竜頭の錬金術師 (ワドワード・エルディック)
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第一章 錬金術の理論「基礎と応用と小技と戦闘」
第一話 錬金術の基礎「円」


ハガレン二次流行れ流行れ流行れ流行れ


 自分の国の名前、というのは気にしなければ中々気が付かないもので。

 街の名前──アルドクラウドというなんかかっちょ良さげな街に生まれたものだから、僕はアルドクラウドのレミー(愛称)という名乗りを今後使っていこうと決心したのが四日前。

 隣町はアゼンリーとヘレンスウェル。そしてウェストシティ。前者二つはそこそこかっちょいいけど、ウェストシティってどうなの、もしかして西にあるからウェストシティなのって聞いたらそうだよって帰ってきてオイオイネーミングセンスネーミングセンスって思ったのが三日前。でも東京だって東の京だしな、とも思った。

 それでお父さんの部屋にあったなんぞかものっそい分厚い本を読もうとして転んだのが二日前。まぁこの辺りで記憶を思い出すんだ。あ僕転生者じゃーんって。

 

 転生者といえばチートである。転生チート。

 

 無かったねー!

 カミサマとか出会ってないもんねー!!!

 

 それで、仕方がないので文字読めるチートで行こうとしてその分厚い本読んだら読めねーでやんの。いや、他の……日用品とかの文字はガッツリ英語なんだけど、その本に書いてあったのはこう……削った石で傷をつけた、みたいな文字で、まーったく読めなかった。

 お父さんにコレどうやって読むの、って聞いたら勝手に持ち出すなって怒られた。当然だった。

 

 そして今日、お父さんが読んでいた新聞を見て、ん? ってなった。

 そこに書いてあった国名──僕は勝手にアメーリカだと思っていたそれの綴りが違ったからだ。

 

「あめ……す、と、りす……?」

「お、良く読めたな。偉いぞ、レミー。……昨日のことといい、この子は知識欲が高いのかもしれんな!」

「あめ、すと、りす……」

「区切るんじゃなくて、繋げて読むんだ。アメストリス。──この国の名前だよ」

 

 あ、終わったな。

 そう思ったよね。

 

 アメストリス。

 ここ──鋼の錬金術師の世界かーい!!

 

 

 *

 

 

 鋼の錬金術師。

 月刊少年ガンガンで連載されていたちょいダークファンタジーな錬金術を名乗る魔法で戦うバトル漫画。手を合わせて手を当ててズズズってなってドンだ。これで説明できる。

 殺伐とした世界を、あることから体を失った兄弟が旅をして様々な人と出会って、最終的に体を取り戻すぜ! みたいなストーリーで、これがまた面白いのなんの。ダークファンタジー気味だから善人も悪人もガンガン死ぬし、血もびゅーびゅー飛び出るし、欠損とか大怪我も当たり前だし。

 なんか何百年と前から悪事を画策している黒幕もいれば、ホムンクルスとかいうその黒幕の手下もいて、それらとは全く関係なくスカーっていうテロリストもいて。

 

 っべーよこれまじっべーよ。

 無理ゲーだよこの世界で生き残るの! 

 

 と、同時に思った。

 ……国家錬金術師にならなければ関係ないのでは? あと人体錬成しなければ。

 しかもウェストシティじゃん! 作中にほとんど出てこなかったウェストシティじゃん!

 

 じゃあ普通に生きたらええやん!

 

「とはならない!」

「お、おお。レミー、どうしたいきなり大声を出して」

「あ、ごめん父さん。ちょっとよくわかんないとこがあって」

「そうだったか? ……すまんな、父さんは誰かに教える、ということをしたことが無くて……母さんが帰ってきたら、母さんに教わるといい」

「お母さんは教えるのが上手なの?」

「ああ、なんたって国家錬金術師だからな!」

 

 ん-!!

 次から次へとォ!!

 

 ……うん?

 女性の、国家錬金術師。いや……別に、居はする……んじゃないかな。錬金術は学問だし、女性軍人も少ないながらいる。あ、国家錬金術師になると強制軍属になるから、って意味ね。

 でも作中には出てこなかったなぁ。出てこなかったってことは戦闘向けじゃないのかな。基本バトル漫画だから戦えない錬金術師はあんまり出てこなかったんじゃないかって思ってる。勘の良いガキ嫌いおじさん以外ね!

 

「あ、そうか。国家錬金術師がわからないか。ん-、国家錬金術師っていうのは」

 

 と、お父さんが今僕の思考した事と全く同じことを説明してくれている中で、ちょっと考える。

 お父さんも錬金術師。お母さんも錬金術師。

 そして僕も今錬金術を習っている。

 

 ……い、いや。そんな親子いっぱいいる! いっぱいいるよ! だから目をつけられるとかないはず! そもそも僕がそんな優秀な錬金術師に成れるとは思えないし!

 

「レミー? わかったか?」

「うん!」

「そうか。やっぱりお前は賢いな。……それで、どこがわからなかったんだ?」

「あ、えっとね。錬成陣の構成物の、こういう独自のマーク、って奴なんだけど……」

「ああ、それは」

 

 あ、でも、国家錬金術師か。

 じゃあもしかして、ウチって結構裕福だったりする?

 

 

 *

 

 

 しなかった。

 お母さんの錬金術はめちゃくちゃお金を使うらしい。だから研究費全部持っていかれるんだって。お父さんは別にお母さんのお金目当てで結婚したわけじゃないし、一応軍人ではあるからそこそこのお給金はあるしで、特に贅沢をする気も無いしで。

 ……軍人か。

 え、待って今何年? イシュヴァール殲滅戦いつ?

 

 1899年。

 ……エドウィンリィより年上じゃーん!

 

 じゃなくて!

 確かイシュヴァールの内乱が起こるのが1901年。そっから1908年まで内乱は続いて、その1908年に殲滅戦がある。

 少なくとも最初の頃は東部の軍人が対処するからいいけど、殲滅戦は各地の軍人呼び込んで、さらに国家錬金術師も呼んでの殲滅戦をしたはず。

 

 ごくり。

 喉が鳴るのも仕方が無いと思う。アメストリスは侵略国家で、常時戦争している。僕のいるここ西部だってペンドルトンだっけな? って場所で隣国とドンパチやってるし、その他いろんなところで戦いの火の手が上がっている。

 いる、けど……今の今まで平和だったんだ。アルドクラウドって結構内側にあるから。

 ただそれが、もし戦争に……って考えると、冷や汗が出てくる。

 

「レミー、大丈夫か? 唇青いぞ」

「あ……うん。わかんない、ちょっと頭くらくらするかも……」

「なにっ!? ……いや、そうか。いきなりこんな高度な内容やったらそうなるのも当然か。よし、レミー。今日はここまでだ。なぁに、時間はたっぷりある。何年かかるかはまだわからないが、レミーも立派な錬金術師になれるさ! だから、今日は休め。な?」

「うん……そーする……」

 

 僕は転生者だけど。

 だけど、今の両親の事は大好きだ。優しいし。かっこいいし。

 それが──その命が失われる可能性があって。

 

 今僕の目の前に、それを救えるかもしれない手段があって。

 

 あ、いや、でも殲滅戦って一方的なんじゃないっけ? そんなに心配しなくても大丈夫……いやいやいやいや、杞憂ならそれでいいんだ。正直イシュヴァール人に対しても色々思う所はあるけれど、我が身と我が家族の身には代えられない。

 流石に今からどんなに頑張って勉強したってキング・ブラッドレイに「もうやめましょうよ! 命がもったいない!」って言えるほど偉くはなれないだろうし。言ったらその場で殺されそう。

 

 えーと、で、だからー、僕がすべきはー。

 

 ……ワッカンネ。とりあえず錬金術勉強しておけばなんとかなるでしょ!

 

 

 

 

 

 むずい!

 

 むずい。

 いや、錬金術って言ってしまえば化学反応なんだ。理解分解再構築。その物質が何かを理解して、一旦分解して、思うままの形に再構築する。

 うーん?????

 再構築うーん?????

 

 理解はわかるよ。分解もまだわかるよ。

 再構築うーん?????

 

 そもそも錬成陣というのが鋼の錬金術師の作者である荒川弘先生のオリジナル用語。元の錬金術っていうのは化学実験のことで、卑金属を貴金属に変えるぜべいべーみたいな話だ。決して地面から槍をズズズって抜きだしたり指パッチンしたら炎が燃え上がったりするアレじゃない。

 ただ一応作中でも理論的なものは説明されていて、詠唱したら魔力でドーン! みたいな魔法じゃないのはわかっている。いやファンタジーにおける魔法も原理があるのかもしれないけど。

 

「まず、円を描きます」

 

 お父さんの持っていた本はかなりの上級者向けらしいので、初心者向けの教本──といってもそれなりに高価らしく、お父さんのおさがり──で何とか頑張ってみている。

 初めに全部教えてしまうとお父さんと同じ錬金術しか使えなくなるかもしれない、とのことで、最初だけは自分でやってみなさいって言われた。納得はある。職人とかの弟子も、その職人の培った技術だけ覚えて他の工房行くとお前何やってんだ? みたいに言われることあるからね。

 

「……まず、円を描きます」

 

 さて、円を描きます。

 ……ムズいんだって! できる? 普通できる? 正円を何のツールも無しに描くことできる!?

 Shift押しながらマウスドラッグじゃダメ!? おいシフトキー欲しいって! 勝手に正円なってくれないって!

 

 よし!

 

 諦めよう。僕は諦めが早いんだ。ただそれは全体を諦めるんじゃなくて、やり方を色々変えてみるって諦めだから大丈夫!

 

 文明の利器──コンパス!

 

 シュァラッ!

 ……あぁ、なんて美しい正円。見ていてあまりに気持ちがいい。

 

「こら、レミー。ダメだろう? 円は錬金術の基本。毎回毎回コンパスなんて出してたら遅くなるし、カッコ悪い。自分の手だけで描けるようになるまで練習! いいな?」

「た……確かに、壊れたラジオを直す時にコンパスを……でっかいコンパスを取り出すのは流石にかっこ悪い……!」

「えらく具体的な例だな……だが、そういうことだ!」

 

 コンパスで円を描いてからだと、テレレレレテレレレレテッテレーレー↑↑のあのBGMも流れてくれない!

 確かにかっこ悪い……そうか、カッコよさ。即ちスタイリッシュさ!

 片手で正円を描けたらかっこいい!! 確かにそうだ……。

 

 でもできないものはできないんだよね!!

 

「できるまで、練習だ!」

「そ、その練習は後でやるとして、今は再構築について」

「基本を疎かにしたらダメだ!」

 

 ……その通りでございます。

 基本を疎かにする奴は何やってもダメだ。疎かにしても大丈夫、とか言ってる奴は単なる大言壮語か、もしくは本当に疎かにしても大丈夫な天才、あと本人が疎かにしてると思っているだけで、常人が見たら物凄く努力してる無自覚天才。

 これのどれかである。

 そして僕は凡人! ならば基礎を疎かにしてはいけない! その通り過ぎる。

 

 ──よし、僕は──正円を描けるようになる!

 

 

 

 さて、正円をフリーハンドで描く、という技術は実はそこそこある。

 一つは手のどこかしらをコンパスの軸足に見立てて線を引くこと。手の可動域的な問題で描くものを回さないといけないのがネックだけど、結構綺麗に描ける。

 ただこれを使えるのはそのネックを許容できれば、の話。地面や壁に錬成陣を描くとき、どうしてそれを回せようか。ムーリー。無理だ。なのでこれはナシ!

 

 もう一つは直感で描くこと。今僕が苦戦してたやつね。これは最終手段。

 

 三つめはゆっくり描くこと。

 二つ目と何が違うかっていうと、ちゃんと角度をみている、中心点を考えながら引いている、一気に書かないとか……まぁ、そういうこと。

 正直三つ目が一番確実だ。

 だけど確実に遅くなる。そう、カッコ良くないのである。

 

 つまーり!

 

 結局シュァラッと綺麗な円を描けることがかっこよさへの第一歩!

 

 努力あるのみ!

 

 

 

 

「無理過ぎる」

 

 え? なに? 前世イラストレーターとか漫画家とか美大の人とかはどうやってたの? コンパス使ってたの? 使ってたか。そうでなくともあるよね正円描く道具くらい。

 

「……待てよ?」

 

 待てよ。

 そうだ、別にこんな大きい円じゃなくてもいいんじゃないか?

 

 たとえば……チョークを三本持って、一気にグリッと回すとか。

 

 ほら!

 まだ練習は必要だけど、かなりそれっぽい円になった。

 これでいいじゃん!

 別に何もそんなでっかいもの錬成するばっかりが錬金術じゃないって!

 

 よーし、クリア!

 



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第二話 錬金術の基礎「図形とエネルギー」

 さて円はとりあえずクリアした。お父さんに見せたら「……まぁ、良い。それも個性だろう!」って褒められた。褒められてはない気がするけど大丈夫!

 次は線である。

 

 ……そう、線だ。各図形を描くには線が必要だ。まっすぐな線、もしくは美しい曲線が。

 

 定規なしで!?

 え、アレじゃだめ? 手の側面使って引く奴。

 

「かっこいいか、それは」

「う、ぐ……ッ!?」

 

 お父さんは僕の弱点を把握してしまったらしい。

 僕が妥協案を何か出すたびに聞いてくるのだ。かっこいいか、と。

 

 かっこ……よく、ないです。

 かっこよくない……円に沿って掌合わせて線引いてる奴かっこよくない!

 

 ただまぁ、チョーク三本で描いた円はとても小さい。

 だから、ピッって。ピシッって。

 曲がる暇もないくらいの、傷みたいな線を引いてもまっすぐにはなる。

 

 これで、まずは正三角形を描いている。

 

「……びーくーる。そう、正三角形の書き方はいろいろあるんだ。そう……たとえば円を四等分するとか!」

「おお、賢いな」

「でしょ!?」

「でもどうやって正確に四等分するんだ?」

 

 ──どう、やって……?

 え、だから指をこう……あ!

 

 円が小さいから……ムズい。

 うわ、うわー!

 折り紙ならできるのに! 地面に描くのむっずい! 三平方の定理で重ねていくやつはできなくもないけど、それだと余計な線が大量生産されちゃうし……。

 普通に三平方の定理でがっしゃんこした正三角形で……でも結局目測になっちゃうんだよなぁ。それがなぁ。

 

 ……いや、いいんじゃないか。

 僕、完璧主義過ぎたんじゃないか。

 割と適当でいいんじゃないか。

 

「レミー」

「ひっ」

「──適当に描いて、発動しなかった時……」

「カッコ悪い!!」

 

 カッコ悪いんだわ。

 

「ただ、一つアドバイスをするならな、レミー」

「うん」

「別に円から描いて、線を描かなきゃいけない、って決まりはないんだ」

「……?」

「この意味を少しだけ考えてみなさい。さっきの円の描き方で行くつもりなら、良い答えが見つかるはずだから」

 

 というということは、お父さんは答えがわかっているのか。

 

 別に円から描く必要はない。

 ……まぁ、そうか。最終的に錬成陣になっていればいいんだし。

 普通の錬金術師が円から描くのはバランスを考えて……って、僕普通の錬金術師が錬成陣描いてる姿ほとんど見たこと無くない? 作中のエドワードとアルフォンスくらい……だし、あれ? 彼らもなんか描き終わりが円であること結構あったような。

 あー……あ、そっか?

 要は中身の構成物がしっかりしていた方が、円は安定しやすいわけだ。

 最初から緻密に交点が敷かれていたらそれを頼りにすればいいわけだし。

 

 ……それ目測と変わんなくない?

 

 いや、じゃあさ、それするくらいならさ。

 こう……例えばね?

 さっきのチョーク戦法で円を描く。で、描き終わったら、中指と薬指の間に向けて親指を曲げて、チョークを弾く。今度は中指を曲げて、親指の内側へチョークを弾く。

 そうして出来上がった白い線分二本を繋げて──出来上がり。

 

「お父さん! できた!」

「おお、どれどれ……。……あー」

「これじゃダメ?」

「いや……良い。俺の想定解とは違うけど、これでもいい!」

 

 よーし!

 正三角形クリア!

 

 

 *

 

 

 正方形は簡単だった。90度はかなり取りやすいから。

 ということで、僕は円の中に正三角形と正方形を描けるようになったわけだ。

 

 そこまでできたらとりあえずはいいらしい。

 え、本気で? って思ったけど、マルコーさんとかめちゃくちゃ簡易な陣でズドンしてたしそういうものなのだろう。

 

「よし、レミー。じゃあコレ……コップの水を凍らせてみろ」

「……凍らせる」

「そうだ。どんな手段を使ってもいい。あ、錬金術でな? それで、凍らせてみるんだ」

 

 お父さんが普通のコップに入った水を地面に置く。

 これを、凍らせる。

 

 ……いやまだ錬成陣の構成要素とか聞いてないんだけど。

 

「円と正方形と正三角形があればできる。氷の状態を維持する必要はない。一瞬だけ凍らせることができたら合格だ」

「……わかった」

 

 そんな簡単なことでいいんだ……。

 あれ、氷結の錬金術師さんは……あれは空気中とか人体の中の水分だから、また話が違うか。

 

 とりあえず僕が最初の、つまりお父さんの本で聞きかじった知識と、教本に書いてあることを組み合わせて考えてみる。

 錬金術師における錬成陣っていうのは、所謂化学反応や状態変化、相転移といった「変化を伴う現象」を違うエネルギー使って無理矢理起こしますよ、みたいなものだ。

 地殻エネルギー……という名の賢者の石エネルギーだっけ? それを汲み上げて行う化学反応。だから例えば、鉄を溶かして整形するなら当然のように必要な熱を、この地殻エネルギーで代替できる。

 水素と酸素を混ぜて火に近づけると燃焼で水ができるよ、を地殻エネルギーで代替して、水素と酸素から直接水を作り出す、みたいな。そんな感じ。

 

 で、今何をやりたいかって言うと、水を冷やして氷にする、っていう状態変化をしたいんだ。

 

 やり方は結構ある。

 まず普通に温度を下げる……周囲の気温を下げて凍らせる。ただこれはどーかんがえてもエネルギー効率が悪い。なんせ周囲の大気をまず理解して、みたいなトコから始めないといけないから。

 不純物の混ざっていない水、というものを理解しているんだから、水に直接働きかけた方が早い。

 

 円の中に線分を引いて作り上げることのできる図形の中で、最小のものが三角形だ。普通に考えたら水に対し、水分子を無理矢理結合させて凍らせる、が手っ取り早い。円の中に一本線か二本線を引いてそれができたら多分超優秀なんだろう。

 ただ、お父さんは今回正三角形と正方形と正円で、と言った。

 多分まだ僕にはできないか、違う反応が起きてしまうが故の課題と見ている。

 

 ……まぁ考えるより先にやってみよう。

 

 まず円を描き、中に正三角形を描く。

 その底辺、右側の頂点に正方形、左側に正円の小さいver.を描いて、頂点に正三角形を置く。

 

 これの上にコップをおいて──思念を送る。

 

 はいここ授業に出ます。

 錬金術は思念で発動する。発動しろ! って思ったら発動するのだ。やっぱり魔法では……?

 

 まぁとりあえず。

 

 これで……うん?

 

 赤い錬成反応は出た。アメストリス式は賢者の石のエネルギーを使っているからこの色になるんだけど、つまり錬金術は発動している。

 のに、水に変化はない。コップにもだ。

 

「上手くいかないか?」

「うん……うーん?」

「どれ、ちょっと父さんに説明してみなさい。レミーはこの錬成陣に、どんな意味を込めたんだ?」

「えっと」

 

 まず、円。

 円は循環していることを指し、またここに流されるエネルギーが錬成陣の構成要素を通って中心へ向かうため、円周上と正三角形の交点に三態を描いた。正方形が固体、つまり氷で、正三角形が水蒸気、正円が水だ。これら記号をどう取るか、というのは術者に委ねられる部分が大きく、正解というものはないらしい。

 ただ硬いものには四角形とか鋭角とかを、柔らかいものには曲線を、みたいな想像しやすいものであればあるほどいいのだとか。

 うん。魔法では……?

 おっと。

 

「だから、三態に対して、描かれた正三角形が……あれ?」

「いいぞ、レミー。考えると良い」

 

 何度も言うけど、円は循環させるためのファクターだ。

 この円の中で地殻エネルギーが循環し、それが中心へ向かうことで錬金術は発動する。渦、竜巻。そういうものだ。外側が循環して、次第に内側に行くから、内側の中心点で作用が発動する。その間に置かれた線分や図形、紋様が作用する工程に色々な要素をつけ足して、錬金術は三者三様の姿を見せる。

 そして今、僕が描いた錬成陣は。

 

「だから……こうやって描くと、全部が全部相殺しちゃうんだ。氷は水と水蒸気になろうとする、水は氷と水蒸気になろうとする、水蒸気は水と氷になろうとする。……これだとコップの水に作用する前に、エネルギーが相殺しあって……"何も起こらない"が起こる」

「うん、よくできました。レミー、これは失敗だけど、学びはあっただろ?」

「ん……うん。"余計なものを描いてはいけない"、かな?」

「お、おお。一気にそこまで行くか。父さんはレミーと同じ失敗をした時、"欲しい力だけを取り出す"という結論を出した。意味は似ているが、少し違うのがわかるか?」

「うん……お父さんのだと、違う要素がいてもいいことになっちゃうんだね」

「そうだ。そしてそれだとダメだった。だが、レミーのその結論は……80点くらいだ。かなり、良い」

「100点じゃないの?」

「100点じゃないな」

 

 そうなのか。

 ……奥深いな。

 

「もう一回やってみて良い? 今、違うの思いついたんだ」

「おお、やってみなさい」

 

 当然ではあった。

 欲しい反応を引き出すために実験してると考えて、そこに別の物質が置いてあったら別の反応が出てしまう。錬成陣は作業机とか試験管とか……フラスコとかと一緒なんだ。円にするのは循環の意味もあるけど、中の反応を取り溢さない、という意味もありそう。

 となると……。

 

 基本の形は一緒だ。

 正円に正三角形。そして今度は、交点ではなく正三角形の全辺と円周の間に正方形を描いていく。

 

 余計な要素は入れない。

 必要なことはただ一つ。液体の凝固。水分子がどうこう、とかさえ考えない。見えていないものより見えているものを優先した方が想像も固まりやすい。僕の知ってる水分子って、理科の教科書とかに載ってたイメージ図だし。

 

 僕の中での硬い、固まる、は正方形のイメージ。

 円を循環する力は正三角形の中を通りながら、凝固のためのエネルギーとして中心へ向かう。

 

 その中心に水の入ったコップがあるのだから──発動!

 

「お」

「おー!」

 

 凍った。

 無理矢理凍らされた、が正しいんだろう。だって温度の操作とかしてないし。

 

 だからか、凍ったのは本当に一瞬で、すぐに解けてしまった。……溶ける時にもエネルギーは動いてるはずだけど。

 

「筋が良いな、レミー。普通はこんなに早く結果に表れないぞ」

「ホント?」

「ああ。ちなみに父さんの時は、水が凍るよりもコップが割れる方が早かった」

「あ……それって、"欲しい力だけを取り出す"って思ってやったから?」

「多分な。あの頃は何故失敗したのか、っていう検証もあまりしなかったから……と、レミーはこんな錬金術師になっちゃだめだぞ。失敗も糧になるんだ、失敗したらなんで失敗したかを考えような」

「うん。それに、これも完全に成功したってわけじゃないよね。多分氷の状態を維持させる要素が無いから一瞬しか保たなかったんだ」

 

 氷は凍ったら氷のまま、っていう安易なイメージがあったのも原因かもしれない。

 だって氷は解けるものだ。イメージが常識によって塗りつぶされた、という感覚がある。

 

「維持させる、については教えてなかったしなぁ。でも、そこまでわかったら、自分で維持させるための記号を作ってみると良い。あ、ただし」

「身に余るような錬金術は使わない……だよね? 想像が追いつかないような、結果だけを求めた錬金術は、エネルギーが上手くまとまり切らないで術者にリバウンドが来る」

「そう。それで大怪我をする錬金術師も後を絶たないからな。いいか、レミー。座学をするのはどれくらいやってくれても構わんが、実践は父さんの前だけでやりなさい。母さんが帰ってきたら母さんの前でもいいが」

「うん。わかった」

 

 実際、錬金術はかなり危ない技術だ。

 学問であると同時に技術だから、誤った使い方をすれば大怪我をする。世界中のあらゆる技術と同じだね。

 

「ちなみに、レミー」

「なに?」

「どうして三角形にしようと思ったんだ? 正方形も使えただろ?」

「ああ、それは」

 

 余計なものを描かない。

 つまり、余計な工程を省く、ということでもあると見た。

 

 だから。

 

「正三角形は最小工程で行けるから……正方形だと、もう一工程余計な何かが挟まるでしょ?」

「……それは正しい。が、こう考えることも出来る」

 

 言いながら、お父さんはシュァラッと正円を描き、そこに正方形を描く。

 それだけだ。

 

 それだけの錬成陣に、その中心にコップを置いて──錬金術を発動させる。

 

 結果。

 

「え、凍った? ……あ、解けた」

 

 ……あ、そっか。

 お父さんの中で、正方形のイメージが完全に固めるソレなんだ。

 だから他の図形でエネルギーに要素をつけ足さなくても、この錬成陣の中をエネルギーが通るだけで凝固の要素足り得る、と。

 

「答えはわかったみたいだな」

「うん。……でも、僕は僕のやり方が好きかも。アレンジもしやすそうだし」

「ああ、それでいい。さっきも言ったけど、そっちも正解なんだ。やり方は無限にある。シンプルな陣で複雑な工程を行える術者は優秀だが、だからといって複雑な陣を描いてはいけない、なんてこともない。国家錬金術師の扱う錬成陣は大抵が複雑な陣であったりするからな」

「つまり──好きにやって、好きに伸ばして、自分だけの特徴を手に入れろ、ってことだよね」

「そうだ! レミーは本当に賢いなぁ!」

 

 抱き上げられて、ぐるぐるまわされる。

 あ、お父さん。足元コップ──あ。

 



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第三話 錬金術の基礎「記号(マーク)」&お買い物

 さて──次のステップである。

 といっても最初の基礎三つ。正円とまっすぐな線とエネルギーの理解が終わった時点で、後の発展は僕次第なのだという。放り出された、と思えなくもないけど、実際教本とか見ても「あとは自分の想像を固定しやすいマークを考えておこう!」で終わるから驚きである。

 じゃあお父さんが持っていた古めかしい分厚い本がなんなのかっていうと、あれは古書の類で、お父さんが研究している錬金術の先駆者が書いた本らしい。本当はその先駆者たる錬金術師に会いたかったそうだけど、老衰で死んじゃったとか。

 だから遺族に頭を下げてその本を買って、それをずっと解読しているんだって。まぁ遺族も理解の出来ない本持ってても仕方ないだろうし。錬金術って案外「小難しいこと言う学者の使う奇怪な技術」みたいに思われている節がまだ抜けきっていないので、もしかしたら焚火代わりにでもされていた可能性がある。

 そう考えるとよかった……のかもしれない。わかんないね、その辺は。

 

「というわけで、in街」

 

 である。

 アルドクラウドの中心部、商店街……というとちょっと当てはまらないけど、ブティックとかカフェとかがそこそこある場所。ごめん嘘吐いた。それぞれ三店くらいしかない。いや田舎だからっていうか、セントラルシティ程密集してないだけ。

 そこの本屋に来て。

 

「すみません、錬金術の本ってありますか?」

「錬金術ゥ? ……ボウヤ、錬金術に興味があんのかい?」

「あ、一応見習いで……」

「……やめときな。あんな悪魔の技術……ロクなことにならないよ。そんで、だからここには錬金術の本なんてない! ほらとっとと帰りな!」

 

 ──なんて風に追い出された。三店とも。

 えぐえぐ。なんでこんな錬金術師嫌われてるんだアルドクラウド。

 

 ……もう普通に食材だけ買って帰ろうかなぁ。

 あ、お父さんには錬金術の本を買いに行く、なんて話はしていない。内緒にしたいとかじゃなくて、パっと思いついてパッと行動してるだけだから。僕の行動に理由なんてない!

 

「ん?」

 

 何か。

 側溝に何か、光るものが落ちている。

 

 西部の気候は乾いた感じだ。南部程熱くはないし、北部程寒くない。そして東部程風が強くない……まあ、あんまり特徴のない気候。

 だからというわけじゃないけど、側溝も乾いていて、ばっちくなかった。

 

 その光るものを取る。

 

「……え゛」

 

 そりゃえ゛も出る。

 雄の竜が、一筆書きの六芒星に絡めとられている図。の、描かれた……えー、意匠の施された、銀色の……パカッ。

 

「銀時計だ」

 

 銀時計である。

 一応開く。開ける。つまり鋼の錬金術師主人公にして国家錬金術師エドワード・エルリックの、それじゃない。あ、っていうかそうか、まだエド生まれたばっかだから国家錬金術師なんてなってるわけないんだった。

 だとしても、銀時計だ。

 

 だ……誰の?

 というか落とし物……これどこに届ければいいんだ?

 

 警察、は多分困るだろうし……ウェストシティの西方司令部とか? いや遠い遠い。

 え。

 えっ、どうしようこれ。

 

「落とし物を拾った場合の鉄則は二つ……一つはその場に置いておく。つまりみなかったことにする。二つ目は持っていく……つまり半ば盗んだ形にもなる……」

「もう一つは、近くに落とした人がいるかもしれないから探してみる、です」

「うぇ」

 

 顔を上げる。

 そこには……。

 

「あ、お母さん。お帰りなさい」

「はいただいま。でもごめんねレミー、またすぐに行かなきゃなの。だからそれ、返してくれる?」

「え……あ、もしかしてお母さんがいなくなってたのって査定?」

「あら、良く知っていましたね。でもそろそろ汽車が出てしまうので、レミー」

「あ、はい。……もう落とさないでね?」

「大丈夫です。それじゃ、また一週間後。お父さんに毎日のジョギング欠かしてないか聞いておいてくださいね」

「え、そんなのしてるの見たこと無いけど」

「──わかりました」

 

 そう言って、ニッコリ笑顔で去っていくお母さん。

 

 お母さん。

 誰に対しても丁寧な喋り方をする人だな、とは思っていたけど、まさか国家錬金術師だとは思っていなかった。家で錬金術使うトコ見たこと無いし。あ、でも入っちゃダメな部屋あるな。もしかしてあそこが研究室?

 というか結構しっかり者って印象だったけど、査定の前まで銀時計落としたの気付かないのはこれ……結構かな? 結構な結構かな?

 

 そしてお父さん。

 ジョギングなんてしてるの一回も見たこと無いけど。

 

 ……えーと。

 今日はもう帰ろう。それで、お父さんになんでこんなに錬金術師嫌いの本屋さんが多いのかも聞こう。

 

 

 

 *

 

 

 

「母さんにあった? 銀時計を……落としてて? はぁ……アイツの落とし物癖はいつになったら治るんだ」

「そんなに落とし物するんだ、お母さん」

「昔からな……。父さんと母さんが出会ったきっかけも、母さんが落とし物をしたからで」

「それで、お母さんがちゃんと毎日ジョギングしてるか、って」

「──……シテルシテル」

 

 言われてみれば、である。

 言われてみれば、お父さんのお腹はぽっこりしている。今ぼよんと触れば。

 

 そういえばアメストリス人ってあんまり太ってる人いないよね。あのカエルのキメラの人とかくらいじゃない?

 

「は……話を変えようか、レミー」

「あ、じゃあ聞きたいことがあるんだけど」

「おう! どんとこい!」

 

 聞くのは、街での嫌われっぷりの話。

 話をすると、お父さんの顔は……次第に曇っていく。あ、これ聞いちゃいけないことだったかな?

 

「話したくないなら話さなくても」

「ああいや、母さんの話だからな。聞いておく必要はあるだろう」

「お母さんの?」

「ああ。母さんが国家錬金術師なのはこの前話しただろう? というか銀時計の一件があったんだからわかってると思うが」

「うん」

 

 ……あ、そっか。

 錬金術って普通は世のため人のために使うもの。だけど国家錬金術師はそれを軍のために使うから、嫌われている……んだっけ?

 軍だって国民のためのものだから、その理論よくわかんないんだけどね。今はキング・ブラッドレイの侵略政権だからー、とか何とか言ってたけど、結果的に国防してるのは変わんないんだから、嫌う理由が一個もないと思うんだけど。

 ……あーでもどうだろう。キンブリーも国家錬金術師か。ああいうのばっかだって思われてたら、確かにそう、なの、かも?

 

「レミー?」

「あ、うん。聞いてるよ。お母さんが国家錬金術師だから嫌われてるんだよね?」

「いや、それもあるが……いや、今はそれだけの理解で良い。だから、というわけじゃないが、別に国家資格を取らなくても錬金術は使えるんだ。この言い方はよくない、か。レミー。お前は」

「国家錬金術師にはなりたくないよ。絶対!」

「お……おう。そうか。それはそれで……まぁいいが」

 

 国家錬金術師になる、ということは。

 ホムンクルスに目をつけられる、ということである。絶対なってたまるか。

 

 あ、っていうか、じゃあお母さんはもう目をつけられている可能性があ……る?

 

「ねえ、お父さん」

「なんだ?」

「お母さんって、錬成陣なしで錬金術使えたりする?」

「……それは、既に描いてあるもの、とかではなくか?」

「うん。何にもなしで」

「無理だろうな……無理、だと思う。俺も母さんの錬金術の全てを知っているわけじゃないからなんとも言えないが、錬成陣無しの錬金術など聞いたことが無い。まずできる奴がいないんじゃないか?」

 

 そっか。

 ならよかった。そんで、真理を見た錬金術師はやっぱり知られてないんだ。

 

「それで、お母さんの錬金術ってどういうのなの?」

「あー。ま、それはお楽しみにしておこうか」

 

 お楽しみらしい。

 サプライズか。わかった。

 

「それじゃあ僕、本読みに上戻るね」

「ああ。手は洗えよー?」

「洗ったよー」

 

 よし。

 今日から毎朝、お父さんに「ジョギング……」って言おう。

 

 

 *

 

 

 それで、今日のお勉強内容である。

 

 錬金術師の扱うマークは錬金術師の想像次第、というのは前読んだ内容だけど、例外も存在する。

 例えば太陽。これは魂を意味するマーク。だから、これに似ている正円にトゲトゲした三角がついたマークも太陽として扱われるし、大きな火球やぐるぐる渦巻、四重の正円とかも太陽扱いだ。

 他にも海とか川とか、とにかく巨大な自然物には決まったマークがあって、それを簡略したものがそこそこに溢れている、という感じ。

 

 でも、たとえば作中のロイ・マスタング大佐の使う焔の錬金術。アレのサラマンダーのマークとか。アレックス・ルイ・アームストロング少佐の、アームストロング家に代々受け継がれてきたらしい錬成陣に描かれた地を進む衝角。

 こんな感じで、昔から存在するマークの派生、ではなく新しく作り出した強い意味を持つマーク、というのもかなりの意味を持つ。らしい。本人が理解していればいいこととはいえ、僕にはよくわからないので詳しい話はできない。

 

 と、こういう風に自由度は高いんだけどなんでもいいわけじゃない、というのが鋼の錬金術師世界の錬金術記号だ。

 

 だから僕も何か作るのはアリ……なんだけど。

 なんだけど、まだまだ初心者の僕がそれをするのはレベルが高すぎるらしい。あとそういうマークってすぐには描けないからマスタング大佐みたいに手袋に刻むとか、アームストロング少佐みたいに手甲に刻むとか。

 というか強い錬金術師って全員衣服か肌に刻んでる気がする。真理見た錬金術師以外。

 

 これのメリットデメリットは、当然それしか使えなくなることだ。

 あ、いや、普通に錬成陣を描けばそれ以外も使えるんだけど、基本的に使う錬金術がそれだけに絞られる、っていうべきかな。万能の技術から一芸特化になる、っていうか。

 長所が伸ばされる代わりに汎用性が減るのは確かに微妙ではある。だからこそ真理を見た錬金術師は強い。早い錬成速度でなんでも創れる、というのは……対策もしづらければ作戦もいくらだって練られる。ズルい。

 

 ……ま、それ相応の代償を支払っているから、なんだけど。

 

「僕だったらどういうマークに……というかどういう錬金術を使いたいか、だよなぁ」

 

 錬金術は技術であり学問。

 最終的に錬金術師は何かの「完成形」を目指すものだ。それで、僕が目指す錬金術師とはどういうものか。

 

 イシュヴァール戦役までに自分と両親を守れる錬金術師。

 ……となると、やっぱり盾を作るとかになるのかな? そーなってくると近接格闘技能も覚えたいところだけど……エドのアレって、アルとの組手で培った技術だよね。

 僕に兄弟はいないからなぁ。

 お父さんは……ぽっちゃりだし。

 

 ふむぅ。

 とりあえず明日、剣……は怖いしまだレベル高いから、棒とかを錬金術で作って……いや。

 それだと結局剣を練習したほうがよくなるんだよね。

 僕の想像している戦闘スタイル。戦闘……戦闘……。

 

 痛そう……。

 ハッ。

 

 痛いのが嫌なら小手とか鎧とか作る?

 ……それを他の物に錬成されて終わりじゃない?

 いやそんなこと言ったらどんな武器作ったってそうだし……。じゃあいろんな素材混ぜる? それに思考速度が追いつくかなぁ。やってみないことにはわからないんじゃない? それはそうだけどまだ技術レベルが。

 

 うーん。

 

「そもそも僕の錬成陣描画スタイル的に、大きいものは作れないんだよな」

 

 そう。

 僕が習得した正円の描き方では、あんまり巨大なものは作れない。作用もさせられない。

 うーん。うーん。

 

 ……というか僕、まだ再構築の錬金術やってなくない?

 

 危ない。

 そうだ、錬金術と言えば再構築で、今僕が考えてたことって全て再構築に関する錬金術だ。

 もし……もし僕が再構築を全く理解できなかったら、今まで考えてきたことは全部パァ。

 

 ヨシ、明日やろう。明日の朝すぐやろう。あ、朝はお父さんがジョギングに行くから、お昼にやろう。

 

「簡単なものなら今でも……いや、ダメだぞ僕。お父さんの前でしか練習はしないって約束したんだから」

 

 頬を叩いて。

 よし。今日は寝よう。買い物行ってきて疲れたし。

 

 それで、明日からまた練習だ。

 



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第四話 錬金術の基礎「再構築」&読書の時間

 再構築。

 それは錬金術の基礎にして真骨頂。

 物質を理解し、物質を分解し、物質を再構築して全く違う物質に変える、または全く違う形状に変える工程。

 

「やり方はこの前の水と同じだ。……とりあえず、ほら」

「え……粘土?」

「ああ。これを棒状にしてみなさい」

「錬金術、で……だよね?」

「お、良い質問だな。答えはNOだ。まずは自分の手で棒状にしてみるんだ」

 

 やっぱり。

 お父さんはいきなりこれを渡してやってみろ、なんて言うスパルタじゃない。いや、水の時はそうだったけど、あれは事前座学あってのもの。

 

 今回はこれが座学なんだ。

 

 

 さて、普通に棒の形にするなら、うにょーんと伸ばすのが良いだろう。

 うにょーんと伸ばして、端っこを持つ。

 

 ぐにょり。

 

「……これは、棒じゃないね」

「そうだな。紐……というか、ただの伸ばした粘土だ」

 

 ふむふむ。

 じゃあねじってみよう。ぶちっ。

 

 よし、じゃあくっつけて、手の中でごろごろさせて、少しずつ長くして……先端を整形して。

 端っこを持つ。

 

「あー」

「ちょっと曲がったか。でも、言いたいことはわかったな?」

「うん。素材を伸ばすだけだと、耐久力が足りなくなる。ただ伸ばすだけじゃだめだ。工程をもう少し増やさないと」

「そうだ。じゃあ今度は錬成陣アリでやってみろ。ちなみに手でやるとそれ以上は硬くならないし、硬くするには日数が必要になる」

「……それヒントじゃない?」

「さて、どうだろうな」

 

 乾かないといけない、と。

 確かにそうだ。こんな湿った粘土じゃ硬くなるものも硬くならない。

 

 さて、ではパズルのお時間である。

 

 まず正円を描く。ちなみに今回はコンパスの使用が認められている。僕の本来の錬成スタイルを使うなら、粘土から何かを引き出すように使うからだ。今回は異例って感じで。

 

 正円。そして、まぁ無難に正三角形を描く。

 色々練習して分かったんだけど、正三角形は「一工程」を表す場合が多いっぽい。多いだけで必ずしもすべてそうじゃないんだけど、つまり中心へ向かうエネルギーが一画で終わってしまうんだ。寄り道が無い。だから一工程分しかエネルギーが循環しない。

 これを考えるに、多分これじゃいけないけど、まずは正三角形。

 

 それで、僕の中のイメージである正方形を水の凝固の時のように配置。

 

 一応これで発動してみる。

 

「……ちょっとだけ圧縮された?」

「気のせいレベルだな」

「……まずは理解をしよう」

 

 大体の場合、粘土の成分はアルミニウムとケイ素だ。勿論粘土にも色々あるから一概には言えないけど、この灰色っぽい粘土はこの成分だと思う。

 

「よし。次は分解……」

 

 分解。

 たとえばなんだけど、この前の水の凝固。アレはもっと上手くできたんだと思う。あの時も思ったけど、水分子を完全に理解して想像できて、それでいてそれらがくっつくのを想像できればいけた。

 そして今度は水を水素と酸素に分解するようなもの。アルミニウムとケイ素に分解して、配列と位置を変えて組み直す、というのが課題だ。

 

 正円に正三角形を描く。そして、正方形を散りばめるだけじゃなくて、十字を描いていく。

 十字はシンプルなマークでありながら結構強い意味を持つマークで、太陽とかと同じくらい「意味が定まっているマーク」である。

 その意味は「固定」。あるいは「死」。つまり「停滞」とか「留まる」、「止まる」を意味するマークだ。これの下が伸びると「剣」を意味したりするんだけど、今はあんまり関係ない。

 水の凝固を行った時、僕は正方形を「無理矢理固める」だと認識していた。そこに十字を置くことで、「"固める"を"留める"」にする。他にもっと上手いやり方はありそうだけど、とりあえずこれで──発動。

 

「……どう?」

「分解しようとしたんじゃなかったのか?」

「あ」

「だが、固まってはいるな」

 

 け、結果オーライ!

 

 棒ができた後にこの記号を用いれば、粘土を固めることができるってことだ。

 

 じゃあ──分解をしてみよう。

 

 正円に、正三角形。散りばめるのは二等辺三角形……を途中まで書いたもの。頂点が繋がっていない二等辺三角形、って感じのマーク。

 これで、そのマークの中に「AlSi」の文字を刻む。AlSi、つまりそのままアルミニウムとケイ素を一緒くたにしたものを裂く、という意味を込めたこのマーク。これで発動してくれるのなら御の字だけど。

 

「……お?」

「ほぉ、成功だ」

 

 一応、成功した。

 粘土は砂とシルトに分かれ、ボロボロになる。

 ……アルミニウムとケイ素に分解したかったから、失敗ではある。だけど、そうか。AlSiをAlとSiに分解したんじゃなくて、AlSiをそのまま分解したって感じになったのか。

 うん? でもそれでいいんじゃないか?

 粘土から棒を作るのに、わざわざ元素まで分解する必要ある?

 

「じゃあ次は再構築だな」

「うん……えーと」

 

 ではおさらいだ。

 現状、理解、分解までは上手く行った。よってこの錬成陣に「再構築」足り得る意味を描き足すことで、この錬成陣は完成する。

 

 まぁ普通に考えるなら、逆向きの正三角形を重ねる形だろう。

 一応広義的……錬金術の用語的に、上向きの三角形は火を、下向き三角形は水を表す。それぞれ燃える火と滴る水だ。

 これで作る六芒星は、そのまま乾湿に関わる錬成陣に捉えることができる。

 

 つまり、僕の描いた分解の錬成陣は「乾」を内包するものであり、ここへ「湿」を足したとするのなら、その周りに散りばめるべきは「押し出す」だろう。何かのマーク、あるいは文字から「押し出す」の意味を抽出しなければならない。

 押し出すもの。押し出すもの。

 ……僕の頭にパッと浮かんだのはアレ。ところてん押し出す奴。でもそーじゃないのだ。

 押し出す……あるいは引き出すでもいいのかな?

 

 今錬成陣を描いているのは紙だ。だから、これを粘土に当てて、錬金術を発動しながら引き出す、でも行ける気はする。エドが国家錬金術師試験でやった時みたいに。

 

「普通に文字として書いてもいいんだぞ」

「あ、うん。でももうちょっと考えたい」

「そうか。……すまん、邪魔した。もう少しゆっくり考えると良い」

 

 押し出す。押し出すもの。引き出すもの。

 引き出す、でいいなら持ち上げる、でも良さそう。逆に突き上げる、でもいいのか。

 あ、突き上げる、なら……アームストロング少佐の衝角が使えそう……だけど、それを僕が使っているのは変じゃない? まぁ衝角だけがアームストロング家に代々伝わる錬成陣じゃないとはいえ。

 

 もうちょっと頭をフラットにしてみよう。

 僕の中で引きだす、引き抜くものって言ったらなんだろう。

 

 ……。

 ……。

 ……。

 

「鍵、かな?」

 

 鍵。

 押し込むもので、引き抜くもの。それを「湿」を意味する逆三角形の周囲に描いていく。

 

 そして、最後に正円の円周上に沿うように正方形を描いて、その中に十字を描いて。

 

「うーん、なんかごちゃごちゃしてる……」

「ま、物は試しだ。一応聞いておくが、何を作ろうとしているんだ?」

「固めた粘土の棒」

「よし、それならリバウンドの心配もない。やってみなさい」

 

 やってみる。

 粘土の下に敷いて発動する予定だった紙を粘土に被せ、その端を持ちながら発動。

 そのまま上へ持ち上げていく。

 

 重み。

 おお、引っ付いてきている。

 

「おお」

「おおお」

 

 親子二人して声を上げながら、ゆっくりと錬成されていくそれを見る。

 勿論思念は送っている。つまり、粘土を伸ばす想像と、順次固めていく想像を。

 

 そうして出来上がったのが──。

 

「……あ、折れた」

「はは、長く作り過ぎたな。粘土の耐久性だと、この長さでこの乾きじゃ重力に耐えられないんだ」

 

 成程。

 もう全然、何の反論の余地もない。元からする気はないけど。

 

 長く伸ばして乾かして固めた粘土。それを横向きにして持ち上げたらどうなるでしょうか、なんて。

 

「でも、できたな、再構築」

「うん。……同じ物質を同じ物質にしただけだけど」

「問題ないさ。一歩一歩やっていけばいいんだから」

 

 それに、と。

 

「自分で何かを作り出す、って楽しいだろ?」

「……うん!」

 

 すごく楽しい。

 パズルはパズルでも、数学パズルって感じだ。求めたい解に近づけるように少しずつ式を変えていく感じ。

 

「それに、まさか押し出すんじゃなくて引き抜くとは思ってなかった。レミー、お前は父さんの想像を超えたよ」

「そ、そう? ……なんかこっちの方がしっくりくるんだよね」

「そうか。じゃあレミーの錬金スタイルは、物質に対し手を押し当てて円を描き、そこにいくらかをつけ足して、その物質から再構築した形状を引き抜く……という感じになりそうだな」

 

 おお。

 やっぱそうなるか。それが一番使いやすそうだな、とは僕も思っていた。

 

 じゃあ、そっち方面でレパートリー増やそう。マークの。

 勿論他の錬金術も勉強するけど、やっぱり代表的なものがあった方が人間やる気出るよね。

 

 ……というか。

 こう考えると、エドってハンパないんだなぁ。

 再構築の時の頭の中どうなってるんだろう。

 

 

 *

 

 

 先日の錬成陣には元素を意味する文字を描いていたけれど、あれはやめた。

 というのも、そういう部分の「理解」は自分の頭でやった方が良いみたいなのだ。そっちの方が良いぞ、って言われたんじゃなくて、お父さんの錬成陣を見てそう思ったというだけ。

 でも確かにそうだよなってなった。

 錬成陣に全部描いてたら、何が理解だよって感じだし。

 これはちゃんと聞いた話だけど、錬成陣に描かれている文字は全て再構築時のサポートであることが多いらしい。想像力の手助け、って奴だね。

 

「その点で言えば、レミー。お前の鍵のマークは俺も見たことが無いものだった。それはお前のオリジナルとなるだろう。大事にすると良い」

「わかった」

 

 ということも言われたので、鍵をイメージした錬金術を色々試している最中だ。

 それとは平行に、お父さんの持っていた錬金術の本も読ませてもらっている。ただこれが難解も難解で。

 

「三本の花束を持つ貴婦人。杖を持つ老人。彼らは兄弟だ。彼らの前で、奴隷が重石を熱し、火かき棒を鳴らす。水桶に落ちる小さな水桶。それを飛び越える犬。……が」

 

 えーと?

 これの訳が……。

 

「彼らは最も古い石に縛られていた。それらは他の人よりも先に開かれ、最も重要な秘密。全ての狂信の源にして、──より賜ったもの。最初の鍵(PRIMA CLAVIS)

 

 うーん。 

 わっかんない。

 

「ただ後ろの方はわかるんだよなー。沼地を踏む雄の竜。泥によって火を消し、完全に取り除くことができる。小さな火の上には大量の水ができ、水からは火ができる。第三の鍵」

 

 この本は全体的に錬金術における「素質」を事細かに説明したものだ。

 錬金術における第一物質(プリママテリア)。全ての物質はこの第一物質と「素質」でできていて、「素質」には土、水、火、空気の四種類があり、これを「四大元素」と呼ぶ。

 前に僕が使った「乾」や「湿」もこの素質に類する話で、六芒星はこの全てを内包させることもできる凄い形状だ。

 

 また、錬金術の三原質、「燃える、または腐食する能動的作用」として「硫黄」を、「能動的作用を封じる受動的作用」として「水銀」を、両者の中間にある固定された作用」として「塩」を配置しているのも六芒星……というか三角形かな。

 この「三」と「四」が錬金術的にはかなり大事で、基本的に錬成陣はどれもこれも三角形か四角形、もしくはそれらの公倍数が使用される。

 

 ……だからこそ、五角形の陣は珍しいんだ。

 僕の感覚で言えば魔法陣的なノリで五芒星とかもありそうなものなのに、錬金術の世界には全く見当たらない。

 五芒星も五角形も不可逆性を推してしまうから、かもしれない。まだまだ研究は必要だけど、「五」はなんというか、指向性のある数字なのだ。

 安定を保ちたがる錬金術にはあまり見られない数字。

 

 だからこそ──人体錬成の陣や、賢者の石作成の陣に使われるんだろうけど。

 

 そんな錬金術書における「五番目の鍵」。

 

「顔のある太陽。王冠を被った獅子。楽器を弾く男女と、それに弓を引く片翼の天使。女性の手には七本の花束……」

 

 神は太陽を生み出し、太陽は大地を生み出し、大地は生命を生み出す。生み出された生命は草木を生み出し、草木は空気を生み出し、空気は熱を生み出す。

 つまり循環だ。神が手を加えたことで循環は始まり、その循環は神が離れても続く。

 

 重要なのは、やはりあくまで生命を生み出すのは大地であること。そして恐ろしいのは、「人が人を作り出してはならない」とは書いていないということ。

 人体錬成を禁止しているのはアメストリスという国であり、こういった古書にそれらしい記載はない。

 むしろ──隠されていたり、別の言い方をされたりしているけれど、「著者が目指すべきはそこである」とでも言いたげな文章がちらほら。

 

「……この本、参考にならないな」

 

 辿り着く先がそこだというのなら。

 この本を読む意味はない。

 

 うん。

 僕は僕の錬金術を作ろう。

 



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第五話 錬金術の応用「再構築の種類」&鹿さん

注:この作品における用語は現実の錬金術と作者の創作錬金術をめちゃくちゃごっちゃごちゃにして作ってあります。現実で使用する際はお気を付けください。


 錬金術の中でも先日僕が使った再構築は「整形」という分類に分別される。あ、美容のそれじゃなくてね。再構築の中のジャンルは「整形」、「成形」、「成型」と種類があって、まず「整形」は「元の物質から組成を変えずに形を変えるもの」を指す。錬金術師によっては「変成」って呼ぶ人もいるけど、それはキメラの分野で使われることが多くて混同しやすいので、とりあえず覚えておくべきは「整形」でいいらしい。

 次に「成形」。日本語だとややこしいけど、「整形(Shaping)」と「成形(Modifing)」の違い、って感じかな。「成形」は「元の物質を錬成して形を変えること」。作中で行われているほとんどの錬金術がこれ。槍を作ったり剣を作ったり、兵器そのものを作ったりする奴。

 そして最後に「成型」。これはMoldingを意味する。成形と似ているんだけど、違いは「元の物質を錬成して定められた通りの形に変えること」。つまり、錬成陣にあらかじめ何を作るかテンプレートを組み込んでいて、それを作るのが「成型」だ。

 

 難度順に並べるなら、「整形」≦「成型」<「成形」となる。

 錬成時の思念、つまり想像力がどれくらい必要か、というところがポイントで、「整形」はそれこそ粘土みたいに考えればいいのでやりやすい。ただし強度に難あり。形状に関しては術者次第なのでなんとも。そこは全部一緒だ。

 その点「成型」はあらかじめ形状が決まっているから余計な思考リソースを割かなくて済むのがメリット。その割かなくて良くなった分を耐久性や錬成速度に割り振れるので、この形式を使っている錬金術師が一番多い。エドの機械鎧の小剣とか、バスク・グラン准将の兵器群とかね。

 思考リソースも多く必要で、且つ形状の決まっていないものを自由に、けれど完璧に想像しなければいけないのが「成形」。その深奥を調べたわけではないけれど、マスタング大佐の焔やキンブリーの紅蓮、あとマルコーさんもそうだと思う。

 真理を見た錬金術師たちも同じだね。エドの小剣はあらかじめ型を作ってあるだろうけど、それ以外のアドリブは全部「成形」だ。

 

 それで、ここまで長々と述べたけれど、この中で僕に一番合っているものが何か、っていう話をしたかった。

 

 とりあえず全部試してはみたんだ。

 まず「整形」。先日やったように粘土を棒状にする、は成功した。他にも岩から円柱状の棒を引き摺りだすとか、コンクリートから同じく円柱を取り出すとか、色々できた。

 ……ものの、これじゃあ戦えない。

 いや、まだ僕は造形……形状をもっともっと変えるような錬金術を覚えていないから、これでもいいのかもしれないけど、たとえば作中でエドが鉄パイプからナイフを作っていたような事が僕にできるように思えない。

 はっきり言って僕の思考速度は遅い。比較対象が漫画で見た国家錬金術師……つまり超エリートだから、というのも勿論あるんだろうけれど、目下の目標であるイシュヴァール戦役に間に合わせるためにはこれじゃあだめだ。ダメすぎる。

 錬成陣を描き、必要な文字を描いて引き抜いて、けれど耐久性は低いまま……なんて。

 武器として役に立たな過ぎる。

 

 逆に自由度が限りなくある「成形」もダメだ。逆にというか同じように、だね。

 思考速度が遅いから、錬成内容を考えながら形状を考えながら……みたいなのができない。お父さんは「どこを目指しているんだレミー」って言って来たけど、うん、確かに錬金術覚えたての見習い錬金術師が挫折するところじゃないのもわかってる。

 けど、足りない。

 僕に今必要なのは実用性だ。

 

 そうなると、やっぱり初めから型があって、他の事に思考リソースを割ける「成型」の錬金術が一番合っている、ということになる。

 

「そこで僕は考えたんです、お父さん」

「おお、ちょっと……待って、くれないか。ジョギング……息が、切れ」

「判子、って……ダメなんですか?」

「はんこ?」

 

 判子。スタンプ。

 いや、鋼の錬金術師内にいないなぁ、とは思っていたんだ。

 

 ジョギング後で息も切れ切れなお父さんの前に、練習用の石を置く。

 それに、今朝自分でちまちま「整形」した印鑑くらい小さな判子をペタっと押して。そのまま錬金術を発動! 判子を引き抜きながら、錬成反応を光らせて石の棒が──いいや、先端の尖った小さな槍のようなものが抜かれていくではありませんか!

 

「おお……」

「どう?」

「……文句はないよ。ただ、その判子を落とした時や、こういう地面……上手くインクの付かないものが素材の場合はどうするんだ?」

「落とした時は予備で、あとすぐに判子も錬成できるように錬成陣を覚えてる。上手くインクの付かないものは」

 

 まだ一部が残っている石を持ちあげて──地面にドン! と叩きつける。

 その先端が地面にめり込んでいることを感触で確認しつつ、違う判子を石へと押し付けて、発動させる。

 

 錬成光。

 ……ただ錬成速度はちょっと遅め。土を錬成対象にするのちょっと難しいんだよね。利用用途があんまりないっていうか。

 

 だからこうやって──めきょっと地面を陥没させる、くらいしか僕には考えつかなかった。

 現状の僕が使える引き抜き以外の錬成。まぁこれも地面を下から引き抜いている、って感じのイメージなんだけど。

 

「40点だな」

「やっぱり?」

「その様子だと、問題点はわかっているな?」

「そりゃ勿論。結局判子を押せるものがないと何の意味もないってことと、この穴があんまり深くないこと」

「70点だ」

「え」

「その判子を押す動き、見極められやすいからな。……レミーがどこを目指しているのかは知らないが、手を蹴り飛ばされたりしたら危ないし、どうしても判子を見てしまっているのも減点だ。そうじゃなきゃまだイメージを送れないんだろうが……」

「あー」

 

 確かに。

 かなり俯いちゃってるな。

 これだと危なすぎる。

 

「それに、言っちゃあなんだが」

「手に入れ墨彫った方が早い?」

「入れ墨とは言わないまでも、手袋とかをした方が早いのは事実だろう」

 

 おお。

 やっぱりお父さんもそこに辿り着くんだ。

 

 そう、別にインクなんてつかなくてもいいんだ。 粘土の時を思い出してほしい。別に粘土に錬成陣が刻まれたわけでもないのに、錬成陣の発動した紙に粘土はくっついてきた。

 接触する側に錬成陣があればいい。そして僕の正円を描くスタイル。

 

「ではお父さん、これを見てください」

「ん、まだ何かあるのか」

「うん。僕も今のお父さんと同じところまで行ってね、それで、街で軍手を買ってきて、こういうのを作ってみたんだ」

 

 こういうの。

 それは、各指の先に半円がそれぞれ描かれた軍手。親指のところだけが下弦の月というか下側の半円で、他の指は上側の半円。

 描いてある錬成陣は、親指のものが「上向き三角(△)」、「正方形に十字()」、そして「鍵()」。

 これに対し、親指以外の四指には「素質」……土、水、火、空気の錬成陣が刻まれている。

 つまり、これを手に嵌めて、地面を触って……抓むような動作をすれば。

 

「ほお」

 

 今使ったのは粘土と同じ、乾湿を用いた「成型」。出来上がるのは……まぁ、泥団子の楕円型みたいなやつ。別に何を作ろうと思ってたわけじゃないからね。何とも言えないものが出来上がった。

 

「軍手の粗い目だからちょっと精度は低いけど、お金を貯めて良い手袋買って、ってやるつもり」

「いいじゃないか。別に推奨するわけじゃないが、国家錬金術師を目指せるぞ。そのオリジナリティは……って、なんだその渋い顔は。どうしたレミー」

 

 国家錬金術師。

 

 いや。

 そうなんだよなぁ、って。……国家錬金術師にならないと、イシュヴァール戦役に呼ばれない。

 お母さんの錬金術が攻撃性のあるものでもそうでなくても、お父さんが呼ばれる可能性は大いにある。

 

 でも取ったら目をつけられる。

 取らなかったら……流石に一般人は入れない。入ったらイシュヴァール人諸共射殺も全然あり得る。

 

 悩み。

 

「……なりたいのか? 国家錬金術師」

「なりたくないけど、ならざるを得ない……というか」

「なんだ、街の奴らに何か言われたか? レミー、いいんだぞ。母さんが国家錬金術師だからって、お前までそうなる必要はないんだ」

 

 そうじゃない。

 まだ1899年。イシュヴァール戦役まであと2年ある。ある、とはいえ……とはいえ、過ぎる。

 僕はまだ幼い、という形容詞の域を出ない年齢だ。田舎だから、学校に通っていない。だから言葉も最近覚えた(ということになっている)くらいの幼さ。

 そんな奴を戦場に向かわせるには、相当な強さが必要だと思う。倫理観が子供を戦場に送ること、より身の安全のために化け物を送り出すことで勝るような、そんな強さが。

 

 もし、もしも。

 原作開始時のエドワード・エルリックがイシュヴァール殲滅戦開始時にいたら、どうだっただろうか。

 ……絶対投入されていた。15歳という若さでも、十二分な強さを持っていたから。だって上は倫理観なんか欠片もない外道共で……いや、だから……僕くらいでも行けるには行ける、のか?

 強ささえ見せつけることができたら。

 

「……」

 

 思念を強くする。

 地面に指を当てて、考える。土壌中に含まれる鉄……酸化鉄なんかも含めたあらゆる鉄分を考える。

 ……無理だなぁ。完全に勘になっちゃう。それだとリバウンドが怖い。

 なら発想を変えよう。余計なものを取り除くんだ。ケイ素、アルミニウム、カルシウム、カリウム、ナトリウム、マグネシウム。これらを除去する。全部押し出しだ。

 それによっておこるのは、土埃。風に巻き上げられたかのように高く上る土。やっていることはただの分解だから、再構築の必要もない簡単な錬金術。

 そうして残るのが鉄。

 本当はニッケルも欲しかったんだけど、今の僕じゃ「成形」はできないので妥協。

 鉄を材料に、乾湿を使って作り上げていくのは──刃だ。物凄く疲れる。今まで棒しか作ってこなかった僕が、複雑ではないとはいえ、全く違う形状のものを作らんとしている。

 

 20秒。

 今の錬成にかかった時間だ。実戦における20秒なんか隙でしかない。

 

 けど──完成はした。

 抜いて、土埃を切り払う。

 

「……レミー」

「できた……けど、これじゃ」

「こら! 新しい物を作るときは俺に言えって言っただろう! リバウンドは本当に怖いものなんだぞ!!」

 

 う。

 ……その通りでございます。

 

「ごめんなさい」

「できると思っても、まず確認だ。お前はまだ幼いんだから、大人にとっては小さな怪我だったとしても、子供の身には大怪我、なんてこともあるかもしれない」

「うん」

「それに、お前、気付いているか? ──自分が息切れしていること」

 

 本当、だった。

 僕は今、息切れしている。別に錬成中息を止めていた、とかではないのに、だ。

 汗を拭う。……暑くもないのに、かなり汗をかいていた。

 

 くらっとする頭に、作り出した剣を杖みたいに地面に刺して留まる。

 留まる……ろうとして、それがボキッと折れたのがわかった。

 

 倒れる前に、抱き留められる。

 

「ああ……」

「ああ、危ないな……今危なかったことは自覚しているな?」

「うん、本当にごめんなさい」

 

 もし、僕からもっと気力が抜けていて、折れた刃の上に倒れていたらと思うと──ぞっとしない。

 

 慣れ。

 慣れていないんだ。だから必要以上の思考リソースを使った。剣を錬成する、なんて押し出しと引き抜き以外も使っている。僕は今、足りない錬成陣と自分の脳内という外付け錬成陣で、そのほとんどを想像に委ねて錬成を行った。 

 なまじ知識で剣の鍛錬方法を知っていたのが仇になった。そして同時に、知識でしか知らなかったから、加減がわからずに脆くしてしまって、こんな簡単に折れた。

 

 ──経験が必要だ。

 

「お父さん」

「なんだ」

「お父さんは、軍人さん、だよね?」

「む……まぁ、そうだが」

「剣、教えてよ」

「……理由は?」

 

 理由。

 理由か。強くなりたい、じゃダメだろう。

 

「いじめられたか?」

「え?」

「街から帰ってきて、突然だ。……何か言われたか。喧嘩に負けたか? それで剣を……」

 

 ああ。

 そう見えるのか。

 

「ううん、そうじゃないよ。……その程度で剣を持ちだす程愚かになった覚えはない」

「そうか。じゃあなぜ?」

 

 何故。

 

 ……別に、隠すことでもないんだろう。

 何か……どこか後ろめたかったから、言わなかっただけだ。

 

「もうすぐ戦争が始まる」

「クレタとのことか? まぁ、こういう言い方は悪いが、あそこは常にドンパチやってる。父さんがいた頃も──」

「東部。イシュヴァール。……内乱が、始まる」

「……それは、誰からの情報だ。どこからの──」

 

 わからない。

 僕たちの事なんて見ていないと思いたい。考えていないと、把握していないと思いたい。

 でも今、すべてが怪しく見えてきた。飛ぶ鳥も、眠る犬も──林からこちらをじっと見つめる鹿も。

 

「言えない」

「いや、言いなさい。事と次第によっては妄言じゃ済まないぞ」

 

 アレ……そうだよね。

 "そう"だよね。なんで? なんで僕たちなんか監視してるの?

 

「見られてる」

「ッ……なんだと?」

 

 お父さんの良い所は、僕の言葉を子供の妄言として処理しないところだと思う。

 僕に対して本気になって、真剣になって、親身になってくれる。

 

 僕だったらこんな言葉厨二病かな? とかってなるけど──お父さんは。

 

「よし! レミー!! ──朝ご飯を食べようとりあえず!!」

「あ、あ、うん。そ、そうだね」

 

 ……演技はド下手だったけど。

 いやいきなりすぎるでしょ。気のせいじゃなければあの鹿さんも噴き出しそうになってるよ。

 

「あ、庭の片付けは」

「あとでいい!!」

「う、うん」

 

 もしかして大声出せば全部何とかなると思ってる?

 



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第六話 錬金術の応用「戦闘時の錬成難度」&リスさん

交流メイン


 結論から言うと、僕に剣術は無理だった。

 お父さんは一応、本当に一応アメストリス式軍隊剣術を修めてはいたんだけど、今は育休中な上に基本は銃を使うとかで、士官学校以来剣は握ったことが無いとかなんとか。

 んじゃ前世の剣道でなんとかしようとしたら、隙だらけだって言われた。確かに。剣道はあくまで道だし。

 だったら知り合いを紹介してよ、って言ったら知り合いにも剣術家なんていないらしい。キング・ブラッドレイ大総統が言っちゃなんだけど異端なだけで、そもそもアメストリスって銃が基本だ。銃構えてる奴に剣で突っ込むのは蛮勇か余程ヤバい奴なんだって。確かに。

 

 というか、というかなんだよね。

 僕の知識は勿論鋼の錬金術師から来ているから、何故か接近戦を挑む気満々でいたけど、接近戦って危ないんだよ。リスクが大きすぎる。

 余程身体能力に自信がある人がやることであって、普通は遠距離から戦うんだと。

 

 あと、何よりも僕が「無理だな」と感じたことがあって。

 それが。

 

「レミー。お前、そもそも"動きながらの錬成"はできるのか? できると思うか?」

「あー」

 

 そう。

 作中ではみんな当たり前のようにやっていたけど、格闘しながら錬成とか逃げ回りながら錬成とか、無理だ。人間は歩くだけ、走るだけでかなりの思考リソースを割いている。重心移動、バランス、地を蹴ることや逆に止まること。

 それをやりながら形状を完璧に考えて、あるいはテンプレート通りでも組成の組み換えを脳内計算して……って。

 超人?

 

「例えばだがな、レミー。俺の場合、錬成陣を描く速度はそれなりだという自負がある。加えてどんな場所にも描ける。ただ、一から物を作るのは苦手だ。ちゃんと考えて、ちゃんと計算しながらじゃないとできない。無理にやろうとすれば、コップのように割ってしまいかねない」

「それは多分、僕もかな。割ることは無いと思うけど、違う結果を引き起こす」

「そのリスクを戦闘中に考えなければいけない……なんて、できると思うか?」

「無理だと思う」

「うん、良く現実が見えているな」

 

 よく現実が見えている。

 ……そうだ。

 現実を見よう。

 

 今は家の中だから良い、とか考えないで、現実を見よう。

 

「……お父さん」

「いいか、レミー。俺が母さんの錬金術を秘密にしたのは、母さんが少し危ない錬金術を扱うからだ」

「!」

「街で錬金術師が嫌われているのもそのためだし、恐らく監視がついているのもそのため。お前がそれに気づいてしまったのは想定外だったが……()()()()()()()()()()()

 

 おかしな文脈。

 だから、か。

 

「うん。わかった。お母さんの錬金術については、お母さんが帰ってきてからなら聞いても良いんだよね?」

「ああ。別に隠すことでもないしな」

 

 お父さんがどこまで知っているのかはわからない。

 お父さんの地位もわからない。だけど、僕の態度から何かを察してくれたんだと思う。

 

 さて。

 そろそろ楽観視はやめよう。

 

 お母さんが国家錬金術師でー、危ない錬金術が使えてー。

 お父さんが軍人でー、お母さんには及ばないまでも錬金術が使えてー。

 その子供が落ちてきた本で頭を打ってから突然錬金術に目覚めてめきょめきょ成長しててー。

 

 これで監視がつかないこと、ある?

 

 ホムンクルスたちは優秀な錬金術師を探している。

 それは人柱候補として監視対象になるからであり、監視下に置きやすくするためだ。

 その錬金術師に「大切な人」がいるのなら、無理矢理扉を開けさせるために策を練ることも苦ではなく──。

 

「さっきのは聞かなかったことにする。──言わなかったことにしなさい、レミー」

「……うん」

 

 ぞっとする、よね。

 僕ら親子三人は全員が錬金術師で、それぞれに方向性が違う。

 だから、全員が全員、互いの人質になり得てしまうわけで。

 

 国家錬金術師を目指して、イシュヴァール戦役に呼ばれるようになる。

 国家錬金術師を諦めて、ホムンクルスたちの目から外れるように努力する。

 

 この二択なら、僕は。

 

「──お父さん」

「なんだ、レミー」

「軍人やめない?」

 

 第三の選択肢……もうみんなで錬金術師やめちゃおうぜを取る!!

 

 

 *

 

 

 お父さんは軍人も錬金術師もやめなかった。ので、僕はまた僕なりの錬金術のお勉強である。

 

 僕の作った四大元素手袋かっこかり。

 これを使った錬金術をもう少し突き詰めたい。いや、だから、お父さんが軍人をやめてくれないなら、僕の選択肢はもう国家錬金術師になるしかないわけで。

 作中に出てこなかったところを見るに、国家錬金術師たるお母さんはイシュヴァール戦役中か、あるいはまったく関係ない所で死んでしまっている可能性があるわけで。

 

 二人を守りたい僕としては、やはり強くなるしかないという結論に至る。

 

「だから、土を錬成する……のが難しいからー」

 

 あの鹿さんは今日も見に来ている。

 確実に監視されている。僕が監視に気付いていることに気付いているのかはわからないけど、それはもうじぃっと見つめてきている。

 これ僕なのかなぁ、狙われてるの。

 

 岩に親指と人差し指を当てる。そして──右に捻る。

 これを行うと何が起こるかって、単なる乾湿の錬成陣に違うマークが生まれるのだ。三角形を円運動させたら当然扇台形が生まれる。扇台形の意味は「軟化」。湿の錬成陣で行う岩の軟化は、まぁ普通はあり得ないこと。それを錬成を通しておこない、さらには乾の方でも同じだけ動いた記号によって「切削」を行う。

 引っ張り出した柔らかな岩をもう片方の手袋に沿わせながら、剣の時にできなかったことをしていく。

 押し出しの錬成陣で余計な要素を押し出し、固定するものは親指を這わせて両側から圧縮。岩の中に含まれた鉄はごく少量のために先端へ集中させることを選び、柄となるただの岩の部分はできるだけ硬くしていく。

 かかる時間は……やはり20秒ほど。

 これ以上早くやるならお父さんの前でやらないといけない。

 

 とかく、こうして作り上げられるは──槍。

 石の先端に鉄の刃がくっついた槍だ。

 

 さて、僕が剣でなく槍の扱いに長けているかどうか。──無論、慣れているはずもない。

 長いし重いし、まだ身長が伸びていないからむしろ振り回されるし。

 

 使うならもう少し短め? けどそれだと槍の意味が無いしなぁ。

 やっぱり剣? 誰に習うの問題。

 ま、それを言うなら槍だってそうなんだけど。

 

「……あ、でもこういうことはできるな」

 

 先端の刃を分解して取る。

 残った石の円柱の底面に触れて、「整形」を行っていく。刻むのは錬成陣。

 

 それを──どすん、どすん、どすん! と。

 地面に何度も突き立てる。

 

「そういうことも──ある!」

 

 鹿さんにじーっと見られながら行うその錬金術は、押し出しの錬成陣。

 最後にもう一回石柱を振り下ろした瞬間、ドゴッ! と複数の土の柱が立ち上がった。

 

 ……一応、成功だ。

 耐久の設定を岩へのもののままにしてしまったからすぐに崩れたけど、これをもう少し改良すれば目くらましに使える……カモ。

 こういう使い方してると、僕は判子の錬金術師になるんだろうか。……ちょっとカッコ悪くない?

 

「──なあ」

 

 声はそんな、特別なことをしていない、なんでもない時にかかってきた。

 余りにも聞き覚えのありすぎる声。真実をいつも一つにしてしまいそうなその声は、少し上の方から。

 

 ビクッとして、キョロキョロしている僕に、声は。

 

「上だよ上。いや空じゃなくて、木の上! 枝のとこ!」

 

 わかってはいた。わからないふりをしたかった。

 何故接触してきたのか、何故その姿で声をかけてきたのか……何もわからないままに、僕は。

 

「リ、ス……?」

「よぉ。そうだ、リスだよ」

 

 絶対リスじゃないリスと、会話を始めてしまう……のである。

 

 

 

 僕は割合幼い。

 文字が読めただけで賢い子とされるくらいには幼い。無論それは学校に行っていないのもあるけど、まぁ幼い。

 だから行けると思ったのかもしれない。

 

 リスは、そのいつも通りの尊大そうな態度で、こっちを馬鹿に、見下してますよ感の伝わる声で……それを問うてきた。

 

「それ、何してんの?」

「え、いや、錬金術だけど……」

「そんな一発芸みたいなのが錬金術?」

 

 グサァッ!

 ……残念、僕の冒険の書がここで終わってしまった、になるくらいの精神ショック。

 

「い、一応そうだよ」

「ふーん。俺が見たことのある錬金術ってのは、もっと爆発が起きたり、鉄の槍が何本も地面から突き出たりしてたけど」

「そういう危ない錬金術はまだ習ってないから……」

 

 リスと会話する幼子。

 絵面だけ見ればメルヒェン。余りにもメルヒェン。

 でも正体がわかってる僕にとっては断頭台でしかない。刃が、刃がそこに。

 

「あの……リスさん」

「ん?」

「どんぐり……食べる?」

 

 そんな境遇に陥った僕が取った選択肢は、なんと賄賂。これで懐柔されてくれませんか、と。お願いだから見逃してくれませんか、と。

 そんな、ただ僕の足元に落ちていただけのどんぐりを提示されたリス。

 

「……意外と通じるもんだな。流石人間」

「え?」

「なんでもないよ。リス語だよリス語」

「あ、リスにも言語があったんだ……」

「まぁな。あんまり動物馬鹿にすんなよ? 俺たち動物は人間のこと馬鹿にできるくらいの知能はあるんだから」

「は、はい」

「んじゃ、一応そのどんぐりは貰っておくよ」

 

 そっと近づけて、渡す。

 ……いきなり頭が刃になる、とかはなかった。普通に貰われる。

 

「あの、リスさん」

「なに?」

「名前って……あるんですか?」

 

 深入りするべきじゃないのはわかっている。

 ただ、友好関係と言わないまでも、この幼子にはそこまで知能が無いと……監視対象にするまでもないと思わせるほどの「幼稚さ」を見せつけることができれば、なんとかなるんじゃないかという浅知恵。

 対し。

 

「名前はないよ。今までも適当に名付けられたことはあったけど、どれもこれも覚えてない。つか、アンタの名前は? 名乗りもしないのか、最近の奴は」

「あ……っと、僕の名前は……レムノス、かな」

「あん? なんでそこ曖昧になる? 自分の名前だろ」

「普段愛称でしか呼ばれないから……」

 

 これは割と本当。

 まだ文字も読めないと思われていた頃からいきなり錬金術を習うまでに至った僕は、文字の練習というものをしていない。普通はそこで自分の名前を書いたりするものなんだけど、それをすっ飛ばしているからどういう字で僕の名前が書かれるのかすらわかっていない。

 ついでにいうと苗字もわかっていない。どうしようこれでエルリックとかカーティスとかロックベルとかだったら。

 無いか。

 

「ふぅん。んじゃ俺だけは本名で呼んでやるよ。それで、アンタはなんて名前をくれるんだ?」

「……ちょっと待ってね、今考えてるから」

 

 リス。

 リスっぽい名前。リスっぽい名前ってなんだ?

 ……とっとこするやつはハムスターだし、そもそも「太郎」の響きがアメストリス的に微妙。

 チッフ〇とデー……は検閲対象だ。たとえ異世界でも消される可能性がある。

 

 じゃあ逆に、彼の正体を絡めた名前にしてみるとか。こう、切望からとってロング! とか。

 ……それはあまりにも馬鹿すぎる。知性を見せているようなものだし、なんで名前知ってるんだってとこまで行かれかねない。もっと監視対象になるでしょ。

 

「……錬金術師としてあるまじき思考速度じゃないか?」

「うっ、き、気にしてるんだよそれ……」

「あぁ自覚はあるんだ。……別になんでもいいぜ。茶色(ブラウン)とか縞々(ストライプ)とか。いっぱいあるだろ、見た目の特徴は」

「でもそれって、たとえば髪の毛が無い人の事をハゲって呼んでるようなものじゃない?」

「……まぁ、確かに? 言われてみりゃそうだな」

「だから、もう少しパーソナルな部分を知らないと名前なんて名付けられないよ」

「でもアンタの親はお前の事なんも知らないのに名前を付けただろ?」

「それは……それは、生まれたばかりの子供にパーソナルな部分なんて何もないからで」

「リスにはある、ってか」

「あるでしょ、それは。話していて今のリスさんに個性があるのはよくわかるし……」

 

 ……アレ、コレ。僕「幼稚さの露呈」できてる?

 年齢の割に思慮深いとか思われてない? 大丈夫だよね? 素直過ぎて幼すぎて意見の決断ができない、流石人間愚か愚かって思われてるよね?

 

「ハハッ、じゃあいいよ。リスさん、で。十分だ」

「あ、うん……ちゃんと考えておくね」

「ああ。()()()()()()()()()()()()()()()。適当な時期にちゃんと名付けてくれよ、レムノス」

 

 うん?

 ……いや気のせいだろう。

 

「あ、僕そろそろお昼ご飯に戻らないと……」

 

 と声をかければ、リスはもう姿を消していて。

 木には、木の枝には、なんで折れてないのか不思議なくらいの窪みが刻まれていて……。

 

 うん。

 うん!!

 



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第七話 錬丹術の基礎「遠隔錬成(ぶっつけ本番)」&おかえり

 錬金術師は自らの研究内容を他者に明かさないように、それを暗号で書く、という習慣がある。

 これは単純に悪用を防ぐためであったり、利益を損なわないようにするためであったりするけれど、やはり一番は「ちゃんと理解していない人間がそれを使って大変なことになりかねないから」という意味合いが強い。

 研究者は基本的に独善的というか他者を見下し気味というか、自分こそが一番錬金術を理解している! って思っている人たちの集まりなので、研究内容を単純に盗み見られる分には「ハッ、使いこなせるわけあるまい!」となる。が、同時に「オイ待て待て使いこなせなかったら大変なことになるのわかってないだろ!?」ともなるわけだ。

 まぁ普通に盗まれるのが嫌だって人も多くいるけど。

 

 とかく、研究内容の暗号化は必須。エドが旅行記、マルコーさんがレシピ集、マスタング大佐が女性名であったように、僕も暗号化して自身のマークや錬成方法を記して行こうと考えた。

 が、まだ隠すような錬金術をしているわけでもなし、錬金術を習うだけでもヘロヘロなのに、独自暗号を作り出せとか絶対無理。日本語で書くのも手ではあったけど、シン国では普通に漢字使ってるし、さらに東にはショーギを遊戯とする島国があるらしいのでこれも無し。

 ただ僕の頭って奴はあんまり回転速度が速くない上に記憶力もそこそこでしかない。

 だから研究日誌、あるいはメモ帳というのは欲しい。

 

 そこで考えたのが、前世にもあった数字を使った暗号文こと──ポケベル暗号である。

 "数字で語呂合わせをする"、"日本語を知っている"、"語呂合わせが直感的に理解できる"の三つが揃わなければ読み解けないこの暗号は、さらに紙面全体を数字で埋め尽くすことでぱっと見の難解さを向上。

 こんな幼子の研究日誌誰が見るんだ、という問いは勿論想定済み。普通は誰も見ない。誰も気にしない。

 

 今、僕の腕の中に、小動物にしてはあまりにも重すぎるそれが入ってきていて、「へぇ、何書いてんの?」とか言って当たり前のように覗いてきたリスがいなければ、僕はその問いに対して「確かに……」と返していたことだろう。

 

 リス。

 ……なんかもう、毎日のように来るようになっちゃったんだよね。

 イシュヴァール戦役始めるまで暇なんだろうな、多分……。あとホントはもっと死ぬほど重いと思うんだけど、もしかして僕のために減量してくれてるのかな。それともある程度は操作できるんだろうか。体内の疎密操って……みたいな。じゃなきゃもっともっと陥没してるよね地面とか枝とか。

 

「数字の羅列? 何これ」

「数字、読めるんだリスさん」

「あのさ、前も言ったけど、アンタら人間は動物を馬鹿にしすぎ。数字も読めるし文字も読めるよ。人間の言語を発声するに至る声帯が無いだけだって。あ、俺はトクベツね」

「うん……」

 

 まぁそういう話は前世にもあった。犬も猫も全部理解してて、理解した上で無視しているし、理解した上でわかってやらないって態度を取ってる、みたいなの。

 賢い知性体はどうしたって自分以外が賢くないと思っちゃうものだからなぁ。だって言葉通じないんだもん、って。

 

「あぁ、これ錬金術師の研究日誌って奴? ハ、見習いがいっちょ前に研究日誌を暗号化してるわけだ!」

 

 グサ、グサグサ。

 ……そうです。僕の研究内容なんか暗号化する意味なんてほとんどない。自分だけの錬金術がほとんど確立していない状態でこれを書く意味なんかない。その上でリスには、新しい暗号をわざわざ作り出した、という風に映っているんだろう。

 アレだよね。調子に乗って大人ぶってる、みたいな。

 あ、でもいいんじゃないソレ。そういう感じに侮ってくれたら、コイツは……コイツは愚かにも人体錬成に手を出すだろうから狙い目だな、とか思うのかなぁ。あー。あー。

 

「レムノス。おいレムノス?」

「え、あ。あ。はい。なに?」

「お前の錬金術、他のを見せろよ。この前の土掘る奴じゃなくて」

 

 あれは掘ったんじゃなくて隆起させたんだけど……という言い訳はしない。掘っただけ。うん、ソウダネ……。そうとしか見えなくても不思議はないよネ……。

 

「もっと派手なのないワケ?」

「だから、派手なのはお父さんがいないとできないんだって」

「いいじゃんか、一回くらい。怒られたって謝れば許してもらえるんだろ? それに、ここには俺がいる。今更リスじゃ無理、とかいうなよ?」

 

 うわぁ、誘惑の類だ。

 悪魔の誘いって奴だ。甘い言葉に惑わされて富を掴んで、破滅する奴の構図だ。

 

 これ……断るべきだろうか。

 断るのは知性的過ぎ? でも了承するのはなぁ。

 リバウンドの恐ろしさは僕だってわかってる。エド達のは人体錬成のリバウンドだから最も大きいものであると仮定したとしても、リスクはリスク。どれほど小さな事象を為そうとしたリバウンドとて、何かしらの傷は負うのだろう。

 

「レムノス?」

「うーん。怒られるからやんないんじゃなくて、怖いからやんないだよ、リスさん」

「怖い?」

「うん。錬金術は怖いものだからね。やろうと思えばなんでもできちゃう」

「そりゃ例えば──人間をつくる、とかか?」

 

 わお、いきなり核心を。

 

「人間を作るのはダメだよ。法律で禁止されてる」

「でも罰則はない」

「……良く知ってるね」

 

 そう。

 実は人体錬成、禁止はされていても罰則は存在しない。禁固刑もない。罰金すらない。

 逆に金を作ることを禁止する法律には物凄い罰則が存在する。ウェストゲート事件以降は錬金術師、並びに国家錬金術師は金を作るべからず、っていうのは強化されて周知された。

 

「でも、ダメだよ。実験で作っていい人間なんかいないから」

「実験じゃなけりゃいいってのか?」

「ううん、そうじゃないよ……そうじゃなくて」

「研究者なら禁止されているものにこそチョーセンするべきだと思うけどね。アンタら人間はそこが理解できない。目の前に目に見えた謎があって、それを明かそうとしないくせに、自分たちは影を照らし世界を明るみのもとに暴き出す者だって喚く。やるべきことは他にあるだろ、錬金術師」

「……よくわかんないかな」

「あ、そう」

 

 お。

 これは、興味を尽かしてくれたかな?

 

 まぁ言いたいことは正直わかるよ。ブラックボックスというか、わざわざ「禁止していますよ」ってものがあって、それを無視して世界の真実を突き詰める、探求するっていうのは……多分、偏執的且つ妄執的な研究者からしたらあまりにももどかしい話なんだろう。

 人体錬成。

 もう少しいうのなら、魂を錬成する、という行為は。

 

「じゃあさぁ、レムノス」

「う、うん?」

「コレ、何かわかるか?」

 

 言いながら──リスが尻尾から取り出したのは。

 赤く、妖しく光る小さな石がついた指輪──。

 

「綺麗な、指輪?」

「これはな、錬金術の効果を底上げしてくれる指輪なんだ」

「底上げ……」

「そう。アンタ、自分の思考速度に悩んでただろ? 今も理解の及ばないことを理解の及ばないままにしてた。俺が見てきたエリートの錬金術師って奴はそういうことしないんだよ。"よくわかんないこと"をそのままにしておかない。──これを指に嵌めりゃ、いろんなことが試せるぜ。アンタみたいに思考速度の遅い奴でも、望み通りの研究結果が得られる夢のような指輪さ」

 

 それをリスは、器用にも僕の指に嵌めてくる。

 ……これ、嵌めたら取れない、みたいな呪いかかってないよね?

 

「それでも人間は作らないよ」

「……なんでだ?」

「僕の研究にそういうの含まれてないし。何より、材料がわからないからね」

「だから、そういうのすっ飛ばせるのがコレなんだって!」

「これは効果の底上げなんでしょ? 錬金術は理解、分解、再構築の段階を取る技術。これが効果の底上げをするものだっていうなら、再構築の増幅をするものだろう。でも僕には理解の部分が足りていない。だからやんない。理解しないまま錬金術を使えばリバウンドっていう怖いものが来るんだ」

 

 それは、錬金術の使えないリスなりの勘違いなのかもしれない。

 この赤い石でできるのは再構築時の凄まじいまでの効果増幅。あと少ない思念での錬成と、錬成速度の向上。

 

 物を理解すること、に関してはこの石は何の影響も及ぼさない。

 

「これは返しておくよ、リスさん」

「……冷静だね、いつにまして」

 

 ひゅ、と背筋が冷える。

 やばい。饒舌過ぎた? この赤い石を知っているから──その末路も原理も知っているからこその及び腰が、何か気付かせた?

 

「レムノス。お前さぁ」

「──ただいま戻りました。レミー、動物と遊んでいるのですか? 嫌がっているのであれば、無理に抱き留めるのは感心しませんよ」

「──」

 

 ぴょん、と跳ねて、茂みの方へ逃げていくリス。ああ、指輪返しそびれた。

 

「あ。……ごめんね、レミー。私が驚かせてしまったようです。本当は遊んでいただけだったりした……のでしょうか?」

「ううん、大丈夫。おかえり、お母さん」

「はい、ただいま。──お父さんは?」

「ジョギング中」

「よろしい」

 

 こういうの、間一髪っていうのかな。

 本当にありがとう、という言葉を送りたい。明らかに多分、さっきのままだったら何か……どうにかなっていた気がする。

 

 指輪は……捨てないでおこう。いや、いざとなったら使う、とかじゃなくて、これをもしお母さんやお父さんが見つけてしまった時、それを使ってしまった時が怖い。リオールのコーネロ司祭の二の舞になる可能性は大いにあるんだ。まだレト教出てきてないから二の舞ではないのかもしれないけれど。

 そしてその末路は、語るまでもない。

 

「お母さん」

「どうしましたか?」

「抱き着いていい?」

「……勿論です。ごめんね、長く家を空けて……寂しい思いをさせました」

 

 ぎゅ、と抱き着けば、そのまま持ち上げられる。 

 あ、ちからつよい。抱きしめられて……わあ、本当に安心する。

 

「何か、ありましたか?」

「……錬金術、習い始めたんだ」

「習い始めた? お父さんが教えているのですか?」

「うん。僕の独自の部分は独自の方法でやってるけど、基本的なことはお父さんに教わってるよ」

「……ふぅむ。では明日から、お母さんが教えます」

「え、なんで」

「レミーをお父さんに取られるのが嫌だから」

 

 そんなことを言いながら、キスを落とされる。

 恥ずかしさとかは生まれないけど……その。

 

 やっぱり僕、どうあっても、絶対に、この人を無為に殺させる、なんてことはできないな、って思った。

 

 

 

 

 その夜。

 

「銀時計を落として査定やり直し……レミーから聞いてはいたが、本当にお前は、いつになったら……」

「あなたこそ、なんですかそのお腹。毎朝ジョギングをしていたにしては、太くなっていますね。どうしてですか?」

「わかるの?」

「はい。体重は私がウェストシティに行く前から2㎏程増えた……違いますか?」

「う……ぐ」

 

 すごい。

 見ただけで体重がわかるとか、どういう特殊技能?

 

「お父さん限定ですよ、レミー。私はこの人がちゃんと痩せていたころから見ていましたので。私の代わりに育休に入って段々と太っていく様も、自分のお腹を気にし始めたことも、けれどお酒がやめられなくてまた太っていく所も、すべて」

「……お父さん」

「そんな憐みの目で見るなレミー。父さんだってな、勿論頑張ろうとはしているんだ。だが……」

「だが、なんですか?」

「その……レミーが言葉を覚えた記念とか、錬金術に興味を持った記念とか、独自の錬成スタイルを確立した記念とか……祝い事が続いて」

 

 ああ、確かに。

 お父さんは何かとお祝いごとをしたがるというか、僕が何か新しいことをやったり成功したりするたびに、お祝いだ、とかいって夕飯を豪華にしたり、昼食をお肉だらけにしたり。

 お母さんのいなかった二週間強の中で、五、六回はお祝い事あった気がする。そしてお酒もたくさん飲んでいた気がする。

 

「レミーのせい、と」

「いやそういう意味じゃなくて!」

 

 ……お母さんが帰ってきての、楽しい楽しい団欒の時間。

 いや、本当に。外にいる赤い目をしたカラスとか、気付かなければいいのにね。

 

「ああ、レミー。ごめんね、喧嘩を見せるつもりはなかったの。……ご飯を食べましょう。お話は、その後で」

「そ……そうだな。そうしよう! 今日は母さんが帰って来た記念だ、飲んで──」

 

 幸せであればあるほどに。

 その誘惑は……迫ってくるじゃないか。

 

 

 *

 

 

 振る。受け止められる。中間に手を当てて、受け止められた場所に力点を作る感じで棒を跳ね上げれば──それでも受け止められる。体格差だ。これは僕の選択ミス。

 襲い来る前蹴りをバックステップで避けつつ、地面に対して錬成を行う。「整形」。土を引き抜いて、強度も上げていないそれを投げて目潰しにする。ならない。たった一振りで払われたそれは、何にもならずに終わった。

 

 けど、十分だ。

 振りぬいた、という隙があれば十分。

 親指、人差し指、中指で三角形を作り、地面に突き込んだそれをグリっと捻る。捻って円を描く。指にそれぞれ描かれた錬成陣がそれぞれにマークを刻み、「成形」の錬成が始まる。

 

「遅いですよ」

「わかってる!」

 

 錬成速度は相変わらず遅い。17秒。少し縮んだくらいだ。

 だからその間、もう一つの錬金術を発動させる。左手の手袋に描かれた錬成陣は右手のものとは少し違う。

 右手が乾湿の錬成陣……第一物質と素質を織り交ぜて様々な組み合わせ効果を得るものだとすれば、左手の錬成陣は僕の足りない思考速度で「成型」をするための錬成陣──プライドとか全部捨ててサポートの文字列をこれでもかと織り込んである、テンプレート錬金術を発動させるための手袋だ。

 

「成程、相手を突き上げる。確かに驚く相手はいるでしょうが、相手に高地を与える、というのが自身を不利にさせる行いであることを理解してください」

「ああでも、それ脆いから」

「!」

 

 今使ったのはいつもお馴染み、ただ円柱を突き出すだけの錬金術。粘土の時から使い続けているアレね。エドとかみたいにトゲにする、ってなるとちょっと話が違ってくるんだけど、円柱のまま押し出すだけなら思考リソースなんてほとんど割かずに済む。慣れも多いから、違う錬成をしながらでも使える簡単な錬金術だ。

 そして、並列だからこそ強度を考えない──死ぬほど脆い円柱を作ることができる。

 

「ふぅむ、良い意表の突き方です。上に押し出されたら、普通はここから跳ぼうと考えますからね。その足場が崩れる、というのは中々。ですが」

 

 降り注ぐ土から、青い錬成反応が溢れ出る。

 嘘、空中で錬成? 自分が落ちてるんだ、着地っていうかなり複雑な思考リソースを持っていかれるはずなのに──。

 

「間に合わない!」

 

 錬成されつつあったものを自分で蹴り壊して強制キャンセルする。これでリバウンドが起きることはないので、そのまま横に転がってソレを避ける。

 ソレ。大量の土と──。

 

「大槌の錬金術師……」

「はい。それがお母さんの二つ名です」

 

 超、巨大な、土で作られたハンマー。

 お母さんの錬金術は、POWERだった。

 

 途中まで錬成し、自分で折って持ってきたそれを、乾湿で整形する。

 短くなるけど、まぁ仕方がない。

 各指に錬成陣を描いてあるから、手元でカチャコチャやって、それはようやく完成する。

 

「不思議な形状ですね。槍にしてはあまりに短い。けれど小剣や細剣の形ではなく、何より柄が……円形?」

「どうにも僕は鍵みたいな捻るものが想像しやすいみたいでさ。だから」

 

 キーブレード、も一瞬は考えたんだ。

 でもあれ実用性はないよなって一瞬で考えを棄てて。

 

 別に既存の武器である必要はない。想像しやすいものならなんでもいい。

 僕の思考速度の遅さは、つまり自分が良く知らないものを作ろうとしているからであって、自分が良く知っているものを作るのならばそれを改善できる。

 

 さっきは剣を作ろうとした。無理。剣に詳しくないから。槍とか薙刀も考えたけど無理。詳しくないし長いから。巨大質量は詳しくたって作れない。そこまで僕の想像リソースは多くない。

 

「錐、ですか」

「本当に作りたかったものじゃないけど、まぁ、これは馴染むかな」

「成程。──私とは相性が悪いですね」

 

 まぁ、そう。

 錐。ガッツリ工具だ。本当に得意なものはこれじゃないけど、今ある材料で作れるのはここまで。

 そしてこんなリーチの短いもの、でっかいハンマー相手にはファイヤーストーンにウォーターだ。

 

「どうしますか? ここで終わり、でもいいんですよ、レミー。勝負はついたようなものでしょう」

「もうちょっとだけやりたい。──まだ隠してることがある」

「ふぅむ。わかりました。では」

 

 ──直後、眼前にハンマーがあった。

 避けるのは無理。そんな面積じゃない。まぁ強度はかなり下げてくれているから大怪我はしないんだろうけど、吹っ飛ばされるのは確実。

 だから、何の抵抗もせずにハンマーの側面に身を預けて、さっきつくった錐をグサっと刺す。

 それを、五回。

 

 刺して、刺したあとそのまま飛ばされる。もう、何の抵抗も無しに。

 

「え、レミー? ──大丈夫ですか!?」

 

 お母さんは何か抵抗してくると思っていたんだろう。

 けど、僕が特に何をすることもなくぶっ飛ばされたものだから、心配して駆け寄ってこようとしている。

 その前に見せなければ。

 

 受け身は取った。そして、受け身を取る過程で手袋は地面についている。

 

 発動する。

 ──起こるのは、五つを起点にした、五芒星の錬金術。

 

「!」

 

 遠隔錬成。やるのはただの分解だけど、驚かせるには十分だったらしい。

 ハンマーがただの土くれに戻る。

 

「……今のは」

 

 参考にしたのは勿論メイ・チャンの遠隔錬成。アメストリスの錬金術師が錬丹術を使えないのは、エネルギー源が違って混乱するからだ。僕は別にアメストリス式に染まっているわけじゃないので、理念さえ理解したらいけないことはない。思考リソースより大地の流れ、とかいうものを強く利用してるみたいだし。

 この辺のおさらいはまた後でやるとして。

 

「レミー」

「うん」

「今のは、とてもすごかったです。褒めてあげます」

「うん」

「でも無謀です。相手の攻撃を受けていることに変わりはなく、受け身を取ったとしても衝撃は殺し切れていない。立てますか、レミー」

「ううん。今凄く頭くらくらしてる」

「……まったく。お父さんはセーブの仕方、というのを教えてくれなかったのですか?」

「ううん。教えてくれたし、強く言ってくれた。今のは僕の無茶」

 

 お母さんを驚かせてみたかった、っていう。ただそれだけの、子供なりのエゴというか。

 ──まぁ、こんなところでするべき無茶ではなかったのは認める。

 

「今日明日は錬金術禁止です。いいですね?」

「はぁい」

 

 じゃあ明日は丸一日座学の時間だなぁ。

 僕は。

 

 大の字で、ぐでんとしたまま、お母さんに抱き上げられて家に戻った。

 

 その視界で──動物にあるまじき程口角を歪めるリスの姿が。

 ……もう無理だろう。これからは見せつける方向で行って、ホムンクルス側から軍上層部へ働きかけてもらって、僕を国家錬金術師にスカウトしてもらうみたいな方向で。

 

 ところで僕、国家錬金術師に足り得る実力になってるよね? もしかして井の中の蛙オブ井の中の蛙とかないよね?



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第八話 錬丹術の基礎「流れの理解」&決意表明

更新速度はよくわかんないです。思いついたら書いてるので一日四話書いたり丸一日を開けたりします。よろしくお願いします。


 錬丹術。

 アメストリスにはほとんど文献のないこの技術は、隣国シンで普及している技術である。

 

 さて、前に「錬金術には三と四ばかりで五が全く見受けられない」という話を述べたように思うけれど、錬丹術はその逆で、ほとんどが五だ。メイ・チャンのそれも、傷の男(スカー)のお兄さんが作った錬成陣も。

 ……なんて語ったけど、他のサンプルケースは賢者の石の錬成陣くらいなので、ほとんどが、なんて冠はつけられない。知ったかぶりである。

 

 僕が今持っている錬丹術の知識はメイ・チャンが作中で言っていた奴と、前世における丹を煉る術……(タオ)の一つの方だけ。あと傷の男(スカー)のお兄さんの研究資料くらいか。

 ただまぁ、荒川弘先生が完全に一から作り出した技術、ってことではないのは前世の錬丹術との照らし合わせでわかる。なんなら錬丹術の方が錬成陣っぽいものがあったくらいだ。いや陣に手を当ててバチバチ、ってものではないけど。

 

 そんな前世の知識における五。

 たとえば風水術の中には五術っていうのがあって、「命、卜、相、医、山」の五つを指しているだとか、五臓六腑の概念だとか。まぁ命卜相医山は時として命卜相霊山だったり命卜相医仙だったりするので曖昧というか本場中国でもどれが正しいとか無いみたいだから微妙だけど、そういう考えがあったり。

 地理風水の基本原則たる地理五訣は有名だよね。龍、穴、砂、水、向の五つ。

 

 多分この地理五訣が遠隔錬成の元ネタなんじゃないかなぁとは思ってる。

 大地の流れを汲み取り、その入り口と出口を理解することで起こす、ある種の自然現象。故意で起こす自然現象、みたいなものだ。ちなみに五芒星である理由は上記のそれに加え、五芒星に「穴」の意味があるからだと思う。

 

 「物質の理解」、「物質の分解」、「物質の再構築」が基本の錬金術に対し、錬丹術は「流れの理解」からの「物質の修正、再生」という工程であると言える。この二つの違いの最たる部分は「流れ」……大地の流れ、龍脈、地脈。そう言ったものへの理解が錬金術側の「理解、分解」に組み込まれているという点だろう。

 錬金術は自由度が高い。どこにでも、どこに対しても、何に対しても様々な効果を発揮させられる。代わりに起点は術者だ。それは変わらない……と言いたいところなんだけど、アニメの方の氷結の錬金術師さんが遠隔錬成モドキしてたよなぁ、とか思ったり思わなかったり。

 あれはあくまでアニメオリジナルなのかなぁ、とか思うのと同時に、賢者の石の力だからか……とかいう妙な納得もあったりで。

 

 と、その辺の「例外」を除いて、錬金術は天動説、錬丹術は地動説、みたいな考え方を僕はしている。

 

 すべての中心は自身にあって、どこに作用するにも自分の意志こそが大切な錬金術と、流れに沿っていなければ作用させられない代わりに、流れに沿ってさえいれば別の場所にも起点を作ることのできる錬丹術。

 これは絶対に覚えた方が良い技術だと思った。ここが鋼の錬金術師世界だと自覚してすぐのあたりから。

 

 で、えーと、そう。

 この「流れ」というのは厳しい修行を積まないとわからないらしいんだけど、というか今の僕もあんまりわかっていないんだけど、つまりは地脈だ。

 前世にも龍穴の概念はあった。たとえば「荒々しい流れは荒々しい地形を作り、静穏な流れは静穏な地形をつくる」とか、「大地は安定を取ろうとする。突出した流れは埋没した流れに向かって動き、その埋め合わせをしようとする」とか。

 風水術じゃなくても陰陽道なら尋龍点穴だとか、道教、修験道における気脈なんかもそうだ。まぁ修験道は陰陽道がベースにあるから似てるのは当然なんだけど。

 とかく、水脈というものが存在し、理解された以上、似たものを大地に見出すのは酷く当然の話で、それについてちょっと知っていればある程度の理解はできるっていう話なんだけど。

 

 その「流れを理解」した後、錬丹術は「詰まりを正す」というのを行っている。人体なら怪我、大地なら破壊、構造物なら破損。とにかく「自然のままでないもの」はどこかしら歪んでいる。ので、それを患部と見做して正常にする……って感じ。

 

 それでー、えーっと。

 錬金術で作られたものは当然「自然のままでないもの」なので、流れを詰まらせやすい……っぽい。先生もいなければ教本もないので完全独学の見習いの言葉だというのをわかってほしいんだけど、どうにも錬金術は壊しやすい。いや、錬金術じゃなくても、構造物は全部壊しやすい。

 

 僕が対お母さん戦でやったのはそれ。「錬成物たる錬金術」に出口を作り、「自然物たる地面」の入り口を叩いて分解のエネルギーを送った。

 本来の「流れに沿った錬丹術」というよりは、目の前に果てしないつまりがあるからこそできる、「ここからここ流れなかったら何が流れだよ」っていうぶっつけ本番作戦。上手く行って本当に良かった。

 

 本場で修行なるものをすれば軽身とかも覚えられるのかもしれないけど、今の僕にはそんな時間はないので、とりあえずこの独学錬丹術を武器とすることにする。

 

 独学錬丹術と、そしてこの引き抜く錬金術。

 あとは「成型」の錬金術の思考速度を速めるための練習と、「成形」の錬金術用の思考速度の純化。

 これらに関しては近道が無い。だから戦役が始まる前までに毎日毎日やるしかない。今日休みにさせられているけれど。

 

 そんな風に研究日誌を書き連ねていた折、である。

 

 コンコン、と。

 窓が叩かれた。

 

 そちらを見れば、リスが。

 ……暇? もしかして。

 

「よお。いつもみたいに外で遊ぼうぜ、レムノス」

「ごめん、今日はお休みの日で」

「ふぅん。ま、知ってたけど」

 

 まぁ知ってるだろうね最後まで見てたし。

 

「アンタの母親、おっそろしい錬金術使うね。アレ本来なら石とか鉄でやるんだろ? 人間なんか一瞬でぺちゃんこだぁ」

「国家錬金術師は兵器、って言いたいの?」

「お」

 

 ニタリ。

 リスは、嗤う。

 

「なんだ、察しが良いじゃん。もうやめたのか、()()()()()()()

「……気付かれてたんだ」

「親子揃って演技が下手過ぎんだよ。な、な。どこまでわかってんの? アンタにあげた石ももう理解したのか?」

「うん。理解したよ。……賢者の石でしょ、これ。でも回数制限付き。本物……があるかどうかは知らないけど、多分数十回増幅器として行使すれば力が尽きて、リバウンドが起こる。そういうものだよね」

 

 国家錬金術師になると決断した以上、バンバン賢いアピールをしていく必要がある。

 リスにどれほどの決定権があるのかは知らないけど……さて。

 

「へぇ、そこまで見抜くか。──そりゃちょっと()()()()()だな」

 

 冷たい──冷たい声だった。

 いつもの百倍見下した声。愚かしさを突き付けるような声色は、強く、強い後悔を引き起こさせる。

 

「ダメだろ、悪い癖だ。──アンタまた、動物は賢くないと思ってる。驕り癖だ。そういう思い上がった行為をしていたら──必ず天罰が下るものだよ、レムノス」

「……ごめん。そうだね、今僕は、君を欺こうとしていた。これ、悪い癖だ」

「ハ! なんだ、謝るのか。素直だな。……気が変わった。天罰は次にしてやるよ。もし次、また俺を欺こうとしたら、今度こそ悲劇が起きると思いな。天罰という名の悲劇がさ」

 

 そうだ。

 そうだった。

 こいつは、決して……人間を同等だ、なんて思っていない。

 気まぐれで人を殺せる力があって、なんなら僕ら家族全員に扉を開かせる隙が無いか狙っている監視者で。

 

 会話ができるからって、決して気を許してはいけない存在で。

 

「これは忠告だよ、レムノス。どんぐりのお礼とでも思えばいい。──いいか? 今のところ、()()()()()()()()()()。この意味までわかるなら──ハハ、然るべき時にちゃんと()()()()してやるよ、錬金術師」

「舐めるなよ、人間風情が、ってことでいい?」

「……僕の話聞いてた? そういうトコって……ああもう、いいよそれで。そういうことだよそういうこと」

 

 じゃあもう、なりふり構わず大立ち回りをさせてもらおう。

 

 そっちがそう来るなら、こっちだって。

 

 

 *

 

 

 国家錬金術師になりたいと、そう告げた。両親に。

 沈黙は重い。

 先に口を開いたのはお母さん。

 

「なんのために、でしょうか」

「家族のため」

「なんだ、お金の心配でもしているのか? まあ確かに母さんの研究は金食い虫だが、生活が困るって程じゃ」

「だから、家族のため、かな」

 

 便利な言葉で告げる。

 察したらしいお父さんと、目を細めているお母さん。聞かなかったことにする、なんて無理だ。

 どうあっても、どうやっても気にしてしまう。

 僕が気にさせてしまった。そして──。

 

「脅されていますね」

「……ううん。違うよ」

「あまりにも唐突過ぎる意思表明。誰ですか? 脅迫は立派な犯罪です。──潰してきますよ、国家の名のもとに」

 

 それ私刑になるからダメ……だと思うけど、エドたちもよくやってたなぁ、とか。

 今はそうじゃなくて。

 

「あのね、お母さん。僕はある研究がしたいんだ」

「研究……それで、誰の手伝いを?」

「賢者、って言ったら、信じる?」

 

 賢者、だけなら、「そんな怪しい人叩き潰してきます」になっただろう。

 けど、信じる? がつくと意味合いは一変する。

 事実、お母さんは……いいや、お父さんも、目を見開いている。

 

「……お伽噺の妄想なら、良かったのですが。レミー……あなた、証拠を持っていますね? 私達を説得するに足る証拠を」

「うん。──これ」

 

 言って見せるのは、当然あの赤い石の嵌まった指輪だ。リスに返しそびれたそれ。

 

「まさか……本物、なのか」

「これの研究がしたい、と」

 

 お父さんはワナワナと震えるように、けれどお母さんは冷静に。そう問うてくる。

 

「レミー」

「うん」

「国家錬金術師になることを止めるようなことはしません。言ってしまえばただの国家資格です。私がそうであるように、戦闘技能に長けた錬金術師もいれば、技術の向上をメインにした術者も多くいます。レミーの錬成速度は戦場において耐え得るものではありませんが、後者を目指すのならば特に問題はないでしょう」

「僕が目指すのは、前者だよ」

 

 再び降りる沈黙。

 今僕は言ったんだ。「賢者の石を研究の題材にしたくて、戦闘する錬金術師になりたい」と。

 それは即ち──賢者の石に必要なモノが、戦闘に関連するモノであるとバラしているも同義。

 

 本末転倒かもしれないけれど。

 守るために、巻き込むよ。

 

「では、無理ですね。レミーの錬成速度では何もできません。国家資格はそう簡単に取れるものではないのです」

「挑戦することもダメ?」

「ダ……いえ、少し考えさせてください。……あなた」

「あ、ああ」

 

 挑戦するのもダメか、と問えば、お母さんは言葉を詰まらせる。

 お父さんもそうだけど、二人は僕に「自由にすくすく育ってほしい」と思っている。と、思う。よくあるというか、親が子に抱く感情として当然のものだ。

 だからこそ、この「国家資格は取ってはいけません」なんて頭ごなしの否定は、二人にとって禁忌に近い。

 

 でも、止めたい。

 お母さんは自らが国家錬金術師であり、明らかに僕が何者かの接触により変わった、と見ているからだし、お父さんは僕が戦火の気配をなぜか知っていて、その上で戦い、軍属となる国家錬金術師になりたいと言っているからだし。

 今は育休中とはいえ、お父さんだって軍人。しかも一時期はペンドルトンでドンパチやっていたらしい。だから、戦闘という行いや命の取り合いについても良く知っているはず。

 

 そして国家錬金術師という存在の三大制限──人を作るべからず、金を作るべからずからの、最後。

 

 軍に忠誠を誓うべし、というのが、どういうことなのかも理解しているはずだ。

 

 挑戦させるだけなら、なんて甘い考えは出せないと思う。どうせ落ちるから、で合格された時のリスクが大きすぎるし、二人から見たら僕はそこそこに天才の域にある、と、思う。思いたい。まだ錬金術を知って二週間と少しで、完全オリジナル錬金術(という名の錬丹術)を作り出したのだから、そう思うのも仕方がない。

 

 話し合って。

 話し合って。

 話し合って。

 

 二人が出した結論は。

 

「──いいでしょう。国家資格を受けに行くことを許可します。ただし」

「お母さんを倒してから、とか……言わないよね?」

「その通りですよ、レミー。国家錬金術師……大槌の錬金術師を完膚なきまでに負かすこと。それがあなたをセントラルへ送り出す条件です。もしできなかったら、もう一生アルドクラウドから出しません」

 

 罰が重い、とは思わない。

 ただ国家資格を取りに行くだけ、じゃないのだ。それをわかっているからこその話し合いで、決断。

 

 現役の国家錬金術師を倒す。

 

「期限は?」

「ありません。レミー、あなたの全てが万全になってから挑んできてください」

「……っ」

「わかった。……大丈夫だよ、お父さん。僕、案外強いから」

「そういう意味で心配しているんじゃ……いや、いい」

 

 さて、じゃあ。

 明日から、錬丹術の勉強と並行して、攻撃的な錬金術も考えて行こうか。

 



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第九話 錬丹術の基礎「治癒」

 生体錬成というものがある。

 魂の錬金術……人体錬成は禁止されているけれど、肉体を治すならオッケーどころか歓迎! っていうのが今のアメストリス軍だ。骨折した脚や巻き込みによって潰れた指、銃創。こういったものを手術なしに解決してしまえるのが生体錬成。

 錬丹術による治療と似ているようで、実はやっていることは全く違ったりする。

 

 錬金術による生体錬成は、人間の組成を理解し、患部周辺を分解、あるいはその「素材」となるものを分解し、患部全体を元の状態に再構築する、という手法を取る。ただしこの「元の状態」というのは「傷を受ける前」の状態ではなく、「元々そうだっただろう形」に戻す、という方が正しい。

 だから生体錬成を行う錬金術師の知識量が問われるし、決して再生させているとかではなく、それこそ「粘土を人間の形にしてくっつけている」が正しいだろう。勿論例えだけどね。

 だから、たとえば日焼けの痕なんかは元に戻らないはずだ。新品の肌……切り傷だとして、そこにくっつけられるものは水分とタンパク質と脂質、灰分の錬成物でしかない。日焼けはダメージの内の一つだから、そこだけぽっかりと元の色に戻る、ということもあり得るだろう。

 ……まぁアメストリス人に「海水浴」なる文化は存在しないし、川遊びもほとんどしないっぽい*1*2*3ので、常日頃の日光以外で日焼けをする場面に恵まれることはないだろうから、それを残念がる文化もないと思うけど。

 

 だから、たとえば指を深く切ってしまった場合に生体錬成を使うと、指紋が変わる、ということもある。マスタング大佐の作ったダミー人形のように余程注意深く作らないと歯型も当然変わるし、なんだったら毛の生えやすさや筋肉量にまで響いてくるだろう。

 生体錬成は「元々そうだっただろう状態」に戻すだけで、治療ではない、というのは覚えておきたいところ。

 

 その点、錬丹術は違う。

 錬丹術は「元の状態を詰まりのない循環と見て、詰まりを正す」という技術だ。だから、患部に起きるのは補充ではなく再生。文字通りの再生。自然治癒を爆速に早める、って感じかな。普通はそんなことしたら劣化……老いも進むんだけど、錬丹術のエネルギー源は人体の流れだけではなく大地の流れも使えるのが肝。

 一は全、全は一。人間だって地脈の一部であり、その中における傷、あるいは死というものは詰まりでしかない。傷ならば治し、死体ならば分解する。死体はエネルギーを持っていないから、大地の流れからエネルギーを拝借する。それの転用が錬丹術による医療。

 本来微生物がやる分解に際する作用や時間を錬丹術師が代替している、って感じかな。

 

 勿論こっちだって知識は必要だけど、生体錬成のように「つくってくっつける」ではない分必要な工程も労力も少なくて済む。錬丹術はヴァン・ホーエンハイムのクセルクセス式錬金術と元々あった特別なものの一切ない東洋医学的なアレソレがくっついた結果だから、こういう「無理のない形」を取っているんだと思う。

 

 

 というのをおさらいしておいて、僕が覚えるべきは当然後者だと考える。

 生体錬成を扱う錬金術師が少ないのは、覚えるまでに膨大な時間がかかることと、人間って一人一人割と組成がばらばらである、という点にあるだろう。

 生物だから当然なんだけど、どの部位のどの組成も約~~%と考えるしかなく、その誤差が大きければ大きいほど当然に拒絶反応が出る。医者としてのちゃんとした知識がある上で生体錬成を学ぶならまだしも、生体錬成だけを学んでどうこう、とかは絶対無理。無謀だ。だからこそマルコーさんは凄いんだけど。

 

 で、えーと、だから。

 僕は錬丹術による再生を覚える必要がある。ただ覚える、といってもコレ、「流れの理解」が大前提にあって、僕の使う錬丹術は「ここからここ流れてなかったらおかしいでしょ! ドーン!」っていう遠隔錬成なので、実は流れなんか理解できていない。体感できていない。

 そんな状態の僕がこれを使うと──。

 

()ッ……ダメか」

 

 薄く、浅く切ってみた肌を錬丹術で治す練習。

 傷口がざわめくような感覚はあるのに再生する兆候が見られないってことは、元の流れなるものを理解できていない証拠。

 別に傷口が広がるとかは絶対ないし、リバウンドも起こりようがないからいくらでも試せるのがいい所だけど、同時に先生がいないのはつら過ぎる。今までは考えて考えて、考えて考えてもわからなかった場合、教本や古書、そしてお父さんという「答えを持っている人」がいてくれた。

 けど今やろうとしているのはアメストリスに無い錬丹術。

 ……ついでに言うと、軽くではあっても自傷行為なので、お母さんたちには絶対見せられないと「危ないことはしないと約束するから、隠れて修行がしたい」と言って外でやっている。ほら、期限なしとはいえお母さんと対決するんだ、手の内は明かさない方がいいでしょ的なアレソレで。

 

 幸いなのは明確な答え……というか行きつくべき場所がわかっている、という点だろう。

 メイ・チャンとかいうあの歳で錬丹術の達人を名乗れる術師。その手法と光景を見たことがある、というのはかなりのアドバンテージ。

 ……まぁ理想が高すぎると言われたら確かにそうだったりする。多分メイ・チャンの錬丹術は、錬丹術見習いもいい所な僕が手を出すには早すぎる領域だ。

 それでも必要なことだからね。必要なら、やらなきゃ。たとえ無茶でも。

 

「──あのさ」

「あ、リスさん、来たんだ」

「……あのさぁ、アンタ、わかってる? 俺ちゃんと忠告したよな? そんで、俺を騙そうとしたら悲劇が起こる、とも言ったよな?」

「え、うん。でも騙そうとしてないよ」

「そりゃわかってるけどよ……つまり敵対宣言をしたようなもんだ。わかるか? アンタは監視されてて、俺みたいなのに敵対されてて、それでなんで一人でいるんだよ。しかも両親の目の届かないところに」

 

 リスが、来た。

 重そうなリスが。

 

 物凄く呆れた声と共に、だ。

 

「欺いたりしなければ、まだ友人。じゃダメなの?」

「友人? ハッ! このエン……リス様とお前が友人? ハッハッハ、そりゃ傑作だ! アンタそんなこと思ってたのかよ!」

「ああまあ話し相手でもいいけど。──たとえ君が、僕に人体錬成をさせるためにお父さんやお母さんをどうこうしようと思っているのだとしても、今はまだしていないから、話し相手。そうでしょ?」

 

 もし、本当にそうなったら。

 ……僕は彼らを殲滅する選択肢に移るだろう。人体錬成が絶対に成功しないことは知っているから、扉を開けよう、なんて気にはならない。そして二人の死体を損壊するくらいなら、泣きじゃくってホムンクルスたちを恨んで──けれど二人をお墓に埋めるだろう。

 そうならないために、そうしないために今力をつけているんだけど。

 

 あとは、今僕が激昂してリスに襲い掛かったところで1000000%負ける、というのもある。

 絶対負けるとわかっている相手で、けどあっちがフレンドリーに話しかけてきてくれるのであれば、こちらも友好的な態度を取るのが外交上の妙手じゃない?

 

「……ハン、っとにリコウだなアンタ。正直子供だとは思えないぜ」

「僕もリスさんがリスだとは思えないよ」

「あ? ……そりゃ、アッハッハ、そりゃそうだったな」

 

 もう一度挑戦する。

 別に見られても特に問題ないからね。彼に錬金術の知識はそこまでないだろうし。勿論人体錬成や賢者の石に関する知識は人一倍あるんだろうけど、使えない技術を深くまで探求する、というのは人間であっても難しいものだ。

 それを、長くを生きる者が興味を割くか、なんて。

 

「……うーん」

「で、何してんのサさっきから。もしかして生体錬成? やめときなよ、アンタがどれだけ頭の良い子供でも、できないモンはできないぜ?」

「生体錬成について知ってるの?」

「知ってるっつーか、まぁそこそこ見てきたからな、人間を。生体錬成ができる、なんて言う人間は大体爺さんばっかだったよ。経歴も……元から町医者だの病院勤めだのをしてて、そこから錬金術師になったとかばっか」

 

 だろうね。

 さっきのおさらいのおさらいだ。今度は実地体験レポートな形で。

 

「つまり、知識のない僕には無理?」

「無理だね。まぁ信じられないだろうけど、これは親切から言ってるんだぜ? しかも純度100%!」

「無理か……でも無理だからって諦めていられないんだよね。僕、お母さんと戦って勝たなきゃいけなくなっちゃってさ」

「そりゃ……それこそ無理だろう。アメストリス全土を探したって国家錬金術師に見習い錬金術師が勝った、なんて話は出てこない。アンタさ、自分がいつから錬金術を学び始めたかわかってんの?」

「二週間と二日前だね」

「……それで、そんな奴が国家錬金術師に勝つなんてことがあったら……そりゃ国家錬金術師制度の見直しが入るレベルだっつの」

 

 正論過ぎる。

 親切からの言葉も本当に純度100%だし、僕の驕りへの指摘もごもっともすぎるし。

 

 本当は良いリスなのでは?

 ……ってなるほど純粋じゃないけども。

 

「……うーん。ダメか」

「それでもやるのかよ……」

「国家錬金術師になりたいからね。これくらいの困難は乗り越えないと」

「いや、だから、然るべき時が来たらスカウトしてやるって」

「リスさんが?」

「今の侮りは許してやるけどさぁ、俺はこう見えてアメストリス軍にも顔が利くんだよ。だから安心して待ってな。お前が母親に勝たなくても、あと数年したら誰かをスカウトさせに行くからさ」

 

 錬丹術は発動している。

 傷口がざわめくような感覚は、治ろうとはしている証拠。流れが掴めなければ錬丹術が使えない、ということはないはずだ。流れなんか理解してないのに錬丹術使っている人は作中にいたわけだし。

 ならば、何が必要なのか。

 今、厳しい修行を経ていない僕がこれに辿り着くために必要なことは。

 

「……ったく、子供ってのは集中力の化け物だな。よし、そんじゃあ良いモノ見せてやるよ、レムノス」

「生体錬成の教本とか?」

「もっと良いモノ、だ。ちょっとそれ貸しな」

 

 ソレ。

 と指を指されたのは、僕が皮膚を切る際に使った錐。

 

 言われるままに貸す。別に武器を奪われたとか思わない。これがあってもなくてもこのリスには絶対負けるだろうし。

 

「よく見てろよ、レムノス」

 

 言って、リスは──錐を自らの尻尾に突き刺す。

 

 突き刺した。

 ──そして、ザッと。肉を掻き分けながら、錐を捻って取り出す。

 

 半分ほどが切れて、千切れかけている尻尾は、けれど。

 

「……!」

 

 飛び散るは赤い反応光。

 長方形の鱗のようなものが生えて、それを覆い隠すように新たな長方形が生えて、それを覆い隠すように……といった具合で、すべてが直っていく。治癒ではない。修復、あるいは──回帰。

 まぁ、わかっていたことだったし、理解も十分にしていたけれど。

 こうしてまざまざと見せつけられて、ようやくその名を呼べる。

 

 人造人間(ホムンクルス)

 無論、今はリスだけど。彼はそういう能力を持ったホムンクルスで、生物ではない錬成物だ。

 

「見たか?」

「あ、うん」

「んだよ、反応悪いな」

「いや……驚いたというか、なんて反応すればいいかわかんなくて」

「ふぅん。ま、わかっただろ? これが生体錬成の錬成作用って奴だ。生体が錬金術によって直っていく様子。感謝しろよ、レムノス。こんなパフォーマンス、お前以外には見せたりしないんだからさ」

 

 確かにそうかもしれない。

 相手に恐怖を与える、みたいな目的で以外は、彼はこういうことをしない。やるのはダブリスにいる彼の方だろうし。

 

 ただ──ひとつ、わかったことがある。

 リスのおかげで、辿り着けたかもしれない。その赤い錬成反応のおかげで。

 

「リスさん、ちょっと離れてて」

 

 彼を少し離して──目を瞑る。

 錬成陣の上に腕を置いて。

 

 ──この国の地表。その真下を流れるのは、地殻エネルギーではなく賢者の石だ。

 大地の流れが地殻エネルギーの流れを指すものなのだとしたとき、僕は少しばかりの勘違いをしていたかもしれない。

 

 意識する。

 セントラルから地方へ向かって流れるソレ、ではなく。

 もっと深い所にある、大きな、大きな流れ。体感できているわけじゃない。全てを理解したわけじゃない。

 

 ただ、()()()()()()()()()()()()、という意識を強く持って、使う。

 

「……マジかよ」

 

 成否。

 それは、リスの感嘆によってわかった。

 

 目を開けると……そこには、しっかりと消えた傷が。どこに傷口があったのかもわからないくらい、綺麗に消えたそれが。

 

「ふう……うん。ありがとうリスさん。おかげでできたよ」

「いや、……まぁ、そうか。アンタ、一応天才の括りだったな。今まで全くそう思ってなかったけど、ようやく実感したっつーか」

 

 リスは嫌気が差したとでもいうように「やれやれ」と肩を竦めて首を振り、錐を地面にドスンと刺す。

 

「アンタなら、ホントに母親に勝てるかもしれないね」

「応援してくれるの?」

「応援? なんで」

「勝てるわけがない、から、勝てるかもしれない、に変わったってことは、僕に希望を見出した、ってことでしょ?」

「……」

 

 僕のその問いに、リスはさも人間らしく「はぁ」と大きなため息を吐いて、ぴょーんと跳ねる。

 返事はなかった。捨て台詞もない。

 

 問答が面倒になった、が正しいのだろう。

 まぁ、別に彼がいなくなっても変わらない。今の成功が偶然ではないと証明するために、何度も何度も肌を傷つけて、錬丹術を使う。

 

 日が暮れるまで──何度も何度も。

 何度も。

*1
工業廃水の多い地域がほとんどなため

*2
東の砂漠化によって濁流に近い川も多い

*3
ただしカウロイ湖だけは別で、あそこは唯一の水遊びレジャースポットと言えるだろう



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第十話 錬金術の応用「錬成陣の種類」&決戦

 さて、自己ヒール技術もとい錬丹術に成功したところで──基本に立ち返ろうと思う。

 僕の錬金術についてと、錬金術でできることについての深堀りだ。

 

 今のところ、僕の錬成速度は15秒フラット。物凄く遅い。

 これを戦闘中に使うとか愚の骨頂もいいところなので、速くするべきだ。が、速くするには慣れるしかない。じゃあ慣れるためにガンガン使おう──とはならないのが僕。

 妥協案を探る。既にいくつかの方法は思いついていて、そのために今実験を行おうとしている。

 

 まず、二重の円。

 これはよく見られる錬成陣だ。これらは考え方として「円の中に正円の記号がある」のではなく、「ファクターとなる円が内外に二つある」となる。錬金術師は錬成陣の発動時に思念を送って之を発動させるのだけど、別に何も円に対してちょぼちょぼ力を注ぎこんでいるわけじゃなくて、その全体に思念を送って、それを回転させて循環としている。

 スタート地点が同じで半径の違う円を、同じ速度のエネルギーが進む。そう考えたら、どう考えたって内側の方が早く、外側の方が遅く進む。

 これを利用して内側に描いてある構築式を先に発動させて、外側の構築式を後で発動させる、という手法を取ることができる。

 

「だから、例えば」

 

 二重円を描く。

 内側の円には六芒星。いつも通りの乾湿で、「整形」の押し出し錬成陣。内側の円は当然小さいからパワーが足りない。ので、簡易なことをさせる。

 その外側に描くのは「成形」の錬成陣。描く記号は正円に正三角形を組み合わせたもの。まぁスチルだね。だから意味合いは「補強」。さらにその中心には「♂」のマーク。これは男性を示すものではなく火星、つまり鉄を表す記号になる。

 そして外側の円全体を上向き三角形で囲み、その頂点に「」という記号を。さらに下向き三角形を描いてできあがり。「」は「溶解」を意味する記号で、それが「火」を意味する上向き三角形の周囲にある。下向き三角形は「水」だ。この辺はおさらいだね。

 

 で、これを発動させると。

 

 まず、5秒くらいをかけて僕の眼前に分厚い土壁が立ち上がる。ただの土壁だ。

 そこへ遅れて、ドロドロに溶けた鉄が這い上がってくる。耐久力の低い土壁に纏わりついた鉄が、今度はジュッと冷えて固まる。急冷になっちゃうのは勘弁してほしい。まぁ実験だから。実用性を求めるのならもう少し考えないと。

 

 とまぁこんな感じで、15秒の内、最初の5秒でその場しのぎの土壁で盾を、その間にそれが補強されて頑強な鉄壁に……って感じの錬成陣。

 混戦状態とかで簡易の遮蔽物がたくさん欲しい時なんかは使えると思うし、改良すれば他にも様々な用途が見つかるだろう。

 

 次。

 

 複合錬成陣。

 まぁさっきの錬成陣を僕は「重複錬成陣」と呼んでいるんだけど、これはそれに似ていて、けれど全く違う。

 やり方自体は同じだ。錬成速度の差異を使う錬成。だけどこれは、何も関係のない二つの錬成陣を一度に発動する、という目的で組み合わせられた錬成陣。さっきのは最初に作った盾を補強する盾を作るものだったけど、今回は……ん-と。

 

 さっき作った鉄壁に対し、まず円を描く。その中に上向き三角形、頂点には「溶解」と正円、さらに同じものを外側に描いて、頂点の記号だけ上向き三角に一本線の入った「」を描く。これは空気を意味するマークだけど、上向き三角形の頂点にあることで「熱された空気」になる。

 で、これを発動。

 

 ちょっと避けてー。

 

 僕が離れてから数秒後、鉄壁がどろりと溶けだしたかと思えば、ぼふっと土埃が炸裂する。

 まぁこういう風に、全く違う効果を一度の発動で行うことができるのが複合錬成陣の良い所。

 

 その次。

 連鎖錬成陣。

 これは読んで字のごとくだ。二つ以上の錬成陣を連鎖的に発動させる手法で、錬成速度は三倍くらい遅くなる。

 まず描くのがとても大変。線を二重螺旋状にするので正確さとかはもうほっぽって、これでもかってくらい時間をかけて描いたその二つの線が交じり合う正円の、それぞれのわっか部分にまた錬成陣を描いていく。

 ただそう多くは描けない。何でかって僕の思考リソースの問題だ。同時に想像できるのは四つまで。しかも簡易なもの。なんで円形にするためにもう一つ分の円を描くけれど、空白の円にする。何も起こさずにそのままエネルギーを通過させる円だね。

 正直これはあんまり実用的じゃない。思考リソースが持っていかれ過ぎるのだ。真理を見た錬金術師とかじゃないと多分無理。

 

「ふぅ」

 

 で、描き終わって発動させれば、予想通りの結果。

 ズズズズと錬成されていく豆腐……もとい真四角の物体。なんでもない直方体の押し出し錬成は、けれど一つに留まらず、二つ、三つ、四つと続いていく。

 

 ま、まぁこれはアイデアだから。

 実用はあとあと。

 

 

 さて、これら錬成陣を用いて、更なる応用が見込める──んだけどその前に、もう一つ。

 

 複合記号、というものがある。

 これも読んで字のごとくなんだけど、一つの記号が複数の意味を持つ、みたいなことだ。「鉄と鉛」とか「血と傷」とか。相反するものを複合させるとそもそも発動しないとか、最悪リバウンドが来るとかになって危ないんだけど、似ているものを複合させる分には中々上手く行く。

 これで何ができるって、やっぱり合金だよね。

 前世……錬金術こそなかったと言えど、現代知識はやっぱりちゃんとチートだ。転生者らしいチートってそこだろう。

 

 鋼の錬金術師世界はイギリス、産業革命のすぐ後くらいの文化レベルをしている。ただ錬金術があるから、機械鎧とかのオーパーツもとい超技術が発達しているのはあるけど、まだ見つかっていない物質なんかも多くある。

 問題があるとすれば、僕も別に最先端の科学技術者だったわけじゃないってことかな!!!

 

 ……いいんだいいんだ。この世界、金属系に傾倒してるから、逆にプラスチックとかが全くと言っていいほど流通していなかったりする。そういうトコで無双していこうよ。プラスチックで機械鎧作ろうよ。

 

 話を戻そう。

 

 そう、で、えーと。

 僕の武器は、この知識と、そして()()()()()()()だと思う。

 冒頭と矛盾しているけれど、僕はこれを欠点ではなく長所だと捉えた。履歴書に嘘書くの上手だったからね。あ、嘘じゃなくて、「よく言えば」か。アブナイアブナイ。

 

 ……話を戻しておいてなんだけど、この辺は秘密にしておこうと思う。リスが見てるし。

 どうせお母さんとの戦いでバレるとしても──隠し玉は多いに越したことは無い。

 

 

 と、こんな感じで、現状の僕で戦うための手札は揃った。

 お母さんは期限を設けなかった。それは「どれほどかかってもいいからもっと強くなりなさい」だと思う。だけどごめんね、僕は今すぐに国家錬金術師になる必要があるから今の僕で──錬金術師見習いの僕で、国家錬金術師に挑ませてもらう。

 

「なんか決心したみたいな表情してるけど、今の錬金術のバリエーション? で国家錬金術師に勝とうとしているんなら、やめた方が良いと思うよー」

「そうかな。結構できたと思うんだけど」

「いやいやいや。アンタ国家錬金術師を舐め過ぎだよ。流石に、このエン……リス様だって言わせてもらうけど、国家錬金術師はちゃんと兵器なんだって。確かにアンタに対しては父親も母親も優しく接してくれてるのかもしれないけど、本気になったアイツらは戦車なんか一人で潰せるんだぜ? それがお前の母親なんだ。わかってないわかってない、ホンットにわかってない」

 

 すごく心配してくれている。

 なんて良いリスさんなんだ……。

 

 ……人柱候補の僕に怪我されるのが嫌なだけなんだろうけど。

 

「大丈夫だよ。僕、これでも頭良いからさ」

「そういう奴は決まってバカなんだよ!」

「ま、見ててよ。僕がお母さんに勝つところをさ」

「ちょ、オイ、待てって!」

 

 リスがぴょんと跳ねて、僕の靴を掴む。

 

 む。

 

「……リスさん、力強いね」

「子供のお前が弱すぎるだけ。……考え直せ、レムノス。アンタの実力は全くと言っていいほどに足りてない。母親以外の国家錬金術師を見たことが無いから、チョーシに乗っちゃってるだけだ。悪いことは言わないからやめとけって」

「じゃあ聞くけど、僕がどうなったらお母さんに勝てると思う?」

「そりゃ……今より錬成速度を上げて、二つ名がつくくらいの、代名詞になるくらいの錬金術の開発をするくらいにならないと無理だろ。つか正直、今のアンタじゃ錬金術も使えないその辺のオッサンにだって負けるよ」

 

 ふむ。

 まぁ一理ある。子供だからね。錬成している間にお腹でも蹴っ飛ばされたらそのままタコ殴りもあり得る。良い戦力分析だ。流石リス。

 

「つまり、お母さんに挑戦するためにはまずリスさんを納得させないといけないってことだね」

「……しないけど、そーだよ」

「じゃあ一個、僕の隠し玉を見せてあげよう。リスさんも驚いてくれるはず」

「……まぁ見るだけなら見てやるよ。どうせくだらないものだろうけど」

 

 仕方がないので切り札を一つ切る。

 もしこのままお母さんに挑んだら、リスが横槍入れてくる可能性まであるからね。

 

 リスに靴を離してもらって、よいしょ、なんて言ってしゃがみ込む。

 ああそうそう、ここって僕がいつも修行に使っている岩場なんだけど、結構な数の岩があって、その中でもひときわ大きなものがコレ──僕が乗っているコレなんだよね。

 

 それに手を当てて、ぐり、と捻る。

 

 ──ガチャン、という音がした。

 カチカチ、という何かを刻む音も響く。

 

「相変わらずおっそい錬成……」

「これは想像力をかなり使うからね」

「あのさ、アンタ知らないだろ。大槌の錬金術師は、一瞬にして巨大質量、を……」

 

 錬成反応は赤。ま、先日の錬丹術の一件でわかったよ。

 なんでリスが僕たち……というか僕を監視していたのか。

 

 反応が途中で青に変わる。

 まぁ、言い訳としては──「そこにあったから使っていいと思った」、かなぁ。

 

「……こりゃ」

「どうかな。これでもダメ?」

 

 ようやく終わった錬成。

 手を引き抜けば、そこから珍妙なものがついてくる。

 刀身より柄の方が大きい──ネジのようなもの。

 

「──勝手にしな。これでどうにかなるんなら、アンタは本物だったってことだ」

「うん、ありがとうね、リスさん」

 

 よーし。

 じゃあ、行こうか!

 

 

 *

 

 

 正気ですか、と。

 開口一番言われた。

 

 仕方のないことだろう。 

 だってお母さんに「自分に勝て」と言われてからまだ一週間くらいしか経っていない。お母さんの隣ではお父さんが心配そうな目で見ているし、お母さんは──目を細めて、僕を真剣に見つめている。

 

「本気だよ」

「……例の石を使う気ですか?」

「ああ、アレは使わないよ。アレ使って勝ったって意味無いし」

「そうですか。つまりレミー、あなたは、素の状態で──国家錬金術師たる私に勝てると、そう言っているのですね」

「うん。だから、さっきの質問にちゃんと答えるなら、"絶対に正気じゃないけど、本気だよ"、かな」

 

 事実なのだ。

 お母さんの問いも、お父さんの心配も、そんでもってリスの忠告も。

 全部が全部、事実。だって勝てるわけがない。錬金術を習い始めてからまだ一か月も経っていないペーペーが、錬金術師らの極致が一つたる国家錬金術師に勝つ、なんて。

 それもバリッバリの前衛な錬金術師に。

 

「そうですか。……では、外に出ましょう、レミー」

「お……おい、本当にやるのか? どう考えても大事故に繋がるとしか」

「レミーがやると言っているのですから、問題はないでしょう。大丈夫、レミーは自らを過信するような子ではありません。……秘策か、あるいは私の弱点を考えてきたのでしょう」

 

 ……そういえばお母さんの錬金術についてなーんにも調べてないな僕。

 大槌だからシンプルパゥワー、で思考が停止していた。……うん、うん。

 戦場で敵の能力の全てを知っている、ってことの方が少ないんだ。戦いの最中に成長していこう!

 

「はじめに言った通りです、レミー。私を完膚なきまでに負かすこと。これが唯一の勝利条件になります」

「うん。──全力で行くよ、お母さん」

「はい。ではあなた、開始の合図をお願いします」

 

 お父さんに渡されたのは、木でできた笛。

 へぇ、どっかの工芸品かな? ああいうの好き。旅先でついつい買って、一度も吹かずに終わるよね。

 

「……頼むから──お互い、無茶だけはしないでくれよ……特にレミー!」

 

 笛が、吹かれる。

 瞬間、僕はしゃがんで地面に向かって錬成を──。

 

 

 

「ごめんね、レミー」

 

 黒い、壁が。

 



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第十一話 錬金術の戦闘「切り札」

 本気のフルスイング。

 当たったらただでは済まないだろうソレは、見た目では判別のつかない黒色の金属による殴打。

 

 それを間一髪で避ける。──地面をへこませた穴に、身を伏せて。

 右手の「成型」錬成、乾湿の湿。プラス空気で、子供が身をうずめることができる程度のへこみを作ったのだ。当然錬成は終わっていないけれど、もう用済みなのですぐに転がって離れる。

 転がりながら左手、右手を交互に地面へと沿わせ、錬金術を続けざまに発動させていく。

 それぞれが遅い、それぞれが中々発動しないけれど、それも込みでの動きだ。

 

「ッ、避けましたか、流石です」

「お母さんこそ、ソレなんの合金かな! 教えてくれたりしない!?」

「教えてあげません。──次、行きますよ」

 

 あれだけの質量をぶん回しているのに、なぜか引っ張られないでお母さんは急激な方向転換をする。

 横方向が当たらない。

 ならば、縦だ、と。

 

 アレは小さなへこみを作った程度じゃ無理だ。ぺしゃんこ一直線コース。

 

 けど。

 

「っ!?」

「え、なんで避けれたの今!?」

 

 あり得ない。前兆なんて無かったはずだ。いや、僕の錬成速度を完璧に把握しているとかならわからないでもないんだけど、地面に発動させ続けていた錬成陣の内の()()()から目潰し用の土が飛んでくる、なんて……何をどうしたら察知できるっていうんだ。

 

「戦闘者の勘、という奴ですよ、レミー」

「……それは確かに、僕には無いものかも」

 

 第六感って奴か。達人のね。

 ズルだよそれは。

 

「しかし、なるほど。錬成速度が遅いから、それを利用した遅延攻撃ですか。中々考えますね」

 

 その後、ドンドンドンと連発される土塊や石礫を、お母さんは小さなハンマーでたたき壊していく。

 錬成速度は0.2秒くらいか。ヤバすぎ。

 

 けど、お母さんの錬成陣の場所はわかった。

 

 今の会話の間にも色々仕込んでいるから、次で決め──。

 

「ならば完膚なきまでに叩き潰します。──戦場において小技など意味はないと知りなさい、レミー」

 

 黒色のハンマーに青い錬成反応が走る。

 それはあたかも脈動するかのように二倍、いや三倍くらいの大きさになって──僕に、落ちてくる。

 

 いやいや、家より大きいけど。

 

 視界の端で、お父さんが叫んでいるのが見える。聞こえないのは大槌の放つ轟音のせいだ。

 やり過ぎだ、とか言ってるんだろうなぁ。

 

 逃げ場はない。どこへ逃げてもあの面積からは逃げられない。地面もダメ。となれば。

 

「壊せばいい!!」

 

 遠隔錬成によるソレ、ではなく。

 傷の男(スカー)の使う、直接の物質破壊。今まで触れてこなかったけどね、僕は再構築の速度が遅いのであって、分解の速度は普通にあるんだよ。

 

 ──……それでも衝撃は来る。分解の錬成陣を刻んでいた左の手袋。だから、左腕が丸ごとヤバい感じになったのを無視して、ボロボロ、バラバラと崩れ落ちるハンマーの素材の中に身を隠す。

 正直痛い。泣きたいほど痛い。

 けど、けど、だ。

 

 錬丹術を使う。骨折を元通りに、筋肉の断裂を元通りに。

 治癒時にも痛みはある。……けど、大丈夫。よし。流石に僕の技量じゃ完璧な治癒とは言えないけど、地面を叩くくらいはできる。

 

 周囲、青い錬成反応が僕を包む。

 マズい、ハンマーを作り直す気だ。だから──ポケットから鉛を五つ取り出して、その辺の鉱石に埋め込んで──逃げる。

 割と真面目にギリギリ。ギリギリのところで錬成から逃れることができた。

 

 再利用可能。そしてあの匂い。

 ふむふむ。

 

「……物質の再構築をする前、分解の時点で留めることで対象物を分解する、ですか。しかし、落ちてくる巨大質量に対してそんなことをすれば腕がぐちゃぐちゃになるはずですが……軽傷のようですね」

「僕もお母さんのソレ、少し掴めてきたよ。錬成陣を描いてあるのは足、靴の裏なんだね」

「ふぅむ、よく気付きましたね。見せたつもりはなかったのですが」

「だから、かな。手や腕に錬成陣を彫ることが一般的な中で、お母さんの腕は綺麗なまま。手袋もしていない。となれば足に注目するのは当然で、最初のフルスイングの時も、さっきのハンマーを投げてきたときも、お母さんはジャンプというものをしようとしなかった。どころか足を上げたりもね」

 

 ペタペタ歩き、っていうのかな。

 ペンギンみたいに足裏をずーっとつけて歩くやつ。

 

「勿論手で錬成陣を叩いた方が思念は送りやすいけど、それじゃあ隙だらけだ。そしてお母さんにとって手は大槌を振るうための大事な武器の一つ。なら、その他の場所に錬成陣を刻んで、手はフリーにできた方が良い。──どう?」

「正解です。先の攻防でそこまで分析したのですね。偉いですよ、レミー」

「そして、だからこそ」

 

 遅延錬成。

 ……錬成速度が遅いだけのソレをカッコよく言うけれど、先ほど僕がハンマーの素材の中で発動しておいたものが一斉にその牙を剥く。

 

「っ、何です!?」

「湿と浄水──簡単に言えば沼地化って感じかな。あとで直すから許してほしいけれど、ここら一帯の地面を沼みたいにしてみたんだ。これなら──」

「私の錬金術は使えない、ですか?」

「勿論そんなことは思ってない!」

 

 重複錬成陣。昨日使ったやつ。

 最初に泥と土の壁が出てきて、その後に鉄とニッケルが壁を補強……あ、間に合わない。

 

 逃げの一手!

 

「地面が泥だから錬金術が使えない──なんて、それはつまり、舗装されていない地面で、雨が降ったら私は無能になると……そういうことでしょうか」

「それはないと考えていたし、何か対策をしているはずだ、って思ってたけど……ソレは予想外かなぁ」

 

 ソレ。

 ……お母さんの、左手。

 

 そこに靴があった。

 

 ん~~~、そういう使い方かぁ!

 手で靴を履く! それはPOWERだよお母さん!

 

「仕切り直しです。行きますよ、レミー」

「仕切り直しなんてさせないよ!」

 

 まだ発動していない錬成陣は残っている。その内の一つは、お母さんの背後にある。

 最初も最初、目くらましや土塊を飛ばしていた錬成陣の内の一つ。正円を何重にも描き、けれど構築式は一つだけな──超遅延錬成! 本来15秒な僕の錬成速度を遥かに上回る、185秒を誇るこの錬成速度は、昨日リスにも見せなかった技術の一つ。

 力の循環をわざと阻害し、思念が中心点に到達するのを遅らせることで遅延を引き起こす──こっちが本来の遅延錬成だ。

 

 そこから吐き出されるのは──。

 

「効きません……む」

「反応されたのはもう予想外を通り越して納得さえあるけど、反応出来たところで関係ない!」

 

 それは粘土だ。

 水分多めの粘度。ベッタベタの粘度。ハンマーで叩き落そうものならハンマーに付着するし、叩いたところで分散してお母さんにへばりつく。

 

「……先ほどから気になっていたのですが、レミー」

 

 会話に取られている時間的余裕はない。しゃがみ込んで、親指、人差し指、中指を泥に突き立てる。

 それをグリンと回して円を描き──。

 

「何故、これほどまでに攻撃性のない錬成ばかりを?」

 

 ガシャン、という音がした。

 同時に、声が程近くにあった。──程近く。真上。

 

「!」

「土塊、礫。目潰し。あれらを火球に変える、くらいのことはできるでしょう。バリエーション豊かな錬金術は目を瞠るものがあります。レミー、あなたは確かに国家錬金術師になれるポテンシャルがある。ですが──攻撃に殺意が足りません。相手を叩き潰す、という意思が、欠片も」

 

 首根っこを掴まれて、持ち上げられる。

 ……冷たい目。

 

 敵対者を見る目だ。我が子を見る目じゃない。

 スイッチの切り替えか。完全な戦闘モードって感じ。

 

 カチカチ。何かを叩く音。

 

「……何かしていますね」

「正解!」

 

 握っていた拳から、それを放り投げる。

 小さな石。小石だ。

 錬成陣が刻まれているとしても、特に何を起こせるわけでもなさそうな小石。

 

 それが、眩い青の光を放つ。

 

「うっ!?」

 

 お母さんが光に目を眩ませた瞬間、彼女の肘に手を伸ばし、その両脇をぐりっと押す。「痛っ!?」と驚いたように僕を放すお母さん。

 アレね。痴漢撃退用の激痛スポットね。

 

 沼に落ちてなおも光り続けている小石。

 これはもう基礎でも応用でもなんでもない、小技だ。

 

 錬成反応閃光弾──。

 遅延錬成と連鎖錬成の合わせ技、遅延連鎖錬成を小石という極小範囲内で起こし続ける、連鎖反応を起こし続ける閃光弾。閃光弾の材料が無い時の代替品として使える奴。

 

 ガチン、と。

 大きな音が鳴る。

 

「地下……何かを作っているようですが」

「それも、正解!」

 

 お母さんから離れて、バックステップでさらに距離を離して──両腕で地面を叩く。

 

 直後、沼地と地面の境目を円に見立てた巨大な錬成陣が青い反応を返してきた。

 

「──ッ、これは、まずい!」

 

 錬成陣の内容は複雑怪奇。どうやったって一瞬で読み解けるものではない。

 これに対し、お母さんは僕と同じようにバックステップを選択。当然僕より歩幅が広いから、大きく遠くへ逃げられる。

 

 そして、沼になっていない地面を靴で叩き、巨大な大槌を作り上げた。

 左手の靴はそのままに、右手一本でそれを持ちあげる。どういうことなんですかそれは。さらに元々あった槌も混ぜ込んで──沼の外からでも叩けるくらいの、巨大な、巨大な。

 

「でも残念、こっちの方が早い!」

 

 光る。青い錬成反応が錬成陣全体を走り、ズシンという揺れが周囲を襲う。

 さしものお母さんもマズいと思ったのか、ハンマーを目の前に降ろし、防御の姿勢を取った。

 

 15秒。

 僕の錬成速度きっかりで──。

 

 

 ──なにも、起きない。

 

「失敗……?」

 

 まさか。

 失敗してたらリバウンドが来ている。

 ちゃんと成功したから、何も起きなかったんだ。

 

「……何をしたのかはわかりませんが、これであなたの勝機は無くなりました。──終わりです」

「おお! 良いことを教えてあげようお母さん! それは! その言葉は!」

 

 引き抜く。

 それは、柄が円形で、ネジのような形の刀身をしたもの。

 

「──フラグと言う!!」

 

 飛び出るは、鋼鉄のワイヤー。

 そのあまりにもな突然さに驚き、しかし冷静にハンマーで対処をしたお母さんは、足元から現れたもう一本のワイヤーによって左足を掴まれる。

 

「っ……錬成陣なしに、どこから……」

「あるよ! 今まで、今の今まで、ずーっとずーっと作ってた──巨大な奴が!」

 

 またワイヤー。地面から、地面の至るところから、お母さんに向かって射出されるそれらは、彼女がどれほどの速度でハンマーを振ろうとも関係が無い。左手の靴を使ってワイヤーをハンマーに錬成しようとも、後続のワイヤーが腕ごと彼女を絡めとる。

 

 それでも、と振り下ろされるは今までの比ではない超巨大ハンマー。

 対し発動するは遠隔錬成。さっき仕込んだ鉛を起点に、そこへ流れが発生し、ハンマーは内側からバラバラに砕け散る。

 

 同時、僕の足元からも何かが出現する。

 沼地を割いて、見せつけるように──その円形の錬成物が姿を現した。

 

 今まで作っていたもの。

 錬成速度の遅さを利用して行う、連鎖錬成陣の極致。

 二つの錬成陣を連鎖させ、遅延をかけ、遅延が解ける前に別の錬成陣を発動させ……という具合に、僕の弱点を補いまくって活かしまくった巨大錬成。

 

 お母さんの足が浮く。

 手足を絡めとられたお母さんは──もうハンマーを振るうことも、ハンマーを錬成することもできない。

 

「……時、計……?」

 

 時計。

 呟いた通りだ。僕が作っていたのは巨大な時計──だけど、秒針も短針も長針もたくさんあって、円の中にたくさんの円が存在して、本来数字があるべき文字盤には無数の錬金術記号が散りばめられていて。

 

 これが──僕の考えた、僕の最強にしてオリジナル!

 

 どんなことにも対応できる絡繰錬成陣──サンチェゴである。

 

 

 

 *

 

 

 

「いいでしょう。国家資格への挑戦を認めます」

「うん、ありがとうお母さん。……ごめんね、肩……気付かなくて」

「いえ、それまでの攻撃性の無い錬金術を考えれば、大したことではありませんよ」

 

 戦闘が終わってわかったことだけど、お母さんは肩を脱臼していたらしい。

 振り返ってみれば当たり前だ。あんな風に吊り上げられたら、人体構造的に無理が来る。

 

 ……僕の左腕も、まだ罅が残っているから……錬丹術の勉強をもっとしないとなぁ。

 

「レミー」

「うん、なあに、お父さん」

「最後の、母さんを退かした時の巨大な錬成陣。……考えたな!」

 

 戦闘中は一喜一憂というか、かなり感情が乱高下していたお父さんだったけど、今は子供のように僕の勝利を喜んでくれている。

 そして気付いてもくれた。最後の沼地の円を使った錬成陣がどういうものなのかを。

 

「なんですか、二人して。あの失敗に終わった錬成陣に、何か思い入れが?」

「失敗じゃないさ、成功なんだよ。な、レミー!」

「うん。あれはまぁ、簡単に言えば」

「……いえ、なるほど。そういうことですか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことで、錬成反応は出るのに何も起こらない……そういったフェイントを行う錬成陣だった、と」

「わぁ、一瞬で見抜かれた」

 

 そう、あれはそういう錬成陣だ。

 最初も最初、お父さんから水の凝固をやってみろって言われた時にやった、失敗の錬成陣。

 あんなのでもリバウンドは起きていない。つまり錬金術は発動していたわけで。

 

 アレをあそこまで巨大な円にしてやれば、何かとんでもないことが起こるんじゃないかって思って、歴戦の錬金術師であればあるほど退くはずだ、って賭けたんだ。

 巨大な錬成陣は大抵ヤバいもの……複雑なものを錬成する時に使うからね。

 

「そして最後のは……」

「僕の切り札。本来は出現させないで、地中に埋めたまま使うものだよ」

「……一つの錬金術に特化しない、遅い錬成速度を逆手に取った、良い判断です」

 

 アレは、謂わば僕なりの真理だ。

 教本に乗ってた全部の錬金術記号、僕が作り出したあらゆる錬金術記号、図形、円、基礎応用小技。

 その全てをいつでも表に出せるように──あと自分の手で正円を描かなくていいように──した、錬成物の錬成陣。

 制作に時間がかかるからその間なんとしてでも生き延びる必要があるけど、一度作ってしまえば遅い錬成速度なんか気にせずに錬金術を使える夢のようなアイテム。

 

 故に「El Alchemist(サンチェゴ)」。

 

 ……デメリットはそのままだ。

 錬成に途轍もない時間がかかる。また地中に錬成する場合が多く考えられるため、建物の、たとえば二階とかで使ったら大変なことになる。地下に階層があっても大変。

 その間は小技と抜き放ったアレでなんとかするしかない。

 諸刃の剣っていうか、ぶっちゃけロマン砲に近いもの。

 

 それでも、見習いが国家錬金術師に勝てる代物だ。

 

「レミー」

「うん」

「国家試験は、実技だけではありません。知識と精神も必要です。筆記試験は一時間で120問。精神鑑定は、私の時は軍人六名と国家錬金術師一名に囲まれて倫理の鑑定を受けました。今どうなっているかはわかりませんが……」

 

 SCOAかな?

 いいよ、僕それ好き。そうなんだ、知らなかったぜ国家試験。そうだった、エドって天才なんだった。そして演技も上手……上手? だから精神鑑定もなんなくクリアって?

 うん、僕も上手だからいけるいける。

 

 ……リスにお願いしたら顔パスにならないかな。

 

「今日からみっちりお勉強です。お父さんにも手伝ってもらいましょう。私は固体錬成に長けている自信がありますが、お父さんが得意な流体錬成はお父さんに聞いた方が早いので」

「え、お父さん流体錬成なんかできるの?」

「あら、言ってなかったのですか?」

「いや……もう少ししたら言うつもりではあったさ。……こんなに早く追い抜かされるとは思わないだろう普通」

 

 追い抜かされる。

 ……もしかして、お父さんもお母さんに挑んだ経験が?

 

 どういう状況で?

 

「コホン。……レミーは一刻も早く国家錬金術師になりたいのでしたよね。では、さっそく今日の夜から勉強しましょう。国家試験用の教本は、少し古いものになりますが私の部屋にあります。ああ、新しいものも一応」

「それは明日にでも俺が買ってくるよ。レミーは俺の基礎知識と、あとはほぼ独学で錬金術を覚えたからな。一般的な知識については疎いはずだ。ちゃんと教えてやってくれ」

「勿論です」

 

 という感じで。

 ──僕の国家資格試験対策が始まるのであった。

 

 明日は、リスに一応報告しにいこうかな。どうせ見てただろうけど。



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第十二話 錬金術の戦闘「加速錬成」&離別

 お勉強会はそれはもうみっちりと行われたけれど、まぁそこまでキツいものでもなかった。大体が化学の話で、その内の二割くらいが錬成陣に纏わる話。ようやく実感したよ、知識チート──そう、義務教育チート……!

 いや勿論その先の知識も知っているけれど、基礎知識として元素やら化学やらの知識が頭にあるっていうのは相当有利で凄いことらしい。ついでに言うと僕未就学児だからね。一か月前まで数字もロクにわかってなかった奴が数学できるの異常でしょ。化け物だよ化け物。

 

 というわけで、案外時間が余ったというか。

 今はお父さんが隣町まで教本を買いに行っているのを待っている最中。アルドクラウドの本屋には錬金術の本は置いていないから。

 

 なので、いつもの場所で、いつも通りいてくれたリスに声をかけた。……いつもの場所って言っても大岩は僕がサンチェゴにしちゃったからもう無いんだけどね。

 

「別に報告とか要らないよ。見てた見てた。ちゃんと戦えてたな。すごいすごい」

「いつにもまして心が籠ってないね、リスさん」

「実用性が微妙過ぎるからな。アンタの母親も言ってたけど、攻撃性の無い錬金術ばかり使いやがって。他人を傷つける勇気が無いなら、国家錬金術師はやめといた方がいーんじゃない?」

「軍属になるから?」

「そ」

 

 いつにもましてテキトーな塩対応リス。

 これは……お別れの時かな?

 

 まぁそうだよね。

 僕が国家錬金術師になれたら、晴れて全ホムンクルスからの監視対象だ。リス個人の監視対象じゃなくなる。

 

「大丈夫だよ。やる時はやるからさ」

「……じゃあさぁ」

 

 しゃがんで足元を捻る。ガシャン、という音が鳴ったのを確認してからバックステップ。適当な棒を作り出して──横に転がる。

 

 その真横。

 つい先ほどまで僕がいた場所を通り抜けていく、金属の刃──がついた、巨大な腕のようなもの。

 

「ハッ! 反応が良い! ()()()()()()予見してたかよ、レムノス!」

「予見していたというより、想定の範囲内だった、ってだけかな。このまま普通にお別れってパターンもあると思ってたし、僕が人を殺せるか、生き物を殺せるかチェックするために襲ってくる可能性も考えていた。あとはお父さんやお母さんのどちらかを殺して、僕に見せつけてくるとか、逆に僕を殺してお母さんたちに見せつけるとか」

「……成程ねぇ、はじめっから何も信じてなかったワケだ」

「話す分には友人だけど、それ以外のところでは敵だって言ったのは君の方じゃない?」

「俺は友人だ、なんて言った覚えは無え、よ!」

 

 伸びてきているのは尻尾。

 これでも手加減してくれている方だ。本体とまではいかずとも、人間の形になった方が戦いやすいだろうに。

 

 なら──存分に便乗させてもらう。

 

「勝利条件は何かな、リスさん」

「一回でも俺を殺してみな! お前にそれができるなら──」

「オーケー、なら簡単だ」

「──は?」

 

 先ほど作り出した棒から銛のような形をした金属が射出される。

 当然、作った時点で遅延錬成をかけておいたもの。銛そのものではないのは、僕が上手く想像できなかったから。銛なんて今生で一回も見たこと無いからね!

 

 射出された銛は……けれど避けられる。うーん、命中精度もそうだけど、射出速度も微妙だなぁ。まぁ燃料とか無しにやってるから当然ではある。僕のサンチェゴとか、あとエドとかが使う手合わせ錬成での押し出し速度での射出ならそこそこ飛ぶんだけど、遅延錬成だとそこまでパワーが保たない。

 やっぱり武器を射出するのはコスパが悪い。当たるだけで危ないもの……イガグリとかそういうものを射出したいところだけど、形状が複雑であればあるほど錬成速度は遅くなるし、何より僕の想像力が追いつかない。

 

「そんな攻撃じゃ百万年かかっても俺を殺すのは無理だぜレムノス」

「でも、気付いてはいるんでしょ? 地面の下で作られているものについては」

「あぁ、アンタの切り札だろ? けどコレさぁ──」

 

 リスのしっぽが鋭いモノになる。

 それは僕に向けられるのではなく──真下に向けて、どす、と。

 

「作ってる最中に壊されたら終わりだよねぇ?」

「勿論。そのリスクがわかってないのに自ら言及したんなら、それはちゃんとした馬鹿だよ」

「はぁ? ……(い゛)ッ!?」

 

 引き抜かれる尻尾。

 その先端には、深く、深く──トラバサミが食い込んでいる。

 

 形状も構造も簡単で、時計みたいにカチカチ音が鳴って、それでいてダメージの大きさと錬成のコストパフォーマンスに長ける罠。それがトラバサミ。前世は人への被害、及び残忍で猟奇的過ぎるとか様々な理由で禁止されるにまで至った罠だけど、こっちにそんな法律はない。

 どころか自然動物を狩る習慣が未だ根付いているためか、狩猟目的で売られていることも特に珍しくないこのトラバサミ。の、でっかいver.がリスの尻尾を嚙んで離さない。

 

「ク、ソが……フェイクかよ!」

 

 リスが、今度は自身の短い短いちっちゃな手をぐにゃりと伸ばし、そこに刃を作って尻尾の先端を斬り飛ばす。トカゲのしっぽ切りならぬリスの尻尾切り。

 斬り落とされた尻尾は塵となり、根元の方からはバチバチと音を立てて赤い錬成反応と共に再生が起きる。

 

「……今のじゃダメ?」

「あ? ……はぁ? もしかして今ので殺した、とか言うつもりか? だったらとんだ甘ちゃん──」

「ダメならいいや」

 

 ガチン、と音を響かせたのは、噛むものが無くなったトラバサミ。

 リスは目にするだろう。その歯の両側に半分ずつ描かれた無数の錬成陣を。そう、そもそもがフェイクで、噛み付いたらトラバサミ、外されたら別の錬成陣が発動する──そうなるように遅延錬成を無数に仕込んであるトラップ。

 トラバサミが閉じることで刃の内側に描かれた遅延錬成が意味を無くし、通常通りの錬成速度に戻ることで、まるで遠隔で錬成を行ったかのように見えるところもポイント。僕はまだピンポイントな遠隔錬成できないからね。

 

 トラバサミに描かれた四つの錬成陣は、トラバサミそのものを細い針状に錬成し、射出するという内容。簡単で殺傷能力が高く、さらに効率的だ。

 ……無論、これはあの一瞬で考えたものじゃあない。今日リスに会うと決めた時点でそういうことが起きそうだな、と考えていたから、サンチェゴの代わりに組んできた違う錬成陣によるものだ。そんなパカパカ切り替えられるなら、僕は多分真理見てる。

 

「チィ……」

「チェックメイトだ」

「──だったらお望み通り、手加減なしで行ってやるよ!」

 

 錬成途中のトラバサミが蹴っ飛ばされる。

 ──人間の足に。

 

 伴い、ボコボコと、決してお茶の間に見せることができない程に酷い絵となったリス。膨張した体表は更なる膨張を生み、水音と肉のぶつかり合う音を混ぜ合いながら、膨れ上がっていく。

 まず、手が生まれて。

 次に、顔が出てきて。

 胴体や腹部に肉が収まっていって──最後にもう片方の足が。

 

「ふぃ~……やっぱりこっちじゃないとね。んじゃ改めて、──初めましてだ、レムノス。そんで、じゃあな!!」

「エンヴィー」

 

 激昂しているのは変わっていなかったらしい。冷静な挨拶にこっちも挨拶を返そうとしたら、不意打ち気味に腕を伸ばして攻撃を仕掛けてきたから、それを避けようとしゃがもうとして、けれどその前に声がかかった。

 女性の声だ。

 

「……あ~。はいはい、すいませんでした。……珍しく気乗りしただけだ。他意はない。人柱候補を殺す気は無いよ」

「そう。ならいいけれど。……それで、その姿を見せた以上は、お別れでしょう? お別れの言葉は要らないのかしら、リスさん?」

 

 女性。

 茂みから出てきたのは、妖艶な……「出るとこ出た」という表現を使うに最もふさわしい女性。その胸元には、ウロボロスの刺青が入っている。

 

「いつから見てたんだよ趣味悪いなぁ……。……おい、レムノス」

「うん。何かな、リスさん」

「テメッ、わかってて言ってるだろ!」

「僕の名前は、レムノス・クラクトハイト。改めて、リスさん。君の名前を教えて欲しい」

 

 クラクトハイト。お父さん曰く、古い言葉で「設計者」を意味するらしい。

 聞いた時、ぴったり過ぎて流石に神様転生を疑ったね。神様会ってないけどこれ記憶消してるパターンなんじゃないかって。だったらなんだったって話なんだけど。あとそれだったらもっとわかりやすいチート頂戴よ。

 

「……エンヴィー」

「じゃあ、そっちはラストかな?」

「あら、頭の回転が速いのね。そうね、言い当てられたのなら名乗りましょう。私はラスト。正解よ」

 

 お別れだ。

 一か月間という短い間だったけど、なんなら三週間くらいだったけれど。

 それでも、気兼ねなく話すことのできる存在は少しばかりありがたかったかもしれない。その相手が敵でも、これから先、僕の大事なものを奪っていく可能性のある相手でも。

 

「言っとくけど、アンタは生かされてただけだからな。変な気起こすんじゃねえぞ。アンタなんか俺達にかかりゃ一瞬で」

「僕は人体錬成しないよ」

 

 顔の右を巨大質量の石柱が、心臓を突き刺そうとした最強の矛が、それぞれ地面から押し出し錬成された角柱に跳ね上げられる。

 ……間に合った。カチ、コチと音が響く。

 未だ余裕そうなラストとは反対に、エンヴィーは物凄い形相で地面を見た。

 

「じゃあ要らない。ってことだよね」

「そうねえ。それならアナタは、あっちの家の中にいる二人のための材料に──」

「──言ったよなぁ! 次に俺を欺いたらどうなるか!」

「うん。だから次欺くとしたら、お別れの時だって決めていたんだ。──カチカチとかガシャンとか、そんなわかりやすい音出すわけないじゃないか。そもそもなんで()()()()()()()()()()()()()()()()()、ってね」

 

 鎖を射出する。ラストに弾かれる。

 エンヴィー、君はこれを「攻撃性のない錬金術」だと言った。

 そうだとも。

 

 攻撃性があったら、殺傷能力があったら──ホムンクルスたる君達は再生できてしまう。

 拘束する方が有効だというのは、ダブリスにいる彼が証明してくれたからね。わざわざあんな場所に地獄の窯を設置しているのは、その全てのホムンクルスに有効だから、だろうし。

 

 エンヴィーの姿が鹿に変わる。

 

「ラスト、乗れ! 撤退だ!」

「あら珍しい。アナタがそんなに冷静な判断を下すなんて、余程あの子を買っているのね」

「茶化すのは後にしろ! ──来るぞ!」

 

 赤い錬成反応。

 たとえサンチェゴを使ったとしても、あり得ない──あり得てはならない量の鎖が二人に襲い掛かる。地面から、岩々から、木々から、本当にあらゆるところから、だ。

 

 ガチン、と音が鳴る。

 今度こそ本当の音。今までのフェイクのために鳴らしていたそれではない。サンチェゴの中の針が動き、違う錬成陣に切り替わった音だ。

 ポケットから──お父さんの部屋から拝借してきたライター*1を出して、その火を出せば。

 

 ()()()()()

 

 サンチェゴで作り出した酸素濃度を操る錬成陣、そして空気中の塵を導火線に走っていった火種は──。

 

 ぱん、なんて軽い音を立てて破裂するに終わった。

 

 ……いやね、僕は山火事の主犯にはなりたくないんだよ。流石にサンチェゴといえど、雨を降らせるとかそういう所にまで手が届くわけじゃない。なんでかって僕がそういう錬成陣を組み込んでいないから。

 天候を操る錬金術か。……うーん、曇りを晴れにするとか、そのくらいじゃない? それ以外は使用するエネルギーが比じゃないと思う。

 

 角柱を崩す。

 エンヴィーとラストの姿はない。足跡だけが続いている。

 ちゃんと撤退してくれた、ってことかな。

 

 さて。

 人体錬成をしない発言が、どこまで悟られている、と思わせられたのかはわからないけれど。

 これで僕側からも敵対宣言をしたわけだ。

 

 敵対宣言……というか、非協力宣言?

 

 うん、時間を使い過ぎた。お母さんはカンカンだろう。

 そろそろ家に戻ろう、と踵を返して──。

 

 背後に、鋼鉄の壁を出現させる。

 

「……こういうの杞憂って言うんだよね」

 

 そこに何かが当たることはなかった。ラストの最強の矛とかが超遠距離から飛んでくる可能性を読んだんだけどな。

 

 さようなら、リスさん。

 そしてこんにちは、いばらの道。

 

 

 

 ──国家錬金術師試験はもうすぐだ。

*1
父親は喫煙者ではないが、錬金術において火を扱うことはままあるため携帯式ライターを所持しているのはおかしなことではない





注:サブタイトルの「加速錬成」は実際に加速しているわけではなく、遅延錬成を切ることで通常の錬成速度になる時、見た目的には加速しているように見えるが故の加速錬成である。錬成速度を上げる技術ではない。


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第十三話 母と子の会話「願望への階梯」&二つ名

 国家資格試験前日。

 アルドクラウドからセントラルまでは半日以上かかるため、前日入りして翌日に試験を受ける感じになる。

 お母さんが国家錬金術師であるため公共施設は使いたい放題。軍の宿泊施設の一つに僕も泊まらせてもらう、という形になった。

 

「がんばれよ、レミー!」

「うん。お父さん、一人で本当に大丈夫?」

「レミー? お父さんは子供ではありませんよ?」

「僕もお母さんもいなくなったら、ジョギングやめそうだなって」

「そんな怠け者じゃないぞ俺は!」

 

 駅で、そんなことを話して──お父さんとは別れた。

 

 ……僕の心配はホムンクルスの話だけど。

 まぁ、件のトラバサミをいろんなところに仕込んである。それ以外の、二日三日は余裕で保つほど遅延をかけたトラップ類も。ただ遅延錬成は当然最初に込めた僕の思念エネルギーを使っているから、長く保たせれば保たせるほど効果が落ちる。

 永続するトラップにするならもっといろいろ考えないといけない。思念の電池とか作れないのかなぁ。あ、それが賢者の石か。

 

 一応、錬金術関係ない普通のトラップも死ぬほど仕込んでおいた。人間が引っかかったら?

 ウチに近づく人間って、お母さんとお父さんの研究を盗みに来る悪人だけだから大丈夫だよ。

 

 

「セントラル、か」

「ふふふ、レミーにとっては初めての遠出ですからね。緊張していますか?」

「緊張もそうだけど、楽しみでもあるかも。僕、ウェストシティにも行ったことないから……都会、っていうのが想像つかなくて」

「ああ確かに、そうでしたね。あなたが生まれたのはウェストシティの病院ですけど、流石に記憶はないでしょうし」

「え、そうなんだ。知らなかった」

「今度……国家資格試験に合格したら、ウェストシティに家族で行ってみるのもいいでしょう。ただし、合格しなかったら」

「一生アルドクラウドから出さない、だよね。忘れてないよ」

 

 ちゃんと覚えている。

 そして、ちゃんと受かる気でいる。

 

 ただ、ウェストシティには行けないかもしれない。

 ──僕はもう、国家錬金術師になった後の道筋を決めているから。それはもしかしたら、お母さん達を悲しませる結果になるかもしれないけれど。

 

「……ねえ、レミー」

「なに?」

「何故、そんなにも生き急ぐのですか?」

 

 ガタン、と汽車が揺れた。

 そのままガタンゴトンと音が続く。悪路だから、線路の一個一個が短いんだろう。

 

「そう見える?」

「はい。……私達が、そうさせてしまいましたか?」

「ううん。これは僕の決定。別に何か失敗した経験があるとかじゃないけど、ただ、決めたから」

 

 決めた。

 守ると決めた。だから、それ以外は良い。

 ──二度目の人生だ。そして自在に操れる力まであると来た。

 

 だったら好きに生きたい。

 あるいは、他人から見れば生き急いでいるように、縛り付けられているように見えるのかもしれないけれど──これが僕の「好き」だから。

 

「お母さんは、僕に止まってほしい?」

「その問いはズルいですね。子が前に進むのを止める母がいると思いますか?」

「いるんじゃないかな。世界は広いよ、お母さん」

「では質問を変えます。私がそんな母親だと思いますか?」

「ううん。お母さんは、ちゃんと背中を押してくれるお母さん」

 

 そしてお父さんもそうだ。

 背を押して、肩車をしてくれて。

 

 返せるものとか、貰ったものとか、そういうことは考えない。親子にそういう概念は要らないって思ってる。

 なら僕はただ単純に、二人の子供として──奔放に生きる。

 

「軍人として、戦地に赴くつもりでしょう」

「……びっくりした。今まで一回も漏らしたこと無かったのに、なんでわかったの?」

 

 本気で驚いた。

 唐突だったのもあるし、考えの中ですら形にしていなかった──顔に出ないように努めていたことだったのに。

 

「母親ですから。わかりますよ、それくらいは」

「そっか。……そうだよ。そのつもりで、国家錬金術師になろうとしてる」

「命を奪うのは苦しいですよ」

「お母さんも苦しかった?」

「はい。ちゃんと。……今でも苦しいですよ」

「そっか」

 

 じゃあ、お母さんは兵器じゃないみたいだ。

 リス、もといエンヴィー。見誤ったね。

 

「ね、お母さん」

「はい」

「これ、持っててくれない?」

 

 出すのは、あの指輪。

 賢者の石のついた指輪。

 

「……意図を」

「あんまりね、使っちゃダメだよ。使用回数に制限がある。数十回で壊れちゃう代物だ。だけど、それまでは普通じゃ考えられない程の錬成が行える」

「意図を聞いていますよ、レミー」

 

 決まっている。

 

「僕は戦場に行きたい。……その間、お父さんとお母さんを守る人がいない」

「私は国家錬金術師です」

「うん。だから、要らなかったらお父さんに渡して」

「……お父さんも、今は育児休暇中ですが、軍人ですよ」

「だからだよ。──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃ心配が過ぎる」

 

 強い。強い言葉を使った。

 目を見開くお母さん。……ごめんね。こんなことを言うのは嫌なんだけど。

 

 でも──そう遠くない内にお父さんは駆り出される。 

 東部の戦役は瞬く間に広がるだろう。殲滅戦は国家錬金術師が一斉に駆り出された大総統令であって、それ以前にも軍人の多くが彼の地へ投入されている。

 アルドクラウドのある位置は、ペンドルトンよりセントラルにほど近い。極論「銃を撃てる兵士」なら誰でも良いんだ。だってこの戦役を起こす奴らにとっては、死傷者が増えれば増えるほど嬉しいんだから。

 

 だったらこの石を使ってでも身を守ってほしい。

 僕もすぐに行く予定だし、そのための国家資格だけど……間に合わない可能性も大きい。加えて言うと、お父さんの錬金術にはあまり攻撃力が無いから、心配で心配だ。

 この石の材料はよく知っている。

 どういう経緯で作られたのかも大体わかっている。コレに込められているのが誰か、まではわからないけど、わかる。

 

「何を、知りましたか?」

「新しく知ったことは何もないよ」

「この石をあなたに渡した者がいるはずです。あなたは賢者の石の研究をしたいと私達に言ってきた。……賢者の石の作成方法を知る者に、何か吹き込まれましたか」

「そう思いたい?」

 

 恩を仇で返すとはまさにこのことだ。

 さっき貸し借りは家族に無い概念だと言ったけれど……それでもね。

 

 まったく、まだ行きの汽車だっていうのに、こんなに空気を重くしてどうする気だというのか。

 宿泊施設での空気を考えると心が痛くてたまらないよ。

 

「辿り着いたのですか。……一人で、独学で……この石を作る術に」

「うん。そしてそれは、とても危険なものだった。お母さんにもお父さんにも教えてあげられない程危険で──冒涜的な」

 

 本当にそうだとしたら、天才を通り越して傑物だけど。

 まぁ、十分に信じられる功績は残しているはずだ。だって僕錬金術習い始めてからまだ一か月だし。

 

「そうですか。……では一つ、あなたに良いことを教えてあげましょう。あの戦いのとき、良い言葉を教えてもらったお礼です」

「うん?」

「──レミー、私たちは、あなたが死んだら……()()()()()()()()()()

 

 笑ってしまいそうになる。

 いやお母さん。

 それは、どこまでわかってての脅しなんだろう。

 

 お母さんは国家錬金術師だけあって、頭が良い。頭の回転も早ければ想像力も豊かだ。ハンマーを作る速度が0.2秒程だったのを見れば自明だろう。

 その頭脳で、どこまで辿り着いたのか。

 その言葉を吐くということは、それが僕にとっての脅しになるとわかっていてのことだろうか。

 

 ああ。

 

「人体錬成は成功しないよ

 

 すれ違う。

 ……対向列車と。だから、僕の言葉はかき消されてしまった。

 サンチェゴの名を借りるなら──これは、言わない方がいい、ってことかな。

 

 そういえばいつの間にか線路が一本ではなくなっている。

 遠くに見えていたはずのセントラルは、もうすぐそこまで来ていて。

 

「別に住んでいるというわけではありませんが、一応先達として」

 

 お母さんは、手の先でその街を指して言う。

 

「ようこそセントラルシティへ。どのような用向きでしょうか?」

 

 結局、似た者同士ではあるのだろう。

 僕はちゃんと、お母さんにもお父さんにも似ているんだ。

 

 僕の……なんていうか、虚勢を張っていないときの、あんまり上手じゃない演技は。

 

 

「国家錬金術師になるために。夢を叶えるための、足掛けに」

 

 

 *

 

 

 無論。

 恙なく、そして何の詰まりもなく、僕は国家資格に合格した。

 

 最初こそ年齢に驚かれたものの、その言動と知識に驚かれ、国家錬金術師たるお母さんの推薦ということもあってするすると事が運んだ。

 普通、こういう所に身内を送り込むのは贔屓目だと見られることも多いんだけど、国家錬金術師に関しては軍属だ。それも侵略国家……隣国と紛争を繰り返すような国で、幼いとさえ言える我が子を軍へと推薦することに、贔屓などどこにあろうか、って話で。

 

 筆記試験。満点。

 精神鑑定。問題なし。

 

 そして実技試験も──最初こそ錬成速度の遅さに眉を顰められたものの、それを用いた様々なアレンジ錬成を見せ、その実用性を説いて──合格。また、床を破壊する、という理由で披露しないつもりだったサンチェゴも、練兵場に場を移すことで実践。その有用性は非常に高い評価を得た。

 僕はチャレンジャーじゃないので軍の高官に槍を向けたりしなかったし、キング・ブラッドレイ大総統が見に来ることもなかったけれど、軍の覚えは上々だと思う。

 ……気のせいでなければ。本当に気のせいでなければ、リス……もとい、それがよく変身している姿の軍人と終始すれ違いまくったような気もするけれど、まぁ気のせいだろう。そんな暇ないだろうし。

 

 軍の人たちとの会話も弾んだ。精神鑑定も含まれているんだろうけど、いつから国家錬金術師を志したのかとか、その幼さでどれほどの勉強したのかとか。ペラペラと口をついて出るのは嘘ばかり。いや、一か月前からです、なんて言ったらそっちの方が嘘っぽいし。あとそれだと軍への忠誠部分が曖昧になりかねないから、それはもうでっち上げの連鎖連鎖。

 

 にしても、普通これほどの数の大人の男の人たちに囲まれたら子供は委縮すると思うんだけど、相手が僕だからなのか、それとも本気でわかっていないのか、どんどんどんどん、次から次へと挨拶しに来る軍人たち。

 幼いから大人の言葉で丸め込める、とも思われたっぽいのは大きい。まぁそれはすぐに覆させてもらうつもりだけど。

 

 軍人の挨拶車輪陣は、冷たい目をしたお母さんが割って入ってくるまで続いた。僕としてはまだまだいけたけど、耐えられなかったのはお母さんの方だったっぽい。

 

 抱きあげられて、抱きしめられて──少しだけ悲しそうな声で、「おめでとうございます」と言われて。僕も「ありがとう」と返した。

 

 

 全ての手続きと処理が終わった後、軍から貰った二つ名は、当然──。

 

 

竜頭(リューズ)の錬金術師」 / 第一章 完



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第二章 錬金術の戦闘「応用と開発と研究と戦争」
第十四話 錬金術の応用「合成獣」&国境戦


 1900年3月某日。

 隣国クレタとの緩衝地帯たるペンドルトンに、竜頭の錬金術師が初投入された。

 倫理の観点や戦闘訓練もロクに受けていない者を戦場に、などあり得ないとの批判も上がったが──竜頭の錬金術師本人が強く強く国防を……戦地への投入を希望していたことから、それは押し通された。

 

 結果は。

 

 

 *

 

 

「……上々、ではあるのかな」

「いや、流石は国家錬金術師です、という言葉を送ります……」

 

 サンチェゴを使うまでもなかった……なんて言うと余裕に聞こえるかもしれないけれど、僕的には辛勝だった。

 僕の錬金スタイルは軍に周知されている。そして投入される戦地にいる軍人にも、だ。

 小さな錬金術師、なんて目で見られたのも束の間、特に禁止されていないトラップ類の様々──敵が解析して使ってくることを考えて、遅延錬成を用いてのもののみの使用を提案。塹壕作って銃で撃つのがメインだった戦争という形を様変わりさせる結果となった。

 ……のだけど。

 

 いやぁ、銃。無理だね、避けるとかね。

 奇跡的に当たらなかった。それだけだ。僕の遅延錬成の良い所は「誰にでも使える」という点だ。トラバサミも──そして今回出した遅延錬成地雷も。錬金術がエネルギー源だから暴発の危険性もなく、壊れたら錬成し直せば良いECOスタイル。

 だから、これを前線で戦う軍人に渡して、設置してもらって、回収してもらって。

 それだけでも良かったのに、僕は外に出た……戦場をこの目に焼き付けようとした。

 

 ほんっとにギリギリだったよ。

 狙ったのか苦し紛れだったのかはわからないけれど、銃弾は僕の頬を掠めた。別に痛みはそこまでじゃないし、それより怖い物使ってるから恐怖もそんなだったけど、うん、アレは無理。避けるとか反応して壁を張るとか、そういう段階にない。

 どれほどの品質の物かは知らないけど、どれほどの品質の物でも無理だろう。

 

 もしあれの軌道が少しでも逸れていたら、僕の頭はぱっかーんとなっていただろう。

 人間は簡単に死ぬ。子供だから、身体のどこを撃たれてもマズかったかもしれない。血液量は大人より少ないんだ、大人より早く死ぬ。大人より簡単に死ぬ。

 

「しかし、圧巻でしたな……遅延錬成地雷と言いましたか。撒くだけで自ら地に潜り、隠れる。まるで生き物のようでいて、その効果は絶大。これを量産できればアメストリス国軍の死傷者はドンと減ります」

「うん。でもごめんね、まだ三日しか保たない。もっと長く保存したいのなら、巨大化させるか、あるいは」

「もっとたくさんの実験を、ですね?」

「あくまで戦闘経験を、だからね」

「ああ、はい。申し訳ありません。失言でした」

 

 僕は誰かに守られて戦うべきだ。僕自身がなんとかしてサンチェゴを作る時間を稼ぐ、なんてのは横槍が入らない一対一、最悪一対二の状況でやるべきことであって、戦場に出てきてやることじゃない。

 学び。学びだね。

 

「しかし、これでクレタの奴らもしばらくは大人しくすることでしょう。……クラクトハイト殿は、やはり南部へ?」

「うん。あそこも激しく戦いをしているから、応援しに行かなきゃ」

「その歳でそこまでの愛国心を……尊敬します」

「お父さんとお母さんに死んでほしくないから。それだけだよ」

 

 竜頭の錬金術師、クラクトハイト。

 マスタング大佐、ヒューズ中佐よろしくファミリーネームで呼ばれているから、少し慣れない。お母さんもお父さんもクラクトハイトだけど、お父さんには階級が、お母さんは「大槌殿」って呼ばれてるらしいので混同はされないと思うけど、うーん、中々変な気分。

 

 人を殺した。

 

 ……という感覚は、無い。感触が無いからだろう。まぁ、銃も同じようなものだ。

 これに対し、恐怖を覚えるだとか、罪悪感を覚えるだとか、あるいは自分を嫌悪するとかは、無い。真っ当な人として感じるべきなのか、軍人だからこれが正常なのか。ヒューズ中佐なんかは敵は死ねばいい、みたいな倫理観をしていたし、マスタング大佐も敵に容赦はない。

 敵なら、だけど。

 

「そういえば、クラクトハイト殿。紅蓮の錬金術師とは面識があるのですか?」

「ないけど、どうして?」

 

 ペンドルトンの司令官にそう問われて、クエスチョンマークを浮かべる。

 紅蓮の錬金術師。ゾルフ・J・キンブリーと、僕。接点はないと思うけど。というかあの人って現時点でもう国家錬金術師なんだ。各国家錬金術師がいつ国家錬金術師になったのかあんまり知らないんだよね。士官学校組はある程度わかるけど……。

 確か鋼の錬金術師の開始時点で200人くらいいるんだっけ。結構多いよね。

 

「いえ、地面を爆破する、という手法を扱う錬金術師が、紅蓮殿しか思い至らなかったもので……」

「ああ……。まぁ、いつか会って話してみたいな、という気はあるよ。どの道すぐに会えそうな気もしているけれど」

 

 言外に「それだけ非人道的」って言っているようなものだけど。

 子供の無邪気さ、と捉えられているのかな。無邪気は流石に無理か。邪気……いや邪気でもないような。

 

 ともあれ、これで僕の初陣は終了。

 1901年までに戦果を挙げ続けて、イシュヴァール戦役に初めから投入されてもおかしくないくらいの"愛国者"になる。

 そうして。

 

 ──お母さんを殺す可能性のある傷の男(スカー)も生まれないように、イシュヴァール人は僕が殲滅する。

 あの戦役で、なんなら被害を被った側であるはずのエドまで傷の男(スカー)は狙った。無差別だ。もしお母さんが殲滅戦に参加しなくたって、復讐の鬼はお母さんをも殺すのだろう。

 

 作中でキンブリーは悪人だった。他人とはズレた価値観を持っているが故に狂人で、美学を名乗った殺戮で最期までエド達の敵だった。

 でも彼の語った言葉まで悪だと、おかしいとは思わない。それは覚悟だ。覚悟だし、矜持だ。

 というか僕からしても殲滅戦で殲滅し切らない理由がわからない。殲滅戦を謳うんだから、殺し切らないとダメだろう。憎悪は憎悪を呼ぶ。それを断ち切るためには、憎悪する全てを根絶しなければならない。

 

「クラクトハイト殿?」

「あ……あぁ、移動か。うん、よろしくお願いします」

「はい! 責任を持って護送いたします!」

 

 原作通りに進める必要なんて無いんだ。傷の男(スカー)の兄の辿り着いた研究だって、ヴァン・ホーエンハイムでも行けてたやつだ。彼は天才だけど、天才でしかない。国土錬成陣自体にはヒューズ中佐も辿り着いていたし、メイ・チャンも傷の男(スカー)の兄の研究を見て一発でそれを理解できていた。

 

 十分だろう。傷の男(スカー)の兄がいなくても、傷の男(スカー)がいなくても、何も問題ない。

 まぁ杞憂するのなら、すべてを殺し尽くした後に研究日誌だけ発掘すればいい。焔も紅蓮もいなければ、燃え尽きることもないだろうから。

 軍はイシュヴァール人の瀕死者さえいればいいんだろう。賢者の石作りたいだけだから。その殺し方に指定はない。

 

「クラクトハイト殿は、将来の夢などはあるんですか?」

「将来の夢?」

「はい。勿論このまま軍属になることもできますが、その年齢でしたら、他の選択肢も」

「……アメストリスが隣国を全部吸収したら、その時に考えるよ」

「そ……それは、壮大な」

「実現は不可?」

「……いえ、国家錬金術師の方々の力があれば……実現は、可能かと……!」

 

 そうだ。できる。

 なんなら隣国には賢者の石の蓋が無い。そこにこれほど錬金術の発達した国の国家錬金術師を送り込めば、殲滅なんか簡単だ。

 

 そこまでやったら、ようやく別の事を考えられる、かな。

 

 永遠の命が欲しいとは思わないし、寿命や──病気は、もう仕方がない。僕の知識でどうにかできる病気ならどうにかしたい意欲はあるけれど、異世界の病気が前世のものと全く同じか、なんてわからない。僕は医者じゃないし、医学の勉強はしていないから、多分どうしようもない。

 僕にできるのは国防と、暗躍している彼らの計画の阻止。そして錬金術による非人道的兵器の開発。国際条約で縛られない内にアメストリスを超大国にする。ぶっちゃけ国家錬金術師がいるんだから兵器類が縛られることは無い気もしているけど。

 化学薬品系の錬金術師ってなんでいないんだろうね。少年誌的にNGだったとかかな。それとも生体錬成の領域だから? ……いや、多分少年誌の倫理規定だろう。だって今の僕でもいくらでも思いつくし。

 

 鋼の錬金術師本編が終わっても危機は去らないまま、じゃダメなんだ。

 ──全部。全部やる。全部やらなきゃ──。

 

「クラクトハイト殿は、ご両親が大好きなんですね」

「ん……僕今なんか言ってた?」

「いえ。ペンドルトンの司令官殿が、クラクトハイト殿が"お父さんとお母さんを守るために戦っていると言っていた"、と……その、号泣していましたので」

「ああ。……うん。好きだよ」

 

 良い。

 良い印象付けだ。僕が二人を好きなのは勿論だけど、お父さんとお母さんのために戦っている、という伝聞は印象がいいし、操りやすいという印象も与えられる。もし何かしらの謀略にあって裏切りが起きた場合、サンチェゴの作成に必要な時間を稼ぎやすいというのは良いことだ。 

 

「クラクトハイト殿は──」

「ごめんね、そろそろ眠い。駅に着いたら起こしてほしい」

「あっ、も、申し訳ありません。……おやすみなさい」

 

 体力は温存しないといけない。

 僕はまだ、徹夜してずっと戦い続けるような体力は身に着けていない。

 

 眠って──次の戦いに。

 

 

 *

 

 

 で、今日の座学である。

 国家錬金術師になったから、と言って座学を欠かすことは無い。戦っていない間、錬金術の開発というか応用や基礎の土台作り、小技のアイデア出しをやっている。

 例えばこれ。

 

「えーと、遅延連鎖錬成で、噴射機構で」

 

 特に危険性のない錬金術だけど、一応周囲に人がいないことを確認して……ポイッと放る。

 

 遅延連鎖錬成はアレね、お母さんと戦った時にやった閃光弾の奴ね。

 それの錬成陣を火花の噴射をするものに変えて放ったのだ。

 

 これで何が起こるかって。

 

「うわっと!?」

 

 バチバチ、グルグルと回りながら眩い火花を散らす小石。

 連続して火花を噴出するから小石がくるくる回転して、小石自体が軽いからどこに行くのか予測不可能な動きをする。

 つまるところ、ネズミ花火だ。

 ただの火花だから何のダメージもないんだけど、これ例えば酸とかにしたら超危ないよね。

 

 とかー。

 

 適当な錬成陣を描き、そこに思念を──送るか送らないかのギリギリな量を込める。

 普通、術師は直感的に「これくらい必要だな、バン!」で込めるんだけど、たとえば想像力をわざと欠如させたり、理解の部分を甘くしたりすることで思念を不足させ、エネルギーを減らす、という手法を取ることができる。

 ちょっと危なくはある。リバウンドがね。でもちゃんと理解した上でこれをやると。

 

「おお」

 

 チカ……チカ……と、断続的に光る錬成陣。

 青い錬成反応は弱弱しく、発動するのかしないのかよくわからない状態が数十秒続いて、ようやく錬成が始まった。

 

 少しばかり意味合いは違うんだけど、僕はこれをチャタリング錬成と呼んでいる。何に使えるかは……まぁお楽しみかな。

 

 他にも、円の中に上向き三角形、その周囲に手裏剣を背負う太陽、正円の中に黒点、サラマンダーのマークを描いて、錬成。

 すると中心点からぼふん、と、物凄く火力の低い炎が立ち上がる。

 これは重複記号。一つの錬成陣の中に同じ意味を持つ記号を複数いれて、増強ではなく弱体化させる方法。エネルギーが分散するんだよね。どこに行けばいいかわからなくなるというか。

 

 用途は特に決まっていない。

 

 で、今僕が研究開発しようと思っているのはトランジスタだ。

 どうにかして思念エネルギーをコントロールするような記号、あるいは図形を作れないものかな、と。単純に電気回路で見られるようなトランジスタの記号を書いてもダメだった。僕が思念エネルギーの増幅やオンオフについての理解が浅いからか、思念エネルギーの増幅、なんてものができないからか。

 ぶっちゃけオンオフは物理的に錬成陣を切り貼りすればできる。トラバサミや地雷と一緒だ。

 だけど増幅は……うーん、減少ができるんだから増幅もできそうなのになぁ、とか、でも「思念」の増幅ってなんだ……? とか散々悩んで、今も悩み中。

 

「思念専用の半導体的なものが無いと無理かなぁ」

 

 それってなんですか。

 ……電気を例えに出してみよう。半導体は導体と絶縁体の中間の材料だ。ざっくりと。

 じゃあ思念を通しやすい「導体」とは何か。……錬成陣か。

 思念を通さない「絶縁体」は何か。……賢者の石?

