるよ。綾小路くんの優しさ」

 

「優しさ?どこがだ?」

 

「そんなことを言ったら自分が嫌われるかもしれないのに、それでも私を甘やかしてくれないところ。私が本当に欲しい言葉をわかってくれてる」

 

「オレは全知全能でもなければ、聖人でもない。思ったことを言っただけだ」

 

試験に負けた時、本当は、私はみんなに責められたかった。

そうすれば、私の甘い方針なんか捨ててしまって、退学者を出してでも勝つクラスへ導く方向に考えを改められたのにって。それができなければ、クラスのリーダーは務まらない、この学校で勝ち残ることはできないんだって、ずっと言い聞かせていた。

 

でも、違った。全部違ったんだ。

私は、みんなのせいにして、他クラスのリーダーのせいにして、逃げていただけ。

 

綾小路くんが言ってくれたように、私には誰かを陥れてまで勝利を掴むことはできない。きっとそれが私自身の変えることのできない本質。

 

でも、それでも勝てる方法はいくらでもあって、それが実現できないのは、私に実力が伴ってないだけなんだって。非情に変わる必要はないんだって、だからもっと頑張れって、教えてくれた。

 

「だとしてもだよ。本当にありがとう」

 

感謝しても感謝しきれない、この想いを私はどうしたら伝えられるのだろう。

 

「オレの方こそ感謝しているくらいだ。知れば知るほどわからなくなることがあるとは思ってもみなかった」

 

「どういうこと?」

 

「気にするほどのことじゃない。そう言えばまだ答えていなかったか」

 

「ん?」

 

「学校史上初の1年次に退学者を出さなかったクラス。それは、学も南雲も、もちろんオレも達成できなかった偉業だ。だが現状そんなものはただの称号でしかない。クラスメイトを残すことが単なる情ではなく、それを活かす戦略へと昇華できたとき、誰にもマネのできない一之瀬の武器になる、とオレは考えている」

 

それは最初に投げかけた問いへの答えだった。

 

「私、頑張るね。もう迷わない」

 

少しでも伝わるようにしっかりと目を見て答える。

綾小路くんが太鼓判を押してくれた私の武器を、武器として使えるように私自身をレベルアップさせる。

自分で言うのもなんだけど、今の私ならできる、そんな感覚があった。

 

「ああ。ただ、人は迷う生き物だ。頑張った先でまた今みたいになることもある」

 

「できればそれは遠慮したいなぁ」

 

「だから、その時はいつでも弱音を吐いてくれて構わない。せっかく秘密の部屋もあるしな」

 

「……それは遠慮しないよ?」

 

「ココアでも用意して待っている」

 

「うん」

 

そうしてココアを飲み干して学校を出る頃には、すっかり晴れて校舎の隙間から綺麗な夕日が顔を覗かせていた。

 

ゆっくり深呼吸すると春の空気で胸が満たされていく。

 

「なんだか久々に酸素を吸った気がする」

 

「オレの知っている限り呼吸はしていたぞ?」

 

「あははは、それはそうだよ。……呼吸を止めるのはもっと特別な時にとっておきたいかな」

 

「どういう意味だ?」

 

じっと綾小路くんを見つめて、そっと目を閉じる。

 

「一之瀬?」

 

目を開けて、ちょっとだけ綾小路くんの前に出て、振り返る。

 

「綾小路くんにもいつかわかる日が来るよ、まだまだ先みたいだけどね」

 

明日からは晴れが続きそうな、そんな予感がした。

 






ちょっとした補足を活動報告に記載しますので、興味がありましたらそちらもぜひ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Akane of rise ~誇独のグルメ~

突然だが、少し考えてみて欲しい。

 

人は平等であるか否か。

 

現代社会は、平等、平等と訴えてやまない。

 

『だが、時間や社会にとらわれず、幸福に空腹を満たす時、束の間、人は自分勝手になり自由になる。誰にも邪魔されず、気を遣わず物を食べるという孤高の行為。この行為こそが、現代人に与えられた平等――最高の癒しと言える、のかもしれないですよ?』

 

「人のモノローグに勝手に割り込まないでもらえますか、橘先輩」

 

「考えてみてほしいって言ったのは綾小路くんでーす。それよりもっと他に言うことがあるんじゃないですか?」

 

橘の主張ももっともか。ここは素直に認めるしかない。

 

無駄な抵抗を諦め、オレは口を開いた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

事の発端は4時間前。

 

「お待たせしました、綾小路くん」

 

「いえ、オレもさっき来たところです」

 

こちらの姿を確認すると小走りで駆け寄ってきたのは、橘茜。

卒業後だから当然だが、私服姿を初めて目にした。

生徒会役員は生徒の模範であるべきと、休日も外出時は制服着用をしていただけに新鮮なものがある。

 

「馬子にも衣装ですね。少しだけ大人びて見えますよ」

 

「ふふ、これでキャンパスライフもばっちりです」

 

誇らしげに胸を張る橘。

残念ながら一転して子供っぽくなってしまった。

 

 

早いもので橘が学園を去る日がやってきた。

見送りの約束をしたときは夕方に出発するとのことだったが、送られてきた待ち合わせ時間は午前10時。そして場所はここケヤキモール入り口と、立ち去る前に何やら企んでいることがわかる。

 

後輩として先輩を見送る――普通の生活をしていれば誰しも一度は体験するであろう、ありふれた日常の一コマ。

だが、それはホワイトルームを去っていく者や学校を退学になって去っていく者とは違う、言わば前向きな別れ方。

どんなものか興味があったのだが、良くも悪くもこっちはこっちで普通の見送りにはなりそうにない。

 

「まぁ先輩がすんなり立ち去るはずがないですよね」

 

「何か失礼な想像をしていませんか?」

 

「とんでもない。少しでも長く橘先輩と過ごせて嬉しいなと思っていたところです」

 

「そうでしょう、そうでしょう。綾小路くんが寂しくならないように時間はしっかりと確保しておきました」

 

嬉しそうに頷く橘。

自分で言っておいてなんだが、仮にバスの出発時刻が17時だとしても、これから7時間も何をするつもりなのだろうか。

 

「むしろオレにここまで時間を割いてよかったんですか?」

 

交友関係の広い橘は、生徒だけでなく施設内の様々な人物から慕われていた。

そうでなくとも最後の時間は学など、より親交の深い人間と共に居たいと思うものなのではないのだろうか。

 

「その心配は無用です。今日はこれから皆さんに挨拶周りをしていきますから。綾小路くんはそのお供、というわけです」

 

「なるほど……なるほど?」

 

納得しかけたが、その挨拶周りにオレは必要なのか?

 

「さ、ケヤキモールの端からいきますよ。しっかりついてきてください」

 

こちらの疑問などお構いなしに橘は元気よく進んでいくため、仕方なく後に続く。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「茜ちゃんも卒業かぁ。寂しくなるね」

 

「無事に卒業できたのは皆さんの支えがあったからです。3年間ありがとうございました」

 

「こちらこそ。これからも頑張ってな。これ、餞別だ」

 

「ありがとうございます」

 

涙ぐみながら、ケヤキモールのショップ店員と握手する橘。

打算や形式上の挨拶ではなく、お互いに慕っているからこそのやりとりだと伝わってくる。

 

「今後何か困ったことがあった際には、この綾小路くんにおっしゃってください。こんな感じで無愛想ですが、根は良い子ですし、仕事はできますから」

 

我関せずと数歩後ろから眺めていたら、ふいに手を掴まれ隣まで引っ張られる。

 

「えっと……」

 

「キミがウワサの後輩くんだね」

 

「噂、ですか?」

 

「茜ちゃんの後輩自慢はこのモールの名物だったからね。会えて嬉しいよ、これからよろしく」

 

「ちょっ、それは言っちゃダメなやつですッ!自慢なんてしてませんからね、綾小路くん」

 

「へぇ」

 

「へぇ、じゃありませんっ!」

 

「ははは、本当に仲の良い姉弟みたいだな」

 

「もぉー」

 

そんなやりとりをケヤキモールの端から端まで繰り返しては、その先々で紹介されていく。

 

『寂しくならないように』とはこういう意味だったのか。

まったくどこまでも世話好きだなと出会った頃から変わらない姿勢に感心する。

 

それはさておき――。

 

「なるほど、荷物持ちが必要だったというわけですか」

 

「なんだかすみません、こんなことになるとは……」

 

挨拶の度に花束やらプレゼントやら餞別を渡された結果、2人して大量の荷物に埋まっている。

 

「これ、どうするんですか?」

 

このあと1人でバスに持ち込んで新天地へ向かうのは難しい量だ。

 

「花束以外は新居宛に郵送するしかありませんね。郵便局に寄って良いですか?」

 

「オレとしてもその方が助かります」

 

一般学生は利用できない郵便局だが、卒業後は関係ないらしく、着払いの配送伝票に住所を記載して、難なく送ることができていた。

 

「さて、挨拶周りも済んだことですし、少し遅くなりましたが休憩を兼ねてランチにしましょう。お腹が空きました」

 

「素朴な疑問なんですが、橘先輩はもうポイント持っていないんですよね?」

 

「はい。端末は今朝返却してしまいましたから」

 

「……つまり最後の最後で後輩にたかると?」

 

「安心してください。端末返却時に余ったポイントは現金に還元できる仕組みです。今日のランチ分ぐらいは手元にあります」

 

「なるほど」

 

当然のことだが、施設内には学生以外も生活しているわけで、その人たちは現金を使用して買い物をしている。

 

橘が現金に還元してきたというなら問題はないだろう。

仮にも3年間Aクラスにいたのだから、それなりに支給もあっただろうし、無駄遣いするタイプでもない。

 

ひとつ気になる点を挙げるなら、還元のレートは少なくとも1ポイント=1円ではないだろうということ。還元率の詳細は卒業前にしか公開されない情報であるため憶測でしかないが、仮に南雲のような生徒が現れた場合、大量のポイントを持って卒業するだけで、何十年も働かなくて済むほどの資産を形成できてしまう。

そうなると、本来の学校の意図――クラス争いなどそっちのけで、プライベートポイント獲得を優先する生徒が増えてもおかしくない。

それを踏まえると、10分の1、あるいはもっと低いかもしれない。

つまり換金後にこの施設で買い物をすると大損してしまうということだ。

 

「お店はそうですね、美味しいオムライスを出してくれる喫茶店があるので、そこでいかがですか?」

 

「いいですね。ただ、生憎とオムライスにはうるさいですよ?」

 

「それは望むところです。期待しててください」

 

櫛田の影響でオムライスにはオレも一家言ある。

橘のおすすめとやらを試してみるのも悪くない。

 

そうして橘の案内でその喫茶店までやってきた。

なんというか古びた外観が独特の雰囲気を醸し出す、そんな佇まい。

こういった個人経営感のある店は、なんとなく入りづらく、今まで足を運んだことはなかったのだが、丁度いい機会か。

だが、施設内の建物は早くともこの埋め立て地ができてから建てられたもので、周囲の建物との年季に差はほとんどないはず。

となると、あえて古めかしくしているのはこだわりがあるからだろう。外観まで追求する店なら料理の方も期待できるかも知れない。

 

「いらっしゃい。おや、橘ちゃんかい。よく来たね」

 

いかにもな初老の男性がカウンター越しに出迎えてくれる。

ここでも橘は顔なじみのようだ。

 

店内は外観と違わずレンガ調の壁にアンティークな家具や装飾品で整えられ、落ち着きのある雰囲気に包まれていた。

 

「マスター、いつもの2つお願いします」

 

「はいよ」

 

軽くはにかみ準備を始めるマスター。

オムライスを注文するだけなのに、それっぽい頼み方をするのは、橘だからか店の雰囲気がそうさせるのか――両方だな。

 

カウンター席の他にテーブル席が4つほどあったが、今のところ他に客はいない貸し切り状態。

 

奥のテーブル席へ座り、オムライスの完成を待つ。

 

「なんというか、味のあるお店ですね」

 

「ふふ、わかりますか。私もケヤキモールの方に教えてもらったのがきっかけで、そこからは常連というわけです。堀北君ともよく来たんですよ」

 

「学とも?」

 

