D×D 外道の悪魔 (水飴トンボ)
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第1話 悪意と戦う悪魔

お久しぶりです。なんだかんだで書きたくなったので、書いていきます。時系列的には23巻の辺りを想定しています。


 たった1年足らずで世界は変わった。これを否定できる人物がこの世にどれだけいるだろうか。

 かつて大きな戦争を起こした3大勢力は同盟を組み、テロリスト集団の野望を阻止する。復活した邪龍が黙示録の魔獣を連れて、世界を滅ぼそうとする中、多くの戦士たちが尽力してそれを打ち倒す。妖怪や吸血鬼といった独特の価値観を持つ種族とも手を取り合い、神も交えたレーティングゲームの大会が開催される。これらが1年足らずで起こったのだ。

 そしてこれらの偉業の中心にはひとりの男が常に存在した。兵藤一誠…現赤龍帝の上級悪魔である。これまでとは常軌を逸した奇跡を起こし続け、仲間と共に世界の危機を打ち破ってきたのだ。まさに冥界の、いや世界の英雄と言える存在であった。

 とはいえ、彼も万能ではない。すべての悪行を見透かすことは出来ないのは当然のことであった。

 月明かりさえもない真夜中、ある国に位置する森林をローブに身を包んだ集団が駆けていく。この明らかに怪しい集団は数分後、森の中にあるひとつの屋敷にたどり着いた。どこかの猟師が休憩のためにでも作ったような掘っ立て小屋で、もはや誰も使っていないと思われるほど老朽化が進んでいた。

 

「ここだ」

 

 先頭の男がポツリと呟くと、小屋のドアノブに魔力を纏わせた手をかける。その瞬間、小屋はどんどん膨れ上がり、あっという間にひとつの巨大な屋敷へと変化した。

 扉を開けると、広々とした部屋に整った家具がおかれた光景が目に入る。少々、ほこりを被っているが今の彼らには拠点として使えそうな状態であることに一安心であった。

 

「本当にあったんだな」

「『禍の団』の支部だ。残っていたのは幸運だったな」

 

 禍の団…この1年で世界を混乱に陥れようとしたテロリスト集団だ。実際、彼らがもたらした厄災は多くのものが知るところだろう。その中心人物は軒並みその命を絶つか、新たな道を見つけており、今となっては壊滅した組織だ。

 しかしそれでも生きているメンバーは存在して、醜悪な野望を胸に抱いていた。

 

「よし、次は近隣の町から物資の調達だ」

 

 約30分後、用事を済ませた一行は外に出る。禍の団の残党である彼らは、再びこの世界に混乱を招こうと画策していた。かつてのボスのオーフィスやリゼヴィムのような野心は無い。ここにいる全員がそれぞれの悪意を心に宿しているが、共通しているのは現在の世界への不満であった。そのためにもやることは山積みだ。物資、戦力の補充。同志を募り、今後の計画や裏工作の準備…それぞれが悪意に頭を働かせていた。

 

「やっと見つけたぞ」

 

 屋敷から出てきた残党に鋭い声が耳に入る。視線の先にはローブに身を包んだひとりの青年が立っていた。

 

「誰だ?」

「あんたらを倒しに来た悪魔だ」

 

 淡々と答える青年に、残党の表情は渋くなる。よく見れば青年の身につけているローブは現在の冥界政府で使われているデザインであり、先ほどの言葉が簡潔に述べられた事実であることに納得した。

 正直なところ、舌打ちでもしたい気持であった。ようやく傷が癒えて、人目を避けてあらゆる場所を転々として、この拠点にたどり着いたのだ。それを早々に邪魔されるのは腹立たしい。

 しかし同時に鼻で笑いたいような気持であったのも事実であった。

 

「たったひとりとは」

 

 残党とはいっても10人はおり、それぞれが実力については一筋縄でいかないことを自負している。そんな彼らに対して現れた青年は頼りない印象を受けた。豊かな黒茶色の髪の毛、疲労と生気の両方が感じられる目、夜風にさらされる張りのよい肌…大人びているものの、おそらく年齢は20代前半か、それよりも下だろう。

 もちろん魔力を使えば、いくらでも見た目については変化できる。しかしそれは違うことを残党全員が感じていた。最大の理由は、彼の左半分の顔が酷い火傷を覆ったような見た目となっていたからだ。眉はほとんど残っておらず、水分を全て消し去られたような人間離れした肌、瞬きする瞼が残っていることすら不思議に思えた。もっともその左目も血に濡れたように赤く、物々しさを印象づけている。これほど歪な傷をわざわざ魔力で作っているとは考えられなかった。

 もちろんこの場所が見つかった以上、油断は出来ない。しかしたったひとりならば、この場から退散して、また立て直しできるだろう。そういう意味では彼らは運が良かった。身を潜めていた期間に、世界は強者を集めた大会に注目して、行動しやすくなったのだから。

 一方で青年はまるで臆することもなく目を細める。

 

「アザゼル杯の関係で人手不足だからな。それにこれはちょっと特別な仕事でもあるので」

 

 そのように答えると青年に対して、魔力の塊が向かってくる。早々に終わらせようとした残党のひとりの行動であったが、彼は体を覆うようにローブを脱ぎ捨てた。その大きさはなかなかのもので、一瞬だけ彼の姿をほとんど覆った。そのわずかな時間が戦いの皮きりであった。

 いつの間にか距離を詰めていた青年は、魔力の塊を放った残党のひとりの腹部に鋭い蹴りを放ち屋敷の外壁へと叩きつけていた。

 あまりの速度に他のメンバーは反応できず、蹴りを受けた人物は苦しそうに吐血しながらそのまま伸びてしまった。

 

「殺しはしない。全員生け捕りだ」

 

 呟く青年の背中を近くにいた3人の残党が刀剣類で狙う。完全に視覚外からの一撃な上に、それぞれが魔力を通して様々な属性の攻撃へと変化させている。間もなく攻撃が当たる事実は必然出ると思われた。

 

『おいおい、僕らを相手に数的有利が簡単と思うなよ』

 

 青年とは全く違う甲高い声と同時に、狙った背中から複数の黒い腕が生えだして武器をつかんで防いでいく。まったく何も感知できなかった上に、その見た目の恐ろしさから攻撃を防がれた残党は怯み、その隙を狙ったかのように青年はぐるりと回転すると、力強い蹴りと左腕による殴打で瞬く間にその3人を吹き飛ばした。

 

「な、なんだッ!?この男は!」

「この感じは神器か!ということは、転生悪魔だろう!」

「これほどの転生悪魔が例の大会に出ていないなどありえるか!?」

 

 残党は完全にうろたえていた。目の前の青年の想像以上の実力による精神的な動揺はすさまじかった。

 その時、ひとりが気づいたかのように声を上げる。

 

「こいつの見た目…『傷顔』か?」

「なんだそれ?」

「いや噂程度だが、ここ最近ではぐれ悪魔とかを片っ端から拿捕、討伐している奴がいるんだ。あまりにも特徴的な酷い傷があるって聞いたんだが…」

「こいつがそうだということか…!」

 

 リーダー格の男は苦虫を嚙み潰したように呟く。先ほどまでの侮りはあっという間に霧散され、代わりに後悔と強い警戒が頭の中を満たしていた。

 同時に青年の方からは甲高い声による舌打ちと、それをなだめるような声が発せられる。

 

『チッ!またその異名か!』

「シャドウ、不満なのはわかるが後にしよう。さて禍の団の残党ども。早々に降伏することを勧める」

 

 青年の言葉に残党たちはどよめく。実力もさることながら、片腕の無い半身傷だらけの見た目、その身体にまるで2つの人格が住んでいるかのような異質さ、あらゆる要素がこの悪魔の危険性を感じさせた。

 忌々しい想いが残党たちの中で渦巻いていく。これと類似した感情を1年近くで幾度とない敗北のたびに味わった。その度に3大同盟や他勢力への憎しみを募らせてきた。そんな彼らに今さら降伏という道は無いも同然であった。

 

「貴様らは…どこまで我々を邪魔すれば…気が済むんだ!」

 

 リーダー格の男が吠えると同時に、他の残党たちも一斉に動き出す。強大な魔力が炎の獣となって襲い掛かる、複数の刀剣類が束となって向かってくる、地面に展開された魔法陣から光の刃が噴き出していく、どれもが禍の団の悪意を体現するかのような苛烈さがあった。

 

「ならば、実力行使といこう」

 

 静かに答えた青年の姿は見る見るうちに変化していく。頭からは牡牛のような角が伸び、傷だらけの半身は消えていき、代わりに龍の鱗が交じり合ったような皮膚が全身を覆っていく。

 ほぼ同時に黒い影が右腕を形成し、さらに同色の錨も形成すると切っ先から巨大な魔法陣を出現させた。

 残党たちによる轟音をまき散らす怒涛の攻撃は、その魔法陣によって完全に防がれた。

 

『なるほど、一部は上級悪魔クラスの魔力があるな。これはしっかりと魔力を引き上げていなければ防ぎきれない』

『でもさぁ、これくらいなら僕たちの敵じゃないぜ』

『よし、やるか』

 

 魔法陣を解除すると同時に、脚部に魔力を集中させた青年が動き出す。地を駆けていく半人半龍は両手に持った黒い錨で攻撃を捌き、同時に残党たちを叩きのめしていった。背後を取ろうものなら、翼の付け根から伸びる尾や黒影に動きを封じられる。距離を取ろうにも黒い腕が伸びて殴りつけていく。さらに相手の攻撃が命中しても、青年はわずかに怯みこそすれど傷はほとんど見られず、すぐに攻めたてることを再開するのであった。

 次々と無力化される同志達を目の当たりにするリーダー格の男は瞳に怒りを燃やしながら魔力を溜める。

 

「くそッ!ここで使いたくは無かったがッ!」

 

 空中に巨大な魔法陣を展開されると、真夜中にはまぶしすぎる光が溢れ出す。同時に耳をつんざくような咆哮が響き、その勢いに身体が震えるような錯覚を覚えた。間もなく魔法陣から辺り一帯の月明かりを覆うほどの巨大な龍が現れた。

 

『邪龍!?しかもグレンデルと同じ見た目だ!』

『アポプス達が使っていた量産型か。よくもまあ、こんな奴が残っていたものだ』

「これぞ我々の切り札だ!一気に終わらせてやる!」

 

 残党たちにとって、今回の目的は拠点の確保と同時にそこに隠されていた量産型邪龍の存在であった。偶然とはいえ、邪龍の研究をされていた際に試作として生み出されたこの1匹は戦力増強としてかなり期待できる存在であった。

 邪龍は再び吠えると、口から巨大な火球を吐き出す。生半可な上級悪魔よりも遥かに威力のある一撃は、身体を強化した青年も回避を余儀なくされた。

 同時にこの邪龍の凶暴性に違和感を抱く。その勢いは本物のグレンデルを想起させるような苛烈さが感じられるのだ。彼と同じ思いを神器も抱いたようで、冷静に分析を始める。

 

『なるほど、試作品か。完全な量産型と比べると、本家の凶暴性が反映されているな。そのせいかコントロールも怪しいと思うけど』

『こんな暴れ牛みたいな奴との戦いが、長くなれば近くの町に被害も出る。早々に吹っ飛ばして終わらせるぞ』

『合点承知!』

 

 青年は手早く全身に生命力を行きわたらせる。鉛よりも重く、鋼よりも堅牢な無機質な面があるにも関わらず、他の生物とは一線を画す輝きがそこにあった。

 間もなく彼の身体はさらに隆起していく。髪は引っ込み鱗が頭を覆う。尖っていた歯は刃のようにさらに鋭くなり、瞳は形を変えてトカゲのようになっていく。首は倍近く太くなると、支える身体も相応に太く筋肉と骨の塊へと変化していく。最終的には3メートル近い人型の龍が、対峙する邪龍にも劣らない咆哮を上げて地を踏みしめていた。

 

『打ちのめすぞ』

『もちろんだ!さあさあ!この姿になった僕らから逃げられると思うなよ!』

 

 見た目に似合わない声を上げると、青年は大きく飛び上がる。邪龍は迎え撃つように先ほどの火球を何度も吐き出していくが、今度は真正面から受け切っていく。打って変わって邪龍の猛攻にまったく怯まず、ただ敵へと直進していく。今の彼に相手の攻撃は障壁にもならず、純粋に敵を叩きのめす目的を妨げるには物足りないのは否定できなかった。

 間もなく彼は邪龍を射程に捉えると、硬度と重さを大きく引き上げた左腕の拳で相手の横顔を思いっきり殴りつけた。邪龍は空中で体勢を崩すどころか制御もできずに、近くの人間の街とは反対方向に飛んでいった。

 地に叩きつけられた邪龍は召喚された頃の顔とは、まるで違った見た目になったと言えるだろう。牙は半分近く吹き飛び、殴られたせいかひん曲がっている。にもかかわらず、その瞳にはまだ戦意は失っていなかった。

 

『仕留めそこなった!』

『問題ない。この距離なら押しつぶせる』

 

 短く答えた青年は大口を開けて、邪龍へと向ける。口から吐き出されたのは半透明の魔力の球体で、敵の火球と同等の速度で突き進んでいく。邪龍も迎え撃つように沸き立つような火炎を吹くものの、それは徐々に肥大化していく球体に飲み込まれその中で鎮火されていく。いくら吹いても無効化される火炎に邪龍は本能的に焦っていく。攻撃の手を緩めないものの、間もなく邪龍自身が重力の球体に飲まれていき、その焦りを感じられることもなくなった。

 あっという間に切り札が無力化された光景に、禍の団残党は言葉も紡げなかった。抱いていた野心と悪意は音もたてずに瓦解し、代わりに荒野に風が吹くような無気力さが入り込んでいた。

 そんな彼らはすぐに黒い影に身体の自由を奪われる。気絶した者もそうでない者も、すでに心身ともに抵抗の意志をへし折られていた。

 

「龍魔状態まで使うとは思わなかったな。明日の講義が午後からというのがせめてもの救いか」

『そんなこと言って、結局はいつも通りに早起きするくせによ。まあ、おかげで仕事も滞りなく終われた。あとは報告と応援が来たらOKってところだ!』

 

 数分後、青年は屋敷の壁際に残党全員を捕縛し終えると、意志を持つ相棒の神器と共に仕事の終わりを実感するのであった。

 英雄である兵藤一誠の実兄…兵藤大一はこの日も世界の理から外れたところで戦い続けていた。




書いていて思いましたが、強くてニューゲーム感がありますね…。


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第2話 傷顔の学生

ハイスクールじゃないから当然なんですけど、大学の描写が少なくて苦戦していました。


 兵藤大一が大学生になってからすでに1月以上経過していた。勉強に周りの評判、これまでとは違った手続きに加え、悪魔の仕事とあまりに多忙だ。彼にとって大学生活はあまりにも目まぐるしく、仮に今の段階で感想を聞かれると、「よくわからない」の回答が発せられるのは間違いないだろう。

 この日の昼頃、彼は学区内のベンチで缶コーヒーを片手に大学ノートに目を通していた。ロスヴァイセから新たに借りた魔法書の内容を書き写した1冊であり、傍から見れば講義の復習をしているようにしか見えないため、大学内でもこの方法は重宝している。

 しかしどうも集中が続かない。その原因は至極単純で、先ほどから彼の相棒が頭の中でぶつぶつと呟いていたからであった。

 

『傷顔…傷顔…』

(シャドウ、うるさいぞ。この前言われたことをまだ引きずっているのか?)

『当たり前だろ!赤龍帝に紅髪の殲滅姫、雷光の巫女とか威厳たっぷりの異名が立ち並ぶ中、なんで大一の二つ名が見たまんまなんだよ!格落ち感が半端ないじゃないか!』

(まあ、拍はつかないな)

 

 ここ最近の大一の仕事は、裏で奇妙な動きをしているはぐれ悪魔や禍の団残党などの討伐が主であった。持ち前の感知能力、日頃の特訓とテロリストを相手に戦った経験から培われた実力、そしてアザゼル杯に参加していないことによるフットワークの軽さとこの仕事にはピッタリな人材とされており、実際にそれに見合った成果を出していた。

 そして数か月前に命を落としかけた際に、彼の中に宿っていた龍が命を懸けて完全に融合した際に、その左半身は酷い傷でも負ったかのように変化した。眼も相棒である龍と同じようなものであり、1度見れば忘れないような風体になったのは間違いなかった。

 その見た目と実績を通して、裏の人物たちから「傷顔」という奇妙な異名がつけられることになったが、シャドウはどうもそれが気に食わないようであった。もっとも彼の不満には、例のごとく神滅具持ちへの嫉妬も絡んでいるのだが。

 

『一方で赤龍帝は上級悪魔だからって地下オフィスや別のバトルフィールドを用意してもらえるわ、バックアップも充実しているやら…贔屓だ!チクショー!』

(お前、不穏になると一誠や神滅具持ちへの嫉妬を言うのをそろそろ止めてくれないか?俺もさすがに疲れる)

『事実を言って何が悪い!いくら成りたての上級悪魔だからって、支援の行き届きようが桁違いだろうに!』

 

 上級悪魔となった一誠は王として眷属を率いて悪魔の仕事を行い始めていた。現在はリアスが管轄している縄張りの3分の1近くを担当しており、兵藤家近くにあるビルの地下にあるオフィスで仕事をしていた。堕天使が裏で買い上げたものを譲り受けたらしい。

 なかなか多忙であると聞いているが、レイヴェルのずば抜けたマネジメント能力が活かされており、人手の方も幾人か新たに加わったメンバーもいるため充実しているようであった。また眷属にはならずとも、アザゼル杯のチームメイトとしてかなりの人物が期待されている噂まであった。

 シャドウの不満はこのまま続きそうな雰囲気があったが、大一は淡々と反応する。

 

(あいつが頑張ってきたことや成し遂げたことは事実だし、英雄として評価されるのも当然のこと。それについて根強い支援が介入するのも当然じゃないか)

『でもよぉ…』

(そもそも本来であれば、下級悪魔などから長い時間をかけて仕事を覚えていくのが当たり前なのに、あいつはそういう準備期間も無かったんだ。支援は多いし、受けられる援助は全て貰うのも当然だろう)

 

 赤龍帝として一誠が成し遂げたことは後世にも残るレベルなのは間違いない。しかもいまだに伸びしろを持ち、ものすごい速度で駆けあがっていく。それを兄として間近に見てきた大一にとっては嫉妬する気持ちも湧かなかった。

 

『チッ!大一は兄だから甘いんだよ。僕みたいに、いや僕以上にひねくれた考えをしているのはいっぱいいるぜ。だいたいこうでも言わないと、負けている気分がして嫌なんだよ』

(おいおい、シャドウ。勘違いするなよ。俺はその上であいつを越してやるつもりだ。兄貴が弟に負けっぱなしでいるわけにもいかないからな)

 

 頭の中なのに、きっぱりと歯切れのよい声の雰囲気があった。一誠は英雄として期待を寄せられている、それは覆しようもない事実だ。

 しかしそれを理由として、大一は兄として弟に敗北を感じるつもりはさらさら無かった。弟と敵対するわけではないが、いずれ彼を超える実力を持って勝利する野心が胸に灯っていた。

 

『どんどんディオーグに似てくるな』

(あそこまでギラギラしてねえよ)

『むしろそれくらいの野心は欲しいよ。いわゆる肉食系だ。じゃんじゃか慕う女を増やしていけ』

(なんでそんな話になるんだよ…)

『ちょっとでもいいから赤龍帝への優越感が欲しいんだよ!ハーレムへの覚悟を決めているんだから、それくらい頑張れよ!』

(俺の悪魔としてのハーレムは見境なしってわけじゃねえよ!)

「やっと見つけた」

 

 かつての相棒を思い出すような発言から、気がつけば言い合いにまで発展する中、彼の耳に馴染み深い声が届く。

 顔を上げると、リアス・グレモリーと姫島朱乃がいつの間にか近くまで来ていた。

 

「私たちに気づかないなんて、シャドウと話していたのかしら」

「…まったくその通りですよ。それよりも2人はどうしてここに?」

「取っている講義の教授が体調不良で休講になりましたの。時間もあるから一緒にお昼でもと思って」

 

 リアスと朱乃、2人とも高校では「駒王学園の2大お姉様」と呼ばれるほどトップクラスの人気を誇っており、それに納得できるほどずば抜けた美しい容姿と魅惑的な性格を持っていた。同級生として、かつての眷属として彼女たちを近くで見てきた大一としては、その魅力は変わっていなかった。それどころかより洗練された美しさを感じられ、大学でも早々に人気を集めることとなっている。高校時代の学生服とは違い、女子大生としての私服姿もその人気に拍車をかけている。

 そんな2人を前にして、大一は無意識に顎を掻きながら答える。

 

「あー…俺と一緒で大丈夫かな」

「なによ、歯切れが悪いわね。大学生になったことで私たちとの関係は変わらないでしょう?」

「いやそんなことは微塵も思っていませんよ。しかし俺の見た目のこともあるし…」

 

 リアスの不満はもっともであったが、大一の言い分には傍から見れば一定の理はあった。先ほどシャドウとの会話でも挙がった彼の左半身についてである。

 何度か検査を重ねるうちに、この皮膚が魔力の類で変化するのが不可能であることが判明した。皮膚に塗る特殊なクリームの上から魔力を通して隠すこともできるが、馴染ませることに時間がかかる上に、どうも長時間かかると徐々に剥がれ落ちていくのであった。弟のように龍の気を散らして、元の姿に戻すこともできない。

 そのため、今の彼は左目を誤魔化すためのカラーコンタクトと右腕の義手のみ装着しており、大きく変化した左半身には人目に晒していた。大切な相棒が命を懸けて救ってくれたことなので嫌悪感こそ無いものの、この見た目が他者に威圧感を与えることは承知していた。大学生になってからの忙しさにはこの見た目も関係している。

 彼の返答に、リアスは露骨にため息をつき小さく首を振る。もはや態度だけで愚問であることを主張していた。

 

「本当に今さらね。仮に見た目が怪物になっても、私は付き合いをやめるつもりはないわよ」

「そもそも気にしていたら、私は大一といつまで経ってもデートのひとつすらできませんわ」

「今さらながら、いい仲間を持ったと感慨深くなるよ」

 

 ここまで言われれば、大一も理屈をこねる理由はない。缶コーヒーの残りを一気に飲み込むと、ノートを手早く仕舞ってベンチから立ち上がった。

 

「というか、意外ね。あなたの友人だって受け入れてくれたのに、まだ気にしていたのは」

「ああ、大沢たちのことですか。もちろん嬉しかったですけど、やっぱり周囲から気にしたように何度も見られるのを経験するとちょっとは考えますよ」

 

 この見た目で大学に来て大衆からの興味の視線にさらされるのは、覚悟していたとはいえむず痒い想いであった。同じ学年からはもちろん、上級生からも奇異な視線を受け続ければ、自然と立ち回りも気にしてしまう。それでも高校からの奇妙な友情を育んでいた友人たちは心配と同時に「その程度でお前への信用が変わるか!」と言って、引き続き関係が続くことになっていたが。

 

「私はあなたが一緒だとけっこう助かるんだけどね」

「どういうことです?」

「合コンとかそういうのを誘われづらくなるからよ。ソーナ達だってルガールと一緒にいて対策とかしているんだから」

「大一が一緒にいれば、弾除けになってくれますもの」

「相変わらず、2人はモテるなぁ」

「人気があるのは嫌じゃないの。でも私にはイッセーがいるんだから、余計なお世話になるのよ」

 

 リアスはどこか誇らしげに肩をすくめる。去年から一誠に恋心を抱き、高校卒業時には将来を約束する告白を受けて承諾した。彼女にとってそれは今後の悪魔人生を照らす大きな要因であった。

 それほど心をひとりの少年に向けていたが、同時にこの関係性は最終的に噂程度のものでしか高校では知られていなかった。そして大学生となった今、彼女の恋愛事情を知る者はさらに一握りとなっている。そうなれば彼女を狙ってアプローチをかける人物が多数現れるのもおかしくない。要するに、大学生になってからも彼女はモテており言い寄られる回数はむしろ増えていた。

 

「でも大学生になってから、リアスはイッセーくんと一緒にいる時間が減りましたわ。アーシアちゃんやゼノヴィアちゃんたちに、いろいろ追い越されるかもしれませんね」

「人が地味に気にしていること言わないでよ…」

 

 朱乃の発言に、リアスはかくんと頭を垂れる。実際、彼女の言う通りリアスが一誠と共有する時間は減っていた。大学と高校の違いもあるのだが、同時にアザゼル杯でそれぞれ別チームと参加しているため、特訓の時なども必然的に分かれて行うことが増えていた。とはいえ、今でも一緒にベッドで寝ているし、2人だけの時間も過ごしている。それでも彼女としては内心の不安を見透かされたような発言に、大一は早々に助け舟として話題を切り替えた。

 

「一誠と言えば、アザゼル杯の調子も良さそうだな」

「ここ最近、連戦連勝ですものね」

「始まった時はちょっと心配だったが、今はかなり乗っている。バラキエルさんとのチームの勝利が皮きりかな」

 

 アザゼル杯に「燚誠の赤龍帝」チームとして参加していた一誠達であったが、その進撃は多くの者たちが一目置いていた。いまだに神クラスのチームとは当たっていないものの、上級悪魔になって間もない彼がここまで連戦連勝であることを誰が予想しただろうか。いや多くの者たちが期待していただろう。それを彼は大衆の期待に沿うように見事に成し遂げていたのだ。

 大会当初は勝手がわからずにつまづきかけたこともあったが、朱乃の父にして堕天使の副総督であるバラキエル率いる雷光チームに勝利してから、エンジンがかかったかのように勝ち上がっていった。

 

「本当に凄かったわ。父様に勝つなんて…イッセーくんのカッコよさにときめいちゃったもの」

 

 狙ったかのような流し目と一緒にこぼされた朱乃の言葉に、半ばうなだれていたリアスも素早く頭を上げて反応する。

 

「あ、朱乃!冗談でもその言い方は誤解を招くわよ!」

「あらあら、どうかしらね」

「あなたねぇ…!大一も何か言いなさいよ!」

「そそそそそれくらいで動揺しませんって!こここここんなやり取り、いつものことでしょう」

『おうおう、ビビッてらぁ。僕の言葉は正しかっただろう?』

 

 言葉の内容とは裏腹に、大一の声は震えておりそれに呼応するかのように中身が空になった缶を無意識に握りつぶしていた。同時にシャドウは自信満々に頭の中で主張する。

 慣れ親しんだ親友2人の反応に、朱乃は嬉しそうに笑みを浮かべていた。

 

「うふふ、リアスも大一も可愛いわ。後輩にはこんなこと出来ないし、期待通りに反応してくれるもの」

「他の学生たちにとって、あなたのこういう一面を知らないのはある意味幸せかもね」

 

 朱乃の相変わらずのサディスティック的な要素に、リアスは嘆息混じりに呟く。もはや日常的なやり取りであったが、時間的には空腹の方が優先されていた。

 

「もう、お昼にしましょう。まだ私、学食のメニューそこまで頼んだことないの。1年生終わるまでには全部制覇したいわ」

「リアスはそういうの気にしますものね。大一、変な誘いが来たときはお願いね」

「別に俺じゃなくても普通に断ればいい気もするが…まあ、変なことにはならない程度にはするよ」

 

 大一の返答にリアスは満足げに笑う。これだけでも彼女が学内でいらない色目を使われていたことがうかがえた。

 

「上々ね。それと大一、今日の夕方って時間あるかしら?」

「午後の講義はひとつだけなので、それ以降であれば空いてますが」

「そう…ちょっとその辺りで手を貸してほしいのよ。後輩のためにね」

 




異名って難しいですよね。ということで、見たまんまになっています。


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第3話 後輩の成長

久しぶりのグレモリー眷属との交流です。


 兵藤家の地下室から魔法陣によって転移すると、グレモリー家の広大な地下フィールドトレーニング場へ行くことができる。以前は一誠達も使っていたが、上級悪魔の昇格に伴ってグレモリー家が別に用意しており、大会中で互いに戦力を隠したいこともあって、現在はリアス達が使う機会の方が多かった。

 そして夕方、兵藤大一はリアスの頼みでそのフィールドで後輩たちの特訓相手をしていた。

 

「ハアアアアッ!」

『相変わらずの手数の多さ…』

 

 気合いを入れるような雄たけびと共に木場祐斗が炎を纏う魔剣で鋭く切れ込んでくるのを、大一は硬度と重さを伴った黒い錨でいなす。かと思えば、すぐに鎧の龍騎士2体が剣を振るってくる。避けずに正面から魔力を上げて、石のごとく硬くなった身体で攻撃を受け切った。その僅かな隙に、木場祐斗は魔剣を新たに創造して振るってくる。風によって切れ味を鋭くさせたものと、朱乃直伝の雷を伴ったものであり、いずれも攻撃力においては間違いなかった。

 

(隙を減らし、持ち帰る速度も早い。神器の扱いも上手くなっている。ここまで強くなっていたのか)

 

