ワルキューレ独立装甲師団 〜栄光への軌跡から最後の咆哮まで〜 (神代リナ)
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プロローグ 戦乙女たちの初陣
お願いします
1937年5月11日 夕方 スペイン・ビルバオ市
Side:スペイン共和国人民戦線 一般歩兵"アントニオ"
「なぁ、アントニオ」
「どうしたんだ?」
俺の名前は、アントニオ。
今、我が祖国スペインは、ファシストどもの巣窟である国粋派スペインと正統政府たる自由を愛するスペイン共和国側の人民戦線の二つに別れて内戦をしている。
そして、俺はスペイン共和国人民戦線のいち兵士だ。
フランコ率いるファシスト共からスペインを守っている……と言えば聞こえはいいが、昔からの友人であるデイビッドと共に今やっている事は土嚢積みである。
「ほんとにファシストのヤツらはここに来ると思うか? 偉いさん共は次にここ、ビルバオに来ると読んでいるようだが。アイツら、結局この前マドリードを落とせなかったんだろ? 戦力持たねぇんじゃないのか? それに、俺たちビルバオ守備隊にゃあ国際旅団にソ連のT-26もいる。わざわざコッチに来るのか疑問だぜ」
ふむ、確かにそうだ。
我々、人民戦線がマドリードを守れた事は記憶に新しいし、ソ連軍から人民戦線に提供されたT-26戦車がドイツやイタリアの戦車より優れているのは敵であるファシスト連中も知っているだろう。
だが。
「俺たちのバックに国際旅団やソ連、メキシコがいるように、ファシストのヤツらにもドイツやイタリアがいる。それに、向こうはコッチとは違って直接支援されてる。だから、戦力は問題ないだろう。それに、マドリードを落とせなかった事で、ファシスト連中は俺たち共和国側の国力を徐々に削ぐ方針にシフトするはずだ。だから」
「工業地帯の一つ、ビルバオに来る可能性が高いってか。なるほどな。だが、今月中にヤツらが来る可能性は低いって上が言ってるからしばらくは土嚢積みが俺たちの仕事だな」
「ハハッ、間違いない。ま、こういう陣地作成も歩兵の仕事だ。さ、休みは終わりだ。土嚢積みに戻るぞ」
「へいへい。だー! 腰がイテェ」
そんな風に駄々をこねつつも、作業に戻ろうとしたその時。
空から何か音が聞こえた。
風切り音のような。
空を見上げるとそこには……。
この街の方に急降下してくる6機の爆撃機の姿があった。
その翼には黒色の鉄十字のマークがある。
ドイツ軍の
少しの間、ボーっとしてしまったが、すぐにハッと我に返った。
そこからの行動は早かった。
「ドイツ軍の爆撃だ!」
デイビッドの肩を掴み、無理矢理地面に伏せさせる。
そのあと、直ぐに何かが落ちてくる音がして。
その直後、爆音が響き渡る。
同時に、強い衝撃と風が襲って来た。
地面に伏せている俺たちの身体にパラパラと小さな瓦礫が落ちてくる。
どうやら、俺たちのいる場所の隣の道路に爆弾が落ちたらしい。
だから幸いな事に、俺たちにケガはない。
「……イテテ、行ったか?」
「あぁ、とりあえず爆撃機は言ったらしいな」
「アントニオ、次からは加減頼むぜ? 身体が痛くて仕方ない」
「す、すまない。次は気をつける」
にしても、なぜ急にドイツ軍の急降下爆撃機が?