「不思議なことに学生ウケはあまりしないのか、滅多に学生と遭遇しないので、休日に生徒会のことやクラスの戦略を話すにはもってこいでした」

 

「確かにパレットやケヤキモール内だと誰が聴いているかわからないですからね」

 

ちょっとした隠れ家というわけか。

店の雰囲気も悪くない。ゆっくり1人で過ごしたい時はいいかもしれないな。

 

「あ、できたみたいですよ」

 

カウンター側が見える位置に座っている橘には、マスターがオムライスを持ってくる姿が見えたようで、目を輝かせている。

これが漫画なら『ワクワク』というようなオノマトペが書いてありそうなはしゃぎっぷり。

 

さて、どんなオムライスが出てくるのか、ソースは王道のケチャップか?それともデミグラス?チーズなんて可能性もあるな。いや、橘のことだ、奇をてらって真っ白のオムライスでも出してくるかもしれない。

 

「お待たせ、橘ちゃん、後輩くん」

 

そう言ってマスターはオムライスをテーブルに……ん?オムライスだよな、これ。

 

「ふふふ、驚いているようですね、綾小路くん」

 

それも無理はないだろう。

オムライスと言われ出てきた料理は、形こそオムライスそのものなのだが、予想を裏切り、黄色ではなく真っ赤な何かで包まれていて、ソースもかかっていない。

なぜ赤いんだ?……いや、まさかこの色――。

 

「何を隠そう、これはマスターが作ってくれたオリジナル裏メニュー……」

 

溜めまで作って得意げに語り出す橘。調子が出てきたな。

 

「その名も、『茜色のオムライス』を文字って、『アカネオブライズ』ですっ!!!」

 

「後輩くん、夕陽は沈むものだが、コイツは昇っていく――元気一杯で無茶苦茶する橘ちゃんらしくって粋なネーミングだろ?」

 

「誰が上手いことを言えと?」

 

「おいおい、ウマイのは味の方さ。褒めるのは食べてからにしてくれよ、ハハハハ」

 

「まさに天にも昇る美味しさですよー」

 

残念なことに2人のテンションが上がる度にこちらの期待値はどんどん下がっていく。

本当に美味しいのか疑わしくなり、目の前の未知のオムライスへなかなか手を付けることができない。

 

「……未知は好物だと思っていたんだがな」

 

「どうした後輩くん、騙されたと思って、さぁ」

 

「遠慮はいらないですよー、さぁ」

 

「……」

 

圧が強い。

落ち着いた店内の雰囲気はどこへ行ったんだ?

よし、ここに通うのはやめよう。時には考えを改める必要もある。

 

この茜色は、橘の仕掛けたドッキリ――激辛由来の赤さである可能性も捨てきれないため、どうしても慎重になってしまう。

だが、いつまでもこうしていられないのも事実。

 

古代ギリシャの哲学者、ソクラテスは言った。

 

 

空腹は最上のソースである、と。

 

 

朝から歩きっぱなしで空腹であることには違いない。

きっとどんな味でも受け入れられるはずだ。

 

オレは覚悟を決め、スプーンを入れてみる。

 

すると、表面を覆う茜色の生地が破れ、中から半熟の卵ソースがとろっと溢れてくる。

ライスは王道のケチャップライスのようだ。

 

ごくり、と唾を飲む――音が2人から聞こえてくる。

 

リアクション芸を披露する2人に構わず、掬ったそれを口に運ぶ。

 

瞬間、脳に衝撃が走った。

 

口に含んだや否や、バターや卵の濃厚な味わいが加速度的に広がっていき食欲を刺激する――が、ケチャップライスの味付けがこれまた絶妙で、オレガノやサフランなどのスパイスとトマトの風味が後味をさっぱりしたものにし、しつこさを感じさせないため、いくらでも食べることができそうだ。

パラっと仕上がったライスの食感と卵ソースのとろみ、茜生地の柔らかさが舌まで楽しませてくれるサービス精神も見受けられる。

 

ヘンテコな名前と奇抜な見た目からは想像できない、上品かつ濃縮された旨味で胃が満たされていった――。

 

思わず2口目を味わうべくスプーンを進めそうになるが、ぐっと堪える。

オレがこれを気に入ったように思われるのが少し癪に思えたからだ。

 

なぜ普通に提供してくれなかったのか……。

今、オレには素直に美味しいと認めたくない気持ちが芽生えている。

 

いや、オレはオムライスひとつで何をしているんだ?

どうでもいいことを無駄に思考している気がしてならない。

一度思考をリセットするか。そうだな、この学校に入学したときぐらいまで。

 

突然だが、少し考えてみて欲しい――と冒頭の一幕へと繋がっていく。

 

無駄な抵抗を諦め、オレは口を開いた。

 

「……文句なく美味しいですね」

 

「やりましたー!」

 

橘はマスターとハイタッチしている。

 

「この生地は何かと思いましたが、卵の白身に、トマト、ニンジン、パプリカのペーストを混ぜて色味を出している、といったところですか?」

 

「ああ、よくわかったね。色と味もそうだが、栄養面も考えてあるんだ。学生さんは育ち盛りだからな」

 

「おみそれしました」

 

一発ネタかと思いきや、しっかりと橘のことを考えて作られたメニュー。

……たまになら通ってもいいかもしれない。

 

「では、私もいただきまーす」

 

橘も童心に帰ったようにアカネオブライズを食べ始める。

 

「ゆっくりしていってな」

 

「はーい」

 

マスターはカウンターに戻り、それからは2人でゆっくりと食事を楽しんだ。

 

「バスの時間まではまだありますね。よければ食後の腹ごなしに一勝負いかがですか?」

 

まっさらになった食器が下げられると、橘がカバンから取り出したのは、トランプだった。

 

「確かに橘先輩と言えばこれですね。でも、敗戦記録が伸びるだけだと思いますよ?」

 

「あー!また綾小路くんが言ってはいけないことを言いました。今日という今日は私が勝ちますからね!」

 

「それは楽しみです」

 

こんなやりとりもこれで最後か。マスターから許可をもらってトランプをシャッフルする橘。

 

「2人ですし、勝負はポーカーにしましょう」

 

「それは構いませんが……唐突につけたその腕のリストバンドは何ですか?」

 

「な、何でもありませんよ?それにこれはリストバンドなどではなく、シュシュです。べ、別にカードを忍ばせることなんてできませんから」

 

語るに落ちてないか。

念の為、シャッフルする手元にも注意しておく。

 

「では配りますね」

 

橘が慣れた手つきでカードを配り終えたところで、マスターが背後から声をかけてくる。

 

「後輩くん、お水のお代わりどうだい?」

 

「ありがとうございます」

 

と、水をグラスに注ぎつつ、マスターはちらっとこちらの手元を確認しているようにも見えた。

 

「……」

 

「どうしたんですか、綾小路くん」

 

「いえ、何も」

 

なるほど、ここからが本番というわけか。

上手くいきつけの店に誘導し、食事で油断させ、勝つためにマスターぐるみでイカサマを用意してきた。

 

すでにこちらの手札は割れていると見ていい。

 

「ひとまず3枚ほど交換します」

 

簡単な対策ではあるが、これで様子を――。

 

「これはうちからのサービスだ」

 

「わぁ、ありがとうございます」

 

再びマスターが現れて、デザートのケーキを置いていく。

その際、橘とアイコンタクトを取っていたようにも見えた。

 

「よいしょっと」

 

「どうして貰った花束をテーブルの上に?」

 

「せっかくいただいたんです、見えるところに置いておきたいなぁと」

 

橘の手元に死角ができただけでなく、オレからはラッピングが邪魔をして、花束の中までは見えない。その中にジョーカーなどすり替え用のカードが入っている可能性もある。

 

用意周到ということか。

形はどうあれ、橘もこの最後の勝負に全力を尽くしている。

本来なら旅立つ先輩に花を持たせるところかもしれないが、ここまでされたらこちらも手を抜くわけにはいかない。

 

「全力で行きますよ」

 

「ふふふ、面白くなってきましたね」

 

策でもイカサマでもなんでも仕掛けてくればいい。

それを看破したうえで勝たせてもらう。

 

――と意気込んでいたのだが、特に何事も起こらず普通に勝ってしまった。

 

「あぁ~、また負けてしまいましたぁ。悔しいです」

 

「こちらとしてはちょっと拍子抜けしてるんですが……」

 

「そうですか?」

 

「何が何でも勝ちに来るのかと思っていたので」

 

「もちろん勝てれば良かったですけど、そうでなくても、とても楽しかったですよ」

 

「……楽しかった、か」

 

言われてみればたかがトランプ――ただの遊びに熱を入れ過ぎていた気もする。

 

「あえて理由づけするなら、こうして綾小路くんとワイワイ言いながらトランプをする。それで目的は果たせているので、勝ち負け関係なく楽しいんだと思います」

 

こちらが腑に落ちていないことを察したのか、そう補足してくる。

 

「なるほど……」

 

勝ち負け以外の考え方。

主目的を他に置いて、勝敗はどちらでも構わないという発想はオレにはなかった。

 

「綾小路くんは負けることや失敗をダメなことだと思っていませんか?」

 

「どうだろうな」

 

橘が妙に真剣な顔つきになったためオレも少し真面目に考えてみる。

オレ自身、勝つことだけが全てではないと考えている。

時には敗北も必要だ。

 

ただ、それは点の話であり、線として繋げた際に、どんな勝負であろうと最終的にオレが勝つために動いている。道中どんなに失敗、敗北しようとも、それは最後に勝つための布石や必要経費でしかない。

 

「勝つことが全て、そんな環境で育った影響ってのはあるかもな」

 

ホワイトルームでの敗北は、あの場からの脱落を意味し、死にも等しい。

必然、重要局面で勝つことだけを考えるようになるし、他のことを考える必要性も感じられなかった。

 

「その考えを否定するつもりはありませんが、時にはどうなるかわからないことに挑戦してみてもいいんじゃないかと思うんです」

 

「あまり自覚はないが、比較的自由に生きている方だと思うぞ?」

 

あの頃とは比べるまでもない自由な毎日を過ごしている――はず。

 

「……実はちょっと小耳に挟んだのですが、ホワイトデー前にまた告白されて、断ったとか」

 

突然何かと思えば、六角とのやりとりを言っているのだろう。

小耳に挟んだというより、がっつり後をつけていた気もするが特に指摘する必要はないか。

 

「ええ、まぁ。クラスも違いましたから」

 

「本当にそれだけですか?」

 

「というと?」

 

「綾小路くんは人と向き合うことを避けている――ような気がする時があります」

 

「単純に人付き合いが得意じゃないってだけです」

 

半分は本音だが、もう半分はその必要性を感じないからでもある。

 

「そうかもしれません。かく言う私もそうでしたから」

 

「にわかには信じられない話ですね」

 

「今日は色んな方とお話してきましたが、最初から友好的だった方ばかりではありません。仕事上の付き合いしかなかった方、生徒会に苦情を入れにきた方など……確かに、今となっては信じられないですね」

 

「ええ」

 

ここに来るまでに話した人々を思い出す。

心から橘の卒業を喜びつつ、別れを惜しんでいた。

 

「でもお互いを知っていくうちに、いつの間にか今のような関係になっていました」

 

「それは橘先輩の人柄のおかげでは?」

 

「さっきも言いましたが、あまり人付き合いは得意じゃなかったんです。でも、生徒会に入って……その……堀北君のことを知っていく度に、相手を知ることの大切さと言いますか、自分が偏見で色々判断してしまっていたことに気がついたんです」

 

橘は今日見せたどの表情とも違った顔で、少し恥ずかしそうに振り返る。

 

「そこからは、相手ととことんぶつかってみることにしました。初めはどうなるかわからず、緊張や怖さがありましたし、たくさん失敗もしました。でもその分、お互いに理解するきっかけになって……うまくは言えませんが、そうしていくうちに人付き合いに対する苦手意識もなくなり、もっと相手を知りたいと思えるようになりました」

 

オレが生徒会に入った頃、橘が何かと話しかけてきた根幹部分を知ることができた気がする。

 

「相手のことはこちらから知ろうとしなければ、見えてこないこともたくさんあります。それに気づいて第一歩を踏み出した結果が今なんだと思います」

 

「それは何となくわかります」

 

自分の意思で知らないことを知り、見識を広げることの面白さという部分は理解できる。橘にとってそれが人間関係で、最近のオレにとっては外の世界、という話。

 

「今日のこのトランプも、相手が綾小路くんだからこそ『あっ、今、私がイカサマするんじゃないかと警戒していますねー』というのがわかったりして、知らない相手と勝負するよりも数段楽しくなるというわけです」

 

「おい」

 

あの不審な動きの全てはオレをからかうために行っていたイカサマのブラフだったということか。

 

「逆に綾小路くんも私ならイカサマしてきてもおかしくないと普通ならしないであろう警戒をしたわけです。こんな勝負ができるようになるなんて出会った頃は想像できなかったですよね」

 

「それはそうですね」

 

そもそも生徒会に入ったことがイレギュラー。

あの時断っていれば、橘のことは学の腰巾着程度にしか思っていなかっただろう。

当然、トランプをする機会はなかったし、挑まれても断ったに違いない。

 

「そう考えると、お互いを知ることができて良かったと思いませんか?」

 

「……悪くはなかったですね」

 

他人を知る――それは相手の行動原理や思考を把握し、コントロールするためでしかない。

他人は道具でしかないからこそ、情報の取捨選択をしてきたし、知る必要のないことをわざわざ知ろうとも思わなかった。

 

橘の言うところの『一緒に楽しむために相手のことを知る』という考え方は、オレには斬新に思えた。

……あるいは、本来は人を知るということはそういう目的が大きいのか?