 感心しつつも、大一はすぐに次の一手を仕掛ける。背中から黒い腕を4本出現させると、周囲にいた龍騎士の頭を掴み、腕の重さを一気に上昇させてそのままフィールドへと叩きつけた。

 わずかに怯むかと期待したが、祐斗は顔色変えずに魔剣を変化させる。聖なる力と魔の力…もうひとつの禁手である聖魔剣だ。その攻撃力は、彼もよく理解していた。

 

『禁手…だがまだいけるだろう。俺よりもお前は強いんだ。もっと来い』

「遠慮なんてしませんよ。大一さん相手なら胸を借りるつもりです」

 

 小さく微笑む祐斗はさらにスピードを上げていく。「騎士」としての特性である素早さは磨き抜かれて、神速と言っても過言無いほどであった。その素早さに幻術を掛け合わせることで、周囲に分身を生みださせたような錯覚を見せていた。

 もっとも感知と反射速度を鍛え上げられている大一にとって、この程度は問題じゃない。むしろそれを理解しているはずの祐斗が、自分にこういった戦法を取ってくることが疑問であった。

 

『ああ、そういうことか』

 

 手数で隙を作る、先ほどから繰り返している戦法だ。それでも聖魔剣は彼の十八番であり、攻め手として必ず使ってくると思っていた。祐斗はそれすらも囮にして、もうひとつの武器を手に取った。

 

『龍を相手にはその剣だよな』

 

 祐斗が横に振ってきた剣を錨で防ぎつつ呟く。見た目は先ほどと変わらない印象であったが、大一の硬度と重さは格段に上がっていた。魔剣グラム…龍殺しと名高い剣は近くにあるだけでその力強さを肌で感じられ、魔力を上げて対処したことが正解であると納得させられる。

 

「まさかグラムを使ってこない…そんなこと思っていたわけじゃないでしょう?」

『だが聖魔剣を囮にしてまでやってくるとはな。俺の読みはどうも甘かった』

「本気でそう思っているなら、この一撃を防げているとは思いませんよ」

 

 祐斗はそのままグラムを連続で振るっていく。持ち前のスピードだけではなく、魔剣の特性を活かした破壊力のある連撃だ。これには大一も後退することで勢いを殺していく方を優先させた。

 とはいえ、祐斗もこのままでは埒が明かないことを知っている。彼の頭の中ではすでに本命の一撃の用意をしていた。

 

「これで…!」

 

 目にも止まらぬ速度でグラムと聖魔剣を持ち変えると、師匠直伝の剣術で一気に勝負を決めようとした。しかし…

 

『おっと、危ない!』

 

 大一の背中から伸びる尾の先端から、疑似防御魔法陣が大きく展開される。不意打ち気味に発生した魔法陣は壁のような役割となり、大一と祐斗の距離を取らせることになった。

 

「不意を突こうと思ったんですがね」

『俺は沖田さんにも相手してもらっていたんだ。そう簡単に食らうか』

「じゃあ、今度は」

 

 祐斗が剣を握り直したところで、タイマー音が響く。それが意味することを2人とも理解しており、祐斗の方は少し残念そうに剣を消した。

 

「交代ですね。じゃあ次は…」

「私がお相手します」

 

 言葉とほぼ同時に、ジャージ姿の小猫が接近して鋭い蹴りを放つ。大一は横に避けるものの、彼女は流れるような動きから徒手空拳へと移っていく。戦車の特性を活かした怪力と、小さな体格をカバーするかの如く激しさで攻めたてていった。

 

『いきなり飛ばしているとばてるぞ』

「甘いですよ、先輩」

 

 ぐるりと身体を回転させて裏拳を打ち込もうとする。攻撃の速度や連続性から見て、かなり激しい運動量であることは間違いない。それでも一定の呼吸でこの連撃を保てるのは彼女の鍛え方の賜物だろう。祐斗の時も感じたが、2人とも基礎的な部分から大一の記憶よりも遥かに強くなっていた。

 

「…そこです」

 

 空を切る音と共に小猫の拳が、大一の左胸に当たる。彼女の一撃は破壊力充分であったが、魔力を上げていたため大一はあまりダメージを負わなかった。それでも彼が避けることに専念していたのは、彼女の頭から猫耳がぴょこんと表出していたからだ。

 

『チッ!魔力が乱れる…』

 

 小猫も大一の防御は十分に理解している。純粋なパワーで押し込んでも、そう簡単に破れることの無い堅牢さを。ゆえに妖怪としての特性でもある仙術を用いた打撃を決めて、彼の魔力を乱し練りづらくしていた。これをさらに重ねていくことで、自慢の硬度と重さ調節を無力化まで持っていける。

 

「…先輩に勝ちます。勝ってお願いを聞いてもらうんです」

『おい、ちょっと待て!それは初耳だぞ!』

「問答無用です」

 

 さらに激しく小猫は攻撃を向けていく。下手に守ればそこから仙術を流されて防御を崩される可能性もあるため、なかなか手を出せなかった。

 

『だったら、これで…!』

 

 何かを決心したように錨を尾で持つと、大一は小猫の拳に向い合せるように掌底を入れる。彼女の鋭い正拳突きは真正面から手の平で向け止められた。当然、彼女はそこにも仙術を使って大一の内部を乱そうと画策していたが…。

 

「流された…?」

 

 眉間にしわを寄せた小猫は呟く。そのまま次は上段を狙った蹴りを放つも、これを大一は再び掌底で防ぐ。間髪入れずに小猫は脚を下げると、横払いの手刀を放つもまたもや掌底で防がれる。何度も打撃を入れこもうとするが、その度に大一は掌底で防いでいく。

 

「仙術を姉様から習っていたのは聞いてましたが、これほどとは…」

『まだ身体に来たものを受け流すだけだ。打撃相手に合わせる必要もあるしな。それでも防御手段として、大きな手札だ』

 

 小猫の姉である黒歌から学んでいる仙術について、大一はまだ修行して数か月しか経っておらず、術を伴った攻撃はまだまだ出来なかった。それでも感知することはでき、さらに流れてきた仙術を手の平から受けて身体の外に流しだすことを可能としていた。

 

「日頃から生命力の感知をして疑似的に仙術修行をしているとはいえ、ここまでやれるのは見事なものです」

『実践的とは言えないがな。それでもお前のような仙術の使い方なら何とかなる』

「まだまだですよ。姉様から教えられた仙術…私の方が上です」

 

 小猫は素早いバックステップで距離を取ると、静かに目を閉じる。周りの気が集まり、淡い光と共に身体が成長した着物姿の彼女が現れる。小猫の切り札でもある「白音モード」だ。

 

『さあ、攻めたてます』

 

 小猫の周囲に白い炎を纏った車輪が複数現れて向かってくる。仙術により自然の力を浄化の力へと変化した彼女の「火車」は不浄なものを問答無用で燃やし尽くす威力を誇った。もちろん特訓用に多少は力を弱めている。それでも大一の撃ち出す魔力の塊や展開する疑似防御魔法陣では、まるで意味を成さなかった。

 ちょうど伸ばした黒い腕を燃やされて、すぐに切り離しているところでシャドウが悔しそうに吠える。

 

『カァー!これじゃ仙術流しも無理だ!仙術で攻撃できるようになれば、ある程度の相殺もできるんだろうけど…』

『手数に加えて、仙術のコントロールも上手くなっている。さすが小猫だ』

 

 不敵に笑いながら大一は火車を避けていく。実際、彼の戦法では白音モードの小猫への対処法はかなり限られていた。

 手早く魔法陣を展開させると、必死に術式を組んでいく。かなり急ぐように意識はしていたが、ロスヴァイセなどが一瞬で展開させるのと比べると、かなり隙が大きかった。

 

『なるほど、魔力ではなく魔法で対抗しますか。しかし防御は…』

『そんなこと百も承知だ』

 

 間もなく組み終えた魔法陣から水流が噴き出し、一気に小猫を目掛けて突き進んでいく。彼女は一瞬だけ警戒した表情を見せると、姉にも劣らない滑らかで軽快な動きでその攻撃を避けた。

 魔力によって変化させた物質ではなく、魔法によって生みだした自然の攻撃を行うことで、浄化されないようにしたのだろう。

 とはいえ、この程度の攻撃を避けられない彼女ではない。そもそも大一の手札を踏まえれば、どのような攻撃をしてくるかは容易に想定できるものだ。

 

『まだだ!』

 

 刹那、小猫の視線に映ったのは、肩と腰からもシャドウによる腕を展開させていた大一の姿であった。すべての腕がバネのように縮んでおり、間もなくそれらが一気に放たれた。伸びていく腕は全てが空中で軌道を変えており、あっという間に小猫を取り囲むように拳が狙っていった。

 さっきの魔法すらも囮、そして拳の先にも魔力を纏っていることが分かる。彼女の頭の中に数か月前の戦いが蘇る。テロリストのサメの魔物が魔力を纏うことで、白音モードでも触れて攻撃を成功させていたのだ。

 この連撃は喰らえないと踏んだ小猫は火車を操り、軌道を変えていく黒い腕を燃やし切っていく。それでも6本の腕を捌き切るのは難しく、向かってきた2つの拳は丁寧に掌底で受け流した。

 

『ふう…上手いな』

『この状態になっても格闘には自信があるので。さあ、どんどん行きます』

 

 小猫がぐっと拳に浄化の力を溜め始めたところで、再びタイマーが鳴る。安心したように息を吐く大一に対して、小猫は先ほどの祐斗の倍は不満そうな表情をしていた。

 

『…早くないですか?』

『時間はリアスさん達が確認しているから、そんなはずないだろう』

『もう少し相手になって欲しかったんですけど』

『俺は手札切れかけていたから、内心ホッとしているよ。本当に強くなったな』

『…反省会は全部終わってからです』

 

 答えた内容とは裏腹に、少し顔をほころばせて小猫は白音モードを解除する。憧れた男からの称賛は、精神に潤いをもたらしていた。

 そんな彼女と入れ替わるようにひとりの少女が剣を携えて、フィールドへ入ってくる。白と黒が入り混じった髪をアップにし、教会戦士のボディスーツを身にまとっている。

 

「そんじゃ、ラストをお願いします。龍のお兄さん」

 

 どこか気の抜けた声の少女は、かつてリアス達と相対したひとりのエクソシストを想起させた。リント・セルゼン…フリードとはほとんど同一の遺伝子配列を持つ彼女は、ヴァチカンの戦士育成機関出身であり、現在はアザゼル杯にリアスのチームとして参加していた。

 

『よし、かかってこい』

「遠慮なく」

 

 ゆらりと動いたと思ったら、猛烈な速度で大一との距離を詰めていく。傍から見れば、神速と呼ぶにふさわしいスピードに加え、そこから連続の剣捌きで攻めたてた。

 

『スピードは祐斗にも劣らない。鍛え上げているな』

「木場きゅんパイセンにもご指導受けているんで、それなりに出来る自負はあるっスよ」

『なんだ、その呼び名…』

 

 半ば呆れ気味に反応する大一であったが、彼女の斬撃は余裕を持って受けられるほど甘くなかった。技術こそ祐斗の方が上であったが、独特の野性的センスによる剣術はまるで読めず、鞭のごとく縦横無尽に刃が向かってくるような感覚であった。攻撃を防ぐたびに、彼女の並々ならぬ力量が垣間見えることに感嘆を覚える。

 もっともリントも同様の気持ちを抱いていた。男の前評判はよく聞いていた。チームリーダーであるリアスを筆頭に、口を揃えてその実力に太鼓判を押していた。ただ評価の割には、名前をほとんど聞かないような人物であったため、半ば懐疑的な思いでもあった。

 しかし自分のスピードに反応しつつ連撃をしっかり捌き、攻撃の隙もきっちり伺っている大一を目の当たりにし、呼吸を整えていく。

 

「リアス・リーダーの言葉に納得っス。そんじゃあ、ガンガンやらせてもらいますよっと」

 

 剣で大きく薙ぎ払った直後に、バックステップしていく。同時に懐から銃を取り出し、銃口を向けて引き金を引いた。

 撃ち出された弾丸に対して、「身体で受ける」という選択肢は反射的に除外していた。向かってくる紫色の炎の脅威は、それほど悪魔である彼にとって恐ろしいものであった。背中から出てきた黒影の腕がいくつも重なり、さらに硬度を上げていくことで、その炎を防ぎ切った。

 

『うげえ…前もって聞いていたが、目の当たりにすると恐ろしいよ』

『神滅具「紫炎祭主による磔台」か。たしかキミが適応したんだったな』

「ま、そんな感じですよ」

 

 けろっとした様子で答えるリントは小さく微笑む。クリフォトにいたヴァルブルガがかつて所有していた神滅具、これはそれ自身が所有者を選ぼうとする特異な性質であった。そしてこの聖なる紫炎の力が選んだのは、彼女であったわけだ。

 

「リーダーからは模擬戦でも使用許可が下りているんで。もっとも自分が出していい相手と判断すればですが」

『お眼鏡にかなって光栄だ。キミとは初めての模擬戦だが…祐斗や小猫にも劣らないと確信する』

「おっと、噂のパイセンにそこまで評価されるのはありがたいっス。じゃあ、時間いっぱいまでお願いしますか」

 

 リントの持っていた剣の刃にも紫炎が纏われ、悪魔にとっては震え上がるような感覚が肌を撫でる。模擬戦であっても怯むには充分な実力と才能を見せた彼女に対峙して、大一は瞳に光を宿しながらつぶやいた。

 

『まったくリアスさんは…だから俺も覚悟が決まるってものだ』

 

────────────────────────────────────────────

 

 リントとタイマーが鳴るまで、互いに得物をぶつけた大一は、荒い息をしながらフィールドの端に置いていたスポーツドリンクをぐびぐびと飲んでいく。そんな彼の下に、リアスが期待した表情で歩いてきた。後ろには彼女と共に模擬戦を見ていた朱乃、ギャスパー、ヴァレリーもいる。

 

「どうかしら、大一?」

「3人とも本当に強い。スタミナ自慢の俺がここまで消耗させられるし、もっと長ければ手詰まりで負けていた可能性もありましたよ」

 

 模擬戦を行った3人について、大一は素直な感想と称賛を口にする。今回、ゲームが近づいてきたリアスは祐斗、小猫、リントの3人の自信と実力の向上を狙ったものであった。この3人は戦闘スタイル的に近接戦も多い。ゆえに動ける相手とのぶつかり合うような模擬戦で、己の今の実力と課題を浮き彫りにしたかった。そこで相手として、大会には参加していない大一に打診することとなった。

 

「こうなるとギャスパーやヴァレリーさんも相当強そうだ」

「私はどうか分かりませんけど、ギャスパーは確かに強いですよ」

「恥ずかしいよ、ヴァレリー!で、でも、お兄さんの期待に沿えるくらいには強くなりたいです」

 

 ぐっと拳を握るギャスパーはかなり頼もしい印象であった。現時点でも大会で猛威を振るっているのが彼の力であり、もはや新たな神滅具としても数えられているほどの闇の力だ。ヴァレリーの方も神滅具を利用した回復を可能としており、2人ともリアスのチームには欠かせない存在となっている。アジュカ・ベルゼブブが狙いでもある強者の発掘は、着実に進んでいた。

 

「いやはや、自分らを相手に連戦して食い下がるパイセンも大概っス。さすがは赤龍帝の兄で、リアス・リーダー達が信頼を寄せるだけはありますよ」

 

 汗をタオルで拭いながら、リントはひょうひょうと伝える。この軽い雰囲気はどことなくフリードを思い出させるが、性格まで遺伝子に影響が与えられるのだろうか。

 その一方で小猫は少し不全感を抱いた表情をしており、それを祐斗が隣で苦笑いをしていた。

 

「…そもそも龍魔状態を使わなかった時点で、謙遜しているようにも聞こえますけど」

「確かに僕も大一さんに龍魔状態を出させることは狙っていたんですよね」

「それは違うぞ、2人とも。使えなかったんだ。戦っている最中に隙も無かったし、3連戦の消耗を踏まえれば、俺には龍魔状態で戦うこと自体が不可能だったんだよ」

 

 小猫や祐斗は自分を過大評価している、そんなことを大一は思わずにいられなかった。そもそもここ最近は基礎修行と一人でも相手できるはぐれ悪魔と戦う彼と、強者との戦いを幾度も行う2人では経験値の差は圧倒的であった。

 

『龍で思い出したが、例のミスター・ブラックはどうした?』

「彼は彼で特訓中ですわ。どうもこのフィールドは肌に合わないみたい」

「それでも調整はバッチリよ。次の試合では、皆を驚かせることは請け合いね」

 

 シャドウの問いに、朱乃とリアスが答える。ミスター・ブラック、彼女が採用していた「兵士」枠の人物であったが、その正体が邪龍クロウ・クルワッハであることを知る者は少ない。リアスの考えではいよいよ次回の試合から、本格的にお披露目するようであった。

 

「いずれにせよ、次の試合は期待していますよ」

「もちろんよ。忙しいのに、付き合ってもらってありがとね」

「俺の方もこういう機会は減ったので助かりますよ」

 

 その後も1時間近く、大一はリアス達の特訓に付き合った。仲間との模擬戦に心が震える反面、数時間後には上層部の悪魔達の下へ呼ばれている気の重さも感じるのであった。

 




フリードの時も思ったけど、口調が難しいですね。
個人的にリントの雰囲気は好きです。


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第4話 強張る心身

オリ主がアザゼル杯に出ていないからか、蚊帳の外感ありますね。


 冥界の悪魔領の中でも名前がよく挙げられる都市にルシファードは欠かせないだろう。魔王ルシファーを冠する都市名であり、前に大規模な会場で若手悪魔の紹介も行ったのは、大一もよく覚えていた。

 この日の深夜、彼はその時と同じ建物に足を踏み入れていた。周囲にはいくつか段が続いており、何人もの上級悪魔が部屋中央に立つ大一を見下ろしている。邪龍戦役後、彼は冥界の上役から命令を受ける立場となっており、定期的に召集を受けては報告をしていた。

 

「先日の『禍の団』残党の拿捕はご苦労だった。量産型邪龍のプロトデータも回収できたのは大きかった」

「ありがとうございます」

「まあ、これくらいはルシファー眷属の名を背負っている以上、やってもらわねば」

「慢心はしないように。キミは中級悪魔になったばかりだ。より精進に努めなさい」

「心得ています」

 

 大一がルシファー眷属という情報は、すでに冥界の上層部に知れ渡っていた。サーゼクスを筆頭に冥界中核の悪魔がいなくなり、人手の整理がされていった際に漏れたらしい。初代バアルを中心に多くの上層部がこれについて渋い表情をしたものの、グレイフィアやアジュカがとりなした上に彼の今までの功績を主張することで、サーゼクスが大一を懐刀としていたことは丸く収まった。もっともこれすらもシャドウとしては、自分たちの功績が全て問題の払拭のために使われた気持ちになったようで、くだを撒いていたのだが。

 実際、今の時点でも彼を疎んでいる上層部は何人かいる。ルシファー眷属として秘匿されていたことに加え、彼の神器である「犠牲の黒影」の事件を知っていたことや、一部の純血主義者は転生悪魔相手に抱く格差的感覚と、嫌悪される理由が彼には詰まっていた。ただしそういった有権者は変わりつつある現体制に不満を持っているだけなので、はけ口としてちょうど良ければ赤龍帝だろうがグレモリーだろうが、文句を言うだろう。

 話題が大きく切り替わるのを危惧してか最上段にいたアジュカが、他の追随を許さないような透き通る声で話す。

 

「とりあえず今回の拿捕によって、例の件は約束を取り付けるスタート地点に立てたわけだ。現在、相手には打診しているが、上手くいけば得られる情報は大きい。冥界としても期待しているところだ」

「実際、承諾してくれるでしょうか?」

「可能性は五分も無いだろう。そもそも相手はこちらを毛嫌いしているからね」

「しかし成功した時に、期待できるものも多い。我々、悪魔の功績にもなるものだ」

 

 ひとりの高齢な悪魔の声が、大一の耳に入る。その言葉が有権者たちも実績を求めているのを物語っており、それに気づかないほど彼も鈍くなかった。

 アジュカもこれ以上は長引かせなくなかったのか、大一に短く伝える。

 

「追って時間は知らせる。その際は頼むよ」

「承知しました」

 

 内心、ほっとする想いであった。このままいけば想像していたよりも、早々に終わることが期待できる。

 しかし期待を持ったときほど、それを否定するようなことが起こるものだ。

 

「あのギガンという捕虜が口を開いてくれれば、こんな交渉を行う必要は無かったのだろうがね」

 

 ひとりの有権者の言葉に、大一の眉がピクリと動く。一瞬の感情の表れは誰も気づかず、同時に警戒の感覚を蘇らせた。

 数か月前にアグレアスで戦ったクリフォトのメンバーである巨漢は、今もまだ監獄に入れられている。実力やリゼヴィムとも会ったことがあるのを踏まえると、得られる情報は相当期待された。

 

「クリフォトの更なる情報と、『異界の地』の実情…あの悪魔から聞けることは多いはずなんだが」

「やはり尋問が生温いのではないか?あとは魔力を調べるために彼を───」

「それはしないことを3大勢力の話し合いで決着がついた。あなたがたにも説明したはずだが」

 

 有権者が続けそうになった言葉を遮るように、アジュカがきっぱりと言い切る。これを皮切りに多くの有権者が己の考えを出していった。

 

「世界は新しく変わろうとしている。だからといって旧時代の誤りを払拭するために、処分することなど言語道断だろう」

「我々はそんなつもりで言ったわけじゃありません。ただ新時代のために、必要な力を解明するために、そういった強硬な手段も選択肢にあると思っただけですよ」

「そもそも悪魔には悪魔の格式もある。変化の中心にいる二天龍が王道やら覇道やらとなって、我々が…いや悪魔が積み上げてきたものが異端とされるのも違うのでは」

「水掛け論ですな。議論するなら相応の場が必要となるでしょう」

 

 長引かなかったものの、冥界も一枚岩でないことを目の当たりにして、今回の定期報告は終わるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 冥界の空は紫色で、昼も夜もそこまで違いを感じられない。それでも人間界では夜のため、大一としては1日の疲労がたまる頃であった。人気が少ない廊下では足音が奇妙に響き、どこか不気味さを醸し出している。それが先ほどの報告で抱いた心労を増加させていた。

 

『ったく、あの老いぼれどもめ。僕らを完全に支配下に置いた気でいやがる』

(事実だろう。俺らはあの人たちの指示で動いているんだから)

『あれだけ疎んじられていながら、僕らの働きがあいつらの功績になるのも納得できないんだよ!だいたい僕らのやっていることは特別なエージェントみたいなもんだぜ!魔王の話していたEXEのようなものだ!』

 

 「EXE」…エグゼと呼ばれるこの組織は、アジュカが考案した秘密情報局であった。人間界で言うMI6のようなものを想定しており、あらゆる脅威から世界を守ることを目的としていた。数年後の発足を考えられており、すでに一誠はその中心人物としてアジュカからスカウトを受けていた。

 この組織について、大一はアジュカから話しだけ聞いていた。スカウトにまで至らなかったのは、神器や眷属関連で上層部から渋い評価を受けている彼を下手に採用するのは、余計な反感を抱かれかねないからであった。

 

『あの研究者気質の男が周りのことを気にするとはな…!』

(今の魔王はあの人だけだ。相応の責任感があるんだろうよ。それでも俺に話してくれたのは気遣ってくれたんだと思う)

 

 EXEの件について大一に話した時、先ほどの理由も含めてアジュカは包み隠さずに事実を述べてくれた。彼が上級悪魔になる、またはそれに比肩する相応の実績があれば問題なくスカウト出来ること、そもそもこの話自体D×Dがアグレアスに向かう前に決められたこと、その際にサーゼクスから大一の重荷になりかねないのでスカウトには否定的な意見であったこと…全てを述べたことはアジュカなりの大一への配慮だったのだろう。ルシファー眷属の立場で、この一件を下手に隠すことの方が彼への負担になりかねないのを見越していたのだ。

 

『でもなぁ…それでも大一はもっと期待を受けてもいいと思うぜ。ほら、別結界の定期連絡を魔王以外に赤龍帝だけが一緒に出来るというのもさ…』

(それについては現時点ってだけだ。その事実すらリアスさん達は知らないからマシだろう?それに疎まれている俺が何度もアジュカ様の研究所に行ったら、あの人にもいらぬ疑いをかけるだろうし、サーゼクス様達が無事であるなら俺はそれでいい)

 

 アジュカは、今もなおトライヘキサと戦っているサーゼクスやアザゼル達と定期的に連絡を取っていた。物資の調達などにも必要なため、必要なことだろう。その際に、一誠だけが共に連絡を取ることができていた。結界に向かった人物たちが話し合いで決めたらしいが、アジュカの配慮でその実情と彼らの無事については聞いていた。

 

『どこまでいっても貧乏くじ…これじゃ、ディオーグとの約束を守れるのはいつの日になることやら』

(俺はむしろその組織に誘われなくて良かったと思う。下手に誘われたら、サーゼクス様に言われたように、自分の道を絞りかねないからな)

『現状がそうなっている気もするけどね』

(…それは反論できないな)

 

 シャドウの指摘と現状を踏まえれば、結局のところ有権者の傀儡という事実は否定しようがなかった。

 なんとも言えない気持ちを胸に抱えていると、廊下対面を歩いてくるひとりの男性が視界に入る。長い銀髪に端正な欧州的顔立ち、身に着けているローブは最上級悪魔のものであった。大一は脇に控えて頭を下げ、その男性が過ぎるのを待とうと考えたが…

 

「おっと、赤龍帝くんのお兄さんかな。たしか大一くんだったね」

「私のような者を覚えていたのですか」

「キミもそこそこ名は知れている方だと思うがね」

 

 リュディガー・ローゼンクロイツの静かな微笑みは、威圧感の欠片もなかった。この一点だけでも先ほどの有権者との温度差を感じてしまう。

 最上級悪魔であるこの人物は、レーティングゲームランキングでも上位の男であった。大一も映像で何度も見たことがあるし、去年のサイラオーグチームとのレーティングゲームでは審判を務めていたのは記憶に新しい。

 しかし彼が並みの最上級悪魔と一線を画すのは、転生悪魔ということであった。今もなお根深さが散見される悪魔の格差がある中、レーティングゲームでその実力を示して最高峰まで昇りつめたのである。

 加えて、先日ディハウザー・ベリアルによって発覚したレーティングゲームの不正について、彼はその類のものに関与せず7位という実績を示していたことも、改めて高い評価を得ることに繋がっていた。

 

「近々、また会うかもしれない」

「一誠達に会いに、ということですね」

 

 一誠のチームが次の試合で対戦する相手、それはデュリオ率いる天界チームであった。そしてリュディガーはこの天界チームの監督であった。かの有名な最上級悪魔が自ら出場するのではなく監督として、しかも同盟を組んでいるとはいえ天使側に参戦していることは冥界でもかなり騒ぎの話題であった。

 

「キミの弟のチームは本当にすごい。上級悪魔になりたてで、練度の高いメンバーを揃え、信頼と共にその実力を出している。同じ転生悪魔として感心するよ」

「おだてても何も言えませんよ。私はたまに弟やリアスさんのチームの特訓相手をしていますが、いずれにも情報を漏らしていません」

 

 起伏の無い言い方で、大一は反応する。リュディガーは純粋な実力もさることながら、情報戦や心理戦に比重を置いたゲームメイクが得意であった。それゆえに関係者の些細な会話からも情報を求めてくると踏んだ大一は、早々に牽制の言葉を放った。

 これに対して、リュディガーはおかしそうに手を横に振る。

 

「いやいや、本心だよ。もちろん、キミが想像している目論見がゼロかと言えば嘘になるがね」

「ハッキリ言いますね」

「自分が監督するチームを勝たせたいからね」

 

 アザゼル杯の優勝賞品は「あらゆる願いを可能な限り叶える」というものだ。噂ではリュディガーが天界チームの監督を引き受けたのは、それについて目的が一致しているからと言われている。名うての最上級悪魔が最高峰の転生天使に協力した理由は、純粋な興味として深堀りしたい気もするが、変に勘繰られるのも不本意なため、大一は口をつぐむ方を選択した。

 

「まあ、キミが両チームにいないということはありがたい」

「私にはもったいないほどの評価です」

「表立っていないだけで、光るものがキミにも多いと思うがね。以前、デュリオから聞いたよ。キミはいつか自分のチームで出たいとね」

「弟が自分の眷属を持って出場したとなれば、私も同じように思うのは当然でしょう。国際とはいかなくても、今後に大会は開かれるでしょうし」

 

 アザゼル杯への不参加を表明した際に、知り合いには「いつか自分のチームで出たいから」という理由で説明していた。少なくともD×Dの関係者はこれについて知っており、納得している。ただこれについては彼の本心の一面でしかないのだが。

 これに対して、リュディガーは思慮深い顔で少し声を落として話す。

 

