トライアングル・シャッフル (カオス箱)
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第1話 暁月真人①:トライアングル世界の非日常

あらすじとは裏腹にゆるーくやります。
ギリギリまで投稿するかどうか迷ってたんですが、せっかくだしやることにしました。よろしくね。
日常モノは初めてだから色々不安だけど、がんばります。


 

 

 それは唐突に始まった。

 

“オレがいる⁉︎ オレが女の子になっていて⁉︎ オレがテレビに映ってる⁉︎ ”

“な、なによこの身体ぁ⁉︎ 股間に変なモノぶら下がってるし、ヒゲモサモサだし、どうなってるのよぉー⁉︎ “

“なにこれぇ……ぼくの胸が大きくなってる……?”

 

 トライアングル・シャッフル。

 全人類の半数以上が、“3人1組”の肉体の入れ替わり現象に巻き込まれた。

 空想の産物でしかなかったこの現象が現実に起き、人類は未だかつてない危機に直面することとなった。入れ替わりによって発生した経済的・文化的な混乱は治安悪化を招き、各国政府は迅速な対応を余儀なくされた。

 そんな未曾有の大災害から早2ヶ月。混乱の極みにあった現代社会も、このちぐはぐな現状に慣れてきたのか、少しずつ落ち着きを取り戻しつつあった。

 そして今日、日本では、入れ替わり現象からずっと休みであった学校が再開される事となった。

 

 

 

 

 

 

************************

 

「今日から学校、か」

 

 暁月真人(あかつきまこと)は、自室でそう呟いた。

 鏡の前に立ち、服装を整える。今までとは随分と勝手が違うから時間がかかるだろうと予想し、少し早めに起きて支度を始めたのだが、予想よりも手間取らなかった事に自分の事ながら驚いてしまう。

 

「……慣れって怖いなぁ」

 

 鏡に映るのはブレザー姿の美少女。触り心地抜群の短めの黒髪も、ハリのある肌も、ダイナマイトとまではいかないものの出てるところは出てるボディも、程よく肉の乗った下半身も、可愛い声も、元は他人の身体だった。でも、今はコレが自分なのだ。

 始めは違和感バリバリで凄く苦労したものだ。なんせ15年弱付き合ってきたかつての身体とはまるで違うのだ。というか男と女で性差ありすぎだろう。男と女は別の生き物とはいうが、こうしてなってみると、やはり違うなと実感してしまう。

 まだ赤の他人と入れ替わっていたなら、少しは気が楽だったのだろうが、自分の今の肉体の持ち主はよりによって幼馴染という間柄。身近な人の身体を使っていて、それを本人にも知られている、というのは無意識ながらも余計に気を遣ってしまう。本人がどう思ってようが関係なく。

 

「以前のアイツと遜色ない状態なのが余計に怖くなる……ヤバいな、オレの女心育ちすぎでは?」

 

 鏡を見ながら過去に想いをはせていると、そこにノックの音がする。入っていいぞ、と返答すると扉が開き、そこから学ラン姿の弟・大智(だいち)が入ってきた。

 大智は兄もとい姉の制服姿を初めて見て、ニヤニヤと笑っている。

 

「へぇ、兄貴似合ってるじゃん。あ、今は姉貴だったか」

「おい大智、覚悟できてんだろーな?」

 

 他人事だからって揶揄いやがって。家族で入れ替わり被害者は自分だけだからか、こういった感じに揶揄われてしまう事も多々ある。

 マコトがすごむと、大智はヘラヘラと笑いながら最後にもうひと揶揄いをして、逃げるように階段を降りていった。

 

「そんじゃ姉貴、俺もう行くから」

「だから姉貴って言うんじゃねえよ!」

 

 部屋のドアから身を乗り出してそう怒鳴るも、その時にはすでに、玄関の扉の閉まる音がしていた。まんまと逃げられたのだ。

 

「ったく、いい気なもんだぜ」

「マコトー?もうそろそろ家出た方がいいんじゃないのかー?」

 

 マコトが弟のクソガキっぷりに悪態をついていると、階下から父親がそう声をかけてきた。廊下の時計を見ると、確かにもうそろそろ家を出る時間だ。

 鞄を持って階段を降り、リビングに向かうと、丁度父親が母親から弁当を受け取り、家を出るところだった。

 

「お、サマになってるじゃないか。いやあ、これから毎日これが見られると思うと、案外トライアングル・シャッフルもいいもんだなぁ」

「あなた、何馬鹿な事言ってるのよ。色んな意味でヤバい発言だって分かってる?」

 

 父親の無神経な発言に呆れるマコトだったが、母親の声色の変化に、親子揃って身震いしてしまう。まあ父親の発言は、入れ替わり被害者、ましてや実の息子に言っていい台詞じゃない。

 まあ、変わってしまったマコトを快く受け入れてくれた点では、両親に感謝はしているのだが。

 

「それじゃーいってくるねー……」

「次あんな事言ったら来月の小遣い1割減だからね」

 

 逃げるように出勤していった父と、能面のような顔でそれを見送る母。子の視点から言わせていただくと、朝から子の目の前でこんな光景を見せないで欲しいものだ。

 弁当を持って、マコトも家を出ようとする。すると、母がこんなことを言ってきた。

 

「随分と変わったわね」

「そりゃあ、な。今更なんだよ」

「……例えあんたがどうなったって、私達の息子である事には変わりないわ。安心して」

「俺だって同じさ。肉体的には血の繋がりは無くなっちゃったけど、母さんの息子だよ。それじゃ、行ってきます」

 

 今は娘になってしまったけど。

 身体だけが繋がりではない。少なくとも今だけは、そう思っていたかった。

 

 

 

精神:暁月真人(16)男性

肉体:空衣夜空(16)女性

 

 

 

 

************************

 

(スカート……予想以上に恥ずかしい……!)

 

 通学路を歩く事数分。マコトは出発早々羞恥心に苦しんでいた。

 入れ替わってから休校中もちょくちょく女物の服も着てきたし、スカートだって何回も履いたのだが、スカートを履いて外に出るのは初めてだった為、予想以上の恥ずかしさにテンパっていたのだ。風でスカートが揺れる度に、下着が見えるのではないかと不安に感じてしまう。女性の皆さんはよくこんなモノ履けるなぁと感心せざるを得ない。

 

「……てか、周りも似たような感じじゃねぇか」

 

 恥ずかしさを紛らすため、辺りを見渡してみると、周囲を行き交う人々もちぐはぐだった。バス停でバスを待つリクルートスーツを着た小学生くらいの女子、明らかに成人済であるにも関わらず、赤いランドセルを背負った半袖半パンのムキムキの白人男性と、その隣で同じくランドセルを背負いながら小学生らしい下品なトークをする、テレビで見かけた事のある人気女優達。ダンプカーを運転するガテン系な服装のマダムなどなど……なんだこの悪夢。これが夢ならどれほど良かったでしょう。頭の中にLemonが浮かんで離れないよ……。

 だが、多分彼らも同じなのだ。こうしてマコトが感じている不安も、今や普遍のものになってしまった。

 

「おっはーマコト!」

「んひぃ⁉︎」

 

 声を掛けられたかと思えば、突然後ろから抱きつかれ、思わずマコトは変な声をあげてしまう。背中に当てられる柔らかい感触に、マコトの顔が赤くなる。

 そして続け様に、胸を揉まれる感覚がマコトを襲う。男ならば(一部を除いて)決して味わうことのない感覚に、マコトちゃんの精神力は凄まじい速度ですり減ってゆく。

 気持ちいいかといわれたら頷けるのだが、これ以上は公衆の面前では大変よろしくない。マコトは慌てて腕を振り払い、セクハラ犯の腕を捻りあげる。

 

「いいモンもってるわねぇ。いっちょ味わせなさいででででで!」

「いいモンって……そもそもこれお前のだからな夜空!」

 

 セクハラの犯人は、今のマコトよりも少しばかり背の低い女の子だった。朝日を反射して翡翠色に輝く髪と、三日月型の髪飾りが目立つ美少女。

 そう、目の前に居る少女こそが、マコトの今の身体の元持ち主・空衣夜空(そらいよぞら)であった。

 

「あのなぁ!幾ら肉体的には同性だからって急に抱きつくなよ!」

「アレェ〜?もしかして照れちゃってるぅ〜?」

「……っ!」

 

 夜空はおちょくってくるが、事実、身体が美少女になろうが中身は思春期の男子高校生。股間のブツが無くとも彼(女?)の心にあるブツは健在で、女体にバリバリ反応してしまう。

 

「だいたい、お前気持ち悪いとか思わないのかよ?目の前で自分の身体を人に使われてるの見てて」

「まあそれは無くはないけど……少なくとも自分の目が届く範囲のことだし、マコトならある程度信頼できるじゃん?」

「……その信頼はどっから来てんだよ」

 

 あっけらかんとそう言い放った夜空に、マコトは小声でそう返す。

 今の2人は、側から見れば仲睦まじい女の子同士の登校風景なんだろう。だが、そんな見かけなんてこの世界では無意味なのだ。

 

 

 

************************

 

 教室の扉を開けると、すでに半数近くの生徒が来ていた。

 扉が開くなり、彼らは一斉にマコト達の方を見る。入れ替わり発生後初めて顔を合わせる奴らが大半なので、皆クラスメイトがどうなっているのか、興味があるのだろう。さながら新年度のようだった。

 

「おー、ラブラブカップル1組到着ぅ!」

「ラブラブだなんて照れるなぁ」

「居るんだよなぁ、男女で並ぶとすぐ恋愛関係に結びつける短絡的なヤツ。まあ今は女同士だけど」

「夜空ちゃんの姿でそんな毒吐かれるとかめっちゃ興奮する」

「ダメだこいつ」

 

 教室に入るなり、猿みたいな顔をした男子生徒がマコト達に絡んできた。彼の名は田中開知(たなかかいち)。見た目に違わぬエロ猿だが、彼は入れ替わり被害者ではないので、前と変わらぬその様子に、マコトはどこか安心感を覚えている。

 田中はマコトの肩に手を回すと、興奮気味に話しかけてくる。一応今のマコトは女の子なのだが、その距離感で大丈夫なんだろうか?

 

「エロ自撮りの件、俺はまだ忘れてねえからな。送ってくれるまで言い続けるぞ?」

「なんで送らなきゃなんねーんだよ。てか仮に送ってきても中身オレだぞ?まさかお前それで抜くのか?」

「むしろなんで興奮しないのか、俺は理解に苦しむね。お前なんなの?修行僧かなんかかよ?」

「お前それオレじゃなかったら百烈ビンタ不可避なんだけどな」

「腕振り上げながら言うのやめてね……マジで反省してるんで」

 

 田中が沈黙したので、マコトは振り上げた腕を下ろす。

 マコトは、申し訳なさそうに小さくなっている田中を見ながら「次があったら問答無用で暴力ヒロイン化してやる」と決意をするのであった。暴力ヒロインはこうして生まれるのです、はい。

 

「お前は知らないだろうけどさぁ、色々とあってそんな暇なんか無かったぜ?市役所の手続き然り、性教育しかり、入れ替わりの周知しかり……未知の体験だったぜ、あれは……」

「へえ〜そうなんだ〜。わたしは性別変わんなかったからさ、割と簡単にその辺りは済んだんだよね」

 

 自分の知らない入れ替わり被害者達の苦労話に感心しながら相槌をうつ田中だったが、その時、教室の扉が開くと共に、こんな声が割り込んできた。

 

「あー懐かしいわこの雰囲気。見た目変わっても中身はそう変わらないもんなのねー」

「む……その声は!」

「あ、夜空おっはー」

 

 いかにも優等生ですと言わんばかりの眼鏡美少女がやってきた。彼女は白石美紀(しらいしみき)。風紀委員を勤めており、夜空と一番仲がいい女友達だ。

 彼女は夜空の前の席に座ると、身体を後ろに向けてマコト達の会話に入ってきた。田中は美紀の姿を見て、わかりやすくほっとしている。恐らく、彼女が入れ替わっていなかったことに安堵しているのだろう。下心込みで。

 

「美紀遅かったねー。時間ギリギリじゃん」

「風紀委員の仕事がめちゃんこあったのよ。ほら、このご時世じゃん?こーゆー時こそ心身共に引き締めないといけないんじゃないかな」

「なんで俺達を凝視するのかな美紀サン?」

 

 ジロリとこちらを見つめてくる美紀の視線に耐えきれず、マコトと夜空は目を逸らす。

 だが、美紀の懸念は最もだ。入れ替わりの影響で少なからず風紀が乱れている。異性の身体同士になった生徒と教員がヤってるのが発見されたり、異性の身体になった生徒が教室で自家発電してたのが見つかったりという事案が、全国各地で散見されているのだ。日本の将来が心配である。

 

「あれ、山岸は?お前いつもアイツと登校してたよな」

「あー、あいつな。学校に来れなくなったんだ、ほら」

 

 田中はそう言うと、スマホを取り出してその画面をマコト達に見せる。そこにはチューブに繋がれベッドに横たわる老婆の画像が映し出されていた。

 この老婆が、田中と仲の良かった山岸だ。中学の時から喧しいエロ猿だったが、こうなってしまうほどの奴では無かったので、彼の変わり様には流石のマコト達も本気でかわいそうに感じていた。

 

「これが今の山岸だ。アイツん家、家族全員入れ替わり被害者だから色々と苦労してるみたいなんだ」

「マジか……」

「隣のクラスの絵麻さんなんか、入れ替わりのショックで引きこもりになっちゃったらしいし……」

「あー確か殺人犯の身体になったんだっけ……犯罪とか不祥事やらかした人になると大変だよね」

 

 美紀と夜空も、人生が詰んでしまった同級生の話に心を痛めている。

 入れ替わり現象は、対象を選ばない。だから場合によっては大の大人が赤ん坊や老人の身体になったり、健康な身体の人が障害者や重い病気に罹った身体になるケースも多い。そのせいで職を失ったり、中には元の身体が死んでしまったケースもあるのだ。

 そう考えると、性別は違えど同年代で健康な身体の人間同士で入れ替わったマコト達はまだ恵まれているのかもしれない。

 と、その時。

 

「おーお前ら席につけー、ホームルーム始めるぞー」

 

 チャイムと共に、担任教師が教室に入ってきた。彼は苗字が白樺(しらかば)なのと、カバみたいな顔をしているので、皆からはカバセンと呼ばれている。どうやら彼も入れ替わってはないようだ。

 田中はそれがつまらなかったようで、ボソリと不平を漏らした。

 

「うわカバセンだ。なんだバカセンは入れ替わってないのかよ、つまんねぇの」

「おい田中、お前今馬鹿って言ったろ」

「げ、ばれた!」

「なんか……バラエティ豊かだな」

「見る限り半分以上が高校生じゃないんだが」

 

 改めて教室を見てみると、半数以上がどうみても高校生に見えない外見をしている。オッサンだったり、小学生だったり、筋肉モリモリマッチョマンの変態だったり、明らかに堅気に見えなかったりと、なんだか、いい歳した役者に無理やり制服を着せたような、下手な学園ドラマを見ている気分だ。そのせいか、所々にいる、入れ替わっていないクラスメイト達が居心地悪そうにしている。

 入れ替わった側としては、彼らに多少なりと申し訳ないとは思っている。

 マコトと夜空は、教室の最後尾で未来を憂う。それは全人類共通の不安だった。

 

「カオスだねぇ……」

「……これ学校生活成り立つんですかね」

 

 カオスな教室内を見ていると、学校生活が早速不安に思えてきた。

 こ 新生活なんて比じゃない。ここから、前代未聞の非日常が始まるのだ。それに終わりがあるかはわからない。ひょっとしたら、死ぬまで続くのかもしれない。

 期待と不安に押しつぶされない様に、マコトは膝の上の拳を強く握りしめた。

 

 

 

 

 




次回に続くよん。
次もマコトちゃん編だよ。


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第2話 暁月真人②:オカマ共のウルトラスーパーエンドレス乱痴気騒ぎ

マコトちゃん編のつづきだよ。
本来は1話に含めるつもりでしたがぶった斬りました。

全力で悪乗りしていくぜ!
前回よりも変態度合いが高いです。ご注意を。


 堅苦しい座学の時間が終われば、さあ体育の時間だ。

 チャイムと同時に、体操服に着替えるための教室移動が始まった。体育の授業は基本的に2クラス合同でやるので、女子は1組で、男子は2組に移動する形で別れ、別々の教室で着替える。

 が、ここで問題がひとつ。

 異性の身体になってる生徒たちをどうするか、だ。身体の性別に合わせるにしろ、精神の性別に合わせるにしろ、どちらにしてもえっちな事態が発生しかねない。

 マコト達の学校は、もとよりあんまり治安のいい学校とは言えない部類の学校だったのだが、入れ替わり発生後はより悪化しており、具体例を述べると、登校初日から異性の身体になった生徒同士で致していたのが発見されるレベルで、この学校の治安は終わっている。

 教師達は悩んだ。

 悩んだ末に、ある結論を出した。

 それは隔離だった。異性の身体になった問題児予備軍を別室で着替えさえるという、至極真っ当な結論だった。手間はかかるが、如何わしいことをされるよりは遥かにマシだということで、この案が実行された。

 

 

 

 では問題。

 そんな問題児予備軍をひとかたまりにしてしまうとどうなるでしょうか?答えは簡単だぞ!

 

 

 

 

 女子(中身男子)用更衣室

 

 

 

「お前のことが好きだったんだよ!」

「やらないか」

「ふははははははは!見たまえ諸君、我が美貌を!これが我が自慢の妹ボディであるぞ!」

「よっ魔王様!今日もプリティでござる!」

「それでこそ我が王……私、感激」

「あーめっちゃシコりたい!チ○コ返せよ神様ぁ!」

「ボインボイーン!ボインボイーン!」

 

 ――なんだこれ地獄かね?

 この世の終わりみたいな光景と、思っていた以上に同級生達の精神年齢が低かったという事実に、マコトは泣きそうになる。目の前では半裸で自らの姿に酔いしれるシスコンナルシストや、ガニ股でエアチ○コを擦る人妻に、下品な某歌を歌うグラビアアイドルなど、モザイクピー音待ったなしの地獄絵図が繰り広げられていた。

 これを見ていると、今時の小学生の方が精神年齢高いんじゃないだろうかと思えてしまう。少なくともコイツらから知性を感じ取ることはできない。痴性は感じられるが。

 

「お、新たな同士の参上ですぞ!」

「一緒にすんな変態共」

 

 兎に角早めに着替えてここを離れようと、部屋内の空いてそうなスペースを探していると、部屋の扉が開いた。マコトは、また変態が増えるのかと頭を抱えていたが、どうやら違うようだ。

 

「何この地獄……」

 

 どうみても女子小学生にしか見えない彼改め彼女は、扉を開けるなり愕然としていた。

 彼女の名前は|東雲慎二(しののめしんじ)。クラスは違うが、マコトとは中学時代からの知り合いである。

 そんな彼は、近所の女子小学生になっていた。夜空の身体になったマコトよりも頭ひとつ分くらい小さい身長に、触り心地抜群の白い髪。黙っていれば美少女と言う他ない見た目だった。

 ともかく、この混沌の場に現れた第二の常識人の存在は、マコトからすれば救世主の降臨に等しかった。このカオスな光景に意を唱えてくれる仲間の存在に歓喜したマコトは、思わず慎二を抱きしめようと手を伸ばす。

 

「良かった……同じ気持ちのやつ居たんだ。周りがこんなんだから、てっきり自分がおかしいのかと思ってな」

「流石に女子小学生に欲情したら終わりだよ……てか近い!抱きしめようとするな男同士だろうがっ⁉︎ 」

「あ、ごめん。初めてまともな奴に出会ったから嬉しくて……」

「気持ちはわかる」

 

 慎二の一喝で我に帰ったマコトは、恥ずかしがりながら伸ばした手を引っ込め……ようとして、慎二の頭を撫でる。

 

「撫でるな!お前なんかおかしいぞ⁉︎ どうしたんだ一体……」

「馬鹿の相手に疲れたんだ……しばらくお前に丸投げしていいか?」

「勘弁してくれ!てか正気に戻れこの馬鹿っ!」

 

 旧友の奇行への戸惑いとと小学生扱いされる恥ずかしさを込めた、慎二の一撃がマコトの顎に食い込む。アッパーカットが直撃したマコトは、頭から更衣室の床にぶっ倒れる。脱ぎ散らかされていた服のおかげで怪我をせずに済んだのは僥倖か。

 ようやく正気に戻ったマコトは、顎をさすりながら起き上がり、自信を引き戻してくれた慎二に礼を言う。

 

「あやうくメス堕ちするところだった」

「今のをメス堕ちと呼ぶのはなんか違う気がする」

 

 なんか2人の背後に背景に百合の花が咲いてるのは気のせいだと思いたい。いや薔薇だろうか?

 そんな美しき友情のワンシーンをぶち壊さんとする勢いで、変態達が乱入してきた。

 

「素晴らしい!素晴らしいぞ2人とも!やはりお前達には美少女をやっていく才能がある!まあ我には及ばないがな!ははははははっ!」

「うるせえよ学人。お前入れ替わっても変わんないのな」

「当たり前だ!むしろ冴えている!なんせ愛しき妹になったのだから!最っ高だとも!」

 

 先程から人一倍煩い声で喚いているのは、未柴学人(みしばがくと)。彼は中学生の妹の身体となっており、めちゃくちゃ調子に乗っていた。

 元より常軌を逸したシスコンと厨二病っぷりを発揮しまくっていたのもあり、悪い意味で有名人となっていたが、最愛の妹の身体を手に入れて完全に天狗になっていた。でも人間不思議なモノで、美少女がいくら頓珍漢な行動をとっても、ある程度は許せてしまうのだ。これを一部の人は「美少女フィルター」と呼ぶらしい。

 そんな彼女の太鼓持ちをやっているのは、影浦(かげうら)小野(おの)。学人の厨二病仲間だった彼らも、何故か美少女になっており、影浦は如何にも陽キャですと言わんばかりの女子に、小野はロシア系の銀髪美少女になっていた。何故揃いも揃って変なやつばかり入れ替わりガチャSSRを引き当てているのか分からない。身体の持ち主がかわいそうだ。

 

「むしろ何故この状況を楽しまぬ?せっかく入れ替わったんだ、楽しもうじゃないか!」

「喧しいわシスコン野朗!てかなんだ、オカルト研究部の奴がなんで揃いも揃って美少女になってんだ⁉︎ 理不尽すぎるだろ!」

「日頃の行いですね、ねえ影浦ちゃん」

「そうでござりまするぞ〜拙者まじ萌えるわ〜最高っすわ小野ちゃん」

 

 マコトのツッコミもどこ吹く風、中二病トリオは開き直りっぱなしだった。

 もうこいつらと話する時間が無駄に思えてくるレベルだ。

 

「身体の持ち主が可哀想だ……」

「いや我は妹の許可を得ているぞ?彼奴はナルシストでレズだからな、今の我ならバリバリ抱けると言ってたな」

「お前ら姉妹の性癖はどうでもいいわ!」

 

 彼女の話が本当だとするならば、この兄(今は姉というべきか)にして妹ありというべきか……いや、考えるのはよそう。理解したくもない。

 マコトは室内の全員をガン無視することに決め、体操服に着替える。

 ブラウスのボタンをはずしていくと、黒い下着に包まれた膨らんだ胸が露になる。それは男にあるはずのないものと、男がつけるものではないものだった。トライアングル・シャッフルから2カ月がたち、自分のものとなった女体も(もちろん不可抗力で)結構な回数目にしたのだが、未だにこれは慣れない。おまけに、同じ境遇のものしかいないといえど、他人の前でこれをさらしているという点と、そもそもこの身体が長い付き合いである夜空のものであるという点が、余計にマコトを苦しませていた。

 が、変態という生き物はやたらと感が良いそうで、お着換え中のマコトちゃんを目にするなり、一目散に数名の変態(オカマ)共が、何かを揉むような仕草をしながらマコトに近寄ってきた。

 

「おお……夜空さん、結構なものをお持ちなようで……」

「ちょっとだけ!さきっちょだけ触らせてくれ!頼む!」

「いいよなあお前ら、若い身体でさ……俺なんか、デブのオバサンになっちまったんだぜ?笑えよ!」

「うわああああ来るな来るな気持ち悪いっ!お前らなんでそこまで欲望に忠実になれるんだよ⁉ 目を覚ましやがれこの馬鹿野郎共!」

「野郎じゃないもんね~」

「そうだよ(便乗)」

 

 なんということでしょう。健全なマコトちゃんを自分たちの仲間に引きずり落とそうと、変態共が徒党を組んで彼女に接近してくるではありませんか。

 マコトは半泣きになりながら、脱ぎかけのブラウスの胸元を隠しながら後退していく。彼女はこの時、セクハラや痴漢の被害者の気持ちが身に染みて分かってしまった。目の前の変態共が恐怖の化身にしか見えなかった。

 唯一の常識人である慎二は、なんとかしてマコトを助けようとするも、女子小学生の小さな身体では、物理的に女子高生や成人女性の集団に対抗しようがないし、学人はマコトのピンチに目もくれず、自らの可愛さに酔いしれている。

 マコトの貞操が万事休すだった。

 誰か、助けてくれるものは居ないのかと、泣きながら彼女は祈る。

 幼気な少女に、魔の手が迫る。

 

 

 

 その寸前。

 

「おいお前らぁ!」

 

 恐ろしいほどでかい怒鳴り声と共に、勢いよく更衣室の扉が開かれ、更衣室内が一瞬で静まり返る。

 室内にいた全員が扉の方を見ると、そこには鬼の形相の体育教師(31歳独身女性)が立っていた。彼女はゴリラのように顔を歪めながら、少女達を怒鳴りつける。

 

「授業の開始時間はすでに過ぎてんのよ……女子は揃ってんだ、はよ来んかいオカマ共っ!」

「…………………」

「返事ぃっ!」

「「「「「「「「はいいいいっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 」」」」」」」」

 

 女教師の気迫に押され、変態共はそう答えることしかできなかった。

 危機から解放されたマコトは、涙目になりながらその場に崩れ落ちる。

 

 

 阿保みたいな乱痴気騒ぎは、こうして幕を下ろした。

 

 

 

 

********************************

 

 

 

 

 運動場

 

 

「まじで怖かったよぉ……オレもうこんな生活嫌だよぉ……」

「それは怖かったね……よしよし、この夜空さまがついてるから安心しなよ」

 

 運動場で女子生徒と合流した後も、マコトは泣きじゃくっていた。

 最初女子たちは、泣きじゃくるマコトと頭にたんこぶ作っている変態連中という異様な光景に困惑していたが、事情を知るや否や態度が一変、被害者たるマコトに数多の同情が寄せられ、それと同時に変態共に軽蔑の眼差しがプレゼントされる結果となった。当然の結果だろう。

 で、今。

 マコトは夜空の胸の中で泣いていた。

 

「ほら落ち着いて、私たちはマコトの味方だから、ね?」

「うん……ありがとよぞらぁ……」

 

 マコトは甘やかされるがまま、夜空の胸に顔をうずめる。マコトが真っ当な判断力を有しているならば、恥ずかしくて絶対にできないような行為だ。

 あとなんか、恐怖のあまり精神まで女性化してるような気がするが、そのあたりは大丈夫なのだろうか?側から見るとだいぶ危ないように思えるが。

 そこに、学人と慎二がやってくる。今日の授業はソフトボール。今は別のチーム同士が試合をしているので、夜空達は待機中なのだ。

 

「うむ……我もあれはやりすぎだと思うぞ。愛でるという行為には敬意がなくてはならん。それを忘れた彼奴らが裁かれたのは当然だよ」

「何ちゃっかり味方面してんだテメェ。お前ずっとシスコン発揮してただけだろ」

 

 何故か味方面してもっともそうなことを言っている学人に、本当の意味で唯一マコトの味方だった慎二がツッコミを入れる。

 夜空はマコトの頭を撫でながら、考えていた。

 

(不思議な光景だよね……自分で自分の身体を抱きしめながら頭を撫でてるなんて……そしてそれがマコトだなんて)

 

 普通ならあり得ないような光景だが、トライアングル・シャッフルがそれを現実のモノにしてしまった。こうして自分の身体になったマコトを見ていると、なんとも言えない不思議な気分になってくるし、外からこうして元の自分の身体を見ていると、色々と新たな発見がある。

 それは、「自分の顔って意外と短髪も似合うんだな」「思った以上に自分って他の女子より背が高かったんだな」といったような外見上の発見だったり「自分の顔ってこんな表情ができるんだな」「自分だったらこんな動きしないわ〜」といった、中身の違いからくる発見だったりと、色々とあるのだ。

 夜空1人では気づけなかった、夜空の魅力というものを知ることができるという点においては、入れ替わりも良いんじゃないかと思わせてくれるのだ。

 夜空を撫でて落ち着かせているうちに自分だけの世界に入り込み、そんな感じのことを考えていた夜空だったが、隣でソフトボールの試合に野次を飛ばす慎二と学人の声で、彼女は現実に引き戻される。

 

「あ、あいつまた三振かよ」

「やるな小野の奴……あの身体、相当運動神経が優れているのだろうな」

 

 目の前で繰り広げられているソフトボールの試合を眺める。やはり半数近くが入れ替わっているのもあって、皆元の身体との差異に四苦八苦していて思うような試合展開になっていないようだ。

 そして、両チーム納得のいかないまま、試合が終了する。

 ぞろぞろと球場から帰還してくる同級生達の姿を目にした夜空は、マコトを立たせる。顔を上げたマコトは、泣き腫らしながらも、何処かキリッとしたような顔をしていた。

 

「大丈夫……だよね」

「あ、ああ……ありがとう夜空。だいぶ……落ち着いたかもしれない」

「まあ……兎に角身体動かそうよ。運動すりゃ気分もリフレッシュできて元気になるっしょ!」

「……だな」

 

 いっぱい甘えて、いっぱい泣いた少女は立ち直り、幼馴染みと共に歩き出す。

 その様子を後ろから見ていた慎二と学人はというと。

 

「……今更ながらアイツらのイチャつきっぷりパネェな」

「まるで我ら姉妹の如き、美しい絆だった……負けてられん!帰ったら我も妹とイチャラブするぞっ!」

「張り合うポイントじゃねえしお前みたいな変態と一緒にすんじゃねえよ!」

 

 最後までこんな感じだった。

 

 

 

 

 

 

 ちなみにだが。

 後になってマコトちゃんは、夜空の胸の中で泣いていたことを思い出してモーレツに恥ずかしくなり、悶え苦しむことになるのだが……その話はもう少し先のことになるだろう。

 




本当は2話で終わるはずだったんだけどなぁ!
とりま次もマコトちゃん編になります。一応次でマコト編は一区切りつく形となり、別のキャラクターにスポットライトを当てる形になります。
それではまた来週。


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第3話 暁月真人③:マッシュルームマザー

第3話です。
割と酷い下ネタがあります。


 

 

 

 色々とありながらも、体育の授業が終わり、放課後を迎えた。

 あの後、ソフトボールの試合で変態(オカマ)共へのリベンジに成功したマコトちゃんは、清々しい気分で放課後を迎える……はずだった。

 余談だが、変態(オカマ)共の暴れっぷりを考慮し、授業後の着替えの際は教師の監視が入ったので、ものすごーく平和裏に終わった。その点はマコトも慎二もホッとしている。

 ……話が逸れたが、兎に角マコトは精神的にもすっかり元通り……にはならなかった。

 理由はかんたん。

 

「……………」

「何?なんでこいつさっきから黙り込んでるワケ?」

「色々あったのよ……田中には教えてやんないけど」

「まぢむり……オレ馬鹿だろ……もうオレお婿に行けない……」

(マコト抱くの結構よかったなんて言えない)

 

 そう。

 メンタルブレイクされていたとはいえ、外で大っぴらに夜空に抱きついて、というかおっ○いに顔埋めてしまっていたことについて、マコトは今更ながら恥ずかしくなってきたのだ。

 今の彼女は、なんであんなことしちゃったんだろうと、自己嫌悪と恥ずかしさでいっぱいいっぱいになっていた。もうマコトちゃんのメンタルは踏んだり蹴ったりだった。そんな彼女を、美紀と夜空は半ば呆れながらも慰めている。

 そんな光景を見ていた田中が一言。

 

「羨ましいぜ……女同士だからって抱き合うとかよぉ……俺も抱きしめられたい!」

「田中、グーチョキパーのどれで顔面潰されたい?」

「や、やだなあ冗談でびぃがあああああああああんんっ!」

 

 空気を読まない発言をした田中を真っ二つにするように美紀のチョップが炸裂する。田中が床を転がりながら悶絶するのを背景に、夜空がマコトを落ち着かせる。

 

「大丈夫!お嫁に行けるし……それにほら、トライアングル・シャッフルのおかげで同性婚認められるようになったし、なんとかなるよ!多分!」

「お前は性別かわってねえからお気楽な発言できるんだよぉ……てかそれ慰めになってないからね⁉︎ 」

 

 そんな感じのやり取りがしばらく続いた後、ようやく落ち着きを取り戻したマコト。いつまでも教室で駄弁っているのもアレなので、そろそろ下校することにした。

 ちなみに美紀はというと、隣の教室から不純性交友の気配を感知したとのことで、風紀委員としての役目を全うすべく目にもとまらぬ速さで走り去っていった。外国人が見たらジャパニーズニンジャ呼ばわりしてそうなほどの、華麗な動きだった。

 今日は部活もないので、皆学校に残ることなく帰っている。が、その光景もカオスを極めていた。

 どうみても高校生じゃないだろ、というような見た目の奴らが多すぎる。朝も似たような光景を見たが、それでも慣れないもんは慣れないのだ。

 と、そこに、

 

「センパーイ!帰りましょう!」

 

 いやという程聞き飽きた、そして若干懐かしい —— 自分の声が聞こえてきた。

 マコトが後ろを振り返ると、そこには、ニコニコと笑顔を浮かべている男子高校生が居た。まるで典型的なラノベ主人公の如く、どこかパッとしない雰囲気の黒髪の少年。それが本来の暁月真人の姿だった。

 しかし、今その身体を動かしているのは全くの別人。

 彼の名は伊佐木舞(いさぎまい)。マコト達のひとつ下の後輩であると同時に、今の夜空の身体の、本来の持ち主。それが彼女もとい彼、伊佐木舞という少年(しょうじょ)だった。

 舞は笑顔を崩すことなく、マコトの顔を見るなり、後ろから抱き着いてきた。

 

「ちょっいきなり何すんだよ⁉ 」

「愛情表現に決まってるじゃないですか!私のマコト先輩を思う存分堪能したいという願望……わかってくれますよね?」

「わからんわっ!てか自分の姿をした奴から好意向けられるとか恐怖でしかないんだけどっ⁉ 」

 

 ――もうこの時点でお分かりだろうが、舞はマコトに行為を抱いている。

 2人は中学時代からの知り合いだったのだが、マコトは何だか知らない内に舞から好意を抱かれており、ある時彼女から告白される。

 が、マコトが断ったにもかかわらずその後もめげずに猛アタック。高校もわざわざ同じところに入ってきているので、正直言って怖い。てか男の身体になったことで余計に絵面が悪化している。

 そして夜空はというと、舞がやってくるなりあからさまに不機嫌になる。上記の理由から、舞と夜空は非常に仲が悪い。顔を合わせるなりバチバチやっているのだから、間に挟まっているマコトからすればたまったもんじゃない。

 夜空が舞の胸倉を掴み、睨みつける。

 舞も負けじと睨み返す。

 

「おい横恋慕野郎。いきなり割って入ってこないでくれませんかね?」

「は?夜空先輩こそやめてくれませんか?今の貴女は、自分が散々嫌ってきた横恋慕ちゃんです。先輩と結ばれるのは私がふさわしいと思いませんか?」

「マコトの身体だからって調子乗らないでよね。身体なんか関係ないし、私はいつでもマコト手に入れられるし!」

「告白する根性もない癖によく言いますね。てか女同士でとか……無理でしょ(笑)」

「フラれた癖に恋人面するなこの野郎。てか今の発言普通に駄目だと思うんだけどなぁ!」

「うわー、こんなコテコテのラブコメがこのご時世に見られるとは……なんか寒くなってきたぁ……」

「冷めた目で見られても困る……っ!てかヘルプっ!助けてくれ!」

 

 蚊帳の外に置かれた田中が白い目でマコトを見てくる。マコトは必死に助けを求めるが、親友・田中は動く気配が見受けられない。

 2人のバチバチは次第に過激になってゆく。心なしか、さっきからピー音が聞こえてきているような気がするのだが、果たして大丈夫なんだろうか。

 

「HELP~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!」

 

 間に挟まれたマコトの悲痛な叫びは、誰にも届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 喧嘩の現場から逃げるようにしてマコトが家に帰ってくると、玄関に見慣れない靴がいくつもあった。

 階段の上の方からは、なんかガヤガヤドタバタと喧しい音がしている。恐らくだが、弟の大智が友達でも連れ込んでらっしゃるのだろう。男とはすべからく煩い生き物なのだ。

 これは一発注意せねばなるまいと思い、マコトは階段をあがり、弟の部屋の扉をノックする。が、反応がない。

 無視とはいい度胸だ。

 

「お前らうるせーぞ!ひとん家で何プロレスやって……」

 

 一応ノックしたしいいよね、ということでマコトは勢いよくドアを開け放つ。

 が、部屋の中に広がる光景を目にした瞬間、彼女は絶句した。

 

「揉~めっ!揉~めっ!」

「オレのπの触り心地はどうだ…………?」

「凄く……最高です(小並感)!