なら一般的な思考を理解するためには、そのことはオレが考えている以上に大事なことなのかもしれない。

 

「何が言いたかったかというと、もう少しだけ相手に歩み寄ってみると、綾小路くんの世界も変わってくるかもしれませんよってことです」

 

これまで受け身の姿勢が多かったことは事実。

他者との交流機会は増えたが、橘のように積極的に関わって来る人間とがほとんどだ。

 

「できるかどうかはともかく、頭の隅には置いておきます」

 

「ええ。今のままだと、いつか綾小路くんを想ってくれる人を悲しませてしまいます。それだけが心残りでした」

 

「高校生活の心残りがそれだけというのも面白いですね」

 

「みなさんのおかげで充実した日々でしたから」

 

本当に悔いは残っていないのだろう、明るい表情で頷く橘。

オレも2年後はこんな顔をして卒業できるだろうか。

 

「あっ!あとひとつありました!!来年度から綾小路くんも先輩になるんですから、しっかりと後輩の面倒をみてあげてくださいね。それも心配です」

 

「そっちもあまり自信はありませんね」

 

ホワイトルームには、厳密にいえば先輩も後輩もいるはずだが、世代を超えた交流は行われなかったため、今に至るまで年下と接した経験はなかった。

 

「大丈夫です。生意気だったり、無愛想だったりする後輩でも、なんだかんだ可愛く思えるものですから」

 

やたら具体的だが誰かのことを指しているのか……ああ、南雲か。

アイツも意外と愛されているな。

 

「綾小路くんなら立派な先輩になれると信じています」

 

「だといいんですが……」

 

後輩と仲良く交流する自分の姿は全く想像できない。

 

「でしたら、これは先ほどの勝負の賞品兼餞別です。これさえあれば口下手な綾小路くんでも後輩と仲良くなれますよ」

 

そういって手渡されたのは、橘がこれまで使ってきた歴戦のトランプ。

 

「いいんですか?」

 

「もちろんです。大事にしてくださいね」

 

「ありがとうございます」

 

トランプを受け取ると、橘は個人で購入したものと思われる携帯端末を取り出し、画面を確認した。

 

「ふぅー、出発前に伝えたいことは伝えることができました。これで心残りはありません。では、綾小路くん――」

 

そうして右手を差し出される。

 

「ああ」

 

別れの握手か。

いよいよ見送りの時間が来たようだ。

終始振り回されてばっかりだったが、少し名残惜しいような気がしてしまうのはなぜなんだろうな……。

 

「そのトランプを使ってもう一勝負しましょう!次はババ抜きなんてどうですか」

 

「……心残りはなくなったのでは?」

 

「それはそれ、これはこれです。勝ち逃げは許しませんよ」

 

「先ほど勝ち負けより楽しさ優先と……」

 

「ゲームは勝つためにベストを尽くすから楽しいんですよ。マスター、次は作戦βでお願いします」

 

「はいよー」

 

「……これまでのそれっぽい時間を返してもらっていいですか?」

 

「えぇっ!?胸に刻んでおいてくれるものじゃないですか、こういうのは」

 

「そのつもりだったんですけどね……」

 

何とも締まらない展開だが、橘らしいと言えば橘らしい。

そんなよくわからない感情に浸っていると――。

 

「調子はどうだ、橘?」

 

「あ、堀北君!いらっしゃい」

 

店の入口が開き、学が入ってきた。

 

「俺たちもいるぜ」

 

「やっほー、綾小路くん」

 

学の後ろから、南雲たち2年の生徒会役員に、一之瀬も顔を出す。

 

「どうしたんだ、みんな揃って」

 

一応聞いてはみたが、偶然では入ってこないであろうこの店に、このタイミングで生徒会役員が揃ったのだから、理由は容易に想像できる。

 

「あれ、ここで橘先輩の送別会をやるって聞いたんだけど、違った?」

 

「いや、その認識で相違ない。俺が声を掛けてみんなに集まってもらった」

 

一之瀬の返事に、学が補足する。

 

「じゃあ皆さん揃ったところで、綾小路くん、お願いします」

 

橘から目配せが飛んでくる。さっそく実践してみろ、ということだろう。

 

「……せっかくなのでババ抜きでもどうですか?」

 

「綾小路から誘ってくるとは珍しいじゃねえか。もちろん、ポイントでも賭けるんだよな?」

 

「南雲、先輩を見送る場で賭け事はよさないか」

 

「桐山、気持ちは有難いが、気にする必要はない。俺たちは負けないからな」

 

「さすが堀北先輩!俺の生涯の目標です!!」

 

「決まりだな。帆波、俺の隣空いて――」

 

「じゃあ私は綾小路くんの隣に失礼するねー」

 

「マスター、皆さんにもいつものお願いますー」

 

「はいよー」

 

賑やかになり、久しぶりにいつもの生徒会といった感じだ。

 

結局、トランプは橘が一番になるまで続き、泣きのもう一回を何度となく繰り返したため、最終バスに駆け込んでの旅立ちとなった。

 

「みなさんお元気でー!また会いましょうねーっ!!」

 

バスの窓から顔を出し、手を振りながら叫ぶ橘が小さくなっていく。

 

「慌ただしいお見送りになっちゃったね」

 

「そうだな。ただ……こういうのでいいんだよって、やつなのかもしれないな」

 

「だね」

 

バスの去っていった先を見つめる一之瀬が頷く。

橘との別れに湿っぽい空気は似合わないからな。

 

ああ、なるほど。

 

そう思えるぐらい、いつの間にかオレは橘のことを知っていたのか。

 

相手を知ったからこそ、違う結末になる。

それも悪くないのかもしれない。

 

本人もああ言っていたことだし、学生時代の想い出として、今日この日のことを胸に刻んでおくか。

 

日が沈みすっかり暗くなってしまったが、目を閉じ耳をすませば、橘のおもしろリアクションが聞こえるような気がして、ポケットの中のトランプを軽く叩いた。

 

 

 

 

後日、何だかんだ例の喫茶店に通った結果、新裏メニューとして『塩の麹キヨタカレー』が追加された。

 

名前の由来は『塩対応の後輩くんと塩で清めるってのをかけてるのさ、ライスにルーをかけるようにさ』とマスターは誇らしげに語っていた。

 

味はともかくふざけたメニューを増やしても仕方がないだろうと思っていたのだが、どこからか聞きつけた諸藤が会報で特集を組んだことで、ファンクラブ内で一大ブームを巻き起こしてしまったのは、また別の話。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ようこそマージ至上主義の教室へ

今回、4月1日のエイプリルフールなお話になります。
世界観ガン無視で書きたい放題な本編と関係ないお話となりますので、苦手な方はご注意ください。

※途中何枚か実際のとあるゲームのスクショが出てきますが、ここに載せてもいいものか念のためアプリの運営会社に問い合わせたところ、規約に従ってくださいと返答いただき、規約を熟読したところ第13条の禁止事項的には問題なさそうだったので載せています。


ある日の生徒会室。

 

「綾小路くん、聞いて聞いて!」

 

「どうしたんだ、一之瀬」

 

「私たちのスマホゲームができたんだよ」

 

「……何を言っているんだ?」

 

「あ、その顔は信じてないね。ほら、この通り」

 

一之瀬が携帯端末の画面を見せてくる。表示されているスタート画面らしき画像には、堀北と背中合わせに立っているオレの姿。後ろにはそれっぽいポーズを決めた学や一之瀬たちも配置されている。

 

「まじかー」

 

一体誰が何の目的でこんなものを?

 

「簡単に言うとパズルゲームなんだけどね、課題をクリアすることでアニメのストーリーを追体験できるんだよ」

 

「アニメ?何の話だ?」

 

「あっ、綾小路くんは原作派?だったらこのゲームではアニメでカットされた原作エピソードもサイドシナリオとして収録しているから、楽しめるんじゃないかな?」

 

「アニメでカット?原作?」

 

「ピンと来てないみたいだねー。ほら、例えば、水泳の授業で競争する高円寺くんと須藤くんの話とか、無人島のトウモロコシの話とか」

 

意気揚々と語る一之瀬だが全く話についていけない。

 

「だが、アニメ準拠ということは、一之瀬、原作ではお前が活躍した特別棟での防犯カメラの話も軽井沢が活躍した更衣室盗撮事件も全て堀北先輩の妹の話になっているんじゃないか?」

 

「桐山先輩もそっち側ですか」

 

何やらご機嫌の桐山が話に加わってくる。

どちらかと言うと「仕事中に私語は慎め」と注意するタイプじゃなかったか?

 

「それはそうなんですけど……でも、そんな扱いもう慣れましたし、私は気にしてませんよ。アニオリ描写を地の文で読めるのは貴重ですしね。それより、こういう風に私と綾小路くんの間に入って邪魔してくるポジションは南雲先輩の役目だと思ってたんですが……」

 

「ああ、南雲ならあの様だ」

 

桐山が視線を送った先にいる南雲は生徒会長席でうなだれている。

 

「俺の出番……俺の……」

 

「どうしちゃったんですか、南雲先輩」

 

「アニメ3期で悉く登場シーンをカットされたのが堪えたらしい。一之瀬ほど割り切れなかったみたいだな」

 

「なるほどー。全体的に何やってるかわかんないイキリ金髪って感じでしたもんね」

 

辛辣なコメントをする一之瀬。それが聞こえたのか聞こえてないのか南雲が顔を上げた。

 

「聞いてくれよ、帆波、綾小路。一応俺だって原作じゃ4.5巻から登場してる古株なんだぜ?なのによ、アニメの世界線じゃ、未だに綾小路と話したことがないってどうなんだ。堀北先輩との感動的な握手シーンもカットされちまったし、あれじゃ俺ただの嫌なヤツで終わりじゃねーか」

 

「なんなら朝比奈先輩の方が綾小路くんと仲良く話してましたねー」

 

「こんな状況で仮に2年生編がアニメ化されたとして、俺は強敵に見えると思うか?」

 

「安心してください。南雲先輩はいずれにせよ南雲先輩って感じの活躍しかしませんから」

 

「そうだよな、俺なら少ない出番でも大活躍できるよな!元気が出たぜ、サンキュー帆波」

 

あっさりと元気になる南雲。

 

「南雲先輩は放っておくとして、逆に桐山先輩はあれだけの出番だったわりにお元気ですね?」

 

「当たり前だ。俺はてっきり存在を消されると思ってた。出番があって感激したぐらいだ。今となっては昨年の今頃カラオケで叫んでいたのが恥ずかしい」

 

「確かに活躍的には、いてもいなくてもどうにかなりそうでしたね。綾小路くんがわざわざ桐山先輩に掲示板への書き込みを依頼してた理由とか軽くしか触れていなかったですし、私の回の貴重な尺だったのになぁとは思いました」

 

状況はわからないが、一之瀬の毒舌が桐山へも降り注いでいることは確かだ。

 

「なんなら上手くカットしてもらったおかげで俺は原作よりもデキる生徒に見えたぐらいだ」

 

にも関わらず笑いながらそう話す桐山。

それでいいのか?いや本人が喜んでいるのだからいいか。

 

「話を戻すけど、綾小路くんもぜひこのゲームしてみてね!」

 

「ああ。そのアニメや原作やらの話にも興味が出てきたところだ」

 

「それはよかったよ。あ、私は綾小路くんの後ろにいる邪魔な存在を消さなきゃだから、またね」

 

 

【挿絵表示】

 

※画面右上に見切れている存在に注目

 

「あ、ああ」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

帰宅後、早速アプリをダウンロードし起動してみる。

 

なるほど、同じオブジェクトを重ねることで次ランクのオブジェクトを作っていく。

その作業を繰り返すことで、より高ランクのオブジェクトを作成していくわけか。

 

キャラクター毎に生成できるオブジェクトが決まっているのも面白いな。

堀北がコンパスを作り出せるところや愛里がSDカードを出せるのも造詣が深い。

 

ただ、なぜオレはハンカチやら山菜小鉢やらを生成しているんだ?