「転生悪魔の先輩としてアドバイスだ。名を上げたいのであれば、今からでもどこかのチームに入ることだよ。もちろん多くの強者が参加するこの大会では、キミの実力があっても結果を残せるとは限らない。しかしさらに実力を磨くことは出来るし、何よりも多くの目に晒されることで、他の強者の眼に止まる可能性も増えるからね。キミがどのようなチームを目指しているかはわからないが、本当に強いチームを求めるなら知名度も必要だよ。弟さんのようにね」

「…肝に銘じます」

「…まあ、選ぶのはキミ自身だ。また会おう」

 

 リュディガーは滑らかに身体を翻して廊下の奥へと進んでいく。大一は短く礼をすると、彼とは反対方向に歩き出し建物を出ていった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 数十分後、大一は家の地下にある魔法陣部屋に現れる。すでに深夜0時を過ぎており、静けさが異様に目立つ雰囲気があった。

 

『余計なお世話、と言いたいがあいつの言葉にも一理ある。あんなふうにプレッシャーをかけられるのは不本意だがね』

(あの人の言葉は正しいと思うよ。ただそれでも俺は…しかし緊張した)

『前から魔王眷属御一行やあの老人どもと話しているのに、緊張なんて今更じゃないの』

(いやそれが…)

 

 彼の腹からぐーっと気の抜けた音が大きく鳴る。この静けさではよく響いた。

 

(腹減っていたから、鳴るのを我慢していて)

『拍子抜けするわ!』

(やっぱりディオーグとの融合で燃費悪くなったな。戦闘にはそこまで影響ないんだが)

『いつだったか、シヴァが赤龍帝に言ってたな。グレートレッドやオーフィスが平穏を求めているから、その力によって身体を与えられたあいつの根底も平穏を欲しているって。大一もディオーグの影響を受けているのかね』

(どうだろう。身体の件について、あいつとはちょっと違うし…いや、それよりもなんか食べよう。じゃないと寝れそうにない)

 

 想像以上の空腹にため息をつきながら、大一はリビングへと向かう。夕食はいつもと変わらなかったつもりだが、リアス達の特訓に付き合ったのとお偉方に会うため無意識に食べる量を抑えていたことで、深夜にもかかわらず辛い空腹を抱いていた。

 バナナのひとつやふたつでも食べれば事足りるだろうと期待していた彼であったが、食料よりも先に視界に入ったのはキッチンにいた朱乃であった。

 

「お帰りなさい、あなた」

「た、ただいま…どうしてまだ起きているの?」

「あら、愛する人と2人の時間が欲しくて、一緒にいるのはおかしいかしら」

 

 くすりと微笑む朱乃は魅惑的な雰囲気を放っていた。髪は下ろしており、寝巻用の薄い着物を身に着けている。ガウンも羽織って露出は減っているはずなのに、ここまで色気を出せるのはもはや才能の領域だろう。

 

「それは嬉しいけど、無理しないでほしいよ」

「無理をするつもりは毛頭ありません。お茶を淹れていたからどうぞ」

 

 彼女に促されるまま席に着くと、湯気の立つ緑茶が目の前に置かれる。それと共に皿に乗った2つのおにぎりと漬物が出された。予想外のものに大一は目を丸くさせ、朱乃はにっこりと笑顔を向ける。

 

「うふふ、お腹空いているかもと思って」

「本当に嬉しいよ。よくわかったね」

「あなたを見ているもの」

 

 まるで全てを見透かされているような気持ちにさせる彼女の言葉に、胸の中が飛び跳ねるかのような錯覚を抱く。悪魔になってから3年以上の付き合い、紆余曲折あって恋人の関係になってからは半年以上と、姫島朱乃とは仲間の中でも最も濃密な関係を築いていた。互いに砕けた姿や弱さを見せられる特別な相手…そんな彼女に、大一はいまだに恋愛的に余裕を持ったと思うことは無かった。今回も同様であり、その緊張をごまかすようにおにぎりを頬張っていく。塩加減もよく、これひとつとっても彼女の料理の腕を実感させられた。

 

「今日は特訓に付き合ってくれてありがとう。リアスもとても喜んでいたわ」

「むぐ…ん…あれくらい、おやすいごようだ。特訓の時も言ったが、俺にとっても良い修行になるから」

「アザゼル杯に出場していないのに忙しいものね。高校の時よりもあなたとの時間が減ったような気がするわ」

 

 対面に座る朱乃はお茶を片手に憂い気にため息をつく。高校ではクラスが一緒で、部活の時も顔を合わせていたが、大学生になったことで受ける講義の違い、悪魔としての立場も変化と、時間のすれ違いを感じさせることが多い。

 

「まあ、リアスよりマシだと思うけどね」

「それには同意する。今更、あの2人にすれ違いも無いと思うけど」

「でもリアスやイッセーくんに負けるつもりはないわ。あなたともっと特別になりたいもの」

「だから張り合う必要ないでしょ。…あのさ、この前から思っていたんだけど『あなた』って呼ばれ方が恥ずかしいな」

 

 大一は少し迷いつつも、朱乃に伝える。高校を卒業してから彼は将来の告白を彼女に行った。それ以来、彼女は2人きりになった際には「あなた」と呼ぶようになり、それが心身ともに幸福と照れくささによるむず痒さを感じさせた。

 

「あら、どうして?誰もいないんだからいいじゃない」

「でも夫婦ってわけでもないし…」

「未来の奥さんにはなるわ。それともあの時の告白は本気じゃなかったの?」

「そんなことは無い!俺は…俺は本気だよ!」

「ん…嬉しい」

 

 朱乃の幸せを享受した笑顔に、胸がさらに飛び跳ねた大一は急いで残りのおにぎりをたいらげていく。最後に流し込むように飲んだお茶は味も分からなかった。

 

「ご、ごちそうさま。美味しかったよ。本当にありがとう」

「そう言ってもらうと作った甲斐があるわ」

 

 上層部との話し合いで精神をすり減らした彼にとって朱乃の優しさは精神に潤いをもたらす。安心と同時に空腹も満たされると一気に眠気が襲ってきた。時間を踏まえれば当然のことであり、自分ですらこんな状態なのだから、起きていてくれた彼女の方も疲れはあるだろう。

 

「洗い物は俺がやっておくから、もう寝てくれて大丈夫だよ」

「寝る前にシャワーを浴びた方がいいわ。片腕だから大変でしょう?体を洗うのを手伝ってあげる」

「シャドウがいるから大丈夫だって!」

『あー、ダメだわー。今日の僕はMPが足りないわー。これは腕も創れないわー』

「あらあら、それは大変ですわ♪意識を持つ神器も休息は必要ですもの♪」

「いつもは馬が合わないくせに、こういう時だけ結託しないでくれよ!というかMPってなんだ!その軽快な雰囲気はなんだ!」

 

 声を抑えつつ叫ぶようにツッコむ大一に、朱乃はわざとらしく悲しげな表情を作る。幾度となくからかわれてきたため、それが本気ではないことを理解していたが、それでも彼には効果抜群であった。

 

「悲しいわ。私はあなたとの時間を楽しみにしていたのに拒否されるなんて。彼氏にも甘えられないなんて、遊びだったのかしら」

「そ、そう言えば俺が折れると思っているなら…」

「私はあなたが寝る準備を終えるまで、ひとり寂しくベッドで待つのね。優しくて、期待を裏切らない人だと思っていたのに…」

「わかった…わかったから…やめて…申し訳なさでへこむ…」

「うふふ、よく言えました。行きましょう」

 

 半分うなだれたような状態の大一の頭を撫で、朱乃は彼の左腕を引いて浴室に向かう。結局この日は最後まで緊張が心身を襲うのであった。

 

『大一もちょろいよなー』

 




22巻を読んだ時、アザゼルたちと連絡取れることに驚いたのは私だけじゃないと思います。


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第5話 強いチーム

本日ガンダムを見て、オリ主にこんな状態にして言うのもあれですが、やはり欠損って辛いですね。


 戦いや強さだけが悪魔のすべてというわけではない。一般的な悪魔の仕事は人間と契約して願いを叶える代わりに対価を求めるというものだ。

 あくる日、生島の店に大一、ロスヴァイセ、ゼノヴィア、イリナが集まって部屋の荷物整理や模様替えの手伝いを行っていた。

 

「お昼でも来てくれて助かるわ~。しかもきっちり人数まで揃えてくれてありがたいわ~」

「生島さんにはご贔屓にしてもらっているので」

 

 生島の言葉に、ロスヴァイセが笑顔で答える。本来であれば、夜での活動が主なのが悪魔ではあるが、個人で契約している以上は相手ごとに対応も変えるのは不思議ではない。

 

「しかも援軍の子たちがこんなに可愛いなんて…!京都で会った時も思ったけど、悪魔は顔レベルが高すぎよ!」

「そこまで言われるとむず痒い気もするな」

「私なんて悪魔でもないんですよね」

 

 ゼノヴィアは気恥ずかしそうに顎を撫で、イリナは苦笑い気味に頬を掻く。生島の依頼は掃除以外の雑務もあったため人手が必要ということになり、ロスヴァイセの手伝いにゼノヴィアが来ていた。イリナの方はその場に居合わせていただけなのだが。

 

「そういえば一誠はどうした?」

「釣りに行ったようだ。最近忙しそうにしていたから、リフレッシュも兼ねてだな」

 

 実際のところは、別空間にいるアザゼル達に「戦いを楽しむ」ことについて相談を持ちかけた際に、彼らからアドバイスとして「いつものメンバーとは違う者に相談してみる」ことを提案されて、ヴァ―リと匙を誘うことも目的であったのだが、それを彼女らが知る由は無かった。

 

「息抜きは必要だが、ひとりで釣りとはあいつらしくないな。いや、余計なお世話か」

「時間までは自由行動にしているんだ。レイヴェルはギリギリまで情報を収集しているが」

「だから私はゼノヴィアを特訓に誘おうと思ったんだけど…」

「巻き込まれて、手伝う形になったと」

「私はこんなに可愛い天使ちゃんと会えてハッピーだけどね!」

 

 生島はごつい拳を作るとぐっと親指を立てる。サムズアップひとつで覇気を感じられる彼が一般人であることを忘れそうになるほどの迫力であった。

 

「というか、悪魔と天使って仲良くしてもいいのね。なんか昔、炎駒さんからは悪魔、天使、堕天使は仲悪いって聞いたんだけど」

「それこそ昔だけですよ。去年の同盟の締結で、今じゃみんな仲良しですから!」

「なんでイリナが誇らしげなんだか」

「同盟前から仲良くしたいとは思っていたもの!ミカエル様への信仰心も忘れなかったうえでね!おかげでゼノヴィアとも交流は変わらないし、ダーリンとはぐんぐん距離を縮めているわ!」

「イリナちゃん、そのスタンスを私は全面的に支持するわ!男は度胸、女は愛嬌なんて誰かが言っていたけど、男であろうが女であろうが度胸と愛嬌は大切よ!」

 

 イリナを勢いづけるように、生島が合いの手を入れていく。彼女持ち前の天真爛漫な雰囲気は、あっという間に生島の心を掴んでいた。同時にゼノヴィアのちょっとした対抗心にも火がついた。

 

「距離を縮めているとは言うが、私もイッセーとはかなり近くなっている自負はあるがな。あいつの眷属になって共に仕事をしているし、時間的な関わりは増えている。実質的にハーレムに加わっていると言ってもいい」

「ちょっとちょっと、時間的なものを出すのは強いわね!時間を重ねるのは恋愛においても大事よ!やるわね、ゼノヴィアちゃん!」

「で、でもゼノヴィアだって生徒会で忙しいじゃない!私は部活の時間は一緒だから大差ないわ!」

「気になってきたわ、2人の恋愛事情!教えてちょうだい!」

 

 恋愛的にマウントを取ろうとするゼノヴィアとイリナについて根掘り葉掘り聞く生島と盛り上がっていく一方で、蚊帳の外となった大一とロスヴァイセは苦笑い気味に掃除を再開する。

 

「相変わらずの仲の良さですね」

「ええ。クラスでもみんなを引っ張ってくれていますよ。体育祭も近いですから助かります。厳密にいえば、ゼノヴィアさんは生徒会チームの参加なんですけどね」

 

 高校3年生となった一誠、アーシア、ゼノヴィア、イリナ、祐斗は同じクラスであり、そこの担任をロスヴァイセが務めていた。いざという時に動けるように学園側が配慮したクラス分けであった。

 前年度の体育祭の思い出として祐斗のローテンションと一誠の金的ダメージが大一の頭をよぎったが、すぐに振り切って話を続ける。

 

「体育祭か。一誠達も3年生ですから気合入っているでしょう?」

「ええ、私含めてみんなやる気ですよ。ただ…」

「ただ?」

「アーシアさんが少し気追っているというか…部活や仕事の時も頑張ろうとしていっぱいいっぱいな雰囲気がしてちょっと心配ですね」

 

 思慮深く答えるロスヴァイセの様子は、心配な要素を充分に表していた。彼女の言う通り、ここ最近のアーシアは近い者から心配されていた。悪魔の仕事でもアンケートで契約相手からもそのような意見が寄せられており、仲間内でも気にしていた。

 元より心配性な彼女であるが、仲間内に心配されるような状態であるならば、何かしらの原因はあると思われる。かつてディオドラから求婚されていた時のように、なにか抱えているのは察せられるような人物だ。そして考えられることといえば…。

 

「もしかしてリアスさんのことを意識しているのかな」

「私もそうかなって思うんですよ。体育祭の話し合いをしていた時も、部長だからとか言っていて」

「うーん、リアスさんを尊敬しているがゆえにそのやり方を真似て…いや違うな。リアスさんの想いを聞いているからこそ、自分なりに上手にやろうとしているって感じだろうか。それでもあの人とは比べてしまう」

 

 アーシアの不安の強さ、リアスへの尊敬とそれ故に期待に応えようとする想い、彼女のもろもろを踏まえれば、思いついていることの原因を察するのは難しいことではなかった。そしてそれを察したからこそ、大一のとる行動は決まっていた。

 

「まあ、俺が口出しすることじゃないか」

「あ、あれ?大一くんならいい案があるかと…」

「アーシア自身が気づいていることをわざわざ言いませんよ。一誠がいるんです。あいつが気にかけてくれるでしょう」

「それで大丈夫でしょうか。私も仲間として教師として出来ることが…」

「しっかりとあいつがアーシアを見て、その想いを伝えれば大丈夫ですよ。弟はそれが出来る人間です」

 

 大一には確信があった。一誠はアーシアを見ている、かつて彼が弟と約束したことは盤石であることに疑いはなかった。

 

「むしろロスヴァイセさんが思い悩んでいたら、本末転倒な気もするんですけど」

「そうですね。仲間としてその辺りは信頼しないと…」

「…無責任な発言に思われるかもしれませんが、無理しないでくださいね。俺はあなたに一誠を支えて欲しいなんて頼みましたけど、それが負担にしてほしくないんです」

「大丈夫ですよ。どうしても無理になる前に皆とも話し合います。もちろん、大一くんにも」

 

 真面目さと思慮深さが入り混じった大人っぽい笑顔で、ロスヴァイセは答える。その雰囲気が大一に妙な胸の高鳴りを感じさせたが、同時に申し訳なさを抱かせた。

 

「すいません。俺の頼みを無理に聞き入れてもらって…」

「もともとリアスさんは私をイッセーくんの方に行かせたと思いますよ。あの人はあの人でアザゼル杯のために、自分のチームで出ることを決意していましたので。大一くんもそんなことで悩みすぎないでください。だからこの話題はここで一旦区切りましょう」

「本当にいい人ですよ、あなたは」

 

 大一の口から零れ落ちた本音は、ロスヴァイセの耳には届いていなかった。それが幸か不幸か、2人ともわからないのは確かだろう。それが深まることもなく、話題はここ最近の「燚誠の赤龍帝」チームの連勝について移っていく。

 

「そういえばアザゼル杯の調子よさそうですね」

「まだ神クラスのチームにこそ当たっていないのもありますが、それでも上級悪魔のチームにも勝てています。油断は禁物なので、手放しで喜ぶことは出来ませんけどね」

「それこそ次はデュリオのチームですからね」

 

 一誠が次に戦う「天界の切り札」チーム…デュリオをリーダーとした一行は、御使いの集大成と言っても過言では無かった。D×Dのメンバーであったデュリオやグリゼルダに加え、四大熾天使のAやメタトロン、サンダルフォンといった最高峰天使の懐刀もメンバーにいる。先日にはチーム同士の主要メンバーの顔合わせも行っていた。

 

「こちらも戦力は増えていますが、相手が相手ですので気をつけないといけません。最上級悪魔も監督についていますし」

 

 ロスヴァイセの言葉に、大一の瞳がピクリと動く。1週間以上前に、偶然出会ったリュディガー・ローゼンクロイツの声が脳内を反芻して刺激してきた。

 

「…この前、リュディガー様に会いましたよ。上層部への報告の際に偶然ですけど」

「え!?な、なにかありましたか?」

「いや、特別なことは。もちろん一誠達の情報だって漏らしてはいませんよ。…ただ、今からでもどこかのチームに入って、アザゼル杯に出た方がいいってアドバイスは受けました」

 

 リュディガーの言葉が間違いないことは、大一自身がよく理解していた。すでに一誠のチームにはかつて協力した吸血鬼のエルメンヒルデやタンニーンの息子であるボーヴァといったメンバーが協力している。いずれも一誠には思慕の感情を抱いており、レイヴェルの話だとさらに戦力増強の当てがあるらしい。

 それを踏まえると、自分のチームで大会に出たいという考えがいかに見通しの甘いものであるかは明らかであった。

 わずかに考え込んでいるような彼の表情を見て、ロスヴァイセは遠慮がちに口を開く。

 

「あ、あの…大一くん。今からでも私たちのチームに来ませんか」

「一誠のチームにですか?」

「そうです。大一くんほどの実力者がいてくれれば、みんな助かりますし、戦略の幅も広がります。私も…その嬉しいですし…」

 

 赤面するロスヴァイセは消え入るような声で言葉を締めていく。彼女の反応は先日、朱乃に抱いたようなむず痒さを大一にもたらしていた。

 

「ロスヴァイセさん、俺は…」

「よっし!とりあえず当面の目標は決定よ!」

 

 大一が答えるよりも先に、生島の雷のように轟く声が店内に響き渡る。彼はその筋肉質な腕をゼノヴィアとイリナの肩に回していた。2人の方もうんうんと頷いており、イリナの方はどこか涙ぐんでいた。

 

「聞いてちょうだい!ゼノヴィアちゃんとイリナちゃんは、イッセーちゃんのお嫁さんになるための決心をしてもらったわ!あとはどこかでその勇気を奮ってくれればパーフェクトよ!」

「うむ、生島さんの恋愛経験は学べることが多かった。私ももっと踏み込んでいかなくては!」

「生島さんと奥さんの話、私ちょっとうるうるしちゃったわ…!生島さん、私も頑張る!」

「それでこそ、我が弟子よ!大一ちゃんとロスヴァイセちゃんも応援よろしくね!」

「…あの話が見えないのですが」

「ロスヴァイセさん、深く聞かないでおきましょう。じゃないと、時間内に終わらないような気がしますので」

 

 結局、この後は生島の恋愛経験の話を聞きながらの仕事となり、大一とロスヴァイセが2人だけで話す機会はほぼ皆無であった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 生島の仕事が終わった後、ゼノヴィア、イリナ、ロスヴァイセは大会関係者用の観戦ルームに向かい、大一の方は貰い物のチケットを片手に見ていた。しかし今回の一戦の規模はどこで観戦しようが、凄まじい迫力を感じさせた。

 リアスのチームととある最上級悪魔チームの試合、蓋を開けてみればリアス達の圧勝という形で幕を閉じた。リアス、朱乃、祐斗、小猫といつものメンバーの実力もさることながら、回復を行うヴァレリーや紫炎を操るリントの活躍も目覚ましい。

 だがチームでもっとも目を引いたのは、謎の兵士とギャスパーの存在だろう。チームの兵士枠で出場したミスター・ブラックことクロウ・クルワッハは、この試合で初めてその全貌を現した。前もって聞いていた大一ですら、その破壊力は衝撃的であり、なんとフィールドひとつを消し飛ばすという神クラスの一撃を放った。

 一方でギャスパーは海上を覆うほどの闇とそれによって形作られたモンスターの集団で、瞬く間に相手を飲み込んでいった。バロールとクロウ・クルワッハ、神話を想起させる組み合わせと噂にたがわぬ実力は、会場全体を盛り上げさせた。

 試合を見終えた大一はゆっくりと会場を出ていく。先日、リアスが話していた言葉が間違いでなかったことが実感させられる。彼女の溢れた自信に違わない光景を見せたのだ。

 なまじ興奮が冷めやらない状態の大一のポケットには通信用の魔法陣が描かれた紙が握られていた。試合終了後にアジュカから通信があったのだが、これもまた彼の興奮を加速させるのに一役買っていた。そんな状態の彼が会場から出たところで一誠達と合流する。

 

「一誠、どうだった。リアスさん達の勢いは?」

「ひとつ質問。兄貴はクロウ・クルワッハがメンバーだって知っていたのか?」

「まあな。と言っても、一緒に訓練はしなかったが。そんな俺でも先ほどの試合は衝撃的だった」

「そうか…いや、驚いた。同時にもっと戦力を増強しないとって実感したよ」

 

 一誠は頼もしく言い切る。1チームのリーダーとして、どうやって対抗するかを彼なりに考えていることは明白であった。

 曲がりなりにも上級悪魔として頑張っていることを目の当たりにした大一は静かに息を吐く。

 

「それくらい言えるなら、次の試合は楽しみにさせてもらうよ」

「もちろんだ。俺だっていろいろ考えているしな。…そうだ、兄貴。ちょっと聞いてほしいんだけど」

 

 周囲を見渡しながら、一誠は露骨に声を落とす。近くにいる仲間達にしか聞こえないくらいの声に、訝し気に眉をひそめるのは当然の反応だろう。

 

「リアスさん達の情報は言わないぞ」

「そんなことしねえよ。試合の方とかじゃなくてさ、実はさっきまでヴァ―リや匙と一緒に釣りをしていたんだよ」

「なんだ、そのメンバー…。情報の探りでも入れていたのか?」

「ただの相談だよ。いやそうじゃなくてさ、その時にヴィーザルさんとアポロンさんが会いに来たんだよ」

「「「「「「「えっ!?」」」」」」」

 

 一誠の衝撃発言に、彼のチームメイトと大一は驚きによる素っ頓狂な声を出す。ヴィーザルとアポロンと言えば、北欧神話とギリシャ神話の次世代を担う神様だ。オーディンやトール、ゼウスといった主神がトライヘキサとの戦いに向かったため、彼らはそれぞれ次の主神に決まっていた。そして現在ではテュポーンをリーダーとした若い神のメンバーで構成されたチームに参加している。大会の優勝候補の一角であり、その中核メンバーがわざわざ会いに来たということには驚きを隠せないのは当然だろう。

 

「ま、まあ、いろいろ聞きたい気もするが、話の腰を折るのもあれだしな。続けてくれ」

「ああ。それで2人がハーデスに気をつけろって忠告してくれたんだ。後日、親書を送るみたいなんだが、兄貴にも伝えておこうと思って」

「…どうして俺に?」

「兄貴って冥界でいろいろ仕事しているからさ」

 

 一誠なりの気遣いと同時に、もしもの時は情報共有を求めているのかもしれなかった。彼がどこまで意図していたのかを大一は図りかねたが、ひとまず小さく頷くだけでこの話題は終結した。

 さらにレイヴェルが大一に視線を向ける。

 

「あの大一お兄様、明後日辺りに戦力増強のために人に会うのですが、一緒に来てくれませんか?私たちも試合が近いので、特訓に付き合ってもらいたいのですが」

「明後日…すまない。その日は予定があって、どうしても無理なんだ。試合前のどこかでは特訓するから、それで勘弁してほしい」

「それはありがたいですが…少し残念です」

「ちなみに兄貴、その予定ってどんなことなんだ?」

 

 わずかに肩を落とすレイヴェルをなだめるように背中を撫でながら、一誠が質問する。これに対して、大一は先ほどの弟よりもさらに声を落として答えるのであった。ポケットの中で魔法陣の紙を握っている拳が奇妙に汗ばんでいた。

 

「お前がさっき教えてくれた神様に関してだよ」




ぼちぼち話も動き始めてこれた気がします。


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第6話 冥府の最果てで

まさかまたこの人物とのやり取りを書くことになるとは…。


 冥界は悪魔と堕天使の領域である。一般的に想像される地獄のような禍々しさはあまり見られず、むしろ繁栄された街並みが印象的であった。

 芯から冷えるような雰囲気を感じさせるのは、冥界のさらに下層に位置する冥府の方だろう。死神の拠点であり、全ての者に訪れる死を司る存在が支配するこの地は、どれだけ名うての猛者であっても、生を抱く者達は足を踏み入れることを躊躇する。

 にもかかわらず、この日の冥府には2人の悪魔…現魔王であるアジュカ・ベルゼブブとそのお付として兵藤大一が来ていた。正装のローブを身に着けており、一切の油断を排除した表情をしている。その雰囲気はこれから起こることの深刻さを物語っていた。冥府最大の神殿に招かれていた彼らの視線の先には、ローブを纏った骸骨がいくらか高い場所に鎮座している。

 

《1年足らずで、この地に魔王…いや超越者が2人も訪れることになるとは》

 

 骸骨の口から洩れる声は身体を通り抜けるようでありながら覇気も感じさせるものであった。実際、目の前にいる存在は、世界の中でも有数の知名度と実力を持つ者であった。死神たちのトップに君臨する神…ハーデスは余裕な態度を崩さずに言葉を投げかける。

 

《妙な時代になったものだと思わんか?唯一、残った魔王よ》

「否定はしません。だが世界の未来のために必要な選択だと思っています」

 

 アジュカは臆せずにきっぱりと言い放つ。弱気な態度を見せればつけこまれるとはいえ、ここまで胆力を見せられるのは実力ゆえか立場ゆえか…。

 これに対してハーデスは小さく笑う。本気で笑っていないことは誰が見ても明らかであった。

 

《ファファファ、まあよい。私もこの場で事を構えるつもりはないのでな。さっさと本題に移らせてもらおうか》

「そうしていただけるとこちらも助かりますな。俺としてはこの場はかなり興味深いが、同時に長居する必要もないので」

《小うるさいコウモリが言いよる。しかし貴殿らの贈り物には感謝しよう》

 

 相手の指す贈り物とは、大一が先日捕縛した禍の団の残党であった。その中に死神が2人おり、彼らをハーデスに引き渡していた。

 

《あれは我々の中でも勝手にテロに加担した者でな。余計な噂が立つことや情報の漏洩が気がかりであった》

 

 ハーデスの発言について、アジュカも大一も全面的に信用することは不可能であった。すでに彼は英雄派の曹操にサマエルを貸す、最上級死神のプルートを遣わせる、当時クリフォトと協力関係であったアポプスと契約するなど、テロ行為に加担してきたと思われる要素はいくらでも挙げられた。

 しかし裏付けられる証拠は少なく、表向きな言い訳で関係の無いことを主張してきた。おそらく今回の一件も言い逃れのための尻尾切りか、不都合な存在のため排除を目論んでいたかといった目的が想像できる。現時点でも他の神から警戒されているような冥府の神を素直に信じることができる人物はいないだろう。それをハーデス自身も理解しているはずであった。

 それでもこの状況を利用して、アジュカは今回の交渉を勝ち取った。

 

「では、先日のお話通り、こちらの要求を呑んでいただきましょう。彼に会わせていただきたい」

《よかろう。ただし、こちらも勝手に陣地を闊歩されるわけにいかない。案内と監視に2人ほど死神をつける。そして会わせるのはそこの小童だけだ》

「ええ、わかっています。不本意ではありますが」

《ファファファ、そう言いながら貴殿も理解しているからこそ、小童と一緒にここに来たのだろう。超越者として私に睨みを利かせるために。以前、ここに来た奴らも同じようにしていたわ》

 

 ハーデスの脳裏に、半年近く前の出来事がよみがえる。魔獣騒動の際に、サーゼクス、アザゼル、デュリオがこの場に現れて、問題の終結まで共にいる状況を作り上げて動きを封じるという対応策を取られていた。その時はヴァ―リチームも乗り込んで、多くの死神を倒されたため、ハーデスとしてはお世辞にも好ましい思い出とは言い難かった。

 

《安心するがよい。私とてそんな小童をやろうなど思ってもいない》

「それでもあなた相手には用心するに越したことは無いでしょう?」

《残された立場とは難儀だな、現魔王よ》

 

 ハーデスが指を鳴らすと、部屋の入口から2人の死神が入ってくる。いずれも背筋を凍らせるような雰囲気は、並みの実力者でないことを物語っていた。

 大一はちらりとアジュカに視線を向ける。魔王はただ信頼の眼差しと共に小さく頷いた。それを確認した彼は心にのしかかる不安を取り払うように息を吐くと、気を引き締めて死神の後をついていくのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 地獄の最下層…コキュートスと呼ばれるこの場所は冥府の中でも特別であった。見渡す限りの氷の渓谷は、この世の生を許さないような過酷な環境であった。この冥府の最果ての地に縛り付けられるのは、大きな罪を犯した者や重大な裏切りが発覚した者など、世間からは決して歓迎されないような存在ばかりだ。

