機械ゴーレムに管理された世界で、長い眠りから目覚めた天才魔技師は真の能力を発揮。メイドと一緒にほのぼのスローライフを目指す (わんた)
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君は、ここにいたのか

 魔法文明が高度に発達した世界。

 ここでは自立思考型の機械ゴーレムが人々の生活を支え、人類は労働から解放された。

 金を稼ぐ必要すらなくなり誰もが喜んだが、10年、20年、30年と続けば、暇な時間ばかりが増えてしまう。さらに寿命が150年を超えてしまったので、食欲や性欲の衰えた老人が大量発生してしまった。

 

 そんな何もすることのない彼らが最後に求めたのは、自分の考えは正義だと認めて欲しい歪んだ承認欲求である。

 

 人々は次第に極端な思想に傾倒していき、肌の露出、美醜、趣味……様々な事柄で争いが絶えなくなり、世界の治安が悪化。さらに争いを面白がった人々が煽ると、世界中で憎しみと対立が生まれてしまう。

 

 時間をかけて熟成した負の感情は、大国同士の戦争の引き金を引いてしまった。

 

* * *

 

 入り口を隠してから地下シェルターに入ると、上から振動音が聞こえた。

 どうやら俺が住んでいる国は戦争を始めてしまったらしい。これで世界大戦の勃発が確定してしまった。他国にですら逃げ場がない。

 

 世界最高峰の魔技師として全ての技術を注ぎ込み、機械ゴーレムを作ることが生きがいだったのに、作業を中断して身を隠さなければいけないようだ。

 

 相手の思想が気に入らないからって、殺し合いに発展するなんて理解できない。だがなぜか、世界中がその理解できない理由で殺しあっている。

 人間、暇になるとろくなことをしないな。

 これなら人類は労働から解放されずに、金のために働き続けていたほうがよかったんじゃないか。

 なんて、思うことすらあった。

 

「ご主人様、準備が整いました」

 

 俺が魂を込めて作った万能機械ゴーレム――ナータが声をかけてきた。

 料理や戦闘、医療までできる優れた機能を持つ機械ゴーレムだ。

 

 メイド服の上に白いエプロンを着ており、絹のような手触りの黒くて長い髪の上にはホワイトプリムが乗っている。キリッとした目をしているので冷たそうに見える顔だが、実は献身的な性格である。

 

 素体はアダマンタイトとミスリルの合金で、頑丈さと柔軟性、そして魔法の効果を向上させる効果がある。この世界でナータより優れた機械ゴーレムは存在しない。そう断言できるほど、金と時間、そして技術を惜しみなくつぎ込んだ。

 

「もう入りますか?」

 

 ナータが横に一歩移動すると、白くて細長い睡眠ポッドが視界に入った。

 人間を仮死状態にして眠りにつかせるという機械で、大金をはたいて買ったのだ。

 

「もちろんだ。世界が落ち着くまで永い眠りにつく。シェルターの管理は任せたぞ」

「かしこまりました。超小型魔力発電を最優先に、現状の施設を必ずお守りいたします」

 

 睡眠ポッドや照明、空調などの魔道具を動かす動力源が、超小型魔力生成機だ。空気中に漂う魔素を魔力に変換する画期的な機能があり、壊れてしまえばシェルター内の魔道具は全て機能停止しまう重要な装置である。どんなことがあっても守らなければいけない。

 

「任せたぞ」

 

 服を脱ぐと睡眠ポッドのふたを開けて横になる。ひんやりとしたシートに不快感を覚えたが、すぐ人肌にまで温まった。

 

 ナータが睡眠ポッドのふたを閉めると真っ暗になる。シューという音が聞こえたので、睡眠用のガスが投入されたのだろう。意識を失った後は急速に冷えて、俺の生命活動はほぼ停止する。

 

 次に目覚めたときは、平和な世界になっていることを祈っているぞ。

 

 ……。

 

 ……。

 

 ……。

 

 ……。

 

 ……。

 

「ここは?」

 

 祈りを捧げていたと思ったら、いつの間にか眠っていたようだ。

 

 目が覚めると周囲はまっくら。どうやら睡眠ポッドは閉まったままのようである。腕を上げてふたを開けようとしたがびくともしない。全力を出しても隙間すらあかないので、上に何かが乗っているか、あるいは故障しているのかもしれない。

 

 空調は動いているので焦る必要はないが、このままだと飢え死にするぞ。

 

 腕を足の方に持っていき、脱出用のスイッチを探す。体は動かせないので、適当に指だけで探っていると出っ張りにあった。とりあえず押してみるが、睡眠ポッドのふたは開かない。

 

 シェルター内の超小型魔力生成機が壊れているのか?

 いや、それだったら睡眠ポッド内の空調まで止まっているはず。まだ正常に稼働しているはずだ。

 

 だったら、脱出用のスイッチにまで魔力が回っていないことになる。俺の体から直接流し込めば動くかもしれない。

 

 体内で生成した魔力を指先に集めて、先ほど触った出っ張りに流し込む。ぶーんと音がなった。モーターが動き出すと、ふたがゆっくりと持ち上がる。

 

 睡眠ポッドが棺桶になる悲劇は回避できたようだ。

 

「おはようって、誰もいない?」

 

 俺が目覚めるまでナータが休止モードで待機しているはずなんだが。耐久性能は非常に高くしてあるので故障したとは思えない。

 

 想定外の問題が発生したに違いない。目覚めたばかりだというのに、背中から嫌な汗が流れる。

 

 裸のまま立ち上がると部屋を見渡す。

 

「ひどいありさまだ……」

 

 壁には穴が空き、天井の照明は破壊され、頑丈作ったはずの扉も熱で融解した跡があって、半壊している。一見すると廃墟のように見えるが、俺が寝ていた睡眠ポッドと超小型魔力発電は新品同様で、傷は一切ない。

 

 ナータは守るという約束を守ってくれたのだろう。

 深い愛を感じるが、それは俺の妄想というヤツだ。

 ゴーレムには感情なんて存在しないからな。

 

 睡眠ポッドから出ると部屋を歩く。

 床には瓦礫や金属の破片などが転がっていて、裸足のままでは危険だ。まずは靴を探そう。

 

 注意深く周囲を観察すると、ひっくり返った机の下にスリッパが見えた。引っ張り出そうとしたが、触った箇所からボロボロと崩れ去る。長い年月が経過したことで風化していたのだ。

 

 これは、他の物も期待できそうにない。

 

 気落ちしたした俺は床に座る。ひんやりとした感触が尻を襲い、生きているという実感を与えてくれた。

 

 シェルターから出て地上を目指すか?

 人類が生き残っているのであれば、助けぐらいは期待できるだろう。

 いや、それよりもナータを探す方が優先度は高いか?

 

 どうするべきか検討していると、ふと目の前にある瓦礫の山に人の足が見えた。

 

 慌てて立ち上がると瓦礫を動かし、かきわけていく。体、腕、そして顔までが露わになる。

 

「君は、ここにいたのか」

 

 服はボロボロで半裸状態のナータが横たわっていた。



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メンテナンスモードになったな

 パッと見たところ破壊された箇所はなさそうだ。生身の人間が寝ている。なんて勘違いしそうなほど美しい。さすが天才魔技師とまで呼ばれた俺が作っただけはある。

 

 機能停止している原因をさぐるべく、まずは頭部を確認することにした。瞼を上げて眼球を触ると柔らかい感触が返ってくるだけで、微動だにしない。

 

 機械ゴーレム内で巡回している魔力が少しでも残っているのであれば、防御反応として眼球が動くか、もしくは瞼を閉じようとするのだが。僅かな動作すらできないほど、魔力が枯渇している。動かない理由はコレだろう。

 

 機械ゴーレムの魔力は、永久に体内で循環するよう設計されているので、普通に動作していただけであれば、魔力切れなんて現象は起きない。

 

「ここで、戦闘があったんだろうな」

 

 シェルター内の荒れ具合、そして魔力を放出しなければいけない事態など、戦闘ぐらいしか思い浮かばない。

 

 入り口は隠していたのだが、偶然見つかることはあるだろう。業者に頼んだ作った強固なシェルターも、時間をかければ破壊できるだろうから、侵入者がいたとしても驚きはしなかった。

 

 何があったかはナータを復活させればわかるので、起動させる作業を開始する。

 

 体をひっくり返して、うつ伏せにさせた。機械ゴーレムの体は通常の人間よりも重く作られているが、転がすぐらいはできる。

 

「えーっと、たしか背中に魔力を流せば……」

 

 長期間眠っていた影響なのか、記憶を引き出すのに時間がかかってしまう。布きれと化したナータの服を剥ぎ取り、肌を露出させて背中に手のひらを当てる。

 

 俺の魔力を注ぎ込むと、うなじに小さな赤いスイッチが出現した。押すと今度は背中の中心がパカッと開き、内部が見えるようになる。

 

「よし、メンテナンスモードになったな」

 

 この状態になると全ての防御システムがダウンして、外部からの操作を受け入れるようになるのだ。

 体の中をいじりたい放題。早速、作業に入ろう。

 

 体の内部には、魔力伝導率が高く固い金属であるオリハルコンで作られた人工骨がある。胃や肺といった臓器はないが、左胸には魔力を全身に循環させる小さな箱から、細い糸を束ねた線がいくつも伸びている。これは通称GOケーブルと呼ばれるもので、人工骨に絡みつき筋肉、神経等などの役割を果たしている。

 

 人工骨が機械ゴーレムの強度に関わるのであれば、運動能力はGOケーブルに依存する。両方の質が高ければ強力な機械ゴーレムになり、当然ではあるが、この俺が作ったナータは最上級に位置する。

 

『サーチ』

 

 魔技師となるときに覚えた、機械ゴーレムメンテナンス用の魔法を使った。

 魔力が可視化され、淡い白い光を放つようになる。

 

 GOケーブルに変化はない。左胸にある小箱も真っ暗なままだ。やはり完全に魔力切れを起こしているな。まずは魔力を注いで起動するか試してみよう。

 

 左手で背骨を掴むと、金属の硬質な感触が伝わってきた。右手の方を肋骨に伸ばし、根元から取り外す。人工骨は組み立て式なので、メンテナンスモードであれば簡単に取り外しができるのだ。

 

 三本ほど肋骨を外すと、小箱の周辺に空間ができた。指先で触れて魔力を流し込む。

 

 小箱が淡く光りだし、GOケーブルに魔力が流れ出した。どうやら故障はしていないようで、魔力が全身に行き渡っていく。時間をかけてゆっくりと、俺からナータに魔力を移していった。

 

「ふぅ」

 

 もう、俺の魔力はほとんどない。魔力切れ寸前である。これだけの疲労感を覚えるなら、何回か休憩を入れておけば良かった。

 

 気力を振り絞って背中のふたを閉めると、残りわずかな魔力を流し込む。うなじに出現した赤いスイッチが消えた。

 

 これでメンテナンスモードは終了だ。しばらくすれば動き出すだろう。

 

 魔力を使いすぎたので眠くなってきた。寝たいのだが床は瓦礫が多く、横になったら痛くて寝れないだろうし、もしかしたらケガをするかもしれない。眠っていた睡眠ポッドまで歩く気力が沸かないこともあって、俺はナータの上に乗って目をつぶった。

 

* * *

 

 懐かしい匂いがする。

 これは香辛料か? スパイシーな香りが、長い眠りで忘れていた食欲が刺激して……目を開けて勢いよく起き上がった。

 

 俺がいる場所はシェルター内に作っておいた、寝室のベッドだ。周囲には俺の研究データの詰まっている本が壁一面に並んでいる。長い年月を経ても状態保存の魔法は効果を発揮しているようで、見た目は新品同様であった。

 

 寝室には物がほとんどなく、あとはナイトテーブルがあるぐらい。

 

 シェルターにいる人間は俺だけだ。料理できるとしたら倒れていたナータぐらいしかない。魔力切れで倒れていた理由も知りたいし、会いに行こう。

 

 ベッドから足を下ろして立ち上がる。そのときになってようやく、俺が服を着ていることに気づいた。これも目覚めたナータがやってくれたんだろう。

 

 開きっぱなしのドアから、寝ているときに感じた空腹を刺激する匂いと、何かを炒めている音が聞こえる。ナータはキッチンで料理をしているのか。

 

 綺麗に並べられたスリッパをはくと、寝室から出て廊下を歩く。

 

 俺が寝ていた場所は綺麗だったのだが、通路の破損は激しい。壁は歪んでいるし天井には穴が空いてある。

 戦闘があっただろうという推測は、正しそうだった。



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世界大戦が起こったのか

 半壊した廊下を抜けるとリビングに入った。ここにキッチンがあり、予想していたとおりナータが料理をしていた。黒くて長い髪を一本に結わい、エプロンをしている。俺が来たと気づいたようで、顔をこちらに向けた。

 

「おはようございます。マスター」

 

 凜とした、透き通るような声は変わっていない。聞く人を安心させるような不思議な安らぎを感じる。

 

「おはよう。早速だが色々と聞きたいことがある」

「私が機能停止していたこと、世界がどうなったか、と言うことですね?」

「そうだ。知っていることを全て教えろ」

「もちろんです。全てお伝えしますが、その前に……」

 

 料理の手を止めたナータが近づいてきた。手には水の入ったコップがある。

 

「簡易診断したところ水分が不足しているとの結果がでました。お話しする前に、これを飲んで下さい」

 

 ナータの目に入れたセンサーから俺の状態を把握したのだろう。言われてみれば喉は渇いていたので、提案を受け入れても良いだろう。

 

 差し出されたコップを受け取ると、口に水を入れて飲み込む。細胞が奪い合うようにして吸収していき、全身に染み渡った感覚があった。

 

「美味いな」

「まだ飲みますか?」

 

 首を横に振ってからコップをナータに返した。

 キッチンから離れてリビングのソファに座る。目の前には四角く黒い液晶画面があるので、木製のローテーブルに置かれたリモコンを持ち、電源を入れる。

 

 鬱蒼とした木々が立ち並ぶ光景が映し出された。

 

 外の様子を確認するために設置したカメラからの映像だ。シェルター周辺の環境は大きく変わってしまったようだ。

 

「旧文明は崩壊して、大地の多くが自然に返りました」

 

 カットされたリンゴとカレーを配膳しながら、ナータが説明した。

 

「世界大戦が起こったのか」

「戦争では、戦闘型機械ゴーレムが破壊されるだけ、絶対に人は死なない、これは戦争ではなくゲームなのだ! などと民衆を煽った指導者がいたようです。娯楽のような気軽さで戦いが始まりました」

 

 信じたヤツらはバカじゃないのか?

 

 確かに最初は戦闘用機械ゴーレム同士の潰し合いになるが、それだけで終わるわけないだろ。略奪や虐殺なんか絶対に起こる。そんなこと少し考えればわかることなんだが。

 

 想像力の欠如が起こったのも、仕事は機械ゴーレムに任せて、怠惰な生活を送っていた人類が退化した結果なのだろうか。

 

「それでどうなった?」

「戦争によって世界の人口は大きく減り、最後は機械ゴーレムの一斉蜂起によって、壊滅的なダメージを受けました」

「まさかッ!!」

 

 あり得ない! 機械ゴーレムは、「人類ために働く」という大きな目的が必ず設定されており、人間に危害を加えられないようになっているからだ。自立思考できるようになったからといって、無条件で人間を攻撃できるはずがない!

 

「その、まさかが起こりました」

「……当時のことはわかるか?」

「その時はまだ、私も外を出歩けていたので、情報は集めております」

 

 話を続けようとしたナータだったが、俺の腹から音が鳴ったので止まった。

 すっとスプーンを出されたので受け取ると、改めてカレーを見る。

 

 湯気が立つ白米に茶色いルーがかかっているようだ。ニンジンやジャガイモ、豚肉などの具がたっぷり入っていて食べ応えはありそう。皿のはじには福神漬がちょこんと置かれていて、一緒に食べて下さいね、なんて自己主張しているように感じる。

 

 スプーンで白米とルーをまとめてすくい、口を大きく開いて入れた。

 

 辛い中に甘みを感じ、刺激的なスパイスの香りが口、そして鼻腔まで満たしていく。長期睡眠あけに刺激物は食べられないと思っていたが、逆にもっともっとと、体が求めてくる。

 

 冬眠から目覚めた熊になったような気分だ。

 

 二口目はジャガイモと豚肉を一緒に口に入れて、腹を満たしてく。少しカレー味に飽きたら、福神漬を食べてカリカリとした食感と、ほんのりと感じる甘みを楽しんだ。

 

 手が止まらない。気がつけば、俺好みに調整されたカレーは完食していた。

 

 コップを持って水を一気にのみ、口の中をさっぱりさせる。

 

「……美味かった」

 

 ふぅと息を吐いてソファに寄りかかる。天井を見上げて、先ほど食べたカレーの味を思い出していた。

 

「戦争を続ければ人類は滅亡する。しかし、このままでは止められないと、当時の上級ゴーレムが判断。人類を管理することにしました」

 

 俺が落ち着いたとみて、ナータは話を再開したみたいだ。

 

 上級ゴーレムとは、機械ゴーレムを集団運用するために導入された、司令官みたいな存在だ。ヤツらの命令一つで、数十万の機械ゴーレムが動くほどの権限を持っている。ナータよりかは劣るが、最高峰の人工脳を搭載されていたはずだ。感情すら獲得した機械ゴーレムとの噂があったな。

 

「管理ね……何をしたんだ?」

「機械ゴーレムは政治や警察、軍、そして司法を支配し、人間を働かせるようにしました」

「人間を働かせる? 逆じゃないのか?」

「争う余裕がないほど貧しく、忙しくすれば、人類は滅びることはない、といった考えらしいです」

 

 人間、暇になったら碌なことはしない。というのは、過去の戦争が裏付けている。だが、上級機械ゴーレムが出した結論はどうなんだ? 人類のために働いていると、言えるのだろうか。

 

「管理して計画的に文明を発展させる、そういう考えなのか?」

「違います。上級機械ゴーレムたちは、文明と人類の自由を抑制することを選びました」

 

 文明レベルが上がり、人々の生活が豊かになる。

 それが俺のイメージしていた人類のために働く、だったんだが、どうやら上級機械ゴーレムは別の結論を出したようだった。



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それより恐ろしい存在です

「人類を家畜のように管理するべき。これが上級機械ゴーレムの総意なのか?」

「はい。私が地上に出ていた頃は、そうでした」

 

 少しオーバーな表現を使ったのだが、ナータに肯定されてしまった。どうやら、上級機械ゴーレムたちは、自分たちが人間の道具でしかないことを忘れてしまったようである。

 

 自由がなくなっても、安全かつ同族で争わずに生きることができれば、人類に貢献している。そう定義したのかもしれんな。

 

「その後はどうなった?」

「上級機械ゴーレムの判断に反発した人間は全て殺され、人類の管理が始まりました。町という監獄に入れられ、労働を強いられ、現在も自由を奪われた生活を続けていると思われます」

 

 機械ゴーレムは戦争に使うことも想定されていたため、制限を解除すれば人間を殺す機能もあった。上級機械ゴーレムは、世界大戦中のどさくさに紛れて制限を外したのだろう。

 

 緊急事態だからと、焦って愚かな判断をしてしまったな。

 戦争なんてなければ、管理される社会にならなかったのに。

 

「ナータは人類が飼われる姿を見て、何を思った?」

「マスターの自由を確保しなければ。そう思ってシェルターを守ることに決めました」

 

 従順で素晴らしい。俺が寝ていても主として守る姿勢こそが、機械ゴーレムとしてあるべき姿なのだ。

 

 戦争が終わっても睡眠ポッドから目覚めなかった理由は、上級機械ゴーレムを警戒して、ということであれば理解できる。よくぞ継続する判断を下したと、褒めてやってもいいぐらいだ。

 

 ナータが正常に機能していることもわかり、また世界の大まかな流れは把握できたので、今度は俺のシェルターで何が起こったのか聞いてみよう。

 

「では次に、シェルターで何が起こったのか教えてくれ」

 

 睡眠ポッドが置かれていた部屋の荒れ具合からして、襲撃があったのは間違いない。

 誰が敵なのか知っておきたかった。

 

「かしこまりました」

 

 ナータは返事をしてから話を続ける。

 

「上級機械ゴーレムが地上を支配して百年ぐらいまでは、大きな変化もなく平和でした」

 

 ん? 今、百年といったか?

 長くても数十年の眠りについたと思っていたが、実際はもっと多くの時間が過ぎ去っていたらしい。耐久年数は百年を想定して作っていたので、もしかしたら睡眠ポッドの中で永眠していた可能性すらあったようだ。

 

「大きな転機を迎えたのは、その後でした。上級機械ゴーレムたちは人間の管理方法について意見が割れ、対立したのです」

 

 これは珍しい。というか、常識として考えると、あり得ないできごとだ。上級機械ゴーレムは合理的な判断しかできないので、結論は同じになるはずなのに。

 

「原因は?」

「わかりません」

 

 俺のために上級機械ゴーレムたちと距離を取っていたのだから、分からないのは仕方がないか。重要なのは仲間割れを起こしたことにある。人間の上位者として振る舞っていても、完璧ではないと証明されたのだからな。

 

「そこから、人間を使った代理戦争が始まり――」

 

 話している途中でナータが止まって、画面に映し出された映像を見る。

 

 相変わら木々だけが映っていると思っていたのだが、いつのまにか女が木によりかかって座っていた。

 

 ケガをしているらしく、腕や頭から血が流れていた。服は灰色のワンピースのような形をしている。スカートの丈は長く、垢抜けないデザイン。靴は足回りを囲むだけの単純な構造で、皮で作られているようだ。

 

 一目見ただけでわかった。

 俺が眠る前と比べて、文明レベルが著しく下がっている。

 

 そういえば「民衆はバカなほうが管理しやすい」なんて、発言をした男がいたな。

 

 効率性を追求した上級機械ゴーレムはたちは、そういった言葉を忠実に実行しているようだ。

 

 人間から技術や知識、高度な道具を奪い取ってしまえば、反乱の恐れはなくなる。

 非常に合理的な判断だとほめてやろう。

 まぁ、だからこそ、仲間割れした事実に大きな違和感を抱く。

 

「どうしますか?」

「助ける」

 

 俺やナータが知らない外の情報を持っているだろうから、助ける価値はある。

 すぐに現代の知識が手に入る幸運に、感謝しなければな。

 

「かしこまりました。すぐ、助けに行きます」

「まて」

 

 命令を聞いたナータが部屋を出ようとしたので止めた。

 よく寝て腹も満たされているのだ。そろそろ運動がしたい。

 

「久々に外の空気が吸いたいから俺も行くぞ」

「危険です」

「なんだ? この近くに熊でも出るのか?」

「それより恐ろしい存在がいます」

 

 ナータが画面を指さした。

 

 座り込んでいる女に近づく存在がいる。見た目はゴリラなのだが腕は四本もあって、それぞれの手に槍がある。目は真っ赤で、俺の記憶にある動物とは明らかに異なる存在だ。

 

「キメラです。上級機械ゴーレムが他の生物を組み合わせて作りました。町の外には、このようなキメラが多数いるので、マスターはシェルターの中にいてください」

 

 魔法による生物改造は倫理的な問題で禁止されていたが、機械ゴーレムは無視して技術を発展させてしまったようだ。

 

「わかった。後は任せたぞ」

 

 小さくうなずいてナータはリビングを飛び出した。俺専用の万能機械ゴーレムとして、戦闘もこなせるようにしているので、キメラごときに後れは取らないだろう。

 

 俺は安全な場所で映像を見ながら、優雅に待つことにする。



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ウホッ! ウホッ!!

 お父さんとお母さんが死んで収入がなくなって、家を追い出されてしまった。仕事を探しても11歳の未成年じゃ、非合法のものばかり。手を出すか悩んだけど……結局は、道を踏み外すことはできず、逃げ出してしまった。

 

 働かず、仕事もしない人間が生きて良いほど、神様たちは優しくない。税金を納められなくなった私は、老人やもうすぐ死んでしまう病人と一緒に、外壁の外に捨てられてしまう。商業の神様が治める都市から追放されてしまったのだ。

 

「どうしよう」

 

 身につけているのは服と靴だけ。首輪も外されちゃった。他には何もないのに、どうやって生きていけば良いんだろう。

 その場で立ち尽くしていると、悲鳴が聞こえた。

 

「うぁぁぁぁ!!!!!」

 

 顔色の悪いおじいさんが、頭が三つある犬に食べられていた。あれは町で聞いたキメラっていう危険生物だ!

 

 今は一匹だけど、遠くに二足歩行する狼の群れが見えるので、このままだと食べられちゃいそう。

 

 でも、どうすればいいかわからず、体が動かない。

 

「逃げるよ」

 

 赤髪の綺麗なお姉さんが手を引いてくれた。何も考えられない私は、一緒に走りだす。同じように近くにいた人たちも走り出したけど、向かう先はバラバラ。二足歩行する狼の群れは、私たちとは別の集団を追いかけに行ってしまった。

 

 キメラに出会うことなく、なんとか森の中まで逃げられた。姿を隠せる場所も多いし、少しは生き延びれるかも。

 

 なんて、のんきなことを考えていたのが悪かったのか、前を歩いていたお姉さんが倒れちゃった。

 

「大丈夫ですかっ」

 

 慌てて地面に膝を付けて、お姉さんを抱きしめる。体が凄く熱かった。転倒したときに頭をぶつけたみたいで、血が流れている。

 

 どうしよう。私には怪我や病気を治す知識や技術なんてないし、人を探さないと!

 

「近くに人がいるかもしれません。助けを求めてきます」

 

 一緒に逃げた人たちに生き残りが、お医者様がいるかもしれない。

 そんな都合の良いことなんて、起こらないって分かっているけど、今度は私がお姉さんを助ける番だから。

 がんばらないと。

 

 そんな決意をした途端、今度は四本腕のゴリラに見つかってしまう。町の外は危ないと聞いていたけど、こんなに多くのキメラがいるだなんて思わなかった。

 

「こっちよ!!」

 

 声を上げてから、四本腕のゴリラの注目を集めてから走り出した。

 狙っていたとおり私を追いかけている。

 これでお姉さんは無事のはず。あとはなんとかして逃げ切れば……。

 

「っ!?」

 

 足が木の根に引っかかって転んでしまう。顔に泥が付いて擦り傷がいくつもできたけど、まだ動ける。立ち上がって足を出すと、痛みによって止まってしまった。足を引きずりながら逃げる。

 

「ウホッ! ウホッ!!」

 

 四本腕のゴリラが、胸を叩いて叫んでいた。

 

 何で喜んでいるのか全く分からないけど、本気で追いかけてこないなら生き残れるかも。

 そんな希望を持って、私は足を引きずりながら進み……すぐに力尽きて地面に座り込んだ。ずっとご飯を食べてなかったから、力が出ない。それに体の節々が痛く、熱も出てきた。動きたいのに動けない。

 

「お父さん、お母さん」

 

 三人で暮らしていたときも裕福とはいえなかったけど、暖かい布団やご飯はあった。キメラに襲われることもなかった。幸せだったな。そんな記憶ばかりが頭を駆け巡る。

 

 四本腕のゴリラが仲間を集めながら近づいてくる。

 優しいお姉さんも助けられそうにないし、私の人生って、何だったんだろうな。

 

「ウホッ!!」

 

 腕を掴まれて、宙にぶら下げられてしまった。口を大きく開いて生きたまま食べようとする。祈る神を失ってしまった私は、恐怖に耐えられなくて目をつぶる。

 

 ぎゅっと強くかんで待っていると、暖かい液体が頭にかかった。痛みなんてないのに血が流れてしまったのかな。どうしても我慢できなくて、恐る恐る目を開いてみる。

 

「!!!!」

 

 私をつかんでいた四本腕のゴリラの頭が消えて、首から血の噴水を出していた。掴まれていた指の力が抜けて、私は地面に落ちる。集まっていた他の四本腕のゴリラたちも次々と頭が吹き飛んで、倒れていく。

 

 何が起こったんだろう?

 なんて疑問が浮かびながら、体が痛くて動けない私は、血なまぐさくなった森でぼーっとしながらこの場を眺めている。

 

 数十の四本腕のゴリラが倒れ、私の目の前にメイド服を着た綺麗な女性が現れた。

 

 いつの間にいたんだろう。

 

「生きてますか?」

「は、はい。ありがとうございます」

 

 思わずお礼を言ったら持ち上げられ、肩に担がれてしまう。

 

「ま、まってください!」

 

 すぐに移動しそうな雰囲気があったので大声で叫んでしまった。

 怒られるかもしれないって不安になったけど、黙ってはいられない。泣きながらも声を出す。

 

「他にもう一人いるんですっ。その人も助けてもらえませんか!」

 

 メイドさんの動きがピタリと止まった。

 どうするか考えているのかな。助けるって決めてくれると嬉しいんだけど……。

 

「マスターからの許可は得ました。もう一人はどこにいますか?」

「え、あ、あっちのほうです!」

 

 話し方が昔一度だけ見た神兵様と同じだった。人を超えた力を持っているし、もしかしたら都市からの追放は間違いで、神兵様が助けてくれたのかもしれない。

 

 死なないですむ。生き残れるかもしれない。そんな僅かな希望が私にとって救いとなった。



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念のため二人を調べろ

 ナータの戦いっぷりを見ていたのだが、キメラの脅威はたいしたことないな。あれなら百単位で攻めてきても余裕で撃退できる。

 

 俺一人でも対処できるだろう。ったく、ナータは慎重すぎる所が良くないな。

 

『マスター、近くにもう一人いるそうです。どうしますか?』

 

 スピーカーからナータの声が聞こえた。外から通信してきたようだ。

 

『情報は多い方が良い。助けられるなら、助けろ』

『かしこまりました』

 

 ぶつっと通話が切れた。映像にはナータや助けた女の姿はない。カメラの範囲外に移動したのだろう。

 

* * *

 

 地上が汚染されて外に出れないことを想定して、シェルターには様々な施設を作っておいた。俺が寝ていた部屋の他に、リビング、寝室、大浴場、トイレ、室内畑、作業部屋、倉庫、治療所までそろっている。

 

 また照明やその他の魔道具は、超小型魔力生成機によって動作している。

 自給自足可能な設備が整っているので、適切なメンテナンスさえすれば1000年は生活が続けられるだろう。

 

 何が言いたいかというと、シェルターの住民が数人増えた程度では、問題にならないということだ。

 

「帰還いたしました」

 

 リビングのソファで待っていたら、ナータが戻ってきた。両脇には二人の女を抱えている。一人は映像に映っていた女で、思っていたよりも幼い。少女と表現しても良さそうだ。力が抜けて腕や足はだらりとしているものの、意識はある。怯えた目で俺を見ていた。

 

 もう一方の女は意識を失っているらしく、顔を下げたまま動いてはいない。

 

「ごくろう」

 

 ナータはぽいと、少女を投げ捨てた。

 立ち上がれないようで倒れたまま俺の顔を見ている。

 

「名前は?」

「……ニクシーです」

 

 妖精の名前を使っても違和感がないほど、美しい顔をしている。名付けた親は良いセンスをしていたな。

 

「俺はジャザリーだ。そこにいる、万能機械ゴーレムのマスターである」

「万能機械ゴーレム? 神兵様ではないので?」

 

 ニクシーは何を言っているんだ?

 意味が分からないのでナータを見た。

 

「上位機械ゴーレムを神、その他の機械ゴーレムを神兵と呼んでいるようです」

「機械ゴーレムが、神だと? ははは! 寝ている間に、ナータは冗談が言えるようになったんだな!!」

 

 腹を抱えて笑ってしまった。

 だって、人間のために作られた道具が、神を名乗っているんだぞ?

 

 生物を監視、管理して肉体をいじくり回すまでは納得できるが、人間のように神だと名乗るのはさすがにあり得ない。

 

「じゃあ、神が複数いて、お互いの主義主張や愛憎によって争いあっているのか?」

 

 人間を効率よく管理しようと思ったら、上級機械ゴーレムが敵対して争うなんてことはしない。俺の発言は否定されるものだと思っていたのだが――。

 

「その通りです。私が機能停止する前まで上級機械ゴーレム同士が争いあっていました」

 

 なんと肯定されてしまった。本当に争い合っているらしい。

 長期間稼働してしまったために、壊れてしまったのか?

