悪の頂点の筈なのに何故かうちの喫茶店で魔法少女達が居座っている件 (鉄血)
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第一話

友人が最近魔法少女系にはまったせいで書く羽目になっちまった・・・


「ありがとうございました〜」

 

店から出ていくお客様を笑顔で見送りながら、店主───宮崎慎一郎はお辞儀する。

そして誰もいなくなった喫茶店で慎一郎は、はあとため息をついた。

 

「やーれやれ。営業も楽じゃなくなってきたねぇ」

 

肩を回し、体をほぐしながら皿を片付け、厨房へと運んでいく。

カチャカチャと皿や箸を洗っていると、厨房の近くに置いてあった電話がかかってきた。

 

「ったく・・・誰だよ」

 

水で濡れた手をタオルで拭きながら電話を取る。

 

「はいこちら喫茶イオニアンの慎一郎です」

 

気怠げに言う慎一郎に、電話先の人物はボソボソと言った。

 

『ボス』

 

「・・・どうした?」

 

どうやら電話の相手は組織の部下からの電話だったらしい。携帯電話の方にかけろと言っているのに、相変わらず此方の方で電話をかけてくるのはどうにかならないだろうか?

 

『───ボス。キマイラがやられた』

 

「・・・また彼女達かい?」

 

そう言って目を細める慎一郎に、電話先の部下は答える。

 

『ああ。確認したが今回は三人だ』

 

「まったく・・・やってくれるねぇ」

 

三人とは言ったが、俺達の敵は複数人いる。

魔法少女・・・だなんて可愛らしい名前をしているくせに、実力面だけでみればとんでもない化物である。

 

「・・・まあいいや。しばらくはこっちも大きな動きは出来ないから今日の所は帰っていいよ。これから先どうするかまた考えておかないとなぁ」

 

慎一郎はもう一度ため息をついて、電話の受話器をガチャと置く。

 

「・・・アイツらには本当に邪魔をされてばかりだな。魔法少女ねぇ・・・いっそのこと此方に引き込むでも考えるか?」

 

そんな事を一瞬考えるが、すぐに慎一郎はため息をつく。

 

「まあ、そんなこと出来たら苦労しない訳なんだが」

 

どうせ出来やしないとボヤく慎一郎は厨房から見えるテレビを見ようと、歩き始めたその時───。

 

“カランカラン“と店の扉が開く音が店の中に響き渡った。

 

「・・・っと、いらっしゃいませー」

 

客が来たら完全にお出迎えモード。裏では悪のボスをやっていても表は喫茶店のマスターである。

悪役らしくない?言うなよ・・・悲しくなる。

 

「こんにちは!お兄さん!」

 

「こんにちは」

 

「お兄さん。久しぶり」

 

三人の美少女が、喫茶店に入ってきた。

 

「おー、久しぶり。三人とも」

 

慎一郎は顔で笑顔を作りながらも、裏では顔を引き攣らせていた。

そう。この恐ろしいくらいに顔が整っている彼女達こそが件の魔法少女達である。

表は超有名アイドル〈シリウス〉のメンバーであるが、裏では俺達の邪魔をするトンデモナイ強さを誇る魔法少女だ。

 

「お兄さん!コーラある?」

 

「あるぞ?」

 

「じゃあボクはコーヒーで」

 

「私はカフェラテをお願いします」

 

それぞれ口を開きながら注文をしてくる彼女達に、慎一郎はメモに書きながら注文品を言い返す。

 

「コーラにコーヒー・・・・それにカフェラテだな。他の注文はいいかい?」

 

「うん!」

 

「はい」

 

「大丈夫です」

 

そう言う彼女達に慎一郎は頷いて厨房へと足を運んだ。

そして───

 

「なんで敵のアイツらが俺の店に入り浸ってんだよ」

 

慎一郎は厨房から見える宿敵である魔法少女の彼女達を見てそう呟いた。



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第ニ話

「お待たせしましたー。ご注文のコーラとコーヒー、あとカフェオレです」

 

「ありがとうございます!」

 

「ありがとう」

 

「ありがとうございます」

 

三人は注文した飲み物を受け取ると、笑顔で返事を返す。

 

「伝票はここに置いておくぜ。また、注文があったら呼んでくれ」

 

「はい!わかりました!」

 

赤い髪を後ろで束ねた活発な女の子はそう言って、御辞儀をする。

 

「いつもありがとうございます」

 

白髪の眼鏡をかけた少女も一礼し、先程注文したコーヒーを口にした。

 

「またこれからもよろしくお願いしますね」

 

亜麻色の髪の子もそう言ってから、彼女達は会話へと戻っていった。

そんな魔法少女三人を後に、慎一郎は思い出す。

 

「アイツ・・・今頃何しているのかねえ」

 

彼の右腕であり、相棒。普通の能力者であった自分を悪徳の道へと誘った彼女の事を。

彼女の事だ。とんでもない事を考えているんだろうと思いながら。

 

 

 

 

 

俺達の〈組織〉は元々は俺と“彼女”がいたことで悪の組織になった。

 

俺達の〈組織〉は最初は悪の組織でも何でもない───ただのはぐれもの達の集まりに過ぎなかった。

何かしらの能力を持ち、周りから迫害された者───クソみたいな親を持ち、そこから逃げ出した者。何かしらの罪を背負い、表社会にいられなくなった者。

そんな奴らの集まりが俺達の〈組織〉だった。

その中でも、俺は一番まともな人間だったのだろう。

ただ能力者だったから───皆のいる場所にはいられなくなった。別に居られなくなっただけであって、家族達は偶に会いに来てくれるし、生きる場所や息をする場所に拘りなどなかった。

俺達の組織が悪の組織として出来上がったのは、七年前───俺が十九の時・・・能力者というただの一般人の時にある少女を拾った雨の日のことだ。

 

「げ・・・雨かよ。傘持ってきてないし」

 

慎一郎はバイト帰り、空から降ってきた雨に眉を顰める。

 

「急いで帰るか」

 

今ならそこまで濡れはしないだろう。慎一郎は急いで裏路地を走り抜ける。

───と、そのとき。

 

「・・・うん?」 

 

慎一郎は目の前に横たわるソレを見て、足を止めた。

 

「・・・おい、マジかよ」

 

慎一郎は目の前に倒れ伏す十歳くらいの少女だった。

 

「おい!大丈夫か!?」

 

返事はなく、少女のただ薄汚れた肌と水色の短い髪を雨が濡らす。

 

「一旦家に連れて行くか・・・ッ!」

 

あのときの俺はただこの少女を見殺しにすることは出来ないと、その程度でしか考えていなかったと思う。

そしてその時に彼女が言った言葉を俺は今でも覚えている。

 

「・・・ボクは・・・自由に・・・」

 

───自由に。

恐らく、ずっと縛られていたであろう彼女の言葉。

俺はそんな彼女を放っておくことなど出来なかった。

 

彼女を家まで連れて帰り、取り敢えず身体の汚れを落とす。

俺には元々妹がいたから彼女の身体を拭くのも多少抵抗があったが、問題はなかった。

そんな彼女はその日に起きることはなく、俺はその日は眠りに落ちた。そして次に起きた時は、彼女も目覚めていた時だった。

 

 

 

 

 

「・・・よ、よお。元気に・・・なったか?」

 

疑問系で返す慎一郎に、少女が不機嫌そうに答える。

 

「・・・気分?最悪だよ」

 

見た目は活発で大きくなれば美女になるであろう彼女は、目覚めてそうそう口を開いた途端、その口の悪さに慎一郎は顔を引き攣らせる。

 

「そ、そうか・・・」

 

一瞬で彼女がどう言った人物か察した慎一郎は、そう呟くと、その不良少女は更にその口を開く。

 

「で?ここはどこなのかな?ボクをここに連れてきて君はどうしたいの?臓器でも売る?それともボクを───」

 

「ストップ!ストップ!何でそうなる!?」

 

これ以上言わせるととんでもないことになる。

そんな直感が慎一郎の中にはあった。

どうやらとんでもない少女を拾ってしまったらしい。

そんな慎一郎に対し、少女は小さく首を傾げ、灰色の目を彼へと向けた。

 

「じゃあ何なのさ?もしかして本当にただ助けただけ?だとしたら君はとんだお人好しだね」

 

そう言って軽く伸びをする彼女に慎一郎は言う。

 

「そうだっつの。そりゃ路地裏でぶっ倒れてたら誰だろうと助けるだろ」

 

「ふーん?それが“親を殺した“ボクでも?」

 

「は?」

 

親を殺した。そう言う彼女に慎一郎は表情を強張らせる。

だが、そんな慎一郎の表情は見飽きたと言わんばかりの態度で、彼女は言う。

 

「ま、その反応は予想してたよ。当たり前の反応だし。それに私はただ親を殺した訳じゃない」

 

何とも思っていない顔で彼女は目を開くと、さらに話を続ける。

 

「ボクはね・・・自由が欲しかったんだよ」

 

「・・・自由って」

 

自由が欲しかったと言う彼女に、慎一郎は聞き返す。なぜ、彼女は自身の親を殺してまで自由を求めたのか。それが気になったから。

 

「君は魔法少女って知ってるかい?ほら、最近現れた政府が飼い犬にしてる化物みたいに強いあの憐れな子たちをさ」

 

「あ、ああ」

 

それについては幾らか聞いたこともある。

敵を倒す。異世界から現れた怪物や俺達みたいな能力者やごみ溜めに住んでいる人間達の暴動を抑え込むために、最初からそう言う定めとして産まれてきた・・・もしくは身体を弄られた少女達。

 

「ボクはね───そんな“魔法少女にされるためだけに産まれてきた“人間なんだよ」

 

「──────」

 

彼女のその説明に、慎一郎は言葉を失った。

魔法少女として産まれてきた人間。

 

それが自分なのだと彼女は言う。

 

「だからボクは殺した。親を。研究者も。皆ね」

 

そう言って、彼女は慎一郎を見る。

 

「それでさ・・・キミはこの世界をどう思う?」

 

「は?どういう・・・」

 

慎一郎はそう言うと、彼女はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「こんな世界───ボクと一緒にブッ壊してみないかい?魔法少女になった彼女達も全員助けてさ・・・こんな偽善と良識で塗り硬められた世界に風穴開けて、新しくなった世界の先でボクと一緒に謳歌しようぜ」

 

「そしたら・・・俺も元の日常に───」

 

一度失った家族との日常。そこへ帰れる?

 

「帰れるさ。なんならボクも一緒だよ───」

 

彼女の甘い言葉で慎一郎は悪の道を選ぶ事となった。

そんな甘い誘惑に乗った慎一郎に、彼女は言う。

 

「ボクの名前は・・・そうだね───モノ。そうだモノにしよう。ギリシャ語で一を表わす言葉だ。ボクが君を悪の頂点にしてあげよう。そしてこのボクが───君の一番であり続けるよ」

 

そして俺(ボク)達二人は〈組織〉を新生させた。

 

 

 

 

ボクは嬉しかったんだぜ?君に優しくされるのがさ

 

モノは誰にも聞こえないような小さな声で慎一郎に優しくそう呟いた。



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第三話

「ねえ、白音ちゃん」

 

「うん?なに?」

 

名前を呼ばれた白音は赤い眼鏡のレンズ越しに映るコウハに視線を向ける。

 

「白音ちゃんは、店長さんのこと好きなの?」

 

「・・・な、なんで?」

 

白音は突如、コウハにふられた話に困惑しながらそう返事を返すと、隣に座っていた都が小さく笑っていた。

 

「だって白音ちゃん、さっきからずっと店長さんを見てるんだもん。白音が店長さんの事、多分他のメンバーも知ってるよ?」

 

「み、みゃーこや皆も・・・」

 

白音は頬がかぁと熱くなるのを感じた。

確かにこの店でバイトの掛け持ちを始めた以前に比べれば、あの人に目がいってしまうのは自覚はしていた。

だが、そこまで分かりやすいものだったのだろうか?

 

「で?どうなの?」

 

グイッと身を乗り上げて顔を白音に近づけるコウハに、白音はボソボソと呟く。

 

「・・・好き・・・なんだと思う」

 

そう言って顔を伏せる白音に、コウハと都は「「おおー」」と声を揃えながら白音に言った。

 

「どういった感じで好きになったの!?教えて教えて!」

 

「うん。私も気になる」

 

コウハと都のキラキラした目に、白音は恥ずかしそうに口を開いた。

 

「最初にボクが初めてあの人を好きになったのは、でアルバイトし始めて少したった日なんだ」

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「えーっと・・・柊白音さん?お前さん、一応学生だよな?アイドル業をしているみたいだけどアルバイトして本当に大丈夫?」

 

「問題ありません」

 

戸惑うような質問に白音は短く答える。

 

「いやまあ、確かにうちは来てくれるだけでもありがたいんだが、何で若いのにバイトを掛け持ちをしようだなんて思ったんだ?」

 

「若いうちに経験を積んで置けば将来的に選択幅が広がると思っただけです」

 

慎一郎は白音の言葉を聞いて小さく息を吐くと、そのまま白音に視線を向けて言った。

 

「まあ、本人がそう言うならいいか・・・。ただ、無茶はするなよ?シフトも無理に詰めさせないからな。今だけなんだぜ?青春楽しめるのなんて」

 

椅子から立ち上がる慎一郎に、白音は口を開く。

 

「じゃあ、ボクは───」

 

「───合格だ。ただし、テスト前なんかはシフト減らすからな。それで成績が下がったら元も子もない」

 

「・・・ありがとうございます」

 

最初は優しい店長さんとしか思っていなかった。

普通の人とは違ってちょっと変わってて、だけど優しい店長さんなんだと。

けど───

 

「店長さん、お疲れ様でした」

 

「おう、お疲れ様。と、柊。少し時間あるか?」

 

「え?ボクは大丈夫ですけど・・・」

 

白音は勤務時間が終わり、店長に挨拶をして帰宅の準備をしようとしたそのとき、店長に呼び止められる。

キョトンとした表情で答える白音に、慎一郎は言った。

 

「ちょいと疲れただろ?コーヒーとケーキ出してやるよ。代金とか気にすんな。俺の店だしな」

 

「あ、ありがとうございます」

 

好意に甘えて・・・というのもちょっとだけあったのかもしれない。けど、ボクがあの人を意識し始めたのはこの時だったのだと、確信できた。

 

「ほら、召し上がれ」

 

「ありがとうございます」

 

白音の前にコーヒーとケーキが並べられ、その向かい側の椅子に慎一郎はコーヒーカップを片手に座り込む。

白音は差し出されたケーキをフォークで小さく切り取ると、一口サイズにまでカットされたケーキを口の中へと入れた。

 

「あ・・・おいしい」

 

口の中で溶けるクリームと控えめな甘さのケーキに、白音は思わずそう言葉を漏らす。

そしてコーヒーも一緒に飲んでみると、その苦味が絶妙にマッチしてケーキの甘さを中和していた。

そんな白音の反応に、慎一郎は笑う。

 

「・・・だろ?味にうるさいラインハルトのお墨付きだ」

 

そう言う慎一郎は白音を見て、口を開く。

 

「最近、どこか暗そうな表情をしていたが・・・何かあったのか?」

 

慎一郎のその言葉に、白音は少し顔を伏せてからポツポツと言葉を漏らし始める。

 

「・・・最近、両親の仲が良くないんです。だからあまり家に帰りたくなくて」

 

「そうか」

 

不味いものを聞いたと言う表情で、慎一郎はコーヒーカップを机に置く。

 

「・・・もし、辛くなったりしたらバイト以外でも来な。その時はいつでも話し相手になってやるさ。辛いことをずっと溜め込み過ぎると、身体にも心にも悪いのは俺も知っている」

 

「・・・はい」

 

それ以降───この喫茶店に来て、慎一郎さんがちゃんと私と面向きあって相談に付きあってくれることが、ボクの〈シリウス〉のメンバーと一緒にいる以外で唯一の楽しみだったのかも知れない。

 

「まあ、そんなことがあったから・・・かな。ボクがあの人を好きになったのって」

 

「「おおー」」

 

コウハと都は照れながらコーヒーを口にする白音の初恋話に、感化されたのか二人でパチパチと拍手をする。

 

「そんなことがあったんだねー」

 

「白音ちゃんにそんな事があっただなんて知らなかった。もし、良かったら私達にも相談してね?力になるから」

 

「・・・ありがと」

 

白音は都の言葉に短く礼を入れて、壁にかけてある時計を見ると、時刻は五時半を切っていた。

 

「あ、もうこんな時間」

 

「あっという間だったねー」 

 

「私は結構楽しかったかも。白音ちゃんのことが知れて」

 

「あ、それは同感」

 

「コウハにみゃーこも!もう・・・!」

 

そんなやり取りを交わしながら鞄を持ち、レジへと向かう。

 

「おう、会計だな」

 

カウンターで本を読んでいた慎一郎は立ち上がると、そのまま慣れた手付きでレジを打つ。

 

「いつもありがとう。・・・っと、そうだ柊」

 

「あ、はい」

 

白音は唐突に呼び止められた慎一郎に返事を返す。

 

「明日のバイトなんだが、ちょっと俺の方が用事が出来ちまってな。急遽休み入れることになったから、また今度でいいか?」

 

「あ、ボクは構いません。店長さんも用事を優先して貰えれば大丈夫です」

 

「おう、すまんな。後、最近怪物とか組織の連中達が活発になっているって話だし、三人とも気をつけて帰れよ?」

 

「はい!私は大丈夫ですので!」

 

「遅くならないうちにボクも帰ります」

 

「心配してくれてありがとうございます」

 

三人はお礼をしながら喫茶店の扉を開け、店を後にする。

 

「本当にいい人だよねー店長さん。あれは白音も好きになるの間違いないかー」

 

「うん。私も応援してるよ」

 

「あ、ありがとう」

 

三人はそんな会話をしながら帰路へ歩こうとしたとき、駐車場で見慣れない高級そうな黒い車が止まっていた。

 

「・・・?・・・あの車」

 

白音はその車に目をやると、車のバックドアが開かれる。

そこから現れた人は黒のスーツに青いバイザーと黒い金属で出来た鉄仮面をつけた男だった。

 

「ねえ、あれって・・・」

 

「あの人は確か、大企業《カルケル》の社長さんだったはずだけど・・・」

 

「カルケルって確か、私達が使ってるスマートフォンとかアンドロイドとか機械系の商品出してる会社だったよね?」

 

「うん。けど、あの喫茶店に入っていったよね?常連さん・・・なのかな?」

 

「多分、店長さんの知り合いだと思う。確か社長さんの名前ってラインハルトだったから」

 

「はえ〜、凄い人と知り合いなんだね」

 

関心するコウハに二人は頷いた。

 

「あ、私達も早く帰らないと。電車が行っちゃう」

 

「あ、それはマズイ!」

 

「うん」

 

三人は急いで駅へと走っていく。その影を、鉄仮面の男がバイザー越しで静かに見つめていたのを気が付かないまま。



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第四話

「・・・もうそろそろか?」

 

午後五時四十五分。

もうそろそろ店をたたまなければならない時間だが、今日はアイツが仕事を早く切り上げて来ると言っていたので、まだ閉める訳にはいかなかった。

 

「まあ、今日は柊が来てくれて助かったが・・・」

 

明日はラインハルトが直々に戦闘に参加するらしい。

 

「そう言えば・・・ラインハルトが戦う所は見たことないな」

 

モノが魔法少女と戦う所は何度か見たことはあるが、ラインハルトが戦う姿は一度も見たことはない。

 

「まあモノが本気を出したって言っているし、それだけの実力があるのは分かっているんだが・・・」

 

どうもトップとしてのアイツのイメージが強すぎて、戦闘力があるとは思えなかった。

そこまで考えていると、カランカランと店の扉が開く音が部屋の中に響き渡る。

 

「いらっしゃ───」

 

そこまで言った所で、慎一郎は口を噤む。

なぜなら扉を開けたのは、先ほど話題として考えていたラインハルトその人だった。

 

『待たせたか?』

 

「いや、全然」

 

機械的なくぐもった声で、ラインハルトは待ったかと慎一郎に言う。

だがそんなラインハルトに対し、慎一郎は椅子から立ち上がった。

 

「ついさっきまで客がいたんだ。逆に早く来なくて助かったくらいだよ」

 

『そうか』

 

ラインハルトも短くそう答え、近くの椅子へ腰をかける。

そして慎一郎に言った。

 

『先ほど彼女達の姿を見た』

 

「魔法少女にかい?」

 

『ああ。相変わらず自分の事も世界のことも分かっていないゴミクズ共だ』

 

「・・・おい」

 

彼女達をいきなり罵倒するラインハルトに、慎一郎は声を低くする。

 

「流石にゴミクズは言い過ぎだろ」

 

一度も会話をしていないにも関わらず、そう判断するラインハルトに慎一郎は言う。

だが、ラインハルトはそんな慎一郎に言った。

 

『ほう?では彼女達は最終的に自分達が使い潰されるのを知っているのか?自分達の家族に政府から渡された大金で売られたことも知らずにのうのうと生き、現実から目を逸し続けて何になる?この世界の強者が腐りきり、我々のような能力者の他、貧困者が差別され、食い潰されている。私達がこうやって当たり前の生活が出来ているのはそれだけ私達が力をつけ、競争相手を蹴り落としたからだろう?そんな現実を知らない彼女達をゴミクズ以外示す言葉が何処にある?』

 

「・・・・・」

 

確かにラインハルトの言ったことは間違っていない。

いずれは彼女達は使い潰される。なぜならこの七年間で魔法少女の末路を何度も見てきたからだ。

貧困層は食い潰され、上級、中級国民を守るために、魔法少女達は使い潰される。

俺やモノ、ラインハルトはそんな食い潰される人や魔法少女を救う為・・・いや、この偽善に塗られた世界を壊すために、この組織を作ったのだ。

能力者だからという理由で差別された俺───自由を求め、悪徳に手を染めたモノ───そして最下層で産まれ、この国を世界を変えると決意したラインハルト───三者様々な理由で俺達は集まり、仲間を作り、ここまで大きくなった。

 

『この世界は腐りきっている。なら、俺達が変える以外に他ないだろう。罰を求めるなら世界を変えた後でも遅くはないだろうさ。だがまずは───』

 

「───相手の戦力を削らないといけない。だが、相手は魔法少女なんだぞ?化物みたいに強い彼女達なんだぞ?一体どうやって削るつもりなんだ?」

 

そう言う慎一郎にラインハルトは意外そうな声を出す。

 

『なんだ?モノから聞いていないのか?下準備は出来たとモノが言っていたが?』

 

「は?下準備?俺は何も───」

 

そう言う慎一郎にラインハルトは言った。

 

『魔法少女の一人がお前に“恋心”と言うものを抱いているのだろう?なら、お前がそこにつけ込めばいい。私やモノがソイツに現実を突きつけてやるから、お前やモノの得意分野である人心掌握でそいつを此方へ引き込め。そうすれば必要最低限の被害を抑え込めるだろう』

 

そう言うラインハルトに慎一郎は絶句するしかない。

 

『───決行は明日だ。うまく堕とせ』

 

ラインハルトはそう言って、店から出ていった。



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第五話

「・・・どうすりゃいいんだよ」

 

───朝。

慎一郎は一人、駅のホームで立ち尽くしていた。

ラインハルトの言葉が未だに頭の中を渦巻く。

 

『魔法少女の一人がお前に“恋心”と言うものを抱いているのだろう?なら、お前がそこにつけ込めばいい。私やモノがソイツに現実を突きつけてやるから、お前やモノの得意分野である人心掌握でそいつを此方へ引き込め』

 

恋心

それを利用してあの三人のうち、誰かを此方側へ引き込めとラインハルトは言うのだ。

その子が抱いた思いを踏み躙って悪の道へと落とせと。

そんなことは正直したくない。

だが、この世界を変える為にはやるしかないのだ。

今日の夜、その作戦を実行する。

モノやラインハルトの期待を裏切ることなど、慎一郎は出来はしないのだ。

慎一郎は一度長く息を吐き歩きだそうとすると、そんな彼に後ろから声をかけられた。

 

