86-エイティシックス- 獅子の来訪 (梅輪メンコ)
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86-エイティシックス-
#1 偵察


荒野に吹き荒れる砂ーー

 

 

 

 

 

そこ遠く轟く火薬の音ーー

 

 

 

 

 

そこにロケット燃料に火がついた音が響くーー

 

 

 

 

 

特徴的な桃色の爆炎が幾つも上がり、砂丘の裾野からロケット弾攻撃が行われていた。

 

シュゴーッ!ドォォォオン!!

ドドドドドォォン!!

ダダダダダダダダダッ!

キィン キィン!

シュォォォォォオオ……ドドドドォォォンン!!

 

そして裾野には砂漠色に塗装されゴーグルのようなカバーのついた丸い頭部、角ばった金属製の体。大きさは18メートルもあるであろう機動兵器であった。その機動兵器の中である人物が頭部のカメラから送られてくる映像を見ていた。

 

「隊長機より各機、これより作戦行動を開始。レギオンの残存兵力の排除を開始せよ」

 

『『『了解』』』

 

「スナイパーは後方から援護。デカイ的から撃っていけ」

 

『了解』

 

通信を終え、男は持っていたレバーを動かすと機械音と共にコックピット全体が動いて画面が推移し。視線の先に映る履鉄達を捉えた。

 

「さて、今日も仕事しますか」

 

ドォォン!!

 

レバーで持っていたライフルからピンク色の光線が放たれ、地面に虫のように近づいてくる斥候型レギオンを焼いていた。

 

『ヒーハー!!』

『撃て撃て撃て撃て!!』

 

ギィン!!

 

通信機越しに聞こえてくる狂ったように声を上げる仲間の声が聞こえ、自分も画面越しに燃えていき、撤退するレギオンの残党を見て通信機の電源を入れた。

 

「戦闘終了。いつも通り追い討ちはするな。後で戦果を確認する」

『『『了解』』』

 

そしてレバーを動かして男は自分の分身を動かして現在の最前線を他の部隊と交代した。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

レギオン戦争

こう呼ばれる戦いは星暦二一三九年にギアーデ帝国が開発した完全自立型無人戦闘兵器〈レギオン〉を使い周辺各国に戦線を布告。それに伴う戦争である。

周辺国家間の国交は断たれ。人も物の行き来も分断され。地面にはレギオンの機械軍隊が街を、人を、何もかも襲っていた。

この戦争が始まる前。俺たちの国ではある自治州が独立をかけた戦争が行われ、そこでさまざまな新兵器や技術が投入され。世界各国が多脚式戦車を開発する中、俺たちの国では〈モビルスーツ〉と呼ばれる有人式人型機動兵器を開発していた。

 

 

 

 


 

 

 

 

星暦二一四八年 三月十日

アストリア合州国 カロライナ州 フォートン・ブラック総合基地

 

多数の軍用トラックと軍服を着た人員が基地内を走り回り、整備員は機体の整備をしていた。

そんな騒がしい基地内の一角。《第112兵員宿舎》と書かれた二階建ての宿舎では四人の男女がポーカーをしていた。

 

「ストレート」

 

金髪碧眼の青年がカードを見せると反対側にいた赤目赤髪の少女がニヤリと笑ってカードを見せた。

 

「悪いわね。フラッシュよ」

「何!?」

「だぁー、負けたー」

「賭けは私の勝ちね」

 

少女が満面の笑みでカードを片付けていると少女の右隣に座っていた銀髪赤目の青年は悔しそうに呟いた。

 

「今回はエラが勝ったかー」

「今日の買い出しはドベのテオね」

 

そう言いエラと呼ばれた少女にテオと呼ばれた青年は席から立ち上がると宿舎の部屋を出ていき。部屋には青年一人と少女二人が残った。

すると白髪緑目の少女が部屋の明かりを見ながら文句を言っていた。

 

「流石に三日間連続戦闘なんて聞いてないよ」

「そうね、流石に疲れたわね」

「二人ともお疲れ様でした」

「そう言うリノが一番疲れたんじゃないの?私たちの隊長だし」

「ほらほら、リノは休んで休んで」

 

リノと言われた青年はそう言われ、どうしようかとボーッとしていると持っていた携帯から着信音が響き、リノは電話に出た。

 

「はい、リノ大尉であります!」

『リノ・フリッツ大尉、今すぐに第七会議室に出頭を命じる』

「・・・了解しました。すぐに向かいます」ピッ

「何?また仕事?連勤明けは無理よ、私」

「そうだな、それだけは勘弁してほしいものだ」

 

リノは命令通りに宿舎を出て迎えの4WDに乗り込むとそれを見届ける二人の少女は夜なのに明かりが灯っている基地を見て呟いていた。

 

「はぁ、上も面倒ごとを押し付けて酷いわよね」

「全くよ、忙しいったらありゃしないわ」

 

そんな事を呟きながら夜中なのにどんどん着陸してくる輸送機を眺めていた。

 

 

 

 

 

「特別任務ですか?」

 

会議室に呼ばれたリノは渡されたタブレットを見て思わず呟く。

するとライトグレー色の軍服を着た上官は頷く。

 

「そうだ。先の《バグラチオン作戦》にて我々合州国は国境まで国土を解放する事ができた」

 

「伺っております……そこで新型のレギオンを確認し、その新型がを半個軍団を壊滅させたとも……」

 

その時、レギオンの掃討を行っていた自分達はその様子を見ていた。

着弾した砲弾は衝撃波と共に爆炎を起こし、夜だったのに眩い光を灯らせていた。

その時の参加戦力は一五〇万人、戦車・自走砲二五〇〇両、火砲三〇〇〇門、機動兵器七〇〇〇機を投入した一大作戦だ。

そのうち戦死者数は分かっているだけでも二三万人ほど、負傷者数は一〇万ほど。

この時の死者数の八割がその新型レギオンによるものだった。

結果的に作戦は成功し、元々の国境までレギオンを押し戻すことに成功し、現在は国境線に旧時代の要塞、ジークフリート線の再構築を行なっている。

そして新型レギオンの攻撃は着弾跡から八〇〇mmのレールガンだと推測されている。

そして射程距離は四〇〇キロ、打ち出す速度は時速二〇〇〇キロ。過去の大戦でギアーデ帝国が開発した八〇センチ列車砲〈グスタフ〉の近代化であると決定づけている。

そして今回渡された任務は……

 

 

 

 

 

「《レギオン支配域への偵察》……ですか」

「そうだ。正確には君達にはサンマグノリア共和国方面への偵察だ。交戦国のギアーデ帝国には既に偵察隊を送っている」

「そうですか……」

 

リノはそう呟くと上官は気持ちを察して話しかけた。

 

「君達の気持ちもよく分かる。だが……」

「大丈夫です。私は軍人です。上からの命令には従います」

「……迷惑をかけるな」

 

上官、マルゼイ・A・ノリンコ中将は命令を受諾したリノを見ていつも通りの言葉をかけた。

 

「必ず生きて帰って来なさい。君達はやるべき事がある筈だ」

「分かっています。あの子達のためにも……()()死ぬ気はありませんよ」

 

そう言い残すとリノは命令書を持って部屋を後にした。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

命令を受諾したリノは宿舎に戻ると早速小隊全員を集めた。

今の所モビルスーツ四機しかいないこの小隊は整備班含めて二十人ほどしか居ない。

 

「参謀本部から命令が降った」

 

リノがそう言うと文句の声が少々出たが、作戦開始日が遅いと言う事でとりあえずはホッとした様子だった。

 

「なお、作戦開始日までの期間は明日受領される新型モビルスーツの訓練に充てる」

「新型?」

「そうだ、明日午前十時の貨物便に乗せられてやってくる。受領した後、明後日九時から訓練だ。整備班は明日明後日は大忙しだ」

 

そう言うとリノは命令書を机に置くとそのまま部屋のある方に向かった。

 

「じゃあ、俺はそろそろ寝させてもらうよ。おやすみ」

「「「おやすみなさい」」」

 

そう言い残った三人も部屋に戻って行った。

命令書には参加する部隊の名前と隊員名が書かれていた。

 

《第112MS小隊所属隊員

 

小隊長

リノ・フリッツ少佐

年齢:20

生年月日:星暦二一二七年 五月一四日

階級:大尉(三月十一日を持って少佐に昇進)

搭乗機:スタークジェガン 注意:当該機は三月十一日に受領予定

 

副隊長

エリノラ・マクマ

年齢:20

生年月日:星暦二一二七年 十一月二日

階級:中尉

搭乗機:キャノンガンDX 注意:上記に同じ

 

隊員

テオパルド・フィッシャー

年齢:20

生年月日:星暦二一二八年 二月十一日

階級:少尉

搭乗機:ESMジェガン 注意:上記に同じ

 

クラウ・フリッツ

年齢:20

生年月日:星暦二一二八年 三月四日

階級:少尉

搭乗機:ジェガン・スナイパーカスタム 注意:上記に同じ》

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

この時はまだ彼らが歴史の目撃者となるとは思っていなかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

星暦二一三八年 三月十二日 午前一二時一五分頃

フォートン・ブラック総合基地 第七屋外演習場

 

総合基地の中にある演習場の一角、平原地帯を想定した演習場では多種多様な音が響いていた。

 

キィィィィイイ!!

ダダダダダダダッ!!

ドォォン!

ザザザザーーッ!!

ドンドンドンッ!

 

左肩には112の番号が書かれ、少し角張った印象の人型機動兵器が、与えられたフィールドをペイント弾で試し撃ちをしていた。

 

『こちらオストリッチ 狙撃成功 ホーンドアウル、次の目標を求む』

 

右肩に走るダチョウの絵が描かれ、深緑色の塗装のされ、両手に超砲身のスコープ付き狙撃銃を持っているジェガンが通信をする。

 

『了解、こちらホーンドアウル。オストリッチ、座標A4 230,441 距離四万メートル』

 

少し離れたところで山陰に這いつくばるように映像を流す右肩に枝に止まる木菟の絵が描かれた迷彩色のジェガンがオストリッチに返信をする。

 

『確認、射撃開始』ドォォン!!

 

演習場の反対側ではまた別の二機が隠れながら指示を行なっていた。

左肩にはさっきと同じく左肩に112の数字が塗装され、右肩には青い目の黒い獅子の絵が描かれ、青と白の塗装がされた機体がモノアイを連動させて映像を凝視し、横にいる機体に指示をした。

 

「レオーネ・ネロよりグリズリー。攻撃を開始せよ」

『了解、グリズリー。発射を開始する』ドォン!ドォン!

 

右肩に熊の絵が描かれた赤色に塗装され、肩に太い特徴的な四本の砲身を持った特徴的なジェガンが二本ずつ光線を放っていた。

それぞれの攻撃は何キロも先の的に当たり、視線の先では爆発が起こっていた。

 

「命中。隊長より各機、演習終了。撤収せよ」

『『『了解』』』

 

通信を終えたリノはコックピットで今後の予定をふと口に出していた。

 

「この後は実践で慣れるしかないな……」

 

リノはそう呟くとレバーを動かしてジェガンを動かした。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

数ヶ月後、第112MS小隊は特別任務の為、サンマグノリア共和国方面に偵察任務に向かった。



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#2 未知との遭遇

戦場に閃光が浮かぶーー

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

その町には屑鉄が街を闊歩し、まるで自分のものだと言わんばかりに街を歩くその姿は無性に腹が立つ。

だからこそ俺達はその戦闘には燃えていた。

 

「〈グリズリー〉、左四〇に敵集団」

『了解、吹っ飛ばしてやるわ!!』

 

ドォン!ドォン!

ドガァァァン!!

 

エリノラの放ったビームが原因の誘爆により一機の戦車型は付近のレギオンを巻き込んで爆炎を起こした。

 

ダダダダダダダッ!!

ドォン!

シューー……ドォォン!!

 

持っていたバズーカが火を吹きレギオンの軍勢を丸ごと吹き飛ばした。

 

「撃ぇっ!」

 

チュン!チュン!……ボォォォン!!

 

持っていたビームライフルを撃って戦車型を多数撃破。青色と白色のジェガンは戦車型の残骸を手に取ると砲身の部分を持ってビル屋上に隠れていた近接猟兵型に向けて投げ飛ばしていた。

 

ガァン!!バキバキッ!ドゴォォォン!!

 

戦車型が建物に直撃し、建物が崩壊しながら近接猟兵型もそれに巻き込まれて建物の瓦礫の下敷きになっていた。

一連の行動を建物の影から見ていた迷彩色のESMジェガンが苦笑しながら通信をしてくる。

 

『隊長〜流石にそれは不味いでしょ。ここ一応サンマグノリア共和国の領土ですよ』

「別に良いだろう。ここに人は居ないし、誰も見ていなければ問題にはならない。それにこれは戦闘中の損壊だとすれば良い」

『うわぁ、ブラックや〜』

 

そんな事を呟くのは街中でメガ・ビーム・キャノンとエクス・キャノンを放っているエリノラだった。

 

「グリズリーも同類だろ。通信機回線が開きっぱなしだったぞ」

『うっ、恥ずかしぃ……』

 

通信機越しにそんな声が漏れる。実際、第一一二MS小隊は特別偵察任務の為にサンマグノリア共和国方面へ武力偵察を行っていた。

今回の偵察任務は補給が不安定と言うことから食糧が優先的に配給される為、武装の使用に制限が掛かっており、充電が可能なビーム兵器を優先的に使用していた。

 

『全く、あなた達が暴れるからこっちは誤射しそうよ』

 

通信機からクラウの不満げな声が聞こえ、所々で煙の上がる街を眺めていた。

 

「戦闘は終わった。これから残骸を集める。制御系統が生き残っている機体があれば、中身を剥ぎ取れ」

『まーた面倒な作業か……』

『なんか、これの繰り返しだよね……』

『今のところ敵の増援は確認できず。隊長、作業は可能です』

「了解、優先して制御系統の鹵獲を頼む」

 

そうして先の戦闘で倒した〈レギオン〉の残骸を一箇所にまとめているとエリノラがふと呟く。

 

『ウチみたいな国でも最近はレギオンの資材を使うんだものなぁ……』

『そりゃ十年近く戦争してたらなりふり構って居られないってことよ』

 

残骸を纏めて堆く積まれたレギオンの残骸を見て全員が思わず呟く。

 

「戦争も変わらざるを得ないと言う事だな」

『なんか……戦争で色々と変わっちゃったね……』

 

〈レギオン〉の残骸を回収した小隊メンバーは相変わらずテルミットで焼け焦げた制御系を見ながら小さくため息をつく。

アストリアでは鹵獲に成功した〈レギオン〉の重戦車型から制御系統の取り出しに成功し、現在旧式の履帯式戦車〈M61〉に搭載して試験運用されていると噂されている。

四機の〈ジェガン〉は〈レギオン〉の残骸の山に集まると〈ホーンドアウル〉が一機の〈レギオン〉の残骸を見て呟く。

 

『あれ?今回実弾使った?』

『いや、実弾は隊長の撃ったバズーカ一発だけよ』

『何かあった?』

『いや、これ見てよ』

 

そう言い〈ホーンドアウル〉が見せたのは一機の戦車型についていた弾痕だった。

 

『これバズーカの弾痕じゃないですよね』

「そうだな……穴は90mmサブマシンガンよりも弾痕が小さいな……」

『と言うかこんなので戦車型倒せるの?』

『いや、それよりもっと気になるところあるだろう……』

 

〈ホーンドアウル〉のツッコミで、全員が気付いた。

 

「と言うことは、この弾痕は合州国のもではない……とすれば……」

『まぁ……共和国のものじゃない?』

 

〈オストリッチ〉の当然とも言える推測に〈グリズリー〉から疑問が出た。

 

『でしょうね。でも、この貫通痕は60mmくらいよ。戦車型を倒すには不十分、最低でも90mmはないと……』

『これ狙撃銃で三キロ先のアルミ缶を撃つくらい難しいわよ』

「だが、これで分かった事が幾つかある」

『何です?隊長』

 

するとリノは器用に指を三つ立てながら言う。

 

「一つは共和国が60mm以下の砲弾で〈レギオン〉に対抗している事。

二つ目は共和国軍がここで戦闘をしていた事。

三つ目は弾痕が比較的新しい事からここ数日までここで戦闘が行われていたと言う事だ」

 

たった一個の弾痕でここまで判断できる事に隊員達は驚きの声を漏らした。

その時……

 

ドンドンッ!!ドォォン!!

 

市街区のほぼ反対側から爆発音が聞こえ、阻電攪乱型の埋め尽くす空に赤色の光が反射していた。

 

『あれは……』

「偵察だ、ホーンドアウル。確認を、マイクロドローン展開」

『りょ、了解。マイクロドローン展開、ESM起動。ドローンとの有線接続良好。映像を回します』

 

〈ホーンドアウル〉から飛ぶドローンの光学映像が映し出され、爆炎の広がる市街地を映し出していた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

サンマグノリアの市街地では〈レギオン〉に相対する戦闘機械がいた。

それはとても華奢な脚部にボロボロの白いコックピット。そして小さな弾倉式の滑空砲。

見るからに弱そうな戦闘機械が廃ビルを駆け回っていた。

 

『戦隊、攻撃を開始して下さい』

「了解」

 

機体性能の限界を引き出して動き回るのはサンマグノリア共和国が開発した()()()自立戦闘機械〈ジャガーノート〉。

だが、実際は実用レベルの戦闘用AIの開発に失敗し、人ではないと共和国から迫害を受けた有色種……通称、エイティシックスが動かす有人式搭乗式無人機である。

戦時急造の突貫品で、事あるごとにアルミの棺桶と言われる欠陥機である。

そんな機体を動かすのはまだ年端もいかぬ少年少女達だ。

そして今ここで戦っているのは東部戦線第一線区第一防衛戦隊スピアヘッドである。

 

「ブラックドック。方位一二〇、距離五〇〇ビルを超えてくる。顔を出したところを叩け」

「了……解!」ドォン!

 

ジャガーノートの主兵装の57mm滑腔砲は近接猟兵型に命中し、〈レギオン〉は一気に擱座した。

そして死の間際の戦闘は確実に〈レギオン〉の数を減らし、戦闘も終盤に差し掛かった時、戦場に異変が起こった。

 

「っ……!?」

 

シンは風を切る音と共に落ちてくる()()()を見た。

 

「総員散開。大きいものが落ちてくる」

『大きい物!?』

『何だよそれ!!』

 

そう言いつつも散開したジャガーノートは空から落ちてきた物に驚愕した。

 

『レ、戦車型!?』

『何で上から……っ!?』

 

一人が落ちてきた戦車型に驚いていると戦車型は誘爆し、大きな爆炎を起こしていた。一体何事かと思っていると変わり者指揮官から通信が入った。

 

『〈アンダーテイカー〉、報告を!何が起こったのですか!?』

「上から破壊された戦車型が飛んできました」

『そ、それはどう言う……』

 

困惑する指揮官に淡々と答える。

 

「文字通りです。ですが、レギオンの部隊も撤退を開始したので問題ありません。損害ゼロ、これより帰投します」

『ま、待ってください!まだ、状況報告を……』

 

指揮官が言い切る前に〈アンダーテイカー〉と呼ばれた少年は耳に指を当てて通信を切っていた。

 

『いいのか?通信を切って』

「問題ない。声もしないし、帰っても良いだろう」

『帰るって……お前なぁ……』

 

通信機の先から別の少年の声が聞こえ、呆れたような声が聞こえた。

すると少年は一人搭乗機を動かしてその場から移動し始めた。

 

『おい、シン!』

『何処行くんだよ!!』

『チッ、追いかけるぞ!』

 

少年に続くように他の機体も少年の機体を追いかけ始めていた。

 

『おい!何があったんだよ!!』

「この先で()が途絶えていた。恐らく凍結に入った予備兵力だろう」

『まじか……』

『声が消えたって事は……』

『鴨以下ってことだ!!』

 

若干興奮気味に聞こえる声を横に戦闘機械は〈アンダーテイカー〉が止まったところで一斉に止まった。

 

『ここか?』

「ああ」

『んま、さっさと終わらせっぞ』

「まて」

 

〈アンダーテイカー〉がそう指示をするとさまざまな建物の影に隠れながら様子を伺っていた。

 

『あれを見ろ』

 

〈アンダーテイカー〉は指を差した。その先を全員がカメラで確認をする。

 

『何だこれ……』

『ねぇ……ここに私たち以外誰かいた?』

 

そこには崩壊した建物群に焦げ臭い匂い、至る所で煙が立ち込めていた。

 

『何…これ……』

『おいおい、新型のレギオンかよ……』

 

一直線に抉り取られたように窪んだ道路、よく見るとその道路も所々が赤くなっていた。恐らくはアスファルトが融解したのだ。そう、融解。

 

『あっ、あれ!』

 

少女の声がした先には堆く積まれた〈レギオン〉の残骸があった。

 

『レギオン……の残骸?』

『そのようね……でも誰が……』

 

その時、後ろからだった。聞いた事ないモーター音と重い足音のような音が一瞬だけ響き、咄嗟に振り向くとそこには幼い頃テレビで見ていた青と白色の巨大なロボットが手に銃を持ってこちらを見ていた。その大きさは街にあるビルと同じくらいで、まるで自分達が虫の様に思えた。さらにその後ろでは赤と白色のロボットが肩に担いだ太い銃身を向けていた。

 

『敵っ!?』

『クソッ!罠か!!』

『あのでっかいの何!?』

『知るかよ!!』

 

即座の機体を回転させ、砲身を向け、引き金を引こうとしたが……

 

『所属不明機に警告。三分以内に何かしらの返答をしなければレギオンと見なし、速やかに攻撃を開始する』

 

突如、青年の声がスピーカーから響き、それが作り物の声ではないと分かった。しかし……

 

『ふざけんな!訳もわかんねぇこと言ってんじゃねえよ!!』

『大体あんた何者よ!!』

 

そう言った文句の声が聞こえ、ほぼ全員が同じ気持ちであった。

そして全員の緊張が最高潮が高まった頃、コックピットの開く音が聞こえ、一人が外に顔を覗かせた。

 

『『『シン!?』』』

 

外に出た少年に全員が同じような声を出した。しかし少年はコックピットを降りるとそのままロボットに向かって話した。

 

「サンマグノリア共和国東部戦線第一戦区第一防衛戦隊スピアヘッド戦隊長シンエイ・ノウゼンだ」

 

そう名乗り出るとロボットはしばし無言をした後。人で言う胸の辺りが開き、そこから一人の白いウェットスーツのような服の上にさらに青い線の入った白いジャージのような物を羽織り、頭にはスモークガラスのヘルメットをつけたいかにも怪しい人物が降りてきた。

その青年はヘルメットを持つと頭からそれを外した。ヘルメットからは金髪碧眼の青年が顔を出し、青玉種のようであった。

するとその青年はシンを見て言った。

 

「先ほどはすまない。私はアストリア合州国陸軍第一一二MS小隊小隊長リノ・フリッツ少佐だ」

『アストリア……』

『合州国……?』

 

聞いたことない名前に疑問を呈しているとシンはリノに質問をしていた。

 

「貴方方がここにいるのは何故だ」

「何故だ、って……君は敬語という物を軍学校で習わなかったのか?」

「習ってない、それに学校にも行ってない」

「……まぁ、この際こっちが悪いだろうからいいか」

 

リノはそう呟くとシンはリノの後ろにあるロボットを見ていた。

 

「リノ少佐殿、後ろのそれはなんですか?」

「これか?これは我が軍の装備、人型機動兵器……この話はまた後でしよう」

 

そういうとリノはシンに聞いていた。

 

「さて、事前通告なし、パスポート無しの越境をした我々は何処に連れて行かれるのですか?」

 

リノの問いにシン達は、えっ、と言った様子で困惑した。そもそもそんなことを一切学んできていない自分達にどうすればいいのだろうか。ここは上の白豚どもに聞くべきなのだろうか。

返答に困っているとシンは答えた。

 

「……取り敢えず貴方方の保護をさせて下さい」

「ほぅ?」

 

シンの返答に疑問を持つとシンはその訳を話す。

 

「貴方がどんな人物かは分かりません。どうしてここに居るのかも知りません。しかし、貴方が〈レギオン〉ではないのは確かですから」 

「……」

 

ポカンとした様子のリノは後ろを振り向き、何かしらの合図をすると奥にいた赤色のロボットが持っていた大きな銃と肩に担いでいた大砲の銃口を降ろした。

 

「ここは前線です。〈レギオン〉がいつ来るかもわかりませんから」

「……分かった、君の言う通りにしよう」

 

そう言うとリノはヘルメットを被って再びコックピットに戻るとロボットは動き出した。

普段のシンからは考えられない行動に他の仲間達が疑問を投げかける。

 

『ねえ、いつものシンらしくないよ』

『どうしたんだよ』

 

投げかけられた疑問にシンはこう答えた。

 

「あのロボットがどうやってこの共和国に来たのか。それに……」

『『『それに?』』』

「外の話を聞けるかもしれない」

『『『……』』』

 

シンの話に全員が一瞬だけ同じ気持ちになった。

知らない国だが、ここまで迷い込んだと言う事はそれだけ運がいいか、実力があるかのどっちかと言うことだ。

答えがどっちでも、外の世界を見てきたと言うことだ。

案外、面白い話が聞けるかもしれないと思っていた。

 

 

 

 

 



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#3 上官への報告

シンエイ・ノウゼンと名乗った少年を見てリノはサンマグノリア共和国の現状を予測していた。

 

「(こんな少年兵が前線を張るほど軍は壊滅したのだろうか……?国が既に限界だから彼らの乗る戦闘機械はこんなにも弱々しいのか?)」

 

そんな事を思いつつ、リノはヘルメットの通信機の電源を入れる。

 

「テオ、クラウ。聞こえているな?」

『はい隊長』

『聞こえているよ』

 

二人の返事が聞こえるとリノは指示を出した。

 

「テオ、本国との通信は出来るか?」

『はい、臨時中継地点も問題なく稼働中。本国との通信は可能です』

「クラウ、何かあった時に備えて攻撃準備を」

『了解、常に射程に捉えているわ』

「何かあればこちらもすぐに撤退するテオは俺たちが見失わないように距離の測定と〈レギオン〉の索敵を」

『了解』

 

指示を出して通信を切ると基地に戻ると言うシン達について行った。後ろにはエリノラが付いてきており、リノに通信を入れてきた。

 

『リノ、あの子達を信用するの?』

「いや?完全な信用はしない。しかし……」

『しかし?』

「嫌な予感がする。とだけ言っておくよ」

 

そう言うと、エリノラは納得した上で答える。

 

『……了解、いざとなったら全部吹っ飛ばしてあげるわ』

「宜しく頼むよ」

 

幼い頃から同じ生活をしてきた二人はお互いに考えている事を察しながらジェガンを歩かせていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ロボット……ですか?」

 

サンマグノリア共和国内第一行政区で、白系種の少女が疑問を投げかける。

首の後ろでは青い光が髪を通して見え、独り言をしているようにも見えた。

 

『ええ、戦闘地域で偶然遭遇しました。俺たちはこうした事は分からないので少佐に判断を聞こうかと……』

 

「……分かりました。取り敢えず、詳しい話を聞かせて下さい」

『分かりました』

 

そうして部下である〈アンダーテイカー〉から語られる報告を聞いた。

 

『そのロボットは“アストリア合州国陸軍”と名乗っていました』

「アストリア……」

 

白系種の少女は国名を聞いて少しだけ手を顎に当てて考えていた。

 

「(合州国が東部戦線に?一体なぜ……?)」

 

白系種の少女はそう思うも、アンダーテイカーに現状を聞いた。

 

「今、そのロボットはどうしていますか?」

『基地に連れて帰っている途中です』

「そうですか……」

 

現状を把握した少女は〈アンダーテイカー〉に指示をする。

 

「状況は分かりました。今日、また話をする時に色々と済ませておきます。それまで大尉は監視をお願いします」

『了解しました』

 

通信を終えた少女は速やかに振り向き、元来た道を戻っていた。

 

「(共和国以外の国が生きていたなんて……)」

 

少女は驚きながらそう思うと、ある部屋の扉をノックして入った。

 

「失礼します」

 

少女の入った部屋には一人の男がペンを片手に書類を片付けていた。

 

「事前の連絡なしに何の用かね?」

「緊急の報告があったので……申し訳ありません」

「……どんな報告だね?」

「先ほどの入った報告です……」

 

そして少女は執務室の机で書類を片付けている男に先ほど聞いた話をした。

 

「スピアヘッド戦隊が戦闘中に他国軍と遭遇をしたそうです」

「……そうか」

 

「遭遇したのはアストリア合衆国陸軍と名乗ったそうです」

 

「アストリア……」

「小父様、私は遭遇したアストリア陸軍と連絡をしたいのですが……」

 

少女は男性にそう聞くと男は少し考えた上で少女に伝えた。

 

「予備で置いてある知覚同調を手配しよう」

「直接会いには行かれないのですか?」

 

するとその男は言う。

 

「この軍にまともに話せそうな者はいるか?

相手に不満を持たせずに話せる人がいるか?」

「……」

 

思わず黙ってしまった男は少女に話した。

 

「レーナ、間違っても直接あそこには行かない事だ。いくら他国の軍とはいえそれが彼らによる嘘の場合もある」

「そんな筈はありません」

「だといいがな」

 

そう言われ、少女は少し間を置いた後に敬礼をする。

 

「……詳しい話を聞きますので、ここで失礼します」

 

レーナと言われた少女はそう言い残して部屋を出て行った。部屋に残った男は危うく落としかけたペンを置くとため息を吐いた。

 

「アストリアか……」

 

資本主義の怪物と言われている彼の国を聞いて思わず男……ジェローム・カールシュタール准将は思わず外を見ていた。

 

「よりにもよって合州国が来るとは……」

 

カールシュタールは民主主義を始めて唱え、民主主義を第一と考え、サンマグノリアに続いて二番目に民主化が起こったアストリアを思い出し、そしてこの国の現状を思い返して思わず呟いた。

 

「〈レギオン〉に滅ぼされるか……合州国に蹂躙されるか……何方にせよこの国の未来は絶望的だな……」

 

できれば後者がましな結果だろう。そう思いながらカールシュタールは日の沈みかけの空を見ていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『何これ……臨時野営地?』

「廃墟の間違いじゃないのか?」

 

二機の〈ジェガン〉のコックピットで思わずそう呟いてしまったのはリノとエリノラだった。

それもそのはずで、シン達について行き、辿り着いたのがボロボロに錆びついたプレハブ小屋に、落書きのされた二階建てのオンボロの建物。

廃屋と言っても間違いないくらい明かりはなかった。唯一、プレハブ小屋だけ明かりがついていた。

 

「ここが目的地?」

『嘘でしょ……』

 

二人が絶句していると明かりのついていたプレハブ小屋から何人かの人が出てきて〈ジェガン〉を見て驚いた様子だった。

そしてその人は〈ジェガン〉を見て驚き、シンを呼び出してアレはなんだと言っているようだった。

しかしシンはその人に何か言うとシン達の乗る機体、〈ジャガーノート〉と呼ばれるその機体は男の人の叱責を聞き流すとそのまま〈ジャガーノート〉に乗ってプレハブの中に入って行った。

敷地内は殆どが舗装していない地面の状態で、プレハブ付近だけが草がボウボウのコンクリの板がひかれていた。

〈ジェガン〉二機はプレハブに入らないと言う事でプレハブの外に誘導させ、横で駐機していた。

 

「雨晒しの駐機かよ」

『この際仕方ないわね』

 

〈ジェガン〉の電源を落とし、コックピットを開いた二人はシステムのオートパイロット機能で機体から降りた二人は辺りを見回して感想を言った。

 

「わぁ……すっごい森」

「これ、野営地も良いところよね」

 

と、隣でエリノラがそう言うと二人は声をかけられた。

 

「アンタらがシンの拾ってきた外人か……」

「貴方は?」

「ここの整備長をしているレフ・アルドレヒトだ」

「整備長……」

 

思わずリノは全身を見回す。

 

「ま、短い間だろうが。宜しくな」

「あ、はい……」

 

パイロットスーツの二人は現在、上にジャージを羽織り、片手にヘルメットを持っていた。

アルドレヒトに言われ、二人は案内をされた。

格納庫では〈ジャガーノート〉のコックピットが開いており、何人かの茶色の軍服を着た少年少女達が自分達を見ていた。

 

「……」

 

明らかに未成年しか居ないこの場所に思わず困惑しているとアルドレヒトは叫んだ。

 

「ガキどもはさっさと出ろ!」

 

そう言い少年少女達が出て行くとエリノラが思わず聞いてしまった。

 

「あの……少年兵しかいないのですが……正規兵はどうなったのですか?」

 

その問いにアルドレヒトはサングラスをかけたまま逆に聞き返した。

 

「若いの、ここから先はキツイ話だが。それでも聞けるか?」

「……ええ、お願いします」

「そうか……」

 

サングラスの下でアルドレヒトは目を閉じるとゆっくりと話し始めた。

 

「この国の正規兵は戦争序盤に壊滅した。レギオンによってな」

 

アルドレヒトの説明に二人は思わず目を細めた。しかし、これから聞いた話は二人の耳を疑わせるものであった。

 

「正規軍が壊滅し、レギオンの侵攻で追い詰められた共和国政府は白系種以外の人種……有色種と呼ばれる人種を敵性市民として市民権を剥奪した」

「「!?」」

 

驚くリノ達を他所にアルドレヒトは淡々と続ける。

 

「有色種と呼ばれ、市民権を剥奪された市民はそのまま強制収容所に入れられ、白系種は迫害した有色種に作らせた大要塞壁群の中に造られた八五個の行政区に逃げ込んだ」

「……」

「そして有色種はその要塞の外。八六区と呼ばれる外に放り出した」

「……」

 

リノは顔を顰めながら話を聞いていた。

白系種以外は何もないこの戦場に放り出す?そんなの人種差別の虐殺ではないか!!

込み上がる怒りを抑えながら二人は話を聞き続けていた。

 

「それで、八六区に放り出された有色種は五年の兵役を済ませれば市民権を得ると言っているが……

 

 

 

 

 

俺は一回もそんな奴を見たことがない」

「「……」」

 

持っていたヘルメットを強く握り締め、リノはアルドレヒトに聞いた。

 

「……外に出された八六区の人々は…どうなったんですか」

「……分からない。何せ政府はエイティシックスの死者の埋葬を禁じているからな」

「何ですって……?」

 

エリノラが怒りに任せた声でアルドレヒトに聞く、今にも殴りかかりそうなその拳を必死に抑えながら。

 

「白系種以外の人を外に投げ捨てて虐殺をして自分達は悠々自適に暮らす?何ふざけたこと言っているんですか?」

 

冗談じゃないのか?と問いたい気持ちだったがアルドレヒトの声は嘘をついているようには感じられず、余計に怒りが湧いてきた。

 

「共和国は……いや、サンマグノリアの()()()はこんな事を続けているのか?」

「ああ……」

 

アルドレヒトは話を聞いて小さく震えている彼らの拳を見た。するとリノがアルドレヒトに聞いた。

 

「彼らは、その事を知っているのですか?」

「……ああ」

「っ!!そうですか……」

 

リノは信じられないと言った様子で彼らの向かった方を見ていた。

 

「さ、行ってくれ。俺らはこれからこいつの整備があるのでな」

「……分かりました」

 

「失礼します」

 

そう言い残して格納庫を出て行った二人を見てアルドレヒトは二人のやってきた国を思い出していた。

 

「アストリア合州国……よりにもよってこの国かよ……」

 

アルドレヒトは今後起こるであろう最悪の展開を想像してしまった。

 

「(やれやれ、レギオン以外の敵を増やしたくねえもんだ……)」

 

アルドレヒトはそう思いながらアンダーテイカーのボロボロの脚部を見て無性に腹が立ってきていた。



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#4 戦死者ゼロの戦闘

サンマグノリア共和国の東部旧市街地の一角。そこでは複数の戦闘機械が影に潜んでいた。すると全員に通信が入る。

 

『こちら〈レオーネ・ネロ〉、レギオンの誘導に成功。方位二三〇 距離四〇〇』

「了解、総員攻撃準備。レオーネが敵を誘き出した。出てきた所を叩け」

『『『了解!』』』

「……来るぞ」

 

ドガァァァン!!

ダダダダダダダッ!!

 

建物が崩れながら大きな土煙が上がり、その中から発砲炎の閃光が上がり、中から一機の青と白のロボットが飛び出してきた。

 

ドシンッ!ドシンッ!ドシンッ!

 

ロボットが走るたびに揺れる地面はもう慣れていた。

待ち伏せをした一人、〈ブラックドック〉の名を持つダイヤが思わずつぶやく。

 

『ひゃー、〈モビルスーツ〉ってスゲェな』

『本当、本当。あんなデカブツが戦車型の砲撃を弾くのよ。頭おかしいわよ』

『ロボットってかっけぇなぁ……』

『それに比べてウチは……』

『『『『はぁ……』』』』

 

思わずため息を吐いた声が響くと戦隊長からの声が通る。

 

『戦隊各位、各々の判断で撃破せよ』

『おう!』『了解!』『いつもの事だ』『後ろはまかせろ!』

 

彼らは戦場の真っ只中に突入して行った。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

なぜ、〈ジャガーノート〉と〈ジェガン〉が共闘しているのか。それは二週間前ほどまで遡る。

 

「共和国は客人に対してもこんな態度かよ……」

「呆れるものね」

 

リノとエリノラがそう呟くのはご丁寧にドローンに乗せられて運ばれてきたあるデバイスだった。

 

「知覚同調と言うのか……」

「首に付けるだけで良いの?」

 

添えられた紙をもとに二人は渡されたデバイスを付けると脳内に直接響くように声が聞こえた。エリノラはレクチャーを済ませるとそのまま女子達に腕を引っ張られてどこかに行ってしまった。

年上の女性という事で遭遇した昨日の内からエリノラは何かと少女達から話を聞かれていた。

 

『聞こえますか?』

「ええ、ハッキリと聞こえますよ。……ミリーゼ少佐殿」

「こちらも同じ様に」

 

リノはそう返答をするとレーナの声がはっきりと聞こえていた。

二人はシンからの話で、彼らの上官が話をしたいと言う事でこと知覚同調と呼ばれる機械を受け取ったのだ。

 

『始めましてリノ少佐』

「始めてましてミリーゼ少佐、お話は色々と伺っております」

 

シン達曰く物好きで、お喋りな指揮官らしい。普通の白系種とは違い、脳内お花畑で真面目な人らしい。

 

『アンダーテイカーから話は聞いております。越境して来たと』

「ええ、そうです」

 

これからどうするのかと思っているとレーナから意外な返答が返って来た。

 

『弾薬や食料に問題はありませんか?』

「……そうですね……圧倒的に弾薬が足りませんね」

『弾薬ですね、すぐに手配します』

「……あのー、少佐殿?」

『レーナで構いません。年はリノ少佐が年上ですから』

「あ、その事ではなく……」

 

リノはレーナにどうしてそこまで手厚い対応をするのかと聞いてしまった。するとレーナは呆れながら伝えた。

 

『そうですよね……おじ……上官が貴方方に対して手厚くする様に手配をしたそうなのです』

「そう…ですか…」

 

リノは少しだけ警戒心を出しながらも、通信機越しに聞こえるレーナの声は不思議に思っている様だった。

 

 

他国に自国の情報を知られたく無いから抹殺の為に弾薬を供給したのか。

 

 

それともその上官はこの国の現状を外に知らせたいがために滞在させるのか。

 

 

おそらく前者の方だろうが。どちらにせよ、二人も情報収集の為に適当な理由をつけて残る気だったので好都合でもあった。

取り敢えずリノはレーナに銃に必要な弾薬を伝えた。もし弾薬に不備があればビームライフルを使えば良い。あれは充電さえすれば何回でも使用できるからだ。最悪充電は〈ジェガン〉で発電したものを使えば良い。

そんな考えをしていた。

 

「……取り敢えず弾薬の設計図を送ります。どこに送れば良いですか?」

『あ、ではーーーに遅れますか?』

「分かりました。弾薬がくるのはいつくらいになりますか?」

『そうですね……最速で三日程だと思います』

「分かりました。色々とありがとうございます」

『いえ……私も、他の国が生き残っていた事に驚いていますから』

 

そう言い、レーナとリノは少し話をすると連絡を切った。

連絡の切れたリノはそのまま間借りしているスピアヘッド戦隊の宿舎に戻った。

至る所にヒビが入り、硬いベットは本国のそれと大違い大変寝にくいものだが一応客人扱いの様で一番良い部屋だそうだ。

 

「これがこの国の現状とはな……」

 

リノはため息を吐くと今頃外にいるエリノラの方を見ていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

同時刻、知覚同調の使い方を学んだエリノラは川辺でスピアヘッド戦隊の少女達と女子会の様なものをしていた。

 

「元気ねぇ……」

 

エリノラは川で遊んでいる女子達を見てそう呟いていた。するとエリノラの足元でカエルの喉を潰した様な声が聞こえる。

 

「エ、エリノラ様…そろそろ時間じゃないでしょうか……」

「まだよ、あと十分」

「ギィィヤァァァァアアア!!」

 

足元で四つん這いになってエリノラの椅子と化している青玉種のダイヤは悲鳴を上げていた。

女子が水遊びしている所に覗き見していた所をエリノラが捕まえて、罰として一時間エリノラの椅子をさせられていた。

 

「わぁ、ダイヤが悲鳴上げた!」

「エリノラさん!こっちに来たらどうですか?」

「大丈夫よ、あまり太陽は得意じゃないから。あとこのエロ小僧のお仕置きがあと十分ある」

「あ、分かりました〜」

「おい!そこは助けろよ!!」

「だって面白くないし」

「見ていて清々するわ!」

「お、俺に味方はいないのか……」

 

ダイヤがそう言って絶望していると川辺で脚に水をつけていた少女の一人、レッカ・リンが声をかけた。

 

「エリノラさんエリノラさん」

「何かしら?」

「エリノラさんがやって来たアストリア合州国ってどんな所なんです?」

「ちょっとレッカ!」

「いやぁ、私たちここ以外を知らないし。ここまで来たなら色々見てきていそうだからさ。話してほしいなぁって」

 

たった一日でこんな事を聞いてくるのもなんだか不思議な気分だが、彼女らにしてみれば自分達自体が珍しい。

外の国から来たという事はレギオン侵攻以来無いと言うことだ。

珍しい話を聞きたがるのも理解できる。

 

「良いわよ、色々と教えてあげる。外の世界や、私たちの国の話……」

「「「本当!?」」」

 

全員が川辺から出て、エリノラの話を聞くために集まっていた。

全員が集まるとエリノラは外の世界で見てきたもの。

自分たちの国のことを話していた。

それを聞く少女達は面白そうに、興味深く聞いていた。

それはまさに子供の時によく聞いていた朗読会のようで、少女達はエリノラの話に夢中になっていた。

そしてエリノラが話を終えると少女達からは拍手の音が聞こえ、話の感想を言っていると全員に戦隊長の声が響いた。

 

『戦隊各員、()()来るぞ』

 

戦隊長の声に全員が行動に移していた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

サンマグノリア共和国旧市街地の一角、そこでは赤と青の二機のロボットが建物の影に隠れて様子を伺っていた。

 

「……状況は?」

『問題なし、敵は斥候型四〇、近接猟兵型三〇、戦車型二〇』

 

隠れて偵察を行なっている〈ホーンドアウル〉の情報をエリノラはリノに報告をする。

 

「鴨ネギだな……」

『リノ……まさかアレを?』

 

エリノラが疑問の声を上げて聞く。対するリノは心底楽しそうな声で返事をする。

 

「小さい的しかないならやるしか無いだろう」

『……はぁ、機体を壊さないでよ。替えの部品はほぼないんだから』

「分かってる……来たぞ」

 

建物から道路の様子を伺い、近づいてくるモーター音を確認した。

 

「先に出る。〈グリズリー〉は後ろに回り込め」

『了解、退路を塞ぐわ』

 

エリノラの〈キャノンガン〉はそう言い残すとややモッサリとした動きで建物を後にする。

彼女自身、自分と同じ高機動戦術の方が得意だったりするのだが、スタークジェガンの配備が間に合わなかったという理由で今回は余剰機体の〈キャノンガンDX〉に搭乗している。

自分たちの後方にはシン達スピアヘッド戦隊が待ち構えている。

レーナからの話で弾薬を渡す代わりにスピアヘッド戦隊に協力して欲しいとの事らしい。

いつまで、ここにいるかは分からないが。ただでさえ馬鹿高い弾薬を無償で提供してくれるというのだからここは大人しく従うことにしていた。

 

「(三……二……一……)」

 

バッ!ダダダダダダダダダダダダッ!!

 

ビルから飛び出したリノは手に持っている100mmマシンガンが火を噴いて巨大な音と横に空薬莢を落としながら射撃をする。

優先すべきはこちらを倒す術を持つ戦車型、ついで近接猟兵型だ。

斥候型は頭部バルカン・ポッドから発射される60mmバルカン砲で撃破している。

 

ブオオオオオオオオッ!!!

キンキン!ドォン!ドォン!

ダダダダダダダダダッ!!

ドゴゴゴォォォォンンン!!

 

マシンガンは戦車型を簡単に砕き、誘爆を発生させる。そして、マシンガンを仕舞うと今度は右腰から白い棒状のビーム・サーベルを取り出し、青白い光線を纏わせ、道路を走り出す。

さっきの誘爆で残っていた戦車型が走ってくるジェガンに向けて砲弾を放つ。

 

ドォン!シュンッ!

 

しかし、砲弾はジェガンの左肩の側をすり抜け、どこかに吹っ飛んでいった。

避けた事で、再装填に入ったところをジェガンは真上からビーム・サーベルを突き刺した。貫通された戦車型はそのまま擱座し、機能を停止した。

 

『……これうちら必要ある?』

『すげぇな……』

『モビルスーツってかっけぇ……』

 

スピアヘッド戦隊のメンバーは一連の動きを見て唖然としていた。

レーダーが動かないこの戦場で、単機でレギオン部隊を無傷で制圧していた。

その事に驚愕していると、〈ジェガン〉は不可解な行動をし始めた。

ビーム・サーベルを突き刺して擱座した戦車型の砲身を掴んで持ち上げた。

そして、それを持ってジェガンに向けて7.62mmを撃ち続けている斥候型に向けて叩きつけていた。

 

バキバキバキ!!ドォン!!

 

まるでモグラ叩きの要領で戦車型を潰している事にスピアヘッド戦隊は驚きを隠せなかった。

 

『ワ〇ワ〇パニック……』

『なんちゅう戦い方だ……』

『横暴すぎるよ……』

 

そして、全員が同じことを思った。

 

『『『『(絶対シンと同じタイプの人だ……)』』』』

 

そう思いながらスピアヘッド戦隊はリノ達の戦いを見ていた。

 

 

 

 

 

アホみたいな挙動で戦うリノは叩きすぎて砲身がパックリ割れてしまった戦車型を見るとそれを捨てるように放り投げると視線の先でカメラに映る戦闘機械を見ていた。

 

「(守るためではなく、殺すために戦わさる……そんなものは虐殺だ。いつの時代も虐殺が許されるわけではない。だが、国家単位で虐殺を認めてしまっては誰も止める術がない……)」

 

リノは〈ジャガーノート〉を見ながら思っていた。

この国の現状を知り、死ぬとわかっていても最後まで戦って誇り高く生き残ろうとする彼らはリノはとても美しく見えていた。

 

 

 

 

 

この国に来て一ヶ月半近くが経ち、彼が彼らと共に暮らしてきて感じた事であった。



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#5 援護

星暦二一四八年 六月十三日

 

その日、リノは〈ジェガン〉のコックピットで通信をしていた。

 

「〈ホーンドアウル〉、状況を報告せよ」

『はい……』

 

疲れた様子のテオが返事をする。その様子からリノは何が起こったのかなんとなく予想できてしまった。

現在、テオとクラウの二機は自分達の探知圏内、基地から南方八〇キロの地点で偵察と監視を行っていた。クラウはテオの周りをビーム兵装で撃破しているらしい。

 

『あの映像データを送ってから本部からの連絡が鳴り止みませんよ……』

「やはりそうか……」

 

リノは想像通りの展開に頭を悩ませていた。

 

『まぁ、私も映像を見ましたが、確かにこれは虐殺と捉えるものでしょう。本国が黙っていないでしょうね・・・・あと、クラウが大要塞壁群をぶち抜こうとしていたのを抑えるのに必死だった』

「そのままぶち抜いても良かった気がするが……」

『……司令部は取り敢えずこの情報は帝国侵攻まで秘匿するつもりの様です』

「……本気で言っているのか?」

 

リノの問いにテオは軍の方針を話した。

 

『ええ……軍としては二正面作戦になって戦力の分断が起きるのをを避けたいと考えている様です』

「それは難しい話じゃないか?合州国は共和国からの移民も多い、開戦運動が起こったら抑え切れないぞ……」

 

アストリア合州国は人口のおよそ二割が共和国からの移民であり、ついでギアーデ帝国からの移民が一割と言った所である。

国民の三割が移民の我が国であるが、共和国出身者は当然軍部にもおり、情報の徹底秘匿は不可能だろう。

そうなれば国民が黙っているはずがない、

 

 

合州国は国民の意思を第一に考える。

 

 

いくら大統領がテレビ演説を行った所で国民がその気になれば戦争を始めざるを得ない。それがこの国の歴史でもあった。

今はギアーデ帝国に怒りの矛先が向いているが、そこに共和国のニュースが飛び込めばどうなるか……考えたくも無かった。

今更ながら映像を送った事を後悔していた。

 

『一昨日から司令部からの連絡の回数が減っているので、おそらく漏れたと考えるべきでしょうね……』

「そのまま共和国開戦まで行かなければ良いが……」

『無理でしょうね』

「そこは上の手腕に任せるしかないな……」

 

リノは通信機越しにため息をついて基地司令の事を思い出していた。今頃大忙しだろうな、なんて思っていた。

この情報漏洩は後に《白の督戦隊》と呼ばれる悪魔の部隊が編成される事となるのだが、それは未だ彼らは知らない事であった。

テオと定時連絡を済ませるとコックピットがノックされ、エリノラが顔を覗かせた。

 

「連絡は終わった?」

「ああ、終わった。どうかしたか?」

「うーん、なんとなく来たって感じ」

 

エリノラは珍しく手袋を外した状態でリノを見ていた。エリノラの左手の薬指には銀色に輝く指輪が太陽光で反射し、光を放っていた。

それを見たリノは小さく口角を上げるとエリノラが飛び付いてきた。

 

「ドーン!」

「コックピットだから危ないぞ」

「大丈夫大丈夫、〈ジェガン〉のコックピットは広いから」

「全く……エリノラはいつまで経っても変わらないな……」

 

エリノラが抱きつく形で飛び込んだ影響でコックピットは少し窮屈になっていた。リノはそんな事を気にしていない様子で手袋を外してエリノラと同じ様に指輪を見せていた。

 

「それを言ったらリノ兄も変わらないよねぇ……」

「そうかな?」

 

二人はお互いに密着した状態でエリノラが子供の様にリノと話していた。

 

「人に見られるぞ」

「大丈夫、誰も居なかったから」

 

キッチリしているな。そう感心しながらリノはエリノラを見ていた。

自分にとっては妹のような存在のエリノラはリノに抱きつくとリノに聞いた。

 

「リノ兄、無理していない?」

「無理しててもエラにはバレてしまうだろう?」

「だからよ、嘘つき」

 

焔紅種の血を強く引き継いでいる彼女は人の体に触るとその人物の未来と過去を見ることが出来るという異能を持っている。

リノも軍に入った時にに未来視の能力を覚醒させたが、極偶にしか発動しないので無いも同然と言えた。

エリノラに指摘され、リノはやれやれと言った様子だった。

 

「はぁ、それほど無理をしているつもりはないんだがな……」

「だいぶ疲れているわよ、リノ兄」

「そうか……」

「後のことをやっておくから。今日はしっかり休んで」

「じゃあ、そうさせてもらうよ」

 

そう言うとリノは操縦席のボタンを押し、コックピットを閉じるとそのまま寝息が聞こえてきた。

リノは一度寝てしまうとなかなか起きないので、半ば閉じ込められる形となったエリノラは〈ジェガン〉の広いコックピットの椅子の裏にある即席椅子を開くとそこに座った。

最近は忙しくて構ってもらえないリノにエリノラはため息を吐いていた。

 

「(リノ兄は多分、ここにいる子供達を亡命させる気なんでしょうね……)」

 

そう思いながらエリノラはリノの寝息を聞いていた。

真っ暗なコックピットはリノの黒いスーツと合わさり、常闇のようであった。

そんな中エリノラはシン達を思い浮かべながら思っていた。

 

「(でも多分あの子達は……)」

 

エリノラが答えを思った時、エリノラは頭を張った。

 

「(私が考えることじゃ無いわね。全部子供達が選ぶのだから……)」

 

エリノラはそんな事を考えていると不意に椅子に座りながら寝てしまっていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

星歴二一四八年 六月十五日

 

『ハンドラー・ワンより戦隊各員。レーダーに敵影捕捉。敵主力は……』

『把握しています。ハンドラー・ワン。既にポイント四七八にて迎撃準備が完了しています』

 

シンの指示に従っていたが、本当に少佐よりも早く配置につけるとは……どう言う事なのか知りたくなってしまった。

 

そうこうしているうちに各々配置につき。準備ができた時、少佐がある提案をした。

 

『〈アンダーテイカー〉。〈ガンスリンガー〉を今より二時方向、距離五〇〇の位置に移してください。そこからだと隠れますが高台があります』

『了解、確認します。〈ガンスリンガー〉、その位置からは見えるか?』

『ちょっと待って……確かにある。移動するよ』

『稜線射撃になることに加え、主攻である第一小隊とはほぼ逆方向の位置取りになります。そのため、攪乱からの各個撃破に際し戦闘序盤の本隊位置の欺瞞にも繋がる筈です』

『成る程な、要するに囮ってわけか』

 

〈ヴェアヴォルフ〉がそう嗤う。

 

『戦車型は仰角が取れません。高台にいる〈ガンスリンガー〉を直接砲撃はできませんし、砲撃位置変更時にも地形が障害物になりますから』

「なるほど、地形には詳しいんだな」

『地図を見つけたんです。よかったら転送しましょうか?』

『良いのかよ、敵性市民に地図なんぞ渡して』

『構いません。活用しないでなんのための情報ですか。それから、あなた達はエイティシックスなどではありません。少なくとも私はそんな風に呼んだ覚えは……』

 

その時、リノは一瞬だけ表情が曇ってしまったが、〈ジェガン〉のレーダーに反応があった。

 

「早速お出ましか……」

『隊長、こっちは任せて』

「了解」

 

コックピットのレバーを持ってリノは戦闘の真っ只中に投入していった。

 

 

 

 

 

戦闘が激化する中、〈キルシュブリューテ〉は単機で戦車型の側面を突くために突入をする。

しかし、戦車型の位置がおかしい。咄嗟に声が聞こえる。

 

『そっちはダメです、〈キルシュブリューテ〉!』

『え?』

 

少佐の制止虚しく、キルシュブリューテを示すアイコンが不自然に止まった。

 

「ちっ、沼か……!!」

『〈キルシュブリューテ〉、そこから離れろ!!』

 

シンの声は聞こえているが、カイエの前にはゆっくりと戦車型が近づいてくる。今すぐにでも対応したいが、なにぶん戦車型が多くそっちには行けそうにもなかった。

 

『嫌だ……』

 

泣き出す寸前の幼い子供のような声が聞こえる。

 

『死にたく無い……』

 

そんな声が聞こえた時、もうダメかと思ったその時。

 

ドガァァァンン!!

 

戦車型が爆発した。

目の前で爆発し、熱風が〈ジャガーノート〉を襲う。

一体何があったのか。カイエは思ったであろう、スピアヘッド戦隊の面々もだ。

見れたのは〈ジャガーノート〉よりも視線が高いリノ達の〈ジェガン〉であった。

リノは知覚同調を切り、ヘルメットの通信機に電源を入れる。

 

「ーーナイスだったクラウ……」

『ほんと、危なっかしいわね……』

 

〈ジェガン〉のカメラをズームさせてやっと見える距離に、迷彩を施し、見えにくい場所に一機の〈ジェガン〉がいた。

 

「良くやってくれたよ。お陰で計画が上手くいきそうだ」

 

この距離であれば通信が可能だったので、リノは狙撃をしたクラウに言葉を述べた。

 

「帰ったら酒を奢るよ」

『それは嬉しい褒賞ね、一番良いのをお願いするわ』

「お手柔らかに頼むよ」

『じゃ、私はまた監視に戻るわ。また何かあったら連絡よろしく』

「ああ、頼むぞ」

 

そう言い残し、リノは通信を切り、知覚同調を起動させた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

レギオンが撤退をする。

それは即ち戦闘の終了を意味し、リノはカイエの〈ジャガーノート〉を湿原から引き上げていた。

戦車型が爆発したのは俺の撃ったマシンガンが偶々当たったと言うになっていた。

 

『戦闘終了、お疲れ様でした……今日は運がよかったです。リノ少佐の撃った弾が戦車型を破壊してくれて……』

 

少佐は心底ホッとした声でそう言うも、〈ラフィングフォックス〉が今までの不満を爆発させるように声を上げた。

 

『運が良かった?……あんたにしてみればエイティシックスの一匹や二匹どう死のうが家に帰ったらすっかり忘れて、夕食を楽しめる程度の話だろ』

 

その声には恨みがこもっているようにも思えるほど、〈ラフィングフォックス〉は苛立っていた。

 

『そりゃこっちだって暇だったからさ……あんたの自分だけは差別とかしません、豚扱いしませんって勘違いの聖女ごっこにどうでもいい時なら付き合ってやるよ。けどさ、こっちはたった今、仲間が死にかけたんだ。そういう時まであんたの偽善に付き合ってなんかいられないって、それくらい分かれよ!』

「……」

 

その罵声はリノ達の耳にも劈くように聞こえた。

 

『それとも何? 仲間が死んでも何とも思ってないとか思ってる? そうかもね、僕達はあんたみたいな高尚な人間様とは違う人間以下の豚だもんね!』

『ち、違います! 私は……!!』

『違うって何が違うんだよ? 僕達を戦場に放り出して兵器扱いして戦わせて! 自分だけ安全な壁の中で高みの見物決め込んで、その恩恵だけを享受してる今のあんたの状態が豚扱いじゃなきゃ、何だって言うんだよ!!

エイティシックスって呼んだことはない? 呼んだことがないだけだろ! あんた……僕達が望んで戦ってるとでも思ってるのか? あんた達が閉じ込めて戦えって強制して! この九年で何百万人も死なせてるんだろ!!』

『それを止めもしないで、毎日優しく話しかけてやればそれで人間扱いしてやれてるなんてよく思えるな!

そもそも、あんたは僕達の本当の名前を一回だって呼んだことないじゃないか!!』

 

その声は戦隊全員に轟くように聞こえていた。




モンストで五千円課金してアムロとバナージがやっと出たぇ・・・・


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#6 呆れ

セオがレーナを罵倒している途中、エリノアは湿原からカイエの機体を引っ張っていた。

 

「〈キルシュブリューテ〉、無事?」

『あ…ああ、何とかな。イテテ……』

「怪我はないですか?」

『ああ、椅子が硬くて腰が痛いくらいかな』

「なら大丈夫そうですね。さ、引き上げます。揺れるので気をつけて下さい」

 

そう言うとエリノアは湿原の〈ジャガーノート〉の足を持ってそれを引っ張った。

 

ガコンッ

 

引き上げられた〈ジャガーノート〉はそのまま陸地に挙げられるとエリノアは〈ジャガーノート〉の状態を確認した。

 

「右前脚が欠損していますね……」

 

『そうか…じゃあ、歩けないって事か……』

 

カイエはどうしたものかと思っていた。ファイドにお願いしてもおそらく時間はかかるだろう。

するとカイエの機体をエリノアが抱えるように持った。

 

『うおっ!』

「頭ぶつけないで下さい。揺れますから」

 

そう言い、エリノアは両手で〈ジャガーノート〉を持って歩き始めた。

カイエはジャガーノートを軽々と持った〈キャノンガンDX〉に興味津々だった。

 

『すごいな、ジャガーノートを軽々と……』

「合州国だと戦闘後の瓦礫の除去作業とかにモビルスーツが駆り出されたりとか結構あるから。これより重いものなんか結構ザラだよ」

『そんな事もあるんだな……』

 

エリノラの話にカイエは面白そうに聞いていた。

 

「今日はカイエのことでセオが少佐と大喧嘩して大変ね」

『ああ、知覚同調越しに聞いていた。まぁ、セオも色々思う事はあったんだろうな』

 

カイエとそんな話をしているとリノのジェガンが見えてきた。

 

『〈グリズリー〉、遅いぞ』

「ごめんごめん、〈キルシュブリューテ〉の機体の足が取れて歩けなくなっていたんだ」

『あー、なるほど』

『うぇ!カ、カイエがMSに乗ってる〜!!』

『え!まじかよ!』

『ズル!私にも乗らせてよ!』

 

そんな声が聞こえ、笑い声が聞こえる中。セオだけが何も喋らず、ただダンマリとしていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

戦場にいる兵士において食事というのは数少ない娯楽の時間である。兵士の士気や生命にも関わってくる為、食事に関しては常に最善の注意が払われ、味も重要である。

 

「なんだこれ?」

 

その日、リノはダイヤに呼び出されて銀袋に包まれた何かを貰った。

 

「ウチの戦闘糧食。リノの持ってる奴と交換してくれよ」

 

ジェガンの中には偵察任務の時に大量に食料を積んでいた為。時々食べているのをダイヤは見ていたそうで、ダイヤが共和国の戦闘糧食を渡して交換をお願いしにきていた。

 

「……」スンスン

 

「おい!別に変な物じゃねえぞ!」

 

「ふーん、そうか……」

 

リノは共和国の戦闘糧食というものにも興味は有った。だから快く交換の申し入れをうけいれた。

するとダイヤはよっぽど嬉しかったのかガッツポーズをしてリノからパッケージに入れられた黄色い液体の入った戦闘糧食を手に入れていた。

 

「ほい、これと交換でいいか?」

「おう!サンキュー!」

 

ダイヤは受け取った戦闘糧食を持って宿舎へと戻っていった。

リノは交換した共和国製戦闘糧食を見て袋を開けて中身を見た。

 

「チョコバウムみたいだな」

 

黒焦げた乾パンのようにも見えるが……

ともかく、賞味期限内であることに間違いはなかったのでリノは交換した戦闘糧食を一口食べた。

 

「……」

 

一口齧り、それを口の中の歯で噛み砕き味を感じる。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

戦闘糧食の交換をしたダイヤはホクホクした様子で戦闘糧食を飲んでいた。

 

「お?何だよそれ」

 

そこにハルトがダイヤが飲んでいるものを見て聞いてきた。聞かれたダイヤは自信有り気にハルトに見せた。

 

「リノと交換した戦闘糧食。プラスチック爆薬と交換してもらったぞ」

「うわ、あれと交換かよー。よく少佐が許可したな」

 

ハルトは羨ましそうにダイヤの持つ糧食を見ていた。

 

「……一口貰っていいか?」

「え!お前そんな趣味が……!!」

「馬鹿か!その味が気になるんだよ!」

 

ダイヤの想像にハルトが突っ込んだ。そして少々の喧嘩の後、結局ハルトが糧食を口をつけない様に慎重に飲んでいた。

 

「これ美味い!」

「だろ?これが戦闘糧食だってよ」

 

レモンの酸味と塩のしょっぱさがうまい具合で合わさり、絶妙なテイストを生んでいた。

そして、共和国のプラスチック爆薬と称される戦闘糧食と比べてダイヤ達はため息をついていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「……(不味い)」

 

俺は不味そうな顔をしていた。そして片手には一口だけ齧った茶色い棒状のものがあった。それは共和国製の戦闘糧食であり、食べた感想は不味いの一言であった。

どうもこの戦闘糧食、彼らからはプラスチック爆薬と呼ばれる物らしい。ちょうど歩いていたレッカがそう教えてくれた。

何も知らずに交換を要求してきたダイヤには後でお返しをしなければならないと決意をしていた。

 

 

 

後に彼の手記には殴り書きでこのようなものが残されていた。

 

 

 

『アレはまさに食への冒涜であった

 

タンパク質や栄養分を適当に入れて混ぜ込んだ共和国の戦闘糧食はまさに豚への餌だったであろう

 

前線でこれが出回ると兵士の食欲が一気に失せた時点で味はお察し頂きたい』

 

 

 

尚この商品は合州国で《新マカノッチー》と言う名前で前線兵士から敬遠され、焚き火の燃料として使われるのであった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

エリノラは珍しく〈キャノンガンDX〉のコックピットで知覚同調で連絡をしてきたレーナと通信をしていた。

 

「ーーーーなるほど、少佐殿は彼等とどうすればいいか聞きたいと?」

『はい……私が余計な事を言ったばかりに……』

 

年上の女性という事でレーナはエリノラに昨日の戦闘後の一件で思っていたよりも大きい衝撃を受けていた様だった。

そんな彼女の相談を受けてエリノラはレーナにアドバイスをした。

 

「昨日のことは〈ラフィングフォックス〉も随分思う事があったと思う。だけどそれは今までの共和国の白系種が行ってきた行動が理由よ。それが全部を表している」

『っ……』

 

レーナは思わず唇を強く噛んでいた。エリノラの指摘は間違っておらず、何も答えられない事に不甲斐なさを感じていた。

 

「だったら行動で示せばいい。少なくとも少佐殿は彼らに歩み寄ろうとしている。それは良い事だと思う」

 

そしてエリノラはレーナにこう言った。

 

「だからミリーゼ少佐。こういう時は正面から行く事をお勧めする」

『正面……ですか?』

 

レーナの疑問に

 

「そう、全員と知覚同調を接続して。そうね……まずは彼らの本名を聞くと良いだろうね」

『名前…ですか……』

「号持ちではなく、本名をね。……そしたら色々と見方が変わってくるかも知れないわね」

『そうですか……色々と聞いてくれてありがとうございます』

「そう、まあ少なくともあなたの様なお人好しに指揮官というものはあまり向いていない気もするがな」

『それでも、私は指揮官を続けるつもりです』

「フッ、貴方も大概お馬鹿さんね。そうね、副隊長としてアドバイスをしておくわ。

 

 

 

 

 

指揮官で居るのなら、指揮官としての覚悟を持ちなさい。その覚悟がなければ貴方はレギオンの大波に飲まれてしまうわ」

『……よく覚えておきます』

 

エリノラの最後の言葉をレーナは心に書き留めるとそのまま通信をアンダーテイカーに切り替えた。

エリノラは〈ジェガン〉の全方位ホログラムから入ってくる映像を見ながら広い森と平原を見ていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

明かりが消され。プロジェクターの電源が入り、暗い部屋の壁に白い光が映る。

 

白い壁紙に、長机。

長机には二〇人ほどの青い共和国軍の制服を来た男女が椅子に太々しく座り、プロジェクターの映像を見ていた。

プロジェクターの横では細い棒を持った同じ共和国軍の制服を着た男が映し出される映像に棒を当てていた。

 

「こちらが、共和国領内で見つかった合州国の戦闘機械です」

 

男が映したのは倉庫の一角に鎮座している二機のロボットであった。

 

「補給した者の話によれば。これは合州国が開発した人型機動兵器〈モビルスーツ〉と呼ばれる兵器で、合州国陸軍の制式装備との事だそうです。おそらくは一年戦争時に製作された兵器の進化系でしょう」

「「「おぉ……」」」

 

会議室内に響めきが広がり、興味深そうにモビルスーツとやらを見ている。

欲望のままにモビルスーツを見るその目は気持ち悪いの一言で済ませられなさそうだった。

すると進行役の男が映像を切り替えて別方向からの写真を見せた。

 

「このモビルスーツは合州国の有色種によって操縦されている様で、使っている弾薬は100mmと報告が上がっております」

「100mm……」

「合州国規格の弾薬か……」

 

会議室の軍人は紙に書かれた資料を基にモビルスーツの推定性能値を見ていた。

その中にはジェローム・カールシュタール准将の姿もあった。

全員がモビルスーツの映像を見ていると一人が声を上げた。

 

「資料によればこれは有色種が乗り込んでいると聞くが?」

 

この問いに進行役の男は間を置いて頷いた。

 

「……そうです。名前はリノ・フリッツとエリノラ・マクマという有色種です」

「ふん、合州国の豚どもが操縦か……」

 

面白くなさそうにモビルスーツを見ている少し太った士官は資料を机に置き、情報を聞いた。

 

「政府の見解はどうなっている」

「概ね我々と同じ意見です」

「そうか……」

「そのため、計画も予定より早めに進みそうかと……」

「了解した。準備が出来次第始めろ」

「ハッ!」

「では会議はこれにて終了する。各自解散して持ち場に戻る様」

 

そうして士官が続々と部屋を出ていく中、カールシュタール准将は資料を見て内心呆れてしまっていた。

 

「(今の共和国は合州国風に言えば『土台の腐った納屋』と言った所か……こんな計画が承認されようとしているのだから……)」

 

カールシュタールは資料に記された計画書を見てため息を吐いた。

 

『モビルスーツ鹵獲計画』

 

単純にそれだけが記された紙には計画に際して必要な物資、期間、概要が書かれていた。

カールシュタールはこの国を憐れんだ。もう五色旗の栄光は何処にもない。

只々汚い大人が他国の兵器に僻み、奪おうとするだけの我儘の様な計画であるからだ。

カールシュタールは一人なった会議室を出るとそのまま執務室に向かい、紙を机の上に置いたまま仕事をしていた。



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#7 黒羊

星暦二一四八年 六月三〇日

 

この日も二機のジェガンは戦闘のために街に出て様子を窺っていた。

しかし、今日はジェガンが前線におらず、後方で待機をしていた。

 

「本当に聞こえてきた……」

 

リノが冷や汗をかきながらそう呟く。すると通信機越しにエリノラの恐ろしいものを見た様な声が聞こえる。

 

『うっ……』

「〈グリズリー〉、無理なら下がれ。安全な場所に隠れておけ」

『いいえ、行くわ』

「そうか……」

 

今回後方支援になったのはシン達から受けた説明を聞き。本当は戦闘に参加することも危険だと言っていたが、実際に確認をしたいからと後方支援という形で出撃をしていた。

百聞は一見にしかず、実際にそれを聞くと足元に亡霊がしがみついてきる様であった。だんだんと血の気が引いていきそうであった。

ビルの影に隠れて居るとレーナが入って来て通信をして来た。レーナがレギオンの襲来を事前に察知できることに疑問を呈しているとその()は聞こえて来た。

 

『この声……』

『少佐、知覚同調を切ってもらえませんか? 今回は〈黒羊〉が多い。俺と同調しているのは危険です』

『危険って……それに〈黒羊〉とは?』

『それについて知りたいならば、後で説明します。もう時間がありません。同調を切ってください』

『……知覚同調なしでは状況の確認が出来ないでしょう。同調は切りません』

 

無知とは罪だな。そう思ってしまう程度にはリノは落ち着きを取り戻していた。

段々とクリアになってくるその()は悍ましい物であった。

 

『――かあさん』

「……」

 

そして〈アンダーテイカー〉が一気にレギオンの中に突入するとその声は一斉にクリアに脳内に響いて来た。

 

『かぁさんかあさん母さんカァさんカアさんかあサンカァさんカアサンカァサん母サンカァサ――』

『イヤだいヤだイやダイやダイヤだいヤダイヤだいヤダイヤだイやだイヤダイヤだいヤダイヤ――』

『熱いあついアツいアツイアついアついあツい熱いあついアツいアツイアついアつ――』

『助けてタスケテタスけて助けテタスけて助けてタスケテタスけて助けてタスケテタスけて助けてタスケ――』

 

それはまさに死人の声、死に損なった亡霊が嘆き、死の歌の様に響いていた。

 

『イッ……イヤァァァァァァ!!!』

『少佐!切りますよ!』

 

無数の死人の声が響き、自分も思わず知覚同調を切りたくなってしまった。

エリノラは耐えられず、知覚同調を切ってしまった。

レーナの前に居た前任者はこの声を聞いて自分の頭を吹っ飛ばしたそうだ。確かにこれは人を壊せそうだと思っていた。

彼らにとってはただの雑音にしか聞こえていないそうだが、初めて聞く俺たちは動かさなければならない手をなかなか動かせずに居た。

 

『今日はいつもより五月蝿いなぁ!!』

 

ライデンの声が聞こえ、〈ジャガーノート〉は戦場に突っ込んでいく。

よくこんな声がする中戦場に集中できるものだ。そんな事を思いながらリノはレバーを動かして〈ジェガン〉を動かす。

 

 

 

 

今回は使い物にならないかも知れないというシン達の予想は当たっており、今回の戦闘で自分達はほとんど敵を撃破する事なく終わっていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

隊舎に帰還し、リノとエリノラは疲れた様子で二人は〈ジェガン〉の肩に乗っていた。

適当に隊舎のぬるいシャワーを浴びた二人は湯冷めの心配もなく空を見ていた。

 

「ねえ、さっきの……」

「ああ……聞いていたさ」

「凄い……私なんかすぐに切っちゃった。あまりにも恐ろしすぎて……」

 

二人は今日の戦闘を思い出してエリノラはリノに寄り添って小さく震えていた。

大の大人でもあれは恐怖を植え付けるには強烈すぎ、戦闘後もあれは嘘ではないかと思っていた。

 

「しかし、これでシンが言っていた意味がよくわかった」

「……」

 

 

 

〈レギオン〉による大攻勢が始まる

 

 

 

この国で戦闘をしていた時にシンから聞いた事だ。

初めは疑問が多かったが、〈レギオン〉の数が減って居る事。戦争初期と比べて〈レギオン〉の知能が上がって居る事。それを聞いてアップデートが行われて居るのかと思ったが、今日の戦闘で全てが分かった。

まさか遺体の埋葬が禁じられて居るエイティシックスの脳を回収して居るとは思わなかった。

そして〈レギオン〉に取り込まれた脳は壊れたラジオの様に同じ言葉を繰り返して聞こえる。

 

なんとも恐ろしい話だと思った。

これなら大攻勢に関する情報に信憑が増す。エリノラを慰めながらリノはその様な事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気づいた時、俺は合州国軍の旧式量産型モビルスーツ《RGM-79ジム》に乗っていた。

 

初めてのMSの操縦に初々しさを持ちながらレギオンとの戦闘を行っていた。

 

そんなレギオンとの初戦闘は最悪の地獄となった。

 

二個小隊八機のMSはレギオン重戦車型の急襲を受け壊滅。

 

初めての着任で自分にMSの癖を教えてくれた小隊長も、

 

自分が来る少し前に着任した自分が先に来たからと先輩ぶる仲間も、

 

部隊のMSは建物内にに隠れた重戦車型と戦車型が脚部の関節部を狙って行動不能にし近接猟兵側が動けなくなったMSのコックピットによじ登り、装備してる高周波ブレードで突き刺しパイロットを殺傷し、戦車型が砲撃により倒れたジムの胴体部に向けて砲撃し撃破され残った味方も奇襲による混乱により撃破された。

 

最後に残った俺のジムの頭部バルカンは底をつき、頼みのビームスプレーガンも故障し、ジムの手足を武器にしてレギオンを相手にしていた。

 

足で斥候型を踏み潰し、

 

破壊した戦車型の残骸を手に持って近接猟兵型に叩きつける。

 

思えばこの時ほどレギオンを倒したことはないかもしれない。

 

初めての戦闘で慣れないジムを操縦し、無我夢中で生きる事を望み、味方の救援が来るまで前線を文字通り死守していた。

 

もしここで戦死して仕舞えば寮を出る時にエリノラとした約束を果たせなくなる上にオバアに迷惑をかけてしまう。

 

捨てられていた自分を拾って育ててくれた恩返しをすると意気込んだ矢先で死んでたまるかとビームサーベルを振っていた。

 

順調にレギオンを倒し、あと少しでレギオンが全滅する。

 

そう思った時。ジムに大きな衝撃が加わり、メインモニターが割れ、後ろに倒れる感覚が起こる。

重戦車型がレギオンの残骸に乗って射角を広げてそれによる至近距離の砲撃を喰らいジムの右胸部を貫通。その余波で俺の右目に割れたメインモニターのガラス片が突き刺さり、右腕に焼けるような痛みが加わる。

 

『ぐっ・・・・あぁ・・・・!!』

 

ジムが倒れた衝撃で右目が真っ暗になり、おまけに左目の視界も真っ赤に染まる。

 

『あぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁ!!!』

 

薄れゆく意識の中、俺は一矢報いてやろうと残った左腕でレバーを動かす。

しかし、操縦システムがレギオンの攻撃により停止し、機能せず。ただコックピットをこじ開けようと何かが金属を切る音だけが聞こえる。

薄れていく意識の中、俺はガコンッと大きな音がし、レギオンのセンサーが顔をのぞかせた所で視界がブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

急激に意識が引き戻される。

そして目の前にはエリノラの顔があり、キスをしていた。

リノの様子に気が付き、エリノラは小さく微笑む。

 

「お帰り」

「あぁ……」

 

回復する意識と共に自分が何をしていたのかを思い出した。

確か戦闘に駆り出され、長距離砲の砲撃で吹き飛ばされ失神してしまった〈バーンドテイル〉の援護のために向かった先で戦車型の奇襲を受けたのだった。

今回の戦い方はいつもと違い、長距離砲による準備砲撃を受け、自走地雷がウヨウヨとしており、戦術を変えなければならなかった。

特に目立っていた〈ジェガン〉は長距離砲に重点的に砲撃を受けていた。

戦闘の経過は良好で、マシンガンだけでなんとか敵の攻撃を抑えることは出来ていたが。

〈バーンドテイル〉の援護の時に咄嗟に()()を使っていたようだ。

 

「気をつけてね。今回は比較的小規模だったけど、一部とは言え命を使うようなものなんだから」

「ああ、気をつけておくよ」

 

リノは()()()()()を見せながらエリノラにそう言う。地面に座るように足を前にして倒れている青と白のジェガンは泥だらけとなり、パーソナルマークのオッドアイの獅子には銀色の流体マイクロマシンがかかっていた。

目の前にはコックピットの開いた状態の〈ジャガーノート〉一機と踏み潰された斥候型、そして〈ジャガーノート〉の背後に居る撃破された戦車型だった。

その戦車型は真正面から何かが貫かれたように穴が空き、あたりには銀色の液体のような物が飛散していた。

 

「取り敢えず全員が無事よ。損害は目の前にいる軽傷者が一人だけ」

「そうか」

 

どうやら頭を切ったようで、血が流れていた。

エリノラがリノのヘルメットを取ると片手に包帯とガーゼを持ちながらリノに言う。

 

「ちょっと抑えるわよ」

「イテテ……」

 

ガーゼで抑えられ、頭をグルグル巻きにされ、包帯を巻き終えるとエリノラは汚れたガーゼを手に取ってそれを燃えている自走地雷の残骸に放り投げた。

 

「応急処置はしたから。後は自分で戻ってね」

「ああ、助かった」

 

そう言うとエリノラはコックピットを出るとそのまま駐機してあった〈キャノンガンDX〉に乗り込みその巨体を動かす。

リノも〈ジェガン〉のコックピットを閉じて機体を動かす。久しぶりにあの夢を見たと思いながら。

その時、リノの右目はいつもの青色の瞳をしていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

基地に戻り、真っ先に言われたのはレッカからの感謝と謝罪だった。

 

「ごめん、今日あなたを危険な目に合わせちゃって……」

「馬鹿言うな。ジェガンの装甲を舐めるんじゃない」

 

頭に包帯を巻いた状態でそう言うリノにレッカは頭を下げていた。

リノの乗る〈ジェガン〉にはシールドがついておらず、その影響か所々に凹みが出来ていた。

 

機体のことも考えると上官にお叱りを喰らうこと間違い無いのだが。この子達と交流を深め、できれば合州国に亡命をさせたいと思っているリノは半ば独断で共和国に残っていた。

レッカの謝罪を受け、リノはその謝罪を受けるとそのままレッカは去っていき、リノは絶賛洗浄されている自分のジェガンを見ていた。

 

「(受領から三ヶ月でこれはやり過ぎたな……)」

 

そんなことを思いながらリノは泥が落とされ、所々塗装が剥げた〈ジェガン〉が姿を表す。

それはエリノラの〈キャノンガンDX〉も同様で自分ほどでは無いにしろ所々に傷があり、塗装もはげていた。

レーナから部品交換の申し出があったがそれは流石に拒否をさせてもらった。

本人は気づいていないかも知れないが、モビルスーツの情報を漏洩させないためにも部品の交換は絶対にさせなかった。

レーナからの話でしかないが、共和国の内情は思っていたよりも悲惨だった。

 

戦争を有色種に押し付け、八五区と言う鳥籠の中で薄氷の上を偽りの平和が支配している。

 

いずれは負けると悟っていても決して認められるわけが無く、目を背け続けている。

 

これほど悲惨な国がかつてあっただろうか。

 

今頃合州国にいる共和国出身者はどうなっているのだろうか。生まれた祖国の悲惨さに嘆き、怒りを抱くのだろうか。

 

そんな事を思っていると森の方で赤いライトが点滅しているのが見え、リノは新しくカバーを掛け直したヘルメットの電源を入れる。

 

「どうした」

『隊長、大事件です』

 

いきなり聞こえてきたテオの声は緊迫した様子であった。ただ事では無いその様子にリノは目を細めながら聞き返す。

 

「……何があった」

『隊長の指示で共和国のネットワークに接続して軍の内情を確認しました』

 

それから聞いたテオの報告にリノは思わず苦言を呈す。そんなガバセキュリティの軍で大丈夫なのかと。

 

『共和国軍は毎年一〇万単位でジャガーノートを発注しています。おまけに年間被害数もほぼ同じ数です』

「……クズだな」

『ええ、おまけに生き残った有色種も各戦線を盥回しにされて最後まで生き残った隊員には特別偵察任務という〈レギオン〉支配域の奥まで生かせる片道切符の死の命令が下されるようです』

「……」

 

もはや言葉が出なかった。そこまでして共和国は有色種を消したいのか。共和国の行動にもはや怒りをこして呆れてしまっていた。

 

「まるで染み抜きだな……」

 

そう呟くとテオはさらに悪いニュースを持ってきた。

 

『それと隊長。聞いておいて欲しい事が……』

「言ってくれ」

『実は……』

 

この時のテオの報告はリノをイラつかせ、最早呆れさせるには十分なニュースだった。



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#8 真実

星暦二一四八年 八月二十五日

 

パンッ!パンッ!

 

廃墟となったサッカー場で花火の上がる音が響く。

夜空を照らすそれは見るものに感嘆の声を漏らさせた。

 

「綺麗なものだ」

「本当ね」

 

〈ジェガン〉のコックピットでそう呟くのはエリノラだ。二機の〈ジェガン〉はハッチを開けたまま地面で閃光を放つ小さな花火を見ていた。

この花火は少佐がわざわざ送ってきてくれた物だった。今日は共和国の革命祭、せめて今日だけは楽しんで貰おうという少佐の心遣いから特殊弾頭として送られてきた物だった。

 

「彼らに取ってはこれが最後の花火大会になることとなるのか……」

「そうね……」

 

リノは悔しそうに、悲しそうに、そう呟く。

彼がそう思うのも無理はないとエリノラは思っていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

きっかけは一昨日の事。リノは隊舎の食堂に全員を集めていた。

 

「何?話って」

「わざわざ全員集めて」

 

そんな疑問が投げかけられる中。リノは口を開いた。

 

「今日は集まってもらって申し訳ない。皆に聞いてもらいたい事があった」

 

いつになく真剣な眼差しで話すリノに全員が耳を傾けていた。

そして語られる話に全員が一瞬驚き、一部は疑問に思う。

 

 

「合州国に亡命しないか?」

 

 

リノは今までに無いほど真剣になって聞いてきた。

 

「君達には秘密にしていたが、ここでの情報は既に合州国本国に送らせてもらった」

「「「「「「!?」」」」」」

 

リノの暴露に全員が驚いた様子を見せる。

ここから合州国と言う国まで粗電攪乱型の電波をどうやって潜り抜けたのか。

それは分からなかったが、それでもリノは自分たちに提案をする。

 

「合州国ではいつでも君たちを受け入れる準備ができている。君達の()()()()()が下された後に俺たちが責任を持って君達を合州国まで案内する」

 

一度も話した事がないのに特別偵察任務の事をなぜ知っているのか。

疑問に思う点は色々とあったが、そもそも亡命という言葉を知らないクレナにライデンが説明をした。

 

「ボウメイって何?」

「簡単に言えば合州国に逃げて匿ってもらうって事だな」

「ふーん」

 

ライデンの説明を受けなんとなく納得したクレナはそれだけで済ませるとリノの話を聞いていた。

 

「この中で合州国に亡命したいと言う者は手を上げてくれ」

 

そう言うと沈黙が続き、手を挙げるものは誰一人をいなかった。

 

「……誰もいないのか……?」

 

リノが驚愕しているとライデンが口を開いた。

 

「リノの提案には感謝をするさ。アンタらが俺たちのために亡命を提案してくれたのはありがてえ。

だがな、ここにいる全員はシンに連れて行って貰うって最初に約束したんだ。だからリノの提案には悪いが断らせてもらうぜ」

 

ライデンから語られた言葉に全員が頷くとはいかずとも肯定している様子であった。

その事にリノは止まっていた思考を戻すと言葉を紡いだ。

 

「君たちは……命が惜しいとは思わないのか?」

「……たとえ死んでも、連れて行ってくれるから」

「……」

 

クレナがそう呟き、リノは思わずシンの方を向く。

相変わらず本を読んでいて無表情ではあるが、肯定をしているようであった。

 

「……そうか」

 

リノは全員の意思を確認すると悔しげに拳を握った。

 

「気が変わったらいつでも言ってくれ。合州国はいつでも君達を歓迎させてもらう」

 

そう言い残してリノは食堂を後にした。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ダメだったんなら最後まであの子達を見届けましょ」

「そうだな……最後まで粘るとしようか」

 

花火が打ち上がるのを眺めながらリノはそんな事を呟き、各々花火を楽しむシン達を眺めていた。

 

この時、アンジュとダイヤはお互いに自分の正直な思いを伝え合っていたそうだ。

そして、最後まで共にするという誓いを立てていた、

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

星歴二一四八年 八月二七日

 

この日は市街地戦の為、〈ジェガン〉二機は建物の影に隠れながら〈レギオン〉の様子を確認していた。

 

『戦隊各員傾注、これより〈レギオン〉の前進拠点の制圧にかかる』

 

シンの声が通り、全員がレギオンと相対する時、リノの頭に映像が映る。

空にぽっかりと空いた穴と爆炎。

リノは久しぶりに起こった未来視に瞬時に何が起こったのか理解できた。

 

『〈デカンの悪魔〉が来る!!全員逃げろ!!』

 

そう叫んだ刹那、粗電攪乱型の埋め尽くす空に大穴が空き、着弾すると爆炎と衝撃波をもたらす。

 

『何だ!?』

 

全員が混乱する中、リノの声が戦隊に響く。

 

「三秒後にポイント二〇三、八秒後にポイント四〇八に砲撃が来るぞ!!」

『三秒!?』

 

そうレッカが叫ぶ中時間は経ち、三秒後に第二射目が、八秒後には三射目が着弾し、爆炎と衝撃波をもたらした。

 

『か、解析出ました!発射位置、東北東百二十キロ、推定初速は……秒速四千メートルっ!?』

「……間違いない、デカン高原で一撃で一〇個師団を葬ったやつだ!!」

 

レーナの報告にリノは舌打ちをする。

 

『作戦中止! 直ちに撤退してください! 少しでも早く戦闘区域外へ!!』

『――っ! ……了解』

 

レーナの指示のもと、シン達は急いで戦闘区域を逃走し始めていた。

その中でリノは先の砲撃で未来視が発動した事に心底ホッとするのだった。

 

 

 

 

 

レギオンの追撃を逃れるために花火大会をしたサッカー場跡に全体は隠れていた。

今回の砲撃でトーマ、チセ、ルイ、クロトが戦死した。

四人も戦死したことに自分の不甲斐なさを感じて居ると知覚同調でレーナが補充の事を話していたが、シンは全員に確認をとった後。

真実を話した。

 

『少佐、補充はきません。ただ一人も……』

『……え?でも…計画は』

『俺たちは全滅します。この部隊は、その為の処刑場です』

 

改めて聞くと共和国の愚かさを感じ取れるその計画に無性に腹立ちを抱いてしまう。

しかし、その事実を知らないおめでたい指揮官は信じられないと言った様子であった。

 

『……な…何を言って』

 

レーナは信じたくないと言う思いだった。

言われてみれば確かに八五区内で有色種を一度も見たことが無い。

シンの様に兄弟がいたり、クレナの様に両親がいたプロセッサーが未だに戦っているこの状況。

レーナは自分のおめでたさに吐き気がしてしまった。

 

『プロセッサーの大半は任期満了どころか、一年も待たずに戦死するから、市民権やらの口約束は反古に出来る。

しかし、問題は俺達のような死んで当然の戦場で一年、二年と生き延びてしまう“号持ち”のプロセッサーだ。白豚からしたら反乱の火種になると思ったんだろうな。だから、“号持ち”は激戦区をたらい回しにされる。そこで戦死するようにな。

そうやっても死なない、どうしようもない奴がたどり着く場所が――第一戦区第一防衛戦隊。というわけだ』

 

ライデンの静かな声が響き、リノ達は倒錯してしまいそうになる。

 

死なせるために戦わせる。そう自覚したレーナは一本の蜘蛛の糸に縋るように言う。

 

『それでも……それでも、生き延びさえすれば……』

『そんな奴らに与えられるのが成功率、生存率ゼロの特別偵察任務だ。そこまでやられて帰ってきた奴はいねぇ。白豚どもにしてみたらゴミ処理完了で万々歳というわけだ』

 

共和国はどこまでも腐っている。

国単位でここまで腐っているのは今までの歴史上無いだろう。サンマグノリア共和国は最低でも数十年、もしくは永遠に愚の国として名を馳せる事だろう。

レーナは怒りや悲しみに満ちた声でシン達に言う。

 

『そんなの……そんなもの、ただの虐殺じゃないですか!!そんなの……皆さんは知っていて……』

『ああ、最初からな……』

『それが分かっていて……なぜ戦ったのですか!? 逃げようと……それこそ共和国に復讐しようとは思わなかったのですか!?』

『俺は十二まで第九区の白系種のババアに匿われてたんだ。それに俺だけじゃねえ。シンを育てたのは、立ち退き拒否して強制収容所に居残った白系種の神父だし、セオの隊長の例もある』

 

するとそこにカイエが話に入ってきた。

 

『白系種の中にも貴方のような善人もいる。クレナは白系種の中でも最悪の人物を知ってる。エイティシックスの中にも同じようにクズはいた。シンや私なんがそれらを見てきた』

『復讐ってのはそう難しい話じゃない。戦わずに〈レギオン〉共を素通りさせてやればいい。俺達も当然死ぬが、それで白豚共を道連れにしてやれる』

『ならば何故……』

『白系種の大半はクズでもわざわざ死なせることはねぇって奴も中にはいた』

『それを踏まえて俺達は決めた。クズにクズな真似をされたからって同じ真似で返したら同じクズだ。ここで〈レギオン〉と戦って死ぬか、諦めて死ぬしか道がねえなら、死ぬ時まで戦い切って生き抜いてやる。それが俺達の戦う理由で誇りだ』

 

成人にもならない少年がそう呟く。

合州国でもこれ程誇り高い戦士は居ないだろう。

それまでの人生がどうであれ……リノはだからこそシン達を合州国に亡命させ、生きながらえさせ、この歴史を後世に残していきたいと思っていた。

全員がそうでありたいと願い、今日それを確かめ合っていた。

 

『その果てに……死ぬしかないと分かっていても……ですか?』

『明日死ぬからって、今日首括るマヌケがいるかよ。断頭台に登ることは決まっていたとしても、その登りかた、あるいは散り様ぐらいを選ぶ自由はある。あとはその通り、生き残るだけだ』

 

リノは知覚同調で誇り高い若き戦士の話を聞き、その声は記憶の中に残り続けていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

帰還途中、珍しくレーナが俺に同調をしてきた。

 

『リノ少佐、お話を宜しいでしょうか』

「珍しいですね。何の御用でしょうか」

『さっきの話で私からお願いしたい事が……』

「合州国に彼らを亡命させろと言う事ですか?」

 

先手を打たれ、レーナは頷く。

 

『……そうです…戦い抜いた先で死ねと命令されるなんて……あまりにも残酷すぎます……』

 

レーナの悲痛な願いは当然リノも重々理解していた。しかしリノの返答は……

 

「ミリーゼ少佐、私も過去に彼らに亡命の話をしました」

『っ!?じゃあ……』

「生憎と亡命をしたい者を募りましたが誰一人として来ませんでした」

『!?何故です!』

「さっきライデンが言っていたでしょう。戦い抜く事が彼らの誇りである……と」

『ですが……!!』

 

レーナは食い下がろうとしていた。しかしリノはこう答える。

 

「ミリーゼ少佐、彼らがそう望んだのであれば。それを邪魔する事こそ、彼らに対する最大の侮辱です。俺たちに出来る事はもう何もありません」

『……』

 

レーナは悲しんだ。この世界の残酷さにレーナはどうしようもできない事に不甲斐なさを感じていた。

そこにリノが言葉を紡ぐ。

 

「ですが、少佐。貴方には彼らに託された使命があるはずです」

 

 

 

レギオンによる大攻勢

 

 

 

「今、共和国でレギオンの大攻勢や敵の超長距離砲に関して知っているのは貴方だけです。ならば今からでも貴方はレギオンの大攻勢に備える必要があります」

『ですが……』

「ミリーゼ少佐、貴方は良い人だ。だが、時には指揮官としての覚悟を持って、損害も気にせずにレギオンと戦わなければならない時があります。貴方はその時、最前線で戦わなければならない。

 

 

その時に生き延びなければならない。

 

 

生き抜くことで彼らに対して敬意を表するんです。今までに死んでいった者達の為にも……私たちは生きるんです。

生きて彼らの行き着いた先まで辿り着くんです」

 

リノの力強いその言葉はレーナの心を大きく動かしていた。

そこにリノは言葉を付け加えた。

 

「少佐、今回放たれた超長距離砲は合州国でも猛威を振るったレギオンです」

『!?』

 

レーナは思わず、軍事機密を話して良いのかと驚いてしまった。

 

「合州国の推定では旧時代にギアーデ帝国が開発、製造した八〇センチ列車砲の近代化バージョンと推定しています」

『ま、待ってください!今ノートに書くので……続けて話してもらえますか?』

「分かりました」

 

そう言い、リノはレーナにバグラチオン作戦時に猛威を振るった敵の新型レギオンの推定情報を渡した。

本来、こう言うのは許可がいるのだが、リノはそんな事も気にせずにレーナに情報を渡していた。

レーナであれば上手く使ってくれるだろうと信じているからだ。良くも悪くも真っ直ぐなレーナであれば何とかなるだろうと予測していた。

そして新型レギオンの情報提供を済ませるとレーナは最後にこう言った。

 

『リノ少佐、共に生き残りましょう。彼らの為にも……行き着いた先にたどり着く為にも』

「ええ、元からそのつもりです。……いつか、お互いに顔でも合わせて挨拶をしたいですね」

『そうですね』

 

二人は共に誓いを立て、戦争を生き抜くことを決意するのであった。

この時、レーナはどこか吹っ切れた様な声色であった。



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#9 別れ

星暦二一四八年 九月二八日

 

視線の先には念入りな整備をされ、汚れを落とされた〈ジャガーノート〉の姿が。

マークはセオが書き直し、それも真新しくなっていた。

 

宿舎では隊員達が行き来をしている。

それもそのはず、明日はいよいよ特別偵察任務の日だからだ。

各自必要な荷物や私物をかき集めていたのだ。

 

「六人か、ハルトの奴は惜しかったよな」

「……あのさ、死んだように言わないでよ」

 

ライデンの横でそう言うのは左脇に即席の松葉杖をし、腕と足に添木をされて包帯を巻かれたハルト本人だった。

 

彼は特別偵察前最後の迎撃作戦で近接猟兵型の特攻で、咄嗟にリノの〈ジェガン〉の機転で命は助かったが〈ジャガーノート〉は大破、そして右前腕部と左大腿骨骨折、とてもじゃないが戦闘機械を操縦できるような状態ではなかった。

よって、特別偵察任務に参加する事は叶わなかった。

 

 

 

では彼はどうなるのか。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

否、答えは簡単である。

 

「ごめん…俺たちだけ合州国に亡命する事になっちゃって……」

「いいじゃねえか、リノが『命あっての物種』って言ってただろ?」

 

そう、合州国への亡命である。ハルト自身、最後まで自分も特別偵察任務に行くと粘っていたがダイヤから、

 

『俺たちは先で待っているから。お前は土産話を持って来て聞かせてくれよ』

 

と言われ、渋々と言った様子でリノの手を取っていた。

自分にまた新しい使命ができたと言うことで納得をさせていたが、本音はシン達と共に逝きたかったのだろう。

そんな感情がひしひしと伝わってきた。

するとライデンが意外そうな声で呟く。

 

「まさかレッカまでついていくとは思わなかったがな」

「本当な」

 

そう、ハルトがリノの手を取った時、レッカもハルトが心配だからと同じように合州国に亡命すると言い出したのだ。

理由はハルトが向こうでも変なことをやらかさないようにするための監視、と言っていた。予想外な展開にシン達……特に仲が良かったクレナが驚いていた。

何故だと詰め寄るクレナにレッカはこう言い残す。

 

「クレナ、私も土産話を持って行くつもり。あんな奴の話なんかよりももっと面白い土産話を持って行ってあげる。だからそれまで楽しみにしていて。第一男の持ってくる話なんてウチらになんてさほど面白いものもないでしょ?」

 

クレナは最後までレッカのことを引きずっていたが、最後は笑って見送ろうと決心をし、覚悟を決めた様子でレッカを見ていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

その時のことを思い出しながらハルトは思い出したように、苦労しながら左手ポケットから二枚の金属片を取り出す。それはハルトとレッカの機体から切り取った〈ジャガーノート〉の装甲片だった。

 

「これ、後でシンに渡しといて。俺もそこに行き着くって証を残すために。俺は、いつまでもこの隊のことが好きだから」

「おう、お前は後から大量の土産話を持って来てくれよ」

「ああ、任せろ」

 

そう言うとハルトを呼ぶ声が聞こえ、ライデンは寝そべっていた便利から起き上がる。

 

「よっと、時間のようだな……」

「そうだね」

「じゃあ、俺たちは先で待っているぞ」

 

そう言うと二人は共に同じ方向に歩き始めた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

同時刻、基地の別の場所では女性陣が集まっていた。

 

「レッカ……本当に行っちゃうの?」

「ええ…ごめん、自分勝手なことしちゃって……」

「ううん……」

 

クレナとレッカがそう言い、アンジュやカイエもレッカを見て名残惜しそうに別れを告げる。

 

「次会ったら、色々と話を聞かせてね。待っているから」

「面白い話とか、向こうの話とか。色々と聞かせてくれ」

「ええ、分かった。その時はいっぱい話をしよう。色々と見てくるから……」

 

湿っぽい別れ方に、レッカは申し訳なさそうにする。

しかし、もう決まってしまった事だ。名残惜しくも、レッカを呼ぶ声が聞こえる。

 

「おっと、もうこんな時間か……」

「行くんだね……」

「気をつけて」

「また会おうね。レッカ……」

「ええ、クレナもアンジュもカイエも。みんなまた会おう」

 

そう言うとレッカは自分の乗っている〈ジャガーノート〉に向けて歩き始める。後ろにはコンテナが繋がれ、そこには戦隊からのお土産とハルトとレッカの私物、整備班からのお土産が入っていた。さらに、コンテナの中には分解された状態の〈ジャガーノート〉まで積まれており、中身は一杯一杯だった。

全員が二人を見送ろうと外に集まって二機の〈ジェガン〉と一機の〈ジャガーノート〉を見る。

全高二〇メートル以上あるジェガンは〈ジャガーノート〉と対比をすると地を這う虫のようであった。

 

「こうやってみるとやっぱり凄い大きいんだね」

「そうだな。今までこいつに何人助けられたんだろうな」

「いっぱいの人を助けたよ。それなのに白豚は……」

 

クレナは心底忌々しげに呟く。その様子に今回ばかりはアンジュやカイエも同様の気持ちであった。

 

「おかげで、予定が一日早まってしまったんだもの。碌な事をしないわね」

「今回ばかりは同感出来るな」

 

アンジュやカイエもそのような事を言いながら宿舎端に目をやる。

そこには真っ黒な遺体袋が四つ並んでいる光景であった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

昨夜 スピアヘッド隊舎端

 

真っ黒な闇世の中、隊舎の端では黒い服装に身を包んだ四人の人物が銃を片手に集まっていた。

そのうちの一人がつぶやく。

 

「ーーったく、なんで俺がこんなところに……」

「しっ!文句を言うな。命令を忘れたのか」

「しかし……」

 

彼らは共和国の八五区からある作戦のために派遣された今時珍しい戦闘服を着る白系種であった。

彼らは国軍本部からの直属の命令で半年間で訓練を受けた金に目の眩んだ雇われ兵である。

 

「命令を忘れるな。今回はアストリア合州国のモビルスーツを回収する事。その為に搭乗員二人を静かに殺すことだ」

「へいへい、分かっていますよ」

 

見るからにやる気の出ない新兵にため息を吐きつつも四人は隊舎の中に入り二階の一室に入る。

事前の下調べでこの部屋に目標がいる事は把握済みだ。四人はお互いにアイコンタクトをするとドアノブを握って一気に部屋の中に入り躊躇なくナイフを布団に突き刺す。

そして五回ほど刺し、作戦完了とホッとした時。

 

パシュッ「ガッ」バタンッ

「っ!?敵k」パシュッ!ガタガタ……

 

密閉空間の攻撃に同点し、まともに反撃ができない中。二人がやられ、残った二人は一人はいきなり死んだ二人に腰を抜かし、もう一人は持っていた小銃を闇雲に撃とうとしていた。しかし……

 

パシュッ!「あっ……」ガシャンッ!

 

そして腰を抜かし、まともに動けない一人は真っ暗な部屋を見まわし、ふと背後の気配に気づく。

 

「っ!?」ガバッ!

 

気づいた時にはもう遅く、男は首に腕を巻かれ、頭を手で押さえつけられていた。

すると背後にいた気配は男のようで、そいつは呆れたように喋る。

 

「やれやれ、暗殺をするには足音が大きすぎだ。バレバレだぞ」

 

「グ……ゴ……」ミシッ

 

首から嫌な音が聞こえ、白系種の顔色はどんどん悪くなる。

 

「共和国の意思は理解した。俺が国に戻ったらこの事をきっちり上官に伝えておこう」

ミシッ「ゴ……アァ……」

 

顔色は土器色となり、リノは締めている力を徐々に強める。そして最後にドスを効かせた声を耳元で囁く

 

「よく覚えておくんだな。合州国に刃向かえばこうなると」

 

ゴキッ!

 

最後に思い切り締め付け。脊椎を砕いた音がし聞こえ、リノの腕にどっさりと重さがのしかかる。

男は白目をむいて倒れ、口からは血が漏れていた。それを見てリノはため息をつく。

 

「やれやれ、まさか本当に殺しにかかるとはな……出て来ていいぞ」

 

そう言うとと少し空いた扉の向こうから片手に完全消音拳銃を片手に持つエリノラの姿があった。

エリノラは部屋の扉を閉じるとため息を吐いた。

 

「まさか本当に殺しに来るなんて思わなかったわ」

「ああ、俺も正直予想外だった」

 

そう言いながら地面に横たわっている四人の白系種の遺体を見る。

覆面をしていた影響で幸い血は床に染み付いておらず、被害は布団がボロボロになっただけであった。

案外最小限に終わった被害にホッとしていると部屋の扉をノックする音が聞こえる。

 

『ねえ、今薬莢の落ちる音がしたけど大丈夫?』

 

扉の向こうでクレナの声が聞こえ、エリノラが答える。

 

「ごめん、ちょっと私の誤発。気にしないで」

『……何があったの?』

 

クレナがそう聞き返す。そしてクレナの声に気がつきゾロゾロと他のメンバーも集まって来ているようであった。

流石に隠し切れなかったかと若干の後悔をするとリノが扉に向かって叫ぶ。

 

「今、部屋に入ってくるな。俺たちを殺しに来た奴の遺体がある。片付けるまで待ってろ」

『あ、うん……分かった……』

 

リノの指示に従い、クレナ達は部屋に入ってくる事はなかったが、リノ達を殺しに来たと言うことで様々な憶測をしていた。

そんな声を気にもせず、リノとエリノラは四人の遺体を遺体袋にしまうとそれを積んで外にいるであろう男達を部屋に招き入れる。

 

「これ運ぶのを手伝ってくれ」

「お、おう……」

「……分かった」

 

平然と遺体を運ぶリノ達に顔が引き攣りつつも四体分の遺体を運び出すとリノはそれを隊舎横に陳列させる。

 

「なあ、リノ。説明してくれよ、これは一体何なんだ!?」

「合州国に喧嘩を売った馬鹿どもさ。今頃白豚どもは大慌てだろうな」

「「「・・・・」」」

 

この時、シン達はリノの姿を見て本当に軍人なのだと理解した。

自分達のような経験と勘で生き残った兵ではなく。きちんとした訓練を受け、人を殺すことに何の躊躇なく行うことができる。

本物の軍人なのだと。遺体を見てこんな軽口を叩けるくらいに、彼は訓練されて来たのだろうと感じていた。

そして彼は馬鹿どもと遺体に向かって吐き捨てるとその場でシン達に言う。

 

「済まない、予定を変更させて貰う。明日の昼にここを経つ。それまでに準備してくれる様アルドレヒトさんに頼んで来る」

「あ、あぁ……」

 

ライデンはそんな返答をしながら走り去っていくリノを見続けていた。

開けないほうがいいと言われ、素直し従っているが。中にいるのは俺たちを追いやった白豚。しかし、これを見てどことなく吐き気がしてしまうのは俺達は完全に人が死ぬところに慣れていないと言う事なのだろう。

そうでなければこんな気持ちは抱かないはずだ。

今の時刻は午前二時頃、深夜なのにも関わらず俺たちはリノ達を襲った白系種の遺体を見て眠気なんか何処かに吹き飛んでしまった。

クレナですら少しだけ気持ち悪そうに四つの遺体袋を見ていた。

本来は燃やすか何かして処分したほうが良いらしいのだが……リノはとりあえずレーナに一言連絡を入れただけでそのままジェガンのコックピットを開けると中身を確認した。

 

「……入られた形跡はなさそうだな」

 

リノは変化のないコックピットを確認してホッとため息を吐く。

そして深夜にも関わらず対応をしてくれ、さらには真っ先に謝罪までしてきたレーナは素晴らしいとも言えた。

 

「さてと……これ以上ここにいるのは危険だな……レッカやハルトには申し訳ないが出発を早めなければならないな……」

 

そう呟き、文句を言いつつも事情を理解し、遺体袋を見たアルドレヒトさんは部下を叩き起こして出発のための準備を急ピッチで進めてくれた。

そのことに感謝しつつ知覚同調で全員に伝える。

 

「全員に通達。遺体を見て分かってくれたかも知れないけど、これ以上俺たちがここにいるのは危険と判断し、出発日時を変更、明後日十二時から明日の十二時に変更する。それまでに支度をして置いてくれ」

 

そう言うと全員理解してくれた様で、文句は一切なかった。

そして急遽徹夜でお別れ会を開く羽目となってしまっていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「本当、碌な事しないね」

「全くだな、おかげでこっちは大忙しだ」

 

そう言い、セオとライデンが苛立ちながら〈ジェガン〉に吊り上げられているハルトを見る。

慎重に吊り上げられたハルトはコックピットに入れられる前、シン達に笑顔で手を振る。

最後は笑顔で見送ろうと約束した為だ。シン達も手を振り返すとリノがハルトの椅子を押してコックピット後の展開式の椅子に座らせる。

 

「痛いところはあるか?」

「大丈夫。ジャガーノートより良い椅子だからな」

「そうか……」ピッ

 

リノがコックピットのボタンを押すと何もなかったコックピットに映像が映る。

すると外に映像が見え、そこでは手を振り続けているシン達の姿があった。

ハルトはその様子を見て涙がこぼれて来そうになったが、必死に抑えて堪えていた。

リノはコックピットからシンに声をかける。

 

「シン!」シュッ!