0818315(おっ〇いはさいこう)でっす!」

「俺の【自主規制】に大気圏突入(意味深)してくれよぉ……」

「ダインスレイヴ(意味深)発射しそう……!」

 

 乱雑に床に脱ぎ散らかされた服。服をはだけさせた少年少女。半裸の少女の胸に手をかけている男子中学生と、それを見て声援を送っている外野連中。中には持参したのか、まだ海開きには早いというのに水着を着てる少女もおり、男どもと一緒になって半裸になってる少女になんか言っている。

 彼ら彼女らは大層盛り上がっているようで、マコトに気づかずにわーわーきゃーきゃーと騒いでいたのだが、ふと、ベッドの上に立って音頭を取っていた大智が、部屋の入口で固まっているマコトに気づく。

 そして、沈黙した。

 

「あ……………………」

「なんだよ大智!急に静まり返ってさぁ!折角俺が女の身体教えてやろうとして――」

 

 恐らく中身は男子中学生であろう半裸の少女が、急に静まり返った大智に文句を言うが、彼女もマコトの存在に気づいた途端、一気に黙り込む。そして、他の連中もマコトに気づくなり、まるで蛇に睨まれた蛙のように固まる。ついさっきまでの騒々しさが嘘のようだ。

 マコトは一歩、部屋の中に入る。怒りの籠ったその一歩は床を大きく軋ませるとともに、大智達を震え上がらせる。

 大智は冷や汗だらだらになっていた。顔は青ざめ、歯をガチガチと鳴らし、思わず失禁しそうになる。13年弱もの間一緒に暮らしてきたが、こんなに怖いマコトはみたことがない。夜空の姿でこれなのだから、きっと元の姿だったらもっと怖いのだろう――ということを考える余裕もないほどに、大智は震撼していた。

 

「おい大智」

「はいいいいいいいいっ⁉ 」

「…………覚悟できてんだよな?」

 

 腰を抜かし、壁際に追い詰められる大智。彼はもう既に少しちびっていた。多分他の連中も同じだろう。

 マコトを突き動かしているのは強い責任感だった。兄、いや姉として、こんな不純性交友を認めるわけにはいかない。このわからず屋共にお灸をすえねばならないというならば、それは自分の役目だ、と。この瞬間、彼女は修羅となった。

 ――夜空よ、今だけはこの身体で誰かを傷つけることを許してほしい。

 そう思いながら、拳を強く握りしめる。

 大智がなんとか絞り出した言い訳は、修羅とかしたマコトには届かなかった。

 

「あ、あにっ……姉貴⁉︎ こ、これは……」

「問答無用っ!」

 

 大智が口を開いた瞬間。

 ドカバキドカドカズベラバキンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! と。

 非常に暴力的な音が家中に響き渡った。

 

 


 

 

「で、言い訳はある?」

「触っただけなんです。脱いでもらっただけなんです。シてないです」

「大して変わんねーんだよこの馬鹿ブラザーッ‼ 」

 

 とりあえず一通りぶん殴ってから正座させた後、説教タイムが始まった。

 大智に至ってはもう顔中痣まみれであり、二回も鼻血を出してひくひくしている。

 

「お、俺達は別に【自主規制】する気なんて全然なくて……」

「冗談は格好だけにしとけよ?」

 

 赤髪の少女(もちろん中身は男子中学生)が苦し紛れの言い訳をするが、服をはだけさせた状態で言ってるので全然効果がない。

 正直なところ、マコトも大智たちの気持ちは分からなくもない。異性の身体に興味があるのは普通のことだ。だが、節度というモノがあるのだ。ましてや彼女らの身体は自身のモノでなく、全くの赤の他人のモノ。知らん奴に知らん間に自分の身体を傷物にされるとか、悲惨以外の何物でもないだろう。

 というか男子中学生に責任が取れるわけがない。コイツらは一体保健体育の授業で何を学んだというのだ。まさか教科書を勉強ではなくオカズにしか使ってなかったのではないだろうか。だとしたら我が弟ながら馬鹿にも程があるだろう。

 

「マジで責任とれんのかよお前ら?無理だよな?」

「そ、そーゆーお姉さんのほうはどうなんですか⁉ 俺達に説教かましときながら、まさか自分は楽しんだりしてませんよね⁉ 」

「女の子になったんだ!それなら女の気持ちを味わいたいじゃん⁉ あんただってわかるだろう⁉ 」

「反省してないようだな、もう10回ぐらい殴られるか?事情が事情だしお前の親御さんも快諾してくれるだろうしな」

「ご勘弁っ‼ 」

 

 未だに反省していないエロ猿がいたので、彼の目の前でマコトが拳をぎゅっと握って見せると、彼は悲鳴を上げながら土下座してきた。

 なんだかさらにムカついてきたので、マコトは土下座しているエロ猿の背中を思いっきり踏みつけると、大智たちを一瞥する。そして、部屋の隅でガタガタ震えている女の姿をした変態(ばか)共に活を入れる。

 

「お前らもだ。人様の身体汚そうとするな!妊娠したらどうする⁉ お前らにママになる覚悟があるのか⁉ ねえだろ⁉ お前らもういっぺん保健体育うけなおしてこんかいっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 」

「「ごべんなじゃいいいいいっ!! 」」

 

 泣きじゃくりながら土下座するオカマ共を見て、マコトは振り上げていた拳を下ろす。

 ようやく――戦いは終わったのだ。

 

 

 

 


 

 

 それから少し経って。

 ひとしきり説教をし終わったマコトは、自室に戻って扉を閉めるなり、その場に崩れ落ちる。

 なんだか今日はどっと疲れた。学校では様変わりした同級生とかに終始振り回されていたし、家ではさっきのように馬鹿共に説教する羽目になったしで、もうめちゃくちゃだった。後者については、こんなことはマコトのするべきことではない。後は大人たちに任せよう。

 マコトちゃんは、人間ってあそこまで馬鹿になれるんだなと思うと同時に、自分の周囲の人間が悉く馬鹿まみれだったという事実を知って、なんか闇落ちするほどの勢いでショックを受けていた。人類に絶望して世界滅ぼす系の悪役の気持ちが分かったような気がする。確かにあれを見たら滅ぶべしと思わんでもないだろう。

 

「つかれた……けど、着替えないと」

 

 制服を脱ぎ捨て、クローゼットから私服を引っ張り出す。

 私服については、入れ替わって間もない頃に夜空から色々と貰ったのだ。本人曰く、サイズが合わないのでしばらく貸してやるとのことらしいが、当然ながらマコトは女物の服なんて持ってないので、渡りに船というかなんというか、そんな感じに使わせていただいている。

 まあ夜空は女子の中では結構背が高いから、身長的に服のサイズが合わなくなるのは当然ともいえる。

 そんな話はさておき、マコトは着替え終わると、力無くベッドに腰掛ける。

 

「何度見ても慣れないんだよな……」

 

 正面に置かれている鏡には、ベッドに腰掛ける夜空の姿が映っている。部屋にはほとんど変化がないのは対照に、部屋の主(マコト)だけが変わっている。

 暁月家でトライアングル・シャッフルに巻き込まれたのはマコトだけだ。だからこそ、余計に疎外感を抱いてしまう。学校が再開される前までは、ほぼ夜空としか関わっていなかった。

 でも、だ。

 今日久々に外に出て、分かったことがある。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 夜空も学人も舞も、皆多少なりともはっちゃけてはいたが、根本的なところはあまり変わっていなかった。見た目が変わってしまっても、夜空は能天気だし、慎二は真面目だし、学人は中二病でシスコンだし、舞はアレだし。

 多くの人の努力があってこそだが、こんな突飛で非現実的な出来事に巻き込まれてしまったとしても、世界はなんとか回せている。その事実に、マコトはどこかほっとしていた。

 

「戻るのかな……これ……」

 

 ベッドに横たわりながら、少女はつぶやく。

 その口から出る声も、視界に入っている手も、それを映す目も、どれひとつとってもそこに暁月真人の要素は皆無だ。それを示すのは精神(こころ)しかない。だからこそ、自分を失いたくはないと強く願う。精神(こころ)まで染まってしまえば、それはもうきっと自分ではなくなるから。

 

(オレは……まだ暁月真人(オレ)でいられるのか……?)

 

 ねじ曲がったままの世界は、これからも続く。誰がなんと言おうとも、どれほど願おうともそれは終わらない。

 今日もまた、こんがらがった非日常(まいにち)が終わろうとしている。

 願わくば、次目覚める時にはすべてが終わっていますように、と。

 一縷の望みを胸の内にしまい込みながら、少女は目を閉じた。

 

 

 

 




この作品のテーマは「非日常を普通に生きる人たち」です。
異常な世界が広がったとしても、彼らは生きてます。


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第4話 未柴学人:我が妹可憐すぎるだろ!

今回はちょいとべつサイドのお話しになります。
頭悪い話を書きたかった。
後悔はしていない。

シスコン厨二病の兄とブラコンナルシストでレズビアンな妹の百合(とせがら)です。



※微エロ注意


 

 

 

 20XX年某日。

 トライアングル・シャッフル前日。

 

 

 

 

 

 

 

 

「廃部ね」

「何故だ⁉︎ 」

 

 生徒会長のその一言で、未柴学人(みしばがくと)の平穏な日常は崩れ去った。

 彼は、オカルト研究部とかいう、率直に言って訳わからん部の部長をしている。だが、実態はただの厨二病の集まり。そんなものが現実で許されるはずが無かった。

 

「なんで廃部⁉︎ 金か⁉︎ 金ならいくらでも積むから!」

「だって活動実績ないし。我が校には、こんなお遊びみたいな部活に出す金なんて無いんだよ……そもそもお前、自分が校内で何と呼ばれているか知ってるのか?シスコン魔王だぞ?」

「それは誇らしいな」

「頭腐ってんなお前」

「その名が広まっているという事は、我に秘められし魔族の血が覚醒したということだ。それに我が妹が可憐なのは周知の事実であろう?」

「覚醒してんのはマゾの血だろーが。それに皆お前の厨二病とシスコンに辟易してんの。それくらい分かれよ」

 

 そう、学人は重度の厨二病であるとともに、重度のシスコンでもあった。

 黙っていればインテリ系イケメン男子で通りそうな見た目も、彼に関していえば完全に宝の持ち腐れ。入学当初はシスコンと厨二病が知れ渡っていないこともあって、異性から告白されることも多々あったが、彼は生粋のシスコン。妹以外は恋愛対象にあらずということで、その全てを拒絶してきた結果「乙女の恋心を踏み躙るクソ虫」の烙印を押され、今では学校中の女子から嫌われている。

 そして彼の友人達も同じくらいイカれていた。

 

「生徒会長殿!何故このような仕打ちを……っ!あまりにもむごすぎるでござる!」

「我が魔王の覇道を邪魔立てするとは……許し難し!」

 

 春真っ盛りだというのに黒いローブを被っているガリガリ野朗は影浦秀(かげうらしゅう)。3人の中ではぶっちぎりのオタクであり、喋り方は何故かござる口調。はっきり言って怪人かなんかの類でしかない。

 疼く右腕を包帯で押さえているデブは小野宗一。学人を我が魔王と呼び慕う馬鹿だ。某時の魔王に従う某預言者の如く芝居がかった喋り方が特徴だ。そのあまりの気持ち悪さ故に周囲から避けられ続けたため、虐められることもなかったという。

 そんな家臣共の紹介はさておき。

 全然めげない中二病トリオに我慢できなくなった生徒会長は、学人に退部通知書を押し付けると、さっさと部室から出ていこうとする。どうしても廃部を受け入れたくない学人は、必死になって生徒会長にしがみつく。

 

「やめてくれ!廃部だけは勘弁を願いたいっ!この通りだ!」

「お前に付き合ってらんねーわ。廃部は決定事項だ、覆ることはない!」

「待て智久!十年来の盟友を裏切るというのか⁉︎ 血盟の夜を忘れたとは言わさんぞ⁉︎ 」

「忘れたよそんなこと!だいたい、いつまでおままごとやってんだ。もう俺達は17だぞ?いい加減目を覚ませよ!」

「……」

 

 生徒会長――内田智久(うちだともひさ)は、そう言い放つと部室を出て、乱雑に扉を閉めていってしまった。後には、中二病トリオだけが残される。

 生徒会長からきつい言葉をもらった学人は、彼が居なくなった後も呆然と立ち尽くしていた。

 学人と生徒会長は昔からの友人であり、ともに中二病生活を送ってきた仲だったのだが、生徒会長の方が先に中二病を卒業してしまいオカルト研究部を退部し生徒会に入り、結果として現在のように関係がこじれてしまったのだ。

 

「我が魔王…………お気持ちはわかりますが、貴方様は闇を滑統べる王。貴方様が気落ちされては我々も困るのです」

「そ、そうでござるよ!拙者達はいつまでも魔王様の忠実なる僕でありますので!」

「いや、わかっておる。わかっておるのだ……」

 

 友人に縁を切られた学人を必死に励ます小野と影浦だったが、ぽろりと、学人の瞳から一筋の涙が零れ落ちる。

 それは、中二病の仮面でも覆いきれない程に悲痛な叫びだった。 

 

「だがしかし……友に別れを告げられるのは、思いのほか辛いものだな……」

 

 この日学人は、友人をひとり失った。

 

 


 

 

 友に見捨てられ、失意のまま帰路についた学人。

 自宅であるマンションに帰り、玄関の扉を開けると、ある人物と鉢合わせした。

 

「あ」

「遊羽……」

 

 それは学人の愛しの妹・遊羽だった。

 青いカチューシャの映える、肩まで伸びる金髪。ぱっちりきらきらおめめを持つ美少女顔。そして何よりも、中学生らしからぬ巨乳とむっちりした太もも。

 学人のシスコンフィルター抜きにしても、モノホンの美少女だ。事実、数多もの男子から告白されたり、過去にはストーカー被害を受けたこともあった。ちなみにストーカーは学人がボコボコにした。

 生粋のシスコンである学人は、どんな辛いことがあろうとも遊羽を見るだけでその心は癒されてゆく。

 と、こんなかんじでいつものように玄関で妹の可愛さに骨抜きになっていた学人だが、すかさず遊羽にそれを指摘される。遊羽はなんだか触れたくなさげな顔をしている。そりゃあ目の前で血のつながった兄が自分に対して惚けているのを見て喜ぶ妹はそうそう居ないだろう。

 

「お兄ちゃん、顔がヤバい事になってる」

「見惚れてるのさ、おまえの美貌にな」

「キモすぎる」

 

 兄の気持ち悪い発言に、いつも通り辛辣な言葉を返した遊羽は、そそくさと自室にこもってしまう。

 

「声もいいよなぁ、流石我が妹ぉ……」

 

 だがそんな罵倒も彼にとっては褒め言葉でしかない。もうどうしようもないレベルで終わっていた。当然ながらこのイカれたシスコンっぷりは両親にも知られており、両親は早くも孫の顔についてはあきらめムードに入ってしまっている。

 しかしながら、世間一般では近親相姦はタブーとされている。学人の想いは決して実ることはないのだ。それは学人もわかっている。

 だが、シスコンや血縁関係を抜きにしても、学人の恋が実らない最大の理由があった。

 

 


 

 未柴家・遊羽の自室

 

 

 兄から逃げるようにして自室に入り込んだ遊羽。まるで兄を拒絶するかのように、バタンと大きな音を立てて自室の扉を閉めると、遊羽は制服姿のままベッドに倒れ込んだ。

 そしてごろんと寝返りをうって仰向けになり、スマホを弄りだす。

 スマホを取り出すのは起動したのは写真アルバムのアプリ。

 

「ふぅん…………」

 

 その中身は、どれもこれも美女OR美少女。老若どころか実在非実在、二次元(フィクション)三次元(ノンフィクション)も問わず、よりどりみどりの美女・美少女の画像が所狭しと画面に表示されている。

 ひとつひとつ、画面をスワイプしながら画像を舐めるように見てゆく遊羽。その顔は、美少女ルックスに似つかわしくないレベルでだらしない笑みを浮かべていた。

 そして、それを眺めながら遊羽は自分の願望を吐露する。

 誰にも言えない、聞かれたくない望みを。

 

「はぁ〜だれか私を愛してくれる美少女がいないかなぁ……」

 

 そう。

 何を隠そう、彼女はレズだったのだ。

 何か深いきっかけがあったわけではない。ただ、物心がついた時には、女の子を恋愛対象として見るようになっていた。初恋は小学校の時の担任の女教師だったし、体育の着替えの際は同性の同級生の身体に興奮しているし、なんなら今のクラスの女子全員で抜いたことがある。中学生になってからは、色気づいた同級生の男子に幾度となく告白されたが、その全てをぶったぎってきた。

 ただ、自分の感性が普通じゃないことには早々に気づいていたので、それをひた隠しにしながら生きてきた。現在遊羽がレズであることを知っているのは、兄である学人と親しい友人数名だけだ。

 幾度となく画面をスワイプし続けたところ、画面には美女美少女の画像ではなく、遊羽の自撮り画像が出てきた。部屋の中でお洒落をして、ベッドに腰掛けて取った自撮り写真だ。

 そして、次に出てきたのも自撮り写真。今度はどうやって手に入れたのか、バニースーツ姿の遊羽の画像が出てきた。

 次も、次も、その次も――出てくるのは遊羽の自撮り写真ばかり。

 それを眺めている遊羽の顔は、先ほど以上にだらしないものになっている。

 そして、ぽつり。

 

「更にいえば、私美少女過ぎるからなぁ……釣り合う子、居るのかねぇ」

 

 ついでに言うと、彼女はナルシストだった。

 生まれついての絶世の美少女である遊羽は、その美貌故に、自らに対して絶対的な自信を持つようになっていった。そしてその自身に見合うレベルで、同年代の女子と比べると発育もいいし、文武両道の才女だしで、傍から見ればまさしくパーフェクトプリンセスと言っても過言ではない。

 見た目は才女、しかしその中身はとんだ自惚れ女。それが未柴遊羽という少女なのだ。

 しばらくの間、スマホ内の自撮り画像を眺めながら、えへへへへへへと気持ち悪い笑みを浮かべていた遊羽。

 彼女はスマホをしまうと、きょろきょろとあたりを見わたしながら、部屋の隅にある勉強机に移動してゆく。

 

「お兄ちゃんは好きだけど、男だからなぁ……」

 

 これは学人でさえも知らないことだが――彼女はブラコンだった。

 気持ち悪いシスコンの兄だが、妹を思う気持ち自体はガチ寄りのガチ。それは遊羽も幼くして理解していた。幾度となく自分に降りかかる危険から守ってくれていたし、その点ではホント感謝している。その思いが、いつしか恋心になってしまったのだ。

 だが、先述した様に彼女はレズだ。ブラコンとレズビアンは共存しえない。だが、遊羽は14年間の生の中で、相反するはずのそれを両方とも抱いてしまった。故に、彼女は苦悩している。

 あちらを立てればこちらが立たず。こちらを立てればあちらが立たず。

 どちらも大切だからこそ、彼女は悶絶する。

 

「あーあ、どっちを立てればいいんだぁああああああああああああああああ!」

 


 

 同時刻。

 薄暗い部屋の中で、家族写真から切り抜いた遊羽の写真を手にしながら学人は悶絶していた。

 昔から遊羽のことが好きで仕方がなかった。中二病患者になったのも、もともとは遊羽の前で格好つけたいという思いが、元友人であった生徒会長・智久の影響を受け、こじれにこじれた結果なのだ。

 

「わかっているんだ……だがしかし、どうすればいいんだ……!」

 

 遊羽のことは好きだ。だが彼女はレズなので、男である時点で結ばれない。

 兄妹で結ばれることがないことは分かっている。それが祝福されることのないものだということも知っているし、その覚悟だってある。

 だが、それをかなえるには具体的にはどうすればいいのだ?

 馬鹿な学人にはわからない。だから、悩む。

 

(ああ、いっそのこと――)

 

 こんな(しがらみ)から解放されたい。そうすれば、きっと叶うはずなんだ。

 手の中の写真に、涙が零れ落ちた。

 


 

 こうして。

 叶わぬ思いに悶々とするいつもの夜がきて、いつものように過ぎ去る。

 

 

 

 筈だった。

 

 

 


 

 

 翌朝。

 窓から差し込む朝日の光で、学人は目を覚ました。

 あれからいつものように夕食を食べて風呂に入って、それから眠りについた。智久のことはいまだに引きずってはいるものの、今日も妹を愛でるぞ!と考えたらそんな悩みは吹き飛んだ。

 

「む……朝日が……」

 

 低血圧気味な学人にとって、朝は辛いものだ。

 しかし、若干の眠気はあるものの、今日はなぜか平気だった。目覚まし時計の設定時刻よりも30分は早い起床だ。こんなに早く起きられたのは何年ぶりだろうか。

 

「まあせっかくの休日を寝て過ごすのもアレだしなぁ」

 

 眠かったので二度寝デモしてしまおうかと思った学人だったが、せっかく早く目覚めたのだからと、眠気を無理やり押し殺す。そして、大あくびをしながら、学人はパジャマ姿のままベッドから這い上がり、朝食を食べに向かう。

 ――寝ぼけていた学人は気づかなかった。

 ど近眼な彼が眼鏡をしていないというのに、やけに視界が明瞭であることに。やけにシャツの胸あたりがキツいことに。そして、喉から発せられた声がやけに高かったことに。

 リビングに入ると、ソファで母親が寝そべっていた。

 

「おはよ……ってまだ寝てるのか」

「仕方ないでしょ……父さん今日早かったんだから……朝ご飯適当に食べてて」

 

 そういえば、今日父親は朝早くから出張だった。母親は、その支度のために朝早くから起きていたのだから、今寝ていても不思議じゃないだろう。

 欠伸をしながら食器棚から茶碗を取り出し、炊飯器の蓋を開ける。すると、その音を聞いた母親が、こんなことを言ってきた。

 

「あれ、遊羽がごはんだなんて珍しいわねぇ……何時もはパンなのに」

「何を言っているんだ?俺は毎日ごはん派だぞ」

 

 おかしな事を言うな、と思いながら、学人は茶碗にごはんをつぐ。学人は、トーストは水分を持っていかれるから好きではないのだ。

 何故だか知らないが母親から怪訝そうな視線を受けながらも朝食を取り終えた学人だったが、いまだに眠い。というか腹が膨れた分余計に眠くなった気がする。

 こうなったら先に顔でも洗えばよかったなと思いながら、学人は洗面所に向かう。

 そして、洗面所の前で――予想だにしない事態に出くわした。

 

「ねーむねむ……うん?」

「もう朝かぁ……あ?」

 

 洗面所の前にやってきた学人。すると、向かい側から誰かがやってきた。

 だが、学人はもっと早く気付くべきだった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「わあっ⁉︎ 」

「な、なぁっ⁉︎ 」

 

 予想だにしないエンカウントは、混乱を引き起こした。

 お互いの顔を認識した途端、両者ともに腰を抜かしながら素っ頓狂な悲鳴を上げた。学人は尻餅をついた上に閉めたばかりのドアに頭をぶつけて悶絶する。

 頭をさすりながら学人は目の前の人物を見る。

 目の前にいたのは中学生くらいの女の子。だが、その姿は遊羽とは似ても似つかない。肩まで伸びた黒髪も、ほんのりサイズの胸も、どれひとつとっても遊羽とはかけ離れている。

 

「な、なん……だ……⁉ 」

 

 頭を打ったことで眠気が飛んだ学人は、ここであることに気づく。

 目の前の少女には見覚えがあるのだ。

 彼女は、遊羽の友達の平良流花(ひらよしるか)だ。家に何度か遊びに来ているので、多少ながら面識はあったはずだ。ゴリゴリの腐女子で、学人以外で遊羽が同性愛者だということを知っている数少ない人物。

 しかし彼女がなぜ我が家に上がり込んでいて、おまけに遊羽のパジャマを着ているというのだ?彼女がうちに泊まってるなんて話は微塵も耳にしなかった。もしかして深夜、未柴家の皆さんが寝静まった後にやってきたというのか?もしそうならば妹の親友といえどその非常識さには文句を言わねばなるまい。

 そんな感じのことを延々と考えていた学人。

 が、どうやら相手側の様子がおかしい。なんか学人を指さして驚いたような顔をしている。

 目の前の少女――流花は、わなわなと震えながら、こう発した。

 

「わ、()()()()()()……?」

 

 ――ん?

 学人は、流花の発言に妙な引っ掛かりを覚えた。

 そして、学人はここにきてようやく身体の違和感に気づいた。

 

「あ、あれ……?なんで俺にこんなもんがあるんだ……?」

 

 視線を下ろすと、あるはずのない膨らみがあった。恐る恐る手で触れてみると、それは柔らかく反発してくるとともに、学人の頭に甘い刺激を伝えてくる。

 それを見た流花は、慌てて学人の手を掴んでそれを辞めさせる。

 

「ちょ、何やってんの⁉ 他人のおっ●いを本人の前で揉むとかやめてよ!」

「いやお前のはちゃんとぶらさがってるし……何言ってんのかわからん!」

「こっちだって何が起きてるのかわからないんだって……でも、なんとなく予想がついてる」

 

 流花はそう言うと、学人の手を引っ張って洗面所にある鏡の前に立たせる。

 そのあまりの力強さに思わず痛がる学人だったが、流花の想像以上の力の前では無力であり、なすすべなく鏡の前に立たされる。

 そして、ここでようやく彼は、自らのみに起きていることを目の当たりにした。

 いつもと変わらない洗面台。しかし、そこにある鏡に映っていたのは()()()()()()2()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()。いるはずのない人物がいたことに驚いて気付くのが遅れていた。

 

「なんだよコレ……まさか……」

 

 再び鏡を覗き込む。そこには、学人のパジャマを着た遊羽の姿だけしか映っていない。学人が手を動かすと、鏡の中の遊羽がそれに連動する形で手を動かす。腕をあげてみると、鏡の中の遊羽が同じように手をあげる。夢だと思ってほっぺたをつねってみると痛みを感じた上、鏡の中の遊羽も同じようにほっぺたをつねって痛がっている。

 ここでようやく、学人は以下の結論に至った。

 ――自分が遊羽になっている。

 その事実に至った瞬間、学人は絶叫した。

 

「な、なんだこりゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ⁉ 」

 

 中二病キャラもかなぐり捨て、全身全霊で叫び声をあげる。

 学人は寝ぼけてて気づかなかったが、さっきから発せられている声が全部遊羽のものだったし、そもそもド近眼の学人が眼鏡なしで平気だったこと、低血圧の学人が早起きできたことと、違和感はいくらでも転がっていたのだ。ただ、学人が常軌を逸するレベルで馬鹿だったが故に、ここまで気づかなかっただけなのだ。

 理解した後は早かった。学人は自分が遊羽になっているという事実と、それに全然気づけなかった自分の馬鹿さ加減に笑うほかなかった。それは現実逃避からくる笑いだった。こんな荒唐無稽な現実を受け入れられないと、学人の心がそう主張しているのだ。

 しかし、いくら現実逃避しようとも現実は変わらない。中学生とは思えないサイズの胸の重さが肩にずっしりと伝わってきているし、股間のモノ寂しさもまぎれもない現実だ。それらは、自分が遊羽――女の子になったという事実を、嫌でも思い知らせてくる。

 そしてひとしきり叫び、笑い終わった後、学人の頭の中にある疑問が浮かんできた。

 

「えっと……君は……誰なんだ?」

 

 学人は目の前の、流花――いや、()()()姿()()()()()()に問いかける。

 なぜ、そんなことを聞いたのかは学人にもわからなかった。ただ直感的に、学人は今起きている事態に対して、あるひとつの予想を立てていた。

 目の前の少女は、引きつったような笑みを浮かべながら問いに答える。

 それは、今起きている事態に対する答え合わせだった。

 

「私だよ……遊羽だよ。もしかして、ガク兄なの?」

「そう、みたい……」

 

 これではっきりした。これは変身とか憑依だとか、そういうもんじゃあない。

 肉体の入れ替わり。今自分達に起きているのはそれなのだ。

 それも、1対1とかそんな生易しいものじゃない。学人は遊羽になり、遊羽は流花になった。この時点で、少なくとも3人以上はこの入れ替わりに巻き込まれているのかもしれないのだ。

 

「どう、するのだ……?」

「わかんないよ…………⁉ わたしだって何が何だか!」

 

 学人と遊羽は、鏡の前で頭を抱える。

 この入れ替わりについて、家族にどう説明しようか。どうすればわかってもらえるのか、そもそも戻れるのか。考えることは山積みだった。

 ――が。

 気づく由もないが。

 この時、本人達は。

 

 

 無意識のうちに笑っていた。

 

 

 

 


 

 

 ひとしきり悩みに悩んだ学人と遊羽は、ひとまず両親に事情を説明することにした。

 最初両親は、流花(よその子)が家に上がり込んでいることについて滅茶苦茶驚いていたが、なんとか必死にそれが遊羽であることを説明した結果、半信半疑ながらも納得はしてくれた。ちなみに遊羽の身体になった学人については、両親は驚くべきスピードで納得した。本人たち曰く「この気持ち悪さはたしかに我が息子だ」とのことなのだが、それを聞いた学人は自業自得ながら大いに傷ついた。

 そして今。

 

『緊急速報です。世界各地で集団ヒステリーが発生しています。話によりますと、"俺が俺じゃなくなっている"、"身体が入れ替わっている"などという発言が多数確認されており、政府は――』

 

 テレビのニュースを見て、学人と遊羽は絶句していた。

 どうやら入れ替わり(これ)は自分達だけに起きたことではないらしい。日本中、いや世界中でこんなことが起きているようなのだ。世界各地の中継映像でみられる混乱っぷりは、まさしく未曽有のモノ。現代社会を揺さぶるには充分すぎる「異常」だった。

 

「俺達だけじゃないのか……?」

「無いみたい。世界中でこんな事が起きてるの……?」

「私や父さんは特に変化なかったけど……てかあんた本当に遊羽なの?」

「ほんとのほんとだってばぁ!どーしても信じられないってんなら、ママのへそくりの隠し場所とか、パパのパソコンのおかず(意味深)フォルダのパスワードとか今ここで言おうか?」

「「やめてそれだけはっ!」」

 

 どうしても両親に信じてもらえない遊羽は、自棄になって2人の秘密をチラつかせて脅迫するという手段に打って出た。疑いの目を向けまくっていた2人は、遊羽の発言を聞いたとたん、目にも止まらぬ速さで遊羽に跪いた。

 その光景を、学人は冷めた目で見ていた。目の前で一気に娘にへこへこしだした両親を見ていると、無性にかわいそうに思えてくる。娘の尻に敷かれてるんじゃないよ情けない、親のこんな姿見たくなかったわ。

 

「しかしまぁ……息子が娘になるなんてなぁ」

「しみじみしてる場合じゃないでしょ、仕事に遅れるわよ」

「おおそうだった、不安だけど……留守番頼むぞ。決して外出するんじゃあないぞ」

「母さんもパート行かないと。今職場から電話かかってきたけど、なんか入れ替わり騒ぎで人手不足らしくて」

「え、こんな状況でも働くんだ……」

「当たり前でしょ、日本人に休みなんてないのよ……残念なことにね」

 

 そう自虐めいたことを言いながら、ショルダーバッグを手に持って慌てて家を出てゆく母親と、欠伸をしながら出勤していく父親。その顔は、折角の休日が潰れたことへの不満と、子供たちが変わり果てた姿になったことに対する不安で暗く見えた。

 バタンと玄関の扉が閉まり、リビングには学人と遊羽が残される。

 暫しの間、室内になんとも言えない空気が流れる。

 数分程経った頃、遊羽が沈黙を破った。

 

「…………ガク兄、どうすんの?」

「ふむ……ホントにどうしよう」

「えらく常識人ぶってるけど、本当は嬉しいんでしょ?」

「いや嬉しくないかと言われたら嘘になるが……これでもまだ混乱しているのだぞ?いきなりこんなことになって戸惑わない奴が何処にいる?」

「……素直でよろしい」

 

 遊羽は相変わらずな兄の様子に半ば呆れたような仕草を見せた後、リビングを後にする。

 

「遊羽、どこいくのだ?」

「……ちょっとひとりにさせて」

 

 学人の声かけにそう答えると、遊羽は自室に篭ってしまった。バタンという扉の閉まる音がし、リビングには学人1人が残される。

 

「……」

 

 部屋にひとりっきりとなった学人は、改めて遊羽(じぶん)の身体を見つめる。

 少し小さくなった手のひら。ダボっとしたパジャマの下から必死に主張する巨乳と太もも。どれひとつとっても未柴学人の要素はない。どこからどうみても今の学人は遊羽なのだ。

 というか、ただでさえ遊羽の身体に興奮してしまっているというのに、サイズの合っていないパジャマ姿なのが余計に学人の理性をかき乱す。

 

「これが、俺のものに……」

 

 ごくりと、唾を飲む。

 学人は恐る恐る、胸に手を当てようとする。遊羽(がくと)の柔い手のひらが胸にかかる。そして、指先にすこしばかりの力を込めて、それに触れた。

 ――もみゅん。

 

「あうっ……」

 

 まずはひと揉み。

 たったそれだけだったのだが、その感触は快感となって学人の理性を大きく揺さぶった。ほんのりと甘くしびれるような快感が、遊羽(がくと)の喉を震わせ、そこから艶っぽい声を絞り出させる。

 シスコンを拗らせすぎて童貞まっしぐらだった彼には、決して得られることがなかっただろう感覚。それを遊羽(じぶん)の身体から感じているという倒錯感は、少年――いや少女の心と性癖をゆがませてゆく。

 今この場に学人を止める者はいない。そして学人もシスコンで中二病だけども、所詮その心は思春期の少年。この胸にぶら下がっている柔いものにもっと触れていたいという欲求がむらむらと膨れ上がり、それに従うがままに学人は遊羽(じぶん)の胸を繰り返し揉んでゆく。

 

「最低だ――俺はシスコン失格だ」

 

 胸を揉みながら、天から見守っているであろうシスコンの神様に懺悔する学人。傍から見れば変態というより、どちらかというとやばい奴にしか見えない。 

 

「俺は……どうすればいいんだ?」

 

 胸を揉みながら、学人は考えていた。

 妹を愛したいとは言ってはいたが、妹になりたいというのは正直言ってなんか違う。というか、妹を愛する兄自身が妹になってしまったら、それはもう本末転倒とかそういうレベルでは済まないのではないだろうか?