「あれ?慎一郎さん?」

 

「!」

 

慎一郎は声がかけられた方向へ顔を向ける。

 

「珍しいですね。慎一郎さんがこんな所にいるなんて」

 

そこにいたのは柊白音だった。

カッターシャツの上にパーカーとブレザー、スカートもしっかりと着こなし、マフラーを首もとに巻いた彼女は慎一郎の姿を見て、驚いた表情を作る。

 

「・・・おお、柊か。学校にしては早いな?」

 

そう言う慎一郎に、白音は少しだけ笑みを浮かべながら唇を開いた。

 

「ボクは今日委員会の当番ですから。なので、他の人よりも今日は早いんです」

 

「・・・そうか。大変そうだな」

 

「別にそうでもないですよ?」

 

そう言いながら慎一郎の横へ白音は並ぶ。

 

「そういえば慎一郎さんは今からお出かけですか?」

 

「ああ・・・まあな」

 

白音の質問にそう答える慎一郎。

 

「なあ、柊・・・」

 

「・・・?何ですか?」

 

「柊は・・・今が“幸せ”かい?」

 

慎一郎の質問に白音は目を閉じて答える。

 

「幸せです。家族がいて〈シリウス〉の皆がいて慎一郎さんがいて──ボクは一番幸せです」

 

「・・・そうか」

 

そう言う白音に慎一郎はそれ以上、何も言えなかった。

と、電車が駅のホームに到着する。

 

「では、慎一郎さん。また明日お願いします」

 

「・・・ああ、またな。柊」

 

白音が乗った電車の扉が閉じる。

小さく笑みを浮かべながら、白音は慎一郎に手を振った。

慎一郎も彼女に手を振り返すと、電車が動き出す。

そして彼女がいなくなったホームで慎一郎は一人、ホームの屋根から覗く空を見上げ、ポツリとこの場にいない彼女に向けて言った。

 

「ごめんな・・・柊。俺は──アイツらと約束したんだ。この世界を変えるってさ。俺を恨んでくれてもいい・・・だから、俺達の目的の為に──絶望してくれ」



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第六話

────午後六時三十二分。

 

慎一郎は夜の街を歩いていく。

明かりが夜の街を照らす中、慎一郎は唐突に足を止めた。

 

「────」

 

目の前に立つ水色の髪を持った少女──モノは慎一郎の姿を目に入れた瞬間、笑みを浮かべた。

 

「──シン」

 

「ああ、五日ぶりか。モノ」

 

慎一郎がそう言うと、モノは目を閉じながら唇を開く。

 

「うん。五日と六時間二十四分ぶりだ。感動の再会じゃないかい?」

 

「別にそこまでだろ」

 

たかだか一週間にも満たない日数に感動の再会だと言うモノに、慎一郎はため息をつきながらそう言うと、モノはどこか拗ねたように唇を尖らせる。

 

「ボクとの再会は感動的じゃなかったのかい?前は感動的だって言ってたじゃん」

 

「その時はその時のノリだろ?それに、その時はお前が未成年のくせに酒なんざ飲んで酔っていただろうが」

 

「そんなのくだらない大人達が作った法じゃん。そんなのこのボクが従うと思う?」

 

邪悪な笑みを作るモノに、慎一郎はため息が出る。

確かにコイツには常識を説いても無駄だった。

自由を求めるモノは基本的には好き勝手する。

だから喫茶店にいる時も、気が乗らない限りは手伝ってはくれないし、なんなら学校の方も偶にしかいかない。

いや、まだ行っているだけマシなのかもしれないが。

 

「・・・それでさ、シン。聞きたいことがあるんだけど」

 

「なんだ?」

 

唐突な質問に首を傾げる慎一郎に、モノはニコッと笑みを作ると、低い声で言った。

 

「君を好きになったあの女・・・誰さ?」

 

その言葉と同時に開かれた目は、怒りと嫉妬が入り混じった目をしていた。

 

「いやね、監視してたんだよね。ラインハルトの命令でさ、あの女の事。別にシンが誰かを好きになるのは構わないんだよ?“ボクが一番であるのなら“好きに恋愛をしてもいい。けどさぁ、ボクが知らない所で勝手に仲良くなっていいとは言ってないぜ?」

 

そう言いいながら慎一郎の胸ぐらを掴み、自分の顔を慎一郎の目の前に引き寄せる。

 

「・・・で、話は戻るんだけど。あの女、誰かな?」

 

そう言うモノに慎一郎は冷や汗を流しながら答えた。

今のモノに、嘘を言うのはマズい。

 

「俺の喫茶店でバイトしてる子だよ。お前と同じ学校で、アイドルや魔法少女をやってる」

 

「・・・へぇ〜?」

 

魔法少女と言う単語を聞いたモノは何処か怪しむように言う。

 

「なるほどねぇ?つまり君は彼女を助けようとしているのかい?それとも、絶望のドン底に叩き落す?ボクとしては“後者”の方が嬉しいんだけどなぁ〜?」

 

モノは自分を試すかのように目を細め、慎一郎の反応を確かめる。

そんな彼女の問いに慎一郎は答えた。

 

「“両方だ“」

 

「・・・へ?」

 

慎一郎の言った答えに、モノは目を丸くした。

 

「柊には悪いが──俺はアイツを絶望のドン底に叩き落して、そこから彼女を救い出す。タチの悪い事だって理解してるし、最悪な事をしているってのも分かってる。──それでもな。俺はもう、“俺や妹“みたいな犠牲者をこれ以上増やしたくないんだ」

 

そう言いきった慎一郎に、モノは一瞬ポカンとした顔をした後、すぐさま笑みを浮かべて笑い出した。

 

「アハハハッ!何それ!シンも面白い事するねー!あの子を絶望に叩き落としてその後に助け出すんだ!サイコーだよ!シン!やっぱりボクの相棒だ!」

 

ケラケラと笑いながら慎一郎の肩を叩くモノ。

ひとしきり笑ったモノは慎一郎を見て言った。

 

「じゃあシン。“始めようぜ“?ボク達でこの世界を──彼女達をブッ壊して何もかも新しく──そして自由に幸せになれる世界を願ってさ──」

 

そう言いながらモノは慎一郎の唇に自身の唇を口づける。

 

────そして

 

人が通る夜の街の中心が───一気に地獄と化した。



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第七話 永久凍土の騎士

「白音ちゃん。今日、アルバイト無くなっちゃったけどどうする?一緒に遊ぶ?」

 

同じアイドルグループであり、学校の同級生でもあるコウハが席に座る白音にそう言う。

 

「ごめんねコウハちゃん。ボク、帰り、お母さんに買い物頼まれてるから・・・」

 

申し訳なさそうにコウハの提案を断る白音に、コウハは苦笑いを作る。

 

「そっか、白音ちゃん忙しいそうだもんね。ゴメンね?忙しいのに誘っちゃって」

 

謝るコウハに、白音は首を横に振った。

 

「ううん。ボクも行けなくてごめん。また、次の休みに行こう?」

 

「だね!」

 

白音とコウハはお互いに頷くとコウハは席から立ち上がり、白音に手を振りながら笑みを返す。

 

「じゃあね、白音ちゃん!また明日!」

 

「うん。また明日」

 

教室から出ていくコウハに白音は手を振り返すと、白音も自分の席から立ち上がった。

 

 

──────

 

「・・・・いっぱい買いすぎちゃった」

 

パンパンに膨らんだ買い物袋を手にしながら、白音は夜の街道を歩いていく。

学校帰りとはいえ、時刻はもう六時半を過ぎようとしていた。学生の自分がこのままいると警察のお世話になってしまう。

 

「早く帰らなくちゃ」

 

急ぎ足で足を進めていると、ふと白音の視界に見覚えのある姿が目に入った。

バイト先の店長であり、自身が始めて好きになった人。

この時に、柊白音はそのまま帰っておけば“狂わない“でいたのかもしれない。

 

「あ・・・慎一郎さ──」

 

白音は自然に笑みを浮かべながら慎一郎がいる方へ足を運び始めた時───彼の姿を見て、彼女の身体は固まった。

水色の髪の女性と“キス”をする慎一郎の姿。

 

「───し・・・」

 

ボクは知っていたんだ。初恋は片想いは───叶わないことが多いと、誰かが言っていた。

最初はそんな事を信じていなかったけれど、初めて恋をして初めての片想いを彼に向けて───勝手に幸せな気持ちになっていた。

そして全てがヒビ割れた。

 

 

「あー・・・・」

 

白音は手にした鞄や買い物袋を地面へと落とし、左手を慎一郎の左側にいる女へと突き出し、ギリッと彼女を握り潰すように左手を握りしめた。

握りしめた左手の皮膚が破れ、血が流れ出るが白音はその左手を虚ろな目でジッと見つめる。

いつからだっただろうか。ボクが、家族や友人の事よりも慎一郎さんを優先するようになったのは。

いつからだっただろうか。ボクが───彼に愛して欲しいと自分を見て欲しいと思ったのは。

アナタはボクだけの慎一郎さんじゃない。

けれど、ボクはそれでも貴方が欲しかった。

冷たく凍ったボクの心を溶かしてくれた──貴方を。

 

「───Dauerfrost Ritter───」

 

彼女が虚ろな瞳でそう言葉を紡ぐ。

白音を中心に冷気が収束し、その周辺が凍てつき始める。

そして───

 

彼女の立つ半径百メートル以内の“人間を含む全て“が一瞬にして凍りつき、何者も近づくことの出来ない大地と化した。

その真ん中で、白音はボソリと呟く。

 

「──慎一郎さん。すぐに目を覚まさせてあげますから」

 

身体は凍ったように冷たいのに、その胸は猛る炎に熱い熱を持ちながら。

序列第三位───柊白音は愛しい彼のもとへ足を進めた。

 

その全てを氷の中へ閉じ込めながら───



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第八話 魔女狩り部隊

極寒の地になった街を見てラインハルトは仮面のバイザー越しに悪態をつく。

 

『・・・モノの奴め。わざと煽ったな?』

 

侵食し続ける氷の大地と白髪の少女。

その進行方向にはモノと友人である慎一郎がいるのが見えた。

 

『・・・チッ。引き込むつもりが余計な事をする女だ。これだからアイツは好かん』

 

苛立ちを隠さずに舌打ちをするラインハルトは、コートのポケットからスマートフォンを取り出す。

そして数度のコールの後、通信が繋がった。

 

〘これはラインハルト様。どういたしましたか?〙

 

『DMK部隊を出せ。“第三位が暴走した”』

 

ラインハルトの言葉を聞き、電話越しのオペレーターは驚いた声を上げる。

 

〘それは本当ですか?信じがたい話ですが〙

 

『今、目の前で起こっている。早くしろ』

 

ラインハルトがそう言うと、電話先のオペレーターは言った。

 

〘了解しました。では本部に通達いたします〙

 

そう言うオペレーターに、ラインハルトは言う。

 

『後、あそこには俺の友人がいる。ソイツが魔女を止めるようなら隊は引かせろ。いいな?』

 

〘───友人ですか?どのような方で?〙

 

 

『宮崎慎一郎だ。俺の昔からの悪友だよ』

 

そう言って、通話を切るラインハルトは遥か先にいる魔法少女を見て呟く。

 

『───さあ。“魔女狩り“の時間だ。慎一郎、お前は彼女を助けるつもりなのだろう?なら、早く急げ。タイムリミットはすぐだ』

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

『本部よりDMK隊に通達。都市七番区より周囲を速やかに封鎖。“暴走した魔女、及び目撃者を一人たりとも残すな“』

 

ある戦艦にてアナウンスが一斉に流れ始める。

部屋のソファで寝転がっていた少女は突如部屋に入ってきた男性に起こされた。

 

「───M4。仕事だ」

 

「おや?お仕事ですか」

 

一人の男性は少女にそう言うと、M4と呼ばれた少女はすぐに目を覚まし、以外そうに目を丸くする。

 

「ああ。今回は《凍土の騎士》だ。気を抜くなよ」

 

「凍土の騎士・・・第三位のあの子ですか。残念ですね。いい子だと思っていたんですけど」

 

そう言うM4に、男性は言う。

 

「だが、暴走すれば話は別だ。魔女狩りの俺達が殺す以外ほかはない」

 

「わかってますよー。そこまで上位の子だと“何回死に”ますかねー」

 

そう言ってソファから立ち上がるM4。そんなM4に男性は言った。

 

「後、今回のミッションはラインハルト様のご友人が巻き込まれたようだ。彼が接触した場合は攻撃を停止しろと命令も来ている」

 

「待ってください。兄様が現場に?」 

 

「───ああ。“お前の兄“もいる」

 

そう言う男にM4は纏う雰囲気を直ぐ様切り替え、鋭くなった目付きで言った。

 

「J2。行きますよ───今すぐに」

 

「なら急ぐぞ。それが俺達“アンドロイド”の仕事だ」



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第九話 

「おや?」

 

モノが何か気づいた様子で慎一郎の顔から自身の顔を離す。

 

「どうかしたか?モ───!?」

 

慎一郎はモノに問いをかける前に、一瞬にして変わった周りを見て驚愕する。

 

「マジ・・・かよ」

 

今自分がいた街が全て“氷漬け”にされていた。

建物も、車も、木も───そして、“人間も”───

さっきまで生きていた筈だ。さっきまで生きていた人間が、“氷漬け”にされている。

 

「───シン。助けようだなんて思わないでくれよ?もう“こんな状態になった時点で彼等は死ぬしかない”しね」

 

「───ッ」

 

これが魔法少女の力。その力はいとも簡単に人を殺すことが出来る。

自身のような能力者も個人差があるが、これほど大規模なものは珍しい。

俺達能力者が差別され、俺達能力者のような力を持つ魔法少女達が差別されない理由はいくつかある。

まず一つは国家権力に縛られている力であるかどうか。そしてもう一つは───

 

「・・・“魔女狩り”が動くらしいぜ?シン。さっきラインハルトから連絡がきた」

 

スマートフォンの画面を見ながら、モノは慎一郎にそう言う。

 

───魔女狩り───

 

民間人に“無差別に危害を加えた彼女達及び、目撃者の抹殺“を主な任務とする部隊がすぐにやってきて彼女達を殺しにくるのだ。

後の責任等は魔法少女が暴走した。とだけ、言っておけば後が国金を払うだけで物事を解決させる。

これでは───死んだ人間や親しかった者や家族が報われない。

そして彼女達魔法少女は恐怖の対象へと変わっていくのだ。

力で黙らせる独裁者が今のトップに立っているのだ。俺達が変えなければ、誰も変えようとはしない。

 

「───モノ」

 

「なんだい?」

 

此方へと歩いてくる見覚えのある少女を視界にいれながらも、慎一郎はモノに言う。

 

「何とかアイツを抑えてくれ。俺がアイツを説得してみせる」

 

そう言う慎一郎にモノは唇を開く。

 

「いいよ。君がボクに相応の報酬をくれるならね」

 

「ああ。そんなもん幾らでもくれてやるよ。だから────頼む」

 

そう言った慎一郎にモノはニィと口元を歪めると、その笑みのままモノは言った。

 

「任されたよ。ボクの相棒」

 

そしてモノは己の力を開放させる言の葉を紡ぐ。

 

「───さあ。始めようか!Mar abierto saqueador!」

 

モノの言葉と同時に、水がモノを中心に溢れ出る。

そしてその頭上に、巨大な影が二人を覆い尽くす。

 

二人の頭上を覆い隠したそれは──巨大な海賊船だった。

 

そしてモノは船の下にいる柊白音を見下ろしながら、高らかに声を上げる。

 

「やあ、《凍土の騎士》ちゃん。久しぶりだね?最後に会ったのは廃工場で会った時だったかな?」

 

そう言うモノに対し、白音は何も語らない。

ただ、眼鏡の先に見える青い瞳は何時もの明るい瞳ではなく、深海のように暗い瞳だった。

そして白音は無造作に右手を掲げる。

 

「───《Dauerfrost Ritter》───ランゼ」

 

その言葉と同時に、白音の手に巨大な馬上槍が現れる。

その槍が顕現した瞬間、白音の周りの甲板に霜や氷が張り巡り、白く染まった。

 

「語る言葉はないって?やれやれ。そんなだからシンに振り向いて貰えないんだよ」

 

モノがそう言った瞬間、白音の目に怒りが灯った。

 

「・・・黙れ」

 

だが、モノは口を閉じるのを止めない。なぜなら───それが一番効率が良いやり方だと熟知しているから。真っ直ぐ突っ込んでこさせるように誘導する。

 

「今の関係を壊したくなくて、今の小さな幸せで我慢していたんだろ?ボクはね、君と違って欲しいモノは全部奪うんだ。金も名誉も、地位もぜーんぶボクは奪う。勿論、彼の──」

 

そう言って慎一郎に手を伸ばそうとしたモノを遮るように、白音は声を荒らげて駆け出した。

 

「黙れええええええッ!!」

 

「・・・・・ッ!!」

 

白音の巨大な馬上槍とモノのカットラスが火花を散らして激突する。

慎一郎をよそに白音とモノは鍔競り合いを行いながら、白音が叫ぶ。

 

「慎一郎さんは・・・慎一郎さんだけはお前なんかに渡さない!あの人だけなんだ!ただの道具としてか見ていなかった両親や他の大人と違って本当のボクを見てくれたのは!渡さない!お前には絶対に渡さない!」

 

───怒り。そして自分を見てくれた光を絶対に離したくないという束縛。

友人以外では道具や偶像としてか見てくれなかった彼女を───全て見てくれたのが慎一郎だった。

もしかしたら、彼女は飢えていたのかも知れない。

───愛に。

一度、慎一郎からその蜜の味を知ってしまった彼女はもう戻れなかったのだろう。

だから、モノに彼を取られるということに恐怖したのだ。

 

「柊・・・お前───」

 

見て欲しい。愛して欲しい。だからお願い。離さないで。

そんな彼女の叫びが聞こえてくるようだった。

だからこそ───慎一郎は彼女に手を伸ばす。

これ以上───彼女達を傷つかないように。そして彼女が幸せになれる道を示せるように。



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第十話

「柊!話を聞いてくれ!」

 

慎一郎は鍔迫り合いをする白音に声を上げる。

 

「・・・っ、慎一郎さんは黙っていてください」

 

白音は慎一郎の言葉に一瞬息を詰まらせるも、すぐにモノに目を向き直す。

 

「ボクを見るのはいいけど、そっちの趣味はないぜ?」

 

余裕綽々と言わんばりの反応をするモノに対し、白音はさらに強く馬上槍を深く押し込む。

それと同時に、氷もモノが持つカットラスに纏わりつき始めた。

 

「・・・と、これ以上は駄目か」

 

「・・・ぐっ!?」

 

これ以上の鍔迫り合いは不利だと悟ったモノは白音の脇腹を蹴り飛ばす。

蹴り飛ばされた白音は鈍い呻き声を上げ、蹴り飛ばされた脇腹を庇うように抑えながらも、モノを睨みつけていた。

だがモノ自身も無傷とまではいかず、カットラスを握っていた右手が酷く凍傷しており、彼女自身もかなりのダメージを負っているのは確かだった。

 

「モノ!無事か!?」

 

「うん?まあ、平気と言えば平気。でもまあ、暫くは右手使えないかな。少し至近距離にいただけでこれだから、上位の奴にはあんまり喧嘩を売りたくはないね」

 

慎一郎の心配する声も、モノは心配させないように軽い口調で答える。

だが、それを見ていて快く思わない人物が一人いた。

 

「・・・どうして」

 

白音は自分よりもモノに心配する慎一郎に声を投げる。

 

「どうしてなんですか・・・慎一郎さん。どうして・・・ボクを心配してくれないんですか。彼女はあの悪名高い組織の人なんですよ?なのに・・・なんでボクよりも彼女を心配するんですか!!」

 

そう叫ぶ白音に慎一郎は彼女に向き合うと、重々しい口調で白音に言った。

 

「柊・・・俺がその組織のボスだって言ったら・・・お前はどうする」

 

「・・・・・ぇ?」

 

慎一郎のその言葉に白音は表情を強張らせる。

そして何かの聞き間違いだという表情で白音は首を左右に振りながら、震えた声で慎一郎に言う。

 

「う・・・嘘・・・ですよね?慎一郎さん。慎一郎さんが・・・組織のトップだなんて・・・冗談ですよね?」

 

白音は信じたくなかった。

慎一郎が、組織の人のトップだと言うことに。もしそれが本当なのだとしたら、自分は彼にとって敵だと言うことになる。

 

「・・・俺が冗談を言うと思うか?」

 

「そん・・・な・・・」

 

慎一郎の口から出た言葉に、白音はその場に座り込む。

〈組織〉の人間は倒すべき敵と魔法少女として生きることになった時から白音はそう教え込まれてきた。

だが白音は自身の心を殺してまで自分の心の氷を溶かしてくれた人を手に掛けることなど出来る筈がなかった。

 

「・・・・・」

 

白音は座り込んだまま頭を垂れる。

もうこれ以上戦う意味など白音にはなかった。

慎一郎が敵だと分かった以上、白音はモノを倒して慎一郎を助け出す計画も全てが水の泡となった。

ここで自分が逃げた所で、一般人を巻き込んで敵を倒せなかった自分は魔女狩り部隊に処分されるだけだ。

たとえ生き残ったとしても自分の帰る場所なんてないのだ。なら、死んだ方がマシである。

そんな白音に慎一郎は心を痛めながらも言葉をかけた。

 

「・・・白音」

 

「・・・なんですか?慎一郎さん・・・」

 

心ここにあらずといった様子の白音は顔を慎一郎に向ける。

慎一郎に向けられた目は、かつて喫茶店で一緒に働いていた幸せに溢れていた目ではなくなり、何もかも全てを諦めた暗い目だった。

そんな目をした白音は慎一郎にまるで自身を自虐するように言葉を漏らした。

 

「・・・本当にボクはただの道化師でしたね・・・。初恋の人を取られたくなくて・・・勝手に嫉妬して、関係のない周りの人を自分の力で殺してまで盲目になって、真実を知って勝手に絶望する。それでボクの最後は魔女狩りに殺されて、ボクはずっと魔女として呼ばれ続ける・・・ホント自業自得過ぎて笑えますよね?」

 

乾ききった笑みを浮かべながら白音は笑う。

いや、もう笑うしかなかったのだろう。

生真面だったらからこそ、たった少しの理由で彼女は壊れてしまった。

壊れた人形のように笑みを浮かべる彼女に、慎一郎は言った。

 

「・・・なら、うちに来るか?」

 

「・・・・え?」

 

壊れた笑みから一変し、困惑した表情を浮かべる白音に慎一郎は言葉を続ける。

 

「〈組織〉に入らないか?俺と一緒にこの世界を変えよう。それでまた喫茶店で一緒に働こう。・・・な?」

 

「・・・・・」

 

慎一郎の言葉に白音は黙ったままだった。

だが少しだけ考える仕草をした後、その閉じたままだった唇を開ける。

 

「・・・何にも残ってないボクに・・・慎一郎さんは本当に優しいですよね」

 

そう言う白音は慎一郎に笑みを浮かべると、慎一郎の後ろに視線を向ける。

慎一郎も振り向くと、そこには黒髪の少女がいた。

 

「・・・話は終わりましたかね」

 

機械的な長弓と長刀を握り、黒い着物と甲冑を纏った少女。

魔女狩り部隊の副隊長───M4が立っていた。

 

「やれやれ・・・兄様がいるとマスターの話を聞いて、急いで来てみれば本当にいるとは思いませんでした。・・・で?どうします?私はここで彼女を殺してもいいですよ。なんならそれが仕事ですし。兄様が彼女を連れて逃げるならどうぞご自由に。私は見なかったことにしますので」

 

「だ、そうだ。白音、どうする?」

 

魔女狩りの副隊長の言葉を聞いて白音は呆然と、慎一郎を見る。

 

「慎一郎さん・・・貴方は本当に一体・・・?」

 

そう言う白音に慎一郎は言った。

 

「───俺はただの喫茶店の店主だよ。ちょっと特別な力と頼もしい仲間や悪党のボスって肩書きを持つ──な」



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第十一話

商店街の氷結事件からはや三日。

慎一郎は喫茶店でいつもと変わりない日を過ごしていた。

だが、慎一郎はあの日から落ち着きはない。

なぜなら自分の手を取った柊白音の姿をあの日から一度も見ていないからだ。

白音の同級生である魔法少女達もこちらを訪ねてきたが、こちらにも来ていないと返事を返す。

 

「何処に行ったんだ・・・柊の奴」

 

カウンターの椅子に慎一郎は座りながらそう呟いたその時───

 

“カランカラン“と扉に設置されていた鈴が鳴り響く。

 

「あ、いらっしゃいませー」

 

慎一郎が挨拶をし、扉に視線を向けるとそこにいたのは───

 

「こんにちは。慎一郎さん」

 

店の入口にいたのは、制服姿の白音だった。

その白音の姿を見て、慎一郎は驚いた様子で白音に言う。

 

「柊・・・・・最近学校にも来てないって聞いたから心配したぞ」

 

「あはは・・・ボクも色々と準備をしてましたから」

 

「準備?」

 

準備をしていたと言う白音に慎一郎は首を傾げた。

 

「はい。引越しの準備をしてましたから」

 

「引越しって・・・おいおい、親に説明はしたのか?」

 

「もちろん。ちゃんと説明したら成績キープ出来るのなら良いと言ってくれましたから」

 

そう言う白音に、慎一郎は息を吐いた。

 

「・・・そうか。ならこれからも頑張らないとな。で?どこに引っ越したんだ?かなり遠かったりしたらシフトやアイドル業にも支障出るだろ?」

 

そう言う慎一郎に、白音は笑みを浮かびながら言う。

 

「ああ、それなら大丈夫ですよ?だって───」

 

「”ボクの引越し先は、この喫茶店の二階のマンションですし”」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 

慎一郎は白音の言葉にそう呟く。

 

「ちょっとまて。それってうちの二階だよな?」

 

確かにうちの喫茶店のマンションは確かに空き家がある。まさかそこに?