 

パシッ!「これは?」

 

「周辺の地図だ。一応測量はしてあるから問題はないはずだ」

「……」

 

何枚かの紙には等高線と十字の格子の線が書かれ、色はないが地図であった。

 

「ありがたく使わせてもらう」

「ありがとよ!」

「ハルトを宜しく」

「俺からも頼むぞ!!」

 

シン、ライデン、セオ、ダイヤからそんな声が聞こえ、リノも頷く。

 

「ああ、任せろ」

 

そう言うとリノはコックピットに戻ってハルトに安全のためにヘルメットを付ける。

 

「右のボタンを押せば外のスピーカーから外に声が響く。押せるか?」

「ああ、問題ないぞ」

 

そう言い、動かせる左腕でボタンを押す仕草をするとリノは頷いた上で聞き返す。

 

「本当にいいのかい?これで今生の別れとなるかも知れないが」

 

「いいんだ、俺にはアイツらにいろんな話をしてやるって言う仕事が出来たからよ」

「……そうか。じゃあ、そろそろ出るぞ」

「ああ、宜しく頼むよ」

 

シューという音と共にコックピット前面が閉まり始める。

 

 

 

別れとはいつでも辛いものだ。特にこんな別れ方では彼も満足していないだろう。

それでも、彼はなすべきことをなす為。やるべき使命を胸に秘めながら決意をする。

 

「(行ってくるよ……それでまた向こうで会って、いろんな話をするんだ)」

 

ハルトはシンから渡された共和国の地図を持って動き始めるジェガンの映像を眺めていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

エリノラのジェガンの下では今回ここを去るエリノラ、レッカとクレナ、アンジュ、カイエはお互いにジェガンとジャガーノートに乗っていく二人を見送る。

これ以上話すと泣き出してしまいそうなのだ。笑顔で送り出す為にもこれ以上話す事はなかった。

レッカがコンテナと接続されたジャガーノートに乗り込み、エリノラはジェガンのコックピットに入ろうとする。コックピットが閉まる直前。エリノラがクレナ、アンジュ、カイエに何かを投げた。

 

「これ、受け取って!」

「え?」

「なんだ?」

「これって……」

 

渡されたのはえんじ色のピンだった。何の変哲もないピンに三人が困惑しているとエリノラが言う。

 

「それを髪に留めていて。そうすれば目印になるから」

 

そう言われ、三人は納得をすると〈ジェガン〉のコックピットが閉まり、〈ジェガン〉は動き出す。

二機の〈ジェガン〉に挟まれる形でレッカの操縦する〈ジャガーノート〉も動き出す。

ゆっくりと動く〈ジェガン〉と〈ジャガーノート〉にシン達も追いかけ始める。

シン達は出ていく〈ジェガン〉達に向けて笑顔で手を振る。

何も言わずに、〈ジェガン〉達は基地の門まで辿り着き、外に出ていく。向かう先は南側にある合州国領内。

見果てぬ新天地に向けて旅立っていく仲間達をシン達は見えなくなるまで見送る。その中にはアルドレヒトのおっさんを含めた整備班の人たちもいた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

そして森の奥に消えていく二機の〈ジェガン〉が完全に見えなくなるとシン達は振り向き、各々自分達のすべき事をし始める。

 

「さて、俺たちも準備しないとな」

「ああ」

「おう!」

「ええ」

「早く行こっ!」

「そうだな」

 

行けるところまで行く。

それが彼らとの約束なのだ。ならば俺たちは精一杯生き残ってやろうではないか。

 

 

彼らにみっともない姿を見せる訳にはいかない。

 

 

見果てぬ大地の奥に進んで行った仲間を思いながら六人は基地を歩いていた。



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ラン・スルー・ザ・バトルフロント
#10 アストリア合州国


 

 

 

 

 

ーーー後ろの席で泣いている者がいる。

 

 

 

言うまでもなく、それは骨折で特別偵察任務に行けなかったハルトだ。

今まで一緒だった仲間達との別れはやはり辛いだろう。

俺たちは半年間だったが、俺よりも彼らと共にした時間が長いハルトはさらに辛いし、悔しいだろう。

基地が見えなくなってからハルトは嗚咽声を漏らしながら大粒の涙を溢していた。

平原をを歩いていると目の前に赤い花が一面に咲いていた。

 

「おぉ、彼岸花か……これは縁起がいい」

「ん?どうしてだ?」

 

ハルトの問いに答える。

 

「彼岸花は今のハルトにぴったりな花言葉があるのさ」

「へぇ、そうなのか。どんなのなんだ?」

「『また会う日を楽しみに』。たとえ死んでも、向こうの世界で会いましょう。という意味だ」

 

そう言うとハルトは真っ赤になった目頭を擦りながら彼岸花を見ていた。

そういえばカイエから花壇で育てていた花をコンテナに詰めていたか。それと大量のプラスチック爆薬。

残りの二機の合流地点まで五キロほど、合衆国国境までは一〇〇キロ程、この速度であれば二日もすれば通信圏内だろう。

帰ったら色々と忙しいだろうが、それは半分諦めていた。

二機の〈ジェガン〉はまだまだ動かせるが、関節のパーツにそろそろ限界がき始めて居る。極力戦闘は控えたい所だ。

すると通信機に連絡が入る。

 

『隊長、こっちは合流ポイントに到着。隊長たちの現在位置と合流予定時刻を報告してください』

「こちら隊長機、ポイントB5、三三〇,二二四に巡行速度で合流地点に向かっている。予定到着時刻は一六〇〇を予定」

『……了解』

「それと本国に連絡。共和国からの亡命希望者二名を護送中とも伝えてくれ」

『了解です』

 

通信を終えるとリノはハルトに声をかける。

 

「ハルト、少し揺れるぞ。痛かったら言えよ」

「ああ」

 

そう言うとリノは知覚同調を起動するとレッカに通信をする。

 

「レッカにハルト。本国に着いたらそのまま入院する。ハルトは言わずもがな、レッカは脊椎にある擬似神経結晶を取り除く。最低一ヶ月は入院を覚悟したほうがいいかも知れない。その途中で亡命に必要な事項はこちらでやっておく」

『了解』

「オッケー」

「じゃあ、少し速度を上げる。レッカもしっかり着いてこいよ」

 

そう言うとリノはレバーを前に倒して速度を上げる。コックピット全体が上下する感覚が生まれ、外の景色が変わる速度が上がる。

 

ドシン、ドシン、と機械の足が台地を踏む音が聞こえ、揺れに耐えて居るとやがて平原の一角の岩山の麓に二機のジェガンが二人を待っていた。

一機は背中に大きなリュックサックの様な物を背負い、もう一機は片手に大きな狙撃銃の様な物を持っていた。

二機のジェガンはリノ達のジェガンを確認すると手を振り、リノも同じように手を動かして手を振る。

するとまた通信機に連絡が入る。

 

『隊長、お帰りなさい。……そして、また壊しましたか』

「いつもより被害は抑えて居るつもりだ」

『塗装ハゲハゲじゃ無いか』

『これはオーバーホール物ね』

 

最後のエリノラの他に二人の男女の声が聞こえ、合流して久し振りに集まった第一一二MS小隊は進路を南東方向に向けて歩く。

その間、ホーンドアウルと名乗ったジェガンが通信を入れて来た。

こんな所に伏兵がいたから本国との通信ができていたのだろうかと、簡単な推測をハルト達は立てていた。

 

『隊長、本国から通信です。第四二号前線基地に入り、亡命者の手続と治療を行うそうです』

 

「了解、第四二号前線基地ね……」

 

確認をとったリノはレバーを動かして動き始める。

戦闘もなくこのままの速度であれば明後日の朝には到着するだろう。

リノは共和国まで来た道を戻っていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

星暦二一四八年 一〇月一二日

 

朝起きると車の走る音がする。

アパートの前では街を人が闊歩し、道には電気自動車が街を走り回っていた。

 

ーーーあぁ、帰って来たのか。

 

リノはベットから起き上がると横で寝て居るエリノラを起こす。

今いるのはリノとエリノラが借りているアパートである。

 

「起きろ、朝だぞ」

「んー、まだ寝る……」

「はぁ……」

 

リノはため息をつくとキッチンでコーヒーを淹れる。

テレビを付けると朝のニュースが天気予報を知らせて居る。

 

『今日のダーリントンの天気は晴れのち曇り。気温は一八度、湿度二〇%、洗濯物は午前中の干すのがいいでしょう』

 

ニュースを聞き、リノはコーヒーを口につける。

共和国の帰還後、健康調査やハルト達の亡命手続、報告書の提出などで怒涛の日々が続き、リノ達は昨日から二ヶ月ほどの長期休暇を貰っていた。

眠たい体を動かしながらリノはコーヒーを飲みながらニュースを見ていた。

テロップには『共和国とついに開戦か!?政府の対応は如何に』と書かれ、議事堂で討論をしている政治家の映像が映っていた。

 

『共和国のエイティシックスを救うのだ!!』

『貴殿は分かっていないのか!今はギアーデ帝国と戦争をしているのだぞ!!ここで共和国と戦争をすれば二正面作戦になり、戦力が分散される可能性がある!!そうしたら我々は国土を守りきれなくなる!!』

『分からんのか!今この時間にも幼い子供が死んでいるのだぞ!共和国の愚行をみすみす見過ごすつもりか!!』

『しかし!』

『しかしもへちまもあるか!共和国にいるエイティシックスの子供達を……』

 

大激論が行われ、遂には突かみ合いになり一時中断された議会をニュースは報道していた。

そのニュースを見てリノは少しだけ険しい表情になると寝室からボッサボサに髪が爆発したエリノラが目を擦って出てきた。

 

「んはよぅ……」

「おはよう」

 

リノはエリノラにコーヒーを渡すとエリノラは意識がはっきりとして、ニュースを見てつぶやく。

 

「大変な事になっているね……」

「ああ、合州国には共和国からの移民者が多いからな。生まれ故郷がこんな事になっているなんて思っていなかったのだろうな」

 

実際、内地の基地に戻った時に基地の外で『共和国と開戦しろ!!』と書かれたプラカードを持って『エイティシックスを守れ!子供達を救え!』とシュプレヒコールを叫ぶデモ団体が道を練り歩いていた。

そのデモ団体の多くは共和国出身の者である。彼らは戦争序盤から祖国の事を思い、共和国で生まれてきた事を誇りに思う彼らは祖国が行った非道さに悲しみ、怒りを抱いた。

 

『共和国を真の姿に取り戻すのだ!!』

『共和国に制裁を!!』

『共和国に革命を!!』

 

このようなスローガンが掲げられ、未だに共和国に対して何も行動を起こしていない軍に怒りを抱き、自ら武装組織を設立するものまで現れていると言う。

軍も軍で何もしていないわけではなく、対共和国戦の為に徴兵を行う準備を始めていた。

国内世論は共和国開戦派と慎重派に分かれていたが、圧倒的に開戦派の人数が多いと言えた。

 

「まぁ、私達の情報を秘匿してくれたのは感謝しかないわね」

「ああ、そうだな」

 

そう言いノンビリとしているとインターホンが鳴った。

宅配の予定なんか無いと思っていると扉の奥から声が聞こえる。

 

『リノ、エラ。居るかー?』

「テオか、今開ける」

 

リノが席を立ち扉を開けるとそこにはテオとクラウが待っていた。

 

「おはようテオ、クラウ」

「おはようって……今昼の十二時だよ?」

「俺たちにとっては朝なんだよ」

「全く、私生活はボロボロね」

 

クラウが呆れながらズカズカと家に入り、テオもそれに続く。

 

「ん?クラウか〜。おはよ〜」

「エラ、またそんな髪で……梳かしてあげるから座っててよ」

「ホーイ」

「リノ、なんか適当に作ってて良い?」

「おう良いぞ。昨日色々と買っておいたからな」

「じゃあ遠慮なく使わせてもらうよ」

 

そう言うとテオは冷蔵庫を見て適当に食材を取り出すとキッチンにあった調理器具を使って料理を作り始めていた。

テーブルではクラウが洗面所から櫛を持ってきてエリノラの赤い髪の毛を樋ていた。

リノも洗濯物を洗濯機に叩き込み、ボタンを押して洗濯が終わるのを待っているとリビングから声が聞こえてきた。

 

『リノ!ご飯作ったよ!』

「おう、今行く」

 

リノはリビングに戻るとテオがオムレツを四人分作ってテーブルに置いていた。

 

「おお、相変わらずテオの料理は美味そうだな」

「と言うかあんたらの家事スキルが酷すぎるのよ。ちょっとは練習しなさいよ!」

「うんまぁ……」

「そう言ってもらえて何より」

 

四人はそう言いながら料理を食べているとニュースを見ていたのか少しだけ表情は暗い様子だった。

 

「政府も大激論ね」

「……ああ、恐らく共和国に宣戦布告をする気満々だろうな」

「戦力が分散されないの?」

「その可能性は大いにある。だが、世論は共和国開戦に偏ってしまっている。なんなら共和国に移り住んだ元合州国国民の有色種もいる」

「あっ……」

「そうなれば合州国は民主主義を脅かす危険な存在、合州国を脅かす国として共和国に宣戦布告する口実ができる」

「二正面戦争……」

 

エリノラの言葉に全員が一瞬だけ沈黙する。

重々しくなってしまった所をリノが手を叩いて霧散させる。

 

「さ、こんな重い話はヤメヤメ。今日から休暇なんだから。休養とるぞ。呼び出し喰らう可能性もあるしな」

「そ、そうね」

「全く、夜中に叩き越すのだけは勘弁してほしいわ」

「同感」

「私もう一回寝てくる」

「「「食べるの早っ!?」」」

 

綺麗になった皿を見ながらそう叫ぶとエリノラはそのまま寝室へと戻っていく。

それを見てリノ達も眠気が襲う。

 

「ふわぁ、ヤベ。眠くなってきた」

「私も」

「俺もだ」

 

三人もこうして食事を終えると睡魔に襲われながらソファーやクッションの上で寝始めていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「流石に寝過ぎた……」

 

今の時刻は午後四時、昼からこの時間までずっと寝てしまっていた。

昨日は買い物で終わってしまいバタンキューであったが、まだ疲れが取れていないのだろう。四人は寝てしまっていた。

最初に起きたのがリノで、さらには二度寝までしてしまったのだから堕落しているだろう。

休暇初っ端からこんな生活をしており、リノは溜め息を吐いていた。

 

「はぁ、休暇後が心配になってくるな」

 

堕落しきっている仲間を見てリノはそんな心配事をしていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

数日後、リノ達は両手に大量の食料、玩具を持ってある場所に来ていた。

街の一角にある建物。煉瓦作りの建物がいくつも並び、周りを石壁で囲われていた。

金属の柵でできたの門には《フリッツ孤児院》と書かれた看板が下げられていた。

リノ達は実家に帰った時の様な表情で門をくぐると、そこでは何人もの子供達が庭にある砂場や遊具で遊んでいた。

すると一人の子供がリノ達に気づくと大声で叫ぶ。

 

「マザー!リノ兄ちゃんが帰ってきたよ!」

 

そう言うと声に気づいた他の子供達も一斉にリノ達に集まり、持っていた玩具を見て欲しそうに見ていた。するとエリノラがそんな子供達に言う。

 

「こら、持って行こうとしないの。じゃないとあげないわよ?」

 

そう言うと子供達をかき分けるように一人の女性がリノに近づく。

その女性は黒髪に白い瞳を持つ。ぱっと見、四〇代ほどの女性であった。

 

「おかえりなさい。リノ」

「帰ったよオバア」

「オバア言うんじゃない!」

「イテッ」

 

その女性から軽いゲンコツをくらい、リノが少しだけ痛そうにするとテオが持っていた袋を差し出す。

 

「アイダさん。いつもの食料と今回寄付する服です」

「いつもごめんなさいね。養父さんには宜しくと伝えて」

「ええ、分かっていますよ」

 

そう言うとリノ達はアイダと呼ばれた女性の案内で建物の中に入る。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

彼女の名前はアイダ・フリッツ。この《フリッツ孤児院》を経営する責任者であり、俺たちの育ての親でもある。

少なくとも俺とクラウは幼い頃からずっとこの人に育てられてきた。だから俺とクラウはアイダさんからフリッツの苗字を貰って軍に所属している。

俺の場合は赤ん坊の頃に街の教会で捨てられていた所をこの人が保護をしてくれたそうだ。

《この子の名前はリノ、後をお願いします》と言う手紙と共に教会前にカゴごと置かれていたそうだ。

以後、俺はこの孤児院で育ち、今日里帰りにしに来ていた。

俺が士官学校に入るまで暮らしていた寮の入相室で四人はアイダのお茶を飲んでいた。

 

「あぁ〜、マザーのお茶は美味しい……」

「そうだね」

「癒されるわ……」

「この味だけはここに来ないと飲めないな」

「あら、ありがと」

 

ぱっと見、四〇歳に見えるが実年齢は六〇代を超えていると言う年齢詐欺もいい所である。

ちなみに、これほどの若さを保ち続けているのは秘密だそうだ。

 

 

 

そんな感じでお茶を飲み終えたリノにアイダがリノの買ってきた荷物を見て呟く。

 

「こんなに貰うとあなた達の生活が心配になってくるわね。ちゃんと食べているの?」

 

「ええ、大丈夫です」

 

「マザーに散々言われたからな。特に今回はボーナスもあったし」

 

「私としては軍に入っているあなた達の方が心配だわ」

 

リノが軍に入った理由は簡単で、この孤児院の手助けをするため。

軍に入ればすぐに給与が出るし、仕送りもできる。さらに昇進すれば給与は増える。

少しでも孤児院の暮らしを楽にさせたいとエリノラ、テオ、クラウと共に入隊手続きにサインをした。

 

 

 

テオとエリノラはレギオン戦争序盤に親を戦争で亡くした戦争孤児で、十一歳の時にこの孤児院にやってきた。

テオは半年後に親戚の養父に引き取られ、施設から出て行ってしまったが、それでも休暇の時には毎回ここにくる様にしていた。

エリノラは天涯孤独で、なおかつギアーデ帝国を象徴する焔紅種だった事からいじめに遭っていた。そんな所をよく喧嘩っ早かった俺がボコボコにしていたと思い出しながらまたお茶を啜っていた。

するとアイダがリノ達に聞く。

 

「あなた達は今日ここに泊まるの?」

 

アイダの問いにクラウが申し訳なさそうに言う。

 

「ごめんなさいアイダさん、いつ軍から呼び出しされるかわからない状況だから今日は泊まれない……」

「そう……」

 

アイダは残念そうにし、俺たちも心が痛んでしまった。

しかし、アイダはハッとした様子でリノ達に提案をする。

 

「あっ!そうだわ、今日一日だけあの子達の相手をお願いできる?」

 

そう言って外で遊んでいる子供達を見る。

今フリッツ孤児院にいる子供は十二人、多い時には三十人近くいたのだが。そのほとんどは孤児院を出てどこかの会社に就職するか、奨学金を借りて大学に進学する者もいた。

そしてその様な人たちは仕送りで食料や日用品、資金なんかを送ってきたりしていた。

俺達も、軍の技術部にいた人にフリッツの苗字を持つ人がおり、その人に士官学校への推薦状を書いてもらったと言う過去がある。

テオの養父の人も軍の高官でその人に俺たちは士官学校で戦術や軍隊格闘技などを教えてもらっていた。

俺たちはそんないろんな人に助けられながらここまで来ていた。そのことには感謝するしかなかった。

 

 

そしてアイダの提案に俺たちは快く引き受けるとその日は子供達の相手をすることになった。

 

真っ先に子供達からは軍人に関する話を聞かれ。エリノラがそれを引き受け、子供達に話す。エリノラの周りには男子達が集まり興味深そうに聞く。

こうした話をしていた影響か、軍人になりたいと思っている子供も少なくなかった。

しかし、俺やクラウがそれを必死に止めて今のところ軍人になったものは誰もいなかった。

どんな夢を持っていようとマザーを悲しませたくないと言うのが心の底にはあるからだ。

俺たちが軍に入ろうとした時もマザーは必死に止めようとし、俺が初陣で死にかけた時なんかはわざわざ病院まで飛んできて泣きながら頼んでいたか……

ともあれ、エリノラ以外の俺たちは子供達の遊び相手となって一日を過ごしていた。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

子供達の面倒を見ているとあっという間に時間は過ぎるものであり、俺たちは孤児院の門の前でマザーに挨拶をする。

 

「じゃあ、また来るよ」

「ええ、その時まで待っているわ」

 

リノとアイダはお互いに別れの挨拶をすると次にクラウがアイダに挨拶をする。

 

「必要なものがあったら言ってください。こっちから送りますから」

「ええ、でも今は大丈夫よ。あなた達が色々と持ってきてくれたから」

 

そう言うとアイダはテオの方を見て言う。

 

「養父母さんにも宜しく伝えてね」

「はい、養父にもしっかりと伝えておきます」

 

そして最後にエリノラがアイダと子供達を見て手を振りながら言う。

 

「行ってきます」

「「「「「行ってらっしゃーい!!」」」」」

「気をつけてね」

 

子供達とアイダの見送りを受け、リノ達は孤児院を後にする。

リノ達は今日の子供達を見ながら他愛もない事を言いながら家に帰っていった。



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#11 慌ただしい退院

星暦二一四八年 十一月三〇日 午前十一時頃

アストリア合州国 ダーラム州 ダーリントン アメリア・ファルコ記念病院

 

この日、休暇二ヶ月目に入るかどうかの頃。リノはこの病院に入院するある人物に会いに来ていた。

受付からカードを受け取り、エレベーターのリーダにタッチをする。

カードが無ければ入れない病棟に入ったリノは病室に入り、見舞いをする。

 

「回復したようだな。ハルト」

「おう、この通り」

 

病室のベットで折れていた右腕を回す。

彼は骨折の治療の為に元は軍病院に入院していたのだが。噂を聞きつけたマスコミが殺到し、半ば逃げるようにここに避難していた。

精神的な観点から白系種を接触させないと言う徹底ぶりである。

その横で病院着のレッカが見舞いに来たリノに言う。

 

「ごめん、色々と任せちゃったみたいで……」

「いつもの報告書提出に比べたらたら楽チンだ」

「そ、そう……」

 

どこか遠い目をするリノにレッカは微妙な反応しかすることができなかった。

レッカとハルトから摘出された擬似神経結晶とリノの持ち帰った知覚同調のデバイスは技術部に回収され、解析が行われた。

一ヶ月で結果が出るのは随分と早いと感じ、それでいて試験結果が良好だった事から既に量産体制に入ろうとしているのだから恐ろしい。

二ヶ月後には前線の兵士に配られる手筈となって居るそうだ。

 

「二人の退院はいつ頃なんだ?」

 

リノの問いにレッカは答える。

 

「大体一ヶ月後だってさ。私もハルトも同じ日に退院する予定よ」

「そうか、ならそろそろこれも決めないとな……」

 

そう言ってリノは二人の前に紙を取り出す。

 

「なにこれ?」

「君達はもう合州国市民だ。よって君たちには職業選択の自由が与えられる。退院した後にどんな生活をするのかを君たちには決めて欲しい」

 

リノが渡した紙は学校への編入手続きの書類であった。

リノとしては過酷な戦場を生きてきた彼らは戦争から離れたいと思って居ると思い、普通の学生として生きる道を与えていたのだ。

この一件に関しては上官から許可を得て自分から説明をさせて貰っていた。

その時の書類に大統領府の印鑑が押されていた事には苦笑を隠せなかったが……

ハルト達は紙に書かれた文字を読むとリノに聞いた。

 

「なあ、リノ。()()()()()学校は無いのか?」

「それは……」

 

レッカの問いにリノは驚いて居るとハルトがその訳を話した。

 

「ほら、俺達。思ったんだ、シンたちと別れる前にリノが襲ってきた白豚を逆に倒していたじゃん。それを見て俺たちって、やっぱり軍人じゃ無いんだって……思ったんだ」

「……」

 

ハルトの告白にリノは驚きつつも何も言わずにハルトの話を聞いていた。

いつもお調子者と言われていたハルトはいつになく真剣な表情で言っていた。

 

「ほら、俺っておちゃらけてるって言うか、その……「お調子者なのよ」うん、まぁそうなんだけどさ……」

 

レッカのツッコミにハルトは苦笑してしまうも、ハルトは本心を言う。

 

「ハンパは嫌だからさ。生き残ったんならちゃんとした軍人の学校に行って、キチンとした軍人になるんだ」

「それは私も同じ。それに学校なんだから勉強もできるし一石二鳥でしょ?」

 

レッカの言葉にリノは少し絶句した後やれやれと言った様子でため息を吐く。

 

「……やれやれ、もう戦場なんか懲り懲りだと思っていたが……」

「行けるのか?」

「まぁ……軍はいいけど政府がな……」

「ま、俺たちにそこまでのことはわかんねえし。あとは任せるぞ!」

「気安く言ってくれるなぁ……」

 

リノは胃が痛くなるのを錯覚しながらハルト達を見る。

事実、ハルト達の意思を伝えたところ役人から「嘘でしょ?」と言う返答が返ってきて、慌てて担当者が飛んできて何度もハルト達に確認をとり、それが本心であると確認を取った上でさまざまな機関の許可証を得て一ヶ月後にようやく士官学校への編入手続きが行われた。

 

リノはハルト達はもはや平穏の時の生き方を忘れてしまう程なのだと哀しんでいた。

いくら周りが薦めようとも、ハルト達は変わらないだろう。

個人に意思に干渉することしにくい合州国は結局彼らを士官学校に編入するのであった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

星暦二一四八年 十二月二八日

この日、退院するレッカとハルトは窓にカーテンが覆われたバンに乗り込む。

 

「なあ、なんでこんな人が多いんだ?」

 

ハルトが同乗するリノにそう聞くとリノはため息を吐きながら理由を言う。

休暇明けのリノはライトグレーの合州国の軍服を着ており、忌々しげにつぶやく。

 

「マスコミが嗅ぎつけたんだ。今は病院の前にカメラマンがごった返して居るよ」

 

そう言ってバンの天井から折りたたみ式のテレビの電源を付ける。

そこにはリポーターの姿と映像に映る病院や三脚を立てて居るカメラマン。病院の前には警官がいたりと物々しい雰囲気であった。

テロップには『エイティシックスの退院間近か?』や『共和国の愚策が生んだ悲惨な運命の子ども達』などと書かれていた。

 

「これ……」

「私達のこと?」

「じゃなかったら一体誰の事だよ。うわ、あいつらヘリまで出してきやがった……」

 

上空からの映像をみたリノは苦笑しながら無線機で連絡を取る。

 

「輸送班、奴さんヘリまで出している。ルートCで目的地まで向かう」

『了解、ルートCで目的地まで向かう』

 

無線機で通信を終えるとリノは二人に喋りかける。

 

「二人とも、今から行く所は戦時士官学校と言う簡単な訓練と一定以上の勉学を行う場所だ。訓練に関しては問題ないと思うが、勉学は頑張れよ」

「おう!」

「任せて頂戴」

 

ハルト達もライトグレーの合州国の候補生軍服を着ており、準備は万端であった。

 

「じゃあ、そろそろ出るぞ。椅子にしっかり座っとけ」

 

そう言うとバンは動き出し、病院を後にする。

ニュースも車が出てきた事を報道するが、レッカはそこで疑問に思う。

 

「あれ?これうちらの乗ってる車ある?」

 

病院から出る車は黒塗りの公用車で、今レッカ達が乗って居るのは白いのバンである。

公用車にカメラが向けられる中、リノはニヤリと笑ってその訳を話す。

 

「今見えて居るのは偽物で、この車は救急車専用出入り口を出ている。その為にわざわざ塗装も救急車に似せているんだ」

 

そう言って公用車に無駄にシャッターを焚いている映像を見ながらリノの悪い笑みを見て背筋がゾッとしていた。

さらにヘリを撒くために裏口からまた別の車も出し、少し遅いタイミングでハルト達の車を出すという徹底ぶりである。

そして車は特に大きな問題もなくダーリントン郊外の特別士官学校に到着する。

二人を下ろすとリノはハルト達の手を握る。

 

「では、また会おう。どこでかは分からないが」

「ああ」

「そうね。じゃあ……」

 

レッカとハルトはリノに一時的な別れの挨拶をするとリノは車に乗って去って行った。

ハルトとレッカはそのまま出てきた学校長に案内され、早速士官となるための教育を施され始めた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

ハルト達を送り届けたリノはそのまま陸軍基地まで戻り、そこでエリノラと合流した時に予想外の来客を受けていた。

 

「アーノルド・フィッシャー閣下!?」

「ああ、お邪魔させてもらっているよ。リノ少佐、いつも息子が世話になっているね」

 

アーノルド・フィッシャー少将

アストリア合州国陸軍参謀本部人事局局長であり、テオの養父でもある。

柔軟な戦闘編成を模索し、合州国をレギオンの攻勢から守り抜いた優秀な指揮官である。

普段はあまり顔を合わせることはないのだが、今回基地に来ていた事に驚きを隠せなかった。

リノは驚いて居るとアーノルドはリノにここに居る訳を話した。

 

「今日ここによる用事があってね、ついでに君たちに挨拶をさせてもらった。随分とこの前の作戦は大変だったそうじゃないか」

「ハッ!」

 

リノは少将に敬礼をしたまま話をする。

すると少将はリノに囁く。

 

「共和国から亡命してきた二名が戦時士官学校に入ったのは知っている。そこで、前々から合州国が検討していた計画に彼らを参加させようかと考えている」

「……」

 

少将の思いがけない提案にリノはハッとすると少将に答える。

 

「自分は少将のご指示に従うのみであります」

「そうか、ではまた会おう。息子にも会ったからな」

「お気を付けて」

「君も頑張りたまえ。試験の結果を楽しみにしているよ」

 

そう言い残すと少将は将官用のジェット機に乗り込むとそのまま基地を後にして行った。

高官の間では話題に事欠かないリノを守ってくれているのが少将だ。

リノは所属で言えば今はマルゼイ中将の部下であるが、少将の事を最も慕っているだろう。

リノはそんな少将の期待に応えるためにもさっきの将官用のジェット機とは異なり、陸軍の輸送機に乗り込んでアバティーン性能試験場に向かって空の人となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピピピッ

カチカチッ

 

真っ暗な視界が、機械類の電源が入り、明るく照らされる。

 

《Start-up》の文字が浮かび上がり、真っ黒な映像は一気に明転し、アスファルトの長距離滑走路と、その端で滑走路を走る作業員が映し出される。

観測器とテントが設営され、白衣を着た軍人が通信機に手を当てる。

 

『リノ少佐、準備はどうかね?』

「問題ありません。システムオークグリーン。核融合炉始動を確認、運転も安全に行われています」

『了解、直ぐに実験を開始する』

「了解、試作モビルスーツの実験を開始する」

 

カチッ……キィィィィィイイイ!!

 

リノがレバーを全て前に押し出すと滑走路を走り出し、加速をすると後ろ方向に重力が掛かり、揺れが収まる。

それと同時に地面が離れていく。そして空を飛んでいることを確認すると通信が入る。

 

『離陸を確認した。続いて空中における可変試験を開始せよ』

「了解」

 

カコン、キンッ!

 

空を飛ぶ中、押される感覚が起こり、視点が変わった。

そして空を飛ぶ中、その他諸々必要な試験を行う。

 

射撃試験、制動試験、加速試験etc……

 

その様子を見ていた研究者達が後ろで歓喜の声を上げ、その声が聞こえて居る中。主任研究者の声がリノの耳に通る。

 

『全項目において試験クリア。おつかれさん。リノ。機体の整備を行うから戻ってきてくれ』

「了解、これより帰投します」

 

リノはそう返答をするとレバーを動かして性能試験場の滑走路に着陸をした。



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#12 パイロット・ブレイカー

星暦二一四八年 十一月二〇日

 

休暇明けだが、前に使用していたジェガンがお釈迦になってしまったリノとエリノラは基地の一角の宿舎で命令を待つ日々が続いていた。

どうやら機体のフレームに亀裂が入り、あと一回戦闘をすればメインフレームがパックリ割れてしまっていたそうだ。

受領から半年で主力MSをお釈迦にした事にマルゼイが半ば呆れるようにリノ達に待機を命じた。

そしてこの日、ついにマルゼイから直命が降った。

 

「試験部隊に……ですか……」

「ああ、そうだ。まぁ、半年でジェガンをお釈迦にした懲罰として二ヶ月間のみ実験部隊として合州国の科学者達に協力。と言うわけだ」

「思っていたよりも軽い罰で安心しました」

「被害よりも戦果が大きいことが救われたな」

 

マルゼイはそう言うとまた話題をリノに話し始める。

 

「……リノ少佐、これはまだ内内示なのだが、近々さまざまな戦況に対応できるMSを主力とした独立部隊が編成されるそうだ」

「はっ……?」

 

マルゼイの話にリノは耳を傾けるとマルゼイはリノに言う。

 

「その構想案に君の第一一二MS小隊を私から推薦しておいた。この構想が実現すれば、君も出世するぞ」

「有難うございます。マルゼイ基地司令」

 

リノの事情をよく知って居るマルゼイはこれもリノへの心使いなのだろうと感謝を述べると命令書を持って司令官室を後にする。

残ったマルゼイは外の様子を見ながら思う。

 

「(リノ・フリッツ少佐は本来なら前線で活躍させるのが得策だとは思うが……今回ばかりは仕方がないな)」

 

そう思いながらマルゼイは机の引き出しから紙を取り出す。

そこにはクリップ止めで写真が添えられており、そこには灰色の一機のMSが写されていた。

 

「(本来の計画が打ち切りになって残った先行試作された二機の内の一機か……)」

 

そのMSは試験の段階で恐ろしい加速度を見せた事から今までに何人ものMSパイロットを壊してきた機体として《パイロット・ブレイカー》と言うあだ名で呼ばれていた。

 

「(彼の技量に期待するしかないな……)」

 

マルゼイはそう思いながら空を見ていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

アバティーン性能試験場

そこは魔境と呼ぶに相応しい場所である。

合州国の狂科学者や科学者が集まり、日々新兵器の研究を行なってきている。

共和国から運ばれたレッカの〈ジャガーノート〉もここに運ばれ、分解と解析が行われていた。

そして今日もまた新たな迷兵器が作られようとしていた。

 

「ついたか……」

「結構時間かかったわね」

「んあー、腰バキバキ」

「これから荷物の運び出しに必要書類の署名。嫌になるわね」

 

そう言いながらリノ達第一一二MS小隊はアバティーン性能試験場にて二ヶ月間のみ試験機のテストパイロットをすることとなっていた。

飛行場に着いた彼らを一人の男が出迎えた。

 

「おう、リノ!久しぶりだな!」

「マルコ大佐!」

 

マルコ・フリッツ技術大佐

このアバティーン性能試験場の科学者達を取りまとめ、手綱を引いているここの責任者だ。彼は苗字の通り、リノ達と同じフリッツ孤児院の出身者である。

リノ達を士官学校に推薦したのも彼であり、彼がいなければ今頃MSを操縦していなかっただろう。

そんな彼に俺たちは敬礼をする。

 

「今日から二ヶ月間。ここでお世話になります」

「おう、砂漠と珍兵器と研究バカしかいないが宜しく頼むぞ」

「「「「……」」」」

 

初っ端から悪口が出てしまうことに苦笑を隠せなかったが、四人はアバティーン性能試験場で二ヶ月間地獄の一端を見るのであった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

リノ達がアバティーンに到着した翌日。リノとエリノアはマルコに連れられ、ある格納庫に入る。

 

「ここは……」

「お前らに見せる俺の作品だ」

 

そう言って格納庫の電源を入れると徐々にライトアップされ、全貌が窺えた。

 

 

 

特徴的な頭頂部のメインカメラ。

 

 

その下に取り付けられたV字型のマルチ・ブレード・アンテナ

 

 

それを挟み込むように取り付けられている六〇ミリバルカン砲

 

 

極端な擬人化を彷彿とさせるユニークなデュアルカメラ

 

 

胸部に設置された大胆な排気口

 

 

全体的に角張った印象

 

 

それはまさに……

 

 

 

 

「ガンダム……」

 

合州国が誇る傑作MS、ガンダムであった。

リノ達が驚いているとマルコは自身ありげに言う。

 

「肩式番号:MSZ-006C1[Bst] 通称:ハミングバードだ。目の前にあるのはその試作一号機だ……」

「ハミング…」

「バード……」

 

二人は格納庫に鎮座するMSを見る。そのMSは多数のブースターを接続し、脚部ユニットは後付けといった様相を見せていた。

 

「足に関しては元は宇宙戦闘を予想していたせいで後付けとなっちまったが…十分動かせる様にはなっている」

「「……」」

 

二人はマルコの説明を受けてハミングバードを見る。

まるで試していると言わんばかりにその巨体を見せつけてくるその姿は見るものを圧倒させていた。

するとマルコがリノ達に聞く。

 

「こいつはその推力がデカすぎて今まで何人ものパイロットの体を壊してきた。

 

 

 

 

だが。俺はお前らならこのじゃじゃ馬を乗りこなしてくれると思っている」

 

それはとても執念に近いとも言えた。目の前にいる科学者が己の技術を詰め合わせて開発したMS。それを乗りこなせるパイロットを見つけたように、燃え上がる火山のように彼は燃えていた。

リノ達はそんな彼の情熱を感じ取り、もう一度ハミングバードを見る。

 

 

 

 

ーーー乗ってみるがいい

 

 

 

 

そう語ってくる様にも聞こえ、リノ達はそのガンダムを見続ける。

 

 

 

 

 

ーー今まで何人ものパイロットを壊してきた暴れ馬。

 

 

ーーそれだけ暴れると言うのなら、手懐けてみようではないか。

 

 

ーー俺たちもまたある意味では暴君なのだから。

 

 

リノ達は再びマルコに視線を戻すとこう答えた。

 

「……乗るよ。これに」

「私も、キャノンガンはノロマで窮屈だったから……」

 

するとマルコは待っていたと言わんばかりに言う。

 

「……お前らならそう言ってくれると思ってた。準備はできている。あとはこれに乗り込むだけだ」

「そうか……」

「試作二号機は後ろにある。リノが出たらお前も外に出ろ」

「了解」

「じゃあ、早速行きますか」

 

二人はそう言うと階段を登り、〈ハミングバード〉のコックピットに乗り込む。

 

 

 

 

 

コックピットの構造は〈ジェガン〉と変わらず、むしろ〈ジェガン〉よりも動かしやすい印象だった。

 

コックピットの電源を入れ、機械音と共に核融合炉が動き出し、乗り込むために使った通路も撤去され、格納庫の扉が開く。

 

レバーを動かし、脚を動かす。後付けの脚部はのっそりと動き出し、格納庫を出る。

後ろで同様の音がするので、おそらくエリノラの機体だろう。

格納庫の外に出ると既に研究者達が機械類を並べて計測の準備を終えていた。

外に出ると通信機越しにマルコの声が通る。

 

『二人とも、まずはウェイブライダー形態に変更してくれ。コマンドーーーをすれば変形する』

 

なるほど、〈ハミングバード〉は可変型なのか……。リノ達はマルコの指示通りに設定を動かすと視点が一気に下がり、ウェイブライダー形態に変形したのが分かった。

 

「おぉ……」

 

さすがは鳥の名を冠するだけはあると感心しているとまたマルコの声が聞こえる。

 

『じゃあ、早速だが試験を始める。手始めに一号機から順に離陸をした後、加速テストを行う。そいつの限界を見せてくれ』

 

了解したと返事を送り、リノはレバーを押してエンジンに点火をする。

八基のブースターから豪快な音が響き、リノの機体は滑走路に進入する。

 

『今のところ問題なし。一号機は離陸を開始してくれ。二号機は滑走路で待機』

 

マルコの指示にもと、管制塔から指示が入り、リノは離陸速度まで加速を開始する。

 

「フッ……!!」

 

急激な加速に対するGが激しくなり、リノは堪えるような声が漏れる。

しかし、リノの機体は離陸を開始し、空に飛び立つ。

ここまでは耐えられるものが多かったのだろう。科学者達も平凡な反応ばかりであった。

空に飛び、次にマルコがエリノラの二号機を空に上げる。

空中で二機は合流をするとマルコが空中でもモビルスーツ形態に移行するよう指示がくだる。これも難なくクリアし、次に制動試験を行う。

他にも腕の可動系や脚部の異常の確認などを終わらせると最後にマルコの緊張した声が聞こえる。

 

『では、最後に……加速度テストを行う。ここが数多のパイロットを壊したテストだ。頼むぞ』

 

マルコの言葉に一瞬緊張が走るも、リノとエリノラは互いに頷き、覚悟を決めるとレバーを前に押し倒す。

 

轟音と共に二機のガンダムは空を切るように飛ぶ。それと同時にコックピットに過大な重力がのしかかる。

ホワイトアウトしそうになるもリノ達は気合いでそれを耐える。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

それを続けること五分、マルコの合図があり。加速度テストは終了した。

 

『……成功だ』

 

誰かがそう呟く。

全員が同じ気持ちとなった。

大空を切って飛んだ二機のガンダムに驚愕と歓喜の声が溢れる。

 

『やったぞ!成功だ!』

『あいつらあの暴れ馬しつけやがった!!』

『やりやがったぞ!!』

『データが取れたぞ!最高速度達成だ!!ぶっ飛んでやがる!!』

 

科学者達の狂喜乱舞の声が響き渡る。

マルコも涙を流して喜び、戻ってきた二機のガンダムにマルコは近づく。

 

「よくやってくれたな。やっぱお前ら最高だわ」

「はぁ…結構しんどかったっすよ」

「ゼェ……本当ね、失神しそうだったわ……」

「ま、とにかくお疲れ」

「ほら、肩貸すから」

 

そう言われテオとクラウに言われ、宿舎へと戻っていく四人を見送るとマルコは科学者達の中に戻ってさっきの計測値を元に彼ら専用のフルチューン機を模索していた。

かくして、ここに後に『蒼雷』と『赤雷』と渾名されることになる二人は誕生した。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

《第六二次中間作業報告書 No.110234》

 

星暦二一四九年 一二月十日

 

試作可変型モビルスーツ 肩式番号MSZ-006C1[Bst]『ハミングバード』をリノ・フリッツ少佐、エリノラ・マクマ大尉専用機に改修した後、引き渡しを行う。

当該機は他に搭乗可能な乗務員がいない事から次期再編成時に設立される《多目的機械化特殊部隊構想案》の隊長機、副隊長機としての改修も施すことをここに提案する。

 

執筆者:アーノルド・フィッシャー少将 現アストリア合州国陸軍参謀本部人事局局長




Ζシリーズの中で作者が一番好きな奴を出しました。


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#13 部隊編成

 

 

 

 

 

ーーー轟音が轟く

 

 

 

 

ーーー闇夜の空に一筋のビームが貫き、赤い炎と衝撃波をもたらす。

 

 

 

ーーーその青い機体は空を縫うように飛び、青い尾を引きながら飛んでいく。

 

 

ーーーその後ろを赤い機体やMSが追いかけるように飛び、地上ではカタカタと音を立てながら走る巨大な履帯式戦車とその先を走る多脚式戦車がいた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

星暦二一四九年 二月十八日

フォートン・ブラック総合基地 基地司令官執務室

 

 

 

 

「喜べ!新部隊が創設だ!」

 

 

 

 

そんな声と共にマルゼイの声が執務室に響く。

張りのある声に耳を目一杯塞いだ後にリノが聞き返す。

 

「新部隊、ですか?」

「ああ、そうだ。詳しい内容はそれに乗って居る。少佐の操る新型ガンダムをお披露目するのにこれ以上いい場所はないはずだ」

「そ、そうでありますか……」

 

リノは苦笑しながらマルゼイの渡した紙を受け取る。

そこには新部隊創設とそれに関する部隊名も記されていた。

 

『第八二次陸軍再編成における新部隊に関する情報

 

部隊名:《ストライカー戦闘大隊》

 

構成部隊

MS中隊

第一一二MS小隊/第二二〇MS小隊

(ハミング・バード×二機

EWACジェガン×二機

ジェガンSC×二機

リゼル×二機)

 

戦車部隊

第四八戦車小隊(RXー75ガンタンク×三機)

第〇八八四戦車小隊(XST−4×二機)

 

歩兵部隊

第五五四歩兵小隊(一三.二重機関銃×二十四丁)

 

なお、上記の部隊にはベースジャバー四機を後日配備する』

 

 

 

 

半ばかき集めの部隊のようにも見えるが、リノはその中で戦車部隊に目がいく。

 

「司令官、この第〇八八四戦車小隊と言うのは……」

「ああ、見てわかる通り試験部隊だ。例によって()()()()の部隊だがね……」

「もう二人は卒業したのですか……」

「ああ、MSの操縦技術は素人だが、フェルドレスの操縦はピカイチだった。そんな訳で()()()()に乗ることが決まったよ」

「あぁ…なるほど……」

 

リノはアバティーンに居た頃にその機体を見たことがあったので思わず苦笑する。

アバティーンの科学者達ですら《狂気》と言わしめたその試作機は今まで満足に操縦できないと言うことから余剰パーツだけが倉庫に山積みにされていた。

その機体を彼等が乗るのだ。どうなるか少し楽しみでもあった。

 

「と言うわけでよろしく頼むよリノ・フリッツ()()

「……はっ」

 

マルゼイは愉快そうにリノを見て、リノはため息を吐いた。こんな短期間で昇進かいなと言う驚きと呆れが混じり合い、これから忙しくなること間違いなしだと感じていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

新部隊創設にあたり、齢二一の青年が隊長を務めることに政府は初め疑心暗鬼であったが。彼の今までの実績を見せると納得し、二つ返事で印鑑を押していた。

新部隊創設にあたり本来であれば創設式などを開く必要だあるのだが。本部隊は試験部隊の意味合いもあり、戦時下と言うことでそのような式典は時期を鑑みて行われることとなった。

新部隊の名は《ストライカー戦闘大隊》、合州国各戦線のエリートで構成された多目的任務に対応可能な、ようは特殊部隊である。

新部隊創設にあたりアーノルド少将が口出しをしたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

リノ中佐が共和国から持ち帰ってきった情報によればレギオンによる大攻勢が行われると推測されている。

 

その攻撃に耐えるためにも合州国では現在急ピッチでジークフリート戦線の地下要塞化工事と合州国の要塞《ルナツー》と一年戦争時に独立戦争を起こしたジオン公国がかつて誇っていた要塞《ア・バオア・クー》と《ソロモン》の要塞近代化工事を行なっている。

工兵十二個師団を使って行われているこの大工事はレギオンに悟られないようにするため、内部のみで工事が行われていた。

そしてハルトが持ち帰って来たレギオンの位置が書かれた地図は合州国作戦本部によって解析が行われ、EWACジェガンの偵察もあいまり、帝国領までの侵攻路を選定しつつあった。

合州国はいつ来るかわからないレギオンの大攻勢に備えていた。

 

 

 

 

 

現在の最前線は合衆国旧国境線であり、帝国領と国境を接していた。

バグラチオン作戦において国境までレギオンを押し戻したが、それでは国民の怒りは収まらない。

 

やられたらやり返せ!敵が強いならなおのこと叩き潰せ!

 

それが合州国の国民性であり、原動力である。

基本的に外の事に介入をしてこなかった合州国だが、自国が巻き込まれるのであればやり返し、叩き潰すことで超大国として名を馳せた。

それは今次レギオン戦争にも当てはまり。現在、反抗作戦の準備を着々と続けていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

星暦二一四九年 五月十一日

アストレア合州国 サヴァーク州 ノリントン群国境地帯

 

そこでは戦闘が行われていた。

数多の砲弾がレギオンに向かって飛んでいく。

後方に控える重戦車型の攻撃を避けながら、肩に乗せられる二本の大砲は照準を合わせる。

 

『目標、敵重戦車型!距離一千、撃ぇ!』

 

ドォォン!!

 

 

 

 

 

ボォォン!!

 

 

遠い場所で小さなキノコ雲を確認し、四本の履帯を持つ大型の戦車は戦果を確認した。

 

『戦果確認、敵重戦車型撃破。大隊長殿、次の目標指示を』

 

新たに配備された通信機に手を当て、男が聞く。

すると通信機に返事が返ってくる。

 

『レオーネよりタンク01。敵戦車型三両、座標G4、三三〇,四五一。対戦車榴弾を装填』

『タンク01了解。砲撃を開始する』

『〈バーンドテイル〉、〈ファルケ〉は後退しろ。リゼル01は〈オストリッチ〉と共に前進し、残りの重戦車型を叩け。他は後方で〈ホーンドアウル〉の情報を元に各自自由攻撃』

『『『『了解!』』』』

 

リノの指示の元、侵攻してくる〈レギオン〉に対し攻撃を開始する。

戦線の奥では後方からの燃料気化弾薬の攻撃で円形の爆発が起こり、〈レギオン〉は撤退を開始する。

 

『戦闘終了、帰投する』

 

上空からレギオンの撤退を確認すると青と白に塗装されたガンダムはウェイブライダー形態となり、南方に帰投する。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

バグラチオン作戦終了後に帝国と合州国に挟まれる形で存在するヴァルト盟約同盟の生存も確認し、現在は国交が再開している。

二か月後に行われる《コテージ作戦》では帝国領侵攻作戦が遂に行われる。

十年の歳月をかけてようやくここまで来たと兵士の戦意は高揚であった。

その作戦において、合州国は全長約八〇〇キロのジークフリート線に合州国軍が誇るモビルスーツを大量配備。

機械化装甲兵士も順調にジークフリート線に集まりつつあった。

 

「もう少しで侵攻作戦か……」

「もう十年になるのね……」

「あんときゃ、俺はケリフォルニア基地に居たな……」

 

前線基地の食堂で、そう呟く金髪の男と黒髪の女性とエリノラは互いに冷水を飲んでいた。

 

エリノラの反対側に座る金髪の男はドミトル・ノイマン大尉。

ストライカー戦闘大隊の戦車小隊隊長を務める三二歳である。戦争序盤から生き延びた歴戦の戦士であり、ガンタンクを動かすプロである。

その横に座るのはアノラ・シェミット中尉。

ストライカー戦闘大隊の歩兵小隊隊長を務め、現在二八歳である。戦争で夫を亡くし、従軍して多大な戦果を上げて来た歩兵である。

ガンタンクから斥候型に対し攻撃を行うのが主任務である。

アノラはため息を吐きながら呟く。

 

「本当,時間がかかったわね……」

「前回のバグラチオンでアレだけの損害だ。合州国も腹ぁ括ったな」

「今回はどれだけ損害が出るのでしょう……」

「さあね……」

 

三人はそんな話をしていた。

三月に編成されたストライカー戦闘大隊は一か月の集団訓練の後、先月から戦線をたらい回しに移動して防衛をしていた。

その適応能力と戦果の高さから特殊部隊としての意味合いを遺憾なく発揮し、数多の戦果を上げて来ていた。

そして今度発動されるコテージ作戦では先行して帝国領に侵攻することが既に決まっていた。

 

「けっ、後から追いつくとはいえ俺たちだけ突撃ってのも気に入らねぇ」

「まぁまぁ、良いじゃないか。武勲を上げれると思えば。アンタは死なないだろうし」

「フンッ、こんなガキを先に逝かせられる訳ねえだろうが」

「私はガキ扱いですか……」

 

エリノラは苦笑しながらドミトルを見ていた。

戦闘大隊結成の時、リノが隊長である事に訝しんでいたが、初陣で単独でレギオン四個部隊を殲滅していた実績から彼を上官として認め、戦闘で足りない部分をドミトルが戦闘中に教えると言う面白い関係が出来上がっていた。

アノラはアノラでエリノラの婚約指輪を見て過去に夫を失った経験からエリノラに退役を進めていたが、それでもリノに寄り添うと決めて動かないエリノラを見て諦めた様子で最後まで見届けると誓っていた。

そんなエリノラは現在外作業をしている婚約者を見ていた。

現在、彼のガンダムにはある特別な補給がされているはずだった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

中佐となったリノは前線基地である機体を見ていた。

 

「これが試作戦闘機械か……」

「みんなハイブリットフェルドレスって言ってたけどな!」

「デカくてジャガーノートより動かしづらいわね」

「そりゃそうだろうな」

 

そう言うのはハルトとレッカであり、戦時士官学校を出た後、二人は少尉の階級をもらいこの合州国が試作した戦闘機械を見る。

 

《XST-4》

正式名称はないが、ハイブリットフェルドレスや、フランケンシュタインとあだ名されるこの機体は、砲塔に合州国の旧式戦車M61A5の砲塔を改修した一五五ミリ連装砲が乗せられ、足元は撃破したレギオンの戦車型の土台をそのまま乗せるという、まさに使えるものはなんでも使うを体現したような機体である。

 

合州国は撃破したレギオンを必ず全て回収している。

理由は簡単、無料で資源が手に入るからだ。

MSを作る資源を採掘をするにもお金がかかる。それをなんとか減らしたいと政府は考えた末、どうなったか。

 

 

 

簡単だ、目の前に大量の資材供給をしてくれる機械があるではないか。

 

 

 

特に戦車型や重戦車型なんかは中にタップリと金属が詰まっている。斥候型のセンサーなんかも流用すればMSのヘッドマウントに使えるのではないか?

そんな考えが浮かび上がり、戦争序盤から合州国は〈レギオン〉の残骸を改修して再利用をしていた。

事実、斥候型のセンサーはMSのヘッドマウントに使用でき、更にその精度は合州国の物よりも良いと来た。

斥候型なんかは大量に撃破されるので、センサーは大量に分捕っていた。

 

中には鹵獲ができた機体もあり、弾切れを起こした斥候型の制御系をテルミットで焼かれる前に取り出す事に成功。

プログラムは消去されてしまっていたが、合州国科学者の技術の推移を集めて今では固定砲台としての役割ほどは果たせる様になっていた。

XST-4はそんな撃破された戦車型の足元を合州国規格に直し、その上に戦車砲塔をポン付けした即席戦闘機械である。

ジャガーノートと性能は比べる必要もないが、戦車型の土台に一五五ミリ連装砲というのは少し無理があるようにも感じ取られ。搭載できる弾薬も少ない上に一発でも当たれば誘爆の危険があると言う危険極まりない物であった。

この問題は重戦車型の土台にはめる事で解消されるのだが、なにぶん重戦車型の数が少ないと言う問題から撃破数の多い戦車型でテストをするしかなかった。

車体は合州国特有のオリーブドラブ色に塗装され、砲塔側面には二人の共和国時代からのパーソナルマークが塗装されていた。

これは本人たちの希望で彼等から託されたことをすると言う思いからきていた。

 

「ジャガーノートの時みたいに建物の上に登れないのは辛いわね」

「だな、隠れることもできないし。一発でも当たったら危ないって言うのが優秀なアルミの棺桶だな」

「その分攻撃力は無類よ」

 

そう言い、レッカは連装砲を使い戦車型二両を一撃で撃破したことを話す。

一五五ミリの徹甲弾ともなれば戦車型を真正面から貫くことができ、当たればなんとかなると言うのは彼等にとっては救いだっだようだ。

そんな彼等の話を聞き、リノは合州国初のまともな戦闘機械を見て、今後の戦局がどうなるのかを予測していた。

 

 

 

 

 




コテージ作戦・・・・結果はどうなるんでしょうねぇ・・・・

あと、ガンタンクはさんぼるのガンタンクです。
理由は作者がさんぼるのガンタンクが好きだからです。


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#14 革命

星暦二一四九年 七月二十日 午前一二:〇〇

アストリア合州国 第二〇号前線基地

 

この日、合州国全線において大統領からの通信が入る。

目的は今回行われる帝国領侵攻作戦『コテージ作戦』にて、兵士を鼓舞するためである。

この前線基地でも今から出撃する兵士達は皆気を引き締め、銃を手に持つ。

全回線につなげられたスピーカーから大統領の声が聞こえる。

 

『上院議員、下院議員並びに前線兵士の皆さん。私は合州国第78代大統領、フランクリン・ローズテッドです』

 

大統領の凜とした声が通り、リノは今から行われる大規模侵攻作戦に気を再び引き締めた。

 

『我々は昨年、多大な犠牲と共に奪われていた領土を解放しました。

しかし、それまでに失った命は帰ってくることはありません。我々はここまで十年もの時間を費やしました』

 

演説を聞く将兵達は戦争序盤の地獄を思い出す。

 

街という街はレギオンに蹂躙され、家族、友人を失った。

 

『しかし合州国は一〇年で未だにスタートラインにしか立っていません。

我々は帝国に今までにされた事そのまま返すのです。今までに失った兵士たちの思いを晴らすのです』

「……」

 

大統領の演説は全軍に響き渡り、今作戦に参加する二五〇万の兵士は神妙な顔をする。

 

『故に我々は勝たなければならない。無人の殺戮兵器を放った帝国にはその代償を払う必要がある』

 

そして最後に大統領は兵士たちに言う。

 

『これは合州国や、戦っているであろうその他の国を救うためでもある。子供達の未来を、明日を切り開くための剣となり、奮励努力してもらいたい!星条旗の旗の下、前進せよ!!』

 

 

 

 

 

 

こうして政治家たちへの地獄行きの賽は投げられ、国中が震撼する出来事が起こるまで残り八時間であった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「傾注!」

 

リノの声が通り、ストライカー戦闘大隊の面々は耳を傾け、リノは指示を出す。

 

「これより我がストライカー戦闘大隊は帝国領レギオン支配域に本隊に先立って偵察、揺動を行う。俺とグリズリーが先行する。残りのMSは後方より援護射撃。戦車部隊は這ってでもついて来い!」

『『『『了解!』』』』

 

そう言うと大隊各員は一気に前進を開始する。

動員兵力二五〇万のこの作戦はバグラチオン作戦と同等の兵力を動員して行われる一大作戦である。

今回ストライカー戦闘大隊の主な任務はレギオン支配域の奥地に進み、敵の揺動、撹乱を起こすのが主目的である。

指揮官用に改装が施され、塗装も塗り替えられたハミング・バードは自慢の加速力を生かし、支配域奥地に突撃をする。すると後方からの追いかけてくるホーンドアウルから通信が入る。

 

『前方二〇、距離二万にレギオンの部隊を確認。戦車型四〇、近接猟兵型六〇、斥候型多数!』

 

EWACジェガンでも把握できない数とは、さすがはレギオンが支配する地域なだけはある。

この通信も共和国の知覚同調の技術がなければなし得なかっただろう。

複数の工場で急ピッチで大量生産が行われ、今ではほとんどの兵士の標準装備となっていた。

 

「了解、攻撃を開始する。グリズリー、聞こえていたな?」

『ええ、バッチリね』

「よし、攻撃を開始しろ」ピンッ!

 

リノはコックピットの赤い安全装置の蓋を弾くと中にある発射ボタンを押す。

 

「……吹っ飛べ」

 

カチッ…キィィィィン!!!

 

ハミングバードから発射される六本のビーム。高速で飛翔するその機体は阻電撹乱型すらも焼き尽くしている。

 

ドォォン!!ドドドドドォォン!!

 

花火のように誘爆するレギオン部隊、上空に飛んでいることを察知し飛来してくる長距離砲兵型の攻撃。

リノはその全てを交わしながら旋回をする。

低空飛行と言うこともあり燃料の消費が激しいが、あと三〇分は戦えそうであった。

 

「第二射、撃ぇ!!」

 

キィィィィン!!

ドォォン!!

 

焼け野原となった森林の一角にリノは着陸をする。

 

「隊長機より各機、着陸地点を確保。これより所定の攻撃を開始する。作戦をプランBに移行」

『了解、予定よりも本体の進行速度が遅いわ。気をつけた方がいいわね』

「その時は潔く撤退を開始する。他は?」

『後方に居る。長距離砲兵型がウザいってさ』

「ならば俺が攻撃を引きつける。ファルケ達は?」

『目下ガンタンクの援護中。うちらが突出し過ぎている』

「そうか……来るぞ!」

 

ガコッ…キィィィィ!!

ドドドドォン!!

 

リノが機体を跳び上がらせると元々いた場所に砲弾が着弾する。

 

「奴らちゃっかりこっちを狙ってやがる……」

『どうするの?』

「予定通りに撹乱しに行く。残りの部隊には本隊と合流するように伝えろ。MSにはついて来いと命令だ」

『了解、また無茶をするのね』

「各戦線の応援に行くのみだ。それも今回の主目的だろう?」

 

キィィィィ……!!ドォォン!!

 

ソニックブームを起こしながらリノは飛んでいく。

エリノラも呆れながらそれに追従するように飛び、他のMSも慌ててついていく。

 

『早ぇな、隊長達は』

『追いかけるぞ、じゃないと孤立しちまう』

「後方から援護する。EWACはベースジャバーに乗って後方から偵察。ウチらは狙撃をするからリゼルは隊長達の撃ち漏らしを撃て。情報の共有を常に意識しろ」

『『『『了解』』』』

 

クラウの指示の元、ジェガンSCはビーム・スナイパーライフルを持ち照準を合わせる。すでに胡麻ほどの大きさの二機のガンダムを照準に合わせる。

 

「もうあんな距離まで……化け物ね……」

 

クラウはそう呟きながらガンダムに向かって発砲する対空自走砲型と長距離砲兵型を確認する。EWACでは確認できない距離だ。大体フルマラソンの倍近い距離だろうか……。

 

「フゥ……」キィィィィン!!

 

クラウのビームスナイパーライフルから長距離用のビームが減衰距離ギリギリで対空自走砲型の一行を撃ち抜く。僚機のパイロット、ジェノム・クライスラーは唖然とした様子だった。

 

『減衰距離ギリギリでの狙撃……こんなこと出来る人がいるのか……』

 

足場が不安定なベースジャバーで、この距離の砲撃ができるとは……と関心をしていると隊長からの声が通る。

 

『総員退避!()()()のが来るぞ!』

 

その声と共に一斉に小隊は上空に飛び上がる。

それと同時に何かが飛んで来て爆炎と衝撃波をもたらし、地面にクレーターができる。

それと同時に戦車小隊からの声が聞こえる。

 

『畜生、やっぱり来やがったかデカンの悪夢が!』

『すっごい揺れたんだけど!?』

「戦車小隊は後退!MS小隊は引き続き長距離砲兵型と対空砲を黙らせろ!!」

『隊長はどうされるのですか!?』

『敵の超長距離砲を誘導する。あいつの射程は桁違いだ。攻撃する暇があれば逃げろ!!』

 

ドォォォォォォォン!!

 

そう言っている間にも砲弾は着弾し、攻撃は続いていた。

クラウは聞こえなくなった隊長の代わりに指示を出す。

 

「EWACは残った斥候型を徹底的に洗い出せ!リゼルは空から。ガンタンクは地上から敵部隊の殲滅だ」

『了解』

「フェルドレスは北側から来るレギオンの対応だ」

『了解』

『こんな棺桶に大量のレギオンなんて嬉しすぎて涙出そう』

 

二人の声が聞こえ、森の中で戦闘音が響く。

戦車型の性能限界ギリギリで戦う二人はまさに獣と言えた。

 

「(共和国が生んだ化け物か……。だが今はそちらの方がいいな……)」

 

クラウはそう思い、進んで来る本隊を確認しながら全体を確認する。予定地点で橋頭堡を作り、そこで本来合流を待って帝国軍が見えるまで戦闘を行う。

それが本来の作戦であった。すると全軍に一斉通信が入る。

 

『作戦司令部より全軍に通達。直ちに作戦を中止せよ。繰り返す、直ちに作戦を中止せよ』

「……ーーはぁ?」

 

いきなりの事にクラウや、他の小隊メンバーも疑問に思う。今の所大きな被害などは確認されていないが、一体何があったのだろうか。

出鼻を挫かれるようで、不完全燃焼な大隊は撤退を開始する。途中、レギオンの残骸をMSで回収して、ガンタンクに乗せて戻る。

その作業を続けていると情報が徐々に入ってきた。

 

『ギアーデ連邦?』

『ええ、作戦が始まった三十分後にレーダー施設が謎の通信を受け取ったそうです』

『それでなんでこうなるのよ』

『そのギアーデ連邦って言うのが、その通信をしていた相手だそうです』

「ふーん」

 

撤退を始める中、リノはそう呟く。戦線を荒らしまくっていた彼は渋々と言った様子で撤退を開始していた。

 

 

MS中心で最前線を張った事。

 

 

比較的早めに作戦が中断された事。

 

 

通信機で命令が一斉に前線に通達できた事。

 

 

どこかの誰かが戦線を飛び回ったことでレギオンが撹乱された事。

 

 

様々な要因が原因で、死者は奇跡的に誰もおらず、負傷者が五千人ほど出ただけで終わってしまっていた。

後に史上最大の軍事演習と呼ばれてしまう合州国の珍事件はここに起こった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

時は遡り、作戦開始から三十分後ーー

 

アストリア合州国 マッキー山脈山頂 OTHレーダー施設

 

レギオンの接近をいち早く察知し、アストリアが誇る量子コンピューター《15−13》により最も近い前線基地に出撃命令が下る。

アストリア合州国が一年戦争時に開発した超長距離レーダーはなんとギアーデ帝国首都ザンクト・イェデルまでもを探知することが可能であった。

レギオン戦争序盤に合州国軍が抵抗できたのも、このレーダーがあったおかげでもある。さらに二年前に導入された《15−13》と合わせた事で、合州国に最強のの防御壁を形成することとなった。

そんなレーダー施設は今日の作戦の為、味方の援護の為にレーダーに注視していると管制員の一人が怪訝に思う。

 

「ん?なんだこれ?」

「どうした?」

「これ聞いてみろよ」

 

そう言い、一人がヘッドホンを差し出す。

ヘッドホンに耳を当てると微かだが、音が聞こえた。

 

『ザザ…ぽう……こ……はきょ……ぎあー…んぽう……』

 

雑音と共に聞こえる不可解な音声に管制員は目を細めて周波数のつまみをいじる。

 

「この声はなんだ……?」

 

そしてつまみをいじっていると徐々にその声は鮮明となってヘッドホンに伝わってくる。

 

『こちらは、共和制ギアーデ連邦……聞こえていれば周波数〇〇で返答をされたし』

「ギアーデ連邦?」

 

聞き慣れない国名に疑問を抱きつつも通信をしてきているということは生き残っている国家がいるということだ。

レーダー施設は一瞬の沈黙の後、大慌てで各機関に連絡を取る。

 

「大急ぎだ!生き残っている国がいたぞ!!」

「本部への回線は繋がっています!」

「よし、俺たちも返事をするぞ。周波数を合わせろ」

 

そうして周波数を合わせ、マイクに向かって緊張した声色で喋る。

 

「こちら……アストリア合州国……第一七号レーダー施設……聞こえていれば返答を求む」

 

少しの沈黙の後、スピーカーに返答が返ってくる。

 

『こちら、第二〇三哨戒部隊……アストリア合州国の通信を探知した……返答してくれた事に感謝をする』

 

雑音混じりに聞こえたその声に管制室は喜びに包まれ。この情報はすぐさま首都アセントンD.C.に送られた。

大統領府、連邦政府、国防総省はこの情報を受け取り戦慄し、《コテージ作戦》の即刻中止を命じる。

 

 

後で被害確認をした時に負傷者しかいなかった事に政府は心底ほっとしていたと言う。

 

 

そんな訳で、コテージ作戦はこのような理由で中止となり、合州国軍は手に入れた領土を半ば放棄する形で、国境十キロほどのところで停止する事になってしまった。

 

合州国政府はギアーデ連邦と名乗るこの国に一種の危険性を感じつつも生き残りの国がいた事を報道する。

まだ詳しい情報が何もない為、報道も少ししかできなかったが。それでも国民を勇気づけるには十分な宣伝であった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

しかし、合州国政府はギアーデ連邦がギアーデ帝国の後継国であると言う事をまだ知らなかったのだった。





すごい久しぶりにガンダムシード見たけど、アレやっぱすげぇわ・・・・
ナニとは言わんけど・・・・


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#15 不和な国交

星暦二一四八年 七月二八日

アストリア合州国 第二〇号前線基地

 

そこはストライカー戦闘大隊の本拠地であり、レギオンを防衛する上で重要な前線基地の一つである。

そこで今、一人の男が缶を蹴り上げていた。

 

「けっ、何がギアーデ連邦だ。こんな事しやがって……」

「まぁまぁ、リノ。落ち着いて……」

「これが落ち着けるか!!」

 

エリノラが宥めるが、リノはそう言って今日渡されたネット新聞を見せる。

そこには『ギアーデ連邦との国交か!?』と書かれたニュースとともに、ギアーデ連邦の暫定大統領エルンスト・ツィマーマンの写真とフランクリン・ローズテッドの写真が並べられていた。

 

「何が国交だ、何が連邦だ。帝国内の内ゲバで政権獲得しただけじゃないか」

「リノ、一旦落ち着け」

「ドミトルさん……」

「お前の気持ちもわかるが、それはもう起こってしまったことだ。確かに合州国は帝国の放った機械で被害を受けた。だが、それを一番怒るべきは副隊長とテオ中尉だと俺は思うぞ」

「……」

 

言われてみればそうだ。この二人はレギオン戦争序盤で家族を失っている。

本来怒るべきはこの二人なのだと、理解すると反省をした。

すると当の本人たちはリノに向かって言う。

 

「私は、今の生活があるから特に思う所はない。確かにお父さんやお母さんは戦争に巻き込まれたけど……私は今の生活の方も幸せだと思っているから……」

「……」

「それは僕も同じさ。叔父に引き取られたけど。リノに会えたから……」

「…すまん」

「僕たちに謝られても……」

 

そんな事を話しているとストライカー戦闘大隊は前線基地である報告を待っていた。

それは前線基地から前方四〇キロ地点の国境付近で建設途中のジークフリート要塞戦線からの要請である。

この要塞戦線は直径五メートル、深さ三メートルの空の塹壕が掘られ、レギオンが渡りにくくなるよう建設をしていた。

その建設のために戦闘大隊も駆り出され、掘った土を合州国側に盛り土をして実質的に六メートルの土の壁を作っていた。

その作業を永遠と繰り返し、MS小隊の全員が掘られた土を運んで守ると言う子供の砂遊びのような作業をずっと繰り返していたのはいい思い出である。

空の塹壕の背後には綿密に地下化された要塞群が並び。各砲台から一三.二ミリ機銃と速射砲が斥候型を撃滅せんと顔をのぞかせ、満遍なく砲弾がいくように設計がされていた。

 

さらに綿密に設計された砲台は海軍の艦艇から引っ張ってきた5インチ速射砲を流用し、戦車型までならば簡単に抑えることができる。

さらにジークフリート戦線後方には前線基地が存在し、MSもすぐに出撃できるように配備がなされている。

前線基地の後ろには四重の防衛線がはられ、その後ろにはレギオン戦争序盤にレギオンの侵攻を食い止めたマッキー山脈が聳え立つ。

このマッキー山脈は鋭角の山々が連なり、レギオンでも登ることは不可能だった偉大なる自然が生み出した防御壁である。

さらに言えば防衛線には埋没された有線通信網が多数あり、無線通信が途絶えたとしても前線と連絡をするための通信手段を残してあった。

掘った塹壕にハルトたちの戦闘機械が入り、レギオンが越えられないと確認していたのも面白い話である。

 

正直、生き残っている国でこんなことができるのもウチくらいだろう。

なにせ、動員兵力は後方勤務も併せて二〇〇〇万という桁を間違えたような人数だからだ。

元々内戦である一年戦争で、人口が減ったとはいえ。今も人口四億という最盛期に比べれば少ないが。それでも十分過ぎる国力を持っていると言えるだろう。

 

そんな事を思いながらリノは今日も今日とて要塞建設に駆り出されるのかと思いながら基地で待っていた。

するとそこに鳴ったのは要請のベル音ではなく、奴らが来た事を示すアラートであった。

 

『レギオン襲来、座標F7にてレギオン襲来を確認。ストライカー戦闘大隊は出撃せよ』

「工事の邪魔しに来たか……!!」

「嫌なことするもんだね」

「出るぞ!」

「おう!」

 

それぞれ機体に乗り込み、出撃を開始していった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

その日の戦闘は熾烈を極めた。

要塞工事中に侵攻してきたレギオンは優先的に工作機械を狙っていたのだ。

出撃したストライカー戦闘大隊は直ちにこれを迎撃。しかし、レギオンは波状攻撃を仕掛け、最終的には戦車型を中心とした攻撃力重視の部隊が連続で送られて来ていた。

 

『クソッ!一体どんくらいやって来やがるんだ……!!』

『ねえ、これ何個目の部隊?』

『知るか!それより、支援砲撃はまだなのか!?』

『あと十秒で着弾する!』

『ったく忙しいったらありゃしねえ』

「〈ファルケ〉、〈バーンドテイル〉。支援砲撃が来る。後退しろ!」

 

リノの指示で交代すると目の前が爆炎に包まれた。

 

ドォンドォンドォン!!

 

後方から発射された陸上戦艦の支援砲撃が届き、土煙と爆炎を引き起こす。

そして攻撃を受け、大損害を被ったレギオンは撤退を開始した。

 

「気を抜くな……例の超長距離砲の攻撃が来るかもしれない」

『ったく面倒くせえ。これも大攻勢の前兆か?』

 

 

レギオンによる大攻勢

 

 

去年から合州国および周辺国が最も危惧しているレギオンの物量の暴力である。

その噂は前線兵士にも行き渡り、危機感を募らせていた。

 

『まったく、これから残骸の撤去に遺体回収か……』

『仕事増えたわね』

『一応応援も呼んだが……』

『遅いよ。撤去の手伝いしかする事ないじゃないか』

『かぁ〜面倒くせえ……』

『やる事いっぱいね……』

 

ハルトとレッカはそう言い面倒臭そうにする。

二人はこの部隊に配属されたからまだ良かったが、これが他の部隊に配備されていたらどうなっていたのだろうか。

おそらく戦闘を見て『共和国の生んだ化け物』、と言う印象がつくだろう。

ここに居るのはほとんどが激戦を潜り抜けてきた優秀な兵士たちである。

彼らを受け入れる事は出来ていた。

だが、いざ戦闘となると彼らの危なっかしい戦闘にはいちいち肝を冷やされていた。

 

そして戦闘大隊はMSでレギオンと工作機械の残骸の撤去。歩兵部隊はレギオンの急襲を受け、逃げきれなかった工兵たちの遺体の回収をしていた。

回収されていく友軍の遺体を見てハルトたちは共和国とは大きく違う遺体の扱い方に思う所があり、彼らのことを思い出してしまったようだった。

 

『隊長たちは……どうしているんだろう』

『いけ……たんじゃないかしら』

 

二人は休暇となると毎回、旅行に出掛けていた。

もらった給与を使っていろんな所を旅して、いろんなことを経験して……先に逝ってしまった彼らの為に土産話を作るために多くの経験をしていた。

そんな彼らにリノは思わず呟いてしまった。

 

「きっと逝けているだろうよ。俺たちはそこまで追いかけるだけだ」

『そうだな……』

『私たちも頑張らないとね』

 

レッカとハルトはそんなことを言うとレギオンがくるのを警戒して外を見張っていた。

てっきりあの超長距離砲による攻撃が来るものだと思っていたが、来なかったことに拍子抜けと安心感をもたらしていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

国民というのは恐ろしい爆弾でもある

 

個人の声が世間を変えた事は無いが、個人が輪となり、集団となった場合は国おも転覆させる力を持つ。

 

それは戦争の士気の問題でも大きく関わって来る。

 

合州国は今までギアーデ帝国に報復をする為に今日まで戦い抜いてきた。

 

しかし蓋を開けてみればギアーデ帝国は滅び、連邦となっているでは無いか。

 

レギオンは帝国の手から離れ、無人の殺戮兵器として、人類の敵として戦っているではないか。

 

帝国は滅び、我々は報復する相手を失った。

 

我々はこの怒りをどこにぶつければ良いのだろうか。

 

帝国の後継国である連邦はもちろんだが、帝国が滅んだことで彼の国から賠償金や領土を取れる可能性は限りなく低い。

 

では、空回りするこの怒りはどこに向ければいいのだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あるでは無いか、賠償金は行かずとも領土を割譲出来るほどの国土を持ち、合州国に喧嘩を売った国がーーー

 

帝国の西側、合州国北西に。あるでは無いかーーー

 

有色種と呼ばれる言葉を作り。戦争を押し付け、自分達は戦争から逃げた愚かな政策を実行した国が。

 

子供達を無理やり使い捨ての盾として扱い、民主主義を脅かす危険な存在が。

 

彼の国は危険だーー

 

共和国は悪魔だーー

 

そうだ、共和国の愚かな政策に我々は怒るのだ。

 

人型の豚と定義される子供たちを救うのだ。

 

それが我々の正義であり、信念なのだ。

 

合衆国の民主主義が危険に晒されている。

 

自由を愛する国、自由を愛する国民である我々は自由を守るために、正義の審判となって迫害された者を守るのだ……!!

 

共和国に解放を!

 

共和国に革命を!

 

共和国にある仲間達を救うのだ!!

 

共和国の蛮行を許すな!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうだ、共和国は敵だ。

 

ーー民主主義を害する危険な国家だ

 

ーー自由を許さない抑圧した国だ

 

ーー檻の中で悠々と暮らす豚共だ

 

ーーそう、共和国な敵なのだ。かつての仲間ではないのだ

 

ーー共和国はその代償を払わなければならない

 

 

 

 

 

故に我々は共和国を解放するのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

徐々にではあるが、国民の感情は共和国へと向けられるのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

二週間後。アストリア合州国とギアーデ連邦はインターネット上で国交樹立を宣言。

 

飛行機無し

 

人も無し

 

通信だけが出来る

 

そんなグラグラの国交に国民はあまり歓迎する事なく、不詳不承と言った様子で連邦との国交を認めていた。





米国の技術力+二次大戦時のソ連の最大兵員数=現在のアストリア合州国軍



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#16 大攻勢

アストリア合州国 バージニヤ州 国防総省 統合参謀本部

 

そこではプロジェクターに映し出される映像を閣僚達が見ている。

 

「……以上より、近日中にレギオンによる大攻勢がある確率は九八%です」

「「「「……」」」」

 

全員が険しい表情となり、一人の閣僚。アーノルド・フィッシャー少将が疑問を呈する。

 

「その大攻勢時のレギオンの戦力はどのくらいかね?」

「はっ、《15−13》による予想データではーーーーー」

 

報告官の口からは信じられない数のレギオンの襲来が予想されていた。

 

「そんな数がジークフリート戦線に襲い掛かるのか……?」

「いくらなんでも数が多すぎる」

「何かも間違いでは?」

「だが、《15−13》は過去の実績もある上に、あの超長距離砲の事もある。あながち間違いでは無いかもしれん」

「まだジークフリート戦線は完成していないんだぞ。もし抜かれた場合の対応はできているのか?」

「〈ルナツー〉、〈ソロモン〉、〈ア・バオア・クー〉の要塞工事は完了しています。北部工業地帯の南方への疎開も完了していますので対応は可能かと……」

 

閣僚が対応策を模索する中、アーノルドは報告官に聞く。

 

「マッキー山脈のレーダーサイトは?」

「常時警戒を行なっております。依然としてレギオン支配域奥地までレーダーは届いておりませんが……」

「そうか……」

 

数週間前に存在を確認したギアーデ連邦。その国家はギアーデ帝国内で起こった民主化革命ののちに建国された国家であると情報があった。

その連邦からも近々レギオンによる大規模攻勢が行われると注意喚起がなされていた。

 

国境沿いのジークフリート戦線の着工率は七三%、砲台の設置が〈レギオン〉の襲来により、予定よりも遅れていたのだ。

前線からの報告では工事中に護衛でMSが出ていると言う。

戦闘後に残骸の撤去などで工事が遅れているそうだ。

いつ〈レギオン〉の攻勢があるか分からないのだ。将官たちには焦りの色が見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レギオンは多数であるが故にそう呼ぶ。

 

昔、孤児院にあった聖書にそのような事が書かれていた。

 

本来、レギオン(集団)はこのような事を指すのだろう。

 

夥しい数の斥候型と戦車型

 

街を、平原を、河を、無数の金属の光沢と青いセンサーが灯り、大地を走り抜ける。

 

それが視えた俺は飛び上がるように起きる。

 

「どうしたの?」

「……レギオンが来る」

 

横で一緒に寝ていたエリノラがリノを見て、目を細める。

 

「また……使ったの?」

「今日ばかりは許してくれ。出るぞ」

「みんな起こしてくる」

 

そう言い、パイロットスーツに着替えると二人は部屋を出る。

 

 

 

この一分後、基地にアラートが響き渡る。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「いきなり叩き起こされたぞ」

 

ガンタンク上部の装甲射撃砲台に乗り込んだ一人がつぶやく。

それを宥めるようにアノラが言う。

 

「まあ、落ち着け。我らが隊長殿の()は当たるんだから」

「毎回ってわけでもないでしょうに」

「飛んだ時間に起こされたもんだ」

「そこは軍人だから諦めろ」

「(´・ω・)」

 

そう言うと噂の大隊長から通信が入る。

 

『総員傾注、レギオンの大攻勢が始まっただろう。総数は不明、すぐに出るぞ』

 

その方と共にいつもとは違うアラートが基地に響く。

それは非常事態を知らせる、通常のアラートよりも危険度が高い物だった。

 

「まじかよ……」

「こりゃ冗談言ってらんないね……野郎共!今日は絶好の狩場だ!存分に喰ってけ!!ただし喰われるんじゃないよ!!」

『『『『『了解!!』』』』』

 

ガンタンクやモビルスーツが基地から飛び出し、戦場へと向かう。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

ジークフリート戦線 ルナツー要塞 管制室

 

「これは……」

「全部レギオンなのか……」

 

そこにはレーダーに埋め尽くされるほどのレギオンのマークが記され、ジークフリート戦線の5インチ砲台が射撃を開始する。

 

「レギオンが地雷原を突破!!」

「第一一七守備隊から交戦報告!!」

「同様に一四五、五六、他多数からも同様の通信あり!!」

「……来たか」

 

要塞司令はすぐに非常事態宣言を発令。

これに伴い各前線基地からモビルスーツ隊が発進、防衛戦を開始した。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

合州国は半島国家である。下に伸びるその国土は戦力を集中しやすく。非常に防衛に適していた。

しかし、それはレギオンにも言える事で、数多のレギオンは大波となってジークフリート戦線全域に襲いかかった。

彼らは地雷原を斥候型を使い潰す形で前進し、これを突破。

レギオンが通れないように大穴を開けた塹壕も斥候型や近接猟兵型を落として埋めて均し、土の壁まで坂を作る。

5インチ速射砲の砲撃で戦車型は坂を上がった瞬間に狙い撃ちされ、斥候型は綿密に計算され、地下化された陣地で射撃をする。

 

ダダダダダダダダッ!

ダダダダダダダダッ!

ダダダダダダダダッ!

 

13.2mmという合州国独特の口径の機関銃は斥候型、近接猟兵型を粉砕する。

綿密に測量された後方の自走砲部隊は的確に狙いを定め、一五五ミリ砲弾が着弾、爆炎を上げる。

この時、自走砲部隊は撃てば当たるということで使用期限が近い弾薬から撃ちまくっていたという。

 

「クソガッ!どんだけ来るんだよ!!」

「こっちは弾切れだ。援護を!!」

「モビルスーツはどうなってる!?」

「後十分で到着します!!」

「自走砲の援護を要請しろ!!」

 

ジークフリート戦線各陣地は怒号が飛び、衝撃波が飛ぶ。

 

ドガァァァンン!!

 

5インチ速射砲が戦車型の砲撃で吹き飛ぶ。

 

「くそっ!砲台が吹っ飛んだ!!撤退を……」

 

隠匿砲台の守備隊が撤退指示をしようとした時、目の前が光に包まれる。

そして、今まで襲ってきていたレギオンが一斉に溶けて無くなった。

 

「何が……」

 

そう思うのと同時、凄まじいエンジン音と共に、青と白の機体が目の前を過ぎ去る。

 

「あれは……」

 

守備隊の男はその機体を見るとそれは空中で変形し、持っていた長砲身の銃と両肩にある連装砲が同じ方向を向き、一斉に六本の青白い光線を放つ。

 

チュィィィィィィンン!!!

 

戦線をハサミで焼き切るようにその光線は減衰距離ギリギリまで光線を放つ。

そして、そのモビルスーツはレギオンの軍団の中に入るとひたすらにビーム兵器を撃ちまくる。

 

「あれが…噂の…ガンダム……」

 

砲台で、圧倒的な火力を見せるその巨体は。彼らには戦場を掛ける雷のようであった。

守備隊が唖然としているとそのガンダムから通信が入る。

 

『こちら、参謀本部直属《ストライカー戦闘大隊》隊長リノ・フリッツ中佐だ。第四〇六防衛守備隊。生き残っていれば返事をしろ』

「こちら、四〇六守備隊。援護に感謝する」

『モビルスーツ隊は間も無く到着する。それまで耐えてくれ』

「了解、そちらも武運を」

 

そう伝えた後、新型ガンダムは機体に取り付けられた八つのロケットエンジンが火を噴き、どこかへと飛び立つ。

それと同時に後方からの砲撃音とビーム兵器特有の桃色の光線が目に映る。

モビルスーツ隊が到着したのだ。

 

「……野郎共!!生き残ったら新型ガンダムを見た事を他の奴らに自慢するぞ!!」

「「「おう!」」」

 

野郎共の雄叫びと共に兵士達は運ばれてきた一三.二ミリ弾薬ベルトを銃に嵌め込んだ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「予想以上に数が多い……」

 

上空で戦線を確認したリノは冷や汗をかく。月夜に照らされ、輝く金属のそれは天の河のように戦線を彩る。

すると通信機に連絡が入る。

 

『隊長、第六七号砲台から援護要請あり』

「手隙のガンタンクを向かわせろ。グリズリー、聞こえているか!!」

『ええ、もちろん』

「今から戦線を飛ぶ。援護してくれ」

『……了解』

 

エリノラは心配をする声で返答をし、リノの後を追いかける。

 

『レギオンの奴ら、塹壕を埋めて登ってる』

「とんでもない事をするもんだ」

 

一直線に着弾する砲弾を見ながらリノは持っているビーム・スマート・ガンを撃つ。

 

キィィィィィィ!!!

 

しかしこのビーム攻撃も今の軍勢には焼け石に水である。

 

「ハハハ……冗談だろう?」

 

リノは苦笑すると目を大きく見開いて、レギオンの一行を視界にとらえる。

 

……バギバギッ!

 

右目が一瞬だけ十字に青く輝くと装甲板の砕ける音と共に、六〇両ほどの戦車型と近接猟兵型、斥候型が剣山のように突き出した流体マイクロマシンによって撃破される。

 

「(後で怒られる覚悟でやるしかない……!!)」

 

リノは青く輝く右目をなるべく多くのレギオンを視界に入れながら同時に低空飛行をしながらビーム兵器を放つ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「バケモンだ……」

 

ガンタンクから掃射する一人の兵士が言う。

目の前には大量のレギオンとそれに真っ向から突っ込み、命の危機も顧みずにレギオンを大量に撃破していく共和国の子供達であった。

死に行くことを強制され、逃げられない戦場に囚われた哀れな共和国が生んだ化け物。

だが、今はどうだ。

 

『ファルケ、そっちに二機いる!』

『ひぇー、数が多すぎて腹パンパンだあ!!』

『ボサッとしない!!行くよ!』

『隊長がいないとこうも大変だな』

 

戦闘を楽しんでいる。

 

余裕がありそうにも感じ取れるその声はどこか狂気的であった。

 

「あんな子を仲間として受け入れるのが合衆国だ」

「隊長……」

 

アノラは戦場で闊歩している彼らを見て、憐れむように見ていた。

ガンタンクの二〇〇ミリ砲の砲撃音が鳴り響き、衝撃波が押し寄せる。

 

「さ、ぼさっとせずに屑鉄を撃つよ!首ぃ持ってかれるな!!」

「はい!」

 

ダダダダダダダダダダダッ!

 

機関銃の音が響き渡り、レギオンの大攻勢第一波はなんとか堪え切った。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『第二波が来る』

 

リノがそう呟き、遠方から飛来する軍勢を見る。

エリノラは疲れている様子のリノを見て聞く。

 

「リノ、そろそろ戻ったほうが……」

『俺たちが引いたら戦線が崩壊するかもしれない』

『もう、モビルスーツ隊も到着した!第二波も既に前線に報告は入っている!』

『戻れ、リノ!君はこれ以上戦うのは危険だ!』

 

クラウとテオの叫び声が聞こえるも、リノは機体を旋回させて第二波に向けて突っ込む。

 

『あの馬鹿っ……!!』

『隊長を見失うな!追いかけろ!!』

『リノ……』

 

先に突っ走ったリノのハミングバードをエリノラ達は急いで追跡をする。

同じハミングバードでもリノの機体は生産性度外視で只々推進力を上げた逸品で、同じエリノラの二号機でも追いつくのには時間がかかった。

 

彼らが到着をした頃にはリノのガンダムは既に戦闘を始めていた。

 

『あの馬鹿隊長を戦線から引っぺがす!お前らも手伝え!』

『りょ、了解!』

 

クラウに続き、他のMSも一斉にリノの機体に向かって飛んでいった。

 

「さぁ、こいよ屑鉄…」

 

リノは映像に映る数多のレギオンを見て狂ったような笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆さんの好きなガンダム艦艇は何ですか?
よかったら教えてください。
もしかすれば出すかもしれません。

ちなみに作者はオリジン版マゼラン、イグルー版サラミス、ラー・カイラムが好きです。


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#17 怒声

 

 

一騎当千

 

 

この言葉がピッタリな光景であった。

一機のガンダムが、押し寄せるレギオンを抑えているのだ。

頭のネジが吹っ飛んでいるとしか思えない、その動きは獲物を狩る獅子のようであった。

 

戦車型に喰らいつき、斥候型を踏み潰す。

 

重戦車型には戦車型の残骸を叩きつけ、近接猟兵型は弾き飛ばされる。

 

長距離砲兵型の攻撃は躱し、その砲弾でレギオンが巻き添えになる。

 

圧倒的な強さがそこにはあった。

 

だが、人を辞めたとしか言えないその動きに唖然としていると。副隊長のガンダムが荒ぶる獅子を抑えるように両腕を掴み、二機のジェガンがそれぞれ足を押さえる。

思い切り地面に叩きつけられ、地響きがする。

その状態でも獅子はギギギと音を鳴らして無理に動こうとしていた。

レギオン第二波も食い止める事に成功し、夜明けを迎えたジークフリート要塞戦線だったが、目の前には明らかに異常な光景が広がっていた。

 

『おい!ボーッとすんな!手伝え!』

 

クラウ中尉の怒声が響き、ハッとして行動に移した。

咄嗟に俺は隊長機の肩を抑える。推進器の燃料は無くなっているのか飛び立つこともなく、MS4機で固められると副隊長がコックピットから飛び出し、コックピット脇の緊急停止ボタンを押し、ガンダムの動きを強制的に封じた。

 

『危なかった……』

『さて、馬鹿の機体を運ばないと……』

『やっちまったな……』

 

そう言い、クラウ中尉のベースジャバーに隊長のガンダムを載せると急いで前線基地に戻ることとなった。

 

 

 

 

 

基地では既に何人かの白衣を着た人が待機しており、手には工作機械を持っていた。

基地の到着したストライカー戦闘大隊は戦闘後の後片付けの命令もなく、そのまま基地の宿舎に入れられる。

その後の事はよく分からなかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

基地に到着したクラウは連絡して待っていた研究者を確認するとエリノラがコックピットのハッチを開けた。

しかし開いたのは外の機体だけで、中のコックピットにつながる部分は何かつっかえたのか、開かなかった。

 

「チッ、引っかかってる。バールある?」

「ほい!」

 

クラウはテオからバールを受け取る。

 

ガンッ!ガンッ!……ガコンッ!!

 

クラウがバールを突き刺し、こじ開けると中には銀色の結晶柱が折れて下に落ち、コックピットの中央で右目から泣き出すように溢れた銀色の流体マイクロマシンに埋まるように座る、白と青のヘルメットとパイロットスーツを着たリノがいた。

 

「リノッ!」

 

咄嗟にエリノラがリノの意識を確認する。どうやら気絶をしているようであった。

息があることにホッとしているとクラウが今度はツルハシを、テオがハンマーを持ってリノを囲っている金属を叩き割る。

 

ペキッ ペキッ パリンッ!

 

バリバリ

 

ボロボロで穴だらけとなったパイロットスーツとヘルメット。

服についている金属片を落とすとリノはコックピットから引き出され、そのまま担架に乗せられて運ばれて行った。

部隊には待機を命じてあり、いざとなればドミトルに指揮権が渡されているので動くことができるだろう。

 

「さて、私らはあの馬鹿を見ないと……」

「今回ばかりはかなり無茶をしたみたいだね……」

「リノ…」

「エラ、あいつが起きたらまずはぶっ飛ばしなさい。じゃ無いとまたアイツやるわよ」

「う、うん……」

 

そう言い、三人はリノの後を追いかけ始めた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

薬品の匂いがする。

 

 

 

自分は確かレギオンの大攻勢の時に能力を使って……

 

 

 

そうか、能力を使いすぎたのが原因か……

 

 

 

これはまたコッテリと絞られそうだ。

 

 

 

そう思いながら意識が回復をすると視界にマルコが映る。ハミングバードのとき以来に見た彼の顔は怒りと呆れが混ざった表情をしていた。

 

「おう、起きたようだな大馬鹿野郎が」

「いきなりひどい言われようですね…こっちは病み上がりなのに……」

「阿呆、あれだけ能力は使うなと言ったはずだが?」

「あまりの数だったので……」

 

そう言うとマルコは呆れたように軽く嘆息する。

 

「はぁ、まさかストック分まで全部使うとは……後でエラちゃん達に謝っとけよ。クラウが今回ばかりは本気で怒ってたからな」

「はい……」

 

これは説教四時間コース確定と内心げんなりしていた。まぁ、実際自分がしでかしたことだから何も言えないが……

 

自分が気を失っていた時間は大体十八時間程らしい。レギオンの第二波は誰かが戦線で大暴れしたせいで戦線が後退することなく終わったそうだ。

 

思っていたよりも短い時間だと思っていると治療室の扉が開き、明らかに怒った様子のクラウが入ってきてリノを早々ぶっ飛ばした。

頬を赤くし、リノは殴られた場所を摩っているとクラウが怒号を飛ばした。

 

「馬鹿か!お前、一体何やってんだ!!」

「ク、クラウ……「エラは黙ってろ!」……」

 

クラウはリノをぶっ飛ばした後にリノに向かって叫んだ。

 

「アンタねぇ、自分が何したか分かってんの!?危うく死ぬところだったんだぞ!!それが如何に危険なのかわかってんの!」

「……」

 

クラウの罵声にリノは呆然とした様子で話を聞く。

 

「大体、アンタの能力は右目の()()から体力消耗するってわかんないの!?」

 

クラウの罵倒は止まる事なく治療室に響き渡る。

 

「今回はガンダムに予備の流体マイクロマシンを入れてたから良かったけど。なかったらアンタ、今頃死んでたんだよ!()()()これ以上エラ泣かせないって言ったんじゃ無いの!!ええ?」

「……すまん」

「すまんで済むんだったらねえ、こんな事にならんの。アンタは自分の命が惜しいとは思わん訳?」

 

クラウの追求は終わるところをしらず。どんどん踏み込んでいく。

 

「アンタいつもあの子達のことばかり思っているけどね。アンタもアンタであの子達と同じようなことしているの。自分の命を顧みない所とか特にね!!」

「クラウ、そこまでだ」

 

マルコに制止され、クラウは追及を抑える。

 

「……とにかく、本当は今すぐにでも後送させたいけど、今は緊急事態だから前線に出ずに指揮官しろ」

「緊急事態?」

 

リノが疑問に思うとテオが横で説明をする。

 

「ああ、今日の昼のことだ。ギアーデ連邦にあの超長距離砲が撃ち込まれた。それの影響で合州国軍全軍に緊急配備がかかってる。連邦は電磁加速砲型(モルフォ)と呼称している」

「そんなことが……」

 

リノが驚いているとクラウが非常に不満げにリノにある物を渡す。

 

「今のアンタの目は他の人には見せられないから。これをつけて作戦に参加しなさい。

 

 

 

 

 

外したら許さないから

 

「りょ……了解であります……」

 

リノはそう言い、真鍮の縁が特徴のサングラスを渡され、リノはそれをつける。

 

「これでいいか?」

「ええ…すっごい悪人に見えるけど」

「それは同感」

「私もそう思う……」

「やれやれ…まぁ、見えるから問題はないか……」

 

スモークグラス加工されたそれは外からは完全に目の色が見えなくなるようになっていた。今の彼の右目は消耗した後と言うことこともあり、金属的な銀色に染まっていた。だから人目につくのは面倒な事になる。

ともかく、クラウに怒られ、テオからも静かに目線で怒られ、エリノラから心配をされ、コッテリと絞られたリノは今回ばかりは反省をしていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

治療室から戻ったリノは真っ先にハルトとレッカから心配をされた。

 

「何があったの?」

「大丈夫か?てかそのグラサン何?」

「あぁ、大丈夫だし、このサングラスは目をちょっと切ってね。怪我を隠すためさ」

「ふーん」

「そっかー……まぁ、無事ならいいか」

 

そう言い、二人はその場を去ると今度はドミトルとアノラから色々と追求を受けた。

 

 

あの時何があったのか。

 

 

リノが治療を受けていたのはなぜか。

 

 

クラウ達以外全員が宿舎に入れられたのか。

 

 

様々な追求をリノはのらりくらりと躱し、少し疲れた様子で部屋のベットに飛び込む。

 

「数日間はグラサン生活か……」

 

リノはそう呟きながら天井を眺める。クラウのくれたのサングラスはこっち側から見れば特に問題なく色も黒っぽくなく普通に見えていた。

いいのをくれたのだろうか。

そんなことを思いながら記憶を思い出しながら、現在の状況を把握する。

現在、ジークフリート戦線の塹壕を埋め立てたレギオンや撃破した残骸を徹底的に回収中。

 

今回の大攻勢で二万人の程の兵士が英霊となった。

 

やはり、一年かけて急ピッチとはいえ、堅牢な要塞を作れた事が今回被害が比較的軽微で済んだ理由だろう。

 

俺のガンダムはコックピットの入れ替え作業を終えたところで調整がまだ終わっていないそうだ。

終わるまでは最短でも十二時間後。それまでは大人しく管制をするとしよう……。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

同時刻

 

レギオンの大攻勢があったジークフリート要塞戦線では、リノ以外のストライカー戦闘大隊のメンバーはレギオンの残骸を回収していた。

リノが回復をしたと言う事でストライカー戦闘大隊も駆り出されたのだった。

 

『はぁ……すげぇ数……』

 

そう呟くのはストライカー戦闘大隊の歩兵部隊の一人だ。

その理由は目の前の塹壕内にこれでもかと埋まっている斥候型、近接猟兵型の数々である。一部戦域では戦車型が埋まっていたと言う情報もあり、まさに物量の嵐というべき戦場跡であった。

 

現在、ジークフリート要塞戦線前後十キロの範囲内には多種多様の残骸が残されていた。

 

レギオンの斥候型

近接猟兵型

戦車型

重戦車型

自走対空砲型

長距離砲兵型

阻電撹乱型

自走地雷

 

撃破された味方MSの残骸

破壊された砲台

上面が吹き飛んだ隠匿砲台

地面に散らばる銀色の流体マイクロマシン

焼け焦げた味方兵の遺体

 

見るのも嫌になる程大量のモノがそこにはあった。

塹壕内の機体はどうやら他のレギオンが乗り越える際に踏み台にしたようで、所々に傷がついていた。

 

人では絶対に出来ない行為だ。

 

今後また同じようなことがあった時、我々はこの物量に耐えることはできるのだろうか。

 

 

 

 

 

いや、耐えなければならない。

 

ここにいる兵士は家族のため、明日を生きるために戦い続ける。その為に命を賭してその人を全うする。

 

それが今を生きる合州国の理念であり、思想であった。

 

 

 

 

 

現在、遺体の回収が最優先で行われ、次にMS、レギオン、砲台と言った順番で回収が行われていた。

 

俺たちの担当の戦域も最後の遺体の回収を終え、MSは撃破されていないので、次にレギオンの回収を始める。

その夥しいレギオンの数に現在は輸送トラックや輸送ヘリまでもが動員されレギオンの輸送が行われていた。

今回のレギオンは回収する前に一つ一つ制御系を撃ち抜く事が義務付けられている。

軍上層部からの命令てトロイの木馬のようなことがあってはならないと言うお達しがあったからだ。

またいつものコンピュータの判断なのかと、ため息をつきながら斥候型から重戦車型に至るまで全てを撃ち抜いていた。

 

 

すると意外なことに動くレギオンがいた事に驚いた。

制御系を撃ち抜くとセンサーが一瞬だけ作動してショートをする。

それを見た他の面々も隠れているレギオンがいるという事で作業は慎重に行われていた。

 

 

 

ブォォォォォォォオオオンンン!!!

 

 

 

今も、下にレギオンの戦車型の残骸を吊り下げた無数の汎用ヘリが隊列を成して上空を通過していた。

この時回収されたレギオンは分解工場の空き地に収まらず、本来雪を捨てるための空き地に山積みになるという珍事件を引き起こしていた。

 

 

 

 

 

破壊された砲台は中の清掃を行なったのち、上に鉄板を敷いて砲台としての機能を復活させ、新たな人員を配置する。

砲台も汎用ヘリが行きに運び出し、帰りにレギオンの残骸を運ぶ。

 

そんな工程を俺たちは永遠と繰り返していた。

 

例の超長距離砲は大攻勢の時にはサンマグノリア共和国。今はギアーデ連邦に牙を剥き、連邦の巡航ミサイルの飽和攻撃で大破まで持ち込んだようだ。

現在、上層部では通信が可能な各国と共同作戦を行う話し合いが行われているようだが、俺らはいつ狙われるかわからず終始ヒヤヒヤしていた。

 

 

 

 

 

そんな中、空はいつも通り青々とした景色を見せつけていた。




ブルアカでリセマラしすぎてキチィ・・・・

でもイリヤとアコが欲しい・・・・あとチェリノ


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#18 特攻作戦

星暦二一四九年 九月十五日 午後五時 国防総省 参謀本部会議室

 

「現在、電磁加速砲型は旧ギアーデ帝国領クロイツベック市の鉄道ターミナルに鎮座し、この列車砲はジークフリート要塞戦線各戦域、マッキー山脈OTHレーダー施設も射程圏内です」

「「「「……」」」」

 

閣僚達は渋い顔をする。先の大攻勢で少なからずジークフリート要塞戦線は所々で突破を許した。

攻撃は最大の防御というが、昨年のバグラチオン作戦で国境まで戦線を押し戻す事に成功した合州国国防総省としてはこれ以上の侵攻は必要ないと思っていた。

 

政府内では領土の拡張を訴える戦場を知らない政治家がいたが、そんな人には戦時国債の発行金額を見せて黙らせた。

十年も戦争をしていれば莫大な量の金が掛かるわけで、現在戦費は国民が購入する国債で賄っていた。

いくらレギオンが資源を供給してくれるとは言え、やはり兵士の訓練や、砲弾、遺族への葬い金などで戦費は増す一方である。

 

合州国はすでに国内で経済が回っているのだ。これ以上領土を増やす事になれば防衛に支障をきたす可能性が出てくる。

しかし、そこで大統領令が出されたのだ。

 

『連邦と共和国を結ぶ回廊を設定されたし』

 

大統領令が出され、軍は否応にも回廊を設定しなければいけなくなる。

そんな訳で今回の侵攻作戦に合州国も参加する事となったのだ。

共和国側を北西回廊、連邦側を北東回廊と名づけ、しれそれぞれ侵攻路を選定していた。連邦にはコテージ作戦時の侵攻路を取れば良いが、共和国に関しては共和国から情報を持ち帰った第一一二小隊が通ったルートを基準に選定をしていた。

 

「(もしこの回廊が完成すれば合州国としても売り手が増えるか……)」

 

連邦からの情報で共和国が大攻勢で滅んだ可能性があるという。

今までやってきた事の皺寄せが来たのだと貶し、当たり前だと言う感情で会議場は埋め尽くされた。

しかし、エイティシックス達を助けると言うのは国民の意志でもある。

 

 

 

 

 

エイティシックス達を助けれれば、後はどうでもいい。

 

 

 

 

 

少なくとも合州国はその様に考えている。

今回の共同作戦に際し、第一特別遠征軍。通称『白の督戦隊』が結成され、元共和国国民の志願兵士一万五千人は侵攻作戦に備えている。

白の督戦隊は装備が何もかも白く塗装されており、八五区内に逃げた白系種を皮肉っていた。

 

「(侵攻作戦時に、連邦の精鋭部隊。ノルトリヒト戦隊が電磁加速砲型の撃破をする……か……)」

 

聞けば優秀な兵士が連邦にはいるようだ。

国の為に死ねと言われ、それを忠実にこなす。

この作戦はそのノルトリヒト戦隊が要となる。噂によれば共和国から行き着いたエイティシックス達がいるとされているが、真相はまだ分からない。

ともかく、合州国は国家間の合流を果たす為に今回の《回廊作戦》を実行に移す準備を始めていた。

今回の作戦には海軍省からも海上からレギオン支配域に砲撃を行う事が決定された。

海軍からは、かの一年戦争で生き残った合衆国が誇る六〇センチ三連装砲を搭載したジュットランド級戦艦の生き残り《ジュットランド》《レイテ》二隻を投入し、陸地への砲撃を開始する。

空軍からは無人機を投入し、侵攻軍の援護にあたる。

陸軍は部隊を率いて前線を押し上げる。

 

アーノルドはその部隊編成の整理を始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー見つけた。

 

 

 

 

 

吹雪が吹く中、彼女はそう呟く。

彼女の目には月夜に照らされた一機のMSが大攻勢の軍勢に向かって砲撃をし、下に銀色の流体マイクロマシンが滴り落ちる青と白のMSであった。

斥候型の映像では有るが、彼女の確証をつくには十分であった。

 

『見つけるのに二年かかったわね……』

 

そう呟き、思い出すのは三年前、重戦車型で急襲した合州国のMS部隊の生き残りを鹵獲しようとした時のこと。意識を失い、視界も見えていない筈なのに持っていた拳銃を持って銃を撃つ。

 

生に対する強い意志を感じる。

 

その青年のドックタグを見て彼女はある実験を行なった。成功率は低いがやってみる価値はあると判断してのことだった。

 

『どうやら成功したようね』

 

どこかホッとした様子で映像を見ていた彼女は斥候型の映像を見終える。

 

これ以上はノウ・フェイスが口を出してくる。

 

この事もノウ・フェイスは知らない事実だ。

 

これは、彼女の個人的な興味から来るものだった。

 

『それに、面白いおまけもついてきたようで……』

 

先程の映像を思い出しながら彼女は少しだけ笑みを浮かべる。

 

『私は彼が来るまで待とう……』

 

彼女は殺戮機械にあるまじき期待という感情を持ちながら斥候型の映像を見ていた。

 

 

 

『リノ……』

 

彼女はそう呟くとどこか懐かしそうな表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

星暦二一四九年 九月三十日

アルトリア合衆国 第二〇号前線基地

 

この日、ストライカー戦闘大隊は基地の格納庫で武器の点検を行なっていた。

 

「パッキンの予備はあるか?」

「こっちは替えのモーターだ!」

 

作業員の声が響き、格納庫でリノが自分のMSを見て呟く。

 

「いよいよ明後日か……」

「時間が経つのは早ぇなぁ……」

 

その横でハルトが呟く。一週間前にレギオンの残骸を片づけ終え、ハルト達の機体の予備パーツがたっぷりと出来た。

ジークフリート戦線は更なる強化のために格納式の速射砲砲と重機関砲。自走砲、戦艦から持ってきたメガ粒子砲、ミサイル発射筒に列車砲など多種多様の火砲が集められ、塹壕も今では綺麗に整えられ、大攻勢の戦訓から塹壕の内側の地面にも地雷敷設が行われていた。

 

「その連邦の精鋭部隊が電磁加速砲型をやるんだろ?俺たちは北西回廊に突っ込むからもしかしたら会えたりして」

「……そうかもな」

 

リノは少し言葉を詰まらせて答える。

今回モルフォがいるのはレギオン支配域の奥地。可能な限りかの戦隊の援護を連邦は要請しているが、なにぶん合州国からは遠すぎる。

今回の侵攻路でもある北西回廊と北東回廊は全てが国家間高速鉄道の線路を中心に進む為、ノルトリヒト戦隊を追うことは難しいだろう。

おそらくそのことはハルトもよくわかっているだろう。国のために死す兵。かつて極東の国で行われた特攻隊と変わらないその行動にリノ達は名も知らぬその兵士に敬意を表していた。

 

「……さて、俺たちも準備をするぞ。作戦が始まったら俺たちは共和国に行くんだからな」

「うわぁ……ナツカシノコキョウダー」

 

心のこもって居ない声を出し、ハルトはおちゃらけた様子で格納庫を出ていく。

彼らにとっては帰りたくない祖国だろう。なのに、着いてきてくれるのだからその心構は素晴らしいと思っている。

リノは色が戻った青色の目で見ながらハルト達を見ていた。

 

 

 

 

 

その日の夜、リノは先遣隊として派遣される国家間高速鉄道の路線の地図を見ながら派遣軍指揮官と作戦の詰めをしていた。

 

「ーーーーと言う訳で我々が知っているのはここまでの地形です」

「そうか……ならば作戦開始時に我々はストライカー戦闘大隊の設置したビーコンに沿って進めばいいか?」

「まだ稼働しているかはわかりませんが。我々が偵察任務の際に設置した臨時通信塔が放置したままなはずです」

 

白い軍服を着た翠緑種の男性がリノの説明を聞いて頷くとさらに推測を話す。

 

「ここからは推測ですが、共和国が陥落したと言う情報が本当であれば八五区周囲に設置された地雷はレギオンによって突破されている可能性が高いです」

「ほう……」

 

指揮官が興味深く聞く。

 

「先の大攻勢の時にレギオンはジークフリート要塞戦線の地雷原を斥候型を使い潰す形で突っ込ませていました。なので地雷除去は必要ないかもしれません」

「……だが、念のためだ。ガンタンクの前に地雷除去ローラーをつけさせよう」

「それから大要塞壁群に関してはもう動かないと仮定し、我々は先に八五区内に入りレギオンの掃討にかかりたいと思います」

「了解した」

 

そう言うとリノは敬礼をする。

 

「では、また向こうで会いましょう」

「ああ、共に子供達を守るぞ」

 

白い軍服を着た派遣軍指揮官はリノの共に外に出ると、そこには白く塗装されたジムⅡ、白い旧式のM61A5主力戦車。白い装甲歩兵に白い一三.二ミリ重機関銃。

全てにおいて白い軍隊がそこには居た。

 

第一共和国派遣軍 通称『白の督戦隊』

共和国出身者で主に構成された志願兵の軍隊である。

去年から訓練を重ね、今次回廊作戦にて共和国まで突撃をする部隊である。

この臨時野営基地には一万五千人の兵が集まり、その半数は志願兵で構成されている。

この部隊は使う武器が全て白色に塗装されているのが特徴だ。

リノは改めて目がチカチカしてきそうなほど白一色に塗装された派遣軍を見る。

 

「す、すごいですね……」

「生まれ故郷に愚策を自覚させて更生させるのが主な任務なのです。皆、やる気に満ちていますよ」

 

その中にはパワードスーツに身に纏った共和国出身の白系種までおり、片手に一三.二ミリ機関銃を持っていた。

その事にリノは苦笑しつつ空を眺めていた。



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#19 侵攻作戦

星歴二一四九年 一〇月九日

ジークフリート要塞戦線 第二〇号前線基地

 

リノ率いるストライカー戦闘大隊はこの日、人類史上最大規模の動員数で行われる一大作戦に参加するためにジークフリート要塞戦線から飛び出す準備をしていた。伏せの格好でリノ達MS部隊は映像の右上に映るタイマーを眺めていた。

リノは本来であれば後送させるべきだとクラウが言っていたが、上層部がそれを危険視した為、今回は後方からの援護という形で特にクラウから監視されていた。

 

『今日能力使ったらマジ吹っ飛ばすから』

「はぃ……」

 

クラウのひっじょぉぉぉぉぉぉに不満げな声が聞こえ、リノは弱々しく答える。

今回ばかりは前線を張れなさそうだとリノ自身もよくわかっている。

だから今回はリゼル隊が前衛を張り、俺はクラウと後衛のテオに監視されながら出撃準備をしていた。

するとそこに大統領の通信が入る。

 

先のコテージ作戦で大統領府は赤裸々に恥をかいた。十年越しの帝国領侵攻参戦が空回りに終わり、国民の呆れは凄まじく、政府としては結果が欲しかったのだろう。

でなければ内ゲバとなって国内の体勢が混乱してしまうからだ。

国民のガス抜きをするためにも、政府の失態を隠すためにも、今回の作戦は重要であった。

すると作戦開始前、国防総省から直々に通信が入る。

 

『ストライカー戦闘大隊の諸君。私は国防長官デイブ・マルゲイツだ』

「……マジか」

 

いきなりの通信に驚いているとマルゲイツはストライカー戦闘大隊に通信をする。

 

『今作戦において、我が合州国は共和国に居るであろうエイティシックスの子供達を救出するのが主な任務である』

『本来であれば直接君たちのところに激励に行きたかったのだが、今回は許して欲しい』

 

長官はそう言うと俺たちに激励の言葉を投げかける。

 

『今作戦は合州国の誇りがかけられた重要な作戦である。諸君らの健闘に期待すると共に必ず無事に帰ってきて欲しい』

「……ご期待に応えられるよう尽力いたします」

『うむ、頑張ってくれ賜え。大統領も君達の活躍に期待していると言われていた』

「ハッ!」

 

そう言い、通信が切れるとリノは全隊に通信を入れる。

 

「全員聞いていたな?今回大要塞壁群に一番乗りしたやつは大隊倉庫に積まれたワインだ」

『隊長!?』

『マジすか!?』

『うおおお!!酒ぇ!!』

 

賭けで酒が出ると言われ、隊員達は活況に包まれるとレッカとハルトの二人が知覚同調を繋いでくる。

 

『なぁ、俺たち酒飲めないんだけど』

『そうそう』

「そうだな……じゃあお前らは倉庫の甘味だ」

『おっしゃ!やる気出てきた!!』

『そうね、一番乗りは彼方よ』

 

ハルト達にも賭けに混ぜさせると大統領の鼓舞の通信も聞こえないくらい盛況に包まれ、大隊全員に世にも恐ろしいマラソンが始まろうとしていた。

作戦開始のタイマーが残り十秒となり、全員が操縦桿を握る。

 

「(十……九……八……七……)」

 

リノは徐々に減っていくタイマーの表示に汗を一筋流す。

今作戦でノルトリヒト戦隊が電磁加速砲型をやらなければ。

俺たちのジークフリート要塞戦線はその放火に晒される事になる。

今はこうしてハイにでもならない限り気が滅入ってしまいそうだった。

 

「(六……五……四……三……)」

 

ジリジリと減っていく時間を見ながらリノは後方のエンジンを火をつける。

 

「(二……一……〇!!)」

 

ゴオォォォォォォォォオオオ!!!