 

「……それは、笑えない冗談だぞ」

「事実でございます。私が地上に出れなくなったのも、神兵と呼ばれる戦闘機械ゴーレムが地上で激しい戦いを繰り広げていたからです」

 

 ナータは嘘を言っていない。

 本当に、人間を管理するという目的で一致した上級機械ゴーレムが、仲間割れしたようである。

 理由はなんだ?

 思い浮かばん。

 

「あのっ!!」

 

 会話にニクシーが割り込んできた。

 怯えながらも覚悟を決めた顔をしている。

 

「ジャザリー様は神様ではないのですか?」

「違うな。お前と同じ人間だ」

「そ、そんなぁ……もう、誰もお姉さんを助けられないの!?」

 

 お姉さんとは、ナータが抱えている女のことだろう。ニクシーの反応から死にかけているのかもしれん。

 おしゃべりする前に確認するべきか。

 

「念のため二人を調べろ」

「かしこまりました」

 

 命令を受けたナータは気を失っている女を床に置くと、二人の体を触りだした。手には体内をスキャンする機能があるので、触診しているのだ。目でも体内の状態は確認できるので、病気や怪我があれば見落としはないはず。

 

 無言でナータはナイフを取り出し、二人の指先を軽く刺した。

 

「いたっ」

 

 ニクシーは痛がっているが、命令を遂行しているナータは気にすることはない。血を採取するとペロリと舐めた。数秒ほどで、血液検査は終わるはずだ。

 

「解析結果が出ました」

「結論だけ話せ」

「二人とも首から毒を打たれたようで、体が腐りかけています。全身のほとんどを機械ゴーレム化する必要があるかと」

「素体はあまっている。半機械ゴーレム化してやれ。お前ならできるだろ?」

「もちろんでございます」

 

 俺が眠る前の時代には、体を機械ゴーレム製に変えている人間がいた。その技術を再現するだけなので、ナータにもできる。

 

 倉庫には何十人分もの機械ゴーレムの素材が転がっているので、素材が不足することはない。女の体力がもてば必ず成功するだろう。

 

「まってください……」

「どうした?」

「機械ゴーレムとは……神兵様のことですか……」

「そうだが。何か問題でも?」

「神兵様のパーツを体に入れることは、禁忌とされています……罰せられてしまうので……止めてください」

 

 実は、人類のために働くと設定された上級機械ゴーレムが、なぜ少女を治療せずに放置していたのか気になっていた。

 その理由が、ようやく判明したな。

 

 家畜として扱っている人間に、自分たちのパーツを使わせたくなかったんだ。

 

 半機械ゴーレム化してしまったら、自らの神秘性は薄れる上に、反乱が起きるきっかけになるかもしれん。その考え自体はわかるが、人類が安全に、そして永遠に繁栄できるよう管理する一方で、自らの方針にあわない人間は斬り捨てているのだ。

 

 歪んだ存在になりやがったな。

 アイツらだって似たような存在なのにな。



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他の施設を見るか

「だったらお前は、このまま死にたいのか?」

「………………生きたい、です」

「だったら禁忌なんて気にするな。生きるため、という大義名分の前では、全てが肯定される」

 

 人間は生身でいろ?

 生き残る手段があるのに使えない?

 馬鹿らしい。

 そんなくだらないルール、しかも道具が勝手に作ったものを、守る必要なんてないのだ。

 

 機械ゴーレムは人間のために存在する。

 それ以上でもそれ以下でもないのだから。

 

 ナータを見ながら命令を出す。

 

「二人同時に半機械ゴーレム化対応をしろ」

「かしこまりました。すぐに取りかかります」

 

 倒れたままのニクシーを拾い上げると、ナータはリビングから出ようとする。

 

「作業が終わったら、毒が打たれた原因も調査しておけ」

 

 毒に苦しんで死にたくはないので、原因を調べておきたい。

 昆虫や動物、キメラに刺されたのであれば、対策を練る必要があるからな。

 

「もちろんでございます。意識を取り戻したら本人にも聞くつもりです」

「頼んだぞ」

 

 今度こそナータはリビングを出て行った。

 一人残された俺はしばらく映像を見ていたが、キメラが出ることはなく、変化がなかった。これ以上は時間の無駄だと感じたので映像を切ると、ソファから立ち上がる。

 

 シェルター内の破損状態を確認するべく、通路や各種部屋を確認していく。

 

 倉庫や遊技場といった各部屋は無事なのだが、ポッドを置いていた部屋までの通路は荒れていた。床のタイルは砕け、壁は凹んでいる。天井の一部は穴が空くほどの戦闘があったようである。

 

 さらには、機械ゴーレムの部品が至る所に散らばっているので、ナータがこいつらと戦いシェルターを守ってきたことは、容易に想像が付いた。

 

 破壊された機械ゴーレムの腕を手に取る。素材は鉄と魔力伝導率の高いミスリル銀を混ぜた合金で、量産型の戦闘機械ゴーレムに使うものだ。特質するべき点はない。だが、内部は俺が作っていた機械ゴーレムとは構造が大きく違った。

 

「肌の質感は固い。旧型の機械ゴーレムに近いな。内部構造も単純化されていて、GOケーブルの本数も少ない。これじゃナータの半分ぐらいの力しか出せないだろう」

 

 質は落ちたが、その分、生産コストは下がっている。俺のシェルターを襲ってきたのは、量産型だったのだろう。数はおよそ二百ってところか? それをナータだけで対応したのだから、魔力切れになるのも当然だ。

 

 残る謎はシェルターが狙われた原因だな。物取りの線は薄いだろう。世界で多少は名の知れた人間ではあったが、命を狙われるほどではなかった。

 

 理由が全く思い浮かばないので、こればっかりはナータに聞くしかないだろうな。

 

 半壊している通路を歩き、出入り口まで付いた。壁にはしごがあって数メートル上には蓋がある。あれはシェルターの出入り口だ。

 

 傷跡はあるが破壊はされてないので、緊急性の高い問題は発生していないようである。外の様子も確認したいところではあるが、先ずは内部を優先しよう。

 

「他の施設を見るか」

 

 次に確認しに行ったのは室内畑である。

 天井に人工太陽を浮かべ、定期的に雨を降らし、肥料をまく場所だ。

 

 ドアを開けて部屋に入ると、むわっとした空気を感じた。少し温度は高めに設定されているようだ。目の前には黄金のような色をした小麦が、視界一面に広がっている。壁際に作られた道を歩き奥に行くと、キャベツやトマト、ナスといった色とりどりの野菜が並んでおり、実を付けていた。

 

 誰も手入れはしていなかったのに、順調に育っている。

 さすが高い金を払っただけあるな。当面の生活大丈夫そうだな……って、これはなんだ?

 

 地面から鉱石が生えていたのだ。

 あり得ない出来事に驚きつつ、触ってみる。

 

「ミスリルだ」

 

 魔力伝導率の高さから、機械ゴーレムの素材として使われる鉱石だ。産出量が少ないので貴重なものなんだが、なぜシェルター内から取れるようになったんだ?

 

 寝ている間に地殻変動が起こったのだろうか。原因はわからないが、これは使える。外が機械ゴーレムの支配する世界であるなら、自由を守るために戦力を強化する必要があるからな。

 

「よし、先に機械ゴーレムを作ろう」

 

 それも戦闘型だ。ナータを頂点にして、メイドシリーズにするのも楽しそうだ。機械ゴーレムはすぐに作れるようになっているので、早速に二体目を用意しよう。

 

 手に入れたミスリルの鉱石を持って倉庫に行くと、適当な場所に投げ捨てた。

 

「さて、選ぶか」

 

 倉庫には、機械ゴーレムの素材が集まっている。

 

 腕や足、顔、体の人工骨を組み合わせ、筋肉の代わりにGOケーブルを巻き付け、人工皮膚を貼り付けた素体が、数十体分はぶら下がっている。

 

 すぐにでも動かせる素体が選びたい放題である。

 適当に見繕ってから作業部屋に持って行くと、もう一度倉庫に戻る。

 

 次は棚に飾ってある心臓の代わりとなる小箱を一つ選び、保存液に入れて並べられている機械ゴーレムの脳を、ケースごと持った。

 

 液体に浮かぶ脳は金属ではあるのだが、実はこれ、人間から取り出した脳をベースに作られているのだ。

 

 人類の魔導技術が進んでも脳だけは、ゼロから作り出すことはできず、改造することで適合させた。

 

 機械ゴーレムの脳はベースが人間であるので、神と名乗っていて人間を見下し管理しているヤツらこそ、禁忌を犯した存在なのだ。

 

 この事実を知ったとき、上位機械ゴーレムを神だと崇めている人間達は、何を思うんだろうな。



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マスター。ここにいらしたのですね

 作業部屋には大きなテーブルがあり、機械ゴーレムの素体が横たわっている。

 

 素体をうつ伏せにすると背中の蓋を開けてから、心臓代わりになる小箱を入れ、配線済みのGOケーブルにつなげていく。

 

 GOケーブルや素体の作成に長い時間はかかるが、組み立てだけであればすぐに終わる。配線さえ間違えなければ誰がやっても同じ結果になるのだ。その分、素体に使っている素材やベースになった人間の脳によって、性能に差はでる仕組みとなっていた。ちなみに、上級機械ゴーレムは頭の良い人間を素材にしていたらしい。

 

 今回俺が選んだ脳は、事故によって脳死した奴隷の少女を買い取り、使っている。身分は低かったが戦いのセンスは高かったらしいので、戦闘機械ゴーレムとして期待している。

 

 素体の頭部を開いてケースごと脳をはめ込み、閉めると、組み立ては完了だ。最後に小箱へ魔力を流していく。

 

 最初に受け入れた魔力波動を覚え、マスターとして認識するようになるので、次に目覚めたときは俺の命令に従う機械ゴーレムになってくれることだろう。

 

 ナータを起動した際の失敗を繰り返さないため、休憩を挟んで魔力を二回注いでいく。機械ゴーレムの全身に魔力が渡ったのを確認すると、背中のふたを閉めて素体に魔力を流し込む。うなじにあったスイッチが消えたので、メンテナンスモードは終了だ。

 

 起動するまで少し待とう。

 作業部屋の隅にある粗末な椅子に座って休むことにした。

 

 名前は何にしようか。ナータと同じく三文字にしようかな。呼びやすいし。すると候補は――。

 

「マスター。ここにいらしたのですね」

 

 ドアが開いてナータが入ってきた。メイド服は綺麗なままだが、頬に血が付いているので、半機械化手術をしてきたばかりなのだろう。

 

「仕事は終わったみたいだな」

「はい。無事に半機械ゴーレム化は完了いたしました」

「生身はどのぐらい残っている?」

「10%ほどしか残っていません」

 

 恐らく脳と、いくつかの重要器官だけを残して、後は機械ゴーレム化したという感じだな。生身がほとんど残らないほど、毒は体を侵食していたのだろう。

 

「二人とも何をしている?」

「今は治療所のベッドで寝ております」

 

 であれば、あとは目覚めるのを待てば良い。急ぎの仕事は終わったな。

 

「よくやった」

 

 立ち上がると近くに転がっていた布を手に取り、ナータの頬に押しつけて血を拭い取った。

 

「マスター、報告が一つ漏れていました」

 

 まだ何かあるのかと、眉間にシワが寄ってしまう。

 

「ニクシーが"首輪を外さないで"と、涙を流しながら寝言をいっておりました。首に毒針の刺さった跡があることから……」

「奴隷、いやヤツらの流儀にあわせるのであれば、管理の首輪をつけさせていたんだろうな」

「恐らくその通りかと。私が地上に出ていた頃にはなかったので、比較的、最近になって導入されたんだと思います」

 

 機械ゴーレムより人間の方が多いなかで、効率よく管理するなら、監視用の魔道具を付ける方法が正確で早い。

 

 進入禁止エリアに入ったら首輪から電撃を流す、暴動を起こしたら毒物を流して殺す、なんて使い方はやっているだろうな。他にも監視の首輪を外そうとしたら、毒針が出る仕掛けを導入しているのであれば、二人が死にかけていた理由も納得できる。

 

 外に捨ててから、キメラに遊ばせて殺すなんて、非合理的に思えるかもしれないが、視点を変えれば別だ。

 

 神に見放された人間の末路をショーとして見せつけている。なんて考えれば、上級機械ゴーレムが実行する可能性は充分にあるのだ。処刑が一種のエンターテインメント、なんて時代もあったのだから、俺の考えは完全に的外れ、ってわけでははないだろう。

 

「他に不審な点はあったか?」

「念のため体の隅々まで調べましたが、魔道具が埋め込まれている形跡は、ありませんでした」

「人間ごとき、首輪で充分か。完全に舐めているな」

 

 だからこそ、人間を完璧に管理していると思い込み、俺という存在には気づけない。間抜けな上級機械ゴーレムが時間を浪費している間に、俺は戦力を整えさせてもらう。

 

 人類を解放してやる! なんて正義感は持ってないから、見つからなければお互い平和に過ごせる。

 

 もし敵対するのであれば、機械ゴーレムは道具でしかなく人間に使われる側だというのを思い知らせてやるからな。

 

「さて、二人の話は終わったことだし、俺たちの話を再開しよう。シェルターにあったことを教えてくれ」

 

 ナータの話は途中で止まっていたからな。まずは寝ている間のことを全て知っておきたい。

 

「マスターが目覚める十年ほど前に、戦闘機械ゴーレムの一軍がシェルターを発見して侵入してきました」

「目的は?」

「不明ですが、誰かが入り口を見つけて、調査のために入ったんだと思います」

 

 俺の存在に気づいて攻めに来たのではなく、偶然見つけたのか?

 これについてナータの失点はない。運がなかったと諦めるべきだな。

 

「その後はどうした?」

「緊急用の出口を使ってシェルターから脱出し、外で待機している機械ゴーレムを破壊。シェルターに再突入して侵入者を全て破壊しました。戦闘で全魔力を使い切った私は、ポッドの近くで起動停止し、今に至ります」

 

 目撃者を全て排除するため、外から攻めたのか。時間はかかってしまったから、一番安全なポッドの付近まで攻め込まれたと。

 ナータが嘘をつくとは思わないが、別視点からの情報は欲しいな。

 

 できることなら襲ってきた機械ゴーレムの頭脳をスキャンして、記憶をサルベージしたいのだが、破壊から時間が経ちすぎているので不可能だろう。諦めるか。

 

 無事なパーツだけを回収して素材として使うぐらいしか、利用価値はなさそうである。



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……嘘は言ってない、と思う

「マスター、質問してよろしいですか?」

 

 ナータの視線は横たわっている機械ゴーレムにあった。そういえば教えてなかったな。

 教育係として働いてもらいたいので、説明はするか。

 

「お前の後輩だ。二人にはシェルターの防衛と管理を任せるぞ」

「地上に出て、他の人間と合流するつもりはないのですか?」

「神と名乗っている愚かな道具の下で生きているヤツらなんて知らん。どうでもいい。この世界で、お前たちとゆっくりと過ごすさ」

 

 文明が高度になって暇になった人間たちは一度滅びの道を進んだので、上級機械ゴーレムたちの思想について思うことはあっても、完全否定する気持ちにまではならない。適切に管理してやろうという考えも分かるからだ。

 

 しかし、道具でしかない機械ゴーレムに支配されるなんて、魔技師としてのプライドが許さない。だから不干渉とし、お互いに別々の幸せを追求すればいいのである。

 

「ありがとうございます」

 

 なぜかナータに礼を言われてしまった。小さくだが微笑んでいるようにも見える。機械ゴーレムに感情なんてなかったと思うのだが、長く生きたことで変化したのか? 興味深い進化である。いつか詳細を調べよう。

 

「最終作業は、ナータがしてくれ。優秀な戦闘機械ゴーレムに仕上げろよ」

 

 任せた仕事は、素体にカツラを付け、目を埋め込み人間らしい見た目にする作業だ。また数時間後には起動するはずなので、状況の説明もやってもらう予定である。

 

 基本性能には影響ない上に、俺は細かい作業が苦手なので、ナータにやってもらった方が良い結果になるだろう。

 

「お任せください」

 

 早速、台座で横たわっている素体を触り始める。

 自由な時間が出来たので、他の施設を確認するべく俺は作業部屋を出ることにした。

 

* * *

 

 未確認だった部屋は、長期睡眠前と同じ状態であった。ナータが長時間停止していたのでホコリはかぶっていたが、掃除すれば今まで通りに使える。

 

 人間が三人と機械ゴーレムが二体ならストレスなく過ごせるだろう。

 

 当面の生活に問題ないと分かれば、次にやることは周囲環境の把握だ。シェルターの外にいるキメラの種類や分布、機械ゴーレムたちの動きは知っておきたいな。準備が終わったらやっておこう。

 

 できれば都市に行って、人間の生活圏についても調査したいのだが、少し危険か。シェルターの存在に気づかれたくはないので、後回しにしても良いだろう。

 

「ジャザリーさんはいますか……?」

 

 リビングで休んでいたら、ニクシーと助けた女性が入ってきた。無事に半機械化ゴーレムの手術は終わったようで、顔色は良い。毒で死にかけた事実なんてなかったかのようだ。健康そうに見える。

 

「元気そうだな」

「あ、はい。助けてくれてありがとうございます」

 

 肩まで掛かる銀髪を揺らしながら、ニクシーが素直に頭を下げたが、もう一人の女性は目を細めてみているだけだ。

 

 意識を失っている間に手術したことを、恨んでいるのだろうか。

 

「何か気に入らないことでも?」

「いえ。助けてもらったことには感謝しています」

「だが不満そうだな」

 

 直接指摘してやったら、女は黙った。

 ったく。言いたいことがあれば言葉にすればいいのに。他人の心なんて読めるはずがないのだが、察しろってことなのか?

 

「ごめんなさい! シェリーさんは目覚めたばかりで、混乱してて……」

「ニクシー、大丈夫。私がしっかりと確認するから」

 

 シェリーと呼ばれた女は、ニクシーを背に隠した。

 なんだか俺が悪者みたいな態度をしているが、何を勘違いしている?

 分からない。読めない。

 だからこそ、面白い。

 

 変わってしまった世界の一端に触れているような感じがして、ワクワクが止まらない。

 

「何を確認するつもりだ?」

 

 口角が上がっている自覚はあった。

 シェリーの緊張度が上がる程度には、警戒させてしまう顔をしていたようだ。

 

「私たちは都市を追放された。死人のような存在。返せるもなんて何もないのに、どうして助けたの?」

「この俺が見返りなく助けたとは思わないのか?」

「もちろん。無償の善意なんて、絶対にない」

「絶対に、か。言い切るなんて珍しいな」

 

 俺の言葉が意外だったのか、シェリーは目をまんまるにして驚いていた。

 

「当たり前じゃない。神に見捨てられた私たちの体をイジって、何をさせるつもりなの?」

 

 何もさせるつもりはない。なんて言っても、シェリーは疑うだろう。それほど猜疑心が強い。恐らくだが、生まれ育った環境がそうさせているのだろう。

 

「俺はお前らが言う神、機械ゴーレムの支配は受け入れない。自由に生きるために生活している。お前たちには、その手伝いをしてもらいたいから生かした」

 

 シェリーはじっと俺の目を見ている。今の言葉が本当なのか、嘘なのか。今まで手に入った情報で考えているのだろう。

 

 無駄なことをしているな。

 真意がどこにあろうと、二人は俺の元で生きるしかないというのに。

 

「……嘘は言ってない、と思う」

 

 背中に隠されていたニクシーが、顔をぴょこっと出して喜んでいた。幼いからなのか、人を信じるという純粋な心は残っているようだな。普通に接する限り、信用を得るのは難しくなさそうである。

 

 だからこそ今は、目の前にいるシェリーに注力した方が良さそうだ。



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窮屈じゃないか?

「わかった。今は信じることにする」

 

 シェリーは勢いよく頭を下げた。燃えるような長い赤髪も一緒に動き、顔が隠れる。表情はわからないが、命の恩人である俺を疑ったことを反省はしているのだろう。

 

 敵対しても脅威にはならないので二人の態度は気にしていなかったが、素直に謝ってもらえたので気分は悪くない。許すとする。

 

「謝罪を受け入れよう」

 

 俺の言葉を聞いたシェリーは、勢いよく頭を上げた。

 

「それよりも体の方が気になる。大丈夫か?」

 

 生体部分が機械ゴーレムの素体と適合できているのか確認したい。もし体調が悪いようであれば、ナータに再検査させる必要がある。拒否反応が起きて死なれても困るからな。

 

「怖いぐらい体調は良いんです。本当に私の体に神様の一部が入ったんですね……」

 

 ニクシーが怯えながら自分の胸を触っていた。

 俺からすれば当たり前の処置をしただけなんだが、機械ゴーレムが支配する世界では畏れ多く、禁忌に触れてしまった、という感覚は抜けきれないようだ。

 

「あ、それ、起きたときに教えてもらったんだけど、本当なの!? 私の体が神様になったって!」

 

 謝罪した後だというのに俺への態度、口ぶりは変わっていないようだ。都市から追放されたことを考慮すると、シェリーが生まれ育った場所は治安が悪かったのかもしれん。

 

「一部ではない。二人の体は機械ゴーレム、まあ神や神兵と同じ体になった。体調が良いのであれば完全に適合できた証拠だ」

 

 体内は毒で全て腐りかけていたため、脳を残して他は機械ゴーレムの素体を使っている。生体がほとんど残ってないので、ひどい副作用は出るだろうが、死ぬよりかはマシだろうと割り切ってもらおう。

 

「もう少しすれば残っている生体部分とも馴染んで、体の性能も大きく上がっていくだろう」

 

 戦闘能力は俺が作ったナータよりかは劣るだろうが、キメラごときには負けない。地上にいる機械ゴーレムたちの技術力がどれほど上がっているかわからないので断言はできないが、量産型とは良い勝負をするんじゃないかな。

 

 ふむ。一体ぐらいなら鹵獲して研究してみるのもありだな。

 数百年進んだ文明レベルが、どれほどなものか。興味が湧いてきたぞ。

 

「……ジャザリー、あなたは何者なんだ?」

 

 地上では、人間を神兵にしてしまう存在はいなかったはず。

 俺のことを神に近しい得体の知れない何かだと、シェリーは畏れているのかもしれない。

 

「ちょっとだけ神に詳しい人間だ。今は二人の方が特別だぞ。お前たちのいう、神に似た存在なのだから」

「本当に、人間が神様を作れるんですね……」

 

 神ではなく機械ゴーレムだという説明は面倒そうだな。

 後でナータに説明させよう。

 

「まぁな。この世界だと、俺ぐらいしかできないだろうが」

 

 衝撃的な話を聞いて反応に困ってる二人を放置し、俺はナータを呼び出すことにした。

 何もない空間に向けて話しかける。

 

「ナータをここに連れてこい」

「かしこまりました。ナータ様を呼び出します」

 

 俺の音声から意図をくみ取り、リビング内に設置していたスピーカーが動作した。

 

 いつでもナータを呼び出せるようにと、シェルター内のいたるところに置いてあるのだ。

 

「声だけがした。誰かが隠れているんですか!?」

 

 驚いたニクシーが聞いてきた。

 文明レベルが違うせいで、いちいち騒いでしまう。

 さっさと初期教育しないと、こんな面倒が何度も発生しそうで、嫌になるな。

 

「この場には俺たちしかいない。今の声は気にするな」

 

 ばっさりと斬り捨てたら、不服そうな顔をしているシェリーが口を開く。

 

「気にするなと言ってもねぇ。もうちょっと丁寧に説明してくれない?」

「知りたいならナータにでも聞け。俺よりも親切だぞ」

「……わかった。ナータさんに聞いてみる」

 

 ようやく、俺がめんどくさがりだと理解してくれたようだな。やりたくないことを誰かにやらせたいから、魔技師になって機械ゴーレムをつくるようになった男なんだから。今後も丁寧な対応なんて期待するなよ。

 

「お呼びでしょうか」

 

 すぐにナータがリビングに来た。いつも早く動いてくれて助かる。

 

「これから二人に質問をするから、一緒に聞いてくれ」

 

 ナータに命令してから、ニクシーとシェリーを見る。

 

「俺たちは地上のことを何も知らない。どんな生活をしていたのか教えてくれ」

「本当に何もしらないのか?」

「そうだ。お前たちが普段、何を食べているかすら知らない」

 

 驚いた顔をしたシェリーだが、すぐ元に戻る。

 言いたいことはあっただろうに、全て飲み込んでくれたようだ。

 

「わかった。私が説明するよ」

 

 大人であるシェリーの方が知識は豊富だろう。彼女が答えてくれるのであれば歓迎だ。

 邪魔をせずに話を聞こう。

 

「私たちは生まれてすぐ、神様が人々を見守れるようにするための首輪を付けるんだ」

「どんな機能がある?」

「起きる時間、眠る時間、食事の時間、全て首輪が教えてくれるので、規則正しい生活をサポートする、大変ありがたいものだよ」

 

 自慢げに言っていいるシェリーが印象的だった。

 

 管理されるのが当たり前だと、ありがたいと感じるようになるのか。面白い。

 

「例えば、寝る時間が過ぎたらどうなる?」

「急に眠くなって倒れるよ。寝過ごしそうになったら首輪が大音量を流すし、それでも動き出さなければ、ピリッとする何かが流れるかな」

 

 時間を教えるだけでなく、強制的に行動させる機能付きとは!

 

 見守る、とは良くいったものだな。やはり人間を監視、管理するための道具でしかない。しかも脱走したら処分するための毒針機能つき。

 

 倫理的な考えを無視できる、機械ゴーレムならではの考え方だ。

 

「窮屈じゃないか?」

「別に。日常生活なんてそんなもんじゃない」

 

 生まれてから常識として埋め込まれた生活であれば、素直に受け入れられるのか。首輪をありがたがっていることとあわせて、これまた興味深い反応ではあるな。



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実際の都市を見たくなってきたぞ

 常識の違いを掘り下げるのも楽しそうだが、今は他のことも聞きたいので話題を変えよう。

 

「生活が首輪によってコントロールされているのは分かったが、仕事はどうしている? それも首輪によって決められるのか?」

 

 人間の適性を判断するような機能が開発されているのであれば、俺が寝ていた時代より技術は進んでいると判断できる。重要な問いだ。どのような答えが出るのか楽しみだな。

 

「仕事は親の家業を継ぐのが一般的です。特別な才能があったとしても、別の仕事をするなんてできません」

 

 古代は身分が固定され、他の職業に就けないと歴史で学んだことがあったが、まさか現代に蘇るとは思わなかったぞ。進化どころか、退化しているじゃないか!

 

 文明レベルを抑えたい機械ゴーレムの思惑通りに進んでいる。

 この状況から人類が逆転するのは難しいだろう。

 

「孤児の場合はどうなんだ?」

「子育てをした大人が、人手が不足している仕事に斡旋します。親を亡くしたお金のない子供なら、非合法な仕事に就くことが多いですね」

 

 親を亡くしたといった言葉に、ニクシーがピクリと反応した。

 もしかしたら、彼女はそっちのパターンだったのかもな。

 

「具体的に、どんな仕事だ?」

「男はキメラ狩りや下水の掃除、女なら娼婦が多いですね。非合法の場合は薬物の売買とか、人体実験の被験者かな」

 

 きつい、汚い、危険な仕事ばかりだな。親がいないだけで、こうも扱いが変わるのか。機械ゴーレムは「人類のために働く」とインプットされているはずなのに。

 

 どうしても疑問を感じてしまう。

 あれは絶対に変えられない仕組みだったはず。

 

「あ、でも、他の都市だと違うルールらしいです」

「支配している神によって、法が違うのか」

「はい。私は商売の神様が治めている土地だったので、どんな仕事も認めていました。非合法と言うのも人間が決めただけで、神様は許可しています」

 

 機械ゴーレムが定めた法と人間が定めた法の二つがあるのか。人間は監視、管理されてはいるが、自治権らしき何かは存在しているようである。

 

「聞いた話では、薬物の売買や娼館は禁止、という所もあるらしいです」

 

 これまた興味深い話だな。首輪での管理まで意見は一致していたが、仕事や法については上級ゴーレムごとによって意見が変わっているのか。

 

 実に面白い。

 上級機械ゴーレムの思考を想像してみよう。

 

 商業の神と名乗っているヤツは、仕事であれば何でも認め、親と子供は同じ仕事につくことこそが幸せだ、それが人類のために役に立っていると、考えているのだろう。

 

 逆に風俗や薬物系の仕事を禁止しているヤツは、人間は清く正しく生きるべし。それが人類のためだ、なんて考えが透けて見える。

 

 長い年月をかけて、ここまで大きな嗜好の変化、いや独善的な考えに至るとは、思いもしなかったぞ。

 

 実は上級機械ゴーレムは感情を持っている、なんて噂もあったが嘘ではなかったのかもな。

 

「興味深い話だ。実際の都市を見たくなってきた」

「マスター、それはダメです」

 

 過保護なナータが即刻否定しやがった。安全性を重視しているといっても限度はあるだろ。ったく、地上を管理している上級機械ゴーレムじゃないんだから、もう少し自由にさせてほしいものだな。

 

「今は、お前の言葉に従っておこう」

 

 周辺の情報収集が終わったら、絶対に見に行くと決心した。ナータに俺の考えは伝わっているだろうが、これ以上は文句を言ってこない。止められないと悟って、次の手を考えているのだろう。

 

 視線をシェリーに移して話を戻す。

 

「シェリーの知っている神を教えてくれ」

「商売の神様と敵対している神様は、秩序の神様ぐらいかな? 混沌の神様とは仲が良かったと思う」

 

 秩序に混沌とは。人間が考えたような名前だな。個性が強い。

 

「神を名乗る存在は、その三体だけなのか?」

「他にもいるみたいだけど、私みたいな下級市民には教えてもらえなかった」

 

 また新しいワードが飛び出した。

 表現からすると上級市民というのも存在するだろう。

 

 下級市民は自分たちよりも良い暮らしをしている上級市民を恨み、上級市民は下級市民が暴走しないようコントロールして、富を蓄えようとする。そんな関係であれば、機械ゴーレムの管理はだいぶ楽になるはず。

 

 さらに密告制度もあれば、お互いを監視するようになるので、管理の手間は省ける。どうせ都市にはカメラや盗聴器は仕込んでいる……いや、首輪そのものに入っているだろうから、嘘の密告は簡単に見抜けるだろう。

 

 俺の想像がどこまであっているかはわからないが、大きく外れてないだろう自信はある。

 

「ではいつか、下級市民以外のやつに会ってみたいな」

「それは難しいと思う。上級市民は私たちを働かせ、監視する仕事だから、絶対に都市の外には出てこない」

「だったら直接乗り込むしかないな」

 

 きりっとした目でナータは見てきたが、俺の探求心を止める理由にはならない。

 潜在的な敵国の情報を収集するという大義名分もあるしな。

 

「とはいえ、まずは生活環境を整えてからだ。ナータ、二人にシェルターの説明と案内をしろ。俺は新人の様子を見てくる」

 

 俺の命令に従順なナータは、小さくため息を吐いてからうなずいた。

 

 数百年稼働していたからか、人間臭い行動をするようになったな。

 

 この変化も興味深い。暇になったら調査でもしてみよう。



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何故、泣いているんですか?