ニコニコと笑みを浮かべている白音に慎一郎は顔を引きつらせる。

 

「そういう訳ですのでよろしくお願いしますね。慎一郎さん」

 

そう言う白音に慎一郎は顔を引き攣らせるしかなかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「・・・・ふふっ」

 

白音は学校の通学路で軽やかな足取りで足を進める。

 

「・・・慎一郎さん。驚いてたなあ」

 

そう呟く白音は頬を赤くしながらマフラーでニヤけた口元を隠す。

 

「今日から楽しみだなぁ。バイトだからって理由で早く帰らなくてもいいし」

 

そう言いながら白音は笑みを更に深くする。

 

「───だから慎一郎さん。“ボクをずーっと見てくださいね”」

 

彼女は───この場にはいない慎一郎にそう言った。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「・・・やれやれ。本当に魔女になった魔法少女は恐ろしいものですよね。J2」

 

「ああ。まさか───此処までするとはな」

 

“とある家“で“氷の彫像となり粉々に砕かれた夫婦の死体”を見て二人はそう呟く。

 

「愛に飢えてたんですかね?だからと言って親を殺りますか・・・普通?」

 

「道具としてしか見て貰えなかったのだろう?なら、道具としてしか見ていない親より、自分という個人を愛してくれる者が現れると、そちらへと惹きつけられてしまうのは仕方ないだろう」

 

「ま、私達の仕事も減ったので良かったですけどね」

 

そう言って部屋から出るM4。

 

「お前は納得しているのか?」

 

「兄様やマスターがそれでいいなら私は口出ししません。ただ──“私の兄様に手を出すつもりなら殺しますけど“」

 

「・・・・・」

 

後はよろしくと言って部屋から出ていったM4に部屋に一人になったJ2は粉々になった死体を一目見てからJ2も部屋から出ていった。



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第十ニ話

「こんにちは。慎一郎さん」

 

「おう、柊か」

 

喫茶店《イオニアン》の裏口扉が開かれ、制服姿の柊白音が顔を出す。確か今日はバイト日ではなかった筈だがどうしたのだろうか?

 

「どうした?柊。今日はバイトの日じゃ無いだろ」

 

そう言う慎一郎に、柊は厨房に足を運びながら言った。

 

「分かってます。ただ慎一郎さんに渡せるタイミングが朝一しかなかったので・・・」

 

白音はそう言いながら、手にしていたバスケットを慎一郎に手渡す。

バスケットを受け取った慎一郎は蓋を開けると、中には丸いキッチンペーパーで包まれたハンバーガーが幾つか並んでいた。

 

「柊・・・これは・・・」

 

中身を見た慎一郎は目を丸くして白音の顔を見る。

そんな慎一郎に白音はにっこり笑い、言った。

 

「ほら、慎一郎さんいつもお昼適当に済ましちゃうじゃないですか。だからお昼を作ったんです」

 

そう言う白音に、慎一郎は頭をかく。

どうやらその辺りを白音に見られていたらしい。

慎一郎はニコニコと笑みを浮かべたままの白音にもう一度視線を向けながら言った。

 

「あー、すまんな白音。俺なんかの為に朝から昼飯作らせちまって・・・」

 

「いいえ。ボクが好きで作ったものなので気にしないで下さい。───それはそうと慎一郎さん」

 

白音は笑みを浮かべていた表情から一変し、白音の顔から表情が消え失せる。

 

「“昨日の夜、モノさんと何処に行っていたんですか?“」

 

その言葉と同時に見えた彼女の青い瞳には光がなかった。

 

「昨日の夜───ボクはずっと見ていたんですよ。昨日の夜の二十時四十二分から今日の一時二十四分の間──モノさんと一体何をしていたんですか」

 

そう言いながら慎一郎に顔を近づけ、問い詰める白音。

そんな白音に慎一郎は恐怖に顔を引き攣らせながら、表情が死んだ白音に言った。

 

「・・・ラインハルトに呼ばれたんだよ。それでモノが迎えに来たって訳だ。なんならラインハルトに聞いてくれよ。俺の携帯の履歴を見ればわかるだろ?」

 

そう言いながら慎一郎は白音に携帯の履歴を見せる。

 

「・・・・・・」

 

白音は慎一郎の電話履歴をジッとしばらく見つめながら、顔を電話画面から離す。

そして一度ため息をつくと、白音は光が戻った瞳で慎一郎を見て言った。

 

「・・・本当みたいですね。ごめんなさい慎一郎さん。貴方を少しだけ疑ってました。モノさんとは“そういう関係”何じゃないかと思っていましたので」

 

「モノとはそんな関係じゃねえ。アイツは俺の“相棒”だっての。そんな事するかよ」

 

相棒と言う言葉に、白音は嫌な顔を作る。

どうにもモノと白音は相性が極端に悪い。

いや、それも当然と言えば当然のことだ。

いかんせん好き勝手するモノと生真面目な白音。

言ってしまえば不良と優等生で噛み合わないのは当然である。

 

「・・・なんであんな奴が・・・」

 

ギリッと唇を噛みしめる白音に慎一郎は言った。

 

「アイツとは組織を作った時からの付き合いだからな。柊も信頼しているんだぜ?なんだったら、モノの奴よりはお前に任せられるくらいだ」

 

「・・・本当ですか?」

 

「おう」

 

「・・・本当の本当ですか?」

 

「だからそうだって言ってるだろ?」

 

慎一郎の言葉に白音は少しの間黙った後、顔を慎一郎から離す。

 

「───ボクは慎一郎さんを“信じてます“からね。なのでその言葉も信じます。だけど夜更かしも程々にしてください。身体に悪いですから」

 

白音はそう言って鞄をしっかり手に持つと、慎一郎視線をもう一度向けて言った。

 

「じゃあボクは学校があるのでこれで失礼しますね。慎一郎さんもボク以外でふしだらな事をしないように」

 

「誰がするかよ。もういい歳した大人だっての」

 

「でも最近はその大人が若い人に手を出してる話をニュースであがってますよ?」

 

「そんなクズ野郎と一緒にしないでくれ」

 

サラッと毒を吐くようになった白音に慎一郎は苦笑いを作る。

そして通学路に向かおうとする白音に慎一郎は言った。

 

「柊!」

 

「なんですか?」

 

「”いってらっしゃい”」

 

慎一郎のその言葉に白音は一瞬目を丸くしながらも、すぐに笑みを浮かべて───

 

「“行ってきます”。慎一郎さん」

 



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第十三話

「へえ。じゃああの眼鏡の子、今この店の二階に住んでいるんだ」

 

「お前知らなかったのかよ?」

 

「うん。だって興味ないし」

 

モノは喫茶店の二階のマンションに魔法少女である白音が引っ越ししてきたと聞いても、興味なさげに言いながら机の上に並んだ料理を口の中に入れる。

そして数度咀嚼し飲み込んだ後、慎一郎に顔を向けてつまらなさそうに言った。

 

「大体なんでボクにそんな事を聞くのさ?ただ、知ってる?程度に言われても、ボクやシンが興味の無い話の内容を他の奴から聞いても知らないって答えるでしょ。普通」

 

「まあ、確かにそうだけどさ・・・」

 

慎一郎のその反応にモノは眉を寄せる。

まるで慎一郎のその反応が面白くないというように。

 

「大体───シンはなんで“あんなの”を気にするのさ。ボクは魔法少女や縛られるのが嫌でこの道を選んだ。でもアイツは魔法少女になった自分がどういった結末になるのか分かっていて、魔法少女になった。“他人が決めた自分の人生をアイツは自分でその道を選んだ弱い奴”なんだから、シンが気にするような奴じゃない」

 

モノはそう慎一郎に言ってコップに入った水を口に含む。

そんなモノに対し、慎一郎は言った。

 

「・・・俺も本当はそっち側だったから分かるんだよ」

 

「・・・・・・」

 

そう言う慎一郎にモノは何も言わない。

だって最初の頃は慎一郎もそうだったから。

 

「けど、お前やラインハルトが俺を“こっち”側に引き込んでくれたんだ。だったら柊を悪党に引き込むならちゃんと面倒を見てやらないといけないだろ?」

 

「・・・本当にそれだから───」

 

モノはそう呟きながら慎一郎と初めてあった時のことを思い出す。

薄汚い裏路地で死にかけだった自分を救ってくれた日の事を。そして───生まれて初めて優しさを感じたあの時の事をモノは忘れてはいない。

 

「ラインハルトにお節介な奴って言われてるんだよ」

 

もしかしたらボク自身もあの三位と一緒なのかも知れない。初めて触れた人の優しさだから誰にも渡したくないのだと。

厨房で皿を洗う慎一郎を一度見て、モノはボソッと呟く。

 

「・・・まあ、分からないことはないんだけどさ」

 

そんなモノの呟きが聞こえてなかったのか、厨房から戻ってきた慎一郎がぶつくさと言いながら戻ってきた。

 

「ラインハルトの奴がお節介だって?俺からそれを取ったらちょーっと能力を使える一般人じゃねえか」

 

「まあ、最近はボクもそう思えるようになってきたよ。なんて言うのかな・・・ウザい?」

 

モノのその例えにグサリと聞こえそうなくらいに慎一郎の身体が揺れた。

 

「こ、これが反抗期と言うものか・・・なんか独身なのに子供を持つ親の気持ちが分か───」

 

「そんなんで分からされたら多分子供持つ親が怒って来るんじゃないかい?」

 

「冗談だっつの」

 

「分かっててやってる」

 

くだらないやり取りをしながら、モノは慎一郎に言った。

 

「ねえ・・・シン」

 

「あん?どうした?モノ」

 

モノは手にしたワインボトルの蓋を開け、グラスに注ぐと、溢れる気泡とワイン越しに写る慎一郎を見て言った。

 

「・・・今回の昼ご飯の分はツケでいい?」

 

「普段お前の飯作ってやってんのは誰だ?言ってみろ」

 

「・・・ハイ」

 

その日、モノの一日が決まった。



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第十四話

「あ!おはよう白音!」

 

学校の教室でコウハが教室に入ってきた白音を見て、笑顔を作る。

 

「おはよう。コウハちゃん」

 

教室にいる友人のコウハに白音は挨拶を返す。

 

「あ、柊さんおはよう」

 

「うん。おはよう」

 

周りの同級生からも挨拶を返し、白音は自分の席に鞄を机の上に置く。

そんな中、コウハが小声で白音に言った。

 

「ねえねえ、白音ちゃん。四日前の事件知ってる?」

 

「四日前・・・?」

 

「うん。白音ちゃんは三日間学校休んでたから知らないと思ってさ。“七番区の商店街が氷漬けになったって話”。もしかしてって心配してたんだけど、“白音ちゃんじゃなくて“良かったぁ」

 

「・・・・っ」

 

安堵した表情を作るコウハに、白音は喉を詰まらせる。

人を巻き込んだ魔法少女はすぐに処分される。氷を操る魔法少女は自分を含めてかなりの人数がいる。

暴走となればかなりの被害が出る事を魔法少女達は理解しているので、“誰が暴走したのか分からない”のだ。

だからこそ、魔法少女が居なくなるという事は殺されたということ。

コウハが良かったと言っていた理由は、“街を氷漬けにしたのは友達の自分じゃない”と安心しているからだ。

 

(・・・本当はボクがやったのに)

 

コウハに対して罪悪感が胸に残る。

だが、白音は安堵するコウハに本当の事を言うことが出来なかった。

──と、教室にもう一人の友人が入って来るのが見えた。

 

「おはよう白音ちゃん。三日間学校に来なかったけど、身体の方は大丈夫?」

 

心配そうに雨宮都が声を掛けてくる。

 

「うん。ちょっと引っ越しの準備してたから。今日から一人暮らししてみようかなって思って」

 

「あっ、引っ越しだったんだ。何処に引っ越したの?」

 

「えっと・・・バイト先の上のマンション」

 

白音はそう言うと、都はあっと手を叩く。

 

「もしかして・・・〈イオニアン〉の上のマンション?」

 

「うん、そこ」

 

都の返答に白音は頷くと、コウハは言う。

 

「てことは・・・白音、毎朝店長さんに会ってる感じ?」

 

「えっと・・・たまに、かな」

 

そう言って笑う白音に、二人は「「おおー!」」と声を上げる。

周りの生徒達も一部聞いていたのか、話が盛り上がった。

 

「え!?柊さんに好きな人出来たの!?」

 

「マジかよ!!」

 

「お前、柊狙ってたもんな」

 

「言うなよ!」

 

「〈イオニアン〉の店長って確か・・・」

 

「良くサービスしてくれる店長さん!」

 

「いいなー。私も好きな人出来ないかなー」

 

色々な会話が教室に飛び交う中、キーンコーンカーンコーンと、朝礼のチャイムが鳴る。

 

「あ、もうこんな時間」

 

「じゃあまた後で聞かせてね!」

 

「うん」

 

皆がそれぞれに自分の席に着く。

と、白音は自分の隣の席が空席になっているのを見て、小さく首を傾げた。

 

「・・・あれ?」

 

欠席を一度もしたことのない生徒の席に白音は疑問を浮かべていると、教室の前の扉が開かれた。

 

「出席を取るぞー」

 

担任の先生が出席簿を手にしながら名前を呼んでいく。

そして───

 

「柊白音」

 

「あ、はい」

 

白音は自分の名前を呼ばれ、とっさに返事を返す。

 

「今日はいるな」

 

担任の先生はそう言って、出席簿をチェックする。

そんな先生に、白音は気になる事を口にした。

 

「あの・・・先生」

 

「ん?どうした柊?」

 

顔を上げる先生に、白音は口を開く。

 

「あの、七宮さんは・・・?」

 

隣の空席の生徒の名を呼ぶ白音に、先生は言った。

 

「七宮なら“四日前から行方不明“だ。警察もまだ捜索中らしい」



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第十五話

彼等が日常に戻る前───事件発生してから三日後に少し時間を遡る。

 

「・・・・居心地が悪い」

 

「そう?ボクはそう思わないけど」

 

街の凍結事件が起こってからはや三日。

慎一郎は夜、ラインハルトに呼び出された。

高級料理店にモノと一緒に呼び出された慎一郎は椅子に背を預けながら周りに視線を向けた。

エリート層の人間が周りのテーブルを囲うように座って楽しく食事をしている。

と、そんな中で一人の男性の姿が見えた。

慎一郎と同じ金髪に整った顔に鋭い目つき。美形と言えば美形だが、顔の右半分は酷い火傷痕が異様に目立つ。

この男こそがラインハルト本人だった。

周りの視線がラインハルトに寄せられる。

普通の人にはない威圧感がラインハルトから発せられているのだ。目立つ見た目とその威圧感には誰もが目を引くだろう。

 

「待たせた」

 

「珍しいな。お前が人前で仮面を被らないなんて」

 

「食事の場だぞ。仮面を被っていては楽しめるものも楽しめん」

 

そう言ってラインハルトは椅子に腰かけると、メニュー票を手に取りすぐに閉じる。

 

「二人はもう頼んだのか?」

 

「俺はお前が来るまで待ってたんだよ」

 

「ボクは頼もうとしたけど、シンに止められた」

 

「そうか。今回呼び出したのは俺だ。支払いは持つ。好きに頼め」

 

「そうこなくちゃね」

 

「すまん」

 

モノは嬉しそうに答え、慎一郎は申し訳なさそうに言う。

 

「気にするな」

 

謝る慎一郎にラインハルトはそう答え、ワインと魚料理を頼む。

モノも遠慮をすることなく、かなりの値段がする肉料理と酒を頼んでいた。

慎一郎も適当な料理を一品頼むと、ラインハルトに顔を向けて言った。

 

「それで?今日はどうしたんだよ。こんな時間に呼び出すことなんて滅多にないだろ」

 

慎一郎の質問にラインハルトは答えた。

 

「まあな。だが、今回で“彼女”を此方に引き込んだだろう。その彼女が引き起こした“被害報告“だ」

 

そう言ってラインハルトはタブレットを慎一郎に渡す。

慎一郎はタブレットの画面をスクロールしていくと街の被害総額にあの場にいた犠牲者───数百人の情報が並んでいた。

 

「346人って・・・嘘だろ」

 

事件の死者数に慎一郎は動揺を隠せない。あの一瞬でそれだけの犠牲者が出ていたということに、慎一郎は恐怖を覚える。

 

「それでこれが“DMK部隊が目撃者を殺した人数“だ」

 

「52人・・・346人のうち294人は柊が・・・」

 

これを彼女に見せるわけにはいかない。もし、これを見せてしまえば彼女が壊れてしまう。

息を呑み込む慎一郎に、ラインハルトは何か思い出したかのように慎一郎に言った。

 

「確か───〈凍土の騎士〉と“同じ学校の生徒“が死にかけだった所をC3が無断で保護したと話も上がっていてな。だが、その生徒の身体の殆どは氷漬けにされたことで壊死しまっているらしい。俺は食事の後、その生徒に会う予定だが・・・モノはどうでもいいとしてお前はやめておくか?慎一郎」

 

そう言うラインハルトに慎一郎は顔を隠すように手を当てて、頷く。

 

「・・・ああ、止めておく。間接的にとはいえ“俺のせい”でもあるんだ。こんな作戦にサインをした俺に───」

 

「・・・シン。それ以上口にしたら怒るよ」

 

慎一郎の自己嫌悪に発した言葉に、モノは言った。

 

「俺のせいじゃない。“ボク達のせい”でしょ。この作戦を提案したのはボク達なんだからさ。何でもかんでも自分だけ背負い込むのはシンの悪い癖だよ」

 

「・・・・モノ」

 

モノの言葉に慎一郎は彼女の名を小さく溢す。

そしてそんな慎一郎にラインハルトは注文し、届いたワインをグラスに注ぎながら言った。

 

「それに彼女は“まだ死んではいない”。俺は提案をするだけだ。お前の“妹”と同じように。“アンドロイド”として生きていくか───な」

 

そう言って笑うラインハルトにモノは眉を顰める。

 

「趣味悪いよ」

 

「俺は“提案”をしているんだ。その女がどのような答えを出すかは知らんが、アンドロイドになるのなら俺の駒になるだけだ。特別なのはお前の妹だけだ。俺とお前の仲だ。いつでも無償で彼女の身体をメンテナンスをしてやるし、好きに生きてくれても構わない」

 

ラインハルトはそう言って、グラスに入ったワインを口に含む。

そして慎一郎に言った。

 

「“俺達の目的───まだ忘れてはいないな?“」

 

「分かってるよ。“俺はこの腐り切った世界を変える為“。“モノは誰にも縛られない自由を手に入れる為“。お前は───“自分を見殺しにした大統領・・・いや、父親に復讐”をする。それが俺達の最終目的だ」

 

そしてラインハルトに渡されたグラスに注がれたワインを慎一郎は一気に飲み干す。

その味は喉に焼き付くようにいつまでも残り続けた。



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第十六話 復讐者

カチカチと壁に掛けられた時計が静かな喫茶店の中に鳴り響く。

そんな中、慎一郎は椅子に座ってボーッとしているモノに言った。

 

「なあ・・・モノ」

 

「んー・・・どうかしたのかい?」

 

身体を背もたれから起こしながらモノは言う。

そんなモノに慎一郎は言った。

 

「昨日の話に出てきた生徒・・・大丈夫だと思うか?」

 

「大丈夫かどうかはその生徒次第だと思うよ。生きるのを諦めたら死ぬだけだし、もし生きるとしてもラインハルトの“奴隷”だよ。そんな二択を選ぶならボクは前者を選ぶね」

 

奴隷なんてなりたく無いねと言うモノに対し、慎一郎は複雑な気分だった。

 

「どうしようもできないよな」

 

「どうしようもできないね。シンはラインハルトにとって“特別”だから“あの時”、ラインハルトはシンの妹を無償で助けたんだよ。けど、あの話に出た子は違う。あの子にあるのはラインハルトとの契約みたいなものさ。生か死か。助けてやるからとお前の全部を俺によこせってさ。それを決めるのはあの子であってボク達が口だしするようなものじゃない」

 

もうこの話は終わりだよとモノは言ってスマートフォンを弄り始める。

本当は弄るなと言いたい所だが、客はいないので別に構わないだろう。

 

「・・・本当に残酷だよな。世界は」

 

「───残酷だよ。残酷でなかったらボクやラインハルトは君と出会わなかったさ」

 

モノのその言葉は慎一郎にとって、とても重く胸に残った。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

心電図モニターの電子音とゴポゴポと空気が液体の中に排出される音が聞こえる。

一人の少女が培養槽の中に浮かんでいた。

だが培養槽の中にいる少女の身体の殆どは壊死し、ところどころ黒ずんできている。生命保持器のおかげで何とか生きているような状態であったがそれも時間の問題だった。

少女───七宮詩音はゆらゆらしている意識のまま、ただ自身の“死”を待っていた。

彼女の“誕生日”であったあの日。不幸な事故が起こった。

街の全てが氷の彫像になった。無機物も有機物も。そして彼女の両親の命ですら冷たい牢獄に閉じ込められ、死に絶える地獄の中、彼女だけ運良く助かった。

彼女は死ぬ直前、魔女狩り部隊の一人に助けられ一命を取り留めることができた。

だが、それもここまで。

彼女の身体は凍傷の影響で身体の殆どが壊死している。そんな状態で助かる奇跡などないだろう。

泣き叫ぶことも悔やむこともできない。ただどうしてと、虚ろな瞳で考えることしかできない。

──なんでこんな目にならないといけないの?お父さんもお母さんも私も何にも悪いことなんてしていないのに。

ただ現実は残酷だ。なんの意味もなく、たまたまその場で居合わせたという、ただそれだけの理由で彼女の全ては奪われる。

自分が死ぬまで、あと少しの猶予しかない。

彼女は自分の存在意義などこの世界になかったのだと諦め、目を閉じようとしたその時だった。

 

『これは酷い状態だな』

 

現れた人は黒のスーツに青いバイザーと黒い金属で出来たフルフェイスの仮面をつけた男だった。

誰?と言おうとしたが、声は出ない。ただ、詩音は虚ろな瞳でその男を見る。

 

『誰だと思っているようだが、お前にその権利はない。ただ、お前にあるのは俺の質問に答える。それだけだ』

 

男はそう言って詩音を培養槽に浮かぶ詩音に視線を向けて言った。

 

『お前はこの世界をどう思う?理不尽だと思うか?』

 

仮面の男に詩音は石のように動かない自分の身体を力の限り動かす。全身に痛みが走るが、どうでもいい。

そうして詩音は首をゆっくりと縦に振る。この世界は理不尽だと首肯する。

 

『───そうか。ならもう一つ聞こう。お前は“生きたいか“?それともこの場所で無意味に“死ぬ”か?──“選べ”。死ぬなら何もするな。生きたいのなら頷け。そして俺と俺の友にお前の全てを捧げろ。そしたらお前を助けてやる』

 

それは契約だった。目の前の男との悪魔の契約。

生きたいのなら私の総てを捧げろと。そしたら死ぬしかないこの運命から助けてやると。

お父さんもお母さんも死んだ。私には何も残っていない。自分の存在意義も無い世界で生きる意味があるのだろうか?

