RIDER VS ー異形たちの見る夢ー (K/K)
しおりを挟む

凶気の蛇と傲慢の龍

仮面ライダーアウトサイダーズ放映記念に投稿しました。
ヒーロー不在のアウトローたちによる戦いになります。


 その出会いは運命だったのか。偶然が幾つも積み重ねられれば奇跡と呼べる。だが、この出会いを奇跡と称するにはその言葉は綺麗過ぎた。真逆の奇跡──最悪というのが相応しい。

 二人は出会うべきではなかった。出会えば本来辿るべき道が途絶え、新たなる道が切り拓かれる。しかし、その道の先に待つのが破滅だということを誰も知らない。

 二人は如何にして出会ったのか。まずは二人の足跡を辿る必要がある。

 

 

 ◇

 

 

 男は歩いていた。既に朽ちている廃工場が並ぶ人目も人気の無い道を。

 手入れのされていないくすんだ茶色の髪。素肌に直接着用された蛇柄のジャケット。その恰好だけでもあまり近付きたくなくなる印象であったが、男が纏う険呑な雰囲気の前では些細な要素に過ぎなかった。

 男は苛立っていた。目を血走らせ、内包している怒気が今にも爆ぜそうになっている。

 男は警察から追われる身であった。故に警察の目を掻い潜る必要がある。だが、そうやってこそこそと動くことに男は多大なストレスを感じていた。

 歩いていた男の足が置かれてあった一斗缶を蹴飛ばしてしまう。大したことのないように思えたが、一斗缶が派手な音を立てて転がっていく様子に表面張力限界まで溜まっていた怒りが零れる。

 

「うぉらっ!」

 

 獣染みた叫びと共に一斗缶を思い切り踏み潰した。変形した一斗缶を今度は思い切り蹴り飛ばす。彼方まで飛んで行く一斗缶であったが、男の怒りは収まらない。

 近くにあった鉄の棒を掴むと滅茶苦茶に振り回す。

 

「おおおおおおっ!」

 

 壁や放置されていたドラム缶、木、ガラスなど目に映る物全てを手当たり次第に壊していく。加減など一切無い全力の暴力。誰も見ていない場所で一人狂ったように暴れ回る。鉄の棒を握る手が擦り剝けて血が出ようと構わず、周りと自分を壊す様に暴れ続ける。

 やがて少し──ほんの少しだけ気が晴れた男は殴り続けて変形した鉄の棒を投げ捨てた。

 

「イライラする……!」

 

 鬱憤と憤怒に満ちた重い声であった。

 男は狂人であるが、決して愚かでは無い。狡猾さも秘めている。人前に出ればどうなるかは容易に想像が付いている。しかし、だからといってそれで理性が抑えられる訳では無い。この男には知性があるが、それは獣の知性。場合によっては理性や知性など簡単に本能によって覆されてしまう。

 今の現状は男を苛立させるのには十分。次第に零れ出てきた本能がこの苛立ちを解消させようと男を衝動的に動かそうとする。

 

「あ″あ″っ?」

 

 怒気で掠れた声が男の口から出た。視線の先にこちらへ向かって歩いている中年の男がいる。サラリーマンらしく上下スーツを纏い、髪型もキッチリとセットした男と違って身嗜みが整えられた姿。しかし、それも廃工場が建ち並ぶこの場所では不似合いであった。

 サラリーマン風の中年は酔っているのか左右にフラフラとよろめている。そして、男を視界に収めると震える手を伸ばしてきた。

 

「あ……ああ……」

 

 救いを求めるような呻き声の後、サラリーマン風の中年の手から何かが零れた。それは焼けた後に残る灰に似ている。それは手だけではなく顔などの露出している部分からも零れ出し遂には全てを灰色に染めた後、崩れた。

 残ったのはスーツと人一人分の灰の山だけ。

 

「……何だ?」

 

 人一人が一瞬で灰と化したにも関わらず、男の反応は薄い。恐怖という感情は全く無く、軽い驚き程度しか込められていない。

 男は徐に灰の山へと近付き、少しの間見下ろした後、躊躇無く灰の山を蹴飛ばした。

 つま先に返ってくる軽い感触。周囲に煙のように広がっていく様子。紛れもなくそれが灰であると確信する。

 

「どうなってやがる……?」

 

 男はジャケットのポケットに手を入れながら周囲を見回し始める。しかし、男が注目していたのは半壊したガラス窓や水溜りなどの反射物であった。

 

「あれー? 何でこんな所に人が居るのー?」

 

 軽い驚きを混ぜた軽薄そうな声が聞こえ、男は視線を正面に戻す。ラフな格好をした青年がヘラヘラと笑いながらこちらへ向かって歩いて来ていた。

 男はただ青年を睨み付ける。男の態度に気にすることなく青年は喋り続ける。

 

「あれ? 何かどっかで見たような……?」

 

 男の顔に見覚えがあった青年は首を傾げ、数秒間沈黙する。そして、思い出した。

 

「ああっ! あんた、浅倉威だろ! 脱獄囚の!」

 

 男──浅倉威は正体を明かされたが、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「それがどうした? 警察に通報するのか?」

「警察? そんなことしないよ。だって──」

 

 青年の顔に紋様のようなものが浮かび上がる。浅倉はその現象に僅かに目を見開いた。

 

「あんたはここで死ぬんだ」

 

 青年の体が波打つ光に包まれたかと思えば、一瞬で姿が変わる。全身は白に近い灰色となり、頭から背中に掛けて無数の針を生やしたハリネズミを彷彿とさせる怪人。

 

「人間、しかも犯罪者だったら殺してもだーれも悲しまないだろうし、寧ろ褒められるかも。犯罪者なんて生きててもしょうがないでしょ? ましてや、あんたみたいな凶悪犯は」

 

 ハリネズミの怪人の足元に伸びる影に青年の姿が投影され、独善的なことを語る。

 彼は怪人の姿になったことに浅倉が驚くと予想していたが、思いも寄らない反応を示した。

 

「……ライダーか?」

「ライダー?」

「まあ、違うか」

 

 浅倉も万が一という可能性で言ってみたが、案の定相手の反応は違ったものであった。

 

「……何か気持ち悪いね、あんた。オルフェノクを見ても平然としてるしさ」

「お前が何なのかどうでもいい」

 

 浅倉にどうでもいいと切って捨てられたハリネズミの怪人──ヘッジホッグオルフェノクは怒気を強めるが、何故か嬉しそうに、そして獰猛に笑う浅倉を見て悪寒を覚えた。

 人間を相手にしている筈なのに人間ではない何かと対峙しているような気持ちにさせられる。

 

「丁度イライラしていたところだ。お前、俺と戦え」

「戦えって何を言ってるの……?」

 

 今まで襲ってきた人間たちとは全く異なる浅倉の好戦的過ぎる言葉にヘッジホッグオルフェノクの方が困惑してしまう。

 浅倉はヘッジホッグオルフェノクを余所にポケットからある物を取り出す。掌ぐらいのサイズをした長方形のケースらしき物体。中央部分には金のラインで描かれたコブラのレリーフがある。

 浅倉はそのケースを前に突き出す。ヘッジホッグオルフェノクの視点からは気付かなかったが、反射で浅倉の姿を映し出しているガラスの中で銀色のバックルらしき物体が発生し、独りでに浅倉の腹部へ装着される。

 反射物の中で現れた銀のバックルは現実の浅倉にも装着されていた。急に浅倉の腹部にバックルが出現し、ヘッジホッグオルフェノクは驚く。

 

「何それ!? もしかして、ベルト……!?」

 

 浅倉のときと同様に驚きつつも何か心当たりがあるかの反応。浅倉は相手の反応を無視しながら構えに入る。

 右手が円を描きながら掲げられる。左手にはケースが握られ、腰の横に添えられていた。手首が返され、開いた五指が相手へ向けられる。

 

「変身!」

 

 右手が素早く伸び、同速で縮む。あたかも獲物に喰らい付く蛇のように。

 銀のバックルにあるスロットにケースが装填される。中央のレリーフが輝くと前方、左右に三つの虚像が現われ、浅倉と重なる。

 そこには姿を変えた浅倉が立っていた。

 

「あぁ……」

 

 気怠げな様子で首を軽く回す。

 

「偶にはミラーワールドの外での戦いも悪くない」

「な、何だよ、それは!?」

 

 ヘッジホッグオルフェノクは混乱した様子で浅倉だった者を指差す。

 紫を基調とした上半身の装甲。肩や胸部には金のラインで蛇を思わせる紋様が描かれてある。頭部は後頭部が左右に広がっており、コブラに似た形状をしていた。幾つもスリットが入った仮面に口部は牙の装飾がされたマスク。全てが蛇をイメージさせる姿となっている。

 

「どうなってる! それもベルトなのか!? ファイズとカイザ、デルタとも違うのか!?」

 

 知らない単語が次々と出て来ていい加減鬱陶しく感じ、苛立ちが増す。

 

「話が嚙み合わないから喋るな。イライラする」

 

 吐き捨て、ヘッジホッグオルフェノクを黙らせる。浅倉の凶気が変身したことで増し、相手を沈黙させるのに十分な圧へと変わる。

 

「さあ、戦え」

 

 浅倉の変身した姿──仮面ライダー王蛇は己の欲求のままに戦いを始める。

 

 

 ◇

 

 

 それは最早、己の中で尽きぬことのない食欲を満たす為に徘徊し続ける動く死体であった。

 黒い騎士との戦いで貫かれて爆散した体は再生、強化することは出来た。しかし、赤い騎士との戦いで強化された筈の体はまたも爆散させられた。

 二度目の再生を試みるが、赤い騎士の一撃は想像以上に凄まじく、粉々に蹴り砕かれただけでなく高熱の炎によって芯まで焼かれてしまった部位も多かった。

 それでも長い時間を掛けて再生させたが、出来上がった体は元の体とは程遠い出来損ないであった。

 重要な器官が幾つも欠如しており、感覚能力や思考能力は無いに等しい。あるのは生物らしい食欲のみ。それだけを目的として活動する。ただし、その食欲も不正確な信号のようなものに過ぎず、食べ始めたのなら満腹になっても食事を止めることはせず、逆に餓死寸前になっても食事を一切摂らない場合もある。

 生命活動とは程遠いそれは正に生ける屍であった。

 そして、その生ける屍は食欲の信号に従い、食すべき獲物を探す為に動く。

 それが行き着いた先はガラス張りの壁。ガラスに反射し多くの人々が歩いている様子が映っている。しかし、何故かそれの周囲には人々の姿は無い。

 それが居る場所は反射物の向こう側の世界。ガラスに映る世界とは文字通り鏡合わせの世界。あらゆる風景は左右反転し、看板などの文字も鏡映しのようになっている。

 ごく限られた者たちにしか認識出来ない鏡面の向こうの世界であり、その世界を知る者はミラーワールドと呼ぶ。

 全てが鏡映しの世界だが、現実世界とは異なりミラーワールドには生命が存在しない。人々の喧騒による騒がしさも無い無音の世界であり、風が吹くことも雨が降るなどの自然現象も発生しない不変の世界でもあった。

 そして、そこに住まうそれもまた普通の生き物ではない。ミラーワールドに潜む怪物でありミラーモンスターの総称を与えられていた。

 ミラーワールドで獲物を狙うミラーモンスターの姿は一言で言えば巨大な蜘蛛だが、硬質的というよりも無機質、金属のような外骨格という現実では有り得ない姿でもあった。

 数メートルもの大きさがある蜘蛛ならそれだけで怪物と言えるが、前述したようにその蜘蛛は二度目の再生に失敗し、見た目は醜く変貌している。

 外骨格の何箇所は罅割れ、そこから体液が漏れ出している。八本ある脚は三本欠如していた。人一人簡単に嚙み砕けそうな口部は牙が幾つも折れており、頭部には人の上半身のような形をしたものが生えているが、片腕と頭部に当たる部分が無く完全に機能していない。

 嘗てはディスパイダーという個体名を持っていた怪物だが、最早その名も相応しくない。敢えて徘徊する死骸に名を付けるならば──ディスパイダーリ・ボーンエラー。

 リ・ボーンエラーは獲物に狙いを付けた。ガラスに映るフラフラと歩く少年に糸を伸ばす。現実世界には無いが鏡面世界にはある不可思議な糸。

 それが獲物を絡め取ると一気にミラーワールドへ引き込む。

 自分が致命的な失敗を犯していることにも気付かず。

 水面のように鏡面が揺れ、獲物がこちら側へとやってきた。リ・ボーンエラーは欠けた牙を精一杯に広げ、糸を手繰り寄せていつものように獲物を口へ招き入れようとする。

 だが、急に手応えが無くなった。糸が何故か切れたのだ。

 

「やだなぁ。急に引っ張って」

 

 少年の足元には何故か灰が散らばっている。

 

「もしかして、僕のこと食べようとしていたの?」

 

 リ・ボーンエラーを前にしても間延びした緊張感の無い喋り方。リ・ボーンエラーはこの時点で退くべきだったが、残念ながらそれを考えられる知性が無い。

 目の前で立つ少年を頭から食べようと飛び掛かる。

 

「やれるものならやってみろ」

 

 一転して低い声を発した少年は、持っていた小型のアタッシュケースを地面に落とした。リ・ボーンエラーは構わず上から圧し掛かった。

 リ・ボーンエラーは宙に浮いたままの状態で止まっていた。喰らおうとしていた少年は灰色の魔人と化し、リ・ボーンエラーの口に両腕を捻じ込んで持ち上げているのだ。

 灰色の魔人。それはディスパイダーだったときに立ちはだかった赤い戦士と龍を彷彿とさせる。龍はリ・ボーンエラーにとって恐怖と死の象徴であった。

 恐怖がリ・ボーンエラーの中に残った欠片のような記憶を呼び覚ます。

 今、目の前に立つ魔人は襲ってはいけない存在であった。ディスパイダーのときからも避けていた、否、ミラーモンスター全てが捕食することを忌避していた人間の中に紛れる怪物たち。

 記憶が呼び起こされると同時にリ・ボーンエラーの体は真っ二つに引き裂かれる。単純な力によるものであった。

 二つに裂かれたリ・ボーンエラーの体は間もなしくて灰と化す。今度こそ蘇ることは無い。

 龍の魔人から人の姿へと戻った少年は落としていたアタッシュケースを拾い上げた後、ぼんやりとした表情でミラーワールドを見渡す。

 

「ここどこだろ?」

 

 

 




登場するライダーは仮面ライダー王蛇、仮面ライダーデルタ、その他にも後三名出す予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

王蛇VSデルタ

早い所対決まで持っていきたかったので投稿しました。
次は1、2週間後に。


「へ、変身したから何だってんだよ! 別にファイズやカイザじゃないんだろ!」

 

 王蛇の姿に動揺しつつも自分が危惧している存在ではないことを声に出すヘッジホッグオルフェノク。自らを鼓舞しているようにも僅かに芽吹いた恐れを誤魔化そうとしているようにも見える。

 

「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと掛かって来い」

 

 王蛇の方は至って冷静であった──表面上は。

 

「この野郎!」

 

 それを舐められていると判断したのかヘッジホッグオルフェノクは殴り掛かる。

 王蛇は拳が届く寸前に横へ滑るように移動し、攻撃を難無く回避。ヘッジホッグオルフェノクの方は思い切り空振りをし、前のめりに倒れそうになる。

 

「うおっ!?」

 

 慌てて態勢を立て直し、焦りながら首を動かして王蛇の姿を探そうとするが──

 

「その程度か?」

「うあっ!?」

 

 背後に移動していた王蛇がヘッジホッグオルフェノクの頭の針を掴み、強引に頭を後ろへ逸らさせる。

 

「は、離せ!」

 

 王蛇の手を払い除けようとするが、王蛇は掴んでいる手を更に引っ張る。

 

「い、痛い! 痛い!」

 

 首や背骨が軋みを上げ始め、ヘッジホッグオルフェノクは悲鳴を上げる。

 

「黙れ」

 

 ヘッジホッグオルフェノクの甲高い悲鳴は王蛇の神経に障り、苛立ちと共に臀部を蹴り飛ばした。

 

「あぐあっ!」

 

 蹴飛ばされ、顔面から地面に突っ込むヘッジホッグオルフェノク。

 

「か、顔がぁ……!」

 

 人間ならば鼻や歯を折ってもおかしくない勢いであったが、曲がりなりにも怪人故に顔を擦り剥く程度で済ませる。だが、それでも必要以上に痛がっていた。

 

「──立て」

 

 痛みに苦しんでいるヘッジホッグオルフェノクに催促する。ヘッジホッグオルフェノクは痛みのせいで聞こえていない。

 

「立てっ!」

 

 一瞬で沸騰した王蛇の怒り。恫喝に命の危機を覚えたヘッジホッグオルフェノクは痛みを忘れて立ち上がる。

 立ったヘッジホッグオルフェノクに王蛇は遠慮なく近付いていく。

 

「それでいい」

「う、うわああああ!」

 

 ヘッジホッグオルフェノクが接近を拒むように大振りの拳を繰り出すが、王蛇は拳の側面に移動して手首を掴み、引っ張る。ヘッジホッグオルフェノクが前のめりになると腹を膝で突き上げて息を絞り出させ、間髪入れずに無防備な背中を殴り付けた。

 

「がはっ!」

 

 再び地面に倒れ伏すヘッジホッグオルフェノク。

 

「その程度か!」

「あぐっ!」

 

 王蛇はサッカーボールのようにヘッジホッグオルフェノクの顔面を蹴り付けた。ヘッジホッグオルフェノクは何度も跳ねながら飛んでいく

 力の差は歴然であった。そもそもヘッジホッグオルフェノクは戦いの経験が殆ど無い。今まで無力な人間相手にしかオルフェノクの力を奮ってこなかった。一方で王蛇は積極的に戦いを繰り返していた。しかも、自分と同等の力を持つ相手とである。両者の戦う者としての戦闘経験の差は天と地程離れていた。

 

「どうした……もう終わりか?」

 

 オルフェノクという未知なる存在に期待を抱いていたが、蓋を開けてみればミラーモンスターよりも手応えの無い。王蛇からしてみればその辺を歩いている一般人と変わりなかった。

 

「う、ううう……」

 

 ヘッジホッグオルフェノクは恐怖で震え出していた。同族と会ったことは何度かあるが戦ったことは無い。()()()()の庇護に入ったおかげでそういった争いごとを避けられていた。だが、ヘッジホッグオルフェノクの前にそれが通用しない相手が立ち塞がる。しかも、中身は凶悪犯として有名な浅倉である。下手をすればオルフェノク以上に人命を奪うことに躊躇いが無い。

 ヘッジホッグオルフェノクに残された選択は二つ。逃げるか、戦うか。

 もし、ヘッジホッグオルフェノクが本当に無力な存在だったのならばなりふり構わず逃亡していただろう。その選択ならば確率は低いが助かる可能性はあった。人目に付く場所まで逃げられれば、王蛇の存在に気付いて介入してくる者たちが居た。

 彼の判断を狂わせてしまったのは、彼がなまじ力を持っていたせいであった。

 

「う、うああああああっ!」

 

 ヘッジホッグオルフェノクは半狂乱のような叫びを上げ、跳び上がるようにして立つ。右手を広げると陽炎のような揺らぎが起こり、それが収まると右手に武器が握られていた。棍棒に無数の棘が付いたヘッジホッグオルフェノクらしい武器である。

 

「ほぉ?」

 

 何も無い状態から武器を召喚したことに少しだけ関心を示す王蛇。

 

「死ねぇぇぇ!」

 

 自分に迫る死の危険を自らが与える死により撃退しようとするヘッジホッグオルフェノク。王蛇の脳天に棍棒を振り下ろす。

 やはりと言うべきか、ヘッジホッグオルフェノクは本能的な危機感が欠如していた。

 武器を持って襲い掛かかれば、王蛇もそれ相応の対応をしてくると考えていない。

 

「はぁ……」

 

 王蛇はつまらなさそうにため息を吐くと、棍棒が届く前にヘッジホッグオルフェノクの手首を掴んで止めてしまう。狙いが分かっていれば止めるのも容易い。

 そして、ヘッジホッグオルフェノクの両足を蹴りで払う。

 

「あっ!?」

 

 ヘッジホッグオルフェノクは碌に受け身も取れず強かに背中を打つ。

 仰向けになった彼が見たのは、こちらを見下ろしている王蛇。その手にはヘッジホッグオルフェノクから奪った棍棒が握られている。

 

「あぁ……中々良い武器だな。少し試させろ」

 

 王蛇は煽るようにゆっくりと棍棒を振り上げた。

 

「お前でな!」

 

 無情な一撃がヘッジホッグオルフェノクへ振り下ろされた。

 

「がはっ!」

 

 胸部に命中し、血飛沫の代わりに火花が散る。

 

「うおらぁぁぁぁ!」

 

 頭、顔、胸、腹など当たれば関係ないと言わんばかりの滅多打ち。一撃一撃に殺意しか込められていない。

 

「があっ! うぐあっ! やめっ! おぐっ!」

 

 ヘッジホッグオルフェノクは命乞いをするが王蛇は聞く耳など持たない。王蛇はヘッジホッグオルフェノクの弱さに失望していた。失ったものを埋めるように苛立ちと怒りが際限なく湧いて来る。

 

「もっと俺を楽しませろぉぉぉぉ!」

 

 怒りに振り切れたまま棍棒を何度も何度も振るう。途中でヘッジホッグオルフェノクが声を上げなくなっても関係無しに気が済むまで振り下ろし続ける。

 王蛇の怒りが尽きるよりも先に棍棒の方が限界を迎えた。乱暴に使われ続けた結果、根元からへし折れてしまう。そして、ヘッジホッグオルフェノクの方も限界が来た。

 

「あぁ……?」

 

 ヘッジホッグオルフェノクの体からサラサラと何かが零れ落ち始めたかと思えば、青い炎が体から噴き出し、それに焼き尽くされたかのように全身が崩れて灰の山となる。ヘッジホッグオルフェノクが殺めた人間と同じ末路であった。

 王蛇は棍棒の柄を灰の山へ叩き付ける。

 

「おああああああああああっ!」

 

 解消されない苛立ちが咆哮となって無人の廃工場に響き渡った。

 

 

 ◇

 

 

「本当にどこだろう……」

 

 ミラーワールドへ連れて来られた少年は呟く。人一人存在せず、喧騒も無い無音。しかも、ミラーモンスターという怪物まで跋扈する世界。常人ならば不安と恐怖に襲われるだろうが、少年の声に微塵の恐怖も無い。

 着続け過ぎてヨレヨレになった服を鎖骨が見える程更に着崩し、櫛など一度も通したことが無さそうな無造作な髪型。人によっては足り無さそうに見える少年だが、それ故に鈍いという訳では無い。

 恐怖に対して鈍感なのは少年が喰い殺そうとしてきたミラーモンスターを一瞬で引き裂いたように自分自身が最強であるという圧倒的な自信によるもの。

 少年は自分が入ってきたガラスを見る。ガラスの向こう側には多くの人々が歩いている。試しにガラスに触れてみたが、返って来たのは指先に伝わるガラスの感触のみ。

 

「まあいいか……ここ、静かだし、寝ちゃおうかなぁ」

 

 危機的状況だと微塵も思っていない少年の感性。それどころかミラーモンスターが徘徊するこの世界で寝だそうとしている。

 もし、この時点でミラーワールドの特性を知っている者がいれば、少年の存在がどれだけのイレギュラーか分かっただろう。本来ならば起こる筈の変化が少年の身に起こっていない。

 知る由も無いがそれは少年独自の特異性というよりも彼の種族自体の特異性であった。

 

「ふぁーあ……」

 

 欠伸をして少年が適当に寝られる場所を探そうとしたとき──

 

「あれ?」

 

 ──見られていることに気付き、少年は周囲を探す。間も無くして監視している者の姿を捉えた。

 人に近い姿をしているが、捻じれた一対の角を額から生やした紫の体色のモンスター。動物の羚羊に似たそのミラーモンスター──ギガゼールは警戒するようにかなり離れた距離から少年を見ている。

 

「まだ居るんだ」

 

 少年は笑い、ギガゼールに向けて手を振る。監視に気付かれたギガゼールは俊敏な跳躍で逃げ出した。

 

「へぇ……鬼ごっこ? 僕と遊びたいの……?」

 

 少年は笑みに無邪気さから来る加虐を混ざる。

 

 

 ◇

 

 

 晴らすべきイライラを晴らせず、フラストレーションだけが溜まった王蛇の怒りは最高潮に達しようとしていた。その破壊衝動に任せて目に映るモノ全てを破壊しようとする一歩手前である。

 手始めにすぐ近くにある廃工場を更地に還そうかと思ったとき、耳の奥まで入り込んで来るような甲高い音が聞こえてきた。

 王蛇にとっては耳慣れた音である。ミラーモンスターが近くに居るときに発生する音。王蛇からすれば手応えの無い相手ではあるが、居ないよりかはマシな相手ではある。

 ミラーモンスターを倒す為に自身もミラーワールドへ入ろうとしたとき、半壊した窓ガラスからギガゼールが頭を出す。

 

「──あぁ?」

 

 王蛇は違和感を覚えた。無機物的な見た目をしているミラーモンスターだが、その目に生気が感じられなかった。

 ギガゼールの頭が鏡面から出る。首から下が存在しなかった。

 

「あ、出られたぁ」

 

 ギガゼールの頭を掴んで現れたのはまだ十代後半ぐらいの少年。

 

「ほぉ?」

 

 王蛇は少年に強い興味を惹かれる。王蛇もそれなりの人間を見て来たが、現れた少年はその中でも最もイカレた目をしている。

 

「お前、面白そうだなぁ」

「──誰?」

 

 王蛇に話し掛けられ、少年はキョトンとした表情をする。だが、すぐに王蛇の恰好に興味を持つ。

 

「カッコイイね、それ」

 

 少年はギガゼールの頭を放り棄てた。ギガゼールの頭部は地面に着く前に灰となって散る。

 

「おぉ……」

 

 王蛇はその現象を見て面白そうに声を洩らした。

 

「──そうだぁ。良いこと考えた」

 

 少年は持っていたアタッシュケースを王蛇に見せる。銀のアタッシュケースに入った『SMART BRAIN』のロゴが目に入った。

 

「僕のデルタのベルトと比べっこしようよ」

「デルタ?」

 

 ついさっきそのような単語を聞いた気がした。

 少年はアタッシュケースを開き、中からベルトとグリップの様な機械を取り出す。ベルトは銀色を主とし黒の装飾と白いラインが何本も入っていた。

 少年はベルトを装着し、グリップを口に近付ける。

 

「変身」

『Standing by』

 

 そして、グリップをベルト右横に付けられたツールにセット。

 

『Complete』

 

 ベルトから白いラインが伸び、それが全身へ巡り、装甲を形作る。強い閃光を放つと少年は言葉通り変身していた。

 黒い装甲に走る白いライン。デルタの名に相応しく体に三角の意匠がある。扇形の橙色の目。ベルト中央のマークはその顔と同じになっている。

 この姿が少年の言うデルタなのであろう。

 

「何だ。居るじゃねぇか、ライダーが」

「ライダー……? なぁに? それ?」

「戦う奴らの名だ。こうやってなぁ」

 

 王蛇はコブラの形をした杖を取り出し、頭部をスライドさせる。何かを収めるスロットになっていた。そして、ベルトに差し込まれてあるケースからカードを一枚抜く。ケースは複数のカードが収まったカードケースであった。

 カードが杖のスロットに入れられ、元の位置に戻される。

 

『SWORD VENT』

 

 音声認識の後、鏡面から何かが飛んで来て王蛇の右手に装備される。

 円錐状のドリルのように捻じれた黄金のサーベル。見方によってはガラガラヘビなどの尾を連想するかもしれない。

 

「へぇ、凄いね」

 

 関心あるのか無いのか曖昧なまま、デルタはグリップが差し込まれたツールを外すと、またグリップを口許へ持ってくる。

 

「ファイア」

『Burst Mode』

 

 ツールとグリップは一体となることで銃と化し、デルタは迷いなく引き金を引いた。

 発射された光弾が真っ直ぐ王蛇へ飛ぶが、王蛇は黄金のサーベル──ベノサーベルでそれを弾く。

 

「ははははははははっ!」

 

 手応えのある敵だと認識した王蛇は上機嫌そうに笑いながら突進。デルタは立て続けに光弾を撃つが、王蛇はそれを避けるか、ベノサーベルで防ぎつつ前進を止めない。

 数発目の光弾を発射したとき、射線状から王蛇の姿が消えた。

 王蛇は跳躍しており、デルタの頭上からベノサーベルを振り下ろす。しかし、デルタはその場から一歩も動かずに銃で剣を受け止めた。

 常人には理解出来ない存在らが零距離で視線を衝突させる。

 

「いいぞ! 俺と戦えっ!」

「ねぇ。何がそんなに面白いのか教えてよ」

 

 




北崎がミラーワールドで平気だった理由は独自設定となりますがその内書く予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

笑う蛇と不機嫌なΔ

暇な時間が出来たので早めの投稿です。


「はぁっはー!」

 

 ベノサーベルを押し込みながら王蛇は歓喜の叫びを上げる。渾身の力を込めてもデルタの銃──デルタムーバーはその場に固定されたように動かない。これだけで相手が強敵なのが分かる。手応え皆無の雑魚の後に手応えのある敵が来たことで溜まっていたイライラが一気に解消されていく。

 

「ねぇ。どうして、そんなに面白そうに笑うのか教えてよぉ」

 

 デルタの声は王蛇とは対照的に平坦且つ無感情であった。殺し合いをしている最中なのに全く心が動いていない。王蛇とは異なる異常性を見せる。

 

「知りたいかぁ?」

「うん」

「ライダー同士の戦いは面白いからだっ!」

 

 ベノサーベルにもう一方の手を添え、全身を投げ出すような勢いでベノサーベルを振り抜く。

 

「おっと」

 

 その勢いに押されてデルタは数歩後退させられた。王蛇が距離を詰めようと駆け出す寸前、デルタムーバーから光弾が撃たれる。

 顔面目掛けて放たれた光弾をベノサーベルで防ぐが、反射的に足が止まってしまう。そこへすかさず避け難い胴体への光弾が数発来る。

 

「ははぁっ!」

 

 王蛇は後方へ宙返り、空中に居る間に光弾は通過。着地と同時にベノサーベルを構え、デルタはデルタムーバーのトリガーに指を掛けていたが命中しないと思ったのか、追撃は止めてしまった。

 

「いいぞ、お前の戦い方。奴と似ている」

「奴って誰?」

「俺を楽しませたりイラつかせたりする男だ」

「へぇ……」

「お前はどっちだ!?」

 

 デルタがこれといって興味が無い様子の相槌をした後、王蛇はデルタへ突っ込んでいく。

 足止めの光弾を連射させるデルタだが、殆どがベノサーベルによって防がれる。最後の一発は外れたが、王蛇の顔面スレスレを通っていったが王蛇は走るスピードを全く緩めなかった。

 普通なら立ち止まっていてもおかしくない筈だが、王蛇という男には恐怖の類のブレーキが無い。故に動き出した王蛇は簡単には止まらない。止まるときは自分が壊れるか相手が壊れるかのどちらかである。

 デルタも段々と王蛇の異常性を理解し始めていた。デルタの中の少年はそれほど長く生きて来ていないが、その短い人生の中でも王蛇の人格は類を見ないもの。

 少年を前にすれば大抵の相手は恐怖に屈服して命乞いをする。そういった連中を何の迷いも無しに灰にするのが少年だが、王蛇からは自分に向けての恐怖を一切感じない。

 少年にとって未知なる存在との邂逅は楽しく感じる。しかし──

 ベノサーベルの振り下ろしをデルタは一歩下がって回避。空振りしたベノサーベルが地面を勢い良く叩き割る間に二歩前に踏み出し、王蛇の顔を殴り付ける。

 

「はっはっ!」

 

 王蛇は殴られながらも膝でデルタの脇腹を突き上げて反撃。

 

「っつ」

 

 デルタは声を出すようなことはしなかったが、突き上げられた衝撃で短く息を吐き出させられる。だが、デルタもすかさずデルタムーバーの銃底で王蛇のこめかみ部分を殴り付けた。

 

「おあああっ!」

 

 ぐらりと頭が傾いた直後に咆哮を上げた王蛇の頭突きがデルタの額に打ち付けられる。なりふり構わない王蛇の戦い方は、デルタにとって慣れない戦いであり不意を衝かれる形で受けてしまった。

 デルタが後ろへよろめく。王蛇はベノサーベルを振り上げるが──

 

「ふん!」

 

 ──デルタは途中で足を止め、がら空きになっている王蛇の胴体に横蹴りを放つ。

 

「うっ!」

 

 防御が間に合わず蹴り飛ばされてしまう王蛇。地面を転がっていくが止まるとすぐにベノサーベルを突き立てて体を起こす。

 

「あぁ……いいな、お前。イライラが消えていく……!」

「へぇ……しぶといんだね。君、面白いけど……面白くないなぁ」

 

 デルタは自分が世界で一番強い、最強であると冗談ではなく本気で思っている。傲慢なまでの自信であるが過信ではない。事実、彼の周りではそれを否定する者はいなかった。最強故に中々楽しいこと、面白いことに巡り合えない。王蛇との戦いは楽しさと面白さを感じさせるものだが、王蛇の態度が気に入らない。自分と対等に、互角に戦っているということが気に入らない。

 彼の中では彼こそが最強。遊び相手は欲しいが、同じ目線の遊び相手は要らない。

 傲慢で幼稚、だが強い。それが少年の質の悪さでもあった。

 一方で王蛇の方は戦いを楽しんでいる。彼は戦うことを至上の娯楽としている。勝ち負けも気にしてない訳では無いが、それよりも戦うという過程が面白いのだ。

 

「そうかぁ? 俺は面白いぞ……? もっと面白くしてやる」

 

 王蛇はデッキからカードを抜き、蛇型の杖──ベノバイザーのスロットへ挿し込む。

 

『ADVENT』

 

 デルタはその音声の後に耳障りな音と何かの視線を感じる。直後に近くのガラスから巨大な紫の影が飛び出してきた。

 

「へぇ……大きいね」

 

 出現したのは巨大な紫のコブラ。ミラーモンスターの共通であるメタリックな外見を有し、左右に広がる楕円形の頭部側面からは四枚の刃が対称的に生えている。

 王蛇と契約しているミラーモンスターであり、彼のライダーとしての力の根源であるベノスネーカーは赤く、長い舌を伸ばしながら風が鋭く抜けていくような鳴き声を上げて威嚇。

 デルタも威嚇するようにデルタムーバーの銃口をベノスネーカーに向けた。ベノスネーカーはデルタの行動に即座に反応し、口から黄緑色の液体を吐き出す。

 黄緑色の飛沫。蛇が吐いてくる液体など悪いイメージしかなかったのでデルタはその場から後ろへ跳躍する。デルタが立っていた地面に液体が付着。すると、煙を上げて地面が溶け出す。強力な融解性を持つ毒液であった。

 

「汚いなぁ」

 

 毒液の融解性よりも吐かれたものを掛けられそうになったことに嫌悪を示すデルタ。お返しの光弾をベノスネーカーへとお見舞い。長い胴体や頭に着弾し、ベノスネーカーは出て来たガラスの中へ逃げ込む。

 あっさりと退散したことに拍子抜けするデルタであったが、王蛇が余裕のある態度でこちらを見ていることに気付いた。その直後にデルタの傍にあったガラスからベノスネーカーの金色の尾先が飛び出し、デルタを鞭のように打つ。

 

「うっ!」

 

 油断していたデルタだが、持ち前の反射神経で咄嗟に防御。ダメージは軽減出来たが、殴り飛ばされて壁を突き破って廃工場の中へ入ってしまう。

 

「痛いなぁ」

 

 体に付いた埃を払いながらデルタは立ち上がる。台詞とは裏腹に全くダメージがあるように見えなかった。

 ベノスネーカーは入って来ない。否──デルタの耳には未だにあの不快な音が鳴り続けている。

 視界を動かす。廃工場に張られたガラス窓、或いは金属などの反射物。その中にベノスネーカーは存在した。

 デルタは知らないが、ミラーモンスターは現実世界には存在出来ない。ミラーモンスターはミラーワールドでのみ生きることを許された怪物故。ミラーワールドの外に出られるのも極めて短い時間である。

 だが、逆にそれが奇襲性を高める。ベノスネーカーはミラーワールドの中からデルタの隙を伺い続けている。

 デルタも流石に鏡の中のベノスネーカーは撃てない。

 

「面倒くさいなぁ……」

 

 攻撃出来ないことに強いストレスを覚えるデルタ。それを挑発するように王蛇が高笑いをしながら廃工場内へ入って来た。

 

「楽しんでるか……?」

「全然」

「そうかぁ。なら、もっと盛り上げてやる」

 

 すると、新たなカードをベノバイザーへセット。

 

『ADVENT』

 

 窓ガラスからベノスネーカーとは違う紅色に緑の目を持ったエイが飛び出し、刃のような体でデルタに体当たりを仕掛けて来る。

 身を屈めて回避するデルタ。エイは反射物の中へ潜行する。

 

「まだいるのぉ?」

 

 紅のエイ──エビルダイバーの追加にデルタはウンザリした様子で言う。

 そんな彼に王蛇は手の中のカードをひらひらと見せる。

 

「もう一枚あるぞ?」

『ADVENT』

 

 荒々しい鳴き声と共にデルタへ突撃してきたのは二足歩行のサイに似たミラーモンスター。鼻先からは槍のような角、甲冑のような皮膚が頭部や胴体、手足を覆っている。

 横から不意打ちのように出現したので逃げ遅れたデルタはサイのミラーモンスター──メタルゲラスは鉤爪の生えた両腕で掴まえたデルタの胴体を締め上げる。

 本来ミラーモンスターはライダー一人につき一体である。しかし、王蛇は例外として三体のミラーモンスターと契約していた。

 メタルゲラスとエビルダイバーは元々王蛇の契約モンスターではない。彼が倒したライダーの契約モンスターであり、契約者を倒されて復讐に燃えるミラーモンスターをカードの力で再契約したことで奪ったのだ。

 この二体のミラーモンスターは王蛇の無慈悲さと強さを兼ね合わせた象徴である。

 

「はははは! どうする?」

 

 捕らえられたデルタに王蛇が試すように言う。鏡面ではベノスネーカーが這い回り、エビルダイバーが飛翔しながら待機をしていた。

 デルタは締め上げられながらデルタムーバーのグリップを口許に寄せる。

 

3821(スリーエイトトゥーワン)

『Jet Sliger Come Closer』

 

 番号を音声入力した後、デルタムーバーの銃口をメタルゲラスの目付近に押し当てた。

 

「調子に乗るなよ」

 

 冷たく言い放つと同時に引き金を引く。光弾が零距離で炸裂し、厚い装甲を持つメタルゲラスも怯んでデルタを放してしまう。

 その瞬間、壁を突き破って巨大な何かが突っ込んで来た。

 

「何だ?」

 

 王蛇が見ている前でそれはデルタに添うようにしてUターン。巨体でメタルゲラスを撥ね飛ばしながら停止する。

 停まったそれを最も近い表現をするのならばバイクであった。ただし、車体は既存のバイクの数倍あり、前輪と後輪も一回り以上大きい。車体の側面に噴射孔が設けられており、後部には戦闘機を思わせるようなブースターが装備され、乗り物よりも兵器に近いかもしれない。

 デルタは呼び出したそれに搭乗する。先程の番号はこれを呼び出す為のものであった。彼というよりもデルタの為に用意されたアタッキングビークル、その名はジェットスライガー。

 

「ほぉ……面白そうな玩具だな」

 

 ジェットスライガーの造形に興味を惹かれる王蛇。もしかしたら、自分も乗ってみて戦いたいと思っているのかもしれない。

 

「あげないよ」

「なら奪えばいい」

 

 天井付近の窓ガラスからベノスネーカーが頭を出し、毒液を吐きかける。

 デルタはグリップ式になっている一対の操作レバーを捻る。前輪と後輪のタイヤが九十度向きを変えると共に車体側面の噴射孔が火を噴く。

 ホバー移動により毒液を回避すると移動した先を狙ったエビルダイバーが突っ込んで来る。今度は後部のノズルを噴射させて急加速し、一瞬でエビルダイバーを突き放した。

 急旋回して王蛇を視界に収めるデルタ。すると、進路上にメタルゲラスが立ち塞がる。ジェットスライガーに撥ねられたことで怒り心頭という様子で両腕を何度も開閉していた。

 

「単純だなぁ」

 

 その様子に呆れたデルタはジェットスライガーを動かし、望み通りと言わんばかりに真正面からメタルゲラスへ挑む。

 メタルゲラスは両腕でジェットスライガーのフロントカウルを掴み、抑え込む。ジリジリとメタルゲラスの足は後ろへ下がっていくが、ジェットスライガーの力にほぼ拮抗してみせた。

 

「ご苦労様」

 

 力勝負に興味の無いデルタは、デルタムーバーでメタルゲラスの顔面を撃った。射撃の衝撃により力が緩み、メタルゲラスは再び撥ねられる。

 足元まで転がって来たメタルゲラスを王蛇は無慈悲に蹴飛ばして前に出る。

 

「本当に楽しいなぁ。ライダーの戦いってのは!」

 

 王蛇は心底楽し気な様子でデッキからカードを抜く。

 

「これを使えば、もっと楽しくなるかぁ?」

 

 ベノバイザーにセットされたカードが、その効果を告げた。

 

『UNITE VENT』

 

 ベノスネーカー、エビルダイバー、メタルゲラスが一箇所に集い、光を放つ。光は一つとなって異形の怪物が誕生した。

 胴体はメタルゲラスだが、首から上はベノスネーカー。尾もまたベノスネーカーのものとなっている。ベノスネーカーの頭部はメタルゲラスの頭部と合体しており、顔の上半分はメタルゲラスのものとなっている。エビルダイバーは背中に張り付き、ヒレの部分を変形させて両翼となっていた。

 三体のミラーモンスターを文字通り融合(ユナイト)させたキメラ。複数のミラーモンスターを使役している王蛇だからこそ使える特権──獣帝ジェノサイダー。

 

「うわぁ……気持ち悪いなぁ……」

 

 彼には珍しく素直な嫌悪を吐く。異なる生物が無理矢理一つにされた様に本能的な忌避を抱いていた。

 

「気持ち悪いから……消しちゃお」

 

 デルタはジェットスライガーの操縦席でパネルを操作する。すると、フロントカウルが左右に展開する。展開されたそれは発射装置となっており大量の小型ミサイルが設置されていた。

 

「愉快な玩具だなぁ」

 

 大量のミサイルに狙われている状況でも王蛇は笑う。同時に大量の火器を使うことで、やはりデルタは例の人物と似ていると再認識する。

 

『ADVENT』

 

 ジェノサイダーのアドベントカードをベノバイザーへセット。ミラーモンスターを召喚する効果のカードを既に召喚されているジェノサイダーに使用するのは無意味に思えるかもしれないが、これにより王蛇が許可しない限りジェノサイダーはミラーワールドへ帰れず現実世界に召喚され続ける。

 

「バイバイ」

「やれ」

 

 ジェットスライガーからミサイルが一斉発射。ジェノサイダーは毒液ではなく半透明のエネルギー波を吐き出す。

 ミサイルとエネルギー波が接触したとき、異なる力が混ざり合って大爆発を引き起こす。

 結果、廃工場の天井は突き破られ、空に向かって巨大な火柱が上がった。

 




初戦から大盤振る舞いしてみました。
次はどんな戦いになるのかお楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天を制する者

「あーあ……」

 

 見上げた先には木々の枝が多くの葉が重なりながらもその隙間から空と太陽が見える。デルタは仰向けになりながら詰まらなそうにそれを眺めていた。

 王蛇と大火力をぶつけ合った結果、爆発によって廃工場から少し離れた場所にある雑木林まで吹き飛ばされていた。デルタの傍には横転したジェットスライガーもある。爆風の衝撃はジェットスライガーを盾にして防いだおかげで軽傷で済んだ。

 しかし、それよりも問題なのはデルタの心情である。

 彼は自分の強さに揺るぎない自信を持っていた。どんな相手が来ようとも勝つ自信があったし、実際に勝ってきた。だが、今日少しだけその自信が揺るがされる。倒そうと思っていた王蛇が倒せなかった。これはデルタのプライドに深い傷を付ける。

 今すぐにでも見つけて決着をつけたいところだが、デルタの耳には人々のざわめきと救急車や消防車のサイレンの音が聞こえていた。いくら人気の無い場所であっても大きな廃工場を完全に消し飛ばす程の爆発が起これば騒ぎになる。デルタとて人が集まる中で戦う気にはなれない。

 デルタは仰向けの体勢のままベルトを外し、放り投げる。変身は解除され、少年の姿に戻った。

 

「やってくれるねぇ……」

 

 声は平坦であったが、並々ならぬ激情を秘めているのは分かる。何故ならば少年を中心にして周囲の草木が灰となって崩れ始めたからだ。元々ある程度しか制御出来ない能力──というよりも現象に近いかもしれない──だが、少年の精神の猛りに反応して箍が外れており、地面を伝って周囲に能力の影響を及ぼしていた。このままいけば数分も待たずに雑木林は灰の更地に変わる。

 徐に少年は体を起こす。普段通りのぼんやりとした表情になっていた。

 

「──まあいいか、次で」

 

 少年はあっさりと切り替えた。元々、飽き性ですぐに興味が他へ移ってしまう性格によるものがあるが、彼にとってのある事実が尊大な自尊心を保たせる。

 

「まだ本気で戦ってないし」

 

 幼稚な負け惜しみのように聞こえるかもしれないが、れっきとした事実である。少年にとってデルタのベルトは玩具。彼はまだ本当の力も姿も見せてはいない。

 少年は立ち上がり、デルタのベルトを拾ってからフラフラと歩き出す。数歩進んだ後、不意に振り返った。

 

「──次は倒す」

 

 本性を剥き出しにした低い声。視線を向けた先にいるかもしれない王蛇に向け、少年──北崎は再戦と打倒を宣言した。

 偶然か、それとも本能で感じ取ったのか北崎が視線を向けた数百メートル先で王蛇が北崎と同じように大の字になって空を仰いでいた。

 周囲は雑草が伸び放題になっており、それが王蛇の姿を隠す。

 王蛇も爆風で吹っ飛ばされていたが、ジェノサイダーの背後に居たので衝撃を軽減させることが出来た。

 姿が見えないジェノサイダーはというと、吹き飛ばされている最中に反射物に接触し、これ幸いにとミラーワールドへ戻ってしまっていた。契約者である王蛇のことを放って。

 ミラーモンスターにも性格が存在しているが、王蛇と三体のミラーモンスターとの関係はハッキリ言って悪い。ベノスネーカーは狂暴な性格であり、王蛇に従うのはあくまで契約したから。メタルゲラスとエビルダイバーは本来の契約者を王蛇に殺害されているので殺意すら抱いている。今も何処かで潜みながら、王蛇が死ぬのを願っているかもしれない。

 

「あぁ……」

 

 王蛇の体から粒子らしきものが煙のように立ち昇っていくとガラスが砕ける音と共に王蛇の意志とは関係無く変身が解除される。

 浅倉の言うライダーは本来ミラーワールド内で戦う為に造られた。しかし、ミラーワールドは生者を拒む。ライダーの力を纏っていても制限時間が設けられており、それを過ぎれば消滅してしまう。

 浅倉が現実世界でライダーの力を用いて戦ったのはこれが初めてだが、現実世界でも制限があることを初めて知る。これは、ライダーの力がミラーモンスターの力を借りているからであった。消滅することは無いが、制限時間を経過すれば強制的に変身解除が行われる。

 だが、今の浅倉にとってはそんな事実などどうでもいいこと。

 戦いを堪能出来た。それにより裡にあったイライラも全て吐き出すことができ、久々に爽快な気分であった。ライダー同士で戦う機会は何度かあったが、その度に邪魔が入るのが浅倉にとっても苛立ちを吐き出し切れない原因である。特にお節介で浅倉すら認める馬鹿な男には何度も邪魔をされた。

 勝負の決着がつかなかったことに対して不満が無いと言えば嘘になるが、逆に言えばまた戦うことが出来るということ。どちらかが死ぬまで何度でも戦えばいい。

 人や車が集まってくる気配がする。浅倉は凶悪そうな笑みを浮かべながらこの場から去ることにする。

 下手に見つかって折角の気分を台無しにされたくない。

 こうして浅倉と北崎の初戦は形だけ見れば引き分けという結果に終わった。しかし、両者の心情から察するにどちらの勝ちであるかは言うまでもない。

 

 

 ◇

 

 

 バー・クローバー。店内に居るのは三人の男女。一人は北崎であり、何を考えているのか分からない表情で虚空を見上げている。

 北崎から数席離れた位置に座り、詩集を読む青年。軽いパーマがかけられた頭髪に眼鏡を掛けた知的さと同時に神経質さを感じさせる彼の名は琢磨逸郎。

 二人が掛けたカウンター席の向かい側に立つ妖艶な女性。バー・クローバーのオーナーでありバーテンダーも勤めている影山冴子。

 三人はラッキー・クローバーと称される特別な地位に立つ存在である。もう一人、新参の澤田という青年がいるが今は不在であった。

 

「どうしたの? 北崎君。さっきからずっとその調子よ?」

 

 ボーっとしている北崎に影山が声を掛ける。

 

「……冴子さん。北崎さんのあの態度は普段通りかと」

「そう? 何だか機嫌が悪そうに見えるのだけど」

 

 様子を尋ねる冴子に琢磨は詩集を閉じて声を抑えて言う。確かに北崎は普段からぼんやりとした態度が目立つが、影山にはいつもと少し違って見えた。

 

「ちょっとねぇ……今日は少し不機嫌なんだぁ」

 

 北崎が反応し、影山の目が正しかったことを肯定する。

 

「そうなの? 北崎君、何か嫌なことがあったの?」

「実はねぇ……今日、鏡の中の世界に行ったんだけど──」

 

 北崎の突拍子も無いセリフに影山は目を丸くし、琢磨──」

 

「くふっ……! 鏡の世界って……ひっ!?」

 

 思わず吹き出してしまった琢磨であったが、いつの間にか隣に座り、瞬きもせずに顔を覗き込んでいる北崎に気付いて短い悲鳴を上げてしまう。

 

「琢磨君……何が面白かったの……?」

「き、北崎さんが、きゅ、急に鏡の世界なんて言い出すから……」

「酷いなぁ……僕が嘘を吐いているって言うの……?」

「そ、そういう訳じゃ……」

「やだなぁ……僕の言うことが信じられないの……?」

 

 北崎の顔がどんどん近付いてくる。琢磨はそれから逃れようと落ちそうになるぐらい椅子の端に移動する。

 詰め寄る北崎。顔を蒼くして冷や汗をかく琢磨。これだけで二人の力関係が分かってしまう。

 

「し、信じない訳じゃないですが……もしかしたら、夢の中ことかもって……あがっ!?」

 

 北崎はいきなり琢磨の頬を抓る。ペンチで絞られるような激痛もあるが、それよりも抓った箇所が灰になり零れ出していた。

 

「ひゃ、ひゃめてくらはい! ひ、ひ、ひはさきさんっ!」

「琢磨君が夢って言うから確かめているんだよぉ? 痛い? ねぇ? 痛い?」

 

 自分では無く相手に痛みを与えて確認するという理不尽。北崎も分かっていて琢磨を虐めている。

 

「ひはいっ! ひはいっ! ひはいでふからっ!」

「北崎君。そこまでにしてあげたら? 私は北崎君の言うことを信じるわ。是非、聞かせて欲しいわ、鏡の世界のお話を」

 

 見かねて影山が助け舟を出す。北崎は影山に言われてあっさりと指を放した。

 

「ほらぁ……冴子さんは僕のことを信じてくれた……ダメだよぉ、琢磨君。すぐに人を疑うのは」

「き、肝に銘じておきます……」

 

 抓られた所を擦る琢磨。頬が灰色に変色しているのが痛々しく見えるが、逆に言えばそれだけで済んだということ。北崎がその気になれば人間一人一秒ぐらいで灰に出来る。そう考えれば琢磨という人物が只者でないことが分かる──そう見えないかもしれないが。

 

「鏡の世界、響きだけならロマンチックね。北崎君の話、村上君にも聞かせてあげたかったけど」

「そういえば……居ないね……」

 

 村上と呼ばれる人物が不在なことに北崎は今更気付く。

 

「村上君は今日来る予定だったけどキャンセルになったの……どうやらスマートブレインにネズミが潜り込んでいて、それを退治にするのに忙しいみたい」

「へぇ……ネズミ……」

 

 北崎は一旦琢磨から顔を離す。興味が影山の話題に惹かれつつある。

 

「……命知らずですね。スマートブレインをスパイするなんて」

 

 気を取り直した琢磨がずれた眼鏡を掛け直しながら言うが、その指はまだ震えていた。

 

「スパイ退治か……何だか面白そう……」

 

 北崎は薄っすらと笑みを浮かべ、興味の対象が完全にそちらへと移った。

 

「村上さんも水臭いですね。こういうときこそ我々ラッキー・クローバーの力を使うときでは?」

 

 これ幸いにとスパイの話で話題を広げようとする。

 

「スマートブレイン内のことだし、バレないように内密に終わらせたいみたい。それに琢磨君も分かっているじゃない」

「はい?」

「私たちは村上君の部下じゃなくて協力者。村上君が私たちに協力を頼まない以上私たちは動く必要はないわ」

「それは……そうなんですが……」

 

 琢磨は横目で北崎を見る。北崎は再び琢磨の顔を凝視していた。

 

「やだなぁ……琢磨君。琢磨君が余計なことを言ったせいでダメになっちゃったじゃないかぁ……」

「わ、私の責任じゃ──」

「ねぇ……代わりに何か面白いことをしてよ……ねぇ……」

 

 琢磨を威圧する北崎。琢磨は完全に呑まれて声も出せない。

 影山はやはり北崎の様子が少しおかしいと感じていた。いつも以上に琢磨へ絡んでいる気がする。

 あの北崎の心情に大きく影響することが起こった。それがもし鏡の世界というものに関係があるとしたら。半信半疑の影山であったが、北崎の話に興味が強まる。

 取り敢えず北崎の気が済むまで放っておき、後で話を聞くことに決めた。

 琢磨は暫しの間、地獄のような時間を送ることが決定した。

 

 

 ◇

 

 

 その男は大事な仕事を終え、足早に帰っていた。男は三十代前後の、探せば何処にでもいそうなこれといった特徴の無いスーツ姿のサラリーマンであった。

 日が落ちてすっかり暗くなった道。人の通りが少なく民家も多くないので街灯も少ない。

 暗い道を脇目も振らず、一定の歩幅で歩き続ける。

 

『やあ』

 

 急に声を掛けられ、男は反射的に足を止める。振り返ると街灯が照らす光の向こう側に人影があった。

 

『急いでいるところ済まないが、君に用があるんだ』

 

 若い声が英語で話し掛けて来る。ネイティブな発音からして外国人と思われた。

 話し掛けられた男は黙ったままであった。

 

『あー……』

 

 声の主は何か一人で納得したような声を出す。

 

「こっちの方が良かったかな?」

 

 若干のイントネーションの違いは感じられるがちゃんと聞き取れるレベルの日本語を話し出す。男に英語が通じないと思ったのかもしれない。

 

「それで、君に話があるんだ」

 

 影が一歩前に出ると上半身が街灯で浮かび上がる。歳は二十代前半。茶髪の長髪であり、黒のタンクトップを着て、首からドッグタグを下げている。流暢な英語を喋るが顔立ちが日本人とあまり変わらないことからアジア系の外国人の可能性が高い。

 

「……何でしょうか? 私は急いでいるんですが?」

「盗んだ情報を届ける為にかい? 

 

 男の目が見開かれる。

 

「お前、まさか……!」

「僕は君たちみたいな連中を掃除するのが仕事なんだ」

 

 青年は笑いながらもう一歩前に出る。街灯の下に出ると全身が露わになる。下は膝下丈のハーフパンツを着用し、全体を見るとスポーツマンの印象を受ける。だが、男はそんなことよりも注目している物があった。

 中央に接続部が設けられた銀色のベルト。両サイドにはコバルトブルーの装飾が施されている。

 

「何だ……それは……!? ベルトは……三本じゃなかったのか……!?」

「ああ。そこまで調べ上げていたのか……尚更生きて帰せないね」

 

 すると、男の顔に紋様が浮かび上がり全身が変化する。

 全体が丸みのあるフォルムをした燕に似た怪人──スワローオルフェノクと化すと両手を翼に変えて飛び立ち、逃げる。

 

「やっぱり、オルフェノクか……」

 

 青年は笑い、一台の携帯電話を取り出す。折り畳まれたそれを開き、番号『315』を入力。

 

『ゲーム開始といこうか』

『Standing by』

 

 携帯電話を閉じ、真上に放り投げて向き変えた後にキャッチする。

 

『変身!』

『Complete』

 

 

 ◇

 

 

 スワローオルフェノクは飛ぶ。全速力で飛ぶ。あの追手から逃げ切れたのならスワローオルフェノクは大金を約束されていた。

 死にたくはないし、金も欲しい。ただその一心で逃げる。

 

『それが全力かい?』

 

 あり得ない声が頭上から聞こえた。スワローオルフェノクは恐怖に慄きながら顔を動かして背後を見る。

 そこにはスワローオルフェノクと平行して飛んでいる白い魔人が居た。

 丸みを帯びた白を基調とした全身の装甲。腕や肩、脚などに伸びるコバルトブルーのライン。胸部には桃に近い紫のコアが嵌め込まれており、それがコバルトブルーのラインで囲まれる。頭部にある複眼も紫であり、コバルトブルーのラインで覆われている。その形はギリシャ文字のΨに似ており、胸部も同様であった。

 背部にはU字型の飛行用のユニットを装着しており、それが白光と白煙を出しながら飛翔する力を生む。

 得意とする空へと逃げたのがスワローオルフェノクの最大の不運であった。

 空こそが彼の独壇場。天の帝王である仮面ライダーサイガの領域である。

 




三人目のライダーであるサイガ登場回となります。英語が書けないので「」と『』の区別で勘弁して下さい。
レオに関してはかなりオリジナルな設定を入れていく予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蛇の襲来

「どうしたんだい黙って? 散歩は会話も楽しまないと」

 

 スワローオルフェノクの背後にピタリと張り付きながら飛行するサイガ。スワローオルフェノクが全速力で飛んでいるのに対し、サイガは余裕があり軽口まで言ってくる。

 この時点でスワローオルフェノクは逃げ切れないことを悟った。サイガから逃れるには戦うしかない。

 

「くっ! 落ちろ!」

 

 スワローオルフェノクの両足から青い炎のようなエネルギーが放たれると、それが物体化する。爪先からブレードが伸びた具足が装着されており、スワローオルフェノクは両翼を翻して背後目掛けてブレードで斬りかかる。

 だが、その攻撃は空振りに終わった。

 

「どこを狙っているんだい?」

 

 声は後ろから聞こえた。いつの間にかサイガが後ろへ回り込んでいる。

 

「ぬうっ!」

 

 再び斬りかかるがやはりサイガはいない。

 

「ダンスの練習かい? 生憎、僕はパートナーにはなれないよ」

 

 揶揄う声が背面から掛けられる。反応と速さがスワローオルフェノクと段違いであった。

 

「ふざけるなぁぁぁ!」

 

 馬鹿にされることとサイガへの恐怖から余裕のない叫びを上げ、声の方へ滅茶苦茶に攻撃する。だが、その攻撃はどれも外れてしまった。

 

「はぁ……」

 

 呆れた溜息が頭上から聞こえた。サイガは既にスワローオルフェノクよりも高い位置に移動している。

 

 

「結局君も──ただのオルフェノクか」

 

 見下すような発言と共に飛行ユニット──フライングアタッカーに接続されてある左右の操縦桿を操作。フライングアタッカーの両サイドが可動して水平になる。

 先端に付けられた銀の筒。それが銃口であると理解したときには、そこからコバルトブルーの光弾が左右一発ずつ発射されていた。

 

「ぎゃあっ!」

 

 両翼が撃ち抜かれ、スワローオルフェノクは叫び声を上げた。命中箇所は綺麗な円形が作られており、穴の周囲は光弾のエネルギーにより青白い炎で燃えている。

 飛行能力を失い空中でバランスを崩し始めるスワローオルフェノク。

 

「フリーフォールは好きかい?」

 

 サイガは冗句と共にスワローオルフェノクの延髄に蹴りを打ち込んだ。

 スワローオルフェノクは地面目掛けて勢い良く落下していき、急所を蹴られたせいで意識が半ば飛びかけていたせいもあり、体勢を立て直す暇も無く地面へ叩き付けられる。

 スワローオルフェノクが落下したのは河川敷であった。時間も時間なだけに周囲には人気が全く無い。

 

「う、ぐ……」

 

 スワローオルフェノクは半死半生で辛うじて生きていた。しかし、逃げる力は残されていない。

 横たわるスワローオルフェノクの傍にサイガが降り立つ。

 

『楽しかったかい?』

 

 質の悪い冗談を言いながらサイガはベルト──サイガドライバーに触れ、セットされてある携帯電話──サイガフォンを外す。

 開いて『103』の番号とENTERキーを押して上部を真横に倒す。

 

『Single Mode』

 

 アンテナに見立てたマズル。下部側面のトリガー。それだけでサイガフォンが既に携帯電話ではないことに気付くだろう。サイガフォンは光線銃フォンブラスターとなっていた。

 動けないスワローオルフェノクへサイガはフォンブラスターを突き付けながら問う。

 

「同じオルフェノクとしてのよしみだ。遺言ぐらいなら聞いてあげるよ?」

 

 慈悲としても見えるが、余裕から来る傲慢な態度にも写る。どちらが正しいのかはサイガにしか分からない。

 

「お、俺が……」

「うん?」

「俺が……死んでも……まだ……別の……誰かが……お前たちを……狙う……」

 

 死に行く者が最期に残すのは呪詛。お前たちの未来に明るい光は無いという呪い。しかし、サイガはそれを笑って受け止める。

 

「それは良かった。退屈しなさそうだよ──グッバイ」

 

 トリガーを引くとフォンブラスターから一筋の青い光線が発射され、スワローオルフェノクの眉間を撃ち抜く。

 スワローオルフェノクの体は一瞬ビクリと跳ねた後、青い炎と共に灰と化す。

 既にスワローオルフェノクから視線も興味も離れていたサイガは、フォンブラスターを元のサイガフォンへ戻す。その際に体が一瞬青く発光し、変身が解ける。

 サイガフォンを操作し、ある番号に電話を掛ける。数コールの後に相手へ繋がった。

 

『はぁい。お姉さんですよー』

 

 電話の向こう側から可愛さを作ったような女性の声が聞こえてくる。

 

「やあ、レディ。相変わらず可愛らしいね。仕事は終わったよ」

 

 その声を気にすることなく普通に話を続ける。

 

『流石はレオ君ね。相変わらず仕事が速くて確実! お姉さん、拍手を送っちゃいます! パチパチパチ!』

 

 口でパチパチと言うレディと呼ばれた女性。ここまで来ると馬鹿にしているように感じられるが青年──レオは笑顔でそれを受け止める。

 

「ありがとう、レディ。このまま帰ってボスに報告するよ」

『はぁい──あっ、ちょっと待ってくださいね』

 

 電話から離れて誰かと会話している。レオが言ったボスと思しき人物と考えられる。

 少し間を置いた後に電話から声が聞こえた。それは女性ではなく男性のもの。

 

『ご苦労様でした、レオ』

「やあ、ボス」

『今日はもう遅いので報告は明日受けとります。君はもうゆっくりと休んで下さい』

「そうかい? なら有難く休ませてもらうよ」

『君と君に与えたベルトは上の上。また活躍してくれることを期待していますよ』

「サンキュー、ボス。じゃあお休み」

 

 レオはサイガフォンを切る。

 レオがボスと呼び、そしてラッキー・クローバーの面々が出していた名の人物こそ──村上峡児。レオが忠誠を誓う人物である。社長という肩書きを持ち、レオが属している組織──スマートブレインの頂点に立っている。

 ラッキー・クローバーもスマートブレインに属しているが、あくまで協力者という対等な立場。一方でレオは逆に村上個人にのみ絶対の忠誠を誓っている。ラッキー・クローバーの面々は強い力を持つ反面我が強い。時と場合によってはそれが依頼の邪魔になる。

 その為、村上は自分の命令に絶対に従う部下を何名か持っている。レオはその中の一人であった。

 レオはその中でも自分が最強であると自負しているが、彼らの忠誠心の高さは自分に匹敵すると評価している。

 

『──さて』

 

 レオは夜空を見上げる。ここら辺りは建物や民家の明かりが少ないので星が良く見える。

 サイガで一っ飛びすればすぐにスマートブレインが与えてくれたマンションにすぐに着くが、急ぐ理由も無いのでレオは夜空を眺めながら帰路へ着いた。

 

 

 ◇

 

 

 昨日はデルタとの戦いで苛立ちを解消出来た浅倉。そんな今の彼はというと──

 

「あぁ……イライラする……!」

 

 苛立ちのまま近くの壁に頭をぶつけていた。

 晴れやかな気分も一日経てば元通りになってしまう。浅倉の抱える慢性的な苛立ちは病と変わらなかった。

 ゴツゴツと一定の間隔で頭を打ち付ける浅倉。痛みを与えるか与えられない限り浅倉の苛立ちは緩和しない。

 戦える相手も近くにいない。戦える場所を教えてくれる相手もいない。浅倉の苛立ちは積もり続ける。

 浅倉は戦いを求める。それこそ昨日のデルタと行ったような戦いを。だが、浅倉は北崎の顔は知っているが名前は知らない。浅倉が知っているのはデルタという仮面ライダーと──そこまで思い返して浅倉はもう一つ情報があったことに気が付いた。

 

「行ってみるかぁ……」

 

 数少ない手掛かりにより浅倉は目的を定める。

 

 SMART BRAIN

 

 日本屈指の大企業であり食品から医療、電子技術などの幅広い業種に事業展開している巨大複合企業である。まず一般人ならば知らない者はいないだろう。

 スマートブレインはそれに相応しい高層ビルを本社としている。

 それに務める者たちも男女共にキッチリとしたスーツ姿であり、身嗜みを整えてある。

 だからこそ浮いてしまう。蛇柄のジャケットを着た、見るからに柄の悪そうな男──浅倉が。

 誰もがその恰好に眉をひそめているが、それだけ。スマートブレイン本社に合わない異物なのは分かっているが、その内警備員が何とかするだろうと放置していた。

 浅倉は周囲の視線など気にする素振りも見せず、スマートブレイン本社入り口前まで来る。

 

「ちょっと待ってください」

 

 すんなりと入れる筈も無く、見るからに不審者の浅倉は警備員によって止められる。

 

「何だ?」

「ご用件は?」

「お前に言う必要があるのか?」

「生憎ですが、部外者──」

 

 警備員が最後まで言う前に浅倉は警備員の両肩を掴む、上半身を下へ引っ張ると同時に膝で腹を突き上げる。

 突然の暴力により蹲る警備員。浅倉は蹲っている警備員の横っ腹を手加減無しで蹴り飛ばす。

 

「俺をイラつかせるな……!」

 

 嫌な音を立てて転がっていった警備員。白目を剥いて痙攣をしている。

 浅倉の凶行に誰もが言葉を失ってしまった。真面目に生きている限りまず見る機会が無い本物の暴力に皆がショック状態になってしまう。

 それは他の警備員も同じであり、同僚がやられたのを見て唖然としている。

 浅倉は警備員の襟を掴んで頭突きを顔面に打ち込む。立て続けに三度打ち込んだ後、殴り飛ばして地面へ叩き伏せる。

 この時点で周囲の人々の理解が現実に追い付く。反応は二通り。悲鳴を上げるか、浅倉から逃げるかのどちらかであった。

 浅倉は男女の騒々しい声にイラつきながらもスマートブレイン社内へ入る。外の騒ぎに足を止めていた社員は、浅倉が入って来てギョッとした表情となる。

 浅倉は真っ直ぐ受付に向かう。日頃から営業用の笑顔を浮かべている受付嬢も浅倉の前では笑顔など浮かべる余裕は無く、顔面蒼白となっていた。

 

「おい」

「ひぃ!」

 

 浅倉から声を掛けられ、その受付嬢は声を裏返させる。周囲に助けを求めように視線を送るが、誰も目を合わせてくれない。

 

「社長はどこにいる?」

「あ、あの……」

 

 浅倉の圧のせいで震え、喋ることが出来ない。

 

「どこだ?」

 

 更に一歩踏み出し、受付カウンターに身を乗り出してくる。浅倉の顔が近付いてきたことで受付嬢は殆どパニック状態になっていた。

 そのとき、騒ぎに駆け付けた警備員の一人が背後から浅倉を捕まえようとする。

 一瞬灯る希望の光。

 だが、浅倉はその動きを読んでいたのか横へ移動してあっさりとそれを回避。警備員はカウンターに突っ伏してしまう。

 浅倉は警備員の頭を掴み──

 

「何処だっ!」

 

 カウンターに顔面を叩き付ける。

 

「社長は何処だ!」

 

 再び顔面を叩き付けられる警備員。

 

「言えっ! 何処だぁぁぁぁぁ!」

 

 何度も何度も受付嬢の目の前で警備員がカウンターに叩き付けられる。持ち上げる度に警備員の顔は変形していき、血の赤と歯の白が飛び散っていく。

 

「しゃ、社長は! 社長室にっ!」

「どうやって行く!」

「そ、そこの、エレベーターで、さ、最上階に!」

 

 場所と行く方法を聞き出すと警備員の頭から手を離す。警備員はカウンターに顔を付けたまま動かない。

 

「あれだな」

 

 浅倉が離れると精神が限界を迎えたのか受付嬢は気絶してしまう。

 恐怖と戸惑いに満ちた空気。そのとき、誰かが気付いてしまう。

 

「あ、あいつって……あ、あ、浅倉じゃないか?」

「浅倉……浅倉威っ!?」

「脱獄囚の!?」

 

 そこから先は先程の比でないパニックが起こる。誰もが喚きながら我先にとスマートブレイン社の外へと逃げていく。蜂の巣をつついたようとは正にこれのこと。

 妨げる者を押し退け、阻む者を罵り、逃げ遅れた者を見捨て、転倒した者を踏み付ける。浅倉によりスマートブレイン社内が地獄絵図と化す。

 その絵図を作った浅倉は、一切興味を示さないまま社長室へ向かう為にエレベーターへと乗った。

 

 

 ◇

 

 

 凶悪犯として悪名轟く脱獄囚浅倉が白昼堂々スマートブレインに乗り込んできた。晴天の霹靂のような報告であった。だが、決して悪ふざけではないことは上にも聞こえてくる騒ぎで分かる。

 すぐに数名の者たちが浅倉を撃退する為にエレベーターへ向かっていた。何の為に社長に会おうとしているのか理解不能だが、決して浅倉などという犯罪者を社長室へ行かせないという強い意志の下で行動している。

 エレベーターの階数が上がってきているのが見えた。社員の一人がすぐにボタンを押す。

 

「この階で浅倉を仕留める!」

 

 強い殺意を示すと周りも同意とばかりに頷いた。

 間もなくエレベーターが到着する。戦闘に立っていた男の顔に紋様が浮かぶ。それはあのヘッジホッグオルフェノクが変身前に見せたときと同じ現象であった。

 オルフェノクたちが属するスマートブレインに乗り込んできた命知らずに報いを与えることに息巻く男。

 エレベーターが到着し、扉が開く。

 

「浅──」

 

 開くと同時にベノスネーカーが飛び出し、男の顔面に噛み付くと男をエレベーター内へと引き摺り込んでしまった。

 突然のことに呆然としてしまう他の社員たち。すると、扉の陰から浅倉が出て来る。

 

「お、お前! あいつを何処にやった!?」

「何をした!? 何だったんだあれは!?」

 

 社員たちが驚くのも無理も無い。それ程広くない筈のエレベーター内には浅倉しか居らず、先程の巨大な蛇も男の姿も見当たらない。

 

「さあな」

 

 惚ける浅倉であったが、彼には見えていた。ミラーワールド内のエレベーターで男がベノスネーカーの毒液によって溶かされている様子が。

 

「そんなことよりお前ら……デルタを知っているか?」

 

 社員たちの体が硬直するのが分かった。それだけで答えとしては十分。

 

「知っているか……当たりだったな」

 

 浅倉は自らの勘が当たったことにほくそ笑む。

 

「知った所で生きて帰れると思うなっ!」

 

 社員たちの顔に紋様が浮かび上がる。多対一の状況の中で──

 

「おまけも付いているのか……楽しくなってきたな……!」

 

 ──浅倉は寧ろ愉快そうに笑い、カードデッキを構えた。

 




次回、浅倉VSスマートブレイン


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

上の上たち

 スマートブレイン社内は非常に清掃が行き届いていた。チリ一つ落ちてなく、床や壁、天井なども綺麗にされている。そう、それこそ顔が映ってもおかしくないぐらいに。

 皮肉にも綺麗過ぎるせいで浅倉の変身条件は容易に満たされてしまっていた。

 カードデッキを構えた浅倉の姿が、数多にある反射物のどれかに映し出される。その瞬間、浅倉の腹部のベルト──Vバックルが装着された。

 

「変身!」

 

 ポーズと共にカードデッキがVバックルに装填され、浅倉は王蛇へと変身する。

 

「な、何だと!?」

「新しいベルトだと!?」

 

 ヘッジホッグオルフェノクと似たような反応をする社員たちに王蛇は詰まらなそうに言い放つ。

 

「その反応は飽きた」

 

 王蛇が動き出す。社員たちも応戦する為に姿を異形に変える。

 蛾に似たモスオルフェノク、ヤモリの特徴を持つゲッコーオルフェノク、クラゲのような姿をしたジェリーフィッシュオルフェノク。三体のオルフェノクが王蛇の行く手を阻む。

 

「あぁ……俺を楽しませられるか?」

 

 首を軽く回しながらオルフェノクたちを挑発する。ヘッジホッグオルフェノクが期待外れだったのでそこまで期待はしていないが、数が揃えばそれなりに楽しめるだろうと踏んでいた。

 

「ほざけっ!」

 

 先手必勝と言わんばかりに仕掛けたのはモスオルフェノク。背中から灰色の羽を広げて羽ばたかせる。光に反射してキラキラと輝く鱗粉が王蛇へと飛ばされる。

 王蛇は鱗粉の射線から横へ移動して避ける。

 

「あぁ……?」

 

 しかし、完全には回避し切れず少量の鱗粉が腕に付着した。次の瞬間、鱗粉が爆ぜる。

 

「うっ!?」

 

 爆発性を秘めた鱗粉により腕部の装甲から煙が立ち昇る。装甲を破壊する威力は無かったが、衝撃は中に通っていた。

 腕部に生じる痛み。王蛇の中で怒りと苛立ち、そして戦いをしている実感と爽快感が生まれ負の感情が相殺される。

 

「ははぁ! 良いぞぉ!」

 

 王蛇は走り出しながらベノバイザーにデッキから抜いたカードを入れる。

 

『SWORD VENT』

 

 反射物から飛び出してきたベノサーベルに驚くオルフェノクたち。今まで見たこともない現象なので仕方のないことであった。

 だが、驚きつつもモスオルフェノクは鱗粉を飛ばす。今度は避けられないように範囲を広げる。

 通路のどこにも逃げ場の無い状況。すると、王蛇は通路に張られてある窓ガラスへと触れた。

 王蛇が吸い込まれるようにして窓ガラスの中に消え、飛んできた鱗粉を避ける。

 

「何!?」

「どういうことだ! ガラスの中に!?」

「何なんだ!? 何が起こったんだ!?」

 

 ミラーワールドもそれを行き来出来るライダーの力も知らないオルフェノクにとっては、最早理解不可能な現象。混乱してしまうのも無理もない。しかし、王蛇は悠長に混乱している時間を与える程気は長くない。

 

「はっはぁー!」

 

 モスオルフェノクの傍にあったガラス窓から飛び出してきた王蛇が、モスオルフェノクの脇腹にベノサーベルを叩き付ける。

 不意を衝かれた一撃によりモスオルフェノクは倒れる。

「ぐあっ!?」

 

 居なくなったと思ったら死角から急に現れた王蛇。ミラーワールドを移動して現実世界に戻ると同時に攻撃したという単純な原理だが、その知識を持たない彼らからすれば王蛇がワープしてきたように見える。

 

「貴様!?」

 

 仲間をやられたゲッコーオルフェノクが怒りを露わにして王蛇へ殴り掛かる。

 

「はっ!」

 

 真正面から挑んで来たゲッコーオルフェノクを鼻で笑いながらベノサーベルを横薙ぎに払った。ゲッコーオルフェノクの首を狙うベノサーベル。当たる直前にゲッコーオルフェノクは跳び上がる。

 降りてきた所を狙おうと王蛇はベノサーベルを切り返そうとするが、着地するまでに妙な間が生じた。

 不自然に思い、王蛇が上を見上げるとゲッコーオルフェノクが天井に手足を付けて張り付いている。

 ヤモリらしい特性で王蛇の攻撃のタイミングを外させると同時に自分への注意を向けさせた。そこへすかさずジェリーフィッシュオルフェノクが編み笠のような頭部から生えている触手を一斉に伸ばす。

 触手がベノサーベルに絡み付き、動きを止める。このまま王蛇の武器を奪おうと触手に力を込めるが──

 

「これが欲しいか?」

 

 ベノサーベルの持ち手を変えると、王蛇はベノサーベルをジェリーフィッシュオルフェノクへ投げつけた。

 

「やるよ」

「うがっ!」

 

 武器を自ら手放すという思い切りの良さに、ジェリーフィッシュオルフェノクは反応出来ずにベノサーベルの切っ先を肩に受けてしまう。ジェリーフィッシュオルフェノクは肩を押さえてしゃがみ込んでしまう。

 しかし、ダメージと引き換えに王蛇は武器を失った。これで痛み分け──と思っていた。

 王蛇はすぐさまカードデッキから新たなカードと抜き取り、ベノバイザーへ挿入。

 

『SWING VENT』

 

 またも反射物から出て来る輪状の赤い物体。王蛇の手の中に自動的に収められる。

 王蛇の握る柄から先は節にように幾つも連なっている。王蛇が指を緩めると節が垂れ、節の先端からは細長い縄状になっている。

 エビルダイバーの尾を模した鞭──エビルウィップを装備した王蛇は、天井に向けエビルウィップを振り上げた。

 

「ぎゃあ!」

 

 ピシン、という空気を叩く音とゲッコーオルフェノクの悲鳴がほぼ同時に上がる。高速に達したエビルウィップの先端に背中を打たれ、その激痛に堪らず天井から落ちてくる。

 ゲッコーオルフェノクの背中には深い裂傷が出来ていた。エビルウィップの痛打は叩くのでなく抉る。

 ゲッコーオルフェノクは生まれて一度も体験したことがない痛みに悶絶し、床でのたうち回り続ける。痛みのせいで思考が働かず、自分の置かれている状況を理解出来ていない。

 

「はぁ……」

 

 残虐性を帯びた呼気を放ちながら王蛇はエビルウィップを振り上げる。

 

「させん!」

 

 復帰したジェリーフィッシュオルフェノクが無数の触手で王蛇を襲う。

 

「はっ!」

 

 エビルウィップの狙う先をゲッコーオルフェノクから触手へと変え、エビルウィップの一振りで触手を切り飛ばす。

 

「うっ!」

 

 体の一部を切断されたジェリーフィッシュオルフェノクは、呻きながら後退る。

 王蛇は今度こそ倒れているゲッコーオルフェノクを攻撃しようとするが──

 

「おあああああっ!」

 

 ──倒れていた筈のモスオルフェノクが立ち上がり、王蛇を後ろから抱きついて拘束する。

 

「離せ……! 鬱陶しい……!」

 

 腕を上から押さえられているので王蛇は後頭部をモスオルフェノクの顔面に打ち込む。衝撃でモスオルフェノクの首が後ろへ仰け反るが王蛇を締める腕からは力を決して抜かない。

 

「離すかぁぁぁ!」

 

 必死の叫びを上げるとモスオルフェノクの周囲に鱗粉がばら撒かれる。自爆覚悟で王蛇諸共吹き飛ばそうとする。

 

「地獄へ落ちろっ!」

 

 モスオルフェノクは鱗粉を起爆させ、真紅の爆炎を広げようとしたとき、王蛇は抱きついたモスオルフェノクごと横へ飛んだ。

 その直後に凄まじい爆発が生じ、ガラスや通路、壁などが一気に吹き飛ばされる。

 直撃は避けられたもののかなり近い距離にいたゲッコーオルフェノクとジェリーフィッシュオルフェノクは爆風によって床を転げ回っていく。

 爆発が消え、破壊された通路を見るゲッコーオルフェノクたち。爆心地に王蛇もモスオルフェノクも見当たらなかった。

 

 

 ◇

 

 

「な、何だここは……!?」

 

 モスオルフェノクは突如変わった周囲に戸惑いの声を出してしまう。さっきまで居たスマートブレイン社内の通路だが仲間の姿が見当たらない。爆発が起こり、通路は半壊状態になっているが、爆発の直後とは思えない。焼け焦げるニオイも瓦礫から漂う埃っぽいニオイも無い。それだけでなく本能のようなものが今居る世界が異質なものであると感じ取っていた。

 王蛇は爆発の寸前にモスオルフェノクごとミラーワールドへ入り、現実世界の爆発を逃れたのだ。

 ミラーワールドへ連れ込まれたモスオルフェノクは、自分の今の状況に理解が追い付かずに混乱している。

 

「おらぁ!」

 

 集中出来ず拘束する力が緩んでしまったところに王蛇が背後へ肘打ちを放つ。鋭い肘の一撃はモスオルフェノクの脇腹へ入る。そこは王蛇がベノサーベルで強打した箇所であった。

 

「あがっ!」

 

 痛んでいる箇所を更に痛めつけられ、モスオルフェノクの腕から力が抜けてしまう。王蛇はモスオルフェノクの腕を引き剥がし、振り抜き様にモスオルフェノクの顔を殴り飛ばした。

 

「うぐあっ!」

 

 王蛇はエビルウィップを投げ捨て、デッキからカードを抜く。そのカードにはカードデッキと同じ紋章が描かれている。

 

「あぁ……終わりだ……!」

 

 死刑宣告と共に王蛇はベノバイザーにそのカードを挿入した。

 

『FINAL VENT』

 

 通路の奥から高速で這って現れるベノスネーカー。仲間の一人を襲った怪物の出現にモスオルフェノクは驚愕する。

 王蛇はベノスネーカーの前を、両手を広げ前のめりになりながら疾走。

 二匹の蛇に連携という考えも信頼という関係も無い。あるのは獲物を殺るという本能によって蛇たちの呼吸は不気味な程に揃う。

 王蛇は自らのタイミングで後方へ伸身宙返りをする。ベノスネーカーは合図を受け取った訳でもないのに鎌首をもたげて待ち構えていた。禍々しい思考を持つ者同士だからこそ出来る息の揃え方であった。

 王蛇が眼前に来たときベノスネーカーが毒液を吐き出す。王蛇はその毒液の勢いに乗り、空中を高速で降下。その勢いのままにモスオルフェノクへ飛び蹴り。

 王蛇の右足がモスオルフェノクの胸部へめり込む。モスオルフェノクは苦鳴すら上げる余裕が無かった。何故なら間髪入れず左足が胸へ突き入れられたからだ。

 一撃でも致命傷になりかねない威力。それを二発連続で受けてしまえばモスオルフェノクの命も消える寸前となり、更なる三発目が打ち込まれたときモスオルフェノクは弾き飛ばされながらその命を断たれる。

 王蛇の連続蹴りを浴びせられたスオルフェノクは、宙にいる状態で体から青い炎が噴き出し、落ちる頃には灰となって床へと広がっていく。

 モスオルフェノクを撃破した王蛇は、そこで止まることなく衝動のままに新たなカードをデッキから抜き、ベノバイザーへ挿す。

 

『FINAL VENT』

 

 再び鳴る必殺の音声。

 王蛇は右手を掲げる。どこからともなく飛んできた物が王蛇の右腕に装着される。それはメタルゲラスの頭部を模した武器であり、手から肘までを覆う籠手。先端にはメタルゲラスと同じ角も生えており、刺突にも使える攻防一体の武器──メタルホーン。

 壁を突き破りメタルゲラスも出現する。メタルゲラスは王蛇を一瞥した。その視線には忌々しさが込められているように感じられる。

 メタルゲラスは王蛇の背後に立つ。王蛇は跳躍してメタルゲラスの両肩に両足を乗せ、床と水平になる。その状態からメタルホーンを突き出すとメタルゲラスは王蛇を乗せたまま走り出す。

 鈍重そうな見た目からは想像も付かない足の速さ。一人と一匹で一本の角と化し、一直線に突撃していく。

 目指す先にはモスオルフェノクの爆発により半壊した窓ガラス。そこに映し出されているジェリーフィッシュオルフェノク。

 メタルホーンの先端が窓ガラスに触れると吸い込まれ、ミラーワールドから現実世界へと帰還。同時にジェリーフィッシュオルフェノクにメタルホーンが突き刺さる。

 声を上げる暇も無く貫かれ、一撃で絶命。ジェリーフィッシュオルフェノクは青い炎に包まれるが王蛇とメタルゲラスの突撃により文字通り粉砕された。

 ミラーワールドを知らない者たちからすれば予測も回避も不可能の攻撃である。

 だが、段々とだが王蛇の能力について察し始めてもいた。

 

「ガラス……鏡……? いや、反射物だったら何でも……」

 

 背中に深い傷を負っているゲッコーオルフェノクは、壁にもたれながらブツブツと呟き、これまでの情報を纏めていた。仲間をやられたことはショックだが、せめて何かしらの成果がなければ彼らは無駄死になる。その考えがゲッコーオルフェノクに冷静さを与えていた。

 しかし、その様子が気に入らない王蛇。彼からすれば戦う意志が無いように映っていた。

 ゲッコーオルフェノクが気付く前に彼を潰そうと動き出す。

 せっかく王蛇の謎に近付いたゲッコーオルフェノクだが、辿り着くには時間が足りなかった。

 最早、これまでかと諦めかけたとき──王蛇が止まった。

 

「あぁ……?」

 

 王蛇の視線がゲッコーオルフェノクから外れ、別の何かに向けられる。ゲッコーオルフェノクもまたそちらを見た。

 いつの間にかそこに立っていた男女。バケット帽子にサングラスをかけた中年男性とスーツ姿の黒髪長髪の美女。ゲッコーオルフェノクはその二人を見たとき、自分が助かったことを悟った。

 

「誰だ──」

 

 次の瞬間、王蛇の体から無数の火花が起こり、王蛇を吹っ飛ばす。

 一瞬にして吐かれた十二の弾丸。それを吐き出したのは二丁のリボルバー。それを両手に構えるのはオルフェノク。手足から生える無数の小さな羽根。両肩からは鎌のような刃が生えている。まるでカウボーイハットを目深に被ったような頭部の形状。頭部中央には翼を広げた蝙蝠が刻まれている。

 サングラスの男が変身したバットオルフェノクは油断することなく二つの銃口を王蛇へと向け続ける。

 すると、攻撃に興奮したのかメタルゲラスがバットオルフェノクと美女の方へ突進してきた。

 バットオルフェノクは迎撃するかと思いきや、何故か発砲しない。

 メタルゲラスはそのまま美女に覆い被さり、ミラーワールドへ引き摺り込もうとするが──

 

「この獣が……!」

 

 メタルゲラスが引っ張ろうとしても美女はその場から一歩も動かない。綺麗な顔とは真逆のドスの効いた声を吐く。

 

「村上社長以外が私に触れるな……!」

 

 美女の体が変化すると細身だった体が二倍、三倍近くまで膨れ上がる。

 全身が甲冑のような姿、腰回りには鎖を飾りのように垂れ下げている。後頭部付近からはメタルゲラスの角が貧相に見えるぐらいの太く長い角が伸びている。

 体格が変わったことでメタルゲラスの腕は振り解かれ、逆にメタルゲラスは角を掴まれると片手で持ち上げられ、床へ叩き付けられる。

 生物を模した姿となるオルフェノクの中でも希少とされる古代生物を模したエラスモテリウムオルフェノクは圧巻の力を見せつけた。

 




ここまでは王蛇のターンでしたが、次からスマートブレインの本気になります。
ということでデザインと実力で人気の高いバットオルフェノクと劇場版で暴れたエラスモテリウムオルフェノク通常態の参戦となります。エラスモテリウムオルフェノクに関して人間態を含めてほぼオリジナルとなります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

垣間見えるもの

 時間は少しだけ遡って社長室。そこには四人の男女が集っていた。

 ある人物の前で直立不動の姿勢をとっているのはサングラスの男と黒髪の美女。

 彼らの前にある席──そこに座ることを許されているのは、スマートブレインのトップのみ。二人の前に座っている人物こそがスマートブレインの社長である村上峡児であった。

 頭から足先まで一分の隙の無い身嗜み。異性を虜にすることも容易な甘いマスクだが、その眼光は並の者ならば委縮してしまう程に鋭い。普段は紳士的で温和な笑みで隠しているが、ここが社長室であること、そしてある報告を受けたことでその仮面も若干剥がれ掛けていた。

 

「あの浅倉威が……?」

「はぁい。社員の皆さん、パニックになっちゃっていますぅ!」

 

 報告したのは村上の隣に立つ女性。スマートブレインのロゴが入った水色と黒の近未来を連想させる独特な服装をし、髪にもイメージカラーなのか一部を水色に染めている。

 彼女はスマートレディと呼ばれ、スマートブレインのイメージガールであり、会社のCMや企業案内の表紙を飾ったり、また社長の秘書を務めるなどしている。色々と謎が多く彼女の本名を知る者すらほぼ居ない。

 

「皆さんー、一斉に会社の外に出ちゃったせいでお仕事もストップしてますぅ! 警察も呼ばれているみたいなので、たーいへん!」

 

 幼児に向けるような作った口調。聞く者によっては酷く耳障りであろう。村上は特に気にしている様子は無いが、黒髪の美女は何も言わないが不快音でも聞いているかのように顔を露骨に顰めていた。

 

「しかし、脱獄囚が何故……?」

 

 村上の疑問は尤もである。村上が知る限り、スマートブレインと浅倉との間に何の関係も無い。会社を相手に一個人が犯罪目的で来たとしてもリスクが大き過ぎる。

 

「うーん……私も悪い人が何を考えているのか分かりませーん! お姉さんは、良い人ですから!」

 

 知っている者が聞けば失笑してしまうような白々しい台詞を吐くスマートレディ。

 

「──ですが、彼の命運もここで尽きます。よりによって我がスマートブレインに乗り込んで来るとは」

 

 村上は浅倉の無謀さを笑う。スマートブレインには多くのオルフェノクたちが所属している。表向きは大企業であるが、その実態はオルフェノクの為の組織なのだ。

 凶悪犯だろうとオルフェノクを相手にすればまず命は無い。村上は既に浅倉の目的や動向よりも始末した後の処理について考えていた。悪い意味で有名人なせいで色々と後処理が面倒なことが多い。

 そのとき、スマートブレイン社を揺るがす振動と爆発音が聞こえてきた。

 

「まさか……」

 

 村上の頭の中に二つの可能性が浮かぶ。一つは浅倉が爆弾の類を所持し、社内で爆発させたというもの。しかし、報告された内容では浅倉は丸腰だったとのこと。この可能性は低いと考えられる。

 もう一つはこの爆発を起こしたのはスマートブレインに属するオルフェノクの仕業であり、そうせざるを得ない状況になってしまったという可能性である。生身の人間程度、オルフェノクなら赤子の手をひねるよりも簡単に始末出来る。だが、オルフェノクとしての能力を使用したとなる話が違ってくる。

 ふと、浅倉にまつわる不可思議な話を村上は思い出した。浅倉が脱獄したとき、その脱獄方法が一切不明であったこと。立てこもり事件を起こし、警官たちによって逃げ道を完全に塞がれていたにも関わらず逃亡に成功したこと。

 村上の直感が浅倉には何かがあると囁く。

 

「──貴方たち。行ってくれますか?」

 

 サングラスの男と黒髪の美女に問うと二人は即座に頷く。彼らもまたレオと同じく村上個人に忠誠を誓っている部下。

 

「相手は所詮人間の犯罪者。上の上である貴方たちが遅れを取るとは思っていません……ですが、油断しないように」

 

 癖でもある独自の評をしながら二人を送り出そうとする村上。

 

「お任せください」

 

 黒髪の美女は自信に満ちた表情で頷くが──

 

「頑張って下さいねー」

「チッ!」

 

 ──スマートレディの応援に対しては空気が凍り付くような舌打ちをする。

 サングラスの男は、勘弁してくれと言わんばかりに帽子を目深に被り、極力関わらないようにしていた。

 スマートレディの性格や喋り方に対して快く思っていない者たちも確かに存在する。だが、その中でもこの黒髪の美女の態度は露骨というか隠そうともしない。地位として見れば村上の右腕のポジションにも関わらず。

 性格が合わないこともそうだが、黒髪の美女は村上を敬愛を通り越して崇拝していた。故に村上の傍にいるスマートレディの存在が心から気に食わないのである。いずれはそのポジションを奪うという野心も持っている。

 一方で舌打ちされたスマートレディの笑みは崩れない。至って余裕な表情を浮かべながら、サングラスの男と黒髪の美女に小さく手を振る。

 

「じゃあ、いってらっしゃい」

 

 スマートレディの余裕を崩せないことを腹立たしそうに表情を歪めながらもそれ以上反抗的な真似をせず、サングラスの男と共に浅倉の許へ向かう。

 

「さて……」

 

 二人を送り出した村上は暫しの間沈黙した。何かを考えている様子。やがて、結論を出すとスマートレディに声を掛ける。

 

「念の為ですが、レオに連絡を」

 

 

 

 

「た、助かった……」

 

 ゲッコーオルフェノクは床を這いながら新たにやって来たオルフェノクたちに心から安堵した。その実力から村上の直属に選ばれ、戦闘力ならばラッキー・クローバーにも引けをとらないと噂されている。

 彼らならば王蛇を倒してくれると確信していた。

 

「どうなっている? 何が起こった? これは何だ?」

 

 エラスモテリウムオルフェノクは、早口でゲッコーオルフェノクに状況を確認する。その手は未だにメタルゲラスの角を掴んでおり、上から押さえ付けながらミラーモンスターという未知なる生物を警戒していた。

 

「わ、分かりません! あ、浅倉がベルトで変身をして!」

「浅倉……? あれがか」

 

 ここで浅倉と王蛇が同一人物であることを認識した。王蛇はまだ仰向けになっており、バットオルフェノクは銃口を向けながらいつでも撃てる構えをとる。

 

「気を付けて下さい! こいつらは、多分映る物から出て──」

 

 そこまで言い掛けたとき、床から出現したベノスネーカーの上半身がゲッコーオルフェノクへと喰らい付く。

 彼にとって不運だったのは、壊れたガラスの傍に偶然居てしまったこと。ミラーワールドから隙を狙っていたベノスネーカーにとっては格好の的であった。

 

「また化け物か」

 

 エラスモテリウムオルフェノクは冷静な態度でゲッコーオルフェノクがベノスネーカーの毒牙の餌食になっている光景を見ていた。

 一方でバットオルフェノクはゲッコーオルフェノクを救う為に王蛇へ向けていた銃をベノスネーカーへ向け、発砲。

 銃弾の何発かはベノスネーカーへ命中し、ベノスネーカーはそれを嫌がるように身をくねらせるが捕らえた獲物は決して離さず、ミラーワールドへゲッコーオルフェノクごと入ってしまった。

 

「──成程、こういうことか」

 

 鏡の中へ入り込むという非現実的な光景だが、実際に目の当たりにしてしまったら信じるしかない。

 すると、エラスモテリウムオルフェノクの意識が逸れている内にメタルゲラスは角を掴んでいる手を払い除ける。そのまま反撃してくるかと思いきや、メタルゲラスは命令を果たしたと言わんばかりに近くにあったガラスの中へ飛び込んでミラーワールドへ帰還してしまった。

 残されたのは王蛇だけ。しかし、バットオルフェノクとエラスモテリウムオルフェノクの視線が離れている内に王蛇は倒れながらも次なる手を打っていた。

 

『ADVENT』

 

 反射物から飛び出してきたのはエビルダイバー。バットオルフェノクの死角から奇襲を仕掛けてきた。

 死角。不意打ち。未知なる生物。通常ならば動揺し、攻撃を受けてもおかしくない。だが、バットオルフェノクはエビルダイバーが高速接近してきたことを目ではなく他の感覚で捉えると、体当たりを受ける前に跳躍。天井に逆さまに着地すると同時に二丁の拳銃でエビルダイバーを狙うが、弾丸が発射される前にエビルダイバーは反射物の中へ飛び込んで身を隠してしまった。

 天井から降りたバットオルフェノクは感覚を研ぎ澄まし、エビルダイバーにいつでも対処出来るように構える。

 バットオルフェノクがエビルダイバーに集中している間に王蛇は立ち上がり、ベノバイザーへエビルダイバーの紋章が入ったカードを装填──

 

「うっ」

 

 ──しようとした瞬間、発砲が響く。王蛇の手からカードが落ちる。バットオルフェノクはエビルダイバーに集中しているようで王蛇の動きも見ていたのだ。

 王蛇のカードが何の効果があるのかをバットオルフェノクは知らない。しかし、何かが起こると察して右の銃で王蛇の手を撃ち、カードを落とさせた。

 この瞬間、エビルダイバーがバットオルフェノクを襲う。だが、再び発砲音が鳴り、エビルダイバーが床に落下する。

 バットオルフェノクは体勢を王蛇へ向けたままであったが、右腕下に左の銃を通し、腕を交差させるように構え直していた。一瞥もしていない気配と技術によるノールックで見事撃ち落としたのだ。

 

「当てが外れたな」

 

 エラスモテリウムオルフェノクはいつの間にか王蛇へ接近しており、王蛇の顔面を容赦なく殴り付ける。

 

「ぐっ!?」

 

 重厚な巨躯に見合った怪力の一撃。王蛇の体が床に叩き付けられるとバウンドして浮き上がる。そこへ前蹴りが打ち込まれ、王蛇は滑稽な程に軽々と蹴り飛ばされ、壁へ衝突する。

 

「ぁぁ……」

 

 壁にもたれ掛かりながら王蛇は呻く。その様子にエラスモテリウムオルフェノクは不機嫌そうなオーラを出す。

 

「殺すつもりでやったが……頑丈だな」

 

 王蛇の防御力はエラスモテリウムオルフェノクの想定以上であった。少なくともこれまでの彼女の相手だったら最初の一撃で絶命している。

 しかし、全く効いていない訳ではなく壁から離れる王蛇の動きは緩慢であった。ダメージは膝に来ており、両足が震えを起こしている。

 

「はぁ……こんなに楽しいのに死ねるか……!」

 

 弱っていく肉体とは裏腹にその声は生き生きとしている。このとき初めて王蛇の異常さの一端に触れる。スマートブレインに一人で乗り込んできた時点で頭がおかしいとは思っていたが、考えていた異常性とは大分異なるものであった。

 王蛇はよろけながらも前に出る。そのとき、つま先が何かを蹴った。視線を落とすとジェリーフィッシュオルフェノクに投げつけたベノサーベルが転がっている。手放した武器を運良く拾い上げることが出来た王蛇は、受けたダメージなど関係ないといった様子でエラスモテリウムオルフェノクを全力で斬り付ける。

 ベノサーベルがエラスモテリウムオルフェノクの肩に叩き付けられた。だが、エラスモテリウムオルフェノクは痛がる様子は全く無い。王蛇を頑丈だと言っていたが、自身もオルフェノクの中では屈指の防御力を誇っている。仮にラッキー・クローバーの北崎が相手だとしても真っ向から殴り合える自信が彼女にはあった。

 お返しの拳が王蛇の腹を打つ。王蛇は呻きながらもエラスモテリウムオルフェノクの顔面をベノサーベルで打つ。反撃の拳が王蛇の顔面に命中するが、王蛇は最初から防御を捨てて殴り返す。

 苛烈な殴り合いに発展する両者。攻撃力ならエラスモテリウムオルフェノクの方が上だが、王蛇は執念で食い下がる。

 

(こいつ……!)