 

「広いですね。牢獄のようなものを想像していましたが、この規模は相当なものですね」

《小国くらいの大きさはある。歴史を重ねるほどに罪人も増えていくのだ。彼らを縛るのだから当然だろう》

 

 大一の問いに先導する死神が答える。これから向かうところへの緊張感を思うと、案内役の死神が一定の友好的姿勢を示してくれたのはありがたかった。もっとも彼の後ろについてくる死神の方は何も言わず、妙な動きをしたら即座に首を落とそうとしているかのように鎌を背負っていた。

 

『ちょこちょこ視界に入る奴らは何をしたんだろうね?ここに閉じ込められるくらいだから、調べたら出てきそうなものだ』

(悪趣味だぞ、シャドウ)

『純粋な興味だよ。僕だって伊達に世界を回ってこなかったからね。それに裏切りとかのような…道の外れたことばかりが起こるのを特に見てきたから』

 

 相棒の言葉に、大一はため息をつく。この寒さでは体から発せられる息は白かった。

 数十分ほど歩いていくと、巨大な氷壁の前にたどり着く。そこにはたったひとりの男が埋め込まれていた。身体のほとんどが氷壁に包まれており、首と頭だけが見える。それもうなだれてウェーブがかかった長い髪に隠れていた。あまりにも静かで、息をしているかも定かでなかった。

 

「まさか死んでいる…?」

《いや眠っているだけだ。コキュートスに来るような奴らは並の存在でない。だからこそここの環境でも死にはせず、大抵は衰弱しながら寿命を迎えることがほとんどだ》

 

 さらりと答えた死神は一歩前に出ると、その見た目に似合わない荒々しさを感じさせるような声で呼びかける。

 

《起きろ、面会だ!》

「…面会?」

 

 コキュートスに幽閉されていた男はゆっくりと顔を上げる。吊り上がった目は赤く、気怠そうであった。顔色は悪く、発せられる声からも衰弱していることが窺える。記憶と比べるとギラギラした闘争心と冷たい残酷性は朽ち果てたように見えたが、その顔は約1年前に戦争を画策し、戦いを繰り広げた相手であることは間違いなかった。

 堕天使コカビエルはちらりと大一に目を向けると、怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「悪魔だな。そんな奴が俺に何の用だ?」

「あなたにいろいろ聞きたいことがあってな。俺の力についても、最初に気づいていたのはあなただ」

「お前のような醜い顔の悪魔など覚えていない」

「1年前、駒王学園を攻めてきた際に、俺の錨を受け止めたあなたは歓喜に震えていたと思っていたがな」

 

 淡々とした大一の言葉を聞くと、コカビエルは一瞬だけ面食らった表情をして、すぐに口角を大きく引き上げる。その笑みは戦いの時に見せた歓喜と醜悪に満ちた悪意を感じさせるものであった。

 

「グレモリー眷属にいた、あの時の転生悪魔か。ずいぶんと変わったものだ。貴様の傷だけで同盟が上手くいかなかったものだと見える」

「顔の傷は関係ないことだ。そもそも同盟はあなたがコキュートスに閉じ込められた後の話だぞ」

「世界を揺るがすほどの出来事だ。こんな死の世界にも情報は届くさ。俺の行動がそのきっかけを作ったのは忌々しいことこの上ないが。まあ、アザゼルはその後に戦いの世界へと身を投じることになったんだ。少しは溜飲も下がった」

 

 想像以上に知っているコカビエルの言葉に、大一は目を丸くさせる。この男は極寒の地で世界の事件について耳にしていたのだ。

 だからといって、この人物が悪魔である自分に協力的になるとは思えない。あくまでこの男は堕天使至上主義なのだ。

 それでも大一はアジュカ同様に強気な態度でいるしかなかった。

 

「…あなたに聞きたいことがある。俺の力についてだ」

「ふん。俺の研究に今更ながら興味を抱いたか」

「堕天使陣営はなるべくあなたの『生命(アンク)』の研究についてかき集めたが、どうも数が少ない。本当はもっといろいろと調べていたんじゃないか?」

「…ああ、そうだった。そんな呼び方だったな」

 

 コカビエルの発言に、大一は引っ掛かりを覚える。アザゼルの話では彼がひとりで研究を進めていたほどだ。堕天使陣営は聖剣と同じくらいこだわっていたと考えていたようだ。それほどの研究題材に、思い出したかのような反応をするのは違和感しかなかった。

 その瞬間、パズルがかちりとハマるように思いつく。可能性の話でしかないが否定する理由も無いので、質問の方向性を変えていく。

 

「…『異界の魔力』について知っているか?」

「ほう、その辺りまでは気づいていたのか」

 

 すでにコカビエルは、大一の力の由来がそこに通じるものがあることに気づいていた。今までこの単語を知っていたのは、その地に強い繋がりのある者達だけであった。コカビエルが彼らに関係しているとは思えない。独力でここまで調べ上げたのだ。それを踏まえると、彼が持っている情報は想像以上に大きなものである可能性が高い。

 大一は高ぶる気持ちを冷ますように、ゆっくりと息を吐く。この魔力の成り立ちについて、彼は知っていた。聖書にも残らない旧魔王の血筋と戦った際に、もろもろの真実を聞いて胸に納めていた。この魔力が余計な混乱を引き起こさないことを願いながら。

 それでも力がより重要視される今の時代では、この魔力にも調査が向けられることは必然であった。ゆえに、現時点でこの魔力を持っている大一が、その魔力の繋がりを知っていたと思われるコカビエルから情報収集することを命じられたのだ。

 

「その特性は感知しづらく、同じ力を持つ相手とは引き寄せやすい。ある程度の身体能力や自然回復の強化もある。同盟はこの魔力の入手方法や活用法を知りたがっている」

「無意味なことを。あの魔力には期待するほどの特別性は無い。得るにしても、例の地に行く必要があるしな」

「しかしあなたはこの魔力が力の鍵になると考えていたはずだ」

「…ああ、その通りだ。魔力の特性や入手方法、その生まれた経緯まで調べていた。しかしその中で、俺はこの魔力を持つ者達にも興味を持っていた」

 

 異界の魔力の持ち主については、彼も思い当たる節はいくつもあった。歴史から消え去った英雄と融合した魔王の血筋、世界に絶望した高名な天使、炎の精霊やサメの魔物、魂が宿った人形、人体実験を受けた悪魔…いずれも道理を外れた実力者で、「D×D」は苦しめられてきた。

 だがほとんどは全滅し、残った者の中でひとりは牢獄に、もうひとりは行方をくらましているが敵対していない相手だ。

 あまり期待しているような情報は得られないかもしれない、そんな想いがよぎった大一であったが、言葉を続ける堕天使に覆される。

 

「あの地にいる戦力と聖剣があれば、再び戦争になっても悪魔や天使に負けることは無かったと断言できる。超越者が相手にいたとしてもな」

「なんだと…?」

「俺がサーゼクスやアジュカへの対抗策を考えていないと思っていたか。あの地にはそれに対抗しうる力を持った者がいる。超越者など、しょせんは俺らの世界で決めた枠組みでしかない。それに匹敵しうる存在が…あの地にはいるんだ」

 

 大一が見てきたサーゼクスの実力は本物であった。いつもの姿はもちろんのこと、別れ際に見た滅びの魔力そのものになった姿は、近くにいるだけでも規格外の存在であることは想像つく。戦ってきた異界の魔力を持つ者達は確かに強いものの、あれに匹敵する実力があるとは思えなかった。コカビエルがサーゼクスの真の実力を知らないとも考えられない。それこそ彼は長年多くの戦いを経験した上に、堕天使の中でもずば抜けて悪魔や天使との戦いを求めていたのだから。

 それに考えてみれば、大一自身はあの地のほんの一部にしか足を踏み入れていない。彼が知らないだけで、他にも魔力を持った人物がいてもおかしくないはずだ。それこそアリッサのようなクリフォトに協力しなかった人物が。

 様々な疑問と不穏さが駆け巡る中、大一は口を開く。

 

「…あなたはどこまで知っているんだ」

「そこまで教えるほど、悪魔に対して俺が親切だと思うか。まあ、堕天使として警告だけはしておこう。テロの脅威が去ったからといって油断していれば、足元をすくわれるぞ」

 

 狂気的な輝きを取り戻したコカビエルは、露悪的な笑みを浮かべつつ答える。

 リゼヴィムと邪龍による異世界の存在、先日に一誠から教えられたハーデスへの警戒、世界的な規模であるアザゼル杯…これほど人々の感情を掻き立てられる中、新たな脅威の可能性に胸をぐっと握られたような感覚を抱くのであった。

 




原作の敵もどんどんインフレしていくから、オリ設定も盛ってしまうジレンマ…。


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第7話 懸命な努力

本編自体はあまり進んでいませんが、今後のためにこの手の話は書こうと思っていました。


 まだ完全に日が上っていないような早朝、目を覚ました大一は隣で眠る朱乃を起こさないようにベッドから降りると、手早くトレーニング用のジャージに着替える。さらにタオルを準備すると、外に出て30分近く走っていく。朝特有の冷たい風は、汗をかいて火照る身体には心地よい。

 家に戻ってくると、今度は前日から冷やしていた飲み物を冷蔵庫から取り出し、地下の転移魔法陣からグレモリー領にあるトレーニング用フィールドに向かう。そこで柔軟運動で身体をほぐし、筋トレで負荷をかけ、黒影で創り出した錨を素振りしていく。右腕が無くなったため、まったく同じというわけではないが、彼は毎日のトレーニングをほぼ欠かさずに行っていた。淡々とひとつのルーティーンのようにこなしていく彼の姿を本当の意味で理解している人はどれほどいるだろうか。

 300回ほどの素振りを終えると、軽く息をついて額の汗をぬぐう。次に行うのは仙術の練習で、自然と一体化することを意識して瞑想を行う。仙術を学ぶにあたり基礎中の基礎であり、小猫もこの修行を行っていた。

 いつものトレーニングメニューに加えて3か月近く経っており、気の流れを意識することはかなり上達していた。

 

『でもまだ実戦的とは言い難いよね』

 

 肩から血走った目をぎょろつかせてシャドウが指摘する。実際、気の流れを意識するだけなら生命力の感知で似たようなことを行ってきたうえに、気を練って攻撃や相手に流し込むといった方法はいまだに出来ない。気の流れ自体が、目に見えない上に掴もうとしてもするりとすり抜けるような印象を受けるのだ。仙術によって扱えるものとして闘気もあるが、サイラオーグのような活力もなく発生することさえ出来なかった。

 

『正直さ、小猫や黒歌は猫魈だから出来るのであって、大一には向かないんじゃないかな?』

「まあ、感覚的だよな。俺の苦手とするところだ」

『それを知りながら、どうして特訓を…』

「黒歌が信じて教えてくれたんだ。やらない理由はないだろう?」

『…キミはそういう奴だったな』

 

 やれやれといった様子で首を横に振るような動きでシャドウは呟く。粛々と己を磨いていく男に、純粋に感心を抱くのであった。

 先日、コカビエルから得た情報はすでに冥界の上層部に伝えられていた。その際には期待していた情報を得られず、同様の魔力を持つ大一に当たりの強さが見られた。異世界とは別に謎の脅威が追加されることとなった現状、上層部の焦りももっともではあるのだが。

 この情報は同盟間で協議し取り扱うこととなったが、今はまだ上層部のみが知るところだ。いずれアジュカが整理して仲間達にも伝えられるだろうから、彼の方から皆にわざわざ話すつもりも無かった。

 かなりの重圧がかかっているはずだが、変わらずに特訓を続ける大一に、シャドウは相棒として一種の頼もしさすら感じていた。

 

「兄貴早いな」

 

 仙術の修行に移ろうとしていた大一に、フィールドに現れた一誠が声をかける。彼の後からも人が続いている。

 この日、大一が来ていたフィールドは以前から使っていたものではなく、一誠が上級悪魔昇格のお祝いとして用意されたフィールドであった。早朝にここで一誠達と特訓に付き合う約束をしていたため、いつものトレーニングをこの場所で行っていた。

 

「早いっていつも通りだぞ」

「いや俺らだって今日はかなり早いと思ったけど、それなのに兄貴いるし…夜遅いことも多いのに、どうしてそんな早いんだ?」

「まあ、ディオーグの件でろくに眠れていないことが多かったからな。それで身体が慣れてしまったのかもしれない。安心しろ、特訓の方は抜かりなく相手する」

 

 ハッキリと宣言する大一は、一誠が率いるメンバーに目を向ける。アーシア、ゼノヴィア、イリナ、ロスヴァイセ、レイヴェルと見知ったメンバーに加えて、ミニドラゴンや白く陶器のような肌の美少女、さらには快活そうな少年までいる。ドラゴンや少女については、彼も何度か見ていた。ドラゴンはタンニーンの息子であるボーヴァ、少女は以前吸血鬼の件で縁のあるエルメンヒルデだ。いずれも一誠のチームに加入している。

 大一の視線に気づいた少年は軽く頭を下げる。

 

「どうも、百鬼勾陳黄龍です」

「なきり…おうりゅう…ああ、キミがアジュカ様から神滅具の調査を行っている子か」

「合わせて、生徒会もやってくれている。実力もあるし、ウチのチームに入ることになったんだ。黄龍はすごいぞ」

 

 隣にいたゼノヴィアは後押しするように、少年の背中をバシバシ叩く。駒王学園の2年生である彼の出自はなかなか得意であった。五大宗家のひとつである百鬼家の次期当主で、一族の中でもっとも強い力を持つ者に与えられる霊獣「黄龍」と契約して、その名前と力を持つ。異能を持つ五大宗家の中でもずば抜けた実力者である彼は、アジュカから半ば便利屋扱いのようにされていた。

 大一は焼け焦げたような皮膚をしている左腕を差し出す。

 

「兵藤大一だ。一誠の兄だが、どうかこいつのことを頼むよ」

「名前の方はたびたび聞いていましたよ、大一さん。俺の方こそよろしくお願いします」

「ん?そんなに俺の話題が出たのか?」

「塔城がたびたびあなたのことを話していましたので。指摘すると否定されますけどね」

『同学年には同学年の交流があるものってところだな』

 

 肩からぬるりと出てきた黒い影に、百鬼はびくりと身体を震わせる。

 

「ああ、気にしないでくれ。こいつは神器の『犠牲の黒影』だ。意識のある神器で俺にとっては相棒だ」

「そ、そうなんですね。いやはや兵藤先輩と同じように意識ある神器持ちだったとは…」

「黄龍はイッセーのことをすごく尊敬しているんだよ」

 

 さらりと放つゼノヴィアの言葉に、先ほどの百鬼のような反応をシャドウが取る。それだけで何を思っているかなど手に取るようにわかった。

 

『ほうほう…少年よ。どのあたりを尊敬しているのかな?』

「尊敬というか目標なんです。たしかに神滅具を宿していますけど、その身は普通の高校生だった。それでもあらゆる凶事を乗り越えてきた実力や精神…たくさん学ぶことがありますよ」

『なるほど、僕はどうやらキミとは仲良くなれなさそうだよ。名古屋コーチンくん』

「シャドウ、下がっていろ」

 

 小さな舌打ちと共に、シャドウは吸い込まれるように身体に入っていく。目を丸くさせた百鬼に対して、大一は謝罪する。

 

「気を悪くさせてすまない。ちょっと嫉妬深いんだ」

「大丈夫ですよ。俺の方は気にしていませんので」

「某は少し気にしましたがな」

 

 この会話に参加してきたのはボーヴァだ。「破壊のボーヴァ」の異名を持つ彼は、一誠に心酔している節があった。

 不満げなミニドラゴンにも、大一は続けてとりなそうとする。

 

「ボーヴァ、あまり本気で取り合わないでくれ」

「しかし直接的じゃないにしろ主を侮辱されたのは…」

「俺は気にしないから大丈夫だよ。それよりも特訓を始めようぜ」

 

 ボーヴァが不満を続けようとしたところを一誠が遮る。このままだと泥沼化するのは目に見えていた。さすがに主の言うことに背くわけもなく、ボーヴァは素直に引き下がった。

 特訓の準備を始めている間に、一誠は小声で大一に話しかける。

 

「兄貴、悪い。ボーヴァもいい奴なんだけどさ…」

「俺だって気にしないさ」

 

 大一は肩をすくめながら答える。荒くれ者として名を馳せているボーヴァは若い頃に片っ端から強者に勝負を挑んでいた。その理由を語ることは無いが、偉大な父親や上の兄たちへの想いは影響しているだろう。優秀な身内を持つ者ゆえの想いを、いちいち指摘するつもりなど彼には無かった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「うおおおおっ!」

 

 力強く声を上げながらゼノヴィアがデュランダルとエクスカリバーを振っていく。両方とも大剣にもかかわらず、彼女は素早い速度で斬撃を入れこんでいった。

 これに対して龍人状態の大一は黒い錨でいなしていく。隙を見て打撃を入れこもうとするも、想像以上に剣を戻す速度が速く、防戦一方であった。

 

「さらに上げていくぞ、先輩!」

 

 そう言うと、彼女の持つエクスカリバーに聖なる力が宿る。間もなく攻撃の速度はさらに上がり、いなすどころか後退を余儀なくされた。

 

『エクスカリバーの力で速度を上げたか』

「これなら実戦でも使えるからな」

 

 彼女なりに7本に統合されたエクスカリバーの特性を使いこなそうと研鑽を積んできた。実戦で使うには難しいものも多いが、単純な破壊力を重視したデュランダルに、複雑な特性をいくつも持つエクスカリバー、使いこなせれば彼女の実力は確約されたものになるだろう。

 しかしこのまま押し込まれるだけの大一ではない。一瞬の隙を見つけて、彼女の振り下ろしたデュランダルの上に錨を叩きつけて、その反動で彼女の上を飛び越える。その瞬間に翼の付け根から伸びる尾で攻撃も考えたが…

 

『おっと、危ない』

 

 素早く大一は尾を避けるように動かし、さらにゼノヴィアと距離を取る。彼女の手に持つエクスカリバーの刃は、擬態の能力でかぎ爪のように形状を変えており、先ほどの一瞬でカウンターを狙っていた。

 

『強い…』

「先輩に振り回されっぱなしにもいかないのでな。さあ、まだまだ行くぞ!」

 

 活力をみなぎらせながら、ゼノヴィアはさらに距離を詰めていく。これに対抗するように大一の方は、背中から複数の腕と錨を作り出し手数で攻めていった。ここからパワーによるぶつかり合いを大一とゼノヴィアは数十分続けることとなった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 ゼノヴィアとの模擬戦に区切りがついた大一はフィールドの脇で飲み物をあおる。彼女が張り切っていたのもあったが、一戦だけでここまで消耗させられたことに驚いていた。やはりアザゼル杯で強者と競い合っているためか、その実力はどんどん上達しているようであった。

 

「お兄さん、次は私だからね」

「わかっている。相手するよ」

 

 イリナのはつらつとした声に、少々荒れた息で反応する。今回の特訓において、大一がレイヴェルから打診を受けたのはゼノヴィアとイリナを中心とした模擬戦であった。剣を中心に扱う2人に対して接近戦を、それも同じように武器を使い、手数や自由性に富んでいる方法で相手をしてほしいと言われていた。鎧を身に着けて格闘が主体である一誠や龍の戦い方をするボーヴァとは違った戦法の近接特訓を目的としていたようだ。

 

「ゼノヴィアとは何度もやっているからね。無意識に太刀筋がわかっちゃうというか、慣れが出てきちゃうのよね」

「それはお互い様だぞ、イリナ。しかし先輩の格闘戦は、やはり消耗させられるな」

「そうは言うが、俺だってかなりやられたぞ。パワーはもちろんだが、細かいところで体の動きが素早い。いくらエクスカリバーの能力があるからって、あれだけの大剣を持って動くのは鍛え上げた証拠だ」

「そこまで褒められると…まあ、悪い感じはしないな」

 

 少し気恥しそうにゼノヴィアは頬を掻く。いつものキビキビした彼女らしくない反応に、イリナは眉を上げる。

 

「なんかシスター・グリゼルダに褒められた時みたいね」

「からかうなよ。でも将来的には義理の兄だからな。…頼れる相手がいるのは悪くない」

「むっ…でも私はゼノヴィアよりも前からお兄さんのことを知っているもんね。将来的にどころか、すでに義理の兄と言っても過言じゃないわ」

 

 先日の生島の店でのやり取りのような空気になる一方で、大一はフィールドで模擬戦をしている一誠と百鬼へと目を向ける。百鬼の戦い方は小猫、サイラオーグ同様に闘気を纏ったものであり、鎧姿の一誠ともまともに打ち合っているところを見ると、相当な練度なのは間違いない。龍の気と闘気を混ぜ込んだ塊も放っており、中距離にも期待が持てる。

 

「彼ならもっと凄い仙術を使えそうだな」

 

 口からこぼれ落ちた感想に、頭の中で舌打ちするような音が聞こえる。相棒の日常茶飯事の行いに、いちいち首を突っ込むこともしなかった。

 肉薄する模擬戦が繰り広げられている一方で、フィールド周辺をエルメンヒルデは走りこんでいた。近くをボーヴァが飛んでおり、彼女の応援をしている。

 彼の視線に気づいたゼノヴィアが説明を入れる。

 

「あいつはレイヴェルから言われて体力の底上げなんだ」

「へえ…でも吸血鬼ってそんな体力無いものか?」

「いちおう、海外でエージェントをやっていたからそれなりにはあるが、レイヴェルとしては充分じゃないそうだ。それに私はギャスパーを鍛え上げたことをよく覚えているぞ」

「そういえば今でこそあれだが、前はギャスパーって体力無かったな」

 

 デュランダルをぶん回しながら、ギャスパーを追いかけるゼノヴィアの姿が想起される。まだ1年経っていないはずなのに、妙に懐かしく感じられる光景であった。

 とはいえ、いつまでも見ているわけにもいかない。ぐっと身体を伸ばすと、イリナに手招きする。

 

「よし、イリナ。そろそろやるか」

「OK!私の実力、見せちゃうんだから!」

「お前もゼノヴィアも最近かなり気合入っているな」

「相手は天界チームだからね。私たちにとって特別な相手である彼らに、ダーリンの…イッセーくんのチームに入ったのは間違いでなかったことを証明したいもの」

「ああ、それに私たちも…」

 

 はつらつとした雰囲気でイリナは答え、ゼノヴィアの方は言葉を濁しながらも決意するような面持ちであった。後輩たちの著しい成長に、彼の方はただ感心の息を吐くのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 模擬戦が繰り広げられる一方で、アーシアはロスヴァイセと共に特訓を行っていた。回復の神器や龍の扱いを持つ彼女には、肉体的な特訓よりも魔力や魔法に主軸を置いた特訓が優先されていた。

 現在はアーシアがロスヴァイセの披露した魔法について説明を受けていたのだが…。

 

「…アーシアさん、大丈夫ですか?」

「ふえっ!?な、なにかしましたか?」

「いや、かなり顔が険しかったので。今回の魔法はそこまで解除方法は難しくないから、そこまで緊張しなくても大丈夫ですよ」

「そ、そこまででしたか?」

「眉間にしわが入っていました」

 

 ロスヴァイセの言葉に、アーシアは咄嗟に顔を抑える。顔から火が出るような気分であった。どうやら彼女が背負っている感情が、無意識に顔に出てしまったようだ。

 アーシアは悩んでいた。オカルト研究部の部長になったものの、その責務をしっかりと果たせているのか、期待に応えられているかが不安になっていた。祐斗が朱乃の後任として副部長を立派に務め上げていること、ゼノヴィアが独自のやり方で生徒会長を頑張っていることを知るからこそ、不甲斐なさを感じてしまう。そしてリアスと自分を比較してしまうことも多かった。

 しかし同時に努力を惜しむこともしなかった。球技大会では個人練習を積んでおり、レーティングゲームの特訓も手を抜くどころか、ノルマ以上の量をキッチリとこなしている。当然、オカルト研究部の部長としての仕事も手探りながら努力していた。

 正直なところ、かなり手いっぱいであった。自分のやり方で模索して努力することはどこまでも難しいものであった。それでも信頼する仲間が、心の底から愛を感じる彼が傍にいると、どこまでも力が湧いてくるものであった。

 アーシアはちらりとフィールドで模擬戦をしている一誠に目を向ける。自分にとって特別な人への想いが沸き上がった後に、ゆっくりと息を吐いてロスヴァイセに笑顔を向ける。

 

「心配してくれてありがとうございます。ロスヴァイセさんのおかげでもっとやれそうです」

「いえ、私は…」

 

 ロスヴァイセはそこで言葉を切る。アーシアの表情の輝きは、彼女の強さを目の当たりにしたような気がした。

 迷いながらも強くなっている、それを理解するほどに自分の心配は杞憂であったことを実感する。

 それと同時に一瞬だけフィールドに視線が移ったことを見逃さず、この少女が自分と同じ気持ちを抱いていることを察した。彼女の想い人は一誠だ。恋愛関係において、自分がライバルになることはまずない。だが同時に恋が人を強くさせるということも知っている。

 それを感じたロスヴァイセも、アーシアを勇気づけるように言葉をかける。

 

「私たちは私たちで、ベストを尽くしましょう」

「はい!」




原作とはロスヴァイセの立場が若干異なるため、お姉さん的な立場でも頑張っています。


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第8話 見えない感情

もうちょっとだけ今後のためのお話を。


「美味しいわね。甘酸っぱくて、紅茶にも合って…」

 

 リアスはイチゴのチーズケーキをじっくりと味わい、紅茶と共に流し込む。言葉の感想よりも、味わった後の口角の上がり方がより彼女の満足感を表しているようだと、対面に座る朱乃は思った。

 午後3時を過ぎたあたり、リアスと朱乃はとある喫茶店にいた。この日の大学での講義も終わり、高校生組はまだ学校のため休憩がてら親友同士でお茶を楽しんでいた。

 

「スイーツは美味しいし、雰囲気も落ち着いている…こんなに良いところ知っていたのね」

「前に大一とデートした時に教えてもらったの」

「え!?大一がこういうところを知っているの意外なんだけど…」

「生島さんに教えてもらったらしいわ。もっとも私が初めて教えてもらった時は入れなかったから、後日に来たんだけど」

 

 朱乃は肩をすくめながら答える。この店は初めてデートした時に教えてもらった場所だ。偶然、店の前でオーディン、ロスヴァイセ、そして当時は険悪の仲であった父と出会ったことは今でもよく覚えている。あれからまだ1年も経っていないというのが信じられなかった。

 懐かしむ表情になっていた朱乃を見て、リアスは頬杖をつく。

 

「ふーん、大一とは上手くいっているのね。羨ましいわ」

「リアスだってイッセーくんから将来の告白まで受けたじゃない」

「そうだけど、どうしても大学生と高校生の違いがね…」

「気にしていたのね。難儀だわ」

「アザゼル杯の件で時間取れないことは、仕方ないってお互いに自覚はあるわよ。私もイッセーも勝つために手を抜くつもりは無いからね。でも学校の方は…」

「あらあら、同居までしているのに贅沢な悩みなんだから」

 

 朱乃はくすくすと笑いながら、目の前の親友に答える。当時は何度か大一から家での様子を聞いたものだ。アーシアと一緒に裸エプロンまで披露した親友が、そんなことをぼやくのはどうにも可笑しかった。もっとも朱乃自身も押しかけた節はあるので、あまり人のことを言えないのだが。

 

「でも私はリアスの方が羨ましいわ。イッセーくんは安心して見ていられるもの」

「どういうこと?」

「イッセーくんはどんなピンチでも諦めずに戦い続けて…そして必ずと言っていいほど奇跡を起こすわ。それに強くて優しい人…多くの人から慕われる彼は安心して見ていられると思うの」

 

 悪魔になってから一誠が数々の活躍をするのを目の当たりにしてきた。彼女自身、彼が起こした奇跡に救われたこともあった。

 一誠を目の当たりにするほど、それと比べて自分の愛する男には不安定さも抱く。大一は前に進んでも、同時に失っているように見えるのだ。かつての身体を、尊敬する師匠や主を、大切な相棒を…。

 そんな彼の姿に、朱乃は内心穏やかではいられなかった。数か月前に告白された時も、なにかを隠していることも確信した。失うだけでなく、背負いながらも進み続ける大一の姿を、安心して見守るというのが難しい話だろう。いつかシャドウの事件のように、ディオーグを失った時のように取り返しのつかないことが起こるような気さえしていた。

 

「大一にイッセーくんみたいになって欲しいわけじゃないわ。でも彼のように絶対大丈夫だと思えない時があるの」

「また急に心配になっているわね。なにかあったの?」

「ううん…ただこの前の深夜におにぎりを作ってあげたの。全部食べてくれて、一緒にいることが幸せだった。…でもアザゼル杯に出てなくても忙しくて、いろいろなお仕事を任されて、期待よりも負担が大きい彼を支えたいけど出来るか不安なの。それに…」

 