 

「あー、綾小路くんも『よーマジ』やってるんだー。クラスでも流行ってるみたいだし気になってたんだよね」

 

夕食の後片付けをしていた櫛田がオレの携帯画面をみて近づいてくる。

 

「私もちょっとやってみよっかな」

 

そう言って隣に座り、櫛田も携帯端末を取り出す。

 

「あれれ?このゲーム、バグってるんじゃない?」

 

「そうか?オレの方は今のところ問題ないが……」

 

「だってほら、不要な堀北をこのゴミ箱に入れようとしても入らないんだもん」

 

退学、退学と言いながら右下に配置されている不要なオブジェクトを捨てるリサイクルボックスへ堀北のアイコンを運び、ドロップする櫛田。

言うまでもないことだが、ベースキャラクターを捨てることはできない。

 

「櫛田、こっちのロッカーに入れることなら可能だ」

 

インベントリと呼ばれる場所へ一時的にオブジェクトを収納できる。

ここにならキャラクターを入れることができるわけだが、そこまでメリットがあるわけではないため基本的に使用することはないだろう。

 

「ホントだー。これで堀北退学だねっ!さすが綾小路くん、退学のプロだよ」

 

「……あぁ、そうだな」

 

何とも嬉しくない評価をもらう。

 

「これでやっとゲームを進められるね」

 

「いや、序盤では堀北の生成するオブジェクトがなければ、メインストーリーを進められないぞ?」

 

キャラクターが増えた後であればともかく、序盤の課題クリアには堀北の生成するオブジェクトが必要になる。

 

「やだなぁ、私が堀北の力を借りるわけないじゃない。ほら、ショップに行けばアイテムは売ってるんだから、ダイヤを消費してリロードし続ければいいんだよ」

 

なんとも非効率な話だが、これはただのゲーム。本人がやりたいようにやって楽しむのが一番か。

 

「ふふふ、私と綾小路くんだけ初期からSR衣装が2枚ずつ実装されてるね!これで誰がヒロインかはっきりしちゃったなー。堀北、一之瀬さんは1枚、坂柳さんに佐倉さん、伊吹さんは0枚スタート。格の違いってやつだねっ」

 

ロッカーに堀北を放り込んでテンションの上がった櫛田は楽しそうにプレイしていた。

オレもストーリーの方が気になる。少し集中してプレイしてみるか。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

翌日。登校して席に座る。

 

まだ授業まで時間があるな。スタミナの消費をしておいた方が良いだろう、そう思いアプリを起動する。

 

昨晩データを収集、検証し、狙ったオブジェクトの生成確率は把握済み。

配置の整理や乱数調整を駆使し、考えうる限りプレイ効率を最適化してみた。

 

「きよぽんも『よーマジ』やってるんだ」

 

「お、面白いよね。私もしてるよ」

 

「俺もだ」

 

波瑠加、愛里、明人と綾小路グループがオレの席に集まってくる。

櫛田が流行っていると言っていたのは本当だったようで、よく見れば他のクラスメイトも携帯と睨めっこしている。

 

「お前たち、ゲームもいいが勉強もしっかりしろよ」

 

そんな姿を見た啓誠が声を掛けてくる。

 

「ゆきむーは良いよねー。ちゃっかりサポートキャラとして出ちゃってさぁ」

 

このゲームには、オブジェクトを生成するベースキャラクターの他に、そのキャラを強化するサポートキャラクターも存在する。啓誠もその一人だ。

 

「いや、それは……」

 

「私だって愛里のサポートしたかったのにさー」

 

「それは、お前たちがアニメ1期の範囲でほとんど出番がなかったからだろ」

 

「えー、ゆきむーだって無人島で軽井沢さんに文句言ってただけじゃん」

 

「あの時の啓誠は、心なしか見た目も声の感じも違ったよな」

 

「それは言わないお約束だ、明人」

 

思わぬところで不毛な争いが始まろうとしている。

このままではゲームどころではなくなってしまう。

今タップしている招き猫のカウントを間違えて消失してしまったら一大事だ。

 

「安心しろ、波瑠加。今度2人とも実装されるとお知らせに書いてある」

 

「それホント!?やった、愛里、しっかりサポートしてあげるからね」

 

「うん、ありがとう波瑠加ちゃん」

 

これで一安心だな。

 

「でもよ、俺達がサポートするなら清隆と愛里だよな?」

 

何かが気になったのか明人がそう疑問を口にする。

 

「うん、そうじゃない?」

 

「何か問題でもあるのか?」

 

波瑠加と啓誠にも明人が何を問題視しているのか見えていないようだ。

 

「今の清隆は、啓誠と外村、茶柱先生の3人からサポートを受けてる。そこに俺達も加わったら、さすがに強化されすぎじゃないか?」

 

「確かに」

 

「きよぽんずるーい」

 

「オレに言われてもな……」

 

「で、でも清隆くんならそのぐらいすごくてもいいんじゃないかな」

 

「愛里の言うことも一理あるか」

 

「あ、私がきよぽんじゃなくて愛里だけをサポートするとか」

 

「それはそれで少し寂しいな。波瑠加はオレをサポートしてくれないのか?」

 

「えっ……そ、それはずるいって、きよぽん」

 

そうして綾小路グループで盛り上がっていると……。

 

「あなたたち、いい加減にしてくれないかしら。ゲームをしている時間があるなら、Aクラスに上がるための努力をすべきよ」

 

「来たな、堀北」

 

オレたちが話していると高確率で割り込んでくるからな。

特にこの手の話題は堀北には無駄に思えるのだろう。

だが堀北、今回はお前の負けだ。

 

「いいのか、堀北。このゲーム、学も出ているぞ?」

 

「なんですって!?」

 

「これを見てみろ」

 

「に、兄さんっ。しかも、あの兄さんが私だけをサポートしているですって!?」

 

慌てて自分の携帯を取り出し、ダウンロードを始める堀北。

 

「綾小路くん、どうしたら兄さんが入手できるのかしら」

 

「ガチャを回すしかないんじゃないか」

 

「ガチャね、にいさぁぁぁん」

 

ガチャ画面を開き、連打する堀北。

学のレアリティはN。出る確率は4.286%だ。

 

「兄さんっ、お待ちしておりました。これで毎日会えますね、兄さん!!!」

 

「お気に召したようで何よりだ」

 

無事、学を引けたようだな。

これで放置していても大丈夫だろう。さて、オレもデイリーミッションの消化を――。

 

「ちょっと、綾小路くん。この覚醒と言うのは何かしら?」

 

「覚醒することでレベルの上限を上げられるんだ。同じキャラの入手か覚醒アイテムの使用で最大で5ランクまで――」

 

「つまり兄さんをカンストするためにはもっとガチャを回せばいいのね」

 

「お、おい。最大レベルまで覚醒するのに学が何人必要だと思ってるんだ?」

 

オレも最大レベルまで上げているわけではない為、確かなことはわからないが、オレの画面を見る限り、ランク4に上げるために64人の学が必要になる。

 

「関係ないわ。ガチャを回し続けるだけよ。たくさんの兄さんと出会えて幸せじゃない」

 

躊躇なくプライベートポイントで課金を始める堀北。

オレは眠れる獅子を起こしてしまったのかもしれない……。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

その頃、一之瀬クラス。

 

「なぁ神崎」

 

「どうした、柴田」

 

「リーダーの一之瀬と参謀の神崎がさ、Bクラス代表でベースキャラになるのはわかるんだよ」

 

「ああ」

 

「それでさ、俺たちBクラスってさ、作中で学年イチの仲良しクラスだよな」

 

「そうだな。異論はない」

 

「だったら、なんでBクラスだけサポートキャラがいないんだ?」

 

「……星之宮先生がアップデートで追加されただろ」

 

「でもよ、先生は先生じゃん。仲良しクラスなのに誰もサポートしないって――」

 

「それ以上は言うな、柴田。アニメでの登場頻度が反映されているんだ。こんな悲しい話、皆まで言わせないでくれ」

 

「く、くそー。体育祭で俺の出番がカットされてなけりゃ、こんなことには……」

 

「ああ、残念ながらBクラスでちゃんと出演している生徒は少ない。白波でもダメだったんだ。今後もあまり期待はできないだろう」

 

「ちょっといいですか」

 

「お、お前は――」

 

「そうです、言い出しっぺの僕は見せられますよ、のアニオリ台詞でおなじみの浜口です」

 

「そっか!アニメの船上試験で割と存在感があった浜口なら実装の可能性もあるのか!」

 

「……」

 

「どうしたんですか、神崎くん」

 

「いや、出番という話ならそうなんだろうが……問題は俺と浜口がアニメ内で一切の絡みがなかったことだ。そんな関係性の相手をサポート役として実装するだろうか」

 

「「……」」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

一方、ひよりクラスの昼休み。

 

「おい、石崎」

 

「はい、龍園さん、任せてください。やるぞ、アルベルト!!」

 

「OK!」

 

「おらぁ、龍園さんを鬼連打だぁぁぁぁ」

 

「盛り上がっているようですけど、何をなさっているのでしょう?」

 

「ひより姐さん!実は今このゲームで、炭酸水を作るために龍園さんをタップしているんっスよ」

 

「そうなんですね。……ところであとどのくらいでできるんですか?」

 

「どうなんすかね、とりあえず、いまやっとゼリー飲料まで作りやした」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「先が見えないようですが、本当にできるんでしょうか?」

 

「Oh……」

 

「ククク、馬鹿を言ってんじゃねえぞ、ひより。俺と言えば炭酸水のメリエだ。俺が出してるオブジェクトで採用されねえわけがねえ。きっと最後には生成できるはずだぜ」

 

「間違いないっす」

 

「俺は飯に行ってくる。帰ってくるまでには用意しとけ」

 

「へいっ」

 

「本当に炭酸水はできるんでしょうか、伊吹さん?」

 

「私に振らないでよ。私だってなんか歯磨き粉を出してることに戸惑ってんだから」

 

「そうですか……それでしたら、石崎君。不確実なものを目指すよりも、龍園くんが喜んでくれる方法がありますよ」

 

「マジっすか姐さん!」

 

「ええ。石崎君はこのオブジェクトとこのオブジェクトを作って、それでアルベルト君はこれを作ってくださればきっと」

 

「Let’s try」

 

数十分後。

 

「よお、石崎。できたかよ」

 

「へい、こちらをご覧ください」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「あ”ぁ?」

 

「Hey Boss」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「おめら良い度胸してるじゃねえか、ちょっと来い」

 

「あれ、姐さん、ちょっと話が違うんじゃ……」

 

「ふふふ、からかい上手のひよりさん、です」

 

「私には爆裂魔法をぶっ放したようにしか見えないんだけど」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

その頃、坂柳クラス。

 

「いいですね、この綾小路くんをタップした時の「おぉ~」という声、何度聴いてもたまりませんね」

 