 

 そのしつこさにエラスモテリウムオルフェノクは内心舌打ちをする。これだけ殴っても倒れない相手は初めてであった。

 

「はっはぁ!」

 

 王蛇は弱るどころか寧ろ昂っている。戦いに狂っている様にエラスモテリウムオルフェノクは嫌悪感しか覚えない。

 いい加減にくたばれと思った矢先、閉ざされていたエレベーターが到着の音を鳴らす。

 こんな状況下でエレベーターが使用されるなど普通のことではなく、王蛇たちはついエレベーターの方を見てしまう。

 エレベーターが開くと同時に中から出て来たのは単眼の白い戦士──サイガ。

 

『やあ、諸君』

 

 サイガは愛想良く挨拶をする。前の変身時に背負っていたフライングアタッカーを着けておらず、代わりに両手に操縦桿を装備していた。フライングアタッカーから切り離された操縦桿は、棍部分が青い刀身のトンファーエッジという一対の武器になっている。

 サイガはトンファーエッジをクルクルと手遊びしながら王蛇へ歩み寄って来る。

 

「サイガ……!」

 

 エラスモテリウムオルフェノクは思わずその名を呼んでしまう。彼女にとっては予想外の登場であり、同時にサイガを呼んだのは村上であるとすぐに察してショックを受ける。それは村上にとって最も信頼出来る者は誰かという証明であったからだ。

 

『君が浅倉威かい?』

「ああ……? 何を言っているのか分からん」

 

 王蛇はそう言い捨てると矛先をエラスモテリウムオルフェノクからサイガへ向ける。

 

「来たんだったら、お前も戦えっ!」

 

 振り下ろしのベノサーベルを片方のトンファーエッジで難無く受け止めるサイガ。王蛇は構わず二撃目を繰り出そうとするが──

 

「──あぁ?」

 

 王蛇の体がガラスのように砕け、生身の浅倉へと戻ってしまう。変身限界時間を迎えてしまったのだ。

 折角来たのに変身が解けて人間に戻った浅倉にサイガは一瞬驚いた後、失望した気分になる。

 だが、その後の浅倉の行動は誰にとっても思いがけないものであった。

 

「おあああああっ!」

 

 浅倉は床に落ちていた瓦礫を掴み上げ、生身で殴り掛かっていく。自暴自棄になっているのではない。自らの狂気に従って戦いを続けようとしているのだ。

 

「君は人間だけど──」

 

 サイガは迫ってきた瓦礫をトンファーエッジの一閃で砕き──

 

「クレイジーだね」

 

 ──浅倉の後頭部に柄部分を叩き付け、意識を断つ。下手をすれば死んでもおかしくない一撃だが、サイガは何となくだが浅倉なら死なないと思っていた。

 

「……殺さないのか?」

 

 気絶した浅倉を担ぎ上げたサイガにエラスモテリウムオルフェノクは不満そうに訊ねる。

 

「ボスからの命令さ。浅倉威と話がしたいんだって」

 

 

 




浅倉のスマートブレイン襲撃はこれで終了となります。
負けたけど結果的には一歩前進という感じです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黄金のライダー

楽しい交流会となります


「あぁ……?」

 

 浅倉は呻きながら目を覚ます。最初に目に入ったのはやたらと眩しい装飾がされたシャンデリアと幾何学模様が施された白い天井であった。

 目線を動かす。内装が豪華なレストランと思しき場所。自分が椅子に座っていることにも気付く。浅倉にとっては無縁且つ未知なる場所であった。

 

「目が覚めましたか?」

 

 白いクロスが敷かれ、その上に花が飾られたテーブルを挟んで向こう側に穏やかな笑みを見せる壮年の紳士が座っている。その紳士を挟んで長髪の男──レオと派手な服装の女性──スマートレディが立っていた。スマートレディは浅倉の視線に気付くと手を振るが、浅倉は反応すらしなかった。それよりも村上の方に興味があったからだ。

 浅倉は一目で村上の笑みが上辺だけものであると見抜く。まともではない環境の中で磨かれた直感が紳士の仮面の下には黒いものが蠢いているのが浅倉には分かった。そして同時に村上から危険なものも感じ取る。

 

「誰だ、お前は……?」

 

 言った瞬間、浅倉は背後から殺気を浴びせられる。首だけ動かして後ろを見ると、スマートブレイン社内で襲って来たサングラスの男と黒髪の美女が居る。殺気は主に黒髪の美女の方が出していた。村上への無礼な態度が許せない様子だが、村上が手で制するとそれもあっさりと霧散する。

 

「自己紹介が遅れましたね。私はスマートブレインで社長を務めさせて頂いています、村上峡児という者です。初めまして、浅倉威さん」

 

 村上の自己紹介に浅倉は僅かに目を見開き、口の端を吊り上げて禍々しさと嬉しさを混ぜ合わせた笑みを浮かべた。

 

「ほぉ……お前が社長か……やっと会えたなぁ……!」

「どうやら、私に用事があったようですね。丁度良かった。私も貴方に色々と話したいと思っていたので、貴方をここに連れて来たのです」

 

 浅倉はもう一度室内を確認する。浅倉と村上、そして彼の部下以外の姿は見えない。警察を潜ませている訳でも無い。村上の言っていることは本当のようであった。

 

「ここまで誰にも気付かれずに貴方を運ぶには少し苦労をしましたよ。何せ、スマートブレイン社外には多くの警察の方々が待機していましたからね。そこであのときの爆発を利用させてもらいました。貴方には申し訳ないと思っていますが、あの爆発は貴方の仕業にしてそれに乗じて逃亡したということにさせて貰いました」

「はっ……今更罪状が一つ増えたところで関係無い……」

「そうですか。流石は……というのは少し違いますね」

 

 浅倉の犯罪歴に新たな罪状が加わっても痛くも痒くもない。黒に何を塗っても黒であることに変わりないのだ。

 

「それで? 話は何だ? さっさと話せ」

 

 とっとと本題に入れと催促し出す浅倉。一度は落ち着いていたイライラが再発し始める。

 

「そうですね。そうなると──」

 

 村上は横目を向ける。そのタイミングでワゴンを押した女性の給仕が現れる。ワゴンの上には鉄板の上で爆ぜるような音を立てる厚みのあるステーキが置かれてあった。

 そのステーキは浅倉の前に置かれる。

 

「ほぉ……」

「食事がてらにしましょう。浅倉さん、どうぞ召し上がって下さい」

 

 脱獄後の浅倉の食事はハッキリと言ってまともなものではない。草陰などに潜んでいるトカゲや蛇、カエルなどを焼いて食べるという原始人とさほど変わらない、取り敢えず腹を満たす為だけのものであった。

 ここに来てちゃんと調理されたまともな食事。流石の浅倉もこれには苛立ちも引っ込む。

 

「……悪くないな」

 

 浅倉はニッと笑うと配膳されていたフォークをステーキへ突き刺す。そして、ナイフで食べやすいサイズにカットすることなくそのまま齧り付いた。

 焼き立ての熱さに怯むことなくステーキを頬張り、咀嚼し、呑み込む。

 

「おぉ……」

 

 味が気に入ったのかそのまま続けて食べる。

 マナーの欠片も無い実に浅倉らしい食事の仕方であった。品が無い。しかし、不思議と美味そうに見える豪快な食べっぷりである。

 400gのステーキが瞬く間に無くなっていくので村上は食べ切る前に浅倉へ訊く。

 

「お代わりはどうしますか?」

「あぁ、くれ」

「分かりました」

 

 村上は給仕の方を見る。

 

「君、お代わりを持って来てあげなさい、至急」

 

 頭を下げながら了承すると給仕は急いで厨房の方へ向かう。

 浅倉はステーキを食べ終わると鉄板の上で熱せられているニンジンなどの付け合わせの野菜を次々とフォークで刺し、まとめて口の中へ放り込むとステーキと一緒に運ばれてきたスープで一気に流し込む。今日日ここまで粗野な食事の仕方を見たことがないので逆に感心してしまいそうになる。ある意味では浅倉とはどのような人物かを体現したような食事であった。

 少しして追加のステーキが運ばれてきた。テーブルに置かれると浅倉は即座に喰らい付く。急いで焼いた為か十分な火が通っていないレアであり、喰らった断面からは血が滴る。浅倉は焼き加減など気にせずに食す。寧ろ、一枚目よりも美味そうに食べているように見えた。

 生肉を出されても平然と食べてしまいそうだ、とこの場にいる全員が思ってしまう。

 二枚目もすぐに平らげてしまったところにすかさず三枚目の鉄板が置かれる。三枚目のステーキも吞み込むように食べて浅倉はようやくフォークを離した。

 

「満足していただけましたか?」

「あぁ……お前は食わないのか……?」

「……そのつもりだったのですが気が変わりました」

 

 食事をしながらと言っておいて村上の前には一品たりとも料理が配膳されていない。浅倉があまりに速く食べてしまったせいで完全にタイミングを逃してしまっていた。仕方がないので本題に入ることにする。

 

「貴方は何故我が社へ乗り込んできたのですか? 脱獄囚という危険な立場にも関わらず」

「デルタのガキについて知る為だ」

 

 デルタのベルトを所持しているのは現在一人しかいない。オルフェノクの中でも最強クラスの実力者でありラッキー・クローバーの一人である北崎だ。

 

「デルタのガキ、ですか……」

 

 村上はわざと含みを持たせた言い方をする。浅倉から情報を引き出す為に。

 

「あぁ……奴との戦いは愉しかったが決着がついていない……!」

「……その為だけに貴方はスマートブレインに? そもそも何故その子供と我々が関わりを持っていると思ったのですか?」

「奴はお前のところのマークが付いたケースを持っていたからなぁ。社長にでも聞けば何か分かると思ったからだ」

 

 あまりに単純な理由と目的。そして、命知らずの無謀な行動に全員内心で呆れ果てていた。しかし、その行動はちゃんと正解に繋がっているので腹立たしさも感じる。

 

「──成程。それが目的でしたか」

「あのときは少し驚いた……神崎のデッキ以外のライダーに変身出来る奴が居たとはなぁ……」

「神崎? ライダー?」

 

 知らない単語が出て来た。神崎は人名、ライダーは浅倉が変身した姿だと予想が付く。そうなると神崎という存在が浅倉にあの力を与えたのだと結び付く。

 

「その神崎という人物が貴方にあのデッキを与えたのですか……?」

「その前にこっちの質問に答えろ」

 

 浅倉はいつの間にかナイフを手に取り、切っ先を村上へ向けていた。

 

「デルタのガキは何処だ……!?」

「北崎さんですか……」

「ほぉ……? 北崎という名前なのか……?」

 

 村上はあっさりと北崎の名を出した。出し惜しむよりもここで敢えて出して浅倉から情報を聞き出す為の交渉に使った方が有意義と判断したからだ。

 

「あの人は自由な人ですからね……今も何処かでフラフラと彷徨っているかもしれません」

「なら探し出して連れて来い……!」

 

 浅倉の声が徐々に熱を帯びてくる。苛立ちが募り始めていた。

 すると、背後から伸びてきた手が浅倉の肩を掴む。

 

「それ以上無礼を働いたらどうなるか分かっているな?」

 

 黒髪の美女が顔に紋様を浮かばせながら指先を浅倉の肩に食い込ませる。その気になればいつでも握り潰せる程であった。

 

「どうなるんだ?」

 

 痛みに臆することなく薄ら笑いすら浮かべて浅倉は挑発する。

 

「デッキも無い癖に粋がるな……!」

「何?」

 

 言われて浅倉はジャケットに触れる。そこにあるべき感触は無かった。

 

『探し物はこれかい?』

 

 レオは浅倉のカードデッキをひらひらと振りながら見せる。

 

「その声……お前、あの白い奴だな……?」

『正解』

 

 牙を剝くように笑う浅倉にレオも同質の笑みを返す。

 

「はぁーい。皆さん、そこまでー。まだ社長と浅倉君の話は終わっていませんよー?」

 

 張り詰めた空気を壊すスマートレディの作ったような声。浅倉は一瞬虚を衝かれた表情となる。スマートレディがあまりに馴染みの無いタイプだからだ。スマートレディに窘められ黒髪の美女は不機嫌になりながらも手を離し、レオも肩を竦めた後に笑みを消した。

 

「浅倉君。もう少しだけ社長の話を聞きましょう? 浅倉君にとって決して悪い話じゃないですよー?」

 

 浅倉は手に持っていたナイフをくるりと回してテーブルへ突き立て、放す。

 

「……いいだろう。あとお前、それ以上話すな。耳障りだ。お前の喋り方はイライラする……!」

「はぁい!」

 

 面と向かってかなり酷く言われてもスマートレディは一切気にした様子は無く、言われた通りにそれ以降喋らなくなる。

 場が一先ず落ち着くと村上は口を開く。

 

「北崎さんのことですが……貴方と会わせることは可能です」

「ほぉ……?」

「ただし、条件があります」

「……何だ?」

「可能な限り貴方が知っていることを教えて欲しいのです」

 

 村上は浅倉に取引を持ち掛けた。村上の行為は仲間を売るということに等しい。だが、そう思われても仕方がないくらいに彼の持つ情報は魅力的であった。同時に北崎ならば浅倉に出会ってもどうにかするだろうという信用もある。

 

「……何が訊きたい?」

 

 浅倉は一応訊く態度を見せる。

 

「聞けば貴方は姿が映る物、大まかに言えば鏡のような物を伝って移動が出来るとか?」

「ミラーワールドを通っただけだ」

 

 ミラーワールドという言葉に村上たちは一瞬ざわめく。鏡の世界、そんな絵本やファンタジーの中にしか存在しないものが実在すると知ればその反応もおかしくはない。

 とはいえ村上も部下から聞かされた話を全く信じなかった訳ではない。その証拠にこのレストランの窓全てに厚手のカーテンが敷かれており、反射物が徹底的に取り除かれていた。

 

「ミラーワールド……それがどのような世界か詳しく説明出来ますか?」

「知らん。知りたければ神崎にでも聞け」

 

 浅倉に冷たく一蹴されたが、村上にとっては想定内の答えであった。寧ろ、浅倉が詳細を説明出来たら逆に驚いていただろう。

 

(神崎……その人物について詳しく調べる必要がありますね……)

 

 重要なカギとなる人物で間違いない。

 

「こっちからも質問させろ」

「──何でしょう?」

「そこの奴らとあのビルで戦った奴ら──オルフェノクとだったか? オルフェノクってのは何だ?」

「ほう? オルフェノクをご存知でしたか?」

「前に始末した奴が言っていた」

 

 説明するかどうか村上は一瞬考えたが、浅倉を不機嫌にさせて話をこじらせるのは面倒であり、名がバレている以上隠すのも不自然なので説明することにした。

 

「オルフェノクとは人間が進化した新たな種族ですよ」

「進化だと……?」

 

 考えもしなかったことなのか浅倉は僅かに目を丸くする。

 

「死を体験した者が極めて低い確率の中で覚醒することで人はオルフェノクに生まれ変わるのです」

「死んで蘇るのか……羨ましい話だな」

「羨ましいですか?」

「あぁ……死んだ後も戦えるなんて最高だっ……!」

 

 口が裂けたような獰猛な笑み。皮肉ではなく本心から言っているのが伝わる。

 浅倉に話していないが、オルフェノクは死ぬことで覚醒する以外に既にオルフェノクとして覚醒した者が人間に自身の力を注ぎ込むことでオルフェノクに覚醒させるという方法がある。それは『使徒再生』と名付けられていた。

 根拠のない話だが、村上は浅倉に使徒再生を行えばオルフェノクに覚醒すると直感していた。同時に()()が同種になることに強い拒否感を覚える。それは村上だけでなく他の者たちも同様であった。浅倉という存在は外見は人間だが、中身は既に人の範疇から外れている。オルフェノクも嫌悪を抱くぐらいに。

 

「後は──うん?」

 

 気を取り直して話を続けようとしたとき、先程の女給仕が呼んでもいないのにやってくる。ワゴンの上にトレイに乗せた水差しを運んできた。

 呼んでもいないのに来たことを注意しようとしたとき、女給仕は突然水差しの水をトレイに掛けるという奇行に走る。

 意味不明な行動に戸惑う村上たちであったが、次なる行動は村上たちを驚愕させた。

 女給仕は浅倉と同じカードデッキを取り出した。色が異なる茶色のカードデッキには鳥らしき紋章がある。

 水が張ったトレイは鏡の役目を果たし、それにカードデッキを翳す。女給仕の腹部に金のVバックルが装着された。

 

「……変身」

 

 虚ろな声が呟きながらカードデッキが装填される。

 虚像が重なり合い、黄金の羽根が広がった。

 ブラウンカラーの装甲が胸、脚に付けられ、両肩には翼を模した金色のショルダーアーマー。猛禽類を彷彿させる仮面には複数のスリットが入っている。

 変身前の女給仕は150センチ程度だが、変身後は200センチ程に伸びており明らかに体格が女性から男性のものへと変化していた。

 黄金のライダーは腕を組み、無言で浅倉たちを凝視する。そして、村上たちの誰かが動く前に片手を突き出す。舞っていた黄金の羽根が自在に動き、周囲のものを切り裂く。その中には厚手のカーテンもあり、大きな裂け目が出来て窓ガラスが露わになる。

 誰もが黄金のライダーの注目する中で浅倉だけは気付いていた──

 

「来てたのか……」

 

 ──窓ガラスに映るコートを着た幽鬼のような男を。

 

「神崎」

 

 

 




浅倉がペラペラと喋り過ぎたかもしれませんが、お腹いっぱいだから口が軽くなったと思ってください。
そして、四人目ライダーであるオーディンの参戦となります。特定の変身者を持たないのでこういうことも可能かな、という登場をさせました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天に獅子、地には薔薇

 黄金のライダーの登場に場の空気は一気に張り詰める。一目見ただけで只者ではないことは分かったが、不思議なのは変身した女給仕はスマートブレインに関わっている者であり、経歴からして不審なものは無い。なのに明らかにミラーワールドに属する力で変身した。そこには何か秘密があるように思えた。例えば、変身前に彼女が翳していたカードデッキ。それにもしかしたら彼女を操る力があった可能性が考えられる。

 

『ボス……』

「分かっていますよ」

 

 レオは鋭く睨みながらも村上に小声で声を掛ける。油断出来ない相手と警告する意味があったが、村上もそれを理解していた。黒髪の美女とサングラスの男も顔に紋様を浮かび上がらせて臨戦態勢に入っている。しかし、黄金のライダーに臆する態度を微塵も見せずに村上は徐に椅子から立ち上がる。

 

「初めまして。貴方もミラーワールドや神崎という人物に関わる存在ですか? それとも彼の友人でしょうか? ライダー……と言えばよろしいでしょうか?」

 

 相手の反応を伺う為、浅倉から齎された情報を並べて訊ねる。

 

「私が何者なのかお前たちが知る必要は無い」

 

 返ってきたのは低い男性の声での拒絶。やはりというべきか完全に女給仕の存在はこの黄金のライダーによって上書きされていた。

 

「そう邪険にしないで下さい。私たちが敵対する必要などありません。浅倉さんから色々と聞かせてもらいました。正に上の上というべき素晴らしい情報です。まさか、この世界には私たちの知らなかったもう一つの世界があるとは……!」

 

 あくまで敵対する姿勢を見せない村上。

 

「しかも貴方たちはそこへ自由に出入りする技術まで有している。革新などという言葉では片付けられない有史以来の発見であり発明です! 我々としては是非ともそれに協力したいと願っています」

 

 逆に協力することを求める。

 

「言いたいことはそれだけか?」

 

 だが、黄金のライダーの反応は至って冷徹なものであった。

 

「お前たちオルフェノクは、ミラーワールドに相応しくない」

 

 一方的に拒絶すると黄金のライダーは羽根を散らしながら姿を消す。

 見失い、急いで探そうとする村上たち。次に黄金のライダーが現れたのはレオの傍であった。

 

「っ!」

 

 瞬間移動に気付き、レオは人外の反応速度で腕を振るうが黄金のライダーは片手で軽々とそれを受ける。腕の力のみでレオを後ろへ押し退けると手の甲でレオの顔を叩く。

 軽い平手打ちに見えるが常人ならば首が折れてもおかしくない威力が込められたそれを、レオは顔面で受けながらも力の流れに逆らわずに受け流すことで威力を軽減させた。

 

『やるね……!』

 

 口の端から血を垂らしながら好戦的な笑みを見せるレオ。そこで気付く。手に持っていた筈の浅倉のカードデッキが無い。

 

「返してもらう。これはお前たちには不要だ」

 

 黄金のライダーの手にはレオから奪い返したデッキがあった。

 浅倉はニヤリと笑って手を差し出す。しかし、黄金のライダーは何を思ったのか窓へ向かってデッキを投げた。

 投げ放たれたデッキは窓ガラスを突き破る──ことなく水に沈むようにガラスの中へと消えていった。村上とレオは初めてミラーワールドに関わる現象を目撃する。

 

「どういうつもりだ……!」

 

 浅倉は黄金のライダーへ怒りを剥き出しにする。デッキは浅倉に返されると思っていた。他の者たちも同様に思っていたが、実際は違った。

 黄金のライダーは分かっていたのだ。ここでデッキを返せば浅倉は迷わず戦い始めることに。それは黄金のライダー──もとい彼にとって都合が悪い。

 

『退け』

 

 無感情な声。その声は浅倉のみに届いている。そして姿も浅倉にしか見えない。

 鏡面のみに存在する虚ろな印象を受けるコートの男性──神崎。その手には先程黄金のライダーが投げた浅倉のデッキが握られている。

 

『オーディンに後は任せてお前は退け』

 

 機械音声かと思える程人間らしい感情を感じさせない平坦な声でもう一度言う。

 

『ライダーとして戦いたければ退け』

 

 三度目の言葉。浅倉は奥歯が割れそうな程に強く噛み締める。だが、反抗的な態度はその程度であり、浅倉は村上たちに背を向けて走り出した。

 浅倉はライダーとしての力を永久に失う訳にはいかない。そして、彼は神崎に対して少なからず恩があった。彼を脱獄させ、ライダーとして戦うという快感を与えたのは神崎である。浅倉の数少ない言う事を聞くときもある相手であった。

 恩義に報いるなどという大層なものではないが、このときの浅倉は仕方なく神崎の言われた通りに動く。

 

「止めなさい!」

 

 村上の鋭い声が飛び、サングラスの男と黒髪の美女が浅倉を追おうとする。そこへ瞬間移動した黄金のライダー──オーディンが割って入った。

 オーディンの手には羽を前に畳んだ不死鳥の装飾がされた長杖──ゴルトバイザーが装備されている。

 ゴルトバイザーに警戒する二人の前でオーディンは自身のカードデッキからカードを一枚抜き、装飾部分の一部を下にスライドさせて、空いた箇所にカードを装填した。

 

『CLEAR VENT』

 

 カードの効果が読み上げられるがオーディンに変化は無い。訝しむ二人だがすぐにレオの声が飛んだ。

 

「そっちじゃない!」

 

 二人の視線がオーディンから離れ、浅倉へ向けられるがそこに居る筈の浅倉の姿が見えない。

 

「逃げた!」

 

 レオが声を上げた直後、閉じていた扉が激しい音と共に開く。まるで蹴破られたかのようであった。

 二人は見ていなかったが、レオと村上の視点からは音声を読み上げられると浅倉の姿が透明になるのが見えた。先程のカードには対象を透明化させる効果があったらしい。

 

「追うんだ!」

 

 通路を走る足音だけが聞こえる。レオの言葉に背を押されて二人は扉の方へ向かおうとするが、オーディンが立ち塞がってそれも出来ない。

 レオが二人の頭上を飛び越え、オーディンに組み付く。

 

『変身!』

『Complete』

 

 既に番号を入力していたサイガフォンをベルトに挿し、オーディンの眼前でサイガへと変身。

 

「むぅ……」

 

 オーディンはサイガへの変身に微かに呻く。そこには動揺が含まれていた。自分の知る技術以外のライダーへの変身を目の当たりにした驚きによるもの。

 

「僕の相手をしてもらうよ?」

 

 オーディンを掴んだままフライングアタッカーが噴射し、オーディンごと真横へ飛ぶ。これにより追跡を阻む壁が無くなった。その隙に二人は浅倉が蹴破ったであろう扉を抜け、不可視となった浅倉を探しに行く。

 一方でサイガは窓ガラスへ向かって飛んでいた。レストラン内はそれなりの広さはあるが、サイガの能力を発揮するには狭過ぎる。窓ガラスを突き破り、最も得意とする空を戦いの場にしようとしていた。

 だが、オーディンはサイガの狙いにすぐに気付く。オーディンは黄金の羽根を残像のように残し、サイガの手から逃れる。

 

「チッ!」

 

 サイガは舌打ちをし、フランイングアタッカーの噴射孔の角度を調整して空中で反転。窓ガラスを突き破る前に急停止する。

 サイガは気配を感じ、振り返る。消えたオーディンが腕組みをして立っているが、その右手が消える程の速度で振り抜かれる。

 

「うっ!」

 

 平手打ち或いは手刀、どちらかは分からないが咄嗟に身を翻したサイガの頬にオーディンの右手先が掠め、火花が散る。

 サイガは掠めた頬に触れる。指先に伝わる微かな凹み。スマートブレインが開発した超硬金属ルナメタルの装甲が削られていた。それだけでどれ程の強敵なのかが分かる。

 

「やるね……!」

 

 臆するどころか逆に昂るサイガ。最近は格下ばかりを相手にして少々フラストレーションが溜まっていた。久しぶりに同格、もしくは格上の相手に戦士としての血が滾って来る。

 サイガは操縦桿を操作し、フライングアタッカーの両端を水平に変形させる。銃火器形態であるブースターライフルモードにすると噴射孔を噴かせながら離れると共に銃口にエネルギーをチャージさせる。スワローオルフェノクのときは連射を重視させたモードだったが、今回は破壊力に特化させたモードであった。

 フライングアタッカーの銃口に青いエネルギーが溜まっていくのを見て、オーディンも動く。

 ゴルトバイザーにカードを装填。

 

『GUARD VENT』

 

 サイガは操縦桿の引き金を引き、球体状になった二発の光弾を撃ち出す。

 オーディンに命中すると爆風、熱が発生し周囲の物が吹き飛びながらも炎上。テーブルや椅子などが壁などに衝突して壊れていく。

 爆心地となった場所は床が融解しているが、その上で何事もなかったかのようにオーディンは立っていた。右手に白い宝珠が嵌め込まれた鳥の尾羽を模した盾──ゴルトシールドを構えており、それが先程の銃撃を防ぎオーディンは無傷である。

 

「高そうな良い盾だね」

 

 サイガは冗談っぽく言うがオーディンは無反応であった。

 壁際で二人の戦いを見ていた村上。傍にいたスマートレディに密かに話し掛ける。

 

「すみませんが、()()を取って来てもらえませんか?」

 

 村上の言うアレを知っているのかスマートレディは一瞬目を見開くもののすぐに普段浮かべている笑みで覆う。

 

「はぁい」

 

 いつのも調子で応じる。

 サイガは単発から連射へ切り替え、オーディンの周囲を飛び回りながら光弾を連続で発射。正面から来る光弾は全て盾によって防がれる。背後へ素早く回り込み、光弾を撃ち込むがそうするとオーディンは瞬間移動により射線上から消えてしまった。

 サイガのセンサーとレオ自身の直感でオーディンの移動先を読み、そこへライフルを向ける。だが、そのときにはオーディンの方も攻撃態勢へと入っていた。

 左手を前に突き出す。黄金の羽根が一斉にサイガへ飛ぶ。

 サイガはライフルで羽根を撃ち落としながら飛行して羽根から逃れようとするが、羽根はサイガを追尾する。

 撃ち落としても撃ち落としても中々羽根の数は減らない。

 

『しつこいね!』

 

 サイガは片手でフライングアタッカーを操作しながらサイガフォンをベルトから抜き取り、番号『106』を入力。

 

『Burst Mode』

 

 フォンブラスター形態となったサイガフォンのトリガーを引くと光弾が一度に三連射される。フライングアタッカーとサイガフォンの一斉発射により何とか黄金の羽根と拮抗する。

 オーディンはサイガが乱れ飛ぶ羽根に苦戦している間に悠々とすら見える動作でゴルトバイザーにカードを入れる。

 

『SWORD VENT』

 

 黄金の刀身の片刃剣。それが一対。オーディンの両手に握られる。

 オーディンは両腕を胸の前で組みながら瞬間移動。次に現れたのはサイガの背後であった。

 羽根への対処に気を取られていたサイガは反応が遅れてしまい、気付いたときにはオーディンは黄金の剣──ゴルトセイバーを振り上げている。

 間に合わないかと思われたとき、何故かゴルトセイバーは振り下ろされる前に止まる。それはオーディンの意思では無い。オーディンの腕は細かに震えており明らかに力が入っている。見えざる力がオーディンを阻害していた。

 サイガはオーディンの動きが止まっている間に素早く退避する。

 

「困りますね」

 

 荒れたレストラン内に響く不気味なぐらいに落ち着いた村上の声。

 

「彼は替えの効かない上の上以上の部下なんです。そう簡単に失う訳にはいかない」

 

 右手を伸ばした構えの村上。その右腕は肘から下が白に近い灰色の異形の腕を化しており、異形の手から念動力と呼ぶような不可視な力が発せられ、オーディンの剣を止めている。

 

「ボス……」

「私も手を貸します」

 

 村上の全身が異形へと変わる。

 彫刻を思わせる白に近い灰色の体。脇腹、両肩、頬、側頭部から棘のような突起物が生えている。頭部は透けており中には白いバラの花束のような物体が入っている。

 バラの特性を持つ怪人──ローズオルフェノクとなった村上は両手を後ろで組む。その構えには余裕を超えて傲慢さすら感じさせる。

 

「私は貴方の持つ全てに興味があります」

「私はお前たちに興味は無い」

 

 オーディンは冷たく一蹴すると念動力を振り払いゴルトセイバーの剣先をローズオルフェノクへ向ける。ゴルトセイバーから突風が生じ、それに乗った羽根が加速して飛ばされた

 

「はっ!」

 

 ローズオルフェノクは左手を頭部に添える。頭部のバラが青白く発光すると額から赤いバラの花弁が無数に放たれる。

 

『不味い』

 

 バラの花弁が飛ぶのを見て、サイガは何が起こるのか分かっているのか素早く安全圏まで飛ぶ。

 羽根と花弁が触れ合った瞬間、爆発が起こり羽根も花弁も全て吹き飛ばされる。

 この間にオーディンは黄金の羽根を散らしながら瞬間移動をし、ローズオルフェノクの背面へと移動。ゴルトセイバーを振り抜く。

 だが、オーディンが斬ったのはローズオルフェノクではなくバラの花弁であった。

 

「初めてですよ」

 

 声が聞こえたのはオーディンの後ろ。振り向き様にゴルトセイバーが奔るが、手首に腕を押し当てられ振り抜くことが出来ない。

 

「私と同じような力を持つ相手と戦うのは」

 

 オーディンと同じく瞬間移動をやってみせたローズオルフェノクが感心を示す。

 黄金の羽根が漂い、赤いバラの花弁が舞う。戦場とは思えない煌びやかで華やかな空間。しかし、そこで衝突する意志は紛れもなく戦場のもの。

 

「レオ。私と貴方で彼を捕えますよ」

「了解。ボス」

 




オルフェノクのデザインの中ではローズオルフェノクが一番好きです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最強たちの戯れ

 逃走した浅倉を追うサングラスの男と黒髪の美女。しかし、相手は謎の力によって透明化しており目では探せない。

 二人はすぐに立ち止まると耳に意識を集中させる。すると、彼らの耳に数十メートル先の走って遠ざかっていく足音が聞こえる。優れたオルフェノクである彼らは人間の状態でも超人的な能力を行使出来る。この異常な聴力もその一つである。

 幸いこの建物内は限られた者しか出入りを許されていないので、足音の主が浅倉であると断定するには十分な理由になる。

 すぐに浅倉の追跡を開始する二人だったが、暫く走った後に足を止めてしまう。

 

「……」

「コソコソと鬱陶しい……!」

 

 サングラスの男は周囲に鋭い視線を巡らせ、黒髪の美女はイラつきながら吐き捨てる。明確な敵意を込められた視線が二人を刺す。しかも、周囲には鏡やガラスなどの反射物が置かれてある。視線の主がミラーワールドからこちらを見ているのを二人は既に認識している。

 曇り一つない大理石の柱から楔を繋ぎ合わせたような形をした一対の鞭が伸び、黒髪の美女に巻き付く。

 

「来たか……!」

 

 サングラスの男はすぐに助けようと動くが、その直前に鏡から何かが複数飛び出してきたので反射的に足を止める。飛来物は羽根であり、それが石造りの床に突き刺さっている。

 浅倉の追跡を妨害する為のミラーモンスターの刺客が送り込まれたのを察すると二人は即座にオルフェノクへ姿を変える。

 エラスモテリウムオルフェノクに巻き付いた鞭がミラーワールドに引き込もうとしてくる。

 

「お前が──」

 

 しかし、エラスモテリウムオルフェノクは床が踏み割れる程足に力を込めて抵抗し、鞭を掴む。

 

「こっちへ来い!」

 

 逆に引っ張って鞭の主をミラーワールドから引き摺り出してしまうエラスモテリウムオルフェノク。

 ミラーワールドから出て来たのはインディアンを彷彿とさせる民族衣装のような格好をした白と赤の配色が目立つ鳥の怪人。両腕が手甲のような形状をしており、肘側の方へ長く伸びている。エラスモテリウムオルフェノクに巻き付いていた鞭はその怪人の尾羽であった。

 鏡から手裏剣のように羽根が飛ぶ。今度の狙いはエラスモテリウムオルフェノクであった。

 引っ張り出された仲間を救う為の攻撃だったが、エラスモテリウムオルフェノクに命中する前にバットオルフェノクの二丁拳銃により全て空中で撃ち落とされてしまう。

 バットオルフェノクは鏡に向けて指招きで挑発する。『この程度でどうにかなるとでも思ったのか?』『やるなら直接来い』というメッセージが込められている。

 その挑発に乗ったのか、それとも遠距離攻撃では埒が明かないと思ったのかもう一体の怪人がミラーワールドから出て来る。

 そのミラーモンスターもまた先に出て来た鳥の怪人と似た特徴を持っている。

 民族衣装のような姿だが、こちらは頭部が扇形に広がっており、そこにバットオルフェノクたちに投げつけた羽根が飾られている。手には戦斧を持っており、それで威嚇するように構えている。

 エラスモテリウムオルフェノクに尾羽を巻き付けている怪人──ガルドサンダーが鳴く。

 

「クェー!」

「威嚇のつもりか? 鳥風情が……!」

 

 エラスモテリウムオルフェノクは拘束されている両腕を力任せに広げていく。ミチミチという音が鳴ったかと思えば、一瞬にしてガルドサンダーの尾羽の片方が千切れ飛んだ。

 

「クェッ!?」

 

 ガルドサンダーは驚きと苦痛の混じった鳴き声を上げる。

 

「三分でこいつらを始末する。手を抜くな」

 

 エラスモテリウムオルフェノクがバットオルフェノクに告げると彼は異論は無いと頷いた。

 高い知能を有しているのか、エラスモテリウムオルフェノクの言葉を理解し、もう一体の怪人──ガルドストームは強い殺気を放つ。バットオルフェノクは浴びせられる殺気を余裕を以って受け流し、二丁の銃口をガルドストームを狙う。

 怪人たちの二対二の殺し合いがこうして始まった。

 

 

 ◇

 

 

「ふんっ!」

 

 ローズオルフェノクが繰り出した掌打をオーディンはゴルトセイバーの腹で受ける。細身の見た目からは想像も付かない重い一撃であり、オーディンは手の痺れを感じた。

 防御したオーディンはすぐにもう片方のゴルトセイバーで反撃をしようとするが、ゴルトセイバーはローズオルフェノクではなく別方向に振るわれる。

 無数の光弾がゴルトセイバーの一振りにより弾かれる。ローズオルフェノクが攻撃をしたタイミングでサイガもまた銃撃を行っていた。

 オーディンの視線が僅かにサイガへ向けられるとローズオルフェノクは手を掲げる。オルフェノクの力が青い炎となってローズオルフェノクの掌の上に集まり、大きな火球と化す。

 ローズオルフェノクはそれをオーディンへ投げ放つ。だが、その前にオーディンは瞬間移動によりその場から移動。火球は床に命中して爆発を起こす。

 黄金の羽根と共に姿を現すオーディン。その眼前でバラの花弁が舞う。

 

「はっ!」

 

 いつの間にか移動していたローズオルフェノクの拳がオーディンの胸部を打ち、オーディンは一歩ではあるが後退させる。

 オーディンは反撃をせずローズオルフェノクを凝視する。その視線には何故瞬間移動先にローズオルフェノクが居たのか問うような意思が込められている。

 

「不思議ですねぇ。何となくですが分かるんですよ、貴方の移動先が」

 

 空間の揺れと表現すればいいのだろうか。ローズオルフェノクはオーディンが消えると同時に離れた場所でそれが起こっていることを感じ取っていた。最初は違和感のようなものであったが、オーディンが瞬間移動を繰り返す度にそれが起こっていたので、その空間の揺れこそが現れる前兆であることを確信した。これは、同じく瞬間移動能力を持つローズオルフェノクだからこそ把握出来た感覚である。

 後はその感覚に従い、ローズオルフェノクも瞬間移動をすればいい。そして、移動後の無防備な所へ今のように攻撃をする。

 動きが読まれたことに動揺しているのかオーディンはその場で佇んでしまっていた。それを見逃すサイガではない。

 

「余所見かい?」

 

 挑発と共に発射される光弾。攻撃に気付いてコンマ数秒程遅れてオーディンはゴルトセイバーを振るう。着弾と同時にオーディンの手からゴルトセイバーが弾かれた。

 

「むっ……」

 

 ゴルトセイバーを握っていた手が微かに震えていた。着弾の衝撃で手が痺れている。

 サイガも考え無しに何度も攻撃をしていた訳では無い。オーディンの動きを見て、動作の速さや剣の振りの速度を覚えていた。先程の射撃はゴルトセイバーの刀身と柄の境目を狙ったものであり、ゴルトセイバーを振り抜くことが出来ずサイガの光弾に力負けをしてしまった。

 片手の武器を失ってしまったオーディンに追撃の手は緩まない。ローズオルフェノクは両手に拳を作り、側面を合わせる。合わせた拳を左右に広げると間には光で出来たバラの蔓が作り出された。ローズオルフェノクはそれを鞭として扱い、オーディン目掛けて振るう。ローズオルフェノクの鞭はゴルトセイバーの柄ごとオーディンの手に巻き付く。

 光の蔓が絡まるのを見て、オーディンは力任せに引っ張って引き千切ろとする。すると、鞭は途中であっさりと切れてしまった。呆気無く切れたことに違和感を覚えるオーディン。その考えは正しかった。オーディンの手に絡まる蔓からバラの花が咲く。咲いたバラは一瞬で花弁を散らした。そして、散った花弁は爆発する。

 

「ぬぅ!」

 

 近距離の爆発によりオーディンの手からゴルトセイバーが飛んで行き、天井へと突き刺さる。オーディンの手からも白煙が上がっているが、頑丈さ故指が吹き飛んでいるということはなかった。

 武器を失ったオーディンをローズオルフェノクの手刀が狙う。突きが入る直前にオーディンは瞬間移動にて躱す。すると、ローズオルフェノクもすぐさま瞬間移動を行い、消えたオーディンを追跡。姿を現したところにすかさず攻撃を繰り出すが、一度不覚をとったオーディンはこれを防ぎ、二度目の不覚をとらない。

 オーディンの手が高速で動く。その反撃をローズオルフェノクもまた瞬間移動にて躱すが、ローズオルフェノクがやったようにオーディンもまたローズオルフェノクの移動先に出現し、再度攻撃を行う。

 それすらも瞬間移動にて回避するが、オーディンはそれを追う。

 羽根とバラが散り乱れる瞬間移動の繰り返しによる攻防が始まる。

 現れては消え、現れては消えの繰り返し。その度に攻撃と防御が入れ替わっていた。

 一度に移動する距離はそこまで長くは無いが、それを連続して行っているのであちこちにオーディンとローズオルフェノクがいる錯覚を覚える。

 同じ能力を持つ両者故に中々勝負のつかない状態となっていた。

 離れた場所で攻撃の隙を窺っているサイガもこうも瞬間移動を繰り返されては狙いを定められない。下手をすればローズオルフェノクを誤射してしまう可能性もある。

 

『全く……もう少し大人しくしてくれよ』

 

 どちらに向けて言ったのかは不明であるが、瞬間移動合戦に愚痴を零すサイガ。傍観者に成り下がっていることへの不満もあるようであった。

 そのとき、サイガは気付いた。ローズオルフェノクが戦いながら時折こちらへ視線を送っていることに。少なくとも助けてくれというメッセージではないことは分かる。村上という男はそんな軟なプライドの持ち主ではない。

 何かしら意図を以って視線を送っているのは分かる。しかし、それが何を意味するのか。部下としての真価が問われる場面でもあった。

 ローズオルフェノクがバラの花弁を残して瞬間移動をする。瞬間移動の直後にローズオルフェノクはサイガを見た。ローズオルフェノクの正面に追って来たオーディンが出現し、その場で素早い貫手と手刀の応酬が始まる。

 

『──そういうことか、ボス』

 

 今の動きでローズオルフェノクの視線の意図を察したサイガ。そうなるとサイガはやるべきことは一つ。

 フライングアタッカーをブースターライフルモードから通常形態へと戻す。そして、ベルトに収まっているサイガフォンを開き、ENTERと描かれたボタンを押す。

 

『Exceed Charge』

 

 ベルトと繋がっている左右のラインに青い光が流し込まれる。青い光はラインを辿ってサイガの両手へ注ぎ込まれた。

 サイガの行動を見てローズオルフェノクもまた行動を起こす。

 オーディンの横薙ぎの手刀をローズオルフェノクは肩部に敢えて受ける。

 

「くっ」

 

 軽く呻くローズオルフェノク。正直、演技をするつもりであったがオーディンの攻撃が想像以上に重く、鋭いせいで演技ではなくなってしまった。改めてまともに相手にするべきではないと認識する。

 攻撃を受けた箇所を押さえながらローズオルフェノクは一瞬だけ視線を動かす。サイガはその動きを見逃さなかった。

 そして、ローズオルフェノクはオーディンと距離をとる為に瞬間移動を行う。すると、オーディンはすかさずローズオルフェノクの後を追って瞬間移動をする。

 ローズオルフェノクの移動した先にオーディンが転移したとき、待っていたかのようにサイガがフライングアタッカーに全速力を出させて突っ込んできた。

 

『貰ったよ!』

「ぬうっ!」

 

 瞬間移動後という無防備な状態で最大速度のサイガを避けることは出来ず、オーディンは苦し紛れで両腕を交差させ防御の構えをする。その上から叩き付けられるサイガの水平に揃えられた両拳。弾頭ミサイルの如き突進から生じる衝撃と青い閃光が炸裂。その際にサイガを示すΨの紋章が浮かび上がる。

 質量と速度とエネルギーが掛け合わせることで生まれる破壊力は、不意を衝かれたオーディンを殴り飛ばすには十分過ぎる程であった。

 ローズオルフェノクが移動した先にオーディンも現れる。前以ってサイガに見せていたおかげで絶妙なタイミングで命中させることが出来た。二人の連携による一撃でである。

 飛ばされるオーディンだったが空中で消え、別の場所へ現れたときには体勢を立て直していた。しかし、サイガの両拳──スカイインパクトを受けた腕は装甲がひしゃげ、そこから青い炎が立ち上っている。しかもそれだけはない。オーディンの体から粒子のようなものも発生している。

 

「──ここまでか」

 

 オーディンは時間切れを悟り、仕方なくゴルトバイザーを取り出す。そして、カードをそれに装填した。

 

『ADVENT』

 

 オーディンを逃がさない為に動くサイガとローズオルフェノクだったが、突如として室内が黄金の光によって満たされる。

 

「これは……!?」

 

 凄まじい光量の中で辛うじて目を開けたローズオルフェノクが見たのは、光の中に浮かび上がる不死鳥の輪郭。

 オーディンが呼び出したそれは翼を一度だけ羽ばたかせる。室内に竜巻のような風が巻き起こり、ローズオルフェノクとサイガは壁面へ叩き付けられた。

 黄金の光が消えるとオーディンもまた姿を消していた。捕らえるつもりであったがまんまと逃げられてしまった。

 

「……手強いね、彼」

「ええ。捕まえるとなると骨が折れそうです」

 

 ローズオルフェノクとサイガは人の姿へと戻る。

 オーディンを捕獲することが一番手っ取り早かったが、それでも得た情報も多い。

 

「神崎、ミラーワールド、この情報を使ってすぐさま調べさせます」

 

 スマートブレイン社の金と人と情報網を使えば集められない情報は無い。

 

「あれぇー? もう終わっちゃったんですかぁ? 社長? レオ君?」

 

 ボロボロになったレストラン内にスマートレディが戻って来る。いつの間に居なくなっていたのかレオすら気付かなかった。

 

「せっかく持って来たのにぃ。お姉さん、急いだのにぃ」

 

 不満そうに唇を尖らせるスマートレディ。その手にはアタッシュケースを持っていた。

 

「申し訳ない。相手が引き際を弁えていたようです。……ですが、寧ろ見せなかったのは都合が良かったかもしれませんね。相手の知らない手札は一枚でも多い方が良い」

 

 村上はスマートレディからアタッシュケースを受け取り、開く。中身を見たときレオは瞠目した。

 

「ボス……それって……!?」

「ああ、貴方は見るのは初めてでしたね」

 

 アタッシュケースに収まるのは黒と金に彩られたベルトと携帯電話。

 

「貴方の持つ『天のベルト』と対を為すもう一つの『地のベルト』──オーガです」

 

 

 




取り敢えずオーガは名前だけ出しました。本登場は次の機会に。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

牙を剝く者たち

独自設定のオンパレードになります。


 三本のベルトというものが存在する。それぞれファイズ、カイザ、デルタの名称を与えられていた。それを用いれば特定の条件を満たしているのなら変身出来る。

 ファイズは最も出力の安定性に長けている。反面、変身後の性能は三本のベルトの中で一番低い。だが、それを補う為の拡張性を有していた。

 カイザはファイズよりも性能は上だが、やや出力が不安定になっており拡張性も低くなっている。ファイズと似た装備を有しているが、それ以上の発展性は難しかった。

 そして、現在北崎が所持者となっているデルタは三本のベルトの中でも最も性能が高い。だが、出力が高過ぎるせいで武装が乏しくなってしまい、変身者の実力が問われるピーキーな仕様となっている。これは変身者がオルフェノクの中でも最強に近い北崎だったことで何とか補われている。

 この三本のベルトが生み出されたのは決して人類の為ではない。ベルトはある存在を守護する為にオルフェノクたちが生み出したのだ。

 オルフェノクの王。それが三本のベルトが守護すべき存在。いつの日かオルフェノクたちの前に現れ、彼らを導き、繁栄を約束する大いなる王。

 だが、オルフェノクの中にも野心を持つ者たちが存在する。そういった者たちは王の庇護を拒否し、自らが王へと成り代わろうとするだろう。それの露払いをするのが三本のベルトの役目である。

 それが、最初に三本のベルトを作った者──先代スマートブレイン社長の考えであった。

 しかし、二代社長である村上はオルフェノクの王の存在を知ってこうも考える。

 

『果たしてオルフェノクの王は民を導く名君なのだろうか? もしも横暴と暴虐の限りを尽くす暴君だったのなら?』

 

 その疑念によって開発されたのが万が一の場合に備え、オルフェノクの王を屈服させて操ることを目的とした守護ではなく制圧の為のベルト──帝王のベルトである。

 二本開発した帝王のベルトの内、天のベルトの異名を与えられたサイガ。

 サイガは既存の技術であるファイズ、カイザ、デルタを基にしてそれらの長所を纏めて造られた完成形である。

 開発当時は三本のベルトの実物は村上の手元には無かった。だが、幸いというべきか、データだけは存在しており、また開発途中のベルトも何本か存在していた。村上は試作段階のベルトを素体としてサイガのベルトを開発するよう命じた。

 ファイズのような出力の安定性を持ち、カイザのような高い出力での各ガジェットの運用、デルタのような高い性能を持つことが求められた。

 その結果、デルタの出力には一歩及ばないものの同等の性能を発揮出来る効率的な機能と安定性を有し、デルタでは成しえなかったフライングアタッカーという複合武装飛行ユニットを装着。三本のベルトを超える天の名に相応しいベルトとなった。

 だが、高性能の故にある問題が生じた。それは変身に耐えられる者が極めて少ないのだ。

 三本のベルトは元々オルフェノクが開発したものなのでオルフェノクならば無条件で変身出来るが、サイガの場合オルフェノクですら変身に失敗する危険性がある。

 サイガの変身実験の際に処刑を兼ねて裏切り者のオルフェノクを実験体にして強制的に変身させたことがあったが、変身直後にサイガのエネルギーに耐え切れず灰化してしまった。

 適合出来るのは心技体に優れたオルフェノクのみ。そこに現れたのがレオという存在。彼を見出したのは村上である。

 彼は少々特異な生まれのオルフェノクであったが、村上の期待に応えて見事にサイガの力を使いこなしてみせた。

 そして、『天のベルト』の完成と同時に開発が進められていたのが『地のベルト』であるオーガ。

 サイガが既存の技術の発展形ならばオーガはそれの終着点。サイガのデータも用いて完成された最後にして最強のベルト。

 これが如何なる強さを秘めているのか未だ誰も知らない。しかし、誰もが知ることだろう。

『天』の名を冠してもその羽をもいでしまえば、大地に抱かれ安らかな眠りにつく。つまり『大地』とはどんな万物すら帰す最終地点──―即ち最後を司るものだということを。

 

 

 ◇

 

 

 初めて見るオーガのベルトを凝視するレオ。すると、遮るようにアタッシュケースが閉じられた。レオは思わず村上の顔を見てしまう。

 

「名残惜しいですか?」

「──いや。僕にはボスから貰ったサイガで十分さ」

 

 欲しい、と魔が差しそうになったがすぐにその考えは心の奥底に押し込んだ。村上に言ったようにサイガのベルトがある。これ以上望むとなると罰が当たるというもの。それにもし、変身するにしてもレオの中でオーガのベルトが相応しい人物は一人しかいない。

 荒れたレストラン内の今にも壊れそうな扉が開く。村上たちの視線がそちらの方へ向けられた。

 入って来たのはサングラスの男と黒髪の美女。浅倉を追って派手な妨害にあったのかサングラスの男は帽子を失い、サングラスの一部に罅が入っている。黒髪の美女も上等なスーツが皺だらけになっており、長く綺麗な黒髪も乱れていた。

 

「……申し訳ありません。浅倉を取り逃がしました……」

 

 黒髪の美女が血涙でも流しそうな表情をしながら頭を下げる。サングラスの男も同様に頭を下げた。

 

「貴方たちが逃がしたとなると横槍でも入りましたか?」

「……はい。これに邪魔されました」

 

 黒髪の美女が差し出したのはガルドストームの右腕。肩から下が捩じ切られており、断面から今も体液が滴っている。

 

「ミラーワールドに生息する生物の一部ですか……」

 

 オーディンだけでなく浅倉を逃がしたのも痛いが、これはこれで興味深いものであった。しかし──

 

「ん?」

 

 ガルドストームの右腕から粒子のようなものが発生する。それはオーディンのときと同じ現象であった。

 やがて、皆が見ている前でガルドストームの右腕は消滅する。垂らしていた体液もまた後片も無く消えていた。

 

「まあ! 消えちゃいました!」

 

 スマートレディが皆を代表するかのように大袈裟なリアクションをする。

 

「成程……」

「も、申し訳ございません!」

 

 黒髪の美女は再び頭を深々と下げる。唯一の成果も目の前で消えてしまい、立つ瀬が無くなる。

 

「いえ、謝らなくて結構ですよ。おかげでまた新たに知ることが出来ました」

「それは……どういうことでしょうか?」

「どうやらミラーワールドに住む怪物たちはこちらの世界に適合出来ないようです。そして、恐らくはそれに由来するライダーである彼らも……」

 

 レオはオーディンだけでなく浅倉が変身解除されたときも似たような現象が起こっていたことを思い出す。強力な力だが時間制限付き。それが分かれば色々と対策が考えられる。

 

「──さて、色々と忙しくなりそうですね」

 

 浅倉と交戦した北崎と話さなければならないし、神崎という人物も探さなければならない。情報は決して多くは無いがゼロではない。必ず尻尾を掴む。

 

「今度は我々が攻め込むとしましょう」

 

 

 ◇

 

 

 建物周辺には野次馬が集まり始めている。建物内で爆発が起こり、瓦礫やガラスなどが降ってきた上、少し前にスマートブレイン社で脱獄犯による爆弾騒ぎが起きていたので過敏になるのも仕方ない。誰かが呼んだパトカーや救急車、消防車のサイレンも近付いてきている。

 そんな喧騒を余所に建物の裏口の扉が独りでに開く。人気の少ない裏路地に響く姿無き足音。やがて、浮かび上がるように浅倉が姿を現した。オーディンの施したクリアーベントの効果が切れたのだ。

 無事に脱出出来た浅倉だが、その表情に喜びなどない。あるのは表情筋が引き千切れそうな程に歪められた苛立ちに満ち満ちた凶相。

 

「うぉぁああああああっ!」

 

 獣の声にしか聞こえない咆哮を上げながら壁に頭を叩き付ける。何かを殴るか、殴られるかしないと苛立ちで理性が飛びそうになる──尤も、傍から見ればその行動自体が理性あるものとは思えないが。

 何度も繰り返している止める目途の無い悪癖を行う浅倉。戦えるときに戦えなかったフラストレーションは勿論のことだが、彼にとって唯一の楽しみと言っても過言ではないライダーの力が手元に無い。その事実が浅倉の精神をより不安定なものにしていた。

 そのとき、撓んだような高音が浅倉の耳に飛び込んでくる。それはミラーワールドから聞こえる音。

 頭を打ち付けるのを止め、浅倉は周囲を見回す。彼の傍には神崎がいつの間にか立っていた。

 

「面倒なことをしてくれたな」

「神崎……!」

 

 神崎に詰め寄る浅倉。その胸倉を掴み上げようとしたとき、眼前に自身のカードデッキを突き付けられる。

 

「これが欲しいか?」

「ああ、寄越せ……!」

 

 カードデッキを強引に奪おうと手を伸ばす浅倉。しかし、その手は空を切る。傍にいた筈の神崎が霞のように居なくなっていた。

 

「もう一度ライダーの力が欲しいか? 浅倉」

 

 神崎は離れた場所に立ち、同じ事を問う。

 

「当たり前だ……!」

 

 浅倉の答えは迷いなく答える。

 

「──お前の存在はまだライダーバトルに於いて必要だ」

 

 ライダーバトル。神崎によってライダーの力を与えられた者たちによるバトルロワイアル。最後に残った勝者には願いが一つ叶えられるという。浅倉の凶暴性、好戦的な性格はライダーバトルを活発にさせるカンフル剤として有用なのは神崎も認めていた。そもそも、それが目的で浅倉にライダーの力を与えている。

 

「……だが、今回の件の責任はとってもらう」

 

 オルフェノクというイレギュラーにミラーワールドのことやライダーの情報を与えてしまったことは看過出来ない。

 

「今回の件に関わったオルフェノクを全て始末するまでお前がライダーバトルに参加することを禁止する」

 

 浅倉は一瞬だけ表情を歪めたが、すぐにそれを薄ら笑いで消す。

 

「皆殺しにすれば良いだけだろ? 戦えるならそっちの方が面白い……!」

 

 ライダーだけでなくオルフェノクと戦えることにも楽しみにしている浅倉。どこまでいっても戦闘狂な気質である。

 

「オルフェノクと戦う意志があるのなら──」

「あぁ……?」

 

 訝しむ浅倉に神崎は不意にカードデッキを投げ放つ。浅倉は難無くそれをキャッチした。

 

「──お前に僅かながらの権限を与える」

 

 神崎の視線がカードデッキに向けられているのに気付き、浅倉はカードデッキの中身を確認する。すると──

 

「ほぉ……?」

 

 ──浅倉は関心した反応を示した。新しい玩具を手に入れたかのように目を輝かせる。

 

「行け。そして、オルフェノクたちと戦い、倒せ」

 

 言われるまでもなく浅倉は戦いに赴こうとするが、あることが気になり足を止めて、神崎に訊く。

 

「随分とオルフェノクのことを気にしてるな?」

 

 浅倉は何となくではあるが神崎に焦りのようなものを感じ取っていた。

 

「……奴らはミラーモンスター以外でミラーワールドに適合出来る」

 

 その台詞で浅倉の脳裏にミラーワールドから生身で出て来た北崎の姿が浮かんだ。神崎はもしかしたら、ミラーワールドをオルフェノクに乗っ取られることを恐れているのかもしれないと推測もする。

 

「はっ。流石は進化した種族──」

「違う」

 

 浅倉は少し驚いた。常に無感情な神崎がハッキリと感情を露わにしたことに。そこには明確な不快感があった。

 

「オルフェノクは進化した存在ではない。……ただの死に損なった怪物だ」

「お前もそんな顔をするんだな」

 

 表面的には無表情な神崎の顔を眺めながら浅倉は口角を上げていた。

 

「早く行け」

「ふっ。分かった」

 

 浅倉は神崎に背を向けると、手を振る代わりにカードをひらひら振りながら路地の奥へ消えていく。

 浅倉が居なくなると神崎は一人呟く。

 

「そうだ……あれが命な筈が無い……あれと優衣が同じなど……!」

 

 神崎はそこで言葉を区切った。さっきまであった筈の激情は一気に冷め、相変わらずの無感情な目で近くにあった窓ガラスに目を向ける。

 

「お前にも動いてもらう」

 

 窓ガラスの向こうに立つのは黒い影。だが、神崎が呼び掛けると黒い影に赤い二つの光が宿る。赤い双眼は神崎と同じくらいに無感情であった。

 

「オルフェノクを、スマートブレインに関わる者たちを皆殺しにしろ」

 

 神崎が無情な命を下す。何処かで猛々しくも悍ましい咆哮が響き渡る。

 

 

 

 

 

 ・闇と光と灰と鏡

 

 全てが誕生する前にそこに闇があった。闇はやがて一つの星を創り出した。

 闇は自らが創造した星に命を芽吹かせ、その行く末を七体の分身と分身が生み出した使いによって見守らせた。

 闇にして創造主は数多の生命の中で人間という種族を特に愛した。それは自らと同じ姿をしているからであった。

 しかし、その愛は人間に傲慢さを与え、分身と使いたちに嫉妬を与えた。

 やがて、人間と分身、使いたちによる創造主の愛を奪う為の戦争が始まる。

 か弱い人間に勝てる術は無く、全てが絶えようとしたとき分身の一体がそのことを哀れに思い、創造主を裏切った。

 その分身は火を司る存在であり、それは人間に自らの血と火を与えた。

 血と火を与えられた人間は人間ではなくなり、使いたちとより激しく、醜く争うこととなる。

 全てを哀しんだ創造主は大洪水を引き起こし、戦争も命も洗い流すと共に全ての責を負い、自分と分身、使いたちと共に深い眠りについた。

 しかし、人間たちは滅んでいなかった。そして、その内に宿る火も消えることはなかった。

 長い年月を経て人間たちは増え始める。人が増え始めるとやがて不可思議なことが起こり出す。

 死した筈も者たちが蘇り、かつての使いたちのような姿へと変わるのだ。

 かつて与えられた火が人間を灰にした後に蘇らせる。彼らは自分たちを選ばれた者だと確信した。

 灰となった人間は自らの火を他者に分け与え、その者を自分たちと同じにすることができ、そうやって種を増やしていった。

 そして、灰となった人間──オルフェノクたちは再び傲慢さを手に入れる。神の使いと同じ姿をした自分たちが神の代わりに支配するに相応しいと。

 だが、オルフェノクに対抗する者たちも居た。彼らは自らの火に焼かれて灰になった者たちではなく火が齎す輝き、光によって姿を変えた者たち──後にアギトと呼ばれる者たち。

 オルフェノクとアギトは激しく争った。争い、争い、争い続けた。

 やがて、オルフェノクの中に一人の王が誕生する。全てを圧倒する比類なき力を持つオルフェノクの王が。

 王は憂いていた。最も進化したオルフェノク故に分かってしまったのだ。オルフェノクの行く末を。

 宿された火はオルフェノクですら完全に御せることが出来ない程強かった。火によって灰にされた者は再び灰へと還る。それがオルフェノクの宿命。

 その宿命を知りながらオルフェノクの王はアギトたちと戦った。そして、王は勝った。しかし、同時に王は自らも寿命を迎えようとしているのを悟った。

 オルフェノクの王は残酷な決断をした。数多の同胞たちを貪るという非情なる行動。多くの火を取り込むことで今一度完全なる存在になろうとした。

 オルフェノクの王は人間としての姿を失った。それは人間を愛した創造主への決別を意味する。だが、それでもオルフェノクを絶やす訳にはいかなかった。

 彼は次代にオルフェノクの命を繋ぐ方舟となることを選んだのだ。

 多くの火を取り込んだ彼は既にオルフェノクという存在から逸脱していた。肉体を必要とせず、内にある火に自分の意思を宿した不滅の存在と化した。

 方舟となった王は眠る。死と再生を繰り返しながら復活するときを待つ為に。

 泣きながら生まれてきたオルフェノクたちが、いつか笑って生きられることを願いながら。深く、深く、王は眠る。

 長い時が過ぎた。

 二人の幼い兄と妹が居た。兄は妹を愛し、妹は兄を愛した。しかし、二人の父と母をこの兄妹を愛してはいなかった。

 兄がどれだけ妹を愛しても、埋め切れない程に妹は徐々に衰弱していった。

 やがて、その時は来た。妹は死んだのだ。

 兄は嘆き、哀しんだが奇跡が起こる。

 死の間際に妹は覚醒をした。嘗て、創造主の分身から齎らされた火、それが妹の中にも燻り、死を引き金にして再び燃え上がったのだ。

 妹は自身の火で焼かれ灰になることも、光によってアギトへと変わることは無かった。彼女が目覚めた姿は最も尊い姿──即ち創造主と同じ姿であった。

 創造主と同じ力に目覚めた彼女はもう一つの世界を創造した。それは鏡の中の世界。そして、彼女は新しい命すらも生み出し、それを自らに宿した。

 だが、目覚めたばかりの彼女の力は創造主には及ばす、繋げた命も限りあるもの。いずれはそれも消える。

 しかし、それを認めない者がいた。彼女の兄である。

 兄はこのとき決心した。必ず妹に本当の命を与えると。如何なる犠牲を払おうとも必ず。

 そして、年月を経て兄は踏み込んだ。妹が創り出した鏡の中の世界へ。

 合わせ鏡のように尽きぬことのない執念を宿して。

 




最後の文章はこのアギト、龍騎、ファイズの世界観を繋げてみようとしたものです。
アギト要素は接着剤程度且つ、この世界はオルフェノクがアギトに勝ったIFの世界という設定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

果たして誰が怪物か

「北崎さん。貴重な情報をありがとうございます」

「別にお礼なんていいですよー。僕も聞きたいことが聞けたから」

 

 バー・クローバーのカウンター席で隣同士に座りながら情報を交換していた村上と北崎。

 浅倉関連の騒動の後に村上が最初に行ったのは北崎への確認であった。彼が浅倉と最初に接触し、スマートブレイン社襲撃の切っ掛けになっていたからである。

 普段はあてもなく放浪している北崎であったが、このとき運良くバー・クローバーに居た。その理由は北崎の方も浅倉に関して話したいことがあったからだ。

 

「しかし、北崎さんが誰よりも先にミラーワールドを体験していたとは……しかも、生還もしている。流石は上の上、としか言いようがないですね」

「ミラーワールドね……人がごちゃごちゃしていないからお昼寝するには良い場所だよねー……でも、文字が全部逆になっているから目が疲れちゃった……」

 

 鏡の向こう側の世界に行った感想がこれである。このズレた感性こそが北崎らしかった。

 

「まさか、そんなものがあるなんて……非科学的な……」

「でも、実際にあるから仕方ないじゃない、琢磨君? それとも村上君と北崎君の言っていることを疑うのかしら?」

「わ、私は実際に見ていないのですぐに信じられないだけです……それにライダーという力も……」

 

 いまいち信じ切れていない琢磨だが、村上と北崎がミラーワールドの存在を認めてしまっている以上強くは否定出来ない。そもそも、その二人相手の否定出来る度胸が無い。

 ミラーワールドと一緒にライダーのことも教えられていた。そして、変身者が巷では悪い意味で有名な浅倉であることも。因みに村上が言うまで北崎が戦ったのは浅倉であることを冴子も琢磨も知らなかった。北崎が浮世離れした生活をしている為、浅倉の顔も名前も知らなかったことが理由である。

 

「浅倉威……私たちが思っている以上の凶悪犯のようね」

「……私としては北崎さんの方が凶悪だと思いますがね」

 

 普段からされていることがされていることなので凶悪犯だがたかが人間の浅倉よりも真の意味で怪物である北崎の方が琢磨にとって上の位置付けであった。

 北崎への不満を内心抱きながら琢磨が二人の様子を窺ったとき、ビクリと体を震わせた。てっきり村上との会話に集中していると思っていた北崎が、こちらを向いていたからだ。

 

「ねぇ。琢磨君も聞いてたでしょ?」

 

 村上の傍を離れ、わざわざ琢磨の近くの席に座る。

 

「僕が本当のことを言っていたって」

「そ、そうですね……」

「じゃあ、言うことがあるよねぇ?」

「い、言うこと……?」

 

 北崎の意図を察せられない琢磨が聞き返すと、北崎は琢磨の頬に人差し指の第二関節を押し当てグリグリと押し込む。

 

「やだなぁ。こういうときは、『疑ってごめんなさい』って言うよねぇ?」

 

 押し当てられた箇所が灰化して零れていく。琢磨は恐怖し、舌が縺れて上手く喋ることが出来ない。

 

「う、うう、うたが……ご、ごめ……」

「なーにー? 聞こえないよー?」

 

 調子に乗って琢磨を虐め続ける北崎であったが──

 

「北崎さん。もうその辺でよろしいでしょうか?」

 

 ──村上から待ったが掛けられた。

 

「今後はラッキー・クローバーの方々にも依頼することがあると思われます。私としては動く前に足並みの乱すことは止めて欲しい」

 

 冴子は内心驚く。普段は北崎の好きにやらせている村上が苦言を呈したのだ。今回の件でどれだけ村上が本腰を入れているのかが分かる。

 村上から注意され、北崎は琢磨から指を離す。琢磨は灰化した頬を涙目で擦っている。

 

「へぇ……」

 

 北崎の目が村上へ向けられた。少なくとも敵意は無い。村上の心境を知りたい様子であった。

 

「北崎さんの話には大いに意義がありました。我々オルフェノクはミラーワールドへ適合することが出来ます。まだ、ミラーワールドに自由に出入りする方法は分かっていませんが、それさえ知ればミラーワールドはオルフェノクにとっての新世界となる筈です」

 

 単純に考えれば世界が倍の広さへと変わるということ。しかも、そこに住むことが出来るのは元々生息しているミラーモンスターと進化した人間であるオルフェノクだけ。ミラーモンスターもオルフェノクの力があれば撃退することも難しくは無い。

 

「我々がミラーワールドを支配する……面白いとは思いませんか?」

 

 鏡の中の世界を支配する。幻想的であり壮大な話であるが、魅力を感じないと言えば嘘になる。

 

「へぇ。面白そう」

「ええ、そうね」

 

 北崎と冴子は興味を示す。琢磨は相変わらず頬を抑えて半泣き状態であったが、口を挟むことはしなかった。

 

「あ、でも浅倉って人は僕が倒すから誰も手を出さないでね?」

 

 北崎が前以って釘を刺して来る。

 

「彼は僕の獲物だから」

 

 北崎は笑みを消し、無表情で告げる。村上たちはそんな北崎の様子を珍しいと感じた。すぐに興味が移ろう性格をしている彼が浅倉という個人に執着しているのだ。

 

「ええ。北崎さんに任せます」

 

 北崎がやる気になるのは村上にとっても都合が良いので北崎の自由にさせる。

 

「──ところで澤田さんはまだいらっしゃらないのですか?」

 

 ラッキー・クローバー最後の一人の所在を確認する。

 

「彼、連絡が取れない上にあまりここには馴染んでないから、中々捉まらないのよ」

 

 冴子は苦笑し、未だに澤田が顔を見せないことを教える。

 

「残念ですね……情報はなるべく早く共有したい所なのですが……」

「澤田君が来たら、全部話しておくわ。信じるかどうかは分からないけど」

「頼みます。今回の件は彼の力も必要になると思いますから」

 

 澤田にも事情伝えるよう頼むと村上は席を離れる。すると、タイミング良くドアが開いた。開けたのは待機していたレオである。

 

「何か進展があったら伝えます。そちらも何か情報を得たら報せて下さい」

 

 村上はそう言い残し、ドアの向こうへ去っていく。ドアを閉める間際、レオと北崎たちは目が合った。

 

『バイバイ』

 

 レオは愛想の良い笑みを見せ、軽く手を振りながらドアを閉める。

 

「バイバーイ」

 

 北崎も二人が去るのを手を振って見送っていた。

 

「今のがレオって子ね。案外可愛らしかったわね」

「知ってるのー、冴子さん?」

「……一体誰なんですか?」

 

 初対面の北崎と琢磨は何か事情を知っている冴子に説明を求める。

 

「村上君直属の部下よ。所謂、懐刀という奴かしら。それを連れて行動しているとなると村上君も本気のようね」

 

 普段は裏の仕事をさせている者たちも動員している様子から、村上の今回のことに対する本腰の入れ具合が伝わってくる。

 

「……所詮は汚れ仕事専門でしょう? 我々、ラッキー・クローバーに及ばないと思われますが……」

「どうでしょうね……それにレオって子には面白い噂があるのよ」

「面白い噂……それって何……?」

 

 面白いという言葉で北崎が喰い付く。

 

「彼、オルフェノクの姿にならないオルフェノクなんですって」

 

 

 ◇

 

 それから数日間は両陣営の大きな衝突は無かった。だが、水面下では確実に事態は進んでいた。

 村上たちは断片的な情報から神崎に関係する情報を搔き集めていく一方で、スマートブレイン社に属するオルフェノクたちが謎の失踪を遂げていた。

 村上たちは神崎を徐々に追い詰めていきながら、神崎も徐々に村上たちの力を削いでいく。

 そして──

 

 

 ◇

 

 

 そこは阿鼻叫喚の地獄であった。数分前まで仲間たちと楽しい思い出を作っていた筈なのに知り合いが一人、また一人もの言わぬ灰へと変わり果てていく。

 その光景を腰を抜かした状態で見ている男。彼の視線の先には友人の首を掴んで持ち上げる灰色の怪人が立っている。

 太い腕と指が喉の食い込み、喋ることすら出来ない友人。仮に首を掴まれていなくても恐怖で声を発することが出来なかったかもしれない。

 ゴリラに似た灰色の怪人──コングオルフェノクが口を開く。すると、口の中から数本の触手が伸び、男の友人の口内へと侵入していく。

 入り込んだ触手はそのまま心臓へと達し、そこからオルフェノクの血ともいうべきエネルギーを注ぎ込む。途端、心臓は耐え切れなくなり青い炎に包まれて消滅した。

 コングオルフェノクが手を離す。男の友人はそのまま力無く倒れていき、地面に着くと同時に灰となって散らばった。

 オルフェノクはこうやって仲間を増やす。だが、この方法でも仲間を増やせる確率は低い。百人に行って一人成れば上出来。大半の人間はオルフェノクに進化する前に灰となって死ぬ。

 

「ひ、ひぃぃぃぃ!」

 

 男の恐怖が一回りし、生存本能に火が点いたのか完全に腰が抜けた状態ながらも這ってその場から逃げ出すが、素人の匍匐前進が出せる速度は悲しいほど鈍い。

 すると、目の前に誰かの足が見えた。男が見上げる。

 目深に被ったキャップと首元に巻いたスカーフのせいで殆ど顔が見えない。外に漏れる程の大音量を鳴らしたヘッドホンを付けてた長髪の青年が足元の男を見下ろしている。

 

「た、たた、助け……」

 

 上手く喋ることが出来ず、何度も嚙みながら助けを求める男。すると、青年はポケットから紙マッチを取り出し、一本だけ火を点ける。そして、いつの間にか持っていた折り鶴にマッチの火を付けた。

 燃える折り鶴が地面へ放り投げられる。青年の儀式染みた奇行に意味が分からない男は、青年を掴みながら何とか立ち上がり感情のまま怒鳴る。

 

「は、早く、け、警察を──」

 

 男の体が一瞬震えた。男は異物感を感じ、視線を下げる。男の胸には八方手裏剣に似た巨大な凶器の刃が突き刺さっていた。

 それが何かを、そして青年が何者かを理解する前に男は仰向けに倒れ、やがて灰と化す。そのタイミングで折り鶴も燃え尽きた。

 

「なーんど。お仲間か」

 

 コングオルフェノクの影に人の姿が投影される。十秒先のことも十秒後のことも考えていなさそうな軽薄さしか感じられない顔付きの男であった。

 コングオルフェノクは一連の動きを見て青年が自分と同じオルフェノクであることが分かり、少しだけ残念そうにしている。

 青年はコングオルフェノクに興味がないのかさっさとこの場から去ろうとするが、そんな彼をコングオルフェノクは呼び止めた。

 

「なあ! あんたもスマートブレインのオルフェノクなんだろ? オルフェノク同士折角出会ったんだから手を組まないか!」

 

 コングオルフェノクの提案に対しても青年の足は止まらない。

 

「噂のベルトを手に入れたら一気に偉く成れる! あのラッキー・クローバー入りも確実だって話だ! こんな美味しい話もそうは無いだろ?」

 

 事情を知る者が居れば噴飯ものの提案だっただろう。何せ、コングオルフェノクが話し掛けている人物こそがラッキー・クローバーのメンバー──澤田亜希なのだから。

 全く興味を示さず、耳も貸さずに澤田は歩く。

 

「なあ! あんたもオルフェノクなら──」

 

 不意にそこで会話が途切れた。一秒、二秒経っても続く言葉が無い。澤田も不自然に思ったのかやっと足を止めて振り返った。

 そこに居た筈のコングオルフェノクが消えている。近くに姿も見えない。

 澤田は気味の悪いものを感じ取り始める。

 

『──痛ましいな』

 

 突如として掛けられる声。澤田は周囲を見回すが声の主はいない。

 

『それは哀悼の意か?』

 

 男の声だが、妙な音と混じって聞こえるので聞き辛く、位置も特定出来ない。

 

「誰だ……!」

『それとも自分の中の人間性との決別か?』

 

 嘲笑を混ぜた声に澤田は苛立ちを覚える。

 

「何処にいる!」

『だったら尚更痛々しいな』

 

 澤田は声の主を探し続け、見つけた。止めてある車の窓ガラス。そこに柱へともたれ掛かっている姿が見える。柱の影に入っているせいで輪郭ぐらいしか見えない。

 澤田は振り返り、柱の方を見る。しかし、そこに居る筈の人物は居なかった。

 再び車の窓ガラスを見る。ちゃんとそこにはいる。だが、振り返るとやはりいない。

 

「どうなっている……!」

 

 窓ガラスの中にしかいないその男に澤田は焦りを覚えた。今まで経験したことのない未知がそこにある。

 

『俺がお前の迷いを断ってやる』

 

 影の中でその男は漆黒のカードデッキを取り出す。黒い龍の紋章が刻まれたそれを突き出すと男の腹部にVバックルが出現した。

 

『……変身』

 

 カードデッキが装填されると黒い虚像が重なり合って男を変える。

 鉄仮面を彷彿させる多数のスリットが入った仮面。額から頭頂部にかけた部分に描かれる黒い龍の紋章。スリットの向こう側には赤い双眼が浮き上がるように輝く。上半身に纏う装甲。左腕には龍の頭部を模したガントレットが装備されていた。

 全身をほぼ黒に染め上げられた漆黒の戦士。カツン、カツンと一歩一歩澤田の方へ近付いて来る。

 相変わらず窓ガラスにしか映らない相手を澤田は理解出来なかったが、このままではやられると思い、オルフェノクの姿へと変身する。

 人間の頭髪のように四方へと伸びる頭部の形状。顔面中央に収まっている単眼。腕、膝関節部分が蛇腹状になっており、両脇にはジョロウグモの姿がデザインされている。

 蜘蛛の特性を持つスパイダーオルフェノクは、車の窓ガラス目掛けて武器である八方手裏剣を突き刺した。

 窓ガラスは突き破られる。しかし、手応えは無い。すると──窓ガラスから出て来た手が八方手裏剣を掴み、それごとスパイダーオルフェノクを引き摺り込む。

 視点が一瞬おかしくなったか思えば同じ場所に立っているスパイダーオルフェノク。だが、今居る場所に強烈な違和感を覚えた。

 知っている筈なのに何かが違う世界。

 すると、突然空から何かが降ってきて地面に落ちた。それは居なくなったコングオルフェノクであった。

 スパイダーオルフェノクは近付くことはしなかった。何故ならば仰向けになっているコングオルフェノクの傍には漆黒の戦士──リュウガが立っている。窓ガラス越しでは無く実体として。

 リュウガは鼻で笑うような仕草をするとコングオルフェノクの首に足を乗せる。まだ息があったコングオルフェノクは呻きながらその足をどけようとし──ゴキリ、という音の後に動かなくなる。

 コングオルフェノクは間もなくして灰になり、リュウガはそれを踏み躙りながらスパイダーオルフェノクへと近付き始めた。

 灰と黒。二体の人でない者たちの戦いがミラーワールド内で始まろうとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その戦いを遠くから眺める者がいた。青いラインが体の至る箇所に入った白虎を彷彿とさせる仮面の戦士。

 

「僕、どっちを倒せばいいのかな……?」

 

 神崎のライダーの中で最も大きな歪みを抱えたライダーは答えを求めるように静かに呟いた。

 




スマートブレイン側が勝つにはとある人物の協力が必要
その人物と関わるには避けては通れない人物として彼が登場しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

白と灰と黒

 先に仕掛けたのはスパイダーオルフェノクの方であった。走り寄って八方手裏剣を上段から袈裟切りする。

 リュウガは上半身を横へ傾けることで容易く回避。空振りした直後にスパイダーオルフェノクは八方手裏剣を真横に振るう。

 軌道を無理矢理変えての追撃に対し、リュウガは八方手裏剣の下に潜り込んでその攻撃も空振りさせた。

 スパイダーオルフェノクが八方手裏剣を振り抜くと同時にリュウガは斜め前に出る。スパイダーオルフェノクの背後へと回り込む形となる。

 後ろを取られたスパイダーオルフェノクは振り返りながら八方手裏剣を構えるが、リュウガは背中を向けたままスパイダーオルフェノクの腹部へ後ろ蹴りを打ち込んだ。

 

「うっ!」

 

 反応出来ずに直撃を受けてしまったスパイダーオルフェノク。すぐに体勢を立て直そうとするが、いつの間にかリュウガがスパイダーオルフェノクの前に立っている。

 そこから素早い左右の拳の連打。胸部、腹部、鳩尾へ抉るように打ち込まれ、スパイダーオルフェノクの動きが止まると強烈なアッパーがスパイダーオルフェノクの顎を突き上げた。

 仰け反り、後退するスパイダーオルフェノクの腹にリュウガの前蹴りが刺さり、そのまま蹴り飛ばされた。

 

「がはっ!」

 

 スパイダーオルフェノクの体が数メートル程飛んで行く。

リュウガの回避する動きに無駄は無く、攻撃には容赦が無い。的確に急所を打つその様には冷酷さしかなかった。

 強い。スパイダーオルフェノクは否が応でもリュウガの強さを認めざるを得なかった。実際に戦っているからこそ分かってしまう。相手が自分の一段階上の強さにいることが。

前に北崎に圧倒されたことを思い出す。こちらはオルフェノクに変身していたが、人間の姿のままの北崎に一蹴された。あのとき感じた力の差と屈辱感が蘇ってくる。

 

「この程度か」

 

 片膝をついているスパイダーオルフェノクを見下ろしながら、リュウガは悪意を込めて嘲る。

 

「人間の進化した先……大層な肩書きだが、オルフェノクはどれもこれも大差ないな」

 

 何度かオルフェノクを狩ってきたような発言。スパイダーオルフェノクは知る由も無いが、リュウガは今日に至るまでオルフェノクを人知れずに狩ってきていた。スマートブレインに属するオルフェノクもいれば、力に目覚めただけの野良のオルフェノクなど対象は無差別である。

 

「黙れ……!」

「お前は本当に進化した存在なのか? それともそうだと自分に言い聞かせているだけか?」

 

 スパイダーオルフェノクが人を殺めるときに見せた折り紙を燃やすというルーティン。スパイダーオルフェノク自身は自らの人間性を捨てる為の行為として行っていたが、リュウガの目には別のものとして映った。

 

「うるさい……!」

「ふっ。中途半端な奴だ」

 

 リュウガの言葉はスパイダーオルフェノクの心へ深く突き刺さる。彼にとって最も言われたくない言葉であった。

 

「お前ぇぇぇ!」

 

 スパイダーオルフェノクは激昂し、その場から跳ねるように前へ飛び込む。

 接近と同時に振るわれる八方手裏剣。リュウガはそれを相変わらず紙一重で避けてしまう。

 スパイダーオルフェノクは怒りのまま乱暴に八方手裏剣を振り回すが、どれもリュウガに触れることが出来ない。

 怒ることでスパイダーオルフェノクの速さは確かに上がったが、その分攻撃に精細さが欠けてしまい単調なものになっている。身体能力が向上しても分かり切った攻撃に当たるリュウガではない。

 

「はあっ!」

 

 八方手裏剣を突き出す。リュウガは後ろへ跳躍して刃が触れることは無かった。両者の間合いが広がるとスパイダーオルフェノクはリュウガ目掛けて八方手裏剣を投げ放った。

 

「くらえっ!」

 

 リュウガはその行動を愚行と言わんばかり鼻で笑う。顔面目掛けて飛んで来た八方手裏剣を、横へ一歩動くことで簡単に回避し、八方手裏剣は命中先を失って彼方へと飛んで行く──

 

「──ん?」

 

 リュウガは気付く。顔のすぐ傍に伸びている太い線のようなものがあることに。その先は飛んで行った八方手裏剣と繋がっており、その端はスパイダーオルフェノクの腕と繋がっている。腕や脚にある蛇腹の部分が伸びていたのだ。

 そして、投げたと思っていた八方手裏剣は実は腕を伸ばしてそう見せただけ。伸びたということは、その逆も出来るということ。

 リュウガもそれに気付き、急いでその場から移動しようとする。だが、リュウガが動く前にスパイダーオルフェノクの伸びた腕は急速に縮む。

 金属が擦れ合う音と一瞬の火花が起こる。背後から戻って来た八方手裏剣の刃がリュウガの頬を裂いたからであった。

 腕を元に戻したスパイダーオルフェノクは内心舌打ちをする。伸縮自在の腕や脚は村上たちにも見せたことがないスパイダーオルフェノクの隠し技である。それを用いてリュウガにダメージを与えたが掠り傷。凄まじい反応速度によりその程度に抑えられてしまった。

 奇襲に失敗したスパイダーオルフェノクはここからどう戦うか考え始めた矢先──リュウガの眼光により息を呑む。

 周囲の温度が数度下がったかのような寒気。リュウガの殺気に満ちた赤い目がスパイダーオルフェノクを射殺すように凝視し続けている。

 思いもよらない傷を貰ったことで、リュウガの中のスパイダーオルフェノクへの殺意が満ちる。

 殺す、という言葉の代わりに一瞬で距離を詰めての膝蹴りがスパイダーオルフェノクの腹を突き上げた。

 肺が潰れてしまうような衝撃でスパイダーオルフェノクの体はくの字に折れる。その背に振り下ろされるリュウガの肘。前のめりに倒れそうになるが、リュウガはスパイダーオルフェノクの頭を掴んで倒れることを許さない。

 頭を引っ張り上げて放すとリュウガはスパイダーオルフェノクの顔面に上段蹴りを打ち込む。更に足を振り抜いた勢いを利用して今度は反対の足による後ろ回し蹴りを側頭部へ入れる。

 スパイダーオルフェノクの意識は半ば飛び掛け、蹴られたせいで駒のように体が回る。

 体の向きが百八十度回転したとき、スパイダーオルフェノクの首は背後から伸びてきたリュウガの左腕によって締め上げられた。

 

「ぐ、が、はな、せ……!」

 

 頭を蹴られたせいで世界がドロドロに溶け合ったように映る中でスパイダーオルフェノクは首を締めるリュウガの左腕を引き剥がそうとするが、意識の混濁で力が入らないという理由もあるが、それ以上にリュウガの腕力はスパイダーオルフェノクの力を凌駕しており引き剥がすことが出来ない。

 リュウガは左腕でスパイダーオルフェノクの首を締めたまま右手で左手の黒い龍のガントレット──ブラックドラグバイザーをスライドさせ、露出したスロットにカードを入れて元の位置に戻す。

 

『SWORD VENT』

 

 低い電子音声と共に天から青龍刀のような形状をした黒い柄の剣が飛んで来てリュウガの右手に収める。

 リュウガはスパイダーオルフェノクの鈍色に輝く刀身を見せつけながら、わざとゆっくりとした動きで黒い青龍刀──ドラグセイバーの刃をスパイダーオルフェノクの胸に押し当て──一気に刃を滑らす。

 

「ぐあああっ!」

 

 刃と灰色の体の間から血潮の如き火花が散り、スパイダーオルフェノクは声を上げてしまう。

 リュウガは左腕の拘束を緩め、スパイダーオルフェノクを解放する。当然ながら逃がす為ではない。

 ドラグセイバーが振り下ろされ、スパイダーオルフェノクの体は斬り付けられ、切り返された刃で対称の傷が刻まれる。わざわざ解放したのは、その方が斬り易いからであった。

 スパイダーオルフェノクを捌くかのようにリュウガの剣が走る。

 滅多斬りという言葉を体現させるかのようにスパイダーオルフェノクの体中を斬りつけていくリュウガ。

 無傷の箇所を探すのが難しい程に全身に切傷を刻み込まれるが、それでもまだスパイダーオルフェノクは生きている。怪人故の生命力が彼に容易く死を与えない。

 斬られながらもスパイダーオルフェノクは反撃の機会を窺っている。このままやられるつもりはなかった。彼はまだ道の途中、人間とオルフェノクの狭間を彷徨っている者。人としてもオルフェノクとしても死ねない。

 リュウガは大振りの構えをとる。トドメの一撃の為である。隙が大きくなった瞬間、スパイダーオルフェノクは八方手裏剣を突き出した。

 

「なっ……」

 

 八方手裏剣はリュウガの眼前で止まっていた。八方手裏剣の中央部分にドラグセイバーが差し込まれ、それ以上先に押し込むことが出来ない。

 

「残念だったな」

 

 リュウガはスパイダーオルフェノクを嘲る。全てはリュウガの掌の上。隙を作ってみせたのもわざと。避けることも出来たのにドラグセイバー一本で止めたのは技量の差を見せつける為。スパイダーオルフェノクの体だけでなくその心まで殺そうとしている。

 リュウガはドラグセイバーの刃を絡めるようにしてスパイダーオルフェノクの手から八方手裏剣を取り上げ、彼方へ投げ捨てる。そして、無手になったスパイダーオルフェノクの腹に後ろ回し蹴りを叩き込み、蹴り飛ばす。

 数メートル宙を移動した後地面に落ち、そこから同じ距離を滑走する。

 

「うっ……」

 

 スパイダーオルフェノクは呻いた後に意識を失い、オルフェノクの姿から人間の姿へと戻ってしまった。

 リュウガは気を失った澤田を暫くの間凝視する。

 

「……やはり消滅しないか」

 

 ミラーワールド内でオルフェノクはミラーモンスターと同様に適合出来る。北崎に続いて澤田もそれを証明する。

 

「忌々しい……!」

 

 嘲笑など澤田に対して見下す言動が多かったリュウガが嘲り以外の感情を見せる。それは怒りと嫉妬の感情。リュウガはとある事情により現実世界とミラーワールドに適合出来るオルフェノクに劣等感に近い感情を覚えており、それが表に出て来ていた。

 リュウガはブラックドラグバイザーに新たなカードを挿入する。

 

『STRIKE VENT』

 

 掲げたリュウガの右腕に龍の頭部を模した手甲型の打撃武器──ドラグクローが装着される。

 リュウガがドラグクローを付けた状態で構える。それに呼応し、空から黒い龍が舞い降りて来る。彼の契約モンスターであるドラグブラッカーはリュウガの周りを旋回しながら合図が下されるのを待つ。その口からはリュウガの内面を表すような青黒い炎が漏れ出していた。

 構えたドラグクローが突き出される。凶悪なる力が解放された瞬間──

 

『FREEZE VENT』

 

 ──全てが凍結された。ドラグブラッカーも、そして主であるリュウガも。

 

「あれ……?」

 

 この事態を引き起こした張本人は何故か困惑した様子で物陰から出て来る。

 マッシブな印象を与える上半身の白い装甲。複数のスリットが入った仮面の両頬には髭にも爪にも見える装飾。体の至る箇所に青い線が入っており、総合して見ると白虎をイメージさせる。

 名もその通りタイガと与えられている彼は、片手に斧を持っている。刃の付け根に虎の頭部のカバーが付けられていた。

 

「何で停まったんだろう?」

 

 ドラグブラッカーと共に凍結させられ、白い霜を付けているリュウガを見てタイガは首を傾げていた。

 彼が使用したフリーズベントはミラーモンスターと、ソードベントなどのミラーモンスター由来の力を瞬間凍結させて動きを封じる能力を持つが、ライダーまで凍結したのは初めてのことであった。

 フリーズベントで動きを封じて奇襲するのが彼の得意戦法であるが、思わぬ事態に出て来てしまう。

 

「どうしよう……先生に言った方がいいのかな?」

 

 彼が最も信頼し信奉し敬愛する人物に相談すべきか考えるタイガ。そのとき、澤田の呻き声が耳に入ってくる。

 

「……取り敢えず、こっちから先に倒しちゃおう」

 

 リュウガは保留にし、先に澤田から始末することを決断する。

 斧──デストバイザーの柄を握り締める。

 

「ごめんね。でも、君は化け物だし、仕方ないよね?」

 

 命を奪うことを本気で謝っているが、行動に一切反映されない。常人には理解不能な感性によりタイガは行動している。

 やがて、タイガの足が澤田の傍で止まり、そして──

 

『ACCELE VENT』

 

 何処からか女性の音声が鳴ると二つの黒い影が高速で疾走し、タイガと澤田を何処かへ連れて行ってしまう。

 暫くしてフリーズベントの効果が切れたリュウガ。動けなかったが意識はあったので何が起こったのか分かっている。リュウガは不愉快そうに吐き捨てる。

 

代替品(オルタナティブ)共め……!」

 

 

 

 

 リュウガも追えない位置にまで移動すると影は止まり、澤田とタイガはそこへ降ろされる。そして、二つの黒い影のハッキリとした姿も分かった。

 漆黒のボディに金のラインが入った装甲。昆虫のコオロギを連想させる生物的な要素の多い頭部。右腕にはカードを通すスラッシュリーダーを装備。腹部にはライダーと同じバックルとカードデッキがあるが、特徴は同じだが形は異なっていた。

 二体は同じ姿だが、多少の差異はある。片方は額に銀色でVと描かれ、ボディの両サイドに白い線が引かれている。

 

「おい! 何勝手な行動をしているんだ!」

 

 Vのマークの無い方がタイガへ詰め寄りながら怒鳴る。

 

「ごめん……仲村君……」

 

 顔を伏せながら謝るタイガ。すると、Vマークの方が割って入ってくる。

 

「そこまでです」

「先生……!」

 

 憧憬の対象から庇われたことに感激した様子のタイガ。

 

「東條君。仲村君の言う通り単独行動は感心しません」

 

 窘められ、落ち込むタイガ。

 

「ですが、貴方の行動で人一人の命が救われました。それはとても素晴らしいことです」

 

 褒められ、仮面越しでも分かるぐらいにタイガは表情を輝かせる。

 

「はい! 僕もそう思います!」

 

 ほんの少し前までその人物を殺そうとしていた者とは思えない発言である。

 

「しかし──」

 

 先生と呼ばれた彼は気付いていた。澤田が普通ではないことに。ミラーワールドで生身のまま存在し続ける異常性に。

 

「彼にも話を聞く必要がありますね」

 

 

 




個人的にも好きなオルタナティブたちの登場と同時に今作で最もまともな香川先生と仲村の参戦となります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

危険×危険

東條は書くのが難しいですね。


「うっ……」

 

 瞼越しに光を感じ、澤田は呻きながら体を起こそうとする。途端、鋭い痛みが全身に走る。同時にリュウガにより自分が滅多切りにされたときの記憶が蘇ってきた。

 オルフェノクの力を手に入れてからあそこまで一方的にやられたのは初めての経験である。恐怖よりも怒りと屈辱を覚え、今すぐにでも仕返しをしたい気分であった。

 そんなことを考えていたら、ふと気付く。自分が今、何処にいるのか。少なくともリュウガと戦った場所ではないことは分かる。仰向けになっている澤田は、柔らかな感触によって挟み込まれていた。これは布団の感触である。

 それが分かると閉じていた瞼が開く。最初に目に映ったのは天井。次に視界を左右に動かす。これといった物が置いていないシンプルを通り越して質素な室内。そのせいか壁際に置いてある全身鏡が目だって見える。当然ながら澤田にとって見覚えの無い場所であった。

 

「ここは……」

 

 澤田は体を起こす。そして、自分の体を見た。腕には包帯が巻かれ、頬などに絆創膏も貼られて簡単ながら治療をされた跡がある。

 澤田はもう一度室内を見回すと、近くのテーブルに澤田の帽子とヘッドホンなどが置かれてある。

 何故ここに居るのか、と澤田は困惑する。リュウガに不自然な空間に連れ込まれて敗北した後の記憶は無い。誰かが澤田をここへ運んだことには間違い無い。

 

「あれ? 起きた?」

 

 部屋の奥から誰かがやって来て、澤田が起床していることを確認する。年は二十代。あまり目立った要素の無い、良く言えば落ち着いた雰囲気の、悪く言えば特徴の無い青年。

 見知らぬ人物に警戒する澤田だが、彼の警戒を余所に持っていたトレイを布団の傍にあるテーブルへと置く。トレイには焼かれたトーストと目玉焼き、サラダが乗せられてある。

 

「朝食を作ったんだけど、食べる?」

「……」

 

 澤田は答えない。というよりも答えられる状況ではなかった。分からないことが立て続けに起こったせいで軽くパニックになっている。

 

「要らないなら、先に食べるよ?」

 

 トレイに載せられた朝食は二人分あり、青年はテーブル前に座ると澤田の返事を待つ前に自分で作った朝食を食べ始める。

 

「何なんだお前は……?」

 

 澤田の口からやっと出て来た言葉は、現状と青年に対する困惑の声であった。

 

「東條悟」

「何?」

「僕の名前」

 

 青年こと東條は簡単な自己紹介を済ますと再び朝食を食べ出す。澤田は別に東條の名を知りたくて言った訳では無い。何処かズレた感じがする東條に澤田は得体の知れないものを感じた。

 

「──食べないの?」

 

 東條がまた催促してくる。名前以外全く知らない人物の作った料理を食べるのは抵抗感を覚えるが、澤田が空腹を感じているのも事実。万が一として毒を盛られている可能性もあるが、オルフェノクになったことで常人よりも丈夫になっているので死にはしない。一応は警戒しながらも焼かれたトーストを手に取り、齧る。

 表面は固く、中は柔らかく、噛むと香ばしい匂いが鼻を抜けていく。変哲もないただ焼いただけの食パンだが、空腹の澤田にとっては美味であった。

 暫くの間、食事に集中しているので室内は咀嚼音以外の音が無くなる。

 正直こんなことをしている場合では無いと澤田は頭の片隅で思っていた。色々と訊くことが多々ある。何故ここにいるのか、どうして連れてきたのか、何で助けたのか、など。それを訊く前に話の流れと食欲に抗えず正体不明な男と顔を突き合わせて朝食を摂っている。客観的に見ても理解の追い付かない展開であった。

 

「そっちは?」

「何? そっち?」

 

 急に東條から話し掛けられ、言っている意味が理解出来ずに澤田は聞き返す。東條は目玉焼きを箸で突いており、目を合わせようとしない。

 

「君の名前」

 

 視線を目玉焼きに向けたまま質問を補足する。

 噛み合わない奴だ、と澤田は内心愚痴る。最初から話の通じない奴と違って一応は会話が出来るので余計に面倒に感じる。

 澤田は名乗るべきかどうか考える。別に知られたところでデメリットは無いが、素性の知らない相手に名乗る気にはならない。

 

「僕は自己紹介したし、君も自己紹介をした方がいいかも……礼儀として」

 

 澤田を見向きもせずに目玉焼きの黄身を突き続ける東條。人と目を合わさず目玉焼きの黄身と目を合わせている奴に礼儀云々言われることに腹立たしさを感じるも──

 

「……澤田亜希」

 

 ──嫌々ながらも名乗った。

 

「そう」

 

 無関心を固めたような一言で済まし、東條は突いていた黄身を破って目玉焼きを食べ出す。

 呆気にとられる澤田。すぐにそれも怒りに変わり殺したくなってくるが、例え殺意であっても東條という良く分からない男と交流したくもないと思い、さっさと食事だけ済ませて出ていくことを決める。

 そう決断すると澤田は黙々と食事を続ける。これ以降二人の間に会話は無い。

 澤田は最後に残った一齧り程度のトーストを口に放り込もうとして動きが止まった。視線を感じ、東條の方を向くと今度は何故か東條が澤田を観察するようにジッと凝視し続けている。

 

「……何だ?」

 

 暗い穴のような両眼を向けられ、澤田は不愉快そうに言う。その目に既視感を覚える。オルフェノクになった者の中には東條のような目をした者が何人もいた。そして、澤田自身も──

 

「普通に食べるんだなって。何か違うかもしれないと思ったから……」

「……食べ方なんて誰も同じだ」

「でも、君って怪物でしょ?」

 

 澤田は一瞬東條が何を言っているのか分からなかった。言っている内容を理解したとき、澤田は立ち上がって東條を睨む。

 

「お前……俺がオルフェノクだというのを知っていたんだな……!?」

「へぇ……あの姿ってオルフェノクって言うんだ……」

 

 東條は特に興味が無さそうに言う。澤田は舐められていると思ったのか、顔に紋様を浮かび上がらせた。

 

「恩を着せているつもりかは知らないが、自分が死なないと思っているのか?」

 

 澤田の殺意は本物であった。リュウガから助けられ、怪我の手当てもされ、普通の人間ならば恩義を感じるかもしれない。しかし、澤田はオルフェノクであろうとすることに強く拘り、自分の中の人間性を全て捨てようとしている。恩を仇で返すことに躊躇いはない。

 

「……止めた方がいいかも。折角助かったんだし」

「止めると思うのか?」

「それに先生も君と話したいって言ってたし……」

「その先生が誰かは知らないが、俺には関係無い」

 

 すると、今まで無気力に見えた東條の目に険呑な光が宿る。

 

「香川先生に迷惑を掛けないでくれるかな……?」

 

 一見すれば平凡そうに見える東條から放たれる危険な気配。それと同時に澤田はある音を耳にする。それはリュウガが初めて現れたときと同じ、耳障りな音。

 

「これは……!?」

 

 澤田は驚き、周囲を見回す。窓ガラスなどを見るがリュウガの姿は無い。

 そのとき、音に混じり別のものが聞こえて来る。それは普通の一室ではまず聞こえる筈の無い猛獣の声──虎の咆哮であった。

 

「こいつは!?」

 

 そして、気付く。全身鏡に映り込む怪物がこちらを見ていることに。

 その怪物は虎に似ていた。白い体に青の縞模様が入っている。だが、本物の虎のように四足ではなく二本の足で立っている。上半身は鎧を彷彿させるような外骨格出覆われている。頭頂部には耳が生えており、目は黄色で黒目は無い。首周りも外骨格が守られているので顔の下半分が胴体に埋もれているように見える。

 東條の契約モンスターであるデストワイルダーは、手甲のような両手から伸びる五本の爪を澤田に向けて威嚇をしている。

 澤田は鏡と鏡の前を交互に見る。やはり、鏡の前に何も無く、デストワイルダーは鏡の中のみに存在した。

 

「お前もあの黒い奴と関係があるのか……!」

「知りたい? 先生も君に色々と訊きたいって言ってたよ」

 

 東條を薄く微笑む。冷笑ではなく友人に向けるような柔らかな笑み。しかし、場違い過ぎて澤田には不気味な笑みにしか見えなかった。

 

「だから、今から先生に会いに行こう」

 

 澤田に選択肢など存在しなかった。

 

 

 ◇

 

 

 清明院大学。その研究室内で二人の男性がいた。

 片方は眼鏡を掛けた白衣の男性、もう片方は私服姿で心なしか不機嫌そうな表情をしている。

 

「仲村君。申し訳ないですが、急用が出来てしまったので少し離れます。もし、東條君が彼を連れて来たら先に話を聞いておいて下さい」

「今からですか?」

 

 仲村と呼ばれた男は、白衣の男性の話を聞いてますます表情を険しくする。

 

「私も参加したいのは山々なのですが、理事長から直々のお願いである人物と会うことになってしまいました……」

「そんな、急に……」

「ええ、本当に急です。私も今朝聞かされましたから」

 

 生真面目そうな雰囲気の白衣の男性は、無理な頼みに対して少々不機嫌そうにしていたが、同時に仕方ないという態度でもあった。

 

「……普段なら断るところですが、相手が相手だけに無下にすることも出来ません。なるべく早く話を切り上げるつもりです」

「一体誰と会うんですか? 香川先生?」

 

 白衣の男性──香川は眼鏡を直しながら答える。

 

「スマートブレインの社長ですよ」

 

 

 ◇

 

 

 ミラーワールド内。王蛇は最早日課になりつつあるオルフェノク狩りを愉しんでいた。

 最初に戦ったヘッジホッグオルフェノクがあまりに手応えが無いのでオルフェノクに対する期待は低かったが、スマートブレイン社へ乗り込んで以降はその認識を改めた。

 下はしょうもないが、上は歯応えのある者もいる。何よりもこちらを本気で殺そうとして来るのが王蛇にとって良い。ライダーバトルでも王蛇を本気で殺そうとする者は少ないので彼にとって新鮮であった。

 浅倉として警官たちに追われ、それを餌にしてスマートブレインのオルフェノクを釣る。浅倉の目撃情報が流れると高確率でオルフェノクらも目撃情報付近に姿を現す。

 待ち伏せして、ミラーワールドへと引き摺り込む。それが今の王蛇の狩り方であった。

 そうやって今日も二体のオルフェノクをミラーワールドへと連れ込んでいる。

 両目が長く伸びたナメクジの特徴を持つスラッグオルフェノク。顔の中央にドリルのような突起を付け、長い爪を装備したモグラの特徴を持つモールオルフェノク。

 二体は殺意を以って王蛇を攻撃するものの攻撃は王蛇には届かない。王蛇はベノサーベルを振り回し、二人を圧倒していく。

 

「うおらっ!」

 

 王蛇の激しい斬り上げを防いだモールオルフェノクは、威力に押されて転倒してしまう。すかさずそこへベノサーベルを振り下ろそうとするが、近くに居るスラッグオルフェノクが王蛇へ口から噴射した液体を掛ける。

 王蛇は振り下ろす筈であったベノサーベルの軌道を変え、液体を防ぐ。すると、液体は強い融解性を持っておりベノサーベルの刀身が泥のように溶けてしまった。

 

「ほぉ……」

 

 スラッグオルフェノクの攻撃に面白がりながらも解け残った柄の部分を投投げつける。柄はスラッグオルフェノクの顔面に命中し、スラッグオルフェノクは大きく怯んだ。そして、足元にいるモールオルフェノクをサッカーボールのように蹴り飛ばす。

 

「……偶には遊ばせてやるか」

 

 二体のオルフェノクが離れると王蛇はベノバイザーを取り出し、カードデッキに指を当てる。そして、二枚のカードを抜き、連続で装填する。

 

『ADVENT』

 

 音が立て続けに鳴る。すると、何処からか白い塊が飛んで来てスラッグオルフェノクに体に命中。白い塊は広がりスラッグオルフェノクを地面に固定。粘着力があるそれは蜘蛛の糸に近い性質を持っている。

 

「う、うああああああああっ!」

 

 スラッグオルフェノクは絶叫を上げた。鋼鉄のような外骨格を持つ巨大な蜘蛛──ディスパイダーがこちらへと近付いているのか見えたからである。

 モールオルフェノクは背後から飛翔してきた怪物に背中を切り裂かれ、悶絶していた。

 

「あ、うぐあ……!」

 

 立ち上がろうとすると再び飛んで来たそれによりまたも切り裂かれる。

 

「うぐあっ!」

 

 金色の突起がある頭部。肩の左右には羽のような装飾。緑と紫、金の配色が施された鳥形の怪物──ガルドミラージュがサークル状の刃『圏』でモールオルフェノクを痛めつけていた。

 ディスパイダーとガルドミラージュ。どちらも王蛇の契約モンスターではない。ならば何故操ることが出来るのか。

 これこそが神崎が王蛇に与えた権限の一つ。今の王蛇は契約モンスターを除く全てのミラーモンスターを使役出来る。

 

「ははっ」

 

 呼び出したミラーモンスターを愉快そうに笑いながら王蛇は新たなカードをベノバイザーへ入れた。

 

『UNITE VENT』

 

 自動的に呼び出されるベノスネーカーとエビルダイバー。そこへガルドミラージュが飛んで来て三体のミラーモンスターが一つへと重なり合う。

 エビルダイバーはベノスネーカーの胴体と融合して一対の羽へ変形。ガルドミラージュのベノスネーカーの頭部と一体と化しており、ベノスネーカーの顔にガルドミラージュの頭部装飾が移植され、頭頂部には武器であった圏が飾りとして刺さっている。ガルドミラージュの左右に広げた両腕は緑、金、紫の三色の羽毛を生やした羽に変化している。

 

「はあっ!」

 

 王蛇が融合したミラーモンスターの頭部へ飛び乗り、舵のように頭頂部の圏を掴む。すると、融合ミラーモンスターは四枚の羽で6メートルを超える巨体を飛び立たせた。

 三体融合のミラーモンスターであるジェノサイダーの新たな姿ジェノサイダー飛翔体というべきそれは空中から地面に張り付けになっているスラッグオルフェノクを見ると、口から毒々しい液体を吐き出す。

 液体を浴びせられたスラッグオルフェノクは次の瞬間、炎上し出す。

 

「ぎゃあああああ!」

 

 自然発火する可燃性の毒液は一瞬で数千度にまで達し、スラッグオルフェノクを灰すら残さずに蒸発させ、地面にスラッグオルフェノクの痕を焼き付ける。

 

「あ、あああああっ!」

 

 モールオルフェノクはパニックになり、両手の爪で地面を掘って逃げ始める。当然ながら王蛇はそれを許さず、カードを装填。

 

『FINAL VENT』

 

 ジェノサイダー飛翔体の頭部から飛び上がる王蛇。そして、錐揉み回転しながら落下してジェノサイダー飛翔体を蹴り落とす。

 落下するジェノサイダー飛翔体の喉から尾の先端までに切れ目が入ると左右に割れる。現れたのは何も見えない暗黒の空間──ブラックホール。

 ジェノサイダー飛翔体は、モールオルフェノクが逃げた穴に全身を叩き付ける。口ではなく体で呑み込む。直後、半径数十メートルの地面が消滅。モールオルフェノクは逃げ切れることが出来ず地面ごとブラックホールに吸い込まれてこの世から消去された。

 王蛇がジェノサイダー飛翔体の頭部へ着地する。癖のように首をゆっくりと回す。

 

「あぁ……悪くない……!」

 

 戦いばかりで苛立ちが募らないことに上機嫌な王蛇。しかし、満足はしていない。王蛇の飢えは満たされることはない。

 王蛇は数多の力を率いて次なる獲物を探し始める。

 




どうして王蛇がミラーモンスターたちを使役出来るようにしたかは、今回の展開を見て察せると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

0とΩ

前回休んだので今回は長めです。


 香川は大学の来賓用の部屋に置かれた豪華なソファーに座り柄にも無く緊張をしていた。

 

(どうしてこうなったのか……)

 

 香川の頭には疑問符しか浮かばない。

 香川こと香川英行。37歳という若さで清明院大学の教授という立場を務めている。既婚者であり妻との間に長男をもうけている。傍から見れば順風満帆で他人が羨むような人生を送っている。

 しかし、香川はそんな人生の陰である目的の為に動いていた。

 切っ掛けは大学に在学していた神崎士郎という男。ある日、彼が偶然落としたある資料を香川は拾い上げ、中身を見てしまった。

 すぐに神崎により資料は取り上げられてしまったが、このことは香川の人生を大きく変える転機となる。

 香川には常人には無い特殊な能力を持っていた。それは一度見たものならば意思とは無関係に全て記憶してしまうという瞬間記憶能力。この能力により香川は神崎の資料の内容を理解する前に脳へ全て刻み込んでしまっていた。

 運命の悪戯というにはあまりにも偶然が過ぎた出来事。香川にとっても神崎にとっても試練へと繋がる重く、苦しい偶然であった。

 それから間も無くして神崎はある実験を行い、犠牲者を出して後に姿を消した。

 香川は神崎が何をやったのか薄々とは理解しており、後に頭の中の記憶に従い研究を始めた。そして、研究の中でミラーワールドの存在に気付き、神崎が何をしたのかも理解してしまう。

 並の精神の持ち主ならばそこで恐れをなして知ったこと全てを破棄していただろう。だが、香川の精神は並外れたものであった。

 ミラーワールドに潜むミラーモンスターにより無辜の人々が食われていく現実を見過ごすことが出来ず、ますます研究に没頭する。

 しかし、幾ら資料を記憶していても神崎の研究を完全に再現することが出来ず壁にぶつかり研究は停滞してしまった。そこで二度目の偶然が起こった。

 清明院大学の大学院生である東條が香川に神崎から渡されたカードデッキを持って来たのだ。

 香川と東條は前から面識があり、何かと陰のある青年というのが香川の印象であった。人と打ち解けておらず孤独に過ごしている姿を不憫に思い、何度か話し掛けていたことがこのことに繋がった。

 香川は記憶した神崎の資料と実物のカードデッキにより独自のカードデッキを作成。後にオルタナティブ・ゼロと名付けた疑似ライダーのプロトタイプを生み出す。

 オルタナティブ・ゼロは完成したが、香川はそれで満足はしていなかった。オルタナティブは元々量産するつもりで設計しており、カードデッキの量産に並行して新たな協力者を求めていた。

 そこで目を付けたのが神崎と同じ研究室に所属していた仲村創である。神崎が実験を行った際に仲村は偶然不在であった為、難を逃れた。神崎の実験以降教授は行方不明になり、研究仲間も大学を去り、研究室は閉ざされた。あの件は仲村の中で未だに燻っている状態であり、神崎と戦うには十分な動機があった。

 神崎が行ったことを全て話すと仲村は二つ返事で香川たちと手を組むこととなった。しかし、仲村という青年には少し問題がある。

 彼の戦う理由は香川とは異なり、神崎個人への復讐である。自分の人生を大きく狂わされたことへの怒りを根源としているので、そのせいか行動が前のめりになっている傾向があった。

 量産第一号であるオルタナティブを渡してからそれが顕著になっている。今のところは目的が共通しているので大人しくしているが、香川は仲村が暴走しないように目を光らせていたり、遠回しに釘も刺していた。

 戦う力を手に入れ、仲間も増え、それでも香川たちはやるべきことが多々ある。正直なところ、こんな所で時間を浪費したくない。

 今一番興味があるのは東條がミラーワールドで救助した青年について。ミラーワールド内では生身の人間が活動出来ないことは香川も知っている。それなのに消滅しなかった青年。香川の知る常識を覆す存在に、色々と質問をしたかった。

 内心そんなことを考えているとドアをノックする音が聞こえる。

 

「どうぞ」

 

 香川は立ち上がって入室を促す。

 入って来たのは頭の先から足の先まで一切の乱れがない完璧な装いの男──村上であった。

 

「本日は私の為に時間を割いて頂き、ありがとうございます」

 

 村上は人の心の中へするりと入り込めそうな微笑を浮かべながら感謝の言葉を述べる。

 

「わざわざ足を運んでいただかなくとも、私の方からそちらへ出向いた方が良かったのでは?」

 

 相手は今の日本を牽引し、世界にも名を轟かせるスマートブレインの二代目社長である。清明院大学も有名であり、そこで教授を務めている香川もそれなりに偉いが、両者の立場を比べるととてもではないが対等ではない。そう考えることすら烏滸がましい。

 

「いえ。私の方から無理を言ったんです。こちらから伺うのが礼儀かと」

 

 微笑を崩さない村上に対し、香川は愛想笑いの一つも無く無表情のままであった。大企業の社長を前にして緊張しているのも理由の一つだが、もう一つの理由として村上に油断してはならないと香川の直感が囁く。

 並の直感ではない。一度見たものは全て記憶出来る香川の経験則による直感である。それが警鐘を鳴らしている。

 

「──おかけになって下さい」

 

 香川は置いてあるソファーへの着席を勧める。では、と言って村上がソファーに座ると香川も対面のソファーに腰を下ろした。

 

「お茶を用意しますので、少しお待ちください」

「いえ、結構です。お気遣いなく」

「そうですか。では、本日は一体どういったご用件で?」

 

 前置きをせず、ストレートに問う。

 

「大企業であるスマートブレインの、それも社長である貴方が、一介の教授に過ぎない私と何を話すことが? 失礼ですが、全く心当たりがありません」

「ご謙遜を。その若さで教授という役職に就いているとは大したものです。まさに、上の上と言うべき人ですよ、香川先生?」

「はぁ……」

 

 独特な評価をする村上に香川もそう言うしかない。本心の見えない相手だと香川が思っていたとき──

 

「神崎士郎」

 

 ──不意打ちのようにその名が出され、香川は思わず目を見張ってしまった。

 

「それとも高見士郎の方が良かったですか? 私たちは彼について調べています」

 

 神崎が養子に引き取られたときの性も知っている村上。香川は村上に対して警戒心が一気に強まる。

 

「神崎君ですか……名前は知っています。優秀な生徒ですから。ですが、生憎彼は私の研究室のメンバーではありませんでした」

「知っていますよ。江島均教授の研究室に所属していたんでしょう? 出来れば江島教授にお話を伺いたかったのですが、あの凄惨な事故以来行方不明ですからね。残念です」

 

 村上の口振りからして神崎に関する情報は凡そ入手していることが推測出来る。大企業故に普通ではそういった分野にも精通していることは容易に想像がつく。

 

(しかし、何故スマートブレインの社長が神崎君のことを調べている?)