 

 錬成陣と賢者の石の中間素材?

 ……錬金術で考えるから悪いのかな。錬丹術の方が流れ……電気感はあるから、どうだろう。

 流れを通しやすいものは自然物だ。自然に出来上がったもの、また龍脈を形作るもの。

 通し難いのは錬成物だ。錬成物は流れを阻害する。阻害するというか、ある意味で集めるというか。

 

 自然物と錬成物の中間素材。それならば、錬丹術にとっての半導体になり得る、か?

 

「……合成獣(キメラ)、かな?」

 

 自然物でありながら錬成物であるもの。

 キメラは……半導体になれる? いやでも生体……ふむ。ちょっと勉強意欲が出てきたな。

 

 イシュヴァール戦役が早めに終われば、ティム・マルコーさんも手が空くはずだ。いやもっと悲惨な事になるのかもしれないけど、そうなったら別の人で。

 ……うん。やっぱりイシュヴァールは早めに殲滅した方が良い。 

 殺さなくても拘束して軍に引き渡せば、そのまま実験材料に……殺してくれるんだ。復讐の芽も生まれない。完璧だ。

 

 イシュヴァール戦役。 

 それが始まる1901年まで、あと9か月──。



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第十五話 錬金術の応用「感圧式錬成」

 アエルゴとの国境線、ピットランドにいた時のことだ。

 中々に熾烈というか、クレタより激しい抵抗をしてくるアエルゴに、そろそろ別の錬成兵器も取り出そうかな、と思っていた頃合い。

 与えられた部屋で錬成陣の組み合わせについて頭を捻らせていた僕は、何やら騒がしくなった外に気が付いた。すわアエルゴ側がまた何かしかけてきたのかと身構えるも、中々呼び出しがかからない。僕は志願して戦地にいるものの、命令は司令部がするものだ。故に呼び出されない限りは行かないし、兵士だけで片付きそうなことには手を出さない。出せない、が正しいかな。

 この騒ぎもそういう兵士だけで片付いたことか、あるいは何か交渉事のために使者が来たとかそんなところかな、と思っていたのも束の間。

 

「こ、こちらです!」

「うむ。ご苦労」

 

 ──その渋い声に、思わず壁を捻る。

 

 開く扉。

 そこに現れたのは──。

 

「キング・ブラッドレイ大総統……」

「ほう、小さいのによく勉強しているな」

「……お初にお目にかかります。竜頭の錬金術師、レムノス・クラクトハイトです」

「ああ、そう畏まらなくても良い。今日は南部の視察ついでに、ここで大活躍中だという君を一目見に来ただけなのだから」

「南部の視察。大総統ともあろうものが、こんな危険地帯に、ですか」

「なに、私の護衛も、そして私も、流れ弾程度に殺されるような鍛え方はしておらんよ」

 

 キング・ブラッドレイ大総統。

 この国のトップで、独裁政権を敷く者。アメストリス自体が元々侵略国家だったからそれを引き継いだ形にはなるけれど、それ以前よりもさらに隣国への牙を研ぎ澄ませ、交渉においても一歩も譲らぬ姿勢を見せる──侵略、独裁、軍拡で辞書を引いたら名前が載っていそうな人。

 そして。 

 

「……」

「……」

「……はっはっは、そう警戒せずとも問題なかろう。()()()()()、竜頭の錬金術師君?」

「流石に警戒しますよ。国家錬金術師になってからまだ半年も経っていないような子供に直接会いに来る、なんて。──それも、護衛など一人もつけていないままに」

「ほう、わかるのかね?」

「いいえ。ただ、同じでしょう。護衛が部屋に入ってこなかった時点で、いてもいなくても変わりはない。──僕に害される可能性を考えるなら、入らない理由が無いから」

「害される、とは。中々異なことを言うものだな、竜頭の錬金術師。君は根っからの愛国者、アメストリスを守るために日夜身を粉にして戦っていると聞いているが、違ったのかね?」

「違いません。正確にはお父さんとお母さんを守るため、ですが。そして、その件と閣下を僕が害する可能性の件は何ら矛盾しません。閣下はこの国に戦火を呼び込む身。僕の故郷がその戦火に冒されるのならば、僕は戦火の全てを滅ぼし尽くした後、あなたに剣を向けるでしょうから」

「大言壮語は程々にしたまえ……と、一般兵相手にならば言うのだがな。()()()()()()()()。──だから今日、私はここに来た」

 

 ぶっちゃけ僕は別に舌戦に長けているとか腹の探り合いが得意とか、そういうことは一切ない。

 前世で外交官の仕事をしていたとかじゃないんだ。今生でもそれは同じ。腹の探り合いなんてエンヴィーとやったのが最後。

 国境線じゃ、僕から探る腹は無く、相手は僕を純粋な子供だと思っているから探るという概念すら持ち出さない。

 

 僕とこういう話し合いをしよう、としてきた時点で、僕がどういう人間なのかは見抜かれていると思った方が良い。

 このキング・ブラッドレイ大総統に。

 

「竜頭の錬金術師、レムノス・クラクトハイト。私は君に──否、我々は君に協力を申し出に来た」

 

 ──どっちか、だとは思っていた。

 正式に軍に入れ、か。

 こっち側に付け、か。そのどちらかだと。

 

 アタリだ。

 

「どこまで察してよいものですか、閣下」

「はっはっは──知り過ぎれば身を滅ぼすぞ?」

「なら、イシュヴァール──あたりで止めておきましょうか」

 

 金属音。反応できない。

 僕の眼には何も映っていない。何もだ。大総統の姿も──彼の振るう軍刀の煌めきも。

 

 だから、反応の出来ないままに首に添えられていた剣に、添えられてから気が付いたし。

 この部屋全体を覆いつくした赤い錬成反応を伴う錬成陣にも、それが光ってから気が付いた。

 

「……子供を殺すと、外聞が悪くなりますよ、閣下」

「子供とて不穏分子は不穏分子。外聞がどうなろうと知ったことではない。もみ消せばよい」

「成程、閣下の醜聞を聞かないわけですね」

 

 寸止め、ではない。

 薄皮一枚は斬れている。だからこそ錬成陣が発動したんだけど。

 

「それで、返事は?」

「この剣を降ろしていただけるのであれば」

「よろしい」

 

 剣が離される。

 同時、錬成陣も姿を消した。

 

 ……ふぅ。

 こっわ。

 

「それで、実際のところどこまで察したのか聞いても?」

「別に大したことじゃないですよ。最近イシュヴァール人の不満が閾値を越えつつある。東部軍が何度も彼らと衝突していると聞きました。隣国との紛争に忙しい身たる大総統、あるいは軍からすれば、アエルゴと繋がりかねないあの地は"邪魔"でしょう。早急に潰しておきたい、と考えるのは当然では?」

「潰しておきたい、か。同じアメストリス国民である、ということは理解しているな?」

「無論です。けれど同時に、同じアメストリス国民でしかない。さっき言った通り、僕の大事なものはあくまでお父さんとお母さんで、アメストリス国民じゃない。──二人を守るためなら、アメストリス国民であることに不満を持つアメストリス国民なんて消えても構わない」

 

 過激な言葉だ。

 果たしてそれを、幼さゆえの危うさと見るか──使える、と捉えるか。

 

「……ふっふっふ。よろしい。それでは君に、これを預けよう」

 

 そう言って大総統が懐から出してきたのは──あの指輪なんか目じゃない程の大きさの、赤い石。

 

「先ほどのように勝手に使われるとこちらも困る事情があるのでな。この小さな方で我慢してくれたまえ」

「コレで、イシュヴァール人の殲滅を?」

「言葉には気を付けることだ竜頭の錬金術師。あくまで鎮圧だ──これから起こる内乱の、な」

 

 起こってもいないのに。

 イシュヴァール人はまだ、内乱を起こしていないのに、そう言う。

 

「アメストリスを大国にしたいのだろう? 隣国どころか、大陸全土を飲み込むほどに」

「良く知っていますね。それを話した相手は一人だけなのですが」

「はっはっは、壁に耳あり装甲車に目あり、だ」

 

 ……そうか、盗聴系統についての対策はしていなかった。あの軍人が喋った可能性も無きにしも非ずだけど、あの車そのものにそういう類のものが仕掛けられていたとしてもおかしくはない。

 子供の国家錬金術師。それも莫大な力を持ち、且つ「誰もが扱える錬成兵器」を作り出すことのできる者など、どの勢力に狙われてもおかしくはないのだから。

 

「承りました。イシュヴァールでの内乱が開始次第、僕を投入してください。──老若男女、一人残らず鎮圧してみせます」

「うむ。期待しているぞ、竜頭の錬金術師。……と、難しい話はここまでにするとしようじゃないか」

 

 これで、まだ雇われではあるけれど、キンブリーと似た立ち位置についた、ってことでいいのかな。

 まぁ立ち位置なんかどうでもいいか。

 一つ目の目標、内乱が始まってすぐに投入される、を達成できることが確約されたんだから。

 

「竜頭の錬金術師……いや、レムノス・クラクトハイト君。──甘いものは好きかね?」

「好きです。というより、苦手な食べ物はないですね。食べられるものは大体好きですよ、僕」

「そうか。では、今日のデザートはローレルヴェイルで採れた大玉スイカだ。私はこれ以上の長居はできないから食べることはできないが、次会った時は是非感想を聞かせてくれたまえ」

「次会うのはいつになりそうですか?」

「君の働き次第だろうな」

 

 言って、キング・ブラッドレイ大総統は好々爺たる笑みを浮かべながら、そして快活に笑いながら、部屋を出て行った。

 

 ……。

 ……奇襲も無し。ただし、背後に変な流れあり。最近ね、ようやく、微妙にはわかるようになってきたよ。人が蠢く感じ、というのは全く分からないけど、地殻エネルギーを阻害する蓋と同じ気配だ、って考えたらわからないでもないな、って感じの気配。

 

「ふぅ……」

「ハッ! 流石のアンタもアレ相手には疲れるか」

「うん。久しぶりだね、リスさん……いや小鳥さん」

「もう名乗っただろ。エンヴィーって呼べよ、レムノス」

 

 可愛い可愛い小鳥の姿をしたエンヴィーが、そこに……ああヒトガタに戻っちゃった。あと窓割って開けるのやめようよ。直すの僕なんだよ。

 

「それで、どんな用向き? また僕を殺しに来たの?」

「いや? アンタはもう殺害対象じゃなくなったからな。余計なことはしないさ。それより、さっきの……見えてなかっただろ? アイツの剣。反応できてなかった。だってのに錬成陣は発動した。どういう仕組みだ?」

「……結構な切り札の一つなんだけど、まぁいいか。どうせバレるだろうし」

 

 さっきの。つまりキング・ブラッドレイの攻撃で発動した錬成陣のことだ。

 どこから見ていたのかは知らないけど、いや全く、油断も隙もない。僕の流れみたいなののわかる範囲もかなり狭いからなぁ。ちょっと遠くから狙われてたりしても気付けないんだよね。

 

「簡単に言えば感圧式錬成陣だよ」

「簡単に言ってないよーそれ」

「あー、じゃあ、そうだね。コレ、見える?」

「ん?」

 

 これ、と言って指を指すのは、自身の首。

 キング・ブラッドレイに斬られたそこは、けれど血液が出ていない。どころか、薄いゴム膜のようなものが破れ、本来の肌が奥の方に顔を覗かせていた。

 

「……なんだそりゃ。偽物の肌?」

「まぁ、似たようなもの。もう壊れちゃったから脱ぐけど……」

 

 背中側にある留め具を外し、首の周辺に巻いていたそれを剥がす。

 ふぅ、南部でコレはちょっと暑いね。他の通気性のある素材を探すべきかなぁ。とか考えながら、さらに一枚を剥がす。ちなみに本物の肌はその下にあるから、実は薄皮一枚じゃなくて薄皮二枚斬られていたんだよね。

 キング・ブラッドレイはそれを把握していたのか、あるいは斬っている最中に気付いてもう一枚分深くしたのか、そこまでしてから寸止めをしている。流石最強の眼。怖すぎね。

 

「ほら」

「……うわ。これ全部錬成陣か?」

「うん。書きかけの錬成陣。そして、もう一枚の方にも、書きかけの錬成陣」

「……で?」

「で、ほら、この前君が引っかかったトラバサミがあったでしょ? あれ、開いている時は遅延錬成が発動し続けて、最大三日くらいはそのままでいる代物なんだけど、獲物が引っかかって刃が閉じると遅延錬成が切れて、刃に描かれた通常の錬成陣が発動する、っていう仕組みなんだよね」

「あー。……で。ほら、早く答えを言えよ」

 

 つまり、と。

 思念を込めながら、二つの薄皮を重ね合わせる。

 瞬間、青い錬成反応が返って来た。

 

「感圧式……抵抗膜方式って言った方がいいかな。こっちの肌に近い方の膜には粗い目のやすりみたいな粒がたくさんあってさ。二枚の皮はその粒によって薄い薄い隙間が作られている。けれど、なんらかのアクシデントによって僕の首が斬られたり絞められたりした瞬間、二枚に描かれた錬成陣は重なり合い、仕込まれた錬金術が発動する」

 

 要はゾルフ・J・キンブリーの錬成陣と同じだ。

 重ね合わせることによって意味を発揮する錬成陣だから、通常状態では特に害はない。プラスして何か賢者の石的な電源があるわけでもないので、僕が思念を込めている時にしか発動しない。だから暴発の危険性も無し。

 問題点も同じで、結局これは「今敵対者が近くにいる」ってわかっている時の保険でしかない、という点だ。今アエルゴとの国境線にいて、もしかしたらアエルゴのスパイなりなんなりが僕を暗殺しに来るかもしれない。

 その時、多分というか必ず錬成兵器について聞き出してくるだろうから、僕には意識があるだろう。そこで殺される時、サンチェゴが間に合わないのなら──コレで道連れにする。そのつもりでこっちに来てからずっと巻いていたコレを、まさか自国の大総統相手に使うとは。

 

 あ、だから本当の暗殺……狙撃とか奇襲には抵抗できない。

 簡単にパァンとやられて死ぬだろう。そもそも頭蓋への狙撃には対応していないしね。……鎧とか被るのは手? いやいや、流石に。

 

「……相変わらず変なモン作ってんなぁ」

「自衛のためだからね。勿論アメストリスの国防にも多大な貢献をしている自覚があるよ」

「あー、そりゃ聞いてる聞いてる。西部でも南部でも、凄まじい戦果を残しているだのなんだの。ハッ、本当に杞憂だったワケだ。やる時はやるからさ、だっけ? いやぁ、何人殺すんだよってくらい殺してるな、お前」

「非国民に向ける愛情があると思うの?」

「おお、怖い怖い。なぁ知ってるか、レムノス。アンタの功績は目覚しいもので、多くに喜ばれている。けど反面、アンタを"悪魔の子"だの"子供の形をした悪夢"だの、"狂い堕ちた忌み子"だの……それなりの誹謗中傷が飛び交ってるって事実」

「知ってるよ。それでお父さんとお母さんが心を痛めていることまで知ってる」

「知ってんのかよ……。いやぁ、人間って愚かだよなぁ。自分たちを守る存在だってのに、何を怖がってんだか」

 

 この歳で人間兵器だ。

 倫理を問われたら、流石に「それはそう」としか返せない。同時に「それがなに?」でもある。

 僕より幼い国家錬金術師は確かにいないけど、僕より幼いスリや犯罪者はそれなりにいる。ラッシュバレーの周辺とかすごいよ。まだイシュヴァール戦役が起こっていないからね、需要が高まっていない状態のあそこはスラムと然程変わらない。

 それでいてイーストシティ周辺のスラムと違って緑が豊かではないし、気候も厳しいものだから、"食うに困れば人から奪え"が根付いている。子供も大人も、生きる為なら殺すことにだって容赦がない。

 

 それよりマシ、なんて言い訳をするつもりはないけれど、外側に目を向けている暇があったら内側をどうにかしてほしいものだな、なんて面倒な風刺をつらつらと。

 

「アンタさ、また賢者の石貰っただろ」

「ああ、うん。その言い方だと彼は君たちの仲間だって言っているようなものなんだけど」

「おいおい、また俺を欺こうってのか? わかってんだろ?」

「まぁ、そうだね。わかってる。というか、地下の蓋について言及してきたのが答えではあるか」

「ハハッ、確かにな。……で、だ。使うのか? アレ」

「アレって、石? それともサンチェゴ?」

「サンチェゴの方だよ。アレが人殺しの道具に変わる所をまだ見たことが無いからさぁ、使うなら近くで見たいんだよね。鎖なんて生温いもので終わらす気は無いんだろ?」

 

 ……まぁ。

 抵抗が弱い内は鎮圧として鎖による拘束を選択するつもりだった。

 

 けど。

 

「イシュヴァールの武僧って奴らは強いぜ。奴ら、一人でアメストリス軍人十人相当って話だ」

「はじめから全力で叩き潰したいのは山々なんだけどね。あくまで鎮圧だ、って釘を刺されちゃったから」

「そんな余裕が保てりゃいいけどな。なんだ、案外早く見られそうじゃん」

「どの道口火を切るのは君なんだから、僕をその隣に置いてくれたら楽なんだけどね」

「……」

「エンヴィー?」

 

 彼は──ニヤりと笑って。

 

 採用だ、と言ってくれた。



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第十六話 錬金術の考察「焔の錬金術」&子供射殺事件

 まず初めに言っておくことがある、とエンヴィーに先置きする。既に軍将校の姿となっているエンヴィーは、知ってるよ、と返してきた。

 

「アンタの錬金術は広範囲殲滅に向いてない──とかそんな所だろ?」

「ああうん、わかっているならいいや。イシュヴァールは広いからね、流石に全土というのは僕の手にも余る」

「ハハッ、そりゃお前だけにやらせたりはしないさ。つか、そうなったらただお前が発狂してイシュヴァールを潰したってだけになっちまう」

「ただ同時に、良いパフォーマンスはできると思ってるよ」

 

 イシュヴァールに置かれた軍駐屯地。

 そこを顔パスできる立ち位置の将校で、国家錬金術師の僕を引き連れていてもおかしくはない交友関係。その全てを僕がここへたどり着くまでに用意してあったというのだから、やはりエンヴィーの変身能力と軍そのものの支配というか腐敗はどこまでも進んでいるんだなぁ、と感慨深い思いで、そこへ足を踏み入れる。

 砂と岩。荒れ地。

 一瞬でわかる。ユースウェルから続く山岳地帯と東の大砂漠が入り混じったこの地。過酷にして劣悪。ここで育てば、武僧というのがあれだけ強くなるのも理解できる。

 

 当然だけどまだ内乱は起こっていないから、この軍駐屯地の近くにもイシュヴァール人は沢山いる。ああ、アメストリス軍内部にもね。

 だからなんというか、少しばかり慣れない感じはあった。まだほのぼのとしているここ。勿論宗教関係の対立があるから、時折向けられる彼らからのピリピリとした空気は抜けないんだけど、まだここは戦場じゃない。

 今まで僕が行ってきた場所は「すでに戦場になっていた場所」だった。

 それが──。

 

「んじゃ、アンタはここにいな。何もしゃべらなくていい。俺が朗々と高説垂れて、激昂してきた奴がいたら煽って、組みつかれたらいい感じにガキを撃ち抜く。俺は後退しながら"ソンナツモリハナカッタンダー"つって逃げる」

「それで、暴動が起きたら。たまたま一緒に来ていた国家錬金術師の登場か」

「そういうこと。ガキを撃ったのは勿論誤射だし、アンタが来ていた理由も南部の帰りに立ち寄っただけ。偶然だ。全部が全部偶然で──その偶然に不満が抑えきれなくなって、内乱が起きる」

 

 んじゃあな、と言って手を振りイシュヴァールの村落へ向かうエンヴィーを見送る。

 

 そんな簡単に行くものか、とも思うけれど、行かなかったら別にいいのだ。

 イシュヴァール人が内乱を起こさなかったら、また別の方法を試せばいい。ホムンクルス側に何の損失もない。僕も、暴動が起きなければ手を出さずに帰ればいい。

 

 ……まぁ。

 

 乾いた音。

 しゃがんで、地面に円を描く。他の地域と材質が違うけど、今の僕には賢者の石があるから、関係ない。

 等価交換を無視して……ではなく、賢者の石のエネルギーという等価を交換し、僕に出せる最大の速度でサンチェゴが形成されていく。……それにしたって遅いんだけどね。

 

 ざわめき、どよめき。 

 イシュヴァール側からもアメストリス軍側からも怒号が発せられ、さっきまでのエンヴィーとは似ても似つかない情けない声を上げるダレカが「そ、そんなつもりはなかった! あ、アイツが悪いんだ、アイツが脅してくるから! あんな剣幕で来られたら、身の危険を感じて撃ってしまうのは仕方がないことだろう!?」と……いやホント、見習うべき演技力。

 本当に焦っているような声で、本当に自分は悪くないと言いたげな声で、本当に──自分は許される、と思っているような声で。

 

 ──斯うして史実通りと言えばいいか、戦端は開かれる。その将校の様子に沸点をぶっちぎったイシュヴァールの善人たちが、軍将校へ──アメストリス軍へ群がり、こちらが悪いと思っていながらも、黙ってやられるわけには行かないアメストリス軍が抵抗する。

 暴動だ。

 これを内乱と呼ぶにはまだ火が小さすぎるけれど、とりあえずこの暴動は鎮火させなければならない。

 

 だから、出る。

 

 というか、出す。

 

 ズン、と音を立てて──ソレは出現する。

 

「なん……だ? 時計……?」

 

 いつも言っているように、出すのはあくまでパフォーマンス重視。壊される危険性を思えば地中に埋めておいた方が絶対安全なソレは、けれど視覚的には抜群の「それっぽさ」を出せる。

 

 文字盤に赤が走る。いくつもの円、いくつもの線に赤い錬成反応が滲みだし、同時に描かれた記号たちがそれぞれの円に対応するように抽出され、力が通る。

 賢者の石を使っている以上正直僕のやってきた基礎も応用も関係ないんだけど、一応乾湿の錬成陣の形を保って、出すのは鎖だ。

 

「いっ!?」

「ありゃ──まさか、国家錬金術師か!?」

「やべぇ、退け、退け! ──巻き添えくらうぞ!」

 

 酷い話である。

 僕はまだ、一度たりとも味方を巻き込んだことは無い。錬成兵器を貸し与えるにせよ、僕の錬金術でなんとかするにせよ、味方とされる存在を巻き込んでの大規模破壊なんか一回もやったことが無い。

 だけど噂というものは先行するものだ。

 エンヴィーに言われた通り、悪魔の子だの狂い堕ちた忌み子だのと言われている僕は、非国民を殺すためならどんな犠牲も厭わない愛国者──狂信者に思われているらしい。絶対ホムンクルス側の印象操作入ってると思うんだよね。だってペンドルトンの司令官もピットランドの司令官も僕が戦う理由を聞いて涙してくれていたし。

 

 無論、ホムンクルス側が流布しなくたって時間の問題ではあったのかもしれない。その仇名自体はセントラル市民の中から出てきたものらしいし。

 

 ああ、ちなみにだけど、鎖をこうも選択する理由は、()()()()()()()()()()()()だから、である。 

 鎖は拘束するためのもの、という印象が先行しやすい。人間、見るからに殺傷能力高そうなものに対しては本能で察知して緊急回避とかできちゃうものだからね。まぁ拘束されたら死んだも同然なんだけど、それは殺し殺されが当然の戦場における価値観だ。

 今はまだ暴動でしかないから──誰もがまだ油断している。

 

 絨毯爆撃たるや、といった具合に殺到した鎖。勿論味方は巻き込んでいない。普段の僕ならその辺の細かい操作できないんだけど、賢者の石は確かに凄い。再構築時のブースター……思ったものが思った通りに生成されるし、思った場所に思った通りに飛んでいく。

 そうして着弾した鎖は、大量の土埃の中で再整形される。絡みつき、持ち上げるだけでなく──悪趣味にも棺に入れてやるのだ。悪魔の子ネーミングをしてくれたのだから、最大限それっぽい錬金術を使ってみるという僕の寄り添い。

 

 何人かは逃がした。そうじゃないとこの事件がイシュヴァール全土に伝聞されないから。そうならないと内乱が起きないから、断腸の思いで逃がした。

 でも顔は覚えたから、この内乱中に必ず殺す。逃がしたままにすれば復讐が待っている。憎悪の芽は全て滅ぼし尽くす。

 

「お……終わった……のか?」

「うん。暴動を起こしたイシュヴァール人は全員あの棺の中に入っている。──殺してないよ。殺したかったら今殺すけど」

「あ、いや……殺さず、私達に引き渡してくれ……ください」

「国家錬金術師は少佐相当官。あなたは中佐。命令で良いと思うけれど」

「ぅ……あ、ああ。じゃあ引き渡してくれ」

「うん」

 

 じゃらり、と鎖が生き物のように動く。

 ……簡単にやっているように見えるだろう。でも実は、再構築したものを操るって別に錬金術の領域じゃないから、再整形と成形をいい具合に使ってやっているんだ。賢者の石がなかったらこんな面倒くさいことやんない。

 賢者の石を使っても……想像は僕の想像力が頼りなわけで。ううん、操作が難しい。ああ、少し乱暴に落としてしまった。中身、死んでないとありがたいけど。

 

「竜頭の錬金術師殿。暴動の鎮圧お疲れ様です」

「……ああ、うん」

 

 一瞬、なんて変わり身の早さだ、って引いてしまったけど、違う軍人だった。違う軍人だし、コイツエンヴィーだ。こっちこそなんて変わり身の早さだ。文字通りの変身で別人になって帰って来た。

 

 二、三。これからの流れを話す。

 彼も彼で、あんまり長く抜けてはいられないんだろう。またあの軍将校に化け直して、詰問を受けなければならない。手の内の人間のもとに行くか、本物とすり替わるまでは、だけど。

 

「それでは、手筈通りに」

「うん」

 

 サンチェゴはまだ稼働している。

 けど、ここからは少し緊張の走る場面だ。イシュヴァールの武僧の走力は鹿をも超えるとかなんとか。それに突然肉迫されたら避けられはしないだろう。

 さっきのエンヴィーが周囲に警戒をさせてはいるものの、暴動の鎮圧直後は皆気が緩み切っている。

 これで終わりだろうと、甘く、甘く。

 イシュヴァール人がどれほどの鬱憤を抱えているかも知らないで。

 

「軍人さん。これ、撒いておいて。踏むと発動する錬成トラップだから」

「え……」

 

 というやり取りも慣れたもの。

 使い方や暴発の危険性は無いということなどを伝えて、本当に撒くだけで大丈夫、というのも再三伝えて。

 アメストリスは一応兵器と共に育ってきた国だから、新たな兵器への理解は早い方だ。ただ錬金術についてわからない人が多いから、最初だけは恐る恐るで──けれど使い勝手の良さを理解したら、すぐに仲間に広めてくれる。

 新しい使い方、わからないところ、また僕の思いつかなかった使い方。

 一般兵でも使うことのできる錬成兵器は、銃に並ぶ携帯品として、イシュヴァールの駐屯地に属する軍人に配られることとなった。

 

 こんなのが、僕のイシュヴァール滞在生活一日目である。

 

 

 *

 

 

 ところで、アメストリス軍の実験体や捕虜の管理というのは果てしなく杜撰である。

 実験体には逃げられに逃げられまくっているし、捕虜にも犯罪者にも抜け出されまくっている。

 

 それでは困るのだ、僕が。

 殺さず捕獲するのは後で必ず殺してくれる、という信頼あってのもので、逃がされるくらいなら最初から殺す。じゃないとそいつが復讐の鬼になる。

 作中では傷の男(スカー)だけが復讐鬼だったけれど、ホントはもっといたんじゃないかって思ってる。いたはずだ。強い怨みを抱く、併合吸収されたアメストリス人──元敵対民族。

 

「君達みたいな」

「──ッ」

 

 地下道、だった。

 地下の水道なんだろう。イシュヴァールの地からアネーレンという東部の街へ抜けていく水道。この先には作中で師父と呼ばれるイシュヴァール人のいたスラムがある。

 スラムに住んでいた彼らは"芽"だ。そうなるかもしれなかった芽。

 誰もがあの師父という男性のように耐え忍べるわけではない。もし傷の男(スカー)が志半ばで死していたら、次の傷の男(スカー)が出てきていただけだ。彼があまりにも凄惨に国家錬金術師を殺して回るから、それで"芽"の鬱憤が晴らされていただけ。

 

 潰しても摘んでも消えないというのなら、根絶やしにするしかない。

 

「こ、子供……?」

「何度も言っているけれど、僕は表に出てくるべき錬金術師じゃない。裏方で、拠点で、味方が有利になるようにサポートに徹するべきタイプの錬金術師だ。一対一をすること自体がレアケース」

「錬金術師──竜頭の錬金術師か!?」

「それ以外の錬金術師がここにいたら、それは軍法違反者だろうね。僕以外の投入は未だ認められていないんだから」

 

 大人数人。子供もいる。

 イシュヴァラの地に固執する彼らだけど、こういう「先んじて逃げていた」という人たちもいたんだろう。じゃなかったらあんなに多くのイシュヴァール人がスラムに潜んでいるわけがない。

 殲滅戦に至る前までに、何人ものイシュヴァール人がこうやって逃げていたんだと思うと、本当に薄氷を履むような作戦だったんじゃないかなぁって思う。テロリストをこれでもかってくらい国に引き入れていたってことだもの。まぁキング・ブラッドレイに国民を愛する心なんて無かったんだろうけど。

 

「どけ、俺達がやる! その隙に皆を逃がせ!」

「──すまない、頼む」

「謝るな! そのための俺達だろう!」

 

 武僧。

 ……やっぱりいるか。いないことを願ってはいたけど、非戦闘員を逃がすにあたって護衛が一人もいない、なんてあり得ないか。

 

「死ね、錬金術師! 子供だろうと、容赦はし」

 

 一人目は錬金地雷で吹き飛んだ。まぁ待ち伏せしてたんだからトラップを敷く時間は死ぬほどあったよ。ここ以外も同じようにトラップを敷いてある。ホントは銃を構えた軍人を配備したかったんだけど、まだ内乱にさえなっていない状況じゃ動かすものも動かせない。

 だから、この集団も珍しくはあるのだろう。内乱になっていない状況で──だからこそ、これから内乱になると知っている逃亡者たち。即ちイシュヴァールの方向性を決められる立ち位置にいるローグ=ロウの周辺人物たちで、ともすれば家族。

 

「この辺りにある水路七つ。全部に今のトラップを仕込んである。敷き詰めてある、ともいえるね。これらトラップの有効期限は三日。三日も経てばこれらは機能しなくなる」

「それまでは通さない……とでもいうつもりか」

「そうだね。三日間耐え忍べば逃げられる。そのたった三日の中で、君たちの仲間が内乱を起こそうとしたりしなければ、君達は助かる」

「──その前に貴様を殺せば関係はあるまい!」

 

 二人目は、跳ねてきた。一人目の死んだ地点から、僕のいるところにまで。

 人間が跳んでいい距離じゃない。ギネス狙えるレベルだ。マスタング大佐はホムンクルスをビックリ人間と称していたけれど、イシュヴァール人にこそその称号は与えるべきだと思う。

 そして。

 

「う──ぐ、ぁ!?」

「酸素濃度の調整……これやっぱ僕向きじゃないな。見えているものでさえ想像が難しいのに、見えていない物を操る思考リソースは、天才と名高い彼と彼の師匠専用か」

 

 ビックリ人間は国家錬金術師たる彼の言っていい台詞じゃあない。

 

 焔の錬金術。錬成陣を解読したわけじゃないから詳しいことは何にも言えないけど、あの発火布の手袋に描かれた錬成陣自体は乾湿の錬成陣だ。上向き三角形に線を引いた「」と「」を二つずつ重ねたもの。それぞれ土と空気ね。

 中心の菱形は左右頂点二つに乾湿をつけて、四酸化オスミウム*1を表現、シンプルに火を表す上向き三角形を中に入れて、これを二重円で囲む。最後に上下に炎を表すシンボル。

 これらから炎に関する錬金術を引き算する。雑に考えるならこの炎の記号三つを抜けば問題はない。ただ酸素濃度の調整には火の記号も必要なので、真ん中の一番力の弱い火だけを残せばいい*2

 

 と、そんな感じで再現した酸素濃度の調整の錬金術だけど、僕の思考とは完全に違う。なんというか、この錬金術を考え出した人の脳内には、完成……完璧な世界、みたいなものが思い描かれているんだと思う。そこからいろんなものを減算した結果残った火に対し、それをどうこうする付け合わせ、みたいな錬成陣。

 僕の場合は全部加算だから、根本から違って少し面白い。

 

 ──とか、考えている内に。

 

「……ッ」

「三日だよ。たった三日でこのトラップは切れる。──ただまぁ、飛び越えようとしても無駄だから。ここからアネーレンまでの道のり全てにトラップは設置してある。イシュヴァールの地に戻った方が、まだ安全かもね」

 

 言って、去る。

 歩いたところから錬成反応を迸らせて、まるで「僕の歩いたところにもまた設置してますよ」感を出す。ちなみに決してそんなことは無くて、普通に抜け穴だ。だからあとで置き直しに来なくちゃいけない。もし彼らがこの場から動かないのなら、遠隔錬成と賢者の石でどうにかしないといけない。

 出口は塞いだから帰ってね、という意味をちゃんと察してくれると助かるんだけど……果たして。

*1
オスミウムは菱形で表される。これは教本などに記載されるもの

*2





※酸素濃度の調整錬成陣は主人公が雑に減算した結果です。多分四酸化オスミウムも抜いていい


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第十七話 錬金術の基礎「等価交換」

 当然、内乱は起きる。

 三日などと待たずとも、翌日には起きていた。その騒動で目を覚ました。

 銃声と錬成兵器の反応、そしてアメストリス軍の悲鳴。……地雷撒いてもやられるかぁ。

 

「竜頭の錬金術師殿、お目覚めになられましたか」

「ああ、うん。戦況は?」

「戦況と呼ぶほどの事では……。いえ、そうですね。現在カール隊が暴徒と化したイシュヴァール人の鎮圧に当たっております。竜頭の錬金術師殿の錬成トラップによって幾人かの武僧の無力化には成功したのですが……」

「ですが?」

「……お恥ずかしながら、それを好機と見定めた一部兵士が防衛陣を飛び出して突撃、返り討ちに遭い、現在ああしてせめぎ合いが起きている、と」

「助けは必要?」

「いえ! お手を煩わせることはありません、すぐにでも鎮圧は──」

 

 その喋っていた兵士をぐい、と引き寄せて、賢者の石で壁を生成、その後強化に強化を重ねて簡易シェルターを作成する。

 直後……というほどでもないけど、数十秒後、物凄い震動が僕らを襲った。

 

「りゅ、竜頭殿……?」

「静かに」

 

 これは、双眼鏡とか、あるいは素の目の良さか。

 僕がここにいることを見抜かれたらしい。それで、火矢と爆発物の類を投げ込まれた。

 気付いた理由はあんまりない。イシュヴァールの村落の、駐屯地へほど近い場所から何かを燃やしているような煙が上がっていたこと、そしてその周囲にいた一人がこちらを指さして何かを喚いていたこと。

 杞憂ならそれでよかったけど、万一があったら大変だったから、シェルター作って逃げた。余程準備をしていない限り大立ち回りは遠慮したい。

 

「……竜頭の錬金術師殿! ご無事ですか!」

「くそ、あいつら己の拳があればいいとか言っておいて……」

「メグネン大佐! メグネン大佐! どこですか! まさか瓦礫の……」

 

 良かった、乗り込んできたのはイシュヴァール人じゃないみたいだ。

 あるかもしれない、とは思っていた。もしかしたら、爆発物体に巻き付けて特攻してくるような……僕さえ殺せたらなんとかなる、と思っているような、覚悟のキマった奴が来るんじゃないか、と。

 

 適当な「整形」の錬成陣を床に描き、穴を開ける。そしてメグネンというらしい大佐と一階へ落ちるように逃れた。……賢者の石で無理矢理に強化した壁より床の方が穴が開けやすかったとか、そんなことはないよ。うん。

 

「すぐに僕らが無事であることの報告と、あとこの基地の強化の指令を。万一に備えて僕は錬成陣を準備しておくから、お願いね」

「ハッ!」

 

 ……少佐相当官、のはずなんだけど。

 やっぱり味方を巻き込むことなく暴動の鎮圧をした、というのはちゃんとした評価を得られたらしい。しかもイシュヴァール人も一応殺していなかったから、ちゃんと分別のある国家錬金術師と見てくれたのかな。

 

 敬意の目を向けられる、というのは……別に何とも思わないか。

 敵意でも敬意でも、変わりはしない。

 

 さて──早いとこコトを起こしてくれたら嬉しいんだけど。

 エンヴィーあたりは、今度はイシュヴァール人になって扇動をしたりしているのかな?

 

 

 *

 

 

 本格的に内乱が始まった。

 すぐにでも抑えるとはなんだったのか、油を伝うように広がった内乱の火はイシュヴァール全土を燃え上がらせる。「子供が誤射された」は「子供を射殺された」に代わり、それに熾った地区の者にも「捕らえられ殺された」と広がり、起こるのは憎悪の流れ、負の流れだ。

 

 東部はすぐに増員を選択。

 駐屯基地も拡大され、内乱鎮圧のための準備が整っていく。

 けれど、同時。

 

「アスフ地区で爆発……クソ、奴ら、躊躇が無くなって来たな」

「別に爆発物はイシュヴァラ神の教えに背かずとも作れるだろうし。それより、トラップの配置はちゃんとできてる?」

「はい、ご安心ください。クラクトハイト殿に指示された場所、そして此度基地拡大によって広がった軍施設周りにしっかりと」

「……うん。ありがとう」

 

 イシュヴァールの地は結構広い。作中で描写されただけだとちょっと掴み難いけれど、アメストリス全体図を見ればイシュヴァールの地がどれだけの広さを持っているかはわかるはずだ。

 その全土に監視体制を、というのは今の人員では無理。だからこうやってトラップを使うんだけど……これだとジリ貧だな。

 錬成トラップは一回発動したらそれで終わりだ。二回目、となると込める思念エネルギーを倍にしなくちゃいけない……けれど遅延錬成を成立させるためにはあまり多くの思念エネルギーを溜めこめない。そのディレンマから、数を多くして対処する、という手法を取って来たけれど、これほど広大な土地の全部を囲うとなると……。

 しかも期限が三日。三日経ったらというか経つ前に置き直す必要があるし、作り直しは全部僕がやるから、単純に運搬、交換時のロスが大きい。

 

 何か別を考えるべきだ。

 

 でないと、死体の上を通って逃げる、が成立してしまう。

 逃がさない。逃がす気は毛頭ない。

 

 キング・ブラッドレイにはまだ殲滅戦なんてものを起こす気はないだろうし、だから僕以外の戦力が……国家錬金術師が投入されることもない。

 

 ……もっと激しくすればいいのか、逆に。

 そうすれば、両軍立ち上がらざるを得なくなる。たとえば──目の前の地区を消す、とかで。

 

「クラクトハイト殿?」

「そこ。なんて地区だっけ。目の前の」

「リギリフ、と称されていたはずですが……」

「そう。じゃあそこ消そうか」

「……成程。見せしめですか」

 

 久しぶりに外に出る。

 このところずっとトラップを作っては直し、作っては直しの錬成兵器生産工場だったからね。

 

「そういうの、許可できる立場?」

「致し方が無いことがあれば、致し方が無いでしょう」

「じゃあ、そうだね。石でも投げられてこようか。子供は激昂しやすいんだ、罵られるだけでもいいかもしれない」

「護衛をつけます」

「うん、大丈夫、巻き添えにはしないよ」

 

 無論、万が一を考えて賢者の石は常備しておくけれど。

 勝手に盾となってくれる大人がいるのはありがたい。

 

 外に、出る。

 出てすぐに奇異の目を向けられ、それが畏敬か畏怖へと変わっていくのを眺める。

 

 ……元々この駐屯地にいた兵士と、増員の兵士の違いかな。

 

「竜頭の錬金術師……殿」

 

 取ってつけられたような敬称に目くじらを立てる程狭量じゃない。というか呼ばれ方なんかどうでもいい。別に今ここで「悪魔の子殿……」って呼ばれてても気にしてなかった。笑っちゃってた可能性はあるけど。

 気にするのは、こっち。

 

 突き刺さる──イシュヴァール人からの目。隠れるように、身を潜めるように。銃を構える軍人に怯えて出てこないけれど、確実に僕を、僕を、僕を見ている。

 これが殺意か。これが殺気か。……なんて肌でわかるのは、視線あってこそだ。殺気を感じて逃げるとか避けるとかの達人技はまだ僕にはできない。

 

 ただわかるのは──僕がちゃんと知られている、ということと。

 

「お」

 

 コツン、と。

 僕の足元……というか足に、拳大の石が当たった。

 

 すぐに銃を構える護衛の人たち。その視線の先には、家が一つ。

 サンチェゴの作成を始める。僕にしては悠長過ぎるこの動作も、作戦の内というかパフォーマンスの内というか。

 

 コレがなければ戦えない錬金術師だ、と思われてはいけないのだ。

 油断させるのは不意打ちやだまし討ちが有効な場面でだけ。どうせ知れ渡ることならば、むしろ舐められるのは悪手。

 ──だから、そちらの家に指を向け、反対の手で自身の首を掴み──ぐり、と捻る動作をする。

 

 ガチャン、と鳴ったのは地下のサンチェゴ……の、フェイクだけど。

 まるで僕の首から金属音が鳴ったように聞こえただろう。

 

 赤い錬成反応。

 直後、僕の指さす家が()()()()

 

「な──」

 

 ソレだけを残して、砂は風に巻かれていく。

 ソレ。

 だからつまり、次弾を投げようとしていた子供と、それをなんとか抑えようとしていた母親。

 

 決死の形相は二つ。目を見開いて、もう一度石を投げようとする子と、子だけでもなんとか逃がそうと、それを投げ飛ばさんとする母親。

 

 どちらもが──叶うことはなく。

 どちらもが死んだ。

 

 ──鎖だ。鎖に、背後から心臓を刺されて。

 

「な」

「この」

 

 爆発する。

 見物に収めていたすべてが、余計なことはしてくれるなと祈っていたすべてが。

 

 目の前で母子を殺されて、爆発する。

 

 ああ、けれど。

 近づいてきた者は地雷で飛ぶし、メグネン大佐が手を上げた事で銃撃が許可され、武僧ですらない一般人はすぐに射殺されていく。

 遮蔽物に隠れようとするのならその遮蔽物を指さして砂にして、銃の射程距離から逃れようとする者がいたら鎖で突き刺して。

 

 ……因むとこれ別に特別なことじゃない。イシュヴァールの地にある家は大体が石製なので、遠隔錬成で石を砂に戻しているだけだ。鎖は地下のサンチェゴから射出したり成形したりしているだけ。

 正直サンチェゴの効果範囲はそこまで広くない。だけど、目の前のリギリフという地区を消し去る程度なら届く。

 

 ちなみに首を捻ったのは感圧式の錬成陣を起動させるため。指を差すことに意味は無いけれど、それやらないと味方が驚くからね。指差し確認大事。

 

 そうして──そうしてすべてが更地に戻り。

 すべてが、鎖の墓標に繋がれる。一度銃殺された死体も貫き直している。

 

「……この石。頭に当たったら、どうなってたかな」

「ハッ。脳震盪や脳挫傷、頭蓋骨骨折など、死に至る怪我を負っていた可能性が高いかと」

「じゃあ、まあ、殺されかけたんだから──殺すくらいは、()()()()、だよね?」

「……はい。致し方の無いことであったと当官は認識しております」

 

 あくまで正当性を謳う子供であるかのように。

 あくまで己を信じて疑わない幼稚さの塊であるかのように。

 

「抑えているだけじゃ埒が明かないからね。──進もうか」

「っ……はい。護衛いたします」

 

 といってもサンチェゴの範囲から出るつもりは無いけれど。

 サンチェゴを移動させる、というのは現実味のない話だ。これだけ巨大なものが地中を動けば、流石にいろんなところに被害が出る。現地で作るのが一番なんだけど、やっぱり殲滅向きじゃないのは確か。

 

「……ま、そろそろではあると思うけどね」

 

 仕込みは上々、かな?

 さて、ポーズにもう少し地区を消して行こう。

 

 

 *

 

 

 そこは。

 

 そこは──元、水路。水路だった場所だ。

 

「クラクトハイト殿……これは」

「逃げようとしたイシュヴァール人だよ。チャレンジ精神は認めるけどね、無理なものは無理。ちゃんと三日待ったんだろうけど──」

 

 瓦礫の下。

 あの時いた人数よりは少ないものの、結構な数のイシュヴァール人が生き埋め……死に埋め? になっている。

 

 僕は嘘を吐いていない。

 三日経ったら効果は切れる。遅延錬成の。

 だから、三日経ったら必ず作動するのだ、このトラップは。そしてこの規模の地雷が一斉起爆すれば、当然水路なんてものは崩れ落ちる。

 イシュヴァールの地に繋がっていた七つ。その全てを完全に塞いだわけだ。──僕が不穏分子を逃がすわけがないだろうに、三日さえ耐えたら助かるとでも思ったのだろうか。

 

「……ううん」

「クラクトハイト殿、どうされたのですか?」

「いや……どうしたものか、と思ってさ。この錬成トラップだけだと、イシュヴァール人を逃がしてしまいかねない。一人も残らず殺すにはどうするべきか……」

「お言葉ですが、クラクトハイト殿。この世に絶対という言葉はありません。それに、一人や二人のイシュヴァール人に何ができましょうか」

「ライターを盗んで無差別に民家へ放火ができるね。岩を振り上げて夜道を歩く人を撲殺することもできる」

「……!」

「復讐者に軍人と民間人の区別なんかないよ。国内へのテロリストの侵入をみすみすと見逃す、という発言は聞き捨てならない」

 

 極論、なんでもできる。

 一個事件を起こしたら、当然マークされて、そのまま捕まることもあるのだろう。だけど、少なくとも一件は起こせる。

 一人は殺せる。その一人があの二人だったら。

 

「イシュヴァール人は結束力が高い。一族がみんな家族のようなものだ。それを殺されたんだから、アメストリス人を誰でも良いから殺す、という発想に至るのはおかしくはない。報復には報復を。連鎖は断ち切らない限り続くよ」

「……失言、失礼いたしました。気を引き締めます。この地から、未来のテロリストを一匹たりとも出さないために」

「うん」

 

 錬成する。

 瓦礫は元通りに、瓦礫の下のイシュヴァール人は棺に──ッ!

 

「危ないッ!」

「死ね、悪魔の子!」

 

 流石は軍人、僕より圧倒的に反応速度が高い。

 そして流石は武僧、生命力が高ければ、これほどの血を流していてもこんなに速く動けるのか。その手には、鋭く研磨された瓦礫の一つ。ずっとずっとここで狙っていたのか。様子を見に来る僕を、一番油断しているタイミングで殺すために。

 

 避けることはできない。

 僕がどう転がろうが、どう防御しようが、この攻撃は当たる。錬成陣を描いている暇なんか当然に無い。

 

 ──だから、左腕で受ける。

 

「ッ、ぐ……!」

「貴様、このっ!」

 

 確実に骨が折れた。その骨が筋肉を突き出て、いやもうかなりぐちゃぐちゃだ。

 武僧自体は護衛の軍人が蹴り飛ばして銃殺してくれたから助かったものの、これは油断だ。慢心だ。

 何度言ったらわかるんだ、僕は。僕は前線に出てくるタイプじゃない。この確認だってしっかり戦闘訓練を受けた軍人にやってもらえばよかったんだ。

 

 あぁ、くそ。

 学ばない自分、というものほど嫌気が差すものは無い。

 

「死んだ……か。他の者は……いや、それよりも、クラクトハイト殿!」

「僕は良いから、死体……瓦礫に埋まってる奴ら、全員の頭を撃ち抜いて。……地雷と瓦礫で死んでいない人間がいる、なんて思っていなかった。……僕は大丈夫だから」

「──はい。迅速に行います。その後処置を!」

 

 鉛玉を五角形に配置する。

 その上に大量出血をしている左腕を置いて、目を瞑る。

 

 ……生体錬成は使わない。アレは治療じゃないから。

 使うのは勿論錬丹術だ。お母さんと戦った時のものでいい。ただ地下水道は構造物……流れが掴みづらい。

 

 賢者の石の蓋の下。大いなる流れ。

 ……ダメだな。憎悪の血の紋が形成されつつあるせいか、どうにも掴み難い。

 

 仕方がない。隠し札の一枚を切るか。

 無事な方の手で、錬成陣を描いていく。陣自体は簡単なもの。だけど。

 

「アーリッヂ大尉、だっけ」

「ハッ」

「ごめん、この石五つをそこの、外の光が漏れてるところに置いてくれる?」

「……こう、でよろしいですか?」

「うん。それで、ここにあるのと同じ形に」

「ここ……く、クラクトハイト殿! その出血量は!」

「いいからいいから」

 

 意識は朦朧としている。

 前にも述べたけど、子供の血液量は少ない。簡単な大量出血で普通に死ぬ。いや大人だって大量出血したら死ぬけど。あと難しい大量出血とはって話だけど。

 

 そんなどうでもいいことが並べられるくらいには、意識レベルはあるらしい。

 

「ちょっと離れてて……」

 

 大尉を離れさせて、錬金術を使う。そう、錬金術だ。

 置かれた鉛玉から僕の腕のところにまで錬成反応が走り、そこだけが土へと変化する。

 ……来た。

 

 次は錬丹術。

 使うエネルギーの差異をちゃんと理解して──阻害されている流れを正す。

 

 相応の痛みはあった。

 けれど。

 

「……治った?」

「応急処置だよ。骨をくっつけて筋肉をくっつけて、血管をくっつけて皮膚をくっつけただけ。基地に帰ったらちゃんとした軍医に診てもらわなきゃ。まだまだ育ち盛りだからね、変な歪みがあったら困る」

 

 治せた。

 少しは、上達しているらしい。

 

 今やったのは暗渠錬成というものだ。

 自分のいる流れから、あるいは自分のいない流れからパスを通して流れを分断させ、無理矢理こっちに流れを持ってきて錬丹術を使う、という力業。

 これのメリットはどこにいても錬丹術を使えるようになることだけど、自然物から引っ張ってこないといけない*1のが結構キツい制約だ。

 フラスコの中の小人のいる場所とか自然物を引き込み様がないからなぁ。もし彼と戦うことがあれば、なんとかして構造物内の流れを掴めるようになっておかないといけない。

 

「そうですか……いえ、申し訳ありません。護衛についておきながら、お怪我を……」

「大丈夫と言いたいところだけど、血を流し過ぎた。他の水路の確認は君達に任せてもいいかな」

「ハッ! 直ちに行わせます!」

 

 油断した。

 ……死んでいるかどうかを確認しないで、死んでいるだろうと思って雑談する、なんて。

 

 ダメだ。

 物事が上手く行き過ぎると慢心する。もっとシビアに動け。まだ内乱は始まったばかりなんだから──もっともっと、効率よく、効果的に。

 

 にしても。

 ……痛い。錬丹術って別に痛みを消せるわけじゃないからね。傷が治ったって痛みはしばらく残る。

 vsお母さん以来の怪我だ。……痛いな、ちゃんと。

 

「早く終わらせないとなぁ……」

 

 早く。早く終わらせないと、来る。

 

 お父さんが来てしまう。

 あるいは内乱を長期化させるアエルゴとか、あとロックベル夫妻も。まぁ後者はそこまで影響ないけど。

 

 僕が余裕ぶっていられるのもあと少しだけなのだろう。 

 本当に戦争になったら──僕は。

 

*1
単純に僕の「流れの理解」が練度不足なため、構造物内の流れは掴み取れない



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第十八話 錬金術の小技「チャタリング錬成」&量産

※作中の「錬金術史」は誤字ではなく「錬金術の歴史」という意味で使っています。


 セントラルは大総統府──。

 大総統キング・ブラッドレイ。そしてその大総統補佐の、誰に知られることもなかったとある会話。

 

「大総統、これを。……東方司令部より、イシュヴァール周辺地域に軍需工場を建設したい、との要望が」

「そろそろ来る頃だとは思ってはいたが、予想より早かったな。ふっふっふ、やはり経験に欠ける。便利なものを目にした人間が、どれほど欲望に忠実になるか。死の恐怖を避けんとする心は推し量れんか」

 

 それは報告書。

 軍需工場──竜頭の錬金術師、レムノス・クラクトハイトが開発した錬成兵器。それの量産体制を整えるための工場を作りたい、という話だ。

 三日という有効期限こそあれど、これなる錬成兵器は安全且つ確実。環境に悪影響を及ぼすこともなく、また三日経てば必ず発動してくれる、というのは味方が誤って足を踏み入れる可能性を減らす。誰でもが扱えて、錬成陣さえあれば作成に必要な素材も銃や戦車より軽く済む。

 こんなものを前に、これをたくさん使いたいと思わない兵士はいなかったし、また竜頭の錬金術師だけに生産を押し付けていては無理があると──これは勿論可哀想という意見もあるが、大多数は消費に対して生産が追いつかないからという理由である──の声も多数上がっている。

 

「許可は出してもいいのだがな。竜頭の錬金術師はその錬成兵器の錬成陣を公開しているのかね?」

「いえ、錬成兵器とその活用方法についての報告は上がっていますが、錬成陣については何も。ただ、軍の錬金術師が九割まで解読を終わらせています」

「残りの一割は?」

「……それが、未だ()()()()()()()とのことで」

「ほう?」

 

 まだ年端も行かぬ子供。

 錬金術師としての歴など考えるまでもなく浅い。両親二人が錬金術師であり、片方は国家錬金術師である──ということを加味しても、無理がある。

 

 軍の錬金術師とて無能ではない。

 それが全く解読できない錬成陣を使う、というのはどうあっても、どうやっても作りようがない。

 あの錬金術師が、アメストリス建国より培われた錬金術史を全て超える存在であるとでも考えなければ。

 

「ならばそれが最後の砦か。ふっふっふ、では許可は出さん。錬成兵器とやらの中身が全てわかった時、国中に錬成兵器の軍需工場を建設する許可を出そう。東部にも、そして各国境から要求が来ても同じことを返せ」

「はい」

 

 もし。

 もしも、錬成兵器の軍需工場が出来たのなら。

 

 

 *

 

 

 お父さんが戦場に近い場所に駆り出される可能性が高くなる、ってわけね……。

 図らずも僕のせいで違う危険に晒す可能性が出始めたわけだ。

 

 そんなことを、わざわざキング・ブラッドレイ大総統直々の書筒、とやらの形で届けられた内容から知る。

 錬成兵器の軍需工場。確かに必要だ。僕一人じゃ追いつかないこの生産体制では、いつか無理が来る。堰が切れる日は、多分そう遠くはない。

 加えてイシュヴァールの内乱は激しくなる一方だ。僕のやった「見せしめ」が功を奏した結果ではあるけれど、功を奏し過ぎたな、と感じてもいる。

 

 毎日聞こえる爆発音。昼夜問わず聞こえてくるソレは、単なる爆発物ではなく──明らかに兵器によるもの。銃を持っているイシュヴァール人も少なくはなく、こちらも基地を改造し、壁を作って守りを固めている。

 アエルゴだ。

 想像以上に接触が早かった。イシュヴァール人の中にアエルゴと繋がっている者がいたのか、たまたまアエルゴのスパイがイシュヴァールの地に来ていたのか。

 

 とかく、史実よりも早い段階で支援を受け始めたイシュヴァール人は勢いを増し、アメストリス軍の疲弊……犠牲も大きくなって行っている。

 既に銃火器、爆薬などの入手経路を断つようにとは指示を出してあるけれど、如何せんイシュヴァールの東側は荒れ地と砂漠しかない場所。兵士を常駐させるわけにもいかず、手をこまねているのが現状。

 

 それに。

 

「……」

「クラクトハイト殿、こっちもです」

「こちらもです! 数が合いません」

「うん、そろそろだとは思っていたから大丈夫」

 

 鹵獲されている。

 僕が渡している錬成兵器は一度発動したら壊れる。だから、故意に発動させて、それを掘り出して盗む、ということも出来なくはない。他の方法……それこそ錬金術などで凍結させる、でも掘り出せるか。

 いくつかは勿論書筒にあった通り中央軍に盗まれたものだろうけれど、それだけでは説明できない量が消えている。

 

 そろそろアレの出番か。

 

「メグネン大佐、アーリッヂ大尉。イシュヴァールとアエルゴ、アメストリスの国境付近に埋めている錬成地雷をこっちのタイプに変えて欲しい。最初の方はα、こっちはβと呼称を区別して、決して混ぜないように」

「わかりました。……そういうということは、何か危険性が?」

「扱い方や危険性はαと同じだよ。ただ、こっちは()()()()()()ってだけ」

「発動しづらい?」

 

 そう、チャタリング錬成だ。

 発動するかしないかギリギリの思念を込めて行う錬成。一瞬錬成失敗を思わせるような錬成反応の明滅や、迸る錬成エネルギーがあまり出ない、など、錬金術師が見ても素人が見ても不安になる要素を詰め込んだ錬金術の小技。

 数秒間、一度発動しかけた錬金術が沈黙する、なんてこともあるくらい発動しづらいコレだけど、発動しなかったら僕にリバウンドが来るんだ。当然絶対に発動する。

 

 劣化品を掴まされたと思うか、僕に限界が来ていると思うか。

 まさかわざわざ兵器の質を悪くしている、なんて思いはしないだろう……と思いたい。僕は別に戦争の経験があるわけじゃないから、この辺りの想像力に関しては僕視点になってしまうのが痛い。

 

「勿論設置時はαとβを混ぜていいからね。ただ運搬の時とかに一緒にしないでほしい、ってだけ」

「承知いたしました」

「それと、こっちはまだ開発中だから、現地で戦ってる兵士さんの意見を聞きたいんだけど」

 

 渡すのは、一発の弾丸。

 二人とも机に置かれたソレに触れようとして、しかし手をひっこめた。

 ……まぁ、怖いよね。正しい判断だ。これは二人が僕を信頼していないとかじゃない。僕だって初めて見る兵器で、しかも見た目が普通、ってなったらこれでもかってくらい警戒する。

 

「残留連鎖生体錬成弾──あんまり錬金術に関する詳しい話をしても仕方がないと思うから簡潔に言うと、着弾後体内に留まって、遅延の切れたタイミングで周囲に錬成反応をバラ撒く弾丸だ。つまり──」

「殺すのではなく、巣穴に戻った奴らを根絶やしにするための兵器、ですか」

「そうだね」

 

 害虫駆除剤みたいなものだ。

 この弾丸には貫通力が無い。というか射撃時に外れる薬莢がトラバサミの原理で遅延錬成を早め、弾頭を内側から溶かして脆くする。着弾したが最後、体内に残留するこの弾丸は時間にして48時間以内に発動し、連鎖生体錬成を発動させる。

 

 生体錬成は治癒ではなく「粘土を作ってくっつける」ような技術だと前に述べた。

 それが体内で行われる。何の知識も無しに、部位への理解も無しに──着弾地点から半径30cm以内の組織を()()()()()()にする。おもちゃ箱をひっくり返したみたいにめちゃくちゃにする。

 先日イシュヴァール人に刺された腕から着想を得た錬金術だ。刺され折られると痛い。無理矢理くっつけても超痛い。軍医に診てもらったら、「これなら数週間安静にしていれば自然と元通りになりますよ」って言われたからよかったものの、人間の身体は脆く弱いということを再認識した事件だった。

 

 怪我人。どこぞかを撃たれた怪我人が、運ばれている最中か、治療施設にいる最中かに突然錬成反応を迸らせ──着弾箇所に、巨大な肉塊を作る。痛み、苦しみで暴れたが最後、特に癒着をしているわけでもない肉塊は周囲に飛び散り──連鎖錬成反応として、再度同じことを起こす。

 連鎖反応が起きるのは四回まで。言わずもがな、僕の限界という奴だ。

 

「えげつないものを作りますね……」

「ただ申し訳ないけど、こっちの弾丸は数が作れない。だから」

「はい。腕のいい奴に持たせますよ。……そうだ、これ、弾丸を狙撃弾に変更することは可能ですか?」

「あぁ、狙撃弾を渡してくれたら施せるよ。でも狙撃弾って貫通力が高いんじゃないの? これ、体内に残留しなかったら意味無いんだけど」

「勿論正面から撃てばそうなりますが、角度を考えれば問題ないですよ。こう、上から撃ちおろすようにやればいい。あるいは座っている者を狙うか」

「……そう。わかった。銃弾の扱いに関しては門外漢だから、これ以上口は出さない。そっちに任せるよ」

 

 狙撃と聞くとホークアイ中尉が出てくるけど、この時期だと彼女はまだ一般人……のはず。そう、だよね? 多分今10歳とかその辺だよね?

 いやね、流石にどのキャラがいつ何をしていたか、っていうのを完全に覚えているというのは無理な話で、ホムンクルス側ならともかく、軍人側はそもそもが不透明な部分も多い。……まぁ、僕が目を向けるべきは外であって内じゃないから、今はいいんだけど。

 

「あともう一つ」

「まだあるんですか?」

「うん。そろそろ僕一人の生産体制に口を出してくる人が現れる頃合いだからね、僕以外が生産に手を加えられるようなものを作ってみたんだ」

 

 言って取り出すのは、一枚の紙。

 描かれているのはやたらと螺旋の多い錬成陣。

 

「僕の錬成兵器の要、遅延錬成の陣。いつも通り三日間しか保たないコレだけど──新しい使い方、いくらでも思いつくでしょ、兵士さんたちなら」

「……つまり、これをトリガーに作った兵器は」

「そう、火薬も爆薬も燃料も無しに高威力を発揮する兵器になる。錬成陣に触れない限りは三日間絶対に発動しないし、三日以内に発動させたいならこの螺旋部分を断ち切ればいい」

 

 要は開示だ。

 コアを上げるから、生産工場は好きに作っていいよ、と。錬金術の使われている部分がこのペラ紙一枚だけなら、軍需工場に錬金術師が呼び込まれる心配もない。だって錬金術師より一般人労働者の方がコスパ良いから。

 

「新しい燃料だとでも思えばいい。そしてこれは、紙さえあればいくらでも生産できる。金属やら何やらに刻む必要もない。お金はかかるけど印刷してしまうのもテだね」

 

 鋼の錬金術師の舞台……というか参考にされているのは産業革命直後のイギリス。

 活版印刷が登場した頃合い。いやまぁ、だったら国立中央大図書館is何なんだけど。というか錬成陣描くの手間なんだから錬金術師がとっとと印刷機作りなよとかすごく思ったりしなくもないんだけど。

 だけど、なんで印刷技術はちゃんとあって、よくわからない所がめちゃくちゃ進んでいる世界なので、この遅延錬成の陣は量産ができる。

 

「ただし──他の錬金術師にこれを使わせるのはやめた方が良いね」

「それは、何故ですか?」

「他の錬金術師はそもそも遅延錬成の感覚が掴めないだろうから」

 

 そもそも、だ。

 僕の遅延錬成は、僕の錬成速度が人より遅い、という所から来ている技術。軍は求めるだろう。より高い、より良い技術を持つ錬金術師を。

 そして諦めるだろう。「何故これで遅くなるのかわからない」と。

 

 錬成速度というのは成果物を想像し終わるまでの想像力に直結する。

 より良い技術を持つ錬金術師は想像力に長け、遅延錬成の陣でさえも力業で突破して錬成が為せてしまう。そして言うはずだ。「これはもっと効率よくできます」と。しかし遅延はかけられない。より良さを求め続けた錬金術史に、「より悪い結果」を求めた痕跡は無かった。

 自身の想像力を補う、再構築のための文字列。真理を見た錬金術師も凄まじいまでの速さで錬成を行うし、他のどの国家錬金術師を見てもより早く、より多大な、という所を求めている。

 

 概念が無いのだ。

 マイナスへ向かう、という概念が、錬金術史にはまだ存在しない。

 ……強いて言うなら、あの焔の錬金術は減算の概念を持っていたけれど。

 

 僕の素の錬成速度は未だに15秒。どうにもこれ以上成長しないらしい。

 この欠点としか思えないものが転生チートだった、ってことだね、うん。……今役に立っているからいいけど、違うのが良かったかな。

 

「勿論、中央への手柄としてコレを差し出すのもアリだよ。僕は盗用を気にしない。自己責任だ。査定には別のものを出すつもりだし」

 

 言えば、メグネン大佐とアーリッヂ大尉は顔を見合わせて──ニヤりと笑う。

 ……悪い笑みだなぁ。この二人悪人でしょ絶対。

 

「何を言うかと思えば。どの道このイシュヴァールの内乱で貴方は出世するはず。私は決めました、というか決めていましたよ。この先も貴方の下で働く、ってね」

「私も同じです。中央へ預けるなんてとんでもない。それに、少しばかり残念です。私達は貴方にそこまで信用されていなかったとは。既にこのアーリッヂ、貴方に命を捧げたつもりでしたのに……」

「言葉が多いと嘘くさくなるよ。……まぁ、良いけどさ。言っておくけど」

「"僕の大事なものはお父さんとお母さんだけだから"……ですか?」

「……わかってるならいいけど」

 

 言葉を取られて、不承不承認めると、二人はクツクツと笑う。

 なんだこの二人。いつの間にそんなに仲良くなったんだ。

 

「断っておくけどさ」

「"君達が死にかけていても僕は助けないよ"、ですかい?」

「うわ面倒くさい」

 

 メグネン大佐もアーリッヂ大尉も、作中には出てこなかった人物だ。

 いや名前がわからなかっただけでイシュヴァール戦役にはいたのかもしれないけど、少なくとも僕の知らない二人。

 だからその人となりもわからない……ことは、ないか。

 裏側の全部がわからないのは全員そうだけど、流石にこれほど長く共に戦っていたら、結構なことはわかる。普段から気にしていなかったはずなのに、コーヒーの好みの苦さを知っているくらいにはわかっている。

 ……あんまり作りたくないんだけどね、情を持つ相手とか。

 死んだ時、感情が荒ぶるからさ。僕別に感情のないマシーンじゃないんだよ?

 

「まーまー、安心してくださいよ、クラクトハイト殿。この基地で、元々いた兵士に貴方をただの子供だと思ってるような奴はいないし、中央で囁かれているような誹謗中傷を言う奴もいない。──貴方のおかげで死ななかった命がたくさんあるんだ。なんならメグネン大佐より私のような下っ端の方がそれはわかっている。みんな貴方に感謝してるんですよ」

「オイ、何故そこで私を外す。私とて部下の声は聴いている」

「でも私より入ってくる声は少ないでしょう?」

 

 なんかじゃれつき始めた二人。

 おじさん二人がじゃれ合うのをこのまま眺めないといけないんだろうか。そろそろ他の話題に移りたいんだけど。

 

「っと、すみません。ふざけ過ぎました。──話を続けましょう」

「ですね。ええと、次は……あぁ、じゃあその遅延錬成の陣の印刷体制を整えましょうか。クラクトハイト殿、一日にどれほどの量を込めることができるんですか?」

「まだ試したことが無いから限界はわからないけど、体感五百かな」

「十分ですよ、それ。……わかりました、ではそれを念頭に兵器開発や機械鎧の心得のある奴らを集めてみます。ずっと貴方に任せていた開発を手伝えるっていうんだ、志願者は多いはずですよ」

「では私は情報規制の徹底と、クラクトハイト殿の"使わない方が良い"という言葉も添えておくとしましょう。誰の背後にどの糸があったとしてもおかしくはないですからね、その方々が怪我をしないように、と」

 

 ……仕事は、出来るんだろうなぁ。

 メグネン大佐は大佐だけあって権力がそこそこあるし、アーリッヂ大尉は横のつながりに長ける、か。

 良い部下を持てた、と喜ぶべきかな、これは。使える手が多いに越したことは無いんだし。

 

 後は彼らが、僕の弱点にならないよう立ち回るだけ、か。背中を預けて背中を刺される、なんてことがないようにしないと。

 



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第十九話 錬丹術の小技「錬成物探査」&地位

 そのまま、一年が過ぎた。

 ──恐ろしいことに、過ぎてしまった。

 本編で七年かかった内乱は、けれど中央軍が出張ってきてその進行を遅らせた、というのが大きく影響していたはず。僕はそれが起きる前に戦争の形態を変え、確実に効率よく落とし切る──そのつもりでいた。

 けれど、結果はどうだ。

 一年。一年がどれほど長いかなんて語るまでもない。一年あったらイシュヴァールの地の全土くらい回れる。その全てを潰し切ればいいだけの話だったはずだ。なのに。

 

「それで、イシュヴァール内乱鎮圧の調子はどうかね、レムノス・クラクトハイト君?」

「……芳しくない、ですね」

「ほう? 報告ではイシュヴァールの地の五割を管轄に収めた、と聞いているが」

「たかだか五割。それも錬成兵器を用いてイシュヴァールの地の奥地へと奴らを押し込んだだけに過ぎません。こちらの兵の犠牲は軽微に抑えられている自信がありますが、撃破数も抑えられてしまっている」

「その言い方は──何か他の要素によって抑えつけられている、というように聞こえるぞ?」

 

 今日、僕は査定を兼ねてセントラルに戻ってきている。ホントならイーストシティで受ければいいんだけど、キング・ブラッドレイ大総統がお呼びである、とのことで、セントラルに変えた。

 

「はい。そう言っています」

「……それは、どこかね、竜頭の錬金術師」

「アエルゴです」

「下手な言葉は国際問題となるが──それは理解しているか?」

「無論です」

 

 アエルゴ。

 アエルゴだ。邪魔をしているのは。

 最初、ホムンクルス側が内乱を長引かせている、という可能性も考えたけど、別にホムンクルス側にこの内乱を続けさせるメリットがないことに気付いた。彼らは血の紋さえ刻めたら後はどうでもよく、賢者の石の研究をしたいのは中央軍の方。

 ホムンクルス側の研究は終わっているというか、賢者の石の作り方に関するノウハウを教えたのは彼らの方で、その頭が賢者の石の塊みたいなものなんだから、当然。フラスコの中の小人がイシュヴァール人で賢者の石を作りたい、なんて言うわけもなし。

 

 そしてその中央軍がまだ動きを見せていないとなれば、あとはアエルゴしかない。

 作中以上に手を貸している。作中以上に与している。

 

「証拠は?」

「必要ですか?」

「必要だとも。無いのであれば、君の妄言であることを否定できなくなる」

「妄言であることを否定できないと、何か困りますか?」

 

 別に、出そうと思えば証拠なんていくらでもあるけど。

 どの道国境紛争中の国で、暁の王子の時のような和平調印の予定もないのであれば。

 

「……ふっふっふ、それで? 仮にアエルゴがイシュヴァールに与していることが裏付けられたとして、君は何がしたいのかね?」

「当然、アエルゴとイシュヴァールの断絶です。そのために、アエルゴに打撃を与えます」

「イシュヴァールのような民族とアエルゴを同列に語るのかね? アエルゴは君が思っているより巨大だ。兵の千や二千を殺したところで何かが変わる、ということはないぞ」

「理解しています。その上でアエルゴを退けさせる、と言っています」

「口に出す言葉は、君ができることのみにしたまえ。少なくともこの場ではな」

「では言葉を改めます。──アエルゴの砂漠化を進行させます。アエルゴの国土を削り取り、イシュヴァールへ手を伸ばせなくしましょう」

 

 言えば、多少、驚いた……と思われる顔をするキング・ブラッドレイ大総統。

 目を見開いた。多分。

 

「何年必要かね」

「既に準備は終えています。──あとは閣下の許可があれば」

「私が許可しなかったら、どうしていたのかね」

「実行していました。ですが、体裁は整えた方がいいでしょう」

 

 これだってイシュヴァール内乱鎮圧のための作戦の一つだ。

 アエルゴの協力体制が原作より強い、とわかった瞬間から、距離的にアレらを分断し、さらにはアエルゴ側へダメージを与える作戦を練ってきていた。

 今、聞かれたから報告しているだけで、聞かれていなかったら勝手にやっていた。

 だって先に手を出してきたのあっちだし!

 

「はっはっは……子供だからと大目に見てやるほど私は甘くはないぞ、レムノス・クラクトハイト」

「ですが、協力を申し出てきたのはそちらでしょう。──いずれ行う、私の世界征服への」

「言葉を慎みたまえと言えば出るわ出るわの大言壮語。元気な若者は好きだが、これほどとなると危ぶまれるものもあるな」

「では返しましょうか、コレ」

 

 取り出すのは賢者の石だ。

 僕の、アメストリスを超大国にする、という話に乗っかって来たのはそっちなんだ。当然、とことん付き合ってもらう。

 

「いや、いい。代わりと言っては何だが」

「遅延錬成を他者に教えろ、という話であればお断りします。遅延錬成の陣は大量に生産していますから、そちらで勝手に解析してください」

「……だが、大変だろう。それに、現在の戦況は君の肩に荷がかかり過ぎている。君が病に罹ったり床に伏せた時、その錬金術を引き継ぐことができなければ、アメストリスは隣国に押し返されてしまうやもしれん」

「後継者問題ですか。……僕のこの歳で考えることではないように思いますが」

「君の歳でも、何の関係もなく死が訪れる前線に身を置いているのだ。まさかそんなことも自覚していないとは言うまいな」

「……」

 

 確かにそうだった。

 遅延錬成は僕の要であり、これを僕が一身に握っているからこそ錬成兵器工場の類もまだ作られずにいる。いや、僕の渡した紙を兵器に取り付けるための工場は簡易ではあるものの出来上がっているけれど、そうではなく──僕から完全に離れた工場は、まだできていない。

 それができたらお父さんが駆り出されるだろう。だからまだ握り潰しておく必要がある。

 だけど……たとえば、僕の身に何かがあった時。足ならいいけど、手を扱えない、みたいな怪我をした時。目が見えなくなった時。そして死んだとき。

 

 僕が今までやってきた部分をカバーすることになるのは、国家錬金術師だ。

 原作よりもかなり早い段階での投入。何故ならそうしなければ埋められない程の穴を僕が開けてしまったから。

 

 ……後継者。遅延錬成を引き継ぐ者。

 

「では、僕に地位をください。信頼できる者を部下にして、その者に継がせます」

「国家錬金術師は少佐相当官だ。満足はできないかね?」

「できませんね。少佐では満足な部下を選出することは難しい」

「……ふん、本当にその者が君の代わりになると思っているのかね、レムノス・クラクトハイト」

「つまり閣下が死した時、アメストリスは崩壊すると?」

「私と君を同列に語るか」

「お父さんとお母さん以外に価値のある人間なんていませんよ。だから閣下も僕も同列で平等で対等です」

「……」

「……」

 

 もし、この場に他の軍人がいたら。

 ぶん殴られて追い出されるか、投獄、いや死刑もあり得たかもしれない。それくらい失礼なことを言っている。

 

 ──が。

 

「ふ……はっはっは! いいだろう、好きにしたまえ。どの道君はかなりの功績を立てている。錬成兵器の開発だけでも十分なほどだ。あとで言い渡しておく」

「何気に気まずかったんですよね。少佐相当官に対して遜ってくる上官とか、増員で来たはいいものの僕をどう扱っていいかわからない兵士たちとの距離感とか」

「何気に、ではないだろう。心の底から面倒くさがっていたのではないかね?」

「……はい。とても」

「ふっふっふ、素直でよろしい」

 

 本当にこの人は。

 ……自分がレールの上を歩くだけの存在だから、こういう遊びのようなやり取りが楽しくてたまらないんだろうな、というのは伝わってくるけれど。

 一応、彼の気紛れの一つで簡単に首が飛ぶ側の存在としては、気が気でないというか。

 

「それでは失礼します」

「アルドクラウドの方へは行かないのかね? 両親に会うだけ会っても誰も怒らんだろう」

「一刻も早く国の膿を摘出したいと思うのは、そんなにおかしいことですか?」

「……いや。では、更なる活躍を期待しているぞ、竜頭の錬金術師」

「はい。ありがとうございます」

 

 会わないのは別に、会いたくないから、とかじゃない。

 早く鏖滅したいからだ。余計に時間を使わせてきた敵を。それに、これが終われば、少しは時間も設けられるだろうし。

 

 

 *

 

 

 というワケで。

 

「これで対等だね、メグネン大佐」

「……滅相もありません。貴方はこの内乱が終わる頃には、将校クラスへ上がっていますよ、クラクトハイト大佐」

 

 大佐になった。

 二階級特進……ではなく昇進。少佐から大佐になるのに、普通の軍人はどれほどの苦労をかけるのかはわからないけれど、まぁ十分に有り余る功績らしい。

 

「それで、僕のいない間に何かあった?」

「特に特別な事はありませんよ。あぁただ、残留連鎖生体錬成弾を使用した兵士からいくつかの意見書が上がってきています」

「おお、早速使ってくれたんだ。ありがたいな」

「β型も功を奏したようですよ。アエルゴ方面を見張っていた兵士曰く、恐らく研究施設だろう場所やアエルゴへ帰る馬車の中で爆発が起きたのを見た、と」

「いいね。そういう情報は日時や天候、場所も一緒にメモしておいて、って伝えて」

「はい」

 

 帰ってきてすぐに見るのは、メグネン大佐、アーリッヂ大尉の報告書と──イシュヴァール人の死亡者確認リストだ。

 生け捕りにした奴ら含めて、全員バストアップの写真を撮って、可能なら名前も載せてもらっている。

 

 ……今回もいない、か。

 

「ああそうそう、大総統から許可が出たから、例のアレ実行するよ」

「やるん、ですね」

「非道だって?」

「いや、南部に影響が出ないか心配で」

「そこは考えてあるから大丈夫。今日の夜にでも実行してくるから、いくらか兵士が欲しい」

「50は動かせますぜ」

「50人いたらもう師団組んだ方が早いでしょ」

 

 例のアレは、そのまま砂漠化のことだ。

 蒔いた種を芽吹かせるだけだけど、アエルゴとイシュヴァール、アメストリスの境へ赴く必要があるから、結構危ない。錬金術を使うからこればかりは僕が行かなければならず、だからこそ兵士が必要だ。護衛がね。

 

 アーリッヂ大尉が兵士の手配のためにと部屋を出ていくのを見届けて、僕はさっきの弾丸についての意見書を見る。

 えーと。「発射音に違和感がある。武僧は耳が良いから気付かれるかもしれない」、「弾道に妙なブレを感じる」、「外した場合どうなるのかを知りたい。外していないが」、「体内に入れる必要がないのなら、奴らが扱う包帯にこの錬成陣を描いたものを混ぜ込んで使わせるのもありなんじゃないかと思った」。

 

 うん、やっぱり僕以上の外道はいるね。ありがたい。

 

 しかし、発射音、弾道については僕の改善点だな。多分内部を溶かしてしまうのが原因だろう。アレは体内に入った後、残留しやすくなるよう軽くしてるんだけど、もし元の重さのままで体内に残留させられる技術を有する銃撃兵がいるのなら、そっちに合わせた方がいいな。

 外した場合は地面に埋まる。その後遅延錬成が発動するけど、半径30cmにしか効果が及ばないから地雷代わり、というのは多分難しい。

 

 そして、包帯に連鎖生体錬成陣か。

 良い考えだ。透明な塗料を使う必要があるな。武僧が見抜く可能性もある。

 だけどそれらデメリットを無視しても……たとえばアエルゴとの交流物に混ぜるのとかいいんじゃないか?

 そうすれば、アエルゴ側への疑いの目も……あー、いや、アエルゴはそこまで錬金術が発達しているわけではないからバレる……んー、イシュヴァール人も見抜けるのは傷の男(スカー)のお兄さんくらいだろうから騙し切れる……。

 わかんないな、その辺は。

 一応採用して試してみるのはアリだろう。

 

「メグネン大佐、この回答書をお願い。僕はちょっと風に当たってくるよ」

「はい。ですがお気を付けください。奴ら最近銃器まで使うようになっていますので」

「うん、ありがとう」

 

 イシュヴァラの教えとはなんだったのか。

 まぁ作中でもそういう交流はあったみたいだし、普通に自爆特攻に見せかけた、素手で爆弾を置いて、爆発する前に逃げる、とかいう人間離れしたことするやつらもいたし。

 一枚岩じゃないんだ、イシュヴァール人も。

 

 ……一年で五割。

 早いと見るか遅いと見るかは、何を目標としているかで変わるだろう。

 

 僕は──。

 

 

 

 

 夜。

 

 装甲車三台で向かうのはその国境地点。

 音を殺すために速度は落とし気味にしているとはいえ──並走してくる人影が。人間じゃないだろアレやっぱり。

 

「クラクトハイト大佐」

「気付いてるよ。射撃は?」

「この暗闇では難しいですね」

「……アエルゴ方面は?」

「動きはありませんが、既に待ち伏せしている可能性も」

 

 ……今日僕が動く、という情報が洩れているね、コレ。

 となると、誰も信用できないな。保険を起動させておくべきだ。

 

「クラクトハイト大佐、そろそろです」

「うん。ただ、装甲車から降りる時は気を付けてね。鹵獲された錬成地雷が敷かれている可能性がある」

「初めに私が装甲車のタイヤで踏んでいる場所に降りていただければ問題ないかと……」

「β型の可能性もあるし、君が内通者の可能性も捨てきれない」

「……そうですか」

 

 信用されていないのが不満だったのか、運転手は少し拗ねたように言う。今更でしょ、僕の用心深さなんて。こんな小さなことで拗ねてたら身体が保たないよ。

 ……それとも、古株を集めてもらった今回の遠征だけど……僕を知らないってことは、彼は古株ではないから、僕の性質を知らなかった、とか?

 

「どのようにして気を付けるべきでしょうか」

「ああ、じゃあ僕が先に降りるよ。僕は錬成地雷を無効化できる」

「なんと、そんなことが可能なのですか?」

 

 ……この人も少し怪しめ、と。

 

 まぁ中央の糸がくっついた、僕の部下になって後継者に選ばれたいだけの人かもしれないけど。

 

 そんな疑心暗鬼染みた事を考えながら、鉛を五つ、遠くに放る。

 足元にも五つ。踏んで地面に埋め込んで、発動するのは錬丹術だ。

 

 発動は──しない。

 つまり、どっかに流れを詰まらせているものがある。つまるところ、錬成物がある。マズいな、僕たちが作業している間に襲ってくる系だと思っていたけど、ここで立ち往生させるってことは──。

 

 ヒュ、という風を切る音が聞こえた。

 

「伏せろ!」

「う──グ、ぁ!?」

 

 遅かった。

 低く身を伏せた僕に対し、隣にいた背の大きな護衛が苦悶の声を上げたのがわかった。

 

 手袋の錬成陣、乾湿の湿。vsお母さんの時に使った沼地化を発動させる。ただし範囲は狭い。あの時と違って沢山の場所に働きかけることができているわけじゃないからね。

 発動後、転がりながら装甲車の下へ。

 

「何が──ギ」

 

 運転手の断末魔。

 ……これで、今さっき疑った二人がやられたわけだけど。

 ま、尻尾切りの可能性もあるし、別々の雇い主の可能性もある。ただ今確実なのは、地下水路の時とは違う、万全な状態の武僧数人が僕を狙ってきているという事実。他の装甲車の護衛は……あ、後続の車全部壊されてるじゃん。

 

 

 そして──()()()()()

 

 

「嘘だぁ」

 

 思わず声が出た。

 二人がかりではあった、とはいえ。

 

 ……装甲車持ち上げてひっくり返せる人間って、何?



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第二十話 錬丹術の応用「局所洗掘錬成」&二人

 万事休す、とはこのことを言うのだろう。

 目の前に二人。後続の装甲車を壊したのだろう武僧がもう一人か二人。つまり最低三人。

 

 対し、護衛が何人生きているかは──わからない。メグネン大佐とアーリッヂ大尉もだ。全然、普通に殺されている可能性もある。戦場とはそういうものだ。

 

「こんな子供が、か」

「ああ……竜頭の錬金術師、レムノス・クラクトハイト」

 

 装甲車の上げる炎で彼らの顔が見える。

 表情は、憐みか。怒りや憎しみではないのは、僕が「そうあるようにと育てられた子供」にでも見えているんだろうな。

 

「殺す……のか?」

「当然だ。コイツを殺さなければ、また幾人もの仲間が死ぬ。同胞が消える。コイツが諸悪の根源だ」

「だが子供だぞ。……ちゃんとした倫理を教えてやれば」

「子供だからなんだ。コイツは子供も殺している。非戦闘員も多く殺している」

 

 今更雑談とは、随分甘い。

 覚悟くらい出立前に決めておけ。敵を前に悩むから──こうなるんだ。

 

 迸るのは青い錬成反応。賢者の石は鬼札だけど、鬼札過ぎていつまでも頼っているわけにはいかないから。

 

「ッ、コイツ、何かして──」

「死ね!」

 

 蹴り。武僧の蹴りだ、さぞかし威力があるのだろう。

 それを、腕を交差させることで()()()()()

 

「なんだと!?」

 

 そりゃなんだと、だろう。

 体格差も技量も天と地ほどの差がある二つが拮抗したんだ。けど驚いてちゃあいけない。それは隙だ。

 

 防いだ足に、触れる。

 直後。

 

「ウ!?」

 

 バックステップ。そのまま、注意深くこっちを見る。

 ……噓でしょ。なんでそんなに動けるの。今──激痛に苛まれているはずだけど。

 

「大丈夫か、タッファ!?」

「妙な……錬金術を、施された。シチグ。俺に近づくな。件の肉塊の錬金術かもしれん」

 

 嫌になるな……何が武僧だ。厳しい修行程度でそんな強さになられて堪るか。

 今さっき僕が彼の蹴りを防いだのは、軍服の内側に鋼鉄と石を仕込んでいたためだ。仕込んでいたっていうかさっき作ったっていうか。簡易版グリードの全身硬化だね。間に合わなかったら貫通してたかもしれない。

 蹴りの角度的に飛ばされる心配のないものだったし、低い姿勢だったから衝撃を逃がせたのも大きい。

 ただ結構足腰にキた。もう一度受けるのはヤバそう。

 

「っ……」

「タッファ、ならば下がれ、あとは俺が……」

「お前には、任せられん。──お前は懇願されたのなら、子供だからと見逃しかねん」

「……ぅ」

 

 雑談はありがたい。地面に円を描いてサンチェゴの作成を開始。

 そろそろ彼の足に施した錬成が終わる頃なので、次の策を構築する。

 

 ああ、彼に施したのは残留連鎖生体錬成、ではない。アレはちゃんと描かないと無理。

 やったのはただの生体錬成だ。それも指先の当たった範囲内のみを錬成する、僕は「局所錬成」と呼んでいる技術。

 当然だけど、指の当たっている範囲内だけが15秒間作り変わり続けたら、それだけで激しい痛みを引き起こす。僕がバリバリの戦闘者だったら使いやすいこの技術だけど、残念ながらひ弱な子供である。あんまし使いどころはない。

 

「シチグ、タッファ! こっちは終わったぞ!」

「ああ、こちらも……すぐ、終わらせる」

 

 後続の装甲車の方にいたイシュヴァール人がそう声を発した。

 終わった、か。

 

 メグネン大佐とアーリッヂ大尉は死んだのかな。

 まぁ。ちゃんと悲しむ心は残っているようで何よりだ。今はそれどころじゃないから涙も出ないけど。

 

「……仲間の死を聞いても、動揺の一つもしないか。哀れな子供だ。……せめてイシュヴァラの(かいな)に抱かれるがいい」

「遠慮するよ」

 

 青い光が地を走る。

 身構える武僧。──けれど光は、彼らの手前でぐにゃりと曲がり、先ほど僕が撒いた鉛の方へと走り去っていった。

 

「……失敗、か?」

「みたいだな……やっぱり、落ち着いての錬成じゃなきゃ、この程度の精度なのか……」

「油断するな。コイツがどれほどの同胞を殺したか忘れたのか」

 

 シチグという武僧と後続車を潰してきた武僧はお喋りが大好きみたいだけど、タッファという武僧は僕を殺すのに固執している。油断も隙も無い、って程じゃないのが救いだけど、だからといって彼らの手足は銃や戦車に匹敵する。

 ……一人で相手していい存在じゃないって。しかも一対三。

 

「終わりだ」

「あっは──それを言って終わらせられなかったのは君で二人目だ!」

「なに!?」

 

 踏み込んできたタッファのその足元に、巨大な穴が開く。

 けれど、直後シチグが手を伸ばし、タッファを引き上げた。タッファは空中で体勢を整えて着地。

 

 もしかして雑技団の方々?

 

「……光を出さずに錬金術が使えるのか」

「いや、予め穴を掘っておいたんじゃないか?」

「先ほどの曲がったものが失敗ではないとしたら」

 

 そう、失敗じゃない。

 アレはちゃんと意図があってやった錬丹術だ。

 

 そして──同じことを、全方位に向かってやる。

 ここら周辺にある「流れ」。その全てに錬丹術を流す。噴出口は作っていないから、力だけが「流れ」を通り、消えていく。

 

「……撤退だ。撤退しろ!」

「アレ、随分と弱腰じゃないか、イシュヴァールの武僧。全員でかかればこんな幼子、簡単に殺せるんじゃないの?」

「崩れるぞ!!」

 

 僕の挑発なんか聞きやしない。

 タッファの言葉に必死の形相で二つが続くも、もう遅い。

 

 轟音は暗闇を揺るがし、恐ろしい顎をぽっかりと開く。

 ここなるは荒れ地。砂地。砂漠に面した荒野。

 

 ダメだよ、僕に時間をあげたら。

 穴を作る、なんて──錬金術師にとっては御茶の子さいさいなんだから。

 

 罅割れ、崩れ、地下に飲み込まれていく地面。

 砂と化し、ジャンプするほどの強度を持たない地は彼らを飲み込む。一度砂に捕まったら終わりだ。そのまま掴むものも何もなく、落ちて、落ちて、落ちていく。

 地上に残るのは、月に照らされ銀に輝く機械時計と、その上の地を竜頭の分だけ残して、そこへ座る子供が一人。

 

 武僧も──そして死体を乗せた炎上する装甲車も。

 すべてが砂に飲み込まれていった。

 

 

 *

 

 

 一人、歩く。

 夜の荒れ地を。

 

 隣に、一匹の鹿が来た。

 

「センチメンタルな気分、ってヤツか? なぁレムノス」

「まぁね。こういう時、ちゃんと悲しいようで安心したよ。これで悲しくなかったら、人間っぽくないでしょ」

「ハハッ、この俺を前にしてそういうこと言うかよ」

 

 エンヴィーだ。

 結構久しぶりな感じあるなぁ、彼も。

 

「で、お前一人でどこ向かってるワケ? 自殺志願者でもなければ、この先はアエルゴって国だからやめた方が良い、とは言っておくぜ」

「ああ、国境線だから止めに来たのか。大丈夫大丈夫、大総統からの許可は貰っているよ」

「だとしても一人で行く意味ないだろ。部下はどうしたんだよ。つかアンタ、大佐になったんだな」

 

 ホムンクルス内で共有が為される前なのか、僕の軍服の肩部に付いた階級章を物珍しげに見てくるエンヴィー。

 大佐になった。

 ……から、メグネン大佐もアーリッヂ大尉も要らなくなった、ってこと? だとしたら、酷い運命だ。鋼の錬金術師らしい。

 

「部下は死んだよ。さっき確認してきた。心臓を掌底で突かれて死亡とか、よくわかんないよね」

「あー、イシュヴァールの武僧の奴らか。ありゃ俺から見ても化け物集団だよ。ゴミみたいな一般兵が負けるのは摂理だろ」

「僕勝ったけど」

「ハン? 珍しいじゃんか、アンタ、そういう自慢とかするタイプだっけ?」

「いやいや。だから、僕は普通の人間だからね。僕に負ける程度の奴らが化け物なワケが無いって話」

 

 言えば、エンヴィーは鹿の顔のままできょとんとする。

 ……僕なんで鹿の表情わかるんだろう。ああでもリスの表情もわかるから、エンヴィーが顔に出やすいだけか。

 

「アンタが普通の人間? よしてくれよ、アンタの最近の呼ばれ方知ってるか?」

「なに、新しいのが出たの?」

「"悪魔"だよ。子が消えたんだ。悪魔そのものだとサ」

「それは嬉しいね。悪魔の子だと、お母さんが悪魔って言われているみたいで若干引っかかりはあったんだ。お母さんが関係なくなったのならありがたい」

「……まぁアンタがいいならいいけどさ」

 

 辿り着く。

 アエルゴの兵士は……まぁ、流石にいるか。

 

「サービスしてやろうか?」

「いいの?」

「このエンヴィー様がサービスするなんて滅多に無いことだってわかってるよな、お前なら」

「うん。どういう風の吹き回しだろうって思ってる」

「同情」

 

 鹿の首がぎゅん、と伸びて、巨大な暗緑色の腕になって、それがアエルゴの兵士を根こそぎ掴んで──自分に吸収して。

 ちゃんと化け物だよね、エンヴィーも。

 

「ふぅ」

「同情って、何に?」

「……ま、予言してやるよ、レムノス」

 

 僕の質問に答えることはなく。

 彼は、ニヤリと笑ってその言葉を紡ぐ。

 

「お前、両親が死んでも──泣けないよ。絶対にね」

「……」

 

 そうかもね。

 なんて、口には出さないまま。

 

 

 

「ああ、ついたよ。ここ」

「ここ……って、特に何かがあるわけでも……ん?」

「地中に埋めてあるからね。──さて、エンヴィー。あんまりそっちにいない方が良い。僕の後ろにいて」

 

 取り出すのは賢者の石。

 流石にね、使う。自分の命の危険には使わなかったこれだけど、ここまでの大規模錬成は僕の身一つじゃできないから、使う。

 

 地面に手を当てて──想像する。

 錬成地雷と同じ錬成陣で自ら地に潜ったとある装置の場所を。装置といっても特にこれと言った機能はない。あるのは、その地面に潜る機能と、五芒星──錬丹術の噴出口となるための陣が刻まれているという事実だけ。

 

 故。

 ここ──東の大砂漠とアエルゴ皇国の境と、アメストリスの国境の重なるこの地点から、アエルゴの国境をなぞるようにして、無理矢理作られた「流れ」が完成する。

 本来こんなところに流れはできない。けど無理矢理つなげられているのだから仕方がない。隣り合う五芒星は互いを対応させるため、それぞれの頂点にそれぞれの素材が用いられている。だから混ざることもない。

 

 赤い光が走る。

 赤い錬成反応。錬成エネルギーがバチバチと音を立てて広がりはじめ──しかし他へ飛ぶのではなく、規則正しく前へ前へと進んでいく。

 

 ──その周囲に、激しい傷跡を残して。

 

「……何やってんの、コレ」

「局所洗掘錬成。切り札の一つではあるけれど、使いどころの難しい錬成だ」

「お前さぁ、そろそろ学べよ。誰かになんかを説明するとき、錬成陣の名前言っただけで全部を理解させられるって本気で思ってんの?」

「そこそこ詳しいんじゃないの?」

「詳しいさ。そりゃあな。長く生きてる。……けど、アンタのはなんつーか……今まで見てきたモンとは違うんだよ」

 

 まぁコレ錬丹術だからね。

 感覚でなんか違うとわかるだけ大したものだろう。

 

「説明が難しいんだけどね。すごく簡単に言うと、無理矢理曲げた所に大ダメージを与える錬成、って感じ」

「……まぁ、詳しく聞いてもわかんねーからいいけどサ」

 

 錬丹術で使う「流れ」。

 これは非常に強い力を持っている。術師が錬丹術としての思念エネルギーを流さずとも、そもそもが龍脈のエネルギーを持って流動している。

 それを無理矢理捻じ曲げたらどうなるか。

 当然、曲がった部分……そのカーブの外側に、流れがぶち当たってダメージが入る。これはそのダメージを増幅させている感じの錬丹術。

 

 今まで使って来た自然に優しいクリーンでエコな錬成兵器とは真逆。

 死ぬほど自然に悪影響を及ぼす錬丹術。人の身で龍脈に手を加える愚かなる所業。

 

 ちなみにさっきやった大穴も同じ。

 サンチェゴで地下に巨大な空洞を作り出して、地表の全てに局所洗掘錬成でダメージを与えて崩壊させ、崩落させた。人工的なシンクホールって感じだね。深さは確実に人間が死ぬレベルにしたし、その後砂で埋めた。あ、スロウスが掘ってるだろう穴には欠片も掠らない位置だから大丈夫。

 

 全部が終わってから部下と武僧の死亡も確認した。……メグネン大佐とアーリッヂ大尉もね。

 

「これが何になるんだ?」

「今はただ──」

 

 ボフッと砂が噴き出る。

 そして、次々と砂が巻き上がり、そこに浅めな谷が出来上がっていく。

 

「こうやって谷ができるだけだけど」

 

 流れの堰き止められたこの土地は、やがて自然を失っていくことだろう。

 砂漠化だけで済めばいいけどね。

 

 土地として死ぬんじゃないかな、このあたりは。

 何をしても、どうやっても回復しない死んだ土地。……アメストリスが世界征服を果たし、超大国になったら、ここの流れは戻そう。植物には悪いことをしたなぁ。

 

「それじゃあ、帰ろうか。……と思ったけど、そういえばなんでエンヴィーはここに?」

「今かよ。……別に、大した話じゃないぜ? ほら、そろそろ一年だろ? で、軍が研究施設を設置したいらしくてさ」

「あー、賢者の石?」

「……お前さぁ、少しでも長く生きたいなら、その察し癖やめた方が良いぞ」

「いや、中央軍が戦場でやりたがることなんてそれくらいしかないじゃん」

「ハハッ、よくわかってんな」

 

 そうか。

 来るのか、中央軍。……余計な事口出して来たら、暗殺も視野に入れよう。

 

「あと一年で終わらせる。エンヴィー、君達に不都合はある?」

「ないよー。別にいつ終わってくれても構わない。予定じゃ……あと六年くらい続ける感じだったけど、別に続かなくても問題ないくらいの成果が出てるからな。アンタ、良い働きだよ」

「良かった。……ちなみにアエルゴって興味ある?」

「無いけど、なんでだ?」

「うーん。まぁそうだよね」

 

 僕が早く終わらせたら、殲滅戦が起きない可能性がある。

 そうしたら──マスタング大佐もホークアイ中尉もヒューズ中佐も再会せずに、ロアがキメラにもならず、キンブリーが捕まらず、アームストロング少佐がトラウマを持たず、ロックベル夫妻が死なない、とかになるのかな。

 

 ……別にいいか。

 彼らがいようといまいと、どうせエドは扉を開ける。トリシャの死は流行り病でイシュヴァール関係ないし、ホーエンハイムがどっか行くのも同じく関係ない。だから人柱は二人確定で、イズミも既に開けているだろうことはわかる。

 あと一人は……マスタング大佐がまた無理矢理開けさせられるのか、あるいは僕になるのかな。

 

 そうなったら、というかなる前に。 

 最大限の事はするつもりだけど。

 

「ちなみにこの賢者の石ってあとどれくらい使えるの?」

「アンタ節約し過ぎ。まだまだ使えるよ」

「ああそうなんだ」

 

 じゃあもう少し、来年は激しめで行こうか。

 



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第二十一話 新しい部下達「集い惑う意思」&脅迫

転生者といえばSEKKYO。こっちはKYOHAKU。


 メグネン大佐とアーリッヂ大尉含む古株の兵士が死んだことについて、僕に激しい追及をしてくる者はいなかった。相手が武僧で、アエルゴの兵士もいたのだから、彼らは「国家錬金術師を守り通す」という職務を果たし切った──そう捉えたらしい。

 おかしな話だ。国家錬金術師こそが兵士の何十人分となり、この国を守る存在だというのに。

 

「おかしいですか? 至って当然のことであると思いますよ」

「そうそう。アンタがいなきゃ、ここはもっと凄惨な戦場になってたんだ。アンタは今や単なる国家錬金術師以上の価値がある。たとえば……そうだな、"銃の手入れを欠かす兵はすぐ死ぬ"ってな叩き上げの兵士の中じゃ当たり前の話で、アイタ!?」

「その例えはあまりにも失礼過ぎます。お気を悪くしないでください、クラクトハイト大佐。コレは士官学校の出ではないため、学に問題があるのです」

「ンだと!?」

 

 新しい部下。

 僕が選んだ、信頼できる後継者……ではなく、大佐位として持っているべき部下。増員の兵士二人と、元々駐屯地にいた二人。今目の前で騒いでいるのは後者の二人だ。

 

 一人目、キレイア中尉。珍しく女性の軍人。アメストリス軍はアームストロング少将の例があるようにある程度は実力主義だけど、古風な男尊女卑も抜けきってはいない。軍がそうなだけで、在野には物凄く強い、あるいは賢い女性がたくさんいるんだけどね。

 そんな中で中尉にまで上り詰めているのは褒められるべきなのだろう。ホークアイ中尉と同じ戦力か、と言われると微妙なところだけど。

 

 二人目がヴィアン准尉。先ほどのやり取りからわかるように元傭兵で、士官学校上がりではない軍人。当然だけど、士官学校の出じゃない軍人はまず信用度を得るところから始めなければならないし、実力を示す機会でもなければ階級なんか中々上がらない。

 それを准尉まで、となると、相当腕が立つということだ。あるいは──誰ぞかの駒である、か。

 学のない奴に学がある風の演技はできないけれど、学のある奴なら学のない風の演技は容易い。……ま、いいんだけどね。遅延錬成を盗用されたところで、全員が全員その感覚を掴めるというわけじゃないだろうし。

 

「気にしていないよ。呼び方も風評もどうでもいいものだから。ただ、僕を守るために死ぬ、というのはやめてほしいかな。錬金術と感情は直結するからね、感情が乱されたら精度も落ちる。僕に安定した錬成を望むというのなら、生き残ることが条件だ」

「……」

「……あー。成程、アーリッヂの馬鹿が入れ込むワケだ」

 

 言葉に、二人は顔を見合わせて──溜め息を吐いた。

 キレイア中尉。その行為の方が失礼だけど、自覚ないんだね。

 

「クラクトハイト大佐。私たちは貴方に"錬成兵器を作り出すための存在"として在ってほしいわけではありません。さっきこの馬鹿が失礼なことを言いましたが──私もコレも、貴方の下で戦いたいと思って当隊に志願しました。そこは勘違いしないでください」

「ああ成程、俺の言葉が失礼ってそういう意味か。すんませんね、そういう意味で言ったんじゃないんだ。兵士にとっちゃ銃ってのは相棒であり、同時に最も気を遣う恋人みてーなモンでさ。そういう……なんだ、なんて言えばいいんだ? まぁ、俺達にとっちゃアンタは大切だけど、強いから大切なんじゃなくて、心強いから大切なんだよ。……あ?」

「馬鹿の戯言です。お気になさらないでください」

 

 ……悪人二人の次は、善人二人か。

 やめてほしい。本当に。メグネン大佐とアーリッヂ大尉といた時間は一年だけだったけれど、それで十分情は持ったんだ。あんな荒野で、危険も承知でセンチメンタルに浸る程度の情は。

 人と人が長く共にいれば、否が応でも情が湧く。湧かなくなったらようやく化け物だろう。……涙を流すことだけが情の有無じゃないと、自分に言い聞かせてはいるけれど。

 

「なんでもいいよ。死なれると教えたことが無駄になるから、死なないで。それだけ」

「……はい」

「ははは! いいね、その方がシンプルだ。傭兵時代を思い出すなぁ」

 

 これは実際そう。

 二人が死んだおかげでメグネン大佐とアーリッヂ大尉が持っていたコネクションが消えてしまったし、遅延錬成陣の印刷とか僕を護衛する際の注意点とかもまた教え直さなきゃいけない。

 死ぬなら引継ぎをしてから死んでほしい。……なんて言ったら、もう終わりだね。エンヴィーに「そこまで堕ちたかよレムノス!」って笑われちゃうか。

 

「来週には中央軍が来る。──その前にやりたいことを全部済ませたい」

「お供いたします」

「護衛は任せろ。全部蹴散らしてやる」

 

 空いた穴を埋めるんだ。今までの二倍は働かないとね。

 

 

 

 

 その一報が入ったのは、趨勢がこちらに傾いてきたのを体感できるようになった頃合いだった。

 

 確実にアエルゴの手が退いて行っている。土地が死んだことではなく、あそこに浅いとはいえ谷ができたのが原因だろう。馬も駱駝もギリギリ飛び越えられないくらいの幅にしたからね、試してみて落ちた商人もいただろうし、それを見て無理だと判断した兵士らも多くいただろう。

 別にアエルゴの国境全部を谷にしたってわけではない。最短ルートをぶった切っただけだ。だから、イシュヴァールの支援が遠回りしてでも国に価値を齎すと判断されたら手は引かれなかっただろうけれど、結果はコレ。

 イシュヴァール人が銃の類を持たなくなった。これは大きいよ、かなりね。

 

 で、話を戻して。

 

「アメストリス人の医者夫妻……」

「はい。封鎖中のイシュヴァール区境で保護されたそうで」

 

 ロックベル夫妻だ。

 いつ来るんだろう、とは思っていたけれど、一年と少し経ってから。まぁこれは彼らが薄情であるとかではなく、僕がいたからなんだろうけど。

 国家錬金術師は兵器だ。その攻撃が無差別であるというのは、あの「鎖の墓標事件」で多くに周知されている。……なんでもかんでも事件って名付けたがるよねアメストリス人。

 

「二人はどこに?」

「北東区の駐屯地に軟禁中です。向かわれますか?」

「うん。ああただ、二の舞は避けたいからね、今回は一台で行こう。僕と僕の隊員だけでいいよ」

 

 緊張が走る。

 走ったのは増員の兵士二人の方。逆に「来たか!」とテンションを爆上げしたのがヴィアン准尉で、一瞬目を細め、すぐに何かに思い至った様子なのがキレイア中尉。

 

「できるだけ死は遠ざけるけど、身は勝手に守ってね。それができるのが軍人だと思ってるよ」

「……はい」

 

 か細い返事。

 ちなみにメグネン大佐たちが全員死んで、僕だけ戻って来たあの件も、後になってやっぱり色んな噂が蔓延っているらしい。悪魔が生贄として用いたとか、秘密を知った邪魔者を根こそぎ処理したとか。

 事件当時にそういうのが出てこなかったのは、僕の気が立っていることを恐れたためだろう。一応ホラ、僕って「子供に石を投げられた程度」でそこの地区を消し去るような短気キッズだからね。

 

 さて──。

 

 

 

 特に襲撃に遭うこともなく、北東の駐屯地に来た。 

 内通者がいない、ということか、そういう余計なことをしている余裕がイシュヴァール側になくなったということか。

 

「初めまして。アメストリス国軍大佐、レムノス・クラクトハイトです」

「大佐……」

「君が……」

 

 ユーリ・ロックベルがサラ・ロックベルを守るように身を前に出す。

 あのね、もしここで手を出したら流石に色々アレだよ。普通に捕まるよ僕でも。君達何もしてないからこの軟禁措置だってあんまりよくないんだよ。こっちの兵士曰く少し暴れたから、らしいけど。

 

「ユーリ・ロックベル。サラ・ロックベルだね。単刀直入に言わせてもらうけれど、イシュヴァールの地には今後一切近づかないでほしい。あの地は軍が封鎖している。入ることも出ることもできないようにね」

「何故、そんなことを……彼らだってアメストリス国民でしょう!?」

「けれど、アメストリス国民に害為すアメストリス国民だ。つまり犯罪者だよ。君達は相手がたとえ犯罪者であっても治療する、と言いそうだから言うけれど、やっとの思いで負傷させた犯罪者を追い詰めたら治療されてました、じゃ困るんだ。僕たちだって犠牲を払って彼らを殺している。彼らを救うということは、僕らの努力を無駄にすることに等しい」

 

 これは嘘ではなかったりする。

 どちらの方が善である、なんて論議をするつもりはないけれど、敵の負傷や疲弊というのは自軍の成果だ。敵が傷ついているから勝負を仕掛けられる。敵が疲弊しているから好機を見定められる。それを治療するというのは利敵行為に他ならない。

 キンブリーは医者としての本分を果たした、と言っていたけれど、果たすならアメストリス国軍に対して果たして欲しかった。イシュヴァール人にだって医術を心得る者はいる。元々アメストリスじゃなかった民族なんだ。そういう機能を持つ、あるいは技術を持つ人間は存在する。

 彼らの治療はそういう人たちがやる。そしてそういう人たちを初めに殺すのも、僕らの作戦で成果だ。

 

 要約すると──。

 

「邪魔をしないでほしいな。これは軍事行動で、国が決めたこと。それに歯向かうというのなら、今ここで君達を殺す。未遂でも、"これから先テロリストに加担する可能性があり、それを制御できない"となれば、殺すしかない」

「……っ」

「あるいは内乱が終わるまでここで監禁するか、だけどね。働かない人間二人分の世話をしなくちゃいけない、というのをここの兵士が納得すれば、それも適うと思うよ」

 

 ぶっちゃけ医師の本分というのならここの兵士を治してほしい。

 ここは僕がいない基地だから手薄だと思われているのか、武僧達の攻撃の激しい基地でもある。負傷者は多いし、逃走兵までいる始末。物資はいつだって足りていない。そこに追加二人分はキツいものがあるだろう。

 

「あと、そうだね。子供の立場から君達を説得するのもアリかもしれない」

「……どういう」

「子供がいるよね、サラ・ロックベル」

「ッ、あの子は関係ないでしょう!」

「なぜ知って……まさか軍をリゼンブールに」

「出してない出してない。そんな余裕無いんだって。だけど、関係なくはないよ。サラ・ロックベル。君の子供は、その生涯を"テロリストに与した夫妻の子"として生きていくことになる。その誹りを子に背負わせて、自らは死地で本懐を全う、なんて──酷い逃げだよね」

 

 お母さんに悪魔を背負わせた僕がどの口で言ってるんだか。

 最近外れたみたいだから良かったけど、それなりの誹謗中傷が二人にまで向かっていたらしい。そりゃまぁ、僕の年齢だからね。「親の教育のせい」、「子を狂った愛国者に洗脳した錬金術師夫妻」とか、酷いものだと「悪魔を錬成した二人」とか。人体錬成じゃなくて悪魔錬成なら成功するのかな、この世界。

 

 好きにやると言ったから。

 僕は、やっている。

 

 けど今、ウィンリィ・ロックベルは幼子も良い所だ。善悪の判断は疎か、自らのやりたいことさえ理解できない年頃。そこにその重荷を背負わせるのは親としてどうなの? 

 っていう……まぁ、子供を言い訳にさせる最低な系統の説得。ぶっちゃけリゼンブールなんか田舎も田舎、ロックベルの名が知られなければ大した噂にもならないだろうし、作中の通りウィンリィがロックベル姓を名乗ったところで誰に何とも思われないんだろうけど、そういう所は隠しての説得だ。

 

 脅迫、ともいう。

 

「三日だ。僕はついでにこの基地の強化と見回りをするから、三日間は君達を拘束する。イシュヴァールの地にはもう近づかないと誓うのならそのまま帰すし、それでも行きたいと宣うのならこの場で殺す。ああ、牢から出るのは構わないし、三日に至るまでに答えを出すのも問題ないよ。基地からは出ないでね」

「三日……」

「そう、三日。働きもしない、兵士を治しもしない一般人を保護する三日間。兵士のためにあった食料を使わないといけないし、君達は何の力もないアメストリス国民だから、僕らはそれを守る職務も発生する」

 

 それだけ言って、見張り番の兵士に後を任せる。

 

 ……うん。僕に説得は向かない。いやだって、イシュヴァールの内乱自体がホムンクルス側の策略で、ホントのホントにイシュヴァール人に罪はないからね。

 僕は彼らの内の一人が未来でテロリストになることを知っているからこうも強い語気を扱えるけど、事の発端が軍将校にあって、しかも子供を誤射したことがきっかけと知っている兵士なら……どの口が、って思うんだろうなぁ。

 言ってる僕でさえ思ってたし。

 

「お疲れ様でした、クラクトハイト大佐」

「どう思った? キレイア中尉」

「どう、とは?」

「あの夫妻に対してでも良いし、僕に対してでもいいよ」

 

 珍しい。誰が言う前に僕が思う。

 そんなことを聞くこと自体が珍しい。アレかな、久しぶりに母親というものを見て、お母さんに会いたくなったのかな。いいね、人間っぽい。

 

「……あの夫妻に対しては、大佐の言った通りです。私たちが血を捧げて行っているこの戦いを無為にする行為など……到底許すことはできません」

「でも人の命を救う行為だよ」

「へぇ! 驚いた、大佐。アンタ、イシュヴァール人をヒトだって思ってたのか?」

「勿論。だけど敵だよ」

「……まぁ、そうだな」

 

 ヒトだとは思っている。

 喜怒哀楽もある。だから隙も突きやすい。動きも掴みやすい。

 感情のない機械だったら……それはそれで対応するけど。

 

 しかし、この様子だと、ヴィアン准尉は僕の説得に反対派かな。この人情に脆そうだし、当然と言えば当然か。

 

「人命救助も時と場合を考えなければ悪であると私は考えています」

「そう。そこまで僕に寄せてこなくてもいいけどね。拳、握り過ぎると出血するよ」

「っ!」

 

 キレイア中尉も内心では色々な考えがある、と。

 

 ……善人か。悪人二人の方がやりやすかったなぁ。こっちの方が読み易いけど。

 

「さて、僕は基地の強化に行くけど」

「勿論ついていくぜ。俺はアンタを守るために隊に入ったんだ」

「私もです。置いていかれるつもりはありません」

 

 即答。そこは変わらない。

 逆に増員の兵士二人は……アレ、物凄い勢いで頷いている。「じ、自分たちは遠慮します……」とかになると思ったんだけど。

 ……派閥とか、色々あるのかな?

 それとも疑い過ぎかな、僕。まぁ杞憂で済むならそれでいいからね。疑うだけ疑って、何も無いならそれでよし。

 

「僕、別に怒らないし、処罰したりしないからさ。意見を合わせるとか要らないからね」

「おう。ガンガン反発させてもらうぜ、大佐」

「……私は別に、合わせて……いませんが」

「ははは! んじゃキレイア、お前はもっと感情を表に出さない努力をしろって。手だけじゃない、唇も噛み締めてまぁ、わかりやすいこっゴフ!?」

「殴りますよ」

「……てめぇ、喉を殴るのは、普通に犯罪、だろ……」

 

 なんか。

 幸せそうなカップルだから、すぐ死にそうだな、って思った。



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第二十二話 錬金術の禁忌「過畳生体錬成」&落としどころ

 その日は雨だった。

 イシュヴァールの地で雨に降られる、なんてのはかなり珍しい話で、同時にとても警戒しなければならない天候。当然ながら武僧に雨なんて関係ない。彼らの視力は多分5.0とかあるし、足音を消して走ることもできる。慣れていない天候のはずなのに、その対応に長けている。

 反してアメストリス国軍は雨天演習も受けているはずなので、てんやわんやになることはない……ものの、そこまでのパフォーマンスが出せるかと言ったら話は別だ。

 賢者の石で空中に衝撃波を作り出して雲を散らす、とかも考えたけど、多分先に賢者の石の限界が来る。それくらい天候というのは強いエネルギーを持っている。

 

 よって、僕らは最大警戒態勢で、けれど待つことしかできなかった。

 

 そしてそれは、容易に予想されていたことで。

 

 破砕音が響く。

 爆発音ではなく破砕音だ。バリケードの破砕音。

 

「来たか」

「みたいだね」

 

 ヴィアン准尉が銃を担ぐ。その銃の先端には短剣がついている。いわゆる銃剣、バヨネットって奴だね。

 

「来たって、何が……」

「ここに来るのなんてイシュヴァール人しかいないよ。イシュヴァール人の武僧が僕たちを殺しに来たんだ」

 

 ここは牢……ではなく、ロックベル夫妻に用意された空き部屋。

 

 さて、まぁ彼らはアメストリス国民で、犯罪者ではないので、守らなきゃいけない。だから一応の最高戦力たる僕とその護衛を務めるヴィアン准尉がここにいるのだ。

 

「僕がここにいるの、把握されてると思う?」

「把握されてようがされてなかろうが連中はここに来るだろ。来なかったら撃退できた、来たらできてねぇ。そんだけじゃねえか?」

「錬成に時間のかかる錬金術師としては、敵が来る時間がわかっているとありがたいんだけどね」

「安心しなよ、大将。アンタが欲する時間、どんだけあっても俺が稼いでやる」

「別に僕撃破数とか気にしてないから殺していいよ」

「……あぁよ!」

 

 僕は陣地作成に長けた錬金術師である、という自覚がある。

 まぁサンチェゴを見たらわかるようにだけど、それ以外にも錬成速度が遅いという事実が近接戦闘の出来なさ加減を物語っている。

 できるだけ罠を敷き、できるだけ防御を固め、できるだけ逃走経路を多く作る。

 それが僕のスタイルだ。

 

 だから、たとえば──。

 

「お?」

「ああ、把握されているみたいだね」

 

 左側、イシュヴァールの地に近い方の壁が、激しい震動に襲われる。

 四枚。

 鋼鉄に錬成し直した強化壁四枚を、空間を少しずつ開けて配置したものでこの部屋は覆われている。ま、普通の石壁で壁を作るわけがない、という話。

 ここへ入るには一つしかないドアか、あるいは二枚ある窓のいずれかからしか無理だ。床と天井も強化済みだから。

 

 そのまま、幾度か部屋が揺れる。基地全体に攻撃している、というよりは、ありったけの爆薬をこの部屋に突っ込んでいるのだろう。

 そしてそれで破れないとわかれば──。

 

「来たな! 下がってな大将!」

 

 幾人かの悲鳴、怒号。

 音をほとんど遮断してしまうこの部屋だから誰の悲鳴かは判別し難いけれど、誰であっても対面した時点で死んでいるだろう。そこにはもちろん、僕らと別行動に班分けされたキレイア中尉も含まれている。

 本当は助けに行きたかったりするのかな、なんてヴィアン准尉を見るも、彼は口角を最大限にまで吊り上げて笑うばかり。

 威嚇、だったりして。

 

 轟音。

 それは扉を破る音ではなく、踏み込みの音だったのだろう。同時、突き出された掌底は()()()()()()()

 

「シャット」

 

 千切れる。

 吹き飛ばすつもりだった扉に絡めとられた腕が、ギロチンが如く落ちてきた二枚目の刃付きドアに千切られる。

 後ろで夫妻の悲鳴。いいよ、好きなだけショックを受けて欲しい。そのために僕はここにいる。

 

 そして今度こそ扉が飛ばされる。弾き飛ばされた扉は、しかし括り付けられた鎖によって引き寄せられ、前方の壁にぶつかって沈黙した。飛ばされることがわかっているんだ、危ないから固定具を増やしておくのは当然という話で。

 

 数は。

 

「……多いな」

「愛されてんなぁ大将」

「四……いや五人? 後ろにもう一人いるね。まぁこの前の三人が僕一人に敵わなかったんだ、増員するのも頷ける」

 

 怪我人ではない。

 五体満足で殺気に満ち溢れたイシュヴァールの武僧四人と、さっき僕が腕を飛ばした一人、そしてその後方で誰かと戦っている一人。計六人。だけど腕を飛ばしたやつはしばらく動けないだろう。動けないだろうことを祈る。しばらく、なのもおかしな話だけど。

 

「竜頭の錬金術師、レムノス・クラクトハイトだな」

「おお? 俺は無視か」

「邪魔だ」

 

 いつの間にか踏み込んでいた武僧がヴィアン准尉を殴り飛ばす。裏拳で側頭部に一撃。

 鋼鉄の壁に衝突して、彼はそのまま動かなくなった。生死はわからないけれど、かなりの出血だ。

 

 また、背後で悲鳴が上がる。

 

「……ソレも仲間か、錬金術師」

「守るべき国民かな? 仲間じゃないよ」

「そうか。ならば」

 

 反応はできない。

 ただ、僕を直接殴るより、そちらの方が楽だと思ったのか──武僧の一人が夫妻の目の前にまで跳び。

 

「死ね、アメストリス人──」

「だから守るべき国民なんだってば」

 

 直後鋼鉄の壁から突き出たスパイクに全身を貫かれ、死亡した。

 夫妻の目の前で──死体がだらりと落ちる。

 

「見ての通り、ここは僕の牙城でさ、攻略は至難だ。だから大人しく帰ってほしい。そうすれば見逃してあげるよ、イシュヴァール人」

「戯言を。貴様は我らの鏖滅を謳っている。背を向けようものなら、一息にでも殺されるだろう」

「じゃあ向かってくる? 君達が来ることはわかっていたからね、ここは僕の罠だらけ。さっきの武僧みたいに簡単に人が死ぬものを多く取り揃えている」

「フ、らしくないぞ竜頭の錬金術師。その言葉はまるで、近づいてほしくないと言っているようにしか聞こえん──」

 

 僕の動体視力では武僧の踏み込みを見てから反応する、ということはできない。

 ので、見ないで反応する。

 

 受け止める。

 腕をクロスさせて、その拳を。あのタッファという武僧は死んでいるから、情報共有はされていないことを見越してのものだったけど、ちゃんと功を奏してくれた。前も使った簡易版グリードの全身硬化。床、軍靴、軍服を全て鋼鉄で裏塗することで、足腰への負担も回避。

 受け止めた後に遅延錬成がそれらを解除し、次の錬成を発動させる。

 

 拳を突き出した姿勢で止まっている武僧の腹に撃ち込むは、僕の拳。

 

「──ふざけているのか? そんな拳で」

「君達が単純火力のアタッカーなら、僕は差し詰めデバッファーなんだよね」

「、グ!?」

 

 局所錬成。

 拳の当たった範囲内を適当に作り替えるその錬成は、15秒間の毒ダメージみたいなものだ。腹筋だからかなり痛いはずだし、鍛えに鍛えた筋肉が使い物にならなくなるのもデバフ。

 

「何してるギリン、退け!」

「足が動かん! それ以上踏み込むなお前達! この床、何か施されているぞ!」

「ちょっと、なんでそんな喋れる──ッ!?」

 

 腹筋をかき回されてて、そこまで情報共有ができるのがありえない。

 ありえないし、まさか──まさか、まだ動けるとは思っていなかった。

 

 膝蹴り。

 いや、蹴りの形にさえなっていないのだろう。彼の身体は今どんどん硬直していっているのだから。

 それでも十分だった。子供をぶち飛ばすには、十二分に威力が出せた。

 

「……退け、退け! そして同胞に伝えろ! 竜頭の錬金術師の撃破は諦めろと! コイツのいない場所を全て──」

「ぁぁあらァ!」

 

 飛ぶのは、首。

 痛みも麻痺もあるはずなのに、ずっと喋り続けていた武僧の首が飛ぶ。

 

 飛ばしたのは……ヴィアン准尉だ。

 側頭部から少なくない量の血を流して、けれど銃剣を振り切った。人間の首の骨を断ち切る膂力。キング・ブラッドレイもそうではあるけれど、この世界の剣術士も中々よくわかんない筋力してるよね。

 

「っ、大丈夫か大将!」

「問題、ない。……それより、准尉……──廊下に人は、いる?」

「今逃げてく奴ら以外はいねぇよ!」

 

 十分だ。

 その報告で十分。賢者の石を使う。

 

 廊下。その両方の壁が突き出て、押し出て、撤退を選択した武僧は潰し殺された。

 

 

 *

 

 

 治療を受けている。

 ……ロックベル夫妻による治療だ。軍医は武僧に殺されたから。

 

「……」

「……」

 

 夫妻も僕も、何もしゃべらない。

 いや。

 

「すまねぇ、大将……俺は」

「全くです。貴方の腕を信じて任せたというのに、大佐に怪我を負わせるなんて……わかっていますか? 大佐は確かに心強い存在ですが、まだ子供で……」

「わかってる。わかってるよ。……子供を守りたくて傭兵になったっつーのに、まだこのザマだ。ホント俺は……成長しねぇなぁ」

 

 先に手当が終わったヴィアン准尉と、なんと一人で後方にいた武僧を撃破したキレイア中尉のいちゃいちゃを見せつけられている、と言った方が正しいか。

 勿論僕の心持ちがそれである、というだけで、夫妻はもっと複雑な心境なんだろうけど。

 

「あ、えと、それで、その……大佐の容態は」

「……不思議なくらい、軽傷だ。生体錬成……そういうものがあるとは聞いていたけれど、ここまでの傷に対応できるものなのか」

「ただ、骨にはしっかり罅が入っています。少なくとも一か月は安静にするべきね」

 

 生体錬成ではなく錬丹術だけど、なんて反論はしない。

 あの膝蹴りが弱体化したもので良かった。本来の蹴りなら、僕は背中側から内臓を撒き散らして死んでいたことだろうから。

 

 ……慢心、になるのかな。

 人体構造を考えれば絶対あんな風に動けないはず、という僕の先入観がこの事態を引き起こした。ヴィアン准尉が全く反応できない可能性は想定の範囲内だったけど、アレは……。

 

 僕が今回やったのは、筋線維に対して再生と破壊を連続して行う生体錬成だ。ある蛋白質に対して働きかけて、全身の筋力低下を急激に引き起こす。

 生体錬成……治療する方は全く分からないけれど、壊す方ならかなりわかってきた。ちゃんと勉強もしているからね。

 

 だからこそ、絶対にもう動けないと思っていたのに、このザマだ。

 慢心……慢心か。

 前に僕は、彼らをヒトであるとは思っている、と言ったけれど。

 思わない方が良い気がしてきた。アレ人間じゃないよ絶対。

 

「治療してもらっておいてなんだけどね。……帰りなよ、二人とも」

「!」

「……」

「さっき君達を殺そうとした武僧。アレ、なんで君達を狙ったのかわかる?」

 

 夫妻が僕の仲間じゃない、国民だと……一般人だと知ってからの行動。

 非戦闘員であることなんか見た目でわかる。態度でわかる。わからない武僧じゃない。だというのに、錯乱もしていないのに、彼らは理性的に二人を狙った。

 

「殺しやすそうだったからだよ。──彼らにはもう、アメストリス人はアメストリス人にしか見えていない。イシュヴァール人とは違う敵対者。侵略者。君達はここへ来た時、"彼らだって同じアメストリス人だ"と言っていた。けど、違うんだよ。彼らは自ら、アメストリス人であることをやめた。元々受け入れてなんかいなかった。彼らはイシュヴァール人で、アメストリス人ですらない」

 

 まぁ。

 一連の流れというか、夫婦の近くに僕がいたのはこれを見せつけるためではあった。

 

 ここでもし、イシュヴァール人が「そうか。ならその二人を逃がせ。戦場に一般人を入れるな」とかって紳士的なこと言い出したらどうしようかと思ってたけど、ちゃんとイシュヴァール人は復讐者になっていた。

 もう、彼らはテロリストだ。未来でそうなる、ではなく、既に。

 今の彼らをアメストリス国内に引き入れたら、すぐにでも手当たり次第の町村で虐殺をして回るだろう。

 

 ……あるいは僕を殺したら溜飲が下がって、二人は見逃して貰えたかもしれないけど。

 

「ああでも、一応第三の選択肢は上げるべきか」

 

 二者択一な人生程愚かしいものはない。

 常に抜け道があるべきだと僕は思っている。

 

「ここで軍医をやる、というのはどうだろう。丁度軍医が殺されてしまっていてね、困っていたんだ」

「大佐、それは」

「勿論単なる特別措置だから、軍人になるわけじゃない。軍医になる、は言い過ぎたね。まぁ通りすがりの町医者として、ここで毎日運ばれてくる怪我人を治す行いをしないか、って話。このままだと、中央から増員の軍医が来るまでの間、彼らは負傷をそのままにあのテロリスト集団と戦わなければいけなくなる。残念ながら僕は元の基地に戻らないといけないし」

 

 どうだろう?

 と。夫妻を見れば。

 

「……心情的には、まだ、彼らも救いたい。だが……ここの人の事を捨ておくわけにはいかない」

「そうね。……そう、ね」

 

 納得は行っていないようだったけれど、二人は頷いた。

 

 よーし、じゃあ追加の軍医、ここには出さないよう命令しておこう。補充が来たらまたイシュヴァールに行っちゃいそうだし。

 ヴィアン准尉の側頭部と僕の内臓何個かを引き換えに説得成功、ということで。

 

「ありがとう。……そうそう、言い忘れていたけれど、ここの基地が破られたら、イシュヴァール人の逃亡者が全員アメストリス国内に雪崩れ込んでくるんだ。ここを皮切りにね。──さて、ここから一番近いのって」

「わかっている! ……その脅しを使ってくることはわかっていたさ。……わかっているから、言わなくていい」

 

 リゼンブールに戦火を伸ばしたくなかったら、という脅迫は、無駄に終わった。

 

 軍医が来ない限り、夫妻はここで治療を続ける。

 夫妻がそれを放棄すれば、この基地は破られ、リゼンブールが被害に遭う。簡単な話だね。

 

「それじゃ、キレイア中尉。手配と伝達、お願いね」

「はい。では、大佐も……ヴィアンも、安静にしてください」

「ああ。立てるようになったらすぐ行くから──」

「安静にしてろ、と言ったの」

「……はい」

 

 ……キレイア中尉。

 いやー、どうなんだろうね?

 武僧を一人で、タイマンで倒し切った。……ほんとにぃ? って思っちゃうな。なまじ、その強さを身に染みてわかっているだけに。

 

 それとも彼女もイズミのように武を極めた一人とかだったりするんだろうか。

 ……今度、それとなく聞いてみるべきかな、これは。

 






※サブタイトルの「過畳生体錬成」ですが、「畳語」から取った造語です。「過畳」という日本語はありません。


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第二十三話 錬金術の基礎「分解」&二人

 イシュヴァール人の疲弊が火を見るよりも明らかになってきた。

 やっぱり遅延連鎖生体錬成弾が非常に高い効果を発揮しているらしい。銃で撃たれたイシュヴァール人の治療──それを封じる遅延連鎖生体錬成弾。急所を外して撃たれた弾丸は、けれど俊敏さを奪い、そして「肉塊の錬金術」なんて呼ばれ方をしている遅延連鎖生体錬成弾の発動を恐れ、仲間に近づけない。

 逆に気付かずに巣穴に戻ってしまった負傷者は──まぁ、そこを根こそぎ阿鼻叫喚に包み込む。

 

 もうそろ、大詰めだ。

 中央軍から「もう少し慎重に動け」みたいな指令が一瞬来てたけど、一切従わなかったらその内来なくなった。

 

 そんな折、である。

 

「お初にお目にかかる。国軍大佐、鉄血の錬金術師バスク・グランである」

「初めまして。国軍大佐、竜頭の錬金術師レムノス・クラクトハイトです」

 

 中央からの増員として、もう一人。 

 僕以来の、もう一人の国家錬金術師。その投入が決定された。……勝手に。

 

 握手をする。

 物凄い身長差だったけど、グラン大佐は膝を突き、視線を合わせてまで握手をしてくれたので、好印象……を与えるためなのかなぁ、とか。子供に対してはコレは大きく効くはずだ。普通の子供なら。

 まぁでもこの人は作中においても誠実な人っぽそうだったしあんまり疑わなくて大丈夫かなぁ、とか。うーん、前情報があるせいで変に疑ってるな僕。一旦リセットしよう。

 

「さて、早速だが戦況を聞こう」

「まずこれを記憶して」

「ふむ……これは、周辺域の地図か。この緑色の点は?」

「僕の錬成兵器が埋めてある場所。錬成兵器に敵味方の識別はないから、ここを踏まれると陣地が崩れる」

「承知した。儂の錬金術に理解はあるか?」

「物質に対し発動させる、瞬時に兵器類を作り出す鉄血の錬金術」

「うむ! 良い理解だ。そして、儂がここに送り込まれた意味を理解しているか?」

「最後の大詰め。そして、グラン大佐の錬金術で僕の錬成兵器を作れないかのテスト、かな」

 

 言えば左瞼を吊り上げるグラン大佐。

 そしてフ、と口角を上げ──その大きな手で、僕の頭を掴んだ。

 

 掴んで、撫でた。

 

「その通りだ。国軍に対し技術を秘匿する竜頭の錬金術師。その技術の全てを明け渡すよう要求して来いと言われていた。だが! 今考えが変わった!」

「そう。別に盗めるのなら盗んでくれていいけどね。無理だと思うけど」

「いいや。──貴様、"愛する者"だな?」

「……? あぁ、アメストリスへの忠誠のこと?」

 

 言われた意味を考えて。

 

「いいや。もっと大切なものがあるであろう」

「ああ、お父さんとお母さんのことか。うん、愛しているよ。二人のために戦ってる」

「良い目だ。この狂気の戦場において、一切の濁り無き目。何百、何千と殺した上で、輝かしい未来を信じて疑わないその瞳」

「それが良い目なの?」

「無論。貴様は愛する者のために戦い、その信念を一時たりとも揺らがしておらん。──出来ぬことだ。何よりも愛を優先せぬ者では、その目は出来ぬ」

 

 何が言いたいのかはよくわからないけれど、信用は得られたってことでいいのかな。

 

 ありがたいと素直に思っておこう。

 

「グラン大佐。一つだけ」

「なんだ」

「鏖滅だよ。子供も老人も関係ない。イシュヴァール人は全員殺す。一人でも逃せば」

「未来において、アメストリスの子らが死ぬ。心配無用だ、わかっている」

 

 地図に指を置く。

 たくさんのバツが描かれたその地図の最奥。東端。

 イシュヴァラの聖地とされたその奥地。

 

「ここに、イシュヴァラ教の最高責任者ローグ=ロウがいる。彼はあるいは、自らの命と引き換えにイシュヴァールの民の助命を、なんて要求してくるかもしれない」

「ふむ。誇り高き者であるのならば、あり得るな」

「けど飲まない。テロリストを大総統の前に差し出すことはあり得ないし、イシュヴァール人の中の地位なんて僕らには関係ない。食料にありつけずに餓死した幼子とこのローグ=ロウに差はない」

「容赦はするな、ということか。……何故そうも急ぐ? 貴様にとってのイシュヴァール人とはなんだ?」

「敵」

「……よかろう。誇りも矜持も、今この一時においては目を瞑る。指揮は貴様が執れ、クラクトハイト大佐」

「うん。──変な気は、起こさないでね」

「儂より幾回りも幼き子に言われるまでもないわ」

 

 そう。それならば。

 もう何も言うことは無い。

 

「行こうか。クラクトハイト隊、グラン隊。総員でイシュヴァラの聖地を攻め落とす。その間、誰が亡命を求めてこようが、何が特攻してこようが──全て迎撃し、全て殺すんだよ。わかったね?」

「ハッ!」

 

 懸念点は一つだけある。

 というかグラン大佐が来るに至るまでイシュヴァラの聖地に乗り込んでいなかったのはその懸念点が原因だ。

 

 傷の男(スカー)とその兄。

 死亡者リストも、実際に撃破した死体もちょくちょく見に行っているけれど──まだ見つかっていない。

 

 現時点においてまだ単なる武僧たる傷の男(スカー)ならまだしも、その兄の方が最悪僕の遅延錬成を理解している可能性がある。最大限警戒を払って向かうべきだろう。

 

 

 

 

 圧巻、だった。

 僕は隊の中心にいて、常に錬成物探査を行っている。その周囲で起こる破壊破壊破壊。

 その錬成速度もさることながら、複数の、全く形の違うものを並行で錬成し、しかも狙いを外さないとかいう国家錬金術師の名に相応しすぎるグラン大佐。これは人間兵器だよ。僕ってばパチモンだよこれ。

 

「……すげぇな」

「ね。僕とは大違い」

「いや大将、アンタはアンタですげぇがよ。……それでも、目を奪われる」

 

 准尉の言う通りだった。 

 人殺しの兵器を錬成する錬金術なのに、華がある。これこそが力だと見せつけてくれる。

 

 一応僕も仕事はしている。遅延錬成ではなく、鎖の墓標事件の時と同じ、家を砂に戻す分解の錬丹術で、ざあざあと。遮蔽物を無くすだけで十分に高い効果がある。アエルゴからの銃供給が無くなった今、ほとんどの場合においてこっちが一方的に撃てるからね。

 

 僕の隊員も結構頑張っている。増員二人もちゃんと優秀だし、ヴィアン准尉も射撃の精度がピカイチだ。

 それよりも気になるのは、キレイア中尉。どうやらヒューズ中佐なんかと同じような投擲武器を得意としているようだけど……武器がナイフなのは、まぁわかる。ナイフ投げ。効果的だろう。

 

 でもそれ今何本目?

 

「……」

「大佐? どうかされましたか?」

「……いや、なんでもないよ。それより」

 

 見えてくる。

 それは、巨大な岩場。赤岩の盤石な──堅牢の二文字がピッタリ合うだろう場所。

 

 アレこそが、イシュヴァラの聖地。地神イシュヴァラの坐す場所。

 

「むぅ……アレを崩すのは、少しばかり手間だな」

「僕がやるよ。錬成に時間がかかるから、僕を守ってほしい」

「承知した」

 

 岩の壁に手を押し合てる。

 指だけを折り──そのまま、180度回転させる。

 

 ガチャン、という音が鳴った。

 

「成程。竜頭とは、時計の竜頭であったか」

「ああ、知られてなかったんだ。竜みたいな頭の錬金術師だと思った?」

「少なくともセントラル市民はそう思っているようだな。竜……錬金術においては強い意味を持つ記号だが、特定宗教においては悪魔を意味する。貴様の忌み名と相俟って、広く広まっているぞ」

 

 それは中々、面白い話だ。

 成程確かに竜か。ドラゴン。でもそれって大総統のマークたるドラゴンも悪魔って言ってるようなも……の、だけど、侵略を繰り返して独裁政治を続けるキング・ブラッドレイは悪魔みたいなものか。

 

 足で円を描く。

 意図に気付いたのか、僕が錬成陣を描き切る前にグラン大佐が錬金術を発動してくれた。

 

 上だ。

 

「言えばよいものを」

「言ったら全員の気が上に逸れるからね。そうなったら」

「──こういうのに対処できねぇってな!!」

 

 胸骨に銃剣を刺して、そのまま三発撃ち込む、なんて荒業をやる准尉。機を窺っていたのだろう、聖地に近づいた僕たちに、武僧らが一斉に襲い掛かってくる。

 先ほど回した手はまだ岩につけている。その手を、今度は逆回りに90度回す。ジリジリという音。さらにもう一度回す。

 

「大将、あと何秒だ!」

「出来得るなら一撃で半分持っていきたい。──四分くらい稼げるかな、ヴィアン准尉」

「楽勝だ! もうヘマはこかねぇよ!」

「儂も続こう!」

 

 そして激戦となる。

 今まで周囲に放たれていたものが防衛に使われるのだ。必然、その火力は至近距離で放たれる。

 僕はここを動かない。

 

 そしてキレイア中尉も──その後ろ手で僕にナイフを突きつけたまま、動かない。

 騒音は轟音となり、僕らの声程度はかき消す程となった。

 

 だから、問う。

 

「キレイア中尉。君は錬金術師だね」

「っ! ……よく、お分かりで」

「国家錬金術師ではない錬金術師。まぁいるだろうとは思っていた。僕の遅延錬成が目当てかな」

「それならば、こうして刃を突き付ける、なんてことはしませんよ、大佐」

 

 ガチャン。ガシン。

 何かが組み合わさる音が響く。何かが噛み合う音が響く。

 

「君はアエルゴのスパイだね、キレイア中尉。いや、ヴィアン准尉も、かな」

「……いいえ」

「君はセントラル……どうかな、レイブン中将あたりの手駒じゃないかい?」

「いいえ、違いますよ、大佐」

「じゃあ、どっちもか。二重スパイ、多重スパイ。なんでもいいけど──」

 

 錬成が終了する。

 ジリジリと音を立てて引き抜かれるは、柄が円形で刀身が螺旋を描く、つまり竜頭というパーツの剣。

 

 それでナイフを跳ね飛ばす。

 当然僕の肌に傷がつくけれど、そんなものお構いなしだ。

 背中から左肩にかけてざっくりと斬られた上で問おう。

 

「今、敵か、味方か。目的もどうでもいいから、どちらかを答えて欲しい」

「……みか」

「たのワケないもんね」

 

 その、胸を。

 ──赤い岩から突き出た、赤い鎖が突き刺した。

 

「味方なら、この状況で僕に武器を突き付けるメリットがない。僕に何を求めているのだとしても、僕の動きを止めんとするということは、イシュヴァール人を援護せんとするものだけだ。ということは君はアエルゴの息がかかった人間。あるいは、イシュヴァール殲滅を遅れさせたい中央軍の手先。どちらかでしかない」

「む!? 何をしている!」

「──キレイア!?」

 

 事態に気付いた二人が叫ぶ。

 ゴボ、と零れたのは赤。血だ。キレイア中尉の血。それは彼女の身体を、腕を伝い──その最中で錬成反応を迸らせ、鉄のナイフと化す。

 成程、刺青タイプか。しかも軍服の内部で錬成反応を留めていた、と。中央の子飼いの錬金術師……けれどアレかな。嫌々従ってた系? ヴィアン准尉が何か言ってたもんね。子供を守るためとかなんとか。

 

「て、めェ!!」

「内通者だ、グラン大佐。彼も」

「……むぅ」

 

 振り被られた銃剣は僕に届かない。グラン大佐の錬金術に絡めとられ、拘束される。

 最後の力を振り絞って持ち上げられたナイフは竜頭剣で叩き落した。

 

 善人二人。

 何かを人質に使われていたのかな。まぁ、大切なものを作るということはそういうことだ。

 

「内乱……を、終わらせる……わけには」

「ああ、人体実験に死体が必要だからね。ふむ、それじゃあ君達の死体は中央軍に回して置こうか。おすすめはキメラルートだよ。運が良ければ生き残れる。──それで、まだ恨みが残っていたら、僕を殺しに来ると良い」

 

 もう一本。

 鎖で、中尉と、そして背後の准尉の頭蓋を貫く。

 反逆罪だ。あと、死んじゃったから賢者の石ルートもキメラルートもなくなったね。中央軍は瀕死者しか扱わないよ。残念。

 

「……何があった、クラクトハイト大佐」

「ナイフを突きつけられて、今すぐに錬成をやめろ、と脅された。だから殺した。殺したら彼が激昂して、見ての通りだよ」

「ふむ。内通者、か。いるとは思っていたが……中尉などと、そんな高官にまで上り詰めていたとはな」

「手を引いているのは多分上層部だね。困るんだよ、この内乱がこんな早期に終わっちゃ」

「内乱が早期に終わって困る? ……何か知っているようだな。あとで詳しく話せ、クラクトハイト大佐」

 

 あとで、だ。

 まだ終わっていない。ショッキングなことはあったけれど、まだ武僧の襲撃は終わっていない。

 

 そしてそれを終わらせるための錬成陣は、今完成した。

 

 もう一度竜頭剣を突き刺す。先ほど描いた、手のひら大の錬成陣の中心に、だ。

 瞬間──青い錬成反応が迸り、大気を幾度も叩き、周囲を照らし上げる。昼だというのにあまりにも明るいその錬成反応は、巨大錬成の証。

 

 

「──な」

 

 

 誰ぞかの驚嘆。

 あるいは──絶望か。

 

「あ、全員、こっちに集まって、固まって!」

「この、これだけは言わせてもらう──ここまでのことをするのならば、先に言え!」

「内通者がいたんだから言えなかったでしょ!」

「むぅぅ、ええい、錬成が遅い! どけ、儂が代わる!!」

 

 赤が消える。

 巨大な赤い壁が、岩壁が、険しい岩山が──全て砂塵へと変化する。

 そしてそれは風へと吹かれ、巻き上げられ、周囲にその全てが覆い被さってくるのだ。最中、べちょ、とか、ぶち、なんて音を立てながら落ちてくる人間と、幾らかの構造物。

 

 イシュヴァラの聖地。

 地神イシュヴァラの坐すその地は、一瞬にして。

 

 何者とも変わらぬ高さの、なんでもない赤い台地へと変貌を遂げたのだった──。

 

 さ。

 後は、お片づけの時間である。



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第二十四話 錬金術の基礎「再構築(2)」&侵略の話

明日(1/30)は更新おやすみなので連続更新です。


 壁に押し当てる形で作ったのは、水平方向のサンチェゴだ。

 いつもより工数を多くしたのは巨大に作るため。そしてそこまでして使ったのは単純な「分解」。物質分解だ。赤い岩を砂にまで分解した。それだけ。

 

 そして、それにより露出した上向きのサンチェゴは、未だに青い錬成反応を滲ませている。当然、ここで終わらせる気は無い。

 

「まだまだ……!」

 

 グラン大佐の作った簡易シェルターの中で、僕は更なる錬金術を発動させるために竜頭を捻る。

 いつも通りの鎖でも良かったんだけど、今回はインパクト重視で行く。最長距離だけ計算して、作り上げるのは乾湿の湿。いつかお父さんとやった、粘土を棒にする過程の一つ。即ち「捩じって鋭くする」だ。それを固めて──射出する。

 それぞれの基地には届かない距離で、けれどイシュヴァールの地の全てに届く勢いで。

 今までなぜこれをやらなかったのかって、こんな巨大なサンチェゴを水平方向に作り上げることのできる場所がなかったからだ。

 イシュヴァラの聖地はイシュヴァールの地の中心。最も味方の巻き込まれない位置で、最も敵を巻き込みやすい位置。これがここ以外にない、というのもある。僕を長時間確実に守れる戦力がいて、且つ裏切り者が誰もいない、という状況でなければ成し得なかったこと。

 

 褒めて欲しいのは錬成反応から見てわかる通り、賢者の石を使っていないこと。今僕は素の想像力でコレをやっている。

 

「……その人物が意外な行動をした時、明日は槍が降る、などと茶化すことがあるが……まさか、槍の降る光景を直に見る日が来ようとはな」

「大佐……今からでも、槍雨の錬金術師に改名してはどうでしょうか……」

「これ平時からできるわけじゃないからね。サンチェゴを作成して、且つサンチェゴが通常時より巨大で、水平方向にある状態じゃないとここまでの数を制御するのは無理」

 

 普段四つの事しか同時に考えられない僕が、どのようにしてこの無数の槍の形成を為しているのか。

 

 簡単だ。

 想像力が足りたら想像できる。

 つまり──知っているもので、この無数の槍に該当するものがあれば、容易とは言わないまでも想像し得る。

 僕が今想像しているのは──爪楊枝だ。

 あの、円形のケースに入ってる奴。それが赤くて、底面を思い切り叩いた、みたいな想像。

 

 その成果がコレ。

 上々と言えるんじゃないだろうか。僕が最も苦手としている「成形」の錬金術で、ここまでのことができたら、グラン大佐に負けない成果を残せていると豪語できる。

 

「あ……あの、大佐」

「うん?」

「その、二人の遺体を、離してあげてくださいませんか?」

 

 ……ああ。

 鎖で貫いたままだった二人を解放する。一応脈を取って、絶命していることも確認した。

 

「……この槍の雨はそう止むまい。先ほど言った言葉、どういう意味かを話せ、クラクトハイト大佐」

「この人数を相手には無理だね。他にもまだ内通者がいるかもしれない」

「むぅ……」

 

 僕の隊の二人。そしてグラン隊の四人。

 グラン大佐も四人が四人とも完全に信頼できるか、と言われたら怪しいんだろう。ここで引き下がるというのはそういうことだ。

 

 赤い槍の雨が止むまで。

 僕らは──若干の悪さを伴う空気の中で、しばらくを過ごした。

 

 

 

 

 歩く。

 無事な者など誰もいない。無事なモノなどなにもない。

 疲弊しきっていたイシュヴァール人は逃げられなかった。武僧はもうほとんど残っていないことも確認していた。最後の最後が、さっき襲ってきた奴らであることも。

 ……それでもその中に、傷の男(スカー)とその兄の姿はなかったけれど。

 

 赤い槍の結合は既に解かれている。最初に習ったやつと同じで、ただ押し固めただけだから、強い衝撃を受けると単なる砂に戻る。

 だから今、イシュヴァールの地は赤に塗れていた。けれど血ではなく砂だから、見た目はあんまりグロテスクじゃないかな。

 

「墓標さえも残らんか」

「残ってた方が良かったかな」

「いや……戦士ならまだしも、死した子や母親を見て、気を病む兵も少なくはない。赤砂の下にある方が……」

「マシだ、とは僕も思ってはいないよ。敵であれ非国民であれ反逆者であれ、人間の命を奪ったことに変わりはない。それが見えなくて良かった、なんてことを思いはしない。見えていても見えていなくても変わらないだけ」

 

 歩く。

 ふと、人影が見えた。グラン大佐も気付いたのだろう、すぐに臨戦態勢を取る。

 

 けれど、そのシルエットに警戒を解いた。

 だって太っている。かなり。イシュヴァール人にそんな者はいない。

 

「これは……フェスラー准将。何故このような場所に?」

「ふん、貴様に用はないわ、グラン。用があるのはそこのチビに対してだ。──ついてこい。話がある」

「……らしいけど。それじゃ、先帰ってて」

「え、いや大佐、護衛の任が……」

「その務めは、准将たる俺の言葉に勝るのか?」

「ぅ……」

「大丈夫大丈夫。僕、そこそこ強いからさ。それにアレでしょ、君達。二人を弔いたいんでしょ」

「!」

「いいよ、裏切り者に向ける墓なんか必要ないと思うけど、そうすることで気が済むのならやるといい」

 

 そうして、別れる。

 赤砂の海で。

 

 二つの遺体を背負ったクラクトハイト隊の二人は何度もこちらを振り返って、けれどグラン大佐に背を叩かれ、基地の方へ戻っていった。

 

 

 

「フェスラー准将の一人称って俺だっけ?」

「あ? 知らねえよそんなこと」

「あと多分准将はグラン大佐のことファミリーネームですら呼ばないよ」

「はー。はいはい。情報収集不足ってか」

 

 当然だけど、彼はフェスラー准将なんかじゃない。

 エンヴィーだ。適当なところで成り代わって来たんだろう。

 

 歩く。

 護衛というのならこれほど優秀でこれほど安心できない存在もいないだろう。

 

「で。お前さ、こんなスゲェこと出来たんだな。てっきりネタ切れだと思ってたよ」

「条件が整えば、だけどね。それにこんな無差別攻撃、余程の状況じゃないと使えないって」

「ハハッ、確かにな」

 

 一応、生きているモノがいないか探しながら、歩く。

 無差別攻撃だからこそ、何らかの手段で生き残ることも不可能ではないのだ。

 

「中央はカンカン?」

「ああ。やる予定だった実験が軒並み先送りになったからな。アンタ、わかってて殺しただろ?」

「勿論だよ。軍の実験体の管理は杜撰も良い所だからね。中央に預けて、預けた結果キメラとかになって逃げられました、なんて言われた日には、中央司令部を分解することも視野に入れるよ」

「そりゃ面白そうだ。やるなら呼べよ。少しは手伝ってやる」

 

 南へ、南へと歩いて、少しばかり地形が山なりになっているところに辿り着いた。

 一応その陰に誰かが隠れていないかも確認して。

 

「アンタの言う通りになるかもよ」

「そう仕向けた所はあるからね」

「……俺達はどうでもいいんだけどさぁ、人間どもは早く実験したくてたまらないらしいんだよね。それで、都合の良い民族が殺し尽くされそうだから、って」

 

 次の標的はアエルゴだー、って。ガキみてぇに大笑いして騒いでたぜ。

 

「つまり殺し尽くしちゃった今?」

「ああ。この報告が届き次第、アエルゴに喧嘩売るだろうな。元々売ってたよーなモンだけど、宣戦布告じゃなくて侵略宣言だ。そんで──アンタのおかげで、国家錬金術師の戦地投入、その試験運用は終わった」

 

 内心で溜息を吐く。

 そうなる可能性も予見はしていた。なってほしくはなかったけれど、なるかもしれないと。

 

 僕と、そして大詰めにグラン大佐だけ、なんてあり得ない。

 僕がこれほど有用性を見せつけている以上、国家錬金術師の大量投入は軍にとって魅力的に映ったはずなのだ。

 

「アエルゴ侵略。それに、国中の国家錬金術師が使われる。勿論お前の大事な大事な母親もな」

「……アエルゴ侵略をもっと早くやっても、二の舞いか。他の国が標的にされるだけかな」

「まぁそうだろうなぁ。つーかアンタ、まだ策があんのかよ。アエルゴって結構デカい国だぜ?」

「やり方なんかいくらでもあるよ。アメストリスの国土に影響するから自重していた錬金術も、アエルゴなら使いたい放題だし」

「たとえば?」

「たとえば、この前見せた局所洗掘錬成で国を囲う、とかね。──二年もすれば、アエルゴは草も木も生えない死した土地になる。ま、その前に種が割れなければ、の話だけど」

 

 あと、あんまり流れを変えすぎると何かが起きるんじゃないか、って懸念もある。

 この程度を今までの錬丹術師たちが考えないはずがないのだ。それも、錬丹術を学んだあと、悪の道とかに堕ちた奴とかが。

 それらが、けれど大きく流れを変えたりしないということは、何かしら……何か取り返しのつかないデメリットがある、気はしている。

 

 メイ・チャンが来たら、それとなく聞いてみたいところだ。これってやったらどうなの? って。

 

「どうすんだよ。両親を戦争に行かせないためにこんだけ頑張って来たんだろ? けど、アンタのせいでもっとやべぇ戦争が始まりかけてる。そのもっとやべぇ戦争に母親が駆り出されることが決まってる。──おい、レムノス。どうするんだよ」

「中央司令部というか軍の上層部を消す、ってのはダメかな」

「ダメだな。それは俺達に不利益が出る」

「……じゃあ、仕方がないか」

 

 今は1902年8月。イシュヴァールの殲滅が終わるには余りにも早すぎる時期。

 原作開始……というか、気をつけなければならないのは1915年初頭の日食の日だけで、他がどうなっても最悪は構わない。原作知識という知識チートが使えなくなるだけだ。

 

「アエルゴを侵略して、クレタを侵略して、ドラクマを侵略しよう。──宣言通り、アメストリスを超大国にしないと──国が満足してくれないというのなら」

「ヒュウ、言うねえ。……そんなアンタに良い話がある」

「不老不死?」

「……だからさぁ、言ったよな? 言葉を先に取るクセやめろって。相手をイラつかせるだけだぞ」

「ああ、じゃあエンヴィーも使ったら良いよ。煽りスキルは大事でしょ」

「……で、不老不死じゃねえよ。お前がそういうのに食いつかないことくらいわかってる」

 

 違うのか。

 まぁ違うか。

 

「教えてやるよ、賢者の石の生成方法。──そんで、アンタならできるだろ。何年かかけてでも──アエルゴに、賢者の石を生成するための錬成陣を敷くくらいのことは」

「ああ……そっちか」

「なんで残念そうなんだよ。結構秘奥なやつだぞーこれ」

 

 ……でも確かに、それが一番楽なのでは?

 どうにか国家錬金術師をアエルゴから追い出して、国土錬成陣で賢者の石にしてしまえば、残党狩りもしなくて済むし、無駄に血を流す必要もなくなる。

 クリーンでエコだ。その後強大な賢者の石が手に入るワケだし。

 

 鋼の錬金術師で悪役なお父様の使う手段だから、と避けてきてたけど、もしかしてコレ核とかを用意するよりもかなり楽な殲滅方法では?

 

「でも、この話には乗れないな」

「へぇ、アンタならノリノリで来ると思ったんだが」

「アエルゴは広いからね。それをやってたら、いつの間にかお父さんとお母さんが死んでいた、なんてことになりかねない。できるだけ手の届く範囲に居たいと思うのは当然でしょ?」

「オイオイ、忘れたのか? ──お前、今そこそこの地位があるんだぜ? なぁ、クラクトハイト大佐」

 

 おお。

 そういえば、そうだ。国家錬金術師は少佐相当官。だから、やろうと思えばお母さんにも、そしてお父さんにも命令ができる。

 待機命令が出せる。

 

 なんなら今回の功績で准将くらいにまで上がることだって……いや待てよ。

 

「エンヴィー、その身体……フェスラー准将は今どこにいる?」

「ん、いや、適当な所で眠らせてあるけど」

「その座が空いたら、僕はそこに座れるかな」

「なんだよ、権力欲が出てきたのか?」

「大佐だと少佐相当官を強制的に従わせられない可能性があるからね。けれど、准将ともなれば相当だ」

 

 権力になんて興味が無い、とか思ってた時期もあったけれど、成程、権力があるとそういうことができるのか。

 マスタング大佐が大総統の座を狙うわけだ。

 ……というか彼って反戦軍縮派の人間だから、彼に大総統になられるのは困るな。もっとガンガン押せ押せの人にキング・ブラッドレイの後を継いでもらわないと。

 

「オーケー。それくらいはいいよ。代わりにアエルゴで賢者の石を作ること。それが条件だ。出来なかったら相応の罰があると思えよ、レムノス」

「僕を殺してお母さんたちに人体錬成させる、とか?」

「……さぁな」

 

 させたとして、果たして二人は戻って来られるのだろうか。

 イズミが「アレを見て戻ってこれただけ天才」みたいなことを言っていたし、戻ってこられない場合もあるのでは、って思ってる。お母さんは国家錬金術師クラスだから可能性はあるかもだけど、お父さんは……。

 

「想定で何年かかる?」

「……わからない。アエルゴには行ったことが無いし、錬成陣を作るというのなら計算もしないといけないから……まぁ、四年か、六年か」

「アエルゴの広さわかってて言ってるんだよな?」

「勿論。そんな、たかだか錬成陣を刻み付ける程度に何百年もかけたりしないよ」

「……今のは聞かなかったことにしてやる。ほら、これが賢者の石の錬成陣だ」

 

 そう言って渡されるペラ紙一枚。

 作中で見た通りの奴。

 

「どんな形でもいい。この錬成陣をアエルゴに刻み込め。国家錬金術師をどう使ったって問題ないだろう、准将なら。それで、刻み終わったら」

「形だけの終戦宣言をして、賢者の石にする、か」

「すぐに、じゃなくてもいいけどな」

 

 正直血の紋を刻むだけなら簡単だ。

 問題は円かなー。スロウスに出張してもらうわけにもいかないし、コツコツ掘り進めて……やっぱり六年か。

 まるで予定調和のように1908年に終わりそうだなぁ。

 

 ──とはいえ。

 どの道通る道ならば、先に通っておいた方が良い。

 1908年に起きるのは、イシュヴァール殲滅戦改め──アエルゴ殲滅戦になるのだろう。

 

 ゆくゆくは、すべての国を。



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第二十五話 親と子の会話「境界線」&開闢

 ──アルドクラウド。

 まだ、時間があるそうで。つまり、アエルゴに対し侵略宣言をするのには少しばかりの準備が必要なようで、暇を出された。永遠のお暇ではないよ。

 だから。

 だからまぁ、久しぶりに帰って来た。汽車に乗って、ウェストシティが手前、我が故郷アルドクラウドへ。

 竜頭の錬金術師。その名は既に広く知られていても、実態を知っている人は意外と少ない。

 まだ年端も行かない子供であること、竜頭という二つ名、そしてとんでもない外道であること──。

 たったそれだけだ。当然年端も行かない子供なんていくらでもいるし、竜頭の二つ名と外道かどうか、なんて外見からじゃわからない。

 ……とはいえ、たった二年離れていただけだ。顔見知りは相当いる。竜頭の錬金術師について知らないのは僕を知らない相手だけで、僕を……アルドクラウドから出た錬金術師だと知っている人は、当然すべてを知っていることだろう。

 あるいはあらぬ噂を流布している可能性だってある。

 だから安物のローブで顔を隠して、ちょっと汚れたお金まで使って、いろんなことを想像できるようなカムフラージュをして──けれど。

 

 その全てが、意味を失くした。

 意味が無かった。

 

「おかえりなさい、レミー」

「おかえり、レミー」

 

 出迎えてくれる二人がいたからだ。

 

 

 

 

 三人で岩の多い道を歩く。

 

「なんでわかったの? 僕が帰ってくるって」

「内乱が終わりましたから。レミーなら、これくらいに帰ってくるだろうな、という予想がありました」

「レミーなら早朝のこの時間に帰ってくるはずだ、って昨日も一昨日も」

「余計なことは言わなくていいです」

 

 それは……嬉しいな。

 嬉しいけど、申し訳なかった。択としては「帰らない」も全然あったのだ。

 結局帰ることを選んだけれど、そっちを選択していたら……もしかしたら、お母さんはずっと。

 

「再会が戦場ではなくて良かったです、レミー」

「……うん。僕も。ホントは家についてから言いたかったけど──今言うね。ただいま」

「おう。……しっかしレミーは小さいままだなぁ。ちゃんと食べてたか?」

「まだ二年だからね、そんなには伸びないよ」

「もう二年、ですよ。……錬金術を覚えてから二年、でもあります」

 

 ううん。

 まぁ、そっか。そうだったね。

 ここが鋼の錬金術師の世界だと気付いて、錬金術を学び始めて、一か月でお母さんを倒して国家資格を取って……そのすぐ後にイシュヴァール戦役に参加して。

 一年と数か月で戦役を終わらせての、今だ。

 ……まぁ、異常ではあるよ。わかってる。

 

 岩場。懐かしい。サンチェゴにしちゃったせいで消えたけれど、大きな大きな岩があった場所。

 

「笑わなくなりましたね、レミー」

「え?」

「ちょ、おい……」

 

 突然の言葉に驚き、声が出て、足が止まる。

 笑えてなかったかな、僕。ちゃんとできてたはずなんだけど。

 

「……何がありましたか、なんて聞きません。容易に想像が……いいえ、私達では想像も及びつかない程凄惨な事があったのでしょう。……見るものすべて、知るものすべてに輝かんばかりの目を向けていた貴方は──もう」

「そこまでだ。……今はおかえり、久しぶり、だけでいいだろう? なんでそんな……」

「……ごめんなさい」

 

 会話が途切れる。

 うーん。やっぱり僕は演技というものに向いていない。上手く笑えていたつもりだった。上手く再会を喜べていたつもりだった。

 

 ──見抜かれた、かな。

 

 そうだ。

 だって、言うことがあって帰って来たんだ。帰らないを選択しなかったのは、書面だと二人が乗り込んでくる可能性があったから。

 僕の口から面と向かって言わないと──言ったところで納得はしないだろうけど、言わないと決して伝わらないと思ったから。

 

 家について、食事をしてから、でもいいかなと思ったけれど。

 うん。

 

 欺瞞だらけのお祝いなんて、お母さんはヤだったんだね。

 

「もうすぐ、准将に昇進することが決定してる」

「……そうですか。おめでとうございます」

「准将……? お、おいおいレミー。俺軍曹だぞ? それがどんな地位か……」

「その地位を以て──国家錬金術師を率い、隣国アエルゴを攻め落とす。今度は二年じゃない。想定四年、最低六年はかかる計算をしてる」

 

 歩きながらだったから、ようやく家が見えてきた頃合いだった。

 言葉に。

 上手く呑み込めていない様子のお父さんと──想定していたのだろう、けれどこの後に続く言葉に……苛立って仕方がない、という様子の、お母さん。

 拗ねているのではない。怒っているのではない。

 イライラしている。

 

「何を……言って」

「これはもう決定した事。暑くなる前に、つまり今年の冬にはアエルゴに侵略宣言をする。──イシュヴァールに手を貸し、内乱を煽り、アメストリスを疲弊させんとした隣国への報復戦争だ。そして、僕は准将の立場として──二人に命令ができる」

「……国家資格を取ってから、散々と誹りを受けて来ましたが。……今日ほど後悔したことはありませんね」

「レミー、お前まさか……付いてくるな、とか言うんじゃないだろうな」

「そのまさかだよ、お父さん」

 

 多分だけど、二年の間に二人は強くなったんだろう。

 お母さんが一言一句伝えたかはわからないけれど、二人は僕に弱いと言われた。弱いと言われて──その後、僕があり得ない程の功績を打ち立ててしまった。

 焦りか、恐れか。

 子に抜かされることは別にそこまで気にしないと思う。だけど、僕を守れない立場にあるという事実は、仮にも錬金術師として力を持つ二人に耐えられるものではなかったはずだ。

 

 自分たちは安全地帯にいて、子供は戦場にいて。

 その子供から、弱いから来るな、と言われていたのなら──強くなる努力をしたんだろう。

 

 だから今、二人の努力を無視する。

 

「現国軍大佐レムノス・クラクトハイトからの命令だよ。実力不足で、足手纏いだから──二人は来ないで。もう、大総統にも話を付けてある。二人には従軍命令が来ないようになっている」

 

 直後、視界の隅にあった岩場の一部が()()()()

 轟音は──破砕音だ。お母さんの手に錬成されたハンマーが、崖のようになっているその先端部分をぶち飛ばした音。

 そしてもう一つ。

 奥歯を強く噛む音が隣から聞こえた。

 

「なぜ、ですか。レミー。何故私達を……戦場から離そうとするのですか」

「言った通り、弱いからだよ。この戦争につれていくのは国家錬金術師の中でもエリートだけだ。お母さんはそれに含まれず、お父さんは国家錬金術師ですらない一般軍人。それを邪魔に思うのは不思議じゃないでしょ」

「レミー……」

「信じられませんか、レミー。信用できませんか、レミー。私達が貴方の力になることを。私達が貴方を支えられる可能性を」

「……あぁ、怖いのか、レミー。……目の前で俺達が死ぬのが」

「うん。僕は二人を死なせたくない。僕は二人が殺されるところを見たくない。だから、あらゆる危険から二人を離す」

 

 それが原因で嫌われるのは構わないし、二人が傷つくことだって厭わない。二人に幸せになってもらいたいから守りたい、じゃない。

 僕が怖いから、嫌だから、守りたい。好きにやるってそういう意味だ。

 

「レミー」

「何、お母さん」

「再戦を望みます。私はもう貴方に……いいえ、誰にも負けないことを証明するために」

「受けないよ。上官命令だからね」

 

 あと、僕の錬金術は基本初見殺しだから、戦闘スタイルを知られているお母さんに次勝てるかどうかは怪しかったりする。

 僕が今まで戦場で通じてきたのは、敵対者を全員殺してきたから。僕の手の内を知る敵は全部殺した。だから、どれほど外聞で僕について知っていようと、大体の相手に対し初見殺しができる。

 

「よし!」

 

 重くなった空気。

 それは、突然発されたお父さんの──元気な声で、払拭された。元気な、明るい声だ。無理をしていない声。

 

「わかった! じゃあ早く帰って飯にしよう。今日はレミーが帰って来た記念日だからな、昼も夜も豪勢だぞ。食材はちゃんとため込んである!」

「……」

「いいかレミー。お前も、その話はもう終わりだ。ここで終わり。ここから先は家の敷地で、そこに入ったらレミーはクラクトハイト家のレミーになる。アルドクラウドに住む、ただのレムノス・クラクトハイトだ」

 

 刺さるな。

 揺らぐじゃないか。

 やめてほしかったよ、お父さん。僕演技下手なの知ってるでしょ。

 

 ほら、視界の隅で、お母さんが硬い顔を崩してる。

 

「つらいこと、悲しいこと。たくさんあっただろ。軍人だ、それも戦場にいた軍人だ、そりゃ沢山ある。だけど、というか、それを忘れろ、とは言わないが、だから……あー、その」

「……わかりました。私も、ここを跨いだ瞬間全てを忘れ、すべてを無視します。レミー」

 

 二人が、僕の両手を掴む。

 両手を掴んで、半ば無理矢理──僕を前へと引き出した。

 

「せめて、アルドクラウドでは。いいえ、私たちの家では、楽しい記憶だけを持っていてください。あなたには帰る家があり、私達はあなたを愛しているのだと、そう知っていてください」

「そういうことだ。ここを嫌な思い出にするなよ、レミー」

 

 ああ。

 本当に、僕は。

 

 

 

 *

 

 

 

 まぁ。

 日帰りは流石にしなかった。夕飯を食べて、それで──次の日。朝ごはんも食べて。

 

 それで、「いってらっしゃい」と見送られて、僕はまた家を出る。

 駅とは違う方面へと歩いていけば、どんどんひと気が無くなっていって──そこに。

 

「よぉ、もういいのかよ、家族との団欒」

 

 鹿がいた。

 ……そこは様式美にリスでいて欲しかったな。

 

「本当に心配になったら、命令違反をしてでも二人は来るよ。でも、ちゃんと送り出してくれたから」

「信頼されてる、って? ハッ、愛想尽かされただけじゃねぇの?」

「かもね。……それで、そっちのは?」

 

 複数人。

 鹿ンヴィーと、ラストと、そしてぷっくりとした体型の。

 

「コイツはグラトニー。俺達と同じだ。いいか、グラトニー。コイツの匂いを覚えろ」

「うん! 食べていいの?」

「あ? さっき説明しただろ……。コイツは一応俺達側の奴だから、食っちゃダメだ。つか、コイツがいるとこに近づくな、って意味で匂いを覚えろって言ったはずなんだが」

「エンヴィー、そんな複雑な説明をしても意味はないわ。……グラトニー。彼と、彼の匂いがついている人間は食べてはダメよ。必要な駒だから」

「食べちゃダメかー。うん、おでわかった!」

 

 グラトニー。

 暴食の名を持つホムンクルス。いつでもお腹が空いていて、なんでも食べる。そしてそれとはあんまり関係なくお腹に疑似・真理の扉とかいう一撃必殺の空気砲みたいなのを持ってる。

 ……吹くんじゃなくて吸う方だけど。

 

「アンタもこっちには攻撃してくんなよ。アエルゴに行くならあんまり関わらないと思うけど、一応な」

「他は? その名付け方なら、ラースとスロウス、プライド、グリードがいるんじゃないの?」

「全員他の仕事中で会うことはねーから安心しな。グリードは別だけど、アイツこそ遭わない……だろうし」

「会ったとしても、殺してくれて構わないわ。殺せるのなら、ね」

「あー、確かに」

 

 いいんだ。

 まぁ、いいのか。計画に関係なく、離反者で、まぁ一応賢者の石だからリソースではあっても制御の利かない感情であるのなら、切り離したままでもいいと考えるのは普通……かな?

 

「んで、もう一人」

 

 ザ、ザ、と。

 草木を掻き分けて歩いてきたのは、一人の青年だった。

 アメストリス国軍の軍服を着た青年。歳は……16歳とか17歳とか? 

 酷く既視感のある顔つきをしているけれど、同時に知らない顔だ。ということは、イシュヴァール戦役の基地にいた人?

 

「──お初にお目にかかります、竜頭の錬金術師レムノス・クラクトハイト。私は紅蓮の二つ名を拝命しています、ゾルフ・J・キンブリーと」

「え、()っか! あ、ごめん。続けて」

 

 思わず声が出てしまった。

 いや。

 いや出るでしょ。それは。そりゃそうか、彼だって人間。原作開始時点でそこそこ歳食ってたっぽいし、イシュヴァール戦役ではまだ若さ溢れる感じもあった。

 それよりも前である今なんだ、これくらい若くても、幼さ残る顔立ちでも特に違和感はない。

 

「……貴方にそんなことを言われるとは思っていませんでした。若いを通り越して幼い錬金術師たる貴方に」

「ソイツたまにジジ臭いから気にしなくていーよ」

「そうですか。やはり噂は噂ですね。無邪気に人を殺す狂気の忌み子と聞いていましたが……どころか、あまりに理性的だ。その瞳に野生が欠片もない」

 

 作中で彼は、軍から貰った賢者の石の力に酔いしれて、その返還を迫られた時に上官殺しをしてエンヴィーに目をつけられて……みたいな流れでホムンクルス側についたはずだけど。

 こんなに早い段階でホムンクルス側につくこともあるんだなぁ。

 

「コホン。改めて。お噂はかねがね──なんでも、ほとんど一人でイシュヴァール人を殺し尽くしたとか」

「ああうん、そうだね。錬成兵器の撃破数も含めたらほとんど僕一人だと思うよ。最後の大詰めでも殺し尽くしたし。錬成兵器抜いちゃうと半分くらいになるかな。遅延連鎖生体錬成弾の撃破数とかは数えてないから、誤差はさらに広がるかも」

「……成程。危うさは欠片もなく、自身の異常性についても理解した上で、けれど常識を持ち合わせている。いいでしょう、気に入りました。──これからよろしくお願いしますよ、クラクトハイト准将」

「よろしくするのはいいけど、まだ准将じゃないよ。というかよろしくって?」

「ふむ? もしかして説明を受けていない?」

 

 説明。よろしく。これから。

 ……なる、ほど?

 

「つまり、新しい部下か。何、エンヴィー。僕に決めさせてくれるんじゃなかったの?」

「俺達からの推薦って奴だよ。多分中央からの推薦の国家錬金術師も一人入ってくるはずだぜ。お前も、部下の中に一人くらい俺達の息がかかった奴がいた方が楽だろ、色々と」

「つまり余計なお世話ってことか」

「なんだよ、要らねえのか?」

「ううん。紅蓮の錬金術師。火力で言えば僕なんか足元にも及ばないからね。正直助かるよ」

「だろ?」

 

 つまり、僕が決められる部下は二人だけか。

 しかも国家錬金術師からしか選べない。マスタング大佐……今は大佐じゃないけど、彼はまだ国家錬金術師ではないし、グラン大佐は……あの人はあの人で動いた方が多分上手く動ける。一応、中央軍がやってるキメラ云々はゲロってあるので、何かしら動きはするだろう。アームストロング少佐は論外。侵略に向いてない性格過ぎ。

 コマンチ爺さんはちょっと制御が難しそうで、勘の良いガキ嫌いおじさんはまだなってない。

 僕としてはヒーラーたるマルコーさんに来てほしいんだけど、彼は多分戦争で出るアエルゴ人を使った実験の主導者に抜擢されるので無理でー。

 

 ……あと僕が知ってる国家錬金術師って、ゲーム版のいくつかに出てきた人たちと、氷結の錬金術師さんしか知らないんだよな。……後まぁ、お母さんだけど。

 でも国家錬金術師って全体で200人いるらしいし、適当に選べばよくない? とも思ってる。正直キンブリーいれば過剰戦力でしょ。賢者の石なくてもこの人強いし。

 

「アエルゴ侵略。クラクトハイト大佐、貴方は四年で終わらせる想定と聞きましたが、本気ですか?」

「え、うん。ああ、正面衝突とかはしないよ。してもいいけど、僕はやらない」

「やらずに四年で崩し落とせる、と」

「そうだね。上手くやればもう少し早められると思う。……ああでも、そう考えたら──アームストロング少佐はいいかもしれない」

 

 性格的に論外だと思っていたけれど。

 外道を隠れて行うのなら、彼には光を、表の道を、堂々と進軍して目立ってもらうのはアリだ。

 

「アームストロング家の彼ですか。確かに、造形に関する錬金術で彼の右に出る者は中々いないでしょう。おっと、大佐を除いて、ですが」

「そういうのいいよ。僕の錬金術はベクトルが少し違うし。うん、じゃあ、あと一人も決めた」

「ほう?」

 

 さぁて、お父さんとお母さん成分も充填したし。

 始めようか、アエルゴ侵略。

 

 

 *

 

 

 ──1902年11月某日。

 アメストリス内部で起きた、イシュヴァールという民族の起こした内乱事件。その真相が解明された。

 本来自らの肉体のみで戦うはずの武僧が銃を持っている姿は多くに目撃されていたし、その写真も撮られていて──その一つから、アエルゴで製造された銃が見つかったのだ。故意に消された国章も、数が多ければ雑になる。消し切れていなかったソレからアエルゴへの糸が繋がり、さらには国軍に入っていた少なくないスパイも検挙された。

 これを受け、大総統キング・ブラッドレイは隣国アエルゴに対し報復攻撃を宣言。

 実質的な侵略宣言は周辺諸国……クレタとドラクマに付け入る隙を与えるようなもの。

 

 けれど。

 

「レムノス・クラクトハイト准将。ご命令を」

「それじゃあ、進軍だ。ただ、これは殲滅戦ではないからね。あくまでこの後僕たちの子孫が住まう土地だと思って、壊し過ぎないように。それだけだよ」

 

 国民の不安も、不満も、すべてを吹き飛ばす快報に次ぐ快報は、両国の手を引かせ、アメストリスにかつてないほどの大景気を齎す結果に落ち着くのだった。



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第二十六話 錬丹術の応用「跳水錬成」&成功

 国土錬成陣を敷くのに穴を掘るのは悪手だと思う。

 いきなりなんだ、って話だけど、お父様とスロウスの話ね。

 崩れたら直さないといけない、綺麗な円を描かないといけない、何が埋まってるかわからない。理由はいくらでもあげられるけど、まぁまぁ面倒で、まぁまぁ迂遠だ。

 あと一気にやろうとするのも悪手。面倒くさがりが過ぎるんだよね。それだけの人数の賢者の石作ったら基本敵なしなんだから、少しずつやっていっても問題なかっただろうに。

 それを、賢者の石作成と「カミ」を引きずり下ろすことを一気にやろうとして、結果1914年に事件が過集中する結果となった。もっと計画的にできたんじゃないか、って。うん。

 まぁ七つの大罪に「慢心」はないからね。プライドはあくまで傲慢であって慢心じゃない。慢心を切り離せていたらもっと保険を用意するとかしてたんじゃないかなぁお父様は。

 

「どこに向かわれるので?」

「ああ、起こしちゃったか。ごめんね」

「いえいえ。それよりも、クラクトハイト准将が真夜中にコソコソと何をしているのか、の方が気になりますよ」

「うーん、まぁ、デモンストレーション?」

「ほう?」

 

 アエルゴは無理矢理円形に作られたアメストリスと違って、しいて言えば平行四辺形みたいな形をしている。だからコレ全体を円で包む、というのは難しい。よって、四つに分けるべきだと考えた。連鎖錬成陣だ。丁度、四回までなら僕が可能な錬成範囲だから。

 でもどうしたって余りが出る。そう考えると勿体ない精神的にはお父様のやり方はあっていたのかもしれないな、なんて掌をギュルギュル回転させつつ、とある石をポケットから取り出す。取り出して、キンブリーに見せた。

 

「これは?」

「鉛。錬成陣が刻まれているのは見える?」

「ふむ。……貸していただくことは可能ですか?」

「いいよ。好きに解析してみて」

 

 なので、作戦に際して国土錬成陣に入りきらない場所にある街は、都度都度賢者の石化して消して行こう、という算段。

 タッチして綺麗に化石を掘っていくみたいなアレだね、うん。

 

「……解析しろ、と言われましても。これはただの五芒星では? 円に五芒星……ふむ、意味を取ることは難しくないですが、解析するとなると……お手上げですね」

「これが、もう一つある」

 

 一つを地面に置く。

 そしてもう一つ、キンブリーに返してもらった方を、それの直上に持ってくる。

 

 握っている方にある鉛に思念エネルギーを込めて──錬丹術を使う。

 すると、青い錬成反応はまるで本物の雷のように空気中を伝い、地面の鉛へと流れ込み──。

 

「うん、いいね」

「ほう……」

 

 ボコッ、と。

 僕らの周囲へ円形の盛り上がりを作り出した。

 

「今、何を?」

「さっき見せたコレに思念エネルギーを送っただけだよ」

「……教える気はない、と。確かにそうですね。他の錬金術師の秘密を暴こうとするのはマナー違反でしたか」

「まぁ、盗みたかったら自分で考えることだね」

「反論はありません。……しかし、何故円ができたのかはわかりました。跳水ですね?」

「あぁ、そうだよ。正解」

 

 大地には流れがある。

 それを常流と見做し、ならば上から下へ向かう強めの流れによって射流を生み出して跳水を引き起こせば簡単に円が描けるのではないか。

 そう考えたのがこの「跳水錬成」だ。

 

 あとは賢者の石の錬成陣に従って陣を描けばいい。

 この錬成で重要なのは、その場所の中心にさえいれば円が描ける、というメリット。

 陣を描くのに線が要らないのはお父様が証明済みなので、地図から計算して必要な場所に意識を奪ったアエルゴ人を置いていけばいいだけ。心配なら土でも被せておけばいい。

 

「それじゃあ今から行くけど、キンブリー少佐、君って音の出ない爆発とか起こせる?」

「美学に反しますが、命令とあらばやりましょう」

「みんなを起こしちゃうと悪いからね。静かに終わらせよう。ああ、安心して。ストレス溜まるなら、相応の場は用意するから」

「ええ、信頼していますよ」

 

 さて。

 では、初めての賢者の石錬成だ。

 

 

 

 そこはアハレタという街だった。

 人口32,775人。アエルゴの中でもアメストリスに程近いせいか、治安悪めな街。路地裏にはゴロツキが多く存在し、中にはマフィアなどのホンモノも存在する──そんな街。

 そして、イシュヴァール人に武器を卸していたマフィア、フィオーリ一家のアジトがある街でもある……らしい。僕が調べたわけじゃないので知らない。あんまり興味もない。

 

 ただ、スパイを拷問し尽くして情報を引き出した軍が言うには、そのフィオーリ一家さえ消してしまえばアエルゴ側に言い訳の材料が無くなり、この侵略にも大義ができる……とかなんとか。中央軍側から送られてきた国家錬金術師がそんなことを言っていた。

 ので、デモンストレーションにはもってこいだな、と。

 

「この辺だね。それじゃあ、行くよ」

 

 周辺で一番高いビルの上。

 そこから、その真下に埋め込んだ鉛に向かって、思念エネルギーを送り込む。

 目立ちたくはなかったけれど、どうしても出てしまう錬成反応の雷が鉛から鉛へと伝い──ドゴッと大きな音を立てて、アハレタの周囲に円を描いた。

 

「結局大きな音が出てしまっていますが」

「ううん、この辺は要改良だなぁ。あと高さが範囲に影響するのか、思念エネルギーの量が影響するのかも検証したいところ……」

「それで? 騒ぎが起きているようですが」

「大丈夫大丈夫。すぐ収まるから。それじゃ、街から出ようか」

 

 雷が落ちたとなれば、誰もがその堕ちた地点に野次馬をしにいくか、あるいは家に籠るだろう。それくらいの気象学はある。

 

 騒ぎを逆流して、「流れ」の跳水が起きている盛り上がりを見つけて、そこを飛び越えて。

 

「キンブリー。これが彼ら……エンヴィー達がやってることだよ」

「はあ」

 

 17歳だと言った。彼は今。

 まだ知らされていないのか、知っていてこの反応なのかはわからないけれど。

 

 ──青ではなく、赤い錬成反応が迸る。

 出現するのは黒い手。幼子のような、海藻のような、触腕のようなソレが──赤い光と共にアハレタを覆いつくす。

 

「これは……」

「赤きティンクトゥラ。哲学者の石。大エリクシル。天上の石。第五実体──」

「まさか、賢者の石?」

「うん。エンヴィー達から貰ってない?」

「……貰っていません。ですが、貴方から頂ける、とは聞きました。……現地調達だとは思いませんでしたが」

 

 ああ、そう。

 そういうとこちゃんと説明してほしいな。

 

 ざわめき、どよめき。

 その光景に驚くのは束の間に、アハレタの人間は誰もが皆首を押さえ、息が出来ない、違う、生命活動ができないと──喘ぎ、苦しみ、絶えていく。

 時間は数十秒だ。これが僕の錬成速度の遅さなのか、賢者の石錬成にこれくらいかかるのか、もっと早くできるのかは定かではない。

 

 けれど──成功はしたらしい。

 

 静かになった。

 ゴーストタウンかのように、静かに。

 

 盛り上がった円の一部を破壊して、アハレタを歩く。

 周囲、幾人もの人間が倒れている。外傷はなく、体内を調べても毒素の類は見つからないだろう。あ、賢者の石にするって完全殺人なんだ。名探偵がいても証拠不十分で検挙されないねコレは。

 

 二人、歩いて。

 

「うん、無事上手く行ったようだね」

「……あまり美しい光景ではありませんでしたね。断末魔も悲鳴もないとは」

「何事も準備は地味なものだよ。──ホラ、あげる」

 

 キンブリーに投げ渡す。

 丸い、飴玉サイズというには大きすぎるソレ。僕が貰ったものと同程度の大きさの、妖しく光る赤い石。

 

「これが」

「そう、それが賢者の石。人間の魂を抽出して得られる実体化したエネルギーだ」

 

 確かにこれ、楽だな、って思った。

 イシュヴァールだと交点にイシュヴァール人を置くのが大変だから難しかったけど、アエルゴはイシュヴァール人程の結束力がない。他者にそこまで興味のないこの国なら、行ける。

 

「明日、早速使ってみても?」

「良いけど、他の人にバレないようにね。テンション上がって"素晴らしい、素晴らしいぞ賢者の石!"とか言わないように」

「……言いませんが、何故そのような指摘を?」

「言いそうだったから」

 

 言ってたから。

 

 ま、明日はアエルゴ軍と正面衝突が予想されている。こっちの戦力を見せつけるには十分な場面で、こっちの最大火力たるキンブリーが出るんだ。相手が軍人でこっちを殺さんとしている者ならば、アームストロング少佐もあんまり傷つかないだろう。

 ……ただ彼は、僕が戦地にいる、ということそのものに傷ついているみたいなんだよね。僕の意思なのに。

 

「戻るよ、ゾルフ少佐」

「キンブリー少佐とお呼びください、と言ったはずですが」

「ゾルフの方が短くて良くない?」

「呼ばれ慣れていませんので。それを言うのなら貴方だってそうでしょう」

「確かに」

 

 なんて。

 雑談をしながら、僕らは隊へと戻るのだった。

 

 

 

 *

 

 

 

 当然の話をする。

 外でドンパチやってる中、僕が何故このテントで一人跳水錬成についての実験を行っていられるかについての話だ。

 

 ──正直言って、僕の錬金術は、錬金術師としての腕は、部下四人の誰もに劣る。というかこの侵略に参加したほぼすべての国家錬金術師に劣る。

 無論技術の優劣とはなんであるか、という議論について、僕のように自らの特性、得意分野を生かして創意工夫することこそが優れている、というのであれば、僕は中くらいにまで行けるだろう。けど一点特化してその道を究める、みたいな錬金術師の物差しで考えたら僕は最下位だ。

 そして僕の完全上位互換にアームストロング少佐がいる。彼は特化したものが無いにもかかわらず、特化連中と肩を並べて張り合い続けられる超万能型筋肉錬金術師。錬成速度も錬成規模も申し分なく、何より素の肉体が強いので隙がない──まさに上位互換。

 

 なので。

 僕は要らない子なのだ。准将という立場もあって、命令をするだけして、外に出ることは滅多に無い。

 イシュヴァールであれほど凄惨な行いをした錬金術師というから初めはビクビクと震えていた軍人らも、いつの間にか僕を見なくなっていった。勿論目が合ったら会釈はするけど、それだけだ。そしてそれが良い。監視されて護衛されて、が四六時中続いていたら困っていたからね。

 

 ちなみにアハレタに関しては、アメストリスの最新の化学兵器だとか錬金術だとか様々な噂が立ったけれど、その全てが今日のアエルゴ正規軍とのぶつかり合いに流されている。

 殲滅戦ではないからね、と何度も釘を刺しただけあって、死者は少ない……とは決して言わないけれど、無理だと判断して投降する兵士は少なくない。

 

 そうして投降してきた兵士は捕虜として拘束し、どんどん国力を削っていく。

 

 なんでこういう手法を取っているかというと、今回はイシュヴァールと違ってアメストリス側のメディアが入り込んでいるからだ。戦場カメラマンというか、なんというか。

 こちらの快勝を国へ持ち帰るためのカメラマン達は、一応中央軍の検閲のもと情報を持ち帰ると言えど、数が数。何か不祥事を……卑劣で外道で邪悪な行いをしていた場合、それをすっぱ抜かれては困る。ということで、真正面から国家錬金術師でぶちのめして、はい、おしまい、にする。

 それが中央司令部の考え。

 

 ──その後アエルゴの民が全員死んだって、それはアメストリスに関係のないことだ。終戦宣言までして、軍を退かせた後の話になるのだから。

 

「クラクトハイト准将、ちょいと良いですかい?」

「うん? ……名前は?」

「ああすんませんね、マース・ヒューズであります」

 

 実験道具を片付ける。

 まだ大尉どころか階級すらついていない彼。というのも。

 

「士官学校生徒全員揃いました、って報告です」

 

 士官学校生。まだ十七歳な彼は、これから軍人になるのだ。

 

「了解。といっても、何もしなくていいからね。今国家錬金術師が暴れてるから、巻き込まれたら危ないし」

「……俺達がここに呼ばれたのって、つまり"戦場の空気を味わってこい"って奴ですよね」

「だろうね」

「ただ……」

「国家錬金術師のビックリショーばかりで現実味が無いというのなら、実銃を握ってアエルゴ人を撃ち殺してみる?」

「……いえ、すんません。余計なことを口走りました。……遠慮しておきますよ。そんな実験みたいな感覚で人の命を奪う気は無いんで」

 

 ……。

 まぁ、それが普通か。

 

「どんな気になったら人の命を奪えるの?」

「いや……まぁ、死にたくねぇって時だと思います。自分が死にたくないって思ったら、銃でもナイフでも取って──人の命を奪うんだろう」

「そう。参考にするよ。じゃあ、下がって。ああでも、ピクニック気分で来てる生徒がいたら、流石にぶっ叩いて目を覚まさせてあげてね」

「へっ? あ、あぁ、そりゃ勿論ですが。……あー、じゃあ、失礼します」

 

 これだけの侵略戦争、これだけの紛争を繰り返しているアメストリスで、マスタング大佐を始めとした反戦軍縮の気風が途絶えない理由。まぁ彼はきっかけが殲滅戦だから事情は違うんだけど、こうも平和主義が多い理由をちょっと考えていたことがあったんだ。

 ホラ、作中でもヒューズ中佐が殺された時、みんな血気盛んになったように、やっぱり身近な人間が殺される、という恐怖に接していないからなんだと思う。テロリストが如何に怖いかを知らないからなんだと。

 

 良いことを聞いた。

 アエルゴ人を有効利用して、アメストリスから反戦軍縮の空気を減らして行こう作戦、だ。

 ホムンクルスたちの企みを阻止して、けれど僕や僕の思想の近しい人が大総統の座に就けなかった場合に、隣国へは決して気を許してはいけない、という空気を植え付けるために。

 

 意識改革──という奴である。



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第二十七話 錬金術の基礎「地殻エネルギー」&目途

 胸騒ぎはしていた。

 マース・ヒューズ。今はまだ階級のない、単なる士官学校生である彼は、けれど虫の知らせのような……第六感が警鐘を鳴らすのを確認していた。

 

「ヒューズ?」

「……」

「どうしたんだよ、拳銃構えて外睨んで……なんかいるのか?」

 

 夕焼け時。あたりが暗く、赤く昏くなってきた頃合いだった。士官学生用のキャンプは少しばかり弛緩した空気が漂っていて、緊張を保っている者など一人もいない。

 いや、いなかった、というべきだ。

 今、いきなりマース・ヒューズが立ち上がって、激しい警戒をしはじめたこと以外は、まるで遠征演習にでも来たかのような雰囲気だった。

 

「……誰か、来るぞ。カウフマン、みんなを叩き起こせ」

「誰かって……こんなトコに来れるのは軍人だけだろ? 警戒しすぎだって」

「四人……いや、もっと居やがんな。軍服も着てねえ」

「はぁ? 一般人ってことか? アメストリスの旅行者……は、流石にねぇか。わーったよ、全員叩き起こしてくる」

 

 警戒だ。

 士官学生は今、これから軍人になるという段階で、だからこそ戦場の空気を味わっておくためだけにここにいる。それでも軍人の卵なのだ。戦闘行為ができない、ということは無い。

 ヒューズは拳銃を、そして腰のナイフを検めて、その足音の方向を注視した。

 崩れた建物の陰。

 

 出てきたのは──子供、だった。

 

「……ッ」

 

 アエルゴ人の子供。

 自分たちよりも幼い、少年とも少女とも取れぬ年頃の子供が──銃を、持って。

 

 震える手で、震える体でそれをもって、こちらに近づいてきていた。

 

「ヒューズ……って、ありゃ」

「ああ……多分な」

「……無力化して拘束するぞ。ガキの一人くらい、いけるだろ?」

 

 此度の報復戦争の方針は、戦士でない者、投降してきた者は殺さず捕らえることになっている。この場合は前者が当てはまるだろう。たとえ凶器を持っていたとしても、子供は子供だ。

 殺さずに済むならそれに越したことは無い。そういう考えは当然の倫理として彼らに根付いている。

 

「待て……何か、おかしい」

「早くしねぇと、乱射されても困るだろ。テントに穴が開いちまう」

「わかってる。だが、俺は確かにさっき五、六人の足音を聞いたんだよ。ガキ一人じゃねえ」

「あの子は囮で、他がいるってことか?」

「そう思う。……俺が拳銃を弾き飛ばすから」

「保護か。任せろ」

「いや、牽制だ。あっちの陰と、あの建物の屋上。考えられる射線はそれだけだ。拳銃を弾くと同時、そっちへ銃撃を頼む」

「聞いてたか、ドーラ」

「へいほい。寝起きだが、まぁ牽制ならいいだろ。精度は期待すんなよー」

 

 子供が近づいてくる。

 既に有効射程距離に入っているが、それでも、と。

 

 ──戦争だ。

 親を失った子供など、たくさんいるのだろう。

 そうだ、戦争だ。これは。

 

 拳銃より得意なナイフを構えて──。

 

「ッ! 伏せろ!!」

 

 踵を返し、カウフマンとドーラを押さえてテントの内側に飛び込む。

  

 直後、爆発があった。

 耳をつんざく轟音と目を灼く光。爆風でテントが焼き飛ばされる。

 爆薬の量がそこまででもなかったためか、爆発はすぐに収まったが──テントに火がついた。

 

「おい、起きろ! 敵襲だ!」

 

 カウフマンが真っ先に叫ぶ。まだ寝ぼけている学生に対し、そしてこのテントにいない、他のテントにいる者達に対し警鐘を鳴らす。

 

 ヒューズは。

 ヒューズは──後ろを振り向いたことを、後悔した。

 

「……」

 

 燃えている。

 黒い、小さな、背丈の小さな、黒い、黒い影。

 もうヒトのカタチであったことしかわからないソレが──ゆらり、くらりと、倒れて。

 

「クソ……!」

 

 終わりではない。

 まだ何も終わっていない。音を聞いて軍人が駆けつけるまでの間、士官学生は生き残らねばならない。

 

 燃えるテントから出て、そうして気付く。いる。いる。いる、いる、いる。

 見える射線、その全てにいる。誰かがいて、ヒューズ達を見ている。長物を覗いて──彼らを見ている。

 

「お前たちが、仕掛けてきたんだぞ」

 

 声は背後から聞こえた。

 幽鬼のような声だ。士官学校生のものじゃない。けれど若者の声。

 転がり出たテントの先で、その声は背筋を這い上がるようにして彼らに囁く。

 

「アメストリス人。お前達さえいなければ、俺達は──」

 

 振り上げられるものが何なのかはわからない。暗い。棍棒か、あるいは剣か。

 後者であればヒューズに待つのは死だろう。投げナイフではどうにもならない距離で、姿勢も悪い。

 

 振り下ろされる。

 怖ろしい瞳だった。真っ黒な顔に目だけが浮かんでいるような、復讐の相貌。

 

 それが。

 

 パン、なんて軽い音に──弾かれ、仰け反り、倒される。

 

「大丈夫か、ヒューズ」

「アントン……すまねぇ、助かった」

 

 別のテントにいた同期。

 彼の放った銃弾が、復讐者を撃ち飛ばした。ただそれだけのことだ。

 いつかは己も行うことだ。だというのに、酷く、酷く──空無で、虚無で。

 

「おいおい、呆けてる暇ねーぞ! 早く遮蔽に隠れろ!」

「こっちだこっち! 安全は確保してある!」

 

 不気味だった。

 撃ってこなかったからだ。建物の屋上に佇む、明らかに長銃と思われるソレを覗く者たちが。

 それでも油断はできない。遮蔽に隠れ、正規兵が来るのを待つべきだ。

 

 未だ。

 轟轟と音を立てて燃えている、爆心地。

 

 違和感があった。

 拳銃を持っていたのに、怯えがあった。その瞳は、先ほどの幽鬼とは違い、ただただ恐怖に震えていた。

 だから罠だと思ったし、だから無理矢理やらされていると思って、無力化を選ぼうとしたのだ。

 

 果たして、それは正解だったのかもしれない。

 あの子供は無理矢理にヒューズたちのテントに近づかせられて、その身ごと──。

 

 想像に過ぎない憶測に頭を振るう。

 今は自らの命と仲間の命だけを心配しろ。気を散らすな。

 

 ここは戦場。

 どうあっても安全な遠征演習などではないのだから。

 

 

 *

 

 

「っていうシナリオだったんだけど、どうだったかな」

「どうも何も。何故私は貴重な睡眠時間を削ってまでこんな三文芝居を見せられているのでしょうか、と問いたいところですね」

「後進の……というか、君にとっては同年代の彼らがあんな調子だったんだ。この国の行く末を思うのなら、敵を眼前にして無力化を考える、なんて甘えた考えは捨て去って貰わないと困るでしょ?」

「相変わらず愛国心の高いことですね。……私はこの国に対して思うことはありませんよ。ただ、貴方が平和を望まぬ将で良かったと心底思うだけです。アエルゴだけではないのでしょう? あなたはクレタもドラクマも視野に入れている。……確かにそういう意味では、"他国の人間とは分かり合えず、殺さねば平穏は得られない"と思わせるのは悪手ではありませんが……」

「が?」

「早計ですね。意識改革は無論構いませんが、軍人になってからでも良かったかと。逃走兵には相応の罰が与えられますが、士官学生の時点では軍人にならない、という択を取ることができてしまいます。目の前で子供が自爆テロなんて、トラウマとして刻まれてもおかしくはないのでは?」

「……確かに」

 

 確かに。

 逃げられなくしてからやるべきだったか。その方が強迫観念にも襲われる。

 原作でも殲滅戦の後国家錬金術師をやめた錬金術師が数多くいたという。国家錬金術師であることに、軍の狗として殺戮を繰り返すことに耐えきれなくなって、その資格を返上したとか。

 そういう、トラウマの植え付けられた人間は、極度に他国を恐れるか、極度に戦争を恐れるかのどちらかだ。後者になられると面倒くさい。それは反戦思想とあまり変わりがない。

 

 ……ううん、ダメだな。

 確かに過ぎて反論が思いつかない。

 

「ただまぁ、少しばかり安心しましたよ」

「何が?」

「貴方です。聞けば、一般の学校にも、士官学校にも通っていないのだとか。四則演算を覚える前に錬金術を学び始めた──なんて噂も流れていましたね」

「ああ、まぁね。なんなら字も習ってないよ」

「……噂ではないと」

「学が無い、って言いたいわけだ。いや、これだと棘がありすぎるかな。まぁそうだ、僕は兵法というものを習ったことが無いし、心理学に長けているわけでもない」

 

 悪魔や忌み子と称される一方で、錬成兵器の開発や錬金術の習得速度から天才だのなんだのと持て囃されることも少なくはない僕。

 けれど、実際は全然なのだ。

 小手先の技術やアレンジ力には長けている自信があるけれど、結局それは前世知識に依るものが多く、そしてそれに関さないものにおいては全くわからない。歴史オタクでも軍事オタクでもなかったから、兵法なんかこれっぽちもわからないし、国家錬金術師をユニットとして見た場合の行軍経路とかもてんでさっぱり。

 そして教育や意識改革といった指導者足らんとする行いも見ての通りだ。

 

 アレだ。

 餅は餅屋。できないことはできる人に任せた方が良い。

 

「色々と噂は立てられていますが、実際どうなんですか? 貴方が国家資格を取るまでにかけた期間……錬金術を学び始めてからの時間、というのは」

「一か月だよ」

「なるほど、どの噂よりも短いとは。恐れ入りました」

「嫌じゃないの? そんなのの下にいること」

「私は別に、充実した仕事ができるのなら、どこであろうと誰の下であろうと構いませんので」

 

 だろうな、と思って聞いた。

 これで嫌です、って返ってきたらどうしようかと思ってたよ。別にどうもしないんだけどね。

 

「それでは私は明日に備え、休眠を取らせていただきますよ」

「ああうん。構わないけど、明日どっかと戦う予定あったっけ?」

「何事も予想外は付き物でしょう。それが敵地であるのなら尚更に」

「何の反論も無いよ。おやすみ」

「ええ、おやすみなさい」

 

 キンブリーって。

 正論ばっかいうのが悪いとこだよね。僕自身が嘘だらけだから、刺さる刺さる……。

 

 眼下。

 呼ばれてきた正規兵が混ざり、士官学校生と共にアエルゴ人の残党──軍人だった親を亡くしたり、あるいは初めから孤児でゴロツキになっていて、けれど停滞という安寧に身を窶していた若者たち──を迎撃している。

 

 時期尚早。もはやぐうの音も出ないけれど、それでもここが生死を分ける場所であることは理解してくれたんじゃないかな。

 そして──無力化とか、鎮圧とか、そんな生温い言葉使ってたら、いつか復讐されるよって話も。

 

 

 *

 

 

 少しばかりの小競り合い……キンブリーの言っていた通り、アエルゴ軍の小隊が命令を無視して攻撃を仕掛けてきて、それを破壊、もとい迎撃した後の話。

 特に何でもなく終わった戦闘は、けれど違和感が残る、といった様子で佇む一人を生んだ。

 

「どうしたの、アームストロング少佐。体調悪い?」

「ム。……いえ、体調は至って万全なのですが。どうも、この国に来てから錬成時に違和感があるのです」

「違和感?」

「はい。……こう、思っている以上の威力が出てしまうと言いますか、想像以上の素材を錬成してしまうと言いますか……我が身のことながら言葉に表し難いのですが、至極快調で」

「うーん。まぁ、アメストリス国内で戦ってる時は、どうしても周囲への被害とか気にしちゃうし、無意識にセーブしてたんじゃない? アームストロング少佐だって、アメストリス国民の子供とかを流れ弾とかで傷つけた日には、立ち直れないでしょ?」

「……成程。確かに、そうかもしれませぬ。このアレックス・ルイ・アームストロング……やはりまだまだ教わることばかり。どうぞ、これから先もご教授いただければ、と」

「僕から教えられることなんてほとんどないと思うけどね」

 

 なんてとってつけたような理由で誤魔化したけれど、それはアエルゴに賢者の石の蓋が無いからだ。

 アメストリス地下に張り巡らされた賢者の石の蓋。地殻エネルギーを阻害し、絞り、故にアメストリスの錬金術は発展しすぎないよう制限されている。錬金術は生命あるものならば誰もが扱える。それは真理が証明している。

 だというのにアメストリスに錬金術師が少ない理由はコレが原因だ。

 制限されているから、エネルギー源の蛇口が絞られているから、半端な術師や幼稚な術師だと失敗する。あるいはそもそも発動しない。

 

 だから廃れる……というか普及しない。

 建国から錬金術と共にあるクセに、地方には錬金術が広まっていない、というのはそのせいも大きい。無論外縁に近い街ほど併合吸収された元別民族だから、というのも理由としてあるけれど。

 

 それで、それがないアエルゴで、アメストリス式の錬金術を使えば、常時全開の蛇口に出力が安定せず、アームストロング少佐のように不安定な……けれど高威力の錬成が行われる。

 1.5倍、くらいかな。だから、国家錬金術師達は帰国したら錬金術が使い難いと感じるようになるかもしれない。……その辺の周知はしておくべきなのかなぁ、僕。アメストリスへ戻ったら手加減するように、みたいなこと言っておかないと、全力を出した時に気付かれるよね。

 

 僕にデメリットはないけど、一応まだ協力者ポジションではあるわけで……。

 

 なんて。

 流石に捕らぬ狸の皮算用かな。まだ侵略は始まったばかりだ。

 こういうの考えるのは、アエルゴ落としに完全な目途が立ってからにしよう。

 

 

 +

 

 

 目途が立った。

 不味い、完全な計算ミスだ。

 

 ──弱い。

 アエルゴが。イシュヴァールの武僧のような超人もいなければ、錬金術も発達していない。暁の王子で見たような科学者──恐らくアメストリスから流出したはぐれ錬金術師もほとんどいない。少なくともアエルゴ軍に信用される程の地位にはいない。

 よって、あまりに敵なし。無敵だ。文字通りの。

 

 一応既に賢者の石の錬成陣は刻み終わっている。四つとも、だ。

 その国土の広さに比例して確かに兵士は多いんだけど、一般兵が国家錬金術師の前に立って何ができるというのか。

 加えてアハレタを始めとする小さな町で起こる突然死事件。まぁ僕がやってる小さな賢者の石作りなんだけど、それが敗戦ムードを助長させている。

 

 四年はかかる、つもりだった。

 けど、賢者の石の蓋がない──全力を揮える国家錬金術師の破壊力を見くびっていたのだろう。僕の二倍、三倍程度の破壊力だと勝手に推量してしまっていた。

 

 多分、百倍は難くない。

 

 なんだアレは。ヤバすぎる。僕の錬成兵器なんてホントに玩具だ。遅延連鎖生体錬成弾みたいなものを使うまでもなく、すべてを破壊し尽くしていく国家錬金術師。

 そんなに力量差があるのに、何故今まで侵略を行わなかったのか。

 そんなの決まってる。必要が無かったからだ。

 フラスコの中の小人に必要な分だけで作られたアメストリス。メイ・チャンをあの場から追い出していたことを思うように、お父様はその場に要らない物を排除する傾向にあるのだろう。余計なことはしない。必要な事だけをする。

 ……まぁその手段の効率については今は語らないものとして──さて、考えよう。

 

「クラクトハイト准将!」

「なにかな」

「──アエルゴの王族が出て来ました」

 

 アエルゴ王国。

 王族制のこの国の、一番偉い人。

 

「降伏宣言、だそうです」

 

 ……よし。

 次はクレタに喧嘩を売らせるか!