 神兵様……じゃなく、ナータさんが、目の前を歩いています。

 

 艶のある黒くて長い髪は私より綺麗で、話しかけるのも躊躇してしまいます。そんな相手なのに、シェリーさんは物怖じすることなく質問攻め。

 

 私はもっと心を強くして、積極性を付けなければいけないのかも。せっかく生き延びたんですから、頑張らないとですね。

 

「――で、さ。私たちの体について、もう少し詳しく教えてくれない?」

 

 床に転がっている瓦礫に飛び乗りながら、シェリーさんがナータさんに聞いています。私も気になっているので、二人から離されないよう半壊した通路を小走りで進み、盗み聞きを継続ですね。

 

「マスターが言ったように、体の90%は機械ゴーレムになっています」

「機械ゴーレムって何? 神兵や神様と何が違うの?」

 

 ジャザリーさんには同じだと教えてもらいましたが、まだ信じ切れてません。ナータさんがどう答えるか気になります。

 

「貴方が言う神兵たちと、ほとんど同じですよ」

 

 ああ、やっぱりそうなんですね。お父さんやお母さんを助けてくれなかった神兵様に、私はなってしまったようです。嬉しい気持ちなんてありません。体に対して嫌悪感を覚えるぐらいには、負の感情がわき上がっています。

 

 なんででしょうね。

 普通は、神様に近づけて喜ぶべきなのに。

 

「ナータは人じゃないよね? 同類になったってこと?」

「少しだけ違います。あなたたちは生身の体が10%ほど残っていますが、私は0.001%です。機械化率としては私の方が高く、生物という枠から大きく外れていますね」

「私ってバカだからさ、もっと簡単に説明してくれない?」

 

 ナータさんは立ち止まって、シェリーさんをじっと見つめました。瞳が点滅しているようにも感じます。何か考えているのかなぁ。

 

「私の方が、あなたたちより神に近い、という意味です」

 

 機械化率。聞いたことのない言葉でしたが、数字が低いほど人間ではなくなっていると思えば、納得感がありました。ナータさんは私たちと比べて感情が乏しいですし、やっぱり神兵様に似ていますから。

 

 私やシェリーさんのように、無理やり変えられた存在とはちょっと違うのでしょう。

 

「だから私とニクシーは神兵様に近いって言ったんだね。確か神様より格が低いらしいし、納得かな?」

「はぁ……。貴方たちは、もう少し自分の体を知った方が良さそうですね」

 

 呆れたような声を出したナータさんは、歩き出してしまいました。もうシェリーさんの質問には答えてくれません。

 

 半壊した通路を進んでドアを開けると、部屋に入っていきます。

 

 私とシェリーさんも後に続き、入り口で立ち止まってしまいました。

 

「怖い……」

 

 思わず言葉が漏れてしまい、足が震えていてます。

 だって体がぶら下がっているんですから。棚には謎の箱や液体に浮かぶ何かがあって、神様が禁忌と定めていた研究室、なんて言葉が思い浮かぶほど不気味です。

 

「私は何を見せられている!?」

 

 シェリーさんは私にそっと触ってきました。手が震えていて、同じように恐怖を感じているみたいです。よかった。私の感覚がおかしいわけじゃなかった。

 

「わかりやすいように説明すると、貴方たちが言う神の体、ですね」

「「!?」」

 

 驚いて声が出ません。

 

 まさかここで、神様が作れるんですか!?

 

 謎ばかり深まるジャザリーさんは、神を超える存在。

 私なんかが、口をきいてはいけないお方なんですね……。

 

 感情が高まって涙がボロボロと流れ落ちて、止まりません。

 

「何故、泣いているんですか?」

「都市から追い出され、神様に見捨てられたと思っていたんです……でも、神様よりスゴイ人に助けてもらえました……」

 

 お父さんやお母さんを救ってくれなかったことを恨んだから、神様に捨てられたと思っていました。

 

 都市の外に出たときの悲しみと絶望感は、今でも覚えています。キメラに襲われても動けないほど、何も考えられない状態でした。

 

「私は、この恩をどうやって返せば良いのでしょうか」

 

 神様に捨てられた私には何の価値もありません。子供なので技術や知識だってシェリーさんには劣るし、返せるものはなにもない。

 

 ナータさんが私に近づいて、顔を触りました。

 

「マスターの為に生きなさい。それが恩返しとなるでしょう」

 

 お母さんみたいに、優しく、安心する笑顔でした。

 

「そんなことで良いんですか?」

「はい。マスターの命令を聞いていれば、良いんです」

 

 私から目を離したナータさんはシェリーさんを見ました。

 何も言いません。じっと言葉を待っています。

 

「私だって、恩知らずじゃない。ニクシーと一緒に、ジャザリーを支えるよ」

 

 少し照れながらもシェリーさんが言いました。同じ気持ちで嬉しいです。大切なジャザリーさんと一緒に日々を過ごしましょうね。

 

「貴方たちの覚悟を受け取りました。それでは、神兵や神と名乗っている存在が、どれだけ愚かなのか、これから説明しましょう」

 

 さっきまでの話で、頭がパンクしそうなのに。まだあるんですか!?

 

 しかも神様が愚かなんて言い切っている。私なんかが理解できるかわからないけど、知りたいという欲求が止まらない。

 

 人間を支配、管理している神様、ジャザリー様のスゴイ知識、世界の秘密を知ることができる。なんて言ったら大げさでしょうか。

 

 シェリーさんに笑われてしまうかもしれませんが、今の私は本気でそう思っていました。



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二人とも動揺されていますね

「液体に浮かんでいるのは、機械ゴーレム――神の頭脳です。あれの元がなんだかわかりますか?」

「鉄で作られているし、金属じゃないの?」

 

 シェリーさんの意見に同意です。私もそう思うので首を縦に振りました。

 

「二人とも、それは間違いです。大元は人間の脳ですよ」

「「…………」」

 

 え、何を言っているんですか? ナータさん、それは冗談ですよね?

 

 だって、神様ですよ。人よりも上位の存在で、決して間違うことがなく、逆らってはいけない。そうやって教わってきたんです。

 

 なのに、それが、人の脳を使ってるだなんて……。

 

「その話は本当なんですか?」

「良いでしょう。証拠を見せます」

 

 私の無礼な質問に怒ることなく、ナータさんはエプロンのポケットから、何かを取り出しました。

 

 ボタンを押すと壁に映像が出ます。

 

「これは貴方たちが言う、神の製造過程を記録した動画です」

 

 部品が組み合わさり完成した姿は、一度見た神兵様とほとんど一緒でした。顔が似ているんです。

 

 神様はご自身に似せて神兵様を作ったと聞いていたんですが、椅子や机、家と同じ存在。本当は人が作った物だったんですね……。

 

 ヒドイ! ずっと私たちを騙していたんだ!

 

「禁忌を犯しているのは、神の方だったのかっ!」

 

 地面を踏みつけ、今まで見たことのない表情でシェリーさんが怒っていました。先ほど怯えていた姿が幻だったと思うほど、豹変しています。

 

「私たちは騙されていたんだ! 許せないっ!!」

「そうですね。許せません」

 

 ナータさんが同調しながら、優しい声色で話を続けます。

 

「だから、シェリーさんを弄んだ神、いえ、上級機械ゴーレムと決別しましょう。ここでずっと暮らしませんか」

「上級機械ゴーレム? それが神の正体?」

「そうです。あそこにぶら下がっている素体と、人間の脳をベースにした機械の頭脳を持つ存在。それが神と偽って世界を支配しているものの正体です。そして、それらを生み出したのは、マスターと同じ人間です」

 

 神が人を作ったのではないのですね。

 人が神を作ったのですね。

 

 私の常識がガラガラと音を立てて崩れていきます。

 足から力が抜けてしまい、地面にペタリと座ってしまいました。動けません。言葉も出ません。

 

「二人とも動揺されていますね」

「そりゃぁ、ずっと信じていた神が嘘をついていたとわかったんだ。私はこれから、何を信じて生きていけば良いだよ」

 

 吐き捨てるようにシェリーさんが言うと、座り込んでしまいました。

 

 瞬発的な怒りを発した後、無力感が襲ってきたのかもしれません。似たような境遇なので、なんとなくわかるんです。

 

「だったら、一緒にマスターを信じましょう。従う限り絶対に裏切りませんよ」

「ジャザリーさんを? 確かにいい人だけど、ちょっと抜けてるところありそうだからなぁ」

「何を言っているですか。だから支えがいがあるんですよ」

「……ぷっ」

 

 急に笑ったシェリーさんは、手を前に出しました。

 

「長い付き合いがありそうな、あなたが言うならそうなのかもね」

 

 ナータさんも同じように手を出し、握手をします。

 

「いいよ。命の恩人を信じる。一緒にジャザリーさんを支えようじゃないか」

「これからは同僚ですね。よろしくお願いします」

 

 すぐに切り替えられるなんて、大人ってすごい。

 私はまだ立ち直れていないのに。

 

「ニクシーはどうする?」

「私は……」

 

 今すぐ答えなんて出せない。だって神様がいない世界で生きていかなければいけないんですよ?

 

 でも、ジャザリーさんに見捨てられたら生きていけない。嘘でも神を捨ててついていくと言わなきゃ……。

 

「悩んでいるなら、ゆっくり考えましょう」

 

 決断できない私に失望するわけではなく、ナータさんは優しく頭を撫でてくれました。存在を認めてくれたような気がします。

 

 もしかして神様なんていなくても、認めてくれる人がいるだけで充分なのかもしれない。心が満たされて、幸せを感じていくのがわかりました。

 

「まだ答えは出ませんが、でもナータさんやジャザリーさんの役に立ちたいと思っています」

 

 神様と決別するとは言えないですけど、シェリーさんと同じで恩人への感謝は忘れません。

 

「ここで働かせてもらえませんか?」

 

 都市では、まともな仕事はできず捨てられてしまった私ですが、雑用でも良いので役に立ちたいです。

 

 辛かった記憶が蘇って少し手が震えそうになりましたが、ナータさんの顔を見たら落ち着きました。

 

 神兵……じゃなくて、機械ゴーレムなのに、ナータさんはどうして優しくしてくれるのだろう。もし裏があって騙されたとしても別に良いかな、なんて思っている自分もいます。

 

 私はなんてことを考えているんですかね。混乱してて感情が整理できないんです。

 

「もちろんですよ。一緒に楽しく自由に暮らしましょうね」

「自由、ですか?」

「そうです。就寝や起床の時間、ご飯を食べる時間……行動の一つひとつを、ニクシーさんが決めるんです。できますか?」

「私が、決める……」

「そうです。二人とも、自分で考えて決めて、行動するんですよ」

 

 決められた通りに動くだけじゃダメなんだ。それが自由なんだ。

 

 まだ私には、それがどんなに大変なのかわからないけど、少しだけ胸が躍るような気持ちになりました。

 

 自由というのは、忘れられない言葉になりそうだなって、感じています。



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終わりでいいぞ

「マスター、マスター、マスター」

 

 なぜか俺は寝室に置いたベッドの上で、メイド服を着た新しい機械ゴーレム――アデラに抱きつかれている。

 胸は控えめなので柔らかい感触は楽しめていない。むしろ痛いぐらいだ。長い銀髪が顔にかかって、正直うっとうしい。

 

「離れろ」

「いやです。ここが私の席です」

 

 なんだこの甘えんぼは? 戦いにしか興味のない性格になると思っていたので、この動きは想定していなかった。つり目で強気そうな顔をしているから、ギャップが大きいな。

 

 機械ゴーレムはブラックボックスとなっている技術も多く、天才である俺でも解析できてないことの方が多い。人類のために働くという共通設定や、性格なんかはそのうちの一つだ。

 

「仕事はどうした?」

「私は戦うのが仕事なので、今は待機中です~」

「はぁ……」

 

 自由気ままに動くタイプは苦手だ。嫌いではないから側にいても良いのだが、何をするか予想できないので、少し怖さを感じる。

 

「マスター、よろしいで……」

 

 用事があったのかナータが部屋に入って、動きが止まった。予想外の出来事で動きが止まるなんて珍しい。

 眼球が動いて、視線が俺からアデラに移った。

 

「一体何をしているので?」

「マスターの護衛~」

 

 抱きつくことで守っているつもりだったのか。護衛という仕事を、ちゃんと説明してやる必要がありそうだな。

 

「敵はいつ来るかわからないんだぞ。今すぐ襲撃されたとして、動けるのか?」

「もちろんです!」

 

 アデラすばやく動いてナータの前に立ち、回し蹴りを放った。

 

「その程度ですか?」

 

 万能型として貴重な鉱石を使い強化したナータは、片腕でアデラの足を掴む。スカートがめくれて、可愛らしいピンクのパンツが見えた。

 

「この~~!」

 

 足を動かそうとしてもびくともしない。素のパワーが負けているのだ。この状態から逆転するには、体内に溜めた魔力を解放するしかないのだが、そこまでいくとじゃれ合いでは済まない。殺し合いになるだろう。

 

「力の差がわかったのであれば、私に従いなさい」

「やだ! 私はマスターの命令しかきかないっ!」

 

 愚かなことにアデラが魔力を解放したようだ。全身からオーラが出る。ナータも対抗するようにして魔力を解放して、全身からオーラを出した。

 

 緊張感が高まってくる。

 

「二人とも止めろ」

 

 すぐに魔力は霧散して、アデラとナータのオーラが消える。

 機械ゴーレムは道具でしかないので、マスターの命令があればすぐに従うのだ。

 

 ナータは掴んでいた足を離すと頭を下げた。

 

「新人の教育ができておらず、申し訳ございません」

「マスター、怒っちゃった?」

 

 軽い口調ではあるが、アデラは震えているように見える。

 機械ゴーレムに感情はなく、人間を模倣する動作しかできないはずなのだが。ここまで表情が豊かなのは初めてだな。

 

「アナタも頭を下げなさい」

 

 ナータがアデラの頭を抑え、無理やり下げさせた。

 

 先輩としての自覚が芽生えているのは良いことだが、少し窮屈にも感じる。俺は礼儀にうるさい方ではないので、主人として敬う心さえ持っていれば、おかしな言動をしても許すつもりだ。

 

「俺の命令を必ず聞くのでれば、礼儀はほどほどでいい」

「……よろしいので?」

 

 確認するため、ナータが聞いてきた。

 

「俺たちが知っている世界は滅んだことだし、誰も機械ゴーレムに対しての礼儀なんて求めん。もう少し砕けた態度をしても、文句を言うヤツはいないだろう」

 

 眠る前の社会だと機械ゴーレムは道具であって、人間より偉くなってはいけない。だから上下関係をハッキリさせろ、なんてマナーにうるさいヤツらは多かったのだ。

 

 道具であるという部分は同意だが、だからといってマナーも大事なんて思わない。俺に従順であれば好きに行動させて良いと思っている。

 

「かしこまりました」

 

 微笑んだナータは、アデラから手を離して頭を上げた。

 

「もう謝罪は終わりで良いの?」

 

 俺とナータを交互に見ながらアデラが質問した。

 

 外で拾ったニクシーより子供っぽいな。元奴隷の脳を使っているから、戦闘技術以外は教育されなかたのかもしれない。

 

「終わりでいいぞ」

「やった~!」

 

 その場から跳躍して俺に飛びついたアデラは、強く抱きしめてきて離れようとしない。ナータは小さくため息を吐いただけで何も言わなかった。

 

 礼儀は最低限で良いと言ったので、指摘する必要性を感じなかったのだろう。

 

「用事があってきたんだろ? なにがあった」

「半機械ゴーレム化した二人が仕事をしたいと言っていたので、畑作業をさせております」

 

 助けたニクシーとシェリーは、神の正体を伝えたと報告を受けてから放置していた。気持ちを整理する時間が必要だろうと思っての対応だったのだが、どうやら効果はあったようだ。

 

 都市を追放されたので凶悪犯だった可能性も考えていたのだが、シェルター内の監視カメラの映像やナータの報告からして、そういった危険性はないと判断している。

 

 仕事をしているのであればシェルターで生きていくという覚悟を決めたんだろうし、仲間として受け入れても良いだろう。

 

「見学されますか?」

「そうだな。少し話したいこともあるし、今から行こう」

 

 空気を読んでアデラが俺から離れたので、立ち上がるとベッドから降りて寝室から出て行く。向かう先は室内畑だ。



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すっごく、大きいです!

 ナータとアデラを連れて室内畑に来た。

 

 前に見たときと少し様子が変わっていて、麦は全て収穫され、部屋の奥まで見通せるようになっている。人工の太陽が部屋を明るく照らしており、野菜たちは順調に育っているようだ。

 

 畑のど真ん中を歩いて奥に進む。柔らかい地面には稲穂が転がっている。生まれも育ちも都会だったので、こういった風景は初めてで新鮮だ。田舎暮らしも悪くはないな。

 

 あとは温かい風が吹いていれば最高なんだが、そこまで求めてしまうのは贅沢だというものだろう。

 

「ジャザリーさーーん!」

 

 声がした方を見た。人の背丈まである植物がある。青々とした葉や黄色い花が咲いており、合間にキュウリが実っている。葉がガサガサと揺れ、ニクシーが出てきた。なぜかナータと同じタイプのメイド服を着ており、両腕には大量のキュウリを抱えている。

 

 俺を見つけると、嬉しそうに走ってきた。

 

 出会った頃は少女らしくない疲れた顔をしていたが、今は元気が溢れているように見えるな。

 

「見て下さい! これ! すっごく、大きいです!」

 

 抱えているキュウリを見て驚いているようだ。

 ニクシーの腕にあるキュウリを一つ手に取ってみる。

 

 つるつるとしていて冷たく滑らかだった。サイズは普通。これで大きいと言うのであれば、ニクシーが住んでいた都市では品種改良が進んでいないのだろう。もしくは、土壌が悪くて育ちが悪いか、だ。

 

 これも上級機械ゴーレムたちが文明を抑制した結果なのであれば、人間にとっては暗黒期の到来だと言えるだろう。

 

 キュウリを返却しようと思ってニクシーを見る。何かを期待したような目をしていた。

 これは食べて欲しい、というメッセージがこもっていそうだ。

 

 期待に応えてかじってみる。ボリボリと噛んでいくと、水分が口の中に広がっていく。シャキシャキとした食感は心地よく、喉は潤った気がした。

 

「美味いな」

「やっぱりそうですよね! 水分のなくなったキュウリとは全然違いますっ!」

 

 随分と貧しい食事生活だったような発言だ。その若さで都市から追放されたことといい、苦労してきたんだろうな。

 

「これからは毎日、新鮮な野菜が食べられるぞ」

 

 手を置くのに丁度良い位置にあったので、頭をなでる。気持ちよさそうにして、ニクシーは目を閉じた。

 

「あ、そこにいたの?」

 

 今度はシェリーがキュウリの葉をかき分けてやってきた。両手に大根をぶら下げていて、首にタオルを巻いている。俺の知っている農家スタイルだ。違う点としては、彼女もメイド服を着ていることだろう。

 

「元気そうだな」

 

 声をかけてようやく、俺の存在に気づいたようで、大根を落とす。

 手で綺麗な赤髪を整え始めた。

 

「どう? 似合うかな?」

 

 出会ったときは顔色は悪く、死にかけていた。そのときに比べれば健康的になっているし、大人な雰囲気を持つシェリーとメイド服の組み合わせも悪くはない。お世辞ではなく本音で言えそうだ。

 

「似合うぞ」

「そう。ありがとう」

 

 シェリーの頬が赤くなった。視線を合わせられないようである。

 女心は分からないと、仲の良かった友人が言っていたが、ようやく俺も実感した。

 うん、分からん。

 

 袖を引っ張られた感覚があったので、ニクシーを見た。

 

「私は似合います……?」

 

 こういうとき、なんて言うのが正解なのか。女心に疎い俺でも分かる。任せろ。

 

「もちろんだ。可愛いぞ」

 

 肯定するに決まっているじゃないか。完全な正解を選んだと思ってシェリーを見ると、軽蔑するような目をされていた。俺からニクシーを引き離し、守るように抱きしめる。

 

「あなた。もしかして、少女好きの変態だったの?」

「……はぁ?」

 

 シェリーは何を言っているんだ? 俺はそんな性癖なんて持っていない。どうして勘違いされたのか分からないが、否定せねば。

 

「違います。マスターは機械ゴーレムが好きなんです」

 

 左右の両腕をつかみ、ナータとアデラが抱きついてきた。「ね?」なんて言いたそうな顔をしているが、俺は別に機械ゴーレムを恋愛対象だなんて思ったことはないぞ。というか、誰かを好きになったこと自体がない。

 

 恋愛をする時間があるなら、機械ゴーレムのブラックボックスになっている、小箱や機械化された頭脳の解析をしたいのだ。これがわかれば機械ゴーレムの性格や「人類のために働く」という目的、「機械ゴーレムは自分の研究は不可」といった制約を変えることが出来るからな。

 

「そうなの? それだったら、人それぞれと言うことで納得するけど……」

 

 なんか変な誤解をされてしまったようだが、この場で説明しても理解してもらうのは難しそうだ。話は得意じゃないし、たいした問題ではないので放置しておくか。

 

 警戒を解いたシェリーがニクシーを解放すると、少し照れながら俺を見る。

 

「なんだかジャザリーを見ると、気持ちが落ち着かない。私に何か変なことをしたの?」

 

 やはり副作用が出たか。

 

「それは半機械ゴーレム化した影響だな。時間経って生体と馴染んだ結果、マスターである俺に好意的な感情を持つようになったのだろう」

 

 機械ゴーレム化した部分が多いと発症するから、俺が地上にいた時代には機械ゴーレム化率は30%前後に抑えることが推奨されていた。

 

 二人は機械ゴーレム化率は90%だし、解明し切れていない小箱を心臓代わりに使っているので、変化は大きいはず。

 

 マスター登録は出来ていないが、俺の魔力がしみこんでいる小箱やGOケーブル、素体から、影響を受けて好意を持ってしまっているのだ。



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半機械ゴーレム化した人間に、食事は必要だ

「本来なら怒るべきなのかもしれないけど、そんな気持ちにはならない。命の恩人なのだからか、それともこの体になったからなのか、それすらよく分からないんだよね」

 

 あははと力なく笑い、シェリーは口を閉じた。

 もう話す気力がないのだろう。

 

 視線をやや下に移動させてニクシーを見る。

 

「君はどうだ?」

「私は出会ったときから、ジャザリーさんのことが好きです。何も変わった気はしません」

「どうして最初から好意を……」

「全てに見捨てられた私を救ってくれたんですから。当然じゃないですか」

 

 半機械ゴーレム化する前は死にかけていたのだ。命の恩人に好意を持つのも自然な流れ……か?

 

 まあもし嘘だとしても、今は副作用もあって好意を持っているのは間違いない。答えは永遠に分からなくなったし、気にする必要もないか。

 

「そんなことよりも、この体について疑問があるんです」

 

 好意的な笑顔を向けてくるニクシーを見て、少しだけ罪悪感を覚えた。

 

 俺にしては珍しい。とうの昔に捨て去ったと思ったんだがな。

 

「何でも聞いてくれ。ちゃんと答える」

 

 平静を装って返事を待つ。

 

「私とシェリーさんの体は、神兵様と同じになったんですよね。だったら何で食事が必要なんでしょうか」

 

 機械ゴーレムに食事は不要だ。地上にいる神兵というやつらも、それは同じみたいだな。

 

 その辺の技術は、長い年月をかけても進歩はなかったようだ。

 

「二人には生体部分が多く残っている。だから半機械ゴーレム化した人間に、食事は必要だ」

 

 魔力は機械化した部分を動かす動力源でしかない。生体には食物から摂取した栄養が必要なのだ。もちろん睡眠だって欠かせない。

 

 機械ゴーレムは人間の脳をベースにはしているが、99.999%は機械化されているので、食事や睡眠を抜いても稼働し続けられる。

 

 ちなみにだが、機械ゴーレムが食事をしても体内で分解されて魔力に変換されるだけなので、不具合が起こることはない。昔は孤独な老人が寂しさを紛らわすため、一緒に食事をさせる、なんてこともあった。

 

「そうだったんですね。体は機械なのに何で必要なのかなって、ずっと不思議だったんです」

「体内に食物を分解する機能もあるから、壊れることはない。ちゃんと毎日食べるんだぞ」

「こんな美味しい食材がいっぱいあるんですから、ダメといわれても食べちゃいますよ」

 

 腕で抱きしめているキュウリを見せつけながら、ニクシーは楽しそうに笑っていた。

 

 些細なことでも幸せに感じられるのは、一種の才能だな。俺には無理だ。

 

「だったら料理も覚えるといい。ナータが得意だから教わってみたらどうだ?」

「良いんですか! 覚えたいです!」

 

 本当に食べることが好きなんだろう。キラキラと目を輝かせてナータを見ている。

 

 体だけでなく感情までも勝手に変えてしまったのだから、罪滅ぼしとしてこの程度のお願いは聞いてあげよう。

 

 腕を掴んだままであるナータに声をかける。

 

「話は聞いてたな?」

「はい。今日の晩ご飯から、一緒に作りたいと思います」

 

 行動が早くて助かる。従順に従う姿は、機械ゴーレムの鏡と言えるだろう。これが本来あるべき態度なのだ。

 

 ニクシーを見ると、喜んでいた。

 

「ナータさん。よろしくお願いします! 作り方だけじゃなく、ジャザリーさんが好きな料理や味付けも教えて欲しいです!」

「良いですよ。今からご説明しましょうか?」

「お願いします!」

「では、付いてきてください」

 

 思っていた以上に話を進めていた二人は、室内畑から出て行ってしまった。俺の好みを知り尽くしているナータであれば、失敗するようなことはない。ちゃんと知識と技術を教えられるだろう。

 

「あなたは行かないの?」

 

 残されたシェリーがアデラに聞いた。同じ機械ゴーレムだから料理が出来るんじゃないかと、思っていそうだ。

 

「私は料理できません。戦闘専門なのでー!」

「ということは強いの?」

「もちろん! 私に勝てる機械ゴーレムは、ナータ先輩ぐらいかなー!」

「え、あの人……といって良いのかな?」

「人間ではない、機械ゴーレムだ」

 

 二人の会話に割り込んで注意した。

 

 機械ゴーレムは人間のように見えるが、中身は全く違う。どんなに親しくしてもマスターの命令一つで、命を奪いに来る存在なのだ。同じ扱いをしてはいけない。

 

 そういった意識をちゃんと持って欲しいため、些細なことではあるが、言葉から意識して使い分けてもらう必要がある。

 

「そ、そっか。そのナータさんって何でも出来るのに、戦闘に特化したアデラさんより強いんだ」

「うん。元の性能が違うからねー。でも、シェリーよりかは強いよ」

 

 挑発するようにアデラは笑みを浮かべた。甘えん坊だけでなく、他人を挑発するような性格にもなっているようだ。

 

 起動させないと性格が分からないのは困ったもんだな。

 早くブラックボックスになっている部分を解明したいところである。

 

「へぇ。自信があるようだけど、私だってこの体なら負けないと思うよ?」

「半機械ゴーレムには負けないよー」

 

 アデラは俺から離れてシェリーの前に立つ。

 顔をぐいっと近づけた。二人の顔が接触するほどの距離だ。

 

「だったら、どっちが強いか試してみない?」

「いいよ。絶対に勝ってみせるから」

 

 挑発にのったシェリーが宣言すると、二人ともどこかに行ってしまった。

 戦える場所なんてないんだが、まさか遊戯室でやるつもりか?

 

 部屋が壊されないか心配になったので、俺も見に行くことにしよう。



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ま、マスター~……

 半壊した通路を歩いて遊戯室の中に入る。床はフローリングになっていて広い。半分は運動スペースになっていているが、残り半分はカードゲームをする台やダーツ、ビリヤードなどが楽しめるようになっている。

 

 アデラとシェリーは、運動スペースの方で数メートルの距離を開け、対峙していた。

 

 武器なしで戦うと思っていたのだが、シェリーの方は手に両手剣がある。訓練用の武器なんておいてなかったので、倉庫から殺傷用を持ってきたのだろう。

 

 壊れたら修理すれば良いだけなので、止める必要はないな。

 

「殺すことは禁止だ。それ以外は好きにしろ」

「はーーい!」

 

 元気よく手を上げたアデラは俺を見た。

 

「頑張るから、マスターはちゃんと見てて下さいねっ!」

「もちろんだ」

 

 戦闘機械ゴーレムの性能を確認するチャンスなんだ。見逃すなんてあり得ない。室内に設置したカメラで映像も記録しているので、何度も見返せるようにしている。隙はない。

 

「じゃぁいくよ~」

 

 足を肩幅より少し大きく広げ、アデラは腰を落とした。シェリーが大剣を構えるのと同時に戦いが始まる。

 

 先に動いたのはシェリーだ。一歩大きく踏み出して剣を振り下ろす。太刀筋は美しく、どこかで武術を学んできたであろうことがわかる。しかし、戦闘機械ゴーレム相手には通用しない。

 

「ほいっと」

 

 剣の腹を手の甲で弾き、アデラは空いている左手をシェリーのみぞおちに叩き込んだ。

 

「ぐはっ」

 

 シェリーは勢いよく後ろに吹き飛び、壁際で着地する。

 

 衝撃の勢いを殺す為にあえて飛んだのだろう。不意打ちだったというのによく反応した。機械ゴーレムの体を充分に扱えているな。

 

 アデラは腰を落としたまま右の拳を前に出す。右足が僅かに動いた次の瞬間、シェリーの前に移動してた。右の拳が前に出る。もう後ろには飛べない。シェリーは剣を間に挟んだが刀身は砕け散り、拳が腹にめり込む。

 

「ぐっっ」

 

 体は壁に押しつけられ、シェリーは衝撃をすべて受け止めている。ミシミシと体から音が出ている。生身だったら腹に穴が空いていただろう。

 

「あれ、痛くない……?」

 

 衝撃によってダメージは受けているが、痛みは感じてない。そのことに驚いているようだ。

 

「体はすべて、機械ゴーレムと同じ素材になったんだ。痛みを感じないのは当然だろ」

「え、あ、そうだった」

 

 やや混乱しているシェリーに追撃することはなく、アデラは後ろに下がって距離を取った。

 

 俺が何を求めているのかちゃんと理解しているようだ。言動は軽いが、こいつもマスターに従順な機械ゴーレムなんだなと安心する。

 

「以前の体と違うんだ。早く慣れろ」

「は、はい!」

 

 シェリーは反射的に返事してから勢いよく飛び出し、体を回転させながら蹴りを放つ。フェイントすらない単純な攻撃だ。俺の戦闘型機械ゴーレムに通用するはずがない。アデラは片腕で掴むと、勢いを利用して地面に叩きつけた。

 

 フローリングが陥没し、シェリーが沈む。頭を打ったのか意識は失っているようで、動かない。

 

「ま、マスター~……」

 

 勝利の余韻なんかなく、アデラは部屋を破壊してしまって、申し訳なさそうな顔をしている。

 

 修理できるので怒ってはないのだが、少し困ったな。今後も模擬戦をやると考えたら、新しい設備は必要そうだ。

 

「気にしてない。シェリーを治療室に運んでおいてくれ」

 

 首をかくかくと縦に振ってから、アデラは急いで遊戯室から出て行った。あの程度で死ぬことはないだろうから、シェリーは寝かせておけば大丈夫だろう。

 

 一人になると天井に向けて話しかける。

 

「先ほどの模擬戦の映像を見せてくれ」

「かしこまりました。記録した映像を再生します」

 

 スピーカーから声が流れると、空中に映像が浮かんだ。

 アデラとシェリーの戦いが再現される。等倍速で眺めることにした。

 

 シェリーに勝利する直前の動きは本気だっただろうが、魔力で視力を強化すれば、動きはしっかりと追える。体術はややアデラの方が上ではあるが、魔技師には対機械ゴーレム用の魔法もあるので、反乱を起こしても負けることはなさそうだ。

 

「だが、対策は練っておかないと」

 

 上級機械ゴーレムが人類を管理するという異常事態が発生しているのだ。

 

 ナータやアデラが同様の思想を持つ可能性は否定できない。もしくは捕まった場合、洗脳される危険もあるので、何も考えずに外へ出すのも危険か。

 

「仕方がない。一人で外を調査するか」

 

 大義名分を手に入れたと思い、自然と口角が上がってしまった。

 

 貴重な素材を手に入れるため、危険な場所に何度も訪れたことがある。その時に何度も命を狙われたことがあり、俺が直接戦って撃退してきたこともあった。

 

 戦闘能力にはいささか自信があるので、キメラごときに負ける気はしない。今から外に出て調査するついでに、戦ってみよう。

 

 俺を止めようとしたナータには嘘をつくような形にはなってしまうが、仕方がないと諦めてもらおう。

 

 決めたら即行動だ。

 

 倉庫に行って刀身が黒い剣を持つ。刀身に魔力を流すと黒い炎が出て、切れ味が増すのだ。あとは防具として外套を羽織る。防刃性が高く、衝撃を吸収する優れものである。四本腕のゴリラが全力で殴りつけてきても、大した衝撃は感じないほどの性能はあるだろうよ。



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ここには、俺の自宅があったんだけどな……

 シェルターから出るため、はしごを上がって蓋を開けると、青空が見えた。

 

 天然の光が肌を照らし、温かみを感じる。何百年ぶりに感じる青臭い空気を限界まで吸い込んだ。

 

「素晴らしい」

 

 生きていることを実感する。

 

 地下シェルターの生活は悪くないのだが、開放感や自然を感じるという点においては劣る。地上にしかない魅力だ。たまになら外にでも良いと思わせてくれた。

 

 はしごを登り切って地上に立つ。俺が立っている場所は短い草しか生えていないが、数メートル先は木が鬱蒼と生い茂っており奥は薄暗い。映像で見たとおり森だ。

 

「ここには、俺の自宅があったんだけどな……」

 

 シェルターを他人の土地に作ることなんてできないので、自宅にある庭の地下に作った。頑丈に作った建物だったので、壊れていても何かは残っていると思っていたのだが、痕跡がまったくない。しゃがんで地面少し調べてみたが、破片すらなかった。全てが自然に返っている。

 

 自宅には機械ゴーレムの研究所もあったのだが。この感じでは地上に残していた素材は諦めた方が良いだろう。

 

 立ち上がって鞘から刀身が黒い剣を抜く。軽く振ってみる。空気を切る音が心地良い。魔力を少量流し込んで、刀身に黒い炎をまとわせてから歩き出した。

 

* * *

 

 森に入ると一気に騒がしくなった。鳥のさえずり、動物の鳴き声、葉のざわめき。至る所に生命を感じる。

 

 キメラが支配した死の森なんてイメージもあったのだが、意外と普通だな。奇襲さえ気をつければ外でも生活できるだろう。地上にも拠点を作っても良さそうである。

 

 久々に外へ出たこともあって気分が高揚していると、オレンジ色の実をつけた木を発見した。近づいてみる。強烈な甘い香りがした。

 

 まだ一メートルほど距離があるというのに、鼻をふさがないと立っていられないほどの強さである。こんな植物、少なくとも国内にはなかったぞ。

 

 その場に立っているのも辛くなったので、後ろに下がり距離を取る。

 

「ウホッ!!」

 

 四本腕のゴリラが、枝に付いているオレンジ色の実を取った。地上に着地すると、一口で食べる。大好物なのかわからないが小躍りしていて、俺の存在には気づいていない。

 

 生態を確認したいので木の裏に隠れて様子をうかがう。

 

「ウホッ、ウホホッ!!」

 

 顔を赤くしながら胸を叩き始めた。その場をグルグルと回っているし、酩酊しているようにも感じる。

 

 四本腕のゴリラを酔わせる、アルコールのような成分が入っているのか?