 

 神崎と村上の繋がりについては全く予想が出来ない。

 

「……どうして貴方は神崎君について聞きたいのですか?」

「彼がとても興味深い研究をしているという情報を手に入れたので。その研究のお手伝いをしたいと思っています。スマートブレインは将来有望な人材に大して投資することを惜しみません」

 

 白々しい。村上の話を聞いた香川の感想がそれだった。明らかに本心を隠して話している。この時点で香川は村上を信用出来ないと判断する。

 

「──そうですか。神崎君がもし居たら喜ばしい話だったでしょうね。残念ながら私は彼についての情報は全く知りません」

「封鎖されていた江島教授の研究室を継いだ貴方なら何か知っていると思ったのですが」

「申し訳ありませんが──」

「『鏡』」

 

 その言葉に香川の表情に一瞬動揺が走る。それを見たのか見ていないのか、村上は笑みを深くした。

 

「鏡にまつわる斬新な研究をしていたんですよね? 何か詳細を知りませんか?」

「──さぁ。詳細までは分かりません」

 

 核心を突いてくる村上に対して香川ははぐらかす態度をとる。相手がどれだけの情報を持っているかの駆け引き。簡単には自分の手札を見せる訳にはいかない。

 室内にて冷えるような空気が流れ出す。

 

 

 ◇

 

 

 香川と村上が対面した同時刻。香川の研究室であると同時に元江島教授の研究室であったそこで仲村は東條が澤田を連れて来ることを待っていた。

 待つ彼の態度に落ち着きは無い。常に一定の場所に留まらず、ウロウロと歩き回っている。嘗ての師事していた教授の研究室。ここで何があったのかは、仲村は直接目撃した訳では無いが想像が付いていた。それを思うと怒りが際限なく湧いて来る。神崎士郎に関わった瞬間から彼の人生は大きく歪められたのだ。

 そのとき、研究室の扉をノックする音が聞こえた。

 

「開いてるぞ!」

 

 苛立っていたためやや荒っぽい口調で入室を促す。ふと、仲村は思った。東條は研究室に誰かが待機していることは知っている。わざわざノックして入って来るだろうか、と。

 そう思ってしまったが、最早手遅れ。扉は開かれた。

 暫く経った後に研究室の扉が開く。中に入って来たのは澤田を連れた東條だった。

 東條はキョロキョロと周りを見る。

 

「あれ?」

 

 誰かは居ると思っていたが、二人共見当たらない。

 

「香川先生も仲村君も何処に行っちゃったんだろう……」

 

 入れ違いになってしまったのかと思い、東條は研究室で待つことに決めた。

 

「ここで待ってようか」

 

 澤田は東條と一緒に待つことに反対はしなかったが、また二人っきりになるのが嫌で露骨に顔を顰めた。

 

 

 ◇

 

 

(変だ……)

 

 村上と会話をしながら香川はそんな感想を抱く。神崎に関してもっと踏み込んだことを聞いてくるのかと思いきや、無難な質問しかしてこない。神崎の清明院大学での評価や周りの評判など適当に答えても問題のないものばかり。

 

(何を企んでいる?)

 

 香川は微塵も油断はしていないが、肩透かしを食らった気分にはなっていた。

 そのとき、携帯電話の着信音が鳴る。

 

「失礼」

 

 村上は一言断ってから懐に仕舞ってあった携帯電話を取り出した。

 香川はその携帯電話を凝視してしまった。上品で物腰柔らかな村上が使用するには妙に威圧感を与えるデザインだったからだ。

 

「私です」

 

 携帯電話越しに会話を始める村上。何か重要なことを言い漏らすのでないかと淡い期待を抱いていた香川であったが、村上は『ええ』、『はい』『そうですか』など短い言葉で返すだけであり、そう簡単にはいかなかった。

 村上の口角が自然と上がる。

 

「──ええ。それはなによりです」

 

 携帯電話を切る。香川には村上の表情が非常に満足気なものに見えた。

 

「お話の最中に失礼しました」

「……いえ、お気になさらず」

「貴方は非常に知的な方で会話をしていてとても楽しかったのですが、残念なことにそろそろ会社に戻らないといけません」

 

 名残惜しそうにする村上に対し、香川は内心では安堵していた。これ以上関わりを持つことを望んでいないからだ。

 最後まで神崎のこと、ミラーワールドのこと、自分が研究して開発したオルタナティブのことは黙ったままであった。もし、全て話してスマートブレインがスポンサーに付けば、スマートブレインの技術力と資金力で香川の研究はより一層捗るだろうが、秘密にしておいて良かったと思っている。

 村上と会話して思ったことだが、香川はやはり村上のことを信用出来なかった。香川は今まで多くの人間を見てきた。そして、その言動や態度、表情などを全て記憶している。その膨大な情報を基にした直観が村上の本質の一端を見抜く。

 柔らかな物腰も紳士的な態度も全ては上辺。村上という男は野心を秘めた男である。

 村上が扉を開けて外に出ようとした間際、急に振り返る。

 

「大変申し訳難いのですが、一つお願いしてもよろしいでしょうか?」

「何でしょうか?」

「実は私、少々方向音痴なものでして。途中まで案内の方を頼めるでしょうか?」

 

 村上は少し恥ずかしそうに言う。香川はそれを訝しんでいたが、特に断る理由も思いつかなかったので引き受けた。

 

「分かりました。ついて来て下さい」

 

 香川自身、もう村上会うつもりもスマートブレインに関わるつもりも無いので餞別代わりである。

 来客用の駐車場まではそう遠くはない。歩いて数分ばかりの距離である。数十分も村上と向かい合っていたことを思えば苦にもならない時間である。

 香川は村上に道案内をする。可能な限り最短距離を、気付かれない程度の早歩きで。

 階段を下り、通路を歩き、駐車場まで残り半分まで来たときに村上が唐突に喋り始める。

 

「──それにしても香川先生、貴方は本当に謙虚な方だ」

「……どういう意味ですか?」

 

 そんなことを急に言われたので香川は反応に困ってしまう。

 

「あれだけの研究成果が出ているのに私利私欲ではなく人々の為に使おうとしている……貴方のような人を『英雄』と呼ぶのかもしれませんね」

「……何の話をしているのですか?」

 

 香川は全身に悪寒が走る。あってはならないことが起きようとしているのを予感してしまった。

 

「オルタナティブ、でしたっけ? 実に素晴らしい」

 

 足が止まり、呆然としてしまう。村上の口から有り得ない言葉が出された。

 

「何故……それを……!」

 

 誤魔化しの言葉を考える余裕など無い。一体何処で村上はその名を知ったというのか。

 村上は香川の呟きに対し、笑みを深める。

 

『ボス』

 

 村上を呼ぶ声と共に誰かがやって来た。村上直属の部下であるレオである。ノースリーブとハーフパンツという動きやすい服装ではなく人前の為上にジャケットを羽織り、下はロングパンツ姿であった。

 そして、もう一人レオに付いて来た人物が居る。そちらの方は香川も良く知る人物。

 

「仲村君……!」

 

 香川の仲間である仲村は、気不味そうに視線を下に向ける。

 

(しまった……! これが狙いだったのか……!)

 

 村上は最初から仲村もターゲットにしていたことを今更ながら気付く。神崎周りの情報を収集しているのなら彼の研究室仲間であった仲村の存在を知るのは当然のこと。

 香川が村上の話に乗ってくればそれで良し。ダメだったのならば妨害されないように最初から引き離しておく。そして、より与しやすいと判断した仲村を取り込む。香川は村上にまんまと出し抜かれてしまった。

 結果を見れば大成功と言わざるを得ない。村上も仲村がオルタナティブを持っていることは想定外のことであっただろう。これにより情報以上のものを手にしてしまった。

 

「早まった真似を……」

 

 

 仲村の動機も理解は出来る。しかし、それでも早計であったと香川は仲村を咎めた。すると、今まで視線を逸らしていた仲村が香川を正面から見る。

 

「ですが! スマートブレインと協力出来るチャンスなんてこれっきりしかないのかもしれないんですよ! 神崎を追い込む絶好の機会なんです!」

 

 トップクラスの企業であるスマートブレインが後ろ盾になることへの魅力は仲村が言う通り大きい。だが、香川はこれから先のことを考えると賛同は出来ない。ミラーワールドの存在もオルタナティブの存在も今の人間が扱いには手が余るものだと思っている。神崎の計画を阻止したときには全てを封じる予定であったが、知られてしまった以上それも難しい。

 最悪の場合、兵器として利用される可能性もある。そんなことは断じて許せない。

 

「……私は村上さんと話すことが出来ました。君は先に研究室の方へ戻っていて下さい」

「先生、俺は──」

「仲村君」

 

 食い下がろうとする仲村に香川は大きくも小さくもない声量で、だが有無を言わせない迫力を込めて言う。

 

「戻っていて下さい」

「は、はい……」

 

 仲村は気圧され、言われた通り逃げるようにこの場を去って行く。

 

「レオ。君も先に戻っていて下さい」

『いいのかい?』

「ええ。香川先生とはきっと有益な話が出来ると思いますので」

『──OK』

 

 レオも村上の指示に従い、去って行く。

 

「……さて。場所を変えましょうか」

「お好きなように」

 

 先程まで紳士然としていた村上の態度に傲慢さが滲み出てくる。それは村上の余裕を表していた。

 香川はそれを感じながらなるべく人目の付かない場所へ移動する。その間、両者には会話は無かった。

 そして、丁度いい場所まで来ると二人は足を止める。

 

「……村上さん。どうやら貴方は私が思っていたような人物ではなかったようだ」

「それは良い意味でですか? それとも悪い意味でですか?」

 

 この期に及んでも面の皮の厚さを見せる村上。

 

「貴方は──ッ!」

 

 香川が言い掛けたとき甲高い音──ミラーワールドの音が香川の耳に入り込んできた。ミラーワールドから何かがこちらを見ている。良く見れば村上もまた顔を顰めた周りを見回している。彼もまたミラーワールドの認識していた。

 ミラーワールドの音を掻き消す咆哮が響き渡る。二人の視線は咆哮のした方へと向けられた。

 ガラス窓が波打ったかと思えば、そこから黒い龍──ドラグブラッカーが出現し、二人へと襲い掛かる。

 ドラグブラッカーの口から青黒い炎が零れ出る。それが二人に吐かれようとしたとき、別のガラス窓から黒い影が飛び出し、ドラグブラッカーの顔面を殴打して攻撃を中断させた。

 ドラグブラッカーを攻撃して二人を守ったのはミラーモンスターであった。全身はほぼ黒一色。両肩、首周りに機械的な銀色の装甲がボルトのようなもので固定されている。顔には穴が複数開いた銀色のマスクを付け、頭部からはチューブが数本伸びており、それは首周りの装甲と接続されていた。

 通常のミラーモンスターと雰囲気が異なるこのモンスターこそがオルタナティブの契約モンスターであり、名はサイコローグ。

 不意打ちにより怯んだドラグブラッカーであったが、すぐに攻撃を再開しようとする。そのとき、聞き慣れない音が香川の耳に飛び込んで来ると同時にドラグブラッカーの顔で金色の光が弾けた。

 見ると村上が何かを構えている。ほぼ真横に倒れた金と黒のカラーリングの携帯電話。威圧感のあるデザインだった為、瞬間記憶能力が無くとも強く印象に残っている。

 銃のように構えたそれから金色の光弾が発射され、ドラグブラッカーに命中。光弾を数発受けドラグブラッカーはミラーワールドへ戻っていく。

 

「村上さん……それは?」

「スマートブレインの新製品、ということにしておいて下さい」

 

 しかし、二人はこれで襲撃が終わったとは思っていない。今も尚殺気のようなものが場に漂っているからだ。

 どちらかがターゲットではなく二人共ターゲットにしているのはドラグブラッカーの様子から分かる。こうなってしまったら最早選択肢は無いに等しい。

 この場を切り抜けるには信用出来ない相手──村上と協力する他無い。

 

「……私にはやるべき使命があります」

「私もそうです」

「貴方のことはまだ信用出来ません……ですが」

「ここは一時的とはいえ手を組むのが賢明ですね」

 

 香川は不本意そうに、村上は楽し気に言う。

 

「では──」

 

 これからというときに空気を壊すような着信音が鳴る。鳴っているのは村上の携帯電話。村上は少し困った表情をしながら電話に出る。

 

「はい」

『ボス。良い報告ともっと良い報告がある』

 

 レオからの電話であった。

 

「良い報告とは?」

『浅倉を見つけた』

 

 追跡しているが中々捕まらず、返り討ちにしてくる浅倉を見つけたのは確かに良い報告ではある。だが、今となっては──

 

「そうですか。ですが、最早不要です」

 

 ──香川の存在を知った今では用済みである。

 

『そうかい』

「それでもっと良い報告とは?」

 

 

 ◇

 

 

「その浅倉が目の前にいる」

 

 電話越しでも村上が困惑しているのは伝わってきた。

 高級スポーツカーのボンネット。その上で浅倉は仰向けになって寝ている。

 

「やあ、寝心地はどうだい?」

 

 レオが話し掛けると浅倉は片目を開けた。

 

「悪くはない」

「それは良かった」

 

 レオが笑うと浅倉もニヤリと笑い、体勢を変えて両眼を開く。

 

「神崎の言った通り居たな」

「おや? 神崎士郎の命令だったかい?」

「戦いたいから来たに決まっている」

「それを聞いて安心したよ。君はそういうのは似合わないイメージだったから」

 

 レオはジャケットを脱ぎ捨てる。いつもの袖無しの黒いシャツ。腹部には既にサイガドライバーが装着されていた。

 

「まだ僕らはミラーワールド(そっち)へは行けないんだ。──エスコートを頼むよ」

 

 サイガフォンに3・1・5の番号を入力すると『Standing by』と告げて待機状態に入る。

 

「ああ、たっぷりと楽しませてやる」

 

 浅倉もボンネットの反射でVバックルを出現させ、装着。

 

『変身!』

 

 サイガと王蛇は同時に拳を繰り出した。

 

 

 ◇

 

 

 レオからの連絡が終わる。浅倉の出現は予想外であったが、悪くはない流れでもあった。今、確実に風向きはオルフェノク側へと流れている。

 だからこそ、香川は絶対に味方に付ける必要があった。

 村上はスーツの上着のボタンを外す。腹部には携帯電話──オーガフォンと同色のベルト──オーガドライバーが装着されてある。

 香川は一瞬だけそれに視線を向けるが、すぐに外す。色々と聞きたいことはあるが、後回しにする。

 香川は白衣からカードデッキを取り出す。神崎製のカードデッキよりもやや正方形に近い形をし、中央にはオルタナティブの顔を模した円形の紋章があった。

 香川は窓ガラスにカードデッキを翳す。鏡面に楕円形のVバックルが浮かび上がり、それが香川に重なると現実の香川にも装着される。

 村上はオーガフォンを口元に寄せながら開き、『000』と入力。

 

『Standing by』

 

 香川は天高くデッキを放り投げ、村上はオーガフォンをドライバーへ装填。

 

『変身っ!』

 

 投げたデッキをバックルに装填され、填められたオーガフォンは真横に倒されてドライバーへと収まる。

 

『Complete』

 

 香川はオルタナティブ・ゼロへ。そして、村上は──

 黒の装甲を彩る金のラインは循環するエネルギー──フォトンブラッドが最高出力で流れている証。中央に赤いコアが収まっており、周囲を金のラインで囲まれている。腰回りには黒と金で装飾されたローブを付けており、王者としての荘厳さが際立つ

 半円形のヘッドパーツは中央で二つに割れ、底辺部分には銀色の突起が付けられてある。

 額中央に描かれたΩのマーク。それは同時に赤い単眼を仮面として形造るものであった。

 帝王のベルトの一本である地のベルト──オーガ。村上の体を借りてこの地へ降臨する。

 オルタナティブ・ゼロは横目でオーガを見る。オーガもまたオルタナティブ・ゼロを見ていた。

 共通の敵が居る。だが、隣に立つ者に心を許しておらず、油断もしない。敵の敵は味方という幻想など抱かない。敵の敵は次なる敵にしか過ぎないのだから。

 しかし、この瞬間だけは共に戦う。生き残らなければ為すべきことも為せない。

 

「──行きますよ」

「ええ、頼りにしています」

 

 始まり()終わり(Ω)が手を結ぶ。

 




元々香川先生たちは単独作品で書く予定でした。
香川先生が神崎の資料と記憶で研究→東條と会い、実物のカードデッキを入手→契約無しのプロトタイプのオルタナティブ完成→謎のライダーに襲撃される→ミラーモンスターの被害者であり大企業の社長が香川たちに接触し、スポンサーになりたいと言う→社長の正体は仮面ライダーベルデで高見沢→オルタナティブの研究を奪おうとするが完成したオルタナティブ・ゼロに敗北→タイガがトドメを刺し、香川は東條に危ういものを感じながらも教育者として導こうとする
みたいな内容にしようとしましたが、地味な内容になると思ったので今作に組み込みました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

刺客たち

 サイガは顔面に迫る拳をもう一方の掌で受け止める。王蛇はサイガとは異なり、防ぐ様子を見せず、サイガの拳を顔面で受け止めた。そして、伸びているサイガの腕を掴むと車のボンネットに沈み込む。

 サイガは抵抗はせず、王蛇に引っ張られるまま顔が映るぐらい磨かれた車のボンネットへ飛び込むとボンネットは湖面のように波打つ。

 サイガは下に向かって飛び込んだ筈が上に向かって飛び出るという奇妙な感覚を味わう。

 ボンネットを通った先は景色自体は先程とは変わらないと思いきや違和感を覚える。

 

「余所見か?」

 

 すぐ傍に居た王蛇が、サイガが油断していると見て殴り掛かってきたが、サイガは半身の構えから滑るような足運びで前に出て、王蛇の振り上げた拳が放たれるよりも速く肘打ちを王蛇の鳩尾に突き刺す。

 肘打ちで王蛇の動きが止まっている間に斜め前へ移動し、王蛇の背後へ回る。サイガは振り向き様に回し蹴りを王蛇の後頭部へと打ち込んだ。

 王蛇が蹴り飛ばされている間にサイガは周囲の光景を観察する。生きている人間の気配は一切無く、看板や標識などの文字が全て反転した世界。

 

『これがミラーワールド……!』

 

 鏡の向こう側にあるもう一つの世界に足を踏み入れたサイガは感嘆の息を吐く。あると分かっていても実際に目の当たりにすると不思議な高揚感を覚える。人を喰うミラーモンスターが跋扈する殺伐とした世界に相応しくない表現かもしれないが、おとぎ話の世界に迷い込んだような気分であった。

 

「やってくれるな……!」

『これで相手がお姫様だったらもっと良かったのに』

 

 冗談を言いながらサイガは王蛇の方へ向き直る。首を回しながら立ち上がっている王蛇。頸椎をへし折るつもりで蹴ったが、思っていたよりもダメージは少ない。

 戦い方に関しては喧嘩の延長線上にある技など皆無の粗暴な戦い方だが、動物的な直感や本能が鋭いのか攻撃を受ける直前に反射的に前へ飛んで蹴りの威力を殺していた。

 

『まるで獣だね』

 

 浅倉を評するのに最も適した言葉を呟きながら、サイガは操縦桿を握りフライングアタッカーで飛翔。立ち上がった王蛇の頭上からフォトンブラッドの光弾を降らす。

 王蛇は走り出し、弾幕の雨を駆け抜けていく。

 

『SWORD VENT』

 

 途中でカードによりベノサーベルを召喚し装備。走って狙いが定まらないようにしながら直撃コースの光弾をベノサーベルで弾く。

 サイガは滞空しながら向きを変えつつ射撃を続ける。防ぎ切れずに何発か光弾が当たっているものの王蛇は走る速度を緩めない。痛みに怯まない様子から相当痛みに慣れている様子であった。

 サイガの光弾をギリギリ致命傷にならないよう防御、回避しながら王蛇は新たなカードをベノバイザーに装填した。

 

『ADVENT』

 

 連射から破壊力重視の単発へ切り替えようとしていたときに聞こえる風を切る音。背後からそれが迫っていることに気付いたサイガは、咄嗟に真横へ移動する。

 

『うっ』

 

 赤い残像を残しながら駆け抜けていくのはエビルダイバー。回避行動が若干遅れてしまったことでエビルダイバーのヒレがサイガの腕を掠める。体そのものが武器に等しいエビルダイバーの鋭利なヒレにより腕の装甲には浅いが斬られた傷が刻まれた。

 エビルダイバーはそのまま王蛇の許へ向かう。王蛇はエビルダイバーが近付くと跳躍し、エビルダイバーの上に乗る。そして、エビルダイバーの紋章が描かれたカードをベノバイザーに差し込んだ。

 

『FINAL VENT』

 

 エビルダイバーをサーフボードのように乗りこなしながら空中を大きく旋回する。サイガとの間合いが十分にとれると、エビルダイバーを最大加速させてサイガへと突撃する。

 

『空中で僕と力比べかい? 思い知らせてあげるよ』

『Exceed Charge』

 

 サイガフォンを開きENTERと書かれたボタンを押し込むと、音声が入力を認識してサイガの両腕にラインを通じて青いフォトンブラッドを流し込む。

 サイガは体勢を水平にしながら両手を前方に突き出し、フランイングアタッカーを全噴射させる。

 

「はあっ!」

「はっはー!」

 

 サイガの拳──スカイインパクトと王蛇のファイナルベント──ハイドベノンが空中で激突。青い閃光が放たれた。

 拮抗は一瞬。互いの一撃により両者とも弾き飛ばされる。

 

『くっ!』

 

 サイガは錐揉みしながら飛ばされ、何とかフライングアタッカーでバランスを整えようとする。

 

「うおっ!?」

 

 王蛇はエビルダイバーの上から落とされ、背中から地面に落下した。王蛇は大の字に倒れており、すぐには起き上がれない。トドメを刺すならば絶好のチャンスである。

 

『っと!』

 

 だが、サイガはそれを行う余裕が無かった。未だに姿勢制御に苦戦している。いつもならばすぐに体勢を立て直すことが出来るが、今のサイガには難しかった。

 操縦桿を握る左手が細かく震えている。そのせいでフランイングアタッカーを正確にコントロール出来なくなっている。ハイドベノンの威力は伊達ではなく左手にダメージを負ってしまい、痺れて上手く動かせなくなっている。

 何とか体勢を戻すも普段の倍以上の時間が掛かってしまった。

 

『天のベルトが空から落っこちたら笑い話にもならない』

 

 天の名を冠する自分が無様を晒す寸前になっていたことを自嘲気味に言うサイガ。

 

「はぁぁ……」

 

 王蛇は仰向けになったままベノバイザーにカードを一枚入れる。

 

『ADVENT』

 

 地面が水のように波打つと飛沫と共にミラーモンスターが飛び出す。

 王蛇の前に立つのは鮫の頭部を持つ緑色のミラーモンスター。両手には鮫の歯を連ねた形をした一対の剣を装備している。呼び出されたのはサメ型ミラーモンスターのアビスラッシャー。

 そして、飛び出してきたミラーモンスターはアビスラッシャーだけではなくもう一体存在した。

 薄緑の全身にアビスラッシャーとは異なり面長であり赤い単眼。胸部は突き出ており先端部分には二門の砲門が付けられていた。シュモクザメ型のミラーモンスターであるアビスハンマーである。

 王蛇の装填したカードはアビスラッシャーを呼び出す為のものであるが、ミラーモンスターによっては同族も召喚することが可能である。

 アビスラッシャーは頭部から水流を吐き、アビスハンマーは胸部の砲門から砲撃を行う。

 

『おっと』

 

 水流を躱すサイガ。避けた先に砲撃が来るがこれも難無く回避する。それなりに連携は出来ているがサイガを撃ち落とすには程遠く、サイガも片手の操縦でも十分であった。

 新たなミラーモンスターを呼んだのはいいが、サイガにとっては脅威になりえない。尤も、王蛇は最初からアビスラッシャーやアビスハンマーがサイガを倒すことを期待などしていない。

 目的はその先にある。

 アビスラッシャーたちがサイガを牽制している間に王蛇は上体を起こす。そして、カードデッキから一枚カードを抜き、ベノバイザーに入れる。

 

『FINAL VENT』

 

 音声もとい号令によりアビスラッシャーとアビスハンマーはピタリと攻撃を止めると、地面へ水のように飛び込んだ。

 アビスラッシャーたちが地面へ消えたことを怪訝に思うサイガに対し、王蛇は愉し気に言う。

 

「面白いものを見せてやる」

 

 王蛇はこの数日間オルフェノクと戦い続けた結果、ある発見をした。

 

『ん?』

 

 地面に水面のような波紋が広がったかと思えば、その中心から弧を描いた銀色の刃のようなものが現われ、地面を裂くようにして移動する。

 

『あれは……?』

 

 サイガがそれを注視したとき、水柱のような凄まじい水飛沫と共に巨大なサメが躍り出る。

 頭部は黒い兜のような形状をしており、胴体は青色。ヒレと背ビレは刃物のような光沢と鋭さを持っている。尾は二枚のギアを重ねた先からマフラーの様な物が付き、噴射孔の尾先を挟むように他のヒレと同様に刃のような尾ヒレが生えている。

 この鋼鉄の巨大サメこそアビスラッシャーとアビスハンマーだったものであり、ファイナルベントのカードの効果によって二体が融合したミラーモンスター──アビソドン。

 これこそが王蛇の発見。特定の種族のミラーモンスターを特定数を揃えた状態でファイナルベントを使用した際、ユナイトベントと同じ効果が発生し強力なミラーモンスターを生み出すことが出来る。

 アビソドンの巨体が宙を泳ぐ。その光景にサイガも仮面の下で苦笑を浮かべてしまう。

 

『サメって空も泳げるのかい?』

 

 サイガの軽口に対し、アビソドンは問答無用と言わんばかり牙を剝いて襲い掛かる。

 

 

 ◇

 

 

 オルタナティブ・ゼロは変身した村上が変身したオーガを観察する。装甲及び動力源から未知なるものを感じる。スマートブレインの技術がここまで進んでいたことに畏怖と同時に多少の感動を覚えてしまったことは彼だけの秘密であった。

 

「──ミラーワールドへ入ります」

 

 オルタナティブ・ゼロはオーガの肩を掴みながら言う。

 

「ええ。どんな世界なのか心が躍りますね」

 

 未知なる世界に踏み入れることに対し、オーガは一切の恐れを抱いていない。虚勢は感じられない。絶対的な自信の表れであった。

 オルタナティブ・ゼロはオーガに触れたままミラーワールドへ突入する。鏡合わせのような多面空間を抜け、目の前に鏡の向こう側の世界が広がる。

 

「おおっ! ここが……!」

 

 オーガが歓心した声を洩らすが、それに浸っている暇は無かった。すぐ傍にはドラグブラッカーで彼らを襲った張本人リュウガが佇んでいる。

 

「やはり」

 

 オルタナティブ・ゼロは東條と澤田がリュウガと戦闘を行っていたのは知っている。一瞬だけ視界に収めた状態であったが、瞬間記憶能力を持つ彼には写真のようにあのときのことが記憶されていた。

 

「貴方は──」

 

 リュウガはオルタナティブ・ゼロが調査を進めている上で見つけたとあるライダーと酷似している。だが、本人である可能性は低いと考えられた。少なくとも今までの調べでは彼がミラーモンスター以外と積極的に戦うとは思えない。ましてや、神崎の尖兵と化すとは考え難い。

 

「──城戸真司ですか?」

 

 鎌を掛けるつもりで敢えて間違った問いを出す。リュウガから静かな殺気が立った瞬間、オルタナティブ・ゼロは確信した。リュウガは別人であることに。

 

「誰ですか?」

「その内説明します」

 

 素っ気無く応じるオルタナティブ・ゼロにオーガは肩を竦める。

 

『SWORD VENT』

 

 くぐもった音声の後、黒剣ドラグセイバーを装備するリュウガ。

 それに対してオルタナティブ・ゼロもデッキからカードを抜き、右腕に固定された籠手のような装置の側面にある溝へカードを通す。

 

『SWORD VENT』

 

 オルタナティブ・ゼロの召喚機──スラッシュバイザーは女性の声が通したカードを読み上げる。読み込ませたカードは青い炎となって消滅。オーガにとって馴染みのある青い炎に内心で、もしかしたらオルフェノクの力とライダーの力は近い存在なのでは推測する。

 何処からか飛んで来た剣を装備するオルタナティブ・ゼロ。両手で使用するような大型剣であり刀身の半ば部分まで側面に棘が生えている。

 大型剣──スラッシュダガーを持ったオルタナティブ・ゼロはその場で跳躍し、上からリュウガへ斬りかかる。

 リュウガはドラグセイバーで受け流し、側面へ移動するとドラグセイバーを払う。オルタナティブ・ゼロはスラッシュダガーを盾にして防ぐが、着地直後の攻撃であったため踏ん張ることが出来ず横払いの威力に負けて後退る。

 そこへすかさず斬りかかるリュウガであったが、間に割って入る前蹴りがそれを妨げる。

 攻撃したのはオーガであり、オーガはローブを翻しながら流れるように回し蹴りを繰り出す。上体を反らして躱すリュウガ。間髪入れずに二撃目が来たのでリュウガは仕方なく後方へ跳んで間合いをとった。

 相手に反撃の隙を与えない為に距離を詰めるオーガ。リュウガの顔に拳が飛ぶ。ドラグセイバーの側面で拳の連打を防御するリュウガであったが、オーガが攻撃をしている間にオルタナティブ・ゼロもやってきて逆手に持ったスラッシュダガーで斬り上げる。

 これを躱し切れず先端が肩を掠める。だが、リュウガも攻撃を受けるとすぐさまドラグセイバーで斬り返し、よろめいたオルタナティブ・ゼロはオーガの体に接触してしまう。これにより動きの硬直が起こってしまうオーガ。ドラグセイバーの握り締めたリュウガの拳がオーガの顔を打つ。

 

「くっ!」

 

 両者の動きが止まった間にリュウガは素早い動きでブラックドラグバイザーにカードを入れた。

 

 

『GUARD VENT』

 

 ドラグブラッカーの腹部及び脚部を模した盾──ドラグシールドを装備すると追い打ちでオルタナティブ・ゼロに盾を叩き付ける。

 シールドバッシュにより殴り飛ばされるオルタナティブ・ゼロ。オーガにもドラグシールドを打ち込もうとし、突き出す。

 オーガは突き出された盾に対して自身の拳を繰り出していた。

 ファイズやカイザはパンチやキックによる必殺技を発動させる際、ツールを装着する必要とする。だが、オーガはファイズなどの終着点にして完成形。それらのツールを使用する必要は無い。何故ならば内蔵済みだからである。

 ドラグシールドにオーガの拳が接触した瞬間、金色の光が放たれる。

 

「っ!?」

 

 思いもよらない衝撃により後退させられたのはリュウガの方であった。

 

『Exceed Charge』

 

 低い電子音声。オーガはオーガフォンを操作し、拳に金のフォトンブラッドを流し込む。チャージ不要でファイズやカイザの必殺技に等しい一撃を放てるが、チャージをすれば倍以上の威力を出せる。

 オーガの二撃目の拳がリュウガの盾に炸裂。金の閃光と共にΩの紋章が浮かび上がる。

 

「香川先生!」

 

 オーガがすかさず名を呼ぶと、オルタナティブ・ゼロは片膝立ちの状態でスラッシュダガーで空を突く。すると、刃先から青い炎が噴き出す。

 リュウガはこれも盾で防ぐが、青炎が触れると盾からピシリという音が鳴る。その直後に盾が砕け散った。オーガの二連続攻撃に盾の耐久度が持たなかったのだ。

 回避出来る余裕も無く、リュウガは青炎に呑み込まれる。

 




アビソドンは特定の条件が揃うと召喚出来る裏技的なミラーモンスターという設定にしました。
ユナイトベントはこういった特定の条件を無視して裏技を強制発動出来るカードという設定にしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

激突する強者たち

並行して戦闘が進んでいるので中身もゆっくりと進んでいます。


 炎上する青炎を突き破るリュウガ。地面を転がった後に立ち上がり、体を軽く払う。外傷は見当たらず、この程度のダメージしか受けていないとアピールと挑発をする。

 オーガはローブの右側面に付けられた鞘から剣を抜く。Cの形をした鍔に一対の短い金の刃が付けられた短剣。

 オーガ唯一の専用武器であるオーガストランザー。

 リュウガのドラグセイバーと比べると小さく頼りない武器に映るかもしれない。しかし、オーガは己が武器を堂々とリュウガへ突き付けた。

 リュウガはオーガストランザーを突き付けられて初めて気付く。二つの刃の中央にある穴の存在に。

 次の瞬間、金色の光弾がオーガストランザーから発射された。

 

「ふんっ!」

 

 ドラグセイバーで斬り払うリュウガ。だが、すぐに後続の光弾が発射され、リュウガへ迫る。

 リュウガはその場で立ち止まって光弾を斬り払うのではなく前進しながらオーガの光弾を弾く。

 臆せずに自ら距離を詰めてくるリュウガの動きに少し驚くオーガ。オーガストランザーから光弾を連射するがリュウガは人外としか言い様がない反応で払い、或いは回避し、命中しないコースと判断すれば構えることなく突き進んでくる。

 もしかすれば最上級のオルフェノクに匹敵するような動きをするリュウガに、オーガはリュウガの存在を改めて脅威と認識し、ドライバーにセットされてあるオーガフォンを外す。

 

『Burst Mode』

 

 二丁拳銃の構えで先程の倍以上の光弾を撃ち出す。

 単発威力のオーガストランザーに加え、一トリガーで三連射するオーガフォン。

 リュウガはオーガストランザーの光弾を横薙ぎのドラグセイバーで両断。振った反動を利用しての回し蹴りでオーガフォンの光弾を蹴り弾き、そこから後ろ回し蹴りに繋げて二発目の光弾もまた蹴りで弾き、三発目の光弾は最初に戻ってドラグセイバーで防いだ。

 攻撃の数を増やしても対応してみせるリュウガの驚異的な動き。しかし、これはリュウガにとってもリスクのある行動であった。光弾を弾いたリュウガの足からは白煙が上がっている。触れたのは一瞬だったが、高出力のフォトンブラッドは例え一瞬であってもリュウガの装甲を溶かしていた。万が一、失敗をしていたら足が使い物にならなくなっていただろう。凄まじい胆力、というよりも自らの生に対する無頓着さが感じられた。

 だが、オーガの攻撃──否、オーガたちの攻撃は終わっていない。

 リュウガがオーガの攻撃を捌き切った段階でオルタナティブ・ゼロはスラッシュダガーから青炎は放った。二対一という数での有利を惜しみなく利用する。

 再びリュウガが炎に呑まれる──

 

『GUARD VENT』

 

 ──かと思いきや、いつの間にか抜いていたカードをブラックドラグバイザーにセット。空から飛んで来たドラグシールド。しかも、一枚ではなく二枚。リュウガはそれを手に装備するのではなく追加装甲のように両肩へ装着。左肩を正面に突き出すことでオルタナティブ・ゼロの青炎を受ける。今度は事前に攻撃もされていないので青炎を完全に防いでいた。

 

『ADVENT』

 

 攻撃を防ぎながらカードを装填。その効果により上空からドラグブラッカーが飛来してくる。

 ドラグブラッカーは咆哮を上げるとオーガ目掛けて青黒い火球を吐き出す。

 オーガはオーガストランザーの光弾で火球を撃ち落とすことを試みるが、光弾は火球を貫くだけで完全に打ち消すには至らず、オーガは転がるようにその場から離れる。

 地面に命中した火球は地面を砕き、圧縮されていた炎が上へ伸び上がる。すると、突如としてその炎は固まり、揺らいだ形のまま個体のような状態になる。砕いた地面の破片などを取り込み、文字通り火柱となっていた。

 固まった火柱に驚くオーガ。驚いている暇も与えないように火球を連射するドラグブラッカー。オーガは射線や範囲を読んで火球を回避し続ける。命中すれば焼かれるだけでなく炎の柱の中に閉じ込められてしまう。

 ただ閉じ込められるのか、それとも閉じ込められて焼かれるのか。どちらにしろ火球を受けた段階でドラグブラッカーの餌食になるという末路は変わらない。

 オーガはオーガフォンをドライバーに再装填し、オーガフォンにセットされてあるメモリーカード──ミッションメモリーをオーガストランザーの鍔部分に挿す。

 

『Ready』

 

 オーガストランザーの短刃が金の輝きを放ちながら伸び、刀身を形成。瞬く間に先端が二つに分かれた長剣になる。ミッションメモリーを装填されたことでモードが切り替わったのである。

 その間にもドラグブラッカーは火球を発射。オーガは長剣モードに切り替えたばかりのオーガストランザーを一閃。ドラグブラッカーの火球は真っ二つに裂け、オーガの両隣を通り過ぎて行き、オーガの背後で二つの火柱を上げる。

 

「流石ですね。上の上の切れ味です」

 

 オーガストランザーの性能に惚れ惚れするオーガ。データでは分かっているが、実戦となると違ってくる。ましてや、オーガはその存在を秘匿されているので実戦データは乏しい。使ってみて初めて分かる。まさに帝王に相応しい一品であり、相手を冥府に誘う為の剣であると。

 黄金刃の切っ先をドラグブラッカーへ向ける。ドラグブラッカーは唸り声を上げて威嚇はしてくるが不用意に近付く前はしない。オーガストランザーの切れ味を警戒していた。

 ドラグブラッカーによりオーガとオルタナティブ・ゼロを引き離すことに成功したリュウガは、オルタナティブ・ゼロへ一気に接近する。

 

「はあっ!」

 

 オルタナティブ・ゼロの頭部を真っ二つに断つ為に振り下ろされた斬撃。オルタナティブ・ゼロはスラッシュダガーの刀身で受け、前に踏み込んで押し返すと反撃でスラッシュダガーを払う。リュウガは上半身を捻り、肩のドラグシールドで防ぐとその体勢のまま横蹴りでオルタナティブ・ゼロの腹を蹴る。

 

「ぐうっ!」

 

 外装を貫いて内臓まで届く衝撃。体の内側が圧迫される苦痛をオルタナティブ・ゼロは味わう。しかし、持ち前の精神力で苦痛を捻じ伏せてスラッシュダガーを振るうが、痛みで動きが鈍くなっていることでリュウガにはあっさりと躱されてしまう。

 回避した直後に出されるリュウガの斬撃。オルタナティブ・ゼロは辛うじてこれを受けるが、すぐにリュウガは別方向から斬撃を繰り出す。

 リュウガの苛烈な攻めに対してオルタナティブ・ゼロは防戦一方。だが、リュウガは攻撃を繰り返しながら違和感を覚えていた。

 何度も攻撃しているがオルタナティブ・ゼロにリュウガの刃は届かない。技術ではリュウガが上回っている筈なのだが、紙一重ではあるがオルタナティブ・ゼロは防いでしまう。

 リュウガはオルタナティブ・ゼロに得体の知れないもの感じながら、オルタナティブ・ゼロの脇腹を狙いドラグセイバーを振ろうとする。その瞬間、スラッシュダガーが動いて脇腹の前に持って来られる。リュウガは読まれたことに驚きながらも既に動き出している攻撃を止めることは出来なかった。

 結果、リュウガの攻撃は防御される。攻め切れない違和感の正体が分かった。オルタナティブ・ゼロが何かしらの方法でリュウガの攻撃を読んでいる。

 このまま接近戦で戦い続けるのは得策ではないと判断したリュウガは、押し当てているドラグセイバーの背に掌打を打ち込む。オルタナティブ・ゼロは掌打の威力に押されて大きく後退をさせられた。

 オルタナティブ・ゼロが下がっている間にリュウガはドラグセイバーを左手に持ち替え、デッキからカードを抜いてブラックドラグバイザーに挿入する。

 

『STRIKE VENT』

 

 リュウガの右手に装備されるドラグクロー。両肩には二枚のドラグシールド。左手にはドラグセイバー。完全武装となるリュウガ。そして、ドラグブラッカーの頭部を模したそれからは既に口から黒炎が漏れ出ている。

 リュウガはオルタナティブ・ゼロに向かってドラグクローを突き出す。開かれたドラグクローの口から黒炎が放射された。

 オルタナティブ・ゼロもまたスラッシュダガーを突き出す。青炎が先端から放たれる。

 黒炎と青炎が互いを喰らい合うように衝突。衝突地点では膨大な熱が生じており、地面が溶解して気化が始まっている。

 高熱は二人にも届いているが、両者とも目を離すはしない。リュウガは倒すべき敵としてオルタナティブ・ゼロを睨み、オルタナティブ・ゼロはリュウガの全てを見逃さないようにその複眼を逸らすことをしなかった。

 

 

 ◇

 

 

 アビソドンはノイズのような鳴き声を上げ、サイガをその牙で嚙み砕く為に空中を泳いで突進してくる。

 

『おっと』

 

 アビソドンを飛び越えて回避すると背中に銃撃を行う。数十発一気に撃ち込んでも表面に傷が入る程度。少々のダメージは入るがそれだけ。相手を倒すには至らない。

 擦れ違う間際、アビソドンは尾ヒレを振り上げてサイガを攻撃する。鋭い切れ味を持っていそうな尾ヒレの叩き付けをサイガは巧みな操縦で躱す。

 

『ははっ! ……はっ?』

 

 反転したサイガは思わず笑いを呑み込み、代わりに困惑の声を吐いてしまう。アビソドンの口部側面にあった二つのパーツが左右に展開。サメからシュモクザメへと変わっていた。そして、展開されたパーツには三連砲が備わっており計六個の砲門がサイガへと向けられている。

 

『わーお……』

 

 サイガが思わず苦笑してしまったタイミングに合わせて砲撃。サイガはフライングアタッカーの噴射孔を咄嗟に操作し、真横へ移動。アビソドンの砲撃が空中で炎の花を咲かせる。

 爆風による衝撃と音で揺さぶられるサイガ。仮面の下で表情を歪めるが、アビソドンは容赦なく砲撃を繰り返す。

 

『最近のサメは進んでいるねっ!』

 

 皮肉を言いながらサイガは空中を疾走。アビソドンもそれを追い掛けながら砲撃する。

 アビソドンに背後につかれ、そこから砲撃を浴びせられるサイガ。左右に或いは上下に移動しながら砲撃を避けるが、そのせいでアビソドンを中々引き離せない。

 

『鬱陶しいなぁ!』

 

 すると、サイガはフライングアタッカーの噴射を止め、空中で急停止。それに対処出来なかったアビソドンはサイガを追い越してしまう。

 さっきとは逆にアビソドンの背後を取ったサイガは、銃口にフォトンブラッドを溜めて一気に撃ち抜こうとする。

 

『うぐっ!』

 

 引き金を引こうとした瞬間、サイガの腕に強い衝撃と痛みが生じる。何が起こったのかと原因を探るサイガ。すると、地面に向かって落下していくベノサーベルが見えた。サイガの視線は自然と地面の方へ向く。こちらを見上げている王蛇と目が合った。

 それだけで何が起こったのかすぐに分かった。王蛇がベノサーベルを投げ付けて妨害したのだ。

 

「俺のことを忘れていたのかぁ? 吞気だなぁ」

 

 仮面越しでもニヤニヤと笑っているのが分かる、そんな含みのある台詞であった。

 思いも寄らない攻撃に空中で動きが止まってしまったサイガ。すると、アビソドンは口部パーツを収納。今度は頭部に折り畳まれていたアーミーナイフとノコギリを組み合わせた巨大刃を展開。シュモクザメからノコギリザメに変わる。

 サイガ目掛けて巨大刃をギラつかせて突進してくるアビソドン。サイガはまだ動かない。

 巨大刃がサイガを貫く──少なくともアビソドンはそうイメージしていた。だが、すぐにイメージと現実に齟齬があることに気付く。

 サイガを貫いた筈の巨大刃から何の感触も重みも伝わって来ない。

 それもその筈。貫いたと思っていたサイガは、アビソドンの真下へ潜り込んでいた。限界まで引き付けての紙一重での回避だった為、アビソドンが貫いたと思ったのはサイガの残像である。

 

『Ready』

 

 サイガは操縦桿を片方抜き、トンファーエッジとするとスロットにミッションメモリーを挿す。

 

『Exceed Charge』

 

 サイガフォンのボタンを押すことにでトンファーエッジにフォトンブラッドが充填され、コバルトブルーの輝きを発する。

 

『はあああああっ!』

 

 サイガはアビソドンの顎下にトンファーエッジを突き刺す。アビソドンは耳障りな鳴き声を上げる。

 フライングアタッカーの噴射孔から炎が噴かれ、トンファーエッジを突き刺したまま空中を加速。アビソドンは顎下から腹にかけてトンファーエッジで斬り裂かれた。

 一際大きい鳴き声を上げてアビソドンが落下し、地面へ叩き付けられて横たわる。大きなダメージは与えたが、息の根を止めるにはまだ不十分であった。

 サイガはトンファーエッジとミッションメモリーを元に戻し、今度こそアビソドンにトドメを刺そうとするが──

 

『ADVENT』

 

 その音声がサイガの耳に届くと、何処からか飛翔してきた火の鳥がサイガへと襲い掛かってくる。

 

『ちっ!』

 

 攻撃を中断して火の鳥の突撃を回避するサイガ。すると、避けた先に斧を持った鳥──ガルドストームが振り下ろしの一撃を放ってきた。これもまた回避するサイガ。二度あることは三度あると言わんばかりに鋭い爪を見せびらかしながらガルドミラージュが強襲してくる。

 

『しつこい!』

 

 上昇することでこれも躱すサイガ。折角のトドメを刺す機会を奪われたサイガはブースターライフルの銃口を向けるが、アビソドンと違って小回りが利く飛び方をしており中々照準が定まらない。

 

「楽しいか?」

 

 間近に聞こえて来た王蛇の声。そちらの方へ目を向けると王蛇がアビソドンの背に乗って空中まで来ている。

 

「もっと盛り上げてやる」

『FINAL VENT』

 

 火の鳥──ガルドサンダーの許に集うガルドストームとガルドミラージュ。三角形の陣形を組んで飛翔する三匹。すると、ガルドサンダーが纏う火が風を受けて強まっていき、やがて後方の二匹も呑み込む。

 火の色が赤から銀へと変わったとき、空には一つとなった巨大な火の鳥が羽ばたいていた。

 

「死ぬ前に聞いてやる」

 

 倒したと思ったら数を増やしてサイガの前に立ち塞がる巨大ミラーモンスター。王蛇は特権を生かしてサイガをじわじわと追い込んでいく。

 

「どっちが好みだ?」

 

 深淵の巨大サメと銀火の鳳凰が殺意を以って咆哮を上げた。

 




ガルドサンダーたちもアビソドンと同じ理由で合体させてみました。
名は暫定的にガルドバーン(ガルド+ズィルバーン・銀のドイツ語)で


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

神の予兆

祝・555続編制作!


「どっちが好みだ?」

 

 二体の巨大ミラーモンスターで威圧して来る王蛇に対し、サイガは答える代わりに王蛇へ指を三本立てて見せた。

 

「あぁ?」

 

 王蛇はそのジェスチャーに怪訝そうにする。

 

「一つ目はその巨大サメに食われる」

 

 そう言って指を折る。

 

「二つ目はその鳥に焼かれる」

 

 また指を折る。

 

「三つ目の選択肢は無いのかな?」

「三つ目……?」

 

 サイガは残った指を王蛇に見せつけながらゆっくりと折る。

 

「君が僕にやられるっていう三つ目さ」

「はっ!」

 

 サイガの挑発を王蛇は楽しそうに一笑すると、彼が乗っているアビソドンが再び三連砲を開く。頭部の巨大刃と合わせて全ての武装が解放された。

 

「良い答えだっ! イライラしてくるっ!」

 

 喜んでいるのか苛立っているのか分からない王蛇。もしかしたら両方の感情が入り混じっているのかもしれない。

 王蛇の怒号を合図にアビソドンは砲撃を開始。

 

『お返し!』

 

 サイガもまたブースターライフルを連射し、弾幕によりアビソドンの砲撃を空中で撃ち落としていく。

 しかし、そのまま攻撃し続ける程相手も甘くはない。銀色に燃え盛る鳳凰──ガルドバーンが空中で静止しているサイガへ突っ込んできた。

 

『ちっ!』

 

 攻撃しに来たのを視界の端で捉えていた為、サイガはやむを得ずアビソドンへの迎撃を中断させ、その場から十数メートル上昇して突撃を躱す。

 ガルドバーンは体勢を変え、上へ飛んだサイガに両翼を羽ばたかせる。燃える翼から灼熱の羽根が矢のように放たれ、サイガへと迫る。

 

『しつこい!』

 

 サイガはこれもブースターライフルで撃ち落としていくが、そのときサイガの側面で爆発が生じる。

 

『うぐっ!?』

 

 爆発の正体はアビソドンが撃った砲撃。別に気を取られてしまっていたせいで遂に命中してしまった。

 砲撃により落下していくサイガ。何とか体勢を立て直そうと操縦桿を動かす。

 アビソドンはそこ目掛けて突撃を開始。錐揉みしながら落ちていくサイガも流れる光景の中でそれを見た。

 

『容赦がないね!』

 

 微塵も情けが無い追撃に、サイガは焦りながらもフライングアタッカーを操作する。砲撃の衝撃で噴射孔の一つ不具合が生じており、体勢を直すのに時間が掛かっている。

 アビソドンの巨大刃がサイガの間近まで迫る。

 

『動、けっ!』

 

 残った噴射孔の噴射を全開にし、操縦桿を力任せに動かすことで落ちていたサイガは反転して上昇。眼前まで来ていた巨大刃には噴射により正面から側面へと移動することで紙一重で回避。アビソドンの巨大刃がサイガの装甲を掠める程のギリギリのタイミングであった。

 

「──答えは四つ目だったな」

 

 回避した直後のサイガの胴体に打ち込まれるベノサーベル。アビソドンに乗っていた王蛇からの凶打。

 

「俺に殺られる、だ!」

 

 王蛇はサイガにベノサーベルを押し当てたままアビソドンを急降下させる。サイガは逃れようとするがダメージのせいで体が思うように動かず、また落下までの猶予が無かった。

 

「はああああっ!」

 

 王蛇はサイガを容赦なく地面へと叩き付ける。地面とベノサーベルに挟まれたサイガは苦鳴を上げた。

 

『がはっ!』

 

 サイガを叩き付けた王蛇はそのままアビソドンを上昇させる。空の上ではアビソドンとガルドバーンがこれから狩る獲物のサイガを見下ろしている。

 

『げほっ、げほっ……』

 

 地面にめり込む程の勢いで叩き付けられたサイガであったが、まだ意識はあった。幸いというべきか背中から地面に落下したことでフライングアタッカーがクッションとなり衝撃を緩和してくれていた。

 しかし、それ相応の代償を払うことにもなる。

 

『くそっ……』

 

 サイガは仰向けの体勢のまま毒吐く。叩き付けられた衝撃でフランイングアタッカーが破損しており今も火花を出している。噴射孔の半分以上が機能停止状態となり飛べない。ブースターライフルも片方使用不可になっている。

 天を司るサイガが翼を捥がれて地に落とされた。これ以上無い屈辱である。

 このまま遠距離でアビソドンの砲撃、ガルドバーンの羽根で仕留めるも良し。アビソドンの巨大刃で貫き、ガルドバーンの突進で焼き尽くすも良し。煮るも焼くも王蛇の自由。

 

(──にさせると思うかい?)

 

 サイガはこの事態になっても微塵も諦めていない。村上から帝王のベルトを授かり、サイガへと『変身』出来た日から誓っていた。天の帝王(サイガ)の名に相応しく敗北という無様を決して晒さない、と。

 サイガというプライドが彼に死を許容することを許さず、命が潰えるその刹那まで生き抜くことを模索させる。

 

『っ!』

 

 そして、サイガは見つけた。空中を泳ぐアビソドンの腹にあるサイガ自身が刻みつけた傷を。巨体故に致命傷には至らなかったが、決して無視出来るものではない。

 サイガはまだ動かせるブースターライフルの銃身を動かし、アビソドンの傷を狙う。皮肉なことにサイガが下に落ちたことで狙い易くなっている。

 

『──バーン』

 

 ブースターライフルから放たれる一発の光弾。アビソドンを倒すには小さ過ぎる一発。しかし、その小さな一発がアビソドンの傷に命中した瞬間、アビソドンは大きく悶えた。

 

「うおっ!?」

 

 身を捩るアビソドン。その上に乗っている王蛇は振り落とされそうになりアビソドンの背ビレを掴む。

 傷を抉られ痛みで暴れ狂うアビソドン。その尾ヒレが傍にいたガルドバーンに叩き付けられ、ガルドバーンは弾き飛ばされてしまう。

 アビソドンは悶え苦しみ、王蛇はアビソドンを制御出来ずに振り回され、ガルドバーンは離れた位置まで飛ばされていた。危機的状況であったが、たった一発でサイガは危機を乗り越えた上に逆転の一手を掴む。

 混乱の隙に痛む体を動かして立ち上がり、サイガフォンのボタンを押し込む。

 

『Exceed Charge』

 

 生成されたフォトンブラッドが体のラインを通じてフランイングアタッカーへ充填される。チャージが完了すると同時にサイガはブースターライフルを頭上のアビソドンへと向けた。

 ブースターライフルから射られる一発のコバルトブルーの光弾。アビソドンに着弾する間際、光弾が円錐状に広がる。

 光の円錐──ポインティングマーカーでロックオンされたアビソドンの動きが空中で制限され、暴れ狂っていた動きが体を細かく震わす程度まで抑えつけられる。

 

「何……!?」

 

 サイガに何かをされたことを察した王蛇は、背ビレにぶら下がりながら足元を見る。そのタイミングでサイガは地面から跳躍していた。

 跳び上がったサイガは空中で姿勢を変え、右足を突き出す。右足裏からコバルトブルーの光が放たれ、ポインティングマーカーの中へと飛び込んだ。

 ポインティングマーカーがアビソドンの腹に突き刺さる。アビソドンは金属を引っ掻いたような叫びを上げた。

 ポインティングマーカーの中にいたサイガの姿が消え、透過したかのようにアビソドンの背中からサイガが飛び出す。直後、アビソドンの体に浮き上がるΨの紋章。そして、アビソドンの全身から青い炎が噴き出すと、アビソドンは空から落ちる。

 

「ぐおっ!」

 

 アビソドンが地面に落ちた衝撃で王蛇もまた地面へ放り棄てられる。暫くして、サイガが降り立った。

 サイガは不完全な状態で繰り出したサイガ最大の一撃──コバルトスマッシュを受けたアビソドンの様子を見る。未だに体から青い炎が出ているが体は動いており、絶命には至っていない。オルフェノクが受けたのならまず間違いなく死ぬ一撃を貰っても死なないミラーモンスターの生命力に、サイガは感心すると同時にウンザリもした。

 

『──大した怪物っぷりだ』

 

 サイガは操縦桿を両方とも引き抜きトンファーエッジモードにすると、フライングアタッカーをパージして身軽になる。使用不能な物をいつまでも付けていても仕方がない。

 

「やってくれるなぁ……!」

 

 王蛇が徐に立ち上がる。楽しんでいるような、苛立っているような、感情をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせた声であった。

 

『それはこっちの台詞だよ……自慢の翼が取れてしまった』

 

 彼にしか理解出来ないことだが、フライングアタッカーを外したことはサイガにとってプライドが大きく傷付くことであった。恥をかかされたのも同然であり、この恥を雪ぐには王蛇の死しかない。

 サイガはサイガフォンからミッションメモリーを抜いてトンファーエッジに挿す。

 

『Ready』

 

 握りの部分を手の中で回し、一対の青い刃を王蛇へ突き付ける。

 王蛇はベノサーベルを構えて前に出ようとするが、足に何かが当たって止まる。横たわったアビソドンの尾ヒレであった。

 

「邪魔だ……!」

 

 王蛇は一切の情も無くアビソドンの尾ヒレを蹴飛ばす。

 

「役立たずが……!」

 

 そして、無慈悲な言葉を吐き捨てた。アビソドンが鳴き声を上げるが王蛇は無視する。

 この様子をガルドバーンは上空から眺めていた。ミラーモンスターへの使い捨てのような扱いにガルドバーンなりに不快感を覚える。所詮はカードの効果によって従属を強いられているだけの関係。王蛇が命令を下さない限り手助けをしないことに決め、上空からサイガと王蛇の戦いを見下ろす傍観者となる。

 

「はあっ!」

 

 王蛇がベノサーベルを振り下ろす。力任せの強引な一撃。軌道など簡単に読めるのでサイガはトンファーエッジを掲げて防ぐ。

 

『うっ』

 

 ベノサーベルをトンファーエッジで防御するとサイガは呻いた。衝撃が駆け抜け、王蛇によって強打された箇所が痛みの悲鳴を上げる。これにより動きが一瞬だが硬直してしまった。

 

「うおらぁぁぁ!」

 

 怒声と共に今度は斬り上げられるベノサーベル。それも防ぐが再びサイガの体に痛みが生じる。王蛇もまたそれなりのダメージを負っている筈だが動きに全く影響していない。それどころか激しくなっている。元々、痛みに強い王蛇だが戦いという状況で起こる怒りや苛立ちなどが彼に力を与え、それらが痛みを麻痺させていた。

 力任せな上に滅茶苦茶にベノサーベルを振り回す王蛇にサイガは防戦一方となる。定まった型を持たないので攻撃が読み難く、防御する度に傷に響いて動きが鈍くなるので後手に回ってしまっていた。

 

「はあっ!」

 

 王蛇の前蹴り。サイガはトンファーエッジを交差させて受けるが踏ん張り切れずに後退させられる。

 

『STRIKE VENT』

 

 サイガが離れた隙に王蛇は新たな武器を装備。メタルゲラスの頭部を模した手甲メタルホーンを振り被りながらサイガへ接近すると体を投げ出すように殴り付ける。

 

『あまり──』

 

 左のトンファーエッジでメタルホーンの角を叩き、軌道を逸らす。

 

『調子に──』

 

 懐に入り込み、右のトンファーエッジを王蛇の胸部に当てる。

 

『乗るなっ!』

 

 押し当てたトンファーエッジを振り抜くと王蛇の胸部装甲から火花が上がる。

 

「ぐあっ!」

 

 王蛇が怯む。サイガは王蛇の前で跳躍しながら両脚を折り曲げ、王蛇の顔面の高さまで上がると一気に伸ばす。ドロップキックのような両足蹴りが王蛇の顔面に炸裂し、王蛇は蹴り飛ばされた。

 

「やるな……!」

 

 顔面を押さえながらそれでも立ち上がる王蛇。サイガも痛む箇所を庇うようにして立っている。

 

『人間の癖にしつこいね……君』

 

 倒れる気配の無い王蛇のタフさにサイガも呆れてしまう。ここまでしつこい相手は初めてであった。その上、まだまだやる気に満ちているのでウンザリもしてくる。

 

「こんな楽しいことそう簡単に止められるか……!」

 

 王蛇はベノサーベルとメタルホーンを投げ捨て、ベノバイザーを取り出してスロットを開く。

 

「もっと……もっとだ……! もっと戦いを楽しくさせてやる……!」

 

 無限とも言えるような闘争心に突き動かされ、王蛇はカードデッキからカードを抜き、ベノバイザーのスロットへ入れる。

 王蛇が選んだカードは──

 

『UNITE VENT』

 

 このカードの効果によりベノスネーカー、エビルダイバー、メタルゲラスが強制的に呼び出される。しかもそれだけではない。瀕死状態のアビソドン、上空で待機していたガルドバーンもまたユナイトベントの効果により引っ張られる。

 アビソドン、ガルドバーンは拒絶を示すように鳴き声を上げるが、ユナイトベントは彼らの抵抗を無視して不可視の力で引き寄せていく。

 全てのミラーモンスターが一つに重なり合ったとき凄まじい光が生じ、光の中であらゆる種類の獣の鳴き声を混ぜ合わせたような不協和音がミラーワールドへ響き渡った。

 

「はははははははっ!」

 

 新たなミラーモンスターの誕生に哄笑を上げる王蛇。

 

「はははは……あぁ……?」

 

 だが、すぐに異変に気付いた。

 いつもならユナイトベントを使えばすぐに融合したミラーモンスターが誕生するが、未だに発光を続けており、ぐちゃぐちゃに混ざり合っている輪郭しか見えない。

 

「おい。いつまでそうしている?」

 

 業を煮やして王蛇が命令しようとするが、全く反応が無い。それどころか光の中から伸びてきた触手のようなものが王蛇を打つ。

 

「なっ!?」

 

 不意打ちで叩き伏せられる王蛇。光と鳴き声がますます強くなる。

 

『これは……不味いことが起こっているのかな……?』

 

 異常事態が起こっているのはサイガも理解しているが、どうすることも出来なかった。

 王蛇の命令を無視して光の中で蠢き続ける融合したミラーモンスター。考えてみれば道理である。強いものが弱いものに従う筈が無い。このミラーモンスターは強くなり過ぎてしまった。それこそライダーよりも。

 サイガは足元が揺れていることに気付く。事情を知らないサイガは地震かと思ったが、ミラーワールドで地震など起こる筈が無い、ミラーワールド自体が揺れているのだ。

 複数のミラーモンスターの融合。それは獣の帝王を超え、今、神へと至ろうとしている。

 




書いている間に555の新作が発表されたり、サイガドライバーがリニューアルされて発売されるとは思ってもみなかったですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

揺れる鏡世界

先週休んだので今週は文字数ちょっと多めに。


 互いを喰らい合うかのように衝突する黒炎と青炎。リュウガとオルタナティブ・ゼロの力はこのとき拮抗していた。しかし、悠長に力の押し合いをするリュウガではない。リュウガはドラグクローを突き出したまま走り出し、オルタナティブ・ゼロの青炎を前進によって強引に押し返していく。

 下手をすれば自身が青炎に呑み込まれかねない危険な行為であったが、リュウガは勝つという絶対的な自信があるのか走る姿に一切の恐れがない。

 逆にオルタナティブ・ゼロの方が突っ込んでくるリュウガに対して一歩退いてしまう。スラッシュダガーから放たれる青炎の勢いを強めるが、それでもリュウガを押し返すことが出来ず、あっという間に距離が詰められる。

 近距離でぶつかる二種の炎。膨大なエネルギーが圧縮されたことにより二種の炎が混合して爆発が生じる。

 

「くっ!?」

 

 予兆のような現象があった為、オルタナティブ・ゼロは咄嗟にスラッシュダガーを盾にして爆風から自らを庇う。だが、勢いは凄まじかったのでオルタナティブ・ゼロは爆心地から十数メートルも飛ばされてしまった。

 爆発の圧が消えたのを感じたオルタナティブ・ゼロ。すると、スラッシュダガーの上から二度目の衝撃がオルタナティブ・ゼロを襲う。

 

「がはっ!」

 

 爆発を切り抜けたという一瞬の気の緩みを狙ってのことだったので、防御が不完全でありスラッシュダガーが押し込まれてオルタナティブ・ゼロの体に密着。そのせいで衝撃が体を突き抜けていった。

 リュウガが行った攻撃はショルダータックル。肩にはドラグシールドを装備しているので威力が増していた。

 オルタナティブ・ゼロは転倒しそうになるのは踏み止まって耐える。しかし、体へのダメージのせいで俯いた体勢になってしまいリュウガから視線を外してしまっていた。

 強敵であるリュウガを前にしてそれは致命的な隙。案の定、リュウガはオルタナティブ・ゼロが俯いている間に踏み込んでドラグセイバーを振るう。

 ガキン、という金属音が響く。

 

「何だと……!」

 

 今度はリュウガが驚かされる番であった。オルタナティブ・ゼロの首に振り下ろされたドラグセイバーが、担がれたスラッシュダガーによって防がれたからだ。しかも、オルタナティブ・ゼロは俯いたままでリュウガの方を見てすらいない。

 オルタナティブ・ゼロがリュウガの攻撃を何らかの方法で先読みしているのは薄々分かっていた。こちらの動きを見て、微細な動作の違いで動きを予測しているのかと思っていたが、今回は全く見ずに予測してきた。

 リュウガの推測は半分正解であった。オルタナティブ・ゼロは確かにリュウガの動きから次の行動を予測していた。

 オルタナティブ・ゼロ──香川には一度見たものを全て記憶するという特殊な能力を持っている。その能力を使ってリュウガの動きを全て記憶し、元から優れている頭脳と合わさってリュウガの動きを予測していたのだ。オルタナティブ・ゼロの目には一手先のリュウガの動きが幻のように見えている。

 しかし、先程の防御はリュウガを視界に収めていない状態で行っていた。ただ絵や画像ならば写真のように記憶するが、実際に起こっている全てを記憶するということはそのときの映像だけではなく音やニオイすらも記憶するということ。何も動きだけが予測する手段ではない。オルタナティブ・ゼロは、リュウガが地面を強く踏み付けた際の音の強弱で次の動きがなんなのかを察し、攻撃を予測したのだ。

 リュウガの斬撃を防いだオルタナティブ・ゼロは両脚をバネにして伸び上がり、押し当てられていた剣を跳ね除ける。そして、すぐさま反撃の振り下ろしを出すもオルタナティブ・ゼロの斬撃をリュウガは肩の盾で器用に受け流し、がら空きになった胴体へドラグクローを打ち込んだ。

 

「うっ!」

 

 オルタナティブ・ゼロは再び膝を折る。

 戦えば戦う程に相手の動きを記憶してオルタナティブ・ゼロが有利になっていくが、リュウガが強いせいで相手との差を埋めることが出来ない。

 しかし、オルタナティブ・ゼロにはその差を埋める為の手段がある。

 オルタナティブ・ゼロはスラッシュダガーを地面に突き刺す。倒れそうになる体を支える杖代わりにしているのではない。スラッシュダガーの先端と刺さった地面の隙間から青い炎が洩れ出る。

 次の瞬間、地面から火柱のように青炎が幾つも噴き出した。

 

「むっ!」

 

 リュウガの足元に亀裂が伸び、そこから青炎が噴く。リュウガは反射的に飛び退く。オルタナティブ・ゼロを中心にして亀裂が広がっており、そこから勢いが異なる炎が無数に出ていた。

 スラッシュダガーの能力を用いた牽制は上手くいった。リュウガとの距離がある内にオルタナティブ・ゼロは素早く次の行動に出る。

 カードデッキから抜かれたカード。スラッシュバイザーの溝にカードが通され、炎となって消滅した。

 

『ADVENT』

 

 契約モンスターを呼び出す為のカード。その音声を聞くと同時にリュウガは振り返る。オルタナティブ・ゼロの契約モンスターであるサイコローグがリュウガへと飛び掛かってくる瞬間であった。

 リュウガはドラグセイバーで斬り上げるが、サイコローグは棘の生えた腕でガード。火花が散るがドラグセイバーはサイコローグの腕を斬り落とすには至っていない。

 サイコローグはリュウガの肩を踏み台にしてリュウガの頭上を超えていく。そして、契約者であるオルタナティブ・ゼロの隣に立った。

 ライダーとミラーモンスター。この二つが並び立つことで真の力が発揮されると言っても過言ではない。リュウガの契約モンスターであるドラグブラッカーは未だにオーガの相手をしている。呼び戻すという選択もあるが、そうなるとオーガもまたこちらへ参戦してくる。リュウガは、未知の技術と未知のエネルギーを使うオーガと情報無しで戦うような考え無しではない。なるべくドラグブラッカーにオーガの情報を引き出させる。戦うのならその後である。

 リュウガは改めてサイコローグを見た。リュウガの知識の中で似たような姿をしたミラーモンスターを知っているがサイコローグと幾つか異なる点がある。肩にあのような装甲は付けておらず、穴だらけの仮面も無く、ケーブルも伸ばしていない。何かしらの改造を加えられた姿と思われた。

そう考えると厄介な話である。独自にライダーを開発する技術だけでなく、ミラーモンスターを改造する技術も有している。その気になれば多くのミラーモンスターを従属させることが出来る可能性があった。

 サイコローグの素体となったミラーモンスターに対して思うことは無い。同情の念は一切湧かず、ここで完全に始末した方が後の為に良いとすら思っている。

 サイコローグが顔を突き出す動きをする。何かをしてくると察したリュウガは肩のドラグシールドを正面に持ってくる半身の構えをとった。サイコローグの仮面の穴から小型のミサイルのような物体が発射される。

 小型ミサイルはドラグシールドに接触すると爆発し、衝撃でリュウガは大きく後退させられる。

 肩に痺れる痛みを感じながら舌打ちをするリュウガ。見るとサイコローグは第二射を放つ準備が出来ていて。

 再びサイコローグの仮面から撃ち出される小型ミサイル。リュウガは今度は防御の構えをとらない。ドラグクローから黒炎を吐き出させ、小型ミサイルを全て黒炎で焼き尽くしてしまう。

 黒炎で焼かれた小型ミサイルが次々と誘爆し、空中で爆炎を咲かす。

 

『WHEEL VENT』

 

 リュウガも知らない音声が爆炎に混じって聞こえて来た。

 爆炎を突き破って現れる一台のバイク。その上にはオルタナティブ・ゼロが跨っている。爆炎が目隠しになっていたせいで高速で突っ込んできたバイクへの回避が間に合わず、リュウガは咄嗟にガードをするが衝撃を殺し切れる筈も無くバイクに撥ね飛ばされた。

 時速数百キロで突撃されたリュウガは数十メートルも突き飛ばされてしまう。背中から地面に落ち、すぐに立ち上がるもかなりのダメージを受けてしまったので力が抜けて膝が折れてしまう。

 無様を晒させられたことにリュウガは怨嗟の念を込めながらオルタナティブ・ゼロらを睨み付ける。

 オルタナティブ・ゼロが跨っているバイクはサイコローグの要素がある。フロントカウル部分にはサイコローグの頭部があり、両手は前輪、両脚はテールカウルと後輪に変化していた。事前に使用した『ホイールベント』の効果によりサイコローグが変形したバイク──サイコローダー。

 リュウガはオルタナティブ・ゼロとサイコローダーを見て、内心で舌打ちをする。変形出来るミラーモンスターは限られている。しかも、それはオーディンの力が無ければ出来ない。

今更ながら香川が参考にしたカードデッキが何だったのかを理解した。香川が模倣したのは後にオーディンのものとなる始まりのカードデッキ。全てのデッキのプロトタイプであると同時にオーディンと同じく制限が施されていないカードデッキである。

 神崎がオルタナティブを危険視する理由を理解した。香川の頭脳さえあればオルタナティブは幾らでも量産が出来る。そしてそれらは、神崎が企てたライダーバトルに介入し、神崎の計画の障害となる。神崎の目的の根幹を揺るがしかねない。

 リュウガにとってもオルタナティブの存在が邪魔であると再認識する。オルタナティブはリュウガの目的の妨げになる。

 

「──お前はここで消えろ」

 

 冷たく吐かれた言葉には殺意しかない。オルタナティブ・ゼロは言葉を返す代わりにサイコローダーのエンジンを唸らせる。

 二度、三度と威嚇するように鳴らされるエンジン音。仕掛けるタイミングを計るオルタナティブ・ゼロに対し、リュウガは微動だにせず隙も油断も見せない。それは動きを記憶して予測を行うオルタナティブ・ゼロですら次の動きが見えないぐらいに不動のものであった。

 このまま膠着状態──になれば不利になるのはオルタナティブ・ゼロである。オルタナティブ・ゼロは神崎が作ったカードデッキで変身するライダーよりもスペックは高いが、その反動でミラーワールド内での活動限界時間が短い。長引けばリュウガに倒される前にミラーワールド内で消滅してしまう。

 故にオルタナティブ・ゼロは一気に仕掛けた。

 後輪が摩擦で煙立つ程に回転させる。サイコローダーが走り出すと瞬時に最高速度時速680kmに達する。

 スラッシュダガーを垂らすように構えると先端が地面を擦り、火花が散る。加速の勢いをつけて斬りかかるつもりらしい。

 リュウガはそれを浅はかと言わんばかりに鼻で笑うとドラグクローから黒炎を放射する。

真っ直ぐ伸びていく黒炎がオルタナティブ・ゼロに届こうとする寸前、オルタナティブ・ゼロはハンドルを切り、紙一重で黒炎を避ける。

 初撃は回避されたが結果は変わらない。前に出したドラグクローを横に振ればすぐにオルタナティブ・ゼロへ追い付く。

 リュウガはドラグクローを横へ動かそうとした瞬間、オルタナティブ・ゼロは持っていたスラッシュダガーを投擲する。投げ放たれたスラッシュダガーはドラグクローに命中し、リュウガの腕ごと後ろへ弾かれる。オルタナティブ・ゼロを焼き尽くす筈であった黒炎は天へと伸びていき、空気を焦がす。

 無手となったオルタナティブ・ゼロだが、その指の間にはいつの間にかカードが挟まれている。

 

『ACCELE VENT』

 

 カードの効果によりサイコローダーは加速する。本来ならばオルタナティブ・ゼロのみを対象とするが、跨っていることでサイコローダーも影響を受けていた。

 ただでさえ速いサイコローダーがアクセルベントにより誰にも追い付けない速さへと至る。リュウガはこのとき、ドラグクローでオルタナティブ・ゼロを焼き尽くすことは不可能だと悟った。

 加速状態によるサイコローダーの突撃。リュウガとオルタナティブ・ゼロが交差した瞬間、リュウガは錐揉みしながら吹っ飛んで行き、交通事故のような光景であった。

 そのまま駆け抜けていったオルタナティブ・ゼロだが、途中でアクセルベントの効果が切れ、速度が通常に戻る。ハンドルを切り、サイコローダーを停車させた。

 超高速の激突。リュウガであってもこの一撃は相当に答える──かと思われた。

オルタナティブ・ゼロは呻きながら脇腹を手で押さえてサイコローダーの上で前屈みの姿勢になる。一方でリュウガの方は若干ふらつきながらも立ち上がっていた。

 

(恐ろしい相手だ……!)

 

 オルタナティブ・ゼロはリュウガに改めて戦慄する。

 リュウガは激突の際、回避が不可能と悟ると同時にドラグシールドを前方に翳し、サイコローダーが接触すると自ら回転して勢いを殺した。タイミングが遅ければ轢殺されてもおかしくなかったが、リュウガは神懸かり的な反応でそれを為したのだ。しかも、回転の勢いを利用してカウンターの斬撃をも繰り出している。

 攻撃した側のオルタナティブ・ゼロは逆に手痛い反撃を与えられてしまった。

 リュウガはすぐには動けないオルタナティブ・ゼロを見て、見せつけるようにデッキからカードを抜く。そして、それをブラックドラグバイザーへ装填──しようとしたとき、その手に八方手裏剣が命中してカードが弾かれた。

 

「一体、何が……?」

 

 乱入してオルタナティブ・ゼロの危機を救った灰色の怪人──スパイダーオルフェノクにオルタナティブ・ゼロは驚き、困惑する。彼の視点からすれば見た事が無い新種のミラーモンスターが戦闘に介入してきたように映った。

 

「香川先生? 大丈夫ですか……?」

 

 オルタナティブ・ゼロに寄り添うように声を掛けるのはタイガ。感情が見えない普段の態度が嘘のように心の底から心配していると分かる感情的な態度。彼がどれだけ崇拝しているのかが露骨に伝わってくる。

 

「東條君……? なら、彼はまさか──」

「澤田君です」

 

 隠すことなくあっさりと告げるタイガ。オルタナティブ・ゼロはこのとき初めて澤田の名前と正体を知った。

 普通ではないことは分かっていたが、あのような姿になれることは予想外であった。

当然ながらタイガはスパイダーオルフェノクの姿を知っていたが、香川と仲村には話していない。理由は聞かれなかったから、だ。

 タイガはオルタナティブ・ゼロを心配しながらリュウガの方を見る。

 

「あいつ……」

 

 呟かれた言葉には静かな怒りが込められていた。

 研究室で待機をしていた東條と澤田であったが、待っていても香川も仲村もやって来ない。嫌な沈黙が研究室内で続く中、静寂を破るようにミラーワールドの音が聞こえてきた。

 周囲を確認してもこちらを狙うミラーモンスターは居なかったが、音の原因を探る為に東條はミラーワールドへ行くことを決める。そして、ついでと言わんばかりに澤田もミラーワールドで引き込んだ。逃げ出さない為という理由もある。

 その選択は結果として正解であった。タイガはオルタナティブ・ゼロの窮地に駆け付けることができ、スパイダーオルフェノクはリュウガへの復讐を果たす機会を得る。

 

「昨日の借りを返す……!」

 

 復讐に燃えるスパイダーオルフェノクだが、リュウガの方はつまらなそうに鼻を鳴らす。リュウガの中ではスパイダーオルフェノクは既に取るに足らない相手と格付けされていた。

 リュウガは顔をやや俯かせながらオルタナティブ・ゼロたちの正面に立つ。スリットの入った仮面の奥にある両眼が赤く、危うい輝きを放つ。

 三対一でも構わない、と無言の佇まいだけで伝わって来る。

 戦いが仕切り直される──誰もがそう思ったときであった。

 

『!?』

 

 突如として揺れる地面。ミラーワールドで起こる筈の無い大きな地震が発生している。

 急な出来事にオルタナティブ・ゼロたちは驚く。それはリュウガもまた同様であった。

 

「何が起こって……はっ!」

 

 オルタナティブ・ゼロの体から粒子が蒸気のように噴き出す。活動時間限界を示す兆候だが、まだ時間の猶予がある筈であった。

 

「先生……!?」

 

 タイガが動揺した声を出す。タイガの体にも同じ現象が起こっている。

 

「うっ!?」

「う、うあああっ!」

「あ、頭が……!?」

 

 数え切れないガラスに亀裂が入る音。数多の金属を叩き合わせるような音。無数の硬い物を引っ掻くような音。不快感しか覚えない音が大音量でミラーワールド内に響き、聞いている者たちはその音に苦しめられる。リュウガも頭を押さえてユラユラと左右に揺れており、辛うじて立っている状態になっている。

 ミラーワールドの異変に誰もが混乱に陥った──たった一人を除いて。

 

『Exceed Charge』

 

 ──オーガは異変に動揺することなくオーガフォンのボタンを押していた。

 ドラグブラッカーと交戦し、上空からの攻撃に手を焼いていたオーガだったが、ミラーワールドの異変はドラグブラッカーにも影響を与えており、今ドラグブラッカーは空中で長い胴をくねらせながら悶えている。

 異常事態にも流されることなく冷静に好機を見極めたオーガは、オーガストランザーを振り上げた。

 生成された金のフォトンブラッドがラインを伝い、オーガストランザーへ流れ込む。オーガストランザーの刀身から溢れ出た金の光は長大な光の刃を形成する。

 

「はあっ!」

 

 オーガは上空のドラグブラッカー目掛けてオーガストランザーを突き出した。光の刃が巨大であってもドラグブラッカーにはまだ遠く、届かない──かと思われたが、オーガの意思に答えるかのように光の刃は伸び出す。

 瞬く間に百を超える長さと化した光の刃。悶え苦しむドラグブラッカーへ届くかと思われたとき、苦しむドラグブラッカーが偶然にも身を捩る。それにより光の刃は直撃することはなく先端がドラグブラッカーの胴体を掠めた。

 ドラグブラッカーが叫ぶ。その叫びを裂くようにオーガは伸ばしていた光の刃を今度は振り下ろした。

 光の刃の下に居るのはリュウガ。最初から二体纏めて葬るつもりだったのだ。

 頭上から迫る金の光に気付いたリュウガは見上げる。そこには自分に迫る柱のような光の刃があった。

 異変の影響で苦しむ体を無理矢理動かして回避を試みる。その甲斐あって光の刃はリュウガを両断することはなかった。しかし、完全に回避することは出来ず肩に装着していたドラグシールドが容易く斬り裂かれ、リュウガの肩装甲の一部も斬られた。

 リュウガを掠めた光の刃は地面に触れるとバターのように地面を溶かし、一瞬にして数十メートルの深さまで地面を裂いてしまう。

 

「くっ……!」

 

 リュウガは肩を押さえる。指の隙間から青い炎のようなエネルギーが見えている。高出力のフォトンブラッドに触れた影響であった。

 オーガはすぐにオーガストランザーを切り返そうとするが、その前にミラーワールドの異変が限界に達する。

 全ての光景が二重にブレたように見えると、ガラスの砕ける音が世界に響き渡った。

 その瞬間、ミラーワールドが白い光に包まれる。

 

「こ、ここは……?」

 

 香川は自分がうつ伏せになっていることに気付いた。いつの間にか変身も解除されている。混乱する香川の耳に入って来たのはパニックになっている男女の声であった。

 

「う、うわあああっ! 何だこれ!」

「ぎゃああっ!」

「血、血が……! 誰か手を貸して!」

 

 人々の凄まじい喧騒。それだけでここがミラーワールドでないことが分かる。

 香川は頭痛を感じながら周囲を確認する。どこもかしこも騒然となっていた。

 清明院大学の窓ガラスは全て砕け散っており、飛び散った破片のせいで怪我をしているものが多数。混乱している声を拾っていくと、鏡が壊れた、蛇口が捩じ切れた、果ては水溜りが爆発したなどと言っている。

 共通することは全てミラーワールドへ入る為の手段である反射物である。

 そして、香川は気付いた。ミラーワールドから戻って来たのは自分だけではないことに。

 うつ伏せになって意識を失っている東條はまだ分かる。だが、その傍では澤田も膝を突いた体勢でいた。まさかと思い、香川は視線を動かす。そう遠くない場所で頭を軽く振って意識を取り戻している村上の姿を発見した。

 ミラーワールドに出入りすることが出来ない村上と澤田が現実世界に帰還している。この事態に香川の中である仮説が生まれた。

 

「まさか……現実とミラーワールドの境界が……?」

 

 

 

 

 ミラーワールドの異変が生じる少し前、王蛇とサイガは暴れ狂う融合ミラーモンスターに圧倒されていた。

 体から七色の光線を放ち、不定形な触手のようなものを振り回して接近することが出来ない。

 

「こいつ……!」

 

 飼い犬に手を嚙まれたことに苛立つ王蛇だが、そう思ってもこちらからは手が出せない。その事実に王蛇はますます苛立つ。

 サイガの方もフライングアタッカーが使用不可能な状態となり機動力が大幅に削がれているので近付けない。おまけに火力の大部分はフランイングアタッカーに依存しているので遠距離攻撃も出来ず、相手に攻撃されるがまま。

 このまま一方的に蹂躙される──そう思われた、そのときであった。

 

「あぁ?」

『うん?』

 

 突如として融合ミラーモンスターの攻撃が止む。そして、二人が見ている前で体を膨張し始めた。

 今から何が起ころうとしているのか、嫌でも想像がついてしまう。

 

「ちぃ!」

『これは不味い!』

 

 二人は急いで離れる。その間にも融合ミラーモンスターは膨れ上がっていき、やがて限界が訪れた。

 

「うおぉぉぉぉ!?」

『おおおおおっ!?』

 

 融合ミラーモンスターが内包していたエネルギーを爆発という形で解放。

 ミラーワールドが砕ける音が響く。

 このとき、ミラーワールド内で許容出来ない膨大なエネルギーが発生したことにより一瞬ではあるが現実世界とミラーワールドの境界が破壊された。

 それにより二つの世界が重なり合い、ミラーワールドに居た筈のサイガは強制的に現実世界へと返される。

 

『うぅ……』

 

 戻された反動のせいかサイガのベルトが外れ、強制的に変身が解除される。変身が解けたレオは強烈な眩暈を感じながら立ち上がる。

 ミラーワールド内では無かった阿鼻叫喚の叫びが聞こえ、レオは自分が現実世界に戻って来たことを知る。

 周りを確認してみるが浅倉の姿は無い。爆発により遠くへ飛ばされたようであった。

 視線を動かし、それを見たときレオは思わず天を仰いだ。

 

『ボスになんて言おう……』

 

 新車同様に磨き上げられていた高級スポーツカーが、ミラーワールドの影響により見るも無残なスクラップと化していた。

 




一区切りついたので、そろそろ北崎出さないといけませんね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

侵略ミラーワールド

「あぁ……」

 

 浅倉は呻きながら目を覚ます。そこは見慣れない場所であった。日陰で薄暗く、湿気があって空気が冷たい。何処かの路地裏だと思われるが、浅倉にはここに足を運んだ記憶は無い。

 遠くでサイレンの音が聞こえ、浅倉は反射的に起き上がる。だが、すぐに眩暈を感じて壁にもたれ掛かった。

 

「あぁ……そうか……」

 

 浅倉は何があったのかを思い出した。複数のミラーモンスターを融合させたはいいが制御が効かなく暴走され、挙句の果てには大爆発を起こされた。そこから先の記憶は無いが、どうやら爆発によって別の鏡面から現実世界に飛び出してしまった。実際には吹っ飛ばされている最中にミラーワールドの異変によって強制的に現実世界へ送り返されたのだが、浅倉がそれを知る由も無い。

 浅倉は壁に手を這わせながら数歩移動する。すぐに吐き気が込み上げてきて足が止まった。爆発の影響で三半規管が混乱している。

 サイレンの音がするのでとっととこの場所から離れたいのだが、体が浅倉の思い通りには動かない。

 

「……らぁぁぁ!」

 

 浅倉は突如として側頭部を壁にぶつけた。痛みで無理矢理覚醒しようとしているのではない。ただ、思い通りに動かない自分の体にむかついただけだ。

 加減無しに数度頭を壁に激突させる。こめかみを伝って血が流れたところで浅倉の自傷は止まった。頭に昇った血が流血で落ち着いたように見えてしまう。

 与える痛みと受ける痛み。それだけが浅倉の苛立ちを紛らわせてくれる。

 浅倉は垂れる血を拭いもせずカードデッキを取り出して中のカードを見る。あれだけの爆発を起こしているので何かしらの影響を受けていないかの確認である。

 

「問題ないな……」

 

 ベノスネーカー、エビルダイバー、メタルゲラスのカードは健在。融合に使用した他のミラーモンスターのカードも確認出来た。浅倉もこれには安堵する。当然、契約モンスターの心配をしているのではない。契約モンスターが使い物にならなくなったら戦いが楽しめなくなるからだ。

 取り出したカードを戻そうとしたとき、あるものが目に付き、浅倉はそれを抜き取る。

 

「これは……!」

 

 浅倉は瞠目した。ミラーモンスターを好きに操れることだけで満足してしまい、碌に確認をしなかったので気付くことが出来なかったが、ミラーモンスターのカードの奥にはもっと面白いカードが眠っていたことを知る。

 

「はは……ははははははっ!」

 

 先程まであった苛立ちがすっかり払拭された。そして、高揚は最高潮に達する。今すぐにでも戦いたい気分になってくる。

 だが、浅倉には珍しくその衝動をぐっと我慢する。使う相手が誰でもいい訳ではない。使うのであれば引き分けた北崎、決着がつけられなかったレオ、そして散々殴ってくれた黒髪の女の誰かにするとこの場で決めた。

 浅倉はそのカードを手にする。泣き声のように聞こえる風が、浅倉の背を押すように吹き抜けていった。

 

 

 ◇

 

 

「無様だな」

 

 ミラーワールド内に静かに響く神崎の声。感情が希薄な男であるが、その声に失望が込められているのは明らかであった。

 神崎の背後に立つその男は、柱の影に背を預けたまま荒い呼吸をしている。姿はハッキリとは見えないが苦痛に耐えている様子であり、肩をずっと押さえている。

 

「村上峡児、香川英行、この二人を倒すことも出来ず逆に手傷を負わされるとはな」

 

 負傷しているその存在に対して気遣う様子など全く無い。この二人が接触し、手を組むことを責め立てる。神崎の叱責に対して言い訳の言葉一つ吐かない。

 

「……まあ、イレギュラーがあったことは認めよう」

 

 全てが悪かったとまでは言わない。神崎にとっても浅倉が齎したことは予想外のことであった。不安定になっていたミラーワールドは少し経って正常な状態に戻ったが、これから先も起きないとは限らない。浅倉に権限を持たせたのは神崎であり、今回のことの遠因は神崎にもあった。

 今からでも浅倉から権限を取り上げるかと考えたが、村上と香川が手を組むことを考えると持たせたままにしておくのが正解のような気がした。最悪どちらかを葬れればそれで良い。

 

「……一度だけ力を貸してやる」

 

 神崎は振り返り様に影に向けて何かを投げた。影の中の男は飛んできたものを難無くキャッチする。渡されたのは一枚のカード。それを見たとき、男は体を一時の間動きが止まった。カードに描かれたものに驚いている。

 

「それを使ってオルフェノクたちを確実に始末しろ」

 

 神崎が命じると男は頷くと共に柱の奥へと消えていく。既に気配は無い。神崎の命令を実行しに行った。

 男が去ると無表情であった神崎は微かに表情を険しくした。事態が神崎にとって悪い方向へと進んでいるからだ。神崎にとって村上率いるスマートブレインと香川たちが手を組んだことは最悪に等しい。

 最終的な目的は違うが、そこに至るまでの過程は一致している。

 香川たちが居ればミラーワールドという優位性が崩れる。

 

「優衣……」

 

 神崎にとって唯一の家族であると同時に最愛の妹。そして、神崎にとっての願い。その願いを阻もうとする者たちに神崎は敵意を静かに燃やす。

 

 

 ◇

 

 

 二体の異形がミラーワールドの中を走る。その体色は赤と黒。ぬめりを感じさせる見た目をしており、背中には十字手裏剣のような武器を背負っていた。

 ヤモリに似た異形の名はゲルニュート。二体は脇目も振らずに必死の様子で走り続ける。

 獲物を追う為に走っているのではない。彼らは追われている。そして、獲物はゲルニュートたちなのだ。

 いつまでも平地を走っているのは危険と判断したのか、跳び上がってビルの壁に張り付く。掌から粘着性の液体が出ており、粘液により壁からずり落ちることなく這い上がっていく。