 もっと愛されたい、そんな出かかった言葉を朱乃は飲み込む。かなり子どもっぽく思えた願望であったが、自分の甘えや弱いところをもっと彼にさらけ出したかった。一誠とリアス並みに、いやそれ以上に踏み込んだ関係を欲しがった。しかし今の彼の様子を見ると、どうしても二の足を踏んでしまう。

 これに対して、リアスは思案したような表情を見せる。同時にその青い目は朱乃の想いを見透かしたような印象を感じさせた。

 

「まあ、朱乃の気持ちはわからなくもないわね」

「ごめんなさい。リアスに話すことじゃなかったわ」

「親友に遠慮はいらないわよ。でも…意外と私の方が大一のことを分かっているかも」

 

 リアスの出し抜けの発言に、朱乃はチョコレートケーキを切ろうとしたフォークを持つ手が完全に止まった。その後に紡がれる言葉は、驚きに震えていた。

 

「い、いきなり宣戦布告かしら…たとえリアスでもそれは…」

「そんな本気でとらないの。この前のお返しよ」

「心臓に悪いことをしないで…」

「でもあながち間違いじゃないと思うわよ。信頼においては、私は彼のことをイッセー以上に感じているところもあるの。それにね、あなたの心配は杞憂だと思うわ」

「だったらいいのだけれど…」

「保証するわ。いつか必ず私の言葉が嘘ではないとわかる時が来るから」

 

 そのままリアスはチーズケーキを食べ進める。対面に座る朱乃の腑に落ちない表情と違って、興味深いプレゼントをもらった子供のように面白そうな表情であった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 夕方に大学の講義を終えた大一は冥界に来ていた。着替えもせずにそのまま来たため、いつも使っているリュックサックを背負い、服装も堅苦しいものではない。

 しかし彼が転移を繰り返してたどり着いた先は、あまりにも場違いな雰囲気であった。

 苔が生えた古びた石壁、気味の悪さが煮詰まったような空気感…かつて旧魔王派が利用していた監獄は、先日来訪した冥府とも張り合える不気味さであった。

 身体と持ち物、魔力の検査を受けた彼は一つの小さな部屋に入る。いくつもモニターがあり、暇そうにしていた悪魔が3人ほど席に座っていた。

 

「お疲れさまです、皆さん。こちら差し入れです」

「ああ、ルシファー眷属の。いつも悪いね」

 

 少し眠そうに瞳をこすりながら、大一が渡した紙袋を受け取る。それに続くように他の2人の悪魔も軽く頭を下げる。監獄にしては見張りや警備の数はかなりお粗末であったが、現時点でここに閉じ込められているのはほとんどが知性の無い怪物や非力なはぐれ悪魔であった。特殊な方法で逃げることに特化していたが、この監獄はあらゆる封印術や結界が壁に浸透しており、その手の相手を封じるのにぴったりである。同時に監獄にいる者たちの中で、警戒されるような人物がほとんどいなかったのも大きいだろう。ひとりを除いては…。

 

「それでギガンはどうしてましたか?」

「前にあんたが来た時と変わらずだよ。何も食べていないし、ほとんど動かない。たまに水を飲んでいたことはあったみたいだが」

 

 分厚い記録書を手近なテーブルに置くと見張りの悪魔はモニターのひとつに目を向ける。そこに映されていたのは、岩のような筋肉を持つギガンが四肢を鎖につながれて座っている様子であった。クリフォトのひとりとして活動していた彼の肉体は衰えた様子も無く、一種の疑問と不気味さを抱かせた。

 記録書のページをめくる大一に、対応している看守の悪魔が苦々しく話す。

 

「正直、あれをいつまでここに置くのは疑問があるね。アザゼル杯で世間が忙しいのはわかるけど、お偉方は然るべき処遇もさっさと決めて欲しいものだよ」

 

 この悪魔のぼやきは一般的な意見だろう。世界を混乱に陥れたテロ集団など早々に厳格な対応を取ることを求めるのは、当然のことであった。とはいえ、人手も足りない現状な上に異世界の脅威も予想されるため、禍の団やクリフォトの残党は貴重な情報源であり、簡単に処断できないのが現実であった。

 これに対して、大一は何も言わずに記録を目で追っていく。2週間前に見た時と違った内容はほとんど書かれていなかった。

 間もなく記録を閉じると、看守の悪魔に問いかける。

 

「会えますか?」

「問題ないよ。しかしあんたもよくやるね。何も話さないテロリストを相手に、定期的に足を運ぶなんて」

 

 もはや恒例のように、看守は準備を始める。彼の言う通り、大一は卒業してから何度もギガンの下に足を運んでいた。

 再び検査を受けて、必要な書類を記入した大一は、ゆっくりと開いていく重そうな扉からギガンの部屋に入っていく。もっとも部屋と言えるようなものではなく、特殊な紋様が刻まれている石壁が円形になって囲んでいるだけの場所なのだが。

 現れた大一に対して、座っていたギガンは目こそ向けるものの何も言わずにただ座り込んでいた。

 

「2週間ぶりだな。調子はどうだ?」

「…」

「差し入れに雑誌を持ってきた。必要な場合は看守さんに言ってほしい。他に何か欲しいものはあるか?」

「…」

 

 大一の問いかけにギガンはまったく反応しない。けだるげな目に自分を倒した相手を映すだけで無気力さが漂う。

 この状況に大一は特に驚きもしなかった。面会をまともに出来たことなどこれまで1度も無かった。ただ大一が話しかけるだけでギガンから返答はまったく出てこない。これまで彼もユーグリットのように何度か拷問を受けたそうだが、その際にも声すら上げなかったと大一は聞いていた。それを踏まえれば彼が反応しないことにも驚きはしない。それでも情報が欲しい上層部の意向も考慮しなければならないため、大一は質問を続ける。

 

「この前、冥府にいるコカビエルから『異界の地』について話を聞いた。そこで教えてほしいんだが、あの地にはお前たち以外にも誰かいるのか?」

「…」

 

 情報筋まで明かしたものの、ギガンは眉ひとつ動かさずに大一をじっと見ている。その表情からは何も読み取れない。もっとも理解したところで、今の大一にはどうしようもできなかった。

 そもそも大一がギガンの下に通い続けていることについて、彼自身明確に説明できない節があった。確かに有権者からは情報を求められたものの、別にこの面会は強制されたものでも無い。彼を倒したからといって、それについて責任が伴うわけではない。

 なぜ…自問すると決まって彼の脳裏には、自分の命を救った相棒の龍や死にかけている魔王の血筋を持つ人物の顔が浮かんだ。

 その後も普遍的なことを何度か話すが、ギガンは何も答えない。15分ほど経ったところで、大一は彼に背を向ける。

 

「また来るよ」

「…」

 

 相手からの別れの言葉は無いが、特に気にした様子も無く大一はそのまま扉へと脚を動かすのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 約1時間後、大一は目を細めながら頬杖をついている。対面では銀髪の男性が座りながら雑誌をペラペラとめくっていた。

 

「差し入れどうも。あなたの無駄な自己満足のおかげで、私も暇つぶしになる」

「お前くらい性格が悪い皮肉を言ってくれると、俺も考えすぎないから楽だよ」

 

 歯に衣着せぬ物言いで返す大一に、ユーグリットはにやりと悪意ある笑みを浮かべる。ギガンへの面会と同じように、彼は定期的にグレイフィアの弟であるユーグリットとも依然と同じ異空間の部屋で面会していた。もっともギガンよりも頻度は少なく、ふと気が向いた時に手紙で差し入れを相手から要求する図々しさがあるが、そのバイタリティは呆れと同時に一種の感心すら湧いた。

 

「実際、あなたには感謝してはいますよ。義兄上や兵藤一誠に負けたならまだしも、あなた程度に負けたからこそ吹っ切れたものだから」

「褒め言葉として受け取っておく」

 

 なんとも言い難い不服さを抱く大一であったが、ユーグリットは気にせずに雑誌の写真に目を通す。彼が見ているのはアザゼル杯の記事で、一誠が率いる「燚誠の赤龍帝」チームの試合の特集であった。

 このチームの「女王」はビナー・レスザンという仮面をつけた人物であった。まったくの無名であるこの人物はこれまで目立った活躍こそしないものの、見る人が見ればその実力を感じさせる立ち回りを披露していた。そして大一はその人物が、ルシファー眷属「女王」のグレイフィアであることを知る数少ないひとりであった。

 さらにビナーの正体について、ユーグリットも知っていた。直接グレイフィアから教えられたわけではなく、雑誌の記事だけで分かったのだという。仮面に加えて見た目の年齢も若く変化させているのに一目見ただけで気づく辺り、彼の姉への執着は相変わらずなのだろう。

 

「やはり姉上は美しい…赤龍帝のチームにいるのは気に食わないが」

「グレイフィアさんが選んだことだ」

「1度ならず2度も紅に…そんなに好きですか…まったく度し難い」

 

 雑誌を閉じるとユーグリットはフッと息を吐く。頭の中で何かを整理しているのか、天井を見つめたままぼんやりとしていた。

 長居の必要性を感じなくなった大一はだんだんと立ち去ろうと考えていたが、いつの間にかユーグリットが品定めするように視線を向けていることに気づくと、訝し気に目を細める。

 

「なんだ?」

「いや、あなたがどうしてアザゼル杯に出なかったのかと思ってね」

「自分のチームで出場したかった。そんなところだ」

「…なるほど。今からでも私があなたの眷属になりましょうか?」

 

 ユーグリットが鼻で笑うように言う。これに対して、大一は目を細めるどころかハッキリと眉間にしわを寄せる。

 

「どういうつもりだ?」

「言葉のままですよ。あなたがチームを作って出場してくれたら、私は堂々と赤龍帝を倒す機会を得られるのでね」

「…アザゼル杯のチームエントリーは決まっている。今更チームを率いて出場はできないぞ。それにお前はここから出たいだけだろう」

「もちろんそれはありますよ。姉上にロスヴァイセまで、赤龍帝のもとにいるのはどうもね」

 

 どこかあくどい微笑を見せるユーグリットに、大一はため息をつくと立ち上がる。

 

「お前にあの人を会わせるなんて、俺がさせないよ。チームだってお断りだ。それでこの話はお終いだ」

「おやおや、怖いことで。ま、今後とも差し入れは頼みますよ」

「その分、お前も尋問にはしっかり答えろ」

 

 このやり取りを最後に、大一は彼との面会を終える。扉を開けて消えていく後姿を、ユーグリットは静かに見守った後、誰に言うでもなく小さく呟く。

 

「まあ、これでもあなたの野心は理解しているつもりだけどね」

 




ユーグリットが原作以上に絡んでいる状況です。


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第9話 停滞する者、進む者

23巻では試合もさることながら、天使チームの関連でキャラも一気に増えてましたね。


「なんでこうなったんだか…」

 

 椅子に座る大一は戸惑いながらつぶやく。目の前には大皿がいくつもあり、中華料理が盛られている。漂ってくる香りは食欲を刺激させる。

 

「むぐむぐ…ん?食わねえのか?」

「いや食べるけどよ、5人でこの量は多くないか」

「お腹すいているから問題ないにゃん♪大一も大食いだしね」

 

 麻婆豆腐を掻っ込む美猴と中華まんを頬張る黒歌に促されて、大一も近くにあったチンジャオロースの皿を持つ。

 外国ではぐれ悪魔討伐の任務を終えた大一はあまりの空腹に冥界にある適当な料理店に入ったのだが、そこにヴァ―リチームの美猴、黒歌、アーサー、ルフェイの4人がいたのだ。彼らも別の場所の調査を終えたところでこの店に寄ったらしい。そこでなし崩し的に相席となり、共に食事を取ることになった。

 

「ヴァ―リはいないんだな」

「彼は次の試合のために、ウチの新メンバーを鍛えてますよ。だから今回は我々だけで、ちょっとした伝説について調査していたんです。この後に合流しますがね」

「まだそういうことをやっていたのか」

「むしろそれが本分でもあったので。以前と違って堂々とできるのは良い気分ですよ」

 

 アーサーが穏やかな笑みを浮かべながら答える。禍の団時代に行っていたヴァ―リチームの自由気ままな行動は、相変わらず続けている様子であった。強者の探索、各地に伝わる伝説の調査…のびのびと動ける彼らには一種の羨ましさも感じる。

 

「今回は吸血鬼伝説を調べていました。あれも一筋縄ではいかない伝説が多いですからね」

 

 アーサーの隣でルフェイが説明を始める。まだ強烈な湯気が漂っている八宝菜を冷ましている間は、会話の方に集中しようとしていた。

 

「今じゃ、吸血鬼とも協力関係だからそこまで考える必要はないんじゃないか?」

「たしかに秘密主義の吸血鬼から情報を得やすくなったのは事実です。でも私たちが調べていたのは、そことは別の吸血鬼伝説なんですよ。英国以外の各地でこまごまと吸血鬼と思われる目撃情報がありまして、それについて調べていたんです」

「実際に吸血鬼なのか?」

「見たわけじゃないから何とも…ただ今回調べた吸血鬼伝説って、発祥時代がどれも300前くらいのものばかりで、各地で時代が近いのは興味深いですね」

 

 まるで確定もしない推測の領域の話だ。趣味レベルといっても過言じゃないだろう。同時に興味をそそられるのも事実であり、彼らがのめり込むことも理解できる。

 

「伝説とはいえ、これらの調査の過程で強者が見つかれば、チームにも勧誘できますし一石二鳥です」

「その自由性の高さは羨ましいものだよ」

「自由性って言うけど、ただ伸び伸びやっているだけだぜ?そもそもお前だってアザゼル杯に出てないから、暇だと思っていたけど」

『暇なわけあるか!外国まではぐれ悪魔の討伐を命令されるわ、異界の魔力の調査を任されるわ、上層部の護衛に遣わされるわ…これで大一の方は大学の課題やレポートも仕上げなきゃいけないんだよ!』

 

 ポロリと出てくる美猴の疑問に、大一の肩から出てきたシャドウが一気に反論する。ダムが決壊したかのような勢いで不満はぶちまけられた。いざ指摘されると実際の忙しさを吐き出したくなるのは当然であり、大一にも少なからずその想いがあるのは、相棒の主張に口を挟まないことが証明していた。

 少し落ち着くために中華まんに手を伸ばす大一を見ながら、苦笑い気味でアーサーが話す。

 

「完全にこき使われてますね。今からアザゼル杯に出たところで、仕事も減らすような気づかいは受けないでしょう」

「むぐむぐ…俺もそうだと思うよ。まあ、残ったルシファー眷属の宿命なのかね」

「おっと、これはもしかして白音やおっぱい巫女ちゃんとも時間取れてないパターン?女を不安にさせるのはよくないにゃん」

「黒歌さん、そう言いながら大一さんの隣をしっかりキープしてますよね」

「チャンスは逃さないつもりよ♪今なら襲っても問題ないにゃん♪」

「意地でも拒否するわ!」

 

 ニヤニヤする黒歌に、大一は渋い表情で答える。正直、彼女の奔放さは何度も目の当たりにしていたため、口にする行為がどこまで本気なのかはわからない。ただ彼女の魅力にまともに当てられると一気に緊張するため、努めて毅然とした態度を取っていた。

 もっとも黒歌の方もそれを見透かしているように、意地の悪そうな笑顔を浮かべていた。彼女の見た目ではそれすらも美しさの方が印象付けられるが。

 

「ま、からかうのはこのくらいにして、今度は異界の魔力関連で堕天使達と会議もあるんでしょう?」

「なんで黒歌が知っているんだ?」

「ヴァ―リが言ってたのよ。私どころか、ウチのチームは全員知っているわ」

「ああ、堕天使繋がりか。納得したよ」

 

 彼女の言う通り、大一は先日コカビエルから手に入れた情報を持って堕天使の会議に参加する予定であった。一誠とデュリオが戦う注目試合の翌日というスケジュールに、心労的なため息も吐きたくなった。彼の場合、バラキエルと会う必要があるのも緊張の要因ではあったのだが。

 そんな心労を抱える彼のことなど露知らず、美猴が話を続ける。

 

「なんか、異界の地関連で分かったら教えてくれよ。俺っちたちも興味あるからな」

「それを言うくらいなら、お前らも参加してくれればいいのに」

「いやーまだ調べていないから無理だわー。大事な試合も近いから無理だわー」

「美猴の言う通りだにゃー。本当に残念だにゃー」

 

 美猴と黒歌のコンビは明らかに適当に答える。面倒な会議は省いて、おいしい情報が欲しいという魂胆が分かりやすかったし、彼らの方も隠すつもりも無いようであった。アーサーも面白そうにくすくすと声を出さずに笑っているだけであり、ルフェイだけは申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「えっと…失礼な感じでごめんなさい」

「その一言だけでもありがたいよ。まあ、情報の共有自体は必要だしな」

「私たちの方もいろいろ回っているので、なにか分かれば教えますよ」

「頼むよ。正直、俺もコカビエルから話を聞いたとはいえ手詰まり気味なんだ」

「うんっ…ん…ならば、参考程度にちょっとしたアドバイスを送りましょうか。対象の素性を調べてみることです」

 

 笑いを区切るように軽く咳ばらいをしたアーサーが話す。

 

「手掛かりになる人物を調べるのは大切なことですよ。その人物の人となりや経歴を知ることで、欲しい情報に繋がることもあります。我々は消えた伝承や英雄を調べるのに、そのあたりも気をつけてますからね」

「素性…しかし会ったことある相手が謎だらけだしな…」

「あれ?でもたしか高名な天使がいましたよね」

 

 ルフェイの指摘に、ひとりの紳士が頭に浮かぶ。かつてミカエルと肩を並べた大天使ハニエル…直接対峙したことは無いが、一誠やヴァ―リと戦い、最後はゼノヴィア、イリナ、グリゼルダ、デュリオを相手に散っていったという。実力もさることながら、現時点では素性が明らかになっている人物であった。

 考えてみれば、堕天使の会議なのだから彼を知っている人物はいてもいいはずだ。会議で深める価値のある話題を得たことに、ここでの話し合いも不思議な満足感を与えていた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 一誠率いる「燚誠の赤龍帝」チームとデュリオ率いる「天界の切り札」チームの対戦は、大いに観客を盛り上がらせていた。どちらも知名度、実績共に抜群であり、冥界と天界の2大チームの激突に世間は湧きだっていた。

 試合内容は、「ランペイジ・ボール」。広大なゲームフィールドのどこかに現れるゴールへ向かい、ボールを入れるというものであった。入れた人物によって得点も変化し、最終的に点数の多い方が勝利となる。

 この試合に大一も観客席で見ており、その行く末を見守っていた。ゲーム自体はクライマックス近くであり、両者ともに激しい攻防を繰り広げていた。

 

「イッセー、そこだ!パスして…あー、ダメだ!…えっと5点取れるのはゼノヴィアさんかイリナちゃんだっけ?」

「いや2人は『騎士』だから3点だよ。5点は『戦車』だからロスヴァイセさんやボーヴァだな」

「まだ覚えられないな…」

 

 隣で父親ががしがしと頭を掻く。一誠がチケットを渡しており大一と共に観戦に来ていたのだ。母親にも渡していたのだが、さすがに息子や娘同然の一行が傷つくのを見ることにはためらっており、試合観戦には二の足を踏んでいた。

 

「しかし試合時間が2時間というのもすごいな。イッセー達も相手の人達も、よくここまで走ったり、戦ったりできるものだ」

「悪魔や天使となれば、並の人間よりは遥かに身体能力は向上されるからね。一誠達の方はロスヴァイセさんが身体強化の魔法をかけてみるみたいだし、デュリオのチームだってこれで倒れるような鍛え方はしていないはずだ。

 とはいえ、それでもこの時間をフルで戦うにはスタミナ管理は重要だよ。倒されても復活できるこの競技は、そのあたりが肝だね。ましてや相手の監督のリュディガー様は冥界きっての技巧派でもあるし…だいぶ消耗させられてるな」

 

 お互いにかなり疲労の色が見えていた。一誠のチームもゼノヴィアが赤龍帝の鎧を身に着ける合体技を披露したり、一誠が一部分を龍神化するなど新たな一手を見せていたが、相手も神器や強力な光で妨害しており、一進一退の攻防を繰り広げていた。点数ではわずかに相手の方が有利だが、ここで決めればまだ十二分にチャンスはある。

 

「お前もよく知っているよな。そこまでして大会に出ていないことが不思議だよ」

 

 分析している横で、父は感心するように息を吐きながら話す。もはや耳にタコができてもおかしくないほど言われ続けた内容であったが、まるで関係ない父親から指摘されるのは新鮮な気分であった。

 一方で父の方は慌てたように付け足す。

 

「おっと、誤解するなよ。父さんは別に参加してほしいとか思っているわけじゃないんだ。むしろ母さんと一緒に、出場してないことに安心しているくらいだよ」

「どういうこと?」

「どういうことってお前…親からすれば、腕を失ったり、治らない傷だらけの身体になった子どもが、戦いに向かわないことを知ったら安心するさ」

 

 その言葉に大一は納得を示すように小さく頷く。リゼヴィムとの戦いの際に、両親は一誠が龍の姿になったことを目撃している。それでも龍の気を逸らすことを筆頭に様々な方法で、普段はいつもの少年の姿であった。一方で大一は右腕を完全に失うわ、身体の半分近くが変化するわとお世辞にも安心を与える見た目とはかけ離れていた。そんな彼に対して、親が抱く感情は心配以外の何物でもないだろう。もっとも彼の場合は、兄として負担をかけさせてしまったことへの想いもあるだろうが。

 

「…ま、そんなものか」

「そんなものって…お前はもうちょっと自分を大切にしろ。それが大事な人たちを、安心させることにもなるのだから。さっきのイッセーみたいになるのも、心配にさせるとは思うけどな」

 

 先ほど試合中に、デュリオやリュディガーが戦術のひとつとして組み込んだのは、一誠を封じるためにガブリエルの様々な水着姿を、例のシャボン玉で見せるものであった。そして案の定それなりに足止めを食らっており、これには大一も父も戸惑いを隠せなかった。

 

「俺もあれは戸惑ったが…」

「兵藤家の人間ならば、あれに引っかからないとも言い切れないけどな」

「子供としてはそういう発言聞きたくないから、マジでやめてくれ」

「いやでも一時期本当に心配したんだぞ。お前がそういうのに興味あるのかって。だから朱乃さんと付き合ったことを知って、母さんと一緒に心底ホッとしたんだから」

「なんで、一誠の試合中にまでその話題を持ち込まなければならないんだよ。それより試合の方だろ」

 

 バッサリと切り捨てる大一は、フィールドを見据える。ゲーム終盤のこの状況で、ボールの取り合いのために激戦を繰り広げていた。お互いに肩で息をしており、その消耗具合は容易に察せられる。しかし点数をリードしているデュリオのチームであるディートヘルム(ラファエルのAで「女王」ポジション)がボールを持っており、それを奪うために一誠とビナーが攻めていた。これに対してデュリオも参加したため、「王」と「女王」が入り乱れた戦いとなっていた。

 

『…なんかゼノヴィアが赤龍帝に話していないか』

 

 シャドウの呟きに大一は目を細める。彼女は新たな合体技で一誠の鎧を身に着けており、顔も隠れている。大一には分からなかったが、多くの生物を見てきたシャドウは目ざとく身体の動きを察知していたようだ。

 そしてゼノヴィアはフィールドに響き渡るような大声を上げた。

 

『我が「王」ッッ!兵藤一誠ッッ!私をッッ!嫁にしてくれええええええええええええええッッ!!』

 

 ゼノヴィアの告白に、会場は大きくざわめき立つ。当然、大一たちも例外ではなく口をぽかんと開けて、二の句が継げなかった。

 ただでさえとんでもない爆弾発言であったが、そこにもうひとり…イリナがゼノヴィアにも劣らないほどの覚悟を決めた言葉を紡ぐ。

 

『ま、待って!じゃ、じゃあ、私も───紫藤イリナのことも、お嫁にもらってくださいッッ!お願い、イッセーくんッッ!』

 

 まさかの2連続の逆プロポーズに、会場は一層沸き立つ。実況は興奮した様子で矢継ぎ早に話しており、解説のアジュカは面白そうに笑っている。

 大一の脳内には生島の顔が浮かんでいた。先日の一件で、彼が2人の背中を押した面はあるのだろう。いや、それがなくてもゼノヴィアとイリナは一誠に告白したはずだ。片や眷属に、片や転生天使なのに悪魔のチームに入ることを選んだのだから。

 大一の隣では、父が祈るように手を合わせていた。小声でぶつぶつと呟いているのが聞こえる。

 

「イッセー、甲斐性を見せろ…男だろ…」

 

 大一はゆっくりと息を吐く。無用な心配だ。そもそも弟が悪魔の目標として掲げていたことを、何度も目の当たりにしてきたのだから。

 

『…ったく!わーったよっ!責任はまとめて俺が全部取ってやるっ!俺のところに来い、イリナ、ゼノヴィアァァァアアアアッッ!』

 

 一瞬の静寂と共に、会場は今日何度目かというほどの大歓声に包まれる。周囲では祝福の声が上がり、父は横で嬉しそうにガッツポーズを取る。ゼノヴィアもイリナもこの終盤で俄然動きが良くなり、一気に相手を押し込んでいった。さらに一誠とレイヴェル血を飲んだエルメンヒルデがパワーアップして、相手を怯ませた。

 ついには一瞬の隙でフリーとなったアーシアのゴールにより、たった2点差まで詰め寄った。

 弟が戦う姿と魅力は多くの人たちに安心感と興奮を与えている…この試合で改めて実感するのであった。

 




さて、オリ主はこの試合を見終わって何を思うか。
絵は描けないですけど挿絵とかあれば、もっといろいろ伝えられるのでしょうか…。


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第10話 腑に落ちない

試合が終わっているので、ほとんど23巻分は終わりに近づいている状況です。なので、こちらもぼちぼち区切っていきます。


 まさかの逆プロポーズが大きな話題となった「燚誠の赤龍帝」チームと「天界の切り札」チームの対決は、わずかな点差でデュリオたちの勝利という結果に終わった。その試合内容は激しく、ラスト間際の一誠とデュリオによる全身全霊の殴り合いは、大会中でも名勝負として評判を得る。その一方で試合の結果は大会の記録という無機質な数字として残った。

 この翌日、大一はグリゴリの研究施設に出向いていた。先日、コカビエルから得た「異界の魔力」の情報について会議に参加するためであった。かつての堕天使最高幹部による情報だけあって、その扱いは彼らの中でも大きなものであった。堕天使現総督シェムハザ、副総督バラキエルを筆頭に堕天使幹部のほとんどが参加していた。緊張の最中、大一は淡々と報告を口にするのであった。

 

「以上が、現時点で判明している『異界の魔力』の特性とコカビエルから得た情報です」

「まさかコカビエルも生きていたとはね。いやコキュートスに行ったのだから、実質的には死んだものなんだけどさ」

「べネムネ、その話は後でにしなさい」

 

 薄紫色の長髪と鋭い切れ長の目が特徴的な女性堕天使の言葉に、シェムハザがたしなめる。見た目とは裏腹に軽そうな雰囲気を見せる堕天使幹部のべネムネが思い出していたのは、言葉以上の想いがあったのかもしれない。

 シェムハザは大きくため息をつく。

 

「正直、彼が異界の魔力についてそこまで知っていたのは驚きですね。なぜ我々に報告しなかったのか…」

「そこまで知っているなら、尚のこと彼の研究が見つからないのが口惜しいのだ」

「まだどこにあるのかは、分からないんですね」

「というよりも、紛失した可能性が高いのだ。ほら、トライヘキサの時に」

 

 同じく堕天使幹部である分厚い瓶底眼鏡をかけた男性のサハリエルが答える。各種術式作用を専門とする彼は、アザゼルに劣らぬほど研究気質な一面があった。

 そんな彼の話ではトライヘキサが襲撃した際に、グリゴリの施設ごと吹き飛ばしたのではないだろうかということだ。実際、あまりにも見つからないため、堕天使幹部を筆頭にほとんどのメンバーが、同じように考えていた。

 

「一緒に研究していた人もいないんですか?」

「ほとんどひとりでやっていた上に、多少は噛んでいた部下たちも戦争とかでいなくなった人物がほとんどだ。わずかに知っている人物も『生命』の研究としか思っていない」

 

 シェムハザが資料をパラパラとめくっていく。かつてコカビエルと研究したわずかな人員によって作成されたものであったが、生命の取り出し方、この力が赤龍帝や白龍皇付近に出やすいことが記されていたが、前者は神器の抜き取り方と同じものであり、後者はディオーグが強い龍を目印に念を飛ばしていたことを大一に話していた。要するに目新しいものは無かった。

 シェムハザはちらりと期待するようにブロンド髪の男性堕天使を見るが、彼は小さく首を振る。

 

「これが全部だよ。最初にコカビエルが俺やアザゼルと一緒に行った研究もこの資料に入っている」

 

 堕天使幹部のタミエルが答える。今でこそ営業担当ではあるが、コカビエルとアザゼルが行った共同研究に加わっていたらしい。彼が主導でこの資料を作ったようだが、この場で進展が無いのを改めて示すだけとなった。