俺たちの隣の道にあるのは確か。
T-26、だ。
そして、わざわざドイツ軍が今T-26を破壊した理由。
それは。
ガン、ガン、ガン。
そこまで考えた所で、その爆弾が落ちた道路の方から何か硬いものが壁かなんかにぶつかる音が響いてくる。
「なぁ、アントニオ。この音はまさか」
「……ありえない、だろ。それは」
ドイツ軍は、国粋スペイン軍と共にマドリードに攻勢をかけた事で戦力が疲弊してる。
これは間違いのない事実だ。
ならば、ならば何故。
ガン、ガン。バキバキバキ……。
俺たちのいる道路と向こう側の道路を隔てていた家のうちの一つが倒壊する。
その勢いで辺りに土埃が蔓延し、視界が遮られる。
「ゲホッコホッ、クソッたれが」
しばらくすると、土埃はやみ、この家を倒壊させた元凶が姿を現す。
黒光りする装甲。
俺たちの方に向けられている、歩兵にとっては恐ろしい殺戮兵器である2門の20mm機銃は射手がトリガーを引くのを今か今かと待っている。
そして、車体に描かれている白銀の鉄十字。
白銀の鉄十字か。
あぁ、聞いた事がある。
戦乙女たちのみで結成されたドイツの誇る最精鋭にして奇天烈な装甲師団。
その名は、ワルキューレ独立装甲師団。
戦乙女たちの駆るⅡ号戦車の20mm機銃が遂に火を噴く。
まずは、デイビッドを蜂の巣にする。
20mmの嵐を喰らったデイビッドは、身体中から血を吹き出して地面に崩れ落ちた。
そして、その機銃の銃口は最後の標的たる俺へと向けられる。
死の瞬間、時間がゆっくりと進むとよく聞いていたが、まさか本当とはな。
あぁ、このクソッたれな戦乙女たちに。
そこで、俺の物語に幕が降りた。
1936年5月12日。
ドイツ国でナチ党と連立政権を組んでいた政党である大ドイツ銀翼突撃党は、17歳以上の女性を一定数徴兵する事をナチ党首脳陣に提案した。
大ドイツ銀翼突撃党の当主であるアイリス・フォン・フリューゲルは、強力な労働者としての若い男子を国内に一定数残す事で工業力の低下を防ぎ、より完成度の高い復讐戦闘国家"ナチス・ドイツ"を作り出そうとしたのだ。
当初、ドイツ国総統アドルフ・ヒトラーは、アイリスが旧ドイツ帝国における貴族階級の人間であった事からこの提案を黙殺する予定であった。
しかし、アイリスの強い説得と国防軍に女性徴兵に対する肯定的な意見が増えて来た事を鑑みて、17歳以上の女性を一定数徴兵するように記されている総統命令を出すことになる。
これは、女性兵士のみで編成された初の装甲師団。
"ワルキューレ独立装甲師団"の栄光と終幕を記した記録書である。
ハイル・ワルキューレ!
著者:イルゼ・ウンシュルト
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一章 兵士と個人
第一話 武装親衛隊との実戦形式演習/前編
この作品は、ナチズムやファシズム等の過激な政治思想及び人種差別を肯定するものではありません。
1939年5月17日 大ドイツ国/バイエルン州・ミュンヘン陸軍基地内
ワルキューレ独立装甲師団/第601装甲中隊
Side:へレーネ・フォン・フリューゲル
「10時方向に敵戦車発見! 敵車両の種類は一号戦車。徹甲弾を装填して!」
私は、Ⅳ号戦車D型のキューポラから顔を出して、辺りを索敵しながらそう叫ぶ。
すぐに、車内から装填手の少女からの返事が響き渡る。
「Pzgr39、装填完了!」
うん、いい感じの速さだ。美しい赤髪が特徴的な装填手の少女、エステルは1ヶ月前に私達の乗る戦車が
その成長速度は、目を見張るものがある。
「へレーネ、いつでも撃てる」
そんな事を考えていたら、砲手をしているアーデルハイトがそう短く言う。
旧ドイツ帝国の伯爵家に生まれた銀髪碧眼の少女アーデルハイトは、私の幼なじみで、彼女の放つ砲弾は今のところ100発100中だ。
「よし、
私が、そう言い放つと、その3秒後に重く大きな爆音が鳴り響き、Ⅳ号の7.5cm砲が火を吹く。