 そのとき、風切り音が鳴った。ゲルニュートの一体が背中から火花を散らして落下する。もう一体のゲルニュートは同胞を助けることはせず、逃げる為に壁を這い上がろうとした。

 再び鳴る風切り音。ゲルニュートの首に棘が生えた鞭が絡み付く。鞭の締め付けに耐え切れなくなり、ゲルニュートは引っ張られて落下した。

 地面に横たわるゲルニュートたちを見下ろすのは二体のオルフェノク。

 全身を輪で拘束されたような見た目をしており、手、腕、脚には棘のような体足が生え、口部から触角のような部位が左右に伸びている。

 ゲルニュートたちを叩き、引っ張り下ろしたのはこのオルフェノクが持つ鞭であった。

 そのオルフェノクの隣に立つもう一体のオルフェノク。女性的な体格をし、頭部にはエビもしくはザリガニを模した飾りが付き、顔の上半分を丸を繋げたベールのようなもので隠している。両腕には丸みのある手甲を装着し、右手には細剣が握られていた。

 ムカデの特徴を持つセンチピードオルフェノクとロブスターの特徴を持つロブスターオルフェノクの足元の影に人の姿が浮かび上がる。

 

「中々慣れないものですね。鏡の世界というものは」

「そう? 私は好きよ。それに鏡の中の世界なんて夢があって素敵じゃない」

「夢がある、ですか……その夢の住人があんなのでなければ同意しましたよ」

「まあ、そうね」

 

 センチピードオルフェノクの影に映る琢磨。ロブスターオルフェノクの影に映るのは冴子。このオルフェノクたちはラッキー・クローバーの二人が変身した姿である。

 

「そうなると、これも夢の発明、ということですか」

 

 センチピードオルフェノクの腹部には銀色のベルト。ベルト中央にはオルタナティブのデッキに似たものが装填されており、オルタナティブの紋章の代わりにスマートブレインのロゴが描かれている。

 これは香川とスマートブレインが手を組み、開発された簡易デッキでありこれを装着すればミラーワールドへ自由に出入りが出来る。香川はこれをスマートブレインの技術者と共に一週間で完成させた。

 しかし、既存のカードデッキとは大きく異なり、アドベントやソードベントなどの攻撃する為のカードが入ってなく、またミラーモンスターと契約することも不可能。普通の人間が使用したらミラーモンスターに食われるかミラーワールドで消滅するかしかない。

 故にこれを使用出来るのはミラーワールドで適応でき、戦闘能力を持つオルフェノクであり、実質オルフェノク専用であった。

 まだ数が出来ていないのでラッキー・クローバーなどの実力のあるオルフェノクたちに渡されたが効果は絶大であった。

 今やミラーモンスターは人間を捕食する立場から駆除される存在へ成り下がっている。

 

「はあっ!」

 

 センチピードオルフェノクは鞭を伸ばし、立ち上がろうとしていたゲルニュートの首に巻き付ける。じりじりと引き寄せていくセンチピードオルフェノク。その先ではロブスターオルフェノクが細剣を掲げて待ち構えている。

 ゲルニュートの命運が尽きようとしたとき、小さな影がセンチピードオルフェノクとゲルニュートの間にある鞭に落ちた。

 影が徐々に大きくなっていくにつれ、彼らの耳に落下音らしきものが聞こえて来る。センチピードオルフェノクは音の方へ目を向けた。空から車が落ち、鞭の上に落下すると重みで断ち切る。

 

「うわっ!?」

 

 張っていた鞭が切れたので後ろに倒れそうになるのを耐えるセンチピードオルフェノク。落下してきた車は地面に突き刺さっていたが、灰となって崩れてしまう。

 こんなことが出来る人物を、センチピードオルフェノクは一人しか知らない。

 

「やだなぁ……僕も混ぜてくれないなんて……」

 

 コツコツと足を立ててこちらへ向かって来ているのは北崎。センチピードオルフェノクは北崎を見た瞬間、体を震わせた。

 

「き、北崎さん……」

「やっぱりこっちに居たのね、北崎君」

 

 北崎もまた簡易デッキを渡されていた。他のオルフェノクたちがミラーモンスターを発見した以外ではミラーワールドに入らないが、北崎はそれの真逆であった。ミラーワールドの何が気に入ったのかは知らないが、食事以外殆どの時間をミラーワールドで過ごしている。オルフェノクの体質ならばミラーワールドに何時間居ても消滅しないが、四六時中ミラーモンスターに狙われるというリスクもある。しかし、北崎にとってそれはリスクになりえない。襲って来たミラーモンスターを片っ端から返り討ちにし、北崎の方からも襲っている。

 こうなるとどちらがモンスターか分からない。ミラーモンスターにとって北崎は怪物そのものであった。

 

「琢磨君も冴子さんも手を出さないでね? ここは僕の遊び場なんだから」

 

 北崎がそう言うとロブスターオルフェノクは肩を竦めて細剣を仕舞う。センチピードオルフェノクは千切れた鞭の柄を強く握って悔しさを滲み出していたが、北崎に逆らうことはしなかった。

 北崎は垂らすように持っていたデルタドライバーを装着し、デルタフォンを構える。

 

「変身」

『Standing by』

 

 ドライバー側面にあるデルタムーバーとデルタフォンが合体。

 

『Complete』

 

 白いラインが北崎を覆い、デルタへと変身させる。

 

「ふふっ」

 

 デルタはゆっくりとゲルニュートへ向かいながらデルタムーバーを外す。ゲルニュートはデルタを恐れながらも背部に付けてある十字手裏剣を投げ放った。

 

「ファイア」

『Burst Mode』

 

 音声認識によりデルタムーバーがブラスターモードへ切り替わると、デルタは投擲された十字手裏剣を標的にしてトリガーを引く。

 発射された光弾が一発、二発当たっても十字手裏剣の勢いはまだ衰えない。しかし、デルタは歩みを止めず銃撃しながら前進を続ける。

 正確な射撃により飛来する十字手裏剣に全弾が命中。デルタへと当たる直前に弾かれる。

 そこからターゲットがゲルニュートへと移り、ゲルニュートの全身を的にして光弾を撃ち込み続ける。

 手足、胴体、余すことなく撃たれるゲルニュートの体。遂には両膝をついて動かなくなる。

 デルタはドライバー中央にあるミッションメモリーをデルタムーバーに差し込む。

 

『Ready』

「チェック」

『Exceed Charge』

 

 デルタは足を止め、ゲルニュートの額にデルタムーバーの銃口を押し付けた。

 

「じゃあね」

 

 引き金が引かれ、充填されたフォトンブラッドが発射。ゲルニュートは膝をついたまま光弾に押されて地面を滑っていく。

 放たれた光弾が展開して三角錐のポイントマーカーとなると、デルタは跳躍して右足からポイントマーカーへ突入。ゲルニュートの体を貫き、その体にΔの紋章を刻み込む。

 ゲルニュートは断末魔の叫びを上げて爆散。その体の破片は赤い炎に包まれていた。

 デルタは残った一体を探す。見回してみたが発見出来ない。視線を上げる。ビルの壁を這って逃げるゲルニュートを見つけた。

 

「薄情だなぁ」

 

 ゲルニュートを嘲笑しながらデルタは銃口を向けるが──

 

『FINAL VENT』

 

 ──響き渡るその音に引き金に掛けられた指が止まる。

 ゲルニュートが這っていたビルのガラス窓から飛び出すのは獰猛なる白虎──デストワイルダー。

 デストワイルダーはゲルニュートの頭を掴み、壁面へ叩き付けると垂直の壁を地面のように走りながら降下。デストワイルダーの強靭な腕力を跳ね除けることが出来ず、ゲルニュートの体は擦り下ろされていく。

 そして、デストワイルダーが走る先、ビル壁面の下ではいつの間にタイガが立っていた。タイガは両腕にデストワイルダーの両腕を模した巨大な爪が手甲を装着しており、右手を振り上げた状態で構えている。

 タイガとデストワイルダーが衝突しようとした瞬間、デストワイルダーは壁を蹴って離脱。タイガは手甲を下から上へ掬い上げる。長い爪が地面や壁に当たるが全てを斬り裂き、ゲルニュートの体を貫いた。

 五指の爪をゲルニュートに突き刺さしたままタイガは腕を高々と掲げる。ゲルニュートはそこで絶命し、タイガの頭上で爆散した。

 ゲルニュートを葬ったタイガがデルタたちの方へ振り返る。センチピードオルフェノクとロブスターオルフェノクは身構えるが──

 

「あれ? 北崎君? 居たんだ」

「やあ。東條君」

 

 ──デルタとタイガは顔見知りであった。

 




オルフェノクたちの反撃が始まる回となります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それぞれの交わり

 バー・クローバーにて琢磨は非常に居心地の悪い思いをしていた。その原因となっているのは一つ離れた席に座る北崎と、その隣に座る青年──東條のせいである。

 村上から事前に香川を含む数名の協力者がいることは教えられていた。しかし、タイガや東條の名は知らされていても姿を見たのは今回が初めてである。主な顔合わせは村上が行っていたからでもあった。

 ミラーワールドから帰還した際に変身を解いた東條を見て琢磨は内心驚いた。変身前後の姿がかけ離れていたからだ。

 一見すると普通の青年だが、琢磨は彼を見たとき寒気を覚えた。東條から北崎と同じような雰囲気を感じたからだ。私生活も態度も一目で壊滅的である北崎とは違い、身嗜みや常識を備えていそうなのに何故か狂気を感じさせる。

 東條は琢磨が会ったことが無いタイプの人間であった。

 琢磨は東條に名乗って以降会話はしていない。北崎は珍しく東條と積極的に会話をしていた。会話の内容から知ったが東條が自分と同じ25才ということに驚く。東條が童顔だったこともあるが、北崎と普通に話しているので近い年齢だとばかり思っていた。実際は10才近く離れている。

 冴子も東條に興味があるのか時折二人の会話に参加している。琢磨はそのことに嫉妬の念を覚えてしまう。

 

「北崎君は偉いね。いっつもミラーワールドで戦っているんだから。僕も君みたいにミラーワールドで自由に動き回ってみたいよ」

「だって僕、強いからぁ」

 

 東條に言われて気を良くする北崎。東條が本気で思っていると分かっているのか素直に受け取っている。

 二人の出会いは偶然であった。簡易デッキを手に入れてミラーワールドを探検しながらデルタでミラーモンスターと遊んでいるときに同じくミラーモンスターを討伐している東條と遭遇した。

 即座に臨戦態勢に入るが、東條がカードデッキを装着していることに気付いて名前を訊ねたところ、東條は正直に名乗った。東條の名は事前に村上から教えられていた。他人の名前に興味が無い北崎が偶々覚えていたので、北崎の方も自ら名乗る。東條も北崎の名を香川から教えられており、戦うなと釘を刺されていた。

 臨戦態勢に入っていた二人がそれを解除したのはほぼ同時であり、二人は一旦ミラーワールドの外に出て生身で顔合わせをする。

 そこから何気なく会話が始まった。特別、気に入ったという訳ではないが気に入らないという訳でもなく。会話の波長が合ったのか思わぬ長話となり、そして、()()()()を切っ掛けにして距離が縮まることとなった。

 それ以降、二人は度々顔を合わせては話をする仲となる。

 東條は北崎の独特なペースな会話に合わせながら、時折バー・クローバーの中を見回す。

 

「こういう店は初めてかしら? 東條君?」

「……うん。僕にはそういう付き合いが無かったから……」

 

 バーカンターに肘をついて東條の顔を見る冴子。東條はそんな彼女から目を逸らしながら言う。東條の初心な反応に母性がくすぐられたのか冴子は笑みを深くする。因みに冴子の年齢は24才。東條の方が年上である。

 冴子の反応が気に入らない琢磨はますます嫉妬の念を強くする。しかし、下手に何かを言うと北崎の矛先を向けられる可能性がある。ジレンマを抱えながら琢磨は沈黙し続けるしかなかった。

 

「冴子さん。いつもの」

「ええ。分かったわ」

 

 北崎が注文を入れる。冴子は手慣れた動作でカクテルを一杯作った。

 

「はい、どうぞ」

 

 差し出されたのはジンをベースにしたカクテルのマティーニ。口休め用のオリーブが入れられていない。オリーブ抜きのマティーニが北崎が頼むいつもの、であった。

 

「北崎君。君、お酒飲むの?」

「違うよ」

 

 北崎はマティーニが入ったカクテルグラスを横へ滑らせ、東條の前に移動させる。

 

「僕からの奢りだよ」

 

 北崎の行動は琢磨にとって意外であった。いつもなら冴子に渡すのだが、今回に限って東條に渡している。東條のことを本当に気に入っているのかもしれない。

 

「僕、お酒飲めないんだ」

 

 が、東條の方は北崎の好意をあっさりと断ってしまう。

 琢磨は当事者ではないにも関わらず冷や汗が一気に噴き出すのを感じた。傍若無人を体現したような北崎の好意を無下にする。気分を害した北崎がどんな癇癪を起こすか想像するだけで寒気を覚える。

 琢磨は北崎の目に険呑な光が宿ったように見えた。その光は徐々に強まり──

 

「本当にごめんね。折角、奢ってくれたのに」

 

 ──東條の真摯な謝罪を受け、すぐに消えてしまった。

 

「いいよ。呑めないんだったらしょうがないよね」

 

 傲岸不遜で気分屋の北崎。プライドの高さも相手が謝ったことで宥められ、気分屋だったことが今回はプラスに働き、あっさりと引く。

 傍から見ていると心臓に悪い、と琢磨は無意識に止めていた息を吐く。北崎と東條の関係は非常に不安定なバランスの上で成り立っているように感じられた。噛み合っているようで嚙み合っていないように思える二人。何か一つでもズレが起これば一気に破綻する関係に見えた。

 

「じゃあ……琢磨君、どうぞ」

「……えっ?」

 

 貝のように息を潜め、気配を消していた琢磨に北崎は急に話し掛けてきた。東條に奢る筈であったカクテルグラスを琢磨の方へ向けている。

 

「どうしたの……? 僕が奢ってあげるんだよ……? もっと嬉しそうにしたらどうなの……?」

 

 冴子に渡すものとばかり思っていた琢磨は、北崎の不意打ちのせいで上手く喋ることが出来ず、金魚のように口を開閉している。

 

「ねぇ? どうしたの? 嫌なの? ねぇ?」

「あ、あの、その……!」

 

 北崎が東條の傍を離れて琢磨の方へ寄っていく。琢磨は蒼褪め、ますます喋れなくなる。

 東條は北崎が琢磨に絡んでいる様を横目で見るだけで特に口を挟む様子は無かった。

 

「ふふ。あれがあの二人のコミュニケーションみたいなものよ」

「そうなんだ。仲が良いんだね」

 

 冴子の言葉をすんなりと受け入れる東條。それなりに経験を積んで来た冴子から見ても東條という男は本心が見え辛い。

 

「──そういえば、澤田君はどうなったか知らない? 聞いた話だと澤田君が最初に貴方たちと接触したみたいらしいけど」

「……僕も知らないです。大学に連れていった後から姿が見えなくなったから……」

 

 東條が言うように事情を聴く為に大学へ連れて行き、リュウガとの戦いに介入した後に澤田は東條の前から消してしまった。冴子は村上が澤田にも簡易デッキを渡していることは知っている。北崎と同じくミラーワールドの入り浸っているのかもしれない。

 

「もしかしたらだけど……」

 

 澤田の動向について東條は心当たりがあった。

 

「あの黒い奴を追っているのかも」

 

 黒い奴──リュウガに澤田は敗北している。敗北の屈辱を果たす為にリュウガを探している可能性が考えられた。

 

「でも、見つけても無駄かもしれない」

 

 東條は冷めた感想を出す。完敗している澤田がリュウガを見つけたところで同じような結末を迎えるだけ。勝つには何らかの新しい手段が必要となる。

 

「澤田君……何をしているのかなぁ……」

 

 東條は虚空を見詰めながらポツリと呟いた。

 

 

 ◇

 

 

 東條が澤田のことを気にしていた丁度その頃、澤田ことスパイダーオルフェノクはミラーワールドにて戦いを行っていた。相手は自分の倍以上の体格を持つ巨大な蜘蛛──ディスパイダー。

 鋭い足を武器にし、スパイダーオルフェノクを上から突いて来るが、スパイダーオルフェノクは八方手裏剣にてその足を弾く。ディスパイダーの巨体が浮き上がり、慌ててバランスを立て直そうとする。

 スパイダーオルフェノクはすかさず八方手裏剣で別の足を斬り付けた。ディスパイダーの足の先端が切断される。そして、流れ作業のように追加でもう一本足を斬り飛ばした。

 片側の足を二本切断されたディスパイダーはバランスを保つことが出来ずに横転する。だが、攻撃の意志は緩まずスパイダーオルフェノクに向けて糸を噴き出す。

 スパイダーオルフェノクはその動きを読んでいた。糸が届く前に跳躍して回避。そのままディスパイダーに跳び乗る。ディスパイダーがスパイダーオルフェノクを払おうとするが、それよりも先に八方手裏剣がディスパイダーの脳天に突き立てられた。

 スパイダーオルフェノクは手首を捻りながら八方手裏剣を引き抜く。刺された箇所か体液が噴き出し、ディスパイダーの体が震えるように痙攣する。

 スパイダーオルフェノクはディスパイダーから降りた。ディスパイダーは残った足で空を掴むような動きを見せていたが、やがて動かなくなる。

 ディスパイダーが絶命した様子を見てスパイダーオルフェノクは嘆息した。

 

「外れだな」

 

 これ以上この場に留まる理由もなくスパイダーオルフェノクはディスパイダーに背を向けて歩き出す。数歩移動した後、背後で何かを引っ掻くような音が聞こえた。

 スパイダーオルフェノクは振り返る。倒した筈のディスパイダーが再び動き出し、足を藻掻かせて起き上がろうとしている最中であった。

 足の切断から体液と同じ色の泡が生じると、中から新たな足が生えてくる。欠損した足が揃うとディスパイダーは起き上がる。

 ディスパイダーの頭頂部から体液が噴き出す。すると、頭頂部の刺された傷が開き、中から人型の上半身が這い出てきた。

 ハサミのような形状をした両手。角を生やした頭部に六角形の集合体のような複眼、口部はノズルのような形をしている。

 短時間で再生、強化されたディスパイダー改めディスパイダーリ・ボーンにスパイダーオルフェノクの興味を示す。

 やられた借りを返すようにディスパイダーリ・ボーンは胸にある赤いマークから無数の針を飛ばす。スパイダーオルフェノクは八方手裏剣の一振りで纏めて針を弾き飛ばすが、その内の一本はスパイダーオルフェノクの肩を掠めていく。

 

「──気に入ったよ、お前」

 

 スパイダーオルフェノクはそう言い、腹部に装着されていた簡易デッキに手を伸ばす。すると、本来ならば何も入っていない筈のデッキからカードが抜き取られた。

 絵は無く中央が白く塗り潰されているカード。上部に『CONTRACT』の文字が書かれているのみ。

 スパイダーオルフェノクはそのカードをディスパイダーリ・ボーンに向ける。カードから強い光が放たれるとディスパイダーリ・ボーンは動くのを止め、カードの中へ吸い込まれていった。

 光が収まったカードを見る。CONTRACTの文字は消え、代わりにディスパイダーリ・ボーンの絵と名前がカードに描かれていた。コントラクトのカードからアドベントのカードへと変化した証である。

 何故スパイダーオルフェノクが他のオルフェノクたちには無いカードを所持しているのか。それは香川とスマートブレインが協力して行っている実験の為である。ライダー以外でもミラーモンスターを使役することが出来るのか、というもの。

 何が起こるのかは分からない危険を伴う実験だが、澤田は自らそれに志願をした。志願した理由は勿論、自分に屈辱と敗北を喰らわせたリュウガにリベンジを果たす為である。村上はラッキー・クローバーである澤田ならばもしものことがあっても大丈夫だろうとし、被験者となることを許可した。

 そして、実験は今のところは成功である。香川が作ったコントラクトカードによりオルフェノクであってもミラーモンスターと契約することが出来た。ただし、ライダーとは違って増えたカードはアドベントのみ。ミラーモンスター由来の武器などを召喚することは不可能な模様。

 ミラーモンスターのカード一枚入手したことでも上々の結果であり、一旦ミラーワールドを出ようとする。

 ベチャリ、という音が鳴る。スパイダーオルフェノクの腕に粘着性の糸がへばりついていた。

 糸を辿って首だけ後ろに向ける。糸は新たなミラーモンスターの口に繋がっている。

 ディスパイダーと同じ蜘蛛のミラーモンスターだが、人型であり女性的なフォルム。顔面中央には巨大な牙。頭部左右には目と思わしき楕円形の器官が突き出ている。

 

「──こいつの仲間か?」

 

 ディスパイダーリ・ボーンのアドベントカードを挑発するようにひらひらと見せる。それに怒ったように唸るミラーモンスター──ミスパイダー。次の瞬間、甲高い鳴き声を上げる。鳴き声に呼び出されたもう一体の蜘蛛のミラーモンスターが降り立つ。

 顔の中心には蜘蛛の巣のような単眼。両手には鉤爪を装着し、身体中に蜘蛛の巣を意識した意匠が施されたミラーモンスター──レスパイダー。

 一気に二体のミラーモンスターが現れたが、スパイダーオルフェノクは驚くことも慌てることもせず、八方手裏剣にオルフェノクの力を込めて青炎を纏わせると張り付いていた糸を切断する。

 

「もう一つ実験が出来るな」

 

 そう言ったスパイダーオルフェノクの右腕には、オルタナティブと同型の召喚機──スラッシュバイザーが装着されている。オルフェノクがライダーと同じくミラーモンスターの力を使用出来るのか、それもまたスパイダーオルフェノクに課せられた実験である。

 スパイダーオルフェノクの言葉に逆らうようにミスパイダーたちは唸る。その様子をスパイダーオルフェノクは内心で冷めた笑い声を上げた。

 この世にはどうしようもない運命、力の流れというものがある。誰もがそれに逆らうことなど出来ない。スパイダーオルフェノク──澤田自身がそうであるかのように。

 間違った道を歩んでいると分かっていても歩みを止めることは出来ない。立ち止まることも引き返すことも出来ないのなら迷う心を殺すだけ。

 

『ADVENT』

 

 カードがスラッシャーバイザーに通され、ディスパイダーリ・ボーンが召喚される。

 

「……お前らも屈服しろ」

 

 諭すような、諦めさせるような言葉を掛けた後、スパイダーオルフェノクは従属するディスパイダーリ・ボーンに命令を下した。

 




やろうと思えば出来そう、と思ったのでクロスオーバーらしく別作品の力でパワーアップをさせてみました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

徘徊する龍虎

「ふぅ……」

 

 研究室で小さく聞こえる溜息。それを吐いたのは香川であった。普段は毅然とした隙の無い振る舞いをする彼だが、顔色に濃い疲労の色が出ていることもあって、いつもよりも動きにキレが無い。

 スマートブレインと手を組むことを決断したときから香川は清明院大学とスマートブレインの本社を行ったり来たりの忙しい日々を送っている。大学の方の仕事に支障が出そうになるが、大学はほぼ休校状態なのでそれ程仕事がある訳ではない。大学の理事長は遠慮することなくスマートブレインとの共同研究に専念するよう言ってくるが、教授としてのプライドから意地でも大学の仕事に穴を開けないが。

 

(一体幾ら寄付されたことやら)

 

 リュウガと王蛇との一戦の影響で大学のガラス及び鏡は全損。大量の備品が破壊され、何十台もの車の破損が確認された。幸い死者は出なかったが、ガラスによる怪我人は多数出た。超常現象、白昼堂々のテロと色々と騒がれ、各方面の沈静化と大学の修繕が完了するまで休校もやむを得ない。

 修繕費の全てはスマートブレインから出された。それ以外にも寄付という名目で相当な金額を積まれている。理事長が村上に尻尾を振っている姿が容易に想像がついた。だが、香川から見てもスマートブレインの潤沢な資金と高い技術力は目を見張るものであった。

 スマートブレイン本社に案内されてまず紹介されたのは、香川の助手となるスマートブレインに属する研究者、技術者たちである。その中には香川も名を知っている研究者が居たことには驚いた。

 その次に見せられたのは香川の為に用意された研究ラボである。事前に必要なものを伝えておいたが、広々とした室内に全て完璧に用意されてあった。

 続いて今後の研究資金ということで予算を提示された。そこには見た事も無い金額が表示されており、香川も震えそうになった。しかも、必要ならば随時追加するとのこと。

 豊富な資金。優秀なスタッフ。完璧な施設。それらを短期間で準備出来たスマートブレイン。流石は世界に誇る大企業であると嫌味無しに賞賛が出来る。

 

(まあ、しっかりと見返りは貰うつもりのようですけどね)

 

 香川はスマートブレインとの共同研究で最初に作ったのが、誰でもミラーワールドに入ることが出来る簡易デッキ。本来のカードデッキが持つ機能を最低限まで削除したことで低コストの量産化を可能とした。尤も、本来必要な身を守る為の機能すらもオミットしてしまったので普通の人間には使用出来ないが。

 掛かった期間は一週間程。香川自身も驚く程のスピードである。これも人材と資金が豊富だからこそ可能な力技である。

 香川も一級品の施設で一流の研究者、技術者と作業することはモチベーションアップに繋がる。だが、決して心休まることはない。香川は分かっていた。スマートブレインが用意した研究者たちが虎視眈々とオルタナティブの技術を狙っていることに。

 香川はスマートブレインと手を結んで協力しているが、村上を含めて彼らを信用していない。村上にとって香川は唯一ミラーワールドに関する技術を持つ者。是が非でもその技術が欲しい筈。だが、香川にとってオルタナティブのみがスマートブレインと対等な関係を築く為の手札である。容易に中身を知られる訳にはいかない。

 東條にもカードデッキの実物をスマートブレインに決して触れさせないように言ってある。特に仲村には念入りに注意をした。私怨による独断専行でオルタナティブの存在を村上たちに暴露した前科がある。そのこともあり、仲村からオルタナティブのデッキを没収した。必要時以外は持たせないようにしてある。仲村は不服そうではあったが、自分が暴走したことも自覚があるらしく大人しく香川に従った。

 とはいえ香川は仲村を見限った訳では無い。デッキの没収はあくまで罰と戒めである。未だに仲村は香川の同士であり、それを証明するように仲村にはスマートブレインには秘密裏にある役目を与えている。内容が内容だけに仲村も今までにないやる気を見せていた。

 細かな技術提供。微塵も油断出来ない仕事場。常にプレッシャーに晒されている香川も流石に疲れを覚える。だが、最も精神的に堪えたには家族と過ごす時間が減ったことである。

 家族団欒で夕食を食べることを心掛けているが、ここの所それも叶えていない。夜遅くに帰宅し、朝早くに家を出るという毎日の繰り返しである。妻は理解してくれているが、息子の裕太には寂しい思いをさせている。前に家を出る間際に見た裕太の寂しそうな顔が、瞬間記憶能力関係無しに忘れられない。

 為すべき大義がある。香川がここで止めてしまったらこれから先も無辜の人々が犠牲になる。しかし、それでもその皺寄せが家族にいくのは辛い。

 

「はぁ……」

 

 香川はもう一度溜息を吐く。今日も家族と共に過ごすことが出来なかった悔恨の溜息であった。

 資料と荷物を纏め、研究室を出ようとしたとき、あの音が鳴り響く。

 

「私に何か用ですか? ──神崎君」

 

 足を止め、振り返った先にある鏡の中に亡霊のように神崎が映し出されている。

 

「面倒なことをしてくれたな」

「恨み言ですか? 貴方の口からそれが出て来るということは、どうやら我々の成果はあったようですね」

 

 無表情な神崎に対し、香川は挑発するように口角を吊り上げる。

 

「自分が何と手を組んだのか、分かっているのか?」

 

 香川の目が細まる。既に笑みは消えていた。

 

「スマートブレイン──奴らは人の皮を被った化け物……オルフェノクだ」

 

 香川の心を揺さぶるようにオルフェノクの名を出す。

 

「……知っていますよ」

 

 香川は既知なことを告げる。

 香川はオルフェノクという存在を、スマートブレインと手を結んだその日に村上から教えられた。澤田がオルフェノクになったことを知っている時点で隠しておくのは得策ではないと判断したのだろう。

 村上はオルフェノクが不慮の事故などで命を落とした際に覚醒した人類の新しい姿、人間の進化だと語っており、スマートブレインは、まだ少数しか確認されていないオルフェノクたちが、いずれ来る人間とオルフェノクの共存を目指す為のものだと言っていた。

 

「その話を本気で信じているのか……?」

「まさか」

 

 香川は鼻で笑う。相手の話を鵜呑みにする程香川は幼くないし、純粋でもない。偶然とはいえ力を持ってしまった者の末路など容易に想像が出来る。

 

「……お前はオルフェノクがどうやって仲間を増やすか知っているか?」

「……さあ?」

「奴らは自分たちのエネルギーを人間の体内に直接流し込む。耐えられた人間はオルフェノクとなるが、耐えられなかった人間は──」

「死ぬ、ということですか」

 

 村上から教えられたオルフェノクに関しての情報はほんの一握りであったらしい。とはいえ神崎が嘘を吐いていないという保証は無い。協力関係に罅を入れる為に出まかせを言っている可能性もある。

 

「それでも人間の敵と手を組み続けるか?」

 

 神崎が言葉で香川を揺さぶる。香川は眼鏡のズレを直しながら言った。

 

「愚問ですね。そもそも、私がその可能性を考慮していないと?」

 

 不信感を煽る為にオルフェノクの情報を齎したのなら神崎は一つ勘違いをしている。香川は元から村上及びスマートブレインに不信感を持っていた。

 

「口では人を襲わないと言っていましたが、私は念を押す為に協力関係を結ぶ前にある約束をしました。オルフェノクが人間を襲ったという情報が私に耳に入ったのなら即座に協力は破棄する、と」

 

 村上が香川との約束をどこまで守るかは分からないが、香川の技術を欲している今の状況ならば当分の間は利口に振る舞うだろうと予想していた。

 いつかは破棄される同盟である。ならば、今のうちに力を蓄えつつ自分の目的を達成させる。

 

「そんなことを本気で信じているのか?」

「ええ。少なくとも貴方という共通の敵が存在する間は」

 

 神崎士郎は色々とやり過ぎた。オルフェノクたちから完全に敵視される程に。その敵意がある内は協力出来る。

 

「その間に陰で何人の人間たちがオルフェノクによって命を落とすかな?」

「……」

 

 清濁併せ吞む、などと言い訳はしない。香川には神の如き力など無く、大を生かす為に小を切り捨てる決断をしなければならない。普通の人間ならば選ぶこと自体拒否するだろう。だが、香川は良くも悪くも選べられる人間であった。

 

「貴方が人命の心配をするなんて滑稽ですね」

 

 今も何処かで何も知らない人々がミラーモンスターによって誰にも知られずに屠られる。残された者たちは生存を信じ、いつまでも探し続け、待ち続けるだろう。そんな地獄を生み出した元凶の口から命という言葉が出て来た。滑稽だと言ったが内心では熱のような怒りが生まれる。

 

「……これ以上の会話は無駄だな」

 

 一方的に現れた神崎はそう言って一方的に会話を打ち切り、去ろうとする。

 

「貴方の妹さんのこと──まだ彼らに話していません」

 

 神崎は足を止めて香川を凝視する。死人のような目に初めて生気が宿ったように見えた。

 数秒間程香川を見続けた後、神崎は何も言わずに姿を消す。ミラーワールドの音は聞こえない。今度こそ本当に去っていった。

 

「ふぅ……」

 

 香川は何度目かの溜息を吐く。いずれは接触してくることは予想していたが、それでも突然現れれば外面はどうであれ内心では驚くもの。会話の間何とかポーカーフェイスを保てられた。

 最後に言ったように神崎の妹の優衣についてはスマートブレインに一切話していない。今後の交渉の為の切り札にする為──と、考える程香川は腹黒くない。単純にスマートブレインが信用出来ないから重大な情報を隠しておいたのだ。

 

「いずれは私たちが……」

 

 独りごちる。最後まで言い切ることはしない。言葉に出せば気分が悪くなる。

 神崎が対応し出したとなると、香川にもより迅速な動きが求められる。スマートブレインが力を高めているように香川もまた力を蓄えねばならない。

 香川は厳重にロックされたアタッシュケースを取り出し、開く。中に収まっているのはカードデッキ。一つはオルタナティブ・ゼロのデッキ。もう一つはオルタナティブのデッキ。そして──

 

「──今日も残業ですね」

 

 香川はアタッシュケースから三つ目のオルタナティブのデッキを取り出した。

 

 

 ◇

 

 

 人気の無い路地裏。うら若い女性が棒立ちになっている。不用心過ぎる行為であり、良からぬ輩に目を付けられる危険がある──が、その心配をする必要はすぐになくなる。

 女性の体は崩れて灰になる。女性は既に良からぬ輩に危険な目に遭わされていた。

 数秒前まで女性だった灰の前に立つのは長く伸びた口吻と甲冑のような体をしたゾウムシの特徴を持つオルフェノク──ウィービルオルフェノク。

 口吻の中に女性の心臓を突き刺していた触手が戻る。

 ウィービルオルフェノクは体を震わせていた。

 

「ふぅ……」

 

 熱の籠った吐息を吐く。震えは殺人の余韻を堪能している為。

 ウィービルオルフェノクは野良のオルフェノクではなくスマートブレインに所属するオルフェノクであった。スマートブレイン直々に人を殺すな、という命令が下されていたが、ウィービルオルフェノクはそれを無視して人を襲っていた。

 

(散々仲間を増やせと言っておいて何を今更!)

 

 というのがウィービルオルフェノクの言い分である。

 スマートブレインは大きな組織である。末端まで行けば上の指示を無視する者も存在する。しかし、反発の理由はそれだけではない。

 

(オルフェノクになった俺にはこうやって生きるしかないんだよ……!)

 

 普通の人生を送っていた彼は、ある日オルフェノクによってオルフェノクに変えられた。自分が人間でなくなってしまったことに大いに悩んだ。力を隠して生きようと考えてもいた。だが、それをスマートブレインは許さなかった。彼にオルフェノクとして生きるよう強制してきたのだ。

 人を襲わなければ処刑する。他人の命と自分の命を天秤に掛けられた。どちらを選ぶのかなど無意味。凡人であった彼には答えは一つしかなかった。

 その日、初めて人を襲い、初めて殺めた。意外なことに人を殺しても彼は平気であった。ストレスで吐くなどという症状にもならなかった。心身ともに怪物へと堕ちたことを自覚した。

 それ以降はオルフェノクとして彼は振る舞い続ける。そうすればスマートブレインが用意してくれた高水準の衣食住を得られる。一度、贅沢を覚えてしまうとそれを手放さない為に必死になる。

 それを日々繰り返していたところへの今回の命令である。最早、引き返せないところへ来てしまった彼は素直に言うことなど聞けない。

 自分をここまで堕としたスマートブレインへの憎悪も混じっているかもしれない。

 だが、どんな過去があろうと人を殺めたのは事実。被害者である女性は最悪の結末を辿ってしまった。

 そんなことを気にする様子は皆無のウィービルオルフェノクは、まだ解消されていない鬱憤を晴らす為に次なる獲物を探し始める。

 次の瞬間、ウィービルオルフェノクは顔面に強い衝撃を受け、吹っ飛んだ。

 地面を転がっていき、立ち上がりながら殴られた箇所を押さえる。

 

「な、何だっ!?」

 

 気付けば前方に二足歩行の白虎──デストワイルダーが立ちはだかっている。ウィービルオルフェノクを殴ったのはデストワイルダーであった。

 そして──

 

「ねぇ」

「──あっ? うぐあっ!?」

 

 後ろから声を掛けられたウィービルオルフェノクは、背後に立っていたタイガの斧で斬りつけられた。ウィービルオルフェノクは硬い外装を持っているが、それでもダメージは大きい。

 

「ダメじゃないかな? オルフェノクが人を襲うのって?」

 

 武器と召喚機の両方を兼ね合わせたデストバイザーを垂らしながら、タイガはウィービルオルフェノクに質問をする。斬られたことに悶えるウィービルオルフェノクはそれに答える余裕など無い。

 ウィービルオルフェノクはデストワイルダーにより既にミラーワールドの中へ放り込まれていた。当然ながらウィービルオルフェノクはそんなことは知らない。彼はミラーワールドの情報すら与えられていない下っ端である。そして、それは彼がミラーワールドから脱出する術を持っていないことを意味する。

 

「約束を破るのっていけないことだと思うんだ」

 

 そう言いながらデストバイザーの刃元をスライドさせた。

 タイガもまた香川から『オルフェノクを無暗に傷付けないこと』と言い付けられている。しかし、タイガは自らの行為に何の疑問も抱かない。タイガとはそういう人物である。

 

『STRIKE VENT』

 

 デストバイザーに装填したカードの効果によってタイガの両腕に武器が装着される。デストワイルダーの両腕を模した手甲型の武器──デストクロー。

 禍々しい武器を構えるタイガの姿にウィービルオルフェノクは悲鳴を上げて逃げ出そうとした。

 

「ねぇ、僕も混ぜてよ」

 

 逃げ道を塞ぐその人物にウィービルオルフェノクは足を止めてしまう。

 

「北崎君」

「やだなぁ、東條君。一人で楽しもうなんてずるいよぉ」

 

 前に立ち塞がるは北崎。後ろにはタイガ。ウィービルオルフェノクにとっての最悪が始まる。

 




スマートブレインの資金力と技術力の援助があればガンガン量産出来るでしょうね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

キョウシャたちの遊び

「別に僕は遊んでいる訳じゃないよ、北崎君」

「へぇ、そうなの?」

 

 ウィービルオルフェノク越しに会話をするタイガと北崎。間に挟まれているウィービルオルフェノクは生きた心地はしなかったが、それでもこの状況を打破しようと悪足搔きをする。

 

「ま、待てよ! お前! スマートレディが言っていた新しい協力者だろ!? お前も俺を攻撃していいのかよ!? やっちゃいけない決まりだったろ!?」

 

 香川たちとスマートブレインとの協定を出し、どうにかしてこの場を切り抜けようとする。

 

「そうなの?」

「そうだよ」

 

 初めて聞いたという態度の北崎に対し、タイガはすんなりと認める。だが、「でも」と言葉を続けた。

 

「先に約束を破ったのはそっちだよね?」

「そ、それは……」

 

 そこを衝かれるとウィービルオルフェノクも言葉を詰まらせてしまう。

 

「み、見逃してくれよ! たかが人間一人殺ったぐらいで俺たちが揉めるなんて馬鹿らしい! 見逃してくれたらもうこんなことは──」

「ダメだよ」

 

 タイガは子供でも窘めるような柔らかな口調で、だが場違い過ぎるぐらい穏やかな口調で口を挟む。

 

「君は約束を破ったんだ。いけないことをしたんだよ? 約束を破るような人とは一緒に戦えないかも……」

 

 控え目な態度なのに言葉に言い様の無い悍ましさを感じさせる。

 

「お、俺を殺ったら、スマートブレインとあんたたちの関係が……」

「うん。でも、僕が約束を破ることになったのは君のせいかもしれないんだ……」

 

 断言しない曖昧な口調なのにウィービルオルフェノクはタイガは自分を確実に殺しに来る、と確信してしまう。言動全てに危うさしか感じられない。

 狂人という存在に初めて邂逅してしまった。

 

「だよねぇ。約束を破る人なんて居ない方が良いよねぇ」

「そ、そんな……お、お、俺はただ……」

「やだなぁ、そんなに震えて。まるで僕たちが悪い奴みたいじゃないか……悪いのは君だろ?」

 

 北崎がタイガに同意を示し、ウィービルオルフェノクは全身から血の気が引いていく。

 

「そうだね……うん、やっぱり君が悪いかも」

「東條君って何か不思議な感じがするね……」

「そう?」

「僕たち、やっぱり友達になれそうだねぇ」

「……そうかも」

 

 薄っすらと笑いながら北崎はタイガから滲み出る狂気を褒めるようなことを言う。ウィービルオルフェノクからすれば北崎からも狂気しか感じられない。前も後も頭のネジが外れている者しかいない状況に絶望を覚える。

 

「う、うわあああああああああ!」

 

 そんな空間に耐え切れなくなり、ウィービルオルフェノクは恐慌状態となって走り出す。走る先に立つのは──北崎。まだ幼さを感じさせる容姿をした北崎ならばどうにか出来るかもしれないという単純な考えからの行動。

 構えもしない北崎の頬を全力で殴り付ける。手加減無しの一撃。普通の人間ならば首の骨が折れてもおかしくない。殴られた北崎は、殴った方向に合わせて首が動く──だが、それだけであった。北崎の足はその場から一歩も動かない。

 恐怖しているウィービルオルフェノクはその事実には気付かず、二発目、三発目を繰り出して北崎を殴り続ける。四発目を放とうとしたとき、ようやく違和感を覚えるが、恐怖で突き動かされた体は止まらない。北崎の顔面中央を射抜くように拳が伸びていくが──

 

「あ、あぁ?」

 

 ウィービルオルフェノクの拳は北崎の掌によって受け止められている。押そうが引こうが北崎の細腕を動かすことは出来なかった。

 

「──ねぇ、何で僕の方に来たの?」

 

 全力で殴られても北崎の顔に傷一つ無かった。その事実にウィービルオルフェノクは震える。

 

「ねぇ、答えてよ」

 

 北崎は再度穏やかな口調で訊ねるが、ウィービルオルフェノクは歯の根が合わなくて喋ることもままならない。

 

「──答えろ」

 

 幼さが消えた冷徹な声が北崎の口から放たれると、ウィービルオルフェノクの体がその場でぐるりと横回転をし、地面に側頭部を叩き付けられる。

 

「あ、が……」

 

 自分の身に何が起こったのか分からなかったが、数秒後に自分の身に起こったことを理解する。

 

「あ、あがああああああああっ!」

 

 ウィービルオルフェノクの腕が根本まで捻じれている。北崎が力任せに捻ったことでウィービルオルフェノクの腕は蛇腹のように皺が寄る程歪に変形させられていた。

 ガシャン、という音がした。北崎の手からデルタのベルトが入ったアタッシュケースが落ちた音。より正確に言えばわざと落とした音である。

 デルタ(玩具)で遊ぶのを止め、久しぶりに北崎自身の力で戦うという意味を指す。

 北崎の顔に紋様が浮かび上がり、体を発光させながらウィービルオルフェノクへ近付く。

 喚いていたウィービルオルフェノクが急に黙る。足が地面から離れて宙吊り状態になっているからであった。

 華奢な体は肩幅の広い甲冑のような巨躯へと変貌。体の至る箇所に鱗のような装飾があった。顔面にある凹凸と亀裂によって表情らしきものが作られているが、そこから感情を窺うことは出来ない。頭部の左右からは一対の長い角が生えていた。

 空想上の存在である筈のドラゴン。多くのオルフェノクの中で、唯一実在しない生物が投影された北崎のオルフェノクの姿であるドラゴンオルフェノク。

 ドラゴンオルフェノクは両手に装着された竜の頭部を模した籠手でウィービルオルフェノクの首を挟み、片手で軽々と持ち上げている。

 ドラゴンオルフェノクは腕を振る。挟まれていたウィービルオルフェノクは地面と水平になる程の勢いで投げられ、三十メートルを軽く超える距離まで飛ばされた。

 地面に落ちて五度跳ね、十回転程転がった後にウィービルオルフェノクはようやく止まる。

 

「う、うああああああっ!?」

 

 完全にパニックを起こしており、悲鳴を上げ、一目散に逃げていく。負傷している筈だがそんな傷に気が回らない程心が恐怖に満たされている。

 

「逃げちゃった」

 

 ドラゴンオルフェノクの足元の影に映し出される北崎が惚けたように言う。隣に来ていたタイガはそんな彼に咎めるような視線を向けた。

 

「──北崎君。わざとでしょ?」

「分かる? だって僕、東條君と遊びたかったし」

 

 無邪気に言うドラゴンオルフェノクにこれ以上何を言っても無駄だと悟り、タイガは溜息を吐く。

 

「──いいよ。どうせやることは変わらないから」

「東條君は話が早いなぁ……琢磨君も見習えばいいのに」

 

 タイガが戯れに付き合ってくれることに機嫌を良くするドラゴンオルフェノク。

 

「それで? 何をするの?」

「うーん……」

 

 ドラゴンオルフェノクは虚空を見詰める。遊ぶのは良いが肝心の内容をまだ決めていなかった様子。暫しの間、考えると何かを思い付いてタイガの方へ顔を向ける。

 

「鬼ごっこ」

 

 

 ◇

 

 

 捻じ折られた腕を庇いながら走るウィービルオルフェノクは混乱の極みにあった。スマートブレインの協力関係にある筈のタイガに襲われ、同族であるドラゴンオルフェノクにも襲われた。確かに決められた約束を先に破ったのはウィービルオルフェノクである。しかし、だからといってここまでされる謂われは無い。

 事故のように降って湧いて来た理不尽に対し、ウィービルオルフェノクは全力で逃走するしかなかった。

 

「くそ! くそっ! くそぉぉぉ! 何処だ! 何だここはぁぁぁ!」

 

 逃げながらウィービルオルフェノクは喚く。おかしなことが起こっているのには気付いていた。人気の多い場所に逃げ込み、そこで変身を解いて紛れ込めば逃げ切れると考えていたが、何故か人の姿が見当たらない。時間的にもまだ人の通りがあっても変ではない時間である。だというのに人一人見当たらない。

 組織の末端故に与えられていた情報は最低限のものであり、ミラーワールドの存在すら知らない。或いは情報共有の過程で齟齬が発生して重要な部分が抜け落ちてしまった可能性もある。

 どちらにせよウィービルオルフェノクは自分が未だに『詰み』の状態であることを自覚していない。何処へ逃げようともミラーワールドから脱出する術を持たない彼は、いずれは捕まえる運命だったのだ。

 

 ふふふふ

 

 ウィービルオルフェノクの足が思わず止まる。誰かの笑い声が聞こえた。耳を澄ます。笑い声は聞こえない。

 恐怖に駆られるあまり幻聴が聞こえてしまった可能性を考えたが──

 

「ふふふふ」

 

 ──今度こそはっきりと聞こえ、ウィービルオルフェノクは情けない悲鳴を上げて走り出す。

 走っても走っても恐怖も不安が迫って来るような感覚。ウィービルオルフェノクは狂乱状態になっていた。

 夢だったのなら早く覚めてくれ、と心の中で絶叫しながら逃げ続けようとするが──刹那、轟きと共にウィービルオルフェノクの前方に目を焼くような強烈な発光と衝撃が発生する。

 

「うわっ!?」

 

 急停止するウィービルオルフェノク。見ると数歩先の地面が罅割れ、周囲が黒く焦げていた。何が起こったのか理解をする前に再び同じ現象がウィービルオルフェノクの真横に生じる。

 声を上げて音源から離れるウィービルオルフェノク。やはり、その地面もまた黒い焦げ跡が出来ていた。

 

「何が──」

「ふふふふ」

 

 無邪気な笑い声が頭上から聞こえ、ウィービルオルフェノクは考えるよりも先に上を見上げていた。三階建ての建物の屋上から見下ろしているドラゴンオルフェノクと目が合ってしまう。

 

「ねぇ、どうしたの? 逃げないの?」

 

 相手の心を嬲るような答えの分かり切った質問をするドラゴンオルフェノク。ウィービルオルフェノクは腰が抜けそうになっており、足が言うことを聞かない。

 

「逃げないと……死ぬよ?」

 

 ドラゴンオルフェノクの角が青白い光を放ち、稲光のような光が天に向かって飛んでいく。間もなくして轟音と同時に落雷が起こり、ウィービルオルフェノクの傍にまた落ちた。

 

「ひぃやぁぁぁ!」

 

 情けない悲鳴を上げるしか出来なかった。ドラゴンオルフェノクは両手の指先を拍手するように合わせながらウィービルオルフェノクの醜態を笑う。

 格が違う、という言葉を骨の髄まで思い知らされる。どんな奇跡が起ころうともドラゴンオルフェノクには勝てないということをウィービルオルフェノクは悟らされてしまった。

 だが、彼は目の前の最悪のせいで気づいていない。自分の置かれている立場が、最悪の更に下にあるという現実に。

 

『ADVENT』

 

 茫然自失状態になっているウィービルオルフェノクの耳に届く音声。次の瞬間、音も気配も無くデストワイルダーがウィービルオルフェノクに飛び掛かり、彼の体を掴むと建物の壁面へ叩き付ける。

 痛みと衝撃で我に返るウィービルオルフェノク。相手は絶望に浸る時間すらも彼に与えない。

 

「は、な……ぐがっ!」

 

 デストワイルダーを押し退けようとするが、異常な腕力の前に捻じ伏せらせる。それどころか凄まじい圧によりウィービルオルフェノクの硬い甲殻が軋み始める。

 ここまで絶望的な状況だが、相手はウィービルオルフェノクのそれを軽々と超えていく。

 デストワイルダーは、ウィービルオルフェノクを壁面に押し付けてまま走り出した。

 

「あががががががっ!」

 

 デストワイルダーが本気で走れば時速300キロまで出せる。速さと圧力が掛け合わされ、それが生み出す摩擦と熱によりウィービルオルフェノクの体は壁面によって削られていく。なまじ頑丈な体を持っているので、楽には死ねず地獄のような苦痛が継続される。

 ウィービルオルフェノクの体が高熱を帯びたときに地獄は次なる段階へ移る。

 

『FINAL VENT』

 

 その音声がデストワイルダーに届くと、壁面に擦りつけるの止め、ウィービルオルフェノクの体を片手で持ち上げると顔面から地面へ叩き付ける。躾された動物のように慣れた動きであった。

 デストワイルダーはその状態で再び疾走。ウィービルオルフェノクを地獄の果てへ連れて行く。

 果てで待つのはタイガ。デストクローを振り上げてウィービルオルフェノクが運ばれてくるのを待ち構える。

 ウィービルオルフェノクが間合いまで運ばれてきたタイミングでタイガは爪を振り上げた。

 冷たい金属の爪がウィービルオルフェノクの体を貫くのだが──

 

「あれ?」

 

 ──ウィービルオルフェノクを貫いていたのはタイガの爪だけではなかった。いつの間にかタイガの隣に来ていたドラゴンオルフェノクの手甲の牙もまたウィービルオルフェノクを貫いていた。

 

「じゃあね」

 

 ドラゴンオルフェノクはその状態で手甲から光弾を放つ。ウィービルオルフェノクは灰すら残らずに粉々になってしまった。

 ウィービルオルフェノクが消滅するとドラゴンオルフェノクは変身を解き、人の姿へ戻る。

 

「倒したのは僕だから、僕の勝ちだね」

「鬼ごっこって、そんなルールだったかな……?」

 

 首を傾げるタイガであったが、北崎は腹を押さえて少し前屈みになる。

 

「お腹空いたー……東條君、僕、勝ったんだからご飯奢ってよぉ」

 

 これ以上話しても無駄だと思ったのか、タイガは溜息を吐く。

 

「──分かったよ」

「ありがとぉ」

 

 北崎にご飯を奢る為に二人はミラーワールドの外へと出る。

 二人が仲を深める切っ掛けになったのも今回の件と良く似ていた。約束を守らずに暴走するオルフェノクの始末──そのときは東條がやったが。

 オルフェノクを始末する度に両者の間でコミュニケーションが交わされ、仲が深まる。

 二人の関係は非常に歪で、恐ろしく、そしていつ壊れるのか分からない危ういものであった。

 

 




龍と虎が仲良く遊んで仲を深める話となります。
次からはまた浅倉たちの話になる予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

血風の蛇

プライベートで色々とやることが増えたので投稿間隔が少し伸びます。


 スマートブレインもといオルフェノクとの戦いが始まってから浅倉の機嫌の乱高下は凄まじかった。最初のうちは適当なオルフェノクたちを狩り、それなりに楽しんでいたが、段々とオルフェノクたちが浅倉の前に現れなくなる。そのときから浅倉は誰かに視られているような感覚に襲われるようになった。

 初めは警察が自分のことを監視しているのかと思い、始末しようとしたが、浅倉が近付くと監視の目は何処かへと消えてしまう。その迅速な動きからして警察とは異なるものだと浅倉は直感した。

 それを何度か繰り返していると浅倉の機嫌は最悪となり、目に映るもの全てに暴力を振るうようになる。

 ある日、偶然だが監視していた者の正体を掴むことが出来た。

 浅倉を遠くから監視していたのはオルフェノクであった。しかも、浅倉が持っているカードデッキのようなものを腹部に装着していた。

 このオルフェノク、浅倉を監視していたのは良いが不用意に近付き過ぎてしまった為に浅倉に居場所を気付かれ、彼のベノスネーカーによる奇襲を受けてしまった。

 ベノスネーカーの毒液を浴びせられ、身悶えしている所に浅倉はやってきた。浅倉は苛立ちを晴らす為にオルフェノクと戦おうとしたが、そのオルフェノクは浅倉の目の前でミラーワールドの中へ逃げていってしまったのだ。

 これには浅倉も少し驚いた。同時に何度探しても見つけられなかった理由を知る。監視していたオルフェノクたちは皆、浅倉が来たらミラーワールドに逃げて込んでいたのだ。

 オルフェノクがミラーワールドに自力で出入り出来ないという先入観を持っていたからこその盲点であった。

 ミラーワールドへ逃げ込んだオルフェノクを嬉々として追い掛ける浅倉であったが、待っていたのは失望であった。

 元々ヘマをするぐらいの三流のオルフェノク。実力は浅倉が狩ってきた雑魚のオルフェノクと大差ない。時間にすれば三分も掛からずに葬ってしまい期待外れであった。変化があった分期待をしていたが、その分落差も大きい。

 それ以降は監視の目が無くなることはなかったが、ミスするようなこともなくなり相手はより慎重に行動するようになった。

 結果として鬱陶しい視線を四六時中向けられ、戦うことも出来ず、浅倉のフラストレーションは溜まり続ける一方であった。

 

「おらあっ!」

 

 浅倉は苛立ちと破壊衝動に身を任せて近くにあった自販機に蹴りを叩き込む。手加減無しの一撃に自販機の外装がひしゃげた。そのまま何度も蹴りを打ち込んで自販機を破壊していく。やがて異音が鳴り、取り出し口から大量の缶が溢れ出て来た。

 浅倉は転がり出た缶を踏み潰しながら自販機を破壊し続ける。

 

「おあああああああああああっ!」

 

 空に向けて浅倉は怒号を上げた。八つ当たりによる破壊などでは浅倉の中に溜め込まれた苛立ちは殆ど解消されない。

 無惨な状態になった自販機の前で浅倉は屈み、転がっていた缶を拾い上げる。叫んで枯れた喉を潤す為にプルタブを開こうとし──動きが止まった。

 浅倉の視線の先、そこに立つのはスーツ姿の長髪の美女。浅倉はその女を知っていた。村上直属の部下であり、スマートブレイン本社で浅倉を殴った女。

 見た瞬間、殴られたときの記憶が鮮やかに蘇る。衝撃と痛みがついさっきの出来事のように思い出せる。

 浅倉の顔に凶笑が張り付く。すると、黒髪の美女は浅倉から離れて曲がり角に消えていく。

 

「待て……!」

 

 浅倉は追い掛け、曲がり角を曲がる。離れた場所に靡く黒い髪が見えた。浅倉はそれを目印にして追う。

 

「逃げるなっ!」

 

 追えども追えども黒髪の美女との距離を詰めることが出来ない。それを数度繰り返した後、浅倉は黒髪の美女が大きな建物の中へ入って行くのが見えた。

 第三者の視点からするとあからさまに怪しい建物であったが、浅倉はリスクなど関係無く迷いもせずに建物へ突入する。

 建物の内部に明かりは無く、暗いせいで黒髪の美女を見つけられない。

 

「何処へ行ったぁぁぁ!」

 

 浅倉の怒号が暗闇の中で反響する。

 そのとき、浅倉が入ってきた入り口が音を立てて閉まる。続いて、暗かった室内に明かりが点灯した。

 建物の内部は天井が高く、三階建て相当ある。しかし、それが以外特徴的のものは一切無い。コンクリートの床に壁で覆われた灰色の無味乾燥な室内。

 そんな灰色の空間中央で黒髪の美女が仁王立ちをしている。

 

「──ようやく獣を檻に閉じ込められたな」

「あぁ?」

 

 黒髪の美女の嘲笑を込めた言葉に浅倉は訝しむ声を上げる。

 

「閉じ込めた後は……始末するだけだ」

「戦う気があるなら、最初から戦え……!」

 

 黒髪の美女は顔に紋様を浮かび上がらせながら殺気を出す。浅倉は口の端を上げながらカードデッキを取り出した。

 

「残念だがお前と戦う気など無い」

「何だと……?」

「これから始まるのは一方的な蹂躙だ!」

 

 黒髪の美女が変身し、エラスモテリウムオルフェノクへと姿を変えた。浅倉もそれに応じるようにカードデッキを構えようとし、動きが止まる。

 カードデッキを構えても向けるべき鏡や反射物が見当たらない。床は艶の無いコンクリート。壁には窓はなく床と同じコンクリート製。更には物が全く置いてないので姿が映るものが見つけられない。

 

「やっと気付いたか? ──ここに鏡は無い」

 

 浅倉を愚鈍と冷笑するエラスモテリウムオルフェノク。

 

「お前の変身システムについては承知済みだ」

 

 香川たちと協力した段階で神崎士郎のライダーについての詳細は知らされている。変身するには鏡などの反射物が必要だが、この建物にはそれらの類一切無い。これは偶然ではない。何故ならばこの建物自体が浅倉の為に用意されたものだからだ。

 

「感謝しろ。お前如きの為に時間を使い、金を使い、人を使った。お前のような汚らわしい犯罪者一人を葬る為に……!」

 

 元からあった建物を改装した浅倉を捕らえる為の檻。閉じてしまえば反射物も無いのでミラーモンスターも呼び出せない。

 

「お前如きの為に……お前如きの為に……! お前如きの為にっ!」

 

 喋りながらエラスモテリウムオルフェノクが詰め寄って来る。言葉を発する度にエラスモテリウムオルフェノクの感情が昂っていく。傍から見れば一人でヒートアップしているので不気味でしかない。

 

「ご苦労なことだな」

 

 閉じ込められても怯え一つ見せず、皮肉を飛ばす浅倉にエラスモテリウムオルフェノクの怒りが瞬間的に最大に達する。

 

「ほざけっ!」

 

 怒声を発し、地面を蹴って走り出す。重厚な見た目ではあるが、それ以上の筋力を秘めているので重い体を力で無理矢理加速させる。

 浅倉に避ける暇を与えずに接近すると、エラスモテリウムオルフェノクは浅倉の胴体に拳を捻じ込んだ。

 

「がはっ!」

 

 肺の中の酸素だけでなく腹の中の内臓すらも吐き出してしまいそうな重い衝撃。前のめりになる浅倉の髪を掴み上げ、倒れなくさせるとエラスモテリウムオルフェノクは浅倉の顔面を殴り付ける。

 口の中が切れ、血の混じった唾液が飛ぶ。エラスモテリウムオルフェノクは浅倉の肩を指先が食い込む程強く掴むと、浅倉を片手で放り投げる。

 十数メートルも投げ飛ばされ、背中から地面に落ちる浅倉。落下の衝撃で再び呻く。

 しかし、それでも浅倉は生きている。元からの生命力の強さもあるが、エラスモテリウムオルフェノクが手加減していることも大きい。

 彼女がその気になれば人間の浅倉など一撃で絶命させられる。そうでなくとも使徒再生によりオルフェノクのエネルギーを流し込めば浅倉は高確率で灰になる。

 そうしなかった理由は一応ある。使徒再生を行わないのは、浅倉がオルフェノクとして覚醒する可能性があるからである。確率すれば限りなくゼロに近いが万が一のこともある。敵にわざわざ力を与える必要もない。

 そして、もう一つの理由。それは至って単純。私怨である。

 エラスモテリウムオルフェノクは効率云々など無視して浅倉を嬲り殺しにしようと心に決めていた。

 

「お前を取り逃がしたとき、私が村上社長にどんな目で見られたと思っているっ!」

 

 妨害があったとはいえ、村上から頼まれた任務は果たせなかった。村上は表面上は穏やかな笑みを浮かべ、気にすることはないと慰めてくれた。しかし、彼女は気付いていた。細められた目の奥に宿る冷たい光──失望の感情を。

 

「お前如きの為に村上社長が悩まされるのが許せない!」

 

 浅倉に恥をかかされたのは勿論許せないことだが、それよりも許せないのは村上を悩ませたこと。男も女も理由も関係無い。村上の頭の中に誰かが居る。その事実だけでエラスモテリウムオルフェノクは嫉妬の感情で気が狂いそうになる。

 

「知るか……!」

 

 浅倉はエラスモテリウムオルフェノクの私怨について短く吐き捨てる。浅倉からすればどれも知ったことではない。

 

「お前は時間を掛けて嬲り殺す……!」

 

 私情全開で浅倉に死刑宣告をしながらエラスモテリウムオルフェノクは距離を詰めていく。

 

「うおらっ!」

 

 浅倉はエラスモテリウムオルフェノクを拳で迎え撃つ。加減、躊躇など排した百パーセントの暴力からなる拳。人間相手ならば運が良ければ骨折、悪ければ絶命してもおかしくはない。

 

「ふん」

 

 エラスモテリウムオルフェノクは鼻で笑い、回避動作を見せず体で受け止める。

 

「ぐうぅ!」

 

 傷付いたのは浅倉の拳であった。加減無しの暴力がそのまま自分へ返ってくる。浅倉の拳の皮膚は深く裂け、一瞬で血に染まる。

 浅倉の暴力は大きな武器であった。相手の痛みなど知ろうともしない凶悪な性格も合わさり、人間相手ならば圧倒出来る。しかし、今の相手は人間でなくオルフェノクである。いくら浅倉が強くとも所詮は人間のレベルに収まったものであり、怪物相手には通用しない。

 エラスモテリウムオルフェノクは浅倉に拳を振り下ろし、地面へ叩き付ける。

 ライダーという武器を封じられた浅倉は、為す術なくエラスモテリウムオルフェノクに蹂躙されるしかなかった。

 

「凶悪犯として世間を震わせた浅倉もオルフェノクを前にすればこの程度か」

 

 見下しながら浅倉の頭を踏み付け、屈辱を与える為に踏み躙る。浅倉は両腕にあらん限りの力を込めて押し返そうとするが、力が込められた両腕が震えるだけでエラスモテリウムオルフェノクの足はびくともしない。

 

「無駄な足掻きだ」

 

 エラスモテリウムオルフェノクは乗せていた足を浅倉の背から下ろすと同時に爪先で浅倉の脇腹を蹴り付けた。

 

「ぐあっ!」

 

 浅倉は体内で異音が鳴るのを聞いた。今の蹴りで肋骨に罅が入る。浅倉は床を何度も跳ねながら転がっていった。

 

「くっ……」

 

 凄まじい衝撃だったが、浅倉の意識はまだ有る。この場合はまだ有る方が不幸だったかもしれない。尤も、浅倉が気絶していたのならエラスモテリウムオルフェノクはあらゆる手段で意識を覚醒させるが。

 腕や脚を動かすだけで激痛が走るが、浅倉はその痛みすらも押し殺して立ち上があろうとしていた。不屈の精神力と言えるが、ここで立ち上がったとしても、戦う手段が無い浅倉は再びエラスモテリウムオルフェノクに嬲られる未来しか待っていない。

 四つん這いの体勢になり体を起こそうとしたとき、浅倉の口から血が垂れる。血は床に落ち、赤い丸となって広がった。

 床に落ちた血を浅倉は暫くの間見つめていた。次の瞬間、浅倉は凄絶な笑みを浮かべる。

 浅倉はよろめきながら立ち上がる。

 

「あぁ……」

 

 首を軽く回すと、トレードマークとも言える蛇柄のジャンパーを脱ぎ捨てた。

 上半身を晒す浅倉の奇行にエラスモテリウムオルフェノクは訝しむ。

 エラスモテリウムオルフェノクの見ている前で浅倉は左手を口元に持っていき──左手首に噛み付いた。

 

「なっ!?」

 

 その行動に驚くエラスモテリウムオルフェノク。次なる行動は更なる驚きを生む。

 

「おおおおおおっ!」

 

 獣の如き咆哮で喉を震わせながら浅倉は自らの左手首を噛み千切る。左手首は骨が露出する程に抉られ、太い血管も千切れており大量に出血する。

 浅倉は左手を突き出しながら口から何かを吐き出す。それは浅倉の嚙み千切られた左手首の肉片であった。

 ぼたぼたと音を立てながら流れる浅倉の血。落ちた血は床に広がっていく。

 エラスモテリウムオルフェノクは混乱する。浅倉が何故このような行為をしたのか。追い詰められて自殺を行うような人物には見えない。エラスモテリウムオルフェノクが考えている間にも浅倉の足元では血溜まりを作り上げられていく。

 

(血……大量の血……それが広がって……はっ!?)

 

 浅倉の狙いに気付いたエラスモテリウムオルフェノクは慌てて走り出すが一歩遅い。浅倉の右手には既にカードデッキが握られている。飛び散った血で汚れたそれを突き出したとき、血溜まりからベノスネーカーが飛び出した。

 現れると同時にベノスネーカーは毒液を吐き出す。エラスモテリウムオルフェノクは反射的に足を止めた。その判断は功を奏した。

 毒液はエラスモテリウムオルフェノクまで届かず足元に落ちる。床が音を立てて溶け出し、嫌なニオイを発する煙まで出す。

 並大抵のことではびくともしないエラスモテリウムオルフェノクの外装だが、溶解性のある毒液にはどれだけ耐えられるのかは分からない。危うく重傷を負う所であった。だが、これはエラスモテリウムオルフェノクにとって致命的な足止め。

 広がる血溜まりに映る浅倉の姿。浅倉の腹部にVバックルが装着される。

 

「変身!」

 

 Vバックルにカードデッキが装填され、浅倉は王蛇に変身する。

 

「くっ……!」

 

 エラスモテリウムオルフェノクは悔しさに満ち満ちた声を洩らす。最も警戒していた浅倉の変身を許してしまった。

 鏡面が無いのならば作ればいい。単純な話である。しかし、だからといって血溜まりが出来る程の出血をするだろうか。道具など使わず、歯で自らの手首を噛み千切ることなど出来るだろうか。

 浅倉にはそれが出来た。しかも、一瞬の迷いも無く。他者に対して躊躇無く傷付ける男は、自分に対しても躊躇無く傷付けることが出来るらしい。

 全ての準備が無駄になってしまったが、だからといってエラスモテリウムオルフェノクがやることは変わらない。変身してしまったのなら真っ向から潰すだけ。

 エラスモテリウムオルフェノクが前進しようとしたとき、王蛇はデッキから一枚のカードを抜いた。

 途端、有り得ない現象が起こる。密閉された空間に突風が巻き起こり、進もうとしていたエラスモテリウムオルフェノクを押し戻す。

 吹き荒れる風は、床に広がっていた血を巻き上げ、無色の風を赤で彩る。

 

「何だこれは……!?」

 

 エラスモテリウムオルフェノクと拮抗する程の凄まじい風。全身に浴びせられるそれにより前へ進むことが出来ない。

 王蛇は引き抜いたカードを反転させる。描かれているのは黄金の右翼。青い風が渦巻いており、実際にカードの中で動いている。突風はこのカードの力により生み出されていた。

 

「ははっ」

 

 使用する前からこれ程の威力を発するカード。使えばどれだけのことが起こるのか。想像するだけで王蛇の口から笑いが零れる。

 手に持っていた召喚機であるベノバイザーが砕け散り、新たな形に再構築し、左腕に装着された。

 ベノスネーカーの頭部を模した円形盾(ラウンドシールド)。王蛇はその盾の中央部分をスライドさせ、カードスロットを開けると、そこにカードを挿し込む。

 読み上げられるカードの名は──

 

『SURVIVE』

 

 




満を持してのサバイブ使用となります。
次回からはその能力を存分に発揮させる予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

疾風の蛇と激情の犀

 サバイブ。それは文字通り戦いに生き残る為の力。ゲームマスターである神崎に与えられた者のみが使用することが出来る。それを使用したライダーは、他のライダーとは比較ならない程の力を得られる。

 風の力を宿した疾風のサバイブのカードもまた神崎がミラーモンスターたちの使役権と共に彼に与えた力である。少々力を与え過ぎていると思われるが、神崎はそれも考慮しており、浅倉に渡したサバイブのカードは少し特殊であった。

 血の匂いがする渦巻く風の中で、虚空に映し出される三つの虚像が王蛇へと重なり、その姿を変える。

 装甲の色が紫からサバイブのカードのイメージの青が混ざり合うことで青紫に変化。頭部のマスクは側面部分の形状が変わり、下に向かって長く伸びる。古代エジプトの黄金のマスクを彷彿とさせる形になっている。

 胴体の装甲は左腕の盾と同じくベノスネーカーの頭部を模した形をしており、胴体中央にベノスネーカーの目と牙の装飾、肩回りにはベノスネーカーの側面から生える刃に似た突起が左右四本ずつ付けられている。

 王蛇は左腕の盾兼召喚機──ベノバイザーツバイの口に手を入れ、中から何かを引き抜く。

 まるで背骨のように緩やかに湾曲し、刺突起のような刃が並び、刃先が蛇の歯牙になっている剣──ベノブレード。この剣を構えることで王蛇の変身は終わりを迎え、新たなる姿王蛇サバイブと成る。

 契約モンスターであるベノスネーカーもまたサバイブの効果により脱皮をするかのような古い体がガラスのように砕け散り、その下から進化した新たな姿が現れる。

 紫の体色はより艶のある濃い紫になり、頭部の左右が翼のように広がり鉤状の爪が生え、更には車輪に似た円形のパーツが付けられていた。顔の上半分には格子状のバイザーが装着され、元々生物でありながらも無機質な見た目をしていたがより機械的な見た目に変わる。ベノスネーカー改め、ベノヴァイパーは王蛇サバイブの背後に立ってエラスモテリウムオルフェノクに威嚇の声を上げた。

 

「あぁ……悪くない」

 

 王蛇サバイブはサバイブの力で変わった己を見てそんな感想を出す。使われる側であった自分が今度は使う側に回る。そして、実際に使用してみたところ途轍もないパワーが体の底から溢れてくるのが分かった。

 

「こいつは癖になりそうだぁ……!」

 

 全身に漲る力。王蛇サバイブ自身の尽きぬ闘争心と合わさり、今の彼は言いようの無い高揚感に満たされている。

 

「こんなことが……!」

 

 一方でエラスモテリウムオルフェノクは焦りを感じていた。本能で分かってしまう。今の王蛇サバイブが強いことが。

 

「うおらっ!」

 

 王蛇サバイブは雄叫びと共にエラスモテリウムオルフェノクへ飛び掛かる。その動きは王蛇のときよりも遥かに速い。その素早い動きでエラスモテリウムオルフェノクとの距離を一足で詰めると、上段からベノブレードを振り下ろす。

 

「ぐうっ!」

 

 腕を掲げて咄嗟に防御したエラスモテリウムオルフェノクだが、その口から苦鳴が洩れる。分厚い装甲で覆われたエラスモテリウムオルフェノクの腕に痛みを感じさせる重い一撃。しかも、エラスモテリウムオルフェノクの怪力を以ってしてもベノブレードを押し返すことが出来ない。

 

「ははぁ!」

 

 王蛇サバイブは笑いながら型の無い滅茶苦茶な軌道でベノブレードを振り回す。だが、この剣術などと言えない乱暴な振り回しはエラスモテリウムオルフェノクには有効であった。

 次に何処に来るのか分からない無軌道な斬撃。しかも、それが高速で繰り返される。エラスモテリウムオルフェノクは王蛇サバイブの斬撃に防御が間に合わず、脚や腹、肩などにベノブレードを打ち込まれる。

 重く速いベノブレードの攻撃に膝が折れそうになるが、エラスモテリウムオルフェノクは意思の強さでそれを堪える。王蛇サバイブ相手に無様を晒すなど彼女のプライドが許さない。

 エラスモテリウムオルフェノクは王蛇サバイブの乱打を受けながら力を溜める。幸い、ベノブレードはベノサーベルと同様に打突を目的とした作りになっているらしく切れ味はそこまで無い。エラスモテリウムオルフェノクの甲冑の如き外装は、斬撃は勿論だがそれ以上に打撃に対して高い防御力を誇っていた。

 王蛇サバイブの容赦ない攻撃に耐えながら力を溜めるが、同時に王蛇サバイブに対しての怒りも溜め込まれていく。ドロドロとした怒りが攻撃を受ける度に加熱され、煮立っていき、激しい感情の昂ぶりへ昇華されていく。

 

「おらぁぁ!」

 

 初撃のときと同様に王蛇サバイブは上段からの振り下ろしを繰り出す。エラスモテリウムオルフェノクはその攻撃を待っていた。

 エラスモテリウムオルフェノクの額をかち割る為の振り下ろしであったが、軌道の途中にエラスモテリウムオルフェノクの両腕が挟まれ、交差したそれによりベノブレードは受け止められてしまう。

 

「あああああっ!」

 

 溜め込んでいた力と感情を絞り切るように吐き出しながら交差していた腕を広げ、ベノブレードごと王蛇サバイブを弾き飛ばす。

 王蛇サバイブの体が後方に飛ばされるのを見て、エラスモテリウムオルフェノクは突進しようとするが──

 

「あぐっ!」

 

 ──体を走る裂く痛みにエラスモテリウムオルフェノクの足は止まってしまう。明らかに剣の間合いの外だというのに斬られた感触。斬撃の正体はすぐに分かった。

 風切り音を鳴らしながら動くのはベノブレードの剣先。牙に似たそれに繋がるのは青い鞭。それがベノブレードの刀身から伸びている。王蛇サバイブがベノブレードを引っ張ると鞭の部分はベノブレードの刀身の中に収納され、元の形に戻った。

 エラスモテリウムオルフェノクは見事に騙された。ベノブレードは剣だけでなく鞭の機能も持った複合武器であったのだ。そうとは知らず油断してしまったことで痛い一撃を浴びせられてしまった。

 

「はぁ……面白いな」

 

 ベノブレードの使い心地が気に入ったのか、王蛇サバイブは地面に向けてベノブレードを振るう。刀身から鞭が伸び、ピシャンという音を鳴らしながら地面を叩く。

 

「ははっ!」

 

 王蛇サバイブは離れた距離からベノブレードを振り抜く。エラスモテリウムオルフェノクの真横から襲い掛かるベノブレードの牙。

 

「くっ!?」

 

 エラスモテリウムオルフェノクは咄嗟に腕でガード。腕に伝わる衝撃は剣としてのベノブレードよりも軽い。しかし、この武器の真骨頂は柔軟な動きにある。

 エラスモテリウムオルフェノクの腕を支点にしてしなり、ぐるりと回って牙がエラスモテリウムオルフェノクの顔面に突き刺さろうとする。

 

「ふん!」

 

 エラスモテリウムオルフェノクは避けるのではなく頭を振り下ろすことで頭部から生える角によって牙を受け止めた。この角はエラスモテリウムオルフェノクの体の中で最も硬い部位であり、ちょっとやそっとでは傷を付けることすら出来ない。

 不覚を取ってしまったが、種さえ分れば恐れるに足りない。エラスモテリウムオルフェノクは鞭の部分を掴んで王蛇サバイブを引き寄せようとする。

 王蛇サバイブはその動きを読んでおり、掴まれる前にベノブレードを後ろに引く。エラスモテリウムオルフェノクの指は空を掴む結果となった。

 防ぎ終えたエラスモテリウムオルフェノクは、頭部の角を突き出して駆け出す。王蛇サバイブの次なる攻撃が来る前に仕留める、短期決戦を挑もうとしていた。

 一方で王蛇サバイブはサバイブの力を楽しんでいる。大きい力は高揚感を生み出す。そして、何より相手がエラスモテリウムオルフェノクなのが良かった。強い力でも相手が弱くて一瞬で決着がついたら興醒めだったが、彼女は頑丈であり簡単には死なない。

 戦いへの欲求が王蛇サバイブの力の根源。戦いが面白い程に王蛇サバイブは燃える。

 王蛇サバイブは指の間に挟んでいたカードをベノバイザーツバイに装填。これはエラスモテリウムオルフェノクを攻撃している間にさり気なく抜いておいたものである。

 

『BLUST VENT』

 

 音声に反応し、今まで静観していたベノヴァイパーが動く。頭部左右にある車輪状の部位が高速回転し、そこから竜巻を発生させた。

 二つの竜巻は一つに合わさり風速を増し、突進して来るエラスモテリウムオルフェノクを呑み込む。

 

「ぐぅぅぅ……!」

 

 正面から来た竜巻によりエラスモテリウムオルフェノクの突進が止まる。そのまま吹き飛ばされてもおかしくないが、エラスモテリウムオルフェノクは地面に亀裂が生じるぐらいに足に力を込めて踏ん張る。彼女の執念は並のものではなく、猛烈な竜巻に抗うどころか逆らって前進をし始めていた。

 エラスモテリウムオルフェノクはやはり並のオルフェノクとは別格である。しかし、王蛇サバイブとベノヴァイパーもまた別格。そして、何よりもベノヴァイパーの攻撃はまだ終わっていない。

 

「つっ!」

 

 ジュっと蒸発する音が鳴ると共にエラスモテリウムオルフェノクは焼け付くような痛みを覚えた。見れば外装の一部から白煙を上げて溶けている。

 エラスモテリウムオルフェノクは、まさかと思いベノヴァイパーを見た。

 ベノヴァイパーは口を開き、毒液を吐く。吐かれた毒液は、自身が起こしている竜巻の風圧によって散り、細かな粒状になってエラスモテリウムオルフェノクに浴びせられる。

 エラスモテリウムオルフェノクは両腕を前に翳して顔面の守りを固めた。直後に体の至る所が毒液によって溶かされる。

 一つ一つは大したダメージではないが数が多過ぎる上に拡散されて飛んできているので躱すことが出来ない。そもそも竜巻により身動きがとれない状態になっているので回避は困難であった。

 

(浅倉……!)

 

 痛みとそれに耐えるしかない屈辱でエラスモテリウムオルフェノクの王蛇サバイブへの憎悪が臨界点を迎える。すると、彼女の体に変化が起こる。体の各部に空いた毒液による痛々しい穴。そこから青い炎──オルフェノクのエネルギーが噴き出したのだ。

 全身から噴き出したオルフェノクのエネルギーがエラスモテリウムオルフェノクを覆う。すると、飛んで来た細かな毒液が青い炎によりエラスモテリウムオルフェノクに当たる前に消滅していく。

 

「──ちっ」

 

 王蛇サバイブは舌打ちをし、ベノヴァイパーに攻撃を中断させる。小雨程度の毒液ではエラスモテリウムオルフェノクの青い炎の守りを破ることは出来ない。これ以上の攻撃は無駄であると判断したからだ。

 だが、王蛇サバイブが不利になったということはない。寧ろ、内心では喜んですらいる。もっともっと力を試せられる。

 王蛇サバイブはデッキから新たなカードを抜き取り、一瞬だけ効果を読むとすぐにベノバイザーツバイに装填した。

 

『SHOOT VENT』

 

 カード名が読み上げられると、王蛇サバイブはベノバイザーツバイをエラスモテリウムオルフェノクに向ける。ベノバイザーツバイに付いている蛇の口部が可動し、ほぼ百八十度開く。

 ベノバイザーツバイから発射される人の頭程のサイズの毒液。それが弾丸と変わらない速度で撃ち出される。

 粒サイズの毒液ならば纏っているオルフェノクエネルギーで消すことは出来るが、この量と速さの毒液を一瞬で消すことは不可能。エラスモテリウムオルフェノクは横に移動して毒液を回避。

 

「はあああっ!」

 

 そこに王蛇サバイブがベノブレードを振り上げて飛び掛かってくる。

 

「浅倉ぁぁぁ!」

 

 エラスモテリウムオルフェノクは肩でベノブレードを受けると同時に王蛇サバイブの腹を拳で叩く。

 感情の昂ぶりにより増した怪力により王蛇サバイブは殴り飛ばされるが──

 

「っはぁ!」

 

 ──殴り飛ばされながらも王蛇サバイブはベノバイザーツバイを逆袈裟切りのように払う。蛇の口部から伸びる線、それがエラスモテリウムオルフェノクまで伸びるとオルフェノクエネルギーを破り、肩の一部を切断した。

 

「うぐっ!?」

 

 切断された箇所には綺麗な断面。だが、すぐに切断箇所は溶解し出す。ベノバイザーツバイが吐いたのは高圧縮された毒液。ウォーターカッターのような鋭い切れ味を持っているが、毒液の性質を失っていないので触れた箇所は溶けてしまう。

 殴られた王蛇サバイブは十数メートル程離れた位置に着地。そして、デッキからカードを抜く。エラスモテリウムオルフェノクは肩の傷に構うことなく王蛇サバイブを殺意の滾った眼差しを向ける。彼女の激情に反応して青い炎は激しく燃え盛る。

 エラスモテリウムオルフェノクは身を低くし、走る体勢に入る。

 基本的にオルフェノクは固有の装備を持つ。ドラゴンオルフェノクは手甲。バッドオルフェノクは銃などオルフェノクにより種類は様々である。

 エラスモテリウムオルフェノクは無手で戦うが、彼女もまた固有の装備を持つ。彼女の装備は纏っている分厚い鎧。武器が基本であるオルフェノクの中で例外である防具が固有装備であった。

 これだけ聞くと外れのように思われるかもしれないが、この装備が最も彼女と相性が良い。

 何故ならば並外れた怪力を持つエラスモテリウムオルフェノクと生半可な攻撃にびくともしない鎧が合わさることで彼女自身が一つの武器となるからだ。

 あらゆるものを貫き、粉砕する為にエラスモテリウムオルフェノクは全力で駆ける。

 そして、王蛇サバイブはそれを破壊する為に迎え撃つ。

 

『FINAL VENT』

 

 王蛇サバイブは後方へ向かって跳び上がる。跳ぶ先に待つのはベノヴァイパー。

 ベノヴァイパーの頭部左右にある車輪は向きを変えて前輪と後輪に変形。長い胴体は折り畳まれていく。王蛇サバイブが降り立ったとき、ベノヴァイパーはバイク形態に変形し終えていた。

 フロント部分となったベノヴァイパーの後頭部から伸びるハンドルを握り、シート部分になった尾に腰を下ろすと王蛇サバイブはアクセルを一気に入れてベノヴァイパーを走り出させる。

 突き進む先にはエラスモテリウムオルフェノク。

 走るベノヴァイパーの周囲に激しい気流が起こり、ベノヴァイパー全体を包み込む風の膜となる。フロントのベノヴァイパーの頭部が鳴き、口から大量の毒液を吐き出す。毒液は気流に乗り、風の膜の中にあらゆるものを溶かす毒液が混ぜ合わせられる。

 建物の内部にて王蛇サバイブの凶暴とエラスモテリウムオルフェノクの激情が正面から激突した。

 

 




王蛇サバイブ(疾風)はSICやらナイトサバイブの設定を継ぎ接ぎにした感じで書いています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

禁忌の獣神

やり過ぎた描写があります。


 建物が一瞬有り得ない程膨張する。内部で発生した風、エネルギーなど原因である。建物を固定する部品などが内側からの圧により弾け飛んで行く。やがて、限界まで達すると建物は内側から爆ぜた。

 内包されていたものが一気に解放され、凄まじいことになる。巨大な竜巻が倒壊した建物の破片を周囲にばら撒いたかと思えば、それに混じって黄土色の液体が広範囲に飛び散っていく。

 爆発音により建物の周辺に居た通行人や住民らは足を止めて、反射的に身を屈めてしまう。それから少し経って空から液体が落ちてきたことに気付く。

 雨かと一瞬考えたが、空は晴天であり雲一つ無い。間も無くして降ってきた液体が雨でないことを身を以って知ることとなる。

 

「う、うわあああああ! 腕がぁぁぁぁぁ!」

「痛い! 痛いぃぃぃ!」

「溶ける! 体が! 溶ける! 溶ける!」

「何よこれ!? 家が!?」

 

 飛び散ったベノヴァイパーの毒液にかかった一般人らが絶叫を上げ、パニックを起こす。人だけでなく住宅なども溶けているのでより一層混乱を煽る。

 人々が混乱の渦に叩き落される中で爆心地である建物跡では、我関せずという態度で喧騒を無視して睨み合う王蛇サバイブとエラスモテリウムオルフェノク。

 相手を殺すつもりで放った攻撃は、結果として痛み分けであった。

 王蛇サバイブの装甲の一部には罅が入り、ベノヴァイパーは片方の車輪を破壊されて横たわっている。エラスモテリウムオルフェノクも外装の半分が剥がれ落ち、残った部分も毒液により溶解させられている。

 しかし、かなり消耗している二人だが、戦意は全く衰えていない。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はははっ!」

「ふぅ……ふぅ……ふぅ……害獣がっ!」

 

 王蛇サバイブは仮面の下で愉し気な笑みを浮かべ、エラスモテリウムオルフェノクは影に映し出される人間の姿が怒りのまま悪態を吐く。

 

「イライラが消える……やっぱり戦いは最高だな」

「一人で浸っていろ……!」

 

 エラスモテリウムオルフェノクは同意を示さない。戦うことを目的としている王蛇サバイブの頭の中身など心底理解出来なかった。

 

「そうやってお前は自分勝手に暴力をまき散らすのか……!?」

「それがどうした?」

 

 オルフェノクよりも精神が異形となっている王蛇サバイブにエラスモテリウムオルフェノクは嫌悪感しか覚えない。人の中で生まれたことが間違いとしか言えない怪物。

 

「スマートブレインの奴らはまだまだ楽しめるなぁ。お前の次は、あの白い奴だ。その次は村上って奴にするかぁ」

 

 王蛇サバイブにとっては戯れ程度の意味しかない話であったが、受け取るエラスモテリウムオルフェノクにとっては違った。

 

「……今、何て言った?」

「あぁ?」

 

 口調は静かなものであった。だが、エラスモテリウムオルフェノクの体からは火の粉のようにオルフェノクエネルギーが舞い始めている。抑制出来ない力が内から外へ零れ出ている。

 

「お前のところの社長を殺る。そう言っただけだ」

 

 王蛇サバイブはエラスモテリウムオルフェノクの変化に気付いて尚、敢えて逆鱗に触れた。わざとやる理由など一つしかない。その方がより戦いを愉しめそうだからだ。

 

「ふざ、けた、ことを……!」

 

 怒りが湧き過ぎて呂律が回らなくなっている。挑発程度の言葉で感情が昂り過ぎだと思われるかもしれないが、エラスモテリウムオルフェノクにとって村上の存在はそれ程までに崇高なもの。エラスモテリウムオルフェノク自身が盲目的に信奉していることもあった、彼女からすれば神に等しい。

 そんな神に等しい存在を殺すと宣う。しかも、下から数えた方が早い下賤で野蛮で獣と変わらない脱獄囚如きが。侮辱や唾を吐く行為を通り越している。

 エラスモテリウムオルフェノクの感情に呼応し、舞っていた火の粉は炎と変わり、更には天上を焼き尽くすような業火になる。王蛇サバイブのファイナルベントと衝突したとき以上のオルフェノクエネルギーを放出させている。

 

「ああああああああああっ!」

 

 蒼炎の業火の中でエラスモテリウムオルフェノクは声帯千切れんばかりに叫ぶ。すると、業火の中で彼女に変化が起こる。

 音を立てて体を膨張していく。二倍、三倍などという生温いものではない。瞬く間に十メートルを超えてもまだ大きくなり、最終的には体長十五メートルという巨体と化す。

 その大きさになると体を二本脚で支えられなくなり、手を地面に着いた四足の体勢になるが、手足もまた巨体を支えるのに相応しい太く逞しいものになる。

 エラスモテリウムオルフェノクの胸から下は膨張する過程で前へ突き出していき、大きな裂け目が幾つも出来る。更に膨れていく中で裂け目が大きく開く。最も大きな裂け目が開くと中には牙がずらり並ぶ。その裂け目は口となる。二番目に大きな裂け目が上下に開く。そこには灰色の眼球。左右に三対ずつ対称的に並ぶ。最も小さな裂け目が開くとそこから荒々しい呼気が聞こえる。その裂け目は鼻孔であった。

 新たに創り出される獣の顔。その獣の頭頂部にはエラスモテリウムオルフェノクと同じく太く長い角が生えている。その角に埋め込まれるように一体となっているエラスモテリウムオルフェノクの上半身。彼女の体そのものが角となっていた。

 オルフェノクの中には体の形態を変化させる能力を持つ者が居る。モチーフとなった動物の特徴を主に下半身に反映させ、馬がモチーフならば下半身が馬の四足に、鶴がモチーフならば翼と鳥足に変化させるなど。稀に姿そのものを全く別のものへ変えるオルフェノクも存在する。ただし、エラスモテリウムオルフェノクが変化した姿はその二つとは異なるものであった。

 オルフェノクの中には極限まで感情が昂ったとき、自身を次なる姿へ進化させるという現象がある。素質なのか、精神的な理由なのかまだ解明されていない。それ程までに症例の少ない現象で、その時が来るまで変身者自身も分からない。

 激情態。そう名付けられたオルフェノクとして更なる進化を遂げた姿。エラスモテリウムオルフェノクは古代のサイ──エラスモテリウムをモチーフとしているが、激情態となったことでよりらしい姿へと変わった、或いは戻ったと表現すべきなのかもしれない。

 

「何が起きた……?」

 

 流石の王蛇サバイブも少々困惑する。ヒステリックに叫んだかと思えば見上げる程の巨体と変わった。王蛇サバイブもここまでデカい相手と対峙するのは初めての経験である。

 

「大した変わりようだな。──化粧でもしたのか?」

 

 小馬鹿にした冗談に返って来たのは獣の咆哮。

 激情態とは文字通り激情に何もかも支配された状態。人の頃にあった理性など激しい感情の渦にとっくに呑み込まれている。エラスモテリウムオルフェノク激情態の頭の中にあるのは王蛇サバイブを殺すという思考のみ。

 王蛇サバイブを獣と罵った彼女もまた獣同然に堕ちるのは皮肉としか言いようがない。

 エラスモテリウムオルフェノク激情態が王蛇サバイブに顔を向ける。すると、鼻孔から無数の針を飛ばす。

 一メートル前後はあり、人の指よりも太い針がマシンガンのように連続して撃ち出される。

 

「ふん!」

 

 王蛇サバイブはベノブレードを振るい纏めて一気に弾き飛ばすが、すぐさま後続の針が迫っていた。刃を返して同じように弾くが針の連射は止まらない。

 

「ちっ」

 

 王蛇サバイブは横方向へ走り出し、針を躱す。エラスモテリウムオルフェノク激情態は首を動かして王蛇サバイブを追いながら針を飛ばすが、王蛇サバイブの走る速度の方が速い。

 王蛇サバイブは走りながらベノブレードを振る。先端が伸び、エラスモテリウムオルフェノク激情態へ飛んで行く。歯牙に似た刃先がエラスモテリウムオルフェノク激情態の顔側面に当たった。しかし、傷一つ衝かない。体格だけでなく硬さも格段に上がっている。

 エラスモテリウムオルフェノク激情態は蚊に刺された程にも感じず、針を飛ばすのを止めて直接潰す選択に映る。

 トンは軽く超える巨体が、自動車を超える速度で走り出す。それだけで大地は割れ、地響きが起こる。

 見た目よりも俊敏な動きをするエラスモテリウムオルフェノク激情態に対し、王蛇サバイブは退くことはせず、ベノブレードを振り回して弾かれた刃先を動かし、柱のようなエラスモテリウムオルフェノク激情態の角に巻き付ける。そして、その状態から鞭の部分を収納。すると、王蛇サバイブは自らエラスモテリウムオルフェノク激情態の方へ飛んで行った。

 王蛇サバイブが巨大な角に激突する。しかし、最高速度に達する前であったので衝撃はある程度軽減出来た。王蛇サバイブは角にしがみついたまま視線を下ろす。エラスモテリウムオルフェノク激情態の角には本体が一体化している。王蛇サバイブの狙いはそこであった。

 だが、相手もまたそれを狙っているのに気付いており、王蛇サバイブを振り払う為に首を左右に動かす。

 

「ちっ!」

 

 しぶとくしがみつく王蛇サバイブはそれでも離れないと今度は上下の動きが加わった。エラスモテリウムオルフェノク激情態が跳び上がる度に地震に匹敵するような揺れがこの一帯を襲う。

 離れれば巨大な足で押し潰されることは目に見えているので、王蛇サバイブは巻き付けたベノブレードを緩めない。

 業を煮やしたのかエラスモテリウムオルフェノク激情態は獣の鳴き声と女性の悲鳴を掛け合わせたような声を上げると、角に王蛇サバイブを張り付けたまま走り出す。

 途端、凄まじい風圧が王蛇サバイブを襲う。しかし、エラスモテリウムオルフェノク激情態の狙いは風圧で王蛇サバイブを振り落とすことではない。

 走り続けるエラスモテリウムオルフェノク激情態は、そのまま近くにあった建物に頭から突っ込む。

 重機がスポーツカー以上の速度で突進したようなものであり、建物がエラスモテリウムオルフェノク激情態の大きさでくり抜かれる。当然、中に居た人々は助かることが出来ず、何が起こったのか分からないままエラスモテリウムオルフェノク激情態の足に踏み潰され、それを運良く免れた者も通り過ぎた後の建物の倒壊に巻き込まれて圧し潰される。

 オルフェノクの存在は人々に殆ど知られていない。知られれば何かと面倒が起きることが分かっているからだ。それ故にオルフェノクの姿を知られたとき、知ってしまった相手は大概がこの世から消されることとなる。

 

「な、何だありゃあ!?」

「怪物だぁぁぁ!」

「何だよ!? さっきから!?」

 

 衆目の前に自らを晒すというエラスモテリウムオルフェノク激情態の行為は愚行としか言いようがない。しかし、今の彼女の思考は王蛇サバイブを倒すことのみ。周りの目など全く気にしてない。八つの目があっても極端な程に狭い視界をしていた。

 酸の雨で阿鼻叫喚となっている所へエラスモテリウムオルフェノク激情態の暴走。惨劇が更なる地獄へと発展する。だが、エラスモテリウムオルフェノク激情態は感情のまま走り続け、建物を何件、何棟も破壊していく。

 

「く、ぐお……」

 

 王蛇サバイブも何度も建物に叩き付けられ、限界を迎えようとしていた。それでも持ち前の執念でしがみついていたが、エラスモテリウムオルフェノク激情態は突如急停止をする。

 

「うおっ!?」

 

 慣性により遂に角から手を離してしまった王蛇サバイブは吹っ飛ばされ、地面を跳ねて転がっていく。エラスモテリウムオルフェノク激情態は、激情に支配されながらも本能により最適な行動をとったのだ。

 ようやく鬱陶しく張り付いていた王蛇サバイブを落とすことが出来たエラスモテリウムオルフェノク激情態は、とどめを刺す為に後退し突進の威力を最大まで高めようとする。

 エラスモテリウムオルフェノク激情態がとどめを刺すことを考えているのと同じく王蛇サバイブもまた決着をここで付けることを決めた。

 

『UNITE VENT』

 

 ベノバイザーツバイに装填されるユナイトベントのカード。あの密閉された空間とは違い周囲には建物や家が並んでいる。鏡面に成り得るものは事足りる。

 最初に呼び出されたのはベノヴァイパー。かなり消耗しているがユナイトベントの強制効果で召喚された。続いてエビルダイバーとメタルゲラスが民家の鏡から飛び出してくる。

 これでジェノサイダーに必要な数は揃ったが、王蛇サバイブはそこで止まらない。今ならば行けるという確信が王蛇サバイブにはあった。

 エラスモテリウムオルフェノク激情態の近くにあったガラスから飛び出るブーメランと十字手裏剣。投擲されたそれが目の付近に当たり、エラスモテリウムオルフェノク激情態は怯む。

 跳ね返ったそれをキャッチしたのは二体のミラーモンスター。ヤモリの特徴を持つゲルニュートとカミキリムシの特徴を持つゼノバイダー。

 怯んだエラスモテリウムオルフェノク激情態を追撃する複数の火球。放ったのはガルドサンダー、ガルドストーム、ガルドミラージュの三鳥。

 エラスモテリウムオルフェノク激情態の横顔を撃つ水流と砲撃。それを吐き出すのはアビスラッシャーとアビスハンマー。

 効いてはいないが度重なる攻撃に怒りが沸き立ったエラスモテリウムオルフェノク激情態は、纏めて粉砕しようと突撃を開始しようとするが、直前に現れた回転する三色の塊がぶつかったことで地団駄を踏む結果に終わる。

 赤、黒、黄の蜂の特性を持つバズスティンガーホーネット、ワスプ、ビーの三位一体の防御によるもの。

 これにより十三体のミラーモンスターがこの場に召喚される。そして、ユナイトベントの効果によりベノヴァイパーを中心にして一つに集い、融合する。

 集まったミラーモンスターたちが重なり合い、発光。そして、生み出された融合ミラーモンスターは筆舌に尽くし難い醜悪且つ冒涜的な姿をしていた。

 ベースとなっているのは三体融合のジェノサイダーだが、背部にガルドサンダーたちの翼が追加されている。ただし、翼の配置は上下の位置も合っていない左右非対称で右と左で枚数も異なる。

 腹部にはゲルニュートとゼノバイダーが押し込められるように混ぜ合わされ、顔の形がそのまま残り、脇腹からは複腕として二体の手が生えていた。

 巨体となった体を支える為にメタルゲラスの両脚に溶け合わさって補強するアビスラッシャーとアビスハンマー。

 ジェノサイダーの右腕と一体化し、三位一体を示すかの如く螺旋状に融合して右腕そのものとなるバズスティンガーたち。

 倫理という言葉が虚しく聞こえる程に無秩序な融合を果たした姿。しかし、こうなるのも仕方のないこととも言える。

 まだまともな外見になるのはせいぜいミラーモンスター三体まで。ジェノサイダーが良い例である。内包する力は強いがベノスネーカーやメタルゲラスのように地を駆けることが出来ず、エビルダイバーのように空を飛べない。出来ることといえば固定砲台の役割がせいぜい。

 特色の違う生き物を混ぜるということはこういうことである。海最大の生物である鯨と陸最大の生物である象を融合させても最強の生物にはならない。海にも陸にも適さない生物が誕生するだけである。

 そして、この融合ミラーモンスターもまたそんな生物。継ぎ接ぎだらけのバランスの悪い体と自重のせいでその場から一歩も動くことは出来ない。

 まさに不完全な存在──になる筈だったのだが、それらを全て帳消しにするぐらいの途方も無い力をこの融合ミラーモンスターは内包している。

 それこそ神と呼ぶに相応しい力を。

 王蛇サバイブは不動の融合ミラーモンスターの足元でこの戦いを終わらせる最後の一枚をベノバイザーツバイへ入れた。

 

『FINAL VENT』

 

 獣帝ジェノサイダーを超える融合ミラーモンスター──獣神ジェノサバイバーは複数の声を合わせた鳴き声を上げながら天に顔を向け、口を開く。

 ジェノサバイバーの中で生成される未知なる物質。まだ名すら付けられていないその物質はジェノサバイバーの口内で集められ、拳大程の白い球体となる。

 エラスモテリウムオルフェノク激情態の本能が危険を察知し、行動を阻止する為に王蛇サバイブ諸共葬ろうと突進を開始するのだが──ジェノサバイバーの行動が完了するのが一歩早かった。

 白い球体がジェノサバイバーの口から飛び出す。一メートル程上がった瞬間、溜め込まれていた力が解放された。

 何が起こったのかエラスモテリウムオルフェノク激情態は理解出来なかっただろう。何故ならば力が解放されると同時に白い光がドーム状に広がり、エラスモテリウムオルフェノク激情態が白い光に触れると同時に塵一つ残さず消滅した。

 光の広がりはエラスモテリウムオルフェノク激情態を消しただけでは収まらず、半径数キロメートルまで広げられていく。この間、その範囲に入っているものは建物だろうと人だろうと跡形も無く消滅していく。

 後日、このことはニュースで大々的に報道されることとなる。死者は0人に対し行方不明者数千人を超える。それは死亡したと思われる人々の痕跡が何一つ残っていなかったからであった。

 




・獣神ジェノサバイバー AP15000~
十三体のミラーモンスターをユナイトベントで融合させることで誕生するミラーモンスター。戦闘能力は皆無ではあるが恐べき能力を秘めている。
十三体以上の融合も可能

・ファイナルベント『????????』 AP0000
ジェノサバイバーの体内で生成された未知の物質による攻撃。
広範囲に物質を広げ、触れたものを消滅させる。現状防ぐ手段は無いのでAPの数値化が出来ない。
これの真価はミラーワールド内で発揮される。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

再誕の牙

 何もかもを消し去っていく光。目に映る全てが消滅していく様を王蛇サバイブは中心地という特等席で眺めていた。

 それは、彼の中にある苛立ちが解消されていくのと同調している。

 

「はははははははっ!」

 

 頭の中が最高にスッキリとした状態になり王蛇サバイブは笑い──ゆっくりと倒れていく。

 戦いの高揚に何もかもを任せていたので鈍くなっていたが、王蛇サバイブは変身前に手首を噛み千切り、大量の出血をしている。治療をしないまま戦闘し続けた結果、失血死寸前の段階まで来ていた。

 

「ははは……」

 

 重くなる頭、狭まる視界、遠くなっていく意識。自分の体が死に向かっている状態であったも王蛇サバイブは笑い続け、そして──

 

「あぁ……?」

 

 ──気付けば見知らぬ廃墟の中で横たわっていた。

 薄汚れた段ボールが下に敷かれ、最低限以下の寝床の上で浅倉は目を覚まし、上体を起こす。

 浅倉は己の手首を見る。不思議なことにそこに噛み千切った跡は無い。失血死手前の極度の貧血状態も何故か解消されている。

 自分の身に何が起こったのか分からず、浅倉は暫しの間首を傾げていた。

 

『起きたな』

 

 こちらを気遣う気など全く感じられない無感情な声が聞こえて来る。

 反響する声を聞きながら、その出元を探すと壁に立て掛けられた埃の付いた薄汚い鏡の中に声の主はいた。

 腕を組んでこちらを見ているのは仮面ライダーオーディン。てっきり神崎がここまで運んだのかと思っていたので少々意外ではあった。

 

「お前か……」

 

 ここに自分を運んだのは。手首の傷を治したのは。という二つの質問が頭の中に過ったが、すぐに忘れる。訊いてもオーディンが答えるように思えなかった。そして、相変わらず腕を組んで偉そうにしているオーディンの姿に軽くイラついたからである。

 

『──派手にやったな』

 

 エラスモテリウムオルフェノクとの戦いのことを言っているのだろうが、声色に咎める感じは無い。

 

「中々面白い戦いだった。久しぶりにスッキリしたぜ……」

 

 浅倉は上機嫌であった。溜め込んでいた全て鬱憤を晴らせたので仕方がない。初めてライダーバトルをしたときのような爽快感が今も余韻として残っている。

 

『巻き添えで数千人は死んだ』

 

 今までのライダーバトルの被害を考えれば桁違いの数である。

 

「それがどうした?」

 

 浅倉の言葉に罪悪感など微塵も無かった。数千人という被害者を出しても浅倉の心に全く動揺など生まれない。戦いと苛立ちの解消。それだけが全てであり、それ以外のことは浅倉にすれば単なるおまけ程度のことである。

 

『特に責めるつもりはない。尤も、お前が起こした騒ぎで他のライダーたちも慌ただしくなってきたがな』

 

 オーディンも浅倉に匹敵する無情な発言をする。彼にとっても今回の犠牲者は気にするようなものではなかった。

 それよりも問題なのは規模が規模だけに神崎が待機を命じていたライダーたちが不審に思い、動き出そうとしていること。幸いというべきか、浅倉が広範囲を壊滅状態にしたので目撃者は皆無。浅倉がやったという証拠も証言も無い。

 下手に動かれるとスマートブレインに存在を嗅ぎ付けられ、最悪の場合神崎にとって最も大切とする妹の優衣に辿り着く危険があった。

 

『色々と忠告はしているが……それでも動く奴が居るがな』

「はっ。どうせあの馬鹿のことだろう?」

 

 誰かと言わなかったが、浅倉には誰のことなのか容易に想像が付いた。度が過ぎるお人好しで後先考えない馬鹿な男。動くとしたらそいつしかいない。

 

「まあ、どうでもいいがな……」

 

 それだけ言って浅倉の興味が離れる。普段ならば他のライダーの動向を気にするところだが、今の浅倉が最優先すべきターゲットはスマートブレインである。イラつく彼らを潰さない限りはライダーバトルに気が入らない。

 尤も、新しい力を手に入れたのでそれを試したいという気持ちはある。特にあの役立たずの悪徳弁護士相手に使ったら、どれだけスッキリするだろうか。そう思いながら浅倉はカードを取り出し、サバイブのカードを見ようとした。

 

「……おい」

 

 カードデッキの中身を確認していた浅倉の手が止まり、ドスの効いた声が発せられる。

 

「あのカードはどうした……?」

 

 今まで上機嫌であった浅倉の機嫌が一気に最低値にまで下がる。理由は彼が言う通り、カードデッキの中にサバイブのカードが見当たらなかったからである。

 

「お前が盗ったのか……?」

『あれは元々私の力の一部だ』

 

 盗った、と取れるような発言をオーディンがした瞬間、浅倉は地面に転がっていたコンクリート片をオーディンが映る鏡に投げつける。

 コンクリート片が直撃し、立て掛けてあった鏡が四散する。しかし、地面に散らばった鏡の中には変わらずにオーディンが映し出されていた。当然のことながら鏡を割った程度では何の影響も無い。せいぜい話し難くなった程度である。

 

「今すぐ返せっ!」

 

 怒号と共にオーディンが映っていた鏡を踏み砕く浅倉。だが、オーディンは既に別の鏡の破片に移動していた。

 

『少し頭を冷やして冷静になれ。お前は勘違いをしている』

 

 浅倉の辞書に載っていない言葉で窘めるが、一度火が点いた浅倉は中々止まらない。

 

「あぁ!?」

 

 コンクリート片を持ち上げながら恫喝するが、寸での所でオーディンの言葉に耳を貸す。引き千切れる寸前だが理性が働いたのは、オーディンに一度助けられた借りがあったからであった。

 

『私が没収したのではない。使った後に消滅しただけだ』

「……どういうことだ?」

 

 言っている意味が分からなかったので詳細を問う。

 元々サバイブのカードはオーディンの力の一部である。浅倉が使用した疾風の力を宿したものと炎の力を宿したもの、そしてオーディンが常時使用しているものを含めて三枚存在する。

 オーディンが存在すれば理論上は無限に増やすことは出来るが、そう易々と力をばら撒くということはしない。サバイブのカードを与えるのはライダーバトルを促進させるのが主な目的である。

 今回、浅倉に渡した疾風のサバイブのカードは、本物ではなく複製したカード。コピーベントという文字通り対象をコピーするカードの能力で作られたカードである。本来は相手の武器や姿をコピーする能力だが、オーディン自身が使用すればカードのコピーも可能となる。

 劣化なく能力を再現しているが、所詮は複製なので一度戦闘で使用すれば消滅する。また、サバイブの維持時間を超えても消滅する。それを知らずに使用した浅倉。戦闘中に効果が切れなかったのは幸いであった。

 

「なら新しいのを寄越せ」

 

 説明を聞いた浅倉からの第一声は非常に図々しいもの。さも当然のように要求してくる態度に普通の相手ならばまず間違いなく怒りを覚えるだろう。だが、オーディンは一切の感情を見せないまま、いつの間にか手に持っていたカードを浅倉へ投げ渡す。

 

「ほう……?」

 

 受け取ったカードを見た後に浅倉はオーディンの方を見る。先程までの不機嫌が嘘のようにニヤリと笑う。

 

「前とは違うな。だが、こっちも愉しめそうだ」

『これ以上はお前に力を与えない。それを使い切る前にスマートブレインを潰せ』

 

 浅倉がサバイブを使用したときの戦闘能力は神崎やオーディンにとっても予想の範疇を超えていた。特に融合ミラーモンスターのジェノサバイバーの力は規格外である。それこそオーディンの契約モンスターであるゴルドフェニックスに匹敵、場合によっては超える可能性もある。

 そんな浅倉にサバイブの力をもう一度与えるのは危険だが、スマートブレインを滅ぼすには必要でもある。今のところ浅倉の矛先はスマートブレイン及びオルフェノクに向いているので神崎たちに牙を剝くことはない。スマートブレインを壊滅させるまでは浅倉を上手に飼い慣らしておかなければならない。

 浅倉は新たなカードをデッキに収めると、オーディンに背を向ける。

 

『何処へ行く?』

「腹が減った。まずは飯だ」

 

 暴れ回った後はどうしても空腹になる。戦闘狂である彼も腹が満たされなければ満足出来る戦いも出来ない。その為に食事を調達する必要がある。味にこだわりは無い。野生のヘビでもトカゲでもいい。焼けば大抵のものは食べられるし、浅倉自身が悪食である。

 

「お前も一緒に食うか?」

 

 振り返りながらオーディンも誘ってみる。オーディンは既に鏡の破片の中に映ってはいなかった。

 

「……まあ、食わんか」

 

 予想通りだったので特に気にせず浅倉は食料の調達に向かった。

 

 

 ◇

 

 

 ここ最近、東條の私生活は満たされている。

 気が合いそうな新しい友達候補が増え、孤独を感じることが少なくなった。機嫌が良くなれば自然と笑うことも増え、普段は無表情の東條も柔らかな雰囲気を出すようになる。

 香川の仕事の手伝いをしつつ、時折仲村と会話することもあった。他愛のない会話ではあるが、この前までは仲村の方が東條とあまり関わらないようにしていたし、東條も仲村のことを少し苦手としていたので大きな変化と言える。

 

(これも皆、香川先生のおかげかな?)