 

フルスロットルで一斉に全員が飛び出す。

 

それと同時に後方から自走砲による砲撃が行われ、多連装ロケット砲による攻撃と機械化装甲歩兵を乗せたトラック、モビルスーツ、M61戦車が勢いよく飛び出す。

 

「撃って撃って撃ちまくれ!!」

「ヒャッハーッ!!大放出だ!!」

「ずりぃぞ!ドミトル!もっとスピード!!」

『了解!!』

 

ガンタンク三両はそれぞれが競い合うように飛び出し、砲撃を行う。

目指すは共和国の大要塞壁群。MS部隊も同じように飛び出し、全速力で飛行していた。

 

『隊長達早すぎ!!』

『レギオンの始動を確認!!数多数!!』

『大量の屑鉄狩りじゃあ!!』

『撃て撃て!!』

 

チュォォォンン!!チュォォォンン!!

チュン!チュン!チュン!

ブオオオオオオオオ!!

ダダダダダダダダッ!

ドォォン!!ドォォン!!ドォォン!!

 

数多な音が聞こえ、大隊はレギオン支配域を線路沿いに飛び回る。

剣のように突っ込んでくるMSに〈レギオン〉も対応が遅れ、その間に後方からやってくる自走砲の砲撃で、森ごと吹き飛ぶ。

かつて、極東の国が合州国と戦争をした時。戦艦の砲撃で島全体を砲撃したが、木で出来たトーチカ(これってトーチカなん?)が生き残った事から。ただの砲撃で全てを吹き飛ばすことは難しいが、レギオンの陽動には十分すぎる威力であった。

 

付近一帯のレギオンが起動し、一斉にストライカー戦闘大隊に攻撃を仕掛ける。

 

『方位一四〇、距離五千にレギオンを確認。近接猟兵型四〇、戦車型三〇、斥候型六〇!』

『奴らの住処だからか数が多いな!!』

『少しでも気を抜いたら吹っ飛ぶわね』

『本隊との距離六〇キロです』

「総員一時停止、橋頭堡を確保し付近一帯を制圧せよ」

『『『『了解!』』』』

 

リノの指示のもと、一箇所に固まった戦闘大隊はEWACの情報を元に攻撃を仕掛ける。

周囲に爆炎が上がり、砲撃音が響き渡る。

あたりが焼けこげた頃、南方から白い軍団が波のように追いかけてくる。

 

『ヒュ〜、見やすくていいね』

『本当な』

「このまま前進する。負傷者は?」

『ガンタンク全機問題無し』

『MSも異常無し』

『歩兵小隊も怪我人死人共にゼロ』

「よし、このまま大要塞壁群に向かうぞ」

 

キィィィィィイインンン!!

カタカタカタカタカタ……!!

 

ストライカー戦闘大隊は味方との位置を最低でも六十キロ離れた場合のみ橋頭堡を築くために立ち止まり、合流をしてから再び進むという工程を繰り返していた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

それから一日が経ち、リノ達ストライカー戦闘大隊はジークフリート要塞戦線から二〇〇キロほど離れたところに到着する。

そこで現在の戦況を確認した。

第一目標であるクロイツベック市にいた電磁加速砲型は囮で、本物は現在共和国側に移動中。ノルトリヒト戦隊が現在追撃中。

第二目標である街道回廊は奪還に成功、現在残存兵力の掃討中。

ジークフリート戦戦から北東回廊方面に向かった部隊は途中ヴァルト盟約同盟軍と合流。ギアーデ連邦との合流も果たしたそうだ。

四カ国協同軍は士気の高揚に合わせ、さらに進軍を開始。ノルトリヒト戦隊の援護をする。

旧高速鉄道沿いに進軍する形ではあるが、電磁加速砲型の行動範囲を着実に狭めつつあった。

そして現在、俺たちは派遣軍と合流して一時停止し、今後の進路を選定していた。

予想していたよりもレギオンの数が多く、北東回廊を進んだ味方軍との合流を図るためであった。

 

「味方の到着はいつ頃になりそうですか?」

「うむ……現在、この辺りを進んでいると言うことから……あと五時間といったところか……」

 

そう言い、派遣軍指揮官が言う。共和国につくまえに会っちまったなと苦笑いをされながら言われ、リノも思わず苦笑をしてしまった。

現在、ここでは派遣軍がEWACと合わせて警戒をしており、レギオン発見時は即座に戦闘体制に移行できるようになっていた。

 

「五時間ですか……なるべく早く着きたいのですがね……」

「此方からも戦線を西側に押すのは?」

「いえ、それでは戦力が分散されてしまうので危険と考えます。ここは大人しく待ちましょう」

「貴殿の機動戦術で敵を撹乱するのは?」

「難しいと判断します」

「根拠は?」

「電磁加速砲型がいつ攻撃を仕掛けて来るかわからないからです。あれは全てを吹き飛ばしますから。機動戦も意味をなさなくなってしまうのです」

「そうか……」

 

指揮官がそう言い、唸り声をあげていると一兵卒が声を上げる。

 

『レギオンの部隊を確認!モビルスーツ隊は前進せよ!』

『戦車は後退!支援砲撃を行え!』

 

臨時監視所から報告が上がり、ジムとジェガンが前進し、持っていた九〇ミリマシンガンを放つ。

発砲音と発射されて赤くなった砲弾が森の中に隠れていたレギオンに命中する。

レーザー通信で情報が行き渡るため、追走する自走砲部隊も援護がしやすいようであった。

さらに西側では海上からの砲撃が着弾し、六〇センチ砲弾が平原一帯を吹き飛ばす。すげぇ、海辺からここまで届くのかよ……

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「おぉおぉ、ようけ燃えはんな」

「なんでそんな訛ってんのよ」

「俺の生まれ故郷の訛りだよ」

 

ガンタンクからドミトルが呟き、アノラが突っ込む。

臨時野営地でガンタンクの簡単な整備を受けている彼らは来た道を眺める。そこでは今まで来た道に車列が並び、東の空では爆発と思わしき光が灯っている。

 

「あそこは大体連邦か……」

「そうね、順調に前進しているようで……」

「ドミトルさん、アノラさん。コーヒーどうぞ」

「ああ、すまねえ」

「ありがと」

 

そう言い、紙コップに入れられた熱々のコーヒーを飲む。今回の作戦でストライカー戦闘大隊には物資が優先的に積まれており、コーヒーも本物である。

 

「あぁ、コーヒーが美味い」

「後どのくらいで共和国に着くのかしら」

「私が任務で出た時は巡航速度で三日かかりましたね」

「ジェガンで三日か……」

「明日くらいには到着できると良いわね」

 

三人はそう言うとアノラは視線を横に止まってその上で共に戦闘糧食を取っている子供達(エイティシックス)を見る。

 

「あの子たちはどんな気持ちでここまで来たんだろうね……」

 

アノラの問いにドミトルはそんなの知るかといった様子で答える。

 

「さぁな。少なくとも帰りたいと思わない祖国。程度じゃないのか?」

「実際問題、どうなんでしょう」

「ここまでついてきた事に驚いちゃった。てっきり基地に残ると思ってたから……」

 

アノラはそう言い、経口糧食を取ってうめぇうめぇと呟くハルトたちを見ていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

噂の本人たちであるハルトとレッカは合州国の経口糧食と戦闘糧食を食べて感想を言っていた。

 

「本当に美味しいわね……」

「だろ?まえにダイヤが交換した奴を俺も飲んだ時に思ったんだよ」

 

そう言って黄色の経口糧食を吸いながらレッカは思わず呟く。あのプラスチック爆薬に比べればダントツで美味いこの経口糧食に二人は食が進んでいた。

別で渡された非常用戦闘糧食はかなり乾燥しており、経口糧食と合わせて食べる事前提で作られていると言うことだった。

これだけで必要なカロリーは取れていると言うのだから不思議である。

因みに、これは戦闘糧食では足りないだろうと言う大人達の優しさからくるささやかなプレゼントであった。

 

そんな感じで、二人は食事をしていると不意にレッカが呟く。

 

「これ……クレナたちにも食べさせたいくらいね……」

「……」

 

二人はもういない仲間達を思い浮かべ、少しだけ目かしらが熱くなる。

 

 

生きて土産話を持って行く。

 

 

仲間達から託された願いを果たすために、二人はいろんな場所に行っていた。

どこかに行くための費用を得るために自分たちの得意分野である軍隊に入り、休暇中は必ずどこかに旅行に行く。

そこで色々なことを経験して今まで見たことないようなものや初めて見るものを見て興奮したりしていた。

あれから一年、まだまだ世界は広いのだと実感したばかりであった。

 

今頃、無表情隊長や隊長大好きっ子はどうしているのだろうか。

 

向こうで元気にしているのだろうか……

 

二人はそんな事を思いながら空を眺める。

少佐が花火をくれた時もこんな空をしていたか……

二機のMSが並んで立ち、その肩や手に乗って遊んだりしていたか……

 

今ではあの時では考えられないような生活を送っている。

怪我をすればきちんとした治療を受け、衛生的な基地にきちんと整った装備。

ピシッとした軍服。

自分たちを罵る声も、真面目で御花畑な少佐の声も、仲間達とバカやってアルドレヒトのおっさんにドヤされる声も、何も聞こえず今は見知らぬ兵士達の歩く音が聞こえ、遠くではMSによる攻撃音だけが聞こえていた。

 

「……ねぇ、ハルト」

「ん?なんだ?」

「あの時、なんで私があんたについていったと思う?」

「え?そりゃあ俺の監視のためだろ?」

「それもあるけど……ね」

 

レッカは思い出しながら言葉を紡いだ。

 

 

 

「一人で知らない国に行くってのは怖いと思ったから……」

 

 

 

「……」

 

ハルトは今までで一番驚愕しただろう。レッカが付いて来た本当の理由を聞き、ハルトはレッカを思わず見る。

その時のレッカは仲間を本当に心配するような目をしていた。

 

「知らない国で一人って辛いことだと思うの。一人で全部の思いを背負うのも辛いと思ったから……」

「だったら、誰か付いて行って少しでも負担を減らせばいいかなって思って、私は付いて来たのよ」

「そう……だったんだ……」

 

ハルトはレッカの話を聞き、驚きを隠しきれずにいた。

 

「俺のためにわざわざ着いて来てくれたんだ……」

「だって、ハルトは調子乗って死なれたら困るでしょ?」

「まぁ、それもそうか……」

 

二人は思わず笑ってしまった。

 

理由はわからない。

 

ただ、今は笑いたかった。

 

戦闘の疲れでおかしくなってしまったかも知れない。

 

だが、それでも今は笑っているのが一番だった。

 

 

 

 

 

そんな二人に出撃命令が降ったのは六時間後のことであった。



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#20 再進軍

星暦二一四九年 十月十一日

 

回廊作戦は順調に進み、北東回廊奪還に成功した第二派遣軍八千名と合流した第一派遣軍は明朝を持って再進軍を開始。

八五区まで進軍を再開し始めた。

 

『本部より通信、侵攻路に電磁加速砲型の攻撃がある可能性があるとの事』

「了解、全軍に注意喚起を」

 

注意喚起と言っても対応策はないに等しいのだが……

 

そんな事を思いながらストライカー戦闘大隊は前線を切り開く。

ガンタンク一両が長距離砲兵型の攻撃で一両が脱落し大要塞壁群まで後何キロ程度だろうと言う場所まできた。

そして目的の場所が徐々に見え始めた。

 

『……っ!見えました!大要塞壁群!距離四〇キロ!』

「このまま突破をする。総員攻撃を……っ!」

 

リノは視界の端に映るそれに戦慄する。

 

「っ!敵!電磁加速砲型!方位四〇、距離三万!」

『っ!見えた……』

『なんだよあれ……』

『デカすぎる……』

 

丘の上で佇むその巨体は見るものを恐怖させるには十分であった。

全長四〇メートルのその巨体は大きな土煙を上げ、持っているバルカン砲で攻撃をしていた。

その先には一機のフェルドレスが電磁加速砲型と戦闘を行なっていた。

 

「マジかよ……」

 

あの巨体とタイマンしているのか?

 

余りにも無茶だ。

 

リノは距離を測定すると持っていたビームスマートガンを構える。

 

「他はそのまま進め。俺はここで援護をする」

『了解、私も援護する』

 

クラウがそう言い、ビームスナイパーライフルを構える。

他の隊員達は先に大要塞壁群に進み、地雷原の啓開と派遣軍の進路を作る。

 

「あのフェルドレスには絶対当てるな」

『私の腕を舐めるんじゃないよ』

 

不敵な笑みを浮かべながら二人は照準を合わせる。

目標は電磁加速砲型の翅のように広がる無数のワイヤーの根本。

何処からともなく飛んで来た焼夷弾の攻撃で燃え盛る電磁加速砲型に向けて二人は引き金を弾く。

 

「『撃て!』」カチッ

 

キュォォォォォンン!!

 

放たれたビームは真っ直ぐ電磁加速砲型の翅から少し外れた砲身部分に当たり、流体マイクロマシンを撒き散らしながら折れる。

 

『チッ、少しズレた。第二射を……「それは要らない」え?』

「アレを見ろ」

 

リノが指差した先には電磁加速砲型に登る一機のフェルドレスがいた。

そしてそのフェルドレスは電磁加速砲型の背中に取り付くとそのまま制御系と思わしき場所に砲弾を打ち込んでいた。

その瞬間、電磁加速砲型はぐったりと沈黙をした。

 

「やったか……」

 

リノはその様子を見てホッとしていると次の瞬間、黒焦げた電磁加速砲型と吹っ飛んだフェルドレスが浮かび上がる。

それが未来視によるものだと分かった時、リノは叫んだ。

 

「いかん!爆発するぞ!」

 

ドォォン!!

 

その瞬間、電磁加速砲型が爆発し、フェルドレスは木端のように吹き飛ぶ。

 

「安否確認をする。オストリッチは先に八五区内に向かっててくれ」

『了解』

 

レギオンの反応も感じす。侵攻路から外れる形ではあるが、リノは先ほど電磁加速砲型とタイマンをしていたフェルドレスの捜索に当たった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

リノがフェルドレスの捜索をし、その機体を見つけた。

上空には双頭の鷲が書かれた輸送ヘリと攻撃ヘリが飛び、そのうちの一機が地面に着陸をしていた。

丘上に上がるとスピーカー越しに通信が入る。

 

『貴官は合衆国の者か?』

 

「はい、アストリア合州国陸軍参謀本部直轄ストライカー戦闘大隊大隊長です。回廊作戦に基づき八五区周辺のレギオンの掃討を行なっております」

 

『こちらはギアーデ連邦西方方面軍第一一七機甲師団師団長だ。こちらも現在八五区に向かい進軍中である』

「了解いたしました。……先程、貴国のフェルドレスが戦闘を行なっていたのですが。パイロットの安否は確認されたでしょうか」

『それに関しては問題ない。既にこちらで回収させてもらった』

「了解しました。では、我々は失礼させていただきます。見事だったとパイロットには伝えておいて下さい」

 

そう言うとリノはMSを動かして八五区内に飛んで行く。

彼岸花の咲く丘では一機の首のない死神の絵が描かれたフェルドレスが一機、佇んでいた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

八五区内に入ったストライカー戦闘大隊はまず最初にレギオンの掃討にかかった。

途中から追いついた派遣軍に後の事を任せ、俺達は八五区内に設営された臨時野営基地で機体を降りた。

 

「んぁ〜、ついに終わったか……」

「ねえ隊長。あのフェルドレスは無事だった?」

「らしいぞ、今は療養中だそうだ」

「あの爆発で生き残ったの?」

「その様だぞ」

 

機体から降りたリノ達は野営地の一番良いプレハブでコーヒーを嗜んでいた。

派遣軍は第一優先でエイティシックス達の保護をし、街の瓦礫の撤去作業を始めていた。

現在、突貫工事で高速鉄道の路線の修復が行われ、明日には帰りの貨物列車がやって来るそうだ。

 

「これから色々と忙しくなるわね」

「書類だけは勘弁を……」

「逃げられないわよ。それは」

 

ハルトの悲痛な声が聞こえ、レッカも少しだけゲンナリとしていた。

 

「まぁ、俺たちは一番最初に帰れるさ」

 

そう言い、リノはコーヒーを飲むとハルトが思い出したように声を上げた。

 

「あ!そう言えば誰が最初に着いた?」

「そりゃあオレ達だろう」

「いや、ガンタンクだな」

「いやいや、うちら歩兵よ」

「MSが速いんだからMSよ」

 

ハルト、ドミトル、アノラ、エリノラの四人が大人気なく喧嘩をし始める。

酒や甘味が賭けられてると言うこともあり、全員が全員必死であった。

そんな彼らを見てリノは野営地から出て作業中の八五区内を見ていた。

すると、そこに戦闘服に身を包んだ一人の兵士がリノに紙を渡す。

 

「国防総省からの通達であります。中佐殿」

「ありがとう」

「はっ!失礼します」

 

そう言い残し、通信兵はその場を後にするとリノは渡された紙を開いて中身を見る。

 

「これは……」

 

リノは紙に書かれた内容を見るとそのまま野営地を後にしていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

ハミングバード一号機と数機のMSは現在残骸となっている電磁加速砲型の戦闘跡を探索していた。

技術局からの要請で電磁加速砲型に関する情報で集められるものはかき集めて欲しいと言う命令が降ったのだ。

 

これにはまだ戦闘から数時間しか経っていないので他の他国軍も忙しくて合州国軍の動きなんかに注視していないだろうという上層部の思惑もあった。

 

『こちらB班、何もかもが焼け焦げています』

『C班も同様。何も見つかりません』

 

次々と報告が上がる中、リノは電磁加速砲型の残骸を見ていた。

四〇メートルもあるその巨体。控えめに言ってデカいその残骸は一体どれだけの資材が注ぎ込まれたのだろうか。

これほどのものを簡単に作り出してしまうレギオンにリノは思わず冷や汗が出る。

 

 

 

もしレギオンがこの巨体な機械を量産するようになってしまったら。

 

 

 

リノはそんな事を思ってしまい、その恐ろしさに考える事をやめてしまった。

 

「ここら辺は何も無いか……ん?」

 

リノは残骸のすぐ下。ムカデのように生えた足の部分に金属の棒状のものを発見する。それは二十メートルほどあり、根元の方には金属が溶けた貫通跡があり、そこから流体マイクロマシンが溢れていた。

 

「これは……」

 

リノはすぐさま本体に通信を入れる。

 

「こちら、D班。電磁加速砲型の足元に怪しいものがある。回収を要請する」

『本部了解。すぐにA班を向かわせる』

「了解」

 

通信を切ったリノは改めて電磁加速砲型の居た丘から景色を見る。

遠くの方に大要塞壁群が見え、後は森や強制収容所と思わしき施設が見える。

 

 

 

あそこで一体何人の者達が亡くなったのだろうか……

 

 

 

リノはそんな事を思いながら景色を眺めていると調査部隊がリノの見つけた残骸が電磁加速砲型の砲身と確認し。ジェガンで砲身を引っ張り出し、やって来た輸送ヘリに括り付けられて本国に運ばれていった。

その輸送ヘリにはベースジャバーに乗ったジェガン二機の護衛までついており、とても物々しかった。

 

 

 

 

 

結局、その砲身以外の部品は全て自爆装置で吹き飛んでおり、回収は不可能と判断された。

この時、回収された砲身は解析のためにアバティーン性能試験場に送られた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

こうして、人類最大の侵攻作戦は成功し、街道回廊。お呼びのその沿線地域の奪還に成功した合州国および周辺諸国は互いに手を取り合えばレギオンに対抗できるのだと、希望をもたらしていた。

 

 

 

 

 

それと同時に合州国では、無人兵器の恐ろしさを実感し、自国で完全自立型無人兵器の開発を急速に進めるのであった。



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#21 異動命令

初手に少しだけ合州国のMS史を書きました。


 

 

 

星暦二一二二年(海上世紀〇〇七九年)一月三日

 

増えすぎたアストリア合州国の人工問題解決のために合州国の沖合に作られた七つの水上人工都市群の一つ、《サイド3》はジオン公国と名乗り、合州国に戦線を布告。独立戦争を仕掛けた。

 

のちに一年戦争と呼ばれるその戦争はさまざまな新技術の開発を促進させた。

戦争序盤でジオン公国は最新兵器《モビルスーツ》を使用し、圧倒的優勢に戦局を推移させていた。

この時、合州国軍の通信や作戦を混乱させるために開発されたミノフスキー粒子は通信妨害やレーダーを使用不可にさせ、合州国軍を大いに混乱させた。

そしてこの時の教訓が現在のレギオン戦争にも生かされていた。

 

戦争序盤にジオン公国は悪魔の計画《ブリティッシュ作戦》において合州国の所有する人工衛星全てを合州国軍司令部ジャブローに落とす計画を発動。しかし予想は外れ、落とされた人工衛星は合州国各地に落下。そのうち最大の人工衛星であったアイランド・イフィッシュは大陸南方の都市セドニーに落下し。五〇万人の犠牲者と直径五キロのセドニー湾を形成した。

 

特にサイド5《ルウム》近海では史上最大規模の海戦が行われ、そこで公国軍のモビルスーツ相手に敗れ、この時の経験から合州国軍は反撃の為の『V作戦』を立案した。

 

合州国本土の約七割を占領された合州国軍であったが、『V作戦』で設計、開発された合州国軍の傑作モビルスーツ《ガンダム》や量産型の《ジム》の活躍もあり、オデッサ作戦において大陸からジオン公国軍を南端に押し込む事に成功。

その後、ジオン公国が南端に設置した要塞ソロモン攻略を行い、これを攻略。

 

その勢いのまま合州国軍は、ジオン公国最後の要塞、ア・バオア・クー要塞を攻略し、陥落。

 

一年戦争は星暦二一二三年(海上世紀〇〇八〇年)一月一日にジオン公国の敗北で幕を落とした。

 

 

 

 

 

今日、これらの要塞はジークフリート要塞戦線に移設され、レギオン相手に国防の任に付いている。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

それ以降、合州国は他国のフェルドレス開発競争には参加せず、モビルスーツと言う全く別の技術の開発に勤しむのであった。

 

 

 

合州国にとって幸いだったのはジオン公国はギアーデ帝国との折り合いが非常に悪く、モビルスーツに関する情報が諸外国に一切流出しなかった事だろう。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

星暦二一四九年 十二月二〇日

アストリア合州国 ルイジーナ州沖

人工水上都市群 サイド5《ルウム》 テキサスコロニー

 

一年戦争時に、ジオン公国によって破壊されたこの場所は戦後に修復が行われ、現在は合州国本土に畜産物、農作物を提供する重要な生産拠点であった。

ルウムは大陸南端にある世界一巨大な島、ルナリス島に存在するMSの生産工場フォン・ブラウン、グラナダと同程度に重要視されている。

 

年の瀬も近くなってきたこの日、ここテキサスコロニーではリノとエリノラが休暇で遊びに来ていた。

先の回廊作戦の後、怒涛の書類仕事を終えて戦闘大隊には二ヶ月の休暇をもらっていた。

 

「ここに来るのも意外といいねぇ」

「ああ、そうだな。仕事を忘れられて、いい場所だよ」

 

そう言いながら二人はテキサスコロニーの宿で海を眺めていた。

 

 

 

 

 

保護されたエイティシックスは共和国にたどり着いた連邦と合州国の間に結ばれた協定で、軍属する者は連邦へ、市民として生活する者は合州国の国籍が与えられ、それぞれ市民として迎え入れられた。

今でも軍属に所属するエイティシック達に対し『子ども達に戦争をさせる愚か者』と政府を糾弾する者達もおり、問題はまだまだ多い。

 

共和国に行き着いた事で西方のその他周辺国の生存もいくつか確認でき、共和国の愚行も世の知れ渡ることとなった。

 

特に合州国はMS強奪に関して共和国政府に対し批判を行い、その証拠を大々的に公開。

一部では共和国政府高官と掴み合い殴り合いになったと言う情報もあり、合州国国内の世論は反共和国一色に染まっていた。

 

 

 

現在、合州国は共和国から得たエイティシックスたちの戸籍情報を元に市民生活をする者たちに一定の教育を行う為のプログラムを実行。数多のボランティアがソレに賛同し、募金活動も行われていた。

 

 

 

 

 

リノは紅茶片手にため息を吐きながら呟く。

 

「ハァ〜。この休暇が終わったら連邦に移動ですか……」

「そこは仕方ないわよ。上層部が考えた事ですもの」

 

リノのため息にエリノラが諦めたように言う。

 

 

 

独立機動部隊の創設

 

 

 

ギアーデ連邦とアストリア合州国が主体となって編成される国際的な枠組みで構成される特殊部隊である。

今回の編成で名簿表を見たリノ達は驚きと苦笑を混ぜ合わせたような表情を浮かべ、ハルトやレッカに関しては名簿表を見て涙を溢してしまっていた。

そしてその独立機動部隊に合州国からはストライカー戦闘大隊が送り込まれることが決定した。

各戦域のエースが集められているのにいいのかと思う部分もあったが。上の考えていることはよくわからないもので、休暇明けには連邦に向かう準備が行われることが決定していた。

 

「しばらく国には帰れないか……」

「手紙とかは送れるから問題はないと思うわよ?」

「そうか……」

 

リノは若干諦めたようにつぶやいた。

 

 

 

 

 

回廊作戦で合州国は共和国と連邦に物理的に繋がった。

その後、連邦と共和国に貨物列車の行き来が行われるようになり、すでに物資や人の行き来が行われるようになった。

その様子はニュースでも流れており、リノ達もそれを基地で見ていた。

十年ぶりの再会を果たし、涙する市民の映像は見ていた者に印象を与えていた。

貨物輸送の中には郵便物も入っており、連邦から合衆国へ手紙の郵送なども行われていた。

そのため、リノは連邦から合州国の孤児院に手紙を送ることもできるのだった。

 

「ソレに、リノは連邦に行きたがっていたし。ちょうど良かったじゃない」

「……そうだな」

 

エリノラはリノを優しい目で見るとリノも少し間を置いて、どこか思うような目をする。

 

「やっと…連邦に行けるのか……」

 

リノはそんな言葉を紡ぎ、海風の吹くバルコニーで空を眺める。

エリノラはそんなリノを見て手を優しく握る。

 

「大丈夫、きっと見つかるよ」

「ありがとう……そう言ってくれるとホッとするよ」

 

リノはそう言うとエリノラに優しく微笑む。

エリノラは彼の婚約者として、彼の()()()()()を知っている者として、彼に優しく接していた。

 

「辛かったらいつでも言ってね。私に出来ることは少ししか無いけど、出来る限りの事はするから」

「俺は、エリノラが常に隣にいてくれるだけで十分だよ。ありがとう」

 

そう言い、二人はお互いに微笑むと出していた紅茶セットを片付けて火の沈む夕陽を背に、部屋の中に戻って行った。

 

 

 

 

 

この後、二人はチェックアウトするまでヤル事をヤッていたと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星暦二一五〇年 二月二〇日

ギアーデ連邦のとある場所

 

そこにはガラスの棺に囲われて佇む、一機のスカベンジャーと七機ジャガーノートが鎮座していた。

その建物には本来国立墓地にあるはずの石碑もあり、そこには名前が彫られていた。

その石碑の前で四人のライトグレー色の軍服を着た男女が目を閉じて黙祷を捧げていた。

 

「隊長達はここまで来たんだ……」

「ようやく…辿り着いたのね……」

 

そのうちの二人がそう呟き、懐かしそうに首のない死神の描かれたパーソナルマークを見る。

残りの二人も他の機体に書かれたパーソナルマークを見て懐かしそうに見ていた。

 

「俺たちはここまで来たぞ」

「ええ、そうね」

 

四人は思い思いにジャガーノートを見るとそのままガラスの部屋を後にする。

外では量産品にスーツに身を包んだ男性が四人を待っていた。

 

「こんなところにいて良かったのですか?エルンスト大統領閣下」

「僕がいなくても政府は成り立つからね。問題ないよ」

 

そういうエルンストに四人は思わず苦笑せざるを得なかった。

するとエルンストはわざとらしく四人を案内する。

 

「それじゃあ、これから君たちと行動を共にする隊員達の紹介をさせてもらうよ」

「ええ、よろしくお願いします」

 

黒髪にサングラスをかけた中佐の階級章をつけた青年がそう言い、四人は草原の先に立っている七人の連邦の軍服を着ている少年少女達を見た。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ーーーで、俺達はなんで呼ばれたんだ?」

「エルンストが呼んでいた」

「いや、そこはもっと詳しく教えてよ……」

「今度の部隊で一緒にお世話になる人と挨拶だってよ」

 

草原で四人の青年達が呟く。

 

「あーあ、休暇中に呼ばないで欲しかったなー」

「それはそうだな」

「私も、同感ね……」

 

その横で少女達も同じように不満を言いあっているとエルンストが見慣れない軍服に身を纏った四人を連れて歩いていた。

 

「見慣れない軍服だな……」

 

鉄色の髪の青年が服装を見て疑問に思う。

 

「どこの人?」

 

次に赤髪の少女が疑問に思う。

 

「あれは……」

 

青みがかった白髪の少女が彼らの服装を見ると隣にいた黒髪の少女が答える。

 

「合州国の軍服じゃないか?」

「あぁ……ハルト達の行った国だな」

 

金髪碧眼の青年が呟く。

 

「じゃあ、レッカの事知っていたりするかな?」

「いや、分かんないでしょ。あの国広いみたいだし」

 

赤髪の少女の疑問に金髪緑目の青年が答えた。

そして話していると近づいてくるエルンストを見て七人は一斉に敬礼をする。

エルンストの案内で四人は七人の前で敬礼をする。

すると七人の内、黒髪の少年が一歩前に踏み出し、名前を名乗った。

 

「初めまして。ギアーデ連邦軍大尉ーーシンエイ・ノウゼンです」

 

そう名乗ると相手の二十歳であろう黒髪にサングラスをかけ、合州国のライトグレーの軍服を着た青年士官は懐かしそうに、穏やかに言う。

その後ろでは金髪赤目の青年と茶髪緑目の少女が手を若干震わせていた。

 

ん?震わせていた?

 

「初めまして……ではないかな。()()()()()と言えばこの場合は適切だろうか……」

「?」

 

すると青年士官と他の三人は帽子を取るとサングラスやカラーコンタクト、それぞれ付けていたであろうカツラを取ってその素顔を見せた。

 

「「「「「「「!?!?!?」」」」」」」

 

その素顔を見た七人は驚きのあまり声も出なかった。

後ろに居た赤髪の青年が満足げな笑みを浮かべ、その横で茶髪の少女が呆れたようにため息をつく。

するとサングラスとカツラを取った金髪碧眼の青年は改めてシンに敬礼をする。

 

「お久しぶりです。アストリア合州国陸軍中佐ーーリノ・フリッツです。また会えて光栄ですよ。ノウゼン大尉」

「……」

 

シンは思わず、唖然としていると後ろに居た六人がいきなり驚いた声をあげた。

 

「「「「「「ハルト!?(レッカ!?)」」」」」」

 

そして六人はそれぞれ飛びつくように二人に近づいた。

その目には涙が浮かんでおり、ほぼ二年ぶりの再会にハルト達も涙を浮かべていた。

その様子を見てリノはやれやれと言った様子で小さくため息をつく。

 

「はぁ……サプライズというのもなかなか大変なものだ」

「でも、面白かったわね。今のあの子達の表情」

 

リノの後ろでエリノラがそう言い、リノは頷くと再会で盛り上がっている彼らを優しく見つめていた。

 

 

 

その時、再会を祝福するかの如く平原の大地に花びらを纏った風が吹いていた。

 

 

 





合州国の技術レベルは大体ユニコーンくらいの時の技術だと思ってて下さい。

それと宣伝です。
試験的にオリジナル作品を書いてみました。
感想を書いていただけるとありがたいです。

あと高評価も・・・・


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#22 再会

星暦二一五〇年 二月十五日

アストリア合州国 カリフォルニヤ州 ビール空軍基地

 

そこでは現在ギアーデ連邦に向かう貨物便にストライカー戦闘大隊を乗せるための準備が行われていた。

その空軍基地の一角で、ハルトがリノ達に紙袋を持ってきて中身を見せた。

 

「カツラ?」

「カラコンに……」

「サングラス?」

 

リノ、エリノラ、レッカの三人は疑問に思っているとハルトがある計画を考える。

 

「俺が思いついたサプライズ企画!隊長達に会う時にこれを付けていく!」

「大丈夫なの?」

「ああ、これ怒られないか?」

「大丈夫大丈夫。すでに許可は取ったから」

 

しれっとすごい事を言うハルトにリノは思わす変な声で呟いてしまう。

 

「嘘ぉ……」

「こういう時だけは仕事早いわね。アンタ……」

 

レッカが呆れたように言い、エリノラも思わず苦笑してしまっていた。

 

「へへっ、どうせならあいつらをビックリさせてやりたいと思ってよ」

「まぁ……無表情隊長の驚いた顔は見てみたいわね」

 

レッカもニヤリとした表情で呟く。

こうして四人は顔合わせの時に合わせてそれぞれ変装をした状態で彼らと再会を果たすのだった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「みんな久しぶり」

「お前…本当にハルトか?」

「じゃなかったら誰なんだよ」

 

ダイヤがハルトに絡むように話しかける。

同様にレッカもクレナに泣きながら飛びつかれていた。

 

「とにかに、ダイヤ達も生きてて良かったよ」

「あぁ……あぁ……!!」

「無様に生き残っちゃったけどね」

「あはは、そう言うところがセオらしいや」

 

ハルト、セオ、ダイヤの三人は二年ぶりの再会に花を咲かせていた。

 

 

 

 

 

「うぅ……レッガァ……」

「おーおー、大丈夫?」

「大丈夫……じゃ無さそうだな」

「クレナちゃん可愛いわね……」

 

一方女性陣はクレナが号泣しながらレッカに抱きついていたので、三人はクレナを優しい目で見ていた。

 

「よしよし、元気にしていた様ね」

「ゔん、げんぎにじでだ」

「グズグズじゃないの。ちょっと待って」

 

そう言って顔面が崩壊したクレナにレッカはハンカチを取り出して彼女の顔を拭っていた。

その大人な対応にカイエ達は特に驚いていた。

 

「変わったな」

「ねぇ、大人っぽくなったと言うか」

 

レッカの変わり具合に乙女としての何かが刺激された二人であった。

 

 

 

 

 

その後、ハルト達と再会したシン達は丘を降りながら話に盛り上がっていると丘の下で止まっていた車にエルンストともう一人、大佐の階級章の女性士官とリノが待っていた。

 

「久しぶりの再会はいかがだったかしら?」

 

女性士官がシンにそう聞き、シンは呆れたように言う。

 

「……貴方だったのですか?」

「いやいや、これはハルトの提案さ」

「成程」

 

リノの言葉にシンは全てを理解した。彼らしいと思いながらシンは納得をしていた。

すると女性士官はリノに挨拶をする。

 

「初めましてリノ中佐。ギアーデ連邦軍大佐、グレーテ・ヴェンツェルよ」

「初めましてグレーテ大佐殿。アストリア合州国陸軍リノ・フリッツ中佐です」

 

お互いに敬礼をするとグレーテはリノに確認をとった。

 

「それで、あの子達に確認は取れたの?」

「はい、コチラを」

 

そう言い、リノは二枚の紙をグレーテに渡し、確認をすると今度は横にいたエルンストに渡す。

エルンストも確認を取ると小さく頷き、紙にサインをしていた。

 

「確認は取ったよ。後は大統領令で彼らの国籍移動を行なっておくよ」

「こう言う時は簡単で楽ですね」

 

リノが思わずそう呟くとグレーテはハルト達を向くと二人に黒鉄色の軍服を渡す。

 

「二人とも、今から連邦市民になったから。こっちに着替えてもらうわよ」

「「「「「「え?」」」」」」

「はい!」「了解です」

 

そう言い、制服を受け取った二人は驚愕するダイヤ達を見ると面白そうに言う。

 

「だって、協定で軍属するエイティシックスは連邦の国籍が与えられるじゃないか」

 

そう言うと納得しつつも驚くダイヤが恐る恐る聞く。

 

「じゃ、じゃあよ。二人は今から連邦市民ってことか?」

「そう言うことよ」

 

そう言うと少し沈黙が降りた後、シン達の驚きの声が聞こえた。

 

 

 

 

 

ハルト達と再会を終え、連邦内の合州国大使館に戻ったリノは電話をかけていた。相手はアーノルド少将であった。

 

「閣下、国籍移動は完了いたしました」

『ああ、こちらでも同じような報告を受けた。後はこちらでやっておく』

「はっ」

 

そう言うとリノは受話器を置き、溜息をつく。

 

「全く、仕事を押し付けないでほしいもんだ」

 

今頃街ではシン達が再会を祝して宴会をしているだろう。

そう思い、リノはどうしようかと少し考えていた。

今日のために他の人員や物資、兵器を置いてきて連邦にやってきたが、暇なリノは街に呑みにでも行こうかと席を立ち、部屋を出るとそこではエリノラが私服姿でリノを待っていた。

 

「これからどこに行く?」

「待っててくれたのか……」

「じゃないと寂しいし」

「そうだな……」

 

リノは少しだけ微笑むと部屋で私服に着替え、大使館を出て近くの街を歩く。

連邦の首都だけあって人が多く歩き、街は明るく照らされていた。

 

「合州国と違って落ち着きがあっていいな……」

「そうね、ゆったりとした感じがあって……」

 

街を歩く二人は連邦の街並みを見てそう呟くとそのまま開いていたバーへと入っていった。

 

 

 

 

 

同じ頃、ダイヤの提案で街で食べ歩きをしていたハルト達はバーに入っていく元上官を見つけた。

 

「あれ?中佐とエリノラさんだ」

「え?どこどこ?」

「ほらあそこ」

「本当だ」

 

全員が二人を見る中、カイエだけ別の場所を見ていた。

 

「……指輪?」

「「「「え?」」」」

 

カイエに呟きに全員が一斉に二人の手を見る。

するとそこには街灯の明かりに照らされて光る二つの指輪があった。

 

「あれって……」

「ま、まさか……!!」

「あ、そっかみんなは知らないのか」

「どう言うことレッカ?」

 

クレナに疑問にレッカは言う。

 

「だってあの二人、婚約者だもの」

「え……」

 

「「「「「えぇ、ウッソぉ……!?!?!?」」」」」

 

全員が驚きながら聞き返すとハルトは当たり前のように言う。

 

「だって、あの二人。仲良いし、幼馴染見たいらしいぞ?」

「そ、そうなのか?」

「おん、俺が向こうにいた時に教えてくれたんだよ」

 

ハルトがそう言うとカイエがぶっ飛んだ質問をした。

 

「じゃあ、関係は進んでいたりするのか!?」

「さあ……?でもあの感じだとヤッてそうなんだよな……」

「おお、そうか!じゃあ「カイエはそれ以上言わない!」アッハイ……」

 

若干興奮したように見えたカイエにクレナが慌ててストップをかけていた。

現在、四次会をしている彼らだが、次に行く場所は必然と決まってしまった。

 

 

 

 

 

バーに入った二人はカウンターで酒を嗜んでいた。

 

「……それで、話す事って?」

「ああ、本国から送られてくる補給品の話だ」

「あら。ここでも仕事の話?」

「酒を飲みながらなんだからいいだろう」

 

酒にめっぽう強い二人はウォッカをストレートで飲んでいた。

 

「まぁ、それで何だが。本国からM61戦車が送られてくることになった」

 

「あの棺桶が?」

 

棺桶とは合州国軍の旧式主力戦車、M61戦車のあだ名であり、現在は生産が停止している。一年戦争時に既に旧式化していた戦車だったが、余剰パーツが大量にあった。

そんなガラクタが送られてくることにエリノラは疑問が浮かんだ。

 

「ああ、だがそのM61には試作ではあるが半自立型戦闘用プログラムが入っているそうだ」

「半自立型……」

「ま、今の所は動いているのに向かって撃つくらいしかできない移動砲台の様な物らしいがな」

「もしかして……今度の作戦に?」

「ま、そんな所だ。試験運用のデータと実績を回収するための実験機だよ」

「まだフェルドレスの開発もままならないのに?」

「MSに乗せるためだろうな」

「ああ……成程」

 

エリノラは納得した様子で頷く。

現在、合州国では膨大な予算をかけてレギオンと同等かそれ以上の性能を持った完全自立型無人兵器の開発に着手している。

理由は簡単だった。

 

無人機には訓練する時間も労力も要らず、さらに人の居る空間をまるまる装甲に変更できるからだ。『合州国は畑から兵士が取れる』と言われてはいるが、それでも無尽蔵ではない。

もし、無人兵器が実用化できれば前線で兵士が命を落とす事無く、国を守ることができる。

 

帝国の真似をするのか?と言われても実績がそこにはあるわけで……

 

 

『合州国は帝国の教え子である』

 

 

誰かが書いた本にはその様な核心めいた言葉が書かれていた。

確かのその通りだろう。過去に行われた帝国との戦争で合州国は帝国の機動戦術を逆手に取って帝国との戦争に勝利した。

それ以降、帝国の技術を合州国が真似るのは十八番であった。

 

 

 

 

 

そして今回も合州国は帝国の真似をしようとしていた。しかし今回は少し違う部分もあった。

 

「MSは帝国にはない合州国のみの技術だ。そこにレギオンの技術が合わされば……」

「悪夢の様な組み合わせね……」

「然り、合州国は昔から帝国の真似をしてきた国だ。今回もそれをするだけと言うことよ」

 

合州国には帝国からの移民者も多く、その中には没落した貴族も含まれ、技術者として迎え入れられた者もいた。

さらには中央情報局と言うスパイ組織の存在もあり、帝国技術者の書く設計図の横でそれを合州国技術者も見ていると言わせる程に帝国の技術は合州国にも流れていた。

 

「ま、今回ばかりは時間がかかっているがな」

「まぁ、そればかりは仕方ないわね」

 

そうして二人はバーで酒を飲んでいた。するとそこに携帯で連絡があり、相手はハルトからのサプライズに関する計画であった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

星暦二一五〇年 三月二〇日

 

リノとエリノラはハルト達がシン達と再会したあの平原の一角に止まっていた車に背を預けてある人物を待っていた。

 

鮮血の女王(ブラッティ・レジーナ)か……随分と変わっちゃったようで…」

「そうね、あの頃の可憐な少女はどこに行ったのやら……」

 

二人は軍服を着たまま待っていると遠くから十人の少年少女とエルンスト大統領やグレーテ大佐などが歩いてきた。

 

「おっと、お出ましかな?」

「まずは顔合わせですかね?」

 

そう言い、二人は車の前で近づいてくる黒い共和国の軍服に身を包んだ少女に敬礼をする。

その少女もリノ達に敬礼をする。

 

「お久しぶりです。ヴラディレーナ・ミリーゼ大佐殿」

「お久しぶりです。リノ・フリッツ中佐」

「おやおや、既に知っておられた様で」

「ええ、名簿を見た時に驚きましたから」

 

レーナはそう言うとリノは優しく語りかける。

 

「どうやら、追いつけた様で何よりです」

「はい、中佐に先に越されてしまいましたが……」

「どちらにせよ結果は同じですよ」

 

そう言うとリノとレーナは顔を合わせる。いつかした約束を果たしたが故の感慨深さ。

 

「……これからも、よろしくお願いします」

「ええ……彼らと共に戦いましょう」

 

二人はお互いにあの時の確認を取り合い、同じことを思っていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「さぁさぁ!人生最高の記念写真を撮るよ〜!」

「こっちを見るのじゃ!」

 

ハルトと十歳くらいの少女がそれぞれカメラを持ってみんなを呼ぶ。確かフレデリカと言ったか?

その少女がファイドに掴まれて上に持ち上げられ、片手にインスタントカメラを持っていた。ハルトはハルトで三脚にカメラを設置していた。

 

「そういやぁ、あっちで写真撮った時もハルトがこんなこと言ってたか?」

「そうだね、その時はこんな事になるなんて思ってなかったけど」

「まあ、いいじゃないか。命あっての物種というじゃないか」

 

ライデン、セオ、カイエがそんな事を言い、お互いに冗談を言い合った。

 

これまで紆余曲折あって今ここにいる。

 

これか先、どんな困難が待ち受けているのだろうか。

 

これから共に戦う彼らと共にリノは何処か楽しみな部分もあった。

 

 

 

 

 

そしてシャッターが切られる寸前、リノの右目が青く輝いたのは誰も気づかない事実であった。



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アンダー・プレッシャー
#23 新拠点


「共和国の終焉はレギオン戦争が始まる以前から始まっていたのかも知れない。

この、痛々しいばかりの白さを見てそう思わない者はいないはずだ」

ーーとある退役軍人の手記より

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

星暦二一五〇年 四月上旬

 

その日、リノ達ストライカー戦闘大隊は機上の人となり、連邦の空を飛んでいた。

現在、ストライカー戦闘大隊は合州国との軍事協定の一環として今日連邦内にいるエイティシックス達で構成された外人部隊《第八六独立機動打撃群》の本拠地であるリュストカマー基地に向かって飛行をしていた。

 

「はぁ〜……」

 

機内でドミトルがため息をつく。すかさず、リノはその理由が分かってしまったが、念のため理由を聞いた。

 

「如何かしましたか?ドミトルさん」

「いや……俺たちが共和国の軍人の指揮下で動くのかと思うと……な」

「……」

 

特にリノよりも年下となれば心配するのも分かるだろう。リノの時ですら彼は心配をしていたのだ。

それがたった十七歳の、それもあの共和国の軍人ともなれば一体どんな命令をされるのか分かった物じゃなかった。

他の隊員達も同様に心配をしていた。

 

確かにレーナを知らない者からすれば確かに共和国の軍人=無能というイメージが出来上がってしまっている為、なかなかそのイメージを拭えないのだろう。

 

人は一旦出来てしまったイメージを変えるのに半年はかかると言われている。

今でこそ、ストライカー戦闘大隊はリノのことを慕っているが。結成された当初は兵士たちは所々信用しきれていない部分もあり、訓練は出来てもいざ実践となると独断行動も頻発していた。

 

そのため、今回向かうリュストカマー基地で指揮をすると言うヴラディレーナ・ミリーゼ大佐と言う少女に皆は非常に懐疑的であった。

 

「まぁ、ミリーゼ大佐は普通の共和国人とは違いますから……」

「本当か?」

「まぁ、良くも悪くも素直だとも言いますが……」

 

リノとエリノラは苦笑気味にそう言う。ドミトルは一瞬だけ思考が止まるとまた頭を抱えて悩み始めていた。

そんな彼を二人はなんとか宥めようとしていた。

 

「いざとなったら隊長の指揮に委ねますよ?」

 

ドミトルは最後にそう呟くととりあえず考えることを放棄するのだった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

同時刻 リュストカマー基地

 

そこでは連邦軍の軍服を着たシン達が空を眺めていた。

 

「見えたか?」

「いやまだ〜」

「てか、本当にくるの?」

「予定ではその筈です」

 

基地に隣接された空港からシン達元スピアヘッド戦隊のメンバーとレーナはこれから来るであろうストライカー戦闘大隊の出迎えの準備をしていた。

すると双眼鏡越しに空を見ていたダイヤが空に浮かぶ機影を見る。

 

「あ!見えたぞ!」

「え!どこどこ?」

「まだ、遠いな……」

 

黒鉄色の軍服に袖を通したハルト達も空を眺めているとやがて空に何機もの機影が見えてくる。

 

「おぉ〜……」

「あれか……」

「なんかすごいいっぱい居る」

 

縦一列に並ぶその機影はさながら渡鳥の様であった。

そして着陸してくるその機体は連邦にある飛行機とはかけ放れた様な見た目をしていた。

 

「何あれ?」

「合州国軍の《Cー88 ミデア改》と呼ばれる機体みたいですよ?」

「本当に飛行機なのか?」

「なんか太ったカモメみたい……」

 

リュストカマー基地に着陸してくるその機体の尾翼には水色の下地にオリーブの葉で囲われた合州国を地球儀で見たマークがあしらわれ、それが合州国空軍の所属である事が十分に理解できた。

 

次々と着陸してくるミデア後期型の数は最終的には十二機、それだけでも合州国の国力を表している様であった。

そして駐機場に着陸したミデア後期型は続々と後部ハッチが開き、中からMSや物資の詰まったコンテナが運び出されていた。

 

「「「「「「「おぉ〜!!」」」」」」」

 

シン達……特にダイヤが感嘆の声を上げながら呟く。

すると一機のミデアからライトグレー色の合州国軍の軍人が降りてきてシン達を一瞬だけ見ると何事もなかったかの様に作業をしていた。

 

「なんか……素っ気ないな」

「俺たちに興味がないと言うか……」

「協力的じゃないよね……」

「……」

 

レーナ達は合州国軍の隊員達にそんな印象を抱いた。

実際、このリュストカマー基地内でも合州国軍に用意された場所は自分たちのいる場所から離れており。周りを合州国から派遣された憲兵が警護にあたり。中なども外から完全に見えない様になっていて、整備も管理も全て合州国が行っており、一種の治外法権になっていた。

そんな印象を抱いているとレーナ達は声をかけられる。

 

「少なくとも合州国はあまり連邦や共和国に良い印象を持ってはいないさ」

 

「「「「「「リノ(中佐)……?」」」」」」

 

レーナ達はリノが来た事には驚かず、逆にリノ言った事に疑問を持っていた。

するとリノは説明をし出した。

 

「考えてもみろ、レギオンを作ったギアーデ帝国の後身であるギアーデ連邦。

共和国は迫害を行ってきた非道の国。ましてやそんな共和国が指揮官をするこの部隊に合州国軍人が協力的になれると思うかい?」

 

実際、この派遣自体反対意見が多かったんだ。

そう言い残すリノにレーナは何も言い返す事ができなかった。

身から出た錆というのはこう言う事を指すのだろう。

少なくとも合州国は共和国国内にいた派遣軍の八割をすでに撤収させた。それだけ合州国は共和国の事をさぞ嫌っていたのだろう。

今残っているのは派遣軍の中でも特に共和国の惨状に嘆いた少し左寄りの思想を持った隊員であると言われている。

 

 

 

 

 

これは後に判明したが、合州国陸軍の派遣軍では共和国市民に対しリンチを行っていた事が発覚。しかし、それが批判される事がないと言う問題を引き起こしていた。

 

 

 

 

 

リノの説明にレーナ達は納得をすると共に心配をしていた。

 

「と言うか、そんな非協力的で大丈夫なの?」

「なに、手綱は俺は引いているから最低限命令は聞くと思うぞ。

 

 

 

 

 

最低限はな……」

 

 

 

 

 

そう言い、下ろされていく荷物を見てそう呟く。

荷物が下ろされ、空っぽとなったミデアはそのまま滑走路から順に合州国に向かって飛んで行った。

そして全機が戻る事には荷物も殆どが合州国に割り当てられた倉庫に向かって運ばれた。

 

今日ここに来たのはストライカー戦闘大隊の隊員達と整備班、MSの特殊兵装やM61戦車、サブフライトシステムなどであった。

滑走路や宿舎は共用であるが、格納庫や倉庫などは全くの別物と化していた。

弾薬は連邦からも支給されることとなっており、一応弾薬の種類だけは連邦に伝えた様であった。

 

「ま、こんな状態だがよろしく頼むよ。ミリーゼ大佐殿」

「レーナで構いません。経験も年齢も上ですから」

「大佐、ここは軍です。一応の経緯は払わないといけませんから」

「面倒なものですね。規律というのは」

「軍は国家の盾であり、看板でもありますから。こういった所で国の良し悪しも判断出来てしまうのですよ」

 

そう言い残すとリノはレーナに敬礼をしてその場を去って行く。大隊長である彼は色々と忙しいのだろうと予測しながら、リノの最後に言った事にセオが思わず皮肉る。

 

「じゃあ、盾をしていない僕たちは軍人じゃないのかな?」

「そもそも俺たちに盾も何もねえだろう」

「それもそうだな。……ハルト達はそこら辺どうだったんだ?」

「あー……」

 

ライデンに問われ、レッカが答える。

 

「厳しかったわね。少なくともウチらが嫌になるほどには……」

「一体どんな事やったの……?」

 

レッカとハルトが遠い目をしながら呟きアンジュが若干引いた様子でそれを見ていた。

そんな二人は合州国の倉庫に運ばれて行く荷物の中であるものを目にしてギョッとした。

 

「げっ、あれ持ってきたのかよ……」

「まぁ……余剰パーツがありすぎるから、在庫処理じゃない?」

 

そう言い、二人が見たものをシン達も見る。

 

「なんだあれ?」

「フェルドレス?」

 

ライデンとクレナの疑問にレッカは頷いた。

 

「そう、合州国のね」

「なんか上が大きいな……」

 

その合州国のフェルドレスとやらにシン達は若干の興味を示した。

テクニカルほどではないが、ぞれでも雑に設計されたようなそのフェルドレスは見るからに不安定そうであった。

するとハルト達がそのフェルドレスを指差しながらシン達に聞く。

 

「あのフェルドレスは試作機なんだけどさ……」

「足元のところ、見覚えない?」

「「「「「んー……」」」」」

 

 

ハルトに言われその試作品の足元を凝視する。

 

「「「「「ああ!!」」」」」

 

少し考えたのち、全員が一斉に声を上げた。

 

「戦車型!?」

「なんで??」

「どう言う事だよ……」

 

シン達が驚くとハルト達はあの機体の説明をした。

 

「そう、型式番号XST−4。ハイブリットとかフランケンシュタインとか。メチャクチャなあだ名がいっぱいつけられた、合州国で一番()()()()フェルドレスよ」

「渾名の通り、上は合州国軍の戦車の砲塔。下はレギオンの戦車型っていうキメラみたいなフェルドレス」

 

するとハルト達はそのXSTー4の欠点を次々と暴露していく。

 

「戦車型に無理やりあのでかい砲塔を乗せたからまず装弾数が三十発しかない」デデドン!

「それでいて連装砲だから合計十五回しか撃てない」デデドン!

「あの砲塔がデカすぎて無理やり拡張したターレットリングにはタップリ燃料と予備弾薬が詰まっていて一発でも当たったらボカン」デデドン!

「足回りも増やしたターレットリングのせいでせっかくの機動性が死んでる」デデドン!

「機体がトップヘビーで下手にコケるとすぐに倒れる」デデドン!

「重すぎてワイヤーアンカーが意味を成していない」デデドン!

「十機の試作機が今じゃ二機しか残っていない」デデドン!

 

謎の効果音が脳内に響き、ハルト達はあの機体の欠点を言いまくる。

それでいて合州国で作られた中でも()()()()()なのだから他に一体どんなのが作られたのか想像もしたくなかった。

ハルト達が初めて〈レギンレイヴ〉に乗った時に『乗りやすい!!』と叫んでおかしな機動をしていたしていた理由が全て分かった。

 

「よくそんなの乗ったね……」

「だってそれしか無かったし」

「半分諦めたわよ」

「……大変だったんだな」

 

ライデンは改めてハルト達を慰めていると見ていたXSTー4は起動して倉庫の中に歩いて行った。

ハルト達の説明を受けて改めて見たそれはある種の珍兵器の様にも見えた。



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#24 母親

リュストカマー基地に到着したリノ達は初日に顔合わせをして、リノとレーナで必要な伝達事項などを報告しあって終わり、二日目の今日は割り当てられた格納庫で機体の整備をしていた。

そんな中、リノ達はリュストカマー基地の食堂で食事を摂っていた。トレーにはシン達が狩ってきたという鹿肉を使ったシチューが提供された。

 

「はぁ……」

「どうしたの?」

 

その食堂で、クラウがため息をつき、エリノラが聞く。

 

「いやぁ、本当に連邦に来たんだなって……」

「あぁ……」

「そうだね……」

「色々とゴタついてたからな……」

 

リノ、エリノラ、クラウ、テオの四人は食堂に出てきた料理を食べながら呟く。

今回の派遣で歩兵部隊の何人かは本国に残留する事が決まり、他の隊員達もあまり乗り気では無かった。

 

政府内でもエース部隊を外に出してもいいのか?

MSの情報が盗まれないのか?

そんな憶測が飛び交い、俺たちは細い生糸の上を歩いている様な状態であった。

 

「まぁ、いざとなれば自由裁量権も貰っている。なんとかなるだろ」

「随分と楽観的な事で」

「行き当たりばったりだなぁ……」

「アハハ……」

 

四人は苦笑していると横にライデン達がトレーに料理を盛った状態で隣に座る。

 

「随分と面白そうな話をしている事で……」

「お邪魔させて貰うぞ」

「ええ、どうぞ」

 

ライデンとカイエが座り、四人に会話に割り込んできた。

 

「……で、何がゴタついてんだ?」

「ん?ああ、合州国の話さ。色々と面倒な事になっているのよ」

「ほう……よく言う政府間の問題ってやつか」

「そうそう」

「色々と大変なんだな……」

 

今こうしてライデン達と会話しているのもリノ達が彼らを知っているからだ。

他のガンタンクや歩兵部隊、整備班は酒保で買った物を自分達の格納庫で食べるか、彼らと時間をずらして食堂で食事をしていた。

 

「ふあーあ、よりにもよって最初の任務がね……」

「《共和国北部行政区奪還作戦》…だものな……」

 

カイエが納得した様に言うとライデンが思い出したようにリノに言う。

 

「ああ、そういやあ合州国は共和国を嫌っているんだっけか?」

「そう、派遣軍ももうすぐ全員撤退するって話だし、むしろ『共和国のためになぜウチらが命をかけなければならない!』って文句が出ないのが不思議なくらいだよ」

「そりゃあ作戦目標が重要だからじゃないのか?」

「ううむ……どうなんだろう」

 

今回の作戦では自動工場型、発電プラント型の両方の制圧が目的となっている。

レギオンの生産拠点を破壊することが出来れば少しくらいは戦争も楽になるのだろう。しかし、それでレギオンは勢いが収まるのだろうか?そんな疑問をリノはしていた。

 

「まぁ、どちらにせよ俺達は作戦には参加するさ。その前に帰還する事になるかもしれんがな」

「冗談だろう」

 

それがあながち冗談では無いのである。もしこの作戦で死者が出よう物なら政府内ですぐさま揉めて撤退命令が出るだろう。

それほどまでに合州国は一枚岩では無いのだ。

そんな話をしながらリノ達は先に食事を終えると食堂を後にした。

 

「じゃ、俺たちは先に失礼するよ」

「おう、また今度な」

 

そう言い残し、食堂を出た四人は倉庫に向かって歩いて行った。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

その日の夜、リュストカマー基地の滑走路でリノは片手にライターを持って咥えたタバコに火を付けて一服していた。

するとそこで一人の女性に声をかけられた。

 

「あら。あなたもタバコやっていたのね」

「グレーテ大佐殿でしたか……」

 

リノはタバコを吸いながらグレーテを見た。グレーテとはシン達と会った時に紹介を受け、それ以降何回か話をして、今では気軽に話をする程度には知り合う中であった。

不遜極まりない格好であったが、グレーテはあまり気にしていない様子であった。するとリノはグレーテに聞いた。

 

「なんの御用でしょうか?」

「私もあなたと同じ、単なる暇つぶしよ」

「そうですか……」

 

再びリノは視線を元に戻すとグレーテはリノに話しかける。

 

「この合州国が派遣される時。随分と貴方が押していたようね。おまけにあの子達が共和国にいた時も貴方が亡命を提案したそうじゃない」

「……誰から聞いたのです?」

「保護されたあの子達全員からよ」

 

グレーテの話を聞き、納得したリノはグレーテがなぜここに来たのか想像していた。

 

「貴方がなんであの子達にそれ程まで寄り添おうとしているのか。それが気になってね……」

「……」

 

グレーテの問いにリノは答える。

 

「年上の軍人としてあんな子達をほっとけないでしょう」

 

しかしグレーテはあまり納得していない様な表情を浮かべた。

 

「本当にそれだけ?」

「……ええ」

「なんか腑に落ちないわね……」

 

グレーテの不満そうな声が聞こえ、リノはこれ以上話そうとしなかった。

しかしグレーテはさらにリノに聞いた。

 

「中佐、あまり大人を舐めないほうがいいわよ?これでも結構分かるんだから」

 

グレーテが次に言った一言にリノは全てを理解した。

 

「貴方、一人だけでも連邦に行くと言ったそうね」

「……」

「どうしてそこまで連邦に固執するのか。なぜ、連邦に来たがったのか。それが気になったのよ」

 

なるほど、目的はコレだったか……。

 

確かに合州国市民の中で率先して連邦に来たがったのは連邦に親族か家族がいる者くらいだっただろう。

だが、リノは孤児院の出自だ。親戚も家族もいないはずである。当然連邦との接点もあるわけがなく、そんな彼がなぜ連邦に固執したのかが疑問だったのだろう。

グレーテはそこれ改めてリノに聞く。

 

「どうして無理をしてでも連邦に来ようとしたのかしら?」

 

グレーテの問いにリノは諦めた様子でゆっくりと話す。

 

「大佐殿は知っているかもしれませんが。俺は孤児院の出身です」

「ええ、事前情報で聞いたわ。貴方達、同じ孤児院で育ったのでしょう?」

「ええ、そうです。正確に言うとマクマ大尉とフィッシャー中尉はレギオン戦争後からですが……」

 

そう言うとリノは合州国の事情を話す。

 

「俺は赤ん坊の頃に教会に捨てられていたそうです……しかし合州国はそう言った事に色々とうるさいでしょう?」

「ええ、そうね。特に捨て子は合州国では重罪ね」

「そうです。だから俺を捨てた親に関しても徹底的な調査が行われたんです」

 

リノは虚な目で思い出しながら呟く。

 

「それで、調査の結果俺を捨てた人はギアーデ帝国の人だって分かったんです」

「!?」

 

グレーテは驚愕した。

 

まさか、この青年が固執していたのは……

 

ある予想を立てながらグレーテは話を聞いた。

 

「だけど、その人の使っていたパスポート、偽物だったんですよ。ご丁寧にカツラとカラーコンタクトまでしていて」

 

リノはそう言いながら懐から一枚の写真を取り出す。証明写真サイズのそれは少し掠れてはいるが、十分に判別可能であった。茶髪に緑目の女性がそこには写っていた。

 

「これがその時に使っていたと言う俺を捨てた人の写真だそうです」

「……」

「良くもまあここまで突き止めたものです。今の警察の捜索能力には舌を巻きますね」

 

リノは感心したように言い、その写真をしまう。

 

 

 

 

「俺はこの人を探しています。警察からおそらく母親だと言われたこの人を……今は連邦となったこの国で、俺はこの人を探しているんです……」

 

 

 

 

グレーテは驚いた様子でリノを見る。

 

この青年は母を探すためにわざわざ連邦に来たのか。

 

おそらく彼は二〇年以上も母親を探していたのだろう。そのためだけに生きてきたのだろうか。

 

生きているとも分からない、自分を捨てた母親を探しに……

 

 

 

 

 

グレーテはその青年の執念深さに驚きと称賛の思いで埋め尽くされた。

そこまでして母親を探す彼はまるで母親を探しまわる亡霊の様であった。

 

 

 

 

 

しかし、もし母親が見つかったら彼は何をするのだろうか。

 

やはり自分を捨てた事に対する憎悪を滲ませるのだろうか。

 

グレーテはそんなことを考えると思わず聞いてしまった。

 

「中佐……もし、その人物が見つかったら貴方はどうするの?」

「え……?」

 

思いがけない問いだったのかリノからは変な声が漏れる。

そしてリノは少し考えた後、悩ましそうに答えた。

 

「そう……ですね……考えたこともなかったです。ただ…会ってみたいと思っただけですから……」

「……そうなの?」

「ええ、他は何にも」

 

予想外の返答にグレーテは驚いた表情を見せた。

これほど母親のことを追いかけて何も考えていないとは……。

するとリノはこうなった経緯を話す。

 

「初めはありましたよ。なんで俺を捨てたのか……って。でも何年もそう思っていると分からなくなったんですよね。なんで母親を探しているのだろうかって。それでも会ってみたいと言う思いだけは残ってズルズルとここまで来てしまったんですよ」

 

少しだけ乾いた笑いをしながらリノはそう言う。

その時の彼は感情が抜け落ちた機械の様な表情をしていた。

グレーテはこれが彼の本質なのかと理解をした。

 

 

下手しなくともノウゼン大尉よりもこういった所は重症かもしれない、と感じた。

 

 

子供に必要なのは母親だとよく言う。だからこそなのだろう。彼は今でも母親を探している。

たとえ感情が抜け落ちても、それだけ実行する。

 

 

まるでレギオンのように……

 

 

彼の心は崩壊しているのかもしれない。

だからこそ、グレーテは彼に聞いた。

 

「中佐……提案があるのだけれど」

「なんでしょう?」

「さっき見せてくれた写真。印刷だけさせてもらっていかしら?」

「ああ、そのくらいでしたら……ですが、どうして?」

「その写真、コンタクトやカツラをしていても骨格は変わっていないのでしょう?だったらうちのデータベースと照合すればもしかしたら見つかるかも知れないわよ?」

 

そう言うとリノは納得した様子で、水を得た魚のように嬉しい様子でさっき見せた女性の写真をグレーテに渡した。

グレーテは受け取った写真を持っていたタブレットで写真を撮り、解析のために説明と共に上司に送った。

 

「ただの士官のためにありがとうございます」

「これくらい簡単なことだから大丈夫よ」

 

グレーテはそんな返事をしてリノを見ると、リノは格納庫からエリノラに呼ばれていた。

 

「あ、もうこんな時間ですか……失礼しますね。グレーテ大佐殿」

「え、ええ……また今度ね」

 

グレーテは少しだけ引き攣った笑みでリノを見送っていた。



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#25 染み抜き

 

「では、これより作戦を説明する」

 

リュストカマー基地の格納庫の一室。

そこではリノが映し出した地図を見せる。

 

「今回、我々の目的はサンマグノリア共和国北部、シャリテ中央駅に存在するレギオン生産拠点の制圧にある」

 

そうして映し出されたのは南北に広がる無数のチューブ状の物にゴチャゴチャとしたナニカだった。

 

「このシャリテ市中央地下ターミナルの此処、第四層と第五層にそれぞれ自動工場型、発電プラント型それぞれの制御ユニットがあると連邦からの情報だ」

 

レギオンに関する連邦の情報は一応の信用はあったので、全員が疑うことはなかった。

そしてリノは地図全体を改めて見せた。

 

一四路線二五面のホームに線路、併設する大規模商業施設が七層分に別れて折り重なり、一部は併設する駅まで伸びており、まるで迷路の様に入り組んだ、かの悪名高き《シャリテ地下迷宮》の立体図だった。

 

「うわぁ……」

「本当に迷宮だなこれ……」

 

そんな声が漏れる中、リノは話す。

 

「今回の目的はこの二機のレギオンの破壊だが。これは合州国、連邦両政府からの要請で可能な限り最低限の破壊にして欲しいとの事だ。そして今回、我々に課せられた内容はこのシャリテ中央駅周辺地帯の制圧。及び第86独立機動打撃群の援護である」

 

作戦を聞き終えた隊員達の内、戦車小隊隊長のドミトルが質問をする。

 

「質問を宜しいでしょうか?」

「何だ?」

「先ほど報告にあった発電プラント型と言うのは我々がケリフォルニアベースで発見したものと同じでしょうか?」

 

ドミトルの問いにリノは資料の再確認をした。

 

 

ケリフォルニアベース

 

 

それは合州国が奪還した国土の中に存在したレギオンの一大拠点であった場所だ。

元が一大軍事基地だったこともあり、相当の被害が出た。

バグラチオン作戦の前に行われたケリフォルニアベース奪還作戦であるウォッチタワー作戦においてミサイルの飽和攻撃とMSの重攻撃を行い、そこで少なくない損害を出しながらもケリフォルニアベースの奪還に成功した。

 

ケリフォルニアベースには合州国が誇る大型マスドライバーが設置されており。その他、超大型輸送機《ガルダ》をも打ち出すことが出来る空軍基地や研究所、試験場などもあり、戦略上極めて重要な場所であった。

おそらくドミトルもそれに参加していたのだろう、発電プラントに関して情報を知っていたのだ。

あの時は核分裂炉と発電子機型による発電であった。

その時に、同じように自動工場型も確認し、中でレギオンの部品も大量に鹵獲していた。

 

「そうだな……この情報だと発電プラント型は核融合炉と思われるそうだ」

「駅丸々使った核融合炉ですか……」

「街に灯りでも付ける気か?」

「いやいや、電磁加速砲型をもっと高威力にする気だろう」

 

そんな予測を彼らは立てているが、それは現在MSの主機でもあるミノフスキー・イヨネスコ型核融合炉を基準に考えているからであって、諸外国ではこのサイズの核融合炉などあり得ないのである。連邦ですら核融合炉は試験段階だと聞いている。

 

この技術を開発したトレノフ・Y・ミノフスキー博士は今世紀一番の科学者だっただろう。

わいわいと憶測をする隊員達にリノは話を続けた。

 

「ともかく、我々は明後日の一一〇〇にここを経ち、共和国派遣軍駐屯地に向かう。それまでに支度を完了せよ」

「「「「「ハッ!」」」」」

 

リノの命令に全員が解散をするとリノは小さくため息をついた。

 

「はぁ、こうも疲れるな」

「大丈夫?」

「あぁ…今から胃が痛いよ……」

 

腹の部分を摩りながらリノはこれからの事を想像していた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

なぜリノが胃をキリキリさせているのか。それはグレーテ大佐から渡された映像にあった。

どうやら俺たちに向けたメッセージだと言う事でパソコンでエリノラ達と共に見ていた。

そこには『エイティシックス達はうちらのものだから勝手に手を出すな!』と言う趣旨の発言がされ、これ以上補助をするのであれば合州国に宣戦布告をすると言っていた。

それを見たクラウやテオまでもが『バッカじゃないの?』と本気で呆れていた事からそのメッセージの酷さは察せる。

少なくともドミトル達に見せれば殺る気満々で共和国に総攻撃を仕掛けるだろう。そんな気がしてならなかった。

そしてメッセージの最後に《聖マグノリア純血純白憂国騎士団》首領と名乗り、俺たちにこのメッセージを送りつけた本人のイヴォーヌ・プリムヴェールと言う人は言い残した。

 

 

 

『貴方方合州国の有色種の加害者が我々白系種の被害者を殺したという事実は、千年変わることはないでしょう』

 

 

 

そう言い残して通信は途切れた。

流石に最後の言葉にはリノも呆れざるを得なかった。

 

「………なぁ、共和国ってこんなに馬鹿だったか?」

「さあ?豚箱の中にいたから外の世界を忘れたんじゃないの?」

「豚でもこんなこと言わんぞ」

「百あっちが悪いよね。こっちは情報も掴んでるし」

 

映像を見た四人はそれぞれそんな事を呟き、怒りを通り越して呆れていた。

まさかこんな事を堂々と言ってしまうとは……良いプロパガンダになりそうだ。是非とも今共和国にいる派遣軍にも見せてあげたい。と思ってしまうほどだった。

あまりにも予想外すぎる発言に若干の困惑も混ざっていた。

リノ達はこのメッセージ動画を現在会議が行われている国防総省に『是非すぐ見てください!』と言うメッセージと共に送りつけた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

一時間後にアーノルド少将が珍しく憤った声で電話をして来たのでありのままを伝えた。

なんと驚いた事にその時、大統領が会議に参加していたと言う事で幕僚会議は映し出されたその映像に幕僚達が物を投げ、暴言を吐くと言うカオス空間になったそうだ。

現在、幕僚会議が一時的に中止されて。大統領が緊急で閣僚会議を開いてこの情報次第では共和国から派遣軍を即時撤退させるかどうかを決めるかも知れないそうだ。

予想外の出来事にリノは驚きつつも『そうか……』と言い残して電話を切ったアーノルド少将に思わずその後と展開が予想できてしまうのだった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

二日後、共和国派遣軍司令部に本国から命令が発進された。

 

管理番号No.1919114514

 

作戦命令書

 

四月に実施される共和国北部奪還作戦を最後に、共和国派遣軍は物資・兵装など全てを持って撤収せよ。

 

アストリア合州国参謀本部より』

 

 

命令というのはあまりにも適当すぎるその通信に指揮官は本国に問い合わせをすると本国からは憤った声と『本当なら今すぐにでも撤収させたい』『恩を仇で返された』など文句ばかりが帰って来て一体何があったのかと指揮官は疑問に思ってしまったという。工兵も全て帰還というのだから運輸部の連中が司令部に『俺たちを殺す気か!!』と怒鳴りに来ていた。

 

ともあれ、指揮官は正規の命令書なので現在八五区に居る八千名の兵士を物資の撤去をする様に指示をしていた。

プレハブは共和国に払い下げ、物資や機械は毎日やって来る貨物列車に乗せ、兵士は工兵部隊から順に撤収をさせていた。

現在、間借りしている駐屯地のもともと工作機械などが置かれていた場所には今度やってくるストライカー戦闘大隊のMSが置かれる手筈となっていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

数日後、駐屯地に噂の新型ガンダムがやって来た。

そう、試作機だけで終わったと言う。あのパイロット・ブレイカーである。

回廊作戦で見ていたが、いつ見てもその凄さには圧倒される物があった。

青と白に塗装されたガンダムからは黒を基調としたパイロットスーツに身を包んだ、ストライカー戦闘大隊を率いる若きエース。リノ・フリッツ中佐が降りて来て挨拶をした。

 

「三ヶ月ぶりですね。准将殿」

「ああ、回廊作戦以来だな」

「あれから共和国はどうでしたか?」

「いい加減、家に帰りたいと思っているよ。カローシしそうだ」

 

極東で生まれた仕事のしすぎで死ぬという意味の言葉を使いながら准将は苦笑していた。

それだけで派遣軍の現状を把握することができた。

リノは指揮官に数日間の予定だけ話すと駐屯地外に置かれた()()を見て隊員達は眉を顰めた。

 

『合州国は帰れ!』

『合州国は口を出すな!』

 

横断幕に書かれたそれは隊員達の怒りを増幅させるには十分であった。

こう言った横断幕などは憲兵が片っ端から薪の燃料にしているのだが、後を経たないという。

一部地域では顔を隠した共和国市民から瓦礫の破片を投げられたと言う情報もあるそうだ。

まぁ、そう言った者は片端からゴム弾の装填された銃を撃って()()()()をしているらしいが……

その影響か共和国内の警察署には()()()が大量に収監されているそうだ。

 

「やれやれ、気が滅入るわね」

「これ燃やしてもいいですか?」

「おう、ただし火事にすんなよ」

 

指揮官の許可をもらったテオは他の隊員達と横断幕を全て回収するとそこに火のついたマッチを放り込んだ。

横断幕に書かれた油性インキに勢いよく燃えひろがり、横断幕はよく燃えていた。

 

「これで魚焼こうぜ」

「やめろ、魚が不味くなるだろう」

 

そんな事をぼやきながら燃えている火を横目にリノ達元一一二小隊のメンバーは復旧作業の進む共和国行政区を見ていた。

安全の為に《ケルベロス》と言う外骨格装甲とゴム弾が装填された自動小銃を持って……

 

「見事なまでに白いわね……」 

「リノが言ってた染み抜きってのも理解できる」

 

染み抜きとは、合州国で共和国による虐殺を指す隠語である。

どっかの兵士が呟いた言葉が今では隠語として広まっていたのだ。

今四人は隣接しているギアーデ連邦軍救援派遣軍駐屯基地に向かって歩いていた。

駐屯基地に到着するとリノ達の姿にギョッとしつつも事情を理解してくれたようですんなりと通してくれた。

 

「ず、随分と……物々しいですね……」

 

出迎えたレーナが苦笑しながらリノ達を見る。後ろで見ていたシン達ですら思わず苦笑をしてしまっていた。

 

「こうもしないと怪我をしてしまうのでね」

「安全第一。変なことで作戦に支障をきたす訳には行かないでしょ?」

 

ウルフスキンを取ったリノとクラウがそう言う。

今回やって来た四人はレーナの案内で作戦室に入るとそこにはすでに何人かの連邦や合州国の士官が待っていた。

 

「では作戦の説明をします」

 

レーナがそう言い作戦会議は始まった。



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#26 シャリテ地下迷宮

共和国でレーナと合流したリノ達は作戦を聞いていた。

 

「参加戦力はスピアヘッド、ブリジンガメン、ノルトリヒト、リュカオン、サンダーボルト、ファランクス、クレイモアの計七個戦隊とストライカー戦闘大隊、この戦力を持って作戦にあたります」

 

レーナが説明すると今度は作戦目標の説明をした。

 

ホログラムに映し出されたシャリテ中央駅の3D地図と作戦概要が伝えられ、レーナが詳しい指示を出す。

 

「施設への侵入はスピアヘッド戦隊とクレイモア戦隊が中央駅舎のメインシャフトから。ノルトヒト戦隊とサンダーボルト戦隊とモビルスーツ一個小隊が第一階層南部ブロックに繋がる地下鉄トンネルから同時に侵入します。帰路の確保としてガンタンク小隊と二つ目のモビルスーツ小隊を。スピアヘッド戦隊、ノルトリヒト戦隊が突入を担当し、クレイモア、サンダーボルトはバックアップを」

 

レーナの一皮剥けた指示にリノは面白そうに見る。今回は来ていないが、ウルフスキンのカメラ越しにレーナの指示を見ている他の隊員達もおそらく同じような事を思っているだろう。

 

『初々しい指揮官だ』と……

 

「ブリジンガメン戦隊は作戦本部の直衛、リュカオン戦隊は予備控置となり、ファランクス戦隊は……」

「私が借りるってことで良いのね」

 

そう言ってアンリエッタ・ペンネローズ技術大尉が手をあげる。

彼女は共和国で知覚同調に関する第一人者ということだそうだ。ついでに言えばレーナとは友人の関係でもあるらしい……。

彼女は連邦の救援派遣軍からの要請で別途任務の為に今作戦に参加するそうだ。

 

「ええ……なお、作戦域はレギオンの支配下です。この作戦に先立ち、救援派遣軍にストライカー戦闘大隊が半径一〇kmの制圧を行います封鎖限界は八時間。その間に目標を撃破してください」

「施設の通信に関しては戦闘大隊のMSと救援軍から派遣される装甲歩兵部隊に任せます、後方連絡線に関しては安心して下さい……作戦は以上です。何か質問は?」

 

そう言うとシンとリノが手を挙げた

 

「ではまずノウゼン大尉から」

「大佐。本作戦中は俺の索敵はあてにしないでください」

「了解しました……ですがなぜ?」

 

レーナがそう聞くとシンは三次元の把握については慣れていないと言ってレーナは了解した。

 

シンの異能であるレギオンの居場所が分かるその能力はシンの好意から合州国にも使用され、大変重宝されていた。

彼曰く、二次元であれば確実に間違わないのだが、立体となると途端に自信をなくすそうだ。

そんな訳でシンと話を終え、レーナはリノに聞く。

 

「では、次にリノ中佐」

「失礼ですがミリーゼ大佐殿。そのシャリテ中央駅の地図は誰から渡された者ですか?」

「共和国臨時政府からです」

 

そう言うとリノ達は一瞬固まった後、大きなため息をついた。

 

「はぁぁぁぁ……聞いててよかった……」

「「「「?」」」」

 

始めは疑問に思うシン達であったが、徐々にその意味を理解できた。

しかしレーナはうまく理解できていない様であった。

 

「ミリーゼ大佐。貴方の正直なところは称賛します。ですが今はそれが仇となっている……」

「え?」

 

リノはハッキリと言う。

 

「大佐、その地図は信用できない。他の場所から地図を取り寄せた方がいいです」

 

「何故で……まさか?」

 

レーナはある疑念が浮かび、リノは肯定した。

 

「そう、今の共和国臨時政府には()()がいます。地図の書き換えが行われている可能性があります。大佐、この地図の矛盾点を探してください。場合によってはこちらから地図を探します」

 

奴らと言うのが誰なのか。シン達は一瞬で理解し、レーナは戦慄した。

まさか、此処までして彼等を抹殺したいのかと。

そして地図の矛盾点を確認すると幾つかの場所でそれは発見された。

 

「やっぱ馬鹿だな」

「馬鹿ね」

「阿保や」

「呆れるな」

 

リノ達はもはや呆れてしまっているとレーナは慌てて作戦の練直しをしていた。

その様子を見てリノは若干かわいそうに感じていた。

 

「まぁ、コレで無駄な処理をしなくて済んだな。なぁ、死神ちゃん?」

「……」

 

オッドアイと赤毛が特徴な女性がシンにそう煽る様に聞く。確か名前はシデン・イーダと言ったか……

リノはシデンのある部分をじっと見ていると横にいたエリノラに思い切り靴を踏まれ、思わず声が漏れそうになってしまった。

すると作戦室にいた少女……連邦軍のマスコットだと言う少女フレデリカ・ローゼンフォルトと言う十歳の少女が声を上げる。

彼女は相手の状況を透かし見る能力を持っているそうだ。

それ以上の事は何も知らないのだが……

ただ、フレデリカにエリノラはえらく可愛がっていた。

 

「大変じゃのう、こんな事をされて」

 

えらく古風な喋り方に思わず吹き出してしまいそうになっていたが、そこでクレナが小首を傾げた。

 

「アタシらが突っ込むのはいいけど。なんか、こう、地面に突き刺さって爆発する爆弾とか使えないの。なんだっけ、バンカーバンカー?」

 

どうももらった怪獣映画に出て来たのを見て知ったそうだ。文字通り防御陣地を貫通して中で爆発する爆弾で何発か落とせば制御系を破壊できると考えたようだ。

 

地中貫徹爆弾(バンカーバスター)ね。あれは空中から落とした時のエネルギーで地中を貫通させる必要があるから制空権がない今の状態で使用は不可能よ」

「んっと……?」

 

クラウの説明にクレナが?マークを浮かべるとライデンが横で分かりやすく説明する。

 

「要は高いところから重いもん地面に落とすとめり込むだろ?だけど地面のそばで落としても減り込まないだろう?バンカーバスターもすげぇ高いところ持って行かないとこないだの映画みたいに貫通はしねんだとよ」

「へぇー……」

「まぁ、もし撃ち込めたとしても最下層の核融合炉まで吹き飛ばすから。そうすると街ごと全部吹っ飛んでみんな仲良く面白い世界(あの世)に逝けるだろうな」

 

ケタケタと笑うリノにシン達は『冗談じゃない!』と同じツッコミを内心思っていた。

そして定期運転だと言うシデンとシンの口喧嘩が始まり、シデンは堂々と任務放棄を使用していた事に若干の不安を覚えた。

するとシンがレーナに効いた。

 

「侵入路の線路にはおそらく埋没したであろう戦車型か対戦車砲兵型が居ると思われますが。それの対応は?」

「対策は打ってあります」

 

レーナはそう言うとリノ達を見ていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

レギオンに疲れはない。よって命令に従いトンネル内でいつ来るかもわからぬ敵を待ち続けていた。

すると音楽の様な音が響き、戦車型のセンサーがあるものを捉える。

ガリガリと火花を散らしながら後ろでロケットに点火し、恐ろしい速度で突っ込んでくる、瓦礫のたっぷり詰まったアルミ合金製電車は爆音を鳴らしつつ大きく脱線し、埋没した戦車型諸共押し潰した。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『全ロケット正常に作動。質量爆弾の投入に成功。障害物を除去しました』

 

管制員の声が通り、レーナが指示を出す。

 

『了解しました。ヴァナビースHQより全機。突入開始』

 

レーナの大胆と言うか、恐ろしいと言うか……駅近くの車両基地で列車に瓦礫を積んでロケットを取り付けて点火したリノ達はあの時から随分と変わってしまったレーナに驚くしかなかった。

ハルトの提案でその列車にスピーカーを括り付けて音楽を流して『この気を逃すな!無人在◯線爆弾、全車投入!』と、とある怪獣映画のセリフを叫び、リノ達は思わず大笑いしてしまっていた。

 

「なぁ、本当にあのお嬢ちゃんなのか?」

『そうね……間違ってはいないと思うけど……』

「誰?こんな危ない子にしちゃったの……??」

 

レーナを知っている二人はそんな事を呟きながらビーム・スマート・ライフルで続々と襲来してくるレギオンに攻撃をしていた。

 

「やれやれ、戦車も動かさないといけないから忙しいな」

 

ドンドンッ!

ドンドンッ!

ドンドンッ!

 

リノの足元には四両のM61A5E3 Mod.7が砲撃をしていた。

半自律型プログラムが組み込まれたその戦車は自慢の連装砲を駆使してビル屋上に潜んでいたレギオンに向かって砲撃をする。

一五五ミリの炸裂徹甲弾は屋上を丸ごと吹き飛ばし、レギオンを掃討する。

その砲撃力は絶大で、既にいくつかのビルは足元から崩壊をしていた。

この試作無人機は動く目標に撃つ移動砲台くらいしか能力がないが、それでも十分レギオンには通用していた。

IFFも無事に機能しているので味方との誤射も無く、MSの援護をしていた。

元々は九両が送られて来たが、今回は四両のみ連れて来ていた。

元は人の動きを真似ているようで、回避や散開も学ぶようになって来た。

 

「腕が欲しくなるな……」

 

リノは思わずそう呟いてしまった。するとクラウが通信で話しかけて来た。

 

『だからって能力使うんじゃないよ?』

「聞こえていたのか……」

『当たり前でしょ?』

 

片手に面制圧用のジャイアントガトリングと、肩にスプレーミサイルランチャーを取り付けたクラウのジェガンSCがジト目で言う。現在リノの隊長を務める第一MS小隊は退路の確保のためにトンネル付近でガンタンクと共に制圧射撃をしていた。

 

エリノラ率いる第二MS小隊はメインシャフト上部から援護を行っていた。

編成はそれぞれハミングバード、EWAC、リゼル、ジェガンSCの四機であった。

今回、EWACジェガンには5インチマシンガンを持たせてあるので一定以上の戦力にはなっていた。

SCはビーム・スナイパーライフルではなくハイパーバズーカとジャイアントガトリング、一八〇ミリキャノンを持って来ていた。

 

ボォォォォォォォォォォォォ!!!

 

船の汽笛の様にも聞こえるガトリングの砲声は突っ込んできた戦車型をズタズタにしていた。

 

「オストリッチ、残弾の方は?」

『問題なし』

「了解、EWACはグリズリー達と通信がいつでもできる様にしておけ。リゼルは俺について来い」

『了解であります』

 

リゼル搭乗員であるコップ少尉はガンダムの後を追う様に歩き出す。

目標は接近中の戦車型四〇機、持っていたビームライフルをそれらに向ける。

 

キュゥン!キュゥン!

チュォォォォォンン!チュォォォォォンン!

ドォォン!!ドォォン!!

 

ビーム兵器とM61の砲弾が着弾し、リノ達はレギオンの攻撃を凌いでいた。

 

 

 

 

 

作戦開始より三十分後の出来事であった……



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#27 瞬殺

作戦開始すぐ、エリノラ率いる第二MS小隊は中央駅舎のメイシャフト上部で援護射撃をしていた。

 

ボォォォォォォォォォォォォ!!!

ドンドンドンドンドンドンッ!

チュンッチュンッチュンッ!!

 

準備砲撃で下にいるレギオンに向かって弾幕が打ち下ろされ、最後に落とされたグレネード型燃料気化爆弾が爆発し、恐ろしい突風と地響きを起こした。

 

『ひぇぇ……』

『これ、下のレギオン全滅してない?』

『声はまだしている』

『じゃ、まだ居るな』

「グリズリーより全体へ、突破口を開いた。気をつけて行ってらっしゃい」

 

エリノラの声が聞こえ、シン達は返事をする。

 

『了解』

『行って来まーす』

 

ワイヤーアンカーを引っ掛けてシン達は建物に侵入をする。

 

「弾薬がなくなったら上から下ろすわ」

『モビルスーツって便利だな』

『本当本当、あの電車といい、攻撃と言い、何でもできるね』

 

カイエとクレナがそう言いながら上で待っているMSを見る。

彼等ではトンネルを通れないと言うことから上で待っているが、即席でレギンレイブを下ろすための簡易昇降機を作ったり、上り下りするための金属ロープを持ってきて引っ張ったりとその万能さに舌を巻いていた。

降りる途中、先の準備砲撃でやられたのだろう、レギオンの対戦車砲兵型や近接猟兵型、斥候型などの軽量級のレギオンばかりが残骸となっていた。

大佐の予想通り、戦車型や重戦車型は取り回しがしずらいと言うことから一切いなかった。

既に下では高周波ブレードの切断音や重機関銃の射撃音が聞こえ、簡易昇降機から飛び降りたシン達が戦闘を行なっていた。

 

「もう……焦ったい!グリズリー、落として!!」

『ダメよ、機体がぶっ壊れる』

 

クレナがそう言うもエリノラが却下した。現在、二十四機ある戦隊のうち、十六機が降ろされて戦闘を始めていた。

焦ったく思っていると同じ昇降機に乗っていたセオがワイヤーアンカーを引っ掛けて簡易昇降機から降りて行った。

 

『じゃ、お先ー』

「あ!セオ待ってよ……!」

 

昇降機が揺れる中、他の三機も同じ様にワイヤーアンカーをくくりつけて降りて行った。

 

『……ったく、落ち着きのないガキンチョ達が……』

 

知覚同調越しにエリノラの愚痴が聞こえてきたが、そんな事も気にせずにクレナ達は戦闘の真っ只中に突っ込んでいった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

スピアヘッド戦隊が戦闘を介した頃、地上では爆炎が起こっていた。

 

ドォォン……!!ドォォン……!!

ガラガラガラッ……

ブォォォォォォォオオオ……!!

ダダダダダダダダダッ!

バキバキバキバキ……ッ!!

 

瓦礫が頭上を飛び、土煙があたりに広がる。

それを見てノルトリヒト戦隊のベルノルトはため息をつく。

 

『全く、少しはコッチのことも考えてほしいもんですよ……』

 

そう言い、本部まで飛んでくる瓦礫の破片を避けながら呟く。

確かにレギオンを全てやってくれるのはありがたいが、破片が飛んできで滅入ってきていたのだ。

 

幾つか大きめ瓦礫も吹っ飛んできており、指揮車であるヴァナビースを動かさなければいけない事態もあった。

一番すごかったのはビル一個丸々を潰してレギオン部隊を潰していた事だった。

視線の端では青と白に塗装されたMSがビームを放っていた。

 

チュォォォォォンン!!チュォォォォォンン!!

 

『すげぇ火力だ……』

 

同じノルトリヒト戦隊のメンバーが呟き、目の前にはレギオンの残骸で構成された簡易的なバリケードが出来上がっていた。

すると知覚同調越しに通信が入った。

 

『こちらスピアヘッド戦隊。第一層の攻略完了しました』

『了解です』

『第一層の攻略が終わったなら。私も行くわね』

『アスハ少尉です。予定通りファランクス隊も移動します』

『アスハ、阻電撹乱型も多い。気を抜くなよ』

『大丈夫だ。()()、警戒を怠る気はない』

 

アスハは小さく笑いながらそう答えた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

アネットは作戦本部から少し離れたかつてのオフィスビルに足を運んでいた。

救援派遣軍の部隊がここで知覚同調が知らない誰かと通信をして付いたり消えたりを繰り返していたそうだ。

B級オカルト的な話ではあるが、通信が途切れたと言うことに変わりはないので調査に来ていたのだ。

ーーーアネットの様なまともな研究者が他にいないと言う悲しい現実もあるのだが……

 

オフィスビルに入り、アネットは念のため護衛のファランクス戦隊にも異常は見られなかった。

この知覚同調は分からない事だらけだが、取り敢えず作動はする程度の代物なのでその点では共和国も連邦も変わりはなかった。

と言うか、これを改造して一日万単位で出荷する合州国がおかしいのだ。

戦前から帝国と真っ向勝負できるだけの国力は伊達じゃないと思うのも道理であった。

そんな事を思いながら白衣を着ているアネットはビルのエントランスを歩き、ある一角を覗き込んだ。

 

「ーーーーあぁ、成程」

 

暫しの沈黙ののち、アネットはそう呟いていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

同じ頃、車両基地ではガンタンクが射撃を行なっていた。

 

「撃て撃て!この砲ならヤツラも簡単に吹き飛ばせるぞ!!」

 

ドンドンッ!!

ドォォン!!ドォォン!!

シューーー……ドォォン!!

 

クラウの持っていたハイパーバズーカが火を吹き、爆発を引き起こしていた。

レギオンの吹き飛んだ足がガンタンクに当たる。

 

『まるで台所のアレだな』

『ああ、春になったら出で来るところもそっくりだ』

『ちょっと!私その話嫌なんですけど!?』

 

ドミトル達の話にクラウが文句を言ってくる。

だが、そんな軽口を叩けるくらいには余裕があった。

現在彼等は車両基地でやってくるレギオン相手に攻撃をしていた。

 

『こちら歩兵部隊。支援砲撃を要請する!』

「了解した。巻き込まれない様に注意しろ!」

 

ドンドンッ!

 

ガンタンクから二〇〇ミリ砲弾が飛び、大きな土煙を上げる。

街への損害はいくらでも出していいので彼等が思う存分滅茶苦茶にしていた。

 

『ヒャッハー!!』

『最高だぜぇぇぇ!!』

 

イカれた声が響き、ドミトルは残弾数を確認しながら砲撃をする。

現在リノは街中で戦闘を行なっているだろう。それまでレギオンの攻撃を抑えるのが自分の任務であった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

リノは街中で戦闘を行なっていた。

襲来してくるレギオン相手にビームを撃って焼き払い、撃退をする。

この攻撃で今まで五個ほどのレギオン部隊を殲滅してきた。

 

「……」

 

しかし、リノは嫌な予感を感じていた。

勘とも言うべき不思議な感覚を感じていると突如、未来視の能力が発動し、咄嗟にニークラッシャーからビーム・サーベルを抜き、右斜め後ろにサーベルを向けた。

 

ギィン!!

 

金属が当たる音が聞こえ、視線の先には青いセンサーが灯り、ガンダムをじっと見つめていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

同じ頃、地下にいるシン達は自動工場型の制圧を行なっていた。

 

「アンジュ、ダイヤ。二〇秒後に通過するガントリークレーン。右から三番目のクレーンの陰。おそらく自走地雷だ。近接榴弾で叩け」

『『了解』』

 

二人はそう返事をしていた。同じ部隊にダスティン・イェーガーと言う白系種の男が入隊したが、彼はアンジュに好意を寄せていたが、ダイヤがいたことで身を引いた様子であった。

 

「セオ。戦車型の陰に敵機群。時期に出てくるぞ」

『了解……あ、チラッと見えた。近接猟兵型だね。リト、撃ち漏らした分はよろしく』

『りょーかいです』

 

榴弾が天井で炸裂し、人の形をしたものの破片がバラバラと降る。

組み立て中の戦車型の残骸を乗り越え、飛びかかろうとする近接猟兵型の一団に薙ぎ払ったアンカーが叩きつけられる。

爆炎の下を二十四機の《ジャガーノート》は走り抜ける。

その走り抜ける最中、シンは強く通った声を聞く。

 

ーー助けて

 

「地上……か」

 

眉を顰めて一瞬だけ視線を送る。

 

なんて事だ。レーナのいる……作戦本部の近くじゃないか。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

ザザと、ファランクス戦隊を近接猟兵型が囲う。

 

「一体どこから……」

 

タイガは舌打ちをしながら戦闘状態に入る。アネットを〈エストック〉に乗せ流よう指示し、一旦引こうとする。

今から駅舎にいるMS隊に援護を要請できるか?

そう思いながら通信をする。

 

「グリズリー、援護射撃を乞う」

『こちらグリズリー援護射撃は了解した。どこに撃てばいい?』

「ポイント……」

 

射撃位置を指定しようとした刹那。

 

()()()()()()()()()()()から閃光が走った。

 

「……え?」

 

閃光の先に居たのは火花を散らして擱座する〈エストック〉だった。

 

「なっ……!!」

 

近くに近接猟兵型以外は確認されていない。兵装も同じだ。

なのに次々と切られていく仲間達。

 

『くそっ、何が起こっているんだ!!』

『アイナ、アイナがっ!!』

『ーーあっ、』

 

悪い冗談のように首が飛ぶ。

タイガは最後に視線の端に映る黒色の刃を見ていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

ガタッ!

 

指揮通信車でフレデリカが席を立つ。

 

「今……ファランクス隊が……」

「一体何が……」

 

狼狽する少女にレーナは足早に近づく。

ファランクス隊といえばそう遠くない所にいて……

 

 

 

 

 

アネットの護衛をしていた筈だ。

 

 

 

 

 



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#28 鹵獲品

キンッ!……キンッ!

ゴンッ!

ガキィン!!

 

街中で戦闘が行われている。

ガンダムと一機の銀色に輝く金属光沢に青いモノアイを動かして、唯ひたすらに持っていたヒートホークで攻撃を仕掛ける。

 

「チッ、レギオンの奴。どっからザクを持ってきやがった……!!」

 

ガァン!!

チュォォォォォンン!!

 

至近距離からビーム攻撃をするが、避けされてしまった。

 

湾曲した装甲に、剥き出しの動力パイプ。

 

特徴的なモノアイは見るものに強烈な印象を与えていた。

 

 

 

 

 

それは一年戦争時にジオン公国軍が通して使っていた傑作モビルスーツ……ザクⅡであった。

 

「なぜザクがこんな所にいやがる!!」

 

技術的には化石に近い代物だが、対モビルスーツ戦闘をやって来ていないリノは苦戦を強いられていた。

 

「オストリッチ!こっち来れるか?」

『何があったの?』

「ザクだ!」

『ザク?』

「奴ら、どこかからザクを持って来やがった!!」

『えっ……嘘でしょ!?』

 

クラウの驚く声が聞こえ、リノは攻撃してくるザクを蹴飛ばす。

 

ゴォォン……!!

 

重々しい音と共にレギオンのザクは飛ばされ、建物に突っ込む形でザクは建物を破壊する。

 

「とにかく、こっちに来てくれ」

『りょ、了解!』

 

クラウは慌ててこっちに来てくれると言う事でリノは一瞬だけホッとした。

 

「こうなったら本国に戻って対MS戦闘の訓練した方がいいのか?」

 

そんな事を呟きながらリノは銀色のザクをつかみ倒す。

 

無理にでも動こうとしているのだろう。ザクはゴゴゴと金属音を立てながらスパークを起こす。

 

熱量から使われているのはただのバッテリー……恐らく発電プラント型で充電したのだろう。

そんな推測を立てながらリノはザク相手にバルカン砲に引き金を引く。

 

ブォォォォォォォ!!

 

バルカンた直接ザクに当たり、モノアイを破壊した。

そして頭部動力パイプを掴むとそれを思い切り引っ張った。

 

バキバキッ!!