そんな詩音に仮面の男は言った。

 

『迷っているようだな。なら───“教えてやる“。お前をこんな目に合わせたのは、この世界だ』

 

そう言いながら仮面の男は続ける。

 

『“復讐”をしたくはないか?何故、自分がこんな目合わなければいけないのだと叫びたくはないか?お前を不幸にした“世界”に“魔法少女”に復讐をしたくはないか?答えろ』

 

「──────」

 

“復讐”

 

そうだ───なんで思い浮かばなかったのだろう。

世界はお父さんをお母さんを私を切り捨てた。

魔法少女は私の総てを奪った。

───そんな奴らを残して、私は死んでもいいの?

そんなの───私は“認めない“。

私がこんな目にあったんだ。なら、私から総てを奪った魔法少女にも同じ絶望を味合わせてやる。

 

『ではもう一度聞くぞ。お前は“生きたいか”?』

 

仮面男の質問に詩音は自分の全てを使って頷いた。

生きたいと。この世界に──魔法少女に復讐をしたいと。

 

『契約成立だな。今からお前は俺達〈組織〉の一員だ。ただ、今のお前の身体は死に体の役立たずだ。お前をアンドロイドの肉体に差し替えてやる。俺達の手足となって働いてみせろ』

 

仮面の男はそう言うが、詩音の耳には入らなかった。

彼女の胸にあるのは世界に───魔法少女に復讐する。その炎が胸に渦巻いていた。



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第十七話 世界の現実

学校の授業が終わるチャイムが鳴る。

白音は朝の朝礼の時から少し憂鬱な気分だった。

隣の席である七宮詩音の行方不明。

朝から慎一郎に会えて浮かれていたのが嘘みたいに今の白音は冷めていた。

心配───と言えば心配である。

一応ある程度の交流はあったし、偶にとはいえ喋る機会もあったのだ。知り合いに何かあれば心配になるのは当然である。

とはいえ───

 

「白音ちゃん!早く行こうよ!じゃないと時間に間に合わなくなっちゃう!」

 

教室の出入り口でコウハと都が鞄を持って待っていた。

 

「うん。すぐ行くね」

 

白音は急かすコウハに返事を返すと、鞄を持って自分の席から立ち上がる。

何時までも気にしてはいられない。なにせ今日は〈シリウス〉の活動日でもあるのだ。

 

「ごめんね。コウハちゃん」

 

「ううん。早く行こう!」

 

そう言って駆け出すコウハに対し、都はコウハを見守りながら笑みをつくる。

 

「最近はテストとか色々あったから、コウハちゃんはしゃいじってるね」

 

「でも息苦しいよりはいいかも」

 

「うん。たまには私達も息抜きしないと身体に悪いし」

 

白音と都はそう話していると、廊下の先からコウハの声が聞こえてきた。

 

「おーい!白音ちゃん!みゃーこも早く行くよー!」

 

「朱羽!廊下を走るな!!」

 

「げッ!?先生!?ごめんなさーい!」

 

廊下の先で先生に呼び止められるコウハに白音と都は苦笑いを作る。何時もコレだから先生も慣れているが、コウハにはもう少し厳しくしても良いと近頃思う。

 

「じゃあ行こっか」

 

「うん。でないとコウハちゃんも待ちくたびれるだろうし」

 

白音と都は先生に呼び止められているコウハのもとへ足を進める。

 

「朱羽・・・お前今月で何回目だ?俺の知る限り五、六回くらいお前を呼び止めてるぞ」

 

「ご、ごめんなさい・・・」

 

先生に謝るコウハに都が先生に言う。

 

「ごめんなさい先生。コウハちゃんがまた迷惑かけて」

 

「なら、雨宮も朱羽に言って置いてくれ。俺は今から会議があるんだ」

 

「はい、言っておきます。先生」

 

気をつけて帰れよと言って先生は職員室がある二階の階段へと上がっていく。

先生の姿が見えなくなった瞬間、コウハが大きな溜め息をついた。

 

「ありがとー。もう先生に怒られて散々だったよ」

 

そう言うコウハに対し、白音は呆れたように言った。

 

「だったら廊下を走らなかったらいいのに」

 

「うっ・・・正論だから否定できない」

 

何も言い返せないという顔を作るコウハに、都は苦笑いを浮かべたままだった。

三人は学校の正面玄関で上履きから靴に履き替えた後、帰路を通りながら目的地である事務所にまで歩いていく。

───と。

歩き始めてから十分ほど歩いただろうか。駅近くの高層ビル群に三人が差し掛かった時、いきなり突風に煽られた。

 

「・・・んっ」

 

「うわっ!?」

 

「きゃっ!」

 

白音達は突然の突風にスカートを押さえる。

だが、そんな白音達の目の前で───オレンジ色の炎が激しく噴き上がった。

 

「ギャアアアアアアアア!!?」

 

甲高い絶叫がビル群中に響き渡る。

少し遅れて、周囲の通行人たちも悲鳴を上げた。

人が“燃えている”。

魔法少女の力ではない。恐らく───能力者。

 

「みゃーこ!!」

 

「うん!」

 

コウハの声と同時に都が手をかざす。

 

「fons Neptunus!!」

 

都のその言葉と同時に、燃える男性に大量の水が降り注ぐ。

一気に水が火を消化したが、その男性の身体は手足は溶け崩れ、真っ黒に炭化していて原形をとどめていない。

 

「・・・そんな」

 

「みゃーこ・・・そんなに落ち込まないで」

 

あの一瞬で燃え尽きた男性に、都は口元を押さえてその場に膝をついた。

コウハはそんな都を心配するように背中を擦る。

白音は炭化した人だったモノを見て───白音は始めてこの世界の“現実”を知った。



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第十八話 能力者としての力

「慎一郎さん。魔法少女と能力者の違いってなんですか」

 

高層ビル群で人が燃えた事件の翌日。

〈イオニアン〉のカウンターで三人の少女達が慎一郎に詰め寄っていた。

慎一郎は顔を引き攣らせながら白音に言う。

 

「いや、まあ答えられるけど・・・なんで俺?」

 

「一番詳しそうなのが貴方ですから」

 

信頼してくれるのはありがたいことだが、他の二人も連れてくるとは思わなかった。

慎一郎はコウハと都に視線を向けると、自分が組織の人間だとバレないように質問する。

 

「えっと・・・じゃあ後ろの二人はなんで来たの?」

 

慎一郎の質問に都は答えた。

 

「私は、目の前で人が燃えてなんで能力者の人はこんな酷い事をするんだろうって思って・・・だから知りたいんです。白音ちゃんから慎一郎さんが能力者だって聞いて慎一郎さんがどう思っているのかを」

 

「私はただ許せないだけ。人の命を簡単に奪うだなんて許せないから」

 

「あー・・・」

 

つまりは純粋に知りたいという気持ちと正義感と言った所か。

慎一郎は白音に顔を近づけながら、小声で聞く。

 

「俺や〈組織〉については何も話してないよな?」

 

全てを知った柊なら別に問題はないが、この二人は別だ。彼女達を引き込む前に組織の人間だとバレてしまえば、政府との戦争になりかねない。

顔を近づけたせいか、顔を赤くする白音は小さく頷く。

 

「・・・大丈夫です」

 

マフラーで口元を隠す白音に対し、外野の二人は少しだけ笑みを浮かべていた。

どうやら白音の恋路は二人に知られているらしい。

こういった頼み事を断りづらい慎一郎は一度溜め息をつく。

 

「今は無理だから店を閉める五時頃に来てくれ。なんなら飯も作る」

 

「「・・・!!ありがとうございます!」」

 

「・・・良かった」

 

頭を下げるコウハと都に対し、白音はどこかホッとした様子で胸を降ろしていた。

 

「一応、柊は残ってくれ。人手がちょっと足りないんだ」

 

「わかりました。ではすぐに着替えますね」

 

「おう」

 

更衣室へと着替えに行った白音を見送り、慎一郎はコウハと都に視線を戻す。

 

「まだ時間はあるから端のテーブルで時間まで待ってくれ。もしくは、時間になるまで遊びに行ってもいいぞ」

 

「じゃあ待たせてもらいます」

 

「じゃあ私も。みゃーこや白音ちゃんがここにいるんだもん。なら、私も待つよ」

 

二人はそう言うと、慎一郎は貸し出し中と書かれたプラ盤を都に手渡した。

 

「なら、コレを机の上に置いておいてくれ」

 

「わかりました」

 

都は一度頷いて、一番端の席にコウハと一緒に向かう。

 

「今日はモノに来るなって言っておかないとな」

 

そう呟きながら時計を見る。

閉業時間まで後三時間。後少しだけ待ってもらうとしよう。慎一郎はそう思いながら、厨房へと戻っていった。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

午後五時十分。慎一郎と魔法少女の三人しかいなくなった喫茶店で慎一郎は向かい側に座る白音達に飲み物を出しながら言った。

 

「・・・で?何から聞きたいんだ?能力者と魔法少女の違いか?それとも何故、能力者達が一般人を傷つけたりしようとする理由か・・・どっちから聞きたい?」

 

「・・・能力者達が一般人を攻撃したりする理由を聞きたいです」

 

慎一郎の二つの選択に答えたのは都だった。

その質問に慎一郎はコーヒーを口にしながら答え始める。

 

「俺達能力者は魔法少女と違って差別されてきた。どうしてだか分かるか?」

 

「・・・差別?どうして差別が・・・」

 

白音は知っているので反応を示さなかったが、返ってきた答えに都とコウハは困惑する。

そんな二人に対し、慎一郎はすぐに答えを出す。

 

「俺達能力者の力は現実に対して“干渉能力が高すぎる“んだよ」

 

そう言いながら、慎一郎は髑髏の置物を箱の中から二つ取り出した。ハロウィン用の装飾だが、自分の能力を見せるにはこれが一番手っ取り早い。

 

「俺の能力を一言で表すなら“ゲーム“だ。ゲームのルール・・・まあなんでもいい。そのルールを現実にすることが出来る。ボートゲームだとオセロってゲームあるだろ。挟めば白から黒に変える───もしくは黒から白に変えるっていうルール。それを現実で出来るんだ」

 

「えっ?」

 

「どういう意味?」

 

「それってつまり───」

 

白音だけが気づきかけている。

だが、まだ分からないといった表情をしている二人に慎一郎は自分の能力を見せることにした。

 

「柊。一回体験してもらおうか」

 

「・・・体験ですか?」

 

「すぐに戻してやるから安心してくれ。ただ、少し気分は悪くなるかもしれないが」

 

首を傾げる白音に慎一郎は白音の後ろに回り込むと髑髏の置物を両手に一つずつ手に持つ。

そして“挟み込むように二つの髑髏を白音に当てた”。

───次の瞬間。

 

「・・・なっ!?」

 

「・・・ッ!?白音ちゃん!?」

 

髑髏に挟まれた白音は一瞬にして“白骨化”した。

だらりと“白音だったモノ”がテーブルの上に崩れ落ちるように倒れ込む。

 

「・・・っ!白音ちゃんに何をしたの!?」

 

都は慎一郎に問い詰めるが、慎一郎は冷静に答える。

 

「俺の能力の一部を見せただけだ。それに、柊は“死んでない“」

 

「死んでないって・・・どういうこと!?」

 

コウハの質問に慎一郎は答えた。

 

「ただ“見た目がこうなっただけ“なんだよ。オセロってゲームは黒と白のチップをひっくり返して多い方が勝ちっていうゲームだ。今の白音はチップで言うと、“ヒックリ返った状態”なんだ。白が人間なら、黒が俺が持つ髑髏。だから二人とも今度は自分の頭を今の柊に左右から当ててみてくれ」

 

「う、うん」

 

「こう?」

 

都とコウハは自分の頭をコツンと左右から白骨化した白音に当てる。

するとまるで時間が巻き戻るかのように、白音がもとの人間の姿に戻った。

 

「えっ?あれ・・・?ボクはなんで気を失って・・・」

 

「「白音ちゃん!!」」

 

頭を抑える白音に、都とコウハは彼女を抱きしめる。

 

「えっ?どうしたの?二人とも・・・」

 

状況が把握出来ていない白音はなぜこうなったのか分からないと困惑していた。

 

「二人が落ち着くまで待ってやれ」

 

「えっ?慎一郎さん・・・それはどういう?」

 

状況を理解出来ていない白音をそのままに、慎一郎は冷めたコーヒーを口に入れる。

冷めたコーヒーはただ苦く、酸味がとても強くいつまでも舌にその味が残った。

 



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第十九話 能力者と魔法少女の違い

あれから少しした後、落ち着いた都とコウハは白音から離れ、机の上に置かれたカフェオレを口にして落ち着いた様子だった。

白音も自分がどのような状態になっていたのか説明したらすぐに納得してくれた。流石学年トップをキープしていると言っているだけのことはあり、理解力が高い。

 

「と、まあ俺の能力は現実に影響がかなり出るタイプでな。能力をフル活用すれば物理法則すら無視できるし、なんだったら良く実況動画とかで縛りプレイなんてあるだろ?俺の能力の有効範囲内だったら任意の相手にそのルールを強制させたりすることもできる」

 

「それ、チートじゃん」

 

コウハの言葉に慎一郎は苦笑いを作りながらコーヒーを啜る。

 

「つっても、その能力は俺も含めるから場合によっては俺自身も弱体化したりするけどな」

 

そう付け加え、慎一郎は白音達を見る。

 

「能力者が差別される理由は、基本的に能力による被害が周りに出るのが当たり前だからそれで差別される事が多いんだ。“暴走した魔法少女”だってそうだろ?」

 

「・・・なんで、その事を」  

 

都が慎一郎が暴走した魔法少女について口にした時、驚いたように呟いた。

そんな都に対し、慎一郎は言う。

 

「俺の知り合いにお前と同じ“魔法少女”がいるからだよ。暴走した魔法少女がどうなるかは俺も知っているからな」

 

都とコウハはその言葉に、唖然とする。

慎一郎はそんな二人を差し置いて、今度は白音に視線を向けた。

 

「───で、次は魔法少女についてなんだが・・・」

 

慎一郎は腕を組みながら三人を見て説明を始めた。

 

「魔法少女は能力者とは違うところがあってな、魔法少女になれるのは“適正”が必要なことは知っているよな?」

 

「はい」

 

「当たり前のことですから」

 

「そりゃあ、もちろん」

 

「なら話は早い」

 

頷く三人に、慎一郎は結論を言った。

 

「能力者と魔法少女の違いは大きく分けて三つ。まず一つは先に言った現実に対する干渉能力、もう一つが適正の有無。そしてもう一つはな、“能力の使用する際の詠唱”だ」

 

「えっ?」

 

三つ目の答えに三人は目を丸くする。

能力を使用する際の詠唱?そんなことをしたことあるだろうか?

首を傾げる白音達に慎一郎は説明を付け加える。

 

「ほら、三人は魔法少女の力を使う時はどうする?」

 

「え?そりゃ能力の名前を叫んで───あ」

 

自分の発した言葉に何か気づいたのか、コウハが動きを止める。

どうやら気づいたらしい。

 

「もしかして・・・能力の名前を言うのがその詠唱?」

 

「正解だ。俺達能力者はそんなのは言わないしな」

 

そう言いながら慎一郎は手を叩く。

 

「後は干渉能力についてなんだが、本来魔法少女は持久性が無いせいで俺達能力者みたいに能力の常時展開は出来ないんだ。ただ──」

 

少し詰まらせるように慎一郎は白音に視線を向ける。

 

「白音は魔法少女の中でも第三位───で、二人も見た感じ上位に位置する魔法少女だろ?そこまで高い適正ランクだと俺達能力者と干渉能力の差はそう変わりないんだ。まあ、それでも能力者は長いと何ヶ月と力の維持できるけど、白音はそこまで維持出来ないだろ?」

 

「そう、ですね」

 

長くても数日維持するのが限界だと言う白音に、慎一郎は頷いた。

 

「そりゃあ仕方ないさ。能力の出力の問題だからな。魔法少女は能力の出力だけみれば能力者の数倍の出力を引き出せるんだぜ?正面からの殴り合いになったら俺なんて一瞬よ?」

 

「その力を問答無用で縛れる人に言われたくないなー」

 

コウハは慎一郎にジトッとした目でそう答えた。

能力の使用禁止というルールを敷いてしまえば、魔法少女などただの非力な少女だ。

それを知ってか知らずか、慎一郎はただ肩を竦めるのみ。

 

「まあ、そう言うことだ。これが能力者と魔法少女の違い。能力者が一般人を傷つける理由は長い間、ずっと差別されてきたからその恨み返しと言ったところだな」

 

そう言って慎一郎は立ち上がる。

 

「ほら、今日はこれ以上遅くなる前に帰れよ?昨日、人が燃えた事件があったんだから」

 

カップを片付け始める慎一郎に都が質問した。

 

「あの慎一郎さん・・・その事についてなんですけど」

 

「ん?」

 

振り返る慎一郎に、都は言った。

 

「能力者は──一瞬で人を燃やせる力があるんですか?」

 

「“俺の知る限り、能力者は一瞬で人を燃やせるような出力は出せない”。脳にだいぶ負荷がかかるからな。人が燃えた現場に居たんだろ?他に何か起こらなかったか?」

 

「・・・そういえば、突風が吹いたような」

 

そこまで答えると、慎一郎は言う。

 

「なら、“大気“を操る能力かもな。大気中の酸素を一極集中すれば人間くらいなら一瞬で燃やせるかもしれない」

 

「そう、ですか。ありがとうございます」

 

都は慎一郎に一度礼をし、白音とコウハと共に喫茶店を後にした。



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第二十話

「だいぶ遅くなったな」

 

時刻はもう二十時。明日の準備をしていたせいで店の戸締まりが遅くなった慎一郎は店の鍵を閉める。

 

「にしても、能力者による殺人か・・・この街に他所から来た能力者の仕業か?」

 

火を操る───もしくは大気を操る能力者がやったことは政府の連中に直ぐ様目を付けられる。この大都市の大半の能力者を指揮しているのは慎一郎達〈組織〉だ。

亡くなった男性には悪いが、この状況で政府が動かないのは慎一郎にとって好都合でしかない。

何故なら今から十五年前。慎一郎が能力者と分かる前に、とある事件があった。

能力者の力の暴走。しかもその能力者はまだ十歳にも満たない子供が起こした最悪の事件。

基本的に能力者は維持力が高い代わりに瞬間的に出せる出力は大きくない。

だがまだ幼い子供の時点で強力な能力を手にしてしまった場合、その能力を制御しきれず暴走してしまう可能性がある。

能力の暴走によって十五年前、“巨大地震”が起こった。

その子供が持っていた能力は“振動”。

結果、一人の子供が起こした大地震で約一万人以上の人達が行方不明、もしくは死んだ。

この件がなかったら───能力者は差別をされずに済んだのだろうと思うくらい酷い事件だったことを覚えている。

その結果、能力者に対して政府が危険視し、一時期デモンストレーションがあった。

 

それは能力者及びその親族の皆殺し。

 

これには流石の国民も非難した。能力者でもなんでもない親族ですら殺されるのだ。だが、非難した国民に対し、政府は圧殺。

そして月日が流れ、魔法少女という存在が生まれ、魔女狩り部隊が出来上がり、こうして能力者達は自分の身の内を隠しながら生きていく事となった。

 

「奴の狙いはなんだ?・・・クソッ、分からねえ」

 

今回の能力者は快楽殺人者かそれとも何か別の目的があるのか。

“そこ”が分からない以上、此方から動きようがない。

 

「もし、この件に関わろうとする奴がいるとすれば──」

 

慎一郎は恐らく魔法少女が必然的に関わることになると、目をつけた。

あの三人以外の魔法少女も関わりそうな奴は居るには居るが、一番関わりそうな少女と言えば───。

 

「・・・雨宮都。この話に一番食い付いてきたのはアイツだ。もし、アイツが事件の能力者と接触して戦う事になったら───」

 

炎を操る能力者であればいいが、大気を操る能力者であった場合、彼女は───

 

間違いなく死ぬ。

 

これは慎一郎自身の勘でしかない。だが、雨宮都の水を操る能力はモノから聞いた限り、彼女の劣化でしかない。

 

「───モノとラインハルトに連絡を入れておくか」

 

最悪の結末───十五年前に起こったデモンストレーションをもう一度起こさせる訳にはいかない。

そう胸に秘めながら空を見上げる。

夜空には雲が星を覆い隠すように広がっていた。



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第ニ十一話

「───で?シンはその女の為にボクに学校に行けって言うのかい?」

 

その言葉と同時に、慎一郎は胸ぐらを捕まれる。

自分よりも九つは歳下のモノに、胸ぐらを捕まれ振りほどけないでいる慎一郎は、冷や汗を流しながら目からハイライトが消えたモノに、説得の言葉を投げる。

 

「いやだから無理に学校に行けとは言わねえよ。一応金を払ってるのはラインハルトだしな。それに成績はお前トップを取って先生を黙らせてるんだろ?その辺りはモノの好きにしてくれても構わないんだ」

 

本当は学校に行ってモノに青春を楽しんでもらいたいのが慎一郎の密かな願いなのだが、どうせモノは嫌がるだろう。

 

「じゃあなんでボクがやらないといけないのさ?バイトの子にやらせればいいじゃん」

 

「柊は今週はアイドル業がかなりあるらしいから頼みづらいんだよ。ラインハルトも今、県外にいるわけだし。だから暇そうなお前に頼んでいるんだよ」

 

「へえ?シンはボクのことをそんな風に思ってたんだ?」

 

モノは慎一郎の顔と自分の顔がほぼ密着寸前にまで引き寄せてから、相変わらず光の無い目で慎一郎を見つめながら言った。

 

「ボクは誰かに縛られるのが一番嫌いだってこと、シンが一番知っている筈だよねぇ?ボクはラインハルトのようにシンの頼みならなんでもかんでも受けると思ってる?しかも、それが他の女絡みならなおさらだよ」

 

モノはそう言いながら、自身の口元を耳もとまで近づけ、慎一郎にしか聞こえない小さな声で獲物を追い詰めるような声で囁く。

 

「最近、シンは他の女の子をよく気にするようになったじゃないか。ボクという“相棒”がいるのにさ。それが凄くイライラするんだよ。分かるかい?」

 

威圧的にシンを見つめるモノに対し、慎一郎は言った。

 

「だったら“お前はどうしたいんだ”?」

 

「・・・・どういうことかな?」

 