 会議に沈黙が流れそうになったところに、再び大一が話を続ける。先日、アーサーから受けたアドバイスに倣った意見を述べるのであった。

 

「コカビエルはあの地に住む者達に目をつけていました。クリフォトのメンバーであった者や私の命を救ったアリッサという人物は、経歴を調べるにはあまりにも情報がありません。そこで唯一名の知れた人物であった天使ハニエルの素性も洗っておきたいのですが」

「ハニエルか…懐かしい名前ね。私は苦手だったな」

「というか、堕天使全員そうだと思うのだ。ミカエルやラファエルのような天使の見本みたいな奴だったから、堕ちたメンバーとは合わないのだよ」

「そしてその割には過激な面もあったからね。天界にいるガブリエルやラジエルとかの方が詳しいと思うが、あそことも仲良かったのかは疑問だな」

 

 次々と答えていく堕天使幹部の言葉に、大一は軽く頭を掻く。考えてみれば3大勢力の戦争の際に死んだと思われていた人物なのだ。堕天する前に交流があったとはいえ、その後も長い時間が経っていたのだから、「異界の地」へと消えた辺りの経歴はわからなくても当然であった。

 そんな中、シェムハザが何かを思い出すように目を閉じながら言葉を紡ぐ。

 

「そういえば…大戦中は何度もある悪魔と戦っていた噂は聞きましたね」

「ある悪魔?」

「天界きっての実力者ハニエルが、ある悪魔と何度も戦っていた…あまりの激しい戦いに堕天使軍はその周辺は避けていたそうです」

「あったわね、そんな話。でも戦争の時はけっこうそういうのあったからなー」

「ちなみにその悪魔は誰だったんですか?」

「いや、そこまでは…。かなり昔ですし、私の記憶が正しければ家の名前も出ていなかったんですよね」

 

 シェムハザの言葉には、魚の小骨が引っ掛かるような奇妙な感覚を与えた。昔の悪魔であれば、家柄はかなり重視されていたはずだ。高名な天使とそれほど激闘を繰り広げながら、名が広まっていないのには違和感を抱く。もっとも本当にただの実力ある野良悪魔の可能性もあるのだが。

 大一が思考の渦に飛び込んでいる中、今度はバラキエルが特有の厳かな声で疑問を呈する。

 

「そもそもコカビエルは、ハニエルがあの地にいたことを知っていたのか?あの2人は反りが合わなかったはずだ。それなのに、どうして味方に引き入れられると踏んだのか…」

「バラキエルの言うように、コカビエルがどこまで異界の地に住む存在を把握していたかは疑問だな。それに本当に超越者クラスの実力者がいるのであれば、これまでこちらの世界に攻めてこなかったことや、クリフォトと手を組まなかったことも気になる要素だ」

 

 話せば話すほど疑問が上がっていくこの状況で、ベネムネが不思議そうに対面に座る人物を見る。

 

「アルマロス、珍しく静かね。なんか変な物でも食べた?」

「うーむ、たしかに会議前に食べた和菓子はちょっと怪しかったが…」

 

 鎧と兜、マントを身に着け、さらには無精ひげと眼帯というすさまじい恰好をした人物が、渋い表情で答える。堕天使幹部アルマロスは、日本特撮ヒーロー番組の悪役に憧れて、このような格好をしている。その見た目でありながらアンチマジックを専門としていたが、性格の方は豪快さと悪役になりきるノリの良さが特徴的であった。しかしこの会議ではここまで声を上げずにタミエルが作った資料を見ていた。

 

「なにか気になることでも?」

「いやこの『生命』を見つけて研究していた200年前辺りの時代なんだが、アンチマジックの研究でヨーロッパの方に何度か出向いて、コカビエルと一緒に行ったんだ。しかも彼の方から同行を求めてな」

「ヨーロッパ?しかも200年前?あれが聖剣にこだわるようになったのは、ストラーダがきっかけだろう。その時代なら、あいつはまだ聖剣にはのめり込んでいなかったはずだが」

「というか、アンチマジックなら聖剣関係じゃないわよね」

「確か悪魔や天使と戦うためにも、魔術関連については調べておきたいとかだったが…」

 

 アルマロスの言葉に、幹部たちはそれぞれ記憶の糸をたどろうとしていく。コカビエルのような人物がそれだけでは終わらない、長年の信頼が奇妙な形で思考を形成していった。

 しかしこれだけの情報では思い当たる節も無く、徐々に会議特有の行き詰まりを感じる空気感が広がっていく。

最終的に挙がった疑問を他勢力にも共有することで、この会議は幕を閉じるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 より疑問が増えて、なんともすっきりしない会議であったが、異界の地関連は絶対的に優先されるようなものでも無いことも事実であった。現時点で妙な動きをしているハーデスや、リゼヴィム達が連絡を取っていた異世界の存在の方がよっぽど危険なのだ。それを思えば実力があるとはいえ、すぐには仕掛けてこないような相手に多くの時間を割くわけにもいかない。

 会議を終えた大一は、家に帰って茶でも飲んで一服したい気分であった。最高峰の堕天使に囲まれて会議というのは、やはり強い緊張感をもたらしていた。

 しかし現在の彼の身体は、その想いとは裏腹に、グリゴリにある特訓用のフィールドにあった。広さはかなりの規模であり、グレモリー家の地下フィールドにも負けていない。聞けばトライヘキサからの被害もあり、神器の研究を兼ねたフィールドと統合されていた。

 

「引き受けてくれたことに感謝する」

「いえ、これくらいは」

 

 バラキエルの深い声に、大一は短く応える。会議後、バラキエルからアザゼル杯の特訓として手合わせの打診を受けたため、このフィールドに来ていた。

 もっともただ手合わせするだけとは思っていない。アザゼル杯の特訓でありながら、「雷光」チームのメンバーはおらず、フィールドには2人だけだ。誘ってきた時もどこかプレッシャーを感じるような重い雰囲気と、ごまかしできない不器用さが見受けられた。恋人の父親の並々ならぬ雰囲気に、大一の心には会議の時と別ベクトルで強い緊張が身体に鎮座していた。

 

「…手合わせについてだが、全力で来てほしい。キミの力を存分に見せてほしい」

「…わかりました」

 

 バラキエルは堕天使のローブを取り去る。複数の黒い翼、鋼のような筋肉、圧倒的な魔力…歴戦の猛者であることを物語っている。同時に大一に向けられる鋭い眼光から、言葉通りのことを求めているのかは察せられた。

 大一も手早くローブを脱ぐと右腕を黒影によって形成するが、その一瞬のところでバラキエルが光の槍を撃ち出してきた。

 真っすぐに向かってくる槍に、大一は擬似防御魔法陣を生みだして正面から防ぐ。模擬戦とはいえ、よーいドンで始めるものではない。質実剛健なバラキエルがいきなり仕掛けてきたこと自体が、彼の本気を感じさせるものとなっていた。

 手早く黒影による錨を2本生成すると、それを持って一気に距離を詰めていく。そのわずかな時間に龍人状態へと変化すると、硬度と重さを上げた錨を振り下ろす。

 これに対してバラキエルはひらりと身をひるがえして回避する。さらに光の剣を一振り生みだすと、滑らかな剣捌きで攻めたてていく。

 すぐに錨を持ち上げると、向かってくる刃を防いでいく。熟練の動きは、かつて対峙したコカビエルの攻撃を思い出させるようなものであった。後退を余儀なくされる大一に、バラキエルは手を止めずに光の剣を振っていく。

 

『なら…これだ!』

 

 剣を錨で防いだ一瞬のところで、大一は口から魔力の塊を吐き出す。かつては牽制でも威力が足りないほどであったが、今となっては相手にダメージを与えるにも十分であった。

 

「甘い」

 

 小さくつぶやいたバラキエルは首をかしげて、魔力を回避する。ほぼ同時に剣を持たない右腕に魔力で雷を纏い、大一の腹部へと拳と共に打ち込んだ。

 魔力で硬度を上げたとはいえ、最高峰の堕天使の雷は身を焦がす感覚を走らせる。このまま後ろに飛んで勢いを殺すことも考えたが、壁との距離があまり無いため難しい。

 そこで肩から生みだしたシャドウの拳で攻撃するが、バラキエルはこれも見切っているかのように顔をわずかに後ろに下げて避ける。そして光の剣を消すとシャドウの拳をつかみ、一気に後方へと投げ飛ばした。

 

『うおっ!?』

 

 わずかに雷のダメージで着地にふらつく大一であったが、バラキエルは攻撃の手を休めない。いつの間にか、雷光の矢が何本もバラキエルの周囲に展開されており、彼が腕を向けると、一斉に襲いかかってきた。矢の雨に周辺には戦塵が舞い、周囲を曇らせた。

 

「どうした、兵藤大一!これで終わりか!」

 

 バラキエルの叫びに呼応するかのように、辺りの戦塵が吹き飛んでいく。彼の視線の先には、背中に黒い腕を複数作り出し阿修羅のような姿で立っていた大一の姿であった。それぞれの腕に黒影で生成した錨を握っており、振り回した勢いで先陣を吹き飛ばしたのだろう。もっとも全身には切り傷がいたるところに刻まれており、受けた雷光の名残として傷から煙が出ていた。

 そんな大一の姿を確認したバラキエルは目を細めて、再び雷光の矢を展開していく。合図と共に矢が向かってくるが、魔力を脚部に集中させた大一はジグザグに駆けていき、攻撃を避けていった。

 

『大一、龍魔状態だ!それならやれるはずだ!』

『その隙があればな』

 

 龍魔状態に変化出来るものなら、すでに行っていた。しかしバラキエルの猛攻は、龍魔状態になる僅かな隙すらも埋めるように狙ってくる。実際、あの戦塵の中でもバラキエルの魔力が緩んでいないことに感知で気づいていた。下手に変化しようと思えば、そこを狙われるのは間違いない。

 攻撃を避けつつ、大一は再び接近していく。6本の腕による接近戦は、傍から見れば簡単に捌けるものでは無く、それぞれの攻撃が重さを感じられる。

 

「その程度…!」

 

 バラキエルは苦々しくつぶやくと、堕天使の翼を硬質化させて繭のように包まることで錨の攻撃を防ぐ。金属がぶつかり合うような音が響く中、間髪を入れずに強烈な雷光のパンチがまたもや大一の身体に命中した。

 しかし今度は後ろのスペースも余裕があり、飛んで勢いを殺せると思ったが…。

 

『これは…!』

「吹き飛ばす!」

 

 雷光はレーザービームのように伸びていき、大一の全身を焼き焦がしながら突き進んでいく。先ほどのように格闘の補助としてではなく、遠距離用の攻撃に切り替えていた。その結果、この雷光によってフィールドの後方の壁へと大一は叩きつけられる形になってしまった。その勢いで砕けた壁の破片が彼に降り注ぎ、再び戦塵がその周囲を覆った。

 

「なぜ…なぜこの程度なんだ…!」

 

 攻撃を入れたバラキエルは失望したようにつぶやく。己の中にある期待が燃料となって消えていき、代わりに失望という炎が燃えていた。

 アザゼル杯の特訓のためというのは、仮初の理由にすぎなかった。バラキエルの本心は、大一を見定めるためであった。

 先日、バラキエルは彼の弟である兵藤一誠率いる「燚誠の赤龍帝」チームと戦った。凄まじい激闘であったが、勝利をもぎ取ったのは一誠達だ。その試合でバラキエルは一誠と一騎打ちもしており、その強さを目の当たりにした。

 

(彼は強かった…!)

 

 拳の重さ、神器で発動した紅いオーラ、身に受けた攻撃全てが一誠の真っすぐな思いを体現した凄まじさであった。その強さを目の当たりにし、トライヘキサとの戦いに身を投じたアザゼルが感じたであろう彼への期待も理解できる。多くの者が彼に魅了され慕うことも、奇跡を起こすような不思議な温かさも…。

 

(だが兄であるキミはどうだ…)

 

 それを実感するほどに、今度は兄である大一への不安が高まっていった。彼も決して弱くなかったが、正直に言うと安心できるほど絶対的に感じられなかった。傷だらけの見た目が、それを証明するように補強している。

 当然、彼への不満は娘への心配に直結した。大一が朱乃を愛していることはよく知っている。そのために懸命に行動したことも、共に戦ってきたこともだ。理解していながらも心配がべったりと張りついてしまうのだ。

 朱乃には辛い想いをさせてきた、その自負ゆえに彼女には幸せになって欲しいと心から願っているのは、父親として至極当然のことであった。

 

(キミが朱乃に…)

 

 決定的であったのは、昨日の試合であった。逆プロポーズを受けた一誠は、それをしっかりと受け止めた。あれだけの男であれば、ハーレムを築いても彼女たちを愛せるだろう。そんな信頼が戦ったバラキエルの中にはあった。

 大一も何人かの女性から好意を持たれていることは知っている。弟のように全員を愛せることは出来るのだろうか。朱乃の幸せを永遠に約束できるだろうか。彼女を悲しませないと保証できるだろうか。

 

「キミが朱乃に相応しいと…私は認めない」

 

 本心が口から漏れ出る。自分を超えられないような実力、生真面目でありながらも頼りない脆弱な精神、王道とはかけ離れた不甲斐なさ…あらゆる面が認めることを納得させなかった。それこそかつて妻である朱璃を守れなかった時の自分のように…。

 出来ることなら朱乃が惚れた男を認めたい。そんな想いもあったからこそ、今回は全力で手合わせすることで彼を見定めるつもりだった。アザゼル杯にも出場していない以上、こういった方法でしか彼を知ることができなかった。今となっては大会にチャレンジしないことも腑に落ちない。出場しない理由は知っているが、それも見通しの甘さを感じられた。

 

「どれだけ朱乃がキミを認めようとも、キミが朱乃を愛そうとも、それに足り得るほどの強さをキミは持っていない。肉体的にも、精神的にも、赤龍帝である弟のような強さを。朱乃には幸せになって欲しい…私と一緒にいる以上の幸せをだ!この程度で足踏みしているようなキミでは、その幸せを保証できるとは到底思えないんだ!」

 

 バラキエルは雷光の槍を生みだし、力強く握りしめる。彼が壁にたたきつけられて戦塵に覆われた大一に向ける眼には、やりきれない切なさがにじんでいた。

 間もなく戦塵が晴れると、そこには大一が立っていた。龍人状態は解除されていないが、いまだに身体には帯電しており、光の影響もあってか苦しそうに呼吸をしている。至るところからの出血と埃にまみれた顔は、ここ最近の彼の異名を表すかのような状態であった。

 それでも視線を逸らさない大一から、神器による甲高い声が発せられた。

 

『わかっていないな、バラキエル』

 




多分、バラキエルは原作よりも心配していると思います。


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第11話 超えるべき壁

考えてみれば、実質的に章ボス戦ですね。


 朱乃にとって、それは偶然であった。今日は堕天使の会議があると聞いており、ちょうどリアスとある人物をスカウトするために冥界も経由するため、グリゴリに立ち寄って父に差し入れをしようと考えていた。タイミングが合えば、大一にも会えるかもしれない。そんなちょっと心弾むような少女心を持っていた。

 だからこそリアスと一緒にグリゴリへ到着して間もなく、ベネムネが慌てつつも、どこかホッとしたような態度を見せたことに目を丸くした。

 

「よかった、バラキエルのお嬢ちゃんが来てくれて!私だと止められそうに無かったし!」

「なにかありましたか?」

「バラキエルが赤龍帝の兄と本気で戦っているのよ!」

 

 この話を聞いてから、すぐに彼女はグリゴリの戦闘フィールドが見える部屋に案内される。魔力を通した強固なガラス越しに、眼下には大一とバラキエルが戦っている姿が見えた。その苛烈さはフィールドの様子と、大一の傷を見れば明らかであった。真っ赤に濡れている血が飛び散り、えぐれたり崩れたりしているフィールドが見える。特訓の手合わせにしては明らかに酷く、まるでレーティングゲームの試合、下手をすれば死闘と言っても差し支えないほどだ。

 ただバラキエルの方がほとんど傷を負っていないことが疑問だ。まさか大一が反撃もしないとは考えられないが…。

 

「いや私も部下から聞いて覗いたら、とんでもないことになっていて…。そもそもバラキエルがあの子を誘うのは見たけど、なんか雰囲気があれすぎて話しかけられなかったのよ」

「父さま…と、とにかく止めなきゃ…」

「待ちなさい、朱乃。もう少し見ていましょう」

 

 ベネムネに頼んで、フィールドに案内してもらおうとする朱乃であったが、リアスがよく通る声でストップをかける。親友の意志の強い声は相変わらずであったが、焦燥感に駆られている今の朱乃にとっては眉をひそめる要因になった。

 リアスはフィールドから目を離さないまま、言葉を続けた。

 

「この手合わせに誘ったのは、バラキエルさんでしょう?あの人がまさか大一を殺すために、こんなことをやるわけない。そこにはしっかりとした理由があるはず。だったら、私たちが止める必要はないわ」

「何言っているの、リアス!?そうだとしても、こんな戦いは無意味でしょう!」

「それを決めるのはあの2人であって、私たちじゃない」

「あんなに血まみれの大一を見て、それを父親がやって、納得できるわけありませんわ!大一はイッセーくんじゃない!大一じゃ父さまに…」

 

 その後の言葉を朱乃は次ぐことができなかった。父は聖書にも名を遺すほどの伝説的な堕天使だ。その実力は誰もが認めるところである。大一との実力は雲泥の差がある。彼では父に食い下がることも叶わない。ほとんど傷を負っていないバラキエルが、それを証明していた。

 正直、朱乃はまったく理由が思いつかないわけでは無かった。厳格で自分を溺愛するバラキエルのことだ。アザゼル杯に出ておらず、ここ最近の裏方で煮え切らない様子の大一に不満を感じている可能性があった。ゆえに、その武人気質もあって戦いで彼を見極めようとしたのかもしれない。それを察しているからこそ、彼が傷ついていくのを見ることに耐えられなかった。これ以上、彼が無茶をするのは…。

 朱乃の様子に、リアスは小さく息を吐くと親友の手をつかみ、ゆっくりと引き寄せる。

 

「前に言ったこと覚えている?あなたの心配は杞憂だって」

「今はそんなこと…」

「大切なことよ。あなたもバラキエルさんも、いい加減に気づくべきね」

 

────────────────────────────────────────────

 

 大一の肩から黒い眼玉をギョロつかせているシャドウの言葉に、バラキエルは目を細めて小さく呟く。彼の心には相変わらず、失望と心配が炎のように燃えていた。

 

「わかっていないか…」

『ああ、僕はそう思うね。あんた、ちょっと舐めすぎだよ。だいたい───』

『シャドウ、黙ってろ。俺がバラキエル様を納得させていないのが悪いんだ』

『…了解』

 

 相棒にたしなめられたシャドウは素早く引っ込む。ほぼ同時に大一は走り出していき、牽制として魔力の塊を吐き出しながら接近していく。

 バラキエルは防御魔法陣を展開させると魔力の塊を防いでいく。さらには自分の周囲に雷光を落としていき、大一を寄せつけないようした。

 間を縫うように避けていく大一であったが、バラキエルはそれすらも見越していた。避ける進路を予測したバラキエルは、煙に紛れて逆に接近していき再び雷光の拳を叩きこんだ。

 後方へと吹き飛ばされた大一はまたもや床に叩きつけられる…かと思ったが、首を大きく曲げると、硬化した頭部と背中の黒い腕で受け身を取った。

 

『まだこっちの方がダメージはマシだな…』

 

 口内の血の塊をペッと吐き出しながら、大一は呟く。龍のような赤い瞳には爛々と闘志が変わらずに輝いていた。

 兵藤大一と兵藤一誠。同じ転生悪魔であり、同じ「兵士」の駒を持つ。同じ主に仕えた経歴もあれば、転生した時期もせいぜい3年程度で長い悪魔人生で見れば大した差ではない。さらに互いに神器を扱い、特別な龍に見定められたところも似ている。

 

『しかし大一は赤龍帝ほど評価を受けていたわけじゃない』

 

 相棒の経歴に想いを馳せるシャドウは心の中でつぶやいた。片や英雄として王道を突っ走り、片や奇妙な因果に巻き込まれて外れた道を歩んでいた。初めてシャドウが取り憑いた際は、その暗い感情に目をつけただけであり、仲間達からの信頼は厚いものの、彼が持っているものは並みの悪魔と変わらない。

 

『だが正式に彼の神器になってから、間違いであったことに気づいた』

 

 魔力コントロールによる肉弾戦、頭抜けた感知能力、必ず任務をやり遂げる責任感と勤勉さ…彼の強さはシャドウの想像以上であった。

 しかしシャドウの気持ちは複雑であった。自分を扱える存在の強みを知るほどに歓喜するも、その隣で兵藤一誠や他の仲間はそれ以上の能力と成果を次々と続けている。それでも彼は変わらずに、ただ黙々と鍛え続けた。

 

(強い…!これが伝説の堕天使であるバラキエルさんの実力…!)

 

 息を切らし、汗と誇りと血にまみれた大一は油断なく構える。パワー、スピード、技…どれをとっても、これまで戦ってきた相手の中で頭抜けたものであった。身をもって実感するほどに、自分が相手にしているのは聖書にも載った伝説の人物であると納得させられる。

 

(一誠はこの人に勝ったのか…。朱乃と一緒になるにはこの人に勝たなければいけないのか…)

 

 これほど叩きのめされても悔しさは感じなかった。代わりに湧いてくるのは言葉に出来ない奇妙な感情だ。体内の血が猛スピードで駆け巡るような、心音が妙に大きく聞こえるような…そんな感覚がとめどなく全身を包んでいく。

 

(…燃えてきた)

 

 自然と口角が上がっていく。目の前の大きな壁を実感するほどに、兵藤大一の頭には敗北や諦めの言葉は無かった。むしろ超えるべき存在に心を躍らせていた。彼が求めていたチャンスが目前にあったのだ。

 背中の黒い腕を引っ込めると、左腕とシャドウと一体化した右腕に魔力を込める。握りしめた2本の錨は、数が減ってより集中できるようになり、硬度も重さもしっかりと上げられていた。

 

「手数では無理だと判断したか。だがそれで私の雷光を捌けるか!」

 

 バラキエルは雷光をレーザービームのように真っすぐに放つ。本気では無いが、かなりのスピードだ。これに対する行動として身体能力を上げて回避か、魔法陣で防御かをバラキエルは予想していた。回避なら攻撃の範囲を広める、防御なら槍で貫通力を上げた攻撃に切り替える。だが彼の戦闘スタイルを踏まえると、最後は近接戦のはずだ。そうなれば再びカウンターを狙う。攻撃が届く一瞬、バラキエルは頭の中で次なる一手を考えていた。

 しかし大一のとった行動は、攻撃を受けることであった。2本の錨を交差させ正面から雷光を受けたのだ。鋭い雷光の衝撃であったが、大一は体重を上げてしっかりと地に踏ん張っていた。

 

(受けてきた?防ぐにしても魔法陣でないのはなぜ…まあ、規模を大きくするだけだ)

 

 予測は外れたものの、その程度で動揺するはずもなく、バラキエルは伸びている雷光の大きさをより肥大化させようとした。

 だがその僅かな瞬間、大一は錨を持つ腕を大きな輪を描くような動かし方をしていく。そしてそのまま受けていた雷光を、軌道を逸らすようにしてバラキエルと向けていった。

 

(私の雷光を受け流して跳ね返した!?朱乃の雷光と性質は似ているが、まったく同じでは無いのに…!)

 

 驚くバラキエルであったが、すぐにハッとしたように気づいた。すでに大一は何度も彼の雷光を受けている。それを肌で感じて魔力を合わせたのだろう。加えて、大一自身が仙術による受け流し方を学んでいたことが功を成した。

 目ざとい小技に苛立ち半分、感心半分であったが、この程度の攻撃では驚きもしない。逆に向かってきた自身の雷光を片腕で弾き飛ばした。

 だがこの跳ね返された雷光に気を取られた僅かな隙が重要であった。大一の身体は肥大化していき、怪物のような狂暴的な見た目へと変化していく。

 

「そういうことか。私の雷光を跳ね返して当てるのではなく、その形態に変化する僅かな隙を作りたかったのか」

『伝説の堕天使相手ともなれば、この姿でもないと勝てないと思ったので』

 

 龍の頭となった大一の口から低い声が聞こえる。その見た目も相まって、荒々しい印象を受けた。

 バラキエルは素早い動きで雷光の槍を何本も放っていくが、龍魔状態となった大一は丸太のように太い腕を振って向かってくる槍を全て殴り消していった。先ほどと同じような攻撃がまるで通じないことに、バラキエルは小さく息を吐く。

 

「…ようやくキミの本領を見せてくれるのか」

 

 先ほどの失望は少し落ち着き、逆に期待の炎が燃えてくる。バラキエルは大きく飛び上がると、両腕から雷光を放つ。まるで鞭のようにうねり襲ってくる攻撃は、大一の両腕を捉えるとそのまま感電させていった。

 だが龍の皮膚を表面化させた今、その攻撃を耐えながら逆に雷光の鞭を掴み、強引に引っ張った。

 意図に気づいたバラキエルはすぐに鞭を解除するも、大きくジャンプして接近してきた大一の頭突きを受けて、反対側の壁に叩きつけられた。

 パラパラと瓦礫が落ちてくる中、すぐに立ち上がったバラキエルは額から流れる血を感じながらも、目に映る男の実力に安堵していた。

 

『耐性があるとはいえ、僕を扱える男が弱いものか』

 

 赤龍帝のように強者を引き寄せる力や奇跡を起こす可能性など無いに等しい。だが大一は妥協なく鍛え続けるタフな精神力や常に考え続ける向上心を持っている。

 これに加えて大一は多くの敗北をした経験がある。自分よりも才能ある仲間達を間近で見てきた経験がある。その経験とサーゼクスやディオーグ、サザージュの出会いが、彼のくすぶっていたものを目覚めさせた。

 

『弟やかつての主を筆頭に、アザゼル杯に出ているような強者たちを相手に、大一は勝ちたいと思っている。自分よりもずっと才能豊かな奴らを見続けたからこそ、あいつはその想いを燃やしているんだ。勝利への貪欲な野心…持ち前の精神力と合わされば、彼はどこまでも強くなる』

 

 シャドウの確信に応えるように大一は口に重力の球を溜めていく。対してバラキエルも両腕に雷光を溜めていた。両者の魔力はどんどん膨れ上がり、やがて最高潮に達すると互いに魔力を解放した。重力の球体と雷光の塊が空中でぶつかり合い、実験用の強固なフィールドを揺るがすほどの衝撃が感じられる。

 しかしバラキエルはすでに次の一手を準備していた。

 

(さあ、これをどうする)

 

 互いのお技がぶつかり合い相手が見えない状況で、いつの間にか大一の頭上に巨大な雷雲が生まれていた。

 

(雷は落ちるものだ。この雷光は桁が違うぞ)

 

 間もなく雷雲が轟音を響かせると同時に、強力な雷光が大一の頭上に降り注ぐ。重力の球とぶつかり合っていた攻撃にも匹敵する本命の一撃は、間違いなく命中したと確信させるものであった。

 しかしそれが疑問を感じさせた。命中した手ごたえが早かったのだ。

 

(飛んだか?だとすれば叩き落されているか?それとも───)

 

 間もなく重力の球と雷光の塊が相殺して消え去った。同時に辺りを吹き飛ばす衝撃が強くなるが、そこに大一の姿は見えなかった。

 ハッと気づいた瞬間、バラキエルは上から迫ってくる大一に気づく。身体は雷光で痺れていたが耐えきっており、合わせた両方の拳には重力の球が纏われていた。すでに大技を2度も同時に放ったバラキエルは避けることもできずに、大一にそのまま押し倒された。ハンマーのように振り下ろされた大一の拳は、バラキエルの顔の前でぴたりと止まり、同時に彼の荒い息遣いが聞こえた。このまま腕が振り下ろされたらどうなっていたかは想像に難くない。

 

「…今の雷光をよく耐えたな」

『頭上に魔法陣を張って、少しでも勢いを殺しました。あとは感知で落ちる瞬間に威力が最大になることが予想されたので、その前に当たりに行きました。それでも龍魔状態じゃないとやられていたでしょうが』

「そうか。だが私の攻撃を耐えきったのは事実だ。そしてこのように私を倒している」

『…私はもっと強くなります。あなたはもちろん、一誠やリアスさんにも勝つほどに。あなたや私を愛してくれる人が安心できるように。だから…えっと…』

 

 言葉が詰まる。口の中が乾いていく。それでも心の底にあった想いを、彼は無理やり引き出した。

 

『…あなたの娘さんを…姫島朱乃さんを…愛させてください』

「…挨拶は後で朱乃と一緒に来てくれるだろうな」

『も、もちろんです!』

「それがわかれば十分だ」

 

 緊張の糸が途切れた大一はようやく魔力を込めるの終えて、龍魔状態を解除するのであった。

 