 

次に、右手に持っていたヒートホークを持ち出そうとしたが、すかさずそこにビームサーベルで腕ごと焼き切る。右腕の無くなったザクはこれでもかと起きあがろうとする。

 

「サンプルだ。……なるべく原型を留めたいのでね」

 

そう言い、リノはザクの胸部にビームサーベルを突き刺す。

 

ジュオ……

 

金属の溶ける音と共にビームサーベルを奥深くまで差し込む。

絶叫のような声が聞こえた気がしたが、気にせずにそのまま押し込む。

 

すでに破壊された頭部だったが、胸にビーム・サーベルを刺され、今度こそバッテリーが破壊された。

自爆シークエンスも行えないほど一瞬で制御系が焼け溶け、ビーム・サーベルは下まで貫通していた。

 

「はぁ…はぁ……」

 

リノはここで初めて今の戦闘で手元のレバーに金属が纏わりつき、合州国が開発し、研究を凍結させたあのサイコミュシステムのように意識しただけで機体を動かしていたことに気づいた。

 

「危なかった……」

『リノ!』

 

クラウの声が聞こえ、交差点からジェガンが出てくる。リノは一瞬体をビクッとさせるも、普通に返事をした。

 

「おう、少し遅かったな」

『何があったの?』

「これを見ろ」

 

そう言い、リノはクラウに襲ってきたザクを見せる。

 

『これって…』

「なぜかは分からないが。レギオンの奴、ザクを作っていた。電源はバッテリーのようだったがな」

 

そう言うとリノはザクを持ち帰るために移動させようとした。

 

 

 

 

 

《ダメージ蓄積危険値を突破》

《外装ユニット放棄 形状変《外部割込》《特記事項アルファ実行》》

 

 

 

 

 

それはいきなり起こった。

撃破したザクのビームサーベルの後から大量の流体マイクロマシンが重力に逆らうように噴き出す。

 

咄嗟のことにリノ達はビームサーベルを取り出す。

 

吹き出した流体マイクロマシンは徐々に形を作っていき、それが人……それも女性のものだと理解できた。

 

人の見た目をした銀色のそれは気味が悪いものだった。

 

目は無く、マネキンにようにも見えるそれは徐々に唇を形成し、それは合州国で作られた映画に出てくる液体金属のボディを持つロボットを彷彿とさせた。

 

そう言えばあれもロボット対人類の映画だったか……

 

そんな事を思っていると形成された唇が動く。

 

 

 

 

 

 さ が し に き て 

 

 

 

 

 

声はないが、唇の動きでそう言っているのだけは理解できた。

 

すると銀色の流体マイクロマシンは一気に飛散し、崩れ落ちる。

そして崩れた流体マイクロマシンは小さな蝶の形となって飛んでいく。

 

『……っまずい!!』

 

咄嗟にクラウの勘で持っていたビーム・サーベルを振って、できる限り銀色の蝶を焼く。

今の出来事に恐怖と驚きが混ざった様子で呆然としてしまっている。

 

「(今のは……)」

 

リノは先のことを鮮明に思い出しながらレコーダーに残っているであろう映像を後で見返そうと思っていた。

クラウも信じられないと言った様子で先の出来事を思い出していた。

 

 

 

 

 

数分後、通信が入り、レーナは状況整理を行なった。

どうやら地下制圧中に地蔵地雷ではない本物の人が混ざっていたと言うことらしく、レーナ達は困惑した様子であった。

 

『とりあえず確認をします。ファランクス戦隊が全滅。アンリエッタ・ペンネローズ技術少佐が〈レギオン〉に奪取。合州国の旧式MSが出現。〈レギオン〉に混じって所属不明の人間が作戦域を彷徨いている。……この認識で間違いありませんか?』

『最後の一つに相違なしです』

「MSに関しても同様です」

 

リノはあえてさっきの女性の一件は話さなかった。リノの勘がまだ話すべきではないと訴えているからだ。

しかし、かなり面倒なことになった。ファランクス戦隊を全滅させた攻撃の正体がわからなければ対策のしようが無いからだ。

おまけにエイティシックス達は人を殺すことに慣れていない。

 

レギオンを倒すことに抵抗はなくとも、人を殺すことには抵抗がある。

 

ハルト達がそうであったように。

 

リノが躊躇なく人を殺していたのを見て気分を悪くしていたように

 

彼らは人を殺せない子供なのだ。

 

そう思いながらリノは戦闘後で破壊された建物に身を隠しながら軽く軽食を取る。

シデンの話ではその作戦区域内にいた人というのは正気ではなく、恐ろしいほど汚なかったそうだ。

見た目と汚れ具合からして恐らく去年の大攻勢の時の逃げ遅れだと推測されていた。

 

「大攻勢か……」

 

共和国が滅んだその戦いで、いったい何人が亡くなったのだろうか。

まだ集計中ということもあり、これからどんどん数字は雪だるま式に増えていくだろう。

 

とりあえずの対応として火器照準レーザーを当てて逃げれば人、逃げなければ自走地雷であると判別するよう言明が下った。

一応ジェガンも二発程度であれば自走地雷の攻撃には耐えられるよう設計されていた。

 

「(後は彼かが帰ってくるのを待つしかないか……)」

 

リノはそんなことを思いながら現在地下で戦っている彼らの無事を祈っていた。

話を聞いているとどうもレーナは共和国人のために彼らを犠牲にしないという方針で、錯乱している共和国人の保護を後回しにしていた。

連れ去られたアンリエッタ少佐に事も後回しにしようとしたが、シンが口を挟んだ。

 

『大佐、ペンネローズ少佐は俺とスピアヘッド戦隊が向かいます』

『ノウゼン大尉……!?』

 

『自分たち共和国人のためにエイティシックスを殺す必要はないと思っているようですが。共和国の冷徹をあなたがする必要はない。大佐がそれを演じる必要はありません。だから、無理はしないでください。……大佐にそれは似合いません』

『……』

『発電プラント型に関してはブリジンガメンとサンダーボルト戦隊に任せます』

『いいのか?不戦勝って事にしちまうぜ?』

『勝手に競ってろ。もう馬鹿げた勝負をしている場合じゃない』

『わかってる、冗談だ……任せとけ』

 

本人達曰く『遺伝子レベルで仲が悪い』そうだが、ここだけはやることをわかっているようで、シデンも理解していた。

フレデリカが自信ありげにアネットの居場所の特定を行い、シンはリトに自動工場型の制圧を要請していた。

 

「大佐、そのファランクス隊が全滅した攻撃と言うのはどういったものかわかりますか?」

『あ、はいっ。えっと……』

『妾が見たのは一瞬で真っ二つにされたアイナの機体じゃった。コックピットブロック中央から真っ二つじゃ』

『大口径砲による狙撃でしょうか……』

『建物の中におった。狙撃は不可能じゃろう』

 

いろいろな推測が飛び交うが、レーナは指示を出す。

 

『当該の攻撃については情報収集を最優先とします。接敵しても可能な限り戦闘は避け、離脱してください』

「了解」

『りょーかい』

 

レーナの指示の元それぞれ作戦を続行していた。

 

 

 

 

 

リノはガンダムの中でクラウに通信をする。

 

「クラウ、今から使ってもいいか?」

『……何故?』

 

クラウはリノに疑問を呈する。

 

「状況把握のためだ。もしかすれば謎の攻撃の正体もわかるかもしれないだろう?」

『それだけ?』

「号持ちの子供達を一瞬で殲滅させた相手だぞ。確実に何かある」

『……』

 

クラウは一考すると口を開いた。

 

『二〇秒だけよ。それ以上は危険だわ』

「了解だ」

 

リノはガンダムのレバーから手を離すと右目に意識を集中する。

右の瞳が青く光だし、右目の視界が徐々に変化して行く。

次に見えたのは足を動かして移動する近接猟兵型の集団。そして銀色に包まれた見た事ない形状をした()()()だった。

 

「(あれは……)」

 

リノはその見た事ないナニカを凝視するとクラウの声が聞こえた。

 

『二〇秒経ったわよ』

「ああ……今のは……」

 

視界が急激に戻り、吐き気を抑えながらリノはつ呟く。

 

「…新型か……」

 

このザクと言い、謎の攻撃と言い、色々とありすぎてリノは腹がいっぱいであった。

 

ザクに関しては今頃、連絡が行き確認が行われているだろう。

戦前の情報は残っているので、奪還した国土にあるザクの確認が行われて三日もすれば結果は出るだろう。

そう思いながらリノはクラウに言う。

 

「見た事ないレギオンがいた」

『え?新型って事?』

「分からない。だが、明らかに異常な見た目をした()()()がいた」

 

リノは見た光景をそのまま伝えるとクラウは憶測を述べる。

 

『ファランクス隊をやったのは……』

「かもしれんな。現状はどうなっているか確認をするか……」

 

リノは知覚同調に手を当ててレーナに通信をする。

 

「大佐殿、現状報告できますか?」

『はい……現在、ペンネローズ少佐は第四層東ブロックの商業地区にいるので、スピアヘッド戦隊が向かっています。発電プラント型、自動工場型にも順調に進んでいます』

「そうですか……」

 

リノは確認を取ると途端にフレデリカの声が響いた。

 

『急ぐのじゃシンエイ!ペンネローズ逃げよ!足を止めるでない!』



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#29 羊飼い

アネットは暗闇の中を走り回り、全てが恐ろしいほどに白い部屋に辿り着く。

自分を護衛していた部隊が謎の攻撃で殲滅させられ、どこかに運ばれたのち、アネットはそこから逃げ出してここに辿り着いた。

多数のロボットアームに、小ベットほどの台が並び、奥にはスキャニング装置らしきものが設置されていた。

その中の一角、部屋の隅のガラスの筒の中を見てアネットは見覚えのある形だと思う。

 

「これって……」

 

その正体を気づいた時、アネットは血の気がひいた。そしてその筒は大量に並べられていた。

筒をじっと見ていると反対側から何かが覗き込む。

 

自走地雷だ

 

咄嗟に逃げようとするもバネじかけの足がアネットに飛びかかった。

 

「やっ!」

 

咄嗟に白衣を被せて壁に寄りかかる。

うまい具合に自走地雷の頭部センサーにかかり、よろよろと自走地雷は倒れ、アネットは寄りかかった壁にあった扉に滑り込みながら中に入った。

 

そこには医療機器の様なスキャニング機械

 

狭いベットの様な大きさの、高さの、掃除のしやすい一枚の金属で作られた台

 

その上で刃を煌めかせるアーム群

 

ここは、手術室か。いや……

 

 

 

 

 

()()()か……

 

 

 

 

 

そう自覚した時、自走地雷が立ち上がった。

恐怖のせいで足が動かなくなっているアネットは動くことが出来なかった。

 

その時

 

鉄槌の様に振られた何かが自走地雷に当たり、殴り飛ばした。

ヨロヨロと倒れる自走地雷に自動小銃の引き金が引かれ、三発が頭部センサーに直撃する。

その赤い目はアネットに過去の思い出を彷彿させた。

 

かくれんぼでどこに隠れていても必ず見つけてきた彼を

 

あの時の事を忘れてしまった彼を

 

アネットは思わずその時の名前を呼びそうになった。

 

「……ノウゼン大尉」

 

そう呼ぶと赤い目がチラリと自分を見て次に背中を見る。

そこにはシガ中尉だったか。黒鉄種に連邦の戦闘服に身を包む青年がいた。

シガ中尉は呆れながらシンと話しており、その時に思わず言ってしまった。

 

「ごめんさい」

 

あの時の贖罪に巻き込もうとしてしまって……

 

脈略にない謝罪にシンは瞬く。

しかしすぐにハッとして視線が外れた。

 

「何に対する謝罪かは知りませんが。俺は貴方に謝られる謂れはありません。だからペンネローズ少佐も気にする必要もありません」

 

変わらない。

受けるこちらが痛くなるくらいに優しいところが……

それがまた少しだけ寂しかった。

 

 

 

 

 

「そうか……アンリエッタ少佐は救出されたか……」

 

地上でザクを運んだリノは通信を聞いてつぶやく。嬉しそうなレーナの声がし、ほっとした様な声がしていた。

 

『彼女、無事だったのね』

「その様だな」

 

車両基地でやって来たザクを乗せ、そのまま走り去って行く装甲トラックを見送り。リノ達は中央駅に向かって移動をしていた。

レーナの指示で撤退はメインシャフトから行う事になったのだ。

攻撃が分からない敵機もいることから密集していた方が援護しやすいと言う判断からだった。

今の所指示に従ってくれているドミトル達にはホッとしていた。

 

『やれやれ、こっち残弾がまずいことになって来ましたぜ』

「ガンタンクの残弾はどのくらいだ?」

『あと六発です』

「それは不味いな……」

 

一応、クラウの持っていた二〇〇ミリロングキャノンと弾薬の相互性はあるが、装填するのにも時間がかかる。なるべく早めに終わらせたいと思っていた。

 

 

 

 

 

中央駅に到着するとレーナは状況を伝えた。

 

『現在、ブリジンガメン戦隊とサンダーボルト戦隊が発電プラント型の制御系の付近で戦闘中。自動工場型も同じ様な状況です』

 

するとレーナに通信が入った様で、シデン達が発電プラント型の撃破に成功したと報告が上がった。

 

『いま、発電プラント型の撃破に成功したそうです』

 

そう言うとシデンは早速シンに話しかけていた。

 

『なぁ死神ちゃん。あとどんくらいいるか分かるか?』

『……本当に訊きたいか?』

『あー、それだけで十分だわ』

 

シデンはそう言い残し、レーナは激励の声を投げかけた。

 

『作戦完遂まであと少しです。頑張りましょう』

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

《ヘルメス・ワンより第一広域ネットワーク 機密処置を実行する》

 

声もない通信が入り、司令が出された。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「うおっ!」

 

つん裂くような悲鳴のような声が聞こえ、リノは思わず右耳を塞ぐ。

何が起こったのか理解できなかった。

だが、リノは咄嗟に叫んだ。

 

「ノウゼン大尉!何が起こった!」

 

しかし返答はない、咄嗟に近くにいるであろうライデンに通信を切り変える。

 

「シガ中尉、説明を乞う」

『この声はレギオンの攻撃じゃねえ。それにこの声は……』

 

その時、ライデンは特別偵察任務初日に起こったあの出来事を思い出した。

同調率を最低にしているのにも関わらず、よく聞こえたそれ。

 

『〈羊飼い〉の合わさった声でもあるな……』

「……」

 

リノは唖然とした様子で咄嗟に下を見る。そこには数多のレギオンが這い出て、こちらを見ていた。

 

『おいおい……』

『まさかこれ()()()()()()()……!?』

 

エリノラ達は騒然としてしまっていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『突入部隊各員、脱出路をナビゲートします。作戦は発電プラント型撃破によって自動工場型も稼働停止したとして作戦終了とします。過たず、でも送れず……従ってください』

 

戦局は一斉に変わった。

自走地雷までもが知性化された事で一気に戦闘は激化していた。

メインシャフトにもレギオンが現れ、ビーム兵器とジャイアントガトリングが火を噴いていた。

 

『まったく、面倒なことしかしないわね……!!』

『ったく、残弾が心許ないってのによ!!』

 

下に向けてガトリングを撃つクラウが文句を言い、ドミトルは腕のバルカン砲を下に向ける。

ビーム兵器も放たれ、見えている限りのレギオンは一掃できた。

下にいたリュカリオン戦隊から抗議の通信はあったが……

 

『グリズリーより隊長へ、準備完了』

「よし、レギンレイブが乗ったら引き上げを開始しろ」

『了解』

 

リノは簡易昇降機(そこら辺の鉄骨を組み合わせ、ロープはエレベーターにあったものを引っ張って来た)を使い持ち上げられるレギンレイブを確認する。地下で何が起こっているのか把握できていないが、オープン回線でフレデリカの悲鳴が聞こえた事から何か恐ろしいものを見たのかもしれない。

リノはもどかしさを感じながら地下で戦っている彼等を想像していた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

同じ頃、地下では撤退が行われている。

その中でシンは黒羊に取り込まれたエイティシックスの攻撃を受け、第三層と第四層のを貫くホールに落ち、そこで謎の新型機の攻撃を受けていた。

 

「(攻撃が速い……)」

 

自動追尾では間に合わないその機動性はレギンレイヴ以上の加速性能だろう。

そんな予測を立てながら声を元に相手の攻撃を退け、機体を蹴り飛ばす感覚を感じる。

そして至近距離で砲撃を行い、その衝撃波でその欺瞞を剥がした。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()阻電撹乱型ーー

 

まさかこんな使い方をするとは。

 

シンはファランクス戦隊が全滅したのも理解できた。

モーターの駆動音も無く、目にも見えず、シンも声がしなければ戦えないかもしれない。

そんなことを考えてしまうほど、それは斬新な見た目をしていた。

 

おそらくは新型だろう。

 

するとシンは通信を入れた。

 

「大佐!」

『……シン!無事ですか。状況は!?』

「交戦中です。ファランクス隊を壊滅させたレギオンと会敵しました」

 

そして早口でシンは告げる。

 

「攻撃の正体は、粗電攪乱型の光学迷彩。光学センサー、レーダーともに欺瞞されます。中のレギオンは新型機。高周波ブレードに類する兵器を使用。形状からしてジャガーノート以上の高機動型。他は順次お伝えします。なるべく戦闘データは持ち帰ります。……ですが、もし戻らなかったら」

 

その続きを言おうとしたが、レイドデバイスに落下の衝撃か、不具合が発生し、ノイズが酷かった。

 

もし戻らなかったら

 

そう言った時、レーナは言った。

 

『了解です。シン、ですが後半については聞きません。当該、レギオンのデータは必ずあなた本人が持ち帰ってください。それ以外には受け取りません。……これは、命令です、アンダーテイカー。何をおいても、遵守してください』

 

シンは一瞬だけ目を大きくすると、フッと笑いながら答える。

 

「ーーー了解です。ハンドラー・ワン」

 

そして、二機の機甲兵器は同じタイミングで駆け出した。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

レーナは通信を切り、打開策を練る。

現状、シンは地下で新型レギオンと戦闘を行い、他の部隊は自走地雷の自爆を抑えているところだ。

するとリノから通信が入った。

 

『大佐、今地図を見たがおかしな部分がある』

「可笑しな?」

 

レーナが疑問に思うとリノは頷く。

 

『ああ、奴らこのまま柱を吹き飛ばせばこのまま中に居る者も全員お釈迦にできるのにそれをしていない』

 

確かに、言われてみれば自走地雷をありったけぶつければ地下の崩落くらいできるはずだ。

すでに発電プラント型と自動工場型は土砂に埋まっている。だとすれば何故……

 

 

 

 

 

ーーーシンか

 

 

 

 

 

黒羊は生きたままか、死んでまもない死体の脳を回収する。

雑兵の羊飼いは大量に確保した。

だとすれば欲しがるのは精鋭の首。

だからこそ切り札となる新型機を最後まで隠し、その新型機はシンの得意戦術である()()()()()をとっているのだ。

だがら、地下を丸ごと沈めればシンの遺体も回収できなくなってしまう。

だったら今爆破されることはないはず……。

 

レーナはそう推測をすると全体に指示を出す。

 

「ーーオリヤ少尉。イーダ少尉。現時点を持って現ポイントを一時的に放棄してください」

『はあ!?』

『放棄って、それ自爆されたら困るから防衛しているんじゃねえのか女王陛下!』

「いえ、恐らく自走地雷はそのポイントで爆発しません。ですから早く」

 

渋々と言った様子で彼らも行動を起こすと意外な、というか予想通りというか、自走地雷は防衛地点ではなく、ジャガーノートを追ってきているそうだ。

 

「(やっぱり……)レギオンの残存兵力の目的はメインシャフトの爆破ではなく、内部への侵入。その前段としての各部隊の撃破です。それを逆手に取りましょう。メインシャフトへの侵入口のみ堅守し、残りの兵力で反転攻勢に出ます。モビルスーツ隊も援護を」

 

彼らに気づかれる前に、彼らが余裕だと思っているうちに、迅速に行う必要がある。

 

 

 

 

 

「こちらの作戦変更に対応される前に。ーーーレギオン残存兵力を殲滅します!

 

 

 

 

 



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#30 メッセージ

階段の影に隠れた敵機を追ってメインシャフトの床に降りるのと同時、砲撃の閃光が高機動型の光学センサに写った。

着地の寸前に狙い澄ました、まさに会心の砲撃。確実を期して三点射で叩き込まれた成形炸薬弾が時間差で続けざまに炸裂し、高軌道型の機動を上回る超高速のメタルジェットが三条の火箭と化して青い闇を疾走する。

 

ただ。

 

それはこの短い時間の戦闘で繰り返されてきた攻撃パターンでもあった。

新型のレギオンとて学習し、予測するのには十分な時間であった。

着地と同時に横ステップを踏んだ高機動型は、ただそれだけの動きで射線から退避。時限信管に設定された敵弾が目の前で炸裂。

高速のメタルジェットは虚空に消えていき、破片は装甲の一部にダメージを与えるだけであった。

発生した黒煙と火焔が皮肉にも高機動型の姿を敵機から隠す。

高機動型はその黒煙が晴れ切れる前に突貫する。

敵機からすれば目の前に高軌道型が現れたように見えるだろう。

とても人間が反応できるような速度ではなかった。

赤いセンサがわずかに動く。

しかし、それだけだった。

 

純白の機体に。艶消し鉄色の、鋭利な刃が食い込んだ。

 

 

 

 

 

チュォォォォォォォン!チュォォォォォォォン!

 

地上では砲撃が行われていた。

メインシャフト上部からリノのガンダムが降り、追いかけてくるレギオン目掛けて砲撃を行なっていた。

ジャガーノートを追いかけてやってきたレギオンはことごとくがガンダムのビーム攻撃で焼き払われ、生き残りをジャガーノートがするという簡単な作業とかしていた。

 

『MSのせいで狭い!』

『だけど楽でいいじゃん』

『奴らただのカカシですな』

「よし、最後の言ったやつは帰ったら課題だ」

『えぇー!!』

 

リノはコックピットから照準を合わせ、引き金を引く。

 

チュォォォォォォォン!

 

攻撃を仕掛けるなか、フッと同調が切れる。

対象から消えたのは一人、

 

「シン……?」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

破壊したのは機体下部。熱源からパワーパックの場所だ。

チェインブレードの稼働を止め、引き抜くとがシャリと音を立てて崩れる。

 

動体反応無し。

 

動力反応無し。

 

動力温度低下。

 

再起動不可能な温度に到達。

 

《コールサイン。”バーレイグ”の無力化を確認》

《了解。バーレイグの鹵獲は可能か》

《可能と推定》

 

高機動型は中にまだ生きているだろうと予測し、コックピットに手をかける。

 

《回収を開始》

 

開閉レバーと推察した突起にチェインブレードの先端を引っ掛ける。

ブレードを稼働させ、ロック部分を切り割り、そのまま無造作に跳ね上げた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

眼下で高機動型がキャノピーを開ける。

 

ーーかかった。

 

コックピットを覗き込む高機動型。

その背部上面装甲をアサルトライフルの照準に捉え、シンは瓦礫の中から身を起こす。

斥候型を除いてセンサーの感度は低い。

その原則に賭けてシンは黒煙の中コックピットを脱出し、中二階の瓦礫の中に身を隠した。

見たところ複合センサーのようなものもなく、武が悪いわけではないと思っていた。

 

フェルドレスの搭乗員に支給される七.六二ミリ自動小銃は原始的なアイアンサイトによる照準しかできず、あくまでも自衛用の武器でしかない。

だが、今回はそれのおかげでレギオンに搭載される対照準システムは作動しなかった。

 

ダダダダダダッ!

 

装填済みの小銃から多数の弾丸が発射される。

ワイヤーに乗れるほど軽く設計された高機動型、それも先の戦闘で傷付いた装甲の穴に向かって引き金を引き続ける。

タクティカルリロードで敵に反撃に隙も与えず、弾倉を打ち尽くす。

ズタズタにされた高機動型はよろめきながらもシンを視界にとらえていた。

 

《送信情報に訂正。”バーレイグ”の生存を確認》

 

しかし、その時。シンをここに叩き落とした近接猟兵型のミサイルランチャーが暴発。

巨大な爆炎と衝撃波をもたらしながら辺り一帯に光をもたらす。

それのせいで高機動型は爆風でプレートがひしゃげてしまった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

《ダメージ蓄積危険値を突破》

 

《外装ユニット放棄。形状変《外部割込》《特記事項オメガ実行》換開始》

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

それは突然起こった。

フレームが曲がり、声も消えかけている高機動型から銀色の流体マイクロマシンが噴き出し、徐々に形を成していった。

 

頭、そう頭だ。

 

銀色の長い髪。

 

繊細な目元、細い鼻筋を経て、薄い唇と尖ったおとがいへと続く。

 

金属光沢の銀色はそのまま。伸び上がったマイクロマシンの頂点に生まれている。

 

瞼が開き、明後日の方に焦点を合わせ、顔がこちらを向く。

 

 

 

 

 

 

唇が動く。

 

 

 

 

 

 さ が し に き な さ い 

 

 

 

 

 

それと同時に銀色の体は崩れ去り、同時に蝶の形となって空を飛んでいく。

 

「なっ……」

 

逃げられたと確信し、シンはそこでレイドデバイスが取れていたことに気づく。

瓦礫の中からそれを見つけて付けるとレーナの声が聞こえた。

 

『ーーーシン!無事ですか!?』

「何とか」

『良かった……!』

 

心底ホッとした様子のレーナの声が聞こえ、息を吐いていた。

後ろでフレデリカが何か言っているようだが、今はその甲高い声を聞くのが辛かった。

相変わらず真実ノイズに目を顰めながら言う。

 

「レーナ。一つ頼みがあるのですが」

『なんですか』

「誰か迎えに来てもらえませんか。……負傷はしていないのですが、動けません」

 

先の高機動型の戦闘に加え、レギオンの声のせいで視界も白くなり始めており、立っているのも辛くなって来ていた。

レーナはそれを聞いてホッとした様子で笑う。

 

『ああ、それでしたらもう直ぐ……』

 

そう言うとがしゃがしゃと音が聞こえた。

 

二か所で。

 

ほとんど同じタイミングでキャノピーが開き、見した二人がそれぞれ顔を出す。

 

「よ、お前にしちゃ、酷くやられたじゃねえか」

 

シャフトの上でそう言うのはライデンだ。

 

「んで、お出迎えが欲しいんだって?死神ちゃん、人狼と一つ目姫とどっちで帰るよ」

 

身を乗り出して装甲に頬杖つき、尖った歯を剥き出すようにしてシデンが笑う。

 

取り敢えず、どっちも嫌だと言う感想しか出なかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『共和国は我々に仕事を増やすことが趣味のようだ』

ーーークラウ・フリッツ退役中将の手記より

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

合州国の共和国派遣軍は撤退を開始した。撤退完了まで二ヶ月はかかるかと思われるが。既に工兵の撤退は完了させ、今残っているのは左翼思想の兵士だけであった。

帰還したリノ達はリュストカマー基地で、書類仕事をする羽目になっていた。

 

「……」カタカタ

「……」カチカチッ

 

リュストカマー基地の一室ではリノ、エリノラ、クラウ、テオの四人がパソコンと向き合って亡霊のような顔をしていた。

新型のレギオンと共和国で鹵獲したザクに関して情報があったのだ。

 

『北部地域の戦争史博物館からザクが無くなっていた』

 

この事から回収されたザクの製造番号を確認した後、それと同じであったことが発覚。その時の詳細な情報を書くよう言われたのだった。

だから、この数日間ろくに寝ていない。

隈を作りながらリノ達は報告書を書いていた。

そして書類を作り終え、メールで送るとリノ達はため息をついた。

今回は緊急性を要する事からメールでの送信で要請されていた。

 

「終わった……」

「お休み」

「ZZZ……」

「俺も、ここで寝るわ……ZZZ」

 

四者四様に全員が部屋で爆睡し始めた。

途中、アノラさんが差し入れでクッキーを持って来てくれた時は泣くほど嬉しかったし、そのクッキーが美味かった。

途中で、タバコを吸ってもクラウから文句が出ないほど、全員が疲れ切っていた。

取り敢えず死んだ魚のようにグッタリと寝ているとそっと扉を開けてハルト達がリノ達を見ていた。

 

「うわ……」

「臭っ!何この匂い……!?」

「これ……中で死んでない?」

「カローシってやつか?」

 

部屋から立ち込める臭さにクレナが鼻を摘み、セオが思わず聞いてしまう。ついて来たレッカはドン引きし、同じように面白そうだからとついて来たダイヤが呟く。

それ程までに部屋の中は地獄であった。ライトが消された部屋には灰皿に積み上げられた吸い殻と紙、電源の切れたパソコンと椅子にグッタリと横たわる三人、一人は床で雑魚寝をしていた。

 

「カオス……」

「これは酷い……」

「うわ、ここ吸って良かったっけ?」

「それよりもっと言うところあるでしょ……」

 

四人は部屋の扉をそっと閉めるようとするとリノが寝言を言う。

 

「書類……書類……」

 

その様子に今度こそ全員がドン引きしていた。

 

「し、仕事に取り憑かれている……!!」

「こ、こう言うのをシャチクと言うのか……」

 

四人は危険物を着たような目でそっと扉を閉じるとダイヤのおふざけで扉に《立入禁止》と印刷された紙を貼っていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

同じ頃、グレーテは基地の部屋である紙を見ていた。

それは連邦軍西方方面軍参謀長から直で渡されたある調査結果であった。

リノ中佐やノウゼン大尉が見たと言うメッセージの件で既にパンパンだと言うのに新たに渡されたその結果はグレーテを凍り付かせるには十分であった。

そしてグレーテは両手に二種類の紙を持ち、片方にはこんな数字が書かれていた。

 

『50%』

 

その紙に記された結果にグレーテも調査を依頼された参謀長も驚愕をしていた。

 

 

そしてもう片方にはレギオンを開発したと言うゼレーネ・ビルケンバウムと言う女性の資料が書かれていた。

彼女はレギオンのロールアウト後に病死したとなっているが、実の母ですら彼女の遺体を見ておらず、死亡診断書も埋葬記録も残っていない。

そして現在、ギアーデ連邦の北側。ロア=グレギア連合王国では特殊なレギオンがいることが確認されている。

通常であれば残っているはずのない、初期ロットのレギオンである。通常、指揮官型は重戦車型が行なっているが、この機体はこの初期ロットの斥候型が指揮をとっていると言う。

 

ゼレーネの死はこの初期型がロールアウトした直後になっている。

 

 

 

 

 

ならば彼女はどこに行ったのだろうか……

 

 

 

 

 



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ー死よ、驕るなかれー
#31 雪国へ


途中からざっくりとした合州国の歴史を挟みます。

それと来週から毎週投稿になります。(多分)


その日、リノ達は車上の人となり列車に乗っていた。

ボックス席の客車では隊員達がおもいおもいの事をしていた。

 

「ロイヤルストレートフラッシュ!」

「「「何ぃ!!」」」

 

リノ達はポーカーをして今現在クラウに惨敗をしていた。

 

「がぁぁぁ……」

「そりゃないよクラウ……」

「ヘヘッ、じゃあ今日の奢りはエラで」

「ダー、負けたぁ……」

 

四人はつなげられた客車の中で、後ろを振り向く。

 

「長い列車だなぁ……」

 

そこには複線の上にドンとMSや戦車が乗せられた多数の貨車が連なる光景であった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

二週間ほど前、リュストカマー基地にいるリノ達に連絡があった。

 

『先の戦闘を踏まえ、ストライカー戦闘大隊に追加戦力を送る』

 

この通信にリノ達は疑問に思ったが、よく考えれば増援も納得がいった。

現在、ストライカー戦闘大隊は大隊と言ってもMS三個小隊と歩兵小隊のみ、これでは一個中隊も良いところである。

むしろ、その戦力で今ままで戦ってこれたのが不思議なのである。

国の威厳としてもあるのだろうが、送られてくる戦力は大隊としては十分な戦力であった。

 

「リゼル六機にジェガン十機にetc…大隊二〜三個中隊が編成できるか……?」

 

リノはそう呟きながら列車内で編成を考えていた。

やってきた増援と挨拶を済ませ、短期間だが、訓練を終えたリノは編成で悩んでいた。

 

現在の戦力

ハミングバード×二機

ジェガンD型×四機

ジェガンA2型×四機

ジェガンSC型×二機

キャノンガンDX×四機

ジムⅢ×四機

EWACジェガン×二機

ロト(8インチロングキャノン搭載型)×二機

リゼル×八機

ガンタンク×四両(現在乗り換えのための訓練中)

M61A5E3 Mod.7戦車×八両+予備機一両

装甲歩兵×二四名

 

この戦力の内、歩兵部隊とガンタンク、M61戦車はセットで運用が決まっているので、残りの兵力で編成を行う必要があった。

戦力が書かれたデータを見ながらリノは頭を抱えているとエリノラが聞く。

 

「困っているの?」

「ああ、四機一個小隊の編成はそうだが……」

 

基本的にMSは四機一個小隊を編成する。その為、四機纏まっているジェガンA2型、D型、リゼル、キャノンガン、ジムⅢ、ガンタンクは確実なのだが。二機ずつしかいないガンダム、ジェガンSC、EWACジェガン、ロトは混成二個小隊にするか、機種毎で分けるか。それで迷っていたのだ。

 

「その時は実戦で組み直せばいいんじゃない?」

「…取り敢えず混成二個小隊にしておくか……」

「それで良いと思うわよ?」

 

二人はデータを見ながらそんな事を考えていた。

クラウもその編成に賛成し、編成が組まれていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

合州国と連合王国の線路幅は同じである。

 

これは過去の歴史上、合州国と連合王国は何かと友好関係にあるからだ。

戦前に合州国が行なっていた帝国包囲網と呼ばれる国家間同士の結束。それ以前に行われていた大陸戦争において、帝国の南北に位置する両国はお互いに結託することが多かった。

 

 

全ては対帝国の為に……。

 

 

その影響もあり、合州国と連合王国の物資を行き来し易くするために多くの物の規格が同じになっていた。線路幅が同じなのもその一環である。

 

連邦がまだ帝国だった頃、連合王国と合州国を繋いでいた路線は第三軌条方式への工事を行い、列車の積み替え無しで線路を走れるようになっていた。

リノ達ストライカー戦闘大隊は今回この路線を使い、連合王国まで列車を走らせていた。

現在、連邦ではこの線路幅に合う貨車の製造を行うかどうかを議論しているそうだ。

 

ただ、この線路幅の路線はここしか無く、メリットも薄いのでおそらく作られないだろうと予測していた。

 

……と言うか帝国時代も同じような結果になっていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

五複線、十本のレールは全てが三線軌条方式となっており、列車はその内二本の路線の上を爆走していた。

MS運送用に開発された四両二編成の大型機関車が並列で先頭を走り、後ろに大量の貨物を繋いでいた。

これでも半分しか運んでおらず、残りの半分は午後の便で運ばれてくる事になっていた。

合州国の北部からノンストップでここを走る連合王国行きの定期便はMSの他にも連合王国が輸入する貨物をコンテナに入れて運んでいた。

その影響で、この貨物も五千メートル級の長大貨物列車と化していた。

 

「はぁ……このまま列車は首都近くの貨物ターミナルまで行くんだっけ?」

「そうだ。そこで俺たちはMSを移動させて場所を開ける。午後の便に間に合うようにしろ」

 

リノは確認を取ると全員が頷き、貨物列車は連合王国の鷲氷ルート、龍骸基底トンネルを通り、運転速度時速一六〇キロで走り抜ける。

一時間ほどして列車がトンネルを抜けると、そこには雪で覆われた白い大地が待っていた。

 

「「「「おぉ……」」」」

 

四人は連合王国の雪景色に驚きながら見ていた。

列車は雪を掻き分けながら途中、荷物の積み替え駅で停車している連邦の軍用貨物列車を見た。

 

「連邦の……()()()()

 

貨物に書かれたコンテナを見ながらリノはそう呟き、一瞬で列車は駅を通過して行った。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

同じ頃、駅で通過していく列車を見ながらライデンが思わず呟く。

 

「なっげぇ貨物……」

「何両繋いでるの?」

 

横にいたセオも永遠と繋がれている貨車の数を見て数えるのをやめてしまった。

雪を舞い上がらせながら永遠と続くコンテナを見続けるセオ達はそこに乗せられている貨物を見ていた。

 

「わぁ……すっごいMS」

「前よりも数増えてねえか?」

 

ライデンがそう呟きながら布で覆われているMSを見ていた。二四メートルの貨車に乗せられている数多のMSやM61戦車、大量のコンテナ貨車、客車が目の前を通過していった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

貨物ターミナルに到着したリノはそこで客車を降りると下ろされて行くコンテナを見ながら呟く。

 

「寒いな……」

「ね、本当に」

「なんか、冬のニューフォーク見たいね……」

 

貨物ターミナルでMSをトラックに移送するのと、第八六独立機動打撃群と合流をする為にリノとエリノラは連合王国が用意した佐官用の車に乗り込んだ。

 

現在、合州国にはおよそ六千人ほどの元エイティシックス達が暮らしている。

元は百万人ほどいたはずの有色種達の内、わずか一万人しか生き残れなかったのだ。なんという悲劇だろうか、この六千人は戦えなくなった者や、戦えないくらい幼い子、戦いを拒否する子達であった。

それもそうだろう。共和国の強制収容所の記録映像がマスコミに流出したが、自主規制で一切その内容が報じられることはなかったくらいだからだ。

それほどまでのことをしている共和国に対し、国民の怒りは恐ろしいものとなり。合州国内に移住してきた元共和国市民、一部の白系種に白い目が向けられていた。

前者は当たり前だが。後者に関しては完全なるとばっちりであり、続々と苦情が寄せられているそうだ。ひどい時には生卵を投げつけられる事があったそうだ。

政府の苦悩も理解できると思いながらリノは車内で今回の作戦内容について読んでいた。

 

「今回の目標は《無慈悲な女王》の鹵獲、および龍牙山脈拠点の破壊か……」

「だいぶ大変ね……」

「やるしかないさ」

 

車内で二人は作戦書を読んでいた。本来であればエリノラがここに座ることはないのだが、リノの副官ということで特別に許可されていた。

現在二人は正装を着た状態で車に乗っており、作戦書を見終えるとスモークガラス越しに見える連合王国の街を見ていた。

恐らく、今の連合王国の国力を見せる為だろう。

 

まだ、連合王国は死んではいないと。

 

その為にわざわざ遠回りしてジックリと街を見せている。

だが、合州国からの輸入品を見れば連合王国の現状が分かってしまうのも悲しい事実である。

 

現状最も広い国土を持ち、最も国力があるのは間違いなく合州国だろう。

でなければ全国土の解放などと言う偉業はどうなってしまうのだ。

ジークフリート要塞戦線は大攻勢以降、レギオンの襲来が減った影響で予定が少しだけ早く進み、間も無く工事を終える予定である。

マッキー山脈周辺には人も戻ってきており、合州国政府はジークフリート要塞戦線の事を『国境線はレギオンの残骸で舗装されたり』と宣伝して豪語していた。

大攻勢で抜けられた場所には追加で砲塔が設置され、砲撃陣地が完成していた。

砲台は隠匿式の物も多く、さらに戦艦に使われている砲塔までもが設置されていた。

 

レギオンの阻電錯乱型の電磁波はあらゆる通信を妨害するが、一年戦争でミノフスキー粒子を使われ、指揮が大混乱した合州国軍はこれに対処できる実績があった為、戦争序盤では比較的早期にレギオンを食い止めることに成功した。

それでもマッキー山脈まで後退せざるを得なかったが……。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

マッキー山脈は合州国最大最強の防御壁であり、自然が生み出した天然の要塞である。

 

およそ二百年前……合州国がまだマッキー山脈以北の領土を手にしていなかった時代。ここにはマッキー山脈要塞と呼ばれる要塞があり、アストリアが未だ小国であった時代からここは南部地域を守る要所であった。

 

アストリア合州国は元はマッキー山脈以南に存在した小さな小国、『フェノール公国』で起こった民主化革命からだった。

星暦一七四四年に民主化革命が起こったフェノール公国はその勢いのまま周辺諸国、及び南方地域を瞬く間に併合。南方地域一帯に革命を起こした主導者の名を取って『アストリア合州国』と名乗った。

 

アストリア合州国政府は建国当初から対ギアーデ帝国を意識していた。

それは元より南方地域一帯の懸念事項でもあり、アストリア合州国が南方地域を瞬く間に併合できた要因でもあった。

合州国という名前なのは元が小国の集まりだったからだ。行政を円滑に行う為に国を州に置き換え合衆国政府管轄下に置き、国家間の行き来に対する制限を撤廃し、国籍を変えただけと言う非常に簡単な政変であった。

 

もちろん反発する国や人物も居たが、そのような国は編成された最初期の合州国軍に鎮圧された。

その時の動乱に併せて併合した小国の貴族達はその殆どが処刑された。

 

 

合州国は対帝国のために様々なものを規格化した初の国でもあった。

 

ボルトから各種パーツ、さらには当時はまだ最先端の技術であった薬莢式銃弾、鉄道までもが規格統一の影響を受けた。

そのお陰か、一日に夥しい数の武器。製品が作られるようになり、合州国に技術革命を起こした。

そして合州国政府はマッキー山脈に対帝国用の要塞を建設し、いつ帝国が襲ってきても構わないように備えていた。

その為に密かに連合王国とも軍事協定を交わしていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

そして星暦一九四〇年、帝国がついに合州国に侵攻をしてきた。

 

ティーガー戦車やストゥーカなど、質で勝る帝国に対し。合州国はM4シャーマン戦車やB-29など、量で戦争をしていた。

幸い、規格化された合州国製品は実に様々な工場で作られ、一度はマッキー山脈以南に侵入を許すも、それを物量で押し返し、逆に帝国領に侵攻をした。

その結果後に《ギアーデ・アストリア戦争》は事実上、合州国の勝利で終わった。

この事は世界に衝撃をもたらし、歴史上初めてギアーデ帝国が明確な負けをした大規模戦争となった。

合州国はこの戦いでメール河以南の帝国領を得た。

この時、烏合の衆とあだ名されていた合州国は一気に超大国まで名を馳せ、資本主義の怪物と言われるようになった。

 

この戦いで世界中の国々がこれからは質よりも量で戦争の勝敗が決まると実感したのだ。

 

この時、合州国はほぼ無制限で他国からの移民を受け入れており、合州国に職を求めて様々な人種が移民を行なった。

そのおかげで合州国は人口が瞬く間に増大し、経済は活性化していた。

 

 

 

 

その後、二回ほど合州国は株価暴落などを経験したが。持ち前の経済力で立て直し、星暦二〇八〇年頃にはついに国内で人口問題が起こり、政府はその吐口として合州国各沿岸地域に水上フロート《コロニー》を建設。

星暦二一〇〇年……二十一世紀最後の年に第一水上都市群 サイド1《ザーン》が完成、その後もサイド2《ハッテ》、サイド3《ムンゾ》と数多の水上都市群が建造され、最終的に戦争前に七つのサイドが完成した。計画では八個目のサイドを建設する予定であった。

 

この水上都市群は各国の注目を浴び。さらに移民希望者が増えると言う悲劇をもたらしたが、それでも合州国は人口問題を解決したかのように思われていた……。





MS輸送用の機関車はIORE型機関車をイメージしています。
あやつ時速八〇キロまでしか出ないけど……

どこの国でも峠区間の路線と重い物はなぜ化け物を生むのだろうか……
EF200とQ2型とかビックボーイとか……

知らん人はググってみてスペック見て。


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#32 一角獣の城

色々と忙し過ぎてまだエイティシックス最新刊が読めねぇ……
それにどんどん積み上がっていく未読ラノベの山……

意訳:読んでないからネタバレ許さんぞ。


車に乗り、しばらくした頃。車は巨大な石造りのロータリーに到着をする。

そこで車を降りるとリノ達はそのまま連合王国の一角獣の城に入って行く。

煌びやかな装飾に散りばめられた金の装飾は合州国では珍しい雰囲気を放っていた。

 

流石は大陸に残った唯一の専制君主国家……

 

リノ達はその城の一室に入ると改めてリノは持っているタブレットを起動して本国から送られてきた調査結果を見ていた。

 

「(先の作戦で見つけたザクは他の地域で少数が確認か……量産にまだ至っていないのか……?)」

 

今現在、合州国ではレギオンの制御系の鹵獲に成功している。

プログラムも連合王国第五王子ヴィクトール・イディナローク殿下がネット上に公開したマリアーナ・モデルを元に現在は改良が進み、レギオンの機体を判別して砲撃を行う程成長をしていた。

共和国北部で撃破したザクは戦争史博物館から持ち出されたもので、現在は戦線の一部で確認されているそうだ。しかし、ただ制御系が甘いのか歩く的と化しているそうだ。しかし、ザクが鹵獲された事に上層部の表情は渋いと言う。

他にも、共和国で量産化された羊飼いを放牧犬と称する事や、シンが戦った新型レギオンを高機動型と呼称する事などが書かれていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

リノは本国からの報告書を読み終えると正装の堅苦しさに若干の苦言を呈す。

 

「面倒なものだな。正装というのは……」

「それは仕方ないわよ。それに、リノの勲章もいっぱいあるってよく分かるし」

 

そう言い、リノの左胸に大量につけられた略綬と佩用された夥しい数の勲章であった。

そこら辺の将官と同じくらい大量につけられたリノは若干のため息をつく。

 

「あの時は色々と忙しかったな……」

 

リノはそう呟き、初陣で前線を張っていた時のことを思い出す。

 

あの時、旧式のジム単機でレギオン相手に互角にやっていたその光景は救援に駆けつけた部隊から信じられないといった様子で驚かれ、ジムは倒れていたものの、あたりに山積みになっていたレギオンの残骸から一人で全線を張っていたと推測され。治療を終えた後に色々な人物から勲章を大量にもらっていたのだ。

 

その中でも合州国で最も名誉ある勲章、名誉勲章を18歳で受賞した事はニュースになっていた。

その他に殊勲十字章やレジオン・オブ・メリット、シルバースターなど他etc……を受賞し、その中で歴史ある勲章パープルハート章までもを一気に取ってしまった事には苦笑せざるを得なかった。

 

そんな訳でリノは初陣の活躍もあり大量の勲章の他に二階級特進と若獅子と言う愛称をもらったのだった。

戦時中は階級が滅茶苦茶になりやすいとは言うが、二二歳で大隊長とは……

 

まぁ、共和国は一八の子が大佐の階級で指揮官しているんだが……

 

一応隊員達も先の作戦でレーナの指揮に一目置いたようで、彼女を見る目が変わっていた。

追加で送られてきた増援の隊員たちはまだ何も知らないので、心配をしているようではあった。

増援の人員はリノの功績を知っていたようで、俺に相応の信頼を置いているようだったのでそこはホッとしていた。

そんなことを心配していると部屋の扉が開き、そこに共和国と連邦の軍服を着たレーナ達が入ってきた。

 

「よぅ、思ったより遅かったじゃないか」

「あ、あぁ……ちょっと道が混んでいてな……」

 

ライデンが苦笑気味に答えるとエリノラが早速、シン達の足元に居た幼女に近づいていた。

 

「わー、フレデリカちゃん。久しぶり〜」

「何が久しぶりか!この前まで一緒だったであろう!わっ!や、やめ、やめぬか!!」

 

エリノラがギャーギャーと文句を言うフレデリカに気にもせずに膝に乗せる。

エリノラがフレデリカを可愛がっていると、リノ達はそれを優しい眼差しで見る。

 

「其方ら助けぬか!」

 

フレデリカが文句を言うも、リノ達は思わず呟く。

 

「だって……」

「ねぇ……」

「エリノラさんが気に入ったんだし……」

「助けるってねぇ……」

「そのままでも良いのでは無いでしょうか?」

「……」ガックシ

 

レーナの最後に放った一言でフレデリカは撃沈し、諦めた様子で大人しくエリノらの膝の上に座っていた。

孤児院でフレデリカのような年の子の面倒を見ていたエリノラはこういった子供の扱いには慣れており、常に落ち着いた様子だった。

だが、フレデリカの内心は気が気でなかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

それはリノとエリノラが二人だけで連邦に来ていた時の事だ。

フレデリカを見たエリノラが真っ先に『可愛い子ね』といってヒョイっと持ち上げられ、その時に何かしらの能力で自分の正体を見破られてしまったからだ。

おろした後、エリノラがフレデリカにこっそりと

 

 

「こんなに可愛い()()様がいたなんて思わなかった」

 

 

と言われ。その時には心底肝が冷えた。

 

 

 

 

 

後日、リュストカマー基地で二人きりになったところで、フレデリカはエリノラに聞いていた。

 

「其方は何故我のことを知っているのだ」

 

そう問うとエリノラは端的に話した。

 

「私の異能よ?触れた相手の記憶を見る事ができるの」

 

警戒心を露わにしながらフレデリカはエリノラに聞く。

 

「……何をする気じゃ?」

「別に?私にこんな幼子を殺す趣味は無いわよ」

 

エリノラはそう答えるが、フレデリカはそれでも警戒を解かなかった。

合州国の国民性上、帝国に仕返しをすると言う前提がある。

そんな時に帝国の皇帝が生き残っていると分かればどうなるか。それは火を見るよりも明らかだった。

フレデリカは冷や汗をかきながら再度エリノラに聞く。

 

「其方は何を考えておる。妾の秘密を知った上で。何を望む?」

 

そう聞くとエリノラはため息を吐きながら先と同じように答える。

 

「はぁ……言ったじゃない。私はこの事を誰にも言う気は無いし、幼女を殺す趣味は無いって」

 

そう言うとエリノラは更に詳しく話す。

 

「私はレギオン戦争で、両親を失った」

「!?」

 

いきなり特大級の爆弾を落とされた気分になった。

 

レギオンで両親を失った??

 

そんなの帝国に一番恨む理由ではないか。

 

それだけでフレデリカは戦慄しているとエリノラはポツリと呟く。

 

「でも、私はそれが良かったんじゃ無いかって思ってる……」

 

そう言うとエリノラは今まで歩んできた事を呟く。

 

「私…この異能のせいで父親に暴力を振るわれていたし……周りからも嫌われていたのよ……」

 

咄嗟にフレデリカは自分の持つ異能を使うと、その光景に戦慄した。自分と似たような異能を持つ彼女。その過去は悲惨とも言うべきものだった。

 

ーーー父親らしき男からの暴言と暴力の嵐

 

ーーー学校ではヒソヒソと悪口を言われ、『気色悪い』『近づくな』と大々的に言わる光景

 

ーーー傷だらけの体に、冷水でシャワーを浴びる光景

 

それはもう悲惨と言うべき光景であった。

フレデリカもそれ以上のことを見るのを思わず辞めるとエリノラがフレデリカに言う。まるでフレデリカの異能を知っているかのように……

 

「分かったでしょ?それで、レギオンが進行してきた時。奴らは全員消息不明になった……」

「……」

 

それはさぞ興味なさそうに、虚な目で言った。

 

このエリノラ・マクマと言う人物はこんな闇を抱えていたのか……

フレデリカは人は見かけによらないものだと感じているとエリノラは更に話し続ける。

 

「それで、私だけ一人別の所にいたから死ななかったけど、それで私は軍に保護されて戦災孤児になって孤児院に入れられた。

でもそこでもこの髪が原因で陰湿なイジメにあった……」

 

そう言い、まとめ上げられた赤髪を触る。

確かに赤髪は帝国の象徴とも言える色だ。だからこそ身寄りもなく、孤独であった彼女は格好の的だっただろう。

フレデリカはそんなことを簡単に予測するとエリノラはなつかしい様に言う。

 

「でも、そんな時に私を庇ってくれたのがリノだったのよ……」

「彼奴がか……」

「ええ、そう…いつも喧嘩早くって。それでいて強くて……喧嘩で負けたのなんか、見た事なかったかも……」

 

彼女はそこで初めて()()()というものに触れたと言う。

そこでフレデリカはエリノラはリノに一瞬の依存をしていると言うのがわかった。

 

婚約者となったのも、彼がいなければ彼女は自分を認識することができないと言う病的なまでに精神が衰弱しているという事だ。

その彼も彼で中々の闇を抱えているように見えるが……

 

そんな話を聞き、彼女も記憶からも誰にも話していない事が分かり、本当に話していないのだと理解した。

警戒を解く事はないだろうが、フレデリカはエリノラを見て一応の信頼を置いていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「(此奴の考えている事はサッパリ分からぬ……こちらの気も知らぬで……)」

 

エリノラの腕の中でフレデリカは不満げにエリノラを見る。エリノラはそんな事気にもせずにフレデリカを愛でていた。

 

フレデリカとしては今この部屋にいる中でリノとエリノラに関しては底の見えない恐ろしい人物という印象であった。

特にリノに関しては余りにも不可解な情報が多く、異能を使って興味本位で覗いたことを深く後悔していた。

 

そんな感じでリノ達が部屋で待っている間、ライデンやシデンはリノの左胸に付いている勲章や略綬を聞いていた。

 

「すげぇ勲章の数だな」

「これは何の勲章だ?一番でっかいなぁ」

 

重ねられて付けられた勲章を見て、ライデン達は興味深そうに見ていた。

リノも若干面倒臭そうになりながらも勲章の説明をしていた。

 

すると後ろで待っていたレーナとシンは声がすると言って二人だけでだけザワザワしていた。

 

「あまりにも近すぎます。少なくとも王都にはいる上に、この王城の中にも。浸透しているにも無理がある」

 

「ーー当たらずとも遠からず。危険はない、無視してくれて構わない」

 

そう言うと部屋の扉が開き、一人の青年が入ってきた。

その青年は連合王国特徴の紫黒の軍服を羽織り、十代後半の少年の細い体躯。

連合王国の習慣である長い髪を切り捨て、透き通る雪肌と吊り上がった双眸。繊細と酷薄を併せ持つ、やや中性的な面差しがいかにも貴族的だ。

 

けれど、その姿にリノは蛇を連想した。

 

人の情を解さない、冷血の瞳。

 

帝王紫の、宝石の様に冷ややかな眼を細めて、冷然と笑んだ。

 

「待たせたな諸君。私はヴィークトル・イディナローク。今日から卿らの同僚だ。……まずはようこそ、我らが一角獣の居城へ」

 

鎖蛇と称される連合王国の王子、ヴィークトル・イディナロークは自己紹介を行なった。



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#33 シリン

近況報告
作者、ソシャゲのストーリーでガチ泣きして執筆が数時間中断した模様。
ブルアカヤバすぎ……ワシめっちゃ泣いた。だからめっちゃオススメ(唐突な広告やめれ)。


かつかつと瑪瑙の床を惜しげもなく歩き、王子殿下が俺たちに歩み寄る。

きている軍服からは合州国南方地域の乳香の香りが漂う。

秀麗な顔立ちに相反して身に馴染んだ軍装の威圧と謹厳。思わずレーナは取るべき礼も忘れて見つめていた。

 

「本当に王子殿下……自らなのですね」

 

そう言うとヴィークトルは大仰に片眉をあげる。

 

「うちの弱みは握っているはずだがな……連合王国は『レギオン』の元となった『マリアーナ・モデル』の開発元だ。『レギオン』の戦争が終わっても周辺諸国から面倒な目で見られる可能性が高い」

 

確かに人類というものは災禍があると何かしら原因を求める。それが例え飛躍していようとも他人に理不尽をなすりつけるために、誰かのせいにして責めるために……。

 

「レギオンを作った帝国の後進の連邦よりかはマシだろうが。責任を問わせぬために()()は見せておくべきだろう。自国民を守れぬ政府よりは救援の手を差し伸べた他国に民草はなびく物でもある」

 

そう言い方を飄々と竦める。リノは一連の行動がいかにも王族らしくないと感じていた。

 

「それで王族自らドサ回りだ。連邦もそうだろう。第86独立機動打撃群。他国救援を任とする少年少女ばかりの精鋭部隊同じことをむくつけき男どもがやっても絵にも美談にもならんが、悲劇的なルーツを持ついたいけな少年兵ともなれば話は別だ」

「っ……!?」

「……」

 

不意打ちにレーナは驚き、リノは無言で肯定をする。

 

今の第八六機動打撃群はようは連邦の外交道具である。

 

俺たちがここにいるのも、合州国政府が戦争の引き金とも称される戦前に合州国が帝国に対して実施した経済封鎖、《帝国包囲網》を行った責任としてエースを諸外国に派遣させているのだと理解した。

 

やれやれ、政治も面倒だ。

こんな一個大隊をしばき回すくらいには冷酷なのだ。

所詮同じ人とはいえ、他人には冷酷になれるのが人でもある。

 

少なくともリノは人の八割は醜いクズだと思っている。

でなければ虐めやパワハラが今になっても消えないのは何故だと言うことになる。

 

 

 

 

 

人は常に自分より下を作ることで不平不満を晴らして来た。

 

 

 

 

 

虐めやパワハラも、自分より弱そうな立場にあり、反撃されないだろうからやるのであって、自分より強い相手にいじめなぞ起こさないのだ。

 

そんな自分勝手な思想が、ここまで繁栄をもたらしたのだから不思議という他無い。いや、だからこそと言うべきなのか。

 

 

 

 

リノはそんな事を考えているとレーナが口を開く。

 

「殿下……ですがそれは……」

 

するとヴィークトルは社交的に微笑む。

 

「ヴィーカでいい。敬称も虚礼も不要だ。軍では時間の無駄になるこちらも卿らのことは家名で呼ぶ。それが非礼になるのであれば改めるからそう言ってくれ」

 

するとリノは口を開いた。

 

「殿下、私には同じ苗字の者がいるのですが……」

「ヴィーカでいいと言っているだろう……そう言えばそうだな。では、そこは分かりやすく名前で呼ばせてもらおう」

 

そう言い、リノとクラウは必然的に名前呼びが確定した。

 

「……ま、交流としては非礼の部類だがそれほど余裕もない。そう思って許してくれ。何しろ、」

 

そう言ってヴィーカは窓の外を見ると……

 

「見ての通り、我が連合王国は非常に危険な立ち位置にいるのだからな」

 

そう言って見せた外の世界は銀の雲に覆われた空模様であった()()にもかかわらずハラハラと降る白い雪。アストリアでは薔薇が咲く時期だというのにまるで真冬のような景色であった。そして見上げた先には銀色の光を弾き蝶の羽ばたきの様に舞っている物がいた。

 

「阻電撹乱型……」

「ああ。いくら王国が白喪の女神に愛されているとはいえ。流石にこの季節まで彼女のヴェールに閉ざされる事はない」

 

そう言って笑って居ない目でそう言う。

連合王国の冬の景色の様に冷酷な眼差しで。

 

「あの阻電撹乱型の超重層展開によって王国は急速に寒冷化している。王都を含め、国土の南方は奴らの翅の下にある形だ」

 

そう言うとレーナはいつ頃から始まったのかと問うとちょうど春先からだと言って、ちょうど『放牧犬』が主力化した時期と同じであった。

 

「(やはりそうか……)」

 

リノは外の雪景色を見ながらそう思う。

 

「南部の穀倉地帯はこのままだと壊滅らしい。……元より太陽の乏しい我が国はエネルギーの主力は地熱と火力、原子力だが、生産プラントを全て食糧生産に回しては今度は防御がもたなくなる。今は合州国から食糧を輸入しているが、このまま締め上げられれば、来年の春には我が国は存在しないだろうな」

 

そう言ってヴィーカは3Dホログラムを展開するとレーナは応じる。

 

「同じ手を使えば国土の広い大国はともかく、それ以外の国家は保ちません」

 

「ああ。だから連合王国を試験場しているのだろう。今ここで奴らの目論みを挫く。幸い三国の目的は同じだ。卿らが求める<無慈悲な女王>は<レギオン>梯団奥、阻電撹乱型の生産拠点である竜牙大山内部に存在している」

 

そう言ってホログラムに映されたのは竜骸山脈奥深く。直近の戦線からの距離と敵総数の推定が表示された。

 

「竜牙大山の挺進及び制圧。それに伴う『無慈悲な女王』の鹵獲が、この共同作戦の目標という事ですね」

「その通りだ”鮮血の女王”。卿らには月を射落してもらう」

 

そう言うとレーナは口を開く。

 

「殿下」

「ヴィーカだ、ミリーゼ」

「失礼、ヴィーカ。作戦にあたり、あなたの直営部隊の戦力を確認させて下さい。ーーー連合王国は自律式の無人兵器を国防に利用していると聞きます」

 

それが国力において連邦の劣る連合王国が領土を防衛できている理由だと。

ヴィーカは皮肉げに笑う。

 

「半自律式、だ。〈レギオン〉と言う事例を目の当たりにしながら、完全自律式の無人機を戦線に投入する愚策は取らんよ。そもそもレギオンと同等の自律式の再現には、連合王国も至っていないしな」

「それは……ヴィーカでさえも、再現できないと?」

「いいや?単純に俺にそのつもりと時間がない」

 

リノは二人の会話を聞いて、専制君主国家独特の価値観を見た。

懸かっているのは無数の命と国土だと言うのに……それを時間がないからとあっさりと切り捨てる。その価値観に……

 

「卿らの言う無人機は〈アルカノスト〉と言う。半自律式、集団戦仕様のフェルドレス。……全軍における比率は有人機の〈バルシュカ・マトゥシュカ〉と半々というところだが、俺の直営部隊に限ってほぼ全機が〈アルカノスト〉だ。〈パルシュカ・マトゥシュカ〉は俺の機を含め、指揮所直衛しかいない」

「半自律式……という事は、人間にーーー指揮管制官による遠隔操作ですね。操作方法は無線、ですか?阻電撹乱型の電磁妨害をどうやって突破を?」

「〈アルカノスト〉は卿らのいう知覚同調と呼ぶ技術で指揮管制官と接続している」

 

知覚同調

共和国が開発した画期的な通信機能であり、数多の子供達の犠牲で成り立った悪魔の技術である。

合州国も、知覚同調に関する技術は徹底的な情報秘匿が行われている。

でなければ兵士がこの機械を叩き待ってしまう可能性があるからだ。

リノは静かに話を聞いていた。

 

「どう、やって……」

「ああ、今見せてやよう。ーーーレルヒェ、いるか」

「無論、お傍に」

「紹介する。中に入れ」

「はっ」

 

そう言い、扉が開き。

キビキビとした動きで跪く。

 

「お初に御目文字仕る。それがしはヴィークトル殿下の剣にして盾。近衞騎士レルヒェとしまする」

 

高く透き通った可憐な声が言う。

 

「共和国の鮮血の女王殿も、連邦の死神殿、人狼殿、単眼姫殿、合州国の若獅子殿も、暴熊殿も、ご武名はかねがね伺っておりまする。特に死神殿には一手、ご指南頂きたいところですな」

 

繰り返すが、可憐な声が言った。

 

「また其方の愛おしい姫君には、ようこそ、我が白雪の国へ。雪遊びなどいつでもお相手仕るゆえ、どうぞお声掛けくだされ」

 

しつこいようだが、可憐な声が言った。

 

「……すまんちょっと待てくれ」

 

ヴィーカは軽く手を上げてつかつかと件の人物に歩み寄り、その頭上で怒鳴った。

 

「レルヒェ!その話し方、この機に改めろと言っただろ!」

 

「なっ……殿下!何を仰せあらるか!これはそれがしの忠誠の表れ、如何な殿下のお言葉と言えど応じるわけには参りませぬ!」

「主が嫌がる言葉使いを忠誠と言い張る奴があるか!馬鹿なのかこの七歳児!」

「良薬と同様、忠言とは苦しいものにございまするぞ、殿下!故にそれがしも涙を呑み、あえて殿下に厳しく接しておるのです!それを疑われるとは、それがし、無念っ……!」

「あああああまったくああ言えばこうこう言えばこう言う……!誰だこいつの言語調律やったやつは……!」

「……恐れながら殿下。それがしの調律は全て殿下ご自身が」

「わかってる今のは愚痴だ!流せ!」

「は、これは無礼を……」

 

そんな想像とは違う様子のヴィーカにエリノラは笑いそうになってしまったが、リノはふとシンの方を見た。

するとシンは強張った様子で二人を眺めていた。

 

正確にはレルヒェという燕脂の軍服の少女だけを……

 

「(まさか……)」

 

リノはそんなシンを見て思わずレルヒェを見る。

シンがヴィーカにレルヒェをの事を聞くと、彼は面白そうな目をした。

 

「さすが、死神の異名は伊達じゃないな。……レルヒェ」

「は」

「見せてやれ」

「はっ」

 

レルヒェはハキハキと立ち上がると騎士が兜を外すように……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

己の首を外して持ち上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な……!?」

 

思わずギョッとしてしまい、レーナも無意識に後ずさってしまっていた。

フレデリカも凍りつき、ライデンやシデンも驚いてしまっていた。

シンですらも険しく目を眇めていた。リノやエリノラも思わず目を細めた。

ヴィーカは一人整然としていた。

 

 

 

 

「紹介しよう。彼女は人工妖精〈シリン〉一番機。我が連合王国の技術の枠にして護国の要。半自律戦闘機械〈アルカノスト〉ーーその制御コアユニットだ」

 

 

 

 

 




こちらの諸事情でリノに関してすこし設定変更を行いました。
いやぁ、一二巻読んだけど最初の頃のシンからだいぶ変わってて面白いと感じましたね……

あと挿絵の驚くレルヒェめっちゃカワよ。


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#34 特殊装備

シリンのコンセプトは共和国と同じであった。

 

人ではないものを乗せているから、無人機。

 

だが、共和国と違うのはその乗るのが機械仕掛けの人形であるという事だ。

 

おまけに言えばシンが声がするといい、ヴィーカはシリンには志願者だけであるが死亡した者の脳が使われているという。

レギオンと同じ構造を持つシリンの説明をリノ達は聞き終えた。

 

シリンの事を話していた時、ヴィーカはチラチラとリノの方を気づかれないように何度も見ていた。

リノはその行動に疑問を感じながらも特に口出しする事なく、退室をしていった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

ストライカー戦闘大隊に貸し出された部屋には今回渡された資料の山に埋もれたエリノラ達がいた。

 

「すごいな……こんな大っぴらに人体実験の情報が渡されるとはね……」

 

そこにはシリンに関する情報が記されていたが、あのアバティーンにいる科学者でもやらなさそうな内容が書かれていた。

 

「こんな情報もらっても嬉しくないわね。どちらかというとフェルドレスの情報の方がありがたいわ」

「それはそう。何たってウチはフランケンシュタインしかまともなのが無いしね……」

 

隣でクラウやテオが頷きながら言う。

オマケにリノはシンと共にヴィーカに呼び出されて帰ってこないからリノのハミングバード一号機の()()()()の試験もできない状況であった。

 

「早く戻ってこないかなぁ……」

「どうでしょうね、時間かかるんじゃない?王族って話すの長いイメージだし」

「まぁ、気長に待とうや」

 

部屋で三人は渡された資料を片付けていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

同じ頃、リノは待たされていた。

王族の墓があると言うこの場所にシンと共に呼ばれたリノはヴィーカの命でここで待つようにと言われていた。

 

「(俺が呼ばれたのはなぜだろうか……)」

 

リノはヴィーカに呼ばれた理由を考えながら待っていた。

すると扉が開き、シンとヴィーカが出て来た。シンとはそこで別れるとヴィーカは今度リノの方を向いた。

 

「すまない、時間がかかったな」

「いえ、問題ありません。殿下」

「ヴィーカで良いと言っているだろう」

「いえ、貴方は一国の王子ですから」

「はぁ……リノも大概面倒臭そうな性格をしているな」

 

そうして、ヴィーカがリノを中に入れようとした時、レルヒェがヴィーカを呼び出した。

 

「殿下、ザファル王子がお呼びであります」

「…今リノと話そうと思っていたのだが……」

「緊急の御用との事であられます。レギオンの攻勢で貴族院から話があると……」

「そうか……すまんリノ、また後でいいか?」

「いえ、私はこれから用事がありますので。別日でも構いません」

「すまんな……行くぞレルヒェ」

「はっ」

「リノ、別の者に他の者もいるところまで案内する。少し待っていてくれ」

「了解しました」

 

そう言い、ヴィーカはレルヒェと共に何処かに向かって歩き出した。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「……どうだった?」

「概ね、普通だったと言えるでしょう。特に変化は無かったと思われます」

 

ヴィーカとレルヒェは少し歩いた所でそう話す。

レルヒェの報告を聞いてヴィーカは少しだけ顎に手を当てて考える仕草をとった。

 

「だが、さっきの青い目は気になったな……」

「はい、それがしも初めて見る光景であります」

「だろうな……」

 

ヴィーカとレルヒェはそう呟き。先程、レーナ達と話した時にリノが見せた淡く光る青い右目を思い出す。

 

「あの目はまるでレギオンのようだったな……」

「そうですな……」

 

ヴィーカはリノは合州国で作られたシリンのような物かと推測を立てたが。それにしては余りにも人間らしいと思い、事前に渡された情報にも違和感はないので、人であることには間違い無いのだが……。

 

「闇が深そうな奴だ……」

 

ヴィーカはリノに対し興味深く思い、少しばかりの警戒心を抱いていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

王城から移動し、MSを駐機する場所に来たリノはマルコに提案した新武装の試験を行なっていた。

本国で試射を数回しただけだが十分使えると判断し、無理やりだがリノは今回持って来ていた代物だった。

リノは自機の右肩のビームカノンをの取り払って付けられた球体状の機械に目をやった。

出力の関係から使用中はビームカノンは使えないが、ビームカノンとはまた違う使い方が出来る新装備であった。

 

元がリノの提案な上に、あまりにも特殊すぎる兵装の為、リノの一号機にしか装備出来ないものであった。

リノはハミングバードに乗り込むとコックピットに追加されている武装メニュー欄を確認した。

 

「《試作無砲身砲塔》か…頼んでから半年くらいなのに……」

 

リノは大攻勢の後に、マルコに依頼した兵装がたった数ヶ月だけなのにできてしまった事に苦笑を隠しきれなかった。

 

「こればかりはマルコに感謝しないとな……」

 

リノはコックピットでそう呟きながら兵装選択で選択をするとヘルメットに四角い線が浮かび、リノは上下、左右に動かしてその四角い線を動かす。

それと同時に外の球体砲塔も同じように動き、下にいたクラウが確認の手を振る。

 

『確認したわ。問題ない』

「了解、明後日には移動をしているだろうから。隊員達には確認を取ったな?」

『ええ、リノが殿下に呼ばれている間にね』

「今は何している?」

『街に飲みに行ってる』

「じゃあ、俺たちも行くか」

『そう来なくっちゃね』

 

リノは確認を終えるとハミングバードから降りてそのままエリノラとも合流してアルクス・スティリエの街に飛び出して行った。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連合王国南方戦線 レーヴィチ観測基地

 

 

 

難攻不落

 

まさにこの言葉がピッタリな場所である。

四方を囲まれ、三百メートルから百メートルの穴があり、南北に菱形に伸びた頭頂部を持ち、岩壁の上に峻厳と立つ。特有の純白の岩肌は今は透明で急峻な氷雪の勾配に分厚く覆われ、岩壁の頂上をぐるりと取り巻く強化コンクリート装甲板の城壁。北の頂点からは百メートル近い高さの岩山が伸び、そこに支柱を厚く強固な岩盤の天蓋が、翼を広げた白鳥のように頂上部を覆う。

ゲートとそこに至る登攀路は軍団本部に向けて北西方向に一箇所のみ。異様なほどの急勾配と九十九折の道、それを見下ろす様に設置された無数の銃座。

元は国境の砦の一つで、今は弾着観測陣地となっているようだが、天蓋には穴が空いていた。

夕暮れに味方との交代に偽装して到着したこの要塞。

龍牙大山への挺身作戦の拠点、及びストライカー戦闘大隊、第86独立機動打撃群の拠点となる要塞。

元が砦というだけあり、隔壁で細かく分けられた内郭が階段状に配されたつくり。反時計回りに、天守閣である北の岩山へと至る。観測塔として使用されているという天守閣は北の砦の岩山を掘り抜いたもので、見渡せば要塞周辺の戦野の光景。

北には連合王国の砲撃陣地、南は競合区域。東西には機甲部隊の宿営。

周囲は数キロにわたって雪の平原だが、そこから先は不自然に針葉樹の森が広がり、龍骸山脈の尾根の線。

連合王国最後の盾の北の山脈と、今やレギオンの巣窟となったそれ。

内郭を区切る分厚い隔壁は合州国最大の要塞、ルナツーを彷彿とさせた。

 

「弾着観測ね……確かに此処は見やすそうだ」

 

要塞の一角の喫煙エリアでタバコを吸っているリノは要塞を見ながらそう呟く。

現在、ストライカー戦闘大隊は運び込まれたMSを要塞一区画に置かれ、作戦発動までこの要塞で待つ事となっていた。

 

これから数日間は演習を兼ねた実戦を行い、龍牙大山攻略のための行動に移る予定である。

リノはこれから社交のためにレーナと共に連合王国の食事会に参加する予定である。

食事のマナーに関しては孤児院で嫌というほどオバア教わっているので。そこは心配ないと言われているが、それでも気が重かった。

 

「はーあ、社交ってのも面倒だな」

 

リノはそう呟くと要塞内に割り当てられた部屋で横になる。

外に出ても連合王国軍人の嫌そうな視線がリノ達は気分が悪かった。

まるで、俺たちの戦場に足を踏み入れるなと言っているようで嫌な気持ちになった。

 

「やれやれ、面倒なものだな。派遣部隊というのも……」

 

リノはベットで特殊装備のマニュアルを読む。

この球体砲塔はシリンと同様、知覚同調で動く無人砲塔である。

現在、ジークフリート戦線の隠匿式砲台にも使用されている技術だが、それをMSサイズに小型化した試作機である。

共和国の知覚同調に関する技術は数年前に研究が禁止されたサイコミュに関する技術に代替する可能性があるとして科学者達の間で議論となっている技術であった。

この無人砲塔は知覚同調を使用するので、ニュータイプに覚醒していない者でも扱うことが可能である。

そのプロトタイプをリノは受領していた。試験運用を兼ねて明日から実戦で用いる予定である。

 

「やれやれ、初日から気が重いな……」

 

ただでさえ予定が詰まっているのに……

 

ドミトル達ガンタンクは現在ロトの乗り換えの為に本国で教習を行なっている。

ドミトルが何年も愛用して来たガンタンクだが、流石に登場から三〇年以上も経っているという事で部品が無くなって来てしまっているのだ。

ドミトルは最後まで粘るかと思われたが、意外にもすんなりと受け入れていたので少々拍子抜けしてしまったが、

 

『俺も時代の流れについて行かんとボケるからな』

 

と言い、今はロトの訓練の為に本国に残って教習を受けている。

今回送られてきたロト二機はそのガンタンクの代わりという事である。なので、この作戦が終わり次第またドミトルと交代となる。

 

 

 

リノはマニュアルを読んでいると軍服を着たシリンに呼ばれ、食事会へと誘われるのであった。



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#35 雪原での戦闘

雪が降る大地を、砲声が轟く。

 

 

 

 

 

雪原を白いモビルスールが走る。寒冷地塗装のされたMSは地上からビーム兵器による攻撃を行い、レギオンと雪を溶かしていた。

 

 

 

 

 

レーヴィチ要塞基地 第八格納庫

 

地下最下層に作られた要塞で一番大きい格納庫では機動打撃群、ストライカー戦闘大隊、連合王国の兵員がずらりと並ぶ。キャットウォークの陰に潜む待機状態の<ジャガーノート>の群。

 

「ーーさて、初対面の者が大半だな連邦に合州国の諸君。連合王国南方方面軍、ヴィークトル・イディナロークだ。階級はややこしいから覚えなくていい。そのうち変わる。直接卿らの指揮は執らんが、まあ、上官の一人だと思ってくれ」

 

イディナロークと聞き、合州国軍の兵士は一瞬だけ驚いた様子を見せたが話を聞く姿勢を崩さなかった。

逆にエイティシックスたちは誰?と言った様子で少し不敬な印象を持っていた。

しかしヴィーカは余裕そうに肩をすくめる。さすがは数千人の兵士を指揮しただけはある。

ちなみに、リノはモビルスーツ隊を前線で指揮する指揮官兼部隊長で、指揮系統上は大佐であるレーナの指揮下にある。

ヴィーカは声を張って兵士に作戦概要を伝える。

 

「本作戦は第八六独立機動打撃群、ストライカー戦闘大隊、南方方面軍第一機甲軍団の共同作戦となる。作戦目標は本基地より南方二〇キロ、<レギオン>支配域内。竜骸山脈、竜牙大山内の<レギオン>拠点の完全制圧だ」

 

映し出された地図に幾つかのアイコンが浮かび、その中で一際大きく記された物。

<レギオン>の最奥、に位置する大規模拠点。おそらく<レギオン>の対連合王国戦線の司令部の一つ。

 

「主攻は機動打撃群が担い、この挺身を第一軍団、ストライカー戦闘大隊が援護する。ーー具体的には第一軍団、ストライカー戦闘大隊が揺動として<レギオン>前線拠点を襲撃し、予備部隊を誘引し拘束。生じた間隙を機動打撃群が進出し、竜牙大山拠点に侵入、制圧する」

 

説明に合わせ、アイコンが動き、自分達を示すアイコンは右翼方面に展開し、前線拠点に超長距離砲撃を行うことになっている。

ただし、機動打撃群が侵入する竜牙大山拠点内部の地図はない。

それもそのはずで、ここはレギオン支配域になった後に作られた拠点であり、斥候もかろうじて竜牙大山にあると言うのが分かっただけである。

 

「なお、当該拠点の指揮官機 識別名<無慈悲な女王>については鹵獲を優先する。初期ロットの……と言っても分からんか。()()()()()だ。……あくまで推測だが、当該機は<レギオン>から人類への、何らかの情報提供を望んでいる可能性がある。それがこの戦争の終結につながる、極めて重要な情報である可能性も。故に、鹵獲だ。多少壊しても構わんが、中央処理系は無事に残せ。……ここまでで、何か質問は?」

 

ヴィーカの問いかけに答えるものは誰もいなかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『やれやれ、単純な計画ね……』

『まぁまぁ、連合王国は切羽詰まっているから何振りかまってられないなんでしょう』

『うわぁ、隊長。俺この距離で狙撃ですか?』

「スナイパーカスタムなんだからそれくらい当たり前だ」

 

知覚同調でリノは隊員たちと通信をしていた。繋いでいるのは各小隊長と混成部隊のメンバーであった。

今回のために全員が真っ白に機体を塗り、レギオンから見えずらい様にして行軍していた。

おまけに足にはアイゼンを装着し、凍りついた雪の大地を破りながら歩いていた。

隊員たちが思い思いに話す中。リノは一人、シンたちの事を考えていた。

 

「(今回で、おそらく彼らは実感するんだろうな……無人機と言われた彼らは。<シリン>を見て、それが人と人でない者の境界線を知り、人はどんな存在か、何が人を人たらしめるのか……これから生きていく時に、彼らにはいい疑問にもなるだろうな……)」

 

その時、リノはふと思った。

 

 

 

 

 

「(シリンは……俺と似て違う存在か……)」

 

 

 

 

 

前線より後方三〇キロ。レギオン支配域。

 

雪深い平原に、レギオンは脚部兼用の反動吸収用鍬状部品を打ち込んで構える。

関節を全てロックし、背中からレールを展開。伸長し、実に九〇メートルにも達する巨大なレールを先端で分と風を切って北にーー連合王国との前線に向ける。

待機していた斥候型が七.六二ミリ汎用機関銃を廃し、一四ミリ機銃に付け替えた対軽装甲仕様をつけてレールに登る。

スターティングブロックにも似たシャトルと脚部を接続し、見構える様に伏せる。パチリと稲妻が走り、レールを這うように走る。

レールを背負うこのレギオンは長距離砲兵型、対空砲兵型同様前線に出てくる兵種ではない。それら砲兵種に比べ特別支援機であるそれらに、人類はまだその姿を観測されていない。

ゼレーネ・ビルケンバウム以下、帝立軍事研究所では構想と設計段階まで進んでいた、その支援用レギオンの開発コードを

 

 

 

 

 

電磁射出機型という。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「チッ、空から飛んでくるぞ!撃ち落とすか着地点を砲撃しろ!」

『なんで空からレギオンが!?』

『偵察はどうしたんだ!』

『いや違う……これは打ち出してきたやつだ!未確認の、射出機を持つレギオンだ!』

 

知覚同調で混乱が生じるも、落ち着いてレギオンに対処する彼らは自走地雷と斥候型を薙ぎ倒していた。

 

「来る、方位二四 距離一万五千 ロトとジェガンで迎撃」

『『『了解』』』

 

各小隊が返答をするとMSは空と地面に向かって砲撃をする。

するとともについて来たアルカノストが砲撃を行う。

その先には破壊された電磁射出型の姿があり、知覚同調でヴィーカが伝える。

 

『こちらで射出機を叩く、そちらはレギオンの掃討を求む』

「了解」

 

リノ達は砲撃を続行していた。

 

 

 

 

 

戦闘も終盤になりかけた頃、リノ達は突破したという戦車型と近接猟兵型で構成された部隊の迎撃を行なっていた。

電磁射出型を王国軍が引き受けてくれたので、後からレギオンが飛んでくることもなく、雑魚狩をしていたところに、ちょうど良い暇つぶしができたようにリノは迎撃に向かい、新武装の試射を行おうと思っていた。

 

「照準完了……本体からの電力供給も問題無し……照準ロックオン」

 

二つの四角い線はレギオン部隊丸々を収めるとリノはレバーの引き金を引いた。

 

「射撃開始」

 

チュオン……

 

右肩の球体の砲塔の十字に開き、中が桃色の光で満ちている砲口が一瞬だけ十字に光った。

 

その直後、

 

 

 

 

 

ドォォォォォン!!

 

 

 

 

 

巨大な桃色の爆炎と共に、雪の大地が吹き飛ぶ。

 

地響きが辺り一体に轟き、衝撃波が来る。

 

レギオン部隊が一撃で消滅し、地面に茶色い土が見える。

その威力は本国の試験場で行ったものと変わらない威力を発揮した。

 

「問題無し……か……」

 

爆発跡を確認してリノはガンダムを動かすとそのまま基地へと帰投して行った。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

基地に戻るとそこでリノはアンジュとダイヤがトラップにかかり一時的に通信不能な事態が起こった事を知った。

 

「……妙だな」

「おや、卿もか」

 

基地でレーナ、ヴィーカ、リノの三人はその話を聞き疑問に思う。

 

「エマ少尉達に見つかるまで起動しなかったと言うのが……」

「まるで、我が軍を孤立させるような行動だな……」

「阻電撹乱型の寒冷化もその一環なのではありませんか?」

「……それはある。真綿で締められている連合王国は無理してでも反抗に出ざるを得ない。その為に投入されるのは精鋭だ。雑兵は十分に得た。おそらく次にレギオンが欲するのは……」

 

黙考したヴィーカは首を振る。

 

「ーーー少し備えておくか。軍団の予備拘置戦力を増強させておく。万が一の時、戦場奥の兵士たちを救出してやれるように」

 

 

 

 

 

解散した後、リノは一人基地のコックピットに乗り込み瞑想のようなものをしていた。

 

「(レギオンの動向には注意したほうがよさそうだな……)」

 

リノは不意に右眼を淡く光らせてレギオンを視る。

そこには見かけない形をしたレギオンが一列に並び、その背に斥候型が乗る光景であった。

 

「(これが電磁射出機型か……)」

 

リノは見えたレギオンを確認すると視界を元に戻し、コックピットの無機質な全天周囲モニターが映る。

 

「ふぅ……(レギオンは何を考えている)」

 

リノはそんな事を思いながらコックピットを降りて明日の進軍に備えた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『ーーすまない、レーヴィチ要塞基地は陥落した』

 

聞こえて来たのはヴィーカの声だ。

リノ達ストライカー戦闘大隊は陽動のために持てる限りの兵装を持って平原でド派手に砲撃を行なっていた。

そんな中、通信が入り基地に帰還するとそこでは平原の上で停車するレギンレイブの数々と基地を見るシン達であった。

 

『うわ、この状態か……』

『想像以上に酷いわね……』

 

基地に戻って来たMSは基地の天蓋にいるレギオンに思わず苦笑する。

 

ヴィーカの話では天蓋に着陸したレギオンは観測塔から侵入。

地上区画の八割が制圧され、今現在地下司令部に全員が退避しているとの事だ。

うちの整備班も避難は完了していたようで、大きな被害もなさそうであった。

取り敢えず砲兵部隊が電磁射出機型を破壊したので空からレギオンが飛んでくることはないという事で、取り敢えずはホッとしていた。

 

『陽動部隊は重戦車型と戦車型で編成された部隊で壊滅したらしい』

「……」

 

重戦車型と戦車型で構成された部隊など、人では簡単に蹴散らされてしまうのが容易に想像できた。

合州国ですら重戦車型にはビーム兵器の使用が厳守されているほどの堅牢さを持ち合わせているのだ。

おまけに連合王国からの救援は最低でも五日後、しかしレギオンの重機甲部隊が到着するのは明日。まさに前門の虎後門の狼であった。

 

「控えめに言って絶望的だな……」

『機甲部隊の数は八千だって?』

『やり甲斐あるなぁ』

 

基地を見ながらストライカー戦闘大隊の面々はそんな軽口を叩いていた。

手持ちの武装で恐らく半分はいける。ビーム兵器の充電も考えれば意外と何とかなるかもしれない。

 

『うわ、よくそんな事言えるよ。僕たち本隊と分断されているのに……』

 

セオがそんな事を言いながら通信をし、少し引きながらMSを見る。

基地にいるのはほとんどが斥候型で、他には自走地雷、高機動型しか確認されていないという。

するとリノは若干ため息混じりにヴィーカに聞く。

 

「……で、殿下は我々に何を求めるのですか?」

『貴様分かっておろうに……』

 

ヴィーカは若干呆れたような声で言うと知覚同調越しに全員に伝える。

 

 

 

 

 

『攻城戦だ』



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#36 攻城戦

ストライカー戦闘大隊は今作戦にあたり殆どの兵力を外に出していた。

ベースジャバーも持ち出していた事は幸運と言えたであろう。

 

「機甲部隊はこっちで任せてもらっていいか?」

「ああ、その方が良い」

 

重装甲トラックの中でリノとシンはお互いに確認をするとレーナも賛同していた。

 

『その方が良いと思います。単純に火力も高いですし、何より相手は重機甲部隊ですから』

「今ある弾薬で八千のレギオン……おまけに補給の目処なしか……」

『なので、積極的に攻めるのは……』

「ああ、分かっているよ」

 

そう言い、レーナも理解した様子で返答をする。

一応今いる指揮官の中で一番年上なリノはそれだけ経験も多いのでレーナもリノの意見には耳を傾けていた。

 

「取り敢えずこっちは誘引して時間を稼ぐ。そっちは何とかして要塞内に登ってくれ。余力があれば戻ってくる」

 

「了解した」

 

そう言いリノは指揮車を降りるとそのままガンダムに乗り込んで移動を開始する。

白に塗装された機動兵器の群れは吹雪く雪の中を進み始めていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

移動を開始したリノ達は丘陵の影に隠れて様子を伺う。

 

「ホーンドアウル、状況を報告せよ」

『了解、センサー範囲内にレギオンと思わしき影は確認できず。レーザー通信を行います』

「了解した。各機に告ぐ、EWACとの通信を密にし、レギオンの重機甲部隊の足止めを行う。混成部隊は中央に展開。ジェガンA2型、第一リゼル、キャノンガン小隊は右翼、ジェガンD型、第二リゼル、ジムⅢは左翼に展開し、陣地を固守せよ。弾数は有限だ。慎重を期して実弾の砲撃を制限。ビーム兵器による砲撃を優先せよ」

『『『『『了解』』』』』

 

各小隊長がそう返事をし、それぞれ丘陵の影に隠れてEWACから入る情報を共有し、レギオンの攻撃に備えていた。

無人機であるM61戦車は少し離れた位置に存在する森の中に隠れていつでも走れるように待機していた。

するとリノの知覚同調に通信が入る。

 

『手伝いに来ましたっせ。隊長殿から援護に回れって言われたもんでね』

「ベルノルトさんですか」

 

視界に映る砲兵仕様のレギンレイブを確認したリノは丘陵の影からベルノルトに指示を出していた。

 

「今森の中に戦車が隠れている。その戦車が撃破されない様に援護を頼む」

『了解、行くぞお前ら』

 

そうして全機が雪の降る中、敵が来るのを待ち構えていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

数時間後、日が落ちて辺りが暗闇に包まれた頃。センサーに反応があった。

 

『ホーンドアウルより全機、レギオン部隊を確認。重戦車型八〇、戦車型一二〇を確認』

「総員レギオンがキルゾーンに到達次第射撃開始。ノルトリヒト戦隊、砲兵隊は撃ち漏らしの狙撃を」

『了解です』

『キルゾーン到達まであと一〇秒』

「総員砲撃用意、距離九千、射撃後敵を釘付ける」

 

リノは見えてくるレギオンの青いセンサーの光を確認した。

 

『キルゾーン到達まであと五秒……四……三……二……一……』

「撃て」

 

命令と共に轟く砲声と何本もの光線。

稜線からの射撃で最前列にいたレギオンが一斉に擱座し、誘爆を起こす。

攻撃を察知し。レギオンが反撃に移るも稜線からの射撃な上に、斥候型がいないため。攻撃をしてもなかなか当たらない事態が起こっていた。

 

「次弾、炸裂徹甲弾。中央を狙え」

 

ロトはリノの指示通りに砲撃を行う。

 

ドンドォォン!!ドンドォォン!!

 

四発の八インチ砲弾はレギオンの隊列のど真ん中で炸裂し、砕けた破片は無慈悲に戦車型の装甲をズタズタに引き裂く。

 

『これはいい、狙いをつけなくても当たるぞ!』

『ボーッとすんな!次も来るぞ!』

 

稜線射撃では曲線を描く迫撃砲が望ましいが、生憎と今回は持って来ていないので、ロトによる砲撃でレギオン部隊を相手にしていた。

キャノンガンも四つん這いになって射撃をし、ジェガンは持っていたビームライフルを撃つ。

 

 

ビームが過貫通を起こし、一列にレギオンを貫く。

 

 

M61戦車の一五五ミリ砲弾が重戦車型を貫く。

 

 

リノは射撃を行いながら球体砲塔を動かす。

 

 

ピッピッピッピッ……「照準よし」カチッ

 

チュォン……ドンドォォォォォン!!

チュオン……ドンドォォォォォン!!

 

四つの爆発がレギオン部隊を一掃する。

レギオンの重機甲部隊はストライカー戦闘大隊のビーム攻撃で損害が大きすぎたのか撤退を開始していた。それを確認したリノは部隊メンバーに確認を取る。

 

「総員、残弾数と被害の確認を」

『こちらジェガン01小隊、実弾の使用なし。ビームマガジン残弾十。損傷無し』

『ジェガン02小隊、ビームマガジン残弾八、実弾十発使用戦闘に支障無し』

『リゼル第一・第二小隊、ビームマガジン残弾二〇実弾二〇発使用。他は問題無し』

 

そうして被害を確認したリノはベルノルトに伝える。

 

「ベルノルトさん、少しここをお願いします。こちらは要塞に向かいます」

『そうかい。じゃ、あとは抑えておきますよ。こっちはあまり活躍出来なかったもんでね』

「宜しく頼みます。……総員、ベースジャバーに搭乗して帰還する」

『『『『『『了解』』』』』』

 

キィィィィ……!!

 

止めてあったベースジャバーに乗り込んだ部隊はシン達の居たところにに戻るためにベースジャバーに乗り込み離陸をする。

大気圏用のホバークラフト型の白色のベースジャバーは歩くよりも高速で地面を滑走する。

その上でウェイブライダー形態のハミングバードが先に要塞へと戻る。

 

「戻ったら一回作戦を考える。それまでベースジャバーに乗ったまま待機せよ」

 

リノはそう言い残すとエリノラに指示を出す。

 

「エリノラ、今のうちにビーム兵器の充電をする様に指示を出しておいてくれ」

『了解』

「それとベースジャバーの燃料の確認も」

『……何考えているの?』

「何、過去の戦いを参考にしただけよ」

 

リノは何処か楽しそうな声を上げながら一瞬でシン達のいる場所に戻る。

 

「こっちの仕事は終わった」

『思っていたよりも早いな……』

『あの機甲部隊を片付けて来たの?』

「いや、残骸の山でバリケードを作って迂回せざるを得ない状況を作ってきた」

 

そう言うと呆れた声が聞こえた。

 

『頭おかしいわ』

『良くやるよ本当に……』

 

セオ達が半ば呆れる様にそう言い、リノのガンダムを見る。

ガンダムは涼しい顔で要塞を眺め、状況を聞く。

 

「状況は……芳しくなさそうだな……」

 

リノは知覚同調でヴィーカに通信を入れる。

 

「殿下、聞こえていますか?」

『ああ、聞こえている。何だ?』

 

殿下呼びにもはや突っ込む事をやめたヴィーカがリノに言う。

 

「殿下、要塞攻略においてですが殿下にある提案をしたく……」

『……言ってみろ』

 

そこから話された内容は一瞬だけヴィーカを驚愕させた。

 

『……貴様も随分と狸だな』

 

話を聞いたヴィーカがそう言い、苦笑する。リノもため息混じりにヴィーカに言う。

 

「それ以外の方法があると思われますか?」

『まぁ……そうだな……』

 

二人は理解し、リノはさらに続ける。

 

「攻城戦に関しては一番我々が熟知しております故に、一番槍はお任せを」

『そうだな……一年戦争で合州国は要塞攻略を二度も経験しておったな』

 

 

足止めのソロモン

 

 

王手のア・バオア・クー

 

 

諸外国ではその様に言われている現代の要塞攻防戦。

地獄とも称されたその戦いは合州国にMSの汎用性と現代における要塞攻略の難しさを知らしめた重要な戦いである。

一足先に死が待ち受けていると言われ、これを教訓にMSの本格的配備が進んだと言っても過言ではなかった。

 

「ええ、なので我々は我々なりのやり方で要塞攻略を行いたいと思います」

『ああ、了解した。それに合わせて貴殿の計画も実行に移そう』

「感謝します」

 

通信を切るとリノはストライカー戦闘大隊の全員に通信を入れる。

 

「隊長機より各機、明朝より作戦を開始する。補給コンテナより弾薬の補給、およびビーム兵器の充電を最優先。ベースジャバーの燃料も確認しておけ」

 

そう言い、MSがそれぞれ補給を行う中。リノは歩兵部隊とロトに指示を出す。

 

「アノラ大尉、聞こえていますか?」

『ええ』

「アノラ大尉とロトは要塞の外で砲撃を行ってください」

『まぁ、そうなるわね』

 

M61戦車は空挺を考慮していないので、出来るとすれば支援砲撃くらいだ。

アノラもそれを理解しての頷きであった。

 

「歩兵小隊はロトと合同で要塞外から砲撃をお願いします。その後は動き回って敵の撹乱と揺動をお願いします」

『了解。こっちも暇してたからちょうど良いわ。おまけに中にはまだ仲間もいるし……後を頼むわよ』

 

確かに今回の作戦でM61の運用要因としてつれてきた十二人は外におり、半分の十二人はまだ要塞内で戦っているのだ。本音としては要塞に入りたいだろう。

そんな事を思いつつもリノは指揮官として指示を出す。

 

「ええ、俺はこの部隊の指揮官故に。部下をみすみす死なせませんよ」

 

リノはいつに無く無機質な声でそう返事をした。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「総攻撃ですか?」

「ああ、そうだ」

 

レーナとヴィーカは地下司令室でそんな事を話す。

 

「これ以上戦力を消耗すればその総攻撃もできなくなる。だから今のうちにやる必要がある」

「デスは、闇雲に突撃をさせてもそれは自殺行為では……?」

「だからリノとも話した。一時間後に始める」

「いつの間に……」

 

レーナは困惑した様子で呟く。対するヴィーカはリノと話した事を思い出して一瞬だけ目を細めた。

 

「彼奴も存外狐だな……(己の真意を微塵も感じさせないとは……)」

 

ヴィーカはそんな事を思うと指示を出す。

 

「ーーーレルヒェ、用意は?」

『出来ております』

「もうすぐ行われるはずだ。それに合わせろ」

『了解致しました。

 

 

 

 

 

我が王(屍の王)

 

 

 

 

 

この二日間で撃破された<アルカノスト>の残骸が転がる堀の上、雪が降る野とその城壁を臨み、連邦と連合王国のフェルドレス。合州国の戦車とMSが並ぶ。

その中のMS……ロトの内部ではアノラは通信席に座る。

 

「隊長より全車……」

 

外ではM61がエンジンから虎の唸り声の様な音を出し、砲塔が左に九〇度回転する。

 

砲身に仰角がつき、狙いを定める。

 

己の持つ一五五ミリ連装砲はかの凶悪なレギオンの重戦車、対戦車砲兵型と同じ口径。それが二門あるので火力は単純に二倍ある。

いくら骨董品とはいえ、その火力には絶大なものがある。

 

八つの砲塔、一六門の一五五ミリ砲身が一斉に要塞に照準を合わせる。

アノラは要塞南西方向の上空より飛来する猛獣達を確認し、手持ちのレバーを動かして通信を入れる。

 

 

 

「ーーーーこれより砲撃を行う。共和国の餓鬼どもに引導を渡してやれ」

『『『了解』』』

 

 

 

「砲撃を開始せよ……撃てぇ!!」

 

 

 

その瞬間、一六門の一五五ミリ砲弾は一斉に要塞に向けて飛翔をしていった。



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#37 それぞれの国の戦い方

 

 

 

 

 

ーーーブロロロォォォォォォンン!!!

ーーードドンドンドドドドドォォォォォンン!!

 

 

 

 

 

ーー閃光と硝煙が辺りを包み込む。

 

 

 

ーー猛獣の様なけたたましい音を立てて履帯が動き、エンジンも唸る。

 

 

 

ーー連装砲が今までにない程激しく動く。

 

 

 

ーー発煙筒から白色の煙幕が発射され、白い綿の様に視界を真っ白にする。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

その煙幕はシン達のいる場所まで届き、モニターが徐々に白くなっていく。

 

『すごい……』

 

その光景に思わずクレナが呟く。確かにすごい。

惜しみもなく一五五ミリを撃ち、地面を揺らしている。

八両の戦車は地響きを立てながら大地を疾走する。

その中身混じる様に小型の戦車型MSが走る。おそらく指揮車なのだろう。

旧式の履帯式戦車だが、攻撃力はピカイチ。速度もまあまあ出るので、今でも現役だと言う。

 

 

 

 

 

レギオンの陽動にしては十分過ぎる。

 

 

 

 

 

そう思っていると知覚同調でリノの声が聞こえてくる。

 

『……降下ポイントまで後二〇。総員、上昇を開始。最終ロック解除』

 

上昇?降下ポイント?

 

何を言っているのだろうかと思っているとリノがシン達に言う。

 

『ーーーガキども』

「?」

『よく見ておけ……俺たちの……MSの戦い方ってのを』

 

そう言うと何処からともなくジェット機の様な風を切る音が聞こえ、その音のする後ろを見るとそこにはベースジャバーに乗り込ん多数のMSが周りに単独で飛んでいるMSと共に要塞に向かっている映像であった。

 

『何あれ!?』

『飛んでる……?』

 

そう驚くのも束の間、要塞上空を通り越す寸前、ベースジャバーからMSが飛び降りた。ベースジャバーはそのまま何処かに飛んで行き、その姿が見えなくなる。

 

『全機離脱。これより要塞内に突撃を開始する。……一番槍だ、下手な事して死ぬなよ!』

 

要塞に突撃していくMSのうちの一機、青と赤のオッドアイ獅子の絵が特徴的なMSが要塞の城壁と天蓋の狭間に向かって入って行く。

要塞城壁に長距離砲兵型が迎撃の為に飛び出すも、後方からベースジャバーに乗ったままのジェガンが手に大きなビーム兵器を持って狙撃をする。

ベースジャバーから降りたMSは背中から三つのパラシュートを開きながら城壁内部に向かって持っていた実弾銃を撃つ。

 

ダダダダダダダダダッ!

ダダダダダダダダダッ!

ダダダダダダダダダッ!

 

九〇ミリの銃弾は斥候型や自走地雷にはオーバーキルでズタズタにされており、一瞬で城壁が片付くとそのまま背中のジェット噴射口から勢いよく火を吹かしてそのまま城塞内に侵入をする。

既に内部では戦闘が始まっている様で、時々爆発音が聞こえる。

そして外にレギオンの残骸がゴミを捨てるように空堀に投げられる。

 

 

リノの言う合州国の戦い方……現代の攻城戦と言うものを見た。

 

 

そのことに唖然をしていると一列に並んでいたシリンが呟く。

 

『何とも恐ろしい事をするものです……さすがは要塞攻略の経験があるだけありますな』

 

合州国で起こった内戦……一年戦争については歴史の授業て少しだけしか習っていないが、合州国でMSが盛んに作られる様になった出来事。と言うくらいのイメージしかなかったが、ハルト達の話ではどうも思っている以上にすごい戦いだったようだ。

それ以上のことは聞く気もなかったので詳しくは聞いていないが、今の攻城戦を見て少しだけ気になっていた。

 

 

 

するとレルヒェが何やら呟く。

 

『……さて、我々も急がねばなりませぬな。若獅子殿に遅れをとりますまい』

 

そう言い、アルカノストが崖のギリギリに並んだ。

 

「……?」

 

シリン達の行動にシン達は疑問に思うとレルヒェがシンに言う。

 

『ーー死神殿。貴方は知っておられるでしょう。この体は機械で出来た人形であると』

 

レルヒェはそう言い、段々と呟いていく。

 

『我々はこれ以上人を死なせぬための絡繰であると』

『その為、我々にとってこれは尽くし難い喜びなのですよ』

 

 

その瞬間、

 

 

集結したアルカノストが吶喊した。

 

「なっ……!」

 

それはまるで笛の音に引き寄せられて大河に飛び込む鼠のように……。

 

次々と奈落の谷底に飛び込み。

 

鋼鉄の蜘蛛がひしゃげる音がし、重々しくも異様な音は氷壁に反響する。

 

それが聞こえぬうちに第二列が飛び込む。

 

何の躊躇も無く

 

それどころか少女の笑い声が聞こえる。

 

さらに第三列、第四列と次々に落ちて行く。

 

リノ達が先に吶喊した影響で特に邪魔もなく、次々と飛び込んでいく。

 

落差二十メートルはあろうかと言う空堀がアルカノストの残骸で瞬く間に埋まってゆく。

 

先頭が爆音響く城壁に辿り着き、次の一列がその上に多い被る。

 

まるで煉瓦を組むように自らの機体を建材としながらアルカノストはたちまち上へ上へと積み上がってゆく。

 

 

遥か昔……

 

 

帝国が行った砦攻略の史実の様に……

 

リノ達がなぜ外にレギオンの残骸を捨てていたのかが分かった。

 

 

 

建材とするためだ。それも、この要塞を制圧するために……

 

 

 

 

 

狂気

 

 

 

 

 

そうとしか言いようが無いその光景にシン達は絶句する。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

その光景は要塞内部にいたレーナも見ていた。

 

「ヴィーカ……!」

「同じことをエイティシックス達にやらせる訳にもいくまい」

 

その視線の先、冷え切った視線と表情で笑いながらひしゃげて行く彼女達を見る。

 

「彼女達を惜しんでこれ以上ウィティシックス達を死なせるわけには行かぬ……人は一度死んだら代わりはいない。どこにも」

 

その一瞬、ヴィーカは口を引き結んでいた。その意味はレーナにはわからなかった。

 

「だが、シリンは違う。彼女達は替えが効く。そこに惜しむ必要などない」

 

そこにはただただ冷め切った表情の男が居るだけであった。

 

「ーーーーこれを思い付く彼も彼だな……」

 

ヴィーカの最後の呟きにレーナは疑問に思うのであった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

駆け上がった最後のアルカノストが前のに対の脚を壁に引っ掛ける。

蒼白の蜘蛛達の死の行軍がこれで終わった。

顔が半分だけとなり、首もコードなどが見えているだけのシリンが微笑んだ。

 

『さあ、お渡りください』

「……っ!」

 

今残ったアルカノストはレルヒェのみだ。

それ以外は皆この道を作るために文字通りこの身を投げ打ったのであった。

 

今要塞内でリノ達が戦っている。

無駄死ににする訳には。

 

奥歯で噛み締めた。

 

「ーー行くぞ」

『そんなっ……』

 

誰かがそう言う中、シンは操縦桿を前に倒す。

 

早く行かなければリノ達が死ぬかもしれない。

 

今ここで彼らに死なれては困る。

 

シンの跡を追うようにスピアヘッド戦隊や他の隊員達もついて行く。

全員が全員泣き出しそうになりながらシリンの残骸を歩く。

 

忘れていた感覚だ。

 

ーー自分たちはあの地獄で生き延びて号持ちとなった。

 

ーーだがそれは数多の死体の上で成り立っていたと言う事実を。

 

ーー生きると言うことは何かを殺すことでもある。

 

 

 

 

 

ーーそうでもしないと生きられなかったから……。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

要塞内部 とある区画

 

そこでは突入したMSが攻撃をしていた。

 

ーー実弾銃を撃ち、ビーム兵器を撃ち

 

ーー斥候型を

ーー自走地雷を

ーー長距離砲兵型を

 

 

 

ーー全て撃ち抜く。

 

 

 

 

脅威となる長距離砲兵型も回転砲塔や装甲を持たないが故に横に回れば簡単に撃破できる。

 

九〇ミリ砲弾は長距離砲兵型が密集しているお陰でまとめて片付けることができ、残骸が出来上がっていた。

 

『数が多いな……』

「後ちょっとだ!行けるぞ!」

 

リノが激励をする中、被害報告も上がっていた。

 

『こちらリゼル06、右脚部損傷、戦闘困難!』

『ジェガンA03、融合炉停止!行動不能!』

「チッ、これで五機目か……」

 

リノは内心冷や汗をかく。ここで砲撃をすれば味方共々吹き飛んでしまう。そうすれば作戦どころではなくなってしまう。

 

「(まだ来ないか……)」

 

リノは作戦通りであれば城壁を登ってくるであろう彼らを待ち望んでいた。

 

「まだか……っ!!」

 

そう叫んだ刹那、建物の影から白い機影が飛び出し、長距離砲兵型の一群を薙ぎ払った。

 

『悪ぃ、少し遅れた』

 

後からハルトの声が聞こえ、リノは一瞬ホッとする。

 

「間に合ったか……」

『うわぁ、ほとんどやってんじゃん。これ俺ら居る?』

『必要でしょ、途中壊れたMSもいたし』

 

次々と聞こえてくる声にリノ達はホッとしてしまった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

満身創痍になり始めていたストライカー戦闘大隊はここで一旦退却をすることになった。

残存兵力で、地上部分の残敵を相当する予定である。

現段階で脱落したのはジェガンA2型二機とリゼル一機、キャノンガン一機とジムⅢ一機の合計五機であった。内二機は融合炉が止まったので戦線離脱確定である。

 

「思ったよりも生き残ったな」

『死者は誰もいませんぜ。今の所軽傷者二名、重傷者一名です』

「治療の方は?」

『幸い腕の骨折ですので本国に送還するか、王国の病院で治療でしょうね』

「了解した。行動不能となったMSは動かし。戦闘後に修理か、爆破解体する」

 

リノはコックピットから治療を受けているパイロットを確認する。

するとリノにレーナから通信が入る。

 

『リノ中佐、至急応援を。高機動型を確認しました』

「了解、すぐに向かいます」

 

高機動型と聞き、リノは目を細めるとすぐさま移動を開始する。

すでに敵は高機動型のみという事で他の隊員達は戦闘停止を命じた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

現場に向かうとそこでは既に戦闘が行われていた。

どうやら敵はあの高機動型一機のみのようだ。

多種多様の攻撃で包囲網を敷く中、リノも高機動型に照準を合わせる。

 

チュォォォォォオンン!!チュォォォォォオンン!!チュォォォォォオンン!!

 

三発発射されたビーム攻撃は最後の一発が掠ったのみで、撃破には至らなかった。

 

「ならばこっちだ!」

 

リノは球体砲塔を合わせると容赦無く引き金を引く。

 

チュォン………ドンドォォォォォン!!

チュォン………ドンドォォォォォン!!

チュオン………ドンドォォォォォン!!

 

『点』で高速移動をする高機動型に対し、リノは『面』での攻撃を行なった。

しかし高機動型はその高い移動性能を生かして面攻撃の隙を着いて逃げていた。

 

なかなか撃破できないことに鬱陶しさを感じていると高機動型が形を変えて攻撃をして来た。

自身の持つ流体ナノマシンをフレシェット弾の様に四方八方に撒き散らし、〈レギンレイヴ〉を退かせた後。ガンダムの届かない通路の奥に一瞬で入ってしまった。

 

「しまった……!!」

 

リノは逃がした高機動型に思わず歯軋りをしてしまった。



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#38 雪風に埋もれて

要塞奪還作戦も最終局面を迎えた頃、高機動型を取り逃した事はシンエイ・ノウゼンにも伝わった。

 

『すまない、抜かれた!!』

「問題ない。それよりもリノは他のMSの確認を……」

 

来た。そう直感的に感じたシンは通信もそこそこに視線を前に向ける。

その瞬間、高機動型の左側をアンダーテイカーの高周波ブレードを切り散らし。

 

 

 

高機動型のチェインブレードが水を斬るように<アンダーテイカー>の機体に深く斬り込んでいた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

《推奨対処・鹵獲を棄却。”バーレイグ”撃破》

《装甲内部の破壊を確認。生体反応無し。制圧をーー》

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ーーハズレだ、屑鉄」

 

同時、高機動型の背後に降り立った()()()()()()()()()()()()()でシンは言う。

 

「見分けているのは外観で、兵装とパーソナルか……」

 

無防備な背後を、スクリーンに収めてシンは呟く。この少し前、レルヒェの乗る機体と乗り換えていたシンは操縦席の操縦桿を握っていた。

いくら連合王国のものとはいえ、人が乗ることを前提に作られた機械だ。弾倉交換の時間も惜しいと、レーナの発案。ヴィーカの指令で戦闘の一瞬をついて乗り換えていた。

照準が初めて高機動型に合う。電子音が響き、照準が確実に固定される。

変わらない右手の操縦桿のトリガーを引く。

 

背後、零距離、完全な不意打ち。

 

これでまず対応できる人は居ないだろう。そう、人ならば……

 

高機動型はそれでも足掻いた。チェインブレードをパージ、装甲の殆どをワイヤー状に変え、地に突き立てて本体を引き寄せる。飛び去るよりもわずかに早い動きで、射線上から外れた。

放たれた成形炸薬弾は高機動型の側面を掠っただけとなった。

 

「ちぃ……!!」

 

この距離を避けるか。シンは舌打ちをしてしまった。今までこの距離で外した事はなかったからだ。

だが、これで。

 

『ついに、全部の鎧を解いたな。間抜けめ』

 

アンダーテイカーのキャノピーが跳ね上がる。爆発ボルトから飛んでいくキャンピーの下からレルヒェが飛び出す。<シリン>の青い血潮が降りかかり、片手にサーベルを持つ少女は高周波ブレード。本当の意味で白兵戦を考えない武器。それに素手が一瞬で千切れて吹き飛んだ。

 

『はぁっ!』

 

高機動型がチェインブレードを振るう。紛い物とはいえ生身の人間が白刃を持って戦う。どこぞの漫画家というようなあり得ない光景が広がっていた。

チェインブレードがレルヒェの下半身を持っていく。逆手で振り下ろされたサーベルが剥き出しになったブレードの基部に突き刺さる。

過電流の青白い光が蛇のように高機動型内部に食い込み、よろめく。

 

カァン!

 

薬室に弾薬が装填される。ガンランチャーが閉鎖音を響かせる。

高機動型の破断痕に銀色の液体が滲む。その刹那、

 

 

 

シンはレルヒェを見た。

 

 

 

意思と感情を反映して煌めく瞳。この唇が動く。

知覚同調の向こう、一人の青年が鋭く叫ぶ。

 

 

『ーーー撃て!!』

 

 

戦闘に最適化されたシンの体と意識は半ば自動的にトリガを引いていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

飛来した二〇ミリ徹甲弾がレルヒェの右肩を穿ち、生成したメタルジェットが装甲を穿つ。破砕孔内部に入りその体を炎上させた。

遅れて銀の蝶の群れが業火を抜けて空に舞い上がって、空に逃げ出していた。

 

「これでも逃げるのか……厄介なものを造ったものだ」

 

対戦車ライフルを担いでヴィーカは呟く。そして疑問に思っていた。レギオンの動向に。

確かに高機動型は強力ではあるが、効率的には量産機に比べれば悪い。

 

一騎当千の時代は終わりを迎え、今は一台の戦車が、一基の巨砲が戦場を支配する時代だ。なのになぜだろうか……

機械だから人には思い浮かばない事をするかもしれないが、意図が読めない。ーーー……ん?