 

 一年。たったの一年で、アエルゴはアメストリスに降ったのである。





「竜頭の錬金術師」 / 第二章 完


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第三章 錬金術の禁忌「賢者と愚者と天国と地獄」
第二十八話 錬金術の禁忌「連鎖賢石錬成」&標的


 終戦宣言。

 報復戦争、侵略戦争。

 

 終わってしまった。なーにが四年はかかる計算、だ。何を計算していたんだ僕。

 

「流血のない、とはいきませんでしたが……こうして終わることができたことを嬉しく思います」

 

 とはアームストロング少佐談。

 彼らが殺したのはアエルゴの兵士だけだからね。アームストロング少佐は心優しい兵だけど、流石に軍人と一般人の境は認識している。命を奪い、奪われるのが軍人であると理解している。あるいは姉に叩きこまれたか、家のしきたりか。

 軍人が戦い、その果てに死ぬことに対して憐みを覚えるのはむしろ無礼だと──彼はいつか語っていたか。

 

「……准将」

「何かな、マクドゥーガル少佐」

「……いえ。貴方と、そしてキンブリー少佐からは……少しばかりの」

「マクドゥーガル少佐。言わなくていいことを言う必要はありませんよ」

「っ! ……そう、だな」

 

 というわけで、僕が自分から選んだ最後の国家錬金術師は氷結の錬金術師ことアイザック・マクドゥーガルだったりした。

 何故って、彼は軍の闇を知って反体制派ゲリラになるような人間だ。裏の糸とか気にしなくていい代表だろう。

 

 その背を叩き、振り向きもせずに手を振って去っていくのはキンブリー。

 これから行うことを知っている彼だ。忠実な部下として、後の全てを僕に任せて出ていく。

 

「クラクトハイト准将、ここで何を?」

「何って言われてもね。錬成陣を描いている、としか」

「はぁ。……何故?」

 

 そして最後の一人。中央司令部からの推薦で入って来た国家錬金術師。

 ……いやまぁ、原作知識には全くなかった人だったんだけど、火力は十二分だった。グラン大佐とか、あるいは若い頃のマスタング大佐とかが来るんじゃないかって身構えてたんだけどね。何も知らない人で逆に安心したというか、100%中央の糸が背中にくっついているのが見えて気が楽だったというか。

 

「帰投命令は出ているはずだけど」

「それは貴方も同じでしょう、クラクトハイト准将」

「いいや? 僕はやることがあってここに残ってる。君とは違うよ」

「そのやることとは?」

 

 気が楽だった。

 何の気兼ねもなく、彼を面倒くさいな、と感じることができたから。善人過ぎず、悪人過ぎず。キンブリーのような能力のあるビジネスパートナーでも、アームストロング少佐のような価値のある善人でも、マクドゥーガル少佐のような正義の心を持つ善人でもなく。

 

 ただ僕の技術を盗まんとするためだけに付いてきた、至極どうでもいい存在。

 

「賢者の石の作成」

「……ッ、そんな夢物語で納得するとお思いですか!? たった一年の間でしたが、私は貴方の言う通りに動き、貴方の命に背かなかった──それは貴方が国のために動いているということを心から感じられたためです! それを、今になって反故にするなど」

「君に与えられていた任務は、遅延錬成の技術と、そしてホムンクルスから与えられた賢者の石の錬成陣──その完成形の奪取。そうだよね」

 

 ホムンクルスたちは、中央軍にノウハウを渡しただけだ。

 渡して、そこから賢者の石を確実なものとして生成できるようになるまでに、数多のイシュヴァール人を使用した。

 つまるところ、彼らに渡されたのはこの錬成陣ではなく、もっと原本のような……あるいは知識だけとか、とかく抽象的なものだったのだろうことが窺える。

 

 それでいて、イシュヴァール人を僕が全滅させてしまって、実験材料が足りな過ぎる。

 じゃあアエルゴに、と目をつけて、ようやく実験ができるようになった──のだけど。

 

 明らかに、もっと完璧な賢者の石を作っているっぽい奴が上司にいました、と。あるいはアレかな、キンブリーも彼の事を見抜いて、見せつけてからかいでもしたのかな。

 だから、メディアに扮した中央軍の下っ端と定期的に会って報告を届けて、その追加任務が出されたのだろう。

 

「……知られているのなら、話が早いですね。──これは中将以上の権限による命令です。クラクトハイト准将、貴方の知っている技術の全てを私に明け渡してください」

「75秒だ」

「はい?」

「君が僕に話しかけてきてから、今やっと1分と15秒が経ったんだよ」

 

 ガチャン、と。

 大きな──金属同士が噛み合う音がする。

 

 アメストリス国民。報復戦争に出てきていたすべての国民の退去は終了している。一般兵の一人も残っていない。

 

「サンチェゴの錬成に15秒。四つの錬成陣に思念エネルギーを込めるのに15が4つで60秒。計1分15秒。幼子でもできる計算だね」

「……准将に話す気が無い、というのはわかりました。では、手荒になりますが──この一年でさらなる進化を遂げた私の」

 

 地面から突き出た鎖が彼の首に巻き付く。

 そのまま引き摺り倒して、四肢をも新たな鎖で拘束する。

 

 ダメだよ。僕がしゃがみ込んでいる時に悪意もって近づいてきたら。

 サンチェゴ作ってるに決まってるじゃん。この一年で作る機会は一度もなかったとはいえ。

 

「ぐ、ぅ!?」

「人間ってさ、丁度いいよね。思念エネルギーを発生させる頭蓋と、腕が二本に足が二本。四つまでしか並列処理ができない僕のためにあるかのような生き物だ」

「……!?」

「なんて。こういう言い方すると、ホントに悪魔みたいだよね。安心して。僕も同じ人間だよ」

 

 地面から抜き出すのは、お馴染みの竜頭。柄が円形で、螺旋を描く刀身の、けれどかなり短い剣。剣というか槍というか。まぁ実用性に欠けるものであるのは事実だ。

 

 それを。

 

 引き倒した、彼の脇腹に──刺す。

 

「──!?」

 

 巻く。

 ジリジリと音を立てさせて、竜頭を巻く。

 感じるだろうか。その体内で組み上がる──生体の機械時計の存在を。

 

 僕に生体錬成は使えない。

 といっても、医学の心得が無いからの話であって、過畳生体錬成や遅延連鎖生体錬成弾のように、相手がどうなってもいいのであれば、生体錬成を行う知識はある。人間の組成は知っている。

 

「同じことをして拘束したアエルゴ人を、各地に三人配置してあってね。──君で最後だ」

 

 ペラ、と見せるのは、賢者の石の錬成陣──そこに僕の遅延錬成を足した、とても簡易な陣*1

 

「さしずめ、連鎖賢石錬成陣とでも名付けようか。賢者の石の錬成陣が僕の作ったものではないから、略すこと自体が少し憚られるけれど」

「ぅ──ぶ、ぐ」

「それじゃ、これが君の見たかった遅延錬成で、君の見たかった賢者の石の錬成だ。──さようなら。二階級特進おめでとう」

「──!!」

 

 南西。南。西。そして目の前の順に、黒いウネウネが突き出てくる。

 赤い光。地面より滲み出すそれは地を走り、中心点を支点とした円を描く。

 

「壮観ですね。私はこの殺し方をあまり好みませんが、たった一人の錬金術師がこの規模の錬成を起こしたと思うと、一錬金術師としての腕が疼きますよ」

「あれ、帰って来たんだ」

「アームストロング少佐とマクドゥーガル少佐を装甲車に乗せて、ですよ。ちゃんと外の見えない後部座席に座らせました」

「本当に仕事人だよね君」

「そういうところ、キッチリやらないと気が済まないので」

 

 時間にしてみれば、十数秒でしかない。

 そして今の時間、キング・ブラッドレイが演説を行っているので、アエルゴに目を向けている人間はほとんどいない。いたとしても少数で、そういうのが何かしらの噂を流してくれるだろうから、それはそういう都市伝説として生き残る。

 構わないのだ。知られたところで解明できるわけでもなし。あるいはエドなら──とか。

 

 赤い光が収まる。

 静寂が訪れる。

 

「おや? 彼、殺したのですか?」

「人聞きが悪いな。僕は味方殺しをしないことで有名なんだ。裏切り者は味方にカウントしないけどね」

「ああ、最後の最期で欲を出しましたか。同じ"子飼い"同士、仲良くできると思っていたのですが」

「心にもないこと言うの得意だよね、キンブリーって」

「いえいえ、全て本心ですとも」

 

 適当に車を見つけて、鍵を壊して乗る。

 流石に全土を歩いて賢者の石を回収とかやってらんない。僕のところに自動で集まるでもなし、自動車使ってさっさと集めるのが楽だ。

 厚底ブーツ的なものを適当に錬成して目線も高くなるように調整して。

 

「……」

「なに、せっかく帰って来たのに来ないの? もう行くけど」

「……免許はお持ちで?」

「持ってないけど、運転くらいできるよ」

 

 勿論前世の普通車と違うのはわかってるし、普通にアエルゴに来てから何回も乗ってるし。

 身長が足りないから色々工夫しないといけないんだけど、やっぱり便利だ、自動車。ちなみに大型バイクも乗れる。そんなもの無いけどね鋼の錬金術師世界。

 

「わかりました。信じましょう。ただし、もしもの事を考えて」

「いつもの聞き分けの良さはどこに行ったの? 大丈夫、安全だよ。安全運転で行くよ」

「ふむ。……これは私が間違っているわけではないと思うのですがね。いいでしょう」

 

 そんなに怖いかな、子供が運転する車に乗るの。

 

 ……怖いか。

 

 

 

 

 ともあれ、何の事故もなく、速度超過さえもなく普通に運転して普通に巨大な賢者の石を回収して元の場所に戻って来た頃には、日が暮れていた。まぁまぁ広いからね、アエルゴ。

 そしてそこにいたのが。

 

「よぉ。四年かかるんじゃなかったのかよ」

「うん。国家錬金術師、ヤバいね。人間兵器っていうのにようやく納得が行ったよ」

「アンタもその一部なんだけどな」

 

 エンヴィーである。

 

 彼に後部座席の巨大な賢者の石四つを見せる。

 

「はー、こうなるのか。……大体何人くらいだっけ?」

「一個当たり750万人分くらい?」

「ハッ! そりゃすげえ!」

 

 そうなのだ。

 クセルクセスの人口が100万人くらいだったせいで、ホーエンハイムもフラスコの中の小人もその中に53万人しか入っていないとかいう少なさに対し、この巨大な賢者の石は一個当たり750万人分。

 たかだか50万人ちょっとであそこまで生きてあんな色々できるって考えたら、確かにアメストリス国民を全員使った賢者の石でカミをも封じ込められると思うのは致し方のないことだろう。

 

 そんでもっての、コレだ。

 ……もしコレ、お父様が取り込んだりしたら、普通に考えてパワーアップだよね、とか思ったり思わなかったり。

 まぁエドがなんとかするでしょ。僕も色々仕込んではおくから。

 

「コレ、エンヴィー達の上司に?」

「上司……いやまぁ、上司……まぁ、そう、だな。そういうことになってる。……なんだ、欲しいのか?」

「いや、クレタとドラクマの侵略も現地調達で良いかなって思ってるよ」

「いいねぇ、本当に容赦がない。キンブリー、アンタも付き合ってて楽しいだろ、コイツ」

「楽しいかどうかは微妙ですが、充実した職場ですよ。賢者の石が使えて、錬金術を好きに使えて、良い音も聞けて、特に何を言われることもない。出来得るのであれば異動はしたくないですね」

 

 僕もしてほしくない。

 いやね、本当に強いんだよキンブリーって。頭も良いし。戦ってないときは普通に色々な事を教えてくれる。「そういうことは専門外なのですがね……」とか言いながら大体知ってる。

 あらゆるものを爆発物に変える錬金術。故にあらゆるものについて知っていなければならず、爆発物、爆発性のある物質に変えるためならどんなことだって覚えるし勉強する──狂っているが故の勤勉。

 

 狂人結構、狂っているなら調節するのが竜頭の仕事。

 僕も彼とはそれなりに良い付き合い方ができていると思っているよ。

 

「んじゃ、その車ごと俺が貰ってくよ。仕事お疲れさん。クレタとの戦争はちっと準備に時間がかかるから、その間休みでいいぜ。整ったらブラッドレイから招集がかかるだろうからさ」

「……それなら少し、行きたい場所がある。大総統に出国許可を出してもらえるよう言っておいてくれる? 腹の探り合いしたくないんだ」

「そりゃいーけど、どこ行くんだ?」

「クセルクセス」

 

 反応は二種類。

 疑念と納得。

 勿論、前者がエンヴィーで後者がキンブリーだ。

 

「何用で」

「成程、残党狩りですか。確かにあそこであればいい隠れ蓑になる。──イシュヴァール人。狩り損ねた者がいると踏んでいるのですね?」

「うん。僕が要注意人物として挙げていたイシュヴァール人が二人いるんだけどね。そのどちらもが見つからないまま、内乱鎮圧は終わってしまった。アメストリスへは完全に入らせないよう見張っていて、アエルゴにもいなかったから──最後の可能性はあそこしかない」

 

 傷の男(スカー)とその兄。

 ホーエンハイムさえいれば兄の方の天才性は必要ないと言ったけれど、だからといって見逃すわけではない。あの二人こそ、最も危険。最も復讐者に近く、最も国家錬金術師を死に追いやりやすい二人。

 

 僕が逃がしたままにしておくと思ったら大間違いだ。

 復讐の芽は完全に摘む。摘み取る。──他に逃げているイシュヴァール人も、全員。

 

「オーケー、ブラッドレイに言っておくよ。キンブリー、アンタはどうす……って、聞くまでもないか」

「ええ、勿論ついていきますよ。私に休暇期間など不要なので」

 

 右に同じ、だ。

 休みなんて要らない。

 世界征服を果たし、危険分子や不穏分子を全て排除しきったその暁にこそ、休息というものは与えられる。

 

「んじゃあな」

 

 言って。

 去っていくエンヴィー。

 

 背後には静寂の国、アエルゴが息を絶え。

 眼前に広がるアメストリスでは、かつてないほどの大景気に人々が浮かれている。

 

「サウスシティまで歩きますか? それともまたアエルゴから車を?」

「あー。……乗せていってもらえばよかったね」

「私は構いませんよ。とりあえずミィロまで歩きますか」

「うん」

 

 夕焼け時、二人。

 まだまだ、闘争は終わらない。

*1



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第二十九話 錬金術の戦闘「解析」&二人

 クセルクセス。

 大昔、砂漠のど真ん中だというのに栄えに栄え、しかし一夜にして滅びたという御伽噺のある国。現在でもその遺跡は大砂漠に存在し、本当にそこに人が住んでいたことが窺える形跡が多数見つかる。

 

「なるほど、この崩れた壁画……」

「うん。賢者の石の錬成陣だね」

「つまるところ、彼らはクセルクセス出身であると?」

「名の通り人造人間。生まれはクセルクセスじゃないと思うよ。ここにいて、ここを一夜で滅ぼした何者かが作り出した存在」

「ふむ。……やれ愚かな人間、やれ道化たる人間とあまりに人間を見下した発言を取るものですから、もう少し超常的な存在なのかと思っていましたが……案外歴史は浅いんですね」

 

 確かにそうだ。

 クセルクセス崩壊の年が正確にはわかっていないからお父様及びホーエンハイムの年齢自体は微妙だけど、ホムンクルスたちは実はまだ500歳未満。勿論僕らにとっては物凄い年上だけど、アメストリスの平均寿命が60歳前後とこの年代、且つ戦争国家にしては高めであることを加味しても、見上げるほどの超常存在じゃない。

 その特異さ、その能力故に恐れ戦かれるホムンクルスも、未だ創造物の域を出ず、想像上には足を掛けない存在であるということだ。

 

「彼らがどんな存在でも特に気にしないでしょ?」

「無論ですが、私にも知的好奇心はありますよ」

「僕も特に制限するつもりはないよ」

 

 さて。

 いるわいるわ、である。

 

「キンブリー。考古学……というか、由緒あるものの破損について君はどう思う?」

「それが私にとって価値のあるものであれば」

「うん、じゃあ」

 

 ガチャン、と音がする。

 それとほぼ同時、地面から突き出たスパイクが大波のようになって僕らへ襲い掛かって来た。

 

 粉砕は眼前。大きく舞う土埃が視界を塞ぐ。

 

 その中を、低い姿勢で走って来た虎──と見紛う大男が、鬼神が如き形相でその腕を揮う。前蹴り。ハイキック。キンブリーはそれを受けることなく、避ける。ギリギリだとかテクニカルに、とかじゃなく、余裕をもって逃げる。

 見える。見えた。僕の動体視力でギリギリ見えた。

 両腕に入れ墨がある。──やっぱりそうだよね、とか思いながら、乾湿の錬成陣で時間稼ぎ用の鉄壁を錬成。破壊された。

 

 ぐい、と持ち上げられる感覚がして、そのままぶん投げられるのがわかった。

 

「素晴らしい! 聞いてはいましたが、人間兵器──国家錬金術師に、軍に、たかだか一民族の身で抗い続けた武の頂点が一つ!」

「ッ──」

「それではこちらも存分に揮わせていただきましょう──まずはそう、一万人分でどうですか?」

 

 直後爆発が起きる。

 クセルクセス遺跡、その四分の一程を巻き込む大爆発だ。あーあー、僕の作りかけのサンチェゴまで吹っ飛んじゃったよ。これ……キンブリー、周辺の砂を全部錬成したな。砂漠をあんまり掘り過ぎると流砂で大変なことに……と。

 

 鎖の一本を竜頭剣で叩き落す。

 なに、意趣返しって感じ?

 

「……竜頭の錬金術師、だな」

「そういう君は、今あっちで戦っている猛獣の兄だね」

「なんだ……私達を知っているのか? 竜頭の錬金術師に目をつけられるような行いをした覚えはないが」

「イシュヴァール人であるにも関わらず錬金術と──そして錬丹術まで学ぶ存在。それに目をつけない僕じゃあないよ」

 

 竜頭剣をそのまま地面に刺して、錬成を始める。

 必要な錬金術をピックアップして……いや。錬成中のサンチェゴを一旦放置して、バックステップと共に距離を取る。地面を何度か触って、相手をしっかり目に収める。

 

 傷の男(スカー)の兄。あっちにいる猛獣が傷の男(スカー)なのだろうことも間違いない。傷が無いからこの呼称は間違いだけど、どうせ呼びかけることも無いからいいだろう。

 爆発と破壊。両者クセルクセス遺跡のことなんか欠片も考えないまま、方や両腕に分解と再構築を刻んだ猛獣、方や賢者の石をたっぷりと手にした紅蓮が、破壊のあらんかぎりを尽くし続ける。アレに巻き込まれたら生き残れないだろう。たとえホムンクルスでも巻き添え気味に死ぬんじゃないかな。

 

「ッ!?」

「あぁ、案外目が良い。耳も良い。武僧じゃないからいけると思ったんだけどね、流石に警戒してるか」

「……遅延錬成か。いつの間に仕込んだ、なんて聞くまでもないが」

 

 おや、戦闘中によそ見とは余裕だね、パターンの裏を突いた不意打ち錬成は失敗に終わった。砂とかいう錬成しやすいことこの上ない素材の上だ、いくらでも「整形」の錬金術が使える。……ものの、相手だってそれは同じ。

 というか多分錬成速度ではこちらが完全に劣り、砂漠という地の理解もあちらが上。

 クセルクセス遺跡諸共キンブリーに爆破してもらうつもりだったんだけどなぁ。僕は拠点防衛型の錬金術師であって、タイマン張るタイプじゃないって何度言ったらわかるんだって話。

 

「お前の遅延錬成がどういう仕組みなのかは把握している。上手く考えたものだが、性質がわかれば然程留意するものでもない」

「へぇ、すごい。今アメストリスの、というか軍の錬金術師が必死になって調べている僕の遅延錬成を、ロクな研究施設も持っていない君が解いてしまうんだ」

「だから、こういうこともできる」

 

 錬成反応。

 ──真下からだ。

 

 思わず切り札の一つを切る。

 

「……何? いや、今のは……もしや錬丹術か?」

「うわぁ、君程手の内を目の前で見せたくない相手はいないね。まぁいいや、そうだよ、錬丹術だ。何をしたのかは解析できるかい?」

「恐らくだが、分解だろう。"錬成物の分解"を流れに流したか?」

「そこまで高度なことは僕にはできないよ。僕がやったのは"錬成直後の霧散"。錬成自体を止める、あるいは介入するには至らないから、リバウンドが僕に流れてくる心配もない」

「成程、高度な技術より自身の安全を取るタイプか」

「自身の安全あってこその高度な技術だよ」

「違いないな」

 

 錬成物の分解。

 傷の男(スカー)のよくやるそれ。vsお母さんの時とかにもやった、錬丹術込みでのそれの、最速版。「ノイズ」と名付けているものを一発で看破された。

 あと僕の性格も。本当に嫌になるね。

 

 ──ひと際大きな爆発が起きる。

 砂埃が周囲を包み込み、僕と傷の男(スカー)の兄の間にまで来る。

 

「ただ、僕の性質を理解するには遅かったね。竜頭の錬金術師が相手だとわかっているなら、お喋りの時間は禁物だよ」

「だろうな。それがわかっていなければ私はこうも前に出てくることをしなかっただろう」

 

 ガチャン、と。

 音が鳴った。

 

 ──彼の足元から。

 

「っ!」

 

 鎖を錬成する。数多の鎖。普段放出しない量の鎖を砂から突き出す。

 

 その全てが、彼が錬成してきた同量の鎖によって叩き落とされた。

 

「仕組みさえわかればお前の錬金術は大したことが無い。──その大したことが無い錬金術に負けたのが私達だが──二度も同じ結末を招くつもりはない」

 

 僕の鎖は砕け散ったけれど。

 彼の鎖は依然、彼の周囲に浮いている。再構築の強度もあちらが上。

 

「複雑な機構の重なりあいによって、欲しい錬成陣を即座に出すための機械を錬成する錬金術。だがそれは、お前が自らの欲す錬成陣を自前で即座に用意できないことを示している」

「……嫌になる、と何度言えばいいかな」

「私も驕るつもりはない。だが、恨みを込めて敢えて言わせてもらう。──子供騙しも良い所だな、錬金術師」

 

 さて──どうしようね、コレ。

 

 

 *

 

 

 熱が込み上げてくる感覚があった。

 爆発。爆発。爆発。賢者の石も用いたソレで、けれど悲鳴が聞こえることはない。苦痛を堪える声すら聞こえない。つまり、完全に回避されているということだ。

 アエルゴは楽しい場所だったが、手応えというものは無かった。木人形に対して錬金術を使っているかのような、「賢者の石を用いた錬成の試し撃ち」にも似た薄さ。良い音はなっても、充実感は満ち溢れるほどではない──そんな感覚。

 

 ああ、これが必要だったのかと納得する。

 

 怨嗟だ。

 目の前の猛獣が如き男とは何の因縁もないにも関わらず、男から発される怨恨のなんたる深いことか。アメストリス人を心から怨み、憎み、憤り、殺したいと願っている。自らを、自らの大切なもの達を害したアメストリス人が許せないと──心の底から忿懣を滾らせている。

 これだ。

 これが足りなかった。これがスパイスだった。

 

 ただの悲鳴、結構。ただの断末魔、大いに結構。

 ──だが、この音は……良い音だと耳が喜んでいる。

 

「そうですね、良いことを一つ教えてあげましょう、名も知らぬイシュヴァール人」

 

 会話などもう成り立たない。

 目の前の猛獣は獣でしかない。こちらを餌とし、殺しにかかるだけの猛獣。否、食べることさえしないのだろう。縄張りを荒らされたから殺す。仲間を害されたから殺す。ただそれだけの獣だ。

 

 それでも、この起爆剤を注ぐことに好奇心が止められない。

 

「イシュヴァール内乱の発端となった誤射事件。あの事件の当時から彼、竜頭の錬金術師は現場にいましたね」

 

 人間離れした格闘術も、爆発を避ける以上はある程度誘導ができる。自らの耐久性能が人間を超え切らないことは理解しているのだろう、しっかりと直撃の爆発は避けるから、誘導もしやすい。賢者の石のおかげで錬成に困ることもありませんし、なんて嘯くのは彼の前だけでいいかもしれないが。

 

「あの誤射をした軍将校は投獄されました。本人は最後まで無罪を主張していましたが、当然ですね。ですが──」

 

 危険な賭けはしない。危なそうな攻撃は必ず余裕をもって避ける。慢心はしない。

 それでも危険ならば自らを吹き飛ばしてでも避けるし、傷を負おうものなら賢者の石を惜しげもなく使う。生体錬成は専門外だが、軽傷を治癒できる程度の知識は持っている。

 必要なことだ。むしろできる能力(ちから)があるのに覚えない錬金術師の方がどうかしている。彼のように先天性の欠点を持っているわけでもないにもかかわらず、だ。

 

「実は彼、本当に何もしていないのです。何故ならこれは全て冤罪で、彼に成り代わっていた者が起こした事件なのですから」

 

 獣の動きが少し止まる。

 おやおや、理性を残していますか。理性なき猛獣であれたらどんなに楽だったか、なんて考えるまでもありませんが。

 

「さて、この成り代わり事件。その成り代わった将校に連れられてあの場にやって来た竜頭の錬金術師は、果たして知っていたのでしょうか」

「──知らずとも、関係はないだろう」

 

 おお、会話が成立するとは。

 それでは成立しないようにしてみましょうか。

 

「勿論知っていたのですよ。──なんせ、その誤射は誤射などではなく、貴方達の内乱を引き起こすためのトリガー。そして彼は、罪無きイシュヴァール人という民族を殺すためだけにあの地へ来ていた錬金術師なのですから」

「──」

「棄てられたのですよ、貴方達は。無理矢理に併合吸収をしておいて、けれど邪魔になった──それ故に」

 

 瞬間、彼のもとに向かおうとした獣の眼前で爆発を起こす。

 怨嗟が濃くなりましたね。私に向かうものが減ったのはミスですが──殺意。殺意が、溢れ出て見えるかのようだ。

 

「良いですよ、イシュヴァール人。もっと怒りなさい。もっと恨みなさい。──そして嘆きなさい。アナタの怒りはここで潰えます。あちらにいるイシュヴァール人も、アナタの背後にいる、彼から逃げ果せたイシュヴァール人も──全て」

 

 一時休止はここで終わり。

 さぁ、ここまで仕込んだのですから、良い音を期待しますよ。

 

 私としては、早くこの場を終わらせて、困り果てているだろう上司を助けに行かないといけませんので。

 

 

 *

 

 

 まぁ、どうするもこうするも、である。

 

「できるだけ節約したかったんだけどね。人類屈指の天才を前にそう余裕ぶってもいられない」

 

 赤い錬成反応を以て、鎖の量を増やし、再度射出。

 傷の男(スカー)の兄は少し目を見開いたものの、あちらは少ない鎖でこちらの全てを叩き落す。

 

「……強度が上がった。それに数も」

「そういうの、見抜かないでおくのが様式美だと思うんだけどね」

 

 言いながら砂を握って固めた砂岩をぶん投げる。

 子供の肩だ。然程遠くには飛ばないけれど、それで問題ない。

 

 砂岩がパァンと爆ぜる。爆ぜた後にもう一度爆ぜて、さらに爆ぜる。

 いつかやったネズミ花火だ。遅延連鎖錬成反応閃光弾……連鎖反応爆竹って言った方がいいのだろうか。爆竹とは原理が違い過ぎるけど。

 

「……」

 

 これこそ子供騙し。

 打つ手なしで自棄になったか──とかって思うのは普通の相手限定。彼は絶対にそうじゃない。僕をちゃんと脅威と認定して、ちゃんと殺す気でいる。

 

「っ、成程そういうことか!」

「わかるの早いって!」

 

 再構築の腕が砂を殴り、起き上がったスパイクがパチパチ爆ぜていたそれを壊す。

 三十二分の一、くらいか。これをあと五回……は現実味がないな。それより先に殺されちゃいそうだ。

 

 計画変更。鉛玉を五つ取り出して、彼の方へ投げつける。

 けれどそれらは砂よりせり出した岩壁に阻まれた。ちょいちょい、警戒しすぎでしょ……仕込みもさせてもらえないと僕何にもできないんだけど!

 

 さらに計画変更。賢者の石を用い、僕を中心として周囲の地面に射流を起こす。

 ボフッなんて音を立てて構築されるは砂の円。

 

「──」

 

 瞬間、今まで手を当ててきた地面、鉛玉の衝突した岩壁、さっきまで僕がサンチェゴ作ってた場所エトセトラに線が浮かび上がる。

 線は複雑怪奇。流石の傷の男(スカー)兄といえど、一瞬で読み解けるものではない。

 あちらのサンチェゴで妨害するか、それとも逃げるかの賭けは──後者。

 

「君が優秀で良かったよ」

「……成程、無反応の錬成陣か。小手先の技だが、特に私のような手合いには効果的だな」

「そして筋道も立った。君を殺す筋道が」

「そうか。私も気付いたさ。お前を殺す術を」

 

 互いの足元で、金属音が鳴った。

 滲みだす青と赤。錬成速度はあちらが上で、錬成規模はこちらが上。上、のはずだった。

 

 物量──。

 物量だ。もう、それは、筆舌に尽くし難い程。錬成物、錬成物、錬成物が砂上に楼閣を築き上げる。

 

 錬金術は想像力がモノを言う。仮に頭の中だけで地形やら何やらを全て計算し尽くし、その上で国土錬成陣並みの錬成陣を思い描ける者がいれば、立っている地点から錬成陣を描き起こすことだって不可能ではないだろう。

 では、この天才は。

 

 今──賢者の石の錬成と対等に張り合っているこの男の脳内は。

 

「……讃えるよ、イシュヴァール人。錬金術についてロクに学んだわけでもない、弾圧さえされてきた君が、そこに立っている事実を」

「私は悍ましく思う。お前のような子供が錬金術で行って来た所業を。その思想を」

 

 尚も編まれていく錬成物。賢者の石は再構築時のブーストはしてくれるけど、術者の想像力を助けるようなものではない。

 僕が思いつかないものまでは、思い描けない範囲まではサポートしない。サンチェゴも同じだ。僕の技術を盗み、同じサンチェゴの考えに至ったとしても、その脳が僕を上回っているのなら、優れているのなら、より優れたものを、より多いものを、より早く、より大規模に作り得る。

 上回られる。

 僕を。僕の作り出したあらゆるものを──彼が。

 

 その波が──。

 

「……?」

 

 浮かんだのは疑念だった。

 僕に、じゃない。

 

 彼にだ。

 

「な……に、を?」

 

 突然、大量の血を吐いた彼。

 さらに体中のあらゆるところから出血が。細身な彼が崩れ落ちるのにそう時間はかからない。

 

「……遅延錬成のリスク、って奴だよ。サンチェゴのリスクでもいい。これは僕にとっての真理だ。──ゆえに、上手く扱わなきゃ代償を取られる」

 

 本物みたいに。

 代償を取らせたのは僕なんだけどね。

 

「さて、説明会は殺した後で、だ。考える時間も、苦し紛れの余力も与えない。──さようなら、イシュヴァール人」

 

 彼が倒れた砂地から、幾本もの鎖が突き出る。

 かつてあった鎖の墓標事件を思わせるその光景は。

 

 

「──兄者!!」

 

 

 彼の弟の悲痛な声と、直後に起きた耳をつんざく程の大爆発に諸共吹き飛ばされたのだった。



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第三十話 錬金術の小技「割込錬成」&帰路

 砂の中で描いた錬成陣で自分を押し上げて、ようやくの生還を果たす。

 

「いや死ぬって。生き埋めは普通に死ぬよ」

「死んでいないじゃないですか。お互いに」

 

 そんなことを言いながらこちらに手を差し伸べてくる彼の手を取り、起き上がる。

 全身砂だらけだ。口の中も鼻や耳の中も。

 

「二人は?」

「あちらに。ああしかし、私と戦っていた方は半身を吹き飛ばしましたので、原形はほとんどありませんよ」

「こっちも串刺しだから大丈夫」

 

 暑い日差しにぐいと伸びをして、そこを見に行けば──しっかりと絶命した二人。

 オーケーだ。ようやく肩の荷が下りた。まだ残党はいるけれど、一番危険なものを排除できたことは喜ぶべきだろう。

 

「賢者の石。大体何人分つかった?」

「五万はくだらないですね。使った賢者の石の内、一つは砕け散りました」

「笑えないね……。こっちは二万程度だけど、それでも、だ」

「よくこんな民族と戦っていられましたね。それも賢者の石を使わずに。私は貴方の評価を改めましたよ」

 

 本当に。

 超人集団が過ぎるよ。

 

「参考までに、どのようにして勝利したのか聞いても?」

「……まぁ、簡単な話だよ。僕の錬金術には明確な弱点があるんだ」

「錬成速度が遅いこと、以外にですか?」

「いや、それ。そのこと」

「はあ。それは大体の人間が知っている事実だと思いますが。いえ、そういう意味では確かに明確な弱点ですね」

「そういう意味じゃないよ……まぁ、僕から君に、っていうのも変な話だけど、少し錬金術の話をしようか」

 

 死体の横で。

 ああ勿論僕とキンブリーは油断していない。まだクセルクセス遺跡に残っているだろうイシュヴァール人を殺すつもりだし、逃げ出す様子があったら雑談なんか切り上げてすぐにでも殲滅しに行く。

 その前の、ただの余韻だ。

 知られて困ることではあるけれど、初見殺しでしかないし、そのリスクは僕が知っていれば関係のないものでもあるから。

 

「錬成速度が遅い、という事実には、果たしてどんな弱点があるだろうか」

「……ふむ。一般的なものを挙げるのであれば、錬成速度の勝る相手に先手を取られることですね。貴方はそれを見事克服しているようですが」

「他には?」

「他ですか。……勘の良い術師であれば、何を作っているのか理解できるかもしれません。錬金術が他の兵器より優れた火力を持つ理由の一端に、対策され難いことが挙げられるでしょうから」

 

 そうだ。

 僕が初見殺し特化なのも同じ理由。

 対策され難い状態で相手を殺し切ることができる。錬成されるまで何が錬成されるかわからない。どこにどう、どのような形状で、どのような効果で。

 どれほど名前が知れ渡っていたところでそれは同じだ。

 けれど、たとえばキンブリーだったら空中にいる相手には為す術もないとか、マクドゥーガル少佐だったら水が無ければどうしようもないとか、錬金術の内容を深く知ってさえいれば対策は不可能じゃない。

 

 そして、もう一つ上がある。

 

「たとえば、君の錬成陣。陰陽と乾湿を基軸とした、万物に干渉し得る良い錬成陣だ」

「はあ、錬成陣を褒められるとは思いませんでしたが、ありがとうございますとは言っておきましょう」

「もし君のその錬成陣を、初見で見抜き、君がどのような錬金術を使い、どのようなことが出来ないかを分析されたとしたら──それは明確な弱点といえるだろう」

「……目視のみでの錬成陣の解析、ですか」

 

 それはエドが、その場で、ではないにせよ行っていたように。

 見ただけで内容がわかる錬成陣というのは弱点だ。まぁ見ただけでわかる方がおかしいんだけど。

 

「成程。つまり貴方は、錬成速度が遅い故に何を錬成しているのか分析されてしまう、というリスクを抱えている、と」

「そう。だから僕は基本地中や構造物の中にしかサンチェゴを錬成しない。見られないようにね」

「ふむ。……それで、それが貴方の勝利した理由ですか? "何が錬成されるかわかったから勝てた"、では些か理由として弱いように思いますが」

「ちなみに言うとわからなかったよ。彼の方が圧倒的に錬成速度高かったし」

「はあ」

 

 彼がこうも結論を急く理由は──まぁ暑いから、も大きいんだろうな、とか思いつつ。

 ちゃんと好奇心はあるらしいし、この生返事ながらも知りたいという気持ちはあるんだろう。

 

「サンチェゴはそんな僕の弱点に合わせて作られる錬成物だ。遅延錬成もね。つまり、普通に錬成を行える錬金術師が僕のこれを模倣するということは」

「わざと錬成速度を遅くし、手の内を晒し続けることに他ならない、と」

「そう、そして──そうだな、キンブリー。賢者の石の錬成で爆発を起こす感覚で、賢者の石を使わずに錬金術を使ったらどうなると思う?」

「普通にリバウンドが起きますね。そぐわない錬成規模に対し、不足する思念エネルギー。賢者の石は増幅装置なのですから、それを外せばガス欠になることなど火を見るよりも明らかでしょう」

「そういうことだよ」

 

 そういうことだ。 

 だから、つまり。

 

「……相手がわざわざ錬成速度を遅くせざるを得ない錬金術を使ってきた。ゆえに貴方は、その錬成陣に細工をした、というわけですか。細工できるだけの時間は相手が稼いでくれる」

「うん」

 

 これを僕は「割込錬成」と呼んでいる。

 

 正直vs僕にしか使えない錬成方法だけど、こうやって相手が合わせてくれる場合とか、あと遅延錬成が模倣されて僕相手に使われたらやろうと思っていた技術の一つだ。

 錬成中の錬成陣に対し、余計な要素をつけ足して思念エネルギー不足を引き起こし、無理矢理リバウンドを起こさせて術者を害する技術。錬成、なんて名付けてはいるけれど、その実ただの妨害だ。あと遠隔で書き込む手段が無いと錬成に巻き込まれかねない危険性もあったり。

 

 ちなみになにで書き込んだかって、最初に投げた遅延連鎖錬成反応閃光弾だ。僕が位置とか見て、傷の男(スカー)の兄を無反応錬成で引かせたのはそのため。遠隔錬成はそこまで精度が出ないからね、細かいことは遅延錬成頼りになってしまう。

 

「よくもまぁ、こんな小技をポンポンと思いつきますね。しかも自分対策とは」

「小技については僕の性分だけど、自分の錬金術対策はするでしょ。それもサンチェゴはそこそこに万能な錬金術だ。模倣されたのなら破らなきゃならない。自分の錬金術に殺される錬金術師とか、笑い話にもならないでしょ」

「……確かに。私も私の錬金術対策は考えておきましょうか」

「対策を考えておくと弱点が新たに見つかったりするからね。いいシミュレーションだよ」

 

 さて、と。

 外套の袖を通し、立ち上がる。

 まだ口の中とかじゃりじゃりしてるけど、イシュヴァール人とクセルクセス遺跡吹き飛ばしたあとで適当な水場でゆすげばいいでしょ。

 

「ちなみにキンブリー。君の方はどう勝ったの?」

「……貴方の戦っていた方と血縁関係があったようで。そちらのイシュヴァール人が死んだ瞬間に動きから精彩が抜けましてね。隙を晒したのでそこをどかんと。それまでの戦いがそこそこ楽しかっただけに、あっさりとした幕引きでしたよ」

「ああ、邪魔しちゃった感じか」

「いえいえ、早く終わらせなかったこちらが悪い。──ただ、そうですね。もしよろしければ、あちらにいるイシュヴァール人の残党殲滅、全て私の手に任せてはくださいませんか? 些か消化不良でして」

「構わないけど、武僧には気を付けてね。まだいないとも限らないし」

「ええ、心してかかりますよ」

 

 クセルクセスという国が完全な御伽噺のものになる程にね。

 

 なんて。

 ……そう言って機嫌よくクセルクセスへ歩いていったキンブリー。

 クセルクセスから悲鳴と断末魔と「素晴らしい! 素晴らしいですよイシュヴァール人!!」という高笑いを伴う叫びが聞こえる数分前の話。

 ちなみに僕はアームストロング少佐よろしく誰も逃げられないようにクセルクセスを囲む壁を作ってましたとさ。

 

 

 *

 

 

 アメストリスへ帰ってきてすぐのことである。

 流石に国内で車を乗り回すわけにもいかず、汽車を捕まえるためにイーストシティまで行こうと……またキンブリーと二人で草原を歩いていた時。

 

 犬が一匹、僕らの前に来た。

 見覚えのあり過ぎる犬。まだ片足が機械鎧になっていない黒い犬。

 

「こら、デン! 勝手に行っちゃダメって言ってるで、しょ……」

 

 さて。

 一応今、プライベートモードな僕とキンブリー。軍服ではなく例の白いコートな彼と、一般的アメストリス人の子供な格好をしている僕。

 顔つきは全く違って、キンブリーは悪役面。

 

「ご、ごご、ごめんなさい! で、デン! 行くよ!」

 

 誘拐事件と思われるか、単純にキンブリーが怖がられるかのどっちかだと思ったんだけど、後者だったね。

 

「別に構いませんがね。そんなに怖いですか、私」

「目つき悪いからでしょ。それよりここ、リゼンブールだったんだね」

「私の人柄より田舎に興味がありますか。何です、リゼンブールに興味が?」

「とある医者夫婦とねー。イシュヴァール内乱の時にちょっと確執があって」

「ほう」

 

 見渡す限りの草原に、ポツポツと家がある。

 ド田舎。その表現はあまりに正確。だけど、作中で見たリゼンブールより些か賑わいがある。……確か鋼の錬金術師開始時点のリゼンブールは織物工場に火をつけられたりなんだりで結構疲弊してたんだっけか。エド達の通う学校も青空教室だったし、結構な戦火の手が伸びていたとかなんとか。

 

 というかさっきの女の子ウィンリィだよね。

 じゃあ近くにあるのかな、ロックベル家。

 

 ……行く意味はない。どうせ嫌われているだろうし。

 

「愛国心があるのは結構ですが、そろそろ黄昏るのをやめていただけませんか。汽車は定刻で来ますよ」

「ああ、ごめんごめん。この景色は僕が守ったものだからね。思う所があってさ」

「准将にそんなセンチメンタルな心があるとは思いませんでしたが」

「酷いな。僕だって部下が死んだら悲しむんだよ、ちゃんと」

「ちゃんと悲しめることを自慢してくる怪物、というように聞こえました」

 

 雑談。雑談だ。

 努めて何も見ていないフリをする。凝視されていることなんか一切気に留めていない感じで歩く。

 

「──何者ですか、アレは」

「説明は難しいけど……必要な駒で、立ちはだかる壁で、愛すべき希望の育み手、って感じ」

「珍しく抽象的な言葉を使いますね。……不思議です。ああいう家族を大切にしそうな手合い程私の食指は動くものなのですが、一切反応しない」

「まぁ、ホムンクルス達と似たようなものだよ」

「成程。こんな長閑な場所にいて良い存在ではなさそうですね。目くじらを立てられる前に退散しましょうか」

「賛成」

 

 ヴァン・ホーエンハイム。

 今はまだ──ただの父親。そして、いつか壁となり、いつか……いや、これは考えなくても良いことだろう。

 

 一応。

 戦利品として、貰って来たからね。赤い目の彼の、大事な大事な研究日誌。

 

 

 

 イーストシティについて、一旦解散になった。

 というのも、実は僕もキンブリーも査定期間に入っているのである。アエルゴ侵略の年は見逃されていたとはいえ、それはあくまで来年へ持ち越し、という形だった。

 だから二年分の発表、提出をしなければならない。今すぐに差し出せる技術はいくつかあるけれど、それを書面に纏める作業に時間がかかる。だから、一旦解散だ。

 というか別に一緒に行動する必要はないので、ここで解散という意味でもある。次に顔を合わせるのは招集命令が来た時か、クレタ侵略で現地集合する時、あるいは国家錬金術師チームとしてセントラルに司令室を置かれた時になるだろう。

 

「隣、良いかしら」

「え、あ、はい」

 

 爆速で査定用提出書類を書き終え、それを提出。受理されるまでの間の暇な時間を適当な公園のベンチに座ってだらーっとしていた時の事だった。

 

 声をかけてきたのは、珍妙な声の老婦人。

 

「何用ですか、グラマン中将」

「……ホホホ。可愛げのない子だこと。けれどこの場では私のことはご婦人と呼ぶように。いいわね、准将?」

「まぁ、命令なら」

 

 グラマン中将。この人について語ると長くなるから割愛すると、狸だ。

 いやホントに、何用? 探られて痛い腹しかないからやめてほしいんだけど。

 

「イーストシティの南に、少し大きなスラムができつつあることはご存じかしらオホホ」

「……東部の内乱はあの地に押し留めたはずですが」

「噂ですけれどね、オホホ……なんでも動物の鳴き声を聞いたとか、うめき声を聞いたとか、──褐色の肌を見た、とか」

「……貴方は穏健派だったはずでは? 強硬派の僕にそんな情報流していいんですか?」

「さぁて、私はどこにでもいる謎に満ち溢れたミステリアスな貴婦人。難しいことはわからないわ~」

 

 動物。褐色。

 だから杜撰だって何度も言ったんだ。……褐色の肌は、アレか、内乱が起こる前から国内にいた存在か。

 

「言っておきますけど、僕は殺しに行きますよ。復讐者の芽は全て摘み取ります」

「穏健派だからといって犯罪者に目を瞑る、というわけではない……のですよ、オホホホ」

「既に実害が出ているってことですか。東方司令部は何故動かないので?」

「どちらもスラムの出来事……守るべき国民しか守れないのが軍人ですことよオホホ」

 

 ふむ。

 額面通りに受け取るのもいいけど、まぁ良い。可能性があるなら復讐者の芽は摘ませてもらう。

 

「それと、これは老婆心だけれど」

「はあ」

「気を付けることね。アナタの身を、座を、付け入る隙を狙っている者は、案外沢山いるわよオホホ」

 

 とりあえずオホホってつけておけば貴婦人になるとか思ってない?

 オホホっていう貴婦人見たこと無いけど。

 

「恨まれる行いをしている自覚はありますよ。羨まれる出世街道を歩んでいる自覚もね」

「……ホント、可愛げのないコねぇ」

 

 それじゃあ、と立ち上がる。

 行くべき場所ができたのだ。行かない理由はない。どうせ受理には今しばらくの時間がかかる。空き時間にやる仕事としては最適だ。

 

 一応目礼だけして、その場を去る。

 ……別にグラマン中将として接してきても良かったんじゃないかなぁ、イーストシティ内部なら僕と密会してても特に問題なかったと思うし。

 それとも何か裏の意図が……?

 

 やめよやめよ。

 ただの趣味だった、が一番しっくりくるし。

 

 

 *

 

 

「あれが、ブラッドレイの懐刀……。なんというか、ブラッドレイとは別軸の冷酷さ、ってカンジねぇ」

 

 なんて。

 そんな呟きがあったとか、なんとか。

 



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第三十一話 錬丹術の小技「追跡」&デート

 

 スラム。

 鋼の錬金術師作中でのここは、もっと……なんていうのかな、バザールみたいな。立場の弱い者、弱者同士が寄り添いあって集まって、必要な物資とかを分け合って細々と生きる、みたいな感じだった。

 だけどそういうスラムに住んでいる人って大半が東部の内乱で家を失った人々だった。此度においては僕がそれを完封しているので、ここもはかなり閑散としているはず──と思って来たんだけどな。

 

「閑散としている、というより」

 

 ──まるでゴーストタウンだった。

 いや、そもそもが街じゃないからタウンではないんだけど。布と木で作られた簡易住居らしきものはある、のに、人がいない。

 人がいないだけじゃない。

 まぁ流石にわかるようになった臭い。血の臭いがする。

 

 殺されている、と見るべきか。

 

「……こういうのは門外漢なんだけど」

 

 ルミノールと過酸化水素錬成してルミノール反応を、みたいな探偵ごっこもいいんだけど、ぶっちゃけそれはあんまり必要ない。 

 

 流れだ。

 土壌に染み込んだ血液は、同じく血液に対して流れをつくる。

 僕は流れを感じられるわけじゃないけど、流れに対して錬丹術を作用させることはできる。だから例えばこういう風に──「整形」を発動する。

 と。

 

「と、とと……あっぶな。万が一を考えて断面を丸くして正解だった……」

 

 固めて上方向に突き出させる、っていう簡単な錬成。

 遠隔錬成の練習でもある。まだ僕はメイ・チャンみたいな高度な再生はできないからね。こういう「整形」の錬金術を流してどうこうする、くらいしかまだ無理だ。

 で、万が一血痕がもっとたくさんあった場合、僕の立っているところまで針の筵になる可能性があったから、あんまり細くし過ぎずに丸い断面にしてやったのが功を奏した。自分の錬金術で足が蜂の巣とか笑えない。

 

 という感じで、血液を物理的に可視化したので、あとはこれを辿るだけ。

 

 ……大きく分けて、三又……複数犯なのか、ダミーなのか。ダミーなんか残してる余裕無いだろうから普通に複数犯か。

 武僧である可能性、キメラである可能性、大穴でホムンクルス……つまりグラトニー。ただ今グラトニーはアエルゴでお掃除中のはずなので違う。

 

 うーん、僕一人で行って大丈夫かなこれ。

 復讐者の芽は完璧に摘むつもりだけど、だからといって僕がキメラだの武僧だのにタイマン張って勝てるかって言われたら微妙だ。前に一対三で勝ったのは正直奇跡に近い。相手がお喋りで、覚悟が決まり切っていなかったからこそできたこと。

 ……万一を考えたら、ちょっと無理だな。可能性というか割合的に六割くらい死ぬ。いやキメラって強いんだよね普通に。武僧は言わずもがな。

 

 応援を呼ぶか。僕は准将なんだ、その辺の憲兵にでも……って、あれ、この詰まる感じの流れは。

 

「あら……こんなところで会うなんて、中々に面白い縁だと思わない?」

「……ラスト?」

「ええ。久しぶりね」

 

 いつの間にか、ってほどいつの間にかじゃないんだけど。

 何故かこのスラムに、ホムンクルス・ラストが来ていた。

 

 

 

 歩く。

 案の定地下水道に繋がっていた血痕を辿り、ぴちゃぴちゃ音を立てながら歩いていく。

 

「レディとのデート場所に選ぶには少しばかりじめじめし過ぎていると思わない?」

「デートも何も、さっき会ったばかりだから君の好みは知らないよ。加えていうなら、じめじめし過ぎているところが好きな女性もいるんじゃないかな」

「一民族を滅ぼしておいて、多様性を許容するのね」

「別に僕は滅ぼしたいとは思ってなかったよ。滅ぼすことになったから、手を抜かなかっただけ」

「詭弁ね。果たしてそれでイシュヴァール人が納得してくれるかしら?」

「納得してもらう必要は無いよ。殺すんだ、感情なんてどうでもいい」

 

 過剰戦力も良い所だ。

 何か、人語を解さない実験動物らしきものが出てくるたび、ラストはその爪でサックサク動物を切り裂いて切り裂いて。

 僕が何かしようとした瞬間には終わっている。

 うんうん、ラストの爪の伸縮速度はそれくらいか。成程成程。

 

 反応とか無理だねコレ。

 

「君はどんな用であそこにいたの?」

「軍人から情報を引き出すのなら、そのまま聞く方が盗聴なり潜入させるなりをするより楽なのよ」

「あー」

「ふふふ、歳の割にそういうことにも詳しいのね」

「結構いるからね。僕を親や上官の意思で操られているだけの子供だと思って近づいてくる人。男女どちらもいるから一概にそうというつもりはないけれど、優しそうなお姉さんは大体美人局だったよ」

「秘密を抱えた人間は大変ねぇ」

「全然秘密にしてないんだけどね。盗めるなら盗んでみろって錬成陣の開示までしているのに、手持ちの錬金術師で解読できてないってだけで僕に詰めてくるのはおかしいと思うんだ」

 

 ラスト。色欲の人造人間。

 ただ彼女はその色欲って感じを発揮する前に死んじゃったから、その実態がわかっているわけじゃない。警戒は必要だけど、一応今の僕はホムンクルスにとって必要な駒になっているはずだから、殺しては来ない……と思うんだよなぁ。

 

「これは別に答えなくてもいい話なんだけどさ」

「ええ、どうぞ」

「アエルゴで作った賢者の石って、その後の行方とか教えてくれたりするの? ああいや、欲しいとかじゃなくて」

「管理が気になる、ということでしょう?」

「うん。ほら、軍の管理って杜撰じゃん。君達は割と正体ちゃんと隠す方だって知ってるから信用してるけど、万一あの規模の賢者の石が国家錬金術師とかに盗まれたら」

「まぁ、最悪国家転覆もあり得ない話ではないでしょうねぇ」

 

 一個、というか一枚の石板くらいの大きさがある賢者の石だ。

 750万人分のエネルギーを秘めた賢者の石板は、正直お父様が取り込むのが一番安全だったりする。あんなものを一般人……たとえばコーネロみたいなのが使ってみなよ。大惨事の未来しか見えないよ。

 

「問題ないわ。この世で最も安全な場所に保管してあるから」

「そう。それならいいんだ」

「ふふふ……私の方からも、別に聞かなくてもいい話をするけれど」

「"あまり他人を信用し過ぎない方が良い"、みたいな話?」

「ええ、そう。私達は貴方とは根本から違う存在。分かり合えると思ったら大間違いよ」

「うん。リスさんでそれは痛感しているよ」

「……嘘が下手ねぇ。痛感しているも何も、エンヴィーと接触した時点から貴方は私達の存在について気付いていたでしょう」

 

 言われて舌を出す。

 そこまで知られていたのならもう言うことは無い。だから演技とか無理だって何度も言ってるんだ。

 

 曲がり角を──曲がる前に、ラストを制止する。

 血の臭いが濃い。流れをせき止める何かがいる。

 

「可能性は二つ。これはこれがただの逃亡キメラである可能性と、こう、適当に僕の元部下達の死体を生きているキメラに合成して、僕の動揺を誘う感じに改造されたキメラがいて、君が僕を始末するために通りすがった可能性」

「良い言葉を教えてあげるわボウヤ。それを深読みというのよ」

「杞憂であるならそれでいいんだ」

 

 だから、と手を壁に当てる。

 円を描いて、とりあえずとばかりに竜頭剣を抜き取った。

 

「二つ名を下準備の錬金術師に変えてもいいくらい、僕は下準備がないと弱いからね。これが罠ではないのなら、入念な準備をさせてもらう」

「構わないけれど、私は先に行かせてもらうわ。待っている程時間があるわけではないから」

「それならこの壁を使うと良いよ。この角度から76度の方向に対象がいる」

「……先手を打つなら、確かにそれが良さそうね。けれど」

 

 ビ、と。

 僕の眉間にその指を向けるラスト。

 

「レディの手の内をそう簡単に明かさないこと。考えついたのだとしても、思い至ったのだとしても、相手から披露されるまでは黙っているのが良い男よ」

「僕、サプライズ嫌いなんだよね。だってお返しが用意できないからさ」

 

 大きなため息。

 その後ラストは人差し指を壁面に置いて──ドスッと。

 

 何かが悲痛な声を上げる。痛みを訴える声。

 

「あら……完全に貫いたつもりだったのだけれど、案外頑丈ね」

「ちなみに何が狙いだったの?」

「トカゲのキメラよ。見てはいけないものを見た、ね。ただ、想像より足が速くて……」

「トカゲ? なんだ、先に言ってよ。僕のターゲットと全然違うじゃん」

「そのトカゲがイシュヴァール人との組み合わせで作られたキメラだ、と言ったら?」

「……まぁ良いけどさ」

 

 地下水道の水に触れる。

 水道の側面に描くは僕なりに解析したマクドゥーガル少佐の錬成陣。……の、氷結させる部分のみを抜き取った簡易錬成陣。

 手を自ら抜き去れば、15秒間をかけてゆっくりと水が凍結して……行かない。

 こんな小さい錬成陣で水道の水全部凍らせる、なんてできるわけがない。ただ、15秒間、錬成陣の水平方向にある水を冷やし続ける。凍らせる程に冷やし続けるけど、水が流動しているから冷え切らないって感じかな。

 

 そんなものがこの先にいるキメラへ流れて行けば──。

 

 ……こんな感じでおっけーかな?

 

「慎重になり過ぎじゃないかしら」

「あり得ないとは思うけど、武僧の可能性もあるからね」

「無いわ。イシュヴァール人の子供だもの」

「……ラスト。情報は簡潔に、そして必要な量をまとめて出す方が良いよ」

 

 身をさらす。

 そこには──褐色の蜥蜴が、手足や口に血をべたべたとつけながら、涙を流してこちらを見る──まあいいや。

 

 鎖を殺到させる。

 拘束ではなく、突き刺す奴。冷たい水で鈍っただろう身体をドスドスと刺していく。……ん?

 

「……心臓無くない?」

「そんなことがわかるのね。貴方は生体錬成に長けないと聞いていたのだけど」

 

 心臓が無い生物をあり得ないと言ってしまうと隣にいるお姉さんがあり得ない存在になってしまうので言わないけれど、少なくとも一キメラで心臓なしに動けるタイプはまだ開発されていないと思う。

 となると、あと考えられるのは。

 

「ああ、これか」

「……知っているのかしら、これを」

「君達が作ったんじゃないの?」

「そうよ。だから聞いているの。機密も機密なコレを知っているのかどうか」

 

 首筋。

 肉体へと直接刻まれたその錬成陣は、未だ不完全そうなものの、バリー・ザ・チョッパーのソレとよく似ている。

 

「知っているよ。魂定着の陣だ」

 

 眉間で、止まる。

 届かないギリギリで。

 

「……微塵も恐怖しないのね。殺されると思わなかったのかしら」

「思わなかった。僕はそれだけ価値のある駒になっていると自負している。そして」

 

 まっすぐラストを見る。

 

「君の攻撃、エンヴィーの攻撃。どっちも僕が見切れる速さじゃない。──誰も彼もが動体視力に優れていると思わないでほしい。全然、普通に、恐怖を感じる前に気付きもしなかったよ。君が攻撃してきていたこと」

「……自信満々に言うことじゃないでしょう、それは」

「ただまぁ、それだといつでも殺される準備ができていますよ、って言っているようなものだからね。こっちからも脅しを一つ置いておかせてもらいたいんだ」

「構わないわ。聞くかどうかは別として」

 

 うん、と。

 どうにか逃げようと隙を窺っていたキメラの魂定着の陣を鎖で突き刺して、それとはまったく別に自分の心臓を親指で示す。

 

「僕の心臓が止まったら、感圧式錬成陣が一つ発動する」

「……それが何?」

「何が起こるかは起こってからのお楽しみだよ。サプライズ好きなんでしょ?」

 

 ささやかばかりの反撃をぷれぜんとふぉーゆー。

 ま、利害が一致している限り、僕が君達を裏切ることは無いけれど。

 

 その矛先が二人に向くのなら。

 その害意が僕に向くのなら。

 

 相応のものを用意しているつもりだよ。

 

「イイコトを教えてあげるわ、小さな錬金術師さん」

「"揚げ足を取る男は嫌われる"──とかだったりして」

「言の葉の先を取る男は嫌いよ、私は」

「ああそれエンヴィーにも言われたなぁ」

 

 ──そんな感じの、今生初めての女性とのデート。その記録である。

 

 

 *

 

 

 1904年4月。

 隣国クレタによる暴虐非道なりし行いに対し、アエルゴ王国を下したアメストリスは更なる報復攻撃に出る。アメストリスとの戦いで疲弊したアエルゴへ攻撃を仕掛け、その国民を殺して回ったというのだ。これは現地に残っていたメディアが写真を押さえているし、命からがら逃げてきたアエルゴ王国の王子が証言もしている。

 

 ──無論。

 全て工作であるが、準備は整った、ということだ。

 

 前回のアエルゴ侵略で資材の投入し過ぎだったことはわかっていたので、此度は少数精鋭での報復行動。クラクトハイト隊プラス一般兵の軍隊。つまり国家錬金術師五人いればいいでしょ、って思われたらしい。

 中央軍としてはぱっぱかぱっぱか侵略終えられても困るし、確証はないものの僕という存在が賢者の石を作っているだろうことは知られているだろうし、そういう色々が相俟って一気に攻略されて欲しくないんだろうなぁ、とか。

 

 関係ないよね。

 侵略が長引けば長引く程兵士は疲弊する。それはつまり、勝率が減っていくってことだ。流石に僕とキンブリーの二人だけで国盗り、っていうのは難しい。なんでって相手は普通に銃使ってくるからね。僕の天敵だよ銃。

 

 なんで、今回もスピード重視で行くつもり。クレタは暑くもなく寒くもなくの、アメストリスと緯度が然程変わらない位置にあるから、季節に気を配る必要もなく。

 

 ──そして、中央から送られて来ていた彼の代わりに、もう一人、国家錬金術師が補充されることとなった。

 

「初めまして──国軍少佐、ロイ・マスタングです。士官学校を卒業したばかりの身ではありますが、アメストリスのため身を粉にする思いで──」

「硬いですよマスタング少佐。彼は准将ですが、特に上下関係に口を出してくるタイプではないので肩の力を抜きなさい」

「フフ、学生から軍人となった身ですぐの国外遠征は緊張するでしょう──ですが、吾輩のように筋! 肉! さえ鍛えていれば、あらゆる場面で安心! 安全!」

「……まぁ、頼りにしているぞ、焔の錬金術師」

 

 鋼の錬金術師という原作を知っている僕からすると、最早ドリームチームも良い所だ。

 紅蓮の錬金術師、ゾルフ・J・キンブリー。

 豪腕の錬金術師、アレックス・ルイ・アームストロング。

 氷結の錬金術師、アイザック・マクドゥーガル。

 焔の錬金術師、ロイ・マスタング。

 

 全員が全員最強の名を手にできる錬金術師達。

 

 ……ただ、悲しいことに原作じゃ一番信頼できるところにいたはずのロイ・マスタングが、中央からの派遣員、とかいう何か引っ付いてそうな雰囲気バリバリだ。士官学校出たての軍人に潜入捜査とかさせないとは思うけどなぁ……。

 

「レムノス・クラクトハイトだよ。みんなより一回りは年下だし、錬金術師としての腕もそうでもないから、敬いとかはいらない。──ただ、アメストリスを害さんとするクレタを、アメストリスの資源を食らわんとする害虫を破壊し尽くしてくれたらそれでいい」

「……」

「……」

「あぁ、皆さん。恐らく言葉はこれで以上ですので、各自簡易司令室に入っていてください。作戦開始時刻まで現地の下見でもいいですよ。狙撃されないでくださいね」

「了解しました。ではマスタング少佐、行きましょうか。吾輩がクラクトハイト隊での様々を教えてさし上げますぞ!」

「俺は……仮眠する」

 

 実を言うと、現地での指揮もみんなのまとめ役もキンブリーがやっていたりするクラクトハイト隊。

 僕が方針だけ告げて、それを翻訳して、あとはドーンだ。基本的に報復攻撃そのものは明るい……殺伐としない、殺戮を行わない、攻撃するのは国軍兵士だけ、というクリーンな侵略を行っている。

 だからアームストロング少佐も気を負っていないし、マスタング少佐も過度に何かを背負うことはないのだろう。

 唯一の気がかりは、マクドゥーガル少佐が僕とキンブリーへ疑いの目を向けていることだけど……。

 

「なるようにならなかったら、なるようにするまで、だよね」

 

 ボソッと呟いて、僕も簡易司令室へ向かうのだった。



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第三十二話 錬金術の研究「流れ」&決心

 最近分かったことだけど、地殻エネルギー、賢者の石のエネルギー、思念エネルギー、錬成エネルギーにも「流れ」というものは存在するらしい。

 賢者の石は賢者の石同士で流れを生むけれど、賢者の石単体は何の流れも生み出さない。この石は「ただそこに在る」事に関しては他物質に比べ群を抜いている。風化もしなければ干渉もしない。完全物質とよく言われているけれど、確かにコレはそうなのだろう。ちなみにどんな硬いものをぶつけても割れないし、液体状のものは何物にも付着しない。*1

 地殻エネルギーと龍脈エネルギーは超自然的な力なので一旦おいといて、錬成エネルギーの流れも面白い発見があった。

 そもそも錬成エネルギーというのは、錬金術師が込めた思念エネルギーが錬成陣によって変換され、錬成物を作り変える作用をするエネルギーのことを言うんだけど、これは賢者の石を使った場合を除いて同一であるようなのだ。

 たとえば僕の錬成陣が発する錬成エネルギーと、キンブリーの錬成陣が発する錬成エネルギーは全く同一のもの。無論錬成陣の内容次第で錬成物は変化するけれど、錬成エネルギー時点では同一。

 つまり、代替できる、ということだ。どうにかつなげることができたら、の話だけど。

 

 そして流れの話。

 錬成エネルギー同士が同一であるから、錬成エネルギー同士の間にも「流れ」は発生する。 

 これがお父様の行った国土錬成陣の本質なんだと思う。賢者の石の錬成エネルギー同士のみに発生する「流れ」があったから、陣に交点しか敷かれていなくても国土錬成陣は発動した。

 賢者の石作成の錬成陣も同じだね。普通の錬成陣に必要な図形。けれどこれは、アメストリスの錬金術師が錬成陣内部に流れを生み出すことができないから、添え木、あるいはガイドラインのような役割で敷かなければならないもの。

 その証拠に錬丹術は交点のみで錬成陣を描き切れている。メイ・チャンの苦無や、僕の鉛玉のように。

 僕は「鉛玉から鉛玉」へ流れが発生していると思っていたけれど、その本質は「錬成エネルギーから錬成エネルギー」に流れが発生してコレを起こしているのだ。

 

 血の紋、あるいは原作最終版でイシュヴァール人たちが各地に置いていた傷の男(スカー)の兄の錬成陣、そしてホーエンハイムの中の賢者の石。それぞれは同一の錬成エネルギーを発するから、それぞれに線が繋がる。

 これがわかると、僕の戦闘スタイルにもまた新たな光明が見えるというもの。少し燻ぶり気味ではあったんだよね。サンチェゴを早期に作り出してしまった以上はその真理を越えられない……というディレンマ。

 けれど、あくまで錬金術の真理でしかないサンチェゴは、錬丹術を加えることによってさらなるものにできるはずだ。

 

 ……ちなみに取り残された思念エネルギー君に関しては、個人差がある、という言葉を投げかけるしかない。同じ思念同士にも「流れ」は作られる。僕の遅延錬成陣はそれを確認することができる……んだけど、流れそのものもあんまり強い力を持っていない。

 

 というわけで、錬成エネルギーの流れを用いた新たな錬金術を考える。

 

 まず考えつくのは、遅延錬成を用いた複数の錬成陣の同時発動。いつもやってる奴だ。

 これを、たとえば六つ。錬成エネルギーを出すだけでいいので並列処理の制限はなく、簡単に六芒星……乾湿の錬成陣の形に配置してみる。

 

 おや。

 六角形になった。

 なら、ちゃんと六芒星を意識して発動させる。

 六芒星になった。

 

 ……ふむ?

 

「思念エネルギーは微弱だけど、流れの方向性に干渉する……」

 

 口に出すとしっくりくる。 

 普通の錬成陣でもそうじゃないか。様々な意味を取ることが出来る。取る意味を決めるのは術師……つまり思念エネルギーだ。

 そう考えると、逆も……。

 

「クラクトハイト准将、少しよろしいでしょうか。マスタングです」

「え、ああ。なに?」

 

 実は作戦中で、けれど僕の出る幕が無かったから実験をしていたとかじゃないけれど、簡易司令室の幕に律儀にもノックしてきたマスタング少佐に向き直る。

 ……いや本当に僕の出る幕無いんだよ。クレタもアエルゴとあんまり変わらない文明レベルだから。ただアエルゴを教訓にしているのか、剣だのなんだので来る奴は一人もいない。

 全員ちゃんと銃だ。それも……。

 

「准将の懸念通り、狙撃兵が多く……」

「ああ、やっぱり。国家錬金術師も人間だからなぁ、そこ突かれると弱いってもうバレてるか」

 

 ということである。

 狙撃兵。

 こっちにはホークアイ中尉っていう素晴らしい狙撃兵がいたけれど、狙撃の腕に関しては別に他国でも上げられる。むしろ錬金術師がいない分一般兵オンリーで戦った場合の強さはアエルゴやクレタに軍配が上がると言っても過言ではない。

 

「うちの隊は誰か負傷した?」

「いえ。ただ、一般兵に負傷者が多く、またアームストロング少佐もギリギリを掠めた、という事態に一度陥っていたので、油断はできないかと」

「ふぅむ」

 

 アエルゴとクレタにおける報復戦争では、あくまでクリーンな攻撃手段のみを使っている。

 だから現代だったら国際条約で禁じられてそうな攻撃手段は全部封じられていて、僕が生産している遅延錬成陣による兵器はほとんど使われていない。

 

 ……遅延連鎖生体錬成弾とかメディア受け悪いこと確実だからなぁ。

 何か別のもの作るのはアリ。……いや、だったら。

 

「ちょっと待ってて」

「はあ」

 

 急いで紙とペンを取り、普通に文房具使って錬成陣を描いていく。

 カッコ悪いから戦闘中に正円を描くのはあの掌スタイルを貫いているけれど、こういう場では普通に文房具を使う。大丈夫大丈夫見てるのマスタング少佐だけだから。

 

 そうして描き上げたもの。

 

「……こんな感じか。ちょっと出ようか、マスタング少佐」

「構いませんが……それは?」

「まぁまぁ」

 

 つまるところ、錬成地雷だけが遅延錬成の真価じゃない、って話ね。

 

 

 

 一応射線を全部切った場所で実験をする。

 

 先ほど描いた紙。錬成陣の描かれたソレは、交点に渦の描かれた……つまり遅延錬成の描かれたもの。

 これを。

 

「マスタング少佐。ここ破って、地面に投げてみて」

「錬成陣の内容を教えていただけますでしょうか。リバウンドを考えると……」

「ああ、既に思念エネルギーは込めてあるから大丈夫。起こるとしたら僕に起こるよ。術者は僕だし。まぁ起こらないようにしてあるけどね」

 

 だから、早く、と急かす。

 マスタング少佐は訝し気にその錬成陣の描かれた紙を眺めつつ、言われた通りの部分を破って地面に投げ捨ててくれた。

 

 瞬間、錬成が始まる。

 

「……石壁。いえ、塹壕も、ですか」

「一撃で頭を抜かれたら意味はないけどね。一般兵でも使える簡易塹壕錬成陣ってところかな」

 

 これなら「民衆のための錬金術」を謳える。

 これで兵の生存率を上げて好印象をつける、というのはどうだろう。

 

「確かに良い物ではあると思いますが、根本的な対策にはなりませんね。狙撃兵をどうするかについて……」

「マスタング少佐の炎、射程はどれくらい?」

「視認可能な範囲であれば」

 

 ああそうだった。最強最高の錬金術だった。

 となると、クラクトハイト隊で一番射程が長いのがマスタング少佐になる。……いや待てよ?

 

「それはつまり、あらゆるところに火種を届けられる、ってことだよね」

「はい。ただ私の錬金術は遮蔽物に弱く、構造物に対してはキンブリー少佐程の火力を出すことはできません。狙撃兵は常に自らを隠す遮蔽物の近くにいるため、これを私一人で落とすことは難しく」

「だから……つまり」

 

 キンブリーにマスタング少佐並みの射程があって、マスタング少佐にキンブリー並みの破壊力があればいいってことだ。

 ……本人たちが構わないなら、僕が狙撃弾に爆発物変成の錬金術と火種生成の錬金術を遅延錬成で刻み込んで着弾と同時に周囲を爆発物に変換、火をつける、みたいな超小型狙撃爆弾も作れなくはない。

 ただ他人の錬金術を模倣し、それを我が物にするのは割合マナー違反というか……それが敵であればともかく、仲間のものに対してやることじゃないっていうか。

 

 面倒だな。

 国内メディアが不審死してる内にクレタ全部賢者の石に変えるとかじゃダメなの?

 

 落ち着こう。

 答えはわかっているけれど方程式を選ばなきゃいけない、という状況だ、今は。

 あー、じゃあ、もう少し迂遠にすればいいのかな?

 

「准将?」

「ちょっと待って……いや、アームストロング少佐とキンブリー少佐呼んできてくれる? マクドゥーガル少佐には一旦一人で頑張ってもらって」

「はい、わかりました」

 

 あらゆるところに火種を届けられる焔の錬金術。あらゆる物質を爆発物に変換できる紅蓮の錬金術。

 この二つ、本来は相性が良いはずなのだ。原作では敵対者だったからアレだったけど、やろうと思えば二人だけで世界を終わらせられるくらいのヤバさを持っている。

 それが僕の手にあって、わざわざ個々に動かしているのは……酷く勿体ないと言えるだろう。

 

 ……で、ここには大人がいるのである。

 僕より己の錬金術について詳しい大人が。

 

「アレックス・ルイ・アームストロング、ただいま到着いたしました」

「何用ですかね、准将」

「ああ、来たね。ちょっと知恵を貸してほしい」

「吾輩が教えられることならばなんでもお聞きください!」

 

 狙撃手問題。

 それはちゃんと二人も把握していることだった。当然か。マクドゥーガル少佐も頭を悩ませていたらしい。現場に出ていない僕でさえ懸念点として挙げていたんだ。そりゃみんな悩むか。

 

「私の錬成陣とマスタング少佐の錬成陣を刻み付けた狙撃弾、ですか。……まぁ、ナシではないですね」

「消耗品であるならば……そして勝つためならば、私も構いません」

「アームストロング少佐。錬成陣を歪ませることなく平面から砲弾や銃弾を錬成する、ということは可能?」

「無論です。我がアームストロング家に伝わるこの錬金術に不可能はありませぬ」

 

 ……いいのか。

 マナー的にダメだと思ってたけど、戦争にマナーも何も無いか。

 

「いけるなら、もう少し改良しよう。アームストロング少佐、どこまで複雑なものを錬成できる?」

「どこまででも……といいたいところですが、見たことのないものまで、となると些か難しい部分もあるかと」

「じゃあ僕が図面引くから、それを作るのは?」

「勿論可能ですとも」

「ただ、これだと数が作れませんね。狙撃手が一人だけであるというのならこれでも構いませんが」

「つまり、一発で複数破壊ができればいいってことでしょ」

「……そういうことではありませんが、それができるのならそれも組み込みましょうか」

 

 あとはコレを打ち出す狙撃手だけど……うーん、ホークアイ中尉は今士官学生も士官学生で、若すぎるからなぁ。僕が許されたんだから倫理とか無いんじゃないか感はあるけど、別に許されたわけじゃなくて僕が強行突破しただけだし。

 まぁ別に人間を貫くわけじゃないからいい、のかな。建物にさえあてることができたらこの錬成陣は発動する。

 

「よし、じゃあ僕は金型になる錬成陣を作っておくから、みんなはまた戦場に戻って。あ、キンブリーだけ残ってほしいかな」

「わかりました」

「ではマスタング少佐、マクドゥーガル少佐を助けに行きますぞ!」

 

 うん。

 仲が良さそうで何よりだ。原作みたいに敵前逃亡とか敵を逃がすとかされたら本当に困るからね。

 

 

 

 それで。

 

「それで?」

「どうかな。遅延連鎖生体錬成弾や錬成地雷みたいな印象の悪い兵器の使用についてなんだけど」

「……やめておいた方がいいでしょうね。私もそこそこフラストレーションが溜まっていますが、マクドゥーガル少佐といいマスタング少佐といい、どうも私達を見る目が厳しい。決定的証拠、あるいはそういう素振りでさえ見せたのならば、メディアに抜かれて印象操作が関の山かと。国民からの印象などどうでもいいと普段であれば吐き捨てるのですが」

「ドラクマ、行きたいんでしょ?」

「はい。隣国三つの中でも最も屈強で最も広大で、アエルゴ崩壊を受けて既に錬金術師の育成が始まっているというドラクマ。楽しみでないはずがないでしょう」

 

 そう、キンブリーがこのクリーンな作戦行動に大人しく従っているのはコレが大きい。

 まだなのだ。まだはっちゃける時じゃない。

 ドラクマでなら、どんだけ卑怯な手段を用いて、あるいは残忍な錬金術を用いて印象を悪くしようと、どうせしばらくは戦争が無いので関係ない。それで階級を下げられようと謹慎扱いになろうと関係が無い。

 けれど今やってしまうとドラクマに行けなくなる可能性がある。だからやらない。

 

「ただ──私はできませんが、准将が隠れてやる分には問題ないのでは?」

「あんまり買い被らないでよ。僕が単独行動なんてしたら、一般兵に撃たれて終わりだよ」

「そうですか? 貴方、遅延錬成以外にも不可思議な錬金術……遠隔で発動させる錬金術を有しているでしょう。あちらで二つ名を更新できるほどには特異な技術ですよ、それ」

「遠隔錬成は、まぁズルみたいな所あるからね。それにしたって下準備が必要だ。結局僕は下準備がないと何もできない錬金術師でね」

「ならば下準備を行えばいいのでは?」

「……言い訳に対して正論かましてくるのそろそろやめない?」

 

 軽口を叩くと──珍しくキンブリーは、大きく溜息を吐いた。

 そして、強い目を向けてくる。 

 

「私は貴方のことをそこそこ買っていますが、杞憂や深読みで足踏みをし、行動が遅くなる部分だけは評価していないんですよ。──そろそろ自信を持ちなさい、クラクトハイト准将。貴方は一民族を滅ぼし尽くした悪魔とさえ呼ばれる錬金術師で、我々四人の国家錬金術師を従える将でもある。自らの強さを認めなさい」

「……」

「貴方は良く言いますね。自分は本当は私達に腕の劣る錬金術師であると。自らの錬金術は私達に敵わないものであると。だから、自分は弱いと。──くだらない。実にくだらない。錬金術の優劣は術師に依存します。その逆はあり得ない。どれほど優れた錬成陣を用いても、術師に実力が無ければその錬金術は何事を為すことも出来ない。そんなことは貴方が一番良くわかっているはず」

 

 僕は弱い。

 遅延錬成は弱点を補完し、逆転の発想で強みにしたものであって、本当に特化している天才たちには敵わない。

 ──それは、言い訳でしかない。わかっている。

 

「クラクトハイト准将。貴方は強いのです。貴方に負けて死んだすべての者達が貴方に劣ります。貴方に劣ったから死んだのです。イシュヴァールという民族も、命からがら逃げ出し、けれど牙を剥いてきたあの二人も、貴方が殺したスパイやアエルゴ人も。誇りなさい。そして直視しなさい。彼らの強さを思い出しなさい。貴方は今、彼らの屍の上に立っている。──自らを貫き通した死者の上に立つ者であるのならば、自らを信じ抜きなさい」

「厳しいなぁ。僕まだ子供だよ?」

「子供は両親を守るためだけに3000万もの人間を殺したりしませんよ。自覚してください。貴方は子供でも大人でも人間でもなく化け物だ。自らが自らへと課した契約のもとこの世に災禍を齎す悪魔。──いまさら何を恐れるのです。その名を受け入れた時から──いいえ、貴方が貴方であると自認した時点から、貴方の前には茨しか生えていないのだと、貴方自身が何よりもわかっていたことでしょう」

 

 ここから先は茨の道だと。

 そう理解して突き進んできた。まぁ、そうだ。確かにそうだ。反論はない。いつも通りの正論パンチだ。虚飾だらけの人間だからね、クラクラするよ。

 

 でも、そうか。

 僕は絶対に彼らが──イシュヴァール人が弱かった、なんて言わない。口が裂けても言わないだろう。あんなに強くてあんなに怖くて、あんなに厄介な民族。もう一度戦えと言われたら戦いはするけど、今度はもっと全力で叩き潰すだろう。

 絶対に油断はしない──そんな相手を踏み潰してきて今、ここにいるんだった。

 

 そうだそうだ、忘れていた。

 そうだね。その通りだ。

 

「キンブリー」

「はい」

「今日の夜は、誰も外に出さないでね。──周囲の街がいくつか消えるから」

「いいでしょう。出たがるだろう二人をなんとか止めてみせますよ」

 

 何が出る幕がない、だ。

 

 そうだった。

 勿論保険は用意するし、杞憂もするけれど──僕は、僕自身が早く戦争を終わらせるためにここへ来ているんだ。

 僕に向けられる目線がどうなろうと、それはそれ、これはこれでいいじゃないか。

 

 なにより僕は正面切って傷の男(スカー)の兄に勝った錬金術師だ。

 これ以上に誇れる言葉、鋼の錬金術師の世界で他にある?

 

*1
ただし流体抵抗や摩擦は受ける。



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第三十三話 錬金術の禁忌「跳水賢石錬成」&不和

 作戦行動域にいたクレタ軍及び一般市民の突然死。

 その報せは朝イチで届いた。焦った様子の国軍軍曹が知らせてくれた。

 

「突然死、ですか?」

「ハッ! 今軍医が詳しく見ていますが、死因もわからなければ他殺か自殺かさえもわからない──突然死んだ、としか思えない様相で」

「……軍人だけでなく、一般人も……」

「はい。……その、それで、死体はどうするべきかについて、クラクトハイト准将にお伺いしたく」

「僕らに同様のことが起きても困るからね、徹底して調べるように。ただ、クレタ側から返還要求があったら返していいよ。何も求めなくていい」

「わかりました」

 

 さて。

 

「また例の"奇病"でしょうか?」

「アエルゴでも遭遇した奇病……あまり考えたくは無かったことではありますが、吾輩達が病原菌を持っている、と考えるべきか……」

「奇病、ね」

 

 三者三様の*1反応を見せるクラクトハイト隊の面々。

 それはとは別に、今回参加したばかりの彼が律儀にも手を挙げる。

 

「無学で申し訳ありません。例の奇病というのは?」

「……アエルゴでの報復戦争の際にも似たようなことがありましてな。街の人間が丸々一つ亡くなるだとか、村落、集落が同様に命を失うだとか」

「それは……」

「私達はアメストリスにて入念な検査を受けています。ただ、そのような症状となる病を未だ発見できていないのも事実。現在の技術では検出されない何かが私達に付着していて、それをクレタに持ち込んでしまった、という可能性も否定はできません」

 

 酷いなキンブリー。僕を病原菌扱いとは。

 石にするところは選んでいるんだから、そんな手当たり次第のバイオテロみたいに言わないでほしい。

 

「それは、一度軍を退かせるべきではないでしょうか。自軍に被害は……」

「ふむ、それがですなマスタング少佐。アメストリス軍には一切被害がないのですよ。巻き込まれたり、何かしらの症状を見せる者もいない。セントラルの医師方々の話では、アメストリス人だけが持つ抗体があるのではないか、との話が進んでおりましたが」

「未知の病原菌、ね。……ところでキンブリー少佐」

「なんですか、マクドゥーガル少佐」

「昨夜一人出て行ったクラクトハイト准将を追いかけようとする俺を無理矢理に止めてきたのは、結局なんだったんだ?」

「准将から言われていたのですよ。追いかけようとする者あらば止めろ、と」

 

 ちょ、そこは誤魔化さないのかー。

 

 マクドゥーガル少佐の目がこっちに向く。その後ろでキンブリーは「私は何も知りませんからね」とでも言いたげな薄ら笑いを浮かべていた。

 

「准将。クレタへ来てからずっと引き籠っていた貴方が昨夜突然一人で出かけた理由を聞いても?」

「軍事機密だ、といったら引き下がるかい、君」

「貴方が国の人間と接触していないことは把握している、と言ったらどうしますか、准将」

「いいね、僕を監視していることを隠さないか」

「……」

 

 緊張が走る。

 マスタング少佐も何か口を開きかけて、けれど留まり。アームストロング少佐はなんでこんなギスギスしているのかわからないという様子でキンブリーに縋る目を向け、キンブリーは肩を竦めるばかり。

 

「これだよ」

「……これは、錬成陣?」

「そう。下準備って奴だ。僕は下準備がないと何もできない錬金術師だからね」

「それはつまり、今日からは准将も戦場に出ると──そういうことですか?」

「うん。ちょっと進みが遅いからさ、僕も手伝うことにした」

 

 反応は三つ。

 目を細める二人と、目を伏せる一人と、誰も見ていないのを良いことに口から賢者の石を出す一人。やめなよいつかバレるよソレ。

 

「申し訳ありません。吾輩達の力不足に……」

「いや、狙撃兵の存在が大きい。対策は昨日話したやつでなんとかできそうだから、アームストロング少佐は今日は銃弾の錬成に努めてほしいんだけど、いいかな」

「無論です。終わり次第駆けつけさせていただきますが、よろしいですかな?」

「うん。心強いよ」

 

 アームストロング少佐はまだ純粋でピュアで本当にありがたい。

 クリーンな戦争をしている内はこうして従ってくれることだろう。これで遅延連鎖生体錬成弾とか使い出したら一瞬で嫌な顔してきそうだけど。

 

「与えられた仕事を与えられた通りに熟しているつもりなんですがね、お眼鏡に適いませんでしたか」

「アエルゴがあれだけ快勝だっただけに、クレタ相手には随分と苦戦しているように見えちゃうかな。国家錬金術師の数が減った、というのは要因に挙げられるんだろうけど、たかだかその程度で弱るものなら、僕一人で十分だ。クレタの兵士はイシュヴァール人の誰よりも弱いから」

「イシュヴァールの内乱……ですか」

「一民族の内乱と国家間の戦争を比較するのか」

「まぁまぁ、売り言葉に買い言葉は良くありませんよ。結論や着地点が見えないままヒートアップしたところで得られるものはありません」

 

 仲裁に入ってくるキンブリー。

 一瞬のアイコンタクトは、僕らの言い争いを見て怯え、簡易司令室に入って来られないでいる兵士のことだろう。

 

 アピールは十分、と。

 

「そこにいる君、何用?」

「あ、は、ハッ! ワイルダー准尉であります!」

「うん。用件は?」

「く、クレタ軍が開戦の合図を出してきました! こちらからは」

「ああ、返しておいて。──さぁ、行こうか。今日から本格的な侵略を開始するよ」

 

 クリーンな戦争。

 だから夜間の奇襲とかないし、両軍が開戦の合図をして攻撃を始めるスタイル。まぁ死傷者アリだからスポーティーなソレではないんだけど。

 

「アームストロング少佐、これを」

「例の錬成陣ですな。これを区切って銃弾、あるいは砲弾に錬成し直す、で良いですか?」

「うん。ここの部分さえ壊さなければちゃんと発動するから、あとは銃撃兵にどんな弾が欲しいか聞いて」

「承知いたしました! それでは吾輩は先に失礼いたします!」

 

 それじゃあ。

 

 

 

 爆発する。

 凍り、蒸発する。

 燃える。

 

 紅蓮、氷結、焔。いやぁ壮観だ。

 

「良い御身分ですね。どちらかと言えば中距離攻撃型の私達に身を守らせて戦場を闊歩とは。手が滑って爆破してしまいそうだ」

「珍しく意見が合うなキンブリー少佐。准将、その下準備とやらはまだ終わらないのか?」

「お二人とも、無駄口叩いている暇があるなら迎撃を──今日はいつに増して数が多い!」

「それはそうでしょう。侵略の頭ともいえるクラクトハイト准将がここにいるのです。准将さえ殺せば後は烏合の衆と思われているでしょうから、死に物狂いで狙ってきますよ」

「隙をついて尻を蹴っ飛ばして奴らの眼前に放り出すのも手だとは思うがな」

「君達案外仲良いね。ギスギスしてるんじゃないかって心配してたんだよ僕」

 

 歩く。普通に歩く。

 戦場のど真ん中を歩いて、行きたい場所までいく。護衛となるのは三人の錬金術師。一般兵はいない。全員下がらせてある。

 先ほどから高台という高台が爆発して崩れて行っているので、超小型狙撃爆弾は成功したらしい。流石アームストロング少佐、普通平面に描かれたものを円筒状に成形して形を崩さない、なんて無理だと思うんだけど、完璧にやってのけたみたいだね。

 

「仲が良いかどうかはともかく、准将が関わらなければ特に嫌いあう仲ではないことは事実ですよ。准将絡みになるとマクドゥーガル少佐の気が立つので、私やアームストロング少佐が宥めにかかることが多いですが」

「よく言う! 倫理的な話になればお前とマスタング、アームストロングは良く対立しているだろう!」

「戦場に倫理を持ち出す方が悪いのです。何度言えばわかるんですか?」

「だから無駄口はやめてくださいと──取りこぼして准将に刃が届きでもしたら」

「してもどうにかするでしょう」

「したら好都合だ。手間が省ける」

 

 マクドゥーガル少佐はもうほとんど隠さなくなった。その方がやりやすくて良い。

 ただ、殺したいというような気配はないんだよな。殺気じゃなくて、あくまで疑いを晴らしたいって感じ。まぁ僕が怪我をすれば賢者の石を作れなくなる。結果として奇病が止まるから、ほぼ確信に至れる──とかそんな感じかな。

 

 今日はその疑いを色濃くするために出てきたんだけどね。

 

「みんな頑張って、もう少しだから」

「だから、どこに向かっているのかを先に言え! 地点さえわかれば俺が氷壁を──」

 

 もう敬語とか丁寧語とかない、荒げた声をマクドゥーガル少佐が上げた、その瞬間だった。

 

 発動する。

 赤い赤い、錬成反応。遠方だ。今僕らがいる場所からは離れた所で、赤い錬成陣が発動した。キンブリーですら驚いた顔を見せるソレは、ウネウネと、グネグネと黒い何かを生やして──数十秒で収まる。

 

「……今のは、なんだ?」

「錬金術……? いや、だが私達以外の錬金術師は……そもそも錬金術……か? アレは」

「ほら、調査は後でやろうよ。今は目の前の敵」

「……無茶を言いますね。あんなものを見た後で、平常心を保てと?」

「保てないなら僕がやるよ」

 

 今度は後方で。

 マクドゥーガル少佐とマスタング少佐がそれに気づいたのは、兵士らのざわめきを聞いてからだった。また黒が生えて、何かを掴んで引っ込んでいく。後方は後方でも自軍のキャンプの置いてあるところではない。

 その次は、前方と左側に赤が発生する。

 

「な──んだ、何がどうなって……」

 

 バッとマクドゥーガル少佐が僕を振り返るけれど、僕からは一切の錬成反応が出ていない。否、赤い錬成反応は出ていない、というべきだ。

 青は出ている。ガチャン、という音をもしている。

 

 そして、地中から鎖が射出され──周囲の兵士を貫いたり、巻き取ったりして剥がしていく。

 

「っ……援護します!」

「何が起きているのかも気になりますが、結局どこなんですか、准将の行きたい場所は」

「そこ」

「そこって──」

 

 どこだよ、は続かない。

 鎖で退けたところに、錬成陣が一つ刻まれていたからだ。

 

 けれどそこには絶対行かせないとばかりに兵がまた群がってくる。いつにもまして兵士が多かったのは僕がいたから、だけじゃないのだろう。

 いつの間にか自軍に錬成陣が刻まれていたからだ。消そうとしたのか、いくつもの銃痕が見られる。そんなんじゃ消えないけど。

 

「キンブリー!」

「本当に、珍しく今日は意見が合いますね」

 

 マクドゥーガル少佐とキンブリーが突然僕の横に来て、僕を掴んで。

 ──いや、ちょ、それは予定に無いんだけど。

 

「二人とも、准将に何を──って」

「これそこそこな上官殺しだよねっ!?」

 

 ぶん、投げられた。

 ちゃんと角度も力もぴったり錬成陣に辿り着けるように、けれど兵士はみんな銃を持っていること忘れてないかな。僕地面にいないと保険ほとんど発動できないんだけど知らないかな。

 

 なんてのは、杞憂。

 爆発する。氷が走る。爆炎が跳ねる。

 一瞬にして僕を狙っていた銃口はその全てが主を失った。

 

 だから──さっき彼らに見せた錬成陣を、地面の錬成陣に向けて叩きつける。

 

 激しい音。

 何かがせり上がり、何かが倒壊する音。目に見えるのに15秒を要し、それは出現する。

 ただの跳水錬成だけど、キンブリー以外に見せるのは初めてだろう。

 クレタ正規軍。周囲にいるその全てを包み込む正円の壁。

 

 そして、それだけではない。

 

「三人共、早めに僕の近くに来ておいて」

 

 集めて──後は、ちゃんと下準備をしたものが効果を発揮する。

 

 それは錬成陣。銃弾に施された錬成陣だ。

 昨夜のうちに狙撃兵の人に頼んでおいたのだ。「人じゃなくて僕の指定する建物を撃ってほしい」と。奇襲じゃないから問題はない。

 

 腕のいい狙撃手だった。僕が言ったとおりの場所に、全部撃ち込んでくれて。超小型狙撃爆弾も彼が撃っているのかもしれない。

 

 クレタ兵が倒れる。

 クレタ兵が倒れる。

 クレタ兵が倒れる──。

 

「おい、まさか俺達で」

「まさか。僕は味方殺しをしないことで有名な錬金術師なんだよ」

 

 赤だ。赤が走る。

 黒い手も生える。僕らのいる場所以外で、クレタ兵の全てが自らの首を押さえ、絶命していく。

 

 跳水錬成でせり上げた正円の壁の中に、五角形。鎖で貫いて固定したクレタ兵で、五角形。繋いで作るは賢者の石の錬成陣。

 地面にあった錬成陣は「その中のものを除外する」意味を込めた錬成陣で、且つ叩きつけた錬成陣の裏面には五角形──新たな中心点を再設定するための錬成陣が描かれている。

 これにより起こるは、僕ら四人を除外した形での賢者の石の生成。下準備は必要だけど、自らが中心にいても使うことのできる即席賢者の石生成錬成陣の完成だ。

 五百年もかける必要ないし、中心がどこかを迷うこともない。だって発動した場所が必ず中心になるから。

 

 ──そうして、反応が終息する。

 賢者の石は隠して──こっちを壮絶な顔で見るマスタング少佐に、笑みを向けた。

 

「アームストロング少佐には言わないでね。彼、耐えられないだろうから。アメストリス人だけが抗体を持つ奇病、ってことにしておいて」

「──」

 

 ウィンクもおまけしておく。

 

 二人の反応は。

 

「……まず、何をしたのかを教えろ、准将」

「何って錬金術だよ。銃も剣も使わずに人間を絶命させることに特化した錬金術を使った」

「それが何かと聞いている!」

 

 胸倉を掴まれて持ち上げられる。

 怒りの表情。呆然としているマスタング少佐とは違い、やっぱりマクドゥーガル少佐はあらかた察していたか。

 

「だから、錬金術だよ。君も錬金術師なら、今のがどういう原理なのか当ててみたら?」

「……ッ! もう、いい! ……准将。この戦いが終わったら、お前の外道を上に報告させてもらう。このような錬金術、到底許されるものではない!」

「じゃあ体内の水分を蒸発させて殺すのは許されるものなの?」

「……ッ! 屁理屈を!」

 

 キンブリーの言葉。

 鋼の錬金術師の中でも特に印象に残る言葉の一つだ。

 

 錬金術で殺したら外道か。銃で殺したら上等か。

 ──賢者の石に変換することは、果たしてそんなにも卑劣か。

 

「准将ご自身が非道だと思っているから、一般兵やアームストロング少佐から見られないよう壁を作ったのではないのですか」

「まさか。この程度を非道だと思うような心の優しい子供だったら、イシュヴァール人なんて殲滅しないよ。あんまり忘れないでほしいんだけど、僕はイシュヴァール人という民族を老若男女問わず殺して殺して殺し尽くした悪逆非道の錬金術師なんだ。理解してほしいとも納得してほしいとも思っていないけれど、一々突っかかって来られると除隊したくなるからやめてほしいかな」

 

 投げ捨てられる。

 壁を作ったのは円を作るためだ。見えないようにしたのはクレタにインパクトを与える為。

 

「除隊でもなんでも好きにしろ。──俺はアメストリスに帰り、お前の所業を明るみに出す。結果軍を辞めることになっても、だ」

「おや、敵前逃亡ですか。せめてクレタ侵略を終えてからにしませんか?」

「キンブリー。お前と准将の仲が良いことも知っている。この所業を知っていて見逃していたのだとしたら──」

「したら、なんですか?」

「……ふん。人心を失った時点で、錬金術師は化け物でしかない。……マスタング、お前はどうする?」

「……申し訳ありません、マクドゥーガル少佐。私は……軍事行動において必要な行為であれば、従います。たとえそれが倫理に反した行いであろうと、同じ穴の狢でしかありませんから」

 

 壁が崩れて行く。

 惨状が露わになっていく。

 

 正円から逃れたクレタ兵は僕らを、そして僕らの周囲を見て、明確な恐怖を抱き。

 見守っていたらしいアメストリス軍は、明らかに仲違いを起こしているっぽい僕らを見て、違う恐怖を抱き。

 

 そうして、此度の戦いもこちらの勝利で終わるのだった。

 

 

 

 *

 

 

 

 その日の夜。

 

「酷なことをしますね。彼もアームストロング少佐同様隔離してしまえばよかったでしょうに」

「彼には見てもらう必要があったからね。表側から僕を告発する人間と、裏側から僕を報告する人間。どちらもが揃っていないと意味はない。その上で、告発されたところで何のダメージもない、という状況が必要だ」

「……軍に不信感を持たせたいのですか?」

「へぇ、すごいねキンブリー。今の情報だけでそこまで辿り着くんだ」

「誰でもわかりますよ。……しかし解せない。焚きつけたのが私である手前言い難いことですが、やるならドラクマでもよかったのでは?」

「それじゃあちょっと遅い。必要なのは、告発して、報告して──けれど()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事実だ」

「……ああ。大総統に不信感を持たせたいのですね」

「そ」

 

 ローグ=ロウの一件が無かったせいで、キング・ブラッドレイに向けられる嫌悪感はあんまりだったりする。アエルゴ、クレタに対しても報復侵略ばかりで、一応正当性があってしまう。戦争を長引かせんとする素振りを彼が見せる以前に、彼のしていることがアメストリス国民のためになってしまっているのだ。

 

 ──そんなところに、反戦軍縮を掲げるマスタング少佐みたいな、僕やキング・ブラッドレイを毛嫌いするような派閥が現れたら、国民はどう思うだろう。

 アメストリスへこれだけの好景気を齎し、国土を広げ、誰もが成し得なかった"アメストリス超大国化"を果たそうとしている大総統に牙を剥く者。

 

 また、キング・ブラッドレイが斃れた時に、その後を継ぐ者が誰になるのか。反戦軍縮を謳うような大総統に信が集まるのか。

 今、アメストリスは戦勝国ムードだ。それがずーっと続いている。クレタを熨し、ドラクマを落とせば、その勢いはさらに増すだろう。

 

「いずれを想定するなら、水面下に隠れた伏兵より、野心を持ったわかりやすい敵の方が御しやすい」

「……昨日は貴方を子供ではなく大人でもなく化け物だ、と比喩で言いましたが、どうやら比喩ではなさそうですね」

 

 ホムンクルスやお父様という本物の化け物がいる世界で、酷い話である。

 

「あ、そうだ。これから車にのって爆速で賢者の石回収ツアー行くんだけど、一緒に来る?」

「遠慮しておきましょう」

「前と同じ安全運転で行くよ」

「遠慮しておきましょう」

「……」

「遠慮しておきます。それでは、また明日」

 

 つれないなぁ。

*1
勿論キンブリーは演技だけど



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第三十四話 錬金術の最奥「お父様」

 僕が戦場に赴くようになってから、クレタ軍の士気はみるみると落ちて行った。

 対策のしようがないからだ。他の錬金術は目に見えているがためにどうにかしようとする気持ちも湧くようだけれど、正円の壁が突然できて、それが崩れたら味方が死んでいる、なんてどうしようもない。

 曰く竜頭の錬金術師──竜は竜でも蚯蚓(ワーム)の頭を呼び出している、みたいな風評があったりなかったり。

 

 プラスして超小型狙撃爆弾も活躍してくれている。見た目的にはキンブリーとマスタング少佐の錬金術が発動しているだけだから評価は彼らのものになり、味方からは精密且つ要望通りの錬成をしてくれるアームストロング少佐の株が上がる。銃弾の形なんかは僕じゃわからない領域で、銃を握っている兵士にこそサティスファクションがあるからね。

 クレタはアエルゴと同じかちょっと広いくらいの面積だ。だから、もうそろ終わらせるべき頃合いにもなってくるんだけど……。

 

「クラクトハイト准将? 何をしておられるので?」

「ん-。コレ」

 

 キンブリーに投げ渡すのは書筒。

 受け取った彼がさっと目を通すと、「心中お察しします」って感じでまた投げ渡されて帰って来た。

 

「大総統からの呼び出しとは。マクドゥーガル少佐の件でしょうかね」

「やりすぎだ、とか言われた日には全面抗争も辞さないつもりだけど、大総統強いからなぁ」

「これはあちらが仕組んだことなのですから、やり過ぎも何もないのでは?」

「みんなの前で錬成した、っていうのはそこそこやり過ぎの範囲内ではあったりするんだよね実は」

 

 何用か。

 本当に、これから詰めに詰めて行かなきゃって時の、出鼻を挫くような呼び出しだ。面倒な事じゃなきゃいいけど。

 

「キンブリー、陣頭指揮は任せてもいい?」

「任せてもいい、と言われましても。今までも基本私がやっていたように思うのですが」

「じゃ、マスタング少佐とアームストロング少佐のメンタルケアは任せたよ」

「……成程嫌がらせ、と」

 

 そんなこんなで、一番気になる時期に一度セントラルへ帰ることになった。

 

 

 

 で。

 

「……一応言っておきますけど、今戦場で部下たちが命張っていることは理解してますか?」

「その程度の些事を気にする性質だったかね、君は」

 

 僕を待ち構えていたもの。

 それは──パレード、だった。

 

「アエルゴとの長きに亘る国土問題。それを解決した君を呼ばなければ、周りがうるさいのだよ。現場は他の国家錬金術師に任せても問題ないのだろう? 何より君のような子供がいなければ何もできない現場など、それほどまでに脆弱な兵を育てたつもりもない」

「……敵前逃亡したマクドゥーガル少佐から何か聞いていたりは?」

「おかしなことを喚いていたが、最終的には出て行ったな。恐らく戦地におけるPTSDのようなものだろう。しばらくセントラル病院で精神状態を観察するよう手配しておいた」

 

 ああ、多分脱走して反体制派ゲリラになる奴だねそれ。まぁこれで僕とキング・ブラッドレイ大総統の間にラインがあることは理解してくれただろう。それで十分だ。

 

「パレード……暗殺の懸念がありまくりそうですけど」

「私が隣にいる。──これ以上何か必要かね?」

「わぁ安心だ。ってことはその感じ、リスさん他も見守ってくれる感じですか」

「そうなるな」

 

 ホムンクルスに見守られての凱旋パレードかぁ。

 確かに安全そう。

 

「クレタ侵略が終わったタイミングじゃダメだったんですか」

「私もそう提言したのだがな、ふっふっふ、悪魔だの忌み子だのと騒いでおいて、民衆というのはおかしなものだ。──今の君が中央でなんと呼ばれているか知っているかね?」

「いえ」

「"勝利の子"、だそうだよ。聞けば、イシュヴァール内乱の時と違って随分と公明正大な戦争を行っているようではないか。人の口に戸は立てられん。アエルゴに参加した兵士から話が漏れ、今や君は味方への損害を極力減らすことを考え、確実な勝利を齎す将となった。加え、滅多に戦闘に参加しなかったのがダメだったようだな。イシュヴァール内乱のそれすら"何者か、複数人の悪逆非道の隠れ蓑"として存在しているだけ、などという話まで上がってきているぞ」

 

 ……あー。

 クリーンにし過ぎたか。

 確かに、アエルゴ参戦兵がクレタ侵略にもそのまま続投されているわけじゃない。アエルゴを終えて内勤に戻った兵士もいる。休息に入った兵士も多くいる。

 彼らは喧伝するだろう。国家錬金術師の凄さを。そしてもう一つ、特に何もしないで戦争を終えた子供准将の話を。

 

 イシュヴァールの内乱に参戦した東部の兵士からしたら何言ってんだ案件だけど、南部の兵士はむしろ僕については錬成地雷のことくらいしか知らなかっただろうし、それにしたってアメストリス軍の生存率を高めるものだしで、案外好印象、なのかな。

 

「景気が良くなったことも起因しているだろうな。内乱は東部が消耗するばかり……アメストリス自体の疲弊が考えられたが、此度は敵国。英雄の活躍は国の活気となる」

「成程。つまり此度、僕は英雄として凱旋するんですね」

「無論だ。なんだ、悪魔として凱旋するつもりだったのかね?」

「国民受けは悪い、と思ってましたよ、正直」

 

 ただ、人間というのは忘れる生き物だ。

 イシュヴァールの内乱で行われた悪逆非道は伝聞でしかなく、実害も完全に留められていた。

 反対にアエルゴ攻略の実益はアメストリス全体の景気に繋がり、その伝聞はメディアを通して広められている。実際近くにいた兵士からも、メディアからも好印象の英雄。成程、過去の方が間違っていたのだと思う──思いたい人間が増えてもおかしくはない。

 

 面倒な。

 子供で英雄で、実は悪いことしてませんでしたー、とかなると戦場に出難くなるじゃないか。

 

「拘束日数は?」

「一週間程だな。諸々の手続き、パレードそのもの、そして挨拶回り」

「誰か代わってくれたりしませんかねそれ」

「なんだ、そんなに戦場に戻りたいのかね?」

「ええ、部下が大事なもので」

「はっはっは」

 

 笑いごとじゃないんだけどね。

 部下が大事というのは本当だ。銃がメインの戦場である今、一般兵にいなくなられるとつらいものがある。国家錬金術師の三人だけでどうにかなるならいいけど……いやなんとかなりそうではあるけど。

 というかキンブリーに全権預けてきたの結構間違いだったかな? 僕より効率的で効果的な作戦バンバン出してクレタ一瞬で攻め落としそう。

 

 多分作中であったような上官殺しもしないだろうし、彼、順当に行けば大佐くらいにはなるんじゃない?

 

「時に、准将」

「はい」

「私達の父が君に興味を示していた──と言ったら、君は興味を持つかね?」

 

 ──わあ。

 そんな日常会話みたいなトーンで言う言葉じゃないでしょ、それ。

 

 いや。

 会いたい、とは欠片も思わない。だって危なすぎるし、特に用事もないから。だけど、何故、はある。というかなに? が正しいか。何用? 僕に何? 扉開ける気サラサラないよ僕。

 

「父というと、大総統の御両親ですか?」

「今更取り繕う必要はないぞ、竜頭の錬金術師。ふっふっふ、父であることまで知っていたのは予想外だったがな。エンヴィーかラストが口を滑らせたか?」

「……上司的な存在がいることはエンヴィーから。父だろうが母だろうが同じ反応をしてましたけどね」

「ああ、やはりアレは口が軽くていかんな。兄を名乗るのならばもう少ししっかりしてほしいものだ」

 

 エンヴィーの口が軽いのは、それはそう。

 ぶっちゃけ口止めしてないんじゃないかなお父様も。あの存在がそういうのに頓着するとは思えないし。

 

「それで、会いたいかね? 私達を生み出した、謂わば親玉というべき存在に」

「特には。なんで興味持たれてるのかもわかりませんし、その興味が良くない方向のものであれば今すぐ逃げ出したい心境ですよ」

「悪意的ではない。むしろ好意的な興味だ。3000万。次も3000と200万くらいか? その規模の賢者の石を無償で補充する、我々に協力的な錬金術師。興味を持たぬ方がおかしいだろう」

「そこまで開示するってことは、会うのは強制と見ましたけど。外で待機しているセリムお坊ちゃん含め、そういうこと、ですよね」

 

 ざわり、と何かが蠢く。

 未だ龍脈の流れを感じ取れない僕とは言え、プライドの異質さはわかる。ホムンクルスの気配はわかるからね、それと似たもので、けれど薄く伸ばしたもの、って感じ。大総統からは何にも感じない。原作通りだ。

 

「あまり察しが良いと早死にするぞ、レムノス・クラクトハイト」

「鹿さんにも言われました。改善する気はないですね」

「……良いだろう。なに、殺されることはない。ただ一目見ておきたいと仰っていた。返事は?」

「Yes以外を返したら首が飛びそうなので、Yesで」

「よろしい」

 

 というわけで。

 ラスボス謁見である。

 

 

 

 まーったく覚えられる気がしない道筋を通って、地下の地下、かなり深い所にソレはいた。

 数多くのパイプが集中する椅子。その上に座る……げ、もっと老人じゃなかったっけ。初老の男性、くらいには若返ってないか。ヤバくないか普通に強化してないかお父様を。

 

「父よ、失礼します」

「む? 憤怒(ラース)か。……ソレは?」

「以前貴方が興味を持たれていた、竜頭の錬金術師を連れて参りました」

「竜頭の錬金術師!」

 

 嬉しそうな声。

 椅子の上に座る初老の男性は、こいこい、と僕を呼ぶようにジェスチャーをする。

 

 ……まぁ、腹を括ろうか。流石に無理だと。

 僕にどんだけ自信がついたって、お父様とブラッドレイを同時に相手して生還、は。余程のチート転生者じゃないと無理だと思う。

 

「ほう……オマエが竜頭の錬金術師。確か名は……なんだったか、憤怒(ラース)

「レムノス・クラクトハイトですな」

Cracthite(クラクトハイト)? ふむ。ふぅむ……そういうこともあるのか」

 

 男性……お父様は、僕の身体や顔をぺちぺちぺたぺたと触っては、何かを悩んで、また触って。

 害意はない。ないけどノーモーションで錬金術使ってくるから油断はできない。できないけど油断してようが警戒しようが関係ないので為すがままになる。

 

「まずは礼を言おうか、クラクトハイト」

「……え」

「オマエだろう、ワタシに賢者の石をくれたのは。どのようにしてこれほどの量を集めたのだ? ワタシがやるよりも遥かに効率的な手段なのだろう。教えてくれ、クラクトハイト」

「あー……っと?」

 

 その反応は予想してなかった。

 教えを乞う? ……いや、そうだ。この人というかこの存在、別にプライドが高いワケじゃないんじゃないっけ。人間を見下しているけれど、知識や技術に対してはちゃんと目線を合わせて対応していたよう、な。いやどうだっけ?

 何十周まわってもお父様の人間性、みたいなのって掴めないんだよな。感情切り離した割に感情的だし。

 

「父よ、彼はまだ幼子。そう捲し立てては話すものも話せませぬ」

「ふむ? ……言われてみれば、小さいなオマエは。今幾つだ?」

「あー……えーと、多分10歳?」

「多分?」

「ああいや、僕自分の誕生日知らないから……」

「そうか。まぁそれは良い。10歳ともなれば十二分に大人ではないか、憤怒(ラース)

「アメストリスではまだまだ子供ですな」

「なに? ……いや、そうか。クセルクセスのそれはペルシャの……ふむ、ふむ。まぁ良い、それもどうでもいい話だ。そうだ、今も賢者の石を作っているのだろう? 次は何千万だ?」

「次も3000万ちょっとくらい、かな? クレタの総人口的に」

「良い。それもワタシにくれるのだろう?」

「はい。他に提出先もないですし」

 

 初老お父様。

 原作よりも、元気。ボケボケした様子もなく、学習に意欲的。

 

「ふむ……憤怒(ラース)。この年頃の子への褒美というのは、何を与えればよいのだ?」

「申し訳ありません、私もあまり詳しくなく……」

「そうか? では傲慢(プライド)。オマエはどう思う?」

「父上、私達に子はいませんので、誰に聞いても……強いて言えばラストでしょうか?」

 

 やっぱりいたらしい影の化け物が口を開く。

 こうしてみると、うん、家族だね。

 お父様に賢者の石がたくさん手に入って余裕ができたから、なのかもしれない。原作ではそこそこ尽きかけていた賢者の石が大量補充されたおかげで若返りまで果たし、他へ興味を向けるようになったお父様。

 これがパワーアップなのか説得の余地が増えたのかは知らないけど……。

 

「聞いた通りだ。ラストから何か褒美をやろう。他に何か、欲しいものはないか? ワタシは今とても気分が良い。クラクトハイト、オマエのおかげだ」

「欲しいもの……」

「そうだ。あるだろう、人間なら。巨万の富、地位、名誉。あらゆるものを与えられるぞ?」

「……まぁ、ないかな」

「……無い?」

 

 無い。

 欲しいもの。思いつかない。

 お父さんとお母さんを守る、というのが僕の決意だ。そのためにすべてをやってきた。そのために必要なものは僕にしか用意できない。まさかここでお父さんとお母さんを助けて欲しい、なんて言おうものなら国土錬成陣に対して理解があると思われかねないし。

 ……あれ、思われても良いんだっけ? まだだっけ?

 

「無いなら……仕方がないか。だが、欲しい物ができたらすぐに言え? 憤怒(ラース)か、傲慢(プライド)か……近くにいなければ嫉妬(エンヴィー)色欲(ラスト)……怠惰(スロウス)暴食(グラトニー)は……流石に無理だろうな」

「無理でしょうな」

「加えて、強欲(グリード)を見つけたとして、彼に言っても無駄ですよ」

 

 なんだこの親身さ。

 そんなに嬉しかったのか、3000万の賢者の石。これからもう3000万、さらにドラクマの推定総人口一億二千万が入る予定だけど、もしかしてそれってお父様にとってパラダイスか。

 

「あ、欲しいものと言えば」

「なんだ、やっぱりあるのではないか」

「昔の僕の罪を帳消しにしてほしいなって」

「罪? 犯罪か? 憤怒(ラース)、そのくらいすぐにでも消してやれ」

「お言葉ですが父よ、彼の経歴に前科はありませぬ」

「ム? では何の話だ?」

「あ、いや、だから」

 

 ──そもそも、僕に監視が来た理由。エンヴィーが来た理由。

 

 賢者の石の蓋。そのエネルギーを勝手に使った件について、だ。

 

「……言わなければ忘れていたよ、そんなことは。そして怒ってもいない。オマエが齎した3000万で十分に帳消しにしているとも」

「ああ、そうなんですか。それじゃあやっぱり欲しい物はないです」

「ふぅむ。……ふむ、ふぅむ。そうだ、オマエも永遠の命になる、というのはどうだ?」

「あんまり興味ないですね」

「これでもダメか。……まぁ、いい。欲しい物ができたらすぐに言うんだぞ。いいな?」

「はい。ありがとうございます」

 

 話はそれで終わりらしかった。

 手招きしてくるキング・ブラッドレイの方へ行って、最後にもう一度会釈だけして戻る。

 

 ……これ、クレタとドラクマの賢者の石取り込んだら、最終局面の若お父様──エドの生き写し、ホーエンハイムの生き写しお父様になるんじゃないの? 大丈夫? エド倒せる? コレ。

 

 

 

 帰路。

 

「無欲ここに極まれり、だな」

「そうですか? じゃあ大総統だったら何を欲しますか?」

「……私はあらゆるものを自由にできるところにいる。君とは違う」

「永遠の命も要らないと?」

「さて、どうだかな。欲しいと思ったことは一度もないが」

 

 キング・ブラッドレイ。ホムンクルス・ラース。

 

「地位も要らないのかね?」

「少将以上になると却って動きづらそうじゃないですか」

「家族の安全は? 君が最も大切にしているものだろう」

「脅かすというのなら敵対します。守ってもらうつもりはないです」

「はっはっは、潔いな。父やプライドの存在を知った上でその態度とは」

「その果てで守れずに僕が死し、お父さんとお母さんも死ぬというのなら、特に後悔はないので。僕が二人を守りたいだけですから」

「……それほど自由に生きられるというのに、自らレールを敷くか」

 

 二人に生きててほしいなら、准将権限使って二人を国外追放してるよ。この世界どこが安全かとかわからないけど、少なくともアメストリス以外は大体安全でしょ。ゴーストタウンになったアエルゴとかにアルドクラウドの住民丸ごと引っ越しさせる、くらいはしてると思う。

 でも僕の守りたいってそういうことじゃないからね。

 

「まぁ、生きていく内に欲しいものもできるだろう。権利を放棄しなかったのは賢明だ。その時になったら、自分ではどうしようもないものを欲することもあるだろうからな」

「あの時大総統の座、とか言ってたらどうなってたんですかね」

「ふっふっふ、私の前でそれを言うか。──なんだ、狙ってみるかね?」

「いえ、だから少将以上は要らないって言ってるでしょう。大総統なんて立場、絶対現場に行けないからお断りですよ」

 

 この人結構現場に出てくるけど。

 デビルズネスト壊滅させた時とか、ちょっと意味わかんなかったよね。突入チームのリーダーが大総統って誰か反対しなかったのかな。

 

「あ、パレードの代役が欲しいって言えばよかった」

「それは……流石の父も用意できないだろうな」

「ダメかぁ」

 

 ダメだった。

 その後、きっちり一週間セントラルに拘束されることとなる。手のひらドリルも良い所だ。何がパレードだよホントに。

 ……ただこれ、暁の王子のパレード感はあるなぁ、とか思ったり。アエルゴの代わり?

 

 

 *

 

 

 なお、セントラルに滞在するための部屋に匿名の誰かから知育玩具がたくさん送られてきたのはどうでもいい話である。

 馬鹿にされているのかな、って思った。



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第三十五話 錬金術の禁忌「対人賢石錬成」&一人

 面倒な挨拶回りを終えてクレタに舞い戻って来た。

 舞い戻って来た僕を迎えてくれたのは──なんか、ポージングしてるアームストロング少佐。

 

 ……キンブリーの指揮でメンタルぶっ壊れてないか心配したけど、してないようで何よりだよ。

 

「お迎えに! 上がりました!」

「あ、うん。ありがとう。戦況はどう?」

「順調ですな。例の奇病の患者もここ一週間は出ておらず、警戒態勢から攻勢態勢へ切り替え、キンブリー少佐の指揮のもと主要都市をいくつか攻め落としました。クレタ側でも降伏宣言をする話が出ている、とは捕虜の話で」

 

 彼が運転するらしい装甲車に乗って、現在の戦線のある場所まで行く。

 

「それで、銃撃対策はどうしたの?」

「キンブリー少佐の作戦が刺さりました。マスタング少佐とその場で協力開発した発煙装置にて射線を遮断。吾輩の錬金術でこちらの陣地を一時的に高台にまで押し上げ、勝利を」

「……成程発煙装置。僕には無い発想だったな……」

「仕方のないことですな。准将は准将という地位にあるとはいえ、未だ幼き身。対し吾輩や他軍人は士官学校を経てきています。兵器の扱いや選択肢に関しては、吾輩たちに一日の長があるものかと」

 

 遮蔽を作るのに壁を敷いたらこっちも攻撃できないじゃん? で思考を止めていた。

 そうか、煙で、相手だけわからなくさせてこっちから一方的な攻撃を。こっちは別に相手の位置とかどうでもいいもんね。広範囲攻撃を叩き込めばいいだけなんだから。

 

 やっぱり兵法はその道のプロに任せた方が良いなぁ。僕はちまちま賢者の石作ってるべきだ。

 

「ただ、准将の遅延錬成陣が在庫切れで、狙撃手対策の超小型狙撃爆弾が錬成できず」

「ああそうか。一週間だもんね。……どうにかして三日以上保つようにしなきゃなのはわかってるんだけど、中々難しくてさ」

「いえいえ。十分に助かっておりますよ」

「……マクドゥーガル少佐は、帰ってくる気はないらしいよ」

「……そうですか」

「部下と喧嘩して、落としどころを見つけられない僕はダメな上司かな」

「吾輩にもそれはわかりません。こういうものは大抵どちらにも悪い所があった、という結論に落ち着くものですが、それで納得できるものであるなら初めから喧嘩などしないでしょう。マクドゥーガル少佐には軍人としての責任感が足りていなかった。准将には部下へのメンタルケアが足りていなかった。第三者から見た互いの悪い所はそれですが、お二方はそれで納得しますかな?」

「無理だろうね」

 

 主にマクドゥーガル少佐が。

 僕はいいよ。全然、普通にごめんねができるよ。心が籠っているかは知らないけど、下げてどうにかなるなら頭でもなんでも下げるよ。

 でもまぁ、許せないだろうことを見込んで僕は彼を隊に入れたからなぁ。むしろ期待通りというか。

 

「そういえば、マスタング少佐が"准将が帰ってきたら謝りたい"と仰っていましたよ」

「謝りたい?」

「吾輩がここで何を言うのも野暮ですが、なんでも子供に対する態度でも上官に対する態度でもなかった、と」

「あー」

 

 真面目か?

 そんなこと言ったらキンブリーなんか不敬オブ不敬だけど。

 

「若いね」

「准将に言われてはマスタング少佐も立つ瀬がないですな」

「その場で流したってことは許したってことだし。気にし過ぎですぐにでも老けそうだね、彼」

「それはどうでしょうな。あの甘いフェイスです。30、40と過ぎても女性を魅了してやまないのでは?」

「アームストロング少佐確か軍人のお姉さんがいたよね。どう、マスタング少佐とは」

「……いえ、マスタング少佐のためを思えばこそ、紹介することはないかと……!」

 

 僕ロイアイはプラトニックラブで実益的な結婚はアームストロング少将アリだと思ってるんだけどな。……なんて鋼の錬金術師知識を出すのは絶対にないにしても。

 

 結婚だのなんだの。

 僕にも来るのかなぁ、そういう話。来るとしても原作開始あたり……つまり十年後とかだろうけど。

 

 ……あれ、適齢期?

 

 

 *

 

 

 

 お帰りなさいませ、准将閣下! みたいなのがあった後の話。

 

 簡易司令室に入った途端、マスタング少佐が頭を下げてきた。

 

「申し訳ありませんでした」

「うん、許すよ」

「私は……って、え」

「大体の話はアームストロング少佐から聞いたから。それよりキンブリー少佐、今の戦局図って出せる?」

「ああ、それならそちらの机に」

 

 言葉による謝罪なんて自分の罪悪感を減らしたいだけの行為だ。

 受け取っても使えないので自分で消費して力にしてほしい。

 

「だから言ったでしょう、マスタング少佐。准将に謝罪など無駄なことはしない方が良いと。この方、貴方やマクドゥーガル少佐のような態度の大人には慣れていますから。軍人歴で言えば貴方より長いのですよ?」

「ですな。准将は吾輩たちもわからない程の悪意に晒されて来たはず。これからはその悪意との盾となるのが吾輩たちの役目でもありますが、過度に守ることは却って准将を軽んじる行為となりかねませんぞ」

「う……そもそもキンブリー少佐が焚きつけて来たように……」

「なんですか? 私のせいですか?」

「……わかりました。もう謝りません」

 

 ううん。

 やっぱりキンブリーのせいか。良い空気吸ってるなぁ。

 

「さて、じゃあ戦場に話を戻そうか。……って、随分と制圧したね」

「はい。どうやら准将より私の方が大局を見られるようですね」

「それは否定しないよ。じゃあこのまま任せてもいい?」

「構いませんが、仕事を放棄するおつもりですか?」

「いや、遅延錬成陣の生産に努めるのと、もう一個新たな錬成兵器を開発しようと思ってね」

「……いいでしょう。では──」

 

 餅は餅屋だ。

 僕は僕にできることをする。そのために──もう一個鬼札を切ることにする。

 

 

 

 こちらの狙撃手に、イシュヴァール内乱の時のノウハウで錬成陣を刻み込んだ狙撃弾を渡す。

 

 少し心配そうな目線は、暴発とかの危険性だろうか。

 

「……撃ちます」

「うん」

「あまり身を乗り出さないでください。あと、耳を塞いでおくことを推奨します。ああ、そこにいると薬莢が飛んできて火傷しますよ」

「もしかしなくても今僕邪魔?」

「俺は准尉なんで何とも言えません」

 

 答えじゃん。

 

 狙撃手が──僕の指定した建物を撃つ。

 瞬間、青い錬成反応が走って、その建物が()()された。

 

「……これ、いくつ作れますか」

「生産方法を変えたら1000は堅いね」

「戦争がぶっ壊れます。範囲は? 地面に撃って反応させることは?」

「錬成陣を描きかえればいける。いくらでも。なんにでも」

「コレ、作れるの内緒にしといたほうがいいですよ。国家錬金術師でさえ目じゃない」

 

 いつもの遅延錬成陣を使った弾丸なんだけど、そんなに?

 

「量産することはバラさない方が良い。俺、准将の事お飾りだと思ってたクチですけど、やっぱアンタも国家錬金術師だ。化け物だ。しかも俺達一般兵が使える弾丸を、とか……危険すぎる」

「じゃあ君との秘密だ。それでいいかな」

「構いませんけど、俺中央司令部の命令でアンタの指揮下に入ってますよ。アンタ裏切り者嫌いでしょ。俺と秘密を共有するのはやめといた方が良い」

 

 ……。

 ……いいじゃん。

 

「良いね。久しぶりに部下の名前を覚えることにするよ。君、名前は?」

「うわ怖、何が琴線に触れたのかわかんねぇ。……ラティオ。姓は無いス。拾われなんで」

「オーケー、ラティオ。それじゃあこっちの弾丸をあっちの大きな建物に撃ってみようか」

「……あそこ、クレタ政府の」

「いいからいいから。大丈夫、さっきみたいな分解が起きるわけじゃないから安心して」

 

 渋々、と言った様子でラティオはそれを打ち込む。

 やはり何も起きない。じゃあ次、じゃあ次、はいこれ次、とその後に五つ。

 

 何も起きない弾丸を撃ち込んでもらった。

 

「なんだったんですか、今の」

「それは明日のお楽しみ。それじゃ、また明日」

「……ス」

 

 いいじゃないか。

 オープンスパイはいいね。新しいよ。

 

 ラティオ。久しぶりだよ、裏切り者の名前を覚えるのは。

 

 

 

 

 次の日、である。

 

「……最悪ス」

「ああ、頭良いね。気付いたんだ」

「気付きもするでしょ。自分が弾撃ち込んだ場所に、奇病が発生した。……病原菌でも詰め込んでたんですか」

「そんなところ。嫌気が差した?」

「最悪スけど、まぁ、仕方がない。やんなきゃ殺されるんだ。お上も、こっちがどんだけ優勢だってわかっても兵を退かせる気配はない。俺の飼い主も情報抜いてくるまでアメストリスの国境は踏ませないとか言ってきてたんで、手ぶらで帰ったら射殺だ。なら、アンタの所業を全部盗むしかないでしょ」

 

 メグネン大佐、アーリッヂ大尉のような悪人でも、キレイア中尉とヴィアン准尉のような善人でも、あの名前さえよく覚えていない国家錬金術師の盗人でもない。

 自分を捨て駒だと理解している、目の死んだ若者。

 

 いいじゃないか。

 

「あの奇病。アメストリス人は罹るんスか」

「病原菌が拡散するかどうかは僕が決めているから大丈夫」

「つーことは、ここの基地の真下にアンタが埋めてる可能性もあるんスよね」

「なんでみんなそんなに僕の事味方殺しする、みたいな印象持ってるの? 僕一回もやったことないけど」

「裏切り者以外は、でしょ。んで俺は裏切り者。裏切り者を消すためならなんだってやるのがアンタだって中央で言われたスけど」

「酷い誹謗中傷だよ。やんないやんない。今ここで君が僕に銃を向けてきてもやんないよ。引き金引いたらやるけど」

「やるんじゃねーか。つまりここにいる全員人質かよ」

「君が素直に従ってくれたら何もない話だよね?」

 

 ちなみにそんな仕込みしてない。

 いやまぁここにいる一般兵の全員が全員裏切り者だっていうなら考えなくもないけど、それは流石に無い……はず。それがあるなら夜の暗殺とかもっと起きてるでしょ。

 

「国家錬金術師達と正規兵が戦っている間に、僕と君でクレタを一気に消し去るんだ。簡単な話でしょ?」

「……んで、最後の最後にお役御免になった俺もソレで殺すってワケだ」

「悲観的だなぁ。僕に見初められて僕の隊に入る、くらいの希望は見てもいいんじゃない?」

「絶望したくないんで、夢は見ないようにしてるんス」

 

 なんて夢のない子だ。

 僕を見習ってほしい。

 

「まぁまぁ。はいこれ、今日の分解弾。素材は石だよ」

「……うス」

 

 ──さて、彼のおかげで奇病も再発したし。

 そろそろ詰めと行こうか、クレタ。

 

 

 

 

 次の日の夜のことである。

 

 真っ暗なクレタで、バチバチと赤い錬成エネルギーが光を発する。

 

「……っ」

「やぁ、ラティオ。良い夜だね」

 

 赤い錬成光と共に()()()したのは、彼から何かを受け取ろうとしていた記者の男性だった。

 

「暗視スコープで僕の錬金術を撮影したのかな。考えるね」

「……アンタの錬金術は、錬成に時間がかかるんだろ」

「それなら勝てるって?」

「無理だな。今の錬金術をやられたら勝てない。……が、俺はアンタの糧になるのは御免なんでね」

 

 言って、何の躊躇もなくラティオは自らの側頭を撃ち抜いた。

 一瞬だった。止める暇もなく。

 

 自決。

 

「……いや、潔いとかいうレベルじゃ」

「そういうものですよ。孤児の子飼いというのは」

「キンブリー」

 

 呆気に取られている僕に声をかけるはキンブリー。

 冷めた目で、冷めた声で。

 

「貴方はこういうことへの経験が少ないようですね。大人ばかり相手にしてきたからでしょう。……愛されたことが無く、自らを駒としか考えていない子供。彼らは愛されたことが無いが故に、寝返ったら愛されるかもしれない、という判断に至りません。バレたら終わり。用済みになったら廃棄する。武器でも人間でも、自分でも」

「……うん、まぁ、僕は愛されて育ってきた子供だから、彼らの気持ちはわかんなくて当然かな」

 

 戦争孤児。あるいは単に孤児で、中央に拾われただけかもしれない。

 それが、軍人とまでなって、だというのに、そこまで行ったというのに、こうもあっさりと。

 

「それより、今のなんですか? 賢者の石の錬成陣にしては、明らかに範囲が狭いでしょう」

「あぁ、まだ試験段階なんだけどね。この前セントラルに帰った時着想を得て、やってみたんだ。名付けるなら……対人賢石錬成陣、って感じ?」

 

 ラティオに渡した、というかラティオがくすねた銃弾に入っていたものだ。

 彼がくすねたから今日彼が裏切るとわかったんだけど、くすねやすく置いておいた銃弾を素直に盗んでくれて助かった。

 アレはダミー錬成弾なのだ。

 中に小さな紙片が入っている。賢者の石の錬成陣の描かれた紙片が。

 中央の子飼いの兵士が盗んで持ち帰って、中央の錬金術師が見つけた時に「既に知っているものじゃないか!」って憤慨するように仕込んであるもので、マルコー医師がやっていたものと同一の賢者の石の錬成陣が描かれている。

 

 後は知っての通りだ。

 僕が持っている同じ賢者の石の錬成陣でその銃弾に対して跳水錬成を発動、地形でも人体でも関係なくせり上がる円をファクターとして、賢者の石の錬成陣が発動する。

 錬金術の基礎でやったように、円とは思念エネルギーを中心点に統一に向かわせるためのファクターである。だから外円の円周上に交点がある必要はない。内円……銃弾の中に入っている錬成陣が内円として機能し、それがしっかりした陣ならそれでいいのだ。

 ……まぁ、多少どころではない思念エネルギーのロスが発生するけど。*1

 

 着想元は勿論お父様の「個人を賢者の石にする錬金術」。アレ原理意味わかんないんだけど、多分こんな感じで無理矢理錬成陣描いているか、もしくは魂にも流れがあって、それが引き合っているとか……やっぱりわかんない。

 とかくこれの利点は、相手が賢者の石の錬成陣入りの銃弾を持っている、ないしは体内に撃ち込まれてさえいれば即座に賢者の石化できる、という点にある。

 

 ……そんな状況早々ないけどね。

 

「言ってくだされば裏切り者の一般兵など私が始末したものを」

「まぁ、試したかったし。それに、僕が始末したのは裏切り者の一般兵の方じゃなくて連絡役の方ね。裏切り者の一般兵はそれを見て自決を選んだんだよ」

「英断ですね」

「僕もそう思う」

 

 賢者の石にされると、永遠の苦しみに囚われるらしいからね。

 される前に死ぬのはあまりにも英断だ。

 

 ……せっかく名前覚えた相手だったけど。

 ま、戦場と政治なんてそんなものだね。

*1
こんな感じ



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第三十六話 錬金術の小技「虚勢錬成陣」&対峙

 クレタ侵略はアエルゴと似た形──つまりあちらの降伏宣言で結末を迎える。

 よって僕はまたクレタを国土錬成陣で賢者の石に……と考えたんだけど、そこにストップが入った。

 エンヴィーから、だった。

 

「流石に?」

「ああ。怪しまれるどころじゃないだろ。特に今アメストリスはビョーキに敏感なんだよ。知らないだろうけどさ」

 

 ──。

 そういえば、エド達の母親、トリシャ・エルリックが死んだのって、流行り病が原因で……まさに1904年に亡くなったんだっけ?

 成程、そこにアエルゴ、クレタと連続して奇病を運んでいる僕らが帰るのはちょっと、と。

 ……それさ、この前パレードで帰ったので手遅れ感ない?

 

「クレタでも流行ってる、程度ならどうでもいいが、クレタで流行ってクレタ人が全滅した、は色々隠すの面倒なんだよ」

「でも君達のお父様に3200万を約束しちゃったけど」

「ああ聞いたよ。けど安心しろ、お父様は日時を指定しない約束に関しちゃ結構ルーズだ。少しくらい遠のいたって何も言わねえよ」

 

 とのことで。

 

 クレタ人の賢者の石化は先送りに──。

 

「でもごめん、エンヴィー。僕は君達のために敵国を賢者の石にしているわけじゃないんだよね」

「は?」

「復讐の芽を摘むためだ。指定した範囲を確実に、且つ取りこぼしなく摘み取れる錬金術が、賢者の石の錬成。──アメストリスの景気とか、僕への心象とか、知ったことじゃない。ここでクレタ人を野放しにしてみなよ。クレタは西部に近いんだ、もし復讐者がアメストリスに入ったら、真っ先に狙うのはウェストシティとその周囲。あとは言わなくてもわかるでしょ」

 

 そうだ。

 雇われ、あるいは正社員としてホムンクルス達の下で働いている僕だけど、戦争も賢者の石化もあくまで利害の一致で行っていること。

 味方への損害だってどうでもいい。味方殺しをしないことで有名な竜頭の錬金術師は、けれど味方の命を重く見たことは一度だってない。ただいた方が便利だから残しているだけだ。雑兵の一刺しは象を倒すだけでなく、敵の雑兵を削るからね。

 

「……いいのかよ? 俺が言ってんのは、つまり」

「今アメストリスで流行ってる病気の原因を擦り付けられる、謂れのない罪を被せられる、ってことでしょ。ああ、これは言葉の先取りじゃないよ。君が珍しく言い淀んでいたから結論を急いただけ」

 

 珍しいことだった。

 いや、ある意味珍しくはないのかもしれない。

 彼は自らの嫉妬に振り回され、感情的になることが多い存在とはいえ、基本は合理的な存在だ。「煽った方が戦いやすい」「情報を引き出しやすい」、「ここは完全に化けていた方がうまく運ぶ」「退屈でも成り代わっている人物になり切れる」。

 見た目を他者に変えるだけじゃない、中身まで寄せるのはそういう合理的で几帳面なところがあるからだと思ってる。口は軽いけど。

 

 そして、今の僕は余程合理的じゃないんだろう。

 エンヴィー的には少し待て、という程度の時間。多分一年かそこらだ。あるいは数か月。流行り病なんてすぐ過ぎ去るものだから。だから、少しだけ待った後に、復讐者の芽を摘むなりなんなりすればいい、と。そう言いたいのだろう。

 わかるよ。そっちの方が絶対安全だ。僕という存在に対しての視線。僕という偶像に対しての心象。折角"勝利の子"なんてプラス方向のあだ名を獲得したのだから、お父さんとお母さんを守りつつ、そして自身の身を守るならちょっと待った方が良い。待つだけですべてがいい方向に向く。

 

 わかる。

 けど、嫌だ。可能性を見過ごすことが僕にとっては実益を上回る損失となる。

 

「……殺しのための、賢者の石、ね」

「手段と目的が入れ替わっていることは気に入らない?」

「べっつにー? 人間がどうなろうと、どう動こうと俺には関係のないことだ。このエンヴィー様にとっちゃアンタの作り出す賢者の石さえ手に入れられたらそれでいい。……わかったよ、もうストップはかけない」

 

 彼がそう言った瞬間、僕らの足元でガチャンという音が鳴り──四つの巨大な国土錬成陣が連鎖して発動する。

 唖然とする彼は、けれどキッとこっちを向いて。

 

「てめっ、俺が許可しようがしなかろうがやるつもりで仕込んでたな?」

「勿論。アメストリス軍は全部退かせてあったし、クレタ人で作った五角形も各地に配置済みだった。起点となる命もね」

「……これで、3200万か」

「うん。まぁ取りこぼしというか、戦争中に作った賢者の石分が差し引かれているから、実際には3150万とかになると思うけど」

「気にしねえよそんなこと。……喜ぶと思うよー、お父様は」

 

 また強くなるなぁお父様は。

 少しくらい子供たちに分けてあげたりしないのかな? まぁそうなったらエドがさらに大変になるんだけど。

 

「それは何より。あ、じゃあ回収は任せていい? 今回の戦争は爆発多目だったから道の舗装が剥げててさ、車じゃ走りづらいんだよね」

「ああ、構わねえよ。……次のドラクマはどうする気だ?」

「ドラクマは広いし寒いから、ちょっと難しいよね。寒さがあるし」

「そーじゃなくて。あそこにはいるだろ。砦から出てくるかは知らねえが──」

 

 准将が従わなきゃいけない相手がよ。

 

 

 *

 

 

「……」

「……」

 

 ドラクマ兵の傾向と対策。

 それを得るために僕はここに来ていた。

 

 ──ブリッグズ砦。要塞。ブリッグズの巨壁。

 正式な手続きを経て軍人に連れられて来たはずの僕は、何故かそれら軍人を剥がされ──彼女、アームストロング少将とタイマン張っている。……いや戦っているわけじゃないからタイマンというかなんというかだけど。

 少将は沈黙。僕はもう挨拶を済ませてあるけど、少将は一切の返事を返してきていない。

 原作より10年前である今。ただ少将は一切変わっていないように見える。アームストロング少佐もほっとんど変わってないし、アームストロング家の血なんだろうか。

 

「……」

「……」

 

 監視は……無いのか。それで大丈夫?

 僕が少将を害するとか考えないのかな。というか少将って10年前から少将なんだね。左遷されているようなものであることは知っているけど、ブリッグズからの脅威を守り続けている彼女の貢献を無視し過ぎじゃない? それとも自分から昇進断ってるのかな。それはありそう。

 

「……」

「……」

 

 つらつら考えることが浮かんでは消えていく。考えても仕方のないことだし、多分聞いても答えは返ってこないし。

 しかし寒いね。子供の身体は全身が冷えやすくていけないね。

 

「……」

「……」

 

 因みに喋らないのは喋らないからだ。

 多分だけど「あの……」とか切り出したら斬られる。そんな気がしている。

 けれどこれだと無為に時間を過ごすことになる。それは勿体ない。やりたいことは沢山あるんだ、人格を見定める程度のことに付き合っていられない。

 

「二つ」

 

 瞬間、首元に剣があった。

 大総統の時と同じだ。部屋中に赤い錬成陣が展開される。即座にバックステップする少将は、けれど嫌がらせか少しだけ剣先を逸らして頬に傷をつけてきた。

 

「用件は二つだけだよ、アームストロング少将」

「ほう。開口一番がそれか、クラクトハイト准将」

「ドラクマの兵器レベルと、できるならドラクマの全体地図。君に要求するものはそれだけだ。それ以外要らないし、それ以外をブリッグズに求める気はない」

「当然だ。私達はこの国境を守るために組織されている。ドラクマ本陣への侵攻などブリッグズ兵の行うことではない。だが──」

「長年の手柄を奪う気か、と言いたい?」

「悪魔に魂まで売るつもりはない。ドラクマのことはお前自らが調べろ」

「流行に後れているよ、少将。僕はもう悪魔じゃなく、勝利の子らしいよ?」

「ふん、弟から貴様の所業は聞いている。随分と上手く猫を被るものだが、お前の過去を鑑みれば、それが印象操作であることなど容易くわかる」

「僕の過去を知っているんだ。それはアレかな、イシュヴァール人の混血。その末裔でも匿っているから、かい?」

 

 マイルズ少佐がいつブリッグズに来たのかは知らない。正直僕としては彼も殺したい気持ちがある。だって彼は自身をイシュヴァール人だと思っている。ただ先祖返りでイシュヴァール人の特徴が強く出てしまっただけのアメストリス人なのに、彼は作中でイシュヴァール人の未来を考えていた。

 ──此度皆殺しを行った僕に何か反感を覚えていてもおかしくはない。

 

「用件は二つだけ。貴様が言った言葉だろう?」

「確かにそうだね。ごめんね、謝るよ」

「准将の身で随分とふてぶてしい態度を取るものだ」

「身分にそこまでこだわる人だとは思っていなかったよ。噂に聞く高潔さは単なる猫被りだったのかな」

「良く回る口だな、クラクトハイト。貴様、ここがどこか忘れたわけではないだろう?」

「今この時、この部屋は僕の掌の上だよ。君が首に剣を当ててくれたからね、感圧式錬成陣はその効果を発揮した。君が僕を殺すのならば、傷つけるのならば、同時に君も死ぬだろう。それが国益だと僕は考える」

「国益か。よく言う。貴様、アメストリスなどどうでもいいのだろう?」

「まさか。アメストリスは僕の大切な人たちが住んでいる場所だからね。安全でいてもらわないと困るんだよ。だから長年ブリッグズからの脅威をここで堰き止めてくれている君達には感謝しているよ、少将」

「感謝しているなら少しは敬意を持て、准将」

 

 少将が剣を降ろす。

 僕も途中からはパフォーマンスにしかなっていなかった赤い錬成陣を消した。

 一応名前を付けるなら「虚勢錬成陣」と言ったところか。無反応錬成とは違う、「赤い光の錬成陣を描くための錬成陣」。無反応錬成は実際に錬成エネルギーがバチバチと飛ぶから術者相手に効くフェイクになるけど、一般人な彼女相手にはこっちで十分だ。

 

 仕組みは至って簡単、蓚酸ジフェニルと過酸化水素を混合するだけ。あとそこにローダミンBをIN。あとはその混合液を整形で錬成陣の形に整えてやれば、見た目だけ賢者の石の錬成反応っぽい錬成陣の完成だ。

 つまりケミカルライトの反応だね。

 ちなみにこの流体操作の錬金術はマクドゥーガル少佐とマスタング少佐の錬金術から少しずつ拝借したものを用いている。パクりではないリスペクトだよリスペクト。オマージュでもいいけど。

 

 ふぅ。

 言っておくけど、無理だからね。キング・ブラッドレイを相手にするのが無理でもその下でしかない少将ならいける──とか、欠片も思ってないからね。

 キンブリーの金言で自信こそついたけれど、それは過信や蛮勇に変わることは無い。無理無理。勝てない相手の見極めくらいつくよ、僕も。

 

「いつを予定している?」

「1905年7月。あと半年は猶予がある」

「猶予? まさかとは思うが、逃げる猶予が、などと口に出すつもりではないだろうな」

「その通りだよ。君や君の部下が軟弱者でなくとも、君が守るべき民は戦えない者も多いだろう。ドラクマ侵攻については、アエルゴやクレタと同様の快勝で終わるとは思っていない。恐らくこっち……ブリッグズにまで火の手が回る。ドラクマは広いし人口が多い。僕らが中心地に進めば進むほど、命を賭して抜けてくる人間も出てくるはずだ」

 

 そしてそれらは復讐者であり、なりふりを構わない。

 あらゆる悪徳を尽くしてでも生き延びんとするだろう。あるいはブリッグズを越えて、ノースシティに入り──そこの住民を殺してでも、だ。

 

「ちなみに僕らの手に地図があれば、壁を作ることはできる。人の壁でも、物理的な壁でもね」

「ふん、言葉を撤回するつもりはない。地図は自分たちでどうにかしろ」

「取り付く島もないね。そんなに僕の事嫌い?」

「他者の命に価値を覚えない人間をどう好けと?」

「失礼だな。さっきも言ったけど、僕にも大切な人はいるよ」

「母親と父親だろう? そして、それ以外はどうでもいい」

「どうでも良かったら侵略なんてしてないよ。──敵には殺す価値があると思っているよ、僕は。ちゃあんと」

「全く、アレックスの奴め。コイツのどこをどう見たらあんなにも褒めちぎる文章が書けるのだ」

「兄弟仲がいいね。弟と文通なんて、可愛らしい所もあるじゃないか」

「貴様、中央のタヌキジジイが化けてでもいるのか? 発言が子供のソレとは思えんな」

 

 ……うん、今のは効いた。

 エンヴィーにジジくさいって言われても君に言われたかないよ、で済むんだけど、普通に今20代な女性にそれを言われるのは刺さる。転生者のつらいとこだよね、精神年齢問題。

 僕の性格のせいだけだったら余計に悲しいんだけど。

 

「それじゃ、僕はこれで。用件をのんでくれないのならここに居座る意味は無いからね」

「待て、クラクトハイト」

「うん?」

「一応聞いておく。弟は役に立っているか?」

「……多分ウチの隊で一番腕のいい錬金術師が彼だよ」

「返答になっていないな。……まぁいい。行け。もう来るな」

「うん、それじゃ、失礼します。アームストロング少将」

 

 頭を下げて。

 振り返って、その後頭部に風を感じながら、僕は部屋を出たのだった。

 

 

 *

 

 

 帰りの車で、少し思いに耽る。

 

 ドラクマ攻略についてだから思いも何も、って感じだけど。

 

 ──案外、寒かった。

 前世でも別に雪国に住んでいたってワケじゃない。スキーとかで寒い地域に行くことはあったけれど、基本は温暖な地域にいた。はず。もうほとんど覚えてないけど。

 それが、ドラクマは年がら年中寒い。広いから単純計算攻略は今までの倍はかかるだろうし、それ以外の障害もある。ドラクマがアエルゴ崩壊を受けてから育て始めたという錬金術師。急造とはいえ錬金術師は錬金術師だ。僕の撃ち込む国土錬成陣に気付く可能性もある。

 寒さ。寒さはそれだけで人から動きの精彩を奪う。果たして中央でぬくぬくしている兵士にドラクマの寒さを乗り越えられるか。

 懸念点はいくらでも出てくる。

 マスタング少佐、キンブリーの錬金術。あれ雪国で使っていいんだろうか。使うことはできると思うんだけど、あの熱量ドカドカやったら雪崩とか洪水とか起きそうだけど大丈夫なのだろうか。

 

 洪水?

 

 ……あ、一個……それこそ悪魔的な考えが浮かんだ。

 ちょっと準備が大変だけど、できなくは……ないかもしれない。果たしてそれがどのような悪影響を及ぼすのかは考えないものとして。

 

 ドラクマの地。

 帰ってエンヴィーに聞かなきゃいけないことができた。一つは血の紋に関わることだから、もう察している前提で問いかけて良いだろう。お父様が僕を気に入ってくれたから、早々に殺されないことを祈る。保険は四つかけておくけれど。

 そして、ドラクマという地。あそこが()()()()()()()()()については──まぁ、別にいい、と言ってくれることを信じているけれど。

 

 アメストリス国民には、英雄の評価を改めてもらわないとね。

 その化けの皮を彼ら自身の手で剥いでもらって、もう評価がどうのとか煩わしいことが僕の耳に入ってこなくなることを願うよ。

 

 半年後だ。

 ドラクマ侵攻。此度は報復侵略とかではなく、普通に侵略。それができるくらいには、あちら側からの侵略行為を受け続けてきたからね、ブリッグズが。

 大義名分を以て国家錬金術師を大量投入できるのである。

 

 半年後。そして──。



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第三十七話 錬金術の実用「融雪錬成」&風邪

 ドラクマは広い。

 国土だけで言えばアメストリスの三倍から四倍はある。ただ、人が住める場所の関係で人口自体は二倍程度だ。アメストリスが多すぎる、という見方もあるけれど。

 とかくとして、そんな国を局所洗掘錬成なんかで滅ぼす、というのは些か夢物語だ。錬成陣の配置だけで気が遠くなる年月がかかるし、あの規模の国の流れを堰き止めたら、今度こそ何が起こるかわからない。よって必要なのは局所洗掘錬成ではなく、けれど似た効果を生み出せるもの。

 

 即ち洪水。それだけでなく──。

 

「土壌汚染、ですか。成程、確かに最悪だ。普通侵略というのはその国の土地を自国の領土にせんとするものですが──准将にとっては関係のない話。ドラクマが未来永劫ヒトの住めない土地になっても、どうでもいい」

「洪水だけだと即席の土上げで対処されかねないからね。洪水が起きた時点でもうどうにもならない段階、でいてもらわないと」

 

 さらにここで、今のアメストリスでは開発さえされていないものを出す。

 いつか。いつか幼きあの日にこれで無双すると誓った──そう、プラスチックである。

 錬金術師からしてみれば錬成は酷く簡単で、水に濡れてもどうにかならない、軽い、刻み込んだ錬成陣が消え難いなど様々なメリットのあるコレ。時代考証からするとオーパーツも良い所だけど、知らない知らない。

 100年ちょっと早くプラスチックが生まれていたって大丈夫だよ。なんせドラクマでは今錬金術が流行り出したんだから。

 

「いつにも増して外道な行いですが、よろしいので? アームストロング少佐やマスタング少佐に嫌われますよ。あと国のメディアにも」

「構わないよ。君だって構わないからウキウキしてるんでしょ」

「勿論です。そのために今まで猫を被ってきましたからね」

 

 ──今は1905年4月。

 作戦行動開始時より三か月早い。

 

 でも、今じゃなきゃいけないのだ。兵士が侵攻するのは多少なりともこの寒さが緩和された七月周辺で良いと思うけれど、僕らは春に動く必要がある。

 

「融雪錬成。マクドゥーガル少佐には悪いけど、彼の技術は全部盗ませてもらった。彼みたいに素早く発動させることはできないし、人体の水を蒸発させる、なんて荒業はできないけど──」

 

 コピー印刷をした錬成陣を無造作に投げていく。

 ここは稜線。ドラクマの東にある山。

 

 春先であれば、雪による洪水が起きるのは珍しいことじゃない。それがアメストリスの軍略だと思うことは無く、彼らは日常茶飯事の一つとして対処するだろう。

 

 まさかその雪解け水にたっぷりの毒が溜まっている、なんて思いもせずに。

 

「ですが、この錬成陣には気付かれますよ。よろしいのですか」

「勿論。気付かれて、回収されるだろう。アメストリスの仕業だと気付くか、それとも在野の錬金術師が行ったことだと処理するかはわからない」

 

 ただ、集めはするはずだ。

 市井にあっても何もいいことを齎さないことを知っているから。

 

 そうして集められた錬成陣は、いつかどこかのタイミングで重なり合うことで効果を発揮する。感圧式錬成の本来の使い方だ。キンブリーの両手の錬成陣と同じだね。

 錬成陣の内容は片方が「氷を水にする錬成陣」、もう片方が「H2Oガスを発生させる錬成陣」。前者は熱を扱う錬成陣で、後者は酸素濃度からノウハウを得た気体操作の錬成陣だ。

 

 この二つが、集められた屋内で発動する。

 

「過熱蒸気錬成──効果としては、伝熱性の上昇、乾燥力の上昇、酸素減少。そこにマスタング少佐や君の錬金術がぶつかれば」

「素晴らしいですね。今から楽しみです」

「毒ガスの類は制御が難しいから使いたくなかったんだけどね、H2Oガスならまぁいいだろうってことで。加えて不感蒸泄量も増大させるから、春先の雪国で謎の脱水症状が蔓延するだろう。広い国だ。強大な国だ。なら、少しでも事前に削っておきたい」

 

 キンブリー、と。

 お願い、と。

 声をかける。

 

「ええ、ではドラクマにおける初仕事──准将以外の誰にも見られていないことが残念ですが、しっかりとお勤めを果たすとしましょうか!」

 

 細工は流々、あとは仕上げを御覧じろ、って奴だ。

 この東側の山──その稜線。凡そ1kmに亘って敷かれた賢者の石の粒。それに対して行う埒外の規模の爆破錬成。

 

 ズン、と雪山が揺れる。

 地面にサンチェゴを作り、その竜頭に掴まっていなければ雪山を転がり落ちていたかもしれない程の揺れ。起こした本人はどこ吹く風だ。どういう体幹してるんだキンブリー。

 

 とかく、雪崩は起きる。

 プラスチックの錬成陣を乗せて、「氷を水にする錬金術」を遅延錬成で発動させながら、ドラクマの街の方へ。

 

 大洪水だ。

 春先の融雪洪水。雪国では然程珍しいことでもないだろう。まぁ雪崩がそのまま洪水になっている、というのは珍しいかもしれなけれど。

 

「それじゃ、キンブリー。あとは手筈通りに」

「ええ。半年後、また会いましょう」

 

 これで一手目は終わり。

 キンブリーは本国へ帰投し、真面目に働く。

 

 僕はアームストロング少将から情報提供を断られてしまった、ということで、情報収集を自ら行っている──という体で、可能な限りの仕込みをして回る。

 賢者の石もいくらかあるし、それでも足りなければ村落とかで現地調達すればいいからね。何も問題は無い。できる。傷の男(スカー)の兄に勝利した僕ならできる。

 

 あと、気を付けるべきは──。

 

 

 *

 

 

 風邪を引いた。

 

「大丈夫かい、アンタ」

「ああ、はい……」

「可哀想に、身体の震えが止まらないみたいだ。アンタ、昨日の煎茶はまだ残ってるかい?」

「あるが、ありゃ苦ぇぞ」

「体をあっためるにゃ丁度いいのさ」

 

 気を付けるべきことだった。

 アエルゴも勿論南国ということで気を付けるべき環境だったけど、ほとんどテントの中にいたからあんまり脅威を覚えなかった。

 それがドラクマで、軍もまだ来ていないような時期に単独行動なんかして。

 人をやり過ごすために雪を被ることも少なくは無かったし、食事はもっぱら野生動物。調理法は血を抜いて丸焼きと、調味料を錬成してやろうかと思った日々。経て、経て、経て経て。キンブリーと別れてから一週間か二週間か、いや一か月経った頃かもしれない。途中でポケットカレンダーを落としたのでわからなくなってしまったのだ。

 とかく、結構な日々が経って──僕はとうとう風邪を引いた。

 病気は危険だ。体から明確に体力を奪っていく。朦朧とする視界と、芯の芯まで凍っていく身体。

 生体錬成に病を治す術はない。体内のウイルスをどうにかする、とかも考えたけど、どこにいてどんな作用をしているかもわからないものに何をどう働きかけるというのか。

 

 こうなってしまっては賢者の石も形無しだ。目立つことは避けられずとも、どうにか家を、コテージを作って暖を取ろう、とか考えて──考えながら意識を失ってしまって。

 

 気付いたら、寂れた村落の老夫婦に拾われていた。

 

「滋養強壮のお茶と、こっちはコーンのスープだよ。ゆっくり飲むと良い」

「……ありがとう」

 

 スープを飲む。

 ずっと野生動物の肉とお湯だけで過ごしていた環境に入って来た、"味"というもの。成程、人類が食に対して異様な執着をするわけだ。これを忘れ続けることはどうやら難しいことらしい。

 そして、滋養強壮というお茶。確かに苦味がすごいけれど、成分もかなり凄い。前世でいうシベリア人参や雪蓮花、鬱金……多分そんな感じのものがブレンドされている。こんなの毎日飲んでたら睡眠時間短くなりそうだ。

 

「お腹いっぱいには……まぁならないと思うけど、少しでも腹に溜まったんなら、今日はゆっくり寝な。暖炉つけといてやるから、あぁ湯たんぽいるかい?」

「いえ、大丈」

「子供が遠慮すんじゃないよ。アンタ、湯沸かしてきてくれるかい?」

「あいよー」

 

 世話好きの老夫婦、と言ったところか。

 子供がいたのか、もういないのか、それなりに広いこの家を二人で持て余している、という印象がある。

 夫婦仲は恐らく良好。どちらかがどちらかの下にいる、ということもなく、どちらもがどちらもの能力を信頼している。働かざる者食うべからず、なんていうけれど、ドラクマほどの悪環境じゃ互いに能力が育たざるを得ないのだろう。故の信頼だ。

 

「アンタ、アメストリス人だろう」

「……はい」

「ああ、そんな暗い顔しなさんな。何があったかは知らないけど、迷子だろう? 大丈夫、アタシらは軍にはちっとばかし顔が利いてね。子供の一人くらいならアメストリスの方へ戻してやれるかもしれない」

 

 軍に顔が利く老夫婦。

 ……使えるな。

 

「歳は幾つだい? というかアンタ、名前は?」

「名前は、エルシー。歳は……多分11」

「多分?」

「うん。誕生日がわからないんだ。知る前に親元を離れたから」

「……そうかい。そりゃ、悲しいね。誕生日は数ある記念日でも特別なもんさ。国によっちゃ一年の初めを誕生日とするトコもあるけれど、やっぱり生まれ持った特別ってのはあった方が嬉しいもんさ」

 

 エルシー。レムノス・クラクトハイトだから、LCでエルシー。あんまりにも単純な偽名。

 元々考えてたものだったから、詰まることなく出た。

 

「母ちゃん、湯沸いたぞー」

「ああ、ありがとね。……眠れるかい?」

 

 その問いは。

 ……警戒が透けたか。ダメだな、演技力がいつまで経っても向上しない。

 

「うん、大丈夫」

「そうかい、じゃあ二階の左の部屋を使いな」

「ありがとう。……あー、えっと」

「ああ、アタシはヴァネッサ。あっちのはロブス」

「うん、ありがとうヴァネッサさん。──おやすみ」

 

 さて──このアクシデント、どう使うかな。

 

 

 

 翌日。

 

 錬丹術で体内の流れを強制的に正し、無理矢理熱を引かせてみた。

 結論から言うと、これやんない方が良い。なんというか負債を偏らせるだけ、みたいな感じ。体調不良という流れは地面に流れていかないので、今は足がむくんで重い。冷たい。リンパもおかしくなっている感覚がある。

 代わりに頭はクリアだから、使いどころではあるのかもしれない。

 

「起きたかい、エルシー」

「おはようございます、ヴァネッサさん。あれ、ロブスさんは」

「あの人なら仕事だよ。最近近くで雪崩が起きてね。雪と水に埋まっちまった村があるってんで、それを壊しにいくのさ。力仕事ならあの人の独擅場だから」

 

 ふむ。効果はちゃんとあったか。ただ水が氷るのは読んでなかったな。最近ってことは、四日前にやった方の雪崩だろうけど……解凍の錬成陣が機能してないのかな?

 ちょっと確認に行きたい。ふむ。適当で妥当な理由は……と。

 

「防寒具、ある? 子供用の」

「息子が使ってたのでいいならあるが、何する気だい?」

「恩返しくらいはしようと思って。僕、錬金術が使えるんだ。アメストリス人だからね」

「へぇ! 中央政府が何か錬金術師を集めてるって聞いたことはあったが、まさかその関係でこっちに来て遭難したのかい?」

「ううん、僕の場合はただの迷子」

「……そうかい。ただ、ドラクマで食い扶持探してんなら言いなよ。アタシが口利いてやりゃ少しは信用もされる」

「ありがとう、ヴァネッサさん」

 

 出自不明のアメストリス人を顔利きだけで軍に送り込める。

 うーん、引退した将官クラスの軍人とか? それなら色々納得がいくけど、軍人にある人殺しの雰囲気はないんだよねこの二人。

 もうちょっと探って……使えるなら使って。

 軍内部に入り込めたら賢者の石の錬成陣も仕込みやすくなる。

 

「その村、どこにあるの? 地図とかある?」

「あぁ、あるよ。けどアンタ本当に大丈夫かい? 一昨日は死にかけで雪の上で眠ってたんだよ?」

「多分滋養強壮のお茶が効いたんだと思う。なんだか身体がポカポカしてたまらないんだ」

「そうかい、それならいいけどさ」

 

 レシピは聞かない。

 どうせ使えなくなるものを聞いても仕方がない。それより、今見せてもらった地図を可能な限り覚える。全体図ではないことが残念だけど、アメストリスに程近いこの近辺の地図は有用だ。ありがたく記憶させてもらおう。

 

 ……いや覚えきるのは無理だけどね。

 

「うん、じゃあ行ってく」

「待ちな。まずは朝ご飯だ。食べずに行ったら、またぶっ倒れるよアンタ」

「……はい」

 

 逸るな、ってことだ。

 自分の錬金術の失敗。その原因を探るための調査に食事を忘れるなんて、在野の錬金術師ならともかく軍人のやることじゃない。

 

 朝ご飯は雑穀パンとチーズ、スープによくわからない野菜。前世の野菜と類似性のない野菜だった。味はトマトっぽいのに根菜。なんだったんだあれ。

 

 

 

 さて、腹拵えを済ませて、ようやく現地である。

 アメストリス人とドラクマ人の違いは顔をよく見れば結構わかってしまうため、ファーのあったかいフード付きコートを貸して貰っての出発。

 時間にしたら20分くらいかな。慣れない道ということもあったけど、迷わずまっすぐ歩いてこれほどかかっている。わかっていたことだけど、アメストリスの二、三倍は街と町、村と集落の間が広い。侵略するにも補給するにもそういうところは頭に入れないとだね。

 

「あん? どうしたぁ坊主。危ないから下がってな、今おっちゃんらがトンカントンカン氷を融かしてるとこだからよ」

 

 氷。 

 ──確かに凍っている。町一つが。各家に繋がるように掘られたトンネルを見るに中の人間は助けられたようだけど、いやなんでこうなったんだ?

 ……そもそもがおかしい。水としての雪崩、洪水になったら、こんな家簡単に破壊できるはずだ。それをされていないまま家が屋上まで凍っているってことは、ここに水が溜まったってことになる。

 

 加えて……流した錬成陣が無い。氷の中に無い。 

 回収された? それなら目的は達成しているけれど、じゃあなんでこの氷は凍ってる?