 

 東條は少しでも変化する変化を香川へ話していた。香川自身色々と忙しい筈なのに親身になってそれを聞いていた。

 

『東條君。他人との交流は貴方に変化を与えてくれます。これからも積極的に続けて下さい。それが貴方にとって良いものであることを願っています』

 

 最初にそれを聞いたときは億劫に感じたが、続けている内に確かに少しずつ毎日が楽しくなってきたような気がした。

 

(流石、香川先生!)

 

 香川に崇拝に近い感情を抱いている東條は、ますます敬意を強める。香川の言うことを絶対と信じられるぐらいに。

 

(やっぱり香川先生は英雄なんだ……僕も香川先生みたいな英雄に──)

 

 そのとき、東條の耳にあの音が入って来た。それだけではない。背筋が寒気立つような視線も感じる。近くにミラーモンスターが居ると思われるが、こんなにも危機感を抱く視線を向けられたのは初めての経験であった。

 東條は近くに鏡面がないか探す。間もなくブラインドが下ろされているガラス窓を見つけた。

 右手に持ったタイガのデッキを窓ガラスに映すと東條の腹部にVバックルが装着され、そのまま変身へ移行しようとしたとき、下ろされていたブラインドが上がる。

 東條の動きが硬直した。赤い双眼を輝かせた漆黒のライダー──リュウガが東條と向き合うように立っていたからだ。

 仮面ライダーを前にして無防備を晒してしまった東條。だが、リュウガは東條を襲う気配は無い。それどころか、東條の姿を見て鼻で笑うような仕草を見せると窓ガラスから後退していく。

 明らかに誘っている。罠を張られている可能性もある。しかし、東條は止まらなかった。

 デッキを持った右手を引き、胸の前で両腕を交差。今度は両腕を引き、腰の両横まで持ってくると、左手を突き出しながら右手をVバックルの傍に移動させる。左手首を返し、軽く開いた五指を前に出して爪を突き立てるような形にする。

 

「変身!」

 

 デッキがVバックルに挿入され、東條に複数の虚像が重なり合うことで、その姿をタイガへ変身させた。

 タイガは変身完了と共に窓ガラスに入り、ミラーワールドへ侵入する。

 ミラーワールド内ではリュウガが構えもせずに待ち構えていた。

 

「君、僕に何か用?」

 

 質問しながらもタイガの手にはデストバイザーが握られており、その刃先はリュウガへ向けられている。

 

「──一つ質問をする」

 

 リュウガからの反応があった。

 

「──何?」

 

 タイガは警戒しつつも話を聞く。

 

「香川英行が今何をしているのか答えろ。内容によっては命だけは見逃してやる」

 

 タイガに香川の情報を寄越せと脅迫めいた問いを行う。

 

「馬鹿だな、君は。僕が香川先生を裏切る筈ないよ」

 

 香川に心酔しているタイガからすればリュウガの言っていることは愚問そのもの。あまりに愚かしくてデストバイザーを握る手に力が籠る。

 すると、声も出さずにリュウガは肩を震わす。それは怒っているのではなく──

 

「……笑っているの?」

 

 ──仮面の下で笑っているように見えた。

 

「東條悟……断ってくれたことに礼を言う」

 

 そう言いながらリュウガは漆黒のカードデッキからカードを抜く。

 

「おかげで心置きなくお前を殺せる」

『ADVENT』

 

 ブラックドラグバイザーに装填されたカード効果により空からドラグブラッカーが駆け付けて来る。ドラグブラッカーは口を開き、黒炎を吐き出そうとするが──

 

『FREEZE VENT』

 

 ──その音声の後、絶対零度の凍気が発生してドラグブラッカーごとリュウガを凍結させる。

 

「やっぱりだ」

 

 アドベントの発動に合わせてフリーズベントを発動させたタイガは、ミラーモンスター共々凍るリュウガを見て一つの確信を得た。

 

「もしかして、君って──」

 

 タイガが何かを言おうとしたとき、パキという音が鳴る。音の方向には凍り付いたリュウガ。またパキと音が聞こえ、タイガの視線が下に下がる。リュウガの足元には張り付いている筈の氷の破片が幾つも落ちている。

 断片的になっていた音が連続して聞こえ、リュウガの氷像が細かに震え始めると、次の瞬間には纏わりついていた氷を全て吹き飛ばされてしまった。

 

「惜しかったな」

 

 リュウガはタイガを嘲笑しながらデッキから抜いたカードを見せる。描かれているのは、真紅の炎を纏わせた黄金の左翼。

 すると、描かれている炎が揺らめき、リュウガの周囲に炎が発生する。

 

「うっ!」

 

 後退するタイガ。そのとき、何かに気付いて視線を上げる。カードが起こした炎によりドラグブラッカーの氷もまた溶かされていた。

 

「ここからだ」

 

 リュウガがそう言うとカードの絵柄に変化が生じる。燃え盛っていた赤い炎が色を変え、リュウガと同じ漆黒の炎となる。それに合わせてリュウガの周囲で燃えていた炎も黒炎と化す。

 リュウガが左腕を突き出す。黒炎がブラックドラグバイザーに絡み付き、新たな形へ強化。

 ドラグブラッカーの頭部を模した銃に似た召喚機。手甲から手持ち型の武器になった。

 リュウガは召喚機の前部──ドラグブラッカーの顎に当たる部分を下に引くことで開き、内部にあるスロットに黒炎のカード──サバイブ烈火を装填する。

 

『SURVIVE』

 

 燃え盛る黒炎はより激しさを増して火柱となる。新たな強者の誕生を祝うかのように。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黒炎のリュウガサバイブ

 黒炎による無数の火柱が、リュウガを中心にして集う。下から吹き上がる炎の中でリュウガの外装は剥がれ落ちていく。

 傍から見れば焼き尽されていくような光景。だが、火柱の中心に立つリュウガは恍惚とした様子で漆黒の炎をその身で受け止めていた。

 剥がれていく胸部の装甲から露わとなる二つの目。胸部装甲はドラグブラッカーを彷彿とさせる龍の顔の形をしたものへ変化。肩回りの装甲も追加され、後方へと角のように伸びており、更にバキバキと音を立てて新たな角が伸びていき角とも棘ともとれるような形となる。

 顔を覆う鉄仮面のような格子のフェイスガードの横幅は伸び、額には金のサークレットと触覚を思わせる同色のセンサーが追加。腕や脚を覆う装甲にも金の装飾が施される。

 リュウガの強化と同じくドラグブラッカーにも影響を与える。

 宙を泳ぐドラグブラッカーは、かつての己を突き破り新たな姿を手に入れる。全長はドラグブラッカー時の二倍近く大きくなり、手足もそれに合わせて巨大化する。腕や脚周りに強化されたリュウガの恰好と似た装甲が追加され、頭部にも金色の角や格子状の装甲などが新たに増える。

 火柱が消え去ったとき、新生したリュウガことリュウガサバイブは進化した相棒──ブラックドラグランザーを従えてタイガと対峙する。

 

「何それ……」

 

 初めて目の当たりにするサバイブによる強化態。変身したライダーが更なる変身を遂げるなど知らなかった。

 

(嫌な感じ……)

 

 リュウガサバイブから放たれる圧を敏感に感じ取り、タイガは警戒を強める。容易に勝てる相手ではないことを直感で理解してしまった。

 

「──怖いか?」

 

 リュウガサバイブはタイガをせせら笑う。

 

「君が? そんな訳無い」

「そうか? ……足が下がっているぞ?」

 

 タイガは思わず足元を見る。地面に残る足跡がいつの間にか一歩分ずれており、轍のような跡になっている。指摘されて初めて気付いたが、タイガはリュウガサバイブと対峙したときに無意識のうちに一歩下がっていたのだ。それは、リュウガサバイブの圧に押し負けたという証拠でもある。

 リュウガサバイブは軽く手を振る。すると、後方で待機していたブラックドラグランザーが上空へ飛び上がり、そこで留まる。

 

「お前のモンスターを呼べ。──それで少しは楽しめる」

 

 敢えて自ら不利な状況になろうとする。自分の力に絶対的自信を持っているのが伝わる。

 馬鹿にしている、と思いながらもタイガはいつの間にかアドベントカードを握っていた。リュウガサバイブの言う通りに動いている自分に驚く。

 しかし、そんな自分を止めることが出来ないままタイガはアドベントカードをデストバイザーに装填してしまった。

 

『ADVENT』

 

 カードにより呼び出されたデストワイルダーがタイガの傍に降り立つ。

 

「そんなこと……無いっ!」

 

 タイガは無意識に臆してしまった自らを奮い立たせながら、デストバイザーにカードを入れる。

 

『STRIKE VENT』

 

 攻防どちらにも優れた長爪の手甲──デストクローがタイガの両腕に装着される。

 

「それで良い」

 

 逃げずに戦いを挑もうとしているタイガを褒める。尤も、今の自分の力を試したいリュウガサバイブからすれば犠牲になる実験動物への労い程度の意味しかない。

 

「僕は……香川先生と同じ英雄になるんだ……!」

「英雄? はっ」

『SWORD VENT』

 

 タイガの願いを鼻で笑った後、リュウガサバイブはブラックドラグランザーの頭部の形をした召喚機──ブラックドラグバイザーツバイの側面にあるスロットにカードを入れた。ブラックドラグバイザーツバイの中央に折り畳まれていた刃が展開。黒い刀身が一瞬鈍く輝くと刃が伸長する。

 

「──来い」

 

 リュウガサバイブがより圧を強めた。すると、その圧力に冷静な判断が出来なくなったのかデストワイルダーが真っ先に飛び掛かる。リュウガサバイブの頭上に自身の剛腕を振り下ろすのだが──

 

「ふっ」

 

 ──リュウガサバイブは一笑する。振り下ろされたデストワイルダーの腕が途中で止まっていた。何故ならば、デストワイルダーの掌にブラックドラグバイザーツバイの剣先が押し当てられているからだ。

 デストワイルダーは特殊能力の域にまで達している腕力で押し込もうとする。だが、リュウガサバイブの足はその場から一歩も動いていない。デストワイルダーの腕力を軽々と捻じ伏せている。

 諦めずにデストワイルダーは地面を蹴りながら進もうとするが、地面を削るだけで前へ進まない。力の比べ合いしか頭にないデストワイルダーの単純さを嘲りながらリュウガサバイブは無防備な脇腹を蹴る。

 思考の外からの攻撃によりデストワイルダーは滑稽なぐらいに蹴り飛ばされる。すると、デストワイルダーと交代するように今度はタイガが前に出て来た。

 タイガもまた上から右爪を振り下ろす。リュウガサバイブはブラックドラグバイザーツバイの刃──ドラグブレードでそれを受け止める。タイガはすかさず左爪でリュウガサバイブの胴体を狙って横に払う。

 それを読んでいたのか、タイガの右爪を跳ね除けた後、素早く左爪を弾き返す。そして、今度はリュウガサバイブの方が反撃として刃を振り下ろした。

 上段からの攻撃を片手で受け止めるタイガ。

 

「うぐっ!」

 

 しかし、リュウガサバイブの攻撃は重く、膝が折れる。跳ね除けることも出来ないので腕を交差させて耐えることしか出来ない。

 リュウガサバイブがほんの少し腕に力を入れた。それだけでタイガの両腕、両脚が小刻みに震える。ありったけの力を出している筈なのにリュウガサバイブの力に勝てず、空回った力はタイガを震わせるだけ。或いは別の意味で震えているのかもしれない。

 だが、タイガの抵抗も決して無駄なものではなかった。

 咆哮を上げ、デストワイルダーがリュウガサバイブの側面からタックルを仕掛ける。

 タイガに気を取られていたリュウガサバイブは、回避が間に合わず脇腹辺りにデストワイルダーの強烈な体当たりを受ける。

 デストワイルダーは時速300キロを出せる健脚でリュウガサバイブを捕らえたまま疾走。バランスを崩して転倒し、そのまま地面を引き摺り回すことを狙っての行動であった。

 デストワイルダーの目論見は、すぐに崩れることとなる。

 走り出して数メートルも移動しない内にデストワイルダーの足が止まった。何度も何度も地面を蹴るが先に進まない。リュウガサバイブの足が根を張った樹木のようにその場から動かすことが出来ない。

 必死になって押そうとするデストワイルダー。それを見下ろして嘲笑のようなジェスチャーをしたリュウガサバイブは膝で突き上げる。前傾姿勢になっているデストワイルダーの胸に命中。しかし、デストワイルダーは両手を組んで離れないよう耐える。

 そんなデストワイルダーの足掻きを踏み躙るようにリュウガサバイブは同じ箇所を正確に狙った膝蹴りを数度連続して打ち込む。デストワイルダーの外装に罅が入り、苦悶に満ちた声がデストワイルダーから聞こえる。組んでいた両手が緩んだタイミングでリュウガサバイブは肘をデストワイルダーの背中に打ち下ろす。

 背部からの杭打ちの如き肘の一撃によりデストワイルダーは堪え切れなくなり、リュウガサバイブにしがみつく為の両手が離れ、崩れ落ちて地面に四つん這いの姿勢になる。

 

「ふん」

 

 そこへ下から斬り上げられるドラグブレード。デストワイルダーの厚みのある外装を裂き、後方へ斬り飛ばす。

 デストワイルダーが宙を舞う間にタイガはリュウガサバイブへの接近を試みていた。リュウガサバイブの視線は未だにデストワイルダーに向けられており、まだタイガに気付いていない──そう思っていた。

 ドラグブレードの刀身が黒い炎を纏う。

 黒炎が宿った剣が向ってきているタイガへ振り下ろされる。黒炎に嫌なものを感じ取ったタイガは、急停止して速度を無理矢理殺し、同時にバックステップで跳ぶように下がる。

 タイガの判断はギリギリのものであり、リュウガサバイブの剣が眼前を通り過ぎて行く。紙一重で躱すことが出来たタイガは、足が地面に着くと今度は前方へ跳ぶ。剣を振り下ろした直後のリュウガサバイブを狙い、右のデストクローを横振りした。

 

「なっ!?」

 

 驚きの声を上げたのはタイガ。横からリュウガサバイブに迫る筈であったデストクローが止まっている。デストクローを阻むのは宙に固定されている黒い炎。リュウガサバイブが振り下ろした際に描かれた軌跡が消えることなく残っていた。

 黒炎は揺らぐ形のまま硬さを持ち、デストクローの一撃を受けても欠けることも動くこともなくその場に留まり続けている。

 この黒炎はドラグブラッカーが持つ能力であるが、強化されたことによりリュウガサバイブも使用することが出来るようになったのだ。

 

「ふっ」

 

 驚いているタイガを一笑すると、リュウガサバイブは宙で停止している黒炎と交差するようにドラグブレードを振るった。

 袈裟切りの跡に残される黒炎。先に出された黒炎と重なり✕の字の形となる。すると、石のように固まっていた黒炎が揺らめきを取り戻し、✕の字の黒炎は飛んで行く。

 斬撃の跡を防御に使ったかと思えば、今度は攻撃として斬撃を飛ばして来る。タイガは前方にデストクローを揃えることで盾にし、飛ばされた黒炎の斬撃をそれで受ける。

 

「うぅ!」

 

 受け止めた瞬間、黒炎は爆発を起こし、衝撃でタイガは吹き飛ばされた。背中から地面に落下し大の字になる。上体を起こそうとするタイガであったが何故か両腕が動かない。見れば先程の爆発によりデストクローに黒炎が燃え移っており、地面に接した状態で黒炎を固めて離れないようにしていたのだ。

 タイガはやむを得ずデストクローから腕を引き抜く。これによりタイガは強力な武器を失ってしまう。

 このまま戦っても勝ち目は無い。タイガの頭の中で逃亡の言葉が過るが──

 

「逃げるのか? 英雄」

 

 ──タイガの思考を読んだリュウガサバイブが嘲るようにタイガを英雄と呼ぶ。

 その言葉がタイガから逃げるという選択肢を奪ってしまった。

 タイガは激情に駆られ、カードをデストバイザーに挿入。

 

『FINAL VENT』

 

 本来ならばデストクローを使用して行うファイナルベントであるが、タイガはデストバイザーを振り上げることで代用する。

 カードの効果により倒れていたデストワイルダーが起き上がり、リュウガサバイブへ飛び掛かろうとする。

 前後を挟まれた形であるが、リュウガサバイブは悠然とした態度でデッキから抜いたカードをブラックドラグバイザーツバイへ入れていた。

 

『STRANGE VENT』

 

 カード名を読み上げるとアドベントカードが螺旋に絡まっている絵柄が変化。入れていたカードを抜いて再び装填する。

 

『FREEZE VENT』

 

 音声が効果を告げると同時にデストワイルダーの体が凍結し、動かなくなる。

 

「そんなっ!?」

 

 自らも使用するカードを使われた挙句、ミラーモンスターも封じられた。リュウガサバイブによりタイガの戦法を丸々奪われてしまう。

 ストレンジベント。召喚機に読み込ませることで別のカードに変化するという特殊なアドベントカード。リュウガサバイブはこれを任意のカードに変化させることが出来る。

 フリーズベントにしたのは、初遭遇したときにタイガにされたことへの意趣返しである。

 切り札をミラーモンスターごと封じられたタイガに最早為す術は無い。

 この時点でリュウガサバイブにとってタイガは敵ではなく処分すべき対象へ成り下がり、そしてそれは速やかに実行される。

 

『SHOOT VENT』

 

 新たなカードを挿入すると上空で待機していたブラックドラグランザーが下降し、リュウガサバイブと背中合わせになる。リュウガサバイブはタイガを狙い、ブラックドラグランザーはデストワイルダーを狙う。

 リュウガサバイブはドラグブレードを畳み、元の状態へと戻して照準を定める。

 

「終わりだ」

 

 ブラックドラグバイザーツバイのトリガーが引かれる黒い光弾がタイガ目掛けて発射される。そして同時にブラックドラグランザーも黒炎の塊が吐き出された。

 黒炎が凍結しているデストワイルダーに命中。黒炎が爆発したタイミングで黒炎は固められ、デストワイルダーは黒炎の中で粉砕された状態になり悪趣味なオブジェと化す。

 タイガは飛んで来た光弾に対し咄嗟にデストバイザーでガードする。

 

「──あっ」

 

 が、光弾はデストバイザーの刃を容易く貫通し、タイガの胸を貫いた。

 タイガの脚から力が抜ける。膝立ちとなったタイガのVバックルからデッキが外れ、地面に落ちて砕け散る。

 ガラスが砕けるように変身が解除され、東條の姿へと戻るとそのままゆっくりと傾いて行き、最後には地面へ倒れ伏せる。

 

「先生……」

 

 東條はその呟きと共に目を閉じた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

英雄になりたかった青年

 契約していたミラーモンスターは倒され、カードデッキも破壊され、生身の状態でミラーワールドで倒れている東條の命は最早風前の灯火であった。

 このまま何もせずとも消滅する運命。しかし──

 

「……」

 

 ──リュウガサバイブはそれを黙って見送るようなことを良しとしない。

 再びドラグブレードが展開される。何故そんなことをするのか。理由など一つしかない。東條に確実な死を与える為である。

 重傷を負い、意識すら無い東條への冷酷で無慈悲なる仕打ち。リュウガサバイブは消滅という静かな死すらも与えない。

 リュウガサバイブはドラグブレードを振り上げ、それを東條に突き立てる──直前に発砲音が鳴り響いたことで軌道が九十度変わり真横を払う。

 ドラグブレードから生じる金属音。少し間を置いて近くの壁に穴が数個開く。それは紛れもなく銃痕であった。

 再度発砲音を鳴る。ドラグブレードを振るいながらリュウガサバイブは後ろへ跳躍。跳びながら迫って来た弾丸を斬り払う。

 羽ばたくような音と共に東條の傍に降り立つ灰色の影。両手に持つ二丁の拳銃をリュウガサバイブへ突き付けるのはバットオルフェノク。

 バットオルフェノクはリュウガサバイブに悟られない最小の動作で東條の容態を確認する。

 長くはない。そう察したバットオルフェノクは小さく舌打ちをした。

 彼は内心焦っていた。彼は定期的に警護──という名の監視を香川一味に行っていたが、彼の同僚であるエラスモテリウムオルフェノクが謎の大破壊と一緒に姿を消して以降──恐らくは生きていないと思われる──仕事の量が増えてしまい監視の目が届かないこともしばしば起こっていた。

 今回に限りそれが最悪の事態を引き起こす。バットオルフェノクの目が届いていない間に協力者である東條が瀕死の重傷を負ってしまったのだ。

 将来的には敵対関係になると思われるが、戦力として今の段階で失われるのは痛手。バットオルフェノクは未知数の相手を前に東條を運び去らなければならない。

 バットオルフェノクは二丁拳銃で素早く連射する。リュウガサバイブは目にも止まらぬ斬り返しで全ての銃弾を弾き落とした。

 強い、まず敵わない。先程の奇襲と今の銃撃でリュウガサバイブが格上であると即座に見抜き、撤退することを選択。

 倒れている東條を脇に抱えると飛翔する。

 飛び立つバットオルフェノクをブラックドラグランザーが追い掛けてくる。バットオルフェノクは右手に持つ銃を撃つが、ブラックドラグランザーの顔に当たって弾かれてしまい怯む様子も見せない。バットオルフェノクは効かないと分かるとすぐに攻撃を中断して逃走に全力を注ぐ。

 だが、ブラックドラグランザーの飛行速度はバットオルフェノクを上回る。ましてやバットオルフェノクは人一人抱えた状態。追い付かれるのは時間の問題であった。

 背後に冷たい殺気と灼熱の吐息を感じる。ブラックドラグランザーがすぐそこまで迫っている。殺られる、とバットオルフェノクが覚悟を決めたとき何故か背後の気配が遠ざかっていく。何かが起こっているのかもしれないが、振り返る余裕など無かった。

 バットオルフェノクは訳も分からないまま近くにあった鏡面へ飛び込み、現実世界へと帰還する。

 バットオルフェノクと東條の逃走を許してしまったリュウガサバイブたち。しかし、それを追跡するのは今の彼らには困難であった。

 

「くっ……!」

 

 リュウガサバイブは地面に膝を着き、苦しむ声を零す。その体からは粒子のようなものが立ち昇っており、ミラーワールド内の活動時間限界を迎えたライダーたちと同様の現象が起こっている。近くではブラックドラグランザーがリュウガサバイブを心配するように飛び回っている。動けないリュウガサバイブと同じ現象がブラックドラグランザーにも起こっていた。

 

「時間を掛け過ぎたか……!」

 

 タイガ相手に時間を消費し過ぎた。普段はしないような真似をしてしまったせいである。新しい力に得て少しそれに酔ってしまったのかもしれない。

 リュウガサバイブはよろけながらも立ち上がり、場所を移動する。今の弱り切った姿を誰かに見られたら狩られるだけ。

 十メートルも歩かない内に限界が来てリュウガサバイブは建物の陰に倒れ込む。その際に変身が解けてリュウガの姿に戻り、更に変身が解除された。

 建物の陰からはみ出る生身の手。その手もまた粒子化現象が続いている。

 他のライダーたちは現実世界に戻れば収まるが、ミラーワールドに適応しているリュウガは──

 

「俺は……俺は幻なんかじゃない……!」

 

 粒子化し続ける腕を強く掴みながらリュウガは叫ぶ。常に冷徹である彼だが、このときだけはその声に悲愴さが感じられた。

 

 

 ◇

 

 

 スマートブレイン本社。香川はいつものようにスマートブレインの研究者たちに指示を出しながら自身も研究を進めていた。今日は仲村も香川の研究の手伝いをしている。

 すると、研究室にスマートブレインの人間が急に入り込んできた。

 

「香川先生! 至急来てください!」

「何か急用ですか?」

「それが──」

 

 齎された報せに常に冷静沈着な香川の顔色が変わり、動揺を見せる。傍で聞いていた仲村も同じような表情になっていた。

 

「何処ですか! 何処にいるのですかっ!」

 

 スマートブレインの人間は、凄まじい剣幕に圧倒されながらも香川に言われた通り場所を教える。すると、香川は彼を押し退けてその場所へ走って向かう。仲村もその後に続く。

 立ち止まることなく全速力で教えられた場所へ向かう二人。やがて、教えられた場所へ到着する。

 香川はノックもせずドアを勢い良く開ける。

 

「東條君っ!」

 

 室内ではスマートブレインが用意した医療スタッフが東條の治療を行っていたが、傍から見ていても絶望的な状況であることが伝わってくる。

 

「一体何が……!?」

「神崎士郎の刺客から襲撃を受けたようです」

 

 先に到着していた村上が香川の疑問に答えた。

 

「神崎君の……!?」

「襲ったのは黒いライダーだそうです」

 

 バットオルフェノクからの情報を香川へと伝える。

 

「黒いライダー……!」

 

 香川の脳裏に浮かぶリュウガの姿。あのとき、何が何でも倒していれば、という後悔が香川の精神に重く圧し掛かる。

 

「東條は……東條は助かるのですか!?」

 

 東條の生命の安否を確認する仲村は必死の形相をしている。

 

「残念ですが……手遅れです」

 

 僅かな希望を消し去る村上の言葉。

 

「ここに着いたときには手の施しようがありませんでした……今行っているのは延命のようなもの。それも時間の問題です」

 

 東條が手遅れなことに関しては嘘ではない。医療分野でも高い技術力を持つスマートブレインだが、それでも限界はある。ある条件を満たしていれば死亡していても復活させることも可能だが、東條はその条件を満たしていなかった。

 

「そんな……」

「声を掛けてあげて下さい。もしかしたら、反応するかもしれません。……彼の最期の言葉を聞けるかも」

 

 一見すると温情的な行動に映るかもしれない。しかし、村上の胸の裡はそれとは真逆であった。延命しているのは東條を襲った敵の情報を引き出す為。今は少しでも相手の情報を知りたい。その為ならば死にゆく者を無理矢理引き留めることもやる。村上という男は何処までも打算的で冷酷であった。

 村上の指示により医療スタッフが離れ、香川と仲村が目を閉じ辛うじて息をしている東條の傍に立つ。

 

「東條君……」

「東條……」

 

 

 ◇

 

 

 誰かに名前を呼ばれたような気がした。薄れて沈んでいく筈であった東條が浮上していく。

 重い瞼を開く。世界が暗い。だが、恩師であり尊敬する香川の顔ははっきりと見えた。

 

「先生……」

「東條君! 意識が……!」

 

 香川は東條は初めて見る表情をしていた。彼が何故こんな表情をしているのか東條には分からない。

 

(言わなきゃ……)

 

 東條にはどうしても伝えるべきことがあった。

 

「あの……黒いライダーは……」

 

 偶然知り得た黒いライダーの情報。最期にこれだけは香川に伝えなければならない。

 東條が何かを伝えようとしているので香川は耳を寄せる。

 

「──────」

「それはどういうことですか、東條君? ──東條君っ!?」

 

 伝えるべきことは伝えられた。東條は限界を迎え、再びその意識を閉ざそうとしている。

 

(あれ……?)

 

 目を閉じる間際、東條は気付いた。

 

(先生……泣いているんですか……?)

 

 香川の目の端に煌めくものを見つける。それが涙だと気付いたとき、一体誰の為に泣いているのか疑問を持つ。

 

(もしかして……僕の為に……?)

 

 誰かが自分の為に泣いてくれる。それは東條の人生にとって最初で、そして最後の経験。

 

(仲村君も……)

 

 仲村もまた深く悲しんでいるように見えた。東條は仲村とはそんなに仲が良くないと思っていたのでそんな彼が自分の為に悲しんでくれているのが意外であった。

 東條は英雄になりたかった。英雄になれば皆が自分のことを好きになってくれるかもしれないと思ったからだ。

 しかし、その願いも道半ば終わる。だが、不思議と無念は感じない。たった二人とはいえ死にゆく自分の為に涙を流してくれているからかもしれない。

 

(泣いたり……悲しんだりしてくれるのって……僕のことが好きだからですか……?)

 

 香川に聞きたかった。東條の人生に於いて香川の存在と言葉は指針である。だが、東條には最早声を出す力は残されていない。

 

(もっと……大勢の人が……僕の為に悲しんでくれたら……)

 

 結局のところ、東條の歪みは最期の瞬間まで正されることはなかった。香川は東條を人として正しい道を歩けるように色々と指導していたが成果はあまりなかった。しかし、香川にとってはこれで良かったのかもしれない。東條の歪みが大きく発露する前に別れることが出来て。

 

(先生……次は……誰を……)

 

 東條の生はここで終わった。最期に思ったことが何を意味するのかは彼にしか分からない。

 人知れない歪みと狂気を内に宿していた青年であったが、その最期は見方によっては悪くないものであったかもしれない。

 

 

 ◇

 

 

 東條の心臓の鼓動が止まる。待機していた医療スタッフによる蘇生措置が行われたが、東條の体に生が戻ることはなかった。

 間もなくして東條の死亡が告げられる。仲村は壁に体を預け、崩れそうになる体を支える。仲間を失った嘗てのトラウマが蘇ったのかもしれない。香川は能面のような表情となっていたが、その手は爪が食い込む程強く握り締められていた。

 

「東條君……」

 

 教えるべきことはまだ沢山あった。彼を導き、多くのことを学んで欲しかった。そうすれば輝かしい未来が待っていると信じていた。しかし、その未来は閉ざされた、永遠に。

 香川は一度見たものを忘れない。故に彼の記憶の中に残り続けだろう、教え子の死に顔が。

 

「手を尽くしましたが……残念です」

 

 村上が悲しみを帯びた表情をし、香川に東條の死を惜しむようなことを言う。

 人目が無いところだったら香川は村上を殴っていたかもしれない。村上の表情も哀悼も全てが上っ面だけのものであることを香川は見抜いていた。そもそもオルフェノクという種族が人間を見下していることをとっくに理解している。村上が行っていることは全て取り入る為の演技に過ぎない。

 

「──感謝します。貴方たちのおかげで東條君の最期の言葉が聞けました」

 

 しかし、香川は本心を押し殺して感謝を述べる。香川にはまだスマートブレインの協力が必要だからだ。

 

「……村上さん。私は研究へ戻ります。東條君のことをお願いできますか?」

「ええ、勿論です」

 

 香川は後のことを村上に任せると、呆然としている仲村へ声を掛けた。

 

「いつまでそうしているつもりですか? 行きますよ」

「先生……」

「私たちは立ち止まれないのです」

 

 東條の死に浸ることを香川は許さない。冷酷に見えるかもしれないが、仲村は寧ろその厳しさが有難かった。腑抜けた体に活が入る。

 

「はい……!」

 

 仲村は背筋を伸ばして立ち上がる。そして、香川に一礼すると足早に去って行った。何かをしないと気が紛れないのだ。

 香川は部屋を出る前に東條を見た。丁度、東條の遺体に白いシーツが掛けられている。

 

(割り切るな……! 背負え……!)

 

 大勢の命を助けるには少数の犠牲を払わなければならないときがある。香川の選択により東條はその犠牲となる少数へ入ってしまった。香川は自らの選択から目を逸らさず、受け止める。香川は決して命に対して鈍感ではない。寧ろ、尊いものだと理解しているからこそ全てを救うことがどれほど難しいのか理解をしている。

 今まで出し惜しみをしていた技術をスマートブレインに晒す。そして、それを餌にしてスマートブレインから更なる資金と資源を引き出す。既に犠牲は払った。ならば今度は大勢を救わなければならない。

 それがどんな結果になるのか香川にもある程度予想はついていた。だが──

 

「答えは出ている筈だ……最初から……!」

 

 ──彼はもうその足を止めることは出来ない。

 




アウトサイダーズにギャレンキングフォームが出るのはサプライズでしたね。
想定していたキングフォームがあれなら、今後の二次創作でブレイド本来のキングフォームが出せますね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

灰に染まるミラーワールド

「え? 東條君死んじゃったの?」

 

 東條の訃報は当然ラッキー・クローバーの面々にも報告される。

 

「可愛い子だったのに……残念ね」

 

 惜しむように言う冴子。それが本音かどうかは彼女にしか分からない。しかし、例えそれが上辺だけのものであったとしても、冴子の口から聞かされた琢磨は不機嫌になる。

 

「たかが人間一人が死んだ程度のこと。我々にとっては──」

 

 そこから先の言葉を琢磨は口に出すことは出来なかった。無表情の北崎が琢磨の顔に触れるか触れないかのギリギリまで顔を寄せて来ており、恐怖で喉が引き攣って喋ることが出来なくなっている。

 

「酷いことを言うねぇ琢磨君。東條君は僕の友達だったのに……ねぇ、面白い? 僕の友達が死んで面白い? ねぇ、教えてよ……答えろ」

 

 触れたものを全て灰にする北崎が間近に来ている。これだけでも恐ろしいというのに、とてつもなく機嫌が悪くなっている。北崎が気分屋なのは知っているが、ここまで機嫌が悪い姿は見たことが無い。

 その様子を傍から見ていた冴子も内心驚いていた。北崎が東條にここまで執着していたのは思ってもみなかった。

 とは言っても北崎と東條の間にあるのは友情とは違うものだと感じている。言ってみればお気に入りの玩具を誰かに勝手に壊された、今の北崎の怒りを表現するのならそれが一番合う。

 琢磨は怒っている北崎にこれから何をされるのかと怯え、顔面蒼白で冷や汗を流し続けている。しかし、琢磨の予想とは裏腹に北崎はあっさりと琢磨から離れた。

 そして、バー・クローバーから出て行こうとする。

 

「何処へ行くの? 北崎君?」

 

 いつもならば琢磨を虐めて憂さ晴らしをする筈だが、それをしないいつもと違う北崎の行動に興味を持って冴子が訊ねる。

 

「ミラーワールド。全部灰にしてくる」

 

 それだけ言うと北崎は出ていった。

 

「……何か様子がおかしくなかったですか?」

 

 北崎が虐めに来ないことを安堵しつつも普段とは違った行動をとったことを不審に思う琢磨。

 

「ふふふ。東條君のことを本当に気に入っていたみたいね、北崎君は」

 

 冴子は全てを理解しているかのように笑う。

 

「敵討ちに行ったのよ、彼」

「北崎さんが!? まさか……」

 

 北崎が誰かの為に戦うなど琢磨には考えられないことである。傲慢の化身である北崎にそんな人間らしい情が北崎の中にあるなど信じ難い。

 

「北崎さんが他人の為に戦うなど信じられません」

「ええ、そうね。北崎君はそんなことをしないわ」

「──いや、冴子さんが敵討ちに行ったって言いましたよね?」

「北崎君はいつだって自分の為に戦うわ。今回だってそうよ。お気に入りの玩具を壊されて傷付いた自分の心を癒す為に戦いに行ったの。自分の敵討ちと言ったところかしら」

 

 理由や動機がどうであれ──

 

「北崎君、珍しく本気みたいね」

「……何が起こっても知りませんよ、僕は」

 

 ──龍の逆鱗に触れた事実は変わらない。

 

 

 ◇

 

 

「何だと……?」

 

 澤田もまた東條の死を聞かされていた。

 

「嘘じゃない……東條は死んだ」

 

 その情報を齎したのは仲村であった。

 澤田は香川たちからライダー由来の技術を提供され、それ以降定期的に報告をしていた。いつもならば報告は香川が対処するのだが、この日は仲村であり、何故か意気消沈している。そんな仲村の口から東條の死を告げられた。

 その報せを聞いて澤田は別に悲しいという気持ちは湧かない。死んだという事実には驚いたが。それよりも気になったのは仲村の態度であった。

 

「──随分と悲しそうだな」

「あぁ?」

 

 揶揄われたと思ったのか仲村は険のある声を返す。

 

「お前と東條はそんなに仲が良い風には見えなかった」

 

 少なくとも澤田が見ている範囲では二人は最低限の交流しかしてない。東條から仲村に声を掛けることは殆ど無く、仲村も香川に指示されない限りは東條を避けていた。

 

「……お前の言う通りだよ。今でもあいつのことは苦手だ。……ずっと何を考えているのか分からなかった」

 

 その印象については澤田も同意する。

 

「それでもだ!」

 

 仲村は近くの壁を殴り付けた。

 

「それでも香川先生の下で神崎を打ち倒す為に頑張ってきた仲間だ! 殺されて『はい、そうですか』と割り切れるか……! 」

 

 仲間という言葉を聞き、澤田は帽子を目深に被り直す。仲村は仲間の為に怒れる人間である。澤田はその真逆を行く。自らの人間性を捨て去る為に嘗ての仲間を手に掛けている。その事実を知れば、仲村は烈火の如く怒るだろう。

 

「……お前にも仲間は居たか?」

「……居たな」

「なら、気持ちは分かるだろ?」

「……」

 

 澤田は答えない。答える資格など今の自分に無いと自覚している。仲村に答える代わりに提案をする。

 

「……人手が居るなら言え。手を貸す」

「澤田……」

「東條には借りがあった」

 

 リュウガから助けられたという借り。それを返す前に東條は逝ってしまったが澤田は踏み倒そうとはしない。

 

「それに、あの黒い奴は俺も狙っている。……それだけだ」

 

 言い訳のような言葉を付け加えると澤田は話を済んだと言わんばかりに仲村へ背を向けた。

 借りだのと何を人間みたいなことを言っている。それを捨てようと他人を犠牲にしてきた分際で、と自身を嘲る。

 言い訳。全ては言い訳。オルフェノクに成ってしまったときから澤田は言い訳を求めていた。無関係な人々を殺すのも、同じ孤児院で過ごした仲間に手を掛けるのも言い訳。怪物になった自分を無理矢理肯定する為の言い訳。だからこそ仲村に言ったことも言い訳なのだ。

 澤田は人間にもオルフェノクにも成り切れない中途半端な自分を心の中で嗤う。結局、人間として引き返すこともせず、オルフェノクとしても進んでいない。

 

「……いずれ棄てる心だ。最後ぐらい従ってもいいだろ」

 

 棄て切れない人の心の命じるままにより一層激しい戦いへと赴く澤田。仲村が離れていく背に向かって何かを言っているが、澤田はそれが聞こえないように爆音のヘッドフォンを掛けた。

 

 

 ◇

 

 

 東條の死亡を境に状況は大きく変化した。

 香川は今まで出し惜しんでいた技術を村上に提供し、その見返りとしてスマートブレインの技術を手に入れ、それらを合わせた新たな技術の開発に勤しむ。

 ミラーワールドを脅かすライダーの一人を撃破したことでミラーワールドにいつもの静寂が戻った──かと思われたが実際は真逆。

 今のミラーワールドは、ミラーモンスターたちの阿鼻叫喚に満ちていた。

 建物の屋上を高速で跳び抜けていく複数の影。

 体色は金。頭部から真っ直ぐ伸びる一対の角の角。腕の一部が伸びてカッター状になっている。レイヨウ型ミラーモンスターであるメガゼール。それと並んで飛ぶのは体色が黒で角が捻じれた形状をしている以外同じ姿をしたギガゼール。

 群れとして行動していることが多い種族だが、メガゼールとギガゼール以外の同族も混じっている。

 水牛のように左右に広がりながら湾曲した角。体色は白のネガゼール。銅色の巨大な巻き角を生やした緑色の体色をしたマガゼール。そして、明らかに他のゼールとは風格が違う個体が一体。

 ギガゼールの頭部を模した胴体を持ち、肩や脚部が装甲のように厚めの作りになっており、左右に伸びる冠のような大きな角。この群れのリーダーであるオメガゼール。

 オメガゼールは同族たちを率いて一心不乱に跳び続けている。脇目も振らずに疾走する様はまるで何かから逃げているかのよう。

 事実、オメガゼールたちは逃げていた。圧倒的暴力を持つ凶悪な怪物から。

 全力疾走をし続けて、全体が体力の限界を迎えつつあるのでやむを得ず一息入れる為に建物の上から跳び降りる。

 振り返って自分たちが来た方角を見る。追手の気配は無い。必死の逃走もこれで終わる──

 

「ようやく来た」

 

 ──ことはなかった。オメガゼールたちの行く手を阻むようにいつの間にか北崎が立っている。

 北崎を見たオメガゼールたちは後退る。その反応も無理もない。彼らの群れはつい先程北崎によって三分の一以下まで減らされたのだから。それに恐れをなして逃走したのだが、オメガゼールたちは自分たち脚力に自信を持っている。北崎はそんな彼らの自信を嘲笑うかのように先回りをし、実力差をまざまざと見せつける。

 

「ねぇ。逃げないでよ。追い掛けるのって疲れるし、面倒くさいんだよねぇ」

 

 無気力そうに言っているが、その目はオメガゼールたちを捉えたまま。いつもは気紛れで見逃すことはあるが、今回はそれも無い。前のときのような遊び半分ではなく、ミラーモンスターたちを全滅させるという明確な目的を持って北崎はここへ来ている。

 

「もう逃げるのは無駄だって分かったでしょ? ならさっさと掛かって来なよ」

 

 言葉が通じる相手かも分かっていないのに北崎はオメガゼールたちを挑発する。言葉は伝わっていなくとも北崎の雰囲気と態度から察することが出来るのか、オメガゼールたちは殺気立つが、北崎の強さを知っている為に二の足を踏む。

 

「──早く来い」

 

 オメガゼールたちの膨れ上がった恐怖に突き刺さる北崎の声。生存本能を刺激された群れの中の一体──メガゼールが鋏状の刃の剣を振り上げて跳躍。

 数十メートルの高さまで跳び上がってから落下し、着地と共に北崎を袈裟切りにする。

 メガゼールの剣が振り抜かれた様子を見てオメガゼールたちは北崎の上半身が斜めに切り裂かれる光景を幻視した。しかし、すぐにそれが叶わぬ光景であることを思い知らされる。

 振り抜かれたメガゼールの剣は、鍔から上が消失していた。北崎に触れたあの一瞬で灰にされたのだ。灰化の浸食を続いており、やがて柄までも灰となってしまう。

 メガゼールは手の中で灰になってしまった己の武器の残骸を見て呆然とする。恐怖で刺激された生存本能がようやく冷静さを取り戻し、メガゼールに無慈悲な現実を見せつける。

 

「失せろ」

 

 北崎の顔に紋様が浮かび上がりドラゴンオルフェノクへと変わる。変身と同時にドラゴンオルフェノクは右腕を払う。メガゼールの側面に右腕が叩き付けられ、メガゼールの体がくの字に折れ曲がる──が、本当に折れる前にメガゼールの体は灰となって飛び散った。

 仲間の残滓がオメガゼールたちに降りかかる。啞然としたように棒立ちとなっているオメガゼールたち。目覚まし代わりにドラゴンオルフェノクが放った光弾によりギガゼールが粉砕されたことで正気に戻ると全員が武装する。

 刺叉状の杖、鋏状の杖などの武器をドラゴンオルフェノクへ突き付ける。ドラゴンオルフェノクはその光景を鼻で笑った。

 

「刺してみなよ」

 

 両腕を広げてノーガード状態となり刺して来いと挑発をする。

 生半可な速度で攻撃しても先程のメガゼールのように武器を灰にされてしまう。やるならば最速の攻撃を以って武器が灰化される前に貫くしかない。

 数体のメガゼールとギガゼールが前傾姿勢となり両足に力を込める。隙だらけの構えであったが、ドラゴンオルフェノクはそれを攻撃する意志は無くその場から動こうとしない。

 メガゼールとギガゼールたちは溜めていた力を一気に解放し、最短距離を最速で駆け抜けて無防備なドラゴンオルフェノクの体を貫く。

 メガゼールたちの武器は確かにドラゴンオルフェノクの体を貫いた。直後、ドラゴンオルフェノクの体が灰となって崩れ落ちる。

 あれ程の強敵があっさりと散ったことに勝利の喜びよりも先に困惑の方がやって来た。

 次の瞬間、メガゼールの一体が割る勢いで側頭部を地面に叩き付ける。

 仲間の突然の奇行に何が起こったのか理解が追い付かない。すると、一体のギガゼールが後頭部を背中に付ける程に仰け反りながら宙返りをした。

 このとき、少し離れた位置に居たオメガゼールは見た。影らしきものがギガゼールを攻撃したのを。しかし、あまりに動きが速過ぎたので次の動きを目で追うことが出来ない。

 棒立ちになってしまったメガゼール、ギガゼールらは視認出来ない速度による攻撃を受け、宙に舞うか或いは地面にめり込まされる。

 一瞬にして複数体のゼールたちは戦闘不能に陥り、動かなくなった。

 そのタイミングで今まで動いていた高速の影が動きを止め、姿を現す。

 細身の黒い全身に施される灰色の筋、もしくは外骨格。両脚は大腿部まで鱗のような灰色の外骨格に覆われ、爪先と大腿部側面から螺旋状の角が生えている。両腕にも似たような外骨格を纏っている。

 両肩にはプロテクターのように螺旋状の角が生え、頭部は外骨格の配置により凶相が形作られ、瞳の無い白い眼がより凶悪さを増させる。

 頭頂部には左右に伸びる細い角が伸びているが、よく見れば向き合った一対の龍の装飾の尾であり、遠くから見れば角、近くから見れば尾と印象の変わる造形をしていた。

 

「遅いなぁ」

 

 心底退屈そうに放たれた言葉。その声は北崎のもの。

 ドラゴンオルフェノクのもう一つの姿であるドラゴンオルフェノク龍人態。魔人態と呼ばれる姿であったときの重装甲を脱ぎ捨てることで異次元の速さを手に入れた形態である。

 逃げていたオメガゼールたちに先回りしたのもこの龍人態の速度があったからこそ。

 

「……もういいや、君たち」

 

 退屈な時間を終わらせる為にドラゴンオルフェノク龍人態は動く。そこから先は戦いと呼べるようなものではなかった。

 圧倒的格差の戦い──もとい虐殺を上空から監視している目があった。ミラーモンスターのガルドサンデー。彼は神崎にとっての目でもある。

 ミラーワールド内で再び不穏な動きが起こっていることを報せる為に神崎の許へ飛んで行こうとした。

 次の瞬間、突然飛んできた八方手裏剣。ガルドサンダーの背中に突き刺さる。更に八方手裏剣には白い糸が付けられており、ガルドサンダーは刺さった八方手裏剣を引き抜く暇も与えられずに引き寄せられる。

 引き寄せられた先でガルドサンダーは何かに当たり、背中に粘着質な感触が伝わる。視線を動かすと建物と建物の間に張り巡らされた糸──巨大な蜘蛛の巣に捕らえられていた。

 その巨大な蜘蛛の巣の上にはミスパイダー、レスパイダー、ディスパイダーリ・ボーン、そしてディスパイダーとは色違いで肢が青色のディスパイダーⅡが陣取っている。

 ガルドサンダーは即座に離脱を試みようとするが、ディスパイダーたちが四方から糸を吐きかけて雁字搦めにし、身動きをとれなくさせる。

 

「餌が良いと良く釣れるな」

 

 声はディスパイダーリ・ボーンの方から聞こえた。当然ながら喋っているのはディスパイダーリ・ボーンではない。その背に立っているスパイダーオルフェノクである。

 香川から貰った力を存分に発揮し、使役したミラーモンスターたちで罠を張っていた。

 餌とは勿論ドラゴンオルフェノクのことであり、彼がミラーワールドで派手に暴れるとガルドサンダーのように様子を見にやって来る。スパイダーオルフェノクはそれを片っ端から狩っていた。

 ガルドサンダーやその同族が神崎士郎の目や手足となって動いているのは既に分かっている。スパイダーオルフェノクの役目はその目を潰して神崎士郎自身が積極的に動かざるを得ない状況を作り出すことにある。

 ふとスパイダーオルフェノクは視線に気付く。ディスパイダーリ・ボーンたちがスパイダーオルフェノクを凝視していた。餌を前にしていつまで待てばいいのか窺っているのだ。

 合図を待つその姿に少しだけ愛嬌を感じる。飼い主らしくペットにはきちんと餌を与えなければならない。

 

「よし」

 

 スパイダーオルフェノクの合図でディスパイダーリ・ボーンたちは蜘蛛の巣の上を勢い良く駆けていき、ガルドサンダーに群がり、貪る。先程湧いた愛嬌も一瞬で冷める光景である。

 ドラゴンオルフェノクが大暴れしていることでミラーワールドは確実に崩壊へと向かっている。いずれは痺れを切らして神崎士郎は大きく動くことになるだろう。

 

「……攻守交代だ」

 

 スパイダーオルフェノクは宣戦布告のように不敵に呟いた。

 




北崎のゼール狩りで佐野のギガゼールも倒されて本人も知らない内にリタイヤしていたという設定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決戦前日

 ここ数日の間で香川の形相は一変していた。

 普段は身なりをきちんとしているが、今は無精ひげを生やし、目の周りには濃い隈が出来ており、顔色は悪く、髪型も乱れている。

 寝食の時間どころか命を削るぐらいの覚悟で研究と開発を進めていた。その没頭する姿は鬼気迫るものであり、助手を務めるスマートブレインの技術者たちもおいそれと香川に話し掛けることが出来ない。

 唯一彼の教え子である仲村だけは香川に普通に話し掛けることが出来ていた。

 香川に頼まれていたことの進捗状況を報告しにスマートブレインに訪れた仲村が見たのは、一心不乱に研究を進めている香川の姿。

 

「香川先生」

 

 仲村が名を呼ぶが、香川は反応しない。

 

「香川先生っ!」

 

 ほぼ怒声に近い声で香川を呼ぶと、ようやく仲村が来ていたことに気付く。

 

「──来ていましたか」

 

 形相は変わっていても口調までは変わらない。ただ仲村の知る声よりも弱々しく聞こえた。

 

「香川先生……どれだけ休んでいないんですか?」

「さて……覚えていませんね」

 

 瞬間記憶能力を持つ香川がそれを言うと笑えない冗談になる。

 

「もう何日も自宅に帰っていませんよね」

「……家族にはきちんと説明をしています」

 

 あれだけ家族のことを大切にしていた香川が、家族を二の次にして研究と開発に没頭している。仲村にはそれが痛々しく見えて仕方がない。

 

「今日はもう休んで下さい……香川先生が居なくても大丈夫ですから」

「それは出来ません」

 

 仲村の気遣いを香川はきっぱりと断る。生気が失われていた目がこのときだけは爛々とした輝きを取り戻す。

 

「大詰めを迎えています。責任者である私が今ここで抜けたら進捗に滞りが出来てしまいます。それを見過ごす訳にはいきません。一日でも早く完成させなければならないのです……!」

「その前に香川先生が死んでしまったら元も子もないじゃないですかっ!」

「……大丈夫です。スマートブレインがちゃんと体調管理をしてくれていますし、定期的に検査をしてくれています。……まだ許容範囲です」

 

 頬がこけ、顔に色艶が無い香川が言っても説得力が無い。

 

「頼むから休んでくれよ、先生! あんたの死に目まで見るなんて俺はごめんだ!」

 

 乱暴な口調ながらも香川のことを親身になって心配していることが伝わる仲村の怒声。その想いを無下にすることに心を痛めながらも香川は言う。

 

「一日でも……少しでも早く完成しないといけないのです……私も東條君のような犠牲者を見たくはありません……」

 

 東條の名を出されると、仲村は表情を歪めながら視線を落とす。

 東條の死因は車に撥ねられたことによる事故死という形で片付けられた。スマートブレインは東條の死を隠蔽し、いとも容易く真実を捻じ曲げる。その手際の良さから過去に同じようなことを何度も行っていることを容易に想像出来た。

 しかし、香川も仲村も真実を知っていても口を閉ざさないといけなかった。東條の死の真実は何も知らない者たちからすれば狂人の妄想のような出来事であり、誰も信じることは無い。真実を知っていても尚黙っている自分たちもまたスマートブレインの連中とは変わらない、と香川は独り自嘲していた。

 村上の計らいにより東條の葬式も行われた。かなり豪華な葬儀場を用意されたが、親類で呼ばれた者たちは東條の死を悲しむ様子は無く、早く終わってほしいと顔に書いてあった。

 友人知人関係も壊滅的な状態であり、東條に焼香を上げたのは香川と仲村しかいなかった。東條の死を弔う筈が反って東條という青年がどれだけ孤独であったのかを露わにする結果に終わってしまう。

 香川と仲村は最後まで葬儀に参加していたが終始無言であった。東條が出棺され、霊柩車で運ばれた後に仲村は思わず零す。

 

「あれなら葬式なんてしない方がましだ……」

 

 涙一つ流さない親族。極めて狭い交友関係。東條の死に鞭打つようなことになり、東條を憐れんだ仲村は義憤に駆られていた。

 香川はその言葉を否定することが出来ず、ただ沈黙するしかなかった。

 あれ以降、香川は変わった。今まで大事にしていた時間を削り、神崎たちと戦う為の準備をひたすら進めていく。

 仲村には香川が自らを罰しているように映っていた。教え子を救えなかったことへの贖罪。香川に非など殆ど無い。そもそも香川と神崎との間に因縁など無いに等しく、偶然香川が神崎のやろうとしていることを知ってしまっただけのこと。香川が神崎の戦いへの介入を目論んだのは、偏に香川の正義感と使命感故。

 仲村から見ても香川は人格者であり、尊敬すべき人物である。手も足も出なかった自分にオルタナティブという戦う力を与えてくれた恩人でもある。

 そんな善人がやつれて消耗していく様は見ていられない。誰が悪いかと言われればそんなのは一人しかいない。

 

「神崎士郎……!」

 

 ありったけの恨みを込め、その名を吐き捨てる。掌に爪が食い込む程強く握り締める。存在するだけで多くの命を奪い、人生を狂わせる元凶。元々仲村にあった怨恨の火に恩師の苦しむ姿と東條の死がくべられることで一層激しく燃え上がる。

 

「仲村君」

 

 香川に名を呼ばれ、燃え上がっていた憎悪の炎が鎮火する。

 

「その怒りは決戦までとっておきなさい」

 

 諭す言葉で内心を見抜かれていたことに気付く。仲村は恥じるように視線を逸らす。強く握っていた手は開いていた。

 香川は直情的で青さが抜けない仲村に苦笑しながら彼に背を向けて仕事を再開しようとする。

 

「香川先生っ!」

 

 まだ説得し切れていない仲村は香川を呼び止めようとした。

 

「──分かっています」

 

 香川は足を止め、少しだけ横顔を見せた。

 

「今日は程々にしておきますし、家にも帰ります。……色々と心配を掛け過ぎてしまっているようですからね」

 

 仲村の説得は通じた。が、実際は少し違う。それは仲村も察していた。

 

(気遣われた……)

 

 懇願する仲村の様子に香川が折れたのだ、本心を押し殺して。香川は他者の気持ちに鈍感ではなく敏感である。それ故に仲村の気持ちを汲んだのだ。

 

「……私は私のすべきことをします。貴方も貴方がすべきことをしてください」

 

 香川は今度こそ行ってしまう。去り行く香川の背中に仲村は様々なものを幻視した。

 東條の死。名も知らない人々。ミラーモンスターによって大切な人を奪われた者たち。そして、家族。香川の背中にはそれらが圧し掛かっている。

 常人には耐えらない重さだが、香川はそれを苦にせず背負い、しっかりと歩いている。

 最後までこの人に付いて行こう、そう思わせる背中であった。

 

 

 

 

 笑顔を浮かべる親子連れ。仲睦まじい夫婦。初々しい反応をしているカップル。通り過ぎていく人々を見ながら、香川は手を引かれて通り過ぎて行く。

 

「お父さん! お父さん! 早く早く! 次はあれに乗ろう!」

「分かっている、分かっている。走ると転ぶぞ?」

 

 香川の手を引くのは彼の息子の裕太。香川の後ろでは香川の妻の典子が微笑ましくそれを眺めている。

 香川は、今家族で遊園地に来ている。

 仲村に休めと言われてから一週間が経過していた。心身と人生を削る一週間であったが、その甲斐もあって、ようやく香川の研究と開発は完了した。

 やるべきことをやり遂げた香川に与えられたのは束の間の休暇。最初の一日は泥のように眠り、丸一日目を覚ますことは無かった。

 次の日は久しぶりに我が家で目を覚ますことができ、長らく味わっていなかった妻の手料理を堪能することが出来た。その日は今までの埋め合わせの為に家族団欒で過ごした。

 その翌日もまた埋め合わせの続きであり、家族と共に遊園地に来ていた。裕太には寂しい思いをさせていたので、目一杯楽しませるつもりであった。裕太も久しぶりに父と遊ぶことが出来てはしゃいでいる。

 裕太の望むままに色々な乗り物に乗り、楽しい時間と思い出を作っていく。

 一通り乗り物に乗った後、香川は妻と一緒にベンチに座って休憩していた。少し離れた場所にあるメリーゴーラウンドで裕太が馬の遊具に乗り、こちらに手を振ってくるので振り返す。

 

「──あなた、折角の休みなのに無理をさせてごめんさない」

 

 典子は香川の体のことを労わる。妻である彼女は、香川が働き詰めで疲労困憊であったことを知っていた。

 

「何を言っているんだ。寧ろ、私の方が謝るべきだ。ずっと君ばかりに裕太の世話をさせていた」

「いいんですよ。仕事、忙しかったんでしょう?」

 

 微笑む典子の顔を見て香川は反射的に目を逸らしそうになる。当然ながら典子にはスマートブレインの下で働いていたことを教えていない。妻には大学の仕事が忙しくなったとしか伝えていない。

 家族の為に身を尽くして働いてくれている夫を誇らしく思っている妻。だが、香川自身は自らの行っていることを誇るつもりはない。戦う為の力、謂わば兵器を作っているに等しい行為であり、それを知らずに自分を支えてくれている妻に香川は罪悪感を覚える。

 

「お父さーん!」

 

 メリーゴーラウンドを乗り終えた裕太が走って香川の方へやって来る。香川は我が子を抱き上げた。

 

「楽しかったか?」

「うん!」

 

 遊園地と父とのスキンシップを存分に楽しんでいる様子の裕太。腕の中に伝わってくる我が子の温度。それを慈しむように見ている妻。理想像の一つと言える家族の幸福がそこにはあった。

香川は裕太を抱き上げたまま次の遊具へ向かおうとするが──急に足を止めた。

 

「……」

「お父さん?」

 

 立ち止まる香川を心配そうに見つめる裕太と典子。二人には聞こえていないだろうが、香川には聞こえていた。ミラーワールドから漏れ出すあの音が。

 香川の予想通り近くにある鏡面内にはミラーモンスターたちが蠢いている。偶々狙われたのか、それとも神崎の差し金なのかは分からない。

 先程まであった幸福感が一気に冷めていく。そして、これが今の現実なのだと香川に突き詰めてくる。

 誰もがミラーワールドのことを知らない。誰もがミラーモンスターのことを知らない。今もこうやって楽しく過ごしている無辜な人々は、一時間後、一分後、一秒後にはミラーモンスターの餌食になっているかもしれないという非情な現実。自分たちの平穏が薄氷の上で成り立っているなど理解出来る筈が無い。

 何も知らずに生きていくことは幸福なのか。最期の瞬間に怪物の餌となって終わることを知るのは不幸なのか。

 香川の視界にいる数多の平穏。誰もが最後まで平穏に生きられるならばそれに越したことはない。しかし、それが難しいことは香川も知っている。

 どんなに力を持とうと救える数は限られている。だからこそ決断しなければならないのだ。迷えば救える者すら救えなくなる。

 香川は顔を横に向け、視線だけ鏡面へ向ける。鏡面に波紋が生じ、飢えたミラーモンスターが顔を出している。

 だが、一つ確かなことはある──

 ミラーモンスターが鏡面から飛び出そうとした瞬間に首に荊のような鞭が巻き付いて動きを止め、その間にレイピアがミラーモンスターの胸を後ろから突き刺す。

 刺突されたミラーモンスターは鏡面の中へ引き摺り込まれていった。

 

「お父さん? どうしたの?」

「──いや、何もない。行こうか」

 

 ──今日、この平穏が崩されることは無い。

 香川は微笑んで誤魔化すとミラーモンスターなど最初から居なかったかのように再び歩き出す。

 鏡面の向こう側では灰色の二つの鏡像がそれを見ていた。

 

「……まさかラッキー・クローバーである我々が人間の護衛などするとは」

「愚痴らないの、琢磨君。これも村上君から頼まれた大事な仕事よ」

 

 陰から香川たちを守る。村上がわざわざラッキー・クローバーを動かしてまで頼んだ仕事がそれだった為にセンチピードオルフェノクはつい愚痴を洩らしてしまい、ロブスターオルフェノクに窘められる。

 

「彼も珍しくやる気みたいなんだから」

 

 ロブスターオルフェノクが視線を上げる。ミラーワールド内の遊園地にはあちこちに蜘蛛の巣が張り巡らされており、巣には多くのミラーモンスターが捕縛されていた。蜘蛛の巣を動き回って捕らえたミラーモンスターを好きに捕食しているディスパイダーリ・ボーンたち。回らない観覧車の上でスパイダーオルフェノクがそれを眺めている。

 

「……頼まれたからには全うしますよ。この程度の依頼もこなさなければラッキー・クローバーの沽券に関わります」

 

 スパイダーオルフェノクに対抗心でも燃やしたのかセンチピードオルフェノクは少し感情を込めた声を出してやる気があることをアピールすると、ロブスターオルフェノクはその幼さを感じさせるプライドに小さな笑いを零す。

 

「ふふふ……琢磨君、仕事が終わったらデートでもしましょうか? 折角遊園地に来ているんだし」

「え……ええっ! そ、それは……」

 

 女に慣れていない初心さを露骨に出すセンチピードオルフェノクにロブスターオルフェノクは再び笑う。

 香川はスマートブレインでの仕事をほぼやり終えた。しかし、まだ利用価値があると見なされて監視されている。

 スマートブレインは香川の中にある全ての技術を吸い尽すつもりであった。それまではスマートブレインも香川を生かす。

 香川たちとスマートブレインの関係もまた極めて危うい。神崎士郎という共通の敵がいるだけで繋がっている関係。

 敵の敵は味方、で終わることは無い。

 

 

 

 

「行ってくるよ」

 

 香川は自宅を出る。典子と裕太が玄関で見送ってくれる。

 

「いってらっしゃい!」

「今日は早く帰って来られますか?」

 

 香川は妻の確認に対し、微笑みを返すだけで何かを言うことは無かった。

 香川は自宅を離れ、十歩程進んで振り返った。玄関ではまだ二人がこっちに手を振っている。

 香川はその姿を目に焼き付ける。これで見納めになるかもしれない。

 多くの命を救う為に小さな犠牲を払う。当然ながらその二つの選択のどちらにも香川と家族が含まれている。例外は無い。

 香川が家族を見るのはこれで最後かもしれない。家族が香川を見るのもこれで最後かもしれない。

 後悔はしない。戦うことを選んだときから、最初から答えは出ている。

 香川は歩き出す。今度は振り返ることなく。

 

「お待たせしました」

 

 辿り着いた先に待つのは仲村。そして、彼を含んだ十二人の男女。誰もが覚悟を決めた表情をしている。

 

「……香川先生。いつでも行けます」

「行きましょう……ミラーワールドを終わらせる為に」

 

 

 




まるで香川先生が主役みたいな作品になっていますね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鋼鉄の馬人たち

 外観は西欧風。壁に伝う蔓が建物に趣を与えている。中の作りも外観に合わせたものであり、落ち着いた雰囲気がある。

 この建物は喫茶店であり名は花鶏。スズメ目に属する鳥の名を付けられている。

 花鶏の店内を満たすのは多種多様な紅茶の香り。紅茶専門の喫茶店であり、コーヒーはやっていない。

 人の少ない時間なのか花鶏内には客が一人しか居らず、注目した紅茶を黙々と飲んでいる。

 紅茶を飲んでいる客は店内でも帽子を被り続け、常にサングラスを掛けている。サングラスの男は、視線の動きをサングラスで隠しながら密かに店内を観察していた。

 この花鶏のオーナーである四十代半ばの女性が、石造りのカウンターに肘を掛けながらキッチンに立つ二人の男性に指示を出している。

 共に二十代ぐらいの男。片方は毛先を立てた髪型で目付きがやけに鋭い。手先が器用であり慣れた手付きで重なっている皿を洗っている。

 もう片方は茶色の長髪であり、何処か抜けていそうなお人好しそうな顔付きをしている。こちらの方は不器用なのか洗っている皿を滑らせて落としそうになり慌てて受け止めている。間一髪割らずに済んだが、オーナーの女性から白い眼で見られているので笑って誤魔化し、目付きの悪い男から何かを言われると表情を一変させて噛み付いている。こちらの男は馬鹿っぽいという印象を覚えた。

 気にはなるがサングラスの男の目的は彼らではない。視線を動かす。その先に目的の人物が佇んでいる。

 ショートヘアーの若い女性。サングラスの男は彼女の名を既に知っていた。

 神崎優衣。それが彼女の名であり、神崎士郎の実妹であり彼にとって唯一心を許せる人物である。

 サングラスの男はカップの中の紅茶を飲む。サングラスの男はじっくりと優衣を観察する。口に含んだ紅茶の味や香りに意識が向かないぐらいに集中して。

 そして分かったのは、神崎優衣という女性はどこにでも居そうな平凡な女性であるということ。人々を無差別に食い荒らすミラーモンスターを放し飼いにし、ライダーという存在を生み出して殺し合わせる狂人の妹とは思えないぐらいに普通の女性、というのがサングラスの男の感想であった。

 もし、仮に彼女の命を奪おうとするのならばサングラスの男は一秒も掛からずにそれを成し遂げるだろう。

 サングラスの男は頭の中でその光景を想像した──とき、サングラスの男は視線を感じたのでそちらの方へ意識を向ける。

 キッチンで洗い物をしていた馬鹿っぽい青年と目付きの悪い男が訝しげにサングラスの男を見ている。

 偶然──ではない。僅かに漏れ出たサングラスの男の殺気に勘付いた様子。中々勘が良い、と二人の男の評価を改める。

 不審がる男二人の視線を堂々と浴びながらサングラスの男は紅茶を優雅に飲む。下手に反応する方が反って怪しまれる。

 注目される中で紅茶を飲み干したサングラスの男はオーナーの女性の前に行き、一万円札をカウンターに置く。

 お釣りを数える前にサングラスの男は言う。

 

「釣りはいい」

 

 もう二度と訪れることはないと分かっているので餞別代わりであった。

 呆気にとられている者たちを放ってサングラスの男は店内から出ようとする。最後に優衣を一瞥すると花鶏を後にした。

 花鶏から出たサングラスの男。ここからが彼にとって本当の仕事である。周囲に気を配りながら歩いて行く。数十メートル程移動したとき、首筋をチリチリと焼くような敵意の熱と殺意の冷たさが合わさった視線を向けられていることを察知する。

 サングラスの男はそれを無視して人気の無い道へと進んで行く。視線は離れることなく一定の距離を保ったまま付いて来ていた。黴臭さが冷えた空気の中へ混じり始める。補修が行き届いていない道なので所々が凹んだり、舗装が剝がれていたりしてそこに雨水が溜まって大小幾つかの水溜りが出来ている。

 完全に人気が無くなった頃合いを見計らってサングラスの男は足を止め、振り返る。

 陽の光を遮って濃い影が差す場所。そこにいつの間にか誰かが立っている。背丈からして成人男性だと分かるが、影のせいで顔は見えず輪郭しか分からない。

 

「随分とふざけた真似をしてくれるな」

 

 絶対零度の殺意が込められた声。人影が言うふざけた真似とは花鶏で紅茶を飲んでいたことを指す。

 冷たい殺意に全身を貫かれながらもサングラスの男は鼻で笑うと顔に紋様を浮かび上がらせ、バットオルフェノクへ変身する。

 バットオルフェノクが花鶏に行ったのは偶然ではない。明確な目的があった。それは、神崎士郎への挑発。

 

『お前の妹のことは既に知っているぞ』

 

 言葉ではなく行動によるメッセージ。

 

「どうなるか……分かっているな?」

 

 人影は殺意を隠そうとはしない。スマートブレインが、特に北崎がミラーワールドで大暴れをしているせいで神崎は目や手足を殆ど封じられている状態であった。それ故に全ての負担が人影──彼へと圧し掛かってきていた。彼は人間味が乏しいが、それでもこんな状況にしたスマートブレインに、そして無理を強いる神崎にも苛立ちを覚えるぐらいには感情もある。

 人影は積もりに積もった鬱憤を全てバットオルフェノクへぶつけるつもりであった。だが──

 

「──外れだ」

 

 バットオルフェノクは、人影の殺意を受け流し溜息を吐く。

 神崎、もしくは彼に協力する者を釣り上げる為に神崎優衣の許へ行った。結果からすればその狙いは成功であったが、バットオルフェノクの標的は彼ではない。

 バットオルフェノクが標的にしていたのは浅倉の方。彼の同僚の仇を取る為に狙っていた。

 バットオルフェノクにとってエラスモテリウムオルフェノクは良い同僚ではなかった。バットオルフェノクにも理解出来ないぐらいに村上のことを信奉し、度を超えたヒステリックな性格も合わさり仕事以外では関わりたくない人物である。

 しかし、それでも同僚であり仲間であることは変わりない。エラスモテリウムオルフェノクを欠片一つ残さず葬り去った浅倉を彼女の代わりに倒したかったのだが、言葉に出した通りバットオルフェノクは外れてしまった。

 お誂え向きな場所まで誘導したが、残念ながらここから先は彼らの出番である。

 バットオルフェノクは人影に背中を見せて立ち去り出す。隙だらけで無防備な姿を晒しており、まるでいつでも攻撃してもいいと誘っているかの様。

 だが、人影はその背中を攻撃することをしなかった。バットオルフェノクと入れ替わるようにして別の人物がやって来たからである。

 

「お久しぶりですね」

「香川英行……」

 

 現れたのは香川。だが、彼一人だけではない。仲村を含めて十二人の男女がここへ現れていた。

 

「ぞろぞろと引き連れて……賑やかなことだな」

 

 人影は皮肉を言うが香川たちは反応しない。人影も顔も知らぬ男女は明らかな敵意を向けていた。

 

「無駄話はいいでしょう。私たちは貴方とお喋りに来たんじゃありません。……貴方を倒しに来たんです」

 

 白衣の内側から取り出されるのはオルタナティブのカードデッキ。香川がそれを出したのを皮切りに仲村や他の男女も全く同じデザインのカードデッキを取り出す。

 

「オルタナティブ……量産していたのか……!」

 

 忌々しそうにオルタナティブの名を吐き捨てた人影。

 

「やはり、お前はもっと早く始末するべきだったよ、香川英行……!」

「私も同意見ですよ。……もっと早く貴方を倒していたら、東條君は犠牲にならなかった」

「覚悟しろよ……! 東條の仇だ……!」

 

 仲村は敵意を以って吼えた。並び立つ男女もまた仲村と同じ顔付きになっている。

 

「……良いだろう。ここで纏めて葬る」

 

 人影は影の中から手を突き出す。その手の中には漆黒のデッキ──リュウガのカードデッキが握られていた。

 

「──皆さん」

 

 香川は仲村たちに声を掛ける。

 

「貴方たちの無念、今こそ晴らす時です。これ以上の犠牲者を出させない為に、ここで決着をつけます!」

 

 この場に居る全員がカードデッキを構える。足元に張った幾つもの水溜りが生み出す鏡面の中で投影されたベルトが全員に装着された。

 香川は高々とオルタナティブのデッキを放り投げる。それが落ちて来るまでの間に脳裏に過るのは、ここに至るまでの記憶。

 神崎士郎の企みを知ったこと。それを阻止する為の同志が出来たこと。オルタナティブ・ゼロを開発したこと。なし崩し的にスマートブレインと協力関係を結んだこと。そして、仲間であった東條の死。

 記憶力が良過ぎる香川はそれらを褪せることなく鮮明に思い出すことが出来る。そのとき覚えた怒りも哀しみも劣化しないまま。

 そういった過去が香川を奮い立たせる。必ず未来へ繋げるという強い意思を燃え上がらせてくれる。

 

『変身!』

 

 投げ上げたデッキをバックルに装填すると同時に全ての声が重なり、木霊する。

 変身と同時にリュウガは水溜りを踏む。水の中に映し出される鏡面を通る中で視界が百八十度回転し、通り抜けると再び百八十度回転する。

 水溜りを通じてミラーワールドへ渡ったリュウガは、流れる動作でカードをブラックドラグバイザーに挿す。

 

『SWORD VENT』

『GUARD VENT』

『STRIKE VENT』

 

 ドラグセイバー、ドラグシールド、ドラグクローの完全武装。出し惜しみしないのは以前の戦いでオルタナティブの性能を知っており、ましてや今回は複数居る。舐めて掛かれる相手ではないと分かっているからだ。

 リュウガは周囲を警戒する。相手が中々姿を現さない。

 すると、けたたましいエンジンが聞こえて来た。音の方を見れば13人のオルタナティブたちが並び立っている。しかも、それぞれがバイクに跨っている。見た目は同じだが体型はバラバラ。オルタナティブ・ゼロの体型を基準とすれば頭一つ大きい者や逆に小さい者。大柄であったり細身であったりしている。

 オルタナティブ・ゼロが跨っているのはサイコローグが変形したサイコローダーだが、他のオルタナティブたちが跨っているバイクはサイコローダーと若干違う。

 フロント部分は共通だが車体は黒よりも銀色の割合が多く、どちらかと言えば丸みのあるボディであったサイコローダーとは異なり各部がシャープな作りになっていた。

 リュウガは知らないだろうが、量産されたオルタナティブたちが乗っているバイクもまた香川とスマートブレインの技術が合わさって誕生したもの。サイコローグのデータとビークル技術のノウハウの結晶。

 名称をサイコローダーⅡ。

 オルタナティブ・ゼロはサイコローダーのアクセルを回し、自ら先頭に立ってリュウガへと突っ込んで行く。他のオルタナティブたちもそれに続いてサイコローダーⅡを発進させる。

 リュウガはドラグクローを突き出し、先頭のオルタナティブ・ゼロを焼き尽くす為の黒炎を放った。だが、オルタナティブ・ゼロにとってそれは既に記憶した攻撃。リュウガが動いたときに既にハンドルを動かして射線状から移動していた。

 一直線に伸びていくドラグクローの黒炎。しかし、オルタナティブ・ゼロは既に回避行動を終えており、後続のオルタナティブたちもオルタナティブ・ゼロの動きに倣って射線状から離れている。

 初撃を全員に回避されたリュウガは舌打ちしながらも接近してくるオルタナティブ・ゼロたちに向け、ドラグセイバーを構える。

 だが、ここでリュウガにとって少々予想外の事が起こった。

 オルタナティブ・ゼロはそのまま突っ込むことはせず、間合いから外れてリュウガの横を通り抜けていく。

 何の意図があって通り過ぎて行くのかリュウガには分からなかったが、全員が全員同じ行動をする訳ではなかった。

 最後尾を走っていた十三番目のオルタナティブ──体付きからして変身者は女性と思われる──が真っ直ぐリュウガへと向かっていく。

 統率が取れずに暴走したのか分からないが、リュウガは突っ込んで来るオルタナティブへドラグセイバーの刃先を向けた。

 すると、数メートル手前でオルタナティブが行動を起こす。いきなりハンドルから手を離し、シート部分に立ったのだ。そして、そこから跳び上がり伸身宙返りをしながらリュウガの頭上を超えていく。

 意表を衝かれたリュウガの視線は宙を舞うオルタナティブに目を奪われてしまう。その間にサイコローダーⅡに変化が起こっていることにも気付かない。

 乗り手を失ったサイコローダーⅡは一人でに前輪を上げてウィリー走行を始める。シート部分が二つに割れて脚部になり、後輪が股の間を通過し九十度向きを変えて降りたたまれる。フロントフォーク部分も左右に離れて両腕へと変形。前輪は左腕に移動して盾のように固定される。

 リュウガが気付いたときにはサイコローダーⅡは人型へと変形しており、加速と質量を合わせた金属の拳を彼の胸に打ち込んでいた。

 

「がはっ!」

 

 その場で一回転して背中から地面に落ちるリュウガ。

 これがサイコローダーⅡのもう一つの姿。正式名称可変型バリアブルビークル『サイコローグⅡ・タイプオートバジン』

 スマートブレインが開発したバイクとロボットの形態に変形出来るバリアブルビークル──オートバジンに培養したサイコローグの細胞を埋め込むことで誕生した疑似ミラーモンスター。

 オルタナティブは一体のミラーモンスターで複数のライダーと能力を共有するという特異性がある。しかし、サイコローグ一体では集団戦を挑む場合に他のオルタナティブたちに十分な戦力を回せない欠点が存在した。

 それを補う為に造り出されたのが『サイコローグⅡ・タイプオートバジン』。疑似ミラーモンスターを各オルタナティブに付けることで戦力を常に一定にすることを可能とした。

 リュウガを殴り抜けたサイコローグⅡ・タイプAは、先に降り立っていたオルタナティブの隣まで移動すると滑らかな動きで反転し、左腕の前輪側面をリュウガへ向ける。この前輪は盾としての機能と同時にガトリングガンも仕込まれている。

 強烈な打撃を受けながらも立ち上がるリュウガ。その耳に入って来る変形音。

 顔を上げた彼が見たのは、十二のガトリングガンが自分を狙う光景であった。

 




サイコローダーⅡ・タイプAの見た目は、オートバジンの顔がサイコローグの顔が付いて、銀色の割合が減った感じでイメージしてください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13ALTERNATIVE RIDERS

 十二のガトリングガンが目に入った瞬間、リュウガは即座に上半身を捻って肩を前に出す。そして、しゃがみ込んで体がドラグシールドの裏側になるべく入るようにした。

 次の時にサイコローダーⅡ・タイプAたちがガトリングガンを一斉発射する。

 轟音と化す発砲音。雨という比喩すら生温い数の弾がリュウガへと浴びせられる。

 ドラグシールドでガードし尚且つ被弾面積を最小まで抑え込むが、相手の弾数は桁違いであり僅かにはみ出ている腕や脚などに弾が掠めていく。

 更に被弾のときの衝撃はかなりのものであり、ドラグシールドが弾かれないように注意しながらリュウガは防御に徹する。

 外れた弾が地面に当たり、削る。瞬く間にリュウガの周囲が抉られていく。

 鼓膜が麻痺しそうになるぐらいの大音量の中、リュウガは発砲音に異音が混じっていることに気付く。同時に若干だが盾に伝わる圧が弱まったように感じた。

 常人ならば気付くことも出来ないが、戦闘に長けたリュウガは微かな変化も見逃さないし、聞き洩らさない。そのすぐ後に何故かガトリングガンの一斉発射が止まる。

 不自然に思い、被弾を覚悟でリュウガは盾から顔を出す。相変わらずサイコローグⅡ・タイプAは一列に並んでいるが、数えて見ると一体足りない。

 ハッとしリュウガは反射的に視線を上げた。居なくなっていたサイコローグⅡ・タイプAが背中に折り畳んでいた後輪を水平にし、それをファンとして回転させることでフライトユニットとして空中に浮かんでいる。

 サイコローグⅡ・タイプAはリュウガを見下ろすと顔面に開いた穴から小型のミサイルを連続して発射。破壊力未知数の小型ミサイルがリュウガへ複数飛来する。

 ガトリングガンの発射を止めた理由をリュウガは理解した。命中する前に小型ミサイルを撃ち抜く可能性があったからだ。

 リュウガが小型ミサイルの発射を確認すると同時に移った行動は、回避ではなかった。ドラグセイバーの鍔元をドラグクローで嚙ませる。鞘に納めたような状態からリュウガはドラグセイバーを一気に引き抜いた。

 引き抜く過程でドラグクローが吐く黒炎が刀身に宿り、黒く燃えるドラグセイバーをそのまま振り抜く。

 弧状の幅広い黒炎が斬撃の勢いに乗って飛ばされる。黒炎の斬撃は小型ミサイルらに接触するとそれらを真っ二つに裂く。直後に小型ミサイルは爆発。他の小型ミサイルも爆発に巻き込まれて誘爆を引き起こした。

 爆煙によりリュウガの姿が覆い隠される。サイコローグⅡ・タイプAらはガトリングガンを構えるが、対象を視認出来ないので発砲しない。

 そのとき、空から咆哮が聞こえる。サイコローグⅡ・タイプAたちは視線を同時に上げた。空から飛来するはドラグブラッカー。サイコローグⅡ・タイプAたちに向けて黒い火球を連続して放つ。

 あるサイコローグⅡ・タイプAは空に逃げ、あるサイコローグⅡ・タイプAは走ってその場から離脱。直後に着弾し黒い火柱が出来る。ドラグブラッカーの強襲によりサイコローグⅡ・タイプAらは分断された。

 駆け付けたドラグブラッカー。リュウガはアドベントのカードを使用していない。契約者の危機を察知して自らの意思でやって来た。契約者であるリュウガとは一蓮托生の関係。リュウガの死は己の死へと繋がる。故にカードの効果で無くともドラグブラッカーはやって来る。

 爆煙の中で半身とも言える己の契約モンスターの咆哮をリュウガは聞いた。ドラグブラッカーがオルタナティブたちを引っ掻き回してくれておかげで、形勢逆転とまでは行かないが戦況はリュウガにやや傾く──と思っていた。

 次の瞬間、煙を突き破った黒い拳がリュウガの顔面へ迫る。

 スラッシュダガーではなく素手による攻撃にリュウガは一瞬動揺し、回避が遅れてしまう。

 

「っ!?」

 

 仕方なくリュウガは、咄嗟にドラグセイバーの側面で拳を受けるが、痺れるような衝撃が手に伝わってきた。重い拳。スラッシュダガーなどの武器を受けたときと殆ど変わらない。

 リュウガは受けていた拳を押し返し、反撃の袈裟切りを繰り出す。煙を裂くドラグセイバーの斬撃。しかし、相手を斬った手応えは無かった。

 今の一撃で煙が晴れる。視界を取り戻したリュウガは自らの状況を確認する。

 リュウガの危機に駆け付けたドラグブラッカーはサイコローグⅡ・タイプA相手に手古摺っている。複数体のサイコローグⅡ・タイプAは遠距離から銃撃やミサイルなどで攻撃をしては引くヒットアンドアウェイの戦い方を徹底しているので、ドラグブラッカーがサイコローグⅡ・タイプAの一体を狙うと他のサイコローグⅡ・タイプAらの集中砲火を浴びせられるので積極的な攻撃が出来ず翻弄されている。

 ドラグブラッカーの援護を今は期待出来ないと判断し、リュウガは目の前のオルタナティブたちに意識を集中させる。

 リュウガの四、五メートル前に立つ三人のオルタナティブ。他のオルタナティブたちと比べると明らかに体格が良い。

 リュウガはその三人を見て正気を疑う。三人とも共通して武器を持っていない。素手の状態でリュウガの前に立っているのだ。

 無謀か、余程の自信があるのかのどちらかである。

 リュウガは三人のオルタナティブたちの背後を見た。オルタナティブ・ゼロと残りのオルタナティブらがスラッシュダガーを構えて待機している。武器を持っている者たちが後方、前に居る三人の近接戦を信頼している様子。

 リュウガの意識が三人のオルタナティブたちから少し離れたときであった。三人の内の一人が前に出る。その踏み込みの速さは尋常ではなく、一足でリュウガとの距離を詰めたことで瞬間移動でもしたかのように見える。

 額の高さまで持ち上げていた左拳が消える。リュウガは反射的に首を傾ける。頬を掠めていく衝撃。触れて初めて殴ってきたことを認識する。

 

(速い……!)

 

 リュウガも驚く拳の速さ。明らかに何か格闘技を学んでいる者の動き。

 シッという短く鋭い呼気と共に連続して繰り出される左の連打。直線という最短を最速で放たれる。一発、二発は辛うじて回避出来たが三発目が頬に命中する。

 

(この動き……! ボクシングか!)

 

 左ジャブを受け、相手がボクサーであると確信したリュウガ。ボクシングを使う三番目に選ばれたオルタナティブ・ツーは、再び左ジャブを出そうとする。

 相手の動きを先読みし、リュウガは先手でドラグセイバーを振り下ろす。だが、オルタナティブ・ツーはそこから一歩踏み込んでリュウガの腕を肩で受けたことでドラグセイバーの刃を届かせない。

 

「シッ!」

 

 上半身を全て連動させ、そこから生み出されるエネルギーを右手に込め、密着状態から右フックをリュウガの脇腹へ捻じ込む。

 鋭く突き抜けていくのではなく重く残る衝撃にリュウガの動きが止まる。オルタナティブ・ツーはそこから追撃するのではなく、何を思ったのかしゃがみ込んだ。

 背後からオルタナティブ・ツーの頭上を通過する影。リュウガは反射的に両腕を前方でL字に曲げて防御を固める。

 リュウガの両腕に叩き付けられた影、それは足。オルタナティブ・ツーの背後に立つ七人目オルタナティブ・セブンが放った上段回し蹴り。

 内まで染み込む衝撃と共にリュウガは蹴り飛ばされ、空中を五メートル以上飛ぶ。

 鍛錬を重ねた者のみが繰り出すことが可能とする重い蹴り。空中を飛びながらリュウガはオルタナティブ・セブンの動きは空手を習っている者の動きだと判断する。

 一、二秒間の空中浮遊を終えたリュウガの足が地面に着く。曲げていた腕がリュウガの意思とは無関係に下がる。オルタナティブ・セブンの蹴りの威力を物語っていた。

 大きく後退させられたリュウガ。だが、相手の追撃の手は緩まない。

 横から伸びてきた大きな手がリュウガの胸元を掴み、引き寄せる。

 リュウガを掴んでいるのは、オルタナティブたちの中で最も大柄の者。

 リュウガは引き剥がす為にドラグクローで突き、ドラグセイバーで斬り付けるが相手はそれを意に介していない。

 大柄のオルタナティブ──十人目であるオルタナティブ・テンはリュウガの右腕を両手で掴みながら素早く反転。同時にリュウガの足を払って彼の体幹を崩す。

 オルタナティブ・テンの動きは柔道のもの。リュウガを地面に叩き付けるつもりである。

 リュウガすら抗うことが出来ない力。このままでは投げられると思った彼は、止むを得ず右手のドラグクローを外す。

 ドラグクローが外れたことで、それを掴んでいたオルタナティブ・テンの片手も抜けて掴みが緩くなる。その間に右腕を引き抜き、オルタナティブ・テンの背中を強く突くことで投げから抜け出した。

 次の瞬間、リュウガは側面から強烈な一撃を受ける。それを入れたのは六人目であるオルタナティブ・シックス。

 オルタナティブ・シックスは跨っているバイク形態のサイコローグⅡ・タイプAの後輪でリュウガを殴っていた。モトクロス選手という肩書き持つ彼はバイクを体の一部のように操ることが出来る。

 リュウガの顔面に密着した後輪が高速で回転。仮面の装甲を削り火花が散る。そのままバイクを巧みに操り、リュウガを殴り抜く。

 顔面に数百キロの重さの物体を叩き付けられたことで、流石のリュウガも意識が飛び掛ける。

 リュウガにとっては危機的状況。裏を返せばオルタナティブ・ゼロたちにとってこれ以上無い程の好機であった。

 

『ACCELE VENT』

 

 多重に鳴り響くスラッシュバイザーの音声。この瞬間を狙って待機していたオルタナティブ・ゼロたちは姿を捉えきれない黒い影となって四方八方からリュウガに襲い掛かる。

 乱れ斬るスラッシュダガー。リュウガの全身を切り刻んでいく。両肩に装着されたドラグシールドの接合部を狙われ、ドラグシールドがリュウガから離れて行く。左腕を斬り付けられたことで手からドラグセイバーが抜け落ちる。背中を斬られ、前のめりになるが胸を斬られ、無理矢理姿勢を正されるが、次の瞬間には膝裏を斬られて立つことすらままならなくなる。

 一人に対して徹底した集中攻撃。リュウガの全身に深い傷が刻まれていく。

 リュウガの危機にドラグブラッカーは黒炎を乱れ吐き、纏わりついているサイコローグⅡ・タイプAらと離そうとする。しかし、大雑把な攻撃は反って隙を生むだけであり、黒炎を回避したサイコローグⅡ・タイプAたちはガトリングガンと小型ミサイルによる一斉発射でドラグブラッカーを集中砲火。

 身を捩って苦しんでいる所へ飛び込んできたサイコローグの拳がドラグブラッカーの顔面を捉え、空中から叩き落す。

 リュウガが倒れ伏すのとドラグブラッカーが地面に落ちるのはほぼ同じタイミングであった。

 

「ぐっ……」

 

 うつ伏せになって倒れているリュウガが呻く。オルタナティブ・ゼロたちによる連続攻撃を受けてもまだ意識は保たれている。だが、ダメージの方は深刻であった。

 

(これほどとは……!)