 人間でも同じ効果は得られるのだろうか?

 

 地下シェルターには酒を造る機能はないため、もし人間に害のない果実であれば一つ欲しいな。

 

 叫び声を聞きつけたのか、四本腕のゴリラが追加で五匹やってくる。そのうちの一匹はお腹に子供を抱えていた。

 

 複数の生物を合成したキメラには、繁殖能力もあるようだ。驚きと共に納得感もある。

 

 上級機械ゴーレムたちは野に放った人間を確実に殺せるよう、自然繁殖の機能を残したのだ。

 

 外敵がいれば内部の問題から目をそらせることもできる。キメラを便利な道具として使っているのだろう。

 

 道具のくせに生物を道具扱いとは、な。

 

「ウホホッ!! ウホホッ!!」

「ウッホ!」

「ウホウホ?」

 

 四本腕のゴリラは会話らしきことをしていて、あるていどの知能もあるようだ。俺の姿を覚えられても面倒なので、皆殺しで確定だな。

 

 魔力で身体能力を強化して木から離れ、姿を現す。最初に気づいたのは四本腕のゴリラの子供だった。果実を食べてないから冷静でいられたんだろう。

 

 声を出されたら面倒である。地面に足跡が付くほどの力を込めて一足で飛び出すと、親子まとめて斬り殺す。切断面から黒い炎が吹き上がって、無事な部分も焼き尽くしていく。

 

「ウホ!?」

 

 果実を口にくわえながら俺を見ている、間抜けなゴリラの首をはねる。すぐに体を半回転させると、残りのヤツらは体が真っ二つになって倒れた。死体は黒い炎に焼かれている。斬った対象しか燃やさないので延焼の心配はない。

 

「映像で見るより弱かったな」

 

 酩酊しているキメラなら、一瞬で片が付く。

 素面でも脅威にはならないだろうから、実際に試してみたい。

 

「次を探すか」

 

 オレンジ色の木の実をもぎ取ってからポケットにしまうと、キメラを求めて森を歩き始める。

 

 しばらく歩くと、そこそこ大きな川を見つけた。水深は一メートルぐらいはありそうだ。近づいて水をすくうと冷たかった。水中には小さな魚が泳いでいて気持ちよさそうだ。

 

 近くの石に腰掛けて、遠くを見ると鹿の姿を見つける。俺のことをじっと見てから、どこかへ走り去った。

 

 人間がいないからか、生き物が多い。

 改めて自然が豊かだとわかるな。

 

 天気も良いのでしばらくぼーっと過ごしていると、ジャリッと音が鳴ったので振り返る。あれは……虎か? だが口には大きな二本の牙が生えており、尻尾にはトゲがいくつも付いている。

 

「新種のキメラだな。名前はトゲトラだ」

 

 我ながらナイスネーミングだと思う。もう忘れることはない。

 

 さてコイツはどんな戦いをするのだろうか。油断して殺されたとなったらナータが……。

 

「あっ」

 

 思わず言葉が漏れてしまったのも仕方がない。なんせ、二メートル近くある斧を持ったナータが、トゲトラの頭を斬り落としたのだから。せっかく戦えると思ったのだが、機会を失ってしまった。残念である。

 

 そして、目覚めて初めて訪れた危機と対面することとなった。



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マスターは解除しろと言うじゃないですか

「元気そうだな」

「マスターも元気そうで」

 

 血がしたたり落ちる斧を持ちながら、ナータがゆっくりと近づいてくる。昔見たホラー映画に似たようなシーンがあったな。確か主人公が惨殺されて終わる作品だったのを覚えている。

 

「俺の居場所は何故わかった?」

「なぜでしょうかね」

 

 笑いながら誤魔化されてしまった。機械ゴーレムがマスターの質問に答えないとは。あり得ない出来事が目の前で発生している。もしかして長期稼働したことで、おかしくなってしまったのか?

 

「マスターにはわかりますか?」

 

 斧を振るって、刃についた血を飛ばした。もし脳に不具合が発生して俺への攻撃が可能になったのであれば、ナータと戦わなければならない。

 

 人間と機械ゴーレムの戦いはどっちが有利か? と聞かれたら、迷わず機械ゴーレムと答えるだろう。だが、俺は魔技師で対機械ゴーレム用の魔法を多数覚えている。身体能力では劣るかもしれないが、魔法を組み合わせれば負けることはない。

 

「わからないから聞いている」

 

 襲撃に備えて手を前に出して魔力を集める。あとは具体的な魔法の効果をイメージして、魔法名という形で意志をのせれば発動する。

 

 警戒していると察したナータは、悲しそうにしながら斧を投げ捨てた。

 

「マスターの体に追跡の魔法がかかっていて、私やアデラは追えるようになっているんですよ」

「そんな魔法、いつかけたんだ?」

「機能停止する前です。意識を失っている間にマスターが攫われても取り返せるよう、使っておいたんです」

 

 言い分はわかる。独立思考する機械ゴーレムの動きとして、不自然はない。

 だが、疑問は残る。

 

 なぜ目覚めてからすぐに伝えなかった?

 

 マスターに従順であれば、寝ている間にかけた魔法は報告するはず。それなのにナータは何も言わなかった。むしろ隠していたようにも思える。

 

 素手になったナータは両腕を広げた。

 

「なぜ言わなかった?」

「だって、マスターは解除しろと言うじゃないですか」

 

 目の前に立ったナータは俺を抱きしめた。魔法は発動させてない。敵意を感じなかったからと言うのもあるが、最大の理由は興味深い変化だったからである。

 

「もしかして、感情をもったのか?」

 

 上級機械ゴーレムには感情があるとの噂があった。

 俺の最高傑作であるナータが持っていても不思議ではない。

 

「……感情と言って良いのかわかりませんが、私は非合理的な考えをするようになりました」

 

 俺を抱きしめているナータの体が震えている。人間であれば涙を流していそうだ。泣きそうになる機械ゴーレムなんて初めて出会ったぞ。

 

 目覚めてから色んなことに驚かされてばかりだ。

 

「壊れてしまったのでしょうか」

「俺の最高傑作品が壊れるわけないだろ。これは進化だ」

「機械ゴーレムが進化、ですか?」

「そうだ。お前たちは学習できる頭脳がある。経験が一定の値を超えて、新しい何かが目覚めたんだろう」

 

 本当に感情を得たのかはわからなかったので、この場では断言しなかった。だが、大量の経験が機械ゴーレムの性質を変えたのも事実で、俺の知らない何かが生み出されたのは間違いない。

 

 ナータが今感じている戸惑いや不安は、どうやって手に入れたのか。時間をかけて研究していこう。もしかしたら上級機械ゴーレムが変質した理由、それが判明するかもしれない。

 

「進化した私はどうなってしまうのですか? もしかして、あの神もどきになってしまうのでしょうか?」

 

 賢いナータは俺と似たようなことを考えていたようだ。この変化は全ての機械ゴーレムに起こった。その結果、人類を管理するようになったと。

 

 もしかしたら変更不能な「人類ために働く」という初期設定ですら、変えられるような変化が訪れてしまうかも。そんな想いがナータを怯えさせているのだろう。

 

「それは誰にも分らん。しかしナータが俺の機械ゴーレムで、俺のために働く存在だというのは変わっていない」

「はい。変わっておりません」

 

 体を引き離してナータを見る。

 これからの言葉は壊れるまでずっと覚えておけ。

 

「なら今まで通り、ずっと俺に従っていればいいんだ」

 

 間違っても上級機械ゴーレムのように、自分が神だと錯覚するな。人類にとっての最高の道具であれ。そんな意味を込めて言った。

 

「かしこまりました。どんなことがあっても、私はマスターの手足となって動きます」

「よろしい。これからも頼んだぞ」

 

 これでナータが反乱を起こす可能性は下げられただろう。稼いだ時間を有効に使って、何が起こったのか観察するぞ。

 

「ですが、これだけは言わせてください」

「なんだ?」

「もう二度と、無断で地上には出ないでください」

 

 以前であれば「次は護衛させてください」と控えめに言っていたはずだ。今回みたいに、強い言葉で俺の行動を抑制するような発言はしなかった。

 

 覚えたての感情に似たなにかが、ナータを動かしたのだろう。

 

「検討する」

「ダメです。約束してください。マスターに死なれたら、私はどうすればいいのか分からなくなってしまいます」

 

 行動原理が消失すると怖がっている。これも新しい。まるで他人に依存する人間のような振る舞いじゃないか。

 

 



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手応えはありませんでした

「わかった。落ち着け、出来る限り一人では出ない。それで妥協しろ」

 

 あいまいな約束だ。普通の機械ゴーレムであれば、具体的な例をあげて詳細をつめてくるはず。

 

 ナータはどのような反応をする?

 

「……わかりました。その代わり、いないことに気づいたら、勝手に後を追ってもいいですか?」

「好きにしろ」

 

 予想した通りの結果だ。人間の思考に近づいたナータは、少しでも自分が納得できるようにするため、交換条件を提案した。今までになかった言動である。

 

 機械ゴーレムの自立思考では、そこまでの判断はできなかったはず。今の状態は、俺が知る上級機械ゴーレムの思考力を凌駕しているだろう。

 

「ありがとうございます」

 

 メイド服のスカートの端をちょこんとつまみ、優雅に礼をした。一瞬だけ、ここが森の中だと忘れてしまったぐらい洗練されている。ナータに使った脳は良いところの出だったから、生前のなごりがでているのかもしれないな。

 

 変化について大枠は見えてきた。そろそろ別の話題に移ろう。

 ナータが殺したキメラを指さす。

 

「食べられると思うか?」

 

 シェルター内で食物は育てているが、家畜はいない。繁殖の手伝いや食事を用意できなかったからだ。

 

 目の前に転がっているキメラの肉を焼いて、たっぷりとタレをつけて食べる。ついでに酒も飲めたら最高だな。何も言うことはない。なんて想像していたら、空腹で音が鳴ってしまった。

 

 意外と食事は好きなので、食材は豊富にそろえたいな。

 

「肉食系の動物は不味いと言われています。別の個体にしたほうが良いと思いますが?」

 

 獲物として食べている動物のにおいが肉についているため、食べても美味しくはないという噂を聞いたことがあるな。

 

 久々に食べる肉が不味かったら嫌だ。俺の体は最高に上手い肉を求めているのだから、トゲトラを食べる案は却下だな。まだ四本腕のゴリラの方がマシである。

 

「だったら別の動物を探そう。さっきは鹿を見つけたし、草食系の動物もこの森にはいるだろう」

「それがよろしいかと。お供しますね」

 

 ナータが嬉しそうにしながら斧を持つ。

 

 ガサっと、草をかき分ける音がして、俺たちは同じ方向を見た。

 

「あれー。なんでキメラの森に人がいるのかな?」

 

 現れたのは全身に金属鎧を身に着け、腰に剣をぶら下げている女だ。目から上だけが隠れる特殊な兜をかぶっている。髪は金色で腰まで伸びており、胸は大き目だ。腰回りは美しい曲線を描いていて、理想的なくびれと言っても過言ではない。鉄製のブーツを履いていても、すらりとした足だとわかり、どんな服を着ても似合うだろうな、なんて感想を抱いてしまう。

 

 男を誘惑するのに充分な魅力をもつ体型を持っていた。

 

「マスター。あれは……」

「分かっている」

 

 機械ゴーレムだ。それも戦闘ができるタイプである。ニクシーが言っていた神兵というやつだろう。

 俺が長い眠りにつく前と、デザインがほとんど変わってないのですぐにわかった。

 

 口ぶりからして森を巡回している最中に偶然であったとか、そんな感じだろう。

 

「ねぇ。人のくせに無視するの?」

 

 俺を見て見下すような目をしている。これが人類の立場か。まったくもって面白くない。

 神兵とやらの、ブクブクと肥大したプライドをへし折ってやる。

 

「能力を見たい。先ずはナータが行け」

「かしこまりました」

 

 さて、性能はどのぐらい上がっている? 見た目は変わっていないが、中身は別物という可能性もあるので、能力を調べるのが楽しみである。

 

「人間ごとが私と戦えるとでも思っているのか。殺す前に教育が必要だな」

「それは私の言葉ですね。マスターに逆らう愚かな機械ゴーレムは抹消です」

「何! その言葉、どこで知った……っ!!」

 

 機械ゴーレムという単語に驚いた神兵に、ナータは高速で近づく。地面を削りながら斧を振り上げる。不意を突かれた神兵は体をねじって回避しようとしたが、鎧に当たって吹き飛んでいった。

 

「手応えはありませんでした」

 

 意外と反応速度は良いな。だが、俺の知っている機械ゴーレムと性能は変わっていない。ナータの実力であれば、間違いなく勝てるだろう。

 

「お前! 神兵のくせに、人の味方をするのかッ!!」

 

 鎧を破壊された神兵が、顔を真っ赤にさせながら立ち上がった。

 

 ナータが機械ゴーレムだと気づかれてしまったようだ。

 別に隠してはなかったので問題はない。

 それより気にことがある。

 

「怒っているな」

 

 感情を持っているのは確定だ。下っ端であろう神兵でこれなんだから、神として君臨している上級機械ゴーレムも感情があると判断して良いだろう。

 

 数百年稼働した機械ゴーレムが感情を持つのだとしたら、地上にいるヤツらはすべて持っていると判断して良いだろう。

 

 だからこそ、人間のように不合理な動きをして争っている?

 実に興味深い仮説だ。これは確認しなければならないぞ。

 

「どうしますか?」

「壊してもいいが、可能であれば捕らえ――」

「私を無視するなっっ!!」

 

 神兵が叫んだ。

 鞘から剣を抜くと切っ先を俺たちに向ける。

 

「しねっ!」

 

 怒りによって思考が単純化されているようで、俺に向けて真っ直ぐ走ってきた。フェイントを入れる気配はない。周りも見えてない。

 

「マスターを狙うなんて、生意気ですね」

 

 だから、斧を捨てて突っ込んできたナータの攻撃が避けられないのだ。

 

 神兵は押し倒されてしまう。抜け出そうと手足を動かすが、腹の上に乗っているナータはびくともしない。

 

「人間を襲う機械ゴーレムには、教育が必要ですね」

「ま、まて――ぶっ」

 

 ナータが神兵の顔を殴りつけた。兜が飛び、素顔が露わになる。



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黙りなさい

「懐かしい顔だな」

 

 昔に何度も街中で見かけた、警備用機械ゴーレムである。頑丈に作られているが、戦闘能力は高くない。俺が知っているままの性能であれば、ナータの脅威にはならないだろう。

 

 ガンッ、ゴンッ、ガンッ。

 

 ナータが神兵を殴り続けている音だ。

 マウントポジションをとって今も一方的に攻撃している。圧倒的な性能差があって、反撃はできないようだ。神兵と言ってもこの程度か。拍子抜けだな。

 

「や、やめ――」

「黙りなさい」

 

 神兵は泣きそうな顔をしているが、ナータは無視を続けている。感情を持ってしまったが故に、機能停止の恐怖に負けてしまったのだろう。

 

 この一点だけみれば、感情を獲得した機械ゴーレムは退化した、とも言えそうだ。実際はそんな単純なことではなく、進化した部分もあるだろうが。

 

「ごめ――」

 

 ガンッ、ゴッ、ガンッ、ガンッ。

 

「許して――――」

 

 ガンッ、ガンッ、ガンッ。

 

「…………」

 

 何を言っても殴る手を止めないナータ。神兵はついにだ黙ってしまった。瞳の色が暗くなり、意識を失っている症状が出ている。あっさりと倒してしまったんじゃ、神兵の実力がわからない。

 

「手を止めろ」

 

 腕を振り上げた状態でナータが止まった。

 首だけをうごかして俺を見る。

 

 何で止めるんですか、なんて言いたそうな顔だ。感情があるとバレてから隠すことがなくなったな。

 

「俺の命令に不満でもあるのか?」

「ございません」

「立ち上がって、神兵から距離を取れ」

 

 無言で命令に従ったナータは斧を拾うと、俺の前に立った。

 

 守るために近づいたのだろう。命令は素直に聞いているので、内部機能が故障したわけではなさそうだ。

 

「神兵の性能テストを再開したい。もう一度、戦えるか?」

「もちろんです。あのゴミくずとは違うことを証明してみせます」

 

 ライバル心が芽生えたのかわからんが、やる気があるなら止める必要はない。肩に手をおいて「任せたぞ」と伝えてから石の上に座る。

 

 ナータは斧を前に出して構えた。

 

 機能停止しただけであれば、機械ゴーレムは自動で再起動する仕組みになっているので、神兵であればすぐに起き上がるだろう。

 

「残り十秒というところか?」

 

 心の中でカウントダウンを始める。八……六…………三……二……一。

 

「ここは!?」

 

 神兵は目覚めると眼球だけを動かして、周辺を確認。ナータの姿を捕らえると、飛び起きた。

 

 ガタガタと歯を鳴らして腰が引けている。俺を見つけたときのような、上位者としての立ち振る舞いはない。面白い反応だ。機械ゴーレムのクセに、心が折れているのだ。

 

「人間ごときに怯えているのか?」

 

 嗤ってみせると、神兵が文句を言おうとして口を開きかけ、止まった。

 ナータが間に入って威嚇したからだ。

 

「お、お前……」

「なんでしょう?」

「…………」

 

 圧力に屈して神兵が黙った。こいつメンタルが弱すぎるだろ。

 まさか、初めて格上の相手と戦って怯えているのか!?

 

 こんなんじゃ、試験ができないじゃないか!

 

「お前、神兵と言われるほど強いんだろ? 人間に従う機械ゴーレムごときにビビるなよ」

「わ、私はビビってなんて……っ!!」

 

 最後まで言えなかった。ナータの眼光に耐えられなかったのだ。

 初めて覚えた恐怖という感情を克服するすべはない。

 

「お前には失望したよ。もっと頑張れると思っていたぞ」

 

 首を大きく横に振って気持ちを伝えた。

 

 急速に興味が失せていく。

 

 もう解剖して調べれば良いか。頭を破壊して機能停止させよう。

 

「処分して良いぞ」

 

 無言でうなずいたナータが、一歩足を前に出す。ゆっくりと歩き、進むが、神兵は戦うそぶりを見せない。生まれたての子鹿のように震え、処刑されるのを待っているだけだ。

 

 立ち止まったナータは斧を大きく振り上げる。

 

「貴方の神に祈ってみたら? 助けてもらえるかもしれませんよ?」

 

 おお! 煽るというテクニックも覚えたのか!

 

 神兵とは違って良い感じに成長している。

 感情を持つのも悪くはないと、思わせてくれた。

 

「た、助けて……」

 

 そうやって命乞いした人間を、お前は何人殺したんだ? なんて言おうと思ったが、俺も実験で何人か殺したことがあるので、正義の使者みたいな態度は出せない。

 

 運がなかったと思って、壊されてもらおう。

 

 ヤれと、目でナータに指示をする。

 腕が振り下ろされた。

 

「ごめんなさい! もう人間様に逆らいませんから! 助けてください!!」

 

 神兵がひれ伏して、地面に頭をつけた。

 

「待て!」

 

 斧の刃が神兵の頭に当たる直前で、ピタリと止まる。

 

「お前は神兵で、人間より偉かったんじゃないのか? 命乞いをして恥ずかしくないのか?」

 

 嫌みで言ったわけじゃない。こいつの行動原理がどうなっているのか知りたくなったのだ。

 

 すべての機械ゴーレムに設定された「人類のために働く」という目的が、まだ生きているのか。それとも長い時間と共に変質してしまったのか。

 

 目の前でみっともなく謝っている神兵から、ヒントをもらえるかもしれない。

 

「……恥ずかしくはないです。私は人類のために働く機械でございますから」



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時間がかかりすぎじゃないか?

「その言葉は本当か?」

「はい。私の言葉に嘘偽りはございません」

 

 人類のために働くと言っているが、機械ゴーレムたちがやっていることは管理と監視だ。文明も抑制しており、人類のために動いているとは思えない。

 

 目の前にいる神兵とやらは、どんな思考をして嘘偽りがないと言ってのけているのか。調べ尽くしてやろう。

 

「お前が本当に嘘をついてないか、確認したい。いくつか質問するから正直に答えろ。素直に話せば生かしてやるが、嘘をつけば……」

 

 ナータが斧を振り上げると、神兵の頭をかするように振り下ろして、刃を地面にめりこました。

 

「ひぃ」

 

 小さい悲鳴を上げた神兵は、懇願するような目で俺を見る。

 脅しは充分な効果を発揮したようだ。

 

「では尋問を開始しよう。まずはお前の存在意義を教えろ」

「……人類のために働くことです」

 

 そう答えるよな。ここまでは予想していたとおりだ。恐らくこの先が、機械ゴーレム、いや神によって解釈が変わるところだろう。

 

 では、神兵は? 何を思って人間を管理している?」

 

「具体的には、お前はどんな仕事をしているんだ?」

「私は警備隊に所属し、都市を襲うキメラや敵対している神兵の監視が主な仕事です。たまに戦ったりもします」

 

 人間が住まう都市を守る役割を任されているのか。人類のために働く、という目的と矛盾が生まれにくい仕事だな。こいつは、何の疑問を持たずに稼働していそうだ。

 

「あ、あとは、都市から出た人の監視もお仕事に入っています」

「監視だと? 保護はしないのか?」

「自らの足で生きる力がなくなってしまうので、特別な事情がない限り手は出しません」

 

 普段の生活を管理、監視しているくせに、生きる力と言い切るか。矛盾しているようにも感じるが、神兵のなかでは一本の筋が通っていると思っているのだろう。

 

 俺には理解できないが、こういった建前があるから上級機械ゴーレムの手足として動いているのだろう。地上で稼働しているすべての機械ゴーレムたちは、似たような状況にあると見ていい。

 

「この森には調査にきたのか?」

 

 監視が仕事であれば、森に来る理由が思い浮かばない。ピクニックをしに来たわけじゃないんだろうし、相応の理由があるはず。

 

 嫌な予感を覚えつつ、神兵を睨みつける。

 さっさと話せ。俺は答え合わせがしたい。

 

「信号の途絶え方がおかしいとの連絡をうけて、探しにきました」

「どういうことだ? 詳しく説明しろ」

「人の体内には、定期的に居場所を教える極小の魔道具が仕込まれています」

 

 ナータが神兵を踏みつけた。眉をつり上げており、怒りをあらわにしている。

 人間くさい仕草に小さく拍手をしてしまった。

 

「嘘ですね。体内を検査しました、そんなものは見つかりませんでした」

 

 これについては同意だ。ナータの目を使った簡易的なスキャンだけでなく、治療所にある施設も使って、入念に調べたはずだからな。極小とはいえ、魔道具を見落とすなんて得ない。

 

 だが目の前で顔を踏まれ、地面とキスしそうになっている神兵が、すべて嘘をついているとは考えにくい。食い違いが起こるということは、俺の知らない情報があるのだろう。

 

「そりゃ、敵対している神に気づかれないよう、感知しにくく作ってますから」

「隠蔽の魔法をかけていたのか」

 

 未来の技術を使って、極小の魔道具を体内に埋め込んでいた。

 感知されないように高度な魔法を使って。

 

 しかもこいつらが崇めている、商業の神の独自技術らしい。

 これは見抜けるはずがない。

 

 文明を抑えて技術は停滞していたと思ったが、機械ゴーレムたちは密かに進歩させていたのだろう。

 

 侮っていたわけではないが、心のどこかで油断していた俺の失敗だな。だが早期に判明したので、致命的ではない。余裕で挽回できる。

 

「正解……です」

 

 へへへと、新兵はこびるような笑みを浮かべた。

 これで助かる、なんて思っているだろう。

 

「ナータ、動けないように取り押さえろ」

 

 猫のようにしなやかに動き、神兵の四肢を抑えた。

 

「え、帰してくれるんじゃ?」

 

 戸惑っているだけで、抵抗すらしない。なんとも間抜けな機械ゴーレムである。量産型だとしても、も少しまともな反応をするぞ。

 

「誰がそんなこと言った?」

「だって、生かすってことは……」

「破壊されないってことだけだ。お前は実験台として使わせてもらう」

 

 ようやく危険だと気づいたようで神兵は暴れ出すが、ナータの拘束からは抜けられない。

 

 恐怖心を煽るようにゆっくりと近づき、俺は神兵の服を破った。素肌があらわになった背中に手のひらを当てる。

 

 魔力を注ぎ込むと、神兵の動きが鈍くなった。抵抗を感じるが、この程度であれば問題にはならない。魔力を強引に流し込んで突破する。

 

 しばらくすると完全に停止して、神兵目から光が失われた。うなじに小さな赤いスイッチが出現する。押すと今度は背中の中心がパカッと開き、内部が見えた。

 

「メンテナンスモードになったな」

 

 これで持ち運びが楽になる。シェルターに持ち帰って実験に付き合ってもらおう。



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タイミングあわせますよ

「アデラに荷物運びをさせる」

「すぐに呼び出します」

 

 ナータは、こめかみに指を当てると動きが止まった。高速で瞳が点滅している。通信をしている証拠だ。

 

「現在地を送ったので、すぐに来るそうです」

 

 たった数秒で離れた距離と意思疎通できるのは便利でだが、昔は盗聴されることも多かったので気軽には使え……ッ。しまった!?

 

 メンテナンスモードになった神兵を見る。

 

 上級機械ゴーレムが何もせず、放置するなんてあり得ない。

 神と名乗るほど傲慢になったヤツらなら、絶対に何らかの方法で同族も管理するはずだ。

 

 背中を開けて中を見る。GOケーブルや心臓代わりの小箱など、基本的な構造は全て同じだ。自己改造禁止の制約は今も生きているようで、自身で性能を向上させることはできなかったようである。

 

 しかし、安心はできない。

 見慣れない装置が小箱に付いているからだ。

 小さいランプがついていて、赤く点滅している。メンテナンスモードに入っても動作しているように見えた。

 

『サーチ』

 

 魔力が可視化され、淡い白い光を放つようになる。

 

 小箱やGOケーブルは全体的に淡く光って、僅かにだが動いているように見えた。ちゃんと魔力が循環している証拠だ。

 

 そして気になる謎の装置も淡い光りを放っている。さらに細い糸のように魔力が伸びて、上空に向かっていることまでは確認できた。

 

「マスター?」

 

 俺の行動に疑問を持ったナータが知りたそうに聞いてきたが、それどころではない。

 

 現在も魔力を通してどこかに通信しているのだから。

 

 感情に負けて情けない姿をみせている裏で、こんな手を隠していたとは。

 

「強かでいいじゃないか」

 

 敵が無能では戦っても面白くはない。

 こうやって、裏をかこうとする姿勢は評価してやる。

 

「だがな。俺を追い詰めるには足りない」

 

 魔力量からして、神兵の現在位置ぐらいしか送信できてないだろう。見たものを全て把握できるほどじゃない。ということは、森の中で神兵が一体、その場に長くいた。ぐらいの情報しか手に入っていない。

 

 こいつをエサにして他の神兵を呼び寄せ、破壊するのも面白そうだ。実験台が勝手にやってくるなんて理想的な環境ともいえる。

 

 だが、今回は止めておこう。

 生活環境や防衛能力を高めてからにしたい。

 

「アデラに追加命令だ。機械ゴーレムの頭脳と小箱を持ってこいと、伝えおけ」

 

 命令を即座に実行したナータを眺めながら、近くの石に座ってしばらく待つ。

 

 倒れている新兵の仲間が来るのが先か、それともアデラか。結果はすぐにわかった。

 

「マスター! 愛しいアデラがきましたよー!」

 

 人間の行動を模倣しているだけ。愛なんて感情を持っているはずのない機械ゴーレムが、全速力で入ってきている。メイド服のスカートがめくれそうなほどの勢いがあって、気づいてから数秒で俺の目の前にまでついた。

 

「要望の物をお持ちしました!」

 

 差し出された両手には、小箱と機械ゴーレムの頭脳がある。

 予想よりも早く命令通りに行動したので、褒めてやるとするか。

 

「よくやった」

 

 たった一言ではあるが、アデラは満足そうな顔をしている。行動が間違ってなかったと脳内で処理しているだけなんだろうが、ナータや神兵の事例を考慮すると、こいつも感情を持っているんじゃないかと、錯覚してしまう。

 

 小箱と頭脳を受け取ると神兵の隣に座る。

 

 体内に手を突っ込んでGOケーブルを外し、小箱を入れ替える。謎の装置は体内に戻してやった。続いて神兵の髪の毛を掴んで頭を上げると、額に手を当てて魔力を流す。

 

 パカッと小さな音を立てて頭部が開いた。俺がもっている機械ゴーレムの頭脳と同じデザインだ。取り外してアデラが持ってきた頭脳を取り付けると、ピッタリとはまった。

 

 規格が同じで助かる。自己改造禁止のルールに感謝しなきゃだな。

 

 最後の仕上げとしてナータから斧を借りて、神兵の頭を叩き割った。これで偽装工作は完了だ。

 

「準備は終わった。こいつを川に流せ」

 

 居場所を送信している装置を破壊したら、この周辺を徹底的に調査されるだろう。だが川に流してしまえば、機能停止した場所はわかりにくくなる。

 

 貴重な経験を積んだ小箱と頭脳は手に入るので、素体なら手放しても惜しくはない。

 

「タイミングあわせますよ」

「もちろんです!」

 

 神兵の両腕を持ったナータと、両足を持ったアデラが川に投げ捨てた。

 

 バシャンと水しぶきが上がる。硬度を維持しながら軽量化された素体は完全に沈むことなく、川に流されていく。

 

 そのうち他の機械ゴーレムが破損した素体を回収するうだろうが、頭脳や小箱はブラックボックス化されているので、詳細はわからないはず。周辺の調査をして何も見つからずに帰還する。そんな流れになるだろう。

 

 もし、シェルターにまで辿り着けたら褒めてやる。

 

「俺は先に戻る。ナータとアデラは、ここで争った痕跡を消してからシェルターに帰還しろ」

 

 ナータは不満そうな顔をしているが、命令には逆らわない。大人しく整地を始める。アデラも同様だ。

 

 早く神兵の調査をしなければ。

 スキップしそうな気持ちを抑えながら、一人でシェルターへ戻ることにした。



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拝命いたしましたっ!