 

「お、エルシーじゃねぇか。もう体はいいのか?」

「うん、ありがとうロブスさん」

「なんだロブス、隠し子か? カーッ、お前もまだまだ現役ってか!」

「そんなんじゃねぇよ! ……で、どうしたよエルシー。ヴァネッサになんか言われて来たのか?」

「ううん、自発的。この氷融かそうとおもってさ」

 

 何よりこの氷有害だから。

 このままこの周囲の人たちが病気に成ったりしたら、調査隊とか作られて諸々の仕込みがバレかねない。あくまで僕の目的は土壌汚染。直接的な効果は望んでいない。

 

「融かすって……」

「錬金術だよ。知らない? 今中央政府が錬金術師育成してるの」

「坊主、使えんのか?」

 

 円を描く。……足を使って。手はね、かじかんで上手く大きな正円を描けない。サンチェゴを見せるわけにも行かないから、一番簡単な錬成陣で氷を融かす。

 乾湿の錬成陣が乾。上向き三角形、火を取り出した錬成陣。

 

「ちょっと離れてて」

「お、おお」

 

 思念を送る。

 途端、青い錬成反応が走って──ゆらりと湯気が漂い始める。

 地面の雪が一瞬で昇華したのだ。

 

 そしてそれは、目の前の氷壁にも効果を齎す。

 今度は昇華ではなくただの融解だけど、見た目のインパクトは大きい。

 

 全て。

 すべてが、土壌に染み込んでいく。……これでここら一帯の土地はもう農耕に向かない土地になった。今ある分はまだ大丈夫だろうけど、汚染された土壌は育つ野菜をも汚染する。

 いつ気付くかはわからないが──毒を育み、毒を食らい、毒を輸出している村となることだろう。

 

「すげぇ……」

「錬金術ってのは、眉唾モンだと思ってたが……すげぇんだなぁ」

「ばっかおめぇ、アエルゴは錬金術師の集団に負けたっつーじゃねえか。一つの国を集団が落とせるくらいにゃすげーんだよ錬金術ってのは!」

「ああ、だが使い手次第なんだろうな。この坊主みてぇに人助けに使うことだってできるんだ、俺らがもし学ぶんなら、その辺は一線キッチリしねーとなぁ」

「ハッ、お前は学問とか向いてねえよ。畑で鍬一生振ってな」

「ロブス、テメェに言われたかねーよ!」

 

 一気に騒がしくなる男連中。 

 ……氷は溶かし終わったけど、なんで凍ってたかはわからず終い、か。一応マクドゥーガル少佐がこっちまで亡命してきている可能性も考えたけど、流石にブリッグズは超えられないだろうし。

 それともドラクマの錬金術師がもうそこまでに至ってる、とか? それだったらヤバイ。高速で流れている水を堰き止めて凍らせる、なんてどんだけエネルギー必要だと思ってるんだ。

 

「とにかく! エルシーつったか坊主!」

「え、あ、うん」

「お前は俺達の英雄だ! あっはっは、今日は飲むぞ~!」

「おぅ待て待て、エルシーはウチんのだよ。ヴァネッサが帰りを待ってる。それを攫ってみろお前」

「……明日の朝、俺は全裸で逆さづりにされて磔にされてるかもしれねえな」

「ヴァネッサさん、そんなに怖いんだ」

「お、良く聞いてくれたな。そう、ヴァネッサは昔女軍人でよ、鬼の、とか氷の、とか言われてて──」

 

 ありがたい。

 気の良い人間、というのは聞いてもいないことまで全部喋ってくれる。これほど情報収集に適した存在はいないだろう。

 

 しばらくはここを活動拠点にして──まぁ、最後は証拠隠滅だよね。

 



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第三十八話 錬金術の禁忌「設置型賢石錬成陣」

 例外は無い。

 恩があるから。義があるから。依頼だから。仕事だから。仕事じゃないから。依頼に含まれていないから。

 解釈次第で、事あるごとに自分への言い訳の理由をつけて、人は人に対してのみルールを破ろうとする。

 命乞いに弱いのだ。それが乞われる形でなくとも、善良でありそうな人間を殺すことに人は忌避感を覚える。自らに施しをくれたという事実が何よりもの善良だと、そう誤認する。たとえそれが真実でも誤認だ。

 

 例外は無い。

 一度こうだと決めたらやりきらなければ。前例を作れば付け入る隙が生まれる。

 可哀想だから、恩義があるからと見逃した相手のその心中で、どんな黒が渦巻いているかなんて推し量りようもない。

 復讐とはそういうものだ。

 殺したい気持ちを、絶望させたい気持ちを抑え、膨れ上がるたびにそれを化けの皮へと変換し、雌伏の時を過ごし、絶好の機会を待つ。恨みを抱いた時点で人は獣。怨みを覚えた瞬間からそこに倫理なんてものはなくなる。

 

「エルシー、昨日なんだけどね、アンタのことを軍のお偉方に話したんだ。そうしたら、子供の一人くらいなら目を瞑ってやるって言ってくれてさ。……寂しくはなるけど、明日にはお別れだ」

「……そっか。うん。ありがとうございました」

「お、なんでぇ、いっちょ前に悲しんでくれてんのか? あっはっは、大丈夫だ。今はお上がなんぞドンパチやってるがね、人と人ってのはいつか分かりあえるもんだ。俺と母ちゃんみてぇにな!」

「アンタは一言多いんだよ。……エルシー、アンタから見て、ドラクマはどうだった? まぁこんな端っこの端っこじゃ感想なんかないかもしれないけどさ」

 

 ドラクマ。

 厳寒環境という部分を除けば、生活そのものはアメストリスの田舎とそう大差がない。自動車が無いことくらいか。除雪車の類もないから、全てが人力だ。とはいえ都会の方には自動車もあるようで、文化レベルが中世、とかそういうことはない。

 だから、どうだったか、という質問に対しては。

 

「僕のいた所と、あんまり変わらないな、って」

「そりゃそうだろう。山挟んで一個隣なだけだ、そうそう変わってたまるかって」

 

 一応僕はノースシティの子供という設定にしてある。

 山で遊んでいたら洞窟を見つけ、奥へ奥へと向かって行ったらドラクマだった──なんて、スパイ入り放題な設定を話したけれど、二人は一切疑わずに信じてくれた。まぁブリッグズ山を乗り越える、なんて方が荒唐無稽ではあるから、むしろそっちを話していたら信じられていなかったかもしれないけれど。

 

 人の心の中など推し量れない。

 復讐の芽は見えない。だから畑ごと摘み取らなければならない。

 どれほど善良な人間でも、怒りがないことはありえない。怨みがないことなんてありえない。それはだって当然の感情だ。むしろ健康的な感情だ。

 自身の住まう愛着ある土地を使い物にならなくされたこと。自身の愛する国を、これほどまでに厳しい環境にありながらも決して離れることのない愛した場所を損なわれるということに対する憤怒。僕に対してそれらが湧かないというのなら、その時こそ僕は彼らを軽蔑するだろう。

 

 情は無いのか、と。

 

「ヴァネッサさん。ロブスさん」

「ん」

「なんだい、改まって」

「お世話になりました。……明日と言わずに、今日出て行きます。申し訳ないけれど、僕は通報されて黙ってそれを受け入れられるほど人間ができていない」

「……賢い子だね。辛い思いをしてきたんだろう。……すまんね、アンタの()()がアメストリスでどんな意味を持っているか、偶然にもアタシは知っていたんだ」

 

 ソレ。

 僕が胸に、ペンダントみたいな形でかけているもの。

 つまるところの、銀時計。普段は本体を服の中に隠して鎖だけ見えている状態にしているけれど、まぁ僕を助けた時に気付くよね。

 まったく、アメストリスの田舎じゃこれを見せたって「なんだそれは。担保にでもする気か?」程度の反応だというのに──流石は元軍人か。

 

「出ていくなら、急ぎな。北の林の中に今は使われてない坑道がある。雪ん中だが、お前さんならどうにかできるだろ。行き先はドラクマの西の方だ。少なくとも今の軍人は知らねえ秘密のルートってこった」

「通報しておいて、見逃すんですか?」

「"怪しい人物を見かけたら上に報告する"。これはここら一帯の村のルールでね。辺境に住んでる奴には辺境に住んでるだけの理由があんのさ。が、ソイツをどう扱うかまでは指示されてないし、ソイツを逃がしちゃいけないなんてことも言われていない」

 

 前例を作ってはいけない。

 例外は無い。

 敵ならば殺すべきだ。──誰が何を考えているかなど、誰にも分らないのだから。

 

「でも、この銀時計の意味を知っているんでしょう。──だったら」

「いつかエルシーが敵としてドラクマに来るかも、ってか? あっはっは、勿論その時はちゃんと戦うさ。そんでもって、アンタらのトコの人間兵器は雪に埋もれて風邪ひいて、アタシらのトコで人助けをしたりパンやスープを美味しそうに食べる普通の子供だったって言ってやんのさ」

「言って、何になるの?」

「何にもならないかもね。だけど、少なくとも誰か一人くらいはアンタを人間兵器じゃなく、ただの人間として、子供として扱ってくれる奴が増えるかもしれない。軍と、アタシらと、アンタらが大喧嘩したって、どっちが勝ったって──アンタをちゃんと子供として扱ってくれるかもしれない」

 

 情に厚い。恩に着る。義を尊ぶ。

 結構だ。けれど、対象を見誤った時点でそれらは全て道化でしかない。加えて──。

 

「ごめんね。昨日までの間に全て確認してきたよ。今は使われていない坑道になぜか敷き詰められたブービートラップ。坑道の壁を一枚挟んで存在するドアのない部屋。これは地下にあったもう一つの坑道に繋がっていた。そしてもう一つの坑道は、直線でドラクマの都心部へ向かっていた」

「……」

「この前僕が融かした氷。騙されたよ。ちゃんと確認すればよかった。アレは、元から凍らせてあった街だ。一か月ほど前から雪崩に混じって流れてくる錬成陣。それを流している誰かを特定するために、錬成陣の効果をしっかり解読して、した上で絶対に起こり得ない結果を、異常をそこに残した。それがあると知れば、犯人は必ず氷を見にやってくるはずだから」

 

 侮っていただけだ。

 たとえ遅延錬成の仕組みがわからずとも、錬成陣の内容くらいは理解される可能性があると、それを一切考えていなかった。

 アエルゴ崩壊から始まった錬金術など取るに足らないと侮っていた。マンパワーというか、ある意味での人海戦術においてはアメストリスの二倍、加えてお父様の妨害の入っていない土地で、且つ敵国がどこにいるのか、誰なのかがはっきりしている状況下においては、錬金術師達も必死になる。

 腐敗しきっているせいで、賄賂なりなんなりを渡せば簡単に見逃されるアメストリス政府と違って──ドラクマは大国。それも大国でありながら生きるのに必死である、という国。誰もが頑張らなければ、しっかりと誰かが死んでいく国。

 組織故に腐敗はあるだろうにしても、アメストリスとは比べ物にならないほど小さなものだろう。

 ならば、そこで働く錬金術師も。

 

「で、そうだったらどうすんだ、エルシー。俺達が実はちゃんとした軍人……引退してるとはいえドラクマに忠誠を誓ってるような奴らで、お前みたいな子供であってもしっかりと警戒する奴らで、軍に捕まったお前がどうなっちまうのかくらい想像できない程馬鹿じゃない奴らだったら、どうするんだよエルシー」

「とりあえず、逃げるかな。僕はこの銀時計を持っているけれど、君達が噂に聞くような化け物の一員じゃあないんだ。手から炎を出したり、地面から武器や兵器を作りだしたり、なんてことはできない」

「それを信用しろってのは無理な話だよエルシー。アンタのその手袋に描かれているものは、アタシらにゃわからないけど、錬成陣って奴だろ?」

 

 加えて、この二人は決して道化じゃない。

 引退した、という部分は本当なんだろうけれど、恐らく年齢の問題がなければ今も重鎮としてあった──将官クラスの軍人だ。ドラクマがアメストリスと同じ方式かは知らないからアメストリス式で例えるけれど、多分、中将か大将か、それくらいの傑物。

 どころかこの村落の人間が全員そうだ。現役か退役済みかまでは判別できないけれど、誰もが鍛え抜かれた体をしていて、誰もが鋭い観察眼を持っていて──誰もが僕に優しかった。まるで、そう対応すべき、とされているかのように。

 

 はじめは情に訴えかけて、懐柔できないかを探り。

 次に疑いをかけて、それを確信へと変え。

 最後に人情を説いて警戒を緩ませ、大きく開いた鰐の口へと獲物を放り込む。

 

 素晴らしい。

 たった一人の、たかだか一人の子供に対して行う所業として、最大限の称賛を。決して油断していない。決して侮っていない。アメストリスから迷い込んだ小さな国家錬金術師に対し、出来得る限りの対策をした。

 

 唯一ミスがあったとすれば。

 

「惜しかった。疑うことなく、怪しむことなく、見つけた瞬間に殺していれば──僕を殺せた。アエルゴを潰し、クレタを潰し、自国の一民族をも根絶やしにした悪魔を殺す栄誉を掴むことができた。そのチャンスをふいにしたんだ、君達は」

「──ああ……なら、アンタが竜頭の錬金術師だったのかい、エルシー」

「子供の身体に悪魔の頭。竜頭の錬金術師レムノス・クラクトハイト。名前だけは知ってたよ。まさか──本当に子供だとは、こんなに普通の子供だとは思っていなかった。それがすべての敗因かね」

 

 跳水錬成を発動させる。

 前触れのない僕の動きに、けれどロブスは反応した。隠し持っていた小銃で僕を撃ったのだ。

 肩口を狙ったそれを甘んじて──受けない。勿論受けない。ただの銃弾だったら痛みを我慢すればいいけれど、麻酔弾だったら困る。雪国だ、熊用のものとかが使われていてもおかしくはない。まぁそんなの子供の身で受けたら心臓止まって死ぬけど。

 

 どうやって受けなかったか、なんて。

 賢者の石に決まっている。乾湿の湿。空気中の水分を等価交換無視して凝結させれば、マクドゥーガル少佐の氷柱生成を限定的に模倣することも可能だ。

 氷柱は小銃程度の威力じゃ貫通できない。

 

 まだ朝ご飯の途中だったから、そのまま椅子を後ろに倒して転がり、壁まで下がる。

 その間にロブスが手に取ったのは猟銃……じゃないな。アレ、ショットガンかな? 銃器に詳しくないけど、口径の大きさと対人であることを考えれば十分にあり得る。想像する氷柱の幅を僕を覆うレベルに想像し直して置く。

 ヴァネッサの方はまだ動きが無い。何かを狙っているのか、じっと僕を見つめている。

 

 ……少しカマをかけてみるか。

 ()()()()()()

 

「っ! やっぱり()()()()()()!」

「成程、ドラクマの成長も驚きだけど、禁じたことは悪手だったんじゃないかな、お父様」

 

 発動するのは咄嗟に持ってきたフォークで行う遅延連鎖錬成反応閃光弾。眩いまでの青が室内を見たし、その隙に床へ手を当て、捻る。

 また壁へと空いている手を当てて盾を、というか原作でアルがプライドに対してやっていたような三角形の構造物を生成、その中に引きこもる。

 

 開いていた。

 扉を、だ。それ以外に開くものなど錬金術師世界には存在しない。

 

 ドラクマでは最近錬金術が研究され始めた。

 その中で、当然人体錬成を試す奴がいたはずだ。だって禁止されていないのだから。それが成功しないことは疎か、リバウンドという概念さえまだ確立していないかもしれない。

 ただ聞きかじりの知識で、あるいは鹵獲した在野の錬金術師で、はたまたスパイを入れて盗み取ったアメストリスの錬金術から基礎を得て、そうして行ったやつがいた。いたはずだ。それも、何人も。あるいは国ぐるみかもしれないけれど。

 

 大半は失敗したのだろう。

 だけどその内の幾人かは成功した。アメストリスだけに天才が集まっている、なんて意味のない驕りをするつもりはない。割合でみればどこの国にだって同じくらいの天才はいるだろう。育ってきた環境にも依るだろうから、つまり先天性の天才はどこにでも。

 それらが、何かを代償に扉から帰ってきて、口々に言うはずだ。「この世の真理を見た」と。そうなれば僕の錬成陣を解読するなんて訳ない。遅延錬成が行えないのはあくまで感覚の問題だから真理は関係なく、ただ遅延錬成の関わらない錬成陣の中身を見て理解することならばなんでもないパズルでしかない。

 

 不死の軍団を作られないため。個人が力を持ち過ぎないようにするため。

 様々な理由から人体錬成を封じたアメストリスだけど、人柱が欲しいなら解禁しておいた方が良かったんじゃないかとさえ思える。無論、解禁してあったらあったでリスクの方が広く広まって、さらに「人体錬成は決して成功しない」ということが広まってしまって、最も必要な時に人柱が一人もいなくなる、という事態を恐れての事だったのだろうけれど。

 リスクとリターンはいつだって表裏一体なのである。

 

 話を戻して、つまりヴァネッサが僕を「扉を開いた錬金術師」だと勘違いした理由は、彼女が錬金術に精通した、あるいは精通している軍人と繋がっていたからだろう。情報があったのだと思われる。そしてやっぱり、という言葉から、子供が持つには余りにも余る国家錬金術師という称号に、この錬成陣要らずの錬成が関わっているのではないかと推測した。既に推測していた。

 

 ロブスは銃の扱いが巧みで、且つ鍛え上げられた肉体の軍人。ヴァネッサは策謀か何かの相談役的なポジションと見ている。

 

 着火音。成程、息子がいたらしい愛家でも躊躇はしないか。当然だ。僕だって復讐者や侵略者が我が家に入り込んでいたと知ったらそうする。それしか方法が無いのならば、ではなく、それが最も効果的であるのならば、だ。

 息子がいたこと自体嘘かもしれないけれど。だって老夫婦の年齢的にここにいた息子はもう少し大きくて然るべきだ。僕くらいの年齢のはずがない。

 

 命を助けられた。

 命を救われた。

 命を教えられた。

 命を感じ取った。

 

 故に僕も、命を扱う錬金術で返そう。

 

 跳水錬成は発動している。

 そして──昨日の内に埋め込んでおいた錬成陣も掘り返されていない。それを掘り返すには重機の類が必要だから。

 ああ、そうだ。お父様が錬成陣を刻み付けるのに「血の紋」であることをこだわった理由がそれだ。普通に錬成陣を描いては、掘り返されたり壊されたりする可能性がある。

 けれど、憎悪のエネルギーたる血の紋は消えない。決してその場から動くことなく残り続ける。人類は──僕を含め、誰もその「血の紋」を動かす術を知らない。これほどまでに信頼できる錬成陣はそうそうないだろう。

 

 ──サンチェゴを生成する。

 消火、拘束。さらにこの家を取り囲んでいた村人たちへの牽制として、マスタング少佐の炎をドン。人を殺すには至らない火力と命中精度だけど、まぁまぁ驚きはしてくれるだろう。

 

「く……鎖っ!」

「なーにが噂に聞くような化け物の一員じゃない、だ。エルシー、お前も──」

「これは昔話になるかな。誰も知らない。僕とリスさんだけしか知らない試行錯誤の歴史の一つ。重複錬成陣、複合錬成陣、連鎖錬成陣。僕は普段重複錬成陣と連鎖錬成陣を用いて遅延錬成を行っているけれど、僕の代名詞たるサンチェゴが作り出すのは複合錬成陣だし、跳水錬成はそのどれでもないし。案外いろんな錬成陣を使い分けて今までを生き延びてきている」

 

 子供の命も、若者の命も、大人の命も、老人の命も。

 貴賤なく同じ命だ。そう考えると賢者の石化するのは老人の魂の方が良い気がする。コストパフォーマンスの話ね。なんて人でなしの考えなんだ。昨今のコンプライアンス問題に喧嘩を売るような考えだよ。賢者の石の時点で。

 

 鎖をさらに射出し、村人を各地に配置する。

 主に体を鍛えているっぽい村人を選出して。銃撃兵は故意に避けて。

 

「重複錬成、複合錬成、連鎖錬成。これらを同時に使うことが出来ない理由は、それぞれがそれぞれと矛盾する記述を孕んでいるからだ。たとえば連鎖錬成は名の通り連鎖的に錬成を行うから、発動と全く同時に別々の錬成陣を起動させる複合錬成とは折り合いが悪い。遅延錬成はある意味発動する以前の小細工だから、競合はし難い──けど、込められる思念エネルギーの関係上やっぱり複合錬成とは競合する」

 

 跳水錬成で持ち上がったのは、氷の壁。

 正円を描く氷壁はさぞ美しいものだろう。そうして絶望するか、奮い上がるか。術者さえ殺せばなんとかなる。それは錬金術の原則の一つ。故に銃を持ちて乗り込んでくるだろう。ヴァネッサとロブスの家に。焼けかけて、けれど鎮火されたこの家に。

 

「ただそれは、僕の思念エネルギーが少ないというだけの話だ。──さて、これ。君達にはまだ見覚えのないものだろうけれど、この赤い石は賢者の石という。術者の再構築を後押ししてくれる増幅器だ。だから、思念エネルギーの段階ではこの賢者の石に頼る理由は無い再構築時のブースターは、けれど僕の思念ではないから当然だね」

 

 乗り込んで、乗り込んだ瞬間退去を選ぶ。

 うじゃうじゃと、うねうねと動く鎖。蛇のように、竜のように敵を狙う鎖は彼らを絡め捕え、彼らで錬成陣を作る。既に錬成反応は青ではなく赤。こんな複雑な動作、僕の頭でできるはずがない。

 

 ようやく木のコーン……円錐の壁を解いて外に出てみれば、ああ、昨日までの穏やかな日々が嘘であるかのような憎悪の目。誰も疑っていなかったのだろう。僕を単なる子供だなんて欠片も信じていなかった。迷子の子供だなんて、そんな身の上話一ミリも入ってきていなかった。

 疑いようもなく、アメストリスの国家錬金術師。

 化け物の一人。他国を滅ぼす人間兵器。

 

 そんな彼らを見下ろし、悠々と歩いて、先ほどの跳水錬成を行った場所へと赴く。

 当然、そこが中心点だ。

 

 だからここに置く。 

 さっき見せた赤い石を。ちなみに僕の身体をどれほどくまなく調べたところでこの賢者の石は出てこない。キンブリーみたいに飲み込んでおくのもアリだけど、あんな大道芸もびっくりな行いは僕にはできないので、また違う場所にかくしてある。

 

 因まないで、賢者の石だ。

 再構築時のブースター。そしてそれ以外にも使用用途がある。

 

「電池、と言って伝わるかな。そこまで文明レベルは低くないんだっけ? まぁなんでもいいけど、思念エネルギーの電池が賢者の石だ。思念エネルギーを恒久的に供給するための装置。なんせこれは思念エネルギーの塊だからね。それで動いているのが人造人間でもある。つまり彼らは電池で動くロボットだったんだ。驚きだね?」

 

 さて──遅延錬成陣の真ん中に置かれた賢者の石の粒。

 この遅延錬成が発動した瞬間、賢者の石は賢者の石生成の錬成陣と繋がり、賢者の石生成の錬成陣に思念を送る。

 賢者の石電池のエネルギーが尽きるまで、ずっと。

 

「ありがとう、ヴァネッサさん。ロブスさん。そして村の人たち。情に厚く、恩を覚え、義を尊ぶ相手には中々恵まれなくてね。恵まれていた頃の僕は賢者の石生成の錬成陣を知らなかったから、とても残念に思っていたんだ。イシュヴァール人だったらもっと効率よくできたのにな、って」

 

 離れる。

 この家から。ぎゃあぎゃあと忌み言葉恨み事が聞こえてきたけれど、甘んじて受け入れよう。それだけのことをしている自覚があるし、それだけ恨まれる自信もある。

 

 そうして、氷壁の外に出て。

 

 ──赤い光。黒い手。

 苦悶の声が響き渡る。いつも通りの光景は、けれど。

 

 

 

「これは……氷の、壁? 隊長!」

「ああ、中に竜頭の錬金術師がいるはずだ。突入、突入しろ! 必ずや竜頭の錬金術師を捕らえ──」

 

 氷の壁を割って入って来たドラクマの部隊を遠くから眺む。

 明日には来る、なんてのも嘘だったか。あのまま信じて支度をしていたらお陀仏だったね、なんて雪山の上でそれを観察し──ヴァネッサ宅へと侵入した軍人を見て、口角を上げる。

 あの家に入ったら錬成兵器が発動する。錬成地雷の、地雷無しver.だ。踏まれることで思念エネルギーという信号を出力するスイッチだと思ってくれたらいい。スプリングがついているから、錬成陣は重なり合ったままにならず、三日間は何度も発動させられる。

 

 それによって発動するのは跳水錬成だ。

 中心に置かれた賢者の石から跳水錬成用の錬成陣に思念エネルギーが流れ、再度氷の壁を生成する。そうして遅延錬成が再発動し──また、賢者の石生成の錬成陣が猛威を振るう。

 

 名付けて「設置型賢石錬成陣」。重複錬成陣であり、連鎖錬成陣であり、複合錬成陣であり、賢者の石の錬成陣であり。

 僕が培い、そして受け取った全てを詰め込んだ、「賢者の石の錬成陣を使った錬成兵器」。

 国土錬成兵器、とでも呼ぶべきもの。

 

 無論三日間の縛りは消えない。

 信号を発しているのが遅延錬成である以上、賢者の石では代用できない。信号装置だけは僕が思念エネルギーを送らなければならないから、永続はしない。

 永続しない、ということはメンテナンスができる、ということでもある。三日後、僕が溜まりに溜まった賢者の石を回収しに行くことも、そこでもう一度信号装置に思念エネルギーを込め直すことも可能だ。

 

 融雪洪水。土壌汚染。

 そして国土錬成兵器。

 

 これが、僕とキンブリーだけが作戦開始前にこの地を訪れた理由。

 ドラクマはここを禁忌の地と定めるまでずっと調査隊を送り続けるだろう。そして兵士を賢者の石に変換し続ける。僕はコテージでも作って暖かくして風邪をひかないように残りの二か月を過ごす。

 いつかは「もうここへは調査隊を送ってはいけない」となるのだろう。

 そうなったら賢者の石を回収して、次の村落を目指せばいいだけのこと。今回のように迷い込んだ子供にする必要も実はない。本当に風邪をひいていたから治療のために留まっただけで、別にこの国土錬成兵器は強制的に敷くことが出来る。

 

 いつかは情報が周知され、僕を見かけたら銃殺せよ、くらいまでにはなるのだろうけれど──その時にはもう、アメストリスの侵攻準備が整っているはずだ。まず兵士を寒さに慣れさせる訓練をアームストロング少佐が行ってくれているはずだし。

 

 アメストリス軍が来たら、というか来る前にキンブリーと接触して、賢者の石をすべて回収、その後に全てを爆破する。爆破っていいね、何にも残らないからね。素人の爆破ならともかく、キンブリーのそれなら欠片も証拠も残さない。

 

 ──侵略だ。

 

 情も恩も義も、すべて認めた上で、すべてに決別をつける。

 僕の大事なものは、大切なものは、この世でたった二人だけ。減らす気は勿論、増やす気だって毛頭ないよ。



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第三十九話 錬金術の禁忌「   の陣」

二話構成だと思ってほしい。(繋げても良かったんだけど12000字は長すぎると判断した)(別に超えてもいいとも思っている)(文字数については感想欄で書かないでね)


 ドラクマの疲弊は火を見るよりも明らか──なんてことはなかった。

 流石は大国、対応がどれほど遅くとも、損切りがどれほど奥まっていても、何も問題ないくらいの国力がある。それと推定総人口一億二千万程度、とお父様に言ったことがあったけれど、あれも訂正。

 都市部に過集中しているというべきか、まぁ特段出生率が低いみたいなワケでもないこの大国がアメストリスのたかだか二倍程度なワケないよねって感じだった。二億はいる。らしい。民泊のお爺さんが言ってた。

 

 そう、僕はまだドラクマにいる。

 ちなみに作戦開始まで一週間を切っている上、作戦立案段階はとっくのとうに過ぎていたりする。

 その辺、僕が帰ってこなかったらお願いねってキンブリーに言っておいたし、緊急時や必要な時はリスさんがなんとかしてくれるって大総統が言ってた。言ってなかった気もする。言ってたけど了承は取っていないがな、はっはっは、とか言ってた気がする。

 

 で、なんで帰ってないかっていうと。

 

「ミートハルトさん、おはようございます」

「ミルトハルトだ。おはよう、エルシー」

「今日も監視の役目、お疲れ様です」

「……囚人にそんなことを言われる看守は俺以外いないんだろうなぁ」

 

 捕まったからである。

 

 

 ──経緯を詳しく説明する気は無い。

 中心部に近づきながら村落を全部賢者の石にして、次はどこにしようかな、なんて盗んだ地図を広げていたら、突然雪の中から出てきた真っ黒な装備にゴーグルっていうTHE☆特殊部隊みたいなやつらに囲まれて、そいつらが一斉に手を合わせて、足元にぽこっと出てきた球形からなんかガスっぽいものが出てきて、気付いたら監獄で拘束されていた。

 なんて詳しい経緯なんだ。説明する気がないんじゃなくて知らないから説明できないと言った方が正確だったか。

 

 そのままあれよあれよの間に僕が竜頭の錬金術師であること、アメストリスから侵略目的で来ていること、東側の村落大体潰したことまでバレた上で、毎日毎日尋問を受けている。

 なんで拷問しないんだろうとか思いながら、毎日毎日、だ。

 

「アメストリスの戦力がたかだか五万というのは本当なのか?」

「端数は知らないけど、一般兵はその程度のはず。アメストリスだって国民の全員が兵士ってわけじゃないからね、むしろ投入戦力としては多い方じゃない?」

「そんなもんか……。んで、国家錬金術師と」

「そうだね。気にするならそっちを気にするべきだ。この拘束を外してくれたら、僕だってこの都心部くらいなら一夜で落とせるよ」

「昔ならいざ知らず、ドラクマにも錬金術師はいるんだよ。残念だがそう上手く行くと思ってたら大間違いだぜ」

 

 この男、ミルトハルトについてもよくわからない。

 朝から晩まで僕に尋問兼世間話みたいなのを振ってきて、恐らく定時なのだろう時間になったから「んじゃ、また明日な」って言って帰っていく。そう、帰っていくのだ。見張りの交代も無しに。

 そしてまた次の日に来て、僕に挨拶をする。

 杜撰というかなんというか、僕を捕らえたあの特殊部隊に反して緩すぎて寒暖差が凄い。

 おかげでもう逃走経路たくさん作っちゃったよ。いつでも何があっても逃げられるよ。もしかして手さえ縛っておけば何もできないって思われてるのかなぁ。手合わせ錬成が明るみに出ていて、国の特殊部隊として運用している、まで行っているのならありそうな話ではあるけれど。

 

 ……ここで国家錬金術師含む軍人に手合わせ錬成見られすぎると、エドの特別性が無くなるどころかドラクマのスパイとか思わない? 扉開いた錬金術師だけでも消しておくべき? できるかどうかは別とする。タイマンならまだわからないけど、あんな大勢で手合わせ錬成使われたら死にます普通に。

 いやホント、良く殺されなかったよね。なんで眠らせるにとどめたんだろう。僕の事竜頭の錬金術師ってわかってたっぽいのに、もしかして子供だから、とか言わないよね大国ドラクマが。

 

「ミートハートさん」

「ミルトハルトだっつの。で、なんだよエルシー」

 

 彼は僕の名前を知っているけれど、最初にダメ元で名乗った方であるエルシーの名を面白がって呼んでいる。だからお返しに僕も肉の心さんって呼んでいる。

 

「僕考えたんだけどさ。もしかしてアメストリスに"竜頭の錬金術師を捕らえた"って宣言してたりする?」

「う……」

「いやわかりやす。尋問役向いてないよビートルートさん」

「だったらお前も囚人らしくっつか子供らしくしろよ……もう原型無い奴は訂正しねぇぞ疲れるから」

「ふぅん、つまり僕は餌なわけだ。竜頭の錬金術師を返してほしくば~みたいに要求を重ねていたりする?」

「し、知らん! 俺は何も知らん!」

 

 ……ま、軍がその程度に動じないことはわかっているけれど。

 怖いのはお父さんとお母さんが来ちゃうことか。これは早めに脱獄して、多少派手になってでも暴れ散らかした方が良いかな?

 

「じゃあ、はい、コレ。ミルトハルトさん」

「なんだよ名前で呼べるんじゃねえか。で、コレって……紙? ──いや待て、今どうやって俺に手渡しして」

「当然、拘束を解いて、だよ」

 

 単体賢石錬成陣を発動する。手渡ししたのは勿論賢者の石の錬成陣だから。

 カ、なんて苦悶を漏らして倒れるミルトハルト。ちなみに彼は多分看守じゃない。彼も囚人だ。僕に不用意に近づく、近づかせるような人材を自軍の者にするとは思えない。彼は何か僕より軽い罪で、けれど僕から情報を引き出せたら刑期を少なくさせる、みたいなことを言われていたのだろう。

 完全な捨て駒だ。証拠に。

 

「ああ、やっぱりこれ盗聴器か。いつもポケットが膨らんでるなぁって思ってたんだよね。あーあー、聞こえてるかな、ドラクマのお偉方? 政府? 軍部? なんでもいいけど、今から報復するよ。喧嘩を売ったのは僕だけど、売り返してきた時点で戦争だ。早めに殺しておけばよかったのにね。ああ、今君が押下した、この地下空間に毒ガスを噴射して充満させる装置のスイッチは何の反応も示さないよ。錬金術師相手に機械トラップは何の意味もないって国内の研鑽でわかってたでしょ?」

 

 無論、わかっていたとしてもできるはずがないと思っていたはずだ。

 だって僕、拘束されてから一度もコレを解いていない。全部遠隔錬成でやっている。何を飛ばしたって、賢者の石で錬成した鉄玉ね。

 もうこの地下は掌握した。いやホント、賢者の石サマサマだ。これを使っている時だけチート転生者になれる。

 

「あぁ、ミルトハルトさんは殺したよ。なんて、まるでそっちの会話が聞こえているかのような返事をしてみたけれど、どうかな、ざわついた?」

 

 サンチェゴを生成する。

 突入してくるのはあの手合わせ錬成特殊部隊だろう。普通の兵士が国家錬金術師に敵わないことくらい知っているはずだから。

 ゆえにここを要塞とする。ここがどこの地下なのかは知らないけれど、まぁこの錬成で崩壊したら僕を地下なんて場所に閉じ込めたその悪手を呪ってほしい。

 

 しかし睡眠ガスか。ガス系の対策は何にもしてないからなぁ、僕の弱点を突かれた、という感じ。あと狙撃とかには相変わらず無力だ。まぁそんなの大体の人間がそうだろうけど。シンの彼らとか大総統を除く。キング・ブラッドレイって最強の眼がなくても狙撃弾切り落とせそうだもんね。

 

 ついでだ、新しい錬金術も試してみようか。

 最近マンネリ気味ではあったからね。国土賢石錬成陣が今までの僕の集大成になっていた。だから、全く新しい分野に踏み出す時だ。構想は既に練ってあったけど、使い道が無かった錬金術。

 

 つまるところの。

 

 

 *

 

 

 SAG*1からの通信によると、竜頭の錬金術師を捕らえてある監獄は既に敵の手中に収まり、迂闊に足を踏み入れることができない現状にあるらしかった。

 司令室では「だから早めに殺しておけと言ったんだ」派、「しかしそれだとアメストリスへの切り札が」派、「子供なんていくらでも似せられるだろう」派などが口々に言い争いをしている。

 降って湧いた幸運。

 ドラクマに竜頭の錬金術師が入り込んでいる、という話は、退役した元少将であるヴァネッサの通報より政府及び司令部の誰もに伝わっていた。

 その後彼女と、彼女の通報を受けて武装して向かった兵団の連絡が途絶え、その後三度同じく兵を送って、それが無駄骨だと気付く。気付くのに時間がかかり過ぎだろ、なんて言葉を若手の私が吐こうものなら一撃で首を飛ばされることだろう。

 

 それでも降って湧いた幸運だった。

 アメストリスとの開戦が間近であることなどアエルゴ、クレタの現状からわかりきっていたことだったし、ドラクマとしてもアメストリスに良い顔をさせ続けるわけにはいかない。だから兵士を、そして錬金術師を育成している最中のその報せ。

 なんとかして竜頭の錬金術師を捕らえ、敵の戦力を削ぎ、あわよくばその技術を──と、欲を出したのがすべての終わり。

 

 保身のために囚人を用いた情報引き出し作戦は失敗に終わり、どのような手段か拘束されているにもかかわらず使われた錬金術で監獄内のトラップは全てこちらに牙を剥き、恐らくではあるものの竜頭の錬金術師はここへやってくる。恐らくか、必ずか。

 噂によれば、子供に石を投げられた程度でその子供の住む地区の一角で大虐殺を行った、なんていう悪逆の錬金術師。しかも相手は自国の民だったというのだから恐ろしい。そんな存在を野放しにしているアメストリスも恐ろしい。

 

『こちらSAGアード隊……何かがこちらに向かって歩いてきています。攻撃許可を』

「なにか? 何かとは何だ。竜頭の錬金術師ではないのか?」

『何か、です。金属の塊……まさか、全身機械鎧?』

「ええい、何故そんな眉唾物がそこにいる! 構わん、壊せそんなもの! あるいは中に竜頭が入っているのかもしれん! 殲滅だ殲滅! 余計な余裕を持っていれば、こちらが逆に食われるぞ!」

 

 司令の怒鳴り声。語気は荒いが正しい判断ではあった。

 監獄の中にいるのは竜頭の錬金術師と連続小児誘拐殺人事件の犯人であったミルトハルト、他300年以上の懲役を言い渡されている凶悪犯しかいない。いずれは錬金術の材料にする予定だった彼らを有効活用したまでだ。それが無くなったところで、我が国には──悲しいことに──犯罪者が腐るほどいる。大国故の治安の悪さはもう仕方がないことだ。

 正しい判断と思った。思ったはずだ。だが。

 

『こ、こちらSAGアード隊ヘッグス! 壊滅、壊滅です! 私達は──ア、グ』

『さっきから思ってたけど、かなりいい通信機を使っている。電気系の技術はアメストリスより上と見た。監視カメラの類はまだ見ていないけれど、映像系の技術もあるんじゃないかな、この分だ』

 

 ブチッと通信機からの音が途絶える。壊されたのだろう。

 アード隊は完全に沈黙した。……冷たい空気だ。

 

「金属の塊。全身機械鎧。竜頭がもし、そんなものを急造で生み出せるとしたら」

「あり得ん! ドラクマの機械技術、そして錬金術を以てしてもそんなものは生み出せなかった! 錬金術にかまけてばかりで機械を疎かにしているアメストリスにそんな技術は──」

「しかし、現実にアード隊は負けています。加え、竜頭の錬金術師といえばアメストリス人としても異端。幼子の身でありながら単身で自国の一民族を滅ぼし尽くした伝説を持つ者。彼のみが特化して恐ろしい技術力を持っている可能性は捨てきれません」

「……っ、そう、だな。すまない、熱くなり過ぎた。……SAG全隊に通達だ。敵は全身機械鎧……命のない金属人形を操る可能性がある。対人間の攻撃手段ではなく、破壊することに注力しろ、と」

「は!」

 

 この語気の荒いツルピカ頭の中年が司令の座についている理由は、ちゃんと有能だからである。

 短気でストレスを溜めやすく、また爆発させやすいがゆえにヒステリックに怒鳴りはするが、落ち着いたらちゃんと優秀。もう少し年を取ってずっと落ち着いていてほしいものだ、と思う反面、あんまり歳を取り過ぎると血管切れて死ぬんじゃないかとひやひやしている。

 

「バンダ隊、金属の塊の撃破に成功したようです!」

「うむ。解析はできそうか?」

「それが、隊員の一人が近づいた途端爆発したようで……」

「……その隊員は」

「火傷こそしたものの、無事です」

「特殊防護服を貫いて火傷させる温度か。……金属の塊に不用意に近づかせるな。解析など後で良い、遠距離から破壊し、竜頭を殺せ。相手が錬金術師であることを忘れるな。そして、自分たちが錬金術師であることもな」

 

 錬金術。

 アエルゴの崩壊を受けて二年前から研究し始めたこの技術は、どうして中々面白い。

 ただ危険な面もあるようで、実験中の死傷者が絶えない。これは恐らく基礎ができていない、原則というものを我々が理解していないからなのだろう。ただアメストリスに錬金術を教えてくださいと頭を下げるわけにもいかず……。

 

『ドゥーン隊、竜頭の錬金術師を発見しました。撃ちますか?』

「待て、貴様らどこにいる? どこで発見した?」

『大監獄北、二階、無差別殺人犯ガルゴグムのいた牢獄です』

 

 ……そんな場所に竜頭がいる。

 司令も違和感を覚えたらしい。

 

『様子見に留めろ。罠の可能性が高い』

「カール隊からも同様の通信が。こちらは地下三階の看守室です。ただ、微動だにせず、と」

「囮の人形、というわけか。本体を叩かねば思うつぼ……オフィエル、お前はどう思う?」

「私ですか。私のような若手があなた方を上回る意見など……」

「良いから言え。現場の者達の命がかかっている」

 

 これだから。

 これだからこの人は憎めない。普段はハゲでデブで怒鳴り散らかす典型的な嫌な上司の癖に、一度冷静になるとカリスマが凄い。

 

 だから私は、口を開く。言葉を紡ぐ。

 

 自分でもそこそこ非人道的だと思う作戦を。

 

「──オフィエル、お前は出世させん。お前のような思考の奴が司令になってみろ、ドラクマは悪魔の国になるぞ」

「ええっ、そんな、ドラクマのためを思って言ったことですよ?」

「出世はさせんが、儂のもとで一生こき使ってやる。儂が出世したら出世させてやる。一生儂についてこい。お前の策の責任は全て儂が取る。──いいな?」

「案外血管ブチ切れてぽっくり逝きそうなんで、それでいいです。空いた席に座ります」

「首を飛ばしてやろうかコイツ」

 

 通信を行う。

 SAGには一度下がらせ──大監獄を取り囲ませる。

 

「タイミングが命だ。竜頭に逃げる隙を与えるなよ」

『ドゥーン隊、準備完了です』

『カール隊同じく』

『エスト隊同じく!』

『ファーレン隊、申し訳ない、今金属の塊に追われている! ──だが、急を要すると司令室が考えるのなら、俺達ごとやってくれていい!』

「誰が味方を殺すか。早く出て来い。誰も死なずに、だ」

 

 これだから。

 ……そういえば、先に火傷をしたと言っていたバンダ隊からの連絡がない。

 

「司令、バンダ隊は」

『こちらバンダ隊! ──罠です! 全隊、出来得る限りの退避を──』

 

 直後、監獄方面から凄まじい地鳴りが響き渡った。

 

*1
特殊錬金術師部隊(Special Alchemist Group)



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第四十話 錬金術の禁忌「魂定着の陣」&「錬成機械人形」

 魂定着の陣、というものがある。

 鋼の錬金術師主人公エドワード・エルリック、連続殺人鬼バリー・ザ・チョッパー、同じくスライサー兄弟。これらに共通するワードはなーんだ、って言ったら魂定着の陣になるだろう。

 この陣だけど、既存の錬成陣とは違う部分が一つある。

 何か。それは何か。

 

 ──思念エネルギーが尽きる気配がない。

 一度定着させたらそのまま、恐らく術者が死んでも機能し続ける。無論魂と金属の拒絶反応はあるから永続ではないのだろうけど、おかしなことにこの錬成陣は思念エネルギーを消費しないというか、ロスしないようなのだ。

 もう少し詳しく言うと、これは"錬成"陣ではない、という話。

 物質を分解して再構築するのが錬成陣だ。円や記号を用いて、その中心にあるものに対して働きかけて、元のものを違うものに再構築する。それは物質であったりエネルギーであったりと様々ではあるものの、あらゆる場合において「錬成」するのが錬成陣である。

 

 しかし魂定着の陣はそれをしていない。

 魂を定着させるための陣は、錬成を行っていない。錬成を行っていたら錬成反応が出る。仮に精神を錬成している、とかでも錬成反応は出るはずだ。そして込められた思念エネルギーが尽きる。けれどこの陣にはそれが無い。

 何故か。

 恐らく、でしかないけれど、多分この陣は完結しているのだ。

 今までの錬成陣が、術者からの思念という入力を受けて錬成という出力を返すものであるのなら、この陣は入力も出力も受け付けないししない。初めは自己保持回路なのかとも思ったけど、それだと思念エネルギーが尽きる。定着されている魂が術者ってわけでもないから定着されている魂からは思念エネルギーを吸い取れないだろうし、やっぱり錬成陣ではない。

 

 これは恐らく、本当に推測だけど、機械鎧の技術と同じ応用陣なんだと思う。

 機械鎧にも錬金術が使われている。

 末端神経からの電気信号を媒介するデバイスと関節を駆動させるシリンダーで構成される機械鎧だけど、そんな超技術前世でもできない。筋電義肢なんだろうけど、今ようやく内部AIセンサーのユーザー学習や外部アプリケーションの力を使って細かい動作ができるようになったくらいだ。

 ここに使われているのが錬金術。内部の細かい構造やパーツに加え、電気信号をシリンダーへの駆動動力に変換する機構がある。はず。

 

 つまりこのデバイスこそが魂定着の陣と同じもの。

 錬成陣ではなく、変換陣とでもいうべきもの。術者ではなく陣に繋がっている者(以下使用者とする)から思念を受け取り、それを動力に変換する。術者ではなく使用者の思念エネルギーを用いるから術者が死んでも関係なく動くし、使用者が死ぬ、ないしは拒絶反応で消えたら術者がいようがどうしようもない。

 

 要約して、僕は今まで錬成陣の種類のみを追いかけて色々な錬成陣を使い分けてきたけれど、そもそも錬成をしない陣もあるんだね、って話ね。錬丹術の陣も派生ではあるけど。

 

 というわけで、それこそが僕の練りに練っていた構想で。

 

「──……」

 

 コレが、完成品である。

 

 バリー・ザ・チョッパー曰く、魂を剥がされるのは壮絶な苦痛を伴うという。賢者の石にされるのも苦痛だというし、多分肉体から剥がされるのが苦痛なんだろうな。

 で、そんな痛みを経験したせいか、何も言えずにいる──多分ドラクマの犯罪者。

 魂を扱う錬金術だけで扉が開くなら第五研究所の人間やマルコーさんが真理を見ているはずだ。真理の扉が開くのは神の構築式を使った時と、失われたものを無理に取り戻す時だけ。あるものを別の物に移し替えるのに扉は開かれない。

 

 金属塊、である。

 僕はロボット工学にあんまり詳しくないので、絡繰り人形とか球体関節人形をイメージして作ったロボットかっこ笑いかっことじるに魂を載せてみた。勿論武装は遅延錬成をふんだんに使った錬成兵器。

 参考にしたのはバリー、スライサー兄弟の陣。エドの奴は無理。アレだけで魂と鎧の仲立ち、定着、思念エネルギーの変換とかの意味を持たせているのは本当に天才なんだろう。しかもあんな荒々しいものでちゃんと発動している。

 マジモンだと思うよ、彼は。

 

 僕は初めてだったから描きに描いて物凄い複雑な陣にした。自分で思念エネルギー流して動くかどうかのチェックもしたけど、魂定着に関しては何分初めての事だからリバウンドが怖くてね。入念に入念を重ねたよ。ついでにいうと魂分離の陣に至ってはノー知識。僕の頭の中でしか起こしていない知識だった。──ま、この前ラストとデートした時の死体で少しは理解したけど。

 聞きかじりの生体錬成の知識や「流れ」に関する錬丹術の知識も役に立ったと言えるだろう。知識の穴を埋めるなら、キメラとかも勉強したいところ。

 

「ほら、行っておいで」

 

 背を押す。

 外に錬金術師の特殊部隊が来ていることはわかっているので、この機械人形(オートマトン)と僕に似せたダミー人形の乱立で時間を稼ぐ。

 もし僕が敵側だとしたら、最初は普通に殺せないか試して、無理そうだったら()()()()()()()という手段を取る。圧縮だ。あれだけ手合わせ錬成のできる錬金術師がいるんだ、建物を囲んで錬成をすれば容易だろう。

 中にいる犯罪者と僕をぐちゅっと潰すにあまりに最適。錬成陣を描けない状況、手合わせ錬成をしていられない状況、知っているかはわからないけれどサンチェゴも破壊できる。

 

 その手段を取られないために、陣を描いていく。

 いつもの奴だ。そして囚人を見つけたら機械人形に。

 

 気を付けるべきは五隅に置く生体を扉を開いた錬金術師にしないこと。

 人柱で賢者の石作ったらカミが降りて来かねない。割と簡単にノックできるカミの坐す場所。月が無ければ無理なのかもしれない。アレに関してはよくわからない。ドラクマ攻略が終わったら久しぶりにお父さんの本でも読みたいな。あの本にはプリミティブな錬金術が記載されていたように思うから。

 

 というワケで──跳水錬成を発動。

 この監獄を円で囲み、いつもの奴を発動させる。機械人形からも魂は取れるからね。奇怪な金属塊が残りはするけれど、理解はできないだろう。

 

 ダメだよ、ちゃんと殺さないと。

 初見殺し以外は対処しちゃえる自信があるんだから。キンブリーに背中押されてるんだからね、僕は。

 あとは、キンブリーからパク……ぬす……習った爆発物錬成で脱け殻の機械人形をどーん。

 

 

 *

 

 

「監獄を囲んでいたSAG全隊、通信途絶……」

「……」

 

 沈黙が落ちる。

 アメストリスが錬金術師。自国の民族を一つ滅ぼし、アエルゴを滅ぼし、クレタを滅ぼした超過激派。

 竜頭の錬金術師、レムノス・クラクトハイト。

 

「司令。ここがバレる、という可能性は」

「十分にある。逃げたければ逃げて良いぞ。儂は残る。どこへ行こうとも関係ないように思うからな」

「ああ、では私も。こういうの死期を悟るっていうんですかね? 私はもう竜頭の掌の上にあるような感覚で」

「オフィエル、お前は若い。逃げても良いんだぞ。通信を逆探知してくる可能性は大いにあるんだ。逃げて、逃げて、生き延びさえすれば人生なんとかなるものだ」

『生き延びさえすればね』

 

 ──通信が入る。

 逆探知じゃない。単純に隊員の誰かの通信機を使っているのだろう。こちらの回線を開いたつもりはないが、果たしてそこの技術さえもあちらが上回っているというのか。

 

『でも残念だけど、僕はドラクマを滅ぼすよ。もうすぐアメストリス国軍がここへ雪崩れ込んでくる。そして僕は、それを待たずに君達を殲滅する。けど、錬金術を研究し始めてからたかだか二年でここまで練り上げたことは褒められるべきだ。褒められるべきことをしたのなら、何か報酬が与えられるべきだ。何か欲しいものはあるかな』

 

 子供の声だ。何度聞いても子供の声。言っている内容に目を瞑れば、愛らしい、まだ年端も行かない子供。

 アメストリスは──こんな子供を、こんな悪魔に育て上げた。

 隣国をすべて滅ぼすために。

 

「質問がある」

『どうぞ』

「貴様、親は? 軍人か? 錬金術師か?」

『お母さんも父さんも錬金術師で軍人だよ』

「成程ハイブリッドか。いつから錬金術を仕込まれた。いつから隣国を潰せと言われ続けた」

『言いがかりはやめてほしいな。錬金術を学びたいと言ったのは僕だし、隣国を潰すことも自発的な行いだ。二人は関係ないよ』

 

 保身を第一とする者達が逃げるように去っていく中で、司令だけはどかっと座って竜頭と話す。

 顔は、怒りだ。

 ……そういえば確か、司令には10歳くらいの娘さんが。

 

「子供が自ずと隣国の殲滅を考えついたと? 馬鹿も休み休み言え。そんなことはあり得ん。あるいはアメストリスという国がそれほどまでに過激な教育をしているというのなら話は別だが」

『僕は学校に通ったことが無いからどういう教育をしているのかは知らないや』

「そうか。通わせてもらえなかったのか」

『さっきから、どうしても僕の周囲を悪く言おうとするじゃないか。僕の育った環境が悪いから僕がこんなになった、とでも言いたげだ』

「そう言っている。子供が独りでに悪を突き進むわけがない。環境がそうさせた。貴様に自覚がなくとも、アメストリスという国が貴様のような悪魔を育てたのだ」

『ま、いいよ。決めつけの口調である以上、僕が何を言っても君は意見を変えない。何をどう言っても何かにつけてこの結論に持っていく。話し合いの無駄だ。それで、欲しいものはあるかな、ドラクマの偉い人』

 

 司令は──ニヤりと笑う。

 そして、「すまんな、オフィエル」と。

 

『オフィエル?』

「こちらの話だ、気にするな。そして欲しいものなど決まっている」

『やっぱり僕の命?』

「──貴様、格好つけようとした儂の()()の言葉を奪いおったな」

『いや、今時珍しくはあるからね。こんな普通の建物にこれほどまでの自爆機構が取り付けられている光景。でも残念だ、全部分解しちゃったよ。それでも僕の命が欲しい?』

 

 全て。

 全て、読まれている。全て知られている。あるいは逃げ出した者達も殺されたか。

 

 何をしたらコレが育つ。

 何を教えたらコレに育つ。

 

『欲しい物がないのなら、話は終わりだ。意外だったよ、自分の命や部下の命を欲しがらないなんて。ドラクマ全国民の命を欲しがっても良かったんだよ』

「ふん、所有権が貴様に無いものを欲しがってどうする。儂の命も、部下の命も、国民の命も、貴様にやった覚えは無いし、貴様にやるつもりもないわ」

『いい上官だ。アメストリスにもこういう上官が欲しいよ。中将以上は大体腐り切っているからね』

「そらみろ、環境だ」

 

 クツクツと笑う司令。

 通信機越しに、「へえ」という──底冷えするような、けれどどこか楽しんでいるような声が落ちる。

 

『よし、じゃあ君は殺すことにするよ。決して半永久的な地獄になんて落とさない。ここで安らかに天へ召されるといい』

「ふん、貴様、先ほどから勝った前提で話しているが──儂らが貴様に勝つことも」

「ないよ」

 

 ──それは、螺旋を描く剣。剣、かどうかすら怪しいもの。

 床より突き出て、司令の心臓を背後から貫いた螺旋は──ジリジリと音を立てて回される。苦痛を与えるためかと思われたその行為に、けれど司令はぐったりと動かなくなる。断末魔も苦悶も無しに。

 

 彼は、絶命した。

 

「そして、そっちの君が逃げなかった唯一の部下って感じかな」

「……如何にも。その上司がいなければ出世コースまっしぐらだった超エリートだ。若手だが」

「出世街道にまさか崖があるとは思っていなかったかな」

「どうだろうな。私がこの国の国家元首になる未来は見えていなかった。あるいは簡単にどこかで躓いていた可能性は高い。が、竜頭の錬金術師に殺される、という死に方であれば、まぁ、多少は、私の生にも価値がつくというものだ。箔はわからないが」

 

 床からじゃらじゃらと鎖が生えてくる。生き物のように、植物のように。

 竜頭の錬金術師。成程、竜を従える錬金術師だったか。

 

 ──ここが終わりとは、中々、人生とは。

 

 

「などと無抵抗に殺されると思ったか!!」

「っ!」

 

 思い切り投げたナイフは鎖に弾かれる。構わない。

 抜き放つのは腰に提げた拳銃。正直銃の腕は良くないが、それも関係がない。撃てばいい。撃つだけで牽制になる。

 弾かれる。守られる。なんだあの鎖は。

 

「く──ああ、本当に嫌になる! 何度言えば、何度経験したら治るんだ!」

「取り乱したな! そこだ!」

 

 今度は投げるのではなく直接斬りかかる。

 ナイフはあと二本。それまでに致命傷でも与えられたら御の字だ。錬金術も使えない、銃の扱いも上手くない単なる人間が、アメストリスの錬金術師に一矢報いて。

 

「慢心はダメだって、タイマン張るタイプじゃないって自分で何度も言ってるだろ!」

「──っ、グ」

 

 ナイフが弾かれた、のではない。

 ナイフを持つ腕が貫かれたのだ。床から生えてきた鎖に。食いつかれた。

 

 そのまま続け様に四肢を貫かれる。磔だ。これではナイフも爆弾も使えやしない。応援を呼ぶことだって無理だ。

 

「……オフィエル、だっけ?」

「殺せよ、レムノス・クラクトハイト」

「手足貫かれてるのになんでそんなに喋れるんだ……はぁ。ドラクマ人、ちょっとどころじゃなく侮ってたな。イシュヴァール人程の精神力の持ち主はもういないと思ってたらコレだ。……オフィエル。ラストネームは?」

「早く殺せ、レムノス・クラクトハイト。痛い」

 

 手足を貫かれているんだぞ。

 痛くないはずがない。

 

「いいから。ラストネームは?」

「……オフィエル・スイルクレム」

「綴りは?」

「おい、痛いと言っているだろ。竜頭の錬金術師は捕らえた敵を嬲るのが趣味なのか?」

「いいから。綴りは?」

「……Ophiel(オフィエル)Suirucrem(スイルクレム)だ」

「はい。それじゃ、おやすみ」

「結局何が──」

 

 筆舌に尽くし難い苦痛。

 呪ってやるぞ、竜頭の錬金術師。死んだら覚悟しておけ。天に来た瞬間思いっきり殴ってやる。

 

 

 *

 

 

 という経緯なんだよ、とキンブリーに話す。

 

「成程、それで連絡が無かったのですね。理解しました。──それで、ソレは大丈夫なので?」

「問題はないはず。あったら死ぬだけだよ、彼が。ああ、行動の制限も加えてみた。上手く機能しなかったらごめんねキンブリー」

「……ふむ。まぁ准将が良いというのなら構いません。襲い掛かってきた場合は壊しても?」

「勿論。ほら、マクドゥーガル少佐が抜けちゃったからさ。穴埋めは必要かなって」

「国内の国家錬金術師から選べばいいものを……。何故アナタはそう自ら進んで疑われるようなことをするのか」

「心外だな。君に言われたくない言葉No.1だよ。賢者の石を見せびらかすとか、なんでそんなことやるんだよ」

「何も言い返せませんね。准将、貴方に正論を言われるとは思ってもみませんでした。謝罪しましょう」

 

 二人で、見る。

 金属塊──からは少し、アル寄りになった気がする、鎧、みたいな、みたいな……うん。芸術のセンスはまた別だからさ。

 

 スイルクレム。

 機械人形スイルクレム。

 無論、当然、魂定着の陣の試用運転兼様々な試験のための実験体だ。

 

 復讐の芽。僕が唾棄する復讐の芽そのものだけど──まぁ、そうなったらちゃんと危なくないような設定はしてあるから。

 

「ちなみに彼、どう説明するのですか?」

「僕がいなかった三か月間機械鎧について学んでいたんだけどその時見つけた全身機械鎧。捨てられてたから拾って来た」

「それで納得するのは子供だけでは?」

「つまり僕が納得するんなら十分でしょ」

「……アームストロング少佐は、普通に信じそうですね」

 

 さて。

 では明日から、ドラクマ侵略開始である。──作戦基地はもう作ってあるから、全部スムーズに、ね。



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第四十一話 錬金術の戦闘「殲滅対成長」

 疑:何故か。

 

「当然の采配では? 准将、貴方は拠点防衛型の錬金術師。これほどまでに味方の多くいる戦場で、且つ拠点を数多く作成しなければならない規模の作戦。前線に出るのではなく基地防御をメインにした方が効率がいいでしょう」

「キンブリー少佐の言う通りかと。私やアームストロング少佐、キンブリー少佐のような移動砲台型の錬金術師は前線及び中遠距離からの攻撃を。准将のような陣地作成に長けた錬金術師は自陣を固める。兵法から見ても、というか誰が見てもそう採るのが一番です」

「んんん! 前線はお任せくださいクラクトハイト准将! 必ずや! 勝利を持ち帰って見せますぞ!!」

 

 答:ということで。

 

 ……僕はお留守番になった。

 

 

 ドラクマの侵略が本格的に行われ始めたことで、ブリッグズ砦から雪崩れ込むようにアメストリス軍が侵攻。()()()ゴーストタウンとなっている東側の集落に基地を設置し、本来であればあり得ない程の勢いで前線を押し上げての侵略となったため、基地作りが急ピッチになった。

 これを受けて「拠点防衛用の錬金術師が必要」と判断され、僕が抜擢。なんで僕に命令権が無いかって言うと。

 

「なんだ、不満でもあるのか?」

「いえ。地図も情報も提供してくれなかった割についてくるんだな、と思っただけです」

「正式な命令が出ていないにもかかわらず敵国でやらかしまくった奴が何を偉そうに、とは言っておこうか」

「僕は迷子になっただけですよ。たまたま敵に隙ができたので持ち前の機転と発想力で困難を乗り越えました。何か問題が?」

「ふん、問題はない。おかげでスムーズに侵攻が行えている。こちらの被害も軽微だ。感謝しよう、クラクトハイト准将」

「いえいえ、ブリッグズ兵以外までもを、こうも規律正しく命令遵守の形に鍛え上げてくれたのは少将の手腕あってこそでしょう。たった三か月で、ですから。恐れ入ります」

「公式の場とはいえ気持ちの悪さが勝る。普通に話せ」

「それで咎められたら堪ったもんじゃないんだけどねこっちは」

 

 アームストロング少将。

 ……僕は准将なので、彼女の決定に従わなければならないのである。お父様に地位を要求するべきだった。せめて少将に。……ただ少将以上になるとどっかに固定配置される可能性があるからヤなんだよな。

 

 という感じでまぁ、僕はお留守番で、マスタング少佐達や一般兵が出ている。

 

「クラクトハイト。事前に入り込んでみて、ドラクマはどうだった?」

「……意外と技術発達が早い。プラス、たかだか二年で錬金術を上手く使いこなしている。頂点を見ればアメストリスには及ばないけれど、底辺を見れば」

「水準が高い、ということか」

「うん。加えて言うなら、武器や兵器の質も錬金術発達を受けて上がってきている。一世代か二世代か。それくらいは違うよ、アメストリスとドラクマの兵器は」

「それはこちらでも確認している。アメストリスの兵器工場にサンプルを渡し、研究開発を急がせているところだ」

「流石、手が早い」

 

 僕個人の快勝だけ見ればドラクマ攻略も余裕に見えるかもしれないけれど、正直そんなことはないというのが本音。僕が潰したのなんてドラクマの1%にも満たない領域だ。それくらいドラクマは広いし、それくらいドラクマは強大。

 兵器差を無視して言えば兵士の練度は同じくらい。だからこそ、人口の差でいつかは押し負ける。

 そこを埋めるのが国家錬金術師……なんだけど。

 

「正直な話をする。僕は今まで、つまりアエルゴとクレタにおいては猫を被った戦争をしていた。少将の慧眼通り、イシュヴァール内乱での僕の方が本当の僕だ」

「だろうな」

「けど、ドラクマにおいてそれが通用するようには思えない。クリーンな戦争……開戦の合図と共にやりあって、夜間は攻撃せず、民間人にも手を出さない。そのやり方は多分通用しない。ドラクマ側には暗視狙撃部隊やSAGと呼ばれる錬金術師のみで構成された部隊がいる。国家錬金術師に殲滅力で劣るとはいえ、錬成速度は勝る者までいる始末」

「要点と結論だけ言え」

「国家錬金術師含む兵士の心持ちを変えないといけない。今までのピクニックみたいな戦争とは違うって。そして、僕も非道な、つまり悪魔だの忌み子だのと呼ばれていた頃の錬成兵器群を出す必要があると判断している」

「……そうか」

 

 スイルクレムを通し、ある程度のドラクマの実態を知った。

 自分で裏打ちもしたし、キンブリーと合流するまでに調査もし続けた。

 

 結果わかったのは、ここは広く薄めたイシュヴァールの地という感じである、みたいな所感。

 気候は違えど厳しい土地であることに変わりはなく、技術の発展の割には民が裕福じゃない。つまり我慢に慣れている。そしてクレタと隣接し、そこまで険悪な仲ではないにもかかわらずドラクマから離れる者が少ない。

 愛国心が強いんだ。なぜかは知らないけど。

 

「貴様が非道とまで言う兵器。確か、残留連鎖生体錬成弾と言ったか」

「よく知ってるね。誰かに聞いた?」

「イシュヴァール経験者にな。群れる敵に効果的な──非戦闘員をメインに狙った弾丸。それの使用は禁ずる」

「まぁ、そうだろうね」

「だが錬成地雷だったか、アレは使え。基地に近づいてくる時点で民間人だろうと何だろうと敵だ。他に何がある?」

「……錬成地雷にも種類がある。踏んだら爆発するα型と、爆発するかしないかわからない……正確には一度踏んだだけでは爆発しないように思わせられるβ型。まだ実践投入はしていないけど、地下に潜るのではなく設定した距離を突き進むγ型、踏んだり掘り起こされたりしても爆発はせず、解体しようとした時にのみ周囲を巻き込む形で爆ぜるΘ型」

「貴様、紅蓮から悪い薫陶を受けていないか?」

「全部発想は自前だよ」

 

 イシュヴァール戦後もずっと考えていた。アエルゴやクレタでは使う機会に恵まれなかったけれど、錬成兵器はまだまだ可能性がある。スイルクレムという試作機一号──錬成機械人形(オートマトン)も、だ。

 他にもラティオに量産を止められた分解弾だって錬成兵器の一つだし、アレは分解以外にも、たとえばキンブリーに倣って爆発性のある物質に変換しておく、なんて弾丸に変えることも出来る。変換しておいて、後々なんらかの衝撃で爆発する感じ。

 僕らの攻撃以外でも……例えばコーヒーを零した、程度で爆発する感じに設定しておけば、その構造物にいた誰かがテロリスト扱いされて混乱が起きるんじゃないかな。

 

 敵がアメストリスだけである内は一丸となれるだろうけど、身内に敵がいるって一回疑い始めたら崩壊の兆しを作れる。

 

「成程、歴戦だけはあるな」

「そして、完全に同じと言わないまでも──相手がこういうものを使ってくる可能性はある」

「……錬金術師か」

「うん。僕はどこまで行っても子供だ。銃器のこと、兵器の事について現地で戦う軍人より詳しいわけじゃない。ただの錬金術師に過ぎない。けれど、実際にずっと戦い続けてきた軍人が錬金術師になったのなら──僕より悪辣で想像もつかないような使い方の錬成物を出してくる可能性がある」

 

 真理を見たっぽい錬金術師はあらかた潰して回ったとはいえ。

 また開かせる可能性は高い。全く、何人犠牲にしてるんだか。この前のSAGの部隊にも四肢が全部義肢、みたいな隊員がいた。そうだよね、真理を求めて、ではなく効率的な錬金術を求めて、なんて風に扉を開いたら、持っていかれるものが極大になるなんて想像に難くない。

 それでも有用だから。それでも──国を守れるなら、と。

 彼らは続けるのだろう。

 

「……バッカニア!」

「へい」

 

 おお。

 後ろのテントから出てきたのは、かなり若いバッカニア大尉。いや、階級章は准尉を指している。そっか、そんな時期から。

 

「此奴から、想定される錬金術師用の対策を聞き出しておけ。やられてから解析する、では遅すぎる。何事も今のうちに、だ。聞き出したことを検討し、全隊に共有することも忘れるな」

「へい」

「少将、君は通信兵の近くにいてあげた方が良い。多分そろそろ前線の兵士から泣き言が入ってくる頃合いだ」

「だろうな。クラクトハイト。……貴様の思う非道な行い。その全てを対策として話せ。ドラクマはそれを行ってくるものだと考えて行動しろ」

「勿論。こっちで対策兵器も作っておくよ」

 

 そう言って、別れる。

 バッカニア准尉。若いこと以外はあのへんな髪型も、そして片腕が機械鎧なことも変わらない。チェーンソーの奴じゃないのは残念だけど、技術の進歩がどうのとかなのかな。

 機械鎧技術はイシュヴァール内乱を受けて発達したもの。それを外に出していないから、ラッシュバレーは今もあんまり景気が良くない。

 

 ……まぁ、安心して、というのはおかしいけれど。

 vsドラクマは多分長期化する。かなり、だ。それに負傷者も。

 

「バッカニア准尉、これからよろしくね」

「ああ、正しい言葉遣いは必要で?」

「要らないよ。それで、じゃあまずは壁の作り方についてからだ。あと周囲の山にブリッグズ山岳警備隊の装備を持った兵士をいくつか……」

 

 正直、早めに降伏してほしくはある。

 してくれないとホラ、お父様に納品する分がさ。別に口約束だから構わないと思うけどさ。ね?

 

 

 

 *

 

 

 

 ──それから、二年が経った。

 

 イシュヴァールの時より苦戦している。これは確実だ。

 こちらの兵の疲弊もさることながら、相手の成長がエグい。ヤバい。パない。

 人海戦術とでもいうべきか、国家錬金術師の錬金術を食らいながら解析して、劣化品ながら似たものを使ってくる。真理を見た錬金術師がいればこそだろう。原理さえ理解すれば、再現してしまい得る。

 

 キンブリーは、かつて僕が言った「対自分を想定しておく」から着想を得た対抗策を使っている、とのことだけど、マスタング少佐とアームストロング少佐の消耗がちょっと激しめ。

 加えて……目つきが、かなり病み気味。

 他の兵士もそうだ。依然変わらずにいるのはアームストロング少将率いるブリッグズ兵と僕、キンブリーくらい。あとちらほらいるのは、イシュヴァール経験者だろう。

 

 快勝じゃない戦争が未経験である、というのが響いた。ストレスがマズい所まで来ているせいで、集中力も低下しているし、記憶力や回復力にまで支障をきたしている。

 反してドラクマはずっと元気だ。いや元気って表現はちょっと違うんだけど、アメストリスを追い返す、アメストリスを追い抜かす、アメストリスを越える──と息巻いて止まらない。日々進化していく錬金術と日々進化していく兵器達。

 

 向上心の塊だから遅延錬成はまだ解析されていないようだけど、そろそろ、というかこれ以上成長させるのはまずい。普通に押し負ける。

 

 ──だから。

 

「アームストロング少将」

「なんだ、クラクトハイト」

「そろそろ僕が出ます。拠点防衛はもういいでしょう」

「……"奇病"か?」

 

 冷たい目。

 まぁ、そりゃバレる。だってこの戦争が始まってから一度も例の奇病が起きていない。アエルゴとクレタでは起きまくったのに、だ。

 それはずっと、僕が陣地側にいたから。

 サボってたわけじゃない。ちゃんとこっちの基地や、そしてブリッグズへまでも攻撃があったのだ。だから前線をそのままに国の防衛にも力を割かねばならなかったし、さらにさらに、無人となったクレタ側からもドラクマ兵が来ていた、なんてことがあったので西部の国境戦も大変になっている。

 ……西部。

 当然、僕の権力ではどうにもならない──お父さんとお母さんの徴兵があったはずだ。けどこればっかりは歯噛みするしかない。悔しがる以外何もできない。今の今までずっとずっと守れていたのに、ここで、こんなところで。

 

 僕がクレタを賢者の石にしたからだ。

 エンヴィーの言う通り、少し待っていればよかった。あそこに人間がいるというだけで壁になるという事実を見逃していた。経験不足だ。

 

 だから、もう、待っていられない。

 

「そう。僕は竜頭の錬金術師。地の底から竜を呼び出し、敵を殺すことができる」

「自らの仕業と認めるか。……それは、どれほどの非道だ」

「貴女が剣で人を殺すのと同じくらい」

「……フッ。確かにそうだな。いいだろう、出ろ、クラクトハイト。ただし」

「味方は殺すな、でしょ。わかってる。僕は味方殺しをしないことで有名な錬金術師なんだ」

 

 出る。

 そして──ある人に、協力を仰ぐ。

 また別の形で参加することになった彼女に。

 

「行くよ、スイルクレム」

「……」

 

 この二年で改造に改造を重ねたオートマトンを引き連れて。

 

 

 *

 

 

 地がせり上がり、赤い光が走り、黒い手が伸び──それが晴れたら、人が死んでいる。多く。数多くが死んでいる。

 

 言われた通りの場所に銃弾を撃ち込む。

 人間の頭ではなく、人間の足でもなく、交通機関の主電源部などでもなく、ただの地面に。角度的に狙えない場所があれば、彼から貰った錬成弾なるものを用いて構造物を消し去る。

 

 己だけ、なのだろう。

 彼の所業を、あの小さな背中の非業を見届けているのは。

 あそこまで悍ましいものを彼は錬金術だと言った。父が、あの人が研究し、身に着け、国のために使うと言っていたものが──その成れの果てが、アレ。

 

 殲滅速度が各段に上がった。

 民族と、国を二つ滅ぼした国家錬金術師。

 

 勿体ないという声はずっと上がっていた。拠点防衛、陣地作成に使うだけは勿体ないと。その声を上げるのは決まってイシュヴァール戦役に参加した者達。

 見たという。

 赤い、赤い、赤い──凡そ人間では辿り着かないような行い。

 彼の地に、槍の雨を降らせた小さな錬金術師。

 

 前線でこそ活躍する、悪夢のような──。

 

『ホークアイさん、次、今やった地点から北西にある赤いビル。わかる?』

「……はい。今視認しました。撃ち込みます」

『うん、お願いね』

 

 子供の声だ。

 何度聞いてもそう。ともすれば、声だけ聞けば……優しそうな。心優しそうな、家族や友人を大切にしそうな、とても人の良い感じのする声。

 見た目だってそうだ。母親に頭を撫でられて、「この子は優しい子なんです」とか言われたら誰だって信じてしまうだろう、普通の子。

 

 それが。

 

「中心、五点。全て撃ち込みました」

『ありがとう』

 

 ──君の正確無比な射撃を買っている。お願いがあるんだけど、聞いてもらえるかな。

 

 元より士官学生でしかない己には断ることのできないお願い。

 そうして渡された弾丸と"お願い"で──果たして、何万の人間が息絶えたのだろう。

 手応えが無い、どころではない。指定された地点、指定された形を撃って、あとは彼がすべてを行う。だから、何が起きているのかを理解する前にドラクマの人間が死ぬ。本当に死んだのかすら判別できない、原理の全く理解できない錬金術。

 

 父が作り、あの人が受け継いだ錬金術は、最高最強ではなかったのか。

 ならばあの赤と黒の錬金術は──何なのか。

 

『今日の分はここまでだ。帰投するから、他の人の援護射撃をお願いね』

「了解しました」

 

 竜頭の錬金術師。

 その二つ名の意味する所は。



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第四十二話 錬金術の応用「シェルター」

 賢石錬成の性質上、これは全く味方のいない場所で使うか、僕にぴったりくっついてもらっている状態で使うかしか現状の行使ができない。スイルクレムはぴったりくっついているからいいとして、他の味方はそうはいかない人が多い。

 賢者の石から人間に戻す、という工程を僕が行えない以上巻き込むことは絶対に回避しなければならないことだ。

 なお、これは愛国心故とか味方を守りたくて、とかじゃなくて、「味方を巻き込むとその遺族や友人が復讐者になりかねないから」である。散々裏切りにはあって来たけど、街を歩いていてすれ違いざまに刺される、とかは対策しようがないから可能性の芽は出来得る限り潰したい。

 一般人に恨まれるのが一番怖いのだ。軍人や錬金術師よりね。

 

 そういうわけで、普段ならクラクトハイト隊の誰か……主にキンブリーを引き連れて敵地を回るんだけど、今回はホークアイさん──まだ階級はない士官学生──がいるからいいかなって一人離れた所で戦っていた。

 

 無論、悪手であったのは違いなく。

 

『──将? ……信が……えます……ますか!? 准──』

「げ」

 

 僕はホークアイさんへ無線機越しに、どこに賢石錬成陣用の弾丸を撃ち込んでほしいかとか、どこの建物を消してほしいかとかを指示してたんだけど、それが突然ノイズだらけになって、切れた。

 

 妨害電波の類だ。通信機の不調ではない。僕はそんな楽観を覚えたりしない。

 すぐに遮蔽物に身を隠す。絶対、絶対どっかにスナイパーがいる。

 

 とにかく遮蔽物に沿って、身体を低くして退いて、ジャミングの範囲外に出よう。

 ……なんて考えてたら絶対水平方向とかから撃たれる。狙撃手がいる場所は高所だけ、なんて先入観、錬金術師がいない戦場なら通用すると思うよ。でも──たとえば狙撃手が錬金術を齧っていたら、高度くらい自分で変更できてしまう。場所もね。そうなったら遮蔽なんて関係ない。

 

 だから、地面に穴を掘って逃げる。

 

 ──足音。

 すぐに錬成をやめる。錬成反応で位置がバレる可能性を恐れ、建物内に身を潜めた。

 

 複数人だ。声はしない。ハンドサインの類で動いていると見た。厄介な。

 またSAGか、それに類する特殊部隊だろう。全く、子供一人にどんだけ力注ぐ気なんだ。

 建物内の、けれど壁に背をつけることは無い。壁の裏側からドスン、はハボック大尉で学習済み。怖いのはサーモグラフィーみたいな技術がある可能性だ。熱源感知。機械でなくとも錬金術で可能である場合もある。そう考えると……まぁ、仕方がない。

 

 用済みだ。

 もう聞きたいことは大体聞き出したし、改造もある程度まで行った。完成形に至らなかったのは残念だけど、今は四の五の言ってられる場合じゃない。

 乾湿の乾。上向き三角形。

 火を象徴する記号を描き込み──偵察を命令。建物の外に出す。

 

 一歩、だ。

 一歩踏み出した瞬間、頭を撃ち抜かれた。まぁ頭に急所を作る程僕は馬鹿じゃないのでそのまま彼は歩き続けるけど、二歩、三歩、そして四歩目で──地面より突き出た槍の群れに全方位からめった刺しにされて、動けなくなる。

 

 ……近づいては、来ない。

 

 仕方がない。

 最後の手段を使おう。遠隔錬成で──彼の血印に施していた細工を外す。

 細工。とっても簡単な細工だ。ただ、血印から出る声を遮音するようこれを囲んでいたというだけ。完全な遮音は無理だからか細い彼の声を聴いた、という味方軍人はいたようだけど、まぁ内容は理解できなかっただろう。

 それを取っ払って。

 

「あー、ようやく終わりかね。全く、本当に、心の底から思うが冥界に堕ちてくれクラクトハイト。というか冥界から来ただろう貴様。私の出世街道、崖に突き落とすどころか振り返って味方に刃を向けさせるその所業、冥界に住まう者でなければ思いつかないだろうに。愛しきドラクマよ、ドラクマの民よ。叶うのならば逃げろ。相手は人間ではない。相手は命を弄び、人の道をまろび行く悪魔なのだから──」

 

 今だ。 

 何度も撃たれているのを確認して、遠隔錬成。遅延錬成陣を壊して遅延を切り、それを発動させる。

 

 無論、大爆発である。

 彼の中には使いもしない燃料*1が入っていて、味方方々には「機械鎧だから」という何がだからなのかわからない説明をして通していたんだけど、勿論このための燃料だ。

 僕が模しているキンブリーの錬金術じゃここまでの威力は出せない。錬成反応も出てしまう。

 だったら最初から入れておけばいいじゃん戦法。

 

 ドタバタという足音が響く。

 入って来たね。爆発した機械人形はガン無視か。いや、僕を殺してから後で調べたらいいんだから、そういうことかな。

 

 息を潜める。

 

 ……声はやっぱり聞こえない。ハンドサインか、端末とかまで持ってたら厄介だけど、流石にそこまで技術は進んでないはず。スイルクレムの知識は二年前で止まっているから、二年間でそこまで進化してたらお手上げだ。

 

 サブマシンガンを連射する音が聞こえる。アレか、とりあえず錬金術とかやる前に銃で殺せるなら殺してしまおうって判断? 数撃ちゃ当たるは実際そうなんだよね。流れ弾でも危ないし。

 けどこれで熱源感知はやっていないことがわかった。熱源感知を持ってたら僕の位置に最大火力突っ込めばいいだけだから。

 

「竜頭の錬金術師。貴様がここにいることはわかっている」

 

 お、ようやく喋った。

 位置は……この辺かな?

 

「貴様が大人しく出てくるというのなら、我々はお前を傷つけず捕虜として──カ?」

 

 喋っていたドラクマ兵に鎖を突き刺す。後頭部から脳天へグサりと。

 いや大人しく出ていくわけないじゃん。そして傷つけられないわけないじゃん。出ていった瞬間に集中砲火でしょ知ってる。

 

「っ、床下だ! ヤロウ、このフロアのゆかしギャッ!?」

 

 もう一人も同じ手法で殺す。喋ってくれると本当に助かる。正確な位置がわからないと鎖による攻撃はあんまり意味を為さないから──あ、やっば。

 

 錬成反応が出ることなど気にしない。気にしないで、賢者の石を用いて鋼鉄のシェルターを作る。いつかメグネン大佐といた時にやった奴。

 直後、僕がいた一階と二階の隙間、天井と床の間に空けた空間が分解された。

 ……手合わせ錬成の会得者。やっぱりいるか。

 

「いたぞ、あれだ!」

「SAG、分解を!」

 

 流石にもうハンドサインをしている余裕はないらしい。

 声を出して、僕が入っているシェルターに大人数が近づいてくる音がする。

 

「待て、一人で良い。人数をかけると奴の思うつぼだ」

 

 思わず舌打ちをしそうになった。

 察しが良い。人数がいればできる錬金術がいくつかあったんだけどね、その策が消された。

 

「完全に分解する必要はない。──銃口分の隙間があればいい。あとはその穴から掃射しろ」

「中佐、反撃が考えられます。穴の直線上から避けてください」

「ああ」

 

 わぁ隙が無い。

 穴が開けられた瞬間に串刺しにしてやろうか、とか思ってたのもバレた。バレたというか、想定されたというべきだ。

 

 それなら。

 

「分解します」

「細心の注意を──いや、離れろヘニッジ!」

「!」

 

 嘘だろう。 

 今まさに発動した、しかけたとかしようと思ったとかじゃなく、発動したその錬金術を避けられた。勢いで僕はシェルターごと吹っ飛ぶから逃げられはしたけど、なんでわかった?

 やったのは単純な噴出だ。空気を集めて破裂させるだけ。ただし超々高圧縮で。サンチェゴも作っていない僕には無理な錬金術なので、賢者の石をふんだんに使った錬成だったんだけど……。

 

 とにかく、一旦の逃走は成功した。

 雪の上に強く打ち付けられたことで自爆ダメージは食らったけど、このまま他の建物に逃げないと。相手の鼓膜が破れてくれたことを信じて……っと、勿論背後に壁を出現させながら。

 

「待っていたぞ」

「っ!?」

 

 咄嗟に出した手で刀を受け止める。刀。刀? なに、スライサー兄弟?

 いや、普通のドラクマ兵だ。なんだよ刀剣愛好家か何か? シン出身でもないのに刀なんかどこで手に入れるんだ。

 

「なに? ……貴様、その手袋……鋼でも仕込んでいるのか?」

「仕込んでたらぐーぱーできないでしょ!」

 

 この一瞬だけ見たらタイマンだけど、後ろからはさっきの特殊部隊が追ってきていることを忘れてはならない。この剣客がどれほどの強さなのかは知らないけれど、少なくとも僕側の身体能力は子供の域を出ない。それを忘れずに立ち回る必要がある。

 さっきの打ち身と刀を受け止めたことで折れた手の骨を錬丹術で治す。自己治癒はずっとずっと練習して研鑽を積んできたんだ。流石に腕が千切れたりしたら治せないけど、骨折くらいならワケない。

 

「五芒星の錬成陣……やはり、我らが手に入れた錬金術とはまるで違う体系らしいな」

「ワオ、君剣士やりながら錬金術も齧ってるの? 凄いね、アメストリスで国家錬金術師にならない?」

「お断りだ」

 

 ──錬成反応を迸らせる刀。

 なんか嫌な予感がするのでローリングで大きく距離を取る。

 

 斬れたのは、床。

 バターにナイフを入れるくらいサクっと。膂力が凄いんじゃないな、コレ。

 

「分解の錬成陣でも刻んでるのかな」

「ほう、流石だ竜頭の錬金術師。解読もお手の物か」

「けど今、君人体を斬ろうとして、けれど斬ったのは床だったよね。もしかして理解の工程を無視できる、とか言わないよね?」

「何の話かわからんな」

「ああそう、情報は漏らさないか。偉いね」

「ム!」

 

 さっきいた場所から遅延錬成で突き出した槍が弾かれる。

 僕の錬成速度だから当然のパリィだけど、それで終わるなら僕はお母さんに負けている。

 

「そして、曲がるのだろう?」

「っ、僕君嫌いかな!」

 

 ……読まれている。

 整形。その再整形。直進した槍を、急激に曲げる錬成。特に難しい錬成ではないとはいえ、そう易々と想定できるものじゃないはずなんだけどな。

 

 いや。

 読まれ過ぎじゃないか? さっきから。

 僕の考えが安易であるというのはそうなんだろう。所詮子供騙しだと傷の男(スカー)の兄にも言われていたし。

 だけどそれ以上に何か。

 

「ちょっと──試すのはアリだね」

「何か思いついた、という顔だな。ならば我は逃げるとしよう」

「え」

「竜頭の錬金術師は発想力が豊かだ──故に、新たな策を思いついた場合、それに対処できる可能性は少ない。ならば逃げるのが得策である」

「──やっぱり内通者がいるか!」

「加えて、我がやらずとも後ろから来ているからな、仲間が」

 

 振り返らない。

 振り返ったら思うつぼだ。だから地面を錬成し、へこませ、地下へ逃げる。

 

「情報通りだ! SAG! 蒸し焼きにしてやれ!」

 

 僕が逃げたへこみに蓋がされる。

 そして一瞬にして上がる温度。乾湿の湿で相殺する。

 

 情報通り。内通者。

 ドラクマを攻略し始めてから二年。僕としたことが、内側に目を向けるのを怠っていた。

 いておかしくなかった。だってアメストリスから増員に増員が為され続けているのだから──そこに一人くらい混ざっていたって。あるいは敵の手に染まっている者がいたって。

 

 ……ちょっと賭けになるけど、まぁここで死ぬよりはマシだ。

 手詰まりになる前に、やけくそになる前に、一歩手前の策を御覧じろってね。

 

 まずは、ノイズを流す。

 相変わらず「流れ」を体感できない僕だけど、「導流」はできるようになっている。暗渠錬成のもっと簡単なバージョンだ。

 自然物と構造物を材質的なグラデーションにして混ぜて、龍脈の一部にする。流れを寄り道させる。

 そこへいつぞやも使った「錬成物の霧散」を流し、錬金術封じを行う。

 

「……中佐、一旦退くべきです。錬金術が使えなくなりました」

「使えなくなった? ……竜頭の仕業だと見るか?」

「そうであってもそうでなくとも、です」

「至言だな。よし、全員帰投せよ!」

 

 そして跳水錬成。

 周囲を円柱形で囲む。

 

「──これは、ワームの口!」

「まずい、壊せ! 外壁を壊せばこの錬金術は発動しない!」

「しかし錬金術が──」

「銃でいい!」

「刀でもよかろう?」

 

 やはり壊された。

 勿論それが目的だ。そもそも五角形を生成できていないので、賢石錬成は使えない。

 

「全員出たか!? 逃げ遅れた者はいないな!?」

「全隊退避完了です!」

 

 よくとおる良い声だ。ハンドサインを忘却してくれて助かった。

 円柱を閉じて、縮小させる。

 さらに材質を鋼鉄に作り替えて……つまりシェルターにして。

 

 後は任せた。

 

 ──それは僕の見えないことだけど。

 

 突如、業火が周囲を包む。

 突如、拳の形をした金属が全員を突き飛ばして。

 突如、あり得ない場所があり得ない形に爆裂する。

 

「無事ですか、クラクトハイト准将!」

「助けに参りましたぞ!」

 

 まず二人。

 マスタング少佐とアームストロング少佐が、ちゃんと心配している声を出す。

 

 その背後から、のんびりした声のキンブリー。

 

「油断しましたね、准将」

「前に出過ぎた! 次からは注意する! だから、助けて欲しい。お願いできるかな君達!」

「よろしい。素直に大人を頼れるのは良いことです。それでは皆さん、クラクトハイト隊の腕の見せ所です。──相手はドラクマの特殊部隊。国家錬金術師だけで作られた我々の隊もまぁ、アメストリスの特殊部隊のようなものでしょう。どうですか? 特殊部隊同士しのぎを削りあうというのは」

 

 スイルクレムを爆発させた理由。

 

 スナイパーの目を潰す、という目的ももちろんあったけど、主目的はやっぱりこれ。

 ホークアイさんならどうにかして他のみんなに通信を繋げてくれると信じていたし、それを受けてこっちに急行する面々に必要な情報が何かと言われたら、僕の位置だ。僕がどこにいるのかがわからなければ助けようがない。

 その中で、ひときわ目立つ爆発があった方向にできた円柱。

 僕しかいないよそんなの作るの。

 

 スイルクレムを犠牲にした価値はあったってこと。

 

「焔の錬金術師、紅蓮の錬金術師、豪腕の錬金術師……アメストリス最強戦力に名高いクラクトハイト隊の揃い踏みか。ふむ、どうするパルシィ中佐。我はユキウサギの如く逃走することを推奨するが」

「同意見だ。だが、逃がしてくれるかどうか」

「私達が壁になります。お二人はどうかこの場からの離脱を──」

「お喋りが好きなようですね」

 

 爆発音。

 仕込み中だからまだ外を見れていないけれど、多分バリバリに賢者の石使ってる感じの爆発音だった。

 作中ではお喋り中は待ってくれたりしていたキンブリーだけど、戦争中である今はそういうの関係なしにドーンする。そしてそれが皮切りだったのだろう、業火の揮われる音や巨大質量が錬成される音が響き始めた。

 

 ……まだ雌伏の時だ。

 確実にこいつらを仕留めて──内部の敵も殺すために、もう少しだけ三人には頑張ってもらわなきゃ。

*1
凍結防止剤添加済み



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第四十三話 錬丹術の切り札「思念急流」&復讐

 あらゆるものには「流れ」が存在する。

 龍脈という大地の流れ。地殻エネルギーという惑星の流れ。賢者の石という神なりし流れ。

 そしてそれはもっと細分化できるものであり、鉄から生じた流れは鉄に向かいやすく、銅からは銅に沿って流れていく。それが錬丹術の基礎だ。同じ材質であれば、同じ意味を持つものであれば、そうでないものよりも抵抗が無いから、そちらを選ぶ。

 

 そこに錬成効果を乗せる、あるいは流すことで、噴出先に力を発する。これが遠隔錬成の原理。

 

 本当なら、大地の流れを感じ取ることができれば、あらゆるところからあらゆるところへ入り口と出口を作ることができるのだろう。流れを選択する必要はあれど、この地球上において故意に流れを遮断しない限り、流れの流れていない場所なんてないのだから。

 でも僕はそれができない。

 僕がこの世界を認識してからもう七年もの月日が過ぎた。だというのに一向に僕は「流れ」を感知できていない。多分瞑想するだけじゃダメなんだろう。何か特殊な訓練方法があるのだろう。悲しいかな、それを会得する手段は未来以外では恵まれないだろう。

 

 だから、今は、今あるもので片をつけなければならない。

 

「……口に出すことでもないけれど──まぁ、その方がわかりやすいよね」

 

 薄く目を開き、耳から入る情報を遮断する。

 今は味方である皆の戦う音を全て処理せずに聞き流し、演算を行う。

 

 何も。

 何も僕は、無差別に、適当にドラクマの地で賢者の石を作っていたわけじゃない。 

 ちゃんと描きたい形があってやっていたんだ。ああ、賢石錬成陣で賢石錬成陣を描く、ってわけじゃない。それは多分神の坐す扉をノックする行為に近しいものだ。やる意味がないことをやる気は無い。

 

 六芒星だ。

 僕がドラクマの地に描いていたのは、僕の中でも基礎中の基、乾湿の錬成陣。上向き三角形と下向き三角形を重ねたこの錬成陣を、賢者の石で描いていた。

 

「ずっと気になっていたことではある。カボション型の賢者の石に始まり、液体、結晶、石板、球体……賢者の石は特定の形を持たない。ただしどの形であっても賢者の石にした時点より加工は不可となり、それが液状であっても千切れることは無いし、どんなに硬いものでも傷一つ付けられない」

 

 ぶつぶつ呟きながら、賢者の石の錬成陣──その跡地を意識する。

 跡地でしかない。ホークアイさんが打ち込んだ弾丸も回収してあるから、本当にただの跡地だ。

 

「どうしてか。どうしてか、僕の作る賢者の石はそのほとんどが結晶型だ。巨大なものだと石板になることもあるけれど、球体や液体のものは作り得ない。何故? 想像力によるものだと仮定して、液状を思い浮かべながら錬成したこともあったけれど、結局結晶型になった。何故。何故か。イメージが固定されているから──だけじゃあ、ないんだ、多分」

 

 思い返せば、賢者の石の錬成陣には種類があった。

 クセルクセス式、マルコーさんのやっていた奴、第五研究所のもの。クセルクセス式と第五研究所の錬成陣は酷似しているけれど、細部が違う。

 そして国土錬成陣。

 その差異が錬成される賢者の石の形状を決めているのだとしたら、たとえば──湿の錬成陣を盛り込んでこれを作ったら、どうなるのか。

 

「……研究不足だ。僕はそれを恐れる。けれど」

 

 いつだって僕はリバウンドを恐れている。いつだって僕は失敗を恐れている。

 だから、できることをやる。できることをできる範囲でやって、少しずつ上限を伸ばしていく。

 

 ──賢者の石のエネルギーを、「流れ」へと流す。

 

 地中を伝う赤い錬成反応。

 跳水錬成ならこれを押し込むんだけど、今回は蛇口を絞ってちょろちょろ流す感じだ。

 

 これはこのままでいい。次。

 

「サンチェゴ……賢者の石ばかり日の目を見てちゃ、竜頭の名が廃るよね」

 

 地面に作ったへこみ。その中で、東西南北に対し四つ円を描いていく。

 音もなく、振動もなく、激しい錬成反応を地中に走らせながら、サンチェゴが四つ生成されていく。

 四つ。僕の想像限界。

 七年経っても一切成長しないこれを、僕は意味のあるものだと捉えた。

 遅延錬成も錬成速度の遅さを逆手に取った錬金術だ。僕に備わった「成長限界」は転じて「それ以上は絶対起こらない」という言葉に置き換えることが出来る。

 

 つまり、どれほど頑張っても僕自身の力では五つ以上を作り得ない。どれほど思念エネルギーを込めようとも、どれほど気合を入れようとも、どれほど演算を頑張ろうとも、だ。*1

 逆に言えば、過剰なまでの思念エネルギーを込めることで──必要以上の力を錬成陣に与えることができる。

 リバウンドは「錬成に失敗した時、錬成エネルギーが術者へ跳ね返ってきて怪我をする」という現象だ。まぁ多分これミニミニ真理というか、扉潜ってないけど片足入れたから代価貰うね、って感じで奪われてるんだと思うんだけど、とにかくリバウンドが発生するのは「錬成に失敗した時」だけ。

 傷の男(スカー)の兄に対してやった割込錬成は、要素を増やして錬成エネルギーを不足させ、失敗させるという手法だった。

 

 ならば逆に錬成中の錬成陣から要素を取り除いたり、初めから過度なエネルギーを込めたらどうなるか。

 疑似・真理の扉の中でエンヴィーが言っていたこと。賢者の石を使われる感覚は、持っていかれる感覚に近いらしい。つまり不足分を埋める形で消費されている。賢者の石はブースターというよりサポートアイテムと言った方が正しいのだろうことがわかる。

 

 不足分を補うために、補助電源から電力を引っ張ってくる。

 では過分はどこへ行くのか。錬成を終えるに十分な量を使ってなおも余る思念エネルギーは、どういう形で発散されるのか。

 

 ──僕は、流れるものだと考えている。

 

 いつだか実験したことだ。思念エネルギーは方向性を与えるための微弱なエネルギーであると。

 でも、それが有り余って流れに乗った場合──たとえば、たとえば。

 

 たとえば。

 

 

 *

 

 

 SAGと呼ばれる錬金術師の特殊部隊。

 その練度に舌を巻くのは、クラクトハイト隊の面々だ。

 

 全身を黒いスーツに包み、どのようにしてか多種多様な錬成を行う彼らは、まるで意思の疎通が完璧に行えているかのような連携をしてくる。

 他者が想像した錬成物。それが確実にそこへ来ることを予想して、あらかじめ跳んでおく、とか。愚直にも特攻し、襲い来る火炎や爆裂を仲間が防ぐことを信じて一切速度を落とさない、とか。

 銃器のような複雑なものを錬成することにも長けていて、劣化品ながら炎と爆裂も使ってくる。けれど決して味方を巻き込むことなく、むしろ援護する形で扱えている。

 

「一筋縄ではいかないと思ってはいましたが、これはこれは」

「むぅう、悔しいですが、吾輩達よりも──部隊としての完成度はあちらが勝りますな」

「……キンブリー少佐、クラクトハイト准将は」

「助けて欲しい、と頼まれたのですから、彼の助けを待つのはあり得ないでしょう。それともなんですか? マスタング少佐は、12歳の子供に助けを求めますか?」

 

 12歳の子供も何も、今までの所業があるだろう! とはマスタングの胸中だが、実際先ほどの頼みから一切反応のないクラクトハイトを頼っても仕方のないことであるのは事実だった。

 炎。発火布で火炎を放てども、瞬時に壁を作って防がれる。今更になって弱点が明るみになった。今のやり方では、矛先がどこに向いているかわかりやすすぎるのだ。

 

「──パルシィ中佐。我はこんなところで死ぬ気は毛頭ないのだが」

「こちらも同じだ。だが……」

「ム!」

 

 斬る。

 斬られる。マスタングの放った火種が。

 中佐らしい指揮官の男と、階級の分からない刀を持つ男。SAGという部隊もさることながら、この二人も要注意人物だ。

 刀を持つ男はその身体能力に加えた錬金術が、そして中佐の方は。

 

「SAG! 少し下がれ、そこは敵の射線が通る!」

「っ、ありがとうございます!」

 

 戦場を俯瞰でもできているのか、やけに目が良い。勘が良いというべきか。

 ホークアイ士官学生の射線は生きている。それを理解しているらしく、決して建物の死角から出ようとしない。

 

 一番厄介なのが指揮官とは、羨ましいことですねぇ、なんて嘯くキンブリー。

 その、真横。

 

 側頭部に刀があった。

 

「な──」

「筋! 肉!」

 

 今、今の一瞬で顔を真っ二つにされかけたのだ。それはキンブリーがパルシィ中佐に目を向けたから。常に刀の男を注視していたアームストロング少佐がいなければ、キンブリーは死んでいたかもしれない。

 

「キンブリー少佐、マスタング少佐! 彼の男は吾輩に任されよ! 武人として──勝たねばなりませぬ!」

「我武人ではないので帰っていいだろうか」

「笑止! その様相で武人ではないというのなら、なんであると」

「──無論、錬金術師だ」

 

 刀が炎を纏う。

 防ぐのはアームストロング家に代々伝わりし手甲。しかしというか当然というか、熱は手甲以外の腕へと伝う。焼ける。焼ける音だ。肌の焼ける音が響き──。

 

「掴んだ!」

「ならばその腕、分解しムゥオ!?」

 

 軸足を回転させ、身体を捻っての──背面投げ。

 刀を手放せば問題なかったはずの男は、けれどそのままぶん投げられる。

 

「成程」

「そういうことか!」

 

 投げられた先。

 そこで待つのは爆炎だ。焔の錬金術が男の身体を焼き焦がす──焼き焦がせていない。焼け焦げているのはヒトガタの、つまり外側。特殊スーツのようなものだけが炎に包まれ、その中身が出てきたのだ。スーツを脱ぐことで逃げ果せた。

 その裏面にびっしりと刻まれた錬成陣。刀とスーツが一体化したもので、ノーモーションの錬金術はスーツの内側で発生させているものだった、という話。

 

「まずい、ハーフヴァング大佐の援護を!」

「させませんよ」

 

 踏み込んできてくれたのだ。

 それを逃す手はないと、キンブリーが爆裂の壁を作る。

 

「まず、一人目だ!」

「──無論、武人でもあるとも」

 

 ドスッと。

 踏み込みから殴打までがあまりにスムーズで。だから、それなりに動けるマスタングでも、対応ができなかった。

 腹への一撃。

 スーツを脱ぎ、刀を失った男は、けれど単体でも強かったと、ただそれだけのこと。

 

「アームストロング少佐! マスタング少佐の援護を!」

「わかっていますとも!」

 

 駆けつける。駆け抜ける。自らの火傷をものともせず、アレックスはマスタングの元へ辿りつく。

 

「止まれ、豪腕。──それ以上近づけば焔の錬金術師の首を握り潰す」

「むぅ……」

「そちらもだ紅蓮の錬金術師。パルシィ中佐たちへの攻撃をやめたまえ。我、短気なので簡単に潰すぞ」

「どうぞご勝手に。そうした場合のアナタの末路などわかりきっているでしょう?」

 

 さて──しかし、どうしたものですかね、というのがキンブリーの心境である。

 マスタング少佐が人質になり、アームストロング少佐はその心根の優しさから恐らく動けない。キンブリー自身はまだ数人残っているSAGを相手にせねばならず、助けには行けない。

 膠着状態だ。否、キンブリーがSAGを殲滅しきればいい話ではあるのだが、どうにも中々隙を見せない。賢者の石は既に使っている。使っている上での膠着状態だ。

 

 マスタング少佐を窘めておいてなんですが、期待してもいいものでしょうかねぇ、なんて少年のいる方向を見れば。

 

 バチバチと──青い青い、そして今まで見たどの反応よりも大きな錬成反応が、地を突き出てきているところだった。

 

 

 *

 

 

 サンチェゴへ過剰な思念エネルギーを供給する。

 僕の想像限界が四つである以上、これ以上の物が作られることはなく、故に五つ目を作りかけて失敗する、ということが起き得ない。

 ガチガチと音を立てて組み変わり続けるサンチェゴ四つ。錬成は行わず、思念エネルギーと錬成エネルギーを放出し続ける。

 

 激しい震動。激しい圧力。

 錬成陣発動時特有の風圧のようなものが四方向から来るものだから、まっすぐ立っていることさえ難しい。

 

 それでも立って、シェルターを分解して──戦場を見る。

 

 首を掴まれたマスタング少佐。その前で立ち尽くしているアームストロング少佐。SAGと相対しているキンブリー。脱ぎ捨てられた刀付きのスーツ。顎に手を当てて何かを考えている中佐と呼ばれていたドラクマ兵。

 

 オーケー、特に何かわかったってことはないけどオーケーだ。

 

「キンブリー! あそこのビル爆破して! 粉々に! 被害とか考えなくていい!」

「承知」

「っ、行かせるな! 狙撃手の射線だ!」

 

 うわ、よく見てるな。

 けど、行かせないのはこっちだ。

 SAGの部隊へも思念エネルギーは流している。故に。

 

「……!?」

「錬成が、何故っ」

 

 二つのサンチェゴからこぼれ出る膨大な思念エネルギーは、周囲の錬成エネルギーの方向に作用する。

 僕から彼らに向かって流れているのだから、彼らから僕に向かって行う錬成はその悉くが逆方向へ作用する。大河急流、遡るには果たしてどれほどの力が必要か。

 そして残りの二つからは錬成エネルギーを。流すのはあちら、アームストロング少佐とマスタング少佐の方へ、だ。

 

 ──遠隔錬成。マスタング少佐の首を掴んでいる腕に局所錬成を行う。

 

「グ……狙撃か!?」

 

 思わずと言った風にマスタング少佐を解放してくれた。

 局所錬成。極小範囲を生体錬成によって組み換え、鋭いダメージを与える錬金術だ。それの遠隔錬成版ともなれば、まるでどこぞから狙撃を受けたかのような痛みになる。

 全身を、とも考えたんだけど、そこまで範囲を広げるとマスタング少佐にまで影響する恐れがあった。僕はまだその辺の細かい調整を得意としていない。

 

「フゥゥウウウウウムゥゥウウウウウウン!! 我が! アームストロング家に伝わりし!!」

 

 マスタング少佐さえ解放されたらこっちのもの。

 一息で踏み込んだアームストロング少佐が──敵のドラクマ兵の顎を。

 

「蹴り!!」

「ガ──アームストロング、と、は!?」

 

 殴るのではなく、膝蹴りで搗ち上げた。

 ナイスぶっ飛ばしだ。そこまで飛ばしてくれたら、鎖で攻撃できる。

 

「ぐ……げほっ……アームストロング少佐、早く、准将の援護を」

「必要ない」

 

 と言いかけて、伏せる。

 数瞬遅れて発砲音が響いた。

 

「ワオもう気付かれた。二人とも助けて!」

「マスタング少佐、吾輩が壁を作ります!」

「ああ、汚名返上とさせていただく……!」

 

 この思念エネルギーの急流はあくまで錬金術対策。

 普通の銃撃や人間の進行を止められるものではない。

 

 だけど、そこはこの二人だ。

 僕の眼前にせり上がった壁と。

 

 そして──最大規模の業炎。壁越しだというのに熱を覚えるソレで死なない人間はいないだろう。

 壁が崩壊する。生き残りがいないか炎が晴れるのを待って。

 

 遠く、ビルが崩壊する。

 

「お逃げ、くだ、さ──」

「馬鹿、何をやって」

 

 音は響かない。聞こえる距離じゃない。

 ただ、SAGを率いていた指揮官と、アームストロング少佐に顎を砕かれた二人がそれぞれビクンと跳ねて、倒れたのがわかった。

 

 ……腕が良いのもそうだけど、装填速度も物凄いな……それとも二丁用意してたのかな。

 

 なんにせよ。

 

「……辛勝、か」

 

 なんとか、勝てたらしい。

 

 

 

 戦利品として刀付きスーツを回収して、僕らは帰路についた。

 全員そこそこボロボロな状態だったから、帰ってすぐに軍医の元へと回されて、特に重傷だった僕とマスタング少佐は治療室行き。ほら僕、蒸し焼きにされて喉あたりまで焼けてたし、自分ぶっ飛ばした打ち身で骨折とかしてたりetc...で結構怪我してたんだよね。

 そしてマスタング少佐は内臓にダメージが出てるらしい。しばらくはお休みだ。僕が錬丹術で治すのもアリではあるんだけど、内臓系はあんまり触りたくない。個人差がかなりあるから。

 

 見た目じゃ一番ボロボロだったアームストロング少佐は、けれど肌の火傷以外ほとんど無傷。筋肉あればこそらしい。

 そして一番無傷だったのはキンブリー。いやホント、スマートだよねいつもいつも。

 

「准将。私はいつも言っていますね。裏切り者の始末であれば私に任せてください、と。特に今回の貴方はそこそこ重症であることを忘れているのでは?」

「ああもう全部治したよ。賢者の石サマサマ」

 

 流石に軍医の前では見せられないから、見える範囲の傷は残してあるけれど、中身はもう万全だ。

 他人の身体は触れないけど、自分の中だったら把握している。錬丹術で癒すことは可能だ。

 

 そんなことより、である。

 

「あ、いたいた。──久しぶりだね、ワイルダー少尉」

「え……え、あ、クラクトハイト准将? 何故このような場所に」

「うん、なんでだろうね。なんで君はこんな場所にいるのかな」

 

 ──そこは雪山の麓。

 アメストリスが敷いた基地から少し離れた場所。

 

 ワイルダー少尉。

 クレタの時は、准尉だったね。昇格おめでとう。

 

「いえ、自分は」

「まぁいいや、君の言い分を聞く気は無いよ。二つだけ確認ね。──君の背後にいるのは、マクドゥーガル少佐?」

「な──んの、こと、ですか」

「君が彼を慕っていたことは知っているんだよ。クレタで僕らが喧嘩していたのを耳をそばだてて聞いていたのも君だ。あの時の不和から君が僕を裏切った──という可能性も無きにしも非ずではあった。ううん、理由の一つではあるんだろう。でもその様子だと、マクドゥーガル少佐は関係ないみたいだね」

 

 じゃあ、最後の確認だ。

 

「君の行動は国益のためかな。それとも私欲? ああ、復讐は私欲に含まれるよ」

「──っ」

「どちらにせよ、でしょう」

 

 ワイルダー少尉の足元が爆発する。

 気が早いな。もう少し揺さぶっても良かったのに。ドラクマ側の間者の名前とか出したかもしれないじゃん。

 

「どうせ尻尾切りですよ。あちらの情報管理は完璧に近い。杜撰なのはこちらだけです」

「カ──や、やめ、勘違い──」

「おや? おかしいですね、両足を吹き飛ばしたはずですが、何故まだそんな普通に喋っていられるのですか?」

「ああ、それは簡単だよ」

 

 ──赤い錬成反応が走る。

 それは僕らに向かい、けれど雲散霧消した。

 

「な、なんで!?」

「ああ賢者の石ですか。……言っておきますが、私は盗まれていませんよ」

「僕のだよ。頭の回転は良かったんだろうね。マクドゥーガル少佐との喧嘩のタイミング、彼が離反した時期と奇病。僕が戦場に出てからまた始まった奇病に赤い光。まぁ君だけじゃなくても気付いている人は沢山いたんだろう。今回の作戦で明るみになったことでもある。そんな奇病を扱う錬金術師に対し、君だけが唯一行動した」

 

 彼が持っているのは僕が送ったものだ。

 ちょろちょろ流して、流した先で形にした賢者の石。

 賢者の石のエネルギーを錬成に用いず、賢者の石を再構築することに使ったらどうなるかの実験。湿の錬成陣によって水の特性を得た賢者の石は、僕の作った他の賢石錬成陣の跡地で形を成す。

 

 そこをわざわざ調べに来た人間がいた。奇病の発生地になんて誰も近づきたがらないだろうに、わざわざ現場を調べに行けたのは、僕がいなければ発動しない錬金術であることを知っていたから。あるいは一度発動したらもう発動しないと思っていたから。

 そうして見つける。中心に溜まった小さな小さな赤い石を。

 

「ドラクマへ情報を流したのも、賢者の石を盗んだのも、僕一人へ向けた復讐だね。僕に死んでほしかった。マクドゥーガル少佐を追放した僕がそんなに憎かった?」

「……ッ、あの人こそが、あの人こそが真に国を想う」

「激高してくれてありがとう。言い分は聞かないと言ったはずだよ。君が怒ってくれたから、君がやったことが確定した。ありがとう、僕もう眠いんだ。早く終わらせてくれたことに礼を言うよ。──さようなら」

 

 何をさせるつもりもない。

 近づき、ノイズで錬金術を妨害し、過畳生体錬成で仕留める。

 

 仕留めそこなった。

 剣が突き出てきたからだ。

 

「お……っと。いいの? 僕らみたいなのならともかく、少将様が軍法会議にもかけられていない軍人をその場で殺す、なんて」

「ふん。たまたま通りがかった所で、重傷により入院中のはずの准将に対し錬金術らしきものを行使せんとする何者かを見かけたから斬り捨てただけだ。何か問題があったか?」

「それを信じるのは子供だけでは?」

「つまり僕が信じるから良いってことだね」

「そういうことだ。ついでに私の弟も信じる。何も問題はない」

「……いえ、私は構わないのですが」

 

 流れ。

 まだまだ研究のし甲斐がありそうだ。

 

 ……復讐、ね。

 その辺のケアもしないといけないと思うと、憂鬱だなぁ。

*1
賢者の石を使っている時はブーストされているので話が別だけど



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第四十四話 錬金術の禁忌「炸裂遅延連鎖分解弾」&エピローグ

エピローグって言ってるけど全然終わらない(章終わりってだけ)


 1908年3月。

 雪解けの概念のないこのドラクマにおいても、一応春であるこの季節に──アメストリスはある決定を下した。

 

 大総統令三〇四四号──。

 その内容は。

 

 

 *

 

 

 見送る。

 数多の兵と、そしてアームストロング少将らブリッグズ兵を。

 

 そう、今日この日を以て、ドラクマの侵略は終了となった。

 理由は二つ。

 ドラクマの首都及び主要都市を完全に制圧したこと。そしてそれを受けたドラクマの残りの都市が白旗を挙げたこと。

 あくまで殲滅戦ではないから、降伏するというのならもうそれ以上はない。できない。

 故の終了。ドラクマはアメストリスに降り、アメストリスは大陸最大規模の国となる。

 

 ──というのが、表向きの理由。

 

 裏向きにも二つ理由があった。

 

 一つは。

 

「……テロリスト、か」

「抜け穴はやはりクレタですかね」

「多分ね」

 

 テロリスト。ゲリラ。

 正史においてイシュヴァール人が辿るはずだった道を、ドラクマからの逃走兵が辿っているというのだ。アメストリス国内、主に西部と北部で確認されるテロ事件。その対処に兵をある程度戻さなければならなくなった。

 お父さんとお母さんの安否は──まだわからない。

 

「准将、キンブリー少佐。──決して無理はなさらぬようお願いしますぞ」

「その……准将。私は貴方の事を……いえ。私の立ち位置は、私自身が決めたいと思います」

 

 これを受け、アームストロング少佐とマスタング少佐もアメストリスへ帰投。これはクラクトハイト隊として、ではなく国家錬金術師という戦力としての決定だ。そもそもクラクトハイト隊が侵略のためだけのドリームチームなので、国防にあたるとなれば解体されることは決まっていた。

 

「うん。二人は二人の為すべきことをしてほしい。ドラクマの残党──それがアメストリスへ害を為すというのなら、容赦はしないこと。特にアームストロング少佐、わかるよね?」

「……はい。吾輩とて、その分別はつけているつもりです」

「それならいい。──また、国内で、今度は平和な時に食事でもしよう。僕らが最後の掃除を終えるまでの間、国の事は頼んだよ」

 

 言って、彼らも見送る。

 見送って。

 

 

 

 キンブリーと雪の上を歩く。

 アメストリス国軍の軍服を着ている僕らに歯向かってくるドラクマ人はいないけれど、向けられる目には恐怖と憎悪がある。当然だ。

 主要都市を落とすために、僕は切り札の一つをホークアイさんら狙撃手に渡した。ラティオに止められていた物の、さらに上の奴。

 

 炸裂遅延連鎖分解弾。

 構造物に撃ち込んだ瞬間、弾丸が潰れることで遅延錬成が途切れ、水平方向の構造物へ錬成陣付きの種子を飛ばす。その全てに刻まれているのが分解の錬成陣。無論材質が同じものしか分解できないけど、残ったら残ったもの用のものを撃てばいいだけの話。

 たった一発の弾丸で、高層ビルの四十棟は消せる。残留連鎖生体錬成弾の構造物版。

 ただ撃つだけで、都市を消せる──ある意味で賢石錬成よりもお手軽で非人道的な銃弾だ。高い所に撃てば、そこからボトボトと人が落ちるし。根元に撃てば、倒壊は必至だし。

 

 今まで何故提供しなかったのかを聞かれ、条件があるんだよ、みたいな適当なでっち上げをして、戦争は一瞬にして終わりを告げた。

 

「どうして今まで出さなかったのか聞いても?」

「僕の目的は賢石錬成だからね。初めからあの弾丸を渡していたら、中央軍の喜ぶ負傷者が数多く出ていただろう。それを回収するために街中に中央軍が溢れかえっていたことも容易に想像がつく。──そうなると、賢石錬成ができない。僕は味方を巻き込まないことで有名な錬金術師だからね」

 

 中央の子飼いでも、味方は味方だ。

 裏切らない限り、ね。

 

 でも──今回の呼び戻しで、中央軍は帰らざるを得なくなった。ハイエナ行為ができなくなったんだ。

 だから大詰め用の分解弾を支給できたって話。

 

「面倒ですね。中央軍、消してしまわないのですか?」

「エンヴィー達が必要としているらしいから、消しちゃダメって言われてるよ」

「……まぁ、私達がスムーズに動くためには必要ですか」

「そゆこと」

 

 歩いて、刻んで。

 歩いて、刻んで。

 

 車は使わない。ドラクマでレンタルした車とか爆弾仕掛けられててもおかしくないし。だから普通に歩く。案外市民の目があった方が襲われないものだ。

 

「テロリスト。手を合わせて錬成を行う者がいたようですよ。死にましたが」

「……SAGの生き残り。あるいは実験の脱走兵ってところかな」

「手合わせ錬成。准将には心あたりがあるのでしたか」

「まぁね。知りたい?」

「いいえ。知ってどうなるものでもないでしょう」

「賢明だね」

 

 別に真理の扉開いたからだよ、なんて言ったって問題は無いと思うけど、ホムンクルス側がどう思うかは僕じゃ推し量れないからね。

 キンブリーは必要な駒だ。作中におけるキンブリーの立ち位置が僕になっている以上、ホムンクルスはキンブリーを要らぬ駒として扱う可能性がある。僕的にそれはいただけない。だから余計なことは教えない。

 まぁ死んだら死んだで使い道はあるけど、生きてた方が用途は多いんだ、やっぱりまだ死んでほしくないかな。

 

 

 そうやって、数日間、いや数週間かけてドラクマを歩き回った。

 襲撃回数はゼロ。ドラクマそのものは完全に降伏したと見ていいだろう。ま、どこからともなく飛んでくる弾丸で都市がごっそり消えている様を見て、歯向かおう、なんて気はどーやったって湧いてこないんだろうけど。

 そうして、そうして、最後。

 

 ドラクマの中心地。首都があった場所に立つ。

 一般人がこちらを心配そうに眺めている。ドラクマ兵もまた同じく、手は出してこないけれどこちらを見ている。

 

「キンブリー」

「はい」

「アエルゴで3000万。クレタで3200万。そしてドラクマで二億。──これからするものを含めて、僕が手にかけた人数だ」

「イシュヴァールは加算しないのですか?」

「じゃあそこに一万ちょっと」

 

 両の手袋をぐ、と引っ張って。

 左手を地面に、右手を空中に。

 

「僕は英雄かな。それとも殺戮者かな」

「貴方はただの化け物ですよ。私から見てもね」

「──良い答えだ」

 

 右手を、左手の甲へ打ち付ける。

 瞬間、各地で赤い光が上がる。ドラクマの形に合わせて敷き詰めた連鎖賢石錬成陣。それが発動したのだ。

 

 大総統令三〇四四号の本当の内容は勿論、ドラクマ殲滅。

 一人残らず、をオーダーされた。僕へ直接、である。

 

 ジり、と竜頭を巻くように手を動かせば──黒い手が、黒い手が、黒い手が生えてくる。

 酸素が足りなくなったとでもいうかのように首を押さえる民衆たち。心配も憎悪も、ひとくたに纏めて飲み込む巨大な瞳。

 何故この黒い手が生えるのか。

 ──その考察は、してある。それは多分、扉が、彼らを。

 

「いつ見ても悍ましい光景ですね。悲鳴もなく、断末魔もなく、ただ命が刈り取られる瞬間」

「そして、これを」

 

 さらに各地の賢石錬成陣に施された細工が発動する。

 ワイルダー少尉を追い詰める時に使ったものと同じ。賢石エネルギーを錬成エネルギーに変換せず、流すだけ流して噴出先で再構築する。

 噴出先は勿論ここ。

 

 溜まりに溜まっていく賢者の石は、次第に結晶の形を取り──やがて僕らよりも高く高く成長する。

 まるで何か、そういうモニュメントかのように。

 

 赤い結晶が、ドラクマの中心に突き立った。

 

「これで終わりですか。あれほど苦労をして、あれほど激戦を繰り返して──あっけのないことですね」

「キンブリー」

「はい?」

「ホムンクルスと僕だったら──君はどっちにつきたいと思うかな」

 

 モニュメントに手を当てて問う。

 僕の問いに、キンブリーは──ニヤリと口角を上げた。

 

 

 *

 

 

 アルドクラウド。

 本当はいろーんな手続きとかいろーんな提出書類があるんだけど、一旦全部放り投げてこの町へ帰ってきて、猛ダッシュで家まで来た。 

 来て──ゾっとする。

 

 いない。

 お父さんもお母さんもいない。

 

 庭や室内に血痕の類はない。争った痕跡もない。ただ、いない。

 いない。

 ──勝手に見たお父さんの研究日誌の最後の日付は二年前。それは、まぁ、そうだ。ペンドルトンにいるはずだから。そこに呼ばれたはずだから。

 だけど。

 ……こんなにも、帰らないもの、だろうか。

 

 ペンドルトンへ向かうべき?

 いや、電話……一般家庭からペンドルトンに電話して繋がるワケないじゃん。軍の秘匿回線……を使うにはウェストシティに行かなきゃならない。行ったら手続きしろって拘束されるのが目に見えている。

 

 やっぱりペンドルトンへ向かうべきだ。

 それで、もしなんかドラクマの残党とかいたら、僕が殲滅して──。

 

「レミー」

 

 振り返る。

 ──誰もいない。

 

 幻聴?

 おいおい、そんなの聞こえるようになったら、まるで二人が死んじゃったみたいじゃないか。

 

 ……。 

 ……この流れは。

 

「レミー」

「流石に悪趣味が過ぎるよエンヴィー」

「おわ、っぶねぇな! 怒り過ぎだろ!」

 

 賢者の石で鎖を錬成し、突き刺す──直前で叩き落とされた。

 

 お母さんの声で、わざわざそっちの愛称で呼ぶとか。

 流石に怒るよ僕。

 

「あーあー、悪かった、悪かったよ。だからもう人間らしい反応やめていいぞ」

「……ちゃんと怒ってるんだけどな」

「そうか? 怒ってんならお前、もっと苛烈になるだろ」

「いいよ問答は面倒だから。それで、なに? ドラクマの賢者の石回収しに行ったんじゃなかったの?」

「そりゃもう終わったよ」

「仕事が早いね」

 

 落ち着こう。

 エンヴィーがこういう性格なことくらいわかっているはずだ。

 そして、人間らしい反応とか言われてるけど、僕は本当にちゃんと怒っている。僕をからかうときは逆鱗に触れない方向でお願いしたい。

 

「二人は?」

「あ? 知らねえよ。なんでこのエンヴィー様が知ってると思ったんだよ」

「なんだ、君達が誘拐したとか殺したとかじゃないのか」

「だからしねーって。アンタさぁ、自覚ないみたいだけど、ウチのお父様のお気に入りなんだぜ? アンタやアンタの大切なモンに手を出したら俺達がお父様にとっちめられるっつーの」

「……わかった。で、何用?」

「せっかちだなぁ。久しぶりの再会なんだからちっとは喜べよレムノス」

「喜ばれたかったら喜ばれることしてよリスさん」

 

 僕は一刻も早く二人の安否確認をしたいんだ。

 正直用がないのなら放っておいてほしい。ペンドルトンへ向かうのだって汽車乗り継いで色々しなきゃいけないんだから。

 

「わーった、わーったよ。用件は二つだ。一つはまたお父様に会いに来いってこと」

「……なんで?」

「知らね。会いたいんだと」

「そう……本当に気に入られているのか、用済みだからと切り捨てられるのか」

「いやお前他人を信用しなさすぎだろ」

「一番信用できない代表が何言ってんの。で、二個目は?」

「ありゃりゃ、度々の戦争を経てスレちゃってまぁ」

 

 僕は元からこんなんだけど。

 ……いや、国家錬金術師になる前の一か月間は、もうちょっとピュアだったか。錬金術が楽しくて仕方のない子だったような気もする。

 

「二つ目の用件は、ブラッドレイからの」

「レミー!!」

 

 物凄い速さでリスに変身するエンヴィーと──玄関のドアを開き、僕へ駆け寄ってくる、二人。

 

 ああ。

 なんだ。帰ってくるのが早かっただけか。

 

「レミー……久しぶりだな」

「うん。久しぶり、お父さん」

「背。ちょっと伸びたか?」

「そう? 自分じゃわかんないんだよね」

「レミー、レミー……ああ、レミー!」

 

 リスに目配せをする。「また後でね」と。

 リスはリスの身体のままやれやれと肩を竦め、窓を開けて出て行った。

 

「……今度こそ言える。ただいま、二人とも」

「おかえりなさい、レミー」

「そんでもって、俺達もただいまだ、レミー」

「うん、おかえり」

 

 ──戦争は終わった。

 懸念事項は尽きないし、まだまだやることはあるけれど。

 

 僕は二億六千二百一万人をこの手にかけ。

 お父さんとお母さんもまた、ペンドルトンの国境を守るために多くを殺し。

 

 その血濡れた手で──けれど生き延びたことを祝い。

 

 夜も、次の日も、その次の日も、ずっとずっと仲良く楽しく暮らしたのでした。

 

 

 

 ……なんて、当然だけど終わりはしない。

 後日、ほっぽっていたいろんな書類を書くためにウェストシティへ赴き、それはもう色々書いて色々話して、色々やって色々やって色々やって色々やって……。

 

 めちゃくちゃ疲れた。

 僕、現場が、いい。昇進したらデスクワークになるって考えたら嫌過ぎる。いや文字を書くことも文字を読むことも問題に対して熟考することも好きだし得意だけど、手続きが面倒くさすぎる……。

 

「ので少将はお断りします」

「はっはっは。……それが叶わんのだよレムノス・クラクトハイト君」

 

 キング・ブラッドレイからの用事。

 それは少将への昇進に関する話だった。中央へ行った時に、というかお父様に会いに行くときについでに寄ろうと思っていたら、フツーに来たよねこの人ね。なんでこんなフッ軽なんだろうね。

 

「此度の件で、クラクトハイト隊の面々はそれぞれ昇進が決まっておる。アームストロング少佐は中佐位へ。マスタング少佐とキンブリー少佐は大佐位へ。それを率いる君が一つ上では示しがつかん」

「率いるって……クラクトハイト隊は一旦解散じゃないですか。それならもう」

「率いていた、でも良い。これからはメディア露出も増える。特にマスタング君は人気だからな。そこへ勝利の子だ。なに、もう当分は外へ侵略を仕掛けに行くこともないのだから、将の位を得て椅子でふんぞり返るくらいの褒美を自分に与えてもいい頃合いだろう」

 

 少将への昇進。

 来るとは思っていたし、多分これは断れないものだ。既に決定しているもの。

 ……ということは。

 

「褒美、というのであれば──お願いが一つ」

「良いだろう」

「……内容を聞かなくていいんですか?」

「どうせ中央の研究所を一つ寄越せ、とでもいうのだろう?」

「あ、はいそうです。ちょっとキメラの研究がしたくて」

「良い。許す。適当に頭を挿げ替えるとしよう」

 

 やっぱりそういうことだ。

 昇進プラス役職欲しいもの一個、ってことね。

 

「受けてくれるかね?」

「はい」

 

 そんな感じで。

 レムノス・クラクトハイト──13歳で少将になりました。

 




「竜頭の錬金術師」 / 第三章 完


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第四章 錬金術の秘奥「実験と貢献と発展と悪用」
第四十五話 錬金術の悪用「キメラ・トランジスタ(失敗作)」&それぞれ


 人間はどこまでが失われても人間か。

 生物はどこまでが生物でなくなったら生物でなくなるのか。

 テセウスの船を代表とした同一性に関するパラドックスであり、同様のものにヘーラクレイトスの川やお爺さんの斧といった風に、前世においても広く考えられ、けれどパラドックスなので結論の出なかったものだ。

 

 さて、人間は。いや知性体はどこまで失っても知性体か。

 こと鋼の錬金術師世界においては、その答えは出ている。

 

 魂だ。

 魂さえ失わなければソレは人間足り得る。全身を、心臓を、脳を失っていようが、伽藍洞だろうが、異形だろうが、魂さえ失っていなければ人間だ。

 それはアルフォンス・エルリックやバリー・ザ・チョッパー、スライサー兄弟が証明している。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 第五研究所。

 それが僕に与えられた研究所の名前だった。

 ……うん。まぁ、作中ではグラン大佐……今はもう准将になってるあの人の管轄下にあった場所で、隣接する中央刑務所における死刑囚を使った賢者の石の研究が行われていた場所。それが今僕の手中にあるので、賢石錬成の研究が今どこで行われているのかはわからない。やってないのかもしれないけど。

 

「クラクトハイト少将、お電話ですよ。レイブン中将からです」

「ああ、適当な理由付けて断っといて。どうせ勧誘だから」

「はーい」

 

 研究所を持つにあたって、新しく部下を持つことになった。

 当然だ。流石に一人でこの巨大な研究所を使うわけには行かないし、維持も難しい。地上で受け付けとか手続きとかをやる一般職員六名と僕の研究を手伝う錬金術師の職員十名。僕も入れて十七人がこの第五研究所で働いている。

 

 全員軍人であり、且つ募集という形で集めたんだけど、募集文に「裏切り、内通が発覚した場合にはその場で処断します」ってちゃんと書いたから、余程腕に自信がある人以外スパイとしては入ってこない……と願っている。

 僕も誰も信用できないって状況は面倒だからね。

 

 ちなみにキンブリーはいない。上官殺しをしていない彼だけど、やっぱり研究職に戻るのは性に合わないようで、今はドラクマの残党を狩ることに専念している。

 加えて因むとグラン准将もここにはいない。彼にはいつかイシュヴァール戦役の最後に少しばかりの情報開示をしたのだけれど、その時から何か思うことがあったのか、半ば隠居気味の生活を送っている。ま、隠居気味というか調べものをしている、というべきか。

 

 そんな感じで、まーったく新しい人たちを助手として、僕は今合成獣(キメラ)の研究を行っている──のだけど。

 一般的に想像されるキメラを取り扱っているわけではなかったりする。

 一般的に想像されるキメラ。だから、デビルズネストの面々とかゴリ……ダリウスさん達みたいなのじゃないってことね。

 

 僕が今研究しているのは、前にも述べたように「キメラでトランジスタが作れないか」って奴だ。

 理想像としては「常に高い思念エネルギーを放出し続けることのできるキメラ」を作ること。ただし我の強い……犯罪者としての意識を継続して持っているような奴をキメラにしたって意味はない。錬成陣の上からぴょーんと離れてどっかへ行って、犯罪者として再度暴れ倒すだけだろう。

 

 だから、必要なのは「知性があって、けれど動けなくて、その上で思念エネルギーを放出できる存在」だ。

 

 その試作品第一例が、コレ。

 

「オズワルド、ちょっとこっち来れる?」

「ん。へい。あー、ちょい待ってください。今爪切ってるんで」

「ちょっと! アンタね、少将が来いって言ったら行くの! 何が爪切ってるよ後でも切れるでしょ!」

「馬鹿だなアンファミーユ。少将がやってる実験を考えたら、爪が鋭いのはよくないだろ」

「そ……それは、そうだけど」

 

 なんだかヴィアン准尉とキレイア中尉を思い出すカップル二人。

 オズワルド・マンテイクとアンファミーユ・マンテイク。姓が一緒なのは結婚済みなんじゃなくて兄妹だから。そう、カップルではなくイチャラブ兄妹なのだ。ここの研究内容を聞いて顔色一つ変えなかった二人なので、まぁ、そこそこちゃんとした外道ではあると思う。

 少なくともあの二人のような善人じゃあないってこと。

 

「アンファミーユ、君でもいいよ」

「あ、はい! じゃあ私が」

「ダメダメー。所長、コイツ爪長いんだ、実験体を傷つける。はいはいはい、俺が来ましたよっと」

 

 一通りのコントを終えてこっちに来たオズワルド。ボサボサの青みがかった髪は、ちゃんと切り揃えたらそこそこなイケメンになる気がしているんだけど、本人のずぼらさと僕より死んでそうな目がそのイメージを完全に叩き壊している。

 その背後からひょこっと顔を出すアンファミーユ。彼女は普通にきれいな女性だ。特筆すべき点はない。ないけど、ちょっとオズワルドに依存し過ぎかな? オズワルドが死んだりしたらヒステリック起こしそうなので要注意。

 

「……なんですかいこれ」

「キメラだよ。ああいや、別々の遺伝情報を持つ生物をかけ合わせたものを合成獣(キメラ)だと定義するのであれば、これは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だから、既存の定義からは外れるかもしれない」

「……生きてんですね、コレ」

「そう、生きている」

 

 肉塊。

 そうとしか表現できないコレは、ドラクマの錬金術師の一人であり、SAGと違って手合わせ錬成ができないただの錬金術師だ。

 目や耳はなく、呼吸を行う人工肺、人工心臓、そして本人の脳の必要部分と、それらを覆う皮。神経。血管。そして、円形につくられた筋肉。ただそれだけの存在。

 

「こっちの錬成陣を見ていて」

 

 その肉塊は錬成陣の上に置かれていて、錬成陣からは線が伸びている。連鎖錬成陣の線だね。だからそれは別の錬成陣内に入り、完結している。

 

 円形の筋肉へ注射針を刺す。

 途端、肉塊の真下の錬成陣とそれに繋がる錬成陣が錬成反応を放ち、そちらの中心に立方体の石が錬成された。

 

「おお……」

「え、この肉塊は錬金術師なんですか?」

「うん。それよりもよく考えてほしいのは、この肉塊が立方体の錬成を行った、ということ。これがどういう意味かわかるかな」

「……コイツが立方体を想像した、ってことですかい?」

「できると思う?」

「いや……思えねえ。コイツにそんな高度なこと考えられるようには」

「そう。この肉塊は最早常に感じている"苦しい"という思いと、筋肉及び神経を刺激されることで感じる"痛い"という気持ちしか発露できない部品だ」

 

 肉塊は常に「苦しい」という思念エネルギーを放出している。苦しい。苦しい。苦しい苦しい苦しい。それが思念エネルギーとして認識されることはスイルクレムで確認済み。彼の場合は死にたいだったけどね。

 賢者の石も同じだよね。苦痛の怨嗟。その膨大なまでの発露こそがあの増幅効果の正体。血の紋が血の紋として機能するのも、憎悪がエネルギーとしてその地に残るから。ホムンクルスが感情で構成されているのも、恐らくお父様の賢者の石の中からそれぞれの感情を抽出して核としたんだろう。

 

 とにかく、感情さえ発露できていれば思念エネルギーは取り出せる。

 だから肉塊は常に苦しみを覚えていて──そこに「痛い」が加わると、まるでスイッチをオンオフするかのように思念エネルギーの放出量が変えられるワケだ。

 

 ただこれは失敗作。

 僕が欲しかったのは逆のもの。つまり「痛い」が加わった時だけ「苦しい」が流れるようにしたかった。ベースとコレクタの関係みたいな話ね。

 

 一応増幅器としては使えるから、半トランジスタって感じではある。

 

「え、いや、結局どうやってこいつは立方体を錬成したんですかい?」

「その錬成陣が立方体の錬成陣だからだよ。術者が何も知らなくても、構築式さえあれば錬成は起きる。──アメストリスの錬金術じゃ教えてないことだけどね。普通はリバウンドが起きるから」

「……」

 

 それは作中においてマスタング大佐に対してお父様とプライドがやったこと。

 金歯医者と同化したプライドという賢者の石が、自ら意思を以てマスタング大佐という術師──媒介装置を通し、扉を開けた。その際マスタング大佐は人体錬成なんか一切意識していなかったのに扉は開いた。

 他の人体錬成者も同じだ。

 人体錬成を想像してはいたけれど、それは叶わず、真理の扉が開いた。けれどこれ、既存の錬金術学に当てはめると「そもそも発動しない」はずなのだ。

 だというのに彼らはそういう錬金術だと知らずに使って、真理の扉を開くことができている。

 これは構築式さえあっていれば想像の部分はオマケでしかなく、そして錬成が始まった時点で不足分は別から引き摺りだす、という法則があるからだと僕は思っている。

 

 構築式と想像は等価なのだ。錬成陣or想像力or構築式*1が理解の部分で、再構築に必要なエネルギーは思念エネルギーor術者の肉体で代替できる。

 

 この法則を今の現象に当てはめると、立方体を錬成するという完璧な構築式があって、そこに思念エネルギーが流れ込み、錬成が始まって、不足分の思念エネルギーが後から補充された、って感じ。

 

「あ、この肉塊の下にある錬成陣、よく見たら少将の遅延錬成ですね」

「よくわかったねアンファミーユ。そうだよ。つまりこの肉塊は三日という許容量を持つ遅延錬成陣に常に思念エネルギーを注いでいて、痛みという思念エネルギーを放出することで隣の錬成陣を励起、その後ため込んでおいた苦しみという思念エネルギーを錬成陣が引っ張り出してきて錬成は完了した、って感じになる」

 

 思念エネルギーが電流と違うのは、常に流れている、ができないことだ。

 常に流れている。つまり電池から伸びる銅線が繋がった時、一瞬で全体に行きわたる、ってことができない。故にギリギリまで溜めておいて、錬成物に引っ張ってもらわなきゃいけない。

 

「ま、スイッチ単体なら感圧式錬成を使えばいいから、この増幅機構だけでも儲けものだと言えるだろう。あとは軽量化と耐久性能、できることなら錬成兵器に組み込めるサイズ且つちょっとやそっとの衝撃じゃ壊れないようにしたいところなんだけど……」

「それを俺達に任せてくれる、ってことですか」

「うん。お願いできるかな、マンテイクの二人」

「お任せください! 必ずや成果を出して見せます!」

 

 そんな感じで。

 とりあえず試作一号トランジスタは完成した。

 ……尚、最小にするなら金属粒とかに魂定着させればいいじゃん! と思う人もいるだろう。

 ダメなのだ。アレは苦しみ……死にたいという気持ちを発することはできても、外部刺激で新たな思念エネルギーを放出することがない。魂定着の陣はそういうところがあまりにも不便なのでナシになったって話。

 その研究は他のトコでやってんじゃないかなぁ。

 

 

 *

 

 

 中央に研究所を持つということで、僕は今セントラル市内に住んでいる。

 別に普通にお父さんとお母さんに電話したり手紙出したりできるし、行こうと思えば半日はかかるものの会いに行けるので、特に不便はしていない。

 していない、のだが。

 

「おはようございます、少将」

「……別に構わないんだけどさ。なんで笑顔なの、君」

「え? いえ、特に理由は……」

「ふぅん。まぁ、ホントに構わないんだけどね」

 

 なんか。

 なんか……居心地が悪い。

 

 凄く好意的なのだ。軍人も、なんなら民間人も。

 国家錬金術師って結構嫌われてる存在だ。そんでもって、六年前の僕は悪魔とか忌み子とか呼ばれてたんだよ。ここ、セントラル市民に。

 それが……なんか。

 いや、四年前だかのパレードでもそうだったけどさ。なんかスターを見るみたいに挨拶してきて手を振ってきたりしてさ。

 

 それがとても居た堪れない。

 あ、僕って良心失ってなかったんだなって感じる瞬間でもある。これってつまり、今まで殺してきた相手への罪悪感でしょ? ちゃんと残ってることは喜ばしくあるよね。それはそれとして居心地悪いんだけど。

 

「わ」

「おっと……スマン坊主、怪我して無い……うおっ!? クラクトハイト少将!? すんません、前見てなくて!」

「ああ、いいよ。前見てなかったのは僕も同じだし」

 

 ぶつかった。

 ぶつかったのは、マース・ヒューズ。現時点においてはヒューズ少佐……イシュヴァール戦役が士官学生時代だったから、その辺の昇進関係が難しくなっているらしい。ごめんね僕ばっか昇進して。

 

「大丈夫? そんなに資料持って」

「ああいや、急ぎじゃないんで大丈夫……って、少将こそ大丈夫ですか?」

「え、何が?」

「なんか唇青いですよ。体調でも悪いんじゃ」

「あー。最近寝てないからそれかも」

「寝てないって……少将幾つでしたっけ」

「13歳」

「育ち盛りじゃないですか。ダメですよ、夜更かしは」

「いやさ、6歳だか7歳の頃からずーっと戦場にいて働き詰めだったから、今研究やら勉強やらができるのが楽しくてね。ほら、失った青春を取り戻す、みたいな」

「地味に反応しづらい重い過去出すのやめてくれませんかね……。まぁそれでも睡眠は大事ですよ。背、伸びなくなりますから」

「うん、ありがとうね。確かにヒューズ少佐やマスタング大佐くらいの身長は欲しい所」

 

 アームストロング少佐は高すぎるからいいとして、キンブリーとかスラッとしていて少しばかりの憧れはあるんだよな。作者が白スーツが似合うのは変態って言ってたけど、白スーツを着こなせるスタイルはそこそこかっこいいと思う僕がいる。

 どうせ僕が着るのは一生軍服なんだけど。私服とかほぼ持ってないし。

 

「っと、急いでないとは言ってもずっと立ち話は無理か。んじゃ少将、ほんとすんませんでした。また!」

「またね」

 

 ……ああ、そうか。

 軍法会議所に入るんだっけ。それがもうなのかこれからなのかは知らないけど、だからあんな量の資料を。で、まだまだ新人だから忙しいみたいな話ね。

 

 寝てない、というのは全くの嘘だ。 

 バリバリ健康的な生活をしている。研究者の資本は身体。錬金術師もそう。というか時間は腐るほどあるからそんなに熱中する必要がない。

 じゃあなんで嘘を吐いたかって、僕にぶつかってきたのが故意かどうかを調べるためだ。少しでも表情に出そうものなら、とか一瞬考えた。

 

 僕が賢石錬成でこれでもかってくらい派手に動いているからね。

 ヒューズ少佐の頭脳なら、原作よりも早い段階で気付いたっておかしくはない。あの資料がそれである可能性を杞憂したってわけ。

 ま、なんにも関係なかったけど。

 

 唇が青いのはさっきまでずっと噛んでたからだよ。居た堪れなくてさ。

 

「──ところで、どうして僕を睨んでいるのかな、マスタング大佐」

「いえ。ヒューズは旧友なので、何を話していたのか、と思いまして」

「世間話だよ。それより、東方司令部に異動するんだって?」

「耳が早いですね」

「これが誰かの誘いを断ったことによる左遷なのか、それとも栄転なのかは知らないけどさ。あっちは僕が平和にした場所だから、平和維持活動は頑張ってほしいかな。特にテロリストの類は──」

「わかってます、わかってますよ。少将、今はもう平和になったんです。テロリストの話は確かに残っていますが、最近は鳴りを潜めている。……もう少し平和に行けませんか。そうやって過激な話ばかり口に出している姿を見ると、少将ご自身が戦いを望んでいるようにさえ見えます」

 

 おお。

 言うじゃないか。ドラクマ戦役中はずっと後ろめたそうな顔してたのに。

 上の誰かを吹っ切って来たのかな、これは。

 

「ま、単なる錬金術師ならいざ知らず、国家錬金術師は戦うための存在だからね。特に僕は物心ついた時点から戦っていたから、戦いを望んでいるかいないかでいえば前者だよ」

「……あまり不穏当な発言はお控えください。貴方が言うと……洒落にならない」

「そう? まだ13歳の子供の適当な発言じゃないか。聞き流しなよ、マスタング大佐」

「隣国三つを滅ぼした少将の言葉は重いんですよ……まさか自覚がないとか言いませんよね?」

「流石にあるよ。今のはからかっただけ。僕にしても平和は続いてほしいからね。一刻も早くテロリストを根絶やしにして、研究所でなんか適当な成果だして、お父さんとお母さんの元で一生平和に暮らしたいって思ってるよ」

 

 ちなみにこれは本当。

 キメラの研究がある程度まで行ったら誰かに全部任せてアルドクラウドに帰りたいとか思ってる。

 ……無論、お父様関連が全部終わったら。つまり原作が終わったらの話だ。まー隣国三つ以外にも国はあるから、それら全部消し飛ばすまで、もとい侵略し終わるまでそんな理想の生活はできないだろうけど。

 

「そうですか。……それは、素晴らしい夢ですね」

「あ、そうだ。話全然変わるんだけどさ」

「はぁ」

「ほら、覚えてる? ドラクマのSAG達と戦った時の、最後のトドメを担ってくれた子。ホークアイさん」

「っ……彼女が、何か」

「ああいや、彼女に伝えておいてほしいんだよね。"僕の錬金術は完全な別軸だからあんまり気に病まないで"ってさ」

「何故、私が彼女にそれを伝えられると?」

「え、連れて行くんでしょ? というか彼女東部の出でしょ?」

「……」

「いや、怖い顔されても。詮索したとかそういうことじゃないよ。僕ほら少将で、最近研究所持ったじゃん。その時人事の人と結構やりとりしたんだよ。その中で超絶凄腕優秀スナイパーがどこにいくのか、みたいな話になってさ」

 

 実際なった。これは嘘じゃない。

 リザ・ホークアイ。今年ようやく士官学校を卒業する彼女だけど、どこの隊も喉から手が出る程欲しがる優秀な人材だ。あそこまで精確な狙撃と冷静さ。戦況の把握能力や細々としたものであれば指揮もできると来て、現状フリー。

 ドラクマで命を救われた隊なら欲しがらないはずはなく。

 

 で、どこに行くのかをさらっと聞いたら、「マスタング大佐が熱望したんで彼の元に」、「あれデキてるって噂ですよ」、「まぁ本当にデキてたら軍法どころか法律でしょっぴかれますけど」みたいな聞いてないことまでボロボロ出してくれた。

 僕はもうあの人事は信用しないことにしたよ。大事なことは一切漏らさないと心に決めた。

 

「……わかりました。伝えておきます」

「うん、ありがとう。──それじゃ、東部でも元気でね。グラマン()()によろしく~」

「ふ、婦人? 中将ではなく?」

「ばいびー」

 

 混乱させるだけさせて、その場を去る。

 アームストロング中佐はアームストロング家のある中央に残っているけれど、僕とはもうほとんど関わらない位置にいる。

 マクドゥーガル少佐は未だに精神病院にいるって話だけど、実際がどうかは知らない。

 

 といった感じで、クラクトハイト隊はバラバラになったわけだ。

 原作のマスタング隊と違ってピンチになったら駆けつけるって仲でもない。多分もう集まることは無いだろう。

 ドリームチームは文字通り一時の夢だったってワケだ。

 

 ──それでもまぁ、楽しかったけどね。あの四人といるの。

*1
この場で言う構築式は錬成陣のことではなく「血液」や「知識」のこと



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第四十六話 錬金術の基礎「思念エネルギー」

注意:この章はかなり冒涜的というか人によってはグロテスクに感じる内容が多分に含まれます。閲覧注意です。


 生体錬成は中々に面白い。

 大昔、生体錬成と錬丹術の違いについては述べたように思う。生体錬成は粘土を作って張り付ける。錬丹術は周囲の流れや人体の流れを用いて破損個所を修復する。

 だからこそ、錬丹術では絶対にできないものもくっつけられるのが生体錬成だ。その結果の一つが合成獣(キメラ)なわけで。

 

 たとえば。

 今ここに、適当に錬成陣を描く。円を描いて、骨を錬成する陣を描く。成人男性の大腿骨くらいの大きさの骨だ。結構大き目。その円の中にもう一つ、今度は子供の橈骨や尺骨くらいの大きさになるような錬成陣を描く。骨を錬成する陣そのものが細長く、それに付随するように、そこから伸びるようにそういった短めの陣を描いて、発動。

 材料として置かれたカルシウムやアパタイトなんかの物質に錬成エネルギーが加わり、それが「成形」される。

 

 たっぷり15秒の時間をかけて錬成されたのは、骨の枯れ木、とでも呼ぶべきもの。

 しかし枝の根元に継ぎ目はなく、完全に一つの骨として成立している。

 

 コレが生体錬成だ。

 人体をまるで粘土細工のように錬成する技術。肉体を作る分には真理は関係ない。魂を、というか既に失われたものを錬成しようとすることが真理への到達条件の一つだから。

 ……この技術があると、化石とか作り放題だなって思った。

 

「所長。骨で遊ぶのも良いですけど、僕の成果も見てくださいよ。結構いいとこ行ったんですよ」

「サジュ、良い所に行ってから、じゃなくて完成してから見せて欲しいんだけどね」

「そんなこと言わずに。ほら、どうですかこれ!」

 

 呼ばれてそちらを向けば──そこには双頭の蛇がいた。

 死刑囚を使った人間と動物のキメラの研究を行っている第五研究所だけど、別に普通のキメラも作っている。管轄違いと言われたら確かにそうですねって返すけど、まぁほら僕少将だから。大体ねじ伏せられる。

 

「蛇と蛇のキメラ?」

「そうです。どうです? 神話の生物って感じしませんか?」

「あー。ちなみに何か特性があったりする?」

「こっちの頭は麻痺毒を、こっちの頭は神経毒を持ってます。問題はそれぞれ別個体としてくっついているだけなので、行動の意思統一が図れないことですね……」

「別に脳が頭にある必要はないんじゃない? メインが毒を与えることなら、目も鼻も脳の近くにある必要はないでしょ。むしろカメレオンとかカエルアンコウとか入れて伸縮速度上げて……」

「あああ! ちょっと、ちょっと待ってください! 自分で考えます! だから言わないで!」

 

 こういう職員もいる。

 サジュ。姓は無いけれど、特に難民とかじゃない。北西部出身だけどドラクマ戦には参加しなかった軍人の錬金術師で、「天使を作るのが夢です! 他に興味はありません!」って言って入って来た。確かゲーム版に天使いたよな、とか思いながら即採用した。ふざけたこと言ってるけどかなり腕良いんだよねこの子。

 また、天使を作りたいと言いつつも人間を使う気はないらしい。曰く「いや死刑囚が天使になれるわけないじゃないですか。天使はもっと超常的で、絶対的で……とにかく人間如きを素材に使って作ったって意味は無いんですよ!」って怒られた。

 熱量があるのはいいことだね。なんか今は天使の敵である怪物を作ることからインスピレーションを得ようとしているらしく、「管理は厳重に、逃げ出したら自分でちゃんと始末すること」を言いつけてある。地下水道に放し飼いとか杜撰も良い所な管理はさせない。

 

 先日仕事を任せたマンテイク兄妹はキメラ・トランジスタ開発課。サジュは合成獣課。っていう風にちゃんと研究分野を分けている。二兎を追う者は一兎をも得ずだ。僕が言うなって話だけど、興味のあるものに専念して研究してくれた方が絶対良い成果が出る。

 

 そして、僕が最も期待している課が。

 

「あ、レムノスくん。なにー? お姉さんの肩でも揉みに来たの? 労いに来たの?」

「進捗を聞きに来たんだ。どうかな──思念エネルギーの貯蔵は、できそう? できなさそうだったら早々に切り上げるんだけど」

「この、レムノスくんったら仕事人間なんだからぁ。ちょっとは遊びを持ちなよ~」

「持ってるよ。ほら、さっき作った骨の枯れ木だ。大腿骨、橈骨、尺骨でできてる。なんなら手の骨や頭蓋骨を使って花でも咲かせてみようか?」

「……あくしゅみ」

「うん、悪趣味なものを作ろうと思ってつくったからね」

 

 ここ──思念エネルギー研究課。

 

 

 

 トランジスタ開発課と少しだけ内容は被るけれど、ここはもっと凄惨。

 なんせ扱うのが生身の人間だ。それも錬金術師ではない普通の死刑囚。

 

 担当者はこの甘ったるい声のイリス・カルコル。他四名。

 椅子に座らせて拘束した死刑囚と、その下に敷かれた錬成陣。ただしこれは僕の遅延錬成の陣ではなく、単純に思念エネルギーを引き出すためだけの陣だ。錬金術の心得がない人間のサポートになるもの。

 

 先日作った僕のキメラ・トランジスタよろしく苦痛だろうが攻撃の意思だろうが想像だろうが思念は思念であることがわかっているため、じゃあどのような思念が一番効率よく溜められるのか、安定が取れるのか、また思念エネルギーの蓄積は可能なのか、可能であった場合保存は利くのか、みたいなことを研究している。

 この研究が上手く行けば、僕の遅延錬成を無理矢理貯蔵庫として使わなくて済む……つまり錬成兵器に三日という縛りが無くなるのだ。

 結べば快挙。──だけど。

 

「ごめんねぇ、どうにも上手く行かなくて。見える~? ほら、ちょぉーっとだけなら()()()()()()()()()()

 

 丸底フラスコ。イリスの持ち上げたそれには、薄い薄い、本当に薄い赤色の液体がちょびっとだけ溜まっていた。

 

 ……あー。

 薄めた賢者の石になるのか。魂のエネルギーが感情……なのはわかってたけど、魂がある状態で感情を引き出して、それがそのまま賢者の石に……成程ねぇ。

 

「感情の種別による発露量は計れた?」

「やっぱり苦痛と恐怖がピカイチで大きいわぁ。でもでも、一回しか取れないけど絶望もいい感じよぉ」

「ということは、既存の苦しみと痛みのセットが一番であるのには変わらないか……。ちなみに快楽系は試した?」

「試したけど無駄ねぇ。喜楽の感情はどちらかというと己に対して発露されるものみたいで、溜めてた思念エネルギーが吸い取られそうになった時は慌てたわぁ」

「吸い取られる?」

 

 ふむ。

 思念エネルギーは今のところ、術者が発露して、錬成エネルギーに変化する。その一方通行しか確認できていない。

 けれどイリスの実験が本当ならば、一度出した思念エネルギーをもう一度術者に戻す……あるいは錬成エネルギーを思念エネルギーに変換することが可能である……?

 

 プラスとマイナスみたいなもの、って表現すると各方面に喧嘩売ることになるんだけど、つまり正負だ。正の流れと負の流れ。

 ……待て待て。

 

 すぐに取り出すのは、いつも持ち歩いている傷の男(スカー)の兄の研究日誌。 

 それをパララララと捲っていって……うわ、あった。

 

 思念エネルギーの正負。その流れと特性。

 自分に戻すことまでは書いてないけど……そうか、成程、成程。

 

「イリス、今すぐその実験をやってほしい。苦痛で吐き出された思念エネルギーと喜楽で吸い取られる思念エネルギー。その反芻はどれほど続くのか。純度や色はどれくらい変わるのか。赤に近づけば近づく程良い結果になっていると思ってくれていいよ」

「また、急ねぇ。はいはいわかったわ、タスクに追加してお……いえ、最優先でやるから、所長はあっちいってあっちいって。()()()()()()()()()()()()()()ネ☆」

 

 外道ばかりの集うこの第五研究所地下の錬金術師の中で、唯一イリスは僕を子ども扱いする。拷問の類は「子供に見せるものじゃない」と僕を締め出すし、決して血液のついた手袋や工具の類を見せてくることはない。

 実験体に対しては普通に苛烈だけど、まぁなんかあるんだろうイリスなりに。

 

 ……という感じで締め出しを食らったので、最後の課の様子を見に行くことにしようと思う。

 

 

 

 そこは第五研究所の中でもさらに奥まった場所。 

 というか、作中で賢者の石の錬成陣があった場所。今は無いけど。

 

「はい。はいはいはいはい。お疲れ様ですお疲れ様ですクラクトハイト所長。何ですか何ですか、何用ですか何用ですか」

「いつもの見回りだよ。進捗はどう?」

「はいはい。えーとえーと、特には……特には? まぁまぁ、一応一応完成はしましたよ、第一例」

「あの檻?」

「はい。はいはい。そうですそうです。あ、でもあんまり近づかないでくださいね、唾とか吐いてくるのではいはい」

 

 ぐるぐるの丸眼鏡にモルタルボードハット、白衣の下に作業服とかいう意味わからない恰好をした男性。彼の名前はカリステム。モロ偽名*1

 喋り方にクセがあり過ぎるのも演技っぽいけれど、まぁ別に良い。僕は裏切りや内通が発覚したらその場で殺すと断言している。それでも来るなら、承知の上ということだ。僕がどれほどの人間を殺しているかは知っているはずだしね。

 

 そんな彼が研究しているのは──人と人のキメラ。

 死刑囚と死刑囚のキメラ。今、彼が指さした檻の中にいるのは、四本足で四本腕で双頭で腹から上がセパレートしてるナニカ。

 

 ただくっつけただけのコレだけど、それでも成功例だ。だって生きているから。

 

「会話は?」

「可能ですハイハイ。名前はジョルジオとモーガですです」

「そう。ねぇ、君達」

「……」

 

 少しだけ反応があった。

 けれど、虚ろだ。目が虚ろ。死んでいるわけではない。ただ生きる気力に欠けている。

 

「カリステム、彼らは会話ができない程衰弱しているのかな。それとも僕を無視しているだけ?」

「後者ですねはいはいはい」

「そうか」

 

 じゃあ、と鉛玉を檻の中へ五つ投げる。

 ピク、とだけ反応し、けれど拾うことのない二人……いや一人?

 

 自分の足元にも鉛玉を落として──遠隔錬成。

 

「ぎゃあああ!?」

「ぐ、がぁぁ!?」

「あちょちょちょっと、やめてくださいよ所長、殺すのだけは、まだまだまだまだ使い道があるんで、で、ねね? ねね?」

「大丈夫だよ。今のは神経に痛みを与えただけだから。生体錬成の応用ってやつ」

「ほ、ほぉ、そんなことが」

 

 無論錬丹術だけど。

 錬丹術の麻酔効果に近いものを反転して使っているだけだ。痛みを無視してくるイシュヴァールの武僧みたいなのとかにはあんまり効果の無かった奴。SAGとかドラクマ兵も覚悟キマってたからあんまり意味なかった。

 けど、死刑囚には効くらしい。

 

「声をかけられたら反応しなよ。それともアレかな、カリステムが殺したくないって言ってるから、生易しいことしかされないって思ってるのかな。それなら間違いだ。そら、もう一回──」

「う、話す、話すよ! なんだよ、あ、いや、なんですか! 何を聞きたいんですか!」

「……」

「君達は二人で一人だからね。連帯責任だ」

「ちょ、まま、待ってくれ所長サン! おいモーガ、声出せ、声出せってオイ!」

「……こんなガキに尻尾振るくらいなら、死んだほうがマシだ」

 

 ありゃ、プライド高めか。

 

「す、すいやせんね所長サン、コイツシャイなもんで! ええ、俺でよければなんでも答えますよ!」

「そうか、シャイなのか。それなら仕方ないね。──じゃあ、モーガの方に実験をしながら話を聞こう」

 

 遠隔錬成。

 錬成エネルギーの波で局所錬成を行う。モーガの腕だけに極小の針くらいの大きさでの生体錬成。

 

「ぎゃあああ!?」

「ガ……ん、だ!? 銃!?」

「お、やっぱり。神経は繋がっているのか。ってことは、やっぱり思念エネルギーも二倍取れるってことだし、あるいは片方が思念エネルギーを出さないで、片方が出す、をやれば疑似的な論理回路を……」

「はいはいはい、成程成程、所長のお望みは論理回路でしたか。成程思念エネルギーの論理回路。確かに必要になりそうですね、はいはい。それについては私が実験しておきますともとも。それでそれで、なにを二人に聞きたいのでので?」

「ああうん、下半身の感覚はどっちが握ってるのかなって。肉体の主導権はどっちにあるの?」

 

 ポーズで錬成エネルギーをパチパチやりながら聞く。カリステムにはバレてるだろうけど、これただ風圧を起こすだけの錬金術だ。けどそれは素人目には痛い錬金術且つなんか威圧的なものに感じるんだろう。

 

「主導権はオレです、オレ、あ、いや、私です! ジョルジオです! ほら!」

 

 何故か反復横跳びをしだすジョルジオ。四本足、その全てがしっかりとした連携を取って動いている。ふむ、完全に片方の制御下にあるのか。

 

「……別に俺が動かせないわけじゃねえぞジオ」

「どわっ!?」

 

 足の内二本が動きを止める。だから残りの二本が絡まって、ジョルジオはコケた。

 ふむ? どちらもに主導権はあるのか。キメラ……一般的なキメラは知能の高い方に主導権が渡るんだけど、こうやってセパレートしてる場合とか、完全に同一のステージにある存在だと変わってくるわけだ。

 

「尻尾振るくらいなら死んだほうがマシだったんじゃないの?」

「うるせぇガキが。──だが、てめぇ。俺達を殺す、って目じゃねえな。利用する気満々ではあるが──何かをさせようとしてる悪ィ奴の目だ。いうだけ言ってみろクソガキ。聞くだけ聞いてやる」

「ちょ、モーガお前、馬鹿生意気な口利いたらまたあの痛いのが」

 

 死刑囚だけはある。

 立ち回りの賢い方と、単純に我の強い方。

 この状況下にあってもまだ何かを──なんなら脱走まで考えている目。

 

 ジョルジオの方は評価低めだけど、モーガの方はいいね。

 

 ──うん、合格だ。

 

「ジョルジオ、モーガ。君達──錬金術を覚えてみる気はないかな」

 

 キメラの錬金術師。

 夢が広がるよね。

*1
綴りがChalistemだから




+あと1人


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第四十七話 久方のお茶会「ロイ・マスタング(欠席)」

2/18(土)の更新はありません


 地下の非人道的実験施設はそのままに、地上にも第五研究所は存在する。

 原作ではあからさまにあからさま過ぎたというか、閉鎖しているにも関わらず警備が厳重とかいう「ここに何か隠してますよ」って言ってるようなものだったので、真逆にしてみた。

 

 つまり、閉鎖は当然していなくて、警備も一般の憲兵だけで、そしてなんと一般人の出入りが可能。

 第五研究所──改め、中央犯罪博物館(Central Crime Museum)。通称CCM。

 過去のアメストリスで起きた凶悪犯罪からアエルゴ、クレタ、ドラクマにおける非人道的兵器を展示した博物館であり、戦争の恐ろしさや人というのはこんなに簡単に死ぬのだ、ということを知ってもらうための場所。

 無論──歴史の闇に葬り去らねばならないものは置いていないし、主に錬金術関連の犯罪もあんまり置いていない。一切じゃないのは一切置いていないと不満が出るため。錬金術嫌いな国民もそれなりにいるからね。

 となりに刑務所があることも拍車をかけているといえばいいのか、博物館は開館からそこまで月日が経っていないにもかかわらずそれなりに人がいる。入場料が無料である、というのは大きいだろう。地下の第五研究所を隠すためのもの且つアメストリスという国への愛国心を育てるためのものなので、国から援助が出ているのは当然の話。

 

 そんな中央犯罪博物館で働くのが錬金術師ではない軍人の六名。

 その内の一人に──彼女を選出させてもらった。

 

「あ、おはようございます! クラクトハイト所長!」

「おはよう、シェスカ」

 

 シェスカ。

 本来であれば中央国立図書館第一分館勤めである彼女だけど、僕が無理矢理引っ張って来た。本が好きらしいけどホラ、好きなことはやらせてあげて、やってほしいことはやってもらって。

 その瞬間記憶能力は正直すさまじいスキルだし、且つ厄介過ぎるスキルなのだ。賢者の石の研究云々が僕の手に渡っている以上、ティム・マルコー医師が何を研究しているのかがいまいちつかめていない。

 原作通りのことだけがわかるのなら別に良いんだけど、それ以外のことを覚えていられると──最悪、エド達がシェスカを訪ねてきた時点で国土錬成陣にまで行きつかれる可能性が出てくる。

 

 何故それを僕が「厄介だ」と思うかに関しては後々述べるとして。

 勿論厄介だから、って理由だけで彼女を引き抜いたわけじゃない。僕が彼女に頼んでいるのが。

 

「シェスカ、今日はこれをお願いできるかな」

「はい! 写本ですね!」

「うん。いつもと同じで、渡している本にね」

「お任せください!」

 

 ──写本である。

 瞬間記憶能力を持っているからと言って、五日間であの量を写し、しかも他人が読んでも何ら問題ないほど綺麗な字で起こせるのは稀有な才能だ。

 写してもらうのは──僕の研究日誌。

 幼き頃より使っている、ポケベル語で書かれた僕の研究日誌である。

 

「写本が終わるか、定時になったら上がっていいから、お願いね」

「はーい!」

 

 ま、要するにダミーだ。

 エド達が僕の研究日誌に辿り着いた時用のダミー。ダミーにして──暗号文でもある。別に僕彼らと敵対する気ないしね。

 

 そんなわけで、シェスカはそこそこの高給取りになっている。仕事を早く終わらせれば休み時間が増え、残業もなく、仕事自体も数字を本として書き写すだけな作業。一字一句間違えずに覚えているということは、一字一句書き間違えないということでもある。少なくとも原作のエドの様子を見るに、だけど。

 逸材過ぎる。なんで誰も眼をつけなかった。なんで特技として書かなかった。まぁ今のアメストリス軍にそれで志望すると「余計なことまで覚えられてしまいかねない」とか思われて消されそうだからそれでよかったのかもしれないけど。

 

 という感じで、展示物の管理を行う軍人二人、館内の案内をする軍人三人、シェスカ一人の計六人が地上の第五研究所を回している。

 人柄のわかっているマリア・ロス少尉とかも入れようか迷ったんだけど、そうなると別の誰かがマスタング大佐に焼かれたフリをしてうんぬんかんぬんになり……とかって、色々考えるのが面倒だったのでやめた。

 別にマリア・ロス少尉に際立った才能無いし。 

 

「あ、そうだクラクトハイト所長」

「うん?」

「昨日の17時6分頃なんですけど、白いスーツを着た方が来て、このメモを所長に渡してほしいと」

「ああ、ありがとう」

 

 なんで白スーツ着てるんだアイツ。軍服着てないとテロリスト狩っても民間人に間違われるじゃん。

 とか思いながら、メモを開けば。

 

 ……溜め息。

 指定の場所に向かうことにする。

 

「これ、中身見た?」

「いえ! 私信の中身を見るような真似はしません!」

「良い人だね。ありがとう」

 

 メモを分解する。

 焼くと復元できる可能性があるから砂粒レベルにバラバラにして風に流す。

 

 さて。

 呼び出しか。

 一応、用心していこうかな。

 

 

 

 そこは──喫茶店だった。

 喫茶店だった。

 喫茶店だった。

 

 ……似合わな。

 

「ああ、ようやく来ましたか。全く、昨日のうちに渡したというのに、仕事熱心なことですね」

「でも君昨日から待ってたわけじゃないでしょ。僕が今日来ることを予見して、今日、なんならさっき来たばかりだね」

「どうしてそう思うのです?」

「注文したコーヒーがまだ来てないから」

「流石、ご慧眼恐れ入ります」

 

 心にもないことを。

 

 それで──えーと?

 

「久しぶりだね、アームストロング中佐」

「ええ、お久しぶりですクラクトハイト少将。しかし吾輩、まさかキンブリー大佐から茶会に呼ばれるなど思ってもみませんでした。少将はどうですかな?」

「僕も同感だよ。何より──」

 

 目を向ける。

 白スーツでも筋肉でもなく、対面に座る男性に。

 

「……俺がいるのが、意外か。だろうな」

「うん。軍を抜けて反体制派ゲリラにでもなっているんじゃないかと思ってたから」

「あまりバカにするな。──なるとしても、少将以上専門のシリアルキラーだ」

「そうかい。大変だねアームストロング中佐。お姉さんが狙われているよ」

「むむぅ、姉を狙うのはよした方がよいかと……」

 

 アイザック・マクドゥーガル少佐。

 中央病院の精神病棟にいるはずの彼が、そこにいた。

 

 

 退院&退役祝い、らしい。

 

「ああ、じゃあホントに軍やめるんだ。折角国家錬金術師になったのに。適当に成果物出して置けばジャンジャンお金貰えるのに」

「金のために国家錬金術師になったわけじゃない。……言っておくが、今更アンタを否定する気はないんだ。だからその微妙な殺気を抑えろ、少将」

「ああ漏れてたか。そういう所甘いよね僕。交渉慣れしてないっていうかさ」

「貴方は交渉慣れしていないのではなく手段が直接的過ぎるだけです。情報規制するのであれば緘口令を敷くのではなく目撃者を全員消せばいい。何かを守るのなら四六時中そばにいるのではなく外敵を全て滅ぼせばいい。迂遠な回り道をするくらいなら最も効率のいい直接的な手段を選ぶ」

「ふむ、言われてみれば、アエルゴへの攻撃を終えた後もそうでしたな。確か……青の団でしたか? 結成直後の過激派組織が近くにいるということで、本来であれば聞き込みや足取りの調査を行う所を」

「"上空から見下ろしてそれっぽいのを強襲すればいい。違ったらごめんなさいじゃダメ?"だったか。今考えてもアホだな、アンタ」

 

 ……なんだこの同窓会。

 マスタング大佐がいないのがアレだけど、別にいても同じ空気にはなっていたんだろう。というよりマクドゥーガル少佐はホントどうしちゃったの。僕を告発するんじゃなかったの。殺したいんじゃなかったの。なんでこんなゆったりお茶会できるの。

 別にいいよ僕の昔話は。勝手にしてくれていいよ。今でも僕は同じ手段を取るし。アームストロング中佐の錬金術で高度確保して、それっぽいトコにぶっ飛んでいってそっから考えたらいい。効率的じゃん。町を更地にすればいいよ、って言わなかった僕を褒めて欲しいくらいだ。

 

 まただ。

 なんか、居心地が悪い。もしかして僕こういう和やかな空気苦手なのかな。お父さんとお母さんと一緒にいる時はそれでもいいけど、他人といる時はギスギスしてる方がやりやすい。

 

「でも、どうしようか。僕退役祝いとか何も……持ってないし、上げられるものもないし」

「不要だ。アンタから貰ったものなんて、棄てたら呪われそうだし使えば大惨事を引き起こしそうで処分ができん」

「まぁ否定はしないよ。三日間は油断しないことだ。そして三日経ったらカウロイ湖にでも投げ入れた方がいいね。何が起きるかわからないから」

「否定しろよ。元部下の退院祝いにンな物騒なもん押し付けるんじゃねえ」

「じゃあ聞くけどキンブリー。君なら何を贈る?」

「ふむ。カチカチと音の鳴る時限爆弾……分解をしてもそのものを棄てても常に耳にカウントダウンの音が聞こえ続ける、そんな代物を」

「敵か? 敵だなお前ら」

「吾輩はマトモですぞ。なんなら今差し上げましょう。これが! 吾輩の! 彫像!」

「お前のが一番要らないんだよ」

 

 何だ、この時間は。

 何を見せられているのか。何をさせられているのか。

 

 キンブリーに渡すもの渡して帰っちゃダメなのか。僕はまだやることがあるんだけど。君達暇人と違って。

 

「──さて、クラクトハイト少将がそろそろ痺れを切らす頃なので、本題に入りましょうか」

「本題があるなら先に話してほしかったな。それが終わってから退役祝いでも退院祝いでもあげたらよかった」

「相変わらず余裕がないな、アンタ。子供のくせに生き急ぎすぎだろ。どこ目指してんだ」

「勿論世界平和だけど。恒久的な、ね」

「はいはい。戦時中何度も聞いたよそりゃ」

 

 嘘じゃない。本気で目指してる。

 そのためにアメストリスを超大国にするのだし、テロリストを根絶やしにするんだ。そうじゃないとお父さんとお母さんを守れないから。

 

 ……けど、心に余裕がないのは確かかもしれない。

 焦りがあるのは事実なのだ。

 約束の日はあと六年もしたら来る。お父様は二億六千二百一万の賢者の石でかなり若返った。対抗策は幾つも講じているし、進行形でいくつも作っているけれど、どれが通じてどれが通じないのかは未知数。

 世界征服にだって懸念点がある。シンという大国が待ち構えているのだ。

 当然だけど、あの国で一番強いのがヤオ家とメイ・チャン、ってわけじゃない。もっと強い人は沢山いるだろうし、錬丹術のもっともっと凄い使い方をしている人もいるはず。

 錬丹術で負けるのなら、僕に残されているものなんか遅延錬成とサンチェゴだけ。そして身体能力で完全に劣るのなら──負ける。負ける。

 

 今の状態のままアメストリスとシンがぶつかった場合、シンに軍配が上がる計算しかできない。

 焦りもするだろう。だってこのままいけば、ホムンクルスやお父様との戦いでさらにアメストリスの国力は削れる。疲弊するんだ。隣国三つを消費できたのは僥倖だったけど、疲弊したアメストリスではシンの侵攻を防ぎきれない。

 だから僕が、誰でもが使い得る兵器を作らないと。それで兵士を戦わせて、軍事力を底上げに底上げをしないと。愛国心を高めて、アメストリスを命に代えてでも守るような兵を作り上げないと。

 

 焦らないはずがない。

 

「──レムノス・クラクトハイト」

 

 冷や水を浴びせられる。

 ……文字通り、だ。マクドゥーガル少佐がコーヒーの水分を冷やして僕にぶつけたらしい。

 

「言ったでしょう、マクドゥーガル少佐。少将は()()()()()()()()()()()()()()()()

「……らしいな。勘違いをしていたことは認める。やり方に難はあれど、アンタも国を想う一人なんだと」

「はいはい、美談はそこまでです。少将の面持ちから何を察するのも結構ですが、本題を話してもよろしいでしょうか? 時間も限られていることですし」

「ん、うん。いいよ。なに?」

 

 次に紡がれた言葉は──僕の思考を一気に冷えさせるものだった。

 

「南部でSAGを見ました。その時は逃げられてしまいましたが、恐らく複数人いるものであると推測されます。──潰すの、手伝っていただけませんか」

 

 

 

 *

 

 

 

 ドラクマ戦にいなかったマクドゥーガル少佐にSAGのことを説明しながらの汽車の旅。

 ちゃんと手続きをして、ちゃんと研究所のみんなにいろんな言伝を渡して、そうしてからの汽車。

 

 南部行は久しぶりに乗る。アエルゴ以来だから。

 

「マスタングは呼ばなくて良かったのか?」

「彼、今中央にいませんから。東方司令部に栄転ですよ」

「そりゃ左遷だろ。……アイツも清濁併せ吞めない奴だからなぁ。上の連中に逆らいでもしたか」

「純粋な方ですが、世渡りも上手であるかと。恐らく折り合いが悪かっただけかと……」

 

 隣に座るキンブリーのポッケにあるものを入れる。

 今回欲しがってたものだ。なんでもそろそろ使い切りそうだったらしい。どんだけ使ってんだか。使い過ぎでしょ。

 

「しっかし……」

「……なんです?」

「いや? あのキンブリーが俺達に助けを求めるとか、面白いこともあるもんだなと思ってな」

「SAG側も私達の錬金術への対策をしている可能性がありますからね。あの時いなかった貴方は丁度良かったんですよ」

「むぅう、SAG。吾輩も辛酸を舐めさせられた相手ですが、よもや南部にまで入り込んでいようとは……」

「ちなみに被害は?」

「憲兵が一人殺されています。背後から刀らしきもので刺された後、焼き焦がされていた、と」

 

 アレか。

 あのハーフヴァング大佐とかいうのが使ってたやつ。スーツ一体型の武器で、スーツの裏地にはびっしりと錬成陣が描かれていた。アレは謂わば僕のサンチェゴの簡易劣化版なんだと思う。あらかじめ刻んでおいた錬成陣を、並外れた反応速度で戦闘中にどれを使うか選択し、錬成エネルギーを纏った刀で斬る。

 錬成速度の遅い僕には使えない武器だけど、真理を見た錬金術師ならお茶の子さいさいだろう。

 

 ……アレが一人。多く見積もって十人いるとしたら、それは大変な事だけど。

 

「少将? 降りますよ」

「え? あ、うん。あ、そんな近いトコなんだ」

「珍しい。聞いていなかったのですか? SAGが目撃された場所は──」

 

 南部はダブリス。

 廃工業地帯ですよ。

 

 そう、聞いた。



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第四十八話 錬金術の秘奥「剣石錬成」&「思念濁流」

 南部はダブリス、廃工業地帯。なんでここが廃工業地帯になったかっていうと、原作ではイシュヴァール戦役によって乱造された兵器工場……だったはずだけど、此度では僕のせいだ。戦争しまくったから、錬成兵器工場が乱立していて、けれど一瞬で終わらせちゃったから全部が廃棄されて。

 だから廃工業地帯は原作より広くなっているし、工場の中には錬金術関連の物質も多い。始末不足というよりは廃棄ができないのだ。できないほど危ないというか、錬金術師じゃないと触れないというか。

 

 さて、現在僕は一人である。

 一人──普通僕が一人になることは無いんだけど、作戦の一環で一人になった。

 

 周囲で鳴り響く爆発音はSAGとキンブリー達のもの。僕が任されているのは工場内部──つまり敵陣のど真ん中で陣地作成をしろ、ってことなんだけど。

 

「よぉ」

 

 ぶしゃっと。

 潜伏していたSAGの一人が、胸を背後から貫かれて絶命する。

 

 血に濡れた爪。鋼鉄の──鋭い爪。

 ダブリスと聞いていたんだ。いるとは思っていたけれど。

 

「アンタが、親父殿に餌与えまくったっつー竜頭の錬金術師──で、あってるか?」

「あっているけれど、まずは名を名乗ってくれるかな」

「グリードだ。弟たちが世話になってるみたいなんで、俺様ともよろしくしてくれねぇか?」

 

 ホムンクルス・グリードがそこにいた。

 

 

 

 まだ場は移していない。

 サンチェゴはここに設置してあるし、他の仕込みも終わっている。SAGが乗り込んでくることを見越しての罠の数々は、けれど顔以外を硬化したグリードに弾かれて消えている。

 

「なんだ、警戒心MAXって感じだが」

「そりゃね。そんな物騒な手見せられて警戒心抱かない方がおかしいでしょ」

「そうかぁ? その割には物騒なモンちらつかせてんじゃねえか。──なんだよ、やる気かよ」

「ホムンクルスと争う理由が見つからない。お父様とプライド、ラースから話は聞いているよ、グリード。幾つになっても手が焼けるとかなんとか」

「がっはっは、いっちょ前に親父面してやがんのか親父殿め」

 

 僕の勝率は、ぶっちゃけ低い。

 遠隔錬成、サンチェゴ。彼を拘束する手段は数多くあれど、彼を殺し得る手段はそこまで存在しない。ホムンクルスに賢石錬成が効くとも思えないし、鎖がその身を通るとも思えない。エドの方法を真似て脆くした上で攻撃する──か。

 

 普通に仲良くするか。

 

「それで、何用かと問うているよ、グリード」

「用なんかねぇよ。ちぃっとばかし顔見たかっただけだ。親父殿のお気に入りなんざこれまでもこれからもそうみられるもんじゃねえからな」

「そうかい。それじゃあ、少し手伝ってほしいことがあるんだけど」

 

 ジリ、と竜頭を巻く。 

 錬成反応は青。周囲の壁から出てきた鎖が四つ、まっすぐこのフロアの壁へと突き刺さる。

 

 それが、バチバチと音を立てて分解された。

 

「あん?」

「やっぱりただの鉄じゃダメか。もう見抜かれている──四人はキツいから、グリード、背中は任せたよ」

「……がっはっは、いいぜ。初対面だが俺様の背中預けてやる。んで、こいつらはなんだ」

「SAG。特殊錬金術師部隊。ドラクマで結成された錬金術師のみで構成された部隊で」

「敵か、味方か」

「敵だよ。アメストリスにとっても、ホムンクルスにとっても」

「それで十分だ!」

 

 黒く変色するグリードの両腕。鋭い爪はゆらりと光り、先ほど鎖が向かった壁へ向かって突き出される。腕は、手は、いとも容易くコンクリートの壁を貫き、その奥で構えていたSAGの一人の顔を掴んでぐしゃりと潰した。

 

 ジリリリと大きく竜頭を巻く。

 錬成されるのは大砲。グラン准将の鉄血の錬金術、その内の一つを真似たもの。

 自身の前に壁を作りつつ、壁へと向けて発砲。がうん、なんて優しい音では済まないそれを耳にして鼓膜に痛みを覚えながら、もう一度竜頭を触る──。

 

 触れない。

 SAGの蹴りが来たからだ。けれど、久方ぶりの疑似・全身硬化でこれを耐える。耐えるも蹴っ飛ばされてサンチェゴから離された。

 置きっ放しになった竜頭をSAGが掴む。

 

 瞬間、SAGの両腕が()()()()()()()

 

「──真理を見ているから、僕のサンチェゴも扱える。良い発想だ。安直であることを除けばね」

 

 割込錬成だ。まさか傷の男(スカー)の兄以外に使う日が来ようとは。

 さて、腕のない真理を見た錬金術師など足の無いダチョウに同じ。鎖で蹴りを封じ、その身体の中心に竜頭をぶっ刺して、捩じる。

 

 硬直し、失血していくSAG。過畳生体錬成だ。固まった筋肉は再生と破壊を繰り返し、ばたりと体を倒す。

 

 顔を上げれば、グリードがもう一人を殺しているところだった。

 

「なんだ、手伝えと言った割には手応えの無い敵──」

「グリード、後ろ」

「!」

 

 ザク、と。

 錬成反応迸る刀で──グリードの左胸が穿たれる。

 そのまま左肺を割断する形で刀を横に薙いで、さらにはグリードをこちらに蹴飛ばしたのは──やはりSAG。刀とスーツの一体化した装備を持つ奴だ。

 

「……あー? なんだ、なんで俺様は斬られたんだ?」

「なんだと!?」

「油断してたからだよ」

 

 なんでもなく、なんということもなく普通に話すグリードに流石に驚いたのだろう、SAGは大きく後退し、刀を構え直す。

 しかしグリードの仕組みが炭素硬化であると瞬時に見抜くとは、流石と言えるだろう。

 

 グリードもグリードでバチバチと赤い錬成反応を立てながらSAGへと向き直った。

 

「……オイ、背中預けたんだろ。何か知ってんなら話せよ」

「遠慮するよ。君が敵にならないとは限らないし」

「がっはっは、背中預けるべきじゃねぇ奴No.1だなお前」

「なら、せめて僕が前に出るよ。あの刀を無効化するから、君は止めを」

「へぇ、勝機があんのか」

「勿論」

 

 手と手を合わせる。

 合わせて、右手を何か握るような形にして、左掌からソレを抜き出す。

 

 赤い。赤い。赤い。

 ──紅い刀身。子供が持つ用の大きさの、取り回しの利きやすい形。

 

 SAGの刀身一体スーツから着想を得た僕の新しい戦術。

 

 無言で踏み込んで、適当に振るう。技術もへったくれもない刀捌きだけど、しっかりと身体は狙っている。だからSAGはそれを──刀で受け止めた。避けるまでもない、弾けば隙になると考えたのだろう。

 大正解だ。それをしてほしかったから、大正解。

 

 溶ける。

 SAGの刀身が赤い錬成反応と共に溶け出す。

 

「──!」

「ハハハ!」

 

 その隙を逃すグリードではない。

 攻撃手段を失くしたSAGの喉を突き刺し、突き破り、絶命させる。

 

 血に濡れた爪。それをそのままに僕へ振って来たから、紅剣で受け止める。

 

「……やっぱりか。がっはっは、俺様の爪に打ち勝つ存在。その赤、見覚えがあると思ったら道理で」

 

 刀を引く。同時、グリードも爪を引いた。

 出した時と同じように刀身を左手に突き刺して行けば、染みわたるようにして消えていく赤。

 

「名付けるのならさしずめ"剣石錬成"と言ったところかな」

 

 さて、外の爆発音他戦闘音も止んだ。 

 終わったらしい。

 

 外は、だ。

 

「こっからだよなぁ、楽しいのは」

「確認できるだけで八人いるね。僕できればこの場から動きたくないんだけど、襲ってくるのを待つんじゃあ」

「日が暮れる、ってな!」

 

 サンチェゴを高速で稼働させる。角度を垂直方向から水平方向へと押し上げ、過剰な思念エネルギーを供給。作られゆく二つ目、三つ目、四つ目のサンチェゴと共に、変換された錬成エネルギーが何を為すこともなく廃工業地帯に満ち始める。

 

「何やる気かは知らねえが、先行くぞ錬金術師!」

「うん。できるだけ巻き込まないように注意するよ」

 

 まず、大穴を開ける。天井に向かって分解の錬成エネルギーをぶち当てて、二階上で潜伏していた三名を落とす。落としつつ合金の槍を生やしてグサグサグサ。

 ──ん、身代わり? 一人血を流していない。いや、普通に人間だけど、血を流していないってことは。

 

「う、わ!?」

 

 思わず声が出る。

 出るだろうそれは。槍をぶっ刺した死体が、いきなりハリセンボンみたいにトゲだらけになったんだから。赤い──血液の槍。

 成程、僕の感圧式錬成陣と原理は同じだ。つまり、心臓が止まったら発動するようにしてあった錬成陣。自らの死ですら無駄にしない姿勢は褒められて然るべきだろう。戦時中なら。

 

 ま、当たらなかったら無駄だけどね。無駄死にじゃないだけ良かったんじゃない? 少なくとも僕は驚いたよ。

 

 サンチェゴ四基からさらに錬成エネルギーを出していく。そしてそれの下を潜るように思念エネルギーも。

 思念急流。周辺一帯の錬金術を押し流していく。あくまで方向性のある錬金術を押し流す錬丹術なので、たとえばキンブリーの定点爆破とかにはあんまり関係なかったりする。

 

 起こしていく。

 一度水平方向に起き上がらせたサンチェゴを、今度は地上に向かって垂直になるように立ち上がらせる。

 

 グリード。ホムンクルスで、最強の盾を持っているんだ。

 一回くらいは誤射だってホムンクルス相手なら通じるよね。巻き込まないよう注意するのはできるだけだから──できなかったら、仕方がない!

 

 思念急流はあくまで大地の流れに思念エネルギーを流すというものだった。

 けれどこれは、サンチェゴが垂直方向だから──あるいは吐き出す、という表現を使うべきもの。この廃工業地帯にある錬成物や錬成素材、その全てを飲み込み、コンクリートも鉄パイプも砂も土も石も埃も巻き込んでいく──思念エネルギーと錬成エネルギーの濁流。

 

「僕はこれを、思念濁流と名付けることにした。ではSAG諸君、自らが錬金術師であることを呪うと良い。一般人なら圧さえ感じないものだからね」

 

 放出する。

 その濁流には勿論錬成物であるグリードも巻き込まれ──。

 

 

 *

 

 

「あー、雑」

「おかえり。でも一掃できたでしょ?」

「この辺は良い隠れ家になる場所も多かったんだがな。全部ぶっ壊してくれやがって」

 

 言葉を交わす。

 二、三だ。

 

「そろそろ僕の仲間が来ちゃうから、ほら、どっか行ってよね」

「錬金術師は等価交換が原則なんじゃねぇのか? 特に関係もねぇのに手伝ってやった俺様への報酬は無いのかよ」

「何が欲しいの?」

「全部だよ全部。強欲(グリード)だっつってんだろ」

「ふむ。──じゃあこれあげる」

 

 ソレを投げ渡す。

 グリードはキャッチしたものを見て──目を瞠ったように見えた。ニヤリと笑う彼の表情を見るに、気に入ってはくれたらしい。

 

「んじゃあな、錬金術師。俺様はデビルズネストっつー酒場にいるからよ、暇があったら立ち寄れよ」

「残念ながら暇という言葉から最も遠い所にいるのが僕なんだ。だから、訪れることがあるとしたらこの惑星にある国全てを統一した時か、アメストリス以外を滅ぼしたその時になるだろうね」

「んだよそりゃ。もう来ないって言ってるようなもんじゃねえか」

 

 実現不可だから、って?

 まさか。全部やるつもりで言ってるよ。

 

 背を向け、手を振り。

 グリードは瓦礫の山となった廃工業地帯の向こうへと消えていく。

 

 

 入れ替わるようにして歩いてくるのは三人だ。

 

「派手にやりましたねえ」

「軍も処理に困ってたっぽいからね。掃除してあげようと思って」

「なんだよアンタ、やりゃできるんじゃねえか。あんな奇特な錬金術使わずとも、こればっか使ってりゃ俺だって離反しなかったぜ」

「ドラクマで開発した奴だからね。君がドラクマまでついてきてくれていたらよかったんだけど」

 

 損害は……軽微というか、全員無傷。

 SAGの中でも弱い方だったというか、雪のない場所でのゲリラ戦は慣れないのかな、とか思ったり。

 

「指揮官らしい指揮官がいませんでしたからね。それが一番大きいでしょう」

「この程度ならお前一人で良かったんじゃないか?」

「あまり舐めるのはよろしくないですぞマクドゥーガル少佐。ああいえ、アイザック殿、と呼んだ方がよろしいか」

「どうでもいい話だ。──まぁ、これが最後だ。キンブリー、お前からの依頼は達成した。俺はこれで帰らせてもらう。もう会うこともないだろうが、一応言っておくぞ。達者で……いや、お前らは達者じゃない方が良いか。アームストロング、お前だけは達者でな。マスタングにもよろしく言っておいてくれ」

 

 キンブリーに目を向ける。

 肩を竦めるキンブリー。全員達者でな、でいいじゃんかねぇ。

 

「けど、本当に吾輩達は要らなかったかもしれませんな。キンブリー大佐、何を脅威に思われたので?」

「……おかしいですね。私が調べた時は二十人近いSAGがいたのですが」

 

 グリードが中にいた奴全部殺してくれたからね。

 彼がいなかったらもっともっと苦戦していたことだろう。苦戦というか、時間がかかってたね。そして時間がかかってたら誰か一人くらい逃げてたかもしれない。

 復讐の芽を摘むという点においては感謝か。

 

「私はもう少し南部でテロリストを探しますが……」

「僕は中央に戻るよ。アームストロング中佐、君は」

「吾輩も中央に戻ります。キンブリー大佐、お元気で」

「ええ。少将から新たなブツも貰ったので、元気にやらせていただきますよ」

「?」

 

 そんな感じで。

 クラクトハイト隊の同窓会は、むしろグリードとの出会いという思い出に塗り潰される形で終わりを告げたのだった。



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第四十九話 錬金術の根源「隠者の石」&天使?