 

その時、ふと銀の蝶の向きが変わっていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

高機動型を撃破し、破壊されたMSの処理を始めていたリノはクラウに肩を叩かれた。

 

『リノ、あれ……』

「?」

 

接触通信でクラウが指を指した。それを見てリノは目を大きく見開く。

 

「なんで、あんな所に……」

 

視線の先、M61の砲撃でボロボロに穴の空いた外壁の外。そこから感じる強い視線を感じた。

そこには遠目でも分かるボロボロの白色の斥候型が佇んでいた。その斥候型は普通ならば積んでいるはずの汎用機関銃もなく、全くの無防備であった。

無人の戦野の片隅に佇むその機械はまるで女王のようであった。

 

<無慈悲な女王>

 

本来であればあり得ないはずの初期型の斥候型。周りを重戦車型が囲み、辺りは吹雪始めていた。

その右肩の鮮やかな色彩は白い平原ではよく目立っていた。

 

三日月とそれに凭れる女神。パーソナルマークだ。

 

月の女神(セレーネー)……」

 

古代神話に出てくる女神の名だ。ふとその名前が出てくると<無慈悲な女王>はついと複合センサーをこちらに向けた。

カメラが斥候型を捉える。

 

 

 

 

ーーごめんなさい、こんな母で。

ーーでも、こうするしか…出来ないから……。

 

 

 

 

「グッ……!?うぉぉ……」

 

 

途端、頭と右目に釘を刺したような痛みが走り、思わず押さえてしまう。

これは何の記憶だろうか。視線の先にはぼんやりとした視界が浮かび上がっていた。痛みが治るとクラウの声が聞こえた。

視線の先には

 

『リノ?大丈夫か?』

「あぁ、問題ない……それより今の斥候型は?」

『居なくなったわ』

 

クラウから報告を聞いたリノは少し考えると彼女に聞いた。

 

「そうか……

 

 

 

クラウ。MSは?修理できそうか?」

 

そう聞くとクラウが呆れたような声を出した。

 

『はぁ、無理しないでよ?取り敢えず、ここでは修理できないのが三機。もう直ぐ運び出す予定よ』

「分かった。こっちは瓦礫の撤去を行う。残った者は集まってくれ。それと歩兵と戦車隊をこっちに……」

 

リノは今の現象を取り敢えず、仕舞い込むと部下に指示を出した。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「終わったか……」

 

要塞から運び出される数台のMSを乗せたトラックと人員を見送るとリノは呟く。

 

「死者がいなくてよかったけど……」

 

その横でエリノラが被害をまとめたレポートを読みながら呟く。

 

今回の奪還作戦で合計八機のMSが損傷した。外部に被害がなくとも、中のフレームや制御系に損傷があった機体がままあったのだ。まぁ、あんな狭い場所で戦っていては気付かぬうちにどこかぶつけてしまうか……。

そんなことを思いながらリノは絶賛緊急修理を受けているMSを見ていた。被害はハミングバードも受けており、一部フレームが凹んでいる様だ。

 

「やれやれ、一難去ってまた一難か……」

「少なくとも作戦は遅れるわね……」

 

そう言うと二人は南側の外壁を覗き込んでいた。

 

「すごい景色だ……」

「本当……」

 

そこには大量のアルカノストの残骸と、壊れたシリン達が九十九折になって積み上がっていた。

空堀のそこではシリンの人工血液や、レギオンの流体マイクロマシンが混ざった奇妙な池が出来上がっていた。

この光景に彼らはどこか思うところがあった様で、じっと見つめてはどこか神妙な面構えでどこかに歩いて行った。

 

「はぁ……予想以上の光景で少し後悔しているよ……」

「そうね……」

 

リノはそう呟いてタバコに火をつけていた。するとリノは思い出した様にエリノラに聞く。

 

「そう言えば聞いたぞ、情報部への転属。()()、断ったって?」

「ええ、当たり前よ」

「はぁ、心配性にも程があると言うか……元いた部署に戻るだけじゃないか」

 

リノはそう言い、若干ため息をついていた。

そう、エリノラは士官学校卒業からあの事件があるまでの半年ほどを国家安全保障局(NSA)に配属されていた。理由は焔紅種で、異能持ちだったから。それに触れれば相手の情報を丸裸にできるのは尋問にうってつけだからだ。その為、彼女にはよく情報部に帰ってこいと催促状を送られているが、その尽くを彼女は断っていた。

理由は『リノと共白髪まで寄り添う』と言うことだ。その為リノも一緒に連れて行こうとしたが、それはフィッシャー少将が拒否していた。『エースを遊ばせる気かね?』と、特にその時はレギオンの攻勢があると言う事で情報部は何も言えなかったのだ。だが、ここ最近は大攻勢もないと言う事から催促状がちょくちょく届く様になったと言うことだ。本国に帰った時は情報部の顔を出して手伝いをしているそうではあるが……

 

そんなこんなでエリノラが断固として情報部に戻ろうとしないことにリノがため息をつくとエリノラは言う。

 

「私は嫌よ?リノに置いていかれるのは?」

 

最後まで一緒に行く。

 

変わらない我儘なところにリノも思わずフッと笑ってしまうと彼女の顔を見て後頭部に手を添える。

 

「ああ、分かっているさ……

 

 

 

 

 

エリノラを置いて行こうとは思わないよ」

 

「ええ、勿論」

 

そう答えると二人はお互いに口を付け合っていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

これを遠くから見ていたダイヤ達が顔を真っ赤かにしてその場を後にしたのは二人は知らない話であった。



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ー明けねばこそ夜は永くー
#39 ギリギリまでの撤退


近況報告:作者、日曜日に初コロナ。現在隔離中。


その日、リノ達ストライカー戦闘大隊はトラックに乗り込んでレーヴィチ要塞基地を後にする。

 

「やはりこうなったか・・・・」

 

トラックの車内でリノは呟く。先の奪還作戦で外壁の至る所に穴があき、基地としての機能を失ったあの要塞を連合王国は放棄することを決定。物資、装備など全てを持って撤収が行われていた。

 

「損耗はどうなっている?」

 

リノは隣にいたエリノラ聞くと彼女はレポート用紙を見せながら言った。

 

「ジェガン一機が融合炉停止で、リゼル二機、キャノンガン一機はフレーム破損で本国に回収される予定よ」

 

「了解。怪我を負った隊員は?」

 

「現在、王国内の病院にて治療中です。数日後には本国に送還される予定です」

 

そう言い、リノの顔を見て少しハッとした表情を見せると彼の頬を触った。

 

「リノ、()()()いるよ」

 

そう言われ、ハッとしたリノは咄嗟に懐から手鏡を取り出すとうっかりしていたような表情を浮かべた。

 

「ありがとう」

 

そう言い左目に手を当てたリノは指を動かして指先に()()()()()()()()()()()を取り出した。このトラックには自分とエリノラ、クラウやテオの知り合いしか居ないのでホッとしていた。

 

「随分見慣れたわね・・・・」

 

「そうだね。でもやっぱ僕は前のリノの方が違和感がないなぁ・・・・」

 

クラウとテオがそう言い、エリノラも頷いていた。リノが『そうか?』と言うとクラウが言った。

 

「そりゃあ、ずっと一緒だとまだ違和感あるわよ」

 

「それもそうか・・・・」

 

リノは()()()()を見せながらそう言う。懐から新しいコンタクトレンズを取り出すと左目にはめて両目ともに同じ青色となった。リノは何事も無かったかのようにレポートを読んでいた。それを見ているエリノラ達の怪訝な視線も気にせずに・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先の作戦で合計四機のMSが戦線離脱。おまけに機甲軍の作戦域の失陥・・・・これは不味いな・・・・」

 

ホログラムに映された映像を見ながらリノは呟く。同時に同じ部屋にいた部下達が頷く。ここは戦闘大隊が間借りしている一室。そこではホログラムを囲うように全員が地図を覗き込んでいた。

 

「うん、南方地域に今重戦車型からなる重機甲部隊がいるそうだ」

 

おそらくは戦線突破用だろう。

そう呟くテオにリノ達は内心ハッとしていた。そういえば重機甲部隊は戦線突破用だったなと・・・・。

なぜそう思っているのか。それはもはやジークフリート要塞戦線に来るのは重機甲部隊なのが当たり前だからだ。だから失念していた、合州国以外では戦線突破用の常套手段だという事に・・・・。戦線に着く前に後方の自走砲にズタズタにされてしまう現状は本来ではあり得ないのだという事を忘れてしまっていた・・・・。

 

何せ二千万人という一個の小国を作れてしまう程の人数の軍人が常時配置についているのだ。おまけに弾薬に関しても規格化の影響で恐ろしい程低価格で前線に供給されている。

ある戦区では鹵獲した戦車型の120mm弾薬を詰め込んだザクマシンガンが使われていると言う。それに、あの時の大攻勢で大量の重戦車型を手に入れた合州国は遂にフェルドレスの開発に成功し、量産が始まった。

・・・・と言ってもそれは重戦車型の車体に改修したM61戦車の砲塔をポン付けしただけだが・・・・それでも合州国初の正式フェルドレスである事に変わりはないのだ。経過は良好のようで、早速前線で活躍していると言われている。

 

 

閑話休題

目下の作戦である竜牙大山拠点攻略の作戦に関して、リノは上進したある計画書の返事を待っていた。通信を待っていると外にいたEWACジェガンの搭乗員が叫ぶ。

 

「来ました!本国からの返事です!!」

 

そう言い、搭乗員は印刷された感熱紙の文字の羅列を読んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーさて、我々の目的は変わらず竜牙大山拠点の破壊なわけだが」

 

王城の一室、軍議などを行う広間ではヴィーカ、レーナ、リノの三人が席に座っていた。机の上には戦況図が投影され、いくつかのホロウィンドウを映し出していた。彼らの後ろにはそれぞれの副官が立って話を聞いていた。

 

「機動打撃群の損耗は作戦に支障はない程だな。俺も連隊も許容範囲だ」

 

その代わりシリンが犠牲となり、シン達の士気はダダ下がりだというが・・・・。

メンタルケアは必要ないと言うが、それでも心配というものはある。しかし、そうも言っていられないのが現状だ。

 

「こちらは一個小隊分の損耗が出ましたが、問題ありません」

 

「補充はどうなっている?」

 

「難しいでしょう。何せ、今の本国は新型フェルドレスの生産で手一杯なはずです。何とか上と掛け合っていますが・・・・」

 

「ああ、事情は察した。『無い袖触れない』という事だろう?」

 

「おっしゃる通りです」

 

合州国の新型フェルドレスという単語にレーナ以外の全員が『あぁ、あれか・・・・』と少し残念がった様子で少しだけ顔を下に向けていた。そのことが理解できずにレーナは少しだけ疑問に思っていた。が、ヴィーカは話を続けた。

 

「問題は我が国の本隊だ。補充を含めても戦力の抽出は難しいだろう。つまり、初期の作戦案はオジャンだ」

 

そう言い、全員が渋い顔をするも、ヴィーカは淡々と現状を言う。

 

「<レギオン支配域>、七〇キロ・・・・いや、今は九〇キロか。それよりも奥の竜牙大山奥に行くにはどうするべきか・・・・」

 

そう言うとホロウィンドウに新たな表示が出され。そこにはレギオンの種類、および総数が刻まれていた。

 

「まさに軍団か・・・・」

 

リノがそう呟き、全員が忌々しげに見る。するとレーナが提案をする。

 

「航空機ーー空挺は?」

 

「対空砲兵型が配備されているのは連合王国も同じだ。それに、阻電錯乱型の展開は一番きつい」

 

「ロケットエンジンはーー」

 

「挺身部隊を運べる機体は連合王国には無い。合州国のベースジャバーだといけると思うが・・・・」

 

ヴィーカはどこか思うようにリノを見るとリノは答える。

 

「はっきり言って危険極まりありません。ベースジャバーは確かにロケットエンジンを搭載していますが燃料タンクに装甲はないに等しく、おまけに剥き出し。一発でも弾が当たれば一瞬で火だるまです」

 

実際、要塞奪還の時に何個か燃えましたし。

 

そう言い残すリノに全員が『そんな危ないのか』と思ったであろう。ぶっちゃけ危険度で言えば核融合炉を搭載しているMSの方が断然危ないのだが、情報の錯綜を懸念してこの情報は一切伝えられていない。

サブフライトシステムの欠点をいい、当然却下されるとヴィーカは連邦の持っていた地面効果翼機、の話を持ち出すもこれも予備機がないと言うことで却下。その他にも多数の案が浮かび却下され。レーナの提案が採用された中、リノはあるファイルを取り出してヴィーカの前に置いた。

 

「殿下、これを見て頂きたく・・・・」

 

「ん?これは・・・・」

 

それは赤色のファイルに閉ざされ、『最重要事項』と書かれた数枚の紙が挟まれていた。『中を見てほしい』とリノが言い、ヴィーカが中を見ると目を見開いた様子で思わずリノを見てしまっていた。

 

「卿・・・・これは許可はとってあるのか・・・・?」

 

「・・・・はい、すでに本国に使用許可は貰っております。あとは連合王国の最高責任者の署名があれば、すぐに準備を始めます」

 

そう言うと連合王国の将官達が一斉にざわめき出した。一体何が書いてあったのか、レーナは疑問に感じていた。ヴィーカや他の将官たちがざわめくほどのものとは一体何なのか。そんな中、ヴィーカ達連合王国側と、リノたち合州国側の軍人達だけ残り、レーナたちは部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レーナが去り、会議室で話を終えたリノは帰り道、街のパブでブランデーを飲んでいた。

 

「やれやれ、今の彼らも忙しいな・・・・」

 

「それは仕方ないわよ」

 

グラスを一飲みしたエリノラが呟くとバーテンダーにカクテルの注文をして話し続けた。

 

「ふぅ、あの作戦でシリンが積み上がっていくのを見て何か思ったみたいよ?書類もミスが多いって・・・・」

 

「難儀なものだな。幼い頃から過酷な環境で生きると言うのも・・・・」

 

「当たり前よ」

 

そう言い、二人はため息混じりに酒を飲むとリノはさっきの会議のことを思い出していた。

 

「てっきり渋るかと思っていたが、まさかすぐ決まるとはな・・・・」

 

そう言い、国王陛下の署名の入ったファイルを渡されたことを思い出していた。

 

「そこまで余裕がないのよ。少なくとも合州国の()()()()を使いたいくらいには・・・・」

 

「一部威力を見てみたいと言う殿下の様な人がいそうだがな・・・・」

 

「それは・・・・そうね」

 

否定できないことにエリノラは若干苦笑してしまっていた。まぁ、あの兵器はかの一年戦争で猛威を振るった兵器であることに間違いはないからだ。ただデカすぎると言う点を除けば・・・・

自然の恵みを兵器にすると言う一部の人間が自然の冒涜であると叫ぶその兵器は連合王国の許可をとり終えて現在発射のための準備が進められていた。

 

「大体一週間で準備が完了するそうよ」

 

「そうか・・・・」

 

リノは小さく呟くと仕事の話を終えてその日は遅くまで酒を飲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻 合州国西方亜熱帯地帯 アストリア合州国陸海空軍総合基地 ジャブロー

 

そこでは多数の藤色に塗装された合州国海軍の艦艇に数多の物資が補給されていた。

 

「まさか、またこれを使うとは・・・・」

 

艦艇を見ながらライトグレー色の軍服に身を包んだ老将が呟く。その横で副官がタブレットを見ながら報告をする。

 

「閣下、物資の搬入、人員の配置が完了いたしました」

 

「分かった。出港までに間に合いそうか?」

 

「はっ!このまま問題なく進めば定刻通りに打ち上げが可能であります」

 

「よし、作業を進めてくれ」

 

そう言うと老将は昔に比べて弱ってしまった足腰に鞭を打って歩き出す。

 

一年戦争が終結して二八年、思い出すのはルウムで大敗したあの記憶。合州国にとって歴史の転換期となったあの戦いだ。あの戦いを今でも忘れる事はないだろう。

 

戦争が終わり、MSの配備が進んだことを確認し、定年で予備役となった後。余生を静かに過ごしたいと思っていたが、レギオン戦争が始まり私は再び軍に召集された。昔の様に雄弁を振るう余力もないが、こうしてまた戦場に赴くとなるとは・・・・

 

 

 

 

 

久しぶりの打ち上げに身体を壊さなければならないといいが・・・・

 

 

 

 

 

老将、ヨハン・イブラハム・レビル名誉元帥はそう思いながら今作戦の旗艦兼座上艦であるマゼラン級改《アナンケⅡ》に乗り込んだ。




ようつべで見つけたガンダム8bitメドレーがめっちゃオススメできるから聞いて欲しい!!


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#40 伝説の指揮官

連合王国 前線基地

 

そこでは格納庫に山積みになったレギオンの残骸があった。

 

「うわぁ・・・・クッサ」

 

様子を見に来たハルトが思わず呟く。それを聞いたリノがハルトを見て納得した表情を浮かべた。

 

「そういやぁ、タバコは苦手だったか・・・・」

 

「あぁ、うん・・・・それもそうだけど、これもすごいな・・・・」

 

そう言ってハルトはボロボロになって山積みになった戦車型の山を指差す。それを見てあぁ、と言った様子でタバコを咥えていた。

 

「ふぅ・・・・しかし、随分と溜まったもんだ・・・・」

 

そう言い、戦車型とはまた別の見た目をしたレギオンの残骸を見ると格納庫に叫び声が聞こえた。

 

「リノ!!リノ・フリッツは何処だ!!」

 

ゲッと言う表情と共にリノは声を出した。ハルトもよく知るその声にいつの間にかどこかの走って逃げていた。

 

「は、はい・・・・ここにおります」

 

そう言って顔を覗かせるとそこには青筋を立てたナッパ服を着た黒髪の親父が立っていた。彼の名はタギア・サカキ、極東黒種の男性で今まで多数のMSを整備してきた事から《整備の神様》と拝められている人で整備はピカイチで、ストライカー戦闘大隊の整備班長をしている。

なお、彼はあのドミトルですら『おっかない』と評する事からストライカー戦闘大隊で最も強い人物としても有名である。なお、ハルト達からは『合州国版アルドレヒトのオッサン』と言っている。

 

「貴様!またやらかしやがってこの青二才が!!」

 

「えーっと、何しましたか?」

 

「こんの大馬鹿が!!あの機体の砲塔をを吹っ飛ばしやがって!!試作品なんだからもっと大事に扱え!!」

 

補給するこっちの気持ちも考えろ!と、叫んでいた。と言うのも先の行動でリノのハミングバードは球体砲塔をレギオンに破壊されてしまったのだ。ただでさえ試作品だったので、本国に部品を要求しようにも届くまで時間がかかるのだ。

 

「いやぁ、通常砲塔に戻せば良いじゃないですか。そのための部品はあるのですから」

 

「ふざけるな!!お前は整備班を殺す気か!大体お前と言う奴はな・・・・」

 

その後数十分ほど、リノは説教を喰らうのだった・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ・・・・まじでアルドレヒトおっさんじゃん・・・・」

 

「だから言っただろ?」

 

倉庫の別区画、レギオンの残骸の影からハルト・ダイヤ・セオの三人が顔を覗かせていた。彼らは逃げてきたハルトから事情を聞いて、気になって見に来ていたのだ。タギアの怒鳴り声を聞いた三人は懐かしさを感じていた。

 

「なんか、こうしてみるとやっぱリノの対応は違うんだね」

 

「シンだとあんな感じじゃないもんな」

 

「機体壊すのはにているのにな」

 

「「本当にそれ」」

 

ハルトの言葉に二人はハモっていると怒鳴り声と愚痴が止み、二人がいなくなっている事に気がついた。

 

「あ、もう居なくなった」

 

「説教は終わったんだな」

 

そう言いながら残骸を見ているハルトたちは少し疑問に思っていた。

 

「これ使って何するんだろう・・・・」

 

そう言いながらセオが撃破された戦車型の残骸を見ると疑問に思っていた。正直、何をするのか想像もつかないのでどんどんゴミのように積まれていくそれ(レギオンの残骸)は気の良いものでは無かった。

 

「本当、何に使うんだろう・・・・」

 

セオは残骸の山の下でそんな事を呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・で、私たちは後方で待機なのね?」

 

「ああ、部隊の半分を率いて何かあった時に動けるようにしてくれ」

 

「了解したわ」

 

作戦室でリノ達が集まっていた。その内エリノラとクラウはリノからの指示で残存するMSの約半数を率いて後方待機を命じていた。今回の作戦に合州国の兵器の試射も兼ねての攻撃が行われるため、二人は観測要員としての役割も兼ねていた。

 

「作戦開始の一時間前に攻撃が行われる。何せ、一年戦争時の戦略兵器だからな。今回で上手くいけば恐らく今後戦争で使用する子が確実だろうな」

 

「どうして今まで使わなかったのかしら?」

 

「友軍を巻き込む可能性があったからだろ」

 

「でも、威力が大きすぎて撃つならレギオン支配域なのは確実ね」

 

四人はそう言っていると隊員が入ってきた。

 

「隊長、時間です」

 

「ああ、了解した・・・・テオ、行くぞ」

 

「了解。じゃ、行ってくるよ」

 

そう言うと作戦室から男達が出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのレギオンはそれを飛んでいた。それもその筈でそれは現在、連合王国て重層展開をしている阻電攪乱型だからだ。

数グラムの超軽量の機械仕掛けの蝶のさらに上空。高度六〇キロ、俗に中間圏と呼ばれる場所をその機体達は飛んでいた。

 

『うわぁ・・・・凄い眺めですね』

 

「気をつけろ。対空砲兵型の砲撃がある可能性があるからな」

 

『そうそうこんな高さ、電子装備の妨害で当たらないでしょうに』

 

『そう言う慢心で死ぬやつを何度も見てきた』

 

そこには一機のウェイブライダーのガンダムと追いかけるジェガンやリゼルの姿が見られた。彼らは重層展開中の阻電錯乱型の層をブチ抜き、上空強行偵察と共にある場所に通信を行っていた。さすがにこの高さでは電波妨害も届かないようで、通常の通信が可能であった。

 

『通信状態は良好。隊長、艦隊司令から通信が来ている。繋げる?』

 

「ああ、もちろんだ」

 

EWACに乗ったテオがそう聞き、リノは頷くとレーザー通信でリニアシートに映像と音声が入った。

 

『ジジッ・・・・さて。君たちには初めまして、と言うべきだな』

 

そこに映ったのは白く大きな顎髭が特徴の老人であった。しかし、その気配には今までの経験からよく練られた年相応の威圧が感じ取れた。軍服につけられた階級章を見て偵察隊の全員が目を大きく見開いた。

 

 

 

名誉元帥

 

 

 

それは一年戦争において合州国の歴史に大きく関わり、戦争時には多大な戦果をもたらした実績から彼の為に作られた新しい階級。そして、彼しか認められていない、まさに生ける伝説(Living Legend)その人であった。

 

『私はヨハン・イブラハム・レビルだ。今回、作戦を指揮する指揮官となった老耄だ』

 

ヨハン・イブラハム・レビル

それは合州国国民であれば誰もが名前を知る歴戦の老将である。合州国にMSの運用の必要性を説き、一年戦争を勝利へと導いた英雄でもある。戦後、MSの配備を見届けた彼は名誉元帥の称号を与えられ、退役した筈であった。米寿を超えたはずの合州国の英雄はおよそ二〇年ぶりに戦場に戻ってきていた。

その事にリノ達は動揺してしまっていた。まさかあのレビル将軍が指揮をとっているとは思っていなかったのである。咄嗟にリノはれビルに向かって挨拶をする。

 

「初めまして、レビル元帥。私はストライカー戦闘大隊大隊長。リノ・フリッツ中佐であります」

 

『ああ、噂は予々聞いている。とての優秀なパイロットだと聞いている』

 

「光栄であります」

 

まさかの人に名前を覚えてくれていることに緊張を隠しきれないリノにレビルは話し続ける。

 

『君たちの作戦は聞いた。私にできることは無いが、君達の活躍に期待しているよ』

 

「はっ!」

 

『では、また作戦開始日に話そう。失礼する』

 

そう言い、通信が切れるとしばらく全員が同様してしまっていた。MSの操縦がおぼつかない程に・・・・

 

そしてしばらくの沈黙が降りた後、テオがやっと声を出す。

 

『・・・・・・・・・・ビックリしたぁ・・・・』

 

本当本当。そう言いたかったが、とてもそんなこと言っていられなかった。まさかレビル将軍が軍に戻ってきていたとは思わなかった。てっきり軍を引退して余生を過ごしていると思っていたからだ。実力主義の叩き上げ将軍は戦後も合州国再建に尽力し、レギオン戦争序盤ではわざわざ家から飛び出して前線を指揮したと言う噂も流れていた。

そんな人が今度の作戦で指揮を取ると言う事にリノ達は困惑と興奮が入り混じった気持ちでいた。

ただただ『とんでもない人が出てきた』と・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、リノ達はレビル将軍が来ている事に困惑しながら基地に帰還した。




素朴な疑問:ビーム兵器を撃つ時にマガジン以外の電力を使うのか。知っている人がいたら教えてください。


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#41 太陽が落ちる日

その日、リノは病院まで車を飛ばしていた。その理由は簡単でシンが病院に運ばれたからだ。作戦行動中のもので極めて軽症らしいが、念のためという事で搬送されたのだと言う。

助手席にはクラウが乗り込み、悪態をついていた。

 

「全く、相思相愛なんだからもうちょっとなんとかできんのかね?」

 

「それはご尤も・・・・見えた!」

 

病院が見えてきたリノは軽装甲車を病院の前で急停車させた。

 

キキーッ!

 

駐車場にダイナミック駐車をしたリノ達は車を降りるとそのまま病院に向かって走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

病院に着くと出口からレーナが目を少し赤くして出て来たので、後の事をクラウに任せるとリノは病院内に入って廊下でヴィーカと話しているシンに一言申した。

 

「おい、女の子を泣かせる糞野郎」

 

「いきなり爆弾持ち込みよったな。リノ」

 

ヴィーカが苦笑しながらそう言い、リノはシンに少しだけ叱っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、シンと喧嘩ねぇ・・・・」

 

車内でレーナが俯きながら言う。その横では同じ様に駆けつけたグレーテが乗り込んでいた。クラウはレーナからこうなった経緯を聞いて少し初々しく感じていた。

 

「(夫婦喧嘩は犬も食わないとはまさにこの事かしらね・・・・)」

 

これでいて二人とも気づいていないのだからもどかしいったらありゃしない。そう思っているとレーナが呟く。

 

「し、司令官が人前で泣くなんて・・・・」

 

「なぁに言ってんのよ。ウチらも含めてだけど、三十路にもならん人が殆どのこの部隊が異常なのよ」

 

クラウの言う通り、第86独立機動大隊やストライカー戦闘大隊に三十路を超えてくる人はほんと基地の食堂のおばちゃんか、ストライカー戦闘大隊の整備班や他数人くらいだろうか。

そんな感じでとにかく若手しか居ないこの部隊は経験不足というのも多いだろう。そんな部隊の司令官は明らかに経験不足と言えるだろう。

 

「そうよ、まだまだ貴方も、私たちも経験は浅いから・・・・」

 

「でも、これだけは言っておく。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

やや含みある声でクラウはどこか後悔する様に言っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日も、阻電錯乱型は連合王国の空を飛んでいた。日の上らない夜は充電のために競合区域から支配域に戻り、朝になって戦場に戻る。と言うのを繰り返していた。

その日もいつもと同じく重層展開し、夜明けの朝日が銀の羽に反射し全天を血の真紅に染め上げていた。

 

しかし、今日は違った。朝日の日の光がいつも以上に眩く光り。その瞬間、上空を飛翔する全てのレギオン・・・・阻電錯乱型、警戒管制機型諸共消滅していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『・・・・ソーラ・システムの着弾を確認。誤差修正問題なし』

『第二射、射撃用意。目標座標変更、位置は・・・・』

『艦隊司令艦より通信。第二射射撃準備完了まであと三分』

『前線観測班より報告!当該地域の全てのレギオンの消滅を確認。作戦を開始を求めて来ています』

『作戦開始。〈スロゥネ〉射出せよ』

 

数多の通信が聞こえ、ぽっかりと空いた青空に火を吹く車輪を持った何かが射出された。

その麓では()()()()()()が背部のカタパルトにシャトルをつけていた。制御機構が破壊されたとはいえ、背中のカタパルトは十分使える。

ここ最近の作戦で戦車型の残骸と共にこの電磁射出機型を回収していたのだ。カタパルトからは多数のコードがはみ出し、待機状態のMSに繋げられていた。その中の数機ではレーザー通信で合州国軍の兵士が通信を行なっていた。

 

『第二射照準固定。発射用意完了!』

『第二射、攻撃を開始せよ』

『了解、第二射。射撃を開始する』

 

通信先は遥か彼方上空。高度一〇〇キロ、俗に言う宇宙空間と呼ばれる場所にあった。

そこには数多のミラーパネルが凹鏡面を作り出し、太陽を映し出していた。

そんなミラーの後方。地球を眺める様に何隻もの藤色の艦艇が繋げられていた。そのうちの一隻。大艦巨砲主義を体現した様な見た目のマゼラン級戦艦。その内部でレビルはミラーパネルを見ていた。

 

「やれやれ、ソロモンの時に使った兵器を見ることになるとは・・・・それも、こんな形でな・・・・」

 

そう呟くレビルの横で多数の士官が走り回って指示を出していた。ジャブローから射出されたレビル率いる特別艦隊は輸送艦にソーラ・システムを発動するためのミラーを積んで護衛のサラミス改と共に宇宙に上がっていた。

 

「第二射移動完了。射撃開始!」

 

「了解、照準合わせました」

 

「観測班より報告。G15、およびG16区域には射撃を禁止せよとのこと」

 

「了解した。第三射はどうだ?」

 

「はっ!必要なしとの事」

 

「そうか・・・・これで前線での資料は集まったか・・・・これから忙しくなりそうですな」

 

そんな士官の独り言にレビルも内心同じ事を思っていた。

 

「(戦争も変わらざるを得ないか・・・・)」

 

それはかつて、ルウム沖海戦でMS相手に大敗した時に呟いた一言であった。あれから世界は大きく変わった。戦後、レビル派と呼ばれるMS拡張を訴える派閥が合州国の軍を抑え、今ではレギオン戦争の戦いの主力はMSとなり、戦争を有意に進めていた。

 

「(それに、最近はそのMSですら無人化が行われていると言うではないか・・・・やれやれ、時代に置いていかれてばかりだな)」

 

おまけに、戦線には数は少ないが鹵獲されたザクが出ていると言う。歩く的だというがいずれは変わってしまうのだろう。撃破した機体は博物館から持ち出したと言うこともありランドセルや核融合炉すらなく、電源はバッテリーとエネルギーパックの状態だと言う。合州国ではこの復活させたソーラ・システムをそのまま合州国の競合区域に撃ち込む算段だろう。一昨年の大攻勢でところどころ突破を許したから、面で潰すと言う考え方に至ったのだろう。

なにせ大攻勢の時、戦線が突破された時にN2爆弾を使おうとしていたのだから、相当焦ったことが伺える。

今回は威力を落としたことから上空に展開している阻電錯乱型と下にいる筈のレギオンを燃やしたり溶かすだけで終わったが、こっちの方が連射も金属回収も出来ることから毎回この形になるだろう。

 

「(数ヶ月は地上に戻れないか・・・・)」

 

レビルは座乗艦である宇宙戦艦に乗り込みながら地上で活躍している若き英雄達を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うわぁ・・・・』

 

『これは酷い・・・・』

 

それは出撃したセオ達が呟く一言であった。挺身した彼らは山脈の奥に光柱が落ちているのが見えて、それが合州国の兵器だと聞いていたが、その着弾跡を見て苦笑してしまっていた。

 

『うわぁ・・・・戦車型がドロドロだよ・・・・』

 

そこには待機していたであろう真っ赤に熱せられてドロドロに溶けたレギオンの残骸が山になっていた。森の木は全て消失し、雪が溶けて焦土と化していた。

 

「これが・・・・ソロモンを堕とした。かのソーラ・システムか・・・・」

 

指揮室で映像を見たヴィーカが呟く。太陽を使った戦略兵器。これでも出力は最高ではないのだから笑うしかない。

 

「単純な構造ゆえに増産も可能か・・・・恐ろしい兵器だな」

 

この攻撃を後に彼はこう綴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーそれは、まるで太陽が落とされた様であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パンジャンドラム・・・・」

 

「お?卿、この兵器の元を知っているのか?」

 

「えぇ、まぁ・・・・珍兵器の代名詞みたいなものでしょう」

 

重装甲トラックの中、二人は呟く。現在リノ達の部隊はレギオン支配域奥の竜牙大山拠点に進出する為、作戦行動中であった。今回の作戦で投入されたスロゥネと呼ばれた兵器を見て思わず呟いてしまった。

 

「卿もよく知っておるな。あれは叔母上・・・・先代の紫晶が作り出したものだ」

 

つまり22世紀版パンジャンか・・・・

紫晶に関しては前に誰かが『頭のいいアホ』と言っていたが、あながち間違いじゃないかもしれない・・・・。少なくともこんな兵器を作ろうと思う時点でかなり頭がイカれているのだろう。それも、あのアバディーンにいる科学者と同じくらい・・・・

シン達の会話で横にいるヴィーカが結構真面目に動物爆弾を提案しようとしており、『あぁ、本当にイカれてる』と思ってしまっていた。

その視線の先、山脈奥では空からまた光が落ちて来ていた。

 

「(しかし、焦げ臭い。何もかも燃やしているせいか・・・・)」

 

リノは鼻につく焦げた匂いを少し嗅ぐとそう思っていた。実際、前進中の部隊からはドロドロに熱せられたレギオンの残骸が多数見つかっていると言う。

 

「(このまま上手くいけばいいが・・・・)」

 

そう思いながらリノはトラックを移動してコックピットの扉を開けて乗り込んだ。



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#42 慣れた格好

今回から砲口径表示をインチからミリに変えてみました。


「ーーなるほど、これはみんなが着たがらない訳ねぇ」

 

アンジュがツィカーダを引っ張りながら呟く。ここはコックピットだからいいもののこれは流石に人目を気にしてしまう格好であった。

 

『これ、レーナも着ているんでしょ?よくこんなの着たね・・・・』

 

知覚同調でクレナがそう言い、どこかソワソワした様子で言う。今回、スロゥネの起爆の際に電磁射出機型の為に着たとは言え恥ずかしいものがあった。

 

『帰ったらあの王子に絶対雪とかぶつけてやる・・・・』

 

クレナはこれを開発した張本人に恨み言を呟きながら次の指示を受けていた。その次の瞬間、アンジュとコート渡しに来たダイヤとダスティンの悲鳴が上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・リノ、四回目の射撃が終わったわ。次の砲撃は必要?」

 

『いや、十分。後はこっちでなんとか出来る』

 

ハミングバード二号機のコックピット。その中でエリノラがアンジュ達と同様、ツィカーダとノーマルスーツを着て通信をする。元々合州国軍のノーマルスーツでこう言うぴっちり系のスーツには慣れている彼等はツィカーダを着た上で慣れた手つきでジャージを着ていた。そしてそのまま通信を開いていた。

 

「進路、啓開完了。いつでも行けるわ」

 

『ーー了解しました。挺身部隊。進発を』

 

レーナの声が通り、部隊は進撃を開始した。事前の無差別攻撃に息を飲んだ将兵が多い中、部隊は焼け焦げたレギオン支配域に向けて進発を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさか、空から攻撃をするとは・・・・

 

おかげで前線部隊は壊滅。虎の子の重戦車型までも通信が途絶えた。警戒管制型の最後の映像は真っ白になった映像だけだった。だが、他の戦域の機体の映像が空から降り注ぐ光の柱を見て生前の記憶が思い返される。

 

合州国がいる事は分かっていた。

 

連合王国が攻勢に出なければならない事は分かっていた。

後者に関しては財も民も湯水の様に使う事は想像していた。だから・・・・

 

詮無いことだと、複合センサを振る。もう意味がない。何故〈レギオン〉を作ったのか。

 

今の自分はレギオン指揮官。識別名〈ミストレス〉。

そうでしかない。

 

《ミストレスより、梯団各機》

 

《迎撃準備。ーー突出する敵を殲滅しなさい》

 

願わくば、直接会って過去の贖罪をしたい。

 

ーーー過去の自分の過ちを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生前の唯一の未練を思い出しながらミストレスは指示を出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

重装甲トラックの荷台から()()()()()()()()()獅子のマークに白く、青いラインの入ったガンダムが起き上がる。それに続くように後続のトラックからも白一色のMSが起き上がる。

MSは片手にビールライフルや実弾銃を持つと動き始めた。

 

「総員、所定の指示に従い作戦開始。数機のジェガンは俺と共にレギオンの拠点に侵入する」

 

『『『了解』』』

 

今回連れて来たのは先の戦闘で抜けてしまった分を再編成して組み合わせた特別混成部隊。その為、機体はバラバラでリゼルやジムⅢ、ジェガンなどごちゃ混ぜになっていた。

 

「スピアヘッド戦隊の援護を開始する。総員、撃てぇ!!」

 

チュォォォォォンン!!チュォォォォォンン!!チュォォォォォンン!!

 

今回連れて行くMSは自機を含めて四機、残りは司令部の護衛をする事になっている。俺のガンダムとテオのEWAC、それからジェガンA型二機である。

ピンク色に近いビームが戦隊の両翼を貫き、増援のレギオンを両断する。

 

「続け!後方の部隊には援護射撃を要請。戦車も前に出せと言え!」

 

そう言うとMSは一気に前進を開始し、攻撃を行う。スピアヘッド戦隊の後方八〇メートルの位置でEWACに映る敵情報と共に射撃をする。

 

「三時方向 距離四千 重戦車型および重機甲部隊を確認」

 

『こちらも確認。砲撃を行う』ドォォン!!ドォォン!!

 

シュゥンッ!! ドンドォォン!!

 

後方のM61戦車から155mmの砲弾が届き、小さく無い爆炎と共にレギオンは粉々になっていた。

 

『後方は任せな。退路の確保はウチらでしておくよ』

 

「よろしく頼みます」

 

そう言うとリノ達は後ろで響く砲撃音を横目にシン達の後を追って拠点内へと走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視界にはゴツゴツとした岩の壁を歩くレギオンの姿を見た。

そこには重戦車型の姿も確認でき、まさに堅牢という他なかった。

 

「ーーー構造はだいたい把握できたか・・・・」

 

オートパイロット機能で拠点入り口まで向かっているリノはコックピットで拠点内部の構造を見ていた。

見て来た映像を記憶に叩き込むと拠点の入り口を見た。

 

「大きな洞窟だな・・・・」

 

そこにはMSが入れそうな程の大きな穴が空いており、それはリノのハミングバード一号機でも通れる大きさだった。入口では足元に白煙が広がり、スピアヘッド戦隊の面々が文句を言っていた。

 

『チャフだ!!』

『くそっ、前が見えねぇ!!』

 

「落ち着け」

 

混乱する彼らを軽く一喝するとコックピットに映る警告を見た。

 

「気をつけろ、外気温が高くなっている。ある程度時間が経ったら撤退しろ」

 

『『『『了解!!』』』』

 

リノの言葉に全員が返事をするとリノは後ろにいるMSに指示を出す。

 

「ホーンドアウルとジェガンAはここで待機」

 

『た、隊長はどうされるのですか?』

 

ジェガンに乗る一人、コロン・バード中尉が聞くとリノはふっと笑みを浮かべる。

 

「ちょっと気になることがあったんでね。拠点のレギオンを相手してくる」

 

そう言い残すとリノは単機で拠点内に進んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

拠点内を進むリノはギリギリ動かせる肩の砲身を前に向ける。右肩には修理の終わった球体砲塔を取り付け、左にはどこか艦砲を思わせる連装砲に改修を加えたビームガンが前を向いた。

 

「・・・・来たか!!」

 

視線に先に見えたのは金属的な色に青いセンサーモノアイが特徴的なレギオンザクが現れた。両手に戦車型の砲塔の様な120mm砲を取り付け、不恰好な様相を見せていた。

リノは接近戦のため、右ににビーム・スマート・ライフル。左にビールサーベルを持った。少しの睨み合いのうち、先に相手が仕掛けた。

 

ダンッダンッダンッダンッダンッ!!

 

半自動砲特有の間のある発砲音が聞こえ、リノに向かって120mm弾が飛ぶ。それを避け、持っていたビール・スマート・ライフルの引き金を引く。

 

ーーーチュォォォォォンン!!

 

一発の青白いビーム光線はレギオンザクの胸部を過貫通。さらに後続のザクをも貫通させた。バチバチッ!と青白い過電流と共にザクはショートを起こして崩れ落ちる。報告通り、主電力は核融合炉ではなくエネルギーパックと充電された電気。スラスターすらない貧相なものであった。

 

「雑兵が・・・・いくらでもかかって来い!!」

 

コックピットでリノはそう叫んでビームサーベルを振り回していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ーー来たのね》

 

拠点内最奥、その場所で待機状態のミストレスは拠点内第一層の鹵獲したザクⅡの待機場所で戦っている一機のガンダムを見た。肩に描かれた左右の目の色が違う獅子のパーソナルマークとその機体を見て、ミストレスはその機体に誰が乗っているのか思い出していた。ただでさえ重戦車型より生産性が低く、量産が難しいザクを易々と倒してしまうその動き回りはまず彼で間違いないだろう。

 

レギオンの要注意戦力には載らないが、彼女にとっては重要な相手。

 

あの頃はまだあんなパーソナルマークなんて持っていなかった若い兵士。

 

そしてーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《もう少しか・・・・》

 

ミストレスは()()()()()()()()()レギオンの機体を思い出しながら思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、スピアヘッド戦隊は間欠泉から噴き出る蒸気や、マグマを見ながら思わず呟く。

 

『うわ、こんなの当たったらオーバーヒートしちゃいそうだ』

 

『とっとと抜けようぜ』

 

今まで何機もの重戦車型などのレギオンを見ては撃破するのを繰り返している。しかし、ここは火山の中。マグマが近くを通り、気温はぐんぐん上昇して冷却設備は悲鳴をあげそうだった。

そんな通路を歩いていると何処からか地響きの様なものが聞こえた。

 

・・・・ズシンッ!!・・・・ズシンッ!!

 

『ねぇ、この揺れってなに?』

 

『結構近いわね・・・・重戦車型?』

 

『いや、こんな揺れないでしょ。多分、別のだと思うけど・・・・』

 

全員が警戒を強めている中、地響きはドンドン大きくなっていき、そして・・・・

 

 

 

ドガァァァァァァンンンン!!!

 

 

 

岩で出来た壁から爆音と土煙を立てなから二機のMSが出て来た。

 

『何だ!?』

 

『う、後ろに下がれ!!』

 

『も、MS・・・・!?』

 

挺身中の部隊が驚く中。飛び出て来たMSの内、銀色の青いセンサーを持ったMSに白いガンダムが片手に桃色のビームサーベルを持ってザクの胸の部分に突き刺していた。

 

 

ジュオォォォ・・・・

 

 

ビームサーベルが金属を融解し、真っ赤になるとゴゴゴと金属音とスパークを起こしてザクは停止した。

ザクの停止を確認したガンダム・・・・リノの乗るハミングバードはビームサーベルをしまっていた。その時、シンは思わず知覚同調で乗っているであろうパイロットを呼び出す。

 

「・・・・何をやった?」

 

『いや、拠点にMSが入れるのが不思議だったから調べたんだ。そしたらこのザマよ』

 

レギオンの奴ら、拠点にザクを隠していやがった。と言い残して沈黙したザクを見ていた。確かに声はしていたが、まさかザクだったとは・・・・。

性能的にはレギンレイブの主兵装の88mm砲でも撃破出来るらしいが、背中のバッテリーか制御系を撃ち抜かないと完全には止まらないと言うまさに自走地雷の超大型バージョンといった様子だと言うザクⅡ、一年戦争では傑作だったこの機体は今ではただのお古。つまりリノのガンダムで負ける事はないと言うことだ。

だけど派手にやりすぎだと文句の一つは言いたかった。お陰で行軍が停止してしまったと言うと『それは悪かった。今から退かせるから待ってろ』と言ってザクの残骸を持って崩れた岩を退かすと開けた穴にザクを放り込んで詰め込んでいた。

 

『ほい、道は開けといたぞ』

 

そう言って簡単に片付けた道を見て全員がポカンとしているとリノはそのまま俺たちに道を開けた。

とりあえず目標の場所まで向かおうとした時、その声が聞こえた。

 

『・・・・奴か』

 

その声は繋いでいたリノにも聞こえた様で、全員が頷いた。

 

 

(高機動型)が来た・・・・と

 

 



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#43 機械の暴走

白い闇の中、それは動いた。

潜んだ雪の中で。予測された挺進部隊を、確実に殲滅するために配置された場所で、それは動いた。

 

《ーー再起動。システムチェック》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《戦術データリンクより任務通達》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《任務完了。敵挺進部隊の退路襲撃。襲撃位置確認。移動を開《棄却》《戦術データリンクの指令を棄却》《棄却》《棄却》《棄却》《棄却》《棄却》《棄却》《棄却》《棄却》《棄却》《棄却》《棄却》《棄却》《棄却》《棄却》《棄却》《棄却》《棄却》《棄却》《棄却》《棄却》《棄却》《棄却》《棄却》《棄却》《棄却》《棄却》《棄却》《棄却》《棄却》《棄却》《棄却》ーーー》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ーーー目標確認。ロールアウト時の初期目標確認》

《初期目標:全敵性存在への優越確率》

《即ち、勝利可能な進化の達成》

《故に敗北は許されない》

 

それはある意味でシステムを逸脱した異常な存在へと変貌しつつあった。

 

《故に、撃破未達成の敵性機の撃破は、初期目標達成の為に最優先されると判断》

 

《任務再設定》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《最優先撃破目標:バーレイグ》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

『・・・・高機動型だね』

 

『ああ、ようやくお出ましらしい』

 

シン達が少々表情をこわばらせる中、リノはコックピットでその機体を探していた。

 

「ーーーーコイツか」

 

見えたのは焦土となった雪原を走る光景。見える太陽の方角からしておそらくは北に・・・・

 

 

 

ーー北?

 

 

 

なぜ北に向かっているのだ?退路はもう少しズレているのに。それにこの先は・・・・っ!まさか・・・・

 

『ーーレーナ!警戒を!高機動型は()()()に向かっています!!』

 

その考えと共にシンの声が響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・高機動型が、この発令所に?なぜ・・・・」

 

レーナは高機動型の無意味な行動に疑問を抱いた。

本来撃破するべきは挺身部隊のはず。なのに何故か・・・・

 

だが、こっちに高機動型が来ていると言うのであればやる事は一つ。

 

『シデン!』

 

『おうよ!』

 

迎撃をせねば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

降り頻る雪の中、漆黒に塗装された〈キュプクロス〉と司令部護衛をしているMSは雪原で待ち構えていた。

敵の種類、行動範囲から来るであろう進路を予測して待ち構えていた。ジェガンのシールドを雪原に突き刺してバリケードを作り、横隊を作って迎撃準備を終わらせた。その足元ではレギンレイブが攻撃に備えていた。

 

シデンはスクリーンを見ていると一瞬だけ雪原の雪が舞った。高感度センサはそれを逃さなかった。

 

「撃てぇ!!」

 

地を這うような高度から仰角ギリギリまで。網を広げるように88mmキャニスター、および60mmバルカン。

その内数発が銀の破片を飛ばし、銀色の獣を見る。鋭い羽状の装甲を見せ、俊敏な四肢を雪原に突き立てる。

もはや見慣れたものだ。

それに、装甲が剥がれればなんて事はない。面で攻めればいいのだ。その瞬間、ジェガンのビームライフルが殺到してグレネードも投げられ、爆発した。

その爆炎に高機動型は巻き込まれ、その獣はーーーあっけなく四散した。

 

『レーダーの反応消失ーーー高機動型の沈黙を確認。・・・・さすがです』

 

後方の発令所でレーナが呟く。

しかしシデンは今まで八六区で暮らして来た感が働く。

 

 

明らかにあっけなさすぎる。

 

 

するとシンが息を詰めた。それと同時にシデンは総毛立った。

 

『各機、警戒しろ!ーーーまだ死んでない!』

 

「っ・・・・!」

 

咄嗟に飛び退いたのは経験と勘からだった。常に死が隣り合わせだった八六区での経験が、殺気を超えた何かを感じた。

その直後、目の前に高周波チェインブレードが突き刺さり、薄くキュプクロスの装甲が剥ぎ取られた。

 

『ちっ!撃て!バルカンだ!!敵複数!!・・・・うぉっ!』ギンッ!

 

ジェガンの右腕にチェインブレードが巻き付く。するとチェインブレードは右腕を切り、またどこかに消えていた。

 

「どう言うことだよ・・・・!?」

 

その光景にシデンは思わずつぶやいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「どう言うことじゃ・・・・?」

 

その光景は後ろの発令所でも見え、全員が困惑していた。すると先ほど右腕を切り落とされた合州国の兵士が叫ぶ。

 

『ダミーだ!偽物が紛れてる!ちっ、これじゃ埒が開かない・・・・!』

 

ダミー?

 

疑問に思うとグレーテ大佐が言う。

 

「よく見なさい。攻撃して四散したのは()()()()よ」

 

「あ・・・・」

 

()()、それは高機動型の本体の色だ。つまり流体装甲を取っている。

 

「本体とダミーが交互に光学迷彩を点滅させて移動しているように見せているの。装甲としての強度があるなら、それ自体がフレームにできると言うことね・・・・」

 

「何かしらの方法で妨害は出来ますでしょうか?」

 

「どうでしょう?元々流体装甲には変形機能があるらしいから。ああやってバルカンで面斉射の方が効果はあるでしょうね」

 

現在、戦況は混乱している。ダミーと本物が混在する中。下手に指示を出すのは難しく、移動予測も立てれない。

現在、応援でクレナ達が追いかけているらしいが、場所が場所なので間に合わないかもしれない。

せめて目的がわかれば・・・・

 

ん?目的?

 

そういえばそうだ。高機動型がこんな事しているのに応援に来ないのは何故だ。

何故発令所を襲ったのだ。

 

まさか・・・・

 

「暴走・・・・?」

 

そう思うと一連の行動のも納得がいく。

シンの異能はレギオンにも伝わっているようで、おまけにレギオンも鹵獲したいと考えているはずだ。しかし、味方の増援が来ていない現状、単機で来ることはおかしいのだ。

シンの異能は非常に重要。だから後方に置くと思っている。だが実際はシンは最前線にいる。それは向こうも確認をしているはずだ。だが、こうしてここにいるという事は・・・・

 

「ヴェンツェル大佐。万が一の時は指揮をお願いします」

 

「大佐?一体何を・・・・まさか」

 

「敵をここに引き付けます。観測要員は退避を!」

 

レーナの提案に全員が愚痴る。

 

『ちっ、ふざけんな女王陛下!!』

 

『本気ですか!?』

 

『おいおい,冗談はよしてくれよ・・・・』

 

全員が困惑をする中、レーナは高機動型撃破の為に動き始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ頃、竜牙拠点内部では・・・・

 

『撃ぇ!!』

 

チュォォォォォンン!!チュォォォォォンン!!

ダダダダダダダダダッ!ダダダダダダダダダッ!

 

ビームライフルと127mmマシンガンを持って射撃をする。今回からブルパップ式の最新型になったこのマシンガンはオプション装備で多種多様な装備が取り付けられていた。その為、中にはグレネード投射機を付けたものまでいた。

 

ボンッ!・・・・ドォォン!!

 

発射されたグレネードは爆発し、出て来た戦車型を木端にしていた。

 

『進路確保。隊長、行けます』

 

「了解した。退路は歩兵部隊が確保した。これより我々もガキどもを追いかけるぞ」

 

『『『了解』』』

 

そう言い、リノは入り口近くで艤装されているM61を確認するとそのまま拠点内に入っていった。レギオンザクを片付けたリノは一旦入り口に戻って戦車を要請して退路を確保したのち、行けるところまでスピアヘッド戦隊に援護に回ることにしていた。

 

「向こうに高機動型がいる間に何とかこっちは鹵獲を終わらせないとな・・・・」

 

『そうですね・・・・』

 

『とりあえず行きましょう』

 

『冷却機構が悲鳴をあげそうですよ』

 

そんなこんなでリノ達は拠点内部。シン達にいるであろう場所まで向かう事になった。

 

「このまま行くぞ。ホーンドアウルはマイクロドローンを飛ばして索敵。周囲を固めるぞ」

 

『了解であります』

 

EWACには電源を使用しない実体弾火器を持つ事が義務付けられており、ビーム兵器などは一切持っていない。その代わり、索敵能力は合州国でも一番に近く、密閉空間でも十分その能力を生かしていた。

 

『周辺に敵影、および熱源を感知できず・・・・火山帯のせいで周りが真っ赤っかですよ』

 

「そうか・・・・よし、このまま進むぞ。発電プラントや自動工場に関してはすでに制圧が終わったと報告が上がった。残るは指揮官機の鹵獲のみ」

 

そう言い、拠点奥へと進もうとした時。通信が入った。

 

『リノ!やられたわ、そっちに高機動型が向かってる!!』

 

「何?!」

 

『取り逃したわ。もう少しでそっちに着く!!』

 

エリノラが出て来たことに少し驚きつつも、リノは対処をする。

 

「了解。こちらで迎撃をするから、退路の確保を頼む」

 

そう言い通信を切るとリノ達は拠点内部を走り、シン達との早い合流を図った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し戻り、レーナが囮になるところまで戻る。

公開回線で思い切り通信をしたレーナは上空から駆けつけたエリノラたちの機体で接近してくるレギオンの相手をした。

 

『まったく、とんでも無いことするねぇ。大佐は』

 

上空からけたたましいロケットの音と共に周囲の雪を吹き飛ばしながら赤いガンダムが着陸する。それを見たライデンたちは

 

『援護・・・・というかまとめて吹っ飛ばせるか?』

 

と高機動型に対する攻撃方法を提案する。『やって見るしか方法はない』と言い、エリノラは全ての砲塔を前に向ける。その間にシンは援護の為に通信を繋ぎ、彼は声を聞いていた。

 

言い知れぬ緊張感が続く中、シンが叫ぶ。

 

『ーーーシデン!』

 

「そぉら来たぁ!!」

 

チュォォォォォンン!!チュォォォォォンン!!チュォォォォォンン!!チュォォォォォンン!!

ドォォン!!

 

何本ものビームが飛び、88mm散弾が飛ぶ。ほぼ減衰なしで飛んだそれは威力を落とすことなく着弾した。

 

その景色の歪へと・・・・

 

直後に流体金属製のダミーが爆発。装甲片を無差別に撒き散らし、動きが止まってしまった一瞬。黒い影は雪の斜面を南へと滑っていってしまった。

 

「っ!!やられた!!」

 

咄嗟にエリノラは通信機に手を当て、リノに注意喚起をしていた。



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#44 進化

エリノラから高機動型を逃した報告を聞いたリノ達は拠点内部でシン達スピアヘッド戦隊と合流を果たした。

 

「奴が来る。迎撃準備・・・・!!」

 

『くそっ!シールドをもって来れば良かった』

 

『EWACは下がれ!』

 

『了解』

 

一個小隊、四機のMSは迎撃のために通路一杯に機体を蹲らせると外にいるアノラ大尉から通信が来た。

 

『外のEWACが高機動型を捉えた!狙いはあのスピアヘッドの死神!!到達時間はーーーおよそ三〇〇!!』

 

「そうか・・・・総員、バルカン砲での攻撃を優先せよ!相手は早いから既存の銃ではレートが足りない!!」

 

本来は超至近距離攻撃用のバルカン砲の使用に誰も反論せずに持っている小銃を一旦置くとバルカン砲を兵装選択する。するとリノ達は()が聞こえた。

 

ーーーブオオオオオオオオ!!

 

咄嗟にMSの60mmバルカンが火を吹く。夥しい薬莢と発砲音がする中、それは視界にとらえた。刹那、一斉に砲火が混じる。

しかし高機動型はその忌々しい程の反応速度でチェインブレードを岩壁に突き刺し、急制動を掛けこれを制する。共に行動をするアルカノストとの包囲の中央に高機動型は堕ちる。

その瞬間、高機動型は光学迷彩を展開し、レーダーと有視界共に姿を消す。

だか、変だ。何故ここで光学迷彩を利用するのか。それに、いまの高機動型は流体装甲を過剰に積んでいるようだった。

 

そう、()()()()()()流体装甲ーーー

 

「(っ!まさか・・・・!!)」

 

『各機、遮蔽に隠れろ!!砲撃がーー!!』

 

その瞬間。流体装甲は形を変え、古代の攻城兵器を思わせるような形となった。針状結晶のように細く、削り出されたような銀色の砲弾は周囲に容赦なく降り注がれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高機動型が暴走した。それに倣うように一部の部隊も作戦行動から離反し、敵司令部を叩き始めた。

全く無駄な行動にため息をついた。既にあの機体から必要な情報は取り終えた。だから自由にさせている。私からの指示があれば元に戻るが、敢えてしなかった。

 

 

予想が当たれば、思っている通りの結果になるであろうからだ。

 

 

根拠はないに等しいが、あの機体は最強であれと命じたのだ。独特の進化を遂げるに違いない。それを眺めると言うのも意外と面白いのかもしれない。

そんな風に思いながら私はただある機体だけを眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チュォォォンン!!チュォォォンン!!

 

上空で援護射撃が通る。エリノラ大尉のガンダムのビーム攻撃で突如として現れた重機甲部隊は撃破されている。しかし、続々とやってくる増援に撃ち漏らしも多く、ヴァナビースの残弾も心許なくなってきた。

 

『ちぃ・・・・いちいち面倒な・・・・』

 

そんな恨み声のような声が聞こえ、エリノラは言っていた。

 

 

 

少々、危なくなってきたかもしれない・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「うぉぉ・・・・損害は・・・・」

 

流体装甲による攻撃の後、リノは状況を確認した。あの高機動型は明らかな執着を持ってシンを追いかけた。

回廊を飛び、どこに行ったのか・・・・

 

おまけに先の攻撃でここにいるフェルドレスの殆どが破損。MSにも被害が出ていた。

 

『やられた。関節がブチ抜かれた』

 

ジェガンの弱点でもある脚の関節。そこを抜かれ、ジェガン一機は行動不能に。だが、これはまだマシな方だった。もっと酷かったのは・・・・

 

『ダメだ。通信設備、レーダー機能が壊れている・・・・』

 

そう、EWACジェガンに乗るテオだった。ちょうどその時、屈んでいたテオの機体は流体装甲の攻撃をモロに喰らい、見るも無惨にズタズタにされていた。幸いにも融合炉の爆発はなく、動くこともできるようで油の切れたブリキの如く立ち上がった。

 

『・・・・取り敢えず動けるからこっちは撤収するよ』

 

「了解した。こちらはノウゼン大尉の捜索を行う」

 

『了解』

 

そう言うと三機のMSはズルズルと動けなくなった機体を引き摺りながらその場を後にする。それを見るとリノはライデンに通信を合わせた。

 

「ライデン。聞こえているか?」

 

『あぁ、勿論』

 

「これからどうする?」

 

現時点で作戦目標である自動工場型及び発電プラント型の撃破を確認。残るは〈無慈悲の女王〉の鹵獲だけとなった。

シンは現在高機動型と交戦中で行方不明。

となると・・・・

 

『あの馬鹿を追いかける』

 

「だな、じゃあまずはこいつを退かすか・・・・」

 

そう言い、リノはシンが作った岩のバリケードを退かそうと機体を動かそうとした時、セオが通信に入ってきた。

 

『ねぇ、二人とも。あれ・・・・』

 

「『?』」

 

『下。岩の影、なんであんな所に・・・・』

 

セオが工学センサを向けた場所を向くと、そこには・・・・

 

「なっ・・・・!!」

 

月光のような斥候型がいた。

しかし、その斥候型は武装を持たず、眼科にいるはずなのに女王のように立ち、冷ややかな目をしているような気がした。

 

〈無慈悲の女王〉

 

そのことに驚愕をしていると〈無慈悲の女王〉は機体を翻し、特有の無音で足を動かす。その後、ライデンがハッとしたような声で言う。

 

『ーーー追うぞ』

 

「あぁ・・・・」

 

『!?シンを探すんじゃないの?!』

 

セオの問いかけにリノは淡々と短く説明する。

 

「俺たちがここを歩いていたのは何故だ。〈無慈悲の女王〉がある場所に行くためだろう?だか、ここは今封鎖されている。なのにここにあの機体がいたのは何故か・・・・」

 

確証はない。だが、やる価値はある。

 

「コイツが来た道が迂回路だ!!」

 

『行くぞ・・・・!!』

 

そう言い、ライデンとリノは先に岩道を降りて進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

追い込まれた先は竜牙大山の、おそらくはもっとも深い場所にある地下洞窟だ。外の光など入るはずもなく、当然無明の闇に閉ざされているべき場所。

けれどその広大な空間は人の目でも見渡せる程に明るい。光は朱く、そして眩い。

朱い光の只中、あまりの高温に大気さえも朱く見える気がする。

暗視モードの<ジャガーノート>も光量をカットした状態で補正されていた。

 

光源ははるか眼下。

 

ここは活火山。そう、溶岩だ。摂氏何百度にもなる灼熱の坩堝。それがまるで地下湖のように洞窟の底を満たしていた。

その中に飛び石のように岩が混在し、高機動型はその中でもっとも足場の大きい中央に居座っていた。

 

 

 

ーー逃がさない

 

 

 

そう言っているようにも感じ取られる佇まいにシンはふぅ、と一息をつく。

 

「ーーあくまで一対一で決着をつけたい、と言うことか」

 

そう言った事をしないレギオンが全くあり得ないわけではない。

 

思い出すのは特別偵察任務初日に出会った重戦車型・・・・・兄の囚われていたあの機体だ。だが、それと違うのはあいつは純粋な機械知性であるという事だ。

 

ただの機械のくせに・・・・

 

人を取り込んだわけでも無いのに・・・・

 

高機動型が動く。その漆黒の機体が()()()()()

後脚は地に残したまま前の一対が持ち上がる。合わせて前脚周辺の装甲とフレームが変形する。足が折り畳まれ余剰パーツは横原の追加装甲となる。

ついでに後脚のシャフトが延長し、踵に当たる部分が長く突き出す。鋭く尖ったシャフトが岩の表面に浅く食い込む。

ぐいと頭と背を反らせ、けれど重心は前に、まるで獣のような前傾姿勢。

それは古代の恐竜ようなーーーいや、この場合は・・・・

 

「人の真似事か・・・・?」

 

獣が無理やり人の真似をしているような。

だが、それは妥当と言えるかも知れない。人類の進化は初めは地に手足をつけて生活をしていた。そこから何万年もの時間をかけて二足歩行となっていた。

 

 

ーーある意味では究極体なのだろう。だが・・・・

 

 

「人の形になっても良いことは何も無いというのに・・・・その執着もそうだ」

 

おそらくこの高機動型の目的は<アンダーテイカー>を撃破することだろう。だから合理性を無視して発令所を狙ったのだ。だから味方のいないこの場所までわざわざ<アンダーテイカー>を追い込んだ。

いずれもレギオンらしからぬ行動だ。

 

ーー全てはシンを倒すという執着のために

 

「機械のお前には要らないだろうに。ーー出来損なったな」

 

それが聞こえたかは分からないが。高機動型は猛然と、その二脚で地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ・・・・数が多い・・・・」

 

予備陣地で攻防を繰り広げるエリノラは上空を飛行しつつ牽制射撃でビーム・スマート・ライフルを弾く。それと同時に地面に着陸し、襲ってくる洗車型を踏みつける。

 

「これでも・・・・くらえぇぇ・・・・!!」ダダダダダダダダッ!!

 

着地したエリノラは持っていた127mm自動小銃を持つと引き金を引き、戦車型数両をズタズタにする。

 

まだ、行けない。

行きたくない。

リノと約束したから。

あの日、約束したから。

 

死ぬかも知れないという恐怖はそこには無かった。

 

ーー有るのは過去の思い出。

ーー有るのは過去の記憶。

ーー有るのは過去の事実。

 

あの日、二人で決めた約束。

 

そう、あの日。孤児院の遊具の上でまだ()()()()()()()()のリノと約束した・・・・

 

『何があっても俺が守ってやるよ』

 

あぁ、今でも昨日のように思い出せる。

だったら尚更

 

ここでくたばる訳にはいかない。

 

「ーーー舐めるなぁァァァァァアアアアア!!」

 

そう叫ぶと同時、レバーを動かして戦車型を蹴り上げる。クルクルと回転しながら飛んでいく戦車型はそのまま地面に放物線を描いて落ちると爆発を起こした。

 

「ウォラァァァァァアアアアア!!!」

 

この時、今までに無い程感覚が研ぎ澄まされた気がする。レギオンがどこにいるかよく()()()

 

ーーーチュォォォンン!!チュォォォンン!!

 

「ーーまずは二つ」

 

右背面からガンダムを狙っていた重戦車型を撃ち抜いた。左手にビームサーベルを持ち、今度は前方の戦車型に向けて振り回す。

ジュウ、という音と共に戦車型は両断され、蹴り飛ばされて斥候型が押しつぶされる。

近接猟兵型も同様に潰され自爆を起こした。

 

今までに無い程襲いかかってくるレギオンに疲れが出始めていた。

 

「はぁ・・・・はぁ・・・・」

 

そして、その一瞬の隙ができた時。レギオンの重戦車型の砲口がジロリと自分のコックピットを向く。

 

 

 

 

 

しまった。

 

 

 

 

 

そう思った時、一本の緑色の・・・・高圧型ビームスナイパーライフルのビームが重戦車型を貫く。

 

ビームの飛んできた方を見るとそこにはベースジャバーの上に乗り込んで狙撃体制をとっていたオストリッチのパースナルマークのジェガンSCがいた。

 

『お疲れ、副隊長』

 

聞き慣れた声が聞こえると他の隊員達の声が聞こえてきた。

 

『ちょっと、単騎で突撃なんぞしないでくださいや』

 

『そうですよ。こっちは隊長に殺されたくありませんよ?』

 

『うわぁ。これ、全部副隊長が?スッゲェ・・・・』

 

『援護するよ。総員射撃開始』

 

それと同時に雪原に数多のビームが飛び交った。



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#45 ボイスレコーダー

脆い足場が崩れ、徐々に狭くなっていく中。高機動型と<アンダーテイカー>は激突する。

点在する足場の大きさ、高さ共にまちまちの中。白と黒の白兵機の獣はお互いの喉笛を狙い合う。

何度目かの砲撃が掠りもせずに明後日の方向に飛んで行く。

背中に積む大砲と装甲の影響で〈ジャガーノート〉は高機動型より重い。跳躍可能な距離も限られ、おまけに自動照準すら間に合わない速度で急性動で跳ね回っていた。

跳躍の途中でアンカーを岩に突き刺す。その直後、食い込んだその岩壁が切り裂かれ、アンカーが外れる。溶岩に落ちそうになるが別のアンカーを突き刺しで足場に引き寄せる。

それを待っていたかのように高機動型がほぼ直角の角度で落ちてくる。足は二本になったが動きはさらに加速し、俊敏になっていた。

強化された出力が岩を粉砕しながら高機動型は駆ける。

 

強敵との戦闘で極度に意識が集中されるなか、ふとある思考が頭をよぎる。

 

 

ーー戦いに向かない人の体を捨てられない癖に。

 

 

それはレルヒェが前に自分に言った言葉だ。確かにそうかもしれない。だけど、そんな戦闘狂に進んでなりたいとは思わない。

前まではそうだったかも知れない。他の仲間達がどんどん死んでいく中、心なんでなければ楽だと思っていた。

だけど、そんな物にはなれなかった。

 

斬撃が飛ぶ。回避は間に合わない。転がっていたコンテナを放り投げ、軌道に割り込ませるとコンテナの慣性にチェインブレードが巻き込まれ、その下を〈アンダーテイカー〉は獣のように這い逃げる。刃が掠め、脚部装甲が剥ぎ取られる。

 

 

ーー本当は誰かと、幸せになりたいくせに。

 

 

そうなのかも知れない。

かつて八六区の宿舎で、そこに至るまで何年もの間。渡り歩いた戦区で、配備された仲間たちと過ごした日々。

くだらない、他愛もないことで笑った日々。

そこに戦いはなかった。

忘れていたわけじゃない。

ただ、自覚していなかった。

八六区にいた時から戦い抜くことが誇りであると、持っていたわけでも。

望んだわけでもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

周囲の温度が高すぎると警告音が鳴る中、〈アンダーテイカー〉は足を止める。

見下ろす断頭台から跳躍しようとした高機動型がシンの意図に気づき踏みとどまる。

断頭台とシンの間に足場はない。

跳躍すれば届くだろうが、放物線の最も高い位置から狙撃される。それが分かっているから迂闊に接近できない。

シンは〈アンダーテイカー〉を交代させる機を窺っていた。

 

ーー暑い。

 

この足場は溶岩に近く。ただただ暑い。コックピットまで熱気が通り、息苦しい。

そう思っている時、不意に銀の輪から鋭い警告音が鳴り響く。

 

「っ!・・・・」

 

人というのは聞きなれない音に驚くもので、その先からはライデンやリノ、レーナの声がうっすらと聞こえて来た。

無意識に<アンダーテイカー>の足が動き、爪先が足場の縁を崩した。

 

「っ!しまっ・・・・」

 

<アンダーテイカー>がわずかに体制を崩す。戦争に支障が出るほどのものではないが、一瞬だけ意識が逸れる。

それを逃す高機動型では無かった。

背のチェイブレードを伸ばし、転がっていたコンテナの一つに引っ掛ける。非稼働状態のそれを思い切り切り抜き、中は空だろうが金属製の巨大なそれを力任せに投げた。

直撃すればタダでは済まない重量。お粗末な行動だ。

そう思うのも束の間。コンテナは中途半端に転がり、中から()がして反射的に飛び退いていた。

 

直後、阻電撹乱型の放電がコンテナの中の弾薬に誘爆。破片が飛び散り、後方に飛ぶとその爆炎から高機動型が飛んでくる。

 

「ちっ」

 

アンカーを途中でパージし、空中飛ぶ。それを追いかけるように高機動型も自身のフレームが割れる勢いで跳躍。

追撃という形となっているので、<アンダーテイカー>は回転して攻撃を仕掛けなければならない。しかし高機動型はチェインブレードを振り下ろすだけでいい。

咄嗟にチェインブレードの影が見える。

意識を極端に集中させているからだろうか。ゆっくりと流れる時間に振動する刃が迫る。

 

この時、自分は()()()()というものに有る意味で他人事のように感じてしまっていた。これも有る意味で傷なのだろう。今までに月買ってきた技術であり傷だ。

 

なるほど、これが傷か。

今はそれでいい。

今はまだ、必要な傷だ。

だけど、いつか捨てても良いと思える世界に辿り着けたなら。

辿り着くために今は。ーーその傷さえも利用しよう。

 

 

 

兵装選択、変更

 

 

 

脚部パイルドライバ。全基、強制解除

 

 

 

何も無い空中に四本の杭を飛ばすための起爆剤が炸裂する。重戦車型おも上部装甲では撃破しうる性能をもつ、57mmのタングステン製の杭を打ち出す起爆剤は強烈な反動を持って<アンダーテイカー>を持ち上げる。

まるで大気を足場にしたように、<アンダーテイカー>は宙をさらに跳躍する。

高機動型のチェインブレードが虚しく<アンダーテイカー>の足元を切り裂く。同じ兵装を持たない高機動型は同じ軌道は無理だ。

その瞬間。シンは青いセンサーを真っ向から見ながら高周波ブレードを叩き込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高機動型にとっては回避しようがない空中での斬撃。今までの主戦場であった地上では致命傷を避け続けてきた鋼鉄の獣はついに、引き裂かれた。

一撃目で装甲とフレームが割れ、ついでと言わんばかりにもう片方のブレードが突き刺さる。

チェインブレードと高周波ブレード。同じ高速振動する刃が交差し、その衝撃で弾き飛ばされる。<アンダーテイカー>は上に、高機動型は下へ。

高機動型は重力に引かれて下に落ちる。<アンダーテイカー>はモーターが焼けるのも厭わずにワイヤーアンカーを巻きつける。

落ちる高機動型はチェインブレードを振り回し岩に突き刺した。しかし、無茶な行動が祟ったのか、ギシっと嫌な音を立てて宙吊りになる。

 

何もできない。こうなれば機体を放棄するしかない。

 

そう判断させるくらいには。

高機動型に銀色の流体マイクロマシンが纏わり付く。

 

「ーー死んでろ」

 

着地したシンはその高機動型に容赦無く88ミリの引き金を引く。強烈な反動が脚を壊すも、発射された砲弾はチェインブレードを破砕した。

 

《ーーーーーーーーーーー!!》

 

絶叫のような声と共に高機動型は落ちる。

眼下の灼熱の溶岩の中へ、その間流体マイクロマシンを飛ばそうとするも溶岩の輻射熱で全て燃える。

そう、ここは重戦車型とて長くはいられない場所だ。

 

 

 

高機動型の全てを飲み込んで今、声は消えた。

 

 

 

この数ヶ月、自分達を悩ませてきた機体は消えた。

シンは機体の足を引きずりながら洞窟を出ようとする。気温はとても高く、すでに冷却機構はオジャンになり、いろいろなところが破損していた。知覚同調も半分壊れているようなものだった。

入ってきた出口を出ようとした時、シンは絶句した。

 

 

 

ーー入ってきた細い入口が崩れてしまっていたのだ。

 

 

 

今までの戦闘の影響だろうか。半ば無意識に声が出てしまった。

 

これは。

ーー戻れない。

 

これが絶望だということに理解するのには時間がかかった。ライデン達が捜索をしているのはわかっている。だが場所が分からない以上ここに辿り着く確率は高くない。

この環境ではおそらくシンの方が限界に近づいてしまうだろう。

 

 

ああ、絶望しかない。

 

 

こんなところが最後になるのか・・・・

 

 

誰もいないこの場所で、一人寂しく。

 

 

「言わない方が、良かったな」

 

 

エイティシックスは容易く死ぬ。

小さく呟くだけで肺が焼けそうなこの場所でシンは小さく呟いた。

シンはコックピットを開けて外に出る。すでにシステムは落ちて、ミッションレコーダーも落ちていた。だけど、コックピットで最後というのも嫌だった。

かといって拳銃を取り出すのも、気が引けた。

レーナと必ず帰るなんて約束、するんじゃ無かった。

余計に悲しませる結果になってしまった。

 

必ず帰る、・・・・とレーナと約束をして結局破ってしまったけど。レーナと交わした約束への。

 

「レーナ・・・・悪い・・・・」

 

どんなふうに死んだか伝えられないのは僥倖だろうか。そう思った時、

 

白い影を見た。

声が聞こえた。殺戮機械が人の脳を取り込んだ時の怨嗟の声が。

 

月光のような白群の装甲の、月に凭れる女神のパーソナルマークの。古い斥候型が・・・・

 

 

<無慈悲な女王>

 

 

「ーーー!!」

 

その時、強烈な()を自覚した。脆弱な人間は、たとえいつも雑魚だと思っている斥候型相手には十分すぎる脅威で有るということを・・・・

シンは無意識に立ち上がって後退りをする。

 

死にたくない。

 

恐怖が思考を支配する。生存本能が働き、逃走への動作に移行する。

 

死にたくない。

死にたくない。

 

ここで死んでしまえば永遠と呼んでしまう。彼女の名を。

自分と同じ異能を持つものは今まで見つかっていない。

 

だけど、万が一彼女に訊かれてしまったら・・・・

 

だから、死にたくない。

泣かせたくない。

そう、泣かせたくない。悲しませたくない。本当は叶わないからと言って諦めたくない。

約束をした。

必ず帰ると。帰って話をすると、謝ることもできていないのに自分は・・・・

これ以上悲しませたくない。そうでなくて彼女には。

 

 

ーーー笑っていてほしい

 

 

この思考は今までの虚空の中にすっぽりとハマる。

自分が今まで感じていたナニカ。今まで埋まらなかった問いの、その答え。

シンは思い描く人生がなんなのか分からない。だけど、これだけは言える。

 

レーナに笑ってくれるような、生き方をしたい。

 

叶うなら共に、笑い合って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<無慈悲な女王>が近づく。咄嗟に、コックピットないの自動小銃を手に取って引き金を引く。

正面装甲に弾かれるも、帰らなければならない。

諦めない。諦めてたまるか。

必ず帰れと言われたのだから・・・・。

目の前にいる『敵』を倒すなんとも原始的な思考で一杯一杯だった。

〈無慈悲な女王〉が近づく。攻撃の間合い。なぶるように、攻撃の意思がないように。

ふと気づく、攻撃時特有の声の高まりがないことに。

聞こえる、女性の声が。

 

そもそもこの斥候型はどうやって現れた?

 

通路の崩落箇所を通ったわけではない。背後から現れたわけだから。それはつまり・・・・

 

その時、ふと足元に影がさす。それは斥候型でもない、不恰好なーーー・・・・

 

「っ・・・・!」

 

それとほぼ同時。

 

 

 

「ーーーピッ!」

 

 

戦闘用ではない。俺たちの後ろを歩くその橙色の機体。背後を歩くだけの機体が何を思ったのか。

ちかどうくつのおくから勢いを殺さず跳躍。時速一〇〇キロ近い速度で〈無慈悲な女王〉に飛びかかった。

いくら斥候型といえどほぼ同じ重量の機体にそんな速度で突っ込まれてはたまらない。忽ち足が地から離れ、倒れる。

そのままファイドは全体重をかけてのしかかる。その重量で斥候型はひしゃげ、装甲が音を立てて割れる。

倒れて、〈無慈悲な女王〉は足掻く。しかし武装を積んでいない上にのしかかっている影響でまともに動かせないだろう。

それでも白い斥候型は足を動かそうと・・・・

 

『ーーファイド!どけ!』

 

『シン、そのまま動かないでよ!』

 

その直後、砲声が聞こえる。

斜め上から。40ミリ機関砲と88ミリ砲の砲声が、斥候型の脚部を吹き飛ばす。

ガシャリと音を立てて目の前に二機の〈ジャガーノート〉が現れる。セオとライデンの乗機だ・・・・

 

『シン、無事!?』

 

『生きてんな、この馬鹿!』

 

答えようとするも思わず熱気で咳き込んでしまう。なのでつけたままの無線のインカムに手を当てて応じる。

 

「ーー耳が痛い」

 

『軽口叩けるなら余裕だな』

 

戦車砲の至近距離の砲撃を受けて感じたことをそのまま伝えるとライデンが答える。そしてふと声を詰まらせた。

 

『ーーよかった。本当に、無事で』

 

「・・・・」

 

言葉だけで謝るのも誠実ではないと思い、代わりに聞く。

 

「どこから出て来た?」

 

『ん?ああ、こっからじゃ見えねえのか。ここの後ろに道があるんだよ・・・・何を思って作ったかはわからねぇけど』

 

「あぁ・・・・」

 

納得してつい息を吸ってしまい、咳き込んでしまった。

 

『喉やられんぞ。無理に喋んな。ーー〈アンダーテイカー〉が動けねぇんだな?今そっちにいく。そっちの斥候型は・・・・』

 

「ピッ!」

 

「ガンダムが来るそうだ」

 

『何で今のでわかんだよ・・・・ま、MSが来るならついでに乗せーー』

 

『死神殿ぉぉぉぉぉ!!』『よっしゃ見つけたぁぁぁぁ!!』

 

崩落した通路の向こう。出入り口から何機かの〈アルカノスト〉と〈ガンダム〉、二人の絶叫が聞こえて来た。

 

『死神殿、ご無事で!?おぉ、人狼殿と狐殿!』

 

『・・・・いや、何でお前までいるんだレルヒェ』

 

『こちらに向かう〈シリン〉より連絡を受けまして、自動工場型の廃物置き場より繋がっておりましてそこから合流した次第です・・・・』

 

『取り敢えず繋げるから退いとけよ』

 

そう言いリノは架橋用の部品を出すと起動して足場を設けた。MSを運ぶためのルナチタニウム合金製の橋の上を〈ヴェアヴォルフ〉がヒョイっと乗り上げる。

 

 

あぁ、いつもの戦闘後の平和な光景だ。

 

 

助かった・・・・

 

それを実感して思わず力が抜けてしまった。喉のひどい渇きをここで実感した。

 

『おいっ!?』

 

『熱中症か・・・・』

 

そう言うと〈ガンダム〉が〈ヴェアヴォルフ〉と反対方向。〈無慈悲な女王〉を見てそれを手の中に厳重に覆い込むとコックピットが開き、そこから黒く、青い線の入ったノーマルスーツを着たリノが出て来てシンの口に緊急用の経口補水液を差し込む。

 

「飲んどけ、熱中症になっている」

 

そう言うとリノはシンを担ぐとライデン達に通信をする。

 

『ライデン、セオ。撤収するぞ』

 

『お、おう・・・・』

 

『りょーかい』

 

リノは通信をする中、シンはあまり美味しくない経口補水液を飲みながら別の事を考えていた。

 

何気に初めて乗るMSのコックピット。それはそれで少し面白いかも知れない。



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#46 やばいファイル

独立機動大隊、及び突入部隊の脱出を確認。

それを見たヴィーカは中に残った〈シリン〉たちに自爆指令を出す。

それと同時に情報漏洩を防ぐために全てを破壊し尽くす高性能爆薬が起動。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズンッ、と地面が揺れる。それは重装甲トラックに乗り込んだシンも気づいた。衛生兵から熱中症と判断され、安静にしているように言われ、ゆっくりとしていた。

他の部隊はすでに撤収し終えたようで、回収した〈無慈悲な女王〉ば通信ができないようにするための特殊なコンテナに入れられ、輸送中である。つまり、あとは撤収するだけだ。

リノは撤収する部隊の最後尾で護衛を務めていた。

 

「(終わったのか・・・・)」

 

そう思い、シンは最後尾を歩く一機のガンダムを見ていると入ってきたレルヒェと軽く話をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ・・・・〈無慈悲な女王〉か・・・・」

 

リノは最後尾で護衛を受け持つ中、特殊コンテナの乗せたトラックを見る。

現在、作戦を終えて期間中のリノは少々疲れていた。先程から右目から針で刺されたような痛みが続いているのだ。

だが、痛いといっても抑えるほどではなく、時々痛い程度のものだった。

 

「(もしかすればこの右目のことを知っているかもしれないな・・・・)」

 

リノはふとそんなことを考えていた。アバティーンの技術局の面々が調べてもレギオンの流体マイクロマシンで出来ているという事。レギオンの流体マイクロマシンを作動させれる事。片目の視界を映している事しか分からない。

これの影響でリノは助けられたところもあった。あの時からこの目を持ったと言う事は。もしかすると指揮官クラスのレギオンであれば何かを知っているかもしれないと言う思いがあった。

 

「(取り敢えずは結果待ちですか・・・・)」

 

そんなことを思いながらリノは機体を前に動かしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次々と銀の蝶が落ちる。ソーラ・システムによってぽっかりと空いた青空は徐々に広がっていき、太陽が照りつけた。

急速に溶けていく雪に色々と大変になるだろうと予測しながらエリノラは基地に戻ってきた一機のガンダムを見る。

喧騒が場を包む中、エアコックが開く音と共にコックピットが開き、そこからリノが降りてくる。

エリノラはリノに近づくと手を振りながら言う。

 

「おかえり」

 

そう言うとリノは優しく微笑んで同じように返事をする。

 

「ただいま」

 

そう言うとエリノラの後を追うようにクラウやテオもやってきた。

 

「お疲れ様」

 

「おかえりー」

 

二人の出迎えを受けたリノは思わず呟く。

 

「はぁ、ビールが飲みたい気分だ」

 

「あ、いい地ビール見つけたのよ」

 

「相変わらずクラウは酒好きだね〜」

 

「私も飲みた〜い」

 

四人は予備陣地の一角でそんな話をしている中、見知った人物が話に混ざってきた。

 

「なんの話をしているんだ?」

 

「俺も混ぜて下さいよー」

 

「カイエはともかくハルトにはまだ早い話だな」

 

そこにはカイエとハルトがいた。他にもスピアヘッド戦隊のメンバーの数人がやって来ていた。

 

エイティシックス達のほとんどに共和国から手に入れた個人情報があり、その中でもカイエは二十歳ということで酒解禁となり、ウチらと酒を飲んでいた。その影響で若者の盛りと言うべきなのだろうか、自分の年齢を確認するものが多かったという。

それに、非番の日に基地でよくウチがビールやらワインを持ち込んで宴会をするせいか、レーナ達も釣られて何かとかけて宴会をすることが多かった。恐らくこの後も作戦が上手く行ったからとかいい宴会をする気だろう。恐らくはハルトとダイヤ中心で・・・・

 

そんなことを思っているとやって来たセオ達がある場所に視線を向けていた。その方を全員で見るとそこには今までにない程優しい目をしたシンと、話しながら笑みを浮かべるレーナの姿があった。

 

「初々しいねぇ・・・・」

 

リノの呟きに全員がうんうんと頷くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連合王国にいたのは二ヶ月ほどだったが、その間に季節は完全に夏になってアイスクリームがうまい季節になった。

MSが格納されている倉庫の中。そこの一角、俗に喫煙所と呼ばれるその場所で二人の男達が屯していた。

 

「はぁ・・・・どうです?新型機の調子は?」

 

「確かに動かしやすい。だが、ガンタンクみてぇに個性がないのがつまらんな」

 

もともと嫌煙家の人が大半のストライカー戦闘大隊。こうして、タバコを吸っているのも自分やドミトルさんとあとは片手で足りるくらいだろう。

特にドミトルさんに関しては一日でワンカートンを消費するベビースモーカー。その為、クラウや他の隊員達から『戦闘以外で死にそう』と言われているくらいだ。

かくいう自分は最初に配属された部隊で『腹が空かなくなる』と言われて初めていた。銘柄はその時の部隊長が吸っていたものだ。ドミトルさんから珍しいと言われる物でなんとなく吸っていた。

自分はどちらかというと葉巻の方が好きだったりするが、タバコより値段が高くてたまにしか吸っていない。

 

そんな戯言は置いとくとして、今の話題はこの二ヶ月で訓練を受けて最新型のロトに乗って帰って来たドミトル達元ガンタンク部隊だ。早速受領したロトを改造する気満々の彼は要望を呟いていた。

 

「どうせなら片っぽのロングキャノンをミサイルボックスに換装してぇな」

 

「おや、ドミトルさんなら通常のままだと思いましたが」

 

「新型のロトに乗った時にちょっとロングキャノンの性能が()()()()な・・・・片方は面攻撃の方がいいってことになってんだよ」

 

特に同世代からしてみたらな。そう述べるドミトルは今までの経験からくる()()というものに悩んだという。

 

「特にミノフスキー粒子散布下の状況では今までの経験が生きると思っていたが、最近は違うんだ。全部コンピュータが落下弾道やら全部やっちまう。だが、屑鉄をロックオンするだけで勝手に仰角が固定されんだ。後は引き金を引くだけ。ゲームみたいでつまらんくなったもんだ」

 

どこか哀愁漂う雰囲気で呟くドミトルにリノは『あぁ、成程』と思う。戦争序盤から激戦を繰り広げて来た人からしてみればコンピュータよりも己の勘を信じるのかと思った。

それが何より信用できるから・・・・

 

その言葉にどこか重さを感じているとドミトルは今度はイキイキした様子で言う。

 

「まぁ、それも外すつもりだがな」

 

「・・・・は?」

 

いきなり何を言い出すのかと思うとドミトルは吸い終わったタバコを灰皿に突っ込みながら喫煙所を後にする。

 

「さて、今からサカキさんにおねがいしてくっらぁ」

 

そう言い残すとドミトルは整備中のロトのある場所に向かっていた。

その後整備班長の叫び声が聞こえたのは聞かなかったことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・これ、本当なの?」

 

西部方面軍司令部でグレーテ大佐は参謀長のヴィレムに聞く。すると彼は首を縦に振る。

 

「ああ、データベースに細工がされていなければ間違いない」

 

「・・・・」

 

グレーテはそう言われもう一度資料を見返す。

連邦軍ではとある諸事情である人物の身辺調査を行なっていた。するとなかなか闇が深そうな人物だった。

 

「初の任務でレギオン重機甲部隊を相手・・・・それも旧型のMSで・・・・」

 

「だから彼には名誉勲章が贈られたのだろう。側から見れば素晴らしい戦果だ」

 

だが、その後の経歴には違和感があった。

 

「その戦闘後。彼は()()()()()()()()()になっている。それに・・・・」

 

ヴィレムは紙に添えられた写真を指差しながら言う。

 

「その後の写真で彼の目の色は()()から、()()に変わっている・・・・不思議だと思わないか?」

 

そう問いかけるように言うとグレーテはため息を吐く。何をしろと言うのか予測できたから・・・・。

 

「いやよ、彼の監視なんて。合州国に喧嘩を売る気はないわよ?」

 

「それはわかっている。下手な刺激をする気はない。だが、()()()()がある以上、何もしないわけにはいかない。そうだろう?」

 

グレーテは頭が痛かった。考えうる中で最悪とまでは行かないが、少なくとも胃痛がしてくる代物であった。その結果を受けたリヒャルトが珍しくひっくり返ったとだけ言っておこう。

 

「どうしてかしら。今から胃が痛いわね・・・・」

 

「そこは君の裁量に任せるしかない」

 

後を任せたと言う副音が聞こえてくるそのセリフにグレーテはため息を吐くしかなかった。

 

なおこの後、合州国が動員している兵員数や防衛線を見て顔が引き攣ったのは余談だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのぅ・・・・これは?」

 

「ザファル王太子から渡されたものです」

 

基地の執務室でリノの顔が引き攣る。それは今レーナから手渡されたものにあった。

 

『ヴィーカに許可してはいけないリスト』

 

デカデカと書かれた赤いファイルにはギッチリと紙が挟まれ、一ページ目にはザファル王太子直々の筆跡で『もし、君が見たら分かるね?ここに書いてあるのは全部やっちゃダメだ。拡大解釈も禁止だからね』と書かれており、トドメに王太子殿下と国王陛下のサインと国印まで押されていた。

いや、殿下。あんた今までで何やって来たんですか・・・・??

兎も角、いきなりこれを渡されて困惑する俺にレーナが言う。

 

「リノ中佐はこれを覚えておいてください。ヴィーカはMSに興味があるみたいですし」

 

「あ、あぁ・・・・はい・・・・分かりました」

 

あぁ、整備班長にしつこく聞いてたあれか・・・・

相手が連合王国の王子でいるのに容赦なく怒鳴り叱った整備班長は流石です。相変わらず年下に容赦がない・・・・

 

そんなことを思っているとレーナが言う。

 

「私は明日から休暇ですから」

 

「あぁ、エルンスト大統領に招かれていたんでしたか?」

 

「はい、そうです。リノ中佐は来週から一時帰還でしたっけ?」

 

「ええ、補給と支援のためですが・・・・」

 

そう、ストライカー戦闘大隊には一時的に帰還するよう命令があった。理由は簡単で今までに損失したMSの受領と新型兵装の試験のためであった。その為、連合王国の作戦が終わり次第。一時的に合州国に帰還することがすでに予定で決まっていた。

 

「なので、それまでに中身を覚えておきますよ」

 

そう言い残すとリノはファイルを持って自室に戻って行った。




アニメ2期やらんかなぁ・・・みたい・・・


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ーミストー
#47 史上最大の大砲


ここはとある最前線。兵士はそこを灼熱地獄と呼ぶ。

今では真っ黒な炭となってしまった草木と大地。所々では煙が上がり、焦げ臭い匂いが充満していた。

そんな大地の一角。緑の残る場所で数人の人間が双眼鏡を覗き込みながら黒焦げの大地を見ていた。

 

視線の先には襲来してくる斥候型で囲んだレギオンの重機甲部隊およそ二〇〇。しかし、迎撃するものは確認されていない。

そのうち、ライトグレー色の軍服に似た士官が秒読みをする。

 

「……着弾まで五秒!……四……」

 

徐々に近づいてくるレギオン部隊を見ながら、士官達は息を呑んでいた。後ろではストライカー戦闘大隊が即応できるように待機をしていた。

 

「三……二……一……」

 

その瞬間、閃光が走る。土が巻き上がると共に衝撃波と風が観測所を襲う。

 

「うお!!」

「くっ……!」

 

衝撃波でテントが後ろに吹き飛び、風が強く吹いた。真っ白な視界が元に戻ると視界には巨大なキノコ雲と消滅したレギオンの部隊があった。

 

「すげぇ……」

 

純粋にそう感じたリノはガンダムの中でそう呟く。キノコ雲は上空の雲を突き抜け、火山が噴火したような光景を作り出していた。

現在、リノ達ストライカー戦闘大隊は新型兵器の着弾観測と即応部隊として競合区域で観測班と共に行動をしていた。

観測班はすぐさま着弾痕の大きさや被害範囲の大きさなどを確認をすると通信を行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻 アストリア合州国 サンサルバシオン州 ヒ・ローイ平原

 

ここは大陸南方に存在する乾燥地帯。草木はほとんどなく、不毛の大地と化していた。一時は緑化計画も発案されたが、レギオン戦争の勃発により計画は撤回されてしまった手付かずの場所であった。

そんな平原には数多の兵士と白衣をした科学者、トラックやバイクが走り。上空には戦闘機が飛んでいた。

ここにいる人員の数は一個師団、およそ二万人が常駐している。

この平原に建造されたのは史上最大の大砲と、世界最大の砲撃陣地である。

そんな砲撃陣地には現在、八つのそれは巨大な大砲が建造されていた。

 

《一二〇〇ミリ対地対空両用電磁加速半自動固定砲》

 

通称、ストーンヘンジと呼ばれているその巨砲は。数分前に一号機の試射を行った。解体したサラミス級の融合炉が到着するのに思いの外時間がかかり、届いた頃には予定されていた八号機まで完成してしまっていた。

そして今日。一号機の試写が行われ、先ほどレギオンの重機甲部隊が全滅したと報告を受けた。

バグラチオン作戦において電磁加速砲によって多大な被害を受けた合州国軍は無人戦闘用AIの開発より昔から電磁加速砲の開発を行っていた。

要求性能は大陸の端まで届く射程と、一撃でレギオン重機甲部隊を殲滅できる威力。

いささか無茶がすぎる性能だが、この巨砲はその要求の殆どを呑む性能を有していた。着弾痕のクレーターは直径50m以上あるそうで、10キロ離れた場所では森が吹っ飛んだそうだ。

元々、落ちてくる衛星をミノフスキー粒子散布化で確実に木っ端微塵にするための要塞砲だが、対地用に仰角を増やすとこうも使いやすくなるとは……*1

あの電磁加速砲型の砲身の金属分析とメカニズムから作られたそれは人類最強の大砲であった。

射程距離の関係からそれは大陸南方のこの場所から最長で大陸北方の北の海まで届く計算となっている。

 

「ソーラ・システムも順調に稼働している影響で要塞戦線は残党狩りになっていると報告があったな……」

 

視察中のアーノルドはそんな事を呟いていた。退役した名誉元帥を一時的に原隊に復帰させ、戦意高揚を図る。今までの対帝国の思想をなんとかレギオンに向けさせる為の計画の一環だった。

すると砲陣地全体に警報が鳴り響く。サイレンを聞き、一斉に地下に逃げ込む地上隊員達。

 

『二号機、発射まで三十秒』

 

どうやらまたレギオンの重機甲部隊を発見したようだ。砲身の仰角が上がる。一二〇〇ミリの徹甲榴弾が装填され、発射準備が整う。

ストーンヘンジはその威力とレギオンへの情報漏洩を防ぐために対外的には八〇〇ミリと称している。

そして全員の退避が完了するとここの司令官が発射のためのボタンを押した。

 

 

ドォォォォォォーーーーーーーーーーンンンン!!

 

 

衝撃波と共に白煙が上がり、1200mmの砲弾は発射される。

数分後、印字された紙を持って下士官が司令所にやって来る。

 

「第五戦区、G70にて着弾を確認。誤差許容範囲内。レギオンの消滅を確認です!」

 

なるほど、消滅か……クレーターがどのくらい出来るのやら……

 

 

 

 

 

 

数年後に来るであろう大攻勢への備え。その準備は淡々と進んでいた。

ソーラ・システムによる上空からの面範囲攻撃。宇宙空間という特殊すぎる環境ゆえにレギオンもここまで上がってくる事はない。

 

合州国は帝国よりも宇宙工学と物理学の分野に関しては数段抜きん出た技術力を有している。その結果とも言えるのがMSやミノフスキー型核融合炉だ。あれはまさに合州国の技術の集大成と言えるだろう。後者に関しては合州国で起こっていたエネルギー問題を解決してしまうほどの画期的な技術だった。故に合州国はこの技術を独占。決して諸外国に漏らすことはなかった。それが連合王国相手だったとしても……。

 

「やれやれ、リノくん達も大変な仕事を任されたものだ……」

 

アーノルドはそう呟くと後一週間で休暇に入るであろう特殊部隊の隊長を思い出していた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

同じ頃、前線基地ではリノのガンダムが集中メンテナンスを受けていた。数十分前にストーンヘンジの砲撃を目の当たりにし、半ば放心状態となっていたリノ達は基地の食堂で休憩をしていた。

 

「はははまさかあんなにエグいとは……」

 

リノが思わず乾いた笑いをしてしまっていた。それにはエリノラ達も頷いていた。

 

「あれで八〇〇ミリってのも頷ける」

 

ストーンヘンジの光景は一般的に八〇〇ミリと公表されており、諸外国を触発させないようにしていた。それはリノのような一般兵にも同じように伝えられていた。

 

「観測したけど重機甲部隊が一瞬で消滅してたよ」

「ちょっと私、腰抜けちゃった……」

 

まるで終末世界のような光景を見させられ、クラウは呆然としていた。

するとリノは一向に終わらないと考え、話題転換をした。

 

「後一週間で休暇か……」

「いや、実際は子守みたいなもので休暇なの?」

「なんたって賓客の面倒見るからなぁ」

「軍人はまとまった休暇が取りづらいとはいえこれは無いわー」

「まぁ、次の仕事終わったら長期の休みだし」

 

最後にエリノラがそう言うと四人はコーヒーを飲みきり、カップを捨てると食堂を出た。

 

現在、ストライカー戦闘大隊は前線にて諸業務を行う為に各地を転々としていた。連合王国での仕事が終わったと言うのにフルメンテナンスと共に雑用係をさせられていた。その殆どがジークフリート要塞戦線の改修工事だと言うから泣けてくる。業務内容な主に空堀をさらに掘る事。幾ら建設師団がいるとは言え途中で襲来してくるレギオンへの対策。掘った土の後始末。対戦車地雷の設置。

特に最近は大攻勢の備えとして()()()クレイモア地雷なんて言う珍兵器まで出てきている。一部戦域ではジオン共和国軍から派遣されたジオン系統のMSも出てきていると言う。

既存の製造ラインではMSの数が足りておらず。急遽旧式機や、ジオン系MSまでも徴用して使用しているのだ。

 

「なりふり構ってられないか……」

「ん?」

 

リノの呟きにエリノラが疑問に思うもリノは首を振った。

 

「いや、何でもない……さて、フルメンテはいつ終わるのかなぁ」

 

そんな事を呟きながらリノ達は格納庫を歩いていた。

*1
それってアハトアハトとか52−K……



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#48 観戦武官

その日、レーナとグレーテ、ヴィレムなど数人の軍人がある場所に視察に訪れていた。

そこは最前線より後方に存在する高地に設置された隠匿式司令所だった。共和国軍服を着るレーナに若干の白い目を向ける合州国軍人。それを横目にレーナは双眼鏡越しに眼下を走る大きすぎる軍用車両を見ていた。

 

『北方第三軍団は既に敵と接触。砲火を交ぜ合せつつあり』

『北方第四軍団はどうした?まだ動かんのか!?』

『我、独混四四旅団は予定通り144高地攻略を目指す』

 

地上では複数のジェガンや大型のフェルドレスが前進を続けていた。

平原の一区域では超大型の軍用車両が走り抜けていた。

 

キング・トレー級陸上戦艦一隻とアイランド・フォーク級陸上戦艦三隻で構成された第三陸上艦隊は主砲である大型三連装砲を左舷回転させ、砲身仰角を上げていた。

 

『我、味方進撃を支援し。解放の切り口となる』

 

直後に主砲発射用のベルが鳴り、砲撃が行われる。

 

ドォォン!!ドォォン!!ドォォン!!ドォォン!!

 

放たれた巨大な砲弾は前進するMSやフェルドレス部隊の前方に複数着弾し、凄まじい土煙をあげる。

砲撃が続く中、フェルドレスやMSは前進を続ける。

 

『他の部隊に遅れをとるなぁ!!』

 

前線指揮官がそう言い、徐々に速度を上げていくジェガンやジムⅢ。その間も砲撃が行われ、高地に数多の黒煙が上がる。

 

『最終弾ちゃーく!!』

『突撃!突撃ぃ!!』

『弾幕を突き破れ!!』

 

前進するMS部隊にザクの弾幕が殺到する。

 

ダダダダダダダダダッ!

 

シールドを構えながら前進するMS。そして黒煙を飛び出したMSは

 

『う、うわぁぁぁあああ!!』

『来るな!』

 

高地に掘られた空堀に転落してしまった。その瞬間、空堀に埋まっていた自走地雷が一斉に爆発し、ジェガンを撃破していく。かろうじて生き残ったMSが空堀から顔を覗かせるとそこに爆弾山盛りに積んだ自爆特攻専用の斥候型が飛び込み、爆発する。

後方からは止む事なく砲撃が行われ、高地麓を進む重機甲部隊やレギオンザクはその衝撃波や直撃を受けて次々に粉々になる。

 

その光景を見ながらレーナ達は高地に向かって全速で走り抜ける複数の大型フェルドレスを見た。

その機体は五対十本の脚を持ち、上部に連装式全周砲塔を備え。背面に観音開き式の扉を持ち合わせ、上部にRWSの一三.二ミリ重機関銃と同口径の同軸機関銃を持ったフェルドレスがいた。

砲塔はレーナのよく知る部隊で見たM61を大きくしたような見た目を持ち、独特の連装砲も健在であった。

 

「あれが、我が国初の本格的な戦闘用フェルドレス。《ハンティング・ドック》です」

 

横で合州国軍の下士官が説明をした。レーナ達は観戦武官として前線の視察に訪れていた。そこで合衆国初のフェルドレスやMSを見る為に・・・

しかし、そのフェルドレスを見た時。レーナ達全員が同じ事を思った。

 

「「「(あぁ、なんか残念)」」」

 

レーナ達がそう思ったのはその足回りにあった。脚部ユニットの周りに履帯が装着され、文字通り戦車に脚を生やした見た目をしていたからだった。少々キメラっぽい見た目から、フェルドレスの設計段階から脚部ユニットに自信がない合州国の内情が伺えた。

しかし、それ以外は全てにおいて性能は良好であり、なんなら他の国の物よりも性能は高いのではないかと言われている。

主砲に戦車型を真正面から貫ける強力な二連装二〇〇ミリ滑空砲を持ち、二千馬力級ハイブリットガスタービンエンジンを前方に二個配置していた。おまけに合計四千馬力と言う大出力は最高速度百キロを達成し、それでいて量産性や稼働率にも優れていた。

エンジンを前方に配置する設計はM61を踏襲していた。部品も共有でき、生産ラインもほとんど変える事なく大量生産が行われていると言う。

平原を走り抜けるキング・トレー級陸上戦艦とアイランド・フォーク級陸上戦艦は一年戦争時に活躍したビッグ・トレー級やヘビィ・フォーク級の設計を元にMS運用能力や、配備されるであろうフェルドレスの運用を取り入れた最新鋭の()()()()だった。

士官から説明を受けていると司令部に通信が入る。

 

『敵、埋没トーチカ。58−00−16、18−18ー03。撃てぇ!!』

 

砲声が轟く。艦隊から発射された砲弾はトーチカとして埋没した重戦車型を木端にし、弾薬集積場らしき場所を吹き飛ばしたようで、ここからも見えるほどの大きさのキノコ雲を形成した。それに続く形でジェガンから無誘導ミサイルが放たれる。着弾した先にはまた別の重機甲部隊が走り、着弾したミサイルによって部隊は壊滅する。

 

「今日の()()便()は数が多いですな……」

 

定期便というのはこの前線に襲来してくるレギオンの重機甲部隊の事を指す。ジークフリート要塞戦線が完成した今。本来は戦線突破用であるはずの重機甲部隊をレギオンは投入して来ていると言う。

斥候型や近接猟兵型も居るがこう言う砲撃で吹き飛ばされてしまうそうだ。だから最低限の斥候型を残して戦車型と重戦車型で構成された部隊が襲来してくるとの事。それに最近は鹵獲したレギオンザクと呼ばれる特殊MSも徐々にではあるが増えて来ているそうだ。

両手に改造した戦車型の砲塔を無理やり付けた見た目をしているらしい。腕のパーツを外して戦車型の砲塔を改造した半自動砲を装備し、元々のザクから色々なパーツがオミットされていた事からリソースの共食いを起こしていると推測されていた。

脚部ユニットに至っては90mm弾で撃ち抜かれたと言う報告も上がっていて、120mm以上だと過貫通を起こす程だと言う。

 

 

そんなザクの話を聞き、レーナ達は()()()()()()の戦い方を見たような気がした。

前線基地には大量のアイスやコーラの詰まった冷蔵庫や、乾燥まで全自動でしてくれる洗濯機。アーケードゲームやサウナまで完備され、視察に行った自分たちは『ここはアミューズメント施設か何か?』と呟いてしまうほどに充実していた。

自分たちが知る前線基地とはあまりにも違いすぎたのだ。

 

「我が合州国は軍人に対する保証は極めて高いと言えましょう」

 

元々帝国の脅威に対抗する為に集まった大国家。その思想から軍に対する保護は他国に比べて手厚かった。自分たちの生活を守る軍人は国民からは英雄とも言うべき職種だった。

『困った時の入隊事務所』なんて言う言葉があるのが合州国だ。軍を退役した後も店で割引が適用される退役カードなる物があるのだ。今は戦時中と言うこともあり、一定以上の学力、体力や技術力があれば入隊事務所にて名前を登録しておけば、そこから仕事を与えられる。それが軍隊なのか、軍需産業工場になるのかは己の持つ運と力で決まっていた。

前線視察を終え、バスに乗り込むとグレーテが思わず呟く。

 

「帝国はこんな国と冷戦をしていたのね・・・・」

 

およそ三〇年前、内戦である一年戦争勃発時でもジオン公国軍と合州国軍は帝国を警戒し、侵攻してきた場合は一時休戦をすると言うほど、この国の国民は根底部分から帝国=脅威と言う認識なのだ。

合州国は広大な土地と、多種多様の気候、船が通れるほど太い河川や水路を多く持ち、地下には大量の資源が埋まっている。安い労働力となる移民がコロニー建設などで大量にやって来たと言うこともあり、国全体がもう一つの世界として一個の経済圏を作り出していた。それこそ自給率が常に八割超え、多くの安価で高品質の製品が外国に大量に輸出される位には。

 

戦前に比べ幾分か落ちたとはいえ、国民総生産は諸外国に比べてダントツで高かった。

 

帝国と合州国、その二強が大陸で猛威を振るっていた。移民の中でも技術者や科学者などはさらに手厚い対応をした為に科学も発展し、多くの新技術も持ち合わせていた。その最たる例がMS…人型機動兵器だろう。

人と同じ動きをし、銃を片手に戦場を走る。いわば人の形をした機械の巨人。まるでフェルドレスが地面を這いずる虫のようだ。一年戦争に造られたこの技術は今もなお発展し、レギオンと対等以上の力で今時戦争を戦っていた。

 

「(それに、殉職者の扱い方も当たり前だけど、全く違う・・・・)」

 

レーナはそう思い、殉職した兵士の扱いを思い出していた。

身元の判明した遺体は誰であろうと一人一人に葬式を行い、集団墓地。または生前に望んだ埋葬方法で埋葬される。

殉死した兵士に最大の敬意を払い、弔砲を放つ。慰霊祭などでは砲兵隊が多数の対戦車砲で弔砲を撃ち、亡くなった者の名前は必ず石碑に記される。

慰霊祭の日は全ての学校や仕事が休みとなり、各地で開催される式典に参加する。この国にとって軍人と言うのはそれ程まで丁重に扱われるのだ。共和国とは正反対のその姿にレーナは関心と呆れの二つの感情で混ざり合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バスに乗り、空港に到着したレーナはそこでグレーテ達とは違う道に入った。

 

「では、私はここで」

 

「ええ、せっかくの休暇だから楽しみなさいね」

 

そう言うとレーナはグレーテ達とは違う行き先のゲートを通過する。前線視察を終え、レーナ達はこれから休暇をもらう手筈となっていた。これから行く場所はどんな所なのかと思いつつ、レーナは航空機に乗った。

 

「シン達は何をしているんでしょう・・・・」

 

機内で彼女はそんな風に呟いていた。




諸事情で暫く休みます。


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#49 恋の質問

(五ヶ月くらい)待たせたな!