「ホント物好きよね。普通もっとカッコいいセリフとかがいいんじゃない?」

 

「真澄さんにもいずれわかりますよ。はぁ、私と綾小路くんの生成できるオブジェクトが被っているのもいいですね。他の女子生徒とは違う幼馴染の絆を感じます」

 

「それを言ったら俺も綾小路と同じく学食関係のオブジェクトを生成できる。やはり友情はいいものだな」

 

「マイカーは口を慎んでいただけますか。せっかくの希少感が薄れてしまいます」

 

「むぅ……」

 

「そもそも私より先に葛城くんのSRが実装されていたことも気になっていました。葛城くんには今一度、誰が主人か理解していただく必要がありそうですね」

 

「いや、俺があとから実装されても誰もガチャを回さないだろう。逆に坂柳ならファンも多い。ガチャが回って収益も見込めるという運営側の戦略なんじゃないか?」

 

「さすが葛城くん、わかってますね。ご褒美に綾小路くんボイスを耳元で聞かせてあげましょう」

 

『おお~』『おお~』『おお~』『おお~』『おお~』『おお~』……

 

「ふむ、悪くないな」

 

「そうでしょう、そうでしょう」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

放課後の生徒会室。

 

「にゃはは、やっと完成だよ」

 

「一之瀬、確かになかなか面白いゲームだった。SRキャラのレベルを上げることでオリジナルのシナリオが読めるのもいいな」

 

「あ、え、あわわわわっ!」

 

急に声をかけたことで驚いたのか、一之瀬の手から携帯が滑り落ちる。

 

「おっと。危なかったな」

 

落下寸前で携帯をキャッチすることに成功した。

 

「ん?丁度一之瀬も『よーマジ』やっている最中だったのか。いまシナリオどのぐらいまで進めたんだ?」

 

「だ、だめーっ!!」

 

一之瀬に携帯を返す際にちらっと『よーマジ』画面が見えたため、思わず覗き込む。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……」

 

「……」

 

「……えーと、これは?」

 

「その、つい出来心で……」

 

「まあ、楽しみ方はひとそれぞれだしな」

 

「ふ、深い意味はないんだよ。色合いと形が可愛いなぁって思っただけというか……うん、あはははは……」

 

真っ赤な顔を下に向け、それっきり黙ってしまう一之瀬。

この空気、どうすればいいんだ……。

この際、南雲でも桐山でもなんでもいいから、生徒会室に入って来て場を乱して欲しい。

 

そんな願いが届いたのか、生徒会室のドアが開く。

 

「綾小路くん!!!」

 

「……堀北?」

 

「ポイントを貸してくれないかしら?兄さんが、兄さんが足りないの」

 

「まさか持っていたプライベートポイント全部課金したのか?」

 

「ええ、当然でしょ?兄さんのためですもの」

 

「※実際のゲームでは課金の際に年齢制限があり、高校生は月1万円分までの課金が上限です。あくまで創作ということで堀北さんがぶっ飛んだことをしているだけとなります。また、このお話は課金を推奨しているわけではありません。節度あるプレイで楽しく遊びましょう」

 

「突然どうしたんだ、一之瀬」

 

「このご時世、色々大変なんだよ。念には念を入れておかなくちゃ」

 

「そういうものなのか」

 

「綾小路くん、それより兄さんを!」

 

「失礼します。生の綾小路くんボイスが聴きたくなって幼馴染がやってきましたよ。ふふふ、ぜひタップさせてください」

 

「俺も頼む、綾小路。鍛えた筋肉を使う時が来た」

 

「綾小路くーん、やっぱりシステムを作り替えて堀北消せないかなぁ。げ、なんでいるの堀北さん」

 

「綾小路、Bクラスからサポートキャラを実装するための戦略を一緒に考えてくれないか」

 

「龍園さんのためにメリエを作りてぇんだ、力を貸してくれよ、綾小路」

 

「Help me,Brother」

 

携帯を片手に大勢が我先にとこちらに押し寄せてくる。

 

「ちょ、落ち着け……」

 

「「俺たちも実装しろぉぉぉ」」

 

逃げようと思った矢先、どこからかともなく現れた南雲と桐山が床を這いつくばって足を掴んでくる。

 

「私も実装してくださいっ!!!」

 

先日卒業したばかりの橘までオレの腕にしがみついてくる。

 

「橘、ほどほどにな」

 

少し離れたところで、学が笑いを堪えながらこちらの様子を眺めていた。

 

ああ、つまりこれは――――。

 

携帯のアラームが鳴り響き、意識が覚醒していく。

 

今年もなんだか奇妙な夢を見た気がする……。

 

心理学者のフロイトは夢と無意識の結びつきを提唱し、夢を分析することで潜在意識を探れるとのことだったが……アレがオレの潜在意識なのか?

 

オレも疲れているのかもしれないな。

 

そうして今日は二度寝をすることに決めた。

次はもう少し平穏な夢をみれるようにと願いながら。

 




ちなみにメリエ(炭酸水)はオブジェクトにないみたいですね。

記載内容は個人的見解のため、情報として正しくない場合が十二分にあり得ますのでご注意ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

春風吹き強愛繚乱

橘を見送った翌日。

オレは自室である試みをしていた。

 

「こんなところか」

 

形も色も問題なさそうだ。我ながらよく再現したものだと思う。

 

「待たせた」

 

テーブルで待つ櫛田のもとに完成品を運ぶ。

 

「綾小路くん、何かな、これ?」

 

「アカネオブライズだ」

 

「ふざけてんの?」

 

「ふざけているのは名前だけだ」

 

櫛田から料理を教わりはじめて3週間が経とうとしていた。

基礎はある程度身についたため、今日はこれまでの成果を確認するため師である櫛田にランチを振る舞うことになった。

 

肝心の献立は、昨日の今日ではあるが、せっかくなので『アカネオブライズ』を作ってみたのだが――。

 

「はぁー。いるんだよねー、ちょっと基礎ができるようになったからって調子に乗って自己流のアレンジしちゃうヤツ。あーあ、せっかく料理教えてあげたのに無駄骨じゃない。何?もしかして私ともっと一緒にいたいからわざとやってんの?それならそうと素直に言えば、って、え……おいしいっ!?何これ」

 

「アカネオブライズだ」

 

「……何度言われても突っ込まないからね?」

 

「そうか……」

 

名前の由来を尋ねるつもりはないらしい。

語りたかったわけではないが、これはこれで不完全燃焼だな。

櫛田も釈然としない様子だったが、味は気に入ってくれたようでスプーンを持つ手は止まることなく動いていた。

 

その様子に手応えを感じ、オレも自分の分に手を付けてみる。

 

「……まだ何か足りない気がする」

 

「十分美味しいけどね。……いや別に褒めてないし、気に入ってもないけど」

 

気に入っていないという櫛田の評価も仕方のないことで、残念ながらオレの作ったものでは昨日ほどの衝撃は感じられなかった。

流石に一朝一夕で再現できるほど甘い世界ではないか。

今後も研究が必要だな。ここまで来たら料理もしっかりと習得しておきたい。

 

「ごちそうさま……ま、美味しかったわよ」

 

完食するなり、ちょっと不機嫌そうにそう告げた櫛田。

あっという間にたいらげた割には、お気に召さなかったのだろうか。

 

「まだまだ櫛田のオムライスには及ばないな」

 

「当たり前でしょ。ただ、まぁ一応免許皆伝ってことにはしてあげる。この短期間でこれだけできるようになるとか、わけわかんないけど」

 

「櫛田の教え方が良かったんだ。これからも色々教えてくれないか?」

 

「これだけできるならもう必要ないんじゃない?」

 

「いや、オレとしては櫛田の料理の方が口に合う。指導も兼ねて今後も作ってくれるとありがたい」

 

「ふーん、どうしよーかなぁ。まぁ、綾小路くんがどうしてもってお願いするなら考えないでもないけど」

 

「どうしても」

 

「しょうがないなぁー。普通はここまでしてあげないんだから感謝しなさいよ」

 

先ほどとは打って変わってニコニコと笑顔を見せる櫛田だが、櫛田の笑顔ほど額面通りに受け取ってはいけないものはない。

次はもっと腕を上げてから振る舞う必要がありそうだ。

 

「それでこの後何か予定はあるのかな?せっかくの春休みだし――」

 

「そろそろ時間か、悪いがこれから約束がある。試食に付き合ってくれて助かった。次回は櫛田にも喜んで貰えるよう努めるつもりだ」

 

天使モードの櫛田が何か言いかけていたような気もしたが、こちらも約束の時間が迫っていたため、支度を始める。

 

「アンタってホント……。あぁもう、いってらっしゃい。お土産は堀北の退学でいいわよ」

 

「ああ。遅くなるから適当なところで帰っておいてくれ」

 

悪魔な櫛田さんから見送られ、ケヤキモールを目指す。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「お、おはよう、清隆くん」

 

「すまない、待たせたか?」

 

「全然だよっ」

 

モールの入り口付近で待ち合わせ相手――愛里を見つける。

待ったのか待っていないのかよくわからない返事だったが、以前と比べ相手の顔をしっかり見て受け答えできるようになっていた。

当初の愛里からすれば、それだけでも十分な成長だと感じるのだが、それ以上に目に見えて変わった点がある。

 

「今日は眼鏡してないんだな」

 

「あ、えっと、今日……というか、これからは、かな」

 

クラスメイトの言葉を借りるなら雫ちゃんモードの愛里。

通りすがりの男子生徒たちから少なからず視線を集めている。

それを回避するための伊達眼鏡と髪型だったはずだが……。

 

「何か心境の変化でもあったのか?」

 

「そんな大したことじゃないよ。私も変わらなきゃって思ったというか」

 

「この前の試験の時も感じたことだが、愛里はしっかり変わってきてると思うぞ」

 

「えへへ、清隆くんから褒めてもらえると嬉しいな」

 

見た目が変わったというより、心の持ち様の変化。

愛里が一歩を踏み出せた理由はともかく、良い傾向と言えそうだ。

 

「でも目標というかライバル?は強大だから、これからも頑張るって感じかな。だから、その……」

 

「ん?」

 

「私のこと、ちゃんと見ててねっ!……あ、えっと、そ、そ、そ、そういうことだからー」

 

オレの目を見てそう力強く言った途端、ボンっと顔を真っ赤にしたかと思えば、明後日の方向へ駆け出す愛里。

 

「走り去られると見るものも見えないんだが……」

 

目的地とは別方向であるため愛里を止めようと追いかけるが、想定よりも足が速く、追いつくのに少し時間がかかった。

 

「まさか走力が上がったことをこんな形でアピールしてくるとは思わなかった。ホントに成長したな、愛里」

 

「えっと、そんなつもりじゃなかったんだけど、結果オーライ、なのかな?」

 

「何を持ってオーライとするかだが、微妙なところだ」

 

「そっかぁ、難しいんだね」

 

ちょっとした冗談や皮肉でも純粋な愛里は素直に受け取ってしまう。

そこが愛里の美点でもあるが、この学校で生き抜くためにはあまりに不向き。

 

「愛里はこの学校に来て良かったと思うか?」

 

こんな環境でなければ、愛里はもっと輝ける。そのことが少しもったいない気がした。

 

「どうだろう……。でも、清隆くんやグループのみんな、さつきちゃんたちと出会えたことはすごく良かったと思う」

 

「だが、他の学校に通っていた場合も似たような交友関係を築くことはできたかもしれない」

 

「そうかもしれないけど……私が一歩を踏み出せたのは、清隆くんのおかげ。これだけは他の誰にも代わりはできない、そう思うんだ」

 

眩しいくらいの澄んだ笑顔でそう言われ、これ以上の問いは野暮だと感じた。

騙し騙されが日常化しがちなこの空間で、清いままの愛里の存在は、まさしく偶像崇拝の対象として相応しいのかもしれない。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ということで、オレも愛里のそのアイドル力に頼らせてもらうわけだが」

 

「が、頑張るね」

 

目的地のピアノのあるレストランに到着した。

ここでオレは人気のアニソンをピアノで演奏し、愛里はその作品に合ったコスプレをする。

それを撮影して、動画配信企画のひとつにする計画。

 