引きずりやすい性格のオリ主が迷いやしがらみを振り払ったのが現状です。


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第12話 男女2人

今回が章の区切りとなります。
原作で3番手で良いと言いながら、ガンガン行く朱乃さんなら、1番ならこれくらいやるんじゃないですかね…。


 6月ある日の朝、天気は快晴であった。少し眩しい日差しやカラッとした空気、夏の近さを感じさせる陽気は、本当に梅雨時なのかを疑わせるものだ。程よく木が揺れるような風も吹いており、悪魔ですら心地よく感じさせる不思議な魅力に包まれていた。

 

「ん…いい天気。絶好のお掃除日和ですわ」

 

 姫島朱乃は縁側でぐっと身体を伸ばす。少し古そうなTシャツとジーンズという彼女にしては珍しい組み合わせの服装であったが、美しさと色気は損なわれておらず、いつもと違った

 この日、彼女は久しぶりにかつて住んでいた神社に足を運んでいた。兵藤家に転がり込む前は、ここで一人暮らしをしており、多くの経験をした。少なからず愛着があるこの神社を掃除することが目的であった。

 

「たしかにいい天気だ。洗濯をすればすぐ乾きそうだし、外にも出られるから窓ふきもできるだろう。でも…俺らだけというのは無理あるだろ!」

 

 腑に落ちない様子で大一は主張する。彼も朱乃同様にラフな服装であったが、気難しい表情はその軽い雰囲気とは真逆なものであった。

 しかし彼の様子に、朱乃はまったく驚きもせず、相変わらず人を惹きつけるような笑顔を浮かべている。

 

「あらあら、彼女のお願いを無下にしないでしょう」

「だからって、この神社を俺らだけで掃除するのは無理があるよ。一誠達も呼んだほうが良いだろうに」

「みんな、忙しいから仕方ないわ」

「まるで俺が暇みたいな言い方…」

「でも時間はあったでしょう」

 

 確信めいた言い方をする朱乃に、大一はがしがしと頭を掻く。彼のスケジュールを把握して空いている日を狙ったし、自分のお願いや約束の類を反故にしないことをよく理解している。

 朱乃は神社を掃除するあたり、人手として大一を呼んでいた。リアスや一誠達はアザゼル杯関連や高校生活で忙しいため、今回招集したのは彼ひとりだ。たまに来て掃除をしていたとはいえ、埃が溜まっていた神社を掃除するには人手は必要なはずだが…。

 

「あなたがいれば10人分の働きを期待できるもの。前に部室を掃除した時みたいにね♪」

「…まあ、手数は増やせるけど」

「うふふ、期待しているわ。この部屋と隣の部屋、廊下の方をやれば大丈夫だから、午前中で終わらせちゃいましょう」

 

 大一はため息をつくものの、背中から触手のように黒い腕をいくつも出していく。腕は伸びていくと箒とちりとりを掴んだり、バケツに水を汲んだり、ぞうきんを絞ったりと準備を始めていった。

 

「…さっさと終わらせよう」

「ありがとう、あなた」

 

 結局、引き受けてくれたことに朱乃は笑みを浮かべると、自分も掃除の準備に取り掛かるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 昼過ぎごろ、大一は縁側に座って額の汗を拭っていた。短時間ならまだしも、龍人状態にもならずに数時間も複数の腕を創り出し、あらゆる箇所の掃除を行うのはかなりの重労働であった。自分も手を動かしながら、黒影の腕も緻密な動かすとなると、シャドウのサポートがあっても疲労を感じられる。

 それでも努力の甲斐あって、目標としていた部屋の掃除は見事に終えていた。窓や廊下は綺麗に磨かれており、畳には染みひとつない。さらには目の前に広がる境内も雑草が丁寧にむしられていた。

 これほど綺麗になれば達成感もあるし、シャドウをより深くコントロールする特訓としても悪くないような気がしていた。

 

「お疲れ様。冷たい麦茶を持ってきたから飲んでくださいな」

「ありがとう。…その恰好、どうしたの?」

 

 お茶を受け取りながら、大一は少し面食らったように眉を上げる。先ほどまでは掃除のために汚れても大丈夫なTシャツとジーンズを着ていたのだが、今は巫女装束に身を包んでいた。

 

「久しぶりでしょう、この格好。最近は堕天使化することが多くて戦いでも着なくなったし、神社に来る人を迎えることも少なかったもの。掃除も終わったし、せっかくだから久しぶりにと思ったの」

「ふーん…たしかに久しぶりすぎて新鮮な感じもあるな」

 

 朱乃は見せるように腕を広げる。白い小袖に赤い袴とシンプルなデザインの巫女装束だが、それゆえに彼女の美しさをよく引き立てていた。

 

「似合っているかしら?」

「今更それを聞くか」

「恋人からそういう言葉が欲しいの」

「…とても綺麗だよ」

「ん、よろしい」

 

 満足そうな笑みを浮かべた朱乃は、大一の右隣に座ると寄りかかるように身体を密着させる。右腕が無い分スペースも空いており、それを埋め合わせるかのように、肩に頭をのせて甘えるようにすり寄ってきた。

 これには大一も緊張と戸惑いの感情が一気に入り混じっていくのを感じた。もともとボディタッチは多い彼女であったが、ここまでストレートに甘えてくることは珍しくも感じた。

 

「きょ、距離近いけど、なにかあった?」

「なにも。ただこうしたいだけ」

 

 さらりと答える朱乃は安心に満たされていた。先日の大一とバラキエルの対決を見ていたことを、彼女は2人に話していなかった。わざわざ娘には見せないような方法を取った父の意図と、それを真っ向から受けて立った恋人の想いがあったはずだ。戦いを見ていたことを話して、2人の考えを無下にするようなことを行うつもりは無かった。

 ただあの対決を見たことは、朱乃にとって幸運であった。ここ最近、彼女は大一に対して不安で煮え切らない感情を抱いていた。負担の大きい彼を支えられるのか、もっと甘えたいが余計に彼の重荷になるのではないか、そんな想いを抱え込んでいた。

 だがその心配は父のバラキエルとの対決で払拭された。彼女が思う以上に、大一は強かった。どれだけ打ちのめされても立ち上がり、終いにはバラキエルに負けを認めさせるほどに、心身の実力を見せつけた。たったそれだけのことではあるが、それが彼女の心に安寧をもたらし、同時に遠慮というストッパーを外すことに繋がった。自分の弱みも見せて甘えることに、躊躇など無かった。

 

「あなたはどんどん強くなっていたのね…」

「藪から棒にどうしたんだ?」

「思ったことを言っただけよ。いずれ私たちにも勝つつもり?」

「まあ…俺としては朱乃やリアスさん達も超えたい相手だからさ。自分のチームを集めて、本当に超えて見せる」

「その時は全力で受けて立つわ」

 

 リアスの言う通り、杞憂であった。彼女が大一には心配していなかったのも、同じように力強い野心を抱いていたからだろう。リアスの眷属として両翼を務めていた時は勝るとも劣らない信用を感じていたが、深い関係性になったことやこれまでの経験から、彼の弱さにばかり注目することが増えていた。今回の一件は改めて彼を理解するきっかけとなった。

 一方で彼女がその父親との対決を見ていたことを知らずに、大一はいつも以上に緊張していた。夜と違って明るく、暖かい空気や羞恥心を増大させていた。もっとも、内心は幸せも感じていたのだが。

 

「数日前の体育祭の後、アーシアちゃんもイッセーくんと将来を誓ったんですって」

「何気に初耳だよ。まあ、いずれはそうなると思っていたが…。これを知った時の父さんたちの反応が気になるな」

「泣いて喜ぶと思うわ。お二人とも、とても愛しているから」

「だろうな。俺としても一安心だ。ここ最近、アーシアの方が気負っていたらしいからな。弟がしっかり彼女を見ていたことが間違いでないことがわかったし」

 

 2人は境内の景色を見ながら、淡々と身内のことを会話する。たまに木が風に揺れる程度で特に面白味のある景色ではない。アーシアが一誠に好意を持っているのは周知の事実であり、彼がハーレムを作っていることも理解しているので、そこまで目新しい会話の内容でもない。それでもこの穏やかな時間は、2人とも心身を幸せで満たされるのを実感していた。

 

「…あのさ、朱乃。ちょっと相談があるんだけど」

「なーに?」

「今度、バラキエルさんのところに一緒に行かないか。えっと…その…挨拶に…」

「…絶対に行くわ」

 

 大一は赤面しながらも内心とてもホッとしていた。先日のバラキエルとの対決の際に、彼と果たした約束を早々に実現できる見込みができた。

 一方で、朱乃の方もかなり赤面していた。いよいよ将来のことが本気になったことを自覚すれば、余裕を見せる彼女であっても当然の反応だろう。もちろん、先日の対決で大一とバラキエルが最後に交わしていた会話が、聞こえていなかったのも大きいだろうが。

 彼との将来を考えるほど、さらに恋心が燃えていく。その証拠ともいうように、彼女はさらに身体を預けていく。

 

「…右腕があれば肩を抱くこともできるんだけどな」

「でも代わりにあなたは私を支えてくれるわ。何人寄りかかっても、こんなふうに倒れないくらいにね。触れるのは…私がするから…」

 

 朱乃は脳を溶かすような甘い声でつぶやくと、大一の首に腕を回して静かに互いの唇を触れ合わせる。触れるだけのキスであったが、彼女の想いをぶつけられたような熱さがそこにあった。

 

「告白された時、我慢しない方って言ったわよね。私、これからもっとそうなると思うわ。だから…覚悟していてね、あなた」

「が、頑張るよ。俺だって朱乃のために出来ることはするつもりだ」

 

 それだけ聞くと、朱乃は再び口づけをする。今度はずっと深く、より情熱的なものであった。2人ともこの時期とはかけ離れた熱さで、心身を焦がしていた。もう迷わない。彼を最後まで支えるし、自分も弱さや甘えを遠慮なく吐き出していくつもりだ。

 ゆっくりと唇を離した朱乃は、その口を再び動かして彼への想いを伝える。

 

「…あなたが大好きよ」

 

────────────────────────────────────────────

 

 ごつごつとした岩肌が特徴的な山岳地帯、そこの一画は大きくえぐられてクレーターが出来ていた。その中央では巨大な魔物が倒れこんでいる。その近くでは煙が上がっており、近くを通った者ならばすぐに目がつくだろう。煙は人工的なもので、ひとりの男が焚き火をしつつ、魔物の肉を焼いていた。

 

「魔物がもっと来ると思って、こんな方法を取ったんだがな。変な奴を呼んじまったみたいだ」

「あんたにそう言われるのは、かなり屈辱的だわ」

 

 男のもとに現れた少女は冷たく言い放つ。人形のような美しい顔立ちに少しウェーブのかかった金髪は、場所が場所ならば振り向かない男はいないと思われる美貌であった。そんな顔を持つアリッサは、険しい表情で魔物へと目を向ける。

 

「これだけあれば、十分な気がするんだけどね」

「だがこれを食いたがるような魔物なら、それなりの実力が期待できるだろう。ぶちのめしてもいいし、それをまた食ってもいい」

「あんた、自暴自棄になっていない?」

「ハッハー!俺にそんな言葉があるなら生きていねえよ!」

 

 男はゲラゲラと笑いながら答える。低音な声だが、妙に甲高くも聞こえる笑い声は粗暴さが感じられて、アリッサは不快さを眉間にくっきりと刻まれたしわで主張していた。

 男はツンツンと立った短髪はうっすらと緑が混じったような白髪で、彼の青白い肌や鋭く光る赤い瞳にはミスマッチであった。2メートル以上の長身に見合った筋肉もあるが、妙に長い腕が不気味さを醸し出す。この見た目で真っ黒いライダースーツを着ており、背中には2本のブレード、腰には古いデザインの銃を2丁装備していた。

 この荒々しい雰囲気が、彼女はどうも好かなかった。それでも今は彼の実力を求めていた。

 

「私は談笑しに来たんじゃないわ。さて、ベル。あなたに頼みがあるの。一緒に来てちょうだい」

「あん?なんで俺がお前についていかなければならねえ」

 

 ベルと呼ばれた男は、焼けた魔物の肉を思いっきり噛み千切る。予想していた反応に、アリッサは淡々と答えていく。

 

「どうしても気になる問題があるのよ」

「答えになっちゃいねえな。お前はここに来たわりに、かなり外の世界に干渉しているな。飽きないねえ」

「私は必要があるから動いているだけよ。無角の件だって、後始末のために動いたんだし」

「結局、返り討ちにあったらしいじゃねえか!」

「本当にむかつくわね、あなた。とにかく戦力が欲しいの。まだ噂レベルだけど、ハーデスが動いているみたいなのよ。他にもきな臭いことがあるし…だから、あなたに協力してほしいの」

 

 アリッサの話をベルはまともに取り合っているのか懐疑的であった。身体こそ向いているが、肉を食う手と口は止まっていない。

 

「俺が行く義理はねえな。他のバカどもみたいに、外に干渉するつもりもねえからな」

「魔物を狩れなかった時に、人の家の畑を荒らして野菜をかっぱらった奴に、義理がどうこうとか言われたくないわよ。むしろその件をチャラにしてあげるから、手を貸しなさい」

「ギャハハ!痛いところをついてくるな!だがそれで納得はできねえな。俺に利点が無い。久しぶりに女侍らせて、浴びるほど酒を飲めるならいいかもな!」

「どれだけ面の皮が厚いのよ…。勘当されたとはいえ、仮にも名家の悪魔が言うことじゃないわね。じゃあ、強い奴とも戦えるかもしれないってことでどう?確約はできないけど、可能性は高いと思うわ」

 

 アリッサはイライラしながら、指でこめかみを軽く叩く。これ以上の交渉しなければいけないことにむかっ腹が立つ上に、出来ることならこの男に品格を叩きこんでやりたかった。

 

「それだけで動くなら、あの半悪魔がスカウトしてきた時に一緒にテロリストやってたぜ」

「あなたが行かなかったのは、ブルードがすでにスカウトされていたからでしょう?」

「当然だ。この俺があいつと陣営を同じにするなんざ、天地がひっくり返ってもありえねえ。それはあいつだって同じだろう。たまたまあいつの方が先にスカウトを受けたから、こうなったんだ。戦争のころから、俺とあいつの関係性は変わっていねえんだよ」

「…ならば、ブルードを倒した者達と会えるかもしれないというのは?」

 

 アリッサの言葉に、ベルは初めて手を止めた。肉を食いちぎる鋭い歯の動きも止まり、焚き火に照らされる瞳は獲物を狙う獣のようにギラギラ光っていた。

 

「あいつがやられたのは知っているが…その場にいたのか?」

「いいえ。でも私が冥界の病院にいた時に聞こえたのよ。聖剣を使う転生悪魔と転生天使数人にやられたって。いずれも強力な聖剣や神滅具を持っているわ。いずれもアザゼル杯に出ているし、そのうち2人は例の赤龍帝チームよ。あなたにとっては興味深いんじゃない?」

 

 その時であった。クレーターの外側から大きな雄たけびが聞こえると同時に、覗き込むように魔物が2匹も現れた。片や巨大な蛇のような見た目で3つの眼をギョロつかせながら、口から覗かせる牙と巨大な爪をきらめかせている。その反対側から現れた魔物は腕が6本もあるサルの魔物で、腹にも口があって長い舌がこぼれていた。

2匹の魔物は同時に走り出していく。目的は中央に倒れている魔物に肉であることは疑いようもなかった。

 だが間もなく魔物たちは地に伏せて、命の炎が消えていった。蛇のような魔物はベルによって頭と胴体をバラバラに切り裂かれた上に、それぞれの1部に銃弾で開けられたと思われる穴ができていた。サルの魔物の方は6本の腕と両脚をアリッサが召喚した骸骨や人形に斬り落とされた。さらに彼女が展開した魔法陣から噴き出した炎が腹部の口にありったけ叩きこまれ、魔物は内部から焼き尽くされた。

 小さく息をつくアリッサに、落ちていく魔物の返り血を浴びながらベルは声高に話す。

 

「承知したぜ、アリッサ。お前の言う通り、手を貸そうじゃねえか。このベルディム様がな!」

「交渉成立。でも余計なことはしないでよ」

「わかっているよ。俺は暴れられればそれでいい」

 

 高らかに笑うベルディムに、アリッサはため息をつく。本当に理解できているのか懐疑的であったが、彼の実力を無視することは出来なかった。

 それでもこれから予測される心労に愚痴のひとつでもこぼしたくなる。

 

「まったく、あいつが現魔王アジュカ・ベルゼブブと同じ家系だっていうのだから、驚きだわ」

 




妙なオリキャラも出しながら、次回から24巻分辺りを書いていきたいと思います。
余談ですが、AIイラスト使って、オリキャラの見た目を出そうとしましたが難しいですね…。


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第13話 プールでの一幕

24巻の冒頭部分です。原作だと猫又姉妹メインですね。
オリジナルキャラや設定も出しているため、出来るだけ原作読んでなくてもわかるように書いているつもりですが、それでも漏れがあると思います。というか、ここまでくると原作追う人少ないでしょうか…?


 梅雨時も終わりに近づき、じりじりとした日差しが印象的なある日のこと、兵藤大一は大きく欠伸をする。この前日も外国に住むはぐれ悪魔の討伐に向かわされており、戻ってきたのが深夜1時半ごろ。そこから1時間で大学のレポートを仕上げた後に眠り、4時に起きるといつものようにトレーニングをしていた。いくら短時間の眠りに慣れた彼でも、睡魔が襲ってくるのは当然のことだろう。

 それでも肉体的な体力は回復しているあたり、もはや彼の身体が見た目と同様に特異なものとなっているのは疑いようも無かった。

 

『休日なんだからこんなことやっていないで、寝てれば良かったんだ』

「誘われたら、そうもいかないだろう」

 

 シャドウのつぶやきに、半ばぼんやりとした声で答える大一は、卒業した駒王学園に来ていた。今年もここでプール開きを行うこととなり、高校を卒業したメンバーまで参加していた。卒業したのに来る必要はあるのかと思うが、他のメンバーに誘われれば断る理由も無かった。

 

「お兄さん、大丈夫ですか?」

 

 ベンチに座ってぼんやりしている様子の大一に、水に濡れたアーシアが心配そうに声をかける。かわいらしい水着姿であったが、同時にへそが見えているデザインであり、彼女の背伸びした感情が窺える。

 

「体調は悪くないよ」

「でもせっかくのプール開きなのに、泳いでいませんし…」

 

 アーシアの指摘はある意味正しかった。大一は水着を着ているものの、シャツを羽織っており、ボタンも締めている。これから泳ぐというには、疑いを抱くような服装であった。

 実際、大一としては泳ぐつもりはほとんど無かった。水着から伸びる左足はつま先まで焼け焦げたような皮膚をしており、左腕も例によって健康的な見た目をしていない。顔だけは特別なクリームと魔力によってごまかしているものの、泳げば瞬く間に剥がれ落ちるだろう。高校にいる以上、後輩たちに大きく変化した身体をさらすリスクは極力減らす必要があった。

 

「あまり無理はしないでくださいね、お兄さん。忙しいですから体調管理は気をつけないと」

「さすがオカルト研究部の新部長だ。仲間達のことをよく見ている」

「か、からかわないでください!」

 

 アーシアは赤くなる頬を隠すように手を当てて答える。すでに彼女は新しいオカルト研究部のために、新たな方法を模索して努力している。先日行われた体育祭では、部員を鼓舞して見事に生徒会との同率優勝を勝ち取った。彼女としてはまだ慣れない気持ちはあるだろうが、傍から見れば彼女は十分な実績と仲間からの評価を得ていた。

 

「妹分が頑張っているんだ。からかうつもりなんて微塵もないよ」

「でもこんなふうに言われるの慣れなくて…」

『将来の旦那である赤龍帝に言われたら、もうちょっと素直に受け取れるか』

 

 シャドウの皮肉っぽい言い方に、アーシアはさらに頬を赤くさせていく。手で隠せていない箇所は、リアスの紅の髪ともよい勝負ができそうなほどであった。

 相棒の言葉に、大一はため息をつく。これではアーシアを困らせていると言ってもおかしくなかった。

 

「すまない、アーシア。そういうつもりじゃないんだ」

「だ、大丈夫です…!それに本当のことですから…」

 

 どこか上滑りしたような声でアーシアは答える。実際、彼女は体育祭後の帰りに一誠から告白されたことを、数日後には大一を含めた兵藤家に報告していた。これに父母は泣いて喜び、アーシアの方も半泣き気味になって、一誠が戸惑っていたことをよく覚えている。

 大一の方は内々に朱乃から話を聞いていたが、それでも報告を受けたことには内心ホッとした。この1年以上、ヤキモキしていた関係性にハッキリと決着がついたのだから、当然の感想だろう。

 

「いろいろあるだろうが、眷属としても恋人としても弟のことを頼むよ」

「私の方こそお願いします。これからお兄さんにもっと頼ると思うので。それこそ本物の兄になるのですから」

「別にそこまで気にする必要はないだろう。相談されれば、話を聞くくらいはいつでもするよ」

 

 淡々と答える大一に、アーシアはにっこりと微笑む。その太陽のような明るさは、男子にモテるのも納得な雰囲気だと今更ながら思わせた。

 

「ようやくお兄さんと朱乃さんのような関係になれたんだと思うと…すごく嬉しくて…」

「去年の冥界へ行く際に言っていたな、そんなこと…。いや憧れるようなものじゃないからな。そもそも今のアーシアと一誠は、あの頃の俺たちよりも深い関係を築けているだろう」

「でもそれはお兄さんたちも同じじゃないですか?お互いに信頼や愛情、尊敬もあって…私にとって見本になるカップルなんです。最近はもっと仲良くしていますし」

 

 アーシアは目を輝かせながら話す。たしかにバラキエルとの一戦以来、朱乃はより大一を求めるようになっていた。身体的接触は増え、甘える回数も増えていく。人目を気にする節操こそあるものの、その頻度は明らかに増えていた。

 それをしっかりとアーシアが観察していることがわかると、大一としては恥ずかしさに心ごと掻きむしりたくなる想いであった。もはや彼女には、朱乃に対して将来のプロポーズをしたことも見透かされているのではないかという気持ちになる。

 

「はあ…お兄さんと朱乃さんの関係にドキドキします」

「やめてくれ、アーシア。なんかすごい気まずい…」

『今更だろうに』

「やめろ、シャドウ。別にそういうつもりじゃ…」

「本当に憧れなんですよ。だからこそイッセーさんの方からプロポーズしてくれた時、私は涙まで出ちゃって…」

 

 アーシアはその時の光景を思い出したのか、小さく目を拭う。彼女がどれだけ幸せを感じていたのかを証明するには充分な行動であった。

 とはいえ、大一もこれ以上のむず痒くなる言葉を受けるつもりも無かった。彼はプールの奥の方を見据える。そこにはイッセーに対して、リアス、ゼノヴィア、イリナ、レイヴェルがなんらかのアピールをしている姿が見られた。

 

「まあ、お前が幸せなのはわかるが、出遅れないことも必要だな。それこそ、あいつに惚れているのは多いんだから。ほら、油断しているとオイル塗りに出遅れるぞ」

「ふえっ!?そ、それは困ります!イッセーさん、私もお願いします!」

 

 パタパタと急かした様子でアーシアは、一誠の方に向かっていく。まだ不器用な面が残る妹分の後姿を見て、大一はふっと笑みがこぼれる。彼女すらもいずれ超えたい相手と思っていることに、不思議な笑いを感じるのであった。

 そんな彼に今度は朱乃が近づく。黒いビキニ姿の彼女の色気はすさまじく、自慢の巨乳は暴力的な魅力を放っていた。しかし彼女は目を細めて、訝しげに大一を見ていた。

 

「アーシアちゃんに見とれていたのかしら」

「アーシアに?どうしてまた?」

「だって彼女のお尻を見ていたでしょう」

「いや、見てないよ!ちょっといろいろ考えていただけだって!」

「これはお仕置きが必要ですわ。今夜のお楽しみにしておきましょう」

 

 S的な表情を浮かべる朱乃は嫉妬半分、楽しみ半分に瞳に光を宿していた。もはや言いがかりでもあることは、彼女自身が承知していたものの、それを口実に彼との糖蜜に漬けたチョコレートのごとく蕩けるような時間を過ごすことは至福であった。

 

「それはそれとして、せっかくだからオイルを塗って欲しいわ」

「さっきの話題から、よく転換できるな…」

「うふふ、いいじゃない。ねえ、お願い。私の身体の隅々まで塗って…」

 

 朱乃のストッパーが外れたような態度に、大一はごくりと唾を飲み込む。理性をフルに働かせると共に、このような態度を取られればアーシアが気づくのも当然だと思った。

 もっとも大一としては断る選択肢も無かった。先日、バラキエルに対してあいさつをしており、彼女との関係をより深めたがっていた。

 

「…まあ、出来るだけ満足させられるように頑張る」

「ん…よろしい」

「朱乃さんの次は私に泳ぎを教えてほしいです」

 

 オイル塗りの準備をしつつ、すっかり出来上がりかけていた2人の空間に、白いワンピースタイプの水着を着た小猫が訴える。すぐ横にはハイカットの水着を着たロスヴァイセが立っており、恥ずかしそうに2人の光景を見ていた。手には琥珀色のオイルが入った小瓶を持っている。

 

「私だって先輩と一緒に過ごしたいですから、文句ないですよね」

「だが小猫、俺は泳ぐのはもう難しいぞ。祐斗の方が…」

「…乙女心がわからない鈍さですか。あとシンプルに祐斗先輩に声をかけられません」

 

 たしかに先ほどから祐斗はストイックに泳ぎ続けていた。クロール、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライと次々と泳法を変えていくが、その姿に話しかけるのは至難の業だろう。その横では現在彼と同居している教会時代の仲間であるトスカが応援していたが、この空気を壊すのには二の足を踏んでしまう。

 ただし小猫の本命はあくまで最初に言ったことに込められている。さすがに大一もここまで言われれば、彼女のリクエストをどのように受け止めるかを考えた。

 

「あー…オイル塗りの方でどうだ?」

「…先輩もスケベですね。でもいいですよ。そっちで許してあげます」

「言い方が…いや女性に興味ないとかじゃないから否定も違うが…」

『まあまあ、赤龍帝のオープンスケベよりは、隠しているムッツリスケベの方がマシだって』

 

 シャドウのフォローにならないフォローを、大一も小猫も無視してそのまま準備を進める。さらにロスヴァイセが持っていた小瓶に入っている液体にも目をつけながら、彼は遠慮がちに口を開いた。

 

「えっと…ロスヴァイセさんはどうしますか…」

「わ、私は…その…で、でも…よ、よろしくお願いします…!」

 

 あたふたと反応するロスヴァイセに、大一の方も恥ずかしさが心身を蝕んでいくような気分であった。先日のバラキエルの一件しかり、弟のハーレムが着々と進んでいることしかり、彼もいい加減に自分から動いていく必要性を学んだのかもしれない。もっとも一誠のように公言するような勇気は持ち合わせていなかったが。

 そんな中、大一は落ち着いた声で呼びかける。

 

「黒歌、後ろから抱きつくなよ」

「あれ、ばれていた?けっこう気配を消していたつもりなんだけど」

「むしろゆっくり動いているから怪しいんだよ」

 

 ため息をつきながら後ろを振り向くと、布面積の少ないスリングショットを身に着けた黒歌の姿が映った。持ち前の女性的な肉体美と色気よりも、すでに身体にオイルを大量に塗っていたことの方が気になった。

 怪訝な表情を浮かべた大一に対して、黒歌は心をくすぐるような笑顔を向ける。

 

「大一にもオイルを塗ってあげようと思っただけにゃん。泳がないなら尚更ね♪」

「それで自分の身体に塗る理由がわからん」

「なーに、ちょっと全身を使って隅々までぬるぬると…」

「シャツを着ている俺にするなよ…」

「じゃあ、人目のつかない場所で、しっぽりエロエロな展開にする?私は大歓迎にゃん♪」

「お断りだ。そもそもこういうのは段階を踏むべきだろうに」

「姉様、すでに順番は決まっているんです。横取りしないでください」

 

 小猫が腕を組みながら、頬を膨らませて黒歌を睨みつける。顔にはハッキリと苛立ちの感情が刻まれていたし、その腕の組み方は数年は解こうとしないつもりなのかと思わせるほどであった。

 もっとも小猫がここまで神経を尖らせるのにも理由はある。アザゼル杯で近づいている試合が、リアスのチームとヴァ―リのチームによる対戦であった。間違いなく姉妹同士でぶつかることを踏まえると、彼女がここまで過敏になるのも無理はない。日常のふとしたことでも、対決的な姿勢を取ることは多かった。

 一方で、黒歌は特に気にした様子も無く、面白そうに妹を見る。あまりにも対照的な雰囲気であったが、大一としては黒歌の態度は心に秘めたものを隠しているようにも見えた。

 

「待っていたら、いつまで経っても欲しいものは手に入らないもの。だから私は横取りできるなら、がんがんやっちゃうにゃん。白音も頑張らないと、後手後手になっちゃうわよ?」

「…姉様」

「ま、今日は妹がお怒りなので、撤退するにゃん♪」

 