 馬鹿な悩みだったが、彼女にとっては切実極まりない悩みなのだ。

 胸を揉んでいた手を止め、学人は頭を抱える。

 

「どうすれば……いいんだ……⁉ 」

 

 残った理性で必死に考えるが、そもそも馬鹿なので全然解決できない。

 他に誰もいないリビングに、少女の嘆きがこだました。

 

 

 

 


 

 

 遊羽は自室に戻るなり、扉を閉めて自らの身体で塞いだ。

 今、彼女は笑っていた。

 笑えない事態だというのは分かっているが、それでも遊羽は笑いを抑えられないでいた。僅かな理性によってかろうじて、今の顔を誰にも見せるわけにはいかないという考えだけは残せたので、今こうして自室に篭って笑みを浮かべているのだ。

 心臓は高鳴っている。呼吸は乱れ、無意識のうちに口角があがってしまう。

 遊羽の中にあったのは、他人になってしまったことに対する不安ではなく、これからに対する希望だった。

 

「……もしかして」

 

 ブラコンとレズビアンは両立しえないと思っていた。

 しかし、だ。今の学人は遊羽の身体。そして自分は流花の身体。

 自分ほどではないが、流花も美人の部類に入るだろう。友達じゃなかったら致しているレベルで。

 

「いける」

 

 しかし、彼女はナルシストでもあった。

 今の自分――流花の身体をまじまじと観察したうえで、上記の判断に至った。

 大好きだった兄は女の子になってて、しかもそれは誰よりも素敵で素晴らしい遊羽の身体で——平たく言うと、これまでの葛藤が一夜にして無為に帰したのだ。

 両立し得ない3つの愛を抱えてしまった少女は、降って湧いた未曾有の災害(トライアングル・シャッフル)によってそれを一挙両得する術を手に入れてしまった。その点では、彼女は世界で一番幸せな入れ替わりを迎えたのだ。これを歓喜せずしてどうしようというのだろうか。

 ならばもう、躊躇う理由はなかった。後はこの愛を伝えるだけで、遊羽の願いは全て叶う。

 それを理解した遊羽はひとり、部屋の中でほくそ笑んだ。

 

「私が愛してあげるね……ガク姉」

 

 

 

 




……何書いてるんでしょうね、僕は。

マコトちゃん編では、この作品の雰囲気や世界観を先に紹介したいな、と思ってあえて入れ替わりの直前直後を省いたのですが、今回からはちょいと特定のサイドにフォーカスを絞った話が続くので、その一環で色々とぶちこみました。
多分彼らが一番トラシャ世界で幸せになってるんじゃないかな。

次回も未柴兄妹改め姉妹編です。
すくなくとも次回はエロくならないと思う。思う!


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第5話 未柴遊羽:混沌の中で花開くのは

未柴兄妹、もとい姉妹編、その②です。
本作のようなネタ、さんざん脳内で膨らませ続けた割には文字には書き起こしたことなかったので、けっこう新鮮なんですよね。
それではいってみよう!


 

 

 数日後。

 あれから学人と遊羽は、役所に行って色々な手続きをしたり、トライアングル・シャッフル被害者の照明手帳をもらいに行ったりと忙しかった。特に学人は、愛しの妹の身体とはいえ、なれない女性の身体に色々と苦労していた。

 そしてひととおり片付いた今日、学人はオカルト研究部とのビデオ通話を始めようとしていた。

 このビデオ通話自体は、以前から部活動の情報交換とかその他色々の為に行っていたのだが、トライアングル・シャッフル以降はまだやっていなかったので、学人はドキドキしていた。

 果たして彼らはどうなっているのか。入れ替わっているのか、そうでないのか。もしも入れ替わっているのならば、どんな風になっているのか。学人は不謹慎ながら、友人たちの変貌を想像しながらパソコンの前でワクワクしていた。

 たかが友人同士のテレビ通話だというのに、学人は遊羽から借り受けた私服でばっちりと決めていた。化粧も何もしていないのに、髪をとかしてちょっとお洒落するだけで十分可愛くなった自分の姿を見て、改めて学人は遊羽の可憐さを思い知るとともに、今は自分が遊羽になってしまったのだと実感することとなった。

 テレビ通話用のアプリを起動して数分が立ったころ、学人のパソコンにテレビ通話の通信がつながったことを知らせる通知が入った。

 

「あっ……来たか!」

 

 慌ててインカメラをオンにする学人。

 ごほんと、可愛らしい咳払いをすると、中二病モードに入って定例会議(テレビ通話)の開始を宣言する。

 

「それでは、ただいまより定例会議を始める!」

 

 


 

 案の定というかなんというか、中二病トリオは揃ってトライアングル・シャッフルの被害を受けてた。

 アーバンアサシンこと影裏秀は、ちょっとギャルっぽい雰囲気の美少女に、ダークネスバトラーこと小野宗一は、北欧系の銀髪美少女になっていた。こうも3人とも美少女になっているあたり、明らかに何者かの作為があるんじゃないかな、と思わずにはいられない。

 

『どこの誰かも知らないが、すごい美人なんだよな。願わくば入れ替わるんじゃ無くて、普通にお付き合いしたかったものだが……』

『拙者らみたいな底辺が外国人美少女と付き合うなぞ夢のまた夢……今は美少女になった自らを磨き上げ、愛でる方が得策ではなかろうか』

「なんというか、ポジティブだよなお主ら」

 

 影浦も小野も、全然へこんでいなかった。むしろ楽しんでやがった。

 そりゃまあ、曲がりなりにも顔はよかった学人とは違って、影浦と小野は女の子に微塵もモテない陰キャ男子だったのだ。それが一夜にして、他人の身体といえども美少女になったのだから興奮は免れない。ある意味正当なる反応だった。

 そんな2人の反応をディスプレイ越しに眺めていた学人は、友人ながら呆れると共に、どこか安堵していた。

 

「この馬鹿っぷり、以前と変わらないな」

『我が魔王、何かおっしゃりましたか?』

「いや何も?」

 

 学人の独り言に気づいたら小野が聞き返してきたが、学人はすっとぼける。

 こんな感傷に浸るのは自分らしくない。きっと2人は笑うだろうし、さっさと流してしまうに限る。そう判断した学人は、誤魔化すかのように咳払いをして、会話に戻る。

 

「は、話を戻そうか!兎に角お主らも元気そうで何よりだ!」

『それはそうと魔王様。まさか妹様になられているとは……』

「何か心配でも?どんな姿であろうとも、我は魔王ノンレオバットであることには変わりはない!それに愛しき妹になったのだ、我は今最高にハイテンションなのだ!ふはははははははっ!」

 

 一緒になって高笑いをする3人。学人もなんだかんだ言って、テンションが明日の方向にぶっ飛んでいた。まだ昼前だというのに、すでに彼女らは深夜テンションに突入していた。

 と、ここで学人はテレビ通話の本来の目的を思い出す。

 

「で、入れ替わりで何か変わったことはあったか?」

『この身体の主がどこの誰か存ぜぬが、拙者可愛すぎでは?』

『それになんだろうか。この姿ならばあらゆる言動が許される気がしてならないのです……見た目の変化って大事なのですね』

 

 小野のいうとおり、この見た目ならば、いくら厨二病めいた言動をしようが許されそうな気がする。美少女フィルターの効力は馬鹿にならないレベルで発揮されていた。

 ……と、ここで学人が、通話開始時から疑問に思ってたことを口にする。

 

「そういえば、貴様らその服装はどうした?」

 

 学人は2人の服装にツッコミを入れた。秀も宗一も、通っている学校の女子制服に身を包んでいる。が、学人の記憶では、たしか2人とも女兄弟は居なかったはずだ。一体いつどうやって新調したというのだろうか。

 ちなみに学人は今、遊羽の服を着ている。いくらシスコンといえど、妹の服を着るのは恥ずかしかったのだが、ノーパンノーブラで彷徨かれる方がヤバいだろ、と家族から言われたので、渋々着ている。下着は流石に借りる気が起きなかったので通販で新調したが。遊羽もそれは嫌だろうし。

 

「その制服……どうやって手に入れたんだ?」

『ご存じないのですか?学校の方から届いたのでござる。入れ替わりの被害状況報告したら今朝届いたんだよね』

「ま?」

『マジです。我が魔王のところにもそろそろ届くのでは?』

「初耳なんだけど……いや、母上がなんか電話していた気がするが、それだったのか?」

 

 なんてことはない。ただの配達遅延だった。

 学人はてっきり、彼女らに以前からそう言う趣味でもあったのかと思ってしまっていたのだが、そうでないならば安心だ。

 そして、話は近況報告に戻る。 

 続いてはそれぞれの家族の話をすることにした。やはりというか、影浦も小野も周辺環境が大きく変化しているらしく、ぱっと見は入れ替わりを楽しんではいるようだが、中々に苦労しているようだ。

 

『拙者はねぇー、母上がラグビー選手になったり、父上が女子プロレスラーになったりして大変でござるよー。家中どこ行っても筋肉しかないので落ち着かないのでござるよ~』

『私は兄が赤ん坊になりまして……てんやわんやなのです。今朝だけで2回も兄のオムツ替えをさせられました。このままだと母性本能に目覚めそうだ!ママになるうううっ!』

「お主達も大変だな……その点我は恵まれている、のか?」

 

 どうやら2人は家族もそろって入れ替わりに巻き込まれているようで、慣れない身体に家族そろって四苦八苦している模様。特に小野の方は、成人済みの兄が赤ん坊になってしまい、実質的な要介護者と化しているので、その苦労は計り知れない。

 その点未柴家は、学人も遊羽も年の近い人物と入れ替わっていてそこまで支障が出ていないことと、両親が無事なことを考慮すると、他よりはマシなのかもしれない。親からすれば、息子が娘になっていたり、もう一人の娘が赤の他人の身体になっていたりで、たまったもんじゃないんだろうけども。

 そんな具合に自らの境遇に安堵していた学人だったが、その時、ノックもなしに部屋の扉が開いた。

 今両親は出かけているので、学人の部屋に入ってくるような人物はひとりしかいない。

 

「何してるの?さっきからすっごい煩いんだけど」

「あ、遊羽ぁ⁉︎ 今テレビ会議中だから入っちゃらめぇ!」

 

 中二病(ばか)共が相当煩かったのか、自室に居た遊羽が怒鳴り込んできた。

 学人はいきなり入ってきた遊羽に取り乱しまくって、慌ててパソコンの画面を自分の身体で覆い隠そうとする。言っちゃ悪いが、普段から中二病とシスコンをフルオープンしている癖に、今更何を恥ずかしがることがあるというのだろうか。遊羽も影浦も小野もそのあたりは全然わかっていない。

 予期せぬ妹の襲来にあわわわと身体を震わせている学人に、遊羽はお構いなしに苦情を申し立てる。ちなみにテレビ通話はいまだに繋がりっぱなしなので、影浦達という聴衆も健在である。

 

「いや流石に文句のひとつやふたつは言いたくなるよ?近所迷惑にもなりかねないんだからさぁ……」

「そ、それは反省する。だがいきなり部屋に入ってくるのはどうかと思うのだが……一応プライバシーとかその辺とか……ねえ?」

「いや何恥ずかしがってんの……今のどこに顔赤くする要素あった?」

「恥ずかしがってなどいない!ただ遊羽が部屋に入ってくるのなんて数年ぶりだからちょっと心の準備とかそういうもんがまだ出来ていないだけであってだな――」

 

 そんな感じに姉妹喧嘩……という名の茶番が幕を開けてしまった。

 で、それを画面越しに見ていた影浦達はというと、

 

『ほう、なんともまあ……』

『…………百合でござる』

『とせがらと百合を一緒にするなってそれ一番言われてるから』

 

 対岸の火事を眺めるがごとく、非常に能天気であった。というか、この光景を見てそう判断するあたり、割といい加減なのだった。

 と、ここで遊羽がテレビ通話が繋がりっぱなしであることに気づく。遊羽は最初「この画面に映っている私好みの美少女誰だ⁉ 」と思っていたのだが、そもそも学人に女友達なんてできるわけがないので、即座に彼女らが中二病友達だということに気づいた。

 

「あ、この人達ってもしかして……ガク兄の同類?どーもお久しぶりです、愚兄がお世話になっております」

『同類とは失敬な。我々は忠実なる家臣(しんあいなるとも)だ』

『遊羽ちゃん、タイプが変わったといえども美人でござるなあ。今の拙者には及ばないけどね!にゅふふふふふふっふふふふふっ!』

「何お前、他人の身体で調子乗ってない?私の方がお前よりもスーパー美少女だからな?」

「影浦も遊羽もよせ!なんでそこで喧嘩勃発するのだ⁉ 」

 

 調子にのった影浦の挑発になぜか遊羽が乗っかりだし、学人そっちのけでバチバチとおっぱじめやがった。流石にこれは収拾がつかなくなるので、学人は慌てて遊羽を部屋から引きずり出すことにした。

 

「ちょ、なにするのよ!」

「騒がないようにするから、ね?ちょっと出ていってもらおうか、な?」

 

 遊羽を力づくで締め出し、バタンと扉を閉めると、学人はその場に座り込む。

 テレビ通話が繋がりっぱなしのパソコンから影浦たちが何か言っているのが聞こえるが、疲れからか、しばらくの間それは学人の耳には届くことはなかった。

 

 

 


 

 

 少し後、遊羽の部屋にて。

 遊羽はベッドに腰掛け、(あに)同様に自身の友人と電話をしていた。

 

「……やっぱり流花、ガク兄になってるんだね」

『ええそうよ。噂通り、この入れ替わりは"3人1組"の単位で発生しているとみて間違いないわ』

 

 電話の相手は、遊羽の数少ない友人の平良流花だ。

 遊羽が流花になっている以上、流花も必然的に誰かと入れ替わっている。彼女の入れ替わり先は――っ上記の会話内容通り、学人だった。

 世界中で巻き起こったトライアングル・シャッフルには、ひとつの法則がある。

 それは、入れ替わりは"3人1組"の単位でで発生しているということ。トライアングル・シャッフルという名前もそこから名づけられたものだ。なぜそうなっているのか、これが人為的なものなのか天災的なものなのかすらわからない中、それだけがはっきりとしている。

 ――という話はさておき、遊羽は電話口から聞こえてきた学人(るか)の声を聞いて、思わず笑ってしまった。電話越しに女口調の兄の声が聞こえてくるのだから、これを笑わずしてどうしようというのだろうか。

 笑うべきではないのだが、笑ってしまったものは仕方ない。

 遊羽と流花は改めて近況報告に入る。

 

「で、どうなの?ガク兄の身体になって何か変わったことは――あるに決まってるよね」

『当たり前じゃない!胸ないし声低いし身体がっちりしてるし……そもそも股間に【自主規制】ぶらさがっているなんて……最高じゃない!』

「さっすが私の親友、反応が予想通り過ぎる」

 

 そう。

 類は友を呼ぶとはよく言ったもので、レズでナルシストでブラコン(生粋の変態)である遊羽の親友の流花も、まごうことなき変態だった。

 そして、流花(かれ)は変態であるが故に。

 端的に言うと、全力疾走していた。

 

『昨日……自家発電(意味深)してみたの』

「男坂全力疾走しすぎでは?」

『入れ替わり前まで履いていたパンツをオカズにシたら……2回も男汁を出した』

「堪能してるなあ……」

 

 これには流石の遊羽も呆れるほかなかった。

 まだ1週間もたっていないはずなのだが、流花はずいぶんと異性の身体を堪能しているようだ。女体を得た男が胸や股間に触れるように、男体を得た女もまた、股間の異物に興味津々なのだ。それは人類が持つ性欲からくるものであり、理性なんかでは説明しようのないものだ。

 そんな感じにかなりオープンに楽しんでいる親友の様子を笑っていた遊羽だったが、そこに流花はある提案をしてきた。

 

『遊羽も折角だし楽しんでみたら?お兄さん……今遊羽の身体なんでしょ?』

「楽しむったって……」

『お兄さんに思いを伝える一世一代のチャンスなんじゃない?好きなんでしょ?』

「⁉ 」

 

 その言葉を聞いて、遊羽は仰天した。

 自分は今、何故流花に背中を押されているのだ?遊羽のブラコンは流花にさえ話したことがなかったというのに、だ。

 当然ながら取り乱す遊羽。

 

「な、なんでそれを知ってるの⁉ 」

『バレバレなんだよね。親友だからそれくらいわかるっての』

「…………流石流花、なんでもお見通しなんだね」

 

 どこからバレたのかは知らないが、遊羽は観念してそれ以上の追求をやめた。もしもそれを聞いてしまえば、恥ずかしさでおかしくなってしまうかもしれないからだ。

 黙り込んだ遊羽に、流花は更なる提案をする。

 友人として、その胸に秘めたる思いを押し上げるために。

 

『折角の機会だからいっちゃいなよ。お兄さんに伝えてしまいな!そしていくとこまでいっちゃうのよ!責任は取らないけどもね!』

「え、でもこれ流花の身体だし……」

『別にいいよ。私もこの身体で試したいことがたくさんあるからさ、お互いさまってことで、ね?』

「ちょ、流花――」

 

 それだけ言うと、流花は通話を切ってしまった。

 ――やりたいようにやる。

 確かに、今の状況は遊羽にとっても願ったりかなったりなのだ。学人は今遊羽の身体であるということは、レズとブラコンとナルシストを一気に叶えることが可能ということ。遊羽の身体になった学人を愛せば全部解決してしまうということを、遊羽は知っている。

 あとは勇気の問題。

 そして、それは。

 乗り越えるにはあまりにも低い壁だった。

 

 

 


 

 

 

 しばらくの間盛り上がりに盛り上がった雑談(ガールズトーク)は、腹の音によって終幕を告げられた。

 学人はパソコンの電源を切り、椅子に座ったまま伸びをする。すると、やけに大きな胸が視界の下半分を覆い隠してしまい、ちょっと赤面してしまった。

 

「……いかんな、まだ慣れない」

 

 意図せず遊羽の女らしい身体を意識してしまった恥ずかしさを誤魔化すように、なんとか中二病の殻を被るが、無理して出した低めの声が余計に萌えキャラ感を出してしまったがために、それは逆効果に終わる。学人の望む望まざるに関わず、彼女が男の時のように振舞うのは難しくなっていた。

 にしても、だ。

 

(影浦も小野もそこまで変わってなくてよかったな……)

 

 見た目はともかく、友人たちの平常運転なふるまいには、学人もどこか安堵していた。

 トライアングル・シャッフルによって、世界は大きく変わってしまっている。自分のアイデンティティを外から力尽くで変えるような災害に、誰しもが恐怖と不安を抱いている。学人だってそのひとりだ。

 それでも、画面越しとはいえど、一緒になって影浦達と馬鹿をやれた。その事実は、学人の支えになったのだ。

 そう思っていたその時。

 

「…………ん?」

 

 コンコンと、ノックの音がした。

 学人はそれを聞いて、即座に起き上がる。

 

「遊羽…………⁉ 」

 

 そう、来客は遊羽だった。

 だが、遊羽が学人の部屋を訪れるのは数年ぶりだ。学人の記憶が確かならば、遊羽が中学に上がってからは一度もなかったような気がする。それなのに、今日は2回も学人の部屋に入ってきている。一度目は苦情を言うためだったが、今回は何か違う。遊羽はうつむいたまま、顔を見せない。

 遊羽のそんな様子を見て、学人は怪訝そうな顔をする。

 ひょっとして具合でも悪かったりするのだろうか、と姉心から心配して遊羽に近づいて――

 

「なっ――」

 

 次の瞬間、学人は遊羽に押し倒されていた。

 その事実を理解するのに、学人は数分ほどを要した。

 遊羽(がくと)の目の前には、学人を押し倒しながらもどこか恍惚とした顔をした流花(ゆわ)がいる。反射的に振りほどこうとはしたものの、予想以上に流花の身体はパワーに満ち溢れているのか、今の学人では振りほどくことはできない。

 

「ちょ、ちょっと遊羽⁉︎ な、な、な、何なのだこれは……」

 

 いくらシスコンの学人といえども、妹にいきなりこんなことをされては平常心を保てるはずがない。必死になって中二病キャラを取り繕って平常心を保とうとするが、その口調は崩れに崩れていた。

 顔を赤くした学人に覆いかぶさった遊羽は、耳元で囁くように、その胸の内を明かす。

 ずっと隠してきた思いを、今打ち明ける。

 

「私ね、昔っからガク兄のことが好きだったの」

「⁉︎ 」

 

 それは、学人からすれば驚くべきものだった。

 今まで、彼女は自らの抱く思いは一方通行(カタオモイ)に過ぎないものだと思っていたからだ。何故ならば2人は兄妹で、遊羽はレズでナルシストだから。遊羽のその特異性故に、互いの想いは決して交わるはずがないと、学人も何処か諦めている節があった。

 しかし、だ。

 

「だけど、私は女の子も好き。だから、どっちかを犠牲にするしかないってあきらめてたの」

「……」

「だけど今はガク兄も私も女の子同士――おまけにガク兄は私の身体」

 

 ごくりと、遊羽が唾を呑み込む。

 学人は静かに、妹の告白に耳を傾けていた。

 

「わかる?今なら、私の思いが全部いっぺんに片付いてしまうの。この入れ替わりは祝福だったんだ。私の思いを実らせるために振ってきた奇跡なんだ。それが今になって分かった」

「……………………」

「返事、してくれない?一方的な愛って苦しいからさ、答えてよ」

 

 最後に、遊羽はそう訊いてきた。

 学人は、悩むまでもなかった。

 

「俺もだ、遊羽」

「…………!」

「嬉しいんだ。俺の思いがお前に伝わっていたことを知ってさ」

 

 彼女の中にあるのは、思いが結実したことによる底知れない嬉しさだった。

 トライアングル・シャッフルだとか、姉妹同士だとか、そういったしがらみは、この時点で2人の頭の中からきれいさっぱり吹っ飛んでいた。

 互いに手の指を絡ませ合う。学人を押し倒したまま遊羽が身体を近づけてくると、2人の胸が重なり合う。男女では決して味わうことのできない、女の子同士であるが故の柔さが、学人の身体に伝わってくる。

 

「じゃあ、さ」

「………ああ」

 

 ここまでくれば、言葉は不要だった。

 学人と遊羽は目を閉じて、互いに唇を近づける。

 それは愛の契り。どうしようもなくねじ曲がった世界に生まれた、歪みに歪んだひとつの愛。それをとやかくいうものは、この場にはいなかった。

 心音が大きくなる。ふたりの唇の距離が近づいてゆく。

 そして――

 

 

 互いの唇が、触れた。

 

 

 現実の時間にしては、それはごく短い間の出来事だった。

 だが、この時の2人の主観時間においては、この瞬間はきわめて長いものに感じられた。

 音も感触も何もかもを置き去りにして、快楽だけが唇を介して2人の脳へと伝わってきた。野暮ったい表現にはなるが、これがお互いにとってのファーストキスとなった。

 そして、唇が離れた時――

 

「…………やっちゃったな」

「キスだけだよ?もしかして怖気づいてんの?」

「お前だってそうなんじゃないのか」

 

 そこには、胸いっぱいの幸せがあった。

 学人と遊羽は、頬を赤く染めながら互いに笑い合う。それは愛が実ったが故の嬉しさからなのか、はたまた緊張の糸がほどけたからなのかは、本人達にも分らない。

 しばらく笑いあった後、遊羽は学人の上から降り、彼女の隣に寝転がる。

 

「今はこれだけ。続きはガク姉がもっと可愛くなってから、ね?」

「もっと可愛く……?」

「うん。だって、ガク姉って女の子のファッションとか何にも知らないでしょ?それじゃあいくら可愛い遊羽ちゃんボディでも宝の持ち腐れでしかないじゃん?だから、これからは毎日私と女の子の特訓、しよ?」

「待って、字面的にすんごいえっちなやつとしか思えないんだけど」

「わざとだよ。いやらしい妄想しちゃってさぁ……そーゆーところ、好きなんだよね」

 

 蠱惑的な笑みを浮かべる遊羽に、学人は思わずどきりとする。

 その顔には、普段のシスコン中二病の面影は微塵もなく、ひとりの乙女としての姿だけがあった。

 そして。

 遊羽の言葉に、彼女はどこか期待してしまっていた。

 

 

 


 

 

 

 翌朝。

 母親はリビングに現れた学人に対して、ある疑問をぶつけた。

 

「遊羽……じゃなかった、学人か。なんか……変わった?」

「間違えないでほしいものだな母上よ、それに俺は何も変わってはいない」

「いや変わってるわよ、親を見くびるんじゃない」

 

 母親はそう言いながら、学人の隣を指さす。

 そこには。

 

「ガク姉、今日もきまってるねぇ!最高にキュートだよコレ!」

「きまってるも何も……服選びからメイクまで全部お前がやったんだから当然だろう?」

「まあまあ……ガク姉も女の子なんだし、そのうち自分で出来ないとね?」

「とうっぜんだ!我が妹の可憐さを維持するためには労力は惜しまんよ!それがこの未柴学人のシスコン道だからなぁ!」

 

 なんだかすんごいべったりになった姉妹の姿があった。

 彼女らの会話は、とにかく猛烈に頭痛が痛くなるようなやり取りでしかないのだが、母親は長年学人の奇行を目の当たりにし続けたせいでそのあたりの感覚が麻痺しきっているので、とくに内容に突っ込むことなく家事を続けている。

 ――せめて、道だけは踏み外さないでほしいものだ。

 

 傍から見れば狂いに狂っているけれども。

 愛の形に外野がどうこう言う資格は――多分ない。

 

 

 


 

 

 以下は、完全なる余談だ。

 ある場所にて、服をはだけさせた男2人が抱き合っていた。

 

「気持ちよかったわよ……流花ちゃん」

「ええ最高だったわ……茜先輩……」

 

 これ以上は深く語るまい。というか語っちゃ駄目だろう。

 ともかく、端的に言うならば――

 

 

 ――混沌の中で咲くのは百合だけにあらず。薔薇もまた、混沌の中で花開くのだ。

 




これR-18にすべきだろうか。
いや事前と事後だけだからノーカン!ノーカン!


みんなハッピーですね(白目)
こう言うのを書いたのははじめてなので、色々と至らないと思います。
ですが、自分の心に正直になって書いたので後悔は多分ないです。ないったらないです。
元々トラシャ自体、健全モノでもえっちなやつでも両方の路線に舵を切れるようなデザインですので、今回の未柴姉妹編は、ある意味初期構想通りなのかな……?いや、さすがにここまでぶっ飛んだ奴らになるとは思わなかったけども。

次回はエッチくならないと思うので安心してください。


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第6話 明智大和①:半睡半覚リリィズ

またまた視点が変わります。
今回の主人公は……?




 

 トライアングル・シャッフル発生2日前

 

 

 

 とある学校の校庭。

 そこでは、小学生サッカーチーム同士の試合が行われていた。

 

「っしゃあ!」

 

 勢いよく蹴飛ばされたサッカーボールが、ゴールネットにぶつかるとともに、試合終了を告げるホイッスルの音がフィールド中に響き渡る。

 シュートを防げなかったゴールキーパーがその場で項垂れる前で、勝利した方のチームから歓喜の雄叫びが発せられる。

 

「勝ったぞぉ!やったぞぉ!」

「鷹島ウインドブルー is No. 1 だぁ!」

「やったな南島!お前最高だぜ!」

 

 シュートを決めた少年が、自信満々に天を指差し、高らかに笑う。チームメイト同士で勝利の喜びを分かち合う一歩、少し離れたところで不機嫌そうにしている少年がいた。

 金髪の大人しそうな少年・錦健吾(にしきけんご)が、不貞腐れている少年・明智翔琉(あけちかける)に声をかける。

 

「翔琉くん、せっかく勝ったのに何不貞腐れてるの?」

「……俺がシュート決めたかったのに」

「また次の試合で決めればいいじゃないか。それに翔琉も頑張ったじゃん」

「ストライカーにとっては死活問題なんだよぉ!」

 

 そう。

 サッカー少年にとって、試合で華麗にシュートを決めて勝利に貢献するのは何よりも大事なもの。それをできなかったことは、翔琉の幼心に影を落としていた。

 そんな感じに翔琉がいじけていると、

 

「よぉ翔琉、今日は俺の勝ちだな」

「――孝司、何の用だ?」

 

 小学生らしからぬ、ニヤついた顔のイケメンがやってきた。

 彼の名は相馬孝司(そうまたかし)。このサッカーチームの次期キャプテンと言われているほどの有望株だ。事実、先ほどの試合も彼が全得点をぶち込んでおり、チーム内では彼が次期キャプテンになることに対し異論をはさむ者はいない。

 ――一部を除いては。

 

「お前がシュート外したせいでかなりギリギリの試合になったじゃねーかよ……どうした?このままじゃ俺がキャプテンになっちまうぜ?」

「は?お前みたいなやつに負けてたまるかよ?ぜってー負けねーし。次は俺が全得点いれてやるし」

 

 試合で翔琉がシュートを外したことを煽る孝司。それに対し、翔琉も負けじと反発する。これがこのチームの日常風景なのだ。

 孝司と翔琉はサッカーチームに入った当初から何かと馬が合わずに、何かにつけてはこうして張り合っているのだ。当人たちはそのきっかけを既に忘れてしまったが、彼らのライバル関係は、チームメイトやクラスメイトの間では周知のモノとなっていた。

 が、今日は特に翔琉の機嫌が悪かったのか、ガチの喧嘩に発展しそうになるのだが、監督が見かねて仲裁に入る。

 

「せっかく勝ったのに喧嘩するんじゃない。ったく、毎度毎度なんでお前らは……」

「……くそッ!」

「おー怖!このままじゃお前がスタメン外されるのも時間の問題かもな!それじゃあな!ひひひひっ!」

 

 孝司は悪態をつく翔琉を揶揄いながら、その横を通り過ぎてグラウンドから立ち去る。

 試合には勝ったというのに、空気は最悪だった。これなら、グラウンドの反対側で悔し涙を流している相手チームの方が雰囲気的にはマシとも思えてしまう。

 なんともいえない空気の中、それを割くように1人の少女が飛び込んで来た。

 

「翔琉らしくないぞー!そんなにイライラするなんてさぁ!」

 

 そんなけたたましい声を上げながら、翔琉達の元に飛び込んで来た彼女の名は皆原ひさか。ポニーテールにした赤髪の示す通り、四六時中元気爆発しているお転婆娘だ。

 翔琉のチームの応援にやってきた彼女だったが、彼女も孝司の態度には納得がいっていなかったようで、翔琉の背中を強く叩き、彼を励ます。

 

「気にすることないわよ!翔琉は強いんだから、ね!あんな偉ぶってる馬鹿孝司なんて屁でも無いでしょ?いつものサッカー馬鹿な翔琉は何処いったのよ?」

「そ、そうだよ!掴み合いになりかけるなんて……孝司くんにムカついてるのはわかるけど、スポーツ選手なら喧嘩じゃなくてスポーツで見返せって僕のパパがいってたよ」

「……悪い。俺、最近ぜんぜん上手くいってなくてさ……スランプってやつなのかな。相手に抜かれたりシュート外したりで、それが情けなくって……」

「元気だしなよ。悔しいならそれをバネに頑張れっての!

 

 彼女の言葉に、健吾をはじめとするチームメイト達も次々と反応する。奮戦したチームメイトを見下す孝司の態度には、反感を抱く者も少なからずいたのだ。

 

「あんな嫌味ったらしいヤツに負けてたまるかっ!次はオレが活躍する!」

「へっ!言ってろよ!俺も負けねーぞ!だから翔琉もショゲずに頑張れよっ!」

「僕も負けてられない!もっと上手くなるんだ!」

「今に見てろよ孝司。ぜってー越えてやる!」

 

 ひさかの一喝で燃え上がるサッカー少年達。

 その輪の中心で、翔琉は静かに反骨の炎を燃やし始めていた。

 


 

 

 そんなアツイを通り越して若干クサイドラマの後、翔琉は帰宅した。

 

「おかえり翔琉、試合どーだった?」

 

 帰宅するなり、ソファに寝転んでいた大学生の姉・矢霧が声をかけてきた。

 

「試合には勝ったけど活躍は出来ず……孝司のヤツ、調子乗りやがって……!」

「そんなくだらない喧嘩ができるなんて微笑ましいもんだわ。大人の喧嘩って子供以上にみっともないからね~」

「うるさいなあ、何もわからないくせに勝手に首突っ込んでんじゃねえよ!」

 

 姉は何もわかっちゃいない。これは男のプライドにまつわる問題なのだ。

 呑気な姉の言動にイラついた翔琉は、空になった水筒を母・楓に投げ渡すと、さっさとリビングからいなくなってしまう。

 

「くそっ……」

 

 ユニフォームを洗濯機に放り込みながら、本日何度目か分からない悪態をつく。

 反骨精神だけでは孝司には勝てない。

 だが、どうすればいい?

 

「……変わらなきゃ」

 

 ただ、今の自分ではダメだという感覚だけがまとわりついていた。

 

 


 

 

 だが、彼は知らなかった。

 明後日を境に、世界が、自らが一変することを。

 

 


 

 

 最初に感じたのは、変な暑さだった。

 まるで頭の上から何かが纏わりついているような感覚で、翔琉は目を覚ました。

 窓の外を見ると、綺麗な朝焼けが広がっていた。時刻は午前6時ジャスト。いつもよりちょっと早い目覚めだ。

 もぞもぞとベッドから這い出し、顔を洗いに向かう。

 

(…………?)