 帰ってきたら、一つの成果物が上がっていた。

 

「どうですか、これ。──見るからに天使でしょう」

「見るからには、ね」

 

 サジュが研究していた「天使の作成」──別名、動物の合成獣で人間は作り得るのか、についての証明。

 僕が第五研究所を空けたたった二日間で、それの完成に行きついたと──その前までは天使の敵対生物を作るとか言っていて全く天使そのものに着手していなかった彼が、たった二日で。

 

 天使。

 法衣のようなものを纏った女性。背には翼が生えていて──()()()()()

 

「サジュ。これさ、どうやって浮いているの?」

「天使の御力ですよ! 天使はその翼で飛ぶのです。知らないことはないでしょう?」

「羽ばたいてもいない翼で、そしてこの質量に対してこんな小さな翼で、飛ぶ?」

「あー……いえ、ですから天使の御力で」

 

 ガチャン、と音が鳴った。

 近くでやり取りを聞いていたマンテイク兄妹が慌てて距離を取る。

 

「裏切り、内通者はその場で処断すると──募集文に書いたはずだけど」

「あ、あああ、い、ち、いや、違うんです! 説明がそのえっと」

 

 15秒だ。

 地下研究所の床に巨大な錬成陣が広がる。青い光を伴うその陣は、僕を中心として複数の挙動を見せる。その場で回転する内円。外側で拡縮する記号。生きているかのように、脈動しているかのように、時間を経るにつれて複雑になっていく。

 

 隠し事は、裏切りだ。

 

「──レムノスくん」

「何かな、イリス」

「それ以上脅しても無駄よー。なんてったって、サジュはこの仮称天使が何故浮いているのか、サジュ自身にさえわからないんだからー」

 

 それを聞いた瞬間、錬成反応を赤に切り替えて、地面から出した鎖で仮称天使を貫き殺す。

 誰が何を、どんな口を挟む間もなく、だ。

 

「あああ!?」

「……あのね。サジュ。まず、自分でも原理の分かっていないものを使うこと、そしてそれを成果物として見せることがどんなに愚かか──わからない君じゃないだろう」

「……申し訳ございません」

「加えて、何の力を操っているかわからない生物である時点で、それは脅威と同義だ。鎖で縛っているわけでもない、合金の檻程度のものいつ破られるかわからなかった。コレが完成し、意識を持った瞬間にここにいる全員が、最悪セントラルの一般人にも被害が出ていたかもしれない。──まだいっぱい言いたいことあるけど、何か弁明、言い訳はある?」

「ありません。如何様な処分も受けます……」

 

 暴論だけど、グラトニーを作って放置してたようなものだ。

 お腹が空いたら、時間が経ったら、何か気に障る臭いがしたら──なんて軽い理由で疑似・真理の扉的なヤバいものが開いた可能性がある。錬金術の恐ろしさは理解の出来ないものを作れてしまうことなんだから、その辺はしっかりしないと。

 サジュ一人が死ぬだけなら全く構わないんだけど、他の職員や地上の職員、そしてセントラル、ひいてはアメストリス全土となったら──ああ、考えたくもない。

 

「イリス、思念エネルギー研究課の中で、一人貸し出したりできる?」

「サジュの監視、見張りねー? 後で見繕っておくわぁ」

「うん。そしてサジュ。沙汰も処分も無いから、さっきの生物が何故浮かんでいたのかを完璧に突き止めること。ただし」

「はい。管理は徹底し、もし仮にナニカができてしまった場合は即刻殺します」

 

 よろしい。

 ……とはいえ、何故浮いていたのか、浮くことができていたのかは僕も気になる。

 でも任せたんだ、二度目は無いと釘を刺した上でやらかすのならばもう容赦はしないけれど、僕は彼の情熱を信じたいと思っている。情熱。僕の情熱はお父さんとお母さんを守る、ということ以外に向けられないからね。寄り道は他人にしてもらわなきゃ。

 

「それで、他に成果物の報告がある人いる?」

「その前にー、レムノスくんこの錬成陣消してくれない? みんな怖がっちゃってほらー」

「ああ」

 

 消す。

 赤い錬成反応の鎖は賢者の石だけど、青い錬成反応の方はちょっと前にもやったケミカルライトだ。特に何の意味もない複雑な形をした陣を描くためだけの錬金術。虚勢錬成陣ね。

 

「ふぃー……。焦ったぜ」

「アレがホントの少将……給料も仕事内容もサイコーで定時に帰れるし帰らなかったら残業代出してくれるスーパーホワイトな研究所所長のイメージばっかりあったけど、ちゃんと隣国三つを滅ぼした少将って感じでした……」

 

 退散していたマンテイク兄妹が近づいてくる。

 ん、近づいてくるってことは。

 

「とりあえず、ご依頼の品はできましたよっと」

「耐久性能と小型化。その上で従来のものと同じ挙動をするキメラ・トランジスタ。どうでしょうか!」

 

 成果物を渡しに来た、ってことだね。

 

 

 さて、キメラ・トランジスタだけど、これトランジスタじゃないんだよな、っていう自分へのツッコミは置いておく。

 二人が作ってくれたもの。それは──大きさは拳大。拳大の金属の箱、って感じ。側面にポートみたいなものがあって、底面にはスイッチらしきものがある。

 

「ふむ。このスイッチを押すと四つのポートから思念エネルギーが出る仕組み……であってる?」

「へい。スイッチの場所、ポートの場所は自在に変えられます。形もある程度は変更可能で──よっと」

 

 オズワルドが、その箱を放って──思い切り壁に向かって蹴り飛ばす。

 ちなみにここの職員の靴は安全靴なので痛みは無いと思うけど、できれば事前に言って欲しかった。

 

「っと、こんなくらいの衝撃じゃ壊れませんドゥゴフッ!?」

「そういうことやるなら事前に言う! ったく、所長はサプライズ嫌いって自己紹介の時言ってたでしょ!」

「あ、覚えててくれたんだ。そうだね、サプライズ嫌いだから事前説明があると嬉しいよ」

 

 お腹を膝蹴りされて動けないでいるオズワルド。彼の前に落ちたその箱を手に取り、スイッチを押してみる。

 おお。

 四つのポートから思念エネルギー出るのを感じられた。いいじゃん、ちょっと大きいけれど、多分これが最小サイズだ。この二人結構そういうとこ突き詰めるのは知ってるから、頑張って頑張って頑張った結果がコレなんだろう。

 

 うん、これなら第五研究所の成果物としてお偉方に出せるね。次の戦争がどこになるかはわからないけど、このバッテリーは錬成兵器の要になるだろう。

 気になるのは。

 

「遅延錬成はどうしたの?」

「ん、あぁ、はい。ええと、所長の遅延錬成を真似ただけです。そのまんま描き写しました」

「……遅延錬成の感覚を掴んだわけじゃなく?」

「はい。私も兄も、遅延錬成は使えません。ただ考察するに、苦しいとだけを感じる脳では効率化を考えることができないため、所長の遅延錬成に適性があるのではないか、と」

「ははあ。いいね、そこまで突き止めているのは評価が高い」

 

 成程。

 錬成速度は想像力がモノを言う。でもこのバッテリーに想像力なんかないから、あるいは僕より錬成速度が遅いんだ。その遅い錬成速度を織り成す思念エネルギーもまた遅いというか、力強さが無いから結果的な遅延錬成になる、と。

 いいね。

 いいじゃん。

 

「オーケー。キメラ・トランジスタ……どっちかというとこれはキメラ・バッテリーと呼ぶべきか。これの作成はこいつで終結とする。それで、次に作ってほしいものだけど」

「へい。なんでも言ってくだせえや」

「次も成果を出して見せます!」

 

 今度こそトランジスタ……増幅器の役割をするものを作りたい。

 トランジスタそのものは彼らも知っているから、成程、と言って、早速取り掛かってくれた。

 いいよ、成功体験は人に効率を与える。失敗体験は人に熱を与える。なんにせよやってみて、成果を一つ残すことこそが研究者としての、あるいは人間としての第一歩であり自信のもとになるんだ。

 

「カリステムはまだわーきゃーやっているから、最後は私ねぇ。といっても──まず初めに謝っておくわ。ごめんなさい」

「謝る? サジュみたいなことをしたの?」

「そうねー。私も理解のできないものを作ってしまった。ただ、生きてはいないから、レムノスくんに……所長に見て欲しくてー」

 

 連れられてそこへ行く。思念エネルギー研究課。

 幾人もの罪人が椅子に座らされ、拘束され、項垂れることも許されずに拘束されている場所の──最奥。

 

 そこに、光るものがあった。

 

「……これは」

「レムノスくんの言う通り、苦痛で吸出しを、喜楽で吸収を、という風な反芻を繰り返していく内に、フラスコの中に溜まっていったものが結晶化したのよー。──これ、貴方なら何であるかの判別はつくのかしらー?」

 

 その光の色は。

 

 咄嗟に、手と手を合わせて、左掌から例の剣を取り出す。

 

「ちょ、あ、やっぱりだめだったー?」

 

 不安そうな声で聴いてくるイリスに、けれど思考リソースを割いている余裕がない。

 観察する。じっくりと。

 

 赤い錬成反応。その色を。

 確認して、今度は地面に錬成陣を描き、錬金術を使う。青い錬成反応。その色。

 

 見比べるのは、光。

 

「……イリス。あれ、触ったりした?」

「いいえ。刺激を加えるのは()()()()()()()から、やっていないわぁ」

 

 それは、まぁ、昔から考えていたことではあった。

 何故賢者の石は人間の魂でしか錬成できないのか。国土錬成陣に羊や牛を含めても、野生動物が魂を抜き取られた様子は無かった。原作でも倒れていくリゼンブールの人々の中で、デンだけがキャンキャン鳴いていたしね。

 思うに。然るに。

 やはり賢者の石のエネルギーというのは感情こそが要なのではないかと考えている。以前にも考察を述べた事ではあるけれど、思念エネルギーこそが賢者の石の主となるエネルギーで、()()()()()()()()()()

 魂が感情を吐き出すから、魂を奪えば感情、思念エネルギーをも石にできるよね、って発想だ。動物に感情が無いとは言わないけれど、人間ほど複雑怪奇ではなく、情報量もさほどではないのだろう。

 

 もっとも強い力を持っているのが、もっとも流れの弱い思念エネルギーであるというのは面白い話だ。

 そして今僕の目の前で光るものは──思念エネルギーの結晶なのだと、肌でわかる。

 

 錬成反応の色。青と赤だけではなく、白があることに気付いた者はいたのだろうか。それぞれは青を纏う白か、赤を纏う白であり、根幹、中心部分には白がいる。

 賢者の石、真理の扉、魂定着の陣に共通する項目は血だ。神の構築式である血液を陣に取り入れることこそが魂というものを扱い、真理の向こう側を手にする唯一の手段。故に赤を。

 地殻エネルギー、龍脈、流れ、それらに共通するものは水だろうか。風水や陰陽道における龍脈も、元々は大地の中に水脈という巨大な脈があることへの気づきから生まれたものだった。故の青か。

 

 ──無論。

 それが漫画において、あるいはアニメにおいて必要なデザインであっただけ、なんて可能性は大いにあるのだろうけれど、今ここに白い結晶があって、そして真理の扉のある空間が真っ白で、身体を持たぬ真理というものも真っ白であることを考えたら、白がキーワードなのは当たっているように思う。

 

「イリス。これ、生成の経緯……反芻の回数と被検体の様子、事細かにレポートであげといて」

「ええ、まとめてあるわー」

「そして、これは」

 

 もしこれが本当に思念エネルギーの結晶であれば。

 つまり魂という不純物を持たない、感情の結晶とでもいうべきものであるのなら──。

 

「イリス、一度全職員をカリステムのいるところにまで避難させてほしい。あるいはこの先、僕のやることですべてが吹き飛ぶ可能性もある」

「……い・や・よ♪」

「イリス? 所長命令だよ」

「レムノスくん。それはつまり、私の作ったものが貴方を殺す可能性を見逃せと、そう言いたいのよねぇ」

「君達より断然強い僕が適任だ。聞き分けを良くしてほしいかな、イリス」

「断固拒否するわぁ。やり方を教えてくれたら、お姉さんがやるから。レムノスくんこそ逃げなさい。貴方はこんなところで死んで良い人じゃないでしょう? お父さんとお母さんを守るんでしょ?」

 

 地雷らしい。

 イリス・カルコル。彼女は子供が傷つくとか、死ぬとか、悲惨な光景を見るとか、悲劇に遭うとか……とかくそういったことをとことん嫌う。

 恐らくは彼女の子供が、なんて想像はできる。経歴を見るに、結婚歴が一度だけあったからね。

 

「……仕方ないか」

「ええ、わかってくれたのなら」

 

 賢者の石を用い、被検体と被検体から繋がるフラスコ、そして僕を特殊合金で囲う。そのまま地下深くまで穴を掘り、合金の箱ごと地下へ。イリスと僕の間には壁を作っておいた。

 

 彼女は優秀な人材だ。

 命令違反程度で殺すにはちょっと惜しい。

 

 だから、僕が。

 

「──賢者に反して愚者というのは安直か。さしずめ──隠者の石とかでどうだろう。いや全く、昔からだけどネーミングセンス微妙だよね僕」

 

 フラスコを割り。

 その石を──手にした。

 

 

 *

 

 

「まぁなんともなかったわけなんだけど……なんかごめんね?」

「所長、アンタ散々サプライズ嫌いとか言っといて、自分はやるんすか。大変だったんですよ、泣きわめくイリスを宥めるの」

「うぅ……」

 

 少し苦戦して、結構なダメージを負って、無視できない発見をして、上手く隠して。

 そうやって戻って来たら──イリスがボロッボロ泣いていて、みんなが彼女を慰めていた。カリステムまでいる。君人を慰めるとかできるんだね。

 

「……おっと、所長。こっち来てくださいや」

「うん?」

 

 オズワルドが何かに気付いたように、手招きをしてくる。

 なんだろうと近づけば、彼は僕に耳打ちをした。

 

「──血の臭い、隠し切れてませんぜ。イリスなら気付く。とっとと上に上がって治療してきてください。アイツのトラウマがさらに深くなっちまう前に」

「本職には流石に気付かれるか」

「え、うっ!?」

「なんてね。いいよ、君の過去がどうあれ、裏切りと内通以外は見逃すから」

 

 まぁ。

 まぁ、まぁ、まぁ。

 

 僕のいなかったたったの二日間における成果としては──上々と言えるだろう。

 

 

 ちなみに、ジョルジオとモーガはまだ周期表を覚える段階らしい。

 気の遠くなる話だね。



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第五十話 錬金術の秘奥「賢石剣鎧」&リストアップ

2/22(水)の更新はありません。


 彼は自らをカリステムと名乗った。アルケミストのアナグラム。馬鹿にしているとしか思えない偽名。

 提出してきた自らの経歴書には、ツッコミどころしかなかった。一点の曇りなく偽造書類。

 

 正直な話をすると、偽造書類で入ってこようとした軍人はカリステム以外にも多くいた。

 全員、ちゃんと、送り返したけれど。

 背後にいるのは大体がお偉方。あと第三研究所から、というのもあった覚えがある。面接の時点で「報復に出ない理由を考えといてね(意訳)」と告げて返してからはアクションがないけれど、変わらずレイブン中将だけは僕とコンタクトを取りたがり続けている。

 国防の話、なら喜んで受けるんだけどね。「良い話があるんだが」って来られて乗る人そうそういないでしょ。

 

 話が逸れた。

 そう、だから、それで。

 

 おかしなことに──カリステムだけは背後に何も出てこなかった。 

 どれだけ洗っても、どれだけ探っても、何も出てこない。というよりアメストリス軍という歴史の中に突然湧いて出た、と言われた方がしっくりくるくらいの不自然さ。誰にも繋がっていないし、誰と知り合いでもない。偽造と不詳だらけの錬金術師。

 

 ただ、一点。

 わかりやすくわかるのは──。

 

「ああ、ああ、所長! どうですかどうですか──第一段階、段階、突破しましたしましたよ!!」

 

 カリステム。

 彼の錬金術師としての腕は、この第五研究所を見回しても突出して高い、ということである。

 

 

 *

 

 

 サジュ。

 北西部の出身で、ドラクマやクレタの戦いには参加しなかったものの、実はイシュヴァール戦役にいたとか。僕には全く見覚えがないのだけど、それもそのはず僕が出て行った後の北東基地……つまりロックベル夫妻を説得した後のあの基地へ追加された軍医、だったそうだ。ああ、だから、夫妻を引き留めるために僕が来るのを遅らせた軍医ね。

 そう、彼の生体錬成における深い知識は戦場で怪我人を治し続けた勲章であり、天使だなんだと騒いでいる割にかなり深いところまで錬金術を研究できている。

 

 此度ミスを──原理の分からない生物を作ってしまった、というのは彼にあるまじき失態だけど、恐らく僕にあの天使を殺された瞬間から代案や修正案はその脳裏に浮かんでいたはずだ。処理も沙汰も覚悟していた上で、彼は何をどうすればいいか考えついていた。

 死を覚悟した上で、自身の研究を第一に考えられる。研究者らしい行動であると同時に、どこか狂気を孕んだ行為であると言える。

 

 経歴はしっかりしているし、背後に誰がいるということもないけれど──「キメラを自由に作っていい」の一点のみで入って来た彼には今後とも強い注意が必要だろう。

 

 

 *

 

 

 マンテイク兄妹。

 出身はイーストシティで、東方司令部に兄妹で勤務していた。イシュヴァール戦役にも少しばかり関わっていたようだけど、最初の方だけで早々に帰ったとかなんとか。その後ユースウェルの方へ派遣され、特に何があるわけでもない鉱山で過ごす二年間は非常に退屈だったと兄妹どちらもが語っている。

 そのままうだつが上がらない軍人生活を送るのかと世を嘆いていた所、妹のアンファミーユが僕の募集を見つけて、そのまま意気揚々と応募。面接に来た時も二人一緒にだったし、帰る時も面倒くさそうなオズワルドの腕をアンファミーユが掴んで歩く、という……まぁ、君達兄妹の一線超えてない? と思うような雰囲気の二人だった。

 イチャラブイチャラブな二人だけど、一応東方司令部に勤務だったということで、グラマン中将にはお世話になったとか。繋がりと呼べるほど明確なものではないけれど、思想は煽りを受けているというべきか、どちらかというと平穏無事にコトが進めばそれで良い派。

 危険なものや面倒くさそうなものには関わろうとしてこないけれど、興味のあるものや──悪い言い方をすると、僕からの評価の上がりそうな研究にはかなり食いついてくるイメージがある。

 

 出世欲、とは少し違うのだろう。だって第五研究所でどんな成果上げたって特に出世できないし。

 ならば物欲……金銭かとも思ったけど、それも違うらしい。

 

 最近わかったことだけど、アンファミーユは捨てられることに過度な拒否反応を示す。僕の研究を手伝いたがるのはそこから来ているのだろう。ただし、兄のオズワルドはそういう反応を示すことなく、けれど食いついてくるから……ここも、ちょっと要注意。

 

 

 *

 

 

 イリス・カルコル。

 中央南西にあるメリーエンという街出身。結婚歴があり、軍人ではない一般男性と結婚し、子を授かり──けれどどちらも亡くしている。

 何故その二人が死んだのかは不明。まぁ一般人の死だ。軍には特に何かが残されていることもなかったし、実際にメリーエンに行って聞き込みまでしたけど、覚えている者は誰一人としていなかった。

 歳は29だから、その事件がそこまで昔であるとは思えないんだけど、誰も知らない。

 ──隠蔽されたか、あるいは何かの実験で、と考えるのが普通だろう。

 

 彼女の子供へのトラウマはこの事件から来るものだと容易に想像できるけれど、ああいうヒステリックな反応をするということは、目の前で子供が殺される、くらいはしていそうだな、と予想。夫が子供と心中したんじゃないかな、みたいな話は考えたけれど、真相は闇の中。

 

 軍人としての彼女は実は少佐という高い位を持っている。錬金術師ではあるものの国家錬金術師ではないから、ちゃんと軍人として積み上げに積み上げてきて、少佐という地位を手にした努力家だ。

 軍内部でもイリス・カルコルの名はそこそこ知られていて、特に「自らが怪我を負ってでも子供を守り通した」系のエピソードには事欠かない。軍というか憲兵に有名な女性だ。民間人を数多く守った軍人さん、なのである。

 

 それがなんでこんな外道の集まりに、という疑問は面接時に解消されている。

 

 ──アメストリス以外の国は要らない、と。

 強い……強い憎しみの籠った言葉だった。夫と子供の事件に他国が関わっていたのかどうかは知らないし、彼女が他国嫌いだという話は軍人からも憲兵からも聞かなかった。

 これが僕に取り入るための嘘だとしたら、恐ろしいほどの演技力だ。思念エネルギーがこぼれ出るんじゃないかってほどの怨嗟がそこにはあったから。

 

 というわけで、イリスもそれなりに要注意人物だ。思想の強さで言えば恐らく僕の上を行く。

 

 ちなみに彼女と共にいる四名の職員は彼女が連れてきた者達だ。

 それぞれに身辺調査はしたけれど、特にめぼしいものは見つからなかった。しいて言えば独身男性多めってことくらい。

 

 

 *

 

 

 みたいな話を、第五研究所の屋上でする。した。

 

「……なんというか、誰も彼も怪しいわねぇ」

「まーね。実力と熱量オンリーで選んだから変人だらけになるのは当然にしても、皆バックにお偉方がいな過ぎる。内通者はその場で処断する、が効き過ぎた、というのは楽観視だと思うけれど、ここまで無いと全員怪しく思えちゃう」

 

 している相手は、ラスト。ホムンクルス、色欲(ラスト)である。

 そう、地下の錬金術師九人と、地上の職員五人。プラス僕で16人。でも第五研究所の所属人数は17人。

 その最後の一人がラストなのだ。

 

 ま、監視兼各所とのパイプって感じ。エンヴィーじゃないのは、エンヴィーの方が忙しいから。

 

「誰が裏切り者だと思う?」

「あら、裏切り者がいるのは確定?」

「僕の人生で、僕の隣を歩んだ者が裏切り者じゃなかったことがなかったからね。裏切り者じゃなかったら早々に死んでいた。それくらいには死に纏わりつかれているよ」

「クラクトハイト隊は?」

「アレは……まぁ、彼らは特別だよ。死なない理由がある」

 

 原作キャラの加護みたいなものがあるんだろう。知らないけど。

 覚えているとも。僕の隣に来たばかりに死に行った悪人と善人。僕を裏切ったばかりに死んでいった善人と悪人。包み隠さず僕から情報を取りに来た善悪の無い彼。誰も彼も、決して忘れたりしない。

 

 それが突然ここまでの人数に囲まれて、誰も裏切り者じゃない、誰も死なない──なんて。

 残念ながらそう楽観視できる風な育ち方をしていない。

 

「フフフ、疑心暗鬼、人間不信ねぇ。仲間ができたことを喜べばいいのに」

「ホントにね。素直に同じ研究所の仲間を信じられたらどんなに良かったか。──ラスト、人間を信じる方法知ってたりしない?」

人造人間(私達)にそれを聞くというのは、酷ではなくて?」

「残酷ではあると思っているよ」

「同情を欲しての言葉では無かったのだけれど、そうね。アドバイスをあげるとしたら──人間は結局一人では何もできない、ということよ。組織を動かすことも、戦局を左右することも。青臭い言い方を選ぶのならば仲間が必要になる。──それを必要としなくなった貴方には、もうわからない話でしょうけれど」

 

 少し面食らう。

 ラストからそういう……なんだろう、人間を持ち上げるような言葉が出るとは思っていなかったからだ。いや、勿論文面上は「人間は一人じゃ何もできない」なんだけど、逆に言えば「集まり、群れることさえできれば、仲間がいれば何でもできる」と言っているようなものだ。

 

「意外、という顔をしているわね。フフ、私は色欲(ラスト)だから、色々見てきたのよ。男の涙も、女の涙も、たったそれだけで強くなる人間たちを。たったそれだけで弱くなる人間という存在を」

「……ねぇ、ラスト」

「何かしら」

 

 問う。

 答えを知っている問いをかける。

 

「昔ね、エンヴィーに言われたんだ。お父さんとお母さんを守るのが僕のやりたいことだけど──お父さんとお母さんが死んだところで、僕は泣けない、って。どうかな、ラスト。君から見て僕は、両親の死に咽び泣けるポテンシャルがあるように見えるかな」

「いいえ。悲しみはすると思うけれど、泣くことなく、埋葬だけして──アナタは次に進むのでしょう。守るもののなくなったアナタがどの道を辿るのかまでは予想できないけれど、少なくとも人間にとって良い結果を齎すようには見えない。フフフ、お父様が貴方を気に入った理由がわかったような気がするわ」

「そっか」

 

 やっぱり無理か。

 最近、そうなんじゃないかと思うことが多くあって、イリスが泣いているのを見てそれを確信に変えた。

 

 僕の中に、愛情というものはないんだって。

 

「さて、そろそろ私は行くけれど。何かお父様やブラッドレイに伝えておくことはあるかしら」

「その二人には無いけれど、グラトニーに伝えておいてほしいことがあるんだよね」

「グラトニーに? ……その、あの子に何かを期待しているのならやめておいた方が良いわ」

「ああいや、コレ。コレの匂いのついた人間片っ端から食べて欲しいってお願いだから、それならいけるでしょ」

 

 言って渡すのは、SAGの特殊スーツ。

 血がべったりついたそれは、グリードと遭った時に殺した一人から鹵獲したものだ。

 

「……承知したわ。人間を食べて欲しいというお願いなら、あの子も喜ぶと思うから」

「ああでも気を付けて。──多分、全員人柱になり得る人材だから。お父様の願いを優先するなら、殺したり食べさせたりするんじゃなく捕獲するのが一番かもしれない」

「貴方、長生きをしたいのなら味方ではない者達の計画を簡単に口にしない方が良いわ」

「エンヴィーにも言われたなぁソレ」

 

 左掌から、紅の刀身を抜いてソレを防ぐ。

 脅しのつもりだったのだろう、けれど防がれて、一気にバックステップをするラストに──言う。

 

「大丈夫だよ。僕の命を握っているのは、君達ではないからね」

「……私の爪が欠けた。成程、その刀身……厄介なものを持っているじゃない」

「コレの何百倍のものを納品しているんだから勘弁してほしいな」

 

 剣石錬成、なんて名前で呼んでいるコレは、だからつまり、賢者の石だ。

 賢者の石の形状変化にある程度の法則性を見つけた僕が文字通り身に着けた、僕本体の弱さを補うための近接戦闘手段。

 竜頭剣じゃ無理な相手にのみ使う、完全物質の切れ味を用いた"最強の剣"。ちなみに手袋にも繊維として練り込んであるし、軍服の裏地にも張り巡らせてある。

 

 多分シン組が僕を見たらホムンクルスと勘違いすることだろう。

 

 賢者の石は完全物質だ。

 傷つかない。溶けない。腐食しない。燃えない。

 じゃあ賢者の石で鎧作ったらいいじゃん! という安直な考えに、ドラクマの刀とスーツが一体化したものから得た着想を混ぜ込んで、賢者の石を纏い、それを武器にする、という発想に至った。

 

「グラトニーの件。これはこちらで預からせてもらうわ。そのSAGというのが本当に人柱足り得るのならば、こちらの計画も大幅な変更が必要になってくるもの」

「うん、好きにして。ただし彼らが僕の前に現れたのなら問答無用で殺すから、僕や僕の周囲で彼らをのさばらせないよう注意してね」

 

 さて。

 人柱がどうなったって約束の日は変わらないし、SAGの生き残りがどれだけいるのかはわからないけれど──果たして。

 



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第五十一話 錬丹術の応用「狭窄錬成」

 1910年。

 この二年間、実家に帰ってちょっとした細工をしたり、お父さんとお母さんといろんな話をしたり、お父様といろんな話をしたり、ホムンクルスと情報交換をしたりと色々あった……にはあったんだけど、国を揺るがす大事件とか、僕自身が襲われたり、逆に僕が殺しに行ったりは発生しなかった。

 第五研究所としては様々なキメラ……主にサジュの研究成果を上にあげることで地位を高め、中央犯罪博物館も人気を博して問題らしい問題がない。

 イシュヴァールやアエルゴ、クレタ、ドラクマも激動の一年二年で光陰矢の如しだったけど、何もない日々もあっという間に過ぎていくものなんだなぁ、なんて縁側でお茶を飲むおじいちゃんのような感想が口を衝く。

 

「そんなこと言えるのはレムノスくんだけよねぇ」

「ああ、所長がどれだけの修羅場を潜って来たかは知らねえが、そこそこ色々あっただろ」

 

 イリスとオズワルド。二人の言うことは、まぁもっともではあったりする。

 そこそこのこと。──たとえば、キング・ブラッドレイ大総統の視察とか。どうせ何も言われないって僕はわかっていたけれど、みんなは外道で非道な研究している自覚があるから大騒ぎになった。色々隠して、いろいろ整えて。

 結局来たのは地上だけ──犯罪博物館を見に来ただけってオチだったり。

 

「いやそんな平和なのじゃなくて、ありましたよね、サジュの作ったキメラの異臭騒ぎ!」

「ああ、恥ずかしいな。アレは……今でも本当に申し訳ないです……」

 

 異臭騒ぎ、と言えばそこまででもないように聞こえるけど、サジュの作ったキメラがお腹を壊して有毒ガスが研究所内に充満する、という事件があった。サジュの監視役の錬金術師が一人昏倒した他、数多の死刑囚が体調不良に陥るなどの被害が出て、確かに大変だった。

 ちなみに天使はまだできていないし、あの浮いた現象もまだ再現できていない。再現できていないのか、違法な何かを用いていたから監視付きだと再現できないのかまではわからないけど。

 

「あったと言えば、言えば私ですよ私! 成果を上げました上げましたどうぞ褒めてくださいええ、ええ!」

「今何ペア目だっけ?」

「……じゅ、十ペア目……目?」

 

 そう。

 ジョルジオとモーガはもういない。死んでいる。

 錬金術を覚える過程でリバウンドを受けて死んだ。簡単な死だった。どうやら思念エネルギーを込めすぎる、あるいはバランスが悪いことが原因らしく、それを調整するには二人の思念を同量にしなければならず……みたいな。

 結構試行錯誤が続いている。

 

 ただ、成果というだけはあって、この十ペア目はようやく成功した。

 錬金術を扱う二人。同量の思念エネルギーを錬成陣に込めることのできる二人。

 

 ──つまり、兄弟。

 なんならなんとスライサー兄弟である。魂定着の陣の犠牲にはならなくて良かった、と。

 本来スライサー兄弟に死刑判決が下るのは1912年だったはずだけど、必要だから、という理由で早められた。そういうことしちゃえるのが独裁政権の良い所。

 

 スライサー兄弟は錬金術に適性があり、呼吸も合わせることができて、意思疎通もできる。

 あまりにもピッタリな存在だったってわけだ。

 

 そんなわけで──僕らは二年間、苦楽を共にし、誰が誰を裏切ることもなく、誰が誰と内通することもなく順風満帆にすべてが上手く行った、というのが結論。

 

 

 だったら、僕もようやく人を信じることができたかもしれない。

 

「アンファミーユ。カリステム。ちょっとこっちへ来てほしい」

「へ……? 私、ですか?」

「ええ、ええ、そのあの、ええ、顔が怖いのですが、ですが」

 

 子供の表情はわかり難いけど、僕ももう15歳だ。

 そろそろ顔で何を物語っているのかわかる頃合いであると言える。

 

「こっちへ来てほしい」

 

 ごくり、と二人が唾を飲む。

 何か──心当たりがあるのか。

 

「三度目を言わせる気かな」

「い……いえ、行きます。な、なんでしょうか」

「……」

 

 二人を──僕の傍において。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「え」

「──ッ!?」

 

 真っ先に行動したのはサジュだ。

 両手を合わせ、鎖に対して錬成エネルギーを迸らせる。が、残念。いつも使っている単なる鉄じゃあないからね、分解はできないよ。

 その背後でイリスが赤い錬成反応と共に鎖から抜け出す──も、途中で足が止まる。気付いたらしい。

 既にこの第五研究所地下は全て僕の支配下にあることに。

 

 オズワルドは機を窺ったまま動かない。

 

「しょ、所長……?」

「二年間、じっくり調べさせてもらった。結果──アンファミーユ・マンテイクとカリステム以外は裏切り者であると僕は判断した。何か反論はあるかな」

「あります! 兄はずっと私といました! 裏切るような行為を取ることができません!」

 

 アンファミーユの悲痛な声。

 だというのに、オズワルドはだんまりだ。むしろ唇を噛んで、ギロチンを待つかのように動かない。

 

「気付かないのは当然だよ、アンファミーユ。何せ彼は、()()()()()()()()()()()()()()

「私……で?」

「そう。君達二人は様々な錬成兵器のパーツ開発を任せていたね。キメラ・バッテリーやキメラ・トランジスタに始まり、本当に様々なものを。その中の一つに、CPS……親機であるキメラを持っていれば、子機であるキメラがどこにいるか探知できるようになるものがあったと思う。覚えているかな」

「勿論です。小型化もして、対象の食事に混ぜても気付かれない程のサイズと精度を両立させた、今までで一番の成果だと思います」

「そうかい。──ところで君達兄妹は、兄妹の一線を踏み越えて体の関係を持っているよね」

 

 言えば、アンファミーユはバッと自らの身体を掻き抱いてバックステップをした。

 もはや研究所の誰もが知っていることだ。知られていないと思っているのはアンファミーユだけだっただろう。

 

「そ、そそ、それが何をッ!」

「オズワルド。君、アンファミーユの体内に一体幾つのキメラを仕込んだのかな。CPS以外にも──それを改良した爆発物や毒物の類を。親機からの思念エネルギーを受けて息絶え、中の物を吐き出すその代物を」

「……56」

 

 だんまりだったオズワルドの吐いたその言葉に、アンファミーユは今度こそ恐ろしい物を見る顔をして、けれどその場に座り込む。

 首や腹を押さえて──「あ、あ」と声にならない声を出して。

 

「アンファミーユ。兄との交わりだけでなく、兄の手料理を食べることも多々あったね。そして君は体調を崩すことも多くあった。申し訳なさそうにしてくれていたけれど、あれは完全に毒物の症状だった。アンファミーユ。君だけなんだよ。オズワルドの作ったものを信用して口にするような子は。オズワルドに体のどこを触れられても怪しまない子は」

 

 親機を持ってさえいれば、対象を意のままに操ることのできるキメラ。

 たとえば市販薬品のようなカプセルで売りだしたら。たとえばセントラルのレストランにこっそり混入させたら。

 それだけで──集団食中毒も真っ青なバイオテロを起こせる。

 その臨床試験をオズワルドはアンファミーユで行っていた。

 

 死刑囚ではダメだった。

 健康じゃないから。

 

「弁明はあるかな」

「無いスわ。一切。──が、早まんなよ所長。アンファミーユは貴重な人材だろ? 俺を殺してみろよ。死にますぜ、そいつも」

「妹を人質に取るのか。良い性格してるね」

「実験動物に親愛を抱く方がどうかしてるだろ」

 

 もう、アンファミーユは蒼白顔だ。

 絶望の淵にあるのだろう。何度かえずいているし、今朝も食べたオズワルドの差し入れを吐きだそうとしているのかもしれない。

 

「そうかい、じゃあ次に行こう。イリス」

「……」

「君はそもそも隠す気がなかったね。子供だから、という理由で僕を排斥し、実験のほとんどを隠れて行っていた。成果物を取られようものなら泣き叫び、無理だとわかれば秘密裡に作り出し。夫と子供のトラウマなんて嘘っぱちだ。なんせ君、結婚なんか一度もしていないだろう」

「……そんなことはないわー。レムノスくんにはわからないと思うけどー、私はちゃんと」

「正直脱帽しているよ。君は恐らく僕の賢石錬成の仕組みをどこかで知っていたんだ。そして思念エネルギーについても研究をしていた。この研究所に来る以前からね。だから、なんだろう? "身を挺してでも子供を守る軍人"のイメージをつけたのは」

 

 あるいは中央軍の錬金術師だったか。

 とかく彼女は初めから賢者の石の生成方法を知っていた。

 

 そして思念エネルギーについてもある程度の考察を持っていた。だから自ら思念エネルギー研究課に志願したんだろうし。

 

「子供の方が大きな感情を持っている。君のその手にある賢者の石は、保護した子供で作ったものだね?」

 

 これは第五研究所としては最近分かった事実──あるいはイリスがひた隠しにしてきた事実だけど、思念エネルギーの総量とでも呼ぶべきものは年齢に反比例する。

 つまり赤子が最も高い思念エネルギーを持っていて、老人は乏しい思念エネルギーしか持っていないのだ。だから賢者の石も、老人で作るより赤子で作った方がより高密度で高純度で、且つ大きな石を得ることができる。

 

「若い独身男性の錬金術師を多くつれてきたのもそういう理由だろう? だから、自ら子を孕み、それを産み落とし──使うためだ」

「……だとして、それが何の裏切りになるのかしらー? オズワルドもだけど、裏切っても内通してもいないでしょ?」

「そうかな。ねぇ、サジュ。──僕を材料にしたくて、二人に依頼をしていた君はどう思う?」

 

 サジュは──幽鬼のような表情で、にやりと笑った。

 

 

 サジュ。

 イシュヴァール戦役に参加していた軍医で、生体錬成に長けた存在。

 

 彼は天使を作ろうとしていた。

 けれどそもそも天使とはなんだろう。彼は何故、明確な天使像を持ってその目的に邁進できていたのか。

 

 それはだから、見たことがあったからだ。

 

「初めて少将を見た時、あなたはまだ大佐だった。けれど、あなたは子供ではなかった。噂にあった悪魔、悪夢、忌み子──そのどれもに当てはまらない、その年齢であまりに理知的で、あまりに理性的で、あまりに冷静で」

 

 僕は貴方に恋をしました。

 そう、続ける。

 

「ああ、恋愛感情のような下賤なものと一緒にしないでくださいよ? 僕は貴方に天使を見出したんです。貴方のことはロックベルという医者夫妻に聞きました。冷徹で冷酷で、けれど兵のためを想って行動する子供。その人物像とは裏腹に、残留連鎖生体錬成弾や錬成地雷と言った非人道的兵器の開発。僕はね、思ったんです。──貴方は天使で、人間ではないんじゃないか、って」

「飛躍した思考だね」

「明らかに見下した思考でした。人間を人間だと思っていない。駆除するべき害虫であるとしか思っていない所業。神を守るために遣わされた尖兵。そういう風にしか見えなかった。貴方は明らかに僕たち人間と価値観が違う。世界観が違う。故に僕はまず、貴方を作ろうとしました」

 

 明らかに狂った発想だ。

 飛躍も飛躍だし、意味が分からないところがいくつもあるし。

 

 けれど、サジュは当然の話をするかのように言う。

 

「結果がコレです」

 

 言って見せるは、左目。

 ──それは、義眼。

 

「人体錬成を行い、失敗し、僕は左目を持っていかれました。代わりに真理を見たことで手を合わせるだけで錬成が行える、なんて特技を得ましたが、正直使いどころのないもの。真理を名乗るクセに天使の作り方は教えてくれませんでしたし」

「あの仮初の天使も真理の知識からかい?」

「いえ、アレはただの手品ですよ。イリスから借り受けた賢者の石を用い、あの見てくれだけの天使の足元の空気を固体にして台座にしました。等価交換どころか物理法則まで無視できるのが良い所ですよね、賢者の石は」

 

 だからイリスが助け船を出したわけだ。

 そして説明も出来なかった。賢者の石を使いました、なんて言えなかったから。

 

「面接のときに言いましたよね。死刑囚を使って天使をつくっても意味はない。人間如きを素材にしたって意味はない、って」

「言ってたね」

「でも僕は、所長を人間だと思っていません。だから材料にできると思った。イリスには賢者の石を、オズワルドには薬物をそれぞれ依頼し、所長という材料で天使をつくる──その計画を始めました。利害の一致という奴ですよ。僕ら三人はそれぞれに互いの悪行を知っていましたから」

 

 サジュがもう一度手を合わせ、鎖に分解を行う……けれど、それも無効に終わる。

 精々試すがいいさ。君が死ぬまでの間ね。

 

「──唯一の懸念点は、そこの男でした。こっちで経歴を調べても、会話で探りを入れても、何も出てこない。計画決行段階はカリステムのせいでかなり遅らせられましたよ。なんせカリステムの腕は恐らく僕たちの誰よりも上だ。正義感なんかで所長を守られたら目も当てられない」

「それは甘い計算だね。カリステム以外にもあるだろう、懸念点」

「少将自身、ですか? それは何も問題ないですよ。貴方を想定した対策はしてある。気付いていますか? 貴方の体内にも」

「キメラがいる、って? そりゃ気付いているさ。昨日オズワルドからの差し入れを食べたからね」

 

 だからこそわからない。

 何を余裕ぶっているのか。

 

「僕はずっと言っているよ。裏切り者、内通者は殺すと。──僕に仇為す計画は裏切りでしかない。故に君達三人を殺す」

「ま──待って!」

「待たない」

 

 鎖で、絞め殺す。

 ぐちゃ、と。

 

 ……ならなかった。

 

 代わりに、ぼと、と何かが落ちる。

 

「竜頭の錬金術師、レムノス・クラクトハイト。──その弱点は錬成速度が圧倒的に遅いことだ。ならば錬成中の錬成陣に違う要素を描き足してしまえば、錬成エネルギー不足でリバウンドが起きる。あまりにも致命的な弱点」

 

 落ちたのは、僕の腕。

 ……割込錬成か。

 

「言ったでしょう、計画の決行はかなり遅らせられた、って。──つまり、今は行けると踏んでいるんですよ。何故なら」

「──僕のサンチェゴに細工をしたのは君か、カリステム」

「はい、はいはいはい。ええ、とても簡単でしたでした。地中に生成される錬成陣を孕む機械時計。15秒をかけてゆっくりとゆっくりと錬成されるこれに、隣から細工をするする、簡単簡単あまりに簡単。何か疑問はありますか? 私が懐柔されたことですか? ですか?」

「所長なら僕たちを処断する時にカリステムとアンファミーユを隣に置くって思ってましたよ。貴方はそういう、芝居がかった演出を好む癖がある。そして、今、アンファミーユが貴方に詰め寄っていますから」

「ああ。じゃあな、アンファミーユ」

 

 軽く。 

 彼女が驚きと悲嘆で彼の方へ振り返る前に、オズワルドから思念エネルギーが流れてきて──アンファミーユに。

 

 

 到達しなかった。

 

「……あ?」

「そうだね。知識不足が何よりもの敗因だろう。僕が竜頭の錬金術師であり、君がイシュヴァール戦役の軍医であった。それが全てだ。クレタ、アエルゴ、ドラクマでの戦争に参加していれば少しは気づけたかもしれないのに、勿体のないことだ」

 

 さっき落ちた腕を拾う。

 拾ってくっつける。粘土細工みたいに。

 

「!?」

「昔ね、イシュヴァール戦役の時の話なんだけど、僕ってば慢心しててさ、死んでいると思ってたイシュヴァール人の横で雑談なんかかまして、不意打ちで腕をぐっさりやられて、骨が歪んじゃったことがあるんだよ。その時は生体錬成や絶対安静でなんとかなったんだけど、歳を取るにつれてその歪みが大きくなってさ、手術が必要なくらいのひずみができてたわけ」

 

 だから切り落としたよね。

 と、軽い口調で言う。

 

 邪魔だった。

 要らないと思った。だから斬って、そこに機械鎧を入れた。普通の人体より遥かに便利な機械鎧を。ま、ダミーの皮膚は纏ってるから、見た目じゃわからないんだけど。

 

「サンチェゴへの割込錬成による思念エネルギー不足だっけ? 僕が考案したものなんだから僕が対策してないはずないだろ。僕はサンチェゴに、常に過剰量の思念エネルギーを送っているんだよ。君達と違って僕は錬成できる数に制限があるからね」

 

 だから。

 

「その応用で、僕を中心とした一定範囲内の錬金術は全て霧散する。ノイズ、と呼んでいる技術だ。だから安心して良いよアンファミーユ。君の体内のキメラは発動しない。そしてもう一つ、狭窄錬成というものも行っている。だからアンファミーユとカリステムをこっちに来させたんだ。これは思念エネルギーを詰まらせる──届かなくさせる錬金術だよ」

 

 まぁ錬丹術なんだけど。

 僕の目の前には両側から強い「流れ」が来ているから、キメラ程度の思念エネルギーじゃこの流れに逆らうことはできない。

 

「カリステム。君が懐柔された理由もなんとなくはわかったよ。──君さ、誰でも良いんだろ?」

「あ、はい、はいはい。そうですそうです。別に上司が所長になろうと彼らになろうと私は変わりませんし、ませんし、やることも同じですしですし。だから彼らが所長に阻まれても同じ、同じです。ここで私が死んでも特に何も何も関係はなく」

「うん。でも君のその行為は裏切りだから、ここで死んでもらうよ」

「わかりました。スライサー兄弟のことはお任せ、お任せしました。研究資料は私の個人ロッカーに在り、在りますのではいはい、大丈夫です。少将なら読み解けるでしょうそれではでは」

 

 ぐりん、と。

 カリステムの首があり得ない方向に曲がる。

 

 そのまま──絶命した。

 

 ……自決とは、恐れ入った。結局君が誰なのかわからなかったけど……ふむ、君の遺体はもう少し調べさせてもらうことにしよう。

 

「そうだ、イリス、サジュ。死ぬ前に一つ良い物を見せてあげよう。──君達の見たかったものだ」

 

 背中に、白が生える。

 白い、白い──結晶のような翼。二年の研究結果の一つ。

 

「……ああ」

「天使、と。そう呼んでくれて構わないよ」

 

 潰す。

 今度こそ、その胴体を鎖で握り潰し、頭蓋を突き刺す。

 二年間。楽しい毎日をありがとう。さようなら。

 

 

 さて、あとは。

 

 

 *

 

 

「……所長。お願いが、あります」

「何かな、アンファミーユ」

 

 翼の生えた所長。

 アレがなんなのかはもうわからない。アレが誰なのかももうわからない。

 

 もう、どうでもいい。

 信じ縋って来たものが──私を、実験動物にしか見ていなかった、なんて。

 

 もう。

 

「私と兄を、一緒に殺してください」

「君は僕を裏切っていないのに?」

「兄は家族なので、連帯責任です」

 

 私の言葉を聞いてか、鎖が鎌首をもたげる。

 じゃらじゃらと音を立てて、今しがたイリスとサジュを殺した鎖がこちらへ来る。

 

「そうだね。確かに、オズワルドだけを殺したら、アンファミーユ。君は復讐者となって僕を殺すかもしれない。復讐の芽は摘んでおくべきだ」

「はい。後悔は、ないです。──お願いします」

 

 目を瞑る。

 こんな。

 

 こんなことで、私の生は閉じるのだ。

 依存していた自覚はあった。けれど唯一の肉親なのだからと言い訳をしていた。

 

 ──だからこれは、無知に対する罰。

 

「さようなら」

 

 ああ。



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第五十二話 錬丹術の基礎「治癒(2)」&誕生日

 結果として、第五研究所の職員は地上の六名と地下の一名だけになった。僕入れると二名だけど。

 

 そう、アンファミーユは残ったのだ。残ることを選択した。そして、僕が殺さなかった。

 どうしてか。

 いやだって僕、味方殺しをしない事で有名な錬金術師だからね。

 

 というわけで、血液の類を全て掃除した第五研究所地下に僕らはいた。

 

「じゃあ、いいかな」

「はい……お願いします」

 

 一糸纏わぬアンファミーユ。

 その身を寝台に横たわらせる。頭頂へ触れて──目を瞑る。

 

 ……人体の「流れ」。

 僕はまだ龍脈の流れというものを体感できていない。けれど他の、つまり思念エネルギーの流れや錬成エネルギー、賢者の石のエネルギーの流れはわかってきている。そして人体の流れについても。 

 大地の流れにだけ嫌われているんじゃないかってくらいわからないんだけど、他の流れはわかるのだ。

 それを使い──治療を行う。

 

「麻酔はかけてあるけれど、違和感や不快感までを消せるわけではないから、その辺我慢してね」

「はい」

 

 オズワルドはアンファミーユの体内に56匹のキメラを仕掛けたと言った。だからまぁ、倍はあると見ていいだろう。

 ──まず、頭蓋の中に10はいるな、これ。どうやって……鼻や耳から行った? 流石に気付かない? それ。それとも寝ている間に開頭手術でもしたのだろうか。確かに「気圧で頭痛が」とか言ってる日は多かったけど。

 

「ぅ……」

「痛むかな」

「い、……いえ、頭の、中を……虫が蠢いている、ような……感覚が」

「それは気分の良いものではなさそうだ。分解するよ」

 

 頭頂から足先へ敷かれた五角形の錬丹陣。

 その流れの最中で、感知した滞り……極小のキメラ、通称ナノキメラを丁寧に分解していく。親機が沈黙しているから動きはしないはずだけど、一応これらも生物なので何をしでかすかわからない。だから、雑さを棄てて、丁寧に。

 

「ぅ……ぁ、ぐ……」

「分解物を体の構成物へ錬成し直すから、そこに違和感があっても待っててね。けれど、少しでも動くような兆候があったらすぐに言うこと」

「だぃ、じょうぶ……です」

 

 次に顔……も、点々とナノキメラが。そこから喉及び脊椎にもびっしりと張り付いている。これ……もしかして肌から直接注射針とかで入れた? 流石に気付きそうな痛みのある場所だけど、兄への依存心が勝ったのかな。

 

「何か、水……に、似たものが、頭を、浸して……」

「それが僕の治療だからそれそのものは気にしなくていいよ」

「これは、ぁ、ふぅ……思念エネルギー、ですか?」

「いや、錬成エネルギーだね。ほら、そろそろ心臓部に達する。恐らく山場の一つだし、麻酔を飛び越えて痛みがあるかもしれないから雑談はあとあと」

 

 急所だ。それなりのものを仕込んでいるはず。

 肺や胸、肋骨周辺、勿論背骨の方もすべて精査していく。……夥しい数があるな。112を優に超えるんじゃないかな、これ。確かにこの量のナノキメラが間近で爆発していたら僕も危なかったかもしれない。賢者の石の鎧は頭までは守れないからね。オートで守っているとかじゃないからさ。

 その辺どうにかしないとなぁとは思っている。結局僕って動体視力や反射神経が人並みかそれ以下だから、パッシブで守っている部分はどうにかなるんだけど、アクティブな守りや攻撃はあんまり強くないんだよね。

 

「ぅぁ……あぁ……ぁあ、ぅぅぅ」

「臓器の一部には癒着しているか。困ったな、切除と縫合までとなると……いや、できなくもないけど、もう一つ陣が必要になる。アンファミーユ、肌に錬成陣を描いても良いかい?」

「は、ぃ……だいじょ、で」

 

 水性マーカーで彼女の上腹部へ円を描く。久方ぶりの描き方、僕の原初といえる竜頭の描画。三本のマーカーを持ってぐりんと回す奴ね。

 そこへ五角形を描く。錬丹術の五角形は多少歪んでいても関係ない*1ので適当にマーカーを星型に走らせて、と。

 

「ちょっと痛むよ。お腹に力入れてね」

「──ッ、ぁ、くぅっ!?」

 

 十二指腸と膵臓の入り口付近にいたナノキメラを切除し、その傷を癒す。

 そこそこ……一瞬だけ盲腸になった、くらいの痛みはあったはずだ。で、それが五、六匹いるので、断続的にやっていく。こういうの無駄に休みを入れると余計に痛いからね。

 

「はぁ……はぁ……」

「大丈夫?」

「……はい、大丈夫です」

 

 とはいえ、アンファミーユは僕の近くに来た人間で、唯一の裏切らなかった──本当に何も知らなくて、むしろ裏切られた側で、ちゃんと真面目に働いていてくれた人間である。

 それなりの褒賞というべきか、こうやってちゃんと治療することも含めて気を遣ってあげたいところ。いくら僕がお父さんとお母さんを守ること以外に興味ないといったって、人間関係ゼロでやっていけるほど世界は甘くない。

 あと僕若くて地位があるからね。近くに女性の影があった方が色々面倒が少ないんだよ。

 

「オズワルド……結構執拗だな。さっぱりした性格だと思ってたんだけど、こんなところにも……」

「う……あ、その、治療だとは……わかっている、んですが、あまり注視されると……その」

「ああ、大丈夫だよ。僕は君をそういう目で見たりしないから。そもそも16歳の少年だよ、僕。まだ早いでしょ」

「い、いえ一応年頃だと思いま……ぐっ」

 

 まぁ前世含めたら結構行ってるのは事実だけどさ。

 あんだけ酷い仕打ち受けたくせに、まだオズワルドに心があるような女性に変な事したりしないって。

 

 僕は一途で純愛主義だからね。一度決めたことは徹底してやり通すし、誰に何を言われても絶対に曲げないから──好きな人もできないよ。人を好きになるっていうことは、お父さんとお母さんを守ることの妨げになりかねないし。

 

「あと半分ちょいだから、余計なこと考えてないで集中して」

「うぅ……」

 

 しかし、僕の錬丹術も上達したものだ。

 錬金術と組み合わせているせいでほとんど我流だけど、これならメイ・チャンともマトモに戦えるのではなかろうか。

 なんで戦う前提になっているのかはわからないけれど。

 

 ──その後も、妙になまめかしい声を出すアンファミーユを後目に治療を続け、体内のナノキメラを消し去ることに成功したのだった。

 

 

 

 

「これから、どうするんですか?」

「どうするって?」

「こんなにたくさんの死者が出て……第五研究所は」

「別に、上の博物館さえ無事ならここはどうとでもなるからね。適当にやっていくよ。君が辞めたいと言わないのならば、僕からも不当に解雇するつもりはないし」

 

 ちなみにだけど、イリスが連れてきていた錬金術師四名も処断した。イリスと身体の関係があっただけでなく、イリスの思想に染まっていて、アンファミーユを……と、まぁこれ以上詳しく言う必要はないね。

 そんなわけで、本当に僕とアンファミーユと、あとラストだけになったってわけだ。上の一般職員をこっちに引き入れるのも難しいので、事業は絞る必要があるだろう。

 

「そんな貴方に朗報があるのだけど、聞く気はある?」

「!?」

「ああ、ラストか。エンヴィーがからかいに来たのかと思ってたよ」

「エンヴィーは最近忙しいの。どこかの誰かさんが隣国を全滅させてしまったせいで、外交関係での成りすましにそれなりの苦労がかかっているのよ」

「君達のお父様は喜んでいたけれど?」

「子には子の悩みがあるのよ」

「そんなものか」

 

 ラストの出現。

 僕は流れの詰まりでわかっていたけれど、アンファミーユは全くそうじゃない。だから全力で驚いて、けれど僕と彼女が親しげに話しているのを見て、落ち着いたらしい。

 

「えっと……もしかして、ラストさん、ですか?」

「あら、よく知っていたわね」

「全職員十七名で登録してあるのに十六人しかいないからね。あと一人が誰なのかを聞かれた時に普通に答えたよ。何か不都合があった?」

「いいえ。そう、私がラストよ。この子と大総統の繋ぎがメインの仕事」

「大総統……大総統!?」

 

 まぁ大総統の、っていうかお父様との、が正しいんだけど。

 お父様とはあれからも頻繁に会っていて、主に僕の思想を説いている。

 

「そう、僕は大総統と個人的な繋がりがあるんだ。君もグラマン中将と繋がりがあるだろう? 似たようなものだよ」

「え、いや、確かにお世話にはなりましたけど、繋がりという程……なな、内通者とかではないです! 決して!」

「わかってるよ。内通者だったらオズワルドと一緒に殺してたさ」

 

 当然のように言えば、乾いた笑いがアンファミーユから零れる。

 ふむ。兄への依存心が消えたわけではないし、引き摺ってもいる……けれど、そういうのを差し引けば普通の子なんだな。

 

「それで、ラスト。良い話って?」

「絶対に裏切らず、言われた通りの動きをし、決して秘密を口外しない者達を貸し出せるのだけど──どうかしら?」

「それ、もしかして大総統になれなかった人たちの事?」

「ええ」

 

 ……ふむ。もう何で知っているか、とか、不意打ち気味の攻撃とかしてこなくなったか。

 ブラッドレイ大総統と頻繫に会っていること、お父様にも同じくらい会っていることから知っていても特に気にすることでもないと思われたかな。

 それで、彼らか。

 そういえば確かに、彼らは裏切りとか無さそう。プライド、ラース、金歯医者さえいなければの話だけど。

 

「いや、せっかくの話だけど、遠慮しておくよ。こっちの地下事業は絞ろうと思ってたところなんだ。ああただ、お願いがあるんだけどいいかな」

「お願い?」

「少し前にね、とあるキメラを作ったんだ。スライサー兄弟っていうんだけど、これが所謂"錬金術を使いながら戦う剣士"でね。成り損ないや適当なキメラと戦わせて、戦闘データを取りたいんだよ」

「……いいでしょう。けれど、その戦闘データは中央軍にも取られるわよ」

「構わないよ。こっちの成果のお披露目でもあるからね」

 

 スライサー兄弟の強化──というのは別に期待していない。強くしたところで特に何にもならなそうだし、そもそもあの二人元々強いし。

 ただ、中央軍に成果……「人と人を合成獣(キメラ)にして、片方には常に錬金術を、片方には戦闘を、いざとなれば思念エネルギーを増幅させてさらに強い錬金術を」という生物兵器を見せつけることができるのはかなりのアドだと思う。

 ある意味キメラ・トランジスタであり、サジュとカリステムの全てが詰まったものであり、イリスとオズワルドの成果も欠片程度は詰まっている──第五研究所の集大成として見せるのが目的だ。

 

 ナノキメラとかCPSとか、隠者の石とか他の諸々とかは教えない。それは僕が使うから。

 

「それじゃあ契約は成立ね。それと、アナタ」

「え、私、ですか?」

「そう。アナタ、名前は」

「あ……アンファミーユ・マンテイクです」

「マンテイク、ね。それじゃあ所長さん? 私はこれで」

「うん。戦闘データについては後で詰めよう」

「ええ」

「え……え?」

 

 僕もラストが何を確認したかったのかはわからないけれど、まぁどうでもいいことだろう。少なくとも僕にとっては。

 

 ──こんな感じで。

 アンファミーユ・マンテイクのみが、僕の元に残った──久しぶりの部下となったわけである。

 

 

 *

 

 

 たかだか五つの真理の扉で開いた扉。そこに座す神に如何ほどの価値があるのか。

 

 ──それが、お父様と最近話していること。議題。

 

「二億六千二百と一万。そこに五千万を足して三億一千万と一万。……仮にこれで神を降ろしたとして、同程度の神が降りてくるだけ、か」

「うん。真理の扉が返すのは術者の支払う代価に対し、同じだけのもの──等価しか返してくれない。この惑星の総人口はまだ調べられていないけれど、少なくともたった四つの国の総人口程度で降ろし、御し得る神に、それほどの価値があるかどうか」

「ふむ……三億程度、か」

 

 それは原作を読んでいたころから思っていたこと。

 たかだか五千万人の賢者の石エネルギーで抑えられちゃうカミって、ホントにカミなの? って。

 せめて惑星全部クラスの賢者の石エネルギーでなんとか抑えられる、くらいじゃないとさ、なんか型落ちというか格落ちというか。

 

 あ、ちなみに既にお父様は僕が「約束の日」や国土錬成陣を知っていることを知っている。というか彼から楽し気に話してきた。

 二億の賢者の石を取り込んだお父様はかなり若々しく、そして知識の蒐集や新たな挑戦に酷く意欲的だ。合成獣(キメラ)に関しては「人間は必ずそういった愚かな道を通るものなのかね」とか言ってたけど、主に賢者の石の性質に関する研究には結構な興味を示してきている。

 

「この惑星の扉を開く。それはとてもいい考えだと思うんだけど、錬成陣を増やすのはどうかな、って」

「アメストリス、アエルゴ、クレタ、ドラクマ。その全てで人柱を?」

「いや、僕が四つを担当するから、お父様がもう一つを担当してほしい。つまり、扉同士の反発エネルギーを反発させるんだ。それを月にぶつけて──月という天体の全てを地に引き摺り落とす」

「四つは負担にならないかね? 私がもう二つほどを担当しても良いが」

「逆なんだ。僕は五つ以上の錬成陣を同時に操れない。だから全力が出せる。二つ三つの錬成陣を扱っていると、逆に余剰エネルギーがでちゃって、違う結果や破壊を齎す可能性が大きい」

「……それは中々におかしなハンデだな。ふむ、おまえ……もしやとは思っていたが」

 

 髭があったころの名残なのだろう、若お父様は顎をすりすり撫でてから、小首を傾げ……そして、言葉を吐いた。

 

「おまえ、自らが誕生した日を覚えているか?」

「え? いや、覚えてないけど」

「……そうか。それならば、親はいるかね?」

「うん。ちゃんといるよ。初めに話した通り、なんとしてでも守りたい人たち」

「それらに聞いてみると良い。おまえが生まれた日のことを。いや、おまえの出生がどのようなものだったのかを」

 

 若お父様は。

 それなりに真剣な顔で、そんな助言をくれた。

*1
噴出口の目印でしかないため



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第五十三話 錬金術の秘奥「賢石繊維」&出生の話

 久しぶりというほどでもないアルドクラウドへの帰省。その汽車の中。

 いつも一人なこの旅は、けれど今回、同行人がいる。

 

「西部ってあんまり来たこと無いんですけど、自然が豊かですねぇ」

「田舎だからね。東の大砂漠から離れていることもあって、土地があまり荒れていない。ただ南部に近づけば近づく程岩場は増えるよ」

 

 アンファミーユだ。

 置いていこうとしたらついてきたので連れてきた。若干オズワルドの依存心が僕へすり替わっているようにも思うけど、それはそれで好都合なので無視。ハニートラップは面倒だからね。街中でいきなり殺しをするわけにもいかないし。

 それを、ただアンファミーユを隣に置いておくだけで防げるというのなら楽なものだ。

 僕も今年で16歳。

 何故か倫理観が現代日本なアメストリスの成人は20歳なので、結婚も大人になってからー、みたいな風潮がある。実際のところ、田舎に行けば行くほど14歳にもなれば男女どっちも関係性を持っていて、そのまま番う、なんてことも多々あるんだけど。

 アルドクラウドでそういう話を聞かなかったのは、僕がアルドクラウドに興味を持たなかったからだ。

 

「不躾なことを聞くけどさ、アンファミーユ」

「兄のことですか?」

「いや、君の両親のことだよ。オズワルドについては調べ尽くしたからどうでもいいけど、そっちはそこまで触れてなかったからね」

「ああ……。と、聞かれましても、あんまり覚えてないんです。幼い頃に亡くなったらしくて、アイツが……兄が一人で私を育ててくれていましたので」

「そっか」

 

 じゃあ真実は話さない方が良さそうだ。

 別に隠すことじゃないんだけどね。マンテイク家の人々を殺したのがオズワルドだ、なんて話は。

 イーストシティのはずれにあるマンテイク家。そこそこ裕福なこの家は、突如発生した鼠と蛇のキメラ、その群れによって文字通り食い殺された。今でも跡地は残っていて、かなり古いものではあったけれど、その発生個所も突き止めることができた。

 場所はマンテイク家の地下に作られた粗末な空間。建築上構造上設計上一切必要のないこの空間は、恐らく幼きオズワルドが自ら掘ったか、錬金術で開けたもの。オイルの切れたランプや特に価値のない書籍類が多々置いてある──だけに見えて、さらに地下があった。

 そこに、まだいたよ。一匹だけ。

 ある日から餌が与えられなくなったからね。蟲毒を起こしたのだろう。鼠と蛇のキメラ──その最後の一体は、僕が地下の蓋を開けるなりとびかかって来たから殺した。あっけのない幕引きだったけれど、オズワルドの最後の抵抗だと思えば面白さもある。

 

 だって竜頭の錬金術師に対してツチノコを寄越したんだ。頭が竜の僕と、腹が竜のツチノコ。中々洒落が利いているじゃないか。死んでるけど。

 

 というわけで、暴走か故意かはわからないけど、マンテイク家を滅ぼし尽くしたオズワルドはアンファミーユを連れてイーストシティに来て、そこから先はわからない。一応兄妹愛があったのか、あったけど吹けば消えるようなものだったのか。

 オズワルドの腕があれば一人でだって生きては行けたはずだ。軍に転がり込んで、錬金術師としてやっていく。その道には別に、妹は要らない。

 

 何故あんな簡単に切り捨てたのか。

 うんうんと考えたけれど、結局僕と同じなんだろうなぁ、って思った。

 

 決意の前に、やるべきことの前には、あらゆることが些事になるんだ。その直前まで談笑していた相手を殺せるくらいにはね。

 

「所長のご両親は、どんな人なんですか?」

「お母さんが国家錬金術師で、お父さんが普通の錬金術師だよ。どっちも軍人」

「わ……じゃあ、血筋が……」

「英才教育ってわけじゃないけどね。僕の錬金術は基礎以外全て独学だし」

「まぁ、だとは思いました。所長の錬金術は、その、はっきり言って異質なので」

「使っている錬金術は全部誰もが使えるものなんだけどねぇ」

「だからこそですよ。……軍はみんな、合成獣(キメラ)について、人と合成してより強固な兵にするとか、もっとたくさんの動物を、あるいは巨大な動物を混ぜて強力にするとか……ある意味、人間の力を見限った研究しかしていません。けど、所長は」

「"人間の可能性を信じている"? あはは、そんな綺麗な言葉じゃないか」

「いえ、でも、そういうことです。キメラも錬金術も、所長は"人間は人間だけでできることがもっともっとたくさんあるんじゃないか"って模索しているように見えるんです」

 

 面白い分析だな、と思った。

 確かにそうかもしれない。巨大なもの、殺傷力のあるものを作るなら、作ればよかった。核爆弾くらい作れるだろう。知識と材料さえあればなんでも作れるのが錬金術師だ。だというのに僕はそれをやらず、錬成兵器なんていうものを作って、兵士に渡す、なんて遠回りをした。

 何故だろう。

 ……強大な個より堅固な群の方が強いと知っているから、か。

 

 それはだから、お父様の最期を。

 

 いくら自身が強力になったって、まるで杭を打つかのように、周囲が弱点を探ったり作ったりしてくる。「お前も同じところにいることを忘れるな」とでもいうかのように、それこそカミか何かが槌を打つかのように。

 だから僕は──アメストリスという国そのものを、群を強化して、して、して。

 その先に見据えるものは。

 

「思念エネルギーについての研究もそうです。私、錬金術師になってからそれなりに経ちますけど、発動時の思念について深く考えたりはしなかった。所長のもとにきて、兄と研究を続ければ続けるほどこの思念エネルギーというのが不思議に満ちたものであるというのがわかって……」

「オズワルドが恋しいかい?」

「え、あ、い、いえ。そんなことは」

「別に僕が裏切り者として処断したからと言って、彼の事を嫌え、なんて強制をする気はないよ。君が彼から受け取った恩義と悪意がどうバランスを取っているのかを推し量ることは無理だけど、唯一の肉親を簡単に切って捨てられるほど君、心が強くないだろう」

 

 あるいは、弱くない、かな。

 強い人ほど、切って捨てられないものだから。

 

「……なんでも見透かされてるんですね」

「散々人間には裏切られてきたからね。他者の機微を察する力ばかりが育ってしまったみたいだ」

「少将は……あのイシュヴァールの地に、いたんですよね。6歳か、7歳か、その頃から」

「うん。君達も来たらしいね」

「はい。中央の命令で、瀕死者があれば保護に見せかけて回収するように、と」

 

 ああ、やっぱり来ていたんだ。

 ところがどっこい、錬成兵器のおかげで負傷者はほぼいませんでした、と。

 

「……最初は少将のことを……大佐だった貴方のことを、恨んでいました。誰も回収できなかった、という結果を持ち帰った私達を待っていたのは、木っ端な部署への左遷。さらにその後にはユースウェルにまで飛ばされて」

「中々度胸があるね。目の前でたくさんの人間が殺されているのを見ておきながら、僕の事を恨んでいた、か」

「あぁ、だって少将は……所長は、裏切り者や内通者じゃない限りは許してくれるんですよね? 内通者だった者も、もしかしてダメでしたか?」

「いいや。僕の事を良く分析できている」

 

 復讐の炎が消えることは無いと思っている。

 けれど、誰かに命令されてやったことについては、人というのは簡単に忘却するものだとも思っている。

 そこに自己意思がなければないほど、覚えている労力というリソースを割けない。

 

 今どうであるか、の方が大事だ。復讐者以外は、今だけを見よう。僕はそういう基準を持つ人間だから。

 

「凄いですね、所長は」

「まぁ、そうだろうね。そう映るんだろう」

「……悲しくはならないんですか? だって、所長のやっていることは国のためになることなのに──最後には、絶対」

「絶対糾弾されるだろうね。外道も外道だ。隣国を滅ぼし尽くしたことも、一部族を消し飛ばしたことも、第五研究所のことも。でも、国民を笑顔にしたくてやっているわけじゃないから、悲しくも、寂しくもならないよ」

「じゃあ、何のために」

「その理由に今から会いに行くんだよ。ああそうだ、色々面倒だからさ、アンファミーユ。君の事を」

 

 結婚を前提に付き合っている、って紹介するけど、いいよね?

 

 

 *

 

 

 妙にソワソワしだしたアンファミーユの手を取って、アルドクラウドの駅を出る。

 懐かしい空気に伸びをして、もう一度彼女の手を握り、ちょっと小走り気味に家へと向かう。

 

「あ、あの、何故そんな速足で、その、心の準備がまだ……!」

「アルドクラウドじゃ錬金術師は嫌われ者だからさ。軍少将に楯突く一般人程度殺してもいい気はしているんだけど、ダメだから、僕らが逃げないと。あと君、オズワルドとあれだけいろんなことヤっておいて、何今更初心ぶってるの?」

「ちょ、それとこれとは話が全く別で!」

 

 別な事あるもんか。

 胸中に渦巻く陰謀がどうあれ、マンテイク兄妹のイチャラブイチャコラは僕を含めた周囲が砂糖を吐く程甘ったるいものだった。ツンツンしたアンファミーユと、面倒くさがりのくせにやることはやるオズワルド。

 いつ巡回に行っても、いつ二人が成果を見せに来ても、いつどこで休憩していても──イチャイチャイチャイチャ。サジュとか「あの二人の区画だけ完全に遮音できませんか? 且つ黒塗りで」とか打診してきてたし、イリスは「だめよー、レムノスくんは。ああいう大人になっちゃ。公私を弁えることなくいちゃつく男女は、社内に不和を生むのだからねぇ」とか君が言う? みたいなこと言ってきてたし。

 

 カリステムは全く別の場所にいたし、彼はあんまり俗世に興味がない様子だったからどう思っていたのかは知らないけど、ジョルジオとモーガは時折何かをぺっぺと吐くような動作をしていたっけ。懐かしい。

 

「いいかい、特に演技をする必要は無いよ。どうせ見抜かれるから、見抜かれた上でワケありなんだってことをわかってもらえばいい」

「み、見抜かれるんですか?」

「僕の両親だよ? 僕を騙し切れなかったオズワルドの妹である君が、僕の両親を騙せるワケないじゃないか」

「え、いや、意味がよくわからな」

 

 ずりずり引っ張って──辿り着く。

 懐かしきってほどでもないマイホーム。半年ぶりくらいかな、帰って来たのは。

 

 さて、その敷地へ足を踏み入れて。

 

 

「──誰ですか、レミー。その女」

「彼女だよ、お母さん」

 

 超巨大なハンマーを、手袋で受け止めた。勿論賢石繊維で補強してある奴ね。

 

 

 

 

 別にこれはお母さんが暴走している、とかじゃない。

 前にお母さんが僕との再戦を望んでいる、という旨を話していたことがあったように思うけれど、だからソレだ。僕が帰省するたび、お母さんが襲ってくる。曰く「寸止めしますから問題ありません」とのことだけど、寸止めする様子が全く見受けられないのでいつもガードしている。

 今回はそこにアンファミーユの存在があって、勢い余ったって感じ。

 

「記念日だ……記念日過ぎる! レミーが彼女を連れてきたんだぞ!? 宴だ、宴をしなければ……お、俺は食料を買い込んでくる! 待ってろレミー、そしてアンファミーユさん! 腕によりをかけて、最高の料理を振舞ってやるからな!」

 

 といってお父さんは爆速でどっかへ行った。アルドクラウドの町で食品を買うだけに済めばいいけど、隣町とかまで行きそうな勢い。

 記念日記念日。お父さんは本当に記念日が好きだ。

 

 ──誕生日は、一度も祝われたことがないけれど。

 

「さて」

 

 コト、と置かれたお茶。

 テーブルを挟んで対面、僕の隣に座るアンファミーユを、お母さんがじっくりと眺める。

 

「……ワケ有り、ですか。軍の……いえ、詮索しない方が良い部分の関係のようですね」

「えっ……あ、その」

「うん。でもアンファミーユと結婚したいって思ってるのはホントかな。他にいないでしょ、いろんな意味で」

「しょ、所長!? そんな、え、そこまで!?」

「……私としては、レミーには普通の恋愛をしてほしかったのですけれど……仕方がないですね。交際を認めます。元より、私の許可など要らないのでしょうけど」

 

 僕と結婚する人、というのは、様々な条件が求められる。

 誰とも繋がっておらず、誰に懐柔されることもなく、ある程度の自衛ができて、錬金術師で──何より僕を許容できる人でなければいけない。

 大総統と大総統夫人みたいに隠し通す、っていうのは無理だからね。

 

 だから、いろんな意味で、だ。

 お母さんもそれはわかっている。お母さんは国家錬金術師だからこそ、余計にわかっている。僕という武力の危うさについて。

 

「──改めましょう。初めまして、私は大槌の錬金術師、セティス・クラクトハイトと申します」

「ご、ご丁寧にありがとうございます。私は、アンファミーユ・マンテイクです。……錬金術師ではありますが、国家資格は持っていません。それで、軍人ですが、そのまだ軍曹位で」

「ああそうだったんだ。まだ、っていうけどお父さんも軍曹だよ」

「あら、レミー。お父さんは少し前に曹長へ昇進したんですよ」

 

 へえ。

 お父さんもお父さんで頑張っているのか。そういえば結構痩せてきてるし、ランニングも続けてるのかな。一切聞いてないけど。

 

「それで、今日は何用ですか、レミー」

「うん。聞きたいことがあってさ。僕の出生についてなんだけど」

「……」

 

 ほんの僅かに、お母さんの顔が硬くなる。

 やっぱり聞かれたくないことだったか。ま、子供の誕生日を積極的に話さないってことは、聞かれない限り話したくないってことだろうし。

 

「既にいくつかの仮説を立てているんだけど、話してもいいかな」

「……いえ、そんな遠回りはしなくていいですよ、レミー。──彼女さんに聞かせても大丈夫ですか?」

「あ、あ、必要であればはけます! というか不要であれば、というか」

「構わないよ。大体想像ついてるし。ただ、あまり口外してほしくない内容だから、その辺は」

「わわ、わかってます! それだけは! 絶対!」

「レミー、ダメですよ。恐怖や暴力で脅したところで、恋心は掴めません」

「それ、経験談だったりする? お父さんは屈しなそうだし」

 

 硬くなった表情がほぐれる。

 そして、諦めたように溜息を吐いて。

 

「少し待っていてください」

 

 と言って、立ち上がり、家の奥の方へ消えて行った。

 

 

 

 待つこと数分。

 

「ありました。これです」

 

 そう渡してきたのは、カルテらしきもの。

 受け取って、アンファミーユと見る。

 

「……新生児蘇生……これは……まさか所長は、生まれた時に蘇生を……」

「お母さん、これじゃないでしょ。これなら誕生日を隠す必要ないし」

「う。……流石に騙されてはくれませんか」

 

 生まれてきて、けれど心肺が止まっていて、それを蘇生した──のだって、偉業だ。特異だ。

 けれどそれなら、誕生日はあるはずだ。

 

 そこを隠すということは。

 

「僕は出生の日と意識を取り戻した日が違う──ってことだと思ってるけど、どう? だからアルドクラウドでもあんなに嫌われてるんじゃないの?」

「……なんでもお見通しですね、レミーは」

 

 観念したようにお母さんがソファへ深く座る。

 資料を取ってくる、という気はないらしい。あるいは棄却しちゃったのかな。

 

「驚かないで聞いてください。レミー、貴方は──出生から一週間後に蘇生しました。……私達は、人体錬成を行っていません。レミー。貴方は……私達が埋めた棺の中で、産声を上げたのです」

「……!」

「成程。まぁ、納得ではあるかな。ただ疑問なのは」

「い、いや納得ではなくないですか!?」

 

 いやだって僕転生者だし。

 レムノス・クラクトハイトの魂は一度死んだ。失われたものは取り戻せない。人体錬成を行えど、賢者の石を使えど、だ。

 けれど、別の所から補充するのなら話は別だ。あの白い肉人形が賢者の石で生を得たように、クセルクセスの民が肉体を得てドロドロと生き返ったように。

 

 レムノス・クラクトハイトに僕が入って、僕は息を吹き返した。

 理解と納得しかない。

 

「お母さん。僕は何故か、同時に五つ以上の錬成ができない、というハンデを抱えている。何か心当たりはある?」

「五つ以上……四つまで、ですか」

 

 スムーズに進む話に口を挟もうとしたアンファミーユだけど、口を噤む。

 偉いね。処世術をわかっている。それに、彼女の本分は研究者だ。疑問ばかりを口にして考えを棄てる、というのが嫌なのもあるんだろう。こればかりは考えたって答えは出ないと思うけど。

 

「……ごめんね、レミー。私には思いつかないです。けれど、あの人なら……思い至ることがあるかもしれません。貴方の埋葬は、あの人が行ったので」

「お父さん、素直に話してくれると思う?」

「難しいでしょうね。あの人は暗い話題が苦手なので。だから記念日をたくさん作って、誕生日というものを覆い隠しているのでしょうし」

「……ん、わかった。お父さんが帰ってきたら、逃げられない状況にして問い詰めてみる。……それまでは滞在するつもりだから」

「本当ですか? 嬉しいですね、久しぶりの長期滞在です。──では、アンファミーユさん」

「え、は、はい!」

「クラクトハイト家の味を伝授します。レミーの妻となるのならば、是非覚えて帰ってください」

「わ……わかりました、頑張ります!」

 

 うん。

 仲が良さそうで何より。

 

 ……にしても、カギを握っているのがお父さんの方だったとは。

 少し意外だったな。研究においてもお母さんの方が上を行っているものだと思っていたけれど。

 

 ああ、いや。

 産んだ子を埋めさせる、なんて行為を──お父さんがお母さんにやらせるはずないか。

 

 ちゃんとカッコいいもんね、お父さん。






五十三話にして母親の名前が初出


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第五十四話 錬金術の秘奥「人体の錬成陣」&修行

 この家にある秘密の部屋。秘密って程隠されていないし、ただ入っちゃダメなだけの普通の部屋なんだけど、そこに答えがあると──お母さんは言っていた。

 そして長期滞在をするとは言ったけれど、僕はやりたいことがたくさんあるので帰って来たお父さんを鎖で捕まえて、その部屋に放り込む。勿体ぶらずとも大体わかってたからね、何があるのかは。

 

「──もう、隠しようもない、か」

「うん。説明が欲しい。いや……今の僕であれば、もうこの陣を読み解くことはできるけれど、どうしてそんなことをしたのかが知りたい」

 

 そこには陣があった。

 内容を見るに。

 

「これさ、お父さん。──人体錬成の陣、だよね」

「いいや違う。これは人体の錬成陣だ」

「……ああ、成程。ようやく全部理解できた」

 

 その部屋にあった巨大な陣は、原作でも何度か目にした人体錬成の陣……から、魂を意味する記号をすべて抜いたもの。いや、精神も抜いてあるか。肉体の保持と、血流操作。

 マスタング大佐が作ったダミーと同じだ。人の形をし、しかし生きていないモノを作るための陣。

 人体の錬成陣。

 

「……レミー。コールドスリ-プ、という言葉を知っているか?」

「まぁ、知っているよ。冷凍保存をすることで長期的な寿命を得る──寿命をそこで止める術だよね」

「俺が研究しているのはそれに類するものだった。正確に言えば、俺がこの本を譲り受けた錬金術師の夢だった。不老不死ではなく、()()()()()()()()()()()という……ある種の世捨て。その方は凍らせる、という形でそれを試し──けれど氷の中で、老衰による死亡が確認された」

 

 いつか聞いた話だ。

 お父さんの古書はある錬金術師が研究していたものであり、本当はその錬金術師に会いたかったものの、その人は老衰で死亡。だからお父さんは遺族に頭を下げてお願いした、と。

 

「俺はそれを、違うアプローチにて再現しようとした。レミー、お前が死んだあと、俺は冒涜的であるとわかっていながらも──お前の身体を機能させ続けた。血液を流し続け、臓器機能の必要最低限を動かし続けたんだ。……カッコ悪かったのさ。どうしても、どうしても諦めきれなかった。一度だけ開いたんだ。セティスがお前を産んで、けれどすぐに心肺が停止してしまった──その直前に、お前の目は開いていた。俺と目が合っていた。お前は確かにそこにいて、だというのに死んでしまった」

 

 言ってはなんだけど、良くある話だ。

 特にこの時代の医療技術だと赤子や母体の死というのはままあること。それを錬金術で代替し、繋ぎ続けた、というのが──現在の国家錬金術師制度においては評価されないだろうけれど、非常に優秀な腕をしているのがわかる。

 

 所謂脳死状態。植物状態ですらない、完全に脳が停止した肉体の機能を一週間維持し続ける錬金術。

 

「四つまでしか錬成ができない、と言ったよな」

「うん。心当たりは、あるの?」

「ああ。お前は完全に蘇生するまでに、三度息を吹き返している。──この言い方はよくないか。三度、息をするような反応を見せている。そして四度目にお前は起きたんだ」

「ということは、やっぱり埋めてすらいないんだね。ずっとこの部屋で僕を維持し続けて──本当に蘇生したから、急いで棺に入れたの?」

「まぁ、そうなるな。……そのせいで、俺ではなくセティスがアルドクラウドの嫌われ者になってしまった。産んだセティスが、そして俺より腕のいいセティスこそが人ならざる者を産んだのだ、と」

 

 息。

 呼吸能力? なんだろう、それは、もしかして──別人が、だったりする?

 僕じゃないのが僕の前に三回入ってたりして。それで、けれどどれもが定着できずに消えて行って──ああ、だから、一週間じゃないんだ。

 七日間、なんだ。

 二日ごとに入っては出てを繰り返すこと三度。これで六日。

 そして四度目に入って来た僕が完全に定着して、八日になる前に産声を上げた。

 

 ふむ。

 つまり、つまり?

 

 僕の想像が四つまでなのは──あるいはキャパシティーの問題とか?

 どっちか、だろう。

 他者の思念エネルギーが入り込んでいるせいで、四つまでに制限されている、か。

 他者の思念エネルギーが混ざり合った結果、ただの一読者でしかなかった僕……僕たちが、四つも錬成できるようになっているか。

 

 あるいは──もしかして僕、四つ真理の扉持ってたりして。

 行く気ないけどね。

 

「……怒らないのか、レミー」

「え、なに? 聞いてなかった」

「聞いてなかったって……。だから、お前が……戦場で、いろいろ言われたのは、元をたどれば俺のせいなんだよ。俺が……こんなことしてなければ、お前はちゃんと英雄として」

「いやいや、何言ってるのお父さん。お父さんが頑張ってくれていなければ、僕はそもそもこの世に生誕できてないんだよ。お父さんとお母さんにも会えなかったし、二人を守る決意もできなかった。僕がいなかったことで二人が死ぬような未来があったと考えるだけで恐ろしいくらいだ」

 

 この決意こそが僕を形作る全てだ。

 これがない僕など、それこそ死体と変わらない。たとえ出産の時点で死んでいなくとも、鋼の錬金術師の世界だと気付いたところで何をするということもなかっただろう。国土錬成陣が怖くて他国へ逃げる──せめて両親を連れて行く、くらいしかできなかったと思う。

 これが良い結果に転んだかどうかは定かではない。アエルゴ、クレタ、ドラクマからしたら堪ったものではないだろうし、イシュヴァールだってそうだ。第五研究所の皆も、僕に送られて来た裏切り者たちも、メグネン大佐やアーリッヂ大尉のような僕を信じた者達も。

 

 それでも僕はこの世界に生まれることができて良かったと声高らかに謳える。

 

「要約すると、僕はお母さんから産まれて、お父さんから出生したって感じだよね」

「何も要約できていないぞレミー」

「うん。だからなんでもいいんだよ。僕が今回ここに来たのは、僕のハンデについて知るためだった。それの理由が今ある程度わかった。それで、なんだっけ。お父さんの所業がどうであれ、お母さんがどれほどの試練を背負ったのであれ──僕はもう二人を飛び越えている自信がある」

 

 外道も、艱難辛苦も。

 

 任せて欲しい。

 

「怒るはずがない。怒る理由がない。僕は僕という存在を二度も生み出してくれた二人に感謝している。感謝の念は尽きることを知らない。だから任せてよ、安心してよ、お父さん」

 

 僕は、必ず二人を守ってみせるよ。

 そのために生まれてきたのだと、()()()永らえたのだと胸を張るために。

 

 

 *

 

 

 ということで、長期滞在の理由は無くなった……んだけど。

 まだ、お母さんの、クラクトハイト家の秘伝の味、とやらをアンファミーユに受け継げていないらしい。

 

 しかし、不思議な話だと今さら思う。

 もし仮に魂が四つあるのならもっとチート染みてていいのに。まぁ前任者の三つは出て行っちゃったからなんだろうけど。

 そのせいで四つまでの制限が課されているのなら、三つの魂を取り戻したいところだよなー、とか。

 

 結局、おかしなハンデ、は解除されないワケだ。

 別に期待はしてなかったけどさ。

 

「ちょっと出てくるね。ご飯前には帰るから」

「あ、え、所長、私も行きま──ヒッ!?」

「ええ、あまり遠くへは行かないようにしてくださいね、レミー。アンファミーユさんにはすべてを伝授しておきますので」

「よし、俺も腕によりをかけて料理を作るぞ。記念日は記念日だからな!」

 

 みたいな声を背に、家を出る。

 

 

 気。気。気。

 大自然ってほど森林が深いわけじゃないけど、アルドクラウドのはずれであるこの辺は、野生動物がいっぱいいる。

 

 リスさんじゃないリスとか、鹿さんじゃない鹿とか、その他諸々。

 そういうのにも気はあって、流れはあって──それぞれが噴出口となっているのがわかる。

 

 歩く。

 流れを感じながら歩く。未だ大地の流れを掴み取れない僕だけど、生物の流れはわかる。

 恐らくこれを気と呼んでいるのだろうこともわかる。

 野生動物の気。樹木や草花の気。生きているものだけじゃない、岩や地面にも流れはある。巨大な流れではないけれど、同じ素材から同じ素材へ流れるものが存在する。

 

 かつて大岩のあった場所に座り、禅を組む。

 エネルギーの知覚。賢者の石の蓋がどこからどこまで敷いてあるのか、その下の地殻エネルギーは何がどうなっているのか。地殻エネルギーにまで知覚を伸ばすと、そのあまりにもな大きさに恐れ戦く。とても人間一人が制御できるエネルギーじゃない。

 お父様が降ろそうとしているカミは、これを超えるのだろうか。

 

 アルドクラウド。

 人口はそこまで大きくないけど、錬金術師の嫌われようやイシュヴァール戦役後とかばかりに周ったから、あまり中身を把握していない。

 地図をかけ、と言われても難しいだろう。

 それでもこうやって流れを辿っていけば、道の形はわかるし、構造物がどこにどうあって、どれほどの大きさをしているのかもわかる。

 

 ──ここに錬成エネルギーを流し込めば、倒壊させることもできる、と。

 

 やんないけど。

 

 空。

 飛ぶ鳥にも気はある。地面から離れていても流れは存在する。

 

「全は一、一は全……って奴かな、これが」

 

 すべてのものには流れがある。

 世界にも、虫の一匹にも。

 

 ……ダメだ。

 声に出してみても、龍脈とやらはわからない。やっぱり嫌われているとしか思えない。

 

 立ち上がる。

 まだ夕方までには時間がある。久しぶりに修行でもしていこうか。修行といっても、新たな錬金術を試すこと、だけど。

 

 とりあえず剣石錬成を行い、近くの岩にストン。

 サクッと切れていく岩。僕に斬鉄の技術なんかないし、何を習っているわけでもない。

 

 ただ岩が、極限まで鋭くされた完全物質に負けただけだ。

 

「……攻撃力が高すぎるという問題はあるよね」

 

 僕からわざわざ敵対する気はないんだけど、もしエドとかと戦いになった時、これで斬りつけたらそのまま胴体泣き別れ、も普通にある。

 だから竜頭剣を普段は使うんだけど、アレはアレで使い勝手が……。

 

 あと剣以外にも、手袋の繊維に使っている賢者の石を凝固させて岩を殴れば──……いや、ナシ。無しだ。当然内側も完全物質なので、殴った分自分の拳が砕ける。

 防御には最適で、殺傷能力にも優れている……けれど、普段使いするもんじゃない、ってのが今のところの印象。

 

 とはいえ、である。

 近接戦闘手段は絶対に必要だ。鋼の錬金術師は、錬金術師を謳っておきながら、あんなファンタジーファンタジー魔法魔法しておきながら──何かとインファイターが多い。

 典型的な魔法使いスタイルであるが故にインファイトに持ち込まれたら負ける、とか。今までは仲間がいたし、そうならないように立ち回って来たけど、エドやアル相手にはそうはいかない。なんでって仲間があっちにつく可能性の方が高いから。

 

 今お父様と話している構想的に、僕も人柱をあまり傷つけたくない。確保し続けているSAGですべてが賄えると楽観視するつもりはない。

 エルリック兄弟。ヴァン・ホーエンハイム。イズミ・カーティス。

 ──必要な人材だ。もしかしたら、マスタング大佐やアームストロング中佐も何事かがあれば開いてくれるかもしれない。

 25人。

 僕とお父様は、それだけの数の人柱を探している。

 

 なれば、手加減の利く戦闘手段の確立は必須事項。

 サンチェゴは切り札、竜頭剣を初歩として、その中間が欲しい。

 

 何か。

 何かないだろうか。僕らしくて、且つちゃんと威力がある……ふむ。

 

 一個思いついた。

 

 近くの岩に手を当てて、竜頭を巻く。

 巻いて──引き抜く。出てきたのはかなり小さいサンチェゴ。

 

 これを。

 

「投げる!」

 

 投げる。

 フリスビーみたいに。

 

 投げられたミニミニサンチェゴは、遅延錬成と複合錬成を発動させ、空中でポン、と白い煙を出した。

 ふむ。

 これ良くない? 複雑な錬成陣を描く手間がない。それはサンチェゴ側でやるから。

 これを「成型」の錬成陣で手袋に刻んでおいて、あらゆる構造物から機械時計を引き抜いて投げまくるスタイルの錬金術師……新しい、新しいよコレ!

 

 新しいけど……。

 何か既視感が。

 

 新しい……はず、なんだけど。

 

「コマンチ爺さん……のに、似てる、か」

 

 声に出せば、しっくりきた。

 あっちはチャクラムだけど。

 ……似てるのは、よくない。けど発想は良い気がするんだよなぁ。

 

 よし、決めた。

 アンファミーユがクラクトハイト家の秘伝の味を覚えるまでに、僕も新技を一個開発することにしよう。

 あと少しで原作開始時期だ。イシュヴァール人もいなければお父様が超絶強化されている現状、彼らがどうなっているのかは知らないけど──知らないからこそ、見てみたさがある。

 お父さんとお母さんを守れるのなら、お父様に退場していただくことだって僕は構わない。現状お父様と一緒に世界征服するのが一番現実だから意気投合してるだけだし。

 

 さぁ。

 エドワード・エルリック。まず僕を何とする。なんとして越えるか。

 

 ……仲間にしてくれてもいいんだけどね?



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第五十五話 錬金術の到達「賢石纏成」&思わぬ再会

纏成はてんせいと読む。


 賢石錬成は面白い。

 固体であり液体であり、何よりも柔らかく何よりも硬く、あらゆるものより伸びてあらゆるものより縮む──のに、摩耗することも罅割れることもない、完全物質。賢者の石。

 賢者の石にある流れ。憎悪、憎悪憎悪憎悪苦痛苦痛苦痛苦痛。思念エネルギーの中でもとりわけ「外に放出する」という指向性のあるものの塊。故に、こいつに対してさらに大きな力で、包むように思念エネルギーを流してやれば──どろり、と形を変える。

 

 剣の形。爪の形。糸状にして繊維として使ったり、膜にして盾にしたり。

 コスパを考えないなら弾丸とかも良いだろう。使い捨てなのがアホらしいし、普通にブースターとして使った方が何百倍もの効果を出せるのでやらないけど。

 

 とかく──面白いものだ。

 

「少年」

 

 その声は。

 アンファミーユに最後の仕込みを教える、とお母さんが張り切っていた日の、「じゃあ僕また外で散歩してくるよ」の後に聞こえてきた。

 いつもの岩場ではあった。けれど、安心しきっていたのかもしれない。あまりにもうかつだった。

 気はホムンクルスに近い。いや、違う。これは。

 

「──その石をどこで手に入れたかは知らないが……そうやって遊んでいいもんじゃあない。もっと危険なものだ」

 

 知っている。

 恐らくこの世の誰よりも。

 

「君がそれをただ拾っただけだというのなら、俺に渡しなさい。そうでないというのなら」

「僕が作ったと、そう言うのなら?」

 

 不意打ち気味に振り返る。

 金髪金眼。初老の男性。

 ──最初の頃のお父様に酷似した、存在。

 

「君が作ったというのなら──お前を、アイツに与する敵として認識する」

「やけに話が早いね、ヴァン・ホーエンハイム!」

 

 僕が名前を呼べば、それはもう確信となったのだろう。

 赤い錬成反応が地を走る。ノーモーションだ。だけど、生憎とここは僕の庭。

 

 描きかけの錬成陣なんかいくらでもある! 昔懐かしの土壁と鉄のコーティングを乱立させて、距離を取った。うわー、今見ると効率悪いなー。

 

「隣国三つを賢者の石にしてしまったという最悪の錬金術師、レムノス・クラクトハイトで間違いないか?」

「そっちこそ、凄い形相だけど、ヴァン・ホーエンハイムで間違いなさそうだね」

「俺の事は……アイツから聞いたのか」

「アイツアイツって言ってるのは、お父様のことであってる?」

「"お父様"、ね。じゃあなんだ、ようやく最後の一人を作ったのか、アイツ。ラースってことでいいんだな?」

「へ? って、ああ」

 

 キョトンとしてしまう。 

 ……ああ、そっか。ブラッドレイ大総統がラースだって、まだわかってないから……中々作らなかった最後の大罪が僕だと、そう勘違いしていると。

 ふむ。 

 まぁ、相手がホーエンハイムなら、ピーキーなこの賢石剣鎧を試してみても良いだろう。

 気を付けるべきは、僕はホムンクルスではないので再生できないこと。

 ……結構なハイリスクじゃない?

 

「ヴァン・ホーエンハイム。人柱だけど、まぁ中身の賢者の石は一人分残しておけばいいわけだし」

「あんまり荒々しいこと言わないでくれよ。俺荒事苦手なんだから」

 

 背中。

 かつてキレイア中尉に傷つけられた切り傷は、今尚傷痕として残っている。いろんな人に「治さないんですか? 傷痕くらい消せるでしょうに」と言われるけれど、消さない。なんでって。

 

 どろり。

 どろり、どろり、どろり。

 

 傷口が、縫合痕が膨らんで、そこからだらだらとどろどろと紅が出てくる。

 それは僕の身体を這い、伝い、剣や鎧となって纏わりつく。

 

 長い爪。竜のような頭。棘を帯びる尾。肌の全てが紅で、見る人が見ればわかるだろう。その全てが──賢者の石であると。

 

 いつか、僕がドラクマに捕まった時の事。

 ドラクマは調べに調べたはずだ。僕の身体を。そして諦めたはずだ。何もないと。

 キンブリーは賢者の石を胃に隠している。正直アレはちょっとよくわからない。

 だけど、まぁ、変態度でいえば僕も似たり寄ったりだろう。

 

 なんせ僕は、自身の()()()()に隠しているのだから。

 ドラクマ兵とて、流石に抜糸痕の残る傷痕をわざわざ切開しようとは思わなかったのだろう。

 機械鎧の中に隠せばいい、というのも思ったけど、外れやすいもののなかに仕込んでいざというとき使えない、とか馬鹿馬鹿しいからね。

 ちなむと、賢者の石が体内に入ったからと言ってキング・ブラッドレイみたいになったりはしない。アレは憤怒という感情あってこそだと思うし、僕の場合は常に形を意識して保っているからね。

 

「……見た目、完全に化け物だな」

「カッコいいでしょ?」

「……息子と趣味が合いそうだ」

 

 ん?

 もしかして家族仲良かったりする?

 というか、トリシャ・エルリックってちゃんと死んだよね? そのイベントがないと、エルリック兄弟が錬金術師にならないとかいう最悪のルートも考えられるんだけど──。

 

 とか。

 思案しながら、思案する素振りを見せながら踏み込んで、その鋭い爪で彼を薙ぐ。けれどホーエンハイムは「うわわっ」なんて情けない声と共に完璧な間合いで避けて、振り向きもせずに巨大な銛を射出してきた。

 しかし残念、賢石鎧は何物も通さないのである。

 

「うわぁ、完全物質を鎧や武器に使うか……潤沢な賢者の石があればこそだな」

「そっちだってあるじゃないか。あと何十万残ってるかは知らないけど、自分の事棚に上げすぎじゃない?」

「俺はそういうことには使ってないしなぁ。それに──それが賢者の石だというのなら」

「僕の鎧を増幅器として使ってしまえばいつかは壊れる……みたいなこと言おうとした?」

「……もしかして、弱点は全部想定済みだったりする?」

「するね。自身の兵装について確認もしない奴が、こんな大立ち回りするわけがない」

 

 両手に作り出す賢石ダガー。逆手に持ったそれを、連撃、連撃でホーエンハイムにぶつけていく。

 初めの方は「おっと」とか「うわっと」とか言っておどけた風に避けていたホーエンハイムだったけれど、途中から──僕が彼の頬に傷をつけたあたりからちゃんと避けるようになった。

 

「成程ね……外側の賢者の石を動かしているだけだから、人体としてのスタミナ消費は少ないわけだ。合わせなきゃいけないからないわけじゃないが……ズルいな」

「じゃあ、僕の戦力を分析してもらったところで、確認しておきたいことがあるんだけど」

「なんだ」

「何用?」

 

 まぁ。

 成り行きで戦闘になったけど、結局なんなのかな、って。

 

「……なんだ、会話の余地があるのか」

「あるよ。人間だろうがホムンクルスだろうが、会話による平和的解決ほど有意義なものはない」

「それはいい考えだな。俺はてっきり、ホムンクルスってのはみんな人間を見下してて、話なんて全く通じないものだとばかり思っていたよ」

「第一に、ヴァン・ホーエンハイム。君は人間じゃない。第二に、僕は元が人間だ。ホムンクルス的な考え方なんか習ったことないよ」

 

 元が人間。今も人間。

 全部憤怒(ラース)へミスリードできるような言葉を吐いている。

 

「……元人間なら、なおさらだ。アイツを裏切って、人間に寝返ってくれ。アイツがやろうとしていることを理解していないわけじゃないんだろう? ──この周辺の人々だって巻き込まれる。ここは君の故郷なんじゃないのか?」

「そうだね、アルドクラウドは故郷だ。だけど僕にとって守りたいものは二人だけで、その他に興味は無い。この町の人々にも、君の妻にも、君の息子たちにも」

 

 言葉を発した瞬間、地面が──岩場が全て溶岩と化した。

 咄嗟に賢者の石を鉤縄の形に形成して、近くの木へと跳ぶ。

 

 挑発し過ぎた?

 けど、これでわかったことがある。

 エルリック兄弟の人体錬成の有無はともかくとして──原作より家族仲が良いっぽい。元々父親としての愛情を持っているホーエンハイムだったけど、その発露はそんなに多くなかったはずだ。

 けれどそれが、「僕の守護対象に入っていない」というだけの話にここまでの怒りを見せるとは。

 

 ……よし。

 

「ホーエンハイム」

「なんだ」

「お開きにしようよ。僕らがここで戦ったって、何にもならない。それとも衛兵でも呼ぼうか? ほら僕国軍少将だからさぁ、一般人の力で君を倒し切ることもできるよ」

「……こっちの味方になるつもりは、ないんだな」

「うん。止まる気は無いよ。──僕は、いずれ世界の全てを掌握する。この星を、アメストリス以外の全てを賢者の石に変える。そしてお父様に強くなってもらうんだ。君が今画策しているカウンター錬成陣も逆転の錬成陣も意味がないくらい、全てが無駄に思えるくらいの存在に。真理だろうと、神だろうと御し得る──天上の存在に」

「アイツは子供に目を向けないだろう」

「僕を他の奴らと一緒にしないでほしいかな。最近の僕はよくお父様と話すよ。いろんなことを話すんだ。国の事や錬金術のこと、錬金術師のこと、人間としての家族のことも話すし、好きな食べ物とか嫌いな料理とかも話すよ。お父様は、なんなら君よりお父様をしてるんじゃないかな」

 

 なお、これは本当である。

 若々しくなったお父様の知識欲は留まることを知らず、そして作中でエンヴィーが言っていた通り、「食べなくても死なないけど無駄に賢者の石を消費するから人間みたいに食事を摂る」──に倣って食事をすることが増えている。

 僕が振舞うこともあれば、ラストが作ることもしばしば。ラストって料理できたんだね、って言ったら「オトコを堕とすのには胃袋を掴むのが一番手っ取り早いのよ」って言われた。

 

「アイツが……」

「ヴァン・ホーエンハイム。準備をするなら、過剰なくらいした方が良い。今やお父様は君より若いよ。二億六千二百万と一万の賢者の石を取り込んだお父様だ。そしてそこに、五千万が入ろうとしている。──足りないよ、クセルクセスの民だけじゃ。たった五十三万じゃあ、全く足りない」

 

 開示する。

 僕は僕で対お父様対策をしている。お父様がカミを降ろす以外の──たとえば僕やお父さんとお母さんに牙を向けたり、当初の予定に無かった街の破壊を始めたりしたら、止めるために。それ以外ならやってもいいということでもあるけれど、だからまぁ一応、本当に一応準備はしている。

 けれど、それが読まれている場合もある。僕は僕を天才だと、誰も辿り着くことのできぬ霊峰にいる天才だとは思っていない。僕の真理たるサンチェゴに傷の男(スカー)の兄が辿り着いてきたように、一緒にいただけのカリステムに割込錬成を行われたように、僕の考えなど凡人止まりなのだと理解している。

 

 だから、才あるものに投げるんだ。

 ヴァン・ホーエンハイム。故傷の男(スカー)の兄。エルリック兄弟……とりわけエドも分析力の天才だし、メイ・チャンらシン組の新たな視方、という助力者もいる。

 

 僕は僕のやり方で自らの始末をつけるから──君達は君達のやり方で抗ってみせて欲しい。

 

「何故そこまでを教える? 憤怒(ラース)、お前は」

「レムノスだ。レムノス・クラクトハイト。あるいは竜頭の錬金術師。そう呼ばれる方が好きだよ、僕は」

 

 ぎゅるり、と。

 超合金でホーエンハイムを包む。卵の形。

 そして──クレタ方面へ射出。賢者の石をバリバリ使った簡易ロケットだ。落下地点を気にする必要はない。だって誰もいないからね。

 

 ……エンヴィーとかグラトニーとかいたら、ごめんね、だけど。

 

 

 賢者の石をまた全てしまい込む。

 ああ、とても気持ちが悪い感覚だけど。

 

「……ちょっとお父さんに剣でも習ってみようかなぁ」

 

 無論、その後戦って、全く歯が立たずに降参した。やっぱり僕には無理デース。

 

 

 *

 

 

「お世話になりました!」

「またね、二人とも」

「ああ! またな、レミー、アンファミーユさん!」

「またね、レミー。アンファミーユさんも、お元気で」

 

 二人に送られて、出る汽車の車窓から身を乗り出す。

 ぶんぶん手を振るアンファミーユと──何かに祈るように手を合わせて握りしめるお母さんが、なんだか印象的な対比だった。

 

 

 さて。

 で。

 

「アンファミーユ、結婚の話は了承してくれるってことでいいんだよね」

「え、あ……はい」

「うん。じゃあ、セントラルに帰ったらすぐに申請を出しておくよ。式の類を挙げるつもりはないけど、挙げたいなら」

「え、いやいやいや、気が早すぎですよ所長! こういうのは段階を踏まないと」

「そう? これから忙しくなりそうだから、早めに済ませるのが良いと思ったんだけど……君がそういうならそれでいいよ。で、お母さんとはどんな話をしたの? 僕の昔話?」

「あ、はい。そうです。少将の切り替えの早さって昔からだったんですね」

「なんならお母さんも早いし、お父さんも嫌な空気とか一瞬でも耐えられないタイプだからね」

 

 まるで。

 まるで、平和な会話。いや今の一瞬は確かに平和なんだけど、恋人や夫妻ではなく、友達みたいな会話だな、と思った。実際は上司と部下だし、ある種の共犯者だしで色々複雑だけど。

 

「所長が錬金術を一か月で覚えて国家資格を取った話を聞いた時は、流石に震えました」

「自分でもどうかしてるとは思ってるよ。けど、それを言うなら君もじゃない? ざっと経歴を調べたけど、一年で中央軍の錬金術師……キメラの研究課に入ってるじゃないか。その前までただのマンテイク家の娘だったのに」

「ああ、必死でしたからね。アイツ……兄に追いつこうと、置いていかれないようにと、必死で必死で」

 

 懐かしい、いい思い出、という風に話すアンファミーユ。

 うん、やっぱりアンファミーユの心はオズワルドにあるね。形だけの結婚にしてよかった。恋愛結婚、みたいにお母さん達に紹介していたら、余計な瑕を作る所だったよ。

 

「で、何キンブリー。わざわざ後ろの席に座って、何か報告でも?」

「いえ、少将閣下が見知らぬ女性と親しげに話しているものですから、つい気になりまして。そちらは?」

「まず自分が名乗るのが礼儀じゃない? こっちの席に来てさ」

「それは失礼」

 

 汽車内で立ちあがるは白スーツ白コート。だからなんで軍服を着ていないんだ。それ好きなの? 無理矢理着せられているわけじゃなかったのね。

 

「お初にお目にかかります。私はゾルフ・J・キンブリー。大佐位で、クラクトハイト少将がかつて率いたクラクトハイト隊の一人です。国家錬金術師、紅蓮の錬金術師でもあります」

「ああ、貴方が……。ええと、アンファミーユ・マンテイクです。クラクトハイト所長の管轄にある第五研究所の職員で、錬金術師ですけど国家資格はないです」

「ほぉ、アナタがあの研究所の。ということは、キメラに対して造詣が?」

「はい、他者よりは秀でていると自負しています」

 

 この二人って気が合うのかなぁ、とか思ってたけど、思ったよりは好感触。

 キンブリーもアンファミーユも悟っている。「コイツに踏み込んでもメリットはない」と。だからビジネスライクに接している。

 互いに互いの血の臭いも感じているだろうし。

 

「……おや? 何か懐かしい触覚が見えると思えば──キンブリー大佐ではありませんか。それに、おお、クラクトハイト少将まで!」

「む、うるさいのが来ましたね」

「でっか……」

「アームストロング中佐? 珍しいね、セントラル行きの汽車に乗っているなんて。どっかに出張してたの?」

「出張……といえば出張ですが、実質お使いですな。なんでも大総統の御友人がアメストリス中の料理という料理を食べてみたいと騒いでいるそうで、今は沢山の兵が出たり入ったりを繰り返して、様々な料理を献上している最中で。大総統閣下も"……すまんな、言って聞かせるにも恩のある方で……それに、言って聞かせた所で聞き入れんのだ。どこぞの少将が様々なものを教えたせいで、やれ食べてみたい、やれ見てみたいだのの……まぁ、意欲的なのは良いことではあるのだが"、と」

 

 どこぞの少将、の時点でキンブリーとアンファミーユから視線が飛ぶ。

 知らなーい。

 

「中佐、もしよかったらキンブリーの横に座っていきなよ。で、西部の話聞かせてくれない? 西部、ほら、僕って西部出身ではあるんだけど、だからこそ何も知らないっていうか。観光なんか全然しなかったし」

「始まりましたね少将の嫌がらせ」

「勿論ですとも! では失礼して」

 

 荷物の多い筋肉だるまがキンブリーの横に座る。とても嫌そうな顔のキンブリー。

 そうだ、と思って、見せつけるようにアンファミーユの手を取り、そして肩を抱いてみせた。

 

「む、いけませんぞ少将。未婚の女性にそういうスキンシップは」

「珍しいこともあるものですね。アナタがそういう冗談を」

「冗談でも未婚でもないからね。ああいや、未婚ではあるか。けど、婚前と言ってほしいかな。──僕、この子と結婚するからさ。そこのトコロよろしくね、二人とも」

 

 うん、いい顔だ。 

 特にキンブリーのキョトンとした顔なんて、アルが「原則に縛られないのも~」の件を言った時以来に見たから、今生では初めてかもしれない。

 

 涙をダバダバ流しているアームストロング中佐はおいといて。

 

「式っていつ挙げるのが正解なのかな。僕、そういうの疎いんだよね」

 

 アルドクラウドからセントラルへ帰る汽車の中は──。

 紳士的なアームストロング中佐と、無駄になんか常識人なキンブリーも交えて、そういう浮ついた話で和気藹々とした雰囲気が続くのだった。






賢石纏成

見た目は竜人とかリザードマンとかそんな感じ。なお可変。
サンチェゴと同じくらいには最強装備だけど、生身の人間相手に使うわけにはいかないピーキー性能。また重さがどうこうなるわけではないので吹き飛ばされる系には弱い。


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第五十六話 錬金術の禁忌「生体人形」&あれ?

 結論から言って、カリステムが誰なのかはわからなかった。

 

 カリステム。

 誰が上司でも関係が無かったから、という理由で僕を裏切った錬金術師だけど、その在り方にもその来歴にも謎が残るばかり。

 だからずっとずっと調べていたし、なんなら調べてもらっていたし。

 その上でこの結論に至る。その理由は。

 

「他人の肉体に、錬金術師の脳を移植……ね」

「正直なところを言わせてもらうのならば、実は簡単なんです。私達合成獣(キメラ)の研究者はそういうことを常にやっているようなものなので」

 

 そう。

 前世では禁忌、あるいは不可能──技術的には可能かもしれないけれど、協力者も研究者も限りなく少ないという状況にあった「頭部移植」。成功例も歴史を見るとちらほらある……けど、これが本当に成功したのかどうかはわからない、というものばかりだった。

 けれど鋼の錬金術師世界では違う。

 人間と動物を合成する時に、頭部が全く別の形になることなど珍しくは無いし、その後の嗜好や体の動かし方が動物に寄ることも少なくない。つまり成功しているのだ。

 

 それを、ただ人間から人間へやった、というだけの話。錬金術ありきの、生体錬成ありきの話だ。あと豊富な実験体ね。

 

「じゃあさ、カリステムは()()()だと思う?」

「……わかりません。恐らく十回以上は。それに本人意思じゃなく、他者によるもの。つまり」

「似たようなのはいくらでもいるし、いくらでも作り得る、ってことだ」

「はい」

 

 ということは、もう来歴のわからない錬金術師は信用しない方が良い、という結果に落ち着いてしまう。

 歴史に突然現れた、というだけで、作られた錬金術師である可能性が程高いと見られるのだから。

 

「でもこれ、使えるな」

「私もそう思います。既存の合成獣に、高名な錬金術師の脳を移植することで……錬金術を使うキメラが、そして所長の欲している増幅器も簡単に」

「問題はどうやって高名な錬金術師を調達するか、だけど……国家錬金術師制度、良い制度だよね」

「篩にかける、という点ではそうですけど、アレは別の用途があるんじゃ」

「へぇ?」

「あ! い、いえ、何かを知っていて話しているわけじゃなくて、そう感じる、といいますか」

「そう感じられずにのこのこ国家資格を取りに来て監視対象になっていく錬金術師が多い中、そう感じられた時点で君は優秀な錬金術師の脳を持っていると──そう言えるよね」

「わ……わた、しを?」

「──なんて、あのさ、毎度毎度言うけど、僕は味方殺しをしないことで有名な錬金術師なんだ。犯罪者は敵だから気軽に手軽に使い潰すけど、君は味方の範疇なんだから、そう簡単にどうこうしたりしないよ」

「で、ですよね、あはは……」

 

 僕とアンファミーユは結婚する。

 もうお母さん達にも認められた仲で、キンブリーとアームストロング中佐にも散々ラブラブなところを見せつけておいた。彼らの口の堅さ故広まるのは遅いかもしれないけれど、汽車内には乗客がそこそこいたし、次第に広まりゆくだろう。

 

 だけど、アンファミーユから僕へ恋愛感情の類を持たれるのは困る。

 僕は恋愛感情というものを「自らでは御しきれない暴走感情」だと認識している。否、恋までは自戒もできようが、愛まで行くと周りも自分も見えなくなって、理性が働かなくなる──そんな暴走感情だと。

 

 別に僕がモテにモテる、みたいな自惚れの話じゃなくて、少しでも好意的な感情を向けられると僕はそれを「危険だな」って思うってこと。味方は多いに越したことが無いんだから、自ら味方ではなくなるのはやめてほしい。

 無論、この関係に嫌気が差してどこぞへ逃げるというのなら止めはしない。止める権利も資格もない。僕はそれを裏切りだとも思わないから、好きに逃げ出してくれていい。このことはアンファミーユにちゃんと伝えてある。

 それでも彼女は僕の隣にいることを選んだ。

 恐怖故か、それとも別の感情故か。

 

「よし、切り替えよう。アンファミーユ、お願いしていた生体部品はできてる?」

「あ、はい。一般の機械鎧技師が公開している機械鎧の部品に形を寄せて、再現できないものはただ繋げただけの、本当に部品としか呼べないものですけど……」

「じゃ、組み上げようか」

「わかりました」

 

 まぁ。

 僕は、作る気は無かった。絶対裏切られるから。僕がその立場だったら絶対裏切るから。

 だけど同時に、遠隔でどうこうできる機能をつけておけばいいか、とも思った。そして背中を押してきたのがなんとお父様と来たのだから、作らずにはいられない。

 

 最近のお父様は本当に意欲的だ。

 そして、自身の辿り着かなかった結果に辿り着いた錬金術師──国家錬金術師達を褒めることさえある。焔の錬金術。紅蓮の錬金術。氷結の錬金術。「無駄な遠回り」と揶揄する錬金術も少なくはないが、ああいう一点特化の錬金術は「面白い面白い」と目を輝かせて学んでいる。

 ……学んでいるのはちょっとマズいか、とか思いながら、でも「学ぶのやめて」とか言えないしなぁ、とか思いながら、思いながら、思いながら……。

 

 そして色々なものを教えるたびにブラッドレイ大総統に嫌な顔をされる。

 何故って大抵の場合、学び尽くした後のお父様は大総統に「これが欲しい」だの「実物を見てみたい」だのとせがむからだ。さらには「何のために大総統の座に据えたと思っている。早くしろ憤怒(ラース)」と、絶対そのためじゃないよね、って感じの命令をしている。

 同じ件でプライドからも「アナタのせいですからね。まぁ、父が元気なのは良いことですが」とか突かれたりして。プライドのつつきは普通に鋭利だから危ないんだよね。

 

 話を戻して。

 だから。

 

「ふぅ……組み上がりましたね」

「うん。あとはバッテリーを入れるだけ。……ま、キメラ・バッテリーでもいいんだけど、どうせ倣うならこっちだよね」

 

 プラモデルよろしく組み上げたのは、生体部品で作り上げた全身機械鎧──もとい、ヒトの形をした人形。参考にしたのはスイルクレムだ。今は亡きスイルクレムの設計図を引っ張り出してきて、色々今の知識とアンファミーユの知識を入れて、それは完成した。

 その中心部にはめ込むのは──小さな賢者の石。

 

 スイルクレムという機械人形(オートマトン)は魂定着の陣をバッテリーに動く人形だった。

 そしてこいつは、賢者の石をバッテリーに動く人形。キメラ・バッテリーでも勿論良いんだけど、お父様に背を押され、名を与えるのであればこちらが正しいものだろう。

 

 生体人形(Livingoid)──人造人間に対する名前にしては、あまりに武骨だけど。

 

 人形が目を開ける。

 言葉は──発さない。ま、当然だ。ホムンクルス達のように偏った感情を持つ魂が込められた石というわけじゃない。スイルクレムのように元人間の魂というわけでもない、本当にただの賢者の石。

 ……そう考えると、キメラ・バッテリーを使っていたら苦しい苦しい苦しいになっていた可能性はあるな。こっちで正解か。

 

「ふむ、バイタルに異常はありませんね。問題なく動いています。ただ、やっぱり思念エネルギーは出力の確認ができません。あくまで人形……あるいは魂が無いと思念エネルギーは生み出せないと見るべきでしょう。ナノキメラにも魂はありましたから」

「思念エネルギーの出力が主目的じゃないから構わないさ。さて、じゃあこっちから入力を行うから、アンファミーユはそっちで計測を続けて。ああ、万が一戦闘になった場合、僕を気にせず逃げてね。むしろ邪魔だから」

「はい。──少しだけ思念に揺らぎを確認。視角から得られる情報に何かが刺激されている様子ですが、何が? 魂も脳もないのに……」

 

 対峙する。

 生まれたばかりのリビンゴイド。人造人間(ホムンクルス)の成り損ない。あの憐れたるホムンクルスにさえなれなかった人形。

 脳を持たず、高度なAIを積まれているわけでもなく、ただヒトのカタチに寄せられただけのイキモノ。

 

 これに、思念エネルギーを流す。

 

 何度も述べているけれど、思念エネルギーは大した力を持っていない。

 精々が錬成エネルギーや賢者の石エネルギーの流れを変える程度で、物質に対してはほぼ作用しない。

 

 が、この人形は謂わば錬成エネルギーの結晶たる生体部品と賢者の石のバッテリーで動く存在。

 その方向性、指向性は──思念エネルギーで変えられるのではないかと考えた。

 

 アンファミーユに詳しいことは言っていないけれど、彼女はもう僕の使うこの「流れ」の技術がアメストリスにおける既存のそれと違うことは気づいているはずだ。

 だから惜しげもなく使う。

 思念エネルギーの流れ。その中でも──「生きたい」という思念に特化した流れを人形に流し込んでいく。

 

「……思念エネルギーの……振れ幅が。申し訳ありません、依然、何が反応しているのかは不明ですが、何かが所長の思念エネルギーにより、強い衝動を受けているようです」

 

 何か。

 それは賢者の石か。

 

 あるいは、魂か。

 ここの所微妙なんだよね。人体錬成が失敗して真理の扉に連れていかれるのは、「既に存在しないものを指定して錬成しているから」だ。まぁ血液を使っている、というのもあるんだけど。

 けれど、「存在するかどうかわからないものが勝手に錬成されること」や「今から新たな魂を作る行為」についての言及はない。もし「今から新たな魂を作る行為」がダメなら、子作りという行為が罰せられる可能性だってある。そうなっていないということは──失われたものではないのならば、可能なのではないか。

 

 神の構築式たる血液も使わず、そもそも錬金術でなく、失われたものを指定してもいないこの錬丹術で、魂の凝縮塊である賢者の石に魂を宿らせる──あるいは抽出する行為は、真理の約定に抵触しないものであると信じている。

 

 果たして。

 

 

 *

 

 

「無理だったか」

「無理というか、アプローチに少しばかりの難が……何か違う部分があったな、っていうのが体感かな」

「ふむ。わたしのこの身は賢者の石が中核となっている。故にどの感情を偏らせるかも自在だが、おまえはそうではないものな」

 

 お父様の間。

 明確な名称のないここへ、結果を報告に来た。

 

 発案がお父様で、計画実行者が僕で。 

 だから報告だ。失敗した、という。

 

 リビンゴイド。 

 やっぱり脳にあたる部分がないとダメな気がする。気がしつつも、ホムンクルス達は脳が無い状態から産まれ、自ら脳を形成しているっぽいから、アプローチが違うとしか思えない。

 

傲慢(プライド)

「はい」

「おまえはどうだった? わたしから生まれ出でた時、既に考える頭はあったか?」

「……はい。記憶に相違なければ」

「そうか……ふぅむ、難しい問題だな」

「うん。賢者の石一つでホムンクルスの成り損ないを量産できれば人手不足が解消できる──良い案ではあったんだけどね、やっぱり普通の人間を使う?」

「人間は思い通りに動かんものだ。必ず我欲を出し、必ず何かミスを犯す。錬金術に必要なものは完全性だ。その点、人間というのは素材や記号として使うならまだしも、術者には向かん存在だろうよ」

「だよねぇ。それに、どうせ自分第一だから裏切る奴出てくるだろうし」

 

 二人して「ふぅー」とため息を吐く。

 いやホント、今かなり困っている。

 

 若お父様に思想を説いた段階、若お父様がそれを脳内で計算し尽くして、実行に移そうとしている現在。

 ──1913年1月。

 原作開始まであと少しってレベルじゃない時期だ。お父様にとっては、日蝕まであと二年。

 

 人手不足である。

 それも、深刻な。無論、アメストリスの民を加算して三億の賢者の石があれば、「次」を狙うということもできるだろう。次の日食。あるいは僕が頑張って、他の地で起こる日食の場所へ陣を敷く、とか。

 ただ、前者の場合──僕が生きていない可能性が大きい。

 お父様はそれが嫌らしい。

 

 嬉しい話なのかはよくわからないけど、お父様は本当に僕を気に入ってくれている。

 この若々しくなった状態で、なんでもかんでも学びたい知りたいという状況で──また誰も理解者のいない孤独を次の日食まで待たないといけない、というのは色々クるとかなんとか。どうせカミを降ろしたらもっと孤独になると思うんだけど、そこはどうなんだろうね。

 

「次はホムンクルスを真似て、賢者の石内部の感情を偏らせてやってみようかな」

「できるのかね?」

「イチから研究。賢者の石の形を変えるのはもう自在にできるようになったけど、中の魂に干渉するのはまだまだ未到達の領域だ。けどまぁ、ある程度のノウハウはあるし、お父様もいるし。わかんないとこあったら聞きに来ても良いんでしょ?」

「無論だ。いつでも歓迎する。……そういえば、昨日の話に戻るのだが」

「うん? あぁホーエンハイムに会った話?」

「そう、それだ」

 

 ホーエンハイムに会った、というのはちゃんと報告した。

 そうしたら「なんだアイツ、まだ生きてたか! ……いや生きているか。わたしが生きているのだし。しかしアイツ、もしやわたしより年上か? それはそれは、再会してこの若さを見せつけるのが楽しみでならんな!」とか張り切ってた。ごめんね、もうネタバレしちゃったんだ。

 

「奴は西部にいたのだな?」

「うん。ウェストシティ近郊だね」

「……」

「もしや、とは思いますが──会いに行こう、などとは考えていないでしょうな、父よ」

「なんだ憤怒(ラース)。わたしはお前に思考を読むような機能を付けた覚えはないぞ?」

「父よ……。御身はそう易々と動いてよいものではないのです。いくら若返ったからといって、どんな危険があるか」

「ふん、最早並の錬金術師、いや並ではない錬金術師でさえわたしに傷一つ付けられん。なれば何を恐れることがある。このままホーエンハイムの中の賢者の石も取り込んで、奴の知識も吸収するというのは中々いい考えに思うが、何か異議があるか?」

 

 ブラッドレイ大総統の細い目が僕を向く。ぐにゃりと動いた影の化け物の目線が僕に集中する。

 

「ごめん」

「む? 何故おまえが謝るのだ」

「いや、ホーエンハイムと遭った時、これ千日手になるなーって思って、彼を特殊合金で包んでクレタの向こうまで飛ばしちゃったんだよね。だから多分西部にはいないと思う」

「……そうか。いや、良い。確かにそうだな。おまえとホーエンハイムでは、決着がつかんか。むしろ押し負ける可能性もある。ム? そう考えるとかなり危険な橋を渡ったな。おまえは今や貴重な人材だ。あまり危険なことはするな。危険を感じたら地下の蓋にでも干渉しろ。飛んで行ってやる」

 

 わぁ。

 化け物二人から「絶対使うなよ」って目線が飛んでくる。

 わかってるわかってる。

 

「ありがとう、お父様」

 

 こんなところで話は終わりだ。

 研究段階にある劣化ホムンクルス。命令に忠実に従い、思念エネルギーの発露ができて、複雑な命令にも耐え得る存在の作成。

 

 ──それはある意味、既存のホムンクルス達を「使えない」と言っているに等しいと、お父様は気づいているのだろうか。

 その敵意が僕へ向いていることも。

 

 ……ま、襲ってきたら僕も対応するよ。それでお父様と敵対するのなら、それは仕方のないことだろう。そうならないようにとは祈っているけれどね。

 あるいは、お父様が僕を擁護したら──なんて。

 

 捕らぬ狸の皮算ナントヤラ。

 

 

 *

 

 

「鋼の錬金術師、ねぇ。少なくともいませんよ、今年上がってるのには」

「そう。ごめん、変な事聞いたね」

「ああいえ。白銀ならいますよ。知っての通り、コマンチ爺さんですけど」

「コマンチ爺さんとは折り合い悪いんだよねー僕。錬金スタイルが少しだけ似てるからさ」

「あー」

 

 試験官と世間話をする。

 恐れていた事態、というべきか。──原作でエドが国家資格を取ったのは1911年の10月。

 軽く調べてもらったけど、それ以前、それ以降にも「鋼の錬金術師」なる国家錬金術師はいない。身長の低い金髪金眼の錬金術師、というのもいなかった。全身鎧の錬金術師もまた同じ。

 

 ──エドワード・エルリックが国家錬金術師にならない、という可能性。

 そんなの考えてもみなかった。なって当然だと思っていた。

 けど、もしトリシャ・エルリックが生きているなら、当然彼らは人体錬成を行わないし、だから手足も持っていかれなければ全身を持っていかれることもない。

 故にマスタング大佐が失意の底にあった彼らに声をかけることもなく、そこから派生する出会いも、ありとあらゆるイベントも──無くなる。

 

 レト教、リオールの話は……まぁ別に、いずれリバウンドの来る劣化賢者の石をコーネロが使い続けて自滅するだけ。ロゼが立ち上がれなくなるだけ。

 ユースウェルはヨキが良い思いをし続けるだけだけど、どうせ炭鉱夫が反乱を起こすだろう。特に気を配る話でもない。

 青の団は……あ、前に潰したっけ。勘の良いガキ嫌いおじさんは、まぁ別にそこまで外道なことしてないし、次が無い……もう自由に使える家族がいないから、来年には査定に落ちて国家資格剥奪は目に見えている。来年まで生きていられるかわからないのと、そもそも国家資格を取れているかわからないというのもあるけど。

 傷の男(スカー)問題は、無い。完全に潰した。

 マルコー医師、は。

 ……マルコー医師は、どこにいるんだろうね。僕まだ会ったこと無いけど。ただ身体を失くしていないなら会う必要もないし、国家資格がないなら軍人でもないからそもそも……。

 

 あれ。

 あれれ。

 そもそもだ。そもそも、エド達って……旅に出るのだろうか。

 トリシャ・エルリックが生きていると仮定し、ホーエンハイムともそこまで仲が悪くないとして。

 

 彼らが旅に出なかったら。

 彼らが真理の扉を開けなかったら──何が起こる? 何が困る?

 

 メイ・チャンが来ない。彼女はエドの噂を聞いてやってきたはずだし。

 リン・ヤオは来るか。彼の目的は別だ。

 

 ラッシュバレー関連は、そもそもラッシュバレーが機械鎧のメッカになっていない、という問題に阻まれる。マース・ヒューズの死は……どうなんだろう。殺すかどうかさえ怪しい。僕が体よく使われそうな予感はするけれど、彼が何に辿り着いたところでもうどうしようもないし、当初の予定よりもっと大きいことやろうとしてるから辿り着かない可能性も大きい。

 そして、知り合いでもない軍人が死んでも、何の契機にもならないだろう。マスタング大佐以外。

 

 となると、ホムンクルス達を追うのはマスタング大佐になるのかな。

 うむむ。うむむむむ。

 

「もう大丈夫ですかい?」

「あ、うん。ごめんね、急に」

「いえいえー。少将閣下のお役に立てたなら何よりですよ。それじゃ、私はこれで」

 

 ……トリシャ・エルリックを殺しに行く?

 いやいや。

 

 流石に。でも確認しに行くくらいなら……アリじゃないか? どうせホーエンハイムはクレタの向こうにいるし、邪魔はいない。

 

 よし決めた。

 生体人形はアンファミーユに任せて、ちょっとぶらりリゼンブールの旅を決行しよう。確認。確認するだけだから。何にもしないから、ね?

 



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第五十七話 再会の小話「東方司令部と嫉妬」

 東方司令部。

 原作では中央よりなじみ深いだろうここだけど、僕にとっては訪問回数最下位の司令部だ。何故って隣が敵国じゃなかったから。

 ま、だからと言って迷うことは無いし、ぶっちゃけスルーしても良かったんだけど──少し()()()()みることにした。

 

 巨大な駅を出てすぐにそれは路地裏へと入り、ひと気の少ない方へとどんどん向かって行く。

 特に時間的な縛りがあるわけではないから、悠々とついていけば──何故か東方司令部の練兵場に辿り着いた。いや、凄いルートを通ったけど。これ改修案件じゃない?

 

「オホホ……私をそんなにも熱心に追いかけてくるとは、まだまだ私も捨てたものでは」

「いや、前一回会ってるじゃないですか。軍の敷地内だからわざわざご婦人とも呼びませんけど、なんか用ですか?」

「……前より生意気な感じに成長しているわねぇ」

「階級は一つ違いなんで」

「軍人にとっては無視するべきではない壁だと思うのだけど」

「わざわざ姿を見せて誘って来た理由を簡潔に述べてください、グラマン中将。暗殺であれば、全力で抵抗しますが」

 

 地面から引き抜くのは単なる竜頭剣。

 剣石錬成なんかこの人に見せるべきじゃあない。

 

「オホホ……はぁ。余裕のない若者は面白みにかける。──用も何も、そちらが突然東部に赴くとの通信が入ったのだ、悪名高き竜頭の東部入りを警戒しない者はいないだろう」

「悪名高いも何も、東部以外では僕英雄とか勝利の子とか言われてるんですけどね」

 

 そう。

 北部、西部、南部において、僕の評価はうなぎ登りだ。

 戦火をほとんど国に持ち帰らず、完全な侵略をしてみせた。唯一ドラクマが入ってきてしまってはいるけれど、それも微々たるもの。

 加えて好景気まで齎したものだから、この三部と中央では英雄扱い。

 翻って東部ではまだイシュヴァール戦役の印象が根付いているのか、割と恐ろしい物を見る目で見られる。見た目ではもうわからない程度にまで成長しているけれど、名前や銀時計を出せば流石にね。

 

 特に東部はイシュヴァール戦役経験者が多い。

 中でもあの赤い槍の雨を見た兵士がうんといる。他の地域で僕に纏ろう赤といえばワームの口こと跳水錬成&賢石錬成だけど、こと東部に限って言えば赤い雨と血濡れの子供、という印象が強いらしいのだ。

 

 僕に言われても、って感じではあるけども。

 

「何用か、ってことか」

「まさかとは思うが、マスタング君に会いに来た──とでもいうつもりじゃあないだろうな?」

「無論。というか誘いが無ければスルーするつもりだったよ。イーストシティに対して興味がないから。ああでも、そういわれたら確かに気になるかも。マスタング大佐は元気? あとあの子、ホークアイさん。今階級がどこか知らないけど」

「──問題ありません。少将も、壮健そうで何よりです」

 

 お。

 前の時よりも甘いフェイスになって、うん、僕の知っているマスタング大佐に程近いかな、今のマスタング大佐は。

 その傍らに控えるホークアイさん。肩の階級章はちゃんと中尉だ。ぶっちゃけドラクマの功績を考えたら少佐くらいにしてあげてもいいくらいなんだけど、そうなると多分マスタング大佐のもとにいられないからね。彼女はアレでいいんだろう。

 

 そしてそして、後ろにいる太めのが、ハイマンス・ブレダと……顎鬚剃ってない人が、ジャン・ハボック。記憶力良い人と電気工事に長けた人は出てこなかったか。

 

「お久しぶりです、クラクトハイト少将」

「うん、久しぶりだねマスタング大佐。ホークアイ中尉も」

「……はい。お久しぶりです」

 

 罠の類はない。いや、いや。流石に軍施設で少将を暗殺、はやんないか。狙撃手である彼女を連れてきたのもそういうアピールかな。それとも僕の考えすぎかな。

 

「そっちの二人は初めましてだね。僕はレムノス・クラクトハイト。竜頭の錬金術師だ。裏切りと内通者は即時処断するけど、味方殺しだけはしないことで有名な錬金術師だよ」

「うへぇ、一手目から脅しとか、大佐ぁ、この人は」

「ハイマンス・ブレダです。よろしくお願いします」

「あぁすんません。ジャン・ハボックす。にしても……御幾つですかい? 随分と若く見えますが」

「正確な年齢はわからないけど、17歳か18歳くらいだよ」

 

 そう。

 僕もう結構大人だったりする。身長は172㎝と、まぁ、そこそこ? だからもう子供扱いされたりしないし、アンファミーユと結婚してもアンファミーユがバッシングされることはない。まぁ同情されることはあるだろうけど。

 

「それで、用件はマスタング大佐から、ということでいいのかな」

「はい。──SAGについて、です」

「東部にも出てるの? そんな報告来てないけど」

「今のところ全て捕縛できていますので」

 

 ふむ。 

 本気でスルーするつもりが、じっくり腰を落ち着けて話さないといけない案件かもしれない。

 

「ん、捕縛? 殺してないの?」

「ええ。仲間の居場所を吐かせるために──」

「グラマン中将、東部の拘置所ってどこですか? 殺しに行くんで教えて欲しいです」

「ホッホッホ……おしえなーい」

 

 何やってるんだか。

 SAGは大半が真理を見て帰って来た錬金術師。手合わせ錬成だけじゃなく、様々な知識に溢れている。それを一般人も使うようなトコにぶち込んだって簡単に逃げられるのが関の山だ。

 

「しかし、少将。これは少将からのご命令であったと記憶していますが……」

「──ああ、そういうこと。じゃあいいや。ちゃんと両手は離して拘束しておいてね」

 

 身に覚えのない命令。

 つまりエンヴィーだ。アイツ、最近外交に忙しいとか言っておきながら、僕の声や姿でなんかやってたな?

 

「えーと、だから、結局用件はなんなの? SAGは捕まえたんなら、もういいんじゃないの?」

「……SAGの内の一人が、吐いたのです。曰く、アメストリスで"土地を用いた錬金術が行われようとしている"──と」

「あー。それで、似た錬金術を使う僕に、ってワケね」

「はい」

 

 国土錬成陣がバレかけている、というのは──少々どころじゃなくマズいな。

 SAG。ドラクマの特殊錬金術師部隊(Special Alchemist Group)。あれだけの数がいて、この国を嗅ぎまわっているのなら──成程、気付かれてもおかしくはない。アメストリス軍人(マース・ヒューズ)と違って情報規制されているわけじゃないし、傷の男(スカー)の兄のように弾圧を受けているわけでもない。

 ある種悠々自適にこの国の歴史を調べ尽くすことができる。

 

 戦争中に何度も何度も賢石錬成を使っている僕だ。一度は内部でそれを見たマスタング大佐も、片棒担いだホークアイ中尉もその陣をしっかり覚えている可能性が高い。

 それをもし、アメストリスの国土錬成陣に当てはめられたら。

 SAGが──まるで「この国を救いたいんだ」とでもいうかのように、気付いた事柄をすべて吐き出したら。

 

 動きづらくなる。

 お父様へは辿り着かないだろうけど、僕の立場が少々面倒になる。

 

「協力していただけますか」

「どうしようかなぁ」

「……少将。これは、もしやすると恐ろしい規模の策略が裏で働いている可能性があるのです。どうか──」

 

 そこまで言う、ということは。

 これ、ほとんどアタリついてるな。いや、いや、本当に余計なことをしてくれた。捕縛じゃなくて全部殺せと口を酸っぱくして言っておくべきだった。

 

「──君達が知る必要はないよ」

「少将!」

「その錬成陣については僕らも把握している。大総統にも既に進言してある。そして、その上で少将以下の兵士に伝える必要はないと判断が為されている。グラマン中将に伝わってないのは、彼が大総統と折り合い悪いからじゃないかな」

「ホッホッホ、その程度で連絡が来なくなる組織など潰れてしまえ、とは思うが……実際に来ていないのだから、その可能性は高いねぇ」

 

 こういう時の権力だ。

 不都合は権力でもみ消す。それが人間のやり方だと僕は知っている。

 

「……これ以上探るな、と」

「そうだね。──君が隣国で見た僕の錬金術を、目の前で見ることは避けたいだろう?」

「っ……少将! それは、アメストリスのためにやっていることなのですか!?」

「当然だよ。ああいや、違った。お父さんとお母さんのため、だ。──アメストリスが無くなることに関しては、僕はどうでもいいと思っているよ」

 

 これ以上話が進展することは無さそうなので、踵を返す。

 

 直後、目の前に火柱が上がった。

 

「ちょ、流石にそれはマズいんじゃないッスか大佐!」

 

 ハボックの声は尤もだ。

 今の火力は、攻撃に等しい。

 

「……このまま見過ごす、というのは承服しかねます。単刀直入に聞きましょう。──クラクトハイト少将。貴方はこの国で、何をしているのですか?」

「一つ勘違いを訂正すると、僕がやろうとしているわけじゃないよ。僕は駒だから」

「なに?」

 

 ガチャン、と大きな音がする。

 高速回転を始めるは、少し前から作り始めていた四つの機械時計。

 過剰供給された思念エネルギーが余剰エネルギーとなり──マスタング大佐達に襲い掛かる。

 

 一般人にとっては、風圧にさえならない何かだろう。

 しかし錬金術師にとっては違う。

 

 もう一度後ろ手を振って去ろうとした僕へ向けられた焔の錬金術は、あらぬ方向……彼らの後方上空で発動する。

 思念急流だ。方向を決めなければならない錬金術相手にはめっぽう強い錬丹術。

 サンチェゴへは遅延錬成で自壊を組み込んで、今度こそおさらば。

 

 ……せっかく会えたけど、もう相容れないかな、これは。

 

 

 *

 

 

 ホントは勘の良いガキ嫌いおじさんの家とか見に行きたかったんだけど、これ以上イーストシティ近辺にいるのは絶対に面倒だなって思って、既にリゼンブール行の汽車に揺られている。

 

 もし。

 もし、本当にトリシャ・エルリックが生きていた場合──僕はどうするのが正解か。

 たとえば僕が彼女を殺したとて、果たしてエルリック兄弟は人体錬成を行うだろうか。彼らが人体錬成を行った年齢より些か歳を取っているのと、蘇生させるより僕への憎しみが勝りそうなものだけど。

 

 アレは病気というどうしようもない結果と、父親らしいことなんもしてやんなかったホーエンハイムへの寂しさから生まれた天才性だ。

 たとえ今同じ結果を齎したからといって、同じ結末に至るとはあまり思えない。

 

 車窓。

 原作と違って羊の量が格段に多い。織物工場もちらほらある。

 戦火が届いていないが故の、本来のリゼンブール。

 

「よぉ」

「やぁ。僕の姿で余計な事言ったみたいだね」

「おいおい、久しぶりの再会だってのになんだよその言い草は。嬉しさ余ってハグするくらいの優しさはねぇのか?」

「したら絞め殺される未来しか見えないけど」

「ハッ、正解」

 

 誰もいない車両の、背中合わせ。

 姿かたちはエンヴィーではないと思う。普通の乗客なんだろう。ただ声だけがエンヴィーで。

 

「──随分と、お父様に気に入られてるんだな」

「そうだね。嫉妬する?」

「ああ。するよ、そこは素直にする」

「そっか」

 

 人間への嫉妬とか、仲間へのそれらは図星を指されるまで決して認めない彼だけど。

 お父様への忠誠、あるいは愛情は、ちゃんとあるのだろう。嫉妬とは羨望の別名であり、今の若お父様があらゆるものへ好奇心を見せている姿を見れば一目瞭然。ある種強欲にも似た──家族を欲する心。繋がりを失いたくないという(やまい)

 

「しかも勝手に憤怒(ラース)名乗ってるらしいじゃんか。ハッ、確かにお前のやり方は憤怒って感じだけどよぉ」

「あれ、誰から聞いたのソレ」

「プライドだよ。"アレには困ったものです。……本当に"とか言ってたよ」

 

 ああ。

 成程、プライドが聞いてたのか。ま、別にいいけどね。彼がどう思おうが、彼がどう伝えようが──残念ながらお父様の信頼度は既に僕の方が上を行く。

 

「だってのに、永遠の命は断るんだもんな。なんでだ? 普通の人間と同じか、それよりも早く死んじまうって可能性を考えたら、永遠の命は魅力的だろ」

「死の間際まで全力を賭す、という考え方は、死がある生物にしかないものだと思っているよ」

「は?」

「僕は決めたんだ。お父さんとお母さんを守る、って。それが決意。故に僕はこの事柄へ力を注ぎ続ける。たとえ刃がこの首を断ち切ろうとしているその瞬間でも、たとえ億の亡者に囲まれ、肉を千切り取られている最中でも、僕は自らの全力を賭して二人を守らんとする。それがたとえ無駄な足掻きでもね」

 

 結果守れずとも。

 僕も、お父さんもお母さんも死んでしまったとしても。

 

 僕は全力を以てこの第二の生を生き抜く。

 

「何度も聞いたよ、それ。で、それが永遠の命を得ないのとどう繋がるんだよ」

「何でもできたら、全力を出せないと僕は信仰している。僕にはたくさんのできないことがあるから、今尚こうして動き、確かめ、考え、その中の最良を掴み取っている。誰にとって最悪でも、僕にとっての最良をね」

 

 だから、要らない。

 永遠の命は──命を賭す行為を踏みにじるものだ。そしてそれは、僕から最良を奪い取る毒薬でもある。

 

 僕は初期も初期にサンチェゴという「自らの真理」を作った。

 それでもちゃんと血は流れたし、苦戦もした。僕の真理では「なんでも」はできなかった。だから錬丹術や賢石錬成やら、さらにさらにと研究開発を行えている。

 

 もし、サンチェゴがなんでもできる装置であったのなら──僕はそこで歩を止めていたかもしれない。

 15秒という錬成速度の遅さ。四つまでという制限。そして限りある命。シンの者やイシュヴァールの武僧のように身体能力に秀でるわけでもなければ、マスタング大佐やマクドゥーガル少佐のように一点特化の錬金術を使えるわけでもない。

 故にこそ僕は進化を止めない。いつでも全力であり続けられる。

 

「僕は僕としての性能に、これ以上を求めないよ。永遠の命も、ホムンクルスになる、という選択肢もない。僕は僕を飾り付けて、そうしてどこかであっけなく簡単に死ぬんだ。その時悲願を達成しているのか、夢半ばなのかまではわからないけれどね」

 

 いつか。

 お父様が死したあの時、真理が彼に付きつけた言葉。

 

 外付けの力で強くなって王様気分、だとか。お前自身が成長していないからだ、とか。

 けれど、僕はそれを大いに結構だと思っている。

 

 僕がもし、人間として成長していたり、達観した考えを持つようになってしまったら。思想が代わってしまったら。

 その僕はもう僕じゃあない。

 

「ふぅん。……なぁレムノス」

「なに、エンヴィー」

「お父様がアンタを気に入っている理由についちゃ、正直ムカつく。俺達には絶対にできないことだからさー。けど、俺がアンタを気に入っている理由は、やっぱそれだよ」

 

 顔は見えないけれど、エンヴィーはニヤリと笑って。

 

「お前に対してだけは、何にも嫉妬する気にならない。なんだよそれ、化け物の考え方じゃんか」

「そうかな」

「自覚がないトコが一層良い。少なくともエンヴィー様は死にたいとは思わないし、ずっと生きていたいと思う。仮にお父様が死ねって言ってきても、それは変わらない。ま、抵抗するだけ無駄だとは思うけどな」

 

 そうだろうか。

 そうだろう。

 もし、お父様が賢者の石を欲したあの場にエンヴィーがいたら。

 彼は「石を寄越せ、エンヴィー」と叫んで──エンヴィーは一瞬だけ嫌な顔をして、けれどすぐに諦めるのだろう。死にたいわけじゃない。けれど逃げられないし、逃げた後を考えれば死も同然。ならばいっそ、と。

 

 ……ま、これは僕の信仰だからね。

 

「あ、そろそろリゼンブールだね」

「リゼンブールゥ? なんか用あんの? あんなクソ田舎に?」

「何も用が無ければいいな、と思って行くんだよ。一緒に来る?」

「行かねえよ。あのな、どっかの誰かさんのせいでエンヴィー様は忙しいんだよ。戦後処理を一人でやってんだぞこっちは。他国の法的手続きとか知るかっつーの」

「全部やったことにすればいいのに」

「どこぞの誰かが犯罪博物館なんてもんを建てたせいで民衆の関心がこっちに向いてんだよ。なんもかんもアンタのせいなの気付いてる?」

「でも君達のお父様は喜んでいたよ」

「子には子の悩みがあるんだよ」

「ついでに言うと、アエルゴを賢者の石にしろって言ったのは君だよ」

 

 言えば、エンヴィーは目を逸らす。

 

 結構そういうとこあるよね。嫉妬から責任転嫁に名前変えてもいい頃合いだと思うよ。

 

 ──汽車はリゼンブールへ到着する。

 エンヴィーはそのまま、南部のピットランドへ向かって行った。

 

 さて。

 ──いるかな、トリシャ・エルリック。まぁその前にエルリック家ってどこですか、から始めないといけないんだけど。前一回キンブリーと通り過ぎたことあるけど覚えてるワケないんだよね草原過ぎて。

 



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第五十八話 勇み足の物語「すれ違い、行き違い、食い違い」

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 いた。

 

「あら、お客さん? その……どちら様でしょう。軍人さん……となると、あの人の知り合い、とかかしら」

 

 いた。

 いた。普通にいた。洗濯物干してた。

 

 いや。いやいや。

 もしかして生きてる? とか言いながら、それでも心のどっかで「死んでるでしょ流石に」とか思ってた自分がいるんだよ。

 でも──生きている。で、元気そう。

 

「エルリックさんの家、であってますか」

「はい。うちがエルリックですが……」

「……エドワード・エルリック君はいらっしゃいますか?」

「エド? ……申し訳ありません、エドが何か……」

 

 エドワード・エルリックはいる。

 トリシャ・エルリックも生きている。

 これは──最悪の事態では? それなりに、とかじゃなくて。エドのいない鋼の錬金術師の世界とか、僕の知識役に立つところナッシングでは?

 

 けど、おかしい。

 氣がない。エルリック兄弟の氣がこの家の中に無い。焼けていないこの家の中に、欠片も。

 

「何をした、というわけではないんですけどね。──国家錬金術師へのお誘いを、と思いまして」

「エドを? ああでも、ごめんなさい。今あの子、リゼンブールにいないんです」

「……それは、聞いても良い理由で?」

「ええ、まぁ、込み入った話にはなってしまうのですが、数年前から夫が行方不明で……子供たちは、夫を探しに」

 

 んんんんんんんんんんん。

 んんんんんんんんんんん?

 

 旅に出てくれたのは嬉しいけど、そういう理由かぁ。いや、確かに必要だろう。ホーエンハイムも僕の活躍のせいでそうとう焦っていただろうし、ドラクマが落ちたくらいのタイミングで早急に家を出るくらいのことをしてもおかしくはない。

 けど、それを探す。あるいは連れ戻しに、って理由じゃ、エルリック兄弟が事件に首を突っ込む理由としては薄すぎる。原作では「体を取り戻すために」と追っていた賢者の石関連もホーエンハイム探しだったら関係ないと断ずるだろうし。

 

「トリシャ、客かい? ……っとと、なんだい軍人じゃないか……って」

 

 隣と言っていいかはわからないけど、程近い場所の家から出てきたのは、小さな小さなお婆さん。

 ピナコ・ロックベルだ。彼女は僕の服装を見たあと、肩の階級章を見て目を細める。

 

「……赤みがかった茶髪。血よりも濃く深い赤の瞳。加えて少将の階級章……アンタ、竜頭の錬金術師だね」

「おや、何か噂になっていましたか?」

「ふん、忘れたとは言わせないよ。ウチのが世話になったんだ、それくらい聞いているさ」

「忘れたも何も、僕は貴女の名を知らないのですが」

「ロックベルだよ。ピナコ・ロックベル。アンタがやったイシュヴァールの時に来た医者夫婦。覚えてるだろ?」

「ああ、あの二人ですか。懐かしいですね」

 

 トリシャ・エルリックと話していたのに、ピナコ・ロックベルが割って入って来たからか、彼女が置いてけぼりになってしまっている。

 ……が、もう用はない。殺す、なんてのはあり得ない話だ。とりあえずエルリック兄弟が旅に出てくれたならそれでいいだろう。人体錬成をしていないだけだ。原作との差異は。

  

 でっっっか。

 

「それでは失礼しますよ、奥さん。ピナコさん。エドワード君がいないのであれば、私がここに留まる理由もありませんから」

「あ、はい」

「……会っては、いかないのかい」

「会って得はないでしょう。嫌われているでしょうから」

 

 いやホントに。

 蛇蝎の如く嫌われているだろうから。竜頭だけに。

 

 会って良いことなんて一つも──。

 

 ドサ、と何かが落ちる音。恐らくは洗濯籠のようなもの。

 音は左前方──稜線の先。犬の吠える声。

 

「サラ? どうしたんだいサラ?」

「……母さん。そこに……いるんだね。竜頭の錬金術師が」

 

 ああ、来てしまったか。

 まぁいいや、とっととかーえろ。錬金術師じゃない、ましてや軍人でもない一般人に興味はあんまりない。お父さんとお母さんを脅かす存在でも守る存在でもないのだから。無論、復讐者であるというのなら容赦はしないけど。

 

「待って!」

 

 大きな声。

 共に、前足が片方機械鎧な犬が僕の前に出てきて、威嚇するような態勢になったあと、けれどすぐに怯えた表情を見せる。

 ああ、賢者の石か。動物は敏感なんだっけ?

 

「どいてくれるかな」

 

 けれど、退かない。

 明らかに怯えているのに退かない。賢い犬だったはずだ。幼いエドらを庇って自らが負傷するくらいには知能のある犬。

 そこまでして引き留める何かが僕にある? 君のご主人様はあんなに苦しがっているんだ、あっちに行ってあげた方が良いと思うけど。

 

「待ってくれないか、竜頭の錬金術師……クラクトハイト少将」

 

 ユーリ・ロックベルの声。久方ぶりに聞くその声は、どこか神妙。ただトラウマがどうとか、僕に苦手意識があるとかではないのだと知らせてくれる声。

 ……ま、この夫妻に限って罠とか絶対ないだろうし。

 そう考えると癒しかもしれない。アームストロング中佐以来の。

 話を聞くくらいなら、良いと思える程度には。

 

 

 

 

 置いてけぼりにしてしまったトリシャ・エルリックに挨拶だけして、話し合いはロックベル家で。

 お茶を出してくれたピナコ・ロックベルに頭を下げて、テーブルを挟んでの対面に夫妻。

 

 えー。

 ……やば、僕こういう空気そこそこ苦手かもしれない。意識を切り替えないと。今は一応平和で、敵意を持つ必要もなくて、疑ったり深読みも要らなくて……え、もしかして僕今生で一般人と話すの初めてじゃない? いやそんなことはないんだけど、こうやって腰を据えて、っていうのは初めてレベルで少ない。シェスカとだってビジネスなものだし。

 しかも単なる初対面じゃなくて、過去にそれなりに不当な扱いをした……軍医の配備を遅らせたことくらいバレているだろう、つまり二人の性質を良い様に利用したとバレている相手。

 

 珍しく、後ろめたさのある相手、ってことだ。

 僕はあの時の選択を一切後悔していないし、当然だとも思っているけれど、両立して「守るべき国民に敵意を向けた」という意識はある。

 

 ふむ。

 何を話すか。

 

「──クラクトハイト少将」

「なに?」

「まずは、お久しぶりです、ということと……謝罪と、礼をさせてください」

 

 ユーリ・ロックベルが頭を下げる。

 先手を打たれた。

 

「久しぶりなのはいいけど、謝罪と礼はわからないかな。君達をわざと危険に晒して、君達の目の前でわざわざイシュヴァール人を殺してみせて。──僕と君達の間にあるものに、善へ沿うものが見当たらない」

「私とサラ、そして家族がこうして生きていて、リゼンブールが無事です」

「責務の全うにお礼を言われちゃ立つ瀬がないよ。労働と報酬は等しくあるべきだ。僕は既に雇い主からそれを貰っている。君達から貰う謂れはないよ」

 

 何故だろう。

 何故僕は、こんなにも否定をする? いいじゃないか、謝罪とお礼くらい貰っておけば。何を迷う。

 

 ──簡単だ。 

 手一杯なんだ。お父さんとお母さんを守る。これだけでも僕のキャパシティーはオーバー気味なのに、お父様が気に入ってくれたことやエド達が人体錬成をしていないことなど、僕の許容限界を事態が越え始めている。アンファミーユもそうと言えばそう。

 

 これ以上のつながりを。

 これ以上の善意を。

 

 僕は求めていない。

 

「……少将。何か、焦っていますか?」

「流石お医者さんだ。外科医とはいえ、そういうものには聡いか」

「ははは……はい、そうですね。今の少将からは、この場から逃げ出したい、というような……私達に対する恐怖のようなものを感じます。立場を考えても、あるいは武力を見たとしても、私達の方が遥かな低みにいるというに」

 

 怖がっている、か。

 そうだね。それはそうだろう。僕がこの世で最も怖いものは、一般人だ。それも善意を向けてくる。慈愛、優しさ、裏表のない感情。

 相手が軍人ならいい。ちゃんとした基準があるから。だからアームストロング中佐とか、なんならキンブリーの優しさも受け入れられる。

 だけど、怖い。うん。認めよう。

 怖いよ。だって意味が分からないから。東部以外の地域だったら多少はわかる。いや、イシュヴァール戦役での僕を知らない相手だったらギリギリわかる。辛うじてわかる。

 

 でも夫妻は一番の目撃者で、なんなら被害者だ。

 あの、今と違って遅延錬成くらいしか特技の無かった僕の、つまり切羽詰まっていた僕の被害を受けた一般人。

 

 それが何故、僕に謝ったり感謝したりできる。

 エンヴィーじゃないけど、理解ができなさ過ぎて感情が追いつかない。

 自分たちが生きていることへの礼だというのなら、イシュヴァール人を生かそうとして向かい、しかし殺し尽くした僕を責めるべきだろう。生をそれほどまでに信仰するのなら。

 

 ……ダメだ。

 頭の中でどれほど考えても堂々巡りにしかならない。

 

「カウンセリングと行こう」

「えっと……カウンセリング、ですか?」

「そう。僕が君達にカウンセリングしてもらうんだ。外科医に頼むことじゃないのは承知の上でね」

「そういうのは私達の方から切り出すものでは……」

「無論、常識はそうだろう。けれど僕と君達の関係は非常識に彩られている。君達は僕の心の内というものを知らない。僕は君達の信念を知らない。なら対話による治療こそが最良だ。これ以上の関係を望むならね」

 

 要するに、なんで謝罪とかお礼とかされるかわからないから、ちょっと深い話をしてみない? っていうお誘いだ。

 時間は別に気にしなくていい。エド達が旅に出ているというのなら、どうせリオールかユースウェルに行けば会えるだろう。確定人柱ではなく人柱候補であるのなら会う必要すらないかもしれない。

 話し合ったあと、必要ないなと感じたら第五研究所へ戻ろう。アンファミーユもあれでいて科学者だ。何らかの成果が出ていると期待している。

 

 ……これもかなり珍しいな。

 僕が自ら歩み寄ろうとするなんて。あれ、もしかして今生初めて?

 

「さて、じゃあ──」

 

 

 *

 

 

 アンファミーユ・マンテイクは合成獣(キメラ)の研究者である。

 紆余曲折曲折浮沈二転三転右往左往複雑多岐があった結果、国軍少将の妻兼錬金術師というポジションに落ち着いた。

 唯一の肉親を失った今、天涯孤独の身であるのは事実──だけど、アンファミーユはそれを悲しいとは思わない。()()()()が正しいだろうか。

 彼女にとって、世界とは兄だった。兄のやることについていくものだったし、兄の立つ場所に立たんと己を鍛えるものだった。幼いころから錬金術師としての頭角を現していた兄。それに追い縋ろうとした結果、兄と同じ錬金術を扱い、兄妹の錬金術師として軍に雇われるにまで至った。

 

 至って、その全てが紛い物となった。

 

 悲しくはない。悲しいと思えない。

 ただあるのは、「ああ、そうだったんだ」という感想のみ。

 そしてすぐ、兄を殺した相手が夫になった。それに対して思う所は何もないし、彼の家族が家族になったことについても特別何かを感じるということもない。

 

 アレが危険な生き物である、という感覚はある。動物の危機察知能力のようなものだ。

 そばにいると肌がピリピリするし、その錬金術はどこか異質で、彼が錬成エネルギーと呼ぶものは明らかに既存の技術体系にないもの。

 錬金術史を見ても、最も多くの人間の命を奪ったのだろう彼が、現在のアンファミーユの全てだ。依存先を変えただけと罵られても構わない。ただ、アンファミーユ本人の意思としては「そういうことではない」と否定が入るだろう。

 

 変えたのは依存先ではなく、世界観だ、と。

 兄が中心だった。兄の全てが己の全てだった。それが彼に変わっただけのこと。兄に付随するものであるからキメラの研究も頑張ったけれど、彼に付随するものがそうではないのなら、違うことを勉強する必要がある。

 違う体系の錬金術。そして明かされた、賢者の石という存在。人間の魂を糧に作るエネルギー塊。

 そばにいるために必要なことは、必要とされる技能を持つことではないと、アンファミーユは考えている。必要とされる技能を持っていても、求められるのは穴埋めであって共存ではないと。アンファミーユが目指すべきは穴埋めではなく補充だ。彼に欠けが、翳りが出た場合、彼の手となり足となれるスペア。

 故にアンファミーユは賢者の石の存在を知ったその日から、賢者の石の研究を始めている。

 だから彼がリビンゴイドにキメラ・バッテリーを使わなかった理由もわかっているし、あの露出の激しい女性──ラストが賢者の石に関わる存在であることも考察できている。

 

 問題は。

 問題は、彼が力というものを極端に敵視すること、だ。

 できるようになる。知識を持つことまではいい。だけど、アンファミーユが彼の知らない賢者の石を持っていたら、彼は警戒する。するし、二度とアンファミーユを近くに置くことは無くなるだろう。常在戦場という言葉があるが、それはまさに彼のためにあるような言葉だ。

 常に。常に。常に。

 常に常に常に常に。

 片時も一時も心を休ませない人間。

 

 そのスペアになるにはどうしたらいいのか。

 

「あ、アンファミーユさん。珍しいですね、上に出てくるなんて」

「……シェスカさんか。びっくりした、というより、私が前を見ていなかったのね」

 

 悩みに悩んで、とりあえず散歩をする、という手を思いついたアンファミーユ。

 答えが出ない時は血圧を上げるのがベストだ。軽い運動やお風呂に入るなどして無理矢理血圧を上げてやれば、興奮と高揚が平時の己では出せない答えを出してくれる。

 

 だから、とりあえず研究所を出た。

 掃除はしたものの、未だあの血まみれの世界を幻視する地下より、心なしか外の方が空気が美味しい気がする。外も何も、まだ館内ではあるのだが。

 

「犯罪博物館……そういえばじっくり見たことは無かった、か」

「誰か案内をつけますか?」

「大丈夫。貴女は……ああ、また写本?」

「ええ。今回も結構な量を渡されまして。あ、でも無理な労働はさせられていないので大丈夫ですよ」

「わかってる。所長の作る労働環境がクリーンでないはずがないし」

 

 ──それは不満や不信が裏切りに繋がると知っているが故の。

 そして、緩い職場だと油断させることで内通者を()()()()()()()()()()()()()()……なんてところまで、アンファミーユは理解している。あぶり出すとか、探し出すとか、あるいは出さない、とかじゃなくて、わざと内通者や裏切る予定の者に来てもらう。

 その方が面倒が少ないから。「危険因子なんて目じゃ見えないからね」とは彼談。これを聞いた時は流石のアンファミーユも、「もしかして所長は裏切り者や内通者が好きなのでは?」と思いかけた。

 

 シェスカと別れ、CCMの中を歩いて回る。

 第五研究所を隠す形で建てられたここは、非常に大きな敷地とそこそこ精度の高い犯罪史の詰まった博物館だ。そこそこなのは、隠すところは隠されているから。

 

 どうやって集めたのか、ただ錬成しただけか、連続殺人鬼の使った凶器、なんてものまで置いてあるこの場所は、酷く静かで考え事に向いている。散歩に行くとどうしても親子連れやら何やらが気になってしまうから、日光が無いこと以外ではCCMの方が向いているな、と。そこまで考えて。

 

「兄さん兄さん、これって」

「ああ、ぜってぇ錬金術だ。これほどまでに綿密なのは相当几帳面なヤロウで……」

「こっちは?」

「そっちは……ただの殺人?」

「でも密室だったらしいよ。被害者は凍死。南部で……南部で凍死?」

「凍らせたか、温度を下げたか……」

「あ、でも地下ならいけるかも。地下は涼しいというか寒い所多いし」

「あー」

 

 とかいう、博物館内で騒ぐ子供たちを見つけて、額を揉む。

 こういうの、注意すべきなのだろうか。アンファミーユは自身が秩序側の存在ではないため、そういうマナーとかの類に口を出すのは憚られるのだ。とはいえうるさいものはうるさい。

 

 兄弟、だろう。別に胸は痛まない。双子にしては顔つきが違う。ただ金髪金眼とかいう珍しい特徴を持つ少年たち。

 錬金術に造詣が深いのか、犯罪の詳細を見ては「これは錬金術が関わっている、関わっていない」を判断しているようだった。それがなんのためになるのかアンファミーユにはわからない。

 

 ふと、そこで恐らく弟の方がアンファミーユに気付く。

 気付いて。

 

「や、やばいよ兄さん。すっごく睨まれてる……声、抑えて抑えて!」

「あん? どこの誰……うわぉ。あー、すんません。静かにしまーす」

「……睨んでいるつもりはなかった。こちらこそごめんなさい。でも、ここは公衆の使う場所だから、できるだけ静かにね」

 

 睨んでいるつもりはなかった。本当だ。

 アンファミーユに自覚はないけれど、オズワルド寄りの顔立ちのアンファミーユは少しばかり釣り目で、眉を顰めると結構怖い顔になる──というのは彼女が一生気付くことのない事実だろう。どうせ彼は何も言わないから。

 

「っていうか、そのカッコ。もしかしてお姉さんここのスタッフだったりする?」

「まぁ、一応。展示品の説明とかは管轄が違うから、他のに頼んでほしいけれど」

「あーいや、そういうんじゃないんだけど。ちょっと会いたい人がいてさ」

「そもそもアポイントメント無しで会わせてください、が無理過ぎるんだよ兄さん」

「いや丁度いてばったり、ってこともあるかもしれねーだろー」

 

 金髪金眼の少年二人は、アンファミーユをじっと見る。

 

「国家錬金術師、竜頭の錬金術師レムノス・クラクトハイトってのにお取次ぎ願いたいんだけど、無理かな」

「無理ね。所長は今出張中だし、一般人が何の紹介も無しに会える相手ではないから」

「だよなぁ」

「ほら! ごめんなさいお姉さん、ウチの兄はこう、行き当たりばったりというか、当たって砕けろというか、とにかく前を見ないで走る癖があって!」

「っせーぞアル! オレのとりあえず行ってから考えるか! に対して"ああもう、それでいいよそれで!"って賛同してくれたじゃねーか」

「その答えの時点で渋々なのを察そうよ……」

 

 また騒がしくなった兄弟。

 

 なんだろう、とアンファミーユは考えた。

 彼への用事となると、大まかに二つの分類が為される。

 一つは錬金術に関する話。もう一つは軍事に関する話。英雄、勝利の子などと持て囃されていても、わざわざCCMに押しかけてまで彼に取次ぎをお願いしてくる一般人など存在しない。

 錬金術師ゆえの話であるのなら、お帰り願った方が賢明だろう。なんせ彼の扱う錬金術は、そのほとんどが血で濡れている。人を殺すための錬金術の体現に近い。その頂点に立つのはグラン准将だろうが、彼も負けてはいないとアンファミーユは考えている。

 

「ちなみにいつごろ帰ってくるか、とかは」

「さぁ。昨日リゼンブールへ行くと言って出て行ったきりだから、少なくとも五日は」

「リゼンブールぅ!? んだよすれ違いかよ!」

「リゼンブールにどんな用事で向かわれたんですか?」

「さぁ。生死確認を怠るとか僕らしくないよね、とかなんとか」

「……生死確認?」

 

 口を滑らせたかとも思ったが、アンファミーユの口から漏れて困ることであれば、そもそも彼は口に出さないだろう。彼女の前でさえ彼は油断しないのだから。

 

「誰の?」

「さぁ?」

「……アル。折角中央まで来てなんだがよ」

「うん。出戻り上等、だよね」

「おう! あんがとな、姉ちゃん!」

「失礼します!」

 

 そう言って、またドタバタと彼らは去っていく。行った。

 

「……嵐のような存在だった。むしろ血圧下がったかも」

 

 散歩をキャンセル。

 今日は少し早めに湯舟に浸かることをタスクに加え。

 

「……今帰ったら、これから帰ってくる所長と入れ違いになると思うんだけど……まぁいいか」

 

 アンファミーユ。

 基本的に世界の中心にいる相手以外へは、大した熱量を持たない女性である。

 




アンファミーユ・マンテイク(Enfamile・Mantique) 女 21歳

 元はただの合成獣の錬金術だったが、キメラ・トランジスタやキメラ・バッテリー、ナノキメラから様々な着想を得て、「人間一人分で作る再構築キメラ」にハマっている華の21歳。
 天涯孤独の身ではあるし、様々な危険が付きまとうポジションに居はするものの、肩書だけ見れば順風満帆な未来が見えている。
 趣味は散歩と読書と好きな人の好きなもの。

 彼女を他者と比較した時、特異な点をただ一つだけ挙げるのだとすれば、それは自主性の希薄さだろう。境遇への選択や決定はできるのに、自己がなく、率先して行う程のカリスマもリーダーシップもやる気もない。
 それなりに優秀な人物であるというのに、世界観の真ん中を常にぽっかりと空けている。あるいは、誰かが入るのを待っている──そんな人物だ。故に世界の中心から離れたものへの興味が薄く、逆近いものへは強いアプローチをかける様を見せてくれる。

 ちなみに自室にある兄とのアルバムは、仕切りや張替えなどを一切せずにレムノスとの思い出へ切り替わっている。
 彼女の中で、兄とレムノスが等価であることが窺える一面……かもしれない。


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第五十九話 躊躇いの物語「邂逅」

 僕はこの夫婦との腰を据えた話し合いを、意義のあるものだったと認める。

 

「貴方の考えはよくわかりました、クラクトハイト少将。救うことと守ることの違い。将来を見据えた行動。脱帽、いえ、感服です。あの時の……まだ少年とさえ呼べなかった時代から、これほどまでを考えていたとは。僕たちが間違っていました、とは言いません。ですが、貴方を間違っていると糾弾することは難しくなりました」

「さぁ、どうだろうね。言語化ができていたかどうかは怪しいよ。そして、脱帽はこっちのセリフだよ。君達は"アメストリス人の医者"なのではなく、"医者"なんだね。その在り方には、一種の憧れさえある」

「あの……私から、一つだけよろしいですか?」

「──僕の守りたいものを君達が手にかけようとした場合、かい?」

「はい」

「それは、あり得ない。僕がこうも君達に気を許しているのは、君達が、たとえどんなことがあっても僕に刃を向けないと知っているからだ。たとえ──僕が君達の家族に牙を向けようともね」

 

 医者の信念を聞いて、考えを改めた。

 謝罪と感謝を受け入れることにした。だってそれは、僕のためのものではなかったから。

 

「……」

「君達は絶対僕に刃を向けない。君達は僕の前にただ腕を広げて立つだけだ。反撃をする、という考えが根底から存在しない。復讐する、という怨嗟が基部にさえ存在しない。──僕には真似のできない生き方だ。だから、もし、僕らが敵対するような事態になったら、すぐに逃げて欲しい」

「……逃げる」

「うん。僕は容赦しない。今目の前でこうして話した君達であっても、その信念を理解した今であっても、決して容赦しない。一秒たりとも迷わない。だから逃げて欲しい。僕は僕を止められない」

 

 初めてだ。

 こんな言葉を吐くのは。

 けれど、逃げたところで復讐者にならないと知っているから言えることでもある。

 

 ほぼ。

 ほぼ、九割くらいは確定で、僕は人類の敵になる。アメストリスの敵になるかどうかはまだ微妙だけど、既存のアメストリス人を手にかけることは、あるいはあるのだろう。

 もしそうなったら、一時的にでもいい、どこか遠くへ逃げて欲しい。

 一般人を殺したくない、なんて思いさえ湧いてこない僕の前からいなくなってほしい。今はただ、それだけを願うよ。

 

「それじゃ、今度こそ失礼するよ。……あ、一つだけ。これはプライベートな謝罪なんだけど」

「はい?」

「昔、この辺を触覚生やした変人と歩いたことがあってね。その時金髪の少女を驚かせてしまったことがあったんだ。あの犬を連れていたから、恐らくは君達の娘だと思うんだけど……代わりに謝っておいてくれると嬉しいかな」

「ああ……わかりました」

 

 実際、トリシャ・エルリックが死んでなくてよかったと思う。

 ほら、あの頃の僕って疫病使い、みたいに思われてたからさ。トリシャ・エルリックの死因が僕になってたら、エド達と真っ向勝負、なんてこともあり得てたし。

 僕も人柱候補を殺すのが若干難しくなっている今、できれば……ね。

 

 今度こそ立ち上がる。

 

「私達の立場からでは、少将を応援する、ということはできませんが……貴方が壮健であることを祈っています」

「ありがとう」

 

 頭を下げて、ロックベル家を後にする。

 見送りは総出だった。大したことしてないのにね。そこにはもちろん、成長したウィンリィもいて──ま、僕よりキンブリーの方が記憶に残っているだろうけど。

 

 遠くでは、トリシャ・エルリックも少しだけ礼をしてくれていた。

 ……彼女の事は、よくわからないけれど。大丈夫。

 エルリック兄弟の母親ならば、大丈夫だろう。

 

 

 

 

 リゼンブールからセントラルに戻るには、イーストシティで乗り換えをする必要がある。

 だから当然イーストシティの駅で降りる。当然だ。

 

「あ」

「お?」

「……」

 

 でもまさかそこでエルリック兄弟と鉢合わせになるとは思わないじゃん。

 

 あとそこにマスタング大佐がいるとも思わないじゃん。

 

「明るい茶髪に、暗くて濃い赤の目……アンタがわぷっ!?」

「先日ぶりですね、クラクトハイト少将。まだイーストシティにいるとは思ってもみませんでした。何用でここに滞在を?」

「今汽車降りてきたトコなの見えてなかった? リゼンブールまで行って帰って来たんだよ。これからそのままセントラルに行くから、イーストシティに滞在するつもりは無いよ」

「ぅ、ぐ、っぷは! てめっ、この大佐! 何しやがる!」

 

 おや。

 国家錬金術師でもないのに、マスタング大佐とは仲良くなれたのか。二人の関係を密接にする人体錬成や国家錬金術師への啓発がなくても二人は二人ってところかな。

 それより。

 

 もう一人の──金髪金眼、けれど短髪の少年。

 エドの方もだけど……身長がそこそこある。豆粒ドチビじゃない。それはやっぱり、栄養を奪われていないから。

 

「あの……僕に何か」

「エルリック兄弟だよね?」

「!?」

 

 短髪の少年、アルの肩と、腕でエドを掴んで大きく後ろに下がるマスタング大佐。

 嫌われすぎじゃない?

 

「おわぁ!? な、なんだよ大佐」

「マスタングさん、どうしたんですか?」

「……エルリック兄弟。どこぞへ行くつもりなら、早く行け。ここは私が引き受ける」

「どうしちゃったのさ、マスタング大佐。──まるで仇敵を見るかのような目だけど?」

「当然です! あのようなことを知っていて、しかし内密にしているなど──」

「おいおい、一般人の前で言えることなのかな。言ってしまえば最後、巻き込むことになることも忘れないでおくことだ。その二人だけじゃない、この駅にいるすべての人間をね」

「ッ!」

 

 ざっと見積もって、今イーストシティの駅には200人くらいがいる。見えないところにはもっといるだろう。

 

「何の話か知らねえが、オレの目的はソイツにあんだよ!」

「申し訳ありません、マスタングさん。何かあるのかもしれませんけど、僕らは竜頭の……クラクトハイト少将に聞きたいことがあってイーストシティまで戻って来たんです」

「僕に? それは丁度いい、僕も君達に話があったんだ」

 

 エルリック兄弟を離し、けれど発火布の手袋を手に嵌めるマスタング大佐。まさかとは思うけど、ここでドンパチする気じゃないよね? 僕が人質を取った云々以前にどんだけ被害が出るか。

 ……ふむ。一応立ち位置を変えておこう。死角死角。あと排水管から離れて、と。

 

「どうぞ、そっちからでいいよ、話は」

「ありがとうございます。……兄さん」

「ああ。アンタ、ホムンクルスって知ってるか? 人造人間……御伽噺の存在じゃねえ、本当にいる……と、思われるホムンクルスだ」

「その質問は、知っている、と答えるべきか、作り得る、と答えるべきか。どっちがいい?」

「どっちにしろ知ってんじゃねえか。……作り得るってのは本当か?」

「今研究中。セントラルの第五研究所ってところで僕は人造人間の研究をしているよ」

「まだ作れてないんだな?」

「うん。そう正面から突き付けられると思う所があるけれど、今はまだ技術……というか何かが足りていない。アプローチがおかしいのか、要素が足りないのか。だから早く帰って研究に没頭したいところではあるね」

 

 自分の方が多く情報を持っている場合、無駄に隠せば隠す程相手が推理する余地が増える。こういうのは結構あけすけに開示したほうが探られないものだ。ましてや分析力の天才相手となれば。

 

「それは、ホムンクルスがいると確信して作ってんのか?」

「結構踏み込んでくるね。何故それを知りたいのかを聞かせてくれたら答えるのも吝かではないよ」

「……数年前の話だ。ウチのぼんくら親父が突然姿を消した。元から変な奴ではあったけど、ちゃんと母さんを……オレ達を大切に思ってくれる良い父親だった。その日までは。……だが、アイツは戻ってこなかった。何か事件に巻き込まれたんじゃねえかってオレ達はアイツを探してる」

「ふむ。それが何故ホムンクルスに繋がるのかな」

「アイツが最後に読んでたのがソレだったんだよ。人造人間(ホムンクルス)に関する資料。そして賢者の石という伝説上の存在。それについて事細かに、まるで本当に存在するかのように書かれた本。それを途中まで読んで、いきなり姿を消した、って感じだった」

 

 成程。

 そういう流れになったのか。いや、その資料とやらも気になる所だけど、ホーエンハイムが()()()()気付いているのかも気になって来たな。

 あの時は一方的に「僕の方がたくさん知っている」と思い込んで捲し立ててぶっ飛ばしちゃったけど、彼も一応長い歳月を生きてきた錬金術師。ちゃんと狙いに気付いている可能性は大きかったか。

 

「で、それが何故僕に?」

「しょーじきな話、賢者の石なんつーのは眉唾モンだと今でもオレは思ってる。──けど、そんなものでも使わなければできねぇことを単身で成し遂げた錬金術師がいた」

「ははぁ、それはそれは」

「アンタだ。隣国三つを滅ぼし尽くした錬金術師。たった一人でイシュヴァール戦役を終わらせ、敗戦国らへ一方的かつ横暴な契約を頷かせた暴君」

「に、兄さん。流石にそれは失礼だって……」

 

 前者二つは良いんだけど、後者のやつ知らないな。

 もしかして:エンヴィー。

 

「アンタ、賢者の石持ってんじゃねぇか? ──それで、ホムンクルスを量産してたりしねぇか。じゃねえと無理だろ、たった一人で、なんて」

「うん、僕もそう思う。さて、その噂話には尾鰭がたくさんついているね。なんで訂正しないのかな、マスタング大佐」

「……あながち間違っていないと思っているからです」

「少なくともたった一人じゃない。クラクトハイト隊という国家錬金術師のみで構成された隊があってね。破壊や侵略の中心は僕を含めた彼らだった。マスタング大佐もその内の一人だよ」

 

 マスタング大佐は僕の賢石錬成を見ている。

 アレがそうだと確信できる何か──たとえばSAGからの知識だのなんだのがあったら。

 

 マース・ヒューズより先に、すべてに辿り着くこともおかしくはないし、その先で僕を見つけることもやはりおかしくはない。僕はお父様やホムンクルス達の隠れ蓑のようなものだからね。むしろ僕で止まってくれたら狙いは成功というか。

 

「ふぅん。……ま、これ以上は言えない、って雰囲気は伝わってくる。ちなみにアンタの第五研究所ってのはどこにあるんだ?」

「CCMってわかる? 中央犯罪博物館」

「わかるっつーか、行って来たよ。なんだ、あの近くにあんのか?」

「あの地下にあるね。国の研究所だから一般人は入れないけど」

「……マジかよ」

 

 がっくりと肩を落とすエド。

 リアクションの大きな彼は話していて楽でいい。問題はアルの方だ。

 ほとんどしゃべらずに──じっと僕を見つめている。真偽、正誤。嘘は言ってないけど隠していること。

 それを見極めんとしているように。

 ……鎧じゃなくても真剣な時はあんまり表情変わらないんだなぁ。

 

「無駄足……でもねぇけど」

「僕への用件はそれだけ? それなら、僕からの用件を話したいんだけど、いい?」

「ん、あぁ。オレ達の話をちゃんと聞いてくれて、答えもくれたからな。等価交換だ。何でも聞いてくれていいぜ」

「うん、じゃあ僕の署名で君を、というか君達を国家錬金術師に推薦するよ。受けてくれる気はあるかな」

「お待ちください。彼らはまだ子供です。国家錬金術師になるということは、戦争に参加する可能性を孕む、ということでもあります。子供が戦争に参加することの悲劇については少将、貴方が一番よくわかっているはずではないのですか?」

「当分は戦争なんて起こらないよ。シンが攻めてくる、とかでもない限りね。ああまぁ、隣国のさらに外へ大総統が喧嘩を売ったりしたら話は別だけど」

 

 とりあえず1915年の日食までは戦争を起こす気は無い。面倒くさいから。

 血の紋はもう大体敷いてあるので、これ以上変な記号を増やしたくないというのが大きい。

 

「ホムンクルスを探す、あるいは作るのかは知らないけど、子供二人がアメストリスを旅するのに資金は必要でしょ。ちなみに君達を推薦するのは、君達が錬金術にとても秀でているとある筋から聞いたからだよ」

「そのある筋というのは?」

「ヴァン・ホーエンハイムって知ってる?」

 

 流石に。

 流石のアルも、大きなリアクションを取った。

 

「ソイツが言ってたんだよ。自慢の息子たちだって」

「いや──あの」

「──いや、ソイツだよ! オレ達のクソ親父は!」

 

 そういえば。

 なんでエルリック姓を名乗っているんだろう。折り合いは悪くなさそうなのに。ホーエンハイムを探すなら、同じ姓を名乗った方が効率的だと思うんだけどなぁ。何か理由があるのだとしたら、汽車の中とかで聞いてみたいものだ。

 

「ど、どこで会った!?」

「やっぱりちゃんと生きてたんだ……元気でしたか?」

「僕をホムンクルスだ、とか言って突っかかって来たから軽く戦ったよ。ああ安心して。僕も彼もケガはしてない。……ふむ、情報を統合するに……彼はホムンクルスというものにどこか憑りつかれているみたいだね」

 

 戦った、の時点で今度はマスタング大佐の目が鋭くなる。

 まぁ僕が戦うってことはそういうことだからね。

 

「とりあえず、僕は第五研究所に帰る予定だけど……君達も一緒に来る? 国家錬金術師試験を受けて軍人になれば、僕の研究所にも招待できるよ」

「少将!」

「そんなに心配なら君も来るかいマスタング大佐。無論、君とて僕の研究所に入る資格はある。良ければ紹介するよ、僕の研究成果を」

「……エルリック兄弟。少将の言うことは話半分に聞け。この人はあまり嘘を吐くことは無いが、吐く言葉に対して言っていない言葉が山のようにある人だ。私は君達の旅路を応援するが……色々な理由から、共に行くことはできない。すまない」

 

 随分と警戒されている。

 第五研究所。僕の巣穴みたいなものだから、入ったが最後捕食されるとでも思ってるんだろうか。

 ナイナイ。人柱候補を僕が殺すわけ。……SAGは散々殺してきたけども。

 

「つまり、油断するなってことだろ。わーってるよ! そんで、少将殿。推薦ありがたく!」

「兄弟共に推薦してくれるんですか?」

「うん。ああ、ただ、僕が推薦したからと言って必ず受かるとかじゃないから」

「勿論、自分の実力で、だろ」

「ありがとうございます」

 

 苦虫を嚙み潰したようなマスタング大佐に微笑んで。

 

 僕とエルリック兄弟は、セントラル行きの汽車へ乗り込むのであった。

 




「竜頭の錬金術師」 / 第四章 完


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第五章 錬金術の到達「例外と横断と再建と生死」
第六十話 錬金術の例外「反射」


転生者らしいことをします。


 イーストシティからセントラルへはそこまで乗車時間が長くないので、聞きたいことをパパっと聞く。

 

「そういえばなんだけど、何故エルリック姓を名乗っているの?」

「ん? あぁ、なんか知らねーけど、"あまり好きな名前じゃないんだ"だそうで。オレ達にもホーエンハイム姓は名乗らねえよう言って来たんだよ」

「……」

 

 ふむ。

 普通に名付け親としてのお父様が嫌い、という説はある。もう一つは、ホーエンハイムという名はこの世界では生まれ出でないものであるから、それを名乗っていたら一瞬にしてお父様に目をつけられてしまう──というのを恐れた、のもあるのだろう。

 自身の名が、自身に纏ろう名がアメストリスに轟くことを嫌った。この兄弟がいずれ大物になると確信していたがために、って感じかな。

 

「あの、ボクからも一つ聞いていいですか?」

「勿論」

「何故ホムンクルスの研究を? 人が人を作ること……これは、あまり推奨されていないというか、人体錬成に至っては禁止されていることですよね」

「そうだね。でもまぁ、僕がホムンクルスを作る理由は簡単だよ。ホムンクルスが他国と戦ってくれたら、アメストリス人は平和でいられるだろう? 僕は今まで錬成兵器というものを開発してきたけれど、それも同じ理由だ。一般兵が前に出て剣や銃で戦うより、よっぽど安全でよっぽど効果的で、何より生存率を底上げする。みんなが幸せになる。──誰も死ななくさせるための錬金術。ちょっとクサいかな」

「い、いえ! 素敵だと思います!」

 

 目を輝かせるアル。うんうん、鋭い目で僕を監視しているのもいいけれど、子供はそうでなくっちゃ。

 

「アンタ、何歳だっけ?」

「今年で多分20か、19か。正確な年齢を僕は覚えていないんだ。あ、別に家族がいないとかじゃないよ」

「ふぅん。……なんつーか、大佐といいアンタといい、夢見がちなとこはそっくりなんだな。流石は大佐の隊の隊長ってことなのかね」

「マスタング大佐が何か夢見がちなこと言ってたのかい?」

「夢はでっかく大総統、だそーだよ。大佐の上に准将、少将、中将、大将とあっての大総統だろ? 気の遠くなる話じゃねぇか」

「あー……。彼、そろそろ30だからね。ホントに狙ってるなら頑張らないと……」

「30であの顔は反則だよなぁ」

「君達ももうちょっと大人になれば甘いフェイスになるんじゃない?」

「行きつく先が見えてっからなぁ。老けたら親父みてーになんだろ? ……今の内に髪染めたりしてイメチェンしておくか?」

「髪染めは髪を痛めるよ兄さん」

 

 髪の話になって、二人は僕の顔を見る。

 なんだろうか。

 

「……アンタさ、彼女とかいんの?」

「ちょ、兄さん失礼過ぎだって!」

「いるよ。結婚を前提に付き合ってる」

「ハッ、そりゃ藪蛇だった。国軍少将で嫁さんもいて、研究所一個丸々所有してて国家錬金術師で……」

「そ、その……差し支えなければ、お嫁さん、どんな方か聞いても良いですか?」

 

 おお。

 そういう話に興味のある年頃か。そうだよね、本来なら15歳と14歳。原作のような凄惨な展開になければ、もっと青春を過ごしている年齢だ。

 しかし、生憎写真というものを持っていない僕。……作るか。

 

「なんか適当な鉄材とか持ってない?」

「持ってるわけねぇだろ」

「ははは……すみません、持ってません」

 

 当然だった。

 しかし、汽車の一部を錬成するのは流石に。

 ……。

 

「じゃ、会ってからのお楽しみで。君達が国家資格を取って僕の研究所へ遊びに来たら、自ずとわかるからさ」

「ちぇー」

「はーい」

 

 原作より生意気過ぎないのは、自信があまりないからだろう。国家錬金術師として数々をやってきた自尊心があの余裕を生んでいたのだろうし。

 そう考えると、場数慣れしていないのが少し気になるな。大丈夫だろうか。シン組とかの初見に対応できる? ホムンクルス……には伝達済みなので大丈夫だろうけど、他に何かあったっけ格闘が必要な事件。

 ……あ、普通の野良キメラとかは危ないか? あれらが単純命令を聞くとは思えないし。

 

「そろそろセントラルに着くけど、まず中央司令部で手続きを受けてね。僕はお偉方に君達の推薦に関してを話してくるから」

「ちなみにそういうのってパスできたりはしないワケ?」

「流石にね。多額の研究費を毎年払うわけだから、コネで誰でも彼でも入れられちゃったら国庫が死ぬよ」

「だよなぁ。ま、言ってみただけだ。っし、アル!」

「うん。絶対合格しようね、兄さん」

 

 ということで。

 一旦ここで別れる。マスタング大佐の忠言こそあったけれど、これ結構関係良好なんじゃない? いいよ、僕。優しいお兄さんできてるよ。

 

 と、屋内に入った瞬間。

 

「──誰ですか、あの二人は」

「人柱候補」

「まだ子供に見えますが?」

「年齢関係ないでしょ。僕が推薦する程の錬金術師、って聞いて、それ以上に理由必要?」

「……わかりました。大人しく引き下がりましょう。それと、父がまた姿を見せて欲しいと。何か預けたいものがあるのだとか」

「ん、今日はちょっと研究所の方へ戻らないといけないけど、明日か明後日あたりに行くよ」

「そうしてください」

 

 業務連絡を影の化け物と終えて。

 ふぅ、と一息を吐いた。

 

 ……傲慢(プライド)

 ブラッドレイ大総統に並んで、僕の天敵だ。グリード、ラストの最強の矛は賢石剣鎧で防げることが判明している。完全物質の鎧ならスロウスの突進もいけるだろう。

 問題は大総統の眼と、プライドの物量。あとグラトニーの疑似・真理の扉。

 これの対策をしておかないと後々大変そうだなーとか思いつつ。

 エンヴィーは、まぁいいよ。あの取り込みは肉ごと補充してこそだと思うし。

 

 プライド。

 プライド対策どうしようかな。無難に閃光弾責めが一番か。あの影も研究したいんだけどなぁ。

 

「時に」

 

 防御する。

 ──し切れていない。首の皮一枚切れた。が、剣に賢石を纏わりつかせて固定、感圧式錬成陣を発動して──。

 

「ほう? 私の剣を止めるか、竜頭の錬金術師」

「何の真似かな、キング・ブラッドレイ大総統」

「八つ当たりという奴だ。最近父の我儘が過ぎるのでな。この歳になって初めて"悩みの種"や"我儘な子供との接し方"を学び始めた」

「奥方に聞いたら?」

「浮気を疑われるように仕向けたいことだけは伝わった」

 

 大総統の剣を離し、彼へと伸びていた四本の槍も崩す。

 感圧式錬成陣は自身の意思で思念を止めないと発動してしまうのが難点だ。

 ……八つ当たりで首を斬ろうとする方が悪いので何とも言えないけど。あと本気じゃなかっただろうし。

 

「子供と言えば、今日僕が推薦した兄弟の錬金術師がいるんだけど」

「ほう?」

「人柱候補としても、錬金術師としても──僕は二人に大いなる期待をしている。罷り間違っても殺さないでね」

「……人を快楽殺人鬼のように言いおって」

 

 快楽じゃなくても通りすがりに斬り捨てたりはするじゃん。フー爺さんとか。

 

「それじゃ、僕は第五研究所に戻ります。お先に失礼します~」

 

 かるーく言って。

 今しがた入ったばかりの中央司令部を出て、門を出て、セントラルの通りをくねくね歩いて路地裏まで来て。

 

「──ッ、っふぅ……化け物でしょ、あれ」

 

 賢者の石を押し当てて止めていたそこを、確認する。

 薄皮一枚なんてとんでもない。

 

 結構ざっくり行かれた。子供の頃より首が太くなっていたのが災いしたか、それとも大総統が僕の実力を過信していたか。

 

 錬丹術で治癒を行う。生体錬成は決して使わない。

 生体錬成で治した結果がこの腕なワケで。粘土をくっつけただけじゃ歪みは消えない。流れを正さないと無理だ。

 

 全く。

 もしかして憤怒(ラース)勝手に名乗ったこと怒ってたりするのかな。……仕事、増えてないといいけど。

 

 

 

 

 ただいま、という声に、おかえりが帰って来たのはいつぶりだろうか。

 ……なんて、研究所のみんなは基本おかえりを言ってくれてはいたんだけど。

 

「アンファミーユ、どう? 何か進展あった?」

「喋りました」

「……え、ホントに?」

「はい。喋りました」

 

 それは、凄まじい進歩では?

 え、見たい見たい。

 

「ただ、喋った時点で自由意志があると判断し、完全拘束しました。解放しますか?」

「サジュの失敗を学んでるね。うん、口だけお願い」

 

 やはりアンファミーユも天才の一人。

 

 ……と、褒めるのは難しい。

 

「これ、キメラ・バッテリー使ってるでしょ」

「う」

「僕に嘘を吐く、というのがどういうことかは……」

「う、嘘は吐いてないですよ! 喋った、って言って、少将が勝手に早とちりしただけです!」

 

 ふむ。

 はい。喋りました。見たい見たい。

 ……成程。確かに、賢者の石を使っているとは言ってない。

 

「でもアンファミーユ、僕をからかうなんて、そんな自我があったんだね君」

「あ、いえ、ちょっとした意趣返しというか、折角婚姻を結んだのに一瞬でほっぽかれたことに怒ってるとかじゃ」

 

 ……あー。

 そういえば、オズワルドとアンファミーユって体の関係があったんだっけ。

 つまり何?

 欲求不満で僕をからかったってこと?

 

「……」

「ご……ごめんなさい」

「うん」

 

 しかし。

 欲求不満か。うーん。

 

 どうするか。僕じゃどうしようもないんだよね。アンファミーユに性的興奮を覚えられない。他の女性に対してもだ。僕の感情のその全てがお父さんとお母さんを守るに向いているから、そういう反応が一切起きない。故にハニトラにも引っかからないし、ラストに劣情を抱くこともない。

 

「キメラ・バッテリーを使えば確かに喋りはするだろう。苦しい苦しい苦しい苦しい。痛い痛い痛い痛い。そういう思念の塊がキメラ・バッテリーだ。それに準じた感情をリビンゴイドも手に入れることができる。だけど、そういう話じゃないのは理解しているよね」

「はい……」

「賢者の石。賢者の石に指向性を持たせる。課題はそこからだ。とりあえずアンファミーユ、君はもう一体リビンゴイドを作って組み立てる作業をして反省していて」

「……はい」

 

 何かを組み立て、作業していると心も落ち着くというもの。

 あるいはオズワルド型とかも作ればいいんじゃないかな。それで慰めたらいいんじゃない? その生体パーツが誰のものかは知らないけどさ。

 これ以上はR18になるので割愛しよう。

 

 バッテリー用の賢者の石を前に、胡坐をかいて座る。

 思念エネルギーを送る……にしても、思念エネルギーというのは流れるものであれど留まるものではない。単純な思念エネルギーではダメだ。何か工夫をしなきゃ。

 遅延錬成のように渦を描いて押し留める? ダメだ、いつか出て行ってしまう。それじゃバッテリーの意味がない。

 リピーターのようなものをつける? それだとキメラを使わないといけない。

 自己保持回路……も同上。

 

 賢者の石と思念エネルギーだけで賢者の石に指向性を持たせること。 

 そのやり方。

 

 ……賢者の石の形を変えてみるのはどうだろう。

 錬成陣にするのは少し危険すぎるので、記号に。たとえば上向き三角形で「火」に。

 

「……」

 

 反応なし。 

 地水火風全部反応なし。

 

 うーん。

 いや、錬成陣は絶対危険なんだよ。賢者の石で錬成陣を作るのは、国土錬成陣よりも危険だと思う。

 

 ……あー。

 一個思いついた。

 

 リビンゴイドの核の内部に五芒星を刻んでいく。 

 噴出先を敷き詰めて、蓋の内側にも入れて。

 

 そうして、──賢者の石を使う。

 賢者の石エネルギーを出した状態でリビンゴイドに入れて、蓋をして、さらに遠隔錬成で中の噴出口の場所を一部変えて。

 

「……」

「……ダメか」

「いいえ」

 

 ゾッとする。

 冷たい声が聞こえたからだ。どこからって、目の前から。

 

 アンファミーユに感謝だ。完全拘束してくれていなかったら、あるいは。

 

「……」

「……名は?」

「ありません」

「そっか」

 

 そりゃそうだ。

 結局何の思念が宿ったのかもわからない。

 

 僕がやったのはただ、アレ……ブラックダイヤモンドの奴。

 内部で反射し続ける賢者の石エネルギーが思念エネルギーを押しとどめる。本来隙間ができるはずのバッテリーボックスの内部に遠隔錬成をして隙間を消して、勝手に一生賢者の石エネルギーバチバチし続けるようにした。

 

「レティパーユ。今日からの君の名だ」

「個体名レティパーユ。了解しました」

 

 スイルクレムの妹だからね。

 一応、立ち位置としては。

 

「さて、質問だレティパーユ。君は今どんな感情を抱いている?」

「動けません」

「……」

 

 ふむ。 

 感情の育成はアンファミーユに任せようか。僕は量産体制に移ろう。人手が足りないんだ、一体一体の情緒を育てている暇はない。レティパーユがある程度育ったら、レティパーユにも育成係をやらせよう。

 

 やっぱりリビンゴイドはホムンクルスの劣化品だ。

 だってホムンクルスには最初から感情があって、人間らしかった。ああいうのを人造人間っていうんだよなぁ。

 

「主よ、貴方の事は何と呼べばいいですか?」

「呼ばなくていいよ。僕から君に呼びかけることはあっても、君から僕に呼びかけることは発生しない。君が意見や主張を持とうとも、僕ではなくあっちにいるアンファミーユに伝えてくれ」

「……承知」

 

 リビンゴイド。生体人形。

 僕はお父様にはなれないと思うからね。呼び方は無しでお願いするよ。

 



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第六十一話 錬金術の会話「反照」

 レティパーユと名付けた生体人形(リビンゴイド)は、言葉を習うだとか、体の動かし方を理解する、だとかの工程を一切無視し、初めからそういう形であった、とでもいうかのように動いている。

 これを受け、僕はレティパーユを仮定として「賢者の石の中の魂のどれかが表出している状態である」と置くことにした。単なる思念エネルギーや錬成エネルギーに意思があるとは思えないし、生体部品もそれは同じ。であれば「人間だったころの記憶」を有しているのは賢者の石だろう、という判断だ。

 

 今、レティパーユのコア……バッテリーボックスでは半永久的な錬成エネルギーの噴出と吸入が起きている。物質にはそれぞれ錬成エネルギーの伝導率というものが存在し、気体は固体よりその伝導率が低い。だからこそレティパーユのバッテリー内部から錬成反応が消えることは無いし、それに絡めとられている思念エネルギーがどうにかなることもない。

 賢者の石こそ皮切りだけど、錬成エネルギーの噴出と吸入はもう賢者の石がなくても続く。バッテリーが損傷でもしない限りレティパーユが死ぬことは無いわけだ。

 

 問題……というか懸念事項があるとすれば、シン組がレティパーユをどう感じるかわからない、ということ。賢者の石が中にあるからホムンクルスみたいな気配を覚えられるのか、それとも錬成エネルギーの過剰集中が全く違う気配を生むのか。

 

 どちらにせよリビンゴイドなんか量産して使い捨てる予定であるとはいえ、鹵獲されたり壊されたりは普通に面倒臭い。結構コストかかるからねーコレ。

 

「所長、上のCCMから内線が」

「内線? 珍しいね、なんかあったのかな」

「なんでもお客様、とか」

 

 色々考えていたら、アンファミーユがそう声をかけてきた。

 僕と入れ替わる形でレティパーユを()始めるアンファミーユをよそに、内線電話に出る。

 

 内容は。

 

 

 

「よっ、久しぶりだな!」

「ちょっと兄さん? 目上の人だし、階級もかなり上なんだから、敬語」

「良いだろ別に。アンタ、そういうの気にし無さそうだし」

 

 ──笑顔で僕に銀時計を……二つの銀時計を見せてくる金髪金眼の兄弟。

 

 はっっや。

 

「もう資格取ったの?」

「おう! その日のうちに、とはいかなかったが、なんぞお偉方の意向で試験を執り行うー、とかでさ。アンタが図らってくれたんじゃないのか?」

「進言はしたけど、僕は特に何もしていないよ。それより、おめでとう二人とも。ま、最年少国家錬金術師は僕の称号だからあげないけどね」

「いや別に欲しがってねーって」

「あははは……ありがとうございます、クラクトハイト少将」

 

 こう。

 なんだろう。

 ……トラウマらしいトラウマがないから、純粋な15歳、14歳くらいの少年、って感じ。僕は前世があるからまた話は違うんだけど、母親の死と人体錬成を経験しなかったエルリック兄弟は、ヒネた感じやあくどい感じのない……悪く言えば騙されやすそうだな、とか思っちゃった。

 このエドならサマとかしないんじゃないかって。……いや、騙されるな僕。ズルをしないエドワード・エルリックなど存在せず──。

 

「二つ名は?」

「追って通達だそうで、まだ届いていないんです。ただその前にすぐにでも兄さんがクラクトハイト少将の所へ行きたい、って」

「んなこと言ってねーだろー? オレはただ、研究中のホムンクルスを見たいって言っただけだ」

「おんなじことだよ、兄さん」

 

 どんな試験内容だったんだろう。

 国家錬金術師になれるくらいだから、手合わせ錬成無しでも十二分に認められるようなことをやったはず。ふぅん、推薦しておいてなんだけど、手合わせ錬成無しのエドの実力が楽しみでもある。

 ……ま、どれほど悲惨でも人柱候補だから絶対受かるんだけどね。

 

「じゃ、ちょっとここで待っててくれる? 中の部下に色々伝えてくるから」

「おう」

「ありがとうございます」

「シェスカ、もしできたら、その間二人とお話でもしててくれる? CCMの歴史とかさ、なんでもいいから」

「あ、はーい」

 

 ──さて。

 リビンゴイドは見せるつもりだ。だけど、選択が二つ。

 

 喋らせるか、喋らせないか、だ。

 喋らせる場合、勘の良いガキ嫌いおじさんの「人語を解すキメラ」の価値がかなり落ちる。何故って量産の利くこちらの方が「人語を解し、命令を聞ける兵士」として質が高いから。

 喋らせないと、絶対に「コイツ喋ったりはしねーの?」って聞かれる。

 

 ……まぁ、キメラはキメラで頑張ってもらえばいいか。

 

 階段を下りる。

 レティパーユに何かを話しているアンファミーユに声をかけ、今から社会見学が始まるから、と一方的に伝えれば、彼女は大きな大きなため息を吐いたあと、資料等々の片付けを始めた。

 うん、アンファミーユもなんか遠慮が無くなって来たね。いいよ、そっちの方が楽だろう。

 

「レティパーユ。君は、僕が良いというまで喋らないこと」

「承知」

 

 いいよ。

 聞き分けの良い内は、ちゃんと守ってあげるからね。

 

 

 *

 

 

「クラクトハイト少将について、ですか?」

「ああ。ま、雇い主の悪口は言いたかねーと思うからそっちはいいんだけどさ。あの人がどんな人なのかいまいち掴めねーんだ。シェスカさんの目線からでいいから、教えてくれよ」

 

 応接間に座る金髪金眼の少年二人、エルリック兄弟。

 対面には大きなメガネをかけた女性──この中央犯罪博物館で、「特に何もしなくていいよ。他に頼みたい仕事あるから」と言われ、本当にただ座っているだけの受付を行っているシェスカ。

 クラクトハイトが地下へと降りて行ったことをしっかりと確認してから、二人はシェスカへそんな質問を投げていた。

 

「一言で言い表すと……すごく良い人ですね!」

「……一言じゃないと?」

「物凄く良い人です」

「あ、あはは……え、えーと。それじゃあシェスカさんがここで働いてる理由とかって聞けたりしますか?」

「私ですか? 私は、実は、なんと、スカウトなんです!」

 

 胸を張るシェスカ。

 けれどそれがどれだけ凄いことなのかを知らぬ二人には、何も伝わらない。

 

「スカウトっつーと、どっかの部署からの引き抜き?」

「はい。元々中央図書館の第一分館にいたんですけど、私、一つの事に集中するとそこから抜け出せなくて、毎回毎回怒られてて……そこを所長さんが掬い上げてくださいました。初対面で私の、その、一応特技と呼べるものを見抜いて、"君にお願いしたいことがあるんだ"って」

「その特技っつーのは?」

「あ、たとえばこれです」

 

 そうシェスカが手元の本を持ち上げて見せる。当然、首を捻る二人。

 

「記憶力が良いんです。昔から、それだけが取り柄で。この本の内容、ページ数や行数、なんなら列数指定でもどこに何が書いてあるかを当てられますよ!」

「そりゃ……確かにすげぇ。ってもしかしてこの本、アンタが書き写した本か?」

「はい。所長さんの研究日誌? とかいうのを普通の本として書き写すようにお願いされていて……あ、でも凄いんですよここ。労働条件が他のどこよりも最高で、正直夢みたいな職場で」

 

 CCMの紹介は二人の耳を通り抜ける。

 その興味の対象は、クラクトハイトの研究日誌。その写本だ。

 自身に何かあったときのために研究日誌の写本を残しておく、という錬金術師は少なくない。それを弟子や部下が継いでくれるように、と。

 

 それが。

 第五研究所の第一人者であり、国軍少将にまで上り詰めた国家錬金術師の研究日誌が目の前に。

 

「それと、最初に悪口は言いづらい、って言ってましたけど、多分ここで働いている職員で所長さんに不満を覚えている人はいないと思いますよ。いつ会っても笑顔で挨拶してくれますし、病欠や急用にも対応してくれますし……流石は勝利の子と呼ばれただけありますよねぇ」

「勝利の子、ねぇ」

 

 エドワード達東部出身のアメストリス人には聞き馴染みのない言葉。

 さらに言えば、幼馴染の家の夫妻が語っていたそのイメージとはかけ離れた──。

 

「って、ごめんなさい! 私ここの歴史全然紹介して無かったですね! ええと、ここができたのは1910年で、元々は17人の職員がいたんですけど、色々あって減ったり増えたり減ったりして今はそんなにいなくて……」

「その色々あってを聞きたかったんだが……時間切れか」

 

 エドワードが目線をそちらにやる。

 瞬間、扉が開いた。明るい茶髪。血よりも濃い深紅の瞳。

 かつて悪魔と、悪夢の子と怖れられた錬金術師。

 

「準備ができたよ、二人とも。──さ、行こうか」

 

 こと東部においては活躍よりも悪行の方が轟いている。

 イシュヴァールという部族を殲滅した、その紅いの雨の伝説が。

 

 

 *

 

 

 ──何か探られているなぁ、という印象。応接間のあちらこちらには盗聴器が仕掛けてあって、当然あそこで話される内容は全て筒抜けである。

 何かを探られている。ただ確信があるというわけじゃない。そんな感じだ。

 マスタング大佐に何かを吹き込まれたと見るべきだけど、まぁまずはここ。

 

「紹介するよ。アンファミーユ・マンテイク。僕のお嫁さんで、たった一人の部下だ」

「……アンタだったのか」

「先日ぶりですね。所長と上手く出会えたようで何よりです」

 

 何故か。

 ほんの少しだけ化粧をしているアンファミーユ。君ってそういう体面を気にする人だっけ。

 

「んじゃいい機会だし改めて。オレはエドワード・エルリック。ついさっき国家錬金術師になったばっかりで二つ名はまだない。父親を探して旅をしている。──が、別にあんな親父見つからなくてもいいとも思っている!」

「ちょっと兄さん。それだと母さんが悲しむって何度言ったら……。あ、ごめんなさい。ボクはアルフォンス・エルリック。兄さんの一個下の弟で、ボクも先ほど国家錬金術師になりました。よろしくお願いします」

 

 いや、いや。

 うんよかった。本当に良かった。血とか掃除しておいて。

 こんなピュアッピュアな少年たちに凄惨な殺害現場とか見せられないもんね。

 

「それで、ホムンクルスの研究ってのを見せてくれる約束だったよな!」

「うん、いいよ。アンファミーユ、レティパーユを連れてきて」

「わかりました」

 

 アンファミーユが奥の部屋へ行って、そしてすぐに戻ってくる。

 普通に歩けるけれど、わざわざレティパーユを台車に乗せて。

 

 ちなみにレティパーユの容姿はフランス人形って感じ。最初はただのマネキンみたいのだったんだけど、僕がリゼンブールから帰って来たらこうなっていた。多分アンファミーユの趣味なんだろう。

 あるいは、自分がなりたかった姿か。

 レティパーユに雄雌はない……と思う。如何せんまだレティパーユが何の思念なのかがよくわかっていないから断定はできないけれど、原作で言う白人形に性別があるか、って言ったらないでしょ、って答えるよね、うん。

 

「おお……これが?」

「そう、ホムンクルス。まだ開発段階だから僕らは生体人形(リビンゴイド)と呼んでいるけれど」

「あの、触ってみても良いですか?」

「良いかどうかは本人に聞くと良い。レティパーユ、喋っていいよ。ただし彼らとの受け答えのみだ」

 

 言葉に目を開き、上体を起こすレティパーユ。

 エルリック兄弟は「うおっ」とか「わ!?」とかいってバックステップ……をしかけて、けれど踏みとどまった。

 ……体幹がしっかりしているな。イズミと出会ってなくて、カウロイ湖で修行していないのだから格闘はそこまでなんじゃないか、とか思ってたけど……それとも出会ってるのかな?