すると、練習用のペイント弾が敵車両に命中し、黒光りしていたⅠ号戦車の側面装甲が派手な赤色に染め上げられる。
これで3両目。
残りあと2両だ。
撃破確認をすると、私は再び大きく口を開く。
「イルゼ、すぐにエンジンを回して。敵戦車が集まってくるよ!」
「ヤー! 軍隊ごっこをしてるヤツらに補足なんかさせないっすよ」
そんな元気そうな少女の声が聞こえると同時に、Ⅳ号戦車の車体が揺れ始める。
徹底的な隠蔽のために停止させておいたエンジンが回り始めたのだ。
イルゼは、ベルリンで小さなパン屋を営む両親のもとに産まれたいつも元気な茶髪ポニーテールの少女だ。
この戦車の操縦を行っており、いつも私の無茶な指示もなんやかんやこなしてくれる優秀な子である。
「その意気よ、イルゼ。クソッタレな秘密警察共はコソコソした治安維持に注力してれば良い事を教えてやりなさい。エステル、次は煙幕弾を」
「了解です! Nbgr装填完了!」
「よし。じゃあアーデルハイト、煙幕弾を私たちから出来るだけ遠くの所に撃って」
「分かった」
その一言の後、再び砲声が鳴り響く。
ヤツらは、徴兵されたばかりどころかそもそも武装組織としての枠組み自体が最近に出来た武装親衛隊の装甲小隊だ。
恐らく、煙幕が焚かれている所に私たちのⅣ号戦車がいると少しの時間思い込んでくれるだろう。
ここは、針葉樹がたくさん生えていて視界も悪いしね。
それだけの時間さえあれば、エンジンも温まる。
煙幕が焚かれている方へと近づいてくる2台の戦車の音が聞こえる。
撃破済みの敵戦車は、一号戦車2両とⅣ号戦車C型が1両。
事前にみた敵編成から考えるに、残りの2台の戦車は、三号戦車B型一両とⅣ号戦車D型が一両であるのは間違いない。
こちらは、Ⅳ号戦車D型一両のみなのだから、よく考えて行動しなければ容易く撃破されてしまうだろう。
「へレーネ少佐、もういつでも動けるっすよ」
「分かった。じゃあ、とりあえず森林地区を抜けて、人工高地地区を取るわ。
私たちのⅣ号戦車は、見当違いな場所に撃ち込まれて、地面に炸裂する敵戦車の砲弾の音をBGMにして、別の場所へと移動を開始した。
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第二話 武装親衛隊との実戦形式演習/後編
私たちは、砂漠地帯に行くと見せかけて敵戦車二両を混乱させつつ、高地地帯へと向かっていた。
敵戦車たちはいい具合に勘違いしてくれたようで、私たちは高地で偽装に時間を費やせた。
「よしっ、これで終わりね」
「はぁ、疲れたっすねぇ」
私とイルゼは、Ⅳ号戦車D型に森林地域でもぎ取った葉っぱをいい感じに乗っける偽装工作を終えた。
ふう、結構疲れたわね。
車内が恋しいわ。
「ん、お疲れ」
私の代わりに、キューポラから顔を出して、外の様子を見張っていたアーデルハイトがそう言いながら、車内へと戻った。
はぁ、なんかこの狭い車内が一番落ち着く。
あれ? これは重症なのでは?
そんなくだらない事を考えながら座って一息ついていると、照準器を覗いていたアーデルハイトが口を開く。
「敵、来た。数は2」
その声を聞いてすぐに、私は立ち上がり、キューポラから顔を出して周囲を見渡す。
……いた、アイツらか。
バカみたいにこっちに向かって来てる。
私たちには、気付いてないみたい。
「撃つ?」
既に、徹甲弾は装填済み。
ただ、Ⅳ号戦車の主砲が短砲身なのを考えると、まだ必中の距離とは言い難い。
どうせバレちゃいないんだ。
もっと近づけさせちゃおう。
「まだ。どうせなら近づけて確実に破壊しよう」
「分かった。早く撃ちたいけど、へレーネがそう言うなら待つ」
「うへぇ、我らがスクラップ姫は相変わらず恐ろしいっすね」
「あなたを先にこのP38ピストルで」
「ちょ、ま、怖い、本気で怖いっす!」
アーデルハイトとイルゼの漫才を横目に、私は敵戦車を睨みつけていた。
もうすぐ必中圏内に入るが、敵は二両いる。
Ⅲ号とⅣ号、どっちの方が脅威かしら?