「いらっしゃいませ、綾小路様」

 

「今日はよろしくお願いします」

 

愛里を入口で待たせ、オーナーに挨拶を済ませる。

事前に、ランチタイム終了からディナー開始までピアノと場所を借りれないか相談したところ、二つ返事で許可をもらえた。

 

「こちらこそ当店を選んでいただき感激です。奥様の方は……あっ、失礼しました。その……綾小路様、こんなことを伺うのも――」

 

「彼女は今回の撮影のモデルで、それ以上でもそれ以下でもありませんよ」

 

「左様でございましたか」

 

愛里を見るなり動揺を隠せないでいるオーナーにそう伝える。

この店では、一之瀬にピアノサプライズで告白を成功させた、と認識されてしまっている。店側も告白成功のパワースポットとして宣伝しているため、オレが他の女性とどうこうなっていれば死活問題なのだろう。

オレとしてもオーナーに開き直られて、二股スポットとか浮気場所にもオススメなどと宣伝されては面倒なため、誤解のないように説明しておく。

まぁ、そもそもの前提が誤解なのだが……。

 

「お着替えなどはこちらの社員用の更衣室をご利用ください」

 

「何から何まで助かります」

 

愛里を呼んで、オーナーにバックヤードを案内してもらう。

 

「それで私はどんな格好をするの、かな?」

 

「オレもあまり詳しくはないんだが、コスプレ初挑戦ということもある、今回は愛里の素材をそのまま活かせるチョイスをしてもらった」

 

外村に相談し、再生数の稼げそうな曲、かつ愛里がコスプレしやすそうなものという条件で、支度金10万ポイントを渡し、道具関係の準備をしてもらった。

『ムフフフ、つまり巨乳ピンクロングヘアーの幸薄そうなキャラでござるな。お任せござれ』と外村はノリノリだったが、果たしてうまく行くかどうか。

 

「まず、上はピンクのジャージ、下はこのスカートを着て、ヘアゴムをつけ、ギターを抱えて欲しい」

 

外村から託された、衣装、小道具、設定集を愛里に渡す。

 

「あ、私、このキャラ知ってるよ。ちょっと親近感があったんだ」

 

外村曰く、背格好、年齢、大人しい性格など愛里と似ている点が多いらしく、話題性からもイチオシのキャラクターだった。

 

「それはよかった。こっちはピアノの近くで撮影準備をして待っている。着替え終わったら来てくれ」

 

「うん、わかった」

 

そうして更衣室を離れ、ピアノのもとへ向かう。

カメラ、マイク、照明の設置など準備することは多い。

 

段取りを考えながら戻っていると、客席の一角から人の気配を感じた――が、一見すると誰もいないように見える。

 

月城の奇襲にしてはお粗末な潜伏だが、その気配はブラフで、本命が息を殺してこちらの隙を狙ってくる可能性もなくはない。

念には念を入れ、様子を伺いながら慎重に近づいてみる。

 

「やっほー、きよぽん」

 

ワッ!と驚かすように立ち上がり座席の死角から飛び出してきた波瑠加。

 

「波瑠加、どうしてここに?」

 

「はぁー、ノーリアクションかぁ。ちょっとは驚く顔が見れるかと期待してたんだけどなー」

 

「悪い、驚くほどのことでもなかった」

 

「くぅ、その余裕っぷりがきよぽんって感じ」

 

「これでも出てきたのが波瑠加だとわかって安心しているところだぞ」

 

「へっ?なに、口説いてるの?」

 

「そんなつもりはない」

 

「ホント思わせぶりの天才だよね、きよぽんってさ。そのうち誰かに刺されちゃうんじゃない?」

 

「冗談に聞こえないんだが……」

 

仮に刃物を携帯した相手と対峙しても簡単に刺されることはないだろうが、刺された方が都合の良い場合もあるかもしれない。

 

「あれ?波瑠加ちゃん、どうしたの?」

 

そんなやり取りをしていると着替えを済ませた愛里がやってくる。

 

「愛里の晴れ舞台だからねー、応援に来ちゃった。あと、きよぽんが愛里に変なことしないかお目付け役も兼ねてるから安心してね」

 

「き、清隆くんはそんなことしないよ」

 

「可愛い愛里を見てなんとも思わない男がいるわけないって、ね、きよぽん」

 

「なんとも返答に困る問いだな。ただ……」

 

「「ただ?」」

 

「コスプレは似合っていると思うぞ。この動画の成功を確信した」

 

コスプレと言うより、ジャージに着替えた愛里という感じで、似合う似合わないもないわけだが、見た目だけで動画を再生してしまう層はいそうだと感じた。

 

「あ、ありがとう……」

 

「きよぽん、ほんとさぁ……」

 

俯く愛里と呆れる波瑠加――そして遠くでこちらの様子をみてソワソワしているオーナー。

 

「とにかく時間が惜しい。せっかく来たんだ、波瑠加にも撮影の手伝いをお願いできるか?」

 

「別にそれは良いけどさー、貸しイチだよ」

 

「ああ。助かる」

 

そうして波瑠加にも手伝ってもらい準備を完了させ、1曲目の収録を始めようとしたのだが……。

 

「愛里可愛いー。こっち目線ちょうだーい」

 

「えっと……こうかな」

 

「いいよーいいよーさすがアイドル、完璧で究極って感じ」

 

「そ、そんなことないよー」

 

「そろそろ収録を始めたいんだが……」

 

「きよぽんも愛里が可愛く映った方がいいでしょ」

 

「否定はできない」

 

といった具合で、波瑠加が思いの外ノリよくカメラマンを務めた結果、撮影が進まない。

当初はピアノの前に立ってもらうだけの予定が、ハルカメラマンの要望で曲に合わせて動きをつけたり、ポーズを決めたりと様々な要素が加わっていく。

 

「ふぅ、最高の愛里を撮れた。満足、満足」

 

ハルカメラマンもといハルカントクが納得し、1曲目の収録が完了する頃には2時間が経過していた。

 

「会場を使える時間があと1時間と少しだが、動画のストックを考えてあと1~2曲は撮っておきたい」

 

「私はいいけど、愛里は大丈夫?疲れてない?」

 

「うん、全然平気だよ」

 

「なら次はこの衣装で頼む」

 

愛里へ次の衣装の入った紙袋を差し出す。

残り時間は少ないが、同じ衣装で撮影するよりも違う衣装の方が観る方も楽しめるだろう。どんな衣装が人気が出るかなどのデータも取れる。

 

「これって――メイド服?」

 

「ああ。作中でもこのキャラが着たことがある衣装らしい」

 

袋の中を確認した愛里がメイド服を取り出し、まじまじと眺める。

 

「きよぽん、やらしい~」

 

「いや、服のチョイスは外注(外村)だ」

 

「……わたし、これ着ちゃっていいのかな?」

 

どんな感情なのか、少し戸惑った様子の愛里。

もしかしてハードルの高い衣装だったか?

元々自撮りの水着写真等をブログに載せてたぐらいだ、それと比べればおおよその格好は容易いだろうと考えていたのだが……。

 

「いいんじゃない、私も愛里のメイド姿見たいし。それに男はこういう服に弱いらしいよ」

 

「そ、そうなんだ。確かにここで着ないとなんだかもうメイド服って着れない気もするし……うん、思い切って挑戦してみるよ」

 

「うんうん!それでよし!」

 

愛里の決断にご満悦の波瑠加。そこでちょっとした思いつきを提案してみる。

 

「なんなら予備のメイド服がある、波瑠加も着るか?」

 

「なんで!?」

 

「なんとなくだ」

 

コスプレという観点では作品の世界観を無視してしまうことになるが、その点に目を瞑ってでも愛里と波瑠加がメイド服を着て映った方が再生数を稼げるような気がする……。

 

「せっかくだし、波瑠加ちゃんも着ようよ」

 

「えーと、私には似合わないだろうしさ」

 

「そんなことないよ。それに男の子はこういう衣装に弱いって言ってたよね?」

 

「ぬぬ、愛里も言うようになったよねー。……着るだけだよ、映らないからね?」

 

「それでいいよね、清隆くん」

 

「ああ」

 

思惑通りとはならなかったが、動画に映らないなら映らないで他の手はある。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「もぉ愛里が変なこと言い出すから」

 

きよぽんから渡された紙袋からメイド服を取り出し、控室で着替えを始める。

なんで私まで?感が拭えないけど、確かにチャンスかもしれない。

 

「だって私たち協力するんだよね?」

 

「それはそうだけど」

 

いつもとは立ち位置が逆転してしまっていて、なんだか複雑な気分。

そういえば、コウィケでアイドル衣装を着た時に似たようなやり取りをしたっけ。

その時はきよぽんを落すために協力しようなんて軽い感じで話したけど、愛里とちゃんと腹を割って話したのは大体一か月前ぐらいのこと。

 

その日は、学校帰りに愛里と2人でカフェに寄っていた。

 

「波瑠加ちゃん、最近、ずっと何か悩んでない?」

 

「……わかっちゃう?」

 

「うん、友達だもん。その、私なんかで良ければだけど、相談のるよ」

 

「ありがと」

 

愛里の気遣いを嬉しく思いつつ、せっかく2人で遊んでるのに上の空になっていたことを反省する。

実際、あることが気になって、ここ最近はそのことばかり考えてしまっていた。

 

「その……きよぽんのことなんだけどさ」

 

「き、清隆くんの!?」

 

名前を出しただけでわかりやすく動揺する愛里の様子を可愛いと思いつつも、どこか胸が痛む。

 

「最近さ、きよぽん、お弁当持ってきてるじゃない」

 

「そうだね。自炊始めたのかな?」

 

「私も最初はそうかと思ったんだけど……どうも違うんじゃないかって」

 

「え?どういうこと?」

 

なかなか核心を話す決心がつかず遠回りした結果、愛里を困惑させてしまう。

いい加減腹を括るべきなんだろうけど、そのためには言わなきゃいけないことが多い。

 

「その……キョーちゃんのさ、お弁当の中身と……ほとんど同じだったんだよね」

 

偶然かもしれないと何日か2人の弁当を観察した結果、疑念は確信に変わってしまった。一見、別物に見えるように盛りつけてあるけど、おかずの中身は一致していた。

 

「え?ええぇぇぇぇーそそそそそれってつまり――」

 

「きよぽんのお弁当をキョーちゃんが用意してることになるんじゃない」

 

「ふた、ふ、ふたた、ふたりはそういう関係ってこと、なのかなかなかなかなかな?」

 

絵に描いたような動揺で、ひぐらしの鳴き声をマネてるみたいになってしまった愛里。

突然こんな話に巻き込んでしまったことを申し訳なく思うけど、そうしなければ先に進むことはできない――例えどんな結末になったとしても。

 

「そこはまだわかんない。キョーちゃん優しいから、適当なきよぽんの食生活を見かねてボランティア感覚で施してるだけかもしれないし……」

 

「ううう、だとしても、清隆くんの胃袋を掴まれちゃってるかもだよね……」

 

愛里もきよぽんのために料理部の篠原さんから時間を見つけては料理を教わっていた。

まさか他の女子に先を越されているとは思わなかっただろう。

 

「キョーちゃんがどう想ってるかわかんないけど……ううん、あの様子はきよぽんを狙っててもおかしくないって思ってる。お弁当のことも、周囲に関係をさりげなく匂わせてるんじゃないかって。愛人が部屋にわざと痕跡を残して行く的な」

 

「わわわわ……」

 

「それに、キョーちゃんだけじゃなくって、一之瀬さんとか椎名さんとか、きよぽんとただならぬ関係っぽい女子って増える一方じゃない」

 

「むきゅぅぅぅぅ」

 

「愛里、倒れちゃダメ。これは現実として受け止めなきゃ」

 

カフェの椅子にもたれ魂が抜けそうになっている愛里をこちらに引き戻す。

残酷な現実を突きつけている自覚はある。

お互いに別の人を好きになって、幸せになれたらどれだけ良かったか……きよぽんめ。

 

それに、これはまだ本題じゃない。この先を伝えたら愛里はもっと苦しむかもしれないし、私たちの関係も変わっちゃうかもしれない。

でもここで勇気を出さなきゃ、きっと私たちは後悔する。

 