正直、八巻以降の展開はすでに完成して居るけど、肝心の七巻の展開を模索中なので次回の更新は未定です。

誠に申し訳ありません。_|\○_土下座


その日、リノはある場所に来ていた。

 

休暇を貰ってから一週間。ヴァルト盟約同盟に()()で旅行に来ていた彼は車に乗り、片手にタブレットを見ながら外の景色を眺める。

流石は国土を囲うように聳え立つ山脈の根本に生える槍の様に鋭く、黒い針葉樹。

そしてその森の中に埋もれる様に隠匿されて居た建物を見る。

針葉樹林の中に埋もれており、航空偵察を防いでいるその施設の中を車は九十九折りになった道を走る。

そして職員一人一人がIDカードをチェックする形でようやく金属製の扉が開いて、リノを迎え入れた。

 

「……状況はあまり芳しくないと聞きました」

 

そして建物の中に入った途端、リノが聞くと此処に派遣されていた合州国軍の兵士が答えた。

 

「はい、四カ国で尋問に当たって居ますが……」

 

現在、この施設に収容され居る者……いや、物と言うべきだろうか。いずれにしろ状況は良くないと言うことだけは理解できる。

現在、此処には連邦、連合王国、合州国、そして同盟の四カ国の情報部が集まっていた。

 

「一ヶ月かかっても成果は何もないですか……」

「はい、彼女の生前の名前さえも駄目でした……」

 

名前と階級、生年月日や認識番号。

 

どれも戦時条約で捕虜が答えなければならないといけない情報だ。

無論、それは人に対してのものであり。()()に対してそのような条約はない。

豚に法律も国もないのと同様、機械に法律も国も無かった。

腕のいい尋問官は傷を付けずに簡単の情報を抜き出すというが、自分にそこまでの話術はなかった。

 

「コミュニケーションに一切応じませんでした。音声、文字、全て無反応」

「それはそれは……」

「そもそも、()()の人格なんてあるんでしょうかね?」

「じゃあ、なぜ自分を呼んだのです?こんな所に……」

 

何度も折れ曲がった階段や廊下を渡りながらリノは問いかける。

そして突き当たりの三重の金属製の扉が開いた。

そこには色とりどりの軍服を着た者がおり、入って来たリノを一瞬だけ見ると、その後は課せられた作業を淡々と続けていた。

そして、元情報部出身と言う事で彼女もいた。

 

「調子は……よく無さそうだな」

「うん……そうだね」

 

そう言い、リノは目の前のソファーでぐったりと横になっているエリノラを見ていた。片手に目覚まし用の濃いめブラックコーヒーを飲みながらそう呟く彼女の目にはやや隈ができていた。

 

「全く成果が出なくて本当に人格が残って居るのか分かんなくなって来た」

 

彼女は赤い髪を持って居る事から焰紅種の縁戚であると一目で分かり、エリノラは彼女の思考を読み取ろうとした様だがどうも失敗したようだ。

 

「なんか、隙が全然ないから見る事すら出来なかった」

 

どうやら、エリノラの異能である触れた相手の記憶を見る異能は機械相手には難しいのかもしれない。一瞬、すごいぼやけたものが見えたと思ったらすぐに真っ暗になったという。

 

「なるほど……」

 

話を聞き、異能の感覚とやらはなんとなく不思議なものだと思いながらも、リノはアクリルと何重ものガラスの向こう側に鎮座する()()を見ていた。

 

 

 

脚部を外され、その上で複数のボルトで床に固定された一機の斥候型を……

 

 

 

月光を思わせる白群の装甲に、この個体だけの天満月の金色の光学センサ。鹵獲以前から存在していなかった武装に、描かれた三日月に凭れる女神のパーソナルマーク。

 

 

 

<無慈悲な女王>

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「結局何も成果はなし…か……」

 

用意されたホテルで朝食を取るリノはフォークに刺したソーセージを口の中に入れていた。

ビュッフェ形式の朝食で目の前に広がる光景を横目に、リノがつぶやくと反対側で座っていたエリノラが答えた。

 

「でも、動きはあった。それだけでも大きな成果」

 

そう言い、彼女は最後のデザートとしてフルーツの入ったヨーグルトを食べていた。彼女がそう呟いたのも訳があった。

理由としては、リノが来た後にシンやヴィーカがやって来てマイクや偏光装置を切った状態で<無慈悲な女王>の話しかけていたのだ。

どうやらヴィーカは前々から気になっていたと言う、シンの異能はレギオンにも届くのではないかと言う仮説だった。

そう言われ、試しに声をかけてみたところ、やはり意思疎通は出来なかった。

 

しかし、エリノラは一瞬、ほんの一瞬だけ月色の光学センサが動いたのを確信したと言う。

 

「今、思えば動いとけばよかったと。ちょっと思ってる」

「いやぁ、あの状況じゃあ難しいでしょ……」

 

そう言い、リノはあの時の状況を思い出しながら話していると二人の横に誰かが座った。

 

「何話してんの?」

 

それは彼らの中でも最年長に入るカイエだった。すでに二十歳を超えて居る彼女は時々リノ達と酒を酌み交わす事もある仲だが、今日は少しだけ様子が違った。

 

「ん?いやぁ、仕事の話だよ」

「仕事ねぇ……」

「そう言う貴方はなんでこっちに来たの?」

 

エリノラはそう聞くと、カイエは少し興味津々に二人に聞く。

 

「婚約者同士のお二人に、うちの指揮官と大隊長の感情を接近させる方法を聞こうと思ってね……」

「あぁ……」

「そう言うことね……」

 

そう言い、二人は納得した様子で遠くに映る赤目の青年と、白銀の少女を見ていた。

するとカイエは面倒そうにその白銀の少女の方を見ながら言う。

 

「問題なのは指揮官殿が自覚をしていないことなのよね」

「マジ……?」

 

思わず信じられないと言った様子でリノは思わずカイエを見ると彼女は頷き、それを見たリノとエリノラは頭を抱えた。

 

「冗談だろう……」

「あんな生活して居るのに??ウッソだろおい……」

 

そう言い、二人は朝食に出たシリアルを食べながら唖然となってしまっているとカイエは詳しく話す。

 

「シンの方は覚悟決まって居るんだけどね……みんな困って居るのよ」

「なるほど、そこで俺たちに聞いてきたと?」

「大正解」

「……」

 

話を聞き、やや面倒だと思いながらもリノ達は今までの経験を思い返しながら作戦を考える。

 

「しかしなぁ……俺たちは元々同じ場所で育ってきた仲で、そのまま成り行きって感じだったからな……」

「それでも、何かアドバイスが欲しいんだよ」

 

カイエは懇願するように先駆者から話を聞こうとし、エリノラが顎に手を当てながら考える。

 

「うーん、まずはレーナの逃げ道を塞ぐところからね」

「そうだな、その方が手っ取り早い」

「で、どうする?」

 

そう言い、三人は話し合っていると、リノがふと思いついた。

 

「……なぁ、こう言うのはどうだ?」

「「?」」

 

するとリノは二人にある提案を持ちかけた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ーーーはい、よろしくお願いします。では……」

 

朝食後。リノは電話を終え、携帯をしまいながらホテルの屋上でタバコを吸っていた。流石にホテルの中で吸うわけにも行かず。喫煙者はこうして寂しいホテルの屋上に追い出されてタバコを吸っているとふと後ろから声をかけられる。

 

「やぁ、ここに居られましたか……」

「貴方は?」

 

其処には一瞬女性のように髪が伸び、顔立ちもそれっぽい人がいた。軍服を見るに同盟軍の大尉だろう。

そう思っていると、その軍人はリノに敬礼をしながら挨拶をした。

 

「初めまして、リノ・フリッツ少佐。私は同盟軍のオリヴィア・アイギスと申します」

「アイギス……と言うとベル・アイギスは……」

「えぇ、私の祖母です」

 

そう言うと、リノはタバコを慌てて消しながらオリヴィアに敬礼する。

 

「初めまして、オリヴィア大尉。リノ・フリッツ少佐です」

 

そう言うと、オリヴィアは少しだけリノの律儀な性格に少しだけ面白く思いながらもリノが手を下ろしたので同じく腕を下ろしていた。

リノは香水の香りがするから本当に女性じゃないかと感じながら見ていると、オリヴィアは先ほどタバコを吸っていたリノを見て思わず言う。

 

「噂には聞いていましたが、ヘビースモーカーなのですね」

「すみません。こうしていた方が、戦場で食糧に困った時に良いと昔の上官に教わったものでして……」

「なるほど、タバコで食欲を抑えるアレですか……」

 

そう言いながら、オリヴィアはリノと挨拶をするとタバコを吸い終えたリノは其処でふと気になったことがあってオリヴィアに聞く。

 

「しかし、なぜ大尉はここに?」

「例の部隊の新装備の教官として此処に……」

「あぁ、噂の……」

「今から、彼らの訓練を行う予定です」

 

そう呟きながらリノは屋上を後にし始めるとオリヴィアと例の新兵器について話をしながら屋上を後にしていた。

 

 

 

せっかくの休暇が始まったばかりであるが、色々と悩みがてんこ盛りだ。

 

「これが所謂、青春ってやつかねぇ……」

 

そんな事を呟きながらオリヴィアと別れたリノはホテルを歩いて例の無自覚少女をどうくっつけるかの模索をしていた。



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#50 休暇

こんなに短い期間で投稿できたとは思わなんだ。(・Д・)
あ、次回はまた未定です。でも、短い期間でできるかも……


二八年前、アストリア合州国で巨大な戦争が起こった。

 

合衆国沿岸部に多数建造されてきた水上都市群。通称、コロニーと言われてきたその場所は多くは移民で構成され、合州国の爆発的な人口増加に備える為に多数が建造された。

そのうち、ルナリス島の反対側。合州国本土から最も離れた場所に建造されたコロニー、通称サイド3はジオン公国を名乗り、アストリア合州国に独立戦争を仕掛けてきた。

 

開戦と同時に、ルナリス島の主要都市グラナダを制圧した公国軍はサイド1、サイド2を制圧。そして、サイド2に存在していた人工衛星管制局を確保し、周回軌道上に存在していた各国の人工衛星を操作、その半数を合州国軍総司令部のあるジャブロー落下させた。

 

しかし、ティアンム率いる本国艦隊が落下中の人工衛星を多数破壊し、その破片や落とし切れなかった人工衛星は合州国の各地に落下。特に最も大きかった人工衛星、アイランド・イフィッシュは合州国南部の都市、セドニーに落下。巨大な湾を形成し、この攻撃で一四万人の犠牲者が出た。また、この被害は諸外国にも起こり、大陸規模で通信障害が起こり、連合王国に人工衛星の破片が落着したと言われている。

 

甚大な被害が出たのにも関わらず、この結果に不満足であったジオン公国軍は残りの人工衛星を落とす為に、もう一つの人工衛星管制局のあったサイド5ルウムに軍を差し向けた。

水上艦や航宙艦として設計されていたムサカ級を含めた多数の艦艇を有したこの動きに、合州国軍も圧倒的な物量で攻め込んだ。

残存艦艇の六割をルウムに差し向け、後のルウムの戦いが幕を開けた。

 

しかし、結果は合州国側の敗北。ジオン軍の新兵器、モビルスーツは戦力で圧倒的に勝る合州国軍に圧倒すると同時に、ブリティッシュ作戦の失敗を塗り潰す様な大戦果を齎した。残存艦艇は本国へ引き返し、この時レビル将軍も捕虜として捕えられた。

この圧勝にジオン軍は休戦協定を結ぼうとしたが、レビル将軍の奇跡的な生還とその演説により失敗。合州国本土への大規模上陸作戦を敢行。一時的に合州国本土は南北に二分され、国土を跨るように戦力された。

しかし、伸びすぎた戦線は補給を困難とし、ジオン軍も補給限界地点で戦線は一時膠着する事となった。

 

しかし、ルウム戦役においてモビルスーツの有用性を確かに見たレビル将軍は合州国軍にモビルスーツ開発を指示。戦前より開発が急がれていたモビルスーツ開発は完了し、量産体制を整えた頃。

レビル将軍による大規模反抗作戦、オデーサ作戦を開始。作戦は成功し、本土からジオン軍は撤退していく事となった。

 

徐々に陰りの見え始めた公国軍に、合州国軍は次々と主要拠点を叩き始める。

 

グラナダ

 

ソロモン

 

ア・バオア・クー

 

今までジオン軍に占領された地、若しくはジオン軍の拠点を次々と奪還、或いは占領した頃。ジオン公国は降伏を要求。レビル将軍はこれを受け入れ、戦争は終わった。

全てのジオン軍は無条件降伏となり武装解除。なお、この戦争の反省も踏まえ、合州国はさらなるモビルスーツの開発と一時的な自治権をサイド3。ジオン共和国と名を変えた国家に与える事となった。合州国は国民のほぼ半数を失い、各都市には落下した人工衛星の残骸が転がっていた。

しかし、完全なる独立を望む強硬派はジオン残党となり、時折合州国国内でモビルスーツを使った事件を起こしていた。

 

今では建国より敵という刷り込みがされて来た帝国が産んだ機械の獣物と戦争をしているから収まってはいるものの、仕事にありつけなくて合州国に不満を持った者達がジオン軍残党に入ったりと問題になっていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ふぅ…また、揉め事か……」

 

ロア=グレキア連合王国、ギアーデ連邦、ヴァルト盟約同盟、アストリア合州国を結ぶ俗に言う四国街道のお陰で合州国のニュースが入る様になった中、合州国の国内状況も国外に届く訳で……今ニュース画面には合州国内で起こったジオン軍残党が暴れた様子が映されていた。

 

『えぇ、現在入っている情報では昨日。合州国内のマリナーズ・ベイでジオン軍残党と呼ばれる集団がモビルスーツを用いた軍事行動を行い、死傷者が出たと……』

 

ニュースキャスターもここぞと言わんばかりに叩く様な勢いで報道をする。元々旅客を行うまで制限をしていないとは言え、これは酷いものだ。

 

「向こうは徹底的に叩くつもりの様ね」

 

すると、横から明らかに不満げな様子を浮かべて片手にコーヒーを持って横に座る。一般人の往来は行われておらず、自分達がここにいるのも一部の人間しかない。だから国力に差のある合州国相手にこんだけ叩く様な報道ができるのだろうと思っていると、リノがコーヒーを飲む横でエリノラはレモネードを飲んでいた。

最近やけに柑橘系の飲み物をとっているなと思いながら、リノはふと気にかける。

 

「最近の好みか?」

「えぇ、そんな所」

 

そう言い、エリノラはレモネードを飲んでいるとそんな二人に電話がかかる。リノが携帯を手に取ると、応対をする。

 

「はい…はい。了解です」

 

そう言うと、リノは席を立つ。

 

「仕事?」

「あぁ、行ってくるよ」

「私は?」

「お留守番」

 

そう言うと、リノはホテルを出て行った。

 

 

 

 

 

数時間後

 

演習場に立ったリノのガンダムは地面を眺める。

 

「……来たか…」

 

レーダーでモニターに映る影を視認すると、両手にペイント弾入りの機関銃をもって射撃を開始する。

90mmの最早機関砲というべきか怪しい部類ではあるが……空中で桃色に破裂し、虚空の地面に桃色のインクが宙に浮く様に塗装される。

 

『くっそぉ!!』

 

無線でそう叫び声が聞こえると、リノはレバーを動かして機関銃を乱射する。すると地面に次々と桃色のペイントが塗られ、悲痛な叫び声が聞こえてくる。

そして、しばらく経った頃。辺りには桃色にペイントされたレギンレイブの姿があった。

 

『くっそぉ…やられたぁ……』

『強すぎるわよ……』

 

フリッガの羽衣装備でどれだけ対MS戦闘ができるかの訓練だったが、これでは訓練にもならなかった。

 

『対五で勝つとかまるでうちの死神みてぇだ……』

 

そうダイヤは思わずそう呟くと、リノは一旦汗を拭いでから言う。

 

「いやいや、こっちも結構ギリギリだったよ」

 

そう言い、訓練が終わるとそのままリノの乗ってきたガンダムはガンダムトレーラーに乗せられると、ハッチを開けてリノは出てくる。

 

「ふぃ〜……こっちは休暇だからなるべく休みたいんだがね……」

 

思わずそう呟くと、リノはガンダムを降りてそのまま基地を歩く。ガンダムの物珍しさと、動く巨大ロボットという事で盟約同盟の軍人はやや興奮した様子でガンダムを見ていた。

 

「(あんな報道をしていたのに恐れることは無いのか……)」

 

思わずそんな光景を見てそう感じると、リノは男の欲には勝てないのかなとか思いながらそのまま訓練を終えて基地を後にしていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

リノ達が訓練を行っている頃、レーナ達は同盟の地下の拘束室にいた。視界の先には例のレギオンが居座っていた。

 

「俺の声が聞こえるな?〈レギオン〉の女王」

 

分厚い金属のゲートの先にあるその部屋で、シンは呼びかける。呼び掛ける名すら知らないのは不便だと感じながら、改めて思う。

ゼレーネの確証がない今、彼女をゼレーネと呼ぶのは偽られる可能性がある。〈無慈悲な女王〉と呼ぶのも違うだろう。だからこんな風にしか呼べないのが少し、もどかしかった。

今まで名前すら知ろうとしなかったのは異常であると、今では思う。

 

「俺を呼んだのは貴方だろう?貴方のメッセージは見た。『探しにこい』と。だから貴方の元まで行った。伝えたいんことがあるなら聞く。今、ここで」

 

シンは10m程先にいる〈無慈悲な女王〉の金色の光学センサを見る。視界の先のレギオンは瞬きもせずにシンを見る。その目には僅かに焦りの色が見える気がする。

七年もの間使って来た装甲で覆われた殺戮機械が僅かに拘束を鳴らして動く。

 

会ったこともなかったレーナを知り、互いに相手を知った。

会話をしなければ知ることができない。

知らないものは信じられない。

だからそうやって一方的に試めす様な真似などせずに。

 

拘束を鳴らす音が収まり、僅かに白群の装甲が持ち上がる。そして、滲み出る鈍い銀色の流体マイクロマシン。高機動型では無数の蝶と化して飛んでいったが……

 

兄と……〈羊飼い〉にされた兄と同じ掌。

 

最後に触れた優しい手だった。ーーそれこそ、人の手と同じ様に人を絞め殺す事だって可能な……

 

「貴方の事を、俺は何も知らない。貴方が俺を呼んだ理由も、今黙っている意図さえ、俺には分からない。だから、ーーー貴方の手で教えて欲しい」

 

流体マイクロマシンはなおも滲む。溢れ出し、何かの形を取ろうとする。

 

そして恐る様にーーーついに。

 

《拘束室を出よ。ーーー観察室への退避を推奨》

 

劣化して音の飛んだレコードの音声を繋ぎ合わせた様な。人間ではない知性体が、無理に人の言葉を話している様な。酷く聞きづらい機械音声が()()()



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#51 人は変わる

《拘束室を出よ。ーーー観察室への退避を推奨》

 

触れる手もなく起動したそれに、観察室にいた面々が驚く様子が襟下のレイドデバイスを通じて聞こえてくる。おそらくは初の〈レギオン〉との対話だ。無理もない。

奥でざわめく中、再び声が聞こえる。

 

《退避完了後、応答を開始する。ーーー観察室への退避を。ーー警告する》

 

人の脳を取り込んだのが〈羊飼い〉だが、何処まで人の意識や感情を残しているのかは不明。だが、シンは確かにそこに憤りを感じた気がした。

 

《捨て身の交渉は、見事。なれど、今後は拒否。それを記憶せよ》

 

 

 

 

 

 

その光景を、レーナは唖然と見る。

捨て身ではなかった。それはレーナにはっきり分かった。流体マイクロマシンを外に出して動かすのは片手で数える程しか事例が確認されていない。おそらくはプログラムされていないのだろう。ーー流体マイクロマシンは本来は兵装ではなく、制御系の構成要素。本体ほどの理不尽な速度は出せなかった。シンも、そのマイクロマシンの動きに注視しており、いつでも退避ができる姿勢だった。

 

何かがあればすぐに奥の部屋に逃げれる様に……。

 

交渉のために多少のリスクは容認しつつ、決して自棄的にではなく。

望んだ未来のために。ーー未来をその手に得るために。

 

その事にレーナは呆然となる。

 

本当に。

変わったのだなとーーー思い知らされた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

シンが観察室室に戻った直後、耐え兼ねた様に流体マイクロマシンが爆発する様な勢いで、部屋に散らばる。

観察室に戻り、少し気が緩んだせいか、兄の昔の首を絞められた時の記憶が蘇り、やや血の気が引く。

 

「大丈夫か?ノウゼン」

「ああ。……何でもない。少し、思い出しただけだ」

 

その一言でヴィーカは察する。

 

「傷に触れる覚悟で、彼女の前に立ったのか。無理にでも言葉を引き出すために……。死人とは話せないと、以前卿はそう言っていたはずだが……」

「話せないとは今も、思っているけど……」

 

生者と死者は交われない。それは世の理であり、覆せないこの世界の法則の一つだ。

だが、シンが亡霊の声を聞く以上、その逆も可能と言う訳だ。自分はまだ、此岸の畔に縛られているのだろう。あるいは……

それはシン自身においても恐ろしい推論だ。それでももう、逃げたくは無かった。

 

「最善は尽くしたいから。……何か一つでもこちらが有利になる情報が得られれば、終戦の糸口くらいにはなるかも知れない」

 

そう言うヴィーカは何故か愉しげに笑う。

 

「海を見せたい、か。なるほどその為には、努力も惜しまぬだろうな」

「何でお前まで知っているんだ……」

「むしろ卿はどうして俺が知らないと思っていたんだ。……さて、その手。人の脳構造を取り込んだ〈レギオン〉には、必ずあるのか」

 

〈無慈悲な女王〉へと開き直りながらオンになっているマイクに向かって問いかけるが、応答は無し。

目配せをして今度はシンが問いかけると、応答があった。

 

《死に際してなお、狂い求め手を伸ばした。その死者のみ》

 

シンは今までのレギオン達の嘆きと同じかと思う。死の直前に、最後に残した言葉の形で機能を止めた脳が繰り返す嘆き。死に瀕してもなお、消えなかった渇望とその手もまた断末魔と同様に形になるのか。

シンにだけ聞こえる様にしているのだろうか、マイクでな拾えない音量で情報部員が言葉を交わす。

 

《一つ応じた。一つ応えよ“ーーーーー”》

 

その音が聞き取りにくかったが、かろうじて記録用の端末が拾った。“バーレイグ”、レギオン側でのシンの識別名か。

 

《名は》

「シンエイ・ノウゼン」

 

ここは一応完全防護となっているが、念のため所属と階級は言わなかった。〈無慈悲な女王〉は一瞬息を呑むように沈黙する。

 

《ノウゼン。ノウゼン。征滅者の末裔。帝国の漆黒の将騎。ーー問う。そのノウゼンが、何故祖国を裏切り連邦軍に在る。赤目故か。ーー回答を》

 

純血の夜黒種が焔紅種との混血を侮蔑する言葉で言うが、共和国で育ったシンには響かなかった。

 

「俺は帝国人じゃない」

《では、エイティシックスか》

「……どうして知っている」

 

彼女がゼレーネ・ビルケンバウムなら知るはずがない情報を何故知っているのか。

 

《脆弱ゆえ。弱体ゆえ。共和国の廃棄せし劣等種ゆえ。ーー鹵獲は容易。情報の取得も》

 

なるほど、レギオンの本能には〈羊飼い〉でも逆らえないと言う事か。もしかすると、こうして〈無慈悲な女王〉と会話をできているのも本体とーーそのネットワークと切り離されているからかもしれない。

 

「貴方の名は?」

 

こちらが答えたのだから、今度はそっちの番だ。

すると、〈無慈悲な女王〉は僅かに機体を傾けると、困惑した様な拍子抜けした様な動きで答える。

 

《ーー認識済みと推定》

「こちらは答えた。……応えてくれ」

 

重ねて問うと、〈無慈悲な女王〉は横に立つヴィーカに目を向ける。

 

《了承。なれど不要。その“頑是ない古き蛇”に確認せよ》

 

その瞬間、ヴィーカの横顔が僅かに強張り、つい長々と嘆息した。

 

「やはり、お前なのか。ーーゼレーネ」

《肯定》

 

小さく、〈無慈悲な女王〉はーーゼレーネは頷いた。傲然と。その識別名をそのまま、凍てつく月の無慈悲さを以て。

 

《我はーーー我が生前はゼレーネ・ビルケンバウム。帝立研究所所属。少佐担当官》

 

生前、とあえて言う事で、今の己は人では無いと暗に示して。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ーーー了解です。色々と迷惑をかけてしまって……有り難うございます」

 

ホテルの部屋で電話を取って居ると、リノは電話越しで頭を下げる。そして、電話が切れるとタイミングよくエリノラが部屋に入って来た。

現在、休暇中のシン達は〈アルメ・フュリウーズ〉の最終テスト中であるが、肝心のシンはゼレーネの尋問で忙しい日々を送って居る。エリノラも手伝いに行ったりして居るが、何せシン以外では誰も相手にしないのだ。それはもう大忙しだ。

 

「今から講座か?」

「えぇ、みんなやる気あるみたいだし。やっぱりああいう所はの子供達ね」

「俺は男の方しか分からんからな。宜しく頼むよ」

「任せな!」

 

そう自信満々に言うと、エリノラは片手に化粧バックを持って部屋を出て行く。今から彼女はレーナ達に化粧の講座をしに行く予定だ。何でかって?そりゃあ本番があるからに決まって居るじゃないか。

正直クソガキどもの面倒はどうでも良いし、最低限のマナーと服装は教えたから後は本番までを待つばかりである。

 

「……一応、確認しておくか」

 

そう呟くとリノは部屋の箪笥に仕舞ってある一着の軍服を確認していた。

 

 

 

 

 

「あのさ、シン。……レーナ、様子が変だって事。知ってる?」

「ああ」

 

慣れないカフリンクスと言う金具を留めるのに苦戦して居るセオにシンは頷く。

 

「あ、そうなの。……あー駄目だ。やっぱり外れないや」

「連邦軍のカフリンクスは留金の係りがきついから、そのせいじゃないか?……その前からも変だったけど、ゼレーネの応答を引き出してからは明らかに避けられて居るから」

 

ひっそりと尋問室を出て行ったのを、シンも見ていた。廊下で立ち尽くしていた彼女はなんでも無いと首を振ってそのまま去って行った。一ヶ月前に逆転した立場にあったことから、追及することも無かったが……

 

「一応、話したくなったら聞くからとは、言ってあるから」

「えっ?!」

 

思わずセオは愕然と見返す。

 

「……………えっ、あのさ、今僕の目の前にいるシンって、本物だよね。実は一ヶ月前から<レギオン>が入れ替わってるとかそう言うことは無いよね」

「どう言う意味だ」

「だって……シンがそんな気遣いする様になってるとか」

 

また愕然とした様子で言われる。

 

「……それは、聞きたいのが山々だけど」

 

一体自分はどんな見方をされて居るのかが気になる所だが、改めてこっち側に立つとわかる事もあった。

 

「……俺は整理がつくまで、ある程度ほっとかれる方が楽だったけど。周りはその方がーー必要以上に声をかけずに待って居る方が、きついんだな」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「……」

 

ガンダムのコックピットでリノはそっと目を閉じる。現在、盟約同盟には合州国から新装備の訓練のためにリノの乗るモビルスーツが運び込まれて居る。他の隊員と合流するのは次の任務の時であり、そこまでガンダムもついでに運ぶ事は決まっていた。

 

「(此処は周囲にレギオンは居ないんだな……)」

 

右眼の義眼が出来る能力が使えない事から、周辺のレギオンがいないと言う事になる。

 

この右眼はあの初陣での戦闘後に知った異能とも言えない不思議な能力を持っていた。入院中にレギオンの姿が脳裏にひたすらに過ぎるものだから時々悲鳴をあげてしまっていた。

左右で目の色が変わっており、赤目だった右眼は青色…それもレギオンと同じ色の眼をしていた。身体検査として事実上の軟禁の為にアバディーンの中にある施設に入った俺はそこで多くの調査をされた。と言ってもわかった事は一部しかなかったが……

 

分かったのは、この義眼はレギオン内部にある流体マイクロマシンでできて居る事。そして流体マイクロマシンがリノの視神経と接続し、脳に視覚を送って居る事。そして、リノの視神経とくっついて居る事から切り離す事もできなかった。理由は分からないが、流体マイクロマシンは眼球の形を模ったままリノと接続していた。

 

そして、ある程度の距離までは視界に映るレギオンの内部にある流体マイクロマシンを誘導する事ができる事であった。しかし、この能力は非常に体力を使う上に、使いすぎると無意識に流体マイクロマシンが暴走を始めてしまう。その為、この能力を使う事は余程のことがない限り禁止されていた。

 

そして、入院中に見えたレギオンの残骸は、生きて居るレギオンから見える光学センサからの映像であり、近くに居るレギオンの光学センサをランダムで見ることが出来た。目の前のモニタに映る景色脳裏ではレギオンの光学センサの景色が見えると言う気持ち悪い感覚があったが、もう慣れてしまった。

 

シンが亡霊の声を聞くのと同様、リノも近くに居るレギオンの居場所を知ることが出来た。まぁ、シンほど探知能力は広く無いが……それでも、初めの頃に比べたらだいぶ広い範囲を見ることができる様になったものだ。流体マイクロマシンが再生医療に使えると思われて研究材料にされたのは遺憾ではあるが……と言うか、どさくさに紛れて青玉種の血が入って居るからって異能開花用の薬物を打ち込んだ研究員は絶対に許さない。今彼は豚箱にいるが、正直に言うとナイフで刺し殺したい気分だ。

 

「……はぁ」

 

自分は偶々巨大な戦果を引っ張って来たから良かったが、もしあそこで碌な戦果がなければ……自分はあのままアバディーンの研究者のモルモットになっていたかもしれないと思うと思わず背筋が凍ってしまった。



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#52 悩み

「女王陛下女王陛下ぁ!()()()思い切ってこんなんどうよ。エッロくねぇ?」

 

半ば無理やり部屋に上がり込んできたシデンがそう言い、レーナに近くの街で買って来た下着類を見せる。それはもう多種多様で、色々な物を買って来ており、それらを見たレーナは顔を真っ赤かにして『破廉恥です!』『何で私のスリーサイズ知って居るんですか?!』などと叫んでいた。

 

「……」

 

レーナは完全に上の空になっており、そんな下着類すら眼を通さなかった。

 

「女王陛下?どうかしたのか?」

「えっ」

「いやほら、最終日の……」

「あぁ……」

「どうせ、死神ちゃんにエスコートして貰うんだろう?だったら見えねぇ所までしっかりお洒落しとこうぜ。女王陛下の先輩はそうしてたって言ってたしな。……つーか」

 

シデンはニヤリと笑うと、際どい冗談を言う。

 

「もしかしたら見せることになるかもしんねぇしな!そんときゃアネットは私が責任を持ってバーで足止めしておくから。後は部屋で……」

 

シデンの際どい冗談はレーナを子供の様に眼を伏せさせてしまった。

 

「いや、シンはもしかしたら別の人と……」

「……は?」

「シンには、私じゃなくても…私は」

 

レーナはその後内心に、此処まで来た白銀種のあの共和国の軍人を思い返してしまう。

その様子を見て、何があったのかを察したシデンは小さく嘆息する。

 

「……あんのなぁ、女王陛下」

「っ……?!」

 

シデンはレーナを押し倒し、シデンはレーナに鬼気迫る表情で言う。

 

「シデン……?」

「良い加減にしろよ」

 

それはとても鋭く、冷たい瞳だった。

怒りを孕んで、キツく光る。

 

「いつまでもそうやって、何かっていうとすぐ線引いて後退りしやがって。そりゃああんたは女王陛下だ。引かなきゃいけねえ線もあるだろうさ。そいつに文句なねぇよ。けどな……今あんたが引いたその線は要らねえんだよ。私らはもう誰もあんたを白豚とは言わねえのに、勝手に自称して壁の中に閉じこもって。いつまでそうやって八五区に居るつもりだよ!」

「だって、私は共和国人です。……無意識にでも傷つけた側です。それは変わらない。……私には()()しか無いんです」

 

あの大攻勢で、自分は母と上司を。その前は父を…みんな死んでしまった。

 

守る家族も家も、レーナは無い。

 

シンと共に戦う、その誇りさえ失ったら自分は何も残らない。どれだけ嫌いな形であっても、それだけしか自分は残らなくなってしまう。

 

「なんだよそれぁ」

 

そんなレーナの悲鳴をシデンは嗤って切り捨てる。

 

「これしかねぇ、なんてどっから出てくるんだよ。そんなに簡単に何でもかんでも、無くせるとでも思ってんのか?……私の目ぇ見ろ」

 

そう言い、シデンは自身の濃藍と雪色の双眸を見せる。自分の識別名ともなった所以の遠くから見れば隻眼の様に見える目。

 

「親父は両方とも銀色だった。雪花種の血はそんなに強くなかったけどな。目の色の違いはお袋から、あたしと妹は両方引き継いで、それで、どうなったと思う?」

 

アンジェがそうだったように、不満の溜まる八六区での記憶をシデンは抱えて。

 

「人間もどきの劣等種のエイティシックスから、人の形の化け物だって。魔女だって言われて、妹は()()()()()()()()()()慣れなかった……無くせるもんなら、無くしてぇよ……けど無くせねぇだろ。過去ってやつは。間違いも無力も後悔も……その先の決断も。だったらアンタだって無くせねぇんだよ。あたしらと一緒に戦って共和国人ではあっても白豚じゃあ無くなった。()()()()()としてのあんたは!」

 

今日まで戦ったその事実はーー消そうとしても消えない。

 

「なあ、レーナ。…あんたは確かに共和国人で、けど白豚じゃ無くて……そんであたしらの女王陛下だ」

 

シデンの言葉にレーナはぎくりとなる。…誰かに昔、同じことを言われた気がした。

いつだったか……壁を越えようとしない、僅かに哀しげな。変わろうとしなかったレーナに対して言われた……

 

 

 

ーーその悲壮面、やめて下さい。

 

 

 

「最初は白豚と、人間もどきだったかも知れねぇ。けど、あたしらはもう。その線を越えたつもりだぜ。そんであたしは、あんたにも越えてほしい。シンだってそいつは同じだ。だから……良い加減超えてくれよ」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ゼレーネ、もう一度聞く。ーーー何故俺を呼んだ?」

《否定、探索の要請は高機動型を撃破した敵性存在に対して。特記事項オメガの実行トリガーは高機動型の破壊。特記事項オメガの視認者は、必然的に高機動型を撃破した者となる》

 

此処最近は問い掛ければ答える様になった。ただし、応じるのはシンか、稀にヴィーカのみ。何が目的か、情報提供の意思があるのかも未定。何と問うも、明かそうとはしなかった。

 

レーナが今日も此処にいない事に心配から焦りが生まれるも、これを噛み殺してゼレーネに聞く。

 

「……それならどうして、高機動型を撃破した者を?」

《高機動型を撃破可能なら、人でなき者ゆえ》

 

遠回しにお前は化け物だと言う口調で言う。

 

《殺戮機械たる〈レギオン〉に、比肩する者は人ではなき者ゆえ。まして改良種たる高機動型を、撃破に至る人外の怪物ゆえ。故に研究対象として、鹵獲対象として高価値。我ら〈レギオン〉の目的の達成の為、極めて高価値》

 

狂人め、と誰かが呟く。殺戮機械そのものの、異質な欲望で渇望だった。

シンはそんな呟きを耳にしつつ、静かに問うた。

 

「何のために」

 

すると、映像の先で光学センサがシンを見た気がする。

 

「貴方は何のために〈レギオン〉をこれ以上強化しようとして居る?人を滅ぼすためか。……そうだと言うならどうして、あの時俺を殺さなかった。どうして今、俺と話をして居る」

 

敵意も憎悪も何も無い、純粋な疑問であった。

 

「貴方は何の為にーーー〈レギオン〉を作ったんだ?」

 

ゼレーネの言葉には矛盾がある。と言う事は隠された真意があると言う事。語る口は半ば無理矢理こじ開けた。この先、同じ事はできない。強制したところでまともに答えない彼女のことを信用できない。

だから、ただ知りたいと思ったことを問うた。

 

暫しの沈黙の後、ゼレーネはまるで恐る様に聞く。

 

《……我が…憎くは無いのか。エイティシックス。我ら〈レギオン〉に同胞を殺戮された。玩弄された。蹂躙された。虐殺された。その事にーー憎悪や怒りを感じないのか?》

 

一瞬、シンは沈黙する。

彼と同じ、エイティシックス達は……脆弱だった。それが当然の様に、次々と死んだ。祖国に棄てられ、まともな指揮も支援もなく。出来損ないのフェルドレスしか与えられずに。

 

それはもうあっけなく……

 

その誰もがシンにとっては大切な仲間だ。……けれど、

 

「ーーああ」

 

それでも、〈レギオン〉を憎いとは、思わない。

 

思えない。

 

ゼレーネは月色の光学センサをゆっくりと伏せる。

 

拒絶の様に、恐れの様に。……後悔の様に。

 

《……応答を終了。以降の回答を拒否する》

 

それきり〈無慈悲の女王〉はこの日、シンの呼びかけに応じなかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「くあぁぁ……眠…」

 

ノーマルスーツを着て、リノは思わず欠伸をしてしまう。今日は、久しぶりにシンが〈アルメ・フュリウーズ〉のテストに来て居る。何でも、〈無慈悲の女王〉と喧嘩になったそうで暫く休みを入れるとの事。それで、こっちに来たそうだが……

 

『ちょっと、訓練中に欠伸しないでよ』

「あぁ、悪い悪い……(可笑しいな……)」

 

エリノラに言われて眠気を押し殺すが、リノは違和感を感じていた。

昨日は訓練に備えて早めに寝た筈だし、そもそも実戦で寝不足なんてしてたらその瞬間仏さんになるから眠気の対する耐性もある筈なんだがな……

昨日の夕方くらいに右目が少し痛む事故もあったし、何が起こって居るんだか……

 

なんて思いながら、リノはいつも通り機関銃を持って射撃を始める。相手が相手なので眠いとか言ってられない。

 

「さぁ、一仕事と行くか……」

 

そう言い、接近してくるガンダムを狙う死神に向かって射撃を始めた。

 

 

 

 

 

暫くし、訓練が終わってガンダムを元の位置に戻そうとした時。ちょっとしたある光景を目にした。

 

それは、シンとオリヴィア大尉が楽しげに談笑して居るのを遠くから眺めるレーナ。しかし、レーナの目は困惑して居る目をしていた。

 

「(あぁ…こりゃまずい事になりそうだな……)」

 

あとで、事実を伝えに行こうとした時。突然、右目に激痛が走った。

 

「うっ?!あぁ……!!」

 

その痛みに思わずレバーの操作を誤ってガンダムトレーラーに載せるのを誤って地面に倒れてしまった。

 

『おい、大丈夫か?』

 

ガンダムが倒れ、シンから通信が入る。周りでは何事かと軍人がわらわら集まってきた。

痛みが治り、リノはレバーを手に取ると、そのまま返答をする。

 

「あぁ、問題ない。……少し操作を間違えただけさ」

 

そう言うと、リノは再びガンダムを立たせてそのまま再度ガンダムトレーラーにガンダムを載せていた。事故はあったものの怪我人もおらず、大事に至らなかった所にあとでホッとしていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「アネット……」

 

部屋に戻ったレーナはそのまま同室にいたアネットに声をかけると、そのままぺたんと椅子に力無く座り込んだ。

先ほど、ガンダムが起こした事故で話題になって居ると言うのに、そんな事に気にもかけないと言う事で、大体何となく察したアネットは念のため、レーナに聞く。

 

「どうしたの?そんな顔で……」

 

すると、レーナは霊鬼の様な雰囲気を出しながら言う。

 

「シンが、盟約同盟の、オリヴィアって人と話していて。楽しそうで」

「ああ……オリヴィア大尉ね。〈アルメ・フュリウーズ〉の教官でウチに配属される盟約同盟軍切手のエースパイロットで近接特化で、未来予知の異能持ちだって言う……」

 

オリヴィアは気さくな人でしょっちゅうこのホテルにやって来てはリノ達などと楽しく会話をしていた。

 

「シンが、八六区で最初に配属された戦隊の、戦隊長さんにも似て居るらしいです。女性の」

「へぇ……」

 

あぁ、やっぱりかと思いながらアネットは問う。

 

「で?」

「どうしよう」

「何がよ」

「シン、大尉と話していて、楽しそうで」

「それは聞いたわ」

「同じエースだし、同じ近接戦が得意だし、同じ異能者だし」

「それもさっきあたしが言ったわね」

「どうしよう」

「だから、何よ」

 

レーナの顔がこの世の終わりと言わんばかりに情けなく歪む。

 

「取られちゃう……」

「…………はぁ」

 

何を今更……

アネットはため息をしたくなるのを我慢する。レーナ、貴方勘違いして居るわよ……

しかし、続いた言葉に思わず眉を吊り上げる。

 

「どうしようアネット。取られたくないの。シンと大尉が、話して居るのも一緒に居るのも嫌なの。……そんな事思っちゃいけないのに、でも、取られるのは嫌なの」

「あんた何言って居るの?思っちゃいけないって、何?」

「わたしは、私が、共和国がエイティシックスをまだ資産だなんて、もしかしたらシンの重荷になるかもしれなくて。だから私はそんな事を思う資格なくて」

「あんたは考えすぎなのよ」

「でも……」

 

そう言うレーナに、アネットは一番良い人を思い付くと、ホテルの内線を使ってある人に来てもらう様に電話した。

 

 

 

五分後

 

「はーい、エリノラお姉さんが来たわよ〜」

 

そう言って部屋にエリノラがやって来た。こう言う時は人生の先輩に聞くのに限る。




諸事情により、#30の内容を一部変更しました。


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#53 相談

「ーーーそれで、そのオリヴィアって人にシンが取られるかもしれないって事?」

「はい……」

 

レーナの部屋でエリノラとレーナは対面で話す。部屋の扉の前ではアネットがレーナが逃げ出さない様に入り口を封じていた。

事情を把握したエリノラはレーナを見ながら優しい声で言う。

 

「レーナちゃん、そんな重荷とか資格とか考えすぎよ?」

「ですが、シンには…私じゃなくても、本当はいい筈で……」

「だったら、レーナちゃんでもいいんじゃない?連合王国の時のボイスレコーダー、忘れちゃったの?」

 

そう言い、エリノラはあの今では伝説と化し、ダイヤやリノなどの一部面々は面白がって携帯の着信音にしているあの音声。それを思い出すも、レーナは泣き出しそうになりながら言う。

 

「……私は共和国人で……」

 

同じことを何度も言うレーナに、エリノラは肩を軽く持つとエリノラの顔を見せながら言う。

 

「それで?シンが貴方のことを嫌いになったって誰か言ってたの?」

「……上官ですし…」

「それで?」

 

少なくとも、一〇代が指揮官をして居る部隊がおかしいと言う話で……これがもし普通の軍隊であれば多少の恋愛如きで問題にはならなかっただろう。

機動打撃群は現時点であちこちで恋愛関係ができて居るわけで、何ならリノに恋心を抱くが、婚約者がいると言って失恋した者もいたのだ。

 

「だから……」

 

そう言い、レーナが口を開いた瞬間。エリノラは先制して言う。

 

「あぁ、だからって言い訳は無しよ?あのレコードを聴いて、今更やめるの?」

「っ!!そんなつもりじゃ……!!」

 

ばっと顔を上げて、否定するが、エリノラはそこであえて鞭のように厳しい言葉を投げる。

 

「貴方が思っていなくても、同じことなの。言い訳をして逃げても、それで居なくなったら置いていったも同義!」

 

そう言い、その話を聞いていたアネットも同じ事を思う。選ばれたくせに…とは口が裂けても言えなかったが……

それでも少し寂しかった。アネットは幼き頃のシンに初恋の様な感情を抱いていた。しかし、シンはそれに気づくことなく戦争で別れてしまった。

 

「そばにいたいと言うのに、取られたくないって思うんなら。貴方はシンに対してどんなふうに思って居るの?」

「わ、私は……」

 

顔に出て居るから良くわかる、きっと、拒絶されたらと言う負の気持ちが頭を覆って居るのだ。シンに拒絶されたら……

一度出た負の感情は時間が経つにつれてどんどん増幅していき、最後は怖気付いてしまうものだ。自分の場合は、それが怖かったわけだからとっとと婚約の話に持って行ったのだが……どうやら、レーナはサッパリ系の恋愛感覚ではない様だった。まぁ、自分の場合は子供の時から毎日会っていたわけだから信頼がそこで出来ていたのだろうが……

 

「(初々しい…とっとと告ればいいのに……)」

 

内心ではそう思いながらも、エリノラはレーナの肩を掴んだまま忠告する様に言う。

 

「いい?こう言うのは早くしないと、後悔する事になるわよ?」

 

前に誰かから聞いたことある話を、レーナはエリノラから聞くのであった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「失望して黙った。そんな感じじゃないの?」

「あぁ、俺もそう思う」

「それまでの挑発と違って、あれは彼女の素の感情に見えた」

 

ボフンと軽い音と、物が飛び交うのを視界の端に捉えながらシン、ヴィーカ、そして二人に呼ばれたリノが話す。

シンはリノに対してあることが気になっていたが、結局分からずにいた。

このホテル名物の大浴場前の柱廊広間では家具が片付けられ、広々とした空間で度々怒声が聞こえる。

 

「メッセージと態度を含めて、あれはこちらを試して居るんだろうけど。条件は高機動型を撃破可能な事と……〈レギオン〉を憎むこと、か?」

「思うにあれは、憎めないことが問題だったんじゃないか。ーーーと」

「あぁ、駄目だ。サッパリ意図が分からん……」

 

そう言うと、シンとヴィーカは飛んできた枕を避け、リノは片手で枕をキャッチする。すると、舌打ちするハルトとダイヤの声が聞こえた。

 

「ちぇ、失敗か……」

「不意打ち失敗〜、三人とも隙だらけだと思ったんだがなぁ……」

 

そう言い、二人は半分煽る様にニヤリと笑いがなら言う。

 

「って言うか、参加しようぜ!それとも三人ともビビってんの?」

「やろうぜ!それも派手にな!!」

 

その一言に、三人は何かが切れる。何気に、この三人はネームド。渾名が付けられる実力者だ。

 

「ーーーいいだろう、相手をしてやる」

「空かかってこい、有象無象」

「酒と煙草もやれん若造めが……」

 

そうして、大人気ない大乱闘が始まった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「あーあーあー、やってんねぇ……」

 

レーナの背中を軽く押した後、リノを探しにきたエリノラは浴場前の広間に来る。するとそこではレーナに起こされるシンの姿や、枕を散らばらせながら倒れる様に爆睡して居る様子のリノや他の子供達がいた。レーナに起こされるシンを見ながら、後もう少しかなと思いつつ呟く。

 

「さて…起こしますかね」

「おや、どの様な起こし方で?」

 

エリノラの呟きにやって来たオリヴィア大尉が聞いてくる。レーナには言っていないが、このままの方が良さげなので、オリヴィアの重要な話をしていない。このまま勘違いをしてくれれば勢い余ってそのまま言ってくれるかもしれないと思いながらエリノラは両手を大きく広げながら言う。

 

「ウチの育ってきた孤児院の名物ですよ」

 

そう言い、アイダから教わったとっておきの目覚ましを発動する。

 

ダァァァァアアン!!

 

それはもう、レギンレイブの砲声の様な大砲の音に近い物だった。何故かあの孤児院で育った女子達にしか上手く扱えないと言う謎の技であるが、今回はその音のデカさが功を奏した。

 

「ぎゃぁぁぁああ!!」

「耳がぁぁあ!!」

「な、何だ?!」

 

砲声のような音に一斉に全員が目を覚まして何事かと大慌てになる。そりゃ、普段からよく聞く音ではあるもののこんな場所で聴くはずが無いからな。

 

「ん、あぁ…相変わらず心臓に悪い音だ……」

 

そう言い体を起こしたリノはつい寝てしまったかと軽く後悔をする。ここ最近は疲れやすいとは言え、まさか枕投げをした後に疲れてそのまま寝るとは……

 

「い、今のは……?」

 

ヴィーカを起こしに来ていたレルヒェは目を見開いて手を叩いただけで轟音を叩き出したエリノラに疑問が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

暇つぶしに始めた枕投げ大会。風呂から出た後の暖かさや動いた事で全員が寝ると言う事態になっいたが、リノ達は深夜に部屋で横になって寝ている。

孤児院の頃から慣れた光景ではあるが、軍に入った後。それも、初陣後のエリノラの駄々捏ねには困った物だった。自分の手に届く範囲で行動させろと言い、最終的に情報部が折れる形でエリノラはMSに乗ることになった。

元々情報部の人がMSに乗ろうとするもんだから、正直士官学校時代に免許を取っていなかったら相当面倒なことになっていただろうと思う。

 

「(まぁ、それももうすぐ終わるのか……)」

 

リノは内心、やや申し訳なさを感じつつも必要な事だと割り切って居る。後で怒られるかも知れないが、彼女の方が圧倒的に優先である。

 

「(一応、書いておくか……)」

 

リノは寝ているエリノラを見ながら、部屋に机に座ると。ライトを付けて卓上に一枚の紙を取りだした。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

翌朝

眠れないにも関わらず夜明け前の早朝に目が覚めたレーナは一人、部屋を出る。中庭の薔薇園を抜けた先に広がる銀の鏡のような湖の水面は見事に夜空を映し出していた。

見たことはないが、海とはこう言う物なのだろうか。湖の間際でそう思うレーナはぼんやりとその光景をが舐めていると、視界の端で誰かが立ち上がった。

 

「……レーナ?」

 

その声を聞き、レーナは思わず振り向く。

 

「シン……?こんな時間に、こんなところで何を」

「昨日、変な時間に寝たせいか、目覚めてしまって」

 

そう言い、シンはここに居た理由を話すと。レーナはシンの座っていた丸太椅子に一旦座り、更に真横に座り直した。

 

「ゼレーネは、あれからどうですか?」

 

レーナは話題を探して、最も良さげな話をふる。

 

「まだ本題には。……正直まだ手詰まりです。回答を拒否されてしまって……昨日の枕投げは。実はその解決の糸口を探していて」

「絶対嘘ですよねそれ」

 

思わず、レーナは突っ込んでしまうと。思わずくすくすと笑う。シンが冗談を言って自然に話せるようにしてくれたのであれば、自分もそれならと冗談を続ける。

 

「ファイド、連れて凝ればよかったですね。ファイドならもっと簡単に意思の疎通が出来るかも知れないじゃ無いですか。こう、ジェスチャーとかで」

「そうかも知れませんが、あいつはそろそろ我儘を言っても通る物じゃないと学ぶべきです」

 

そう言って、シンはひたすらに駄々を捏ねたファイドを思い出していた。

 

「……父が研究していたという、()()()()ですが……たまたま名前が同じせいかも知れませんが。ファイドがその人工知能だったらと、話を聞いた時少し思いました。七年ずっと従ってくれたのは、もしかしたらそのファイドだったからかも知れないと」

 

試作〇〇八号と呼ばれたその機体に名前をつけたのもヴィーカやアネットによればシンなので、名前が同じなのはたまたまではないか。

 

シンの口調は願望に近い物ではあるが、スカベンジャーの生産工場は仮にも軍の施設だ。試作品の人工知能が紛れる余地もすべもある筈がない。だから、願望に寄り添う冗談の続きとしていた。

 

「それなら、ファイドのコアブロックを精査してみたらもしかしたら、本当にその子が見つかるかも知れませんね。『久しぶり』って、言ってくれるかも」

 

すると、シンは淡く苦笑する。

 

「そうだとしたら……」

「どうしました?」

「……いえ、そうだとしたら、嫌だな。と思って」

 

怪訝にレーナは瞬く。言って居ることが矛盾していた、今の口調からしたら、久々の友人だったらいいと感じたのではないのだろうか。

 

「ファイドがもし、生き残っていたなら。完成できれば、人の代わりに戦えるのでしょう。それは、俺は嫌です。たとえば今のファイドが改良すれば戦えるようになるとして、俺はそれをさせたくない。ファイドについても、俺は同じです。戦うために作られてはいけないものを、戦争の道具にはしたくない」

 

生きていないから、人間ではないからと、戦わせたいとは思わない。

レーナにとってのファイドは『戦死者ゼロの戦場」を実現するための道具でしかない。

しかし、シンにとっては戦場での死……幼い日の友人の死である。

 

「ジャガーノートと慰霊碑と一緒に、ファイドの残骸も残っていたでしょう。あれは特別偵察の最後に、俺を庇おうとして戦って壊れたんです。同じことにしたくない。あいつがまた死ぬところをーーー俺は、見たくないです」

 

ふと、心に蟠っていた不安が、つい出てしまった。

 

「……それは、ファイドじゃなくても……エイティシックスじゃなくても、ですか?」

「このところ悩んでいたのは、そのことについてですか?」

 

レーナは思わず硬直する。それを見てシンははっきりと苦笑する。

 

「言ったでしょう。話したくなったらいつでも聞くと。……大体みんな気づいていますよ。たった一人しかいない、俺たちの女王陛下の不調は」

 

そう言うと、黎明の闇を曙光が払う。僅かに瞬く、青い空。

その空を背景に。

 

「先ほどの問いですが……ええ、俺は仲間の誰にも死んでほしくはありません。誰か一人くらいかけてもいいと、思ったことはありません。かけてほしくないから、連れてきた。叶うなら、全員で最後まで進みたかった。だから貴方にも……その、いられなくなったら、困ります」

 

 

 

 

 



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#54 あと一歩

「……はい。分かりました、試験結果の情報さえ回していただければ。それで構いません」

 

早朝のホテルの屋上で、リノは煙草を片手に連絡を取る。相手は、本国にいるアーノルド少将だった。

アーノルドは国防総省の一室に割り当てられた部屋で防諜の施された通信でリノと会話をしていた。

 

『君達が送ったデータの解析は完了した。おかげで、無人化の研究は大いに進んだ。来月には試作品が完成すると報告があった』

「そうですか……分かりました。ありがとうございます。では……」

 

そう言うと、リノは電話を切ると携帯をしまった。上司からの報告を聞き、リノは軽くため息をつく。

 

「ふぅ…終わったか……」

 

そう呟くと、リノは朝食が終わるまで煙草を吸うのであった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

早朝に、シンと話したレーナは朝食の場でアネットに覚悟を決めたことを明かし。背中を叩かれた後、オリヴィア大尉はホテルにやってきてある提案を持ちかけた。

 

「君たちも退屈して居るだろう?どうだ、地下探検に興味はないかね?」

 

と言うわけで、レーナ達はオリヴィアの提案で盟約同盟の観光名所に訪れることとなった。

 

 

 

 

 

「我らが霊峰、ヴルムネスト山。そして連合王国の天険、竜骸山脈。この二つ名の由来が実は同じだ」

 

自然の洞窟とは違う、それでも機械で掘られたような跡でもない。まるで胎内のような岩壁と床面と天井のその道を、かつかつと軍靴を鳴らしてオリヴィアかは歩く。ヴルムネスト山の中腹にある岩の洞窟。そこには体力盛りの少年少女が列を成しても余裕の広さがあった。

 

「かつて、原生陸獣が最後に逃げ込み、竜骸山脈ではその全てが一角獣の王家に狩り尽くされた。ゆえに竜骸山脈。ーーヴルムネスト山もそれは同じだ。最後の爬竜のその棲家だ。その生き残りがいると、そんな言い伝えもある」

 

踵を鳴らして振り返る。その体躯には似合わない異様に広い岩のドーム。

玄関広間と言われて居るこの場所は本当に何のためだったのだろうか?今となっては何もわからないが……

 

「この地下大迷宮は、本当に彼らが残したものだ。探検したまえよ君たち。もしかしたら、まだいるかも知れないからな」

 

 

 

 

「ーーー水を差すようだけど、流石に無理ないか?何千年前の話なんだ、そもそも」

「そう言うイベントなだけでしょ。これはこれで楽しいわ」

 

そう言い、ダスティンの腕を引っ張りながら列から離れていく。彼はこの舞台に初めてきた頃にアンジェに告白をしようとしたがダイヤと言う先客がいたために失恋し、今はアンジェとは友人とも言えないが、話をよくする仲ではあった。

そんなアンジェを見てやや嫉妬を抱きながらダイヤも其のあとを付いていく。

 

「待てやダスティン、この野郎!!」

 

そう言ってダイヤ達が消えていったのを境に、どんどん列から二人組が抜けていく。何をするべきなのか、皆理解したのだ。自分たちの死神を女王へ配慮して……

 

「ユート、一本外れた先に滝があるらしいぞ」

「行ってみる。……ミチヒ、行くか」

「はいです」

 

そう言って列から離れると、アンジェは体の陰でこっそり親指を立てる。

そして列を離れ、曲がり角を曲ったところで三人は立ち止まった。

 

「ナイスフォローだぜ、ダスティン」

「あぁ、よかった……ただあの二人。ぎこちないけど大丈夫なのか?」

「今度はレーナがなんだか、様子が変だったけど。……流石に何から何まで全部やるってのは、野暮じゃないわね」

 

そう言い、アンジェはもどかしげに唇を尖らせていた。

 

「まっ、なんとかなるだろう。あの二人ならよ」

「ええ、特にシンくんは少しくらい過保護にしてあげたいくらいには」

 

そう言っていると、遠くからリノが手招きして三人を呼んでいた。

 

 

 

 

 

流石ら観光名所の大迷宮。あえて明かりを減らし、異様に入り組んだ道。異様に滑らかな壁には玉髄が混じって不思議に透明であった。分岐のたびに地図を確認しながら歩いていた。この道のおかげでふと自分がどこにいるか分からなくなる非日常があった。

進むうちに周りにいはずの仲間達は消えており、気づけばレーナとシンだけとなっていた。

 

「……?みんな、一体どこへ」

「面白そうだからと脇道を逸れたり、リノの提案で化石を見に行って居るみたいですが。……流石にわざとらしいなと」

 

しかし、きょとんとなるレーナにシンは何でも無いと首を振った。

 

「もう少し先が玉座のドームで。原生陸獣の完全骨格の化石が見られるようです。そこまで行ったら戻りましょうか」

「そうですね……あまり遅くなってもいけませんし。何だか、出られなくなりそうです」

 

そう言い、狭い岩肌が剥き出しの通路を見てレーナは思わず肩をすくめる。それを見て、シンは片手を差し出した。

 

「足元、暗くて危ないので」

「あ……。ありがとうございます」

 

レーナはありがたく手を繋いでもらうと、先導するように半歩先の彼をおった。

レーナはそんなシンを見て、緊張してしまい。其の感覚をわかって欲しいと思うから、自然と其の言葉は漏れた。

 

「あの……このところ、すみませんでした。心配をかけてしまって」

 

いつの間にか、たどり着いたのは玉座のドームだった。先ほど、化石を見に行ったと言っていたが、いないじゃ無いかと不思議に思ってしまった。

しかしそこは、見上げて居ると魂が吸い上げられそうな、荘厳なものであり。其の奥の壁一枚の、それが生き物とは思えないほど巨大な白骨の眼窩が玉座の王のように、古代の神殿の暴神のように、息詰まる厳粛で見下ろしていた。

振り返る赤目に思わず繋いだままの手を強く握りしめる。

 

「でも、……嬉しかったんです。心配してもらえたの。嬉しかったです。だって、」

 

見下ろす紅い瞳。そこに写って居る自分が、こんなにも嬉しい。

 

「私は……」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

……と言う二人を。

 

「おやおや」

「期待以上の成果だね」

「いい雰囲気だな」

 

別の通路から、こっそりを顔を覗かせるリノとエリノラとカイエは口々に言う。他の出入り口からはダイヤ達が眺めており、二人の成り行きを温かく見守っていた。

 

「さすがは経験者、いいやり方じゃないの?」

「ふぅ、とりあえずここでの大仕事は終わりでいいかな?」

「あぁ、そうだな」

 

リノは二人の様子から見て、こちらの気配に気づいて居るかも知れないが、シンよりも問題なレーナに注視していた。アネットからの垂れ込みで、レーナが腹を括ったと知り、このタイミングだと言って前からオリヴィア大尉にお願いしていた二人を告白させる作戦を発動した。

事情を把握した周りの面々が協力してくれて、あと一歩といった具合であった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

レーナはどうやら悩みを解決できたようだ。それまでは言うまいと思っていた想いを、ここで言っても良いだろう。薄く暗さを口実に、手を繋いで……

其の勢いで言ってしまうかと思っていたが、らしくなく緊張してしまい。シンは言葉を塞がれていた。

 

自分と同じ石鹸の匂いが、薄暗さで他の感覚が研ぎ澄まされて居るおかげか、よく石鹸の匂いが匂う。足音を殺して歩く癖のおかげで、絹の鳴るような長い銀髪が擦れる音が耳につく。

 

 

繋いだ華奢な手が、今日に限って自分よりも熱かった。

 

 

目的地の玉座の間で言おう。

 

 

そう決めていたのに……逃げて居るのがわかって居るが、自分の鼓動が激しく、頭でどうにか決意を立て直す。

けれど、其の前に呼びかけられて、自分は動けなくなってしまった。

 

「だって、私は……」

 

見上げる白い瞳。

そこに自分しか映っていないのが、嬉しいと思った。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「……あれ?ダスティンは?」

 

ふと、隠れていたアネットが気づく。

 

「ねぇ、アンジュ。ダスティンどこ行ったの?一緒じゃなかった?」

 

言われてアンジュとダイヤは唇を引き結ぶ。

 

「ちょっと、探検に夢中になっちまってよ……」

「はぐれちゃった……」

 

そう言い、アネットは途端に嫌な予感が走った。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

一度こぼれて仕舞えば、後は崩壊したダムの如く言葉が溢れる。

 

「シン、私は……」

 

あなたのことが。

 

 

 

 

 

其の時。

 

ガタッ

 

と、大きな石を倒したような音が空気を読まずに飛び込んだ。

 

「ひゃっ!?」

 

レーナは思わず飛び退く。流石にシンも驚き、わずかに身を引いた。

二人は姿勢を崩さずに、音のした方を見る。この玉座の間に続くいくつかの道の一つ。

 

「……誰か、居るんですか?」

 

まぁ、何をどう間違えても伝説のナントカがいるわけではない。

物陰にいる誰かは誤魔化そうかと頭を回転させた後。結局そろりと、姿を現した。

 

銀髪の、長身の、意味もなくホールドアップした……

 

「すまない、俺です」

 

ダスティン。

 

「……」

 

思わず無言で二人は見返してしまう。

レーナですら、見開いて感情のない白銀の目で見つめる。思わずダスティンはたじろいでしまい、不意を突かれた生き物の本能からか、硬直してしまっていた。

 

「ええと、あの……………………………………気にせず続け、」

 

そう言った瞬間、薄暗い影から無数の手が伸び、一瞬でダスティンは消えてしまった。

 

「……」

 

だからと言って、続けるほど。レーナは図太くないし、シンも流せるほど鈍くなかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「野郎、ぶっ殺してやぁぁる!!!」

 

灯りの届かない、細い通路でリノが鬼の形相で殴りかかろうとするのをライデン達が必死に止める。視線の先には複数の人間に叱られているダスティンの姿があった。

 

「ダスティン!お前なぁ!!」

「今ものすごい良い雰囲気だったのにさぁ!」

「ぶち壊しにしてんじゃねーの!空気読んで出んなよ!!」

「イェーガー!貴様馬鹿なのか!何が気にせず続けろだこの不調和者が!!」

 

あのヴィーカですら貴様と言うほど、キレ気味であった。それどころか、リノは完全にダスティンを殺る気満々であった。

助けをアンジュに乞うダスティンであったが、彼女もまた怒りに満ちた笑顔を向けていた。

 

「…………………………………………すまない」

 

今、彼にできることはこれしかなかった。



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#55 勘違い

観光に来た、ヴルムネスト山で告白をしようとしたが。ダスティンに水を差されて、不完全燃焼で終わったレーナとシンは、ぶち壊された雰囲気をいつものように戻しつつ、いっそこのまま聞いてしまおうと思い直す。

 

「あの!」

 

予想以上に大きな声が出た。

其の声に驚き、せっかく固めた決意がヘナヘナと萎んでいってしまった。

言いたいことがあるのに言えない、もどかしさを感じつつ。レーナは結局違うことを口にした。

 

「盟約同盟の、オリヴィア大尉と。よく話して居るみたいですけれど……」

 

脳内で、嫌だと叫ぶ自分がいる。みっともないと、まるで嫉妬をして居るようだと……

 

いや、自分は嫉妬して居るのだ。シンの周りにいる全員に。本当は嫉妬している。

シンの戦友達や、妹のような扱いのフレデリカ。幼馴染のアネットにも。

自分を押してくれたエリノラにも。人ですらないファイドにも。

 

だって、自分は頼られたい。

相談されるなら、一番最初に相談されたい。

他の女性なんて見ないでほしい。

 

「その……ああ言う人が好みなんですか?」

 

レーナは恐る恐る問う。これでもし、はいと言われたらどうしようか。

心底怯えるレーナに、シンは……

 

「は?」

 

なんと言えば良いだろう。とんと見当違いな、『何言ってだコイツ』と言うような時の顔をしていた。

予想外の返答に、レーナは困惑する。

 

「な、なんですか。は、って」

「確かにそう言う嗜好の奴はいますし、実際八六区だと珍しくもなかったですが、俺はそうでは。と言うか、何をどうしてそうだと思ったのですか?」

「ええと……?」

 

話が噛み合っていない。おそらく、何か初歩的な間違いをしている。

しかし、どこで間違っているのか分からなかった。

先にシンが気付いた。

 

「レーナ、ひょっとして勘違いをしていませんか?」

「なっ、何をですか?」

「オリヴィア大尉は婚約者がいますしーーーそれに大尉は、男性ですよ」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ーーーなんだ、様子が変だとは思っていたが、まさかそんな勘違いをしていたとはな」

 

話を聞いたオリヴィアはカラカラと笑い、レーナは顔が上がらない。

それぞれ散策していたエイティシックス達は最初の玄関広間に戻ってきて、そこで本などを読みつつ待っていたオリヴィアと合流した、其の後の事である。

言われてみれば、と言うか女性だと思ってみなければオリヴィアは確かに男性だ。中性的な顔で、声も低い女性のように見えるが、骨格と体つきから間違いなく男性のそれ。

 

「すみません……その、髪を伸ばしておいでですし、女物の香水を使っていらしたので、女性なのかと……」

「ああ」

 

苦笑しながらオリヴィアは髪を掬い上げると、薔薇の香りがした。

 

「香水は、婚約者が愛用していたのと同じものをつけていてな。操縦士は指輪をつけられないから、その代わりに。髪も彼女との誓いだ。……未練がましいと笑ってくれても構わんよ?」

 

香水を揃いにしているなんて……本当に婚約者の事を愛しているんだと微笑ましく、少し羨ましく思いながら、レーナは気付く。

 

愛用して()()香水。

 

それはつまり……

 

「オリヴィア大尉ーーその。大尉の婚約者だという方は……」

「三年前に……<レギオン>に連れて行かれてね」

 

思わずレーナは目を逸らす。自分が嫉妬していた、シンとの交流は。

 

「シンとよく、話をしていたのは、もしかして」

「彼女が本当に囚われているか。そうだとしたら今はどこにいるのか、それを聞きたくてね。初対面で聞けることでもなかろうから、何度か話をさせてもらって」

 

そこでレーナは色々と悟った。

彼女が強くなった理由。識別名の由来。わずかにシンが目を伏せたのも……。

 

「もし<レギオン>と化していたならーー彼女を葬るのは、私の役目なのだから」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

《ーーーシンエイ・ノウゼン。回答を拒否すると、我は宣言したが》

「聞いた。でも、了解した覚えはない」

 

シンは最後の懸念の前にシンは立つ。拘束室の窓越しにこちらを見つめる、ぜレーネの金色の光学センサ。

そこに最初から渇望があったと、シンは思う。無機質なはずの。表情などないはずの光学センサに、けれど宿る光。

彼女は最初から何かをーーー誰かを待ち侘びていたのだと、今更になって気づく。探しにこいと、其のただ一言をいつ届くとも知れぬ誰かに向けられた時から。

 

「どうして<レギオン>を造ったのかと、以前に聞いたな。ーーー其の答えを聞きたい」

 

実は想像がついているが……もしそうだとすれば、彼女のこれまでの沈黙も、試すような言動も、……其の異常な慎重さに全て、説明が付く。

それを聞いて、シンは嫌だと思った。もし仮にファイドが今見つかったとして、連邦や連合王国や、共和国の軍人の代わりに<レギオン>と戦わせたいとは、シンは思わない。

けれどファイドを知らぬ者なら。

思い入れのない者なら、逆の選択をするだろう。

友人としての人工知能を作ろうとした父でさえ、人と人工知能のどちらかを戦力とさせねばならぬとしたら、ファイドを量産し戦場に送る事を選んだかも知れない。

 

同じようにぜレーネも。

生前の<レギオン>を開発していた頃の彼女も……

 

ーーー帰ってきて、欲しかった。

 

今も聞こえる、生前の彼女の最後の思惟。

私の間際に叫ぶ其の相手が、味方の誤爆で死んだ彼女の兄。それから……いや、これはまだ推察の域を出ていない上に、変に広まった場合。面倒なことになる。ただ、もしかしてがある可能性がある。

 

 

 

兎も角、軍人だった兄に、最後の瞬間まで帰還を望むほどに死んでほしくなかったなら。

 

「<レギオン>を造ったのは、ーーー人の代わりに戦わせるためか。帝国兵を、人間をそれ以上戦争で死なせないために」

 

ふ、と月の金色の光学センサがシンを見た。

壊れるけど死ぬことはない、<レギオン>を。

恐れず、厭わず、傷まない。戦うための、其のためだけの機械仕掛けを、ーー<レギオン>がいなければ戦場で幾千と死ぬのだろう、同胞の代わりとするために。

 

 

 

人を殺させるためではなく。人を死なせないために。

 

 

 

「そして、今も死なせたくないから。ーーあなたの抱える情報を迂闊に漏らして、万一にも<レギオン>の関連技術を他国侵略に利用されたくないから、そうやって情報を与える相手を試して、見極めようとしているのか」

 

母親を蘇らせたかった幼いヴィーカ。

人の友人として人工知能を造ろうとした顔も朧気な父。

そして二人と交流のあったゼレーネも、ただ。

 

「あなたは最初から、ーー人を守りたかっただけなのか」

 

誰にも死んでほしくなかった、……自分と同じに。

ゼレーネはしばし、沈黙した。

そして。

 

《ーー問う》

 

酷く、ひび割れた問いだった。冷笑を、冷徹を取り繕うとして失敗したような。

 

《だとしたら、どうする。赦すというか。<レギオン>を。エイティシックス。脆弱な、其の多くが我らに殺されたエイティシックス。……お前の故郷を、家族を、同胞を奪った存在を。お前の家族の敵にしたのが我等かも知れぬというのに》

 

一瞬、シンは口を噤んだ。

一瞬、込み上げた感情はーーー兄は死んで、亡霊とかしたと知って七年。葬って二年。なんと名付ければいいか今もわからない。

 

「……ああ。それは……本当にそうだ」

 

ただ、こぼれ落ちるような声が出た。

戦いたくなかった。ただ、<レギオン>だった。<レギオン>にされた。壊さなければ、兄は亡霊のまま。きっと永遠に嘆き続けていてーーだから置き去りにしていくことなんてできなかった。

 

戦うしかなかった。

 

其の遠因となったのが、目の前の斥候型だというなら確かにそうだ。かも知れないではない。兄を自分の敵にしたのは、目の前の彼女だ。

 

《再度問う。ならばなぜ怨恨を覚えない。我に。憎悪を覚えない。怨嗟を覚えない。何故ーーそれでも我を赦せるのか》

 

赦し?

シンはわずかに目を眇める。

 

「別に、赦してはいない。……そもそも恨んでいないから。恨みたくない。そんなものには意味がない」

 

壊れている、確かにそうなのだろう。

家族や故郷を奪われ、けれども相手を憎めない。おそらくまともな人間ではないと思っていた。

だが、思い知った。

どんなに白系種や世界、レギオンを恨もうとも一度いなくなった人間は帰ってこない。彼が味わった苦痛や憎悪に心を寄せる事もない。

ただ虚しくなる。そうしたと事で意味はないと。それに。

 

「何かを恨んで、誰かを恨んで。そのせいで俺から何も奪った奴らと、同じ場所に堕ちたくはないから」

 

それがエイティシックスのーー自分たちの矜持だから。

それ以外に何もない。まともな憎悪さえ抱けなくなった、エイティシックスの。

視界の端の、まるで祈るように両手を胸の前で握り合わせて見守っているレーナの姿が映る。

 

瞬間気づいた。

彼女の願いの意味が、少しだけわかった気がした。

世界は、人は、優しいものではない。

世界も人も冷酷で残忍でーーーでも、冷酷と残忍と下劣こそが人として正しい、あるべき姿だとも思えない。

思いたくない。

嫌と言うほど晒された、目を覆う下劣と。数えるほどにしか知らない、仰ぎ見るほどの高潔と。どちらかでいるべきならせめて下劣ではなく、高潔の側にいたかった。

 

其の願いを、レーナは世界は美しくあるべきだと表現したのだろう。

 

悪辣で冷酷なこの世界を、そうだと知りつつもそれが正しいとは認めない。そう言うものだと諦めることで屈してはやらないと、追い求める理想ではなく己の矜持の宣言として。

 

違う世界を見ていたかも知れない。いまだに同じようには世界や人を、信じてはいられない。

それでも屈しない意思だけはきっと、同じなのだと信じたい。

 

だからこれもーー赦しではない。

 

「あなたも赦されたいわけじゃないだろう。……ただ、今のこの世界が正しいとは思えなかったから。認めたくないから変えたいと、そう思ったから」

 

戦場で人が、死んでいく世界は。

戦場で人が、戦って殺しあう世界は。

 

「人を死なせたくない。生前も、そして今も。それがあなたの望みだから。戦争を、そして今はレギオンを……止めたいと思っているんじゃないか?」

 

 

 

 

 

長く、沈黙が降りた。

其の果てに、ゼレーネはーーー<無慈悲な女王>は答えた。

 

《ーーー()()

 

長く重い、嘆息のように。

そして初めて聞く、人の言葉で。

 

《ええ、そうよ。今となってはもう、過ち以外の何ものでもないけれど。()()()()()人を、救いたかった》

 

その言葉はまるで懺悔のように、隔てられた密室に落ちる。

強化アクリル板を境にした、拘束室と監察室に。咎人と司祭が互いの顔を隠す仕切りを境に向かい合い、密室の中で罪の告白と赦しを行う、告解室のように。

そうして彼女は言った。

この場にいる、四カ国の軍人達。其の誰もが待ち侘びた、其の言葉を。

 

《いいでしょう。……応えましょう。わたくしが知る全てを。伝えたかった情報を。ただし、条件がある。……シンエイ・ノウゼン。そして立会人としてヴィークトル・イディナローク。この二人に限って教えるわ。他の人は出て行きなさい。ーー記録や観測、通信のための装備も、全て切って》

 

そうして、部屋に居た人員は彼女の指示通りに動き出す。

其の様子を、ぜレーネはまるで真後ろから見ているような様子を見せながら其の時が来るのを待っていた。




絶賛、ちまちまと過去回の改修作業中也。誤字があれば報告をお願いします。


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#56 懺悔

ぜレーネの話は、其の重要さに反し、さして長いと言うほどでもなかった。

けれど聴き終えてヴィーカは嘆息する。

およそ動揺することのない、動揺しても表に出さない冷血の蛇がーー感情を持て余したかの如く。

 

「まさかーー……」

 

拘束室に繋がるマイクを切り、小さく首を振る。要求に従って彼とシンと、二人以外が退室した、二人しかいない監察室。

 

「まさか本当に、全<レギオン>の停止手段とはな。だが……」

 

そう。

<無慈悲の女王>がーーゼレーネが提示したのは、大陸全土に展開する、全<レギオン>の停止コードと其の発動手段だった。

だが。

忌々しげに首を振り、ヴィーカは続ける。

 

「実行できないのでは、意味がないな。……それどころか下手に公開すれば、人類側が内部崩壊する」

 

停止コードを発信可能な拠点は一つだけ。……今は<レギオン>支配域深部にある、かつての帝国の砦の中。

それはまだいい。<レギオン>支配域にあろうと、奪還すればいいだけだ。機動打撃群はまさに其のためにある部隊だし、それで確実に<レギオン>戦争が終わるなら、他の正面から戦力を引き抜くか、余剰兵力がある合州国に出して貰えばいい。

 

問題はコードの発信者だ。

停止コードの発信にはーーそれを発信する<レギオン>最高指揮権限者の登録と更新にはギアーデ帝族による承認が必要だ。

具体的には遺伝子照合。尊き其の血をもってのみーー六年前に全滅させられて今は誰一人残っていない、指揮権限保有者の新規登録が可能となる。

今では其の血など誰も保持してはいない、皇帝の青き血によって。

 

「指揮権限を更新できるーー他のコードさえ分かれば其の指揮官の恣に<レギオン>を操作できると言うのも大概だが。……停止手段は本当にまずいな。連邦が帝国を滅ぼしたせいで停止手段が永久に失われるなどと」

 

彼でさえもまずいと思っている。はっきりと表情に浮かべ、視線だけでシンを見やる。

 

「情報部には他の情報をゼレーネに提示させてそれを開示する。直近の作戦計画や支配域の生産拠点の位置情報でもあればそれでも充分だろう。……それでいいな、ノウゼン」

 

短く注意深くシンは頷く。

感情が出にくい自覚はある。だが、それが功を奏した。

 

()()()()()()()()()()()()

 

発信基地さえ押さえて仕舞えばそれこそ、今すぐにでも。

 

人払いがされててよかった。……そうすれば、誰がどう動くかなど予想もつかないところだった。

ヴィーカは知らない。

レーナやアネットも。ライデン達以外のエイティシックスも、リノ達も知らない。

けれど、西方方面軍の将官達はーー少なくとも其の一部は。

 

かつてエルンストと共に()()、それを生かした者たちは。

彼女の生存を知っている。

其の彼らがこの情報を知れば、どう動くか。其の予想はシンには付かない。

其の果てに彼女がーーどうなってしまうかも。

フレデリカ。

 

 

 

ギアーデ帝国最後の女帝。アウグスタ=フレデリカ・アデルアドラー。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

そして、最後の日が来る。

盟約同盟での休暇の、最後の夜。

この日は、礼儀作法の研修として、滞在するエイティシックス全員が参加するパーティーが予定されていた。その日のほとんどは朝から忙しく、ホテルの従業員も準備で大慌てであった。

 

「今日煙草吸ったら許さないから」

「はい……」

 

今日は主役ではないものの。匂いが移ると言う事で、終日煙草禁止令が出されているリノはやや涙目になりながら答える。ヘビースモーカー一歩手前のリノは、常日頃から煙草を吸っているせいか、戦闘服が臭いのだ。おかげでエリノラからはこういう時は必ず終日煙草禁止令が出されていた。

だから、こういうパーティーは嫌いなのだが……今日ばかりは我慢するしかない。

 

「(俺の義眼についても聞き出せる事は無かったか……)」

 

礼服の袖を確認しながら内心残念に思う。これは個人の疑問だから、できればゼレーネと二人きりで話したいと思っていたが、そんな事が出来る筈も無く…そもそも、シンとヴィーカしか返答しなかったので意味なかったのだが……

 

「(まぁ、良いかこのままで)」

 

世の中には知らない方がいいことも多々あるしな。ただ、気になっただけだし。それに……

 

「今は、どうでも良いか……」

「?どうかした?」

「あぁ、いいや。特に何もないさ」

 

そういうと、リノは礼服を着て外に出た。煙草が吸えないなら気分転換に湖でも眺めていようかな……

 

 

 

 

 

「何か変わった?」

「いや、よく見ろ。こういう所とか」

「あぁ……でもぱっと見じゃ、士官服と変わらないじゃん」

 

ホテルの控え室で礼服を着たリノに、全員が『何か変わった?』と疑問に持たれた。そもそも、合州国軍に夜会服なんてものは存在しない。あるとすれば士官服か戦闘服、それと礼服くらいだろう。量産性に長け、飾りっ気の無いその衣装は諸外国から貧乏くさいと散々言われる始末だ。

基本的に合州国では制服は全てお国から支給される。礼服に関しては自腹で買う事になっており、個人の自由であったが、式典に出る際は確実に居るので士官学校出は必ず買っていた。そして、自腹で買うから目立たないほどの改造は認められていた。

 

しかし、リノは何も改造をしていないので見た目は完全に士官服にちょっと肩章が付くくらいだった。

 

「貧乏なのか?」

「馬鹿。合州国じゃ、夜会なんてほぼやらないんだよ。おかげで礼服でも色々事足りるんだよ」

「へぇ、便利だな」

 

そう言い、キツキツの夜会服を着て不満そうにしているセオが思わずリノを羨ましげにしながら見る。すると、ヴィーカがリノに言う。

 

「相変わらず合州国は何もかもが効率的だな」

「そうでもしないといけない歴史がありますからね」

「それもそうだな……」

 

少なくとも何百年と帝国を仮想敵国とし、歴史上初めて帝国に打ち勝った国家の皺寄せを見た気がした。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「はい、これで良いかしら?」

「ありがとうございます」

 

エリノラが両手に化粧道具を持って、鏡の前に立つレーナに聞く。

ドレスを着て、髪を結い。今化粧を終えた。

 

結局、化粧は殆どエリノラさんにお願いする事になったが、彼女は快く承諾してくれた。まるで、自分を妹のように接してくれるエリノラさんには少し申し訳なさが生まれてくるが。

 

聞けば、エリノラさんは孤児院育ちでよくこう言う面倒を見ることばかりだったのだと言う。だから、それを同じ感覚で私たちに接してくれるから。本音を言いやすいのかも知れない。

 

「じゃ、あとは頑張ってね」

「は、はい……」

 

そう言われて、軽く緊張してしまうが。エリノラさんはそのまま緑色の緩いドレスを着たまま去っていく。色々と迷惑をかけたなと思いつつもありがたいと思ってしまった。

いつもはゲンナリとなってしまうパーティーであるが、今日は違う。

自分の家の名を目当てに上部だけの笑顔を見るわけでもない。

旅行前から思い描いていたこのドレスを着て。彼がどんな顔をするかを想像して、それが楽しみで仕方がない。

 

後悔しないために。

 

最後に、ビロードを張った箱を開ける。アネットが誕生日にくれたものだった。

 

忘れないでと念を押されて持ってきた……オレンジの花を模った金細工をベースに、紅と白銀の貴石を散りばめたチョーカー。

戦地に赴く騎士が鎧を纏うように、留め金を留めた。

 

鏡を見て、一つ頷く。

覚悟を、決めよう。

私は。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

ボールルーム。

ホテルの中央にある大広間。ガラスの鳥籠のようなレース細工の向こうの、昏い夜空。

其の天蓋の下で、楽団と花と軽食が並ぶホールに、歓談と踊りの輪は花開く。

 

「結局……間に合わなかったや」

「まだ次があるだろう。其の時に着ればいい」

 

アンジュは身を捻って背中を見下ろす。あまり首周りの開かない、当然背中も見えないドレス。

一応、連邦に戻ってアンジュは背中の傷跡の治療を行っていたが。一ヶ月では目立たなくするには至らなかった。

ダイヤの言葉に、アンジュは笑う。

 

「そうね。次に」

 

そう言うと、二人は互いに手を取る。

 

 

 

 

 

「なあ」

「なんだよ」

 

腕を組んでエスコートするライデンは其の相手を見下ろす。

 

「なんでこのペアなんだろうな?」

「身長の釣り合い、ってとこじゃね?」

 

けろりと応じる、シデンは女性にしてはかなりの高身長だ。あのシンやヴィーカと同じくらい。つまり、少年と比べても上背がある。

 

「あたしら女はプロセッサーには少ねぇから、女同士でってわけにもいかねえし。泣いちゃうもんな。あぶれた奴らが」

「……まあ確かに、野郎同士でペアとかゾッとしねえしな」

 

少なくともヴィーカやシンとか。そんな悪夢はごめんだ。

 

「だろ?だったら、あたしのおかげで炙れずに済んだ人狼ちゃんは、あたしに何か言うことがあるんじゃねえの?」

 

豊満な胸を押し付けるようにしなだれかかる。にか、とどこか、得意げに。

 

「どうよ」

 

褒められるのを期待するその顔は、年頃の少女であったが。ライデンは欠片もドキドキしなかった。だってシデンだし。

 

「ああ……まあ、美人なんじゃねえか」

「うっわ、全然気持ちがこもってねえな。腹立つ」

 

そう言うと、二人はそのまま会場に入る。

 

 

 

 

 



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#57 パーティー

百人近いプロセッサー、それにグレーテやリノ。後方要員も加えたパーティーの席だ。

当然人が多い分、色々な音が聞こえる訳なのだが……シンはそんな喧騒も遠くなる。

 

階段を降りてくるレーナ。匂い立つように艶麗な、それでいて凛と辺りを払うように潔癖な真紅の薔薇。

華やかな薔薇色を基調に黒のレースとリボンとビーズ。鮮血の女王という彼女の異名そのままの、威厳さえ感じさせる装いだ。

体のラインが出るほどではないが、細い体躯に寄り添うドレスの絹地が、段を降りるごとに煌めく。それはまるで人魚のように見えた。

 

殆ど無意識に、手を伸ばす。

応じてレーナも其の手を差し伸べる。

自然な、まるで当然の理のように。

 

そうなるように予め作り出された、一揃いの装飾品のように。

段を下るレーナに合わせて、降りる手助けとしてゆっくりと取った手を引く。其の呼吸は完璧に合った。できないとも思わなかった。

 

一段、二段と下り、同じ高さに立つ。菫の花の香りがあえかに漂う。

レーナの好む香りだ。聞き慣れているはずなのに、今日は酩酊したかのように頭がくらくらする。

軍服の時よりも高いヒールを履いているのだろう、目線がいつもよりも近かった。

目があってレーナが笑う。

ぎんいろの瞳。

 

 

 

 

 

差し伸べられた手に、まるでそれが当然のように己の手を滑り込ませる。

普段であれば、ひどく動揺してしまう其の振る舞いも、今は気にならない。

それくらい、全ての意識を目の前の人に奪われていた。

普段はつけない、香水の香りがわずかにする。甘さのない冷たい香り、それだけでも酔いそうになる。

だけど、酔いたいと思ってしまうのは目の前の無二の赤い瞳にだろうか。

見下ろし、見つめてくる血赤の瞳。吸い込まれそうだと、つい思う。

 

と、其の血赤の双眸が不意に見開かれる。しばし硬直し、ついでにやられたと言う顔で天を仰ぐ。其の白い面が、彼にしては珍しく、少しだけ赤い。

 

「……シン?」

 

なぜだろうと、首を傾げるも。不意に気づく。

彼のカフリンクスの下。そこには白と赤の貴石が散りばめられたオレンジの花の装身具をつけていた。レーナのつけているチョーカーと全く同じの。

 

それに気づいた瞬間、レーナも天を仰ぐ。

 

「アネット……!!」

 

そう言うことか。オーダーメイドという友人の誕生に美はいささか不釣り合いなものだと思っていたのも。パーティにはつけてこいと念を押したのも。

 

「レーナも、リッタから?」

「やっぱり、シンも……?」

「先日の、俺の誕生日にこういう場面があった時に必ずつけろと」

 

そう言い、アネットの意思に気づいたレーナ達を、周りの少年少女達も築いて思わず笑みを殺して知らないふりを決め込んでいた。

 

「もう……!悪戯が過ぎますよ。アネット!!」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「くしゅんっ!」

「なんだ、風邪か?ペンネローズそれとも陰口を言われているのか?」

 

アネットは、共に見本として踊るヴィーカと経験者同士で一曲踊っている。ぶっ飛んでいるとはいえ、さすがは王子殿下。躾けられた踊りは一級品だ。

 

「いーえ、どっかの鈍い二人がようやくあたしの援護射撃に気付いただけよ」

「なるほど?察するに何か、揃いにでもしてやったのか。其のどこぞの鈍い二人には内密で」

「誕生日だからって言って、同じデザインのチョーカーとカフリンクスをね。それがなんでいまの今まで気づかないんだろうって。なんていうか本当にね……」

 

ヴィーカの視線の先では硬直する二人の姿があり、お揃いなだけでここまでかと初心過ぎないと思わなくもなかった。

 

「卿も苦労するな」

「ほんとよ」

 

よりにもよってこの蛇の王子に同情されるのは業腹だが……

 

 

 

 

 

幼馴染の悪戯に思わず文句を言うのも束の間。レーナは軽く膨れる。

 

「……来年の誕生日。いえ、今年の聖誕祭は私もカフリンクスを送りますね。シンの目の色に合わせて火焔柘榴石の」

「なんですか、いきなり」

「なんでもないです」

 

子供っぽい振る舞いに心は困惑していたが、言葉にはしなかった。

背中を押してくれたアネットには感謝だが、嫌なものは嫌なのだ。

 

けれど、シンは第一機甲グループの戦隊総隊長で、レーナは作戦指揮官だ。いくら内輪の会だからと言って互いに同じ相手とだけいる訳にもいかない。だから、一度別れた。そうでもしないと離れられない気がしたから。

 

 

 

 

 

「あぁ、煙草吸いたい」

「うわぁ、ヘビースモーカーじゃん。ヤニかすじゃん」

「五月蝿え、野郎と踊る趣味はないんだよ」

 

二曲目が始まり、会場の端でリノとダイヤが話している。今、アンジュはダスティンと踊っており。ダスティンは気持ちぎこちなく踊っているようにも見えていた。エリノラはライデンと踊っており、余り組は会場端で暇を持て余していた。

他に踊っているところで見知った面々と言えば、レーナとオリヴィア大尉。セオとクレナ。シンとフレデリカと言った所だろう。

 

 

 

フレデリカと言えば、シン達が連邦に流れ着いた頃から知り合い。帝国のマスコットとして、彼らの部隊に付いてくる……言って仕舞えば命知らずな子供。そんな子供だが、シン達はそんな彼女にほんの少しではあるが。敬意のような畏怖のような分からないが、そう言った系の感情がうっすらと見える。どんな秘密があるのかは知らないが、突っ込んだら恐ろしいことになりそうなのでこれ以上追求する気にはならなかった。

と言うか、シンと結構身長差あるけど踊れるのか?

 

「ふぅ……」

 

少なくともこの後が面倒なことになると思うと、思わずため息が溢れてしまった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「……用が済んだら帰りなさいよ。ヴィレム」

「まあ、もののついでだな。これでも元帝国貴族だ。エイティシックス共に行儀作法を仕込むに不足ということはあるまい」

 

マナー研修という訳には当然見本となる人物がいる訳で。其の講師としてグレーテとヴィレムが来ていた訳だが、大変ギスギスとしていた。

器用な嫌がり方をしながらグレーテは踊り、ヴィレムは苦笑すらしない。

 

「次の曲からは役目どおり小娘共にステップを教え込んでやるさ……少しくらいは妬いてくれるか?」

「全然……まあでも、お礼は言っておくわ……あの子達をここにこさせてくれて。ありがとう」

 

礼を言うと、珍しくヴィレムは意表をつかれた顔をする。

 

「……礼を言われる筋合いではないな。所詮、こんなものはアリバイ作りだ。ーー手を尽くした証拠さえあれば。この先何があったとしても、連邦の責は問われない」

「構わないわよ。紙切れ一枚の『証拠』で済ませるんじゃない。実際に手を尽くしているもの。……あの子達はそれをきっと、受け入れてくれる」

 

ふん、と参謀長は短く鼻を鳴らす。くだらん、と言いたげに。

 

「……君の其の、すぐ情に囚われる愚かしい所は、俺は嫌いだよ」

「あなたの其の、冷酷だけれど無意味に残忍ではないところだけは、私は好きよ」

 

 

 

 

 

何度か踊って居るうちに、すっかり時間は過ぎていた。

何度かエイティシックスのプロセッサーの少女と踊り、満足げな顔を浮かべて消えていく。いずれも、片思いをしていた様子の子達だ。正直、ここまで好かれるもんなのかと思いながら、後ろからの怖い視線を感じていた。

 

「お待たせしましたな」

「……リノ」

 

そこにはやや不満げな様子を浮かべるエリノラの姿があった。そんな彼女に、俺は手を差し伸べる。

 

「一曲いかがです?」

「ええ、もちろん」

 

そう言うと、エリノラはリノの手を取って会場に出る。曲が始まり、二人は同じステップで踊る。幼い頃から同じ飯を食ってきた仲で、二人ともどんなタイミングなのか目を閉じていても分かる。

確か、本気で婚約を決めたのは三年前、だったか……確か俺が初陣に行く前。悔いを残さぬようにと花火大会が行われる会場で指輪を渡したかな……

あの後、初陣の激戦でエリノラに大泣きされたか……

 

「(俺が軍を辞めたら……だったか)」

 

そう言い、リノはエリノラとした約束を思い返す。少なくとも、自分はまだ軍人として働くつもりだ。今まで育ててもらったフリッツ孤児院に恩を返す為に。

 

「(しかし、このままという訳にもいかない……)」

 

リノは目の前にいる婚約者を見ながら、そう思う。これは、彼女を守るための行動であるから。何を言われようと構わない。

 

 

 

俺は、彼女を愛して居るから……

 

 

 

リノは腹を括ると、そのまま一曲を終える。本来であれば、ここで別れる必要があるが、エリノラは話す気はないようで。リノは半ば彼女の思うままに二曲目に入っていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

楽曲が進み、終わり、また始まって進む其の繰り返しの中。意識して作っていた姿勢が自然に緩む。意識が溶けたように相手の動きがわかる。

ワルツのテンポに合わせていたステップが、いつの間にかレーナとシンの互いのテンポに合っている。二人でありながら、一つであるかのような、充足感と万能感。

当然のように会う目。どこからともなく自然と、幸福な笑みが溢れた。

 

これからも、もし。

未来の望み方が分からなかったとして。

進むのが怖いと、思ってしまったとして。

どちらかが何かに怯んで、何かに傷ついて、何かに戸惑って、足を止めてしまったとして。

どうしても進めなくなったならーーー其の時は二人で。

こんなふうに互いに手を引いて。

しかし言葉にはしない。今この時だけは伝わって、理解し合えると思えた。

後何曲か演奏されて、最後の挨拶があって終わり、と言ったところだろう。

 

 

 

終わったら、言おう。

 

 

 

いや駄目だ、そうじゃない。

 

 

 

終わる前に、言おう。

 

 

 

終わったらきっと、夢も覚めてしまう。普段の、強いふりをしている酒の自分が帰ってきてしまう。

だから鐘がなる前に。銀のドレスが消える前に、ガラスの靴が脱げる前に。

 

「シン。……後で、その」

 

これだけでも随分と勇気がいる。

 

「話したい。ことが……きゃっ?!」

「レーナ!?」

 

油断していたのか、緊張か。踊っていたレーナは踵を引っ掛けて倒れてしまいそうになる。

しかし、シンが即座に反応して彼女を支えることになり、事なきを得たが。シンに支えられる形となったレーナは忽ち顔が真っ赤になってしまった。

 

「結構長いこと踊っていたからな。きっとのぼせたんだろう」

「テラスに連れて行って、休ませてあげな。シンエイくん、連れて行ってあげて」

 

そう言い、近くで踊っていたリノとエリノラがそういうと、シンはレーナを気遣いながら会場を出て行った。



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#58 一夜の夢

レーナを気遣って出て行ったシンを見送り、踊りを終えたリノ達にライデンが声をかける。

 

「お疲れさん」

「あぁ……全く、いいご身分だよ。とっとと告ればいいのによ」

「いや、無理でしょう」

「ええそうね、少なくともこんな公衆の面前で告白できる度胸があると思う?」

 

そう言い、セオとアネットが話に割り込んできた。

 

「おや、珍しい組み合わせね」

 

エリノラがそう呟くと、二人はこうなった訳を話す。

 

「いやなんか、適当にペア組んでたらあぶれちゃってね」

「壁の花決め込んでるのも、今日はつまらないでしょ」

 

そう言い、五人は話にやや盛り上がっていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

ボールルームからつながって居る石造りのテラスはそこだけでもちょっとした集まりができそうなほど、開けていた。

標高が高い位置にあるお陰で、夏でも涼しい夜風が吹く。

ここはダンスや酒でのぼせた客が体を冷やす為のテラスだ。金属製の蔦の蔓を編み上げたような細工のベンチがいくつか置かれ、湖と夜空で視界が二分される。

 

「……すみません。ちょっと、落ち着いてきました」

 

渡された冷え切ったアルコールの弱いシードルを飲み干してレーナは息を吐く。

よりにもよって真の前で失態を犯してしまった。

 

「少し、疲れが出たのでは。休暇とはいえ、遊ぶにも体力を使いますから」

「それもあるかもしれないですけど……」

 

それ以上に。

隣に、あなたが居るから。

あなたの前ではちゃんとしていたかった。

それで緊張して。

ああ、そうだ。

 

「すみません」

「今度は何に対してです?」

「その……私に付き合わせてしまって……もっと話したい人とかいたでしょう?」

「ああ」

 

どこかどうでも良さそうに相槌を打って、シンもグラスを飲み干す。

 

「構いません。パーティーといっても同じ部隊ですし、今日でなくても話せる相手ばかりですし」

 

すると、初老の給士は長年の経験から影のように二人から空になったグラスを回収して消えていく。

 

 

 

「……今日は、本当はあなた以外の誰かと居たくありませんでしたから」

「え」

 

顔を上げた其の瞬間。

テラスの向こうの、湖の上。

鏡のように凪いだ水面の、漣の影で何かが光る。ーーー船だ、何かの小船から光の尾を引いて天頂へと向かう。

甲高い、笛のような風切り音。

 

やや見上げた先で夜空にドン、と響く音響で焔の花が綻んだ。

見上げたまま惹かれるようにレーナは立ち上がる。

今のは。

 

「ーーー花火」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

ガラスの天蓋を其のひととき。色彩の乱舞が白く染める。

天領で弾けた焔の光の輪。其の強い光に踊りが止まる。少し遅れて腹に轟く音。

それは、常日頃から聞く砲声ではなく。黒色火薬の砕けた星のような、瞬きする合間に消える火の粉。

新月の夜に咲く焔の、其の華麗とか儚さ。

誰もが見上げ、伸び上がる焔の花が二度三度。

 

「……花火?」

 

誰かが呟く。

 

「花火だ」

「久しぶりに見た。ていうか、」

「十年ぶり、とかだよな。うわぁ……」

 

すると、このホテルの支配人が奥の階段からマイクを片手に声を張る。

 

「ギアーデ連邦、第八六機動打撃群の、エイティシックスの皆様!」

 

まだまだ余裕のある会場で、声は響き渡る。

 

「楽しい宴の其の最後に、当ホテルからの心尽くしでございます。ーーどうぞ、お楽しみを!」

 

大気を鳴らし、なおも続く花火の下。楽団が賑やかに演奏を始めた。

 

 

 

 

 

「……花火か」

「久しぶりだ」

 

会場の中、花火を見ながらリノとライデン。セオとクレナ、エリノラは呟く。

 

「前もちょうど、この頃だったよね」

「もう、二年も前の話か……」

「あの時はもうちょっと居たっけ」

 

思い出すは二年前の、あの廃墟となったサッカー場でやった花火大会。一番印象に残って居るのは、ダイヤがアンジュに告白をした事。

それから、初めてMSの肩に乗って遠くを眺めた事だろうか。

あの時はリノ達の出来る最大限の特別だったが……

 

「あれがみんな最後になるって……あの時は思ってたのにね」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

思えば、それは一夜の夢であった。

兄と同じ兵科の友人だと言って紹介してきた人が居た。彼の名前はリノと言っていた。

顔を合わせた時、俗に言う一目惚れを私はしていた。彼はその名前の由来のように、私には神々しく太陽のように見えた。その後も何度か会って居るうちに相手もこっちの気持ちに気づいてくれた。しかし、相手は戦闘属猟兵。貴族の相手には相応しくなく、結婚なんて無理に等しかった。兄もその事に気づいて気遣ってくれたが、出来ない物はできなかった。この時ほど、身分と言うものを恨んだことは無かった。

相手が相手だから母は絶対に結婚を認めない。しかし、自分はあの人と共に居たかった。

 

 

 

だから、一回限りの賭けに出た。

 

 

 

彼が戦地に赴く前夜、一度きりの関係を持った。向こうもそれを分かって再度聞いたが、決意は変わらなかった。本来であれば許されざる行為、バレれば家を追い出されても仕方がなかった。

だけど、それでも私は望んだ。その人と一夜を過ごした。

 

 

 

 

 

そして私はその賭けに勝った。

 

 

 

 

 

その後はあらかじめ隠蔽する為に私は合州国に留学と称して国を出た。監視の目など簡単に振り切れる自信があり、実際振り切れた。そして私は数ヶ月身を隠した。そしてそこで身分を偽って合州国の病院であの人との子を産んだ。それがとても嬉しかった。しかし、戦地で兄と同じタイミングであの人も失ってしまった。それも、友軍の誤爆で……

妊娠したとこっそり伝えた時は心底喜んでくれていた、あの笑顔も見る事は叶わなかった。

 

恐らくは誰も知ることの無い、今は自分だけの知る秘密。

 

今後、誰にも明かすことはないだろうこの秘密を、私はこのまま隠し通したかった。しかし、苦労して産んだ我が子を育てる事は無理だった。

自分の優秀さゆえに、帝国が手放す訳が無かったのだ。帝国の追跡が目前まで迫った時。私は雨の中、目の間に会った教会にその子を置いた。名前は、父親と同じリノと名付けて……

 

私は親のとしての責務を放棄した。この子を守る為に。

 

恐らく二度と会う事はないだろうと思っていた。何故なら、自分は二度と合州国に行くことはないからだ。別れ際、自分はリノと名付けた子供の髪の毛を刈り取り、それが最後の餞別と思って教会の前にその子を置いて行った。

泣きもせず、ただ呆然と空を眺めていた子供に背を向けて、私は去って行った。

 

 

 

 

 

しかし、私が帝国に帰ってから事態は変わってしまった。

帝国の諸外国への侵略に対し、合州国、共和国、連合王国が共同で帝国包囲網を引いた。それに対し、帝国は私が人を守る為に作ったレギオンを使ってやると意気込んでいた。

それに危機感を感じ、私は咄嗟にリノの事を思い返していた。親の資格を捨てたはずなのに、未練がましく息子の事を考えてしまっていたのだ。否定しようにも否定できなかった。腹を痛めて体に危険を犯してまで産んだ我が子を完全に割り切れなかったのだ。

 

 

 

その意思の強さ故か、〈レギオン〉となった私は初めは合州国戦線の指揮官機として送られた。

故に、初めの頃……ノゥ・フェイスが来るまで私は毎日あの髪と目をした人物が犠牲にはなっていないかとヒヤヒヤしていた。そこに後悔の念も持ちながら……

 

 

 

 

そして、戦争が始まって少し経った頃。今からは五年くらい前に、とある合州国のモビルスーツ部隊を補足した。

八機の旧式機や新鋭機などが入り混じった混成部隊だ。あの中に少年がいない事を祈りつつ、〈レギオン〉の本能に従って部隊を送る。何せ、新型は重戦車型の一五五ミリ砲ですら正面では貫通出来ない化け物だ。だから引き摺り出して、関節を撃った後に背中の機関部を撃つしか撃破する方法はなかった。

〈レギオン〉お得意の物量に物を言わせた作戦だ。そして、次々と七機のMSが爆発していく中、一機のジムが果敢に奮戦をしていた。四個機甲師団が一機の旧式MSによって撃破された事を受け、統括ネットワークは指揮官機としての頭脳を手に入れる為に鹵獲が推奨された。

 

そしてその命令に従ってジムを重戦車型の零距離砲撃で倒した後。中の搭乗員の鹵獲をする為に高周波ブレードを当てて溶断していた。時間は掛かったが、コックピットハッチを開けた瞬間。光学センサに向かって銃撃が飛ぶ。目の前の合州国のパイロットは右目が潰れ、右腕も負傷して居るのにも関わらず、残った腕で最低限の武装である拳銃を撃っていた。

その心意気には敬服すると思いながら、鹵獲しようとしてはみ出たドックタグを見た時、私は固まった。

 

リノ・フリッツ

 

同じ名前の人名なんてそうそういない。だが、万が一があるかもしれない。だからよく顔を見た時、確信した。間違いないと……

 

 

 

なんと言う天文学的確率を引き当てたのだろうと思っていた。しかし、彼の右目を潰したのは自分。途端に後悔が襲いかかったが、その時また。自分がかつて行っていた実験を思い出した。その実験は確立した訳ではなかったが、合州国軍の増援が迫って居る中。考える暇はなかった。

潰れた右目のガラス片を取り、その傷跡に装甲の隙間から垂らした流体マイクロマシンを流し込む。後は、流し込んだ流体マイクロマシンを視神経と接続させる。出来る事はやった。後は、見守るしかない。

そう思い、私は合州国軍から逃げる為に撤退をして行った。

 

 

 

 

 

それからの経過は、はっきり言えば成功したと言うべきだろう。再生医療としていけるのではないかと言われていた流体マイクロマシンの技術は思わぬ副産物も産んだが……

それは、自分が意識をすればその流し込んだ流体マイクロマシンと接続出来ると言う物だった。原理はさっぱり不明で、合州国で確認されていたニュータイプとか言う異能者もどきと何か関連がとも思って居るが、さっぱりだ。

接続した流体マイクロマシンの映像はデータに記録されることも無く、自分のログにも残らない。完全に通信が遮断された状態でもその映像は見ることができた。

ただ眺めることしか出来ないが、息子と同じ目線で見ることが出来た。但し、長くは接続できない上に向こうが寝て居ると見えないと言う欠点があるが……

 

 

 

もしかすると気づいて居るかもしれない。バーレイグ…いや、シンエイ・ノウゼンは…あの驚異的な戦闘力を持つ、自分達にとっての銀の矢は……

 

レギオンですら無くなりつつある、自分たちの上の存在を止められることができるかもしれない彼ならば……

 

 

 

 

 



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#59 花火の下で

見上げるレーナの白銀の瞳に、最後の星の煌めきを残し。夜空に光の滝を作り上げて、花火は終わる。

色とりどり火の粉が煌めきながら、燃え尽きながら堕ちていく。

その様を見上げて居ると少し、哀しいような気分になる。言うならそう、祭りが終わった時のあの感覚。

 

「革命祭の花火は、また見られそうにありませんね」

 

そんなシンの目線にレーナは見返すことなく、物思いに沈む。

二年前の、革命祭の夜。………一ヶ月後に決死隊に送られるとは思わなかった。

互いの顔も知らなかった同じ空の下で……

 

「革命祭自体は、これからですけど。私達はこれから、訓練とそれに〈アルメ・フュリウーズ〉の習熟で忙しくなっていきますし……聞いてますか?次の派遣予定」

「ええ。次は北の方の沿岸諸国でしたか。面倒なところに〈レギオン〉の拠点があって、第二、第三機甲グループが攻めあぐねて居ると」

 

聞けばレギオンの脅威に周辺国家が合わさって抵抗して居ると言う。

 

「共和国も……革命祭は維新にかけて行なうでしょうが、花火までは手が回らないでしょうね。まだまだインフラ施設の復旧は終わっていませんし」

 

頼みの綱の合州国からの支援物資は物だけ送られて工作機械も人員も何もよこさないから遅々として復興は進んでいないそうだ。

いまだに膨れ上がる犠牲者の数。もう、把握は不可能かもしれない。

 

今年の革命祭には、きっと行けない。

では来年はどうか?

花火は、革命祭はーーー共和国は。

来年まで、自分は、シンは、……人類は生き残って居るだろうか。

 

悲観的な考えは一度生まれると、脳裏を渦巻いて支配する。

 

そんな事はない。だって、約束をしたのだから。革命祭の花火を見るのだと。戦争の終わりに、海を見るのだと。

だからそれまで、自分もシンも、誰も彼も死ぬわけにはいかない。

縋るように思った刹那、堕ちる火の粉を見たままシンは口を開く。

 

「それなら、」

 

演奏を終えた楽団が再びワルツを演奏する。

名残惜しい、宴の最後に相応しい、少しだけ切ないスローワルツ。

この国最後の一曲。

その哀切に背中を押させるように、シンは自然と口をついて出た。

 

「それなら次の機会にーーー来年の革命祭に、見に行きましょう。来年がダメでも、その次に。祝えるようになったときに、いつか」

 

あの頃とは違う…二年前のあの時とは……

 

「今はそれもーー叶わない望みではありませんから」

 

目の前にいる彼女から。何かをーーー未来を望んでもいいと、教えられた。

なんとも助けられてきた。救われてきた。

 

視線を下ろし、向き直る。何もしていないのに、惹かれるように見返す、白銀の瞳。

 

「ーーーレーナ」

 

焦がれるように、呼びかけた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「祝えるようになったときに、いつか。今はそれもーー叶わない望みではありませんから」

 

惹かれるように見たのは紅い瞳。

その時、渦巻いていた不安や恐怖が嘘のように消えていく。

今だ、言うなら今しかない。

 

貴方が好きだと。

戦争が終わったら。革命祭の花火を、祝えるようになったら。その時はどうか、一緒にその日花火を見に行こうと。

いつになるかはわからないけど、それでも一緒に。叶うなら何度でも。

そう、言おうと口を開いて。

 

「ーーーレーナ」

 

呼びかける言葉に、息を呑んでそのまま、呼吸が止まった。

特別な言葉が来ると、何故かわかる。こわい、と不意に、唐突に思う。

今まですれ違ってばかりで、けれど居心地の良かった不思議な、曖昧な関係を、壊してしまう言葉だ。

変わってしまうのが怖い。聞くのが怖い。

身も凍るような、恐怖だった。

でも。

聞かないと。

聞かないと。

 

だって、シンももっと怖い。自ら壊れにいく為に踏み出したシンは、待って居るだけの自分よりも怖いはずだ。

両手をきつく握り合わせ、唇をキツく結んで待ち受ける。

そして、シンは言った。

 

「おれはーーー貴方に会えてよかったです」

 

その声には万感がこもる。

 

「貴方がいなかったらきっと、二年前。第一戦区で兄さんを討って、戦い抜いたつもりで死んでいた。電磁加速砲型を倒して、それで戦う理由を見失っていた。竜牙大山の溶岩湖で、帰らなければと思えなかった。いつも貴方に救われてきた」

 

それは酷く、もどかしく頼りない。

共に戦い、先に死んでいった誰をも最期まで連れていくシンはーーーだから、誰からも置いていかれる存在だった。

彼女になら、預けていけると思えた時ーーーそれは確かに何物にも代え難い救いだった。

二年前の、八六区から。顔も知らない彼女が支えだった。

一年前の篝花の花畑で。戦う理由を。

一ヶ月前の、雪山の戦場で。望めた未来を、受け入れてくれた。

 

「貴方が居てくれたからーー生きてていいと、思えるようになった。貴方が居たから、俺は八六区を抜け出せた」

 

涙が浮かぶのを、レーナは感じる。

それは彼女にとっても同じであった。

貴方に会えたから、私は今ここにいる。

貴方が教えてくれた秘密のおかげで、大攻勢に備えられた。見て居るつもりで見ていなかった世界の冷酷さを知ることができた。

自分の醜さを知ることができた。

 

そして貴方と言う追いかける背中を、共に在りたいと思える人を、示してもらえた。

 

貴方が居たから、私は白豚ではなくなった。

 

貴方が私をーー今の私を生かしてくれて居る。私の中の一部として、貴方の言葉が息づいて居る。

 

だから、私を変えた。

私を変え、生きさせてくれた。

 

紛れもなく貴方が。

 

「貴方が好きです」

 

その言葉が滞る事なく、声に出せたことにシンは内心で安堵する。

伝えたい言葉。伝えるべきだと、思った言葉。それさえもこの後に及んで言えないなら、言葉に意味はない。

……彼女にこんなもので報いることができるだろうか。

こんな望みに彼女は答えてくれるだろうか。

 

「俺は貴方に、海を見せたい。…貴方と共に、海を見たい。見た事ないものを。戦争に閉ざされたままでは見られないものを。同じ景色を、貴方と見たい」

 

それはつまり……

 

「貴方のそばにいたい。共に生きていたい。出来るならーーいつまでも」

 

レーナは何もできずに瞳を大きく見開く。

言葉にはできない。だけど……

 

私も、いつまでも。一緒にいたい。一緒にいきたい。

貴方の行き着く、その最後まで。私の行き着く、その果てまで。

嬉しいと思った。好かれて居ることが……じゃない。思いを告げられたことでもない。

 

同じ気持ちなのが嬉しかった。

 

だから、応えないと。

 

応えないと。

 

応えないと。

 

光の速さよりも早く。その気持ちに突き動かされるように、言葉よりも先に、考えるよりも先に。体が動いた。

 

だって、言葉では遅い。言葉でなんか、足りない。

伝えたいことの何分の一も、きっと()()するよりはるかに伝えきれない。

一歩踏み出すほどもない、わずかな距離。それを踏み込んでゼロにする。目を見開くシンの肩に、逃がさないように手をかけて伸び上がって。

頭半分ほどある身長差は、高いヒールを履いていて随分と埋まっていた。

いつもより近い位置にある、その唇に。

 

 

 

 

 

啄むようなキスをした。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

唇を重ねていた時間は永遠のようにも思えたが、実際には一呼吸あるかないか、という程度だろう。

触れ合う甘美に、どうしようもなく酔いしれる時。

体を離すと、ふと互いの吐息が入り混じる。一つになっていたような、体温と鼓動が二つに分かれる。

 

不意打ちにシンは目を見張ったまま硬直している。

見上げレーナはただ思う。

 

そんな。

 

いつもの彼からは想像もつかないような呆然とした顔で、赤い顔で固まって。

 

笑おうとは思わなかった。

ただ、ひたすらに愛おしいと感じた。

色々なことに鎧繕って、その鎧がまるで素顔であるかのようにいつも装う用になってしまった人だ。

本当は、こうしてまだ大人になりきれていない少年でしかない人。

鎧の奥の、たまにしか見られない素顔が、何より愛おしい。

 

その愛おしさに突き動かされるように、肩に乗せた手を頬に沿わせる。伸び上がり、もう一度口をつけようとした時……

 

はた、と我に帰る。

今…自分は……何をした?