 

 立ち上がって、違和感に気付いた。

 なんか金色の長い毛が肩にかかっている。なんだこれ、と思いながら、肩に乗っかっているそれを取ろうとする。

 が、

 

「いった⁉ 」

 

 それを取ることは叶わなかった。引っ張った瞬間、頭皮から痛みを感じた。

 この金色の毛は翔琉の肩に乗っかっているのではない。翔琉の頭から生えているものなのだ。だが、何故自分から長い金色の髪の毛が生えているのだ?たった一晩で髪が肩にかかるまで伸びるわけがないし、ましてや勝手に金色になるわけがない。翔琉はサ〇ヤ人ではないのだ。

 それに、異常は髪の毛だけに収まっていない。身体に力がうまく入らない。いや、入って入るのだが、十全ではない。普段と比較すると1割ほどダウンしている、という表現をすべきだろうか。

 

「どうなってるんだこれ……声もなんか変だし、風邪か?」

 

 おまけに声もなんだか変だ。やけに甲高い。

 風邪の可能性を口に出したものの、そんなものではないということは翔琉自身が一番わかっている。

 とにかく、いま自分がどうなっているのかを確かめなくてはならない。直感的にそう判断した翔琉は、身体のあちこちに異常を抱えながらも脱衣所までたどり着いた。

 そして。

 鏡に映った真実を目の当たりにして、翔琉は驚愕した。

 

「え」

 

 鏡に映っていたのは、見慣れた自分の顔ではなく、金髪の女の子だった。

 鏡越しに見えるのは、背中の真ん中あたりまで伸びたさらさらな金髪。日本人離れした端正な顔立ちに、綺麗な碧眼。子供ながらもサッカーで鍛えられた筋肉は影も形もなく、シャツの袖から伸びる腕は白く美しく、そして華奢だった。共通点なんか年齢くらいしかない。

 

「……」

 

 驚きのあまりに声を失いながら、翔琉はある違和感に気づく。

 股の辺りがなんか物足りない。恐る恐る触ってみると、そこには何にも無かった。毛が生え始めたばかりの【自主規制】がなくなっていた。

 それは。

 男子小学生にはあまりにも衝撃的すぎる現実だった。

 

「ないいいいいいいいいいいいいいいっ⁉︎ 」

「ん……何今の悲鳴……」

 

 家中に響き渡る少女の悲鳴。それは、他の家族を叩き起こすには十分すぎるモノだった。

 悲鳴を聞いて、まず一人目。寝ぼけ眼の矢霧がやってきた。

 

「朝から何騒いでんのよ……頭ぐりぐりされたいかぁ〜?」

 

 朝っぱらからやかましい声を出されて安眠妨害をされた矢霧は、目を擦りながら脱衣所へと近づいてくる。その声色は、確かに怒っていた。

 が。脱衣所にいたのは、明智翔琉(見知らぬ少女)

 その後の反応は、至極真っ当なものだった。

 

「わぁっ⁉︎ だ、誰⁉︎ 」

「姉ちゃん……これ、どういうこと……?」

「いや私に妹はいないぞ⁉︎ つーかあんた誰⁉︎ 不法侵入っ⁉︎ 」

「待て待て待て!俺だ、翔琉だっ!なんでか知らないけど俺、女の子になってしまったんだ!」

「寝言は寝て言えよ小娘っ!いくらかんでもそんな大嘘騙されるかっ!翔琉要素皆無だろーが!性別も人種も違うくせによく我が弟を名乗れるな!」

 

 矢霧は、家に上がり込んでいた明智翔琉(知らない子)の存在を認識するなり、ただちにスマホを取り出して110番をしようとする。そりゃそうだ。いきなり知らない子供が上がり込んでいるのだから、どうにかしようとするだろう。

 必死に弁解する翔琉だが、それも通じない。

 矢霧の言う通り、今の翔琉を見てそれが翔琉だと見抜ける人物は皆無だ。どこをどう見たら、日本のサッカー少年と金髪碧眼の幼女がイコールで結びつくというのだ。

 そして、基本的に翔琉はバカだ。というか、小学生が大学生を説得するというのはまず無理だろう。翔琉じゃなくてもそれは難しい。それが出来るのは江戸川コ○ンくらいだ。

 なので、ちょっと乱暴な手、いや脚を使うことにした。

 

「警察呼ぼうとしてんじゃ……ねえっ!」

「ぐひぅっ⁉︎ 」

 

 矢霧を黙らせるべく、翔琉は右足を振るい、彼女のふくらはぎへの一撃をお見舞いする。

 蹴りを喰らった矢霧は豚みたいな悲鳴をあげながらその場に崩れおちる。彼女の手からこぼれ落ちたスマホが、ガシャンと大きな音を立てて脱衣所の床に落ちる。多分今ので画面割れているが、そんなことはどうでもよかった。

 同時に、蹴りに使った翔琉の右足にも、じんわりと痛みが伝わってくる。どうやら、身体が変わってしまった影響で筋力とかその辺も変わってしまっているようだ。

 そして矢霧はというと。

 

「この容赦ない蹴り……もしかして翔琉なの?」

「だから言ってるだろ⁉︎ ほんと馬鹿だな姉貴は!」

「その減らず口の叩きよう、間違いなく翔琉だ……それはそうとムカついたからゲンコツやっていい?」

 

 一応今の蹴りで、目の前の少女が自分の弟だと確信した模様。これでなんとか翔琉の危機はさったのだ。

 が。

 ここでもう一波乱。

 

「朝から元気ねぇ……母さん夜更かししてたからもうちょっと寝たいんだけどなー」

「あ、ごめん母さん。翔琉が――」

 

 姉妹喧嘩がきっかけで、母・楓が目を覚ましたらしい。

 そう、危機はまだ去っていない。

 矢霧だけではない。父と母にも同じように説明をしなければならないのだ。矢霧のときは強引になんとか信じさせることに成功したが、2人にはどう説明したものか。

 兎に角、何か言わなくては。

 そう思った矢霧は、振り返りながら翔琉について説明しようとして――声を失った。

 

「あれ、なんか矢霧でかくない?」

 

 そこにいたのは、二児の母親ではなかった。

 ブカブカのシャツを着た小学生くらいの女の子が居た。

 

「……………………」

「……………」

 

 目が点になる2人。

 そして。

 

「「誰だあああああああああああっ⁉︎ 」」

 

 息のあったツッコミが炸裂した。

 


 

 ちょっと後。

 

『速報です。昨晩未明から「身体が入れ替わった」という主張が世界中で相次いでおり、混乱につつまれております。政府によりますと、未だ事態の全貌は把握に至っていないが、確認できただけでも日本国内で2000万人以上が身体の入れ替わりを訴えており —— 』

 

 テレビのニュース速報を見て、明智家は呆然としていた。

 父・謙介に至っては、いまだに息子と妻が別人になっているという事実を受け入れられていないのか、手に持ったコーヒーカップ(中身入り)を逆さまにしていることに気づいていない。溢れてる溢れてる、めっちゃ床がコーヒーまみれになってる。

 

「つまり……どういうこと?」

「信じられないけど、日本どころか世界中で起きてるってこと……なんだよね?」

 

 矢霧の疑問に楓がそう答えながら、テレビのチャンネルを変える。

 ぱっと画面が切り替わり、国のお偉いさんが映し出される。彼も相当混乱しているのか、その声が心なしか震えているのが、翔琉にもわかった。行ってる内容はさっぱりわからなかったが。

 

「さっき会社に電話かけたけど、うちの職場も大混乱さ。こりゃ今日は休みかもなぁ」

「皆大丈夫かなぁ……学校どうするんだろう」

「それはそうとこぼしたコーヒーは拭いといてね」

 

 職場の現状を憂いながら、自分の溢したコーヒーを拭く謙介。

 そして矢霧はというと、翔琉に痛い目に遭わされながらも、やっぱり完全に信じきれていないのか、いまだに翔琉と楓に対して疑いの目を向けていた。

 

「というかさ、本当に翔琉と母さんなんだよね?」

「酷いなー、母親をそんな目で見ないでよ」

「だからそうだって言ってるじゃん!ほんと姉ちゃんは疑り深いんだから!」

「あ、今の拗ねた感じめっちゃ女の子っぽくなかった?」

「誰が女の子だ誰がぁ!」

 

 楓の揶揄いを跳ね除け、自室に篭ろうとする翔琉。

 が、そんな翔琉を矢霧が呼び止める。

 

「それはそうと翔琉」

「なんだよ」

「……さっきの蹴りのせいでスマホ落として画面割れたんだけど、どう責任とるつもりかな?」

「……知らねえっ!」

「待てやこの野朗っ!」

 

 バキバキに割れたスマホの画面を見せつけながら、矢霧は逃げた翔琉を追いかけ始めた。

 そして、そんなドタバタの姉妹喧嘩を眺めながら、謙介と楓はなんかのほほんとしていた。

 

「見た目変わっても、ここは変わんないのね〜」

「ある意味安心するというか、なんというか……だな」

 

 

 


 

 数日後、明智家に一通の封筒が届いた。

 矢霧曰く、入れ替わりの実態調査と本人確認を兼ねて市役所に来いとのことらしいが、そう言われても翔琉にはよくわからない。

 ともかく早急に来いとの事なので、翔琉は母や姉と共に市役所に向かう事になった。

 が。

 

「あれ、アクセルに足届かないんだけど」

「当たり前でしょ。今の自分の身体見てみなよ」

 

 車の運転席に座って必死に手や足を伸ばそうとする楓の姿をみて、矢霧が溜息をつく。今の楓は翔琉と同い年くらいの女の子なのだ。物理的に車の運転が出来るわけがないのだ。

 

「じゃあどうすんだよ?母ちゃんが運転できないんじゃ……電車とかしかないんじゃない?」

「いやいや我が弟、いや妹よ。私も免許持ってることをわすれてないかな?」

「え、姉ちゃん運転乱暴すぎるからやだよ」

「矢霧に車貸すの怖い。絶対擦るじゃん」

 

 ならば矢霧が運転しようと言い出したが、2対1で却下され、結果的に公共交通機関を使うことになった。なんか矢霧は泣いてたが、翔琉の知ったことではない。

 そうして最寄駅から電車に乗り、揺られること30分。

 街の中心部にある死役所にやってきた。

 

「てかなんで姉ちゃん付いてきたの?」

「保護者枠。子ども2人だけで行かせるわけにはいかないでしょ」

「私子ども扱い⁉︎ 私、娘に子ども扱いされてる⁉︎ 」

「中身はともかく見た目は子供でしょうが。余計なトラブルが起きるの目に見えてるっての」

「ああ面倒クセェ……」

 

 なんか子どもの身体になってから、母親がはしゃぎまくっている気がするが、無理もない。

 あちこちガタがきはじめている40代の身体に比べたら、10歳の身体なんて様々な部分で天と地ほどの差がある。ましてや、幼い翔琉の目から見てもわかりやすいレベルで能天気な楓は、この状況をそれほど深刻に捉えていないんじゃないのかと思わざるをえない。

 姉と母が窓口で色々手続きをしている間、翔琉はロビーでスマホを弄りながら、用事が終わるのを待つことにした。

 ロビーはカオス極まりなかった。

 似合わない男物の服を着たオバサンや、おなじく似合わない女物の服を着たジジイとかが沢山いる。恐らく彼らも翔琉と同じように、どこぞの誰かと入れ替わっているのだろう。

 と、翔琉が辺りを何気なく見渡して知ると、その中に

 

「あれ、あそこにいるのは千夜か?」

 

 白いワンピースを着た黒髪ロングの少女が、待合所のソファに座っている。

 あの顔は知っている。クラスメイトの阿波栗千夜(あわぐりちや)だ。大人びた性格の優等生なのだが、今はどこか落ち着かない様子で、恥ずかしそうにもじもじしている。

 

「おーい千夜!お前こんな所で何やってんだ?」

「えっと、誰……?」

「俺だ、翔琉だ!ニュースでやっていただろ?俺も入れ替わってしまったんだよ!」

「翔琉くん……なの?全然面影ないんだけど……」

 

 翔琉が自らの素性を明かすと、千夜は驚いたような顔をする。昨日まで普通の日本の男子小学生だったクラスメイトが、いきなり外国人の少女になっているのだから、驚くのも無理はないだろう。

 最初は半信半疑だった彼女だが、粘り強い説得の末に、なんとか翔琉本人であるということを信じてくれたらしい。

 と、その時だった。

 いきなり、千夜がぽろぽろと涙をこぼしながら翔琉に抱き着いてきたのだ。

 これには翔琉は慌てるほかなかった。恋愛のれの字を知ってるかどうかあやしいレベルのクソガキの翔琉でも、いきなり女子に抱き着かれたら取り乱す。まあ今は互いに女の子同士なのであまり問題はないように見えるのだが、翔琉は心臓が飛び上がるんじゃないかと思うレベルでドキドキしていた。

 が、千夜の次の発言で、翔琉はあることに気づくこととなった。

 

「よかったぁ~知り合いがいてホントよかったよぉ……僕めちゃくちゃ不安だったんだよ……目覚めたら阿波栗さんになってるし……家族みんな別人になってるしぃ……!」

「待て待て待て……もしかしてお前も入れ替わってるのか?」

「あ、そっか。この姿じゃわかんないよね……僕だよ、錦健吾だよ。見た目は阿波栗さんだけど、僕なんだ」

「ま……じか⁉ 」

 

 彼女――健吾のカミングアウトを聞いて、翔琉は驚きを隠せなかった。

 他人と入れ替わっているのだから当然とはいえ、面影がなさすぎる。これでは他人の見た目が全く信用できない。これは世界が混乱するわけだと、翔琉はひとりで納得する。

 

「しかし驚いたなぁ……翔琉くんが女の子になってるなんて。というかその見た目……どう見ても外国の子だよね?」

「ああ……どこの誰かは知らないけどな。てかお前なんで泣いてんだよ?」

「だってこんな姿、みんなに見せられないじゃん……スカート恥ずかしいし……妹から服借りたけど、阿波栗さん背が高いから、服が若干小さいし……」

「と、とにかく離れてくれ!いつまで抱き着いてるつもりだお前っ!」

「あ……ごめん」

 

 翔琉は千夜の身体の柔らかさに赤面しながらも、泣き事を言い始めた健吾をなんとか引き剥がす。

 すると、

 

「あ、見つけたわよ千夜!」

 

 なんかどっかからか声が飛んで来た。

 千夜の知り合いだろうか。しかし生憎ながら、ここにいるのは千夜ではなく、千夜の姿をした健吾なのだ。この声の主が求める人物はここにはいない。

 しかし、だ。

 翔琉は、今の声に聞き覚えがあった。そして、それはすぐに思いつく者だった。

 

「え、この声って……」

「ああ……健吾、お前の声だよな?」

 

 そう。

 聞き間違えるはずがない。なんか声の出し方に若干カマっぽさを感じるが、これは正真正銘、健吾の声だ。

 ということは、今こちらに健吾の身体を持った人物が向かってきていることになる。一体どこのどいつが健吾の身体を動かしているのだろうか?

 と、思っていたが、その疑問はあっさりと晴れた。

 ……余計なトラブルも出現したのだが。

 

「ちーやーっ!元気そーで何よりジャーンっ!」

「「Whatっ⁉︎ 」」

 

 現れた人物の姿を見て、2人は驚愕した。

 2人の予想通り、その人物は健吾の見た目をしていた。しかし、その格好はというと、なぜか水色のワンピースだった。平たくいうと、女装してやがった。健吾は元々女顔だったので、恐ろしいくらいに違和感がない。

 これには普段大人しい健吾も、文句を言わざるを得なかった。自分の身体でこんな格好をされたら、元に戻った時に変態のレッテルを貼られるのは健吾自身なのだ。文句を言って然るべきだろう。

 

「な、なんで⁉︎ なんで僕の姿でそんな格好を⁉︎ 」

「僕の姿って……もしかして健吾なの?」

「……もしかして知り合いなの?」

「あたしだよあたし!皆原ひさかだよ!なんか目覚めたら健吾になってたんだよねー!驚いちゃうなぁ!」

「おまえかいっ!」

 

 翔琉の問い掛けにあっさりとそう答えた健吾改めひさか。翔琉はがっくりと肩を落とし、その横で健吾はめちゃくちゃ顔を赤くしていた。

 そんな2人の反応を知ってか知らずしてか、ひさかはあははははと大声で笑っている。

 

「この煩さ、まちがいなくひさかだ……でも、お前なんで女装してんの?」

「いやだって男物の服なんて持ってないし……こっちの方が慣れてるし。でもすごいね。健吾の身体がここまで女装が似合うなんて思わなかったわ」

「やめてよぉ……元々あんまり男らしくないのを気にしてサッカー始めたんだから……」

 

 健吾はひさかのワンピースの裾にしがみつきながら、再び泣き出す。本当なら今すぐにでも服を剥いでひさかの女装をやめさせたいが、公衆の面前でそうすることもできず、ただ泣きつくことしかできないでいた。

 と、そこに、ひさかのうしろからひょっこりと一人の少女が顔を出す。その顔を見て、翔琉は本日何度目になるかわからない驚きをあらわにした。

 

「ひさか……っ⁉︎ 」

 

 そう。

 健吾の姿をしたひさかの背後から、ひさかの姿をした何者かが現れたのだ。

 しかし彼女は、普段のひさかなら絶対にしないような不安そうな顔をして、ひさかの後ろに隠れるように立っている。仮にこの場にひさか本人がいなくても、翔琉は目の前の少女を皆原ひさかとは思わなかっただろう。それくらい、普段のひさかからはかけ離れていた。

 ひさかの姿をした少女は、おっかなびっくりといった感じに、いまだにひさかに泣きついている健吾に話しかける。

 

「け、健吾くんなんだよね……?わたしの身体を使ってるのって」

「その台詞……もしかして千夜なのか?」

 

 翔琉の問い掛けに、ひさかの姿をした少女は小さく頷く。

 元気という概念が服を着て歩いてるようなひさかの見た目と、大人しい優等生な千夜の中身が、凄まじい違和感を出していた。同性でこれなのだから、異性になってる翔琉や健吾はさらに違和感バリバリに思われているのだろうかと、ひさかは1人思案していた。

 

「で、そこのおねーさんは誰だよ?」

 

 千夜とひさかの変わりように一通り驚き終わった後、翔琉がそう言いながら、ひさか達の背後を指差す。

 彼女が指差す先には、高校生くらいのおねーさんがいた。

 しかし、翔琉達には年上の知り合いなんてそうそういない。では、ひさか達と一緒にいる彼女は何者なのだろうか?

 

「ああ、それ真澄(ますみ)ちゃんだよ。呉竹真澄(くれたけますみ)。なんか近所の女子コーセーになっちゃったらしくてさ……色々と苦労してるみたいよ」

「え、真澄ちゃんなのか……全然気づかなかった」

「そうですよ。わたしに気づかないなんて、もしかして馬鹿?」

「気づくわけないだろ……一体どれだけの規模で入れ替わってるとお思いで?」

 

 翔琉達の知っている真澄は、ちょっと生意気な言動をしちゃう、小柄な白髪の女の子だったと思うのだが、今の彼女は全然違う。茶髪の明るそうなお姉さんになっている。見た目は大人(実際は高校生だが、小学生からすれば高校生は大人の仲間だ)なのだが、中身が子供なので、また千夜(見た目はひさか)とは違ったギャップを感じる。

 

「そういえば最初にお前、健吾のことを千夜と呼んだけどさ、千夜と一緒にいたんだから、健吾を千夜と間違えるわけないだろ」

「いやぁ、なんか反射的に……まあその辺はいいじゃん!」

「良くないんだけど⁉︎ 自分の女装してる姿を見せられる僕の気持ちを考えてよっ⁉︎ 」

「いや健吾だって今女の子の格好してるじゃない。おかしいわね」

 

 そんな感じに、ひさかと健吾の不毛な争いを眺めていたその時だった。

 ぶるりと、翔琉の全身に悪寒が走った。

 翔琉は、この感覚の正体を知っている。尿意だ。

 

「あ、あのさ」

「……どうしたの、翔琉くん」

「と、トイレいきたいんだけど……」

「行ってくればいいじゃない」

「行くって……」

「そりゃあ……女子トイレに決まってるじゃない。あんた今女の子じゃんか」

「……マジで言ってる?」

 

 ひさかの言葉に、翔琉は思わずそう返してしまった。

 つまるところ。

 それは、女子トイレに行けという意味であった。

 

「え、ちょっと待って。あそこはいるの?」

「女の子になって数日経ってるというのに変なこといいますね。今更何恥ずかしがっているのですか?」

「いや家だと女子便も男子便も関係なかったじゃん⁉︎ でも今は違う!マジで無理なんだけど⁉︎ 」

「じゃあ漏らしますかそうですか。小学5年生が漏らすとか恥ずかしくないのですか?」

「それはもっと嫌だっ!」

 

 家ならばまだ女子トイレ男子トイレ云々を意識せずに済んだが、今は別だ。トイレの仕方とかそういう問題ではない。いくら身体が女の子になったといえども、翔琉の心は男のままだ。そんな状態で女子トイレにはいるなんて、彼女のメンタル的にできなかった。

 しかし、この尿意は我慢できるレベルではない。普段ならばまだ我慢できるレベルの尿意のはずなのだが、女の子になった為にトイレが近くなっているのだ。一般的に、女性は男性よりも尿道が短い。そのハンデが、今翔琉を苦しめていた。

 

「だ、大丈夫です!わ、わたしがついていきますからね!」

 

 千夜がすかさず助け舟を出そうとするが、果たしてそれは助け舟と呼べるのだろうか。

 翔琉は、決断を下した。

 

「……行ってやんよ」

「お?」

「男、明智翔琉!女子トイレデビューしますっ‼︎ 」

 

 

 


 

 終わった。

 詳しい描写は省くしか無いのだが、終わった。

 なんだかとんでもない絵面だったような気がするし、そうじゃなかった気もする。兎に角、醜態をさらさずに済んだことだけは確かだった。ただし、翔琉の中の男としての大事な何かが少しばかり失われた気もするが。

 恥ずかしさのせいか、トイレに行ったあたりからずっと放心状態だった翔琉が正気を取り戻すと、帰りの電車の中だった。

 シートの隣を見ると、矢霧がバッグを抱え込みながらスマホを弄っている。その向こうでは、楓が矢霧に寄りかかって寝息を立てている。

 

「あ、気づいた」

「…………うん」

 

 矢霧の言葉に、こくりと頷く。

 正気に戻ると同時に、翔琉の中に不安が広がり始めた。

 自分は果たして元に戻れるのか、それとも、これから一生この身体で生きていかなければならないのか。そして、この身体でサッカーを続けられるのか。様々な不安が浮かび上がっては拡散してゆく。

 気づけば、翔琉は矢霧の腕にしがみつきながら震えていた。

 

「俺、戻れるのかな」

「さあね」

「この身体でもサッカーできるのかな」

「諦めることは無いんじゃない?女子サッカーという道もあるし。それに、あんたからサッカー取ったら何残るよ?ただの生意気なガキンチョだよ?」

「なっ……生意気なガキンチョだと⁉︎ 」

「うん。だから、性別なんかを言い訳にしないで。どんなに変わろうとも、あんたが明智翔琉だということは変わらない。姉貴として太鼓判を押してやろう」

「……そうだな。女子になったからなんだ!スポーツに性別は関係ねえっ!俺はやるぞ、やってやるぞおおおおおおおおっ!」

 

 見た目が変わろうが、中身は男子小学生。

 矢霧のひとことでこうなるあたり、明智翔琉は色々と単純だった。

 が。

 

「……あのさ、ここ電車の中なんだけど」

「……スミマセン」

 

 結局締まらないあたり、彼女もまだまだなのであった。

 




トラシャ世界、割と結構な頻度で合法ロリや合法ショタがいる。
まあ身体的にはガチのロリショタなんで違法なんだよなぁコレが!

次回も翔琉編です。
書きだめしてたやつはこれでおわりです。
次からはヤバいっすね。


勘違いしないように言っておきますが、今回の話は別にスポ根モノじゃないです。
というか僕みたいな運動音痴にそんなの書けるわけないだろ!


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第7話 明智翔琉②:キックオフ・ガールズ

翔琉編その②っす!
細かいことは突っ込まんといてください。スポーツ描写かくのはじめてなんで……なにとぞ、なにとぞ。


 

 

 

 トライアングル・シャッフル発生から2ヶ月。

 入れ替わりの現状把握に努めていた各国政府の仕事もひと段落し、世界は狂ったまま回り始めていた。

 その最たる例が学校だ。トライアングル・シャッフル発生以降ながらく休みとなっていた学校が、今日になって再開された。

 

「こんな……もんかな」

 

 鏡の前で、明智翔琉(あけちかける)は髪の毛を整えながらそう呟いた。

 矢霧の尽力もあってか、この2ヶ月間ですっかり女の子が板についてしまった気がする。髪の手入れも自分でできてしまうくらいには、馴染んでしまっていた。

 でもやっぱり女物の服は慣れないので、翔琉はタンクトップパーカーにジーパンというスタイルで登校日を乗り越えることにした。

 これはこれで、きれいな脇が丸見えだったり、下半身のラインがくっきり見えてたりするのでなかなかにアレなのだが、翔琉は気づいてはいない。

 

「それじゃ、行ってきます!」

「行ってらっしゃーい」

 

 黒いランドセルを背負い、母親に挨拶をして、勢いよく家を飛び出す。

 新生活が、始まる。

 


 

 

6-2教室

 

「おはよーみんな!」

「……なんで学校でも女装⁉︎ 」

 

 学校につくなり、ひさかに出会った。

 ……またしても女装していた。

 一応言っておくが、今のひさかは健吾の、男の身体だ。いくら健吾が女顔だからといって、本人の望まぬ女装はどうかと翔琉は思う。いや、今はひさかが健吾なのだから、本人の意思はもう関係ないのだが。

 翔琉のとなりでは、千夜の姿をした健吾が、自身の元の身体の醜態を目の当たりにして泣き崩れている。サッカーを始めてからはあまり泣かなくなったと思ったのだが、これでは昔に逆戻りだ。

 

「なんでなのさぁ……なんでまた女装⁉︎ これ以上僕をこわさないでよぉっ!」

「……流石に可哀想だしやめてやれよ。一体何がお前をそこまで駆り立てるんだ?」

「自由?」

 

 聞くだけ無駄だった。

 翔琉はひさかに突っ込むのを早々にあきらめ、とりあえず泣いてる健吾を宥めながら、ランドセルから教科書やノートを取り出してゆく。

 そこに、ガラガラと音を立てて教室の扉を開けながら、何人かのクラスメイトが登校してくる。前と変わらない見た目の奴らの中に、ちょっと目立つ人物がいた。

 

「あ、千夜に真澄。おっはー☆」

「お、おはようひさかちゃん……」

「朝から元気すぎじゃない?まあ今に始まったことじゃないけど」

 

 ひさかの身体になった千夜と、女子高生になった真澄だ。2人とも違和感バリバリなのだが、特に真澄は、小学生まみれの中に一人高校生が混じっているので、浮き具合が半端ない。

 それにしても、身体の大きさにそぐわない、小さなランドセルを背負う女子高生(中身女子小学生)……なんだか犯罪臭がするのは気のせいだろうか。いや最近だとそういうファッションもあるとか聞いた覚えもなくはないけども。

 そんな彼女を見た翔琉は、

 

「当たり前だけど、なんか……すごい大人びてるな」

「何当たり前のことを言ってんですか……わたしが大人びてるのではなく、男子共が子供すぎるのですよ?」

「あんまり話したこと無かったから知らなかったけど、お前口悪すぎだろ……口喧嘩なら買うぞ?」

「け、喧嘩は良くないよ……真澄ちゃんもそんな言い方しないの!」

「分かってますよ……ちょっとイラついてました。だって、今日“アレ”の日ですし」

 

 真澄の言葉に、翔琉は首を傾げる。彼女は何のことを言っているのだ?

 きょとんとしている翔琉をよそに、真澄は頼んでもいないというのに、勝手に入れ替わり苦労話を始める。

 

「皆は“美人になってよかったねぇ”とかほざくけど、実際問題全くもって不便極まりないわ。まだ元の身体では初経験すらしていない“女の子の日”をいきなり味わう羽目になるわ、父親がいやらしい目で見てくるわで最悪よ」

「………さっきから何言ってるのかな真澄ちゃん」

 

 真澄の話はかなりショッキングな内容だったのだが、幸か不幸か、その内容を正しく理解している者は殆どいない。

 が、ひさかは分かってしまった。

 故に、これは小学生がしていい話題じゃねえだろ、と判断したひさかは、速攻で真澄の口を塞ぎにかかる。これ以上真澄をほったらかしにしていたら教育に悪いのは目に見えている。

 

「ば、馬鹿っ……!あんたって意外とデリカシーとか恥じらいとか無いタイプなの?普通あんなこと公衆の面前で言わないって!」

「男は基本馬鹿ですから分かりませんよ。女体の神秘性にばかり目がいって、機能性とかは無視ですからね。てか他人の身体で女装してる人にデリカシー説く資格なくないですか?」

「あんた結構口悪いのね。口喧嘩なら買うわよ?」

「えっちなのも、喧嘩もだめ……よくないよ……」

 

 何だかよくわからないうちに、今度はひさかと真澄がバチバチやり始めた。

 2人に挟まれた千夜は、あたふたしながらか細い声で2人をとめようとするが、それはあまりにも弱々しく、2人を止めることは到底できそうにない。

 そして、完全に蚊帳の外になった翔琉と健吾はというと、

 

「何が起きてるのかさっぱりなんだよ」

「女子ってほんとわけわかんねーな」

 

 理解を放棄していた。というかお前らも今は女子だろうに。

 そんな感じにガヤガヤとはしゃいでた翔琉達。

 そこに、廊下の方からほんのりと悪意を含んだ声が飛んできた。

 

「よう翔琉!聞いたぜ、お前女になったんだってな?」

 

 そこに立っていたのは、やけに背の高い黒い肌の少年だった。顔立ちも背格好も、どこからどう見ても日本人どころかアジア人にすら見えないし、こんな奴は翔琉の知り合いにはいない。

 しかし、この妙に憎らしさを感じる声色には、どこか聞き覚えがある。

 

「誰だ……?」

「俺だよ俺……孝司だよっ!」

「なっ……マジかよ⁉︎ 」

 

 翔琉の予想はあたってしまった。悪い方向に。

 孝司は腕を曲げてこれ見よがしに力瘤(ちからこぶ)を見せつける。

 コイツ、調子に乗ってやがる。それは翔琉だけでなく、翔琉のクラスメイト全員からしても一目瞭然だった。

 

「マジのロンだぜ?この身体、マジで最高だよ。体力パネェし、全身のバネもパネェし、視力も聴力もパネェ!サッカーに限らずあらゆるスポーツで活躍できるパーフェクトボディだぜ!」

「ほ、ほんとだ……」

「それに比べてお前らはどうだ?翔琉は変な外国人の女だし、健吾は阿波栗になって泣きじゃくってるし……お前らは屁でもねーわ!余裕だしっ!」

「なんだ、いきなりよそのクラスに顔出しといて挑発かよ。調子こいてんじゃねーよ」

 

 調子こいて翔琉を挑発しまくる孝司。

 が、いくら身体が女の子になろうとも、心は男の子。

 この時、孝司の挑発が翔琉の闘争心に火をつけた!

 

「たとえ身体が変わろうが関係ねぇ!この身体でもお前に勝てるということを見せてやろうぜ、なあ健吾ぉ!」

「むむむ無理無理無理!阿波栗さんの身体、全然体力ないんだよ……」

「ナチュラルにわたしの身体馬鹿にされた⁉︎ 」

 

 健吾の肩に手を回しながら、威勢よく孝司に言い返す翔琉。それを聞いて、孝司は顔をしかめる。

 健吾が泣き言を口にするが、翔琉はそれを否定できなかった。

 2人とも、トライアングル・シャッフルによって使い慣れた身体を失っている。鍛え方も癖も機能も違う別人の身体というハンデが、翔琉達には重くのし上がっているのだ。

 それを分かっていて見下しているのか、孝司はニヤリと笑いながら、翔琉の売った喧嘩を快く買う。

 

「いいぜ、そこまで言うなら2人まとめて相手してやるよ。昼休みを待ってるぜっ!」

「望むところだ!」

 

 こうして。

 側から見れば無謀な、結果なんて目に見えてる対決が幕を開けようとしていた。

 

 


 

 元々はくだらない意地の張り合いだったはずなのだが、思った以上に大事になってしまった。

 昼休みの校庭にあるサッカーゴールの周辺には、翔琉と孝司、双方のクラスメイト達が見物に来ているのだが、そのうちの半分くらいは入れ替わりのせいで年上や年下の姿になっているので、ぱっと見運動会の応援にきた保護者にしか見えない。

 そして、子ども達に引っ張られるがままに校庭へと連れてこられた翔琉のクラの担任教師は、その光景に圧倒されてしまう。

 

「なんでこんなにギャラリーいるんだろう……」

 

 そうぼやいた彼はまだ20代だというのに、連日の入れ替わり関連のあれこれで疲弊しているのか、やけに老けて見えた。

 事情は子ども達から聞いてはいたが、彼としては、入れ替わりだけでも厄介だというのに余計なトラブル持ち込むなよ、と愚痴りたくて仕方がなかった。

 

「こんなことなら俺も入れ替わりに巻き込まれりゃあ良かったのかもなぁ……」

「進藤先生、子供の前でそんなこと言わない。気持ちはわかるがね」

「あ、すいません増田先生……」

 

 思わず愚痴ってしまった翔琉の担任だが、横に立っていた孝司の担任にそのことを諌められてしまう。

 彼はこほんと咳払いをすると、校庭でがやがやと騒いでる子ども達に目をやる。

 

「まあ、喧嘩よりはマシなのかな……俺的には喧嘩を先送りにしてるだけのような気がするけど」

「それにしても、だ。入れ替わりの被害を受けてるってのに皆元気だよな、私達も見習うところがあると思わないか?」

「無邪気故、なんですかねぇ」

 

 2人の教師は、校庭で騒ぐ生徒たちを眺めながら、そう思うのだった。

 

 


 

 で、肝心の本人たちはというと。

 

「ルールは簡単だ。お前ら2人VS俺1人のPK対決!お前らが1回でもゴールできりゃ勝ちだ!」

「随分と調子乗ってんなお前……その言葉、後悔するなよ?」

 

 絶賛バチバチ中であった。

 売り言葉に買い言葉。昼休みに入って廊下で顔を合わせてからずっと、翔琉と孝司は互いに睨み合っている。これは男の意地と意地の張り合い。それは何人たりとも止めることはできないものなのだ。

 

「ごめんね千夜ちゃん、場合によっては怪我するかもだから……その時はほんとにごめん!」

「いいよ、健吾くんならそこまで無茶しないって思っているから」

 

 健吾はというと、今使っている身体の持ち主である千夜に前もって謝罪していた。

 なんかその光景を見た女子たちが「健吾くん紳士だ」「いや今は淑女では?」「どちらにしてもかっこいい」と言った具合にキャーキャー言っているが、本人は気付いていない。本物のモテる奴はそんなことは意識しないのだ。

 そんな感じに千夜との会話を終え、翔琉の元へと駆け寄る健吾。その顔は先ほどとはうって変わって不安満載であった。

 

「ほんとにいけるの……?」

「一応この身体になってからも自主練はしてたんだ。少しは感覚も戻ってるからだいじょうぶ……なはず」

 

 二の腕を軽く揉みながらそう答える翔琉。元の身体と比べると随分と細くて頼りなさげな身体だが、無いものねだりをしても仕方がない。

 2人が息を吞んで開始を待つ中、先生からホイッスルを借りたひさかが、ホイッスルを鳴らして対戦開始の合図をする。

 ホイッスルの音が校庭に鳴り響くと同時に、翔琉が勢いよくボールを蹴りだした。まずはファーストターン。翔琉と健吾が攻める手番だ。

 

「いけっ!俺の必殺シュートぉっ!」

 

 先手必勝。まずは翔琉が威勢よくシュートを繰り出す。

 蹴りだされたボールは回転しながらゴールの端の方へと飛んでいく。対して孝司の立ち位置はゴール中央。間に合うかどうかはギリギリだ――そう思っていた。

 

「だらっせぇいっ‼ 」

 

 バシンッ‼ と。

 両手をのばした孝司が軽く横に跳ぶだけで、彼はいとも簡単にゴールの端まで手を伸ばすことに成功してた。

 翔琉のシュートに容易く飛びついてキャッチした孝司は、服についた砂を払いながら、キャッチしたボールを得意げに翔琉たちに見せつけてくる。

 

「お前、やっぱり女になって弱くなってるよ。今のシュート、全然威力ないじゃん。これで全力だったりするのか?」

「……やっぱりこの身体じゃ前のようにいかないか」

 

 孝司の言葉を聞いた翔琉の顔が、悔しさでわずかにゆがむ。この結果は予想はしていたが、いざそれが現実になると予想以上に悔しさを感じる。

 やはりというかなんというか、多少トレーニングした程度では入れ替わりによるデバフは解消できなかった。ましてや孝司は以前よりも優れた身体を手に入れている。この時点で、翔琉たちの勝率は限りなく低い。

 

「攻守交代だ。見せてやるよ、新しくなった俺をなぁ!」

「くそっ……!」

 

 ボールを手に抱えながら、翔琉たちと入れかわりにフィールドに上がる孝司。

 健吾がキーパーとなり、翔琉がディフェンスとしてその前に立ち塞がる。

 そして。

 

「ドラァッ‼︎ 」

 

 孝司は怒声を上げながら、地面に置いたボールを勢いよく蹴りつけた。

 足の動きを見てそれを予測していた翔琉は、シュートが放たれると同時にその射線上に飛び出し、身を挺してボールを止めにかかる。

 先のキーパーとしての動きで、今の孝司の恐ろしさは見にしみて分かった。ならば身体を張って止めるしかない。勝負に勝つには、それしかない。

 そう判断して、翔琉は飛び出した。

 そして、ゴールネットをぶち破る気で放った孝司のシュートは、翔琉のつつましい胸板にぶち当たる。

 

「ごふっ……!」

「翔琉っ⁉︎ 」

 

 その衝撃は、想定以上のものだった。

 孝司のシュートをもろに受けた翔琉は、胸を押さえながらその場にうずくまる。苦しむ翔琉を目にして、思わずひさかが駆け寄ってくる。

 翔琉は見誤っていた。

 ただしそれは、孝司のシュートの威力ではなく、今の身体の耐久性というものについてだ。か弱い乙女の体は、翔琉が思っている以上に弱いのだ。彼女はそれを理解していなかったがゆえに、今こうして苦しんでいる。

 

「なっ……」

「正気かよ……お前」

 

 健吾も、そして孝司でさえも、翔琉を心配して足を止める。孝司としても、今のは望まざる事故だったのだ。

 しかし、翔琉は諦めてはいなかった。

 痛む胸を押さえながら、無理やりそれを押し殺して立ち上がる。こんな形の決着なんて誰も望んじゃいない。胸の内に残った意地を糧に、翔琉は孝司に言う。

 

「俺に構うなっ……俺は平気だ!このままゲーム続行といこうぜ!」

「翔琉くん……」

「マジの目だ、コレ」

 

 健吾も孝司も、翔琉の闘志を感じ取ったのか、それ以上は何も言わなかった。薄情に見えるかもしれないが、それは相手を認めているが故の態度なのだ。

 気を取り直して、孝司はこぼれ球を取り、ドリブルしながらゴール前に向かう。相対するは健吾。しかし今、健吾はか弱い千夜の身体。これでは勝てそうもない。

 

「くらいやがれっ!」

「くうっ!」

 

 孝司のシュートと同時に健吾が地を蹴って跳ぶが、届かない。千夜の身体になったことで筋力が落ち、思ったより跳べない。伸ばされた健吾の手はボールにひと掠りもすることなく、ボールがゴールネットに当たると同時に、健吾はグラウンドに倒れる。

 

「どーよ?これが新しくなった俺の実力よぉ!」

「速すぎる……無理だってこんなの……」

 

 喜ぶ孝司を悔しそうな顔で見つめながら、健吾は起き上がる。

 ふと膝を見ると、綺麗だった千夜(じぶん)の膝から血が流れていた。恐らく先程のアレが原因だろう。できてしまったその傷を見て、健吾は心の中で謝るのだった。

 一方翔琉はというと、ひさかに肩を借りながら立ち上がっていた。

 

「大丈夫なんだよね?翔琉、いける?」

「当たり前だろ!この明智翔琉をなめんじゃねえ!」

 

 翔琉はひさかの心配する声に強気に答えると、ひさかから離れ、ひとりでグラウンドに戻ってゆく。

 手番は一回りし、再び翔琉たちの攻めるターンとなった。

 先ほどまでの流れで、孝司の実力は嫌というほど思い知ったふたりだが、それでも彼女達の闘志は消えていない。そう簡単に消えてしまうような柔な闘志ならば、ここまでサッカーを続けていられるわけがないからだ。

 

「次は僕がいくよ」

「任せた」

 

 今度は翔琉ではなく、健吾が蹴るようだ。

 目の前でゴールを守る孝司を見据え、健吾はごくりと唾を飲む。長い黒髪が、緊張で生まれた汗で身体に張り付いてくるのに鬱陶しさを感じながらも、彼女は足を動かす。

 が、ここで問題発生(ハプニング)

 なれない千夜の身体での運動が災いしたのか、それとも緊張からかは定かではないが。

 健吾は勢いよくボールを蹴り上げたが、その瞬間、見えてしまった。

 ――可愛らしくもちょっと背伸びした、千夜のイメージにぴったりの大人びたデザインのパンツが。

 これにはさすがの孝司も顔を赤くして目を逸らし、これまでずっと騒ぎっぱなしだったクラスメイト達も一斉に沈黙する。騒がしい校庭で、この一帯だけが静まり返っていた。

 

「……見えてたな。俺は見てないけど今のは間違いなく見えてた」

「お前ひさかより女子力あると思うから誇っていいぞ」

「誇れるわけないでしょ僕男の子なんだからねっ⁉ 」

 

 なんか悟ったような顔をしている翔琉と孝司。そして、パンツを見られたという事実を認識するなり、顔を赤くしながら取り乱す健吾。

 ぶっちゃけると、今彼女はマジで女の子らしかった。

 

「ってそんなこと言ってる場合じゃない!ボールはどこ行った⁉ 」

「上……!あんなに高く!」

 

 はっと我に返り、健吾が蹴り上げたボールの行方を追う両者。

 真澄の言葉につられて上を見上げると、サッカーボールが天高く飛んでいた。太陽をバックに飛び上がるその光景は、まるで日食のようだった。

 翔琉と孝司は、瞬時にボールの落下地点の目星を付けると、その場所に向かって走り出す。

 スタートは同じ。しかし、常識的に考えれば、体格差のせいでで翔琉はボール争奪戦に負けてしまう。

 が、ここで翔琉は気付く。

 

(あれ……?)