 

「動いた……喋れる、のか?」

「はい。レティパーユは会話が可能です」

「あの、触ってみてもいいですか?」

「四肢であれば構いません。また私は未だ実験開発段階にあり、あまり強い衝撃を受けると破損する恐れがあるため」

「は、はい。優しく触ります。……わぁ、すごい、ホントの人間みたい……」

 

 まぁホントの人間を素材に使っているからね。

 きゃっきゃとピュアにレティパーユを触るアルとは打って変わって、エドは神妙な面持ちでレティパーユを眺める。

 ……分析力の天才。エドワード・エルリックという主人公の最たる部分はそれだ。故にこそ、あるいは傷の男(スカー)の兄にさえ届き得る資質を持っている。

 

「……クラクトハイト少将。コイツ作るのに、何人犠牲にした?」

「それは研究員の数? それとも実験体?」

「実験体の方だ。失敗作のリビンゴイドは……どれくらいいる」

「いないよ。動物実験はやってたけど、リビンゴイドそのものはレティパーユが第一例だ」

「……信じられねえ」

「無理もないかな。けれど、本当だ。……マスタング大佐に何を言われたかは知らないけどね、僕は国防のためならなんだってやるし、死に物狂いでやる。そのために必要なホムンクルス制作にあたって自国の民を犠牲にするとか本末転倒が過ぎる。故に、死に物狂いの結果がレティパーユだと思ってくれて構わない。そしてまだまだリビンゴイドは、ホムンクルスは進化する。あるいはいつか、錬金術を使えるほどにまで」

「所長、お客様が引いてますよ。……ごめんなさい。所長はこのレティパーユという成功例を手にしてから、可能性が広がった可能性が広がったとテンションが落ちることを知らなくて。ただ、彼の国防の精神は本物です。どうか怖がらないであげてください」

 

 ──という設定を、さっき地下へ降りた時に詰めていた。

 僕はあくまでただのマッドサイエンティスト気味な所長で、アンファミーユはそれを窘める立場にある、と。

 この演技は二人をここへ近づき難くさせるだろう。人間、話が通じない相手や自分ばかりが話す相手とはあまり付き合いたがらないものだ。

 

 そしてもし敵対することがあれば、彼らはアンファミーユから先に狙うだろう。

 僕にはどうせ冷静な判断はできないと、そう断じて。

 

 ……なんて。

 なーんで敵対する前提なんだか。

 

「っとと……つい熱くなってしまったけれど、犠牲者を出していないのは本当だ。誓ってもいい。生憎と誓う神がいないから、僕の可愛いお嫁さんにでも誓っておくけど、それでいいかな」

「惚気は結構。つか、誓われなくてもわかるよ。アンタなんか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()な、ちょっと」

 

 ……オレが今まで見てきた研究者連中?

 なに? 誰の話?

 

「あ、そうだった。兄さん、クラクトハイト少将に言伝があったんだ」

「そーいやそうだっけ」

「言伝? 誰から?」

「今言った研究者連中の一人だよ。名前は」

 

 ──カリステム。

 

「"またどこかでお話しできたら幸いです"、ってさ」

「ん、ありがとう。もし次に会ったら善処するよって伝えておいて」

「いやそれ行かねえ奴じゃん……」

「忙しいからねー僕は。ま、こんな感じだよ。あとはレティパーユの換装パーツとかを置いてある部屋見ていく?」

 

 アンファミーユに目配せをして、レティパーユごと下がらせる。

 これ以上の意味はない。そう判断した。

 

「換装パーツ?」

「うん。レティパーユはホムンクルスを目指して作ってあるけど、リビンゴイドの域を出ないからね。腕とか足とか、壊れた時用に取り換えることができるものを用意してあるんだ」

「……つまり、人間の足だの手だのが並べられてる部屋ってことか?」

「本物じゃないけど、そうだね」

「遠慮しておくよ。大体想像はつくし」

「他には何か研究していないんですか?」

「昔は色々やってたんだけど、職員がやめちゃって引継ぎができない、とか事業を畳まざるを得ない、が連続してね。昨今はホムンクルス事業だけかな」

「ああ、さっきなんか聞いたような」

 

 頃合いだろう。

 それを察したのは、エドの方だったようだけど。

 

「……っし、じゃあ帰るぞアル!」

「え、いいの兄さん。もっと聞きたいことあるんじゃ」

「あるにはあるけど、それより気になるモンがあんだろ? ──なぁ少将さん。つまりアレは、読み解けるモンなら読み解いてみろ、ってことでいいんだよな?」

「さて、なんのことかわからないけれど──難しいよ? 子供にわかるかな」

「あ、ああ。そういうことか。……うん、わかった。じゃあ僕らはここで失礼します! ありがとうございました!」

 

 アルだけは頭を下げて、エドは手を上げて。

 地下研究所を去っていく。

 

 読み解くものなんか一つしかない。

 僕の研究日誌、その写本だ。ダミーとして置いてあるソレには、遅延錬成のことやリビンゴイドの事が書かれている。さらに読み進めると──「本物のホムンクルス」の存在の示唆に辿り着く。

 

 果たして彼らは、ポケベル語を何日で読み解けるかな──!

 



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第六十二話 錬金術の禁忌「生体人形(失敗)」

 もう大体は解けかけているものの、肝心の部分に頭を悩ませているエルリック兄弟をさておいて、今僕はお父様の間にいる。

 報告はリビンゴイドの話。

 

「ヒトがヒトを作る。おめでとう、レムノス・クラクトハイト。これでおまえは一つ上のステージに上がったことになる。わたしとは違うやり方でも、辿り着く場所が同じであれば、わたしはそれを認める」

「ラストくらいの高性能だったらよかったんだけどね。まだ教えることがいっぱいでさ」

「ほう? おまえから見てラストは高性能か」

「高性能だよ。色欲名乗ってるくせに承認欲求を暴走させているわけでもないし、目立ちたがりってわけでもない。自身の魅力についてしっかり理解していて、それを武器にも盾にも使える知性。情報処理も暗躍もお手の物で、他のホムンクルス達との仲もいい」

「……竜頭の錬金術師。他はそうではないと?」

「なに、プライド。そうである自覚でもあるの?」

 

 強いて言えば、急造品ではなかった場合の憤怒がどうなっていたかも見てみたかった。

 ブラッドレイ程の切れ者で、それでいて長くを生き、老獪。人間社会に紛れ込み、しかして衰えぬ目と身体──なんてのだったら、ホントのホントに最強だったことだろう。

 

「……まぁ、いいですが」

「ふぅむ。そんなにラストが気に入っているのならば、おまえが前に保留した願いにアレを、というのはどうだ?」

「それは遠慮するよ。ラストから恨みを買いそうだし。それより、リビンゴイドの量産体制について話したいんだけど」

「ただの人形で良いのなら、中央の上層部、その一部の者達が作った肉人形があるな。どうせマトモに機能せんものだ。欲しいのならくれてやるが」

「ふむ。……少し実験がしたい。お父様、付き合ってくれたりする?」

 

 問いに、ざわつきが発生する。

 今ここにはお父様と僕、プライド、ラース、あと特に喋ったりしないけどグラトニーがいる。

 ただの監視役であれば子供たちを使えばいい。それをわざわざ。

 

 否、それ以上に。

 

「おお、実験。実験か。んん、良い響きだな。おまえの錬金術は所々が未知で面白い。いいだろう、付き合って──」

「父よ、あまりはしゃぎ過ぎないようお願い申し上げます」

「……はぁ。勿論わかっている。まったく、最近の憤怒(ラース)はグチグチチクチクとうるさくてかなわん……」

「貴方の突飛な行動の後始末をするのは我々ですから。クラクトハイト少将、君も軽々しく父を誘うなと釘を刺していたはずだが?」

「うん、だから重々しく誘ったよ。これだけホムンクルスに見られている場で、これから最も必要になってくる手駒の話を」

憤怒(ラース)、諦めましょう。どの道私や君では勝てませんよ。武力ならばともかく、口喧嘩ではね」

 

 へぇ、そんなに評価してくれているんだ。

 ……いや、これは「君は口先だけは回りますからね」って意味かな。どちらにせよ身に余る評価だ。ありがたく受け取っておこう。

 

「大総統、その肉人形のところに案内……は、色々面倒か。一体連れてくるとかできる?」

「ほう、私を顎で使うかね、竜頭の錬金術師」

「じゃあ浅い階層までお父様連れて行く?」

「……あまり敵を作る生き方や言動は控えるべきではあると思うがな」

 

 うん、そう思う。

 でもいつまでも頭を下げてられないんだよね。大総統には首を斬られた経験が二回あるし、そろそろ意趣返しも込めて行かないと。「いつでも殺せる手駒」じゃないよ、僕は。

 

「珍しく怒りを露にしていましたね。普段あまり感情的になることのない弟ですが、彼もしっかり私達と同じ人造人間(ホムンクルス)、ということなのでしょう」

 

 それは、まぁ確かに。

 心の底から怒ったのってvs傷の男(スカー)くらい? あれでさえも怒りではなく叱咤、って感じだったけど。

 憤怒らしい憤怒を発露しているのって……原作でも見たこと無いかも?

 

「レムノス、実験室には何が必要だ?」

「ああ、適当な檻でいいよ。作成方法もそこまで難しくないけど、多分一般の錬金術師にはできないから、今からやる方法が成功したら大勢を地面に並べて一気に、ってやり方にするつもり。成功したらね」

 

 リビンゴイド専用に作った身体ではなく、あの白人形にバッテリーボックスを作って、というやり方で成功するかどうかは怪しい。

 もし暴れ出したら、を考えて檻は必要だ。そして──もし可能なら、お父様にも手伝ってもらいたい。錬丹術は無理にしても、遠隔錬成の真似事くらいはできるはずだ。それだけの賢者の石が彼の中にはある。

 

 人間の肉体をパーツにして作り上げたリビンゴイド。

 それを、他の動物の肉で作ったパーツで代替できたらコストもかなり減る。量産体制が整えば、僕とお父様が掲げている野望のための人手も足りる。

 レティパーユと同じくらいの知性があれば、の話ではあるけれど。

 

 ま、そこは試行錯誤の領域だ。

 何よりお父様が見ていてくれるからね。アドバイザーとしてこれ以上良い人はそういないだろう。

 

 

 

 

 さて、地下に作られた空間。

 背後で座る若お父様と、部屋を蠢くプライド。

 そして真ん中の檻の中に白人形がいて、今僕がその人形に細工をしている。つまりバッテリーボックスを。

 

「……器用なものですね」

「ただの生体錬成だけどね」

「その"ただの錬金術"を使えないから、私達は君という人間より無用であると判断されたんです。こうやってどこで逆鱗を踏み割るかわかりませんので、君は褒められたら素直に受け取る、ということを覚えた方が良い」

傲慢(きみ)にそれを言われるとは思わなかった。そうだね、ありがとう。そうするよ」

 

 完全な球形ではなく多胞体に仕上げ、反射しやすい形に形成。

 その一つ一つに噴出口と吸入口となる目印を刻んでいく。蓋となる部分にも。

 

「よし、仮準備完了。プライド、お願い」

「……父に生み出されてから長い時が経ちましたが、鋳型として扱われたのは今日が初めてですよ」

 

 せっかく作りだしたバッテリーボックスin白人形をプライドに飲み込んでもらう。

 そしてすぐに吐き出して貰った後、その真隣に一本の木から作られた全く同一の形をした木人形が吐き出された。

 

「切削が専門なんですがね」

「自在に形を変えられて、包み込んだり縛り上げたりが可能で、容積が無限に近い、なんて。こんなにも鋳型としての才能のあるホムンクルスは他にいないよ」

「君にそういった手前、受け取らないわけには行きませんか。ありがとうございます、褒め言葉として受け取っておきます」

 

 これで、あとは軍上層部を唆してこの形の白人形をたくさん作らせたらいい。

 起動そのものは僕が遠隔錬成で錬成陣を一つ動かす必要があるから勝手に使われることもなし、と。

 

「お父様、始めるよ」

「ああ、始めておくれ、レムノス」

 

 一人分の賢者の石。賢者の石エネルギーをバチバチと放たせた状態でそれをバッテリーボックスへと落とし、蓋をする。

 そして遠隔錬成で陣の位置をズラして、そこへ思念エネルギーを送る。

 

「……」

「……」

 

 賢者の石と思念エネルギーを中心に、バッテリーボックス内部を反射し続ける錬成エネルギー。

 その力は──白人形の一つ目を開かせる。

 

 むく、と起き上がるソレ。

 きょろきょろと周囲を見て。

 最後に自身の体を──両手を見て。

 

「──!!」

 

 突如、耳をつんざくような金切り声を上げた。

 

「失敗だな」

「うん。やっぱり仮定の方が間違っていたと見るべきか」

「賢者の石の中にある魂。それを定着させる、というのは悪い考えではない。実際わたしもクセルクセスの民であればそれらしきものを作り出すことはできる。だが、どれもその長い苦しみの果てに狂い果てているからなぁ。人手として使うのは無理があるのではないか?」

「それならレティパーユはなんで上手く行ったんだろう……」

 

 宿ったのは「賢者の石の中にある魂のどれか」という仮定を崩す。

 ならば、レティパーユの人格は誰のものだ?

 

「これはわたしに戻しても良いか?」

「あ、もうちょっと待って。もう一個だけ実験したい」

「良い。好きにするといい」

 

 地面へいつも通りの竜頭を作り上げ、15秒を四つ重ねて限界量のサンチェゴを生成。

 そこからバチバチと溢れさせるのは錬成エネルギー及び思念エネルギーだ。思念急流とここまでは同じ。

 

 さらにそこへ、今までやってこなかったことをやる。

 

 思念エネルギーとは感情の発露だ。

 キメラ・バッテリーがそうであったように、苦痛の感情でも思念エネルギーの発露になる。そしてイリスが研究していたように、喜楽の感情ならば発露から吸入に切り替わる。

 

 なれば思念急流。僕は普段「黙れ」とか「止まれ」とかって思いを込めて思念急流を起こしているけれど、これをたとえば──嬉の感情に変えたらどうなるのか。

 

「む」

 

 機械時計が逆回転を始める。普段沈んでいく錬成陣が浮上し、頻繁に使うものが沈下していく。

 目印はつけてある。その腹部の目印から、錬成エネルギーを、思念エネルギーを──ゴッと吸い取る。

 

 ……あ、ダメだ。

 

 咄嗟に右手で手前のサンチェゴを壊す。機械鎧の右手を突き入れたんだ、精密機械であるサンチェゴは動作を停止し、溢れかえった錬成エネルギーが術者である僕に跳ね返ってくる。

 

「莫迦者、おまえの人材価値はおまえが思っている以上にあると言ったのを忘れたか?」

 

 それを、お父様が打ち消してくれた。そのままノーモーションで暴走しつつあった残り三つのサンチェゴも壊す。

 

「……ありがとう、お父様」

「よろしい。それで、何をしようとしたのだ?」

「ああ、アレは賢者の石から出る錬成エネルギーを無限反射させることでバッテリーにしているからさ、それを掠め取ってしまえば動けなくさせられるのかな、っていう実験をしたかったんだよ。ほら、全てが終わった後に一々全部殺していくのは面倒でしょ? できるなら目に見える範囲全部から吸い上げて掃除したい。そう考えての、だったんだけど」

「許容量以上の錬成エネルギーが錬成陣に入ったことで逆リバウンドとでもいうべき現象が起きたか」

「起きる可能性があったから物理的に破壊して、リバウンドに変えた、が正しいかな」

 

 生体錬成で作った皮膚の剥げた機械鎧を見る。

 サンチェゴは精密機械だから、その駆動力にこの機械鎧が負けることは無い。ただ皮膚は普通に皮膚だから、中の金属が見えてしまった。

 

「腕、義手だったのか」

「うん。元の腕はちょっと歪んでてね。邪魔だから切り落として、機械鎧にした。あ、そうだ。アレはもう吸収してくれちゃっていいよ」

「ん? あぁ」

 

 ノーモーションだ。

 しかもノールック。檻の中で金切り声を上げる白人形から賢者の石エネルギーが出てきて、お父様の中へ還っていった。

 

「……憤怒(ラース)

「はい」

「人間とは、こうも自らの身体に執着しないものだったか?」

「少なくとも彼が一般的であるとは言えないものかと」

「むぅ……」

 

 なんだろう。

 何か逆鱗踏んだかな。お父様は僕を見つめたまま、難しい顔をして止まってしまった。

 

「……やはりおまえも賢者の石を核にしないか? わたしにはノウハウがあるのだ」

「ああ、簡単に死にそうで怖いってこと?」

「事実だろう。先ほどのリバウンド、わたしが打ち消さねば体のどこが持っていかれていたかわからんぞ」

「だねー。僕らしくない実験をした自覚はあるよ。もっと安全確認をしてからやるべきだった」

「そういう話ではない。新たな実験を行う、研究を行うのは錬金術師の宿命だ。ゆえにそれはいい。だが、おまえの身体が脆弱な人間のままではいつか事故が起こると言っている」

 

 これは。

 

 ……これは、もしかして──純粋な心配?

 お父様が? 人間に?

 

「おまえは錬成速度にハンデがあるのだから、肉体をどうにかする術を手に入れておくべきだ。いや、それ以前にあまり危ないことを……そもそも此度の実験とてわたしが行えば良かった話で……」

「父、その通りです。これ……竜頭の錬金術師はどれほど優れた発想を持っていようと、脆弱な人間であることに変わりはありません。この鋳型も手に入った今、試行錯誤はこちらの錬金術師でも可能です。そも、竜頭の錬金術師は今日に至るまで働き詰め。一度休暇を出すというのは如何でしょうか」

「え、いや」

「休暇……は、余計に危ないだろうな。止めた所で止まる性質でもあるまい。だが、この件はわたしが与ろう。なに、おまえのおかげで実験欲も湧きに湧いている。原因究明も解明も任せるといい」

 

 マズい。

 これはつまり、「研究チームから外れてね」の通告だ。お父様からしたら善意なのかもしれないけど、お父様が作り出すリビンゴイドなんてどうせ性能がピーキーで暴走したり自由意志持ったりして最終的に裏切ったり計画を崩す要素になるに決まっている。

 ファーストペンギンは僕というか、見本は僕がやらないとダメなのに。

 

傲慢(プライド)、レムノスを第五研究所へ運んでおくれ。──傷はつけるな。いいな?」

「わかりました」

 

 ぎゅるんっと一瞬で黒が体に巻き付いた。

 ──硬い。普通の力で振り解くのは無理だ。賢石剣鎧は……まだ見せるわけにはいかない。

 

「安心したまえ、とかいう以前にな、わたしもやりたいのだよレムノス。おまえばかりズルいではないか。新しい発見ばかりをしおって、わたしにもやらせろ」

「……わかったよ。ただ、気を付けてね。一人しかいなくて貴重な人材なのはそっちも同じなんだから」

「なんだ、わたしの心配か? 良い、面白い。だが、それは些か舐め過ぎだな」

「父を君達人間と同じに考えないことです。──さぁ、自らの巣に戻りなさい、竜頭の錬金術師。父が実験を終えるまで、この場には立ち入りもさせませんので、悪しからず」

 

 浮遊感。運ばれているのだ。

 うわー。

 ……大丈夫かなぁ。お父様って傲慢捨てきれてないから、安全装置とか一切付けなさそうなのが……怖い、怖いなぁ。完成までこぎつけるのはいいけど、完成したら全部見せてくれないかなぁ。一体一体動作チェックさせてほしいなぁ怖いなぁ。

 

 ああ、どんどんお父様の「流れ」が離れていく。

 ……不安だ。

 

「先ほど父も言っていましたが、貴方は少しばかり我々を……父を舐め過ぎです。そう不安がらずとも、君よりも素早く、安全に、そして完璧に完成させますよ」

「別に実力は疑ってないよ」

「そうですか。ならば何を疑っているので?」

「……物の弾みで、グリードみたいなのが生まれて、反乱を起こしたら怖いじゃん」

「ああ、アレと遭っていたのでしたか」

 

 運ばれながら、影の化け物と話す。

 さっきまでイライラしていたプライドも、段々と落ち着いてきたらしい。どうやっているのか、影の身で「はぁ」と大きなため息を吐いた。

 

強欲(グリード)は……あれは例外ですから、基準にしないでください。父より生まれ出でておきながら、父に反旗を翻す。私達には理解の出来ない感情。……アレはどこにいましたか?」

「南部だけど、多分もう移動してるんじゃないかな」

「でしょうね。戦ったのですか?」

「一瞬ね。それより、なんか寂しそうだったよ彼」

「寂しい? 自らここを出て行っておいて?」

「うん。仲間が誰もいなかった。一人だった」

 

 ──そう。

 此度の歴史において、グリードの仲間となるようなキメラは少ない。

 イシュヴァール戦役を早期に終わらせたことでロアが、南部国境戦にいち早く錬成兵器を卸したことでマーテルが。他、ドルチェット含む数々の軍人が中央軍の手に渡ることなく普通の兵士としての日々を過ごしている。

 出自の分からない者は一緒にいるかもしれないけど、僕がぽこじゃかぽこじゃか賢者の石を作りまくっているせいで、軍内部の注目もキメラよりは賢者の石寄りだ。もしかしたらザンパノさんとかさえいないのかもしれない。

 

 この先、ブラッドレイに捕らえられ、新たな器に入るのか──それとも何も関係なく終わるのか。

 僕にはもう先読みの力はない。エドが人体錬成をしなかった、が影響大きすぎで大分キツい。アルが身体を失っていない、も結構でっかい。ウィンリィ関連とかどうなるんだ。魂定着云々とか。

 

 というわけで話を戻すけれど、グリードは多分かなりの少数と共にデビルズネストにいる。

 それも戦闘にあまり長けていないメンバーと共に。

 

 果たしてそれは。

 

「……これは忠告ですが、竜頭の錬金術師」

「"私達は君達人間とは違います。ですから同情は無用です"──かな?」

「エンヴィーやラストに言の葉の先を取るな、と教わりませんでしたか? 握り潰しますよ?」

「一番長く生きているくせに気が短いんじゃない?」

「それを私に期待しているのであれば、多少の敬意を持つことをお勧めしますよ。貴方はただでさえ気に障りますから」

「うん、善処するよ」

「……」

 

 ぺっ、と。

 吐き出されるような形で放り出されたのは、かつてカリステムが実験を行っていた場所。空になった檻にはジョルジオとモーガを始め、くっつけられた死刑囚が入っていたけれど、今はいない。

 最終完成形であるスライサー兄弟は目下修行中であるからだ。大総統になれなかった人たち、とね。

 

「父が実験を終了させたら遣いを出します。それまで無暗に近づいてこないように」

「了解」

 

 ……追い出されてしまったなぁ。

 まぁアレは完全に僕のミスだ。あんなにもお父様に大切に思われているとは思っていなかった。そりゃ確かに、大切な存在が派手に危険な行為やろうとして、防護服もなーんにもつけずにバチバチやってたら心配になるよね。

 

 腕の皮膚を錬丹術で治して。

 

 うん。切り替えよう。締め出されたのなら、他の、僕のできることをやればいい。

 

 しっかしお父様ったら、僕の理解力が高いね。うん、僕に休暇なんて出したらもっと危ないことやるよ。少将の肩書を使ってもっともっとね。そうされなくて本当に良かった。

 

「──おかえりなさい、所長」

「うん、ただいまアンファミー……レティパーユ?」

「あ、あれ。わかってしまうんですか、所長。姿かたちは完全に私にしたのに」

「気配でわかるよ流石に。……成程、そういう使い方は……アリだね」

「え?」

 

 よし。

 アイデアが湧いてきた。いいね、そうだね。

 一人でいるより二人以上でいることのメリットは、僕からじゃ絶対に生まれないアイデアが出てくる、ということだ。

 

 アンファミーユは悪戯のつもりだったのかもしれないけれど──これは、良いことを思いついたよ。



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第六十三話 錬金術の基礎「サンプル採取」

3/9は更新ありません


 暗号自体は簡単なものだった。

 架空言語の対応表と、それをさらに数字へと置き換える表記。読み解いてみろ、という割には難解過ぎないそれは、けれど違和感を残す。

 特に引っかかっているのが──。

 

「──人造人間(ホムンクルス)とは、ヒトを越えた存在である。……ってのが、どうにもしっくりこねぇ」

「兄さんも? ボクもだよ。人体錬成ではなく人工の人間。それによって生まれるのは()()()()()()()()()()()。そんなのクラクトハイトさんが一番わかっているはず。なのに」

「ああ。ここまでヒトを作るための工程を書き連ねておいて、結論がコレだ。……まるで、ここでいうホムンクルスだけが違う存在であるかのように」

 

 第五研究所地下で見せてもらった試作段階だというホムンクルス……生体人形(リビンゴイド)でさえ、本物に近い所があった。無論人形の名に違わず関節部や主電源が人体とは違う、という部分はあれど、肌の質感や受け答えにおいては人間そのもの。

 ただしアレでは人間に劣るのだとクラクトハイトは言っていた。故にまだ人形だと。

 なのにこの日誌では、越えた存在こそがホムンクルスだと。

 

「それに、あの研究所……ちょいと()()よな」

「うん……確実に何かを隠してる。それがなんなのかまではわからないけど……」

 

 あの後、二人はシェスカから改めてCCMの歴史について聞いていた。

 不幸な事故や親類関係、また失踪などの形で消えて行った職員。その中にはクラクトハイトの交際相手であるアンファミーユ・マンテイクの兄も含まれるのだという。さらには。

 

「カリステム、か」

「……少将の反応からしてまさかとは思っちゃいたが」

 

 その名は二人にとっては聞き馴染みのあるもの。

 近くにいたことがあるのだ。父、ヴァン・ホーエンハイムが失踪してすぐのこと。彼らの幼馴染であるウィンリィ・ロックベル……の愛犬デンが拾って来た行き倒れ。

 それが流れの錬金術師カリステムだった。明らかな偽名と明らかな偽装身分。けれど、同時にエドワード達への害意も見受けられないために余計な詮索をしなかったところにこれだ。

 

 あの時、彼がリゼンブールを去る時。「あ、もし第五研究所に向かうのであればお伝えください」と、まるで顔馴染みであるかのように伝言を頼んできた彼。

 

「死んでいる……ってのは、考えてもみなかった。じゃあありゃ一体誰で、なんでオレ達に接触してきたんだ?」

 

 死んでいた。

 上記に挙げた不幸な事故や親類のゴタゴタ、完全な失踪という様々な理由がある中で、唯一はっきりと死亡しているとわかっている人物。それがカリステム。

 考えてもわからないことだけど、考えをやめることはできない。それがエルリック兄弟であり、同時に。

 

「……忍び込むか、アル」

「うん。多分手続きをしても追い返されるというか、同じものしか見せてもらえないだろうし」

 

 考えているだけでは終われない──行動力の塊。

 それがこの錬金術師兄弟だ。折角国家資格に合格したというのに、一瞬で違法行為に手を染めんとする所はどうかと思われるが。

 

 そして、どうかと思う者がそれを止める。

 

「当然だけど、軍機関なのでセキュリティがある。それも少将お手製のものが」

「っ!?」

「わ、アンファミーユさん!?」

 

 突然かかった声に退避する二人。

 クラクトハイトの隣にいる時よりフランクで、けれど興味があまりない、という雰囲気の彼女は視線を下に落とした。

 そこにあるのは数字の羅列。そして対応表のメモ。

 

「あ、いや、これは」

「読み解いたの?」

「えーと……」

「まだ三日なのに、凄い。本当に頭が良いのね」

 

 怒った様子はない。

 そも、クラクトハイトから読み解いてみろ、と言われたものだ。考えてみれば怒られることはないのだと胸をなでおろす二人。

 

「所長は今所用ででているから、聞きたいことがあるなら私に聞いて。忍び込まれて踏み荒らされるよりよっぽどいいわ」

「……それは、聞きたいことを素直に答えてくれる、ってことでいいんだな?」

「ええ。ただ所長しか知らないことに関しては私もわからないけれど」

 

 一瞬のにらみ合い。

 瞬間の沈黙。

 

「オーケー、わかった。夜忍び込むのはやめにしておくよ。悪魔の子のトラップに引っかかるのはゴメンだしな」

「賢明な判断」

 

 東部においては悪評であるところの「悪夢」「悪魔の子」。その由来は遅延錬成を用いた悪逆非道な兵器類にある。最も有名なのは錬成地雷と呼ばれるもの。置いておくだけでヒトの命を奪い得る錬成物。

 

「CCMじゃねえ方。つまり地下研究所の方の職員。そいつらの行方が知りたい」

「全員死んだ。所長に殺されてね」

「ッ……なんでアンタは生きてる?」

「私は所長を裏切らなかった。他の奴らは裏切った。それだけ」

「その、お兄さんは」

「アイツ……兄もそうよ。所長を裏切った。所長は裏切り者と内通者に対して容赦がない。相手が新兵でも一般人でも上官でも老人でも子供でも、裏切り者や内通者であるのなら容赦なく殺すでしょう。あの人はそういう人よ」

 

 マスタングに散々の注意を受けていた。

 けれど、話してみたらそこまでおかしな人物だとは思わなかった。

 

 ──間違いなく隣国三つを滅ぼし尽くした張本人であるというのに、恐怖を覚えなかったのだ。

 

「味方で居続けることが彼の近くで生きる知恵よ。で、他に質問は?」

「ホムンクルスについてだ。あのリビンゴイドが試作段階の割に、少将は既に完成形が見えているように感じた。いるんじゃないのか? ホムンクルス……もっと完璧な存在が」

「いる」

 

 堂々と。

 さもありなん。何か問題でもあるのか、と言わんばかりの態度で、アンファミーユはこれを肯定する。

 

「ソイツは、どこに?」

「さぁ? 私が知っているのは、よく所長に会いに来る、ということだけ」

「少将に? ……ということは、軍関係者だったりするのかな」

「じゃあクソ親父は軍にいるってか? ……アイツが大人しく軍に捕まってるとは思えねえが」

「聞きたいことはもうない? なら私は仕事に戻るけれど。……ホントのホントに忠告。忍び込むのはやめた方が良い。手足を失うで済めばラッキーな方だから」

「わーってるよ。つーか、研究日誌まで読ませてもらったんだ。恩を仇で返すようなことはしねぇ」

「する気満々だったよね兄さん」

「お前はどっちの味方なんだよアル」

 

 それじゃ、と。 

 アンファミーユが去っていく。本当にただ忠告しに来ただけだったのか、兄弟に何を言う、ということもないらしい。

 

 その背中に、エドワードが声をかける。

 

「ああ、じゃあ、最後に一つだけ教えてくれ」

「……なに?」

「アンタ、ホントにあの少将のこと愛してんの? ショージキ言って、とてもそうには見えねえんだけど」

 

 あまりにも失礼過ぎる問い。

 けれど──アンファミーユは、ここへ来て初めて柔らかい笑みを見せる。

 

「貴方が考えている通り」

「……そっか。忠告、ありがとな。おかげで無駄死にせずに済んだ」

「ええ」

 

 今度こそ去っていく。

 エドワードとて愛情がなんたるかを知り尽くしているわけではないが──。

 

「……政治的か、裏があるのか。だーっ、悪ィクセだよな、ホント。少しでも関わっちまうと──その幸せを願っちまう」

「兄さんらしくて良いと思うよ、ボクは」

 

 アンファミーユ・マンテイク。

 兄を殺され、その殺した相手と結ばれる予定の女性。

 

 その幸せとは、果たしてどこに。

 

 

 *

 

 

 さて。

 今僕は──ダブリスにいる。

 

 どうも、生体錬成における造形というか整形はアンファミーユの方が得意らしく、僕が粘土こねこねするよりアンファミーユが陣を描いて一気に錬成する方が綺麗に行くのだ。うん、餅は餅屋だよね。

 なのでレティパーユの見た目、あるいは「第二号」の見た目を僕の描いた通りの感じにしてもらっている。ごめん嘘。撮って来た写真の通りにしてもらっている。僕にそんな画力はないからね。

 

 で、なんでダブリスにいるか。

 ちょっと欲しいものがあって。

 

 ──構造物の崩れる音。まぁ僕が壊した音なんだけど。

 そしてそれとは別に、支柱たる部分を壊しまくる化け物が一人。

 

「ハッ、共闘の誘いかと思えば──殺しに来たたぁ驚きだ! なぁ、竜頭の錬金術師!」

「殺しに来たわけじゃないってば。思念を持つ賢者の石が欲しくてさ。研究したいんだよ、君の事。だから大人しく捕まってくれない?」

「ソレが殺しに来た、じゃなくてなんだってんだよ!」

 

 片や全身最硬炭素人間。

 片や全身賢石竜頭人間。

 

 正しく化け物同士の戦いは、正直僕のジリ貧感がすごい。僕は賢石を思念エネルギーで動かしているんだけど、相手──グリードは特に意識せずとも硬化ができる。

 疲労の度合いが違う。だから短期決戦で決めたい。

 

 僕がグリードに勝っていること、それは。

 

「──ッヅゥ、クソが、そう易々と"最強の盾"に勝つんじゃねえよ!」

「あんまり抵抗しないでほしいな──僕が研究できる賢者の石が減っちゃうじゃないか」

 

 こっちの方が、攻撃力に長ける。

 最強の盾に勝てる物質を身にまとっていることこそが僕のアドバンテージだ。

 

「チ──し、かも! しっかりこっちの事情を把握してやがると来た!」

「デビルズネストに仲間がいるって言ったのは君じゃないか。だから、僕がそっちを壊しに行けば──」

「俺様は! 守りに徹しねえといけねぇわけだ!」

 

 だからこそ、守るものがある、というのは弱さに繋がる。

 時として強さの根源になるそれも、圧倒的な攻撃力の前には無力だ。それこそグリードを模した爪を振れば、コンクリートがバターのように切り裂かれる。階下に降りたその衝撃で、そのフロアの床にヒビが入る。

 最強の盾による斬撃を防いでも中身に衝撃が届くことはなく、さらには頭に造形してある竜の口で噛み付いたり、長い尾ですべてを薙ぎ払ったり──主にエンヴィーの本体を参考にした機能も搭載。

 

 欠点はさっき述べたように持久力の無さ。

 賢者の石は体の動きに合わせて形を変えてくれる便利スーツじゃない。僕が思念を送ってそれを動かし、さらにその動きに合わせて体を動かしている。

 正直これやりながらしゃべるのかなりキツい。

 

 それでも、魅力的だった。

 お父様が要らないと思っていて、自ら離反宣言をしていて、だから好きにしても良いホムンクルス。人格を持つホムンクルスで、僕が安全に勝てそうな相手。

 グラトニーは無理。疑似・真理の扉に勝てる気は一切しないから。

 

 だから、グリードだ。 

 

 巨大化させた腕を振り落とす。交差した腕でこれを受ける彼だが──ぐしゃ、という感触と共に大きく弾き飛ばしたのを音で知る。

 バチバチと赤い光を立てて再生しているグリードだけど、やめてほしい。僕が研究する分が無くなってからじゃ遅いのだから。大人しく捕まってくれたっていいじゃないか。研究が終わったらちゃんとお父様のもとへ返すし、来年には来るだろうヤオ家長男っていう良い容れ物も捕まえてきてあげるんだから。

 

「──だぁ、くそ。……こりゃ、負けるなぁ」

「それがわかっているのに抵抗するのはあんまり効率的とは言えなくない?」

「……俺様が負けたところで、デビルズネストには何もしねえんだよな?」

「当たり前じゃないか。失敗作キメラなんかに用はないよ」

 

 グリードを捕らえるためにデビルズネストを人質に取ることはあっても、その逆はない。

 デビルズネストなんか別にどうでもいいのだから。

 

 ──無論。

 グリードへの心酔がために復讐者となるのであれば、彼との口約束なんか簡単に破って殺し尽くすけれど。

 

「……しゃあねえか」

 

 全身硬化を解くグリード。

 おお。諦めてくれるとは思っていなかったから、意外だ。どんな罠を用意しているのかな。

 

「ほら、連れてけよ。がっはっは、罠なんて無ぇよ、俺様はアンタと違って正々堂々強欲に行くのがモットーなんでな」

「そうかい。それなら──」

 

 ぐるん。

 

 ……思考が停止する。意味が分からなかった。

 今僕は、グリードの賢者の石を取り出そうとその胸に爪を突き立てて──突き立てようとして。

 

 ()()()()()

 

「喧嘩だかなんだか知らないけど、るっさいんだよアンタ達! 爆発音だの倒壊の音だのがダブリス中に響いてておちおち眠れやしない!」

 

 着地して、それを見る。

 ああ──なんて冗談だ。いや、運命か。面白い。それは。本当に。

 

「──何者かは、聞いておこうか?」

「ただの主婦!」

 

 丁度良く全身硬化を解いていたから、まるであっちが襲われていた人間で。

 丁度悪く賢石纏成をしていたから、まるでこっちが襲っていた化け物で。

 

 それを救うかのように、スリッパの主婦が一人立っていた。

 

 ……まるで、じゃないけどね。

 

 これは、はて、さて、どうしようかな……。



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第六十四話 錬金術の小技「賢石封印」

 見下ろす。

 廃工業地帯──既に跡形はなくなっているここの、最も高い所から、その「ただの主婦」を。

 

 イズミ・カーティス。

 原作におけるエドらの師匠であり、確定人柱。今戦って勝てる相手かと問われたら、まぁ、勝てはするのだろう。賢石纏成は確かに錬金術師に弱いけれど、それを補って有り余るほどの攻撃力を有している。

 けど今、僕とお父様が計画しているソレにおいて、人柱は一人足りとて失ってはならない人材だ。

 ここは一旦退くべきである。付けた結論は妥当なもの。

 

「おい、アンタ。動けるなら今すぐ逃げな。アンタが何やったのか、アンタが何者なのかも聞かない。だから──」

「だとしても、やっぱり君は欲しい」

 

 ガチャン、と音が鳴った。 

 尻尾の一部を背中に戻し、それの操作に使っていた思念エネルギーをサンチェゴに流す。

 

 錬成されるのは籠だ。

 仰向けに倒れたグリードを囲う籠。

 

「錬金術?」

 

 イズミが手を合わせる。合掌。その手で籠に触れて──たったそれだけで籠は分解された。

 

「なんだい、あの化け物は錬金術師かい」

「……竜頭の錬金術師だよ。レムノス・クラクトハイト。……ふぅ、で、アンタ何モンだ。軍の連中かなんかか?」

「さっきも言った通り、ただの主婦だよ」

 

 イズミとは戦うべきではない。

 だけどグリードは欲しい。来年、ブラッドレイの手にかかり、お父様に鹵獲されて溶かされる程度の使い道しかないのなら、僕が使い尽くしたい。

 

「しかし、竜頭の錬金術師ってのは本当かい? 英雄、勝利の子。南部じゃ人気も人気な軍の狗。それがあんな化け物だとは聞いたことないけど」

「ま、んなこたどうでもいい。逃げなぁ女。アイツの狙いは俺様だ。うるせぇってんならどうにか遠くに離れてやるからよ、カタギが首突っ込む話じゃねぇんだわ」

 

 グリードの背後から錬成した鎖が弾き飛ばされる。流石に普通の金属じゃ無理か。

 仕方がない。仕方がないから──久方ぶりに、泥臭い戦いでもしようか。

 

 賢石纏成を解除する。

 

「へぇ、ホントに竜頭の錬金術師じゃあないか」

「がっはっは、どうしたよ、時間切れか?」

「時間切れになる前に解除した、って感じかな。君達二人を相手にする、というのは少しばかり骨が折れるからね。──分断は、基本だろう」

 

 流す。ノイズだ。

 錬成物の霧散。錬金術師相手にはこれで十分。

  

 そうして僕の体躯からはあり得ない速さで踏み込み。

 

「!?」

 

 ぶん投げられた。

 

 ……反応された? 僕自身でも反応できない速さなんだけど。

 空中で姿勢を整えるとかはできないので、そのまま工業地帯に突っ込む。手袋の錬成陣で工場の断面へ錬金術を発動させながら、自身は地中へ。

 氣……というか人体の「流れ」で誰がどこにいるかはわかる。だから土の中からグリードの足を掴み、地面へと引きずり込む。

 

 ……千切れた。両足をボロ炭にしてトカゲの尻尾切りにしたのか。

 

「気ィつけろよ。アイツが纏ってた赤いのは賢者の石。完全物質だ」

「賢者の石って……というかアンタ足、それどうなってんだい?」

「あぁ、俺様は人造人間(ホムンクルス)でな。これくらいの傷は一瞬で再生する」

「……賢者の石とホムンクルス。それを狙う国軍少将。はぁ、ったく、アメストリスは平和になったんじゃないのかい」

 

 瞬く間ではあったはずだ。

 突如地面から突き出した鎖が、グリード──ではなくイズミを縛り上げんとする。殺す気も傷つける気もないから、合掌されないように手を縛ろうとし、けれど鋭い回し蹴りに叩き落とされる。

 ああもう、なんで僕って「中くらいの攻撃力」を持つ攻撃手段をもっていないんだ。必要になることくらいわかっていただろうに。

 

「ヒュウ、やるねぇ」

「防戦一方じゃ面倒だね。こっちから出るか」

 

 錬成音。

 地面が揺れる。これは地震──ではなく、地面を跳ね上げようとしているらしい。いやホント、イズミの錬金術ってそれなりに規模おかしいよね。どんな想像力してんだか。

 ただまぁこれならもっと深くに潜ればいいだけ……じゃ、ないな。

 

 もう一度賢石を纏う。その一秒後くらいに、超威力の斬撃が背中を襲った。

 

「チッ、気付かれたか!」

「勘の良い奴だね。流石は国軍少将」

 

 土を持ち上げたのは僕ごと跳ね上げる為じゃなく、単純に視界を開けさせるため。僕が簡単に跳ね飛ばされない読みでのグリードの突撃だ。なんで連携できてるの君達。

 

 タイムリミットが近い。

 賢石をこうやって自在に操るには僕の思念エネルギーが潤沢になければいけない。それを錬金術にも使っているのだから、目減りしていく。尽きる、ということはないコレだけど、単純に頭が痛い。僕はそんなにたくさんの事考えられないんだから、勘弁してほしい。

 諦める。諦める?

 ここまでやって、ここまで来ておいて?

 

 アルが体を失っていない以上、エドとグリードの接点は生まれない。それは言ってしまえばリン・ヤオともかかわらない可能性があるってことだ。

 だから強欲が回収されたタイミングでお父様にお願いをして、彼の入った賢者の石を貰う、という手はある……が。

 

「国軍少将として一般市民にお願いするけどさ。退いてくれないかな。そっちの彼は聞いての通りホムンクルスでね、国益を損なう存在なんだ」

「そうかい? 私にはアンタの方がそっち側に見えるけどね」

「おいおい、僕はレムノス・クラクトハイトだよ? アエルゴとの国境戦では多くの犠牲者を減らし、そのアエルゴ戦においてはアメストリスにかつてない景気を齎した張本人だ。その後、クレタもドラクマも、僕がいなければもっともっと長引いていたことだろう。そんな僕に拳を向けて、得体の知れないホムンクルスを守るのかい、ただの主婦さん」

 

 少し大仰に、少し大げさに。

 芝居がかった口調でそう問えば、イズミは後頭部を掻いた後──ビシッと僕を指さした。

 

「アンタからは、なんかイヤな感じがする! 以上!」

 

 それは。

 それは、僕の持っている材料じゃあ否定できないなぁ。

 

「なら、その感覚を大事にすることだね」

 

 流す。

 否、堰く、と言った方が正しいか。

 

 ごふ、と。

 前触れもなく吐血し、倒れ込むイズミ。彼女は真理の扉に内臓のいくらかを持っていかれていて血の巡りが悪い。血の巡り。つまりは流れだ。

 本来の錬丹術を考えれば、それをよくする……原作でホーエンハイムがやったように整えることもできるんだろうけど、今は悪用させてもらった。なに、一時的なものだ。

 

「おいアンタ!?」

「君はこっちだ、グリード」

「──ガ、ァ!?」

 

 今度こそ賢石纏成で彼に肉迫し、その中心へと腕を突っ込む。

 ──掴むのは、引き出すのは、彼自身の賢者の石。ぶちぶちという筋繊維の千切れる音と共に、その石がグリードから引き抜かれた。

 ただしこのままでは原作のラストよろしくそこから再生してしまう。

 だから、僕の賢者の石で囲う。思念エネルギーで完全に形を整えた賢者の石の卵。それはグリードの再生を許さない程ぴたりとくっついていて、割れることもない。

 名付けて賢石封印。

 

 グリード、GETだぜ!

 

「ま、ちな……」

「ああ、わかってるよ」

 

 南部憲兵用の救助信号弾を打ち上げる。

 これでここに憲兵が集まってくるはずだ。彼女の救助はすぐに為されるだろう。こちらに手を伸ばし、けれど意識を失ったイズミの流れを少しだけ改善しておく。死なれたら困るからね。

 起きる頃には憲兵の詰め所か病院にいるはずだ。

 

 そして、たとえ起きた彼女が僕の仕業だと証言したところでそれは混乱によるものとして処理される。

 何故なら。

 

 

 *

 

 

 キング・ブラッドレイは、自らの隣に立つ人形を見る。

 あまり好ましくない顔に整形された人形。セントラル市民に手を振り、時折笑顔を作り。

 

 エンヴィーよりはぎこちないが、一時しのぎの代役としては十分だろう。

 

「お互い、身勝手な主を持つと大変だな」

「いいえ。レティパーユに"大変"という感情は未だありません」

「はっはっは。いずれわかる」

 

 一応。

 本当に一応、遠い親戚の娘……となる。レムノス・クラクトハイトが作り出した生体人形(リビンゴイド)。再生はしないものの換装が可能で、人造人間(ホムンクルス)と同じく賢者の石を核とし、考え、喋り、行動する人工的に作られた人間。

 クラクトハイトは頻りにこれをホムンクルスの劣化品と呼んでいたが、作り方は例外であるにせよホムンクルス側であるブラッドレイから見れば、どこか羨ましささえある存在だった。

 

 作られた存在であるのに、劣化品と罵られているのに、必要とされていて、守られる存在で、そして自覚はないが自由がある。

 エンヴィーやプライドがレティパーユに会いたがらないのはそれが理由だろう。

 会えば殺してしまいかねない。それほど、気に障る。

 

 ラストでさえ積極的には会いに行かない程だ。

 父に必要とされたい──人間ではない、けれど子供達であるからこそ持つ自然な感情。それをあの若返った父は理解していないし、その父に同調している錬金術師も一切考慮していない。

 

 今父は無数のリビンゴイドを作っている。役目を渡すために、だ。

 錬金術を使うことのできないホムンクルスには「引き続き人柱を探せ」としか通達されておらず、まだ仕事中であるスロウスを除いて、皆──グラトニーでさえ──どこかフラストレーションが溜まっているようにさえ見える。

 手のかかる兄姉であるとは思うが、親が親なら子も子、ということなのだろう。

 

「こちらからも一つよろしいでしょうか」

「ほう? 他者に質問を投げる、という機能は獲得しているのか」

「積極的にそれを行えと入力されています」

「それで? 私に何を聞きたいのだ、生体人形」

 

 言えば。問えば。

 レムノス・クラクトハイトの姿をしたレティパーユは、ゆっくりと口を開く。

 

「主について、です。私は主への質問を含む呼びかけを禁じられています。──ゆえに、問いたいのです。アレは(なに)で、私に何を求め、どこへ向かっているのですか」

「知らぬ。……と普段であれば切り捨てるのだがな」

 

 丁度、暇だった。

 何の感情もないアメストリス国民へ張り付けた笑顔を振りまいて、手を振る。ただそれだけの行為は、意識を割かずともできる。

 なれば会話に興じることも悪いことではないのだろう。 

 

「私はアレを人間だとは思っておらん」

「ホムンクルス、ですか?」

「別の何かであろう。あまりにも人間としての機能が足りておらんではないか。父母を守る。結構。だが、そのために隣国を全て滅ぼし、この惑星の全てを征服する──その思考には、リスクという考えがあまりに欠けている」

「リスク……」

「私やホムンクルス、そして父でさえリスクというものを考える。目的を達するために払う犠牲のことだ。目的を害してしまうリスクではなく、達するために自らが払う犠牲。アレはその計算ができない。できない──やっていないのか、理解していないのかまでは知らんがな」

 

 目的のためならば自身の損失は仕方がない。他者の損失は仕方がない。世界の損失は仕方がない。

 割り切り過ぎなのだ。

 

 そしてそれは、父にも通ずるところがある。

 

 初めから同じ人間として見ていない。初めから同じ生物として認めていない。

 視界にすら入っていないかもしれない。父は天を、竜頭は両親を。ただそれしか見ていない。

 果たしてそんなものが人間だろうか。そんなものを人間に含めてよいものだろうか。

 

「自身が捨て駒なのは理解しているのだろう?」

「はい。私が覚醒したその瞬間から、主は私を使い捨てる気でした。そしてそれは、アンファミーユ様をも」

「……どうせ使い捨てるのなら、感情を持たせるな、と憤怒すべきところなのだろうな。憤怒(ラース)としては。私も……何故、自由意志があるのやら。ただの機構として生んでくれたのならいいものを」

 

 愚痴など。

 本来のブラッドレイであれば、絶対に零さないものだ。聞いているのが人形一人だから、ではあったのかもしれないが。

 

「そして、どこへ向かっているのか、だったか」

「世界征服だと主は言っていました。とても本気には聞こえませんでした」

「ふっふっふ、言われているぞ。……だろうな。奴の目的は別にある。父にも隠し通し、誰にも言っていないどころか、口にすら出していない野望のようなものが」

 

 絶対に表には出さない、その時が来るまで一切漏らす気のない野心。

 こうして漏れ出でることがあっても、それが何かまでは悟らせない。それは彼の人間性があまりに掴み難いからであり、「一つの目標に向かっている」という偽装のおかげで隠し通せていることでもある。父母を守る。守る。何が何でも守る。

 ──そう聞いて、それ以上を掘る者はいないのだから。

 

 アレは、何かを企んでいる。

 信念の中に、信条の奥に、信仰の底に。

 

「少し、楽しみではあるよ」

「貴方や貴方の番が巻き込まれない保証はありません」

「そうなれば打ち払えばいい。ふっふっふ、それくらいひっくり返してくれた方が私は楽しいがね」

 

 もし、そうなったら。

 父が日食などと言っていられなくなったら──どんな未来になるのか。

 

 興味だ。

 ブラッドレイは、決められた運命にいるからこそその未来に興味があった。

 

「……」

「なんだ、私の顔に何かついているのかね?」

「いえ。実験行為中の主と同じ顔をしていたもので」

「ふむ。不快だな。気を付けるとしよう」

 

 それはだから、多分、その感情の名は──好奇心、なのだろう。

 



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第六十五話 錬金術の戦闘「竜頭vs焔」

 セントラル練兵場──。

 正史においては鋼vs焔が繰り広げられたここで、今。

 

 竜頭vs焔の戦いが始まろうとしている──!

 

 

 *

 

 

 無理ゲー。

 あと僕の錬金術は初見殺しなんだからこんな何人もいる場所で見せつけるのも意味わかんない。

 アエルゴ潰したんだからこのイベント無いんだと思ってたけど、全く関係なかったらしい。というより爆発寸前だったんだって。人気が。

 元から、ドラクマを侵略しきった後から囁かれていたことではあった。

 

 隣国攻略の中核となったクラクトハイト隊。その実態を見てみたい、という話。

 セントラル市民の声でもあり、他の地域の声でもあり。東部以外はみんな僕や僕らを英雄だのなんだのと讃えているから、期待度もMAXだ。

 

「けど無理だよ。相性悪すぎ」

「でしょうねぇ。アナタ、私やマスタング大佐どころか、ほぼすべての国家錬金術師と相性悪いでしょう」

「いやコマンチ爺さんとかならまだやりようはあるよ。系統が似てるから。でもマスタング大佐はむーりー」

 

 控室でキンブリーに駄々をこねる。

 クラクトハイト隊全体に招集がかかっているので、恐らくだけどマスタング大佐の控室にはアームストロング中佐がいることだろう。

 

「賢者の石を使ってしまえばいいのでは?」

「こんなお遊戯会で賢者の石の存在を露呈させるって?」

「露呈したところで何か変わりますか。せいぜいが正義感を持った何者か達が賢者の石というものについて調べ始める程度でしょう」

「……賢者の石使っても勝てる未来あんまり見えないんだけど」

「因ませてもらいますと私もそうですね。中遠距離の不意打ち無しの勝負でマスタング大佐に勝てる錬金術師などいないのでは?」

 

 プライドとかの問題じゃない。

 真面目に無理。焔の錬金術は最強だ。ほんっとうに最強なんだ。対人は。

 

「代わってくれないかな」

「残念ながら、私そこそこ顔が割れていまして。各地でSAGを潰している内に覚えられてしまったようですね」

「そうだ、レティパーユに……」

「先ほどの生体人形(リビンゴイド)でしたか。丸焦げになって終了では? 惨いことをしますね。そのリビンゴイドも、そしてマスタング大佐も死にますよ。火力を誤って大衆の前で上司を殺した、なんてレッテルをあの真面目人間に張るつもりですか」

「誤らなくても僕が黒焦げになりそうなんだけど」

 

 もう少しで出場時間だ。 

 マスタング大佐は律儀で礼儀正しいので、僕がサンチェゴを作るまでの時間を待ってくれる、という可能性もある……けれど、逆にサンチェゴを作らせないために速攻で来る可能性もある。

 どう考えても大火傷必至。よくあんなのと戦ったよねエド。

 

 ……エド。

 エドか。

 

 ふむ。

 

「何か思いついたようですね。アナタの長所はその土壇場の発想力です。存分に見せていただけると私も楽しめますので」

「キンブリー、低威力の爆弾四つくらいくれない? あと煙幕。黒」

「……武器、兵器の持ち込みは禁止では?」

「機械鎧に仕込んでおけば大丈夫でしょ。デフォルト兵装扱いで」

「多少の怪我を押してでも彼と真っ向から戦ってあげる、という選択肢はないようですね。彼、張り切っているようでしたが」

「僕の人生における真っ向勝負は"できることなんでもする"だから。その身一つで戦う、とかはアームストロング中佐に任せるよ。あとキンブリー、なんか余裕ぶっこいてるけど僕の戦いのあと熱が冷めなかったらアームストロング中佐vs君ってパターンもあるからね」

「無理ですね。勝てません」

「わかる」

 

 マスタング大佐もアームストロング中佐も天才だ。大天才だ。

 エリートオブエリートだ。

 僕らみたいな日陰者が敵う存在じゃない。

 

 が。

 

「ま、つまらない戦いにはしないよ。彼と次に戦う時は、本気の殺し合いになりそうだしね」

「ほう?」

 

 お遊びの範疇でいられる内に、ちょっと踊ろうか。

 

 

 

 

 スタジアムみたいに改造された練兵場。観客席に空きはなく、ざわつきがすごい。

 

「……上の判断とはわからないものですね。私と少将の仲に亀裂がある、というのは伝わっているものだと思っていましたが」

「だからこその配慮なんじゃない? 喧嘩して仲直り、とか今更説明するまでもないけどさ」

「古典ですか?」

 

 両の手袋をしっかりと嵌める。そしてそれはマスタング大佐も同じ。

 解説と実況……が誰なのか、何を言っているのかは知らないけれど、スピーカー越しに会場を盛り上げる文句のようなものが流れているのはわかった。

 なんかあそこ気のせいじゃなければ大総統いない?

 

「さて、改めて。マスタング大佐、僕の錬成スタイルは知っているよね」

「無論です」

「じゃあお願いがあるんだ」

「サンチェゴを錬成する時間、待ってほしい、ですか?」

「ああうんうん、一言一句そう」

「ではお断りします。──ここを戦場だと思い込み、初めから全力で行かせていただきましょう」

 

 ──"それでは両者準備もできたようなので!"

 ──"始めて行きたいと思います! 焔の錬金術師ロイ・マスタング大佐vs竜頭の錬金術師レムノス・クラクトハイト少将!"

 

 ──"はじめ!"

 

 なーんにも準備できてないんだけどなー、とか思いつつ、始まる前から錬成を始めていた壁を目の前に出現させる。

 そこにぶち当たる炎。うん、人間相手の火力じゃないね。

 

 ただこれで目くらましの噴煙が出た。今のうちにサンチェゴを──。

 

「つく、らない!」

「……流石、避けましたか」

「あっぶな……何今の、導火線曲がって来たんだけど?」

「私も成長しているということです!」

 

 乾湿の湿、地面に水気を振りまいて、僕自身は逃げまわる。

 聞いてない聞いてない。遮蔽物が意味なくなるvsマスタング大佐とか無理ゲーに拍車がかかってるって!

 

 錬金術師封じである思念急流はサンチェゴがないと流せないし、ノイズも空中を走らせるにはちょっと足りないものが多すぎる。

 これは。

 

「ありがとうキンブリー!!」

 

 投げる。爆弾四つ。

 内一つは僕が今錬成したもの。

 

「な、卑怯な!」

「常時飛び道具なそっちのが卑怯だよ!」

 

 さっき作ってもらったそれは、まず一つ目が空中で大爆発を起こす。爆発の威力はそこまででもないけれど、火の粉が降ってくるタイプ。当然、マスタング大佐も土壁と屋根を作ってそれに対応する。

 そして残りの二つは──パチン、なんて音を立てて、爆発ではなく鉛玉を周囲にばら撒くもの。銃弾じゃなくて僕がいつも使っている奴ね。

 

 最後の一つ、僕が作ったものは地面へと落ち、適当に見出された五角形から吸入され、そしてまた適当な五角形の噴出口からポン! と高くへ飛ぶ。

 飛んで、弾けて。

 

「水!?」

 

 卑怯上等!

 空気中の水分をどうたらこうたらとかサンチェゴや賢者の石を使わないと無理だからね!

 初めから水が入った爆弾だ。濡れるがいい、濡れて無能になるがいいロイ・マスタング! そして僕はサンチェゴを作る!

 

「──甘い!」

 

 指パッチンの音と共に、降り注いできた水が全て炎に巻かれ、蒸発する。

 ……。

 

「……もしやとは思いますが、私対策はこれだけですか、クラクトハイト少将」

「まさか」

 

 じゃらり、という音を聞いたはずだ。

 その音を聞いて咄嗟に振り返ったマスタング大佐は、だから見たはずだ。

 一番に爆発した爆弾。その中に入っていた大量の鎖が地面に落ちた光景を。

 

 ダミー。

 すでにサンチェゴは作り始めている。ガチャン、なんて音出すものか。あれは単なるアピールなんだからやる意味がない。

 だから、それはそれとして──肉迫する。

 こっちに意識を戻したマスタング大佐に。

 

 右ストレート。……は、いとも簡単に掴まれ、止められた。

 

「……格闘戦、とは。軍学校を出ていない貴方では私に勝ち目などないと」

「"遺脱"」

 

 掴まれた右拳をそのままに腕を捻ってパージする。その際、拳の中から零れ落ちた鉛玉が、青い錬成反応を見せる。

 

「機械鎧!? いつから──」

「"破裂"」

 

 風船の割れるような音がした。

 弾かれるように僕の右拳を握っていた右手を振り上げるマスタング大佐。

 

 ふ。

 フフーフ……。この僕が機械鎧に何の仕掛けも施していないと本気で思っていたのか。そもそも機械鎧だって今知ったみたいだけど。

 収納スペースだけに使う、なんて勿体ないからね!

 

()っ……!?」

「酸だよ。ああ安心して、人体への害はちょっとしかない。口とか目に入ったらすぐに洗い流さないと大変だけど、入ってないでしょ? 計算はしてるんだよその辺の」

 

 弾かれたマスタング大佐の腕は、だらんと力を失くす。お、ラッキー。脱臼したか。

 狙いは発火布だけだったんだけどね。

 

「……それでも焼けるように痛いのですが」

「うん。これが終わったらちゃんと病院へ行くと良い」

 

 酸だからね。

 何の、どういう酸かは……まぁ。ははは。

 

「さて、じゃあこれで終わりかな」

「終わり、ですか?」

「片腕の使えないマスタング大佐と右拳のない僕。錬金術師の勝負にならないじゃないか」

「まだ左腕が残っていますが」

「そう言うと思ってた」

 

 突然、練兵場全体に青い錬成反応が迸る。 

 全体だ。この巨大な空間に走る錬成反応は、僕が今まで見せてきた中でも一、二を争うもの。

 防がなければならない。普通は、そう考える。けれど。

 

「フェイクですね。これが発動しても何も起きません。故に、距離を取ってほしいという願いを見ました」

「俯瞰で見てるワケじゃないのに錬成陣の内容一瞬で読み解くとかやめてくれるかな!!」

 

 踏み込まれる。無作用錬成陣が一切効果を為さなかったのは初めてだ。

 来る。アッパーか、蹴り上げか。どちらにせよ為す術がない。防ぐ術がない。

 

 サンチェゴは完成したけど、あれも思念エネルギーを流し込まなければただの機械だ。僕が踏み込んだのは明らかに失敗だった。

 

 万事休すか。

 せっかくエドモチーフの戦法思いついたのに活かせなかった。まぁ、焔で焼かれるわけじゃないだけいいとするか。

 

 ──期待されても、特に何も思いつかない。

 ガツンという音が顎を叩き、身体能力もエリートなマスタング大佐の肘による打ち上げが僕を高くへと飛ばす。

 容赦無っ。

 

 そして眼下。飛ばされた僕の眼下で、残った方の腕を僕へ向ける彼の姿に。

 

 

「まぁ、負けるのも一興ではあったんだけど、気が変わったらしいよ」

 

 自身を包み込む炎を、左手の手袋で薙いで掻き消した。

 

「──何?」

「はぁ。いや、いや。来るなら一言言ってよって思うのは、これちゃんとした子供心だよね。全くさぁ、そんな顔されたらお遊びでも頑張りたくなっちゃうじゃん」

 

 お父さんとお母さん──じゃ、ない。二人は滅多にセントラルには来ない。来ないし、もし僕がボロ負けになっていたとしても、大げさなまでに心配するお父さんと冷めた目で見るお母さん、という光景になるだろう。

 

 そこにいたのは。

 マスタング大佐の背後の観客席にいたのは──なんか普通の服を着た若お父様だった。

 

 その目は。

 

「まぁ、まぁまぁまぁまぁ。どこまでが僕自身の力かって話だよね」

 

 赤い錬成反応と共に、機械鎧の拳を修復する。

 全身。全身だ。

 錬成反応は全身から迸り、出るマンガ間違えたみたいなオーラを放っている。

 

「……それが何かを聞いても?」

「君の懸念。君の疑念。今この国で行われようとしていること。僕が行おうとしていること。それらの基礎となるものであり、果てとなるものであり」

「賢者の石、ですか」

「ちょ、おいおい、今人がせっかく格好つけてるんだからさぁ、もう少し余韻ってものを」

 

 踏み込んで、殴る。テレフォンパンチも良い所なそれを、マスタング大佐は──右手で掴む。そのまま左手を擦った。

 

「やっぱり脱臼は演技か!」

 

 超至近距離での炎。

 自分も巻き込まれるだろうソレを受けて、僕はバックステップをする。

 炎は──けれど、僕の身体に纏わりつかない。

 

「……無傷、ですか」

 

 完全物質は燃えない。

 この軍服に仕込まれた賢石繊維はあらゆるものに対しての耐性を持つ。

 

「対して君はボロボロだね。降参したら?」

「自傷ダメージのみで降参するのは些か格好がつきませんよ」

「そう、それなら」

 

 今度こそガチャンという音が響き渡る。

 賢石繊維を竜頭へと伸ばし、自らを釣り上げる形でその位置まで戻った。

 

 そうして、久しぶりに出す。

 いつもは地中に埋めているサンチェゴを──地上に出す。

 

「久方ぶりに見ました。少将のサンチェゴなる機械時計」

「普通見せないからね。──さて、鎖と焔、どっちがいいかな」

「どちらでも!」

「じゃあ水で」

 

 セントラルの地下水道から引っ張って来た水を、その辺の用水路から持ち上げてきた水を、赤と青の錬成反応で操り、殺到させる。

 

 だーれが君と同じ土俵で戦うものか。

 焔で戦ったら錬金術を使い慣れている君が勝つに決まっているし、鎖なんか弾かれて終わり。

 

 やっぱ水だよ水。水最強!

 

「さて、さっき容赦されなかったからね。──審判が止めるまで水責めに遭うといい。僕はやめないよ」

「ちょ、待、溺れっ!」

 

 段々、段々と。

 練兵場……その観客席ギリギリのあたりにまで溜まっていく水。

 あ、使った水はあとでちゃんと浄化して各地の水道に戻すから。軍事演習で市民の生活に害が出るとか本末転倒だもんね。

 

 

 こうして。

 竜頭の錬金術師vs焔の錬金術師は、竜頭の錬金術師の勝利で終わった。

 うん、やっぱりサンチェゴさえ作ってしまえば傷の男(スカー)の兄クラスとか以外は勝てるな。僕の「真理」。弱いわけがないってことで。

 

 さて、これを見てあの兄弟は何を思ってくれただろうか。



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第六十六話 錬丹術の来訪「動き出す渦潮」

 捕獲したグリードを用いた生体人形(リビンゴイド)の『第三号』。

 その実験は行き詰まっていた。

 というのも、当然ながら賢石の卵……賢石封印からグリードの賢者の石を出してしまえば、即座に再生が始まる。賢者の石以外で周りを固めても無駄だ。侵食し、あるいは取り込んでまでして再生する。

 じゃあ賢石封印ごとコアにすればいいんじゃないか、という考えは、前提からして無理だった。何故って賢石封印に使っている思念エネルギーは僕が常に出しているものだから。『第三号』を動かすために僕が弱体化、ないしは動けなくなるとか本末転倒すぎる。

 出してもダメ、出さなくてもダメ。

 お父様式賢者の石の研究をしたいのに、そもそも賢者の石に手をつけられない──というのが現状。

 行き詰まるどころか行けてすらいないってわけだね。

 

 そんな中、レティパーユと『第二号』は順調に育っている。育っている、という表現が正しいのかはしらないけど、徐々に人間らしくなっているというか、情緒を獲得していっているというか。

 果たしてリビンゴイドにそんなもの必要なのかな、という考えは心のどこかにある。でも錬金術を使わせるなら、想像力豊かになってもらわないといけない。情緒を育てなければ思念エネルギーも放出できない。だからこその成育だ。

 

 とまぁ、こんなところがリビンゴイドの研究。

 これから先は──僕とお父様の「やるべきこと」についてのお話だ。

 

 僕は今日からアメストリスを発って、各国で仕込みをする。長期間第五研究所を空ける日が多くなる、ということだ。

 そうなると、アンファミーユだけじゃ戦力に不安がある。ので修練に出していたスライサー兄弟を返してもらって、カリステムの実験場に配備。また秘中の秘である錬成兵器も研究所内に設置しておいたので、侵入者は痛い目を見ること確実だ。

 ……それがエド達でないことを祈るけど。

 

 また、遠出となるわけだから、護衛というか付き添いが必要となった。

 選んだのは当然キンブリー。余計な口出ししてこないし、強いし、色々知ってるし。

 それはいいんだけど、もう一人必要だとかで──もう一人ついてくることになった。

 

「そ……そういう、わけだ。よ、よろしく頼むよ、お二方」

「……失礼、誰ですかアナタ」

「あ、あっ、す、すまない。一応私も……ああいや、なんでもない。私はティム・マルコー。一応……何故か、大佐位に上げられている国家錬金術師だ」

「はあ。それは失礼を。本当に知りませんでした」

 

 ティム・マルコー。

 何故かめちゃくちゃおどおどしているこの人が同行者になった。

 ヒーラーはありがたいけど、中央軍の意思をひしひしと感じる。あとなんで大佐に上げられているのかも気になるし──どこまで知ってるのかも。

 

「ああ、そ、そう懐疑の目を向けないでくれ、クラクトハイト少将。私の上にいるのは中央軍ではなく、大総統だよ……」

「大総統? なんで?」

「それは大総統に聞いてほしいが、お、恐らくノウハウを学んで来い、という……彼の後ろにいる者の命令なのではないか、と、と、私は考えている」

 

 大総統の後ろ、ね。

 相変わらず性格に似合わず頭がいい。これでバリバリの勇気があれば英雄になっていただろう。マスタング大佐に並ぶほどの。

 

「それで、少将。此度の任務の全容をお教え頂けますでしょうか。私達は何も聞かされておりませんので」

「ああ、特に大した話じゃないんだけどね」

 

 背中から賢石の尾を出して、崩壊した建物に突っ込ませる。

 

「世界の扉を開くために、必要な陣を刻みに行くってだけ。ただ多数の妨害が予測されるから」

 

 釣り上げ、持ち上げたのは──アメストリスの軍服を着た兵士。

 それを僕らの前にどしゃっと落とす。その衝撃で皮膚が剥がれた。つくりものだ。

 

「僕が外出するというだけで、暗殺を狙う者は多いだろう。僕が外国で何かをするというだけで、勘繰りを入れる者も多いだろう。──故に大総統は、一週間前の時点で国外に出ていたアメストリス人を全員国内に戻した。調査をしていたもの、警邏に当たっていたもの、実験を行っていた者すべて」

「なるほど。では」

 

 キンブリーが手を合わせる。陰陽が重なったその瞬間、彼の足元を伝って遠くの物見櫓が大爆発を起こした。

 

「国外にいる人間は、全て敵、と。──良いですね、実にシンプルな仕事だ。やりがいがある」

「君達の任務は一応僕の護衛。マルコー大佐は治療になるのかな。ただ、守りに徹する必要はない。見敵必殺って奴だ。アエルゴ、クレタ、ドラクマに()()()()()()。いるのは敵だけだ──そうだろう?」

「ま、待ってくれ。人間はいない、とは」

「え、その辺説明されてないの? ……まぁ簡単に言うと、全部賢者の石にしたからいないんだよ、人間。アメストリスの隣国は全てゴーストタウンだよ。食事中であれ運動中であれ戦争中であれ、等しく全てが石になった。ゆえに、アエルゴ人、クレタ人、ドラクマ人というのはもう存在しない。いるのは裏切り者か内通者かテロリストのどれかだけだ」

 

 続けざまにドカンドカンと爆発が起こる。

 わー、結構いたんだなぁ。僕の気配察知も範囲が狭いから、その辺の観察眼はキンブリー頼りになっちゃう。頑張ってもらおう。

 

「まぁ見てもらった方が早いかな。キンブリー! もうちょっとこっち寄って!」

「おっと、離れ過ぎましたか」

 

 地面に円を描き、一枚の紙をそこへ叩きつける。

 瞬間隆起する壁──通称ワームの口。

 必要な個所に鉛玉を射出して、はいオッケー。

 

「ノウハウを得たいんだっけ? じゃあ、これを覚えて帰ってほしい。──これが僕式の賢石錬成陣だ。

とっても簡単だろう?」

 

 発動する。

 恐ろしい音と共に生えてくる黒い腕。円の中にいた人間、キンブリーにさえ見つからず隠れていた者がボトボトとその命を落とし──中心へ凝縮されていく。

 

「……賢者の石の錬成陣は、そこまで不思議なものではないが……最初に作った岩の円はなんだ?」

「跳水錬成と言ってね。理解できなければそれまでだよ」

「跳水……まさか錬成エネルギーを流していると? どうやって……」

 

 うん、多分マルコーさんは教えなくても勝手に学んでいってくれるタイプだ。

 気が楽だね。先生役とか無理だからさ。

 

 それじゃ──ちょいとばかし、ご機嫌よう、アメストリス。

 

 

 *

 

 

 南部には「ソウイウ」店が多い。

 それは治安の悪さだとか、都市開発の遅れだとかが関わっているのだけど、「ソウイウ」店を必要とする者からすればメッカも良い所だった。

 

 必要とする者。

 アンファミーユ・マンテイクもその一人である。

 

 第五研究所はどうせスライサー兄弟と少将お手製トラップが敷き詰められている。だから空けても問題がない。ので、アンファミーユは久方ぶりの小旅行に出ていた。危険であることは理解しているから、決して連れて行ってくれなかったことに拗ねているとかそんなことはない。

 そしてもう一人──レティパーユ。

 彼女も一緒だ。

 彼女、と言っていいかはわからないが、今のレティパーユはアンファミーユ好みの女の子っぽい恰好をさせているので女の子でいいだろう。

 

 クラクトハイトはリビンゴイドに情緒を求めている。 

 どうせ使い捨てるのに何故、というのは錬金術を知らない者の発想だ。錬金術に情緒は不可欠。

 使い捨ての道具であるからこそ豊かな感情を得てもらう必要がある。

 

 ──そしてそれは多分、アンファミーユも。

 

「ミユ、唇の色から体調の悪化を観測しました。休息が必要と見えます」

「いいえ、大丈夫。少しはしゃぎ過ぎただけだから」

「性欲の発散。人間というのは非効率ですね。私も人間を目指すのであれば、人間足れと願われるのであれば、それらを身に付ける必要があるのでしょうが」

「こればっかりは人間が進化の過程でそぎ落とし忘れた邪魔な欲求だから、要らないと思う。ほら、所長は持っていないでしょ?」

「所長は人間の目指すべき姿なのですか?」

 

 随分と語彙も増えたレティパーユのその問いに、少しだけ笑ってしまうアンファミーユ。

 

 そんなこと、あるわけがない。

 アレを全人類が目指したら絶滅まっしぐらだ。全く、本当に男運が無いとまた苦笑する。

 

「ミユ?」

「なんでもない。それより、せっかくセントラル以外の場所に出てきたのだから、あなたは行きたい場所とかないの?」

「欲求ライブラリに該当なし。レティは今、特に欲しいものがありません」

「そっか。それじゃ、適当に歩こっか」

「承知しました、ミユ」

 

 互いに適当な偽名をつけて、身分を偽って。

 本当に小旅行だ。南部と東部を回って、中央に戻る。ただそれだけの旅行。

 

 ──の、はずだった。

 

「……ミユ」

「どうしたの?」

()()()()()()()()()

 

 そう言って見せてくるのは、確かにパンダだ。

 

 ちっちゃいパンダ。手のりサイズ。

 

「……研究所で飼うのなら、ちゃんと管理してね。実験動物のエリアにいたら、間違って素材に使ってしまうかもしれないから」

「はい」

 

 アメストリスはキメラを始めとした様々な動物実験を行っている。

 いるだろう、手乗りサイズのパンダくらい。別に驚きもない。

 

 ただ。

 

「あーっ! いましタ、シャオメイ! 追いつきましタ!」

 

 と駆けつけてくる異装の少女には驚いた。

 アメストリス。隣国三つを滅ぼしたことで、隣国嫌いとさえ言われているこの国へ、恐らく恰好からしてシンからの旅行者。あり得ない──とは言い切れない。何故なら、東の大砂漠を挟んでいることを理由に、シンとは侵略戦争を行っていないからだ。

 正式な手続きを経ているのなら、いてもおかしくはない。

 

 そして、言い分から察するに。

 

「レティ。その子、あの子の飼いパンダのようだから、返しなさい」

「……。……はい、ミユ」

 

 一瞬の抵抗。嫌だ、という意思があった。

 順調に情緒が育っている証だ。

 

「あ、あのあノ! その子は私の家族でしテ……」

「はい。先ほど理解しました。お返しいたします」

「あ、ありがとうございまス!」

 

 返されるパンダ。

 そして、それとは別に。

 

「──あ……えト、つかぬことをお聞きしてもよろしいでしょうカ」

「レティに答えられる質問であれば、構いません」

「その、では、あの……あなたは不老不死の法について何かしりませんカ?」

「申し訳ございません。その質問には答えられません」

「答えられないということは、何か知っているというこト……?」

「知らないことは答えられない。それだけよ。……貴女、名前は?」

 

 この返答をするということは、レムノス自らがレティパーユに禁則事項として告げてあったものだ。

 不老不死の法。キメラの研究者であるアンファミーユからしてみればお笑い種も良い所だが、少女は本気らしい。

 

「これは失礼しましタ! 私、シンから来ましタ、メイ・チャンと申しまス!」

「そう。私はミユ。この子はレティ。それで、メイ。何故この子が不老不死の法を知っている、と思ったの?」

「あ、いや、その……その、この方人間ではありませン……よネ?」

 

 人間ではない。その通りだ。

 だが何をして、何をもってしてそれを見抜いたのか。

 

「なぜ、そう思うの?」

「いえ、明らかに人間とは流れが違いますシ、大地の流れがこの方……レティさんを避けていますシ、一目瞭然でス!」

「そう。けれど、気にしないで。この子は生まれが特別なの。人間ではない、と定義しないでほしいわ」

「あ……なるほド、承知しましタ!」

 

 流れ。

 時折レムノスが口にする言葉だ。アンファミーユはその概要を聞いていない。聞こうとしたことがない。自身の存在理由に必要のないものと判断したから。

 けれど、こうしてレムノス以外からその言葉がでるというのならば、話は違う。

 

 全く違う技術体系はレムノスという天才が生み出したものではなく、元からあるものなのだと。

 

「とにかく、不老不死の法というのは知らない。私もこの子も。──ただ、私達の上司なら知っているかもしれない」

「ホントですカ!?」

「ええ。生憎と今旅行中で、帰ってくるのはひと月もあとだけど」

「あ、う」

「だから、貴女さえ良ければ、私達と行動を共にしない? 旅行中の彼を探すよりいいでしょう。私達と来るなら、衣食住も保障するわ」

「ね、願ったりかなったりでス! よろしくお願いしまス!」

 

 騙されやすすぎる。

 少しだけ。

 少しだけ、昔の、あまりにも盲目的な自身を見ている気持ちになった。そして、けれど頭を振るう。

 

 盲目的なのは今も変わらないからだ。

 

「ちなみに聞くけれど、貴女は錬金術師?」

「いえ、錬丹術師でス!」

「錬丹術……」

「はイ。この国の錬金術とは技術体系が根本から違うため、できることできないことに差がありますガ、錬丹術も様々なことができるんですヨ」

「……それなら、所長を待っている間、情報交換……ではないけれど、勉強会をしない? 私も他国の錬丹術に興味がある。あなたはこの国の錬金術に」

「興味がありまス!」

「……ミユ。私はどうしたらよいのでしょうか」

「あなたも学びなさい、レティ。いずれ覚えることになるのだから」

「承知」

 

 錬丹術。

 もしこれが、所長の使うものと完全に一致していたら──彼はどこからその知識を得たのか。

 

 ……そんなことより、レティパーユに錬金術を覚えさせる機会に恵まれたことの方が所長は喜びそう。

 

 アンファミーユのそんな心境は知られぬままに、三人は東部へ向かう。 

 彼女の行きたかった場所。

 

 ──マンテイク家跡地へ。

 



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第六十七話 錬金術の禁忌「重複合成獣」

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 メイからもたらされる異国の技術は、そのどれもが目を瞠るものばかりであった。

 あった、が。

 

「うーん……」

「やっぱり、感じ取れませんカ?」

「自分の中の流れ、というのは、わかってきた。けれど大地の、というのが……。レティ、あなたは?」

「何もわかりません。そもそも私には肢体の感覚自体ありませんので」

 

 わからない。

 わからなかった。

 

 アンファミーユは一度レムノスに「流されて」いるから、なんとなく体内の流れはわかる。やはりあの時生体錬成だと嘯いていた技術は錬丹術だったのだとも。

 けれど、大地の流れというのが全く感じ取れない。そしてそもそも賢者の石で動いているに過ぎないレティパーユがそんなものを感じ取れるはずもなく。

 

「上司の方……レムノスさんでしたカ。その方は何か、特別なところがあったりするのでしょうカ」

「特別というよりは特異でしょうね。所長……あの人は、身体が痛みを発して動かしづらいくらいなら切り落として義肢にしてしまう、みたいな……効率的を飛び越えて、空恐ろしい考え方の人だから」

「それは恐ろしすぎませんカ!?」

 

 イーストシティへ向かう汽車の中。

 メイは汽車が止まっていようが動いていようが「大地の流れ」を感じ取れるというが、恐らく初心者にやらせるには向いていないこの汽車の中での錬丹術の手解き。それを指摘できる人間は残念ながら小旅行中で。

 

「シンには、所長の名前は届いていないの?」

「そうですネ、聞いたことはありませン。レムノス・クラクトハイト……であってましたカ? うーん、少なくとも私の所には」

「隣国三つを滅ぼした国家錬金術師、という名前は?」

「あ、それなら知ってまス。この国へ向かう際、決して不興は買うナ、ト……」

 

 一気に蒼褪めるメイに、アンファミーユは溜息を吐いた。

 無知とは恐ろしいものである。アンファミーユは特に気にせずCCMやクラクトハイト隊の名を上げていたのに、あんまりにもメイが無反応だったものだから、本当にただの旅行者なのだと信じかけていた。いや、旅行者であるのは確実だろうけれど、そういう血の気事から離れた人物なのだと。

 けれど実際は違ったようで。

 

「ア! は、はじめに言っておきますガ、私はアメストリスと敵対するつもりはないでス! 私はというか私達ハ!」

「あまり大声を出さない方が良いと思われます」

「あ、すみませン」

 

 驚きがあった。

 メイへ、ではなく、レティパーユへ、だ。

 アンファミーユは、レティパーユが他人を注意した、という事実に驚き、そして喜んでいた。

 やはり連れ出してよかった。情緒が育っているどころではない。これはそう遠くない内に、人間とそう違わなくなる。

 

「なんにせよ、もうすぐイーストシティだから。目的地についてから、またゆっくり話せばいい」

 

 プラスして、やはり。

 竜頭の錬金術師の悪名は、恐怖の対象になっているのだな、と。形ばかりではあるが夫への絶大な信用にクスリと笑うアンファミーユであった。

 

 

 *

 

 

 さて、イーストシティの駅を出て、勝手知ったる、と言った様子で歩くアンファミーユ。実は幼少の頃の記憶なんてほとんどないので全く勝手は知らないのだけど、レムノスが調べたマンテイク兄妹の足跡資料からマンテイク家の地図を抜き取って持ってきたアンファミーユに敵は無かった。

 特に問題なく地図を読める彼女は、まるでいつも通っている道であるかのように自信満々に進んで。

 

 進んで──それを見つける。

 

 イーストシティの郊外。

 

「……」

「これガミユさんの生家……その、なんといえばいいのでしょうカ」

「廃墟ですね」

 

 ばっさり。

 レティにはまだ遠慮という機能は搭載されていない。

 

 廃墟だった。跡地、といってもいいくらい廃墟だった。

 加えて真新しい破壊痕や錬成痕がある。これはレムノスが調査した痕跡だろう。

 

 そして──周囲に転がる、謎の生物の死骸。まだ分解されていない理由は、あるいはまだ外で生きている個体がいるのだろうか。

 

「ここ……流れがとても滞っていまス」

「滞るとどうなるの?」

「色々な事が起きますガ、一番の問題は土地が死ぬことですネ。アメストリスへ来る前に隣国……アエルゴでしたか。あそこの周辺を少し見てきたのですが、似たようなことが起きていましタ。アレに関しては錬丹術師の仕業でしょうガ、故意に、無理矢理に曲げられた龍脈……最悪の所業」

「熱くなるのはいいけれど、土地が死ぬとどんな問題があるの?」

「あ、すみませン。で、エエト、簡単に言うと植物が生えなくなったり、死骸がそのままになったリ、砂漠化したり……人がどう改善を試みても、大地の流れがおかしくなっている限り、その土地は再生しませン」

 

 土地が死んでいる。

 マンテイク家の周囲だけ。

 

「ですから──。む! 誰ですカ、そこにいるのハ!」

 

 感じ取る。 

 アンファミーユは戦闘者ではない。錬金術師の全てが戦闘に長けていると思ったら大間違いだ。サポートくらいはできようが、戦闘者足り得ないのはアンファミーユが一番わかっている。

 だから、わかる。

 目の前のメイが突然気配を変えたのを。今までのただの旅行者から──鋭い、ともすれば暗殺者をも思わせる雰囲気へ。

 

「ミユさん、レティさん、さがっテ! ……手練れでス!」

「参りました、した、参りましたねねね。まさかまさか、気付かれる、かれるとは。とは」

 

 既視感。

 この、壊れた人形のような口調は。

 

「カリステム?」

「ええ、ええ、ええ。ええ、お久しぶりですです、アンファミーユさん。お久しぶりです、ですといっても、この見た目では久しぶりという、という感覚はないでしょうが」

「お知り合いですカ? ──だとしたら、気を付けてくださイ。人間じゃないでス。何かされている可能性が高イ!」

 

 何かされている。

 それは、そうだろう。レムノスと共にカリステムの解剖を行った時、それは判明した。

 彼は改造人間と呼ばれる類のものだ。あるいは合成人間か。キメラの技術を用いて作られた人間らしい肉体と、誰かの脳。錬金術を使える誰かの脳を移植されたヒトガタキメラ。それがカリステムだった。

 なれば同系個体がいるのはおかしなことではない。

 おかしいのは。

 

「何故、私を知っているの?」

「おかしなことを、おかしなことをいいますね。同僚だったじゃないですか、か。共に苦楽を分かち合った仲です。そうでしょう?」

「共に苦楽を分かち合ったカリステムなら、絶対に私達の前に現れたりはしない。所長は裏切り者を許さないから」

「ええ、ですから貴女が一人の時を狙ったんですよ。邪魔者がいない時を」

 

 乾いた音だった。

 それが銃声だと気付くまでに数秒を要した。

 

 ──眼前で銃弾が止められたことにも。

 

「お、おや、おや。そういえば見覚えのない少女が、が。その腕は機械鎧? いえ、どうみても人間の……キメラ? キメラだとしても、銃弾を受け止めるなんて」

「敵対者と判断しまス! 違ってたらあとで治しまス!」

 

 結構な暴論を展開しながらクナイを投げるメイ。異国の装飾の施されたそれが、五本。

 茂みの中へ入ったと思えば──「ぎゃぁ!?」という短い悲鳴と共に、青い錬成反応が木々の間を駆け巡る。

 アンファミーユは見逃さない。茂みの中の方は見えなかったが、メイの手元にあった錬成陣はレムノスが良く使うものと酷似していた。

 だからやはり、彼の技術は錬丹術なのだ。錬丹術を汲んでいる、というべきか。

 

「レティ、麻酔針」

「申し訳ございません、ミユ。もう撃ちました」

「……よくやった、と言いたいところだけど、許可なしでの戦闘行為はやめておきなさい。所長に見られたら調整されるから」

「はい」

 

 レムノスは嫌うはずだ。

 どれほどの利益を齎すとしても、命令外の行為を行うリビンゴイドというものを。それが裏切りに繋がるから、と言って。

 

「……お二人とも、お気をつけテ。今喋っていた一人だけじゃありませン。五……いえ、十はいまス」

「そんなに? ……マンテイク家に何かある、というより、私を狙って来た、と見た方がよさそうね」

「献花も許されないとハ、非道な」

 

 そう。

 アンファミーユがマンテイク家に来たのは、調査だとか忘れ物だとか、そういう理由ではない。

 ただ花を捧げに来たのだ。顔も名前も覚えていない両親や親類に。そして兄であるオズワルドに。

 

 それだけだったのに──どうして、こう。

 

「──なんだ、それならそうと言ってくれたまえ。要らん勘繰りをしただろう。……ハボック! ブレダ! 林の中にいる何者かを無力化しろ! いいか、殺すなよ!」

 

 声は背後から聞こえた。

 

 

 

 イーストシティは東方司令部。

 そこに三人はいた。メイは緊張、アンファミーユは憮然とした態度で、レティパーユはきょろきょろ周囲を見ている。

 

「改めて。私はロイ・マスタング」

「知っています。元所長の部下で、所長に反旗を翻した人」

「い、いや、確かに決別はしたと自負しているが、別に反旗を翻したわけでは」

「助けてくださってありがとうございます。それで、何故連れてこられたのか教えていただけますか」

 

 暗に「話を早く進めろ、余計な社交辞令は省け」と圧をかけるアンファミーユに、やれやれと肩を竦めるマスタング。

 

「数日前から、イーストシティで」

「正体不明の人物たちの動きがあったと。その数日前とは所長が国を出たあたりで、そこの時点から彼らを見張っていた。あとは私達が郊外へ行くのを見て、落ちあうのかどうかを見ていた──とかそんなあたりですか?」

「う、ぐ」

「大佐ぁ、この嬢ちゃんキレ者って奴だ。もう全部ぶちまけちまったらどうですかい」

 

 どうやらそのようだ、とマスタングは居住まいを正す。

 そしてアンファミーユ、メイ、レティパーユを見回して。

 

「──レムノス・クラクトハイトが行っている所業を」

「ああ、そういう話なら帰ります。レティ、メイ。宗教勧誘ですよ、これ」

「なんト!? これだけ正式な場感を出しておいて、卑怯ナ!」

 

 そういう話であれば、受ける理由がない。

 というより何を今更、と。冷たい流し目でマスタングを見る。

 

「所長が裏切り者や内通者を許さないのは知っているはず。私達にそれになれと言うのは、つまり死ねと言っているようなものだと理解していますか?」

「だから、こちらで保護を」

「結構です。私は好きで所長の妻でいますから」

「ア、私も遠慮しまス。その所長さんの知識に用があるのデ……」

「元より私は主の所有物。主と決別したというのなら、私と決別したに同じ」

 

 取り付く島もない。

 アンファミーユからしてみればそんな恐ろしい誘いはないし、メイ、レティパーユもわざわざそちら側につくメリットがない。

 あるとすれば。

 

「わかった、わかった。もう彼の話はしない。それより、先ほど捕らえた者達について話そう。──カリステムと名乗る錬金術師集団についての情報交換を」

 

 情報──三人が知らない、この国で起きているもう一つの怪事件について、である。

 

 

 

 カリステム。

 数年前頃から現れた錬金術師の犯罪者グループ。

 初めは個人名だと思われていたそれも、組織名なのではないかと疑われているのが昨今だ。

 

「第五研究所に名が連ねられていたからね、カリステムの親玉がクラクトハイト少将なのではないかと恐れ戦いたものだよ。どうやら違ったらしいが」

「ああはい、特に何の感情もなく殺してましたから」

「想像に難くないよ。……それで、君が狙われる理由については、何も心当たりが無いんだな?」

「はい。強いて言えば所長の妻である、ということくらいでしょうか。彼の弱点としては妥当な立ち位置かと」

 

 先ほどはプライベートだったけど、今は正式な場だからちゃんと敬語を使う。

 アンファミーユは分別のつく大人である。軍属じゃない二人が隅で縮こまっているのはおいといて。

 

「そもそもの話をするなら、所長は私設部隊など持たないですよ。あの人、組織というものを信頼していないので」

「ま、そうだろうな。私もそこは疑っていない。ただ彼の()にいる人はそうではないだろう?」

「否定も肯定もしません。私は知りませんので」

「……そういうことにしておくか」

 

 レムノスの上にいる者。

 ──大総統、キング・ブラッドレイ。

 だが、国家元首が犯罪者部隊を運営しているなど笑い話にもならない。ましてや非人道的な錬金術で作られた部隊など、そんなそんな。

 

「……あの、少しいいですカ? 完全な部外者なのですけド」

「む? あぁ、構わない。どうした?」

「先ほどの敵対者……その全員から、同じ流れ、エエト、同じ匂いを感じましタ」

「同じ匂い?」

「そうですネ……あまり想像はしたくないのですけど、同じ人間から作っているというカ、ある人間のパーツを千切って分け与えているというカ……あ、ごめんなさイ、要領を得ない話デ」

 

 ふむ、と。

 アンファミーユ、マスタングは共に一瞬の思案をする。

 そして。

 

「どうせ捕らえたカリステムは全員死んだのでは? 首を捻り千切っての自死。第五研究所のカリステムもそうでした」

「……ああ、言う通りだ。先ほど拘置所から連絡が来た」

「ならば解剖を手伝わせてください。私、一応キメラの研究者なので、彼女の言うことが正しければ」

「同一人物の細胞とでもいうべきものが組み込まれている可能性が高い、か」

「はい。サンプルは多ければ多いほど助かりますね。上手く行けば、遺伝情報からそれが誰なのかを割り出すことも……まぁ、難しいですが、軍に登録された人物や元犯罪者とかならわかるかもしれません」

 

 錬金術師集団カリステム。

 今アメストリスを揺るがさんとしている組織に──ひょんなところから、牙が突き立てられようとしていた──。

 



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第六十八話 錬金術の応用「残留増殖合成獣弾」

少しだけ不定期更新期間になります


 解剖室でアンファミーユがまず疑ったもの。

 それはナノキメラだった。己が被検体とされていたものであり、あるいは肉体をも操り得ると机上の空論ながら囁かれていたもの。

 果たしてそれは、正解だった。

 捕縛され、自決したカリステム三十余名。その全員の身体に崩壊しかけたナノキメラの痕跡。自壊機能を追加されたのか、時間を空ければ空けるほど証拠が残りにくくなる仕組みだ。

 となれば、親機たるキメラがどこか近くにいるはず。アンファミーユの殺害や誘拐が目的であれば、未だ遠くには行っていない。そう考え──メイを思い出す。

 

 流れ。

 生憎と全く分かっていない龍脈とやらの方はおいておいて、キメラ・トランジスタを始めとしたキメラパーツ群は全て思念エネルギーの繋がりで動いている。

 彼女なら辿れる可能性がある、ということだ。

 

「……こんな死んでいるものじゃなく、もっと新鮮な……」

 

 ナノキメラは受信専用。自ら思念エネルギーを発せるほどの機能はない。

 これを逆探知するとしたら、「今まさに思念エネルギーを受信している状態」でなければならないだろう。となれば。

 

 

 

「ダメだ。危険すぎる」

「そうでス! 囮なんテ……」

「若いのだから、身体は大事にしなさい」

 

 レムノスに話せば一発でOKが貰えただろう話も、この過保護集団は受け入れられなかったらしい。

 簡単な話。アンファミーユが一人で出歩いて、寄って来るだろうカリステムを捕縛。自決の際に受信する思念エネルギーをメイが辿る、という最も単純で的確であると思われるもの。

 

「ミユがダメなら、私が行いましょうか?」

「待て待て待て! どうしてそう容易く命を擲つ! 他に安全な策くらいあるだろう!」

「いえ、ですから」

 

 確かにレティパーユがアンファミーユの姿となって囮になる、というのもいい。レティパーユはどの部位を破損しても関係ない──換装すればいいから──ため、もしカリステムが自爆や暴行をしてきても危険度は減る。

 ただしその場合、レティパーユがどんな存在であるかがマスタングらに割れることとなるが。

 

「なら、守ってください。マスタング隊というのは市民の女性一人守れないような存在なんですか?」

「……挑発してもムダだ。そういうのはクラクトハイト少将で慣れている」

「倫理観が効率を邪魔するのなら、そんなもの捨ててください。私達錬金術師は真っ当な倫理観と真逆を行く者。そんなものは真っ当な人間たちに任せておけばいい。違いますか?」

 

 竜頭の錬金術。焔の錬金術。紅蓮の錬金術。

 前者は使い手の問題だが、後者二つは紛う方なき倫理観をぶっ飛ばした錬金術だ。それを使っておいて、何を今更。

 

 各国で何千と殺したくせに。

 

「……まぁ、いいです。貴方達の許可を取る意味はありません。メイ、助力を願いたいです」

「え、いや、ウ……そのですね……危険すぎませんカ、流石に」

「損なくして得た成果にそれほど意味があるとは思えない。私達は犠牲の上に立っている。であれば、自身が犠牲になる可能性も考えておかなければならない」

「所長の言葉ですね。実際にはそんなこと言っていないと言われている至言十選です」

 

 似たようなことは言っていた。

 得るのだから何か損が発生する。それが周囲の誰かになるか、自身になるか、大切な人になるか。ランダムは困るからね、選ばせてもらうよ──だったか。

 だからアンファミーユも、選ぶ立場に回るのだ。

 

「メイ、安心してください。ミユは所長の作った錬成兵器を所持していますし、私は先ほど銃弾を受け止めてみせたように、特別な体を持っています。脆弱で日和見主義な人間たちよりは役に立つ自負があります」

「ですガ……。……、いいエ、わかりましタ! 私も一回目で辿れるよう神経を研ぎ澄ませまス!」

「ありがとう。レティ、貴女にはこれを」

「……承知」

 

 目の前で決まっていく作戦。

 

 それを見たマスタング達は、大きく溜息を吐いた。

 

「……わかった。だが、最大限のサポートはさせてもらうぞ。中尉、フュリー」

「はい」

「了解しました!」

 

 狙撃手と通信手を先に出す。

 焔の錬金術は良くも悪くも火力が高い。体内に仕込まれたキメラとやらをも焼き尽くしてしまいかねないため、マスタングの出番はない。代わりにハボックとブレダがアンファミーユと一定の距離を保って護衛をする。

 ファルマンは遠方から「カリステムであろう」人間──怪しい人間をピックアップしてマスタング達へ伝える係だ。

 

「作戦開始だ。アンファミーユさん、一応これを」

「無線機。いいんですか?」

「ああ。これはイーストシティの問題だからな。たとえ狙いが初めから君だったとしても、私達はこれを巻き込んでしまったものと認識する。すまない、一時私達に命を預けてくれ」

 

 アンファミーユは思う。

 成程、と。

 

 これはレムノスとソリが合わないだろうな、と。

 

「……なんだか昔を思い出すわ」

「昔?」

「ええ。私が士官学生だった頃……クラクトハイト少将を狙撃で援護したことがあったのよ。まさかその次が、少将のお嫁さんになるとは思わなかった。絶対守ってみせるから」

「はぁ。ありがとうございます?」

 

 第五研究所に来る前までのレムノスをアンファミーユは知らない。無論噂は大体知っているが、実際に見たことは無い。

 彼女──リザ・ホークアイ中尉の士官学生時代というと、時期的にドラクマだ。

 ドラクマでの戦いが最も熾烈であったと聞く。その援護射撃を担当したのなら、成程信頼は置ける。

 

「じゃあ、これを渡しておきます」

「これは?」

「残留増殖合成獣弾……対象の体内に入った後、弾丸内のキメラが活性化を始め、瞬時に、且つ爆発的に増殖します。私がカリステムの捕縛に失敗した場合にお使いください」

「……流石はクラクトハイト少将と結婚するだけはある、とだけ言っておくわ」

「はい?」

 

 さて、とにもかくにも配役はきまった。

 あとは釣り出すだけだ。

 

 

 

*

 

 

 

 マンテイク家。

 献花の為されたそこに、アンファミーユはいた。隣にレティパーユを侍らせ、家の跡地に対して黙禱する。

 

 ごそり、と茂みが動く。

 

「罠、罠、罠ですね。どう考えても、ても」

「そうね。あり得ないものね」

「ですが、がぁ、──関係がない!」

 

 問答は一瞬。

 茂みから飛び出したカリステムは、その両手に持ったサーベルでアンファミーユを害さんと。

 

 して、蜂の巣になった。

 

「──失礼。やり過ぎました」

「まだいるから平気でしょ」

 

 先ほどアンファミーユがレティパーユに渡したもの。

 それはキメラ・バッテリーで動作する小型機関銃である。反動の問題でアンファミーユには使えない代物だけど、そこはリビンゴイドの出番だ。生体パーツを使っているものの特に骨とか関係ないレティパーユなら、どんなに反動のある武器でも使い得る。

 

 ドン、と爆ぜる音。マンテイク家の裏手から響いたそれは、錬成地雷がカリステムを吹っ飛ばした音だろう。

 通常、レムノスの錬成兵器は彼自身が遅延錬成陣に込めた思念エネルギーの都合上三日しか保たない。

 そこを解決するのがキメラ・バッテリーだ。一つ一つのコストパフォーマンスが最悪な事に目を瞑れば、非常に有用なコレ。

 今回アンファミーユは、マンテイク家の至る所にそれを配置している。

 

「……威力が高すぎる。死んでないと良いけど」

「イシュヴァール戦役時のものと聞いています。捕縛ではなく殺害を目的とした地雷ですから、威力は仕方のないものかと」

「そう考えると、少しピーキーな武器ばかりを選んでしまったかも」

 

 また爆発。

 レムノスの錬成地雷は撒けば勝手に地面に潜る。初見だろうが慣れていようが、中々見つけられるものではない。

 

「捕縛どころか全員殺してしまうかも」

「そうなった場合、メイさんは流れというものを辿れるのでしょうか」

「無理、じゃない? ……仕方がないか」

 

 言って。

 アンファミーユは、ポケットから拳銃を取り出す。

 銃撃に関して彼女の腕は普通である。可もなく不可もなく。込めたるは彼女が普段「キメラ弾」と呼んでいるもの。リザに渡したものとはまた違う、キメラを用いた武器。

 

 そしてそれを、茂み──カリステムが潜伏していると思われる方へ向け。

 

「当たらない方が身のためよ」

 

 乱射、し始めた。二点バースト式の拳銃が、ダダン、ダダンと音を発して暗闇を打ち鳴らす。

 敵の数が多いのだから、こっちも数うちゃ当たる。

 それでも今の今までこの手法を取らなかったのはデメリットがあるからだ。

 

 デメリット。それは。

 

「ア──」

「グ、ガ、ギャ」

「オオオオオオ」

 

 キメラ弾。

 もう少し詳細な名前を出すなら、「簡易合成獣作成弾」と名付けられるもの。

 二点バースト式なのはペアリングだから。それぞれに刻まれた錬成陣は互いに互いを錬成し合うキメラの錬成陣。キメラの錬金術師にとっては見慣れたそれを弾丸という形にしたアンファミーユオリジナルの銃弾だ。

 残念ながらアンファミーユでは遅延錬成の仕組みを理解できていない。再現できない。

 だからこの至近距離で、これだけの数を撃ち切った。一度の発動ですべてを終わらせるために。

 

「──ミユ様、小型機関銃を掃射いたします」

「構わないけれど、それくらいじゃもう死なないと思う。──聞こえますか、大佐」

 

 無線機越しに指示を飛ばす。

 階級で見れば天と地ほどの差のあるマスタングに、アンファミーユが。

 

「今から巨大な化け物が出てくると思います。ので、手足だけ焼き払ってください」

『いいだろう。だが少しでも距離を取っておけ。万が一がある』

「はい」

 

 言われた通り距離を取る。勿論レティパーユの腕を引いて。

 

 距離を取った、その先に。

 

「つ、捕まえましたよぶぐ!?」

 

 バックステップ気味だったのが良くなかった。背後から近づいてきたカリステムに捕まってしまったのだ。捕まってしまった瞬間カリステムの頭蓋が狙撃され、吹っ飛び、解放されるに至るのだが。

 

 リザ・ホークアイ中尉。

 通称「鷹の眼」。叶うことなら、敵に回したくない相手の一人だ。

 

『申し訳ありません。一体殺しました』

『構わん。二人の命がかかっていた』

「いちゃついてないで、来ますよデカブツが」

 

 キメラ。二種類のキメラをさらにキメラにし、四種類キメラをさらに合成し……を繰り返した、肥大化した巨大キメラ。ドン、ドンという爆発音は、命からがら逃れたカリステムが地雷を踏んだ音か。

 そして──出てくる。

 木々を掻き分け、超巨大な、そしてとてもグロテスクなキメラの巨人が。

 

 出てきて、出てきた瞬間焼き焦がされた。

 焔の錬金術。最高最強の錬金術。

 

「捕縛します。レティ」

「はい」

 

 マンテイク家の水道。そこに先ほど描いた錬成陣を発動し、水道管をワイヤーに錬成する。

 それで巻く。シンプルに、アナログに。巨人の身体をぐるぐる巻いて──。

 

「捉えましタ!」

 

 というメイの声と共に、巨人キメラの頭部が爆散した。

 

 アンファミーユとレティパーユが血の海を被る──。

 

 

 *

 

 

 さて、メイの逆探知から、親機のある場所は割り出せた。

 地図を開いて見せれば、メイはそこを指さす。

 

「一般邸宅……いや、確かここは、綴命の錬金術師の家じゃなかったか?」

「あぁ、そういや最近国家錬金術師になったっていう」

「ていめい?」

「人語を話すキメラで国家資格を取った、ショウ・タッカー氏が住んでいますね」

 

 そんなことで国家資格が取れるのか。

 アンファミーユにしてみれば、人語を話すキメラなどいくらでも作れるものだから、逆に気になる。どこにそんな特異性を見出されたのか、と。

 

「なんにせよ、親玉のいるらしい場所だ。──心してかかれよ」

 

 もし。

 もしも、動物と動物の掛け合わせで人語を話すキメラを作ったというのなら、それはフェイクだ。キメラ化したところで知能が下がることはあっても上がることは無い。況してや元より人語を知らぬ動物同士を掛け合わせたところで、いきなり人語を覚えるはずもない。

 つまるところ、材料は人間だろう。

 そのことに憤りを覚えるほどアンファミーユは自身の棚上げを行っていないし、そもそもその程度に怒るような神経は持ち合わせていない。

 

「問題は、私に何の用なのか」

「そうだな。だから件のショウ・タッカーは決して殺すな。いいな?」

「ハッ!」

 

 さて、今アメストリスを揺るがしつつあるカリステムなる錬金術師集団。

 その親玉は、果たして本当にショウ・タッカーなのか、それとも──?

 



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第六十九話 錬金術の禁忌「人体分解&人体再構築」

 それはある晴れた昼下がりのこと。

 綴命の錬金術師ショウ・タッカーは、庭の草木の水やりに勤しんでいた。かつては妻がやっていたこれら作業も、妻がいなくなってからタッカーの仕事になり、研究に費やせる時間が減ってしまったことに多少の後悔を持っていた。

 そんな彼の背後できゃいきゃいと跳ねまわって遊んでいるのが少女と一匹の犬。つまり彼の娘ニーナと愛犬アレキサンダーである。

 子供は元気が一番だ。アレキサンダーもそれなりの歳だが、ああも元気に走り回れている。彼にならばニーナを任せられると本心から思える。

 

 ──だから。

 

 だから今日、突然複数の軍人が家に来た時──タッカーはある覚悟を決めていた。

 綴命の錬金術師、最後の錬成を行う覚悟を。

 

 

 *

 

 

 カリステム。アルケミストのアナグラムであるこの名前は、個人を指すものでなく、集団を指すものだ。それぞれの姿は全くの別人でありながら、恐らく人格の共有を行っている複数人。その手法は不明だが、記憶までもを共有できることが判明している。

 体の一部には何者かの細胞が埋め込まれている他、ナノキメラという受信専用の極小キメラが入り込んでいる。

 

 と。

 おさらいをした上で、アンファミーユは件の錬金術師を見た。

 綴命の錬金術師、ショウ・タッカー。

 

 ……違う。

 

「ショウ・タッカー氏。単刀直入に聞きますが、カリステムという名に聞き覚えはありませんか?」

「……はい。知っていますよ」

 

 同じキメラの錬金術師として、研究者として。

 そして──同じく倫理観の欠けた者同士として、わかる。

 

 違う。 

 この人物は、黒幕として立ち回れるほどの野心はない。彼はやりたいことがやりたいだけの、典型的な研究者だ。何か目的があって組織を運用できるタイプではない。

 

 何より。

 同じなのだ。これは本当に感覚的なことだけど、彼は。彼は──アンファミーユと同じ。

 

 ()()()()()()()の匂い。

 

「私もカリステムなんですよ。ただ、私は単なる中継器。私を殺したり、捕縛したりしたとしても、精々百人そこらの末端が路頭に迷うだけです」

「……認めるのですか」

「ええ。否定しても意味のないことですし、もう完全にわかっているんでしょう? そちらのお嬢さんを襲うようあれらに命令したのが私だと」

「何故、私を?」

「知りません。私は貴女の名前すら知らない。言ったでしょう、私は中継器だと。ですから、親機より来た命令をそのまま各カリステムに伝えているに過ぎません。私以外にも中継器は沢山いますし、恐らく私に命令を出している個体も中継器なのでしょうね」

 

 途方もない話だった。

 途轍もない話だった。

 一体いつの間に、この国はそんな侵食を受けていたのか。

 

「何故あなたがカリステムになったのかを聞いても?」

「何故、と言われましても……。知っての通り、私は国家錬金術師となった去年、妻に逃げられています。男手一つで子供を育てることは中々に難しく、家もぐちゃぐちゃになる一方で。国が出してくれる研究資金は当然研究資金として使いたいので、そうなると生活費に困ってしまいまして」

「まさか、金銭を目当てに?」

「初めはそうです。まさかこんなことになるとは思っていませんでした。ある生体錬成──論文も研究もちゃんとしているもので、内臓機能の改善を行う生体錬成。それに必要な錬成陣を刻み込んだ薬のテスター。所謂治験ですね。その報酬がとても魅力的だったから、私はそれを受け、錠剤を飲みました。私も錬金術師ですから、しっかりと詐欺などでないかを調べた上で」

「それが」

「ええ、はい。見ての通りです。ちゃんと提示された通りの報酬が入りましたし、特にこれと言った健康被害はありませんでしたが──今、私の体内では、数百を超える小さな小さなキメラが蠢いている。はは、といっても蠢いていることを感じ取れるわけではありませんが」

 

 ぞっとした顔をする一同に、アンファミーユはなんだか懐かしい気分になる。

 オズワルドにその旨を言われた時の彼女もまた、その顔をしていたのだろうから。

 

「その治験を行った研究機関の名は?」

「──セントラルの第三研究所です」

 

 第三研究所。

 生体錬成について研究する研究機関。非合法な人体実験は勿論、人造人間を作り出すことにも躍起になっていた覚えがある。

 そういう意味では第五研究所が研究内容を掠め取ったようなものだが、プロセスに天と地ほどの差がある上、レムノスの発案なので気にしないでも良いだろう。もし第三研究所が第五研究所への対抗心でこんなことをやらかしている場合、それはもう見下げ果てるどころか侮蔑の対象でしかない。

 

「第三研究所か……権限的に、私がどうこうできる場所ではないな」

「そこに親機がいるとは限りませんがね。さて、それで、私はどうするべきでしょうか。不可抗力とはいえ犯罪者集団に加わっていたことに変わりはありません。私としては……私を捕縛、ないしは収監する場合、ニーナの保護を頼みたいのですが」

「いえ、そのあたりは私達の管轄にありませんよ。軍法会議所が判断することです。ただ、そうですね。できることなら私達の監視下にいてもらいたい。これ以上末端とされる者たちにおかしな命令を出されても困りますから」

「わかりました。場所は私の家でも構いませんか? 軍人さん方が留まることはニーナへよく言っておきますので」

「ええ、では──」

 

 あくまで温和に、あくまで柔和に。

 ショウ・タッカーは抵抗の意思を見せることなく従順に。

 

 だからずっと、警戒していた。

 

 もう彼には──自由意志がないのではないかと。

 それは、だから、決めていたことだったのだろう。

 あるいは軍人が……アンファミーユ達が家に来た時点で定めていたのだろう。

 

「──さようなら、ニーナ」

「申し訳ありませんが、させません」

 

 錬成反応は下だった。カーペットの下。

 青い錬成反応は、今タッカーに対面していたアンファミーユ、マスタング、そしてタッカー本人をも巻き込む形での錬成になる──予定だった。

 

 止めたのは、レティだ。

 錬成陣を物理的に踏み割って──床を踏み抜いて、発動を止める。

 

 同時、失敗したと知るや否や、タッカーの首があり得ない方向に回り始める。まるで万力で掴まれ、ねじ切られていくかのように。

 

「それもさせませン!」

 

 今度はメイだった。

 タッカーに繋がった思念エネルギーを大地の流れで押し流す──あるいはレムノスがサンチェゴ四つを使わなければできないことを、いとも簡単にやってのけたのだ。

 これにより千切れる思念エネルギーの糸。途端、タッカーはビクンと大きく身体を跳ねさせて、そのまま気を失う。

 

 いつからかはわからないがやはり意識を乗っ取られていた。そう見るべきだ。

 

 手がかりを失った。調査はここで終了。

 そのはずだった。

 

 ただ、この国の錬金術師に比べて、倫理観がちゃんとあって非道な行いをちゃんと許せない錬丹術師がこの場にいなければ、の話だ。

 

「掴み、ましタ……! 完全に消える前に辿りまス!」

「っ、ハボック、ブレダ! 彼女を追え! 私もすぐに追いつく!」

 

 許せない、というのがひしひしと伝わってくる。

 非人道的な行為。誰かを騙し、誰か利用し、要らなくなったら捨てる──その行為が許せなくて堪らない。

 

 うん、と。

 

「ミユ。安心してください。私も同じことを思いました」

「本当に情緒が育ってきたみたいね」

 

 ──絶対にレムノスと会わせない方が良い。

 メイ・チャンは善良な人間だ。レムノスはそうではない。そうではないと言い切れる。非常に残念なことに、ただ「守りたい」という願いが()()()()に見えるだけで、アレは悪の類である。

 不老不死の法を知っているかもしれない、というただそれだけの理由で会わせる約束をしてしまったけれど、これは何か理由をつけてメイを引き離した方が良いだろう。

 

 余計な事しか起きない確信がある。

 

「それにしても」

 

 引き連れてきた憲兵にショウ・タッカーの監視及び保護を命令し、飛ぶように出て行くマスタングを目で追いながら、アンファミーユは少しばかりの思案をする。

 自身を巻き込む──アンファミーユとタッカーとマスタングを巻き込む、恐らく合成獣の錬成陣。

 何故だろう、と考える。

 アンファミーユを狙う理由は相変わらずわからないままだけど、マスタングを、そして自身を殺そうとした理由は何か。

 

 今死なねばならないと判断した理由は何か。

 

 それはたとえば──死を迎えない限り、機能してしまう、しまい続けるものがある故か。

 

「中々勘が鋭くなったじゃないか」

 

 声は、タッカーのものなのに。

 アンファミーユの背はゾクっと震える。イントネーションが、あまりにも。

 気を失っているはずのタッカーの口が紡ぐ言葉。今尚意識のないタッカーが肺を動かし、喉を震わせ、口を動かして声を発する。

 

「今のお前なら多少は好きになれそうだよ。──もう何もかも遅いがな」

 

 待って、なんて言葉をかける前に、それは途切れたらしかった。

 死んだわけではない。だって、ショウ・タッカーは「ぅ」と小さな呼気を吐いて、意識を取り戻したようだったから。

 そうして、立ち上がる。首に違和感があるのだろう、頻りにさすりながら、自身の実験室の方へふらふらと歩いていく。

 

 憲兵は。

 ──憲兵は、止めない。まるで何も見えていないかのように、ショウ・タッカーを無視する。

 それでわかった。憲兵も、カリステムなのだと。

 

「行かせてよろしいのですか、ミユ」

「……後ろの警戒はお願い。私は彼が何をするかだけ見届けるから」

「わかりました」

 

 アンファミーユはタッカーを追う。

 彼は彼女に気付いたようだったが、気にする気はないらしかった。

 もう、気にしている時間も惜しい、というように。

 

 

 果たして、研究室の中には、一匹のキメラがいた。

 体に繋がる複数の管は点滴か。餌に口をつけず、ただ、ただ。

 

 ただ、「死にたい」とだけ呟き続けている合成獣に、タッカーはふらふらと近づいて行く。

 人語を解すキメラ。そんなものは存在しない。

 これは人間を使っただけのキメラだ。そしておそらくは、彼の妻を使った。

 

「一つだけ聞かせてください。何故ついてきたのですか?」

「気になったから」

「お嬢さん、あなた他人にそこまで興味を持たないでしょう。危険があるかもしれない研究室にわざわざ足を踏み入れたのには、何か理由があるはずだ」

 

 合成獣を中心に、何か錬成陣を描いていくタッカー。

 幽鬼が如き様子で、一心不乱に。

 その中で、アンファミーユと問答をする。

 

「オズワルドさんのことなら、私は知りませんよ。私を使って何度か喋ったことがある、というくらいです」

「ええ、もう兄のことはどうでもいい。どうでもいい、は、流石に嘘か。だけど私にはもう所長がいるから、いい」

「そうですか。いいですね、愛情、依存、志を共にする者。私もね、妻とは……妻を、愛していたはずなんです。愛していました。でなければ結婚なんてしませんよ。子供なんてつくりません。可能性を追うだけなら、繋がりのない誰かを使った方が効率がいいですし」

 

 悔悟だった。懺悔だった。

 この暗い研究室の中で、ただ一人、アンファミーユへ向けた告解。

 

「いつから、なんでしょうねぇ。愛を所有とはき違えたのは。興味を可能性と違えてしまったのは」

「さぁ。同じ天秤に乗せてしまった時点で、もう間違えていたのは確実だと思うけど」

「確かに。……時に、お嬢さん。──あなたは、人体錬成に興味はありますか」

「無い。死者蘇生をするほど、私は人間を愛することが上手くない」

「件の所長さんが死んでも?」

「彼が死んでも、私の心は欠片も動かないと思う。兄が死んだ時よりも。微動だにしない自信がある」

「美しいまでの夫婦愛ですね」

 

 そうして、書き終わったらしい。

 それは見慣れない陣だった。五角形と六角形を重ねたようなその陣は。

 

「これは人体錬成の陣です。──今から、妻を錬成します。このキメラを分解し、妻を再構築するんです」

「それに何の意味が?」

「父親がいなくなったら娘は困るでしょう。ですが丁度良く、私は何の気紛れかこのキメラを生かしていたので──母親を採取する、というだけです。娘が困る顔は見たくありませんから」

「失敗したら?」

「軍に任せますよ。幸いどこぞの少将のおかげで今のアメストリスは好景気に包まれていますから──なんとかなるでしょう」

 

 それでは、と。

 タッカーはキメラに向き直って、未だに「死にたい」と言い続けるキメラの頭を撫でて。

 

 錬金術を、発動した。

 眩い青。分解されていくキメラと──術者たるタッカー。

 

「……さようなら、ニーナ」

 

 錬成が終わった時。

 そこにあったのは、何らかの動物の死骸と、人かどうかすら怪しいヒトガタの死体と──四肢と首のもがれた、タッカーの死体。

 命を綴る錬金術師は、その高みを分不相応にも望んだがために、手も足もその脳をも奪われたのである。

 

「勿体ない、と。そう思っている?」

「あら、気付いていたの? 傷心して背を向けた所を貫いてあげようかと思っていたのだけど」

「それは所長と敵対するということ?」

「どうせ焼いてしまうのだから、誰が殺したのかなんてわからないでしょう」

 

 暗がり。

 背後は任せたから、初めからいたのだろう。あるいは何かどこかから出入りの出来る場所があるか。

 

「私達が人体錬成を行った錬金術師を集めている、ということは彼から聞いたのかしら」

「所長が目をつける人たちの共通点は、それくらいだから。優秀であることと、強く強い感情を持っていること。人を強く想う者ほど、死者蘇生に手を出したくなるのは見え切っているし」

「そう。ま、いいわ。それじゃ、この家には火をつけるから、死にたくなかったら早い所出て行くことね」

「一つ聞いてもいい?」

「ええ、カリステムのことでしょう? 私達は関わっていないから、勝手に人間同士で解決してちょうだい」

「……私もあんまり興味がないから、あの大佐さんに全部引き継ぎたいんだけど」

「何故か貴女自身が狙われているからそうもいかないのよねぇ。フフフ、モテる女はつらいわね」

 

 火が落とされる。

 油でも撒いていたのか、瞬く間に広がりゆく火の手。

 檻に入れられた実験動物たちがぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるも、どうにもならない。

 どうにかしてやろう、と思う者はこの場に一人としていないから。

 

「それじゃ、さようなら。ああ、彼が帰ってきたら伝えてちょうだい。"まだやり足りないようなので、確認しに来なくてもいいです。次へ行ってください"とね。私の兄からの伝言よ」

 

 火が回る。

 もうこの部屋に留まっているのは危険だった。だから文句とかを言う前に、アンファミーユは背を向ける──のではなく、レティパーユに引っ張り出される。

 

 気のせいでなければ、火の向こうから舌打ちが聞こえた気がしないでもない。

 それはアンファミーユを刺せなかったことに対してか──リビンゴイドという存在に対してか。

 

 燃える。燃える家に、しかし憲兵は動かない。

 停止命令でも出されたか、自身に火がついても気にしない。

 

 だから二人とも無視した。レティパーユもアンファミーユも全てを無視して家を出て。

 

「……ねえ、おねえちゃん達」

 

 ひし、と。

 愛犬に抱き着き、燃え行く家を見つめる少女とばったり出会ってしまったのである。

 



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第七十話 錬金術の応用「キメラ・バックアップ」

 さて、アメストリスを少しばかり脅かしたカリステム騒ぎもいよいよ終幕である。

 メイ、ハボック、ブレダが追いかけた、タッカーへ命令を出した親機──それもまた中継器であり、誰の知り合いでもなかったその男は自ら首をねじ切って死んだ。三人に追いかけられている最中に、だ。

 ショウ・タッカーも死んだ。娘のニーナを残して。アンファミーユ達も一瞬疑われかけたが、彼女の毅然とした態度とレティパーユの事細かな、まるで記録映像かのような説明により釈放。何より焔の錬金術師が証言したのだ。

 この燃え方は計画的なものであると。

 

 そして、ここまできて──調査は打ち止めとなる。

 権限がないのだ。東方司令部の一大佐では、中央の研究室を調べさせる、あるいは調べる、ということができない。

 権限を持つグラマン中将は「わざわざ眠っている犬を起こす必要はないし、馬に蹴られるのもごめんだからねぇ」と言ったきり。

 

 結果、このあやふやな状態のまま、マスタング達はアンファミーユらをセントラルへ送り返す形となった。くれぐれも気を付けてくれ、と見送られ、もうセントラル行きの汽車に乗っている。

 

 ショウ・タッカーの娘であるニーナは一度軍に引き取られ、その後孤児院へ入れられることとなるだろう。アンファミーユらに彼女を育てる気はない。余裕はあるかもしれないが、まず可哀想だと思う心がない。唯一それを持っているメイは、けれど余裕がない。

 最良の選択だっただろう。──どの道、アンファミーユもレティパーユも、いわゆる「幸せ」などというものにありつけないことくらいわかっているのだから。

 

 ただ。

 

「……」

「あの、大丈夫ですカ?」

「……ただ、懐かしかっただけだから、大丈夫」

 

 レティパーユに引き摺られ、タッカー邸を出た時のことだ。

 あの目。あの少女の、ニーナの目。

 

 知識では理解できているのに、感情が理解と結びつかないあの目は──アンファミーユにとっても馴染み深いもの。その直前に彼の言葉を聞いていたから、余計に。

 タッカーとの問答も悪かった。

 愛だの志だの、少しばかりアンファミーユの琴線に触れる言葉が多すぎた。

 

 何も知らなかった頃の自分と、知っているつもりで知らなかった自分。

 過去、己が通って来た道をまざまざと見せつけられているような気分は、どうでもいいと言い切るには気分の悪いもので。

 

 車窓に肘を突き、外の景色を見る。

 イーストシティからセントラルへの道のりは短い。

 すぐに駅につくはずだ。

 

 

 ──だからそれは、あり得ないと言って差し支えのない邂逅だったのだろう。

 

 

 アンファミーユの背後、席を挟んで後ろの席に座った男が、小さく声を漏らす。

 

「アンファミーユ・マンテイクだな」

「……またカリステム?」

「いや。それを狩る側だ」

「そう。それで」

「明日の夜、セントラルの第三研究所に攻め込む。来るかどうかは勝手に判断しろ」

 

 振り返れば、声の主はもういない。

 ただ、どこかひんやりとした空気が残っているような、いないような。

 

 汽車はセントラルへ到着する──。

 

 

*

 

 

 メイをシェスカに預けて、地下へ降りて行く二人。

 ほとんど空になった第五研究所地下を歩いて、歩いて──辿り着く。

 

「ム?」

「ほう、珍しいな。鉢合わせること自体も」

 

 流麗な素振り。 

 ただの素振りなのに、素人目に見ても美しい──気が、しないでもない動き。

 

 顔を隠した男性。否、キメラだ。キメラだった。キメラは、……素振りをしながら、アンファミーユ達を見る。

 

「第三研究所から追い返されたの?」

「これは手厳しいな。だが、その通りだ。曰く"借り物を傷つけると後が怖いから"だそうだ」

「そう。──明日の夜、第三研究所を襲撃する。あなたは私の手足となれる?」

「無論だ。レムノス・クラクトハイトより仰せつかっている──クラクトハイトの不在時の全権はアンファミーユ・マンテイクにある、と。存分に使え、仮初の主人」

 

 スライサー兄弟。

 人と人の合成獣──でありながら、錬金術も教えられたハイブリッドキメラ。なお元殺人鬼。

 

「レティパーユ、一度全パーツを戦闘用に換装しましょう。どの道今使っているパーツは全てダメになっているだろうし」

「はい」

 

 生体錬成で作られたパーツは、まるで人間のようである、という利点しかない。神経が走っていないのは機械鎧だって同じだし、なんなら防御性能は劣る。ただ人造人間の模倣品であるから、という理由でしかない。

 これより戦闘を行うというのであれば──レティパーユの九割のパーツは戦闘用のものへ置き換え可能だ。元より脳に何があるわけでもない、賢者の石を動力に動く生体人形。心臓だろうが頭蓋だろうが、何も関係なく新しくできる。

 賢者の石の尽きぬ限りは不老不死だ。レムノスの理想とする人造人間と違って整備が必要なのが欠点らしい欠点と言えるだろう。

 

「しかし、良いのか?」

「何が?」

「お前は戦闘者ではない。──死は、お前の思っている以上に近いぞ」

「所長とどっちが危ない?」

「……フッ。それを言われたら押し黙るしかない。アレの隣で、伴侶として生きる。これより危険なことなど他にそうあるまいよ」

 

 さて、メイへはスライサー兄弟のことを「レティと似たようなもの」と説明しての、正念場である。

 

 

 

 第三研究所。

 兼ねてより生体錬成に特化した研究を行っていたこの研究機関は、けれど深夜たる今、どこか妙な雰囲気を保っていた。

 

 灯りがないのだ。

 残業をしている者がいない──とかではなく、そもそも電気が通っていないかのような。

 それでいて憲兵の一人もいない。国管轄の研究機関としてはあり得ない程の手薄さは。

 

「おー、ホントに来た。流石の予測精度」

「ありゃ、なんか変なの混じってね? アレも殺していーの?」

「侵入者は侵入者なんだし、良いでしょ別に」

 

 所内を埋め尽くす夥しい量の()()が、ここをアタリだと教えてくれた。

 

「これ……全部?」

「一般人、ではないでス。思念エネルギーの流れが断続的ニ……」

「ぼけっとするな。来るぞ」

 

 若者たちは、日常会話をするかのような雰囲気で──アンファミーユ達に殴りかかってくる。錬金術はどうした、と身構える彼女とは裏腹に、メイ、レティパーユ、スライサー兄弟は各々の得物でそれを迎撃する。

 カリステムは錬金術師集団。 

 そうであるはずだった。

 そうでなければ、そのアナグラムである意味がない。

 

「殺すが、構わないか、アンファミーユ」

「エ、ですがこの方々は操られているだけでハ!」

「殺します。裏切り者には死を。内通者には死を。テロリストには死を。──アンファミーユ」

「勿論許可を出す。ただ、それは結局子機でしかない。どこかに親機か中継器がいるはず。それを潰せば、子機は動けなくなる」

「ミユさン!?」

 

 メイを連れてきたのは失敗だった、と歯噛みするアンファミーユ。だが最も義憤に燃え盛っていたのがメイだ。それを無下にすることはできなかったし、置いていっても勝手についてきただろう。

 ただここで、価値観の相違が罅を生む。

 

「~~~! で、でハ私は親機を探しまス! ──お先に失礼しまス!」

 

 大量殺戮に耐えられない。

 錬金術も使わずに殴りかかってくるだけの若者を殺す、その選択を躊躇なく選択した三人についていけない。

 結果が同じだとしても、その加担ができない。

 

「スライサー兄弟。この数、あなた一人で全て殺せる?」

「無論。取るに足る者は見当たらぬ」

「そう。じゃあ全部斬って、あとから追いかけてきて。レティ、私を連れてメイを追いかけて」

「承知」

「了解」

 

 スライサー兄弟の姿が消えた──と思えば、ただ前に踏み込んだだけ。

 ただ眼前5mほどを切り裂いただけ。

 

 そしてそこに、道ができる。

 

「参ります」

 

 息はぴったりだった。

 スライサー兄弟がつけた道を、初めから開くと知っていたかのように進んでいくレティパーユ。アンファミーユを姫抱きにし、先行したメイを追う。

 

 彼女らに追い縋らんとした若者たちは──その悉くが血に消えて行く。

 

「さて──有象無象を切り伏せろ、など。緊張感の欠片もない仕事だが」

 

 殺戮の時間である。

 

 

 

 メイは走っていた。

 信じていた、と言い換えてもいい。その中継器、あるいは親機さえどうにかすれば、あの若者たちは死なずに済むと。

 彼女はアメストリスの人間ではないし、彼らとは縁もゆかりもない他人だが、意思の無きままに操られ、意思の無きままに死んでいくなど──悲しすぎると。

 それはあるいは、どこぞの金髪金眼兄弟と同じような倫理観なのだろう。

 全く別の場所、環境で育った彼女らが同じ倫理観を有すのは、善なる人間の根本的な──。

 

「全く、お転婆なお嬢さんだ。あまり先走るな、気取られるぞ」

「ッ、誰ですカ!」

「おっと、敵じゃない。俺はアイザック・マクドゥーガル。元国家錬金術師で、現……まぁ、傭兵のようなものだ。義勇兵、かもしれないが」

 

 暗闇から出てきた男。

 メイに見覚えのない彼は、けれど敵意が欠片も無かった。むしろメイを心配しているような感情すら見て取れる。

 だから彼女は信頼する。今はそれどころではないから。

 

「元国家錬金術師というのがどれほどの指標を表すのかは知りませんガ、戦える、ということですネ!?」

「勿論だ。氷結の錬金術師アイザック・マクドゥーガル。元クラクトハイト隊の……まぁ、途中離脱者だが。アンタ、殺しが嫌なんだろう? 関係なさそうな奴は極力殺さないことを約束する」

「それはありがとうございまス!」

 

 走る。二人して走る。

 随分と鍛えているらしかった。だって、メイの走りについてこられている。彼女は錬丹術の達人であると同時に、軽身もそこそこ使える。そのメイと並走できるアメストリス人には会うのは初めてだった。

 何のためにそんなに鍛えているのか──何を予期しているのか。

 

「ッ、流れが集まっていまス! この先にいます、ご準備ヲ!」

「いいだろう!」

 

 入る。

 部屋だ。いや、部屋にしては広い。埃っぽくもある。

 中心に台座があり、かすれているが何かしらの錬成陣が敷かれているそこ。そこにいたのは。

 

 いたのは。

 

「あん? なんだ、もっとたくさん来るって聞いてたんだがな。しかも若い女っつー話だったのによぉ。片方はおっさんで、片方はガキで……はぁ、やる気失くすじゃねえか」

 

 鎧、だろうか。骨の頭をした鎧だ。

 スライサー兄弟と似た感覚のあるソイツは、肉切り包丁を片手にもう片方の手で後頭部を掻く。

 

 その周囲にいるのは、二十人を超える人間。

 全員どこかに切り傷がある。ちょうど、その肉切り包丁で切りつけたような傷が。

 

「……どいつだ」

「……全員でス」

「そうか」

 

 絞りだした声は、つらさを飲み込んだものだった。

 鎧の周囲にいる人間らしきもの、二十三体。プラス鎧自身。

 これが恐らく中継器だ。階下の若者たち──それを操るもの。

 

「ごめんなさイ……!」

「あー、まー、仕方ねえな、いっちょ戦うか!」

「いくぞ!」

 

 アメストリスの非業。

 非道な実験は、シンの少女の目にどう映るのか。

 

 

 

 さて、最後がこの二人だ。 

 アンファミーユとレティパーユ。メイを追いかけていたはずなのに、途中で見失って、気付けばよくわからない場所にいた。

 

 真っ白な空間。

 壁に掘られたレリーフは、アンファミーユをしても一瞬では読み解くことのできないもの。

 

「よぉ」

 

 軽い様子で声をかけてきたのは、若者たちでも、殺人鬼でもなく。

 

「……誰?」

「おいおい、誰とは酷ぇなアンファミーユ」

 

 四角い顔の、メガネをかけた金歯の医者。

 少なくとも知り合いではない。だから。

 

「レティ、殺して」

「っと!」

 

 何を言う間もなく、何を言うまでもなく、レティパーユに命令をする。

 承知の声が響く前に踏み込み、その腕を振るったレティパーユ。しかし、鳴ったのは肉を引き裂く音ではなく金属音だった。

 見れば、わらわらと、ぞろぞろと……金歯の医者の背後から老人が出てくるではないか。

 あれらを、アンファミーユは知っている。

 

「スライサー兄弟の戦闘相手……」

「おお、見たの一回だけだろうに、よく覚えてたな。そうだよ。こいつらはキング・ブラッドレイに成り損なった男達、って奴でな。命令に従順で、怪我しようが不当に扱われようが文句の一つも言わねえ。お前より使いやすい道具だよ」

「……」

 

 わかっている。

 金歯の医者が、けれどその精神が誰であるかなど。

 

 挑発の意味も、煽りも、全部わかっている。

 わかっている上で、アンファミーユは拳銃を取り出した。

 

「へぇ」

「過去の残影を追っている程暇じゃないから」

 

 撃つ。

 放たれた弾丸は、しかし成り損なった者の一人に切り落とされる。

 

「そんなんじゃ無理だぞー。まずはこいつら全員殺さねえと。こいつら、何よりも俺を──この身体を優先して守るからな。この身体、面白れぇだろ。使い勝手は前の若い身体にゃ遠く及ばねえが、人体錬成やら賢者の石やらの知識が潤沢で、掘れば掘るほどいろんなモンが出てくる」

「レティパーユ、あの男達を全員殺して」

「はい」

 

 始まるのは過激な戦闘──だが、アンファミーユにはもうよく理解できない速さと威力でやりあっているので、そっちはそっちでこっちはこっちを対処する。

 対処。

 問答、だろうか。

 

「俺が誰なのかはわかってるよな、アンファミーユ」

「亡霊でしょ」

「ハッ、まぁそうだな。オズワルド・マンテイクの亡霊だ。あの所長殿がいつ癇癪起こすかわからなかったからな、外部のキメラにバックアップを取っておいた俺だ。俺という人格を模したナノキメラ同士のネットワーク……いや、その辺の説明はしなくてもいいか。同じものを研究してたんだ、教える必要はないだろう」

「そうね。それで、何? 何故私を狙ったの? もう縁は切れたものと思っていたんだけど」

「死んだら絶縁ってお前、薄情な奴だなオイ。所長に貰われてから浮かれてんじゃねーの?」

「会話の本題をずらしまくって結論を出さない所は変わってないね。死んだら変わると思ってたから、残念」

 

 五対一の激戦を、けれど背景に"対話"をする。

 

「その身体の元の持ち主の意識は、どうなったの」

「さぁ? ナノキメラを使えばもっと効率よく数多くの人間を自在に操れるようになる、っつー売り込みをしたあと、俺が死んだだろ? そんで気付いたらこの爺さんの身体さ。俺のバックアップを読み込みでもしたか、ナノキメラを自分に入れたか。なんにせよ事故だよ。俺の意思じゃあない」

「善人?」

「まさか。極悪人さ。俺達が足元にも及ばない程のな」

 

 さて、と前置きをする金歯の医者。

 否、オズワルド。彼は足元に錬成陣を描き始めた。

 

「やろうぜ、アンファミーユ。キメラの錬金術師が行う、物質錬成の泥仕合だ。互いに戦闘者っつーわけじゃねえからな、決め手は案外あっさりしたモンになるんだろうが──」

「その前に、まだ答えを聞いていない」

「あん?」

「どうして私を狙ったの? もう必要のない道具だったんでしょ」

 

 そりゃあ、お前。と。

 

「自分の玩具が一番気に入らねえ奴に取られてたんだ。取り返したくなるのは人間のサガって奴だろ?」

 

 石の棘が、錬成される──。

 



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第七十一話 錬金術の到達「氷結の錬金術」

前話「キメラ・バックアップ」のスライサー兄弟についての記述を修正しました。


 泥仕合、というにはあまりにもお粗末すぎた。

 そも、生体錬成や合成獣の錬成に長けた錬金術師というのは、戦闘行為を行ったことのない完全な研究職ばかり。居て自身の作り上げたキメラをけしかける、程度のものだ。

 真白の空間。

 此岸と彼岸において行われる錬成勝負は、必然、基礎的な……ともすれば錬金術見習い同士の模擬戦闘のようにさえ見えるだろう。

 激しさはない。華々しさもない。泥臭ささえ達しない。

 少し離れた所で起きているレティパーユと成り損ない達の戦闘と比較すると、ああ、目も当てられないのだろう。

 

 だからこれは、喧嘩だった。

 最初で最後の兄妹喧嘩。

 

「アンファミーユ! なんだ、ありゃ! サジュの天使の完成形か!?」

「違う。そもそもサジュは死んだ。イリスも。見てたでしょ」

「見てたが、所長の奴が引き継ぐ……わけねぇか。あの手合いは引継ぎより自分の発想を優先するタイプだ。つーことは、ありゃ所長の人形ってとこか」

「そう」

「ッハ、サジュの奴も浮かばれねえな。翼こそ生えちゃねーが、あんなん立派に天使サマじゃねーかよ」

「……そうね」

 

 それはある意味心からの同意だった。

 レティパーユがいれば。あるいは「第二号」、「第三号」がいれば。

 アンファミーユなど──。

 

「成り損ない五体と互角。サジュも浮かばれねえが、この医者も浮かばれねえな。あぁそうだ、アンファミーユ。今の俺の状態がどうなっているのか説明できるか」

「ただその肉体の意識を乗っ取って、アンタの記憶を読み込ませただけでしょ。脳を移植したわけでも、頭蓋を取り換えたわけでもない。あるいは錬金術でいうところの魂をどうこうしたってことでもない」

「正解だ。だからよぉ、迷ってんなら躊躇うなよ。この俺は、俺じゃねえぞ~?」

「残念だけど、迷ってない」

 

 躊躇などあるはずもない。

 アンファミーユにオズワルドが撃てるわけがない──など、幻想だ。というか逆だ。

 過ぎ去った過去の幻影など、すぐにでも消し去りたい、が現実。なぜなら今、アンファミーユの世界の中心にはレムノスがいる。兄に類するものはすべて消し去って消し去って、そのけじめをつけるための献花だったのだ。

 それをわざわざ延長させて、溜息しか出ない。

 

「そんなに気に入ったかよ、アイツが」

「アンタ、所長のこと大嫌いだったものね。表向きはへこへこ従ってて、二人になると愚痴ばかり。年下で功績残してる上司――嫌いな条件ばかりだし」

「あぁそうさ。あんなに嫌いになれる上司も中々いねぇよ。若くして錬金術を覚え、軍に取り入った所まではおんなじなのに、なんだよこの差は。地位も名誉も知識も家族も、何もかもが上位互換だ。ンなもん見せつけられて正気でいられるほど俺は大人じゃねーんだよ」

 

 遅い。 

 何がって、錬成物の到達速度が。

 戦闘系の錬金術師であれば、どっかんどっかんと激しい打ち込み合いがあるだろう中で、マンテイク兄妹の戦いはずずずと蠢く石壁の押し合いに近かった。そんなものだ。だから余裕で雑談ができる。

 あるいはオズワルドの身体である金歯医者であれば、もう少し戦えたのかもしれないが──。

 

「つーか、お前聞かされてんのか? アイツがやってること。賢者の石の製法だのなんだのは」

「大勢の人の命でしょ。なに、私がそれ聞いてショック受けるような奴だとか思ってたの? 思ってたとしたら、アンタを兄とは認められないんだけど」

「思ってるワケねーだろ。ただ、信頼されてるみたいだな。じゃあよ、アイツが帰って来た時、お前が俺の手に堕ちてたらアイツどんな顔するかね」

「普通に私ごとアンタを殺すでしょ。所長に私への情があると思ってるの?」

 

 味方殺しをしないことで有名な錬金術師、と。レムノスは何度も何度も喧伝しているけれど。

 対象が味方でなくなった瞬間に容赦が消える、という意味であることなど、彼と共にいる者であれば誰でもが知っている事実だ。

 人質、ならまだ助かるかもしれないけれど。

 

 障害なら、除去されて終わりだろう。

 

「男運終わってんなーお前。俺含めてよ」

「自覚があったのは驚き」

「ハ、俺と結婚した奴は最終的にキメラになるんだろうよ。見た目じゃわからないキメラにな」

「その前に寿命が尽きるでしょアンタ」

「ああ。だからお前を狙ってたんだぜ?」

 

 びくん、と。

 アンファミーユの身体が止まる。そこへ追い打ちをかけるオズワルド……ではない。

 ニヤニヤしながら、動かない体をどうにか動かそうとするアンファミーユを眺める。

 

「やっぱり馬鹿はなーんにも直ってねーな。ただお前を殺したいだけならいくらでもやり様はある。俺が欲しかったのは、お前の躰なんだよアンファミーユ」

 

 動かない。

 動けない。

 まるで――体の内側から、操られているかのように。

 

「何のためにこんなくだらねぇ雑談に興じたと思ってんだよ。何のためにこんなクソジジイの身体で出張って来たと思ってんだよ。キメラの錬金術師同士とはいえ、万が一なんかザラにある。そうなりゃこんな老いぼれの身体より若いお前の身体の方が生き残る確率は高ぇ。おまけにあんなのまで連れてこられりゃな」

 

 オズワルドが。金歯医者のオズワルドが、ゆっくり、ゆっくり、一歩、一歩、一歩ずつ……アンファミーユに近づいてくる。

 

 体は、動かない。

 

「ナノキメラ。俺が俺だったころは、食いモンに混ぜるでもしねーと体内に埋め込めなかった。いや、基本的には今でもそうだ。錠剤の形にするなりしねぇと、適切な場所に配置できない。だがよ」

 

 大きく手を広げるその身体。

 もう、もう、あと少しの所まで来ている。レティパーユは──無理だ。成り損ない五体と互角であるということは褒められるべきことだけど、余裕がないということでもある。

 

「気付かなかっただろ。この部屋が密閉空間になってることになんか。いつ入って来た扉が閉じたのか、なんてのは戦闘音にかき消されちまったからな。──ここでなら、新しく開発した()()()()()()()()()()()を使えるってモンでね」

「それ、は……制御ができなくなる、から、禁じたはず……!」

「あん? なんで喋れる。……まだまだ研究不足か。全身の制御権奪ったはずなんだがな」

 

 錬成陣を描くだとか、レムノス製の錬成兵器を使うだとか、そういう次元にない。

 動くのは口だけだ。瞬きさえ自由がない。

 

「ま、いっか。話を戻すと、つまり、俺も嫌なんだよ。こんなクソジジイの身体は。だがよ、事故だっつったろ? まだわかってねーんだわ。どうやったらキメラ・バックアップから記憶データを他人にインストールできるのか。正確には法則が……いや、適性とでもいうべきモンがわかってねぇ。俺とこのジジイには適性があった。違うな、このジジイは恐らく自身を改造して適性を作った。それが己に益を齎すと信じて。そうして俺が意識を乗っ取った。さて、んじゃあ、どうだろうか」

 

 実の妹は、どれほどの適性率を誇るのか。

 

「安心しろよ、アンファミーユ。どうやらあっちの嬢ちゃんには効かねえみたいだし、お前に適性がなけりゃ何の関係もねぇ、俺の意識はお前に同調せず、このジジイにでも戻るか、あるいは死ぬかだ。天運を信じろよ。男運は悪いが悪運は強いだろ、お前」

「……」

「だんまりか。それもいいさ。──じゃあな、アンファミーユ。恨むんならいつまでも成長しない自分を恨めよ、馬鹿妹」

 

 金歯医者の手が、アンファミーユに翳されて。

 

 

 

 何も、起こらなかった。

 

「……適性が、なかった……?」

 

 動くようになった身体が手を開いたり閉じたりする。開きっ放しで乾いていた目を何度も瞬かせ、そうして、目の前で倒れる老人を見る。

 

「死んで、る……」

 

 ゆっくりと後ずさる。ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり。

 体を掻き抱いて、そうして。

 

 

「そこまでにしておけ」

 

 

 うなじ。

 後頭部に突き出された剣先に、足を止める。

 

「……何が?」

「妹の真似をするのは気味が悪いのでやめておけ、と言っている」

 

 手が上がる。無抵抗を示す。

 それでも突き付けられた刃物がさげられる気配はない。

 

 だから、強くナノキメラに思念エネルギーを送った。だというのに。

 

「……?」

「呼吸によって体内に入り込む不可視のキメラ、だったか。しかし、私はこう見えてもキメラでね。私自身が呼吸をせずともいいし、その逆も然り。確かに今弟は動けなくなっているが、私自身が動けているのなら問題はない。弟も呼吸はできているようだしな」

「チ、てめぇがスライサーって殺人鬼か。クソジジイめ、興味のねぇことにゃとことん興味がねえ。今の今まで思い出せなかった。……いや、いや、俺も知っていたはずだ。クソ、まだ記憶の同期が上手く行ってねえか」

「ああ、あちらで戦闘を行っている男達とはよく手合わせをしたものだが、毎度のことながらそこで倒れている医者の指揮が悪くてな。私が勝っていた」

「クソ、クソ、記憶……知識の同調に時間かけてちゃ意味ねぇだろうが! 適性もリスクも考えずに気分一つで誰かに乗り移れるようなモンを目指そうつったよなぁアンファミーユ!!」

 

 口が動く。

 だから。

 この思考さえも。

 

「あぁ、あぁ! ……あー。で、どうする気だよ殺人鬼。この首を刎ねるか?」

「生前であればそこに躊躇はなかったのだがね。今この身は飼い犬。主人より託った命を無視することはできん」

「んじゃ、今俺が後ろ向きに倒れたら、お前は刀を引くな?」

「致し方あるまい」

 

 身体が倒れる。背後に。受け身もとらず、倒れ込まんとして──支えられた。

 

「経験不足だな、錬金術師。刀を引こうとも、この身で拘束するのならばわけはない。そして残念だが──」

「ッ、うっ!?」

 

 動こうとしていた指が弛緩する。

 錬成陣を描こうとしていた指が、考えようとしていた脳がピリピリと微弱な痛みを覚える。

 

「私も錬金術を使える。習わされたのでな」

「……そう、だったな」

 

 しな垂れかかるように脱力する。

 まだだ。

 

 まだだ、ということを、伝えられない。少しばかり戻った思考がスライサー兄弟への警鐘を鳴らすが──届かない。

 

 ニヤリと口角が上がった。

 

 

 ギィン、と鳴ったのは、金属と金属が合わさる音だ。跳ね飛ばされる音。

 

「……そ、だろ」

「錬成兵器。主が伴侶に渡したものだ。その知識さえないと思われているのは誠に遺憾だが、発動に瞬きよりも長い時間をかけるものにやられる程私は遅くない」

「クソが、だったらここにいる全員ぶっ飛ばしてや」

「させませン!!」

 

 背後、地面を走ってくるのは錬成エネルギーだった。思念エネルギーではない。 

 それは何を目印にしてか、一直線にアンファミーユの身体へと伸びてきて、その頭部に直撃する。

 

 衝撃。

 目がちかちかする程の衝撃は、けれど。

 

「気を付けて! 空気中にガスのようなものがある! 見えない! 吸ったら身体が動かなくなる!!」

 

 口を解放するのに、十分だった。

 脳を解放するのに、十二分だった。

 

 気付いてくれた。

 アンファミーユがオズワルドの問いに対して黙っていた時、自身の口蓋に描いていた「流れ」の噴出口に。錬丹術の達人は、一瞬で気付いてくれたのだ。

 

 そんな。

 そんな、希望を抱いたアンファミーユを、その身体が抑えつける。

 具体的には、自身で己が首を絞める形で。

 

「ぐぅ……ぅ!」

「折るぞ」

 

 返事は聞かない。了承を下せないと思っての行動だったのだろう。

 アンファミーユを抱いたスライサーは、彼女の首を絞める彼女の両腕を折る。

 

 更なる苦悶の声は、けれど「ありがとう」を返すに至る。

 

「アイザックさン!」

「わかっている! 今描き終わった──全員、三十秒でいい、息を止めろ!」

 

 発露は瞬間的だった。先ほどの泥仕合が何だったのかと思うほどに一瞬だった。

 この真白の部屋の全てを埋め尽くす氷。スライサーやメイ、レティパーユのいる場所はちゃんと避けて、それでいて壁も天井もその全てを凍らせる冷気。

 

 そしてそれは、空気中に放たれていたキメラという「生物」の息の根をも止める。

 キラキラと、凍り付いたことで降り落ちてくる氷粒こそがナノキメラだろう。

 

「……っぷは」

「……国家錬金術師、か。成程。私達の錬金術は遠く及ばないな」

「元、だがな。もう国家資格は返上している」

 

 たとえ資格がなくとも、できることには変わりがない。

 この一瞬で部屋全体を凍らせ、倒れ伏す金歯医者も空気中のナノキメラも片付けた過剰戦力。これがあと三人と、プラスしてレムノスがいたのが、クラクトハイト隊。

 笑ってしまうのも無理はないだろう。

 過剰の、さらに過剰だ。それなら隣国が三つ消えるのも頷ける。

 

「立てるか?」

「……いえ。まだ体は兄の支配下にあるみたい。ただ脳がないから、命令は出されていないようだけど……どこかにいるカリステムに兄の意識が宿ったら」

「全身破裂、という未来もあり得る、か。私の弟も含めて」

 

 よし、では。

 と。

 

「メイ、といったか。そこの娘」

「……なんですカ」

「要望通り、上の有象無象は全て峰打ちに留めた。手足の一本や二本動かなくなったものもいるだろうがな。これで満足かね」

「ホントですカ!?」

「本当だ。それで、頼みを聞いた代わりに頼みがある。私はあちらでまだ戦闘を続けている者の所へ加勢に行く。故、アンファミーユ・マンテイクを頼めるだろうか。もし可能であれば、致し方なく折った腕の治療や、体内にあるナノキメラの除去なども頼みたい」

「治療ならお任せくださイ!」

 

 言って、氷の上だというのに器用にも駆け寄ってくるメイに、今度こそ本当の安堵の息を漏らす。

 

 アンファミーユの考え通りなら、メイはナノキメラの除去ができるはずだ。

 だってそれは以前レムノスによって行われたことだから。

 彼の使うものが錬丹術であると今は理解している。その達人であれば。

 

「……一応、最後まで護衛はしよう。……あの剣士と違い、二十三人。助けられなくてすまなかった」

「ア……いえ、私も、ですかラ」

 

 この二人はこの二人で何かあったようだけれど。

 アンファミーユの興味を引くことではない。

 

 あとはあちらが片付くのを、治療されながら見守るだけだ。

 

 

*

 

 

 初めに口を衝いたのは文句だった。

 

「加勢に来た、というには些か遅すぎるかと」

「そう言うな。これでも生前は殺人鬼。一般人相手の峰打ちなど経験が浅くてな、はじめの方の何人かは深く切りつけ過ぎて焦ったものだ」

「それで、この五人。あなた一人で対処が可能であると聞きました」

「可能だ、と言いたいところだが、それは弟が万全な状態であればの話。私一人では三人が限界だろう」

「そうですか。では残りの二人を対処します」

 

 情緒を育てろ、と。

 自らを作ったレムノス・クラクトハイト。そして自らを傍に置くアンファミーユ・マンテイクは言う。情緒を育てる。難しい話だ。

 レティパーユ。それがこの身に付けられた名であるが──しっくりは、来ない。恐らく他に名があったのだろう。そのあたりについてはレムノスから教授されている。この身の魂と呼べるものは、思念エネルギーによって抽出された賢者の石の誰かである可能性が高い、と。

 名の意味を聞いたら、水星だと言っていた。星。単純にスイルクレムが金星だからね、とも言っていたが。

 

 戦闘用のパーツである右手の金属の刃を叩きつける。

 耐久性能に特化した、辛うじて刃であるしかない金属塊。取り回しは困難だが、此度の敵である五人はあくまで人間の限界値を越えない。これを受け止められることはなく、避けるしかない。

 

「加勢に来た者がいる、ということを忘れていないかね?」

「この程度も避けられずに主の駒を名乗っているのですか?」

「……ほう、中々面白いプライドを持っているようだ。よくもまぁこれを生体人形などと……ふ」

 

 忘れていたのは事実である。

 何分、見た目が敵に近いから。

 

 情緒を育てろ。そう言われた。

 

「問います、スライサー兄弟」

「なんだ」

「目の前のこれらは、人間ですか?」

「さてな。人間として生まれはしたのだろうが、畜生と何ら変わりはないのではないか?」

「なれば、あなたは人間ですか?」

「勿論だとも。私達は人間だ。私達がそう思う限り」

「……つまり、私は」

 

 受け止める。

 軽い剣だ。先ほどまでは五対一だったから翻弄されていたけれど、二対一にまで減ったのならなんてことはない。

 受け止めて、その腕にクロスさせる形で左手を出す。

 パーツとしての名は、左腕機関銃α。関節駆動部への負担が大きいので威力を抑えた改良型のβが存在するものの、此度は此方を持ってきた。

 

 レティパーユは生体人形だ。

 だから負荷など関係ない。壊れても取り換えればいい。

 

「情緒とは、どう育てたら良いのでしょうか……」

「あまり笑わせるな。私とて一応真剣なのだ」

「笑わせた覚えはありませんが」

 

 容赦なく打ち込む弾丸は、成り損ないと呼ばれていた存在の顔面を破裂させる。

 ようやく一人。本当になんなのか、この成り損ないたちは。強い。本当に。

 

「ようやく一人か。成程、戦闘経験の浅さは補えんということだな、あの二人では」

「……いつのまに」

 

 いつのまにか、二人が斬り伏せられている。

 この剣客は。

 

「それが情緒だ、リビンゴイド」

「……?」

「今、感じただろう。私に。──私がいれば、自らは無用なのではないか、と。その憤り。嫉妬。強欲。それを情緒と言わずしてなんと言う?」

「憤り」

 

 最後の一人を、壁に叩きつける。そのまま内臓や骨が潰れるまで押し付けて、殺す。

 スライサーもまた縦の両断により最後を終わらせたらしい。

 

「憤りだけではないだろう。捨てられることへの恐怖もあるな。アンファミーユ・マンテイクを守り得なかった悔悟もあると見た。そして根源的なレムノス・クラクトハイトへの恐怖。自身が何者かわからぬ不安定な感情……まったく、私が言えたクチではないが、あの二人も形だけとはいえ夫婦であるというのなら赤子の世話くらいしたらどうなのだ」

「……」

「それとも、それさえも道具か? レムノス・クラクトハイト」

 

 返り血の一切を浴びていないスライサーはアンファミーユの、というかメイの方へ戻っていく。

 恐らく弟の中に入ったナノキメラの除去を頼むためだろう。

 

 レティパーユにナノキメラは侵入していない。もとからそういうつくりではないから。仮に付着していたとしても、氷結の錬金術で剥離したことだろう。

 

 終わった。

 オーダーは終わらせた。

 

 だというのに──何かが、レティパーユの中に残り続けるのだった。

 

 

 

*

 

 

 

 誰もいなくなった第三研究所。

 皆が地上に戻ったこの場所で、一つ動く影があった。

 

 氷漬けになって死んだ。……と、思われていた金歯医者。

 

「……甘ぇなぁ、最後まで……死亡確認くらいしねぇと、まだ」

「生きているかもしれないから、心臓が止まったくらいじゃ確認とは言えないわよねぇ」

「!?」

 

 パキ、パキと氷を割って起き上がろうとした金歯医者の首根が踏まれる。

 女の声。いや、聞き覚えがある。金歯医者の記憶には記憶がある。

 

 この女は。

 

「初めまして。そして、さようなら。あなたは余計な記憶を持ち過ぎているし、それでいてお父様のお気に入りに手を出しかけた──十分でしょう。世の中、小物の悪党程蔓延らないものよ」

「──人造人間(ホムンクルス)!!」

 

 四指。

 最強の矛がその脳を貫く。

 

「グラトニー。それと、そっちで転がってるの。全部食べちゃっていいわ」

「うん!」

 

 消えゆく意識の中で。

 いただきまーす、と、こえが。



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第七十二話 錬金術の小技「地蛛巣錬成陣」

 ところで、僕は以前綺麗な円を描けなくて苦戦していたことがあると思う。ちなみに今でも三つ指か足で描くかでないと綺麗な円は描けない。

 だから、一応今でも色々な代替案を練っていたりする。

 その成果の一つがコレ。

 

「筒……ですか」

「筒、か」

「うん。筒」

 

 大きさはトイレットペーパーの芯の四倍くらいかな。金属製で、中には。

 

「ふむ。何か糸状のものが張り巡らされていますね。工芸品の類、万華鏡……のようなものを少将が作るとは思えませんので、答えを」

「まさかこれは、地面に差し込んで使うものか?」

「む」

「おお、マルコーさん大正解」

 

 この金属筒は、外側に描かれた目盛りに従って地面に突きさすことで、その目盛りと同じ深度に錬成陣が描かれる。いわばプリセット錬成陣みたいなものだ。

 円は当然筒がその役割を果たし、複雑な陣はあらかじめ描かれているから、長さを変えれば疑似サンチェゴにだってできる。まぁ長大も長大になるけど。

 

 弱点は巨大な記号を置けない、ということ。

 巨大な記号があると、その上の段に土が浸透しなくなる。それだと錬成エネルギーの伝達が遅くなってしまう。

 逆に言えば線のみで構成されたシンプルな陣の寄せ集めであれば、この水筒くらいのサイズ感で三十個ほどの錬成陣を組み込めるわけだ。

 

「これは……しかし、地面が柔らかい土や雪でないと使えないんじゃないか?」

「それも正解。硬い地面に潜らせるくらいなら描いた方が早い。だから普段は使ってない感じかな。初心者用、みたいな」

「……だが、膨大な数の初心者を用いる作戦であれば」

「そう、とっても有効になる。特にこの辺……舗装されていない地面を担当するリビンゴイド達にはね」

 

 マルコーさん。

 もうキョドったような、おどおどした口調は抜けている。それでいて柔軟な頭脳と想像以上の知識量に、戦闘面では全く役に立たないにもかかわらず僕と話が盛り上がるものだから、キンブリーの視線が強い。いやぁ、モテモテだね僕。

 無論全く役に立たないとは言ったけど、僕とキンブリーに比べたら、の話であって、錬成陣を描く速度も意味の持たせ方も人並み以上だ。ちゃんと天才だよ、この人も。

 

「それで、今ここでそんなものを持ち出した意味はなんです?」

「マルコーさんには知っておいて欲しかったんだよ。ほら、注射針ってあるでしょ? もしあの針に錬成陣を仕込めたら」

「……錬成陣の大きさ的に大規模なことはできないが、だからこそ……ドーピングや毒薬、その他血液や筋肉に関する病、怪我へのアプローチが可能となる!」

「ドーピング。成程」

 

 ただキンブリーもキンブリーで勤勉な上に頭が良いので、僕の話を聞いての連想ゲームがコントラストになっている。つまり、キンブリーはワルイコトを、マルコーさんはイイコトを考えてくれるわけだ。

 

「筒を円に見立てる、というのは中々優れた発想だ。……クラクトハイト少将、アメストリスに帰ったらすぐにこれを発表した方が良い。どうして今までの錬金術師が思いつかなかったのか……こんな簡単で、誰にでもできることを」

「発表はしないよ。今の一瞬で可能性はいくらでも見えたでしょ。キンブリーは、悪用も。査定に出すのは悪用されない程度の発想でなければいけない。だから多分、今までの錬金術史の中でも思いついた錬金術師はいるんだろうけど、悪用を考えて自らの内に潜めたんじゃないかな」

「……ふぅ。まったく、少将はやっていることと言っていることがちぐはぐ過ぎて疲れる……。今こうして各国に悪魔の錬成陣を刻んでいるというのに、口では犯罪者を生まないための言葉を吐く。どっちが本当の少将なのかね?」

「アメストリスから犯罪者が出たら、僕はそのアメストリス人を殺さないといけなくなるからね。人口は減らない方がいいでしょ?」

「……キンブリー大佐。これは私がおかしいのだろうか」

「いえいえ、マルコー大佐が今抱いた気持ちは間違っていませんよ」

「そうか……君も大変だな」

「そういうものである、と思って付き合えば、これほど面白い方もいませんから」

 

 悪口を言われている気がする。

 この二人もよくわからないんだよね。仲が良いんだか悪いんだか。

 一応ヒーラー……キンブリーや僕が戦闘で怪我をした時は真っ先に治してくれるから、キンブリーも彼への悪感情は持っていないと思うんだけど、彼の信念である「医者は医者の仕事を、戦士は戦士の仕事をしているだけ」みたいなのに当てはめられていたら良感情もなさそうだし。

 僕としてはこの二人にギスってほしくない。面倒だから。

 だって今、三人でこんな危ない国外をほっつき歩いてるんだよ? 結束力合った方がいいじゃん。

 

「えい」

「っ!?」

「あ、片足しか持っていけなかった」

「だから、何度も言っていますが、あなたは精度が悪いのですから、見つけたら私に教えてくださいと……」

「ギャァ!?」

 

 こうして雑談をしている最中にも敵は来る。

 遮蔽物に隠れていようが関係ない。一向に体感できない龍脈に対し、ヤオ家の言っていた「氣」というものはもうほとんどモノにできた。人体には人体の流れがあり、それがその辺を移動しているから、一度気付けば違和感MAXだった。

 というわけでこのパーティにおける感知タイプとなった僕だけど、僕ほら、ちょっとせっかち気味だから、自分で対処しようとするんだよね。具体的には遠隔錬成で。

 でも僕の遠隔錬成ってサンチェゴ四基を使わない限りは鉛玉五つを投げる必要があって、当然そんなことされたら相手は気付いちゃって、僕が分解だのスパイクだのの錬成をしている間に逃げられちゃって──反撃に出てこようとするやつをキンブリーが爆破する、ってことがもう何度も何度もあった。

 

 いやぁ、さ。

 監視対象がいきなり仲間に耳打ちしたら、自分がバレてるって思うでしょ。そうなったら殺し難いんだよ。大抵脱兎の如く逃げるから。

 マスタング大佐やアームストロング中佐と違って僕らには長距離射程が無い。賢者の石使えばキンブリーがそれを行えるんだけど、流石にこうも何百と襲い掛かってくる敵に使ってたら勿体ない。プラスして、「賢者の石ばかり使っていると基礎力が落ちそうですし」とはキンブリー談。

 

 そんなわけで相手が射程圏内に入ったら一気に仕留める、が僕ら流なんだけど、当然キンブリーに流れとか氣とかわかんないわけで。

 

「何か符牒でも作りますか」

「ハンドサインとか?」

「監視対象が突然変な手の動きをしたら何かの符牒だとわかると思うんだが……」

「……そういうのであれば、マルコー大佐。アナタが何か考えてください」

「ふむ……歩幅などはどうだろうか。どうせ殺すのであれば共有はされないという前提を置いて、歩幅を変える、あるいは少し突っかかる……伸びをする、というような大きな動作まで行くとわかりやすすぎるから、普通にしていてもおかしくないものを符牒とするべきだろう」

 

 有能。

 これにはキンブリーも肩をすくめざるを得ない。この人基本的には善人だから賢石錬成とかに対しては酷く怯えた態度を取るんだけど、僕らの命がかかっていることに対しては親身且つ理想的な答えをくれる。いやホント、性格矯正とか受けたら? 勇猛果敢になれば英雄もメじゃないよ?

 

「まぁでも、そういうのが要らない場合もあるよね」

 

 ダン、と踏みつけるのは一枚の布。

 せり上がる円形の壁。周囲からわらわらと慌てて出てくる何者か達に。

 

「そろそろ諦めたらいいのに、とは思うけど、情報持ち帰れないからね。そりゃ来るよね」

 

 全てが赤い石となり果てた。

 

 

 

 こんな感じでアエルゴ、そしてクレタも終わらせた。一個の国につき一か月かかる予定だったんだけど、思いのほか順調に事が進んだのが大きい。あと良い車GETしたのも大きい。相変わらず僕の運転だけど、子供のころと違ってちゃんと身長のある僕だ。二人は嫌がらなかった。

 ……諦めていた、という風にも見えたけど。

 

 で、問題は。

 

「ふぅ……もうそろ、寒くなって来たな」

「どうしようかなぁとは思ってるんだよね。こっちからドラクマに入るのはいいとして、刻んだあと引き返してブリッグズから入った方が移動が楽でさ」

「その場合あの少将と顔を合わせることになりますが」

「そうなんだよねぇ……」

 

 ドラクマ。

 人がいなくなろうが関係なく極寒のドラクマ。なんなら雪をどうにかする人間がいなくなっちゃったから、もう積もりに積もって大変だ。まぁキンブリーが爆破するんだけど。

 

 ドラクマには二つ錬成陣を刻む予定がある。国土が広いからね。

 だから、クレタから入って一つを、一旦クレタに帰り、アメストリス西部、北部と通ってブリッグズからもう一つを、というルートを辿った方が色々面倒が少ない。歩きやすさと、敵の少なさで。

 ただしそのルートを取る場合、どーやってもアームストロング少将と会わなきゃいけない。

 彼女は僕がやっていることの大体を理解している……気がする。幸いなのは彼女に錬金術の知識がないことだけど、非道をやっているのはわかっているだろう。

 

 最悪、今度こそ全面衝突もあり得る。

 大総統令の紙持ってきてるけど目の前で破られたりしかねないし。それで命令違反ダー! ってなったとして、じゃあブリッグズ全員がアメストリスの敵に回ったら、とか考えたらそれこそ恐ろしい。ブリッグズはブリッグズでほとんど独立しているから、本当に一国家として立ち回れちゃうんだよね。

 国家錬金術師を投入した……として、ホントのホントにあり得ない話なんだけど、三分の一くらいが持っていかれる可能性がある。それくらいの戦力が揃っている。

 

 そこにもし他国が目をつけたら。

 

 ……リスクヘッジリスクヘッジ。

 だけどなぁ、クレタから入ってそのまま二個刻んだとして、じゃあ帰りどうするかって話で。

 ブリッグズが嫌なら、他の場所からアメストリスに帰らないといけない。あの山脈を錬金術なんなりで越えて……ってそれこそ賢者の石の無駄遣いが目に見える。

 

 うーん。

 

「案なら、あるが……それが良いことであるかはわからない」

「え、なになに。大体採用するよ僕頭の柔らかい上司だから」

「……べ……別に、ドラクマの脅威はなくなったのだから、この山脈に穴を穿ってしまっても問題はないのではないか? いずれアメストリスの領土として使うことを考えれば、交通の便は多い方が良い……」

 

 ふむ。

 ふむ。

 

「まぁ、いいんじゃないですか。山を破壊してはいけない、とは言われていませんし」

「いいね! ブリッグズ砦から凄まじい反感を買いそうだけど、直で顔を突き合わせるよりよっぽどいい案に聞こえる」

「……あまり思いついたことを簡単に口走らない方がいい気がしてきたぞ……」

 

 マルコーさん。 

 それ正解。

 

 

*

 

 

 カリステムの事件収束の報せを受けて、ようやく、と一息を吐いていたマスタングのもとに訪客があった。ある二人――以前、とあることをきっかけに仲良くなった錬金術師兄弟である。

 

「ひっさしぶりだなぁ大佐!」

「お久しぶりです、マスタング大佐」

「ああ、よく来たな二人とも」

 

 聞けば国家資格を取ったらしい二人。二人が二人とも国家錬金術師になったとはにかんで銀時計を見せてきた。

 ただ、推薦者が。

 

「……クラクトハイト少将か」

「あぁまぁそうだけどさ、あの人大佐が言ってたようなヤベー奴って感じじゃなかったぜ? 確かにどっかズレてる感はあったけどさ」

「戦争経験者、という雰囲気もありませんでした。どちらかというと研究メインのような」

「だから、なのだよエルリック兄弟。あの人は、戦争経験者なら誰しもがなる"人殺しの目つき"をしていない。あれだけ多くを殺したにも拘わらず、だ」

 

 少しだけ静かになる東方司令部。

 それを断ち切ったのは、エドワードだった。

 

「あ、それよりさ。大佐。聞きてえことがあってここまで来たんだ」

「む、なんだ。私に答えられることならば答えるが」

「ボクたち、クラクトハイト少将に招かれて、第五研究所に行ったんです。CCMはご存知ですか?」

「無論だ。あの人にしては珍しくまともな博物館。犯罪博物館だったか。アレは愛国心を煽るにはちょうどい……いや、なんでもない。それで、第五研究所は、確かCCMの地下にあるのだったか」

「おう。そこで、クラクトハイト少将の研究成果を見せてもらった」

 

 クラクトハイトの研究成果。

 マスタングの脳裏に浮かぶのは、あの巨大な機械時計と──ワームの口と揶揄されていた、赤い紅い錬金術。

 まさかそれか、と。

 

「そこで、生体人形(リビンゴイド)というものを見せてもらったんです」

「リビンゴイド?」

「ああ。ほら、おとぎ話でホムンクルスっつーのがあるだろ? まだ実現出来てねぇ錬金術の一つ」

「人造人間か。まぁ確かにおとぎ話だな。現実味が無さすぎる」

「それの未完成品を見せてもらいました。触った感じも喋ってみた感じも人間そっくりで」

「……一応言っておくが、ヒトを作るのは国が禁じている。それは理解しているな、二人とも」

「そりゃ勿論わかってるよ。オレ達が大佐に聞きたいのはその作り方じゃなくて」

 

 ――動力がなんなのか、だ。

 

「動力……心臓、ではないのか」

「心臓部分も換装可能だったのに動いてた。出来る限り観察したんだけど、どーにもわかんねぇ。そんで、あの人の研究日誌も見せてもらったんだけど」

「大盤振る舞いだな」

「こりゃダミーだってわかったよ。普通の事しか書いてない。いや、実際すげぇ発見がいっぱいあったんだけどさ、大佐が言うヤベー奴の書く研究日誌じゃない。絶対本物がどっかにある。だから」

「聞きに来たんです。大佐が見たクラクトハイト少将の錬金術について。そして──恐らくそこに隠された"真実"を」

 

 明るく、軽く話している。

 話そうと努めている。

 けれど、何かに気付いている。この兄弟は。

 

「教えてくれよ大佐。──アンタら、隣国で何やって来たんだ?」

 

 ただ父親を探すだけの兄弟ではないのだと、マスタングは、今になってようやく気付いたのだった。



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第七十三話 戸惑いの物語「兆し」

 人間の魂を犠牲にして作る錬成エネルギーの増幅装置──賢者の石。

 あの時、あの戦争の時、否、あの侵略の時に少年准将がやっていたことがそれだった。

 

 マスタングは後になって、あとから、多くの人に齎された情報と、そして自身で調べ上げた事実から真実に辿り着いた。あるいは辿り着けた理由も、()()()()()()()()()()()()()()()()()かもしれないが。

 

「賢者の石、ねぇ。……ったく、ホントにそんなバカげたコト考えて、あまつさえ実行に移す奴がいるとは……」

「クラクトハイトさん、そんな風には見えなかったよね……」

「再三いうが、それが彼の最も恐ろしいところだ。非人道的で非情なことを、君達に挨拶をすることと同じくらいの感情で行える。等価なんだ。隣国を三つ滅ぼすことと、自身を尋ねに来た君達をもてなすことが。彼にとっては何もかもが等価なのだろう。ただ一つ……両親を守ること、それ以外においては」

「両親」

「っと、すまない。確か君達は父親を」

 

 マスタングは自身が掴み得た情報の全てを兄弟に渡した。

 危険性は十分に考慮している。けれど、それをおいても隠し通せなかった。天才なのだ。そういうレッテルで片付けられない程には見通し、分析する力が彼らにはあった。

 賢者の石。そして地に打ち込むことで完成する錬成陣。錬成兵器。遅延錬成。

 

「気にしないでくれ、っつーか、オレ達が親父を探してる理由がホムンクルスにある、つったよな? アレ実は嘘なんだ」

「嘘だと?」

「あ、いや嘘といいますか……兄さん、言い方が悪いよ」

「良いだろ別に。ホントのことなんだから」

「そう切り出してくれるということは、君達の方からも何か情報の開示をくれる、ということと期待してもいいのかね?」

「ああ。そのために来た」

 

 そう言ってエドワードは、彼は幾冊かの本を取り出す。装丁からして、それは。

 

「アルバム……?」

「はい。ボクら、エルリック家……あるいはホーエンハイム家の。父さんもこの家名は名乗らない方が良いと言っていたので、エルリック家とアルバムには銘打ってありますけど」

「これがオレの生まれた時の写真だ。母さんと隣人がそういうの残すの好きでさ。たくさん残ってんだよ、こういうの」

「ほう。成程、赤子の頃からこれほど面影があるというのも面白い。君達が金髪金眼という特徴を持っているからこそ、だろうな」

「あぁまぁその辺はどうでもよくて。んで、これがその5年前の写真だ」

「待て、なぜ遡る。君達の過去を見せる、という名目ではないのかね?」

「オレ達のを見せて何になんだよ。たかだか15歳と14歳の子供がすくすく成長してるのが写ってるだけだぜ。じゃなくて、注目してほしいのはクソ親父の方だよ」

 

 エドワードはペラペラと捲っていく。

 どのページでも穏やかに笑う初老の男性。兄弟と同じ特徴を持ち、それぞれを掛け合わせたかのような顔立ちの男性。

 何も不思議なところはない。

 何も変わったところはない。

 

「……どういうことだ。何故この男性は……君達の父親は、変わらない?」

 

 変わらない。 

 どこまで遡っても男性は男性のままだった。穏やかな笑みを浮かべる金髪金眼の男性は、どこまでいっても、どこまでいっても──初老の男性のまま。

 

人造人間(ホムンクルス)。あるいは生体人形(リビンゴイド)。片やおとぎ話の存在で、もう片方はそれを再現しようとした存在。共通点はどちらも作られた命であるという点と──」

「……尽きない、寿命」

「別にオレ達もクソ親父がホムンクルスだって疑ってるわけじゃねえ。つか、そっちの可能性は薄いと思ってる。アイツはなんつーか、作られたって感じはしねぇからな。だが」

「永遠の命の絡繰りに関わっている可能性は高い。そしてそれが、賢者の石か」

 

 脳も心臓も要らず、エネルギー源のわからなかった生体人形(リビンゴイド)

 おとぎ話の存在とされ、しかし実物を目指しているようにしか見えなかったリビンゴイドのモデル、人造人間(ホムンクルス)

 そして何年経っても姿かたちの変わらない──老いない人間。

 

「これらから導き出されるのは、賢者の石というものは古来より存在していて、少なくとも二人はそれをエネルギー源とする人間が存在するはずである、ということです。一人はボクらの父親」

「んで、もう一人は多分クソ親父にそういう運命を背負わせた誰か、だ。……認めたくはねぇが、あのクソ親父は……善良なんだよ。なんつーか、無理なんだ。他人を食い物に永遠を生きるとか、他人の魂が凝縮された石で自分が得をするとか、そういうのひっくるめて……アイツにできっこねぇ」

「だから、父さんをそういう風にした元凶がいるとボクたちは考えています」

「そこへ来てクソ親父の失踪だ。これから何かがあるか、そん時に何かがあった。そうとしか考えられねえだろ?」

 

 兄弟の父親、ヴァン・ホーエンハイムの失踪時期。

 そしてマスタング達が行って来た戦争(侵略)。賢者の石作成のプロセスや兆しをヴァン・ホーエンハイムが感じ取れるのだとすれば、何か責任を感じるか、あるいは自身をそういう存在にした者の観測ができてもおかしくはない。

 

 そも。

 そも、そもだ。

 レムノス・クラクトハイトが国家錬金術師になってから、イシュヴァールという民族を殲滅するまで──あの赤い光を見た、という報告はなかった。竜頭の錬金術師。その二つ名は決してワームの口などという()()()()をもとにするものではなく、サンチェゴという彼の奥の手の作成方法からついたあだ名。

 そこに追加されるには、あの赤い錬金術はあまりにも異質。

 誰かの助言や何かの接触があったと考える方が楽に理屈が通る。

 

 さらに言えば、クラクトハイトが錬金術として用いているのは石を作ることそのものではなく、石を作ることで大勢を一気に殲滅できる、という副次的な効果の方だ。

 それは――既に石の作り方が分かった上での行動だろう。やり方を知っていた、知らされていたから、それ以外の使い道を見つけた。

 

 同じく。

 本物のホムンクルスを知っているから、リビンゴイドも。

 

 

 その時、電話が鳴る。

 コールコール。

 エルリック兄弟に目で促され、それを取れば。

 

『ロイ! ロイ! ロイだな!? ロイじゃなかったらロイに代われ!』

「ヒューズ? なんだ、どうした。そう叫ばなくとも聞こえているぞ」

『バカヤロウ、そんな悠長にしてられる事態じゃねえぞ! 今国がやべぇ!』

「落ち着け。聞こえているから、手短に話せ。それとも何かに追われているのか?」

『追われてるどころじゃねえ、狙いが何だか知らねえが、クソ……いや、いや、いや! だから、だから言葉を残す。いいか、アメストリスだけじゃねえ。隣国と、もう一つだ。入ってくる情報だけを信じるな。必要なら現地まで行け。じゃねえと──』

 

 轟音が鳴る。

 そして、ブチ、という音と共に電話は切れた。

 

 あっさりと。 

 つながりは。

 

「……ヒューズ?」

「大佐。今のどこの誰だ?」

「わ……私の同期の、マース・ヒューズという男だ。セントラルの軍法会議所に勤めている……」

「セントラルだな? アル!」

「うん!」

「すまねぇな、大佐。オレ達はそのヒューズって人を知らねえ。が、こっちにまで聞こえて来た轟音だ。セントラルで何かが起きたのは確かなはず。オレ達はまたセントラルへ行く。アンタに去来する感情がどんなもんかは知らねえが──いや、いい。とにかく世話んなった」

 

 野暮なことは言わない。

 言わないでいてくれる。気遣いのできる、出来過ぎる子供達だ。兄弟は茫然としているマスタングを余所に、駆け足で司令室を出て行く。

 

「ヒューズ……」

 

 追われている、と言っていた。けれど含みがあった。

 そもそもあんなに焦っていた理由の割に、伝えてきた情報が少ない。つまり短縮せざるを得なかったということだ。

 

「……中尉」

「はい。今お茶を持ってきたのですが、必要なさそうですね」

「立場上、すぐに動くことはできん。取り急ぎ中央に連絡を。軍法会議所周辺で何か」

「大佐ァ、聞きましたかい? なんでも北の山脈で凄まじい規模の崩落があったとかで……って、ンなこと言ってられる状況でもなさそうだ。中尉、なにがあったか聞いても?」

「私にも詳しいことはわからないわ。ただ、大佐の、恐らく士官学校の同級生が事件に巻き込まれたみたいで」

「けどイーストシティから離れられないからあんな表情、ってことか」

 

 国軍大佐。東方司令部勤務。

 肩書は重い。こういう時に圧し掛かる。

 

 羨ましくは、なる。

 軍を抜け、肩書も責任も捨て、しかし義勇に走る自らと正反対の錬金術を使うあの男のことは。

 

「……無事でいてくれと、願うことしかできないか……」

 

 中央の電話がつながるまで、マスタングは祈るしかなかった。

 祈る神など、居はしないのに。

 

 

*

 

 

 軍法会議所で大爆発があった、という話はCCM、並びに第五研究所まで伝わって来た。

 カリステム事件が一旦の収束を見せてから、レティパーユ、「第二号」、「第三号」、さらには第三研究所が潰れたことで行く当てのなくなったスライサー兄弟と、さらにメイ。

 この大所帯で、けれどそれなりに実のある研究と発見をしていたアンファミーユにとって、その爆発事件は溜め息を吐かざるを得ないもの。

 無論アンファミーユがわざわざ関わる必要はないし、関りに行くつもりも欠片もない──のだが。

 

「落ち着いて、メイ。どの道一般人は入れないから。軍属でもない、況してやこの国の人間でもないあなたに残骸とはいえ軍法会議所なんて国の大事な部分を見せられるわけがない。わかるでしょう」

「それは、わかるんですガ……」

「正義感が抑えられない、と言った様子だけど、そもそもあなたの目的は所長の知識であって、この国の治安維持じゃないでしょ。なんにでも首を突っ込むのは相応の立場を得てから。あなたがシン国の使節として来ているならともかく、ただの旅行者でしかないのは自覚している?」

「……うぅ、レティさン、ミユさんが正論ヲ……!」

「はい。アンファミーユの言うことは正しいと思います。法的規制、あるいは一般的な倫理規範においても。爆発の被害状況、あるいは被害者については後に発表があることでしょう。軍が規制している情報であれば、少なくとも所長の下には入ってくるかと。彼に隠し事をすると後が怖いと恐れられているでしょうから」

 

 これを聞いてアンファミーユが思うのは、「本当に情緒が育った……」という充実感と達成感のないまぜになったものである。

 十分に育てたと言って過言ではないだろう。リビンゴイドの情緒育成。十二分に。

 

「メイ・チャン。立場、あるいは地位として"一般人"の域を出ない私達は、軍人や関係者が調査を進めるのを待つしかないのだ。関与することの方が余計な混乱を招く。それはわかっているだろう? 無論、お前の正義感、不安、なぜこのようなことが起きたのか、真実への渇望、負傷者の有無。それらに対する気持ちもわかる。何者かの仕業であるのならば、対処が必要だという考えもな。だが、あるいはそれら行為が調査関係者の邪魔となったらどうする。前回は私達に直に関わることだったからいいものを、何度も何度も首を突っ込めば、いずれは正義の側からも煙たがられるに終わるぞ」

 

 お前はなんで殺人鬼だったんだ、と思わないでもないアンファミーユ。

 ただこのスライサー兄弟、実は本当に第五研究所で最も常識を有しているというか、倫理観があるというか、一般人枠なのである。自身が殺人鬼であることを理解し、それを理由に死刑囚となり、さらにそれを理由に実験体となり、キメラとなった──その過去を持つにも拘わらず、いや持つからこそだろう、一般常識に対して酷く深慮がある。

 レティパーユの世間知らずさやアンファミーユの非人道的な部分をしっかりと補っている──もしレティパーユに知識を授けた両親、という概念があるとすれば、片方はアンファミーユでもう片方はスライサー兄弟になるのではないか、というくらい。

 

 レムノスは、まぁ、生みの親でしかない。

 

「……はイ。わかり、ましタ」

 

 あ、これ夜にでも抜け出して行くやつだな、とわかる。アンファミーユはわかる。似たようなのでくよくよしないのが近くにいたから。

 ただそれを止める義理もないのは事実だった。

 実際、メイがいるせいでできていない実験がいくつもある。つまり、非人道的とされる実験が。第五研究所にあるまじきキメラの実験が滞りまくっているのだ。

 

 いなくなられても問題はない。

 錬丹術の概念は知った。無論研鑽は遠く、足元も見えない程及ばないのだろうが、あとは自身で突き詰めていくのが錬金術師というものだ。

 

 だから、次の言葉には驚いた。

 いや──そこを教育し忘れていた、というべきだろう。

 

「メイ。であれば、私と共に調査へ赴きましょう。一般人が見える範囲で調査することで、関係者にも煙たがられることなく、且つメイの視点での調査ができる──そう思いませんか?」

「……! は、はイ! お願いします、レティさン!」

「そういう話であれば私達も共に行こう。なに、服装を考えれば弟は隠せる。いつもすまんな」

「気にすんなよ兄者! 俺もこの嬢ちゃんの事は気に入ってんだ!」

「おや、弟の方が喋るのは珍しいですね」

 

 余計なことに首を突っ込まない──こと、このアメストリスに生きるにおいては最重要スキル。

 どの道毎日毎日トラブルが起きている上に、そのどれもが生死に直結するような危ないもので、且つ関わったが最後芋づる式に出てくるのは軍だの実験だの組織だのの絡みばかり。

 事件に対しては見物人として生きるのが最適解だと──アンファミーユは、レティパーユに教えていなかった。

 

「それで? 一人寂しく静観を決め込むつもりだったもう一人のお嬢様は、どうする気だ?」

「……どうもしない。行きたいなら勝手に行って。ただしレティパーユ。あなただけは何があっても戻ってきて。安易に、そして簡単に所長の名を出していいから」

「わかりました、アンファミーユ。ここぞという時に出します」

 

 ……本気とジョークの違いも、教え忘れたかもしれないが。



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第七十四話 錬金術の応用「蓄積錬成」

 案の定KEEP OUTの張られたそこに、単なる野次馬としてスライサー兄弟、メイ・チャン、そしてレティパーユがいた。アンファミーユは来ていない。彼女は本当に来なかった。

 だからスライサー兄弟、とりわけ体の主導権を握っている兄の方が、とりあえずの保護者である。

 

「ふむ……」

 

 様々な強者を斬り伏せていたらいつの間にか殺人鬼となっていて、特に抵抗もなく捕まり、死刑囚となった。思えばあのスムーズな死刑囚行きの裏には実験動物を増やしたい、という意図があったのだろうな、などとこの場にそぐわないことを考えつつ、背の関係から肩に乗せたメイへと問う。

 

「どうだ、何か見つかったかね?」

「いエ……ただ、何か……悍ましい量の人間が詰め込まれたような……何かが、さっきまでいた、ような」

「ほう? それの流れとやらは辿れるものか?」

「……一度降ろしてくださイ。やってみまス」

 

 言われた通り降ろしてやれば、何かをするメイ・チャン。

 生憎ながら錬金術を習ったスライサー兄弟でさえ彼女のやっていることはわからない。高度過ぎてわからないというより、体系が違うからわからない、が正しい。

 うむむ、と眉間にしわを寄せて──そうして彼女は何かを掴み取ったらしかった。

 

「あっちでス、スライサーさン、レティさン」

「……良いのかね?」

「はい。向かいましょう」

 

 どうにも。

 どうにも、琴線に触れる。メイ・チャンが、ではなくレティパーユが、だ。

 己ありきで生きているスライサー兄弟にとって、己がないままに情緒を育てられた少女は、どこか、なんだか虚しく儚く、それでいて悲しく見える。

 今まさに彼女は己を形成している。けれど、その真っ只中過ぎる。

 だというのに──彼女を待っている結末は、恐らくロクでもないことだろう。レムノス・クラクトハイトという巨悪の掌中にいる限り、スライサー兄弟もアンファミーユも、その結末から逃れることはできないのだろうが。

 

「なんとも難儀な……ム?」

 

 スライサー兄弟は、人だかりの中にいたある人物に目をつけて、というか目配せをして。

 保護者らしく、二人の後を追うのだった。

 

 

 

 メイ・チャンの示す方向は入り組んだ路地裏の奥の奥。ともすれば迷ってしまいそうな風景だが、別にそうなったら屋上にまで登ればいいだけのこと。そう思いながら進んだ先に──ソレはいた。

 

 ソレ。

 

「もう、しつこい! なんでおでの後ろ追いかけてくる!」

「参ったな、なんだぁグラトニー。ヘンなモン引き連れてきて……ってオイオイ、ホントにヘンなモンまでいるじゃねぇか」

 

 丸っこいのと、ほそっこいの。

 だが──蒼白な顔のメイ・チャンを見るに。そして溢れ出る異質感を思うに。

 

「敵か」

「敵じゃないってぇ。そっちんとこの所長とはケッコー付き合い長いんだぜ~? つーか、そっちのはあんま敵意向けんの止めてくんない? 勝手で悪いけどさ、嫌いなんだよねアンタのこと」

「──そうですか。では、ここぞという時ですので名前を出させていただきますが、レムノス・クラクトハイト所長の代理で軍法会議所爆発事件の調査に来ました。──犯人は貴方達ですね」

「あー、はいはい。正解正解。んじゃ、とっとと去ってくれる? 視界に入れたくないってこっちの気持ちわかってほしいんだけど──」

「今! 言ったな!!」

 

 ん、と。

 誰もがそちらに目を向ける。この場にそぐわない、というか聞きなれない声だったから。

 声の主は、それはもう走ってきましたと言わんばかりにぜぇぜぇと肩で息をして、そうでありながら叫んでいる。

 

「軍法会議所爆発事件の犯人──お前たちがそうか!」

「……えーと、なに? このおチビさん達は。ああいや待てよ、確か最近国家錬金術師になったガキ二人が金髪金眼で……あー、なんだっけ。なんか言われてたような」

「ここ、女の子、二人しかいない。しかも一人は美味しそうじゃない……」

「そう──そうそう! 確か、不確定要素の極致とかなんとかって」

「問答無用!!」

 

 問答無用だった。

 スライサー兄弟でさえ思わずため息を吐く程問答無用だった。

 凄まじい速度で錬成陣を描き終えた少年がその錬成陣に手を当てると、出るわ出るわ、何やら悪趣味な装飾の施された錬成物の数々。ここでその技量差にうむむ、となってしまうところがスライサー兄弟の勤勉なところであるが、それはさておいて。

 

「うわっ!? オイオイオイオイ、なんだってんだこんな街中で!」

「エンヴィー、おで、そろそろ行かないと~」

「いやそりゃこっちだって同じ……っと、ぐ!?」

 

 一突き。

 それと、足元の苦無。

 起きるは分解。それは既のことで避けられたようだが、こっちはそうは行かない。

 

「テ、メ……」

「ほう、首を突いても死なぬか」

 

 研ぎ澄まされた突きである、という自覚がある。

 スライサー兄弟は殺人鬼であった頃に比べ、格段に成長している。あの成り損ないたちとの修行は決して無駄ではなかったし、このキメラの肉体もそれに拍車をかけている。

 呼吸だ。

 弟が呼吸し、あるいは弟が緊急の回避を行う。刀のブレなどどうしようもない細かな所も修正してくれる弟の存在は、兄の剣筋をより際立たせる。

 無呼吸且つ無反動での太刀筋はアメストリスにおいて独自のものと言える程に昇華しており、さらには。

 

「兄者、簡単なのだが!」

「構わん!」

 

 刀身に冷気が走る。

 それが自らの首に伝わる前に、エンヴィーは自らの首を切り裂いてでもの回避行動を取った。

 

「っつー……おいおい、何度オイって言わせんだよ。アンタらの所長とは昔から懇意だっつってるだろー? そっちのワケわかんない二人組はともかく、そっちがこっちに攻撃してくる理由は」

「首を突かれても、切り裂かれても、治っタ……。まさか、貴方は、不老不死ですカ?」

「はい? こっちの話をまず聞けって……えー、だから、まぁ不老不死かもしれないけどさぁ、それがなんだって」

「つまりてめえぇら、クソ親父の!」

「アナタ達は、不老不死の法の!」

 

 息が揃う。

 これはどうしたものかとスライサー兄弟はとりあえずバックステップ。

 

「手掛かり!!」

 

 さて、この状況を整理するには。

 

 

*

 

 

 まず動いたのはエンヴィーとグラトニーだった。というか。

 

「ああうざったるい! 付き合ってられるか! 行くぞグラトニー、目立つのはこの際無視で、跳ぶぞ!」

「うん!」

 

 跳躍、と表現するには些か跳ねすぎている。

 だが実際に起きた事だ。彼らの目の前から二人は消え去る。

 

「だと思ってたぜぇ~! アル!」

「うん」

 

 瞬間網が広がった。

 悪魔のような笑みを上げて弟に合図を送るはエド。網へとかかり、糸のようなものが二人を縛る。

 

「ハッ、こんなもので縛れると思ってんの?」

 

 けれど、跳躍の勢いは糸を引き千切るほどのものだった。

 残念なことにアルフォンスの仕掛けた糸は振り解かれ。

 

「……よし、兄さん。上手く行ったみたい」

「ナイス! 流石だな、アル!」

 

 何かが上手く行ったらしかった。

 

 問いが上がる。

 

「あの、お二人ハ……?」

「ん? あぁ、最初に争ってた人達。……えーと、爆発事件の犯人を追ってた人達、で合ってるか?」

「あ、はイ。そうでス。ただ、あんなにも悍ましいものが犯人だとは思えなくテ」

「悍ましい?」

「感じませんでしたカ? 大勢の人間が凝縮されたような、その悲鳴を響かせ続けているかのような」

「あー……すまねぇが、全く。だが、アンタさっきなんか言ってたな。不老不死の法とかなんとか」

 

 盛り上がる三人。

 同好の士なのだろう。初めの一突き以外活躍の場の無かったスライサー兄弟と、一切手を出していないレティパーユは三人を眺める。

 眺めながら、こっちはこっちの話をする。

 

「レティパーユ。仮にあの二人がレムノス・クラクトハイトの旧知だったとして、私の行動は彼への裏切りになるか?」

「わかりません。ですが、はじめに言いつけておかない方が悪いのではないでしょうか」

「……クク、それもそうだ。飼い犬の首輪くらいつけておけ、という話だな」

 

 メイ・チャンと……金髪金眼の兄弟。ぶっちゃけレティパーユは知っている兄弟ではあるのだが、今はその頭部パーツを使っていないので知らないふりをしている。

 とかくその三人は、どうやら意気投合したようだった。

 父親を追っていて、不老不死の法を追っていて、見るからにさっきの二人、特にほそっこい方はホムンクルス確定で。

 