まぁ一応、主力戦車なんだしⅢ号か。
「目標、敵Ⅲ号戦車。
Ⅲ号戦車に命中。
撃破判定だ。
まさか私たちが草に紛れているなんて思っても見なかったのか、最後の一両になってしまった敵Ⅳ号戦車C型は敵を目の前にして停車してしまう。
恐らく、敵Ⅳ号の乗員はテンパっているのだろう。
悪いけど、ここで決めさせてもらう。
「徹甲弾、装填急いで!」
「装填終わりました!」
「よし、アーデルハイト!」
「任せて。外す方が難しい」
最後の砲声が響き渡る。
敵戦車の装甲に何がぶつかる音がして。
敵戦車の正面装甲に、青色のペイントが散らばる。
……ふぅ、勝った。
「や、やりましたよ!」
「よしっ。武装親衛隊の連中に、一両で十分相手に出来ると啖呵切っといて良かったすね! これで武装親衛隊のヤツらを一生鼻で笑ってやれるっす!!」
「私は、いつも通り撃っただけ。実弾じゃないとやっぱ物足りない」
エステル、イルゼ、アーデルハイトが順に感想を述べる。
イルゼ……いつかゲシュタポのお世話にならないかしら?
ちょっと心配。
まぁ、今はいいか。
「みんなお疲れ様! いい動きだったわ! このⅣ号戦車の手入れが終わったら、先に休んでいてちょうだい」
最後に、私がそう言った。
さて、私はこれからこの演習を提案して来た武装親衛隊のボスと話をしてこなきゃならない。
はぁ、気が重いけど、行くか。
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第三話 家族として、兵士として、師として/上
ミュンヘン陸軍基地/とある部屋
side:へレーネ・フォン・フリューゲル
「うん、大丈夫かな」
指定の部屋の椅子に座ってとある人を待つ間。
軍服の襟を整えていた。
服が乱れてたら失礼だからね。
複数の足音が聞こえてきた。
そして、その足音はこの部屋で止まった。
少しだけ声がしたあと、扉は開かれた。
姿が見えるより先に私は立ち上がる。
そして、入り口の方に向かって敬礼をする。
そこには、眼鏡をかけて、優しそうな顔をした男性がいた。
彼は、親衛隊の制服を着ていた。
「ハインリヒ・ヒムラー親衛隊全国指導者閣下。此度の演習の開催、誠にありがとうございます」
「そんなにかしこまらなくても構わない。楽にしてくれ」
「ハッ!」
もちろん、目の前の男性"ハインリヒ・ヒムラー"が椅子に座ってから、私も座る。
ドイツ国内の"治安維持"を行なっている組織、親衛隊。
そのトップであるのがこの男だ。
ちなみに、会うのはこれが初めてではない。
「まずは、そちらの勝利を祝うとしようか。おめでとう、へレーネ少佐」
「恐縮です。実戦形式での演習は久しぶりなので、腕が鈍っていないか心配でしたがなんとかなりました。武装親衛隊の方々も中々強かったです」
まさか、トップの目の前で「武装親衛隊、チョロかったです」なんて言う訳にはいかないのでとりあえず褒めておく。
それにまぁ、私たちも最初はあんなもんだったしね。
あんまり酷評するのも気が引ける。
「世辞は要らないのだがな。私から見ても分かる。武装親衛隊の装甲部隊はまだまだだ。やはり、スペイン内戦で実戦経験のある君たちには及ばないか」
あ、やっべ普通にバレた。
ま、まぁ、バレたなら素直な感想を言うか。
「すみません。正直なところ、彼らの練度は低く、実戦だったら容易く敵兵に撃破されてしまうでしょう」
「やはりか」
「しかし、彼らは今日、敗北を経験しました。実戦に限りなく近い演習という貴重な機会を得ました。今回の経験を活かせれば、いい兵士になりますよ」
私がそう言うと、ヒムラー長官は何かを考えだしたのか、しばらく口を開かなかった。
あ、これ私死ぬ奴?