 

 走り出して、分かった。

 身体が軽い。

 それは実際には些細な差なのかもしれないが、翔琉は事実として、それを認識していた。

 以前と比べると、力は落ちたかもしれない。だが、弱くなったわけではない。この身体になってからも努力を怠らなかったがゆえに、彼女はそれに気づけたのだ。

 

(いけるっ!この身体ならいける……っ!)

 

 パワーから身軽さへ。

 己の武器が変化したことを自覚した少女は、一縷の望みを胸に、臆することなく駆ける。

 目指すは一点。ボールの落ちる位置。そしてそれは孝司も同じだった。両者は同時に、落下予測地点に辿り着く。

 

「へっ!女になった翔琉なんかに負けて貯まるかっ!」

「……イキってられるも今のうちだぜ?」

「何?」

 

 負けるはずがないと思い込み、偉そうなことを口にする孝司。

 しかし、孝司の予想とは裏腹に、翔琉は諦めてはいなかった。

 ダンッ‼︎ と強く地面を蹴って、翔琉は跳びあがる。側から見れば驚異的なジャンプ力だが、どうみてもボールに届きそうにない。

 一瞬笑いそうになる孝司だが、瞬時に彼は気づいた。この跳躍はボールを捉えるためのものではないということに。

 

「まさか……!」

 

 翔琉の足は地面ではなく、孝司の背中についたら、

 孝司は身を屈めながら走っていた。故に、翔琉の跳躍で届いたのだ。孝司の背中に。

 翔琉の考えを察した孝司だが、僅かに遅かった。

 瞬間、翔琉は孝司を踏み台にして、もう一段上へと飛び上がる。

 そして、

 

「ぬっせゃああああああああああああっ!」

 

 身体全体を震わせるほどの雄叫びを上げながら、降りてきたボール目掛け、その頭を勢いよく打ちつけた。

 精一杯のヘディングシュート。そして、翔琉の真下にいる孝司はそれを止める手段がない。

 彼女の放った渾身のシュートは、ゴール手前で大きく一回、バウンドをしながら、ゴールネットに吸い込まれるようにして突っ込んでいった。

 

「か、翔琉くんっ!」

「ぶぁっ⁉︎ 」

 

 空中でヘディングを決め、体勢を崩しながら落ちてゆく翔琉だったが、間一髪で健吾が真下に滑り込み、翔琉をお姫様抱っこの要領でキャッチする。

 が、やっぱり非力な千夜の身体では厳しかったのか、数秒ほど身体をぷるぷると震わせたのち、耐えきれずにそのまま崩れ落ちてしまった。

 

「おまっ……兎に角ありがとな」

「う、うん……兎に角すごかったよ」

 

 尻をさすりながら、下敷きになってる健吾に礼を言う翔琉。

 

「なっ、なんだと……超次元サッカーじゃねえんだぞ……⁉ 」

 

 そして、ゴールを見つめながら忌々しそうに突っ込む孝司。

 だが、結果は結果だ。

 

「1点でも入れられたら勝ち、だったよな」

「な、んだと……」

 

 いまだに現実を受け入れられないでいる孝司に、立ち上がった翔琉は確認するように尋ねる。

 孝司は、いつもの腹立つにやけ面はどこへいったのやら、完全に呆けた顔をしていた。おそらく、自分が負けるはずがないと踏んであのルールを制定したのだろうが、予想とは裏腹に、翔琉が1点入れてしまった。

 皆の前で、それも女に負けたということで、孝司の地位は音を立てて崩れ落ちていく。俯いているので顔は確認できないが、がっくりと肩を落として絶望に沈んでいるように見える孝司の様子は、あまり孝司にいい印象を抱いていないひさか達から見ても可哀想に思えた。

 

「身体がどうなろうが関係ねえ、俺は俺だっ!」

「っ…………!覚えてろよ!」

 

 孝司はそう吐き捨てながら、グラウンドから逃げるようにして去ってゆく。

 小さくなってゆくその背中を見ながら、翔琉は立ち尽くしていた。

 そして。

 

「…………痛ったぁい……」

「だ、大丈夫⁉︎ 」

「我慢してたけどやっぱり痛い!ガチで無理だコレ!」

 

 翔琉は情けない声を上げながら、頭を抑えてその場にうずくまりだした。

 今まで気迫と意地で堪えていた痛みが、今になって噴き出してきたのだ。半泣きになりながらその場にうずくまる翔琉のもとに、ひさかだけでなく、千夜と真澄も寄ってくる。

 

「ごめんね千夜ちゃん……この身体、怪我しちゃったね」

「だ、だいじょうふだよ。怪我なんて時間が経てば治るから、ね?それより、2人ともお疲れ様。よく頑張ったね」

「あ、ちょっと……」

 

 千夜の身体で怪我をしてしまったことを謝罪する健吾を許しながら、千夜は健吾を抱き寄せてその頭を撫でる。

 彼女は普通に健吾を褒めているだけなのだが、一応健吾も男の子。ものすごーく顔を赤くして照れていた。

 そして。

 

「翔琉」

「なんだ?」

「かっこよかった!女の子の癖にイケメンすぎんだよもー!」

「うわあやめろやめろ健吾の身体で抱きつくな!」

 

 目を輝かせながら飛びつこうとしてきたひさかを、疲れ切った身体で必死に避ける翔琉。側から見れば外国人美少女に抱きつく女装少年なのだ。絵面的にもマズイだろう。

 結果的にひさかは翔琉に突き飛ばされ、しぶしぶ真澄の隣に戻ってくる。

 

「一件落着……ですかねこれ。それにしても、男子って何でああ馬鹿なんですかね」

「いろいろあるのよ……意地とか」

 

 そう言いながら、ひさかはグラウンドの可憐なる勇士たちの姿を目に焼き付ける。

 どれだけ見た目が変わろうが染まらないものが、確かにそこにあったのだ。

 

 

 

 




こんな小学生いてたまるかっ!もう2度とスポーツ描かねえっ!
シチュエーション優先したからどいつもこいつも子どもらしさ皆無なんだよなぁ。



次回はちょっと短い話になる予定だ。


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第8話 樫葉宗介:ランナウェイ・トゥ・ホープランド



前半部分が地獄のオンパレードになっています。それでもいい方のみお進みください。


 

 幼い日の記憶。

 

「大丈夫、おねーちゃんが守るからね」

「……やめてよ、おれのために傷つくのはやめてくれよ」

「駄目だよ、私がやらないで、だれがあんたを守ってくれるの?」

「それは……」

「私達にだって幸せになる権利はあるの。それを証明するまで、死ぬわけにはいかない」

「…………」

 

 それは、決して届かないものだ。

 人は、そう簡単には変われない。

 もし誰かが「人は変われる」というのならば、僕の存在を以てそれを否定するだろう——

 

 

 

 

 樫葉宗介(かしばそうすけ)は、生まれながらにして虐げられる者だった。

 彼の両親は子の幸せなんて微塵も考えられず、子を糧に自分達だけで安寧を貪るクソ野郎だった。

 機嫌が悪ければ殴る蹴るは当たり前だし、バイト代は稼いだ矢先から徴収されてしまう。

 そしてそれは、姉の朱里(しゅり)も同様だった。

 彼女は、世間一般でいうところの“搾取子”であり、宗介と同じように、給料を奪われてこの実家に縛り付けられていた。

 側から見れば朱里に対し、「大人だから自分で逃げればいいじゃないか」という意見も上がるだろう。

 だが、彼女はそうしない。

 できない。

 それは、宗介の存在があるからだ。

 朱里がいなくなれば、彼女の分まで宗介は搾取される事となる。

 宗介達の両親は、人の悪性を煮詰めたようなクズだ。彼らはきっと、宗介と朱里を骨の髄までしゃぶり尽くしても、これじゃ足りないと文句を垂れるのだろう。

 いつしか、宗介は全てを諦める様になっていった。

 

 

 そして、それは学校でも同じだった。

 中卒では自分達の満足するレベルの稼ぎは期待できないとして、情けで高校は通わせてもらったのだが、そんな荒んだ家庭環境でまともな交友関係を築くことなど不可能に近かった。

 彼は家庭事情を全く他人に話すことはなかったし、話すような仲の知り合いもいなかった。

 が、彼の細かい言動から、薄々勘付いたのだろう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 宗介という都合のいい鴨を見つけた彼らは、悪魔的な便乗のもと、瞬く間に宗介を虐げ始めた。

 

 

 高校に通い始めて2ヶ月で、彼は底辺に転がり落ちた。

 日常的に恐喝され、殴る蹴るは当たり前。毎日身体のどこかに痣ができたり、なにかしらの私物が無くなっていた。

 そして虐めが始まって2年が経ったこの日も、彼は殴られていた。

 

「ふざけんじゃねーよ財布野郎がよっ!」

「ぶくはっ……」

 

 滅多に人が寄り付かない校舎の裏で、数人がかりで袋叩きにされる宗介。

 リーダー格の男に殴られた宗介は、血を吐きながらコンクリートの地面に倒れる。まるで激戦の只中にいるバトル漫画の主人公に匹敵するレベルでボコボコにされた彼にら、もはや身体を動かす気力すらなかった。

 

「だーからーらぁっ、金足りねーんだよ!お前は財布の役目すら満足に果たせねーのかよ⁉︎ なんならお前が俺の店でやった万引き全部公にして損害賠償請求してでも金毟り取るからな⁉︎ 」

「ヤマちゃんその辺にしときなよ!あんまり殴り過ぎると財布壊れるべ!こんな絶好のカモ、滅多にお目にかかれないんだから大事にしなきゃ駄目っしょ?」

「そうだな……じゃあすこーしだけ待ってやる。月曜までに2万持ってこいよな!じゃねーとどうなるか、わかるよな?」

「…………」

「返事しろよ!てめーの口は何のためについてんだ⁉︎ ああっ⁉︎ 」

「がふぁっ……!」

 

 返事もできないレベルで傷ついた宗介の身体にさらにもうひと蹴り入れた後、いじめっ子グループは不機嫌そうにその場を後にする。

 

(もう……むりだ)

 

 彼は、限界だった。

 このまま動かず、死んでしまいたかった。

 朱里は悲しむだろうが仕方がない。こんな苦しみが何十年も続くのだ。ならばいっそのことここで死んでしまいたい。

 だが、彼の意に反して、その身体は立ち上がってしまう。そうしてしまえるだけの力がまだあることが、宗介は本気で嫌だった。

 

「なんで、だよ」

 

 死にたいのに、生きるために動いてしまう。

 死を選ぶ勇気すらない自分を、本気で呪った。

 

「俺が、何をしたんだよ……」

 

 痛めつけられ、奪われ続けるだけの人生。

 一体どんな罪を犯せば、こんなことになるのだろうか。宗介は考えたくもなかった。考えれば、嫌いな顔ばかり頭に浮かぶ。そして、その妄想の中でさえ宗介は彼らに虐げられているのだ。

 

「ああ……ああああああああああああああああああああっ!」

 

 枯れ切った涙の号哭が、夕焼けの中へと吸い込まれていった。

 

 


 

 悲劇は、終わらない。

 

「な、んで……だよ……」

 

 トライアングル・シャッフル発生当日。

 目が覚めた時、彼は彼女になっていた。

 あの後、いつもの様に何度も死を考えながら眠りについた後、朝起きて、鏡を見て——絶句した。

 そこに映っていたのは痣だらけの醜い自分ではなく、傷ひとつないパーフェクト美少女である自分だった。

 鏡に映るその顔を、宗介は知っている。

 芸能界の最先端を突っ走る高校生アイドル・増田(ますだ)ひばり。彼女を知らない若者は居ない、そんなレベルの有名人だ。

 

「………………」

 

 鏡を前に立ち尽くす宗介。

 何故?という疑問よりも先に、彼女の頭に浮かんだのは、恐怖だった。

 ()()()()()()()()()()()()()

 虐められっ子気質である彼女は、変化を恐れる。

 虐められっ子にとって、変化とはすべからくマイナス方向にしか作用しない。彼らにとって、プラスはあり得ないからだ。どこへいこうとも袋小路ならば、現状維持の方がはるかにマシだという考えに至ってしまう。

 

「…………ああ、あああ……」

 

 頭を抱えて、うずくまる。

 更なる地獄が、始まってしまった。

 

 

 


 

 それからはもう、思い出すだけで吐いてしまう日々だった。

 クソの化身の様な両親からは、とある事を強要された。入れ替わりによって働けなくなった朱里の分まで、宗介に皺寄せが寄ってきたのだ。

 

「金入れろよ穀潰しっ!朱里が働けなくなったんだ、()()()()()()()()()()使()()()()()金を入れてもらわなきゃ困るんだよっ!」

「アイドルなんて元より穢らわしい存在なんだから、さらに汚れたって別に問題ないでしょ⁉︎ ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()行ってきなさいよ!私達に楽させなさいよ!」

 

 ヤクザでも言わないだろう暴言のオンパレードを浴びせられた宗介は、文字通り吐いた。

 入れ替わり被害を受けた子供達を気にかけることは一切せず、それどころか入れ替わりによって得られたモノを使って金を集めようと画策する。彼らは正真正銘の怪物だった。

 

 

 そして、学校でも更なる地獄に見舞われた。

 入れ替わり発生から2ヶ月。綺麗だったひばりの身体はあっという間に痣だらけになった。

 本人には申し訳ないとは思っているが、宗介の周囲の人物はそんなことを気にかけてはくれない。彼らには人の心がないのだから。

 

「中身が樫葉だってのが気に入らないけどヨォ……見た目は増田ひばりなんだ、普通に抱ける範疇だよなぁ!」

 

 気持ち悪い笑みを浮かべながら、宗介を押し倒したいじめっ子リーダーのその言葉に、宗介は本気で恐怖した。

 近所の河川敷で、彼女はいじめっ子グループに取り囲まれた。

 登校日初日から学校をサボろうとした宗介だったが、運悪く通学中のいじめっ子グループに出会してしまい、ここに連れてこられたのだ。

 いじめっ子達の荒い鼻息が当たるたびに、全身に未だかつてない悪寒が走る。

 

(ああ……やっぱり別人になったくらいじゃ駄目だ……俺は永遠に虐げられ続けるんだ……)

 

 全てを諦め、されるがままになろうとする。

 その直前だった。

 

「そらあっ!」

「べひんっ⁉︎ 」

 

 宗介の目の前で、情け無い悲鳴をあげながら、いじめっ子のひとりが倒れた。

 一体何が起きたというのか。

 いじめっ子達は慌てて周囲を見渡す。

 原因はすぐに見つかった。

 

「随分と好き勝手やってるじゃない、あなた達。現代日本よりも原始時代に行った方が合うんじゃない?」

 

 倒れたいじめっ子の上。

 そこには、彼の股間を強く踏みつけながら、嫌味ったらしい台詞を吐く女子小学生がひとり。

 まことに信じられないことだが、彼女がいじめっ子を殴り倒したのだ。

 呆然とする宗介をよそに、仲間をやられたいじめっ子達が、少女に激昂する。いじめっ子というのは、平然といじめをする癖にやたらと仲間意識だけは強い生き物なのだ。

 

「な、なんだこのガキっ!」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()。止めない方がどうかしてると思うけど?」

「何言ってやがんだお前……あんまり調子乗ってるとボコすぞ?俺は子供にも容赦はしないタチだからなぁっ!」

 

 たったひとりの女子小学生相手に、屈強な男子高校生が数人がかりで襲いかかる。

 男として恥ずかしくないのかとか、年下相手にそこまでしちゃあ駄目だろとか、つっこみたいところはチラホラあるのだが、宗介には、それを指摘するだけの度胸も資格もない。

 彼女は、ただ目を逸らすことしかできなかった。

 しかし現実は、彼女の予想とは正反対の方向に捻じ曲がった。

 

「ぬんふっ!」

「がひっ⁉︎ 」

 

 最初に飛びかかってきた一人目を少女は冷静に避けると、そいつの顎に一撃をくらわせる。それは見事な昇龍拳(アッパーカット)であった。

 アッパーカットをモロにくらったそいつは、豚の様な悲鳴をあげながら地面にぶっ倒れる。

 まずは1人、地に沈んだ。

 

「あんまりやり過ぎるとスキャンダルになるからやりたくないのだけど……そこのアンタに訊くけど一応コレ、正当防衛通るわよね?」

「ふざけんなよこのクソガキ……人の嫌がることをしちゃいけませんって学校で教わらなかったのか⁉︎ 」

「どこをどう見ても虐めの現場にしか見えないわ。頭腐ってる?」

 

 いじめグループのリーダーが言っていることは、恐らく宗介は対象外なのだろう。彼らの中では、宗介は悪い意味で特別視されている(なにをしてもいい)存在なのだ。

 依然強気な少女に、その背後から2人、新たに迫ってくる。

 が、少女は的確な位置—-2人の股間のど真ん中に両拳を突き出し、2人の急所を思いっきり殴りつけた。

 

「ぬぎっ……!」

「いびっ……⁉︎ 」

 

 まるで大事な部分が破裂しそうになるほどの激痛と衝撃をその身に受けた2人は、そのまま泡を噴きながら地面に沈む。

 これで、あとはリーダー格の少年のみだ。

 

「なんだよ!なんなんだお前!関係ないだろ、なんで邪魔をするんだあ⁉︎ 」

「言ったはずよ、()()()()()()()()()()()()()()()()だって。だから邪魔しに入ったのよ。今の台詞と状況で、もう答えは出たようなものだけど?」

「……まさか」

 

 彼女の発言で、宗介は気付いてしまった。

 目の前の少女の正体に。

 

「ごちゃごちゃうるせえよ!ガキのくせに俺たちの遊びにしゃしゃり出てんじゃあねえ!身の程弁えろよクソアマがあっ!」

 

 リーダー格の少年はまだ理解していないのか、尚も少女に殴りかかろうとする。

 もはや、彼の面子は丸潰れだった。元々いじめっ子である時点で面子もへったくれもなかったのだが、それに対する憤りとは別に——この状況を、()()()()()()()()()()()()()()

 彼の認識においては、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。なのに、見ず知らずの通りすがりの女子小学生ひとりにボコボコにされた。

 側から見れば、吐き気をもおよす邪悪に対して降りかかった天罰としか捉えようがないのだが、本人にとっては、今のこの状況は理不尽極まりないものだったのだ。

 

「死ねっ!テメーのその生意気な顔っ!生ゴミの溜まった三角コーナーみてーにぐしゃぐしゃにしてやるよぉ!」

 

 先程まで虐めていた宗介をガン無視し、少女に殴りかかる。

 だが、両者の差は歴然だった。

 少女は地面を強く蹴って飛び上がり、それと同時に身体を思いっきり横に捻った。そして、全身のバネを最大限に使った跳び回し蹴りを、リーダー格の少年の頬にぶち込んだ。

 

「ぬびふしゃあっ⁉︎ 」

 

 歯を何本も吐き出しながら、リーダー格の少年は横に吹っ飛び、コンクリートでできた法面に勢いよく衝突する。

 コンクリートに赤い血を撒き散らしながら法面を転がり落ち、河川敷に倒れた少年に、少女が自らの素性を明かす。

 

「もしかしてアンタ、テレビ見なかったり芸能人に興味ないタイプ?じゃあ今の私を知らなくて当然ね。じゃあ冥土の土産がてら教えてあげるわ。あたしは増田ひばり。自慢するつもりじゃないけど——トップオブアイドルにして、アンタがブチ犯そうとしてた、その身体の持ち主よ」

「なっ……⁉︎ 」

 

 衝撃のカミングアウト。

 宗介はそれを聞いて、唖然とするほかなかった。

 それにしても、宗介の今の身体の持ち主である彼女が、なぜこんなところにいるというのだろうか?

 疑問に思った彼女だったが、それを訊こうとする前に限界が来た。

 まるで糸の切れたマリオネットのように、宗介はその場に崩れ落ちる。ひばりが来るまでの間、散々痛ぶられていたのだ。むしろここまで意識を失わずにいた方がおかしいくらいに、だ。

 

(ああ……ヤバい、死ぬかも)

 

 意識が薄れてゆく。

 しかし、ひばりにぶちのめされたいじめっ子達の姿を思うと、宗介はどこかスカッとした。

 

 

 


 

 

 宗介が意識を取り戻したのは、とある施設の一室だった。

 彼女は、身体のあちこちに包帯やガーゼを付けた状態で、ベッドに寝かされていた。最初は病院かなんかだろうか、と思ったが、どうやら違うらしい。

 痛む首を動かすと、部屋の隅の方にあるデスクに、誰かがいるのが確認できた。

 その人物に、宗介は訊ねる。

 

「ここは、どこですか……?」

「おお、目覚めたか」

 

 宗介の声を聞いたその人物は、座っていた椅子を回して宗介の方を向く。

 白髪に黒いメッシュを入れた、オールバックの男性。白衣を着てはいるが、雰囲気的に、明らかに医者ではないことだけはわかった。

 男性は椅子から立ち上がり、宗介の寝かされているベッドのそばまでやってくる。

 

「ここはトライアングル・シャッフルによってまともな生活を送れなくなった人のための保護施設だ。閉鎖された児童養護施設だったのを居抜きで使っている」

「そう……なん、ですか」

「あまり動かない方がいい、かなり怪我が酷いからな。それにしても、綺麗だったひばりの身体が3ヶ月でこうなるなんてな……一体どんな世紀末世界で暮らせばそうなるのやら」

「それについては……ごめんなさい」

 

 男性の言葉に、宗介は謝ることしかできなかった。

 赤の他人の身体をここまで傷つけてしまった事に、宗介自身も負い目を感じていた。

 だが、彼女自身にはどうすることもできなかった。反撃する気力も選択肢も奪われていた宗介には、出来る事はなかったのだ。

 宗介が黙り込んでいると、部屋の扉が開く。

 そして、

 

「あら、目覚めた様ね」

 

 幼いながらも、どこか大人びた冷たさを感じる声。

 それを宗介はしっている。

 少女——増田ひばりは、ベッドの傍らから、宗介を見下ろしていた。

 

「ひばりか。君が連れてきた子、今意識を取り戻したんだ」

「わかってるわよ。一応連れてきたのはあたしだし、顔ぐらい出すのが筋でしょ?それよりも先に自己紹介よ。アンタ本当に社会人なの?」

「ああすまないひばり、じゃあ改めて自己紹介だ。私は帰納則宗(きのうのりむね)。ひばりの義兄で……ここの所長だ」

「…………樫葉宗介です。あの、なんで俺なんかを助けたんですか」

 

 名前と共に、宗介の口から出たのは、ひとつの疑問だった。

 自分には助けられるだけの価値なんてない。自分は息をするサンドバッグでしかないのだから。宗介の、長きにわたる苦しみばかりの人生は、そんな自己否定の感情を生み出していた。

 だが。

 彼女は信じられないだろうが。

 世の中には、そんな感情なんか軽く蹴飛ばして、誰かを救えてしまう様な人種というのも、確かに存在するのだ。

 宗介の言葉に、ひばりは淀むことなくこう答えた。

 

「助けるのに理由がいる?他人に夢を売るアイドルが、傷ついてる誰かを無視したら、それこそアイドル失格だと思うけど?」

「…………」

 

 その言葉は、宗介にはあまりにも眩し過ぎた。

 ずっと泥中に沈んでゆくだけだった彼女にとって、その言葉は、まさしく未知のものだった。いや、知ってはいたけど、自分には一生かかってももらえないものだと思っていたのかもしれない。

 

「理由もなく誰かを傷つける奴がいるのと同じ様に、理由もなく誰かを助けられる奴もいる。世界ってのはそうできてんのよ。だからあたしは、助ける(こっち)側に立つことにした。それだけの、なんてことのない理由よ」

「……」

 

 宗介は、ひばりの言葉をただ静かに聞いていた。

 と、ここで則宗が余計な一言を入れやがる。

 

「ひばりはそんなキャラじゃないだろ。本当は、自分の身体がボロボロにされてるのを見て許せなくなったから、じゃないのか?」

「うるさい」

「いてっ!暴力アイドルは売れないぞっ⁉︎ 」

 

 ひばりに足を思いっきり踏みつけられて悶絶する則宗。

 しかし、その光景には悪意は無かった。

 これはただのじゃれ合いなのだ。宗介が日頃から受けていた理不尽な暴力とは比較することすら悍ましいくらいに、平和なものなのだ。

 宗介はそれを見て羨ましさと惨めさを感じ——

 

「そうだ!姉さんを……姉さんの世話をしないと!」

 

 家族に思いを巡らせた時点で、彼は思い出した。

 そうだ。

 宗介の姉・朱里はトライアングル・シャッフルによって両親から完全に見捨てられた。本当ならば学校に行かずに朱里の面倒をみなければならないのだが、それを両親は許さなかった。

 今の朱里は自力では何もできない。だが、あの両親が朱里のために何がするとは思えない。それどころか、宗介がいつまでも帰ってこないことに腹を立てて、最悪の場合朱里を虐待死させるかもしれない。

 そう考えると、宗介は居ても立っても居られなくなった。全身が痛むのも厭わずに、則宗を押しのけて部屋を出て行こうとする。

 

「帰る必要はないわよ」

 

 それを止めたのは、ひばりだった。

 彼女はそう言いながら、閉じられていた仕切り用のカーテンを勢いよく開く。

 そこには。

 

「あ……おぅうえ……」

 

 ベビーベッドに寝かされた赤ん坊が居た。

 それを目にした宗介は、

 

「姉さん……」

「おぎゃぉ……」

 

 泣きながら、その場に崩れ落ちた。

 彼女の目の前にいる赤ん坊。()()()()()()()()()()()

 元々は普通の成人女性だった彼女は、トライアングル・シャッフルによって見ず知らずの赤ん坊の身体になってしまった。

 仕事はおろか立って歩くことも、言葉も碌に話すことができない。しかし、成人女性としての意識だけは確かにある。最底辺に突き落とされたひとりの人間が、そこに居た。

 しかし、家にいるはずの彼女が、何故ここにいるのだろうか。

 宗介のその疑問を見透かしていたかの様に、則宗が事情を説明する。

 

「君達は法的に保護されている。君の両親は今頃、警察のお世話になっているだろうね」

「え?」

「私は国の指示でトライアングル・シャッフル被災者の支援と保護を行っている。君達を助けたのは、ひばりからの情報を事前に受け取っていたからだ。前に偶然、街で君の虐め現場を目撃してね。それ以降君を監視していた。助けるのが遅くなってすまない」

「……俺たちなんかのために、そこまで……」

「言ったはずよ、理由もなく誰かを傷つける奴がいるというならば、あたしは理由もなく誰かを助けるって」

 

 ひばりが差し出してきた手を、宗介は見つめる。

 本当に、これまで虐げられれだけだった自分達が、助かっていいのだろうか?

 その疑念は尽きないが——今は、初めて差し伸べられた他人の手の温かさを、感じていたいと思った。

 

 


 

 それから数時間後。

 

「ほーら朱里さん、ミルクどーぞ」

「……」

 

 ベッドに寝かされた宗介は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 彼の名前は蘆名知歌(あしなちか)。ひばりが今使っている身体の持ち主であり—— 今は、宗介の身体を使っている。目の前で自分の身体が勝手に動いているのを見せつけられた宗介は、妙なむず痒さを感じる。

 知歌は、朱里に哺乳瓶でミルクをやりながら、宗介の怪我の具合を聞いてくる。

 

「宗介さん……でしたっけ?身体の具合はどうですか?」

「まだまだかな……」

 

 身体のあちこちから伝わる痛みに顔を歪ませながら、宗介はそう答えた。

 

「知歌ちゃん、キミ、凄いしっかりとしてるんだね」

「うん、弟の面倒をよく見てたから」

「……キミはなんでここに?」

「家族全員で車に乗っていたんです。そしたら、トライアングル・シャッフルでお父さんが目の前で子どもになって……お父さん、運転中だったから。子どもの身体じゃ満足に運転なんかできないでしょ?それで事故起こしちゃって……」

「ご、ごめん!嫌なこと思い出させちゃって……」

「お父さんは事故で死んじゃって、お母さんは末期癌のお爺さんになって、先月亡くなりました」

「いいから!これ以上話さなくていいから!」

 

 なんだか思っていた以上に重い話になってきたので、慌てて話を遮る宗介。

 本人は結構けろりとしている様なのが、より申し訳なさを加速させてくる。

 

「あ、でもいいこともありましたよ。私、入れ替わりの前は虐められてたんですけど、この身体になってから、虐められることがなくなりましたし……元の身体より力もあるから、皆からは頼りにされてるんですよね」

 

 知歌はそう言って笑ってのける。そりゃあ、男子高校生の身体になった小学生を虐める度胸のあるやつなんてそうそういないだろう。

 

「死にたいって思ったこともありましたけど、私には弟がまだいます。あの子を1人にしたら駄目なんです。だから私は、いやでも生きなくちゃいけない」

「…………」

 

 同じだ。

 知歌は、宗介と同じなのだ。

 彼は、大事な人のために苦しみを押し殺して踏みとどまっている。自分よりも年下の女の子(身体は男子高校生だが)がそれを出来ているのだ。

 その強さに、宗介はひばりの時と同じ様な眩しさを感じた。

 

「皆、強いな」

 

 ひばりも知歌も、皆現状に絶望なんかしていない。理不尽に自分のあり方を曲げられても、それを糧にして強くあろうとしている。

 ——自分も、あんな風になれるだろうか。

 それは、彼女が今まで抱いた事のない思いだった。

 天井を見つめながら、宗介はつぶやいた。

 

「……俺も、ひばりや知歌ちゃんみたいになれるかな」

「なれますよ、きっと」

 

 知歌のその言葉を、宗介は無言で受け取っていた。

 いつか、元に戻れる日まで。

 踏ん張り続けたいと、少女は願うのだった。

 

 




かなり暗いなぁ!
他が結構明るい話なだけに落差が酷い。
でもトラシャ世界はこんな人達がごろごろいます。酷いですね。

推しむは、話数的に彼らに尺を避けないという点ですか。
まあこれ以上書いたら僕のメンタルがもたなくなるので、コレでいいのかもしれません。

次回はちょいと趣向を変えていきます。


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第9話 something people:入替社会のショートショート

今回はショートショート!
いろんなシチュエーションをやっていきます!