慎一郎の質問にモノはどういうことだと答える。

そんなモノに、慎一郎は言う。

 

「じゃあ言い方を変えてやる。お前は俺に“どうしてもらいたい“んだ?」

 

慎一郎はそう言いながら、モノを見る。

 

「お前は俺に対してやって欲しいことを自分の口で言おうとしないよな。やって欲しいことがあるならお前の口で聞かせてくれよ」

 

「へぇ・・・じゃあ、シンはボクと付き合ってくれって言ったら、付き合ってくれるのかい?」

 

そう言うモノに対し、慎一郎は答えた。

 

「お前がそうして欲しいなら付き合うさ」

 

「・・・・・・」

 

慎一郎の目は嘘をついていない。紛れもない本心で言ったというのが分かる。

だが、モノはそんな慎一郎が気に食わなかった。

今の慎一郎は、自分が欲しい慎一郎じゃない。

モノが欲しいのは何時もの優しさと誰かを守るために覚悟を決めた彼だ。

今の目的の為に自分を切り捨てるような彼じゃない。

そんな慎一郎にモノは言う。

 

「やっぱりなし。ボクはやらない」

 

「はい!?」

 

やらないと言ったモノに慎一郎は素っ頓狂な声を上げる。

そんな慎一郎に対し、モノは唇を開く。

 

「ボクが付き合って欲しいのは今のシンじゃない。だから監視にも行かない。どうしてもって言うなら“店番”はやってあげる」

 

「おま、店番って・・・料理とか大丈夫なのかよ?」

 

そう言う慎一郎にモノはフンッと鼻を鳴らす。

 

「ボクを舐めないでよ。こう見えて料理はする方なんだ。なんだったら今から作ってあげようか?」

 

手は抜かないからと言うモノに、慎一郎は頭をかくと、溜息をつく。

そして慎一郎は参ったなと言いながら、モノに小さく笑みを浮かべた。

 

「そこまで言うなら分かったよ。モノ───“俺の店を頼んでいいか”?なんのしがらみもない“相棒”としてさ」

 

そう言って右手をモノに差し出す慎一郎に、モノは小さく笑った。

 

「ボクは“その顔のシンに言って欲しかった”んだよ。今のシンだったらボクも依頼を受けたのにさ」

 

「言われなきゃ分かるかよ」

 

「鈍感なシンに言ってもねぇ?」

 

そう言いながら慎一郎はモノに言う。

 

「“この事件”が解決したらパーッとパーティでもしようか。お前の好きな料理を並べてさ」

 

「いいね。なら、期待してるよ」

 

「店を任せたぜ」

 

慎一郎がそう言うと、モノは不敵な笑みを浮かべる。

そして───

 

「“ああ。まかされたよ”」

 



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第ニ十二話

「まあ、格好良く言ってみたのはいいものの・・・」

 

慎一郎は人が集まるビル群で一人、はあと溜息をつく。

 

「どのみち情報屋に行かねえと何の手がかりも掴めないのがなぁ・・・」

 

情報屋

 

居場所を無くした能力者達が集まる地下世界。

モノや慎一郎が情報を集めるために行く所だが、いかんせん表社会から迫害された者ばかりな為かガラが悪い連中が多い。

夜に行くならともかく、十六時頃の今、行くのは少々気が引ける。

 

「まあ、動くのは早い方がいいか」

 

後先考えず突っ走るような性格ではない筈だが、雨宮都は学生だ。となると、正義感や責任感で何をしでかすか分からない。

 

「ならさっさと行くか」

 

ここから近くない裏路地の地下バーだ。今から行っても、そこまで人はいないだろう。

───と。

 

「あれ?慎一郎さん?」

 

「あ?」

 

聞き慣れた声に慎一郎は振り返ると、そこには柊白音と雨宮都が並んでいた。

珍しく赤髪の子はいないようである。

と、目を丸くする慎一郎に白音は言った。

 

「慎一郎さん。今日はまだお店の方は開いていますよね?どうして此処にいるんですか?」

 

そう言う白音に、慎一郎は戸惑いながら白音達に言う。

 

「店の方はモノに任せてきた。俺はちょっと探し物をな」

 

モノの名前を聞いて露骨に嫌そうな顔を作る。

 

「白音ちゃん?凄く嫌そうな顔になってるよ?」

 

都の不思議そうな表情に白音はハッとした顔になると、コホンと咳払いをする。

 

「・・・そうですか。それで、慎一郎さんは何を探しているんですか?」

 

「ああ。一昨日の事件についてちょっと───あ」

 

慎一郎は雨宮都が居るのをすっかり忘れてそこまで言ってしまい、慎一郎は口を噤む。

だが、もう遅い。

 

「何か分かったんですか!?」

 

雨宮都は慎一郎に食い付くように迫ってきた。

しかも人が多く通る街道で。

 

「お、おい!近い近い!?それに周りを見ろ!人が見てるから!?」

 

周りの一般人の視線が痛い。

大の大人に迫る女子高生。普通に事案である。

 

「あっ、す、すみません!!」

 

そんな慎一郎の様子に都はハッとしてすぐに離れると、慎一郎は溜息をついた。

 

「・・・やっぱり食いつくと思った。それに今からその情報を集めに行くんだよ。この大都会で能力者一人探そうと思ったら気が遠くなる」

 

口が滑ったのだ。彼女達に悟られてしまった以上、包み隠さず言うしかない。

 

「情報・・・ですか?けど、一人ずつ聞き込みをする訳にもいきませんし・・・」

 

「ああ、別に周りの奴に一人ずつ聞くわけじゃない」

 

慎一郎は右手を上着のポケットに入れながら、キョトンとする白音と都に言った。

 

「俺達───“能力者のコミュニティ”を使う。《情報屋》DD・・・〘遠隔感応型能力者〙の力を借りてな」

 



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第ニ十三話

「あの・・・慎一郎さん」

 

「ん?どうした柊?」

 

慎一郎は白音の声に反応して振り返ると、白音はそんな慎一郎に質問をする。

 

「あの、さっき慎一郎さんが言っていた《遠隔感応型能力者》って一体?」

 

「それ、私も気になります」

 

そう言う白音と、そんな白音に便乗する都に慎一郎は歩きながら口を開いた。

 

「能力者にはな、魔法少女と違って二つの種類がある。まず俺のように自分や周りを対象にする能力者が《遠隔感応型能力者》と呼ばれていて、他には自分自身を対象にする能力者の事を《自己操作型能力者》と言う」

 

慎一郎はそう言いながら、ビルの路地裏に入る。

白音と都もそんな慎一郎を追うように路地裏に入りながらも、慎一郎の説明を聞いていた。

 

「自己操作型の能力者は俺の能力のように周りに干渉せずに、自分自身に対する干渉能力が凄まじく高い。簡単に言えば、自己強化型と言えば分かりやすいか。やたら身体能力が高い能力者や自分自身の身体の骨格や筋肉を変形させて違う生物になったりするのが《自己操作型》の特徴だ。ただし、身体に対する負担が凄まじいから能力者の中でも特に暴走しやすい」

 

暴走しやすいと言って慎一郎は更に説明を続ける。

 

「二年前・・・だったか。《自己操作型》の能力者が暴走した事件があったのを覚えているか?最終的には殺されてワニの姿のままもとに戻らなかったらしいが」

 

「二年前・・・ワニ・・・もしかして〘捕食者〙ですか?ボクの前任だった人が倒したっていう・・・」

 

そう言う白音に、慎一郎は頷いた。

 

「ああ。その〘捕食者〙が良い例だ。当時の第三位が出たにも関わらず、中々解決しなかっただろ?」

 

「はい。だから沢山の犠牲者を出したって聞いてます」

 

そう言う都に、慎一郎は首肯する。

 

「ああ。最終的に〘捕食者〙は自身の本能のまま、暴走し、捕食し続けた。自分の能力が内側に集中し、自身の身体が耐えきれなくなった〘自己操作型能力者〙の最悪の結果だな」

 

慎一郎はそう言って、白音達に視線を向ける。

 

「大半の魔法少女が戦闘するのは、暴走した自己操作型能力者だ。だが今回の相手は俺と同じ遠隔感応型能力者。幾ら魔法少女でも死ぬぞ」

 

そう言う慎一郎に白音と都は真剣な顔をする。

 

「大丈夫です。それくらいの覚悟は出来ています」

 

「はい。魔法少女として生きてきたときから出来てます」

 

「・・・ったく」

 

強情な彼女達に慎一郎は息を吐く。

魔法少女というのは強情な奴ばかりだと慎一郎は思いながらも、笑みをつくった。

 

「んじゃ、頼りにしてるぜ。二人とも」

 

「「・・・はい!」」

 

白音と都は力強く頷くのを見て、慎一郎は目的地であるバーの扉に手をつけた。

 

「一旦二人はここで待っていてくれ。流石に魔法少女のお前らが入ると周りが煩くなる」

 

「分かりました。じゃあ、私達はここで待ってますね」

 

白音はそう言うと都も頷いた。

 

「じゃ、待っててくれ」

 

慎一郎はそう言ってバーの扉を開けた。

そして眼前の光景に言葉を失った。

 

「──────」

 

バーの中は花のように広がった大量の血と、人だったものの燃え滓に大量の灰が床に散らばっていた。

 

「・・・慎一郎さん?」

 

固まる慎一郎を見て都が首を傾げ、バーの中を覗き込もうとする。が───

 

「見るなッ!!」

 

慎一郎のその叱責に都はビクッと肩を揺らしながら動きを止めた。

 

「・・・ッ。どうしたんですか?」

 

白音は厳しい顔つきの慎一郎に問いを投げると、慎一郎は視線を扉の先から逸らさず、白音と都に言った。

 

「“全員死んでる”。仮にも能力者だ。普通の奴は出来やしない。コイツはかなりのやり手だ」

 

その言葉に、白音と都は何も言えなかった。



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第ニ十四話

「・・・で?なんで君がここに居るのさ?」

 

「それは此方のセリフですよ。邪魔です、帰ってください」

 

能力者達が集まる集会所が全滅だと分かった慎一郎は白音達を連れて〈イオニアン〉に帰ってきた訳だが、モノが苛立ちを隠さずに慎一郎の後ろにいる白音に鋭い視線を向けていた。

こうなるだろうなぁとは察してはいたが、仲悪すぎるだろコイツら。見ろよ。雨宮の奴がどうすればいいかこっち見てるんだぞ?少しは止める自分の身にもなってくれ。

 

「お前等・・・喧嘩なら他所でやれ!」

 

「慎一郎さんは黙っていて下さい!」

 

「シンは黙っててくれないかな!」

 

二人にそう言われ、慎一郎はしばし無言になる。

 

「し、慎一郎・・・さん?」

 

笑顔のままその場を動かない慎一郎に、都はおずおずと顔を覗かせる。

ハハッ。コイツら頭に血が登ってんな。

慎一郎はそんな魔法少女二人にお仕置きをするべく、小さく呟いた。

 

「───“シー”」

 

慎一郎のその言葉と同時に、重厚な扉が現れる。

モノは驚愕した表情を慎一郎へと向けながら、白音を無視して口を開いた。

 

「シン!?正気かい!?」

 

「反省してこいお前等。“俺の能力で作った迷宮”だ。その迷宮にいる間は死んでも生き返ることお前は知ってるだろうが」

 

「だからってあの迷宮のボスを使うことなんて───」

 

「ある程度時間が経ったら元に戻してやるっての。だから逝って来い」

 

「ちょっ!?まっ!?」

 

「なっ、なんですか!?これ!?」

 

モノと白音の腕を扉の先から伸びたフジツボで覆われた篭手が掴む。

“慎一郎の能力”によって産まれた怪物が“自身のフィールド”へと二人を引き摺り込んだ。

 

「は、白音!?」

 

「大丈夫だっての」

 

謎の腕に引き摺り込まれた白音達はそのまま扉の向こう側へと姿を消し、それを都は追いかけようとするが、それを慎一郎が止める。

 

「二人には俺が作った“RPG”を楽しんでもらうだけだ。難易度は・・・何回かは死ぬだろうが、生き返るし気にするな。それがゲームの醍醐味だろ」

 

「でもっ!!だからって放ってなんておけません!!」

 

「あっ!?ちょっ、おい!?」

 

そう言って閉まりかけていた扉へと飛び込んでいった都に、慎一郎は慌てた様子で彼女を止めようとするが、その前に扉が閉じた。

 

「・・・・カオスルーラー相手じゃなくて良かった」

 

慎一郎は一時間後に戻ってくる彼女達が絶望して心が折れるようなボスモンスターを喚ばなくて良かったと一人になった喫茶店で安堵するのだった。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「───ここは?」

 

白音は咄嗟に閉じた目を開けると、そこは石で出来た巨大な部屋だった。

ギリシャ神殿に近いような柱や石畳は暗く、冷たい部屋を更に冷え込ませるような雰囲気だった。

その横ではモノが膝から崩れ落ちていた。

 

「ちょっと、何をやっている───」

 

「白音ちゃん!!」

 

「!」

 

白音は後ろから投げられた声に振り返ると、そこには都がいた。

 

「みゃーこ・・・なんでここに?」

 

慎一郎の後ろにいた都が此処にいる事に、白音は驚きと困惑を隠せない。

 

「白音ちゃんが心配だから来たんだよ!バカ!」

 

目に涙を浮かべる都に、白音は申し訳なさそうに目を伏せる。

 

「ごめんね、みゃーこ。こんなことに巻き込んじゃって。それに慎一郎さんにも───」

 

「ううん。私は気にしてないよ。帰ったら慎一郎さんに一緒に謝ろう?・・・ね?」

 

「・・・うん。でも、ここは何処なんだろう?何かの遺跡みたいな感じだけど・・・」

 

「慎一郎さん曰く、能力で作ったゲームだって・・・」

 

「これが・・・慎一郎さんの能力?」

 

「うん・・・規格外だね」

 

本当に凄まじい力だ。干渉能力が高い能力者でもこんな規格外なモノ出来やしないだろう。

と、白音と都の疑問に、横で膝をついていたモノがゆっくりと立ち上がると、ボソッと呟いた。

だがその声は何時もの覇気は無い。

 

「此処はシンが作った迷宮だよ。“リメインズ・オブ・ラビリンス───“333階層にそれぞれ固有のボスモンスターがいて、ここはその十ニ階層だ」

 

「迷宮って慎一郎さんの能力にそんなことが・・・」

 

「出来るんだよシンなら。RPGゲームを現実化させる。シンの能力なら不可能じゃない。それにこれはゲームだよ?ここはシンが作ったゲーム世界。RPGゲームにはモンスターっが必要不可欠でしょ?」

 

その言葉と同時───“大量の海水が部屋を呑み込んだ”。

 

「・・・!!Dauerfrost Ritter!!」

 

白音はその津波に自身の総てを凍てつかせる力を発揮させる。だが───

 

 

「威力が高すぎる!?」

 

部屋を一瞬で呑み込むほどの津波だ。その水の圧力は計り知れない。

だが、そんな彼女に対しモノは───

 

「Mar abierto saqueador」

 

巨大な海賊船が出現し、白音と都を船の看板で掬いあげる。

 

「───何やってんの?それでも第三位なの?」

 

モノは白音達を一瞥した後、船の前方にいる“ソレ”に視線を向けた。

白音と都も“ソレ”を見て、目を見開いた。

 

「───」

 

『ヒヒヒィィィッッッッン!!』

 

尾ビレが生えた馬が咆哮を上げる。

ヒッポカムポス。

ギリシャ神話に登場する半馬半魚の海馬。

神話に出てくるその海馬に人が乗っていた。

フジツボと汚れが彼方此方ついた西洋のフルプレートアーマーに、フルフェイスヘルム。手綱が握られた反対側の手には幅広のロングソードが握られている。

三人の魔法少女が見上げる先───その騎士のHPバーが表示された。

そしてその上にはその騎士の名が中空に刻まれた。

 

【see the hippocamp White Rider】

シー・ザ・ヒッポキャンプ・ホワイトライダー。

 

それが迷宮十二階層のボスモンスターの名だった。




迷宮のボスモンスターの名前を募集!!
詳しくは活動報告にて!

因みにいくつかはもう決まってます!

【barguil the ancient chaos drake】

バルギル・ザ・エンシェントカオスドレイク

【Jack the chaos ruler】

ジャック・ザ・カオスルーラー

【the fortress full Cancer」

ザ・フォートレスフルキャンサー


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第ニ十五話 see the hippocamp White Rider

「なに・・・あれ・・・・」

 

都の、声にならない声を聞きつけたかのように。

ヒッポカムポスの不吉なほど鮮やかな赤い目が船の甲板にいる彼女達を捉えた。

 

『ヒヒヒィィィッッッッン!!』

 

この大部屋全体を震わせる咆哮が迸り、彼女達は大なり小なり怯んだ。

そして三人にまるでデバフがかかったような光が彼女達を包み込む。

 

「・・・・ッ」

 

その不愉快な感覚と共に一気に身体が重くなる。

 

「ぅぁ・・・な、なに・・・この、感じ・・・」

 

その倦怠感に都は膝をつく。

だが、そんな中でモノは眉を顰ませながら言った。

 

「あのボスモンスターのデバフだよ。ホントムカつく」

 

「アレを知っているの?」

 

舌打ちをするモノに対し、白音はモノにヒッポカムポスに乗った騎士について質問する。

そんな白音に、モノは言った。

 

「知ってるも何も───アレは“ボクが倒せなかったボスモンスター”だ。シー・ザ・ヒッポキャンプ・ホワイトライダー・・・シンが作ったボスモンスターの一体だよ」

 

忌々しげにモノはホワイトライダーを睨みつけると、ホワイトライダーはヒッポカムポスと共に、海水を纏わせながら突撃してくる。

 

「───旋回しろ」

 

モノのその言葉と同時に、船が旋回し突撃を回避しようとする。だが、旋回速度よりもホワイトライダーの突撃スピードの方が遥かに早い。

 

「手伝えよ。このままだとボクらもこの船ごと海の藻屑になるよ」

 

「・・・仕方ないですねッ!!」

 

白音はそう言って馬上槍を構えながら叫んだ。

 

「みゃーこ!!サポートお願い!!」

 

「うん!fons Neptunus!【序曲】!」

 

その言葉と同時に、モノと白音の身体の内から魔力が一気に高まるのを感じた。

 

「・・・へえ。こんな事も出来るんだ」

 

感心するように呟くモノに、白音は高速接近してくるホワイトライダーの足元を一瞬で凍らせてその機動力を奪おうとする。だが、ホワイトライダーはそんな白音の思惑を凌駕するように更に“加速”した。

 

「なっ!?そんな無茶苦茶な・・・!?」

 

床が凍って滑りやすくなっている状態で更に加速。そんな事をすれば身体の踏ん張りや足元のブレーキによる摩擦が効かずにスリップして滑ってしまう筈なのに。

そんな常識を覆すような軌道を描きながらホワイトライダーはモノが操る船に衝突する。

 

「・・・きゃっ!?」

 

「・・・くっ!!」

 

「クソッ、やられた」

 

振動で足を取られながらも彼女達は、身を投げ出されないように姿勢を低くして衝撃を抑える。

 

「ホント嫌になるよ。後でシンに文句言ってやる」

 

苛立ちを隠さずにモノは舌打ちをした後、カットラスを剣帯から引き抜くと同時に叫ぶ。

 

「主砲用意!とにかくぶっ放せ!!」

 

モノのその声と同時に、船横から覗くいくつもの大砲が一斉に火を吹いた。

凄まじい弾幕と同時に、ホワイトライダーが作り出した大量の海水が渦を巻き始める。

 

「今のボクを舐めるなよ。騎士モドキが。昔のボクや他の魔法少女とは違うんだよ」

 

そう言ってモノが腕を振り上げると、槍状になった海水がホワイトライダーに襲いかかった。

 

『───!』

 

ホワイトライダーは襲いかかる海水の槍を振り切ろうと、ヒッポカムポスを疾走らせる。だが、そんなホワイトライダーの軌道上に巨大な分厚い氷の壁が現れ、その疾走を遮る。

足が止まったホワイトライダーに海水の槍が直撃し、追撃の砲撃と氷の弾丸が襲かかり、水蒸気爆発が起こった。

 

「やった!!」

 

都は喜ぶが、モノと白音は険しい顔のままだ。

なぜなら魔法少女の中でも瞬間火力と拘束力では上位にいる筈の二人でもホワイトライダーのHPバーはまだ半分しか削れていないからだ。

巻き起こった水煙が晴れる。

慎一郎が能力で作った世界であるからか、無傷のホワイトライダーが姿を現す。

だが、ホワイトライダーの手に剣は無く、その代わりに巨大な三叉の槍を握っていた。

 

「・・・・あれは?」

 

「第二形態ってところだよ。ここから一気に強くなる」

 

そう言ってモノと白音はカットラスと馬上槍を構える。

 

「・・・くるよ!」

 

『──────!!』

 

都の叫びと同時にホワイトライダーが咆哮を上げた。

そして───

 

「・・・!さっさと逃げろ!“ホワイトライダーの狙いはお前”だ!」

 

「・・・え?」

 

「みゃーこ!!逃げて!!」

 

ホワイトライダーのターゲットは“一度も攻撃していない”雨宮都へと向けた。

都の視界いっぱいにホワイトライダーの姿が写り、そして────ドッと、都の身体に衝撃が走る。

 

「───ぁ・・・ぇ?」

 

「みゃーこ!!」

 

熱い。

都が最初に感じたのはソレだった。身体の中心が燃えるように熱い。そしてその後に───

 

  ───激、痛───。

 

「・・・コフッ」

 

都の口から赤い粘ついた液体が吐き出る。

苦しい 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い・・・!

今までに感じたことのない強烈な痛苦に視界が霞む。

そんな都にホワイトライダーは槍をグルリと捻ると、そのまま一気に振り抜いた。

 

「あああああああああああ!!?」

 

大量の血を撒き散らしながら固い石畳の床へと倒れ伏す都に白音は絶叫の声を上げた。

 

(はく・・・ね、ちゃん)

 

最後に都が見たのはそんな絶叫を上げる白音と、顔を歪ませるモノの姿だった。

 

───一緒に謝るって約束守れなくてゴメンね




慎一郎「生きてんのになぁ」


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第ニ十六話 リメンズ・オブ・アドミニストレーター

「───一人、ゲームオーバーか」

 

一人、自身が作ったダンジョンで魔法少女が死んだことを慎一郎は感じ取った。

だが、慎一郎はシーが取った不可解な行動に疑問を浮かべた。

 

「なんでシーの奴は一回も攻撃していない雨宮を攻撃したんだ?普通はそんなことなんて───」

 

確かにシーは”他のボスモンスターとは出生が違う”。

だが、今までこんなことはなかった筈なのに。

と、次の瞬間、慎一郎のスマートフォンが鳴った。

 

「だれだ?」

 

慎一郎は首を傾げながら画面を開けると、名前を見てああと納得する。

慎一郎はすぐに電話の通話ボタンを押すと、右耳にスマートフォンを近づけた。

 

「悪い、待たせた」

 

『此方も待っていないですよ、兄様。それより雨宮都についての事を途中経過ですが報告します』

 

「頼む」

 

慎一郎の返答にM4は答えた。

 

『まず雨宮都ですが、彼女は去年、一般人から魔法少女になったみたいですね』

 

「なるほどな。そりゃ過去のリストに無いわけだ」

 

慎一郎は納得した様子で椅子に背を預ける。

 

『そして今回の事件の能力者らしき人物と雨宮都、そして今も行方不明の魔法少女、神城海と関わりがあるらしく───」

 

「おい、ちょっとまて」

 

『どうかしました?兄様?』

 

神城海───確かその魔法少女は───!