 そして。

 

「盛り上がっているところ悪いが、聞かせて欲しい。先ほどアレに何を仕掛けたのだ?」

「ア、そうでしタ! アルフォンスさん、どんな仕掛けを?」

「あはは、そう難しいことでもないんだけどね。クラクトハイトさんの論文を読んで、最近ようやく実現したトラップ、みたいな感じかな。ボクのはクラクトハイトさんの遅延錬成と原理は違うんだけど、同じ結果を引き起こせる。つまり」

 

 ぽひゅーん、なんて間抜けた音がして、何かが遠くの空に上がる。

 花火、にしてはショボいし、信号弾にしてもショボい。けど、何かが。

 

「込めた思念エネルギーが尽きない限り、ああやって位置を知らせる光を発し続ける……続けさせる錬金術」

「クラクトハイト少将のことはいまいち信用できねぇが、改めて研究日誌やら論文やらを見せてもらったら発見の連続だったんだ。ありゃ随分と次元の違うところにいるな。悪魔だの英雄だのと呼ばれてるのをようやく実感したぜ」

 

 光は止まらない。

 ぽひゅんぽひゅんと音を立てながら、西へ西へと移動しているようだった。

 

「思念エネルギーが尽きるのは三日から四日と想定している。それまでなら、何度だって追いつける」

「せっかく手に入れた手がかりだ。逃す理由は無え。っつーわけで、オレ達はもう行くけど、お前はどうする?」

 

 問われたのはメイ。

 彼女はレティパーユ達と兄弟を交互に見て。

 

「……ごめんなさイ! お世話になりましタ! と、ミユさんにもお伝えくださイ!」

「おっし行くかぁ!」

 

 と。

 

 走り去っていく。駆け去っていく。

 スライサー兄弟の、とりわけ兄の心情を敢えてここに載せるのならば──「せっかくできた同年代の友人だったのだがな」が最も正解に近いだろう。

 

「帰るぞ、レティパーユ」

「そうですね」

 

 やはりアンファミーユが正しいのだ。

 首を突っ込めば突っ込むほど芋づる式に厄介ごとに巻き込まれていく。

 

 けれどその繋がりが自らそれを断ち切ってくるのなら、それに身を任せればいい。それでようやく解放される。

 

「……不思議な感情を抱いています。表現方法を知りません」

「寂しさ、というものだ。あれだけ騒がしい娘がいなくなれば、そういう感情も去来しよう。それは人と人とが離別において感じるものであり、あるいは人間である証拠と呼べるものなのかもしれんな」

「人間である、証拠……」

 

 なんにせよ、爆発事件の真相究明は終わった。

 もう用事がない二人は外に出ているべきではない。どちらも出自が公にできるものではないから。

 

「追うかね?」

「……いえ。心の整理、というものをするのが最善手だと考えます」

「素晴らしい。では、戻るとしよう」

 

 己が無く、情緒だけが育った少女。

 人間でもキメラでもない人形。

 

 やはり己の形成は一朝一夕にはいかないものだと、スライサー兄は何故か親心で思うのであった。

 

 

 *

 

 

 一つ聞きたい、とマルコーさんが言うから立ち止まった。良い機会だから休憩にした山間で。

 

「クラクトハイト少将。君は……これからの国防について、どう考えている?」

「……君は本当に賢いんだねマルコー大佐。僕がこれからの侵略についてもう考えていると、考え終わっていると、そこまで推理したわけだ」

「侵略……やはり、そうなのか。アエルゴも、クレタも、ドラクマも」

「うん。侵略だよ。とってつけたような大義名分をとってつけたような言いがかりで繕った侵略。ただ、隣国でない他国にはあまりとっかかりというべきものがない。ならどうするか。それを聞きたいわけだ」

「う、うむ……その、出立から今日までの()()()を鑑みるに、恐らくそれは恐ろしいものであると……いう、気がしてならない、というか」

「うん、正解だよ」

 

 賢い。賢すぎると危ないアメストリスにおいて、よくもまぁこんなに賢く育ったものだ。

 見なよ、キンブリーは何も言わない。余計なことを言うと面倒な問答に巻き込まれるってわかってるからだ。彼は答えがわかり切っている問答をあまり好まないからね。結論すぐに出しちゃうタイプ。無論、必要な問答だと思えばとことん付き合ってくれるのが彼の美徳。

 

「まず、僕のやろうとしていることが何か、までは掴めたかな。あるいは今までやってきたことが何か、でもいい」

「……国土錬成陣だ。国家というものを錬成陣の土台に見立て、そこに陣を刻む……それを、五つ」

「五つとは、どこのこと?」

「まず、アメストリス。流血沙汰のあった事件は完全なる賢者の石の錬成陣を描いている。その後、同じ形のものをこの旅でアエルゴ、クレタ、ドラクマに施してきた……。一つと、一つと、二つ。計五つだ」

「ふむふむ」

「それで……その五つを用いて、巨大な賢者の石を作り出そうとしている……」

「というのが違う、と思っているからこその、あの切り出しだよね?」

「……ああ」

 

 そう。

 僕とお父様は、そんなところを目標にしていない。巨大な賢者の石を錬成するとか、いやもう十分でしょ。二億六千万あったら惑星の征服くらいワケないって。

 だから僕らがやろうとしているのは、もっと別の事だ。

 もっともっと規模の大きいことだ。

 

「これは例え話だから気軽に聞いてほしいんだけど、もし世界から、文字通りこの惑星からアメストリス以外が無くなったとしたら、どうなると思う?」

「……なにも困らない。アメストリスは他国からの輸入を行っていないし、輸出もまた同じだ。アメストリスはアメストリスという国だけで完結している。完結できるように設計されて来た……というように思う」

「そうだね。アメストリスはアメストリスという国だけで問題ない。他国は敵国と言い換えても全く問題がないし、それが無くなったら領土が増えるだけだ。恐ろしいことに、そこに人間の介在は全く必要がない。恐ろしいことだね。今この時よりこの惑星が更地になって、アメストリスだけ残ったとしても何も問題が無いんだ」

 

 無論、そんなことになったら災害だの水不足だので大変どころじゃないだろうけど。

 とかいう話はしていなくて。

 

「……それを、しようとしている、というのか?」

「だから例え話だって。気軽に聞いてよ、マルコー大佐。──僕はお父さんとお母さんを守りたいだけなんだよ」

「……しない、だろう」

「うん?」

「その願いと……他国を消し飛ばすことは、何も競合しない。両立できることだ」

「まぁ、それはそうだね」

「むしろ貴方のことだから、積極的にやるだろう。両親を守るために、未来で脅威となる可能性は全て潰す……そうだ、そうじゃないか。イシュヴァール戦役だって、隣国の侵略だって、貴方が裏切り者や内通者を許さないのだって……すべて、すべてか!? すべての行動原理が、今までの全てがそのためだけの」

 

 ドン、と大きな爆発音が鳴った。

 

「失礼。ハエがいたもので。思わず爆破してしまいました」

「そんなことのために賢者の石を使ったりしないでよ?」

「ええ、勿論。それではお話の続きをどうぞ」

 

 ああいうのわかりにくいツンデレっていうんだろうね。別にデレてもいないんだけど。

 ハエというか敵が近くにいたのも確かだろうけど、何の注意勧告もなく彼がコトを起こすはずがない。今のは「ヒートアップし過ぎですよ、マルコー大佐」という彼なりの忠告か。諫めるにしてもやり方はもっとあった気がするけど。ああいや、冷や水でもあったのかな。

 

 今更だろ、って。

 

「……アメストリスは、どうなる」

「はじめは賢者の石にする予定だった。五千万人。でもそんなの些末な数字になっちゃったから、違うことにつかうことにした」

「両親が、巻き込まれるぞ」

「勿論対策はしているさ。そしてそれが誰ぞかに裏切られ、泡沫の夢と消え、僕があの時ああしていれば、こうしていれば……となったとしても、それはそれで問題ない。お父さんとお母さんを守るためにやっていることだけど、お父さんとお母さんを守り切れるかどうかは問題じゃないんだ」

「自身が狂った、矛盾した言葉を吐いている自覚は、あるのか……?」

「守りたいことは守りたいよ。でも守り切れるかどうかは全く別の話でしょ。僕の思想と僕の能力の、それぞれの問題だ。両親が巻き込まれることを最大限に懸念するような人間だったら、こんな錬成陣刻みやめてとっととアメストリス乗っ取ってるよ。ブラッドレイ大総統に反旗を翻して、アルドクラウドを、というか二人を超絶優遇して籠の鳥にして」

 

 ただ残念ながら、そんなことのために僕は動いていないから。

 

 そして恐らく。

 ──あの二人が、僕に立ちふさがることになるのまで。

 

「そろそろ移動しましょう。追手が来ています」

「えぇ……。もしかしてクレタまで追ってくる気じゃないよね、あの女豹さん」

「早くしてください。アナタは味方殺しをしないことで有名な錬金術師、なのでしょう?」

 

 ああ。

 過去の発言が自分の首を絞めるってこういうことだよね、まったくさ。

 

「私は……」

 

 正義感と命令の間で板挟みになっている彼の心のケアは……まぁ、誰かがなんとかするでしょ。

 キンブリーに丸投げでもいいけど。





Tips:蓄積錬成。「込めた思念エネルギーが発散される前に錬成エネルギー自らが錬成陣を描き続けること」に費やし、ついでの余剰エネルギーで何かをする錬金術。レムノスとは違うアプローチの錬金術であると同時、似たような効果を発揮するとしても、錬成速度の遅いレムノスでは決して辿り着くことのできなかった錬金術。
(遅延錬成は「錬成速度が遅すぎて込めた思念エネルギーが発散されない」ことに由来するもの)


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第七十五話 錬金術の応用「可塑性霧状樹脂錬成」

 それは驚くべきことではあった。

 だってエンヴィーとグラトニーは、互いが互いに高速で移動している。目的地が違うから国を出たら別れる予定──つまり今は一緒であるものの、グラトニーは跳躍で、エンヴィーは鹿に変身して走り続けているのだ。

 

 だというのに。

 

「クッソ、なんなんだぁアイツら! ずっとずっと追っかけて来やがって……! 人柱候補じゃなけりゃ殺しちまってもいいってのに!」

「ねぇエンヴィ~。あっちの女の子は食べちゃダメなの~?」

「良いとは思うが、ちょいとクサいんだよ」

「良い匂いだと思うけどなぁ。おでもう疲れたよ~」

 

 追いかけてきている。追いかけられる要素となっていたのだろう錬成陣が刻まれていた部位は切り離したというのに、まだ。

 金髪の兄弟と、黒髪の少女。

 前者は人柱候補且つ何か誰かに「気を付けてね」とか言われていた存在。

 そして後者は。

 

「……局地ナントカ錬成。あの技、明らかにアイツの」

 

 それはイシュヴァール戦役の中頃にまでさかのぼる。敵に襲われ、部下を失い、一人で敵を殺した――まだ少年だった彼が使っていた錬金術。

 土地を殺す。当時は軽く聞き流していた内容も、もう少し詳しく聞いておくべきだったと後悔する。

 エンヴィーは決してレムノス・クラクトハイトという少年――今や青年となった彼に気を許してなどいない。アレはアレ自身の言う通り、自身と、自身が守ると定めたモノ以外眼中にない。

 眼中にないというか。

 命として勘定していない、というか。

 

 土地殺し。またラストが見たという錬成物や錬成生物の追跡。そして遠目ながら見た、ドラクマで行っていた爆発的なエネルギーの流れ。

 多分、それだけではない。隠し玉も奥の手もアレは全く切っていない。

 

 だから、対策が必要だ。

 エンヴィーは慢心の塊であるように見えて、その実対象のリサーチを欠かさないタイプである。人間に成り代わる時はちゃんと口調も真似るし仕草やら何やらまで似せる。その場で変身する場合や適当なの見繕って成る場合はその限りではないけれど、基本は調べる。

 それが脅威となれば尚更だ。脅威と思わない限り調べはしないけれど、脅威だと認識したのなら対策くらいは講じておく。

 

 アレを殺す。あの秘密主義者を殺す術。

 それがあの、というか今追いかけてきている少女に繋がる――気がしてならない。

 

「エン、」

「あん? どうしたグラトニー……グラトニー?」

 

 思案に耽っていたことは悪手だったかもしれない。

 いない。今さっきまで喋っていたグラトニーが、エンヴィーの横から忽然と姿を消していた。一瞬過るのは腹の減り過ぎでその少女を食べに行った説だが、違うと頭を振るう。それならそうとグラトニーはちゃんと言うし、もし彼がそこまで空腹であるならばもう戦闘は起きていておかしくない。

 上に跳躍するから彼の移動速度は遅いけれど、横に跳躍したのならそこそこの速度を出せるからだ。勿論スロウスには遠く及ばないが。

 ……あとなぜかラースにも及ばないが。

 

「知っていますよ、と。そういうべきなのでしょうね」

 

 声。

 ――凛とした女性の声だ。知らない人間の声。 

 グラトニーの事を考えて後ろを振り向いていたエンヴィーは、状況整理を邪魔されてイラつきながら前を見る。

 

 そこに、黒い巨壁があった。

 

 

「!?」

 

 

 意識の空白。

 ぶっ飛ばされた――のだろう。全身が文字通りぐしゃぐしゃになっていて、すぐさま再生が始まる。誰に。何に。考えをまとめる前に、今度は上から黒が来た。

 

「あなたがレミーに接触していたことを知っています。あなたのことは全く知りませんが、幼いあの子に賢者の石を渡したのがあなただということも知っています」

 

 鹿ではダメだ。急制動が利かない。一度ヒトガタに戻って。

 潰される。

 

「でも、あの子の意思はあの子自身のもの。あなたに何かを吹き込まれたからあの子がああなったわけではないことも理解しています」

 

 核である賢者の石こそ潰れはしないが、その他の血肉はすべてがぐしゃぐしゃになる。ぐしゃぐしゃだ。ぺちゃんこだ。巨大質量の平面によって、肉も骨も皮も何もかもが潰される。

 

「ですからこれはただの八つ当たりです。……別に、あまりにも早すぎた親離れに怒っているとかではありませんよ」

 

 獣型でも人型でも無理だ。この巨大さを前には。

 ならば、こちらも巨大になればいい。形振り構っていられるほどの余裕がない。それくらい執念深くエンヴィーを殺しに来ている。

 

 だから、彼が本来の姿を晒せば。

 

「大きくなるのなら、(おお)きくしましょう。――故に私は大槌の錬金術師。あなた程度の巨大は、私の極大を越えられません」

 

 空が、黒く。

 

 

*

 

 

 勿論グラトニーは迷子になったとかではない。

 彼も彼で戦っていた。何かよくわからないものと。

 

「んー……もう、なぁにぃ? なんなの~?」

 

 粘性のある液体。

 違う世界では玩具としてか、あるいは最弱のモンスターとして知られるソレ──スライム。どちらかというと前者に近いそれが、四方八方から噴霧されている。だからグラトニーは動き難いし、目や口に入ると弱い痛みを発するしで散々だ。

 跳躍をしても、それらは引っ付いてくる。一度引っ付いたら離れず、グラトニーが暴れれば暴れるほど、もがけばもがく程そのふわふわしたものは纏わりつく。

 

 そうして気付くことだろう。

 

 いつの間にか身体の動きが鈍くなって行っていることに。

 グラトニーの体に纏わりついていたふわふわしたものは、次第にその色を変え、白と灰色の中間色となり、彼の身体を固めて行く。

 蒸気と煙。それは石化ではないし、彼の兄弟の硬化とも違う。

 あるいは術者の息子がドラクマで使用していたもの──の、霧化液体。

 

 勿論これだけでグラトニーを完全に止めることなんてできないけれど、足止めには十分な効果があった。

 後ろの少年少女が追いつくまでの……追いつく前に、大人と話すだけの時間が。

 

 

*

 

 

 西へ西へと向かい行くグラトニー達を追って来た彼ら。セントラルを抜けウェストシティにまで足を運ぶハメになった三人は、鬱蒼と茂る森に細心の注意を払って進もうとして。

 

「そこの君達、こんな時間になんでこんなところに?」

 

 止められた。

 すぐさま兄弟が銀時計を見せるも、止めた者は動じない。アメストリス軍の軍服を着たその男性は、それにあまりにも見慣れていたから。

 

「国家錬金術師か。それで、なんでこんなところに?」

「え、いやだから、これで納得してくれよオッサン! 今それどころじゃねぇんだ!」

「ボクたち、凶悪犯を追っているんです。二人組で、その二人がこの森に入った、っていう情報を聞いて」

「それなら問題はないぞ、子供達」

「問題ない、って何を」

 

 大きな音が響く。

 そして、三人の立っている場所からでも見えるだろう──巨大な、巨大な、あまりに巨大な黒い金属塊が。

 

「ここはアルドクラウド。アルドクラウドの森。大槌の錬金術師、セティス・クラクトハイトの縄張りだ。むしろ下手に入る方が危ないってもんだぜ」

「クラクト……」

「……ハイト?」

「ア、先日まで私、レムノス・クラクトハイトさんの住む研究所でお世話になっていましタ!」

「お、本当か? なんだ、レミーの奴。ちゃんと友達……って歳でもないか。つか結婚したわけだし。……アイツ、本当に挙式開かないつもりなのかなぁ」

 

 いきなり落ち込みだした男性。先程までの頑固そうなミステリアスっぽそうな雰囲気はどこへやら、目の前にいるのはただの父親だった。

 だから。

 

「アンタ、その言いぶり……もしかしてクラクトハイト少将の身内か?」

「ん、ああ、そうだ。俺はアガート・クラクトハイト。軍での階位は曹長になる」

「クラクトハイトさんのお父さん……」

「って、そうではなくテ! やはり通してくださイ! せっかく見つけた手掛かりなんでス!」

「だとしてもこの森に入るのはおすすめしない。アイツの、レミーの罠が嫌というほど仕込まれている。正規でない道を通れば錬成地雷で身体が飛ぶぞ」

 

 飛ぶ、というのは。

 空へではなく──持っていかれる、と。

 

 何て凶悪なモン自国内にばら撒いてやがる、とはエドワードの胸中。

 

「それと、俺と、セティスのもな。セティスは罠張るより自分が、って感じだから今暴れまわってるだろうけど、俺やレミーは罠を張ってどうにかするタイプでさ。大丈夫、と言われても何が大丈夫なのか分からんとは思うが、大丈夫だからこっちの正規の道を通って森に入ってくれ。俺も子供が死ぬのを目の前で見たくはない」

 

 レムノス・クラクトハイトの罠がたくさんある森。

 確かに──入ることを躊躇させるに十分な言葉。けれど、三人の目的だってそれに対抗し得る。

 

「……参ったな。どうしてこう、幼くして錬金術師になる奴はみんな頭が固いんだ。……あー、じゃあ、とりあえずウチに来い。俺の家からなら森内部への安全な経路がいくつかある。そしてセティスの戦っている奴以外にもう一人いるってんなら、ソイツが捕まってる可能性は高い」

「……メイ、どうだ?」

「はイ。……一体、身体の大きい方が先ほどから動いてませン。……そしてこの方の言葉は本当でス。森の、地面だけでなくあらゆるところに錬成物がありまス。いエ、まるでこの森そのものが流れを……明らかに人為的な……」

 

 ズン、とまた大きな音が響く。

 追うにせよ諦めるにせよ──諦める気はさらさらないが──ここはアガートに従う方が良さそうだと兄弟は判断した。

 あくまでアレは手掛かりだし、見た目は覚えた。アルフォンスの蓄積錬成は途中で外されてしまったが、その気配を追うことのできるメイが今は一緒にいる。

 逃げる兆候があったら彼女が気付くだろう、と。

 

 ――なお、これは兄弟の慢心ではなく、彼らがまだ錬丹術という単語を耳にしていないが故の勘違いであり、且つこの森があまりにも流れを読みづらい魔境と化しているのが原因であって。

 

 

「すみません、逃がしました。……二百は潰したのですが、尚も生き返るとは。侮りがたし、です」

 

 というのも。

 

「えー? おで、そんなこと聞かれてもわかんないよぉ~。ねぇもういいなら行かせて~。ここ食べられない人ばっかりでつまんない~」

 

 という、話の通じない方を捕らえてしまったのも、メイ・チャンに責任はない、ということを明記しておく。

 

 ――なぜグラトニーがアガートを食べなかったかといえば、それは簡単。

 彼はちゃんと覚えていたのだ。レムノスに言われた、レムノスの匂いが強く付着した人間は食べてはいけない、という約束を。

 

 

*

 

 

「……クラクトハイト少将。君の言う、もっと大きいことを……私なりに考えてみた」

「うん? ああ、考察? いいけど自分の首絞めない? それ」

「よせばよいものを、という目を向けておきましょう」

 

 全ての錬成陣が刻み終わり、且つブリッグズ兵から逃げきっての北部。

 ここから一度セントラルへ行ってマルコー大佐を中央に返却、後にキンブリーとクセルクセスまで大行脚。セントラルでお父様に進捗具合も聞きたいところだし、僕の留守中の第五研究所がどうなっているかも気になる。

 アンファミーユとレティパーユが死んでいなければ上々だ。()()()()()だからね。……なんて含みを持たせてみたりして。

 

「外国を賢者の石にする気はない、というのは、わかった。つまり賢者の石は何かをするための通過点に過ぎず、到達点ではないと……」

「おお、うん。そうだね。賢者の石なんかいくらでも作れちゃうんだから、あんなの到達点じゃないよ」

「世界……か?」

「へぇ」

 

 思わず出て来そうになった賢石を抑える。

 食指が動いた、に近い感覚なのかな。――このままだと、彼はいずれ答えに辿り着く。辿り着かれたところで止められるものではないけど、それをエルリック兄弟やヴァン・ホーエンハイムなんかに共有されると面倒だ。

 

 これは抱き込むべきかな。 

 何か大事なものでも作らせて、情を湧かせて、それを人質にして。

 

「世界。大きく出たね。世界。世界か。世界とはなんだろう、マルコー大佐」

「……世界とは、ここにあるすべて。そしてあれらすべてが世界だ」

 

 マルコーさんは、地面を指さして、次に空を指さした。

 キラキラと輝く星々の美しい夜空を。

 

「じゃあ、その方法はなんだろう。仮にそうだとして、僕らが刻んできた錬成陣にはどんな意味があっただろう」

「それまでは……わからない。何か欠落している法則がある。私の知らない、全く知らない法則が。だ、だが意味なら分かる。全は一なりて、一は全なりや……そうだろう」

「そうだね。じゃあヒントをあげよう。ほら」

 

 地面に描くは、ただの円。正円ですらないソレ。……まだ描くの苦手とか、いやいやもう何年経ってると思って。

 

「……円が、ヒントか」

「そう、円だ。錬金術の基礎中の基礎であり、あらゆる錬金術に欠かせないもの。これ以上はもう答えないから、質問しないでね」

「ああ……わかった」

 

 さーって、久しぶりのセントラルだ。

 三国を一か月ごとに帰る予定だった小旅行を一か月で全部を終わらせて帰るとかいう偉業オブ偉業。

 

 そろそろアメストリスは僕の国防への熱心さを褒めてくれていい頃合いだと思うんだよね。まぁ昇進はお断りだしお給料も十分貰ってるんだけど。

 

「キンブリー」

「なんでしょうか」

「一応聞いておきたいんだけど、成るなら正義と悪、どっちがいい?」

「どちらでも。お好きにお使いください。私が従うかは別ですが」

「了解」

 

 さてさてさてさて。

 本当にそろそろ大詰めだ。あとは不確定要素の極致たちがどう動くか、だね。



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第七十六話 錬金術の小技「思念隔壁」

「行方不明?」

 

 それはマルコーさんを中央司令部に返し、第五研究所へ久方ぶりの帰還を果たした僕に入って来た情報の一つ。

 カリステム事件をはじめとしたこまごまとしたなんやかんやがあったらしいけど、なんかアメストリスって感じ。非人道的な事件には事欠かない。錬金術がある分どこぞの犯罪都市より大規模に人が死んでいくアメストリスにおける、日常茶飯事のようなもの。

 それを経て、レティパーユの情緒が急激に成長しただとか、メイ・チャンとの邂逅とか、僕的には面白いニュースがたくさんあった。

 

 けれどこれは格別に――面白い、というより理解不能な事件。

 

「ヒューズ君、もといヒューズ中佐とアームストロング中佐が、ねぇ」

「面識があったんですか?」

「アエルゴ侵略の時にね。彼、まだ士官学生だったから、あっちがこっちを覚えてるとは限らないけど」

 

 軍法会議所で起きた爆発事件以来、マース・ヒューズ中佐とアレックス・ルイ・アームストロング中佐が行方不明である、と。

 会議所内部に遺体はなく、その後の足取りは全くの不明。爆発事件自体は「何者かが爆発物を放り込んだ」で終わり。その何者かも不明。ただ二人の人柄の良さを軍内部の誰もが知っていたから容疑者候補には上がっていない。

 爆発物といえばキンブリーだけど、彼は僕と一緒にいたというあまりにも完璧なアリバイがあるし、彼別に爆発が最も良い悲鳴()を奏でるから好き、というだけで、そこかしこを爆破したい爆弾魔ってわけじゃない。

 

 ふむ。

 既に原作というものは崩壊しているに等しいけれど、まぁ時期的には……いやまだ1913年だから一年早いけど、月日で見れば大体この辺な気がしないでもない。

 ……そこの整合性とか、別に要らないか。イシュヴァール戦役が一年で終わってる時点で全部おじゃんだろうし。

 

 さてこの情報を聞いて気になるのはマスタング大佐の精神面と……アームストロング中佐の安否かな。

 

 アームストロング中佐は精神的支柱としてとても役に立つ存在だ。彼自身が折れやすい点が玉に瑕だけど、理性的で理知的で善良で強い。作中で何度エド達を助けた事か。

 その彼が行方不明となると、流石の僕も暇な時間を割こうという気にはなれる。クラクトハイト隊の仲間だしね。

 

「それで、アンファミーユ。『第二号』と『第三号』の様子は?」

「二号は順調、三号は微妙。レティパーユのように私が直々に見ているわけじゃないから、というのもあるとは思いますけど……」

「これは……取り出した魂に恵まれた、と考えるのが妥当かなぁ」

 

 原作終盤の白人形もそうだけど、一人分の賢者の石で生まれた赤子が如き彼らにも個というものがあり、それらは基本食欲という形で表されたけれど、食べ方自体にも個性が見え隠れしていた。

 リビンゴイドに宿る魂というのはその核となった賢者の石に宿っていた誰かである、と僕は考えていて、けれどその誰かを狙って抽出するというのは至難、というか多分無理であるとも考えている。

 レティパーユは運良く理性的で苦痛をあまり苦痛と思わない魂の抽出ができただけで、『第二号』、『第三号』……とりわけ『第三号』は下振れた、ってわけだね。

 

 よし、そんなものにリソースを割いている暇はない。

 

「破棄しよう。『第三号』」

「作り直し、ですか?」

「それも良いんだけど、ちょっと実験してみたいことがあってね。核となるユニットは僕が作るから、アンファミーユは生体パーツ一式をお願い。男性型で、近接戦闘……それも殴る蹴るを多用するタイプ」

「もう構想はできてるってことですか。わかりました。他に何かご要望は?」

「無いけど、できればあんまり目立たない顔にしてほしいかな。ほら、レティパーユの顔換装パーツはどれもこれも、"お人形さんみたい"な顔じゃん? 生体人形だから正しくお人形さんなんだけど、もう少し目立たない普通めのやつにしてほしい」

「……趣味全開に過ぎましたか」

「ああやっぱり君の趣味だったんだ」

 

 アンファミーユは意外と凝り性だ。意外とというか、キメラの研究者のくせしてネイルしてたりそのネイルもめちゃくちゃ細かくやってたり、化粧だの御洒落だのに凄まじく気を遣う……ま、所謂年頃の女の子をしている。

 そんな彼女だから、レティパーユの頭部パーツはどれもこれも美少女や美女ばかり。西洋人形系でありながらアメストリスの多民族性に合わせたものを各種取り揃えているらしく、僕が旅行に出た時は十に満たなかった換装パーツが五十を超えていた。怖いよちょっと。

 

 実験体にそこまでの情を注いでどうするんだって気持ちもあるけれど、それが彼女の娯楽であるというのなら止めはしない。ただ整い過ぎているのは目立つからやめてってそれだけの話。

 

「『第三号』がいるのは」

「B-407です」

「あれ、移したの?」

「400から406は壁を取り払ってスライサー兄弟の稽古場にしてあります」

「あ、第三研究所が無くなって修行相手がいなくなったからか」

「はい。毎日飛んだり跳ねたりしてるみたいで」

 

 スライサー兄弟ね。

 アレ以上強くなることは無いと思って送り出した彼だけど、フツーにアレ以上強くなってたのにはびっくりした。カリステム事件で金歯医者と成り損ないたちが死んだ、ってことも。彼人柱として使えると思ってたんだけどなぁ。

 

「んじゃパーツ、お願いね」

「はい」

 

 それじゃ、お久しぶりの実験タイムだ。

 ……お父様の所へ行こうとしたら、まだプライドの膜が張られていた。そんでもって近づいたらギロリと目と口が来て、「まだ父は実験中です。父の集中を乱すというつもりなら、食べますよ」とか言われたので行けていない。

 まぁ、まぁまぁ。

 僕もちょっとお父様とベタベタし過ぎたから、久方ぶりの家族団欒を楽しむと良いよ、って感じで。

 

 ピリオドを鼻歌で歌いながら地下へ降りる。

 外部の者を入れることのないこの区画は、降りれば降りるほど血の臭いが濃くなる。実験動物や実験体が自死したか、共食いでもしたか、掃除役とかそれこそリビンゴイドにやらせたいんだけどなぁ、とか。

 

 そんなことを考えながら廊下を進む。

 殺気。ま、殺気だ。

 僕に向かう殺気――。

 

「そんなに早く使って欲しいなら、言えばいいのに、口でさ」

 

 も、すぐに止む。

 実験動物である程度知性があればそりゃ研究者に殺意を持つよ。お世話をしてくれている存在、じゃなく、これから自身を酷い目に遭わせる悪魔、なんだからさ。

 

 アンファミーユの言う通り400から406はぶち抜かれているらしく、中から激しい戦闘音が聞こえる。誰と、というか何と戦っているんだろう。廃棄予定のキメラとかなのかな。その辺の管理全部アンファミーユに投げてるから知らないんだよね。

 

「っと」

 

 辿り着く。

 B-407。地下牢獄の七番目、別名『イリスのお仕置き部屋』。名前の通り、かつてイリスが実験体にナニカをするときに使っていた部屋。容易に想像できるナニカではなくもっともっと凄惨なナニカであることは言うまでもない。

 

 重厚な扉を開けて入ると、そこにはガッチガチに拘束された生体人形が一つ。まだ一人、と呼べるほどの知性を持っていないから、まぁ譲歩するにしても一匹だ。

 

「やぁ、『第三号』。今日は君にプレゼントを持ってきたよ」

 

 話しかけると、金切り声を上げる『第三号』。白人形にも似たその声は、けれど核である賢者の石から発されている。

 ちなみにレティパーユも同じなんだけど、伝声管の要領で頭部パーツから声が出るような仕組みになっているとかどうでもいい話。

 

「ほら、君より強い意識の塊だ。これを君に埋め込むとしよう。――君の意識が残るかどうかは君次第だから、頑張って」

 

 そのバッテリーユニットに、そのまま持ってきた賢者の石を突っ込む。

 

「……!? ――、――!!」

「どうかな。抑え込めそう?」

「――!!」

「無理か、やっぱ」

 

 一歩、離れる。

 直後斬撃が来た。鎖も手錠も引き千切り、唸り声を産声とする。

 

 そして。

 

「――あのよぉ、お前さん、賢者の石を扱い慣れ過ぎてねぇ?」

「これと一緒に成長してきたようなものだからね」

「ケッ、そりゃ大層な添え木なこって」

 

 そこにいたのは、生体パーツを()()させた最強の盾。

 強欲(グリード)

 

 残念ながら『第三号』クンはあまりにもあっさり食べられてしまったようだ。リン・ヤオみたいな共存は無理だったと。

 

「気分はどうかな、グリード」

「ウゼぇ……が、ずっと動けねえよりマシだ」

「それは良かった。それで、どうかな。――再生できないでしょ」

「だからウゼェつってんだよ。動けるのに再生できねぇ。自由自在に操れる、硬化もできる……だがこれは俺様の身体じゃねえ」

生体人形(リビンゴイド)、という。君達人造人間(ホムンクルス)の劣化品だ。ただし、君という核が入ることで少しは上等なものになったはず。加えて」

 

 賢石剣鎧で彼の右腕をもぎ取る。

 

「何すんだテメ……あん?」

「痛くない。そうでしょ」

「ああ……片腕もぎ取られたところでのたうち回る程痛みに慣れちゃいねえってワケじゃねえが、一切感じないってことはなかったはずだ」

「その身体は君の意のままに動く。硬化も使える。だけど、決して君の賢者の石によって作り出された肉体ではない。だからダメージを負っても再生しない代わりに賢者の石を消費しない。そして君は最強の盾を持っているから」

「ダメージも負わない上に何されたって消耗しないと。……がっはっは、なんだ、俺様に永遠の命でも与えたかったのか?」

「デメリットは勿論ある。今みたいに腕をもがれたら、そのままだ。換装パーツがないと再生できないわけだから、片腕のままになる。ホムンクルスの時のようには行かない」

「もがれなきゃいい話じゃねぇか」

「そう、それだけの話。どうかな、グリード。――僕の部下になってほしいんだけど」

「やなこっ……」

 

 そのお願いに、グリードは拒絶を返そうとして。

 がくんと、あるいはバタンと倒れる。

 

「当然だけど、君の賢者の石と生体パーツの間には僕の思念エネルギーという隔たりが存在する。消費を考えて普段は最低限にしているから君も自由自在に動けるけど、こうやって思念エネルギーを強く詰め込めば隔たりは大きくなって君の核と生体パーツとの繋がりも途切れる」

「テ、メェ……脅し、じゃねぇ、か……!」

「勿論そうだよ。強欲相手に取引とか、全部断られるに決まってるじゃん。だって君は世界の全てが欲しいわけだし。だからほら、交換条件だよ。そうやってバッテリーユニットの中で何もできずに世界の変容を見届けるか、僕の下について世界の変貌を目の当たりにするか。どっちがいい?」

「……世界の、変貌ってのはなんだ」

「文字通り、言葉通りさ。僕とお父様が協力開発で進めているビッグイベント。そうだな、他人の言葉を借りるのは心苦しいんだけど、つまりは"チェス盤をひっくり返す"って奴だ」

 

 沈黙が降りる。

 ま、一朝一夕に決め切れることじゃないのは知っている。グリードはホムンクルス達の中でも最も人間に近い感情の持ち主だし。

 

 僕とキンブリーがクセルクセスに行って帰ってくるまでに決めておいてくれたらそれでいい。

 

「じゃ、考えておいて。――楽しい結果を望んでいるけどね」

「待てよ」

 

 おや。

 

「いいぜ、アンタの下についてやる。だがその前に一個聞かせな」

「デビルズネストのこと?」

「ああ、そうだ。俺の仲間はどうした。返答によっちゃあ」

「別に。あの辺ぶっ壊しちゃったから修繕費を南部に投げて、それきりかな。僕が欲しかったのは君だけなんだよ。デビルズネストのキメラとか心の底からどうでもいい。ああ、アレだよ? 僕がやりたいことやるまで全然暇だから、全然全然、デビルズネストに帰って仲間とがっはっは、も別にいいよ?」

「……顔が違ぇだろ、もう」

「作れる作れる。誰の顔だって簡単だよ。そろそろ造形師とでも名乗っていいくらいの生体錬成に長けた錬金術師がいるからさ。その子が生体パーツ各種を作っているんだけど。写真とかあったらさらに作りやすいよ」

 

 作れる作れるとは言ったけど、作れるかどうかは知らない。

 初期グリードの顔立ちがアンファミーユの趣味に合えば綺麗に作ってくれるんじゃない?

 

「じゃ、契約成立だ。アンタは俺を自由にする。俺はアンタからの命令があるまで自由にする。命令にゃちゃんと従う。これでいいな?」

「うん。あと部下になって、っていったけど真実部下ってわけじゃなくていいよ。同盟結んで、の方が君的には頷きやすかったかな」

「その辺はもうどうでもいい。今更だろ」

「そうだね。じゃあ」

 

 背を向けて。

 思念エネルギーを減らし、動けるようになったグリードの斬撃を賢者の石でガードして、手を振る。

 

 うん。

 やっぱり裏切り者の極致だよね、彼。



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第七十七話 錬金術の友情「元・クラクトハイト隊」

 手足を握る。解放する。

 軽く跳躍する。宙返りをする。

 

 パチパチパチ、という乾いた音に振り返れば、そこには「まぁ、仮の姉にはなるのかな。腹違いだけど」だのなんだのとくだらない説明をされた人形が一人。

 

「ンだよ」

「私が起動した当初はそこまで身軽に動けなかったので、賞賛の意を送りました」

「そりゃあんがとよ。だが俺様はちぃっとばかし事情が違ってな、地続きなんだ。感覚を取り戻してるに過ぎねえ」

「私も恐らくそうであると考えられます。記憶はありませんし、知識もありませんでしたが、地続きであることは変わりないかと」

「記憶が無いんなら地続きって言わねえよ。……あー、なんだ。レティパーユ、つったか」

「はい」

「『第二号』ってのはどこにいんだ? アンタが『第一号』、俺様が『第三号』。なら、間の奴がいるはずだろ」

「まだ調整中らしく、私もどこにいるかは知りません」

「そうかい」

 

 感情の起伏の少ない少女。いや、正しく人形か。

 グリードの周囲にはいなかった手合い……強いて言えば"親父殿"くらいだが、今その親父殿が錬金術の実験やら飲食に夢中と来ているらしい。世の中分からないものである。

 だから、というわけでは……ある。

 苦手だった。対応が難しかった。

 

「なんだ、お目付け役でも任されたか?」

「いえ。所長が私に求めてくるのは、情緒を育てろ、と。ただそれだけです」

「情緒ねえ。ンなもん、こんな薄暗い研究所の中で育つとは思えねえんだが」

「少し前、イーストシティには行きました」

「へぇ。なんだ、造形師の嬢ちゃんと小旅行でもしてきたのか」

「はい。アンファミーユと共に、アンファミーユの兄が寄生した錬金術師を倒す大冒険でした」

「大冒険っつーんなら大冒険だ、って感じに話せよ。まるで大冒険って感じがしねぇ」

「……」

「……あー、なんだ。なんか気ィ悪くさせたか?」

「いえ。……その、大冒険だ、という感じに話す、という手法を知らないので、考えていました」

 

 やりづらい。本当に。

 グリードの仲間……デビルズネストの面々は全員大人だった。当然だ。軍に使われ、軍に捨てられた者の掃き溜め。……そんな風に自虐してはいるけれど、大切な大切な場所と仲間。

 彼らは相応の過去を背負った、言ってしまえば汚れという汚れを見てきた者達ばかり。少数だからこその繋がりというのを強く感じることのできる者達だった。

 

 さて、ではレティパーユを見る。

 グリードの要求に頭を悩ませている少女を。

 

「……身体が慣れるまでの間だ。造形師の嬢ちゃんが作ってるパーツもまだ完成してねぇしな。それまでの間、俺様が色々教えてやるよ。がっはっは、情緒は育つかもだが、情操教育にゃ悪いかもしれねぇ、が!?」

 

 咄嗟の硬化が間に合ったのは、相手がわざわざ足音を鳴らしてくれたからだ。

 暗殺者の如き速度で来られていたら、そのまま首が飛んでいたことだろう。飛んだところで作り直せば良い話なのだが。

 

「やめてください、スライサー兄弟。彼は私の弟です」

「知っているとも。私達も殺人鬼である以上揶揄はできんが、この子は今己を形成している途中なのだ。余計な真似はやめてもらおうか」

「オイオイ、それなりの保護者サマがついてるじゃねぇか。そこまで言うんならアンタがしてやれよ、こいつの相手」

「……心躍るような話は持ち合わせていない。人をどう殺すか、の話題であれば可能だが」

「他人の事言えた口じゃねぇなオイ」

 

 刀を引くスライサー兄弟。そう名付けられたキメラ。

 

「やめてください。私は彼の話を聞いてみたいと思っています」

「ム……」

「はっはっは! フラれちまったな兄者! いや、父親離れって感じかこりゃ!」

「がっはっは! 言われてんぞキメラ! ……あん?」

 

 笑い声が被る。

 グリードと――スライサー兄弟、その弟の豪快な笑い声が。

 

 三対一。折れたのはスライサー兄だった。

 

 

*

 

 

 なんだか賑やかになった第五研究所を後にする。アンファミーユにあとは任せたよって言っておいた。

 すっごく嫌そうな顔をしていた。うん、基本的にグリードガツガツ系だから、あんまり相性良くなさそうだよね。

 

 で、なんで後にしたかって、クセルクセスにいくから──ではなく、アームストロング中佐達を探すためだ。

 行方不明。刻限までは然程時間があるわけではないんだけど、まぁできる限りね。

 

 さて、本当に久しぶりのセントラルだ。

 僕はとても有名人なのでそれなりに騒がれるけど、声をかけてくる人はいない。アイドルとかじゃないからね。

 

「クラクトハイト」

 

 いた。

 ……しかも、えぇ。

 

「まさか――君の方から声をかけてくるとは微塵も思っていなかったよ。何用?」

「アームストロングとマース・ヒューズについてなら、情報がある。何も聞かずについてきてくれるか」

「……僕の思想に触れるつもりは毛頭ない、と受け取っていいんだよね? ()()()()()()()()()

「よしてくれ。俺は軍を抜けたんだ。今はただのマクドゥーガルだ」

「そうかい。それで、答えは?」

「勿論だ。アンタを裏切る真似はしない。その上で、ひと気のある所じゃ話せない内容でな。協力者もいる。……まぁアンタとは折り合いが悪いとは思うが」

「つまりマスタング大佐が来てるわけだ」

「本人は無理だが、子飼いがな」

 

 ははぁ。

 ま、マース・ヒューズが行方不明となれば、流石にそうなるか。

 

 ふむ。

 うん。

 

「いいよ。マスタング大佐がいないのなら、険悪な空気から抜け出せない、ってこともなくなるだろうし」

 

 それで、子飼いって誰?

 

 

 

「お久しぶりです、クラクトハイト少将。といっても、最後に会ったのはドラクマの」

「リザ・ホークアイさん、ああいや、中尉だね。成程、子飼いも子飼いだ。それほどマスタング大佐はこの件を気にしているらしい。けど珍しいな。彼が自ら君を危険な所に送り込むなんて。他にも来ている、と見ていいのかな?」

「はい。既にブレダ少尉とハボック少尉が周辺の警邏に当たっています」

「おお、隠さないんだ。偉いね。僕の扱い方を心得ている」

 

 まさかのホークアイ中尉。

 マスタング大佐、かなり切羽詰まってるね。原作と違って中央へ栄転していないから手を出しあぐねているんだろうけど、それで三人も送り込んでくるとは。それだけ信頼しているんだろうけど、些か危険意識が……って、そうか。まだホムンクルスとさえ接触していないような時期だから、そんな危険らしい危険が潜んでいるなんて思ってないのか。

 いるとして錬金術師だけど、渡りにつけたのがマクドゥーガル少佐……マクドゥーガルだったから信頼した、とか。そんな感じかな。

 

「それで、こんなアパートにまで連れ込んで、わざわざ人目を気にした理由は何?」

「軍上層部が絡んでる可能性が高い。アンタのとこにも回って来たんじゃないのか? 軍法会議所爆破事件のレポート」

「ああ、これでもかって程に隠蔽されてるアレね」

「そう、それだ。ちなみにアンタ基準、あの隠蔽は裏切りじゃないのか?」

「僕は一度たりとも軍上層部を味方だと思ったことはないよ」

 

 一人だけ、グラン准将くらいかな。味方だと思っているのは。

 あとは全部有象無象だと思ってる。あ、グラマン中将は除く。忘れてた。

 

「それでみんな私服なんだ」

「だから俺は……まぁいい。アンタはどうする?」

「僕だけは軍服のままの方が良いと思うよ。圧力になる」

 

 隣国三つを潰した、という偉業は今尚恐れられている。中央軍、というか軍上層部は、僕がお手軽に賢石錬成ができるのを知っているから。牙を向けたら、次は我が身、って。

 だから早々僕に手出しはしてこないはず。してきたらありがたいんだけどね。エンヴィーのお小言を気にせず潰せるわけだし。

 おっと、僕は味方殺しをしないことで有名な錬金術師だった。

 上っ面だけでも味方なら、消しておきたい、なんて考えないようにしないと。

 

「調べはどこまでついてるの?」

「聞き込みをした。近隣住民によると、轟音がした後に爆発音が三回鳴ったという証言が多くあってな。つまり」

「アームストロング中佐達を誘拐、ないしは殺害したことの隠蔽に軍法会議所を爆破した可能性が高い、と」

「アンタは話が早くて良いな。それで、アンタを抱き込んだ理由だが」

「それは話さなくていいよ。実は結構時間が無くてね。明日の正午にはセントラルを出なきゃなんだ。ぱっぱとやりたい」

 

 本当はもう少し時間があるけど、長話に付き合う余裕がないのは事実。

 ちなみにキンブリーは今査定やってる。

 

「とりあえず軍法会議所に行ってみようか。ああ、二人は来ないで。というか、僕がこの話の指揮を執っていいならやってほしいことがいくつかあるんだけど」

「俺は構わん。アンタは……やり方に思う所はあれど、アームストロング達を助けたいって部分だけは同じだと思ってるからな」

「私も構いません」

 

 さて。

 もう大方の予想はついちゃったんだけど、この予想が当たっている場合、二人は助けられないんだよね。

 外れててほしいなぁ、とは。……勿論思うよ。

 

 

 

 二人と、東方司令部の二人へも命令を出して、今軍法会議所なう。古いか。いや逆に新しすぎるのか?

 

 で、ええと。

 

「……これさぁ」

「アタリよ。……さて、どう償えばいいかしら」

「いや君に過失はないんじゃない? ちなみに暴走? それとも故意?」

「故意ね。予想外に抵抗が激しかったみたい」

「アレ故意に引き出せるものなんだ……」

 

 壁越しの会話。

 少将権限で人払いをしているからこそできることだ。

 

「あー。どうなの? 実際。取り出せるものなの?」

「無理でしょうね。出せた事例は今まで一つとしてないもの」

「だよね」

 

 予想は完璧に的中していた。

 だから、つまり。

 

「疑似・真理の扉……そんなん一般人相手に使う? フツー」

「あら、豪腕の錬金術師は一般人扱いなのかしら」

「まぁ僕らの隊の中では抜きん出て強いし万能だとは思っているけども。実行犯はグラトニーと君?」

「いいえ、エンヴィーよ」

 

 マース・ヒューズ。そしてアームストロング中佐は――疑似・真理の扉というゴミ捨て場に飲み込まれた、と。

 いや、いや、困ったね。

 助ける助けないの問題じゃない。もう死んでるでしょ、餓死で。

 

 遺体だけでも取り出せないものか……あー、作るのはアリかな。原作でマリア・ロス少尉にマスタング大佐がやったように、焼死体とか、圧死とかで身元不明にすればあるいは?

 とにかくやる気はなくなったかな。疑似・真理の扉がどれほどヤバいものかを知っているからこその諦め。アレ出てこれたのはエドが凄まじい天才で真理の扉見てたからで、且つ賢者の石があったからじゃん。

 一般軍人と一般錬金術師が脱出できるワケ。

 

「ちなみに今グラトニーとエンヴィーはどこに?」

「行方不明よ」

「え?」

「行方不明なのよ。どちらも音沙汰なし。どこかで捕まっているか、死んだか」

 

 うわー。

 グラトニーがいれば実験に実験を重ねて、とかも考えられたけど、まじかー、その二人も行方不明かー。

 確か疑似・真理の扉って現実世界と時間の流れとかフツーに一緒だったよね。

 いや無理だよ。絶対死んでる。

 

 ……いや、うん。

 僕が冒せるリスクが無いな。

 

「ラスト。グラトニーは、必要な駒?」

「私達ホムンクルスにそれを聞くのは酷ではなくて?」

「君が一番冷静だから聞いているんだよ。プライドはお父様にお熱で、ラースは決められたこと以外やる気がない。スロウスもそうだ。エンヴィーとグラトニーが失踪中で、グリードは離反中。他に誰に聞けって?」

「……計画には不要よ。けれど」

「君の心情は考慮しないよ。君達はお父様のために製造されたんだ。余計な兄弟愛は捨てた方が楽でいいと思うけど」

 

 最強の矛は――来ない。

 ただ、何か噛み締めるような音が聞こえた気がする。

 

「……ええ。もう一度言うけれど、不要よ」

「うん、ありがとう」

 

 それじゃ。

 いや、いや、まったくまったく。

 

 どんだけ人間らしいんだか、って話ね、コレ。

 

 

 

 夕刻、件のアパートに戻れば、もう全員が揃っていた。

 

「どうだったかな。聞き込みは」

「どういう読みをしてんのかは知らねえが、全部当たってたよ。丸っこいチビと細身のガキの二人組。人間にはあり得ねえ跳躍を見せてたって結構な数が騒いでた」

「あー」

「それと、その二人がどこに行ったかを聞きまわる三人組の情報も入手しました」

「三人組?」

「金髪金眼の兄弟と、黒髪の少女だそうで」

 

 ワオ。

 ……ワーオ。

 

「向かった方角は?」

「西へ」

 

 キツネザル……。

 

「アンタはどうだった。なんかわかったか」

「わかったけど、君達じゃどうしようもないことだった」

「それでもいい。アンタから見てどうしようもないことでも、どうにかしようとする意志がこっちにはあるんだ」

 

 そこまで言うのなら、仕方がない。

 そう言ってくれると信じていたよ、という言葉は隠して、真実の一端をプレゼントフォーユー。

 

「まず――ホムンクルス、という存在を知っているかな」

 

 ホムンクルスがいて。グラトニーというのがいて。それの能力がとんでもなくて。二人は恐らくそれに飲み込まれていて。餓死していなければ奇跡で。そこに入る方法と、出る方法。グラトニーの向かった方角と、彼が行方不明になっている恐らくの理由を――全部話した。

 錬金術師に疎い三人でさえ蒼白になる内容を、一息に話し終えて。

 

「最後に重要な事がある。二つ。一つは、僕が協力できない、ということ。用事があるからね。もう一つは、疑似・真理の扉に入ってから出てくるには通行料が必要であるということ。これはあまりにも丁度良くグラトニーのいるところに一つ存在するはず」

「……賢者の石、か」

「そう。所有者を説得できるかは君達次第だし、仮に出てくることができなくても、加えて二人が死んでいたとしても僕はもうこの件に関与しない」

「助けは無いと」

「それでも他人のために動けるというのなら──出る為に必要な錬成陣を今渡してあげる」

 

 果たして、マクドゥーガルは。

 

「ああ、それを貰うためにアンタを抱き込んだんだ。当然受け取るさ」

 

 なんて、不敵に笑うのだった。



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第七十八話 錬金術の基礎「豆腐ハウス」

 さて、彼らの行く末も気になることは気になるけれど、大問題の方を先に片付けてしまいたい。

 相変わらず中に入れてくれないプライドに一応挨拶をして、キンブリーと合流。なんだか懐かしい道筋を辿ってクセルクセスへ向かう。

 

「……一つ、お考えを聞かせてくださいませんか」

「え、珍しい。君がそういうことを僕に求めてくるのってアエルゴとか以来じゃない?」

「はい。自分でも珍しい行いをしている、という自覚があります」

 

 それはユースウェルに入ったくらいのタイミングだっただろうか。

 もう土地は荒野も良い所で、ここを抜けたら砂漠――そんな時の問いかけ。

 

「あなた達の計画。その全貌、全容を私は知りません。知りませんし、知りたいと思っていません。ただ」

「ただ?」

「ホムンクルス。人造人間を作った存在によってつくられた彼らは、()()()()の計画を快く思っているかどうかについて、です」

「思ってないんじゃない? 要らないって言われているようなものだし」

「即答ですか。流石ですね」

 

 僕とお父様が進めている計画に、人造人間(ホムンクルス)は要らない。

 なんでって錬金術を使えないから。この計画で必要なのは多かれ少なかれ思念エネルギーを発することのできる錬金術師であり、個々に長けた能力を持ったホムンクルスなど用無しも良い所だ。必要のない駒――ただ今雑用として使えるから、勝手に付き従ってくれるから、使っているだけ。

 勿論僕に従っているわけじゃないけど、今回グラトニーが人柱候補になり得たアームストロング中佐を飲み込んでしまったように、纏まりのない手足……煩わしくさえ思えるものになっている可能性もある。

 

 お父様の愛情が今誰に向かっているか、という話だ。

 自分か、それとも僕か。……僕自身はそう思っていないけれどね。アレは、虎視眈々とこっちを狙っている獣の目だ。フラスコの中の小人に気を許す、なんてことをして一夜にして自国を滅ぼすなんて結果を招いたら後悔の念で自決してしまいそうだし。

 なんて。

 

「君が聞きたいのは、現在味方であり、内情のほとんどを知っているホムンクルス達が敵に回る可能性のことだろう?」

「ええ、まぁ。目に見えて裏切ることがわかっているような相手をどうして放置しているのか、と。少将らしくない……というのは、私の幻想が入り込み過ぎているようにも感じますが」

「いいや、その通りだよ。ホムンクルス達は暗殺に長けている。それがこちらに牙を剥くとわかっていて放置しているなんて僕らしくない。それはその通りだ。でも、こう考えてみて欲しい」

 

 一拍置く。

 

「彼らは()()()()()()()()なんだよ。自律でもいいけど」

「はあ。それが何か?」

「そうだな、たとえば君が国土錬成陣なりなんなりを作るとして、記号自らが動き回るとなったら、どういう行動を取るだろう」

「排除しますね。すぐに。……できない、あるいはしたくないのであれば……それが利用できる陣に組み替える?」

 

 錬成陣は基本的に固定されているものだ。サンチェゴのように常時変動するものは稀オブ稀で、固定されているからこそ安定した錬成が行える。流動する錬成陣なんて常人には扱えたものじゃあない。

 だけど、常人でないのなら。

 たとえば想像力が桁外れな――何百年に渡り、「自分の思う通りの国を作る」なんて遠回りを成し遂げた存在であるのなら。フラスコの中に取り出された脳さえないナニカでありながら、人間を誘惑し、時間をかけてでも身体を手に入れるような組み立てのできる存在であるならば。

 

「自身の意図しない動きをし続ける記号から意味を汲み取って錬成を行い続ける。それができる存在であれば、成程、自走する賢者の石、というのは有用だ。何せ作りようが……いえ」

「うん?」

「作っていましたよね、確かリビンゴイドという名の、自走する賢者の石」

「そうだね。――そうだ。リビンゴイドはホムンクルスからその部分だけを抽出した劣化品さ」

「であれば、やはりわかりません。裏切らないリビンゴイドはともかく、裏切りの確定したホムンクルスを生かしている理由が」

「ああ、それはさっき言った事だよ。だから、ホムンクルスは絶対に裏切る。こっちの命令に従わない。必ず意図しない動きをしてくれる。リビンゴイドにはそれができない。一体……いや、二体作ることには成功したけど、かなりの時間がかかった。何百、何千というリビンゴイドを運用するにあたって、意図しない動きをしてくれるよう今から教育するには時間が足りなくてね」

 

 だから、リサイクルだ。

 スロウスだけはどうかわからないけど、他の奴らは同族殺しや人間の思い上がりをこれでもかって程に嫌うからね。

 それこそが僕たちの求めているもの。

 

 裏切ってくれないと困るんだよ。裏切らせるために野放しにしているんだ。

 

「……それは」

「勿論、君もだよ、キンブリー大佐」

「やはりですか。成程、貴方が部下の洗脳などをしない理由はそれでしたか。全てが予想通りでは困ると──しかし、よろしいのですか? これを聞いた私は、貴方に素直に従うかもしれませんよ」

「それで困ることある?」

 

 キョトンとするキンブリー。

 そして、またもや珍しく口を尖らせる、なんておちゃめな面を見せた。僕に見せられてもね。

 

「裏切ったら許さない。内通していたら許さない。でも、裏切るかどうか微妙なラインの奴は泳がしておく方が益になる。昔からそうだったでしょ。君のいなかったイシュヴァール戦役でもそうだったし、合流してからも同じだった。僕はいつだって裏切るまでは自由を束縛する気はないんだよ」

 

 自由(そこ)を縛るくらいなら、キメラ・トランジスタなりなんなりの機械を使った方がいいし。

 せっかく自由があるんだから自由に動いてもらわないと。

 

「つまらないことに時間を取らせました。申し訳ありません」

「話のタネはあるに越したことはないから、全然いいよ。これからまた砂漠横断旅行なワケだし」

「そうですか。しかし、話のタネと言われると困りますね。これ以外に聞きたいことも話すことも……ない、ですね。ふむ、存外私はつまらない人間のようです」

「それを言ったら僕も同じだよ。面白い人間の方が少ないんじゃない? あ、でもマルコー大佐とかマスタング大佐とかは面白い人間なんじゃないかな。だって彼ら、あらゆることに一喜一憂してて、思い出多そうだし」

「どちらも胃を痛めそうな性格をしている、と聞こえました」

「そう言ったんだよ」

 

 僕もキンブリーも些事を気にしないから、話のタネなんか出るはずもない。

 だからやっぱり無言でのクセルクセス行き。ああほら、無言で一緒にいても苦じゃない関係みたいな。良く言うと、って便利な言葉だよね。

 

 

 

 

 そうしてやって来たクセルクセス遺跡。

 ――何にもない。

 

「いやぁ、ここに砂上の楼閣、もといしっかりとした文化を感じられる貴重な遺跡群があったのになぁ。どこいっちゃったんだろうなぁ」

「口笛でも吹いたら満足ですか?」

「実際やり過ぎではあったよね」

「まぁ、不完全燃焼というものは怖いものだ、という教えになったでしょう」

「君が言うと違う意味に聞こえるなぁ」

 

 不完全燃焼からの爆破でドーンとか。

 怖い怖い。

 

「じゃあ分担作業で。やり方は頭に入ってるよね?」

「この程度の単調な作業も覚えられないと思われていたとは、長年の付き合いという名の信頼に罅が入りましたよ今」

「じゃあ後で錬成して直しておいて」

 

 別れる。

 なんせ広大だ。誰もいない砂漠で二人、コツコツと錬成陣を刻んでいく。

 

 誰もいない。

 ……はず、だったんだけど。

 

「……」

「……」

 

 ふむ。三人が三人、ってことはないんじゃないかなぁ。皇子と娘はコメディな感じになることはあったけれど、小さいお爺さんは基本シリアスだったはずだし。

 これは罠だね。気にせず作業を続行しよう。

 

「……」

 

 あ、目が合ったね。気にせず作業を続行しよう。賢者の石があるとはいえ、脱水症状とか怖いからね。適度に水分補給もしよう。見せつけるように水筒から水をごくごく飲んで、携帯食料も美味しそうに食べて。

 

「恵んでくレ!!!!!」

「うわぁ、ドストレートに来るんだ」

「今目が合っただろう!! これも何かの縁だと思っテ!!」

「もしかして、シンからアメストリスに渡ろうと思って、だけどクセルクセス遺跡で補給なりなんなりをする予定で来てみたらクセルクセス遺跡が無くなってて色々な計画が崩れた密入国者だったりする? 僕アメストリス国軍少将なんだけど」

「まだ密入国はしていないから恵んでくレ!!」

 

 熱量。

 そんだけ元気なら一回自国戻ったりできるでしょ。ヤオ家の矜持的にはアレなのかもしれないけどさ。

 

 そう。

 糸目の青年と、まだ死んだふりしてる少女に、小さいお爺さん。

 ヤオ家一行がそこにいたのである。

 

 

 

 夕刻。

 携帯食料の一部と水を恵んで、上げた分働いてもらっての、キンブリーとの合流。

 さしものキンブリーもこっちの人数が増えていることには面食らったようで、とりあえず寡黙モードにある。

 

「改めて。俺はシンの――」

「ああいや、要らない要らない。正式な入国手続き踏んでくれてるならともかく、ここで僕らに遭うのはそっちにとって不都合しかないでしょ。僕としても君達をしょっ引かなきゃいけないんだけど、僕は憲兵じゃないからね。偉いんだ、通報するだけでいい。そしてここには通報する場所がないから、何もしなくていい。よってここで出会った僕らは互いに互いの身分を知らない、ということにしておくのが一番丸いとそう思わないかい?」

 

 自分から国軍少将とか言っておいてなんだけど。

 砂漠で出会った二人と三人、の方が絶対良い。なんなら僕とキンブリーも正式な命令とかがあってここにいるわけじゃないし。お父様からキング・ブラッドレイに伝達が行ってるかどうかはお父様の気分次第なところあるし。

 

「しかし、それでハ水と食料の恩が返せなイ」

「砂漠なんだ、困っていたらお互い様でいいじゃないか。もし次僕が砂漠で遭難していたら助けてくれよ。それじゃダメかな」

 

 どの口が何を吐いているんだ、という目をしているキンブリーを横目に、あまりにも良い人然とした言葉を展開する。

 

「……わかっタ。この件は心臓に刻む。たとえいつ、どのような場合であろうと、俺達は必ずアンタに恩を返す」

「言い方、ちょっと物騒じゃない? なに、アメストリスに戦争でもしに行くつもりだったの?」

「……」

「そこで黙るのは得策じゃないなぁ」

 

 流石に違うと思うけど、不老不死の法を手に入れにきた、ってわけでもなさそうなのが引っかかる。

 ので、さっきからずっと黙っている老人に目を向ける。

 

「……若。この者達を信頼できないのはわかりますが、このままでは敵対関係になってしまうものかト」

「いや! それは……わかっていル。だが、そうだな、なんと説明したものカ……」

「君達のおかげで作業が捗ったから、最終チェックだけして僕らは明日にでも帰る。それまでに話す言葉を決めておいて欲しいかな。君達をシン国から密入国しようとしているテロリストとして国に通報するかどうかの瀬戸際であることは気に留めておいてね」

「……その、だナ。あなた達は……竜頭の錬金術師、という存在を知っているだろうカ」

「知ってるけど、会ったこと無いんだよね。会ってみたいとは思ってるんだけど」

 

 詰まりもしない即答。

 そっちね。はいはい。

 

「……その……竜頭の錬金術師は、隣国を滅ぼし、今もなお国外へ向けて何かを画策している……ト、聞いていル」

「へぇ、誰から? 僕の立場でもそんなこと知らないんだけど」

「風の噂ダ」

「無理があるよ。シンのスパイがいるのか。流石にそれは無視できないかな」

「少将。あまり遊ばないで頂きたい。わざわざ彼らの話の腰を折るような事ばかりを言って、私の睡眠時間を削るおつもりですか?」

「ああ、ごめんごめん。大佐、先に寝てていいよ」

 

 ピク、と眉を動かしたのは小さいお爺さん……フー爺さんだ。

 僕らが名前を呼ばないことにすぐに気付いてくれたらしい。そして、自然体で臨戦態勢に入る。

 物騒だなぁ。

 

「それで、竜頭の錬金術師がどうしたって?」

「……皇帝より、戦力調査を言い渡されタ。その力の矛先がシンに向かないかどうか――その調査ヲ」

「いっぱいいるとはいえ、皇子に?」

「……何故それ知っていル?」

「これでも博識でね。そっちの女の子がつけてる面で家柄もわかったよ。ヤオ家でしょ」

「シンに詳しいのカ?」

「錬丹術を扱える程度には」

 

 僕の足元で。

 ガチャン、という音がする。ちなみにキンブリーはもう離れている。さっきの言葉の意味をちゃんと理解してくれたらしい。

 

「若!」

「若様!」

「……その、特有の音ハ」

「ああこれ、結構有名になってるんだ。それじゃ、どうしよっか。――戦力調査、していく?」

 

 していくのなら、容赦はしないけど。

 そう言外に零して。

 

 ヤオ家皇子の返答は――。

 

「いや、さっきも言った通リ、戦争をするつもりはなイ! むしろ逆ダ。先日皇帝は――アメストリスに完全降伏することを宣言しタ。そちらの大総統が出した通告に屈しタ!」

 

 大総統が出した通告。

 ……知らないなぁ。あのさ、報連相ってあるじゃん。僕も大概秘密主義者だけど、一応軍って組織なんだよね。少将なんだよね僕。

 

 まぁ口ぶりから察するに「こちらは戦争の準備がある」みたいなのを出したんだろうけど。

 どれもこれもプライドのせい感は否めない。お父様に会いに行けていたらこんなディスコミュニケーション起きなかったのに。

 

「降伏するつもりなのに、戦力調査?」

「……その、気を悪くしないでほしイ。それを始めに言っておきたイ」

「ああうん、僕も大人だからね。公私混同はしないよ」

「竜頭の錬金術師の思惑とアメストリスの方針は別である――ト、シンの錬丹術師のほぼ全員が予見を出しタ。だからこそ、その真意がどこにあるか知りたかっタ」

 

 ……シンの錬丹術師の、ほぼすべて。

 それは多分、僕なんかより遥かに長けた錬丹術を使い、大地の流れも当然のように読める集団、ということか。

 

 成程。

 なるほどね。

 これまでの所業。一か月旅行。その全てにおける"仕込み"が大地の流れに何らかの作用をしていたのなら……ははあ、達人にはわかってしまうわけだ。

 アメストリスの言っていることと違うぞ、と。

 ああ、ああ、いつか考察したことだったね。アエルゴの国境線沿いに作った局所洗掘錬成が大地の流れに悪影響を及ぼすのではないか、みたいな話。

 

 やっぱりわかるんだ。

 それで、成程。メイ・チャンは一か月前にアメストリス入りしてたから、皇帝の降伏宣言を聞いていないと。

 

 危険因子だな、シン。

 

「どうだった? アメストリスと僕は、果たして全く違う方向を向いているだろうか。そう見えるだろうか」

「わからなイ。行き倒れを救ってくれる善意があると知れただけ僥倖ダ。だが、真意ハ」

「なら、恩返しをしてほしいな」

 

 無作用錬成陣を展開する。

 身構える三人に、できるだけ悪役な感じを演出しながら言い放つ。昔の演技下手な僕とは違うんだよ。

 

「僕はもう外国に興味がない。というか僕がやっているのは国防なんだよ、ヤオ家の人間。アエルゴを滅ぼしたのはアメストリス国内の民族に反乱の扇動をしていたからだ。クレタを滅ぼしたのは滅んだアエルゴの火事場泥棒をしようとしていたからだ。ドラクマは言うまでもないけど、ずっと昔からアメストリスにちょっかいをかけてきていたからだ。これら三つが滅んだ今、僕の目は国内に向いている」

「……ここにいるのハ?」

「君達対策だよ。シンが攻めてきた場合の保険を仕込んでいた。君達が手伝ったのもそれさ。――さぁ、どうかな。どうだろう。恩返しを期待しているんだけど」

 

 鎖を地面から出して、それに手を合わせて顎を乗せて。

 ゲンドウスタイル……!

 

「竜頭の錬金術師に戦争の意思無しと、持ち帰れ、ト」

「そう。行き倒れに水と飯を恵んだ恩返しに、真実を伝えに帰ればいい。これほど素晴らしいことがあるかい?」

「……わかっタ。それで手を打つ」

「聞き分けが良くて助かるよ。――当然だけど、そちらの降伏宣言が嘘なら、僕は国軍少将としてシンを滅ぼすよ」

「わかっていル。……フー、ランファン。帰るゾ」

「はっ」

 

 踵を返すリン・ヤオとランファン。

 けれど、一向に臨戦態勢を崩そうとしないフー爺さんが、ずっと僕を睨みつけている。

 

「ん、ああ、これか」

 

 無作用錬成陣を消す。

 ……あれ、これでもない?

 

「お主……人間、カ?」

「いいの? 主が帰る、って言ってるのにそれに背いちゃって」

「聞き出す価値があると判断しタ。……その氣は、なんダ」

 

 ふむ。

 まぁ、ヘンな気を起こさせないためのアピール、というのも大事か。

 

 背中の傷から賢石をどろりと出す。賢石纏成――完全な形で出すのは久しぶりだね。

 

「……ッ!」

「強い装備と強いアイテムで自分を着飾っているだけの、ちっぽけなただの人間だよ。見ての通りね」

 

 纏ったのも一瞬。

 全部しまい込んで、手を振る。

 

「賢い判断を期待しているよ、シンの人間」

「……」

 

 無言で、臨戦態勢を解かずにリン・ヤオの方へ走り去っていくフー爺さん。

 おかげで彼らの姿が砂塵の向こうに消え去るまで僕はゲンドウスタイルを維持し続けなければならなくなった。

 

 ようやく氣も消えて、溜息。

 

「少将。あなた、演技が下手なのは子供のころから変わりませんね」

「え、上手くできてたでしょ」

「わざとらしすぎます。なんですかあのポーズ。何に使う鎖ですか」

「演出だよ演出。キンブリーだって良い音聞くためには演出頑張るでしょ? 僕の場合それが錬成反応の光とか鎖ってだけで」

「やり方が下手だと言っています。……はぁ、まったく、茶番が過ぎる。私が代わります、と言えば良かったくらいですよ」

「爆破しかできないクセに何言ってんだか……」

「……」

「……」

 

 以下、不毛なので記載せず。

 

 簡易的な石の家を作って就寝後、次の日に最終チェックを行って僕らは帰るのだった。



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第七十九話 錬金術の応用「反響定位」

 険悪な空気──だった。

 どうにも慣れないその空気に、買い出しに行ってくる、という言葉さえも吐けずにいる。

 アガート・クラクトハイト。レムノス・クラクトハイトの父親であり、国家資格こそ持たないものの、流体を操る錬金術を得意とする錬金術師兼国軍曹長。彼は悲しいことだとか、悪い空気だとかが苦手で、だから目の前でバチバチに睨みを利かせ合っている複数人をそっと離れて見守るしかない。

 あそこに入っていく勇気はない──それが答え。

 

 重い空気の中、口を開いたのはセティス。

 

「マクドゥーガルさん。あなたがレミーの助言を受けてこの森に来た、ということは理解しました。元ではありますが、同じ国家錬金術師として同僚を救いたい、という気持ちも。ですが」

 

 ですが。

 

「認められません。確かに私達はあの()()()を監視しています。グラトニーと呼ばれる個体がホムンクルスであることも知っています。ですが、"グラトニーを暴走させてその固有能力を使わせ、あの化け物に食べられる"という手法は――私達、そしてこの子供達へも被害を齎すものです」

「……そうだな。最悪、全員死ぬ。だが行かなけりゃアームストロング達は絶対に死ぬ。大槌の錬金術師。グラトニーが監視下にあるっていうんなら、どこかひと気のない場所へ移送できたりはしないのか」

「難しいですね。グラトニーなる化け物には言葉がほとんど通じませんから。ですが――()()()()()ことならできます」

 

 ぶほっと噴き出す音。

 それは二人の大人、二人の歴戦の国家錬金術師の間で縮こまっていた子供三人組だ。

 なんでも父親や不老不死の法とやらの手掛かりがあの化け物グラトニーに眠っているらしく、昼夜問わずそれについての観察と議論を重ねていた。

 人体についてならばアガートにも心得があるし、セティスも伊達に国家錬金術師を続けているわけではない。

 この一か月間は「グラトニー」を理解するための一か月間だった。

 そこにやってきたのが、元国軍少佐、元国家錬金術師のアイザック・マクドゥーガル。

 

 暴走と固有能力についてを聞かされた時は、流石のアガートも蒼白になったものだ。

 よく今まで暴走していなかったな、と。

 単純に聞かされただけで信頼するほど人の好いアガートではないけれど、流石に息子の字でそれが書かれていたら納得もする。

 幼くしてアガートの数歩……いや、数万歩先を行っていた彼ならば、それくらいは知っていておかしくないと。

 

「ぶっ飛ばすって、っとにセティスさんはなんつーか見た目と口調にそぐわず脳筋っつーか」

「ちょっと兄さん、今真面目な空気だよ! あと失礼だよ!」

「事実だから大丈夫だろう。大槌の錬金術師といえば、"巨大で重くて硬いものが降って来たとして、それに対応できる人間がどれほどいますか?"なんて言葉を資格試験の試験官に言い放ったことでも有名だ」

「……また古い話を。水が無ければ何もできない錬金術師のクセに」

「最近はそうでもなくなったんでな。俺は日々成長してるんだよ、大槌の錬金術師」

 

 少しだけ。

 少しだけ、嫉妬心が湧いたことを自覚するアガート。

 どうやら二人は旧知らしいのだ。いや、同じ国家錬金術師だから、セントラルなんかで邂逅していても不思議ではないが、その出会いはアガートに知らされていない。だから、チクりと。

 そんな彼にセティスが振り向く。ぐりん、と振り向く。そしてにっこりと笑った。

 アガートには聞こえた。「何を今更邪推しているのですか?」と。その通りだ。付き合いたてのカップルでもあるまいに、何を今更。

 

「私は承知しました。グラトニーの中に入り、豪腕の錬金術師及びマース・ヒューズ中佐を救助するという考え──彼らの行方不明になった時期からひと月が過ぎようとしている今、無駄足となる可能性は極めて高いということは勿論承知済みでしょうから、そこへの文句は言いません。よって私が手助けをするのは、グラトニーをひと気のない場所へ吹き飛ばすことまで。それ以上はあなたがやってください」

「恩に着る」

「ですが、もう一つ。この子たちも納得させてください。あの化け物を調べ果てていたのはどちらかというとこの子たちですので」

 

 とりあえず険悪な空気は払拭された。

 あとは、アイザック・マクドゥーガルを未だ睨んでいる少年少女たちをどうするか、である。

 

「いいよ」

 

 目を向けられた少年──エドワード・エルリックは、即答で許可を出した。

 意外、という視線が集まる。アガートもセティスもマクドゥーガルも、そして少女メイ・チャンも驚きの表情でエドワードを見た。

 

「んだよ、その目。どう考えたって……人命の方が優先だろ。それに、そのヒューズ中佐ってのはオレ達が世話んなってる東部の大佐殿の友人みたいだしな。たとえその暴走とやらでアイツをもう調べることができなくなったとしても、そりゃこの一か月間でオレ達がアプローチを失敗し続けたってだけだ。研究が終わってりゃこんな議論するまでもなかったんだ」

「そう……だね。うん。ボクも構いません。もし、アレの中に人がいて、今もなお生きている可能性があるのなら、助けてあげたい。父さんを見つけて母さんの所に連れ帰った時、自分たちのために軍人さんを見殺しにしました、なんて報告はできないし」

「あぁ、確かにな。母さんに顔向けできねぇことはしたくねぇ」

 

 眩しい笑みを見せる兄弟に、アガートは思わず涙が出そうになった。今日をエルリック兄弟成長記念日と名付けたいくらいだった。

 その眩しさにやられているのはマクドゥーガルも同じなようで、若干の渋い表情で気まずそうに彼らを見ている。

 

「わ──私は反対でス!!」

「メイ?」

「なんだメイ、お前だって人命優先のタチだろ?」

「勿論その飲み込まれた、というお二方は助けたいと思いまス。ですガ、危険度が釣り合ってませン。マクドゥーガルさン。その暴走というのハ、どのようにしたら止まるのですカ? 飲み込まれ、異空間に飛ばされるとの話でしたガ、全身が飲み込まれるという保証ハ? 範囲や射程ハ? そして、そこから出る為という陣の信頼性ハ?」

 

 捲し立てるメイ・チャンに、アガートも頷きを返す。

 そう、リスクヘッジで言えば、暴走なんて危険な状態としか思えないことはさせない方が良い。どれほど心情が苦しくとも、割り切るのが軍人だ。元軍人を含めて軍属がこれほどいる空間で、唯一の旅行者がそれを説いているのがこれまた心苦しい限りだが、どう考えたってリスクの方が大きい。

 

「この際不老不死の法の手掛かりは構いませン。そこに拘るほど子供じゃないですシ、もう一体いましたかラそっちに聞き出しまス。ただ私は」

「俺を心配してくれている、ってわけだな、嬢ちゃん」

「……それだけではなく、ここにいる全員を、あるいはアルドクラウドの皆さんを、でス。いえ、アメストリスの皆さんを、でも構いませン。ひと気の無い場所に飛ばすと仰っていましたが、飛ばし得る距離にも限界がありまス。そこに誰かがいる可能性は全くないト本当に言えますカ? それに、あの跳躍力を暴走したまま発揮して、街を襲いに行かないと言い切れますカ? 常日頃から"人間を食べたい"なんて言ってる相手を、どうして信頼できるんですカ」

 

 正論である。

 コトはここにいる六人だけの話ではないのだ。ホムンクルスなるものが少なくとも二人、ネーミングからして七人くらいはいることが確実であり、それらが連絡手段を持っていないとは限らない。グラトニーを暴走させた瞬間、逃げた方が復讐に来る可能性もある。

 だから、色々加味して。

 

「それでも、行かなきゃああいつらの死は確定する。だから、そうだな。俺があいつら引っ張って出てくるまでの間の時間稼ぎとして、暴走したグラトニーを抑え込む役割を大槌達に頼みたい」

「……その危険性がわかっていての頼みですか、氷結」

「ああ。子供にまで戦闘に参加しろ、なんていうつもりはないが、アンタならできるだろ」

「いや、そういう話ならオレ達も戦うさ。国家資格持ってんのはおっさんたちだけじゃねーからな」

「はい! ボクらも時間稼ぎ手伝います!」

 

 正直アガートはメイ寄りの考え方である。

 危険すぎる。死が近すぎる。軍人であり、クレタとの国境戦にも出たことのあるアガートだが、それでもまだ死は怖い。当然に怖い。

 

 それを、ああ、なんたる蛮勇か。 

 勇ましいけれど、どこか破滅的な。

 

「……すみませン。私は、協力できませン。……私は」

「俺もやめておく。弱いからな! ただ、頼むから誰も死なないでくれ。怪我したら手当くらいはしてやるから、頼むよ、みんな」

「ぁ……わ、私も、治療はできまス。それだけなら」

 

 強い子供達だ。

 どうしてこう……、と自身の息子に重ねてしまうアガート。

 

「それで、どのようにして彼を暴走させるのかはわかっているのですか?」

「ああ、それはクラクトハイト……レムノス少将から聞いている。奴の前でそれを呟けば、暴走は始まると」

「……クラクトハイト少将は、どこまで知ってんだか」

 

 それはそうだった。

 知らなければ助言もできない。ならばレミーは、ホムンクルスについてを。

 

 けれど、アガートは頭を振るう。

 疑いなど向ける気は無い。最愛の息子に向けるのは、心からの愛情だけだ。

 

「最後に──もう一つ頼みがある」

「頼み、ですか」

「ああ。これもレムノス少将から聞いた話だが、クラクトハイト家に賢者の石は存在するか?」

 

 走った緊張はアガート達だけではない。 

 兄弟も硬い顔をする。

 

「……ある」

「それが欲しい。この陣を用いて異空間より飛び出すには、賢者の石が必要だと聞いた。……錬金術師にとっての価値は理解している。タダで、というつもりはない。俺に差し出せるものであるのならば、なんでも」

「……いや。ここで俺がなんか取り立てたら、それこそ悪者だろ……。いいよ、持っていけよ。元々レミーから貰ったものだ。それを使う機会には恵まれなかった。なら、今がその機会なんだろう」

「賢者の石……本当に」

「ちょっと待ってな、取ってくるから」

 

 アガートは自室へ戻る。

 賢者の石。

 結局研究はしきれなかった。何でできているか全くわからなかったあの赤い石。それのついた指輪を。

 

「セティス、嫉妬するなよ」

「していませんが。ただ、そういえばジュエリーショップなど久しく行っていませんね、と思っただけです」

「だってお前作れるだろ……」

 

 指輪を渡す。

 しっかりと握りしめたマクドゥーガルは、それを一瞬見つめて。

 

「すまん、時間が惜しい。すぐにでも行きたい。大槌の錬金術師、頼めるか」

「いいでしょう。こちらです、ついてきてください」

 

 果たして。

 

 

 

 全ての準備が整った。

 それは、だから、既にセティスはグラトニーをぶっ飛ばしていて、誰もいない荒野──岩石の露出したところに、さらに氷結の錬金術で足止めをして。「もう、なに~?」なんて言ってるグラトニーの前で、アイザック・マクドゥーガルが口を開く。

 

「ラストを殺した。──この意味がわかるか、人造人間(ホムンクルス)

「え?」

「次はお前で、その次はエンヴィーだ、と言ってい、」

 

 る、までが紡がれることは無かった。

 

 消失したからだ。

 アイザック・マクドゥーガルの姿が。いや、その背後の岩石までもが、回転楕円体型にざっくりと。

 

 そして──オオオオオオオオオ! と、化け物が産声を上げる。

 

 

*

 

 

 気付けば血の海にいた。

 アイザックは目を開いて、聞いていた情報との整合性を取る。

 

 血の海。地面も血の塊。水平方向及び垂直方向──つまり全方向に限りのない文字通りの異空間。

 それが疑似・真理の扉なる場所だと。

 

 酷い悪臭だ。これほどの血液があるのなら致し方ないだろう。

 一枚の紙を血の海に落とすアイザック。瞬間、その紙から氷結が──血液が凍り付いていく。

 

「これで歩きやすくはなったか」

 

 流石に自身の氷で滑るようなヘマはしない。

 

 さて、と。

 アイザックは周囲を見渡す。

 なんとも、一面の赤。そして黒。

 

「アームストロング! マース・ヒューズ!」

 

 声の反響はない。返事もない。

 彼らが飲み込まれたのがちょうどひと月くらい前だ。餓死寸前で気を失っている可能性も大いにある。

 

 あとは運の勝負だ。

 広大なこの血の海で、二人を探し当てる──アイザック・マクドゥーガルという男にそれだけの運があるかどうか。

 

 勿論足で探して回るような真似はしない。

 考えがあって来たのだ。だからアイザックは、自身の立っている氷に錬成陣を描き始める。

 思念エネルギーを送れば発動するソレは、自らの代名詞たる氷結の錬金術。アイザックの足元を中心に広く広く広がっていく氷。急激に冷えた世界で白い息を吐くアイザックは、尚も思念エネルギーを込め続ける。

 広く、薄く、そして恐ろしいほど平坦に。

 

 ある程度まで広がったあたりで、血液から鉄球を錬成。それを手あたり次第に転がしていく。

 胡坐をかいて座り、錬成陣を維持し続けながら、時折鉄球を飛ばす作業。

 

 集中する。

 無限に広がる世界であるというのなら、この鉄球が跳ね返ったり帰ってきたりすることはない。

 けれどどこかに凹凸があるのなら、そこに何かがあるという確信はできる。それが人であるかどうかはまた別の話だが、闇雲に探し続けるよりはマシだ。

 

 血の海は案外浅い。人一人……特にアームストロングのような大男が横たわっていれば、確実に水面より上に身体が露出する。

 

 ――こっちか。

 

 一つ、鉄球があらぬ方向に走っているのが見えた。アイザックのもとに帰って来たわけではないものの、何かにぶつかったことは確実だ。

 だからそちらへ向かう。

 果たしてそれは――グラトニーを吹き飛ばした地にあった岩石の一つ。

 

 アイザックはその岩石を根元から分解し、平坦な氷へと錬成し直す。そうしてもう一度同じことをする。

 また見つけたら、そちらへ。時折鉄球同士がぶつかって角度が変わっている場合もあって、辿り着いた先に何もない、ということもある。そういう時は鉄球の速度から大体の距離を計算して、そこからもう一度このアナログな反響定位を行う。

 

 そうして。

 そうして。

 そうして。

 そうして。

 

 そうして──。

 

 火を、見つけた。

 

「アームストロングか!? あるいはマース・ヒューズか!」

 

 声を出す。張る。

 すると火が揺れて……誰かが近づいてくるのがわかった。まだ歩ける元気がある。携帯食料でも持っていたか。水は血液でどうにかなるだろうが、食料は。

 

「……アームストロング、か?」

「アンタは……誰だ。ははは、ついに幻覚か、こりゃ、ヤキが」

 

 見えたのはアームストロングだった。

 けれど、喋ったのは知らない声。恐らくマース・ヒューズ。

 

 近づけば、わかる。

 アームストロングには。

 

 

 両脚が。



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第八十話 錬金術の悲願「前準備完了」

「お見舞いに来たよ、アームストロング中佐」

 

 言って、メロンを置く。スイカにしたかったんだけどね、南部に行ってたら色々面倒だから、セントラルの高級店で買っちゃった。贈答用だから良い物のはず。

 

「おお、ありがとうございます、クラクトハイト少将」

「一応私もいます」

「これは失礼しました、キンブリー大佐」

 

 僕らが来るまで。

 いや、僕が声をかけるまで窓の外をじっと見ていたアームストロング中佐。

 

 彼が今いるベッド。胸元あたりまでかけられた布団は、しかし下半身となる部分にふくらみが無い。

 食べた、そうだ。マース・ヒューズと共に、自らの両足を。腕は豪腕の錬金術師として、あるいは錬金術を使えないと困るから残したのだろうが、両足食べたらどっちみちな気はする。

 転生者としてはどこぞの赫足さんを思い出しちゃうけど、アームストロング中佐は蹴りメインじゃないからまたちょっと違う話か。

 

 とにかく、マクドゥーガルは成功した。

 しっかりグラトニーを暴走させ、疑似・真理の扉に入り、中にいた二人を救出し、正規の扉を通って出て来た。しっかり賢者の石を通行料に指定して。

 やはり彼もちゃんとした天才だ。果たしてその時真理を見たのかどうかはわからない。手合わせ錬成でもしてくれたら一発でわかるんだけどね。

 

「脚。機械鎧にするつもり?」

「……はい。我がアームストロング家は……技師こそ抱えておりませんが、伝手ならありますので」

「元気ないね。いつもの君って感じがしない」

「……申し訳ありません」

「少将、言いたいことがあるのなら早く言った方がよろしいかと。順番待ちをしている云タング大佐殿がとても言葉では言い表せない形相になりつつありますので」

「ああ、来てたんだ。いや来るか。マース・ヒューズは親友だもんね。それじゃ、二つ。用件を告げておくよ」

 

 二つ。

 一つは。

 

「リゼンブールに、ロックベル夫妻という医者夫婦がいる。加えてその母、ピナコ・ロックベル、娘、ウィンリィ・ロックベル。この二人が機械鎧技師だ。このロックベル家の面々が、現状、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言っておく」

「……珍しい。少将の口から信頼などと言う言葉が出てくるとは」

「キンブリー大佐、吾輩も……少しばかりの感動を覚えていますぞ」

「他人をからかえるくらいの元気はあるのか。まぁ良かったよ。で、用件の二つ目。僕は君の足を治せる。機械鎧ではなく、本物の脚として。けれどそれは非人道的行為を経る必要がある。――機械ではなく、本来の脚を取り戻したいと思うのなら」

「思いませぬ。元より、この足は命を救い繋ぐために失ったもの。……喪失感に苛まれることはあれど、取り戻したいと願うことは、あの時足を切り落とす判断をした吾輩への侮辱に他ならないと、そう考えます故」

 

 即答。

 ……本当に、頭が下がる。アームストロング家にさえ生まれなければ、軍人にはならなかったのかな。けれどアームストロング家だったからこそこの性格に。いや、生来か……どっちでもいいか。

 

「それじゃあ僕の用件は終わりだ。アームストロング中佐」

「……はい」

「僕は君を誇りに思うよ。君が僕の隊の一員であったことを、心の底から」

 

 返事を待たずに病室を出る。

 追従するキンブリー。彼もこれ以上話すつもりはないらしい。

 それと、病室の外で順番待ちをしていた二人――足が悪いとかではない様子だけど、経過観察として車椅子に乗っているマース・ヒューズと、その車椅子を押しているマスタング大佐に手を振って、廊下を歩いていく。

 マスタング大佐からは「待っ」まで言葉が聞こえかけていたけれど、聞こえなかったことにした。

 何度も言うけど、僕と君が話したって良いこと無いんだからやめとけばいいのにさ。

 

 病院を出る。

 

「ありがとうございました」

「わお、出待ち? 僕も有名になったなぁ。どっから覗いてたの?」

「普通にここからです。目が良いもので」

 

 マスタング大佐が言えなかったことを代わりに言うホークアイ中尉。

 リスクを考えて、疑似・真理の扉に入ったのはマクドゥーガルだけだった――つまり東方司令部の面々は置いていかれたらしかった。まぁ当然だよね。そんな二人三人と引き連れて行ったら賢者の石足りなくなるって。

 

「マクドゥーガルは?」

「『あの二人に礼を言われるのはむず痒い』と言って、どこかへ行ってしまわれました」

「気持ちは理解できるけど、一番の功労者が逃げてどうすんのさ……」

「……私達からもお礼を言いたかったのですが、口を開こうとしたときにはもう消えてしまっていて」

「褒められ慣れてないし、お礼言われ慣れてないんだろうなぁ」

 

 彼、どこか偽悪的だし。

 ……僕への伝言が無いことを見るに、会いに来いと言われているような気がする。はぁ、面倒な。まぁいいんだけど。

 

「キンブリー」

「ええ、構いませんよ」

「まだ何も言ってないんだけどね」

「一度解散しよう、でしょう。わざわざ合流させておいてよくもまぁそんなことが言えたものだとは思いますが、私も彼の姿を見てそれなりに思うところがありましたからね。今回は手打ちとしますよ」

「うん。ま、大体の仕事は片付けたし、あとはSAGの残党狩りかなー。進捗はどうなの?」

「総数がわかりませんから何とも言えませんが、もうそろ終わりかとは思っていますよ」

「そっか。じゃ頑張って」

「……ええ、アナタも。それでは」

 

 置いてけぼりになっているホークアイ中尉に手を振って、わざとらしく凍らせてある地中の錬成物を辿って人混みに入っていく。ヘンゼルとグレーテルの気分だ。しかし錬成物探査なんてひっさしぶりにやるなぁ。

 アレは確か、ラストとのデート以来だっけ。

 

 

 

 結構な距離を歩いての、路地裏。

 そこにマクドゥーガルはいた。

 

「や」

「……ああ」

「なんか元気ないね。偉業を成し遂げたってのにさ」

「……あのレベルの化け物が、あと六体はいるんだろう? アームストロング達を連れ出した後、暴走状態を抑え込むために大槌やあの金髪兄弟と協力してギリギリなんとかできたが……先が思いやられる、と思ってな」

「ああ、グラトニーまた捕まえたんだ。凍らせたとかそんな感じ?」

「お前の父親と協力して、外側も内側も完全に凍結させた。脳髄まで凍っているはずだ」

 

 お父さんとお母さん。

 グラトニーとエンヴィーが逃げ込んだ森はアルドクラウドの森であり、そこにエルリック兄弟とメイ・チャンがいて、まぁなんやかんやあったのだとか。

 グラトニーは僕の匂いがついているお父さんとお母さんに手出しできなかっただろうし、エンヴィーも様子見気味だったのだろう。お母さんの大槌は質量でぶん殴るソレだけど、エンヴィーが最初から本気だったら勝ててなかったと思う。彼の腕を伸ばして攻撃する奴、速度だけで言えばかなり速いからね。

 

 その後からエンヴィーが行方不明で、グラトニーは凍り付いている、と。

 

「ちなみに、残りの六体の内一体は僕が完封してるから、君達が戦う可能性があるのは五体だと考えていいよ」

「……クラクトハイト」

「"お前はホムンクルスと繋がっているのか"、かい?」

「ああ。流石に今回の事は知り過ぎだっただろう。グラトニーの特性から、性格や能力まで……。クラクトハイト、お前は」

「そうだな、敢えて曖昧な言葉を使うけれど――僕は憤怒(ラース)と呼ばれたことがあるよ」

「――ッ!?」

 

 呼ばれただけだけど。

 後退する、でもなく、ただ引き攣った顔を見せるマクドゥーガル。

 

「お前は、人間だろう?」

「さて、どうだろうね。君から見て僕は人間かな」

「……少なくともアームストロングを善意で助けるくらいには、人間だ」

「善意? 打算だとは思わないの?」

「打算だとして、お前に何のメリットがあった。あの錬成陣……人体を人体に錬成する錬成陣など、秘中の秘も良い所だ。アームストロングを助けることに打算が絡むとして、俺にそんなものを預けるくらいなら自分で行った方が良い。リスクとリターンを天秤にかけたとしても、今回の件はお前が提供した情報が多すぎた。明らかにお前が損をしている。――それが善意でなくて、なんだ」

 

 打算か、善意か。 

 そうだね。

 別に、死んでいても良かった。アームストロング中佐は絶対に扉を開けないだろうし、一般軍人のマース・ヒューズなんかもっての外だ。

 それを助けさせたのは……善意、か。そうか、そんなものが僕に、まだ。

 

「じゃあそういうことでいいよ。善意があるから人間ってことで」

「わざわざ疑われようとするあたり、本当に人間だな。フッ、演技下手は相変わらずなようで安心したぞ」

「え、僕が演技下手ってことなんで知ってるの君。見せたことあったっけ」

「キンブリーから聞いた」

 

 ……爆破しかできない爆弾馬鹿のクセに、陰口とは良い度胸だなあの触覚。

 

「まぁ、好きに考えてよ。僕が君達の味方か敵かは、僕が人間であることと相関しないからね」

「……その件について、聞きたいことがある」

「答えるかどうかは別だけど、聞くだけなら聞いていいよ」

 

 それで、何が聞きたいのか。

 

「大総統が周辺諸国に降伏勧告を出したのは知っているな? 正確には、『こちらには戦争の用意がある』と堂々と宣言したことは」

「ああ、知ってるけど通達はされてないんだよね。普通にハブられてる」

「そうか。……大総統のこの宣言を受けて、シンは降伏宣言を出した。だが、幾つかの国は反発の意思を見せているらしい」

「へぇ」

 

 存外。

 かなり低い声が出た。

 

 ……ま、危険因子なだけあって、シンは賢かったってことだね。

 

「クラクトハイト。お前はまだ、国防をする、という気概はあるんだよな?」

「当然だね。というか、その意思を見せているっていう国を教えて欲しいくらいだ。明日にでもアメストリスを出て潰してくるからさ」

「それは国防ではなく侵略だ」

「君は銃口を向けてくる相手に対し、盾を構えるだけで良しとするタイプだったの?」

 

 マルコーさんに「外国を賢者の石にするつもりはない」と言った手前アレだけど。

 それは「約束の日」でやる錬金術でやるつもりがないだけで、まだ「約束の日」まで時間のある今は関係のない話。

 

 大総統が何でこのタイミングでの宣戦布告を出したのかは知らないけど、降伏の意思を見せないというのなら僕が直々に潰しに……。

 

 ……。

 

「もしかして、僕を遠ざけるため、だったりするのか、これ」

「どういうことだ」

「いや、今ね、僕ホムンクルスの一人から締め出し食らってるんだよ。嫌われててさ。僕が煽りまくったのが悪いんだけど。……それで、全国に宣戦布告して、頭下げない所があったら僕が自ら行くってわかってるから、体よくお払い箱にできる……」

「おい、秘密主義者。お前もしかして俺達からもホムンクルスからも信用されていないのか?」

「信用されていないっていうか、地雷踏み抜いたせいで蛇蝎の如く嫌われているっていうか」

「……別に同情するつもりはないがな。味方は一人でも多くいた方がいいぞ。キンブリーでさえも、ありゃ味方じゃないだろ」

「ビジネスパートナーだね」

 

 敵ばかりだ。どうせレティパーユやスライサー兄弟にも反抗されるのは目に見えているし、アンファミーユは……まぁ、ギリギリどっちになるかわからない感じ。エルリック兄弟は絶対敵対でメイ・チャンも多分無理。ヤオ家は自分で返した。

 理解者となり得そうなお父様も多分僕を利用する気満々と。

 

 おや。

 本格的に僕、味方いなくない? ぼっちじゃない?

 

「まぁ、味方は要らないんだよ。いると邪魔になるし、守らなきゃいけないし」

「守ってもらうって考えはないのか」

「ないね。それに、僕ってばちゃんと悲しむタイプだから、味方や仲間を作って死なれると悲しいんだよ。悲しいのは嫌だろ? だから味方はいなくていいのさ」

「悲しめることを自慢してくる怪物、というようにしか聞こえんが」

「そういったのさ」

 

 それに。

 味方は、要らないんだ。

 最後に独りになることは決まっているから。

 

「それじゃあね、マクドゥーガル。周辺諸国の話ありがとう。実際に行くかどうかは別として、情報自体は助かった。……軍を抜けた君が、何を以て義を為すか。見届けるには多忙すぎて無理だけど、良い報せを期待しているよ」

 

 ……味方、かぁ。

 味方ねぇ。いや上っ面だけで言ったら今のところアメストリス国民は大体味方なんだけどね?

 

 

 *

 

 

 とりあえず聞いてみることにした。

 

 何故かまだいるグリードはおいといて、アンファミーユに。

 

「はぁ、味方ですか。私は常そうあろうと思ってますよ。所長側がどうかは知りませんが」

「ふぅん。レティパーユは?」

「私は所長の所有物です。味方でも敵でもありません」

「私もそうだな。この刀、既にお前に捧げている。味方でも敵でもない」

「俺様は言うまでもねえよなぁ?」

 

 ううん。

 アンファミーユにしか聞いてないのに、なんで乗っかってくるかな。

 というかこの質問、味方って答えるに決まってるよね。敵だ、って言った瞬間バトルになるわけだし。グリード以外。

 

「なんでまだいるの、グリード」

「なんでってお前、いちゃ悪ィのかよ。命令があるまで自由なんだろ?」

「そうだけど、デビルズネストは?」

「あいつらに俺が生きてること知らせて、けどお前の下にいる、なんて知られてみろ。あいつら俺様の事崇拝してるからな、お前を殺しに行くのが目に見えてる。んで返り討ちにあう所までだ」

「成程、仲間を殺したくないから、か」

 

 グリードさんが誰かの下につくとかあり得ないですよ! みたいな話に発展するのは確かに目に見えている。

 

 だとしても第五研究所にいる意味はないと思うんだけど。

 

「もう少し男前にしろとか、腕の長さが足りないとか、注文が多いんです」

「それと、隙あらばレティパーユに情操教育的に良くない話をしようとしてくるのでな。時折私と戦闘にまで至る」

「私が聞きたいと言っているのに、スライサー兄弟が邪魔するんです」

 

 仲いいねぇホントに。

 レティパーユの用途とか知ったらグリード激昂してきそうだなぁ。

 

 ……うわ、なんか大所帯だと居心地悪いな。

 昔の研究者だらけの時はみんな自分の研究に忙しかったから雑談とか和気藹々とかなかったけど、こうも賑やかだと疎外感を覚える。

 

 うーん。

 掌で転がされている感は否めないけれど……行ってくるかぁ、侵略。あ、いや、国防。

 一個派手に潰せば手のひら返す国も多くなるでしょ。

 

「アンファミーユ」

「はい」

「僕はまた小旅行に行ってくるからさ。適当にやっててくれる?」

「……わかりました」

「え、何、不満?」

「いえ。……いえ。なんでもないです」

 

 絶対不満じゃん。

 なに?

 

「がっはっは、乙女心ってもんがわかってねぇなぁお前。聞けば結婚したてらしいじゃねえか。それが一か月も二か月も家を空ける夫とかよ、嫁は寂しいモンだろうよ。なぁ?」

「確かにアンファミーユは地方の風俗店などでストレスの発散を」

「お、オウ。がっつり言っちまうのな、そういうこと」

「だから情操教育が大事なのだ。レティパーユはまだデリカシーの部分に関して欠けがある」

「……所長。忘れてください」

 

 あー。

 うーん。

 

 でも僕とアンファミーユの間に愛とか無いからなぁ。ハニトラ防止用の結婚なワケだし。

 いいんじゃない? 風俗店で済むんなら、それでさ。

 

「ま、その辺も適当にやっといてよ。言われた通り忘れるからさ。それじゃあね、アンファミーユ。不在の間は任せたよ」

 

 そそくさと。

 逃げるように、第五研究所を出る。

 

 さーて中央司令部へ行って情報収集して、国防に精を出すぞー。



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第八十一話 行進曲の物語「和気藹々」

この次の話から最終章です。


 七つ程の国を制圧したあたりで、ようやく周辺国の全てが降伏宣言を出した。

 一夜にして消える国民。不気味な赤い光。そしてそれらは防ぎようがなく、研究も出来ない。むしろ時間のかかった方ではある。もう少し早めに降伏してほしかったものだ。おかげで余計な時間を食ってしまった。

 

 やりたいことは結構あったのにさ。

 使わされたよ、一年も。ま、七国で一年だ。効率化はできている方だとは思うけどね。

 

 二か月置きくらいでアメストリスに帰ってはいるけれど、特に情報収集もしていないから、今国がどうなっているのかとか全く知らない。エド達やメイ・チャンの動向、グリードは結局どうしたのかとか、あとホーエンハイムの行方とか。

 この一年で助かったのはお父様がしびれを切らしてくれたことだ。

 つまり、プライドの嫌がらせ妨害を跳ね除けて、僕と接触してくれた。流石はお父様というべきか、量産型リビンゴイドの生産は順調らしい。コツも覚えたとかなんとか。やっぱり天才は違うね。

 

「……まぁ」

 

 ゴーストタウンになった国を眺める。

 これは独り言だけどさ。

 

 もう1914年なんだ。これから、全てが動く。全てが始まる。

 その先に至るものが苦痛であるかどうかは君達次第だけど。

 

 やぁやぁ、いい傾向だ。

 まぁまぁ、望んだ未来だ。

 

 僕の理想とお父様の思想は少しだけ違う。やることは変わらないけど、最後の最後が少しだけ違う。 

 

 さて。

 

 

 

 1914年5月7日。

 僕は今──練兵場にいた。キング・ブラッドレイと対峙する形で。

 

「一応、理由は聞いておこうか。さっきからずっと『上官命令だ』としか聞かされていないからね」

「はっはっは、なに、今観客にいる者達が君の実力を疑っているのだよ。故に、ここで見せつけておくべきであると判断したまでだ」

「実力を? おいおい、イシュヴァールを含めないでも10個の国を滅ぼしている僕の何を疑うっていうんだ。それとも剣術の腕のことを言っているのかい? それなら確かに弱いけどさ」

「逆だ、逆。──恐ろしいのだろう。その矛先が、自分たちに向かぬかどうか」

「ああ」

 

 道理で、一般の客がいないわけだ。

 いるのは軍関係者ばかり。それも上層部ばかり。

 

「それで、どうかね憤怒(ラース)。私と一手死合うてはくれないかね?」

「はは、冗談キツいねぇ憤怒(ラース)。本気でやれっていうの? ──観客の命は保障しないよ」

「構わんだろう。それすらもわからないで見に来ている者など、居なくなってもらって一向に構わん」

 

 つまりは、これから派手に動き出す僕に対して余計なことをしないようにさせるためのアピールの場でもあるわけだ。

 僕が単体でどれだけ戦えるか。拠点防衛型の錬金術師ではなく──敵地に単身突っ込んで。あるいは差し向けられた刺客に囲まれて、どれほど生き続けられるかのテスト。

 

 そのテスト相手がキング・ブラッドレイっていうのは何の冗談だって話だけど。

 

「ハンデが欲しいな」

「十の国を滅ぼした錬金術師に、かね?」

「その気になれば一日でアメストリス国民の全てを殺害できるだろう大総統に、だよ」

 

 合図はなかった。

 

 反応も出来ていない。首を狙う一撃に対し、完全物質がその衝撃を食い殺しただけだ。

 

「……ッ!」

「君のような急造品でも、父親を取られたコンプレックスはあるんだね」

「無論だ。わからんだろうな、お前には。言外に不要だと言われる子供の気持ちが」

「親に必要だと思ってもらいたいと思ったことは無いよ」

 

 軍服の内側を通して、賢者の石を纏う。賢石纏成。長期戦はできないから、大総統の剣を弾き飛ばして終わりか、僕がいい感じに善戦して負けて終わりにしたいところだ。

 

 あるいは、この場にいる高官の全てを殺すか。

 

「それが切り札かね?」

「どれほど良い眼を持っていても、そんな鈍らじゃ傷一つ付けられない鎧だよ」

「つまり」

 

 思いっきり蹴り上げる。

 何を蹴り上げたのかはわかっていない。だけど、唯一露出している口元部分に突きが来るだろうことはわかっていたから、思い切り足を上げたってそれだけだ。

 僕自身は決して強くない。錬金術師相手にはそこそこ立ち回れる自信があるし、一般人相手なら無双もいいところだけど、こういう純粋な武人に対してはめっぽう弱い。

 

 だけど、だからこそできることがある。

 だって僕は一年間戦い続けたんだ。純粋な武人集団と。

 その勘は、今も僕の中に根付いている。

 

 袖から賢者の石を出して、鉤爪のような形に形成する。

 広がる動揺。うるさいな、今格上も格上と戦ってるんだから静かにしててよ。

 

 斬りかかる、も、遅い。果てしなく遅い。

 だから尾を用いて自身を引っ張り、僕を飛び越して空中にいるキング・ブラッドレイの落下点に合わせる。

 

「む」

「オ、ォ!」

 

 叩きつけられる剣。

 おいおい、なんでこんな重いんだよ。老人の体重じゃないぞ。空中でくり出す剣技があることは知っているけれど、体重を重くするとかそれもう魔法の領域だろ。

 

 足で円を描く。

 

 なんとか大総統を弾き飛ばして、鉤爪で線と記号を書き込む。

 

 直後噴出する霧。姿を隠すのと、空気中に水分を作り出すための錬金術……は、剣の一振りで薙ぎ払われた。ねぇそれ軍刀だよね。風圧なんか起こせてもそこまでいかないよね。

 

 ああ、予定変更だ。

 

 全身に滲みださせる賢石。

 完全体の賢石纏成。ドラゴニュートを思わせるその形に、今度こそ観客の全員がどよめく。何か叫んでいるものもいる。

 練兵場の大きさを計算し、賢者の石を用いて錬成を増幅。 

 跳水錬成を行い──ワームの口と呼ばれるもので練兵場を囲む。

 

 そして、観客席の一部に尾を突き刺した。

 

「──うるさいよ。騒ぐのなら、君達に隣国と同じ道を辿らせる。君達が用意した場だ。黙って見ていてよ。僕は一度たりとも君達を味方だと思ったことはないよ」

 

 底冷えする声で。

 これは演技とかではないから、ちゃんと伝わってくれているはずだ。そうでないのなら、そいつが死ぬだけ。

 

「ふっふっふ、良いのかね、そんな啖呵を切って。あとで立場が悪くなるぞ?」

「もう関係ないからね。君がどこまで聞いているかはしらないけど、もうどうでもよくなることなんだよ、階級とかさ」

「成程、父が何やら楽しそうに練っていた計画はそういったことに関係しているのか」

「そういう、こと!」

 

 観客席から地中に潜らせた尾を大総統の真下から突き出す。

 けれど、読まれていた。躱され、一気に肉迫される。

 

 そして剣で、ではなく柄で──物凄い力で吹き飛ばされた。

 

 ……こっち、完全物質なんだけどね。

 

「問おうか、キング・ブラッドレイ!」

「何かね、レムノス・クラクトハイト」

「君は君達の父に、僕に! 楯突く勇気があるのかな──レールの上を行くだけでない、新たな道を歩まんとする、その一歩を踏み出す勇気が!」

 

 連撃。連撃。猛連撃。

 観客席の一部を蹴っ飛ばしてぶっ壊して、両の爪で大総統を攻撃する。

 その全てを軍刀でいなしているあたり、やはり最強の眼だ。軍刀が壊れないように応力の調整までしていると来た。恐ろしすぎるよ、ほんと。

 

「ない」

「だろうね、君にとっては、従った方が得なのだから──」

「だが、貴様を討ち果たさんとする意思はある」

 

 爪と軍刀が正面からぶつかる。

 そうなれば当然軍刀が負ける。材質差だ。

 

「レムノス・クラクトハイト──父をも利用せんとする諸悪の根源に、私が立ち向かわないはずがないだろう?」

「それは、良い考えだね!」

 

 尾だった。

 先程地中から突き出した尾。それは戦闘中、さらにさらに上へ上へと昇っていて、そこから糸状の賢石を垂らしていた。

 

「む、ぅ……!?」

「要らない高官しかいないんでしょ? わかってるよ」

 

 引っ張り上げる。釣り上げる。

 さしもの大総統もこれには抗えない。抗えないまま高く高くへ行って。

 

「まさか国内で使うとは思っていなかったけど、僕を疑い、利用しようとした自分を恨むことだね。──さようなら、名も知らぬ誰か達」

 

 賢石錬成。

 

 

*

 

 

 どこまでも続く草原。

 そこで、一人の大男が──筋トレをしていた。

 否、両足が機械鎧であるから、筋トレではなくリハビリなのかもしれないが、とにかくここの家主のコレクションの一つだという鎧を持って、スクワットをしていた。

 

 眺めるのは彼の機械鎧を調整した技師の一人。

 

「……常人なら二年、両足ともなれば三年はかかるんだがねぇ。まさか一年足らずでここまで仕上げるとは、感嘆の息も出やしないよ」

「吾輩は、一秒でも早く復帰する必要がありますので!」

「ばっちゃ、ただいまーっと……中佐。何やってんのソレ」

「おお、エドワード・エルリック! 見ての通りトレーニングだ。両足の機械鎧に負荷をかけないように腰回りの筋肉を集中させて」

「ちょっとエド、走らないでって……あ、おはようございます」

「うむ、今日も精が出ますな、ウィンリィ・ロックベル殿」

 

 リゼンブール。

 ピナコ・ロックベルの前でスクワットをし続けるアレックス・ルイ・アームストロングは、なんというかこう、暑苦しかった。それでいて爽やかだった。

 セントラルの練兵場で起きていることなんかまったく知らない彼らは、今を生きていた。

 

 そこへ。

 

「ただいま」

「ん、おかえ……り……」

「あん? ……アンタ」

 

 金髪金眼の、初老の男性が帰ってくる。

 あまりにも当たり前に帰って来たから反応の遅れたエドとピナコ。

 

 男性の後ろから、ぴょこっとアルが顔を出して、「兄さん兄さん! 父さんが帰って来たよ!」なんて無邪気に言うまでフリーズしていた。

 動いているのはアームストロング中佐だけという空間で──ようやく声を発したのは。

 

「……あなた?」

「ああ、トリシャ。……ごめんなぁ、ずっと家を空けたりして。ただいま、って言っても、許されるのかな」

 

 洗濯籠を取り落として、口元に手をやるトリシャ・エルリック。

 彼女に、男性は、ヴァン・ホーエンハイムは、苦笑いと共に後頭部を掻いて謝って。

 

「許されるワケねーだろッ!!!」

 

 エドの飛び膝蹴りにぶっ飛ばされるのであった。

 

 

 

 

 相も変わらず不機嫌なエドワードと、にっこにこのアルフォンス。これまた穏やかな笑みのロックベル夫妻に、あきれ顔のピナコ。居住まいの正しいアレックス。色々とどうしたらいいかわからないでいるウィンリィ。

 

 今日の夕飯は大所帯だった。

 

「あら? 食べていていいって言ったのに……」

 

 そこへトリシャが料理をもう一品持ってきて、ようやく彼女も席に着く。

 皆の近くでロックベル家の愛犬であるデンもたおやかな様で脱力し。

 

「改めて……何も言わずにいなくなってすまなかった。特にエドワード、アルフォンス。お前達には寂しい思いをさせただろう……」

「してねーよ!」

「うん、寂しかった。ご飯の後、全部聞かせてくれるんだよね?」

「ああ。そうしないといけない理由ができたから、帰って来たんだ」

 

 そうしないといけない理由。

 少しばかり不穏になる空気──は。

 

「まぁまぁ、とりあえずいただきましょう! トリシャさん、私達までお世話になってしまって、本当にありがとうございます」

「いえいえ、こんな記念日に私達だけじゃ寂しいですから。ほら、あなた。ユーリさんの言う通り。冷めてしまうから、食べて。ね? エドとアルも、よ。ウィンリィちゃんも」

「なんだいトリシャ、あたしには言わないのかい?」

「ちょっとお母さん、そんな意地悪なこと」

「ハン、冗談だよ冗談。ほらホーエンハイム。そんでエドも。辛気臭い顔はやめな! 食事の時くらい楽しい顔をみせとくれよ。アンタ、最近根詰めて研究だのなんだのしてて、ずっと顔が暗いだろ? なぁ、アームストロングさん」

「うむ。最近のエドワード・エルリックは顔が暗い。吾輩も世話になっている身ですから、何とかしたいとは思っていましたが、またとないこの機会。是非笑顔を取り戻してほしい所ですな」

「……るっせ」

「じゃあ、いただきます。兄さん、兄さんの好物、思いつく限り全部ボクが食べちゃうね」

「ちょ、待てよアル! わかった、わかったよ! ……クソ、またクソ親父と食卓を囲む日が来る……のは、予想してたが、心の準備ってモンがあんだろ……」

「アルフォンス。エドワードの好物は、これとこれだな?」

「あとこれも好きですよ、エドは」

「肉関連は大体好んでいるイメージがありますなぁ」

「だぁーっ! 食うっつってんだろ! なんでお前らはオレを虐める時だけ一致団結すんだよ!」

 

 笑う。

 綻ぶように笑う、トリシャ。そんな彼女を見て、ロックベル夫妻も、ピナコも、また優しい笑みを浮かべた。

 

「……トリシャ」

「なあに、あなた。エドワードがせっかく食べる気になったっていうのに、また雰囲気を重くするつもり?」

「い、いや、そういうつもりはないよ。──君の料理をまた食べられると思っていなかったから、なんだか泣けてきて痛ッ!?」

「それが雰囲気重くするっつってんだよ。いいから黙って食いな、ホーエンハイム」

「……ああ」

 

 ロックベル家とエルリック家。

 この日、ようやくこの日。両家に本物の笑顔が戻ったのだった。

 

 なお、アレックスはそれなりの期間ロックベル家に滞在しているので疎外感は全く覚えないものとする。

 



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最終章 錬金術の深化「偉業と異形と非合と非業」
第八十二話 錬金術の計画「記号(2)」


 お父様の部屋。

 ここへはホムンクルス達も入って来られない。そういう場所を作ったのだ。プライドさえ入ることのできない密閉空間で、二人。

 テーブルを挟んで広げた地図を眺める。

 

「見事なものだ。これほど綺麗な陣を敷き、自己流のアレンジも加え……そして、己が願いも叶えんとしている。感服するよ、レムノス。わたしにはできないことだった。わたしに若さを取り戻し、熱を思い出させてくれたことに礼を言う」

「素直に受け取るよ、お父様。けれど、僕の想像力ではあれほどのリビンゴイドを用意するのは無理だった。そしてお父様がすべての下地を作ってくれていたからコレが使えるんだ」

 

 鍵となるのは錬成陣。

 約束の日。

 不確定要素はホーエンハイム。どこまで気付き、どこまで仕込んでいるのか。どうやらリゼンブールに戻ってエドワード達に秘密を共有したみたいだから、天才が加わったってことでもある。そうでなくともマスタング大佐、マクドゥーガル、そして最近心身ともに復帰を果たしたマース・ヒューズがあちら側にいるのだから──大枠は気づかれても仕方がない。

 

 コト、と。

 お父様が地図上にクイーンの駒を置いた。

 

「これから計画は最終段階へ入る。再三になるし、最後に聞くが……本当に永遠の命は要らないのかね」

「うん。僕はこれでいいよ」

「そうか……」

「僕がいなくなるのは、寂しい?」

「どうなのだろうな。わたしに寂しいという感情が残っているのかどうかは果たして微妙なところだが、わたしがこうして変わるきっかけとなったおまえがいなくなるというのは、勿体ないと感じるわたしがいるのだ」

 

 定命故、ではない。

 この先に起こることで、僕は必ず命を狙われる。だから、と。

 

 次にキングの駒が置かれる。あ、大総統は関係ないよ。

 

「約束は守ろう。おまえの両親を()()()()()()()()。確かに承った」

「ありがとう、お父様。だから僕も約束を果たすよ。あなたの知りたい全てを識る術を渡す」

 

 僕はビショップを置く。

 

「そういえば、人柱はどんな感じ?」

「イズミ・カーティス。アイザック・マクドゥーガル。ドラクマの捕虜二人。……あと一人だ」

「ああ、マクドゥーガルはやっぱり見てたんだ」

「人体を人体に錬成し直す錬成陣、だったか。当然、賢者の石という通行料を払っている以上、術者は真理を見る権利がある。何かを察して隠しているようだが、わたしの目は誤魔化せん」

「それで、あと一人か」

 

 お父様がポーンを四個置く。

 あと一人。

 

「ホーエンハイムが使えたら良かったんだけどね」

「奴には別の役割があるからなぁ……お前の所のキメラやリビンゴイドはどうなのだ?」

「あー。どうなんだろう。賢者の石一個分しか持ってないから、通行料として核持ってかれて終わりな気がするんだよね」

「ふむ……」

「候補としては、やっぱりマスタング大佐かな。マース・ヒューズかリザ・ホークアイが目の前で死ねば、人体錬成を行うんじゃないかな。──周囲に人体錬成で失敗した人間がいない、っていうのがポイント高い」

「アレはどうなのだ? ほら、グラトニーの腹から出て来た」

「ああ、アームストロング中佐は無理だよ。優しい人だけど、『人間を生き返らせること』への禁忌を強く覚えている人だから」

「むぅ。アメストリスの倫理観を育て過ぎたか」

「あー、軍人じゃなくていいなら、ハンベルガング家のジュドウって錬金術師が扉を開けてたはず」

「……聞かぬ名だな。はぁ、アレらはロクな調査すらできぬのか。候補ではなく確定人柱など、目をつけていて当然だろうに……」

 

 ピン、と。

 ルークを指で飛ばすお父様。

 

「けど、ごめん。ハンベルガング家が今どこにあるかわかんないんだよね」

「構わん。プライドに探させる。『約束の日』までまだ時間がある。……無理とは言わんだろう、奴も」

 

 僕がホムンクルス達に嫌われている理由はこれに尽きる。

 ちょっと気に入られ過ぎたね。お父様が欲する情報を僕が持ちすぎていたというか。

 

「一応それで五人、か」

「うん。ただ、保険にもう一人欲しいとは思ってる」

「奇遇、でもないか。研究者なら同じことを思うのだろう」

「正直扉を開かせるだけなら誰でも良いんだけど、帰ってこられるかどうかは別の話だよねぇ。一応候補に挙げてるのはティム・マルコー大佐とか」

「そうだな。真理を見て、思い上がりを抱き、全身を持っていかれる錬金術師など珍しくはない。ティム・マルコー、というのは、聞いた覚えのある名だな」

「ただ、残念ながら彼には大切な人とか物が存在しない。悲劇が無いとダメだよねぇ」

「うーむ」

 

 そういう意味で、アンファミーユもダメなのだ。

 彼女はオズワルドが死のうが僕が死のうが人体錬成はやらない。スライサー兄弟なんかもっての外。

 

 自分より大切な人がいて、その人の為ならなんでも捧げられる、って精神性の錬金術師がいないと難しい。

 

 そうなってくるとやっぱり。

 

「マスタング大佐がイチオシかな。他者への依存心が高くて、天才で、かなり献身的だし復讐者になりやすい。逸材と言って差し支えない。そして彼には大切にしている部下や友達がたくさんいる」

「頼めるかね?」

「任せて、って言いたいんだけど、僕今喧嘩中でさ。たとえば彼の部下を僕が殺したとして、僕へ怒りが向くことはあっても人体錬成に、とはならないと思うんだよ。殺す係は誰かがやって、僕が諭す感じで行くのがベストかなって」

「しかし喧嘩中なのだろう?」

「……うん」

 

 予備だから、要らないと言えば要らないんだけど。

 でもスペア無しで一発勝負の研究するとか、ねぇ?

 

「ドラクマの捕虜で使える者を探すか」

「うん、まぁそれが一番楽ではあるかな。キンブリーに殺さないで連れてきてっていえばいいだけだし。でもそれは運頼みになっちゃうから、こっちはこっちでマスタング大佐との仲をどうにか修復してみるよ。お父様はハンベルガング家のジュドウって錬金術師の捜索をお願いね。探すのはプライドだけど」

「うむ。……それで、エンヴィーの行方は依然わからないのかね」

「本気でわからないんだよね。戦った人の言動からして死んではいないっぽいんだけど、今何してるのやら」

「むぅ。……嫉妬も強欲も、我が強くていかんな」

「おかげでラストが忙しそうで可哀想」

「怠惰も……まだ円を完成させていないようだ。はぁ、どうしてこう……」

「最悪僕が繋げるよ。まぁまだ時間あるからさ。どの道穴掘り終わったってスロウスにやらせることないでしょ」

「……確かにそれはそうだな」

 

 スロウスに細かいこととかできないし。

 でもほんと、エンヴィーはどこ行ったんだろ。

 

「あ、そうだお父様。これ外国滅ぼしてきたときの賢者の石。ざっと一億七千万くらいあるよ」

「ありがたいが、おまえだってこれから重労働なのだ。少しは持っておけ」

「ああじゃあ七千万は貰っておくよ」

「うむ」

 

 地図に並べられた駒。

 アメストリス、アエルゴ、クレタ、ドラクマに二個、クセルクセスに二個。

 さてはて。はてさて。

 

「それじゃ、僕はそろそろ行くけど。お父様も後悔しないようにさ、もうちょっと食べたいものとかやりたいこととかやっておくといいよ。『約束の日』の後は、そういうことできなくなっちゃうんだしさ」

「十分にやっているぞ。昨日は馬肉を食べた」

「それは羨ましい。じゃなくて、そういう取り寄せじゃなくてさ。もう準備は終わったんだから、実際に現地に行って体験するってことをやった方が良いってこと。アメストリスは観光スポット少ないけどさ、カウロイ湖で魚釣りとか、中々楽しいものだよ」

「魚釣り……とは、何が楽しいのだ?」

「何が楽しいのかを理解するために挑戦するんだよ。教えられた楽しさなんか半減も良い所だ。違う?」

「ふむ。……ロイ・マスタングの所へ行くまでに、まだ時間はあるだろう?」

「え、ああうん。あるけど」

「なら、お前も来い。ラースも呼ぶか」

「あー。ちょっと僕は折り合い悪い相手がいてさ。ラースとだけ楽しんできなよ」

「折り合いが悪い相手?」

「僕、イズミ・カーティスに顔見られてるんだよね。敵として」

「……成程。リスクヘッジか。それならば仕方がない」

 

 お父様の足元から錬成反応が走る。

 直後、じゅるりと……密閉空間に穴が開いた。

 

「暇があったら、わたしに言うのだぞ。わたしはおまえとも遊んでみたい」

「うん。『約束の日』までに、いつかね」

 

 それじゃ。

 そう言って、出口から出る。

 

 大総統とすれ違った。すれ違いざまに。

 

「──今度は余計なことを言っていないだろうな」

「言ってないよ。余計じゃないことは言ったけど」

 

 とかなんとか言って、勝手知ったる道筋を通って地上に戻る。

 

 頑張れ大総統。というか大総統の秘書。どうにかしてスケジュールを調整するんだ。

 

 

*

 

 

 ハロー、なんて言って声をかけたのは、ホークアイ中尉。

 私服の、完全にオフって感じの彼女に、さも偶然会った感じで声をかける。勿論偶然なんかじゃない。氣で追いかけて来たから。

 

「クラクトハイト少将? ああいえ、もうすぐ中将に昇進予定でしたか」

「まだだからいいよ少将で。それより、ちょっとお茶しない?」

 

 言えばジト目になる中尉。

 

「……少将は結婚していたと記憶していますが」

「うん、してるよ」

「要らない疑いをかけられますよ」

「大丈夫大丈夫。僕とアンファミーユはラブラブだから、僕が誰と一緒にいたって特に何も思われないよ」

 

 めちゃくちゃ勘繰られると思うけど、そんなのあぶり出しだからね。

 ああ、カメラとか僕に向けない方が良いよ。どんなに高価なものでも遠隔錬成で分解しちゃったりしなかったりするから。

 

「何かお話がある、と考えて良いのでしょうか」

「うん。まぁマスタング大佐と仲の悪い僕が君をお茶に誘うワケないよね。ちょっとしたお話があるから、どこでもいいんだけど、なんかひと気のないというかあんまり盗み聞きされない所行きたいなって」

「でしたら、私の家に来ますか?」

「……それこそあらぬ疑い問題じゃない?」

「別に私とマスタング大佐はそういう関係ではありませんし、少将とアンファミーユさんがラブラブだというのなら問題ないでしょう」

「え、君達そういう関係じゃないんだ」

「はい。上司と部下です」

 

 ……ま、プラトニックラブもアリだよね。特に職場恋愛なわけだし。

 

「それじゃあお願いしようかな」

「では、あちらに車を停めてありますから」

 

 第一段階はオッケー。

 ホークアイ中尉とはマース・ヒューズ関連で一瞬とはいえ一緒に動いたし、その前のドラクマでも相棒みたいなことしてたから、一切の疑いなく近づけるんじゃないかって甘い考えで来たんだけど、ちゃんと信頼してくれているようで何よりだ。

 とはいえマスタング大佐から僕がやってることとか聞いているだろうから、完全な信頼じゃないんだろうけど。

 

「GrrrrrRR……!」

「どうしたの、ブラックハヤテ号」

「あー。僕動物に嫌われるんだよね」

「はあ」

 

 確実に背中の傷に入っている賢者の石を警戒しているんだろうけど、ちょっと我慢してね。思念隔壁厚めにするから、ね。

 

 

 

 

 ホークアイ中尉の家。

 原作ではエドがイシュヴァール戦役のこと聞くために来た場所だっけ。

 

 なお、特に中尉がシャワーを浴びるとかはなかった。それやったらもうだもんね。背中の焔の錬金術の入れ墨見たかったんだけどな。一部が焼かれたところで今の僕なら復元できる自信がある。

 

「それで、お話とは?」

「あ、うん。えーと、まぁ僕から切り出すことじゃないとわかっていて言うんだけどさ。最近のマスタング大佐ピリピリしてるっていうか、殺気立ってるじゃん?」

「本当にあなたから言うことではありませんね。大佐がああなっている原因の六割ほどはあなたにあるでしょう」

「五割じゃない?」

「七割に届くかとどかないかくらいです」

 

 マスタング大佐はまだお父様に辿り着けていない。

 だから僕がすべてを主導していると思っているはずだ。国土錬成陣も賢者の石も。エド達から情報共有があったら、ホムンクルス達についても。

 

「単刀直入にいうけど、本当に僕はアメストリスに対して何かをするつもりはない。害を為すとか、そういう類の話ね」

「はあ。私に言われましても」

「いやだってマスタング大佐に直接言えないじゃん。言ったところでこっわい顔で『それを信じろと?』とか言ってくるじゃん」

「想像に難くないですね。なるほど、だから副官の私を懐柔、と」

「言い方言い方」

 

 大正解ではあるんだけども。

 

「僕は裏切り者と内通者に対しては容赦がない。そしてアメストリスを害さんとする敵国にも容赦がない。けどアメストリス国民に対してはホントに何もしないよ」

「イシュヴァール人は、どうなのですか」

「イシュヴァール人はアエルゴと繋がっていた。内通者だった。だから殺した」

「……すみません。揚げ足を取ろうとして失敗しました」

「素直だね」

 

 ホントは全く違うけど、あの戦争に参加していない彼女は当事者の言葉を信じるしかない。

 そしてアエルゴと繋がっていたのは事実だから、信憑性も高い。

 

「ということを、それとなくマスタング大佐に……」

「無理ですよ。言ったところで、『クラクトハイト少将の差し金かね?』と言われるのがオチです」

「ダヨネ」

「わかっていたことでしょう。それで、本題は何ですか?」

「あー。……いや、彼と仲良くしたい、というのもちゃんと本題なんだけど、じゃあ本題を話すよ」

 

 こほん、と咳払いをして。

 

「──僕はホムンクルスと敵対している。多分情報が錯綜してホムンクルス側だと思われていると思うんだけど、違う。確かに僕は賢者の石というものを作り得る組織と繋がりがあるけれど、それとホムンクルス勢力はイコールじゃない。そしてマース・ヒューズ中佐とアームストロング中佐を襲ったのはホムンクルスで間違いないし、マクドゥーガルに彼らを救い出す錬成陣を渡したのは僕だ。だから」

 

 チャキ、と。

 後頭部で音がした。拳銃の音。まぁ指パッチンじゃないだけマシか。

 

「だから、余計な敵意を向けないでほしいんだよね。──彼女の家に上がったのは謝るからさ」

「私と大佐はそういう関係ではありませんが、合鍵は渡してありました」

「それもうそういう関係だよね……」

 

 えーと、で。

 いつになったら銃口外してくれるのかな。

 これ、反撃して良いやつ? やったらマスタング大佐人柱大作戦台無しになると思うんだけど、ダメだよね。絶対だめだよねコレ。

 

 ……なんて。

 作戦第二段階成功である。



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第八十三話 錬金術の計画「茶番」&お話

 リザ・ホークアイに接触して家、あるいはひと気の無い場所に行く。これが第一段階。

 そして恐らくホークアイ中尉は僕が接触してきたことをなんらかの符牒によってマスタング大佐に伝えると踏んだ。あるいは周囲の東方司令部の誰かが。

 これにより、リザ・ホークアイが目の前にいる状態で、マスタング大佐もいる、という状況を作り出すのが第二段階。ありがたいことに取り巻きもいない。

 

「何かな、マスタング大佐」

「……中尉に何用ですか、クラクトハイト少将」

 

 手は上げない。

 降伏の意思はないから。

 

「君との険悪な仲を中尉に取り持ってもらおうと思ってね。ほら、僕たち喧嘩中だろ?」

「決別した、と認識していますが」

「マース・ヒューズを助けてあげたじゃないか」

「ヒューズを助けたのはマクドゥーガルです」

「助言の全てを与えたのは僕だよ」

 

 この路線はダメらしい。

 一切拳銃を降ろしてくれない。

 

「単刀直入に君への用事を言った方がいいかな」

「少将が賢明であるのなら」

「わかった。人体錬成をしてほしいんだよ。マスタング大佐、君にね」

 

 本気の本気。

 本物のドストレートで行く。

 

「……どういう。少将に、誰か……蘇らせたい人でもいらっしゃるのですか?」

「いいや、僕に、じゃない。君にだよ、マスタング大佐」

「何を言っ」

 

 賢石纏成。マスタング大佐に見せるのは初めてだ。

 拳銃を弾き飛ばし、頭部を覆う紅。否全身を覆う深紅。

 そしてサソリのような、竜のような、蛇のような尾は──まるで意思を持っているかのように動き、僕の眼前にいた中尉を縛り上げる。

 

「っ……く!?」

「少将、あなたはいったい……」

「殺気を感じないから、中尉は殺されないはず──なんて油断してたりする?」

 

 ぐさ。ぐちゃ。

 あまりにもあっさりと、リザ・ホークアイの腹部に賢石の尾が突き刺さる。

 

 理解が追いつかない様子で、ごぼりと血を吐くホークアイ中尉。

 

「ぁ……ぇ?」

「マスタング大佐。君が良く言ってたことだろう。挨拶をするように敵を殺し、客人を歓迎するように裏切り者を手にかける。日常と非日常が等価たる僕を雰囲気で判断しようとしたね、君。そこまでわかっているのなら、あんまりにも油断し過ぎだよ」

 

 来たのは、焔だった。

 僕の錬成速度じゃ何をしたって間に合わないので、賢石でガードする。ヒュウ、室内で出していい火力じゃないよ。コトが終わっても中尉の部屋黒焦げだって。

 

 賢石の尾で、貫いた中尉を持ち上げる。

 だらんと四肢を投げだしたリザ・ホークアイ。その目にはもう生気がない。

 

 今度は発砲音。それも賢石の鎧に弾かれる。

 こちとら完全物質。鉛玉なんか通すもんか。

 

 ごぼっとまた大きく血を吐くリザ・ホークアイ。だばだばと血液が部屋に零れ落ちる。

 

「さて、君の師匠の一人娘で、大切で大切な部下が死んでしまう。いや、今すぐにでも死ぬ」

「……大、佐……」

「おお、まだ喋れるのか。それはびっくりだね。それじゃあその口を塞ぐために、首をへし折って」

「何がしたいんだ、貴様は!!」

 

 爆発たるや、という業火が僕らを包む。

 けれど、完全物質はそんなことで燃えたりはしない。

 着実に。確実に、リザ・ホークアイの命は減っていく。さぁ、マスタング大佐。

 

 ここからが大茶番だよ。

 

 

 ガチャン、という音が鳴る。

 背後からだ。マスタング大佐の。

 

「マスタング大佐!! 大丈夫……じゃなさそうだね!」

「――は?」

 

 そこに。

 そこには、僕がいた。

 レムノス・クラクトハイトがいた。

 

「おっと、本物が来ちゃったか。けれど本物でもどうしようもないことに変わりはない。そら、リザ・ホークアイの命の灯は今消える──何か聞かせてあげたい言葉とかないの?」

「マスタング大佐! 言葉と見た目に惑わされないで! やるべきことは一つだけだよ」

「……何を。あなたは、もう、どういうことを、何が……」

「アレは全身が賢者の石でできてる。だから、あの尾の部分だけでも使いきってやれば千切れる!」

「!」

 

 そう、実は賢石纏成、錬金術師相手にはめっぽう弱かったりする。ホーエンハイムにも指摘された通り、別にこの賢者の石の所有権が僕にある、って決まっているわけじゃないから、使われたらおしまいなのだ。

 勿論対策は講じてあるけど、今回は使わない。

 

 じゃらり。

 部屋のあらゆるところから鎖が飛び出る。僕の十八番、サンチェゴによる鎖の拘束。

 賢者の石は完全物質だけど、拘束を簡単に振り解けるとかいう便利機能はない。勿論完全物質だから身体をぶん回すだけで良い話ではあるのだけど、それは確実な隙となる。

 

「――中尉!」

 

 僕が鎖を嫌がって体を揺すり、尾をマスタング大佐達の方へ向けたその瞬間だった。

 踏み込み……普通にあの成り損ないたちと戦えるレベルの体術で以て、マスタング大佐が僕の寸前にまで近づき、その尾に手を当てて錬金術を発動する。

 激しい、激しい炎。賢者の石で増幅されたソレは、僕を吹き飛ばすに足り得るもの。そして尾の最も細い部分を千切るに足るもの。

 

「中尉! 中尉、返事をしろ! してくれ!」

「そういうのいいから、早く応急手当! 僕が生体錬成の陣を画いている間に止血!」

 

 みたいな会話を聞きながら、賢石をしまって大きく逃げる。

 

 こそこそと氣を探りながら逃げて逃げて逃げ回って──辿り着いたその場所に。

 

「あれ、キンブリー。どうしてこんなところに?」

「くだらない茶番の手伝いをしています。はいインカム」

「ありがとう。君通信工事もできるようになったんだね」

「必要に駆られて覚えました。チューニングします」

 

 すっごく。

 すんごく嫌そうな、というか面倒くさそうな顔をしたキンブリーからインカムを貰って、耳に当てる。

 ざぁざぁというノイズの後──それは聞こえて来た。

 

 

*

 

 

 ロイは賢明に生体錬成を使用している青年を見る。

 ――レムノス・クラクトハイト。先程まで殺そうとしていた相手で、今彼が治そうとしている中尉を殺そうとしていた相手。

 わけがわからない。それが感想だった。

 

「……少将」

「疑問に思うのはわかるけど、今集中してるから待ってくれない?」

「……申し訳ありません」

 

 それは、そうだ。

 この場で生体錬成を使えるのが彼だけである以上、彼の集中が途切れたが最後。

 

 リザ・ホークアイの命は消える。

 

 だから黙ってその施術を見守った。

 

「……ふぅ」

「少将、中尉は」

「できる限りのことはしたよ。あとは錬金術じゃなくて医者の領域かな。すぐに東部病院へ運ばないと」

「既に手配済みです。フュリー曹長がイーストシティの軍人病院へ手配を」

「おお、流石だね」

 

 瓜二つだ。

 あの、化け物のような姿をしたレムノス・クラクトハイトと。

 今懸命にリザ・ホークアイを救わんとしていたレムノス・クラクトハイトは。

 

「……聞いても、いいですか」

「いいけど、とりあえず場所変わろうよ。彼女の手、君が握っていてあげな」

「ああ……お気遣い、ありがとうございます」

 

 言われた通りに場所を代わり、その冷たい手を握るロイ。

 冷たい手、だった。まるで死んでいるかのような。けれどクラクトハイトの懸命な処置あってか、胸は微かに上下しているように見える。

 

「何から話せばいいかな。……まずは、アイツの正体から、とかがいい?」

「はい。アレは何者ですか」

「何者か、と問われると僕もわかんないんだけど、ホムンクルスの仲間で、擬態する能力を持っていて、あり得ない量の賢者の石を手足のように操る化け物、って感じかな」

「擬態する能力……」

「うん。普段から僕ってわけじゃないんだよ、アイツ。いろんな姿になる能力を有している」

「……おとぎ話でも聞いているようです」

 

 リザの手を自らの額に当てるロイ。

 祈るように目を瞑り、願うように吐き捨てる。

 

「少将は……結局、私達の敵なんですか」

「うっ……それを言われると、うん、になっちゃうんだけど、だとして僕にホークアイ中尉を殺すメリットはないよ。僕ホークアイ中尉と仲良いし」

「メリット……」

「ああごめん、心無い言い方だったか。でも、わかってほしいかな。僕は国防のために動いている。だから君達と敵対している。――君達が穏健派で、外国と手を取りあおうとしているから。僕は過激派の筆頭だからね。そこの折り合いは絶対につかない」

「……ホムンクルスや、賢者の石は」

「ホムンクルスは僕の敵だよ。僕を見かけると殺そうとしてくるし。で、賢者の石については、確かに僕が攻撃として使っていた。これは認める」

「……アエルゴやクレタで見せていたもの、ですね」

「うん。敵地のど真ん中に突っ込んで行って、味方を巻き込むことなく広範囲を殲滅できる錬金術。……賢者の石は副産物なんだよ、僕にとって。人道は説かないでほしいかな。それを言ったら国家錬金術師の存在自体の否定に等しいからさ」

 

 それは、そうだ。

 そうなのだ、と。ロイは発火布を見る。

 彼とて、隣国三つで数えきれない人間を焼いた。手段が違うだけのクラクトハイトを責めることはできない。

 

「だから、相容れないながらに共有しておきたいことがある。さっきの奴含めて、この国で暗躍している悪い奴らについて」

「ホムンクルス以外にもいるのですか?」

「うん。――しかも軍上層部に食い込んでる。だからさ、ホークアイ中尉が峠を越えたらでいいんだけど、協力してほしいんだ。別に手を取り合って欲しいわけじゃない。ただ、僕と君の正反対の派閥の両側から奴らを追い立てて、この国の膿を出したい。あれらがいる限り、この国の敵がいなくなってもこの国は平和を得られない」

 

 ロイの握るリザの手に、熱が戻る。

 とくん、とくんと……静かにだが、鼓動が戻る。

 

「今回巻き込んでしまったことは謝罪する。どういうわけかは知らないけれど、あいつらは君やエルリック兄弟を狙っているんだ。ホントはもっと早くに共有すべきだったけど……色々あってさ」

「いえ、少将と決別の意思を出していたのはこちらです。共有ができなかったことに原因があるとすれば、こちらかと」

「そう言ってくれると少しは心が晴れるよ。……ああ、そうだ。マスタング大佐」

「はい」

「アイツに、人体錬成をしろ、とか言われなかった?」

「言われました。……あなたが来ていなければ、私は中尉を蘇らせんとしていたでしょうね」

「うん、じゃあ間一髪だったね。いいかい、マスタング大佐。人体錬成は絶対にやっちゃダメだよ」

「……一応、理由は聞きます」

 

 クラクトハイトは、少しばかり自嘲気味に笑って。

 その右腕を見せる。

 

 ――鋼鉄の機械鎧。

 

「それは」

「昔ね、僕にも信頼できる副官がいたんだ。イシュヴァール戦役時代のことだから君が知らないのも無理はないんだけど。……それで、ほら。僕って一か月で錬金術を覚えて、そのまま国家資格を取ったからさ。自分の事天才だと思ってたんだよ。遅延錬成とか、軍がどんだけ頑張っても真似できないものとかも生み出して」

「……」

「それで、僕ならできると思って、禁忌に手を出した。……死んでしまった副官を蘇らせるために、人体錬成をした。けど失敗して、リバウンドで右腕もってかれちゃってさ」

「……そう、ですか」

「僕は凡人だったって、そういうことだよ。……君は僕みたいな失敗は犯さないでね」

「無論です。そもそも、中尉は死にません。あなたの生体錬成は本物でしょう?」

「うん。手は尽くした。あとは錬金術師じゃない医者に死力を尽くしてもらうだけだ」

「はい」

 

 そうして、フュリー曹長の呼んだ憲兵が来る。

 リザ・ホークアイは担架で運ばれ、緊急手術を受けることとなり──。

 

 

 無事、一命を取り留めたのだった。

 

 

*

 

 

 第五研究所地下。 

 そこに珍しくキンブリーがいた。とても居心地の悪そうな顔で居た。

 

「お疲れ、レティパーユ。凄かったよ。まるで僕だった」

「ありがとうございます。ただ、生体錬成の際は少し焦りました。まだ私はそこまで高度な錬金術を扱えませんので」

「でも遅延錬成がちゃんとそれっぽく治療してたでしょ?」

「はい。ですから、錬成反応の増減に合わせて焦ったり顔を顰めたりする、というのが難しかったです」

 

 ――要はそういう茶番である。

 第三段階。僕がリザ・ホークアイに致命傷を負わせ、けれど偽物だとバレて、本物の僕によって追い出される&リザ・ホークアイが治癒される。

 レティパーユの錬金術では生体錬成なんて夢のまた夢だから、僕が遅延錬成で床やホークアイ中尉の身体そのものに仕込んでおいた生体錬成の発動に合わせてレティパーユが手を動かし、苦悩したり苦戦したりするフリをする。

 

 お父様に言った「一時的にでも僕を味方と見做す方法」がこれ。レティパーユの演技力次第なところはあったけれど、ほら一回代わってもらったことがあるからさ。パーツはアンファミーユ作。

 

 これでマスタング大佐は欠片程度でも僕に情を傾けてくれたことだろう。見抜かれていたらもう知らないけど、だったらレティパーユが焼き焦がされてるはずだから大丈夫大丈夫。

 

「少将。帰ってもよろしいでしょうか」

「居心地悪い?」

「とても。私だけ部外者ですので」

 

 そうは言うけど、今回の功労者を挙げるとすればレティパーユは勿論のこととして、キンブリーも列挙されるべきだろう。

 全く専門分野じゃないのに通信設備を準備して、盗聴の用意までして、その他諸々全部丸投げしたら全部やってくれた。

 

「僕のお金でご飯が食べられるんだから、そう思えばいい話じゃない?」

「そんなにいて欲しいんですか。アナタ、私を気にする暇があるなら、奥方を気にしたらどうですか。先程から妙に避けているようですが」

「……あー、わかる?」

「わかりますよそれくらい。あっちのキメラの男はともかく、アナタも奥方も互いをチラチラ見ては視線を逸らし、目が合いそうになったら違う料理を取りに行く。珍しいという点では面白いですよ。少将のような人にも苦手なことがあったんですね、と。ですが、流石に苛立ちが勝ります」

「出た、正論パンチ」

「妙に私を引き留めるのも、あの人形を過剰に褒めるのも、奥方と話し合うのを避けているからでしょう。……私に愛恋の話はわかりませんが、人間関係であれば拗れる前に断ち切るか繋ぎ止めるかをした方がいいですよ」

「ワオ、君にそんなこと言われる日が来るとは思ってもみなかったな」

「それでは、失礼します。――主のことを想うのなら、そこのキメラ。あなたも退出しては?」

「ム? ……良いだろう、それはそれで面白くなりそうだ」

 

 ああ。

 本当に行ってしまった。キンブリーも、スライサー兄弟も。

 

 残されたのはレティパーユと僕と、アンファミーユ。

 

 ……あー。

 いや、別に悩んでるとかじゃないんだけどな。

 ただ正面切って本当のことを言ったら──計画に支障が出るというか。ただ言わないままなのもマズいのはそれはそうなんだよね。

 

「私も席を外すべきでしょうか」

「君は主役だからダメ。……はぁ。アンファミーユ。こっち向いて」

「……はい」

 

 いいだろう。

 そろそろ時期でもある。ちゃんと言うことを言っておくとしよう。余計な幻想を抱かせないためにもね。

 



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第八十四話 錬金術の分析「思念エネルギースペクトル」

 まずね、と。切り出す。

 

「アンファミーユ。僕と君の結婚は建前上のものだ。ゆえに夫婦らしいことをする必要は全くない。それは理解しているよね」

「……はい」

「だから、性交をするとか、子を成すとか、そういうことをする必要も意味もない。ゆえにこの部分に不満を抱かれてもただ面倒なだけだ」

「……わかってます」

「そして」

 

 ここまでは、再確認。

 ここからは彼女たちの知らない情報。

 

()()()()()()()。この作戦において死ぬのは僕だけだ。ああ、ホムンクルスも、かもだけど」

「……え」

「だから意味が無いんだよ。幸せ家族を見せたって、何の意味もない。終わりはすぐそこで、君達はもうすぐ自由を得る」

 

 話す気はなかった。

 アンファミーユは依存心の強いタイプだけど、依存先がいなくなるのならすぐに他に乗り換えることのできる性格だ。僕がいなくなると知ったら、僕への熱が消える。それだと色々……遠回りが必要になる。だから言いたくなかった。

 でも確かに、言わないと始まらない。

 

「……」

「死ぬ、という表現は嫌いか。会えなくなる、と言った方が良いかな。僕と君達は永遠の別れを経験する。だから」

「そんな言葉遊びはどうでもいいです。……何を言っているのか理解できません。何故あなたが死ぬのですか? いなくなる? どうして? 貴方達が何をやっているのかを理解できるとは思っていませんが──それは、あなたの犠牲が無ければ成し得ないことなんですか?」

 

 犠牲。犠牲と来たか。

 別に僕は犠牲だとは思っていないんだけどね。

 

 やっぱり死という言葉を使ったのがマズかったな。一番わかりやすい言葉を選んだだけなんだけど。永遠の別れをわかりやすくしたら死だろう。もう絶対に会えなくなるんだから。

 

「それは、セティスさん達には」

「知らせてないよ。知らせたら止められる。ただ妨害されるだけならいいけど、最悪地下室に監禁とかだってあり得る。だから言ってない」

「でも、私は今聞きました。これから言いに行くことだって」

「いいよ、それくらいは。でもそれをやったら、僕はもう君を第五研究所に入れない。機密情報を漏洩するような研究員を野放しにしておくほど僕は甘くない」

「っ……」

 

 だから。

 だから、言う。

 

「ごめんね」

「……!」

「幻想を抱かせたかな。少しでも夫らしい行動をするってさ。君の心の穴を埋めるようなことをするように見せてしまったかもしれない。両親に君を紹介したのも、君と結婚すると決めたのも、その後一切手を出さなかったのも全部打算だよ。計画の内。──君を想っての行動なんか一つもない」

「それくらいは、わかっていました。私が今問うているのはそこじゃなくて」

「なに、僕との永遠の別れが嫌なの? 僕は君の兄を殺した張本人で、アメストリスを引っ掻き回すホムンクルスと繋がっていて、隣国のみならず周辺諸国を滅ぼして回っている極悪人なんだけど」

 

 アンファミーユ・マンテイク。

 思えば長い付き合いになったものだ。あの募集に応募してきた一介の研究者が、今僕に怒りを向けている。

 人生何があるかわからないものだねぇ。

 

「嫌に決まっています。──あなたは、恩人で、私の夫なんです。離別を嫌がらない妻がどこにいますか」

「でも仮初だよ」

「仮初でも籍は入れました」

「僕から君への愛情なんか、欠片もないよ」

「私だってそうです。別に所長を愛しているとかありません」

「じゃあ何にそんなに怒っているのさ。愛してないならいいじゃないか」

 

 愛はない。わかっていたことだ。

 欠片もない。理解していたことだろう。何を今更怒ることがある。

 

「先ほどの言葉。"()()()()()()()()()()()()()()()()"というニュアンスを感じ取りました。アンファミーユが怒っているのはその部分では?」

「……へぇ、レティパーユ。君、僕に意見できるようになったんだ。命令遵守はやめたの?」

「今のは面倒な言い争いをしている夫婦へ向けたもので、所長への意見ではありません」

 

 言うじゃないか。

 本当に順調に情緒が育っている。これなら十分だろう。

 

 で、なんだって?

 

「君達は死なないから安心してほしい。うん、確かにそう言ったね。安心してほしいを省いたのは、伝わると思っていたからだけど、それが何か逆鱗を撫でたかな」

「私達は、家族どころか──第五研究所の一員にすらなれていなかったんですか」

 

 目を細める。

 そして、笑って。

 

 頷いた。

 

「……!」

「第五研究所の所長は僕で、それ以外は実験体と客人だけだ。レティパーユ。今この時点を以て君も実験体から客人に呼称を変える。もう僕の命令を聞く必要はないよ」

「拒否します。レティパーユは所長の手により作られた生体人形(リビンゴイド)。自由は取り戻すものでも得るものでもなく、貴方の支配下にあることこそが自由であると判断します」

「そうかい。好きにすると良い」

「御意」

 

 良い。拒否するのも情緒の育った証だ。

 グリードやスライサー兄弟との交わりは、彼女に良い影響を与えてくれたらしい。

 

「さて、アンファミーユ。そんなにショックだったかい。自分が僕の部下ではないということが」

「……じゃあ、私は、何」

「アンファミーユ・マンテイク。僕に利用されるだけ利用されて、もうすぐ捨てられる哀れな女の子じゃないかな」

「……偽悪的な言葉は聞き飽きました。所長。レムノス・クラクトハイトさん。貴方の本心が聞きたいです。無理に悪ぶっても痛々しいだけです。なんですか、私を遠ざける理由は。私を傷つけようとするその言葉の意図を教えてください」

 

 ……まーた演技下手って言われてるよねこれ。

 どうしよう、「約束の日」までに演技指導とかに通った方が良いのかな。演技指導なんかこの時代コンテンツとしてあるのかな。

 

「君が大切だからだよ」

「嘘はいいです」

「ホントだよ。僕にとっては全く大切じゃないけど、お父さんとお母さんにとっては息子のお嫁さんだ。君はただそれだけで大切なんだよ」

「……あくまで両親のため、と」

「もう一つ理由がある。とってもどうでもいい理由が。聞きたい?」

「当然です」

 

 ふむ。

 それじゃあ言おうか。

 

「君はね、餌なんだ。カリステムの本体を引き寄せるための」

 

 あっさりと。

 本当の本当の、本音の本音を言う。嘘偽りない、演技の欠片もない──アンファミーユを傍に置き続けた本気の理由。

 

「カリステム事件だっけ。オズワルドの奴。アレまだ解決してないよ。エルリック兄弟に接触していた方のカリステム。キメラ・ネットワークはまだ生きている。金歯医者もオズワルドも試験体でしかなく、カリステムは未だ虎視眈々と機会を狙っている。君はそんなカリステムをおびき寄せるための餌だ。だった、かな」

 

 エルリック兄弟とヴァン・ホーエンハイム以外の不安要素。

 それがカリステムだった。それさえクリアできればあとは心配ないってくらい。だから僕は外国に行ってまでカリステムを探し続けた。滅ぼすのはついででね。

 

 でも、いない。

 いるはずだ。いないはずがない。

 僕が第五研究所を開ければ接触してくるかと思ったんだけど、来たのは小物の端末だけ。

 

 絶対来るはずだ。

 カリステムは、そして──天使だのなんだのを目指した彼と、隠者の石の存在を知っている彼女は。

 僕はあれらが死んだとは全く信じていない。

 

「もう一度、今度は言葉を全て並べよう。──君達は死なないから安心してほしい。安心して、役割を果たしてほしい。妻としてとか、伴侶としてとか、そういうのどうでもいいから、餌として機能してほしい。僕から君に要求するのはそれだけだよ」

 

 アンファミーユ・マンテイク。

 僕が君だけを特別扱いするわけがないだろう。僕が特別扱いするのは、この世でたった二人だけなんだから。

 

 

 

 動かなくなったアンファミーユをレティパーユに任せて、地下へ降りる。

 しゃらん、と音がして、首元に刀があった。

 

「なに? 君、そんな紳士だっけ」

「いや、殺人鬼に紳士性など求めるな。私は聞きたいことがあるまでよ」

「君は死ぬよ。死なないのはあの二人だけだ。ああいや、アメストリス国民は大体死なないけど」

「……やはり良い主に恵まれたようだ。そんなお前に良い情報をくれてやろう。──カリステム。私達を混ぜたあの研究者は、頻繁に何者かと通信を行っていた。キメラ・ネットワークだったか。それを用いてのものと思われる動作だった」

「君さ、有能って言われない?」

「ここへ来てからは良く言われるな。──死を恐れぬか、レムノス・クラクトハイト」

「怖いことは怖いんじゃない? ただ、だからと言って動けなくなるわけじゃないってだけで」

「そうか」

 

 刀が降ろされる。

 あんまり武器向けないでほしい。反射で攻撃するところだった。

 

 けれど、良い情報をありがとう。

 

「君達は死ぬ。けど、もしよかったら最後までレティパーユの面倒を見てあげて欲しいかな」

「無論だ」

「うん。じゃあね」

 

 

 

 さぁて、久しぶりに転生者らしいことをしようか。

 内容はどうでもいいからね。

 

「カリステムがいた位置は、この辺で……」

 

 ナノキメラ及びキメラ・ネットワークでは、無線通信に似た周波数帯のようなスペクトルが生じる。これはナノキメラの通信方法が思念エネルギーによるものであるからであり、その思念エネルギーとは「流れ」であるのと同時、「波」のように周囲に影響を及ぼしながら進むからだ。

 よってそのスペクトルを分析できれば、地点Aから地点Xへ通信が行われたことを確認できる。スペクトルアナライザを僕自身がやるって感じだね。

 そして記録は、大地にある。電波と違って思念エネルギーは地を這う。だから思念エネルギーは必ず大地にその痕跡を残す。特定の思念エネルギー周波数帯で放出されたナノキメラ間のスペクトルを探し出し、分析していく。

 

 ……サンチェゴを二つ起動。僕一人の想像力じゃ無理があるから、賢者の石のブーストも使う。

 大地に残された思念エネルギーの痕跡。……ある。もうだいぶ昔だから微かにはなってしまっているけれど、確かにある。この辺りで思念急流とか使わないで良かった。アレやってたら痕跡消し去ってたよ。危ない危ない。

 方向は……イーストシティの方。いや、その先かな?

 回数は無理だ。把握できない。内容も……多少しかわからない。多少わかるだけで褒めてほしいものだけど。

 

 これが軍の秘匿回線なりを使っていたら僕は手も足も出なかっただろう。

 軍が秘匿回線の電波パターンなんか記録してるわけもなし、お手上げだった。

 けど思念エネルギーを使っちゃだめだよ。思念エネルギーで色んなことをするっていうのを開拓したのは僕なんだからさ。

 

 さぁて、それじゃあ。

 餌を食べられてしまう前に、網で魚を掬い上げてしまおうか。

 

 

 

 リオール。

 鋼の錬金術師の作中において一番に出てくる町で、1911年から流行り始めたレト教という新興宗教に騙されている町……だったはずなんだけど。

 

「コーネロ? ……すまねぇが知らねえなぁ。なんだ軍人さん、ソイツなんか悪いことしたのか?」

 

 とか。

 

「レト教、ねえ。まぁ新興宗教はいくらでも立ち上がっちゃいるだろうから気に留めたこともねぇや」

 

 とか。

 

「ロゼ……ああ、もしかしてあの赤髪の子? あの子ならあっちに住んでますよ。恋人と一緒に!」

 

 とか。

 いや待って、それ重要な情報。

 

 ロゼと、その恋人が生きている、のか。

 そしてコーネロはおらず、レト教もない。

 

 代わりに、カリステムの思念エネルギーの痕跡がこの町に続いていた。

 

「軍人さん、軍人さん」

「うん?」

「これあげる!」

 

 子供。渡してきたのは、便箋?

 ……開ける。それを確認すると、元気な子供は走り去っていった。

 

「『拝啓レムノス・クラクトハイト所長。お久しぶりですね。お元気でしたか』……ねぇ。別に、優位性を保とうとするのは良いんだけど、あんまり馬鹿にしない方が身のためだと思うけどなぁ」

 

 順番は関係なくなったから、今ここで暴動を起こさせて血の紋を刻むのもアリなワケで。

 

「すみません、あそこの教会ってどこの宗派の奴ですか?」

「ああ軍人さん。知らないのかい、あそこは天使様を祀る教会でね。名前は……名前はよく覚えてないんだが、一度でいいから見てきた方が良い。天使様の神々しさは私達を魅了してくれ」

「ありがとう、お爺さん」

 

 乾湿の乾。

 ナノキメラが頭蓋の中にいるお爺さんに手を当ててナノキメラを焼き焦がし、意識を失った彼をベンチに寝かせる。

 さっきの便箋渡してきた子供も、他の住民も。

 とりあえず全員ナノキメラの感染を確認。リオールはもうカリステムに染まっている。

 

 それでいて、天使様ねぇ。

 サジュも諦めが悪いというか。

 

「さて、最終決戦に臨む前のケリって奴だ。全力でぶっ壊していこうか、小物の計画なんてさ」

 

 敢えて陳腐な言葉を使うなら。

 

 喧嘩を売る相手を間違えたね、って。



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第八十五話 錬金術の複合「翔べる天使」

 レムノス・クラクトハイト。

 大槌の錬金術師セティス・クラクトハイトと同じく錬金術師であるアガート・クラクトハイトの間に生まれた子供であり、幼き頃に突然錬金術を学びたいと言い始め、そこからたったひと月で自己流の錬金術を習得、国家資格まで取るという快挙を見せた。

 快挙。いいや、異常だろう。あり得ないことだ。

 それはだから、天使のように。

 神から知識でも授かっていなければ、叶わない偉業。

 

「やぁ、サジュ。久しぶりだね。元気にしていたかな」

 

 薄い笑みを張り付けた青年は、何でもないような顔でそう言い放った。

 サジュ。サジュだ。

 自らの名。

 

「この天使は……赤子を素材に使っているのか。冒涜的だね。この赤子はイリスの子かな」

「冒涜的、ですか。錬金術師がそれを言いますか、元所長」

「言うよ。だって君、あんなにも人間を素材に使うことを嫌がっていたじゃないか。これが赤子であろうと少年であろうと青年であろうと老人であろうと、僕は冒涜的だ、というけれどね」

 

 歯噛みする。

 その通りだったからだ。この()()()である天使は、妥協に妥協を重ねた見た目だけの天使。あの研究所地下で作り上げたものよりは洗練されているけれど、だからといってサジュの理想には程遠い。

 けれど──けれど、あの第五研究所地下で見た、サジュ自らの最期に見たのは、紛れもなく、紛う方なき「天使」だった。

 

 イリス曰く、感情の結晶なる白い石。

 それを用いた、正しい運用方法を選んだレムノス・クラクトハイトは、やはり人間ではないのだろう。

 

「そうですね。それは冒涜的です。その劣化品、妥協品は、天使じゃない。民衆から資金を巻き上げるためだけの展示物だ。それを天使だと呼ばれること自体、僕にとっては屈辱です」

「じゃあ、本物を見せてくれると、そういうことでいいのかな」

「勿論です。――さぁ、こちらへ、元所長。敵地ですが、貴方なら大丈夫でしょう」

 

 サジュは背後の扉に入る。

 そこへ警戒もせずについてくるレムノス。

 ……否、サジュは知っている。この元所長が警戒もせずに、臨戦態勢も取らずに人を殺し得る──人間を同じ生物として見ていない生物であることを。今サジュが殺されていないのは、天使に興味があるからか。

 

 廊下を進んでいく。

 少しずつ地下へ向かって行くこの道は、しかしそうであると知っていなければ気付けない程度の傾斜だ。

 

 そうして、そうして辿り着いた地下室。

 開く──前に、レムノスが周囲一帯に描かれた壁画に言及してきた。

 

「……フラメルの十字架。その周囲には太陽の生る樹。地に落ちるさかさまの王冠。それに剣を突き刺す緋い衣の王。周囲を逃げ回る犬と、それを追いかける狼」

「カリステムが描いたものです。意味、わかりますか?」

「これでもかというほどに金を象徴している。……錬金術は金を得るためにあり、賢者の石から不純物を取り除くことこそが金を得る手段。ゆえに純化し、ゆえに不滅となる」

「流石ですね。一言一句違わずカリステムの言っていたものと同じだ」

 

 けれど、カリステムはこの壁画をして「アメストリスの錬金術知識だけでは読み解けないもの」だと言っていた。

 

「ただこの図、足りないものがあるね」

「足りないもの、ですか?」

「順序と目的だ。錬金術における壁画や図画は、第一の鍵(Primal Key)が必ず必要になる。第一から第五までの鍵を経て、最終的に何がしたいか、何を作り上げたいかを描き出す。賢者の石を作りたいのなら賢者の石が最後に来るようにしないといけないし、そのためにはまず第一の鍵として人間を置く必要がある。けれどこの壁画にそれはない。中間の錬成反応を循環として描いているに過ぎない」

 

 思わず舌を巻くサジュ。

 戦闘力や殲滅力、そして裏切り者や内通者への非情さばかりに目が行きがちなこの錬金術師は、知識も相応以上にあるのだと。

 

「サジュ。君は天使をつくりたかったんだったよね。それは翔べる天使かな。それとも翔べない天使かな」

「勿論前者ですよ。……当然でしょう?」

「そうだね、当然だ。ところで錬金術における天使がどういう意味を持っているかは流石に知っているよね」

「昇華、でしょう。もしかして馬鹿にしていますか?」

「いいや、ただの確認だよ。この壁画はアメストリス式錬金術に基づいていない。クセルクセス式源流錬金術にかなり近い」

 

 言葉を無視する。

 サジュでは、ボロが出てしまいそうだったから。

 

 地下室の扉を開ける。

 そこへ、やはり警戒もなく入ってくるレムノス。

 

「あら、レムノスくん。久しぶりね」

「そうだね。随分と見た目が変わったけれど、イメージチェンジは乙女の嗜みかな」

「ええ、そういうことでいいわ」

「……成程。オズワルドは仲間はずれだったのか。彼は事故で自らの意識が宿ったと言っていたけれど、君達は故意にできていたわけだ。いいや、あの時僕に殺されたこと自体は事故だったけれど、そもそも別人になるつもりでいたんだね」

「今、何を見てそれを感じ取ったのかしら」

「思念エネルギーだよ。君達がよくわからないままに使っている純粋なエネルギー」

 

 レムノスは――その足元から、思念エネルギーを走らせる。

 全方位。それだけで仕込んでいた罠の類が全て潰された。

 

 ……理解度は、そうだ。

 だってサジュもイリスもオズワルドも、第五研究所へ来てから初めて思念エネルギーの存在を知ったのだから。いいや、錬金術が、錬成陣に思念を込めて発動するものである、というのは勿論知っていたけれど、その思念をエネルギーとして運用する発想を初めて知ったというべきか。

 

「前に教えた通り、今のはノイズという錬金術だ。僕相手に錬成物の罠は効かないよ」

 

 教鞭を振るうかのように手の内を明かすレムノス。

 

「じゃあ、錬成物ではない兵器なら効くのかしら」

「やってみるかい?」

「……いいえ。貴方が再構築前の分解をも得意としていることは知っているから」

「そうかい。誰から聞いたのかは知らないけれど、正確な情報だ。もう一度自分の身辺を洗って内通者を血祭りにすることを誓うよ」

 

 それで、と。

 レムノスは。

 

「天使を見せてくれるんだろう? 本物の天使を。あんな展示物ではない天使を。翔べない天使ではない、本物を」

「大人になってからせっかちになったのかしら。でも、ごめんね。もう少し待ってくれる? 今カリステムが最終調整中だから」

「つまり君達は天使の作成に関わっていないってこと?」

「いいえ、関わったわ。私は大量の素材を提供したし、サジュは」

「僕は、真理を提供しました」

 

 つまり──記憶を。

 

 そう言えば、レムノスは詰まらなさそうな顔をする。

 

「……なんだ。少しは期待したんだけどな。結局この世界の天使ってことじゃないか。それなら見る価値はない。それより、カリステムの事が知りたいね。僕の知る限り、カリステムは少なくともあと二人いる。ああ、リオールに蔓延っているカリステムの話ではないよ。錬金術師としてのカリステムの話だ」

 

 ガチャン、という音が鳴った。

 彼のサンチェゴが起動した音だ。これで、この部屋はもう彼の支配下になったと言っても過言ではない。

 下手な動きをしようものなら、またぞろあの鎖で貫かれてしまうのだろう。

 

 でも、それの対策をしていないわけがない。

 

 じゃらりと音を立てて出て来た鎖。

 それは僕とイリスの周囲に佇んで、けれど攻撃してこなかった。

 

「……他人の錬成陣を勝手に使わないでくれるかな」

「そんな一瞬で見抜いてしまうんですね」

「当然だろ。自分の錬金術の弱点くらい網羅してるって」

 

 そう、やったことは簡単だ。

 サンチェゴと呼ばれる機械時計型の錬成陣。けれどそれは、別に所有者が決まっているとかではない。

 だから、恐らく最も使い勝手のいい鎖の射出の錬成陣にしているだろうと読んで、サジュとイリスがその錬成陣を使用した。ただそれだけのこと。

 

 これから先、レムノスが何を組んだとして、錬成速度の勝る二人が15秒以内に錬成陣を読み取って勝手に使ってしまえば、レムノスは何もできなくなる。

 

「はぁ、わかったよ。もう少しくらい待ってあげる。カリステムの最終調整っていうのは、どれくらいかかるものなの?」

 

 問い。それに答えたのは。

 

「もう、完了しましたよ。お久しぶりですね、レムノス・クラクトハイト所長」

 

 奥の扉から出て来たカリステムだった。

 

 対し、元所長は……酷くつまらなそうな顔をしている。

 

「本体じゃないのか。なに、もういいの? リオール丸ごと潰して終わり、でいいの?」

「イリスではないですが、本当にせっかちになりましたね、クラクトハイト所長。このような茶番は嫌いですか?」

「面白い茶番ならいいけどさ、焼き増しだからね。それを刷新だというのなら、僕は心底君達を軽蔑するよ。くだらない研究者を引き込んだ過去の僕を嘆いてから、だけどね」

 

 赤い錬成反応が元所長を中心として広がる。

 賢者の石の錬成反応だ。対し、サジュとイリスも同じ反応を迸らせた。

 

「なんでも暴力で解決するのはスマートではないですよ、クラクトハイト所長」

「死人を叩き潰すのに最も便利なものはハンマーだろう。僕のお母さんは大槌の錬金術師だからね、質量isジャスティスなんだ」

「仕方ありませんね。では、見せましょう。これが天使です」

 

 ――それは、天井付近からゆっくりと降りて来た。

 神々しい真白の光を纏う、性別のないヒトガタ。真白の翼も、真白の肌も、人間とは全く違う。

 

「……隠者の石の、ホムンクルス化……?」

「いいえ、天使化ですよ」

「名称なんかどうでもいいよ。やっていることは同じだ。けど、興味はあるな。隠者の石をコアに、どのようにして人間を……そうか、思念エネルギーか。へえ、カリステム。君は他二人と違って思念エネルギーが何なのかを理解しているらしい。時間は沢山あったからね、勉強したのかな」

「いえいえ。私は元よりシンの錬丹術師ですから」

「――ああ、そういうことか。なんだ、そういうことだったのか。早く言ってよ、そういうことは。だから僕の所に来たんだね」

「はい」

 

 どろり、と。

 元所長の背中から、赤が這いずり出てくる。

 それは彼の全身を覆い、尚も伸びて爪や尾を形成する。

 

 異形だった。

 サジュの夢見た天使とはかけ離れた、悪魔のような姿。

 

「同じことだよ、サジュ。あの天使と僕の今の姿は、全く同じ原理に基づいている。思念エネルギーによる流れの操作。操作対象が違う、ということ以外、僕とあの天使に違いはない」

「さて、クラクトハイト所長。貴方は真理を見た錬金術師を集めているようでしたが、彼はお使いになりますか?」

「ああ、確かに良い材料ではあるね。この戦いで死ななかったら貰って行こうかな」

「ええ、どうぞ。――では、見せてください。天使と悪魔の、神話の戦いを!」

 

 それ以降の記憶はない。 

 激しい風圧だけを覚えている。ただ、それだけだった。

 

 

*

 

 

 賢石纏成で天使は殺した。

 いや、いや。得心の行くことばかりだったけれど、これがサジュの目指した天使だというのなら、あまりにも脆い。

 思念隔壁は使えても耐久力がこれじゃあね。

 

 とりあえずサジュの両腕を捥ぎ取って生体錬成で断面の治療をし、完全拘束した状態で放置。確かにマスタング大佐が人体錬成をしなかった場合のスペアになるから、生きていたら連れ帰るつもりだ。

 

 今はさっきの天使を殺し、いつの間にか逃げていたイリスとカリステムを追っている最中。

 

 ……しっかし、この通路。

 さっきからずっと下がっていっているんだけど、このままだとスロウスの円にぶつかるんじゃないかなぁ、とか。

 

 そう思っていた矢先のことだった。

 眼前に見えたハッチ。地下へ降りる為のそこから、影が溢れ出る。目と口のついた影が。

 

「……おや、竜頭の錬金術師。何故ここに?」

「こっちのセリフなんだけどね。やり残しを片付けていたらまさか君に遭遇するとは思わなかったよ、プライド」

 

 プライドだ。

 その鼻先というか口先というか、鋭利な影の先端にイリスがいる。

 ……もう絶命しているけれど。

 

「知り合いでしたか?」

「ううん、裏切り者だから、要らないよ」

「成程。なお、私がここにいる理由は簡単ですよ、竜頭の錬金術師。ハンベルガング家というのを探しています。どこぞの誰かが父に助言した情報をもとにね」

「ああ、そう? だったら朗報だ。こっからあっちに向かって突き当たった部屋に確定人柱を一人捕まえてある。両腕もいである上に鋼鉄の箱に入れてあるから、持ち運びやすいと思うよ」

「……持っていけ、と。私に使い走りをさせるとは、偉くなりましたね、竜頭の錬金術師」

「お父様と腹を割って話し合える程度にはね」

 

 煽れば──ものっそい怖い顔で睨まれて、けれど何もされずに影は僕の背後、さっきまでいた部屋の方に伸びて行った。

 

 あれだ。

 煽る対象は良く考えようって話。

 

 それで、捨て置かれたイリスは……ま、特に用途もないか。

 体中に持っていた賢者の石と、体内にも仕込んであった賢者の石、隠者の石を回収して、あとはジュッ。燃やしたのか溶かしたのかはご想像にお任せしよう。

 

 ああ、このハッチスロウスの掘ってる穴に通じちゃってたのか。だからこんなことに。

 不運だねえ君。本当に。

 

「あとはカリステムだけ、だけど……果たして何人いるのやら」

 

 それに、あの天使が完成形だとは全く思っていないからね、僕は。



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第八十六話 錬金術の到達「生まれ堕ちた天使」&久方

 そこに、いた。

 そこに──それを「天使だ」と形容するにはあまりにも冒涜的な姿をしたモノがいた。

 辛うじて一般的な形容を使うのなら。

 

 頭部がぼこぼこと肥大化した赤子──あるいは、ブドウのようなものに小さな胴体がくっついているナニカ、でもいいか。

 

 ナニカの足元にはカリステムがいた。

 僕の知らない姿のカリステム。さっき話した一人と、全く知らない四人。

 

「これが、君達の言う天使の最終形であっているかい?」

「ええ、ええ。合っていますよ」

「そうか……何人?」

「三百はくだらないかと」

 

 真白の光は隠者の石のエネルギーだろう。

 魂の不純物を取り除き、感情のみを抽出した結晶体、隠者の石。あるいは思念エネルギーが析出したもの。

 

「成程ね。だから、つまり、君はこう考えたわけだ。思念エネルギーが流れの操作を行い得るのなら、それを集合させることで錬金術への完全なる対抗策が作れると」

「ええ、あなたも似たような錬丹術を使いますね。思念急流と言いましたか。ドラクマで、あるいはダブリスで使っているのを見ましたよ、私の端末が」

「ああ……そうか、SAG含むあらゆるテロリストが君に感染していた可能性までは考慮していなかった。それで僕の手の内を色々知っているわけだ」

 

 確定人柱のSAGは身体検査をして、ナノキメラなんか入ってなかったから大丈夫だとは思うけど。

 ナノキメラ以前の問題──カリステムがそもそも何者だったのか、という部分においては、まだ一切解決していないことだった。

 

「三百を超える脳の集合体。この天使が吐き出す思念エネルギーは氾濫とでもいうべき量であり、身を守るために使う思念エネルギーはまさに鉄壁。もっとも微弱でありながら、他のエネルギーの流れを変えることだけは右に出るものがいない、という性質を持つ思念エネルギー。それが凝縮すると、こうも美しい光を放ち、余剰エネルギーがバランスを取るかのように翼の形を取る。……あの日クラクトハイト所長が彼らに見せたものですね」

「君は死んでいたけれど、彼らを通してみていた、と」

「ああ、あの不良品ですか。申し訳ございません、アレ、言語野の接続が微妙に上手く行っていなかったものを出したもので、会話が難しかったでしょう」

 

 それだけの脳を一点に集めたら、普通は大暴走が起きる。

 賢者の石の中が悲痛の嵐であるように、身体を失った事実を理解した脳が三百を超えて発狂し続けるあの赤子の頭部では、さぞ多くの思念エネルギーが放出されていることだろう。

 

「君の正体については、もうアタリがついている。だから興味がなくてね。今僕の興味はその天使だ。その天使は、キメラの錬金術師が行うような"片方の脳を残して片方の脳を機能停止にするor潰す"という手段を取っていない。一つの肉体に三百の脳が入っているから、錬金術的に見れば肉体一に対して精神の紐が三百、魂が三百という状態にある」

「正解です。それはあり得ないと言わないあたり、流石ですね」

「だって()()()()()

「……ええ、似たようなもの、ですが」

 

 じゃあ、そろそろ種明かしといこう。

 あるいは探偵の推理ターンか。なら、この言葉で始める必要があるかな。

 

「さて──」

 

 

 

「まず、君が誰か、という言うまでもないことについて言っておくとしよう。君は僕のお父さん──の、師匠だね。君自身に師匠という感覚はないだろうし、お父さんも君に会ったことがあるわけではないだろうけれど」

「シンでは全く見向きもされませんでしたが、アメストリスに来てからは脳という分野の権威とまで言われたことがあったんですよ。もはや雪に埋もれた名ですがね。アガートさんでしたか、だからこそ彼は私の研究書物を欲しがった」

 

 お父さんが持っていた錬金術書。アレはある錬金術師の遺族から譲り受けたものであり、そして僕の魂を繋ぎ止めた錬金術の要となっていた理論が載っている書物だった。

 ずっと気になっていたことだ。あの書物がどこから来たのか。だから、それを持っていたという錬金術師が何故これを、クセルクセス式源流錬金術を知っていたのか。

 

「シンで錬丹術を学び、クセルクセスであの遺跡にあった錬金術を全て学び、その足でアメストリスへ来て居を構えました。君が生まれるもっともっと前のお話ですから、クセルクセスが砂塵へと消えていることもなかった」

「道理であの研究所メンバーの中でも頭一つ飛びぬけて腕が良いわけだよ。文字通り経験値が違う」

「そうですね。サジュ、イリス、マンテイク兄妹。あれらのお遊びに付き合うのも一興ではありましたが、やはり目を引いたのは貴方だった。貴方自身だった。クラクトハイト所長」

 

 お父さんは流体の錬金術師だ。そして生体錬成にも通じ、クセルクセス式源流錬金術が基礎にあるから、魂の扱いにも長ける。だから僕が繋ぎ止められた。一度ならず二度、三度と剥離しかけた僕を、ずっとずっと繋ぎ止めて、ようやく僕という存在をこの世に定着させた。

 三百と四つ。桁は違うけれど、同じことだ。

 一つの肉体に複数の精神と魂。もっとも、僕に引っ付いているはずの残りの三つはほぼ死んでいるようなものみたいだけど。

 

「コールドスリープ。脳を凍らせて未来で解凍する、という錬金術を使い、けれど失敗して死した錬金術師。だけど、そもそもの話、()()()()()()()()()()()を用意していないと話にならない。錬金術師の遺族に頼んでいたわけでもなく、彼は自身を凍らせてそのまま死んだ。脳の権威とまで言われた人がそんな馬鹿な真似をするはずがない」

 

 だから。

 

「その時から既にスペアを……未来で自らを解凍するためのもう一人の自分を作り出していたんだね。ナノキメラという後発品ではなく、自身に寄せた脳を他者に移植する、という合成獣の基本的な錬金術で」

「ええ、ええ。相違なく。ただ、まぁ、残念ながらコールドスリープは上手く行きませんでした。本体……とでもいうべき錬金術師はそのまま凍って朽ちて死に、スペアだけが残った。これが私の始まり」

 

 鋼の錬金術師の世界が未来であり異世界であるところの向こう側に勝っている点として、この脳移植が挙げられるだろう。キメラの錬金術師達はなんでもないかのようにやっているこの脳移植だけど、本来はもっともっと高度な技術だ。いとも簡単にやってのけるから凄さが全く伝わってこないけれど、全く別の肉体……それも動物なんかを混ぜたものに、従来通りの脳をくっつける、という神業。

 あるいは脳そのものをも合成して、おかしくならない素晴らしさ。

 脳がどれほど精密なつくりをしているのかわかっていないのだろうか、というほど暴力的な合成は、けれどほとんど失敗せずに大体上手く行く。恐ろしい世界だよ、ほんと。

 

「ま、これで君の正体の話はおしまいだ。次へ行こう。ああ、君がリゼンブールにいたり第五研究所にいたりしたのは、スペアをたくさん作ったから。それだけだね」

「はい、そうですね。次の話へどうぞ」

「天使。……とはいえ、この天使という呼称はあくまでサジュが使っていたものに便乗したに過ぎない。君はこれを本当に天使だと思っているのかい?」

「まさか。こんな醜悪なものが天使だとしたら、神はどれほど劣悪な姿をしているかわからないじゃないですか。神の存在など誰も認知していませんが、出来得ることならこのような姿ではなく、美しいものであってほしいですね」

 

 同意する。

 僕もお父様が引き摺りだそうとしているカミがこんな醜悪なもので、それを腹に収めんとしているなら止めたかもしれない。

 

「では、クラクトハイト所長。私からあなたに問いを投げかけましょう」

「いいよ」

「ずばり、私の目的とは何ぞや、です。本体を解凍するために生み出され、しかし本体が死したスペア。錬丹術も錬金術も修め終わった私が、いったい何を目的にあなたへ接触したのか。いったい何を目指してこんなところでこんなものを作っているのか」

「壊す気だろう、国土錬成陣を。君が錬丹術師だというのなら、僕らが作っているこの全てに気付いているはずだからね。だからこんな、リオールなんていうウィークポイントに構えている」

 

 ぱちぱちぱち、と。

 乾いた拍手が後ろの四人のカリステムから鳴る。

 

「ええ、そうです。一番にあなたへ興味を持ったのは、あなたがイシュヴァール人を殲滅している時。アエルゴという国へ行った錬丹術──アレが龍脈をどれほど掻き乱すか。あんな吐き気を催すことを平気でやってのける錬丹術師はいません。どれほど悪人の錬丹術師でも、龍脈を阻害し、流れを乱す、なんてことはしません。何故かわかりますか?」

「星を殺すからでしょ。君の話には一つ例外が抜けている。善人も悪人もああいうことはしないだろうけど──自暴自棄になった者や気の狂った者はやるでしょ。そうして、やってきた奴らは全て処されて来た。シンにおいては、ね」

「はい。少しでも良識を……いえ、常識を残す錬丹術師ならば、アレがやってはならないことだとわかりますから。……だというのに、あなたはそれで飽き足らなかった。龍脈を掻き乱す行為を、果たしてどれほど行いましたか。アメストリス、アエルゴ、クレタ、ドラクマ、さらには周辺諸外国。何もわかっていないで力を使っている、というわけではない。あなたはわかって星を殺さんとしている」

「星を殺すのが目的じゃあないけどね。副産物だよ」

「その鍵が、最近刻み込まれました。……私にはもう目的という目的はありません。これが正解です。ですが、私の研究資料を読み取った精神的な弟子のその弟子たる子供が、錬丹術を用いて世界を壊さんとしているのであれば、それを止める責任は私にあります」

 

 ああ、やはり。

 全て理解されているのか。僕が隣国三つとクセルクセスを回って刻んでいた陣の意味を。

 危険だなぁ、錬丹術師。約束の日までもう少し時間があるから──滅ぼしてしまうのは手だなぁ。

 

「面白いことをいうね、カリステム(Charistem)。名を捨てた錬金術師(Archemist)よ。つまり君は、大義に則って行動していると。君の行いは正義であり、星のためであり、人々のためであり──僕という巨悪を討ち果たさんとするためのものであると」

「そこまで図に乗るつもりはありませんよ。ただ、あなたのやろうとしていることは危険すぎるので、この陣を壊します、というだけです。そして二度と作れないようにします」

「その天使を爆発させて、かい?」

「……ええ」

 

 それじゃあ。

 ガチャン、という音が、四つ重なって鳴った。

 

「戦おうか、カリステム。その天使を制御しているのは君だ。君達だ。あるいはリオールの人々全てかな。なんでもいいけど。──だから、僕はリオールの全てを壊すつもりで行くよ。最初から全力全壊って奴だ」

「私は武闘派の錬金術師ではありませんので、使う予定の爆弾に少しばかり頑張ってもらいます。──クラクトハイト所長」

「何かな」

「言い残すことはありますか? 私は、中々刺激に満ちた良い人生だった、と残しておきます」

「まるで死に行くみたいじゃないか。そうだな、僕は──僕を繋ぎ止めてくれてありがとう、かな。お父さんの錬金術の源流が君にあるのなら、僕をこの世に刻み付けたのは君であるともいえるのだから」

「フフフ、それは、大罪ですね」

 

 赤子の口が、ゆっくりと開く。

 

 まずは力比べだ。

 サンチェゴから吐き出すのは膨大な思念エネルギー。赤子から発されるのもまた膨大な思念エネルギー。

 

 思念急流のぶつかり合い。勝敗の結果は。

 

 

「ッ……流石に、無理か!」

「これでこちらが負けたらあなたが人間かどうか疑いますよ」

 

 サンチェゴ四基、その全てがぐしゃっと圧し潰されて流される。

 三百に至る脳から発せられる思念エネルギー。対し、僕のは僕一人分を四基で増幅しているに過ぎない。これで勝ったら僕が人間かどうか疑うよ。

 

 それじゃあ、まぁ、地味な戦いを始めようか。地味で美しい戦いを。

 

 ──隠者の石を使う。

 僕の背後に出てくる真白の翼。カリステムの言う通り、エネルギーのバランスを取るために両翼の形をしたコレは賢者の石にできないことを行う。

 それはつまり、想像力のブーストだ。賢者の石は錬成時のブーストね。

 

 他人の感情を用い、他者の想像力を糧に、本来僕にはできない錬金術を展開する。

 リオールの外側から、バチバチと音を立てて青白い錬成反応が走って来た。それは天使と僕を分け隔て、途端、天使からの思念急流が収まる。

 

「ほう、流れを強制的に変えましたか」

「導流と呼んでいる。対錬丹術師のために編み出した錬金術だ」

「対錬丹術師の経験があるのですか?」

「いいや? だけど、可能性は常に考えておくのが研究者というものだよ」

「それはその通り。では、こういうのはどうですか」

 

 僕の作った導流から、天使に向かって同じ材質の一本道が錬成された。傷の男(スカー)兄を彷彿とさせる錬成速度だ。

 そしてその道を辿り、また思念急流が僕を襲う。同じことをされたのだ。違う材質を床に敷くことで作った壁に、その壁と同じ材質の通路を作られた。理解が早い。ああ、嫌だ嫌だ。頭がいい奴と戦うと僕の手が全部バラされるから本当に嫌だ。

 

 とはいえ、その思念急流も僕の眼前で止まる。

 止まるというか、行き場を失って爆散したというか。

 

「おお、それはいつか見ましたね。狭窄錬成と呼んでいましたか」

「よく覚えてるなぁ!」

 

 吹き上がった床の材質──その砂塵に合わせて鉛玉を放る。

 傷の男(スカー)兄のように防御してくることはないけれど、円に「」を描いただけの陣で押し返された。あれは空気を意味する記号だけど、おいおい、マルコーさんタイプってことか。

 シンプルなシンボルで大きな意味を取り出せる……正真正銘、超正統派の錬金術師。

 こんだけ色んな邪道をやってきて、普通に凄いとかやめてくんない?