 

 オルタナティブ・ゼロの性能は知っていた。量産されたオルタナティブの性能も大体予想がつく。しかし、数の差はあるとはいえここまで圧倒されるとはリュウガにとって信じ難いことである。

 他のオルタナティブたちの変身者が長けた能力の持ち主であった為に追い詰められてしまった。

 何処でどうやって見つけたのか、オルフェノクたちにより目となっていたミラーモンスターたちを潰されていたリュウガにとって彼らの情報は全く無い。

 オルタナティブ・ゼロは他のオルタナティブたちを一旦後退させる。

 ここまでは上出来と言うしかない。全ての要素が上手く嚙み合っていた。量産したオルタナティブの性能は満足出来るものだが、それよりも変身者たちの技能が優れている。

 オルタナティブを量産する一方で香川が密かに仲村へ命じていたのはオルタナティブの変身者の確保であった。当初は清明院大学の中で候補者を探そうとしていたが、スマートブレインのバックアップを得られたのでより優れた人材を探す為に大学の外まで候補を広げた。

 選ぶ上で決められた条件は一つ。親しい者をミラーモンスターによって奪われた、というもの。

 ミラーワールドを閉じるということは苦しい戦いが待っている。その戦いを途中で投げ出さない信念、執念を持つ者が必要である。例えそれが復讐心であったとしても。

 そんな者たちを探すと簡単に見つかった。香川が憤りを覚えるぐらいにあっさりと。

 家族が理由なく謎の失踪をしてしまった者。恋人が行方不明になった者。恩師や恩人が鏡の中へ消えたのを目撃してしまった者など。

 傍から見れば事件性はあるかもしれないという失踪。ミラーモンスターを目撃しても信じて貰えなかったということもある。彼らは心に喪失感を抱えたまま死んだように日々を過ごしていた。仲村が齎す真実を知るその日まで。

 この場に居るオルタナティブたち全員が復讐者。ミラーワールドとミラーモンスターに大切な者を奪われた者たち。

 因果応報。全ては神崎士郎が撒いた種が芽吹いた結果。彼は自分が行った罪により罰を下されようとしている。

 しかし、事は全て思った通りには進まない。相手はリュウガ。罪を罪と思わない神崎士郎の代行者である。

 

「うっ……うぅ……!」

 

 リュウガの呻きが唸りへと変わり始める。リュウガが自分という存在を認識してから今に至るまで経験したことがなかった屈辱、焦燥、敗北感。

 心の底から湧き上がる渇望。オルタナティブ・ゼロたちに勝ちたいという暗い熱意と殺意。

 

「うぅぅぅ! あぁぁぁぁ!」

 

 傷だらけの体でリュウガは立ち上がる。オルタナティブ・ゼロたちはすぐに彼を攻撃しようとしたが、突然噴き上がる黒い炎によりそれを阻まれる。

 

「これは……!?」

 

 オルタナティブ・ゼロも初めて見る現象。黒い炎はリュウガを守るように彼の周囲で燃え上がっている。

 リュウガはデッキからサバイブ烈火のカードを引き抜く。カードに描かれている黒い炎は今まで以上に激しく燃えており、リュウガの心情を表しているかのようであった。

 

『SURVIVE』

 

 進化したブラックドラグバイザーツバイにサバイブ烈火のカードが装填され、黒い炎の中心でリュウガの姿がリュウガサバイブへと強化される。

 ただ一点以前のサバイブ形態と違う点があった。リュウガサバイブの体の各部から黒い炎が噴き出しているのである。まるで彼の心とシンクロしたかのように憤怒と殺意の黒炎が尽きぬことなく噴き続ける。

 

「──殺す」

 

 使命も役目も全て忘却し、ただオルタナティブ・ゼロたちを殺すことのみ殺意を燃やす。

 




本編では書くことの無い各オルタナティブの設定です。

オルタナティブ・ゼロ 香川

オルタナティブ・ワン 仲村

オルタナティブ・ツー 二十代の男性、プロボクサー。長年支えてくれた恋人をミラーモンスターに食われたことへの復讐

オルタナティブ・スリー 三十代の男性、警察官。同僚をミラーモンスターに食われたことへの復讐。

オルタナティブ・フォー 十代の男性、大学生。弟をミラーモンスターに食われたことへの復讐。

オルタナティブ・ファイブ 二十代の男性、大学生。父と母をミラーモンスターに食われたことへの復讐

オルタナティブ・シックス 二十代の男性、モトクロスレーサー。恩師をミラーモンスターに食われたことへの復讐。

オルタナティブ・セブン 四十代の男性、空手家。妻子をミラーモンスターに食われたことへの復讐。

オルタナティブ・エイト 三十代の男性、土木作業員。子供をミラーモンスターに食われたことへの復讐。

オルタナティブ・ナイン 二十の男性、元自衛隊員。兄をミラーモンスターに食われたことへの復讐。

オルタナティブ・テン 四十代の男性、柔道家。教え子五人をミラーモンスターに食われたことへの復讐。

オルタナティブ・イレブン 二十代の男性、消防士。祖父母、父、母、弟、姉をミラーモンスターに食われたことへの復讐。

オルタナティブ・トゥエルブ 二十代の女性、体操選手。双子の妹をミラーモンスターに食われたことへの復讐。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

帝王たち

「そろそろですかね……」

 

 社長室で村上が呟く。傍らに立つレオに聞かせる為に。浅倉との戦いで負傷し、戦線から離れていたレオだが既に怪我は完治している。怪我自体は早い段階で治っていたが、村上が大事を取って待機を命じていた。おかげで長い間戦いに行くことが出来ずフラストレーションが溜まっている。

 

「報告によると東條悟を倒した黒いライダーとオルタナティブたちはまだ戦闘中のようだ」

 

 村上たちには既にバットオルフェノクからオルタナティブ・ゼロたちとリュウガとの戦闘が開始されたことは伝わっている。

 

「それも気になりますけどね」

 

 村上が言った、そろそろとはオルタナティブ・ゼロたちの戦闘のことを指してはいない。

 

「それにしても、東條悟君ですか……彼は最期に実に良い働きをしてくれました」

 

 レオから出された東條の名を聞き、村上はほくそ笑む。

 東條の死後、香川から躊躇が無くなった。それまでは技術などを出し惜しみしていたが、それ以降は今まで見せていなかった技術をスマートブレインに提出するようになった。

 研究は飛躍的に進み、特にミラーモンスターであるサイコローグとスマートブレインの技術で創り上げたバリアブルビークルの融合は傑作と言っても良い。

 ミラーワールドを自由に行き来出来る支援機の誕生と同時に疑似ミラーモンスターの誕生も意味している。この研究を進めて行けば将来的にはミラーモンスターの支配や創造も可能となるだろう。

 

「香川先生も実に良く働いてくれました」

「裏でこそこそやっていた奴を褒めるのかい? ボス」

「スマートブレインへの貢献を考慮し、今は水に流しましょう、今は」

 

 香川が隠れてオルタナティブの変身者候補を探していたことはスマートブレインにとって把握済み。香川の頭脳を失う訳にはいかなかったので敢えて泳がせていた。

 人間よりもオルフェノクが生物として優れていると思っている村上だが、頭脳方面までも超えているとは断言出来ない。オルフェノクの新たな可能性を広げてくれた香川とは今度こそ良好な関係を維持したいと考えている。

 

「黙って飼われるような人間には見えないけどね」

「飼い慣らし方は色々とありますよ」

 

 スマートブレインは既に香川の家族関係、人間関係の情報を押さえてある。

 

「それは使えば──」

 

 村上はそこで言葉を止めた。レオも村上から視線を離し、周囲を警戒し始める。彼らの耳には届いていた。ミラーワールドから聞こえてくるあの音が。

 オルフェノクの直感に従い、村上とレオは背後を見る。街並みを見下ろすことが出来るガラス窓。そこに映し出される幽鬼。

 

「──来ましたね、神崎士郎」

 

 村上が言っていたそろそろとは神崎のことを指す。

 

「……いい加減お前たちが目障りになってきた」

 

 ガラス窓から神崎の姿が消え、現実世界で神崎の声が聞こえて来る。村上たちが視線を戻すと正面に神崎が立っている。

 

「おや? どうやら私たちが触れた貴方の逆鱗は、想像以上の効果があったようですね」

 

 神崎優衣の情報は研究、開発が一通り完了したときに香川から聞かされた。重要な情報を出し惜しんでいた香川に少々不満を覚えた村上であったが、今となってはあの段階で正解だったと思える。

 村上の目から見ても生きているのか死んでいるのか曖昧という印象であった神崎だが、目の前に立つ彼は明らかな敵意を宿している。妹の存在が神崎にとってどれだけ大きな存在であるかの証明であり、早い段階で接触を試みたら神崎は過激な対応をし、オルフェノクに今以上の被害が出ていた可能性が高い。

 レオはいつでも戦闘に入れる体勢になるが、村上はそれを一旦制止させ神崎に対して最後の交渉を行う。

 

「神崎士郎さん。いい加減この辺りで手打ちにする、というのはどうでしょうか?」

「……」

「争い続けてもお互いに消耗するだけです。我々は貴重な人材を失いました。貴方もそうでしょう? 共倒れなど馬鹿馬鹿しい」

 

 村上は人の心に入り込むような笑みを見せるがその瞳の奥は笑っていない。神崎の方は何一つ表情が動いていない。

 

「失った者たちの犠牲を無駄にしない為に、改めて私たちと手を組みませんか? 私たちと貴方ならば今まで以上の高みへ、それこそ上の上以上の存在へ昇り詰める未来が待っている筈です」

 

 神崎へと差し伸べられる手。友好的なようで、その本質は他者を利用して自分たちの糧にしようとする傲慢と強欲。しかし、ある意味で似た者同士である神崎には村上の本心など透けて見えていた。

 無表情であった神崎の顔が初めて動く。作られた表情は村上たちへの嘲笑。

 

「未来だと?」

 

 神崎は村上の言葉を嘲る。空虚な男が見せる明確な悪意。

 

「死んで怪物として蘇ったお前たちに未来などあるのか? 死に損なったお前たちの未来など……灰にも劣る」

 

 差し出していた村上の手に血管が浮き出る。制御し切れない怒りが村上の全身を強張らせる。傍で聞いていたレオの目付きも剣呑なものへと変わっていた。

 溢れ出しそうになる怒りを抑えながら差し出していた手を引っ込める。その手は細かく震えていた。

 

「交渉は……決裂ということでよろしいでしょうか?」

 

 感情を抑え過ぎて平坦になった声で最終確認をする村上。神崎は答えようともしない。

 

「未来を自分で閉ざしますか……下の下以下……いや、評価に値すらしない……!」

 

 抑えていた怒気を心置きなく開放する。最早、交渉の余地など無い村上も神崎も相手を始末することしか考えない。

 村上は上着のボタンを外す。その腹部には既にオーガドライバーが巻かれてある。当然、レオもサイガドライバーを装着していた。

 一方で神崎の方はロングコートのポケットに手を入れたまま何もしない。神崎は戦わない。全ての戦いは神崎の代行者に任せてある。

 村上たちは音と気配を感じ、背後の窓ガラスを見た。窓ガラスに映る社長室に立つ人物。頭までフードを被って顔を覆い隠しているので男か女か判別出来ない。

 鏡面の向こう側に立つその人物は、鳳凰の紋章が描かれたカードデッキを突き出す。その腹部に金色のVバックルが装着された。

 神崎の代行者である仮面ライダーオーディンは特定の変身者を持たない。神崎がオーディンのデッキを渡した時点でその者の人格は支配され、オーディンに変身する為の器に成り下がる。鏡面の中で構えるあれもまた神崎が生み出した傀儡なのだ。

 村上はオーガフォンに『000』、レオはサイガフォンに『315』の番号を入力。

 

『Standing by』

 

 村上はオルフェノクの未来を切り拓く強い意思を込め、レオはこれから始まる戦いに期待を込め、神崎は意思も言葉も奪った傀儡の代わりにその言葉を告げる。

 

『変身』

 

 ドライバーにデバイスがセットされ、Vバックルにカードデッキが挿し込まれた。

 

『Complete』

 

 変身完了と同時にオーガとサイガは神崎へと飛び掛かった。振り上げられる二つの拳が着地と同時に振り下ろされる。

 人間が受ければ一撃で挽肉と化す拳。だが、それが神崎へ辿り着く前に二人の視界に黄金の羽根が舞う。

 一瞬にしてオーガたちの前に立ち塞がるオーディンが両掌でオーガたちの拳を受け止める。押そうが引こうがオーディンの足はその場から離れない。逆にオーディンの方もオーガとサイガの拳を押し返すことが出来ずにいた。

 オーディンの力にサイガは口笛を吹き、愉しそうにする。それだけ余裕がある証拠とも言える。

 

「……どうせなら場所を移しましょう。ミラーワールドで戦いませんか?」

 

 力が拮抗した状態でオーガは提案する。

 

「わざわざ敵地で戦うつもりか?」

 

 神崎がオーディンの代わりに答えた。

 

「ええ、そうです。鳥の羽根が私の部屋にばら撒かれるのは不快なので」

 

 オーガは挑発を以って返す。

 二人の視界を金色の光が覆い、覆っていた光が羽根となって散らばると三人は既に社長室とは別の場所へ移動していた。

 壁など無い広がった空間。オーガはこの場所を知っている。スマートブレイン本社の屋上。

 

「望み通り連れて来たぞ」

 

 オーディンが言う通り生活音が一切消えたこの場所は、ミラーワールドのスマートブレイン屋上であることは間違いない。

 

「感謝しますよ」

『おかげで暴れられる!』

 

 オーガとサイガが同じタイミングで前蹴りを出すが、オーディンは直前に瞬間移動をしてそれを回避。だが、オーガは転移の兆候を察知してホルダーから短剣モードのオーガストランザーを抜き、背後に向けて光弾を発射。

 移動直後のオーディンの眼前に光弾が迫っていたが、オーディンは腕を一振りして光弾を弾く。ワンテンポ遅れてサイガが反転し、ライフルモードのフランイングアタッカーから光弾を連射。オーガのときとは違い腕の一振りでは払えない数の光弾が撃ち出される。

 しかし、オーディンは瞬間移動などで回避することは選ばずゴルトバイザーを召喚。杖先で地面を突くとゴルトバイザーから無数の羽根が舞い、それを自身に纏わせることでサイガの光弾を次々と弾いていく。

 サイガは舌打ちするとフライングアタッカーのブースターを噴かせ、発射体勢を維持したままオーディンを中心にして旋回。三百六十度全方位から光弾を撃ち続ける。

 あらゆる角度と連射によりオーディンの羽根による防御の隙間を潜らせる狙いであったが、オーディンの防御はサイガの想定以上に隙が無い。

 フワフワと風に舞うだけの羽根が鉄板すらも容易く撃ち抜く光弾を完璧に弾いてしまう光景は質の悪い冗談のような光景であった。

 オーガの方は攻撃をサイガに任せ、オーディンが隙を出すのを待ち構えている。

 二人の視線が注がれる中でオーディンは動揺など全く無い機械的な動きでゴルトバイザーのスロットを開け、そこにカードを装填。

 

『ADVENT』

 

 丁度そのタイミングでサイガは攻撃のパターンを連射から単発に切り替え、一発の破壊力を上げてオーディンの羽根の防御を撃ち破ろうとする。

 ブースターライフルの銃口に青いフォトンブラッドの輝きが灯る。後はトリガーを引くだけであったが、そのとき横から来た突風がサイガを殴り付ける。

 

「くっ!」

「レオ!」

 

 錐揉みしながら飛んで行くサイガであったが、すぐに噴射により体勢を立て直す。

 

『……眩しいね』

 

 既視感のある輝きにサイガは仮面の下で目を細める。サイガの視線の先にある黄金に燃える鳳。オーディンのアドベントの効果で召喚されたゴルトフェニックス。ゴルトフェニックスは羽ばたくことなく滞空している。

 ゴルトフェニックスはその翼を羽ばたかせて飛翔しない。ゴルトフェニックスが翼を羽ばたかせるのは相手を攻撃するとき。

 ゴルトフェニックスが右翼を動かす。漂うだけであった空気がゴルトフェニックスの羽ばたきが生み出す流れに乗り風と成り、それらが集まり膨大な量となると先程サイガを吹き飛ばした突風と化す。

 ほぼ目視出来ないそれを、サイガは勘によるタイミングで上昇する。足元を通り抜けていく猛風。二度も同じ攻撃を受けないサイガであったが、ゴルトフェニックスは今度は左翼を羽ばたかせた。

 右翼が生み出すのは疾風。そして、左翼が生み出すのは烈火。左翼の羽ばたきにより発生した高熱が周囲の酸素を急速に取り込むことで激しい炎となり、それが指向性を以ってサイガへと放たれる。

 直撃すれば現代技術の粋を結集させて創り出されたサイガの装甲金属──ルナメタルも溶解しかねない熱量。サイガが選ぶ選択肢は回避しかない。

 サイガはフライングアタッカーを操作して真横へ移動し、ゴルトフェニックスの炎を避ける。ゴルトフェニックスは体の向きを変えることでサイガを追従するが、サイガは真横から今度は真上へ上昇。フライングアタッカーに全速力を出させて高度を上げていき、瞬く間に小さな影となる。

 ゴルトフェニックスは攻撃を中断するとサイガを追って自身も空を昇っていく。

 オーガはサイガ、オーディンはゴルトフェニックスを離されたことで一対一の状況となった。しかし、両者にとってもこの状況は望ましい。他に気を取られることなく目の前の相手を消すことに集中出来る。

 オーガはオーガフォンからミッションメモリーを抜き、オーガストランザーに挿す。

 

『Ready』

 

 短剣から長剣にモードが変わる。そのタイミングでオーディンはオーガに向けてゴルトバイザーを指す。周囲に舞っていた黄金の羽根が一斉に放たれる。更にオーディンは右掌を突き出す。新たな羽根が生成され、防御のときの倍以上の羽根が攻撃に転じられる。

 黄金の羽根の奔流。視界を埋め尽くさんばかりの質量攻撃に対し、焦りを感じさせない正確な動きでオーガはオーガフォンの『ENTER』ボタンを押した。

 

『Exceed Charge』

 

 金のフォトンブラッドがドライバーから腕へ、そして握っているオーガストランザーへ注がれる。

 オーガストランザーの剣身が纏う金のフォトンブラッドが巨大な光刃を生成。オーガはそれを羽根目掛けて振るう。

 

「ふん!」

 

 振るっている間にもオーガストランザーにはフォトンブラッドが流し込まれ続け、長さも幅も際限なく広がっていく。

 オーディンの羽根がフォトンブラッドの熱により焼き尽くされる。オーディンの眼前には最早刃では無く壁となった光が迫って来ていた。

 

 

 ◇

 

 

 フランイングアタッカーの上昇限度である5000メートルに到達したサイガ。足元を見れば小さくなった街並み。山すらも遥か下に見える高さであり、見上げれば青空と雲が近くにある。サイガはここを戦場へと選んだ。

 間もなくしてゴルトフェニックスもサイガと同じ高度へやって来た。

 

ここ()(サイガ)の領域だ』

 

 天のベルトの所有者である矜持。通じるか通じないかなど関係無くサイガは親指を下に向け、ゴルトフェニックスへ宣告する。

 

『そのメッキごとここから落としてやる』

 




場面は変わって違う場所でも最終戦闘が始まります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大神対帝王

 オーガストランザーから繰り出される光の斬撃──オーガストラッシュは、エネルギーであるフォトンブラッドが供給され続ける限り理論上は無限に射程を伸ばせる。伸ばせるのは刃の長さだけでなく刃の幅も対象となっており、縦にも横にも広がったオーガストラッシュはオーディンの視点からすれば壁そのもの。

 攻撃の為に放った黄金の羽根はオーガストラッシュに直接触れる手前で蒸発している。フォトンブラッドは出力により色を変える性質を持つ。金はその中で最上である。質も量も最高でありオーディンの小手先の攻撃など歯牙にもかけない。

 膨大なエネルギーと熱を放出しながらオーガはオーガストランザーを振り抜いた。あれだけ巨大な光の刃を生成してもオーガの腕に伝わる重みはオーガストランザーの分のみ。オーガからすれば羽毛を振るうに等しかった。

 オーガストラッシュが通り過ぎた後の屋上は、オーディンが立っていた場所のコンクリートは蒸発して無くなっており、下の階層が見えている。今の一振りで左右対称であったビルの一部が欠けてしまい非対称になってしまう。

 

「鏡像とはいえ自分の会社を傷付けるのは心が痛みますね」

 

 自分の野心と成功の象徴であるスマートブレイン本社を歪な形にしてしまったことに少々申し訳ない気持ちになってしまう。これが別の誰かだったのなら容赦無く消し去れるのだが、自分でやってしまっただけに行き場の無い気持ちが残ってしまう。

 ビルを犠牲にして薙ぎ払ったがオーガはオーディンを倒した、という手応えを感じていなかった。光に呑まれる姿を見たが、それでも倒したと思わないのはオルフェノクとしての直感が囁いているからである。

 オーガは屋上の縁に立ちすぐさま周囲を見渡す。オルフェノクの感覚に加えてオーガの視覚器官による機械のサポートがありとあらゆるものを見通す。

 

「──見つけましたよ」

 

 間もなくしてオーガはオーディンを発見。数百メートル先の別のビルの屋上に移動しており、見た目からして無傷。オーガストラッシュの光に消滅させられる前に瞬間移動で逃げ延びたと思われる。

 オーディンとはローズオルフェノクのときに瞬間移動による攻防を行っていたが、短い距離の転移の繰り返しであった。あの距離まで転移出来るのをオーガは初めて知る。ローズオルフェノクの形態でも数百メートル以上の瞬間移動は出来ない。

 ゴルトバイザーを持って佇むオーディン。数百メートル離れていてもオーディンとオーガは目が合う。

 

「かなり離れましたが……私にとってはゼロに等しい」

 

 オーガは再びオーガフォンを開いてボタンを押す。

 

『Exceed Charge』

 

 オーガストランザーに充填される金のフォトンブラッド。先端が二又となった光刃となる。今度は長さのみに重点を置き、光刃を伸ばす。オーガはその状態からオーガストランザーを振り上げた。

 

「ふんっ!」

 

 掲げていたオーガストランザーを振り下ろす。光刃の長さは一瞬にしてオーディンの立っているビルの屋上にまで届き、そのまま袈裟切りにする。

 オーガストラッシュの光刃は屋上付近から入り、ビルの中層辺りから斜めに抜けていく。数秒の間を置いた後に光刃抜けた箇所がズレ、袈裟切りにされたビルの上層部が地面へ滑り落ちていく。やがて、凄まじい轟音を鳴らして地面に落ち、膨大な粉塵を巻き上げる。

 ビルを一刀で斬り裂くが、オーガには紙を裂いた程度の手応えしかない。圧倒的な切れ味を見せつけるもののオーガは不満気な様子。

 

「──また逃げましたか」

 

 オーディンが瞬間移動をした感覚をオーガは感じ取っていた。どんなに凄まじい一撃であっても当たらなければ意味が無い。

 オーガはすぐにオーディンの居場所を探す。そして見つけた。先程のビルから少しは離れた場所にある別のビルの屋上に居た。

 オーガは発見と同時にオーガストランザーを振り、今度はオーディンの脳天目掛けてオーガストランザーを振り下ろした。

 数十メートル程の高さがあるビルの頂点から根本まで一振りで真っ二つとなるが、オーガはそこで止まらない。

 手首を返し、刃を横に向ける。そこからオーガストランザーを横薙ぎにし、視界に映る建物全てを光刃にて斬り倒す。

 現実世界ではまず出来ないビル群、建物群の薙ぎ倒し。ミラーワールドだからこそ出来る暴挙。建造物がひしめき合う凹凸の土地がオーガによって平たんに変えられていく。

 全てはオーディンの逃げ場所を奪う為である。

 何十という建造物が倒れたことで地震のような揺れが生じる。スマートブレイン本社にもその揺れは伝わっていた。

 

「綺麗になりましたね」

 

 まだ土煙が舞っているが、高いビルが粗方無くなったことで広がる空間を見て、オーガは一種の爽快感を覚えていた。

 しかし、それに浸る暇は無い。オーガの感覚が敵の接近を伝えている。

 振り向き様にオーガストランザーを一閃。その斬撃は甲高い金属を打ち鳴らす。

 オーガの背後に現れたオーディンは、オーガストランザーをゴルトセイバーで防いでいた。ゴルトセイバーは一対の双剣。オーガの攻撃を防ぎながらもう一方のゴルトセイバーでオーガを斬ろうとする。

 オーガの腕が動くがゴルトセイバーが振り下ろされるのが先であった。ゴルトセイバーの刃がオーガの肩に打ち込まれる。

 

「うっ……」

 

 オーガは呻き、体が傾く。しかし、ゴルトセイバーの刃はオーガの装甲に僅かに食い込むだけで中まで達していない。だが、衝撃まで完全に防ぐことが出来ずに声を洩らしてしまった。ゴルトセイバーの斬れ味は凄まじいが、それを振るうオーディンの力も桁外れであった。

 打ち込んでいたゴルトセイバーを振り上げ、同じ箇所を斬り付けようとする。オーガの装甲でも何度もオーディンの斬撃を受けられない。

 掲げられたゴルトセイバーの刃が光を反射し、煌めきを放ちながら振り下ろされ──

 

『Single Mode』

 

 ──その風切り音を打ち消す電子音声が鳴るとオーディンの体が後方へ飛んで行く。オーディンの腹部から伸びる金の光線、それはオーガが握るオーガフォンへと繋がっていた。

 フォンブラスターモードとなったオーガフォンによる銃撃。しかも、それは神崎のライダーの共通の弱点であるカードデッキに当てられていた。

 高出力のフォトンブラッドの熱がオーディンのデッキを貫く為に一点照射し続ける。しかし、カードデッキに変化が起こる前にデッキと光線の間にゴルトセイバーを挿し込まれてしまう。黄金の刃によって金の光線が弾かれていく。

 それを見たオーガはすぐにトリガーから指を離した。まだ光線を撃ち続けることは出来るが、ゴルトセイバーの刃を貫くには時間も威力も足りないと判断して早々に中断した。

 オーガはオーディンのデッキを凝視する。オーガフォンの光線を数秒間撃たれ続けていたのだがデッキに傷や溶けた痕など見当たらない。

 

(やはり、並の攻撃ではびくともしませんか)

 

 そう評価するが、オーガフォンの光弾一発で通常のオルフェノクならば灰になる。決してオーガフォンの光弾が弱いのではない。カードデッキが頑丈なのだ。

 並の攻撃──オーガ基準で──が通じないのであれば、残された方法は限られてくる。オーガストランザーによる斬撃、もしくはフォトンブラッドを充填して放つ必殺技。隙を見てそれを叩き込む必要がある。

 

(……その隙を生むのが難儀なのですけどね)

 

 村上が生きてきた中でオーディンは間違いなく最強の敵であると断言出来る。オーガの全てを出し尽くさなければ敗北は免れない。

 オーガは素早い指さばきでオーガフォンに新たな番号を入力した。

 

『Burst Mode』

 

 バースト射撃を行う形態に切り替わった。これで一度に三発連続で発射出来る。無論、倒す為のものではなく牽制の意が強い。

 オーガフォンの銃口をオーディンに向ける。オーディンは胸の前で腕を交差する構えをした。

 オーガが引き金を引く直前、オーディンの姿が消える。

 

(瞬間移動!? いや、違う!)

 

 オーディンはオーガに真っ直ぐと向かって来ている。あまりに速い踏み込みのせいで瞬間移動かと錯覚してしまったのだ。これによりオーガは銃撃のタイミングを失う。銃口の向きを修正している間にオーディンが間合いに入って来てしまう。

 オーガはすぐに銃撃から剣戟へと切り替え、相手のタイミングを狂わせる為にオーガの方から一歩前へ踏み出した。

 この一歩とオーディンの接近により両者の間合いが重なる。しかも、このときオーガは踏み込みながらオーガストランザーを水平に構えて横薙ぎに払う準備が出来ていた。

 

(私の方が一手早い……!)

 

 間合いが重なると同時にオーガストランザーが振り抜かれる。オーガが思っていたとおり、オーガの攻撃の方が速かった。

 

「ぬぅ!?」

 

 だが、オーガストランザーにオーディンを斬った感触が伝わって来ない。斬ったのは空のみ。

 左右どちらにもオーディンの気配は感じられない。残された選択は──

 

「上か!」

 

 ──オーディンが真下を見下ろしながら逆さまの状態でオーガの頭上にいる。オーガはオーディンを見つけるといなや真横に振ったオーガストランザーを上に向けて切り返す。

 オーディンはゴルトセイバー一本でオーガストランザーを受け止める。オーガはすぐにオーガフォンを向け、発射。一度に三発の光弾がオーディンを狙うがオーディンはこれをもう一方のゴルトセイバーの側面で弾く。光弾は命中すれば良いという考えでバラバラに飛んでいくが、オーディンはどれも正確に防ぎ、尚且つ三発目は剣の角度を変えることでオーガへ跳ね返してくる。

 跳ね返された光弾がオーガの顔を掠めていく。ほぼ零距離での射撃を全て防がれた挙句にそれを利用されて反撃を貰う。屈辱的な行為であるがオーガは心を乱さずオーガストランザーとオーガフォンで攻撃を続ける。

 斬撃と銃撃のコンビネーション。オーディンは一対の剣を巧みに操り、それら全てを防御する。その間オーディンは宙に浮いたままの状態で、足が空中にある見えない床に張り付いているかのようであった。

 近距離戦はほぼ互角。互いに攻撃が掠ることはあるが致命傷、動きの阻害にならないと判断して見過ごしているだけのこと。そういった取捨選択が出来なければ大きなダメージを負ってしまう。

 オーガフォンのトリガーを引く。しかし、銃口から光弾は発射されなかった。弾切れである。再充填するにはもう一度番号を入力しなければならないが、そんな暇は無い。

 空撃ちをしてしまったことで攻撃に間が出来てしまった。オーディンは両腕を交差させて双剣を同時に斬り付けようと構える。オーガはそうはさせまいとオーガストランザーを突き出した。

 オーガストランザーの突きが、刃を重ね合わせているゴルトセイバーに命中。オーディンの攻撃を事前に防いだ──かに思われた。

 交差した双剣が光を発する。青と赤、オーガはその光に既視感を覚えた。オーディンが使役するゴルトフェニックス、その翼と同じ輝き。

 しまった、と思ったときには遅かった。オーディンはオーガの攻撃を防御しているのではない。その構えこそが攻撃体勢であったのだ。

 疾風の青、烈火の赤が混合され一つの力となる。烈火の如き炎が疾風に押し出されることで猛火の風となりオーガを喰らう。

 ただでさえ高温の炎が絶えず供給される風により熱を高めていき、結果として屋上床が溶解。炎の勢いに押されて炎の中のオーガが下へ落ちていく。

 オーディンは攻撃の手を緩めない。既にオーガの姿が見えないが、送り込む猛火の風は更なる勢いを増す。

 屋上から下の階層を貫いてオーガを下へ下へ落としていく。

 このままオーガは何も出来ずに最下層まで叩き付けられるのかと思いきや、放つ猛火を押し返す力をオーディンは感じ取る。

 オーガは炎に呑まれ、落下しながらもオーガストランザーをオーディンに向け、オーガストラッシュを放っていた。

 スマートブレイン本社の中層部分で二つの力が衝突。烈火の赤と疾風の青、フォトンブラッドの金の力が拮抗することで衝突の際に発生した力がスマートブレイン本社を揺るがし、外壁を突き破って外へ漏れ出す。

 互いに押し返す力はやがて限界に達し、暴発。凄まじい爆発が生じ、オルフェノクたちの象徴とも言えるスマートブレイン本社は真っ二つに折れた。

 

 

 ◇

 

 

 何一つ障害物の見えない無限に広がっているようにさえ見える空。限られた者しか辿り着くことが許されないその空間でサイガとゴルトフェニックスは文字通り羽を伸ばして戦闘を繰り広げていた。

 

『ははははっ!』

 

 高揚した笑い声を上げながらサイガはブースターライフルから光弾を連射する。

 ゴルトフェニックスの動きの先を読んで発射しているが、ゴルトフェニックスの飛行速度はサイガの予測よりも速く、撃ったときには既に着弾地点を通過。サイガはその度に修正をして撃っているがゴルトフェニックスに命中しない。

 青空に揺れる二本の青い紐。連射しているサイガの光弾が左右に射線を変えていることで描かれている。

 

『──これはダメだな』

 

 今のやり方では命中させられないと判断したサイガは、即座に戦法を切り替える。ライフルモードのフライングアタッカーを飛行形態へと戻し、最大速度を以てゴルトフェニックスへ突撃を開始する。

 最高速でゴルトフェニックスの後を追うサイガ。徐々に距離は詰められていき、追い付きそうになる。

 すると、ゴルトフェニックスは急遽反転。サイガと向き合う。そして、両翼を羽ばたかせて燃え盛る炎の渦を放った。

 炎の渦がサイガを覆う刹那、サイガはフライングアタッカーを再びライフルモードに切り替えて銃口を炎の渦へ向ける。

 その直後にサイガは炎の渦の中へ閉じ込められた。超高温がサイガの全身を焼き尽くそうとする。

 だが、次の瞬間には炎の渦が膨張し出し、破られると同時に青い光が球体状に広がる。

 

『Exceed Charge』

 

 青い球体から飛び出したのは全身から白煙が立ち昇るサイガ。

 どんな相手だろうと攻撃の直後が最も大きな隙を晒す。サイガは敢えてゴルトフェニックスの攻撃を受けた。そして、チャージした光弾により内側から炎の渦を破壊すると同時に次なる技へと繋げていたのだ。

 飛び出してきたサイガにゴルトフェニックスは咄嗟に反応出来ない。そのゴルトフェニックスの顔面にサイガの両拳によるスカイインパクトが炸裂する。

 

 




次回は外伝で完全捏造のレオ過去回となります。
色々とオリジナルの要素が出てきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

外伝 パラダイス・ブレイク

完全捏造のレオ過去編となります。
思ったよりも長くなりました。


 オルフェノクという存在は、何も日本にのみ存在する訳では無い。世界は広く、中にはオルフェノクの有用性に気付いている者たちも居た。

 とある組織。表立って公表されておらず、裏の世界でのみ名が通っている。その組織は暗殺などの殺しを主な収入源にしており、個人或いは企業などが邪魔、排除したいと思っている人物を依頼により人知れず屠るのを仕事としていた。

 オルフェノクは──その組織の中では別の呼び方をされているが──その組織に於いて特別な存在であり、人が次に行くべき新たな段階として神聖視されていた。殺しやオルフェノクを崇拝する様はカルト組織と言って差し支えない。

 組織の構成員の殆どは年端も行かない子供たち。孤児や貧困などを理由に親から棄てられた子供たちを組織が拾い、構成員として育てる。

 構成員に至る育成過程は過酷なものであり、死人が出ることはほぼ当たり前のことであった。ただし、この育成を過酷なものにしているのはわざとであり、組織は死んで復活した者がオルフェノクに成ることを知っていた。

 育成の過程でオルフェノクとして覚醒するなら良し。スパルタを通り越した苛烈な試練を乗り越えて立派な構成員になっても良し。その過程で命を落としてもそれで良し。素質も素養も無い者は不要であり、代わりは幾らでも利くので組織にとっては何の問題も無かった。

 そして、何よりも構成員自身がオルフェノクとして復活することを望んだ。組織の洗脳という名の教育もあるが、死亡してオルフェノクに成れば自動的に組織内に於いて高い地位に置かれる。地べたを這いずることしか知らなかった者たちが今まで経験したことがない数多の快楽を浴びるように得ることが出来るのだ。

 オルフェノクに覚醒するにはオルフェノクの力を直接流し込む使徒再生という方法があることも組織は知っていた。組織はそれを『覚醒の儀』と呼んで月に一度希望者を募り、全ての構成員たちの前でそれを行っていた。

 わざわざ公開するのはオルフェノクの一瞬にして人を灰にする強さと運良くオルフェノクとして覚醒した者が、オルフェノクとなる瞬間の神秘性などを構成員に刷り込むこと。毎回行う度に希望者は全滅し、一年の間に一人、二人出れば上出来という非情なものであるが、希望者は後を絶たなかった。

 全ては教育の賜物であり構成員たちは自らの意思で死へと向かっていく。死してオルフェノクとして蘇る可能性が限りなくゼロに近いことを知っていても。自らが選ばれた者だと信じて。

 何処へ行く当てもない彼らにとってこの組織こそが唯一無二の居場所であり『楽園(パラダイス)』。

 そんな死と狂気のニオイが染み付く組織の中に産み落とされたのがレオ。組織にとってレオは特別な存在であり、産声を上げたときから彼の将来は決定されていた。

 組織内で高い地位を用意されているということは当然ながらレオもオルフェノクであった。ただし、他のオルフェノクと違いレオは特異なオルフェノクである。

 だが、特別な存在故にその教育には一切の妥協がされず、幼少の頃より常に死と隣り合わせであった。

 世界の情勢を知る為にあらゆる言語を叩き込まれ、何か間違えれば意識が失う程の折檻。

 体術や技術を教えられるときには文字通り体へ直接教え込まれる。年齢が一桁のときから成人男性相手に実戦さながらの訓練をさせられ、常に血と痛みが絶えない生活を送っていた。

 普通ならばとっくに死んでもおかしくない生活を送っていたが、レオはそれに耐えた。それどころか超えてみせた。

 教えられた言語を全てマスターしたときには今まで散々世話になった言語の教師を分厚い辞書で半殺しにした後に下顎を引き千切って二度と言葉を喋られないようにし、体術、技術の教師は訓練の最中に手足を全てへし折り、背骨を砕いて一生歩けない体にした。

 そんな狂暴さ見せても組織の者たちは誰もレオを咎めなかった。寧ろ、流石は『選ばれし子』とそれを褒め称える始末。

 誰も彼もがレオを肯定し、崇め、讃える。あらゆる賞賛の声を浴びる環境。

 レオにとってそれは──最悪という言葉では足らないぐらいに劣悪なものであった。

 レオは自分が居る組織が如何にトチ狂ったものであるか客観的に理解していた。狂気に満ちた世界の中で唯一の正気──もしかしたら、これも一種の狂気なのかもしれない──組織の色に染まらず、確固たる自我が生まれたときから備わっていた。

 嫌悪しか抱かない組織。それを崇拝している構成員にも同様の感情しか持たない。いつの日かこの手で潰してしまいたい、そう思いながらも聡明な彼はそれが叶わぬ夢であることを理解してしまっていた。

 レオは優れた力を持っているが、所詮は個。数による力の差は覆せない。もし、それを覆すことが出来るとすれば、誰も敵わない圧倒的な力を得る必要があった。

 レオにはそれを手にする方法が無い。故に組織の中に縛られ、彼らが望むままに敷かれた道の上を歩くしかなかった。

 賞賛する声は彼の魂を腐らせようとする。期待する声は可能性の幅を狭めようとする。

 過ぎていく時間。近付いて来る確約された未来。レオはそれに焦燥しか感じない。だが、どれだけ焦りを感じても現状を打破する方法が思い付かない。

 目の前の現実から目を逸らすようにレオは特訓と称した構成員との戦いにのめり込んだ。戦いの中の高揚感だけがレオから現実を奪ってくれた。

 やがて、組織内で成人と認められる年に達したとき、レオに最初の仕事が与えられた。

 要人の暗殺。レオはこれを単独且つオルフェノクに変身せずに人間の姿のままそれを為したことで組織内に於いてレオの評価は一層高まる。

 オルフェノクに変身しない。これは名声を狙った訳でも仕事を舐めているからでもない。レオは純粋にオルフェノクとしての自分の姿が嫌いだったのだ。

 初めてオルフェノクとなった自分を見たとき、レオの胸中に溢れたのは嫌悪と忌避と拒絶であった。レオはそれ以降オルフェノクの姿になっていない。

 レオが人の姿のまま仕事をこなすことを疑問視する者たちも居たが、レオはそれを実力によって黙らせた。どんな姿であろうと仕事を成功させればそれで問題無い。

 言われたまま組織の仕事を行う毎日。レオにとってそれは心が擦り減っていくような日々であった。

 やがて、そんな擦り殺される日々に変化が訪れる。この日、レオに与えられた任務、それはスマートブレインの社長である村上峡児の暗殺。

 急成長していくスマートブレインの存在に危機感を覚えた何処かの企業が、事故に偽装して葬って欲しいというのが依頼内容であった。

 そして、これはレオにとって最後の依頼。これが終わればレオはある役目を正式に任命される。今までの実績から誰もがレオの成功を疑わなかった。

 一方でレオは無関係であった。村上峡児という男もこの後の自分のことも。定められた道を歩くだけの人生に何の興味を抱けばいいというのか。

 何事もつまらないぐらい普段通りに終わる──そう思っていた。

 

 

 ◇

 

 

「がはっ!?」

 

 腹に火球のような青色のエネルギーを受けたレオは壁に叩き付けられた。その衝撃でコンクリートの壁に罅が入る。

 レオは前のめりになって地面に倒れ込み、何度も咳き込む。

 

「おや? まだ生きていますか」

 

 頭上から掛けられる声。空中に浮遊した村上が、両手に青い炎を宿しながら少々驚いたように言っている。

 

「いきなり命を狙われるなんてお姉さんこわーい!」

 

 わざとらしい大袈裟なリアクションをするスマートレディ。

 

「でも、それだけ社長の名が有名になったってことですね?」

「名が広まるのは結構ですが、ちゃんとアポは取って欲しいものですね」

 

 襲撃されているのに緊張感の無い会話。それだけの余裕があるということ。

 暗殺相手がオルフェノクなのはこれが初めてという訳では無い。以前の仕事で護衛の一人がオルフェノクだったことがある。そのときも人の姿で倒してみせた。

 だが、感覚で分かる。村上はオルフェノクとして今まで出会ったことがない格の違う相手だということが。組織の中でも恐らく敵う者が存在しないぐらいの。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……ははは」

 

 自然と笑いがこみ上げてくる。最高傑作などと謳われた自分が無様に地面に手足を着いている。その滑稽さと組織の者たちの見る目の無さ、そして世界の広さがレオに屈折した喜悦を与えてくれる。

 

「社長、笑っていますよーあの子」

「その元気があるということですね。どうやら彼は──」

 

 立ち上がるレオ。その顔には紋様が浮かび上がっている。

 

「──オルフェノクのようですから」

 

 今まで嫌悪していたオルフェノクの力をレオは解き放とうとしている。村上は強い。だからこそ、レオは後悔の無いように全力を出す。今ここで死んでも良いとさえ思っている。

 全力の自分に勝つということは今まで自分を否定するということ。それは自分を育ててきた組織の否定へと繋がる。

 レオは望んでいた。今ここに居る自分が間違っているという証明を。

 

「おおおおおおっ!」

 

 咆哮を上げながらレオの姿がオルフェノクへ変わっていく。変身したレオを見たとき、村上とスマートレディは衝撃を受けた。

 

「まあっ!」

「これは……!?」

 

 胴体に浮かび上がる獅子の顔。甲冑騎士のような頭部。後頭部には豊かな鬣が靡いている。ライオンをイメージにした姿。だが、普通のオルフェノクとは明らかに異なる特徴がある。

 足や腕、胴体に巻き付くように浮かぶ鱗。首筋に喰らい付くように一体化している蛇の頭部。

 通常、オルフェノクは一つの動植物をイメージした姿になるがレオのオルフェノク態はライオンと蛇の二体の動物が融合した姿となっている。

 二つの獣が混ざり合った姿はまさにキメラ。

 

「すごーい! 初めて見ましたー!」

「異なる二つの要素……まさか……」

 

 驚きながら拍手を送るスマートレディとレオの正体に気付き始める村上。

 レオが特異な存在たる理由、それこそがこの姿。レオは恐らく史上初めてのオルフェノク同士から生まれた純血のオルフェノクであると同時に生まれながらのオルフェノクでもあった。

 組織はずっと考えていた。より強力なオルフェノクを誕生させる術を。そこで導き出されたのがオルフェノクとオルフェノクとの間に子供を産ませること。

 その過程の実験で多くの命が失われてきた。

 まず前提として母体はオルフェノクであることが絶対であること。最初は生まれながらのオルフェノクを誕生させることを目的としており、オルフェノクと人間との子を創ろうとしていた。

 その際に男性側がオルフェノクで女性側は普通の人間だった。女性は組織の期待通りに子を孕んだが、妊娠して三ヶ月が過ぎようとしたとき女性は突然灰と化した。灰の中に生まれる筈であった胎児が発見されたが、未熟過ぎた為に間もなく息を引き取った。

 その後に何度か同じ事を試したが、多くの母体が灰となって死亡するという結果に終わった。中には無事に出産というものもあったが、産まれた赤子は全て人間であった。

 母体の灰化の原因、それは胎児であった。犠牲となった女性たちが孕んだのは生まれながらのオルフェノク。二人を繋げる臍の緒を伝わり、胎児のオルフェノクエネルギーが母体へ徐々に流し込まれていきある日限界を迎えて灰化したというのが真相である。

 オルフェノクの赤子を産み落とすには人間の体は脆すぎる。その失敗から学んだことを生かし、今度は母体もオルフェノクとすることとになった。しかし、オルフェノクは稀少な存在。当然母体の数は少ない。故に組織は悍ましい所業に手を出す。

 身寄りのない女性などを拉致。使徒再生を施し、覚醒した者を無理矢理母体にしたのだ。

 こういった所業を繰り返し母体を確保したが、それでも事は簡単には運ばない。オルフェノク同士の交配だと別の問題が生じる。

 懐妊する確率の低下。一年続けた結果、子を妊娠する確率は一割にも満たない。更に妊娠したら妊娠したで新たな問題が出て来る。

 オルフェノク同士の子はオルフェノクになるという訳ではなく、人間の子の場合が殆ど。生まれる前からそれが分かってしまう。何故ならば、人間の赤子であった場合母体の子宮の中で消滅してしまうからだ。

 原因は前述したケースの逆。母体から発生したオルフェノクエネルギーが臍の緒から赤子へと注がれてしまい、耐え切れずに灰すら残らずに消滅する。これは制御出来ない問題であり、どうにもならない。

 しかし、組織は何度も何度も失敗を繰り返しながら諦めることはせずに同じ過ちを繰り返した。そして、奇跡が起きた、起こってしまった。組織が追い求めていた純血のオルフェノク──レオの誕生である。

 顔も名も知らない数多の兄弟たちの灰が積み重なった先に産み落とされた奇跡と祝福の子であり犠牲の果ての忌み子、それがレオの正体である。

 レオは十数年ぶりに変身した己の姿を見る。否応なく吐き気が込み上げてくる。悍ましく、グロテスクな外見をしている訳では無いがレオはどうしても自分の姿に強い嫌悪感を覚えてしまう。本能が訴えかけてくるものなので自分でもコントロール出来ない。

 獅子と蛇。父と母のオルフェノクとしての因子を受け継いだ証。父が誰かは知らないし、母も知らない。風の噂で聞いた話ではレオを産んだ後に処分されたという。顔も知らない両親との唯一の繋がりが、この忌むべき姿なのが皮肉としか言いようがない。

 

「どうやら貴方は特別な存在のようだ」

 

 村上の目に興味の色が宿る。少々腕が立つ程度の暗殺者という認識を改めると、村上の姿がオルフェノクへと変わる。

 薔薇の花弁が舞い、その中心に立つローズオルフェノク。両手を後ろで組み、余裕に満ちた態度でレオことキメラオルフェノクと対峙する。

 

『──全力を出すのは初めてだ』

「そうですか。それは光栄ですね」

 

 薔薇の花弁が吹き荒れる中でキメラオルフェノクが咆哮を上げ、ローズオルフェノクへ飛び掛かった。

 

 

 ◇

 

 

「ふぅ……」

 

 村上は乱れた髪と衣服を正し、口の端から流れていた血を拭う。

 

「──大したものですね、貴方は」

 

 向けられた視線の先には大の字になって倒れているキメラオルフェノク。その四肢は村上により破壊され限界まで捻じ曲げられていた。

 

「ははは……」

 

 キメラオルフェノクは変身を解き、レオの姿へ戻ると笑いを零す。世界の広さを知った。そして、自分如きがもてはやされていたあの世界が如何に矮小なものかを知った。

 オルフェノクとは残酷なまでに素質の世界。レオのような特異な出生など関係無い。その者の背景や過去、過程など意味は無い。強い素質を持った者が強くなるという単純で分かり易い存在なのだ。

 村上との戦いでレオはそれを確信した。分かっていたことだが、やはり組織の思想は滑稽であった。

 

「何かおかしいことでもありましたか?」

 

 笑うレオに村上が訊く。

 

「彼奴らが否定されたのが嬉しいのさ」

 

 絶対と思えた組織は絶対ではなかった。その事実だけでも負けた甲斐がある。塗り固められた思想はどれだけ脆いものなのかを知り、爽快な気分であった。

 

「ふむ……」

 

 村上はレオを値踏みするかのように見る。

 

「殺りたければ殺ればいい……殺さないでくれなんて虫の良いことは言わない」

 

 自分の最期を悟りながらレオは薄く笑う。

 

「それにもうあの姿にならなくて済む」

「お嫌いですか? 私たち本来の姿が?」

「花瓶に飾れそうなそっちと違って僕は見てくれが悪いんだ」

「──褒め言葉として受け取っておきましょう」

 

 レオがオルフェノクの姿に強いコンプレックスを抱いていることを察する村上。このまま始末することは容易い。だが、村上はレオの強さに興味を持っていた。そして、レオのコンプレックスを知ったとき利用出来ると判断する。

 

「ふむ……貴方、スマートブレインに入りませんか?」

「……何だと?」

 

 まさかの勧誘にレオは戸惑う。

 

「わぁー。この子、カッコイイからお姉さんは賛成でーす!」

 

 スマートレディは吞気に村上の急な提案に賛同する。暗殺を仕掛けた相手だというのにこの態度。見た目通り常軌を逸した思考をしている。

 

「貴方は上の上──最上と評価してもいい。ここで死なせるのは惜しい。もし、スマートブレインに入ってくれるのなら、貴方に新しい力を授けましょう」

「新しい力……?」

「私が貴方を『変身』させてあげますよ」

 

『変身』。その言葉にレオは強く惹かれる。そしてレオは──

 

 

 ◇

 

 

 組織の幹部たちはいつものように揉めていた。組織の長を継ぐことが約束されていたレオが仕事に向かってから一か月は経過しようとしているのに帰って来ず、連絡も無い。組織でも一、二を争う実力者であったが、暗殺に失敗して逆に殺害された、というのが幹部たちの見解であった。

 長の有力候補であったレオが居なくなったとなれば次にやることは新たな候補者を選ぶこと。このときの幹部たちは目の色を変えて自分、もしくは息の掛かった者を候補者に推すという醜い権力争いを行っており、レオの死を悼む者は皆無であった。

 そんな中で吉報──幹部たちにとっては凶報──が入る。レオが帰還したのだ。組織の者たちすぐにレオを出迎えるが──

 

「やあ、諸君」

 

 ──初めはそれが誰なのか分からなかった。見た目はレオであることは間違い無い。しかし、記憶の中のレオはこのような爽やかな笑みを浮かべたことなど無く、常に感情が見えない無表情であった。

 そして、何故か腹部に機械で出来たベルトを付けており、手に持った携帯電話を放り投げてはキャッチするという手遊びをしている。

 

「突然なんだが、皆殺しになってくれないかな?」

 

 爽やかな表情のまま物騒なことを言い放つレオ。組織の者たちはそれを冗談とは思わなかった。発したレオの声が本気であることを感じ取ったからである。

 組織の者の何名かの顔に紋様が浮かび上がったのを見て、レオは手遊びを止め、携帯電話──サイガフォンに『3・1・5』の番号を入力。

 

『Standing by』

「──変身」

『Complete』

 

 ベルト──サイガドライバーにセットし、填め込むことで青い光を発しながらレオは変身する。

 村上に下ることで手にした新たな姿であるサイガ。しかし、後のサイガと比べるといくつか異なる点がある。

 白い装甲が何箇所か欠損しており、その下にある機械部分が露出している。これはサイガのフォトンブラッドの循環がまだ不完全なものであり、熱が発生してしまうので排熱を促す為にしてある。

 またフォトンブラッドの循環が不完全なせいで後に装備するフライングアタッカーへのエネルギーを十分に回せることが出来ないのでオミットされていた。

 未来のサイガと比べると至って軽装。だが、レオからすればこれで十分であり、纏ったときに来た圧ですら心地良く感じる。

 これがレオの新たな力、新たな姿。サイガの前身──プロトサイガ。

 プロトサイガへの変身に組織の者たちは動揺するが、すぐにオルフェノクへ変身し、向かってくる。

 プロトサイガはサイガフォンをフォンブラスターへ変形させ、番号『106』を入力。

 

『Burst Mode』

 

 サイガフォンから放たれた青い光弾が立て続けにオルフェノクらを撃ち抜く。オルフェノクたちは光弾が命中すると同時に硬直、次の瞬間には全身から青い炎を噴き出し、灰となって崩れ落ちた。

 

「へぇ! 凄い威力だ!」

 

 プロトサイガは一撃でオルフェノクを絶命させた光弾の威力に興奮を隠しきれない。そして、改めて村上を始めスマートブレインに敵わなかったことを理解する。既存の技術の数歩先を行く超技術。まともに対抗して勝てる筈も無い。

 一方で組織の者たちは啞然としていた。絶対的な存在だと思っていたオルフェノクが呆気無く殺された。刻み込まれていた思想の根本が揺るがされる。

 しかし、プロトサイガは彼らのそんな心情など気にする理由など無かった。

 棒立ちになっている彼らを撃つ。撃つ。撃つ。オルフェノクである者やそうでない者も混じっているが撃ち続けることには変わらない。

 皆殺しにする。その宣言通り相手を区別などしない。

 フォンブラスターがチャージ切れを起こす。プロトサイガは番号を再入力。その隙に組織の者が武器を持って飛び掛かって来たが、蠅でも落とすかのようにプロトサイガが手を振ると、その手は頭部に命中し粉砕する。

 武器でも力でもプロトサイガに対抗出来る者は居らず、瞬く間に組織の者たちは数を減らしていく。

 構成員たちを屠りながら最奥を目指すプロトサイガ。誰もその歩みを止めるどころか、速度を変えることすら出来ない。

 やがて、プロトサイガの足が止まる。組織の最奥──長のみに許された部屋。中に入ると中年男性がプロトサイガを待ち構えていた。

 

「まさか、貴様がこのような真似を──」

 

 長である男が何かを喋っているが、プロトサイガの耳には入って来ない。後ろに手を回して腰にセットしてあるもう一つの武器を外す。

 グリップのあるナックルガードのような一対の武器にプロトサイガはサイガフォンからミッションメモリーを外して上部にあるスロットに挿し込んだ。

 

『Ready』

 

 音声の後、青い刀身が形成される。トンファーエッジと名付けられたそれを器用に回し、握り心地を確かめる。

 

「──ここで後悔しろ!」

 

 丁度、長の長い話が終わりオルフェノクの姿へと変わる。

 

『Exceed Charge』

「話は終わり?」

 

 プロトサイガは既に長の目の前に移動しており、その首に青く発光するトンファーエッジを交差させて当てていた。

 長が声を発する前にトンファーエッジが長の首を通り抜ける。

 間を置いて後に長の胴体から落ちる首。それが地面を転がっていく。

 長の首を見ながらプロトサイガは独り納得する。

 

「そういうことか……」

 

 純血のオルフェノクを何故誕生させようとしたのか。何故、自分が長の跡継ぎに選ばれたのか。長の亡骸──獅子のイメージが入ったオルフェノクを見て納得する。だが、今となってはレオにとっては全てどうでもいいことであった。

 

「さよなら、父さん」

 

 灰の山と化した残骸にプロトサイガは何の感慨も無い別れの言葉を吐いた。

 

 

 ◇

 

 

 スマートブレイン本社社長室。仕事を終えたレオを村上とスマートレディが迎える。

 

「ご苦労様でしたね、レオ」

「これで僕も晴れてスマートブレインの一員だね、ボス」

「おめでとー。お姉さんはレオ君を大歓迎しまーす!」

 

 拍手を送るスマートレディにレオは爽やかに応じる。

 

「そして、これが正式に僕の物になった」

 

 レオはサイガギアが収められたアタッシュケースを見せる。

 

「ええ。ですが、サイガはまだ調整が必要です。テストの為に色々と協力してもらいます」

「これでまだ未完成なんて恐ろしいね……完成したらどうなるんだろう?」

 

 レオの高揚を隠し切れない笑みに村上は口の端を上げると窓の外を指差した。レオはその行動に疑問符を浮かべる。

 

「サイガは帝王のベルトであり天を司ります……完成した暁には、この空は君のものです」

 

 何処まで果てしなく広がる青空。そこに君臨することを許された帝王──サイガ。

 レオは興奮で身震いすることが止めらない。

 

「──最高だね」

 

 

 




過去を匂わせる要素が一切無いキャラなので、色々と設定を捏造して書きました。
次からは本編に戻ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

金色の蛇

しばらくの間、プライベートが忙しくなるので投稿速度は落ちます。


 足早に移動する浅倉。昂る気持ちがそのまま歩みに出ている。

 ここへ来る前に突然神崎が浅倉の前に現れ、彼にこう言った。

 

『ここへ来い。お前の望んでいる戦いがある』

 

 体よく浅倉を使う腹積もりなのだろうが、浅倉も神崎が自分を利用しようとしているのは分かっている。しかし、浅倉にとっては些末な事。行った先に戦いさえあれば浅倉は何も気にしない。

 どんな相手が、どれほどの数待ち受けているのか期待を抱きながら人目の無い道を突き進むが──

 

『あー』

 

 ──不意に聞き覚えのある声が浅倉の耳に入り、彼は足を止める。周囲を見回すが声の主は見つからない。

 すると、ミラーワールド固有の音が漏れ出す。

 

「ちっ」

 

 浅倉は舌打ちをしてカードデッキを取り出す。折角の戦いの高揚感がミラーモンスター如きに水を差され、一気に不機嫌になり苛立ちが加速的に募っていく。

 しかし、浅倉にとって予想もしなかったことが起こる。

 近くにあるガラス窓から飛び出て来る人──それは、浅倉が探していた因縁の相手である北崎であった。

 

「やだなぁ……こんな所に居たの?」

「お前……北崎か?」

「あれ……? 名乗ったっけ? ……まあいいや」

 

 北崎を認識した瞬間、今までの不機嫌さは一気に吹き飛び、浅倉は獰猛な笑みを浮かべる。

 

「探しても見つからない癖に、こういうときには現れるのか……」

 

 わざわざスマートブレイン本社まで乗り込んでも会えず、オルフェノク狩りをしても出会えず、北崎の名が記憶の片隅に追いやられたタイミングで再会したとなれば、運命というものに皮肉の一つも言いたくなる。

 北崎の方も村上に頼まれ、花鶏周辺を適当に歩き回っていた。ミラーワールドでも現実世界でもどちらでも良いのでライダー、もしくはミラーモンスターが出現したら排除するのが村上の依頼である。

 その頼みを聞いて散歩のようにミラーワールドを歩き、中々ミラーモンスターが出て来ないのでそろそろ飽きて帰ろうとしたところで偶然浅倉を発見した。

 最初の邂逅が偶然ならば再会も偶然。しかし、会うべくして会ったとも言えるかもしれない。

 二人が出会ったことでスマートブレインと神崎士郎、ひいてはオルフェノクとミラーモンスターの戦いの引き金となった。

 戦いの火蓋を切ったのが二人ならば、再戦は全ての決着をつける今日という最後の日に相応しい。

 

「会いたかったぜぇ……! 北崎ぃ……!」

「ふーん……僕にそんなこと言うのは君が初めてだなぁ」

 

 常に恐怖と畏怖の視線を送られてきた北崎にとって執念深く、好戦的な目で見られるのは初めての経験であった。しかも、北崎のことを何も知らない訳では無い筈なのに。新鮮に感じられるが、同時に生意気にも思う。

 北崎の中に対等という言葉は存在しない。自分が最強であり王。それが北崎にとっての絶対であり真理。幼稚で傲慢と一蹴するのは簡単だが、質の悪いことにそれに説得力を与える強さを北崎は持っている。

 だからこそ、強く再戦を望む浅倉がひどく鬱陶しく映った。まるで対等のような口振りが癇に障った。全く恐れていないことが目障りだった。

 

「──ここで消してやる」

 

 間延びした喋りを捨て、冷酷な殺意を吐き捨てる。北崎の変化に浅倉は驚くことはせず逆に笑みを深めた。

 浅倉は近くの反射物にカードデッキを映し、Vバックルを装着。その流れで変身するかと思いきや急に手が止まる。

 

「おい……前のやつはどうした?」

 

 浅倉の視線は北崎の腹部を指している。北崎が装着しているのはスマートブレインのロゴが入ったミラーワールドを行き来する為だけの簡易デッキ。以前、浅倉のときに使用したデルタのベルトではない。

 

「前のやつ……? ああ、あの玩具? 飽きたから返しちゃった」

 

 てっきりデルタとの再戦だと思っていた浅倉は、飽きたから返したという言葉に一瞬呆ける。すぐに呆けた分が苛立ちと憤怒で埋め尽くされようとするが──

 

「別にいいでしょ? あの玩具よりも僕の方が強いから」

 

 ──絶対的自信に満ちた北崎のその言葉に鎮火する。

 

「ほぅ……?」

 

 怒りは一転して好奇心と期待へ変わる。浅倉からすれば手応えのあるのならば何の文句も無い。

 

「なら、確かめさせてもらうぞ……」

 

 浅倉はカードデッキを翳しながら構えをとる。

 

「変身っ!」

 

 カードデッキがVバックルに装填され、浅倉は王蛇へと変身。そして、すかさずベノバイザーのスロットを開けてカードを挿し込む。

 

『SWORD VENT』

 

 音声が鳴り終わる前に王蛇は駆け出し、北崎目掛けて跳躍。降下するタイミングで鏡面から飛び出してきたベノサーベルを掴み、落下と共に北崎へ振り下ろす。

 北崎は邪な笑みを浮かべた顔に紋様を重ね、その姿をドラゴンオルフェノクへと変えた。

 北崎のオルフェノクとしての姿を初めて目撃する王蛇。その恰好は気に入らないがそれなりに手応えがある、とあるライダーを彷彿させ、ベノサーベルを握る手により力が入る。

 ドラゴンオルフェノクの脳天を叩き割ろうとするベノサーベルの一撃だったが──

 

「軽いなぁ」

 

 ──掲げられた竜頭の籠手がそれを軽々と受け止めてしまう。

 どんなに押し込もうとドラゴンオルフェノクの腕は微動だにしない。

 

「えい」

 

 ドラゴンオルフェノクが軽く腕を払う。ベノサーベルが弾かれるだけでなく王蛇自身も腕の一振りによって弾き飛ばされ、壁面に衝突──するかと思いきや壁にあった反射物の中へ入ってしまい、そのままミラーワールドまで飛ばされる。

 地面を転がっていく王蛇。入った場所から十数メートルも転がされてやっと止まった。

 

「くっ……!」

 

 王蛇はベノサーベルを突き立てて体を起こす。顔を上げた彼が見たのはミラーワールドに侵入してきたドラゴンオルフェノク。

 

「なぁーんだ。思ったより非力だね……」

 

 ドラゴンオルフェノクの影に北崎が映し出され、見下しと嘲りを込めた台詞を吐く。

 

「イライラさせてくれるな……!」

 

 戦いで解消される苛立ちよりも湧き上がる苛立ちの方が勝り、王蛇はベノバイザーに新たなカードを入れる。

 

『STRIKE VENT』

 

 掲げた右腕に装着されるメタルゲラスの頭部の形状をした武器──メタルホーン。両手に武器を装備した王蛇は雄叫びを上げながら駆け出す。

 

「懲りないなぁ」

 

 先程の攻防で力の差を思い知った筈なのに全く臆する様子の無い王蛇にドラゴンオルフェノクは呆れる。そして、同時に小さな苛立ちを覚えた。

 メタルホーンによる振りかぶりの一撃。モーションが大きく、避けてくれと言わんばかりの大振り。しかし、ドラゴンオルフェノクは敢えてその場から動かない。

 メタルホーンのドリル状の角がドラゴンオルフェノクの胸部に打ち込まれる。だが、角が胸部を貫くことは無かった。硬過ぎるドラゴンオルフェノクの体皮はメタルホーンの刺突力と王蛇の腕力を掛け合わせた一撃でも通すことを許さない。

 

「効かないよ」

 

 ドラゴンオルフェノクを嘲笑と共に王蛇の顔面を殴り付ける。ドラゴンオルフェノクはこの戦いの勝利条件を決めていた。それは王蛇に圧倒的差を見せつけて勝利すること。

 最初に戦ったときから感じていたが、ドラゴンオルフェノクは王蛇のことが嫌っている。王蛇の言動全てがドラゴンオルフェノクの存在を否定するかのように畏怖していない。

 何よりも自分が上だという傲慢な考えの下、王蛇の心を完全にへし折られなければ勝った気になれないのだ。

 ドラゴンオルフェノクのそんな内心に唾吐くように王蛇は殴られた状態のままベノサーベルをがら空きになったドラゴンオルフェノクの脇腹へ叩き付けて反撃する。

 比較的防御の薄い箇所だが、ドラゴンオルフェノクからすればむず痒い程度。しかし、抵抗する王蛇の様に苛立たしさを覚える。

 

「無駄なことばっかりしてぇ……」

 

 ドラゴンオルフェノクは両手を組む。そして、鉄鎚と化した両腕を王蛇の背中に振り下ろした。

 鈍い音の後に王蛇の体は地面に勢い良く叩き付けられ、地面を砕く。それだけは留まらず王蛇の体は跳ねて宙に浮く。そこへドラゴンオルフェノクの前蹴りが入り、王蛇は縦に回転しながら蹴り飛ばされた。

 縦回転する王蛇の体の何処かが地面に触れるが、飛ばされる威力を殺すことが出来ずバウンドする。王蛇は数度それを繰り返した後に壁面を突き破って建物の中に入っていった。

 圧倒してその心を壊すつもりで攻撃したが、それよりも先に死んでしまってもおかしくない。少し加減するつもりであったが、苛立ちのせいで力の制御を誤ってしまった。

 生死を確認する必要が出て来る。

 

「面倒くさいなぁ……」

 

 自分でやったことだが、その為に労力を使うのは非常に無駄なことのように思えてくる。自分が一番強い、一番凄いという結果は分かり切っていること。少しムキになってしまったが、結果を見れば自分の圧倒であった。

 このまま帰ってしまうことも簡単だったが、ドラゴンオルフェノクはその場で佇んだ後に王蛇を追って建物へ向かう。

 破壊された壁の瓦礫を蹴飛ばしながら入ったドラゴンオルフェノクが見たのは、今まさに立ち上がろうとしている王蛇。

 

「しつこい……」

 

 半ば殺したと思っていただけにまだ動ける王蛇を見たドラゴンオルフェノクは、感情をはっきりさせた声でうんざりしていた。

 王蛇は、そんな彼を無視して膝を震えさせながら立ち上がるろうとし、苦戦していた。何か体を支える物があれば良かったが、壁面を突き破った衝撃でベノサーベルもメタルホーンも手放してしまっていた。

 ドラゴンオルフェノクがすぐ近くまで来ているが、王蛇はそちらを向こうとはしない。余裕──などでは断じてない。王蛇はドラゴンオルフェノクの存在に気付いていないのだ。

 

(あぁ……イライラが消えた……)

 

 頭の中身がかき混ぜられたかのようなぼやけた思考。だが、無限に湧き続けるものだと思っていた苛立ちが今だけは感じなかった。

 ドラゴンオルフェノクの殺意の籠った一撃は、確かに王蛇へ届いていた。過剰な暴力により王蛇の脳は脳内物質を大量に分泌し、王蛇に陶酔感を与えている。それは裏を返せば命の危機に瀕しているということ。しかし、王蛇はそんなことなど気にせず脳内麻薬が生み出す制限時間付きの平穏な精神に浸っていた。

 夢見心地のまま立ち上がった王蛇は、そのまま棒立ちとなる。

 それを見て訝しむドラゴンオルフェノク。何か行動すると思っていたが、それに反して呆けたように立っているだけ。実際、呆けているのだがドラゴンオルフェノクにはそんな心情など読めない──元々、他人の気持ちなど慮る性格ではないので尚更である。

 

「気持ち悪いなぁ……」

 

 何もしてことない王蛇に得体の知れないものを感じるが、王蛇の方はドラゴンオルフェノクを見向きもしない。そんな王蛇の態度にドラゴンオルフェノクは苛立ちを覚える。王蛇の癇癪で伝播したかのように。

 

「いつまでそうしている訳?」

 

 声を掛けてみたが王蛇はやはり反応しなかった。ドラゴンオルフェノクは溜息を吐くと──

 

「もういいや」

 

 ──最初の方針をあっさりと捨て、王蛇を殺すことを決める。

 ドラゴンオルフェノクが一歩踏み出す。すると、重厚感のある外装が灰のように剥がれ、その下から軽装となった龍人態が飛び出し、一瞬で姿が見えなくなる。

 目視出来ない速度で移動するドラゴンオルフェノクは、いつまでも佇んでいる王蛇の顔面を高速移動したまま殴り付けた。

 真横へ折れるように王蛇の体が傾くが、殴られたときと同じくらいの速度で体を起こす。

 ドラゴンオルフェノクは足を止めることなく王蛇の全身を殴打。十秒も満たない間に百を超える拳を打ち込まれる。

 殴られ続ける王蛇であったが、命の危機に瀕しているせいもあり殴られる度に頭の中身が脳内物質に浸っていく。痛みは無い。それどころか多幸感すら感じる。

 しかし、いつまでも殴られ続けている訳にはいかない。このままではそう長く掛からずに死ぬ。その事実を王蛇は他人事のように思っていた。

 死ぬことに恐怖は無い。それよりも一方的に攻撃され続けて死んだら、この楽しい時間が終わることの方が嫌だった。

 王蛇は陶酔した頭で抗う方法を考える。王蛇の速度ではドラゴンオルフェノクに追い付かない。それどころか攻撃を掠らせることすら不可能。まともな手段ではドラゴンオルフェノクに攻撃を当てられない。

 ならば簡単な話である──まともな方法をとらなければいい。

 王蛇は殴られながらデッキからカードを抜き取り、ベノバイザーへ挿し込もうとする。その間もドラゴンオルフェノクの攻撃は止まない。しかし、王蛇もまたドラゴンオルフェノクの攻撃で動きを止めない。

 

『ADVENT』

 

 告げられるカード名。ドラゴンオルフェノクには聞き覚えがあった。あのカードを読み上げられた後に巨大な蛇──ベノスネーカーが襲撃してきた。

 王蛇から一旦距離を取り、周囲を警戒する。しかし、どういう訳かベノスネーカーは姿を現さない。

 不発というのは考え難いことだが、何かしら妨害が発生した可能性もある。神崎士郎が創り出したライダーとの戦闘経験が浅いので何が起こったのか正しい分析が出来ないが、迷うよりも先に自分の強さへの絶対的自信によりドラゴンオルフェノクはすぐに警戒から攻撃へ切り換える。

 ドラゴンオルフェノクの姿が消え、独り高速の世界へ飛び込む。何もかもがスローに動く中でドラゴンオルフェノクのみが自由自在に動く。

 

(これで終わりだよ)

 

 ドラゴンオルフェノクは五指を揃え、手刀の形をとる。手刀が青い炎に覆われた。次の一撃で王蛇の心臓を貫くつもりである。使徒再生など行わない。殺すと決めたからには確実に命を断ち、亡骸を灰に変える。

 手刀を構えたドラゴンオルフェノクは一直線に王蛇へと向かう──そのとき、視界の端で何かが通過していくのが見えた。

 反射的に目でそれを追う。小さな雫がゆっくりと地面へ落下していく。最初はただの水滴だと思った。だが、よくよく見てみるとその雫は透明ではなく黄土色をしている。

 黄土色の液体に目が行ってしまったドラゴンオルフェノク。視線が逸れている間に別の雫が肩の前に落下してきていること見逃してしまっている。

 それに気付くことなくドラゴンオルフェノクの肩が雫に触れる。高速で動いていることで雫は飛散し、肩回りに付着。液体であろうと高速で衝突すれば生身の方が傷付く。一定の高さから水に飛び込めば水面がコンクリート並の硬さになると言われているように。

 しかし、ドラゴンオルフェノクは例外であった。彼の肉体は音速に耐え切れる。高速移動中に何かに接触しても傷など負わない──筈であった。

 最初に感じたのはむず痒さ。やがて、痒みはヒリヒリとした痛みへと変わり、やがて耐え難い激痛と化す。

 

「ぐぅぅっ!」

 

 思わず立ち止まるドラゴンオルフェノク。見ると肩回りから白煙が立ち昇り、音を立てて外装が溶け出していた。それは先程、高速移動中に雫が接触した箇所。そのとき、背中に液体が触れた感触がした。

 まさかと思い、ドラゴンオルフェノクは頭上を見上げる。見上げた先には長い尾を建物の梁に巻き付け、こちらに大口を開いて見下ろしているベノスネーカー。

 頭上に居るベノスネーカーの口から毒液が雨のように吐き出される。範囲の外にいたドラゴンオルフェノクは毒液の雨を免れ、床に付いた毒液は床を溶かしていく。

 ドラゴンオルフェノクが高速で動いている中で呼び出されたベノスネーカーが頭上から毒液を吐き出すことでドラゴンオルフェノクすらも回避し切れない範囲攻撃と化した。

 王蛇の指示か。ベノスネーカーの本能か。それとも単なる偶然なのかは分からないが、ドラゴンオルフェノクは深手を負うことになる。

 

「っつ!」

 

 ドラゴンオルフェノクは龍人態から魔人態へ形態を変える。体の厚みが増し、軽装甲が重装甲になる。しかし、未だに毒液による溶解は止まらない。殆どの攻撃を弾くドラゴンオルフェノクの体でもミラーモンスターの持つ未知なる毒液に対しての耐性を持っていない。

 

「ああああっ!」

 

 ドラゴンオルフェノクは叫び、外装を脱ぎ捨てて再び龍人態へ変わった。溶かされている体を膨張させ、毒液が付着した箇所ごと剥がすことで無理矢理毒液の浸食を止めたのだ。

 久しぶりの痛みにドラゴンオルフェノクの心情は穏やかではない。普段は感情が薄い彼の腹の中では徐々に熱のような怒りが溜まり始める。

 それをぶつけようと王蛇を見たとき、ドラゴンオルフェノクは絶句する。何故ならば王蛇の体からも毒液による白煙が出ているからだ。

 まき散らされた毒液を正確にコントロールする芸当などベノスネーカーには出来ない。だから、王蛇ごと巻き込んで攻撃した。一歩間違えれば王蛇が死ぬかもしれない方法だったが、ベノスネーカーは特に躊躇はしない。餌の運び役が居なくなったら、今度は好きに食べるだけのこと。両者の信頼関係の無さが為す凶行であった。

 

「あぁ……」

 

 溶解する装甲。そんな中で浮き上がって来るのは苛立ち。先程まであった陶酔感が苛立ちにより塗り潰されていく。尽きぬことなく湧いてくる苛立ちの前には一時の解放にしか過ぎない。

 

「イライラする……! もっとだ……もっと俺と戦えっ!」

 

 ドラゴンオルフェノクは王蛇のことが理解出来なかった。ドラゴンオルフェノクにとって戦いとは自分が最も強いことを証明する手段だ。だからこそ、ドラゴンオルフェノクにとって負けることは有り得ないことであり、一番強くなければドラゴンオルフェノクの存在意義が無くなる。ドラゴンオルフェノクにとって死と敗北は同義であり忌避すべきもの。

 死ぬことすら恐れず、それどころか積極的に死へ向かおうとする王蛇のことが心の底から理解出来ない。

 王蛇にとって全てが自分のイライラを消す為の手段にしか過ぎない。暴力を振るい、暴力を振るわれる間だけはイライラを忘れられる。故にそれを何度も繰り返す。

 死にたがっているようにも見えるかもしれないが、王蛇にとって死などどうでもいいこと。結果としてそうなるだけであり、それよりも今あるイライラを消すことだけしか考えていない。

 傍から見ればドラゴンオルフェノクと王蛇は狂人だが、二人の考え方は全く異なるのだ。

 王蛇は無限に続くかと思える苛立ちに身心蝕まれながら、カードデッキからカードを抜き取る。

 ドラゴンオルフェノクは、これ以上王蛇との戦いに付き合ってられないと内心で吐き捨てながらそれを妨害しようとするが──

 

「ぐっ!」

 

 ──カードから放たれる金色の閃光により動きが止まった。

 王蛇が持つカード。不死鳥の胴体が描かれたそれからは、絶えず黄金の光が放たれ続けている。

 これが王蛇にとって最後の切り札であり、神崎士郎が王蛇に渡した最終手段でもある。

 光の中でベノバイザーが変化。ベノヴァイパーの横顔を模した、ブラックドラグバイザーツバイと同系統の武器へと進化。

 王蛇は新たなベノバイザーツバイの口を開き、その中へカードを収める。

 

『SURVIVE』

 

 読み上げられるサバイブの名。前回のカードの疾風のサバイブカードとは異なる別のサバイブ。それは仮面ライダーオーディンと同じ力であり、オーディンの根幹となる力──無限のサバイブカード。

 ベノバイザーツバイの変化に続き、王蛇の装甲も変わる。胴体の装甲はベノスネーカーの頭部を模した形状をし金九割、紫一割の配色のものとなる。脚の装甲も紫から金に変化。

 頭部には金のサークレットのようなパーツが追加され、顎に金の牙の装飾も加えられていた。

 金色の光が収まる。ドラゴンオルフェノクにとっては一瞬の出来事であったが、光が消えた後に立つ王蛇の別の姿──王蛇サバイブに動揺する素振りを見せる。

 

「……何それ?」

「どうでもいいだろ、そんなことは」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ウロボロス

「あぁ……」

 

 王蛇サバイブは首を回しながら己の状態を確認した。

 先程まであった痛みはすっかりと治まった。明らかに傷が治っている。無限のサバイブカードには傷を治す効果があるのかもしれない。思い返せば、エラスモテリウムオルフェノク戦にて負傷と失血死寸前まで血を流していたが、神崎士郎に助けられたときには完治していた。あれもまたオーディン、即ちサバイブの力によるものなのかもしれない。

 陶酔感はすっかり失せてしまったが、代わりに全力で戦うことが出来る。それはそれで王蛇サバイブにとって悪くない。

 

「まだ余裕はあるよなぁ? たっぷり遊ぼうぜぇ……」

 

 手招きにてドラゴンオルフェノクを挑発する。

 

「少し派手になったくらいで偉そうに……調子に乗るなよ?」

 

 ドラゴンオルフェノクが一歩踏み込む。次の瞬間には王蛇サバイブの目の前に移動しており、更には瞬時に魔人態へ変化。毒液による攻撃を二度も喰らわない為に装甲に厚みのある魔人態になり、仮に毒液が付着してもすぐに脱ぎ捨てられるようにする。

 そして、魔人態の圧倒的な力で王蛇サバイブ捻じ伏せ、二度と生意気な口を叩けないようにするつもりであった。

 龍頭の籠手が王蛇サバイブに突き出されるが、王蛇サバイブは踏み込みから移動までの全ての動作を目で追っており、更には反応も出来ていた。故にドラゴンオルフェノクが籠手で突こうとする直前に軌道線上にベノバイザーツバイを置いていた。

 ベノバイザーツバイの中央部に折り畳まれていた刃が展開。その直後に金属音が鳴り響く。

 

「ははっ……」

「馬鹿な!?」

 

 王蛇サバイブは嗤い、ドラゴンオルフェノクは驚愕する。ドラゴンオルフェノクの籠手がベノバイザーツバイの刃により受け止められている。当然、ドラゴンオルフェノクはその状態から押し込もうとするが、前に進まない。先程まで圧倒していたドラゴンオルフェノクの力は今では王蛇サバイブと互角──否、徐々にだが籠手が押し返されているのでそれ以上。

 

「見た目の割には案外非力だなぁ?」

「ふざ、けるな……!」

 

 王蛇サバイブの挑発。ついさっきまで一方的に嬲られていた立場だというのにサバイブで強化された途端に減らず口を叩く様は、余計にドラゴンオルフェノクの感情を逆撫でする。

 強者としての絶対的な自信故にドラゴンオルフェノクは刃と籠手の鍔迫り合いを継続させ、王蛇サバイブが嗤った力で彼を捻じ伏せようとするが──

 

「うおらっ!」

 

 ──それはドラゴンオルフェノクの都合に過ぎず、王蛇サバイブはがら空きになっているドラゴンオルフェノクの脇腹を膝で突き上げる。

 

「ぐぅ!」

 

 漏れ出た声と走る痛み。最強と誇っていた体に王蛇サバイブの攻撃が通った証。それはドラゴンオルフェノクにとって信じ難い事実。

 ドラゴンオルフェノクの体が横に傾いたことで鍔迫り合いの方も王蛇サバイブへ大きく傾く。王蛇サバイブが一気に押し込み、ベノバイザーツバイの刃がドラゴンオルフェノクの額に触れそうになる。

 

「ふざ……けるなっ!」

 

 怒号と共にドラゴンオルフェノクの両角が発光。そこから1万ボルトの雷が発生し、ドラゴンオルフェノクを通じて王蛇サバイブへ流れ込む。

 雷に打たれ王蛇サバイブの体が仰け反る。しかし、反った体がバネ仕掛けのように前へ倒れ込んだ。

 

「いいぞぉ! 良い刺激だっ! イライラが吹っ飛ぶっ!」

 

 雷を浴びるのは王蛇サバイブにとって新鮮な衝撃であり、募り始めていた苛立ちが感電のショックでリセットされる。

 

「もっと来いっ!」

 

 おかわりを要求しながら王蛇サバイブは刃を叩き付ける。暴力という言葉を体現したかのような乱暴な振り下ろしがドラゴンオルフェノクの籠手に深い傷を付け、ドラゴンオルフェノクの巨体を一歩後退させる。

 

「おおおおっ!」

 

 型など無い本能を剥き出しにした刃の振り回し。何某に刃物という言葉があるが、正にそれを証明するかのような危うい剣戟の嵐。

 上下左右あらゆる角度から力任せに振るわれる刃に対し、ドラゴンオルフェノクは防戦一方を強いられてしまう。

 ドラゴンオルフェノクの足元に映し出される北崎の幻影が憤怒の形相で歯嚙みしている。いつだって攻撃するのは自分で相手はそれに翻弄されるだけ。それが彼の中での絶対であった。

 しかし、今その絶対が覆されている。ドラゴンオルフェノクは王蛇サバイブの攻撃に翻弄され続けているのだ。

 並外れたプライドの高さを持つドラゴンオルフェノクにとっては憤死してもおかしくない程の屈辱。彼の絶対が穢された。

 重そうな籠手を素早く動かして王蛇サバイブの斬撃を防ぐ。見た目に反して巧みな防御を見せるが、これもまたドラゴンオルフェノクにとっては不愉快。ドラゴンオルフェノクの籠手は敵を粉砕することが目的であり、防御はおまけ程度の認識しかなかった。それが今では籠手らしく身を守る為に使われている。守るということが徹底的に合わないドラゴンオルフェノク。フラストレーションが溜まる。

 一方で王蛇サバイブは心の底から気持ちよさそうにベノバイザーツバイを振り回していた。衝動に任せたまま振るう刃は苛立ちを消してくれ、爽快感を与えてくれる。

 

「はっはっは!」

 

 最高に機嫌の良い笑い声を上げ、王蛇サバイブは渾身の力でドラゴンオルフェノクの胸部中央を突き刺す。

 万事休すかと思いきや、直前にドラゴンオルフェノクは脱皮するように魔人態の背中から飛び出す。抜け殻となった体は一突きの後に灰となって崩れた。

 龍人態へ形態を変えるとドラゴンオルフェノクは特色であるスピードを生かし、王蛇サバイブが反応する前に顔面を殴り抜ける。

 回避も防御も間に合わず、王蛇サバイブの首が傾く。だが、その態勢からベノバイザーツバイを振り抜く。

 

「いいぞ……! その調子だ……!」

 

 一方的に振るう暴力で苛立ちを忘れられる。振るわれる暴力であっても苛立ちを忘れられる。互いに互いを傷付け合う戦いならばもっと苛立ちを忘れられる。王蛇サバイブはつくづく戦いが無ければ生きていけない性を背負っていた。

 

「うおらっ!」

 

 何とか視認出来るドラゴンオルフェノクの動き。動く瞬間に合わせてベノバイザーツバイを振り下ろすが、大きく空振りをして地面をバターのように裂く。見てからの動きは、ドラゴンオルフェノクが相手だと遅過ぎた。

 大きく空振りした王蛇サバイブの無防備な胴体や背中にドラゴンオルフェノクの高速の拳打が叩き込まれる。

 一秒間に打ち込まれる数十の拳。だが、王蛇サバイブは拳を浴びながらも体を動かしており、攻撃を受けながら半円を描くようにベノバイザーツバイを横薙ぎにする。

 ドラゴンオルフェノクは攻撃の手を止めると同時にベノバイザーツバイが振り抜かれる前に刃の間合いの外まで後退をする。しかし、退いたドラゴンオルフェノクは胸に微かな違和感を覚えた。

 胸を見ると僅かに刻まれた一文字の傷。避けたと思ったが、ほんの少しだがベノバイザーツバイの刃はドラゴンオルフェノクに触れていたのだ。

 ドラゴンオルフェノクは軋み音を立てるぐらいに両拳を強く握る。

 王蛇サバイブの身体能力の向上は分かっていたが、同時に装甲の防御力も上がっていた。あれだけの攻撃を浴びせても王蛇サバイブの動きからキレが無くなっていない。それは魔人態の攻撃では王蛇サバイブを仕留め切れないことを意味している。加えてかなり長時間触れていたが、灰化も起こっていない。王蛇サバイブはとことんドラゴンオルフェノクを虚仮にする性能をしていた。

 

「はぁ……どうした? 疲れたのかぁ? まだ始まったばかりだぞ?」

 

 仮面越しでも王蛇サバイブの目がギラギラとした光を宿しているのが伝わって来る。それぐらい危うい眼光を放っていた。

 戦いを求める飢餓。王蛇サバイブは更なる戦いを求めている。一方でドラゴンオルフェノクは王蛇サバイブとは逆に解消されることのない苛立ちが溜まり続けていた。

 何もかもがドラゴンオルフェノクの想う通りに行かない。それがドラゴンオルフェノクにとって強烈なストレスになる。

 今まで横暴に生きて来て強さ故に何もかもが許されてきた。普段の言動が幼いように彼自身の精神も子供、というよりも未熟である。情緒が発達するような事柄は全て彼の手により灰にされてきたので当然のこととも言える。

 

「この、俺がっ……!」

 

 一人称も変わる程にドラゴンオルフェノクから冷静さが奪われる。激昂したドラゴンオルフェノクは王蛇サバイブに高速で接近し、すかさず殴った。

 王蛇サバイブの顔が僅かに横を向くがそれだけ。王蛇サバイブもドラゴンオルフェノクの攻撃に徐々に慣れつつある。

 

「どうしたぁ! その程度かぁ!」

 

 王蛇サバイブは吼えながらベノバイザーツバイを振り下ろす。だが、振り下ろす前にドラゴンオルフェノクは横へ移動していた。ドラゴンオルフェノクの攻撃は王蛇サバイブに通じ難くなっているが、ドラゴンオルフェノクの速さはまだ通じる。

 体ごと投げ出すような王蛇サバイブの全力の一撃を避け、再び距離を開けるドラゴンオルフェノク。

 王蛇サバイブはドラゴンオルフェノクをジッと見ていたが、何を思ったのかベノバイザーツバイの刃の下に手を添え、展開していた刃を折り畳む。

 王蛇サバイブは金色に変わったカードデッキからカードを抜くと、ひらひらと振ってドラゴンオルフェノクを挑発する仕草をする。

 

「そんなに逃げるのが好きか? だったら手伝ってやる」

 

 ベノバイザーツバイ側面にあるスロットへ引き抜いたカードを装填。

 

『SHOOT VENT』

 

 音声の後、王蛇サバイブの背後に巨影が落下。今まで傍観していたベノスネーカーもとい無限のサバイブカードで進化したベノヴァイパー。疾風のサバイブカードで強化された形態と差異は無い外見であった。

 王蛇サバイブはベノバイザーツバイを横向きに構え、ドラゴンオルフェノクと向き合わせるようにする。まともな構え方ではなく何処か気怠さを感じさせるポーズであった。

 ベノバイザーツバイのトリガーが引かれると、金色の光弾がベノバイザーツバイから発射。光弾を照準にしてベノヴァイパーは大質量の毒液を吐き出す。

 光弾を追従する毒液の塊。ドラゴンオルフェノクは先に迫って来ている光弾を回避。中々の速度であったが、避けられない程では無い。

 ドラゴンオルフェノクが射線状から離れることで外れた光弾は壁を貫く。壁に空く拳程の大きさの穴。そのすぐ後にベノヴァイパーの毒液が壁に着弾。液体の塊なので光弾のように綺麗に貫通することはなく、着弾の衝撃で毒液が周囲に飛び散った。

 ベノヴァイパーに進化したことで毒液にも変化が生じる。まず毒液の溶解性が増した。触れた壁は瞬時に形を保てなくなり、液体化して毒液に混じる。地面に落ちた毒液は延々と地面を溶かし続け、底の見えない穴を幾つも作り出す。

 次に毒液の粘度が強くなった。ベノスネーカーのときの毒液はほぼ水と変わらなかったが、ベノヴァイパーの毒液は液体というよりはスライム状の物質であり、壁に付いた毒液はゆっくりと垂れながら壁を高速で溶かしていた。触れれば払うことは不可能であり、付着した箇所を切り離すなどしなければ逃れられない。

 ドラゴンオルフェノクもベノヴァイパーの毒液の危険性を理解し、出来る限り離れる。しかし、王蛇サバイブはそれを許さない。

 

「ははっ」

 

 王蛇サバイブは笑いながらベノバイザーツバイの銃口をドラゴンオルフェノクへ向け、即発射。少し遅れてベノヴァイパーも毒液を吐き出す。

 ドラゴンオルフェノクは舌打ちをし、先程のように射線状と毒液の範囲外まで移動する。そこへすかさず撃ち込まれる次なる光弾。ドラゴンオルフェノクは同じ行動を取らざるを得なかった。

 

「ははははははっ!」

 

 王蛇サバイブは哄笑しながら狂ったように引き金を引き、光弾を乱射する。ドラゴンオルフェノクは立ち止まることすら許されず、絶えず動き続けるしかない。

 最早、ちゃんと狙うことなく無茶苦茶に撃ち続ける王蛇サバイブ。それを回避するのも厄介だが、後に続くベノヴァイパーの毒液は更に厄介。光弾のように彼方へ飛んでいることもなく、あらゆる場所へまき散らされていく上に残るのでドラゴンオルフェノクの逃げ道が徐々に潰されていく。

 また、王蛇サバイブが無秩序に乱射し続けるせいでベノヴァイパーも後に続くことが出来なくなっており、王蛇サバイブとベノヴァイパーの攻撃にズレが生じていた。これが意図せず時間差攻撃となっており、光弾を避けた後に移動先に毒液が来る、またはその逆が起こり、ドラゴンオルフェノクを追い詰めていく。

 強みであるスピードで何とか躱し続けるドラゴンオルフェノクであったが、突然急停止をしてしまう。

 進路方向にある毒の粘液。コンマ数秒気付くことが遅かったら、片足をそれに突っ込み足を失っていただろう。

 ドラゴンオルフェノクは方向転換しようとしたが、毒液に気を取られてしまっていたせいで一瞬だが王蛇サバイブに無防備な姿を晒してしまっていることを忘れていた。

 

「はははっ!」

 

 獲物が遂に動きを止めた瞬間を狙い、王蛇サバイブが牙を剝く。ベノバイザーツバイから放たれた光弾がドラゴンオルフェノクの脇腹を掠める。

 

「っ!?」

 

 焼き付く痛みにドラゴンオルフェノクは硬直してしまう。大きくなった隙に今度はベノヴァイパーの追撃の毒液が吐かれた。

 脇腹から生じる引き攣るような痛み。このまま動かずにじっとしていたくなる。だが、溶かされて殺されることは死んでも御免だと強く思ったドラゴンオルフェノクは、痛みを押し殺して体を動かした。

 掠めて抉られた傷が悪化する。しかし、それでもドラゴンオルフェノクは一筋の糸のような脱出ルートを見つけ出し、地面に広がる毒液を避けながら回避することに成功。

 迫り来る死から逃れたことでドラゴンオルフェノクは刹那、気を緩ませる。

 

「はっ」

 

 ドラゴンオルフェノクは気付くべきであった。迫る死が一つだけでないことを。

 王蛇サバイブはベノバイザーツバイから再び刃を展開。何を思ったのかその場でそれを振り抜く。間合いの外から剣を振るっても無意味──かと思われた。

 王蛇サバイブがベノバイザーツバイを振り抜くと同時に展開していた刃が伸びる。伸びた刃は生物のようなしなやか且つ柔軟な動きでドラゴンオルフェノクへ伸びていき、胴体に絡み付いていく。

 

「えっ!?」

 

 油断をしていたドラゴンオルフェノクは、蛇のように巻き付いてくる刃に驚き、すぐに解こうとするが巻き付いた刃は締まり、剥がす隙間すらない程に密着。

 

「ぐぅぅ!」

 

 胴体が絞られ、ドラゴンオルフェノクは苦しむ声を出させられる。

 巻き付いた刃の先端がドラゴンオルフェノクの肩に突き刺さして固定。その様は蛇に捕食される獲物。ドラゴンが蛇に喰われようとしている構図は皮肉としか言いようがない。

 肩に刃が刺さっているせいで片腕が上がらない。ドラゴンオルフェノクはもう一方の手で巻き付いている刃の部分に触れ、自身の持つ灰にする力で拘束の解除を試みる。

 しかし、巻き付く刃はこの世に存在する如何なる金属とも異なる性質を持っている為かすぐに灰化しない。時間をかければ灰化は可能だっただろうが、今のドラゴンオルフェノクにその時間を待つ猶予は無かった。

 

「はあっ!」

 

 王蛇サバイブがベノバイザーツバイを振り上げる。ドラゴンオルフェノクの体が地面から離れ、宙へ放り投げられる。そして、天井へと叩き付けられた。

 

「ああああっ!」

 

 振り上げたベノバイザーツバイを今度は振り下ろす。天井に埋もれていたドラゴンオルフェノクは地面へと叩き付けられる。

 天地を高速で行き来したドラゴンオルフェノク。重装甲の魔人態ではなく軽装甲の龍人態であった為にダメージは大きい。

 地面に四肢を着く。ドラゴンオルフェノクにとって味わったことのない屈辱の経験。頭の中の血管が切れそうになるぐらいの怒りを覚えるが、その湧き立つ怒りに反して体が思い通りに動かない。それがドラゴンオルフェノクを更に怒らせる。

 王蛇サバイブはそろそろ決着の時だと察する。毒液が満ちた地面に敢えて叩き付けなかったのは、毒液で終わるという呆気無い結末を避ける為。この手で相手を殺らなければ意味が無い。

 手応えのある相手が消え、戦いが終わるのは多少惜しい気もしないでもないが、だらだらと戦いを長引かせるのは反って苛立ちが増すだけ。

 殺れるときは即座に殺る。

 元々抑えつけるつもりもない衝動のままに王蛇サバイブはデッキからカードを抜く。だが、そのカードを見たとき王蛇サバイブは動きが止まった。

 

「あぁ?」

 

 一枚だけ抜いたつもりなのに王蛇サバイブの手には二枚のカード。内一枚は王蛇サバイブの記憶に無いものであった。

 自らの尾を噛む蛇。円となった蛇の中心には時計の長針と短針が描かれている。

 何のカードかは分からなかったが、試しにそのカードをベノバイザーツバイに装填してみた。

 

『──』

 

 しかし、どういう訳かカードを読み取らず、効果名も告げない。スロットを空けてみると入れた筈のカードは消失していた。

 

「無駄な時間だったな……」

 

 意味不明なカードに若干の苛立ちを覚えつつ、本命のカードをベノバイザーツバイに入れる。

 

『FINAL VENT』

 

 ベノヴァイパーが咆哮を上げ、その体をバイク形態へと変化。金色の光を発し、搭乗者を乗せないまま自走。立ち上がろうとしていたドラゴンオルフェノクを轢き飛ばす。

 ドラゴンオルフェノクが錐揉みしながら宙へ打ち上げられる。縦や横に回転軸を何度も変えながら落下していき、最後には背中から地面に激突。

 

「うぅ……」

 

 呻くドラゴンオルフェノク。見れば王蛇サバイブがこちらを見下ろしている。その手に刃が展開したベノバイザーツバイを持って。

 王蛇サバイブはドラゴンオルフェノクに刃を突き刺す。一度では終わらず何度も何度も。

 

「はははははははっ!」

 

 一度刺しても、二度刺しても、三度刺してもドラゴンオルフェノクはまだ絶命しない。

 

「終わるな! まだ終わるなっ!」

 

 繰り返し突き刺しながら相手が息絶えないことを強く願う王蛇サバイブ。矛盾した願いと行為。しかし、王蛇サバイブは止まらない。

 

「まだ終わるなぁぁぁぁぁ!」

 

 ドラゴンオルフェノクの額に刃が突き立てられ、その体が跳ねるとドラゴンオルフェノクの体は灰に──

 

 

『TIME VENT』

 

 

 

「……あれ?」

 

 四肢を着いて立ち上がろうとしているドラゴンオルフェノクは、奇妙な既視感を覚えていた。さっきも同じような事があった気がするのだ。

 

『FINAL VENT』

 

 変形したベノヴァイパーの突進によりドラゴンオルフェノクは宙を舞う。痛み、衝撃、そのどちらにも既視感がある。

 落下した後にこちらを見下ろす王蛇サバイブ。何度も突き立てられる刃。

 

「まだ終わるなぁぁぁぁぁ!」

『TIME VENT』

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 四肢を着いて立ち上がろうとしているドラゴンオルフェノクは、奇妙な既視感を覚えていた。さっきも同じような事があった気がするのだ。

 

『FINAL VENT』

 

 変形したベノヴァイパーの突進によりドラゴンオルフェノクは宙を舞う。痛み、衝撃、そのどちらにも既視感がある。

 落下した後にこちらを見下ろす王蛇サバイブ。

 そして、自分の体には何度も刃が突き立てられ──

 

「っあああああ!」

 

 ──寸前、ドラゴンオルフェノクは魔人態となり籠手から伸びる牙で王蛇サバイブの心臓を貫く。だが、同時に王蛇サバイブの刃もドラゴンオルフェノクの額に突き刺さっていた。

 相討ち。どちらの命も間もなく尽きようとする。

 

「まだだ……まだ終わるな……!」

 

 死の寸前に王蛇サバイブが願うのは戦い。故に──

 

『TIME VENT』

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 既視感。既視感。既視感。痛みも苦しみに生じる既知。

 何かがおかしい。何かが起こっている。

 

『FINAL VENT』

 

 閉ざされた時の中、ドラゴンオルフェノクは違和感と既視感に苦しみ、王蛇サバイブはただ戦いを愉しむ。

 




・タイムベント 王蛇サバイブVer
発動を始点にし、使用者がやり直しを強く願うとタイムベント使用時まで時間が戻る。
範囲も効果も限定されているのでオーディンのタイムベントの劣化版だが、浅倉の願いもあって浅倉とは非常に相性が良い。
時間を戻す前のことは既視感として残るが、時間が戻ったという認識は無い。
解除方法は二つ有り、一つは浅倉がタイムベントの解除を強く願うことだが、浅倉自身タイムベントを使用しているという自覚が無いのでこちらの方法は実質不可能。
もう一つの方法は──


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ドラゴンの産声

 頭の中に溢れ出る覚えのない記憶。所謂、既視感なのだが普通の既視感とは大きく違う。覚えのない痛みや苦しみ何故か既視感と一緒に伴うのだ。

 北崎ことドラゴンオルフェノクにとってそれはあり得ないこと。痛みや苦しみとほぼ無縁に生きて来た彼が、体中に穴を開けられたときの痛みや毒液により体が溶解していく苦しみなど知る筈など無いのだ。

 

「何だよこれは……!」

 

 頭の中では処理し切れずに思わず口に出してしまう。意味不明な現象にドラゴンオルフェノクは苦しめられている。

 ドラゴンオルフェノクが既視感に苦しんでいる中、王蛇サバイブもまた同じような現象が起こっていたが、そのことに頓着せず己の衝動のままにベノバイザーツバイにカードを挿し込もうとしていた。

 既視感に苦しんでいるドラゴンオルフェノクの目が王蛇サバイブに向けられた。ドラゴンオルフェノクは視た。数秒先の光景を。

 ベノバイザーツバイにカードが装填されると『FINAL VENT』という音声が鳴り、王蛇サバイブの背後に控えているベノヴァイパーが変形してバイク形態となり突撃してくる未来の光景。

 そして、ドラゴンオルフェノクはベノヴァイパーによって跳ね飛ばされ──

 

「っうああああ!」

 

 ──そこまで視えたとき、ドラゴンオルフェノクは魔人態に形態を変え、竜頭の籠手を王蛇サバイブ目掛けて投擲した。

 頭の中に過る光景とは異なる展開に王蛇サバイブの反応が遅れ、放たれた籠手は王蛇サバイブの肩を掠めて通過していった。

 直撃は免れたが、籠手が掠めたことにより衝撃で王蛇サバイブの左半身が後ろへ引っ張られるような形になる。それにより王蛇サバイブの手からファイナルベントのカードがすっぽ抜けた。

 今までの既視感とは大きく異なる展開。王蛇サバイブは地面に落ちたカードを拾い上げる──ことをせず、必殺のカードであるファイナルベントを早々に選択肢から切り捨て、咆哮を上げながら迫って来ているドラゴンオルフェノクにベノバイザーツバイの刃を向けていた。

 ベノバイザーツバイを振り抜くと刃が伸び、蛇行しながらドラゴンオルフェノクへ襲い掛かる。複雑な軌道を描きながら伸びる刃にドラゴンオルフェノクは対応し切れず、首元に刃が突き刺さる。

 だが、ドラゴンオルフェノクは刺さった刃を素手で掴み取る。王蛇サバイブは刃を縮めようとするが、ドラゴンオルフェノクの超人的握力がそれを許さない。

 

「ああああああっ!」

 

 ドラゴンオルフェノクは刃を掴んだまま王蛇サバイブに接近し、残っている籠手で王蛇サバイブの顔面中央を殴り付けた。

 助走をつけた全力の殴打に王蛇サバイブの体が縦に数回転する。速度を保ったまま顔面を地面に埋まる勢いで叩き付ける王蛇サバイブ。

 絶命、もしくは気絶していてもおかしくない一撃。王蛇サバイブはうつ伏せになった状態で動かない。

 ドラゴンオルフェノクはこれで倒したとは微塵も考えなかった。下手をすれば首を切り落としても噛み付いてきそうなイメージすら湧く相手である。確実に、絶対に死んだと確証するような状態にしなければならない。

 ドラゴンオルフェノクは籠手を振り上げ、その牙の先端を王蛇サバイブの背に向ける。

 ドラゴンオルフェノクの考えは間違いではなかった。しかし、やはり考えが足りないと言える。今まで強者であり圧倒的な戦いしかしなかった彼は無意識に自分にとって都合の良いように考える悪癖がある。

 だからこそ、無意識のうちに除外してしまったのだろう。王蛇サバイブがこの状態から反撃してくる可能性。伏した王蛇サバイブの手はまだベノバイザーツバイを握っている。

 

「ははっ!」

 

 籠手が振り下ろされる直前、王蛇サバイブは顔を上げ、ベノバイザーツバイの刃でドラゴンオルフェノクの両脛を裂く。

 

「っあ!?」

 

 未経験の激痛により下半身から力が抜け、ドラゴンオルフェノクは後方に倒れていき尻餅をついてしまう。

 ドラゴンオルフェノクは暫しの間、呆然としてしまった。自分の今の醜態に理解が追い付かないのだ。

 やがて理解が追い付くことで湧き立つ無様な姿を晒したことへの羞恥心と無様な真似をさせられたことへの怒り。

 その感情をぶつけようと地面に這いつくばっている王蛇サバイブを見ると──

 

「おあああああっ!」

 

 ──叫びと共に王蛇サバイブが這いつくばったままドラゴンオルフェノクに飛び掛かってくる。さながら蛇のような強襲。不意を衝かれたことと──ドラゴンオルフェノクは認めないだろうが──迫力に気圧され、反射的に仰け反ってしまい王蛇サバイブに覆い被さられる。

 

「るあああああああああっ!」

 

 ドラゴンオルフェノクの上に乗った王蛇サバイブは、拳とベノバイザーツバイでドラゴンオルフェノクの顔面を殴る。ベノバイザーツバイは最早打撃武器というより、その辺りに落ちている石を拾って殴る程度の感覚で使われていた。

 マウントポジションからの振り下ろしであるが、王蛇サバイブに格闘技などの技術は無い。勢いのまま攻撃しているだけに過ぎず、ドラゴンオルフェノクが王蛇サバイブの下でもがくとあっさりと上から振り落とされてしまった。

 王蛇サバイブが容易く振り落とされたのには訳がある。王蛇サバイブは現在下半身に力が入らない状態であった。原因は先程受けたドラゴンオルフェノクの拳。だからこそ、蛇のように這って戦うことしか出来ない。

 

「この……!?」

 

 どちらが相手の上をとるか争い、二人は地面を転げ回る。癇癪を起こした子供の喧嘩、しかも二人共それなりの年齢に達しているのでより見苦しく見える。

 だが、争う二人は至って真剣であり必死でもある。少しでも有利になるように相手の体に武器などを捻じ込んだり、負傷した箇所を抉ったり、目などの急所に躊躇い無く指を入れるなど容赦が無い。傍から見れば子供の争い、実態は相手を傷付けることに一切の迷いがない異常者たちのもつれ合い。

 

「邪魔っ!」

 

 地面に横たわった姿勢からドラゴンオルフェノクは蹴りを放つ。それが王蛇サバイブの顔に入った。

 自分があまりに幼稚な戦いをしていることをドラゴンオルフェノクは主観的にも客観的にも見えていた。このまま地べたを這いずり回るような戦いに付き合っていられないドラゴンオルフェノクは、急いで立ち上がって王蛇サバイブから離れようとする。

 

「があっ!」

 

 しかし、王蛇サバイブはドラゴンオルフェノクを逃がさない。ドラゴンオルフェノクが一瞬視線を逸らした隙にドラゴンオルフェノクの脚に飛びつき、引きずり倒す。執念深く、しつこく相手を追い詰め続ける。

 

「何度も何度も……!?」

 

 再び倒されたドラゴンオルフェノクは、恨み言を吐きながら王蛇サバイブを攻撃しようとするが、その前に眼前に刃が迫っていることに気が付いた。

 咄嗟に素手で刃を掴み取る。ベノバイザーツバイの刃の切っ先がドラゴンオルフェノクの額に僅かに突き刺さった。

 

「はぁぁぁ!」

 

 王蛇サバイブは両手でベノバイザーツバイを押し込む。額に刺さった刃が少し奥へ進む。

 額に生じる痛み。片手だけでは刃を押し返すことは出来ない。しかし、ドラゴンオルフェノクはここで守りに入るのではなく攻めることを選んだ。

 王蛇サバイブの無防備な脇腹に籠手の牙を突き刺す。

 

「ぐぅぅ!」

 

 王蛇サバイブは呻き声を上げるが、ベノバイザーツバイを押し込む手から力が緩むことはなく、攻撃を続行。

 

「死ね! 死ね!」

 

 ドラゴンオルフェノクは腕を捻り、牙をより深く捻じ込むがそれでも王蛇サバイブは攻撃の手を緩めない。逆に押し込む力が増している。

 

「お前なんて死んじゃえ!」

 

 捻じ込むことを止め、今度は何度も刺突を繰り返す。

 殺られる前に殺れ。命惜しさに引いた瞬間、死ぬ。助かるには死ぬより先に相手を殺すしかない。

 王蛇サバイブは一撃に全てを込め、ドラゴンオルフェノクは相手が死ぬまで同じ事を繰り返す。

 相手の命の炎を掻き消すその時までそれは行われ続ける。

 やがて──

 

『TIME VENT』

 

 ──全てが振り出しに戻る。勝っても負けても同じ事。終わればスタート地点に戻され、また殺し合いが始める。

 何度も何度も何度も。積み重ねられていく殺す記憶と殺される記憶。実感が伴う既視感を振り払う為にドラゴンオルフェノクは数え切れない程戦った。しかし、待っているのは記憶の蓄積のみ。

 一方で王蛇サバイブは夢心地の中にいた。終わらない戦い。それこそが王蛇サバイブの望みであり願い。既視感など心底どうでもいい。今が楽しく、苛立ちが消えているのならば死んだ記憶、殺された記憶など些細な事。

 何十、何百、或いはそれ以上かもしれない繰り返しが行われた中で王蛇サバイブは決まりきった動作でファイナルベントのカードをベノバイザーツバイへ入れようとする。

 しかし、ここで今までとは違った展開が待っていた。カードを入れる際にドラゴンオルフェノクの妨害がほぼ間違いなく入るのだが、何故か今回は起きない。

 訝しみながらドラゴンオルフェノクの方を見る。ドラゴンオルフェノクは何故か棒立ちのままであった。

 ますます疑問が深まる王蛇サバイブの前でドラゴンオルフェノクが行動を起こす。それは──

 

「わああああああああああああっ!」

 

 子供のような号泣であった。

 

「うわあああああああああっ! ああああああああっ! ううううううううっ!」

 

 天を仰ぎながら声が枯れ果てそうな勢いで泣き叫ぶ。これには王蛇サバイブも啞然としてしまう。

 

「僕が一番なのにぃ! 僕が最強なのにぃ! うわああああああっ!」

 

 全てが自分の思った通りに行かなかったことへの癇癪。時間の逆行という特異な状況下で溜まり溜まったストレスが爆発してしまったのだ。

 ドラゴンオルフェノクは一目も気にせず泣き叫び続ける。その声は王蛇サバイブの癇にひどく障った。

 

「何だそれは……?」

 

 今まで絶対的な自信を以て戦っていたドラゴンオルフェノクの無様な醜態に失望の落差も一際大きい。

 

「戦わないなら消えろ……!」

 

 高揚が全て反転して殺意に変わる。泣き叫ぶ声も目の前のドラゴンオルフェノクも今すぐ消したいと思い、カードをベノバイザーツバイに装填しようとするが──

 

「がはっ!」

 

 ──何かが王蛇サバイブの鳩尾を突き、彼を壁面に叩き付ける。衝撃でカードも手から離れてしまった。

 

「何……だ……?」

 

 咳き込む王蛇サバイブが見たものは、節だった槍のような物体。うねりながら伸びるそれは、泣き喚くドラゴンオルフェノクの腰辺りと繋がっている。

 それは今まで見せたことが無かったドラゴンオルフェノクの尾。

 ドラゴンオルフェノク──北崎の中で大きな変化が生じていた。絶対的自信と傲慢さ、それを裏打ちする実力。今、それが北崎の中で崩れ落ちている。

 もし、これが一回の敗北ならば北崎は認めなかっただろう。オルフェノクとして最強に近い実力を持つ彼は自分の弱さを認めない。それを可能とする程の情緒が彼の中で育っていなかったのだ。

 強い力を持つ故にその精神は未熟。馬鹿は死んでも治らない、三つ子の魂百までと言うようにこの性格の矯正など一度や二度の死では不可能。

 しかし、このタイムベントで閉ざされた世界ならば話は別である。彼は突き付けられてしまった。己の死という敗北を。それも一度や二度ではなく何度も。

 積み重なった経験が北崎を嫌でも成長させる。尤も、死という経験からくる歪な成長ではあるが。

 そして、その時が来たのだ。北崎が──ドラゴンオルフェノクが成長する時が。

 ドラゴンオルフェノクが泣き叫び続ける。すると、地面に裂け目が生じ、そこから水や火が噴き出す。

 室内に突如として風が起こり、強風となって壁や屋根を吹き飛ばす。

 屋根が消えて空が見えるが、空には黒い雲が出来ており、雷と雨が無差別に降り注ぐ。

 ドラゴンオルフェノクが泣くだけであり得ない自然現象が引き起こされていた。

 

「わああああああああっ!」

 

 ドラゴンオルフェノクは周囲の変化など気にせず泣く、啼く、鳴く、喚く、騒ぐ。

 誰かが言っていた。『人は泣きながら生まれてくる。これはどうしようもない事だ』と

 ならばこれは産声なのだ。新たなドラゴンオルフェノクが新生する為の、世界に自分が産み落とされることを記す誕生の声。

 

「うわあああああ……」

 

 やがて、ドラゴンオルフェノクの泣き声が変わっていく。すると、噴き出す火と水が、強風により飛び散る建物の残骸が、降り続ける雨と雷が、静止画のように止まる。これから産み出されるものを畏怖するかの如く。

 ドラゴンオルフェノクの体が変化する。両手の龍頭の籠手は一回り大きくなり、手を完全に覆う龍の頭部となる。両肩にも龍或いは竜の顔を模した装甲が追加され、脚部から足の先に掛けて泳ぐ龍と飛翔する竜を模した形状となり、胸部の外殻が正面から見た龍の顔に変わる。頭部には上から覆うように恐竜の化石頭部を思わせる外骨格が追加された。

 腰部から伸びる尾が地面を叩く。古今東西のあらゆる龍と竜の要素を混ぜた姿。

 

「ああああああああああっ!」

 

 泣き声はいつの間にか怒号に変わっていた。泣き叫び、プライドを傷付けられた痛みは全て涙と共に流れ落ちた。後に残るのは純粋な殺意と怒りという激情のみ。

 

「……殺してやる」

 

 無秩序に起こっていた天変地異が収まる。それは今のドラゴンオルフェノクが力をコントロール出来ていることを意味する。

 ドラゴンオルフェノクの背部から青い炎が噴き出し、翼のように広がるとドラゴンオルフェノクの足が地面から離れる。

『人は泣きながら生まれてくる。これはどうしようもない事だ』。これには続きの言葉がある。

 

『だが、死ぬ時に泣くか笑うかは本人次第だ』

 

 積み重ねられた死の中から誕生した力──ドラゴンオルフェノク激情態は、最期に笑う為、王蛇サバイブへ向かって飛翔する。

 




巨大化させようか、下半身を変化させようか迷いましたが、ドラゴンオルフェノクの激情態は人型に留めました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ΔLTERNATIVE

 リュウガが黒炎纏うリュウガサバイブへと変貌すると同時にオルタナティブたちの何人かが後退りをした。無意識の行動なのであろうが、その瞬間だけは燃え盛っていた復讐の意思よりもリュウガサバイブへの畏怖が上回ったということである。

 オルタナティブ・ゼロはそれを見逃さなかった。オルタナティブたちを率いるリーダーであると同時に頭脳でもある。常に全員の行動を把握しており、些細な変化も見落とさない。

 オルタナティブ・ゼロはそれを臆病とは思わない。人としての当然の反応。ついこの間まで一般人として生活してきた者たちが少々の訓練をしたとしても殺し合いの戦いに適応出来る筈が無い。寧ろ、ここまで敵を追い詰めた時点で上出来である。

 リュウガサバイブの威圧感はオルタナティブ・ゼロですら冷や汗を止めることが出来ない。追い詰めた故に相手に最後の切り札を切ってきた。しかし、これを乗り越えることが出来ればリュウガサバイブに止めを刺せるに等しい。

 ただ、状況は刻一刻と悪い方へと傾いていくが。

 破砕音と共に壁面へ叩き付けられたのはドラグブラッカーの相手をしていたサイコローグⅡ・タイプAの内の一体。上半身と下半身が辛うじてケーブルで繋がっている状態で黒い炎により焼き尽くされそうとしている。

 リュウガサバイブへの変身は契約モンスターであるドラグブラッカーにも及んでおり、身体を大きくさせ、戦闘能力が向上したブラックドラグランザーによりサイコローグⅡ・タイプAたちは逆に追い詰められ始めている。

 サイコローグⅡ・タイプAたちが分散して様々な角度からガトリングガンを発射。数え切れない大量の弾丸がブラックドラグランザーに浴びせられる。しかし、ブラックドラグランザーの漆黒の体が弾丸を弾く。ガトリングガン故に集弾率は決して良くないが、それでも弾数に物を言わせて一点集中して弾を撃ち込んでいる筈だが、ブラックドラグランザーを貫くことが出来ない。

 ブラックドラグランザーは弾丸の雨を掻き分けながら堂々と空中を泳ぐ。サイコローグⅡ・タイプAの一体に目を付け、距離を詰めていく。狙われたサイコローグⅡ・タイプAは飛翔状態を維持し離れながらガトリングガンを撃ち、何とか距離を詰められないようにする。

 ブラックドラグランザーが空中で身を翻す。全長の半分近くある尾がサイコローグⅡ・タイプAへと伸びていき、刀身となっている尾先がサイコローグⅡ・タイプAの胴体をすり抜けていった。

 サイコローグⅡ・タイプAの胸から下が地面へ落下していく。断たれた断面からは生物を表す体液と機械を表すオイルが混じった液体が滴り落ちている。

 尾でサイコローグⅡ・タイプAを斬り裂いたブラックドラグランザーは振り向き様に黒い火球を連続して吐く。生き残っているサイコローグⅡ・タイプAの内の二体に火球が着弾した。

 一体は上半身に命中。数千度の高熱によって熱せられたことで体内に生成されていたミサイルが暴発を起こし、上半身が消し飛ばされる。

 もう一体は胴体に命中。着弾の衝撃で飛ばされ、壁に叩き付けられる。そのまま焼かれるかと思われたが、引火していた黒炎が性質を変えて固体となりサイコローグⅡ・タイプAの全身を閉じ込め、壁に張り付けたまま身動きを封じてしまった。

 ブラックドラグランザーの黒い炎は当たればまず間違いなく戦闘不能になる。黒い炎に焼き尽くされるか、黒い炎による封じられるかの二択。

 リュウガサバイブとブラックドラグランザーが合流する事態を避ける為にサイコローグⅡ・タイプAたちで足止めをさせているが、それもあまり持ちそうにない。既に半数のサイコローグⅡ・タイプAが破壊もしくは戦闘不能状態にさせられていた。

 幸いというべきかサイコローグⅡ・タイプAが破壊されても他のオルタナティブたちには影響は及ばない。あくまでサイコローグⅡ・タイプAはオルタナティブたちをサポートする為に造られた人造ミラーモンスターだからだ。あくまでオルタナティブたちの力の根源はオルタナティブ・ゼロのサイコローグだけである。

 しかし、それも時間の問題。いずれブラックドラグランザーの牙はサイコローグへ届き、数の差が圧倒的な力の差によって上から叩き潰される。

 こうなってしまってはオルタナティブ・ゼロたちが出来ることは一つしかない。サイコローグⅡ・タイプAたちが命懸けでブラックドラグランザーを引き留めている間にリュウガサバイブを倒すことのみ。

 リュウガサバイブは全員の視線を一身に浴びながら、緩慢としか表せない動きでブラックドラグバイザーツバイを胸の前に掲げる。ブラックドラグランザーの顔を模したそれの鼻先にあたる部分から黒い炎が噴き出すと、黒炎の中に刃が形成される。

 刀身を黒く燃やすドラグブレードを水平に持ち上げながら、その切っ先はオルタナティブ・ゼロたちを指す。

 リュウガサバイブは無言。いっそ穏やかさすら感じさせる程の静かさ。だが、それが表面上のものであることはこの場にいる全員が理解している。何故ならば、リュウガサバイブの体から今も噴出している黒炎は、彼の内心を表すかのように烈火の如く燃え盛っているからだ。

 片手でドラグブレードを突きつけながら、もう一方の手をカードデッキへ伸ばす。黒く燃える刃に注目を集めているのを利用しての静かでさり気ない行為。だが、それをオルタナティブ・ゼロは見逃さなかった。

 

「させません!」

「皆、動け!」

 

 スラッシュダガーを構えたオルタナティブ・ゼロが真っ先に動いたのを皮切りに、オルタナティブ・ワンが号令を掛ける。リュウガサバイブに威圧されていた他のオルタナティブたちは、その号令により呪縛が解け、オルタナティブ・ゼロに続く。

 カード一枚でも使用されたら不利になるのは自分たち。一枚も使用させることなく倒すのが最も有効的な手段。

 リュウガサバイブ一人に対し、多方向から駆け寄るオルタナティブたち。四面楚歌の状態でリュウガサバイブはカードを引き抜く──手を止めた。

 

(何……?)