短編集でショートショートとか馬鹿だろ!ネタ切れ誤魔化しにきてるだけだろ!と言いたげなみなさん。
……あたりです。
今回は、単体で話を膨らませるに至らなかった話をいろいろとぶちこみました。
入れ替わり部外者視点もあったりします。
それではどうぞ。


 

 9-1:大国軍人の憂鬱

 

「はぁ……」

 

 ダストン・バックロイは溜息をついた。

 彼はとある大国の軍人である。

 刈り上げた金髪、絶え間ない鍛錬と幾度となく潜り抜けた死線によって作り上げられた屈強な肉体。ギャングだろうと思わず逃げ出してしまいそうなほどの強者のオーラを絶えず出している(本人は無自覚だが)ダストンだが——この日の彼は、やたらとナイーブになっていた。

 

「何溜息ばかりついてるんだよ。久々のバーベキューだというのに、それじゃあ飯がマズくなるだろ?」

「酒臭いなマートン、一体どのくらい飲んだ?」

 

 同僚の黒人男性・マートンが、ビール瓶片手にダストンの肩に手を回してくる。既に結構な量を飲んでいるのか、耳にかかるマートンの吐息はアルコール臭かった。

 

「マートン……これが溜息つかずに居られるか?俺たちは歴戦の兵士(ソルジャー)だったはずだ。それがなんだ?揃いも揃ってめちゃくちゃだ!まともに戦えるわけがないだろう⁉︎ 」

 

 今日は軍の同期達とのバーベキューだ。

 しかし、そこにいる参加者の内の半分近くは、体重3桁はありそうなデブ、幼稚園児ぐらいの子供、際どい衣装をきた美女と、どうみても現役の軍人には見えない。

 ——トライアングル・シャッフルによって、一部の業界は大変な被害を被った。

 軍隊はその最たる例の一つだ。

 屈強な肉体を失い、新たな身体となってしまった。その中には、老人や赤ん坊、病人や怪我人になってしまい、復帰が絶望的になってしまったものもいる。

 今日こうしてバーベキューパーティーを開いたのも、同期達の現状を確認したいのもあってのことなのだ。

 

「酒ダァ!酒くれぇ!」

「駄目だアッシュ、今のお前は幼稚園児なんだ。酒なんか飲んだら身体に悪いよ。医者から飲酒を控える様に言われていただろう。これを機に禁酒生活をだな——」

「それは前の身体のことだ!今の俺の肝臓は健康そのものだ!妻にも飲酒を止められてんだ、ここでぐらい飲ませてくれ!」

 

 ある場所では、幼稚園児の身体となったアッシュが駄々をこねていた。

 アッシュは同期の中でも屈指の酒好きだった。

 元よりアル中じみてるレベルで飲みまくってた彼にとっては、酒も煙草もできない今はキュークツで仕方がないのだろう。彼を諌める同期は、かなり苦労していた。

 

「まさか童貞(チェリーボーイ)だったオレが妊婦になるなんてな……世の中何があるかわかんないな」

「うわ、マジで腹の中で動いてるぜ。俺の娘の時と一緒だ」

「身体大事にしろよな。お前の大事な子供なんだからさ」

 

 またある場所では、マタニティドレスを着た妊婦が、キャンピングチェアに腰掛けていた。

 彼女——ローリーは、兎に角女にモテなかった。そんな彼女が、童貞を捨てる前に一児の母になろうとしているのだから驚きだ。

 その身体の持ち主から子供を奪ってしまった形にはなるのだが、ローリーはその分、頑張ってお腹の中の子を育てていくつもりらしい。

 そんな感じに、キャンピングカーのそばで、変わり果てた同期達の様子を眺めながら、マートンと一緒にビールを飲んでいたダストン。

 そこに、むにゅんと、彼の背中に柔らかいものが当てられる。

 

「な、な、っ……何するんだヒューズ!」

 

 ダストンは慌てて椅子から立ち上がって振り返る。

 そこには、無駄に露出の多い服を着た巨乳の美女がいた。彼女の名はヒューズ。元はダストンに負けず劣らずの筋肉ダルマだった彼は、あらゆる男を悩殺するセクシーダイナマイトな身体を手に入れていた。

 ダストンに突き放されたヒューズは、わざとらしく胸を寄せながらダストンにじり寄ってくる。

 

「ぱふぱふだよ。ダストンも好きだろ?」

「や、やめろよ⁉︎ その身体……教官の娘さんのだろう⁉︎ 」

「ウブだねぇダストン君は。股間でかくなってんぜ?それともなんだ?このように……おっぱいに顔埋めたいのかい⁉︎ 」

「うわ何をすぬぶっ⁉︎ 」

「ダストン⁉︎ おのれ……けしからん!」

 

 ダストンが何か反論しようとするよりも早く、ヒューズはダストンの顔を自身の胸に押し付けてきた。

 もがくダストン。

 しかし、周りの奴らは皆バーベキューパーティーを満喫していてこれに気づかないし、マートンは羨ましがるばかりで役に立たない。力づくで引き剥がすこともできなくはないが、ヒューズが使っているのは、ダストンがお世話になった教官の愛娘の身体なので、傷つけるわけにはいかない。

 早い話、手も足も出せない。

 

(頼むから、この悪夢から早く覚ましてくれ……!)

 

 ヒューズのおっぱいを顔に押し付けられながら、ダストンは神にそう願うのだった。

 

 

 


 

9-2:リスタート・イン・レイン

 

 

「ひっぐ……うう……」

 

 雨の降る、海岸沿いの道路の上で、彼は泣いていた。

 —— 彼・山内亜衣(やまうちあい)は、つい数ヶ月前までは“彼女”だった。

 ある朝、彼女が目を覚ますと、“彼”になっていた。

 めちゃくちゃ人相の悪い顔、下品に染め上げられた金髪、ピアスのじゃらじゃらついた耳、ボーボーのすね毛、そしてパンツ越しにはっきりと分かる、股間の膨らみ。

 

「何よこれ……」

 

 そこから亜衣は、瞬く間に全てを失った。

 バイト先の飲食店からは、

 

「その顔で接客はちょっと、ねえ……お客様を怖がらせかねないし……」

 

 と、出勤を渋られた。

 というか、他のバイト達からハブられだした。

 1人だけ男になってしまったが故に女子グループから爪弾きにされ、かといって男子グループにも馴染めず。

 彼の周囲には、入れ替わり被害を受けた者が少なかった事も災いした。亜衣の周囲の人物は皆、変わり果てた亜衣を腫れ物扱いする様になった。

 極め付けは、友人の裏切りだった。

 

「アンタの彼氏、わたしと付き合うことになったから。いくら中身が女だろうと、男とは付き合えないってさ」

「………………嘘」

 

 所謂寝取り。変わり果てた亜衣に耐えきれず、恋人も離れていってしまった。

 それからはもう、どうでもよかった。

 大学にもいかず、バイトもバックれ、毎日ぶらぶらする様になった。順風満帆だった人生設計が、あっという間に狂ってゆく。

 結果として亜衣は、人間関係を全部破棄する羽目になった。身体を失うだけで、こうも呆気なく崩れ去る日常が馬鹿馬鹿しくなってしまい、何もする気が起きなかった。

 

(なんで……なんだろう)

 

 現実逃避をするかの様に髭を剃りながら、亜衣は自問する。

 何故自分がこんな目に遭わなければならない?それほどまでに悪いことをしたのか?

 ふらふらと雨の中外を歩きながら、亜衣は涙を流す。

 強面に似合わない泣き顔を晒しながら、アテもなく歩き続け——

 

「——何処?」

 

 迷った。

 完膚なきまでに迷子になってしまった。

 ガードレールの向こう側には、海がすぐ横に見える。きっと晴れならばいい眺めだったのだろうが、生憎今は雨が降っている。

 ここにくるまでずっと、心ここに在らずだった亜衣は、ここで幾許か正気を取り戻す。

 

「……うそぉ。どうしよう」

 

 普段の徘徊でも来ない様な場所に来てしまい、亜衣は思わず焦り出す。あんなに絶望しきっていたのが嘘みたいだった。

 

「スマホないし財布ないし……終わったなぁ……」

 

 あたりには民家らしきものがない。一体何処まで歩いてたんだ?と、少し前までの自分を責めずにはいられなかった。

 不安に駆られる亜衣。

 ポロポロと、ここ数ヶ月で脆くなった涙腺から涙が溢れ出す。

 

「う、うう……」

 

 と、その時だった。

 

「何やってんのよ、そんなとこで」

 

 突然かけられた声に、びっくりしながら振り返る亜衣。

 そこには、雨に濡れた一台の大型バイクと、それに跨るフルフェイスヘルメットを被った人物。身体つきと声からして、男のようだ。

 

「その様子……アンタも女の子だったりするの?」

「え、じゃあもしかして……」

「そ。あたしもこう見えて元女よ」

 

 この日。

 同類が出会った。

 


 

 

 近くにあった、潰れたガソリンスタンドの屋根の下に入り、雨宿りをすることにした二人。

 

「ふう」

「……」

 

 声をかけてきた青年(中身は女性だが)・丙寅美咲(ひのえみさき)と共に、ガソリンスタンドの事務所の外壁に寄りかかって座る。

 

「なんかずいぶんと生気のない顔してたから、てっきり幽霊かなんかだと思ったんだけど……人間でよかったよ」

 

 ヘルメットを外した美咲は、顔に大きな傷を持つ男性だった。顔はいいしガタイもいいのだが、顔の傷の存在が、彼が普通の人ではないということを言外に示している様に見える。

 亜衣が美咲の顔の傷を凝視していることに気づいたのか、美咲は笑いながら顔の傷を指差して、

 

「あ、この傷?あたしもわかんないんだよねえ。入れ替わり以前からついていたんだろうけどさぁ」

「よく笑えるなぁ……」

「まあ怖がられるのにはもう慣れたしね。てか今の亜衣ちゃんも大概じゃない?」

「それは、そうだけど……」

 

 俯き気味にそう口にした亜衣だったが、その時ふと、足元の水溜りに映った自分の顔が目に入った。

 当初金色に染められていた髪は脱色したし、チクチクしていた髭は剃った。それでも、元の自分とは遠くかけ離れた見た目だ。この身体になってから、亜衣はひとりぼっちになってしまった。持ち主には申し訳ないが、この顔を見るたびに亜衣は憂鬱になる。

 

「で、どうしたの。随分とやつれている様だけど……良かったら話くらいは聞いてあげるよ」

「え、いや……」

「こういうのって、案外赤の他人に話した方がすっきりするもんだよ」

「そう……なのかな」

 

 美咲にそう言われた亜衣は、考える。

 どうせ友人知人には分かってもらえないのだ。ならば、同じ入れ替わり被害者である美咲の方が、まだ分かってもらえるのではないか。

 そう思った亜衣は、重い口を開く。

 

「じゃあ——」

 

 そうして、亜衣は語り出した。

 入れ替わりによって何もかもを失ってひとりぼっちになった、自分のことを。それを理解してくれない周りへの愚痴を。

 美咲は黙ってその一部始終を聞いてくれた。

 そして、亜衣が最後まで話し終わった後、

 

「そっか……まあ、辛いよね」

「両親も入れ替わりのせいで連絡取れないし……私の周り、入れ替わってる人が少ないから、味方が誰もいなくて」

 

 亜衣の話を黙って聞いていた美咲。

 話が全部終わった後、入れ替わる様に美咲が話を始めた。

 

「あたしさ、彼氏をぶっ飛ばしたんだよね」

「え?」

「あたしの彼氏、所謂DV野朗でね。些細な理由で暴力振るってくるクソカスだったんだ。同棲してるくせに家にピタ一文もいれず、自分の給料は煙草とパチンコに片っ端から注ぎ込んで……」

「そんな絵に描いたようなゴミ、いたんですね」

「いたんだよなーそれが。そういう奴に限って外面はいいからさ、あたしみたいに騙されるやつが出るのよ」

 

 亜衣の言葉に対して自嘲気味に笑いながら、美咲はつづける。

 彼氏のことを語るその目は、冷え切っていた。

 

「でさ、ある日目覚めたら、あたしは男になってた」

「……」

「彼氏はそのままだったんだけどさ、長年あたしを痛ぶってきて感覚麻痺ってたんだろうね。この身体になったあたしに殴りかかってきたのよ」

 

 そしたらどうなったと思う?と、美咲が聞いてくる。

 亜衣がしばらくの間、何も言わないでいると、美咲が先程よりも興奮したような調子で喋り出した。

 

「簡単に殴り倒せちゃったんだ。そしたらあいつ、馬鹿みたいに怯えて縮こまっちゃってさ。あいつ、弱いものいじめしかできないカス野朗だったんだ。それを知ったらすっごい気が楽になって、あっさり逃げ出せたんだ。今まで怯えて逃げ出せなかったのが嘘みたいに、な」

 

 自慢げに笑いながら、美咲はそう言った。

 そんな彼の顔は、どこか開放感に満ちたような雰囲気を出していた。

 

「すごいですね……私だったら無理かも……」

「いやいけるっしょ。亜衣ちゃんガタイ良いし、もうちょい気を強く持てば大抵なんとかなるんじゃないかな?要は気の持ち様だって」

「そう……なのかな」

「長年一緒だった自分の身体は、確かになくなった。けど今は、この強い身体がある。無くしたものばかり数えるより、今あるものを数えようよ?その方が気が楽にならない?人生、考えかたひとつでどうとでもなるんだから、さ」

 

 美咲にそう言われて、亜衣は考える。

 友人、恋人、バイト先——亜衣は、トライアングル・シャッフルによって何もかもを失った。今でもなくなったそれらを思い返すだけで苦しくて仕方がなくなる。

 だが、泣き続けてもそれらは帰ってこない。

 人生は得るものもたくさんあるけど、失うものだってたくさんあるのだ。亜衣の場合は、それが今だっただけの話。

 ならば、ここでくよくよし続けるよりも、新しいものを手に入れるために動き出した方がいいのではないのか?

 そう考えた亜衣の足には、いつのまにか、歩くだけの熱が戻っていた。

 ヘルメットを持って立ち上がった美咲に、亜衣は立ち上がって頭を下げる。

 

「……ありがとう、ございます。私の話を聞いてくれて……私、入れ替わってから、こんな感じに話し合える人がいなかったから……」

「礼を言いたいのはあたしの方。一人で抱え込むにはアレだし、かといって他人にはちょっと話しづらくてさ。気が楽になったよ。ありがとね亜衣」

 

 美咲は微笑みながら、ヘルメット片手に、停めていたバイクに向かう。

 亜衣は元の美咲を知らないけれども。

 美咲のその笑顔は、顔の傷が気にならなくなるほどに美しく見えた。

 いつのまにか、雨音が聞こえなくなっていた。

 雨は止んでいた。

 

「ついでに乗るか?走れば濡れた身体も乾くだろ。ヘルメットももう一個あるからさ、どう?」

「……うん」

 

 亜衣はこくりと頷くと、美咲からヘルメットを受け取って被り、彼のバイクの後ろにまたがる。

 雨上がりの空にエンジン音を轟かせ、2人を乗せたバイクは走る。

 その行き来は、まだ——

 

 


 

 9-3:サイドキックはキュートに去るぜ……

 

 馬鹿みたいに明るい太陽の照りつける、初夏の翌る日。

 とある公園のベンチに、二人の人物が腰掛けていた。

 ひとりは短髪の男子高校生。特にこれといった特徴のない彼だが、ベンチに座っている足が内股気味だったり、やたらと女っぽいシナをつくっていたりと、その振る舞いの随所が少しずつ普通からずれているように見える。

 もうひとりは、10歳くらいの女子小学生。白い髪によくわからない謎のヘアアクセをつけた、大人しそうな印象の少女だが、明らかにサイズの合っていないであろう女子制服を着ているあたり、彼女も彼女でおかしかった。

 

「それにしてもさ」

「んだよ」

 

 男子高校生の方が、アイスキャンディーを頬張りながら、女子小学生のほうに話を振る。

 

「慎二、随分とちっちゃくなったね」

「うるせえよ。俺の身体盗っといてなんだよ、調子乗ってんのか?」

 

 東雲慎二(しののめしんじ)——肉体・呉竹真澄(くれたけますみ)

 渡会未可子(わたらいみかこ)——肉体・|東雲慎二(しののめしんじ》。

 彼らもまた、トライアングル・シャッフルに巻き込まれた側の人間である。

 今日はトライアングル・シャッフル以降初となる、高校の登校日。慎二と未可子は今、学校帰りの途中で、こうして並んで公園のベンチに座っては、アイスキャンディーを貪っていた。

 

「登校日が終わったわけだけどさ、どうだった?」

「それ聞く必要あるか?同じクラスだってのに」

 

 未可子の問いかけに、アイスキャンディーを舐めながら答える慎二。

面倒くさかったので、彼女は答える気はなかったのだが、未可子は慎二の答えを待つかの様に、こちらを凝視してくる。

 しばらくして、根負けした慎二が語り出した。

 自分の顔に見つめられるのが、予想以上にキツかったらしい。

 

「まず色々と疲れた。身体小さくてすぐ疲れるし、クラスの奴らからは無駄に可愛がられるし、体育の着替えの時は他の連中が軒並み変態だし……もう最悪だよ……はやく戻りたい」

「わたしもだよー。すぐ汗臭くなるし、身体は重いし、事あるごとに股間のブツがデカくなるし……てか慎二のアレ、対して大きくなかったんだね」

「待て誰が粗珍だゴラぁっ!ナニした⁉︎ 一体ナニした⁉︎ 」

「入れ替わって2ヶ月だよ?そりゃあナニの2、3回ぐらいはやるのが普通じゃない。慎二だってやったんでしょ?」

 

 なんというかことをしてくれたのでしょう。

 なんと未可子は、慎二の身体でひとり遊び(意味深)をやったというのだ。メンタリティが性転換系のエロ漫画でよくいる女体化主人公のソレである。

 まさかそれを隠しもせずに堂々とぶちまけるとは、今日一日、同級生達の暴走にツッコミ入れまくっていて色々と慣れてしまった慎二も、これには驚かざるを得なかった。

 

「お前なぁ!前々から性に対してオープンなところはあると思ったけどさあ!いくらかんでもそれはないよなぁ⁉︎ 」

「だって我慢できなかったんだもん!ギンギンに勃ってたんだもん!なんなら昨日も抜いたし!」

 

 普通の入れ替わりならば反応的には男女逆だと思うのだが、そんなことはどうでもよかった。

 慎二はベンチの上に立つと、未可子の胸ぐらを掴んでぐらんぐわんと身体を揺する。揺すっているのが自分の身体だとか、この小さな身体のどこにこんな力があったのかとか、そんなことも気にならないレベルでとにかく未可子を揺りまくった。

 と、その時。

 

「何してるんだよお前よー!」

「ん?」

 

 なんかすんごい生意気な声がしたので、未可子を揺するのをやめ、声のした方をみる慎二。

 そこには、黒いランドセルを背負った少年がいた。半袖半ズボンのスポーツ刈りに加え、アホっぽい顔つきからして、いかにもわんぱく小僧ですといった感じの少年だった。

 

「なんだお前?」

「この公園は俺たちのテリトリーなんだそ!女は家でままごとでもしてるんだな!」

「あのなぁ……俺はこう見えてもお兄さんなんだ。帰れ帰れ」

 

 少年の言動で、慎二は察した。

 彼は慎二を小学生だと勘違いしているのだ。

 そりゃあ今の慎二は見た目こそ女子小学生だが、これでもれっきとした男子高校生なのだ。なので、子供相手に生意気な発言をされたら、多少なりとむっとくる。

 だが、ここでキレては大人げない。

 慎二はなるべく穏当に少年をあしらおうとする。

 が。

 

「てえええええええええええいっ!」

 

 背後から謎の掛け声がした直後。

 ぴらり、と。

 慎二のスカートが捲られた。

 

「…………わお」

「…………………何した?」

 

 ギチギチギチ、と。

 慎二がゆっくりと振り返ると、彼女の背後にはもうひとりの子供がいた。

 目の前のクソガキは囮であり、本命は後ろにいたもうひとりの方。敵は最初から二人いたのだ。

 

「お、真っ白!」

 

 嬉しそうな声で、下着の色を口にするクソガキ。

 この瞬間、慎二はキレた。

 

「てめっ……このクソ餓鬼どもめっ!覚悟しろよ!」

 

 慎二は、スカートめくりをされる側の気持ちがわかってしまった。

 ——これは許してはいけない。

 大人気ないとは思っているが、それでも、このガキ共にはお灸が必要だ。ちょうど今の慎二は女子小学生だし、絵面的には特に問題にはならないだろう。

 慎二は顔を真っ赤にしながらベンチから飛び降りると、一目散に逃げ出したクソガキ達の後を追いかけはじめる。

 

「ゴラ待てやガキどもめっ!よくもやってくれたな⁉︎ 今度はお前らがズボン下ろされる番だ!」

「なんだコイツ⁉︎ めちゃくちゃだ⁉︎ 」

「逃げろ!なんかヤバいぜ‼︎ 」

 

 未可子は、目の前で始まったあまりにもしょうもない追いかけっこを眺めながら、

 

「単純だなぁ慎二ちゃんは……だからこそ弄り甲斐があるんだけどね」

 

 と。

 実に呑気なことをのたまうのだった。

 

 


 

 9-4:島崎家の5人

 

「ただいまぁ……」

 

 島崎裕香は、玄関の壁に手をつきながら帰宅の挨拶をする。

 走って帰ってきたのか、彼女は息をめちゃくちゃに切らしており、身体中汗べっとりであった。

 

「……」

 

 裕香は、汗まみれの首元を手で仰ぎながら、下駄箱の上に飾られた写真立てに目をやる。

 写真立てには、去年家族で行ったオーストラリアで撮った家族写真が飾られている。それを見た裕香は、無性に懐かしい気分になる。

 

「……だいぶ、変わったな」

 

 島崎家は、裕香を除いた家族全員が入れ替わりの被害を受けた。

 と言っても、世間一般からすればまだマシな方だと思う。双子の妹の紗弓(さゆ)と兄の舞兎(まいと)は同性との入れ替わりだし、両親も若干不便さを感じながらも以前とそう変わらない生活を送れている。

 でも、この家族写真は撮れないのだ。

 中身は同じでも、見た目が違う。

 あまり目を向けていたくないその事実から逃げる様に、裕香は自分の部屋へと駆け込む。

 

「…………」

「あ、裕香姉おかえり〜」

 

 が、先客がいた。

 

「何ずっと帰り待ってました的な風に振る舞ってんのよ……一緒に帰ってたでしょ。信号変わったせいで先越されたけどさ」

 

 自分の部屋に行くと、何故か紗弓が勝手に上がり込んでゴロゴロしていた。

 裕香とよく似た見た目をしていた紗弓だが、彼女は今、やや引き締まった身体つきのスポーティーな少女になっていた。どこの誰の身体なのかは知らないが、紗弓自身は割と普通に入れ替わりを受け入れてしまっている。

 

「いやー、この身体になってからすごい身軽でさ。運動も苦にならなくなったんだよね」

「でもそれ、他人が鍛えた身体じゃない?なんかこう……罪悪感とか、申し訳なさとか感じないの?」

「そりゃあ感じないと言ったら嘘にはなるけど……悩んでも身体が帰ってくるわけじゃないし。それにあたしの身体だって、どこぞの誰かさんが好き勝手に使っているし、この身体の持ち主の人も、他人の身体を勝手に使ってるわけじゃん?お互い様だと思うなぁ 、あたしは」

「わっかんないなぁ……」

 

 紗弓の言葉をうまく呑み込めないまま、裕香は鞄を勉強机の上におきながら、そう口にする。

 紗弓が能天気なだけなのか、自分が考えすぎなだけなのかはわからない。だが、裕香だったらあそこまで呑気にはなれないな、とは思う。きっと色々と無駄に考え込んで憂鬱になるのだろう。

 そう考えると、自分はつくづく部外者でよかったと思うと同時に、そう思っている自分が嫌になってくる。

 

(ああもう、余計なこと考えるのはやめよう。ただでさえネガティブ思考って言われてるんだ。私が考えたって無意味だ)

 

 着替えながら内心で毒づく裕香。

 だいたい、紗弓が楽観的なのは昔からなのだ。それとは対照的に、裕香は余計に考えすぎる点が短所だと、昔からよく言われていた。

 ならばこの件はあまり——

 

「見たまえ裕香、紗弓!俺の上腕二頭筋がかーなーり復活したぞ!」

 

 裕香が着替え終わったその時だった。

 バタン!と部屋の扉が喧しい音を立てて開け放たれると共に、それまた喧しい声が飛び込んできた。

 それは、タンクトップを来た青年だった。タンクトップの布越しからでもよく見える、程よく引き締まった筋肉を見せびらかしてくるその様は、端的に言ってうざったらしかった。

 部屋の入り口を塞ぐ様に立ち、鼻息を荒くしながら筋肉を見せつけてくる変人。

 彼こそが、島崎家長男にして裕香と紗弓の兄・舞兎である。

 裕香は舞兎の姿を目にするなり、一気にキレた。うるさかったのもあるし、もうちょっと彼がくるのが早かったら、裕香の着替えとバッティングするところだったのだ。そりゃ怒る。

 

「帰れ帰れ!何乙女の部屋にノーノックで入ろうとしてんだ⁉︎ デリカシーって概念ないのかこの筋肉野朗!」

「なにいっ⁉︎ ようやくここまで肉体美を取り戻したんだぞ⁉︎ 兄ちゃんの大胸筋に嬉しい悲鳴をあげていたじゃないか!」

「あれが嬉しい悲鳴なわけあるかっ!あれは汗臭さと胸板のゴツさと胸毛の感触を嫌がってたんだっての!」

「うそだろ……あれ嫌がってたのか⁉︎ 」

 

 元より筋肉大好きな舞兎は、日頃から筋トレをしては、鍛えた筋肉を事あるごとに見せつけていた。そして筋トレをしまくった結果、特にスポーツとかやっているわけでもないのにゴリラみたいな体型になってしまった。

 しかし、トライアングル・シャッフルによって、舞兎の肉体美は何処ぞの誰かに奪われ、舞兎は、ろくに運動もしていないような小太りな男になってしまった。

 

「だが、俺は弛まぬ努力の末、かつての肉体美を取り戻しつつあるのだ!ぬーははははははははっ!」

「煩いキモい帰れ出てけ!」

「あ、ちょ金的はやめぬぎょええええええええええええええっ⁉︎ 」

 

 他人の身体だけどどうでもいい。

 目の前にいるうざったらしい筋肉野朗の股間のブツを、裕香は躊躇いなく蹴り上げた。

 そして、これまた喧しい絶叫が響き渡った。

 

 

 


 

 そして時は流れ日没後。

 

「ただいまぁ〜」

「ごはんにする?お風呂にする?それともあ・た・しぃ?」

 

 似合わないスーツを着た女子中学生に、ゴリラみたいな体格をしたハゲ男が、くねくねしながら擦り寄っている。台詞だけならばラブラブな新婚夫婦なのだが、実際にそれをやってるのは女子中学生とオカマなゴリラ男なのだ。

 裕香にとってさらに最悪なのが、目の前で繰り広げているこの馬鹿げたやり取りをしているのが、()()()()であるという点だ。

 良い年した熟年夫婦が子供の前で何やってんだ。教育に悪いにも程がある。というかビジュアル的に逆だと思うし、単純に不快だ。

 

「あのさ……それやめてくれない?見るに耐えないんだけど……」

「夫婦円満で何が悪いんだ!お前たちだって嬉しいだろ⁉︎ 」

「私たちは愛し合っているの!そして母さんは、できればあなたたちにも同じくらい愛の溢れる過程を気づいてほしいと思っているわ!」

「思春期の子どもにとっちゃあ猛毒でしかないんだけど⁉︎ せめて二人きりの時にやってよ!」

 

 裕香の苦情もどこ吹く風。二人は全然意に介さず、仲睦まじく抱き合っている。

 この二人が島崎家の父・信治郎(しんじろう)と母・美奈子(みなこ)である。ちなみに女子中学生の方が信治郎で、ゴリラ男の方が美奈子だ。

 

「ご飯もうできてるわよ、先にいただきましょう」

「だな」

「さっきの三択の意味ないじゃん……」

 

 裕香のツッコミをスルーし、流れるように食卓を囲むことになった島崎家の5人。

 なんて事のない日常風景だったが、前述した通り、島崎家では裕香以外の全員が入れ替わっているので、中身は同じだが、見た目は完全にバラバラだった。

 しばらくして、大皿に盛られた唐揚げを突きながら、信治郎がこんなことを言い出した。

 

「いやあ今日も沢山セクハラされたっ!部長も女の子になってるんだから、他人のを触らずに自分のを触ればいいのになぁ」

「信治郎さんに触るなんてその人、なかなか見る目あるわね。最高じゃない」

「それ訴えたら慰謝料搾り取れるんじゃないかな?」

「子供の発想じゃないよ……怖いよ裕香」

「父親がセクハラ被害受けてるとか、娘としてはちょっと感化できないというか……てか紗弓も嫌じゃない?」

 

 相変わらず呑気なことを言ってる信治郎や紗弓だが、裕香的には、実の父がセクハラされてるとか知りたくなかった。

 てか触られてるそれは他人の身体なんだから、もうちょっと本気で自衛とかしろよ、と裕香は思わずにはいられなかった。こんな馬鹿親父に身体を使わせてしまって、持ち主の子には申し訳ない。

 

「裕香はカリカリしすぎなんだって、もーすこしのんびり気楽にいったほうが人生楽しいよ、多分」

「みんなが能天気すぎるんだって……一応私としては、みんなを心配してるんだよ?入れ替わりでまったく別の身体になってるんだしさぁ」

「お、俺を心配してくれているのか⁉︎ さすが裕香、自慢の妹!この大胸筋でお礼を——」

「オメーの大胸筋なんか要らんわっ!」

 

 前言撤回。こいつらは心配するだけ無駄だ。

 裕香は、呑気に笑っている家族(ばかども)に内心嘆きながら、それを誤魔化す様に白飯を口内にかき込んで行く。

 

(ほんっと、心配しがいがないというか……こっちの気苦労も知らないでさぁ)

 

 入れ替わりに巻き込まれてしまった家族の支えになる。それが、家族で唯一入れ替わらなかった自分の責務だと、裕香はそう自分に言い聞かせている。

 本人達は楽しんでいるようだけども、裕香自身は彼らをちゃんと心配しているのだ。

 どうか家族が調子に乗ってやらかさないように、と。少なくともその程度には、家族を思っている。

 だが、子の心親知らずというか。

 なかなかにそれは、本人達には伝わらないのだった。

 




どいつもこいつもぶつ切りですまない……特に慎二パートはあまり内容が思い付かず、間に合うように急いで書いたからかなり適当なんだ。すまない。

次回はなつかしのキャラたちが勢揃いするかもです。


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第10話 スワップ・アフター・サマーバケーション①

水着回その一です。
久々にマコトちゃん達が出ます。


 

 

 夏休み前日、伊佐木舞(いさぎまい)がこんな事を言い出した。

 

「海に行きましょう、マコト先輩!」

「やだやだやだやだ無理無理無理無理!」

 

 舞の唐突な提案に、暁月真人(あかつきまこと)は半狂乱になりながら猛反対した。

 明日からは待ちに待った夏休み。毎年日本中の子供達が熱狂する時期なのだが、今年はいつもと雰囲気が違う。

 なんせトライアングル・シャッフルによって全人類の半数近くが入れ替わっているのだ。その中には、新しい身体を思う存分楽しみたい奴らもいる。そういう人々にとって、夏休みとは、新しい身体を満喫する絶好の機会なのだ。

 

「 海かぁ……いいんじゃない?」

「俺も賛成するぜ!行こう行こう!」

「お前らは入れ替わってないから気楽に言えるんだよ……あと田中、お前は単に水着姿見られればなんでもいいんだろーが」

 

 マコトの友人である田中開知(たなかかいち)白石美紀(しらいしみき)はというと、笑顔で舞の誘いに乗っかっている。二人とも入れ替わっていないので、他人事だと思っているのだ。

 マコトはチラリと、幼馴染みにしてこの身体の元々の所有者である空衣夜空(そらいよぞら)の方を見る。

 彼女は舞とバチバチに睨み合っていた。元よりライバル関係だった二人だ。それは入れ替わってからも変わらない。

 どうやら夜空に助けを求めるのは無理そうだ、とマコトは早々に諦め、隣の席を占領している渡会未可子(わたらいみかこ)東雲慎二(しののめしんじ)ペアに視線を向ける。

 

「相変わらずお前の周りは騒がしいな、マコト」

「賑やかで好きだよわたしは。なでなで」

「撫でるなよミカ。俺は子供じゃないんだ」

「子供じゃん」

 

 隣では、慎二の身体になっている未可子が、女子小学生になっている慎二の頭を撫でている。

 今の慎二は、中身は同級生なのだが、見た目が女子小学生なので、どうしても可愛がられてしまう。慎二は大変不服なのだが、最近では慣れたのか、口では嫌がりながらもあまりナデナデに反抗しなくなっている。

 

「だめだなこいつらも……」

 

 どうやらここも望み薄。

 このままだと海に行くのが決定してしまう。誰か助けてくれないものかなー、と思いながら、マコトはため息をつく。

 

「その話、しかと耳にしましたぞっ!」

 

 が、ここで更なる頭痛の種が舞い込んできた。

 隣のクラスにいる、この学校随一の問題児・未柴学人(みしばがくと)とその取り巻き達だ。

 全員が重度の厨二病患者であるクソ馬鹿トリオなのだが、3人とも入れ替わりで美少女になっている。

 ノリは以前と変わらないくせに、美少女フィルターのお陰でマシに見える上、美貌の維持もちゃんとやっているのが余計に腹立たしい。

 

「何しにきたんだお前ら……」

「我が魔王も参加するのだ。いいだろう」

「我らの美貌を知らしめるチャンスでござるからなぁ!」

 

 恐ろしいまでの平常運転っぷりで、マコトは諦めた。そもそも、美少女になって調子こいてるこいつらに何かを期待するのが間違いだったのだ。

 そんな感じにギャーギャー騒がしくなってきたその時、

 

「海行こうって言ってるけどさ、お前ら水着どうするんだよ?」

「……………」

「……………」

 

 田中の発言で、オカマ共が固まった。

 先程までギャースカ騒いでいた厨二病トリオ達ですら、すっかり固まってしまっている。

 入れ替わって女体化してから早3ヶ月。ブラジャーもトイレも風呂も慣れたし、なんなら()()()()()すらも経験した。もう経験値的にはすっかり女の子になっている彼女達だったが、それでも水着のハードルは高い。

 

「……………水着、買わなきゃ駄目?」

 

 泣きそうな目でマコトがそう言う。

 しかし、その一言が乙女達のハートに火をつけた!

 

「駄目に決まっているでしょう!明日皆で水着買いに行きましょう!ね⁉︎ ね⁉︎ 」

「皆女の子なんだから、精一杯オシャレしなきゃもったいないじゃない!貴女達にはビーチの主役を取れるポテンシャルがあるの!」

「マコト先輩の水着プロデュースとかマジ最高です、ぜひやりたいです!あ、夜空センパイはお呼びじゃないんで。帰れ」

「何おぅ⁉︎ マコトちゃんを一番可愛くプロデュースできるのはわたしなんだぞ⁉︎ でしゃばるな小娘ち○この皮ベロンベロンに引き伸ばしてやろうか⁉︎ 」

 

 イカれたレベルで興奮しまくった女子ども(内身体男子が二名)の猛反対に合い、それはあっけなく却下されたのだった。

 圧に負けたオカマ共に唯一残された道は、明日が来ない事を祈ることだけだった。

 

 


 

 

 しかし現実とは非情なもの。

 数人が願った程度で明日が来なくなる、なんてことはなく。

 マコトの願いとは裏腹に、世にもおぞましき水着購入イベントが、今まさに始まろうとしていた。

 

「来ちゃった……」

 

 ショッピングモールの水着ショップの前で、まるで険しい山の頂上にたどり着いた登山家の様に、マコトがそう呟く。

 できることならこの場から一歩も動きたくはないのだが、そうはさせまいと、夜空と未可子が後ろからぐいぐいと身体を押してくる。

 

「やめろやめろぉ!オレは水着なんか!水着なんかぁっ!」

「だいたいなんで水着程度で恥ずかしがるかなあマコトは。もう一通り女の子は経験したんだからさ、水着ぐらい楽勝なんじゃないの?」

「いやだって恥ずかしいじゃん!理屈とかじゃない!もうなんていうか……その……無理じゃん!」

「恥ずかしいって……わたし達の方が恥ずかしいのよ?これまで胸隠してたのに、男になった途端胸板曝け出さなきゃいけなくなったんだから」

 

 この後に及んでもなお、なんとか理由をつけて水着イベントを回避しようとするマコトだったが、それを聞いた未可子が、羞恥心でマウント取ってきやがった。

 というか力めっちゃ強い。

 女の身体であるマコトでは、同性である夜空はまだしも、男の身体の未可子には抵抗できない。抵抗虚しく、ずるずると水着売り場へと押し込まれてしまう。

 こうなりゃ覚悟するしかない。身体は女でも心は男。度胸が試される時が来たのだ。

 

(やってやる……オレはこの試練を乗り越えてみせる!)