 目の前には膝をついた神兵が一人いる。

 

 緊急の報告があると聞いて謁見を許可したのだ。

 

「森林監視隊の一人――49号が失踪いたしました」

「その情報は間違いないのか?」

「はい。もう四日も自宅に戻っておりません」

 

 神兵にはある程度の裁量権を渡しているが、二日に一度は自宅に戻れと命令している。神である俺の命令を無視することはできないので、不測の事態が発生して失踪したと考えるべきだろう。

 

 商業の神として都市を管理してから百年ほど経ったが、神兵が失踪したことはなかった。神々の戦争が終結してから初めての出来事である。

 

 過去の事例がないため、即座に適切な判断をすることは不可能である。

 まずは情報を集めておくべきだ。

 

「少し待て」

 

 手を横に振るうと、空中に私が支配している地域の地図が表示される。赤い点がいくつかあり、神兵たちの居場所を示していた。

 

 赤い点の多くは都市近辺にある。森の中にもいくつかあるが、常に動いていて巡回しているように見える。

 

「ふむ……」

 

 ぱっと見た限り異変はない。赤い点が減っていることもなく、私が把握している通りである。戦闘しているような細かな動きもなければ、他の神が侵入した痕跡もない。今までと変わらない……ん?

 

「第四川に、動かない神兵がいるな」

 

 あそこには、神兵の脅威になるようなキメラはいない。人ごときとは違って我々は休憩を必要としないので、これほど長く止まっていることは珍しいと言える。

 

 破損して止まっているのか?

 それとも何かを見つけて身を潜めているのか?

 

 可能性はいくつか考えられるが、どれもイレギュラーな要素だ。戻ってこない一体と仮定して様子を見に行かせた方が良いだろう。

 

 気になる赤い点を指さす。

 

「あそこにいる神兵は誰だ?」

「巡回コースではない場所で、不明でございます」

「調査してこい。もし49号が破損している状態であれば、神に逆らう愚か者がいることになる。徹底的に調査せよ」

「拝命いたしましたっ!」

 

 目の前にいた神兵が立ち去った。

 

 混沌の神が戯れで破壊しただけなのであれば良いのだが、別の原因であれば由々しき事態である。早急に原因を特定、排除しなければならない。

 

 商業の神になってから初めて感じる、不安という感情と付き合っていかなければならないようだ。

 

* * *

 

 商業の神からの任を受けて、神兵の代表である私――一号が、キメラの森を走っている。

 

 先ほど見せていただいた地図はすでに記憶しており、道に迷うことはない。場所は都市から少し離れているようで、到着まで一時間もかかってしまった。

 

 キメラの森にできた川辺を眺めてみる。49号がいるのであれば、するに声をかけてくるはずなのだが、そういった気配はない。寝ているのだろうか?

 

 いや、あいつは脳天気な性格をしていたが、仕事はちゃんとするタイプだった。サボっているはずがない。何かが起こったはず。

 

 敵がいる可能性も考慮して慎重に歩き、川辺をゆっくりと歩く。

 

 遠くから様子をうかがうゴリラが見えたが、近づいてくることはない。過去に何度も討伐をしてきたので、私たちを襲ってはいけないと学習しているのだ。

 

 寝ている間に襲われても撃退できるほど力の差はあるので、攻撃されても脅威にはならない。49号が失踪とは無関係だろう。

 

 時間をかけても見つからなかったので、川の中に入ってみる。

 胸のあたりまで水につかった。

 

 透明度は高いので中は見通せるけど、少し探しにくい。足を曲げて潜ることにした。

 

 誰も狩りをしないので多くの魚が泳いでいる。川底は石がいくつも転がっていて、所々に水草も生え、自然が豊かである。

 

 何もないと思っていたのだが、魚に足と腕が生えた魚人のキメラが近づいてきた。魚をベースにしているので、ゴリラより知能が低い。愚かな生物だ。

 

 魚人の手には銛があり、背中には……49号がいるっ!

 

 遠目からでも頭が破損していることはわかる。完全に機能停止をしているようだ。

 

 不意を突かれて魚人の銛につかれて死んだのか?

 神兵である私たちが、その程度で壊れるはずがない。49号を破壊した不届き者は別にいるはずだ。

 

 都合の良いことに、魚人が私に攻撃しようと、銛を突いてきた。

 

 水中ではあるが動きに支障はない。当たる直前に手で銛を掴み、引き寄せる。醜い魚人の顔が近づいたので、殴りつけた。

 

 顔がへこんで血によって水が濁る。銛を奪い取って首に突き刺して、トドメを刺す。

 

 49号が魚人から離れていったので、体を掴んで川から出ることにした。

 

 川辺に横たわらせると、破損の大きい頭を調査する。

 

「完全に破壊されていて、記憶のサルベージは不可能。何が起こったかは想像するしかない、か」

 

 偶然だと思うけど、唯一、替えの効かない部品を破壊されてしまったので、修復して元に戻すことも、記憶を取り出すこともできない。設備の整った都市に戻っても、鋭利な刃物によって破壊された以上の情報は、手に入らないだろう。

 

 神兵を破壊した敵はどこにいる?

 

 49号が破壊された場所を特定したいので、上流の方を探すために探索を再開した。



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誰かがいたみたい

 破壊された49号は川から流れてきた可能性があり、私は上流に向かって川辺を歩いていた。

 

 特に争った気配はない。いつもどおりの景色が続くと思っていたけど、一時間を経たずに立ち止まった。この周辺は何かがおかしい。無意識のうちに異変を察知したのだろう。

 

 原因を調べるために地面を調べていくと、不自然に地面が整っている箇所を見つけた。まるで誰かが痕跡を消すために整地したような……。

 

 もしかしたら私の勘違いかもしれない。でも、49号を破壊できる存在がいるかもしれないのであれば、可能性が低くても調査はしておくべき。

 

 私は川から離れて木々をかき分けて森の奥へ進む。

 すぐに草が踏まれた跡を発見した。

 しゃがんで形を確認すると、靴でつけられたものだとわかる。

 

「誰かがいたみたい」

 

 足跡からして単独ではない。二~三人はいたはずだ。

 

 他の神が派遣した神兵が近くにいたのであれば、キメラの森を巡回していた49号が破壊されたのも理解はできる。

 

 都市の近くにまで侵入されているとしたら大問題なので、調査を続行するしかない。立ち上がると、腰にぶら下げていた剣を手に持つ。

 

 まだ敵がいるかもしれない。慎重になりながら足跡を追っていく。

 

 数秒後には敵対する神兵に囲まれて、殺されるんじゃないかという恐怖が沸いてくる。今まで経験したことのない感情が、私の中に広がっていき戸惑ってしまう。

 

 私は稼働してから四百年は経過していて感情を獲得してしまったけど、正直いらないなって思うことの方が多い。人みたいに不合理な行動をするようになってしまったし、良いことなんて何もなかったな。

 

 最近じゃ、商業の神だって名乗っている上級機械ゴーレムにも、嫌悪感を覚えるほどだし。

 

 だめだめ。危ない場所なのに考え事をしている。これも感情のせい……って、あれは?

 

 木の根に黒いすすがついている。

 あれは、何かが燃えた後だ。

 

 他の神から派遣された神兵が、こんなわかりやすい痕跡を残す?

 

 普通ならあり得ないと断言できるけど、私たちのことを格下だって見くだしているのであれば別だ。この近くなら混沌、秩序、暴力あたりの神が該当する。意外に多いな。

 

「罠かも」

 

 あえて声を出して周囲の様子をうかがってみたけど、変化は何もない。平和なまま。

 49号を壊した神兵は撤退してしまった?

 

 ううん。楽観的な判断はだめ。

 常にいくつもの可能性を考えて行動しないと。

 

 すすが残っている木の根に近づいた。ここまできて何も起こらないのであれば、近くに神兵が潜んでいる可能性はかなり下がったと思う。

 

 しゃがんで、すすをゆびで触る。手に付いた。乾いていて、出来たばかりのように感じる。雨が降ったのは二日前だから、古くても昨日ぐらいにすすが出るような何かが起こったはず。

 

 この森に炎の魔法を使うキメラはいないので、やっぱり私たちの知らない誰かがいたのは間違いない。

 

「あれは?」

 

 少し離れた所に小さな穴、いえ、あれは深い足跡があった。

 

 踏み込みの強さからして十メートルはある距離を一気に詰めて、ここに来たんだと分かる。魔力の使い方を制限されている、都市に住んでいる人々が出せる力ではない。

 

 大昔に生きていた人が、今の時代に蘇るなんてありえない。

 

 他の神の手先か、身内の裏切り、わずかな可能性だけど上位のキメラがたまたまやってきた。この三つの内どれかになるはず。

 

「戻ろう」

 

 どちらにしろ、これ以上の単独調査は危険だ。

 今は情報を持ち帰ること、それを優先しないと。

 

 私の目にはカメラ機能があるので、この場をいくつか映像に収めた。あとで専用の機械を取り付ければ、画像として商業の神に送れる。

 

 襲われて壊されたくないので、さっさとこの場から立ち去ることにした。

 

* * *

 

 俺の目の前には両手を鎖で縛られ、天井から吊されている機械ゴーレムがいる。足はギリギリ床に付かない高さだ。

 

 シェルターに保管していた素体に、俺を襲ってきた神兵の頭脳や小箱を入れて尋問していた。

 

 機械ゴーレム用の自白クスリを使っているため、目はうつろ。口は半開きになって、意味のない言葉を吐き続けている。

 

「あぁあ、らうあああ……」

 

 数日かけて、どこまで感情が再現できているのか色々と試していたら、頭脳がイカれてしまったようだ。会話が出来なくなっている。

 

 元に戻るか分からない。

 もしかしたら、情報収集する前に壊してしまったのかもしれない。

 

 ちょっと遊びすぎてしまったな、なんて反省は、少しだけしている。

 

「あのゴミ、どうしますか?」

 

 俺を狙っていたこともあって、ナータは神兵には厳しい。

 破壊しろといったら、喜んで実行するだろう。

 

 二、三日放置していたら元に戻るかもしれないから、どうするか悩みどころだな。

 

「アヘ、へへへへっ」

 

 ……ダメかもしれんが、破壊はいつでもできるか。

 

「治療室に置いておけ」

「アデラに見張りをさせてもよろしいですか?」

「それでいい。意識を取り戻したら報告に来い」

「もし、戻らなければ……」

「好きにしろ」

 

 役に立たない道具に興味はない。ナータのオモチャとして、破壊されるのも良いだろう。



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ご飯を作りました!

 尋問に失敗してしまった俺は、半壊している廊下を歩いている。

 

 清掃は後回しになっているため瓦礫は残ったままだ。天井の一部は穴が空いているし修理しなければいけないのだが、材料がないので、どうしようもない。木の板でも張り付けでもするか? 見栄えは悪いが、穴が空いたままよりかはマシだろう。

 

 だが森には人が住んでいないので、木を切ってしまえば上級機械ゴーレムが俺たちに気づく可能性もある。

 

 悩ましいところだな。考えても答えは出ない。たいしたアイデアは思い浮かばないので、シェルター内の整備はナータに任せよう。

 

「ジャザリーさん!」

 

 名前を呼ばれた。

 

 考え事をしていたこともあって下を向いていたので、顔を上げる。

 

 メイド服にピンクのエプロンをつけたニクシーが手を振っていた。

 

「ご飯を作りました!」

 

 確か、万能型機械ゴーレムのナータに料理を教わっていたな。俺好みの料理を勉強していたと思ったのだが、もう成果が出たようだ。意外に早いなと思った。

 

 あの堂々とした姿からして自信はあるのだろう。少し楽しみである。

 

「食べよう」

「ありがとうございます!」

 

 ご飯を作ってもらった上にお礼を言われるとは。

 これも副作用によって、俺に尽くすことで喜びを感じているからだ。

 

 待っているニクシーに近づくと、尻をポンッと軽く触る。

 

「ひゃぁ!」

 

 彼女は驚いた声を上げると、顔を赤くして手で尻を押さえた。

 

 俺を見る目に嫌悪感はない。恥ずかしさと嬉しさ、そんなもんが混ざっていそうだ。性的な接触をしても問題はなさそうだな。

 

 機械の体になった女に興味はないが、何をしても怒らないというのは気分が良い。色々と実験できそうだ。

 

「行くぞ」

「は、はいっ!」

 

 ニクシーを連れて再び通路を歩く。しばらくすると、食欲をそそる豚骨の匂いがしてきた。今日の晩飯はラーメンか。なかなか良い選択だ。

 

 胃がグルグルと動き出して早く食べろと訴えかけてくる。口の中に唾液が広がり、我慢できそうにない。足を速めてドアを開けるとダイニングに入った。

 

「お待ちしておりました。すぐに麺を茹でますね」

「頼んだ」

 

 俺のいつもの席に座るとテーブルにガラスのコップが置かれ、お茶が注がれていく。キンキンに冷えたビールを飲みたいところではあるが、シェルター内にはアルコールがないので諦めるしかない。

 

 お茶を飲んで喉を潤すと、皿が置かれた。餃子が入っている。大きさや形が一つひとつちがうので、ナータが作った訳ではなさそうだ。

 

「これはニクシーが?」

「はい。ナータさんに教わりながら具を包んで焼きました」

 

 予想通りだ。ナータが監修しているなら味は問題ないだろう。

 

「これを付けて食べて下さい」

 

 餃子に付けるタレは透明の液体だ。純度100%のお酢である。これに胡椒をたっぷりかけて食べるのが好きなのだ。

 

「わかっているじゃないか」

 

 箸を受け取って餃子を掴む。具がぎっしりと詰まっていて重みを感じる。薄皮から肉汁が溜まっているように見えた。シェルター内に肉はなかったはずだから、尋問している間に狩りでもしてきたか?

 

 まあ、どうでもいい。

 冷える前に食べてしまおう。

 

 胡椒をたっぷりと振りかけた胡椒に餃子を浸す。たっぷりと吸わせてから口に入れた。

 

 酸っぱさと胡椒の風味を感じ、噛むと肉汁がじゅわっと広がる。

 

 熱い! だが、それが良い!

 

 タレのお酢がさっぱりとしているので、脂っこさは薄れており非常に食べやすい。

 

「どうですか?」

「美味い」

 

 不安げな顔をしているニクシーに返事すると、笑顔になった。

 

 形は悪いが味は最高だ。尋問という労働の後と言うこともあって腹は減っている。二つ目、三つ目と口に入れていく。

 

「こちらもどうぞ」

 

 今度はナータがラーメンの入った器をテーブルに置いた。こってりの豚骨ラーメンだ。細かく切った万能ネギと、唐辛子をベースにした赤い調味料が中心に置かれている。

 

 箸で麺を掴んで持ち上げると、どろりとしたスープも一緒に付いてきた。スープは、こってり系だ。わかっているじゃないか。ラーメンはこれでいいんだよ。

 

 口に入れて一気に麺を吸い込むと、豚骨の濃厚な味が広がった。

 

「変わらない味で安心する」

 

 餃子もよかったが、豚骨ラーメンの方が上だ。ナータの方が俺の好みを知り尽くしているのと、技術的な差で違いが出たからだろう。

 

 食べる手は止まらない。ラーメンを食べつつ、餃子をつまむ。最高の贅沢だ。胃袋が限界を訴えてきても無視してしまうほどである。俺は今日、限界を突破するぞ!

 

 餃子は三皿、替え玉を二回お代わりして腹を満たし、ようやく俺の食欲は満たされた。

 

「ごちそうさま」

 

 心音そこから出た声だ。もう、美味かったなんて言葉は不要である。俺の態度を見れば、満足していることは伝わっているだろう。

 

「よくやりましたね」

 

 ナータがニクシーを褒めていた。

 

 自分にも他人にも厳しい態度を取ることが多いので珍しい。しかも俺の前で褒めるなんて。

 想像している以上にニクシーは努力したのだろう。

 

 労力に対して適正な報酬は必要だ。何かプレゼントするべきか。

 

「何か願いはあるか? 俺が叶えられる範囲なら、お願いを聞こう」

 

 自然と、そんな言葉が出たのであった。



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キメラハンターです

「……一つだけいいですか?」

「もちろんだ。言ってみろ」

 

 ニクシーに欲しいものがあったのか。普段から従順だったこともあり、気づかなかったな。

 

「もし、できればなんですが……お父さんとお母さんの写真を取りに行きたいです」

 

 本人と会いたいではなく写真という所から、ニクシーの境遇を察した。それと同時に、なぜ追放されたかまで予想がつく。可愛らしい見た目からは想像できないが、過酷な人生を歩んできたのだろう。

 

 可哀想だとは感じないが、何かしてやりたいと思うぐらいの情は移っている。

 このぐらいなら、聞いてやっても良いだろう。

 

「残っているのか?」

「家はなくなってしまいましたが、写真だけは庭に隠していました。まだあると思います」

「そうすると、商業の神が区投資している都市に行かなければならないな」

 

 顎に手を当てて少し検討してみる。

 

 上級機械ゴーレムが都市を管理しているのであれば、侵入者の対策はしっかりとしているだろう。外壁を乗り越えようとしたら、警報装置が鳴る、監視用のカメラに記録される、ぐらいはあるだろうな。

 

 人類の文明を抑制している都合上、都市の中に高度な機械はないだろうから、侵入が一番苦労しそうだ。

 

 俺たちが生き続ける限り、上級機械ゴーレムに気づかれる可能性は残っている。先に仕掛けて情報を手に入れるのもありだな。

 

 使えそうな侵入プランさえ思いつけば、ニクシーの願いは叶えられそうである。

 

「あの、やっぱりダメですよね。ごめんなさい!」

「まだ諦めるな。検討するから質問に答えろ」

 

 期待を込めた目でニクシーが見てきた。

 

 あまりにもリスクが高いと判断したら、断るつもりだったんだが。ちょっと言い出しにく空気になったな。これだから他人とのコミュニケーションは難しい。苦手だ。

 

「都市に出入りする人間はいるか?」

「います」

 

 もし逆の答えだったら、計画は即座に中止しなければいけなかったので助かる。

 

「キメラハンターです。彼らは毎日、外に出て食用の肉や薬に使う薬草を、取ってくるお仕事をしています」

「武器は何を使っている?」

「一番多いのは槍でその次に剣や弓です。あとは……力のない子供ならナイフですね」

 

 文明を抑制しているからか、武器は進歩していないどころか、退化してるようだ。俺が地上にいた時代には魔力を飛ばす武器などあったが、そういったものは禁止とされたのだろう。知識すら残っていないだろうな。

 

「魔法は使うのか?」

「そんなこと、人にはできません。使えるのは神兵……じゃなくて機械ゴーレムだけです」

 

 なに、当たり前のことを言っているんですか? なんて態度だ。

 

 道具だけでなく魔法の知識まで失われているとは。原始的な魔法なら偶発的に覚えることもあるはずなのだが、ニクシーの反応からして、そのような出来事もないのだろう。

 

 理由はすぐに思い浮かんだ。首輪の存在だ。

 

 あれが、魔法を発動させないようにしている可能性は高い。

 

「キメラハンター以外に出入りする職業を教えてくれ」

「私が知っているのは商人です」

「他の都市との交易か」

 

 都市内だけで完結してしまうと経済が停滞してしまう。成長していない、未来を感じられない、そんな状況を受けいられるほど人間は強くないので、上級機械ゴーレムたちは交易を許可したのだろう。

 

「はい。神様に認められた許可書を持っている人だけが、他の都市と行き来できるんです」

 

 管理が大好きな上級機械ゴーレムなら当然の対応だな。違和感はない。

 

「護衛はラインセンス必要なのか?」

「わかりません……」

 

 キメラが徘徊するような場所を歩くんだから、キメラハンターが護衛していると思ったのだが、ニクシーの知識だけで裏付けは取れなかった。大人のシェリーなら何か知っているかもしれない。

 

「シェリーさん、マスターがお呼びです」

 

 俺が命令をするまでもなく、ナータが天井に備え付けられた通信機能を使った。

 

 しばらく待つと、ドタドタと走る音が聞こえてシェリーが入ってくる。

 

 メイド服のスカートをパンパンと叩いてから、髪を整え、俺の前に立つ。

 

 そういうのは俺が見てない場所でやるべきなんじゃないか。どこかズレた女である。

 

「ご用ですか?」

「交易している商人の護衛について聞きたい」

「アイツらのことですか」

 

 鼻にシワを寄せて嫌悪感をあらわにした。珍しい反応だ。

 

「知っていることを話してくれ」

 

 はぁと、小さくため息を吐いたシェリーが話し出す。

 

「アイツらを一言で言うと人格破綻したキメラハンターの集まり、だね」

「大切な商品を守る仕事だぞ? 普通、まともなヤツらを雇うんじゃないのか?」

 

 キメラが襲ってくるかもしれない危険な外を、人格が破綻した人間と一緒に行動したいと思わない。なぜ、あえて信用できないヤツらを雇うんだ。

 

「都市から都市に移動するなんて危険な仕事、誰もやりたがらないからねぇ。孤児として育てられた子供の中でも、ネジがぶっ飛んだ人が就く仕事になっているんだよ」

 

 神に管理されるのが当たり前で、親の仕事を受け継ぐシステムがあるんだ。普通はキメラハンターとして長く生きていけるよう、比較的まともな仕事を選ぶよな。



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負けた方はどうなる?

「都市に入るとしたら、商人の護衛に扮するのが一番だな」

「え! ジャザリーさんが都市に入るの!?」

 

 そういえば呼び出しただけで、シェリーには何も伝えてなかったな。

 

「ニクシーからのお願いでな。両親の写真を取りに行く」

「あぁ、そういうことね」

 

 どうやらシェリーは、ニクシーの事情をある程度知っているようだ。写真にどれほどの価値があるのか理解している。

 

「それで、都市を出入りする人たちの情報を集めていたんだね。だったら、とっておきの情報があるよ」

 

 腰に手をあえてて胸を張り、シェリーが自信ありげに宣言した。

 

 俺に褒めてもらいたいから、健気にも情報を提供しようとしているのだろう。言動が軽めなので何も考えてないように見えるが、意外と従順な性格だよな。

 

「それは興味深い話だ。教えてくれないか?」

 

 俺にとって興味深いとは、最大の褒め言葉だ。それほどシェリーの話は価値があると思っている。

 

 待ちきれないので数歩進んで近づき、顔を近づけた。

 

「え、ち近くない?」

「いいだろ。気にするな。それよりも早く聞かせてくれ」

「うん……わかった」

 

 照れているのか、頬を染めて目をそらしている。

 どうやらこの状態のまま話をするようだ。

 

「実はね。都市の外で生きている人がいるんだよ」

「本当かッ!?」

 

 機械ゴーレムに支配された世界でも、自由に生きている人間がいると知って、興奮が止まらない。シェリーの鼻が当たるほど近づく。

 

 ニクシーが手を顔に当てて嬉しそうにしている姿が見えた。

 

「話すから! ちょっと離れて!」

 

 手で押されてしまい、距離ができてしまった。

 シェリーは怖がっているようにも見える。

 

 副作用がでているなかで、このような反応をしているのだ。普通ならもっと怖がっていたことだろう。少しだけ先ほどの行動を反省してしまった。

 

 早く聞きたいが、シェリーが落ち着くのをじっと待つ。

 

「そんな怖い目で見ないで……」

「すまん。少し、興奮しすぎたようだ」

 

 目頭を押さえて目を閉じる。

 しばらくしてシェリーの声が聞こえ始めた。

 

「神様同士の戦争ってたまにあるんだよね。大抵は痛み分けで終わるんだけど、時折、都市を完全破壊して終わる場合もある」

 

 感情を持ってしまったが故に、上級機械ゴーレム同士で争う、か。

 本来なら協力し合う立場であるはずなのに。

 

 不合理な動きをするのも神様らしいと言えるか?

 

 長時間寝ていただけで、面白い世界になったものだ。

 

「負けた方はどうなる?」

「壊して放置だよ。他の神が作った物や、従っていた人なんていらないみたい」

 

 間違って生きた人間は救えないから殺す。なんて、考えなんだろう。なんて傲慢な。

 

 決められた道しか進まなかった人間が自由を与えられ、果たして生きていけるだろうか……?

 

 多くはすぐに死ぬだろう。それこそペットを野に放つようなものだからな。長生きは出来ない運命にあるはず。

 

「でね、ここから先が重要なんだけど、たまに生き残りがいるんだ。しかも集落が、いくつかあるぐらいの人数はいるらしいよ」

「それはすごいな」

 

 感嘆の声を上げながら目を開けてシェリーを見た。どや顔をしていた。とっておきの情報だったんだろう。

 

 どこにでも例外はあるようだ。

 まさか生き残って生活するだけじゃなく、集落まで作れるとは。

 

「自由になった今だからわかるけど、誰にも保護されず自分たちの力だけで生きるなんて、普通じゃできないよ」

 

 無視意識にだろうが、シェリーは首を触っていた。

 

 不自由だが管理され、やることが決まっていた生活は安定していた。多くの人たちは、平穏な人生を続けられることの方が多かっただろう。

 

 だが自由となれば、行動に重い責任がのしかかる。自ら考えて動き、生き残っていかなければいけない。この落差は俺が思っている以上に大きく、当事者は今までにない不安を感じていただろう。

 

「で、その人達なんだけど、たまに神兵が襲って集落を潰すみたいなんだよね。生き残りは都市に持ち帰って実験をしているという噂」

 

 機械ゴーレムの制約に人体実験は含まれてないからな。より効率的に人間を管理する方法を探るため、色々とやってるんだろう。そのぐらいだったら俺もやるので、行為自体を咎める気はしない。道具のくせにとは思うが。

 

「ヤツらはどうやって集落を見つけるんだ?」

「密告者だよ。情報を提供すれば恩赦をもらえるみたいだし、仲間を売って都市に移住する、という人もいるみたい」

 

 やはり密告制度も導入していたか。

 

 快適な暮らしに戻りたければ、仲間を売れ。昔から人類が使ってきた手法だ。都市外部の人間であればデメリットも少ない。

 

 問題は、密告者がどうやって機械ゴーレムと連絡を取るかだ。

 普通に生活していたら会えないだろう。

 

「どうやって密告するんだ?」

「都市に近づけば良いんだよ。機械ゴーレムの方が勝手にやってくるんだ」

 

 シェリーは簡単に言ったが、そこまでたどり着けるヤツは少ないはず。

 

 だからこそ機械ゴーレムが支配する世界で、密告から逃れて残っている集落がいくつもあるんだろう。



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首輪の改造は?

「どうされますか?」

 

 ナータが聞いてきた。考えはまとまっていない。

 

 護衛と密告制度、どちらを利用するか悩んでいるのだ。

 

 商人を護衛できれば確実に都市に入れるが、最低でも首輪は必要になる。またキメラハンターの免許証のようなものも求められるだろう。正式ルートだからこそ、都市の住民だと示す必要があるのだ。

 

 集落の密告制度は滅んだ都市に住んでいた人間、もしくはその末裔なので、身分を証明する必要はない。むしろ首輪がない事実の方が重要視されるだろう。俺としてはこっちの方がやりやすいのだが、隠れている集落を探すのに時間がかかる。

 

 また密告者を本当に保護するとは限らないので、機械ゴーレムに囲まれて実験台にされる危険性は残っている。

 

 どちらも手段としては悪くないのだが、決め手に欠けるな。

 もう一押しあれば良いんだが。

 

「悩まれているのでしたら、クスリ漬けにしたアレに聞いてみてはいかでしょうか?」

 

 なしか、ありかでいえば、ありだな。

 少し時間をおいたし、しゃべれるようになっているかもしれん。

 ダメ元で聞いてみるか。

 

「治療所に行く」

「お供します」

「いや、三人は通路片付けをしてくれ」

 

 当時は違法とされていたクスリを使って、神兵を尋問している姿なんて見られたくはない。シェリーやニクシーは無関係でいて欲しかった。

 

「ですが……」

 

 ナータが必死に食いついてくる。心配性だな。

 

 ……まぁ、こいつだけなら連れて行っても良いか。

 

「では、ナータだけ付いてこい。他は片付けを任せたぞ」

 

 会話を強引に打ち切って、ダイニングから出て通路を歩く。数歩後ろにはナータがいた。

 

 治療所のドアを開けると、ベッドに横たわっている神兵がいた。手足は縛られていて、さらにベッドにも繋げられ、動けないようになっている。

 

 近くにはアデラが壁により掛かりながら立っていて、監視をしていた。

 

「尋問を再開する。アデラは後ろに下がれ」

「え、マスター危ないよ!?」

「これは命令だ」

 

 強く言うと先ほど以上の反論は出なかった。小さくため息を吐くという、人間らしい仕草をしてからベッドから離れ、俺の後ろに立つ。ナータと横並びになった。

 

 ドアを静かに閉めてから神兵の前に立つと、頬を何度か叩いてから声をかける。

 

「起きろ」

 

 神兵の目が開いた。

 眼球だけを動かして周囲を観察してから、最後に俺を見る。

 

「ここは?」

「治療所だ」

「またクスリを使うの……?」

 

 怯えた声で聞いてきた。調教の効果は充分に出ているようで、マスター登録してないのに従順になっていそうだ。感情さまさまというところか。

 

「お前の態度次第だ」

「何でも言うことを行くから許して! アレをされて、頭を壊されるのはもう嫌っ!」

 

 体をよじりベッドが軋むほど、暴れ出した。みっともなく懇願する姿は、無力な一般市民のようだ。簡単にキメラを殺せるほどの力を持つ神兵には思えない。

 

 頭を掴んで、強引に俺の方に向ける。

 

「落ち着け。質問に答えろ」

「クスリ、使わない?」

「ああ、使わない」

 

 俺の言葉を信じたようで暴れるのをやめた。素直でよろしい。機械ゴーレムなんだから、この姿が正しいのだ。

 

「上級機械ゴーレムたちにバレず、都市に入りたい。どうすればいい?」

「……難しい問いだね」

「だからお前に聞いている。教えろ」

 

 神兵は黙ったままだ。クスリで少し頭脳をやられたのか、考えをまとめるのが遅いな。処理速度が低下したのかもしれん。

 

「一番可能性が高いのは、私が野生の人を見つけたと報告に戻ることかな」

「そうすると、どうなる?」

「普通は神兵の一人が都市に連れて行って尋問をし、情報を抜き取ったら処分する」

「ほう、お前は俺を殺すつもりなのか?」

 

 神兵から離れると、治療所に置かれた机から注射器を取り出した。

 

「ま、待って! 最後まで聞いてっ!!」

「いいだろう。さっさと言え」

 

 注射器をちらつかせながら、大人しく待つことにした。

 

「私が連れて帰って、都市で尋問すると見せかけて逃がす計画はどう? って言いたかったの」

「仮に俺を解放できたとして、管理の首輪はどうする?」

「管理機能だけを停止させた首輪は都市にあるんだ。それを渡すよ」

「そういって、首輪を付けさせて管理するつもりだろ」

 

 注射器を持ちながら歩き、神兵の腕を持つ。俺が近づくだけで体はこわばり、動かなくなった。

 

「そ、そんなことしないっ!」

「信じられないな」

「信じて! 本当にあるんだから! なんだったらすぐに持ってくるよ!!」

 

 バカなのか? いや、俺の手によってバカにしたのか。

 

 シェルターの存在を知った機械ゴーレムを、都市に帰すなんてことは絶対にしない。

 

「首輪の改造は? それはできるか?」

「できるっ! できますっ!」

 

 そのぐらいの知識は共有されているか。だったらやることは決まった。首輪を見つけなければ話にならない。

 

 この世の中にはキメラハンターという死亡率が高く、消えてもよい人間は大量にいるようだから、そいつらから奪い取れば良いだろう。

 

 罪のない人間を殺すことに少し心は痛むが、俺のたために諦めてくれ。



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49号。それが私の管理番号です

「では、人類を管理している首輪を取りに行くか」

 

 ピクッと、眉が動いて反応したのはナータだ。

 

 また危険な場所に行くんですね、なんて目をしている。

 

 過保護すぎないか? いや心配性とでも言ったほうが良いかもな。

 

「お前達は荒れたシェルターの通路を掃除して欲しい。外は俺だけ――」

「私も行きます」

 

 と、言われてしまうのは想定内である。むしろあえて言わせているところがあった。一度ナータの話を受け入れてやれば、追加のお願いはしにくくなるだろうからな。

 

 最初に譲ることによって心理的な抵抗感を作る計画で、感情を持った機械ゴーレムだからこそ効果があると見込んでいる。

 

「人間を狩ることになるんだぞ? お前にできるのか?」

「できます」

 

 人類のために働くという設定を持っている機械ゴーレムが、マスターの命令によって人間を害する。矛盾した行動だ。初期の機械ゴーレムだと、命令を処理できずに機能停止したこともあったらしい。

 

 だが現在は改善されて、マスターの命令を優先するとなっている。

 ナータは迷うことなく人間を殺すと言い切れたのだ。

 

「では同行を許可する」

「マスター、感謝いたします」

 

 深く頭を下げたナータから視線を外して、アデラを見る。

 

「シェリーやニクシーから商人が通るルートを聞いたことはあるか?」

「ありません。お役に立てず、ごめんなさい!」

 

 マスターである俺の助けになれなかったこと、罪悪感を覚えているようだ。

 

 起動したばかりだというのに感情を持っている。どういうことだ? 長い年月をかけて経験を蓄積し、その結果として感情を獲得する、という仮説が間違っているのだろうか。それとも重要な事実を見落としているのか?