 

「神城海って確か“リメンズ”が独断で俺の階層ボスモンスターにした魔法少女だぞ!?」

 

 

もしそれが本当なら───

しかもこの状況を《アイツ》はきっと見ているはずだ。

リメンズ・オブ・ラビリンス第三百三十二層のボスモンスター《リメンズ・オブ・アドミニストレーター》。最後のボスモンスターを除く全てのボスモンスターの生成から操作までラビリンスの中であればなんでも出来る。

それにアイツは前科もある。

何故なら“何人かの魔法少女を主の慎一郎に気づかれぬよう迷宮階層のボスモンスターにしたことがある”のだ。

その一人が“ホワイトライダー”。

 

ホワイトライダーの人だった頃の名前は───

 

 

───“神城海”───

 

 

魔法少女としての自意識は無いと言っていたが、アイツのことはどうも信用できない。

 

「M4」

 

『なんですか?』

 

「今から───こっちに来れるか?」

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「・・・ん」

 

ふわふわとした空間に漂う感覚に雨宮都はゆっくりと瞼を開く。

そこは広大な海が広がっていた。

 

「・・・ここは?それに私はあの時───ッ!?」

 

槍に突き刺され死んだ筈と都がそう思った瞬間、周りが一瞬で暗くなった。

 

「な、なに!?」

 

光を通さない暗闇。そんな中、不安になりながら都はあたりを見回すと、奥でモニターらしき光が点滅していた。

 

「・・・ぁ」

 

そのモニターの先には自分を殺した筈のホワイトライダーが大事そうにモニターの光をジッと見つめていた。

都はそんなホワイトライダーに近づいていく。

先ほど殺された恐怖もある。だがそれ以上にホワイトライダーのその姿が都には悲しそうに見えた。

都はモニターに視線を向けると、そこには───

 

「・・・ぇ?」

 

“二度と救われることのない魔法少女の姿”があった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

ねえ、■■■君。

どうしたら私と一緒にいてくれるのかな?

 

この服はどうかな?

この髪型は似合うかな?

この仕草はカワイイと思ってもらえるかな?

 

魔法少女である私は一般人の彼からしてみれば怖がられるのは分かってる。

だけれど、彼と一緒に居られるなら、どんな努力だってする。

 

そう決めた。

 

でも、どうしたら君と一緒に居られるのだろう?

彼は私とは違ってクラスでも人気ものだ。

生半可な努力では一緒には居られない。

学校で一番可愛くなれば君は私を側に置いてくれるのかな?

だから私は毎日、魅力的になるように努力した。

クラスのみんなから私が一番カワイイと称賛してくれた。

けれど、君は私をちゃんと見てはくれない。

 

なんで?どうして?と疑問もあったけれど、私は諦めきれずに彼と毎日会話をした。

少しでも、君と居られるように。

だけど、君は私をちゃんと見てくれない。

もしかしたら人見知りなのかなと思って、私は毎日毎日、彼とお話をした。

 

そしてある時、私は彼に好きな人がいることを知った。

 

どうして?

 

 

 

 

なんで?

なんで?

なんで?

なんで?

なんで?

なんで?

なんで?

なんで?

なんで?

なんで?

なんで?

なんで?

なんで?

なんで?

なんで?

なんで?

なんで?

 

 

 

 

どうして───君の隣にいるのは私じゃないの?

 

そして私は気付いた。

私は・・・彼と一緒にいることなど出来ないのだと。

彼は、魔法少女である私には振り向かない。

私では彼の隣には居られない。

 

私は何のためにこんなに努力したのだろう?

 

無意味だった。

 

無意味だった。

 

無意味だった。

 

私は幸せそうに歩く■■■と彼女を見て、自分のその惨めさに絶叫する。

だから私は───

 

 

 

あの人二・・・

 

 

 

「・・・ひっ」

 

都はモニターを見て、顔を強張らせる。

つまり、ホワイトライダーとは───

 

「そう。お前の予想通り、ホワイトライダーは“元魔法少女”だ。全部とは言わないが、この迷宮のボスモンスターのごく一部は元魔法少女ですよ」

 

「・・・ッ!誰!」

 

都が振り返ると、そこにいたのは一人の男性だった。

警戒する都に、男は笑う。

 

「私の名前はリメンズ。慎一郎様からこのダンジョンの管理を任せているまあ、貴方がたで言うAIに近いものです」

 

そう言うリメンズに都は言った。

 

「なんでこんな酷いことをするんですか!?他の魔法少女をこんな───」

 

「化物にしてこんな場所に閉じ込めるだなんてって言いたいんでしょう?貴女は」

 

「───っ」

 

その言葉に都は言葉を詰まらせる。

そんな都に、リメンズは口元を笑みで歪めた。

 

「言いたいことが丸分かりです。貴女は感情を表に出し過ぎなんですよ」

 

リメンズはカツカツと靴を鳴らしながら都に視線を向けた。

 

「貴女は幸せですよねぇ?無知で何も知らない。貴女方が戦っていたホワイトライダー・・・彼女はね、貴女の“被害者”なんですよ?」

 

「・・・ぇ?」

 

都はリメンズの言ったその言葉に呆然とする。

 

「ほら、モニターを見ました?ホワイトライダーの元になった魔法少女。貴女の記憶をちょっとだけ拝見させてもらいましたけど、“一致するんですよね”。彼女の記憶と」

 

彼女と言うのは恐らくホワイトライダーのこと。だが、一致するとは?得もしれない強烈な不快感が都の背筋を這い登る。

 

「ホワイトライダーが言っていた彼女・・・それ、貴女のことなんですよね。貴女が彼女が好きだった彼の告白を断ってその後、魔法少女になったのに、彼女は“魔法少女だったから”彼に見向きされなかった」

 

「ぁ・・・ぁ、ぁぁ・・・」

 

リメンズの言葉が胸を抉る。

 

「いい加減、現実を見ろよ。お前は周りを助けたいという善意で魔法少女になったんだろうが、お前のその善意が人を救えるとは限らねぇんだよ。慎一郎様の世界は“そんな希望なんてない”」

 

希望なんてない。───そんなの、聞きたくない!!

 

だが、都のそんな思いは目の前の男には届かない。

 

「貴女も、そこにいる彼女みたいに“全て諦めてしまえば”楽ですよ?」

 

リメンズは都の頭を掴むと、その顔をモニターへと向ける。

 

 

そこに一人の少女がいた。

 

 

癖っ毛のある黒髪を肩まで伸ばし、赤い瞳の少女。

だが、そんな彼女は膝を抱えた状態で彼女の目には光が灯っていなかった。

 

「彼女が“ホワイトライダー”ですよ。なーんの反応もなくてつまらなかったですけど、今はいい玩具が出来たので彼女には満足してます」

 

「ぁ・・・ぁぁ、ぁぁぁ・・・」

 

私があの子を───

 

「ああ、そうそう。貴女にイイコトを教えてあげます。最近話題の能力者。まだ慎一郎様は気付いていないようですけれど、アレ、貴女に告白して振った彼らしいですよ?今は薬で情緒が不安定なんだとか。あーあ、“お前のせいで無関係な奴”が死んでるなぁ」

 

そしてリメンズは都に───彼女にとって最悪の言葉を投げた。

 

 

 

 

「“お前は───疫病神───だな”」

 

 

 

 

『“この───疫病神”!!』

 

 

 

自殺した母が彼女に遺した呪いの言葉だった。



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第ニ十七話 雨宮都

雨宮都は魔法少女になる前は、努力家の女の子だった。

雨宮都の母親は、有名な女優だった。各種メディアで頻繁に露出され、テレビで見る母親は、綺麗で、優しそうで、まさしく理想の母親然としていた。

だが、都は、そんな母に褒められた記憶がほとんどない。

命令。禁止。命令。禁止。それだけが、彼女が母から与えられた言葉の全てだった。

両親が離婚したのは、都が五歳の時だ。

優しい父親だったと今でも覚えている。機械部品を作る生産者で、よく自分を連れて色々な所に連れて行ってくれた。

家を出ていったその日も、父親は都に沢山愛情を注いでくれた。

大きな家には都と母親しかいなくなり、厳しかった母親がヒステリックに叱りつけるようになったのはちょうどその頃からだ。

小学校に入学すると同時に、都は中学受験塾に通わされ、やがてスイミングスクールと英会話教室が追加された。遊ぶ時間など存在せず、数少ない友達と遊びたいと言えば、激怒した母親に思いきり殴られもした。

勉強はできたがクラスでは浮いた存在で、友達と呼べる子も徐々に都から離れていった。

だが、母親が血道をあげたのは教育だけではなかった。

都を優秀な女優に仕立てる為に、様々な教育を都に教えていた。

演技やダンス、歩き方から話し方まで彼女の自由までも強制させた。

なぜ、母親は都にそんなことをさせたのか。

それは、自分の本や雑誌に、都の写真を載せる為だった。

自分がいかに正しく子供を育てているか。自分の娘がどれだけ優れていて素晴らしいものか。それを誇示する材料に都は使われた。

最初は都も母親の期待に答えようと努力した。

母の期待に答えれば褒めてくれるだろうと。だが、そんな都の期待は裏切られる。

少しでもミスをすれば怒鳴られ、テストで満点が取れなかった時はお仕置きを受けた。

 

暴力

 

暴力

 

暴力

 

そんな都が母親から暴力を受けていることを気付いたのは、学校の教職員だった。

身体測定の時、彼女の身体がアザだらけだったことに気付き、教職員が警察や児童保護団体に連絡したのが、きっかけだったらしい。

そのせいで都の母親はこれまでの人生で積み上げてきたモノ全てを失なった。

メディアには悪いように言われ、会社には契約を切られ、そのストレスからか母親の体調はみるみるうちに悪化していった。

そして、なにもかも失った都の母親は呪詛を吐くようにまだ小学ニ年生の都に、叫んだ。

 

 

───せっかく積み上げてきたモノがアンタのせいで台無しよ!さっさと出ていけ!!アンタの顔なんて見たくもないわ!!この───疫病神ッ!!

 

 

まだ幼かった都にとって、母のその言葉は呪いとなった。

そして次の日。都の母は首を吊って死んでいた。

幼い都は自殺した母親だったモノを見て、自分が母親にはどう写っていたのかを知った。

 

“この───疫病神ッ!!”

 

私は───“要らない子”だったんだ。

私は居るだけで周りに迷惑をかけちゃう要らない子なんだ。

ごめんなさい。生きていてごめんなさい。

 

 

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 

 

そんな呪いのような自罰の念に囚われた都は、自分の命を絶とうと橋から飛び降りようとしたとき、そんな彼女の手を掴む人がいた。

顔はもう覚えていないけれど、“彼”の手の暖かさは今も覚えている。

父親がいなくなった都には縁遠いものの筈だったもの。

寒くて暗いところから引っ張ってくれるような暖かい手。

都は一度、それに救われた。

生きていいのだと。誰かが肯定してくれた気がして───

 

だけど───

 

ごめんなさい───あの時、助けてくれたおにいさん。

 

わたし頑張って生きたけど、やっぱり要らない子だった。

 

ごめんなさい、お母さん。  ごめんなさい、お父さん。

 

ごめんなさい、白音ちゃん。 ごめんなさい、コウハちゃん。

 

ごめんなさい、海さん。 ごめんなさい、モノさん。

 

 

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごめんなさい──────“慎一郎さん”

 

 

 

 

 

 

 

 

雨宮都の───魔法少女の力が堕天する。

そして───

 

 

「aaaaaaaaaaaaaaあああああああああッ!!」

 

 

破滅の歌姫がここに誕生した。

 



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第ニ十八話

「───ッ!?」

 

慎一郎は唐突に走った頭痛に顔を歪める。

 

「リメンズ!!何があった!」

 

慎一郎は頭痛で痛む頭を無視し、ダンジョンの管理者であるリメンズの名を呼ぶと、リメンズ笑いながら姿を現す。

 

「いや、スゴイですよ彼女!!まさかこうも簡単に“堕天化”するとは俺も予想外でした!」

 

「堕天化だと!?」

 

リメンズの言葉に慎一郎は驚愕する。

 

堕天化。

 

それは魔法少女にのみ起こる反転現象。

彼女達は国の兵器でもありながら、感情を持つ一人の人間だ。

人であれば誰だって触れられたくない過去やトラウマを持っている。

極端に負の感情やトラウマが彼女達の中でフラッシュバックした場合、“堕天化”という現象が起こるのだ。

その結果、現れる魔法少女を“魔女”と呼ぶ。

本来、魔女狩り部隊の意味は暴走した魔法少女を殺すというより、こちらの“堕天化した魔法少女”を殺すというのが本来の意味合いなのだ。それが何時しか堕天化した魔法少女を見ることが無くなり、暴走した魔法少女も抹殺対象として彼等は見ることになった。

 

柊の時はまだ“自意識”が残った暴走だったのに対し、雨宮都のソレは“堕天化”だ。

堕天化したら最後、彼女を救い出す方法はない。

ただ、“殺す”だけだ。

 

「────リメンズ」

 

「どうしました?慎一郎様」

 

「第五十層のフォートレスフル・キャンサーを第十二層に送れ。アイツなら“雨宮を殺さずに時間稼ぎ”が出来る」

 

「殺さなくて良いんです?」

 

そう言うリメンズに、慎一郎は口を開いた。

 

「なんなら、今ここで、勝手なことをした“お前を殺してやろうか”?」

 

今の慎一郎は間違いなくキレている。そんな慎一郎に歯向かうことは自身の死でしかないだろう。

リメンズは肩を竦めながら口を開く。

 

「おお怖い怖い。分かりましたよ。ではフォートレスフル・キャンサーを十二階層に送りますが、他にすることはあります?」

 

「“俺と葵も出る”。フィールド全体を破壊不能オブジェクトへ変更してやるから彼女を絶対に逃がすなよ。後はバルギルを連れて行く。万が一の事もある。不確定要素は徹底排除だ」

 

「それはそれは───」

 

彼女も運がない。慎一郎様が出るとなれば一瞬でカタつく。なぜなら彼はあの世界では“王”なのだから。

 

「───お前の処分はその後だ。余計な事をしやがって」

 

慎一郎は後ろに立っているリメンズにそう吐き捨ててから、門を潜った。

その背を見送ったリメンズは笑う。

 

「さて慎一郎様に言われた事ですし、カニを送りましょうかね。硬さは破壊不能オブジェクトの一歩手前の硬さですし、魔法耐性も凄まじいですからあの城壁が突破されるなんて事はないでしょうけど」

 

バルギルも連れて行くと言っていたが、あれは過剰戦力だろう。不確定要素の排除とはいえ、三百層クラスのボスモンスターの中でもトップクラスのステータスを誇るのだ。

堕天化した魔法少女でもまず勝てない。

 

「慎一郎様は彼女を助けるつもりなんでしょうが、どう助けるんでしょうね?」

 

堕天した魔法少女は元に戻らない。主もそれを分かっている筈だ。

 

「まあ、面白ければなんでもいいか」

 

人間ではない自分には彼等のセンチメンタルな感情など分からない。

だが───

 

「───ヒヒヒッ!魔法少女は化物みたいなのに心は人間のままだ。センチメンタルな感情を抱えていちゃあ、兵器として何もかも無価値でしかないのに。これじゃあ慎一郎様の方が一番人間をしているのに───一番の化物だ」

 

この救いようの無い世界を変える。

それがどれだけ難しいと思っているのだろうか?

 

「一番まともそうに見えて一番狂っているのは貴方ですよ。慎一郎様」

 

堕天した魔法少女も救う。

そんなことができるのは“神様”しか出来やしないのに。



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第ニ十九話 破滅ノウタ姫

「あああああああああッ!!」

 

ホワイトライダーの足元で倒れ伏していた都からドス黒い魔力が溢れ出る。

普段の雨宮都の魔力とは桁違いの魔力と魔力量に、白音は一歩足を引いた。

 

「・・・一体何が起こってるの!?」

 

見たことのない光景を前に、白音は純粋な疑問と恐怖を隠せない。

そんな白音に、答えたのはモノだった。

 

「───“堕天化”だよ」

 

「堕天化・・・?それは一体なんですか!?みゃーこは無事なの!?」

 

堕天化とは一体なんなのか?だが、そんなことよりも白音は都のことが一番の心配だった。

一度死んで、あんな風になるのは普通じゃない。

そんな都の心配をする白音に、モノは言う。

 

「無事かって言われたら、ソレはNO。“堕天化”した魔法少女は“二度と元に戻らないし”、魔女狩りの最優先討伐対象なんだ。だから殺すしかないんだよ」

 

「───ッ!?そんなのッ!?」

 

殺すしかないと言い切ったモノに白音は噛みつこうとするが、それを見越すようにモノは話を続ける。

 

「元に戻せるかもしれないだろうって?そんなの出来はしないんだよ。シンだって、何度も堕天化した魔法少女を救おうとした。でも出来なかった。分かれよ───堕天化は、ボク達魔法少女について回る“呪い”なんだ。誰だってトラウマを持ってるだろ?堕天化はね、負の感情で発源するものなんだよ。だから、何かしらの事情を抱えているボク達魔法少女はふとしたきっかけで堕ちるだなんてザラだ。そうなったら、堕天化した本人が自意識を取り戻しても、魔女狩りの抹殺対象対象だ。この世界にいちゃいけない存在───それが“魔女”なんだよ」

 

白音が魔法少女になった日───政府の一人の男が言っていたことを思い出す。

 

『魔女は世界を───他者を無差別に傷付ける。それは力の制御を出来ぬ今のお前達も同じだ。お前達が魔女と言う存在になれば、それは世界を破壊する破壊者になると言う事。お前達が魔女と言う忌まわしき存在にならぬよう、日々努力をし、この国を守る者という誇りがあるということに胸を張るがいい』

 

魔女になるというのは“世界の破壊者”になるということ。

そうならないように───

 

「───ッ!?違う!」

 

一体自分は何を考えていたのだろうか。

都を助けるためにと考えていたはずが、何時の間にか“自分もそうならないように”と思考が変換していた。

 

「何が違うのかは知らないけど、今は“アレ”を何とかするのが先だろ」

 

二人の視線の先────“ホワイトライダーを倒した”雨宮都が虚ろな瞳で此方を見ていた。

だが、彼女のその姿は“魔法少女”としての面影はない。

今の彼女は学校の制服ではなく、漆黒のドレスを纏っており、彼女の周りには髑髏や骨でできた楽器達が彼女を囲むようにクルクルと回っている。

 

「・・・みゃーこなの?」

 

あまりにも普段の彼女と纏う雰囲気が違い過ぎて都をよく知る白音ですら、別人かと思うくらいに変貌していた。

 

「堕天した奴とは何回か戦ったことがあるけど───正直これは勝てるかな?」

 

「みゃーこ・・・絶対に助けるからね」

 

二人はカットラスと馬上槍を構え、都のもとへ全力で駆け抜けた。

振りかぶられる剣と槍。

かたや急所をもうかたやは脚を狙った攻撃に、都は虚ろな瞳のまま口を開いた。

彼女の周りに浮遊する髑髏達も都に合わせるようにその口を開けた。

そして───

 

「People and towns that can't be saved.poor rivers and forests.A world without happiness.destroy all」

 

【救えない人も街も、出来損ないの川や森も、幸せの無い世界も、一つ残らず破壊する】

 

「クソッ!!」

 

「きゃっ!?」

 

その詩と共に、二人は髑髏から発生する音の衝撃波で彼女達は吹き飛ばされる。

それと同時に、彼女達にも異変が起こり始めた。

 

「・・・ッ!?」

 

「・・・くっ・・・な、なに!?」

 

突如として息が苦しくなる。破壊しろ───破滅しろ───死ね───一つ残らず─── 

彼女達の内側から蝕むそれは破壊の衝動。

それと同時に自身の魔力が増大し、周囲にばら撒かれようとしている。

 

「無意識な破壊衝動や殺人衝動の活性化と洗脳って言ったところかな───このボクをその程度で操れると思うなよ」

 

モノは自身の魔力を無差別に放出し、周囲を破壊しているが、誰かに縛られることが一番嫌いなモノは彼女に従えという命令はモノのプライドが許さない。

虚ろな瞳の都をモノは叛逆の意志を滾らせながら鋭い視線で睨み返す。

 

(そうだ。──ボクもまだみゃーこを助けられてない!!)

 

都も同じように自分の内側から蝕んでいく破壊衝動を抑えながら立ち上がった。

 

「・・・へぇ、中々やるじゃん。少しは見直したよ」

 

「ボクだってやらなきゃならないことがあるから───」

 

「ふーん。ちょっとは気に入ったよ」

 

「あなたに気に入られたくない」

 

感心するモノに白音は言い返すと、覚悟を決め、槍の尖端を都へと向けたその時だった。

 

『はいはいはーい!!ではでは皆さんにラッキーなお知らせがありまーす!』

 

ダンジョンにやたらテンションが高い男の声が響き渡る。

モノと白音は顔を上げると、そこには青白いモニターが映し出されていた。

画面に映る男はニヤニヤとした気味の悪い笑みを浮かべながら、その口を開く。

 

『慎一郎様がそちらへと向かわれました!今から慎一郎様が到着するまでの間、ボスモンスターと共に彼女の足止めをしてもらいまーす!!さあこいよ。the fortress full Cancer!!』

 

男のその言葉と同時に上空に光のゲートが開かれる。

そしてその中から───

 

“ズルリ”と巨大な鋏がゲートの中から這い出てきた。

 

「──────」

 

二人は這い出てくるそれに目が離せない。

何故なら這い出てきたそれは彼女達の世界でもいる蟹なのだが、その甲羅の上に“巨大な城”がとにかく目にいく。

デカい。ただ、ただデカい。

ボス部屋の三分の二をその巨体が埋め尽くし、部屋の天井部分が城の頭頂部に擦れている。

ガリガリと天井の石が削れる嫌な音をたてながら、巨大なカニはその鈍色に光る巨大な鋏を掲げた。

 

『ギシャャアアアアアアアアアアアアッ!!!』

 

複数のHPバーが表示され、そしてその空にその蟹モンスターの名前が刻まれた。

 

【the fortress full Cancer】

 

ザ・フォートレスフルキャンサー

 

50階層のボスモンスターが雨宮都の足止めの為、顕現した。



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第三十話 

フォートレスフルキャンサーが咆哮と共に、巨大な鋏を都めがけて降り下ろす。

 

「──────ッ!!」

 

片方の鋏だけで電車の一両分以上の大きさを誇るその鋏を都は声と同調するスピーカーの衝撃波で吹き飛ばした。

その衝撃波にフォートレスフルキャンサーは少しだけ体勢を崩すが“それだけだった”。

 

「───!!」

 

HPバーが数ミリしか減少していない。

 

「マジで言ってる?───それ・・・」

 

攻撃型ではないとはいえ、堕天化した魔法少女の攻撃を蚊にでも刺されたようにほとんど効いていない。

 

「そりゃあそうですよ。フォートレスフルキャンサーはダンジョンの中でも“最硬”ですからね。たかが、堕天化して闇堕ちした魔法少女の攻撃なんざコイツを倒すだけで何週間かかるか・・・ヒヒヒ、慎一郎様と葵様のタイムアタックを越せるかな?」

 

モノの考えていたことを唐突に現れた男が口にした。

 

「・・・!お前は───」

 

隣に現れたその男。その男はスクリーンに一度写っていた男だった。

 

「リメンズ・オブ・アドミニストレーター。以後、お見知りおきを」

 

ニヤリと笑みを浮かべたまま、リメンズは堕天化した雨宮都に視線を向ける。

 

「前に慎一郎様が救おうとした魔法少女とは違うタイプのようだ。敵の弱体化、サポート型の魔法少女が堕天化すると性質が逆になるみたいですねぇ」

 

リメンズはフォートレスフルキャンサーと戦闘を行っている都を見て、そう呟く。

 

「ハァッ!!」 

 

白音のその声と共に、槍を突きだした。

 

「─────────ッ!!」

 

突き出されたその槍を都は叫び声と共に、周囲に浮かぶスピーカーが口を開け、爆音が白音とフォートレスフルキャンサーを襲うが、白音はその爆音を氷の障壁で防ぐ。

 

「───ッ」

 