 

 少女の戦いが、幕を開ける。

 

 


 

 

 それからしばらくして。

 

「これいいんじゃないんすか?」

「なんかオバさん臭くない……?もっと可愛らしいやつをだね」

「慎二ちゃんはどうしようか……ワンピースタイプの方かな?」

「どうでもいいけど早くしてね……俺こんなところにいるの結構恥ずかしいんだからな」

 

 女子たち(夜空以外の2人は男の身体だが)+荷物持ち要員の田中がオカマ共に着せる水着選びでキャッキャワイワイと騒いでいるのを、オカマ共は水着売り場前のベンチに座って待っていた。身体が変わっても、女子のショッピングで待たされるのは男子であるというのは早々に変わらないのだ。

 ちなみにだが、待機組の中にマコトはいない。

 女子達が満場一致で「まずはマコトちゃんの分から選ぼう!」となったため、彼女は一足先に試着室にぶち込まれたのだ。慎二達に関しては、店の試着室が空いてなかったので、こうして待たされている。

 そして今。

 

「………………どうするよ?」

「私は既に覚悟を決めたよ……ハイレグだろうがマイクロビキニだろうが着てやるさ」

「拙者基本的に陰の者なので、目立つ可能性のある水着は避けたいというのが本心でありまして……」

 

 慎二・影浦・小野の三人は、戦々恐々としていた。

 既に同志マコトは彼らの餌食と化している。次は自分たちの番なのだ。

 ブラジャーとかはいい。あれは下着だし、こっちから他人に見せるものではないし、秘部を守るという意味では必要不可欠であるからだ。スカートもいい。制服として毎日のように履くので、正直言ってもう慣れた。

 だが水着は無理だ。なんで女どもはあんな下着同然の格好ができるんだ。あんな無防備極まりない格好を人前でできてたまるか。

 (実際にはもうほとんどなくなりかけている)男としてのプライドにかけて、この最後の砦だけは壊されるわけにはいかないのだ。女の男装と男の女装とで、ハードルの高さには天と地ほどの差があるのと同じことなのだ。

 

「マコトが終われは次は俺達なんだぞ⁉ 」

「わわわわ私はににに逃げようと思うのだが」

「抜け駆けはゆるさないでござるよ影浦殿ー?一緒に地獄に行こうよ、さあ!」

 

 口ではいくらでも言えるのだが、実際には逃げ出すこともできず、ガタガタ震えることしかできない。

 結果として三人は、ベンチに並んで座って、眼前の恐怖から必死に現実逃避をするかのようにスマホを動かしたりしていた。

 しばらくして、ふと慎二が影浦にたずねてきた。

 

「そーいえば、学人のやつはまだ来てないのか?」

「我が魔王からの神託(メッセージ)だ。そろそろ到着するとのことだ。ふふふ、我が魔王の美貌に恐れ慄き萌えるがいい!」

 

 引きつった笑みを浮かべながら、学人の到着を伝える影浦。その笑みは水着への恐怖からくるものであることなのは、想像に難くない。

 というか、こいつらはことあるごとに自分達の可愛さをアピールしてくるのだが、それはもともと他人の身体であるのだから、自慢するのは筋違いなのではないだろうか?と慎二は常々思っている。中二病トリオの厚顔無恥っぷりにはあきれるしかない。

 

「美貌って……他人の身体の癖によくそこまでイキれるよなお前ら」

「一応美容には気を遣っているでござるよ?せっかく美少女になったんだから、それを維持したいと思うのは当たり前だと思わないでござろうか?ほれ頬っぺたさわってみぃ」

 

 そう言いながら、小野が慎二の小さな手を取って自身の頬に触らせる。

 ほんとにすべすべだった。まるで別人だ(※身体はマジで別人)。

 

「マジですべすべしてる……無駄に触り心地がいいのが実にむかつくな」

「慎二殿もぷにぷにしてていいですねえ……二次性徴前の幼さ残る見た目と、中身のツンツンした慎二殿とのギャップがマジで愛らしいでござるよ~~~~」

「お前マジで通報してやろうか⁉ てか俺達男同士だぞ!くっつくな気持ち悪いっ!!!!!!」

 

 変なスイッチが入ったのか、小野は慎二に抱きついてきた。人目もクソもあったもんじゃない。

 小野をなんとか引きはがそうとする慎二だが、女子小学生の身体では思うように力が出せず、引きはがすことができない。見た目が女の子同士じゃなかったら、とてもじゃないが見るに堪えないシチュエーションだ。

 助けを求める慎二だったが、一番近くにいる影浦は、スマホで小野と慎二のツーショット写真を撮ってやがるし、女どもはいまだに水着選び中だしで、慎二を助けに来るやつはいない。

 まさに絶体絶命だったその時、

 

「ふはははははっ!家臣どもよ、待たせたなあっ!」

「嘘だろ……」

 

 さらに喧しい奴がきた。そう、厨二病トリオのリーダーである未柴学人の登場である。無駄にでかい胸をばーんと見せつけながら高笑いをしている様は、心底馬鹿馬鹿しかった。

 横には妹である遊羽まで侍らせているしで、鬱陶しさにおいてはパーフェクトだった。

 

「主人殿っ……待ち侘びていたでござる!」

「我が魔王、遅刻とはらしくない。一体どうしたというのか……」

「ふべっ」

 

 学人が現れると様子は一変、小野と影浦はすぐさま彼女の元へと飛んでは(ひざまず)く。周りの人達がすんごい奇怪の目を向けているのだが、こいつらはそれを気にしないのだろうか。

 影浦の腕の中から放り出された慎二は、情けない声をあげてベンチに放置される。先程まで猫可愛いがりされていたのが嘘みたいだ。

 

「なっ……なんでお前、妹連れてきてるんだよ……てかお前、来る必要あったか?お前妹の身体なんだから、妹の借りれば済むじゃん」

「遊羽の成長(主に胸)が凄まじすぎて、去年の水着が入らなかったのだ。この成長力、姉として誇らしいぞ」

 

 学人はうざ可愛いドヤ顔をしながら、ナチュラルに妹の胸自慢してきやがった。なんでトライアングル・シャッフルを仕組んだやつは、この馬鹿に美少女の身体を与えてしまったのだろうか。絶対入れ替わり先の人選間違ってるよ。

 

「水着買いに行くと言われた時はどうなるかと思ったが、遊羽が一緒なら問題ない!さあ我が妹よ、我を存分に飾り立てるがよいぞ!ぬははははははははははははははっ!」

「ガク姉のコーディネートはお任せください!さあお姉ちゃん、どんな水着が着たいか言って御覧!」

 

 この姉にしてこの妹ありとはよく言ったものだ。

 唖然とする慎二、跪いたままの小野と影浦を素通りした遊羽と学人は、仲良く恋人繋ぎしながら、意気揚々と水着売り場へと入って行ってしまった。その様子は完全に、仲睦まじいカップルであった。

 前に会った時はまともな子だと思ったんだけどなぁ……と、未柴姉妹の後ろ姿を眺めながら、慎二は思わず涙する。というか、遊羽の顔つきがなんかそっち系に振り切れている気がするのは気のせいだと思いたい。

 

「………………なんかもうめちゃくちゃだよな」

 

 水着売り場に消えて行った未柴姉妹の後ろ姿を眺めながら、ぽつりと、慎二はそうつぶやいた。

 

 

 


 

 

 そのころのマコトちゃんはというと、試着室のカーテンを押さえて絶賛立てこもり中であった。

 外から夜空が呼び掛けてくるものの、マコトが出てくる気配は一向にない。

 

「ほーらマコトちゃん!恥ずかしがってないで出ておいで~っ!」

「いや無理無理っ!こんな格好で人前出られないって!」

「今更何言ってるんだい!ブラもスカートも美容院も突破したんだ!ほら自分に自信を持ちなさい、マコトちゃんは可愛いんだからっ!」

 

 可愛いっていってもそれは夜空(おまえ)の身体だろうが!というツッコミを入れる間もなく、ずっと抑えつけていた試着室のカーテンが、強引に開かれる。

 そこには、

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!!!」

 

 黒地に白いレースの付いたビキニ姿のマコトちゃんが、めちゃんこ顔を赤くしていた。

 シンプルなデザインの水着と、ほどよく整ったバランスの夜空の身体が見事にマッチングしており、なんとも言えない素晴らしさを醸し出している。恥ずかしがってる胸を隠している様も、余計に可愛らしさを際立たせている。これで中身が男なのだから、もう脳みそが2、3個程吹き飛んでもおかしくない。

 まさしくシンプルイズベスト。王道を地で行く女体化男子の水着デビューが、ここに生まれていた。

 それを見た女性陣の感想はというと。

 

「………………えっちだね。わたしの見立てに狂いはなかった」

「夜空の身体、一段と成長したくない?」

「恥ずかしがっているのがまたそそるんですよねぇ」

 

 眼孔ガン開きで魅入っていた。

 未可子と舞は、舐め回すかのようにマコトの水着姿を見ているし、夜空に至っては鼻血垂らしながらスマホのカメラを連写しまくっている。なんかもう、リアクションがオッサンのそれだ。

 

「あの……もう脱いでいいよね……」

 

 涙目になりながらたずねるマコト。彼女は恐怖と恥ずかしさでどうにかなりそうだった。

 これで終わりなわけがない、まだまだ着せ替えは続くのだ。

 そんなマコトの懸念を実証するかのように、舞が口を開く。

 

「駄目ですね夜空センパイ。マコトセンパイの可愛さはこんなモンじゃないんですよ……まさか自分の身体だからって、恥ずかしがっているんじゃあないでしょうねえ⁉︎ 自分の身体に破廉恥な水着なんて着せられない、そう思っていませんかね⁉︎ 」

「なにおうっ⁉︎ シンプルイズベストという言葉を知らないのかこの野朗っ!」

 

 夜空が選んだ水着にダメ出しをしまくる舞。その手には、一着の水着が。

 じりじりと、水着を持った舞が近づいてくる。ちなみにだが、今の舞はマコトの身体である。よって気持ち悪さ倍増だ。まさか自分の顔にここまで恐怖する日が来ようとは、夢にも思わなかった。

 

「さあ着替えましょうね、マコトセンパイ♡」

 

 悪夢が、再び迫る。

 


 

 

 

 数分後。

 試着室から再び姿を現したマコトの顔は、死んでいた。

 理由は簡単。

 

「ま、マイクロビキニッ……」

「なん、だと」

「…………………」

 

 舞が選択したのは、まさかのマイクロビキニであった。

 マコトは猛反対したのだが、舞の意思と力の強さの前にはなす術なく、こうして白いマイクロビキニを着せられていた。秘部だけ隠せればそれでいいと言わんばかりの布の少なさには、流石の田中も耐えきれずに、店の外まで逃げ出してしまった。それくらい破廉恥だった。

 というか、男の身体である舞が女の身体であるマコトを無理矢理着替

えさせるとか、普通にアウトな気がするのだが、その辺は誰も指摘していない。もう駄目だこの世界。

 

「センパイは可愛いんですから、もっと曝け出すべきですよ!」

「曝け出しすぎにも程があんだろ⁉︎ こんなのエロ漫画とかでしか見たこと無いわっ‼︎ 」

 

 必死にうずくまって身体を隠しながら、舞に抗議するマコト。

 こんな低防御力の水着が実際に存在することじたいが驚きだ。というかマイクロビキニなんて、女子高生に着せるようなモンじゃないだろう。もしも親しい異性がこれを着てるところを見たら、とてもじゃないが以前のような付き合いは不可能になるだろう。

 流石にこれは舞以外からは不評だったようで、夜空に至っては、自分の身体を辱められたと、怒り心頭の様子。

 マコトは速攻で元の服に着替え直し、マイクロビキニを床に投げ捨てる。

 それを見た未可子がやれやれ、といった風に首を横に振りながら、舞の肩に手を置く。

 

「舞ちゃん、まだまだね。闇雲に肌色の面積を多くすればいいってモンじゃないのよ」

「なんですとっ⁉︎ くそっ……夜空センパイの身体を辱めてやりたいという欲求が抑え切れないばかりに……っ!」

 

 なんか聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするが、気のせいだろうか。いや、夜空がさらにキレているから気のせいではないだろう。

 最後は未可子チョイスの水着だ。

 

「あたしの水着は安心していいわ。きっとマコト君も気にいると思うから、ね?」

「もう不安しかないんだけど……」

 

 そう言いながら、未可子はマコトに水着を手渡す。

 マコトは手渡されたそれを見て、目を疑った。

 

「……これ何?」

 

 それは、常軌を逸した代物だった。

 見た感じは普通のビキニタイプの水着だ。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()

 おまけにスピーカーらしきものが紐の先端についてるし、そこからジャキンジャキンドカーン!とかいう音が繰り返しなっている。ハッキリ言って意味不明だった。マコトの頭の中では、これを見たときからひっきりなしに、脳内のデュエルキングが「なぁにこれぇ?」を連呼している。兎に角、それくらいぶっとんでた。

 

「“DX(デラックス)ライトニングビキニ”だって」

「何それ⁉︎ 仮面ライダーの変身ベルト買いに来たんじゃねーんだよオレはッ‼︎ てかどこの誰に需要があるんだよ⁉︎ 」

「男の子ってこーゆーの好きなんじゃないの?」

「少年心舐めんなっ!小学生でも着ねえよこんな水着っ!」

 

 しかも値札を見たら二万円と書いてあった。商品自体もそうだが、値段もイカれてやがる。なんでこんなもんが市場に出回っているのかが理解できない。

 というかさっきから、水着が無駄に光ったり鳴ったりしていて鬱陶しいことこの上ない。絶対水着にいらない機能だと思う。

 しかし未可子は無駄に自信満々であり、“DXライトニングビキニ”をぐいぐいとマコトに押し付けてくる。

 

「いや案外似合うかもしれないでしょ!一旦着てみてよ!」

「あからさまな地雷原に飛び込む趣味はねーんだよ!そんなに着せたきゃ自分で着ろよ⁉︎ 」

「分かったわ、着てあげる」

「おぬ#Mp¥くひょ@=7ぷび〒qD€らば☆ーっ⁉︎ 」

 

 なんと未可子は、自分で“DXライトニングビキニ”を着るとかぬかしやがった。念のため言っておくが、未可子は現在慎二の身体である。そんな彼がこの馬鹿みたいなビキニを着るところなんぞ、見たくもないし想像もしたくない。

 マコトは慌てて未可子を止めようとするが、彼は素早く試着室に入るなり、カーテンを閉め切ってしまった。

 マズイ。このままでは慎二の身体が辱められてしまう。

 

「おい誰かこの馬鹿を止めろ!地獄が生まれようとしてるぞ!」

「未可子センパイ、その水着うるさすぎやしませんかね」

「なんでお前マイクロビキニ着てんだああああああああっ⁉︎ 」

 

 いつのまに入っていたのか、隣の試着室からマイクロビキニを着た舞が姿を現した。ちなみにだが、今の舞はマコトの身体だ。つまり、マコトは自分のマイクロビキニ姿を目にしてしまったということになり——

 

「もう、無理——」

「せ、センパイイイイイイイイイイイイイッ⁉︎ 」

 

 マコトは目の前が真っ暗になった。

 もう何も見たくないし、考えたくもなくなった。

 

 

 


 

 そして帰りの電車にて。

 

「なんか大事なモン失った気がする」

「今日ほど入れ替わりを憎んだことはない」

「もうお婿に行けない……」

 

 しくしくしく、と号泣の嵐であった。

 あの後かなりの時間を使い、マコト以外の面々も着せ替え地獄に付き合わされることになった。女子達は終始はしゃぎまくっていたが、男子達はもう目が死にまくっていた。特に、舞はキワドイ水着ばかりを、未可子はゲテモノ水着ばかり選ぶしで、もう散々だった。

 例外的に、学人は遊羽とのマンツーマンで水着選びをしていた。シスコンパワーで水着への恐怖を乗り越えた彼女は——とにかく平常運転だった。彼女達は、今も車内で仲睦まじくしている。邪魔はしないでおこう。

 割と勝ち組だった学人とは対照的に、新品の水着が入った袋を抱えながら、座席の上で縮こまっている小野と影浦。そんな彼女たちに、隣に座っていた未可子が声をかけてくる。

 

「あんたらそんな有様で大丈夫なの?明後日こそ本番なのよ?」

「そ、それは分かっているのでござるが……」

「これを人前で着る……?買ってしまった後に言うのもアレだが、私は自信ないぞ……」

「あんたら見た目いいんだからオシャレしなきゃ勿体無いじゃない。あたしや舞はこの身体だから、女の子のオシャレなんてもう出来ないんだからね?」

 

 そこには、普段学校の誰もが頭を抱える問題児の姿はなく、ただ水着姿の披露を躊躇する内気な女の子達の姿しかなかった。

 向かいの座席では、買い物袋を膝に乗せたマコトが、虚な目をして電車内の天井を見上げていた。隣に座っている田中は、そんな彼女をなんとか慰めようとしている。

 

「……明後日かぁ、明後日これを着るのかあ」

「まあマコトも元気出せよ。男ならどんな逆境だろうと、ばーんと胸張って突っ込むしかないんだよ、な?」

「田中、お前の言葉は有難いが……正直な気持ちを言ってみろ」

「お前らの水着楽しみです」

「人事だと思いやがってこのエロ坊主っ!」

 

 メキョリ。

 マコトの一撃により、凄まじい音を立てながら田中の顔が凹まされた。

 ズシンと音を立てて、電車内の床に沈みゆく田中。端的に言ってめっちゃ迷惑です。車内が空いていてよかったというべきか。

 マコトはすたすたと車内を移動し、夜空の隣に座り直す。

 

「今日は最悪だった……」

「わたしは、今日はすっごく楽しかったよ」

 

 マコトの愚痴に、夜空はまんねんの笑みで返す。

 

「お前らは楽しかっただろうな……人の尊厳をメタメタに破壊してたんだからな」

「いやアレはマコトちゃんの反応が初々し過ぎてちょいと意地悪したくなっちゃったといいますか……でも、マコトとこうしてショッピングするっての、初めてだったからさ。それで余計にはしゃいじゃったんだよね」

「まあ、オレもだよ。本当は入れ替わってない状態で来たかったんだけど……入れ替わりがあったから、夜空ともっと近づけたというか……」

 

 そう。

 今は女の子同士だけれども、もしも身体が入れ替わっていなければ、普通のデートみたいになったのかもしれない。

 しかし入れ替わりがなければ、マコトと夜空は、こうして仲が進展することもなかったのかもしれない。そう考えると、一概にトライアングル・シャッフルを否定する気にもなれない。

 

「夜空はさ、オレが夜空にになってしまったことをどう思ってる?」

「ん、そうだなぁ……最初は、目の前で自分の身体が勝手に動いていることに違和感は感じたけど、今は慣れたよ。てか、マコトがわたしになってるんだって思うとめちゃくちゃ愛おしくてさぁ」

「自分の姿をした奴を愛するとか、ナルシストかよ……」

 

 なんとなく、夜空と目を合わせづらくなったマコトは、車窓の外に目をやった。

 ビルの隙間からは、夕陽に照らされた海が垣間見える。

 

「明後日、か……」

 

 膝の上に乗せた手に、力がこもる。

 分かっている。

 本当の戦いはこれからなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 




本来ならば「初回から海に行こうぜ!」となる筈でしたが、水着買いに行くだけで1話使ってしまいました。なんてこったい!
「あと2話しかないのにそれで大丈夫なのか⁉︎ 」と思っている皆さん、ご安心ください。なんとかしてみせます。

とりあえず次回に続きます。


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第11話 スワップ・アフター・サマーバケーション②

水着回その②です。
いろんな奴らが出てきます。オールスターだぞみんな喜べよ。


 

 

 さんさんと降り注ぐ夏の日差しの下で、マコトは死んだような目をしながら呟いた。

 

「……………来てしまった」

 

 何処に?

 ——もちろん、海にだ。

 なんか勝手に海に行くことになって、強引に水着を買いに行かされてから数日後。彼女は今、海に来ていた。夜空をはじめとするその他大勢も一緒だ。

 馬鹿みたいに照りつける太陽の下、海水浴場は浮かれに浮かれた馬鹿どもでごった返していた。

 それも例年の比ではない。なんせ全人類の半数近くが入れ替わった未曾有の災害、トライアングル・シャッフルが起きた後なのだ。これを機に新しい自分の身体を存分にアピールしてやろうと、どいつもこいつも躍起になっているのだ。

 ちなみにだが、マコトは現在、水着の上からパーカーを羽織っている。やはりというかなんというか、ここに至ってもなお、彼女は水着姿を晒すことを躊躇していたのだ。

 このあまりの往生際の悪さには夜空といえども呆れる他なかった。

 

「朝からくらい顔してるんじゃあないっての。水着デビューを怖がるこたあないんだって!マコトちゃんは可愛いんだからっ!」

「可愛いって……そもそもコレ、お前の身体なんだからな?」

 

 なんとかマコトを褒めて自信を付けさせようとする夜空だが、そもそもマコトが使っているのは夜空の身体なので、どう足掻いても自画自賛の域を出ない。

 が、マコトの気分が優れないのには、もう一つ理由があった。

 

「夜空……着替える時、変な視線感じなかったか?」

「私は別に……?まあマコトちゃんみたいに女の子になった男の人も割といるから、そのあたりだったりしないの?」

「中じゃない。外から見られていた」

「マ?それってつまり覗き⁉︎ 許せんっ!他人の彼女の生着替えを覗くとかマジ許せないっ!」

 

 そう。

 更衣室で着替える際に、何者かの視線を感じていたのだ。

 最初はマコトも、女体化した野郎がジロジロ見てるのかな、と思ったのだが、視線の発生源が明らかに室外だったので、すぐに覗きだと看破した。しかし相手も中々素早いようで、気づいた直後に逃げられてしまった。

 

「気のせいだといいんだけど、気をつけるに越した事はないからな……お前も気をつけるんだぞ、夜空」

「ま、そうだね。忠告ありがとね」

 

 そう言いながら、夜空はマコトの手を掴む。

 

「……なんで手を掴んでるのかな」

「君を逃がさないためだよ。さあマコトちゃん、私と一緒に海にダイブしましょうぜ!」

「あかんテンションイカれてるぅっ‼︎ 」

 

 夏の魔物に狂わされた幼馴染みに手を引っ張られるがまま、マコトはビーチに引き摺り出される。

 そこで、見てしまった。

 

「お嬢ちゃん迷子?おじちゃんが親探しを手伝ってあげようか?」

「なんならおじさん達とあそぼうよ。きっと楽しいよ?」

「ふざけんな変態共男性器三枚おろしにするぞ」

 

 東雲慎二(しののめしんじ)(見た目女子小学生)がキモいおじさんコンビに絡まれていた。

 それを見てしまったマコトと夜空は、思わず素っ頓狂な声を上げた。

 

「「なんかやべー事になってるーっ⁉︎ 」」

 

 


 

 

 

 その頃、ビーチの別の場所にて。

 

「スイカ割りじゃあっ!行くぞオラァッ!」

「上等だ!俺の方がぜってー上手いしっ!」

「ははははッ!お前なんかに負けるわけがないって証明してやラァっ!」

 

 明智翔琉(あけちかける)(見た目は金髪の外国人少女)VS相馬孝司(そうまたかし)(見た目は黒人少年)のスイカ割り対決が幕を開けていた。

 同じサッカーチームで互いにエースの座を競い合うライバルである二人は、今日もバチバチにやり合っていた。

 10メートル程先に置かれたスイカと対峙しながら目隠しをし、棒を持って準備バッチリ。今まさに、少年たちの熱い戦いが幕を開けようとしていた。

 

「よし、準備できたわね?じゃあいくわよ!READY GOッ‼︎ 」

 

 皆原(みなはら)ひさか(肉体:錦健吾(にしきけんご))の開始の合図の直後、両者は同時に動き出した。

 ちなみだが、日頃から健吾の身体で女装しているひさかは、今日も女装していた。しかも何処で手に入れたのか、旧スク水だった。白いゼッケンには“けんご”と平仮名で書いてあるしで、なんかもうめちゃくちゃだった。

 

「あれに違和感を覚えなくなった自分が怖い……」

「健吾くん泣かないで、健吾くんの水着も似合ってるから、ね?」

 

 変わり果てた元の自分の身体を眺めながら、健吾(肉体:阿波栗千夜(あわぐりちや))はどこか遠い目をしていた。自分は異性のクラスメイトの身体になるわ、自分の身体で女装されるわで、健吾の自尊心はもう滅茶苦茶になっていた。涙なんかとっくに枯れちまっている。

 そんな彼女を慰めるのは、クラス一の優等生である阿波栗千夜(肉体:皆原ひさか)だ。彼女は彼女で、バリバリのお転婆娘だっなひさかの見た目になったことで、大人しい中身とのギャップがクラスの男子から人気を博していた。

 

「ほら、わたしたちも泳ぎに行こうよ。せっかく来たんだから楽しまないと、ね?」

「阿波栗さんありがとう……でも引っ張らないでいたいいたい」

(健吾くん、前々から仕草が可愛らしかったけど、今はほんとうに女の子みたいだ……)

 

 健吾を海へと連れてゆきながら、そんなことを思う千夜。

 今の二人は、仲のいい女の子同士にしか見えなかった。

 

 


 

 

 ビーチパラソルの下では、翔琉の姉・矢霧(やぎり)と母・(かえで)が寛いでいた。

 彼女達は、翔琉達の付き添いでこの海水浴場に来ていた。なんでも、“小学生だけで遠出するのは危ないから保護者が誰かしらついていけ”と学校から言われているからだ。

 

「元気いっぱいねー、

「母さんもあの中に混じっていったら?きっと違和感ないよ」

「いや私おばさんだし……子供の輪に入るのは流石に恥ずかしいというか……」

「どの口が言ってんだ、子供ルックス悪用して色んな恩恵受けてるくせに」

「子供の姿だと色々とみんなが親切にしてくれるんだよねぇ助かるよねぇ」

 

 入れ替わりで得た身体を割と有効活用してしまっている母親の姿を見て、矢霧は本気で情けなく思えてきた。

 なんでこうも順応できてしまうのかわからない。自分も入れ替わっていれば理解できたのかもしれないが、それと同時に、理解したくないという気持ちも確かにある。矢霧は頭を抱えていた。

 

「あ、お姉さん達ここにいたんですね」

 

 そこに、一人手持ち無沙汰だった呉竹真澄(くれたけますみ)(肉体:渡会未可子(わたらいみかこ))がやってくる。

 入れ替わりによってひと足先に女子高生の身体となった彼女は、子供達の中でも色んな意味で目立ってしまう。それを嫌って矢霧のもとにきたのだろう。

 

「あれ、真澄ちゃんは遊ばないの?」

「この身体で翔琉達といたら悪目立ちするんで嫌です。さっきから男共の視線が気になりますし」

「あーね、わかるわかる。でもね真澄ちゃん、男ってだいたいそんなもんだから」

 

 まだ11歳の真澄には、大人の女性に対して向けられる熱のこもった視線は、まだまだ辛いものだった。彼女はこうしてまたひとつ、世界の汚さを垣間見たのだ。

 真澄は矢霧の隣に腰を下ろすと、思い出したかのように矢霧に頭を下げる。

 

「あ、そうでした。お礼を言うのをわすれてました。ありがとうございますお姉さん、保護者役を買って出てくれて」

「いいって事よ。あたしも暇だったからさ」

「いや保護者って私がいるんだけど……」

 

 見た目女子小学生の専業主婦が何か言ってるが、矢霧は当然の如く無視する。今の楓の見た目で保護者を名乗れる訳がない。見た目的には真澄の方がまだ名乗れると思う。

 そんな感じに楓がぷんすかしていたところに、

 

「ヘイそこのおねーちゃん達ヨォ、おねーさん達と一緒に遊ばなーい?」

「君可愛いねぇ!オレ達と一緒に快楽天国いかなーいかーい?」

 

 ……なんかやべー目つきの女性達が来た。

 言動からしておそらく中身は男。大方、女同士ならば女をひっかけやすいと踏んで声をかけてきたのだろう。

 だが、(見た目はともかく)母である楓の前でナンパしたり、所謂逆コ○ンである真澄に声をかけるというのはいただけない。

 

「母親たる私の目の前で娘をナンパとか度胸あるじゃない。ちょいと面貸せよ」

「ガキンチョがしゃしゃんなよっ」

「ぐひゃあ目に砂がッ⁉︎ 」

 

 むっとした楓がナンパ女共に食ってかかるが、顔面に砂をぶっかけられてあっさりとダウンしてしまう。だめだこのロリ人妻、まるで役に立ちやしない。

 こうなったら自分がなんとかするしかない、と矢霧は真澄を庇いながら身構える。幸いにして互いに女。身体的なハンデはないに等しいので、矢霧ひとりでもなんとかなるだろう。

 

「反抗的な目つきも嫌いじゃないぜ?」

「むしろ濡れてきた!さあお姉さんと一緒に——」

「ちょわあーっ!」

「ぶぐひゅひいっ⁉︎ 」

 

 オカマ共が矢霧達に迫る直前の出来事だった。

 グシャッ、と鈍い音を立てて、オカマ共が砂浜に沈んだ。

 

「な、何?」

 

 突然の出来事に戸惑う矢霧。

 そこに、

 

「あ、真澄ちゃん元気にしてたー?」

 

 にゅっ、と。

 妙に女っぽいシナを作っている男子高校生・渡会未可子(わたらいみかこ)(肉体:東雲慎二)が顔を出してきた。

 状況的に、彼がオカマ共を成敗したのだろう。未可子は真澄に気づくと、倒れたオカマ共を踏みつけながら真澄の元へと近寄ってゆく。

 

「未可子さん……貴方も海に来てたんですね」

「気をつけなよ真澄ちゃん。今の君は花の女子高生なの。悪い男とかよりまくりだからね?気をつけないと怖い目にあっちゃうからね?」

 

 未可子はそう言いながら、真澄の身体のあちこちを確認する。元の自分の身体だからというのもあるが、どちらかというと、真澄自身を心配しての行動なのだ。

 

「知り合い?」

「近所に住んでる人ですね。入れ替わ(こうな)ってからちょくちょく話したりしてるんです」

「どーもですっ」

「と、ともかくありがとう。助かったわ」

「いいってことさお姉さん。じゃああたしはコレで。友達と来てるからね」

 

 矢霧に礼を言われた未可子は、さっそうと何処かにいってしまった。ろくに声をかける暇すらなかった。

 

「今の、真澄ちゃんが使ってる身体の持ち主さん?なんか逞しいなあ……」

「あの人に限った話ではないと思いますけどね、ほら」

 

 真澄はそう言いながら、海の方を指差す。

 そこには、仲睦まじく水の掛け合いっこをしている健吾と千夜だったり、スイカ割り第二ラウンドと称してチャンバラをおっ始めやがった翔琉と孝司だったりと、なんか無茶苦茶やってる友人達の姿があった。

 皆が皆、ちぐはぐだった。

 見た目と中身がまるで合っていない。しかし矢霧にとってそれらは、この3ヶ月間で日常になってしまっている。

 

「結局、人間って大抵のことには慣れちゃうんですよ。翔琉も健吾も千夜もひさかも……私だってそうです。きっと、いつかは元の身体の感覚も忘れて、このちぐはぐな状態に慣れてしまうんです」

「……でもそれって悲しくない?元の自分を見失っていくのってさ」

「だったら、お姉さん達が覚えていてください。入れ替わっていない皆が、昔の私たちを覚えててくれたらいいんです」

「……………」

 

 真澄の言葉を、矢霧は黙って聞いていた。

 彼女の言葉を借りるならば、入れ替わった者と入れ替わらなかった者の両方がいるのは、きっと、変化を記憶して欲しかったからなのだ。

 ならば、その役目を喜んで受け入れよう。

 普通のサッカー少年だった弟を。普通の主婦だった母親を。普通の子供達だった皆を。入れ替わってしまう前の皆のことを忘れずにいよう、それが部外者たる自分の務めだ。

 そう矢霧は思っていた。

 

「じゃあ私も遊んできます。見てたら混ざりたくなってきましたので」

「あ、ちょっと……」

 

 真澄はそう言うと、千夜達の方へと走っていってしまった。

 矢霧はひとり、海で遊ぶ(おとうと)達を眺める。

 いや、正確にはもう一人いた。

 

「……それはそうと、母さんはいつまで目潰し状態続行してるんだろうね」

 

 砂で目潰しされていまだに悶え苦しんでいる楓。

 そんな彼女を、矢霧は冷めた目で見つめるのだった。

 

 


 

 

 またまたその頃。

 

「しまったな……皆と逸れてしまった」

 

 三度の飯より妹が好きと豪語する変態・未柴学人(みしばがくと)は、絶賛迷子中であった。

 可愛いフリル付きのビキニに身を包んだ彼女は、兎に角目立っていた。なんせ彼女が使っている妹・遊羽の身体は、顔もいいことながら、中学生とは思えないレベルでスタイル抜群なのだ。そんな彼女が少し歩くだけで、周りの男共は次々と悩殺されていた。

 その恐ろしさは凄まじく、彼女に見惚れたいたいけなショタ数名が精通し、通りかかった学人に見惚れた彼氏が彼女にキレられるという形で仲違いを起こすレベルだ。その有り様たるや、もはや現代に現れた淫魔というか災害だった。

 

「ふっ……可愛いとは罪なものだな……」

 

 こうして10人の少年を性に目覚めさせ、3組のカップルを修羅場に巻き込みながら、ビーチの橋までやってきた学人。

 

「む、そこにいるのは……誰だ?」

 

 そこで彼女は、一人の少女と出会った。

 その少女は、夏だというのに長袖パーカーを着てフードを目深く被っている。短パンから覗くふとましい脚やパーカー越しに確認できる胸の膨らみから、学人はその人物の性別を推測できた。

 まるで息を潜めるかのように、岩の上に腰掛けている彼女に興味のわいた学人は、岩をよじ登って彼女の隣まで行き着く。

 

「何してるのだ、こんなところで。海水浴……に来た訳ではなさそうだが」

「…………別に」

「なんだか暗い奴だな……」

「初対面の人間にそれ言うとか、失礼極めすぎでは……」

「ん……?」

 

 少女の声を聞いて、学人は眉を顰めた。

 はて、今の声。何処かで聞き覚えがあるような気がしてならない。一体何処の誰なのだろうか。

 その時だった。

 ぶわっ、と強い潮風が二人に吹きつける。それによって学人は危うく岩の上から落ちそうになるし、少女は被っていたフードがずれて、隠していた顔が顕になる。

 そして。

 少女の素顔を見た学人は、思わず目を丸くした。

 

「……増田(ますだ)ひばり?」

 

 そう。

 少女の正体は、若者中心に絶大な人気を集めている高校生アイドル・増田ひばりだった。

 いや、正確には、“増田ひばりの姿をした誰か”だ。

 ひばりも入れ替わりに巻き込まれ、今は小学生の身体でアイドル活動を続けている。だから、目の前の少女の中身は間違いなく別人だ。

 学人に素顔を見られれてしまった少女は、悲鳴を上げながら学人から離れようとする。

 

「うわああああっ⁉︎ 」

「ちょ、そんなに暴れたら落ちるぞっ⁉︎ 」

 