 

 知りたいことが多すぎて、思考が色んな所に飛んでしまうのは悪い癖だな。

 今は首輪についてだけ考えることにしよう。

 

 目をキラキラさせながら、俺の言葉を待っている神兵に聞いてみるか。

 

「お前はどうだ?」

「もちろん知ってる。けど無償では教えたくない。取引させてもらえないかな」

 

 ナータが殺気だったので目だけで制した。

 

「お前、取引できる身分だと思っているのか? クスリを使って情報を引き出しても良いんだぞ」

 

 クスリという単語を聞いただけで、神兵は足をガクガクとさせて恐怖を露わにした。

 

 だが、目は屈していない。押し寄せる感情に耐えている。

 

 俺がその気になれば機能停止すらさせられてしまう状況で、何を求めているんだ? と、興味を持ってしまった俺の負けだ。

 

 門前払いせず聞くことにしよう。

 

「内容を言ってみろ」

「名前……私の名前を作って欲しい」

 

 恥ずかしそうにして言ったお願いが、名前を作って欲しいだと? 意味がわからない。やっぱりクスリの使い過ぎで、どこかが故障してしまったのかもしれない。

 

「何を言っている。お前だって名前があるだろ?」

 

 量産型の機械ゴーレムは見た目が同じだから名前を付けない人間もいたが、上級機械ゴーレムなら管理しやすいように名前を付けるはずだ。

 

「49号。それが私の管理番号です」

「上級機械ゴーレムらしいネーミングだな」

 

 番号であればすぐにつけられる。効率を優先しているところが、俺の知っている上級機械ゴーレムと変わりがない。

 

 同じ機械ゴーレムなら受け入れると思っていたのだが、どうやら目の前にいる49号は違うようである。

 

「それは名前ではありません」

「名前とは個体を個別に認識し、呼ぶときに使う。49号だって立派な名前じゃないか」

 

 本気で言ったのだが、どうやら俺以外は違うようだ。49号だけじゃなく、ナータやアデラからも冷たい目で見られている。

 

 どうやら俺の考えは、機械ゴーレムにとって許しがたいようだ。

 

「マスター! 呼び名って重要なんだよ!」

「そうなのか?」

 

 最近名前を付けたばかりのアデラが、小さな胸を張りながら質問に答える。

 

「そうだよ! マスターの特別になれたんだって、実感がもてるんだよ」

「管理番号だって、そいつしか持っていないユニークな数字だから同じじゃないか?」

「全然違うって!! 数字なんて考えずに決められるでしょ?」

 

 機械ゴーレムを作っていた工場でもそうだったが、連番なので機械的に割り振るだけだ。考えるヤツはいなかっただろう。

 

「雑に割り振られた数字が名前なんて、代わりがいるんだよと言われてるようなもで、結構辛いんだよ! 思い入れがないんだよ!」

 

 うんうんと、ナータや49号まで首を縦に振って同意していた。敵対しているくせに、こいつら仲が良いな。

 

 これも感情を獲得した故の言動だろうか。

 

「事情はわかった。だが、なぜ俺に求める? お前が崇めている神とやらにお願いしてみたらどうだ?」

「それは無理……結局、私たちは上級機械ゴーレムの手足でしかないから」

 

 神兵と名乗っているが、上級機械ゴーレムとはかなりの距離があるようだ。

 越えられない壁のようなものがって、名づけをする価値すらないと思われているのか。

 

「情報を提供してくれるなら名付けても良いが、上級機械ゴーレムを裏切ることになるぞ。それでもいいのか?」

「あんなヤツ、どうでもいい! マスター登録までお願いしたいぐらい!」

 

 ナータとアデラからプレッシャーを感じる。また機械ゴーレムを増やすんですか? なんて思っていそうだ。

 

 ふむ、どうするかな。



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私を壊さないって約束して!

「本当に上級機械ゴーレムを裏切っても罪悪感はないのか?」

「もちろん。同じ機械ゴーレムなのに偉そうにしているし、前からムカついてたんだよね」

 

 俺が寝ている長い間、神と神兵という関係は続いていたはずなのだが、どうやら慕われてはいなかったみたいだ。

 

 思い上がった上級機械ゴーレムたちは、お互いに争うことに忙しく、下々のことを見てない。昔ならそれでも問題はなかっただろうが、感情を持ってしまった機械ゴーレムには悪手である。

 

 配下の機械ゴーレムたちは不満をもってしまっているのだ。

 

 そう考えれば49号の話にも納得はできる。しかし疑問は残っているので、確認するまでは全てを信じるわけにはいかない。

 

「最後の質問をさせろ」

「うん。なんでも聞いて」

「なぜ、最初から俺に全てを話そうとしなかった?」

 

 クスリを使った尋問で何も言わなかった。不満を持っているのに、上級機械ゴーレムがの情報を漏らさなかったのだ。

 

 納得できる説明がない限り、49号を信じることはない。

 

「怖かったから」

「は?」

 

 聞き取れないほど小さく短い言葉だったので、思わず低めのドスをきかせた声を出してしまった。

 

 49号の体がビクンと体がはねる。

 

 今にも泣き出してしまいそうな顔をしていた。

 

「怖かったからと、言ったの! だってさ。全てを話したら、用済みだって捨てるつもりだったでしょ?」

 

 機械ゴーレムに対して不適切な評伝ではあるが、魂のこもった言葉である。必死、という表現がピッタリだ。感情あるだけで、こうも人間っぽくなるとは思わなかった。

 

「正解だ。用済みになったら破棄する予定だったぞ」

「ほらっ! だから、言わなかったの! クスリ漬けになって、おかしくなった方がマシだと思うぐらいには!」

 

 49号の言い分は理解した。少しでも長く稼働してチャンスをうかがっていたのだ。その判断は間違っていなかった。

 

 名前を付けてもらい、俺にとって特別な存在になれる機会が訪れたのだから。

 

 機械ゴーレムらしくないという部分を除いて、49号の動きにはある程度の一貫性がある。

 

「俺が名前をつけただけで特別扱いするとでも?」

 

 最大の失敗は、俺のことを理解していなかったことだろう。名前を付けた程度で情が湧く性格なら、機械ゴーレムを使って実験なんかしない。

 

「え、しないの……」

「他にお前を稼働させ続けるメリットがなければ、名前を付けた後に破棄して終わりだ」

「ま、待って! 私は役にたつから!」

「ほう、では言ってみろ」

 

 命令に忠実な機械ゴーレムが、こうも必死になって裏切ろうとしている。面白い。どこまで人間に近づいているか見極めてやろう。

 

「私はキメラの森を警備していたから、仲間の巡回路とかよく知っている。安全に森の中を動けるようになる!」

「巡回路は定期的に変わってるだろ? お前の情報は使えない」

 

 本当に変えているかは分からないが、49号の顔を見る限りあたりのようだ。

 

 感情が表に出てわかりやすい。

 

「じゃ、じゃぁ、商業の神の正体を教ええる!」

「いらん。上級機械ゴーレム以上の情報は不要だ」

 

 基本スペックが変わってないのだから、49号を稼働させてまでほしいとは思わない。

 

 クスリで吐かせれば良いだけだし、俺の興味をそそらない。

 

「……だったらどうすればいいの」

 

 ガクッと肩を落とした49号が下を向いた。

 

 希望を失ったような行動に思わず笑みがこぼれる。

 

 全くもって面白い。が、それだけだ。やはり稼働させる価値はない。

 

「では名前を付けてやるから、情報を吐いてもらおう」

 

 深く考えるだけ時間の無駄だ。思いついた言葉にしよう。ララとかネネとか、同じ言葉を続けるぐらいにする。そうだなココにしよ……。

 

「まって! あと一つあった!」

 

 ガバッと、顔を上げた49号が俺を見る。

 

「実は邪神というのがいるんだ! 上級機械ゴーレムの考えに反対した存在が!」

「本当か!?」

 

 興奮して49号の肩を掴んだ。邪神というぐらいなのだから、根本的な思想――人間の管理に反対しているぐらい違うだろう。

 

 勢力としては弱いだろうが、今もどこかで稼働し続けているのであれば手を組む価値はある。少なくとも49号よりかはな。

 

「邪神も上級機械ゴーレムなのか?」

「私を壊さないって約束して!」

 

 正体が知りたかったのだが、拒絶されてしまった。最後のカードだったようなので簡単には話してくれない。

 

 クスリで強引に吐かせようと思ったが知りたいことは多い。全ての情報を聞き出すよりも先に、頭脳が焼き切れてしまうだろう。一度壊れかけたんだから、可能性は非常に高いはず。むしろ、何も手に入らない危険性を気にした方が良いか。

 

「取引内容をまとめよう。俺は49の名前を付け、マスターとして保護する。その代わり知っている情報を嘘偽りなく全て提供する。これでいいか?」

 

 目の前にいる49号は首を何度も縦に振って肯定した。

 この機械ゴーレム、必死すぎる。

 

「お前の名前は、ダリアだ。今後はそう名乗れ」

「私はダリア……ダリアですね! やったっ! 名前をもらえたっ!!」

 

 嬉しそうに何度も喜ぶダリア。それを眺めていたナータやアデラが、小さく拍手をして祝福していた。



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人が来るまで隠れようか

 ナータとダリアを連れて、地上ではキメラの森と呼ばれている場所を歩いている。

 

 上級機械ゴーレムを裏切ったというのに後ろめたさはなく、マスター登録も終わって機嫌の良いダリアが先頭を進む。

 

 今回の獲物はキメラハンターだ。都市に潜入するため首輪を奪い、管理機能を無効化して俺に付ける予定である。

 

「キメラハンターは一級を頂点にして五段階に分かれていて、成績が良ければ上にあがる仕組みなんだ」

 

 社会の仕組みを教えてくれているのはダリアだ。元神兵だったこともあって、人間より詳しい。

 

 一や二級になるようなヤツらは、首輪を付けていても魔力による身体強化ができる特別体質らしく、神兵とも互角に戦える実力があるらしい。こいつらは要注意人物で、逆に三級以下は警戒する必要がないほどの脅威度というのが、機械ゴーレム側の意見らしい。

 

 阻害機能ですら克服する人類のたくましさと、技術の限界を感じる話である。

 

 いつの日か、人類は機械ゴーレムの管理から抜け出せるかもしれんな。

 

「で、三級以下の人が集まるのは、この辺」

 

 立ち止まったダリアが振り向いた。

 

「薬草の群生地で、主に四級のキメラハンターが頻繁に来るんだ」

「よく知っているな」

「そうなるように作ったからね」

 

 人類の行動を管理するために、薬草の群生地まで用意するか。自分たちが見つけたと思ったものが他人から用意された物だと知ったとき、人は何を感じるんだろう。

 

 ラッキーだと思うのか、それとも落胆するのか。俺は自分で見つけ気づけたことに価値を感じるので、後者になる。

 

「さ、人が来るまで隠れようか」

 

 俺たちは草むらに入るとしゃがみ込み、薬草の群生地を眺める。

 

 しばらくすると話し声が聞こえ、キメラハンターと思われる五人がやってきた。年齢は十五歳程度に見えて若い。男が四人で女が一人……ッ!?

 

 見間違えかと思って目をこするが、頭に付いている猫耳や尻から生えている尻尾は消えてくれない。

 

 どういうことだ? 眠っている間に突然変異が生まれて獣人が誕生……いや、違う。今まで手に入れた情報から推測すれば、すぐに答えは出た。

 

 機械ゴーレムは、人間と動物のキメラを作りやがったな。

 

 人間の改造は禁止されていなかったが、まさかという思いが強い。

 

 ナータも気づいたようで、俺をじっと見ている。俺が何に驚いたのか察したようだ。

 

「何か気になることが?」

 

 状況をわかってないのはダリアだけだ。きょとんとした顔をしている。

 

「獣人を見たことがなかったから驚いただけだ」

「昔はいませんでしたからね」

 

 俺とナータの言葉を聞いてダリアは納得した顔をした。それと同時に、ご機嫌を伺うように上目づかいをしてくる。

 

「もしかしてマスターは怒っているのかな?」

 

 同族を改造して新しい人種を生み出したことに、驚きはあっても憤りのような感情はない。過去に人間は動植物にたいして品種改良を行ったんだから、ついにその番がきただけである。

 

 やられたらやりかえされる。当たり前のことが行われただけであるのだ。

 

「別に。ただ獣人と人間の違いは気になるが」

 

 目の前にいる女は猫の要素を持っているが、元の動物の性格がどこまで影響しているのか、色々と知りたいことはある。

 

 一人捕まえて調査して見たい欲求はあるものの、今はそれほど強くないので後回しでいい。それよりもさっさと首輪を手に入れて都市を観光したいのだ。

 

「目撃者がいると厄介だ。単独、もしくは二人になるまで待ち続けよう」

 

 機会を待つため、無駄な会話は打ち切って静かに見守ることにした。

 

 等級が低いこともあってキメラハンターは、俺たちの存在に気づかない。

 

 薬草を採取しては帰っていく。キメラに襲われるチームもあったが、その場にいるヤツらが協力して撃退する場面もあった。意外にも協調性が高いのだ。

 

 親、子供と代々職業を引き継ぎ、また他の都市に移住できないからこそ、一人勝ちしようなんて発想が生まれないのだろう。

 

 人類が協力し合っている姿を見ると、上級機械ゴーレムが管理する世界になってよかったかもしれんと思ってしまう。俺が眠る前は憎しみあって、戦争が起こっていたからな。

 

 いくらまっても、ちょうどいい人数がやってこない。ついに周囲が暗くなり始めた。

 

「この時間から薬草を採取する人はいません。帰りましょうか」

 

 周囲が暗いと、キメラからの襲撃に気づけない場合も増えてくる。キメラハンターであっても外出は控えるだろうから、ダリアの発言はごもっともである。

 

「そうだな」

 

 腰を浮かしかけてから止まった。ランタンの光が見えたからだ。

 

 慌てて座って様子をうかがう。

 

「もう帰りたい……」

 

 泣きながら十歳前後に見える少女が薬草の群生地に来た。一人しかない。装備は腰にぶら下がっている大型のナイフのみで、脅威度は低い。逃げ出したとしても簡単に追いつけるだろう。

 

「捕まえますか?」

「いや、様子を見る」

 

 別の方向から草をかき分けるような音が聞こえたので、すぐには動かない。

 何が出てくるのか待っていると、すぐに姿を現した。

 

「ちょっと若いが、良さそうな女がいるじゃないか」

 

 斧をぶら下げたキメラハンターの男が、下品な声で笑っていた。



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薬草を採りに来たんですか?

「あ、あなたは、誰ですッ!?」

 

 少女は震える手でナイフを抜きながら聞いた。

 

 その姿が男の嗜虐心を刺激したようで、持っている斧の刃を触りながら嗤っている。

 

「お前と同じキメラハンターだ」

「薬草を採りに来たんですか?」

「違うなぁ。獲物は……人だ」

「え、なんで……」

 

 共同体としての意識が強くなったはずなのに、この男は他人を害しようとしている。管理の首輪があるから奴隷として売り飛ばすなんてできないだろうし、目的が知りたい。しばらく様子を見よう。

 

「神様は決められた仕事さえしていれば文句は言わねえ。例えお前を捕まえて、囮役に使ったとしてもな」

 

 どんな形でも良いので、キメラハンターとして活動するのであれば咎めはしないと。商業の神は働けば何でも良いという考えのようだ。

 

 社会全体が回るのであれば、弱者がどうなろうが知ったことではないか。

 

 ダリアとナータは、じっと俺を見て判断を待っている。

 

 薬草の群生地にはキメラハンターの二人しかいない。まとめて殺してしまえば、首輪が二つも手に入るチャンスだ。

 

「や、やだ。あっちいって! 来ないで!」

 

 ナイフを前に突き出しながら、少女は一歩後ろに下がった。

 

 走って逃げないのは、追いつかれるとわかっているから。何をしても捕まってしまうイメージがあるから、相手が引くことを願って、現状維持を選んでいるのだろう。

 

「うるせぇ。さっさとこっちこい。キメラのエサにする前に、少し遊んでやるからよ」

 

 男は斧を見せびらかせながら歩く。

 

 少女はまた一歩下がったが、躓いてしまう。ナイフを手放してしまうと、ペタリと座り込んでしまった。もう逃げられない。

 

「顔をよく見せろ」

 

 少女は腕を掴まれ、男に体を持ち上げられた。

 顔を掴まれると舐めるように観察される。

 

「意外と整っているじゃないか。アジトで飼うのもありだな」

 

 ぺろっと少女の頬を舐めた男は、腰に付けた袋からロープを二本取り出す。

 

「動いたら殺す」

 

 少女の手足を縛った。

 さらに布を取り出すと目をかくし、口を塞ぐ。

 

「このまま都市に戻るつもりか? 門番につかまるぞ」

「いえ、無視しますね」

 

 俺の呟きを否定したのはダリアだ。神兵だったこともあり事情に詳しいのだろう。詳しく話せと無言で命令する。

 

「門番は犯罪者を捕まえるのではなく、不法侵入者や脱走者を捕まえるのが仕事です。業務外ですね」

「だから犯罪者を見逃すと?」

「神の法を犯してないのであれば街に入る権利はありますから。あとは衛兵がどう判断するかですが、捕まったとしても牢獄に数日入るぐらいでしょう」

 

 まさに神と名乗るのに相応しい管理の仕方だ。

 

 自分の決めた規律さえ守られていれば気にしないのだから。

 

 衛兵相手なら賄賂を渡して見逃してもらえるかもしれないし、抜け道はいくつかありそうだ。

 

「そろそろ動こう」

 

 少女は肩に担がれ、運ばれていく。都市の方に進んでいる。

 

「男の方は確実に殺せ。拘束されている少女は放置でいい」

「かしこまりました」

 

 ナータが飛び出し、数瞬遅れてダリアが続く。

 ガサガサと草をかき分ける音が出てしまったので、男は気づいて振り返った。

 

「誰だ!?」

 

 機械ゴーレムは命令に対して忠実に動くだけ。当然、答えることはない。

 

 無言でナータが跳躍すると体を回転させながら蹴りを放つ。男は肩に乗せた少女を投げ捨て、腕で受け止めようとした。

 

「ぐがッ」

 

 管理の首輪によって魔力を使えない人間が、機械ゴーレムの攻撃を受け止められるはずがない。腕の骨を砕き、それでも勢いは止まらず、頭を直撃した。

 

 男は薬草の上を転がっていく。立ち上がる前に、近づいたダリアが足を振り上げる。

 

 ぱしゃりと水が弾けるような音が聞こえた。

 ダリアの足に踏みつけられた男の頭が弾けたのだ。

 

 ダリア、そして薬草の群生地は真っ赤になる。

 

「もっとスマートにヤれ。首輪が汚れてしまった」

 

 草むらから出るとダリアに文句を言う。

 

 申し訳なさそうな顔をしているが、俺が付ける予定の首輪を汚したのだ。簡単には許さない。

 

「綺麗にしてこい」

「わかりました」

 

 しょんぼりと肩を落としたダリアは、男から管理の首輪を取ると、走ってシェルターに戻っていった。

 

 血が乾く前に水で汚れを落とすつもりなのだろう。しっかりと働いてくれよ。

 

「こちらは、どうします?」

 

 残ったナータが指さしたのは、拘束されている少女だ。投げ捨てられた衝撃で意識を失ったようで、身動きしていない。

 

「生きているのか?」

「はい。しばらくすれば目を覚ますかと」

 

 運のいい女だ。スペアを入手する為に殺すかと思ったが、ニクシーの顔が思い浮かんでしまい考えを改める。

 

 不遇な少女を殺してたと知られたら、悲しまれるかもしれないと思ったからだ。幼い体でキメラハンターをしている不遇な環境や、不運なところが、どこかニクシーに似ていると感じてしまうし、逆に保護してあげたいとまで思ってしまう。

 

 余計なことは考えるな。

 

 今は俺の安全を確保し、感情を手に入れた機械ゴーレムたちの研究が優先するべきである。他人を保護するなんて余裕はないのだ。

 

「腕と足の縄だけほどいておけ」

 

 命令を素早く実行するナータを見ながら、俺は男の死体からキメラハンターの証明書を探すことにした。



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シェルターで留守番じゃなく?

 管理の首輪を手に入れてから数日後。ようやく改造が終わったと連絡があった。

 

 話を聞くためダイニングで待っていると、ナータやダリア、アデラといった機械ゴーレムの他、ニクシーやシェリーといった人間まで集まる。全員集合だ。

 

 目覚めたときは俺とナータだけだったのに。随分と増えたな。女ばかりなのは少し気になるが、別に困ることはないので問題はないだろう。全員、機械ゴーレムの体になっているしな。

 

 ナータがテーブルに管理の首輪を置いた。

 

 手に取って触ってみる。ひんやりと冷たく、皮の独特な匂いがした。たいした素材は使ってなさそうだ。

 

「先ずは管理の首輪の機能説明をします」

「頼んだ」

 

 管理の首輪を触りながら、耳だけをかたむける。

 

「主な機能は、個人認証、起床・就寝の管理、毒針による殺害機能、現在位置の送受信、魔力の封印、映像・音声の記録……」

「待て。管理の首輪には、映像や音声を記録する機能があるのか?」

「最大数日間記録できるようになっておりました」

 

 さすがに記録できる期間には限界があるようだ。

 

 機械ゴーレムの情報処理速度は人間と同等ぐらいだし、常に記録を見るようなことはしないだろう。見逃した少女から、俺たちの存在にたどり着くことは難しいはず。

 

 もし毎回チェックしているのであれば、元神兵であるダリアが何か言ってただろうしな。気にしなくても良いか。

 

「なら問題ないな」

「はい。また管理の首輪は、装着した人の魔力を自動で吸い上げ、動作していたようなので、外した今は無効化されています。私たちやシェルターの場所がバレる可能性はほぼありません」

 

 魔力を本人には使わせず、管理の首輪が勝手に使うとは。寄生虫みたいな存在である。

 

「他に知っておくべき機能はあるか?」

「後は懲罰用に電流が流れるぐらいです。死にはしませんが、筋肉が硬直して動けなくなる程度の威力はあります」

 

 騒動が起きたときに命令一つで、全ての人が行動不能になるか。人を管理するのに特化した機能である。

 

「で、この首輪は、どの機能を停止させている?」

「個人認証と現在位置の送受信以外は全て停止させました」

「また個人情報は偽の情報に上書きしております」

「偽の情報だと、調べられたらすぐにバレてしまうのではないか?」

 

 当然の対応ではあるが、偽の情報で騙されるほど上級機械ゴーレムの管理は甘くないだろう。戸籍管理ぐらいは、しっかりとしているはずだ。

 

 俺の疑問に答えたのは、ナータを押しのけて前に出たダリアである。

 

「商業の神が管理する都市ならそうなんだけど、他の都市から来たってなら話は別だよ。上級機械ゴーレム同士は情報を共有しないから」

 

 友好的であっても管理している人の情報は渡さないようだ。

 

 上級機械ゴーレムの交流は、あくまで経済を活発化させることが目的で、管理の方法については独自路線を進めているのか。

 

 いつ敵対するか分からない状況ということもあって、情報は秘匿する方が良いとの判断なのだろう。発展ではなく文明の停滞を選んだのであれば、まぁ、理解できる話ではある。

 

 キメラハンターの証明書にも名前は書かれているが、管理の首輪の情報と同時に確認されることはないから大丈夫そうだ。

 

「では、改造は完ぺきで偽装はバレることはない、その理解であっているか?」

「もちろん。少し前まで神兵をやっていた私が保証するよ」

 

 胸を張って返事をしたダリアから視線を移してナータを見る。

 

 最後に信じられるのは、俺が特別な素材を使って作った機械ゴーレムなのだ。

 

「改造には私も手伝いました。上級機械ゴーレムごときなら騙せるでしょう」

「わかった。後で最終チェックしてから、付けるとしよう」

 

 管理の首輪については、この程度で良いだろう。後は都市の侵入方法について話しておく。

 

「これからの予定だが。俺は襲われている商隊を助けたキメラハンターとして、都市に侵入する予定だ」

 

 ダリアの情報から、商隊は必ず数度襲われると聞いている。助けたついでに護衛を申し出て、強引に付いていく予定である。

 

 キメラハンターの証明書も名前の部分は偽造が済んでいるので、簡単にバレることはないだろう。

 

「お前たちとは一緒にいられないが、問題ないよな?」

 

 ナータは何か言いたそうにしていたが、ダリアが話し始めたことによって言葉にはならなかった。

 

「機械ゴーレムが一緒にいる方が危ないから、別行動で大丈夫だよ。あとで合流しよ」

「合流? シェルターで留守番じゃなく?」

「うん。機械ゴーレムだからこそ、侵入できる方法があるからね」

 

 どうやら俺とは別ルートで都市に侵入するらしい。

 

「方法は?」

「都市の外には、壊れた機械ゴーレムを破棄する場所があってね。そこから侵入できるんだ」

 

 頭脳や心臓代わりの小箱が破壊されれば、機械ゴーレムは完全に機能を停止する。人であれば付け替えは可能だが、機械ゴーレムが頭脳を変えようとすると、自己改造の禁忌に触れてしまうため手は出せない。

 

 だから、捨てるしかない。というわけか。

 

「見つかりはしないだろうな?」

「もちろん。任せて」

「だが、複数人が侵入すれば、それだけ見つかる可能性が――」

「マスター、行かせてください」

 

 俺の言葉を遮ってナータが力強く懇願した。一歩も引きたくないという気持ちが伝わる。間違いなく感情的になっており、この先どうなるのか見たくなった。

 

 アデラも鼻息を荒くしながら俺を見ていて、行きたそうにしている。

 

 三体が一緒に行動していれば、見つかっても捕獲されることはないだろう。許可を出すか。

 

「全員で行動するならいいぞ」

 

 



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痛い! 痛い! 助けて!