爆音を防いだ氷の障壁はその一撃で粉々に粉砕されるが、白音はそのまますぐに掌を石畳に触れ、都の足もとを氷で凍らせた。

都の動きを止めた白音はそのまま一気に距離を詰める。

だが───

 

「ああああああああああああああッ!!」

 

都のその歌にもなっていない絶叫のような叫びに、スピーカーから爆音と衝撃波が撒き散らされ、彼女の動きを止めていた氷が粉々に砕け散った。

 

「・・・やっぱり」

 

普段づかいの力では彼女を押し込めることは出来ない。

なら、もう一段階出力を上げるしかない。

 

「Dauerfrost Ritter!!【ɡʊstaf】!!」

 

白音のその言葉と共に、巨大な氷の砲塔が現れる。

凍土の騎士───という彼女の力に似合わず、巨大な氷の砲塔が都に狙いを定める。

そして───

 

「発射!!」

 

白音が叫ぶと、巨大な砲塔から氷塊の弾丸が発射された。

氷塊の弾丸は放射状に孤を描きながら都目掛けて飛んでいく。

そしてその氷塊が都に直撃するその時だった。

 

「───それをやったら彼女が死に戻りしますよ」

 

その言葉と同時に、“氷塊の弾丸が切断された”。

 

「なっ!?」

 

「・・・っ!」

 

「おや?」

 

その場にいた三人はそれぞれの反応を示しながら切断された弾丸は地面へと着弾し、都の辺りを一瞬にして氷の大地と化する。

そして、都と白音達の間に、一人の少女と男が降り立った。

 

「ギリセーフ・・・と言ったところか」

 

「堕天化した彼女を追い詰めるとは流石は第二位ですねー。でもまあ、“その程度”です」

 

少女はそう言って右手に握った機械仕掛けの刀を振り払い、都に顔と視線を向ける。

 

「それで兄様。どうします?」

 

「“俺が彼女を呼び戻す”。来てそうそう悪いが、四人とも一旦“死んでくれ”」

 

生き返るとはいえ、この命令はしたくない。

 

「シン?」

 

「慎一郎さん?それはどういう───」

 

「あーあ。生き返るとはいえ、こうなるんですかぁ」

 

男───慎一郎はそう言って、パンッ!と手を叩く。

 

叩かれた掌と同時、小さな黒い竜が慎一郎のフードから顔を出す。

 

「───バルギル。やれ」

 

慎一郎のその言葉と同時に、バルギルは小さな身体から一気に巨大な身体になる。

 

「グオオオオォォォォッ!!」

 

咆哮と共にバルギルは空に飛翔する。

そしてバルギルの口から青白いブレスがフォートレスフルキャンサーと、六人がいる部屋に一気に拡がった。

 

「ぅ・・・ぁ・・・」

 

「・・・・・ッ!!」

 

「腕の人工皮膚が溶けていますよ。まあ、ゲームで本当に良かったです」

 

灼ける。熱い。苦しい。息ができない。

だがそれは炎ではなく、純粋なエネルギーの塊を放出する前の余波。

そしてその余波が十数秒続いたその時、バルギルの口から集束した蒼白い光が地へと落ちていく。

エネルギーの余波で灼かれた彼女達が朧気になった意識の中で見たその蒼い光はとても幻想的だった。

 

まるで集束した星の最後のように輝く光。

 

強く輝くその光が地面に触れたら最後、自分達は死ぬだろうという生命的な本能が訴えている。が、彼女達は動けない。

そしてその光の最後を見ようと白音は目を見開いた。

地に着弾した光が一気に拡散する。

それはまるで星の最後を見ているように幻想的で───

 

そこで白音達の意識は途絶えた。



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第三十一話

「・・・・・」

 

何も見えない闇の部屋。

慎一郎は目の前に蹲りながら泣いているであろう少女に慎一郎はしゃがみながら視線を合わせた。

 

「・・・よう、雨宮。こんな所で蹲ってどうした?こんななんにもない暗い場所で一人で居て。柊達が待ってるぞ」

 

「・・・・・」

 

反応はない。だが、慎一郎はそんな都の後ろに背を合わせながらその場に座り込む。

 

「どうしたんだ、雨宮。なにか思い出したくないことでもあったのか」

 

慎一郎のその言葉に、蹲ったままの都は小さく言葉を漏らす。

 

「・・・私は、疫病神・・・なんです。お母さんやあの子や、翔君を皆傷つけて・・・だから、ここにいちゃ・・・」

 

ほとんど聞こえないような掠れた小さな声だった。

 

「なるほどな」

 

雨宮にとって自分のせいで皆を不幸にしていくと思っている。だからこそ、心優しい雨宮は耐えられないのだろう。

自分のせいで皆が苦しむ姿が。

 

蹲りながら泣いている彼女に、慎一郎は言った。

 

「疫病神・・・か。俺は雨宮のことをそうは思わないけどな。確かに少ししか接点はないし、軽く話すくらいだから詳しい事は良くは知らない。けどな、柊から良く雨宮の事を聞くんだよ。雨宮は優しくて、友達思いだってさ」

 

「・・・・・」

 

小さく都の身体が揺れる。だが、彼女は顔をあげようとはしない。

そんな都に慎一郎は更に語る。

 

「それにな、人の不幸だなんて人の幸せの数だけある。雨宮は自分が不幸になれば皆が幸せになると思っているのか?そうじゃないだろ。誰だって知人が不幸な目にあったら心配になるし、助けたくなる。だから雨宮、これくらいで自分を攻めるんじゃない。雨宮が言ったあの子って神城海って娘だよな?あの子はな、自分でこの道を選んだんだ。これ以上傷つきたくないって俺やリメンズに言ってな。だから、気にするな」

 

慎一郎はそう言いながら、口を更に開く。

 

「雨宮。お前は疫病神なんかじゃない。柊や雨宮の友達の朱羽だったか?・・・お前のことを必要としている。たとえ他の奴が雨宮を否定したとしても、柊や朱羽は雨宮を絶対見捨てたりはしないさ。・・・勿論、俺もな」

 

慎一郎のその言葉に都は小さく唇を開く。

 

「・・・どう、して?」

 

「ん?」

 

「・・・どうして、そこまで・・・私を救おうと、するんですか。私は・・・もう、皆の場所には帰れない、のに」

 

自分が堕天化して帰る場所がないと言う都に、慎一郎は言った。

 

「帰る場所がない、か。あるだろ?雨宮には帰る場所が」

 

「・・・ぇ?」

 

慎一郎のその言葉に、都は顔を上げた。

 

「みゃーこ!!」

 

都が顔を上げたと同時に、白音が何処からともなく現れる。

そして蹲る都を白音はその胸に抱きしめた。

 

「・・・・はく、ね・・・ちゃん?」

 

白音に抱きしめられた都は、その虚ろな瞳に少しだけ光を灯させる。

 

「・・・・ごめんねみゃーこ。気づいてあげられなくて。みゃーこがそんなに思い詰めてるなんてボク知らなかった。もっと早く気付いてれば・・・ごめんね」

 

「・・・ぁ」

 

白音のその言葉を聞き、都は瞼に涙を浮かべた。

 

「白音、ちゃん。慎一郎、さん」

 

 

都は二人の名を呼ぶ。

 

「私・・・生きていていいの?私、これからもいっぱい、いっぱい迷惑、かけるかもしれ、ないの・・・に」

 

「うん、いいよ。ボクだってみゃーこにいっぱい迷惑かけたから。今度はボクだってみゃーこの力になるから」

 

「雨宮。今のうちに大人に迷惑や我が儘を言っとけ。雨宮や柊はまだまだ子供なんだ。我が儘や迷惑をかけて許されるのはお前等子供の特権だからな」

 

二人のその言葉に都の感情の防壁が決壊した。

 

「う、ぁ・・・ぁぁぁぁッ!!」

 

二人のその言葉に耐えきれなくなった都は嗚咽を漏らしながら白音の胸内で泣き腫らす。

 

「ごめんなさい・・・!ごめんなさい・・・!」

 

「・・・みゃーこ」

 

そんな都に白音も泣きそうな表情になりながら、都の背中に手を回して抱きしめる。

 

「・・・全く」

 

慎一郎はそんな二人を見て小さく息を吐いた。

だが、慎一郎にはまだやることがある。

 

「雨宮。そのままでいい、少し聞いてくれ」

 

「・・・・?」

 

慎一郎のその一言に、都は涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げる。

 

「今、雨宮の現実の身体は堕天化した身体だ。このまま現実世界に帰れば魔女狩りに真っ先に狙われる。だから今からこの腕輪を付けてくれないか?まだ試作品だから結構ゴツいがそれでもコイツがあれば魔女狩りや他の魔法少女からも狙われないですむ筈だ」

 

「・・・いいん、ですか?」

 

「良かったねみゃーこ!これで狙われなくてすむよ!」

 

「う、うん」

 

自分のことのように喜ぶ白音に、都は小さく頷いた。

 

「───さて」

 

そんな二人に慎一郎は立ち上がる。

険しい表情を作ったまま、慎一郎は口を開いた。

 

「おいリメンズ。話を聞いているんだろ。さっさと来い」

 

「お呼びですか?慎一郎様」

 

「・・・・っ!?」

 

都は現れたリメンズに、息を詰まらせる。

 

「おやおや?随分と怖がられたみたいですねぇ?」

 

「そんな事はどうでもいい。リメンズ───答えろ。お前は何を隠している?」

 

慎一郎のその言葉に、リメンズは笑みを浮かべたまま答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回の件のこと全て───ですよ」

 

 



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第三十二話

午後七時。

個人で喫茶店を経営している慎一郎にとっては、もう店を閉店して家で寛いでいる時間。

だが、慎一郎は自分の店でモノと白音、都に葵の四人をテーブルに座らせながら慎一郎は調理室にいた。

 

「今からちょいと遅いが晩飯にするぞ。何がいい?」

 

そう言った慎一郎に都は目を丸くする。

 

「でも、もうお店の方は・・・」

 

「気にしなくていい。どうせ、明日は定休日だしな」

 

ケラケラと笑いながら慎一郎は波々と水を入れた鍋に火をかけた。

 

「んー・・・じゃあ海鮮パスタ。何時もボクに内緒でラインハルトに作ってるヤツ」

 

「・・・ちょっと待て。なんで知ってる?」

 

モノのその言葉に料理の作る手を止めた慎一郎に、モノは椅子に背を預けながら唇をニヤリと歪めた。

 

「シンの店に盗聴器つけてるからねー?」

 

衝撃のカミングアウト

 

「おいちょっとまてやこら。盗聴器?何処につけたおい」

 

「さぁ〜ねぇ〜?」

 

「盗聴は犯罪です。ボクにソレを渡して下さい」

 

「君には渡さないよ。絶対に持ち帰る気でしょ」

 

「そんな訳・・・ないじゃないですか」

 

「その間はなんです?」

 

ニヤニヤと箱型の物体をわざとらしく見せるモノに、詰め寄ろうとする慎一郎。言い淀む白音に、その間はなんだと聞く葵。そんな彼等を見て、都はクスリと笑った。

 

「「・・・ん?」」

 

笑った都に動きを止めて視線を都に向ける慎一郎とモノに、都は口を開く。

 

「皆さんは仲が良いんですね。白音ちゃんも馴染んでて良かった」

 

「まあ、何だかんだ俺とモノはもう九年以上の付き合いだしな」

 

「確かに。ボクはボクで訳ありの魔法少女だし」

 

「今思うと此処にいる全員訳ありでは?」

 

「魔法少女と能力者と魔女狩りアンドロイドだぞ?訳ありだらけだわ」

 

組織のボスである慎一郎に違法魔法少女のモノ、魔法少女の第三位に堕天した魔法少女に魔女狩りの葵。

 

「・・・・そう思うと碌な奴がいねぇ」

 

「ボク含めて魔法少女に碌な奴居ないよ」

 

「・・・・・」

 

「あ、あははは・・・」

 

モノの言葉に目を逸らす白音と都。

そんな彼女達を見て葵は言う。

 

「それはそうと兄様」

 

「ん?」

 

「雨宮さんをこれからどうするおつもりですか?いくら堕天した状態を誤魔化す腕輪とはいえ、何時までもそんな無骨な腕輪をつけておく訳にもいかないでしょう?」

 

「ああ、それなんだがな・・・」

 

慎一郎は少々気まずそうな表情で都に視線を向ける。

 

「いくらなんでもその腕輪だとデカいし邪魔になるから小型化出来ないか考えるつもりだ。それに柊の学校って確かアクセサリー禁止だったよな?」

 

「確か、そうだった筈です」

 

そう答える白音に、慎一郎は言った。

 

「だからしばらくはモノと同じでオンライン通信教育を受けて貰うしかないな」

 

そう言って慎一郎は頭をかく。

 

「・・・仕方ないですよね」

 

そう言って表情を少しだけ暗くする都に慎一郎はキッチンへと戻る。

 

「あーっ、辞めだ辞め。暗い話になっちまう。そんな時は、美味い飯を食って元気になることだ」

 

そう言う慎一郎に白音は思い出したかのように顔を上げた。

 

「そういえば・・・慎一郎さん」

 

「ん?」

 

「今回の事件の能力者の件は───」

 

その白音の質問に慎一郎は───

 

「明日、地下のスラム街に言って情報収集する。能力者絡みだったら行き着く先は彼処だ。俺だってそうだったからな」



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第三十三話

午後十時。

 

「・・・・・」

 

朱羽コウハは赤い髪を揺らしながら十二区のコンテナ置き場へと足を運んでいた。

今日の朝、学校の自分の下駄箱に入れられた手紙。

その手紙の内容を見た時、コウハの内側に燃えるような怒りが湧き上がったのを未だに感じている。

コウハが目指す目的地。それはこのコンテナ置き場の一角に聳え立つ倉庫だった。

 

「・・・・・」

 

倉庫の端の重厚な金属製の扉のドアノブを捻ると、キィと音を立てながら重々しく開いた。

コウハは険しい表情のまま、暗闇しか見えないその倉庫の中へと足を踏み入れた。

────と。

 

「・・・・・ッ!?」

 

開けた扉が勢いよく閉まる。後ろには誰もいなかったし、風も吹いていないこの状況で、こんな重い扉を閉めるとしたらかなりの勢いがないと閉まらない筈だ。

だがコウハはそちらには視線を向けない。何故なら自身の数メートル先に一人の男の姿があった。

蹲るようにしている男子生徒の姿。彼には見覚えがあった。

 

「やっぱり君かぁ。確か去年、みゃーこにストーカーしてたこと私は覚えてるよ」

 

「・・・・・・」

 

だが、男は何も言わない。そんな男にコウハは更に目つきを鋭くする。

 

「で?君はなんで私を呼んだのかな。みゃーこを呼ぶのは無しね。私は君の事嫌いだし」

 

そう言うコウハに、男子生徒は口元を歪めた。

 

「■◆△に■◇◆▶■●い。それに────」

 

言葉になっていない言葉。そんな彼にコウハは寒気を覚えるが、その男子生徒の声が聞こえてくる。

 

「お前は大気中の空気が全部酸素になると身体に毒になることを知っているよな?」

 

「何・・・言ってんのさ」

 

訳が分からない。話が噛み合わないし、そもそもこの男子生徒は何を言っている?

 

「酸素中毒って言葉────知っているか」

 

「なあ、憎き憎い俺の人生を全て狂わせた大嫌いな魔法少女。俺とイッショに死のうぜ」

 

その言葉と同時に男子生徒が能力を発動させた。

そして一気に周囲の“大気”が“酸素”になる。

 

「・・・・ッ!?あ、!?」

 

大気中が全て酸素になった。酸素の過剰摂取は身体にとって猛毒だ。

目が霞む。気持ち悪い。息が出来ない。

そんな中で男子生徒は激しく咳き込みながら笑っていた。

 

「ガヒュッ!?は、は、はは、あいつの、せいだ!あの女のせいで全部、終わった!あの、女を呼び出せないのが残念、だが、ガフっ!?アイツの大事なモノを奪って、後悔させてやる!」

 

「ただの、逆恨み、だし、みゃー・・・こは関係、ないじゃん」

 

「うるさい!うるさいうるさいうるゲボッ!ゲボッ!?」

 

男は激しい咳込みと共にライターを取り出した。

 

「だっ、たら、跡形もなく消し飛ばしてや、る」

 

そう言ってつけられたライターの火は爆発するように燃え広がる。

そんな中、視界が霞むコウハは何もできずに倒れ伏した。

 



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第三十四話

「ねえ、白音ちゃん」

 

「なぁに?みゃーこ」

 

今日はもう遅いと言う理由で都は白音が今住んでいるマンションにお泊まりをすることになり、今は二人で一緒にお風呂に入っていた。

お風呂場から溢れ出る湯気と共にちゃぷちゃぷの波打つ水の音がどこか心地良い。

その中で都は湯船に浸かりながら、白音に言う。

 

「私ね、白音ちゃんが慎一郎さんのことを好きになった理由。ちょっとだけ分かった気がするの」

 

湯船の熱なのか、それとも火照った身体の内から溢れ出る熱なのか・・・それは分からないが、その内側から溢れ出る感情を白音に零す。

 

「慎一郎さんってあんなに優しくて強い人なのに、私達のことをちゃんと見てくれるんだもん。私があの時暴走しちゃって自暴自棄になっても、正面から私と向きあってくれて私に生きていてもいいって理由を教えてくれた。・・・本当にいい人だね」

 

「・・・うん」

 

そう言った都に、白音は頷く。

そして白音は桶に溜まったお湯に映る自分の顔を見ながら唇を開いた。

 

「あのね、みゃーこ・・・」

 

「・・・?どうしたの?」

 

「・・・ううん。なんでもない」

 

「・・・そっか。また、言いたくなったら言ってね。私、待ってるから」

 

「うん」

 

あの時の事件のことを、白音は都に打ち明けたかった。あの時やったのは自分なのだと。けど、都とコウハとの関係が壊れるような気がして言えなかった。

 

「・・・私も、あの子にちゃんと謝らないと。ごめんなさいって。慎一郎さんに言ったら会わせてくれるかな」

 

「・・・会わせてくれるよ。きっと」

 

「・・・うん」

 

都は目を閉じる。

 

「ねぇ、白音ちゃん」

 

「なに?」

 

「私・・・“負けないからね”」

 

「・・・えっ?」

 

都のその言葉に、白音は“ギギギッ”と錆びた機械のような動作で振り返る。

 

負けないからね。確かにみゃーこはそう言った。

 

「み、みゃーこ?・・・も、もしかして・・・慎一郎さんのこと・・・」

 

「んー・・・内緒かな」

 

「みゃ、みゃーこぉ!!」

 

いたずらっぽく笑う都に、白音は涙目で叫ぶ。

 

「好きになった訳じゃないよね!?ボク、みゃーこに勝てる所なんてないだよ!?」

 

「でも、白音ちゃんスタイル良いよね?」

 

「みゃーこより出るとこは出てない!!」

 

「えー?そうかなぁ?」

 

「そうだよ!!」

 

「でも、白音ちゃんは髪も綺麗だし」

 

「みゃーこもじゃん!」

 

「私は違うよ?ちゃんとしてるからあれだけど、私ちょっとだけくせ毛だもん」

 

「・・・うぅ。みゃーこに勝てる要素がないよ・・・」

 

落ち込む白音に、みゃーこはふふっと笑う。

 

「そんなことないよ。白音ちゃんだって良いところあるんだから」

 

都はそう言って、浴槽に肘をつく。

 

「慎一郎さんもきっと分かってると思うよ」

 

「そう・・・かな」

 

「うん。だから明日は、私達も一緒に行こう?犯人探し」

 

「・・・うん」

 

白音は頷くと、身体についた泡を洗い流し、都と一緒に浴槽へと冷えた身体を沈めた。

少しだけ顔を赤くさせながら。



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第三十五話

「・・・それで?なんでお前等も来るんだ?学校はどうした学校は」

 

慎一郎は朝早く店の前で待っていた白音と都の姿を見てため息をつく。

 

「今日は祝日なので学校は休みですよ?」

 

白音は今日は祝日ですよと答えると、慎一郎は知ってると返事を返した。

だが、部活動とかアイドル業があるだろうにと慎一郎はボヤく。

 

「いやまあ、そうなんだが。情報収集をするだけだって言っているのにお前等二人が来る理由はないだろ」

 

「情報収集なら一人より三人で探した方が良いと私は思うかな。そしたら手分けして探すことができますし」

 

都の間違いではないその返答に、慎一郎は再びため息をつく。

一応、この都市のスラム街にこれから行くと言うのに彼女達は危機感と言うものが───

 

「いや、この二人魔法少女だったわ・・・」

 

魔法少女の中でも上位陣が一人居たわ。

 

「?」

 

「?」

 

慎一郎の独り言に白音と都はキョトンとした表情で不思議そうに首を傾げた。

 

「・・・はぁー、仕方ないか。本当だったら正規ルートから行こうと思ってたんだが、裏側から行くしかねえな」

 

「正規ルートってあるんだ・・・」

 

都は驚きを隠さずにいると、慎一郎は応えた。

 

「ああ。本来、スラム街に入るには交通許可証がいる。八番地区から九番地区にかけてスラム街及び、地下スラムだからな。で、正規ルートは八番地区から交通許可証を見せて行くんだが、今回はお前等も一緒ってなると話は違う。十番地区の地下通路から入れる抜け道があるんだよ。とはいえ、そこから入るにもあの爺からの許可がないと基本入れないんだがな・・・」

 

苦々しい表情で慎一郎は白音と都を見る。

確か二人はこの辺では偏差値がやたら高く、そして魔法少女と言う国の軍事所属のエリート勢だ。だが───

 

「大丈夫ですよ。ボクは上には報告なんてしませんし」

 

「私は・・・逆に居られなくなっちゃったから」

 

「俺が言うのもアレだが柊はそれでいいのかよ」

 

都は分かるが白音、お前は一応向こう側だぞ?一度魔女狩りから目をつけられたとはいえ、国の仕事に不真面目な第三位に慎一郎はツッコミを入れると、白音は苦笑する。

 

「別に良いんですよ。ボクは慎一郎さんのことを信頼してますから。それに慎一郎さんが〈組織〉のボスだってこともみゃーこ以外に言ってませんし」

 

「私も言うつもりはないかな。だって慎一郎さんは私の恩人だから。それに〈組織〉の人達も悪い人ばかりじゃないって慎一郎さんやモノさんを見て、色々と考えさせられたから」

 

「いや、そうか・・・なんか、ありがとう」

 

ここまで信頼されると少々照れくさい気分になる。

モノやラインハルトも俺に全信頼をしてくれているが、それとはまた違ったものだった。

 

「じゃあ、慎一郎さん行きましょうか」

 

「あー、ちょっと待った」

 

慎一郎は二人を呼び止めると、二人の格好を見る。

白音は何時もの赤いフレームの眼鏡にマフラーをつけ、厚手のコートの下には白のセーターにジーパン、ブーツとかなりオシャレなのだが、目立つ。

それは都も同様だった。

白音と同じ厚手のコートをしっかりと着こなし、ロングスカートとどこかのお嬢様といったような姿だ。

そんな彼女達に慎一郎は言った。

 

「その服は今からいくスラム街だと目立つが、大丈夫か?多分絡まれるぞ」

 

「大丈夫です。その時はボクがみゃーこを守るので」

 

「・・・そうかい」

 

そう言う白音に、慎一郎はもう一度ため息をついてから白音と都に言った。

 

「じゃあ行くぞ。ここ三番区からだと電車の乗り換えが必要だからな」

 

「「はいッ!!」」

 

慎一郎のその声に二人は元気よく頷いた。



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第三十六話

コツン、コツンと足音が嫌に響く。

慎一郎と白音、そして都はこの地下街に入ってからかれこれ三十分以上歩き続けていた。

人混みが多い道から外れ、右へ左へ。迷路のように広がるシャッター通りを慎一郎を先頭に白音と都は彼の後をついていく。

 