 

 オルタナティブ・ゼロはリュウガサバイブの不審な行動に疑念を抱く。しかし、既に動いている状況で止まることが出来ない。

 それはオルタナティブ・ゼロの見間違いだったのかもしれない。仮面が動く筈など無いのだが、オルタナティブ・ゼロにはリュウガサバイブが嗤っているように見えた。

 

「ッ! 止まって下さい!」

 

 オルタナティブ・ゼロは急停止し、他のオルタナティブたちにも止まるように指示を出すが一歩遅かった。

 リュウガサバイブが足元にドラグブレードを突き刺す。地面に隆起が生じ、それが幾筋となって伸びていく。

 やがて、それがオルタナティブたちの足元に辿り着くと隆起した部分が爆ぜて黒炎が噴出した。噴き出した黒炎は瞬時に硬化し、槍のような鋭さを持ってオルタナティブたちを狙う。

 

「くっ!?」

 

 立ち止まっていたオルタナティブ・ゼロはスラッシュダガーで咄嗟にガードすることが出来た。オルタナティブ・ワンも偶然オルタナティブ・ゼロの傍に居たので、異変が伝わるのが早かったので対処も速く、オルタナティブ・ゼロと同じく防御が間に合った。

 他のオルタナティブたちも格闘技などに精通していた者たちは、持ち前の反射神経によりギリギリのタイミングだが回避が間に合った。

 だが、反応が遅れた者たちも居る。オルタナティブ・フォー、オルタナティブ・ファイブ、オルタナティブ・シックスの三名。彼らは肩や腹部に黒炎の槍で貫かれている。彼らは大学生、土木作業員という一般人。特に優れた身体能力を持っている訳では無い。

 

(私のミスだ……!)

 

 リュウガサバイブは最初からこれを狙っていたに違いない。カードを抜く動作はブラフ。自分に引き寄せる為の誘い。オルタナティブたちが集まってくることを予想し、まとめて葬るつもりだったのだ。

 リュウガサバイブの情報が少ない内に仕掛けてしまったことに自責の念に駆られるオルタナティブ・ゼロ。だからこそ、彼は動けなくなった者たちの姿を目に焼き付けた後、誰よりもリュウガサバイブへ仕掛ける。

 

「はあっ!」

 

 上段からの振り下ろしにリュウガサバイブはあっさりと対応し、ドラグブレードで防ぐ。そして、すかさず反撃の拳はオルタナティブ・ゼロへ繰り出す。

 オルタナティブ・ゼロが記憶している以上の速度で放たれた拳。だが、オルタナティブ・ゼロはリュウガだったときの動きを全て記憶しているので、僅かな予備動作から拳が来るのを予測出来ていた。

 オルタナティブ・ゼロは拳の軌道線上に肘を突き出し、防御と同時に相手の拳破壊を狙う。

 オルタナティブ・ゼロの肘にリュウガサバイブの拳が当たった瞬間、嫌な音が響いた。ただし、それはオルタナティブ・ゼロの体内から響くもの。

 

「う、ぐっ!」

 

 肘から入った衝撃が肩まで突き抜けていく。骨の軋む音と激痛がオルタナティブ・ゼロの脳を殴り付けた。

 痛みにより思考に空白が生じる。どんなに記憶力が良くとも頭が働かなければ無意味。思考の停止に連動してオルタナティブ・ゼロの動きも止まる。

 リュウガサバイブは躊躇無くドラグブレードを突き出す。刃先が向くのはオルタナティブ・ゼロの心臓。一突きで命を奪うつもりであった。

 統率するオルタナティブ・ゼロすら倒してしまえば、残りは容易に始末出来る。群れの頭をここで潰す。

 

「先生!」

 

 オルタナティブ・ゼロは横から体当たりを受け、体が真横に倒れていく。オルタナティブ・ゼロの心臓を貫く筈であったリュウガサバイブの刃はオルタナティブ・ゼロの肩上を通過する。

 オルタナティブ・ゼロの窮地を救ったのはオルタナティブ・ワンであった。下手をすればオルタナティブ・ゼロ諸共貫かれてもおかしくないタイミングであったが、紙一重で間に合った。

 しかし、窮地は続いている。倒れ伏した二人をリュウガサバイブはまだ狙っている。

 二人まとめて串刺しにしようとするが、またもやリュウガサバイブに妨害が入った。

 

「シッ!」

 

 オルタナティブ・ゼロたちを救う為に繰り出されるオルタナティブ・ツー最速の拳。リュウガサバイブの顔面にプロボクサーのストレートが突き刺さる。

 直撃と同時に生まれる動揺。それを為しているのは殴られたリュウガサバイブではなくオルタナティブ・ツーの方であった。

 一見するとオルタナティブ・ツーの拳がリュウガサバイブに命中している。だが、実際は違う。リュウガサバイブと拳の間には文字通り紙一重の隙間があった。リュウガサバイブは、あのタイミングでオルタナティブ・ツーのストレートの速度と間合いを正確に読み取り、且つ敢えて触れる寸前というギリギリの回避をやってのけたのだ。それは、言外にオルタナティブ・ツーの拳を完璧に見切ったことを告げている。

 拳を見切ったリュウガサバイブは、回避のタイミングに合わせてオルタナティブ・ツーの体に足の爪先を捻じ込んでいた。リュウガサバイブのカウンターにオルタナティブ・ツーの体がくの字に折れる。

 リュウガサバイブの視線がオルタナティブ・ツーへと向けられた僅かの隙に背後へ回り込んでいたオルタナティブ・セブンの回し蹴りが放たれる。

 リュウガサバイブは振り向きもせず背後から迫って来ていた蹴りを肘で打ち落とし、地面に叩き落されたオルタナティブ・セブンの足首を踵を振り下ろして蹴り砕く。

 

「ぐあああああっ!」

 

 骨を砕かれる痛みにオルタナティブ・セブンは絶叫を上げる。だが、その叫びも長くは続かなかった。リュウガサバイブが振り返ると意趣返しにオルタナティブ・セブンの首に回し蹴りを打ち込む。

 オルタナティブ・セブンは蹴り飛ばされ、地面を数度跳ねていく。

 同胞が倒されたことに激昂し、オルタナティブ・ツーが再び動く。彼の気持ちに同調してオルタナティブ・テンもまた距離を詰めていた。

 オルタナティブ・ツーは今度こそ自慢の拳を打ち込む為に、オルタナティブ・テンはリュウガサバイブを地面に投げつける為に掴み掛かる。

 オルタナティブたちの中でも屈指の身体能力と技術の持ち主たちによる挟撃。しかし、リュウガサバイブにとっては欠伸が出そうなぐらいにノロマな動きであった。

 オルタナティブ・ツーとオルタナティブ・テンが踏み込むタイミングでドラグブレードが二度振るわれる。

 その瞬間、オルタナティブ・ツーたちの動きが止まった。彼らの喉元に突きつけられる半円状の黒い刃。それは振り抜かれた黒炎が空中で固形化した物。もし、二人の反射神経が並外れたものではなかったら、自らの首をその刃で刎ねていただろう。

 間一髪。だが、その結果が勝利に繋がることは無かった。

 

「ふっ」

 

 リュウガサバイブは嘲笑すると、足を振り上げて黒炎を蹴り飛ばす。更に片足を軸にして半回転し、反対側の黒炎も同様に蹴った。

 空中で固定されたかのように動かなかった黒炎がリュウガサバイブの蹴りによって打ち出され、足を止めていた二人の装甲に深々と食い込む。

 オルタナティブ・ツーとオルタナティブ・テンは苦鳴を上げながら刺さった黒炎の威力で飛ばされていく。

 そのとき、エンジン音を唸らせながらバイク形態のサイコローグⅡ・タイプAに跨ったオルタナティブ・シックスがリュウガサバイブの頭上へ落下。高速回転する後輪でリュウガサバイブを圧し潰そうとする。

 リュウガサバイブは見向きもせずにブラックドラグバイザーツバイを振り抜く。三日月状の黒炎が飛ばされ、サイコローグⅡ・タイプAの後輪を切断。断面には黒い炎が残り、それが内部の液体に引火。サイコローグⅡ・タイプAが空中で爆発を起こし、巻き込まれたオルタナティブ・シックスが吹き飛ばされる。

 

「何ということだ……!」

 

 瞬く間に半数近くのオルタナティブたちが戦闘不能状態に追い込まれ、オルタナティブ・ゼロは悔恨に満ちた言葉を吐く。

 

「う、うおおおおおおおっ!」

 

 敗北感漂う空気を払拭するように叫んだのはオルタナティブ・ナイン。彼はスラッシュダガーを振り上げて一人吶喊する。

 

「いけません! ダメです!」

 

 オルタナティブ・ゼロが声を荒げて止めようとするが、オルタナティブ・ナインは止まらない。オルタナティブたちに共通するミラーワールドに対する復讐心。彼らを統率する上で必要なものであったが、このときばかりはそれが悪い方向に作用していた。

 相手はミラーワールドを守護する者リュウガサバイブ。リュウガサバイブに突き付けられる格差。植え付けられる恐怖。復讐を果たすことよりも一瞬でも逃走を考えてしまったオルタナティブ・ナインは自分を恥じ、内にある臆病な考えを否定する為に勝手に行動してしまう。

 勇気ではなく蛮勇であり、行動ではなく暴走。オルタナティブ・ナインの復讐心が空回りをしてしまった結果である。

 肺の中の空気を絞り出す勢いで絶叫しながら斬りかかるが、リュウガサバイブは構えることすらしない。

 その首筋にスラッシュダガーの刃が食い込む──前に硬い音が鳴り、斬撃が阻まれたことを告げる。

 リュウガサバイブの体から噴き出している黒炎。それが固体化し、スラッシュダガーを防いでいた。纏っていた黒炎が固体となったことでリュウガサバイブは全身から棘の生えたような見た目となりより禍々しくなる。

 リュウガサバイブが腕を振る。腕に纏わせていた黒炎が茨のよう無数の棘と化しており、それでオルタナティブ・ナインの体を引っ掻く。

 オルタナティブ・ナインは肩から腹に掛けて斜めに引き裂かれ、火花と苦痛の叫びを上げる。

 纏う黒炎を自在に操ることで瞬時に攻防一体の鎧を身に着けられるリュウガサバイブ。

 リュウガサバイブの掌から黒炎が噴射し、それが固体となることで即席の剣となりオルタナティブ・ナインの胸に突き立てられる。

 幸いオルタナティブ・ナインの装甲強度により貫通することはなかった。だが、助かったと考えるのは早計であった。

 破砕音が鳴り、掌から伸びていた黒炎がへし折れる。そして、突き刺さった部分がオルタナティブ・ナインの胸に残った。次の瞬間、黒炎の固体化が解除されてオルタナティブ・ナインの体に燃え移る。

 

「ぐあああああっ!」

 

 オルタナティブ・ナインは絶叫を上げ、地面を転がって黒炎を消そうと足掻く。しかし、どれだけ転げ回っても黒炎が消える様子は無かった。

 悲鳴が別の場所からも聞こえて来る。リュウガサバイブに攻撃をされた他のオルタナティブたちの体も黒炎によって包まれていた。攻撃した際に残っていた固体化した黒炎が一斉に解除され、炎上したのだ。

 このままでは焼き殺されるのは時間の問題。オルタナティブ・ゼロは何か解決策は無いか必死になって考える。

 

(何か……何か方法は……!)

 

 呪いのように纏わりつく黒い炎。それをどうやって解除すべきなのか。

 

(解除……? もしかしたら!)

 

 その時、オルタナティブ・ゼロの頭に天啓が浮かぶ。一か八かの方法であるが、やらなければこのまま焼失するだけである。

 

「皆さん! 今すぐ変身を解除して下さい!」

 

 ミラーワールド内での変身解除。それは自殺行為に等しい。黒炎に悶え苦しむ者たちも突如聞かされた内容にオルタナティブ・ゼロの正気を疑ってしまう。

 

「このままでは焼け死にます! 賭けになりますが助かる方法はそれしかない!」

 

 躊躇するオルタナティブたちの背を押すオルタナティブ・ゼロの言葉。オルタナティブ・ゼロの言う通り、躊躇していても焼死するだけ。ならば、ここは賭けるしかなかった。

 黒炎に焼かれながらオルタナティブたちはVバックルからカードデッキを何とかして引き抜いた。

 ガラスが割れるような音と共に外装が砕け散る。その際に着いていた黒炎も外装と一緒に飛んで行く。早い段階で変身解除したことにより中にまで黒炎は届かず、生身は無事であった。

 リュウガサバイブは舌打ちをする。犠牲者の出ない結果に不満を露わにしていた。止めを刺さなかったリュウガサバイブの落ち度というよりもオルタナティブ・ゼロの判断が迅速だった故の結果である。

 しかし、黒炎で焼き尽くされる結末は免れたが、次なる結末が変身解除者たちを待ち構えている。

 安堵する間もなく変身解除者たちの体が粒子となって崩れ出す。ミラーワールドで生身の人間が存在出来る時間は短い。あっという間に消滅してしまう。

 オルタナティブ・ゼロの対応はこれにも迅速であった。

 

「彼らを連れて急いでミラーワールドから脱出して下さい!」

 

 オルタナティブ・ゼロが指示を出したのは、まだ無事なオルタナティブたち。だが、その指示はオルタナティブ・ゼロを見捨てることに等しい。

 躊躇するオルタナティブたち。

 

「戦えない者がっ!」

 

 オルタナティブ・ゼロの檄。オルタナティブたちの肩がビクリと跳ねた。

 

「この場にいる資格はありません……!」

 

 それは彼らにとって厳しい言葉であった。何故ならば、彼らが無事だったのはリュウガサバイブに臆したから。退いてしまったことで偶々無事であったに過ぎない。戦って戦闘不能になった彼らとは違うのだ。

 

「早く……!」

 

 オルタナティブ・ゼロの言葉に気圧され、オルタナティブたちは変身解除者たちを抱えてミラーワールドの外へ逃げる。

 この間、リュウガサバイブは彼らに手出しをしなかった。逃げる彼らなど戦う価値も追う価値も無いと判断したからであろう。それよりも優先すべき敵が残っている。

 ミラーワールドに残るのはオルタナティブ・ゼロとオルタナティブ・ワンの二人。

 

「君も脱出しても構いませんよ、仲村君」

「最期まで付き合います、香川先生」

 

 恩義故に最期の瞬間まで逃げ出さないことを告げると、オルタナティブ・ゼロは諦めたように溜息を吐いた。

 

「……君はもう少し後先を考えて行動した方が良い」

「善処します……次があったら」

 

 既に覚悟を決めている二人は、共にスラッシュダガーを構える。

 リュウガサバイブは二人の抵抗を鼻で笑う。そんな彼の背後に降り立つブラックドラグランザー。纏わりついていたサイコローグⅡ・タイプAたちを殆ど破壊し、リュウガサバイブのもとへ合流した。

 

「ここまでだな」

『SHOOT VENT』

 

 ブラックドラグバイザーツバイにカードを入れ、銃口を二人へ向ける。纏めて屠るつもりである。

 ブラックドラグバイザーツバイの銃口に光が灯り、ブラックドラグランザーが黒炎を吐き出そうとする寸前、鏡面から飛んできた何かがブラックドラグランザーを弾く。

 

「何!?」

 

 ブラックドラグランザーから発射された光弾が明後日の方へ飛んで行く。そして、続け様に鏡面から黒い巨塊が飛び出し、ブラックドラグランザーの横顔を殴り付ける

 

「あれは……!」

 

 オルタナティブ・ゼロはその黒い巨塊を知っていた。見た目はサイコローグに似ているのだが、体型はサイコローグの倍は有り、鋼鉄によって構築された手足は太さも長さは倍以上。ゴリラのような前傾姿勢をした異形のサイコローグ。

 異形のサイコローグは腕部から火を噴かせ、加速した拳でもう一度ブラックドラグランザーを殴り、地面に叩き付ける。

 オートバジンと同じバリアブルビークルであるサイドバッシャーを基にして設計されたもう一体のサイコローグ──サイコローグⅡ・タイプサイドバッシャー。

 一体作るのにサイコローグⅡ・タイプAが五体製造出来るということから量産を見送られ、一体しか造られていない筈のそれが何故かこの場にいる。それはある人物と一緒に居る筈なのに。

 ブラックドラグバイザーツバイを弾いた物体が、空中で弧を描いた後に落下。地面に突き刺さる。刺さったのは八方手裏剣。その八方手裏剣の後ろに立つのは──

 

「澤田君!」

「澤田!」

 

 ──本来ならば別の場所で暴走するミラーモンスターを駆除する筈であった澤田がそこに居た。

 

「何故君がここに……?」

「借りを返しに来た。……そいつにな」

 

 澤田の目に映るのはリュウガサバイブ。

 

「一人増えた所で……」

 

 リュウガサバイブは援軍として現れた澤田を嘲笑するが、澤田は何も言わずにポケットから折り紙を取り出す。

 それはリュウガの紋章に似せた折り紙であり、澤田は紙マッチを出して点火させるとその火を折り紙に点け、投げ捨てる。リュウガサバイブが放つ圧が増した。

 挑発、そしてここでリュウガサバイブを倒すという決意の表明。だからこそ、血に塗れたこの力を使うことに躊躇いは無かった。

 澤田の腹部へ装着される銀色のベルト──デルタドライバー。一度は北崎に取られ、飽きたという理由で澤田の手に戻って来た。

 デルタのベルトが戻って来たとき、澤田が感じたのは罪の意識。彼はこのベルトの為に肉親に等しい仲間を手に掛けている。

 手に持つデルタフォンから感じる重み。それはデルタに込められた仲間たちの怨念によるものかもしれない。

 

「……俺を呪え」

 

 今更詫びるつもりはない。言葉で取り返しつくようなことではない。ただ、全ての恨みや憎しみを受け止める覚悟はある。

 

「変身」

『Standing by』

 

 全身に巡る銀のライン。形成される装甲。光が一瞬強く輝いた後、澤田はデルタへ変身。そして、足元に刺さっていた八方手裏剣を引き抜く。

 

『Complete』

 

 

 




デルタにデルタムーバ以外の武器を装備させたかったので、スパイダーオルフェノクの八方手裏剣を装着させてみました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人の残滓 

読み返していてやらかしてしまったことに気付いたので急遽書いた話です。
これで繋がる筈?


 澤田は目の前で起こっている光景を他人事のように眺めている。

 鏡面から出て来た無数のミラーモンスター。

 

『ウッヘウッヘ』

 

 輪唱のように重なる不気味な声。半透明の頭部。鎧にも外骨格にも見える白い体。そのミラーモンスターたちは気持ちが悪いくらいに見た目が統一され、全員全く同じ鳴き声を上げている。

 数はかなりのものだが揃って動きは緩慢であり、両手を伸ばしながらノロノロと向かって来ている。

 澤田はその動きと数を見て、映画で使い古されたゾンビを連想した。ただし、ゾンビよりも見た目の個性は無い。

 

『ウッヘウッヘ』

 

 数が揃えばそれなりの圧になるが、澤田はそのミラーモンスター──シアゴーストの群れを見ても戦う気が湧いてこない。スマートブレインの命令でここへ来たが、澤田自身の目的はリュウガへのリベンジ。目の前に並ぶ雑魚たちの相手ではない。

 

「使う気も起きないな……」

 

 ポケットから取り出す四枚のアドベントカード。ディスパイダーリ・ボーン、ディスパイダーⅡ、ミスパイダー、レスパイダーの四匹のミラーモンスターと契約をした証。澤田としてももっと契約モンスターを増やしたかったが、澤田の御眼鏡に適うミラーモンスターは中々見つからず、ミラーワールドを散々彷徨い結局ディスパイダーリ・ボーンたちに餌を与え続けるだけの結果に終わってしまった。

 それはそれでディスパイダーリ・ボーンたちを強化することにはなったが、徒労感は否めない。

 そして、今回村上からの指令で花鶏という喫茶店周辺でミラーモンスターを狩ることになったが、先に述べたようにはっきり言って澤田はやる気がしなかった。

 村上は今回で神崎士郎と決着をつけるつもりらしいのだが、どうやって決着をつけるのか澤田は聞かされていない。ラッキー・クローバーの面々も詳細な情報を得ておらず、湧いてくるミラーモンスターを倒すことだけ頼まれた。

 重要な情報は恐らく村上の側近のみに知らされている。ラッキー・クローバーは重宝はされているが信用はされていない。澤田も村上のことを信用していないのでおあいこなのだが。

 目当てのリュウガも現れず、シアゴーストという雑魚の群れを相手にする。澤田はそのせいでやる気が起きず、そんなことをしている内に周囲をシアゴーストに囲まれる。

 

『ウッヘウッヘ』

 

 声自体はそこまで大きくないが、数を揃えて重なると流石に喧しい。いい加減目障りに感じてきたので一掃しようかと思い始めたとき──銃声が鳴り響き、シアゴーストたちの頭部が銃弾により次々と撃ち抜かれていく。

 空から降り立つ白い影──バットオルフェノクは二丁の拳銃の銃口をシアゴーストたちに向けつつ非難する眼差しを澤田に向けている。やる気のない澤田の態度が気に入らないことを露骨に態度に表していた。

 村上の直属の部下であるバットオルフェノクと優遇はされているが外様扱いの澤田ではモチベーションの差が出るのは仕方のないことだが、そのせいで余計なトラブルが生じるのは不本意である。

 澤田がスパイダーオルフェノクへ変身し、武器である八方手裏剣を構える。バットオルフェノクにより何匹か倒されたが、すぐにその倍のシアゴーストたちが鏡面からぞろぞろと出て来る。

 スパイダーオルフェノクが八方手裏剣を投擲しようとしたとき、鏡面から飛び出してきた巨腕がシアゴーストを数匹纏めて殴り飛ばし、壁面へ叩き付ける。

 鏡面から出て来た巨人──サイコローグⅡ・タイプS。その手には既にぐったりとしたシアゴーストを握り締めていた。

 機械とミラーモンスターを掛け合わせて創り出されたスマートブレイン製の人工ミラーモンスターというべき存在が仮面のような無感情な顔でこちらを見下ろしている。

 すると、バットオルフェノクは顎でサイコローグⅡ・タイプSを指す。それの近くに行くよう指示を出している様子。

 サイコローグⅡ・タイプSをまだ信用出来ていないスパイダーオルフェノクは気が乗らなかったが、シアゴーストたちはまだ大勢いるので仕方なく指示に従う。

 シアゴーストの何匹かが口から白い種子のようなものを吐き出す。種子はスパイダーオルフェノクへ飛んで来ており、来るのが見えていたスパイダーオルフェノクは八方手裏剣で全て弾き飛ばそうとする。すると、眼前に影が降りる。

 サイコローグⅡ・タイプSの太い腕がシアゴーストが吐いた種子を全て防ぐ。命中と同時に種子が割れ、内包されていた白い糸が触手のように蠢く。本来ならば対象の体内に潜り込み、内側から巣食うのだがサイコローグⅡ・タイプSの鋼鉄の腕には流石に潜り込むことは出来なかった。

 

「……見た目よりは賢いようだ」

 

 文字通り盾になったサイコローグⅡ・タイプSを皮肉混じりで褒める。サイコローグⅡ・タイプSにはスマートブレイン関係者を守るようプログラムされており、その機能が働いた。

 バットオルフェノクは種子を吐き出したシアゴーストたちの口にお返しの銃弾を撃ち込む。銃撃されたシアゴーストたちは仰向けに倒れ、少しの間手足をばたつかせていたがやがて動かなくなる。

 シアゴーストたちは戦い方を変え、今度は口から幾本もの糸を吐き出す。それらはスパイダーオルフェノクたちを守っているサイコローグⅡ・タイプSの手足に絡み付き、動きを止めようとしている。

 しかし、サイコローグⅡ・タイプSは腕を振り上げると糸と繋がっているシアゴーストたち三匹が宙へ投げ出される。続いて反対側の腕も振り上げ、同じく複数のシアゴーストたちを糸ごと持ち上げた。

 サイコローグⅡ・タイプSが両腕を交差する。宙に浮いていたシアゴーストたちが糸に導かれるまま空中で衝突。体液をまき散らしながら一つの塊と化した。

 サイドバッシャーを素体にしているので馬力が違う。ただの腕力のみでシアゴーストたちを蹂躙してしまった。

 シアゴーストたちも一筋縄ではいかないことをようやく理解したのか、鳴き声を上げながらじりじりとスパイダーオルフェノクたちの周囲を歩き続ける。警戒し、攻めあぐねている様子。

 すると、鏡面から白い糸が飛び出す。シアゴーストの追加かと思われたが、その白い糸はシアゴーストに絡み付いた。

 スパイダーオルフェノクは糸が出ているガラス窓を見る。鏡面越しに見えるミラーワールドに居るディスパイダーリ・ボーンたちがその糸を伸ばしていた。糸に絡められたシアゴーストたちはガラス窓の中へ引き摺り込まれ、待ち構えていたディスパイダーリ・ボーンたちの餌食となった。

 いつまで経ってもスパイダーオルフェノクが自分たちを呼び出さないことに我慢し切れなくなったのか、勝手にシアゴーストをつまみ食いし出す。

 契約モンスターたちの行儀の悪さに呆れつつ、スパイダーオルフェノクとバットオルフェノクもいつまでもシアゴーストたちに付き合っている程暇ではない。まだ終わりが見えていない戦い。余力も余裕も残しておく必要がある。

 バットオルフェノクはサイコローグⅡ・タイプSの胸にあるオルタナティブとスマートブレインのロゴを掛け合わせた紋章に触れる。

 サイコローグⅡ・タイプSは両手を組み合わせながら巨体を前のめりになる。すると、両腕の間にタイヤが形成される。そのまま体を地面と平行にしていく中で下半身が真横にスライド。両脚は正座の形で折り畳まれ、地面と接する部分からタイヤが生え、下半身の上部が変形してシートなり二輪の側車と化す。

 上半身の背中部分が大きく湾曲してシートとなり、下半身があった箇所から内蔵されていたパーツが延長され、それが後輪となる。

 機械的な変形と生物的な変態を掛け合わせた形態変化。元となったサイドバッシャーと同じサイドカー形態へ変わったサイコローグⅡ・タイプS。

 バットオルフェノクは拳銃でサイコローグⅡ・タイプSのシートを指す。スパイダーオルフェノクは鼻を鳴らした後、サイコローグⅡ・タイプSの背に飛び乗る。

 サイコローグⅡ・タイプSの首の付け根辺りに備わっているハンドルを握る。エンジンの代わりにサイコローグⅡ・タイプSが唸り、スパイダーオルフェノクがアクセルを回すと急発進。

 正面に立っているシアゴーストを撥ね、その後ろに居たもう一匹にも体当たり。シアゴーストは前輪の回転により車体の下に引き摺り込まれて轢かれる。

 思いの外スピードが出るサイコローグⅡ・タイプSのバイク形態。だが、スパイダーオルフェノクはすぐに順応しハンドルを操作して急ターンを決め、周りに居るシアゴーストたちを側車で弾き飛ばす。

 スパイダーオルフェノクの周囲が開くとバットオルフェノクが側車の上に降り立つ。座席の縁に足をかけながら立った状態で二丁の拳銃を構えると発砲。二丁の拳銃による乱れ撃ちがシアゴーストらを次々と撃ち抜いていく。

 ハンドルを切り、円を描くように旋回。側車に立っているバットオルフェノクは、不安定な足場だというのに重心がぶれることはなくバランスを保ち、走る側車からシアゴーストを一方的に撃ち殺す。

 スパイダーオルフェノクも片手でハンドルを操作しながらもう片方の手に八方手裏剣を持ち、サイコローグⅡ・タイプSで轢けなかったシアゴーストをすれ違い様に斬り付ける。

 轢殺か斬殺か銃殺。シアゴーストたちはそのいずれかの末路を辿り、何も出来ないまま蹂躙される。数は多いがスパイダーオルフェノクたちとの実力差は明白であり、ただの的として一方的に倒されていった。

 現実世界のシアゴーストを粗方掃除し終えた。しかし、スパイダーオルフェノクたちの耳には今もミラーワールドからの音が聞こえている。まだ、鏡面の向こう側にシアゴーストたちが群れている。

 スパイダーオルフェノクは車体をガラス窓の方へ向け、アクセルを回す。サイドカーは発進して壁へ全速力で突っ込んで行く。バットオルフェノクは慌てる様子は無く、持っている拳銃の状態を確認する余裕まで見せる。

 壁に衝突する間際スパイダーオルフェノクたちはガラス窓に吸い込まれ、色の無い万華鏡のような景色が続く通路を抜けてミラーワールドへ到着。待ち構えていたシアゴーストたちを挨拶がてらに撥ね飛ばした。

 サイコローグⅡ・タイプSを停車させ、周囲を確認する。現実世界の数倍を超えるシアゴーストたちがそこには居た。

 しかし、スパイダーオルフェノクたちはそれに戦慄しない。バットオルフェノクは仕事として淡々とこなすだけであり、スパイダーオルフェノクに至ってはその数を見てようやくやる気が出て来た。

 

「喜べ。食べ放題だ」

 

 スパイダーオルフェノクは腕にガントレット型の機械を装着。それは、香川によって作成された量産型の召喚機スラッシュバイザー。

 スパイダーオルフェノクはスラッシュバイザーに取り出したカードを通す。

 

『ADVENT』

 

 空中から落下してきた巨体が地面に居たシアゴーストたちを踏み潰す。呼び出されたのはディスパイダーリ・ボーン。蜘蛛の下半身が槍のような足先でシアゴーストを貫き、人型の上半身の胸からはマシンガンの如く針を連射し、射抜かれたシアゴーストたちは次々に針山と化していく。

 

『ADVENT』

 

 次に呼び出されたのはディスパイダーⅡ。口から糸を無数に吐き、それに触れたシアゴーストは糸が持つ強靭さと粘着性により身動きが取れなくなり、ディスパイダーⅡは糸を引き寄せてその巨大な口と牙でシアゴーストを嚙み砕き、捕食する。

 

『ADVENT』

 

 続けてカードを二枚通す。レスパイダーとミスパイダーの二体が現われ、ミスパイダーが糸でシアゴーストの動きを止めた後、レスパイダーが両腕に装着している鉤爪で引き裂く。ディスパイダーと違って人型であるこの二体は強さでは劣るが、身軽さと小回りの良さがあり、俊敏な動きと息のあった連携でシアゴーストたちを屠っていく。

 シアゴーストたちはスパイダーオルフェノクたちにとって敵ではなかった。ただ蹴散らされるだけの雑兵。

 サイドカーがシアゴーストたちの群れに突っ込む。すると、シアゴーストたちが何十体も集まり、サイコローグⅡ・タイプSの突進を止めた。何度も轢かれれば流石に学習をするらしい。

 しかし、シアゴーストたちのそんな動きはスパイダーオルフェノクたちにはバレており、止まったときには既に二人はサイドカーから降りていた。

 搭乗者が居なくなるとサイコローグⅡ・タイプSは変形。人型となると全身の各部装甲がスライドし、内蔵していたミサイル弾頭が露わになり針鼠のような姿となる。

 サイコローグⅡ・タイプSの全身から放たれるミサイルが頭上高くに打ち上げられる。降ってくる間にサイコローグⅡ・タイプSは固まっているシアゴーストたちを殴り付け、その反動で後退。

 大型ミサイルの中にある小型ミサイルが展開され、シアゴーストたちに雨の如く降り注いだ。

 爆撃により多くのシアゴーストたちが粉砕されていく。爆撃は広範囲に至っているので逃れることも出来ない。爆炎、爆風にシアゴーストたちは呑まれていき、最後には跡形も無くなった。

 シアゴーストたちが倒されたことで内包されていたエネルギーが上空へ向かって飛んで行く。ディスパイダーたちはそれに糸を伸ばし、絡めて引き寄せ取り込む。直接捕食するよりも手間が省け、効率が良いのか夢中になって食い漁る。

 一先ず掃除を終えたスパイダーオルフェノクとバットオルフェノクは鏡面へ向かう。サイコローグⅡ・タイプSはまたミラーワールドへ待機させる。ミラーワールドならば異形の巨人であるサイコローグⅡ・タイプSを隠すのに困らない。

 鏡面を通って現実世界へ戻ったとき、スパイダーオルフェノクたちは人間の姿に戻っていた。

 再び退屈な時間がやって来る。そのことにうんざりしている澤田の耳にある音が聞こえる。無視しても良かった筈なのに澤田の足は自然とその音の方へ向かっていた。

 普通なら小さくて聞き逃してしまうが、オルフェノクである澤田の耳にはしっかりと届いていた。

 それを聞いていると気分が落ち着かなくなる。一刻も早く消してしまいたい思いに駆られる。

 やがて、澤田は音の発生源へ辿り着いた。

 

「ママ……! ママ……!」

 

 俯き、両手で溢れる涙を拭いながら泣き続ける女の子。澤田が拾った音は女の子の泣く声。

 頻りに母親を呼んでいる。母親とはぐれて迷子になり、探している内に人気の無い所へ来てしまい心細くてとうとう泣き出してしまった、という所だと思われる。

 澤田は子供の、特に女の子の泣く声が苦手である。それを聞いていると忘れたくても忘れられない過去の記憶が嫌でも蘇って来るからだ。

 女の子は気配を感じたのか顔を上げる。そこには自分を見下ろしている澤田が居た。

 

「ママァァァァ!」

 

 女の子の泣き声が激しくなる。子供の目線からすれば大人の男性など巨人に等しく、それが自分を無言で見下ろしているとなれば、そこから感じる圧は凄まじく、恐怖でしかない。女の子が泣き喚くのも無理はなかった。

 より激しくなった泣き声に澤田は顔を顰める。甲高い泣き声はオルフェノクの聴覚には強過ぎる。

 いつもそうだ。澤田の記憶の中の女の子はいつも泣いていた。泣かせたのは自分。気を惹きたくて、でも方法が分からず、自分の気持ちを良く理解出来ていなかった幼かった自分は意地悪することで関心を無理矢理惹かせていた。その結果、相手を泣かせてしまった。

 

(……嫌になる)

 

 あのときと今の自分が変わっていないように思えてしまう。人間の心を捨て、オルフェノクとして生きることを決めた筈なのに。過去の記憶が自分を、まだ人間であると肯定してくる。

 

「ママァァ! ママァァ!」

 

 母に救いを求める女の子。泣く声が過去を引っ張り上げてくる。それが堪らなく不愉快であり、澤田はこの泣き声を消すことを決めた。

 澤田の手が女の子へと伸びていく。その手には女の子を泣き止ます為の物が握られていた。

 女の子の顔に澤田の手の影が掛かる。女の子は何かの気配を察し、澤田の方を見上げる。そして、その目に映ったのは──

 

「……お花」

 

 ──折り紙で折られた花であった。

 澤田はしゃがみ込み、女の子に目線を合わせたまま折り紙の花を差し出す。澤田が唯一知っている女の子の涙を止める方法。

 

「……やるよ」

 

 女の子はキョトンとしたまま澤田から渡された紙の花を受け取る。女の子は目を真っ赤にしていたが一先ず泣き止んでいた。

 

「──ここは人通りが少ない。探すなら向こうへ行け」

 

 人通りが多い道を指し示す。そこまで行けば後は他の大人が助けてくれる筈。

 

「……うん」

 

 女の子は素直に頷き、澤田が指した方向へ歩き出す。

 小さな背中が徐々に遠くへ行く様子を見守る澤田の胸中には懐古の情が湧いていた。

 

「……真理」

 

 思わず零れ出た想い人の名。口に出してしまった澤田は恥じるように帽子を目深に被り直す。

 

「あれぇ? 澤田君?」

 

 過去に想いを馳せていた澤田の情緒をぶち壊す間延びした声。嫌でも気持ちが現実に帰って来る。

 

「凄い偶然だねぇ」

 

 北崎は薄っすら笑いながら無遠慮に澤田との距離を詰めてくる。

 

「彼を探してたら、まさか君に会うなんてねぇ」

 

 彼というのは言わずもがな浅倉のことである。北崎は最初から浅倉しか標的にしていない。北崎が言うように持ち場の違う澤田と会ったのは本当に偶然なのだろう。北崎はその偶然を楽しんでいる様子だが、澤田からすれば不運としか言いようがない。

 

「そうだ……これ」

 

 北崎が突き出してきたのはスマートブレインのロゴが入ったアタッシュケース。中に入っているのはデルタのベルト。

 

「飽きたから返すね」

 

 自分勝手な言い草に怒りの一つも覚えるが、口には出さない。澤田はデルタのベルトを手に入れる為に同じ施設で育った身内に等しい友人を手に掛けた。デルタのことに関してあれこれ言う資格など自分には無いと澤田は思う。

 北崎に突き付けられたアタッシュケースを澤田は受け取る。見た目以上の重量を感じたのは罪の意識から来るものなのかもしれない。

 

「じゃあ僕は行くね」

 

 用事が済んだ北崎はすぐに去って行く──かと思ったら、何故か足を止めた。

 

「そうだ。君に伝えておくことがあったんだ」

 

 北崎は澤田の方を見ることなくある情報を教える。

 

「僕、あっちに黒い龍が飛んで行くのを見たんだ」

 

 黒い龍、それを聞いただけで澤田は全身の血が熱を帯びていくのを感じる。黒い龍が居るということは、リュウガもそこに居る。

 

「君も探してたんでしょ? 僕も探してたけど、今は忙しいし君に譲るよ」

 

 浅倉を標的としている北崎。他の相手には興味が湧かない。

 

「東條君の仇、任せたよー」

 

 気軽に敵討ちを頼み、北崎は今度こそ去って行く。

 思いもよらない所からリュウガの情報を手にした澤田。澤田にとってリュウガは、自分を虚仮にした敵。受けた屈辱を返さなければならない相手。

 

「……敵討ちはついでだ」

 

 自分に言い聞かせるように呟き、澤田は北崎が指した方角へ向かおうとするが──

 

 カチン

 

 ──金属音が鳴り、澤田は足を止めざるを得なかった。

 首だけ動かし、背後を見る。いつの間にか来ていたバットオルフェノクがそこに立っており、彼は静かに拳銃の撃鉄を上げていた。

 銃口はまだ向けられていない。これは警告である。勝手な真似をするな、という意味を込めた。

 バットオルフェノクは楽に勝てる相手ではない。負けるつもりは微塵も無いが、戦えば確実に消耗する。今から戦うリュウガはそんな状態で勝てる相手ではない。

 澤田が取るべき手段は一つしかなかった。

 澤田はゆっくりと動く。急に動いて発砲されない為に。バットオルフェノクと向き合うと懐に手を伸ばす。バットオルフェノクの腕が微かに動き、いつでも発砲出来る準備に入った。

 懐から取り出した物を地面を滑らせ、バットオルフェノクの足元まで届かせる。

 

「……代わりにこれを置いていく」

 

 バットオルフェノクの足元に転がるのは召喚機スラッシュバイザー。澤田は続いて四枚のカードをバットオルフェノクに投げつける。バットオルフェノクは腕を一振りして投げられたカードを掴んだ。投げ渡されたのはディスパイダーリ・ボーンらのアドベントカード。

 

「それとカードがあれば、あいつらはお前の命令を聞く」

 

 バットオルフェノクは暫くの間、アドベントカードをじっと見つめていた。やがて、スラッシュバイザーを拾い上げる。そして、バットオルフェノクは澤田に背を向けた。澤田の交渉を了承したことを意味する。

 澤田は今度こそリュウガの元へ向かう。リュウガを倒す為にミラーモンスターたちを集めたが、結局失ってしまった。その代わりにデルタを手に入れたが吊り合っているのかまだ分からない。

 ふと、気配を感じて澤田は視線を横へ向ける。後ろへと流れて行く窓ガラス。それに逆らうように鏡面の中、サイコローグⅡ・タイプSが並走していた。

 四体で十分だと思ったバットオルフェノクが、釣り代わりに澤田へ送ったのだ。

 

(良く分からない奴だ……)

 

 仕事人のようで妙に情を出すバットオルフェノク。結局何を考えているのか最後まで理解出来なかった。

 しかし、思いがけず戦力が増したことは素直に喜ばしい。

 

「……覚悟しておけ」

 

 これから向かう先に待つリュウガに対し、澤田は静かに闘志を滾らせる。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

デッドエンド(前編)

 デルタへ変身した澤田は、完了と同時にリュウガサバイブ目掛けて駆け出す。スパイダーオルフェノクのときに使用していた八方手裏剣を構えながら。

 澤田が変身したデルタ。実際のところ、リュウガサバイブは然程の脅威を感じていない。スマートブレインと神崎士郎が開戦する切っ掛けとなったのは王蛇と北崎が変身するデルタであったが、通常時の王蛇と引き分けに終わったことを神崎伝手でリュウガサバイブも聞いていた。

 変身者である北崎は、オルフェノクの中でもトップクラスの実力者なのは聞いている。彼と同じラッキー・クローバーという実力者集団に澤田が属していることも知っているが、一度戦って実力は把握している。デルタの力で強化されているが、リュウガもサバイブの力で強化されており条件は同じ。その上でリュウガサバイブは断言出来る。

 迫って来ているデルタは恐れるに足らない相手だと。

 リュウガサバイブは視線をデルタから外す。この時点で余裕しか感じさせない態度。彼が確認しているのは背後にいるブラックドラグランザー。

 ブラックドラグランザーは、地面に横たわった状態で跨っているサイコローグⅡ・タイプSによる上からパンチの連打を浴びせられていた。身を捩らせてサイコローグⅡ・タイプSを跳ね除けようとしているが、見た目通りの重量とパワーのせいで思うようにいかない。厄介さで言えばこちらの方が上であった。

 リュウガサバイブがブラックドラグランザーの様子に気を取られている間に、デルタは既に攻撃が届く間合いまで来ている。そのまま八方手裏剣を振り抜く──よりも前にリュウガサバイブはデルタの脳天へドラグブレードを振り下ろしていた。

 例え意識が他に移っていてもこれぐらいはリュウガサバイブにとって容易い。

 先に攻撃をされていることに気付き、デルタは腕の軌道を無理矢理変え、横に振るわれる筈であった腕を垂直に上げる。八方手裏剣が降ってきた刃を受け止めた。

 

「ぐぅぅ!」

 

 上から圧し掛かる重い一撃にデルタの膝が折れる。初めて戦ったとき以上の力。オルフェノクとデルタの力が合わさっていなければ、今の一撃で脳天を割られていた。だが、完全に防いだ訳でもない。リュウガサバイブの刃は八方手裏剣を押していき、じわじわとデルタへ迫っている。

 デルタは全身を使って押し返すことを試みた。折れた膝が真っ直ぐ伸びることはなかった。デルタはこの時点でリュウガサバイブに力負けをしており諦めることにした。

 ただし、諦めるのは力比べ。勝ちまでは諦めていない。

 デルタに変身した利点は力が増しただけではない。デルタはベルト側面に装着されたデルタムーバーを外す。

 

「ファイアッ!」

『Burst Mode』

 

 八方手裏剣の持ち手部分の隙間にデルタムーバーの銃口を差し込み、がら空きとなっているリュウガサバイブの胴体に光弾を撃ち込む。

 

「ぐっ!?」

 

 八方手裏剣越しの発砲に意表を衝かれたリュウガサバイブ。光弾が装甲で弾け、衝撃をリュウガサバイブに通す。

 ダメージが通ることを確認しながらデルタは続け様に光弾を撃ち込む。だが、リュウガサバイブがデルタの攻撃を許すのは最初のみ。

 デルタムーバーから発射された光弾が先程と同じようにリュウガサバイブの装甲に着弾。しかし、今度は着弾と同時に弾かれてしまった。リュウガサバイブは黒炎を固形化して装甲を強化、これによりデルタムーバーの光弾が通じない装甲となる。

 

「許すのは一度だけだ」

 

 リュウガサバイブの膝がデルタの脇腹に刺さる。しかも、固形化した黒炎がスパイク状になっているので文字通りの意味であった。

 

「──ッ!」

 

 デルタの装甲を貫き、黒炎の棘が生身に触れる。膝蹴りの威力をデルタの装甲が殆ど削いでくれたので撫でる程度の接触であったが、デルタの中の澤田は棘から強い熱を感じ、それとは逆に背筋が冷たくなった。

 リュウガサバイブは膝を引き、再度同じ箇所へ打ち込もうとする。

 やはりリュウガサバイブはデルタを脅威とは見ておらず侮っている。だが、それでも意識を大きく割く程度にはデルタの登場はリュウガサバイブにとって小さくない驚きであったのだろう。

 デルタとほぼ同じタイミングで動き始めていた彼の存在に気付いていないのだから。

 

「うおおおおおっ!」

 

 オルタナティブ・ワンのスラッシュダガーがリュウガサバイブの腹横へ打ち込まれた。黒炎を纏っているのでダメージは無い。しかし、タイミングが悪かった。追撃の膝蹴りを繰り出す瞬間だったので、リュウガサバイブの片足は地面から離れていた。そこへ横からの攻撃を受けてしまったのでリュウガサバイブはバランスを崩して横へ流れて行く。

 完全に意識の外からの攻撃であった。そして、リュウガサバイブは同時に気付いてしまう。侮っていながらもデルタに意識を傾け過ぎてしまっていた自分に。

 

「ちっ」

 

 忌々しい事実にリュウガサバイブは苛立ちを舌打ちという形で表に出す。

 数歩分横へ移動してしまったリュウガサバイブは、すぐに体勢を立て直そうとする。だが、相手も追撃の手を緩めない。

 

「今です!」

 

 オルタナティブ・ゼロがオルタナティブ・ワンと並び立つと、突き出していたスラッシュダガーから蒼炎を放射した。

 リュウガサバイブの体が蒼炎に呑まれる。流体である蒼炎にはリュウガサバイブの黒炎の鎧も意味を為さず、二本のスラッシュダガーから放たれる蒼炎の火力に押されていく。

 リュウガサバイブの体が一歩、二歩と後退していき三歩目が地に着けられたとき、地面を踏み砕く勢いで踏み止まる。

 オルタナティブ・ゼロらは限界を超える勢いで蒼炎を出し続けるが、リュウガサバイブをそれ以上後退させることは出来なかった。

 

「はあっ!」

 

 リュウガサバイブのドラグブレードが蒼炎を斬り付ける。袈裟切りの軌跡で残る黒炎。今度は手首を返して逆袈裟切りを行い、蒼炎を裂く黒い✕の字を空中に残す。

 

「ふんっ!」

 

 リュウガサバイブは✕の黒炎を回し蹴りによって蹴り飛ばす。足が触れると同時に黒炎は固体となり、蒼炎の勢いに逆らい切り裂きながらオルタナティブ・ゼロたちへ飛んで行く。

 

「回避を!」

 

 スラッシュダガーの蒼炎では止めきれることは不可能と即座に判断したオルタナティブ・ゼロが回避を指示。オルタナティブ・ゼロとオルタナティブ・ワンは左右に分かれる。

 ✕字の黒炎が二人の間を通り抜けていく。そして、リュウガサバイブを呑み込んでいた蒼炎がこれにより途切れてしまった。

 リュウガサバイブはブラックドラグバイザーツバイを構え、光弾を発射。しかし、発射された光弾は見当違いの方向へ飛んで行く。

 戦いの中であり得ないミス。だが、オルタナティブ・ゼロは真っ先に敵の意図を察した。

 

「しまった!」

 

 光弾の射線状にいるのはサイコローグⅡ・タイプS。ブラックドラグランザーを暴力で拘束していたが、その側頭部に光弾が命中した。頭部を破壊する程の威力は無かったものの、この一発によりサイコローグⅡ・タイプSの動きが止まってしまう。

 上に跨っているサイコローグⅡ・タイプSが止まると同時にブラックドラグランザーが暴れ狂う。サイコローグⅡ・タイプSが再起動するが、間に合わずブラックドラグランザーのうねる胴体によって跳ね除けられた。

 サイコローグⅡ・タイプSの拘束から抜け出すと同時にブラックドラグランザーは黒い火球を発射。オルタナティブ・ゼロとオルタナティブ・ワンの近くに着弾して爆発を起こす。

 

「くっ!?」

「うわあああ!?」

 

 爆発の衝撃で吹き飛ばされるオルタナティブ・ゼロたち。この攻撃によって更に引き離されてしまった。至近距離で爆風の煽りを喰らったので二人はゴムボールのように地面を跳ね転がっていく。

 重石が消えたブラックドラグランザーが宙へ浮かぶ。窮屈な思いを晴らすかのように空中で身を捩った。そして、サイコローグⅡ・タイプSに散々殴られた鬱憤を晴らす為に転がり終えたオルタナティブ・ゼロたちに狙いを定める。

 うつ伏せになって倒れている両者、身を起こそうと藻掻いている。ブラックドラグランザーが容赦なく黒炎を吐き出そうとするが──

 

『ADVENT』

 

 ──オルタナティブ・ゼロがスラッシュバイザーにカードを通す。カードの効果によりサイコローグが跳び上がり、ブラックドラグランザーの顔に張り付く。頭を動かしてサイコローグを振り落とそうとするが、サイコローグの両手はしっかりとブラックドラグランザーの角と髭を掴んで放さない。

 オルタナティブ・ゼロは追撃が来るのは分かっていた。爆発で吹き飛ばされながらもデッキからカードを抜いていたのだ。そうしていなければ妨害が間に合わなかった。

 サイコローグは顔面から小型ミサイルを発射。炸裂する小型ミサイル。内一発はブラックドラグランザーの口部に溜め込まれていた黒炎の中へ入り、誘爆。両者は至近距離で爆発を浴びて勢い良く吹き飛んだ。

 煙を吐きながらブラックドラグランザーが再び地に落ちていく。リュウガサバイブはその光景に舌打ちをする。現状に於いてオーディンのゴルトフェニックスに次ぐ強さを誇るブラックドラグランザーが、リュウガサバイブが思い描いたように動かないのがいらだちの原因であった。

 サイコローグⅡ・タイプAの集団を薙ぎ払うまでは良かったが、その後に乱入してきたサイコローグⅡ・タイプSに予想以上のダメージを与えられた挙句、格下であるサイコローグに一矢報いられている。

 強者である自分の契約モンスターの不甲斐なさに失望を覚えざるを得ない。

 リュウガサバイブはさり気ない動作でブラックドラグバイザーツバイを掲げる。直後に首元を狙って振るわれた八方手裏剣がそれにより防がれる。

 

「おおおおっ!」

 

 窮地を脱したデルタが渾身の力を込めて八方手裏剣を振り回す。

 リュウガサバイブはデルタに視界を定めず、周囲の様子を確認するというながら作業で見もせずにデルタの八方手裏剣を捌き、または回避をする。

 デルタも八方手裏剣によりごり押しだけでなく時折デルタムーバーにより銃撃を混ぜているが、その攻撃を既に見ているリュウガサバイブには命中しない。

 全く当たらず、半ばヤケクソ気味に振り下ろされる八方手裏剣。だが、リュウガサバイブは避ける素振りを見せない。

 当たった、と思った瞬間にリュウガサバイブは纏う黒炎を固体化させて防ぐ。そして、リュウガサバイブの掌には燃える黒炎。黒炎の性質を同時に操っている。

 リュウガサバイブは攻撃を防がれた直後のデルタの胴体に黒炎を纏わせた掌打を叩き込む。

 思いの外頑丈なデルタの装甲を貫くのは面倒と判断したリュウガサバイブは、黒炎で焼き尽くすという選択を取った。

 

「なっ!?」

 

 デルタの体を黒炎が焼いていく。慌てて手で叩き消そうとするが、それでは黒炎は消火出来ず、逆に叩いた手に黒炎が燃え移る。

 

「くっ!?」

 

 消そうとしても消せない黒炎。どうすればいいのか迷っている間にも黒炎によりデルタは熱せられていき、中の澤田も熱さを感じ始める。このままでは蒸し焼きになるのも時間の問題であった。

 

(このままやられるぐらいなら!)

 

 デルタは覚悟を決め、黒炎に焼かれたままリュウガサバイブ目掛けて突っ込んでいく。

 

「澤田君!」

 

 オルタナティブ・ゼロが叫ぶ。危機を脱する方法を既に発見していたのでそれを伝えようとするが、デルタの耳には届いていない。

 デルタは走りながら銃撃。リュウガサバイブはブラックドラグバイザーツバイで全て弾く。近接の間合いに入ると同時にデルタはリュウガサバイブの頭上へ八方手裏剣を振り下ろした。

 リュウガサバイブは八方手裏剣の軌跡を完全に読み、後ろへ下がることで八方手裏剣を空振りさせる。

 だが、この動きはデルタの予想の範囲であった。

 リュウガサバイブがこちらを見下しているのを見抜いていた。実力差故に敢えて無駄な動作を省いて最小の動きで回避することを予測していた。

 振り下ろされる筈であった八方手裏剣は途中で止まり、そのままリュウガサバイブの眼前へ突き出される。

 軌道を強引に変えた二段攻撃。リュウガサバイブの顔面を貫く──

 

「惜しかったな」

「なっ!?」

 

 ──寸前にリュウガサバイブは頭を傾けて八方手裏剣の刃を避け、カウンターでドラグブレードでデルタを斬り付ける。

 この瞬間、デルタが許容出来るダメージ量の限界を超え、変身が強制的に解除された。デルタの本体はベルト。ダメージがベルトにフィードバックする前に装甲を解くことでベルト本体を守る一種の安全装置が作動した

 




今年最後の投稿になりますが、長くなりそうだったので前後編で。
続きは来年で。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

デッドエンド(後編)

新年最初の投稿となります。


 リュウガサバイブの前に生身を晒す澤田。使用者よりもベルトの安全を優先するというのは一見致命的な欠陥に思われるかもしれない。

 しかし、これは欠陥ではなく仕様。そもそも前提条件が違うのだ。

 澤田は変身が解除されると同時にスパイダーオルフェノクへと変身。使用者がオルフェノクを前提としているので強制解除されてもオルフェノクの力で身を守れる。

 これに意表を衝かれたのは澤田ではなくリュウガサバイブの方であった。何故ならば、リュウガサバイブはデルタの仕様を知らない。いきなり変身を解除した澤田を見て、意図が分からずコンマ数秒だが戸惑いを覚えた。逆に澤田は強制解除の仕様を知っているので驚くことなくスパイダーオルフェノクへと変身が出来た。副次効果として装甲が解除されると同時に纏わりついていた黒炎を剥がすことも出来た。偶然にもオルタナティブ・ゼロが伝えようとしていた黒炎対策が行われたのだ。

 リュウガサバイブの僅かな隙の間に八方手裏剣で突く。

 

「ぐっ」

 

 呻くリュウガサバイブは後方へ押される。突かれたのが装甲の厚い部分だったのでダメージに至る程ではないが距離を開けられた。

 

「変身!」

『Standing by』

 

 距離がある内にスパイダーオルフェノクは素早く再変身を行う。

 

『Complete』

 

 ベルト本体の安全を優先しているお陰か再変身までのクールタイムは存在しない。あったとしてもごく短時間のもの。

 デルタは拳を振り上げてリュウガサバイブへ飛び掛かる。見え見えの攻撃を避けようとはせず、迎撃する構えをとるリュウガサバイブであったが、背後から迫る気配に気付き、反射的に振り返ってしまう。

 振り返ったリュウガサバイブが見たのはオルタナティブ・ゼロとオルタナティブ・ワンがスラッシュダガーを振り下ろしている姿。リュウガサバイブは咄嗟にブラックドラグバイザーツバイで受け止める。

 

「はあっ!」

 

 だが、オルタナティブ・ゼロたちに気を取られてしまったせいでデルタへの反応が遅れてしまった。

 飛び込んだ勢いのままデルタのパンチがリュウガサバイブの頬へ打ち込まれ、そのまま殴り飛ばされる。

 リュウガサバイブは数メートルの距離を飛んだ後に背中から地面へ落ちた。

 

「ぐっ!」

 

 サバイブへ進化してから初めて受けるダメージらしいダメージ。回避も防御も間に合わなかった。この場で最も格が低いと思っていたデルタが誰よりも先にリュウガサバイブにダメージを与えた。その事実は肉体よりも精神の方に重く響く。

 リュウガサバイブは足を一瞬止めてしまう。その間に動く黒い影。

 

「おおおおっ!」

 

 渾身の叫びを上げながらオルタナティブ・ワンがリュウガサバイブへ突進してくる。スラッシュダガーを担ぐように構えた捨て身の行動。

 

「馬鹿が……!」

 

 その無謀さとそれが通じると思われていることにリュウガサバイブは吐き捨てながらブラックドラグバイザーツバイを構える。

 オルタナティブ・ワンは叫び続けながら真っ直ぐリュウガサバイブへ向かい、スラッシュダガーの柄が軋む程の力を込めるが──

 

「っ!?」

 

 ──そのとき、オルタナティブ・ワンの背後から影が飛び出す。一瞬分裂したのかと錯覚を覚える同じ姿。すぐに飛び出したのがオルタナティブ・ゼロだということを認識する。しかし、そう認識したときにはオルタナティブ・ゼロはリュウガサバイブの頭上を超えており、リュウガサバイブに影を差す。

 無謀な突進は囮。全てはリュウガサバイブの視界を遮る為のもの。オルタナティブ・ワンの背後に隠れ、ギリギリまで存在を隠し、タイミングを見極めてオルタナティブ・ワンを踏み台にしてリュウガサバイブをかく乱する。

 リュウガサバイブの背後に降り立つと同時にスラッシュダガーを振るオルタナティブ・ゼロ。このとき、リュウガサバイブの頭の中に選択肢が過る。

 前方からも今もオルタナティブ・ワンが迫っており、後方からもオルタナティブ・ゼロが仕掛けてきている。

 どちらを攻撃するか。刹那の時間リュウガサバイブは思考してしまったが、すぐに答えは出た。

 リュウガサバイブの体から噴き出す黒炎の勢いが増し、それらが針のように全方向へ伸びていく。

 どちらを優先して攻撃する必要など無い。同時に攻撃してしまえばそれで済む。

 オルタナティブ・ワンは伸びてきた黒炎の針を咄嗟にスラッシュダガーの側面で受けるが、全てを受け切れることが出来ず大腿部を針が掠め、その痛みで力が抜けてしまい、踏ん張ることが出来ず針によって突き飛ばされる。

 オルタナティブ・ゼロにも伸びて来る針。だが、オルタナティブ・ゼロは防御の構えを見せず更に踏み込む。

 側頭部を掠め、脇腹を掠めるがオルタナティブ・ゼロは前進を止めない。遂に肩へ針が突き刺さってしまったが、即座に片手に持ち替えるとスラッシュダガーの前方へ突き出す。

 

「ぐっ!?」

 

 固体化させた黒炎を全方位に針のように伸ばす。攻防一体であったが、スラッシュダガーの切っ先は最も防御の薄い箇所を的確に突いていた。

 

「お前……!」

「言っていませんでしたね。一度見たものは記憶してしまうんですよ、勝手に」

 

 リュウガサバイブの攻撃のタイミングは既に記憶済み。肩を負傷してしまったが、リュウガサバイブにも一撃与えることが出来た。

 前に戦ったときの妙な戦い辛さへの答え合わせをされたリュウガサバイブは、憤怒の感情のままスラッシュダガーが深く刺さることも構わずドラグブレードで斬りかかろうとした。

 だが、それを見計らったかのようにリュウガサバイブの顔面で光弾が炸裂する。

 

「っ!?」

 

 流石のリュウガサバイブも顔にそのような攻撃を受けたら怯まざるを得ない。仰け反りながら顔を押さえて数歩後退する。

 その間にオルタナティブ・ゼロはリュウガサバイブから離れた。

 

「──大丈夫か?」

「ええ、まだ戦えます。素晴らしい援護射撃でした」

 

 オルタナティブ・ゼロは刺された肩を手で押さえながら隣に来たデルタと礼を言う。デルタは手にデルタムーバーが握られており、オルタナティブ・ゼロを救うと共にリュウガサバイブに会心の一発を撃ち込んでいた。

 

「くっ……!」

 

 リュウガサバイブは内心に焦りが募り始める。力はこちらの方が上の筈なのに、相手が予想以上に粘る。サバイブの力は強力だが、強い力には制限も伴う。サバイブを維持出来る時間も余裕が無くなってきた。サバイブが解除されれば反動で動けなくなる。そうなれば彼とて危うい。

 オルタナティブ・ゼロ、オルタナティブ・ワン、デルタ。この三人を纏めて確実に葬る。

 

「これで終わりだ……!」

 

 リュウガサバイブが引き抜く最強のカード。この一枚を以てこの戦いを終わらせる。

 

『FINAL VENT』

 

 ブラックドラグバイザーツバイに装填された必殺のカード。その音声を聞くとオルタナティブ・ゼロたちは仮面の下で顔色を変えた。

 ファイナルベントのカードが読み込まれ、その力が契約モンスターへ注ぎ込まれる。サイコローグとサイコローグⅡ・タイプSに纏わりつかれていたブラックドラグランザーは、体を激しく揺さぶり二体を振り払う。

 重石が外れたブラックドラグバイザーツバイは空中へ飛び上がる。リュウガサバイブもまた跳び上がり、飛翔するブラックドラグバイザーツバイの背中に降り立った。

 ブラックドラグランザーが首を仰け反らせると胸元から内蔵されていた前輪が出現。長い尾が折り畳まれると同時に内包していた後輪が現れる。額にあった格子状のパーツがスライドして両目を覆うバイザーとなった。

 バイク形態となったブラックドラグランザーは地面に降り、駆ける場所を空から大地に移す。

 ブラックドラグランザーに跨ったリュウガサバイブはそのままオルタナティブ・ゼロたちに背を向けて疾走。加速に十分な距離を稼ぐ為である。

 オルタナティブ・ゼロたちはこのまま逃亡することも出来る。しかし、その選択はしない。直感が告げていた。彼らにとって窮地であるが、攻め切るのなら今しかない。相手が初見で対策が練られない状況だからこそここまで繋げられた。ここで退けば二度と同じ手は通用しない。恐らくリュウガの状態でも圧倒されるだろう。

 だからこそ退く訳にはいかないのだ。

 離れて行くリュウガサバイブの姿。戻って来るまでの僅かな時間。それは何度も何度も行ってきた覚悟を決める時間。

 

「……仲村君」

「同じ事を言わせないで下さい。俺は最後の最後まで先生について行きますよ」

「そうですか……ありがとう」

 

 そう言われれば「貴方は逃げなさい」とは言えなくなる。オルタナティブ・ゼロの頭に過るのは家族の顔、そして先に逝った東條の顔。

 多くの命の為に小数の命を犠牲にすることを良しとした。その切り捨てられる命の順番が自分に回って来ただけのこと。恐れるなど身勝手。

 オルタナティブ・ゼロは最後のカードをデッキから抜き取る。オルタナティブ・ワンもカードを抜き、スラッシュバイザーへ通す。

 

『ADVENT』

 

 カードが蒼炎となって消滅すると、何かが崩れる音が聞こえる。音源は積み重なっているサイコローグⅡ・タイプAの残骸。その下から所々破損はしているものの五体満足の一体が這い出て、オルタナティブ・ワンの許へ向かってくる。

 全滅していた可能性があったが、一体だけ無事であった。これで少しだけ勝率が上がる。

 

『FINAL VENT』

 

 オルタナティブ・ゼロとワンは同時に切り札を切る。二人の許へ走るサイコローグたち。走りながら形態を変え、二台のバイク──サイコローダーとなって疾走する。

 オルタナティブ・ゼロたちはそれに乗り、アクセルを回す。いつでも走り出す準備は出来ている。

 

「──澤田君」

「……何だ?」

 

 走り出す前、オルタナティブ・ゼロはデルタへ声を掛けた。

 

「後は任せます」

「……勝手にしろ」

 

 託された思いにデルタは目を合わせないようにしながら素っ気なく言う。

 リュウガサバイブが反転したのが見えた。決着の時が来たのだ。

 

「行きますよ!」

「はい!」

 

 オルタナティブ・ゼロとオルタナティブ・ワンが並んだ状態で走り出す。二人が走り出したタイミングでリュウガサバイブもまた全速力で走り出した。

 瞬く間に最大速度に達する両者。すると、リュウガサバイブがハンドルを手前に引っ張る。連動してブラックドラグランザーの上体が起こされ、ウィリー走行となるとブラックドラグランザーは次々と黒い火球を吐き出した。

 吐き出された火球は着弾と同時に炎上、もしくは固体化して鋭利な鍾乳石のように生える。相手の逃げ道を塞ぎ、確実に仕留める為の牽制だが最初から正面衝突しか狙っていないオルタナティブ・ゼロたちには無意味であった。

 ブラックドラグランザーはウィリー走行を続けながら火球を放ち続ける。オルタナティブ・ゼロたちに直撃する火球も何発かあったが、肚を括っている二人がその攻撃を恐れることはなく最小限の動きで回避をしてみせた。

 オルタナティブ・ゼロはハンドルを右に、オルタナティブ・ワンは左に切る。急ハンドルにより旋回するサイコローダー。臆してハンドルを切ったのではない。これこそが彼らの最大の一撃。

 サイコローダーは回転の速度を上げていき、原型の見えない半球体と化す。触れたもの全てを粉砕する破壊の回転。それが二つ。

 速度を緩めることなく接近する両者。間もなく全力を懸けた互いの一撃が衝突する。

 圧砕する突撃と粉砕する双回転。それがぶつかり合った瞬間、空気は一瞬にして高熱を帯び、発生した膨大な量のエネルギーが爆発となって双方を包み込む。

 だが、爆発を突き破って先に飛び出したのはオルタナティブ・ゼロとオルタナティブ・ワンであった。

 

「がはっ!」

「うわあああああっ!」

 

 凄まじい勢いで吹き飛ばされ、地面を転がっていく。勢いが止んだときには二人は既に立ち上がれない状態であった。

 

「う、く……」

「はぁ……はぁ……」

 

 少し間を置いて何かが地面に落ちて来た。片方は完全に破壊されたサイコローグⅡ・タイプA。そして、もう片方は下半身が千切れているサイコローグ。辛うじて動いているが断面から露出しているケーブルからは火花が散り、まだ生身である部分が零れ出ている。

 契約モンスターもほぼ死に体。仮にオルタナティブ・ゼロたちが動けたとしても戦う手段は潰えた。

 この戦い、リュウガサバイブの勝利──という訳でもない。

 爆発が消えた後に残るのはリュウガサバイブ。だが、その装甲には欠けや亀裂が生じており、跨っていたブラックドラグランザーもバイク形態が解除されていたが左腕が消し飛んでいた。

 

「くそっ……!」

 

 深手を負ってしまったリュウガサバイブは毒吐く。オルタナティブ・ゼロたちの攻撃は想像以上のものであった。真っ向から対決してしまったせいでダメージが大きい。

 だが、これで終わりではない。

 リュウガサバイブは視線に気付き、顔をそちらへ向ける。そこにはサイコローグⅡ・タイプSと並び立つデルタがリュウガサバイブを睨み付けていた。

 

「選手交代だ」

「っ!」

 

 取るに足らないと見ていたデルタが、ここに来て巨壁となってリュウガサバイブの前に立ち塞がる。

 今のリュウガサバイブでは分が悪い。負傷している上にそろそろサバイブの効果が切れる。逃走の二文字がリュウガサバイブの頭の中に浮かぶ。

 

「戦うのなら俺が相手をしてやる。逃げるなら見逃してやる」

 

 その言葉にリュウガサバイブの沸点は限界寸前まで上昇。

 

「迷っていないでさっさと選べ──中途半端野郎」

 

 いつのか意趣返しの台詞。そして、この言葉自体リュウガサバイブのコンプレックスも強く刺激するものであった。リュウガサバイブの怒りは頂点を超え、逃走という選択は消し飛んだ。

 

「死にぞこないがっ!」

 

 最早、リュウガサバイブの頭の中にはデルタを倒すことしかない。リュウガサバイブの全身全霊で怒り、黒い火柱と化す。

 デルタは離れていても感じる熱気を浴びながら隣に立つサイコローグⅡ・タイプSを小突く。

 サイコローグⅡ・タイプSが咆哮を上げる。すると近くの鏡面から巨影が飛び出して来る。現れたのはジェットスライガー。オルタナティブ・ゼロたちとリュウガサバイブが衝突する間に呼び寄せていたのだ。

 現われたジェットスライガーにデルタは搭乗せず、咆哮し続けているサイコローグⅡ・タイプSがジェットスライガーを両腕で掴む。全長四メートルを超え、トン単位もある超大型バイクが持ち上げられ、サイコローグⅡ・タイプSの肩に担がれた。

 

「──終わらせる」

 

 デルタはデルタムーバーを口元に寄せて走り出した。

 

「チェック!」

『Exceed Charge』

 

 生成されてフォトンブラッドがベルトから伸びるラインを通じ、デルタムーバーへ充填されるとデルタは銃口をリュウガサバイブへ向ける。

 

「終わるのはお前の方だ!」

 

 リュウガサバイブがデッキからカードを引き抜き、叩き付けるようにブラックドラグバイザーツバイへ装填。入れられたカードは──

 

『STRANGE VENT』

 

 効果によりカードの絵柄が変化。リュウガサバイブが望むカードとなる。リュウガサバイブは変化したカードを再装填する。

 

『FINAL VENT』

 

 本来ならば一戦闘に一枚しか使用出来ないファイナルベントのカード。リュウガサバイブはストレンジベントの効果でそのルールを捻じ伏せる。しかし、ブラックドラグランザーの負傷は大きく、バイク形態にはなれない。

 だが、そんなことはリュウガサバイブにとって些細なこと。持っていたブラックドラグバイザーツバイを投げ捨て、肘を曲げた左腕を前に突き出し、五指を開いた右腕を掲げる構えをとる。

 リュウガサバイブの体が宙へ浮く。その背後には上半身を立たせているブラックドラグランザー。リュウガサバイブは空中で右足を前に出したポーズをとる。

 デルタが引き金を引くのとブラックドラグランザーが黒炎を吐き出し、それを背に受けたリュウガサバイブが撃ち出されるのはほぼ同じタイミングであった。

 放たれた光弾がリュウガサバイブが纏う黒炎に接触。三角錐状に展開し、リュウガサバイブのキックを空中で止めた。

 そこへ駆け、跳び上がったデルタが右足を伸ばして三角錐の中へ飛び込んでいく。

 デルタが必殺の一撃を繰り出したタイミングでサイコローグⅡ・タイプSも動く。両腕、両脚、背中の装甲がスライドし、中から大量のミサイル弾頭が覗かせる。顔面の穴からも同じようにミサイルが生えていた。

 更に担いでいたジェットスライガーのカウリングが左右に展開し、収納されているミサイルが発射体勢に移る。デルタがジェットスライガーを呼び出したのはこの為。ミサイル砲として使うのが目的であった。

 ジェットスライガーとサイコローグⅡ・タイプSの全身から発射されるミサイル。サイコローグⅡ・タイプSのミサイルは空中で分解され、内蔵されていた小型ミサイルが飛び出し、百を超えるミサイルがデルタの後を追う。

 これがデルタに出来る最大火力にして覚悟。リュウガサバイブ諸共消し飛ぶことを覚悟しての攻撃。

 大量のミサイルが空を飛ぶ中でデルタのキックとリュウガサバイブのキックが激突。

 白色のフォトンブラッドと黒炎。互いを貪るようにぶつかる未知同士のエネルギー。

 リュウガサバイブは勝利を確信した。三角錐状のフォトンブラッドを纏ったデルタのキックはそれなりの威力はあるが、リュウガサバイブの攻撃には及ばない。

 拮抗しているがそれは時間の問題。間もなくリュウガサバイブのキックが押し切る。

 そして、その時は来た。

 デルタから押し返す力が消え、リュウガサバイブのキックがデルタを蹴り砕く──

 

(何だと……?)

 

 違和感があった。あまりにあっさりと消えた手応えに。そして、気付いた。蹴り砕く筈であったデルタの姿がそこにないことに。

 

(何だと……?)

 

 自然と視線が背後へ向けられる。そこには倒す筈であったデルタが膝を着いていた。

 

(何だと……?)

 

 リュウガサバイブの胸には気付かぬ内に刻まれていた、Δの紋章が。

 

「何だとぉぉぉぉぉ!」

 

 事態を吞み込めない内に発射されたミサイルが一斉にリュウガサバイブに炸裂。その叫びが爆音の中に掻き消される。

 リュウガサバイブとデルタは間違いなくリュウガサバイブの方が上であった。負ける道理はない。しかし、それは同じ技術と力を根源としていた場合。両者は姿は似ているが根本は違う。それ故に勘違いをしてしまった。

 デルタの技は相手の原子構造を破壊し、その際に対象をすり抜ける現象を引き起こす。どんなにリュウガサバイブのキックに威力があったとしてもすり抜けられてしまえば意味がない。

 リュウガサバイブの敗因は一つ。情報不足により相手の攻撃の性質を見誤ったこと。

 

 

 ◇

 

 

「はぁ……! はぁ……! はぁ……!」

 

 デルタのキックを受け、その後に凄まじい爆発を浴びせられながらもリュウガサバイブは生きていた。サバイブにより強化された装甲による紙一重の生存。しかし、その恩恵も時間切れであった。

 リュウガサバイブの体から粒子が立ち昇ると元のリュウガの姿に戻ってしまう。それでも彼は這い続ける。そんなことよりも優先すべきことがあるのだ。

 リュウガが手を伸ばす。そこには割れたガラス片。指先が触れる寸前、ガラス片は蹴られ、地面を滑って遠くへ行く。

 

「させませんよ」

「香川……!」

 

 眼鏡は罅割れ、髪型が乱れ、口や額から血を流すのは香川。少し離れた場所では仲村が気を失って倒れている。

 

「そんなに帰りたいですか? ミラーワールドに?」

「っ!」

 

 リュウガが居るのは香川の言う通りミラーワールドではない。爆発の衝撃で鏡面を通って現実世界に飛ばされたのだ。

 リュウガは焦っていた。何故ならば──

 

「東條君の推測通りですね。……どうやら貴方はミラーモンスターと同じ存在らしい」

 

 東條はリュウガとの戦いで気付いた。リュウガがミラーモンスターと同じ性質を持っていることに。故にミラーワールドでは無限に戦えるが、現実世界で活動出来る時間は限られている。そして、サバイブを使って消耗しているリュウガに残された時間は少ない。

 

「こんな……こんな所で……俺は……!」

 

 体が消滅し始めるリュウガ。それでも何とかしてミラーワールドに帰ろうと藻掻くが、無情なことに周囲に鏡面となるものは無い。

 

「俺は……俺は……!」

 

 砕ける音と共にリュウガの変身が解かれる。その姿を見た香川は目を見開いた。

 

「貴方は……!?」

「お、俺は城戸真司に……鏡の中だけの存在じゃ……!」

 

 香川の知る城戸真司と瓜二つであったリュウガの変身者は、無念に満ちた声を上げながら完全に消滅する。

 

「……」

 

 リュウガの正体が何だったのか聡明な香川であっても分からない。ただ言えることは一つの大きな戦いが終わったということ。

 すると、足音が聞こえて来た。

 

「君ですか……」

「終わったみたいだな……」

 

 香川と同じくらいボロボロになった澤田が片足を引き摺りながらこちらへ来ていた。

 

「契約モンスターは?」

「あの黒い龍なら消えた」

 

 リュウガと繋がりがあるのかリュウガの消滅に合わせてドラグブラッカーもミラーワールド内で消滅した。

 

「……今の私に戦える力はありません」

 

 オルタナティブ・ゼロの契約モンスターであるサイコローグは消滅してしまった。オルタナティブのデッキは残っているが、力をほぼ失っている。

 香川の技術と情報をほぼ把握しているスマートブレインにとって香川の存在は最早用済み。

 

「抵抗するつもりは──」

 

 そこまで言い掛けて口を閉ざす。澤田はヘッドフォンを耳に付け、大音量で音楽を聴き始めていたからだ。

 香川は苦笑し、地べたに腰を下ろす。香川はこれ以上語ることなく澤田のヘッドフォンから漏れ出る音楽に耳を傾けるのであった。

 




若干反則な感じですが、初見殺しが入ったということで。
これにてリュウガ戦は決着となります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

高度五千メートルの死闘

 青い閃光と打撃音。ゴルトフェニックスがサイガのスカイインパクトによって殴り飛ばされる。

 そのまま追撃するかと思われたが、サイガは殴った後その場に留まり、殴った自分の拳を見つめる。拳を覆う装甲の一部に亀裂が生じている。ゴルトフェニックスが常に放っている金色の光に触れたのが原因であった。一瞬ではあったが、既存の技術を遥かに上回る金属を破壊したのは脅威としか言いようがない。

 不思議なことに触れたときは何も感じなかった。炎や風を操るゴルトフェニックスだが、ゴルトフェニックス自身が発している光は、フォトンブラッドと同じく既存のどのエネルギーにも属さない未知なるもの。

 それが追撃を止めた理由の一つ。もう一つは、殴った感触に手応えを感じなかったこと。殴り飛ばすことは出来たが、ゴルトフェニックスはダメージ受けていない。下手に追撃をすれば手痛い反撃を受けるのが目に見えていた。

 サイガの予想を肯定するかのようにゴルトフェニックスは両翼を広げて空気抵抗によるブレーキを掛け、数メートル移動しただけで止まった。

 ゴルトフェニックスの顔にはサイガの紋章が浮かび上がっており、これはサイガのフォトンブラッドがゴルトフェニックスの体内に流れ込んだことを意味する。通常ならば全身を巡るフォトンブラッドにより原子構造が破壊され、オルフェノクならば即座に灰化する所である。しかし、ゴルトフェニックスが甲高い鳴き声を上げると浮かび上がっていた紋章が黄金の光により消滅してしまった。

 

『良い一発が入ったと思ったんだけどね』

 

 自慢の拳をあっさりと無効化されたことに苦笑するサイガ。流石は敵のボスが使役するモンスター。一筋縄ではいかない。

 ゴルトフェニックスが異なる色の双眼でサイガを見る。その眼には最初のときよりも意思が感じられた。今の一撃でゴルトフェニックスのやる気に火が入り、サイガを敵として認識したと思われる。

 

『気合が入ったかい?』

 

 言葉が通じるとは思っていない。しかし、ゴルトフェニックスは応じるように鳴く。

 

『それは良かった』

 

 ゴルトフェニックスが両翼を振るう。その際に翼に埋め込まれている赤と青の宝珠が光を発する。振り抜かれた翼から無数の羽根が飛ばされた。

 サイガはブースターライフルによる連射でそれを撃ち落とそうとする。

 放たれた光弾と羽根が接触する。すると、命中する筈であった光弾が羽根に弾かれて軌道を変えた。別の場所では羽根に触れた途端、光弾が真っ二つ裂かれる。

 光弾による弾幕を真っ向から突き破ってくるゴルトフェニックスの羽根。それを脅威に思いながらもサイガは目を逸らさずに羽根を凝視する。

 そうすることで見えてくるものがあった。飛んで来る羽根は同じようで違う。

 まずは速度が異なり、弾く羽根は裂く羽根よりも速い。そして、裂く羽根の周囲には陽炎のような揺らぎが見える。

 その二つの情報でサイガは羽根の特性を分析する。

 弾く羽根一枚には風の力が込められており、裂く羽根には炎の力が込められている。フォトンブラッドの光弾を上回る超常的力が込められた無数の羽根。威力を抑えた連射では太刀打ちできない。

 サイガはまず先行してきた弾く羽根を回避する為にフランイングアタッカーのブースターの勢いを弱まらせて降下する。高度を下げたサイガの頭上数メートルを通過していく弾く羽根。

 これで回避した、と思った直後にサイガは背中に寒気を覚える。その感覚に従い、背後を見ると通過していった羽根が大きくUターンをしてサイガを追尾するのが見えた。

 

『ちっ』

 

 羽根の一枚一枚を独立して動かす器用さに舌打ちをしながらフランイングアタッカーで空を駆けるサイガ。その背後には弾く羽根が追って来ている。

 だが、後ろだけを気にしてもいられない。前方には裂く羽根が待ち構えており、サイガの進路を塞いでいる。速度の差を利用してサイガを上手く誘導していた。

 

『鳥のくせに賢いじゃないか!』

 

 ゴルトフェニックスの頭の回転に舌を巻くが、戦いの中での閃き、直感は自分も優れていると自負するサイガは即座に現状を打破する方法を導き出す。

 サイガは行ったのは減速ではなく直進。自ら前方に並ぶ羽根へ突っ込んで行く。この行為は決して無謀ではない。速度を緩めた瞬間に背後から迫っている羽根にやられるのが分かっているからだ。

 そして、速度を維持しながらブースターライフルにフォトンブラッドをチャージする。チャージが完了するのが間に合うかどうかはギリギリ、というよりも僅かに間に合わないというのが理性の答え。だが、サイガはその理性を捻じ伏せて前へ突き進む。

 戦いに対する絶対的自信と『天の帝王』というプライドが無謀への恐れを打ち消し、彼に折れない芯を与える。

 立ち塞がる羽根の陽炎が鮮明に見え始める距離まで近付いてきた。チャージは九割進んでいるが百パーセントまで溜まらないと意味が無い。

 五、四、三、二と頭の中で勝手にカウントダウンが始める。チャージは九十八パーセントまで完了。どう見ても時間が足りない。

 しかし、それでもサイガは進む。自分に帝王の資格が無ければ、ここで散るだけのこと。

 水平にしていた体勢を垂直にする。空気抵抗により直進速度が一気に減速することになるが、そのタイミングでチャージが完了し溜めていたフォトンブラッドの光弾を発射。

 発射に合わせてフランイングアタッカーの噴射を停止。左右のブースターライフルから放たれた巨大な光弾は、サイガの目の前に立ち塞がっていた羽根に着弾して爆発を起こす。

 サイガは至近距離から爆発を浴び、発生した爆風に乗って後方へ飛ばされる。丁度、背後から来ていた羽根を飛び越える形となった。

 追尾していた羽根の背後に回り込んだサイガは再充填を開始。標的を見失ったことで大きく方向転換している間に充填を済ませたフォトンブラッドの光弾を発射。連射用の光弾とは違い、炸裂弾に等しい光弾は羽根に触れると弾かれる前に爆発。大空に青い球体状が展開し、羽根を纏めて焼き尽くす。

 ゴルトフェニックスの二種類の羽根による一斉射撃を切り抜けたサイガ。その直後であった。黄金の不死鳥がサイガへ突っ込んで来たのは。

 

『くっ!』

 

 一つの攻撃を捌き終えた絶妙なタイミングでの強襲。ゴルトフェニックスの知能の高さが窺えるが、サイガとて戦闘の中で完全に気を緩めることはしない。迫る圧と殺気に気付き、ゴルトフェニックスの突撃に合わせて体を独楽のように回して接触の衝撃を殺そうとする。

 ゴルトフェニックスの翼がサイガの脇腹に触れたタイミングで脱力し、力の流れに乗る。視界が三百六十度高速で回転するが、その間も人外の動体視力でゴルトフェニックスの動きを目で追っていた。

 やがて回転が止まる。咄嗟の判断であったがある程度ダメージを抑えることに成功したサイガ。だが、ゴルトフェニックスと接触した箇所を見て言葉を失う。

 装甲にまたもや深い亀裂が生じていた。ゴルトフェニックスにスカイインパクトと打ち込んだときと同じ現象が起こっている。体感的に受けた衝撃はルナメタルの装甲を破壊する程ではない。そうなるとゴルトフェニックスが常に発している金色の光に何かしらの能力があると推測する。

 

『──飽きさせないね、君は』

 

 未だに底を見せない強敵を前に戦意を高揚させるサイガ。ゴルトフェニックスは、そんな相手の意気込みなどに構うことなく旋回して再び突撃しようとしている。

 風や熱、羽根を飛ばすことはゴルトフェニックスにとっては小手先の技。ゴルトフェニックスにとって最強の武器は自分自身。それを使っての攻撃という時点でゴルトフェニックスもまたサイガを手強い敵と認めている証拠。

 ゴルトフェニックスは方向転換を終え、瞬時に最速に達するとサイガへ最大威力を以て突進する。

 サイガはゴルトフェニックスの軌道を見極めながら操縦桿と一体となっているトンファーエッジを引き抜く。

 改めて思うが、武器便利ではあるが操縦桿と一体となっているのは少し頂けない。トンファーエッジを使用する際はフライングアタッカーを外すかフランイングアタッカーの精密な操作を放棄するかのどちらかを選ばなければならない。

 スマートブレインの技術者たちは何でもかんでも一つの物に多くを詰め込み過ぎているのでは、と少々愚痴りたくもなる。

 そもそも技術者たちは、トンファーエッジはいざというときの為の非常手段として装備させているのであり、レオのように近接戦を好み、積極的に使用することは想定していないのであった。

 頭の中で密かに不満を漏らしながらサイガはトンファーエッジにミッションメモリーを挿す。

 

『Ready』

 

 トンファーエッジが完全起動し、サイガは滞空しながらトンファーエッジを器用に回す。

 操縦桿は外されているのでゴルトフェニックスの突進に対しフランイングアタッカーで自由に回避することは出来ない。

 だが、それはサイガも分かっている。分かっている上でわざとやったのだ。

 空中で静止状態のサイガにゴルトフェニックスが正面から迫る。

 

『Exceed Charge』

 

 サイガは一切の動揺が無い動作でサイガフォンを開き、ボタンを押し込んでいた。

 体を巡るラインを通じ、ドライバーから送られる青いフォトンブラッドがトンファーエッジへと充填され、ブレード部分がフォトンブラッドにより発光する。

 持ち手を操作し、フォトンブラッドの出力を調整。フォトンブラッドの出力は、ロー、ミディアム、ハイ、アルティメットの四段階があるがサイガが選んだのは最大出力のアルティメット。

 莫大なエネルギーで相手を切り裂くが、その分充填したフォトンブラッドをすぐに放出してしまうので短時間しか使用出来ない。使用する際にはタイミングや間合いが重要となるが、サイガにとっては何の問題も無い。

 ゴルトフェニックスが近付いて来ている。五メートル以内ならばトンファーエッジの既に間合いである。しかし、サイガはギリギリまでゴルトフェニックスを引き付ける。

 少しでも攻撃のモーションを見せればゴルトフェニックスは回避してくる。理性が限界を訴えても直前まで動きを悟らせない。

 ゴルトフェニックスが纏っている金色の光がサイガに接触しようとした瞬間、サイガはフライングアタッカーの噴射を全停止させた。

 必然的に生じる自由落下。打ち砕く筈であったサイガはゴルトフェニックスの真下に移動。そのタイミングでサイガは左右に広げた両手を掲げる。エッジ部分がゴルトフェニックスの両翼を深く切り込み、後はゴルトフェニックス自身の突進の勢いで裂かれていく。

 フライングアタッカーの停止。トンファーエッジを上げるタイミング。全てが噛み合った奇跡の反撃。

 理性だけでは決して行えず、かといって本能だけでも不可能。才能と経験を兼ね揃えた上で狂気に足を踏み入れた者にしか実行出来ない刹那の読み。

 サイガの頭上を通り過ぎて行った後、両翼を切断されたゴルトフェニックスが落下していく。

 サイガはこれで勝ったとは思わなかった。自分もまた共に落ちながらゴルトフェニックスの様子を良く見る。危機的状況だからこそ見えてくるものがある。

 両翼を失ったゴルトフェニックス。しかし、血を流すことはない。この時点で生物かどうか怪しくなる。

 羽ばたくことが出来ないゴルトフェニックスは、落ちながら鳴く。その鳴き声に悲愴さを感じない。サイガと戦っているときと何ら変わらない声。つまり、ゴルトフェニックスにとって翼を失ったことはそれ程痛手ではないのだ。

 ゴルトフェニックスが纏っている光と切断された両翼に残る光が伸び、結び合う。繋がった光の中で切断された両翼が時間を巻き戻されたかのように断面へと戻っていく。

 サイガはその光景を見て驚きは無かった。『だろうね』という想定の範囲内の現象である。

 だからこそ、サイガの行動は迅速であった。両翼を治しているゴルトフェニックスへフランイングアタッカーで一気に接近。

 ゴルトフェニックスの背中に乗り、翼の付け根を両脚で挟んで離れないようにする。

 

『Exceed Charge』

 

 フォトンブラッドの青い光がサイガの両拳へ灯る。

 

『はあああああっ!』

 

 サイガは跨っているゴルトフェニックスの後頭部に拳を打ち込んだ。一発では終わらず、左右の拳で連続して殴る。

 殴る度に浮かび上がるΨの紋章。サイガの力が流れ込んでいる証であるが、浮かぶ度に紋章は消滅していく。

 大技で仕留めることも考えたが、隙も大きいので威力は低いが素早く出せる技の方を優先した。

 サイガは一秒間に十を超える拳を繰り出し、フォトンブラッドのチャージが切れるまで行い続ける。

 普通なら頭部の原形が無くなるどころか粉砕されてもおかしくない連打だが、ゴルトフェニックスの頭部はまだ健在。どういう理屈か分からないが、殴られた片っ端から傷が治っている。

 不死鳥故に本当に不死身なのかと疑いを持ち始めたとき、サイガ自身にも異変が生じる。

 ピシリ、という亀裂音。それが断続的に聞こえ始める。サイガは殴り続けていた自分の拳を見る。拳には既に無数のひび割れが出始めていた。

 変化はそれだけなく純白のサイガの装甲はくすんだ色に変色している。仮面の一部も何もしていないのに音を立てて亀裂が生じる。

 装甲が壊れていく音が体のあちこちで聞こえ出している。ゴルトフェニックスに直接触れているせいで殴打している拳だけでなく全身に影響が及んでいる。

 一体何が起こっているというのか。ゴルトフェニックスの光に触れた部分が異様に脆くなっている。余程のことがなければ色褪せることなく存在し続ける現代技術の粋を集めた金属が、今にも自壊しそうな程なっている。

 

(何が起こっているのか本当に分からない……! だが、確かなのはサイガの装甲が劣化している……!)