 

バクバクとうるさい心音と、熱い頬と……唇に残る甘い感触と……

 

「っ……………!?」

 

つい、手で自分の唇を押さえた。つい今し方、自ら重ねた唇。

まだ、好きだと言うつもりで……それよりも先に好きと言われて……まだ。

 

自分の気持ちを伝えてはいないのにーー……!!

 

先走ったと気づいた瞬間、かつてないほどの恐慌に襲われる。

 

間違えた。自分の好きだと伝えて……なのに同じ気物を伝えられて……嬉しくて感極まって……欲望とも言える何かに突き動かされたまま……

こんな、だって応じられないならまだ、恋人とかそう言う関係ではないのに……

こんな…はしたない。

 

ぱち、と目の前で呆然としていた赤い瞳が我に帰る。瞬き一つして、再びレーナを見る。

その唇が動く。

何か言うとわかり、そのせいでいよいよレーナは混乱する。

 

「あっ、あっ、違、これは違うんです。その……」

 

何が違うのか、レーナもわかっていない。

 

「その……」

 

ごめんなさいと、言っては誤解を受ける。だから、それを押し込んで次の言葉を探すが見つからない。自分も好きだ、と今から言えばいい言葉も……

 

「おっ、おやすみなさい!良い夢を!!」

 

結局愚にもつかない言葉を叫んで、脱兎の如くその場を逃げ出す。

魔法の解けた灰被り悲鳴さながらに、ヒールを鳴らして青ざめた石畳に落ちて転がった。

 

「……………………ええと。つまり?」

 

後に一人、レーナの行動と発言の食い違いにこちらも大混乱に陥ったままのシンを残して。



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ーガンスモーク・オン・ザ・ウォーターー
#60 軍人の職責


「ねえ、どう言うつもり?」

 

同盟から帰国する前、ホテルのロータリーでエリノラが紙を片手にリノに詰め寄る。

周りでは連邦に帰る為に準備を進めるエイティシックスの姿があり、喧騒がロビーを包んでいた。

盛大なパーティーをした翌日。エリノラは憤慨した様子でリノと面向かっていた。

 

「如何にもこうにも、そう言う命令なんだから仕方ないだろう……」

「惚けないで」

 

いつになく刃物のような鋭利な眼差しで問い詰めるエリノラに、リノは彼女の肩に手を置く。

 

「俺たちは軍人だ。上からの命令には逆らえない。お前はやり過ぎだから上の堪忍袋の尾が切れたんだよ」

「……」

 

怪しむ目で、リノを見て居るエリノラはその紙に書かれていた命令書を再び読む。今朝、部屋で準備をしていたエリノラの元に届いたものであった。

 

『異動命令:エリノラ・マクマ大尉は盟約同盟での休暇を終えた後。国防総省情報部に移動を命ずる』

 

端的に書かれ、正式な書類である証も記されたその紙を見て、エリノラは再度リノに問う。

 

「手廻ししたのは、貴方なの?」

「…さあな、少なくとも。俺に()()()をしていた子には教えられないよ」

「っ…!!」

 

リノの言葉にエリノラは目を見開いて驚いた様子を見せ、動揺していた。そんな彼女を見て、リノは何処か優しげのある目で言う。

 

「分かったなら、命令通りに動いてくれ……頼む、自分の体を労ってくれ。俺の心配事を増やさないでくれ」

 

それは強制でも何でもなく、リノ自身の心から出てくる心情であった。

しばしの間が流れ、エリノラはそっと目を伏せて紙をしまう。すると、リノ懐から一枚の紙を取り出す。

 

「俺から渡せる物だ。後は、お前の許可さえあれば……」

 

そう言い、渡した紙を見ると、エリノラは思わず聞く。

 

「これ…貴方が軍を辞めてからじゃなかったの……?」

 

そう言い、渡された紙にはリノのサインがすでにされていた。それは、婚姻届であった。

 

「エリノラがサインすれば、そのまま通るようになっている」

「でも……」

「これが、今の俺にできる最大限の事だ」

 

そう言うと、リノは常につけて居る婚約指輪をエリノラに渡す。

 

「後で必ずこれを取りに行く。だから、お前は待っていてくれ」

「……五年前のようにならない?」

「それはどうだろうな」

 

エリノラはやや不満げな表情を浮かべつつも、リノを信用して婚約指輪を預かる。

 

「必ず戻ってきなさいよ」

「分かっているよ。俺は今まで死んでねぇんだから」

 

そう言うと、リノはエリノラを迎えに来た車に乗せ。見送るのであった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

それから、ハミングバードを連れて連邦に戻ったリノはメンテナンスを終えた各機体を見ながら、久しぶりに再開したクラウ達と合流する。

 

「それで?エラは本国に帰ったと……」

「ああ」

 

リュストカマー基地に戻り、目の前で整備を受けているハミングバードを見ながらリノは頷く。

 

「長官直々の命令書だ。断れんよ」

「あんたが仕組んだ事でしょうに……」

 

そう言い、呆れた様子で軽くため息を吐く。そして、リノに聞く。

 

「で、本当のところは?」

「ん?」

 

すると、クラウはやや怪訝な目で言う。

 

「舐めんじゃないよ。エラに甘いあんたが、なんで今回はここまで彼女に厳しいのか」

「あぁ、そう言うね……」

「……何があったの?ご丁寧に指輪まで外して…」

 

そう言い、つるんとなった左手を見ながら言うと。リノはやや遠い目をしていた。

それは、リノ自身も驚きつつ分かっていたような目をしていた。それを見て、クラウは思わず目を見開く。

 

「…っ!!まさか……」

「あぁ、さすがは元諜報員だ。徹底的に隠していたから追跡は大変だった……」

「……流石は相思相愛なだけあるわね」

 

そう言い、恐らく幼い頃から過ごしてきた経験が生きて居ると感じつつも、エリノラを後方に送った理由に納得する。

 

「じゃあ、アンタも後方に異動しなさいよ」

「それは無理だ」

「……置いて行くかもしれないのに?」

 

そう言い、クラウは厳しい目をリノに向ける。しかし、リノはそんな目線を気にする素振りもせずにガンダムを眺めながら言う。

 

「その為に俺は、彼奴に新しい約束をした。前の約束を破ったがな……」

「何?」

 

言い草から、婚姻届でも渡したかと思いながらクラウは聞く。

 

「預けた物を取りに行くと……」

 

そう言うと、クラウは納得しつつも不満そうにリノを見る。

 

「だったら…せいぜい生き残りなさいよ。死んだ時、私は何も彼女にしてあげられないわよ」

 

そう言い、クラウは振り向いて格納庫を出ようとした時。リノはガンダムを見たまま言う。

 

「死んだらその時は宜しく頼むよ……」

 

思わずクラウは振り返ってリノを凝視してしまう。しかし、彼はガンダムを見たまま動かない。それを見て、クラウはあり得ないと否定しつつ去り際に言い残す。

 

「嘘つき野郎は嫌われるぞ」

 

そう言ってクラウは格納庫を出て行く。その途中、クラウは内心決意する。

 

「(彼奴がその気になったらイチモツ蹴っ飛ばしてでも連れ帰ってやる)」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

同時刻

リュストカマー基地 演習場

 

連邦の西部戦線の主戦場である、森林と市街を忠実に再現して設営された演習場で、金属の骨組みだけのビルディングが第一機甲グループの次の戦場の再現だ。

〈ジャガーノート〉の全幅ギリギリの鋼鉄の梁と柱。幾何学的なパターンで整然と組み合わされ、縦横に走るそれらを蹴って二機の多脚機甲兵器が疾走する。

パーソナルマークはシャベルを担いだ首のない骸骨と、交差するマスケット銃。シンの駆る〈アンダーテイカー〉と同盟から訓練教官として派遣されたオリヴィアの〈アンナマリア〉だ。互いに有利な位置を奪い合い、相手の得手を潰しあって、ともに高機動戦用に開発された機体をその性能諸元の限界まで振り回して目まぐるしく戦闘は進む。

実戦に勝る訓練はないと言うが、練度を維持するにはやはり適切な訓練と教育が不可欠だ。

今回の演習相手は厄介だ。以前、シミュレーション上では倒したが、やはりコンピュータはコンピュータ。実戦とは違う部分もやはりあった。

 

 

 

 

 

「少しーーーいえ、大部卑怯な気はしますが、」

 

演習が終わり、オリヴィアの敗北で終わった演習。次の者に演習場を渡すと、デフリーフィングの為に設営されたテントでシンは言う。

 

「ようやく出し抜けましたね。大尉の異能」

「実戦で同じ手を使われていたら死んでいたところだ。敵が生きて居るのに手を止める油断を、演習でしれてよかったがーーー」

 

オリヴィアの持つ未来視の異能。……リノと違い、薬物で発言したものではなく代々受け継がれてきた本物の異能。三秒先を見せる異能を使って、その嵌め手にまんまとやられたオリヴィアは前の少年に目を向ける。見た目とは裏腹に……

 

「君、本当に負けず嫌いなんだな。同盟での最初の演習、もしかして根に持っていたのか?」

「あの時大尉、本気では無かったでしょう。機甲搭乗服ではなく勤務服で演習に参加していて……それは確かに、少し気に食わなかったです」

「ああ……あの時はおばあさまが突然、今から連邦のフェルドレス共と決闘してこいと言ったから、私も搭乗服の用意がなかっただけなんだがな」

 

因みに、オリヴィアの祖母は盟約同盟軍北部防衛軍司令官、ベル・アイギス中将である。

 

「その意図返しもこうして済ませたのだしーー種明かしをしてもらって構わないか?無論、私が君に負けて死ぬ時以外明かせないと言うのなら話は別だが」

「生憎とそう言うことは……主砲の射撃モードの一つに登録した外部音声をトリガとするものがあって。想定される状況は自機を放棄した時だけでしょうから……自動小銃や拳銃の銃声を登録しておいたんです」

「そんなものまであるのか、連邦のフェルドレスーーいや〈レギンレイブ〉には。……実戦での使い道などほぼないだろうに」

 

戦場では実に様々な音が鳴り響く。そうなればこの自動小銃の音だってかき消されてしまうほどには……

 

「以前、似たような状況になったことがあって、それで追加されたんですが……使ったことはありません」

「だろうね。それなのに、そんな使い道のない設定まで持ち出してきたのか。たただ私に勝つためだけに……君は本当に負けず嫌いなんだな」

「大尉の異能、見ようとしていないと見れないのでしょう。それならこれでと……」

 

オリヴィアはそこでなぜ、海外の軍人が自分の異能について気付いたのかと疑問に思った。

 

「……どうしてそう思うんだ?」

「演習では俺を含め、大尉の裏をかけませんでしたが。日常生活ではそう言ったことはありませんでしたので。……いつも見えて居るわけでも、危機が迫れば見える訳でもないのかと……」

「これは一本取られたな。しかし……」

 

オリヴィアは両手をあげた後、ニヤッと笑う。

 

「そう言う豪胆さと観察力はミリーゼ大佐との件で発揮すれば良いだろうに」

「……なんの話ですか?」

 

シンは思わず身を硬くする、

 

「おや、はっきり言ってしまって良いのかな?あの夜は君、随分と落ち込んでいたが」

 

ニヤニヤとして容赦のない迫撃にシンはグッと喉を鳴らす。もちろん、レーナに告白して、口付けで返されてなぜか逃れられた夜の話だ。

あの後、混乱した後に非常に落ち込んだ。

おそらくはレーナも同じ想いだったのだろう。出なければ口付けで返される筈がない。

しかし、それが自分の願望に過ぎないのであれば今度がレーナが逃げた理由がわからない。けれどそれなら口付けの理由が……と堂々巡りをして一晩ほど復旧不可能となっていた。

で、当然その光景はどんどんと広まって行くわけで……それもホテルのバーで項垂れていたので不特定多数から見られていたのも広まった原因だった。リノ達に至ってはプレゼントを準備していたと言う事もあり、申し訳なさもあった。

 

翌日には落ち着いて、レーナも急に言われて混乱した挙句の暴走であったと理解したし、それならひとまず待つこととなったのだが……

 

 

 

休暇が終わってレーナも作戦指揮官として忙しいとはいえ、この一ヶ月間棚上げにされて居るのは流石に納得がいかない気がしなくもない。

ちょっとくらい拗ねてもいいのではないかと思ったところで、オリヴィアが苦笑する。

 

「私は第二機グループの訓練で次の派遣にはついていけないが、帰ってくるまでにはどうにかしておきたまえよ」

「言っていいですか大尉。……五月蝿い」

「これは失礼、ノウゼン大尉殿」

 

つい半眼で吐き捨てたシンにオリビアは余裕たっぷりに笑った。




誰か、UCのトリントン基地襲撃ででザクスナイパーに破壊された戦車の名前を知りませんか?


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#61 年頃の悩み

演習場で行われているのは、フェルドレスやモビルスーツ同士の模擬戦闘だ。パワーパックの高音の唸り声と金属の脚先が地を噛む重い音響。何より、空砲の八八ミリ砲や合州国の九〇ミリのジム・ライフルが轟音を発していた。

 

余人に聞かれたくない話をするにはうってつけである。

 

「……戦争、終わるのかもしれないのね」

 

アンジュが口火を切ってライデンを中心に数人が集まる。

 

「実のところ、そんな日が来るだなんてこれまで信じちゃいなかったよな」

 

〈レギオン〉戦争が終わる。

 

情報が手に入れば。それによって秘匿司令部の位置が、特定できれば。

突然提示されたその事実に、ライデンは目が眩むような、途方もないような気分になる。

ごく幼い内からこれまでずっと傍にあった、当然のようにあった戦争が……まさか無くなるかもしれないなんて。

 

「終わったら、どうしようかしら。……どうなってるのかしらね。私たち」

「んー……どうなってるんだろうね、ほんと。あんまりピンとこないや」

 

どこかウキウキとアンジュは言い、一方でセオは困惑するように首を傾げる。

 

「まあでも、とりあえずシンは良かったよね。海を見せたいって、それがちゃんと、本当に叶いそうでさ」

「貴方と海を見たい」

 

大切な詩を読むように、クレナがいい、目を伏せて淡く微笑む。

 

「うん。叶うといいよね」

「……そうだな」

 

一ヶ月前、項垂れていたバーでシンが言ったから、ここに居る皆は知っていた。

レーナが最後の最後にやらかしたが、まあ今のシンなら大丈夫だろう。

 

「シンが嫌がっていたとおり、……フレデリカはなるべくなら使いたかねえけどな」

 

こんな天から降ってきたような都合のいい軌跡に誰もが縋り、彼女一人に連邦の、人類の夢未来を全て背負わせて……

それで戦争が終わっても、それは戦い抜いたとは言わない気がする。

けれど、停止手段を放棄し。力技でレギオンを全滅させるのも違う。それこそ大勢の、数えきれない人が死ぬ。

 

「だね、フレデリカ一人に負わせたくない。……だからってこれまで見たいな、どうにか敵中突破してなんとか敵の本拠地を叩くって綱渡りもいい加減にしてほしいし、それで死ぬのも馬鹿みたいだから嫌だけどさ」

 

ポツリとクレナが呟く。

 

「でも……本当にそれで終わるのかな」

 

降って湧いた奇跡に、甘言ではないかと疑う声音で。

 

「秘匿司令部なんて、見つからないかもしれないし。〈レギオン〉が命令を聞かないかもしれないし。もしかしたら全部ゼレーネって人の罠で、シンが……その、騙されているのかもしれない。だから…そんな風に上手くいかないんじゃ無いかって……」

 

ライデンはその言葉に眉を顰める。懸念はまあ、言う通りだ。とは言ってもお偉いさんは考えていない訳じゃなくて。クレナの言い方はまるで……

 

「クレナ。……なんか終わらないでほしいって言って居るみたいだぞ」

 

カイエが仕方ないと言った様子で苦笑する。

 

「……そんな事ないもん」

 

目を合わせないままクレナは応じ、どこか迷子の子供のように頼りなかった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

リュストカマー基地で演習が行われて居る頃。基地のさらに後方のザンクト・イェデルに程近い訓練センターから一ヶ月ぶりにレーナは基地のゲートを潜る。

この一ヶ月、第一機甲グループが訓練を行なっていたのと同様。レーナも作戦指揮官として連邦の教育課程を受講していた。

レーナにとって半ば家に帰ってきたような感覚とはいえ、ここは機密度の高い特殊部隊の基地だ。IDを照合して、中に入ると荷物持ちのファイドにトランクを預ける。

それからついおどおどと周りを窺う。

今の時間は人がまばらで、その中にいる赤い瞳の彼がいないことにホッとする。

 

この一ヶ月……シンに告白されてから一ヶ月が経った。いまだに答えは変えせていない、何せこの一ヶ月は大忙しだった。帰路では顔を合わせられなくて、逃げ回って……連絡に不備があって帰った途端に指揮官教育課程受講のお知らせが明後日にあると届き、大慌てで出て行ったので、シンと話す余裕はなかった。

結果、一ヶ月も問題を棚に上げてしまっていた。

 

「おかえりレーナ」

「お疲れさん、女王陛下」

「ただいま、アネット。それからシデン。……あの、」

 

レーナは周りをキョロキョロと見回す。……二人だけでシンはいない。

迎えにこなかったと思うと、途端に不安になる。

 

「シンは、今、どうしてる……?」

 

するとアネットはそっぽを向く。

 

「しーらない」

「アネット……!?」

「あんなにみんなでお膳立てして、エリノラさんとかいろんな人巻き込んで…挙句シンからの告白に答えない上に帰りでもぐずぐず逃げまわっていたどっかのヘタレさんのことなんて、あたしもう知ーらない」

「それは悪かったけど…そんなこと言わないで……」

 

アネットの子供のように頬を膨らませ、困ったレーナはシデンに助けを求める。

 

「シデン…!」

「だぁからあの夜、今から死神ちゃんの部屋行って押し倒しちまえっで言ったんだよ。あ、むしろ基地帰ってきてからの方がいいか。シンだって個室だし」

「そっ、そんなこと……!!」

「それは流石にすっ飛ばしすぎでしょ、この基地の壁薄いし」

「八六区の壁なんざここより薄いぜ。今更誰も気に()()()()()

「ああ…そう言う……」

 

そう言い、アネットはゲンナリしていた。そしてその時ふと気づいた。

 

「ねえ、まさかとは思うけど……」

「ん?」

「……何でもないわ」

 

うっかり聞くと、目の前にいる陛下の気持ちがどん底になりそうだ……

 

「い、言った方がいいでしょうか……?」

 

思い詰めた顔でレーナは言う。

 

「…そんな蛮勇があるなら、普通に答えてやりなさいよ……」

「答えるなら急いだ方がいいぜ、死神ちゃん。これから色々と忙しくなるしな。……と言うか、一緒に行ったらどうだ?答えるくらいなら出来んだろう」

「そっ、それはその………………………心の準備がまだ……」

 

アネットとシデンの二人は思い切りため息をついた。控えるファイドが慰めか励ましか、分からない電子音を鳴らした。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

嘗て、優生思想が横行し、エイティシックスの強制収容が決定され、迫害をよしとした共和国の中にも、当然反対する者がいた。

 

自宅に匿い、八六区に戻り。手の届くエイティシックスだけでも守ろうとした人達が。

その大半は密告と戦火に失われ、エイティシックス達はほとんどが八六区に散り、共和国市民も大攻勢で壊滅的な被害を被って、再開なんてそうそう叶うはずもなかったが。中には……

 

「ライデン…!!ああ、あんたよく無事で……!」

「よ、ばあちゃん。そっちこそくたばって無くて安心したぜ」

 

最後に会った時よりも、また一段と頭が低くなって随分歳を食った老婦人にライデンは苦笑する。

強制収用が始まっても学友や自分を匿ってくれた教師の老婦人だ。共和国支援で探してくれるように依頼をしたのだが、共和国が壊滅的になり、混乱した中での人探しだ。見つかるまで一年もかかってしまった。野暮なことは考えない方がいい。何せ、ここから少し離れたところでは…

 

「シン…!おお、良くぞ生きていたな…!!」

「神父様っ…折れます、肋とか背骨とかが折れますっ……!!」

 

小山のような筋肉で僧服がはち切れそうだ。

てっきり匿っていたのは神父だと言うから、もっとこう…凄痩な老人かと思っていたが……斥候型くらいは度付きで倒しそうだ。シャベルとかで……

まぁ、邪魔しない方がよさそうだ…俺も、ベアバックかまされたく無いし。

 

キッパリ自己保身な結論を下し、ライデンはそっと目を逸らした。

 

 

 

 

 

「いやー、シュガ中尉もノウゼン大尉も良かったっすねー」

「お二人にはこれから従軍司祭と、自主学習の補助教員として基地に駐在するから、いつでも会えるようになるわ。……本当、嬉しそうで何よりね」

「……いや、そなたらよもや本気で言って居るわけではなるまいな……!?」

 

しみじみと頷きつつベルノルトが言い、ハンカチで拭う真似をしながらグレーテが続けて、その傍で慄然とフレデリカが呻く。

ベルノルトとグレーテも感動の再会を見守るフリをする。だって関わりたく無いし。

 

「大尉、まともな訓練を受けてねえのに、エイティシックスの割には戦術だのの知識はあるし拳銃だの自動小銃だの完全分解整備できるし、何だって思ってたんですが。あの神父さんが育ての親ならなんか、納得っていうか」

「実際、あの神父様は元々は共和国軍の軍人だったそうだしね」

 

武力で守ることはできても救うことはできぬと気づいて神の道を志して、云々……

内心何じゃそりゃと思いながらベルノルトは頷いた。

 

「あー、なるほどそれで……」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「……そうか。レイは、葬ってやれたのだな」

「ええ」

 

シンは何だか、幼い頃に戻ったような気分になる。神父の他にはレーナしか知らない、生前の兄を知る人。

レーナは知らない……これからも言うつもりはない、兄の罪を知って居る人。

 

「根拠は何もありませんが……最後に、助けてくれたようにも思えます」

「それは……何よりだな。そうか……赦してやれたか」

「ーーええ」

 

それを口にすればすとんと腑に落ちる。そう、赦したかったのだ。

多分、己に罪などないと知っても……赦したかったのだろう。

 

「それなら良かった……大きくなったな。背が伸びたと言うそれ以上に」

 

見返した先、老神父はどこか、ほろ苦く笑う。

 

「ーーー送り出した時は、もう帰ってこないだろうと思った」

 

今でも鮮明に覚えて居る。決して忘れられない。

両親を失い、兄に殺されかけ、その兄を探しに行くと、小さな子供が決めた時。

その時は涙の流し方さえ、忘れてしまっていた。

 

「あの時、お前はレイにーーーもう戦死してしまったレイに囚われていた。死人がいるのは闇の中だ。追えばお前もその死の淵に、足を踏み入れてしまうだろうと思っていた」

「…………」

 

あの時はそうだっただろう。レイを討つ事だけを目的に……ただ一人を討ち、そのまま砕ける氷刀のように。

もしかしたら二ヶ月前の、夏の残雪の戦場まで、ずっと。

 

「だが今はもう、大丈夫そうだ。ーーー大きくなったな。本当に」

「……神父様に言われても、あまり実感がないのですが」

 

なにしろ神父がデカすぎて子供に戻ったような気分だ。

 

「私にとっては、お前が子供なのはいつまでも変わらんよ。……だから悩みや相談があれば聞くぞ。従軍司祭だからな」

 

悩み、相談……

ふと考え込んで出てきたのはレーナのあれこれだ。

 

「……神父様、それなら聞いてもらって良いですか?」

「もちろんだ」

 

まとめようと思考して。……またさらに考え込む。

 

「……やっぱり良いです」

 

今更な気もするが、まあ他人の頼る事でもないと思う。

 

「何だ恋かね?青少年」

「…何でわかるんですか」

 

神父は呵呵と笑った。

 

「お前くらいの年頃の相談など、相場が決まっている。……年頃の悩みを抱けるようになったか。本当にーーーそれは何よりだ」

 

 

 

 

 

 



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#62 鋼鉄の化け物

シン達が感動の再会をして居る一方で、二人が基地に来ると言うことは共和国人が居ると言うことになる訳で、そのことに喜べない者もいた。クレナはそんなエイティシックスの中の一人であった。

 

白系種にもマシな人間がいることも知って居る。シンやライデンを匿っていた神父や老婦人。レーナやアネットにダスティンも。

クレナ自身、両親を救ってくれようとした白銀種の軍人も忘れてはいない。クレナは幼くて名前も覚えていなくて探して貰えなかったが……

これから来る従軍司祭や補助教員も、きっと悪い人たちではない。

だが、それでも。最初のうちは会いたくない。怖いから……

 

クレナはずっと、これまでが恐ろしかった。

彼らだけは信じられる。シンや仲間達以外を信じる事が。

 

だって信用なんかしたら、きっとまた同じことをされる。

白系種なんて、人なんて。ーー世界なんて残忍だ。

きっと裏切る。信用なんてしたら行けない。

信じられない。

だから未来なんてものは本当は、あるはずが無い。

夢と同じだ。今夜はいい夢を見たいと、願うのと同じ程度のものだ。

見られるものなら、見てみたい。

けれど、見られなかったとしてもーーそれは仕方ない。その程度の。

 

「戦争なんて……」

 

きっとそれも、終わらないのだろうから……

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「……そろそろ怒るぞ、ゼレーネ」

《いえ、その、悪いとは思っているのだけれど……あははは……!》

 

ゼレーネの収容されている統合司令部の地下研究所で彼女は笑い転げていた。ゼレーネは現在、会話以外の機能を制限、妨害するために遮蔽コンテナに密閉されている。

そのコンテナ内外の端子越しに有線接続された低感度のカメラとマイク、スピーカーが会話をする窓口なのだが……それらを収めた紙箱が何故かマジックで落書きされていた。

 

「帰っていいか?」

《あ、ごめんなさい待って頂戴。悪かったからもう少し話を……ふふっ》

 

吹き出してまた、電子音で大爆笑で笑い転げる。

文字通り話にならないさゼレーネを置いて、シンは諸悪の権化を睨む。いくらなんでもゼレーネが知っているはずがない。とすると……

 

「ヴィーカ、あとで覚えていろ」

「できるものならな」

 

面白がっている顔でヴィーカは鼻を鳴らす。ゼレーネは笑いを噛み殺しながら言う。

 

《話を戻すのだけれど》

「……戻さなくて良い」

《拗ねないの、戻さないとダメでしょう。……貴方そもそも、それを聞きにきたんだがら》

 

その時、カチリとスイッチが切り替わるようにゼレーネの声は冷気を帯びた。

 

 

《ーー大攻勢について》

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

連邦では、エイティシックスは本来任官前に受けるべき高等教育を従軍しながら学ぶ連邦特有の少年士官ーー特士士官の扱いだ。

本来教育を受けるときに教育をされなかったため、休暇中の通学期間以外でも可能な限り講義や自己学習の時間は設けられている。訓練期間は無論、それこそ派遣任務の間にさえ。

本拠であるリュストカマー基地に自習室があるのもこのためだ。少し前までは各大隊長や副長くらいしかなかったのに……

それが今は多くの人たちが補講を聞いていた。

 

「ーーーシンのやつ探して居るなら、神父さんとかの迎え以外に用事があるから今日は司令部から戻って来ねえよ」

「そうですか……あっいえ、別にシンを探していた訳じゃ無くて、その…人が多いなって」

「ああ、」

 

レーナの図星に気にした風もなく、ライデンは頷く。

 

「休暇が終わったあたりからこんなだぜ。……ちょっと前まではこの部屋のこと、苦手なやつばかりだったんだが……」

 

席の半分以上が埋まった自習室を見遣って言う。

 

「ーーエイティシックスじゃなくなれって、迫らせて居る見たいでよ」

「………」

 

おそらく、連邦もそう言う意図でこう言う教材やら職業図鑑やらを置いた訳では無い。ただ、その願いはエイティシックスにはまだ早すぎただけだった。それが今は、見ようとするものが少しずつ増えてきて居ると言うことだった。

そのことにレーナはホッとする。

 

「ライデンもお勉強ですか?」

「まあな、いい加減戦争が終わったらとか考えねえとなと思ってよ……つか、聞いて居るか?新任の補助教員」

「ええ、ライデンの昔の先生だって」

「課題いくつかすっぽかしてたのバレちまって……これからお説教と補修だとよ。相変わらず口うるせぇんだから……」

 

口をひん曲げてため息をつく。

 

「……レーナも補習、やっていかねえか?セオとクレナとかはあんまここ来ねえし。アンジュは選択科目が別だし、シンは今日はいねえし。その……ババァと俺一人で対峙したくねえし」

 

あの老夫婦より大きい図体で子供っぽい言い方にレーナは吹き出す。

 

「ライデン……何か、やりたい事はあります?戦争が終わったら、今は」

 

それは二年前と同じことを聞く。あの時は、お互いに何も知らなかった。ーー未来なんてないと、知らないままに。

 

「……レーナが前に二年前にシンに聞いた時はよ」

 

ーーさあ。考えた事もありませんね

 

「あの時、あいつは本当に望みはなかったんだ。もう時期死ぬからだけじゃなくて。兄貴を葬ってやりたいって、それしか無かったから」

「……」

「そう言うシンが、ーーこの前あんたに海を見せたいと望んだのは、だから奇跡みたいなもんなんだ。あいつはあいつなりに腹ぁ括って言ったはずなんだがな。それをもう少しレーナも汲んであげれば良かったんだが…… 」

 

レーナは穴があったら入りたいというのは。この事なのだろうと思った。

 

「どうして知っているんですか……」

 

可哀想なものを見る目で見られた。

 

「そりゃレーナ……残念ながら大体全員にバレているからな」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ーー貴方の情報通りの兵器を、連邦軍が確認した。第二次大攻勢の兆候だろう、と」

 

〈レギオン〉の停止手段の代わりに公開ができる情報をゼレーネに要求した。それで得られたのが〈レギオン〉が現在、計画して居ると言う第二次大攻勢の情報だ。

 

《そうでしょうね。()()は〈レギオン〉が禁じられた航空兵器の代替として、総指揮官機達が考案し、開発させた兵器だもの。禁則事項が解けない以上、爆撃の代わりにはまたあれを投入してくる。確実に再建造は進んでいると、その程度の予想はつくわ》

 

ん?今、予想と言ったか?てっきり指揮官機だから()()なのかと思っていた。

 

《研究と開発の研究に関してのわたくしの担当は制御系。機密の関係で管轄外の情報は知らされないの。その……共和国で採取したサンプルを基にね》

「<放牧犬>か……」

 

ゼレーネが言いにくそうにし、ヴィーカが補足する。何とも奇妙な関係だ。

 

《それなら高機動型……じゃなくて高機動型(フォニクス)ね。……貴方達、面白い名前をつけたわね》

「待て。あの新型も卿の管轄……制御系研究の系列なのか?」

《そうよ、だから私が、貴方達の伝言を仕込めたもの……あぁ、因みに鹵獲したモビルスーツ……確かザクⅡも、わたくしの担当だった》

「あのオンボロと言っていたやつか……」

 

そう言い、リノ達がボロザクと称していたあのモビルスーツを思い出す。すると、ゼレーネは呆れたように言う。

 

《わたくしも驚いたわ。なにせ、重戦車型の一五五ミリ砲でも分厚いと至近距離か背後で無いと撃ち抜けない装甲なのよ?馬鹿げて居るとしかいえないわ》

「一五五ミリを?」

 

思わずヴィーカが聞き返してしまうと、ゼレーネは頷く。シンは何言って居るのかは何となくしか分からなかった。

 

《ええ、鹵獲したザクに使われていたえっと……超硬スチール合金?アレの硬さは圧延鋼板なんかよりもよっぽど、何倍も硬い》

「ちょっと待て、一五五ミリ砲弾で貫通しないだと?」

 

だったら今頃レギオンなんて化け物じゃないかと言おうとしたところで、ゼレーネは言う。

 

《当然、<レギオン>も素材の再現を行おうとした。だけど費用対効果が悪すぎたの。なにせタングステンやらニッケルやら…貴金属を大量に使って加工にも手間が掛かる割には合州国の機関砲で撃ち抜かれる始末。おまけにビーム兵器を防げる訳でもないし……》

「あぁ、なるほど……」

 

ヴィーカは<レギオン>にもそう言う考えがあるのかと理解しながら話を聞いていた。

 

《其の装甲を見て、わたくは『合州国にはどう足掻いても勝てなかった』と思った》

「まぁ、そんな装甲を持ったモビルスーツがいればそう思うのも納得だな……」

 

榴弾砲のレベルですら倒せないとなると、それはもう化け物だ。

 

《あの、モビルスーツという鋼鉄の化け物がいる限り、合州国が負ける未来はなかなか見えないわね》

 

そう言うと、少しだけ合州国と言う国に……リノ達の故郷の国が味方である事に内心ほっとしてしまった。

なお、この超硬スチール合金ですら、合州国にとっては既に旧式となった技術である事を知るのはもう少し先の話であった。

 

「……兵数は今回は、増強していないのか?これについては、今の所。どこからも報告があがっていない」

 

話を元に戻しながら、シンはゼレーネに聞く。第二次大攻勢に関しては、真偽も兼ねて各国でレギオン集団への情報収集が強化されていた。

シンにも何度か、連邦から索敵の要請が行われ。どの戦線でも兵力増強が行われていないとわかると話は変わって来た。

 

《ええ、<レギオン>は前回の大攻勢において、兵数増強では作戦目標を達成できなかった。だから第二次大攻勢では各兵種の改装と、性能向上を以て戦力を増強すると戦略を変更している》

 

例えば、阻電錯乱型の光学迷彩や天候操作。雑兵である<黒羊>の代替品の<放牧犬>。

 

《ただ、歴史上資源のない国が存在するように質を重視した訳でもないわ。第一次大攻勢は失敗した訳でもないから。……ところで、》

 

淡々と、ゼレーネは言う。

 

《貴方、<レギオン>の数や位置は見抜けても、遠隔地の<レギオン>そのものが見えて居る訳ではないのね》

 

シンはぴくりと顔を上げる。

彼女は所詮<レギオン>、必要以上の情報は渡していないはずだが……

 

《貴方のことはーーー特異敵性体バーレイグとして認識している。バーレイグは未知の手段で広域高精度の索敵能力を有し、ただし、兵種の把握はできない。凍結機の感知はできない。……そこまでの推測はできているわ。実際、レーヴィチの時はわたくしの罠を見抜けなかった》

「見抜けなかったのは、俺の失態だ、耳が痛いが。……まさか<レギオン>はノウゼン一人を警戒して戦略の変更に踏み切ったのか?」

《まさか、でもないでしょう?数年がかりで備えだ大攻勢の準備は見抜かれ、対策され。持ち堪えてしまった。<レギオン>の指揮官は貴方の価値を、貴方が思う以上の高く評価している。それ以上に早急に除きたいと、考える程度にはね》

 

だから。

 

《貴方の部隊の、次の作戦。どこで、なんて聞かないけどーーどこに行くにしてもどうか、気をつけて》

 

 

 

 

 



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#63 未知なる戦場

「ーーさて、まずは久しぶりノウゼン。ミリーゼ大佐も」

 

リュストカマー基地の状況説明室では、シンの属する第一機甲グループの派遣を控えて大隊長と副長、作戦指揮官であるレーナとその幕僚、同行するヴィーカと彼の幕僚にリノと副官を拝借したクラウが詰めていた。その中で唯一、第二機甲グループに属する少年が楕円のテーブルの一角で笑った。

ツイリ・シオン中尉。休暇中の第一機甲グループの代わりに作戦を受けていた第二機甲グループの戦隊総隊長だ。

 

「連合王国以来だから、一ヶ月と少し、か……まだ通学期間じゃないのか、第二は」

 

シンは首を傾げ、学生服ですくめる。

 

「状況説明にって、今日は特別にね。第三のカナン達は作戦中で、あんた達の派遣先ーーレグキート征海船団国群で戦ったのは今の基地には私たちしかいないから」

 

レグキート征海船団国群

ギアーデ連邦の北、連合王国の東側に領土を持つ小国家群である。

この十年を小国丸々一個を防衛陣地にしたことでこの闘いを凌いできた国だったが、所詮は小国家群。十年ぶりに連絡がつくや否や救援を求めて来ていた。それを受けてツイリ達が派遣され、三つあるレギオンの拠点うちの二つを制圧した。だが、三つ目は攻め込めずに一旦撤退をして来ていた。彼の国は戦前は確か合州国の支援を受けていた国家のはずだ。

 

「あんた達が第一今回制圧するのはその残った三つ目の拠点……私たちの撤退の事情は聞いていると思うけど、まずは見てもらった方が早いわね」

 

そう言うとホロスクリーンが展開され、荒い光学映像が映し出された。

全体を埋めるのは色気も深さもさまざまな青で、それは風の強い日の湖にも似た波立つ水の広がりだ。牙の様に尖った波濤の向こうに、金属製の建造物が聳え立っており、要塞と知れた。

 

 

 

……次の目標は水上。七年の戦歴をもつシンですら経験した事の無いーー海上での戦闘だ。

 

 

 

其の困難も、この瞬間には遠かった。

海上要塞の最上階。拡大映像。

鉄色をした<レギオン>の中では珍しい、黒い装甲。鬼火のような蒼い光学センサ。連邦の色とは違う紺碧の蒼穹を背に拡がる、銀糸を編んだ二対の放熱索の翅。

忘れることなどできるはずもない、天に牙向く一対の槍のような砲身。

血赤の目を掠め、シンは吐き捨てた。ゼレーネやエルンストから聞いてはいたものの、二度と戦いたい相手ではなかった、

 

「ーー電磁加速砲」

 

口径、八〇〇ミリ。初速八〇〇〇メートル毎秒。有効射程は実に……四〇〇キロ。

 

たった一輌で連邦、盟約同盟、合州国、連合王国、共和国の各戦線を脅かした最大最強の<レギオン>。

 

 

 

電磁加速砲型(モルフォ)

 

 

 

沈黙が、ブリーフィングルームを支配した。直接対峙したのはシンと一部リノだけだが、その脅威はここにいる全員が知っていた。

一年戦争以来の合州国の大規模部隊二三万を。わずか二日で連邦の四個連隊二万名余りと基地を。グラン・ミュールをたった一夜で陥落せしめた大攻勢での<レギオン>の切り札。この一輌を撃破する為に各国が協力し、大攻勢の出血がある中、敵中突破を敢行。其のおかげで各軍の前進が停滞。

たった一機で国家の戦略を返させてしまったそいつが……

 

「船団国群はこの拠点を摩天貝楼と命名したわ。位置はレギオン支配域となっている旧クレオ船団群の海岸から、直線距離で三〇〇キロの沖合。電磁加速砲型を確認した調査船は直後に砲撃で沈没。つまり、一の露呈を向こうも把握したわけで……以降、防衛陣地などに砲撃が毎日実施されている」

 

海抜が低く、領土の大半を湿地で埋める船団国群を守るのはレギオン支配域に接する海域の無数の小島に構築した砲陣地群と軍艦だ。

その為、船団国群はその成り行きから無相応な程……それこそ合州国と肩を並べられる海軍力を有していた。砲陣地に設置した射程が一〇〇キロ超の長射程を持つ多連装ロケットの援護の下、海岸付近まで軍艦が進出。堅牢な防御陣で固めた<レギオン>の側面から、艦砲と多連装ロケット砲で薙ぎ払うのがこの十年での船団国群の闘い方だった。……国土の大半が湿地帯だからこそできた荒技でもあったが。

 

「海上砲陣地はこの一ヶ月で壊滅。軍艦の被害甚大で、何より陸上の第一列が半分近くレールガンの射程圏内。私たちが撤退すると同時に第二列まで後退。事実上の最終防衛線まで、ね」

 

するとヴィーカが淡々と口を開いた。

 

「そして船団国群が陥落すれば大攻勢の再来か……泥濘地で重量級のフェルドレスを運用できない戦場が電磁加速砲の砲陣地となれば、連合王国も連邦も打つ手がない」

 

合州国南方のどこかにあると言う噂のストーンヘンジの性能はいまだに公表されていないが、話では一発何ドルとかで砲撃をしているとか何とか。それを今は船団国群に撃っているという。おそらくは試射もかねてなのだろうが……

流石に電磁加速砲型は連邦を超えて合州国に届く訳ないのだが、どう言うわけかストーンヘンジは合州国南端からほぼ反対の船団国群まで届いていると言う。仕組みは一旦中間圏に砲弾を打ち上げて射程を伸ばしているとか何とか……

やれやれ、何も明かさないのも実に秘密主義の合州国らしいとヴィーカは思っていた。

合州国はモビルスーツを動かすと言われている噂の核融合炉ですらも公表していない。まぁ、事情が事情なだけに徹底的に秘匿するのもわかるが……

 

 

 

するとリトが顔をしかめた。

 

「……ひょっとして、連邦がもっかい俺たち出すの、本音は自分達が危ないから?」

 

ため息をついてツイリは言う。

 

「リト、あんたその思ったこと口にする癖改めなさいよ。あんただってたとえばここで、リトってば本当は泣き虫だって事言われたくないでしょう?」

「ちょ、やめてよツイリ兄!」

「あと私のことたまにお母さんて呼ぶみたいにノウゼン隊長って呼んだりとか」

「ちょっとやめてってば!」

「……シオン。リトはいいから続けてくれ」

 

シンのツッコミにツイリは肩をすくめる。

 

「連合王国の派遣でも言ったと思うけど、ノウゼン。私はツイリって呼んで。ファミリーネームは嫌なのよ。……思い出すから」

 

そう言うと、彼女はほろ苦く笑う。

 

「姉がいてね。戦死したけど。例によって何も残してやれなかったから。せめて姉の言葉使いは残そうと思ってね……」

「ちなみにお姉さんがいたってとこから嘘だから」

「ちょっとリト!話拗らせないでよ!」

 

前提を崩され、レーナは中途半端に固まり、ツイリはむくれる。

 

「八六区で何でもかんでも殴り合いになっていたのは知っているでしょう?私、この図体だから何かと喧嘩の元になったのよ。……それで、この喋り方が一番喧嘩を避けられた。五年も過ごしてたら、すっかり癖になっちゃってね」

 

ヒラヒラと手を振り、話を続ける。

 

「ともかく……私たちの失態を押し付けるようで悪いけど。流石に四〇〇キロの超長距離砲相手に無用に突っ込むのは船団国群でも流石にできなくて」

「この一ヶ月、船団国群が最終防衛線に追い詰められながらも救援を急かさなかったのはその為です。彼らに準備とーー待つべき機があるからと」

 

そう言って連合王国の紫黒の軍服の着た少女の士官が喋った。彼女は船団国群ではヴィーカに変わり<アルカノスト>を率いた副長の少女。

 

「すなわち、電磁加速砲型の四〇〇キロ砲撃域の突破の準備です。まずはこちらをご覧下さい」

 

そう言ってホロウウィンドウに映る資料を見せた。其の時何気なしにツイリが言う。

 

「よろしくね、ザイシャ少佐」

「……!だから、私の名前は仔ウサギちゃんじゃないですってば……」

 

そう言い、何とも気弱そうな印象の少女は半泣きでツイリに振り返った。

 

「けど、そうやって連合王国の人が呼んでいるのに?」

「それは……ヴィークトル殿下が……!」

「お前はなあめが言いにくいからな。仕方あるまい」

「それならローシャとお呼びくださいと何度も申し上げておりますのに……!」

 

そう言い、部屋を見回すが、シンもレーナも悪いと思いつつ目を逸らす。

 

「いいから続けろ」

「……御意に、仰ながら臣。説明つかわります」

 

画面には船団国群沿岸部とそこから広がる海図。……その中央に赤く灯る摩天貝楼拠点のシンボルはその周囲に。

 

「摩天貝楼拠点は先程のツイリ中尉の説明通り、<レギオン>支配域の沖合三〇〇キロに建造された要塞です。建造時期は不明、恐らく船団国群以外の沿岸国が陥落した後、その港から進出、建造したと思われます」

 

現状、存続が判明している国は大陸中北部から西部、南部にかけての狭い範囲のみだけだった。おまけに東方諸国には分厚い阻電錯乱型によって通信はできなかった。

 

「開戦以前、船団国群が採掘計画をしていた海底鉱脈の真上にあり、近くの海底火山もある事から恐らく工廠でしょう。そして……ご説明した通り。この拠点の周囲には海面より高いものが一切存在しません」

 

地図上にも摩天貝楼拠点の周囲には小島の一つもなかった。それはつまり、射程四〇〇キロの砲撃下から身を隠す場所がどこにもないと言う事だ。

 

「故に船団国群は嵐を待っています。今にも崩壊しそうな防衛陣地を一ヶ月間守りながら。船団国群では、この時期。夏の終わりに北から大きな嵐が訪れる。その嵐に紛れる形で電磁加速砲型の砲撃域を突破するために」

 

ザイシャの言葉にレーナは聞いた。いくら嵐に紛れると、簡単に言ったが。

 

「ですがーー嵐を越えるには……」

「並の船では難しいでしょう。特にこの海域は沿岸から遠く、波が荒いため小型の船では嵐でなくとも負けるそうです。戦闘機でさえ、嵐の中を飛んで帰投できる保証はないのだとか。つまり、波の船では嵐を越えられない、ならば破格の軍艦を出せば良い」

 

すると画面が変わり、少し特徴的な艦船が出てきた。

その艦船はアイランド型と言われる特徴的な艦橋を有し、甲板には平たな飛行甲板と二列ずつ設置されたカタパルト。艦載機の邪魔にならないよう飛行甲板から一段下げて作られた二基四門の四〇センチ連装砲と艦橋最上部に掲げられた古風な女性像が淡い陽光を鈍く弾いていた

 

「征海艦ーー今作戦に置いて起動打撃群を運ぶ、原生海獣狩りの軍艦です」

 

 

 

 

 

 



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#64 違う、こうじゃない

重く暗い曇り空の下の、どんよりと黒い波立つ水面。ゴツゴツした暗色の色の荒磯。陰鬱な潮騒と、もの悲しげな海鳥の声。そして遠く、連なる小島のように累々と擱座する朽ちた軍艦。

 

「……海だけど」

「違うのじゃ!こう言うのじゃないのじゃ!!」

 

初めて見た海辺の光景にフレデリカが地団駄を踏んで叫んでいた。

 

ーー海が見たい。

 

そう言ってフレデリカが思い浮かべていたのは、陽光の眩しい空の下、透き通る真っ青な海とか。珊瑚の死骸が砕けてできたと言う白い砂浜とか。光を弾いて散る波飛沫とか鮮やかな緑の椰子の木とか艶やかな花々とか、賑やかに鳴きかわすカモメの声とか。

ちなみに海が黒いのは曇りの天気だけでなく。海底の岩や砂が黒いせいで、晴れでもこの海は黒い。いつでも黒い。年中水温が低い為、泳げもしない。

 

「それに何か、妙に生臭いのじゃ!何の匂いじゃこれは……!」

「潮の匂い、とかじゃないか?知らないけど」

「……うう、せっかくの海だと言うのに、もはやどうしていいか分からぬ……!」

 

フレデリカは岩壁に派手に散る波を睨みながら涙目になっていた

 

「大体其方はこれでいいのか!意味を見せたいと、共に海を見たいとヴラディーナめに言った、その海はこう言うのではないのであろう!?」

「確かにこれは、見せたいのとは少し違うけど……これはこれでレーナ、嬉しそうだから」

 

そう言って少し離れたところにいるレーナを見た。相変わらず、まだ話はできていないが。

 

「そなたら……ほんに全く……」

 

遠く、銀の細い笛の音のような『歌』が、波音を超えて微かに届いた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ーーさっきの『歌』は連中の最大種の、()()と同じ五〇メートル級の鳴き声だ。船団国群じゃあ珍しいものでもないが、来た初日に聞けるなんてお前ら運がいいぜ」

 

軍に接収された博物館のホールで、陽気に士官は言う。けれど集められた誰もが、頭上に吊り下げられた()()に目を奪われていた。

その巨大なーー陸上に存在するその生物よりも巨大な白骨に。

 

「彼女こそ我が征海艦隊の最大の戦果ーーと言いたいところだが、正確には自然死したのが流れ着いた奴だ」

 

この生き物の名を原生海獣(クジラ)と言う。

星暦以前より海洋をーー特に大陸とその沿岸の周りを茫漠と広がるその全域を支配してきた敵性海棲生物群。今なお海の覇権を握る海洋の支配者達だ。

それは現代の、鋼鉄の軍艦と搭載兵器群に対してさえ、人とそれを生み出した兵器。あらゆるプラットフォームが原生海獣の排除対象だ。沿岸以外の海域を、人類は今なお利用できない。交易、漁船の操業。軍艦の展開さえ、原生海獣が訪れない沿岸部に限定されて居る。

 

それは合州国でも同じであった。コロニー毎に艦隊を駐留させ、時折襲来する原生海獣を相手に攻撃を仕掛け、水上都市群を維持させていた。

しかし、それを良しとしない集団がただ一国。

 

「そんでもって俺は今回、お前らと共同するレグキード征海船団国群合同海軍、征海艦隊『オーシャン・フリート』、旗艦『ステラマリス』艦長のイシュマエル・アハヴだ。イシュマル艦長でもイシュマエル大佐でも、イシュマエル兄貴でも呼んでくれ。あ、アバヴ艦長はダメな。そいつは死んだ親父の……うちの艦隊司令だったおっさんの事だからよ」

 

原生海獣の駆逐と海の征服を掲げる戦闘艦の集団ーー征海船団を祖とする小国家群。かつて大陸沿岸全域に存在した征海氏族の、その最後の十一氏族を母体とする十一の船団国から成り、大陸で遠洋への展開が可能な艦隊と原生海獣と渡り合うための専用の軍艦ーー征海艦を有する世界有数の海軍国だ。

シンを含めた起動打撃群の面々は作戦の概要を聞くために原生海獣の骨のある博物館のホールに集まっていた。するとイシュマエルの後ろにいた彼より幾らか年下の女性が口を開いた。彼女もまた船団国群の藍碧に深紅の裏地の海軍軍服を着ていた

 

「兄上、そろそろ無駄話は切り上げて作戦概要の説明に入らないと、機動打撃群の皆様が引いておられます」

「おっ、悪い悪い。まずはうちの可愛いニコルちゃんの紹介をと思っていてな……あ、このクールな美人は俺の妹で副長のエステル大佐だ。ぜひエステルちゃんって呼んで……とと」

 

エステル大佐に無言で睨まれるとイシュマエルは首を縮めると後ろでは牡丹の花の刺青をした青年士官がホワイトボードを設置し、無言で去ってゆくとイシュマエルは端的に作戦概要を説明した

 

「さて、じゃあ作戦概要だがーー俺たち征海艦隊が摩天貝楼拠点まで送るから、お前は要塞制圧して電磁加速砲型をぶっ倒してくれ。以上!」

「「……」」

 

あまりに端的な説明にエイティシックス達は大丈夫かこの人はと言うような視線を向けていた。するとレーナが補足をした。

 

「摩天貝楼拠点は原生海獣の領域とのーー碧洋との境界線付近にあり、連邦にも連合王国にも現在、この海域に向かえる船はありません。合州国からも臨時編成された艦隊が送られてくるそうですが、モビルスーツを搭載するので移送は不可能とされました」

 

正確に言うと、臨時編成された艦隊が先に出航。その後に征海艦を中心とした連合艦隊が出撃。排水量一万トンの遠征艦と六千トンの破獣艦、対獣索敵に斥候艦と補給艦を組み、原生海獣の支配する碧洋に乗り出すのが征海艦隊だ。『レギオン戦争』以前は各船団国に一つずつ、計十一の征海艦隊がこの北の海に存在していた

〈レギオン〉戦争からこの十年で征海艦隊所属艦も本土防衛に駆り出されーー多くが撃沈され残存艦は残りわずかとなってしまったそうだが……

ホワイトボードにマグネットを付けてエステル大佐が続けた。大半が海の青色の作戦図。

 

「機動打撃群の輸送と往復路の護衛を船団国群海軍が担当します。間も無く到着する臨時編成艦隊は途中まで合同で進み、先行して目標に向かいます。電磁加速法砲は現時点で四〇〇キロの射程を持つとされ、それに対し征海艦隊の侵攻速度は最大で三〇節」

「陸者の単位だとえっと……時速五六キロだな」

「え、遅っ」

「誰だ今遅いっつった奴ぶっ飛ばすぞ。征海艦が何万トンと思ってんだ十トンそこそこの蚊トンボみてえなフェルドレスなんぞと違ぇんだぞてめぇ」

「兄上、お気持ちはわかりますが。話が進まないのでお控えください」

「オリヤ少尉、失礼ですよ」

「悪い」

「ごめんなさい」

 

エステルのレーナにたしなめられ、イシュマエルとリトは黙り、何の話だったかとエステルは少し考える。

 

「……そう、三〇節。つまり電磁加速砲型の砲撃域を突破し、摩天貝楼拠点に到達する為には直線距離だけでも七時間を要します。その間、電磁加速砲型の注意を引きつける為に、我らとは別に連合艦隊通常艦隊が二個。合州国艦隊と合流して先んじて砲撃範囲に侵入。摩天貝楼の接近拠点への接近を試みます」

 

作戦図に透明なカバーが一枚かけられるとエステルが何かを直接書き込んでいた。一つはおそらく母校から最短経路で摩天貝楼拠点に接近する航路、もう一つは一度北に向かい、そこで進路を変えて摩天貝楼拠点に伸びる航路を。それぞれ書いていた。

 

「本艦隊は陽動の出撃前に隠密裏に出港、砲撃域外縁に位置する北方、風切羽諸島にて待機し、陽動艦隊が交戦を開始した後、嵐に紛れる形で砲撃域を突破します。つまり本作戦は嵐の発生を待って実施される形となる」

「ちなみに、〈レギオン〉に海戦仕様はいねえからな。電磁加速砲型以外との戦闘は心配しなくていい……少なくとも、この十年、船団国群で海戦型が確認されたことはない」

 

イシュマエルの補足にエステルは頷く。

 

「遺憾ながら我が国は小国です。大陸北部では我が国に有用でない海戦型よりも連合王国に対してリソースを割いているでしょう」

「実際海戦型なんぞ作らなくても、こうやって干上がっているわけだしな」

「……」

 

機動打撃群は大変、反応しずらい冗談でまとめた。

 

「ですが……海上にはいくつかのレギオンの小部隊が存在します。動きから哨戒中のレギオンと思われますが、それは?」

「あ?ああ……そうか。お前さんが噂の……そいつは海戦型じゃなくて前進観測機の母艦だ。電磁加速砲型で軍艦狙うなら観測機は必須だからな。警戒管制型は海の上にはいられねぇし」

 

確かに理由は不明だが、海上に警戒管制型はいない。

大攻勢時のように陸地の上で撃てばどこかに着弾する訳でもなく、大海原の上を進む小さな軍艦にピンポイントで当てるにはレーダーが使えない以上。観測機は必須だった。

 

「まあ、その観測部隊も陽動艦隊が排除するから問題ねえ。つーか征海艦は絶対沈めないから」

 

海戦を知らぬ少年兵に細かく話しても無駄だからか、あくまでも海戦は自分達の領域であると言う自負からか。要塞までの移動については妙のあっさりと流して、イシュマエルは最前の陽気さでにっと笑った。

 

「あんたらエイティシックスが来てくれて、船団国群はホント助かった。だから……ステラマリスの名にかけて。お前達は生還させる」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

同じ頃、海岸線の岸壁でリノは海を見ていた。横にはクラウが立っており、荒れた海の波飛沫を眺める。

すると、徐にリノは転がってたコンクリートのカケラを拾うと、そのまま海に思い切り投げつける。そして叫ぶ。

 

「上の馬鹿野郎が〜〜!!」

 

そう言って叫んだらスッキリしたのか、リノはそのまま陸地に戻り始める。すると、副長を務めるクラウも同じようにやや憤慨した顔をしながら言う。

 

「仕方ないわよ…上も、そんな他所の国に……それも沈む覚悟で派遣する艦艇に新鋭艦なんて割り当てられるわけがないけど……」

 

そう言いながら海岸に戻った二人は今回派遣されることになった臨時編成艦隊の概要を思い返していた。

すると、リノはやや引き攣った顔をした。それもそのはずだ。

 

「だからって…解体寸前で野外放置だった艦を……それも側を塗り直しただけの艦艇だぞ?中見られたらどうするんだよ……」

「まぁ、そんな事ないでしょう。元々囮用だってのは…向こうも知って居るはずだし……」

 

 

 

 

 



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#65 やりたい事

派遣部隊に割り当てられた場所は、元々は大学の学生寮だった場所だ。

消灯時間を控えてセオは一人歩く。事務室らしい一室から、薄い冊子の束を抱えて出てくるリトが目に入る。

 

「……どうしたの?」

「あ、リッカ少尉」

 

少し背が伸びたかと感じた。

 

「えっとですね。もしかして残ってるかなって思って聞いたら、やっぱり残ってたんでもらってきたんですけど。今はともかく、戦争が終わったら国外からも募集はする予定だって」

「……リト、突然聞いた僕も悪いけど、思ったことを口に出すんじゃなくて、考えてから話すようにした方がいいよ」

「あっハイ。なんか最近よく言われます。えっと……ここの大学と、付属の海洋高校の資料です。基地の自習室に持って帰ろうと思って。来てない奴も見たいかなって」

 

ぱっと目を輝かせてリトは言う。

 

「て言うかあれ!原生海獣!すげーですよね本物の怪獣ですよ!」

 

そういえばハルトを含めた何人かのプロセッサーはお偉いさんがくれるアニメやら映画……特に怪獣映画は好きだったかと思うとセオは微笑ましくなる。特にモビルスーツを見てロボットだロボットだと叫ぶ仲間や、盟約同盟の軍人を思い出した。

というか、年配の自分たちですらそう言うものには結構楽しんでいたりする。

 

「つまり、原生海獣に関わる何かがしたいってこと?戦争が終わったら」

「それもいいかなーって、楽しそうだし」

「いつの間にか、色々考えるようになったよねリトも」

 

なお盟約同盟では化石を掘りたいと言ったり、其の前は空飛ぶバイクを作るとか言ってた()()()()()()()のである。

 

「あっハイ。だって俺」

 

言いさして、リトは少し考えた。

 

「リッカ少尉、リュミドラってわかります?<シリン>の背が高くて紅い髪の」

「……まあ、」

 

ーーさあ、どうぞ皆さま。

エイティシックスの末路と言わんばかりに見せつけてきた。あいつらと違うのはわかっているが……

 

「……其のリュミドラが、どうかしたの?」

「竜牙大山拠点の攻略作戦で、俺も其のリュミドラと同じ隊で。其の時まで俺、<シリン>のこと怖かったんですけどリュミドラが話しかけてきて」

 

そうえいば、リトは途中から<シリン>に怯えていなかったな。

 

「幸せに、って。言われたんです。望むように生きてって。ーーそれで俺、あいつらは……<シリン>はあいつらなりに、俺たちのこと心配してくれてただけなんだってわかって」

 

思慮深く無垢な獣のような瑪瑙の瞳。

 

「心配してもらえる。八六区ではエイティシックスはずっと、死ねって言われたけどここでは違う。連邦軍も、勉強とか面倒臭いですけれど、それもやっぱり望むように生きていいって、言われてることですよね。好きなところに、行きたいところに行けるようになって」

 

行きたい場所で。見たいものを。したい事を。戦争が終わったら。あるいは戦争が終わらなくても軍を離れて。それを。

 

「望んでもいい。ーー八六区は誇りしかなかった。他に何か、手に入れたいと思っちゃいけなかった。でも今は違うから……それが分かったから、だから俺、色々望みたいです」

 

八六区は望めなかったものを、奪われた沢山のものを。

其の言葉を、どこか呆然と聞く。

背が伸びたと思った。それだけじゃない、こんな事をいつの間にか考えて。口に出せるくらいになって。

 

 

リトもまた、八六区を出ようとして。

 

 

其のことにセオは呆然となる。

シンは、未来を望めるようになってそれが自分も嬉しくて。ライデンやアンジュ達も。続こうとしているのは気がついて。それでも良かったと思って。でも。

 

彼らだけじゃない、リトも含め大勢が。

 

戦場の外へと。

屈託なくリトは笑う。セオの衝撃に気づくことなく。

 

「何で今は色々、とりあえず見てみたいなって思ってて。……せっかく作戦であちこちに行けるし、楽しそうなの全部。集めて持って帰ろうって」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

《……<羊飼い>の制御系から、秘匿司令部の情報の読み出しを試みる、と言うこと?》

 

其のコンテナが隠されたカーゴスペース。余人には隠している停止手段の話も、二人しかいなければできるから時間と見計らって訪れたシンにゼレーネは応じる。

 

《つまり、帝室派のそれも高官が、<羊飼い>になった可能性に賭けるのね。……所在を割り出すなら他のやり方もあるでしょうに、なかなか血の冷えた事を考えるのね、連邦も》

「可能なのか?」

《帝室派高官の<羊飼い>は、確かにいるわ》

 

正直、このやり方で戦争を終えるのはあまり気乗りがしない。

 

《名前を配備先は《警告。禁則事項抵触》ーー駄目ね。これは音声にもできない》

 

ぜレーネの続けようとした言葉は無機質な同じ音声に避けられ。其のことに僅かにホッとしてしまった。

フレデリカを犠牲にしたくない。

戦い抜くと言うなら、奇跡頼りではなく戦争の終わりまで自分達の力で。

それに加えて、……敵とはいえ、戦死者の亡霊のそれも残骸に過ぎないとはいえ<羊飼い>を、単なる機械の部品のように扱いたくはないから。

 

《ともかく、連邦が求める情報は、確かに<レギオン>の中にある。制御系から情報を読み出しても、……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

記憶をーー脳内に蓄積された情報を読み出し、別の器に差し替えるのは、理論上も技術的にも不可能ではないと。

……可能ならば、いずれ。

確認しないといけないと、思っていたことが二つある。

 

《ただ、帝室派の<羊飼い>に拘らなくても探し方は他に、いくつか考えられるわ。例えば件の命令は通信衛星を経由で各本拠と総指揮官機に送信されるのだけど、衛星が破壊された場合には直近の警戒管制型がカバーに入るから……》

「ゼレーネ、其の前に……聞きたいことが、あるんだけど」

《?何かしら》

 

最初に、ゼレーネと会話していて生じた疑問。<羊飼い>と対話が可能だと認めるのが恐ろしかった理由。

彼の罪かもしれないものの、其のありか。

 

「俺の声が、あなたには聞こえている。あなたならそれを理解できる。それはーー他の<羊飼い>でも同じなのか」

 

ゼレーネは首を傾げ、ようとしたができなかった。

 

()()()。と言っても、今のように目の前で、他の<レギオン>が周りにいなければかろうじて、て言う程度だけど。……だからあなたがいるから、伏撃の位置や部隊の配属先が露呈するとか。そう言うことにはならないわよ?》

「そうじゃなくて……」

 

それでも、聞かないと。

 

「それなら、俺の声が聞こえるなら。今のあなたのように意思疎通の手段があって、時間をかければ、俺は他の<羊飼い>と話ができるのか?」

 

戦い、殺し合った。ーー葬るにはそうするしかないと思っていた。

だけど、本当は。あんな事をしなくても、穏便に言葉を交わし合って、わかりあうことができたのだろうか。

 

「俺は、兄さんと……話ができたのか?」

 

ゼレーネは暫し沈黙する。

 

《……そう、お兄様だったの。<レギオン>にされたご家族は》

「……ああ」

《そう……》

 

沈思するようなまが開く。ややあって、ゼレーネは静かに言った。

 

《答える前に、わたくしからも聞きたいのだけれど……わたくしは人間かしら?》

「それは……」

 

今度はシンが沈黙をした。前にもレルヒェに問われた言葉だ。人か否かと問われればレルヒェもゼレーネももはや人間ではない。

けれど、目の前の相手に面と向かってそう言い放てるかといえば……シンにはそれが、どうしてもできない。

 

《優しい子ね》

 

ゼレーネも察して笑ったらしい。

 

「……」

《あなたはいい子よ、できるなら仲良くしたい。そう思うわ。でもーーそれはできないの。お兄様もわたくしももうできないの。わたくし達は……

 

 

<レギオン>だから。

 

 

わたくしと会話ができるのは、拘束されているからよ。全てのセンサを封じられ、あなたが、前にいるとセンサの上では認識できない。そうでなければ人を前に、会話が可能なほど理性を保てない。ーー<羊飼い>になるのは、そう言うことよ。人格らしきものがあるだけで、破壊衝動にこそ支配された化け物になるの》

 

盟約同盟でゼレーネは、八六区の戦闘で兄は。破壊される前は優しく触れた。ーー兄の手でさえも破壊される寸前は。

 

《それはわたくしも変わらない。あなたはいい子で、仲良くしたいと思って、そしてーー()()()殺さないといけないと思うの》

 

其の時ゼレーネは僅かに殺戮機械特有の殺意を帯びた。

 

《お兄様もそれは同じ。<羊飼い>であるお兄様は、人間であるあなたを殺す以外できない。殺戮機械の本能が目の前の人間を殺そうとして、お兄様はそれに抗えない。斥候型ならまだしも、重戦車型では拘束もできない。だから、……あなたが何か、間違えたわけじゃないの》

 

ゼレーネはコンテナの中、目の前にはいないけれど、知らない誰かの優しい瞳と、目が合った気がした。

 

《そうかもしれないと、思ったのでしょう?だから、わたくしに聞いた。ええ、答えるわ。それは違う。お兄様とあなたは戦うしかなかった。お兄様を救う道も共に生きる道も、可能性さえ存在しなかった。それは<羊飼い>になってしまった時に決定してしまって……あなたの失敗や怠慢で失われたわけじゃないの……》

 

あなたのせいではない、とーー……

 

《其の時も、これからも。<レギオン>を相手にあなたができることはーー倒して、そして眠らせることだけなのよ》

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

ゼレーネに<レギオン>の本質の話を聞いたシンは、次に聞きたいことを問う。ただこれは、開けてはならないパンドラの箱のような気もしていた。

 

「ゼレーネ、もう一ついいか?」

《ええ、何かしら?》

 

思わず息を呑む。しかし、上の動きには警戒した方がいいし、何より。自分達に望んでいいと初めて感じさせてくれた相手が傷つくのはみたくなかった。

 

「単刀直入に言うが…リノは……リノ・フリッツは…

 

 

 

貴方の子供なのか?」

 

 

 

そう問うと、ゼレーネは明らかに動揺を見せつつも、それを堪えようとした雰囲気になる。これはヴィーカにも。ましてや誰にも伝えられない話だ。

 

《リノ・フリッツ……ああ、合州国の軍人の……それがどうしたの?いきなり……》

 

シンはそこで口をゆっくりと開く。周りに誰もいない今、聞くチャンスはここしかないと思った。

 

「……時々俺は、誰かに見られていると思ったことがあった。声はしなかったが、そう思った時は多々あった。

そしてそう思った時、必ずそばにいたのがリノだった……まずは、其処で疑問に思った。明らかに異質な何かが、リノを通してこちらを見ていると」

《……》

 

ゼレーネは黙って聞いていた。そこから感じる感情はわからなかった。だが、シンは止めなかった。

 

「そして、決定打なったのは。……リノは前に血液検査を、連邦で行った」

《っ!?》

 

途端、ゼレーネは焦りの色を隠しきれなかった。そこで、シンは改めてゼレーネに忠告するように言う。

 

「……そして、其の時採取した遺伝子情報から残された貴方の遺伝子情報と合致していた。

 

 

 

……連邦はとっくに気付いていますよ。彼が、貴方の息子で可能性があると……そして、もしあのまま情報を吐かなかったら、リノを人質に脅す計画もあったそうです」

 

シンはグレーテの部屋にあった盗み見した情報をゼレーネに言うと、彼女は肝がすっかり冷えた様子でシンに言う。

 

《……それで、あの子には伝えたの?》

 

それはやや震えた様子で。怯えているようにも、申し訳なく思っているようであった。

今の所、連邦は彼の監視だけで終わっているようだが。あのまま話さなければ、本当に人質にするつもりだったらしい。だから、シンにとってもなんとしてもゼレーネと話したいと思っていた。

 

「彼本人は全く知りませんし、俺はこれからも自分から伝えようとは思っていません」

《そう……》

 

しかし、これだけは伝えておかなければならない。これは彼の願いだから。

 

「ただ、彼は『母に一度だけで言いから会ってみたい』とは言っていた」

《……》

「では、また」

 

ゼレーネは沈黙する。シンはそんなゼレーネを見ていると、ゼレーネは去り際のシンに小さく言う。

 

《……ありがとう、教えてくれて》

 

 

 

 

 



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#66 合州国の軍艦

レーナの報告を受けて、ホロウィンドウの向こうでグレーテは頷く。

 

『ご苦労様。……悪いわね、ミリーゼ大佐。やんちゃ坊主達を任せてしまって』

「いえ。大佐こそ次の派遣先の、ノイリャナルセ聖教国その折衝を担っていただいて」

 

グレーテは今回は第一機甲グループに同行していない。

 

「派遣要請がひっきりなしだとは聞いていますが。まさかこんなに、どこもボロボロだなんて…‥」

 

訪れて目にした、船団国群の戦場は……今にも崩れそうな防衛戦に明らかに数の足りない兵士。海岸沿いに散らばる軍艦の残骸。もはや目を覆いたくなる状況だった。

連邦と連絡が復旧した際に連絡を求めてきたのも通りだ。船団国群には機動打撃群程度の予備戦力ですら残されていないのだ。

現在、船団国群は合州国の建設中のコロニーに国民を亡命させるプログラムを受け入れたばかりであった。

 

『流石にもう、十年だもの。終わらない戦乱に、耐えられる国ばかりではないわ』

「……」

 

余裕のある連邦や合州国、連合王国などの大国や、盟約同盟のように天然の要塞に守られて居るわけでもなく。

重苦しい沈黙を払う様にグレーテが咳払いをして言う。

 

『ところで大佐。もう一つ、報告があるのを忘れて居るわよ』

「えっ!?」

 

慌ててレーナは記憶を思い返す。

 

『ノウゼン大尉への回答は、どうなったのかしら?』

 

まさかの上官からの迫撃だ。

 

「なななな、何の話ですか!?」

『男の子をやきもちさせるのも女の子の特権だけど、だからって焦らすと嫌われちゃうわよ。実際大尉ったらすごく落ち込んでいたから。あの、』

 

言いさしてグレーテは嫌な記憶を思い出したようで、顔を顰めた。

レーナの顔は真っ赤だ、埋まりたい。

 

『人斬り蟷螂までさすがに同情を禁じ得ないって…顔でね。……そう言えばヴィレムったら、旅行に顔を出した目的の例の件は、その後どうなったのかしら』

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

海上要塞の攻略作戦を前にエイティシックス達は海に遊びに行っていた。遊ぶと言っても海水浴ではなく、海中を除いて魚影を探したり、潮溜りでカニや小魚を釣ったりしていた。忙しさを背に聞きつつ、眼前に広がる海面を岩場の端に立って言葉もなくシンは眺めてた。同じ様に目を奪われていたライデンが感に堪えないと言う調子で唸った

 

「……すげぇな。これが本当に全部水なのか」

 

そう言うと何故か猫の様に泣き出す海鳥や海岸でリトやマルセルと共に釣りをしているファイドを見るとライデンが再び海を見ながら呟く

 

「しかもこんだけの水に味がついているとか。正直信じられねえな」

「舐めてみたのか?」

「普通に塩だよ……いや、ちっとばかしこう、なんか生臭かったな。あの、名産だって言う魚の卵の塩漬け、あれを薄くした感じの。つーかお前、あれ美味いって思ったか?俺は正直、生臭くてダメだったんだが」

 

ライデンは顔を顰めながらシンに言った。それは駐屯基地にトーストに付ける物として置かれていた朱い魚卵の塩漬け。船団国群伝統の保存食だといい物珍しさに多くのものが手を出していた。シンもそのうちの一人だった。

 

「いや?特に苦手とは思わなかったな」

「…お前、本当舌バカだな……」

 

そう言うと近くで貝殻を拾っていたフレデリカが口を挟んだ。

 

「シンエイめの味覚音痴についてはさておき、あれについては好みの問題であろ。少なくとも妾は好きじゃが」

「というか、トースト以外も山ほど食べていたな」

「レディになんと言うか!た、確かに体重は増えたが!これは成長期なのじゃ!」

 

そう言うと、そんなエイティシックス達の横に一人、近寄ってくる。

 

「おや、先客かい?」

「あっ、貴方は……」

 

そこには釣具を持って、ライフジャケットを着たテオが立っていた。

 

「お主、何をするのじゃ?」

「見て分からないか?釣りだよ」

 

フレデリカの問いにそう答えると、彼は慣れた手つきで準備をする。そして、餌のついた針を持って思い切り海に向かって投げた。

 

「懐かしいなぁ、子供の頃。よくリノ達と海に行って釣りをしたか……」

 

そう呟くと、テオは竿を引いて魚を引っ掛ける。すると、竿が引き。リールを巻き上げると、一匹の魚が釣れる。

 

「ひっ?!」

 

ジタバタと暴れる魚を見て驚いてライデンの後ろにフレデリカは隠れる。そんなフレデリカを見てテオは少し笑う。

 

「ははは、そんな怖がらなくても大丈夫さ」

 

そう言うと針から魚を取った後、そのまま持っていたクーラーボックスの中に入れる。

 

「こいつは鮮度がすぐ落ちるから氷締めっていう方法で魚を締めるんだ」

「へぇ〜……」

 

そこでリトがやや興味ありげに見て居ると、テオは言う。

 

「釣りにも色々あってね……僕は、軍を辞めたら海に出ようと思って居るんだ」

「そうなんですか……」

 

そう言い、テオは今日の肴の為だと言って何匹か魚を釣り上げていた。

八六区でも、一応川で釣りをしたことがあったが、殆ど釣れなかったなと思い返すと、テオに釣りの話を色々と思わず聞いてしまった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ーー卿の事だ。指揮官たるもの、任務を優先すべきだと考えたのだろうが、ミリーゼ」

 

臨時のオフィスで開示可能な最近の戦闘記録を見ていたレーナにヴィーカは嘆息する。

 

「別に息抜きに海で遊ぶくらいは構わないだろうに。俺が行かないのは単に何度も見たから珍しくない。と言うだけだぞ」

「連合王国最北の国境、雪禍連山の北縁の断崖の下がそのまま海でして、冬には氷で埋まる海です。壮観ですぞ」

 

いつも通り控えるレルヒェは補足すると、レーナは苦笑する。

 

「いえ…海はつい見てしまいましたし。この後の作戦でも見ますけど……自分から見に行くのは、次は戦争が終わってからにしようと思って」

 

海を見せたいと、シンに言われた。その願いに自分は応じた。

だからーー告げられた想いには未だ応えられていないのだから、せめてその願いくらいは……

 

「戦争が終わったら見に行こうと、そう言われて。その約束は守りたいので」

 

ふん、と鼻を鳴らしてヴィーカに、笑みを消して向き直る。

 

「ヴィーカ、確認したいことが……」

 

戦況の混乱もあってか戦死者と戦闘の規模があっていない。

そして、目撃証言の増えて居る回収輸送型。本来は後方に居るはずなのだが……

少なくとも連邦ではそのようなことは確認されていなかった。

 

「連合王国では、どうでしょうか?それと、()()から聞いたと言う〈レギオン〉の戦略変更も」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ーーそろそろか……」

 

街の外れで、その時を待っていたリノは遠くからやって来る複数の影を眺める。

空に浮かんでいるのは……軍艦だ。多数の砲塔に銃座を持ち、ミノフスキークラフトを搭載する合州国海軍特有の艦艇だ。

 

「こんなガラクタばかりの艦艇で…よくも……」

 

そう呟くと、街の方からざわつく声が聞こえ始め。何事だと驚いた声が上がっていた。

今回、船団国群に派遣する為に臨時で編成された、廃艦寸前のオンボロ艦で組み合わせた艦隊だ。MS輸送と、囮としてこの船団国群に来ていた。

オンボロとは言え、他国に囮用の艦艇を送れる余裕がある時点で、合州国は異常なのだろう。駐屯地には多くの合州国製の武器が並び、中にはM61A5の姿もあった。彼らに取って貴重な機甲部隊であるM61A5は、今後さらに送られることになっていた。どうせ、一年戦争前の旧式だ。いくらレギオンに鹵獲されたところで痛くないのだろう。

 

「さて、挨拶にでも行きますかね……」

 

そう呟くと、リノは着陸する場所まで移動し始めた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

意外と、あっさりたどり着いてしまった。

一年前、電磁加速砲型を倒す為に死地に派遣された時の事を思い出す。その時思い浮かべていたのは、こんな北の海ではないが……

初めて海を見た時の感想は、ぽっかりと意識に穴が空いたような空虚さだ。

目標をしていたものをなくして、立ち尽くすときにも似ていた。

 

だって自分は何も変わっていない。

 

八六区を出て、それきり何も変わっていないのに。見たことない景色にくるだけ来てしまった。それが、ただ虚しかった。

足を止めていても……何も変わらなくても、流れに乗って仕舞えばここまで来れた。

今思えば二年前、連邦に保護されてエルンストの屋敷に招かれたときもそうだが……

目の前の海は青黒くて如何にも陰鬱で、風は冷たくてどこか嘲笑われて居るようだ。

初めて見た海だと言うのに……かけらも美しくなかった。

久しぶりに意識した、八六区で染み付いた認識。

 

人間なんて、この世界に必要ない。

 

いっそ意地が悪いくらいに世界は人間に対して無関心だ。

それをなんだか、思い知らされたような気がした。

居た堪れなくなって、踵を返して街に戻った。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「戦場の外の街は平和って思っていたのだけれど……」

 

そう言ってアンジュは基地の食堂のおばさんに言われて船姫の祭りが行われているという街に向かった。船姫の祭りは征海船団に属する船の艦首像に宿る精霊を祀る祭りで造船所のある街で合州国でも似たような物が行われていると言う。

 

アンジュは街を歩いた時に荒廃感を感じていた。

土埃に傷んだ建物。割れた舗装に立ち枯れた街路樹、建物の機能としては成り立っているが、補修が行われていない様子だった。

走り回る子供達も繕いの古い服を着ており、祭りなのに乏しい出店とささやかな合成品の菓子類。乱立する様に立ち並ぶ避難民のプレハブ住居。

 

小国ながらに十年〈レギオン〉と戦い続けてきた船団国群の、これがその代償。

 

「連邦などの大国が特別だったのね……他の国はもう、とっくに限界で……」

 

戦い続ける力も本当は無いのに、それでも生き延びるためにあらゆる物を切り詰めてきたーーその果てに力尽きて、虚しくすり潰されて消滅する。

その現実を、今更のように思い知る。

 

「ーーでも、お祭りはするのですね」

 

傍ら、同じく祭りを見たミチヒがポツリと言った。

一輪一輪が慎ましいながらもとにかく大量の花。せめてこれだけでもと持ち寄ったのだろう。それでも歯を食いしばりながら、どこか必死に笑いながら営まれる民族の祭り。

 

「私はお祭りなんて、何も知らないので。ーーだって、受け継がなかったのです。故郷なんて覚えてなくて、家族は皆死んでしまって。だから寂しい以上に、ここにいる皆さんは羨ましいです。誰もがこんなに苦しくてもやらないといけないと思えるほどに、大切なものを持っている事に……」

 

 

大切なもの。何をおいても執着するものーー己の形を規定する何か

エイティシックスにはそれは唯一抱えた、戦い抜く誇り以外には……未だ何も。

 

 

 

 

 

その時、遠くから轟音のような音が聞こえ、街を覆う様に大きな影が現れた。耳に轟く轟音は、思わず塞ぎたくなるほど大きかった。

 

「あれは……」

 

その影に塗装されたマークを見て、アンジュ達はその国の底力を感じた。

 

 

合州国

 

 

レギオンと十年以上戦争をしていながらも、連邦以上の国力を残す巨大な国家。

まだ、ハルトやレッカしか仲間の間では行ったことがないと言う。最も身近だが最も知らない国。

 

だけど、街を覆うほどのこの巨大な建造物を見て、その力を見せつけられているような気分だ。

確かに、こんな大きなものを見せつけられたら。船団国群が合州国の亡命プログラムに乗るのも理解できた気がした。

 

 

 



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#67 同じ境遇

一旦は海辺にいたが街に戻ったセオだったが身の置き所がなかった。小さな街なのに人はやたらと多く、その奥が自分やあの兄妹などと同じ翠緑種の血筋だ。元々大陸南部の沿岸地域にいた一部の翠緑種が原生海獣を追って移り住んだのが船団国群だった。だが、ここに血族や知己はいない。当然、この祭りも知らなかった。

 

人の世界の外側ーー八六区と同じ、人でないものが支配する場所に。

己と仲間だけを頼りに、戦場に生きる。

それはつまり、己以外に拠り所がないと言う事だ。

そのことは八六区を出た時に何度か自覚していたーーだが、なぜか痛かった。

 

戦争を終わらせる手段があると知り、それが現実のものとなると意識させられたせいでもあると思う。

だが、それ以上に最初にハルトとレッカが。続いてシンやライデンやリト、アンジュ。それにダイヤやカイエも……自分の知る大勢の皆んなが未来を目指して進み始めていた。

 

 

怖い

 

 

何が自分にとっては希望なのか、それとも未来なのか。それすら分からないのに得られるとも思えず、どうして良いか分からなかった。自分を追いかけて来る影から逃げる様にフラフラと歩き回っているといつの間にか基地に戻って征海艦のドックに入り込んでいた。

 

 

 

征海艦のドックに入ると〈ジャガーノート〉とは比べ物にならないほどの大きさの格納庫にキャットウォークと同じ高さにある艦橋に改めてその大きさを知った。海中に潜み、襲いくる無数の敵のーーそれこそ〈レギオン〉のような無数のーー原生海獣を探知するための対海獣哨戒機と、その露払いを担う艦載戦闘機を遠い碧洋へと運ぶ海上機動基地のその勇姿。

海中に潜む原生海獣の群れを探知し、また迎撃するには艦船自身のそれに加え、哨戒機の音響探知装置が欠かせない。そして、哨戒機の運用の為には碧洋の空を塞ぐ原生海獣の最大種、砲光種を戦闘機で吊り出し、排除する必要がある。

 

原生海獣との闘争の、先陣にして要であるのが、征海艦だ。

港には見たことの無い軍艦が所狭しと並んでおり、識別マークからそれが合州国から派遣されてきた艦隊なのだと理解できた。船団国群のように原生海獣を倒すのか、など考えていると艦橋に掲げられた女性の像を見ていた人が振り返った。

金髪の髪と翠緑の双眸。藍碧の軍服に焔の鳥の刺青。イシュマエルであった。

 

「……あれ?坊主、機動打撃群の」

 

間が空いた。

 

「…………………………えっと」

「僕の名前ならリッカだけど」

「おう、わるい。俺ら相手を刺青で見分けってから、顔だけだといまいち区別つかなくってな」

 

そう言われ、セオは刺青を怪訝に見ていた。民族ごとに違う刺青。どうやら民族の特徴らしいが、セオの目には大体同じに見えた。それを見ているとイシュマルはさらに声をかけた。

 

「他の連中と一緒に海に行かねえの?共和国も連邦も今、海がねえって聞いているけど」

「行ったよ。でも……飽きちゃったから」

「街で祭りをやってるけど、そっちは?」

「……別に」

 

なぜかイシュマエルは苦笑した。

 

「お前さん、翠緑種だよな。どこの出なんだ?共和国に移民する前のご先祖は」

「……?厳密には色々、混ざっているらしいけど」

「あー誤差誤差。そんな事言ったら誰でもそうだろう。そう言う純血なんかはお貴族様だけで充分だ」

 

例えばミリーゼやヴィーカなどがそれに当てはまる。

 

「南の、エレクトラってとこ……二百年くらい前だと思う」

「じゃあ、俺らと似た感じか……ざっと千年前だけど、おかえり坊主」

「……」

 

まるきり、冗談の口調だった。

思わず無言で反発をしてしてしまった。

この人は同じ色をして居るだけの、何の関わりもない他人だ。この国は同じ祖なだけで、祖先の故郷ですら無い土地だ。

何より、自分にとっての同胞は同じ戦場で戦い抜いてきたエイティシックスの仲間たちだ。

するとイシュマエルは飄々と肩をすくめていた。

誰かに似ている、そんな気がした。

 

「そう言うとこだぜ。どうにも、揶揄いたくなっちまうのはさ……毛ぇ逆立った猫みたいだぜ。お前さんに限らず、エイティシックスって奴はさ。仲間だけで固まって、壁作って片っ端から周りの人間弾いて……まあ、そうでない奴もいるがな」

 

そう言って笑うとイシュマエルは突如手を振った。視線の先にはリノの姿があった。

 

 

 

 

 

初めて出会った外国人のリノとエリノラ。今回、エリノラは上からの命令で本国に移動する事になり、この船団国群の任務より合州国の部隊から居なくなっていた。あの時は亡命を提案されていたが、何の望みもなく。誇り高く死ぬ事を目的に生きていたから当然のように断った。

 

だけど、ハルトは大怪我をし。レッカも共に合州国に亡命するとなった時、二人には自分達から合州国の記憶を持ってきて欲しいと言った。良い土産話を期待していると……

 

 

 

しかし結果として、自分達は生き残った。そして、一年ぶりに二人と再開した時。自分はハルト達の変わりように驚いた。

 

『お前らにも聞かせてやりてえ話が山ほどあるんだ!!』

 

その目は希望が宿っており、二人はやりたいと思った事。自分の人生をより華やかにする方法を、合州国で見つけたようだった。特に最近は戦争が終わるかもしれないと言う事で、ハルトとレッカは託された望みを叶えると同時に国中を回ると言う夢を語っていた。

 

『俺は合州国で学んだ。世の中は知らない事ばかりなんだって……ある意味で思い知らされたような形だったけど……でも、それが面白いんだって…俺は思った』

 

ハルトは…自分達の仲間は今いる場所よりもずっと遠い場所にいた。そして、その場所にシン達も追いつきつつある。

 

それが少し…羨ましかったのかもしれない……

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「お前、焦ってんだろ?」

「え?」

 

横にやってきたリノから言われ、一瞬ギョッとなる。イシュマエルは用があると言って居なくなっており、リノとセオは大勢の人員が走り回る港湾施設の端っこで話す。すると、リノは軽く微笑むとセオの頭をポンポンとまるで子供のように叩く。

 

「やめてよ……」

 

思わず睨み返してしまうと、リノはやや申し訳無さそうに手を引っ込める。

 

「ああ、すまん。お前を見ていると孤児院に居たある子を思い出してな」

「孤児院?」

「あっ、言ってなかったか?俺達は元々孤児院育ちなんだよ」

「……初めて聞いた」

 

すると、リノは懐かしむように口を開く。

 

「十年以上前の話だ。戦争が始まって……孤児院に多くの孤児がやって来た。そんな中、孤児の中に焔紅種の奴がいたんだ」

 

焔紅種、それは帝国ではよく見かける人種だが……

 

「その時は敵だった帝国の象徴みたいなもんだったからな。施設にやって来た途端に虐めの対象になった……同い年だったが、それは酷いもんだった。石を投げられる事もあったか……」

 

そう言うとリノは煙草の箱を手に持つと、一本進めて来る。

 

「居るか?」

「……要らない」

 

リノはつまらなさそうな顔をする。

 

「釣れねえなぁ……少し試そうとは思わんのか?」

「…体に悪い」

「……そうかい…」

 

至極真っ当な理由を言われ、リノは大人しく煙草を片付ける。

 

「それで、俺も謎の正義が働いて、その孤児の虐めた相手を殴り飛ばした。そんで、その後に声をかけた時になんて言われたと思う?」

「さあ?」

「『なんで私を助けた』ってな。拒否られたもんよ…」

「……」

 

対して興味のない話を聞かされたもんだ。なんで自分が……

 

「まぁまぁ、どうせ暇だろ?黙って俺の話を聞けよ」

 

心を読んでいるかのようにリノに言われてセオは話半分にリノの話を聞く。

 

「それでも、虐めは終わらなかったから心配で何度か会って居るうちに次第にその子は心の内を打ち解けるようになってよ。今考えたら素直になったもんよ……」

「そうなんだ……」

「ま、それで孤児院で歩かれる年齢が近づいてきて進学が就職かって言われた時に俺は軍に行くのを決めた。そんで持ってその子も俺と同じ軍の道を歩くことにした。まぁ、俺としては軍以外の道を進んで欲しかったんだが……」

 

そう言うと、リノはどこから持って来たかわからないチョコバーを手に取るとそのまま齧り出す。

 

「それで、その子と友人引き連れて士官学校に入って……それで訓練を終えた後に俺は前線。その子は後方に就職が決まり、俺が初任務に行く前にその子と約束をしたのさ。婚約の話をな……」

「……ん?」

 

婚約……あれ?リノの婚約相手といえば……

 

「ねえ、もしかしてリノの言って居るその子って……」

 

すると、リノは立ち上がってセオに余っていたのだろうチョコバーを投げ渡す。セオはそれを受け取ると、有り難くポケットに入れる。

 

「まぁ、そんな所だよ……」

 

そう言い去ろうとした時、リノはセオにやや厳しい視線を向けると言う。

 

「…あんまり甘えるなよ…八六区に……」

 

そう言い残すと、リノは港湾施設の喧騒の中に消えていった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「話は終わったか?」

「あっ、えっと……?」

 

リノが去り、セオは貰ったお菓子をどうしようかと思っていた矢先、イシュマエルが現れた。

用事があると言って離れていたはずだが……

 

「あの合州国の兄ちゃん。えっと名前は……」

「リノ」

「おーそうそう、リノ・フリッツ。合州国の〈戦果呼び〉」

「……〈戦果呼び〉?」

 

聞きなれない異名に首を傾げると、イシュマエルは話す。

 

「さっき着いた合州国の連中が言ってた話だ。彼奴の行く先々でデカいレギオンの部隊が現れるからそう言われてんだとよ。レギオンの裏切り者じゃねぇかって噂して居る奴もいたしな」

「……」

 

セオは話していて気分が一気に悪くなった。リノが裏切り?何を言って居るんだ。

脳内に疑問が生まれる中、イシュマエルは別の話題を振った。

 

「まぁ、そんな訳ねえと俺は思って居る訳だが……」

 

するとセオはそこでふと、どうせならと話のタネも含めてイシュマエルに聞く。

 

「……そう言えば。外の祭り、あれは何なの?」

「ん?ああ、船姫の祭り。征海船団の、船の神様の祭りな。この街だと魚雷艇の……」

 

イシュマエルも嫌な話だったのかすんなりと乗ってきて、技術面で消滅した軍艦のカテゴリを口にしてーー首を傾げた。

 

「…………何だったかな?」

「ええ……」

「いやだって、……俺この街の出じゃないし」

 

見上げた先、イシュマエルはセオを見ない。

 

「聞いてねぇ?……聞いて居る訳ねえか。戦争が始まってすぐ、構成国を一国丸ごと放棄して防衛陣地にする為に俺たちは最初に国を捨てた。そのうちの一つが俺の祖国。クレオ船団国」

「……あ、」

 

話半分に聞いていたが。祖国を奪われた人の言葉でようやく、()()()に思い至る。

それは丸切り、〈レギオン〉の侵攻時に国土の大半を放棄し、八六区という戦死者ゼロの戦場を作り出した共和国に……

するとイシュマルはパタパタと手を振った。

 

「…… そんな顔しなくても、お前らほどやばい事はされてねえよ。銃で脅されたわけでも、何も取り上げられちゃいねえ。持てるもんは持ってこれたし、逃げた先でも特に差別はなかった。まぁ、住むところは仮設だったが、苦しいのは同じだ……うちの艦隊司令なんか征海艦と艦隊一個、丸々持って逃げたわけだしな」

 

冗談まじりに言って笑う。その艦隊司令といった人も、そうだ、といっていた。そいつは()()()艦隊司令の名前だから、と。

死んだ。……おそらくは戦死した。イシュマエルと同じ刺青をした人はこの基地にだっていない。艦隊司令以外もしかしたら…いや、もしかしなくても彼以外はもう。

全員。

……持って居る訳じゃなかった。

それどころか自分達と同じだった。

故郷も、家族も、伝統や文化も、何もかも奪われてしまった自分達と。

 

だから。

もしかしなくても自分と境遇が同じエイティシックスを……心配してくれて。

 

「ごめん。……それと、その」

 

リトの言葉が蘇った。心配してもらえる。八六区以外では、自分達も。

その通りだった。

それもエイティシックスと似た境遇のーー誇り高い人に出会って。

 

「……ありがとう」

 

それは闇の中、まだ遠いけれどもポツリと灯った灯りを、目にしたような気分だった。



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#68 オンボロ艦隊

「なんつーか、…ちっと割れてきちまったな」

「……そうだな」

 

いつの間にかセオがいなくなり、祭りに興味を引かれたアンジュはともかくクレナも海に来ていない。当然ライデンやシンは気づいていた。

海を見たくなくてこの海岸にいない者、人の集う街に居づらくてここに居る者。初めて見る海や合州国の空飛ぶ軍艦に大興奮の者。知らない街や祭りを見にいった連中と、それぞれ入り混じって、けれどそこに、断絶がある。互いに何かを違えてしまって居る。

最後まで戦い抜く。血でもなく誇りを絆とした、その誇りを持って同一であったエイティシックスに、……いつの間にか分裂が生じて居る。

 

「だからってお前、気にしなくても良いんだからな」

「置いてくとか、見捨てるとか、そう言うんじゃねえ。そいつのペースト選択があるだけだ。だから、お前が何選ぼうが、他は気にしちゃいないんだよ」

 

事実、シンとレーナの恋愛事情に突っ込む輩は今のところいない訳だし。

 

「……わかってる」

 

この声は理解して居るが、納得はしていない時のそれだ。

 

「けど、そう言って放っとかれるのも辛いなら。俺は随分助けてもらったと思うから、その時は、」

 

思わずライデンは苦笑する。むしろ、まだそんな事言っていたか。この馬鹿。

助けられたのはむしろ、これまでずっと。

 

「そいつはもういいよ。…… もう充分だ、我らが死神」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「「乾杯」」

 

祭りの行われて居る街のバーの一室でリノとカイエは互いに開けたばかりの地ビールの入った瓶を飲む。

作戦が始まるまで暫くある上に、地ビールが好きなカイエに合わせて酒を飲んでいた。

エリノラがいない事にやや寂しさはあったものの、それでも二人は楽しんでいた。

 

「ぷはっ!あぁ、上手いな……」

「ああ、何でも届いたばかりの物らしい」

 

そう言い、地ビールを飲みながら肴を楽しんでいると店の店主が追加で注文したビールを持って来ながら言う。

 

「お二人さん、いい飲みっぷりだねぇ。何かいいことでも?」

「あぁ、美味いビールにうまい肴。これで気分が乗らないわけあるまい」

「ははっ、それもそうか。そいつぁ、いい事だ」

 

そう言ってビールを置いて、奥に消えていくとカイエはリノと話す。

 

「しかし、エリノラが後方に異動するとはな……」

「まぁ、上の考えて居ることなんて分からんよ」

 

そう言い、リノは一本を早速飲み干す。国に来た途端酒を探し始めていたカイエは相当な酒カスな気もするが、こうしていい酒場を見つけれくれるのはありがたかった。酒は飲める時に飲んでおいた方が言い。

すると、カイエはリノに昼間の一幕を言う。

 

「そういえば昼の軍艦。あれは凄かったな」

「ん?あぁ、あの艦隊か……」

 

すると、リノはやや気分が落ちながら言う。

 

「何、あんなのオンボロの艦艇ばかりさ」

「そうなのか?」

「ああ、当たり前だろう」

 

そう言うと、リノは呆れたように吐き捨てる。

 

「一線級なのはカイラム級とサラミス改級だけで、後はレパント級やマゼラン改級の一線を退いた……レパント級なんて一年戦争時にガラクタと化した艦艇だ」

 

そう言い、送られてきた艦隊の編成を思い返す。

今は追従してきたコロンブス級が補給を行って居るはずの艦隊は旗艦のラー・カイラム級一隻。それとマゼラン改級一隻、それとサラミス改級二隻。それから、囮用のレパント級ミサイルフリゲート六隻だ。

特にレパント級はミノフスキー粒子の登場で一年戦争序盤にガラクタと化してイラナイコ宣言を受けていた。

艦艇も全てミノフスキー・クラフトが艦底部に装備され、出航準備が進められていた。

 

「はははっ、そんなに艦艇を他国に送れる時点で国力の差を感じるよ……」

 

少なくとも囮艦として六隻も艦艇を派遣するのは相当余裕があると言う訳だ。確かに、その点は認めるが……

 

「一部のモビルスーツは運べないから地上に残していく予定だ」

「まぁ、戦車を征海艦に乗せてもね……」

 

そう言い、カイエはふと船団国群の駐屯地に停まっていたM61を思い返す。何でもあの車両は戦前に合州国から格安で売ってもらった戦車だそうで、古い履帯式……と言うかそもそも合州国はフェルドレスを開発していなかったから仕方ないんだが……。格安で手に入れた戦車は船団国群の貴重な機甲戦力として、この十年を戦い続けていた。そして、また今度合州国からここに余剰となったM61が送られてくるそうだ。その貨物は帰りに船団国群からの避難民を乗せて……

 

「さっきニュースで見たよ。合州国で建設中のコロニーに船団国群の国民を移住させるって」

「ああ、政府としてもサイド7は〈レギオン〉戦争が始まった影響で工事が中断していたからな。何とか完成させたい気持ちがあるんだろう。予定ではサイド8まで作る予定だったからな」

 

そう言うとまた一本ビール瓶を飲み干す。

 

「だから送られるサイド7は避難民の亡命政府で構成されるから完全な自治権が与えられる可能性がある。国民には他国の人間だからと言って黙らせて自治権の主張も抑え込む気だろう……言っちゃあ悪いが、合州国にとっては資材さえ送れば後は工事を勝手に進めてくれる。都合のいい労働者って所だな。それこそ…サイド毎の独立闘争など、とうの昔の出来事だしな……」

「おーおー、人聞きの悪い言い方で……」

 

そう言い、カイエも同様にビールを飲んでいるとリノはカイエに一つの箱を渡す。それは厚紙で覆われたえんじ色の箱だった。

 

「これは?」

「シンとレーナ用に前に買っておいたやつだ。いつシンに返事があるか分からんからな。返事があったら、こいつを渡すつもりだった」

「あぁ、前に言っていたやつか……」

 

そう言って箱を見ると、リノはカイエに言った。

 

「俺が渡せない場合は、カイエから渡してもらっていいか?」

「ああ、分かった」

 

そう言うと、カイエは頷き。リノもややほっとした様子をしていた。

結局、二人はこの後夜中まで飲み明かしたとか何とか……

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「距離も数も、離れてるからざっくりだと言うけど、これだけ分かってりゃ随分楽になるな。陽動の連中も、もちろんうちも」

 

大学の建物を接収した。元は礼拝堂だった場所がブリーフィングルームだ。因みにリノもいる事には居るのだが、酒臭くて敵わんと言う事で部屋の端に追いやられていた。

ステンドグラスの光が入るそこで大テーブルに地図を広げてイシュマエルは破顔する。観測機母艦の数と大まかな配置を、シンが確認して記した海図。

 

「例の代わりに、帰ってきたらいっぱい奢るぜ大尉。船団国群伝統の、海産物の干物でも肴にさ」

「……」

 

海産物という時点で、何をするのかを察し、変わってセオが突っ込む。

 

「艦長、それってあれでしょ。地元の人が旅行者から買う系の珍味とかでしょ」

「そんなこたねえよ。……原料の生き物が、ちょっと見た目が面白いだけで」

 

随分打ち解けて居るなとリノは思う。エイティシックスとイシュマエル達征海氏族達は。

船団国群の軍人も街の人も、気のいい人が多い。そのせいか、もしくは。似たような境遇だからか……

 

「あ、今夜の夕飯は期待しとけよお前ら。ちょうど祭りの季節だし、お前らがきてくれて助かったんだからって、厨房のおばちゃん達、張り切ってっから」

 

そう言い、イシュマエルはブリーフィングルームを出て行く。それを見送った後、レーナは幕僚や大隊長達を見回す。

 

「それでは。……私たちも始めましょう」

 

レーナはそう言うとホロウィンドウに映し出した。

 

「これが摩天貝楼拠点の最新映像です」

 

そう言って立体映像で映し出された地図は鉄骨の骨組みだけから成る、どこか生き物の死骸のような、それでいて巨大な海上の要塞。

 

「最上部までの高さは。推定一二〇メートル、七基の塔が、中央に本棟が一つ、それを支える柱が六つ。内部は十から十二ほどのフロアに分かれており、ここにジャガーノートの三個支隊を投入、攻略します」

 

ステラマリスに搭載可能なジャガーノートは一五〇機ほど。あまりの機体は地上にてお留守番となった。

 

「リト・オリヤ少尉、レキ・ミチヒ少尉。貴方達は陸上に残ってください。貴方達は船団国群の全線の機動防御のため、前線後方に拘置とします」

「俺とミチヒ、攻略に行くんじゃないんです?それに、機動防御って……」

 

すると、リノがその疑問に答える。やや、酒臭いがさっきよりはマシだった。

 

「こっちが海で暴れ出したら、陸上で〈レギオン〉が動く可能性がある。船に乗せられないMSと戦車も置いていくから一定の戦力を残しておきたいのよ」

 

二人は顔を見合わせて、そういう事ならと頷いた。

 

「了解なのです」「任せてください」

「敵編成の変更がある可能性があります。即応できるよう備えておいてください」

 

チラリとヴィーカが視線を寄越した。

 

「連邦に追加の弾種を頼んだのはそれでか。アルカノストもこの作戦では俺が指揮する斥候以外は防衛線配備だな?ザイシャを指揮官に残していくから、合わせて使ってくれ」

 

輸送量に限界がある以上、総合的な戦闘力で勝る〈アルカノスト〉を地上に置き、〈ジャガーノート〉を要塞戦力とし送る必要がある。

すると続いてシンが口を開く。

 

「目標となる羊飼いは聞き取れる限りでは二機。電磁加速砲型と、拠点が工廠だとーー自動工場型だというならその制御中枢と見て良いと思います。ここからは距離があるので数しかわかりませんが、近づけば正確な位置も知れる。レルヒェたちを斥候に、俺が先導するので問題ないかと」

 

グレーテを経由して西方方面軍から言われた、無茶な作戦。

 

「敵情分析の為に可能なら制御中枢を奪って来いと指示が出ていますが、無理はしないでください……優先度は低いと私は判断します」

 

シンは一瞬沈黙し、怪訝よりも先にいつもの冷徹さで頷いた。

 

「了解」

 

 

 

 

 

ブリーフィングが終わり、各々出ていく中。レーナとリノは海図を見ながらリノが指を指す。

 

「今回、先発するフリーゲート艦は囮として摩天貝楼拠点に向かう。超射程の無誘導ロケット弾を搭載して居るので、観測機母艦の撃沈くらいは出来ます」

「分かりました。先遣隊として、フリゲート艦隊を送るということですね?」

「その解釈で構いません」

 

そもそも囮用ですしお寿司。このレパント級は先遣隊として出た後に無人航行で観測機母艦の撃沈を目的に作戦行動を行う事を主任務としていた。

 

「では、自分もこれで」

「ええ、作戦までに酒を抜いておいて下さいね?」

 

レーナに冗談まじりにそう言われてしまった。恥ずかしい……

 

 

 

 

 



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#69 嵐

その日、西方方面軍司令部では。リヒャルトが撮影された映像をまとめた資料を眺めていた。

 

「……」

 

写真に写って居るのは何かのプラントの様で、周りにはモビルスーツや攻撃ヘリが巡回をしており、物々しい雰囲気を出していた。

すると、ホログラムの先でグレーテが話をする。

 

『先日、()()()()()の場所で撮られた写真だそうよ。情報部によれば、そこのプラントからパイプラインが伸びていて、合州国本土の貯蔵庫に送られて居るらしいわ』

「……では、このプラントは何かを精製していると言うことか……」

 

プラントはガスタンクのような物が建設されており、地下から何かを組み上げて居ることしか分からなかった。

 

『確かなのは、合州国が共和国の許可なしに地下資源を採掘して居る…と言うことくらいしか……』

 

しかし、戦前の情報によると。ここの地下には大規模なヘリウムが埋蔵されて居る可能性があった。

 

「合州国の目的は、この地下に埋まって居るヘリウムの採掘か……」

 

ヘリウム……合州国においてヘリウムと言うのは重要な資源だ。何故なら……

 

『合州国の持つ核融合炉に、そのヘリウムが使われて居るから?』

「一般的に考えてみればそう言う結論だろう。……しかし、共和国が気付いた様子は?」

『今の所は無いわね。それか若しくは…既に取り込んでいるか……』

「……」

 

聞いていて気分のいい物では無い。しかし、核融合炉の実用化すら漕ぎ着けていない連邦に、この資源はただの場所取りにしかならない無用の長物。

ただ、見て居ることしかできない事実に。リヒャルト達は歯痒い感情が脳裏をよぎっていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「……もう直ぐか…」

 

現在はラー・カイラム級の格納庫の中に収容されて居るハミングバードの中で、リノは息を整える。作戦時間に合わせて寝起きして居る影響で早朝も早朝、まだ日の上らない時間にリノは目を覚ましていた。搭載スペースと、別の装備を持つために、クラウだけはステラマリスに乗艦している。

甲板に露天繋止されて居るそれを確認しつつ、リノはその時を待つ。

 

現在、リノ達が乗艦して居るのはラー・カイラム級機動戦艦の〈アレグランサ〉であった。艦長とは既に挨拶を済ませていた。随伴するマゼラン改級やサラミス改級二隻でも全モビルスーツを搭載できず、ジムやロト、一部ジェガンや戦車は地上に置いていく事になった。

因みに、エリノラの乗っていたガンダムは既に回収され、本国に戻されていた。次に乗る者がいない限り、あの機体は解体される事になるだろう。

 

 

 

マゼラン改級は元は宇宙戦艦。レギオンザク……装甲が圧延鋼板と複合装甲の為、ビーム兵器で簡単に破壊できるから、皆でボロザクやら見た目から銀ザクやら散々な言われ用のモビルスーツの劣化版の攻撃にも耐えられるだろうと予想していた。

 

元々博物館にあった核融合炉を抜いたレプリカのバックパックを装備した機体を鹵獲し、真似できる部分は全て真似て生産をしていた。

連合王国で見たレギオンザクは腕部を取り外し、戦車型の砲塔を横にした物を取り付け、発射レートを稼いでいた。

 

現在レギオンザクは完全再現し、ヒートホークを装備したタイプと戦車砲を搭載したオリジナルの二種類に分かれていた。物量に物を合わせて砲撃を行いながら接近。怯んだ後にヒートホークを持った機体が接近して接近戦で両断していた。

やはり腕部のパーツは生産が大変なようで、見かけるのはほぼほぼ戦車砲を取り付けた急造品だった。

 

『リノ中佐、』

 

コックピットで目を閉じていると報告が入った。カイラム級の艦長だ。

 

『嵐が来るぞ』

 

ようやっと待ち侘びた報が届いた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

港では多くの人間が行き交っていた。派遣された艦隊の、補給艦からロケット弾の補給を終えたレパント級四隻は準備を行う。

 

『プログラムの順番、完了しました』

『出港準備完了しました』

 

中身は剥がされて何もないレパント級、武装と機関の類以外はほぼ全て取り除かれており、センサーも旧式のままであった。

花嫁に行く前のように塗装し直された船体の中には自爆用の爆弾が満載になっており、レギオンによる鹵獲を防いでいた。最悪、機関部の核融合炉を暴走させれば良いので、そこは搭載されたMSに任せるしかない。炸薬が山積みなので当然、砲撃を受ければ爆発する仕組みであった。

この艦隊の任務は観測機母艦を撃沈し、艦隊の進路を啓発する事だ。その為、レパント級の特徴を活かした長射程のロケット弾による飽和攻撃と先遣隊として先にミノフスキー粒子散布を行うはずだ。降着装置が畳まれ、レパント級は離陸していくとそのまま後部のロケット推進ノズルが起動する。

 

その様子を見ながら、艦橋で帽子を振る。その艦に人の乗って居る気配はない。だが、最後の任務を全うするために出航していくのにそこに人の有無など関係なかった。

 

 

 

 

 

「ーーこれは…」

 

ステラマリスの甲板に出て出航していく合州国のフリゲート艦を見送る。六隻のうち四隻が出航して行き、先遣隊として先に摩天貝楼に向かう。残りの二隻は主力艦と共に移動を行う予定だった。

そして、その出発していくフリゲート艦から、シンは声が聞こえた。

 

 

……高機動型と同じ、数字の羅列のような声が……

 

 

「まさか……」

 