「・・・ねぇ、白音ちゃん」

 

「・・・どうしたの?みゃーこ?」

 

白音が振り向くと、都が白音のコート裾を軽く引っ張りながら不安そうな顔をしていた。

 

「本当に大丈夫なのかな?もう私達以外の通行人が見当たらないけど・・・」

 

薄暗い切れかけの蛍光灯がパチパチと点滅する人気のないこのシャッター通りを通り、不安を覚えたのだろう。

そんな都に慎一郎は言った。

 

「ここから先は本当に間違って迷いこんじまった奴か、面白半分で探索をするやつ、もしくは、スラム街から街に向かう違法者くらいしか通らない道だ。十番区がなんて呼ばれているか知っているだろ」

 

「・・・地下迷宮・・・ですよね」

 

そう答えた白音に、慎一郎は頷いた。

 

「そうだ。それでここから先、上に上がる場所が九番区までなくてな。極々偶に此処から”抜け出せない奴”がいるんだよ」

 

「えっ?抜け出せない奴って・・・」

 

都と白音は慎一郎のその言葉に顔を青くする。もしそれが本当なら───

 

「二人の想像通り───”死体が転がってる”んだよ」

 

慎一郎はそう言って足を止めた。

 

「・・・慎一郎さん?」

 

急に足を止める慎一郎に白音は首を傾げると、慎一郎は人気がないシャッター通りの裏道に視線を向けていた。

白音と都はそちらに顔を向けると───

 

「・・・・ッ!?」

 

「ひっ!?」

 

白音は息を詰まらせ、都は小さく悲鳴を上げた。

真っ暗になった隙間道の先──”白い手”が見えていた。いや、白い手ではない。間違いなくあれは───

 

「・・・骨ですよね」

 

「・・・おう。迷いこんで出られなくなった奴の、な」

 

白骨死体。現代の今、普通にあるこの場所は異常だ。そして慎一郎は二人に振り返る。

 

「さて、ここから先は九番区───”俺が五年間”モノと一緒に育った能力者や貧困者達が過ごす場所だ。もうしばらく歩けば地上だ。絶対に俺から離れるなよ?ここじゃあ弱い奴は身包み剥がされたり、”市場”に連れていかれるからな」

 

「市場って・・・なんですか」

 

正直な話聴きたくない。だが、この国がどれだけの闇を持っているのかを二人は知ることとなった。

 

「文字通りだよ。人身売買、臓器提供・・・金がない貧乏人や珍しい能力を持った能力者・・・なんなら”魔法少女”だって売られている胸糞悪い場所だよ」

 

顔を歪めながら吐き捨てる慎一郎の言葉に白音と都は息を詰まらせる。

 

「そん、な・・・」

 

「そんなの、国が許すわけ・・・」

 

そんな非現実的な場所を聞き、二人は無意識にそう呟いていた。だが、それを慎一郎は肯定する。

 

「そうだ、許されねえことだよ。だがここじゃあ国の法律は関係ない。何故なら此処はこの都市の吐き捨て場。国のお偉いさんも見て見ぬフリだ。ごみ箱の中を覗くなんてことをお偉いさん方はしないからな」

 

慎一郎は一息入れ、白音と都の顔を見る。

そして二人に言った。

 

「ようこそ二人とも。───このくそったれな国の闇へ。俺は正直、巻き込みたくはなかったが・・・歓迎するよ」

 

慎一郎が二人を見る目は何処か悲しそうな目だった。



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第三十七話 スラムの王

国の闇へと足を踏み込んだ白音と都は、慎一郎から離れないように九番区の地下街を進んでいく。

路地の端にはホームレスの人達が力無く項垂れていたり、此方を窺うようにジッと見つめてくる姿を見て、二人は普段感じない別の恐怖を覚え、慎一郎の腕にしがみついた。

 

「おまっ、動きづらいだろ!?」

 

「・・・だ、だって・・・」

 

都は顔を真っ青にしながら周りを見回す。

ジッと屍のような目で此方を見る彼等を見て都はそう声を漏らす。それはある程度の恐怖に耐性を持っている白音も同じだったらしい。雨宮と同じとまでは言わないが、血の気が引いたように顔が白くなっていた。

慎一郎はそんな彼女達を見て苦い顔をする。

スラムの入口に入ってそうそうこれなら更に闇が深い所だと動けなくなるんじゃねえかなと思った慎一郎は、両腕から離れない二人に言う。

 

「こいつ等は隙を見せない限りは大丈夫だ。それにこのスラム街は爺のテリトリーだ。騒ぎなんか起こせばあの爺が出しゃばってくるから、彼奴等にとってそっちの方が怖いんだよ」

 

「・・・そんな人が、いるんですか?」

 

「・・・ああ。”貧困窟の王様”がな。昔、モノが荒れていた時期があってな。その時、俺の能力を”力技で破って”モノを半殺しにしたバケモノだ」

 

二人は慎一郎の口から出たその話に、信じられないといった顔をする。だが、それも無理はない。

慎一郎の能力は周りを強制的に自分のルールに従わせることが出来るのだ。それを力技で破るなど化物でしかない。

そんな怪物のもとに行くと言う慎一郎に、二人はギュッと慎一郎の服の裾を握ったその時───

 

 

 

”ゾクリ”───と

 

 

 

二人の背筋に悪寒が走った。

 

 

 

 

「───やれやれ。人をバケモノだ怪物だ・・・貴様はこの老いぼれをなんだと思っとるんだ」

 

 

 

 

 

「・・・・ッ!?」

 

「・・・・ッ!?」

 

「に、逃げろぉ!!巻き込まれるぞぉ!?」

 

凄まじい寒気が二人を襲う。

そして周りにいた人々は一斉に声が聞こえた反対側へと全速力で逃げ出し始める。

三人の視線の先───そこに”誰か”が立っていた。

 

「よお爺。ちょっと街中に入らせてくれねえかな。───情報屋に会いたくてよ」

 

「ふん。だったら其奴等はなんだ?いつも儂に噛みついてくる何時も小娘ではなく闇も知らぬ小娘を連れてきよってからに。そっちの娘は知らんが、もう片方の白い方は知っておるぞ」

 

白いギャングコートを肩にかけ、杖をカツカツと鳴らしながら鋭い目を白音に向けている。だが、その顔は”人間のモノ”ではなかった。

 

「な───」

 

いや、顔だけではない。肌が見えている部分全てが”動物”だ。灰色の毛皮に鋭く長い爪。白い顎髭を長く伸ばしてはいるが、間違いなく───

 

「あ、アライグマ・・・?」

 

「・・・フン。まあ、そんな反応をするか」

 

人間のように二足歩行をしながらつまらなさそうにする鼻を鳴らす老人のことアライグマが二人を見て言った。

 

「一応名乗って置こうか。儂はこのスラム街を支配しておる老王のウェン。他の奴からは貧困窟の王などと呼ばれておる能力者の爺とでも言っておくか」

 

この国の闇を支配する老王が三人の前に姿を現した。



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第三十八話

「ウェンって確か───」

 

ウェンと名乗った動物顔の老人に白音と都は聞き覚えがあった。能力者を束ねる統一者。慎一郎の《組織》とはまた違う意味で有名な名前。

 

「ほう?儂の事を知っておるのか。いや、それも当然か。あの”件“はあのクソガキにとっても痛手じゃろうて」

 

笑うウェンに慎一郎は小さくため息をつく。

 

「そりゃそうだろうが。先代第一位の魔法少女を完封した上で腕力だけで叩きのめすなんて化け物しかねえだろ。俺でも出来ねえよそんなこと。それにクズとはいえ、現大統領をクソガキ扱いするのは爺くらいだぞ」

 

現時点で分かっている最強の能力者。老王ウェン。

三年前に先代第一位の魔法少女を”金の彫像“にした男。

 

「カカカッ。ちゃんと生かして帰してやっただろうに」

 

「“金属化“させて送り返した時点でほぼ死んでいるって言ってもいい状態じゃねえか。爺の”物質変換能力”は俺でも手を焼くぞ」

 

「貴様も大概だろうに。その能力の本質・・・未だに尻尾を掴めんわ」

 

凶暴そうに笑みを浮かべるウェンに二人は慎一郎の背中に隠れた。───この男はヤバい。

人間の───動物としての本能がそう訴えていた。

実際この男に挑んだ魔法少女は尽く敗北している。

そして敗北した魔法少女達は恐怖や絶望に歪んだ顔で石にされ、金属にされ、送り返されているのだ。

そんな男と世間話をする感覚でいる慎一郎もどれほどの怪物なのかが分かる。

そんな二人を見てか、老王は獰猛に牙を見せながら慎一郎を見て笑う。

 

「───それで?あの湿気臭い小娘ではなく、別の小娘ら二人を連れて今日は何のようだ?お主のことだ。”こっちに来た”ということは向こうで何かあったのだろう?」

 

「さっきも言っただろ。情報屋に会いに来たって。能力者がこっちで事件を起こしたからソイツの情報を知っていたら聞きたいんだよ」

 

慎一郎のその要件に老王は答えた。

 

「あやつは今はここには居らんよ」

 

「・・・なに?」

 

老王の予想な返答に慎一郎は眉を寄せる。そしてそんな慎一郎に老王は言った。

 

「別用件を切り上げさせ今、あやつはそっちに行っていての。向こうで手を出した能力者の動向を探っておる」

 

「流石、爺。動かすのも早いな」

 

「お前達みたいな新参組織とは訳が違うわい」

 

流石長年このスラムの王座に座っている訳では無い。

早急に対応すべき事件を対処するその能力は慎一郎よりも遥かに上だ。見習う所もある。

 

「じゃあ、しばらく帰ってこないな」

 

「───ああ。だが、その前に一つ貴様にやってもらうことがある」

 

「・・・げ。なんだよ」

 

本当は聞く必要はないのだがこの爺にそれは通用しない。

嫌そうにする慎一郎に老王は言った。

 

「最近、このスラム街に《アルケミスト》が仲間と共に”外”からやってくる怪物共を相手しておっての。前に交戦した場所に住んでいた住人どもが被害にあったと訴えがあった。一度使いを出したが、聞くつもりはないと突っぱねられたから儂自ら行こうとしたのだが・・・丁度いい。時間潰しがてら貴様等が行け」

 

「《アルケミスト》って第八位の・・・どうしてそんな」

 

都がそう呟くと、白音は眼鏡の奥で苦々しい顔する。

 

「《アルケミスト》は基本的に自分の能力実験で作った作品しか興味が無いの。何度もボクと揉めたこともあったから───分かるよ」

 

そう言う白音の話を聞いて慎一郎はため息をついた。

 

「つまりは第八位をスラム街から追い出せってことか。”外”の怪物はどうするつもりだ?」

 

「兵に任せる。最近は弛んでいるからな。しばらくは相手をさせてやるわい。ついでにあやつには今日中に情報を持ってくるように言わせるわい」

 

「あっそ。なら、俺一人で行くわ」

 

「慎一郎さん!!」

 

「それは危険です!」

 

都と白音は一人で行くと言った慎一郎の手を取りながら言う。

 

「一人で行くつもりならボク達も連れていって!」

 

「そうですよ!いくら慎一郎さんでも私達と同じ魔法少女を複数人を相手なんて!」

 

そう言う二人に慎一郎は今日何度目かわからないため息をついた。

 

「駄目だ。柊や雨宮は名前が知れ渡っている魔法少女だろうが。もし、俺といたら二人が目をつけられる。それに雨宮の場合は今、力を使えばバレるだろうが」

 

「でもッ!」

 

正論を並べても食い下がる二人に、慎一郎はどうしたものかと考えていると、老王が言う。

 

「連れていってやれ。影から見守るくらいなら問題はあるまい。そして見せてやればいい。自分なら小娘に相手に劣らぬという実力をな」

 

「・・・分かったよ」

 

「「・・・・!」」

 

どうせ後をついてくるであろう雰囲気を放つ二人と、ウェンの言葉に慎一郎は折れた。

 

「ただし!絶対に手は出すなよ?一応殺さないようにはするが、万が一が死にそうになっても絶対に飛び出すなよ?」

 

「「・・・はいっ!」」

 

「はぁ・・・」

 

面倒事になったものだと慎一郎はもう一度ため息を付いた。

 



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第三十九話 スラムの闇

ガヤガヤと賑わいを見せる街の中で慎一郎達はお互い、逸れないように固まって移動する。

 

「あんまり離れるなよ?お前等の場合、少し離れると面倒事に巻き込まれる可能性が高いからな」

 

「は、はい」

 

───スラム街と聞いてヤクザやら荒れた雰囲気を予想していた白音と都だったが、周りの雰囲気を見る限り、普通の街並みに少しだけ気が抜けてしまう。

 

「あ、あの・・・普通の街・・・なんですね」

 

「そりゃあな。ここは地下とは違って売っているヤツにヤバい物が混じっている以外には普通の街と言っても過言じゃない。まあ、路地裏はそうでもないんだが」

 

「・・・路地裏?」

 

「ああ。密売人がいるんだ。たまにモノが使って気分良さげにしているんだがな」

 

辞めておけって言ってんだけどなぁとボヤく慎一郎の反応に、白音はそれが何なのかある程度理解してしまった。

 

「あの、それって・・・もしかして」

 

「お前の想像する通りだと思うぞ。アイツ、そういう系には身体を弄られまくられたせいでめっぽう強いから」

 

「・・・絶対に縁を切った方がいいですよ」

 

思ったよりヤバい事をしているあの青髪の彼女を思い出し、白音は顔を引き攣らせながら慎一郎に言うが、慎一郎は肩を竦めるだけだ。

 

「縁を切ろうとしたらアイツは俺を監禁する気満々だから無理。俺、能力なかったらただの一般人だから。ゴリラみたいに力強いアイツに逆らえない。オーケー?」

 

そう言った瞬間、慎一郎のポケットからRingの着信音がピコンと鳴る。

 

「誰だ?」

 

慎一郎はポケットからスマートフォンを取り出すとRingの画面に切り替える。差出人はモノからだ。

内容はと言うと───

 

 

『帰ったら覚悟しろよ(⁠´⁠ε⁠`⁠ ⁠)』

 

 

と、短く打ち込まれていた。

 

(あ、やべ。俺死んだ)

 

文字と顔文字の感情表現の違いに慎一郎の表情が死んだ。

温度差のある顔文字をアイツが使うということはブチギレている証拠である。

 

「慎一郎さん・・・?」

 

「ああ、ダイジョーブ。ダイジョーブダヨ」

 

覗き込むように見上げてくる白音に、慎一郎は乾いた笑顔を浮かべた。もう後の祭りである。気にしちゃいけない。

 

「そう言えば、みゃーこ・・・」

 

白音はずっと静かだった都の方へ振り向くと、そこに都の姿は何処にもなかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「離してッ!離してください!」

 

慎一郎達の後ろを歩いていた都は突然、小柄のフードを被った誰かに凄まじい力で路地裏へと吹き込まれる。

そしてかなりの距離を走らされた所でフードを被った人物が唐突に足を止めた。

 

「・・・・ッ」

 

都は逃げようとそのフードを被った人物の手を振り払い、来た道を引き返そうとするが、その道をフードを被った人物に防がれ、その人物に都は壁際まで押し込まれ、手首を思いきり掴まれた。

 

「・・・・ひっ」

 

都は小さく悲鳴を溢しながらその手を見ると、枯れ枝のように細く、皺で皮膚が弛んでいるのが分かり別の恐怖が彼女を襲う。

そしてフードの奥からギラギラとした大きな目が都を見ていた。

魔女と言っても過言ではない見た目に都は息を呑む。

そんな都に老婆が口を開いた。

 

「お嬢ちゃんや。コレを買ってはくれないかい?」

 

「・・・えっ?」

 

老婆がポケットから取り出す煙草のようなモノを見て、都は困惑する。

そしてそんな都を押すように老婆が言った。

 

「コレを使うと嫌な事も苦しいことも全部忘れられるよ。───一本どうだい?」

 

「・・・苦しい事を忘れられる?」

 

老婆の言葉を受け、都はそう言うと老婆は頷いた。

 

「ああ。全部が夢のように苦しいことを忘れられる。さあ───使ってみてごらん」

 

都はその言葉に進められるまま手を伸ばし───

 

 

「悪いな婆さん。俺の連れに何かようか?」

 

「・・・・・!」

 

その声に都はその手を止めた。

 

「みゃーこ!!」

 

白音が都の名前を呼ぶ。

 

「あ・・・はく、ね・・・ちゃん」

 

友人の声を聞き、都は冷静さを取り戻すと、白音が都を肩を持つ。

 

「大丈夫!?何もされてない!?」

 

「う、うん・・・」

 

「よ、よかったぁ」

 

都のその返答に白音は安堵を覚えたのか緊迫した雰囲気を解く。

そんな中で、慎一郎は老婆を見ながら言った。

 

「悪いな婆さん。彼女は俺の連れなんだ。勝手なマネはよしてもらおうか?」

 

目を細める慎一郎に老婆は笑う。

 

「ヒヒヒっ。良く見りゃ慎一郎の坊主じゃないかい。良かったらアンタもどうだい?安くしとくよ」

 

「いらん。そんなもんはモノのヤツに売ってやりな」

 

慎一郎がそう切り捨てると、老婆はチッと舌打ちした。

 

「ケッ、相変わらず詰まらない男だね。全く」

 

そう言いながら老婆が路地裏に逃げるように去っていく。

 

「そんなんじゃあ、あの娘にも愛想をつかれるよ!」

 

そんな逃げる悪役のような捨て台詞を吐いて逃げていく老婆を見て、慎一郎は小さく息を吐いた。

 

「・・・ったく。あの婆さんも懲りねえよな。・・・大丈夫か?雨宮。アレを吸ってないだろうな?」

 

「あ・・・はい。ご迷惑・・・かけました」

 

「あの、慎一郎さん。アレは一体なんですか?」

 

そう言う白音に、慎一郎は答える。

 

「あれはお前等も一般的に知っているもんだよ。ただアレを吸ったら最後、彼奴等のように無気力になって最終的にはアレを求めるだけの生きる屍になっちまう」

 

そう言って路地裏の奥に座り込んだり寝転んだりする人達を見て、白音と都は顔を青くした。

アレを吸っていたら最後───自分がああなっていたかもしれないと想像した都は吐いた。

 

「・・・・うっ」

 

「みゃ、みゃーこ!?」

 

「お、おい!?」

 

二人に介護されるように都達は路地裏から出るのだった。



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第四十話

「まさか吐くとはな・・・」

 

スラム街の九番区。その中心部にある噴水で慎一郎と白音達は休憩を取っていた。

 

「大丈夫?みゃーこ・・・」

 

「・・・うん、大丈夫」

 

白音の心配に都はそう返事を返し、そのまま慎一郎に目を向けて謝った。

 

「ごめんなさい、慎一郎さん。私・・・」

 

「あー、いや、あの婆さん相手については謝らんでいい。あの婆さんは無理矢理連れて行こうとするからこの件は気にしなくていい」

 

この件は俺も予想外だったしな。という慎一郎は周りを見渡す。

久しぶりに来てみたが、物品は高いし、治安維持という名目の魔法少女も何人か巡回している。

 

「・・・・・」

 

「慎一郎さん?」

 

眉を顰める慎一郎に白音は首を傾げた。

 

「なあ、柊。《アルケミスト》って一体どういう奴か知っているか?」

 

「・・・《アルケミスト》について、ですか」

 

白音がその単語を聞き、少し不機嫌そうな顔をする。

 

(その表情は止めろよ・・・。モノを思い出すから)

 

嫉妬なのか《アルケミスト》と仲が悪いのか・・・どっちかわからないその不機嫌そうな表情に、慎一郎は顔を引き攣らせた。

そんな慎一郎の顔が見えていない白音は苦々しげに答える。

 

「・・・《アルケミスト》は一言で言えば“実験狂”です」

 

「”実験狂“?」

 

慎一郎のその問いに白音は頷いた。

 

「国の外に住まう魔獣のこと・・・慎一郎さんは知っていますよね?」

 

「ああ」

 

頷く慎一郎に白音は言う。

 

「《アルケミスト》はその魔獣を捕獲して実験をしているんです。ただ、どんな実験をしているのかは・・・」

 

「なるほどな。ありがとう」

 

そう言って首を振る白音に、慎一郎は白音に礼を言って腕を組む。

 

「しっかし魔獣を使っての実験か。そんな話、俺は知らなかったな・・・ラインハルトなら何か知っているか?」 

 

情報についてはアイツが全て管理している。

なので俺が知らないことも知っていることだろう。ただまあ、アイツもアイツで隠し事をするからある程度しか話さないだろうが。

唸る慎一郎に対し、都が「あっ」と声を上げる。

 

「どうした?」

 

「どうしたの?みゃーこ」

 

そんな都に二人は顔を上げると、都は指を指した。

 

「あの人・・・確か・・・」

 

都が指を指した方向。そこには四人の少女が歩いていた。

そしてその内の一人。

薄い紫色の髪の少女を見て、白音は顔を顰めた。

 

「・・・《アルケミスト》」

 

「アイツが《アルケミスト》か」

 

初見で見た慎一郎の感想は気怠げな少女。

薄い紫色の髪を肩まで伸ばし、眼鏡の奥にあるまぶたを重そうに開けて、紅い目を爛々と光らせていた。

他の少女達も生真面目そうな少女に、文学そうな少女、そして気が強そうな少女までとにかく性格が合わなさそうな四人だった。

 

「なんというか・・・性格が合わなさそうな四人だな」

 

「まあ、私達〈シリウス〉みたいに皆が皆、仲が良いチームで組むことなんて滅多にないから・・・」

 

「ボクも仕事で《アルケミスト》と組んだ時、戦闘スタイルが合わなくて結局・・・ってパターンもありますから」

 

そう言って、彼女等の後ろ姿を見送る。

そして彼女達は噴水エリアの先にある階段の裏手に向かっていった。

 

「階段の裏手に回ったみたいですね」

 

「裏手?てことは・・・」

 

慎一郎達は彼女等の後を追うように階段の裏手に向かうと、そこには重厚な金属製のゲートがあった。

 

「これ、普通の扉じゃないですよね?」

 

「ああ、地下鉄公社が管理するゲートだ。ここをずっと先に行くと“外”に出れる」

 

「なるほど・・・だから魔獣の討伐依頼は地下鉄公社関連が多いんですね」

 

「そう言うこと」

 

そう答えた慎一郎は白音と都を見る。

 

「俺の目的はあくまであの爺さんに言われた通り、リメンズ・オブ・ラビンスに彼女等を送り込んである程度痛めつけることなんだが、それでもついてくるのか?」

 

「・・・正直、他の魔法少女が痛めつけられるのは私は見たくないです。ですけど、本当に彼女達はあのお爺さんが言っていたように周りに被害を出しているのか確かめたくて・・・」

 

「ボクも一緒です。もしそれが本当なら報告しないと」

 

「本来は俺が組織のボスだってことを報告しないといけないの分かってる?」

 

「国の闇を知った今、頼りにしているのは慎一郎さんだけですから」

 

「矛盾してるよなぁ・・・」

 

「あ、はははは・・・白音ちゃんはいつもそうだから・・・慣れた方が案外楽だったりしますよ?」

 

「み、みゃーこ?」

 

苦笑いするように笑う都を隣に、慎一郎はため息をつく。

 

「まあ、俺も彼女等が被害出してなかったらそのまま退散するつもりだ。もし、被害を出していたら───」

 

「出していたら?」

 

首を傾げる二人に慎一郎は言った。

 

「第百六十六層ボスモンスター”バベル”をぶつけてやるだけだよ」

 

「バベル・・・あの旧約聖書の?」

 

「正確には巨大なゴーレムだ。しかも塔だけじゃない。ステージである都市自体がボスのギミックボスだ。ダンジョンの丁度中間の難所をどう乗り越えるかな?」

 

そう言って、慎一郎は金属製の重い扉を開けた。



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