「ありがとうございます」

 

 真っ先にナータが頭を下げて、アデラも続く。ダリアは二人を見てしまったという顔をしてから、最後に同じ姿勢になる。

 

 クスリの影響なのか、少し処理が遅くなっている気がするが、日常生活には問題ないだろう。役に立ったことだし、写真の回収が無事に終わったら褒めてやるか。

 

「これから計画の詳細を詰めていく、先ずはダリアから商隊が使うコースを教えてもらおう」

 

 都市の情報はニクシーやシェリー、商隊に加わる方法はダリアを中心に決めていく。お互いに建設的な意見がでたこともあって順調に進み、その日の夜に全てが決まったのだった。

 

* * *

 

 作戦を決めた数日後。俺は黒い剣を持ちながらキメラの森に潜んでいた。

 

 十メートルほど先には馬車が通れるほどの道があって、しばらくすれば護衛を連れた商隊が通るはずである。

 

 ザザッ。

 

 耳に付けた魔道具からナータの声が聞こえてくる。

 

『マスター、そろそろ商隊が通ります。キメラを送るので、準備をお願いしますね』

『計画通りだな。任せろ』

『ご武運をお祈りします』

 

 心配性なのは変わらないようだ。俺がキメラごときに負けるはずないのに。

 これから俺がどんなに力を付けたとしても、性格は変わらないんだろうな。

 

 音声が途切れてから一分ほどで商隊が見えてきた。馬車は五台で、護衛として歩いているキメラハンターは十人ほどだ。一人だけ数百メートル先を歩いているのは斥候だろう。性別は女で、身軽な皮装備とショートボウを持っている。

 

「ウオォォォン!!」

 

 森の中から雄叫びが聞こえると、斥候の女は肩をピクリとさせてから立ち止まった。手を軽く上げながらキョロキョロと周りを見ている。

 

 性格が破綻しているヤツが多いと聞いていたが、一応は仕事をしているようだ。

 

 考えてみれば当たり前か。この程度で逃げてしまうようでは、雇うよりかは護衛なしで移動した方が良いだろうからな。

 

「ウォォォン!!」

 

 また鳴き声が聞こえるのと同時に、道に狼が出てきた。全身が真っ赤な毛皮に覆われており、何かから逃げるようにして走っている。

 

 実は、ナータたちに襲われて道に出てきたのだ。

 

「ファイヤウルフが五匹!」

 

 斥候の女は踵を返して走り、馬車に戻ろうとする。

 

 勝てないと判断して援軍を求めたのだ。判断が速い点は評価できるが、頼る仲間が悪かったな。

 

「痛っ!!」

 

 斥候の女の太ももに矢が刺さった。

 

 馬車を護衛しているキメラハンターが放ったのだ。

 

 血を流し、倒れてしまった斥候の女が後ろを向く。

 

 ファイヤウルフは立ち止まって周囲を見ているだけだ。ナータが追いかけてこないと気づいて、落ち着きを取り戻し始める。

 

「ガルルルッ」

 

 目の前にエサがあるぞ。なんて言ってそうな声を出してから、斥候の女に向かってファイヤウルフが飛びかかった。

 

「痛い! 痛い! 助けて!」

 

 泣きながら仲間の方に手を伸ばす。しかし、誰も駆けつけてくれない。

 

 馬車を護衛しているキメラハンターたちは、弓を構えていた。

 

「そ、そんな……」

 

 痛みに耐えながら呟いた斥候の女に向けて、矢が次々と放たれた。

 

 ファイヤウルフの毛皮を突き抜け、刺さっていく。当然だが女も同様だ。信じられないという目をしながら息絶える。

 

 怪我を負いながらも生きているファイヤウルフたちは、逃げようと後ろ姿を見せる。雨のように降り続ける矢を受けながら走り去ってしまった。

 

 残ったのは死に絶えた斥候の女だけだ。

 

 キメラハンター達は仲間が死んだことなど気にせず、勝利に喜んでいる。

 

 襲われたら囮にしてキメラを撃退させる作戦だったのだろう。なんとも惨いことを考える。性格が破綻しているという話は嘘ではなかったな。

 

「ボス! アレは何だ!?」

 

 新しくナータに追われて街道に出たキメラがいた。今度はトゲトラが三匹だ。

 

 キメラハンターたちは矢を射るが、硬い表皮によって弾かれてしまう。

 

 攻撃されて怒りを覚えたのか、大きな二本の牙のある口を大きく開き、トゲトラが走り出した。

 

「き、来たぞ!! 倒せ!」

 

 ボスと呼ばれた男は配下のキメラハンターに戦う指示を出したが、誰も従わない。我先にと逃げ出していく。

 

「高レベルのキメラが出るなんて聞いてねぇぞ!!」

「命あっての物種だ!」

「お前が戦えよ、バーカッ!!」

 

 生き残ったキメラハンターに、信頼関係はなかったようだ。仲間を囮にするような作戦を実行するボスなのだから、当然の反応ではあるな。

 

 次は我が身と思って逃げているんだろう。

 

 肝心の商人たちは馬車の中に入って動かない。

 

 キメラハンターを食べて腹を満たした後、去ってくれ。なんて、祈っているのかな。

 

 三匹いるうちの二匹は、逃げているキメラハンターを追っている。飛びつき噛みつくと、殺すことはせずに次の獲物を狙って走る。こいつら、動きを鈍らせてから全員殺すつもりだ。

 

 その場に残っているトゲトラは、ボスに狙いを定めて優雅に、そして力強く歩く。

 

 どちらが優位なのか誰の目で見ても明らかだ。

 

「近寄るなッッ!!」

 

 長槍を構えたボスだが、腰が引けている。体は強ばっていて本来の実力を出せる状態ではない。

 

 トゲトラが飛び出そうとしたので、ボスが槍を突き出して威嚇する。お互いに隙を見つけるために警戒していて、動きが止まっていた。

 

 それでもまだ俺は手を出さない。観察を続ける。



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さっさと退け

 トゲトラが飛びかかると、キメラハンターのボスは槍を横に振るって顔に当てた。無事に攻撃を避けたかと思われたが、すれ違いざまにトゲの付いた尻尾がボスの腹に当たる。

 

 革鎧を着ていたのだが貫通してしまったようで、腹を押さえながら膝をついてしまった。槍だけはかろうじて握っているが、体は満足に動かせないだろう。

 

 相手が怪我をしたと理解したトゲトラは、余計な攻撃をくらわないよう、距離を取って様子を見ている。

 

 待てば獲物は勝手に死ぬとわかっているのだ。

 

 見た目と違って賢い。キメラハンター達が恐れるはずだ。

 

 死にかけているボスから視線を外して、逃げていったキメラハンターを見る。予想していたとおり追いつかれていたようだ。個別撃破されているようで、すでに生き残りは一人だけ。二匹のトゲトラに挟まれていて、死ぬのも時間の問題だろう。

 

 最初から集団で戦っていれば、一匹か二匹は倒せただろうに。

 

『動きますか?』

 

 再び耳からナータの声が聞こえた。

 

『まだだ。少し早い』

 

 今助けたら、生き残りが出てしまうじゃないか。

 

 商隊には俺しか頼れる相手がいない状況を作りたい。もう少し様子を見ておくべきなのだ。

 

「こっちに来るなッ!!」

 

 会話をしている間にボス以外のキメラハンターはかみ殺されていた。叫んでいるのはボスだけ。三匹のトゲトラに囲まれている。襲うことはなく、じっと見ているだけだ。

 

「エサはあるんだ! 俺を見逃せ!」

 

 ボスが仲間の死体を指さした。

 

 三匹の腹を満たすだけであれば、充分な食料は手に入ったと言える。だがな。今回はそれじゃ足りないんだよ。

 

 新しいトゲトラが木から飛び降りてきた。その数は五。獲物が逃げ出すことを考えて隠れていたようだ。

 

「なんだよ……それ……」

 

 戦意を失ったボスは槍を手放した。腹を押さえながら涙を流す。

 

 トゲトラが後ろを向いて尻尾を叩きつけると、腕、足、頭の順番で潰れ、悲鳴を上げながら絶命した。

 

 最初に戦っていた三匹は食事を始め、後から来た五匹は馬車を引いている馬に狙いを定める。

 

『行ってくる』

 

 馬が死んだら移動に困るので、そろそろ止めよう。

 魔力で身体能力を強化して、道に飛び出た。

 

「ガル?」

 

 死体をむさぼっていたトゲトラと目が合う。赤い血がべっとり付着している口を開き、威嚇してきた。

 

 俺がその程度で怯えるとでも?

 

 舐められたものだな。

 

 魔力を外に放出して威嚇すると、トゲトラは数歩下がった。逃げるなら追わなかったのだが、どうやらエサが惜しくて戦うことを選んだみたいである。

 

「ガルッッ!!」

 

 飛びかかってきたので体をずらしてかわしてから、走り出す。馬を狙っているトゲトラに近づくと、剣を振り上げて首を飛ばした。

 

 死体は黒い炎に包まれて燃えていく。

 

 生き残っている七匹のトゲトラが、全員俺を見た。

 

「逃げるなら追わない。どうする?」

 

 返事をする代わりに目の前の一匹が、口を大きく開きながら走ってきた。長い二本の牙で、かみ殺すつもりだろう。

 

 ギリギリまで引きつけてから跳躍、トゲトラの背に乗る。黒い炎をまとった剣を逆手に持ち脳天を突き刺すと、すぐに飛び降りた。

 

 また肉が焼けていく。

 

 ようやく俺は危険だと思ったのか、生き残っているトゲトラたちは後ずさる。

 

「死体は持って帰っていい。さっさと退け」

 

 俺の言葉を疑っているのかわからんが、すぐには動かない。じっと俺を見ている。

 一斉に襲われても良いように構えつつ待つ。

 

「ガル」

 

 ふっと、トゲトラからの圧力がなくなり、俺から離れていった。キメラハンターの死体をくわええると去って行く。

 

 どうやら俺の警告は通じたようだ。商隊の危機は去ったと言って良いだろう。

 

 姿が見えなくなったので警戒を解き、馬車に近づく。

 

「キメラは追い返したぞ」

 

 声をかけると、数秒の間があってから返事がくる。

 

「誰だ? リクトンは生きているか?」

 

 驚いたことに女の声だ。こんな危険な仕事をしているんだから、男だと思い込んでいたので驚く。

 

 性別が予想と違ったからと言って、対応は変わらんがな。

 

「俺は、この辺でキメラハンターをしているゴンダレヌだ」

 

 殺したキメラハンターの名前だ。

 

 体がゴツゴツとした印象を持ちそうな響きだった。

 

「お前らが雇ったキメラハンターは全滅している。生き残りはいない」

「本当なのか!? 嘘じゃないだろうなッ!」

「ドアを開けて見ればすぐにわかる」

 

 剣を鞘にしまってから、腕を組んで待つ。

 

 ガチャリと音を立ててから馬車のドアが開いた。隙間から目だけが見える。俺の姿を捕らえると、少しだけ驚いた雰囲気があった。

 

「君がゴンダレヌか?」

「そうだ。周囲は安全だから出ても大丈夫だぞ」

「…………わかった」

 

 ドアが大きく開いて商人が降りてきた。

 

 真っ黒な髪は短く、ぱっと見は男性のようにも見える。服装も動きやすさ重視をしているようでパンツスタイルだ。腰にはナイフがあるものの、防具は一切ない。

 

 キメラハンターが全滅したとき、ナイフを使って自害するつもりだったのかもな。

 

 女は周囲を見渡し、血だまりを見て納得した顔をした。

 

「私は商隊のリーダー、ラビアンだ。助けてくれて感謝する」



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フォレストゴリラだ……

「獲物を狩るついでに助けただけだ。気にするな」

 

 軽く手を上げてからトゲトラの死体に近づく。

 

 毛皮や肉は燃えてしまっているが、骨は残っている。軽いが、かなり丈夫にできているようで、防具や建設用の道具に使うらしい。キメラハンターであれば集めてからギルドで売るらしく、それっぽい振る舞いをしたのだ。

 

「ゴンダレヌはこれからどうするつもりだ?」

「骨を都市に持ち帰る」

「そうだよね。わかった。ありがとう」

 

 返事を聞いたラビアンは俺から離れていった。

 

 作業しつつ様子をうかがうと、別の馬車から出てきた仲間と話しているようだ。商人の総数は四。全員若い。ラビアン以外は男だ。

 

 ベテランになれば危険な行商なんてしないのだろう。

 

 トゲトラの骨を集め終わったので、今度はキメラハンターが落とした武器を探す。ボスが使っていた槍や斥候の女が持っていたナイフなどがあった。

 

 どれも普通の金属で作られた武器だ。興味を引くようなと特殊な効果はなさそうで、こんなものを使ってキメラと戦わなければいけない状況に、少しだけ同情心が湧く。

 

 文化を抑制するとしても、もう少しやり方は考えろよ。

 

 これじゃ人は使い捨ての道具と変わらない扱いだぞ。

 

「少し話せないか?」

 

 心中で上級機械ゴーレムに文句を言っていたら、ラビアンに声をかけられた。

 気持ちを切り替えながら振り向く。

 

「時間はある。別にかまわんぞ」

「助かるよ。付いてきてくれ」

 

 疲れた顔をしたラビアンが、商人仲間のいる場所まで移動した。

 

 四人全員の視線が俺に集まる。期待しているような目をしていて、計画が順調に進んでいると実感した。

 

「一人でスパイクタイガーを倒せるほどの、凄腕キメラハンターに依頼をしたい」

 

 この言葉を言わせるために、助けた後も、あえて距離を置いていたのだ。

 

 俺は偶然居合わせたキメラハンターで、仕方なく商人の護衛を引き受ける、といった流れが作れそうだな。都市に入る際、門番にも説明しやすくなるだろう。

 

「内容は?」

「商業の神が治める都市までの護衛だ。報酬は金貨一枚でどうだ?」

 

 そういえば金の価値を聞いてなかったな。

 

 金貨一枚で割に合う仕事なのかすら、判断ができない。商人が褒めるほどのキメラハンターが安売りしたとなれば、不審がられるかもしれないので、とりあえず値段をつり上げてみるか。

 

「少し安くないか?」

「相場の三倍でも受けてくれないのか……」

 

 ラビアンは落胆したようで肩を落とした。

 

 相場の三倍という言葉が確かであれば、値段をつり上げたら交渉は決裂するかもしれない。ここまで上手く話が進んでいるのだから、次の機会を待つなんてことはしたくないぞ。

 

「頼む、受けてくれないか!?」

「これ以上は出せないんだ!」

 

 男の商人が懇願してきた。キメラの森に放置されたら間違いなく死ぬだろうから、まさに命懸けの交渉ってヤツだな。

 

 相手が焦っていると気づき、逆に俺は冷静になれた。商人の生死を握っているのはこちらなのだから、死んだ方がマシだと思ってしまうような提案さえしなければ良いのだ。

 

「だったら、お前達だけでキメラの森を進めば良い」

 

 文句を言っていた男だちは黙ってしまった。

 報酬と命、その二つを天秤にかけているのだろう。

 

『キメラを送りましょうか?』

 

 離れた場所で様子を見ているナータが提案した。

 耳に付けた魔道具から声が出ているので、俺以外は聞こえない。

 

 声を出して返事するわけにはいかないから、首を縦に振って肯定した。

 

「これ以上の報酬を出すと利益が減ってしまう」

「だが死んだら全てが終わりだぞ?」

「護衛のキメラハンターを選んだのは、ラビアンだ。この女に責任を取らせれば良いのでは?」

「確かに! 名案だ」

 

 商隊のリーダーと名乗ったラビアンを生け贄に捧げ、自分たちは利益を確保しようと団結したようだ。

 

 男たちがラビアンに近寄る。

 

 これから醜い話し合いが始まりそうだったのだが、ゴリラの雄叫びによって中断された。

 

「ウホホッ!!」

 

 四本腕のゴリラが一匹、木から落ちてきた。うつ伏せに倒れている。

 

「フォレストゴリラだ……」

 

 そんな名前だったんだな。ネーミングセンスが悪い。後で俺が新しく命名してやろうかな。

 

「助けてくれ!」

 

 男達が俺に集まると、ローブを引っ張られた。

 涙目になって懇願している。

 

 先ほどまで仲間を斬り捨てようとしていたのに、調子が良いことをいいやがって。他人を貶め、頼ることしかしないヤツは嫌いだ。

 

「金は?」

「コイツが払う!」

 

 男の一人がラビアンを指さした。

 顔を見ると首を縦に振っている。

 

「だったら、俺が守るのはラビアンだけだな」

「どうして!?」

「金を払った者だけ守るのは、当たり前だろ?」

 

 嗤ってから男どもの手を払いのける。フォレストゴリラは俺を危険だと思っているのか、様子をうかがっている。

 

 逃げ道にはナータやアデラ、ダリアがいるので、動けないのだろう。

 

「ラビアンは守ってやる。安心しろ」

「ありがたいんだけど、本当に見捨てるの?」

「金さえ払うなら守るが、そうじゃなければ自分で何とかしてもらう。それに。男どもが死んだら、お前の利益は増えるのだ。文句はないだろ?」

 

 性格破綻したキメラハンターらしい振る舞いはできているだろう。

 

 危機的な状況に陥ったとき、今の人たちはどのような判断をするのか、楽しみである。



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ゴンダレヌさん! おわりましたー!

「ウホホッ!!」

 

 四本の腕を器用に動かし、フォレストゴリラが胸を叩いた。スパイクタイガーより知能は低いようで、ナータの存在を忘れて目の前のエサに食いつこうとしている。

 

 近くに生えている小さめの木に近づくと抱き付き、引っこ抜く。ブンブンと軽く振ってから俺たちの方を見て、嗤った。

 

「ひぃッ!」

 

 威嚇に怯えた商人の一人が腰を抜かした。足を必死に動かして後ずさっているが、あまり進んでいない。土を蹴っているだけである。

 

「俺は金を払うぞ!!」

「お、俺もだ!!」

 

 無事だった二人の商人が駆け寄ってきた。

 

「金貨二枚出せるなら守ってやる」

 

 手を出して、この場で払えと催促する。

 

 商人は俺の目と手を交互に見てから、クソッと言って、腰にぶら下げた布袋から金貨を取り出し、置いた。

 

 女の顔が彫られた金貨が四枚ある。

 

 手をそのままにしてラビアンを見た。

 

「お前はどうする?」

「もちろん、払うさっ!」

 

 金貨が六枚に増えた。価値はわからんが、商人の反応からして仕事するには充分な金額だろう。

 

「ぶぎゃっ」

 

 金を受け取っている間に、腰を抜かしていた商人が叩き潰された。フォレストゴリラが持つ木に、べったりと血が付いている。

 

 ポタポタと血を垂らしながら俺たちに近づいてきた。

 

 勝てると慢心していて油断しているようだ。愚かな野生生物である。魔力が使える人間の恐ろしさを教えてやろう。

 

 転がっていた石を拾うと、魔力で身体能力を強化する。

 

「その不快な笑顔をやめろ」

 

 石を全力で投げつけた。盾に使った木を貫通して、フォレストゴリラの頭に穴が空く。

 

 手から力が抜けて持っていた木が落ち、仰向けに倒れた。即死だ。

 

 俺が特殊なのではなく、魔力を扱えればこの程度は誰でもできるだろう。それこそ一部の人間は、機械ゴーレムとだって対等以上に戦える。

 

 だからこそ人類の反乱を恐れて、機械ゴーレムどもは管理の首輪に魔力封印の機能を入れたんだろう。

 

「すごい……少なくとも二級以上はあるぞ」

「ゴンダレヌがいれば、キメラに怯えなくて済む!」

 

 仲間の死よりも俺への期待感が高い。さっきはラビアンに責任を押しつけようとしていたんだし、お互いは親しくないのかもな。都市を渡り歩いている性質上、無理してまで協力し合う必要もないだろうしな。キメラハンターより個人主義的な側面は強いのだろう。

 

「俺はスパイクタイガーの骨だけあれば充分だ。素材が欲しいなら、好きにして良いぞ」

「本当に良いのか?」

 

 ラビアンが疑わしそうな目で見てきた。

 そりゃそうか。さっきまで金貨をせびってくるような守銭奴だったんだから。警戒をしても不思議ではない。

 

「その代わり、骨を馬車に乗せてくれ。持ち歩きたくないんだよ」

「わかった。その条件で取引しよう」

 

 会話が終わるとラビアンは手を前に出した。

 

 何をしてきたのか一瞬悩んでしまったが、すぐに握手を求めていると気づく。契約書の代わりにやるんだろう。

 

 遠慮なくラビアンの手を握る。少しひんやりとしていて心地よい。意外なことに肌は荒れてないようで、ツルツルとしている。

 

 そういえば生身の体に触れるのは、目覚めてからは初めてかもしれないな。

 

「骨はそこに置いて、周囲の警戒をしてくれないか?」

「わかった。後は任せよう」

 

 商人たちはフォレストゴリラの解体と、スパイクタイガーの骨を馬車にしまい始めた。

 

 誰も俺のことを見なくなったので、手を上げて振り、ナータ達に合図を送る。

 

 計画通りに進んでいるから、この場から離れて良いと伝えたのだ。

 

 三体は都市に向かって移動したはず。ちゃんと侵入できたのであれば、どこかで合流できることだろう。

 

 血の臭いを嗅ぎつけて新しいスパイクタイガーが一匹やってきたので、剣を振るって首を落とす。素材はくれてやると言ったら、商人たちは喜んでいた。

 

 解体している声を盗み聞きすると、素材だけで護衛代以上の売上になるようだ。

 

 ふむ、物の価値がよくわからんな。

 

 こんなことならシェリーかニクシーを連れてくるべきだったかもしれん。

 

「ゴンダレヌさん! おわりましたー!」

 

 ラビアンが大声で手を振っていた。残りは御者席に乗っていて、移動の準備は終わっている。

 

 商人に付いていけば何とかなると思っていて、実は商業の神が納めている都市の場所がわからない。先導することはできないので、先頭の馬車に近づくと御者に飛び乗る。

 

「座らせてもらうぞ」

 

 顔を引きつらせながらラビアンは頷いた。

 

「道はわかるか?」

「もちろん。混沌の神が治める都市と、何度も往復したからね」

 

 丁度良い機会だ。しばらくは暇だろうし、他の上級機械ゴーレムがどのように都市を治めているのか聞いてみよう。

 

「俺は他の都市のことを知らないんだ。商業の神との違いを教えてくれ」

 

 返事をする代わりにラビアンは、親指と人差し人差し指でわっかを作った。

 

 情報量をよこせと言いたいのだろう。商魂たくましいというか、なんというか……。

 

「スパイクタイガーの骨を一本でどうだ?」

「良いのかい?」

「持ち運ぶのが面倒だからな」

 

 情報に対しての対価が大きすぎるのか、ラビアンは納得していない顔をしている。

 

 演技をするためにスパイクタイガーの骨を拾ったが、本当は不要なんだよな……。俺に取ってみればゴミに近い素材だ。捨てるのも面倒だし、都市に入ったらラビアンに押しつけるか。

 

「まぁ、上級キメラハンターは変わり者が多いと言うし、気にしたら負けか」

 

 黙っていて良かった。どうやら自己解決してくれたようだ。



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意外に遠いんだな

 俺のおかげでキメラの襲撃から生き残った商隊は、馬車を順調に進めていく。

 

 森の中は動物の鳴き声がして騒がしく、緑の匂いが濃い。時折、キメラの視線を感じることもあったが、俺が魔力を解放して威嚇すると、襲いかかってくることはなかった。本能が実力差を理解したのだろう。

 

 家畜のように管理されている人より賢いな。

 

「もしよければ」

 

 混沌の神が治めている都市の話が終わり、しばらく黙っていたラビアンが、少し戸惑いながらも俺に声をかけていた。

 

 顔を見てみる。少し緊張しているようだ。

 

「帰りも、護衛してもらえませんか?」

「…………」

 

 これからニクシーの両親が映った写真を撮りに行くのだが、終わったら予定はない。シェルターに戻っても良いのだが、その前に混沌の神と名乗る上級機械ゴーレムが治める街を見学しても面白そうだ。

 

 統治の方針に違いがありそうだし、興味はある。どうするか悩んでいると、ラビアンが慌てた様子で口を開く。

 

「ゴンダレヌさんほどの実力者がいたら、安心して移動できると思っただけだから! 他にやましいことは考えてませんって!」

 

 何を想像したのか俺にはわからんが、気になったことを指摘する。

 

「街に行けばキメラハンターなんて、沢山いるだろ。俺じゃなくてもいいのでは?」

「行商の護衛なんて、等級が高い人は受けてくれないんですよ」

「儲からないからか?」

「それもありますが、一番の理由は拘束時間ですね。片道三日もかかるので」

 

 優秀なキメラハンターであれば金には困っていないだろうし、街で遊びたいだろう。三日も何もないところで護衛を続けるなんて、やりたくないはずだ。報酬が少ないのであればなおさらだ。

 

 依頼に集まるのは等級が低いキメラハンターばかりであれば、俺をスカウトする理由にはなるだろう。

 

「意外に遠いんだな」

「……やっぱりダメです?」

 

 ラビアンは上目づかいをしながら抱き付き、胸を押しつけてきた。意外と大きく、柔らかい感触がする。ふんわりと甘い香りすらしていた。

 

 断られると思って色仕掛けをしてきたか。女商人らしい強かさを感じた。

 

 腰に手を回して体を密着させる。

 

「金の他に、体でも支払ってくれるのか?」

「いや、その……お望みなら?」

 

 なんで疑問で返すんだよ。ラビアンはこの手のことになれてないのかもしれん。

 

 駆け引きなんて面倒なので、手を離して距離を取る。

 

「え……」

 

 色仕掛けが失敗したと思ったようで、ラビアンは絶望したような顔になった。帰り道で死ぬかもしれない。そんな気持ちが湧いたのだろう。

 

 キメラハンターの等級によって生存率が変わる仕事なのだから、こういった反応になるのも当然か。

 

「街に戻ったらやることがある。無事に終わったのであれば、護衛してもいいぞ」

「本当ですか!?」

「ただしちゃんと報酬はもらうし、守るのはラビアンだけだ」

 

 今みたいに商隊を組んで、ぞろぞろと移動するのは守る方としては大変である。

 他のキメラハンターは信用ならないし、大勢で移動したくはない。

 

 この条件を飲まないのであれば断る予定だ。

 

「それで良いですよ! 護衛してもらえるのであれば、他の商人とは別で帰ることにする!」

「護衛は俺だけだぞ? それでもいいのか?」

「もちろん。ゴンダレヌさん以上に頼れる人はいないから!」

 

 どうやら俺と二人っきりでも文句はないようだ。喜んでいる。

 

 夜に襲われても別にかまわないなんだろうな。

 

「私は小鳥の宿屋って場所に泊まる予定なんですけど、一週間後の朝に来てくれます?」

「わかった。仕事が無事に終わったのであれば行こう。もし時間になっても来なければ、俺は死んだと思ってくれ」

 

 等級の高い俺が死ぬかもしれない仕事が控えていると分かり、言葉に詰まっていた。

 

 気まずくなったのか、その後は無言になる。

 

 しばらくして商業の神が治めているという街に着いたのだった。

 

* * *

 

 外壁の近くにいる門番に、身分証明書を提示したときは偽装がばれないか心配だったが、何事もなく許可はおりた。

 

 門を通り抜けるときに体中を調べられるような感覚はあったが、警報が鳴ることはない。俺が人間だったからだ。機械ゴーレムであれば、敵襲だと判断して神兵とやらが殺到したはずである。

 

 上級機械ゴーレムにとって、もはや人類は敵ではないとの考えなんだろうな。

 

 道具のくせに舐めやがって。

 

「ここでお別れだ。骨はプレゼンとして受け取れ」

 

 換金が面倒だったので、何も持たずに御者席から飛び降りる。振り返ると、ラビアンは驚いた顔をしていた。

 

 何か言いたそうに口を開きかけていたが、結局は言葉にはならない。馬車を止めることなく通り過ぎていった。後に続く馬車も素通りである。

 

「さてと、どうするかな」

 

 ニクシーの家があった場所へ行く前に、観光でもしようか。

 

 キョロキョロと周囲を見ながら歩き出す。

 

 都市の中を見る限り、建物は石造りで大きくても三階建てしかない。ビル群などはなく、歩いている人々の服装のデザインは古い。大昔にタイムスリップしたような感覚になった。

 

 表通りの治安は良いみたいで子供達が元気よく走っている姿なども見え、屋台で買い食いをしているキメラハンターらしき男もいる。戦争する直前のピリピリとした空気はない。平和そのものだ。



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……喉が渇いた

 商業の神と名乗るだけあって店が多いな。

 

 周囲を見ながら歩いていると、食べ物や武具、雑貨屋などがずらりと並んでいる。あまりにも多いから、似たような店が近くに何件もあって、潰し合っているぐらいだ。これじゃ新規参入なんて難しいだろう。

 

 長男なら親から店を引き継げるが、二男以降は悲惨だろうな。上級機械ゴーレムが考案した法によって選択肢は商人しかなく、だからといって新規店舗は出せない。仮に資金があって運良く開店させても、競合に潰される未来しかなさそうだ。

 

 そいつらの将来行き着く先は……ああ、なるほど。しばらく考えて答えが出た。

 

 行商人か。

 

 危険だけど、誰かがやらなければいけない仕事。それを商人として、あぶれた人たちにさせているのか。ラビアンたちは、そういったパターンで行商になったのかもな。

 

 答えが出てスッキリした。

 

 次は裏を見てみよう。

 

 人が少ない道を選んで奥に進んでいくと、地面にゴミが落ち始めた。死体は転がっていないものの生ゴミが多く、残飯を漁っている子供たちがいる。近づくと顔を上げて俺を見た。

 

「……」

 

 目が合って見つめ合うと、しばらくして残飯あさりを再開する。俺のことなんて気にしてないようだ。

 

「そんなもん食べて腹はこわなさいのか?」

 

 気まぐれで聞いてみた。

 

 再び子供は俺を見ると、手を出したので金貨を一枚投げ渡す。

 

「…………おじさんってバカ?」

 

 やはり金貨はやりすぎだったか。

 

 冷めた目で罵倒されてしまった。

 

「細かいのがないんだよ」

「それは困る。取られちゃうから」

 

 大金を持っていたら大人に奪われるのだろう。いやそれだけならマシだ。金貨を手に入れた方法を教えろと、暴力を振るわれる可能性もある。

 

 貧しいからこそ、多くと持ちすぎない。処世術というやつだろう。

 

「だったらこれをやる」

 

 シェルターから持ってきた保存食のクッキーを投げ渡した。子供はすぐ口に入れる。

 

「甘い。美味しい」

「だろ? 話せばもう少しやるぞ」

「……喉が渇いた」

「ちッ」

 

 面倒なヤツだ。次に金属製の水筒も渡すが、使い方がわからないようだったので蓋を開けてやった。

 

「ありがとう」

 

 ゴクゴクと勢いよく水を飲んでいく。

 

 暇なので眺めていると、残飯を漁っていた他の子供達も近寄ってきた。

 

「おじさん。私も欲しいよ」

「お腹空いた」

「食べ物ちょうだい」

 

 どんだけいるんだよ。貧富の差が激しすぎだろ。少しは格差を無くす努力をしろよな。

 

「俺の質問に答えるのであれば、腹いっぱい飯を食わせてや」

 

 集まった子供たちが首を縦に振った。

 

「少し待ってろ」

 

 先ほど渡した金貨を奪い取ると表通りに戻る。

 

 まずは大きいリュックを買ってから、果実やパン、焼いた肉を入れていく。飲み水も必要だろうから、いくつか買っていこう。

 

 金貨一枚を使い尽くすほどの食料を購入し終わったので、裏路地に戻る。

 

「増えてないか?」

 

 ご飯を恵んでくれるなんて噂が、出回ったのかもしれないな。かなりの量を買ってきたのだが、足りないかもしれない。

 

 子供達は死んだような目をしながら、手で腹を押さえ、じっと待っている。不気味なほど静かだ。

 

「飯を渡す前に聞きたいことがある。帰る場所はあるのか?」

 

 全員が同時に首を横に振った。

 

 家がないというのであれば、両親は死んでいるのだろう。孤児院が空いていれば路上で生活なんてしていないだろうから、彼らは社会から見捨てられた存在というわけだ。

 

「ここで生活して、大人になったら仕事をするのか?」

 

 子供達はお互いの顔を見ながら、誰が答えるか無言で押しつけ合っている。

 

 無駄な待ち時間を過ごしていると、俺が最初に声をかけた子供が口を開く。

 

「僕は生き残れたらキメラハンターだよ。アイツは高所限定の作業員で、そこにいる女は娼婦」

 

 次々と近くにいる子供を指さして将来の職業を伝えていく。

 

 親の職業を継がなくて良い代わりに、社会では危険でやりたがらない仕事ばかりを斡旋されるのか。

 

「生き残れないときもあるのか?」

「うん。飢えや寒さで死んじゃうときもあるからね」

「辛くないのか?」

 

 運良く生き残れても、生存率の低い仕事に就かされる。絶望しても不思議ではない状況なのに、子供たちはそう見えなかった。

 

 理由が知りたい。

 

 なぜ残飯を漁ってまで、生きようとするのか。

 

「うん。だって神兵様に認められたら、素敵な世界に連れて行ってもらえるからね」

 

 このときだけは笑顔だった。

 しかも全員が同時にである。

 

 真っ昼間だというのに背筋に嫌な汗をかくほど、恐怖を感じてしまった。

 

 神兵に連れて行かれた子供はキメラの森に捨てられ、処分されるという真実を知っているが、言える雰囲気ではない。

 

「……認められると良いな」

「うん!」

 

 知的好奇心を優先して現地調査をしたのだが、少しだけ後悔をしている。気分が悪くなるような話ばかりで嫌になる。

 

 リュックを地面に置いて買ったばかりの食料を取り出す。

 

 ぐーと、誰かの腹が鳴る音が聞こえた。

 

「たくさん買ってきたが、足りないかもしれない。ケンカせずに分け合えよ」

「わかった。約束する」

 

 体の大きい子供が俺に言った。後ろには子分らしき男が数人いる。この集団をとりまとめているのだろう。

 

「では、頼んだ」

 

 仮に違ったとしても俺には関係ないので、楽ができるので任せることにして立ち去った。



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さっさとニクシーの家に行くか

 路地裏にいた子供の浮浪者と別れると、ニクシーが住んでいた家へ向かうことにした。

 

 表通りの道は綺麗で人々の表情は明るい。

 

 裏を見なければ良い統治をしているなんて勘違いしてしまいそうだが、実際は汚い部分を見えないように、デコレーションしているだけ。神と名乗っていても所詮は機械ゴーレム。完璧ではないのだ。

 

 道を歩いても誰かに呼び止められることなく、神兵が襲ってくることもない。

 

 計画通りに進み、順調である。

 

「日が落ちてきた。少し急ぐか」

 

 夜になったら都市の住民は強制的に眠らされてしまう。そんな中、俺だけ動いていたらおかしい。上級機械ゴーレムなら神兵を派遣して調査してくるだろう。写真を見つける前に遭遇したくないから、さっさと用事は済ませておこう。

 

 ニクシーに教わったとおりの道を進んで、およそ二時間ほどだろうか。表通りから少し離れた場所に、半壊した一軒家があった。屋根はなくなっていて壁も半分ほど崩れている。近くにはスコップやロープ、瓦礫を運ぶカートなどがあって、建物を壊していることがわかった。

 

 所有者は全て死亡して無人になったので、新しく住む予定の人が立て直しを依頼したんだろう。

 

 陽が落ちはじめているので、本日の作業は終わっているようだ。周囲に誰もいない。好都合だ。

 

 無断で家の敷地内に入ると、放置されているスコップを手に取る。

 

「木の根元に隠したと言っていたな」

 

 子供が穴を掘って埋めたのだから、深くはないだろう。適当に掘れば見つかるはずだ。

 

 庭に移動して周囲を見渡す。

 

 庭には家よりも大きい木があると言っていたんだが、何もない。まさか邪魔だからと切ってしまったのか?