 が、不安定な足場の上でそんなに乱暴な動きをすれば、転倒するのは自明の理。少女は足を滑らせ、岩の上から落ちかける。

 咄嗟に学人が手を伸ばすが、遊羽の細腕では引っ張り上げることも叶わず、二人揃って海にダイブしてしまった。

 激しい水飛沫をあげながら浅海の中に落っこちる二人の少女。学人は少女の手を取りながら、なんとか海面から顔を出す。

 

「ばっ……浅くて助かった……」

「ぐぇっ……」

「気をつけるのだぞ?ったく……そんなに顔を見られたくなかったのか?」

 

 人気アイドルの姿をした少女は何も言わない。

 だが学人は、その沈黙で理解した。きっと彼女には何かしらの事情があるのだろうということを。

 

「我は未柴学人、妹をこよなく愛する魔王だ。お前、名前は?」

「…………樫葉宗介(かしばそうすけ)

 

 互いに名乗る少女達(中身はどっちも野朗だが)。

 学人の判断は早かった。

 

「そうか。なら、一緒にふざけ倒すとしよう」

「え」

「こうしてあったのも何かの縁だ、せっかくの海で、我が誘っているのだから、辛気臭い顔を根こそぎ吹っ飛ばすレベルで遊び倒そうではないかっ‼︎ 」

「あの、ちょっと……いきなりすぎない?」

「夏は有限!笑えばどんな辛いもんでもあっという間に消し飛ぶぞっ!さあ行くぞ!」

「少しはこっちの話を聞いてくれませんかね⁉︎ 」

 

 有無を言わさず学人は宗介の手を引っ張ると、バシャバシャと浅海を突っ走ってゆく。

 この時、宗介は後悔した。なんかめちゃくちゃヤバそうな人に絡まれてしまった、と。

 その出会いが吉と出るか凶とでるかは、まだわからない。

 

 

 


 

 

 なんやかんやあって慎二を助けた後、とにかくマコト達は遊び倒した。

 水着が波にさらわれてマコトがすっぽんぽんになったり、無理やり参加させられたミスコンで脱がし合いの大乱闘になったり、どっかから女の子拾ってきた学人の提案でビーチバレーをやったりとめちゃくちゃだったが、退屈はしなかった。

 そして海に訪れてから数時間後。

 

「疲れたぁ……」

 

 更衣室の前にあるベンチに背中を預け、マコトはだらけ切っていた。

 ここに来た当初は水着姿を晒すのをあんなに嫌がっていたくせに、今の彼女はすっかりビキニを曝け出していた。慣れとは恐ろしいものである。

 

「……暑いな、裏手に回るか」

 

 ベンチに座っていたマコトだが、直射日光に耐えきれずに動くことにした。更衣室の裏手ならばまだ日陰だから涼しいはずだ。そう思いながら、彼女は裏手にまわり——

 

「フゥ—————————」

「………………」

 

 更衣室の窓に張り付くようにして中を覗き込む男の姿を目撃した。

 そいつは、短パンTシャツにバーコードハゲという、エロ漫画とかに出てくる典型的なキモいおっさんみたいなルックスをしていた。その上、手足は細いくせに腹だけは異様に膨れている。まるで奇行種の巨人みたいな体型だ。

 彼はしばらくの間、マコトに見られていることに全く気付くことなく、蝉のように壁に張り付いて小窓から女子更衣室の中を覗いていた。

 が、

 

「きゃあああああああああああああっ!」

「うわあああああああああああっ⁉︎ なんだあのオッサン⁉︎ 」

 

 どうやら気づかれたらしい。

 更衣室の中から悲鳴がした瞬間、男は慌てて窓から顔を引き離してその場から逃げ出した。

 

「待てこの変態野郎っ‼︎ 」

 

 マコトは慌てて覗き魔を追いかけはじめる。今のマコトは女の子。男から邪な視線を向けられることの辛さは身に染みてわかっているがゆえに、逃げる覗き魔を許せなかった。

 男は石階段を駆け上がり、すぐ近くの道路に上がる。マコトは水着姿であることも厭わずに、男の後を追って海岸沿いの道路に出る。

 

「くそっ……アイツ早速いっ……」

 

 が、男女の身体能力の差故に、なかなか追いつけない。

 ふと男の顔を見ると、彼はマコトの方を見て邪な笑みを浮かべていた。あれは、女を制欲発散のための道具としか見ていないクソ野郎の顔つきだ。

 “女のくせに俺をどうこうしようなんて馬鹿なことを考えるのはやめるんだな!”とでも言っているかのようだった。

 マコトは必死に追いかけるが、男女の身体能力の差に加え、ビーチサンダルを履いているが故に、思うように速く走れない。

 このままでは逃げられる。

 

「誰かっ‼︎ その男を捕まえてくれっ!」

 

 マコトがそう叫んだ直後。

 ゴッ‼︎‼︎‼︎ と。

 マコトを嘲笑いながら逃げていた男の顔面に、何か丸いものが激突した。

 

「ぶかっ……」

 

 何かをぶつけられた男は、口から数本の歯を吐き出しながら地面に倒れる。飛んできた物体はコロコロと地面を転がって、ガードレールの支柱にぶつかって静止する。

 それはフルフェイスのヘルメットだった。投げつけられた衝撃でバイザーはひび割れており、側面にも傷のようなものができてしまっている。

 

「だ、誰だっ⁉︎ 誰がこんな真似ぐひゃあっ‼︎ 」

 

 男はヘルメットを掴んで激怒するが、そこに間髪入れず、真正面からのローキックが男の顔面に炸裂する。

 鼻血やらなんやらを出しまくりながら、男は仰向けになって地面に倒れる。

 覗き魔が顔を挙げると、そこには金髪ピアスの青年とライダースーツの青年——山内亜衣(やまうちあい)丙寅美咲(ひのえみさき)が立っていた。

 彼らはゴミを見るような目で覗き魔を見下ろしている。

 美咲はタバコを一本ふかしながら、男の胸を踏みつける。

 

「ったく、油断も隙もありゃしない」

「なっ……なんだテメェらッ⁉︎ 」

「と、通りすがりの者ですぅ……」

「亜衣、犯罪者相手に萎縮する必要なんか無いって。アタシ達は正しいことをやった、そこに遠慮なんていらないのさ」

 

 美咲はぐりぐりと、男を踏みつけている足に力をこめてゆく。彼は元女として、この男のやったことに怒りを顕にしていた。

 そこに、遅ればせながらマコトが追いついてくる。周りの人間は、美咲の気迫に完全に気圧されていた。

 

「アタシ達はよくこの辺をツーリングするんだけどね、近頃海水浴場で覗きや盗撮が問題になってるって噂を耳にして、ちょいとこのあたりで待ってたんだよ。そしたら大当たり。わらっちまったぜ」

「と、盗撮覗きはダメですっ!しっかり罪を償ってくださいっ!」

「ぬ………………ぐう……!」

 

 美咲に気圧された男は抵抗することもできずに、なすすべなく亜衣の持っていたロープでぐるぐる巻きにされる。彼らがすでに呼んでいたのか、ほどなくして1台のパトカーが到着し、男を連行していった。

 すべてが終わった後、美咲と亜衣はマコトの元へと歩み寄り、握手を求めてきた。

 

「君が見つけてくれたんだよね?ありがとう。おかげで捕まえられたよ」

「あ、いや……オレは全然だよ。追いつけなかったし」

「それでもよくやったよ。アタシ達も女の子だったからさ、アイツが許せなかったんだよね。ほんと助かったよ」

 

 美咲は微笑みながら、マコトと握手を交わす。

 そして落ちていたヘルメットを被って被ると、亜衣と一緒に近くに止めてあったバイクにまたがってどこかに行ってしまった。

 マコトはひとり、その場に取り残される。

 何よりも強く正しくあろうとする二人の姿は、ひとりの少女の瞳に、確かに焼き付いていた。

 

 


 

 

 こうして、幾つもの出会いと交わりが生まれた、夏の1日が終わろうとしていた。

 

「マコトちゃんそんなヒーローチックなことしてたの⁉ いいなあわたしも活躍したかったなあ!」

「羨ましがるポイントじゃないからな⁉ 」

 

 マコトから上記の一件を聞かされた夜空は、なぜか羨ましがるそぶりを見せる。やめろやめろ、ヒーロー願望は無理にかなえようとするものではないのだ、とマコトは彼女を何とか説得させる。

 他の皆も、色々と楽しんでいたようだ。

 田中は終始サーフィンではしゃいでいたし、学人はなんか知らない女の子と仲良くなって遊羽から嫉妬されていたし、慎二は小学生の集団にとりこまれていたしで、とにかく各々が各々で、いろんな出会いと遊びを体験していたことだけは確かだった。

 

「来年も来れるかな」

「ああ。その時には、元に戻っているといいんだけども」

 

 道路に接続する石階段の途中で振り返り、夕日に照らされた海を眺めるマコトと夜空。

 ねじまがったこの世界は、今日も何事もなかったかのように終わってゆく。この入れ替わりが元に戻る日が来るかどうかは、まだだれにもわからない。だが、現状を悲観するだけでなく、楽しむことも大切なのだ。

 少なくともこの日だけは。

 マコトは、そう思った。

 

 

 

 




なんとか書き上げました……残すは後1話。
後半投げやりすぎるだろ!


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最終回 トライアングルの外側から

最終回。



 

 

最終回 トライアングルの中にひとりきり

 

 

 

 

 

 3人1組の形式で巻き起こった、世界規模の人格入れ替わり現象 —— 通称“トライアングル・シャッフル”。

 全人類の半数以上が被害にあったこの現象は、大きな混乱を巻き起こした。

 だが、そんな異常の中にも、日常はあるのだ。

 これは、いろんなものがねじ曲がった世界で生きる者の日常である。

 

 

 


 

 

 

 トライアングル・シャッフル発生から半年後

 

 岸田智彦(きしだともひこ)は、駅前広場で煙草をふかしていた。

 岸田はしがない雑誌記者である。今日は、トライアングル・シャッフルから半年がたったということで、それによる世間への影響を伝えるという名目で取材にやってきていた。入れ替わりの被害を受けなかった部外者として、入れ替わりについて個人的な興味もあったので、岸田としては願ったり叶ったりの仕事だった。

 今回は街道インタビューが主なので、適当にインタビュー対象を見繕う必要がある。岸田は、骨が折れるなぁと思いながら、煙草の火を消して立ち上がる。

 

「いきます、か」

 

 一抹の寂しさを胸に、岸田は街に繰り出した。

 

 

 


 

 

 街頭インタビュー記録PART1

 

 

「インタビュー、ですか?」

「ええ、そうですとも。時間に余裕があれば、ですが」

「お兄……いや、ガク姉はどうする?」

「無論、やるにきまってるではないか!」

 

 最初にインタビューに応じたのは、中学生くらいの女の子2人組だった。青色のカチューシャが目立つ金髪の子と、真面目そうなポニーテールの子だった。

 

「2人はどういう関係なのかな?」

「兄妹でーす!まあ今は姉妹なんですけども」

「兄の学人だ。色々あって今は妹の身体になっている」

「妹の遊羽でーす。同級生の子になりましたー」

 

 二人はべったりひっつきながら自己紹介をする。下手なカップルよりイチャイチャしてやがる。不純同性交遊とか精神的謹慎恋愛とか色々とアウトな気がするが、部外者たる岸田にはツッコむ資格はない。

 岸田は今回の取材を実行したことを早くも後悔していた。初手からやべーのを引いちまった感が半端ない。

 岸田は恐る恐る逃げ出そうとするが、そんな彼の両肩を未柴姉妹がガッチリと掴んで離さない。

 そして二人は、頼んでもいないのに自分達が結ばれるに至った経緯を語り出した。

 

「我は昔から遊羽が好きだった。でも遊羽はレズだったんだ。それで我は泣く泣く片思いに徹してきた」

「私はレズでブラコンでした。だがそれは決して両立し得ないもの。私はどちらかしか選べない現実と、思いを打ち明けられない自分が嫌で嫌でたまらなかった」

「……な、なるほど」

 

 岸田は二人の話を聞いて、苦笑いを浮かべながら相槌を打つ。

 二人の話の内容は、近親恋愛だという点を除けば、わりかし真っ当な悩みに思えなくもない。

 が、次の二人の発言で、岸田の同情心は吹き飛んだ。

 

「だがこのトライアングル・シャッフルによって我は変わった。愛する妹の体身体になっただけでなく、遊羽との恋も叶ったのだ!こんなに嬉しいことがあっただろうか⁉︎ 現在進行形で天に昇る気分だっ!」

「友達の身体になったのはちょっと嫌だったけど、この身体も中々美人だし、なにより大好きな私の身体と大好きなガク姉を同時に愛せるんですよ⁉︎ もう常時濡れっぱなしですっ!たまりませんっ!」

 

 互いに身体を抱き合ってくねくねしている二人を見た岸田は、自分ね意識が遠のいていくのを感じた。

 もしこの災害(いれかわり)を仕組んだ者がいるのならば、一言だけ文句をつくてやりたい。

 ——なんでよりによってこいつらが得する様な入れ替わりをやった⁉︎ この変態共を放逐したらマズイのでは⁉︎

 

「あ、あのさぁ……流石にダメだと思うんだけど……」

「戻れるかわからないんですよ?なら目一杯楽しまなきゃ!」

「愛しき妹になれただけでなく、こうして愛が通じた。それがたまらなく嬉しいのだ」

 

 同性の方が気兼ねなく付き合えるからだろうか。彼女らに限った話ではないが、トライアングル・シャッフル以降、肉体的に同性のカップルが増えている。

 ……流石にこの姉妹ほどイカれてるのはそうそう無いと思いたい。

 

「流花ちゃん —— この身体の元々の持ち主も了承してるから」

「いやあ、我が身体でホモセしたと聞いた時はびっくりした。まあこっちも似たようなものだし、お互い様なのだが」

「今さらりととんでもないこと言ったけど大丈夫かよ」

 

 それを聞いた岸田の口から、乾いた笑いが出てしまう。

 勿論あまりにも生々しい内容は載せられないのでカットである。というか、この二人のインタビューを載せたら多分色々と問題になりそうだ。

 

「まあ本人達が幸せならいいの……か?」

 

 なんかこの先は突っ込んではいけないような気がしたので、岸田は愛想笑いで誤魔化しながらインタビューを切り上げることにした。

 トライアングル・シャッフル以降、やたらと性に奔放な若者が増えた気がする。そりゃあだいたいの人は異性の身体に興味はあるだろうけど、だからといって欲望に素直になりすぎている現状にはほとほと呆れるしかない。

 

「この国の未来が思いやられるなぁ……」

 

 雑踏に埋もれてゆく姉妹の後ろ姿を見つめながら、善良な大人ぶった発言ではなく、本心から岸田はそう呟いた。

 

 

 


 

 

 

街頭インタビュー記録PART2

 

 

 変態姉妹と別れた岸田は、駅近くの商店街に足を運んだ。

 そこで、

 

「んーしょ、んーしょっ!」

 

 自販機のボタンに手を伸ばしている小学生くらいの少女がいた。手には買い物鞄らしきものをぶらさげているあたり、おつかいにでも来たのだろうか。

 視界に入れてしまった以上、無視するのも気が引けてしまうので、岸田は少女を助けてやることにした。

 

「どうしたんだ?飲みたいやつでもあるのか?」

「あ、うん。あの左端のやつ」

 

 そう言って彼女が指差したのはブラックコーヒーの缶だった。小学生にはブラックコーヒーは早すぎるんじゃないのか、と思った岸田だったが、少女自身はそれを希望しているようだ。

 岸田は、「変わった子だな」と思いながら、ブラックコーヒーのボタンを押してやる。

 ガコンッ!と音を立てて取り出し口に落ちてきた缶を手に取ると、少女は早速缶を開けてその中身を口にする。

 

「いやーありがとう助かったよ!ちっちゃいって大変だよねえ!」

「大丈夫?口の中苦くなったりしない?」

「他人を子供扱いしないの。この入れ替わり社会、外見なんてアテにならないんだからね?」

「……は、はあ」

 

 少女の言葉に、困惑気味にそう返す岸田。

 そこに、

 

「いたいた!もー何やってんの⁉︎ 」

 

 なんかやたらとでかい声が聞こえてきた。声のした方を振り返ると、大学生くらいの年齢の女性がつかつかとこちらに歩いてきている。

 彼女は少女の肩に手を置くと、苛立った様な声で語り始める。

 

「ちょいと目を離した隙にいなくなりやがって……結構探したんだからね?」

「だって喉乾いちゃったんだもん。矢霧ちゃんに声かけたけど買い物に夢中でガン無視だったしさ」

「それで前ショッピングモールでえらい目にあったんじゃない……母親が迷子センター送りになってしまった時の娘の気持ちを考えたことある?」

「ははお……えっ⁉︎ 」

 

 女性の言葉に、岸田は耳を疑った。

 母親?いやどうみても小学生なんですがそれは。妊娠出産どころかギリギリ生理すらきてなさそうな年齢にしか見えないんですが。

 岸田が目を丸くしていると、それが気に食わなかったらしい少女が頬を膨らませてきた。

 

「失礼だなぁ……わたし、こう見えて46歳なんだからね?」

「え、あ、ああ〜……」

 

 ここで岸田は理解した。

 トライアングル・シャッフル後の世界はカオス極まりない。

 なんせ見た目がアテにならないのだ。老若男女の区別が外見からつけられないのだから、その混乱っぷりは未曾有のものとなった。今でこそ多少は落ち着いているが、当初は兎に角やばかったのだ。

 つまりこの少女は、見た目は子供、精神は大人というわけなのだ。だからブラックコーヒーを難なく飲んでいたのだろう。

 

「母さん、だからひとりでうろちょろするなって言ったでしょ?今の自分が周りからどう見えてるのか意識してよもう……あ、すみません。うちの母が迷惑かけました」

 

 そう言いながら、女性は岸田に頭を下げる。少女のことを母親と呼んでいるあたり、彼女はこの少女の娘なのだろう。

 

「明智矢霧です。こっちは母の楓。うちの母がご迷惑をおかけいたしました」

「迷惑って……いやそんな。あ、もしよければインタビューにご協力頂けないでしょうか?」

「インタビューか……まあいいですよ。迷惑かけてしまいましたし、お詫びとして受けます」

 

 色々と驚かされたが、こうしてインタビュー相手を捕まえられたのは結果的に良かったと言えるだろう。

 少し場所を移動し、商店街付近の公園でインタビューをはじめる。

 

「うちは母と弟が入れ替わりの被害者に遭いました。その結果がこのザマです」

 

 インタビューを初めて早々、呆れたように娘・矢霧が母・楓を指差す。

 楓は買い物鞄から団子を取り出してはもぐもぐと食べている。入れ替わったにしては、随分と呑気に見える。

 

「わたしもびっくりしたなー。まさか息子くらいの年齢の子になっちゃうなんて……あ、これ息子です」

 

 そう言うと、楓はスマホの画面を見せてくる。そこには一枚の家族写真が表示されていた。写真には、楓と矢霧、夫らしき男性と金髪の白人少女が写っている。恐らく、この金髪少女が楓の息子なのだろう。

 

「弟は妹になるし、母は娘になるしでめちゃくちゃですよ……まあ弟は友達と一緒に元気にやっていますけども」

「この身体だと車も運転できませんし、飲酒喫煙もできないので、何かと不便なんですよねー。まあ煙草は元からやってませんが」

「他にもっとこう……困る事あるでしょう?仕事とか……」

「まあ悪いことばかりじゃないですよ?肩凝りがないし、元気有り余ってるんですよー。それにこの身体だと色々と可愛がってもらえるからねぇ」

「うちの両親はこんな感じでかなり楽観的に考えてるんですけど、私としては色々と……複雑な気持ちになるんです」

 

 複雑というかただただ喧しいだけではないだろうか。

 せっかく心配しているというのに、心配されている当人はあまり気にしていないというのが、なんだか虚しく思えてしまう。矢霧の気持ちもわからなくはない。

 まだ二十歳ぐらいだというのに、色々と苦労しているのだろう。誰か矢霧を労ってやってくれないだろうか。

 と、ここで楓が、

 

「むむっ!あそこに居るのはお隣の種実さんでは⁉︎ ちょっと井戸端会議と洒落込んでくるから矢霧は先に帰ってていいからね〜っ‼︎ 」

「あっこら待てっ!いらんタイミングで主婦の本能発揮してるんじゃない!また迷子になるよ⁉︎ 」

 

 矢霧の言葉もどこ吹く風、主婦の本能に従うがままに、楓はしゅたたたっ!と何処かへ走り去っていってしまった。慌てて矢霧がその後を追いかけるが、果たして彼女は追いつけるのだろうか。

 その様子は側から見れば、完全に“自由奔放な妹に振り回される姉”であった。母親があの調子だと、矢霧は普段から苦労しているのだろう。

 彼女に幸あれ。

 岸田はそう願いながら、その場を後にした。

 

 


 

街頭インタビュー記録PART3

 

 電車に揺られること30分。岸田は、市街地からやや離れた場所にある、とある観光地にやってきた。

 先程からあたりに外国人観光客がちらほら見えるが、その内の幾許かは中身日本人なんだろうが。トライアングル・シャッフルは国境を超えて行われているのだ。

 人混みの中をかき分ける様に進んでいた岸田は、その中で一際目立つ存在を見つけた。

 まるで絶海に浮かぶ孤島の様に、人混みから突き出ている頭。周囲の人混みと比較すると、その頭の持ち主の身長は2メートル程はあるだろうか。岸田は次のインタビュー相手をその人物に定め、人混みの中でよく目立つそれを目印に進んでゆく。

 

「あ、あの!ちょっといいですか!」

 

 駅舎を出て少し歩いたあたりで、岸田はその人物に追いついた。

 

「?」

 

 岸田に声をかけられたその人物は、火をつけようとしていた煙草を仕舞いながら振り返る。

 その人物は、筋骨隆々の白人男性だった。だが、その巨体から放たれる雰囲気はアスリートとは到底思えないものだ。

 相手が相手なので、岸田は英語で男性に尋ねる。

 

「Excuse me, could you help me with the interview?」

「いや日本語で大丈夫だ。学生時代から勉強していてね、結構自信があるんだよ」

 

 張り切って英語で尋ねたというのに、30年近く日本で過ごしてきた岸田もびっくりするほどの、流暢な日本語が返ってきた。なんという骨折り損。

 ちょっぴり肩透かしを食らった気分だが、気を取り直して岸田はインタビューを始める。

 彼の名はダストン・バックロイ。某大国の軍人であり、休暇で日本に旅行に来ているとのことだ。どうやら彼は入れ替わりの被害者ではないようだが、たまには自分と同じ、部外者の意見も聞いてみるべきだろうと岸田は判断し、彼にインタビューをしてみることにした。

 

「トライアングル・シャッフルについて、か。勿論、俺の周りでも色々起きてるさ」

「例えば?」

「鬼軍曹と畏れられてた上官が3歳児になってたり、共に死地を潜り抜けてきた戦友がピザデブのカウチポテトになってたりとな。勿論、そんな身体で軍人やるなんて不可能さ。だから今はどこの軍も絶賛人手不足なんだよ」

 

 はあ、とため息をつくダストン。確かに、トライアングル・シャッフルの影響で従来の仕事が続けられなくなり、退職せざるを得なくなった人は多い。軍やアスリート、芸能界はまさにその筆頭だ。自らの肉体を資本としている以上、入れ替わりでそれを失ってしまうことによるダメージは計り知れない。

 

「反対に年端のいかない女の子がむさ苦しい軍人の身体になってるのも見たことがある。たしかまだ5歳にもなっていない子だった。あれは可哀想だったよ……」

 

 そう言いながら、ダストンはチラリと自身の後方に視線を向ける。

 そこには、

 

「ヤダー!ままー!買って買ってー!」

「こら我儘言うんじゃないよ!ほら帰る……うわ力強っ!」

「もう嫌!わたし耐えられないわっ!」

「くそっ……子どもの体じゃ無けりゃ……いや無理だ!元の体でもあかんわこれ」

 

 店先で駄々をこねる筋骨隆々の大男に手を焼いている若い夫婦の姿があった。

 

「あんな感じにな。今じゃあんな光景日常茶飯事だ」

「なんでしょうか……なんか……

「軍人やスポーツマン、芸能人ってのは身体が大事だからな。それを一瞬で無に帰すトライアングル・シャッフルは大天敵なのさ。戦場や訓練中で無かったのが救いだよ」

 

 自嘲気味に笑うダストン。確かに、入れ替わりのせいで今までの仕事を辞めざるを得なくなった人は非常に多い。

 

「では、一番ショッキングだった入れ替わりの例を教えていただけるでしょうか?」

「入れ替わりの後、同僚達と飲みに行ったんだ。そしたらそこの看板娘が俺の兄貴の身体になってたんだよ!皆で世界を呪ったさ!想像してみろよ、実の兄が女っぽいシナをして接客してるんだ!悪夢だぜ……」

「お、落ち着いてください!貴方の気持ちは分かりますから!」

 

 悪夢の光景を想起し、思い出し泣きを始めたダストンを落ち着かせようとする岸田。

 

「はは、互いに苦労しているということか。ありがとう、半分くらい愚痴になったけど、吐き出せてすっきりしたよ。じゃあ俺は観光の続きを楽しむよ」

「そ、そうですか……ではごゆっくり」

 

 互いに握手を交わし、ダストンと岸田は別れた。

 トライアングル・シャッフルの皺寄せをくらっている彼には、どうか日本旅行で心身を休めてもらいたいものである。

 

 

 

 


 

街頭インタビュー記録PART4

 

 ダストンと別れた後、岸田は近くのコンビニでおにぎりや飲み物を買って出てきた。

 さて、これからどうしたものか。

 取材は順調に進んでいる。しかしまだ足りない。もっとインタビューを繰り返さねばならない。

 岸田はおにぎりを口に頬張りながら、地下道に入る。9月とはいえどまだ暑い。地下ならば直射日光が当たらない分まだ涼しいはずだ。

 

「誰もいねぇな……つーか気味悪い」

 

 岸田が足を踏み入れた地下道は、非常に薄暗かった。備え付けられた照明はあちこちが切れているし、壁一面によくわからない落書きが広がっている。地下道自体が車一台分ぐらいの幅しかないのもあいまって、非常に不気味だった。ここでホラー映画を撮ったらきっといい画になるのではないだろうか。

 故に、岸田は気づかなかった。

 ぼすっ、と。暗くて何なのかはわからないが、何かにぶつかった。

 

「わあっ⁉︎ 」

「んひいっ⁉︎ 」

 

 瞬間、ふたつの悲鳴があがった。岸田がぶつかった何かが発したものと、それに釣られた岸田があげたものだ。

 悲鳴があがった直後、ジジジッ、と地下道の照明が点灯する。そして岸田は、自分が何にぶつかったのかをようやく認識する。

 

「ひっ……え、あの、なんですかあなたは……っ⁉︎ 」

「えっ、増田ひばりちゃん⁉︎ 」

 

 そう、そこに居たのは人気アイドル・増田ひばり —— 正確には、増田ひばりの身体になった誰かさんなのだが —— だったのだ。何時いかなる時もポーカーフェイスを崩さないクールビューティーが売りのひばりだが、目の前の彼女はというと、ひどく怯えているようで、目に涙を浮かべながら頭を下げてきた。

 

「っ……!あ、あの!できれば僕のことは見なかったことにして欲しいです!」

「え、えーっと……ちょっと落ち着こうか?」

 

 目の前の彼女の言わんとしていることは分からなくもない。

 トライアングル・シャッフルによって、有名人の身体になった人もいる。一見いいように思えるだろうが、実はそうではない。

 つい最近スキャンダルで叩かれた芸能人と入れ替わった一般人が、入れ替わりを責任逃れのデマだと断じた芸能人のアンチから執拗な嫌がらせをうけたり、その芸能人の過激なファンからストーキング被害をうけたりといった事例が幾つもあがっている。

 外見のネームバリューが大きい場合、苦労するのだ。

 

「お、俺は怪しいものじゃない。ただの記者だ」

「記者……?」

「ああ、トライアングル・シャッフルについての記事を書く為にインタビューして回ってるんだ。もしよければ、君の話も聞かせてくれないか?」

「どうしてもと言うなら、匿名にしてほしいです。誰かに知られたら困るので……」

 

 どうやらインタビューには応じてくれるようだ。別に無理強いはしないから、と岸田は言ったものの、それを言う前に少女が口を開いた。

 

「分かると思いますが、僕は増田ひばりではありません……俺は何処にでもいるような、虐められっ子です」

 

 そして、増田ひばり —— の姿をした樫葉宗介は、ぽつりぽつりと話し始めた。

 姉弟揃って両親に虐げられ、学校でも虐められた彼女。その現状は、トライアングル・シャッフルによって悪化した。入れ替わりによって働けなくなった姉の分まで搾取されるようになり、女性の身体になったことで性的な虐めも行われるようになったという。

 

「それを助けてくれたのが……ひばりさんでした」

「えっと……それってどういう?」

「本物の増田ひばりです。彼女が俺を助けてくれたんです。いじめっ子からも、親からも」

 

 まさかの展開であった。

 虐め現場を見たひばりがいじめっ子をボコして通報したらしい。ついでに宗介の両親も虐待がばれたらしく、今宗介は姉と共にとある施設に身を寄せているとのことだ。

 ちなみに本物のひばりはというと、女子小学生になってはいるものの、アイドル活動は続けている。

 彼女のファンである岸田の友人曰く「ロリになった分、ひばりちゃんの冷たい目つきに余計に興奮するようになってもうた!幼女に蔑まれるの最高やで。お前もはようひばりちゃんのライブ行って一緒に蔑まれようや」とのこと。正直どうでもいい。

 

「……壮絶だな」

「よく言われます」

 

 宗介の話を聞かされた岸田は、絶句していた。これは別口で記事にした方がいいのでは、と思える内容だった。

 なんか無理矢理トラウマ掘り返しちゃって申し訳なくなった岸田は、謝罪しながらインタビューを切り上げようとする。

 が、それを遮るように宗介がつづける。

 

「何度も死にたいと思った。けど俺は、姉さんを守らなきゃいけないし、他人の身体で死ぬわけにはいかない。どんなに辛くても、皆頑張って生きているんだ。自分一人だけ死んで楽にはなれない」

「………………」

 

 岸田は何も言えなかった。

 彼女は間違いなく強い。生きるだけで苦しいはずなのに、そうできない理由を見つけてしまっている。姉を守りたいという意思も、元に戻れるかもしれない希望も捨ててはいない。そこには確かに、生きたいと願う魂があった。

 その想いを感じ取った岸田は、一つの質問を投げかける。

 

「……君は、元に戻ったらどうしたい?」

「……姉さんに恩返しをして、一人立ちしたいです」

「できるといいね」

 

 宗介の回答に、岸田は一言、そう返した。

 願わくば、彼女に幸福があらんことを。

 

 


 

 インタビュー記録PART5

 

 地下道でのインタビューの後、岸田は宗介と別れようとした。

 しかし、“トライアングル・シャッフルの取材ならぴったりの人がいる”と彼女が言ってきたので、岸田は宗介の提案に乗っかり、ある施設まで来ていた。

 そこは、入れ替わりによって社会的に追い詰められてしまった人達を保護する施設。どうやら、宗介も姉と一緒にここにいるらしい。

 そして岸田は、宗介の紹介の元、その施設の責任者にインタビューをすることにした。

 施設の責任者は、白衣を着た三十歳くらいの男性だった。

 帰納則宗。彼はそう名乗った。

 

「では、インタビューをはじめますね」

「よろしく頼む」

 

 殺風景な応接室で、机を挟んで座る二人。

 

「この施設を立ち上げた理由はなんですか?」

「そりゃあ簡単だよ。助けたかったからに決まってるじゃないか」

 

 至極単純な答えだった。

 助けたいから助ける。聞こえはいいが、現実にそれを実行するのは至難の業だ。それを成し遂げてしまっている目の前の男は、間違いなくすごいのだ。

 

「トライアングル・シャッフルで働けなくなった者、居場所を失った者を救う。まだ始まったばかりだが、私はこの活動をもっと広めたいと思っているよ」

 

 岸田としては、則宗の活動は応援に値すると思っている。トライアングル・シャッフルの被害者の中には、赤ん坊や老人になって日常生活をまともに送れなくなった者も多々いる。そういった者たちの為にも、則宗の活動は是非とも広がってほしい。

 岸田は則宗の言葉に相槌をうちながら、次の質問を投げかける。

 

「では……貴方は、トライアングル・シャッフルについてどう思っていますか?」

 

 その言葉に、則宗はしばらく考え込んだ後。

 ゆっくりと、口を開いた.

 

「災害さ。地震や台風とかとそう変わらない、な」

「そうですか……」

「トライアングル・シャッフルは確かに多くの悲劇を生んでいる。だが、ヒトはそれを乗り越えられるだけの力を持っている。そういった者たちに必要なのは憐れみよりも、共に歩もうとする心だ。憐憫と優しさを履き違えるな。それを心に留めておくんだ、いいね?」

「……………」

「話は終わりだ。私はこれから仕事なのでね、失礼させてもらうよ」

 

 則宗はそう言うと、岸田を残して部屋を出ていった。

 バタンと扉が閉まり、岸田は部屋に取り残される。

 

「……………」

 

 窓から差し込む夕陽が、岸田の横顔を照らしていた.

 

 

 


 

 

 取材を終えて帰宅した岸田は、ノートパソコンの前で呆けた様に座っていた。

 

(なんだかなあ…………)

 

 彼は、今日出会った人達のことを思い返していた。

 トライアングル・シャッフルで人生を捻じ曲げられた被害者達。彼らが戻る日が来るのかはわからない。

 だが、人間という生き物は予想以上に強かだ。インタビューをした誰もが、捻じ曲げられた人生を、それでも生きていこうという気力を確かに持っていた。

 則宗は、それを知っていた。

 岸田は、それを知らずに憐れんだ。

 

「……もっと知らなければ」

 

 無知が余計な憐憫を生む。だから、理解が必要だ。

 部外者が最初にすべきことは、知ることだ。正しく物事を捉えられなければ、何もできやしないのだ。

 

(伝える……彼らのことを伝えるんだ)

 

 岸田はひとつの思いを胸に、キーボードに手をかける。

 自分の見てきた真実を、現実を伝える。それがジャーナリストとして、自分が出来ることだ。

 岸田一人しかいない部屋の中に、カタカタとキーボードを叩く音だけが響き渡る。既に岸田は、その音すら聞こえないほどに集中していた。

 

 

 不条理に泣く者もあれば、笑う者もいる。

 それは太古から続く人間の営みであり——こうして未曾有の災害に見舞われた現在でも同じだった。

 

 

 世界は今日も回る。

 捻じ曲げられたヒトの思いを乗せて、回り続ける。

 




 はい、というわけで、今回を持ちましてトライアングル・シャッフルは完結となります。
 ちなみに、自作品では初の完結になります。
 打ち切り感パネェですが、これがベストなのかな。

 本作は作品概要でも書いた通り、家葉テイク氏の「毎週更新・一クール小説杯」の参加作品になります。「全12話の小説を、毎週決まった時間に更新する」というルールの元、私含め多数の作家が参加しました。そして半数が死にました。
 私はかなり戦々恐々としながら参加したのですが、大学生の春休みというバフを最大限に利用して生き残ってやりました。ざまーみろ!
 元々トラシャ自体は趣味で考えて没にしていたのですが、Twitterで小説杯の開催告知を見て、これはいい機会だということでサルベージしました。一応宗介編までと最終回は当初から考えていた内容になってます。色々端折った部分はありますが。
 〆切尊守を優先した結果クオリティ面ではかなり悲惨なことになっておりますが、ご了承ください。生き残った奴が正義なんだよ!

 兎に角、こんなわけわからん作品に最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました。集団入れ替わりというネタを生かし切れなかった感は拭えないですが、書きたいものはわりかしかけたと思っています。また機会があれば続きを書くかもしれませんし、書かないかもしれません。
 それではまた別作品でお会いしましょう!バイバイ!


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