 

 サイガが理解出来たのはそれぐらいだが、有益な情報でもある。

 ゴルトフェニックスに対するサイガの考察は、答えに近付いているもののあと一歩至らない。それはサイガの中にある常識という枷がゴルトフェニックスの能力を解き明かす上で邪魔をしているからだ。

 ゴルトフェニックスの力の根源は『無限』。文字通り終わらないことを意味する。

 ミラーワールド内に於いて神に等しい存在であるゴルトフェニックスは、その膨大な力を以って時を操ることが出来る。

 殴られた箇所や切断された両翼が直ろうとしているのは、ゴルトフェニックスが自分の時を巻き戻して無かったことにしているから。

 サイガの装甲が破損し出したのは逆に時を進めてサイガの装甲を急速に劣化させているから。直に触れられずサイガの装甲が代わりに受けているので中のレオはゴルトフェニックスの影響を免れているが、もし生身でゴルトフェニックスに触れてしまったら──。

 力を三つに分割され、制限されている状態だがゴルトフェニックスにとっては殆どハンデにはならない。

 サイガが絶えず攻撃している間もゴルトフェニックスは時を戻し続け、気付けば切断された両翼は元に戻っており、空中で体勢を変えることで跨っているサイガを振り下ろす。

 ゴルトフェニックスの背中から落とされながらサイガは思考する。この先の戦い方について。

 得体の知れない力にこれ以上触れるのは危険であることは分かっている。しかし、距離を空けて戦うには──あまり認めたくないが──サイガの方がゴルトフェニックスより火力が劣っている。

 ゴルトフェニックスは反転して翼を広げた姿をサイガに見せる。元に戻った姿をサイガに見せつけているかのように。

 そのまま翼を羽ばたかせ羽根を、もしくは炎、風を飛ばして来ようとする。

 サイガは動いた。後ろではなく前へ。ゴルトフェニックスの攻撃が始まる前に懐へと飛び込み、槍の如くブースターライフルの銃口を突き刺す。

 ゴルトフェニックスに近接戦は無謀。だが、リスクを冒さずに勝てるような相手ではないので。命を賭し、削り、懸けた果てに最後に人掬いでも命が残った方が勝者なのだ。

 

『フリーフォールは好きかい?』

 

 ゴルトフェニックスの体内にフォトンブラッドの光弾を連射させながら噴射孔から火を噴かせ、地面目掛けて急降下を開始する。

 高度五千メートからサイガとゴルトフェニックスは共に落ちていく。

 




オーディンの能力=ゴルトフェニックスの能力なのでタイムベントの能力もゴルトフェニックスは使えるかも、と解釈しました。
能力の関係上オルフェノクにとっては天敵で、ゴルトフェニックスに触れたら死にます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

帝王の加速

 どんどんと角度を増していく床。オーディンはゴルトセイバーを交差して構えたまま斜めになっていく床からずり落ちることなく平行を保ったまま床の角度に合わせて自らも傾いていた。

 強過ぎる力が衝突し合った結果、彼らの戦場であったスマートブレイン本社は、中間部分から折れ、上半分が断面から滑るように落ち、地面へ向かって行く。オーディンは、その落ちる上半分の屋上にいる。

 今も落下していることに対してオーディンは何も思っていない。彼が最も警戒しているのはオーガ。屋上から一階まで落としたオーガからの反撃によりスマートブレイン本社は真っ二つに折れることになった。まだ一階に居ると思われるが、いつ仕掛けてくるのかは分からないのでオーディンは気を張り続ける。

 そのとき、オーディンは見た。一階に居るだろうと思っていたオーガがスマートブレイン本社の中央部分、つまり折れた断面の階層に立っていることに。

 オーディンが気付くということはオーガも気付いているということ。

 

「……まさか、この手で私の会社を破壊する日が来るなどとは思ってもいませんでしたよ」

 

 オーガはオーガストランザーを掲げながら見る無惨に破壊されたスマートブレイン本社の姿に怒りと哀しみを混ぜた愚痴を吐く。

 ミラーワールドという虚構の中のスマートブレイン本社だが、それでも気分が良いものではない。

 

「代償を払ってもらいますよ……!」

『Exceed Charge』

 

 金のフォトンブラッドがオーガの表層を伝ってオーガストランザーに流れ込む。オーガストランザーは金色の光を発すると、その光は先端が二つに分かれたエネルギーの刃となり、長大化していく。

 オーガはオーガストランザーを前へと突き出す。オーガストランザーから繰り出されるオーガストラッシュが伸びていき、落ちていくスマートブレイン本社を串刺しにした。

 半分になっても巨大な質量であることに変わらないが、オーガストラッシュの光刃は立ち塞がる全てを圧倒的な高出力で融解を超えて蒸発させていき止まらない。

 薄紙を破るようにスマートブレイン本社を貫くと、オーガは腕を振り上げる。

 紙を裂くよりも抵抗を感じず、振り上げられた光刃は重力に逆らって昇っていき、やがて屋上にまで達し、オーディンが立っている位置を下から断つ。

 オーガの斬撃は凄まじいの一言であるが、同時に派手過ぎた。オーディンの視点からすればどんな攻撃が来るのか容易に予想が付く。

 光刃が屋上を裂いたとき、オーディンは既にその場所には居らず、事前に一メートル程横へ移動して難無く回避をしていた。

 オーガも一太刀では終わらない。斬り上げられた光刃は袈裟切りとなってオーディンを再び狙い、オーディンがそれを瞬間移動で回避するのなら即座に横薙ぎとなって軌跡の先にある物全てを斬り飛ばす。

 斬撃、斬撃、斬撃。オーガがオーガストラッシュを繰り出す度にビルは切り分けられていき、巨大な質量が無数の残骸と化していく。

 しかし、風を切りながら膨大な熱量を放つオーガストラッシュでもオーディンを捉えることは出来ず、オーガが斬撃を放つ度にオーディンは瞬間移動を行って回避し続ける。オーガはその度に直感で相手の位置を予測し、そこを狙うがオーディンの動きの方が速く、オーガはオーディンの残す金の羽根を斬ることしか叶わない。

 だが、オーガの行っていることは決して無駄な行為ではなかった。無数の斬撃によりビルは細かく刻まれていき、遂にはオーディンが立っていた屋上が崩壊する。

 オーディンは屋上であった残骸に移り、崩壊に紛れて身を隠す。オーディンにとっては落下していく残骸など風に舞う木の葉同然。巻き込まれて潰されるという恐怖など感じていない。

 オーディンの姿が見えなくなるとオーガはオーガストランザーを振るうのを止めた。攻撃を諦めたのではない。彼にとって思い描いた通りの展開となり、次の攻撃へ移る時が来たからだ。

 オーガには今まで開発されたライダーズギア全ての技術が内蔵してある。他のライダーがツールを使用して技を放つが、オーガはそれを介せずに技を放つことが出来る。

 今から行うこともまたオーガに内蔵されたツールの発動である。手札を相手に見せない為に使用を控えていたが、ここで確実にオーディンを倒すと決めた以上出し惜しみはしない。

 オーガはオーガフォンを開き、三桁の数字を押した後ENTERのボタンを押す。

 オーガの体に変化が生じる。全身にフォトンブラッドを巡らせるフォトンストリームの色が金から銀へと変わった。これは意図的にフォトンブラッドの出力を抑えたことによる影響。

 何故、自ら力を抑えるようなことをするのか。その答えはオーガの次の行動が示す。

 フォトンストリームの色の変化が完了すると、オーガは再びENTERのボタンを押し込んだ。

 

『Start Up』

 

 オーガが消える。少なくともオーディンの目にはそう映った。変身をした状態でローズオルフェノクのときの瞬間移動を使用したのか、という考えが過るが転移の気配を感じないことからすぐに違うことを見抜く。

 オーディンは視界の端に銀の残光を捉え、即座に視線をそちらへ向ける。だが、視線を向けたときには既に残光は消え、オーガの姿も見当たらない。すると、再び視界の端に残光が映った。

 今度は相手の移動先を予測し視界に捉えようとする。オーガを見つけることが出来なかったが、その代わりに銀の光が残骸の間を縫うように抜けていくのを見た。

 落下していく瓦礫を足場にし、オーガは銀色の光を残して離れて行ったかと思えば全てを置き去りにする程の速度で光が戻ってくる。

 オーディンの目を以てしても捕捉出来ないオーガの高速移動。何かが来るとだけ察したオーディンは、すぐに瞬間移動をする。

 オーディンが消えた直後に立っていた足場は真っ二つになり、尚且つ縦一直線にあった瓦礫が纏めて斬り飛ばされた。

 オーディンは瞬間移動によりオーガの攻撃を躱すことが出来た──と思われた直後、転移後のオーディンの横顔に衝撃が走る。

 殴られた、と理解すると同時に背中に打ち込まれる第二の衝撃。背中殴られて海老反りの体勢になった所に突き出された胸部に叩き込まれ三度目の衝撃。それにより、オーディンは落下する瓦礫の背中で砕きながら、残っているスマートブレイン本社の下半分の壁面を突き破って中へ突入していく。

 床を何度もバウンドした後、立ち上がろうとするオーディン。それを手伝うかのようにオーディンは下顎を突き上げられ、仰け反りながら強制的に立たされた挙句腹部に強烈な一発を貰い、壁に叩き付けられた。

 迫り来る殺気にオーディンは瞬間移動をする。だが、再び瞬間移動をした直後に攻撃を受け、先程叩き付けられた壁にまたも張り付けさせられる。

 ライダーギアの中でファイズのみがファイズアクセルというツールを使用し、形態変化することで可能とする高速移動。オーガには当然それも内蔵されておりファイズアクセル無しで高速移動を可能とする。

 ただし、今の技術では金のフォトンブラッドでの高速移動は暴走、自壊する危険性があるので敢えて出力を一段階落とす必要がある。パンチ力、キック力が一割程落ちるがその代わりに爆発的な加速力を手に入れられる。

 高速移動に対して瞬間移動で対抗したオーディンだが、このときばかりは裏目に出ていた。相手はオーディンと同じく瞬間移動能力を持つ。だからこそ、オーディンの移動先を予め予測でき先回りをしてくる。一方でオーディンは瞬間移動という能力の特性上どうしても一瞬だが相手の動きを見ていない時間が生じる。このせいで瞬間移動後の防御が甘くなってしまったのだ。

 オーディンの体に刻まれるΩの紋章。高出力のフォトンブラッドが体内に流し込まれ、細胞が焼かれる苦しみを味わっている──筈なのだが、オーディンは呻き声すら上げずそのような素振りを見せない。痛みなど感じていないかのように。

 実際にその通りなのか、それとも瘦せ我慢なのかは分からない。ならば、誰が見ても致命傷となる一撃を放つのみ。

 壁に磔状態になったオーディンに不可視の速度の斬撃が脳天へと振り下ろされた。

 1/1000秒後にはオーディンは真っ二つになる。だが、オーガは決着を焦るあまり一つのミスを犯した。

 壁に密着した状態のオーディンへ迫るオーガストランザー。その剣先が僅かに壁に触れた。頭上の壁が削られた瞬間にオーディンはオーガが何処を狙っているのかを察知し、交差させたゴルトセイバーを頭上へ掲げる。

 オーディンを二つに裂く筈であったオーガストランザーがゴルトセイバーによって受け止めようとする。

 

『Time Out』

 

 そのタイミングでオーガの高速化が解ける。オーガですらフォトンブラッドの出力を落した状態でも加速状態を維持するのは十秒が限度。それ以上は持たない。

 視認出来ない速度で振り下ろされていたオーガストランザーは、通常速度の世界に戻り待ち構えていたゴルトセイバーにより防がれる。

 剣戟音が鳴り響き、攻めるオーガと守るオーディンの力比べが発生する。

 銀色であったフォトンブラッドは金に戻り、低下していた力が元に戻るがそれでもオーガはオーディンを押し切ることが出来ない。

 逆にオーディンの方もオーガを押し返すことが出来ずにいた。オーディンは表面上はダメージ皆無のようだが、実際にはオーガには打ち込まれた打撃がオーディンの体を蝕んでいる。

 お互いに攻め切れない状態が続く中、ビルの外で鳴り響く轟音と震動。落ちていたスマートブレイン本社の上半分が地面に落下したことによる音と衝撃。想定していたよりも音と震動が小さいのはオーガによって細かく刻まれたからである。

 床に転がる瓦礫やガラス片が震動により跳ねる。ふと、轟音に混じって別の音が聞こえて来る。

 最初は小さく聞き間違いかと思われるようなものであったが、段々とはっきりと聞こえるようになってくる。

 空気を切り裂く音。噴射音。鳥の嘶き。それらがオーガとオーディンの頭上から聞こえる。

 オーガとオーディンは同時に空を見上げた。二人の目に映るのはもつれ合いながら高速で落下してくるサイガとゴルトフェニックス。

 サイガとゴルトフェニックスはビルの床を突き破って落下を継続。サイガたちが突き破ったことで床に無数の亀裂が生じ、次の瞬間には壊れて床が抜ける。

 

「むうっ!?」

 

 床の崩落に巻き込まれるオーガとオーディン。サイガたちは止まることなく最下層まで突き抜けていく。オーガたちもサイガたちを追うように穴の開いた床を落下し続けていく。

 その結果、辛うじて残っていたスマートブレイン本社の下半分はサイガとゴルトフェニックスの造った穴に吸い込まれるように崩壊。オーガとオーディンも崩れていく瓦礫の中へ呑み込まれていく。

 巨大な建造物であったスマートブレイン本社は、たった三人と一羽により完全に破壊されてしまった。

 瓦礫の山と化した元スマートブレイン本社。崩壊の衝撃により大量の土煙が舞う。一メートルも見えないよう覆い隠す。

 舞い上がった土煙が消え去るまでかなりの時間が必要になるかと思いきや、積み重なった瓦礫が内側から生じた爆炎により消し飛ばされ、土煙もまた衝撃波により彼方まで吹き飛してしまう。

 更地となったスマートブレイン本社。跡地に立つのは腕組みをしたオーディンとその背後で守護するように浮かぶゴルトフェニックス。

 ゴルトフェニックスが翼を震わせる。火の粉のような黄金の光が翼から零れ、オーディンへ降り注いだ。光の中でオーディンがこれまで付けられた傷が治っていく。時間にすれば数秒でオーディンは元通りの姿となった。

 オーディンの視界内にオーガとサイガの姿は無い。ゴルトフェニックスの反応も無し。少なくともオーディンたちが探知出来る範囲に二人は居ない。

 オーディンの視界を横切る薔薇の花びら。それを見ただけで何があったのかを察する。ゴルトフェニックスの赤い目が花びらを睨むと、薔薇の花びらは一瞬で燃え尽き、灰も残らない。

 崩壊のどさくさに紛れて身を隠したと二人をオーディンは探そうとはしない。オーディンには分かっていた。探さなくとも自らここへ来ることを。オーガもサイガもこの場所で決着をつけるつもりである。ならばわざわざ探しに赴く必要はない。

 激闘に次ぐ激闘に突如として訪れた束の間の静寂。オーディンは不動の姿勢のままその場で佇む。

 




諸事情により当分の間投稿頻度が遅くなります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天地を超えた先の無限

『はぁ……すまない、ボス』

 

 肩を貸していたレオを適当な場所へ座らせる。

 サイガの耐久はスマートブレイン本社に落下したときに限界を迎えてしまい、変身が解除されてしまっていた。レオは運良く落下の衝撃によりゴルトフェニックスから離れることが出来たが、今度は崩れ行くスマートブレイン本社に押し潰されそうになってしまった。

 オーガは咄嗟の判断で変身を解除。そのままローズオルフェノクとなり、レオと共に瞬間移動をして崩壊を免れた。

 ついでに体勢を立て直す為にオーディンからなるべく離れた。似たような能力を持っているので探知出来ない距離も凡そ分かる。

 

「随分と追い詰められたみたいですね……貴方程の実力者が」

 

 ゴルトフェニックスがどれ程相手か、レオの疲労した顔色を見れば一目瞭然であった。

 

「感謝しますよ。貴方が引き付けておいてくれたおかげで対等に戦えました。もし、あのミラーモンスターと一緒だったのなら、今頃こうして私は貴方と話をしていないでしょう」

 

 ローズオルフェノクのプライドは高い。しかし、そのプライドの高さで目を曇らせ、事実から目を背けるような愚か者ではない。オーディンとゴルトフェニックスならオーガの方が分は悪い。

 

『……ボス、もしあの鳥と戦うなら必ずオーガになった方が良い』

「オルフェノクとして戦うべきではないと?」

『ああ。サイガだからこそあの程度で済んだ。あの鳥の能力の詳細は分からないが、僕の本能が訴え掛けるんだ。『オルフェノクとして戦うな!』って』

 

 レオの言っていることは直感的なものに過ぎない。しかし、右腕として信用しているレオの言葉だからこそ信じるに値する。

 

「そうですか。戦った甲斐がありましたね、レオ」

『情報一つ程度持ち帰っただけじゃ、皮肉っぽく聞こえるなー』

 

 成果を出していないとレオは思っているのでローズオルフェノクの言葉を素直に受け取れない。

 

「貴方は生きて戻ってきた。……そう、生きてこそですよ」

 

 ローズオルフェノクの言葉には含みがある。

 オルフェノクは人間としての死を経験し、オルフェノクとして生を受け、第二の人生をオルフェノクとして生きることで人間であったときの価値観をオルフェノクの価値観へ染め直す。

 しかし、その過程でどうしても歪さを抱く。大半のオルフェノクはオルフェノクとして生きて来た長さよりも人間として生きて来た方が長い。一から価値観を変えるとなるとどうしても歪んでくる箇所が生じる。

 レオの視点からしてもローズオルフェノクはどちらかと言えばまだまともな方であるが、時折だが歪みを感じさせる。

 生まれながらのオルフェノクという特異な存在であるレオにとって、そこに人間であったときの名残を強く感じてしまう。尤も、それを口に出すことはない。言えばきっとローズオルフェノクは怒り狂う。

 

「……この戦いは命懸けのものになります」

 

 近くの壁面にローズオルフェノクの影が映る。影に浮かぶ村上の姿。真剣さと緊張を混ぜ合わせた表情をしている。

 村上風に言えばオルフェノクとして上の上である彼にとって、オーディンは明確な格上の相手。オーガの力を以ってしても迫ることは出来るが差を埋めることは叶わない。

 オルフェノクとなり村上は死とは無縁の生き方をしてきた。死んだ経験が死を遠ざけるのことになるのは皮肉としか言えない。そんな彼に訪れる死の予感。

 村上の顔にある緊張感は迫る死への恐れの表れ。死を恐れるのは人としての感覚か、それともオルフェノクとしての感覚なのか。

 

「──そうだね」

 

 レオは影の中の村上から目を逸らしながら答えた。村上は完璧に隠していると思っているが、レオには村上の表情の奥底にある恐れを感じ取っていた。そのことに対して臆病だとは思わない。当然の感覚と言える。寧ろ、表面上は一切出していないことを称賛したい程であった。

 

「レオ、貴方は命懸けで戦えますか?」

 

 村上の問いに対し、レオは不敵な笑みを浮かべる。村上は、レオのふてぶてしい態度を見て安堵を覚えた。少なくとも死への恐怖で臆しているようには見えない。

 

(すまないね、ボス)

 

 人間らしい反応をする村上にレオは心の中で詫びる。今のレオは村上の心情に共感が出来ない。何故なら、レオはこの戦いに強い高揚感を覚えていた。

 未知なる強敵。喉元に突き付けられた死。死の陰が濃く見える戦い。そのどれもがレオの闘争本能を強く刺激してくれる。

 オルフェノクという存在は生と死が曖昧な灰色の存在。故に変身する者によってどちらかへ傾く。

 土壇場で村上とレオとの間に大きな差が生じる。人間を嫌悪しながらも人間であったときの価値観──生を捨て切れない村上。オルフェノクを嫌悪しながらも誰よりもオルフェノクという種──死に染まったレオ。

 オーディンという強敵と戦うことを決心しながらも二人の心情は大きく異なる。

 

「──行きましょう」

『OK』

 

 相手が何を思っているのか分かる筈も無く、互いに交わした言葉だけを真実として二人は戦いの場へ赴いた。

 

 

 ◇

 

 

 更地に立つのは彫像のように微動だにしないオーディン。その頭上ではゴルトフェニックスが翼を羽ばたかせることなく浮いている。

 彼らはただ待っていた。敵がこの地にやって来るのを。追おうとはしない。無駄な労力と消耗を抑える為に。不動であることが敵に対して最大限の警戒を抱いていることを表している。

 オーディンの顔が僅かに動く。動かなかったオーディンが動いたということは──

 

「お待たせしました」

『やあ。身嗜みを整えるのに時間が掛かってしまったよ』

 

 ──倒すべき相手がやっと来たことを示す。

 

「……」

 

 オーディンは腕を組んだまま二人を無言で見詰める。もしかしたら、睨んでいるのかもしれないが、オーディン自身感情が希薄なので読み取り難い。

 村上とレオは腹部に帝王のベルトを巻いたまま人の姿をオーディンの前に晒す。変身してから来ても良かったが、二人はそれを敢えてしなかった。

 素顔を晒すのは敵に対する彼らなりの敬意。これから自分を倒す者たちの顔をその記憶に刻み込む為である。

 

「……お前たちが足掻こうと無駄だ」

 

 それはオーディンが発した言葉ではない。いつの間にかオーディンの傍に現れた神崎が発したものである。

 

「おや? 居たのですか? てっきりミラーワールドの隅に隠れていたと思っていましたよ」

『飼い犬の様子でも見に来たのかい?』

 

 実質的ミラーワールドの支配者である神崎に村上は嫌味を込めて、レオは表面上にこやかながらも村上と同じく嫌味を吐く。

 二人の敵意と毒を浴びせられても神崎は表情一つ変えることはなく、相変わらず死人と区別出来ないような生気の無い無表情を保ち続けている。

 

「お前たちオルフェノクが、ライダーの力を用いたとしてもオーディンが負けることはない」

 

 それが確固たる事実だとして淡々と語る神崎。感情が見えない神崎だが、オーディンに対して絶対的な自信があることだけは伝わって来る。

 

『そんなことを言われると、逆にやる気が出てくるじゃないか』

 

 レオは意を介さず、好戦的な様子でサイガフォンに番号を入力する。

 

「その力が上の上なのは認めましょう……しかし、私たちはそれ以上です」

 

 村上もまたオーガフォンのボタンを押す。

 

『Standing by』

『変身!』

『Complete』

 

 二人はベルトにオーガフォン、サイガフォンを挿し込む。金と青の光が発せられ、オーガとサイガ、天と地の帝王が並び立つ。

 神崎は変身した二人を見た後、オーディンの方へ視線を向け、一言。

 

「……許可する」

 

 告げられたオーディンは無言で頷いた。神崎は言うべきが済んだのか、オーディンにもオーガたちにも背を向けて去って行く。

 オーガたちはそれを止めることが出来ない。立ちはだかるオーディンによって。

 オーディンは組んでいた腕を解き、左手で空を握る。空の手の中で金色の光が伸び、光はゴルトバイザーと成る。

 ここまでは特別驚くようなことではない。カードを装填し、新たな武器を取り出すのかという若干の警戒を二人に与える程度。

 違ったのはここから先であった。

 オーディンは徐にゴルトバイザーを持ち上げ、柄頭で地面を突く。ゴルトバイザーの先端にある翼を閉じた不死鳥の装飾が、それにより翼を左右に広げた。

 翼に隠されていたのは三つのカードスロット。その内の中央にあるスロットには不死鳥の胴体部分が描かれたカードが既に収められている。

 これこそがオーディンの力の根源である無限のサバイブのカード。オーディンはこの力により常時サバイブの状態を維持していることが出来る。

 本来ならばゴルトバイザーの内部に隠しておく必要があるもの。オーディンにとって無限のサバイブを見せることは自身の弱点を露出するに等しい。しかし、オーディンが本気──否、本来の力を発揮するにはゴルトバイザーを展開しなければならない。

 オーディンは上向きにした掌を掲げる。何処からか飛んで来る赤と青の光。二つの光はオーディンの手の中でカードの形となる。それはリュウガともう一人のライダーに与えていた烈火と疾風のサバイブのカード。

 神崎が所持していたカードであり、元々はゴルトフェニックスの分けられた力。強制的に回収することは容易い。無論、奪われた所持者たちがどうなろうと気にもならない。

 二枚。オーディンが持つカードがたった二枚増えただけに過ぎない。しかし、それだけのことなのにオーガとサイガは背中に伝わる悪寒を止めることが出来なかった。

 サバイブがどんなカードであり、どのような効果があるかなどオーガたちは勿論知らない。だが、サバイブのカードに描かれた揺らぐ炎と渦巻く風は二人の本能の死を予感させてしまう。

 オーディンが何かをする前に止めなければ。オーディンの動向を傍観などしていられない。一つでも行動が始まる前に潰す必要がある。

 オーガとサイガは前に飛び出そうとし──直感が二人の足を止めさせる。

 

『!?』

 

 眼前を通り抜けていくのは烈火。オーディンの周囲が烈火が生む出す高熱により溶解していく。足を止めた二人に見えない圧が掛かる。吹き荒ぶ疾風がオーガとサイガを踏み止まらせるどころか押し返してくる。

 どちらもサバイブのカードが生み出す副次効果。オーディンはまだカードの使用すらしていない。

 そこには不可思議な現象が起こっていた。オーディンを守るように燃え盛る炎と敵の行く手を阻む突風。炎と風は互いに干渉することはなく、強風が吹き荒れている状況の中でも消えるどころか揺らぐことなく燃え続けている。

 超常的力の共存。オーディンが自身の力を完璧にコントロールしている故に起きている。

 オーディンはサバイブのカードを掲げる。カードはオーディンの手から離れ、ゴルトバイザーのスロットへ浮遊していく。

 

「くっ!」

 

 オーガはすぐにでも止めたかったが、風が壁のように押し返してくる。オーガとサイガの装甲金属は頑丈さと軽さを両立させ優れた金属だが、それでも百キロ前後の体重がある。しかし、それでも二人は前に進むことが出来ない。倒れないようにするだけでも精一杯であった。

 

『──』

 

 サイガの口から普段は出ない汚い罵声が零れ出た。目の前にいるのに辿り着くことが出来ない現状に対し酷く苛立っている。飛ぼうとしてもサイガは纏わり付く風のせいで姿勢制御が困難になり、無理にでも飛ぼうとすれば別方向へ飛ばされてしまう。

 オーガとサイガが仮面の下で顔を憤怒と悔しさで歪めている中でオーディンのゴルトバイザーに三枚のサバイブがセットされる。

 

『SURVIVE』

 

 三枚のサバイブを収めたゴルトバイザーが天上の輝きを放つ。

 全てを焼き尽くす烈火が、あらゆるものを吹き飛ばす疾風が、オーディンへ吸収されていく。

 ゴルトフェニックスは歓喜のような鳴き声を上げ、その身から放つ黄金の光を更に強める。

 オーガとサイガはオーディンが放つ光のせいでその場から動くことが出来ない。燃え盛る業火があるわけではなく、押し返してくる風の壁があるわけでもない。まるで聖域のような立ち入ることを許されない領域がオーディンの周りに展開され、オーガとサイガは無意識にその領域へ踏み込むことを拒んでいた。

 光の中で滞空していたゴルトフェニックスが降りてくる。オーディンの背にその足を伸ばすと、足がオーディンの背中に沈み込んでいく。

 ゴルトフェニックスの下半身はオーディンの体内へ取り込まれ、一体と化す。

 黄金の輝きに満ちた空間内でオーディンはゴルトフェニックスの翼を広げた。オーディンとゴルトフェニックスは融合し、その翼は最早オーディンのものである。

 サバイブで強化されたミラーモンスターは共通してバイク形態へ変形する力を得る。そこにライダーが搭乗することで人獣一体となり無類の力を発揮する。

 オーディンの三枚のサバイブは更にその上を行く。仮面ライダーとミラーモンスターの完全融合。仮面ライダーでありミラーモンスターである存在となり、どちらの力も百パーセントを引き出せる。

 ゴルトフェニックスと一体となったオーディンは、全身から金色のオーラを放つ。右翼に埋め込まれた青い宝珠、左翼に埋め込まれた赤い宝珠が眩しいまでに輝く。

 

「──準備万端、といったところでしょうか?」

 

 結局阻むことが出来なかったオーガは悔し気に呟く。

 

『何というか……言葉が見つからないね。くっ』

 

 サイガはオーディンが放つ圧倒的な強者の存在感に畏れを通り越して失笑してしまう。ここまで来ると最早笑うしかない。しかも、これからそんな相手に挑むという。自分たちの無謀さが滑稽に思えると同時に否が応でも闘争心が燃え上がる。

 

『勝算はあるかい? ボス』

「やるべきことは一つしかありません。小細工無しで正面から破る。それが最も無謀で、最も勝率の高い方法です」

 

 逃げるという選択肢は早々に潰されている。あれを前に逃げ切れる気がしない。

 

『何とも無謀だね……ワクワクしてきたよ!』

 

 サイガは絶体絶命な状況下でも笑う。元より自分の命に頓着していない。燃え尽きて灰になる時が来たのならば、それを全力で楽しむだけ。

 

「貴方を傍に置いて良かったのやら、悪かったのやら」

 

 感性にはついていけないが、強敵を前にしてはこれ以上無いぐらいに頼もしい。

 

「──帝王のベルト、その名に相応しい力を見せつけてあげましょう」

『了解!』

 

 サイガはフランイングアタッカーを噴射させ、空目掛けて急上昇。天の名が示すように上空から攻撃を仕掛けようとする。

 一方でオーガは手に持っていたオーガストランザーを投げ捨てた。オーガストランザーはオーガにとって最強の武器ではあるが、最強の技ではない。

 オーガたちが動いたタイミングでオーディンもまた動き出す。オーディンのカードデッキから手で触れることなく何枚ものカードが飛び出していく。

 ソードベント、アドベント、ガードベントといったオーディンをサポートするカード群。本来ならば契約したミラーモンスターによって与えられるカードが決められているが、オーディンは特権として全てのカードを所持している。

 カードデッキから飛び出したカードは、空中で∞の軌跡を描く。軌跡の中のカードは速度を上げていき、最後にはスピードの中に形を溶かし、∞の形そのものとなる。

 空中で描かれた∞は黄金の光を放つと消え、いつの間にかオーディンの左手には一枚のカードが握られていた。

 全てのカードが合わさることで誕生するオーディンにとって真のファイナルベントカード。描かれているのは翼を左右に広げた不死鳥の紋章。サバイブのカードを三つ並べたときの姿である。

 オーディンは真ファイナルベントのカードをゴルトバイザーに挿し込む。

 

『FINAL VENT』

 

 ゴルトバイザーがカードの効果を読み上げた次のときにはゴルトバイザーに罅が生じる。罅は一か所だけでなく次々と発生していき、最後にはゴルトバイザーが粉々に砕け散った。

 カードを読み込むだけで内包するエネルギーに耐え切れなくなり召喚機が壊れた。これによりオーディンはもう他のカードを使用出来ない。しかし、オーディンにとっては些細なこと。

 次など来ない。今からオーディンが繰り出すのは終焉の一撃。如何なる存在だろうと倒す文字通りの必殺でありデウスエクスマキナの具現化。

 神の顕現に対し、オーガとサイガがやることは一つ。

 

『Exceed Charge』

 

 サイガは空高く飛んだ後、フランイングアタッカーのライフルの銃口をオーディンへ向け、チャージした青のフォトンブラッドを発射。そして、発射の後、それを追い掛けて全速力で降下を開始。

 ラインを伝わりオーガの両足に金のフォトンブラッドが充填されると、オーガは地を駆ける。

 最高速度に達するとオーガは跳躍。空中で両足裏をオーディンに向ける。オーガの足裏にはポインターが内蔵されており、そこからフォトンブラッドがオーディンへ放たれた。

 オーガ、サイガ共に射出した二つの光弾は、途中で一つに合わさりオーディンの眼前で円錐状に展開──巨大なポインティングマーカーとなる。

 金と青のポインティングマーカーにより二重の拘束を受けるオーディンだが、やや動きがぎこちなくなるだけで、完全に動きを止められない。

 オーディンは両手を左右に広げる。オーディンの全身が内から溢れ出る黄金の、燃えるような光に包まれていき、その形を変えていく。

 オーディンは見る者の目を二つの意味で奪う、神々しく、激しく、光り輝きながら燃える不死鳥の姿となった。

 オーガは跳躍の勢いのまま両足からポインティングマーカーへ、サイガはフライングアタッカーで最高速度を維持したまま片足からポインティングマーカーへ突入。

 天と地から繰り出される二つのキックが不死鳥に突き刺さる。

 

「はああああっ!」

『たああああっ!』

 

 不死鳥は、その身を貫かれながら抱擁するように翼を畳み、そして──

 

 

 

 ◇

 

 

 オフィス街。多くの人々が仕事の為に、或いは恋人とのデートで、または家族と一緒に歩いている。

 誰が何を考えているのか、それは分からないが誰もが今日を当たり前の一日だと思っていた。次の瞬間までは──

 

「──うん?」

 

 最初に気付いたのは誰だったかは分からない。その人物は不意にガラス窓に罅が入ったことに気付いた。思わず罅が入った箇所をまじまじと見つめてしまう。

 そのとき、ガラス窓が突然光り、砕け散った。

 

「うわっ!」

 

 反射的に仰け反る。その拍子で尻餅をついてしまう。

 

「いたた……え?」

 

 違和感を覚えた。視線の先に何かがある。初めは揃えられた長靴だと思った。しかし、よくよく見ると長靴ではない。履き口から青い炎が噴き出したそれは人の両脚。なら、その持ち主は誰なのか。

 

「あれって──」

 

 答えを察する前に体から青い炎を噴き出し、灰となったこの人物は幸せだったのかもしれない。

 何故ならば、これは今から起こる地獄のほんの前哨。地獄の本番はここから始まるのだ。

 連鎖的に引き起こる大規模なガラスや鏡、鏡面がある物体の発光と破壊現象。

 

「いやああああああっ!」

「きゃあああああああ!」

「うわあああああああっ!」

 

 次に起こるのは青い炎による人体発火現象。ガラスなどから発せられた光を浴びてしまった者たちが次々と青い炎を発火し、灰となって崩れ落ちていく。

 日常は一瞬で崩壊し、地獄のような光景が出来上がる。

 一瞬で灰になれたのならまだ幸せ。中には体の一部だけが灰となって失い、体を青い炎で焼かれる苦しみを味わっている者たちが大勢いる。

 そんな彼らの苦しみを嘲笑うかのように地獄は次なる段階へと進む。

 阿鼻叫喚と化した地獄のオフィス街から逃れようとする者。そんな彼らの目に映ったのは空から舞い散る異常現象。

 

「光る……雪?」

 

 雪のような何かが空から降って来る。青白く発光するそれが人体に触れた瞬間──

 

「うああああああっ!」

 

 ──青い炎となって人間の体を蝕み出す。

 オーディン、オーガ、サイガの激突の際に生じたエネルギーは、最早ミラーワールドで納め切れるものではなかった。

 溢れ出したエネルギーは、ミラーワールドから鏡面を通じて現実世界へ飛び出していく。

 雪のように見えた青白い発光体は、劣化したフォトンブラッド。高出力を誇るオーガとサイガの大量のフォトンブラッドが、オーディンとの衝突によりミラーワールドを通じて現実世界へ大量にばら撒かれる。

 




・ファイナルベント『真・エターナルカオス』 AP0000
全てのサバイブのカードを使用することで可能となるオーディンのファイナルベント。
APが0なのは絶対に防ぐことの出来ない必殺の一撃なので数値化出来ないから。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

無限の中で

長くなりそうなのでとりあえずここまで。


 ドラゴンオルフェノクが泣き喚き始めたとき、戦う気が一気に失せたが今はそれを上回る程の歓喜が王蛇サバイブの内に起こっている。

 新たな姿へ進化したドラゴンオルフェノク激情態が、今まで以上の剥き出しの殺意を放ちながらこちらへ飛んで来ている。その事実がこれ以上無い程に楽しい。

 王蛇サバイブはベノバイザーツバイを振り抜く。蛇腹状の剣が伸び、鞭となってドラゴンオルフェノクを襲う。剣としての切れ味を維持したまま鞭の速度の一撃。命中すれば当たった箇所は無事では済まない。

 ドラゴンオルフェノク激情態は、迫ってきているベノバイザーツバイの刃に気付いていた。しかし、飛翔する速度を落とすことはせず自分から接近していく。

 ベノバイザーツバイの刃がドラゴンオルフェノク激情態の眉間を貫こうとした刹那──

 

「ふん」

 

 ドラゴンオルフェノク激情態は虫でも払うかのように刃は竜頭の籠手で弾く。籠手に傷が出来たが、その程度。ドラゴンオルフェノク激情態の体の硬度は、王蛇サバイブの想定を遥かに上回っている。

 ドラゴンオルフェノク激情態は、刃を弾いた反対側の籠手を王蛇サバイブへ向ける。籠手の内部から火球が発射され、王蛇サバイブへ飛んで行く。

 

「ちっ」

 

 王蛇サバイブは素早く腕を引いて弾かれた刃を戻すと同時に横へ飛び込み、火球を回避。だが、火球が着弾すると凄まじい爆発を起こし、王蛇サバイブは爆風で吹き飛ばされる。

 背中を強打されるような衝撃を受け、王蛇サバイブは受け身も取ることが出来ず地面を数度バウンドしていく。

 

「ぅぅ……」

 

 低い唸り声を出しながら王蛇サバイブは地面から体を起こそうとしたとき、その体が跳ねるように起きる。

 王蛇サバイブが地力で立ったのではない。ドラゴンオルフェノク激情態の竜頭の籠手が王蛇サバイブの両腕に嚙みついて引っ張り上げていた。

 

「離せっ!」

 

 王蛇サバイブが両腕を激しく動かし、抵抗する。しかし、ドラゴンオルフェノク激情態は容赦なく竜頭の籠手で王蛇サバイブの両腕を嚙み砕いた。腕を砕かれたことでベノバイザーツバイを放し、床に落ちる。

 

「があああっ!」

 

 王蛇サバイブは苦鳴を上げながらも腕や武器が使えなくなった途端、今度は足で抵抗を続け、何度も何度も爪先でドラゴンオルフェノク激情態の胴体を蹴る。だが、王蛇サバイブのキック力を以ってしても吊り上げられた不安定な体勢では十分な威力を発揮することが出来ず、ドラゴンオルフェノク激情態は微動だにしなかった。

 王蛇サバイブの危機にベノヴァイパーが動く。威嚇音を立てながら素早い蛇行でドラゴンオルフェノク激情態へ近付き、その牙を突き立てようとする。

 

「邪魔」

 

 ドラゴンオルフェノク激情態の骨のような尾がベノヴァイパーの胴体を強く打ち、数メートルもあるベノヴァイパーの巨体が軽々と飛んで行く。

 ベノヴァイパーは口から黄土色の体液を吐きながら壁面に衝突。それでも勢いは衰えず、壁面を突き破って外に消えていった。

 ベノヴァイパーを一蹴したドラゴンオルフェノク激情態は、王蛇サバイブを高く上げる。王蛇サバイブの足は完全に地面から離れ、王蛇サバイブの全体重が砕かれた両腕に掛かる。

 

「っあ!」

 

 王蛇サバイブもその激痛に一瞬動きを止めた。しかし、すぐさまその痛みを怒りに転じさせ、ドラゴンオルフェノク激情態を蹴り付ける。

 ドラゴンオルフェノク激情態は王蛇サバイブに敢えて無駄な抵抗をさせながら徐に上半身を後ろに逸らす。

 王蛇サバイブを胸部のドラゴンの意匠が睨むような形となる。すると、胸部のドラゴンの意匠が迫り出し、口吻が伸びていき遂には口を開いて長く湾曲した牙を見せた。

 ドラゴンオルフェノク激情態の胸から突き出たドラゴンの巨大な顔は、顎を限界まで開く。

 ドラゴンの口内の奥を照らす光。光は強さを増していき、光は熱を帯びていく。至近距離でその光を浴びせられた王蛇サバイブの装甲から白煙が立ち昇り出す。

 

「──消えろ」

 

 ドラゴンの大口から吐き出される強力な炎。太陽を吐き出したのかと勘違いしてしまいそうな超高温の炎が王蛇サバイブに直撃。王蛇サバイブの装甲に一瞬で泡が立ち、溶け、最後には蒸発。

 王蛇サバイブは灰すら残らずドラゴンオルフェノク激情態の台詞通りに気化して消えてしまった。

 

『TIME VENT』

 

 王蛇サバイブの死をトリガーにしてタイムベントが自動的に発動する。時間は戻り、戦いも振り出しに戻る。

 王蛇サバイブはファイナルベントのカードをベノバイザーツバイに装填しようとし、動きが止まる。突如脳内を巡る焼失の記憶。覚えのない一瞬で全てを消し去る業火の記憶がフラッシュバックし王蛇サバイブの硬直させていた。

 既視感として残る前回の時間の記憶。それが作用するのは王蛇サバイブだけではない。

 

「ああああああああああっ!」

 

 ドラゴンオルフェノクが咆哮を上げ、激情態へと進化する。激情態への形態変化など今まで一度も行ったことがない筈なのに既知のように変身することが出来た。何かが起こっているのは間違い無いが、ドラゴンオルフェノク激情態はそれを気にしない。

 それよりも優先すべきこと──王蛇サバイブの息の根を止める方が最優先である。

 ドラゴンオルフェノク激情態は左右の籠手を王蛇サバイブは突き出す。竜の口部が向けられると王蛇サバイブの脳裏に火球が撃ち出される光景が浮かぶ。

 何故それが浮かんだのか王蛇サバイブには分からない。しかし、いやに生々しい光景であった為、その光景に従い王蛇サバイブは横へ飛んだ。

 王蛇サバイブが飛んでからワンテンポ遅れて籠手から火球が放たれる。当てるべき王蛇サバイブは居ないので、外れた火球は壁に直撃。爆発を起こすが、王蛇サバイブは先に動いていたおかげでギリギリ爆風には巻き込まれずに済んだ。

 飛び終えた王蛇サバイブは、ベノバイザーツバイを構える。だが、ドラゴンオルフェノク激情態は王蛇サバイブが火球を避けたことに動揺はしていない。

 初見で躱されたことは少々驚くべきことなのかもしれないが、大したことではない。ドラゴンオルフェノク激情態が王蛇サバイブを仕留める手段はまだ豊富にある。

 王蛇サバイブがベノバイザーツバイを振り抜こうとしたタイミングでドラゴンオルフェノク激情態は右の籠手を払う仕草を見せる。バシュン、という音が鳴り王蛇サバイブの背後の壁に一文字の傷が生じる。

 

「あぁ……?」

 

 王蛇サバイブは不思議そうに背後の壁を見た。どういう原理で王蛇サバイブをすり抜けて壁に傷を付けたのか分からない。

壁の傷に注目してみる。傷の縁から垂れる透明の液体。壁の傷は濡れていた。

 何故傷が出来たのか、どうして濡れているのか王蛇サバイブには理解出来なかったが、いつまでもそれに拘るような性分ではないので、さっさと忘れて目の前の戦いに集中しようとする。

 そこで王蛇サバイブは自分の身の異変に気付く。半身になった体勢が元に戻らない。首から下が王蛇サバイブの意思が伝わっていないかのように。

 王蛇サバイブは強引に体を動かそうとする。そのとき王蛇サバイブは後ろへ倒れていく。

 摩訶不思議なことに倒れていく王蛇サバイブが見たのは、まだ立っている自分の下半身。

 何が起こっているのか理解する前に王蛇サバイブは二つの感覚を味わう。それは熱と冷たさ。焼けるような熱い感覚を胴体に感じる一方で、本来ならば外気に触れる筈の無いものが外気に触れ冷たさを感じる。

 ドラゴンオルフェノク激情態の攻撃は王蛇サバイブをすり抜けた訳では無い。あまりに速く、鋭かった為にすり抜けたと勘違いしてしまったのだ。

 ドラゴンオルフェノク激情態の籠手から放たれたのは加圧された水。それをカッターのように使い、切断した。

 火だけでなく水すらも操るドラゴンオルフェノク激情態。地面に落ちた王蛇サバイブは、それをしっかりと目に焼き付け、そして──

 

『TIME VENT』

 

 ──次なる時間に生かす為に痛みと死を魂に刻み込む。

 タイムベントにより時間が戻り、二人に新たな既視感が増える。王蛇サバイブは知らぬ筈の痛みと死の既視感が増える。王蛇サバイブにとって既知感が増えることは愉快なことではなかったが、それによる死の痛みが彼の中に苛立ちを上書きし、苛立ちを消してくれる。

 一方でドラゴンオルフェノクは怒りが増していた。彼の記憶の中に残る王蛇サバイブの死。王蛇サバイブが死ぬことを心の底から願っているが妄想にしては生々しく具体的な記憶であった。

 しかし、頭の中でそれが流れても現に王蛇サバイブはまだ生きており、目の前に立っている。その現実がドラゴンオルフェノクを余計に怒らせ、彼を激情態へ進化させた。

 初撃から繰り出されるドラゴンオルフェノク激情態の火球。王蛇サバイブは来ることを知っていたかのような動きで余裕を持って回避。ドラゴンオルフェノク激情態はすかさず籠手を横薙ぎに払う。

 籠手から加圧された水流のカッターが飛び出し、王蛇サバイブの胴体を狙う。

 王蛇サバイブは地を這うが如く低空姿勢となって水のカッターを避け、その状態のまま前進。ドラゴンオルフェノク激情態の足元まで移動し、立ち上がり様にベノバイザーツバイで斬り上げる。

 ドラゴンオルフェノク激情態の胸部がベノバイザーツバイにより傷付けられる。しかし、傷は浅い。王蛇サバイブの攻撃が当たる前に半歩程後ろに下がったことでダメージを軽減させた。

 王蛇サバイブは攻撃を続けようとし、あるものが目に入る。ドラゴンオルフェノク激情態の両肩にある竜の意匠。飾りかと思われたそれが王蛇サバイブへ鎌首をもたげている。

 両肩の竜と目があった瞬間、左右の竜は口からどす黒い煙を吐き出し、王蛇サバイブへ浴びせる。

 

「ぐっ!」

 

 王蛇サバイブが黒い煙を浴び、最初に異変が生じたのは目。眼球に直接針を刺されたような激痛が走り、まともに目が開けなくなる。続けて起ったのは手足の痺れ。感覚がおかしくなっていきベノバイザーツバイを握っている感触が消失していく。

 黒い煙を吸い込んだことで喉、肺に熱湯を流し込まれたような痛みを覚え、呼吸がままならなくなる。

 

「がはっ! ごほっ!」

 

 喉の強烈な違和感により咳き込みだす王蛇サバイブ。咳は激しさを増していく。ゴボッという何かが溢れ出る音がする。王蛇サバイブの口部──クラッシャーから大量の血液が出ていた。

 大量の吐血。吐き出しても尚血は止まらない。ドラゴンオルフェノク激情態の出した煙は、王蛇サバイブの状態を見て分かるように毒である。吸えばたちまち体を蝕み、溶かす邪竜の毒。

 王蛇サバイブが吐き出しているのは血だけではない。溶解し出した体内の一部もそれに混ざっていた。

 このまま吸い込み続ければいずれは王者サバイブは口から体内のもの全てを吐き出し、骨と皮のみになるだろう。そうなる前に全身が溶けてしまうかもしれない。

 だが、ドラゴンオルフェノク激情態はせっかちである。王蛇サバイブを嬲るつもりはない。彼の怒りは既に最高点に達しており、王蛇サバイブの生死関係無く目の前に存在することすら許せない。

 ドラゴンオルフェノク激情態の両肩の竜の口から再び吐き出される。先程は毒の煙であったが、今度はどす黒い液体であった。

王蛇サバイブの頭からそれを掛けられ、黄金の装甲が黒で穢される。

 すると、王蛇サバイブの装甲が音を立てて溶け出す。竜が出したのは毒の煙を液体化させたもの。範囲は狭まるが、その分濃度が増しており毒の煙よりも威力が高い。

 強い粘着性を持つ毒液を拭い取ることは出来ず、王蛇サバイブは毒液の中でもがきながらやがて毒液と肉体との境目が無くなり、溶け込んでいく。

 

『TIME VENT』

 

 何度も巻き戻される時。その度に王蛇サバイブに刻まれていく死の記憶と体験。

 ある時はドラゴンオルフェノク激情態の角から放たれる電撃による感電死。別の時ではドラゴンオルフェノク激情態の剛力により真っ向から圧し潰された。更に別の時ではドラゴンオルフェノク激情態に掴まれ、そのまま空を駆けて行き最期には頭から地面へ叩き付けられる落下死。ベノヴァイパーと一緒に仕掛けたこともあったが、ベノヴァイパーの方が先にやられ、契約解除されて呆気無く死んだ時もあった。

 王蛇サバイブは強い。だが、ドラゴンオルフェノク激情態はそれよりももっと強い。一対一ではまず勝てない。しかし、王蛇サバイブはタイムベントというイレギュラーにより本当ならば一回で終わる筈の戦いを何回もやり直すことが出来ていた。

 周回を重ねる度に既視感による読みで王蛇サバイブは確実にドラゴンオルフェノク激情態にダメージを入れられるようにはなっている。だが、時を重ねる度に王蛇サバイブの中には死が蓄積されていく。それは常人ならば耐え難い経験である。

 しかし、王蛇サバイブが既知感の死に対して屈する様子はなかった。それどころか、時を重ねるにつれて動きがより激しく、禍々しくなっていく。

 時間を繰り返すことで蓄積した経験により現状を打破する。王蛇サバイブと似たような状況に陥ったとあるライダーは、そうやって繰り返す時間の中を乗り越えた。

 王蛇サバイブもまた似たようなやり方で相手を攻略する──ことは不可能である。そもそも王蛇サバイブにはそのライダーのような忍耐力は無い。執念深さは持っているが、それは忍耐とは似て非なるもの。

王蛇サバイブは性格上耐え続けて学習することは不得手であった。

 なら、王蛇サバイブの周回が増す毎に動きにキレなどが出来ている理由は何なのか。そもそも王蛇サバイブは考えること自体をある種放棄した生き方をしている。考えること捨てた代わりに彼が得たのは本能、直感という自分の感覚に従って生きること。

 蛇の如き蛇行した動きでドラゴンオルフェノク激情態へ接近していく王蛇サバイブ。

 

「ははっ! 愉しいなぁ!?」

 

 言わずにはいられない。笑わずにはいられない。

 相手が強敵だろうが、死が付き纏おうが、何処までいっても王蛇サバイブにとって戦いは苛立ちを消してくれる娯楽であり麻薬であり快楽に過ぎない。

 

 

 




・ドラゴンオルフェノク激情態
身長:225.0cm

体重:177.0kg

特色/力:伝承や伝説にある竜、龍の能力が使用可能


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ファイナルベント

これにて全対戦終了。


 彼は今何も考えてはいない。周回の中で得た既視感を直感的に信じ、それを躊躇うことなく実行することでドラゴンオルフェノク激情態の攻撃を掻い潜っているのだ。

 言葉や理屈で説明することなど出来ない。頭の中で閃光のように浮かんだ答えに対し、何故そうなるのか考える前に体を動かす。己の直感に命を全て懸けているのは狂人のみに許されるもの。

 ドラゴンオルフェノク激情態が腕を振り被る。それを見た王蛇サバイブはその場で跳躍。直後に籠手から水流のカッターが放たれ、地面を深く抉る。判断が一瞬でも遅れていたら王蛇サバイブの両脚は切断されていた。

 しかし、跳び上がったことで次の攻撃に対して回避が難しくなる。王蛇サバイブは空を飛ぶことは出来ないので空中では無防備であった。ドラゴンオルフェノク激情態は反対側の籠手で王蛇サバイブを狙い、火球を発射。

 そのとき、王蛇サバイブはベノバイザーツバイを前方に突き出す。刃が伸び、壁へ突き刺さると今度は伸ばした刃を戻す。それにより王蛇サバイブは空中で引っ張られ、壁際まで移動し火球を躱す。

 そして、すぐさま壁を蹴ってドラゴンオルフェノク激情態の懐へ飛び込んだ。

 

「はっ!」

 

 上半身を捩じるようにして力を溜めてから放つ渾身の上段斬り。

 ベノバイザーツバイの刃をドラゴンオルフェノク激情態の籠手が受け止める。渾身の力を込めたが、籠手に刃が食い込む程度。切断には程遠い。

 すぐさま反対の籠手が刃を噛み付くようにして掴む。これによりベノバイザーツバイが奪われる──かと思いきや、ベノバイザーツバイはするりと籠手から抜けた。蜥蜴の尻尾の自切のように掴まれていた刃がベノバイザーツバイから抜ける。

 再びベノバイザーツバイをドラゴンオルフェノク激情態へ向ける王蛇サバイブ。ベノバイザーツバイから飛び出したのは刃ではなく毒々しい黄土色の光弾。それがドラゴンオルフェノク激情態の顔面に炸裂する。

 光弾であってもダメージは低いが、至近距離且つ顔面であった為に流石に怯む。

 仰け反りながら後退するドラゴンオルフェノク激情態に王蛇サバイブが詰め寄ろうとするが、突如として突き飛ばされ、壁に衝突する。

 王蛇サバイブを突き飛ばしたのはドラゴンオルフェノク激情態の尾。鞭のようにしなりながらも尾先が槍のように鋭く固いので刺突武器として使用したのだ。

 王蛇サバイブの装甲であろうと容易く貫く──しかし、その攻撃も王蛇サバイブは別の時間で経験済みである。

 

「あぁ……」

 

 呻きながら衝突で凹んだ壁から離れる王蛇サバイブ。その手に持つベノバイザーツバイには罅が入っている。尾先で突かれる直前に反射的に挟み込んだことで直撃を防いでいた。

 痛みはある。それこそ普通なら戦えない程の強い痛みが。しかし、戦いが生み出すカタルシスが王蛇サバイブの中のそれをすぐに消し去ってくれる。

 ダメージを与えたのに物ともしない王蛇サバイブを見て、ドラゴンオルフェノク激情態は不快そうに握っていたベノバイザーツバイの刃を地面に叩き付ける。

 

「ははぁ!」

 

 王蛇サバイブは前方に跳び込みながら体を捻る。ドラゴンオルフェノク激情態には普通の攻撃では威力が足らない。跳び込むことで勢いを付け、更に体を大きく捻ることで振る際の威力を高めようと本能的に導き出した行動である。

 だが、王蛇サバイブの攻撃のモーションは隙が大き過ぎた。ドラゴンオルフェノク激情態の視点からすれば、攻撃をしてくれと言っているようなもの。

 単調過ぎる攻撃。そこで素直に迎撃しても良かったが、ドラゴンオルフェノク激情態は王蛇サバイブの行動にどことなく罠のニオイを感じる。

 五感を敏感にさせ気付いた。今まで存在感を消していたベノヴァイパーが王蛇サバイブの行動に合わせて自分もまた行動を開始している。

 ベノヴァイパーは、数メートルもある巨体にも関わらず音も無く動いている。長い胴体を器用に操り、音を立てずに地面を這っている。もしも、相手がドラゴンオルフェノク激情態でなければ襲われる直前まで気付かなかっただろう。ただでさえ目を離すことが出来ない王蛇サバイブが居るので、ベノヴァイパーの存在感は完全に消えていた。

 ライダーとミラーモンスターの挟撃。だが、ドラゴンオルフェノク激情態は全く動じていない。一人と一匹を足したとしてもドラゴンオルフェノク激情態は自分が完全に上回っていると自負している。

 激情態という感情が振り切れた状態の中でドラゴンオルフェノク激情態は意外なほど冷静に状況を把握している。怒り狂って暴れ回ってもおかしくはないのに、それとは真逆の行動であった。

 ドラゴンオルフェノク激情態の最も優先すべきことは王蛇サバイブを殺すこと。その為に思考力と戦闘力を全て注ぎ込んでいる。ドラゴンオルフェノク激情態の中の怒りが限界を通り越して逆に冷静さを与えており、皮肉にも王蛇サバイブへの限りない怒りと殺意がドラゴンオルフェノク激情態──北崎を少しだけ大人へと成長させていた。

 ドラゴンオルフェノク激情態の左右の籠手が王蛇サバイブとベノヴァイパーに向けられる。放たれるのは火球か水流か。どちらにしても致命傷は免れない。

 すぐに攻撃はしない。十分引き付けた上で回避出来ない状況を作ってから攻撃をするのがドラゴンオルフェノク激情態の考えである。

 開かれた竜の口を向けられても王蛇サバイブとベノヴァイパーは接近を止めない。それを勇気ではなく──蛮勇、無謀と評そうとしたがその言葉すらもこの一人と一匹の行動を飾るには上等過ぎる──ただの考え無し。

 裡に抱く怒りを吐き出すようにドラゴンオルフェノク激情態は攻撃──をしようとした瞬間、爪先に強い痛みが走る。

 

「っ!?」

 

 知らぬ間に攻撃を受けたことに驚いたドラゴンオルフェノク激情態は、反射的に足元に視線を向けてしまった。ドラゴンオルフェノク激情態の足先に生える鉤爪のような太く鋭い爪。その根元部分に突き刺さっているのは先程自切されたベノバイザーツバイの刃。まるで生きているかのように這い、ドラゴンオルフェノク激情態の最も柔い箇所を見つけて刃を潜り込ませる。そして、寄生虫のように内部へ侵入しようとしていた。

 切り離された状態でも動くベノバイザーツバイの刃に驚愕する。全くそんな気配や前兆など感じられなかった。

 これをドラゴンオルフェノク激情態の注意不足と責めるのは酷というもの。何故ならば王蛇サバイブもそんなこと出来るとは知らなかった。王蛇サバイブの強い意思に反応し、ベノバイザーツバイの刃に備わっていた機能が自動的に動き出したのだ。

 思いもよらない横槍が入り、ドラゴンオルフェノク激情態の意識が一瞬だが王蛇サバイブたちから離れてしまった。

 

「ははぁっ!」

 

 それは紛れない隙であり王蛇サバイブたちにとっての好機。

 王蛇サバイブは再び生えてきたベノバイザーツバイの刃を振り上げ、ベノヴァイパーは大きく口を開く。

 先に仕掛けたのはベノヴァイパー。射程内に捉えると口から溶解性の毒液を吐き出す。ベノスネーカーのときよりも遥かに強力になっている毒がドラゴンオルフェノク激情態へ浴びせられた。

 数ある周回の中での意趣返しに成功した王蛇サバイブは、毒液によりグズグズになっているだろうドラゴンオルフェノク激情態の胸部に刃を突き立てる──が、刃は先端が僅かに埋め込まれるだけでそれ以上は硬くて入らなかった。

 

「何だとっ?」

 

 想像とは異なる手応えに驚く王蛇サバイブ。黄土色に塗れながらドラゴンオルフェノク激情態は動く。すると、毒液に変化が生じる。黄土色一色であった筈の毒液に黒い色が混じり始める。

 ドラゴンオルフェノク激情態が体を震わす。細かな振動を秒間に数え切れない程繰り返すことでベノバイザーツバイの刃を弾き飛ばし、ついでに纏わりついていた毒液が吹き飛ばす。王蛇サバイブは飛び散る毒液を咄嗟に避ける。王蛇サバイブであってもベノヴァイパーの毒は危険である。

 浴びせられていた毒液の下から現れたドラゴンオルフェノク激情態の体は、黒い液体に塗れている。それはドラゴンオルフェノク激情態自身が体から出した毒である。

 ベノヴァイパーの毒を吐きかけられる直前に体から毒を滲み出させる。纏っている間も常に毒を生成させ続け、ベノヴァイパーの毒と自身に間を作り直接触れないようにしたのだ。

 毒を以て毒を制す、という言葉があるがドラゴンオルフェノク激情態は正にそれを体現する。尤も、これは考えてやったではない。ドラゴンオルフェノク激情態の本能が危険を感じて行ったこと。しかし、これだけでも分かる通りドラゴンオルフェノク激情態は戦いを制する為に誕生した怪物であった。

 後にも先にも一回しかないチャンスを逃してしまった王蛇サバイブ。だが、彼は──

 

「はぁ……! いいぞ……!」

 

 ──それに絶望を感じず戦意と高揚に変換してしまう。

 怪物に勝つのは常に人間或いは英雄と謳われることがあるが、ここには人間も英雄も居ない。

 居るのは二匹の怪物だけ。

 

(あぁ……頭がスッキリしていく……)

 

 やはり戦いの中でのみ王蛇サバイブの精神を蝕む病のような苛立ちが消える。頭の中が今までに無いぐらいに澄んでいた。

 ドラゴンオルフェノク激情態は紛れもなく最強の敵であり最高の相手である。お互いの性格の反りが合わないのも良かった。精神的な部分では似通っているように判断されるかもしれないが、当事者同士はお互いを殺してしまいたいぐらいに合わない。その合わなさ具合は王蛇サバイブが目の仇にしている某弁護士と良い勝負であった。

 もっと面白く、もっと楽しく、もっと激しく戦いたい。何度も同じ時を繰り返しても王蛇サバイブの欲求は尽きない。それどころか過激になっていく一方。それは危険な精神状態であり、王蛇サバイブはいつ大爆発を起こしてもおかしくはない。

 あと百回戦いの後に? あと十回戦いの後に? あと一回戦いの後に? それとも今すぐに──

 王蛇サバイブはカードデッキからカードを抜き取った。それは決して切るべきではない鬼札。だが、王蛇サバイブの頭の中に躊躇の二文字は無ければ理性によるブレーキも存在しなかった。

 

『UNITE VENT』

 

 遂に発動してしまった禁忌のカード。ベノヴァイパーが天を仰ぎ、咆哮を上げる。それは集合を告げる号令のようであり、これから我が身に起こることに対しての悲鳴のようにも聞こえた。

 最初に現れたのは王蛇サバイブの契約モンスターであるメタルゲラスとエビルダイバー。続いて跳ねながらゼールたちが乱入し、空中ではガルドサンダーらが旋回している。

 建物の壁や天井を突き破り、ディスパイダーらが登場。絶えることなく後続のミラーモンスターたちがここへ集めって来る。

 流石のドラゴンオルフェノク激情態も異常事態に気付く。

 

「何をした!?」

 

 王蛇サバイブに問うが答える筈もない。首を傾けながらドラゴンオルフェノク激情態を見ているだけ。ただ、仮面越しでも王蛇サバイブがニヤニヤと笑っていることだけは分かった。

 

「思い通りに行くと思うなっ!」

 

 ドラゴンオルフェノク激情態は吼え、集合しているミラーモンスターたちごと王蛇サバイブを屠ろうとする。

 だが、ドラゴンオルフェノク激情態が行動を起こすよりも先に王蛇サバイブは、ドラゴンオルフェノク激情態に飛び掛かっていた。

 

「焦るな……!」

 

 ドラゴンオルフェノク激情態にしがみつき、先へ行かせないようにする。

 

「邪魔だ!」

 

 ドラゴンオルフェノク激情態に王蛇サバイブの背中を籠手で強打。背部の装甲に亀裂が生じるが王蛇サバイブの拘束する力が弱まならない。

 王蛇サバイブが足止めをしている間にユナイトベントの効果は発動し続ける。ベノヴァイパーはエビルダイバーとメタルゲラスと融合しジェノサイダーと化す。融合はそれで終わらず集まっていたゼールたちやガルドサンダーら、ディスパイダーたちがジェノサイダーに触れる。

 ミラーモンスターたちがジェノサイダーに触れると引き摺り込まれるようにジェノサイダーの中へと入っていき、一体化する度にジェノサイダーの体は膨張していく。この段階で十三体を超える融合を果たしており、獣神と呼ばれるジェノサバイバーへと更なる進化を遂げていた。しかし、それでもまだユナイトベントの効果は途切れない。

 ユナイトベントで引き寄せられるミラーモンスターたちは、正気を失っているのか自分の方から融合していく。自分が無くなることに恐怖を感じている様子はなく、ジェノサバイバーに対し、神に供物を捧げるように自らを差し出していく。

 ドラゴンオルフェノク激情態はその光景に怖気を覚える。自分を絶対的強者だと思っている彼からすれば弱肉強食は当たり前のことであるが、その弱者が自ら喰われていく様を心の底から理解出来ない。

 

「気持ちが悪い……!」

 

 今すぐにでもその気持ちが悪い光景を消し飛ばしたくなったドラゴンオルフェノク激情態。両角が激しい音を立てて電光を帯びていく。それに伴い足元の瓦礫が左右に細かく揺れ出したかと思えば、小さな瓦礫から転がり始める。

 

「あぁ?」

 

 ドラゴンオルフェノク激情態を止めていた王蛇サバイブも周囲の異変に気付く。建物内の筈なのに風が吹き始めている。激しい戦闘により建物の壁は穴だらけであるが、そこから風が入って来ている形跡は無い。明らかにドラゴンオルフェノク激情態を中心にして風が起こっていた。

 

「──吹き飛べ」

 

 ドラゴンオルフェノク激情態の声を合図にし、室内に生じる竜巻。ドラゴンオルフェノク激情態の角から放たれる雷撃もそれに加わり、狭い空間内にて風雷が発生した。

 気候すらも操り、風と雷により集まってきているミラーモンスターたちを吹き飛ばしていく。

 建物は内部で発生した風や雷に耐えられる筈もなく天井や壁は崩壊し、空の彼方へ強風によって飛ばされてしまう。

 王蛇サバイブも例外ではなく、中心地であるドラゴンオルフェノク激情態にしがみついて竜巻に耐えていたが落雷によって貫かれ、力が緩んだ間に風の渦により何処かへ飛ばされていく。

 雷と暴風により周囲が綺麗にされ、視界が広がる。全てが収まった後に見えた光景はドラゴンオルフェノク激情態の予想とは違ったものであった。

 

「何だよこれ……」

 

 吹き飛ばした建物の外には集まってきている大量のミラーモンスターたちが蠢ている。エイに似たミラーモンスター、クラゲに似たミラーモンスター、セミに似たミラーモンスター、澤田たちが相手にしていたシアゴーストたちなどドラゴンオルフェノク激情態が未だにミラーワールドで発見していないモンスターも混じっている。

 それらが目指す中心にあるのはやはりジェノサバイバー。先程の雷と暴風でもびくともせず鎮座している。大量のミラーモンスターを体内に取り込んだことで既にジェノサイダーのときの原型は無くなっており、辛うじて残っているのは長い胴体と頭部のみ。そこから下は肥満のように膨張した体で、所々取り込んだミラーモンスターの手足や顔がはみ出ており悪趣味な飾り付けがされている。

 限界寸前まで膨れ上がった体は体皮が内側から裂けそうな程に張り詰めており、透けて見える輝きは内にあるミラーモンスターたちのエネルギーを圧縮したもの。今すぐにでも破裂してしまいそうなのに破裂しない。『無限』のサバイブの効果で創り出された器に底は無い。故に取り込まれたミラーモンスターたちにとっては死ぬことも出来ない無限の地獄である。

 ドラゴンオルフェノク激情態はその輝きを見た瞬間、生涯で初めて恐怖による身震いを起こした。

 亡者のような生気と正気を感じさせない動きでミラーモンスターたちはジェノサバイバーの許へ向かう。

 

「何なんだお前らは!?」

 

 ドラゴンオルフェノク激情態は火球を、毒を、雷を、水流を全方向へ撒き散らし、集まってきているミラーモンスターたちを纏めて屠ろうとする。

 火球により焼き尽くされるもの、毒により溶かされるもの、雷により貫かれるもの、水流により両断されるもの、兎に角攻撃をしてジェノサバイバーに近寄れないようにする。

 だが、既に手遅れの段階まで進んでいることに気が付いた。

 

「これって……?」

 

 絶命したミラーモンスターの体表に伸びる根のようなもの。見れば倒れたミラーモンスターだけでなく今も押し寄せてきているミラーモンスターの大群にも付いている。

 根を辿った先にあるのはジェノサバイバー。膨張した体から伸びる樹木の根を思わせる体の一部がこの場に居る全てのミラーモンスターを浸食していた。最早、全てのミラーモンスターはジェノサバイバーの体の一部。

 足し合わされ、掛け合わされ、融け合わさることで誕生した(いのち)の塊。

 

「く、くく、ははははははっ!」

 

 ドラゴンオルフェノク激情態の耳に入り込んで来る凶笑。王蛇サバイブはベノバイザーツバイを構えながら一枚のカードを今まさに装填しようとしていた。

 王蛇サバイブは楽しんでいた。ユナイトベントの果てに生み出された怪物を超えたナニカがこれから起こすことを。見たことがないようなことを引き起こすことを。

 

「やめろぉぉぉぉ!」

 

 ドラゴンオルフェノク激情態は瞬間移動のような超高速の動きで瞬時に王蛇サバイブとの間合いを詰め、籠手から伸びる牙で王蛇サバイブの心臓を貫き、持ち上げる。

 マスクから零れ出る血がドラゴンオルフェノク激情態の顔を濡らす。誰がどう見ても致命傷。しかし、即死には至らない。残された時間でカード一枚入れるには十分。

 王蛇サバイブは血を吐きながらもその手を止めない。

 

「何が……起こるんだろうな?」

 

 子供のような好奇心と後先考えない刹那的な考えのまま王蛇サバイブは最期のカードを発動する。

 

『FINAL VENT』

 

 内包していたエネルギーを解き放つ言葉。その瞬間、王蛇サバイブとドラゴンオルフェノク激情態を閉じ込めていた歪められた時間は内から放出されるエネルギーにより一瞬で崩壊。光の中で王蛇サバイブとドラゴンオルフェノク激情態は共に消えていく。

 時間の歪みすら破壊するエネルギーは、すぐにミラーワールドへと広がっていき塵も残さずにあらゆるものを消滅させていく。

 ミラーワールドが許容出来る破壊をすぐに上回る。許容を超えるとどうなるのか。

 ミラーワールド全体を揺るがす空間の揺れが発生。それは現実世界でも起こっており、その揺れは共振して激しさを増していき、遂には壊してはいけないものを壊してしまう。

 現実世界とミラーワールドの境界。ガラスが砕け散るような音と共に、この瞬間それが破壊された。

 異なる二つの世界が重なり合うとどうなるのか。まず最初に起こったのは、ミラーモンスターたちの出現である。

 激しい揺れの後、突如としてミラーモンスターという異形たちが現れる。人々はそれだけでパニックになり逃げ惑う。

 だが、パニックを起こしているのは人だけではない。ミラーモンスターたちも無理矢理巣穴から引き摺り出されパニックを起こしていた。

 ミラーワールドへ帰ろうとして鏡面に触れても何も起こらない。彼らは戻る場所が無いことを思い知らされる。

 ミラーモンスターたちの体が粒子化を起こし、消滅を始める。ミラーワールドでのみ生存を許された存在。時間が経てば跡形も無くなる。

 彼らが次にとった行動は、消滅していく体を補うこと。つまりは捕食であった。

 ミラーモンスターたちは手当たり次第に人間を襲い、捕食する。

 

「うわぁぁぁぁ! 嫌だぁぁぁぁぁ!」

「いやぁぁぁ! きゃああああっ!」

 

 悲鳴ごと人々はミラーモンスターに喰われる。しかし、ミラーモンスターたちも同じように苦鳴を上げながら喰らっている。空腹だから食べているのではない。食べなければ死ぬから喰らうのだ。

 だが、それでも追い付かないミラーモンスターもおり、消滅の苦しさに耐え切れずに倒れるミラーモンスターが現れる。そうなるとその時点でそのミラーモンスターも餌と化し、他のミラーモンスターたちにより喰われる。

 喰う、喰われるがひたすらループする自然界の業を煮詰めたような光景。その下層に居る人間はその脅威により消費されていく。

 だが、地獄は下へ下へと更に続く。

 オーディン、オーガ、サイガとの戦いでミラーワールドにばら撒かれた劣化したフォトンブラッド。それが境界が無くなったことで現実世界に一気に流れ込む。

 漏れ出たものの比ではない量が、青白く光る雪のように降ってきた。

 劣化フォトンブラッドに触れれば人間もミラーモンスターも区別なく青い炎に包まれて焼かれ、灰と化していく。

 

「あ、あれ……?」

 

 しかし、唯一人間だけ一つだけ残された道がある。

 劣化フォトンブラッドにより全身を焼かれ、死んだと思われた男性。衣服は焼け焦げているのに生身の部分には火傷一つ無い。

 戸惑う男の顔に紋様が浮かび上がる。

 人は死ねば稀にオルフェノクとして覚醒をし、戦う力と術を得る。何千、何万という人々がフォトンブラッドの洗礼を受ける中で一握りの者たちが、適者生存と弱肉強食という言葉を体現させた地獄を生き残るチャンスを手に入れた。

 しかし、それが当人たちにとって幸運となり得るかどうか。

 浅倉が最後に生み出したのは神というべき存在であった。だが、神は神でも破壊神。何かを創造することはなくただ破壊するだけの存在。

 この結果に彼が満足しているかどうかは彼自身にしか分からない。そもそも、浅倉という男を理解出来る人間がこの世に居るのかすら不明である。

 ただ、言えることは一つ。

 浅倉威という男は最期の瞬間まで笑っていた。

 




次回で最終回の予定です。良ければ印象に残ったシーンを教えてください。

・破壊獣神ジェノサバイバー AP15000~
十三体以上のミラーモンスターを融合させたミラーモンスター。融合させるミラーモンスターの数によりAPが上昇。
戦闘は行えない生きた爆弾。

・ファイナルベント『ファイナルベント』 AP0000
ジェノサバイバーが取り込んだ命を全て破壊に変える技。
現実世界で使用すると威力は減衰するが、ミラーワールド内で使用すればミラーワールドを内側から崩壊させられる。
技名がファイナルベントなのは、文字通りミラーワールドで使用される最後の召喚(ファイナルベント)だから


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

異形たちの見た夢

最後の最後でとんでも設定を入れてみました。


 ミラーワールドの崩壊による現実世界との混合。突如としてミラーモンスターに襲われる人々にとって地獄であり、襲っているミラーモンスターにとっても消滅の危機にある地獄。

 だが、突然出来た地獄の中で適正出来るものも存在する。

 

『ウッヘウッヘ』

『ウッヘウッヘ』

『ウッヘウッヘ』

『ウッヘウッヘ』

 

 群れ為すシアゴーストたちは阿鼻叫喚の中でも他のミラーモンスターたちとは異なり冷静に狩りを行っていた。逃げ惑う人間には種子を打ち込み、種子の中から溢れ出した白い糸により内側から縛り、自身が吐く糸と結び付け、引き寄せてから群れで喰らう。

 狩りや戦いに負け、消滅の苦しみでのたうち回るミラーモンスターには四方から糸を吐いて身動きを取れなくし、集団で襲って糧にする。

 動きに統率があり、行動に焦りによる粗が無い。シアゴーストたちは淡々と獲物を捕食し続けている。

 シアゴーストは多くのミラーモンスターの中でも下から数えた方が早いぐらい弱い。その弱さを数で補っているが、同じく群れで行動するメガゼールたちと比べても遥かに格下である。

 だが、そんなシアゴーストにも他のミラーモンスターとは大きく異なる特徴が三つ存在する。

 一つは現実世界への強い耐性。シアゴーストは通常のミラーモンスターよりも長時間現実世界で活動出来る。

 特殊な状況でないと発揮出来ない能力だが、今はそれが遺憾なく発揮されている。

 通常のミラーモンスターは消滅していく体を補う為に人を捕食する。しかし、人から得られるエネルギーは限られており、消滅と吊り合うには大量の人間を喰らう必要がある。だが、一度に摂取出来る人間の数は決まっており、大量に喰らうには時間が掛かり過ぎ、結果として間に合わない。

 もっと効率的に補うとしたらミラーモンスターを倒し、その内にあるエネルギーを喰らうことである。これならば質の高いエネルギーを摂ることが出来るが、この方法にも問題があった。

 相手がミラーモンスター故に返り討ちに遭う可能性が出て来る。仮に勝ったとしても無傷では済まず場合によっては動けない程の重傷を負うこともある。ミラーモンスターにとってリスクの大きな方法なのだ。

 生きるか死ぬかの局面。そのどちらかを選択しなければならない。だが、現実世界に於いて耐性を持つシアゴーストにとっては何の問題も無かった。

 好きなだけ人間を食べ、好きなだけミラーモンスターを喰う。今、この瞬間はシアゴーストたちにとって絶頂期である。

 が、その絶頂期を銃声が水を差す。側頭部や額を撃ち抜かれたシアゴーストが倒れていく。

 空から二丁拳銃を構えたバットオルフェノクが降り立ち、目に見える範囲のシアゴーストたちを蹴散らしていく。

 一見すると冷静にシアゴーストを排除しているようだが、内心バットオルフェノクは非常に焦っていた。

 澤田と別行動となり指示通りに妨害してくるミラーモンスターを駆除していたのだが、どういう訳か突如として青い雪──恐らくはフォトンブラッドの残滓が降り出し、無差別に人々を灰に変えていったかと思えば、凄まじい地震が生じた後、ミラーモンスターがあちこちに大量発生する事態が起こった。

 大量発生の前兆と思われる揺れ。立っていられない程の激しい揺れだったにもかかわらず建物の倒壊などは起こってなく、何故かガラス窓などの鏡面があるものだけが破損していた。

 どうすればいいのか村上に何度か連絡を入れたが繋がらない。バットオルフェノクは最悪の展開を予想してしまったが、それを確認する術は無かった。

 今やれることは当初の予定通りにミラーモンスターを駆除すること。最悪の事態が起こっているかもしれないが、与えられた指令に集中することでそこから目を逸らす。

 群れるシアゴーストたちに浴びせられる弾丸。確実に倒している筈だのだが、減る様子が見えない。気付けば新たなシアゴーストたちの群れが現われ、合流する。

 キリが無い。終わりが見えない。湧き続けるシアゴーストたちを前にバットオルフェノクの胸中にゆっくりと、だが確実に絶望が広がっていく。

 そして、その絶望を後押しする更なる脅威がバットオルフェノクへ襲い掛かろうとしていた。

 拳銃を構えるバットオルフェノク。そのとき背後、それも後頭部に刺すような気配──殺気を感じ取ったバットオルフェノクは反射的に前へ跳ぶ。

 バットオルフェノクの耳に入る風切り音。それは攻撃を躱したことを表すものであったが、同時に疑問が生じる。

 殺気の位置からして攻撃は頭上から来た。頭上に一体何が居るのか。バットオルフェノクは素早く反転して銃口を空へ向け──手から拳銃を放してしまいそうになった。

 頭上をゆっくりと滞空する青い群れ。刺々しいメタリックブルーの見た目をしたそのミラーモンスターは、頭部がトンボの全身に似た形状をしており、トンボから人型の体が生えているような見た目をしていた。

 頭頂部付近から生えた薄羽を高速で動かし、右へ左へスライドしながら飛び続けるそのミラーモンスターの名はレイドラグーン。

 シアゴーストが脱皮することで新たに得た姿であり、これもまたシアゴーストの特異な能力の一つ。ミラーモンスターが進化し、自らを強化するにはサバイブのカードを用いる。だが、シアゴーストたちは例外であり自力で進化することが出来る。

 人気の無い場所で自分を抱え込むようにして体を丸めている無数のシアゴーストたち。背中部分に裂け目が出来ると中からレイドラグーンが出て来る。脱皮を終えたレイドラグーンはすぐに頭部から薄羽を展開させ、他の脱皮済みのレイドラグーンたちと一斉に飛翔。新たな群れとなり、上空から獲物を探す。

 それが逃げ惑う人々やバットオルフェノクも知らない何処か繰り返されている。

 上空で浮遊していたレイドラグーンたちは、群れの中の一体がバットオルフェノクを獲物として狙いをつけたと分かると、一斉に降下を開始。

 両手首から生える鎌状の鉤爪を振り上げてバットオルフェノクを引き裂こうとする。頭上から迫る捕食者たちの殺気に呆然としていたバットオルフェノクは正気を取り戻し、肩部から生える弧状の刃で振るわれた鉤爪を受け、衝撃を受け流しながら反撃の銃弾をレイドラグーンへ打ち込む。

 レイドラグーンの体に火花が散り、怯むが倒すには至っていない。シアゴーストよりも耐久力が上昇している。

 攻撃直後のバットオルフェノクの背中に鋭い痛みが生じ、前のめりになる。すぐさま背後を見る。別のレイドラグーン、しかも十文字槍に似た武器を形態しており、先程の痛みはその槍によるもの。

 バットオルフェノクはありったけの銃弾をそのレイドラグーンに放つ。全身に銃弾を浴びせられたレイドラグーンは、濁った鳴き声を上げた後に倒れて爆散した。しかし、倒されたレイドラグーンの後ろにはまだ大量のレイドラグーンが控えている。

 それだけはない。前後左右、頭上にもレイドラグーンが数え切れないほど居る。

 最早倒すことは不可能と判断し、バットオルフェノクは一方向に銃弾を連射。銃撃により数体のレイドラグーンが倒れ、それに他のレイドラグーンも巻き込まれる。

 それによって一方向だけ道が空き、バットオルフェノクはそこ目掛けて駆け出す。道を遮るようにレイドラグーンたちが詰めてくるが、バットオルフェノクはそれらを叩き伏せた後、踏み台にして高く飛翔。そのまま包囲網を抜け出す。

 バットオルフェノクは持ち前の技量で辛うじてレイドラグーンの包囲から脱出出来た。だが、バットオルフェノクはレイドラグーンの底を見誤った。

 バットオルフェノクに踏み付けられたレイドラグーンが立ち上がる。すると、上体を後ろへ反らし体を身震いさせた後、一際大きな鳴き声を上げる。

 レイドラグーンの胸から腹までが裂け、そこから巨大な昆虫型ミラーモンスターが飛び出す。

 円盤のように横へ広がる複眼。硬質で分厚い青い羽。下半身は無く、長い尾になっており完全に飛ぶことに特化している。胴体から伸びる腕部の先はリング状になっており、そこの中心には鋭い爪が生えた手が浮いた状態で収まっており、腕部と繋がっていない。

 レイドラグーンから更に進化した姿──ハイドラグーン。シアゴーストが一際特異に存在であることを知らしめる姿。二段階の進化をするミラーモンスターは、シアゴースト以外に確認されていない。

 ハイドラグーンは脱け殻から出ると一気に加速。一瞬にして亜音速に達する。バットオルフェノクが迫って来る青い影に気付いたときには、腕部から発射された手がバットオルフェノクの体を貫いていた。

 バットオルフェノクはその瞬間に自らの死を悟る。だが、それでも足掻くように震える手で引き金を引き、一発だけ銃弾を放った。

 発射された銃弾はハイドラグーンの目に当たり、呆気無く弾かれる。二段階の進化を遂げたハイドラグーンの強さはかなりのものであり、それこそ確実に仕留めるにはファイナルベントを使用する必要がある。

 最期の反撃も無駄に終わったバットオルフェノク。貫いていたハイドラグーンの手が体から抜ける。

 バットオルフェノクは仰向けに倒れ込む。既に足先や指先が崩れ出し、終わりを迎えようとしていた。

 見上げた空。広い筈の空が狭く感じる程にひしめき合い、飛び交うレイドラグーンとハイドラグーン。最期に見るのがこのような最悪な光景でバットオルフェノクは苦笑をしてしまう。

 これ以上見る価値は無いと思い、バットオルフェノクは崩れ行く手で目を覆う。その仕草は丁度帽子を目深に被り直すような形になった。

 だが、同時に相応しいとも思う。

 村上はオルフェノクは人間の進化した姿だと言っていた。バットオルフェノクもその言葉を信じた。信じたからこそ村上の為に汚れ仕事もした。しかし、心の片隅では密かに思ってしまう。オルフェノクは所詮は化け物である、と。

 化け物がそれに合った最期を遂げる。それだけのこと。

 バットオルフェノクは何一つ言葉も残すことなく、そして後悔も無く灰へと還った。

 弱肉強食の世界で考えれば強者の位置に当たる筈のバットオルフェノクでさえ僅かな時間しか生存出来ない地獄。

 そうなると戦う術を持たない者、失ってしまった者はどうなってしまうのか。

 それを克明に記す必要は無い。悲劇と惨劇しかない結末を書き連ねるのは、あまりにも無慈悲。

 

 

 ◇

 

 

「こんなことが……!」

 

 神崎士郎の顔には明らかな動揺と驚愕が浮かんでいた。幽鬼を連想させる男であり、感情が希薄な神崎。しかし、それでも眼前に広がる光景と自身に起こったことに衝撃を受けざるを得ない。

 地上ではシアゴーストたちが群れとなって徘徊し、その頭上ではレイドラグーンの群れが浮遊し、上から獲物を見定め、上空ではハイドラグーンの大群が飛び回り続けている。

 そして、それらの餌食となる人間とミラーモンスター。それは神崎にとって信じ難いことであった。

 逃げ惑う人々を更に奈落へと突き落とすのは空から舞い散る劣化フォトンブラッド。人間は勿論のことだが、瀕死のミラーモンスターも劣化フォトンブラッドにより青い炎に包まれて消滅している。

 

「ミラーワールドが破壊されるなど……!」

 

 信じることが出来ない。しかし、目を逸らしてしまいたい現実が神崎に突き付けられ、どう足掻いても信じるしかない。

 

「浅倉威……!」

 

 ここには居ない浅倉に対して怨嗟の言葉を吐く。神崎は浅倉を見誤っていた。あの狂気は戦いを加速させるのに必要だったかもしれない。だが、複製とはいえサバイブのカードまで渡したのは失策だった。戦いを加速させ続けていった結果、全てを巻き込んで自滅するとは神崎にとって予想外であり、浅倉の狂気を過小評価していた。

 

「戦いの果てに待っていたのがこれか……!」

 

 神崎は強く手を握り締めた。その手の中には半分溶けたオーディンのカードデッキが握られている。

 その溶けたカードデッキがオーディンとオーガ、サイガの結末を物語る。

 結論から言えばあの対決はオーディンの勝利であった。ゴルトフェニックスの力を完全に解放したオーディンに勝てる者など存在しない。

 オーガとサイガはオーディンたちの金色の光の中で帝王のベルトごと光の粒子に変換され、跡形も無くなった。

 神崎にとって誤算だったのは、オーディンの勝利は手痛い勝利であったということ。オーガとサイガのフォトンブラッドはオーディンに届いており、二人に勝利したオーディンは、その身から青い炎を出し崩れて消滅した。

 オーディンが消滅してもカードデッキが残っているのであればまだ戦える。ただし、カードデッキの強度にも限界があり、フォトンブラッドでカードデッキが溶けていくのを見たとき、神崎は咄嗟にカードデッキを握り締めて無理矢理青い炎に握り潰した。

 当の昔に肉体を捨てた神崎だからこそ出来たことだが、その特殊な体であってさえフォトンブラッドは猛毒であり、今の神崎の体を内側から焼くように蝕んでいる。

 だが、神崎にとってフォトンブラッドが齎す激痛など些細なこと。もっと大きく、もっと激しい苦しみと痛みが彼の心を侵しているからだ。

 

「優衣……!」

 

 直感的に神崎は感じ取ってしまった。守るべき筈の妹の命の火が潰えていることに。どんな終わりを辿ったのか考えたくもない。

 

「まだだ……!」

 

 神崎はオーディンのカードデッキを握り締める。溶解で変形した箇所が神崎の掌を貫くが、実体を持たない神崎は血の一滴すら流れない。

 

「まだ終わらない……!」

 

 神崎の体が煙のように消え始める。現実世界を捨て、ミラーワールドで生きることを選択した神崎は、ミラーモンスターと同じく限られた時間しか現実世界には居られない。ミラーワールドが失われた今、消滅するのは時間の問題であったが神崎にはまだ残された手段があった。

 

「俺はまだ……優衣に新しい命を与えていない……!」

 

 神崎はカードデッキを掲げ、魂を吐き出すような叫びを上げる。

 その叫びは木霊し、声に釣られてハイドラグーンの大群が神崎へ殺到してくる。

 青い大群に神崎が呑まれる寸前、ハイドラグーンたちの動きが止まった。空間に固定されたかのように微動だにしない。止まったのはハイドラグーンだけではない。シアゴーストもレイドラグーンも逃げ惑う人々も抗うオルフェノクも全て停止。

 音一つ無い静寂の世界。全てが時間ごと止められていた。

 神崎は停止した時間の中で動く。目の前の光景に驚くことはない。彼は知っていた。これぐらい出来てしまうことなど。だからこそ、『タイムベント』のカードは生み出された。

 神崎はゆっくりと振り返る。目線の先には神崎と同じく停止した時間の中で動くもの──金色の輝きを放ち続けるゴルトフェニックス。この現象を起こしたのもゴルトフェニックスである。

 

「終われない……終われる筈が無い……もう一度だ」

 

 それは縋るような声であった。神崎はミラーモンスターである筈のゴルトフェニックスに懇願をしている。

 ゴルトフェニックスの二色の目が神崎を見下ろす。不思議なことに使役されていたときにはない命を感じさせる輝きがその目にはあった。

 時の静止した空間の中でゴルトフェニックスの体に亀裂が生じる。如何に高位な存在であってもミラーモンスター。現実世界では存在出来ない。

 ──ただし、ゴルトフェニックスとして。

 ゴルトフェニックスの全身に亀裂が走り、その身が砕け散る。そして、降臨する。ゴルトフェニックスではない何かが。

 それが何かは分からない。白く眩い輝きを発する人型の何かというべきもの。彼がそれを見つけたのは肉体を捨て、ミラーワールドで生きることを決めた後にミラーワールドの深奥で偶然発見した。

 どういうべき存在なのか人智を超えた頭脳を持つ神崎ですらその一端を知ることが叶わなかった。

 初めて見たときは死を覚悟した。しかし、何故か光は神崎に危害を加えることはしなかった。神崎は捕獲を試み、呆気無く成功。だが、真の課題は捕まえた後にあった。

 あまりに力の差があり過ぎる為に神崎では完全に制御することが出来なかったのだ。試行錯誤の末、神崎が行ったのはその光にミラーモンスターという殻を被せ、力を制限させること。これによって誕生したミラーモンスターがゴルトフェニックスである。更にゴルトフェニックスの力を『無限』『疾風』『烈火』の三つに分け、仮面ライダーオーディンという存在を介することでようやく力を完璧に制御することが出来た。

 それ故にオーガ、サイガ戦で見せた三つのサバイブの同時解放。力が暴走する危険性を孕んだ、神崎にとっては賭けに等しい行為なのである。

 

「何度でも……何度でも……優衣が新しい命を得るまで何度でも……!」

 

 神崎は解き放たれた力に祈るように、願うように言う。様々なものを失ってきた神崎に残された最後のもの。彼が時を繰り返してライダーバトルを行うたった一つだけの理由。

 光は何も言わない。光は神崎と初めて出会ったときから何も語らない。時を繰り返し何百、何千年という時を共に過ごしているが言葉を交わしたことは一度もなかった。

 神崎は光が超常的な力の塊であり、誰かの願いに反応して動く機械的なものだと思っている。しかし、神崎は大きな勘違いをしている。光にもまた意思があるのだ。

 何故、光は神崎に力を貸すのか。理由は二つ。

 慈悲と憐憫。

 長い時の果てに産み落とされた自分の血と力を引き継ぐ子への慈悲と叶わぬ願いを叶えようとすることへの憐憫。

 その光はかつて大いなる闇の一部であった。人間への考えの違いから光は闇と袂を分かち、自分の光を人々に与えた。

 光は自身を人間たちに分け与えてこの世から消えたが、力の一部をいつか来る時の為に隠していた。

 鏡面の中にあるもう一つの世界。そこに隠された光の写し身。それがこの光の正体。

 神崎はカードデッキを掲げた。そして、念じる。時を戻し、やり直すと。

 光は神崎の願いを聞き届け、止まった時の中で時間の流れ逆行させる。

 全てが進むべき時の流れに逆らい、戻っていく。空を飛び交うレイドラグーンやハイドラグーンは後ろへ進み、地上へ降り、脱ぎ捨てられた皮の中へと戻っていく。

 灰に成っていく人々は灰から人の姿へと戻り、ミラーモンスターに喰われた人々はミラーモンスターの口から吐き出されるように戻ってくる。

 逆巻く時間の中で光は神崎を見詰めていた。光には過去も未来も見えていた。そして、知っていた。神崎の願いが絶対に叶わないことを。だが、それを告げたとしても神崎が受け入れることはない。

 光は神崎に寄り添う。いつの日か神崎が全てを受け入れ、自らの願いを捨て去るときが来る時まで。

 光はただ待つ。神崎兄妹に穏やかな最期が訪れる日を。

 

 そして、時は戻り、全てがやり直される。

 

 

 ◇

 

 

 スマートブレイン本社。二代目社長である村上はいつものように社長としての業務とオルフェノクとしての使命を全うしていた。

 

「レディ。運転をお願いします」

「はぁい。社長」

 

 甘ったるく媚びるような、それでいて演技のようなスマートレディを声を聞き流しながら村上は次なる予定へ向かう。

 ふと、彼は足を止めて横を向く。まるで、そこに誰かが居るかのように。

 

「どうしました?」

「──いえ。何でもありません」

 

 神崎は時間を戻し、オーガとサイガが開発されないように動いた。二人の帝王の存在は大きな壁になると判断したからだ。

 これにより村上とレオを繋げる因果は断たれ、彼らの道が交わることは無くなった。

 天と地を司る帝王はもう現れることはない。

 

 

 ◇

 

 

 東條はぼんやりとした表情のままベンチに座っている。彼の手には今までの自分を変えてくれる力がある。しかし、東條にはそれをどうやって使えばいいのか分からない。

 これをどうやって使えば──

 

「皆、僕のことを好きになってくれるのかな……?」

 

 その小さな呟きは、東條にとって助けを求める声であった。あまりにか細く、誰の耳にも届かない声。もし、その声を拾う者が居るとしたら──

 

「どうかしましたか?」

「……え?」

 

 急に声を掛けられ、東條は少し怯えたように声の方へ目を向ける。

 

「何か悩み事ですか? 深刻な顔をしていましたよ?」

「香川……先生?」

「はい。こうやって話すのは初めてでしたね? 東條君」

 

 東條は言葉を失っていた。彼は大学の殆どの人たちと会話をしたことがない。そこに居るのに存在感の無い虚像のようなものだと自分で思っていた。

 そんな自分を知っている者が居た。大勢の中から見つけてくれる者が居た。東條はそれだけのことなのに感動してしまう。

 

「は、はい……」

「さっきも言いましたが何か悩んでいる様子でしたが?」

 

 香川は東條の隣に座り、彼の悩み事を聞こうとする。

 

「あの、その……」

 

 東條は言い淀む。自分のことを知っていてくれたが、香川がどんな人物なのか東條はまだ知らない。だからこそ慎重に見極める。

 そして、もし、香川が東條の思った通りの人だったのなら──

 香川は東條と知り合い、英雄への道を進む。その先に悲劇が待っていることを知らずに。

 

 

 ◇

 

 

 水色のジャケットを着た茶髪の青年がメモ帳を片手にブツブツと呟きながら歩いている。彼は新人のジャーナリストであり、取材した内容をメモと向き合っている最中であった。

 取材内容から良い記事を書こうと悩み、悩み、悩み続け、脳みそを搾るように考えた結果──

 

「あっ!」

 

 ──天啓の如き良い文章が思い付いた。しかし、メモに集中しているあまり前方の注意を怠ってしまい、前から来た男性と接触。

 

「いてっ」

「うおっ!」

 

 ジャケットの青年はつんのめりながらも踏み止まり、彼と接触した男──不機嫌そうな表情をした青年はぶつかった腕を擦る。

 

「おい! ちゃんと前を見ろ!」

 

 不機嫌なままぶつかったジャケットの青年に文句を言う。

 

「あああっ!」

 

 すると、ジャケットの青年はこの世の終わりのように叫んだ。

 

「飛んだぁぁぁ! 良い文章が思い付いたのにぃぃ!」

 

 先程の接触で閃いたアイディアが何処かへ消えてしまっていた。ジャケットの青年はそのことを嘆く。

 

「何だ、お前?」

 

 ジャケットの青年の反応に呆れる不機嫌そうな青年。

 

「なあ!? あんたも一緒に思い出してくれ!」

 

 パニックになり過ぎたのか突拍子もことを言い始める。

 

「……お前、馬鹿だろ?」

「ばっ!? 初対面の人間に馬鹿はないだろ! 馬鹿は!」

「はぁ……馬鹿馬鹿しい」

 

 怒りもジャケットの青年の発言のせいでどうでもよくなってしまった。さっさと背を向けて去ってしまう。

 

「何だよ……愛想の無い奴だな」

 

 不機嫌な青年への第一印象を呟きながらメモを片手に唸り、再び文章を思い出そうとする。

 そのとき、彼の耳へと飛び込んで来るあの音。ミラーワールドから漏れ出た音が聞こえるということは、ミラーモンスターが獲物、つまり人間を狙っている証。

 ジャケットの青年の顔付きが戦士のものへと変わり、走り出す。

 ジャケットの青年が走り去って少し経った後、悲鳴が木霊する。その声を聞いた不機嫌な青年は、人々を守る戦士として駆け出す。

 彼らは波乱に満ちた物語の駆け抜ける英雄。道が交わることも重なることも無いが、今日も同じ言葉を叫ぶ。

 

『変身!』

 

 

 ◇

 

 

 警察の追手を振り切り、人気の無い道を彷徨う浅倉。彼が通る道の傍に重ねられた廃車置き場があった。

 その廃車の一つを寝床にして子供のような寝顔を見せるのは北崎。

 全ての者たちの人生を狂わせた二人の道が再び交わろうとしていた。

 

「ちっ!」

 

 浅倉は溜まったストレスと苛立ちから反射的に近くに置かれてあった廃材を蹴り飛ばす。崩れ落ちる廃材の音で北崎は目を覚ました。

 

「うるさいなぁ……」

 

 気持ち良く寝ていた所を騒音で起こされたことで北崎の気分は最悪の一言。騒音の元凶をすぐさま目で探す。

 浅倉の姿はすぐに捉えた。向こうも隠れるつもりはないので当然のことである。

 自分の時間を邪魔した相手を許せない北崎は、廃車から降りようとする。

 そのときであった。北崎の目の前を何かが横切る。

 

「あっ……」

 

 北崎は通り過ぎていったものを目で追う。視線の先に居たのは一匹の蝶。青い翅を羽ばたかせ、空へ昇っていく。

 何気なくその青い蝶を見詰めていた北崎であったが、先程のことを思い出して浅倉の方へ視線を戻す。そのときには既に浅倉は何処かへ行ってしまっていた。

 

「……まあいいか」

 

 とりわけ気にするようなことでもなく、北崎は廃車の中で再び眠りにつく。

 一度は道が交差し、全てを巻き込む壮絶な殺し合いを果たした凶気の蛇と傲慢な龍。だが、二度とその道が交わることはない。

 羽ばたく一匹の蝶により変わる運命。彼らの行く末は誰にも分からない。

 時が巻き戻され、重なり合っていた物語は再びそれぞれの物語へと戻った。

 あのときの戦いを知る者は存在しない。

 

 あれは夢。一刻の夢。

 

 誰にも語られることのない泡沫の物語。

 

 全ては異形たちの見た夢。

 

 

 




これにて完結となります。
暫く休憩してからまた新しい話を書くつもりです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。