「波瑠加ちゃん……わたし、どうしたら――」

 

「ライバルは強大。だからと言って諦めるのも違うと思う。わたしも愛里のことは応援したい」

 

「うん……」

 

「でも、その……言いにくいんだけど」

 

「うん?」

 

何事かときょとんと見つめてくる愛里の目を直視できず、一度視線を逸らしてから、大きく深呼吸する。

 

「その……私も、きよぽんと付き合いたいの」

 

「え?それは今更だよ」

 

「へ?」

 

今日一番勇気を出した発言だったのに愛里は今日一番平然と受け止めている。

 

「波瑠加ちゃんと清隆くんが結ばれても、それは……うん、やっぱり嬉しいなって」

 

「……愛里はそれでいいの?」

 

「私には2人とも大事な人で、選べないから」

 

屈託のない笑顔でそう答える愛里。

その表情を見た時、私の迷いは吹っ切れた。

私だって逆の立場なら同じ気持ちになる。だからこそ、あえて愛里が口にしなかった気持ち――嬉しい以外の気持ちもあるってわかる。

協力すると言いつつ、お互いに足踏みをしてしまっていた原因はそこにあった。

 

でも、愛里が許してくれるなら、こんな状況を覆す手段が一つだけある。

 

「愛里、もし、どっちかを選ぶ必要なんてなくなる作戦があるって言ったら、どうする?」

 

「そ、そんなことできるの?」

 

「私と愛里できよぽんと付き合っちゃおって提案なんだけど」

 

「ええぇぇっ!?だ、大胆だね、波瑠加ちゃん」

 

「うん。生徒会の一之瀬さん、部活や趣味仲間の椎名さん、みんなの人気者キョーちゃん……強敵だけどさ、私たちが協力すれば勝てない相手じゃないと思うんだよね」

 

「えっと、波瑠加ちゃんと二人なら心強いけど……」

 

戸惑ってるみたいだけど、否定の言葉はない。

それならもう私も突き進むだけだ。押すっきゃないと、今一度、真摯に訴えかける。

 

「愛里がこれまで陰ながら努力してきたことは誰よりも知ってるつもり。でも、見える形で積極的にアピールしてかなきゃ、今回みたいに誰かに持ってかれちゃう。私たちも勝負に出る時なんじゃない?私は覚悟を決めた。愛里はどうなの?」

 

「私は……。うん、そうだね、そうだよね。私も頑張りたい。波瑠加ちゃんと2人だったら、誰にも負けない気がするよ!」

 

両手の拳をぐっと握り締め、力強い返事をくれた。

緊張が抜けていき、安堵感で心が満たされていく。

 

そうしたら、なんだかおかしくなってきて、どちらからともなく笑みがこぼれる。

 

「でも私たちだけで決めちゃっていいのかな?清隆くんがどうしたいのかとか……」

 

「そこは私たちの魅力で押し切る、みたいな?まっ、きよぽんもきよぽんだからさ。私たち2人と付き合うぐらい澄ました顔で難なくやってのけるって」

 

「ふふ、清隆くんならできそうだね」

 

「アメリカには複数婚を認めてる州もあるらしいし、いざとなったらそこに移住するのもアリじゃない?Aクラス特権で上手いことやってさ」

 

「わぁ、素敵だね!3人でずっと一緒に暮らせるなんて夢みたいだよ」

 

常識から外れた絵空事だとしても、愛里ときよぽんをめぐって気まずくなるよりも何倍も幸せな未来を想像できる。

そのことが今はただ嬉しかった。

 

「そうと決まれば早速きよぽんを落とすための作戦を考えよー」

 

「うんっ!」

 

「まず、今後の特別試験の取り組み方だけどさ――」

 

こうして本格的に私たちの共同戦線が始まった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ど、どうかな?清隆くん」

 

「美女二人のメイド服にきよぽんもメロメロでしょ」

 

メイド姿の愛里と波瑠加が仲良く登場し、これでもかと衣装を見せてくる。

なんだかんだ、波瑠加も乗り気だな。

 

「あぁ、2人ともよく似合っている。見たことはないが、本職も顔負けだと思うぞ」

 

外村がウソかホントかそんな喫茶店の存在を語っていたが、確かにこんな格好の店員が接客してくれるのであれば需要もあるだろう。

 

「やったね、愛里」

 

「うんっ!」

 

嬉しそうに手を取り合う二人。

 

「早速動画撮影を、と思ったが、せっかくだ、2人で記念写真でも撮っておかないか?」

 

「お、気が利くー。撮って撮ってー」

 

携帯端末を取り出し、ポーズを決める2人を撮る。

 

これでいい。

 

あとはこの写真を使って愛里のブログで宣伝してもらうことで再生数は大幅に増えるだろう。

そして愛里の隣に映る仲の良さそうな美人メイドが動画に出てこないことで、視聴者には疑問が生まれ、やがてそれは出演を望む声に変っていく。

それを種火に世論を操作することで最終的に波瑠加も出演せざるを得なくなる。

 

「あとで送っておく」

 

「うん」

 

「じゃ、次は3人で撮ろー」

 

「ん?」

 

さっと両脇を2人に固められ逃げ場を失う。

携帯をインカメラにして三人を画角に収めようと手を伸ばす波瑠加。

 

「うーん、ちょっと入りきれないなぁー。もっと寄って寄って」

 

「そ、そうだねッ!えいっ」

 

「お、おい」

 

過度に密着してくるメイド二人。

精神衛生上、あまりよろしくない事態になりつつある。

 

「うん、いい写真が撮れた。きよぽんさ、いつか執事ごっこしてたし、今度執事とメイドの3人で撮るのもアリよねー」

 

「それいいね」

 

「だんだん企画が逸れて行ってないか?」

 

もはやただのコスプレ会になりつつある。

今回はあくまで作品内の格好を模しただけだったのだが……。

 

「きよぽんは再生数が稼げればいいんだよね?だったらいい線行くと思うけどなぁ」

 

「絶対人気出るよ」

 

「今日の2人はやたら押しが強くないか?」

 

「さぁーどうでしょー、ね、愛里」

 

「だね、波瑠加ちゃん」

 

真意はともかく、2人が楽しそうならそれでいいか。

それで良い画が撮れるなら喜ばしいと歓迎すべきだろう。

 

そんなこんながあったものの、動画撮影は無事に終了し、メイドタイムも終了となる。

名残惜しいわけではないが、動画の人気が出たらまたメイド衣装をお願いしよう、再生数は大事だ、そう、あくまで再生数、ひいては24億ポイントのため、決して名残惜しいわけではない。

 

「このあとだが、夕食でも食べていくか?」

 

この店ならタダでご馳走にありつけるしな。

代わりに何曲か演奏することにはなるだろうが、今更だ。

 

「いいねー。なんかこの店、パワースポットって噂だし気になってたんだよねー」

 

「私も……あ、ごめん、ちょっと出てくるね」

 

返事の途中で携帯が振動し、慌てて出ていく愛里。

 

程なくして戻ってくると申し訳なさそうな表情を浮かべている。

 

「どうしたんだ?」

 

「ちょっとさつきちゃん困ってるみたいで、今から会えないかって」

 

いつの間にか篠原とは名前で呼ぶ仲になっていたようだ。

洋介も名前呼びにこだわっていたし、やはり関係の進展として大事なことなのかもしれない。

 

「そうか、篠原には世話になってたしな、行ってくるといいんじゃないか?」

 

「うん……せっかく誘ってくれたのにごめんね」

 

「気にしなくていい。機会はいくらでもある」

 

「そうそう、行ってきなよ」

 

「ありがとう」

 

荷物をまとめ、急いで篠原のもとへと向かった愛里を店の外で見送る。

それはいいが、こうなると波瑠加と2人ということになる。

直前まで食事でもしようかと話していたものの、思い返せば、波瑠加と2人きりという状況は初めてで妙な気まずさがある。

 

「それでこの後どうする?」

 

「うーん、さすがにここでゴハンって感じじゃなくなっちゃったねー」

 

「そうだな、この店を浮気の名所にするわけにはいかない」

 

「ん?なんか言った?」

 

「独り言だ」

 

「そっか、きよぽんもお疲れだね。とりあえず出よっかー」

 

「賛成だ」

 

波瑠加もオレと似たような感覚なのかもしれない。

どことなく落ち着かない様子だ。

それならこのまま帰宅して解散という形がベターか。

そんなことを考えながらケヤキモールから寮への道を並んで歩いていく。

 

「あのさ、きよぽんにちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

特に会話のないまま寮に着くかと思ったが、しばらく歩いたところで波瑠加が尋ねてきた。

 

「なんだ?」

 

とは言ったものの心当たりがないわけでもない。

最近波瑠加の様子がおかしいことがあった。その答え合わせができるのなら面白そうだ。

 

「きよぽんの弁当をキョーちゃんが作ってるのってなんで?」

 

言葉のキャッチボール程度に思っていたら、豪速球のストレートを投げ込まれた。

ちょっと聞きたいとかそういうレベルの話か?

 

「……なるほど、それでこの前、料理が云々と聞いてきたわけか」

 

「そういうこと。で、付き合ってるの?」

 

どうやら話を逸らすことも難しい。

波瑠加の中で確信めいたものがあるのだろう。

 

「そんな事実はない。この前勉強中と言ったが、実は少し前から櫛田に料理を教わっていた。余った食材や作り過ぎた分をシェアしていたから似たような弁当になっただけじゃないか」

 

櫛田との繋がりを表に出すのは不都合が多い。

事実を織り交ぜつつ、それらしい理由付けをしておく。

 

「ふーん、それって証明できる?付き合ってるのを隠してるとかじゃない?」

 

今の説明で納得してもらえると思ったんだが、殊の外、食い下がってくる。

妙に重い空気感、浮気を疑われ追及される修羅場というのはこんな感じなのかもしれない。

 

「証明しろと言われてもな……。なら、うちで食事していくか?」

 

「え?」

 

だが、波瑠加との付き合いもそれなりになった。対処の仕方も心得ている。

 

「ちょうど人に出せるぐらいの腕にはなってきた。第三者の意見も欲しかったところだ」

 

「そこまで言うならその腕前みせてもらうけど、料理下手だったら言い逃れできないからね」

 

「望むところだ」

 

こうして自宅に波瑠加を招くことになった。振る舞う料理はもちろん――。

 

「きよぽん、この変な色のオムライス的なのは何?やっぱ失敗した感じ?」

 

「アカネオブライズだ。これでも見た目の再現度は高い」

 

「なんて?あかねおぶらいず?」

 

「茜色のオムライス、無茶苦茶なとある茜さんをイメージした一品だ」

 

やっと由来を語れたなとちょっとした達成感を味わう。

だとしたら、あれも言っておくか。

 

「ただ、うまいのは味の方だぞ」

 

「わけわかんないけど、とりあえずいただきます」

 

半信半疑のままアカネオブライズを口に運ぶ波瑠加。

昼に櫛田に作った時の反省を活かし、少し改良してみたが……。

 

「ちょっ……おいしっ!?きよぽん、こんなの作れちゃうわけ」

 

「これで料理の勉強をしてたことは証明できただろ?」

 

「まぁね……信じるしかないかぁ。あ、でも料理得意って話、愛里には秘密にしなよ」

 

「どうしてだ?」

 

「愛里も頑張って料理覚えてるんだから、きよぽんの方が上手だったらショックじゃない?」

 

「そういうものなのか」

 

言われてみれば夏休みに手料理をご馳走してもらったこともある。

あれからずっと研鑽を続けているのであれば、オレよりよほど上達していそうなものなので、杞憂だろう。

 

「てかさぁ、ついに幼馴染まで出てきちゃって、きよぽんの女性周りヤバくない?」

 

胃が満たされたことで落ち着いたのか、雑談でもしようとそんなことを尋ねてくる。

 

そうか?とはぐらかそうかとも思ったが、橘の言葉を思い出し、少しだけこの雑談に付き合うことにした。

自称幼馴染だけでなく、手遅れのブラコンに、退学狂にと常軌を逸した女性が身近にいるのは否定できないしな。

 

「できることなら誰かに代わって欲しいところだな」

 