とか私が思い始めた頃、ようやくヒムラー長官は口を開く。
「そうだな。経験は大事だ、誰しも失敗から学び成長する。君の言うとおり、今は未熟な彼らも、いつかは国防軍の兵士に負けぬ精鋭になるだろう。気長に待つとしよう」
そう言う彼は、嬉しそうな。
でも、どこか悲しそうな。
そんな微笑を浮かべていた。
「結構、長い間何かを考えていたようですが。何を考えていたんですか?」
そんな彼の表情が気になって。
思わず私は、そう尋ねていた。
「いや何。別に何かを考えていた訳ではない。ただ、思い出していたのだ。私がまだ名もない一党員に過ぎなかった頃を。大ドイツ銀翼突撃党に所属して、アイリス先生の元で働いていた頃を」
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第三話 家族として、兵士として、師として/中
「ヒムラー長官が銀翼党にいた頃、ですか」
特に隠してもいない事だが。
私は、親衛隊が嫌いだ。
理由は、いくつかある。
だが、根幹である理由は一つだけ。
親衛隊全国指導者であるハインリヒ・ヒムラーが嫌いだから。
より正確に言えば、嫌いになったから。
彼が嫌いだから、私は親衛隊を嫌悪している。
まぁ、ある組織の長が嫌いだからその組織が嫌いになるなんてよくある事だ。
「あぁ、アイリス先生から私は色々な事を学んだ。その事を再確認していた。ただ、それだけだ」
彼の言うアイリス先生。
アイリス・フォン・フリューゲルは、私の姉で昔はよく可愛がって貰った。
昔は、ね。
私は、今でもアイリスを家族として愛しているし、尊敬している。
ただまぁ、彼女の目にもはや私の姿は入っていないだろう。
……。
それは、今は不要な感情か。
彼のその言葉を聞いて。
私は、一歩踏み入る決断をした。
もはや、恐怖心はない。
私は、私の最後に残された家族の安全保障のために。
彼の真意を聞かねばならない。
「ヒムラー長官、一つ尋ねたい事が」
「何かな?」
「あなたは、なぜ急に大ドイツ銀翼突撃党から国民社会主義ドイツ労働者党に鞍替えをしたのですか? ……私は、いつまでも忘れていませんよ。あの日、3年前のあの日の夜。あなたが私たちの家に訪れて、アイリス。いや、私の姉に銀翼党から脱退して、ナチ党に入ると言った日を」
私は、出来る限り無表情を保って。
淡々とその言葉を口にする。
拳を強く握りしめすぎて、血が僅かに床に落ちていくが。
そんな事はどうでも良かったし、むしろその痛みは、激情を冷やすのにちょうど良かった。
「あなたは、あなたは。アイリス姉さんに確かな忠誠を誓っていたはずです。どうして、どうして……ッ!」
「……なるほど。私の感じていた違和感はこれか」
ヒムラーは、黙って私の話を聞いていた。
そして、私が言葉に詰まったタイミングで冷静に口を開いた。
「違和感? これのどこが!」
「まぁ、最後まで話を聞きなさい。私も君の話を最後まで聞いたんだ。なら、君も私の話を最後まで聞くべきではないかな?」
「それは……。ヒムラー長官、失礼しました。冷静さをつい失ってしまっていました」
うん、ちょっとこれは私が悪い。
上の立場の人に声を荒げてしまうとは、私らしくもない。
頭に熱が溜まってるのか?