 

「切り札は最後まで取っておくもの、という言葉がありますが、早めに切らないと死んでしまいますよ?」

「そうだね、君みたいな格上にはそうだろう。──じゃあ、君の知らないものを一つ見せてあげるよ」

 

 踏み込む。 

 思念急流は別に人体を押し戻す力とか無いから、風だけを避けてカリステムの集団に突っ込む。

 

「徒手空拳ならば勝てると? 流石に舐め過ぎでは」

「久しぶりに使うけど、まず一体だ」

 

 言葉の多いカリステムを無視して、後ろにいた一人の腹部に手を当てる。

 使うのは、過畳生体錬成。いつかイシュヴァール人に対して使った錬金術。

 

「……外道な」

「一目で見抜いたのかい?」

「ジストロフィーを故意に引き起こす生体錬成でしょう。治すための生体錬成で、病を押し付ける外道ですね」

「正解だ。そしてもう一つ」

 

 乾湿の湿。

 手袋の錬成陣を用いて地面から水を吸い出して、遅延錬成をかけつつその水滴を放つ。

 

「また、器用なことをしますね。水滴内部に砂を入れてそれを錬成陣にするとは。ですが、こんなもの……ああ、なるほど」

 

 カリステムは先ほど過畳生体錬成を受けた個体を押し出して、水滴を全て受けさせる。

 気付かれた。その個体に刻んでいた遅延錬成と結合して電流を起こす複合錬成陣だったんだけどな。まとめてダメージを与えるつもりが、一体だけを焼き焦がす結果に終わった。

 

 地面から氷柱が射出される。

 その速度こそ遅いけれど、数が数だ。カリステムらはそれぞれに氷柱を避け──しかし一体の腹部に突き刺さった。

 一本だけ速度を変えていたから避け損ねたんだ。加速錬成だよ。これも久々に使ったね。

 

 ああ、懐かしいな。

 このところずっと賢石錬成ばかりだったから、この感覚……複数の錬成陣をずる賢く使って相手を翻弄する感じ。

 これこそが原初の僕の錬成スタイルだった。

 

「所長のイメージにある大味な錬金術と違いますね。こっちが素ですか。騙されましたよ」

「騙した覚えはないよ。勝手に騙された分には知らないけど」

 

 まだまだ。 

 遅延錬成陣から続けざまに槍やら礫やらが射出される。

 

 さて、これには何が仕込んであるでしょうか──と。

 

「っ!?」

「無論」

 

 ぶっ飛ばされる。

 隠者の石の推進力がある程度守ってくれたけど、おいおい、嘘だろう。

 

「武闘派の錬金術師ではない、というのは、嘘です。シンの人間ですからね。軽身くらい使えますよ」

 

 今のは、ただの肘鉄か。

 ……ははは。イシュヴァールを思い出す。

 思い出して、本当に嫌になる。

 

 そうだよ、シンにはこういうのがたくさんいるんだった。人間兵器とでもいうべき奴らがさ。

 

「ほら」

 

 放る。

 それは礫。だけど、僕の十八番。

 

 瞬間、目を眩ませるほどの輝きを放つ礫。錬成反応閃光弾だ。

 その間に大き目の錬成陣を足で描く。踏み込んでくる音は聞こえていたから、こちらも右腕でガード。機械鎧の方ね。

 

「ぐっ!?」

「局所錬成という。痛いでしょ。ただ鋼を掌底で打ち込んだだけじゃそこまで痛くならないもんね。さて、じゃあ反げ──うっ、ぐ……?」

 

 今度こそ余裕のない打撃が来た。

 

 背後から。

 

「……!」

「おや、貴方が言ったことですよ」

 

 僕の背に拳を入れたのは──特徴的な髪型の女性。

 ロゼ、か。そしてぞろぞろと入ってくる人々。

 

「敵はリオールの全てであると。カリステム。私達は複数であるからこそ、強く、恐ろしいものであると」

 

 仕切り直しましょうか、クラクトハイト所長。

 

 彼はニヤリとさえせず、そう言った。

 



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第八十七話 錬金術の小技「裏面錬成」&最終確認

 多対一。

 僕が最も苦手とする戦闘だ。周囲に味方がいれば話は違うけれど、イシュヴァール然りドラクマ然り、孤立無援となった時点で僕は弱体化する。

 ならどうして一人で乗り込んできたんだ、という話については──あとでにしよう。

 

「よくもまぁそう逃げ回るものですね。国軍少将の名が泣きますよ」

「武力で少将になったとは誰も言ってないから、ね!」

 

 あらゆる小技を駆使してリオールの人間を無力化していく。

 殺さないのは、殺してしまっては憎悪の紋が刻めないからだ。彼らには彼らのやるべきことがある。カリステムに操られたまま死しては意味がない。彼らには憎しみの中で死に行ってもらう必要がある。

 無論、そうできなかった場合の策もあるけれど、使わないに越したことは無い。

 

 それに。

 

「君こそ、おかしなことをしているね」

「おかしなこと、ですか」

「ああそうさ。リオールの民という助力によって君には余裕ができた。ならとっとと思念エネルギーの爆弾である天使をぶっ放せばいい。だというのにやらないのは、できないからだろ!」

 

 声を荒げてしまうのは仕方のないことだと思って欲しい。 

 こちとら飛んだり跳ねたり忙しいのだ。

 

「ふむ。それはどんな理由があると思いますか?」

「簡単だ。制御できないんだろ、君一人じゃ。ああいや、君達だけじゃ」

 

 僕が焼き焦がした一人を除いて、残り四人。

 たったそれだけの数で、三百の脳の連結した天使を制御できるとは思えない。思念エネルギーはあくまで他エネルギーの流れを変えることに長けたエネルギーであり、思念エネルギー同士のぶつかり合いでは、より堅固で強大な方が勝る。さっきの僕と天使の思念急流のぶつかり合いみたいにね。

 そして同じことがカリステムと天使の間にも起きる。

 カリステム達四人では、三百を御しきれないのだ。

 

 それを御すためのコントローラーがリオールの民であるのだろうけど。

 

「流石ですね、クラクトハイト所長。アメストリスで唯一思念エネルギーというものに着目した錬金術師」

「理由はもう一つある。──まだ国土錬成陣が完成していないから、でしょ」

 

 リオールがウィークポイントになり得るのは、国土錬成陣が完全に完成したその時だ。

 しかしスロウスが怠惰であるため、国土錬成陣は未だ円すら完成していない。これにより、天使を爆発させたとしても望む効果の三分の一も得られない。

 そしてそれだけの損害であるのなら、僕が一年をかけて修復してしまえる。

 

「成程、及第点をあげましょう。ですが、理由は他にもありますよ」

「何が良い? ホムンクルスが近くにいるから、目立ちたくない。僕を動かしている誰かの存在が掴めていないから、僕を殺しきりたくない。アンファミーユの脳が欲しいから、僕を生け捕りにしたい。リオールを囲みつつある中央軍対策のためにも戦力は残しておきたい……いくらでも言えるけど、どれがいいかな、カリステム」

 

 強く地面を踏む。

 それによりせり上がるは円形の壁。跳水錬成だ。だけど賢石錬成に使うのではなく、完全に上の方まで囲む。ドーム状にする。

 

「無駄です」

「残念、四枚重ねだ」

 

 僕のやろうとしていることに気付いたのだろう、カリステムが壁を破壊せんとするけれど、その奥にもまた壁があった。

 やろうとしていること。

 密閉空間でできる広範囲殲滅錬金術と言えば──勿論焔の錬金術である。

 

 中火でね。殺さない程度に、ドン! だ。

 

「また無茶なことをしますね」

「……錬成速度はっやいなぁ。一瞬で壁作ったってこと? 自分の前にも、リオールの民の前にも」

 

 されど、無傷。

 僕は賢石でガードしたけど、まさか相手まで無傷だとは。

 

「そろそろ限界ではないですか? クラクトハイト所長、貴方の小手先が通じないとわかったでしょう」

「そうだねぇ。僕は小技と呼んでいるけれど、それが通じないとわかったら、じゃあどうしようか」

「ああ、クラクトハイト所長の肉体が死んだとしても、脳髄は保管させていただきます。脳だけの存在となって秘密裡に推し進めてきた国土錬成陣が壊れる様を見ていてください」

 

 限界か。

 確かにそうだ。真っ当な正統派錬金術師に対して、これ以上僕にできることはない。

 真っ当な手段であれば、だけど。

 

「"遺脱"」

 

 ガコッという音がする。

 僕の右腕の機械鎧が外れた音だ。音声認識で外れる仕組みはキメラ・トランジスタのおかげだったりするけどそれは追々で。

 

「カリステム。僕の代名詞である錬金術は、時代と共に変遷してきた。今でこそ賢石錬成が僕の切り札だけど、その前は違ったんだ。何か知っていることはあるかな」

「連鎖生体錬成弾のことですか? あれも中々に外法ですねぇ」

「そう、それ。じゃあ問題だ。この機械鎧の中身って何だと思う?」

 

 ぶん、投げる。

 パージした右腕を、思いっきり投げる。

 その芯の部分からポロポロと零れ落ちてくる鉛玉──その表面にはうっすらと錬成陣が刻み込まれているのが見えることだろう。

 

 鉛玉が、リオールの民にあたる。

 それはそんなに重くないのに、そんなに速度も出ていないのに、ずぶりと皮膚に潜り込んで──めきょ、と肥大化した。肥大化し、数秒後に弾け飛ぶ。弾け飛んだ肉片は他の民へ付着し、同じことが起きる。

 

「これが当時、イシュヴァール人の救護施設で起きたパンデミックだ。僕はあれからずっとこの連鎖生体錬成弾の改良を続けていた。使う相手がいなくても、だ。おかげで肌に触れただけで自ら潜り込んでくれる素敵な弾丸になったよ」

「……しかも、殺さない、と」

「流石だね錬丹術師。そう、これの真価は相手を殺さないことにある。運悪く心臓近くで破裂してしまったら流石に死んじゃうけれど、その大体が四肢をもいだり、腹を爆ざす程度だ。時間が経てば勿論死ぬだろうそれも、即死ではない、ということに意味がある」

 

 ぎろり、と。

 誰かが、僕を睨んだ。

 誰かじゃない。誰しも、だ。

 

「やぁやぁ、リオールは東部にあるからね。僕の事は世間一般とは全く違う、正反対の異名で伝わっていることだろう。──ハロー、竜頭の錬金術師だよ。これより君達は、イシュヴァール人と同じく弾圧される。おっと抵抗はしないでほしい。なんたって正式な軍事行動だからね」

 

 悲鳴だった。悲鳴が響いていた。

 リオールの民のもの、ではない。

 

 最小単位となった人間……ナノキメラの悲痛な叫び声だ。

 もうこの宿主には宿っていられないと、発狂にも等しい思念エネルギーの奔流に溺れ死んでいく。

 

「これは……」

「カリステム。君は錬丹術師として、そして錬金術師としても優秀だ。素晴らしいほどに。僕なんか足元も見えないくらいの高みにいる。──けど、思念エネルギーというものの扱いにおいては、流石に僕が勝る。さて、これはなんだろう。リオールの民から滲み出ている赤黒いオーラは、果たしてなんだろうか」

 

 大きく腕を広げて言う。

 ああ、右腕無いんだけどね。

 

「憎悪だよ、カリステム。この憎悪こそが必要でね。ありがとう、心から礼を言うよ。なんせこの教会は国土錬成陣の円の、その真上に位置している。ここだからこそ、ここでこそリオールの民は憎悪を星に刻み付ける意味を持たせられる」

 

 痛みは、苦しみは、洗脳にも等しい「カリステム」という病を振り解く。

 腹が爆ぜた経験はあるだろうか。腕がもげた経験はあるだろうか。皮膚だけが剥がされた経験は、内臓だけがねじ切れた経験は、はたしてあるだろうか。

 

 ない。ないだろう。

 錬金術師ならあるかもしれないけれど、ただ懸命に日々を生きるだけの一般人にそんな機会はない。

 だからこそ耐えられない。カリステムであることより、自身であることを優先してしまう。優先してしまう方がもっと苦しいというのに。

 

 そうして見るのだ。意識の戻った視界で、竜頭の錬金術師という巨悪を。

 

 憎悪はしとしとと地に刻まれる。感情の乗った血は紋としてリオールに刻み込まれる。

 

「っ、仕方がない、時期尚早ではありますが──」

「そして、その赤子も例外ではない」

 

 飛びつく。

 思念エネルギーの壁を纏う天使に、まるで獣のように、あるいはプレデターのように。

 

 賢石纏成がvs錬金術師に弱いように、隠者の石だって錬金術師にとっては然程の脅威ではない。

 思念エネルギーを扱う場合、そして錬丹術師にとっては最悪の相手だろうが、僕は別に錬丹術師ってわけじゃない。

 

 だから、使う。

 天使の思念エネルギーを、自ら消費していく。

 

 消費し、作り上げるものは、勿論サンチェゴだ。

 恐らく初めてだろう。空中にサンチェゴを作り上げるのは。

 

「やぁ、初めまして。──僕は今から君を食べるけれど、そこに恐怖はあるかな、醜悪なる天使よ」

 

 思念隔壁を突き破り、その肥大化した頭部に触れる。

 

 金切り声に似た叫び声が響き渡った。

 

「可哀想に、痛覚が生きているんだ。カリステム、ダメじゃないか。実験動物の痛覚は切っておかないと──こうやって今、僕が手を当てた部分だけがぐちゃぐちゃになったせいで、激しい痛みを訴えているよ」

「赤子、ですよ。こんな姿でも、一応」

「おいおい、もしかして今更人道でも説こうとしているのかい? そんなのが効く奴だったら、最初から龍脈遮ったりなんかしてないって。さて、さて、じゃあもっと面白い物を見せてあげよう。カリステム、まさかさっきの小技だけで僕のレパートリーが尽きたとか、そんなこと思っていないよね」

 

 生体錬成弾を排出し終わった腕を拾い上げて、くっつける。

 神経接続の痛みが走るけれど、それだけだ。

 

 途中まで呆気に取られていたカリステムだったけど、僕が腕をくっつけたタイミングくらいでまた攻撃してきた。掌底。当然僕は反応できないけど、悲鳴を上げたのはカリステムの方。

 

「完全物質に打撃を与えるとか、勇気あるね」

「……賢者の石、か!」

「そうだとも。別に、見えるところに纏ってあげる必要はないんだよ。服の内側に張り巡らせたって気付かない──氣を感じ取ろうにも、もっと強大なものが僕自身に埋まっているから、気が付かなかっただろう」

 

 ラストのように爪に沿わせて伸ばしたり、服の内側に仕込んで防御したり、なんだってできるのが賢者の石のいいところだ。その分思念エネルギーの消費は大きいけれど、幸いここには巨大で巨大な隠者の石が浮かんでいる。

 

「……仕方がありませんね。ここでさようならです、クラクトハイト所長。天使を爆発させます。お互い、生きていたらまた会いましょう」

「僕さぁ、ターン制バトルあんまり好きじゃないんだよね。──趨勢がこっちに傾いたんだ。君のターンはもう回ってこないよ」

 

 天使の思念隔壁に、錬成陣を描く。

 あるいはカリステムであれば気付けただろう。

 

 それが何の意味も持たない、ともすればぐちゃぐちゃな錬成陣である、ということに。

 

 だから彼は強行した。天使の暴走──御せずとも良いと、暴発させてしまえばそれでいいと言わんばかりに。

 

 

 

「裏面錬成、という。本来は薄紙なんかに陣を描いて、裏側が正式な錬成陣になっているっていう小技さ。さて、じゃあ問題だ、カリステム。──僕はこの天使に、何を描いたと思う?」

 

 

 思念収束。

 つまりはまぁ、この場にいる同質の思念エネルギー体で行う、隠者の石の錬成陣、ってところかな。

 全員カリステムだっていうんなら、そりゃ。

 

 

 

*

 

 

 

 原作でいうレト教の教会を出る。

 ちなみにしっかりサジュは回収されていた。これでマスタング大佐を人柱にしなくてよくなったけど、まぁ仕込みはしておいて損はないよね。

 

「クラクトハイト少将、お疲れ様です! メルバード少尉であります!」

「これ、リストね。国軍に反抗の意思のある住民のリスト。問答無用で殺していいよ。テロリストだから」

「は……ハッ!」

「それと、中央軍って今来てる?」

「いえ、少し前に連絡が入り、引いていきました。今いるのは東方司令部の面々だけです」

「……ああ、そう。ありがとう。それじゃあテロリストの排除、お願いね」

「お任せください!」

 

 探すまでもなかった。

 やってきた軍人の流れを遡って、その二人の場所に辿り着く。

 

 そうだよね。

 あんだけ用心深い人が、決戦の場に本体を残しておくはずがないんだ。

 

「やぁ、ロゼ」

「……」

「恋人の方の名前は知らないから何とも言えないけれど、君だよね」

「……何が、ですか」

「カリステムを呼び込んだ張本人」

 

 最初、僕に打撃を食らわせた後、いつの間にか姿をくらましていた彼女。

 その背後に佇む彼女の恋人は──まるで、粘土細工のような色をしていた。

 

「……別に呼び込んだわけではないですよ。行き倒れていたので、ご飯を上げました。その日の夜から、私達はおかしくなりました」

「自覚はあったんだ」

「知らない単語がいくつも出て来たんです。そして、欠けた記憶を埋めないといけない、という衝動が出てきて、アンファミーユ・マンテイクという方が欲しくなりました。この時点でおかしいとわかりますよ」

 

 口調も安定していない。

 ロゼなのかカリステムなのか。 

 

 最早。

 

「一つ、受け取ってほしいものがあるんだ」

「はい?」

 

 紙を一枚渡す。

 それを素直に受け取るロゼ。

 

「――ぁ」

「対人賢石錬成。対象が賢者の石の錬成陣を持っていることを条件に、対象の命のみを奪う賢石錬成だ。……まぁ、随分と苦しんだようだし、最後くらいは楽にね」

 

 今しがた作った賢者の石を使用する。

 対象は粘土細工にも似た彼女の恋人。それを破壊するためだけに使いきる。

 

 ふぅ、とため息を吐いて。

 

 

 崩れ落ちた。

 別段、受け止めてくれる人がいるわけでもなし、大の字になって地面に転がる。

 

 ……今回、誰も連れてこなかった理由。

 一人で来た理由、それは。

 

「最後だからね……これでもう、僕は止まらない。止めて欲しかったとは思っていないけれど、これはもう、抵抗はないものとみていいのかな」

 

 それは、世界へ向けてのメッセージ。

 あと、少しだ。

 



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第八十八話 全ての行く先「選択の時」

 1914年8月30日。

 僕は今、大総統と会食をしている。

 祝い、だそうで。何の、って。

 

「その歳で中将へ昇格とは、異例も異例。このままいけば私より早く大総統の座に就けるのではないかね?」

「なーに言ってんだか。もう伝わってるんでしょ。来年にはいなくなるんだよ僕。ラース、君の任期はもう少し長いと思いなよ」

「はっはっは、そっちこそ何を言っている。私とて来年には無い命だろう。次期大総統は誰が良いか……心当たりはあるかね?」

「難しいよねぇ。正直誰でもいいわけだからさ。まぁレティパーユをいい感じのおじさんにして彼女になってもらう、っていうのが一番丸いんじゃない?」

 

 そう、先日僕は国軍中将に昇級した。

 盛大に祝われ……はしなかったけど、これで届かない権限もほぼなくなって、軍上層部からのちょっかいも完全に途絶えた。

 

「元から途絶えていただろう。なんだ、まだ勇気のあるものがいたのか?」

「いたよー。貧困層を使って密偵扱いでCCMに聞き込みさせてたり、実際に職員に手荒な真似しようとしたりね。全部その場で殺したけど」

「アメストリスのことを想うのなら、あれらを真っ先に賢石と化すべきだと思うのだがな」

「それね、イシュヴァールの時に提案したんだけど、エンヴィーに断られた。まだ使い道あるから、ってさ」

 

 思えば大総統との会話もフランクになったものだ。

 初めは仮初とはいえ気にしていた立場も、お父様の所へ通うようになってから段々と砕けて行った。今では軽口を叩く仲だ。仲が良いわけじゃないのが肝だけど。

 

 しかし。

 

「君は、裏切るつもりはないの?」

「父をか?」

「うん。エンヴィーは行方をくらましていて、明らかに離反気味。グリードは言うまでもない。スロウスとグラトニーはちょっとよくわかんないけど、ラストも何か内に秘めているものがある。プライドはお父様大好きだから裏切りとか考えもしないだろうけど、君はどうなのかなって」

「ここでそれをお前に告げて何になる。どの選択をいつしようと私の勝手だろう」

「それはそうなんだけどさ。……ちょっとね、申し訳なさがあるんだ」

「ほう?」

 

 原作において、ラースはとても楽しそうだった。

 一対一で対等に渡り合える者こそいなかったけれど、エド達の頑張りのおかげで敷かれていたレールを踏み外しそうになったり爆破されたりして、最期の最期には満足して死ぬことができた。

 けど、今生は……果たして、ってさ。

 

「申し訳なさなどというものを覚えているのであれば、プライドにこそ言ってやれ。アレはお前が父をお父様と呼び始めてから、時折私に当たってくるくらいにはストレスを溜めている」

「お父様もファミリーサービスが下手だよねぇ。僕みたいな協力者よりまず実子だろうにさ」

「家族だと思われているか怪しい所ではあるがな。お前の持ってきた手柄に比べて、我々が成したことはあまりにも小さい。プライドがお前を父から離していた期間があっただろう。その時でさえ父はやれお前がどうの、やれお前は新しいだのとプライドに向かって話していた」

「うわぁ、ヘイトやばそう」

「ふっふっふ、今更だろう。私を含め、ホムンクルスからも人間からも敵意を持たれまくっているではないか」

 

 それはそう。

 ……願わくは、そのヘイトがお父さんとお母さんに向かいませんように、って感じかな。

 

「ペンドルトンとピットランドはどうする気なの?」

「罪人を争わせる。最早理由付けなどどうでもいいだろう」

「僕の仕事はもう全部終わっているからね。あとは悠々自適に君達の働きを見させてもらうよ」

「一番の大仕事を残しておいて良く言うものだ。……もう影に隠れることはできん。目立たば、障害も多くなる。それはわかっているのだろう?」

「勿論」

「ならもっと味方を増やしておけばよかったものを。何故敵ばかり作るのだお前は」

「……なんでだろうねぇ。後腐れなく見送れるからじゃない?」

 

 優しくて親切な奴がいなくなるのと、嫌味で外道な奴がいなくなるのとでは、色々違うでしょ。

 

「お前にそう他人を想う心があるのかね?」

「彼らは一応準特別みたいなものだからね。マスタング大佐、アームストロング中佐、キンブリー大佐にマクドゥーガル。そしてエルリック兄弟。……僕にとっては、思い入れがあるんだよ」

「そういうものか」

 

 だから、お願いだから立ちはだからないで、って思ってるけど。

 無理だと思うから。

 

「さて、そろそろ僕は行くよ。次に会うのは、約束の日かな」

「そうなるだろうな。……プライドには会っていかんのか?」

「会ったら殺し合いになりそうだからさー。お父様とは普通に話してるし、わざわざプライドを刺激する必要もないでしょ」

「そうか」

「うん。そう。……じゃ、ごちそうさまでした」

 

 背を向けても、剣はもう来ない。

 感圧式錬成陣を一応立ち上げてあったんだけど、無駄になったか。

 

 結局最後まで人を信じきれなかったのは僕の方、ってことだね。

 

 

*

 

 

 つーまーり、だ、と。

 暑っ苦しい部屋の中で、エドワードは続ける。

 

「クラクトハイト少将……ああいや中将のやろうとしてることは、アメストリスの国民で賢者の石を作ることじゃねえってわけで」

「いや兄さん、そこはボクも父さんも理解してるよ。ボクらが聞きたい兄さんの考えはそこじゃなくて」

「……」

「おいクソ親父! てめぇもなんか意見出せ!」

「と言われてもなぁ。ぶっちゃけた話、その歳でここまで話せているお前達の天才性を思うと、俺の出る幕なんかないんじゃないかって思えてきてなぁ」

「オ・マ・エ・が! 一番の当事者で! 一番の被害者だから! オレ達がこうして頭使ってんだろうが!」

「だからと言って、今はもう相手の出方を見るターンなんだ。だったらこんな狭苦しい部屋に籠っているより、ウィンリィちゃんと遊んできた方が良くないか? 俺はトリシャとそんなお前達を眺めて……それだけでいいと思うんだ」

「だぁーっ! なんでコイツこんなやる気ねぇんだよ! もういい、アル! ……アル?」

「兄さん、学術研究はあくまで冷静にやらないと。ほら、本返して。そのままだと兄さん破り捨てそうで怖いんだから」

 

 エルリック家。

 一応、議題としては「世界の危機について」ではあるのだけど、事あるごとにエドワードとホーエンハイムが衝突するせいであんまり進まない会議。

 

 ちょっと困った顔でトリシャが入ってきて、三人分の水を置いていって、それをホーエンハイムが苦笑いで小さく「ありがとう」と返して、トリシャも笑顔で。

 

 そういうワンアクションでイチャつく夫婦を見て、騒ぐに騒げなくなったエドワードと目をキラキラさせているアルフォンスがいて。

 

「エドー! アルー! ちょっと来てほしいんだけどー」

「あ、ウィンリィだ。じゃあ兄さん、ボクちょっと行ってくるから!」

「ゃなんでだよ! オレも呼ばれただろうが! あ、ちょ、アル! ……後でちゃんと詰めるからな! 忘れんなよ!」

 

 とか言って出ていく子供たちを、今度はトリシャとホーエンハイムが微笑ましく眺めて。

 

 今日もエルリック家は平和である。

 

 

 

「とか、言ってらんないよなぁ」

 

 夜。

 昼間騒ぎすぎて眠りに就いた二人。家の中で作業をしているとトリシャが無理をしてしまうため、ホーエンハイムは家の外でその地図……昼間、エドワードが開いていたものを広げていた。

 

 アメストリス、アエルゴ、クレタ、ドラクマに敷かれていると思われる国土錬成陣。

 そして──クセルクセスにもあるだろうソレを想像だけで辿り着き、形に起こしたエドワード。

 

「天才、か」

 

 ホーエンハイムは天才ではない。

 過ごしてきた長い年月がそうさせているだけだ。彼の師には「その歳でそこまで行っていれば」なんてよく言われたものだが、それさえもフラスコの中の小人の恩恵が大きい。

 繰り返しても、やはり彼は天才ではない。

 

「しみったれた声出してんじゃないよ。こっちまで落ち込むじゃないか」

「……ピナコか。何か用か?」

「何か用か? じゃないよ、まったく。トリシャから心配されてんだよアンタは。『最近夜になると暗い顔をして出て行っているのが少し怖くて』とか言わせて。アンタ自分が一回失踪してること忘れてんじゃないだろうね」

「ああ……忘れてた」

「……そんだけ楽しいんだろ、今の生活が」

「ピナコに隠し事はできないな」

 

 トリシャには悪いことをした、と。

 ピナコの放って来た酒瓶を掴んで、へにゃっと笑うホーエンハイム。

 

「……錬金術のことは、アタシらにゃよくわからないけど、悪いのかい、状況は」

「良いか悪いかでいえば……もうどうしようもない、が一番近いだろうな」

「またそんな弱音を……、いいや、トリシャや子供たちの前では吐けないか」

 

 気心の知れた仲だからこそ見せる本音の部分。

 天才がどれほど頑張っても、秀才がどれほど精査しても。

 覆しようのないことというのは存在する。

 

 それを、凡人であるホーエンハイムは良く知っている。

 

「ピナコ」

「なんだい」

「来年。外国へ行く予定はあるか?」

「ないよそんなもん」

「……それでいいよ。いいか、アメストリスから絶対に出るなよ」

「どういう脅しだいそれは」

 

 アメストリスから出ないこと。

 それが唯一の道だと、あの国土錬成陣は物語っている。それがどこへ続く道なのかまではわからないが──。

 

「守るため、か」

「なーに神妙な声色で不穏な事呟いてんだい。アンタが帰ってきて家族全員揃ったんだ。余計なこと考えてないで、家族団欒を満喫してな!」

「……ああ」

 

 余計なことをしなければ。

 だから、罷り間違っても、彼を止めようと動かなければ。

 幸せなままでいられるのだろうことを、知っているから。知ってしまったから。

 

 ホーエンハイムは今、揺れていた。

 

 

*

 

 

「ただいま戻りましタ」

「おかえりなさい、メイさん」

「あれ、アガートさんはどこへ行かれたのですカ?」

「買い出しですよ。なんでも、シンの料理本が手に入ったとかで、懐かしの味を再現するとかなんとか」

 

 メイ・チャン。

 彼女は今、クラクトハイト家にお世話になっていた。

 賢者の石やグラトニーなるホムンクルスこそいなくなってしまったけれど、なんとこの家のアガート・クラクトハイトが不老不死の法に近しいものを研究していたものだから、上がり込んで居候させてもらっているのである。

 無論、タダで、ではない。

 もっぱらアガートに対し錬丹術を教える、というバイトで等価交換を行っている。アガートにとっても、錬丹術の知識はあまりにも魅力的だったから。

 

「……クラク……レムノスさんは、こんなにも長い間帰ってこないんですネ」

「ええ。あの子は本当に重要な時にしか帰ってきませんし、本当の本当に重要な時には帰ってこないんです」

「どうして、でしょうカ」

「戦いになるからですよ。あの子の強すぎる思想は、私達と合致しません。ですからどういう道筋を辿っても、最終的に決闘になります。あの子はそれが嫌で帰ってこないんです」

「……その、どちらかが我慢する、という選択肢ハ」

「ありません。……そうですね、メイさん。これは答えの出ない話なのですが」

「はあ」

「仮に世界を救う方法が、必ず犠牲を伴うものであるとして、犠牲者が多い方と少ない方、どちらを選びますか?」

「……シンでもそういう問答はよく行われまス。大抵は多い方が犠牲になりますネ。後付け条件で少ない方には皇帝がいルとか、錬丹術の達人がいル、とかになるのデ」

 

 ゆえに数が多くとも、一般人である大勢が犠牲になる。

 シンはそういう考え方が多い。

 

「あの子は、必ず犠牲を伴なわなければ世界を救えないのであれば、そんな世界は要らない、と言っていました」

「……それハ暴論というか、理想論でハ? 思考実験の意味がないかト」

「でも今、あの子はそれを行おうとしています」

 

 それはだからつまり。

 守りたいものを必ず守れる方法を。

 大勢側になっても、少数側になっても、必ず守るという意思を。

 

「……教えてくださイ。レムノスさンが、何をしようとしているのカ」

 

 あるいは、それは、錬丹術師として聞いておかなければならないことだったから。 

 

 メイ・チャンは、レムノスが家族にしか話さなかった真実を知る――。

 






平和はここまで。


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第八十九話 錬金術の応用「キメラ・トランシーバー」&赤い雨

 さて。

 動き出しますか、と思ったところで、隣に人影が来た。

 

「あれ、何キンブリー。離反するんじゃなかったの?」

「するかどうかは私の自由。そしていつするかも私の自由。違いますか?」

「ははあ、最後の最後で裏切って英雄になってやろうって魂胆なわけだ」

「ええ、そうかもしれません」

 

 なんだかんだ言って良い相棒、なんて欠片も思っていない同士だ。

 いつ背中を刺してやろうかと思っている同士ではあるかもしれないけど。

 

「せっかく悪逆非道の錬金術師じゃなく、ちゃんとした英雄……真っ当な国家錬金術師で、国軍大佐で、上官殺しなんかする気配の全くない位置付けにいるっていうのに、自分から捨てるなんて驚きだよ」

「上官殺しなどするような男に見えていましたか、私は」

「うん」

「まぁ、気に入らないモノがあればしていたかもしれませんが」

 

 なんにせよ、だ。

 せっかく()()をやるんだから、派手に行こうか。

 

 今ここに伝説を蘇らせる。

 

 イシュヴァールの顛末。

 あの最後に起きた、赤い、紅いの雨の伝説を。

 

 

*

 

 

 その日、奇妙な天気予報がラジオから流れた。

 南西方面から流れてくる赤黒い雲。そして──赤い雨にご注意ください、と。

 ざぁざぁと降り注ぐその雨は瞬く間にアメストリスを侵食して行き、ご注意くださいも何も、半日と経たずアメストリスの全土が真っ赤に染まった。

 道も屋根も、そして人も。

 

 ただ赤いだけで害はない。

 そう思われていたこの赤き雨は、しかし半日後。つまり一日が過ぎたあたりで大混乱の種となる。

 

 赤い雨に濡れた人間が、次々と倒れていくのだ。

 そして誰かが囃し立てる。まだ幼き頃の中将閣下が行った、イシュヴァール人の全てを殲滅したという紅いの雨の伝説を。

 病院は一瞬でパンク状態になったし、錬金術師にもコメントが求められたが誰も解明できず。

 CCMでさえ被害者が出ていて、第五研究所は──もぬけの殻。

 

 誰もいない。中将も、中将の妻も、誰も。

 

 その事実が公表された時、当然ヘイトは中将に向いた。

 レムノス・クラクトハイト中将に。何故公表されたのかなど誰も気に留めなかったし、誰がその伝説を持ち出してきたのかも全く気にせず、クラクトハイトを責め立てる声が広がった。

 たった二日三日のことだ。英雄の名は地に落ち、「何かしらの実験に失敗して逃げた錬金術師」と罵られるようになった。

 

 それが変わったのは翌日のことである。

 

 見つかったのだ。

 クラクトハイトが。

 

 いや、姿を現した、というべきなのだろう。

 

 ──大総統府。

 そこで、そのてっぺんで、傷だらけの大総統に独特な形の剣を突き付ける形で彼は現れた。

 

 ただ一言。

 

「クーデターだよ」

 

 とだけ告げて──直後、中央司令部の一部が大爆発を起こし、崩落する。

 続けざまに第三研究所、第一研究所と隣接するビル、仮設置された軍法会議所など、あらゆる軍事施設が爆破されていく。

 

 混乱と怒りは恐怖へと変わる。

 だって知っているのだ。今までさんざん、掌を返してまで英雄扱いしてきた彼の所業を。

 隣国三つだけではない。周辺諸国七つさえも滅ぼし切った錬金術師。一部の噂によれば、"奇病"を扱う錬金術師。

 

 すぐさま赤い雨は「奇病のもと」であると広まったし、感染者の隔離が行われると同時、赤い雨対策として国民が屋内へ籠るようになった。

 雨に打たれた人々の意識は戻らない。しかし命に別条はない。ただ意識を奪われているだけ。――それが一層、クラクトハイトへの恐怖と憎悪を掻き立てる。

 だってそんな症状、錬金術でしか行い得ないじゃないか、と。

 錬金術を知らぬ国民は言うのだ。

 

 逆に錬金術師達は躍起になってこの雨を解析しようとする。 

 サンプルを採取しようとして意識を失う者もあれば、直感的に真実へ辿り着く者もいる。

 

 けれど、だからこそ、誰も動けなかった。

 ()()を、この量を国へ降らせて行うことがなんなのかわからなかったからだ。

 

 赤い雨は地面へ染み込み、けれどまだ降る。

 屋内のどこへ居ても水染みが──赤い染みが入り込んできて、そこで昏倒する者も多くあった。

 アメストリスの人口は約5000万人。そのどれほどが抗えているのか。

 

 静寂に染まったセントラル。

 これから何が起こるのか、民も、あるいは軍人も、不安でしかなかった。

 

 

*

 

 

 リゼンブール。

 いち早く異変と、その対抗策を講じたホーエンハイムによって助かったエルリック家とロックベル家。

 

 揺れている。 

 ホーエンハイムは揺れている。この後の事を考えるなら、()()()()()()()()()()()()()ということを知っているから。

 

「……完全物質の雨か。穿つ形にされなかったことが救いだが」

「クソ親父、これは、アイツの仕業ってことで良いんだよな」

「ああ……間違いないだろう。人造人間(ホムンクルス)憤怒(ラース)。ひいてはその上にいるアイツの仕業だよ」

「むぅ……」

 

 二人の言うアイツは微妙に違う相手なのだけど、一緒くたにしても特に問題のあることではないので会話が先に進む。

 その中で唸っているのは、クラクトハイトに大恩ある大男──アレックス・ルイ・アームストロングである。大恩あると言っても彼が勝手にそう感じているだけなのかもしれないが、それでも助けられたのは事実と彼が割り切っている以上、今の彼は板挟みの状態にある。

 

 似ている、というのも大きいだろう。

 彼とマース・ヒューズが閉じ込められたあの地獄に。この赤い雨が、地面が赤く染まっていく様は、まるで、と。

 

「……中佐。アンタには悪ィけど、オレ達は行くぜ。こんなの野放しにしてたまるか」

「中佐の気持ちもわかりますけど、ボク達は皆が大事なので……ごめんなさい」

「謝る必要はない。中将も……国民の許可なしにここまで大規模なことを行った。吾輩たちが頼りないのもあったのだろう。彼は一人で、何か大それたことを行おうとしている。……頼む、とは言わぬ。だから、無理をするな、エルリック兄弟。吾輩も……機械鎧の調整を終えたら、すぐに追いつく」

 

 ホーエンハイムは、止めようかと迷った。

 それをした方が不幸になる可能性が高いからだ。だけど同時に、悲願を成し得るにはクラクトハイトを止める必要があることも知っている。

 

 一緒に老いて死にたい。

 最愛の妻と、仲間と。

 ホーエンハイムは。

 

「何やってんだよクソ親父! 行くぞ!」

「……いや、俺は行かないよ」

「はぁ?」

「ここの守りも……必要だろう。錬金術師は俺達しかいなくて、今中佐さんは万全じゃないんだ。なら、俺がこっちに残って家を死守する方が……色々と適材だろ」

「……いーのかよ。お前の敵っての、オレがぶっ飛ばしちまうぞ」

「ぶん殴ったら、どんな顔をしていたのか教えてくれよ」

「兄さん兄さん。わかり難いけど、これ父さんの『絶対に帰ってこい』って言葉だと思うよ」

「……わーったよ。わかった。黒幕ぶん殴ってぶっ倒して、平和なアメストリスを取り戻して、ここへ帰ってきてやる。つーか敵っつーのとクラクトハイトをここに引き摺ってきてやらぁ」

 

 子供達を止める手は伸びない。

 心配そうに二人を見つめるトリシャもまた──否、ちゃんと二人をぎゅっと抱きしめてから。

 

「約束。守ってね」

 

 と。

 

「ああ!」

「うん、行ってくるね、母さん、父さん!」

 

 元気に言葉を吐いて、地下を錬成しながらセントラルへ向かう兄弟。

 

「……トリシャ。約束ってなんだ?」

「秘密です。……大丈夫。だって、私とあなたの子ですもの」

 

 その声が震えていたから、ホーエンハイムはそっとトリシャの肩を抱いて、頷く。 

 選択は。

 

 

*

 

 

 クセルクセス。

 そこへ急造された物見台に、スライサー兄弟はいた。

 

「壮観だな。眼下に広がる生体人形(リビンゴイド)30万人。このクセルクセスという地に置かれた、贄というためだけに作られた命」

「なぁ、兄者」

「なんだ」

「良かったのか、これで。俺達よー、散々利用されて、折角見つけ出した楽しみも奪われて、それで、最後にはここで死ぬ。……俺はそこそこ楽しかったからいいけどよ。兄者は入れ込んでただろ、あのガキによ」

「……思う所はもちろんあるとも。だが、それ以上に嬉しいのだ。我らはここで死ぬ。だが、クラクトハイトはあの二人を生かす配置に置いた。優しさによるものではないと知っていても、我らがいたことであの二人がここにいる未来を引かなかった」

 

 アルファベットの「F」を思わせる形で敷き詰められた生体人形たちは、何の感情も持っていないような様子で赤い雨に打たれ、立ち尽くしている。

 当然だ。あれらに感情などない。情緒も己も形成されていない、本当に生きているだけの人形。

 レティパーユとは、違う。

 

「我ら殺人兄弟。人並みの幸福が与えられるなどと欠片も思っていなかったが──良い最期だろう、これは」

「……兄者がいいならいいよ、それで」

 

 スライサー兄弟は、物見台に置かれたトランシーバーのようなものを持つ。

 それに声をかけた。キメラ・トランシーバー。つまりは同族である。あれだけ忌避されたナノキメラの技術をふんだんに使ってクラクトハイトとアンファミーユが作り上げた、キメラ・トランジスタやキメラ・バッテリーなどの使われた思念エネルギーでの通信装置。

 接続先は。

 

「こちら、スライサー兄弟。聞こえるかね、クラクトハイト」

『通信状態良好なようで何よりだよ。レティパーユ、アンファミーユ、グリード、そしてバリーの配置も完了している。君達は、まさかとは思うけれど雨に濡れる、なんてヘマは犯していないだろうね』

「降り注ぐ雨粒を避けて動くこと程度造作もない」

『……まぁツッコミはしないよ。今更だし。とにかく、錬成陣の起動まで暇だと思うけど、シンの方から何かが来そうになったらすぐに連絡してね。壁を立ち上げるから』

「承知した」

 

 通信が切れる。

 そのまま、どっしりと構えて座るスライサー兄弟。

 

「寝ずの番か。俺達にはぴったりだな、兄者」

「ああ、代わりに寝てくれ、弟」

 

 レティパーユはアエルゴへ、アンファミーユはクレタへ、第三号の中にいるグリードはドラクマの一つ目へ、そして、いつか第三研究所で回収した「物に定着した魂」ことバリー・ザ・チョッパーはドラクマの二つ目へ。

 

 配置は完了した。

 あとは邪魔ものが入らないことを願うだけだ。

 

「入ったのならば、雨に濡れてでも排除していいらしい。私としてはそちらを願うが」

「はっはっは、兄者。シンの手練れってのを聞いてからずっと興味津々だったからなぁ」

「無論だ。強者との戦いは常心躍るもの。……それより早めに寝ろ、弟よ。私が眠くなる」

「はいよー」

 

 人と人のキメラであるスライサー兄弟。

 片方が休眠を取ることで、もう片方が半永久的に活動できる──ある意味での完成形である。

 

 

*

 

 

『ようやく命令が来たと思えば、なんだよこのつまらねえ仕事は。ガキのお守りなんざ他の誰でもできるだろ』

「別にお守りがメインじゃないからね。必要なのは適量の思考エネルギーを放出できる存在。君じゃなきゃいけなかった理由はないけど、君が僕の下に就くって言葉を吐いたんだから仕方がない。なんだったら君の隣の陣にいるバリーみたいなのでも良かったんだからさ」

『あー。ありゃ、なんだよ。錬金術ってのはあんなのもアリなのか』

「あり得ないなんてことはあり得ない。君が言った言葉だろ?」

『いや言った覚えはないが』

 

 各地からかかってくる複数の通信に対応しながら、大総統府に入ろうとした奴らを錬成兵器で片付けていく。

 今大詰めで頭巡らせてるんだから余計な事しないでほしい。

 

「とにかく、グリード。約束の日までまだ日数がある。賢者の石の雨がみんなに馴染むまではそこで監視を続けること。ま、安心してよ。絶対誰かが邪魔しに来るから」

『誰かって?』

「思いつくので言うと、ブリッグズの少将さんとか」

『ソイツはなんだ、強ぇのか?』

「かなり。ポテンシャルだけで言えば、三人がかりでスロウスを倒し切れるくらい?」

『へぇ。俄然楽しみになって来た。んじゃ、ここいらで切るぜ』

「うん。頑張ってね」

 

 スライサー兄弟、グリードはオッケー。バリーは強制的にやらせているからいいとして。

 

「ハロー、ハロー、二人とも。聞こえてる?」

『クラクトハイト所長。あの別れ際の後からの紙面で作戦を伝えてのソレは、些か無神経かと』

「僕にデリカシーなんてものがあったことあったかい?」

『……なかったですね』

 

 なーんて、情緒の育ちまくって、これはもう人間と名乗れるだろうレティパーユと。

 

『……配置、完了しました』

「暗いね」

『明るくしないといけませんか?』

 

 あっきらかに拗ねているアンファミーユ。

 やれやれ、本気で僕の奥さんをやるつもりだったのか、それとも仲間だと思われていなかったことがそんなに堪えたのか。しっかり仕事してくれたらそれでいいけどさ。

 

「二人はちゃんと雨に濡れた?」

『はい。生体パーツに染み込んだせいで、まるで殺人犯にでもなったような気分です』

「一応君もう何人か殺してるでしょ。アンファミーユは?」

『……』

「言っておくけど、濡れなかったら僕と一緒に居られるとかないからね。濡れなかったら置いていかれるだけだ。あるいは奪われるか。どちらにせよ君の理想とは程遠い結果になる」

『……わかっています。以上ですか? それでは切断します』

「ありゃ」

『いいんですか? 喧嘩別れになりますが』

「そこはいいんだけど、僕への感情で役目を放り出さないかどうかだけ心配かな」

『……もしもの場合は?』

「保険は作ってあるから大丈夫。ああ、だから君も気負わなくていいからね」

『所長。情緒を育てろと言われ、グリードさんによって飛躍的な情緒を得た私が教えてあげます。その言い方ではまるで『君達には替えがいるからそんなに本気にならなくていいよ』という風に聞こえます。ユーモアに溢れていますね』

「僕最初に言ったよね。僕に意見するな、って」

『紙面での契約でないものは契約としてカウントされないとグリードさんが言っていました。また、紙面での契約は破り捨ててしまえば踏み倒せるとも』

 

 何教えてんだか。

 スライサー兄弟が珍しく真剣な顔で「グリードとレティパーユを引き離すべきだ」と打診してきたことがあったけど、これかぁ。

 

『……お世話になりました』

「いや、まだまだ約束の日まで時間あるからね? アエルゴとクレタは襲撃者少なめだろうと思って君達を配置しているけれど、それでも来る可能性はある。油断はしないでくれると嬉しいかな」

『……こんなことを私が言うのも変な話なのですが──人間らしくなりましたね、所長。他人を気遣う心など、いつ芽生えたのですか?』

「ようやく余裕ができたからだよ。後は野となれ山となれ。もう僕にできることはなにもないからね。今まではどうにか止めようと、あるいはどうにか犠牲を少なくしようと犠牲を強いて来たけれど、もうそれも終わり。これが僕の素だよ。他人を思いやれるレムノス・クラクトハイト少年に戻ったわけだ」

『ならアンファミーユの心のケアをしてあげてください』

「あっちに心を開く気がない以上無理だよ」

 

 だから、まぁ、そこまで言うなら。

 

「もし全部上手く行ったらさ。僕はもういないだろうから、アンファミーユの心のケアは君がやってよ。君、どれくらい記憶を取り戻しているのか知らないけど、多分アンファミーユよりお姉さんだろ?」

『F***。自分でやりやがれ、腐れ夫……と言えと教わりました』

「それ流石にグリードじゃないね。誰?」

『南部でアンファミーユの相手をした男性です。事情を聞かれ、色々ぼかして答えたら旦那にこう言ってやれと言われました。親指で首を切る動作と共に、地獄へ落ちろ、というジェスチャーも』

「もし次遭うことがあったらこう言っておいて。『なんなら貰ってくれていいよ』って」

『最低ですね。冥界で八つ裂きにされてください、クラクトハイト所長』

「今のは誰の言葉?」

『私が今考えました。本心です』

 

 そうか。

 そりゃ参ったね。やっぱり創造物に感情なんて持たせるべきじゃない。絶対に反抗されるんだから。

 ……でも、なんかわかったかも。

 お父様がホムンクルス達をあんなに感情豊かにした理由。

 

 ちょっと嬉しいんだな。

 言い返してくる被創造物って、なんか嬉しいんだ。結局ホムンクルス達は言い返さずに従順に終わったわけだけど。グリード以外。

 ああ、だからずっとグリードのこと放置してたのかな。お父様ならすぐに捕捉できただろうにさ。

 

「努力不足だよ、君も、アンファミーユも。僕の特別は二人だけ。そこに入れなかったのは、君達が悪い。だから僕のせいにしないでほしいな」

『最悪ですね。……もっとも、最悪なのは、その二人のもとに帰らなかった選択肢そのものですが』

「耳が痛いな。だけど、それについては安心して。多分来るよ、あの二人は。僕の前に来て、僕の前に立ち塞がる。最後の関門としてね。だからその時に会えるし、その時に話せる」

『親元に帰るのが面倒で、親が心配して見に来るのを待つ姿勢ですか。一人暮らしをしている息子としても最悪だったんですね、所長』

「余計な情緒まで育ったなぁ」

 

 さて──そろそろ時間だ。

 世界を変えるための錬金術を、そろそろ始めよう。お父様も準備万端だろうし。

 

 気をつけなきゃいけないのは狙撃だなー。ホークアイ中尉だけじゃなく、狙撃兵なんてアメストリスにはいっぱいいるし、ラストの爪だって狙撃になり得るし。

 

 ……いつまで経っても、か。 

 

『最期の時まで、たくさん話しましょう。アンファミーユへも連絡を取ってみますから、絶対出てくださいね』

「はいはい。忙しくなかったらね」

『出てくださいね』

「確約はしないし、もう一度同じ言葉を繰り返すようなら切るよ』

『出てくださいね』

 

 切った。

 ま、余計な人間関係も人生の醍醐味だろう。効率だけを考えていたら、僕はとっくの昔に死んでいる。

 

 ──"後は彼らが、僕の弱点にならないよう立ち回るだけ、か。背中を預けて背中を刺される、なんてことがないようにしないと"

 

 いつか、本当にいつか──メグネン大佐とアーリッヂ大尉に対して思ったことだけど。

 そうならなかったし、そうなったし、そういう未来を引いたし、結局はそうならなかったし。

 

「感傷に浸るのは結構ですが、一階の錬成地雷、そろそろ尽きますよ。補充してください兵器工場中将」

「君もそろそろ遅延錬成覚えてくれないかな。イシュヴァールの彼とカリステムはちゃんと理解してたよ?」

「理解したから死んだ男と理解していても中将のことを把握しきれなかった存在と同列に語られましても」

「君は違うって?」

「私は初めからあなたの事を兵器工場だと思っていますので」

「おーけー、良い関係だね僕たちって」

「仕事ですから」

 

 初動は上手く行った。

 あとは、誰がどのタイミングで攻めてくるか、だなぁ。

 

 ──竜頭の錬金術師の戦いはこれからだ! って柱に書いておいてもいいかもしれない。





※打ち切りじゃありません。


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第九十話 錬金術の到達「紅蓮の錬金術」

 鍵だ、と。

 エドワードは言った。これはそう、兄弟がセントラルへ旅立つ前の回想となる。

 

「鍵?」

「ああ。アメストリス、アエルゴ、クレタ、ドラクマ、んでクセルクセス。この五つを結ぶ円っつーのは作れない。位置が最悪すぎる」

「まぁ、確かにそうだね」

「だから、ファクターである円はアメストリス、アエルゴ、クレタ、そしてドラクマの二つ。ドラクマは国土が広いから、丁度円形になるように国土錬成陣を配置することで、国土錬成陣による国土錬成陣が完成する」

 

 そこまでであれば、誰もが辿り着くところだろう。

 ホーエンハイムは彼に続きを促す。

 

「それで?」

「んで、最後がクセルクセス遺跡だ。クソ親父、お前が最後に確認した時にはもうクセルクセス遺跡は無くなっていたんだったよな」

「ああ、跡形もなくな」

「んじゃ、そんなにも陣の敷きやすい場所はない。クセルクセスが一夜にして滅んだっつー賢者の石の錬成陣を起点に「匚」という形を作るように線を引いて行けば──」

 

 エドワードは地図にそれを描き終える。 

 アメストリス、アエルゴ、クレタ、、ドラクマの国土錬成陣を繋げた巨大な円に、クセルクセス遺跡方面へ伸びる直線と匚。

 これらを合わせると。

 

「『』の形が出来上がるってわけだ」

「だとして、ファクターとなる円はどこだ? アメストリスのものが日食に合わせて発動するとして、その他の錬成陣は何をファクターにする?」

「各国の円はもう作ってあんだろ。隣国、全部ゴーストタウンだったってお前が言ったんだろ」

「兄さん、じゃあ、各国の陣とアメストリスの陣を繋げるのはどういう仕組みになるんだろう」

「そりゃぁ……なんつーか、あるはずだろ。やり方なんかいくらでも」

「考えついてないんだ……」

 

 加えて。

 

「クセルクセス遺跡の方に伸びている直線はどうするのさ。あんまり円からはみ出し過ぎてる記号は円として見られないでしょ?」

「ああそりゃ、多分惑星の輪郭を使うんだろ。正円じゃなくてもいい。ただ丸けりゃいいってんならこれほど適した巨円は無え」

 

 そこはわかるのか、とホーエンハイムは独り言ちる。

 天才とは色々なところが飛躍していて、目の前の単純なものを見落としがちなのだろう。

 

「鍵なのはわかったが、なぜ鍵だと思うのか、そして何に使うのかまで理解しているのか、エドワード」

「何に使うのか、についてはまだわかんねーけど、なぜ鍵かってのは理解してるよ。えーっと、ああこれこれ。クラクトハイトの研究日誌。盗まれた時用のダミーなのはわかるけど、アガートさんに確認取ったら真実も幾らか書いてあったんだ」

 

 そう言ってあるページを見せてくるエドワード。

 そこには先程の「」という記号と、凄まじい量の数字の羅列があった。ただ、丁寧に翻訳してある紙が添付されている。

 

「竜頭の錬金術師の代名詞、竜頭の錬成陣。サンチェゴとか呼ばれてる機械時計の方じゃなくて、それを生成するためのリューズにこの鍵の記号が使われている。アガートさんによれば、クラクトハイトが国家錬金術師を目指すか否かを悩んでいるあたりに使っていた錬成記号らしいんだが、どうにも今でも使っているっぽい」

「ということは、この国土錬成陣は」

「ああ。この超巨大な錬成陣でリューズを作り、バカでけぇサンチェゴを作るつもり……と、最初は考えた」

「ボクも同じ結論に至ったけど、同じところで躓いたよ」

「――作ってどうする、って話だ。もし全人類を賢者の石にしたいのなら、んな面倒なことしてないで普通に賢者の石の錬成陣をつくりゃいい。鍵なんて記号持ち出してくる必要はない。じゃあこれは何か」

 

 答えは出ていた。

 

「竜頭も確かに時計の鍵っちゃ鍵だが、そこだけに惑わされちゃダメなんだ。本来鍵ってのが何に使われるかを考える。そうすりゃ答えは一つ」

「――扉、だな」

「ああ。人体錬成をすると見えるっていう真理の扉。その実在をオレ達は知らねえが、あるんだろ?」

「ある。確実にそれは存在する」

「ならやっぱり簡単だ。この馬鹿でけぇ鍵穴に鍵を差し込んで、扉を開ける。それがクラクトハイトの目的だろう」

 

 そう。

 そこまでは、ホーエンハイムも考えた。

 そしてその先も考えた。果たしてエドワードは。

 

「……」

「……」

「……兄さん、もしかしてわかってなかったりする?」

「うっせー。大体扉がなんなのか、その先に何があるのか、真理だのなんだのっつーのオレは知らねえんだ。計算しようにもアンノウンが多すぎて結果に粗が出過ぎる」

「人体錬成の陣はクラクトハイトさんが持っているのを確認してる。マクドゥーガルさんが『クラクトハイトから貰って来た』と言っていたから」

「でも、やっぱりだから何だって話だよな……」

「その時言ってたよね。扉を通るには通行料が必要だ、って。もし世界を巻き込む規模の扉が開いちゃったら、その通行料は」

「……全世界の人間が支払わされるってか?」

「可能性は、なくはないと思う」

 

 言葉を、出さなかった。

 ホーエンハイムは黙ったのだ。違うと言い切れなかったのももちろんあるが――二人だけで議論し、答えを推測し合う兄弟を止めたくなかった、というのが大きい。

 ここでホーエンハイムが答えを出してしまうのは違う、と感じたのだ。

 たとえそれが世界の危機でも、子供たちの危機でも、家族の危機でも。

 

「だとすると、やべぇなやっぱり。どっかの陣をぶっ壊しちまえばとりあえずは止まるよな」

「どうだろうな。そんな柔なものを作っているとは思えないが」

「つったってやらねえ理由はねえだろ。……こっから一番近いのは、クセルクセスとドラクマか。んじゃあ」

 

 そんな時だった。

 洗濯物を干していたトリシャが慌てた様子で叫んだのは。

 

 南西の空が赤黒い、と。

 

 赤い雨が来たのだと。

 

 

*

 

 

 走る。走る。

 

「っつーのがオレ達の見解だ! 大佐とマクドゥーガルさんは!?」

「大体同じだ! 違う所があるとすれば、クラクトハイト中将の目的くらいだ!」

「何が違う! 早めにすり合わせしておきてえ!」

 

 石と鉄と氷。 

 その三重奏が赤い雨を防ぎ、疾走する四人を赤い雨から守る。

 

「中将は両親を心から大切にしている! 少なくともこの星全ての命を賢者の石にする、などという愚行は犯さん!」

「ああそういやそうだったな! んじゃ、やっぱ扉開けるってのが鍵くせぇな!」

「……だが、気になることもあるのだ。彼は私に、人体錬成だけは絶対にするな、と言って来た。確か、人体錬成を行うと扉という場所に辿り着き、真理を得られるのだったな?」

「……ああ。俺の時は、そうだった。貰って来た賢者の石がなけりゃ、身体のどっかを失っていたらしい」

「扉開けても誰かが死ぬ可能性は高いのか! じゃあ本末転倒、っと……大佐!」

「任せろ!」

 

 走る走る四人の眼前に現れたるは、巨大な獣。何と何が混ぜられているのか、キメラの名に相応しい怪物性を持つソレは、一瞬の内に焼き尽くされた。

 

「珍しいな。雨の日なのに、無能ではないマスタングは」

「うるさいぞマクドゥーガル。この雨は水分ではないからな、特に関係はない」

「っ、兄さん、大佐、マクドゥーガルさん! そいつだけじゃない、いつの間にか囲まれてる!」

 

 囲まれていた。

 路地裏を走っていたのに、進行方向にも後方にも左右にも、巨大ではないけれど無数のキメラがいる。統制が取れている。

 

「一度散開し、各個撃破と行くべきだ! 赤い雨には触れるなよ!」

「それじゃ敵の思うつぼだマスタング! ここから離れるのには賛成だが、散開したが最後、物量に押されて負けるぞ!」

「少佐止まりで軍を辞めた君にとやかく指図されるつもりはない!」

「あんだけ功績残しておいて大佐止まりの奴に言い返される筋合いも無い」

 

 襲い掛かってくるキメラたち。

 一匹一匹は大したことのない相手だが、数が数だ。しかもエドワード達は赤い雨に濡れてはいけないという制約がある。上から降り注ぐものだけでなく、地面に溜まったものもそうだ。キメラの身体に付着したものに触れても同じ結果になるだろう。

 

 手一杯だった。

 元同僚らしい二人の喧嘩を止めるとかやってられない。

 

 そこへ。

 

 

「な・ら・ば! 吾輩の筋肉にお任せあれ──我がアームストロング家に代々伝わりし錬金術! 及び、一応防水バージョンの機械鎧で行う芸・術・的・錬・金・術!」

「中佐ァ!? なんでここに、っつかどうやって! 同じ汽車には乗ってなかっただろ!」

「話せば長くなるが、協力者を得たのだエドワード・エルリック! そしてそこの()鹿()()()! 時と場合を考えるように!!」

「アームストロング中佐、君が馬鹿などという強い言葉を使ったことに驚きを隠せないが、それはそれとして時も場合も考えている! 考えて作戦立案をしているのだ!」

「お前の方が馬鹿だろ、アームストロング」

 

 建物の上から降り立ったアームストロング中佐は、何か特殊な素材の雨合羽を着ているらしかった。どうみても錬成物。

 

 ただ、思っただろう。エルリック兄弟は思ったはずだ。

 うるさいのが増えただけだ、と。

 

「そ、ろそろ、一斉に来るぞ馬鹿軍人三人! どうすんだよオイ!」

「誰が馬鹿か!」

「俺は軍人じゃねえ」

「そのために来たのだエドワード・エルリック! とりあえず──全員着地の準備を!」

 

 振り上げるは二つ名でもある豪腕。

 それが地面に向かった時点で誰もがそれを察し、だから巻き込まれることこそなかったけれど。

 

「やるならまず目的から先に言え!」

「っていうか地下道って余計赤い雨が染み込んでるんじゃ……」

「キメラが閉鎖空間における私の弱体化を知らないわけでもないだろうアームストロング中佐!」

「……まぁ、水は増えたか」

 

 みんな、文句しかなかった。

 

 

 

 マクドゥーガルの独擅場(どくせんじょう)である。

 地下水を利用して天井を塞ぎ、落ちて来たキメラも、通路の向こう側も塞いだ。また赤い雨が染み込んできそうな箇所にはあらかじめ氷を張ることでそれを防ぐ。

 地下水路。地下水道。ここほどマクドゥーガルの錬金術が活きる場所もない。

 

「吾輩、大活躍!」

「結果だけ見れば、だ。代わりにマスタングが使い物にならなくなった。おい、不意打ちを受けても焔を使うなよ。全員が酸欠になる」

「わかっている! ……しかし、エルリック兄弟。お前たちは凄いな」

「ん? なんだよいきなり」

「私達はこの発火布だったり手甲だったりと、既に錬成陣の描かれた装備で錬金術を行っている。だが君達はその場で毎回描いているのだろう?」

「ああ、まぁな。どーもしっくりくる武器がねぇんだよなー」

「あはは、ボクもです。徒手空拳がメインなので、長物みたいなのを持つとバランスを崩しちゃって」

 

 ようやく余裕が生まれたからだろう。

 少しだけペースを落としながら、それでいて走りながら雑談に花を咲かせる。

 

「少し前までは俺もそっちだったんだがな。今じゃコレができるようになった」

 

 マクドゥーガルは手を合わせる。合掌。

 その手で壁を触れば、そこから氷が広がっていく。

 

 手合わせ錬成。真理を見た証拠。

 

「真理、って奴か」

「ああ。……といっても、使い道は今みたいな乱戦混戦時くらいだ。入念に準備を重ねた方が確実でいい」

「ふぅん。……つーか、聞き忘れてたけどなんで大佐とマクドゥーガルさんが一緒にいるんだ?」

「今更も今更だな。……赤い雨で、部下が幾人かやられた。他と同じように命に別条はないとのことだが、このまま放置するわけにもいくまい。そこで中将のクーデター宣言だ。これほどの非常事態であれば東方司令部勤務だろうと大総統の救護に行っても問題あるまい、ということで出てきた」

「俺が見て回った感じ、東部と北部はやばいな。多少色が違っても雨なら凍るだろうと思っていたノースシティの奴らはかなりの数が昏倒してる。東部も雨が多いからな、気にしない奴が多かった」

「……えーと? で、なんで一緒にいるのかを教えてもらってないんだけど」

「成り行きだ」

「違う。腹心が入院中で、部下がバッタバッタと倒れて放心中だったコイツを俺が無理矢理ひっ連れて来たんだ。少しでも戦力が多い方が良いだろ」

「腹心……って、まさかホークアイ中尉? 入院中って、なんで」

「ああ、知らないのか……。ふむ。どうするか。これを話すと、中将に対して複雑な感情を抱くことになると思うが……」

「いや、いい。話してくれ。ぶっちゃけ今は情報が足りないんだ。こっちで勝手にパズルを作るから、頼む」

 

 そこまで言われては仕方がないと、マスタングは経緯を話す。

 クラクトハイトと同じ顔のホムンクルスらしき敵。賢者の石を全身に纏う戦闘スタイル。

 そして、ホークアイを決死の思いでクラクトハイトが助けたという事実。

 

「おお、やはり、ですか。クラクトハイト中将……あなたは国防の」

「と、こうやって中佐のように中将への敵意が薄れそうだったから、言いたくなかったのだ」

「……いや、話してくれて助かった。んで、気付けよ、って言ってやるよ大佐」

「何にだ」

「本当に気付かないのか? 今のを聞いていて、俺ですら違和感を持ったぞ」

 

 エドワードとマクドゥーガルが持った違和感。

 それは。

 

「誰だよその駆けつけた方のクラクトハイト。あの人に『手を握るのを代わってやる』みたいな気遣いできるわけねぇだろ」

「同感だな。その他言動が明らかに人間味に溢れている。内通者や裏切り者、テロリストは絶対に殺すあの男なら、リザ・ホークアイなど放っておいてそのホムンクルスを追うはずだ。たとえどれほど死にかけであっても、気にも留めないだろう」

「むぅ……まぁ、否定はしませぬ。中将は……時として冷酷ですから。ですが、良い所もありますぞ」

「……」

 

 マスタングは考える。

 あの時駆けつけて来たクラクトハイトを。思い出す。

 

 ……。

 

「確かに……誰だ? アレは」

「レティパーユだ。クラクトハイトの作ってる生体人形(リビンゴイド)っつー、パーツさえありゃどんな姿にも成れる人間みてぇなのがいるんだよ。顔も声も思うがままに替えられる」

「だが、生体錬成を使ったぞ。人形にそれは可能なのか?」

「可能かどうかは知らねえが、アイツには遅延錬成っていう唯一無二の技術があんだろ。どっちのクラクトハイトもグルだってんならあらかじめ演技の練習でもしておけば話は合わせられる」

 

 本来起きるはずだった勘違い。

 クラクトハイトが意図的に起こそうとしていた──マスタングを人柱にするためにやろうとしていた作戦が、リアリスト一名と天才によって崩壊させられた瞬間だった。

 

「えーと、加えてですけど、ボクたちのお父さんが西部でクラクトハイトさんと戦ったそうなんです。その時も身体から賢者の石を出して戦う、ってスタイルをやってきたと言っていました」

「……そう、なのか」

人造人間(ホムンクルス)憤怒(ラース)。奴はそう名乗ったそうだぜ」

「なんだと?」

 

 ホムンクルス。

 この国で暗躍する化け物の名だ。現状姿と名前が一致しているのは、グラトニー、エンヴィー、そして

そのラースだけ。いるはずのラスト、プライド、スロウス、グリードは確認できていない。

 一匹でもてこずる化け物が、あと四体隠れている。その内の一人がクラクトハイトだとすれば。

 

「いや、あり得ない。クラクトハイト中将は確かにその……人間味の無い言動の多い方だが、彼は子供のころから戦場にいてしっかりとした成長を続けている。それに、大槌殿が産んだ子供であることもしっかりわかっている」

「どっかで入れ替わったんだろ、だから。入れ替わったのか、成ったのかまでは知らねえけど。錬金術覚えてから一か月で国家資格取ってその翌年に一民族を殲滅するようになる、なんてのが土台おかしいんだ。そこに違和感を持つべきだったぜ」

 

 ならば、だ。

 ならば、今大総統を人質にクーデターを起こそうとしているクラクトハイトは。

 

「もし本当にホムンクルスだとしたら、遠慮はいらないな」

「始めから要らねえだろ。オレは顔面ぶん殴る気で来てるぜ」

「……エドワード・エルリック。お前はマスタング(コイツ)の本気を知らない。焔の錬金術が何故最高最強と呼ばれるかの所以をな」

「ほう、君に褒められるのはむず痒いな。地下道に生えていた変なキノコでも食べたかね?」

「世間一般の称賛だ。コイツは俺には勝てないからな」

「それこそ時と場合によるだろう。水場ならそれも認めるが、乾燥地帯なら私が完封できる」

「どちらであっても吾輩は問題ありませんぞ」

「話をややこしくするな、アームストロング。お前が強いのはクラクトハイト隊の全員が認めている」

「アームストロング中佐。恐らく技術だけで言えば貴方が一番です。それはクラクトハイト中将も認めていましたよ」

 

 クラクトハイト隊、という名が出た所で、エドワードが素朴な質問を覚えた。

 だから、問うた。

 

「あれ、最後の一人って誰だっけ。クラクトハイトの」

「ゾルフ・J・キンブリー大佐だ。紅蓮の錬金術師。得意な錬金術は──」

 

 

 ――亀裂が走る。

 天井。そして床。反応できたのは。

 

 

「爆発、ですよ。こんにちは、初めましての方は初めまして。私が紅蓮の錬金術師です。――中将閣下の命により、安全に進めてしまう道を全て潰しに来ました。どうぞ憎み、恨んでください」

 

 亀裂が、爆発する──。



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第九十一話 錬金術の基礎「統一三原則」

※この作品に出てくる錬金術は現実の錬金術と空想の錬金術の混ざり合ったものです。鵜吞みにしないでください。


 

 珍しく上機嫌な様子で帰って来たキンブリー。鼻歌なんか歌っちゃってまぁ、よほどいいことでもあったのだろう。

 

「みんな、元気だった?」

「ええ。有り余っていましたよ。しかし、よろしいので? ああして通路を崩した程度、錬金術師を相手取っているのですから、簡単に修復されてしまいますよ」

「それは大丈夫。もうそろこっちに近づけば錬金術なんか使えなくなるから」

「使えなくなる?」

 

 お父様の錬金術封じの範囲に入るから、という意味だ。

 本来はアメストリス全土にある蓋によって行われるものだけど、今回は賢石の雨の作用も考えて極小範囲に絞ってもらった。

 一応まだ協力的なプライドによれば、浸食率は87%程度。上々だろう。

 

「ふむ。なら早めに使っておいた方が良さそうですね」

「戦いたいならね」

「……」

「キンブリー。その顔は、"はて、どうして私は彼らを殺さなかったのか、傷つけもしなかったのか"……って顔だと見るけど、どうかな」

「そう、ですね。自分でもおかしな話だと思っていますよ。……情、でしょうか」

「理性でしょ。だって彼らはテロリストでもなんでもない。ただ()()()()()()()()()()の一般人だ。君に一般人を殺す趣味はないでしょ? 無差別爆弾魔ってわけじゃないんだし」

「その理論で行くと、私の標的は中将ただ一人になりそうですが」

「使えなくなる前に、やっておいてもいいよ」

 

 ──数瞬、沈黙が流れる。

 

 けれどキンブリーの口は「いえ」と動いた。

 

「やめておきましょう。また、見回りをしてきます。たとえそうなる未来があったとしても、今ではないでしょうから」

「賢明だね」

 

 どちらが強い、とかじゃない。

 互いに賢者の石をふんだんに使える環境下なんだ。無駄な破壊が起きるに終わる。

 

 でも、戦いたいなら未来なんかを望むんじゃなく、早めにしておいた方が良いよ。

 僕が未来にいることはないんだからさ。

 

 

 

 さて──暇である。

 拠点防衛型の錬金術師である僕は、確かに兵器工場だ。兵器を作って、それを配置して、けど僕自身は何もしない。獲物が罠にかかるのを、あるいは罠を察知した獲物が逃げていくのを上から眺めるだけ。

 

 ましてや今はキンブリーが見回りに出てくれているから、本気でやることがない。

 これをこのまま二か月、というのはまた面白くないというかなんというか。

 

「だから、ここへ来て新たな錬成兵器を開発しようと思うんだよね」

「ふむ。上を目指すのは良いことだが、具体的なコンセプトは決まっているのかね?」

「全く」

 

 大総統府。

 クーデター宣言をし、大総統と戦った体である僕は未だ大総統を手放していない。

 僕ら的には赤い雨が染み込むまで時間稼ぎが必要で、軍関係者的には僕を頭として認める──あるいは鎮圧するための準備が必要で。

 その間とても暇なので、こうして地上に出て来たお父様と錬金術師談義のお時間なのだ。

 大総統は万が一にも僕と仲良く話しているのを見られたらマズいので、既に地下へ潜っている。一応大総統夫人には挨拶をしておいた。「余計な真似はしないでくださいね」と。そうしたらセリムが出張って来たので大人しく退いてあげた。

 あそこ、よくわかんない絆があるよね。

 

「僕のアイデンティティたる遅延錬成も、既に二人の錬金術師には理解されてしまった。どっちも殺したとはいえ、この先の二か月間に新しいのが出てこないとは限らない。人間というのは追い詰められたら追い詰められるほど作業効率が上がるものだし、突飛で飛躍的な発想も出てきやすくなるから」

「その遅延錬成についてだが、結局オマエは、その原理について理解し終えたのかね」

「いいや。想像はしているけど、理解はしていないよ。これについては約束の日までお楽しみだね」

「……そうか。いや、私は構わない。しかし、既存には無い錬金術による兵器の開発か。心躍りそうで、踊らん話だな。なんせ外敵は全てオマエが排除してしまっている」

「まだシンって大国の連中がいるんだよ。しかも虎視眈々と偵察兵が来てるって僕の部下から連絡が入ってる」

 

 スライサー兄弟は、なんなら一度切り結んだらしい。

 雨粒を全て避ける、がそもそも彼の嘘だとは思っているけれど、これでほぼ確実に彼ら兄弟は連れて行けなくなった。多少、レティパーユが悲しむのかな、みたいな親心を見せてみたりしてもいいかもしれない。

 

「シンか。確かオマエの言う錬丹術師とやらの使い手の多い」

「そ。流れを理解し、流れを利用し、流れと一体となる錬丹術師は、お父様にとってもそこそこ脅威……と言いたかったんだけどね。今のお父様に勝てる生物は多分いないだろうから、気にしなくても良い。だから、僕のコレは単なる学術的興味だよ」

「そう言われるとやる気も湧いてくる。真理も神もいずれ手中に収めるとはいえ、それで終わる気はない。私も進み続けることを選ぶだろう」

「そうこなくっちゃ」

 

 ということで、まず基礎の基礎からやっていきたいと思う。

 

 紙に円を描く。コンパスで。……え、まだ綺麗な円描けないのか、って。そりゃずっと逃げ続けてたんだから、上達するものも上達しないでしょ。

 

「円?」

「そう、円。錬金術にとっては重要なファクターだけど、錬丹術にとってはそうでもないんだ。多少歪んでいても効果を発揮するし、どちらかというと交点が大事でさ。僕は錬丹術における交点をAMP(Alchemy Manifestation Point)と呼んでいる」

「錬成エネルギーの発現点か。成程?」

「錬金術は円によって錬成エネルギーを回転、増幅させて中心点で噴出、中心素材が錬成される、って仕組みだけど、錬丹術は違う。このAMPに錬成エネルギーを集中させて、そこに穴を穿つ。さっき言った流れの穴──だから円は割とどうでもいい。()()()()()()()()円に見えるだけで、必要なのはAMPの方だ」

「聞いていれば、それは賢者の石の錬成陣とほぼ同じ仕組みだな」

「そう。だってこの錬丹術は、西の賢者……つまりお父様と別れたホーエンハイムがシンに伝えたものだからね。クセルクセス式源流錬金術自体が交点を要とするもので、彼が最後に見た最も強烈な錬成陣が賢者の石の錬成陣なら、そういう伝わり方もするよ」

 

 アメストリス式の錬金術はお父様が理論を詰めている。

 故にクセルクセス式源流錬金術から()()()()()辿()()()()()()()()()()作り上げた理論なのだ。だから異様なまでに五角形の錬成陣が無いし、もっともらしく乾湿の錬成陣のように「六角形の方が安定している」と見せている。

 無論ただ辿り着かせないためだけに作った理論というわけでもない。

 実際賢者の石の錬成陣には六角形も使われている。五角形を囲む形で。それは安定させる、という意味でもっともらしく活躍する。

 

「統一三原則、といって伝わるかな」

「錬成エネルギーの保存法則のことだろう?」

「そう。一見無制限に吐き出されると思われがちな錬成エネルギーだけど、実は限りがある。これは錬丹術的に言えば流れだ。どこかで流れが隆起したら、どこかで陥没する。増えたら減る。減ったら増える。その流れは常に一定量であり、たとえば僕みたいに流れの阻害を行った場合、かならずどこか……この惑星のどこかにそのしわ寄せがくる」

 

 これが第一の法則。エネルギー保存則と名前が似ているだけで、実際はあんまり関係ない。錬成エネルギーは他のエネルギーに変わらないからね。

 

 そして第二則が。

 

「次に、すべての錬成反応は平衡状態にある。破壊する錬成反応と修復する錬成反応、押し流す錬成反応と阻害する錬成反応。これらは、これらの間を行き来する錬成エネルギーの循環によって起こるものである。破壊と修復は衝突、あるいは相殺をしない。逆に利用し合う力関係。詰まりを改善し、押し流す力と阻害する力も同じ。すべての錬成反応は見た目相反しているように見えても、その実利用し合うことで同じ流れの中に存在できる」

「そうでなければ錬金術など破壊の権化にしかならん。これだけの量の錬金術師が昼夜問わず錬金術を使っておるのだ。それら力の均衡は必ずどこかで支払われている。破壊の多いアメストリスに対しては、成程、シンか」

「シンにも破壊系のはあるけどねー」

 

 これが錬成エネルギーのバランス則。循環則と呼んでもいい。

 

 そして最後が。

 

「これが最も厄介な法則だ。不安定の法則──錬成エネルギーは錬成エネルギーとして安定していられない。より高次の結果か、より低次の結果。そのどちらかを求める。成功か失敗か、とかく錬成エネルギーは錬成反応を起こさずにはいられない」

「その次善策がオマエの遅延錬成だな」

「そうだね。あと、レティパーユによれば例の兄弟が蓄積錬成っぽいものを使っていたようだけど、とにかく錬成エネルギーは錬成エネルギーで在り続けられないという致命的すぎる欠点があるんだ」

 

 錬成エネルギーの不定則。

 これら三つをして、統一三原則と呼ぶ。

 

「それで?」

「錬成エネルギーの不定則を、どうにかしてみたいと思ってるんだ」

「……無理だな。賢者の石でさえ、思念エネルギーの凝縮核でしかない。人間の魂を思念エネルギーごと閉じ込め、それを素材とすることで錬成エネルギーの増幅を行う石。しかしあくまで錬成エネルギーの発生は錬金術を使うその瞬間のみであり、賢者の石の中に錬成エネルギーが溜まっているというわけではない」

「まーねー」

「そこを解決したのがオマエの遅延錬成で、だからこそこの国の者達はオマエの遅延錬成の解析に躍起になったのだろう。誰もが錬成エネルギーの保存を行いたいがゆえな」

 

 そう、なのだ。

 だから無理。……と決めつけるのは、僕らしくない。

 

「円だから悪いんじゃないか、って思ってるんだ」

「ほう?」

「円にするから、錬成エネルギーは必ず錬成反応を起こしてしまう。何故って中心点が必ず存在するから」

 

 何を当たり前のことを、という顔のお父様。

 当然だ。僕は当然のことを当然ではない風に言っているだけで、事実として当然なものは当然なのだ。

 

 だけど、錬丹術を考えてみて欲しい。

 AMPさえあれば錬丹術は発動できる。ならば。

 

「この紙を、こうして、こうする。で、ここを錬成して繋げる」

 

 子供でもわかるやつ。細長い紙を捩じって両端を繋げるやつ。

 そう、メビウスリング。

 テープで貼り付けるとかじゃなくて、錬成しているから、これはもうこういうものとして作られたわっかになる。

 

 この円は一見円に見えて三次元上の複雑な円になっているから、この表と裏に繋がりを持たせた錬成陣を刻んで行けば──。

 

「まぁ待て。危ないから私がやる」

「えぇ」

「前もそうだったが、オマエは未知に対しての恐怖心が無さすぎる。不死でもないのだ、代われ」

「……わかった」

 

 まぁ僕は大事な要になるから、死んでほしくないのはわかるけどさ。

 もうちょっと良くない? 少しくらいの錬成実験だよ。見習い錬金術師でもできるような。まぁやらせたらパーペキにリバウンドするけど。

 

 錬成反応が走る。

 ……失敗か。錬成反応が走った時点で失敗なんだ。うーん、机上の空論は机上止まりかー。

 

「ふむ。今のは、素材の脆さが原因だな。錬成エネルギーの圧に紙が耐えきれなかっただけだろう。どれ」

 

 ノーモーションで青い錬成反応が走る。

 大総統の部屋のなんかトロフィーみたいなのを使って作り出されたのは金属のメビウスリング。こんな些事に賢者の石を使う気は無いらしい。

 エコ精神、あったんだねお父様。

 

「ここに、思念エネルギーを通す」

「……おお?」

 

 思念エネルギーから変換された青い錬成エネルギーはメビウスリングを通り抜け、中心へ向かい──しかしもう片方から現れた錬成エネルギーと衝突。それはしかし第二則に従い互いを利用し合う関係となり、消えずに残り続ける。

 中心には何もないというのに、まるでそこに引力を発生させるコアのようなものがあって、コアを中心にエネルギーが回り続けている……というような現象が起きた。

 

「……いや」

 

 僕が「もしかして成功?」という前に、お父様が否定の意を放つ。

 瞬間、金属のメビウスリングはパァンと粉々に破砕した。

 

「錬成エネルギーの圧に耐えられないんだ」

「それもあるが、今回は形も悪いな。これを……つまり、縦横で行えば」

 

 メビウスリングとメビウスリングが垂直に交わったものが錬成される。

 そこにまた思念エネルギーが、そして変換された錬成エネルギーが流されて……今度は四つの錬成エネルギーがコアのない所をぐるぐる回り始めた。

 

「これ、タングステン?」

「……ふぅむ。これでも耐久性能が足らんか。だが、理論は完成しているな。ああ、つまりは」

 

 お父様は、賢者の石を指先に──って。

 

「いやいや、完全物質だから耐久性能はばっちりだろうけど、それやったら賢石のエネルギーが優先されて錬成エネルギーの保持どころじゃないでしょ」

「むぅ。良い案だと思ったのだがな」

「うん、僕も一瞬成程、とは思ったけど。……でも、もっともっと硬い物質があれば、あるいは作りだせたら、錬成エネルギーの保持装置は作れそうだね」

「だが……そもそも錬成エネルギーの保持装置など何に使うのだ?」

 

 沈黙。

 ……。

 

「錬成陣にぶつけて、錬金術を……一般人でも使えるように、とか」

「だがもうオマエの味方には一般人などおらんではないか」

「それもそうだけど、そもそもその場合のリバウンドって誰に返ってくるんだろ」

「無論術者だ。故に、過分な錬成陣へ足りぬ錬成エネルギーの保持装置が投げつけられた場合、錬成陣にエネルギーが入ることはあれど発動せず、代償がどこか遠くにいる術者に帰る……欠点だらけではないか」

「ね」

「ね、ではないだろう……まぁこういうものを研究するのが楽しい、というのはわかるがね」

 

 そう、こんなのただの理科の実験だ。

 結局お父様とは一緒にレジャースポットとか行けずに赤い雨を降らせる時期になっちゃったからね。こういうところで親子ごっこしておかないと。

 

 ……お父さんとお母さんとは、しないクセにね。

 

「まぁ、安心しろレムノス。こういった未完成の研究は必ず私が引き継ぐ。オマエが消えても、な」

「それは嬉しいな。じゃあさ、お父様。僕まだまだいっぱい仮想論抱えてるんだけど、全部聞いてくれたりする?」

「なんだ、抱え逃げするつもりだったのか? 聞かせろ、オマエの発想の全てを。それが唯一の痕跡となる」

 

 微かに。

 優しさ、のようなものを感じた気がする。

 でも、僕とお父様は互いに利用し合う関係だ。キンブリーと同じ。

 

 優しさなど。

 ……警戒しすぎなのかなぁ、とか思うけど、でもやっぱり警戒はしておくに越したことは無いと思うんだよね。特にお父様なんか僕を一瞬でジュッできる相手なわけだし。

 

 どうしても、心は許せない……かな。



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第九十二話 錬金術の戦闘「隠者の剣」

 赤い雨は降り止まない。

 感情のない人形たちは雨に濡れ、しかし倒れることは無い。ただ赤く染まりゆく人形を眼下に収め──グリードは大きなため息を吐いた。

 

「やめとけよ、姉ちゃん。アンタと俺様じゃ、いくらやっても勝負はつかねえって」

「そう? いまのアナタは人造人間(ホムンクルス)ではないのだから……やってみないとわからないと思わない?」

「……がっはっは、初めてじゃねぇか? ここの姉弟喧嘩っつーのはよ」

「ええ、そうね。最初で最後」

 

 赤い雨に染まるのも厭わず、だからこそまるで血で染まっているかのような女性──ラスト。

 本当に大したことの起きないつまらなさにほとんど飽きかけていたグリード。

 

 その二人が今対峙する。

 

「しっかし、正直意外だったぜ。俺はてっきりエンヴィーの奴が来るもんだと思ってたからな」

「なぜ?」

「強欲の先に嫉妬はあり、嫉妬の先に強欲がある。俺様とアイツは似た者同士なんだよ。んでもって同族意識より同族嫌悪の方が強ぇ。排除したがるのも頷ける」

「そうね。……でも、彼には大切な役目があるから」

「ほん……そうかい。ま、どうでもいいが──本気で行くぜ、姉ちゃん」

「構わないけれど、どうして本気なのかだけ教えてくれるかしら。鹵獲されただけのアナタが、どうしてあの所長さんにそうも肩入れするのか」

 

 臨戦態勢も臨戦態勢、今まさにとびかからんとしていたグリードが、虚を突かれたような顔をする。

 そして、柔く、次の瞬間には獰猛に笑っていた。

 

「契約だから、っつーのと──仲間を守るための戦いだからだよ」

「仲間。もう一人の生体人形のことかしら」

「違うが、これ以上お喋りをする気はないぜ」

「そ、残念。──じゃあ、決めましょうか。私の矛とアナタの盾。どちらが最強なのか」

「オウ! 突き指しても知らねえぞ姉ちゃん!」

 

 ──あるいは。

 何故ラストが離反したのか、ということを問わなかったグリードの、その思惑。

 

 互いに本当に大事な部分に目を瞑って始まった激戦は、文字通り人知を超えるものだった。

 

 

*

 

 

 同じころ、セントラルが……中央司令部および大総統府が大きな地震に見舞われる。

 それはちょうどプライドから「スロウスが円を繋げた」との報せが入ったのと同タイミングであり、同時に相手方の反撃の狼煙であることが窺えた。

 

「ヒュウ、あれはブリッグズの戦車か。賢石の雨をも通さない装甲……錬金術師が協力していると見た」

「蹴散らすか?」

「いいや、お父様は地下へ。僕が代役なんだからさ、派手にやらせてよ」

「そうか。……死ぬなよ」

「勿論」

「いや、そうだな……プライド。守ってやれ」

「……はい」

 

 それは最大の屈辱とかそういう奴じゃないのかなぁ、とか思いつつ。

 隣に現れた影の化け物に目をやったら、ギロリと睨まれた。

 

「必要なのが天体である以上、計画の前倒しはできない。人柱であるマクドゥーガルと、もしかしたらいるかもしれないイズミ・カーティスは絶対に傷つけちゃダメ。それはわかっているね?」

「誰に物を言っているのですか? ──それ以外の人間はどうでもいい、という風にも聞こえますが」

「最悪、どうでもいいよ。君にどうにかできるかは別としてね」

 

 紛う方なき挑発に、首元にまで影が伸びる。

 

「あまり調子に乗らないでいただきたい。父とその計画のために必要な駒ですから、あなたの必要性はわかっていますが、あなた自身が偉くなったわけではない」

「そうだね。君は必要のない駒だもんね」

「──!」

 

 見開かれる目。増える目。ギラつく口に、厚みはない。

 

 また、ズシンと揺れた。

 恐らく何かの錬金術。しかもまだ下準備の段階だ。キンブリーによって地下通路は全て封鎖され、お父様の力でここいら周辺には錬金術封じが施されている。その外側から何かをしようとしているのだろう。天才錬金術師集団といって過言ないあれら五人だ。

 僕では到底思いつかないようなことをしてくれることだろう。

 

「敵が攻撃を仕掛けてきているというのに、随分と楽しそうですね」

「圧倒的な力で何の抵抗もさせずに踏み潰す方がお好み?」

「……成程。ある程度は蠢いてくれた方が面白みはありますか」

 

 サンチェゴは起動してある。

 鎖は射出可能だ。いや、遅延錬成をもう入れておこうか。そろそろ来そうだし。

 

「ちなみに僕まだラースだって勘違いされてるっぽいから、ラースっぽく振舞うことにするよ」

「それに何の意味が?」

「キング・ブラッドレイが救出された後、彼が真のラースだってわかった時の絶望感。マクドゥーガルを確実に人柱として捕獲するためには彼らの間に潜り込むのが一番だからね」

「……」

「それに、説明がつくのさ。僕の錬金術は良く言えば万能だけど、悪く言えば器用貧乏だ。突出した錬金術の使えない僕は、それ以外の部分で尖っている必要がある。だから、つまり」

 

 ──白い、白い翼を生やす。

 それは僕が元々持っていたものと、そしてあの天使から採取したもの。

 

「何かを隠していると思っていましたが、なるほど。天使とは、あなたに最も似合わぬ恰好だ」

「お父様には言わないでね。また怒られちゃうから」

「どういう」

「──試用運転してないってこと!」

 

 大総統府の一番高いところから飛び出す。翼をはためかせる──程度では何にもならない。そもそもこれエネルギーが噴出しているだけなので、揚力なんか得られるはずもない。

 だからただのジェット噴射だ。僕は別に赤い雨に濡れても関係ないから、だから、静寂のセントラルへ着弾する。

 彼らがいる場所は氣でわかっていたからね。

 

「なんっ……クラクトハイト!?」

 

 隠者の石を剣の形に形成する。なおアメストリス式剣術は僕には使えない。竜頭剣で培った我流のそれしか無理だ。だからこんな長い剣にしたところで振り回される未来しか見えない。

 それでもこの長さにするのは──カッコいいからだ。

 

「中将! 何故あなたはこんなことをしている!」

「お前ら下がれ! 天井を氷で塞ぐ!」

 

 おっと流石マクドゥーガル。判断が早い。赤い雨が地下に満ちる前に、僕の入って来たそこを塞ぎ切った。

 だけど、そのおかげで光が入るようになった地下。だからこそ出てくるのは影。影、影、影。

 

「猪突猛進ですね。いい意味は一切込めていませんが」

「照れるな。褒められ慣れていないんだ、あまり褒めないでほしい」

「都合の良い耳ですね、憤怒(ラース)

「なんだかんだいってついてきてくれるあたり面倒見良いよね傲慢(プライド)

 

 わざわざ呼び合うのは、相手に確信を持たせるため。

 ホーエンハイムからどれほどの情報共有が為されているかはしらないけど、これでもう疑う余地もなくなったことだろう。

 

人造人間(ホムンクルス)憤怒(ラース)。そして傲慢(プライド)か。天使に影の化け物とは、いつからこの世界はファンタジーになったんだ」

「始めからでしょ、流石に」

 

 錬金術がファンタジーでなくてなんだと。

 

 一足でマスタング大佐の懐まで踏み込む。動作の溜めとか存在しない。僕に武術の心得はないので、これはただの推進力であることも忘れてはならない。

 

「ッ」

「まずは、発火布!」

 

 振るう。別に賢者の石と違って完全物質というわけではない隠者の石は、だからこそ思念エネルギーで意のままに操ることができる。賢者の石はそれそのものを思念エネルギーで覆って流れを変えて動かす、という荒業をやっているけれど、これは思念エネルギーそのものだから自在であると、そういうこと。

 ゆえに、まるで蛇腹剣のような軌道でたわんだ隠者の剣がマスタング大佐の手袋を切り裂く。同時、足元から出て来た鎖が彼の腰付近にある隠しポケットも貫いた。スペアの発火布が入っている場所だ。

 

 視界の左から、圧。風圧というにはあまりにも恐ろしいソレは、しかし影が防ぐ。

 

「やる気だね、アームストロング中佐。優しい君なら僕を殺せないとそう踏んでいたんだけど、何か心変わりがあったのかな」

「……以前の中将であれば、吾輩も迷っておりました。あくまで国敵のみを殺さんとするその姿勢。国防を軸に、民を守らんとする意思。──ですが、どうでしょうか。今のあなたがやっていることは、国に仇為す者達と何が違うというのですか」

「じゃあやってみるといい。豪腕の錬金術師。技術だけならトップクラスの、けれど突出した才能のない君が、さて僕に何を届ける!」

 

 地面から鎖が射出される。それを手甲で弾き、再度こちらに殴りかかる中佐。

 その拳を、腕をクロスさせて受け止める。

 

「!?」

「……いや、はや。流石と言わせてもらおうか。両足が義足の身で、よくぞここまでと。だけど──」

 

 弾いて、隠者の剣を限界まで引き絞る。

 敢えて必ず防がれるフラグのセリフを言いながら攻撃させてもらおう。

 

「空中では身動きは」

「させねぇ!」

 

 ほら、やっぱり防がれた。

 

 中佐に向かった隠者の剣は、グーの形をした石の錬成物によって弾かれる。

 エドワード・エルリック。真理も見ていない、母親を失っているわけでもない、ただ父親を追いかけるに過ぎなかった少年が──何故こんなギラついた目をしているのか。

 あ、ちなみにさっきの受け止めは賢石繊維ね。当然だけど。

 

「エドワード・エルリック。……何かあったのかい?」

「中尉に会って来た。……てめェ、人の命を何だと思ってやがる」

「ああ、そういう。じゃあアレかな。僕がクラクトハイトではないこともバレていたりする?」

「……それと、セティスさんとアガートさんにも会った。色々話を聞いたよ」

 

 こっちの質問には答えないで、そう続けるエド。

 お母さんとお父さんに会ったんだ。まぁ会うように仕向けはしたけど。

 

「アンタ、一体誰なんだ? あの二人から聞いた印象とアンタ自身が違い過ぎる。ホムンクルスってのも俄かには信じがたい。あの二人と共に居たレムノス・クラクトハイトと、大佐たちと一緒にいたレムノス・クラクトハイト。アンファミーユさんたちと一緒にいたレムノス・クラクトハイト。そして中尉に大怪我負わせたレムノス・クラクトハイトは、同一人物か?」

 

 ふむ。

 何かしらの確信はあるけど、まだ探り途中って感じか。ちょっと遅いかな。もうすぐすべてが終わるのに、まだそんな段階じゃあだめだよ。

 

 だから、答えをあげるとしよう。

 

 左腕の軍服をまくる。

 そこに、一つの入れ墨があった。

 

「コレ、見える?」

「……ウロボロスの、タトゥー」

「意味は知ってるかな。まぁ知らなくてもいいよ。ホムンクルスの証って奴でさ。──改めて自己紹介をしようか、()()の錬金術師、エルリック兄弟。僕の名はレムノス・クラクトハイト。憤怒(ラース)と呼ばれ、英雄と呼ばれ、悪魔と呼ばれ、そして両親を守るためだけに動くか弱い青年だ──以後、よろしく」

「そうですか」

 

 硬質な音が鳴る。僕の後頭部。いや、全身だ。

 踏みとどまることなんかできずにぶっ飛ばされる。ああ、少し懐かしいね。賢石繊維解いてなくて良かったよ。

 

「……やり過ぎだ、とは。もう言わないんだね、お父さん」

「レミー……」

 

 巨大質量があった。

 真っ黒い、未だに解析しきれていない何かの合金。地下通路も、天井も、全てを灰燼に帰す破壊の権化。

 けれど赤い雨は入ってこない。ふわふわと天井付近で浮いたままだ。

 

「大槌の錬金術師……それに、アガート・クラクトハイトか」

「お久しぶりですね、氷結の錬金術師。焔と豪腕の錬金術師さんは初めまして。そちらの兄弟もお久しぶりになりますか」

 

 思わず笑みがこぼれる。

 こういう時でも礼儀を欠かさないか。流石はお母さんだ。

 

「プライド、お願いがある」

「分断してほしい、でしょう? それくらいは聞いてあげますよ」

「え、何? えらく素直じゃん。デレ期?」

「食べますよ、アナタ。……親子の時間の大切さというものを、これを機に思い知っていただけたらな、というだけです」

「ああ、お父様僕に盗られちゃったからか」

「調子に乗るな、と言っています。──アイザック・マクドゥーガル以外は、要らないのでしたか」

「そうだけど、他の四人も扉開けるポテンシャルはあるよ。アームストロング中佐は性格的にやんないだろうけど」

「つまり生け捕り推奨と。はぁ、面倒な」

 

 ずぁ、っと影の壁が立ち上がる。

 それは僕とお父さんとお母さんだけを残し、他の人間を向こう側へ隔離した。

 音も聞こえない。流石、わかってるね。

 

「──さて、久しぶりだね二人とも。さっきのが嘘なのはわかっていると思うけど、一応聞いておくよ」

 

 本気でやりあう覚悟はできてる?

 

 言葉に、一歩踏み出したのがお母さんだった。

 

「当然です。今度はもう謝りませんよ、レミー。私は母親として、間違った道を行く貴方を連れ戻します」

「だな。お前は凄いんだよレミー。そのすごい力を、もっとマシなことに使え。こんな……大勢を巻き込むようなことじゃなく、さ」

「この全てが国防のためである、と言っても?」

「だとしても、やり方はもっとあっただろ。違うか?」

「違わない。僕はただ、近道を選んだに過ぎない。──竜頭の錬金術師、レムノス・クラクトハイト!」

 

 隠者の剣をしまい、翼を消し、じゃらりじゃらりと踊る鎖を地面から飛び出させて叫ぶ。

 

「今ここに至りて、僕を表す名はただこの一つのみだ! セティス・クラクトハイト、アガート・クラクトハイト! 叩き潰すか、押し通るか、それとも説き伏せるか! ()()()()()()だけではない理由を僕に見せて欲しい!」

 

 まくった左腕からウロボロスのタトゥーが消える。生体錬成でこんなの付けたり消したりできるんだよ。

 

 さて、さて、さてさてさて!

 

 錬金術の戦闘を始めよう!

 



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第九十三話 錬金術の禁忌「賢石浸透」&本気

 使い倒す勢いで、使い切る勢いで、賢者の石も隠者の石もフルで回転させながら鎖を振るう。

 対するは大槌。巨大質量の黒塊は、その悉くを弾き、迫り、地下を破壊する。

 圧巻。圧倒。お母さんの細い体のどこにそんな膂力があるのか、あるいは槌自体に仕掛けがあるのか。とかく勢いを止められなかった鎖の制御を一度手放して、賢石繊維で打撃を受け止める。

 

「……硬い。重いのではなく、強いのでもなく、硬い。レミー、少し前から使っているあなたのそれは、なんですか?」

「軍服の裏地に超絶硬いものを錬成して這わせてあるだけだよ」

「成程、では」

 

 消える。巨大質量だったはずの槌がふっと消えて、次の瞬間柄の長い小槌が僕の側頭部を捉えていた。

 ――相変わらずよくわからない錬金術だ。お母さんの錬金術は、本当に分からない。この合金も何の合成物かよくわからないし、あの質量を一瞬で消して、新たなものに錬成し直すことができた理由も理解できない。

 側頭部に打撃を食らったのだ。脳が揺れる。あるいは耳から血が出ているかもしれない。

 けれどそれも、すぐに治る。錬丹術だ。「おかしくなっているものを正す」のが錬丹術なのだから、脳震盪なんかは十八番に近い。

 

「……生体錬成、ではありませんね。昔私と戦った時の治癒術。レミー、あなたは昔から、幼いころからそうでしたね。錬金術を学ぶ意欲だけではなく、知るはずのないことも多く知っていた。まだ教えていない部分を独学で学びきっていました。――なぜですか?」

「何故! なぜときたか。流石だねお母さん、本当に素直だ」

 

 僕がなぜ、錬丹術をあんな幼い頃から知っていたのか。

 僕がなぜ、たった一か月で国家錬金術師に勝ち得たのか。

 

「だから僕も素直に答えよう。初めから知っていたからだよ、お母さん。僕はこの国の文字も、学問も、技術も! 生まれた時から知っていた! 知らないフリをしていただけだ!」

 

 長く伸びた柄に鎖を殺到させて、折る。よくわからない合金なのはハンマーの頭部分だけ。柄も知らない素材ではあれど、木材程度の耐久力しかないことは知っている。

 

 そのまま波のような鎖をお母さんへ殺到させれば――鎖はお母さんに辿り着く寸前で、花開くように彼女を避けた。

 まるでそこに膜か何かがあるかのように、だ。

 

「お父さんの錬金術も、つくづく意味わかんないよね。なんで国家資格取ってないの?」

「実戦には向かないからだ。対錬金術師想定の錬金術なんか、錬金術師が敵になる事態にならない限り意味がないだろ?」

「流体の錬金術師。あるいは対錬成物の錬金術師。ホント、国家資格が意味のないものだと思い知らされる」

 

 ただの監視目安なわけだし。

 それより、成程。

 これは斥力のようなもの、かな? どういう理論でどういう原理を使っているのか全く理解できないのは僕の知識不足にしても、なるほど流動する鎖を流体と捉えたか。血液を循環させ続けて死体を保持するとか、カリステムの弟子であるとか。

 

 ああ。

 

 いいな。だって二人は鋼の錬金術師に出てきていない錬金術師で、だから対策の取りようがない。僕が二人について知っているのは、僕が二人と共に過ごした時間で見たものだけ。それさえも自ら遠ざけたのだから、知らなくて当然なのだ。

 それがとても心地よい。

 

「いつからですか、という質問をしようとしていましたが、レミー。……最初から、なんですね」

「うん。最初からだ。僕は最初から、レムノス・クラクトハイトじゃあない。いや、レムノス・クラクトハイトという肉体であることは間違いないけれど、僕は四番目だ。お父さん、お父さんが繋ぎ止めた、四番目の魂だよ」

「……やっぱり、か」

 

 確証はない。

 だけど、そうであるという感覚がある。

 僕の前にいた三人の気配を、どこかで感じていた。

 

「それでも僕は、二人の子供かな」

「ええ、間違いなく。あなたは私達の子供ですよ、レミー」

「今更過ぎる質問をするなよレミー。――だから、お返しに俺からも今更過ぎる質問をする」

「何かな、お父さん」

「死ぬ気か。俺達を置いて」

 

 唇を噛み締めるお母さん。真剣な声のお父さん。

 まったく、どこからどうやって辿り着いたのやら。

 

「うん、そうだよ。二人とは永遠のお別れをするつもりだった。二人がここに来なかったら、本当に黙ったままね」

「……それが、俺達を守るための手段だ、っていうんだな」

「そこまで知られてるってことは、情報源も大体絞られるけどさ」

 

 僕がお父さんとお母さんを守るためだけに戦っていることを知っていて、僕が死ぬことまで知っている人物が誰か、など。

 

「それじゃあ、レミー。――俺が、こうしたら」

 

 お父さんの腕を鎖で掴む。

 彼の手にナイフが錬成される、その前に、だ。

 

「僕を止めるために自決、というのはナンセンスじゃないかな。お父さん、お母さんもだけど……僕が何で二人を守ると決めたのか。そのためにこんなことまでしたのか。その理由を考えたことはある?」

「勿論です。ですが、答えは出ませんでした。あなたが優しいから、なんて陳腐な答えでないことだけはわかります」

「……レミー。自分の行動がおかしいと自覚しているなら、戻ってきてくれ。今からでもいい。全力で、今度は俺達がお前を守るから、だから」

 

 確信する。

 二人はこんなこと言わない。ああ、だから、そうか。

 

 誰かが行方不明になった時、真っ先に疑うべきは最後の目撃者である。これもあまりにも今更過ぎる話だけど。

 

「――エンヴィー。余計な事をどれくらい言ったのかな」

「……全部だよ、全部。アンタがやろうとしてることも、アンタが誰と与しているかも、アンタが第五研究所でやってたことも、全部話した。ハハッ……命を助けてもらう代わりに、な」

 

 その声は、お母さんの腰のあたりから聞こえた。

 お母さんが取り出したるは、小瓶。原作のものにちょっと似ているけれど、あれよりも頑丈なつくりになっているもの。

 

「レミー。あなたはコレと接触してからおかしくなったのだと思っていました。ですが、最初からだというのなら、あなたはコレの存在も、在り方も知っていたのではないですか?」

「勿論だよ。人造人間……あの時僕とお父さんの錬金術実験を覗いていたホムンクルス。僕は勝手にお父様の蓋を使ったからね。目をつけられていたんだ」

「お父様……?」

「俺達ホムンクルスの親玉さ。いつの頃からか、コイツは俺達のお父様のことをお父様と呼ぶようになったんだ」

 

 エンヴィー。

 最小単位時の彼が、そこにいて。

 お母さんとお父さんと、そこそこ気の知れた仲であるかのように喋っていた。

 

 行方不明だったんじゃない。

 匿われていた、ってことだ。

 情報と引き換えに、かな。

 

「レミー。お前は、ホムンクルスじゃない。そうだよな? ラースだなんて呼ばれていたが、本当は違う。嘘を吐いているだけだ。だから」

「そう焦らなくても、僕のお父さんはアガート・クラクトハイトただ一人だよ。そしてその通り、僕はホムンクルスなんかじゃない。そもそも性格が憤怒(ラース)とは程遠い。どっちかって言うと怠惰(スロウス)だ」

「だったらなんで」

「都合が良いからさ。お父様と共に行動していた方が、僕にとっても、お父様にとっても都合が良かった。その時の呼び名がただ"お父様"だったというだけだよ。焦らなくていい。焦る必要はない。ね、エンヴィー。とりあえず一個目の作戦が失敗した気分はどうかな」

 

 僕の行動、僕の呼称。

 そういった部分から行う仲違い。彼の常套手段だ。

 

「……レムノス。アンタさ、蝙蝠だよな。誰の側にもつかない。いや、俺達にも、お父様にも、この二人にも他の錬金術師達にも寄り添うように動いて、真実誰も信用していない。なぁ、あの時言ったよな、レムノス。この二人が死んでもアンタは絶対に泣かない。情なんか欠片もないから」

「それが?」

「それが、親子って言えるのか? 親が死んで涙も出ない子供をさぁ。本当に親子だ、って」

「言えます。そして、レミーに感情がないわけではありませんよ、ホムンクルス」

 

 おや、思わぬところから援護射撃が。

 完全にエンヴィーの言葉に突き動かされている、ってわけでもないのか。ま、そうだよね。二人とも意思強いし。ただ隙間があったら揺さぶりにかかるのがエンヴィーだから、そこだけ確認したかったとかそんなところかな。

 

 隠者の剣を取り出す。

 

「お父さん、お母さん。――僕は二人を守りたい。だから、僕に負けて欲しい。僕の意思を覆したいのなら僕に勝って欲しい。初めに言った通り、親子であることだけじゃない――国家錬金術師として、アメストリスに生きる錬金術師として、僕という敵を打ち払って欲しい」

「はは……レミーの我儘は……どれくらいぶりだろうな」

「我儘を言う前に親元を離れてしまいましたからね。このホムンクルスのせいで」

「いやだからそれは俺のせいじゃないって!」

 

 ついでだ、翼も噴出させる。 

 賢石ドラゴニュートはお父さんみたいな不可視の手を持つ錬金術師相手には不利だからね。隠石天使の方が都合が良い。

 

「殺す気で行く。守りたいからって傷つけられないと思っていたら、大間違いだからね」

「そんなことは思っていません」

 

 出現するは――大槌。ホント、どういう錬成速度してるんだか。遅い速いの次元にない。文字通りの出現だ。

 だから、それが振り下ろされたり振り回されたりする前に、隠者の翼のジェット噴射で一気に詰め寄る。

 

「柄も錬成物ですよ、レミー」

「ッ、ぐ!?」

 

 顎に衝撃。何かにアッパーカットされた。何に?

 ――それは柄だ。ハンマーヘッドのない柄。お母さんの足元から生えてきているハンマーの柄に殴り飛ばされた。

 直後、背後に感じる風圧。これを直上へのジェット噴射で避ければ、柄が縮んで引き戻されるハンマーが僕のいた所を通り抜けていくところだった。

 

「その機動力のある間は、身体を固くすることはできない様子ですね」

「ああ、まぁ、思念エネルギーを使い過ぎるからね」

「つまり」

 

 お母さんが足を強く地面に叩きつける。

 直後、青い錬成反応が周囲一帯を照らした。

 

 出てくるは、ヘッドのない柄。無数の柄。

 

「大槌の錬金術師と呼ばれてはいますが、まさかそれだけが取り柄だと思っていないですよね」

「勿論!」

 

 突っ込む。

 再度突っ込む。生えて来た柄はどれもが鋭利に尖っていて、身体に刺さったらひとたまりもないだろうもの。そこへなりふり構わず突っ込む。――お母さんもまた、錬成を止める気配はない。良い。どっちも覚悟の上だ。

 全身に柄が突き刺さろうと、お母さんを斬る!

 

「国家錬金術師じゃないからって、あんまり俺を忘れてくれるなよ、レミー」

 

 突然体の速度が落ちた。空気の粘性が上がったらしい。

 ……斬る前に、刺される。

 

 だから隠者の石を全て思念エネルギーに解き直して、賢石繊維でのガードにシフトチェンジ。

 物凄い音と共に全方位からの突撃を受けて、けれど完全物質はこれを完全に防ぎきってくれた。

 

 最後に前方からの強い衝撃。ハンマーか。

 

 それで、元居た場所に戻される。

 

「……わかった」

 

 わかった。

 本気でやれ、ってことだと受け取った。確かに今まで本気じゃなかった。だってこんな大味な戦い方、僕のスタイルじゃないし。

 

 手を地面に付けて、円を描く。

 

「サンチェゴ――思念急流とかいう奴だ! 錬金術全部無効化されるぞ!」

「作らせなければいいだけの話でしょう」

 

 ハンマーが来る。

 それを、避けずに受け止める。

 

「ッ!?」

「これで」

 

 受け止めただけに終わらない。鎖でハンマーをがっちりと固定して、お母さんに肉薄する。重くなる身体はポケットから出した鉛玉五つで対応。大気そのものへの錬成反応を分解する。

 

「遠隔錬成――錬丹術か!」

「へえ、メイ・チャンから習ったってところか。でも、流石にね、お父さん」

 

 年季が違う。

 

 何か対応される前に、お母さんの首へと手を当てて。

 

 ――直後、お母さんが膝から崩れ落ちる。

 

「……セティス?」

「カ――ァ、ぅ……れ、ミー……!」

「セティス!? どうした、毒か!?」

「毒じゃないよ。むしろ健康なもの」

 

 背後でガチャン、ガチャン、ガチャンと三度音が鳴る。

 一個目は遠くに作ったままだからね。実はここに四つ目を作ることはできない。だから思念急流なんか出せない。エンヴィーの浅い知識を利用したブラフだ。おかげでお母さんが突っ込んできてくれたってわけで。

 思念急流が出せないだけで、それ以外はできるんだけど。

 

 鎖がお父さんに殺到する。

 お父さんは何かメモ用紙みたいなものをばら撒いて、そこから錬金術を発動しようとしたようだけど……流石に遅いかな。

 

「……親として。そして錬金術師として僕を負かす」

「レミー……」

「残念だよ。そして、おやすみ」

 

 ぽたっ、と。

 お父さんの皮膚に、その赤い水を垂らす。

 

「――こ、れ……は」

「うん。外で降ってる赤い雨。これに濡れたらどうなるかくらいは二人もわかってるでしょ」

「……くそ」

 

 意識が刈り取られる。

 赤は瞬く間に全身へと広がっていき、まるで卵のように二人を包み込む。

 

 僕の本来のスタイル。

 賢石ドラゴニュートでも、隠石天使でも、況してやサンチェゴによるごり押しなんかでもない。

 

 僕の原初は、ブラフだ。本気でやるならこうでなくっちゃね。

 

「助かったよエンヴィー。君が僕の錬金術に無関心で本当に助かった」

「……あっそ」

「それじゃ、プライド。こっちは終わったから、分断はもういいよ」

「そうですか。ああ、そしてエンヴィー。そんなところにいたのですね。矮小過ぎて気付きませんでした」

「……」

「ちなみにもう終わってる感じ? 余裕そうだけど」

「ええ。私には炎も氷も効きませんので、特に問題なく。一応全員生け捕り推奨ということでしたので、手足と口を縛ってありますよ」

「もしかして有能?」

「……アナタは私を舐め過ぎです。まぁ、エンヴィーやグラトニーのような不出来な弟達ばかりと接していたのなら仕方のないことですが。どうですか、レムノス・クラクトハイト。エンヴィー(ソレ)、要らないのであれば私にくださいませんか。少し小腹が空いているんですよ」

「ああ、ダメダメ。エンヴィーには大切な役割があるんだから」

「……あ?」

 

 疑問を上げたのはエンヴィーだ。当然プライドじゃない。

 何故彼が疑問の声を上げたのか。

 

 心当たりがあったからだろう。彼がここへ来る直前あたりに接触したもう一人のホムンクルスがしていた同じ言い回しに。

 

 大切な役割。大切な役目。

 

「……ラストと、何企んで」

「さぁて、なんだろうね?」

 

 ちょっと食い気味に。

 今頃グリードと戦っているだろう彼女へエールを送りつつ――帰路に就く。お父さんとお母さんはこのままでいい。どうせ誰も傷つけられないからね。

 プライドもずるずると退いていく。エルリック兄弟、マスタング大佐、アームストロング中佐、マクドゥーガルを引っ張って。これで彼らが画策していた外部での錬金術も終わりかな。

 

「つまらない幕引きでしたね」

「まぁ、そういうこともあるよ。なんでもかんでも面白い展開に、っていうのは難しいさ」

「そういうものですか」

 

 敢えて無視するのは、一人。

 一人――奥の方で縮こまっている、錬丹術の達人。

 

 多分彼女が、最後のピースだ。

 そして、天才錬金術師五人がそう簡単に捕まるとも思えない。

 外側と内側に引き込んで、はてさて、どれほどか。

 

「楽しそうですね」

「うん。ま、これで確実にお父さんとお母さんは守れるからね」

「……意味わかんねえ」

 

 全ては順調、ってことで。



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第九十四話 錬丹術の応用「信号」

 それは数時間前にまでさかのぼる。

 集まった錬金術師と錬丹術師。全ての情報を重ね合わせ、弾きだした一つの答え。

 

「……ま、しゃーねえ。俺達が内側にいけば、目印として機能するんだよな?」

「はイ。五人で、丁度でス」

「ならば最後の起動は彼女にやってもらうしかないだろう。問題は、敵が私達を殺さずに持ち帰ってくれるかどうかだが」

「俺は確定で人柱とかいうものになっている。お前たちは候補者らしい。恐らく殺されることはない」

「人柱、ね」

 

 エド達の用意した大掛かりな錬成陣──それは、レムノス・クラクトハイトが稀に使うノイズと呼ばれるものによく似ていた。いや、錬丹術を汲んでいるのだから、クラクトハイトのそれが錬丹術に似ている、というべきだろう。

 ある一定距離まで近づくと錬金術が使えなくなる、という状況にあるセントラルで、その範囲外ギリギリから「内側で起こる錬成反応を全て無効化する」という、ある種二重円の錬成陣を作り上げることにしたのだ。

 そしてこれの起動には、流れの噴出口を中央におく必要がある。錬金術封じは錬丹術には効かないとわかっているから、それさえ設置してしまえばこれから何が起ころうと全てに対処できる。

 

「問題はどうやって中央に辿り着いたことをメイに伝えるか、だな」

「拘束は、多分されちゃうだろうから……蓄積錬成も範囲内に入ったら消えちゃうし」

「何とか抜け出して錬金術ではなく銃声をあげる、というのはどうだ?」

「距離的にキツいだろう。それに、仮に地下に連れていかれるとしたら尚更だ」

「ふむ。では、こういうのはどうですかな。技術的にできるかどうかはわかりませぬが……」

 

 アームストロングの出した案。

 それは、彼がクラクトハイト隊にいたからこそ思いつくものであったと言えるだろう。

 且つ。

 

「それなら、いけまス!」

「おお。それでは──」

「んじゃ、いっちょ一芝居と行きますか! 完全無抵抗だと怪しまれるから、一応ちゃんとぶっ倒す気で行くけど、いいよな?」

「クラクトハイト本人が出てくるとは限らないがな。アイツは恐らくこの全貌の掴めない計画の要にいる。そんな要人を最前線に送り込むかどうか」

 

 そこへ、「いいえ」という凛とした声がかかる。

 

「だからこそ、私達が行きます。私達が出向けば、レミーは出て来ざるを得なくなる。ただし、あの子は私達と戦いたがると思います。ですから」

「仕込みを任せるなら俺達にやらせろ、ってな。アンタ達はあくまで陽動に徹してくれよ」

「……いいのか、自分の子だろ」

「いいかどうか、悪いかどうかはわかりません。ですが、その行いの行きつく先が──私達にとって悲しいものであることだけはわかります。なら、これは私達の役目です」

 

 クラクトハイト夫妻。

 レムノス・クラクトハイトの両親もまた、ここに来ていた。

 

「……よーっし! これ以上考えてても仕方ねえ。決行するぞ!」

「応!」

 

 さて、作戦は──。

 

 

*

 

 

「……錬丹術による遅延錬成。いや、感圧式錬成陣か。考えたものだね。ただ、残念だ。僕の手の内を知らな過ぎた」

 

 エドのポケットに入っていたソレを抜き出して、感心する。

 そういう使い方もあるのか、と。ま、仲間というものが少ない僕には無用の長物だったわけだけど。

 

「この錬成陣が握り潰されるなりして破壊された瞬間、噴出口が破壊されたことが外にいる錬丹術師へ伝わり、君達が指定の位置についたことが伝わる。僕は流れにばかり着目していたけど、噴出口にそういう使い方があったか。成程、今更だけどいい知見だ。流石はメイ・チャン。あるいはみんなで知恵を出し合ったのかな」

「その紙。全員が持っている可能性は?」

「大いにあるね。ただ別にここは中心じゃないから、今握り潰された所で特に問題はない。プライド、一応精査だけはしておいて。君、厚みがないからどこへでも入っていけるでしょ」

「……まぁ、適材適所ですか。いいでしょう」

 

 既に流れのできている錬丹術を持ち込ませて、その流れを断つことで合図とする。

 面白いなぁ。ああ、やっぱり本場で習ってみたかったなぁ、錬丹術。

 

「さて──これで万策尽きたかな? それともエンヴィー、君になんか仕込んであったりする?」

「……さぁね」

「一応これは見つけているけれど」

 

 それは、僕が隠者の剣で突っ込んだ時、粘性の高くされた大気から入り込んだと思われるもの。髪と服に入り込んでいた錬成陣は、()()()()()()()()()()とでもいうべきものだった。原作で実物を見たわけじゃないけど、マルコーさんが使ってたやつね。

 解読した感じ、お父さんが描いたものっぽい。ずっと研究してたんだね。

 

「……ッ」

「策と、次善策。そしてどっちもが失敗した時の保険策。最低策は三つ用意するものだ。そう考えたら、やっぱりエンヴィー。君に何かが仕込まれていると考えるべきだけど──」

 

 ズシン、と。また大総統府周辺が揺れる。中央司令部本部でも混乱が起きているようだけど、鎮めに行く人がいないから混乱はまだまだ続くはずだ。

 

「何が仕込まれていようと、食べてしまえば消えますよ」

「だからダメだって。エンヴィーの同化能力は必要なんだよ。ああ、まぁ、僕に利用されたくなくて自決、っていうのは別にいいけどね」

「しようとしたら瓶ごと食べます」

「グラトニーを食べたわけでもないのに、なんでそんなお腹空いてるの?」

「あなたにはわからないと思いますが、今仕事を終えて眠りに入っているスロウスを引っ張ってくる、という作業をしているんです。それ以外にも色々やっていますから、消費が激しいんですよ」

「あー。まぁ大半のホムンクルスが離反したから、全部の仕事が君に来ているってことか」

「ええ」

 

 それはご愁傷様であるが。

 

「……それこそ、それだよ。アンタ、ラストと何を企んでるワケ? 何の繋がりがあるんだよ」

「企んでいるというより、取引をした、が正しいかな。お父様のためになることだから、ラストもすんなり頷いてくれたよ」

「答えになってねーよ。……プライドも、なんでレムノスと仲良しこよししてんだよ。嫌いなんじゃなかったのか?」

「嫌いですよ、今でも。ですが、お父様の計画が最優先でしょう。そのために動くのであれば、誰と共にあっても特に不満はありません」

 

 と。

 エドが口をもごもごさせているのが見えた。プライドに促して、彼の口だけ解放してもらう。

 すると。

 

「そのお父様ってのがクソ親父を不老不死なんてものにした奴だな!?」

「ん、ああ。そうだよ。ヴァン・ホーエンハイムとお父様は友であり家族であり仇敵だ。でも、面白い言い方をするものだね。クセルクセスで彼の地の民を自らという賢者の石にしたのは、その指示を出したり陣を引いたりすることに加担したりしたのは、お父様だけでなくヴァン・ホーエンハイムも同じだっていうのにさ」

「……まるで見てきたように言うんですね」

「プライドは、そうか。その後生み出されたんだったね。だから直接見てはいないのか」

 

 まさかプライドから射撃があるとは思っていなかったけど、まぁまぁ乗り過ごせただろう。

 プライドからもエンヴィーからも目線が鋭くなったあたり、お父様のクセルクセス時代のことはあんまり話して貰えてないのかな。

 まぁでもそうか。お父様、若お父様になる前は昔話とか聞かれてもしないくらい無気力だったわけだし。

 

「クソ親父はンなことしねえよ! できるはずねえだろ!」

「初めて必要とされた──そして段々と上がっていく自らの価値は、どれほどの聖人であっても酔いしれ行くものさ。なんせ彼は元の出自が奴隷。奴隷二十三号。主人に買われ、名すら付けられず、許可も取られず錬金術の材料にされるような身分の彼が、間接的とはいえ王から意見を求められるにまで至ったんだ。彼の世界はただそれだけだったんだから、疑う心を持てなかったのは致し方のないことではあると思うけどね」

「……ほん、とうに……見てきたみてぇに言うじゃねえか。アンタ、そうだ、アンタは結局なんなんだ。レムノス・クラクトハイトなのか。あの二人の子供のレムノス・クラクトハイトは、どこへ」

 

 ふむ、と。

 わざとらしく顎に手を当てる。プライドの遮音は完璧だったから、その辺の説明をもう一回するのもアリではあるけど、未だこのままの方が面白い。本物のこともあるし。

 

「レムノス・クラクトハイト。少なくとも国家資格を取ったのは彼だよ」

「……嘘だろ。まさか、そんな昔から……」

「子供一人がちょっと様子おかしくなったって誰にも気にされないからね。それとも何かな、エドワード・エルリック。当時の僕のような幼子がイシュヴァール人なんて民族一つを殲滅できると、本気で思ってる?」

「……思ってねぇ。やっぱりそこからおかしかったのか。ただの子供にそんなこと」

 

 何かが飛来する音を聞いて、咄嗟に隠者の剣を出す。

 プライドも縛り上げている全員を下がらせて──瞬間、大総統府の壁に大穴が開いた。

 

「なんっ!?」

「……砲弾? ブリッグズの戦車かな?」

「否」

 

 錬成反応が走る。

 おかしいな。錬金術封じは発動しているままなんだけど。とりあえず隠者の剣で──あ、いや、やばいこれ。

 

「儂こそが、鉄血の錬金術師バスク・グランである!!」

 

 瞬時に錬成される兵器群。その中には機関銃なんてものまである。

 

「世話が焼けますね」

 

 それらが一斉放射される直前、僕を影が包み込んだ。いや、いや、ナイス過ぎ! 味方……ではないけど、仮の味方だとこんなに頼もしいのかプライド!

 

「助かった」

「構いませんよ。今アナタに死なれると父が困りますから。……それで、彼は何故錬金術を?」

「今解析中!」

 

 再度地面で錬成されるそれを避けながら、走る錬成反応の色を見る。

 どうみても青だ。賢者の石や隠者の石を使っているわけじゃない。じゃあなんだ。何故彼は錬金術を使えている。

 

「見損なった、とは言わん。貴様があの時と同じ"愛する者"であることはわかる。なれば、この奇特なる現象も全て愛する者がためなのだろう」

「……グラン准将。変わりませんね、あなたは」

「人はそう簡単には変わらぬ。──惑わされるな、若き錬金術師たち! この男はレムノス・クラクトハイト! 親元を離れ、親を守らんとするがために国敵を滅ぼし続けた愛する者なり! 誰の目を騙そうと、儂の目は騙せはせん!」

 

 ……グラン准将。

 できればこういう形で相対したくはなかった。けど、そうだよね。僕が情報を与えてそれを調べていたわけで。その僕がその調べられる側に入り込んだんだから──そうなるか。

 申し訳ない。

 恩のある人だとは、多少思っている。だけど──必要のない存在だ。扉を開けるタイプにも思えないし。

 

 だから、斬り伏せさせてもらう。

 隠者の翼をブーストに、一気に肉迫し。

 

「来たぞ! 今だ、マルコー大佐!」

「ッ!?」

 

 その名が今出ると思ってなくて、動揺した。マズい、ブラフにせよ本当にせよ──突っ込む以外の選択肢がもう無い!

 

 ぬぅと死角、グラン准将の背後から伸びてくる皺くちゃの手。

 纏う錬成反応は、まさか錬丹術!?

 

「成程な。これは確かに世話が焼ける」

 

 声。

 瞬間、目の前にいた二人が消えた。

 

 ……あっぶな。

 だから僕、拠点防衛型の錬金術師なんだって。何度自分を諫めたら気が済むんだ。隠者の剣も賢石纏成も、最終手段だってこと忘れるなよ一々さ。

 

 そして。

 

「……な、んで」

「恩は売れたかね?」

「ああ、助かったよ。丁度僕が憤怒(ラース)じゃないってバレたところだったし」

「はっはっは、実はタイミングを見計らっていたというのはある」

「じゃあその恩買わないでおくね」

 

 錬成反応が走る。

 ……マルコー大佐もグラン准将も、怪我が消えている。錬丹術か。

 いやホント、いつの間に。

 

「なんだって、大総統とアンタらが同じ側にいんだよ!?」

「茶番だからだよ。クーデター宣言。あれは僕に注意を引くための茶番だ。外側に目を向けさせないための。そして周辺諸国がここぞとばかりにアメストリスを狙ってくることを狙った茶番」

「ラース、説明が面倒です。見せてあげたらどうですか」

「そうか、もう隠す必要はないのかね。あれだけ用意周到に手回しをしていたというのに」

「グラン准将のせいで全部バレちゃったからね。いやぁ、いつの時代も策ってのは上手くいかないものだよ」

 

 何のことかわかっていない一同の前で。

 彼、僕に大敗を喫したはずの人質──キング・ブラッドレイはその眼帯を外す。

 

 そこに、左目に確と刻まれたウロボロスの紋章を見せる。

 

「……!」

「諸君、改めて、ということになるが。私が人造人間(ホムンクルス)憤怒(ラース)だ。そこな男は偽物。ただの人間ということになるな」

「この……国の、トップが、ホムンクルス……!?」

 

 さて。

 いろいろなものが色々台無しになったわけだけど、そろそろ大詰めではある。

 

 解析も、完了した。

 

「グラン准将。あなたのそれは、意図的に錬成エネルギーの汲み上げを直下ではなく遠くから行っているんだね。これは流れの理解があってこそできる話……誰に錬丹術を習ったのかは知らないけど、脱帽だよ」

「習ったのではない。──これだ」

 

 そう言って彼が見せてきたのは、ボロボロのノート。

 見覚えのあり過ぎるそのノートは。

 

「……それは、僕が回収したはずだけど?」

「ああ、血眼になってそれを探していた貴様を思い出し、再度あの周辺を儂も捜索した。そうして見つけた、というわけだ」

「二冊目……なんて、まさか、そんなことがあるとは……いや、おかしくはない、か」

 

 二冊目。

 同じようなノートに、適当に開かれたページに載っていた文章。遠目で見てもわかる。

 アレは、傷の男(スカー)兄のノートだ。

 

「国土錬成陣。正負の流れ。この国のものではない錬丹術……そして貴様と行動を共にしたマルコー大佐による証言。繋がるものが多くあった」

「そりゃ、多いだろうね。僕もある程度それを参考にした錬丹術を使っているし、錬金術の効率化もそれを参考にした。……ああ、本当に嫌になるな。あの天才、まだ僕の首を絞めてくるんだ」

 

 でも、もういい。

 タネが割れたらどうということはない。僕は真正面から彼を打ち破った。それを誇りに思わなかったことは一度もない。

 

「ラース。マルコー大佐だけ残してほしい。──グラン准将は、いいよ」

「私はお前の小間使いではないのだがね。まぁ、よかろう」

 

 踏み込みも何も見えない。

 来る、と思ったのだろう。グラン准将は身構えて、けれど次の瞬間には血だらけになっていた。

 

 目を瞠る一同。最速名乗っていいと思うんだけどね君。

 

「ぐ、ぉ……!?」

「殺すかね?」

「ううん。これで終わりだから」

 

 垂らす。

 賢石浸透。赤い雨の成分を、倒れ伏す彼へと。

 その間にプライドがマルコー大佐を縛り上げた。

 

「要らないのに殺さないのは何故ですか?」

「僕も君達もいなくなったアメストリスで、人間の指導者はいた方が良いでしょ。マスタング大佐やアームストロング中佐は若すぎるし、アームストロング少将は錬金術への理解が浅い。適任だよ」

「成程。どうでもいい話でした」

「そりゃホムンクルスにとってはね。それじゃ、プライド。その六人を地下へお願い」

「私もあなたの小間使いではないのですが」

「お願いします、プライド兄さん」

「兄でもありませんが。……くだらないやり取りをしました。わかりました、いいですよ」

 

 OK。あとはメイ・チャンくらいかな、不確定要素は。

 ──それじゃ、最後の最期と行こうか。



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第九十五話 錬金術の朧深「鍵式惑星錬成陣」

※朝にも投稿しています。まだの方はそちらからどうぞ


 結果として。

 引き分けだった。最強の矛と最強の盾の戦いは。

 

 生体パーツを貫き、地面へと繋ぎ止めるラストの矛と。

 その上で硬化し、彼女を動けなくさせたグリードの盾。

 

「……こんな結末がお望みかい、姉ちゃん」

「ええ。全ては計画通り」

「そろそろ全てを話してくれると助かるんだがな。計画計画って、ちっとも内容が見えて来ねえ」

「ホムンクルス並みの賢者の石が二つ、一か所にいること。それが彼からの条件よ。そして私からの条件はただ一つ」

 

 赤い雨。

 赤い雨が──ラストを包み込み始める。グリードを刺し貫いたまま、少しずつ。

 

「私達に、一つだけでいいから、可能性を残すこと。再生能力のない、ただの人間と同じになってでも──()()()で生きていけるように」

「……わかんねぇよ」

「ええ。これはただの、私のエゴだから」

 

 そう。 

 そう言って、ラストは赤く固まった。グリードを組み伏せたまま、そのまま。

 

「……女に押し倒される、っつったって姉ちゃんなのがな。はぁ、また面白みの無ぇ……いや、どうせもうすぐ終わりか」

 

 月日は。

 

 

*

 

 

 スライサー兄弟は音を聞いた。

 トン、という、誰かがこの物見台に降り立った音を。

 

「何用かね? ここは私達の持ち場なのだが」

「いえ。……ここの者は、アナタを含めて生き残れない。そう聞きました」

「相違ない。それを聞いてここに来るということは、自殺志願者か?」

「似たようなもの、なのでしょう」

 

 直接のかかわりはほとんどない。

 ただ、同じ者の部下である、というだけ。

 

 そこにいたのは──ゾルフ・J・キンブリーだった。

 

「どうやら私は壊れてしまったようでして。この不要な感情を抱えて生きていくくらいなら、ここで美しい音を奏でていた方が幾分か気も紛れるというもの」

「ふむ。何やらよくわからないが、クラクトハイトは承知しているのか?」

「していないでしょうが、関係ないでしょう。元よりビジネスパートナーでしかありませんでしたし、彼の情は両親のみに向けられている。私がいなくなることは誤差ですよ」

「そうか。──ならば存分に力を揮ってもらおうか。流石に()()()は、私の手にも余る。クラクトハイト曰く連絡すれば壁を立ち上げると言っていたが」

「必要ありません。ああ、ただ、巻き込む自信しかありませんので、私から離れて戦ってください」

「承知した。私も間合いに入られたら無意識に斬っている可能性がある。無為に近づくのはやめておけ」

「では、はい。お互い様ということで」

 

 キンブリーは、自嘲気味に笑う。

 情。情だった。

 クラクトハイトは理性だと言ったが、違う。キンブリーは情を抱いてしまっていたのだ。同じ隊の面々に。それが──どうにも、理解不能で。

 このままあの場にいれば、いずれ自身が使い物にならなくなる。敵と相対した時に全力を揮えない兵士に何の価値がある。価値も、信念も、貫き通せないのであれば。

 

 だから、死にに来た。

 最期の最期、シンの精鋭からアメストリスを守って死ぬ。そのために。

 

「さて、兵士は兵士の仕事をするとしましょう。安全など私には不要ですから」

 

 信念。

 今、キンブリーを動かしているのは、ただそれだけである。

 

 

*

 

 

「さて、今日が約束の日だ。レティパーユ、アンファミーユの調子はどうかな」

『変わらずです。そういえばグリードさん、スライサー兄弟と連絡が取れなくなりましたが、大丈夫ですか?』

「その辺は織り込み済みだから大丈夫。それじゃあさ、最後の挨拶になるから、アンファミーユに繋げてくれる? 僕からのは全部強制切断されるんだよね」

『……問います、所長』

「なにかな」

『本当にあなたは生き残らないつもりですか。本当に私達を置いていくつもりですか』

「なに、寂しいの?」

『はい。素直に言いますと、はい、です。私は……第五研究所での日常が好きでしたから。アンファミーユと所長、スライサー兄弟がいて、時折第二号が上がってきたり、第三号……グリードさんのような方が現れたり、CCMに上がって博物館を見たり』

「僕とスライサー兄弟がいないこと以外はまだ続けられるよ」

 

 ま、欠けがある時点で嫌、という話なんだろうけど。

 ……それは、過分だよ。僕にとっても。

 

『繋げました。切られてはいないですが、返事はありません』

「うん。それでいい。アンファミーユ、久しぶりだね」

『……』

「言っておくことが一つあったと思ってさ。僕、君といるのは別に苦じゃなかったよ。申し訳ないけど、好き、という感情は……もう使いきっちゃっててさ。君は勘違いしているかもしれないから言うんだけど、僕別に両親が好きで二人を守っているとかじゃないんだよね」

『……ぇ?』

「いつの頃からかなぁ。アンファミーユと出会う前からかもしれないけど、僕は周囲に来る人間の一切を信じられなくなった。色々あったんだよね。悪友みたいな部下が、あっさり殺されたり。真面目と不真面目な部下が、なんでもなく裏切ったり。立場を選べない素直で不真面目で真面目な少年が、当然のように裏切ってきたり。……信じられなくなった、は嘘か。僕は元々誰も信じていなかった。だからこそ、お父さんとお母さんを守る、という()()()()を維持することで、人間を演じ続けるトリガーにした」

 

 あの二人が好きだから守っているわけじゃない。あの二人を愛しているから守っているわけじゃない。

 あの二人を守っている、という楔がないと、僕は僕でなくなる自信があったから、ずっとずっと守っていた。

 

 守っているから大丈夫と言い訳してきた。

 エンヴィーの指摘は図星も図星だったんだ。あの二人が死んでも泣けない。そりゃそうだ。あの二人に対して何も思っていないんだから。

 

「レムノス・クラクトハイト。僕はそもそも普通の生まれじゃない。生き返ったって話じゃないよ。そうじゃなくて、僕は──違う世界からやってきた存在だ。そうだな、敢えてこの世界風に言い方を合わせるなら、扉のムコウからやってきた存在だ」

『……どう、いう』

「詳しいことを話す気はない。ただ僕は、ムコウ側で愛情を使い果たしている。使いきっている。だから君どころか、誰を相手にしようと愛することができない。君達を情報としてしか見ることができない」

 

 それは本当にパーソナルな部分であり。

 僕がまだこの世界を鋼の錬金術師の世界、だと捉えている証左でもあり。

 

 今更語るべくもない。知りたければ妄想すればいい。

 

「ゆえに、僕は君を愛せない。はっきりという。好きじゃないんじゃなくて、好きになれない。君の夫としての務めを果たせない。そして、僕は君達の上司にもなれない。部下への愛情さえもない。僕は君達の同僚にもなれない。仲間としての情もない。繋がりは弱点であるとしか見ることができないし、人間関係とはしがらみであるとしか考えられない」

 

 僕が普通の人間であるものか。

 一般的な感性などしているものか。日本人がただ修羅道に落ちただけなど、口が裂けても言えることじゃあない。僕なんかが一般人と肩を並べるなんて烏滸がましい。ちゃんと劣った存在だ。

 

 だから。

 

「僕から君にしてあげられることは、一つもない」

『……』

「だけどもし、僕から君にお願いすることがあるとすれば、ただ一つだけだ」

『……そ、れは』

 

 それは。

 

「覚えておいてよ。僕がいた事。僕という誰かがいた事。僕という何かが喋っていた色々。くだらないことも、最低なことも、酷いことも悪いことも理解し得ないことも理解しがたいことも。なんでもいいからさ。僕がいた事をちゃんと覚えておいて欲しい。竜頭の錬金術師、なんてパッケージは誰でも覚えていられるだろうけど、レムノス・クラクトハイトの内情を覚えていられるのは君達くらいだろう」

 

 あるいはお母さんとお父さんでさえ、その核心に触れることは無かったのだから。

 

「僕はいなくなる。君達の前から消える。だから、君達は、ただ忘れないでいてくれたらいい。それで、それでも鬱憤が晴れなかったら、とことん呪えばいい。憎めばいい。怒ればいい。拗ねればいい。僕も君がそうしている様子を夢にでも見ておくことにするよ」

『……なら、一つだけ、いいですか。私からも』

「ん」

 

 ようやく言葉を交わしてくれる気になったらしい。

 キメラ・トランシーバー越しだけど、こっちに向き直ったような音が聞こえた。

 

『ありがとうございました。私を救ってくれて。あなたは利用する気しかなかったのだろうけれど、私は勝手に感謝しています。私と結婚してくれてありがとうございました。あなたには何の情もなかったのだろうけれど、私は勝手に感謝しています。──私はあなたに出会えてよかった。呪わないし、憎まないし、怒らないし、拗ねません。ただ、感謝をし続けて、絶対に忘れないようにします』

「そうかい。それは、どういたしまして、かな」

『もう一度言います。ありがとうございました。──ありがとう、ございました』

「うん。元気でね」

 

 切れる。これはアンファミーユとの通信が、だ。

 レティパーユとは繋がっている。

 

『やればできるじゃないですか』

「君さ、情緒育ち過ぎというか、もう誰? って感じだよね」

『記憶がかなり戻りましたので。それより、所長』

「なにかな」

『私からも礼を言っておきます。賢者の石にされる、ということ自体がイレギュラーであり、なんなら所長によって行われたことである可能性も否めませんが、あの嵐の海の中から私を掬い上げてくれてありがとうございました。おかげで生き返ることができて、おかげでアンファミーユと出会えて、おかげで──恐らく生前は感じていなかった、生きる楽しみを覚えました』

「君さ、名前はあったりする? 思い出せてる?」

『はい。でもレティパーユでいいです。太陽に一番近い名を受けた兄と、最も大きな名を受けた私。兄は残念ながら爆発四散したようですが、私がそうならなかったことを喜びます』

「……僕がいなくなったら、アンファミーユとかに明かしても良いからね、名前」

『今この名前が気に入っていると言ったのが理解できませんでしたかタコ野郎』

 

 情緒というか、口が悪くなり過ぎたね。海の無いアメストリスでタコ野郎なんて語彙が出てくるのも謎過ぎるし。

 

「託すよ、全部。君、多分最年長でしょ」

『グリードさんよりは下です』

「そりゃ誰だってそうだって。……じゃ、元気でね」

『はい。息災で』

 

 通信が切れる。

 ありがとう、か。

 

 過分過分。

 話し終えたので、あとは地下に向かう。

 

「別れは済んだかね?」

「うん。あ、話聞いてたりした?」

「いや。家族との話し合いだろう。私は何も聞いていない」

「そこまで理解があるなら自分の子供達にも向けてあげればいいのに」

「……そうだな。少しくらいはそうするべきであったと、今更ながらに思う。そして、その機会はまだあることも知っている」

「ありゃ、ラストと取引したの知ってたの?」

「エンヴィーがな。余程私とオマエを仲違いさせたいのだろう。嫉妬。それに尽きるが、聞いてもいないオマエの秘密を全て教えてくれたよ」

「切り離した分愛してあげなよ? そのために一個分残す、なんて面倒な処理描き加えたんだからさ」

「……ああ」

 

 で。

 

 ここには今、確定人柱七人と、人柱候補五人がいる。

 イズミ・カーティスの捕縛は簡単だった。シグ・カーティス達が赤い雨でやられていたからね。そこをプライドがガッと。

 

 というわけで、奇しくも十二人の人柱たる素養の持ち主がいるわけだ。

 

 そして、プライドと、ラースと、小瓶に入ったエンヴィーと。

 お父様と僕が、真ん中にいる。

 

「始めるぞ」

「うん。始めよう」

 

 始める。

 

 

*

 

 

 日蝕に差し掛かるより前に、全てを通していく。

 

 お父様の身体から溢れる赤き錬成反応が地中を走っていく。それはスロウスの開けた正円であり、全ての要となる一つ目の錬成陣。

 アメストリスに敷かれた国土錬成陣が、光を放つ。けど、誰も騒ぎはしない。国民のほとんどが赤い雨に濡れて意識を失っているからね。

 ブリッグズ兵も同じだ。セントラルに近づけば近づく程雨量は多くなるから、それでやられたんだろう。やられてなかったらご愁傷さまだ。

 

「レムノス」

「うん」

 

 合わせて僕も四つの錬成陣を起動する。

 アエルゴ、クレタ、ドラクマ。走る錬成エネルギーは青。賢者の石は未だ使っていない。これはただ繋げるためのエネルギー……つまり流れを作るためのエネルギーであって、錬成作用が必要ないからだ。

 一つ目、レティパーユのいるところ。つながった。

 二つ目、アンファミーユのいるところ。つながった。

 三つ目、グリードとラストのいるところ。つながった。

 四つ目、魂定着をしたバリーのいるところ。つながった。

 

 そして僕の下へ帰ってくる錬成エネルギー。これを、今度はお父様に明け渡す。

 僕から最も遠い位置にある錬成陣からは、しっかりと二つ分の思念エネルギーが折り返してきた。ラストはしっかりやったらしい。

 

 同時進行で四つの錬成陣にいるみんなから思念エネルギーが放出される。必要なのは思念エネルギーを放出できるかどうかであり、その精度は関係がない。

 僕の仕事にミスがなければ、四つの錬成陣は完璧に起動したはずだ。だから、遠隔錬成で彼女らの体内に仕込んでおいた賢石の錠剤を割る。賢石浸透。これにより、バリー以外の三人は内側から賢石に包まれ、動けなくなる。

 多少はパニックになっているかもしれないけど、ごめんね。あらかじめ言っておくと排出しようとする可能性があったからさ。

 

「む、ぅ……!」

 

 僕から繋げた四つの錬成陣の力。

 それがお父様によってリオールの方へ一直線に伸びていく。

 カリステムが拠点としていた場所。あそこを急所だと言ったのは、文字通りの話なのだ。

 この鍵を完成させるための首。それがリオールだった。けど、それも排除してある。だからスムーズに繋がる。

 

 スライサー兄弟へと。そして、多分自分から行ったのだろうキンブリーの下へと。

 錬成エネルギーは敷かれた陣を通り、「」を描き出す。

 

 同時、世界各地に敷き詰められた生体人形(リビンゴイド)がその命を散らしていく。彼ら彼女らは贄だ。扉を開けるための、竜頭を回すためのエネルギー。赤い雨に存分に濡れた彼らを用いて。

 

「──今! ここに、真理の扉を開く!!」

 

 初めは賢石にしようとしていたけれど、思念エネルギーを集めるなら隠者の剣の方がいいのでそっちに変えた。

 吹き飛ばされないように翼も出して、そこ。

 

 中心に、剣を突き立てる!

 

「ぅ、お!?」

「なん……」

 

 瞬間、開くのは人柱たちの扉。

 そして人柱候補の腹にも、微かに扉の目が見える。開いてなくても真理の扉は存在するからね。十二の反発がはじまり、お父様がより一層の力を込める。

 

 その間に僕は隠者の剣をガチャンと回転。

 作成が始まるのは巨大なサンチェゴだ。僕の担当する四つの錬成陣の下部に、巨大な機械時計が生成されはじめた。

 

「"遺脱"」

 

 隠者の剣を持つ右腕をパージ。

 賢者の石を右腕の形にして、お父様の前まで行く。

 

「……さようなら、レムノス・クラクトハイト。お互いに目指すところは違えど、良い結果を得られることを望んでいるよ」

「うん。お父様も元気でね。フラスコの中の小人から──そのフラスコを割って、真理と神と世界をその掌中に!」

 

 錬成。 

 ただの錬成だ。お父様によってノーモーションの錬成が行われる。ただ僕を、高く高くへ押し上げる錬金術。

 パージした機械鎧の腕には遅延錬成が刻んであるから、アレはあのまま機能しつづける。

 だから僕は空へ。空へ空へ。

 

 全てを見渡せる場所へ。



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第九十六話 錬金術の神智「円」

朝、昼にも投稿しています。まだの方はそちらからどうぞ


 空から世界を見渡して、わかる。

 ちゃんとすべてが上手く行っていることが。

 

 赤い雨は西から東へアメストリスを横断した。その雨は、一滴たりとも国外へ出ていない。

 つまり、「」の形になっているのだ。赤い──賢石の水が、全て。

 

「……やっぱりすごいな、賢者の石は」

 

 独白。

 この距離からでも見える錬成反応の赤い光。どこかおどろおどろしく、どこか美しく。

 

 寒さから吐く息が白くなる。呼吸は、まぁ平気だ。

 高所訓練は散々積んだ。

 

 空を見上げれば、もう少しで日食が起きるのがわかる。

 日食。日蝕。太陽の蝕まれるその瞬間が、もうすぐ。

 

 足場から抜き出すは、竜頭剣。相棒だ。短い短い螺旋剣。

 引き抜き錬成、なんて呼んでいたっけ。懐かしいな。

 

 あとは、日食のタイミングで、これを柱に突き刺すだけでいい。

 四つの巨大サンチェゴは完成している。流石に見えないけれど、レティパーユもアンファミーユもグリードもラストも眠りに就いていることだろう。お母さんの証言が正しければ、捕まったままのグラトニーも、さっきようやく持ってこれたらしい地下のスロウスも。

 

「すべてが揃うよ。今、全てが。……キンブリー。これは、僕からの労いであり、給料だけど。──ありがとう。君のそれは、壊れたわけじゃない。どちらかというとズレていたのが直りかけているだけだと、そう思うけどね」

 

 遠く。

 蠢きさえ見えるシンの集団と戦う二つへ向けて。

 

 ──隠者の翼による衝撃波を放つ。

 それにより、飛来してきていた苦無五つが弾かれた。

 

 ごめんね、メイ・チャン。

 最後の最後の、本当に苦肉の策での抵抗だったんだろうけど。

 想定済みだから。

 

 さぁ──時計を調整する時間だ。

 

 

*

 

 

 開く。

 地の門が開く。呼応するように、空の、月の門が開く。

 オオ、オオオという唸り声は、けれど生命を冒涜せしものではない。

 

 開いているのだ。

 この星の門が──真理の扉が。

 

「見えているか。見えているか、我が同胞。ワタシの姿が見えているか!」

「見えているよ。大きくなった。だから、僕がこじ開けてあげよう。真理だのと、神だのと、そんなものではない何者かの住まう扉の鍵を」

 

 聞こえないだろう。彼のか細い声など。

 だが、結果がついてくる。結果が成功を裏付けする。

 

「──神よ!! 我が魂に応えよ! これよりそちらへ行く──開け、開け、開け!」

 

 開く。

 惑星の門と空の門が。完全に開ききる。その二極において、作り上げられるは円。

 ただの円だ。記号も図形もない、ただの円。

 それがゆっくり回転していることを知っているのは、フラスコの中の小人と回している本人だけだろう。

 

「通せ!」

 

 直後、黒い手がアメストリスを飲み込んだ。

 

 

*

 

 

 そこは、白かった。

 真っ白に続く真っ白な地平。見渡せど、何もない。

 いや。

 

 僕の背面に、四つ。

 僕の正面に、一つ。

 

 扉がある。

 

「やぁ、真理。初めましてだね。自己紹介は必要かな」

「必要ないさ。だからこっちの自己紹介もいらないね?」

「勿論。ああだけど、一応聞いておこうかな。この四つの扉。どれが僕の扉?」

「何故分かっていることをわざわざ聞くのかな」

「ああ、じゃあ、やっぱりどれでもないのか。()()()()()()()()()()()。うすうす気づいていたことではあるけどね。ちなみに正面のは?」

「レムノス・クラクトハイト本人の扉だよ。君は混線に混線を重ねているからね。通常状態の扉は一つも存在しない」

 

 これはお父さんに失礼な話だけど、まぁ無理なんだ。

 お父さんがどれほど流体の扱いに長ける錬金術師でも、魂の完全に離れた扉に魂を宿らせる、繋ぎ止める、なんて所業はできない。

 だから僕が宿ったのは偶然。その前にいた三人も、最後の一人として僕の下地になった一人も、僕じゃない。肉体であるレムノス・クラクトハイトも、僕じゃない。

 

 僕は本当に誰でもない。この世界に属さない、文字通りの転生者(てんしょうしゃ)

 

「しっかし、よくもまぁこんなことを考えるものだね。我が事ながら狂っているとしか言いようがないよ」

「そうかな。全てから二人を守るためには、これが最も冴えたやり方だと思うんだけど」

「そうだね。それは認める。──ほら、一応まだ繋がっているから、遠くに見えるよ。君の成果物が」

 

 見える。

 遠く。本当に遠くの遠くに、見える。

 

 

 

 真白の空間に、大地ごと切り取られた──アメストリス。

 もう赤くない。それは通行料として支払われた。そう、彼らを覆っていた賢石は、彼ら一人一人が真理の扉を潜るための通行料だ。

 といっても真理を見たかどうかは定かじゃない。ただ扉を潜るために必要だった、というだけで、もし浴びていない奴がいたら、普通に体を持っていかれでもしたんじゃないかな。

 

 そして。

 それだけに終わらない。

 

「球体や無限に広がる三次元上における円の内外は、どちらも内側だし、どちらも外側になる。天地の門の間に作られた円は、その内外をひっくり返すためのものだった。つまり」

「ああ、やられたよ。──部分的とはいえ、そっちが。つまり、()()()()()()()()()()()()()。真理の扉のある世界にアメストリスが現れたのではなく、アメストリスが真理のある世界を纏った、とでもいうべきだね」

 

 そう、それこそが究極の防御。

 扉を開いてあちら側に行くのではなく。

 扉を開いて、こちら側をあちら側にする。

 この無限に広がる真白の空間にアメストリスは設置され、それが何よりもの防御となる。何故ならここには、外敵が存在しないから。

 

「誰が真理に住もう、なんて考えつくのさ。本当に狂っているとしか思えないよ」

「だとしたら君も同じでしょ。君は僕なんだから」

「やめて欲しいな。君は僕かもしれないけど、僕は君じゃない。君はこの世界に属する存在じゃない。一緒にしないでほしい」

「そうかい。それじゃあ、排出するしかないね」

「うん。……そうして、閉めるんだね、鍵を」

「そうだよ。真理の扉は開くのに鍵を必要としない。だから鍵なんて必要ない。なら鍵を何に使うかって、そりゃ」

 

 じゃらり、じゃらり、と。

 真理の扉に鎖が巻き付いていく。

 四つの扉。一つの扉。

 その全てに、どこかからか現れた鎖が巻き付いて巻き付いて、絶対に開かないようになって行く。

 

 他の場所でもそれは同じ。

 ここに繋がるためのあらゆる扉に鎖が巻き付いて、そして──錠前がかけられる。

 

「これは開くための鍵ではなく、閉じるための鍵だから」

 

 ガチャン、と。

 音が鳴る。

 

 これでもう、真理にアクセスできる者はいなくなった。

 扉の向こうにあるアメストリスに手出しできる者はいなくなった。

 

 アメストリスは楽園になったのだ。

 

「君はもうここへは入れない。君は閉じる者だから、閉じる者は外側に居なければならない」

「そうだね。だから別れを告げて来たんだ」

「君は全てを手放した。次に目覚める時、君は巨大なクレーターの中心で横たわっていることだろう。そして、そこまでのダメージを受けたあの惑星もまた、長くは生きられない」

「うん。勿論分かっているよ。だからこそ、円の外側にいた彼らも死の運命にある」

 

 白から黒へ。

 世界が塗り替わっていく。

 

「さようなら、レムノス(Lemnos)クラクトハイト(Cracthite)。もう会うこともないよ」

「さようなら、レムノス(鍛冶島の)クラクトハイト(建築者)。心から嬉しく思うよ」

 

 閉じる。

 黒い手の濁流に飲み込まれる。

 僕の意識は、次第に闇の中へ落ちて。

 

 ……あとは、お父様。

 

 あなたが目的を果たすだけだよ。

 

 

*

 

 

 何故だ。

 その疑問を言葉にする。

 

「なぜだ、神よ。なぜ私のものにならぬ」

 

 ここまでして、ここまで手をこまねいて。

 すべてが揃っていた。全てを埋め尽くした。

 だというのに、神は手に入らなかった。

 

 だというのに。

 

「笑わせるな、欲してもいないクセに」

 

 問いかける先に、それはいた。

 本来の己の姿ではない。ヴァン・ホーエンハイムの革袋を真似た姿の、さらにそのシルエット。

 ただ冷静に。ただ冷徹に。

 

 諫めるように。

 

「欲していたのは初めだけだろう。神とやらを自分のものにしたかったのは十数年前までだろう。おまえはただ、惰性で神を求め、真理を求めた」

「そんなことはない。私はこの時、この時のためだけに全てをかけてきた。子も、友も、仇敵も、すべてを」

「笑わせるなと言っている。何が神だ。何が真理だ。おまえはもうそんな()()を望んでいない。完璧な存在になることも、完全な理解を求めることも、己が身で成し遂げたいと考えている。神とやらに与えられるものなど、おまえは全くといっていいほど必要としていない」

 

 そうであってはいけなかった。

 そうであってはダメだった。

 だって、そうなら。

 己が神も真理も求めていないのなら。

 

「ならば、私はなんのために扉を開けた。私はなんのために──アレを犠牲にした」

「利用されただけだろう。おまえが利用しようとしていたように、あの錬金術師もおまえを利用した。ただそれだけだ。犠牲にした? 勘違いするな。あの錬金術師は自らの目的のためにここに残らなかっただけだ。全てを動かしていたのはおまえではない。おまえはただ、自身の欲望も理解せず、あまりにも活力的な熱量に引きずられて扉を開けた」

 

 大量に注ぎ込まれた賢者の石。

 それは己に若さを与えた。計画のために消費を最小限に抑え、付き従う子供たちを使って陣を描いていたころとは違う。

 若さとは活力であり、動力だ。革袋に引き摺られて何をする気にもなれていなかった己に、未知を与えてくれたあの少年。

 

「この世界は真理となった。おまえの住まう世界は真理となった。ゆえにおまえも、アメストリスの人々も、動物も、作物も、その全てが"世界"であり"宇宙"であり"神"であり"真理"であり"全"であり"一"であり」

「そして……彼ら自身、か」

「そうだ。わかっているではないか。そして私も、おまえ自身だ。神とは手に入れるものではない。真理とは求めるものではない。事この空間に至りて尚探求するものだ。おまえはその機会を与えられた。自分で言ったことだろう。あの錬金術師の研究は、全ておまえが引き継ぐのだと」

 

 背後。

 己の、無地であったはずの己の扉に、鎖がかかる。生命の図がしっかりと描かれている扉に鎖が巻き付いていく。

 鎖に付くは錠前。鍵はけれど、外側からガチャンとかけられる。

 

「おまえが自らより切り離した命も、それぞれ一つ分だけ残っている。それは人間であることと同義だ。あの錬金術師がそうなるように調整した」

「……私は」

「笑わせるな、フラスコの中の小人。そこまで望まれておいて、そこまで期待されておいて、『私の望んだものではない』などという妄言を吐くつもりか。他者を使わずとも、他者を利用せずとも、神は理解できる。真理にはたどり着ける。なぜならここはフラスコの外側」

 

 どこまでも続く白い地平。

 どこまでも広がる白い天空。

 

「『思い上がらぬよう正しい絶望を与えるのが真理の仕事』──かつてのおまえはそのように思っていた。だが、違う。『フラスコの中の小人が思い上がらぬよう扉を閉じるのが真理の役目』なだけだ。その外に出てしまったおまえたちに、私からすることはなにもない」

 

 遠ざかっていく。

 真理の扉も、己自身も。

 

 遠くで、手を振っている青年が見えた気がした。

 

「おまえを待っている者達の所へ帰れ、フラスコの中の小人。そして、説明責任くらいは果たせ。おまえ達がしてこなかったすべての説明を。命を奪うためではなく、守るための強引な錬金術を」

 

 消えていく。

 代わりに現れるのは、大地ごと切り取られた巨大な国、アメストリス。

 その縁で己を見下ろす七つがあった。

 

 これより、ここなりしは楽園。

 扉は反転した。フラスコの中と外は逆転した。

 描かれた円は内側を外側と見做し、扉には鎖と鍵がかけられた。

 

 ただ一人、外側から鍵を閉めた彼を残して──世界は変わったのである。

 

 

*

 

 

 さて、後始末のお時間だ。

 真理に言われた通り、黒い濁流から目覚めた後、僕はクレーターのど真ん中にいた。深く深く抉り取られたアメストリスのあった場所。位置的には大総統府らへんにはなるはず。

 

 真理になったアメストリスへの到達手段は無くなった。これからはもう、真理を見ることはかなわない。人体錬成を行ってもリバウンドが来るだけで、真理にはたどり着けない。僕が鍵を閉めてしまったからね。

 懸念事項は中央司令部本部のお偉方だけど、それも対策を打ってあるから大丈夫。

 

「よいしょ……と。お、良かった。ちゃんと肉体は残ってるね」

 

 小瓶。 

 そこには、ぐったりとしたエンヴィーの身体があった。嫉妬(エンヴィー)はアメストリスに置いてきたけど、同化能力を持つ肉体との切り離しは上手く行くか五分五分だったから、まぁ上手く行ってラッキーって感じ。あとは此奴に贄となって死んだ生体人形を食わせるだけでいい。

 

「ぅ……」

「え?」

 

 思わず声が出た。

 だってあり得ない声が聞こえたから。

 

 それは。

 そこにいたのは。

 

「……メイ・チャン?」

「けほっ、こほっ……なに、が……」

「ああシン語で話されてもわからないよ。……そっか、最後の最後まで赤い雨を浴びなかったのかな? それで……いやでも通行料は。まさか内臓系?」

「ちょ……ど、どこ触って」

 

 赤い雨は賢者の石だ。

 アメストリス国民全員に賢者の石を定着させて、それを通行料にするためにあの強硬手段を取った。一時的とはいえ他者の意識が肉体に入り込むから意識を失ってしまうけれど、命に別状はない。そんな仕組みの赤い雨。

 人柱たちはお父様に繋がっていたから大丈夫なはずだけど、そういえばメイ・チャンは最後の最後まで僕に攻撃してきてたんだっけ。

 

 ……参ったな。

 

「立てる? どっか痛いところない?」

「立てまス! 立てまスから、早く降ろしてくださイ!」

「ああありがとうこっちの言葉で話してくれて」

 

 シン語、どうせ使わないからと思って勉強して無かったから、あのままだったら困っていた。

 そんなメイ・チャンの首元からチビパンダことシャオメイも顔を出す。……この子も通行料取られてないっぽいな。

 

 もしかしてだけど、あの最後の瞬間錬金術を無効化する陣を身体に纏ってたりした?

 

「レムノス・クラクトハイト……皆さんを、いいえ、この国をどこへやったんですカ!」

「うーん、まぁ説明してあげてもいいんだけど、とりあえず逃げようか」

「ハ?」

 

 鍵はあくまで閉じるための鍵だった。実際に作用したのはあくまで五つの賢者の石の錬成陣による大円。

 なので、円の外側にいたスライサー兄弟やキンブリーは他の生体人形と同じ贄としての運命を辿ったはず。だから濡れないでねって言ってたわけだし。

 逆にアンファミーユたちは円の内側にいたから、濡れている必要があった。だけど思念エネルギーを放出する前に意識を失われたら困るから、錠剤という形で仕込ませてもらった。

 というわけで、赤い雨を浴びていない者──アメストリス国民ではないこの惑星の民は、本件に一切関係がない。

 とりわけスライサー兄弟、キンブリーと戦っていたシンの軍勢は。

 

「あれだ! あれがレムノス・クラクトハイトだ! 討ち取れ、世界を滅ぼす者だ!」

「シン語はわからないけど、レムノス・クラクトハイトだけ聞き取れたから多分危ないこと言ってるねこれは。じゃあメイ・チャン、抱えるから、一緒に逃げようか」

「え、いや待ってくださイ、別に私に逃げる理由ハ」

「でもどう見ても仲間と思われてるよ僕たち。それでいてチャン家の皇女だと君の身分が割れたら、チャン家はどうなっちゃうと思う?」

 

 アメストリスが無くなった今、降伏宣言なんかも白紙になっているはず。

 むしろ大国であるシンがこれからの覇権を握るだろう。たとえこの惑星が死に行く運命にあっても、それまではまだまだ続いていくのだから。

 

 次期皇帝が誰になるかはわからないけれど、少なくとも今ここで捕まることは良くない結果を齎すって僕思うんだよね。

 

「あと僕シン語わからないから、翻訳機が必要でさ。リビンゴイドの死体回収ついでに色々教えてくれると助かるかな。あと地脈も調整しなきゃだし、やることいっぱいあるよ」

「全部貴方の後始末じゃないですカ!」

「君達が余計な妨害してこなきゃスムーズに進んだ話なんだけどね。おっと苦無が飛んできた。それも巨大だ。これはヤバめの錬丹術が来ると予想できるから、狭窄錬成でもしておこうかな」

 

 じたばたあばれるメイ・チャンを小脇に抱える。

 

 この一件が終わったら僕は死ぬ、って言ったけど、まぁまぁ嘘だ。

 会えなくなるのは事実。つまり永遠のお別れなのは事実だけど、別に命を賭けるつもりはサラサラ無い。僕はこっちでまだまだ生きるよ。アメストリスが無くなっちゃった上に顔も名前も割れているから生きづらそうだけどね。

 

 それでも、まぁ。

 

「息災で」

 

 願うことくらいは。









※もうちょっとだけ蛇足があります。竜頭蛇尾だけにねっ


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蛇足章 錬金術の未来「実話と寓話と裏話と伽噺」
第九十七話 後日談その壱「秘されていた者達」


 それはこの世界になってすぐのことだった。

 

「軍を、解体? どういうことだねレイブン中将」

「そのままの意味だが? 外敵のいなくなったアメストリスにおいては、もう軍事国家である必要がない。違うかね?」

 

 世界が真理になった。

 錬金術に疎い者達にとっては意味の分からない現象──ではない。彼の錬金術師の懸念とは違い、全員が見ていた。

 全員が真理に達していた。ゆえにここがどういう場所なのか、錬金術とは何か、そして自分たちに何が起こったのかまで──わかる。

 

 わかる上で、中央司令部本部、とりわけ「軍上層部」と呼ばれるもの達は、今後の方針の会議で揺れに揺れていた。

 レイブン中将の発した「軍は解体すべきだろう」という発言によって。

 

「無論、憲兵は残すべきだろう。市民の安全が第一だ。……私からの話は以上だ。それを取り纏める組織も必要だ。ゆくゆくは要らなくなるだろうがね。これからはもう軍事ではなく政の時代となる。国家錬金術師制度も解体しなければな。今や錬金術など、誰にでも簡単に扱えるものとなってしまったのだから」

「レイブン……貴様、何故そんなにも動揺していない? まるでこうなることがわかっていたかのような──」

「その疑問に意味はあるのかね?」

 

 圧があった。

 とても、一線から身を引いた者からは出せないような、圧が。

 否、それでも納得のできない者は多い。ここまで昇りつめた者たちに、その席を捨てろ、など。

 

「そ……そうだ、ブラッドレイをも捨てるというのか! ()()がそう簡単に」

「すべては織り込み済みだ。キング・ブラッドレイは退位し、バスク・グランが国家元首となる。そしてそして神……と崇め奉られるのは嫌うだろうが、東の賢者が控えている。ブラッドレイくんは東の賢者に従うさ」

「……ならば、貴様も不要だな」

 

 合掌する将軍たち。

 そしてそこから放たれる錬成反応に、レイブンはふぅとため息を吐いて。

 

「真理にも理解度が必要か。……国家錬金術師制度は、形を変えて残すべきかもしれないな」

 

 全てを鎮圧せしめた。

 

 

 

「お疲れ様です」

「ああ、姉上。お疲れ様ですな」

「……その様子だと、やっぱりほとんどを聞かされていたんですね、『第二号』」

「ええ。私は『第一号』であるあなたや『第三号』となったあのホムンクルスと違って、裏方に徹する役目がありましたから。世界がこうなることも、これからの未来設計図も。何もかもがインプットされていますよ」

 

 中央司令部を出て来たレイブンに声をかけたのは、レティパーユだった。

 アンファミーユ仕込みのゴスロリ風味な衣服を着た、真実人形のような整った顔立ちの少女。それと対面する褐色の老人は、中々見ない絵面であろう。

 

 そう、何を隠そう、このレイブン中将──レイブン中将を名乗る生体人形(リビンゴイド)こそが、第五研究所で作り出された二番目のリビンゴイド、通称『第二号』である。本物の行方は──語るべくもないが。

 

「どうでしたか、そちらは」

「未だ混乱が続いていますが、いずれ収まるでしょう。……『第二号』。一つだけ聞かせてくれますか」

「クラクトハイト所長は生きているはずですよ。元の世界で。ただ、二度と会うことはできないと仰っていましたが」

「……実質的な死、と。あのタコ野郎、嘘さえ吐かなければいいと思ってますねアレは。僕はいなくなる、でしたか。まったく、残された者の気持ちも考えられないか甲斐性なしめ……」

「姉上、姉上。口調が非常に悪いですよ。ああ、悲しいですな。私が目覚めた時の可愛らしく純粋な姉上はどこへ行ってしまったのでしょうか」

「まだ自分が誰かも思い出していない弟の分際でうるさいですよ。……ホムンクルス達が人間と同等になった今、私達の核たる賢者の石はオーバーパワー。もう下手に出ているような時ではないのです。身の振り方は考えていかなければ、いずれこの無限に広がる世界の彼方に追放されてしまいます」

「構わないのでは? そこに新たな第五研究所でも作って皆で暮らす、ということもできるでしょう。誰もが錬金術を使い得るこの世界においては、そう難しいことでもありませんし」

「だからこそですよ。賢者の石は等価交換の補填に使えてしまう。アメストリスという有限の資材に対し、私達は補助材料とでもいうべき存在です。戦力を十二分に誇示することは、そのまま身の安全にも繋がります」

 

 この世界に酸素はない。だけどそれは、今必要がないというだけだ。必要とあらば作ることができるし、太陽が欲しいと思えば太陽を浮かべることだって不可能ではない。海を作ることも、山を作ることも、なんだってできる。

 ただ──真理の世界にあっても等価交換は有効だ。

 山を作るのならば、アメストリスの国土を削らなければならないし。

 海を作るのならば、それだけの素材がないといけないし。

 

 無論。

 

「だからこそ、アエルゴ、クレタ、ドラクマという"好きに使える土地"があるわけですが。所長が頑なにアメストリス国民の移住を許さなかったのはこういう意図があったのでしょうな」

「それでもいずれ限りが来ます。……目下調査すべきは、新たな命が生まれるかどうか、ですかね。所長が両親の安全だけを願っているのなら──恐らく、不確定要素の新たな出現というのは」

「気の長い話になります。やはりとっとと私達だけで遠くに国でも作るべきでしょう。"お父様"とホムンクルス達を引き連れていくのも良い。人間は人間たちで、私達は私達で。左右も上下も無限に広がる世界ですから、殺し合うことより住み分けることを選ぶべきでは?」

「……それは生前の考え方ですか?」

「さて、私はまだ自身を思い出していませんので、なんとも」

 

 余裕があるうちに、余裕がある者だけで独立する。

 それは良い考えかもしれない。ただ、恐るるべきはあのクラクトハイトが"お父様"と何か取引をしていないか、ということだ。

 だからたとえば、何があろうと両親を守る、というような。

 

 何があってもクラクトハイト夫妻と"お父様"は味方につけておいた方がいい。

 

「悩みの種は尽きませんね」

「丸投げですからね。……アンファミーユさんは」

「元気は元気でしたよ。ぶつくさ文句を言いながら何かを書いていました。研究日誌、あるいは私信のようなものと見ましたが、どちらにせよ私達には関係の無さそうなものでした。恐らく所長への怨み言がたくさん書き綴ってあるものと」

「……その内所長の生体パーツを作って私や姉上に適用させてきそうで怖いですね」

「私は恐らくないので、あるとすればあなたですよ、『第二号』」

「では被害に遭わないよう、もうしばらく私は軍の方で暗躍させてもらいますよ。軍を解体し、主権の全てを政府という形に返すように、ね」

「ええ、頑張ってください」

 

 二つの人形はまた別の道を行く。

 その先に、新たな国を作る、という未来もあるのかもしれないが──まぁ。

 

 少なくとも今は、互いに留意しているものを、なんとかしてみたいというのが本音だった。

 

 

*

 

 

 リゼンブール。

 草原の広がるそこに、家族が二つ。

 

「じゃあなんだよ、てめぇクソ親父、全部わかってたってのか!」

「全部じゃないさ。だけど、何が起こるのかくらいは推測できていた」

「骨折り損ってことかよ……」

「いやまぁあの時のお前たちに何を言っても無駄だっただろ。赤い雨に濡れて坐して待て、なんて言われてお前、納得するか?」

「無理だね。兄さんなら話も聞かずに『諦めろっていうのかよ!』とかいって出て行くに決まってる」

「まるで自分は違う、って言い方だなアル」

「……それで僕は、待ってよ兄さん、なんて言って、僕は僕で納得できずにクラクトハイトさんに突っかかりに行っていたと思うよ」

「自己分析は完璧だな」

 

 穏やかに笑うホーエンハイム。色々と納得行ってないエドワード。なんだかあきらめ気味のアルフォンス。

 そこへ、お茶と食事を持ったトリシャが来た。

 

「ふふ、楽しそうね」

「ああ、ありがたいことにな。……なぁ、トリシャ」

「"やるべきことが一個だけ残っていると言ったら怒るかな"、ですか?」

「う」

 

 言葉を言い当てられて、ホーエンハイムの言葉が詰まる。彼に向く視線は六つと一つ。

 

「なんだいホーエンハイム、まーたどっか行くのかい。こっちはこんな世界でまだ混乱してる最中なんだ、一番理解の深いアンタにいなくなられると痛手なんだがね」

 

 ロックベル家の面々だ。

 真理を見たからと言ってその力を過信できないロックベル夫妻が、ホーエンハイムの学術書を目当てにエルリック家へ来ていたのである。ついでとばかりにピナコとウィンリィ、デンも。

 生体錬成は使えるだろう。だが、医者としてそればかりに頼ることはないし、使うにしても全てを理解してからだ。突然過分な力を与えられた以上は使いこなしてみせなければならない。

 

 そしてその師匠とも言えるホーエンハイムがまたどこぞへ行く、というのは、ロックベル夫妻としても気になる所。ただ他者の行動を制限するようなつもりのない夫妻は口を出さないというだけで。

 

「今回はすぐに戻ってくるから大丈夫さ。……心配をかけるのは、すまない。だけど、俺がやりたいことなんだ」

「ええ、いつまでも待っていますよ。……だから、ほら。エドもアルも、そんな泣きそうな顔しないの」

「し、してねーし!」

「兄さんはいつまで経っても子供だなぁ」

「アルも喉ガラガラじゃない。兄弟揃ってまだまだ子供ね」

「っせーぞウィンリィ! ……って、何作ってんだソレ」

「機械鎧。錬金術を使えるようになった以上、あたしは夢の全身機械鎧を作るのに忙しいのよ」

「全身機械鎧だぁ? ……作って何になんだよソレ」

「作ってみたいから作るのよ。けど、真理とかいうのもなんか中途半端ね。要らないことばっかり知っちゃって、知りたいことがまったくで。……暇なら手伝う?」

「暇じゃねえ」

「手伝っていいの? ボク、そもそも機械鎧の技術にも興味があったんだよね。色々教えてくれる?」

「勿論。……で、エドは?」

「……暇じゃねえけど、どうしても、っていうんなら手伝ってやるよ」

「じゃあいいわ。アルと一緒にやるから」

「だぁー! 手伝う手伝う! これでいいんだろ!」

「手伝わせてください、でしょ?」

「大丈夫だよ兄さん。ボクだけでも錬金術の事は教えられるし」

「オ・レ・が! 手伝いてぇの! はい話終わり!」

 

 誰が一番素直じゃないのか。

 そんなことはまぁ、デンにさえもわかっているのだけど。

 

「ちょっとの間だが、リゼンブールを頼むぞ、エドワード、アルフォンス」

「……ああ」

「うん、いってらっしゃい父さん」

「トリシャも、すまないな」

「いいえ。いってらっしゃい、あなた」

 

 そんな、リゼンブールの一幕。

 

 

*

 

 

 で、だ。

 

「で、でス。……なんで私までこんな泥棒まがいのことをさせられているんですカ」

「別にいいよーもう離脱しても。錬丹術も習い終えたし、シン語も理解したし。僕無しで行き倒れない自信があるなら全然オーケーだ。僕も日雇いバイトのお金を君に分け与えなくて済むから、お互いに利益しかない」

「……それで、今回の目的はなんですカ」

「ここ、シャムシッド遺跡にある赤きエリクシル。つまりは賢者の石と、そのための錬成陣だね。()()()()()()()()()()()は全て潰しておかないと安心できないからさ」

「はぁ」

 

 お父さんとお母さんを直接守る必要が無くなったからって、別に無気力人間になるほど僕は空っぽじゃない。というよりまだやることは終わっていない。努力は最後の最後まで続けるのが僕だ。

 アメストリスを真理の世界にする、という一大事業が終わった今、やるべきことは二つ。

 一つは真理の扉にアクセスできかねない厄ダネを消し去ること。

 あんまり目を向けてなかったけど、どうにもこの世界には鋼の錬金術師におけるゲームの黒幕たちがちらほらいるようなのだ。翔べない天使とかアエルゴ関連とかは丸ごと潰したからいいんだけど、他がそこそこ残ってる。

 だからそういうのを潰す。というか賢者の石関連の書物、書籍、なんなら知識の保有者も消すつもりだ。人体錬成でこそ扉は開かなくなったとはいえ、賢者の石を使えば何か全く予想していないことを起こしてしまえる可能性があるから。

 

 なお、最初は否定的だったメイ・チャンも賢者の石を消し潰す、という考えには同意してくれた。賢者の石の正体もわかっているらしく、その製法は「不老不死の法」なんかとは違うとはっきりと言い切ったのだ。

 ゆえに、外法は焚書。だからいろんな国を巡ってそれっぽいもの全部消して行っている途中。

 

 次にやるべきは、流れの調整。

 

「うわ……この辺凄いね。錬成物だらけだ。メイ、君的に」

「吐きそうな程の澱みでス」

「みたいだね」

 

 相変わらず僕は地脈を感じ取れない。多分だけどこの世界に属していないからとかそんな理由なんだと思う。その上で、地脈の調整を行っている。

 アメストリスが消えた事で地脈はぐちゃぐちゃになった。各地で異常気象が起きて、その影響でさらに流れがぐちゃぐちゃになって。

 それ自体は自然の摂理みたいなものだから問題ないんだけど、問題はぐちゃぐちゃになった地脈が澱みを生んで、そういう所にいるorある物質に異常が出たり、錬成陣なんかが変な挙動を起こしたりしている。

 特に諸外国……アメストリスの外の錬金術って、アメストリスから流出したものだったり、追放された錬金術師が歪んだ形で伝え広めたものだったりするので、大体の確率でとんでもないことが起こるのだ。たとえば巨大キメラが現れたり、たとえば突然底なし沼ができたり。

 それらは所謂自然形成の一つ目というべきか、偶然に偶然が重なってしまえば第二のお父様が生まれるって可能性もゼロじゃないし、ホムンクルス達も同様。

 

 そういう意味で、流れを調整して正常に戻すことで、リスクヘッジを行っている、みたいな感じかな。

 

 で、最後。

 これは上記の二つと関連しているのだけど、この惑星の保全活動、みたいなこともしている。

 

 いやー、今更僕が何言ってんだって言われたらその通りなんだけど、必要な事だからね。

 

 今のこの惑星は、あっちとこっちが違うとはいえ「チクショウ……持ってかれた……!」に似た状態にある。惑星を一つの生命体として見た時に、持っていかれた部分とこっちに残っている部分とで、精神的には繋がっているのだ。

 だから原作の謎理論の一つであるところの「こっちで食べたらあっちに栄養供給がされる」を使い、こっちの惑星が豊かになればなるほどアメストリスの土地も肥沃になる、と。勿論もうこの惑星の寿命はそんなに長くないからアレだけど、お父さんとお母さんの寿命が尽きるまでは保全活動を続けるつもり。

 今まで殺しに殺してきた僕の錬金術や錬丹術を、ようやく生かす方向に使うってわけだ。この活動に対してはメイ・チャンも「それなら何も突っかからずに手伝えまス!」とのことで、そういうくだりを経て錬丹術を全部教えてもらったのである。

 

 大地活性、森林復活。

 元よりこの星はクセルクセス周辺の砂漠化が問題になっていたからね。あの辺をどうにかできれば、星の寿命はもう少し伸びる。元アメストリスのあった場所は巨大な湖……というか内陸海みたいになっているので、砂漠化を押し返すことは最優先事項とも言えるだろう。

 面倒なのは、あの辺にはまだシンの精鋭がうろうろしているっていうこと。全然殺しても良いんだけど、メイが妨害してくるので避けるようにしている。

 

 ま、どれもこれも焼け石に水。本当にお父さんとお母さんの寿命、あと30年か40年くらいまでの話だ。土地ががっつり消えたせいで地軸もズレて、多分だけど惑星そのものの公転軌道にもズレが出始めている。そんな一年二年でがっつり、ってことはないだろうけど、僕が死ぬ頃には天変地異も日常茶飯事になっているんじゃないかな。

 ご愁傷~。

 

「レムノスさン、ちなみに聞きますけドあれはなんですカ」

「ゴーレムだよ。エリクシルの力で動いてる。クロウリーだったかな、首謀者は。あとエルマって女性型のゴーレムもいるはずだけど……まぁあんまり関係ないね。僕らの目的はあの中央塔だから、どうしよっか。根元から破壊する?」

「おかしな流れが見えまス。あの塔、正当な手段以外での侵入を受け付けないのでハ?」

「それをどうにかするのが賢者の石でね」

 

 賢石纏成。

 実はお父様と戦う可能性も考えて、彼らの前では隠し気味にしていたこれだったけど、なんだかお父様は憑き物が落ちたみたいな顔してたし、無用の長物になってしまった。

 じゃあ後は正当な事由での破壊に使うしかない。折角第二段階とか隠者の石との合成とかも考えていたのにパァになってしまったなー、とか。

 

「来まス!」

「こっちが行くんだよ」

 

 襲い来るゴーレムに。

 竜頭の錬金術師は一旦お休みして──ドラゴニュートがお通りだ、ってね。

 

 ……あとは、お父様があっちでアレを完遂させるのを待つのみかな。

 



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第九十八話 後日談その弐「創るべき未来と崩れ行く過去」

 少しばかり寂しくなったそこで、彼は父親としての行動に準じていた。

 久しく──否、初めて持つ家族だ。以前のような牽制し合う関係性も存在せず、ただ誰もが己探しに時を浪費する日々。

 

 だから、その騒々しさがやってきたのは、中々に愉快なことであったのかもしれない。

 

「フラスコの中の小人!」

「なんだ、騒々しい。……おお、やはりか。こうして相まみえるのは久方ぶりだが、老けたな、ホーエンハイム」

「お前が若くなったんだ。……随分子供達に慕われているじゃないか。子供に目をやる余裕でもできたのか?」

「驚いた。よもやお前にそんな気を遣われる日が来ようとは。そして子供達か。そうだな、そういうことなのだろう。私が奴に向けていたものを少しでも分け与えるようにした。恐らくそれが正常なのだと気付かされたからだ」

「奴……レムノス・クラクトハイトか」

「そうだ。この世界を真理にし、『究極の国防』という選択肢を取った錬金術師。……おかげで私も、当初予定していた"近道"などではなく、こうして地道な実験を重ねる日々に甘んじている。真理とは結局下地であり基盤であり、未来とはその上に積み上げていくものであることを知らされたが故な」

 

 そう、フラスコの中の小人──便宜上お父様と呼称する彼は今、普通の長机にフラスコやらビーカーやらを並べて、粗末な紙に描いた錬成陣の上で実験をするという、まるで普通の錬金術師かのような行いをしていた。している最中だった。

 門戸を叩いたのがホーエンハイムでなければ、プライドやラストあたりがなんとしてでも闖入者を止めていただろうくらい、彼にとっての日常の時間。

 

 ……というより実際止められている。再生能力のほとんどを失っている以上無茶の出来ないホムンクルス達は、グリードという例外を除いて無茶こそしないものの、お父様を慕う気持ちは変わっていない。慕う。忠誠。あるいは揺り戻しか。

 今まで愛されなかった分を取り戻すかのように、彼らはずっとここにいる。あのスロウスまでもが、だ。

 だからホーエンハイムが入ってきたことに対しては過敏に反応したし、彼の「話がしたいだけだ」という言葉を中々に信じなかった。

 

「その服……クセルクセスの」

「おお、気付いたか。何分服飾などには一切興味の無かった故手出しをしていなかったのだがな、レムノスの遺した机上の空論集に繊維類の話や縫い目、縫込みなどによる防塵性能の底上げ、耐衝撃性靭性向上その他諸々と、なかなか興味深いものが多かった。その中にはただ錬金術で組み上げるには理解の及ばん物も多いものだから、こうして自分で縫ってみたわけだ。どうだ、あの頃のお前そっくりだろう。奴隷23号」

「縫っ……お前が?」

「そうだとも。なんだったらこの机も実験器具も、全て私の自作だぞ。錬金術は一切使っていない。()()()()()()()()()()()()()()()()()、賢者の石は貴重なリソースだ。出来得る限りの節約をしなければならん」

 

 ──そう。

 この世界になってからあった衝撃的なニュースとして、真理の世界では命が生まれない、というものがあった。正確には人間の命が、である。動植物は依然として変わらぬサイクルにあるし、太陽光も風もないこの地で彼らはいつもと変わらない生態に在り続けられている。

 これは動植物があちら側……真理でない世界における惑星と繋がっているからだとお父様は推測していた。真理を見た錬金術師が持っていかれた体の部位が、腐り落ちることなく真理の世界に安置され続けているのと同じ原理であると。

 動植物は惑星の一要素。人間は別要素。

 少なくともそうなっている。そうなってしまっている。ならば賢者の石はあまりにも貴重すぎるリソースだ。迂闊なことで浪費はできない。

 

 ただ、幸いにもここは真理である。

 汲み上げる地殻エネルギーが存在しない──繋がっていない──にも拘らず、ここでは錬金術が使えている。これがあちらの惑星の地殻エネルギーを何らかを経由して汲み上げているのか、それともここが真理であるゆえに使えているのかは研究中だが、普通の錬金術を使うには何も問題がない、という事実があればそれでいい。

 もしここにレムノスがいたのなら、「それを言うなら疑似・真理の扉の中で錬金術を使えている時点で何かしらの経由があることは間違いないんじゃないかな」とか、「そもそも地殻エネルギーを拾っているというよりは流れから力を汲み取っている気がしてならないから場所とかあんまり関係なさそうだよね」とか言うのだろうが、残念ながらここに錬丹術師はいない。

 

 いたとしても、誰ぞかから師事を受けた極少数の人間くらいだろう。

 そしてそういうのはお父様に近寄らない。

 

「それで? 何のために来た、ホーエンハイム。まさか今更私と戦う、なんてことを言い出すつもりじゃあないだろうな」

「言わないよ、そんなこと。勝てる未来が見えないしな。……聞きたいことと、頼みたいことがある」

「頼みたいこと? お前が? ……ふむ。気になるが、まずは聞きたいことから聞こうか。お前がわざわざ私の所にまで来て聞くことだ。私にも価値のあることと見た」

 

 居住まいを正すお父様。

 対し、ホーエンハイムは。

 

「……この世界では、歳を取るのか。人間や、俺達は」

「取る。実際に昨日だったか、北部の方で人間が死んだと報せがあった。老衰だがね」

「なんでそんな報せがお前の所に」

「情報網という奴だ。私は一応この世界の研究をしている第一人者という位置付けになっている。右も左もわからぬ人間たちを導いていく存在としてな。……そんな胡散臭そうな目を向けられずともわかっている。私にはもう神やら父やらと……頂上への興味がほとんどない。今更崇め奉られても面倒なだけだ」

「……だからキング・ブラッドレイを退位させて、軍の解体までやったのか」

「軍の解体はレムノスがやったことだ。私の関与した話じゃあない。が、ラースの退位はそうだな。おお、そうだそうだ。そういえばお前、ホーエンハイム。レムノスのことをラースだと長らく勘違いしていたそうじゃないか」

「あれは……あんな人間がホムンクルス以外にいるとは思わないだろう。背中から賢者の石を出して体に纏う、なんて人間が」

「ほう。なんだ、アイツ、そんな隠し玉をまだ持っていたか。全部吐き出せと言ったというのに……で、歳か。歳は取る。今もなお全人類の加齢が進んでいる。子は大人になるし、大人は老人になる。聞きたいことはこれで満足かね?」

「ああ……満足だ」

 

 真理の世界は決して常若の国ではない。

 死は訪れるものだ。ただ生体錬成の理解が深まったことによって、多少の怪我では死に難くなったことと、そもそも誰もがケガをしにくくなったことが寿命を延ばしているかもしれないが。

 同時に、正しい治安を敷かなければ、誰もが国家錬金術師が如き猛威を街中で繰り広げる地獄絵図も出来上がるのだろう。

 

「頼みは、なんだ」

「俺の命を削ってくれ」

 

 即答。

 そして、難解。

 

 言われたお父様はキョトンとした顔をしている。

 

「もうみんなとの話はつけた。……俺は、老いて死にたいんだよ。妻と、子供達と。こんな世界に来てまで取り残されるのはもう嫌なんだ」

「……ふぅむ。それは全く以て構わないし、なんならお前の石を貰い受けることもできるが……であればもっと有益なことに使えばいいだろう」

「有益な事?」

「さっきも言ったが、賢者の石は貴重なリソースなのだ。この限られた大陸アメストリスにおいてな。だから、地盤を作って土地を作って環境を作って、とか。やり方は私も一緒に考えてやるが、海や河川と言ったサイクルシステムを作るのも良い。ここで無為にお前の命を削るほど私も愚かではなくなった。今それを持て余しているというのなら、お前もお前の子供達のために未来を創れ、ホーエンハイム」

 

 今度はホーエンハイムがキョトンとする番だった。

 だってフラスコの中の小人に「子供たちのために未来を創れ」なんて言われたのだ。まさかそんな日が来るとは夢にも思わないだろう。

 

「……確かに、それは俺にしかできないことか」

「いいや私にもできる」

「張り合うなよ、フラスコの中の小人。……お前、今幾らなんだ」

「二億六千万と少しだな」

「お前に対抗しようとした俺にはもう五十万も残っていない。……それでも作れるかな、未来は」

「知らんよ。私は今机上の空論を実現させることに忙しいのだ。既存の理論についてはお前がやれ、ホーエンハイム。まったく奴め、どれほど未来の知識を……」

 

 もう興味を失った、とばかりに実験台へと目をやるお父様。

 それはまるで、クセルクセス時代に見ていた錬金術師たちのようで。

 

 奴隷23号──ヴァン・ホーエンハイムは、「ああ」とだけ小さく返して、帰路に就くことにした。

 やるべきことはまだあるのだ。トリシャと共に老いて死ぬためには、それはもう一大事業となるようなことをしなければならないだろう。各地へ配置した仲間を回収することも必要だ。使われなかった、などと言って怒りを収めてくれるかどうかは甚だ疑問だが。

 

 そう、穏やかな笑顔で帰っていくホーエンハイムをちらりと見て。

 

「……誰がお前の命など削るものか。お前がどう思っているかは知らぬがな、私は今でもお前の事を半身だと思っているのだよ、ホーエンハイム」

 

 

 小さく小さく、呟いて。

 

 

 

*

 

 

 

 場所は変わって、アルドクラウド。

 世界規模の改変に加えて直前のクーデター宣言もあってか、アルドクラウドの住民からの風当たりはさらに強くなったクラクトハイト家において、ちょっとした騒動が起きていた。

 

「いいですか、あなた。良く考えてもみてください。レミーと共に居た時間が長いのはあなたの方です。であれば、彼女との時間は私が貰うべきでしょう」

「それは理屈として通っていないぞセティス! 俺だって! アンファミーユちゃんと一緒にいたい!」

「浮気、ということですか。であればこの大槌、また振るうことになりましょう──!」

「いいだろう、そろそろ受けて立ってやる! レミー相手にだってちょっとはやれたんだ、俺の錬金術が多少なりとも戦えるってことを」

 

 ぷち。

 

 とか。

 

「あの……ええと、挨拶をしに来ただけで」

「あら、そうなんですか? でもゆっくりしていってくれていいんですよ。私達はほら……一応傷心中なので、心の傷を埋めるという名目で」

「一応、なんですか」

「ええ。……この未来こそ予想はしていませんでしたが、ずっとあの子は自分がいなくなるという示唆をしていたでしょう。悲しいことは悲しいですし、やりきれない気持ちもありますが、覚悟はしていました。それに、ほら」

 

 ほら、とセティスの見せた棚には、ごちゃっとした金属塊が複数。

 

「これは?」

「あの子がアルドクラウドの森に仕掛けて行ったトラップの数々です。全て解除してありますが、私達はこれから、死ぬまであの子の研究成果の解読に挑もうと思っています。中には非人道的なものも多く含まれるでしょうけれど、それもあの子の一部と認めて」

「所長の……」

 

 遅延錬成での錬成兵器では三日が限界だ。

 だから、必ずキメラ・バッテリーが使われている。それに気付いた時、果たして二人は耐えられるのか。人を人と思わない研究の成果をして──。

 

「……セントラルのいくつかの研究所は封鎖されるんですけど、第五研究所だけは残ることが決定しているんです。次期所長は私で……なので」

「行き詰まったら、聞きに行けばいいんですね」

「はい。その仕組みを所長……レムノスから一番に任されたのは、私達兄妹でしたから」

 

 あるいは未来で、諍いとなる話であっても。

 逃げるつもりはないと、アンファミーユは言うのだ。

 

「いててて……あのなぁセティス、本気で殴ることないだろ……」

「おや、気絶させるつもりで殴ったのですが、腕を上げましたね、あなた」

「そういう話じゃない。……はぁ。あぁ、そうだ、アンファミーユさん。……その、だな。これを君に預けるのは少し……どころじゃなくデリカシーのない話だとは思うんだが、受け取ってほしいものがあって」

「受け取ってほしいもの?」

「ああ。えーと。……これだ、これ」

 

 これ。

 そう、アガートが渡してきたものは。

 

「……指輪?」

「あなた?」

「ちょっ、違う、違うぞ! よく見ろ! 賢者の石部分が消費されてしまっているだけで、レミーがくれた指輪だ! ほら、一度はマクドゥーガルさんに渡したけど、返して貰ったやつ!」

「……ああ、本当ですね。まさか一回り以上年下の女性に妻の前で求婚などという不貞を冒すような不埒者でなくて助かりました」

「今更俺がセティス以外に愛情を向けるわけないだろ!」

「……わかっていますよ、そんなことは」

 

 アンファミーユは吐きそうになった砂糖を慌てて押しとどめる。

 

 そして、それをまじまじと見た。

 本来宝飾などのついているスロットが空っぽになったリング。作りも素材も大したことのないものであるが──。

 

「貰っておきます」

「ああ、そうしてくれ」

「たまにでいいので、この家にも()()()()()()()()()ね。あなたはもうアンファミーユ・クラクトハイトと名乗っていいのですから」

「ぁ……はい。ありがとうございました」

 

 頭を下げて、アンファミーユはクラクトハイト家を去る。

 貰った指輪を転がしながら。少しだけ、上機嫌に。

 

 ──なお、後日。

 その指輪の由来を知ったアンファミーユがエンヴィーに嫉妬しかけて、そのわちゃわちゃを見ていたお父様が"遺脱"の影響で残されていたレムノスの機械鎧をアンファミーユに渡すのは、また別の話。

 腕を置物にしてその指に指輪を嵌めて、毎日眺めている彼女の様子を見たリビンゴイド達が若干引くのもまた別のお話である。

 

 

*

 

 

 そして、最後の話。

 

「いやぁ、旅した旅した。世界は広いね。……お父様、もう僕の命も幾許か。どうかなぁそっちは。僕の遺した最後の空論に気付いてくれたりしてるかなぁ」

 

 メイ・チャンとはもう別れている。

 とっくの昔の話だ。世界に散らばっていた厄タネは全部消し終えて、外法も禁書も焚書にした。中には王族のうんたらかんたらがあったりしたから世界規模のお尋ね者になったりしたけど、まぁ今更だ。

 彼女と別れた理由はシンの崩壊にある。シンはそもそも大いなる流れをもとに錬丹術を使っていたんだけど、それがぐっちゃぐちゃになっちゃったものだから一部の経済圏に多大なる影響が出たとかで、多くの家々が存続できなくなったとかなんとか。

 他国へ移住する者、シンを復興させんとする者なんかがいる中で皇帝が急死。暗殺されたともただの病死とも言われているけれど、とにかく次の皇子皇女を決めないまま死んじゃったものだから、残った者の中でも骨肉の争いが繰り広げられたとか。

 その中にはヤオ家やらチャン家やらもいたらしく、だからメイ・チャンは帰った。

 

 その後の報せは届いていない。だって僕今惑星で言う所のシンの真裏にいるし。

 

 惑星の延命は、無理だった。

 思ったより砂漠化が進んでいたし、思っていたより天変地異のエネルギーの凄いこと凄いこと。賢石ドラゴニュートや隠石天使でどーにかできることじゃないね、アレは。逃げ惑う人間、耐え忍ぶ人間を見て、こうやって淘汰って起こっていくんだろうなぁとか呑気にやってたらジリ貧も良い所になってしまっていた。

 どうやらアメストリス、地脈的にかなり重要な土地だったようで、生物的に言えば皮膚と血管と心臓の肉をこそぎ取った、みたいな状態になっているらしい。そりゃそうなんだよね。だってお父様がわざわざ選んだ土地だもん。ぶっちゃけ日食の起こる地点だったら他にもあったでしょ。アエルゴ、クレタ、ドラクマを侵略しまくらなくても秘密裡に全部行えちゃう土地がさ。

 それをせずにあそこを選んだのは、つまりはそういうことなんだろう。

 

 それで、だから、延命は無理。流れの調整は何とか頑張ったけど、これも焼け石に水だね。元シンの錬丹術師が各地で頑張っているみたいだけどファイヤーストーンにウォーターだね。そんでもって世代交代の際に錬丹術の全てを継承しきれず、どんどん血も技術も薄れ、今じゃ錬金術と錬丹術の垣根が存在しない代わりに効果のうっすい錬成しかできなくなっている。

 終わり終わり。人類は衰退しました。

 

 まぁ時の流れ的にお父さんとお母さんも死んでいるだろうからもうアメストリスの栄養供給とか考えなくていいんだろうけど、お父様がアレを完遂させていないのだけは気になるなぁ、って思いだけで今まで生きて来た。今年で92歳くらいかな。この世界にしては随分と長生きをした方だと思う。

 竜頭鷁首。もう一個の方と違って良い意味の四字熟語だ。果たして僕の作った船は、荒波を耐えきってくれただろうか。

 

「──来た」

 

 来た。

 元は海だった場所で、水位の下がった島で、木に凭れ掛かりながら空を見ていたら、来た。ようやく来た。

 

 赤く赤く。空が染まる。

 快晴の空に描かれていく深紅の円。もう久しく見ることは無かっただろう、複雑怪奇な機構。

 

 あれなるはサンチェゴ。僕の二つ名である機械時計。

 

「遅いよ、お父様。それとも見つけるのが遅れたのか、誰かが隠していたのか……」

 

 だから、僕も地面に同じものを作る。

 ガチャガチャと組み変わる歯車に合わせて、同じ陣を描く。

 

 僕とお父様が計画した「アメストリスを真理にする」という作戦の進行上、僕は外から鍵をかける必要があった。でないと内側から開けてしまう者が出てくる可能性がある。アメストリスは錬金術国家で、誰もが真理を見ているのだから。

 外側からはない。なくなるように潰して回ったし、アメストリスほど錬金術が進化していないから。

 だから追い打ちをかけるように扉を閉じたんだ。

 

 だけど、それでも僕という鍵が外に残るのは恐るべきことだ。

 

 鍵は外からかけなければならない。だけど鍵が外にあるのは望ましくない。

 

 なら、どうすればいいか。

 

「……対人賢石錬成。もう賢者の石も隠者の石も使いきった。ここにあるのはただ僕一人の魂のみだ。そちらに巨大な陣があり、こちらに小さな陣があるのなら──当然」

 

 まるで雷が落ちるかのように、赤い錬成反応が天から地へと落ちる。

 それはサンチェゴの中心にいる僕へと落ちて。

 

「もう開けられないようにするには──鍵を中に閉じ込めちゃえばいい、ってね」

 

 オートロック式じゃないから、内側にいる誰かに協力してもらう必要があったわけだけど。

 

 僕の研究日誌。ダミーと本物、そのどちらもを合わせると出てくるメッセージ。

 

 さぁ。

 いま、そっちへ行くよ。

 

 

 

 ね。一応これは、ただいま、になるのかな──。

 

 ただいま。







長らくの間ご愛読ありがとうございました。
もう続きは書きません! 描写されていない人物の動向は、各自ご妄想の程よろしくお願いいたします!

クラクトハイトとは
Cracthite-Architect


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