シンは出発していく艦隊を見送りながら内心驚いていた。合州国は、無人兵器の開発に成功したのかと……

そして、先に出発して行った艦隊を見送った後。シン達を乗せたステラマリスも闇夜に乗じて出航していく。

遠くには、燃料ギリギリで飛行し、そのエンジンノズルから僅かに光の漏れるレパント級で構成された艦隊を見ていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

闇夜に紛れて出航していく艦隊を見て、街から深夜だと言うのに人々が見送る。

灯火管制や無線封鎖が行われており、エイティシックス達も甲板に上がっていた。遠くには港街にいた住人が一言も発さず、静かに手を振って見送る。隠密の出航なので、〈ステラマリス〉が汽笛を鳴らすことも無い。

その光景が妙に、印象に残っていた。

 

 

 

 

 

夜の短い高緯度地方の夏の夜陰に乗じて接近するため、征海艦隊がそれぞれの港を発ったのが作戦前日の夜。

母校から北東に位置する摩天貝楼拠点に真っ直ぐ向かうのではなく、北上して集結地点である風切羽諸島で合流。海鳥程度しか棲め無い岩の小島の中、海水に侵食された断崖の影にそれぞれ隠れて作戦開始までの一日を息を潜めて待機する。

その〈ステラマリス〉で艦橋最上階、シグナルブリッジを物珍しくレーナは見回す。これから丸一日の待機の始まり。発見されないために可能な限り静粛を求められる事になっていたが、それは慣れていた。

現在、横には空に浮かぶ軍艦……合州国の戦艦が海面スレスレに停船する。伝統的な藤色に塗装された艦隊は甲板にいる船団国群やエイティシックス達は大興奮で眺めていた。中には記念に写真を撮る者も居た。

 

最長で半年にわたる航海をする征海艦は内部に礼拝堂や図書室もあって、このシグナルブリッジを含め、待機の間は見学して回ってもいいとイシュマエルに言われて居る。

かんかん、と音を立てて階段を登ってきたのはエステルだった。

 

「ミリーゼ大佐。甲板に降りてみませんか。面白いものも見れますよ」

「甲板……ですか。いえ、わたしは」

 

エステルや乗組員には悪いが、戦争が終わるまで海は見ないと決めたのだから。

それでもつい、戦艦などに目が行く中。下を目に向けるとああと気づく。青い、昏い光。

やっぱり見たい、と好奇心が頭をもたげて、レーナは苦労して視線を引き剥がす。だって、約束だから。

 

戦争が終わってから、二人で見るのだから。

 

 

 

 

 

ちょっと来てみろと乗員に言われて甲板に出て、アンジュとダイヤは並んで息を呑む。星振の光は眩いようで、夜の海を照らすほどではなく、その豪奢な闇の空の下。

 

「すごい……」

「波が…光ってる……だと!?」

 

闇色の海が、まるで星屑か蛍の群れのように青い、淡い幻の様な光の粒子に彩られている。

夜光虫と言う生物が、この景色を作って居るのだと言う。

この景色に他のプロセッサー達も甲板のあちこちで海を眺めていた。横には合州国艦隊も停泊しており、その光景と合わせて記憶に留めていた。

 

「本当に綺麗ね。……大声で言えないのが勿体無いくらい」

「ここも、もう戦場か……。また、戦後に来てみたいな」

「そうね……」

 

アンジュとダイヤはそんな話をしながら海を見ていた。

 

 

 

 

 

艦載機発艦の邪魔になる為、飛行甲板には柵や手すりはない。

視界を遮る物がない、その一角でセオは子猫のように身を乗り出すクレナに言う。

 

「……まぁ、これはこれで、青い海ではあるよね」

「うん……!」

 

ーー行きたいね、南の海の。戦争が終わったら。

 

一年前の、あの時も。電磁加速砲型を追う最中。そう言っていたクレナは目を輝かせて、ぼうと光る青い海を見つめる。

話ではその南の海の沖合にはコロニーと呼ぶ水上都市が建設されて居るとか。こんな征海艦よりも何倍も大きい、水に浮かぶ街が……

頭上の星屑と同じ、幻のような青い光。見て居ると何だか、その暗い深みの奥から何かが浮かび上がってきそうな不安さえあって、ついぽろりと溢れた。

 

「来ちゃったね……海」

「ちゃった、って。それじゃあ来なくなかったみたいだよ」

 

クレナが相手だったから溢れた。

多分、クレナも()()()同じだから。

 

「もうちょっと色々、区切りがついてから見たかった。僕はどうなりたいのか。どこへ行きたいのか……その答えが出てから、見たかったな」

「……無理に見つけなくても、大丈夫だよ。私達は、仲間だもん。同胞だもん。それは絶対変わらないから……そう言う物だって、エステル大佐が言っていたよ。だから、大丈夫」

 

クレナは言う。言葉とは裏腹に心細い子供のように膝を抱えて。

 

何かを間違えても。

同じ生き方を是として選んだ、エイティシックスであることだけは。

 

「そうかな」

 

エステルやイシュマエルや……この国で出会った征海氏族の末裔達。自分たちと同じ、故郷も家族も戦火に奪われて失くして、けれど誇り高く生きて居る人たち。

 

「……そうだね」

 

会えて良かった。

同じ生き方をして居る人たちがいると、それでも生きられると知ることができた。

それなら自分達エイティシックスだってきっと、今のままでも生きていける。

 

「色々ちょっと、焦ってたけど……そうだね。きっと、大丈夫だ」

 

そう言うと、セオはふとその時。リノから言われた言葉を思い出してしまった。

 

『あんまり甘えるなよ…八六区に……』

 

イシュマエルと真逆の事を言う彼に少しだけ嫌悪感が生まれていた。

 

 

 

 

 




カイラム級の艦名はごめんなさい。ぱっと出たのこれしか思いつかなかった……


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#70 武器使用自由

頭上の星屑はかつての八六区の、人工の灯りのないからこその豪奢さで、眼下に広がるこれも儚い蛍のそれにも似た淡い光。

八六区にいた頃は何も感じなかった。その煌めきの幽かさを、それから二年経った今。シンは少し寂しいと感じる。この寂寞が今はなぜか、奇妙に胸に迫る。

この艦尾側に大きな荷物を積んだ全長三〇〇メートルの甲板にはあの目立つレーナの…見紛うことの無い銀髪の長い髪は見当たらない。誘ってみようかと思ったが、戦争が終わるまで海は見ないと言ったそうだとヴィーカから聞いた。海を見せたいと言った、自分の言葉の応えとして。

それは嬉しいが……それよりは流石にそろそろ答えて欲しいのだが。

その時ふと、艦首近くに立つイシュマエルの背が目に入る。

見て居るシンに気づく事なく、飛行甲板に膝を突く。そのまま額づくようにして、ーー恐らくは飛行甲板に口付けをした。年老いた母親につけるような敬服と謝意で。

 

「……?」

 

何だろうとシンが思う間も無く、フレデリカに呼ばれる。

 

「シンエイ」

 

それきりシンはこの事は強い疑問を持っていなかったので忘れてしまった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『ーーミシア第九艦隊より、アルシェ第八艦隊。作戦開始線に到着。作戦を開始する』

 

翌日。

敢えて日没前に母港を発った二つの陽動艦隊は如何にも目的地を偽装する風で〈レギオン〉支配域沿岸へと一旦進路をとった後に転針。敵砲の射程圏の外縁を進む。視界の先には海面スレスレを進む四隻のレパント級の姿があった。それらの艦隊は陽動艦隊と同様敵砲射程外縁を弧を描いて進み、艦隊司令はその手にある操作盤を手に取る。

 

「ーー了解、聖エルモの加護を」

 

無線封鎖で届かない祈りをエステルはする。作戦開始に備えて艦長たる兄は今は休息を取っていて、その代打として立つ最後の統合艦橋だ。

 

「〈オーシャン・フリート〉各艦に伝達。出撃準備。ーー陽動艦隊が交戦に入り次第、摩天貝楼拠点へ侵攻を開始します」

「アイ・マム。……兄上には、」

「まだ宜しいでしょう。兄上には本艦隊が交戦に入った際、万全の状態で指揮を執って頂きーーその上で見届けていただきますから。……それよりも、合州国艦隊に発光信号を」

 

その発光信号の後、作戦の為に合州国艦隊は前進を始め。全員でそれを見送っていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

『モビルスーツ隊は発艦せよ。繰り返す、モビルスーツ隊は発艦を開始せよ』

 

格納庫にアナウンスが響き、リノのハミングバードも格納庫のエレベーターに乗り込む。全天リニアシートから見える景色には先にカタパルトから発艦する隊員の姿が見える。

殆どが自分よりも年上で、それでも自分を隊長だと思ってくれる隊員達。

今回連れてきたのはリゼル全八機とジェガンD型四機とA2型四機、それからジェガンSC一機。

本当はもっと余裕のある機体数を載せられるが、SFSに場所を取られてしまっていた。一時はリゼルに全機乗っけるかとも思ったが、効率が悪くなると言う事で94式ベースジャバーに乗せていた。航続距離を上げて戦闘時間を増やす為に……

 

エレベーターが上がり切り、リノの駆るハミングバードも前に出る。

既に艦隊は前進を開始し、後ろに流れていく海面が見える。

遠くには既に発艦した様子のモビルスーツが見えており、ハミングバードもカタパルトに足を掛け、やや前傾姿勢を取る。

 

「すぅ〜……リノ・フリッツ。ハミングバード。出ます!」

『中佐、良い戦果を!』

 

その瞬間、カタパルトが前進し、一気にモビルスーツは加速してそのまま離陸する。

エンジンの加速をかけ、四機のブースターで一気に加速すると空中でウェイブライダー形態に変形し、そのまま先に発艦した部隊の後に追いつく。

 

そして、周りに全機いることを確認すると知覚同調を使って連絡を入れる。

 

「良いか?俺たちの目的はあくまでも陽動だ。向こうに無駄弾を撃たせろ。それから、観測機母艦を見つけたら片っ端から潰していけ。()()()とエイティシックスの花道を作ってやれ!!」

『『『了解』』』

 

良い返事だ。最後尾からはクラウの乗るジェガンも追いついてきて居る。ある物に乗って……すると、クラウから通信が入る。

 

『ミノフスキー粒子、戦闘濃度散布完了』

 

よし、戦う部隊の準備はできた。

 

「よし、ウェポンズフリー。……戦闘開始だ!」

 

その声と共に部隊は散会し始めた。遠くでは、少しだけ一瞬の光が漏れた様な気がした。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

作戦が始まる少し前、合州国艦隊が先行して進みだし、モビルスーツ隊の発艦が始まった頃。〈ステラマリス〉でも、作業員が走り回っていた。

甲板上に繋ぎ止められていた大型のその飛行物体に危ないと言われて甲板端の遠くから見ていたクレナがふと呟く。

 

「本当に飛ぶの?あれ……」

「さぁ?でも明らかに飛ぶ見た目をしていないよね……」

 

そう言い、セオは灰色に塗装されたその機体を見る。上は連邦でも見た事のある旅客機に似ているが、下が明らかにおかしい。変に角張った箱の様なものを取り付け、子供の工作の様に取り付けられた前に一個、後ろに二個の回転翼。機体上部の後ろ側には四つのジェットエンジンが配列されており、カーゴの部分には一機のジェガンと、武器が何丁か置かれていた。

すると、スピーカーから音声が入る。

 

『進路よし、ガンペリー・シギント。発艦を許可する』

『了解。ガンペリー・シギント、ジェガンSC。発艦する』

 

そう言い、その声に反応する様にクラウの乗るジェガンSCが乗り込んだ強襲型ガンペリーは回転数を上げるとVTOL機の様に垂直に離陸していき、ジェットエンジンが前方に推力を伸ばし始める。

 

「本当に飛ぶんだ……」

「ねっ」

 

クレナとセオは信じられない様な目でその光景を眺めていた。

気のせいだろうか、管制員も信じられないと言った様な目をして居る気がする。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

強襲型ガンペリーやモビルスーツ隊が発艦していく様を見て、シンは神父様に教えてもらった話を思い出していた。

 

 

 

あれは、神父様がリュストカマー基地に来た時の事だった。神父様は基地を歩くモビルスーツを見て怪訝な目をしており、思わず疑問に思ってしまうとその理由を話してくれた。

 

神父様は二八年前の一年戦争の時。丁度現役で軍人をしており、その目で一年戦争を見ていたのだと言う。

身近だけど、何も知らない国である合州国の話しだと言う事で気になって詳しく聞いてみた。

 

「あの時の夜は本当に、美しい景色だと思った。

空一面に、幕が降りる様に光の線が無数に空に上がっていた。流星の雨の様にな。その時、通信障害が起こっていたこともあって皆空を見上げていた……」

 

今でも時折思い出す事のある景色だと言う。想像しただけで綺麗だと思ってしまうが。神父様は曇った表情で続けた。

 

「だが、翌日にはその流星の正体が分かった。

 

 

……それは人工衛星だった。それも、世界中の人工衛星だ。自分達が流星だと言ってみていたのは、自分たちの国の人工衛星だったかもしれない。それと同時に、合州国で内戦が起こったと言うニュースも入った。

人工衛星が落とされ、世界規模で通信が出来なくなったから何も情報が入ってこなかった。そこで、情報収取のために自分は合州国に向かう事になり、実際に戦地に赴く事になった……いやぁ、驚いたものだ。この時代に、まさか観戦武官の様な事をしなければならないとはね……」

 

まさかの話に驚いた。観戦武官と言うのは、歴史の教科書で少しだけ齧った事のある言葉だった。確か第三国の戦争を観戦し、士官の制度とかを見る武官だったか……確か、戦争の規模拡大と移動手段や通信手段の発展で無くなってしまった文化なはずだったが……

 

「だが合州国に着いた時、自分は絶句した。

戦闘はいつどこで起こるかわからない上に、毎日の様に変わる戦線。一般人が生活していた街でいきなり戦闘が始まった。それは言い難い地獄だった……」

 

そう言い、昔のことを思い返しながら朗読する様に話す。散々地獄を見てきた自分たちだが、それとはまた違う景色だと神父様は言う。

 

「その時、戦闘をしていたのがモビルスーツだった……あの陸上の鋼鉄の巨兵は街の中でまるで歩兵の様に近接戦をしていた。街中にはザクと呼ばれていた化け物が機関銃を撃ち、そこから弾き出された戦車砲の様な薬莢が逃げ遅れた民間人に直撃して……そのまま死んでいた。少なくとも、今のお前には詳しく聞かせられないくらいにな……」

 

そう言い、神父様は俺を見てそう口にする。どうして詳しく言わないのかは分からなかったが。敢えて聞こうとは思わず、話の続きを聞いた。

 

「あの呪われた兵器が様々な場所で戦闘をするから何処にも安全がなかった。おまけに国土はブリティッシュ作戦とか言う人工衛星落としのおかげで至る所にクレーターが出来ていた。……実を言うと一部は合州国との国境に落下して共和国側にも落ちていたんだ。

だが、あの惨劇を見て自分達派遣された役員は国に帰っても戦争に参加するべきではないと訴えた。そしてあれよこれよと参戦準備に手間取っていたら、内戦は一年で終わった……それが、後に一年戦争と言われる合州国の内戦だ」

 

とても重みのある、悲壮感溢れる話だった。歴史でざっとしか習っていない一年戦争だったが、当事者からしてみればあの強靭な神父様さえこうしてしまうほどに辛い経験だったのだと理解する。

そして最後に神父様は俺に言った。

 

「あのモビルスーツは呪われた兵器だ。お前達の思う夢の様な兵器では決してない。

確かに〈レギオン〉相手には多大な戦果を上げているかもしれない。だがあの兵器に取り憑いているのはパイロットを地獄に引き摺り下ろそうとする悪魔だ。そして、その悪魔は周りにも悪い影響を及ぼす。……だから決して、見誤らないでくれ」

 

神父様はそう言い残すと、格納庫に入っていくモビルスーツを忌々しく見ていた。神父様があんな表情をしたのは初めてだった……

シンは少しだけモビルスーツと言うものに神父様の話を頭の片隅に置いていた。



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#71 移動中の一幕

『アルシェ第八艦隊より、ミシア第九艦隊。デコイ艦隊の攻撃と爆発を確認。ーー交戦開始』

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

陽動の艦隊とモビルスーツ隊が交戦に入り、彼らを隠れ蓑に、夜の闇を味方に進む征海艦隊の居住区画。作戦域の到着を数時間前に控え、着替えたレーナは船室の入り口から廊下を伺う。

 

着替え。そう、〈ツィカーダ〉を装着したわけだ。

 

着るのは三度目だが、いまだに慣れない。と言うか慣れたくない。上から着るために用意した一回り大きい軍服も。今日は忘れてしまった。

とはいえ、このくっきりと体のラインが出る衣装で、征海艦の乗員達の前にも立ちたくない。これから隊長格とのブリーフィングもあるわけだが、シンと鉢合わせてしまう。

今のうちにアンジュか、それともシャナあたりの勤務服を借りよう。

思ってレーナは誰もいない廊下を見回す。と言うか、似たようなノーマルスーツを着ているクラウさんはよく恥ずかしくないなとも思ってしまう。いくら上下に分かれていても、連邦の戦闘服よりは確実に体のラインが出ていた。

 

兎も角、レーナより高身長の彼女達の軍服であれば<ツィーカーダ>の上からでも着れるだろう。其の条件はシデンも当てはまるが、彼女に借りるのはやめておこう。

頭だけ突き出して廊下の端まで伺い、逆側に目を向けたらシンが立って居た。

こきんとレーナは硬直する。

凝然と、わずかに目を瞠ったままシンは立ち尽くしている。

<ツィカーダ>だけを纏ったレーナを見下ろして。

紫銀色の擬似神経繊維が外付けの擬似脳として肌を覆う。覆うだけで支えるものがないから、色々とくっきり揺れる上に出てしまうというそんな彼女を見下ろして。

そう言えば、前にライデンが愚痴を言って居たことがあった気がする。

 

シンは足音を立てずに歩く癖がある。……と

なんとものの凄まじい、長い長い沈黙。

 

「ーー連合王国でヴィーカから受領したという<ツィカーダ>について」

 

シンは言う。沸々と憤りが込み上げるのを押し込めた、険しい、凍てついた眼差しで。

 

「なぜか俺には情報が回ってこないから妙だとは思って居たのですが……通りで誰に聞いても答えないし、レーヴィチ基地ではレルヒェがやたらに誤って居たわけですね」

 

そりゃそうだ。自分だって説明したくない。こんな物……

 

「マルセルに至っては尋ねると俺はまだ死にたくないとか言って逃げていって……手心を加えずに、きっちり問い詰めておくべきでしたね」

「手心って……マルセルは特士校の同期なのでしょう?あんまり虐めては……」

「レーナ。話を逸らさないでください。今マルセルはどうでもいいです」

 

あっ、もしかしてすごく怒っている?

鼻先が合いそうなくらい詰め寄られ。少しのけ反りつつ、現実逃避気味にレーナは思う。このあからさまに機嫌が悪いのは初めてだ。だけど、ちょっと嬉しい。

 

「いえ、その、取り立てて隠していたつもりはないんですけど……有用は有用ですし。ちょっと…………………………………………あんまりにも恥ずかしいですけれど」

 

ふー……と長く、内圧を下げるような吐息が一つ。

音もなくシンは踵を返した。

 

「わかりました。ヴィーカを始末して海に放り込んできます」

「シン!?何言ってるんですか!」

「拳銃は格納庫に預けて居ますが。研いだシャベルがあれば十分です。若い頃はそれで敵兵を仕留めたこともあると、神父様が言って居ました」

「あの神父様、子供になんてこと教えているんですかっ!?じゃなくて!シャベルなんて征海艦にあるわけないでしょう!?」

 

流石にシャベルは加害範囲が狭すぎて自走地雷にも敵わない。

あとレーナのツッコミもずれていた。

 

「なら、そのまま海に蹴落とします。それでも十分でしょう。外洋は人を放り込んだら大体沈むから、うっかり出た死体の隠蔽にはもってこいだとイシュマエル艦長が」

「シン!」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「……ん、」

 

作戦開始前のブリーフィングに備え、会議室に使う艦橋一階のフライトデッキ・コントローラールームで、ゾワ、とヴィーカは身を震わせる。

 

「なんだ、嫌な予感がする」

「船酔いですかな?」

 

レルヒェが小首を傾げる。

 

「と言うよりも、誰かが俺の墓を掘ってる感じだ。悪い予感がする」

 

聞いてたクレナが口を挟む。

 

「連合王国で私たちに着せたエロスーツが?」

「<ツィカーダ>だが」

 

アンジュが続ける。

 

「殿下は冗談のつもりだったんでしょうけど着た側は全然笑えないセクハラスーツが」

「……まぁ、確かにその誹りも免れないが。それで言いから続けてくれ」

 

半眼でシデンまで加わる。

 

「素直なのはいいけど、だからって何の罪滅ぼしもならねえど変態スーツが」

 

容赦無くダメ押しを喰らい、若干凹んだヴィーカには構わずクレナは言う。

 

「とうとうシンにバレたんでしょ」

「ああ……」

 

小さな呻きとは裏腹、大して焦るでもなく大仰に被りを振る。

 

「それはまずいな。情報漏れはどこからだ?」

 

ちらりと見てマルセルが慌てて首を振る。

 

「いやあの、俺が言うわけないだろ!?うっかり口を滑らしたら俺がまずノウゼンにぶっ殺される。その上殿下にもぶっ殺されるんだぞ!」

「よく分かっているな、マルセル。実際、卿が口を滑らせたならノウゼンの手にかかった後、俺が直々に蘇生させてもらう。一度頭から皮を剥いだ後でな」

「!?」

「殿下、『シリン』を設計なされた以上。冗談に聞こえませぬゆえ、控えられた方が……」

 

顔面真っ青なマルセルを憐れむようにレルヒェがフォローする。

いつも通り面白おかしい主従関係を、機嫌の悪い猫のようにクレナは言う。

 

「で、今は王子殿下がステラマリスから蹴落とされるか。補修用で積んである斧で頭をかち割られる寸前見たいだけど……どうすんの殿下」

「何、問題はない。聖女のようなミリーゼが俺のような蛇ですら庇ってくれよう。ノウゼンもミリーゼに言われれば止まるだろうからな」

「……」

 

まあ、レーナなら有り得なくもない。と言うか、多分そうなる。

 

「王子殿下。次の作戦とかで誤射してもいい?」

 

こいつ一回死んどけばいいのにと、クレナは思った。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

足早に去りかけるのを、片腕を掴んで思い力踏ん張ってレーナはシンの足止めに成功する。

なお、<ツィカーダ>を纏っただけのほぼそのままの素足の爪が軍艦の無骨な廊下では傷つくかもしれないと言う思いがシンにあったのが原因だ。

 

「……ならせめて着て居てください。除装するまで返さなくていいです」

 

やや乱雑に勤務服の上着を被せられ、それを肩に羽織り直しつつレーナはシンを見上げる。

まだ微妙に不機嫌な、それでいて気を削がれてしまったらしい、血赤の双眸と目があった。

 

「……」

 

そのまま変な沈黙が落ちる。

少し迷うような魔があって、結局シンが口火を切った。

 

「……初めて見る海が戦場になってしまったのは。残念でしたね」

 

其の言葉にレーナはビクッとなる。

 

海を見せたい。ーーあなたと共に、海を見たい。

 

一ヶ月前の、花火の下。預けられた其の願いからつながる言葉が、レーナが未だに応えられずにいる言葉。

 

「ええ……。その……」

 

要するに。

一ヶ月経つし、もうすぐ作戦だし。こうして話せるんだからいい加減返事が欲しいと言外に言われているのだ。

察してはいるものの、いざ意識すると言葉が出ない。

 

「で……でも、綺麗でしたから!私、初めて見ました!」

 

大変どうでもいい、愚にもつかない雑談を返してしまう。当然の如くシンはため息を吐く。

 

「えっと、その……そういえばシン、異能の制御、連邦軍から提案が来ていたの、受けたそうですね。シンのお母様の実家に、協力を仰ぐって。その、今はどんな感じなんですか?」

「…………しばらくは面談だけです。まずは信頼関係がないといけないから、と」

「そうなんですね……でも、早く制御できるようになるといいですね。きっと其の方がシンも楽になるでしょうから。ずっと心配だったんですよ?」

「…………」

「えっと。あの……ーーえ、」

 

ワタワタと言葉を探していたら、いきなりぐい、と強く抱きしめられた。

え、止めを見開いている間に、唇が重なる。

 

一ヶ月前とは逆に、シンの方から。

噛み付くようなキスで、ある種の飢えが入り混じった、知らない獰猛さの口づけだった。レーナは頭が真っ白になる。

どれくらいの時間が経っただろうか。耳まで真っ赤になってレーナは硬直する。まさかこんな不意打ちを喰らうなんて思って見なかったから、混乱してしまってどうしていいのかわからない。

 

「一ヶ月前は不意打ちされて、驚かされたのでお返しです」

 

見上げた先、シンは何だか子供のように拗ねた顔をしていた。

 

「レーナの答えは……答えるつもりになったら、教えてください」

 

そう言うと二人は船内の廊下を歩き出し。消えていった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

レーナ達が居なくなった後の廊下、その一室の扉が開くと疲れた様子のハルトとレッカが顔を覗かせた。

 

「「ぷはぁぁぁ……」」

 

二人はほぼ同時に息を吸うと、そのまま酸素を体に取り込む。すると、ハルトが劇物を見た目で言う。

 

「ヤッベェもん見ちまったよおい……」

「あんな姿のシン、初めて見たわ……」

 

そう言い、二人はそれはそれは微笑ましくも恥ずかしい様子を見せていた。

レッカとハルトは船室で駄弁っており、これから会議室に行こうとしたところで<ツィカーダ>を着たレーナが遠くで現れたので、慌てて引き返し。そしたらシンまで来てまさかの目の前でキスシーンを見るハメになった。

 

息を殺してここにいるのがバレないようにして居たために、この有様だった。

 

「このことは、黙っておこう……」

「ええ、そうね」

 

ハルトの意見にレッカは賛成していた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

外洋の高い波を切り裂き、二隻の斥候艦を先頭に、征海艦を中心とした輪形陣で進む征海艦隊<オーシャン・フリート>は、やがて嵐の勢力圏内へと侵入する。

厚く重い不吉な雲が空を覆い、叩きつけるような豪雨が視界を白くし、風はよく変わり、雨と共に装甲化された飛行甲板に打ち付けていた。うねる波が船体を上下に揺さぶり軋ませる。

 

摩天貝楼拠点まで残り距離、一八〇キロ。



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#72 最後の艦隊

征海艦の艦橋は、航海の指揮と艦隊全体の戦闘の指揮を執るために統合艦橋が二階層をぶち抜く形で置かれ、操船要員と指揮系統の要員が詰め、更に今回の作戦では機動打撃群の指揮官であるレーナと管制要員が予備のスペースを使っていた。

 

随分と人が増えたものだと、イシュマエルは感じる。

統合艦橋の窓は装甲板で防がれ。代わりに無数のホロスクリーンが外に映る嵐の様子を映し出していた。映る船外はいよいよ強烈に吹き荒れる。雨と風の荒れ狂う姿。強風圏から、暴風圏へ。風速実に三三メートル超、颶風と呼ばれる定義上最大風速が吹き荒れる破壊の渦の中へ。

 

圧搾空気の抜ける音で背後の扉が開き。レーナはシンから借りたワンサイズ大きめの鋼色の軍服を着て少しふわふわとした頼りない足取りで入ってきたが、ホロスクリーンを見て銀の瞳が緊張感を取り戻した。

 

「艦長。そろそろ最終ブリーフィングを」

「おー、了解……エステル。指揮をーー……」

「兄上」

 

遮って蔓模様の刺青の通信士官が言う。

 

「ーーミシア第九艦隊です」

「……早いな」

 

わずかに低い響き、冷えて硬い翠緑の瞳は。傍のレーナを振り向かない。

 

「……出してくれ」

「了解」

 

通信士官がパネルを操作。陽動のミシア艦隊からの通信が統合艦橋に響いた。連邦が供与したレイドデバイスではなく。無線で、

 

『こちら、ミシア第九艦隊!アルシェ第八艦隊、聞こえているか!』

 

その声は何処か緊張している様にも聞こえた。この通信は〈オーシャン・フリート〉に聞かせるための放送だ。アルシェ第八艦隊に聴かせるためではなかった。

 

『現在、レパント級フリゲート艦隊二隻が電磁加速砲型の攻撃を受けて轟沈した。残存艦艇は二隻。なお、北方にて爆炎をこちらで視認した!』

 

一瞬、緊張が走る。爆炎……それは、モビルスーツ隊の事なのだろうか。

 

『先行艦隊の全滅を確認次第、我々は最優先任務を開始する。敵の残弾数は残り五五……今、五四!可能な限りゼロに近づける!』

 

最優先任務、それは征海艦隊を摩天貝楼に届けさせるための。その時間稼ぎ。

何隻沈もうとも、電磁加速砲型の砲撃を引き付ける。

 

『聖エルモの加護を、アルシェ第八艦隊。ーー航海星の名の元に!』

『ーーアルシェ第八艦隊、了解。こちらも同様。聖エルモの加護を』

 

通信が切れる。

呆然と、レーナはイシュマエルを降り仰ぐ。確かに、陽動とは言っていた。言っていたが……

 

「陽動艦隊は……」

「……聞かせるつもりはなかった。こいつは俺たち船団国群の問題だ。あんたら機動打撃群には関係のねえ話なんだから」

 

嘆息してイシュマエルは言う。焔の鳥を模したような、右目の緑の刺青。

 

「まぁ、初めの頃はそうだった。……が、まだ良い方さ。合州国のお偉いさんが老朽艦を提供してくれただけな。まぁ、それでも。参加しているのは損傷艦か、練習艦で。乗っているのは退役している筈の爺さん婆さんだ。こんな生還率の低い陽動に、残り少ないまともな艦なんて船団国群はもう出せない」

 

だからレイドデバイスも、与えられたが持っていかなかった。

 

「船団国群が生き残るには、何としても電磁加速砲型を倒さないといけない。何としても〈ステラマリス〉を、そこまで届かせないといけない。そのためには犠牲だって払う。……陽動艦隊が全滅したら、次は〈オーシャン・フリート〉の破獣艦がーー弟達が囮になる」

 

凝然とするレーナとは裏腹にイシュマエルは淡々と言う。

全身に刻まれた刺青は海で死んでも誰のものか視認できるようにする為だという。

顔が分からないじゃない。原生海獣との戦いはまともに死体すら残らない戦いをすると言うことになる。それほどの激戦が当たり前だったと言う事だ。

その壮絶を運命を、呑み込んだ顔で。

 

「……戦争なんだ。そうやったって犠牲は出る。一方的にこっちが的になる超長距離砲を、屑鉄共が持ち出すのを許したなら尚更」

 

 

 

一年前の大攻勢。

連邦は大量の巡航ミサイルを撃ち込んで電磁加速砲型を大破に持ちこんだ。数分で駆ける地面効果翼機を投入し、一個戦隊を喉元まで送った。

高価な巡航ミサイルを保有する国力も、独力で地面効果翼機を開発する技術力もない小国の船団国群が同じく四〇〇キロの砲撃圏内を突破するには、人血を持って贖うしかない。

そんな非道、糾弾する事は簡単だが……

 

「……すみません」

「……なんであんたが謝るんだよ。それに、まだ陽動艦隊は突入してねえよ。合州国の艦隊が率先して囮になっている」

 

俯いたレーナにイシュマエルは笑って首を振る。

天の底が抜けたような豪雨の中、おおきな存在の悪意さえ、感じてしまう暴風雨。

 

「けどまあ。それなら聞いちまったついでに……もうちょっとだけ知っていてくれ」

 

俺たちの事を。

 

〈オーシャン・フリート〉は流石に、予定通り持ってきたレイドデバイスに一度触れて起動させる。艦内放送のマイクを手に取った。

三〇〇メートルの巨体に隅々まで届く艦内放送、通信相手は征海艦隊の構成艦の艦長、副長、通信士官。

 

「各位。こちらは〈ステラマリス〉艦長、イシュマエル・アバウだ」

 

帰る声はない、しかし乗員達の謹聴の気配。

 

「本艦隊は現在、敵本拠地まで一八〇キロの地点にある。陽動艦隊は間も無く交戦を開始する。よって、我ら〈オーシャン・フリート〉が先端を切るのも近いと予想する」

 

頼もしく感じつつ、まず部下でも征海氏族でもない彼等に声をかける。

 

「エイティシックス達、摩天貝楼拠点に着いてからそっちの出番だ。しばらく揺れるが、ビビんなくていい。むしろ滅多に無いアトラクションだと思って楽しんでくれ。征海艦はーーこの艦だけは、沈めない」

 

何度も言っていた言葉だ。

艦長であり、事実上の司令官。その責任において必ず果たさなければならない役目。自国を守るのに他国の、それも少年兵の軍隊を呼んだ。無論、母国の連邦が善意だけで機動打撃群を寄越したはずがない。けれど、船団国群の失態で巻き込んでしまった子供達。

絶対に生きて帰らせなければならない。なんとしてこ彼らだけは、無事に陸地まで送り届ける。

 

「乗員各位。ーー征海氏族とその最後の生き残りの妹弟達。仮初の兄についてきてくれたことにまず例を言う。ありがとうな。ーーそして祖国の為に覚悟を決めてくれた()()や船出に敬意を」

 

一応、後方からは救難艦が控えているが、この嵐に相手は八〇〇ミリの巨砲。正直砲撃を受けたら助かる可能性は低かった。

そして、船団国群は元は大陸の南方から原生海獣を追いかけて移り住んだ民族。だから、同じ南方の出自の合州国は彼らに取っては『親』も同然。だからリノ達は親し気に話していたのだろうか。

親と言うのは子を守るのが当たり前だと、どこかの本に書いていた気がする。そして、合州国が親ならば。船団国群は子供に等しい関係。だから、リノ達は陽動を受け入れたのか……

 

人跡未踏の碧洋で戦い死ぬこそ、征海氏族の誉れだけれど。

そう。

 

「最後の敵は屑鉄になってしまったが、先に逝っちまった艦隊司令達が悔しがるような航海としよう。俺たちを救ってくれた女神に恩返しをしよう。千年語り継がれるような勇猛と果敢を見せてやろうぜ……これこそが、」

 

千年後、もはや征海艦も征海艦隊も、その勇姿すら想像できなくなっても、語るだろう。

 

「我ら船団国群が()()()()()()征海艦ーーその最後の征海航海だったと言われる様に」

 

えっ、と背後に控えていたレーナが目を見開く。

眼前の、無言のまま拳を突き上げ、隣同士その拳を打ち合わせている船団国群の士官たちの背が信じられない。

最後?かつて有した?

それはまるで、征海艦隊そのものが。船団国群でももうこの一群しか残っていない征海艦隊が。この作戦で永遠に失われてしまうとでも言うかのようなーー……。

知覚同調越しにヴィーカが言う。艦橋一階のフライトデッキ・コントロールルーム、この作戦では艦載機運用の予定はガンペリー以外なかったので臨時の会議室として使うそこで待つ彼。

 

『ーー航空母艦は』

 

征海艦の元となった航空機の海上プラットホームは。

 

『軍艦では最大の火力を誇るが、それ一隻では極めて脆弱な艦種だ。周囲を護衛と警戒、防空を担う駆逐艦と巡洋艦に固められて初めて制空戦闘に専念できる……護衛を失えば容易く撃沈される。征海艦隊でもそれは同じ、という事だろう』

 

征海艦が生き残っても僚艦がいなければ唯の的。戦時下の今、本来であれば船団国群の国力では建造も運用もできない破獣艦や、遠征艦はもう作れない。そして征海艦隊が失われると言う事は、それはレグキード征海船団国群が国号にまで掲げたその誇りを失うと言う事。

よくよく考えればそういう事だ。船団国群は合州国から国民を非難させ、亡命させるプロジェクトにサインをした。大陸南部の洋上にあるコロニーに移動するのにこんな巨艦は持っていけない。ましてや艦隊なんて……

本当に何もかも、誇りさえ失っても、祖国を生きながらえさせる為に。

 

その小国のーー力無き無惨。

 

まるで感じさせずにイシュマエルは言う。

それは二年前、特別偵察の為に笑い合いながら消えていったスピアヘッド戦隊のように。

 

「お前たちとの戦いは俺が見届ける。せっかく両親達が俺たちのために命張って花道を作ってくれてんだ。盛大に、千年後にも残る征海艦隊と征海氏族の存在。船団国群のかつての在処を、記念碑として証立ててくれるだろうよ。だから、各位。思う存分カッコ良く……ド派手に行こうぜ」

 

 

 

 

 



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#73 何百年の付き合い

「……それで、見送りが」

 

艦載機の状況を把握する為の管理卓が中央に置かれた臨時のブリーフィングルーム。その室内でシンは沈鬱と呟いた。深夜の出航にも関わらず、街の人全員が出て来たかのように海岸に集い、いつまでも手を振っていた見送りの人々。

彼ら…あるいは船団国群の国民全員が知っていた。

この作戦が、唯一残った征海艦隊の最後になると。

 

征海船団国群が国号に冠した誉をーー今日を最後に、失うのだと。

 

 

 

征海艦隊は無線封鎖中だが、この作戦では艦長、副長、通信士官が供与されたレイドデバイスを使用し、艦を隔てた通信を行っていた。イシュマルの言葉は周りにいる三隻の遠征艦と一回り小型の六隻の破獣艦、二隻の斥候艦にも伝えられる。

闇夜と風雨の帳の中。かろうじて見える左舷側前方の遠征艦〈ベナトナシュ〉の艦橋でシルエットが動く。最低限の計器の光だけを光源にした航海艦橋で艦長と副長らしき影があろうことかハイタッチしている様子を〈ステラマリス〉の艦橋五階、フラッグブリッジでクレナは見る。

 

どうして、と、呆然となる頭の片隅が思う。

どうして誇りを、自分達を形作る最後の欠片まで、無くしてしまうその時だと言うのに。

 

私達と同じだと言ってくれた人たちが。どうして。

笑って。

変わらないと言われた、同胞との絆。

あれはもしかして。何もかも失ってもそれでも仲間は残るからと、あの時は言うつもりで。

 

「……そんなの、」

 

 

 

 

 

〈ステラマリス〉を含め、ナビガトリア級征海艦の艦首は密閉されたエンクローズド・バウだ。格納庫にもその傍の待機室にも風雨は入り込まないが、音だけはわずかにくぐもりつつも響いてくる。

もはや礫を叩きつけるかの様な硬い雨音、高く低く、幾千の笛か古の蛮族の様に鳴る風のうなり。

大気を無理やり引き裂く様に走る稲妻の、破砕音にも似た雷鳴。

 

準備を終えた待機室の中、プロセッサー達が息を潜めて見えない天を伺う。嵐の経験があるが、遮るものがない大海原での暴風雨。

それ以上に、先ほどの艦内放送で初めて知った事実に、普段は無意識に心の底にしまっている不安と疑念を引き摺り出され。

 

彼らは最後に残った誇りさえ、放り棄てて戦う征海氏族の、船団国群の在り方は信じられない。

少なくとも自分にはできない。最後に誇りさえ無くしてしまったら、もう自分の形を保てない。

 

海を知らぬ彼らは未経験の、激しい上下動。

大時化の海だ。波の力で揺れる上下の運動は永遠と繰り返され、〈ジャガーノート〉に乗り慣れているから酔う事はないが。自分たちがいる場所の鉄板一枚挟んだ向こう側は広大無用の奈落である事を思い知らされる揺れ。

 

思い至れば、酷く心許ない感覚だ。

普遍の支えなどどこにも無い、立っている足場は確かに酷く脆い。

これまで何度か、思い知らされてきた。八六区の戦場で、雪の要塞で。この青い奈落の戦場でも。

 

何度も思い知らされてしまうくらいにーー誇りなんて本当は不確かだ。

 

毀れ垂れないものなどない。失われない保証なんてーーこの世界には一つもない。

その恐怖が歴戦の少年たちの言葉を奪う。怯えた子供の様にいつしか誰もーー怒り狂い啼き叫ぶ、天を見上げて息を殺していた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

マイクを切ったイシュマルは艦長席を立った。

 

「エステル、ブリーフィングの間指揮権を預ける……待たせたな、ミリーゼ大佐」

「了解、兄上」

「いえ……あの、イシュマル艦長、」

 

イシュマルは今にも泣きそうなレーナに苦笑をしていた。

 

「そんな顔しなくてもいいさ。俺たちがコロニーに移住した時、同時に駐留艦隊として軍艦が何隻か渡される。そこでやる事はほぼ変わんねえよ。コロニーに接近する原生海獣を追っ払う。海に出て原生海獣相手に仕事をするんだ」

 

ブリーフィングルームに行く為に廊下に出て歩きながら続けた。

 

「元々ロクな産業もない小国がそれに見合わない無相応な征海艦隊なんて抱えてたんだ。戦争が長引けば何もかも苦しくなって維持できなくなるのは時間の問題だった」

 

軍艦特有の狭い階段を降りながらすれ違った乗員が敬礼をして道を開けていた。

 

「それが今日だってだけの話で。最後って言ってもちゃんと役目を果たしての最後なんだからまあ、まだマシってもんさ」

「ーーマシなわけないでしょ」

 

そう言いながら少し息をしらしてセオが上がってきていた。

彼は階段の前、わずかに息を切らして立っていた。

 

「リッカ少尉……」

 

嗜めようとした口を聞かせてレーナを制し、イシュマエルは向き直る。

 

「先入っててくれ」

 

半ば無理矢理レーナのその細い背中を押し込んで扉を閉める。

イシュマエルなりの気遣いなのだろうと気付かずにセオは言う。

 

「故郷を取られて、本当の家族だってその後失くしたんでしょ。その上誇りまで棄てる事になってーーどうしてそれを受け入れられるのさ!?」

 

少なくとも自分……エイティシックスの誰もができないとセオは言う。

帰るべき故郷もなく、守るべき家族もなく、受け継いだ文化もない。戦い抜く誇り以外に、自分の形を規定する物が何もない。

だからその誇りさえ奪われる事を何より嫌いーー恐れている。

 

それなのに。

同じく故郷を失い、家族を失い、その上征海という誇りさえ戦果に奪われようとしているイシュマエルはーーこの征海艦隊の乗員達は、どうしてそれを受け入れて。

あまつさえ、笑って。

 

「……そうだな」

 

イシュマルはセオの叫びを受け止めると少し考えて口を開いた。

 

「ニコルは……あの原生海獣の骨は元々、俺の故郷の総督宮殿に飾ってあったんだ」

 

突然なんの話かと、セオは訝しむ。基地のホールに飾られていた原生海獣の骨。

 

「戦争が始まって国土を放棄する事になった時、オヤジは征海艦隊に詰め込めるだけの避難民とどうにかニコルを積んで港を出た。戦争は多分、すぐには終わらねぇ。祖国には長い間帰れなくなるだろうから、だからニコルが……祖国の象徴が一つでも残っていれば皆の心の拠り所になるだろうって」

 

クレオ船団国群の征海艦隊は、象徴として残る事は出来ないだろうと、艦隊司令はその時には覚悟していた。旗艦〈ステラマリス〉も、艦隊に属する征海氏族の子供達さえ。

その予測は、残念ながら正しかった。十年にも渡る〈レギオン〉との戦争で艦隊司令も、クレオ船団国群所属艦も海の底に沈んでしまった。

どうにか生き残った〈ステラマリス〉の乗員も去年の大攻勢の穴を埋めるために慣れない陸戦に駆り出され、散っていった。

今やニコルとステラマリス、そしてクレオ征海艦隊唯一の生き残りのイシュマルだけが祖国の存在した証でーーステラマリスとイシュマルもこの作戦で役目を終える。

その、喪失に、けれど。

 

「今ニコルが置いてあるあのホールは、本当は彼女の為のものじゃない。元々あそこはあの街が代々受け継いできた魚雷艇の、その最後の竜骨が飾ってあったんだ」

 

報いてくれた人達がいた。

 

「俺たちのために船団国群全体の為に自分たちの誇りを仕舞い込んで譲ってくれた。あの街も故郷。あの街が今は俺の故郷だーーそう、得られるんだ。たとえ何か失っちまっても、生きてりゃいつか、同じくらいに大切なものが。嘘でも拠り所になってくれる物が」

 

言葉とは裏腹。イシュマエルはどこか消えていくように、茫漠と広がる海に溶けて消えてしまいそうに、儚く笑った。

 

「船団国群の歴史は、敗北の歴史だ。原生海獣だけじゃない、隣の二大国に侮られ、蔑ろにされて多少まともな土地は全部切り取られて、それでも残った国土と征海艦隊を生き残らせる為に媚び諂って生きてきた……負けて失ったとしても生きないといけない。元々それを知っているから。だから…… また何か目指せば良いって事を知っているんだ」

「ーーそれで結局何も、得られないまま死んだらどうするのさ」

 

セオは駄々をこねる子供のように首を振って否定をした。悲鳴の様になったそれを、止められない、

 

「奪われてばかりで、失くしてばかりで……結局、代わりに何かなんて手に入らないまま死んだらーー何も報われないまま死んだらどうするのさ!?」

 

戦隊長の様に。

かつて、未来も家族も捨てて挙げ句の果てに戦死してしまい、周りから嘲笑われ、子供にさえその選択と死の意義を奪われ、結局最後まで仲間一人すら得られなかった。孤独の……

 

イシュマエルは笑う。

 

「そんなの、……自分に恥じないなら上等だしそれで十分だろ」

 

馬鹿みたいに陽気で、馬鹿みたいに強かった。戦隊長と同じ表情で。

 

「そうでもしないと、俺は艦隊司令に申し訳が立たない。艦隊司令は死んだのに、俺と氏族を守ろうとして死んだのに……俺が俯いて生きてちゃ、無駄死にしちまう」

 

そう言い、イシュマエルは続く。

 

「それに、俺たちにはいつも合州国がいた。俺たち船団国群の生まれ故郷であり、俺たちに取っては親だ。

親が子を守るのが当たり前と言わんばかりに、船団国群と合州国の結びつきは強かった。何百年も前からな」

 

いきなり船団国群の歴史かよと思うセオ。

しかし、イシュマエルはありがたいと言う少し嬉しげな目を浮かべる。

 

「本来、コロニー駐留艦隊は本国の艦隊が担う。しかしその艦隊を、俺たちに渡してくれる。……征海艦隊の代わりにはならないが。せめて、心の拠り所くらいにはして欲しいと言う願いが込められてな……」

 

それは船団国群と合州国が今までの歴史の中で紡いできた親子のような関係だからあり得た事。普通は考えられない話だった。

当然、自分たちがコロニー建設のための労働力である事は重々承知している。だが、合州国からの優しさを不意にしようとは思わなかった。

 

「おまけに今、俺よりも若い軍人がモビルスーツ率いて俺たちの為に命を張っている。……俺達の最後の船出を彩るためにな。

それに、もしかしたら子孫が再び征海艦隊を結成してくれるかもしれないだろ?」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ーー兄上、指揮をお返しします。陽動艦隊は十五分前に通信があり、囮艦が全滅したと。『残弾は残り二〇発』です」

「了解。……感謝するぜ。親父達」

 

敵、残弾二〇発。距離残り、一四〇。

 

 

 

 

 

 



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#74 摩天貝楼拠点

ギリギリまで作戦指揮官と状況を共有する為に戦隊総隊長であるシンとその副官であるライデン、ユートとその副長は艦橋五階フラッグブリッジで待機する。

とは言え、分厚い対爆ガラスの窓の外は叩きつける雨粒でほとんど見えなかった。敵に見つからないために灯を消して暗い室内。

窓の外では強烈な雷光が天地の色彩を純白に変えた。それは古代、天を征く竜と共に例えられたそのまま、どこかで神話の生き物にような有機的な軌跡で。黒い曇天に、高空の大気に走る罅の形状を持って。

 

「……おい、」

 

ライデンの声で我に帰ったシンは外を見ていた。

雷光が消えても、ぼんやりとした外の明るさは消えない。

月や、ましてや太陽の、闇を払う光ではない。星あかりの様な、雪あかりの様な。夜光虫の放つ青光の様な、闇に溶け込むばかりの青い光。

たとえ直撃しても雷の破られるわけではないが、それでも本能的な用心深さで窓に歩み寄り、外を窺って息を呑んだ。

 

光っているのは〈ステラマリス〉そのものだった。

 

船体の縁、甲板の一個下の左右に置かれた四〇センチ連装砲二基とその砲口。おそらくこの艦橋も。艦首も見えぬ筈の闇の中、帯電したそれらがぼうと発光している。

熱もなく燃える、蒼い鬼火の様に。

鬼火を灯りに破れた帆と折れたマストで永劫海を彷徨う幽霊船の様に。

幻想めいた、その光景。

 

ーーあるいは世界さえ、幻に過ぎないのかもしれない。

 

人の歴史も、誇りも。生きるそのものさえ、人はかりがあると、自分たちが大切なものだと抱えてきたものは、すべては無意味な幻想に過ぎないのかもしれない。

きつく拳を握りしめた。脳裏をよぎった空虚を、その一連で押し殺す。

……そんな筈あるか。

そんなことが、あってたまるか。

 

 

 

その時、嵐の雲を突き破る様に何か大きな影が落下する。

それは炎と煙を纏わせて、翼は抉り取られた様に溶けて艦隊の間を縫う様に落下して行く。

 

「あれは……っ!!」

 

落下して行く機体を見て、それが何であるかを確信した時、乱暴に扉が開かれて、乗員の士官の一人が顔を覗かせる。

 

「坊主ども!そろそろ摩天貝楼拠点近海だ!準備を!」

「ーー了解」

 

真っ先にシンが、ついでにライデン達が足早に出て行く背中を、墜落する〈レギオン〉の観測機が着水した後に爆発を起こしていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

その光景は統合艦橋のレーナにも映る。

 

「これは……」

 

天空を裂く雷鳴が伝染したかの様な仄白い蒼い光。熱のない炎の様にゆらゆらと瞬いてゆらめく。

しかし、イシュマエル達は見てもいなかった。引っ切り無しに鳴るアラート。さっきみたいに観測機はモビルスーツ隊が堕としてくれている。海に慣れた征海氏族でさえ避ける波を、あえて〈オーシャン・フリート〉は進む。

観測機母艦は殆どが残された漁船や商船の改造なので、こんな海には出られない。原生海獣の領域には距離のあるここでも、警戒管制型は堕とされ、高度も取れない。被発見の可能性は低い。

 

その海域も、やがて抜ける時が来る。

残り距離、一一〇キロ。

 

その瞬間、艦隊の中央の何もない空間に細いが桃色のビームがたどり着いて目の前で消える。その方を見ると、時折流れ星の様に桃色の光線が見えている様な気がする。そして、堕ちて行く〈レギオン〉の航空機。まだまだ戦場は遠いが、戦闘が起こっているのは明白。

 

「堕ちてくる機体に注意しろ!各艦に通達!」

 

艦隊は索敵範囲を広げるために円を広げる。

輪陣形の外周を進む破獣艦から知覚同調が繋がる。今は亡きベレニ征海艦隊の、最後の破獣艦〈ホクラクシモン〉。

 

『ーー兄上。〈ステラマリス〉各員。そろそろ参ります。そして武運を、エイティシックス達』

 

南下する〈ホクラクシモン〉に続く様に〈アルビレオ〉が続く。

その瞬間、またもビーム兵器の残光が飛んで来て、まるでライスシャワーの様だった。

そして、艦隊を離れた二隻は全て方向に電波を撒き散らし、無線封鎖を解く。

 

モビルスーツが働いたお陰で観測機はこの海域からほぼ駆逐され、はるか遠く。艦影も見ない様な場所から他連装ロケットの無数の火戦が大空へと駆け上がる。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

ほとんど撃ち落とされた観測機の生き残りの一機が艦のレーダー波を観測した。観測を受けた摩天貝楼拠点最上階にいる電磁加速砲型はその巨体を旋回させた。眼下では蚊蜻蛉の様に飛行するモビルスーツ隊が蠢き、時折こちらを攻撃して来ていた。幾つかの対空火器は破壊され、おまけにセンサーの精度もモビルスーツ隊が来る前辺りから落ちていた。確実にミノフスキー粒子が撒かれた証拠だ。戦闘がしずらい……。

 

《コーラレ・ワン了解、射撃をーー》

 

敵艦、あるいは敵艦隊から放たれた物体に電磁加速砲型は自前の対空レーダーで撃ち落とそうとした。

 

《主砲、射撃キャンセル……対空防御》

 

無数の飛翔体を補足。連動する対空回転式機関砲が照準、射撃を行いロケット砲弾のほとんどを迎撃し……

 

《ーー迎撃不可能と判断》

 

すり抜けた一発が着弾。爆発反応装甲で免れたものの同じ場所に被弾すれば次は無傷では済まない。ーー早急に排除する必要がある。

 

《コーラレ・ワンより観測機。指定座標へ……》

 

しかし返答はない。撃ち落とされたか……

 

《照準……》

 

しかし、弾道を計算し、敵艦の位置を逆算。ごぅ、と音を立てて照準を合わせる。

 

《ーー砲撃開始》

 

しかし、その瞬間。砲身の真横部分が爆発し、射撃の寸前に照準がずれて変な方向に飛んでいく。

 

《攻撃を確認……照準》

 

センサーの先にはビームライフルを片手に対峙する一機の白いモビルスーツが飛行していた。こっちを狙えと言わんばかりに……

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

周りにモビルスーツから放たれるビームが通り過ぎて行く。一回は飛行甲板上を縦断して飛んで行ったから誤射で死ぬのではないかとも思った。そして……

 

『気をつけろ!艦隊到着まで後少しだ!』

『脚部に被弾!堕ちる!堕ちる!』

『前部砲塔被弾!ダメージコントロール!』

『対空防御!撃ち落とせ!!』

 

聞こえてくる悲鳴や怒号。それは、現在拠点近くで戦闘を行っている合州国の部隊からだった。

知覚同調で聞こえてくる悲鳴に一瞬だけ目を伏せそうになる。

 

 

 

 

 

「ーー目標を視認、出番だ!準備しろガキども!!」

 

格納庫に響く怒声に似た声は甲板要因の操作のもと先陣を切って小隊十機が飛行甲板に上がった。その小隊の一機、アンダーテイカーの中でシンは猛烈な風の唸りと、もはや慣れしまった羊飼いの絶叫を見上げた。今なお繰り返す電磁加速砲型の一機で万軍が若きの鬨の声。

艦載機を上げるエレベーターは舷側にあり、波や風を防ぐ天井などもとよりない。ほとんど真横から吹き付ける猛烈な風雨。

一回層を上昇して甲板まで上がれば、それらは色々強くなる。一〇トンを越す〈レギンレイブ〉でさえ吹き飛ばされそうな嵐に半ば這うように甲板先端部に伏せるように待機。上空ではSFSに乗ったモビルスーツや戦艦のビーム兵器や実弾の攻撃が飛び、さながら対空戦の様だった。

 

真っ白に眩む視界。茫漠と広がる黒い海の轟音と圧迫感。一歩外に出れば息もできないであろう大質量の水と大気。

その向こうで天を摩して聳える鋼鉄の塔が霞みながら見えた。

頂上には鍵爪上に湾曲した天蓋から進み出た。蒼いセンサーを光らせ、一対の槍にも見える砲身を淡く紫電に灯らせ、傲然と見据えていた。

 

電磁加速砲型

 

『残り距離五、敵推定残弾数一!』

『そぅら、撃ってこいよ!!』

 

最後の五〇〇〇メートルを疾走する。今の所、欠けた艦艇は居ない。これも全てモビルスーツ隊のおかげだ。突出する破獣艦に照準が合わさり、アーク放電が見える。

そして発射されようとした瞬間。砲塔にビームとミサイルが着弾し、ビーム兵器はまるで防がれたようにさまざまな方向に裂けて飛んで行き、ミサイルの爆発で発射と同時に無理矢理照準を変える荒技。

八〇〇ミリの砲弾が波を抉る。同心円状に広がる大波を艦隊の攻撃が超える。要塞の塔、最上階の巨砲を探させ、センサを塗りつぶす。

 

その下を最大船速のまま〈ステラマリス〉はまっすぐに駆け抜ける。

摩天貝楼が迫る。

今や視界に収まりきらぬ、その威容がそそり立つ、それが一つのビルディングを数棟束ねた太さのコンクリートの柱。六本のそれが六角形を描くその上に、その柱を頂点とする六角柱状の要塞が天を高く衝いて聳え立つ。

 

鱗の様に覆うのは半透明の太陽光パネルで、打ち付ける雨の雫で白く濁って中は見えない。全高は実に一二〇メートル。どこか神話の巨竜を思わせるその形状。どこまで登っても終わることのない悪夢の様に、延々と重なる。

要塞の基部、六本のコンクリート柱のその一つに接近。

操舵手はどんな度胸をしているのだろうか。速度も緩めずに突っ込み、柱に擦り付ける様に横づけする。そのくせ傷ひとつつかない精密さで、切り立つコンクリートの断崖にーー接岸した。

 

 

 

 

 

その光景はシン達には、自殺行為そのものと映る。みるみる迫り来るコンクリートの絶壁に知らず息を詰め、目を見開いたまま無意識にその時に備える。

衝突する、その直前で征海艦は僅かに舵を切り、艦首傍の舷側に横づけする形で要塞に接岸。ーーここなら柱の基部が邪魔で、少なくとも突入部隊が登る間は敵の砲撃も受けずらい。

 

ーー作戦開始。

 

かちりと意識が切り替わる。雨滴に叩き伏せされたかの様に伏せていた〈アンダーテイカー〉を、ほとんど無意識に立ち上がらせる。ーーその時は自然の暴威への畏怖も圧迫も、戦闘に最適化された意識の中から消し飛ぶ。

 

レーナの号令が飛ぶ。

 

『砲兵部隊、射撃開始。ーースピアヘッド戦隊、進出なさい!』



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#75 上陸

軍艦としても巨大な征海艦は飛行甲板までの高さは二〇メートル近い。鋼鉄の梁を格子に組んだ鋼鉄製の巨大な蜘蛛の巣。一口に鉄骨といえどその一本の大きさもまた巨大で戦車型でも容易く通れるほどの大きさだった。

最下層の迎撃部隊を砲兵に薙ぎ払わせ、ついで先陣を切ってスピアヘッド戦隊が進出。ワイヤーアンカーを梁に引っ掛けて跳躍し、アンカーを回収しながら着地する。

摩天貝楼拠点内部は幾つかの階層に分かれており、それぞれ三つのフロアに分け、階層AからEと呼称した。そのA階層一フロア、要塞最下層のフロアに立って、シンは頭上に広がる要塞、その内部を見上げる。

外から見ても巨大だったが、中か見るとその途方もない広さがよくわかる。基地一つ、工廠の一つが丸ごと収まる広大さだ。

正三角形の格子状の各フロアが重なり合ってレース模様を黒々と刻んでいた。最上階にいる電磁加速砲型へ補給をする為か複々線程のレールが弧を描いて各フロアを貫いていた。目眩のするような、白日夢のような海上楼閣の威容。

その影と亡霊達の悲嘆、永遠の薄明と幾何学模様の影絵を背景に。

ざ、と鉄色のレギオン特有の影が無数に、一斉に立ち上がった。

 

「うわ、例のザクがいるよ」

 

そう言い、同じく鉄色をした一機のモビルスーツが視界に入る。持っているのはヒートホーク、近接戦仕様だった。うっかり踏みつけられそうで怖いが、そんなことも言ってられない。

 

「ーー死神殿。予定通り、我ら〈アルカノスト〉が斥候を勤めまする」

 

言い置いて〈アルカノスト〉の一群が飛び出す。上のフロアに登るための足場は、レールの他は要塞中央部を二重の螺旋構造を描いて登る鉄骨製の階段のみ。これではどうぞここを撃ってくださいと言わんばかりだ。だから本来の足場ではない。壁面の構造材や支柱を軽量を生かして登り、増設したワイヤーアンカーを巻いて一直線に駆け上がる。

 

無論〈レギオン〉も黙っているわけがなく、〈アルカノスト〉進出と同時に囲うように近接猟兵型の一段が降り立つ。

その背後では対戦車砲兵型がずらと砲口を並べて立ち上がるところで、ここの主兵力は近接猟兵型と対戦車砲兵型のようだ。足場の悪いここでは軽くて運動性のいいこの機種が有効だ。

どうせ、隠れている〈レギオン〉の斥候型はシンの異能である程度わかる。自分たちの役目は〈レギオン〉を倒し、エイティシックスが進出するまでに戦力を減らすことが目的だ。

 

「まずは目を潰す。ーー優先して斥候型を狙う」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

揚陸を終えた艦隊は一旦通り過ぎた後、再集結して合州国艦隊と合流する。かの艦隊は要塞周囲を飛ぶザクに攻撃を加えられたのか、やや損傷していた。そんな艦隊の〈ステラマリス〉に照準が合わさる。

〈ステラマリス〉は戦車型の射程距離から離れており、征海艦単体では脆弱だ。〈レギオン〉にとっては鴨であり、〈ステラマリス〉はこの作戦最大の弱点だ。摩天貝楼の上、第五層。弾薬切れに追い込んだはずの電磁加速砲型が円蓋を出て身を乗り出し、俯角を取って青白い稲妻を纏う。

 

「まぁ、狙うわな。俺だってそうする」

 

その瞬間、合州国艦隊が砲撃を開始する。流石はメガ粒子砲、強烈な砲戦とミサイルが飛翔し、砲身が爆発を起こし、更には飛行するモビルスーツ隊の一斉射で砲身が溶けて根本から折れた。

 

「ーー電磁加速砲型の砲身の破壊に成功」

『ちっ、野郎装甲と装弾数を増やしていやがったか……』

 

少なくとも対ビームコーティングを施していた時点で装甲面ではかなり強化されている。去年の時にリノ達の長距離攻撃で砲身が破壊されたのを見ての変更だろうか。クラウのガンペリーからの狙撃と合わさって砲身を破壊していた。どっからその技術を持ってきたのやら……

 

『ええ。ですが声はまだ消えていないーーまだ撃破には至っていません。残弾を残している以上、砲身交換が完了次第、砲撃が再開される』

 

第一層第二フロアを攻略中のシンが応じる。

つまり、それまでに拠点の制圧と、電磁加速砲型の撃破を完了させなければならない。

工廠と思われていた拠点であったが実際は全てのフロアが空洞で、拠点の制御中枢と思われた二機目の〈羊飼い〉も電磁加速砲型と同じ最上層にいるらしい。撃破目標が同じ場所にいるのはいいが、……電磁加速砲型ではない二機目の正体は不明だ。

 

『換装完了までの、予想時間は?』

「この一月の、船団国群への砲撃のインターバルは最小で六時間……同程度と見てください」

 

六時間……それまでに作戦を完了させなければならない。

 

『レオーネ、上から直接行けないか?』

『やれるならとっくにやってる。突入するにしたって向こうのレーザー兵器の攻撃と対空自走砲型の攻撃で接近は無理だ』

 

そう言い、リノは要塞を周回しながらついでにレギオンを外側から実弾で攻撃していた。要塞を溶断するわけには行かない。よって要塞への攻撃は実弾のみで終わっていた。

 

 

 

先程までおそらくはオリジナルのバックパックを装備したレギオンザクが要塞から飛び出しており、その対処に追われてしまった。飛び出したレギオンザクは全機撃墜し、外は一瞬の静粛に包まれた。

 

「ーーこちらの損害は?」

『リゼル一機、ジェガンが二機。パイロットは一名殉職。残りは着艦したわ』

「……了解した」

 

損害を確認し、リノは内心冷や汗をかく。元々少ないとはいえ、三機を失った。予備機は〈アレグランサ〉にあるが、パイロットの負荷を考えて再出撃は無理。つまり、残り十二機でこの戦線を抑えなければならない。

 

「早めに来てくれよ。エイティシックス……」

 

そう言いながらリノは要塞のビルディングの間をすり抜けて〈レギオン〉の注意を引いていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

積載重量が限られる中、分析のための演算能力を持ち込むレーナの〈ヴァナヴィース〉とヴィーカの〈カデューカ〉の中。

斥候を行う〈アルカノスト〉を管制しながら、その〈アルカノスト〉とのデータリンクを通じて共有される摩天貝楼拠点の光景にヴィーカは目を眇める。先刻までここを埋めていた〈ジャガーノート〉は出撃し、広くなった〈ステラマリス〉の中。

建築途中のような、立ったまま朽ちた巨獣の白骨の様な、この異様な形状の要塞。

 

……建造の目的はなんだ?

 

それが分からない。工廠と、ザイシャは言ったが、その様な設備はない。これからその予定で、これから資材を運ぶ予定だったのだろうか。よもや電磁加速砲型の砲撃陣地だけなわけもあるまい。それならそもそもこんな遠洋に作る必要はない。

目的が見えない、出所も分からぬほど大量に投入された鉄材の、それだけの投資をする価値はあるのだろうか?

いや。

 

「出所については、分かりきっているか」

 

未だ阻電錯乱型の電波妨害で鎖されて、多くの国家、勢力圏は未だに連絡がつかない。生存さえも分からぬまま。

例えば大攻勢で滅びても、ーーその声はこの周辺国には届かない。

滅亡を確認できないのは……どの国も滅亡していない事とイコールではない。そう、ゼレーネも言っていた、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

「……ミリーゼの予想、当たるかもしれんな」

 

少なくとも、自分たちのよく知る国でも同じとをしていると、レーナから聞いていた。そしてヴィーカは知覚同調を起動させる。

 

「ホーンドアウル。今から要塞の周囲をマッピングして欲しい。できるか?」

『良いけど、何に使うの?』

「いや、念の為だ」

『了解』

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

大火力だから軽装甲の対戦車自走砲型は各層に濃密な火力ポケットを構成し、進出と同時に猛砲火を浴びせてくる対戦車砲兵型。足元の奈落にも一切恐怖なく飛び移り、垂直面をワイヤーの支えなしに疾走して飛び掛かり、一対目の脚部を高周波ブレードで斬りつけてくる近接猟兵型。

何よりもこの第一層第三フロアからは遥かに高い第五層、底面に群れる阻電錯乱型の銀の紗幕を割って降り注ぐ。電磁加速砲型の六連装回転式機関砲の掃射。

知覚同調で確認する〈レギオン〉の絶叫。それが強まり、ライデンは急停止。目の前を機関砲弾の弾道が斜めに斬り裂く。一撃でへし折られた鉄骨の梁が外れて落ちていく。

四〇ミリの機関砲弾だ。〈ヴァナルガンド〉の上面装甲すら貫徹する……。一呼吸で何百発もの弾丸を吐き出し、加熱しやすいのが問題点だが、幾らか増設した様だ。

 

視界の端、僚機が登攀しかけた垂直の支柱から飛び移るのが目に映る。あれはカイエの機体だ……

ちょうど近接猟兵型の突貫を外れた様だった。目標を失い、そのまま虚しく落ちていく近接猟兵型を〈キルシュブリューテ〉は照準し。

直後に上層の梁に隠れていた自走地雷が飛びかかった。

 

『っ!?』

 

その瞬間、ライデンが動く直前。自走地雷に一発のビームが貫通する。外を飛行するハミングバードからだ。ついでに〈アンダーテイカー〉が落ちていく近接猟兵型の動きに気づき砲撃。背中のミサイルに誘爆して爆散。

 

『……済まない。助かった』

『気をつけろよ』

 

一方で無言のまま、頷いたらしいシンが指揮下の全隊と、それからユートやリノに知覚同調をつなぎ直す。しんと静謐な、それでいてよく通る声が戦場を渡る。

 

『各機。敵迎撃部隊に自走地雷を確認。小型で見落としやすい。データリンクを当てにしすぎるな。警戒を厳に』

 

本来なら言うまでもない当然の注意に改めて促して、静謐な声音のまま、ふと、かれらの死神は言い添えた。

 

『作戦時間はまだある。ーー悠長にもできないけど、焦る必要もない』

 

すると、知覚同調で連絡がいく。

 

『済まない、こっちの推進剤が切れかけている。一時戦線を離脱する』

『了解した。まだ焦らなくても良い、気をつけろ』

『忠告感謝する』

 

そう言い、ガンダムは要塞から離れてカイラム級に補給をしに向かった。

 

 

 

 

 



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#76 人の形

リノのハミングバードが推進剤補充の為に戻った頃。艦内には同じく補給を受けて再び飛んで行くジェガンの姿が見える。要塞からの攻撃は今は治っており、戦場の中の一時的な静粛が訪れていた。

 

少なくとも征海艦が到着する前までは激戦が繰り広げられ、観測機母艦を沈めながら前進し、砲撃圏をほぼノンストップで飛行していた。十五機と言う明らかに電磁加速砲型相手には足りない火力。おまけに観測機母艦にレギオンザクがいた時は肝が冷えた。

レギオンには戦闘機は存在しないが、鹵獲したザクはそれには当てはまらないのだろうか。かの機体は背中に無骨なロケットエンジンを搭載して、無理矢理飛ばしていたが……

 

補給はこれで二度目。エイティシックス達が中に入ったお陰か、外への攻撃は収まっている。レギオンザクの登場の様子もなく。現在は補給を受けていた。

 

『こちらホーンドアウル。レオーネに報告』

 

推進剤を注入している中、リノは通信を受けて返事をする。

 

「こちらレオーネ。何があった?」

『お客さんよ。数八、艦隊に接近中』

「了解した」

 

するのその瞬間、戦艦から砲撃が飛んだのが確認した。おそらく〈アレグランサ〉のセンサも反応したのだろう。

手持ちのレパント級二隻は轟沈した。全てのロケット弾を打ち切った後に電磁加速砲型の囮となって……

 

おかげで船団国群の陽動艦隊の損害は極小で終わった。電磁加速砲型が蠅のような大きさでジェット機以上の速度で移動するモビルスーツ相手を撃ち落とすのは酷で、観測機を目に付く限りで堕として行った後は段々とその精度も落ちて無駄弾を撃たせていた。 

 

「補給員、すぐに出る。作業を中断してくれ」

『わ、分かりました!』

 

そして、推進剤を半分ほどまで補給したハミングバードは再びカタパルトに足を付けていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

A層第三フロア北東ブロックの最後の敵小隊を撃滅し、ついにA層の攻略が完了する。

シンの率いるスピアヘッド支隊に変わってユート率いるサンダーボルト支隊がB層へと進出。B層第一フロアの攻略を開始。その間にアンジュの〈スノウウィッチ〉を含め、スピアヘッド支隊は弾薬の補給を行う。警戒の部隊をA層第三フロアに残し、一旦第二フロアまで下がった彼女達の元へベースジャバーに乗せられて後続で運ばれてきた〈スカベンジャー〉達が上陸する。壁をビームサーベルで溶断して突入するダイナミックな入場。

この要塞は頂上層から最下層まで一〇〇メートル距離の範疇。対戦車砲や重機関銃。対戦車ミサイルでは至近距離に相当する範疇だ。ましてや対空砲である四〇ミリ機関砲では。

 

 

 

 

 

戦闘を交代し、補給と休息の時間といえど気が抜けない。油断なく上方に光学センサを向ける〈ジャガーノート〉の群れの中、ふとシャナが口を開いた。

 

『ーー流石に少し考えてしまうわね』

 

征海氏族に思い知らされてしまった。けど、考えれば当たり前のこと。

誇りなんて、いつ。どんなにそれが大切でも。

 

『あんなに目の前で、堂々と失くされてしまうと。同じ様になったら、私たちエイティシックスはどうなるのか。……あの人たちの様に、それでも笑えるのかしら、って』

 

む、と眉を寄せたらしいクレナが切り捨てる。考えることを拒否する様に、必要以上につっけんどんに。

 

『……シャナ、そんなの今考えることじゃないよ』

『なら、いつ考えるのかしら?』

 

切り返されてクレナは言葉に詰まる。半ば思考に沈んだ声色で、シャナは言う。

 

『私達はこれまで、考えなさすぎたんだと思うわ。もし私たちが誇りを失うとしたら、それは戦えなくなる時でしょう。戦い抜いた末路だってレーヴィチ要塞の、あの〈シリン〉の死骸の山だとはもうわかっているけど……そもそも戦い抜くことさえ出来なくなるかもしれないなんて考えた事はなくて、それはこの作戦でそうなってもおかしくはない。その事を私たちは……考えないといけなかったんじゃないかしら』

『つっても、だからって今考える事じゃねえぜ、シャナ。気になるのは分かるけどよ』

 

呆れた様にシデンが割り込んで、アンジュも頷く。言うとおり、ここは戦場。余計な事を考える暇はないし、外では砲撃が始まり戦闘が再発していた。

けど懸念してしまうのも尤もで、そして多分、シャナの言う事こそが本当は、正しいのだろうから。

戦い抜くと。そのためには戦闘に必要ない思考や感情を眠らせて、……そう言いながらいつのまにか、戦場で生きる事以外を考えずに。

 

『そうね、後で考えましょう。……それこそこの作戦が終わったら、海を見ながらでも』

 

その時には後でなんて、……言い訳のできない時間を選んで。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

要塞の外。最上層に行くと電磁加速砲型の対空火器で蜂の巣にされるのでその一個下で戦闘を行っているモビルスーツ隊は再び要塞の発進口からカタパルトに乗せられて発進する寸前のレギオンザクを確認する。

 

「沈め……」

 

そう言い、ビーム・スマートガンの引き金を引くとそのまま発進直前の砲戦仕様の…オリジナル版のザクの推進剤に着火し爆発。轟音が要塞に響く。

 

『ちょっと!?なんかすごい揺れたけど?!』

 

そう叫ぶのはハルト、次に文句の声が届く。要塞で爆発を起こすと建物全体に衝撃が加わると。言うわけで二度とすんなと言われた。

 

「これじゃあ、ビーム兵器攻撃は無理だな……」

 

少なくとも誘爆を起こす場所を狙って撃つにはいかないと思いながら現在の進捗を確認する。

 

「今はC層第一エリアか……」

 

戦闘が起きている場所を確認しながらリノはガンダムを駆る。現在、自分たちの任務は出て来るザクの迎撃と〈ステラマリス〉の防護。要塞上に行けない以上、中に入ったエイティシックス達が作戦成功の要だ。

リノはビーム・スマートガンを持つと引き金を引いてほぼ固定砲と化している戦車型を声を頼りに撃ち抜いていた。

 

 

 

 

 

電磁パイルを叩き込まれ、痙攣した戦車型が一旦言うて頽れる。伝わった振動にか、外壁のパネルがぴりぴりと鳴る。

絶叫が途絶え、それからつい、ふ、と一つ息を吐く。

脚を踏み外せば真っ逆様に落ちる、高所での戦闘。普段よりも神経を使う。モビルスーツの戦闘は時折飛翔する事もあるからこんな気分なのだろうか。今はC層第三フロア。残りは後四フロア。

頭上のフロアの連なりを見ると意識のどこか揺らされる気がする。いつまでも明けも暮れもしない薄明の青色の中、重なる無数の幾何学模様。まるで万華鏡を見ている様な気分だ。

果てしない連続を、その果てのなさを認識しきれない己を、突きつけられた気分になる。

所詮、目の前にあるものさえ本当は認識できない、……羽虫と同じ、己の矮小を。

 

……人間なんて、この世界には。

 

ふっと醒めた、八六区で染みついた思考が脳裏をよぎり頭を振って追い出す。……〈ステラマリス〉で聞いた、イシュマエルの言葉のせいか、この作戦を最後に、征海という民族の歴史と誇りを失う彼ら。エイティシックスですらそうなるぞと、まるで突きつけるかの様に。

そんなつもりでは、無いのだろうが……

 

 

 

 

 


 

 

 

 

一度、リノが〈ボロザク〉の発射口を破壊したお陰で意識が戻ったことはあったが、再びどれだけ戦っていたのかが分からなくなる。永遠と続く、虚像の空間。

こんな場所で、何を目指して、どこに向かっているのかもわからなくなる様な空間で。自分の形も今にも見失いそうなこんな世界で。

僕は。

 

『ーーノウゼン、第四層だ。交代しよう』

『ああ、頼む』

 

気づくとサンダーボルト支隊が駆け上がって、次のフロアに行かねばとセオは思う。そのサンダーボルト支隊の、それを率いるユートから不意に知覚同調を繋いでくる。

 

『ーーリッカ?交代だ、下がってくれ』

「えっ」

 

聞き返してセオは我に戻る。指示を、聞き逃した。

 

「……ごめん」

 

各フロアの制圧ごとに支隊は交代している。人間の集中力はそこまで続かないし、補給の問題もある。

少し慌てて進路を開けたセオに、ふとユートが続けた。

 

『どこかの伝承では、人を超越しようとする者は塔を登るそうだ』

「……は?」

『世界の果てにある塔だ。螺旋の階段でできていて、段を登るごとに感情や欲、悪心や懊悩を切り捨てる。頂上に辿り着く頃にはおよそ人間の全ての苦悩を脱ぎ捨てる』

 

いきなり、何の話を。

 

「ユート…もしかして動揺している?」

 

……螺旋の階段を登るごとにあらゆる苦悩を切り捨てる。

それはまるで幸福の記憶を、圧倒的な敵機や死闘、死そのものに対する教具や悲観を。生き物として当然の生存の欲求を削ぎ落としながら戦い続けた。

 

かつてのエイティシックスが閉じ込められた、八六区の様な。

ユートが言う。ひた、と見据える、光学センサの無機質な眼差し。

 

()()。さっきの話のせいだろうし、この塔はそれを思い出す』

 

それは本当に、……ユートの事なのだろうか。まるで鏡写しの自分と話している様だ。

 

『八六区でその話を聞いた時、少し考えた。もし上ったのがエイティシックスなら、戦い抜く誇りは切り捨てられず残るのか。……それとも誇りさえも、切り捨ててしまうのか、と』

 

いずれ、死ぬ時に。今、死ぬとしたら。戦い抜いた誇りはせめて。この手の中に。

それとも。ーーそれさえ、征海氏族達の様に。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

その瞬間、知覚同調越しに怒声が聞こえた。

 

『ガキども!逃げろ!!』

「え?」

 

その瞬間、半透明のパネルの外。大きな黒い影が煙を吐いてどんどん大きくなる。

 

『っ!!まずい……』

 

その瞬間、セオ達は向かってくるその影が何なのかを理解して慌てて逃げ出す。先ほどまで話していた塔の話は一旦は仕舞われる。

そして、大きな影はパネルを突き破り、要塞に突っ込む形で撃墜する。足場の鉄骨が壊され、ボルトが吹っ飛んで海に落ちていく。

突っ込んできたザクはそのまま一旦は要塞の建材と化すも、そのまま金切り音を出しながら先ほどの鉄骨と同じ様に奈落に落ちていく。

 

「ちょっと!……こっちにザク落とさないでよ!!」

 

思わずそう叫ぶとリノが開いたパネルの外から顔を覗かせて申し訳ささそうに言う。

 

『すまん、まさか要塞に突入するとは思わなかった。だけど、お前らに実弾打ち込むわけにも行かんだろう』

「そんなのはごめんだね」

 

先ほどとは打って違って、生きているのだと自分の形を認識した様な気がした。

 

 

 

 

 



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#77 原生海獣の声

 

 

 

 

 

こぉん、と、海が鳴る。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ーーん、」

 

下から聞こえた気のする声に、シンは瞬く。

 

「……海の中?」

 

現在、サンダーボルト支隊が第四層を攻略中。ここを攻略すればいよいよ第五層、電磁加速砲型のいる場所に突入する。現在スピアヘッド支隊は第三層にて補給を受けていた。

 

「レーナ、海の中……何かいる様に聞こえます」

 

今は声は聞こえない、……けれど気のせいではない……

 

 

 

 

 

 

「海の中、ですか?ーー確認します」

 

応じてレーナはイシュマエルに目を向ける。

手短に要望を伝え、ソナーには現状。反応はないが首を傾げつつも頷く。待機中より電場が減衰する水中では、レーダーは役にたたない。音響を利用するソナーが頼りだ。

指示を受けたソナー室から応答が返る。

 

『兄上。原生海獣が歌っています。かなり遠いですが……そのせいでは?』

「……マジか」

 

イシュマエルは小さく呻く。今度はレーナが首を傾げ、傍で苦く天を仰いで呟く。

 

「こんな鼻先でドンパチやってりゃ気に障るだろうが……今は来るんじゃねえぞ。頼むから」

 

すると話を聞いていたリノが第二波最後のザクを堕としながら呟く。

 

『そうなら、砲光種にでも電磁加速砲型を撃って欲しいものだ』

「馬鹿言え、相手は見境なく攻撃するに決まってんだろ。お前も堕とされる」

『そうですよねぇ〜……はぁ』

 

原生海獣を知っているのか、イシュマエルとリノの話は繋がっている様だった。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「原生海獣、ですか?……流石にその声と〈レギオン〉を誤認するとは思いませんが……」

 

レーナを経由して帰った答えに、シンは瞬く。

自分が異能として捉えるのは、物理的な音ではなく死んでなお残る亡霊達、最期の言葉や思惟。生き物の原生海獣と鳴き声を混同するとは思えないが……

しかし確証はない、原生海獣の声は船団国群に訪れた時に初めて聞いた。遠く幽かに聞こえていた。彼らの棲む碧洋はあの海岸から数百キロも彼方。この声が陸地まで届くなら。あるいは原生海獣の発する『歌』は音よりも〈レギオン〉の嘆きに近いのかもしれない。

 

「ーー了解。ですが、引き続き警戒を」

『ええ。それは元より。ーーその、……大尉達こそ、気をつけて』

 

僅かに抑えた声で付け加えられた言葉に一つ瞬いた。

 

『侵攻ペース、予定より随分早いです。……もし、何か焦っているなら』

「……ああ」

 

電磁加速砲型の砲火を交える前のイシュマエルの話か。

時間はあれから数時間ほど経っていた。誰もが落ち着いてはいるが、何人かがまだに動揺したままなのをシンは知っている。だから意図的に警戒を促したのだが。

 

「了解。作戦ももう大詰めで、疲労の出る頃合いです。……気をつけさせます」

『あの、決してあなたの指揮を責めているわけでは……』

「それは分かっています。……大丈夫ですよレーナ。少なくとも俺は」

 

連合王国の時の様に惑ったりはしない。むしろ、寄る辺などなくても生きていけると示してくれた様なものだ。イシュマエルにはそのつもりもあっただろうし、そう思えるほどには自分の中で、何かが変わっていると思う。

だから心配すべきは、この作戦での自分ではなく。

 

少し考えて無線を全員に切り替えて話を続けた。

 

「ーー例の原生海獣の骨ーーニコルでしたか。実は、戦争が始まる前に見た事があるのですが」

 

突然の話題転換、それも作戦に関係のない雑談。不審げにレーナは頷く。

 

『……ええ、』

「この戦争がなかったら、もしかしたらそれがきっかけで、研究にでも進んでいたかもとは思いました。子供の頃は、そう、人並みに怪獣の類は好きだったので」

 

レーナも察したらしい、あえて澄ました、揶揄う口調で応じる。

 

『知ってます。……シンが八六区で何度も送って来ていた出鱈目な戦闘報告書、最後の方は書くことに困ったのでしょう。昔のアニメの怪獣と戦ったましたから』

 

予想外のすっかり忘れていた話が帰ってくる。

思わず呻き声を上げてしまう。そうだった。そう言えば。

どうせハンドラーは読まないからと適当に使い回していたそれは、本当に出鱈目で。今思うとそれも言えないものだった。

 

『報告書、今はちゃんと書いていますか?』

「書いています。と言うか、読んでいるでしょう?まさか紙飛行機にでもしてるんですか」

『いつまでも飛んでいるものは、内容が薄くて軽いダメな報告書と判断しています』

「酷いですね……」

 

知覚同調の向こうで何人か失笑し、合わせて緊張が僅かに緩む。…らしく無いが、無駄話の甲斐はあったか。

 

『…気をつけて』

「ええ」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

らしく無いやりとり、けれど思惑通りのせられて笑ってしまいながらセオは言う。

 

「因みになんだけど。シン、リトと同じことまで言っているからね」

 

微妙に間が空いたのは、どうやら顔を顰めたから、らしい。

 

「行けば?研究、今からでも。リトと一緒にさ」

『……研究はまあ、悪く無いかも知れないけど。リトのお守りはもうごめんだな』

「ひっど」

 

くすくすと笑い、そのまま続けた。

 

「シンは、さ」

 

軽口のつもりだったが、うまくいかなかった。

 

「本当にこの作戦ーー来てよかったの?」

 

チラリと〈アンダーテイカー〉の光学センサがこちらを見る。

その向こう、同じ色彩の、けれど同じ無機質さは随分払拭された血赤の瞳を思った。

 

シンは変わった。

生きていたいと、思うことができた。……幸福になりたいと願えるようになった。

戦争で分かたれてしまった、会ったこともない祖父母に、会おうと思えた。

かつて八六区の戦場で、誰をも救うのに誰からも救われない死神だったはずの彼を唯一救ってくれた泣き虫のハンドラーにーー共に生きたいと、想いを伝えることができた。

未だどこも歩き出せない、自分とは違って。

 

「まだ僕たちと一緒に来たりなんかして。まだ戦争なんかして、プロセッサーのままで本当にいいの?だってもうーー戦わなくてもいいんじゃ無いの?」

 

言いながら気づく。違う。

戦わなくていい、じゃ無い。戦わないで欲しい。

だってもう、戦わなくてもいい。戦い抜く誇り以外ないもないわけでも、戦場以外に生きる場所がないわけでもない。

それなら戦わないで欲しい。戦場になんて立たないで欲しい。

戦場にいたら、奪われてしまう。イシュマエルが、他の人たちがそうなった様に、それがどれだけ大切でもどれほど必死に抱えていても、鼻で笑うみたいに容易く、あっけなく奪われてしまう。

 

ーー八六区を出ていつのまにか忘れてしまっていた。

最期まで戦い抜くと言う、……それしかない誇り。

そんなものは不確かだ。いつ奪われるとも知れない。奪われないものなんてこの世界には無い。むしろそれしか無いからこそ、ーー理不尽に奪われるのがこの世界の道理。

それならせめて君は。君だけでも。

奪われる前に。また何もかも失くす前に。

戦隊長みたいに、失くす前に。

 

「戦争なんかやめて。……忘れてももう、いいんじゃ無いの?」

 

エイティシックスにとって侮辱でさえある、少なくとも自分が言われたら憤慨するだろうその言葉に。

シンは小さく、苦笑するみたいに笑ったらしかった。

 

『セオ。……今、誰と話しているつもりになっていたんだ?』

 

セオは硬直する。

シンに戦隊長と重ねていたのを。本当は戦隊長に言いたかったことをいつのまにか、彼に問うていたのを見抜かれた。

知覚同調はいつのまにか切り替えられ、彼とだけ繋がっていた。

 

『そうだな、言う通り、戦わなくてもいいんだと思う。誇りしかないとは言わないし、戦場に居場所がないとも、もう思わない。……けど、戦わないと行きたいところに行き着けないし、……それ以上に自分に恥じない様に生きたい』

 

ーー自分に恥じないなら、上等だろ

ーーそうでもしないと、俺は艦隊司令に申し訳が立たない。

 

『だからーー……』

 

不意に知覚同調に対象が一人増えて、無機質なまでに平坦な声が言った。

 

『ノウゼン。第四層、制圧完了した』

 

ふっとシンが口を噤む。

次の瞬間、知覚同調が繋ぎ直され、彼の指揮下の全員に。

応じる声は総隊長としての。

どこか、遠い様な。

 

『了解。ーー各位。これより頂上層、電磁加速砲型の攻略に入る。先に対空設備を破壊してくれ。そうすればMSが突入できる』

 

 

 

 

 

 



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#78 光学迷彩

敵部隊がついに眼下まで進出ーー敵部隊との交戦距離まで近づかれた。

その様に電磁加速砲型のーーその中の亡霊は歯噛みする。この防衛機能の使用は、()()()()()()()を鑑みれば避けるべき。

仕方ない。()()()に、破壊されでもしたら元も子もない。

 

《コーラレ・ワンよりコーラレ・シンセンスーー防衛機構を最小限使用》

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

視界の端の爆発ボルトが作動した。固定された鉄骨の梁が全て落ちる。

要塞頂上の一つ下。第四層第三フロアの床全てが……

 

「なっ……!?」

 

アンカーを掛け、進出した所だった。〈アンダーテイカー〉はひとたまりもなく落下する。同様に登っていたサンダーボルト戦隊機も。

続けてその下。第四層第二フロアのボルトも落下して落下する。

第一層にいた僚機が慌てて柱の側により、また第三層に飛び降りて着地のために空間を開ける。鉄骨の雨をかろうじて避けつつ、第四層第二フロアの壁面に身軽な〈アルカノスト〉だけが取り憑いて残る。

第四層第三フロアの梁の上に飛び上がった、崩落の瞬間。空中で姿勢制御し、どうにか第四層第一フロアの梁の一つに着地する。

 

「っ……!」

 

いくら高機動用に強力なショックアブソーバーが取り付けられても意識が持っていかれる。

人であるが故の致命的な棒立ち。その一瞬の隙。上から何かが壁を伝って降りてくる。レーダーにもセンサにも映らない。けどそこに居る亡霊の声……

アドレナリンで遅く感じる時間。とてもでは無いが避けられない。目だけが虚しく、モーターで回転を始める機関砲を見上げてーー

 

『ーーダーニャ』

『御意に』

 

直後に第四層第三フロアから〈アルカノスト〉八機が飛び出す。〈ジャガーノート〉を庇える位置に。

 

『ではみなさん。次の戦で』

 

回転機関砲の掃射。

四〇ミリ機関砲の膨大な破壊力で引きちぎられた〈アルカノスト〉の華奢な機体がコックピットごと引き裂き、なかの高性能爆薬が炸裂。目の前の視界を朱く照らす。

墜落した〈ジャガーノート〉は続く熱戦の攻撃から逃げる。見上げてホッと息を吐き、それから唇を引き結ぶ。それでいいとは言うが……レーナとて慣れていい犠牲では無い。

 

「……ヴィーカ、すみません。助かりました」

『構わん。あれらの役目だ』

 

無駄に時間を使うなと言外に言われた短い返事が返る。

 

「今の罠は」

『次はない。何度もできるならそもそも〈ジャガーノート〉が突入した時点でやっている』

 

見解は同じ、か。

この要塞はレールガンの砲陣地。それも高い塔の形状のため強烈な横風が吹き付ける。そのため梁を落とせばそれだけ命中制度は落ちる。射撃精度を上げるためにそれは許容できない悪条件だ。そう容易く、フロアは落とせない。

 

『むしろ第二波、不明機の攻撃の方が厄介だ。自走対空砲が体外にも隠れている可能性がある。そちらの解析は受け持つ。ヴェーラ、ヤニーナ、〈ジャガーノート〉が避けられない時は自己判断でカバーに入れ』

 

単純な行動であれば管制無しで実行可能だ。ヴィーカは命令をした後、どうやら解析のために〈カデューカ〉のシステムを立ち上げたらしい。

 

『レルヒェ、一旦下がれ。〈ツィカーダ〉展開。……全て見ろ』

 

 

 

 

 

同じ頃、〈アレグランサ〉では艦長の指示で先ほどの熱線攻撃がビーム兵器の可能性を見ていた。前哨戦でリノが受けた攻撃の中にレーザーらしき物があったからだ。

 

『ビーム攪拌膜、展開!』

 

その攻撃をみた〈アレグランサ〉艦長が指示を出し、艦首ミサイルランチャーから数発のミサイルが発射される。空中で爆発するも爆炎らしき物は見えなかった。しかし、知覚同調で艦長は叫ぶ。

 

「こちら〈アレグランサ〉艦長。ビーム攪拌膜を展開した。以後、実弾兵器の使用を優先せよ」

 

 

 

 

吹き荒れた爆風に阻電錯乱型の蝶の群れは靡く様に天をさす。その織りなす紗幕が一瞬だけ剥ぎ取られる。

電磁加速砲型の威容が一時〈レギンレイブ〉の前に曝け出される。

基本形状は一年前と同じ。天に広がる、銀糸を編んだ二対の翅。黒い荒天に鬼火の様にぼうと浮かぶ、蒼い光学センサ。装甲モジュールを連ねて竜の鱗のような漆黒の装甲。全高十一メートルの見上げるばかりの巨躯。そして何より特徴的な一対の、今は折れたままの砲身。

天候と相まって悪しき竜の様にも見えた。

唯一異なるのは二対の翅の間から伸びる四対八本の鋼鉄の脚。まるで羽の落ちた鳥の翼の様なーーその先に四〇ミリ回転機関砲を煌めかせるガンマウントアーム。

機関砲が回転し、照準がそれぞれ別の〈ジャガーノート〉に向く。

 

 

 

掃射ーーしたのはリノの駆るガンダムだった。頭部の六〇ミリバルカン砲二門がガンマウントアームを攻撃し、一部は爆発する。

 

『シン!乗れ!』

 

そう叫び、接近してくるリノのガンダム。下ではSFSに乗ったジェガンが接近し、〈レギンレイブ〉を回収し始めていた。

 

「助かった……」

 

ガンダムが通過する瞬間にシンはアンカーを外し、落下した途端。通過するウェイブライダー形態に変形したハミングバードの上に乗っかる。機体を壊さない様に慎重に機体の背中に取り付くと、その直後。頂上階の底面、何もないーーそれどころか声も聞こえぬ虚空から突如火線が吐き出される。

 

「っ!?」

『問題ない』

 

しかし、直後。火線はゆらゆらと陽炎のようになって消えていく。

 

『さっきビーム攪拌膜を撃った。実弾しか使えないが、功を奏したな……』

 

そう言った直後、格子を刻むように先ほどいた場所から朱く煌めく熱線を射爆するも、リノ達に届くことは無かった。ーー自動工場型の子機にして護衛機、攻撃子機型。

 

「……」

 

一旦要塞の周囲を旋回し、シンは背中に乗ったまま凝視する。本来はこんな運用を想定していないので危険極まりないのだが、少しくらいは問題なかった。

そして、攻撃子機型もそうだが、一部の回転機関砲の姿も見えなかった。こちらもやはり。

傍ら、セオが小さく呻く。

 

『光学迷彩……!!』

 

初めは高機動型で使われていた技術が、ついに他の機種でも使われ始めた。

一瞬焼き落とされた蝶の翅の後に見えた灰色は唐突に消える。……迷彩を織りなす群れを合流して欠けた分を補う。反撃の為に機銃を向け……けれど撃てず、逆に照準されて飛び退くライデンが苦く溢す。

 

『駄目か。……面倒な巣に篭りやがって』

『……攻撃子機型も射爆の時以外は出てこないのね…厄介だわ』

 

目標が鎮座する頂上階と第四層の間。攻撃子機型が逃げ込んだ頂上階底面はそこだけで何重も鋼鉄の梁が、鉄格子が防壁の様に複雑に張り渡されている。直線的に飛ぶ戦車砲、機銃弾の射線はこれではほとんど取れない。

 

「ビーム兵器は……」

『無理だ、ビーム攪拌膜を撒いたから暫くは……』

 

声が聞こえる以上、光学迷彩に隠れていようが動きは見える。が、数が多すぎる。射爆の度に全員に警告は出せない。回転機関砲は制御系が一つ一つあるわけではないので、動きさえ看破できない。

 

『くそっ、こんな時。広範囲に攻撃出来ればな……サーモバリック爆弾でも持ってこればよかった』

 

攻撃子機型の攻撃は全ては追えない。機関砲に至っては動きすら見えない。

それでも回避さえさせられればーー戦力は維持したまま時間を稼ぎ、情報を集められれば。

 

「ーーレーナ」

 

嵐の中、不安定な足場の元。シンは知覚同調を起動する。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「……ええ。光学迷彩については私が」

 

レーナは頷き、連邦軍服の下に纏う〈ツィカーダ〉を、淡く紫銀に仄光らせる。()()()()()()突入部隊を減らして持ってきた砲兵使用機。

ただ、要塞を覆う外壁パネルが思いの外頑丈で、砲兵使用の八八ミリキャニスター弾程度では貫通できない。対ビームコーティングでメガ粒子砲でも破壊は困難な上に、ビーム攪拌膜でビーム兵器系は一時使用不能。頂上階上部の遮蔽、大型の砲弾やモビルスーツからの攻撃を防ぐための円蓋はすり抜けるだろうが、それだけでは火力が足りないだろうからーー……。

傍ら、イシュマエルとエステルが小声で交わす会話が聞こえる。おそらく全て任せきりで歯痒いのだろう。映し出される要塞を見ながら。

 

「ーー援護射撃に〈ステラマリス〉の主砲かましてやってもだめかな」

「おそらく貫徹に至りません。それにあの至近距離です。友軍誤射にもなりかねません」

「〈レギンレイブ〉の装甲じゃあ誤射じゃなくても四〇センチ榴弾は破片でも不味いか……主砲以外は?」

「破竜砲を?この距離と風の中で?」

「……悪い、もっと無理だな」

『ねぇ、こっちからバズーカ撃って攻撃して上から穴開けた方が良いんじゃないの?』

 

仕舞いにはクラウからハイパーバズーカによる攻撃まで提案される始末。そんな中レーナは思考を回す。

 

風……穴……っ!!

 

ぱっとレーナは顔を上げた。外側からは難しくても。

 

「艦長、ご協力をいただきたく。……〈ステラマリス〉の主砲を貸してください」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

レーナの案を知覚同調越しに聞き終えて、続けてヴィーカは言う。〈チャイカ〉で記録させた、攻撃子機型の射撃パターンを、〈カデューカ〉のホロウィンドウに映して。

 

「こちらの解析にはもう少しデータがいる。ノウゼン、クロウ、すまんが暫し耐えろ」

 

今更この注文に不満を言うエイティシックスではない。そしてレーナが続ける。

 

『解析次第反撃に移ります、報告を。ーーシン、ユート』

 

歴戦の号持ち達はさらりと応じる。

 

「……先に回転機関砲と攻撃子機型を、でしょう」

『回避を優先しつつ、そのつもりで配置しておく』

 

そう言うと、シンは下で飛行するリノに言う。

 

「下ろしてくれ。そっちも必要な装備があるだろ」

『了解、気をつけろよ』

 

そう言うと、リノは速度を落として要塞に接近するとそのままシンは要塞に飛び降り、リノはそのまま〈アレグランサ〉に一時帰還していった。




今更ながら、ザクマシンガンの構造が自分が思っていたのと違った事に唖然……。
ブレンガンとかと同じ構造かと思ってた……。


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#79 嵐の作戦

足場に注意しながら登攀し、ここまで上がってきた。しかし極限まで研ぎ澄まされた神経が疲労。

退路を誤って射撃を喰らい、すぐ近くの僚機の存在を失念し衝突し。あるいは脚を踏み外して下層へと転落し、戦死者と負傷脱落者の数は積み上がっていた。その様子にガンスリンガーの中でクレナはきつく歯噛みをしていた

自分の役割は仲間やシンを危うくする敵機の排除。電磁加速砲型のような高価値目標を仕留めるために狙撃砲を装備するガンスリンガーに期待される役割でーーシンの傍らで戦い続ける為に自分が研いだ技能だったはずだ。

それなのに、クレナは標準を合わせることですらできていない

 

気ばかりが焦る。

 

見えない射撃がとにかく厄介だ。合計するとどうやら二四基あるらしい回転機関砲の波状攻撃と要塞外周から水平の格子を描いて中央から放射状に、頂上階の底面全体から垂直に、一方から斜めの角度でランダムに照射される攻撃子機型の熱戦と。

どちらも数が多い上に射撃範囲が広い影響で回避に専念するしかない。警告がどうしても先になり、鋼鉄の梁の巣に籠る間はなかなか砲撃が通らない。反撃ができない。

 

ジリジリと焦燥が腹の中を焦がす。

私は、同胞なのに。シンと同じーーいつまでも同じ、エイティシックスなのに。

 

戦い抜く者 なのに。

 

それは失われない。

そう教えてくれた人が、今日彼ら自身の誇りを失うことは思い出さないふりをしていた。

 

シデンの〈キュプクロス〉を追おうとした回転機関砲の照準が、ーー不意に静止して〈ガンスリンガー〉に切り替わる。暗い砲口に睨みつけられてようやく、クレナはそれに気づく。

 

「っ、ブラフ……!?」

 

回避は間に合わない。無意識に身を強ばらせた。

転瞬。

八八ミリの砲号と共に、回転機関砲の側面に着弾。

撃ったのは〈アンダーテイカー〉。シン。

 

『大丈夫か?クレナ』

 

聞き慣れた彼の静謐な声が問うてくる。ほっとクレナは息をついた。

そう、きっと大丈夫だ。

どんな事だってきっと今みたいに何とかなる。彼女の死神はこんな風にーー決して自分を見捨てないでくれる

 

だから、大丈夫。

 

「うん!」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

クレナの声を聞いてシンは小さく息をついた。彼の異能は物理的な音声ではない。レーダーのように共有できないのもどかしかった。

〈レギオン〉の位置が聞き取れても、攻撃のタイミングを計れても、それだけでは全員を助けられない。それが嫌だと、強く思った。

 

フレデリカと同じだ。

奇跡に頼りたくはない。それ以上に彼女を犠牲にしたくもなくて、ーーけれどその結果、仲間が死ぬのも容認したくない。

 

エイティシックスが死ぬのは当たり前だとーーもう思いたくない。

無茶だと分かっている。

都合の良い奇跡を誰よりも願っているのは自分自身だ。

叶うならば、誰も犠牲にならない道を選びたい。

 

八六区をもう、……自分達は出たのだから。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

ジリジリを胸を焦がすような時間の果て、ヴィーカがついに解析を完了させ。データリンクを通じて各艦艇のホロスクリーンと戦闘中の機体に転送された。

 

「ヴィーカ、火力拘束、および面制圧の指揮権を一時そちらに預けます」

『了解。ーー該当する各機、聞いてたな。今送った通りに標準を設定しろ』

「シン、ユート。前衛の指揮はそのまま。突入のタイミングは任せます」

『了解』

「砲兵戦隊。次弾装填。弾種、対人散弾」

 

火に弱いアルミ合金の〈レギンレイブ〉がそれと乱戦になる可能性も考慮し、焼夷弾に加えて持ってきた弾薬だ。

 

『こちらモビルスーツ隊、準備完了。ハイパーバズーカを装備した』

 

リノからの報告もあり、レーナは了解して傍にいる征海艦隊の指揮官を見る。

 

「イシュマエル艦長」

「ああ、任せろ」

 

レーナは摩天貝楼拠点を見据え、レーナはその言葉を通信に乗せた。

 

「ーー作戦開始」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

砲身の摩耗ならまだしも、折れた砲身の換装には流石に時間がかかる。おまけにモビルスーツの攻撃で用弾装置が故障した。

敵部隊の排除は未だ未完了。

対空レーダー以外のあらゆるセンサと、有する三対二四基の回転機関砲を下方に下げ、指揮下の攻撃子機型と阻電撹乱型の指揮を執りながら射撃を繰り返す電磁加速砲型はふと、その高速の機関砲弾の奏でる叫喚の狭間に違う音を捕える。

聞こえるはずのない細やかなノイズ。

眼下の戦闘にさえ殆どマスキングされてしまう、何も聞こえないはずの聴音センサが。

 

遠くで、こぉん、と鳴く音を、幽かに捉えた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

凛とレーナは声を張った

 

「作戦開始ーー〈ジャガーノート〉は全機退避」

「撃ぇっ!」

 

イシュマエルの号令でステラマリスの主砲四〇センチ連装砲四門が射撃。

猛烈な衝撃波が飛行甲板を駆け抜けた。距離が近く、砲兵仕様の〈ジャガーノート〉が悲鳴を上げた。

砲弾は〈ステラマリス〉艦首方向。摩天貝楼拠点の上方へと突き進む。秒速八〇〇メートルの高速を持ってほぼ真上に飛翔し、時限信管が作動。空中で分裂した原生海獣の装甲鱗を剥ぎ取るための爆雷が外装パネルに食らいついた。

爆雷の炸裂と共に一溜りもなく広範囲にわたってへし折られる。

 

「ーー八八ミリ榴弾は耐えられても。四〇センチ榴弾は耐えられない。そしてーー」

 

拠点内部を外の嵐から守っていた壁が消えた。

嵐の風がまともに吹き込む。一気に侵入した強烈な風に摩天貝楼拠点内の気圧が瞬間的に上がった。

 

「この風圧の嵐ならーー内部から拭き飛ばせる!」

 

逃げ場を求めた風が第四層の全周に渡り、爆風にも似た威力で吹き飛ばした。

砕けた青い破片が海に降る。阻電錯乱型の脆い羽根は吹き散らされた。散々対空でモビルスーツを近寄らせなかった対空砲兵型も、ビームも風に負けて収束出来ずに吹き散らされる。

その間隙をつくようにして。

 

「砲兵戦隊、斉射!」

『バズーカ発射!』

 

〈ステラマリス〉の甲板上と、空中。砲兵使用の〈レギンレイブ〉一個戦隊とハイパーバズーカを持ったモビルスーツ隊が斉射。

対人散弾の詰まったキャニスター弾と三八〇ミリのサーモバリックロケット弾は放物線や斜め上から下に直接頂上階に、上下から電磁加速砲型とその宿る要塞頂上へと迫る。

空中で炸裂して霰のような散弾を撒き散らし、同時に爆発したサーモバリック爆薬が穴の空いた天蓋の中で炸裂。酸素と混合して大爆発を引き起こす。

機上に張り付く阻電攪乱型はその爆発と散弾に耐えきれず、燃やされていき、新たな阻電攪乱型が舞い降りるのを防ぐ。

 

光学迷彩に隠れる無数の攻撃子機型が、生き残っている八門の回転機関砲がーーついに露見した。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「火力拘束、面制圧仕様各機、照準補正!」

 

続けてヴィーカの司令が飛ぶと。それぞれ指定された場所へと砲撃をし始めた。艦砲射撃の後は要塞の内外で同時に作戦進行が必要だ。レーナでは難しいので、要塞内部。半分の指揮を彼が受け持つ。バズーカを持ったモビルスーツ隊はサーモバリック爆薬でひたすらに銀の翅を焼き尽くす。急激に酸素が消費されるためか、要塞内部でも下から上に向かって風が吹いているそうだ。

そして爆炎や暴風に煽られ、中にいたであろう潜んでいた攻撃子機型が姿を現した。

タダでさえ小型な部類の攻撃子機型は熱線を打つ為に莫大なエネルギーが必要になる。エネルギーパックを交換する時間もない。その為、どこか有線でつながっているのだろう。指定された場所にミサイルや砲撃が加わり、灼かれている攻撃子機型を続々と撃破していた。

そのう内、爆発した光学迷彩が剥がれ、柱の影に身を隠した攻撃子機型が姿を現す。文字通り翅のない蜂を思わせる、六脚の形状と〈レギオン〉特有の鉄色。針の代わりに腹に抱えた熱線の発振装置と光学センサを青く煌めかせ、一対の脚の昆虫めいた鋭い先端を梁の接続や設けられた穴に深々と差し込んでいる。

 

射点の固定ーーすなわち要塞からエネルギー供給のための電源口。

身を固定する攻撃子機型は咄嗟に移動ができない。この暴風で一瞬身動きが封じられたのも幸いした。

 

『掃射!』

 

四〇ミリ機関砲と、八八ミリ散弾砲に三八〇ミリロケット弾。その織りなす唸りと噛み付く咆哮、高い叫喚の合唱が、摩天貝楼拠点に轟いた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

バズーカの残弾も僅かの頃、ついに電磁加速砲型の回転機関砲がーー実に三対二十四基のガンマウントアームを剥き出しにした。

それに気づいた〈ジャガーノート〉は榴弾を放ち二対を、狙撃仕様の〈ジャガーノート〉が格子の奥に潜む八基を吹き飛ばした。

 

榴弾の炸裂にハイパーバズーカの爆炎。攻撃子機型の誘爆の焔。

第四層全体を赤黒く塗りつぶす業火に、電磁加速砲型のセンサーは塞がれた。転瞬、その爆炎を抜けてアンダーテイカーが駆け抜けた。頂上階の底面を高周波ブレードで切り開くとついに頂上階に到達した。

ごぉっ!と吼えた機械仕掛けの亡霊の断末魔は二つ。いずれも電磁加速砲型の中からだ。おそらくは制御中枢と、自由度の上がったガンマウントアームと回転機関砲。おそらくこの二つ用のサブのサブ中枢。

壊れたオルゴールのように鳴り響く思惟、その怨嗟と呪詛を繰り返していた。

 

帝国万歳、帝国万歳、帝国万歳ーー……

 

エルンストの予想通り、旧帝国の帝室派の残党。

切り開いて躍り上がった位置は電磁加速砲型の至近。三〇メートルもの砲身では例え砲が無事でも死角が存在する。砲塔の後ろに二対、天には向かうように広がる放熱索の翅が崩れる。バラりと解けて近接格闘用の導電ワイヤーと化し、先端の鍵爪を雪崩のように落とそうとする。

電磁加速砲型が自身を守るための最後の切り札。

 

けれどそれは。

 

一度見た攻撃はシンには通用しなかった。

解けて直ぐ、天を突くように広がった形だ。〈アンダーテイカー〉とは少し距離があった。その距離を詰めるよりも先に砲兵やハイパーバズーカの砲弾で燃え上がらせた。通電能力の失ったワイヤーはシンがブレードを当てて叩き落とし、メンテナンスハッチの上へと着地させる

 

一年前、フレデリカの騎士が潜んでいた場所に……

 

振り落とそうと暴れる姿はムカデが酸をかけられた時に似ていた。シンは兵装を五七ミリパイルドライバに変更、四基同時に爆発。激震に歯噛みしながらも兵装を今度は八八ミリ主砲に変更し。

 

トリガを引いた。

 

 

 

 

 



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