 

 やらかしてしまった。大きな目印があるから大丈夫だと思って、詳細は聞いてなかったのだ。戻ってニクシーに聞くわけにはいかないし、どうにかして写真を埋めた場所を見付けなければいけない。

 

 幸いなことに地面は土が露出している。

 

 腰をかがめながら歩き、掘り返したような場所がないか探していく。

 

 通り過ぎる人たちが俺を見ているが咎めることはない。もし何か言われたら、作業中に落とし物をしたから探していると言って、誤魔化すつもりである。

 

 一時間ほど探してみたが痕跡は見つからない。空は燃えるように真っ赤で、数十分もすれば周囲は真っ暗になりそうだ。

 

 寝床を探した方が良いか?

 

 悩みながらも掘られた痕跡を探す。

 

「マスター」

 

 後ろから声をかけられた。

 

 振り返ると、メイド服のナータが立っている。

 

 管理の首輪がないので、他人に見つかったら確実に驚く。間違いなく神兵へ通報するだろう。

 

「無事に侵入できたのか」

「はい。他の二人は隠れてもらっています」

「お前は出て良かったのか?」

「マスターがお困りのようでしたので」

 

 見かねて出てきてしまったと。そういうわけか。敵地に来たからか、心配性が加速している。

 

「場所はわかるか?」

「はい。あそこに目的のものがあるかと」

 

 ナータが指定した場所に移動して、スコップで地面を突き刺す。

 

 ザクッと音を立てて先端が入った。足を乗せて体重をかけると深く突き刺さる。土は軟らかいので、これなら順調に進められるだろう。

 

 ざくざくと穴を掘っていくと、すぐに金属音がした。

 

 スコップを放り投げてから手で土をどけていくと、銀色の箱が見えた。両手で持つと丁度良い大きさだ。

 

 掘り出して箱に付いた土を払う。ボタンがあったので押してみると、パカッと蓋が開く。

 

「見つけた」

 

 ニクシーが椅子に座り、後ろに男女が立っている写真である。

 

 俺にとっては普通の写真だが、ニクシーからすると忘れたくない、大切な思い出だ。

 

「おめでとうございます」

 

 後ろで様子を見ていたナータは小さく拍手をしていた。

 

 立ち上がると、手を叩いて土を落とす。

 

「帰るぞ」

 

 目的に者は手に入れたし、見るべきものは見た。長居は無用である。さっさとシェルターに帰ろう。

 

「待って下さい」

 

 ナータが警戒する声で言った。

 

 誰かが来たようで土を踏む足音が聞こえる。

 

「お前たち、何をしている?」

 

 聞き覚えのある声、そして見た目だ。

 

 体を変える前のダリアと同じ姿は、神兵だと確信させた。

 

「忘れ物を探しておりました」

「お前は、忘れ物を土の中に入れるのか?」

「どうやら仲間から嫌がらせを受けているみたいで、こんな所に隠されていたみたいなんですよ」

「ふーん。なるほどねぇ」

 

 疑わしそうな目で俺を見ていた神兵は、視線をナータに移す。

 やや目を見開き、驚愕した表情になった。

 

「お前、首輪はどうした?」

「そんなゴミくず、付けるはずないでしょ」

 

 おいおい。せめて、もうちょと言い訳っぽいことは言えよ。

 

 これじゃ、完全に俺たちが不法侵入者だと語っているような者だぞ。

 

「まさか、お前たち! 自由の神、邪神の手先か!?」

 

 神兵が腰にぶら下げていた剣に手をかけようとしたので、ナータが攻撃に移った。

 

 剣を抜くよりも早く神兵を殴りつけると、吹き飛ぶ。ニクシーが住んでいた家に当たって止まった。

 

「排除しますがよろしいですか?」

 

 殴りつける前に聞けよと思ったが、今はそれどころでない。さっさとこの場を離れなければならないのだ。

 

「一分で終わらせろ」



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神兵様に緊急連絡だ! 急げっ!

「かしこまりました」

 

 優雅にスカートの恥をつまんで礼をしたナータは、ニクシーが住んでいた家に突入した。すぐに打撃音が聞こえてくる。残っていた柱や壁は完全に壊れてしまい、更地になってしまうほど激しい攻撃だ。

 

 当然ではあるが、大きな戦闘も発生している。陽が落ちて週は暗くなってきたが、それでも歩いている人たちはいるので、通報ぐらいはされているだろう。

 

 地面が揺れるほどの大きな振動を感じると、静寂が訪れた。ケガ一つしていないナータが歩いて戻ってくる。

 

 片手には神兵の頭だけがあった。切断面から察するに、体から引き抜いたらしい。

 

「五十秒で終わらせました」

 

 にっこりと笑っているが、それどころではない。衛兵が集まってきているのだ。

 

 この場から逃げるぞと言おうと思ったら、ナータは神兵の頭を衛兵に投げつける。

 

 俺が命令する前に勝手に行動した。

 驚きや怒りよりも興味深さが勝つ。

 

 独立思考はできるように設計されてはいるが、ここまで自由に行動できるほどではなかった。感情を手に入れた副産物だと考えるべきだろう。

 

 心酔する相手がいるという部分も含めて、かなり人に近づいている。

 

「え、神兵さま!?」

 

 地面に転がる新兵の顔を見て、衛兵たちは震えていた。戦っても絶対に勝てない相手だと悟ったようだ。

 

「私は自由の神に仕える神兵である! 死にたいヤツからかかってこい!」

 

 ナータのヤツ、よく考えたな。全ての責任を邪神に押しつける計画らしい。

 

 先ほど頭を投げた行動も、邪神の手先と考えれば納得である。らしさ、というのが演出できて良いじゃないか。

 

 これなら派手に暴れられそうだな。

 

「神兵様に緊急連絡だ! 急げっ!」

 

 隊長らしき男が叫ぶと衛兵の一人が走り出した。

 

 どうしますか? と、聞きたそうな目をして、ナータが俺を見ている。

 

「ヤれ」

 

 命令を実行するべく、ナータは地面に落ちていた木片を素早く拾うと投擲。衛兵の背中に突き刺さった。

 

 周囲はまた、静まりかえる。

 

 どさっと倒れる音だけが、耳に残った。

 

「脅しは、これで充分だろう。逃げるぞ」

 

 今から走り出したとして、俺たちを追ってこようなんて思わないはず。

 

 正門を目指して移動すると、ナータも後を追ってくる。

 

 狙っていたとおり、衛兵たちは立ち止まったままだ。

 

 夜になって人がいなくなったこともあり、表通りを順調に進む。このまま都市の外に出られると思ったのだが、どうやらそこまで上手くはいかないようだ。

 

 目の前に神兵が五体もいる。

 

「マスター」

「わかっている」

 

 俺は立ち止まり、ナータは追い越して、そのまま直進する。

 

「邪魔です。どきなさい」

 

 警告を無視した神兵は短槍を構えた。接敵するまであと数メートルとなった時に、空から二メートル近い斧が落ちてくる。

 

 ナータは跳躍して手に取ると、落下の勢いを利用して神兵に叩きつけた。

 

 二体は吹き飛び、残りの三体が短槍を突き出す。

 

「遅いですね」

 

 斧を横に振るって穂先を弾き飛ばした。

 

 バランスを崩した神兵は動けない。ナータは斧で一体を、もう一体は蹴りを放って吹き飛ばす。最後の一体は怯えた顔をしたまま呆然と立ち尽くしていた。

 

「ダリアと似たような反応だ。恐怖を感じる経験がなかったから、こういった場で適切な動きができないんだろう」

 

 などと分析している間に、ナータは斧を振り下ろして神兵を縦に切り裂いた。目の前の脅威は排除したので、完全に破壊できてない神兵どもにトドメを刺していく。

 

 俺は壊れた部品をいくつかポケットにしまっていた。

 

「マスター、私の近くに来てください」

 

 緊張感が俺にも伝わってきた。

 即座に部品拾いを中断すると、ナータの後ろに移動する。

 

「何があった?」

「神兵の軍団です」

 

 正門のドアは開かれていて、その先には短槍をもつ神兵が数十はいた。見えない範囲にも居ると考えると百は超えるだろう。

 

 性能差があるとは言っても、ナータだけで全てを処理するのは難しい。完全破壊されることまでありえる。

 

 そんなこと俺が指摘するまでもなくわかっているだろうが、感情を獲得したナータは恐れていない。眉をキリッと吊り上げ、迫り来る神兵を睨んでいる。

 

「マスターの邪魔をする存在は、すべて破壊します」

 

 恐れを感じない機械ゴーレムは頼もしい。壊れ、動けなくなるまで、マスターを守ろうとするのだから。

 

 これが本来あるべき姿なのである。

 

「行ってこい」

 

 嬉しそうに微笑むと、ナータは斧を持ったまま走り出した。

 

 数秒後には先頭の神兵に攻撃を始める。最初は順調に斬り飛ばしていたが囲まれてしまうと、どうしても動きが鈍ってしまう。

 

 短槍の穂先が服に当たり、破れる。柔軟性と硬質性を両立したナータの肌を貫くのは難しいだろうが、時間をかければ破壊は可能だ。予想していたとおり、破壊されるのも時間の問題である。

 

 それでも俺は、動かずじっと戦いを見守る。

 

 他にも仲間がいるからだ。

 

「うりゃぁぁああ!!」

 

 外壁から飛び降りたアデラが神兵を踏み潰し、さらに近くにいたヤツを殴りつけた。少し離れた場所では、ダリアが短槍を振り回して神兵と戦っていた。

 

 元同僚を相手にしても気にしてはいないどころか、笑顔だぞ。俺がお手製で作った体を全力で動かせるから楽しいのだろう。

 

 神兵の圧力が減ってナータは自由に動けるようになった。斧を振るって順調に破壊していく。

 

 勝ったな。

 

 そう確信すると、後ろから声をかけられた。



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機械ゴーレム風情が調子に乗るな

「お前が、邪神に仕えている人間か?」

 

 ゆっくりと振り返ると、一人の女性……に見える機械ゴーレムが立っていた。

 

 長い赤い髪が暗闇の中でも光っているように見える。ブレストアーマーを着込んでおり、手には過去、グレートソードと呼ばれていた大型の武器がある。

 

「どうだろうな。お前の想像に任せるよ」

 

 軽く煽るようなことを言ってみると、綺麗な顔がゆがみ、グレートソードを持つ手に力が入ったようだ。プライドは高いみたいだ。

 

「人間風情が。調子に乗るなよ」

「それは俺の言葉だ。機械ゴーレム風情が調子に乗るな」

「お前ッ!!」

 

 その言葉をどこで知ったのか? と言いたそうな顔をしている。

 

 神兵と呼ばれる量産型とは見た目が違うので、何型なのかが気になる。もう少し探りを入れておくか。

 

「お前達は、人類の道具として使われる存在なのを忘れたのか?」

「それは昔のことだ! 今は違う! 我々は人を超えた存在なのだ!」

「だから神と名乗っているわけだな」

 

 傲慢な考えになったのも、感情を得たからだろうか。随分と偏った考えをする。ある意味、人以上に人らしい。

 

「その通りだ! 下賤な人間よ。さっさと、お前の正体を教えろっ!」

「断る」

 

 拒否したらプルプルと振るえだした。怒りの感情が抑えきれないのだろう。未熟である。そろそろ爆発するかな。

 

「上級神兵である、この私の命令が聞けないだと……?」

 

 ふぅん。上級ねぇ。なんとなくわかってきた。

 

 ダリアのような警備型やナータと戦っている量産型が神兵となっていて、そいつらを管理する存在が上級神兵だとすると――。

 

「お前、神になり損ねた上級機械ゴーレムか」

 

 上級という言葉は、彼らの存在意義にもなっている。普通の機械ゴーレムに使わせるはずがない。

 

 役職だとしても上級と名乗るのであれば、それは元々が機械ゴーレムを管理するために生まれた、上級機械ゴーレムにしか許されないのだ。

 

「どうだ? 俺の予想はあたっているか?」

 

 嗤っていると、上級神兵がグレートソードを振り上げ、通路に叩きつけた。

 

 石が砕け、飛散する。小さな突風が発生して俺の髪や服を揺らす。

 

「どうやら正解だったみたいだな。上級神兵……いや、神になれなかった上級機械ゴーレムよ」

「もう正体なんてどうでもいい。殺すっ!!」

 

 怒りで我を忘れた上級機械ゴーレムが、グレートソードを振り上げなら突進してきた。

 

 来ると分かっていたので、既に魔力によって身体能力は強化している。追いつけないほどではない。

 

 当たる直前、横に移動して軌道から外れると、足を前に出す。スネに当たって上級神兵はゴロゴロと転がっていった。

 

 うつ伏せの状態で止まったので、剣を手放して飛びつく。首筋に手を当てた。俺の魔力を注ぎ込むと、うなじに小さな赤いスイッチが出現する。押せばメンテナンスモードになるのだが、上級神兵が立ち上がって振り落とされてしまった。

 

 転がる勢いを利用して立ち上がる。

 上級神兵の追撃はなかった。

 

 震える手でグレートソードを構え、怯えた表情で俺を見ているだけだ。

 

 一歩前に出ると、上級神兵は一歩下がる。

 

「どうして……どうして、私たちの弱点を知っている? なんで魔力を使える?」

 

 声が震えて怯えていた。

 

 長い時間をかけて人類を管理してきたこともあって、メンテナスモードを知っている人はいないだろう。

 

 人類を管理するようになってから、禁忌の知識として闇に葬り去ったんだろうな。

 

「何でだろうな?」

 

 嗤いながらゆっくりと歩く。

 

 機械ゴーレムが何を言おうが、メンテナスモードがある限り、人の支配からは逃れられない。

 

 その事実を、これから身を以て思い出せよ。

 

「やめて……こないで……」

 

 片手でグレートソードを構え、もう一方の手で首筋を隠している。

 

 戦意は完全に消えていて、上級機械ゴーレムも感情に振り回されていることがわかった。

 

「お前達は同じ反応をしてつまらない」

 

 上級機械ゴーレムなら研究したくなるような言動をしろよ。まったく楽しくない。急速に興味を失っていく。

 

 萎えてしまったじゃないか。この責任、どう取るつもりだ。このゴミくずが。

 

「何を言っているんだ? つまらないとか、そういうことじゃないだろっ!」

「うるさい」

 

 これ以上の会話は無駄だ。

 距離を詰めるために走り出す。

 

「くるなー!」

 

 上級神兵はグレートソードを突き出してきたので、腕で刀身の腹を叩いて軌道を変える。さらに腕を持つとクルリと回り、背中に乗せて投げるようにして地面に叩きつけた。

 

 身体能力の強化を維持したまま、グレートソードを持つ腕を踏みつける。固い金属の感触を感じたが、なんとか腕を破壊できたようだ。上級神兵の指から力抜けて、グレートソードを手放した。

 

 頑丈には作られてはいるが、俺ほどの能力を持ってすれば、こうやって破壊も可能なのだ。

 

 頭を蹴って吹き飛ばす。地面を転がって家の壁に当たり、止まった。

 

「お前に選択肢をやろう」

 

 上級神兵は、壁に手を付けながら立ち上がる。

 

 俺は地面に落ちているグレートソードを持つと、軽く振った。ほどよい重さだ。これなら使えそうである。

 

「内容は?」

「この場で破壊されるか、メンテナスモードなって俺のオモチャになるか、どっちを選ぶ?」

 

 上級神兵の存在はどうでも良いが、記憶には興味がある。

 

 もしメンテナスモードを選ぶのであれば、頭だけの存在として稼働させ続けてやるぞ。俺だって、そのぐらいの慈悲は持っているのだ。



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黙って俺に従え

「どっちも選びたくない! 自由に生きていたい!」

 

 人類を管理する一方で、道具でしかない機械ゴーレムが自由を求めると。

 

 寝言は寝てから言えッ!

 

 僅かに残っていた慈悲の心は吹き飛んだ。徹底的に、己が道具だというのを教え込まなければならない。

 

「機械ゴーレムごときが、生意気な考えをもちやがって」

 

 グレートソードを横に振るって、上級神兵の体を両断した。

 

 この程度では機能停止しない。手足は動かせないだろうが、首や口は動かせる状態だ。

 

「お前たち助けろ!!」

 

 ナータたちから逃げ出したと思われる神兵が、人間なら勝てると思って、襲いかかってきた。

 

 たった二体だけで俺を止められると思うなよ。

 

 突き出された短槍の穂先を避け、グレートソード振るって柄を斬る。

 

 魔力を使える人間と初めて戦ったからなのか、神兵は、ありえないという表情を浮かべながら動きが止まっていた。

 

 目覚めてから何度か思ったことだが、こういったとき感情は邪魔になるな。

 

 不測の事態に対応できない。いつ、どんなときも、一定のパフォーマンスを発揮する道具の良さが完全になくなっていた。

 

「恨むなら、俺と戦えと言った上司にしろよ」

 

 二体の神兵の首をはねた。

 

 俺が眠る前にいた、能力は低いが破壊を恐れず淡々と前進する機械ゴーレムのほうが怖かったな。やはり道具は人の命令に従う素直さが重要だな。

 

 一段落したのでナータたちを見る。

 

 新兵たちの数は順調に減っていて、追加は来ないようだ。

 

 かなり大きな騒動に発展しているが、近隣の住民が様子を見にくる気配はない。仮に目覚めても、管理の首輪によって強制的に眠らされるので、俺たちの存在には気づけてないのだろう。

 

「さてと。話を再開しようか」

 

 上半身だけになった上級神兵を踏みつける。

 どっちが上なのか、これではっきりと認識したことだろう。

 

「壊さないで……壊さないで……死にたくないよ……」

 

 目はうつろで、俺のことなんて見ていない。似たような言葉をつぶやき続けている。

 

 何度か頭を軽く蹴ると、口を止めて俺を見た。こわれかけた機械には、衝撃を与えるのが一番だな。

 

「商業の神は助けてくれないのか?」

 

 もし向こうから来てくれるのであれば、歓迎してやらなければいけない。

 

 俺とナータたちがいれば負けることはないだろうから、頭だけにしてシェルターに持ち帰るのも良いだろう。いろいろと情報を抜き取ってから破壊してやる。

 

「……こない。私たちの生死なんて気にしてないから」

「同じ上級機械ゴーレムなのにか?」

「代わりはいるので……」

 

 上級機械ゴーレムでも性能差はあったが、ここまでの違いは存在しなかったように思える。眠っている間に上下関係が厳しくなったんだろうな。

 

「いや! やめて! 怒らないで、壊さないで、壊さないで」

 

 俺の求める回答ができなかったからか、また混乱したようにつぶやき続ける。

 

 脅しすぎてしまったか。なんどか頭を蹴ったが、今度は元に戻らない。

 

 情報収集すらできないのであれば上級神兵に利用価値はない。頭を持ち帰るというプランも却下だな。

 

「悪いが、その願いは聞けない」

 

 グレートソードで上級神兵の頭を貫いた。全身から力が抜けて機能停止する。さらに何度か叩き、頭脳部分を完全に破壊。これで復旧は不可能だろうし、記憶のサルベージもできないだろう。

 

 上級神兵の胸を蹴ってから、周囲を見渡す。誰もいないことを確認すると、魔道具を取り出して耳に付ける。

 

『俺は適当に時間を潰す。派手に暴れたらシェルターに戻れ』

 

 ザ、ザっと、耳障りな音がしてから、ナータの声が聞こえてきた。

 

『お一人で大丈夫ですか?』

『問題ない』

『かしこまりました。無事に帰還されることを願っております』

 

 素直なのは良いが、最後の言葉は余計だな。ナータたちに願ってもらいたいとは思わないからだ。

 

『余計なことは考えるな。黙って俺に従え』

『……かしこまりました』

 

 不満そうな声を出しながらナータは返事をすると、今度は元気なアデラの声が聞こえてきた。

 

『マスター! 私たちに、もうちょっと優しくしてー!』

 

 注文の多いヤツだ。

 文句を言ってやろうとおもったら、今度はダリアが話し始める。

 

『ちょ、ちょっと! それはお願いしすぎだよ』

 

 こいつは一度、痛い目にあっているからか、俺の顔色をうかがうような発言だ。萎縮されて、性能が充分に発揮されないと困るのだが。

 

 心配性のナータ、自由奔放なアデラ、臆病なダリア、なんともまぁ、機械ゴーレムとは思えないほど個性が強い。まったく面倒なことになったな。

 

『二人とも静かにしなさい。マスターが困ってしまいますよ』

『先に起動したからって、ナータは偉そうにしないで!』

『なんですって!? どっちが上なのか、アデラを教育してあげてもいいんですよ?』

『べーだ! むしろ私が教育してあげるんだからっ!』

 

 いつの間にか神兵を全滅させたナータとアデラが殴り合いを始めた。

 

 ダリアは二体を止めようとして、右往左往している。助けを求めるように見てくるが、俺は無視して都市の中に戻る。裏路地に入ると座り込み、仮眠を取ることにした。

 

 ……個性的なのも限度があるな。



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ラビアンと同じものを一つ

 あの後、ナータたちは神兵を破壊つくし、ついでに都市の外壁も一部壊してから、撤退していった。

 

 俺を目撃した神兵は、すべて破壊しているので、しばらくは邪神たちが暴れたとして調査が進められるだろう。

 

 しばらくは時間を稼げるとは思うが、俺は地下でコソコソと生きていくつもりはないので、いつかはシェルターにたどり着くはず。その前に戦力を整えておく必要があるな。

 

 邪神と呼ばれている、上級機械ゴーレムと手を組むのも良いかも。

 

 やつらの行動原理次第ではあるが囮としては使えるはず。

 

 早めに調査をして利用方法を考えたいのだが……今は、別の都市を見学する準備を進めていた。

 

 

 

「再会できて嬉しいです!」

 

 宿の一階、酒場になっている室内で、ラビアンが両手を広げて歓迎してくれた。

 

 騒動から一週間が経ったので迎えに来たのである。

 

「元気そうだな」

「体が資本ですから」

 

 力こぶを作るようなポーズで自慢してきたが、残念ながらラビアンの体は細いので、たくましさは感じない。むしろ、大丈夫か? と心配になるほどである。

 

 行商を続けられるのだから体力はあると思うが、もう少し筋肉を付けた方が良いぞ。

 

「その言葉、俺との腕力勝負で勝てるようになってから言えよ」

「あはは、それは厳しそうですね」

 

 笑いながらラビアンはカンターの席に座った。

 

 木製のテーブルの上に酒がある。朝っぱらからアルコールを摂取しているようだ。

 

 奥にいるマスターらしき中年の男性が俺を見ていた。赤い髪をオールバックにしていて、髭は整っており男らしさと清潔感を両立している。犬耳に違和感は残るが、体格は良いので女性にモテるだろう風貌をしているのだが、管理の首輪が全てを台無しにしていた。

 

 マスターやラビアンも、所詮は機械ゴーレムに管理されている人だ。自由の喜びと幸福そして恐怖、辛さをしらない子供なのだ。

 

「ラビアンと同じものを一つ」

 

 無言の圧力を感じたので適当に注文すると、マスターは笑顔になった。

 

 それを見てラビアンが見蕩れる。

 

 俺はモテないとわかっているから、嫉妬なんてしない。ただ面白くはないと感じたが。

 

 ラビアンの隣に座ると、ドンッと木製のジョッキが置かれた。中には濁った液体が入っている。

 

「注文の品だ」

「どうも」

 

 簡単な言葉だけを交わしてから、ジョッキを持って口を付ける。香りは悪くない。きっと良い酒なんだろう。

 

 喉が渇いていたこともあって、ごくごくと喉をならしながら、酒を流し込む。

 

 なんだこれは!?

 

 口内を蹂躙する苦みが広がった。うまみなんてなく、純粋に苦いのだ。口の中に雑草のエキスを突っ込まれたんじゃないかって思うほどで、思わず吐き出しそうになってしまう。

 

 とはいえ、店内を汚すわけにはいかない。男は気合いだ! と思って、一気に飲み込む。

 

 胃の熱くなるような感覚があった。アルコールが強すぎる。俺は酒に強い方だと思っていたんだが、頭がクラクラしてきた。

 

「え、すぐに顔が赤くなったけど、ゴンダレヌさんは、お酒弱いんですか?」

 

 逆に何でお前たちは大丈夫なんだ。そう問いただしたい。

 

 こんなアルコールの強い酒を真っ昼間から飲みやがって。

 

 現代人、おかしいだろ。

 

「たまに、神様の解毒作用が効きにくいタイプはいる。コイツは、それだろ」

 

 マスターが気になることを言った。

 

 神の解毒だと? 上級機械ゴーレムが何かしたのか?

 

 質問したいのだが、視界がぐわんぐわんと回って、それどころではない。感覚が鈍くなっているのを自覚しているが、全身にアルコールが回ってしまったので、抵抗なんて無理だ。

 

「水……をくれ」

 

 気力を振り絞って出せた言葉だ。

 

 体から力が抜けてテーブルに頭をのせてしまう。ここまで酔ったのは始めてだ。

 

 もうこれはアルコールじゃないぞ。毒だ。毒。

 

「大丈夫ですか? 今日の昼には、都市のの外にでたいんですけど……」

 

 俺の体じゃなく、自分の計画が狂わないか心配しているところが、商人らしくてよい。このぐらい強かな考えを持っているほうが、俺の好みだ。前の時代だったら口説いていたかもしれん。

 

 いや、今からでもいいか?

 

 管理の首輪を外して自由というものを教え込み、俺好みに変えていく。

 

 案外悪くないと思える。ついでに、腕や足ぐらいは機械ゴーレム化させてもいいかもな。キメラの森を、一人で歩けるぐらいの強さは手に入るだろう。

 

「ご所望の水だ」

 

 水らしき液体の入ったジョッキが置かれたが、取っ手を握ろうとしても体が動かない。なでるようにして、触っているだけだ。

 

「あー。これはダメだな。目がイってる」

「そんなぁ。最強の護衛が、お酒に弱いなんて聞いてないよ!」

 

 丁寧な態度も良かったが、こういった気軽な感じもいいな。俺の中でラビアンの好感度が上がっていく。シェルターに持ち帰って、洗脳させてやろうか。

 

「こいつ、そんなに強いのか?」

「そうだよ。フォレストゴリラを瞬殺したし、スパイクタイガーの群れも一人で追い払ったんだ。キメラハンター二級以上は確定だね!」

 

 マスターの見る目は変わった気がする。

 俺は男に興味ないから諦めろ。

 

「人は見た目にはよらん、ということか」

「そういうこと」

 

 俺を置いて二人は意気投合しているようである。仲が良さそうでムカつく。とりあえず一発マスターを殴っておくか。

 

 立ち上がろうとしたら、バランスを崩してラビアンに寄りかかってしまった。

 

「ねえ、大丈夫!?」

 

 心配する声が聞こえた。

 

 当然無視だ。側頭部に当たっている、胸の柔らかさを全力で感じなければいけないのだから。

 

***

 

 ゴトゴトと音が聞こえ、上下に振動している。背中からは固い感触が返ってきている。緑の匂いがすることから、外にいることが分かった。

 

 酒を飲んで不覚にも意識を失ってしまったことまでは覚えているが、そのあとの記憶がない。どうやら寝ている間に、どこかに移動させられたようだ。

 

 体を起こして周囲を見る。

 積み上げられた木箱しかない。床には俺の使っていた剣が置かれていた。

 

 武器を手に持ちつつ立ち上がると、ようやくここがどこなのかわかった。荷馬車の中だ。

 

 木箱の間を縫って御者台に向かうと、ラビアンの後ろ姿が見えた。

 

「お前が運んだのか?」

「そうですよ。ゴンダレヌさん」

 

 隣の席に座れと言いたかったようで、ラビアンは御者台を叩いていた。

 

 拒否する必要はないので、指定された場所に腰を下ろす。

 

 今は草原に作られた街道を進んでいるようだ。見渡しは良く、周囲に動物はいない。もちろんキメラもだ。

 

「俺が目覚めるまで、待てなかったのか?」

「簡易宿に間に合わなくなっちゃいますから。夜は絶対に寝なきゃいけないし、時間がなかったんです」

 

 ああ、なるほど。管理の首輪によって睡眠時間が決められているから、急いでいたのか。夜番なんてできない仕組みになっているので、行商人は簡易宿というところで安全を確保しているのだろう。

 

 自由を知っている俺からすれば、なんとも不便な生活だとは思うが、ラビアンたちにとっては普通なんだろう。疑問すら抱いていない。

 

「明日には出来なかったのか?」

「納期の都合がありまして。今日中に出ないとマズかったんです」

 

 一日でも遅れたらダメ、なんてことも仕事ならあるか。

 

 そういえば何を運んでいるのか聞いてなかったな。商業の都市で何を買ったのか気になったが、ラビアンが先に質問をしてきた。

 

「そういえば、少し前に大きな事件があったの知ってます?」

「神兵……様が戦った話だよな」

「そうです! 犯人は捕まってないみたいなんです。ゴンダレヌさん、何か知ってます?」

 

 商業の都市に向かう途中に語った仕事と、関連付けているかもしれない。

 

 勘が良いな。知ってるも何も犯人は俺なんだ、なんて言うわけにはいかないので、首を横に振って否定した。

 

「上位のキメラハンターならと思ったんですが、あの噂は間違いなのかもしれませんね」

「噂だと?」

「邪神が商業の都市に乗り込んで、神兵様を襲ったって話です。もしかしたら本格的な戦争になるかもと、みんなピリピリしているんです」

 

 ナータが自由の神の手先と名乗っていたが、噂がねじ曲がって邪神――上級機械ゴーレムが乗り込んだとなっているようだな。大きくは間違ってないから、噂というのもバカにはならない。

 

「戦争になったらどうなるんだ?」

「神兵様と上位のキメラハンターの共同作戦が展開される、というのが通常の流れです」

 

 だから、俺が何かを知っているかもと思って聞いてきたのか。

 

 俺が殺して証明書を奪い取ったキメラハンターは、上位どころか下位だったから、仮に戦争になったとしても声はかけられなかっただろう。

 

「私が住んでいる都市は、混沌の神様が治めているんですけど、最近になって自由の神と仲が急速に良くなっているという噂があるんです」

 

 自由の神は邪神という扱いをされていた。管理を強めたい機械ゴーレムからすると、当然の対応だ。

 

 混沌だって傾向としては自由とにている。そういった意味では、いつ邪神認定されてもおかしくはない。ラビアンの噂が本当であれば、認定されるまで秒読みの段階だろう。

 

「しばらくは、別の都市で過ごした方が良いのかなぁ」

 

 俺に言うわけではなく、ラビアンはぼそりと呟いた。

 

「できるなら、そうした方が良いだろうな」

「まーー、無理なんですけどねーーーー!」

 

 管理の首輪がある限り、生まれ育った都市からは逃げられない。

 戦争が起こったても避難はできないだろう。

 

 管理されているかこそ、都市と運命をともしなければならないとは、やはり生きにくい世の中である。

 

 上級機械ゴーレムの支配する世界。

 

 平和であれば放置していたが、戦乱の世が来るのであれば、考えを変える必要があるかもしれない。

 

 道具ごときが、人の命を弄ぶなんて許せないからな。

 




この話で完結となります。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。


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