少しでも頭を冷やすために軍帽を取って、それを膝に置く。
そして、私は話を聞く姿勢を整える。
「じゃあ、話を始めようか。先に結論を言ってしまおうか。私は、アイリス先生を裏切ってなどいない。私は、今でも先生の事を想っている。もちろん、男女の仲の意味ではない。尊敬すべき人として、だ。先ほども言った通り、私はあの人から多くを学んだ。学んだからこそ、私はあの人を尊敬していると共に」
ヒムラー長官は、そこまで言うと一旦口を閉じた。
そして、僅かな時間のあいだ、天井の方に視線を向けた。
しかし、すぐに目線を私の方に戻して、口を開く。
「……恐怖している。先生の強大な報復心だけは、非常に良くない。アレは間違いなく、ドイツ民族にもいつか害を及ぼす。だが、それに気づいても私の忠誠心は変わらなかった。だから、だからこそ、私は銀翼党から距離を置いて、ナチ党に入った。そうしなければ……万が一の時に先生を止められないからな」
ヒムラーが小物じゃない世界線
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第三話 家族として、兵士として、師として/終
「…………」
アイリス先生を止めるため、ね。
ヒムラー長官は、
……。
…………。
………………。
彼なら。
彼なら、託せるかもね。
私には出来ないことがヒムラー長官には出来るかもしれない。
大ドイツ銀翼突撃党に呑まれきらず、フリューゲル一族でもない彼ならアイリス姉さんを最後の最後で止められるかもしれない。
「ヒムラー長官」
「何かな?」
「私は、あなたの事をあの日からずっと誤解していました。申し訳ありませんでした」
椅子から立ち上がった私は、頭を深く下げた。
すると、優しい口調でヒムラー長官は私に頭を上げるように命じる。
「別に構わない。誤解させるような行動をしていた自覚はある。ほら、席に座りなさい」
「了解です」
「さて、私はもう話すことはないが、君はどうかな?」
「……ヒムラー長官。いえ、ハインリヒ・ヒムラーさん」
「改まって、どうしたのかな?」
彼は、真剣な表情で私の方を見る。
「ヒムラー長官としてではなく、ハインリヒ・ヒムラーという人間個人にお願いがあります」
私は、ついにそう口に出す。
あぁ、やっと見つけた。
復讐国家の飼い犬にしかなり得ない私が決して出来ない事を頼める相手を。
これで心おきなく……。
姉さんと総統閣下の計画した狂った戦争に行ける。
「私個人に、か。これは、大変な内容のお願いをされそうだ」
「ヒムラーさん、もしナチズムや銀翼党の復讐戦争主義の観点から見てさえおかしな事をアイリス姉さんがしようとしたら止めて欲しいのです。殺してでも」
「……なるほど。ちなみに、君自身はやらないのかい? 君は国防の軍人だ。私たち親衛隊より良い武器だって持ち出せるだろう? それに、確かに私は先生に心酔しているし、忠誠だって誓っている。しかし、あくまで他人だ。その点、君は先生の実の妹だ。家族だ。止めるなら君自身の方が良いのではないかな?」
「……家族で、軍人だから止められないのですよ。私は家族だから姉さんほどではないけど、旧協商国や革命を起こしてそれを支持したドイツの自由市民に対する復讐心があります。それに、私は軍人です。そして、軍人とは国家の暴力装置であり、中央政府の指示に絶対従わねばなりません。もし、私一人が武力を用いてドイツ国政府要人であるアイリス・フォン・フリューゲルを排除したら、それを理由にやがてドイツ国防軍全体が軍人ではなく野蛮人化することは明白です。故に、私には出来ないのです。姉さんを止めることは」
その発言を聞いたヒムラー長官はしばらく目をつぶってしばらく考えていた。
その後、覚悟を決めた表情を顔に浮かべながら口を開く。
「……私は基本的に親衛隊の秩序を乱すような事はしたくないが、今回はアイリス先生に関する事だし、君の頼みだ。良いだろう、君の代わりに先生のブレーキ役を務めて見せよう」
「ありがとうございます、長官」
「では、私はこれで帰らせてもらうよ」
こうして、私とヒムラー長官の対談は無事に終了した。
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第四話 嵐の前の静けさ
ぜひ、お楽しみに
1939年5月24日 大ドイツ国/バイエルン州・ミュンヘン陸軍基地内
ワルキューレ独立装甲師団/第601装甲中隊
Side:へレーネ・フォン・フリューゲル
「むー、めんどくさい。あぁぁっ! やってられるか! こんな事!!」
バイエルンからご機嫌よう。
元ドイツ帝国侯爵令嬢、現ナチス・ドイツ猟犬という悲しい経歴をもつへレーネ・フォン・フリューゲルですわ。
さて、今ヒステリー持ちの厄介女かの如く甲高い奇声を上げながらベッドに倒れ込んだ私。
何をこんなに嫌がっているか?