「とか言っちゃって、内心満更でもないんじゃない?」

 

「どうしてそうなる。基本的に平穏な生活、そうだな、グループでの集まりの方が居心地がいいと思っているんだが」

 

「ヨイショ無効だかんね」

 

一応本心でもあったのだが全く信じてもらえない。

 

「オレが世辞を言えるように見えるか?」

 

「むしろ言いそうじゃない?世辞のひとつで策の成功率が上がるなら安いものだ、とか思ってそう」

 

「波瑠加がオレのことをどう思っているか、よくわかった。今後の付き合い方を再考させてもらう」

 

「冗談じゃん」

 

「ああ、わかってる。こっちも冗談だ」

 

「くぅ、やられたー。きよぽんもすっかり口が達者になっちゃって」

 

「相手が波瑠加だからだろ」

 

「えー、私の扱い雑ってこと」

 

「遠慮のいらない関係ってことだ」

 

「……」

 

じぃーとこちらを睨む波瑠加。

ちょっとからかいが過ぎたか。

 

「じゃあそんな仲ってことで遠慮なく聞いちゃうけどさ、きよぽんの女性の好みは?」

 

「そんなこと聞いてどうするんだ?」

 

「ただの恋バナ、友だち同士なら普通にするでしょ」

 

「なるほど……」

 

それが普通の友人関係と言われれば、判断基準に乏しいオレはそういうことにして応対するしかない。

 

女性の好みか……クリスマスに麻耶からも同じ質問をされたことがあった。

あの時は『元気系』と答えたところ、麻耶と恵から妙な反感を買ってしまった記憶がある。回答は慎重に選ぶべきだろう。

 

「元気系でも大人しい系でも構わないが、オレはあまり話題が豊富な方じゃないから、よく話しかけてきてくれる性格か、話さない時間があっても気にしない性格だとありがたいな。他に強いてあげるなら、一緒に居て色々学べる相手だとなおいいと思っている。とは言っても、ブラコン系だけは遠慮させてもらいたい」

 

こんなところだろうか。不特定多数に当てはまる無難な回答ができたはずだ。

 

「堀北さん以外なら誰でもいいってこと?」

 

「そうは言っていないが、そうとも取れるかもな」

 

「なーんかはぐらかしてない?」

 

「こだわりは特にないってことだ」

 

「ふーん、恋愛に関してこだわりはない、と。言質取ったからね」

 

ニヤリと企み顔で微笑む波瑠加。

こんな言質に何の価値を見出したのかは不明だが、本人が満足そうにしているのでそれに越したことはないか。

 

「そういえば今日の撮影機器とか衣装とか気合入れ過ぎじゃなかった?収支マイナスになるんじゃない」

 

「再生数が見込める企画だけに、力も自然と入ったんだ。決して愛里のコスプレ目当てで気合を入れたわけじゃないと主張しておく」

 

「なにそれー。語るに落ちてない?」

 

といった具合に、その後は本当に雑談といった感じで、アカネオブライズを食べながら、たわいのない話を続けた。

 

「今日はごちそうさま。美味しかったけど、やっぱりきよぽんなんでもできるんじゃんって思ったかなー」

 

帰宅する波瑠加を見送るため玄関まで来たところで、そんな総括をもらう。

 

「いや、何でもはできない。料理にしたって初めは包丁の使い方もままならなかった」

 

「まぁいいけどさー。私たちにくらい弱いところ見せてくれたっていいんだけど?」

 

「十分見せていると思うんだが」

 

綾小路グループで活動しているときは、普通の学生らしさを楽しもうと、普通を心がけて過ごして来たつもりだ。

 

「きよぽんはそれで辛くないの?」

 

「辛い?」

 

波瑠加の問いの意味するところがわからない。

 

いや、理屈では理解できている。

人は時に弱音を吐きたくなる生き物、それを聞いてくれる相手がいることは救いになる。

現にそんな人間を何人も観察して来た。

 

ただ、オレ自身の実感として乏しいだけ。

 

そして少なくとも波瑠加にはオレが普通には見えていなかった、ということ。

 

「うーん、辛いまでいかなくてもさ、ストレスとか溜まんない?抱え込んでたりしないのかなって」

 

「それなら、堀北の愚痴にでも付き合ってもらうか。アイツのブラコン被害の武勇伝を語らせたら、この学校でオレの右に出るやつはいない」

 

「前言てっかーい。その苦労を背負うのはきよぽんの役目です。よっ、ブラコン補佐官!うちのクラスはきよぽんの尊い犠牲で成り立ってます、ありがとう」

 

茶化すように祈るポーズをとって笑う波瑠加。

 

「でも本当に辛くなったら、私も愛里もそばにいるからね。それだけは覚えといて」

 

「ああ」

 

直前までのふざけた雰囲気とは違い、ちょっとだけ真剣なトーンで伝えられたため、気の利いた返事をすることが出来なかった。

 

「それじゃお邪魔しましたー。春休みはまだまだこれからだし、また集まろーね」

 

その当人も何故だか慌ただしく去っていき、部屋には久方ぶりの静寂が訪れた――が、それも束の間のこと。

 

一通のメールを送ると、程なくしてチャイムが鳴り、鍵の開く音がした。

 

呼び出した相手――櫛田がやってきたことを察する。

 

「すまない、土産の堀北退学なら品切れだった。また次の入荷まで待ってくれないか?」

 

「ったく、油断も隙もないんだから。他の女に食わせるために教えたんじゃないんだけど?」

 

入ってきた時はご機嫌だったが、テーブルに置いたままだった2人分の食器を見るなり、ご立腹状態の櫛田さん。

そのため残念ながら退学ジョークはスルーされてしまった。

それならこちらも櫛田の問いはスルーして話を進めてもおあいこだろう。

 

「なぁ、櫛田もオレの好みの女性のタイプとか気になるか?」

 

「はぁ?べ、べつにぃ、どうだって良いわよ。……ただ人の秘密とか知るのは好きだから、そういう意味では気にならなくないこともなくはないかなぁってぐらいよ」

 

なんとも素直じゃない返答が面白く思えた。

 

「話しても良いが、代わりに櫛田のことも教えて欲しい。堀北の退学を熱望するわけとかな」

 

こちらの問いに一瞬の動揺を見せるも、すぐに天使モードに切り替わる。

 

「うーん、ごめんね、教えてあげない」

 

「オレが信用できないか?」

 

「それ以前の問題だよ。秘密を知っている人間がいることが許せなくなっちゃうと思うんだよね。綾小路くんを嫌いにはなりたくないかな」

 

秘密を知ったら最後、オレも退学の対象になるということ。

やはり、そうなってしまうか……。

 

「それなら無理に聞き出そうとは思わない。オレも櫛田には嫌われたくないからな」

 

「うんうん、綾小路くんは話が早くて助かるよ」

 

「ただ、もし、櫛田の過去が学校中に知れ渡るようなことになっても、オレなら生徒会権力でもみ消すことができる。どんな秘密だったとしてもオレはいつでも櫛田の味方だ、それだけは覚えておいてくれ」

 

「……だから堀北退学をやめろって言うんじゃないわよね?」

 

「もちろん言わない。堀北退学はオレたちのライフワークだろ?それを奪ったりはしない。ただ、安心して学校生活を楽しんで欲しい、と思っただけだ」

 

「そっか、うん……ありがとう」

 

ニコリと笑う櫛田の顔にこちらも安堵しそうになった、が、表情は変わらぬまま悍ましい雰囲気だけを放ちはじめた。器用だな。

 

「んで、それよりもそこの食器についてなんだけど――」

 

「櫛田が嫉妬するかどうか試したかった、って言ったら信じるか?」

 

「喧嘩売ってんの?」「すみません、冗談です」

 

間髪入れずに謝る。

予想通りの反応で、謝罪の準備は整っていた。

 

「今朝、もっと喜んでもらえるよう努めると言っただろ。そのために第三者の意見が欲しかっただけだ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

「ホントかなぁ」

 

今日は疑われてばかりで、自分の信用のなさに少し悲しくなってくる。

普段、意図的に伝える情報量を調整しているだけで、嘘をついているわけではないんだが……。

 

「そんなことよりひとつ提案があるんだが」

 

「露骨に話題を逸らすわね」

 

不服そうな櫛田のことは気にせずにじっと目を見て、なんのことでもないように次の言葉を準備する。

 

「今度から桔梗って呼んでも構わないか?」

 

「はぁ?まだふざける度胸があることだけは褒めてあげる」

 

「今のは本気だ。そういうのわかるんだろ?」

 

「と、突然、意味わかんないんだけど」

 

「池は呼んでいるんだから今更一人増えたところで大差ないんじゃないか?」

 

「アレは悪い意味での例外。ドブでネズミが『ニャー』とか『ワン』とか鳴いても誰も気にしないでしょ?」

 

「絶対気になるだろ、それ」

 

池がネズミ程度の評価しかされていないことは置いておいて、オレならそんなネズミが居たら捕獲を試みる。

だが、今気にすることはそんなことではなく、櫛田の返事。

 

何かしらの回答をもらえるまで、黙って櫛田の様子を伺う。

 

「はぁ~、わかったわよ。そんなに呼びたいなら勝手に呼べばいいじゃない。ただし、2人の時!限定!!だから!!!」

 

「ありがとな、桔梗」

 

「……」

 

「どうした?」

 

わなわなと震える櫛田。

 

「……用事ってそれだけ?だったらもう帰るからっ」

 

「ああ。これだけだ、またな桔梗」

 

「馬鹿バカばかーきよたかばかたかぁぁ!」

 

そんな罵倒を残し、ご乱心の様子で部屋を飛び出し走り去っていった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

今度こそ静かな時間が流れ始める。

 

 

 

わざわざ出しっぱなしにしておいた食器を洗わないとな。

汚れた皿を洗い場へ運び、水を出し、洗剤をスポンジへしみ込ませ、泡立てる。

 

 

恋人を作るとして、その最大の条件は、好みなどではなく、何があってもオレを裏切らないと断言できる相手であること。

 

 

櫛田であれば駒としての性能を含め、申し分ない相手ではあるのだが、そのためには櫛田の秘密を本人の口から聞く必要があると考えている。

それがどんな話であれ、世渡りに長けた櫛田が、あらゆるリスクを度外視で堀北退学へ突き進むほどの熱量を生む弱み。

 

それを話すことが一つの信頼の証であり、それさえ聞ければあとはどうとでも料理できる。

逆にオレが把握していない状態でその弱みを誰かに握られでもすれば、こちらを裏切る材料にもなる。

 

切り捨てる必要性が生まれた場合にも、不確定要素はなるべく排除しておきたいため、その情報の入手は交際条件の必須事項。

 

少し前までのオレであれば、今回話さなかった時点で見切りをつけたところだが、橘や波瑠加の言葉を振り返り、わずかばかり考えを改めた。

 

相手を知るためにはこちらからの歩み寄りも必要だろう。

その第一歩として名前呼びの提案をしてみた。

先程の反応からも今後櫛田がどのように変化していくのか、楽しみの一つとなりそうだ。

 

その過程で運良く、本当に存在するかも疑わしい恋だの愛だのを知ることができたのなら、オレにも何か変化が起こるのだろうか。

 

 

期待とも疑問とも言えない問いが浮かんでは消え流れていく。

 

 

確率の変動とそこから生まれる新たな選択肢。

 

 

……オレ自身はどっちを望んでいるんだろうな。

いや、考えるまでもないか。

 

 

 

結局は道中の寄り道にしか過ぎないのだから。

 

 

 

そんな結論に至るまでに、茜色の夕陽で彩られていた食器は洗い上がり、元通りの真っ白な輝きを取り戻していた。

 






サブタイトルは、今回登場したヒロイン3人の名前を入れつつ話に沿ったものを目指したつもりでしたが、落ち着いてみてみると伝わらなさそうだと思い、あとがきで補足を。

そんな事情で無理矢理なので、強愛繚乱(きょうあいりょうらん)は造語です。見た目のままの意味で解釈いただければ幸いです。

『名前』と『恋』をテーマに11.5巻部分っぽいオマージュを入れてみたところ、盛り込み過ぎの長文となってしまい申し訳ない限りです……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。