それは……。
書類。
そう、ツークシュピッツェ山かの如く天高くまで積まれた書類の山を始末することである。
正直、怠い。
ボリシェビキのクソッタレ共のケツアナに75mmを叩き込むより怠い。
あら、ごめんなさい。
汚い言葉をツイツイ使ってしまいましたワ、おほほ。
……って。
「何やってんだ、私……?」
まさか、書類の山を処理の辛さのあまりイマジナリーフレンドが爆誕したバカリか、謎の貴族令嬢もどきな口調の私が産まれるとは……全部アドルフ・ヒトラー総統とヘルマン・ゲーリングってヤツが悪いんだ。
こんなクソの300乗みたいな書類を寄越しやがって……許せねぇ!
まぁ、ゲーリングは私怨だけど。
この師団自体、陸軍だし。
なんだったら、銀翼党の私兵集団が起源だからナチ党あまり関係ないけど。
「はぁ、やるか。文句言ってもこの書類たちが逃げる訳じゃないしね」
そう呟きながら、私は再び椅子に座って、憂鬱な机へと向き合う。
にしても、周辺諸国との関係が急速に悪化しているこのタイミングで移動命令と物資、人材の補充とはね。
私の指揮する第601装甲中隊だけでも、5両のⅢ号戦車と2両のⅣ号戦車、50名の人員、その他予備弾薬燃料等の必要物資が補充される。
これで、601装甲中隊からⅠ号戦車やⅡ号戦車と言った旧式戦車は完全に排除され、最新式のⅢ号、Ⅳ号戦車へと全戦車が更新される。
さらに、今までワルキューレ独立装甲師団全体で不足していた通信士や整備士も十分な数が補充される予定だ。
正直、今まで中隊長や戦車の車長としての役割をこなすのでかなり忙しいのに、さらに通信士の役割をやらなきゃいけなかったからかなり大変だったのだが、これでだいぶ楽になる。
楽になるからありがたいのだが。
どうしても、察してしまう。
もうすぐで、戦争が始まってしまうのだろうと。
まず、この国は何処に噛み付くのだろうか?
フランスか? ポーランドか?
あるいは、北欧諸国?
いや、この3つの選択肢ではない。
フランスやポーランド、北欧諸国と戦争をすれば、必ず大英帝国が干渉してくる。
我らの祖国、ドイツ国が盟主を務める鋼鉄同盟に参加している国は、大ハンガリー帝国とブルガリア・ツァーリ国それとアルバニア国。
そう、我々には海軍が不足している。
だから、史上最強の海軍たるロイヤルネイビーを有する大英帝国と殴りあうのは避けるはず。
少なくとも、橋頭堡の確保交渉が終わるまでは。
では、かつての復讐を掲げる我々の軍は、何処へ向かうのだろうか?
……あぁ、ここか。
私は、一枚の書類を見て納得した。
私の姉さんならこの国を確かに許さないだろうな、と。
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