 小猫の声色を聞いた黒歌はそれだけ言い残すと、手早く転移型魔法陣を展開させてこの場から去っていく。嵐のような姉の言動に、小猫は緊張をほぐすようにふーっと息をついた。昔からいたずら、からかいの類が大好きなのは知っていたが、いまだに姉の態度に慣れることは無かった。これまでの経緯を踏まえれば当然のことではあるが、試合が近いこともありどうも冷静でいられなかった。

 

「小猫、大丈夫か?」

「…ええ、大丈夫です。姉様はいつもあんな調子ですから」

「それでも小猫ちゃんが無理をする必要はありませんわ。彼女の方もいろいろ思うことはあるのでしょうけど…」

 

 少し迷ったように朱乃は呟く。いかんせん、彼女の方も肉親の関連で苦労した経験があるので、小猫と黒歌が抱える心労には敏感であった。

 そこに離れたところでパラソルを立てているギャスパーが慌てたように声を上げていた。

 

「こ、小猫ちゃーん!ヴァレリーが暑さでダウンしちゃったよぉ!」

「…わかった、ギャーくん。建物の中に連れて行こう。先輩、後で約束は守ってくださいね」

「私も手伝いますよ」

 

 そう言って小猫はギャスパーの手伝いに向かっていき、ロスヴァイセも後に続いた。残った大一と朱乃は心配そうに目を向ける。

 

「実際、小猫の調子はどうだ?」

「上々だと思うわ。仙術には磨きがかかっているし、得意の格闘や怪力はより強くなっているもの。だからといって小猫ちゃんが割り切れたと思えない。おそらく黒歌の方も思うところはあるんじゃないかしら…」

「複雑な関係だよな…」

 

 大一はぎゅっと目を細めて思案する。小猫が姉の件でどれだけ苦しみ、悩んだかを何度も見てきている。去年、冥界で過ごした夏休みではそれで無理をしたり、心を砕くように涙を流している。

 一方で、黒歌はいまいち妹への感情が掴めない。元来のいたずら好きな性格は、彼女の本心を常々隠しているような状態だ。それでも冥界での襲撃時に、小猫に見せた殺意は印象深い。

 だからといって、互いに相手を毛嫌いしているとは思えなかった。英雄派との戦いでは黒歌は妹を守り、小猫も姉から仙術を学んだり一緒に食事をするのを誘ったりしている。もつれた糸のごとく、複雑に絡み合った関係性であるのは疑いようもない。

 大一としては2人とも大切な仲間であった。小猫からは何度も頼ってもらうのと同時に勇気をもらい、黒歌からは仙術の修行や自分には無い感性から気づかされることもあった。それを思うと…。

 ふと彼の左手に柔らかく温かい感触が伝わってきた。見れば、朱乃が彼の手を握っていた。

 

「小猫ちゃんたちのこと、気にかけてあげてね。あなたに出来ることって多いと思うの」

「当たり前だ。大切な仲間なんだから。ただ期待されるほどのことは出来るか…」

「あなただからこそよ」

 

 妙に確信めいた彼女の言葉と笑顔に、大一は顔が熱くなるのを感じた。その深く美しい目で、自分の本心を見透かされているような気分を抱いた。

 このまま緊張と甘さが煮詰まった時間が展開されるかと思ったが、間もなくレイヴェルが全員に向けた報告がそれを妨げた。リアス、朱乃、ゼノヴィア、イリナ、レイヴェルの保護者が一斉に兵藤家に集まったというのだ。

 




今更ですが、前作からヒロインを増やすつもりはありません。オリ主の性格的にも無理でしょうし、メタ的にもむやみに増やせば個々の描写が薄まりかねませんし…。


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第14話 身内の話

ちょっと牛歩気味ですが、今後のための地盤固めとしてお願いします。
しかしキャラクター多くなってきましたね…。


 プール開きを中止して、一行はすぐに兵藤家に戻った。リビングには兵藤両親に加え、リアスの両親、バラキエル、レイヴェルの母、グリゼルダとそれぞれの保護者が集まっていた。

 あまりにも急なことに驚きつつ、一誠が父になにかを言おうとするが、それを遮るように黒髪の女性がテンション高く声をかけた。

 

「あらあらあらあら、イッセーくん。久しぶりね!試合をテレビで見ていたけど、間近で見ると大きくなったわ!大一くんもこんなに立派になって!傷の方は大丈夫?」

 

 兵藤兄弟にまくしたてるように話しかける女性は、イリナの母親であった。外国に住んでいたようだが、夫と共に帰国していたらしい。これにはイリナも目を丸くするものの、彼女の方は特に気にした様子も無く話し続けた。

 

「小さい頃、うちのイリナの将来をよろしくねーって冗談半分で言っていたけど、本当に貰ってくれるなんてね!孫は男の子でも女の子でもOKよ!」

 

 思いのたけを一気に話しきった彼女の言動に、イリナと一誠は真っ赤になりつつすっかり照れていた。すでに羞恥を抱くような状況であったが、間もなくリアスの父親であるジオティクスが口にした言葉が、それ以上に心身を熱くさせるものであった。

 

「式のスケジュールを話し合っていたのだよ。そろそろ、各家の都合をすり合わせておこうかという話になってね」

「…し、式?」

 

 どういうことか分からずに、皆が間の抜けたようなポカンとした表情を浮かべていた。これに対して、彼は豪快に笑いながら言葉を続ける。

 

「ハハハ!決まっているではないか、リアス。一誠くんからプロポーズを受けたお前やお嬢さんたちの結婚式の日取りだよ」

『…け、結婚式ィイイイイッ!?』

 

 一瞬の静寂の後、状況と発言の意味を理解した一行が、大声で驚きを表明する。これには当事者だけでなく、仲間全員が混乱と衝撃の渦に陥っていた。

 リアスの母であるヴェネラナが夫を軽くたしなめると、娘たちに説明を始める。

 

「正確にはまだ先のことよ?けれど、あなたたちが正式に婚約をしたというものだから、一誠さんやリアスたちのスケジュールを考えると、いまのうちから日にちを決めて動き出さないといけなくなってきているのよ」

 

 保護者たちの計画は想像以上にトントン拍子で進んでいた。立場や宗教の違いなどもあるため合同では難しく、家ごとにひとつずつ行っていくことに話がまとまっていた。一連のスケジュール調整はフェニックス家がまとめており、すでにレイヴェルの予定まで調整中だ。

 

「困ったわね…式ごとに着ていく服を変えた方がいいのかしら…」

「あら、それならグレモリーにお任せくださいな。いろいろとご紹介致しますわ」

「まあ!助かります!」

 

 母もすっかり馴染んでおり、父の方も嬉しそうに他の保護者と話し込んでいた。両親の慣れた様子に軽いめまいを覚えつつ、大一はなぜかこの話し合いに参加しているバラキエルへと視線が移る。

 

「あ、あの…バラキエル様はどうして…?」

「どうしてとは聞き捨てならないな。朱乃とキミの結婚式を被らせるわけにもいかないだろう。だから私の方も参加している。どのような結婚式にするかもご両親と話し合っておきたいからな」

 

 バラキエルはあっさりとした調子で答える。いつもの厳格な雰囲気は残されていたが、先日の決闘とあいさつのおかげで、彼が大一に対する信頼は間違いなく高まっていた。

 たしかに彼の言う通り、兵藤家である以上は大一も弟の結婚式には出席しなければならない。一誠のハーレムの様子や多忙さを踏まえると、予定を組み立てるのは間違っていない。それでもバラキエルまでもが出張って、本気で考えてくれることには、身体がむずがゆくなるものがあったが。

 恥ずかしさを感じながらも納得する大一であったが、同時に仲間たちから驚きの視線を向けられていることに気づいた。一誠やリアスの表情から、先ほどの結婚式の予定を聞いた際と同じくらい驚いているのが見られる。唯一、朱乃だけは戸惑っているが、それは大一と同じような視線を受けているからにすぎなかった。

 

「な、なんだよ…」

「私たちおかしなことしたかしら…?」

「いやだって…大一と朱乃もそういう約束…」

「「…あ」」

 

 リアスの途切れるような声に、2人はハッと気づいたように声を出す。そもそも将来を誓った約束は2人きりの時に行ったものだ。バラキエルや兵藤両親は耳に挟んでいるものの、仲間たちにはその報告をしたことは一度も無かったのだ。

 

「あ、兄貴が…!朱乃さんと…!めちゃめちゃショックだ!」

『んだと、赤龍帝!大一じゃ釣り合わないってのか!だいたいエロいだけのお前に言われたかないわ!』

「お兄さんがついに…ああ、主よ!ありがとうございます!」

「アーシア、俺に向かって祈るな!頭痛くなる!」

「しかし先輩や朱乃さんがそういう約束をするのは時間の問題だったと思うな、私は」

「ゼノヴィアったら、すごい冷静だわ…!私はびっくりして、顔が熱くなっちゃったのに!」

 

 弟や後輩、相棒の神器によって軽い騒ぎになりかけている中、朱乃は顔を少し伏せてぷるぷると震えていた。感情をため込んでいるような様子で、まるで噴火前の火山のようであった。

 

「父さま!」

 

 間もなく意を決したように顔を上げると、バラキエルをハッキリと見据える。まさに恥ずかしさから来る文句のひとつでも出てきそうだが…

 

「私、白無垢が来たいですわ!」

「ふぐぅ!任せろ、朱乃!立派な服を用意してやる!私に任せるのだッ!」

 

 まさかのリクエストに、バラキエルは感涙し、大一はがくんとコントのようにずっこけそうになる。

 

「いや受け入れ早すぎるだろ!?」

「あら、いつまでも隠し通せるものじゃないし、いいタイミングですわ。それにこれでリアスたちの前でも遠慮なく甘えられるもの」

 

 人前でいちゃつくのは避けたい、そんな想いを大一はぐっと飲みこむしかなかった。なぜなら朱乃の宣言を皮切りに、他のメンバーも次々と話が展開していき騒がしくなったからだ。

 

「パパ!ママ!私!天界で式を挙げたいの!」

「そう言うと思って、パパは上に報告済みだ!」

「さすがね、パパ!イリナちゃんの気持ちをよくわかっているわ!」

 

 紫藤家はテンション高く、あっという間に意見がまとまっており…

 

「アーシアちゃんも好きな会場を言ってくれていいのよ?こういうときこそ、イッセーの稼ぎがモノを言うんでしょうから」

「はい、お母さん!わ、私、日本で挙げたいです!」

「アーシアちゃんのウエディングドレス、キレイなんだろうな…」

 

 アーシアの言葉に兵藤両親は希望を抱いたような顔になっている。

 

「やはり、私の出自を考えると、ヴァチカンなのか?」

「好きなところで構いませんよ。あなたの大事な一日なのですから」

 

 ゼノヴィアがグリゼルダの隣に座り、静かに打ち合わせをしていると…

 

「お父様!お母様!京都で式を挙げたいです!」

 

 リアスもすっかり感化されて、自分の希望を訴えるのであった。

 暴走列車のごとく話が突き進んでいくものの、親たちの喜びを抜きにしても、この件は話し合うに越したことはなかった。赤龍帝、おっぱいドラゴンとしての今後を踏まえれば、一誠がより多忙になることは目に見えている。まだ余裕ある段階で、ざっくりでも予定を仮押さえしておくのに越したことは無い。ましてや彼らの知名度や繋がりであれば、VIPクラスのメンバーが参加することも予想されるのだから。

 他の仲間たちからの助言も受けつつ、一誠の頭は切り替わって前向きにこの状況を捉え始めていた。同時に兄への驚きも落ち着いていた。そもそも彼自身がリアスたちとの関係性が深くなった場面を誰かに見られていたので、兄たちの関係に無意識に驚愕していた節はあったためか、区切りがつけば冷静になるのも早かった。もっとも兄について今も武骨な印象を抱いているため、ずば抜けた美貌と仲間内でもトップクラスの豊かな胸を持つ朱乃とのアンバランスと思っていたのも否定できないが。

 そんな中、リビングにがっしりとした体格の長身の老人が入ってくる。豊かな白髪に顔には多くのしわがあり、それとは真逆な服の上からでも分かるはちきれんばかりの筋肉が印象的であった。

 

「ほうほう、式を挙げるとな。そのときはぜひとも私が神父として祝福できれば幸いですな」

「ストラーダ猊下ッ!!?」

「ごきげんよう、赤龍帝ボーイ。いい試合をしているようだ」

 

 ストラーダは笑顔で一誠の頭をわしゃわしゃと撫でる。この登場にはゼノヴィアやイリナは驚きつつも素早く跪き、シャドウは大一の頭の中で「げっ!」と声を上げていた。前デュランダル使いであり、教会屈指の戦士であるヴァスコ・ストラーダ…彼の登場には、一誠のチームや大一は完全に面食らっていた。

 しかし一方でリアスたちの反応は小さく、むしろしてやったりとした表情を浮かべていた。この様子にレイヴェルはすぐさま察して、リアスの方に視線を向ける。

 

「そうよ、レイヴェル。私のチームに猊下を招き入れたの」

 

 不敵な笑みを浮かべるリアスが放った言葉に、一誠のチームで驚かなかった者はいなかった。教会関係者であり、老体ながらも圧倒的な実力を誇るストラーダの加入は、立場的にも戦力的にもインパクトは十分であった。彼ほどの実力者を引き入れた辺り、リアスの手腕が見事に発揮されたと言える。

 ストラーダが保護者たちとあいさつを交わしているのを見て、大一も静かに息を吐く。教会でも地位の高いイリナの両親は畏敬の念を見せており、バラキエルとはかつて敵対していた間柄でありながらしっかりと握手をしている。目の当たりにするほど、彼の凄さを思い知らされる気持ちであった。そして同時に大一の中ではひとつの想いが膨れ上がっていた。

 

(チームメンバーか…)

 

 

 

 

 その後、結婚式の話がある程度続いたところで、兵藤母が少し悩んだように漏らす。

 

「田舎のお義母さんも呼ばなきゃいけないけれど、どうやって事情を話したらいいのかしら…」

「親父がいれば、そういうの『ま、そういうこともあるだろ!』の一声で納得してくれそうだったんだがな…」

 

 首をひねりながら話す父に、一誠は納得するように頷き、大一は低く唸るような声を出す。祖父の豪快さを見れば受け入れることも考えられるが、悪魔としての奇妙さを見ればひと悶着ありそうと考えることも当然であった。

とはいえ、祖母も妖怪や山の神などは信じている方であるため、小猫や黒歌といったその国に馴染んだ存在から慣れさせるという結論に至った。何人かの視線がソファーに座っている小猫と、先に戻ってきていた黒歌に向けられる中、アーシアがふと疑問を投げかける。

 

「おじいさまって、どのような方だったのでしょうか?」

「エロかったぞ。まずはそれが先に出る」

 

 間髪入れずにハッキリ答える一誠に、他の兵藤家3人もうんうんと頷くと、連鎖するように口を開いていく。

 

「イッセーのエロさとハーレム思考は絶対にウチの親父の影響だろうな。なにせ、若い頃は女のケツを追いかけまわしていたって母ちゃんが言っていたし」

「あら、私には、年を取ってからもずーっと若い娘のお尻を追いかけまわしていたってお義母さんが言っていたわよ」

「というか、俺はじいちゃんと出かけるたびにそんなところを見ていたよ…」

 

 兵藤家の祖父は全員が認めるほどエロかった。エロ本は大量に持っているわ、外出先では美人がいればスケベ顔で見るわとその手の思い出には事欠かなかった。事あるごとに一誠同様におっぱいへの興味はすさまじかったし、父については祖父の若い頃の遊びようも知っていたため、何度か隠し子が出てくるんじゃないかと思っていたほどだ。

 気づけば祖父のエピソードが展開され始めており、部屋に居る者たちの多くは父の話を聞き入っていた。

 

『なあ、大一。こんな話聞いても意味ないぜ。部屋に戻って眠った方がいいよ』

(わかってはいるが、さっき一誠がこっそり立って飲み物取りに行ったから、ここで俺が立つのもな…。あいつが戻ってきたら離脱しよう)

 

 シャドウの疲れたような声に、大一は抑えるように答える。ただ正直なところ、彼もシャドウの言うことを全面的に支持したかった。

 父が中学時代に見た祖父の話をしている中、隣に立っていたロスヴァイセが小声で話しかける。

 

「大一くんのおじいさま、だいぶ豪快ですね」

「父さんも言っていましたけど、かなり一誠に影響を与えてますからね。弟があんなふうになったのは、間違いなくあの人と近所にいた変な紙芝居屋のせいですから」

「…あまり大一くんは関わらなかったんですか?」

「まあ…そうですね」

 

 大一としては祖父のエピソードは耳あたりの良いものではなかった。祖父のさっぱりとして豪快な性格は、子どもながらに気難しく神経質な大一にとっては心労を抱かせたし、弟と一緒にエロいことを好んでいた様子には何度もため息をついていた。女性の胸について言及していたのも、一度や二度ではない。要するに、大一は祖父が苦手であった。

 もはや祖父の話はほとんど聞いておらず、彼が気になっていたのは小猫と黒歌のことであった。祖父の話が盛り上がる前、一誠よりも先に2人は席を外しており感知でキッチンに行っていることに気づいていた。

 

(配慮が足りなかったか…)

 

 幼い頃からの2人の経緯を踏まえれば、両親のことを覚えているかは定かではない。そんな彼女たちの前で家族の話を展開させるべきではなかったという後悔が生まれていた。もっともいつもの彼女たちであれば、そこまで気にしないだろうが、試合が近づいている状況では思うこともあったはずだ。

 彼の陰りある感情とは裏腹に、目の前では祖父の話で笑いが起こる光景が繰り広げられるのであった。

 




こういう場合、母方祖父母とかどうだったのだろうかと気になります。


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第15話 狙われた猫又

24巻の問題の取っ掛かりの回です。
原作ではかなりスラッシュドッグも関わっていましたね。


 翌日、大一は大学構内でノートにペンを走らせていた。天気が良く、風も無いため、外に置かれてあるテーブルを使って、講義の課題についてまとめていた。

 しかしこの課題にどこまで向き合えているかは甚だ疑問であった。彼の頭の中では前日に気になった2つのことが、彼から勉学への集中力を削いでいた。

 1点目はやはり小猫と黒歌のことであった。キッチンにいた2人は両親のことについて短く静かに話していたことを、一誠から聞いていた。昨日の後悔は間違っていなかったと思うのと同時に、彼女たちの心労をどうすれば軽減できるのかに考えを馳せていた。そもそも試合が近くて、2人とも気を張り詰めている状態なのは想像に難くない。昨日のプール開きでの様子にしろ、その後の会話にしろ、彼女たちには禍根を残すような戦いはしてほしくない。仲間として何が出来るかを考えるが…。

 

(いや、俺はそこまで出来た人間じゃない)

 

 心の中で自嘲的に大一は呟く。一誠のように仲間への優しさからではなく、所詮は自分が見たくないから考えているにすぎない。そんな自己満足のお節介でも、あの姉妹のために出来ることはしたかった。自分に好意を寄せてくれたあの2人には…。

 そして2点目は、チームメンバーについてであった。大一はアザゼル杯に参加していないため、すぐに考える必要は無いことだ。しかしリアスがストラーダをチームに加入させたことが、彼に強い衝撃を与えていた。さらに先日、一誠にはレーティングゲーム2位であったロイガン・ベルフェゴールがチーム入りを打診していたことも耳にしていた。彼女の眷属を臣下にすることも併せてだ。

 

(あの人の意見は正しかったんだろうな)

 

 大一の脳裏に浮かんだのは、リュディガー・ローゼンクロイツからの助言であった。彼の目指すチームは、アザゼル杯に出場しているチームに勝てるようなメンバーであった。少なくともその実感を持てるような実力と信頼を兼ね備えたメンバーだ。リュディガーの言うように大会に出場すれば、知名度も上がって将来のメンバー候補となるような人物を探せただろうか。ユーグリットがからかうように立候補していたことまでもが、頭をかすめていた。

 この2つの現実が、大一の頭を悩ませていた。いずれも彼にとっては重大な問題であり、引きずりやすい彼の性格には難題でもあった。相棒のシャドウも的確なアドバイスで彼の後押しもできず、どちらが大一を悩ませているかを気にするような始末だ。

 

「おい、大一!大一!」

「うーん…ん?なにかあったか?」

「お前な、そんなボケっとしていたら何もなくても声くらいかけるわ」

「勉強して会話に混ざっていないと思ったら、いつの間にかペンが止まっているんだものな」

 

 同じテーブルを囲む大沢と飯高が呆れたように答える。同学年であり、以前は大一に突かかっていた彼らは、この場にいないものも含めてそこそこの友情関係を築けていた。少なくとも、彼らの中で大きく姿が変容した大一に驚きこそすれど、敬遠する者はいなかった。

 大沢は大一が開いていた参考書「西洋の民俗学」を手に取り、怪訝そうに視線を向ける。

 

「別にお前がなんの科目を取るかは勝手だけどよ、グレモリーさんたちと同居していながら外国の文化や考え方を学ぶ必要あるのか?」

「いろいろな考え方を知りたいんだよ。そうすれば視野も広がって…あー…役立つかもしれないだろ?」

 

 少し迷いながら大一は言葉を完結させる。大学では様々な国の文化関連を中心に講義を取っていた。友人からは学者や海外の仕事を目指しているのかと思われているが、実際のところは悪魔として生きていくにあたって、他種族の考え方を少しでも理解する助けになるように、まずは日本人として外国について学ぼうとしていた。もっともどこまで通用するかはわからないが。

 

「ぼんやりするくらいなら、お前もちょっとは同好会について考えてくれよ」

「大沢、その件は諦めようぜ。正直、オカルト研究部みたいなの作ろうとしたって、グレモリーさんたちとは熱量が違うんだからよ」

 

 ぐっと言い張る大沢に、ため息交じりで飯高が反論する。彼らが考えていた…実際は大沢がほとんどであったが、同好会とはちょっとしたオカルト文化を調べるものであった。高校時代の一件を引きずっているのがわかりやすく、いまいち熱量が持ちきれずに結局は人数も集めきれずに申請を断念してしまった。

 一方でリアスは「日本文化研究会」なるものを立ち上げており、彼女の日本への愛が全面的に活かされていた。

 

「だいたい、お前って陸上部の応援にも行っているんだろ?時間も無いじゃないか」

「うっ…それもそうだが…。でもよ、俺だってモテたいんだよ!大一も飯高もどうして彼女いるのに、どうして俺だけ!」

「いやー、なんというか面目ないな」

 

 言葉とは裏腹なニヤニヤを隠しきれずに飯高は答える。駒王学園の文化祭で見事なたこ焼きを売りつくした彼であったが、その際に連絡交換した他校の女子との関係性は上手くいっているらしく、高校卒業前には付き合うこととなっていた。

 彼のひょろっとした細い顔は満足そうな笑みに溢れていおり、大沢は憎々しげに宣言する。

 

「お前ら、合コンがあっても誘わねえからな!」

「むしろお前は行きすぎじゃないか?何度も行って、妙に人脈が広いまであるって聞いたぞ」

「本当にそういう行動力は見習いたい…。そうだ、ちょうど彼女の話題が出たところで聞きたいことがあるんだ。先生、質問いいですか!」

「誰が先生だよ…」

 

 気おされた大一の突っ込みは無視され、飯高は熱量を保ったまま言葉を続ける。ただし雰囲気は一転して、どこか恥ずかしそうで遠慮がちに感じられた。

 

「いやー…まあ、なんというか…彼女と初めてを迎えるにはどうすればいいだろうかと…」

「俺に聞くなよ、そんなこと!」

「むしろお前以外に誰に聞けというんだ!あのエロい弟の兄で、女の子に囲まれている生活をして、めちゃくちゃ美人な彼女がいるお前だぞ!それ以外に選択肢があるか!」

「そうだそうだ!俺だって気になるぞ!ぶっちゃけ、姫島さんとどこまで行ったのか教えろ!」

 

 2人とも心の中の情熱をそのまま出したかのように強く問い詰めていく。これには大一も反応に困り、言葉少なく応える。

 

「どこまでって変わらずだぞ…」

「ウソ言うな!あれほど美人かつエロい身体を、好き勝手できる立場なのに手を出してないはずがない!むしろ卒業して18歳超えたんだから、メンタル的なハードルも低くなっているはず!その手のことくらいしているだろ!」

「大一、頼むよ。俺もそろそろ彼女と一線超えたいんだ…なにかアドバイスを…」

「俺は純粋に気になるね!きっと姫島さんのことだから、あのおしとやかな雰囲気で甘えさせてくれるんだろうな…」

 

 切実な雰囲気で頼み込む飯高とは対照的に、大沢は想像したのか夢見心地な顔になる。正直、大一としては「甘えさせてくれる」という単語には懐疑的であった。最近ではもっぱら彼女の方から甘えてくることが多かった。リアスのチームとヴァ―リのチームの試合が近いせいで緊張があるのか、それとも先日の宣言通りいよいよ我慢しなくなったのか、何かに理由をつけては身体的なボディタッチを求めてきた。

 そんな彼女を知っているゆえに、友人の想像には変な笑いもこみ上げてくる。誤魔化すように咳ばらいをすると、理性を保つように穏やかに話を再開した。

 

「とにかくお前らに説明するようなことはない。だいたい俺は友人相手でもプライベートを切り売りするつもりもないからな」

「カーッ!その余裕な感じが腹立つぜ!俺らはいいけどよ、そのうち大学の先輩には目をつけられるかもしれないぞ。姫島さんたちの人気を甘く見てはいけないぜ」

「高校のころから思ったことは無いが、胸にとどめておくよ」

「やっぱり家…いやホテルやカラオケボックスも聞くし…でも勘繰られるかな…」

 

 指摘する大沢の横で、飯高はぶつぶつとすっかり悩みこむ。なかなか奇妙な友人関係であったが、大一としては戦いの喧騒とは無縁でいられる大切な縁でもあった。

 いよいよ安心感でふっと笑いがこぼれそうになるが、間もなく彼の携帯電話に入ったメールがそれを許さなかった。内容は、小猫が死神に襲われたというものであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 その日の夜、兵藤家のVIPルームにいつものメンバーは集合し、そこで事の顛末について聞いていた。生徒会の雑務であるゴミ拾いがあり、百鬼とミラーカ(エルメンヒルデの親友で百鬼とは将来の結婚も決まっている)の応援に同学年や眷属つながりで小猫やギャスパー、ベンニーアが出向いていた。その際にいきなり死神の一団が現れて、二手に分かれて巻こうとしたが、敵のほとんどが小猫に向かっていった。最終的にはベンニーアから応援を受けた一誠たちがたどり着くと、相手は撤退していったが、この事実に皆が驚きと疑問を感じていた。そもそも駒王町自体がテロ事件のせいで、結界などが強固になっている中、それをすり抜けて襲撃して来たのだ。かなりのリスクもあるはずだが、死神にとってそれほど小猫を狙うことが重要なのだろうか。

 リアスはこのきな臭い事件について言葉をつむぐ。

 

「…死神の突然の襲撃は、サイラオーグたちが対応している事件も関係あったりするのかしらね」

 

 現在、バアル領では出自不明の悪魔がたびたび暴れている話が上がっていた。サイラオーグがその鎮圧にあたっており、リアスの方にも注意を促していた。

 一方で、転生天使にも教会内に不審者が出没しており、対応命令が下されていた。これら全ての事象が関係しているかは不明だが、何者かによる不穏な画策が予想される状況であった。

 皆が渋い表情になっていく中、朱乃のもとに連絡用魔法陣が展開される。手早くメモを取ると、リアスに渡しながら話しかける。

 

「『刃狗』、鳶雄兄さ…幾瀬さんから、伝えたい情報があるようです。指定の場所を教えていただいたのですが…誰かこの住所をご存じでしょうか?」

 

 彼女の親戚にあたる幾瀬から受けた情報の書かれたメモを皆が覗き込む。駒王町からはいくらか離れた場所であるが、大一には覚えがなかった。リアスや一誠も同じであり、何人かが首を横に振っていく中、ロスヴァイセがハッとしたように話す。

 

「…そのバー、オーディン様の付き添いで行った記憶があります。アザゼル先生に連れて行ってもらったのですが…多分、わかります」

 

────────────────────────────────────────────

 

 幾瀬の元には翌日の夜に一部のメンバー(一誠、リアス、レイヴェル、ロスヴァイセ)で行くことになり、この日はお開きとなった。自室へと戻った大一は、険しい顔で机の中を漁っていた。そんな彼の肩からはシャドウが眼をぎょろつかせながら、自分の意見を声高に述べていた。

 

『死神が猫又を襲うというのは、どうにも腑に落ちないね。神話体系でも関わり無いだろうに。仙術をコントロールするのであれば、他に狙われる妖怪も多いから狙いがよくわからないね。ならば家柄とか、そっち方面かもしれない。この出来事がもっと早く起きていれば、冥府に行った時にハーデスを問い詰められたかもしれないな』

「過ぎたことを言っても仕方ない。そもそもはぐらかされるだろうな。まずは出来ることをやろう」

 

 小さい紙きれを見つけた大一は手近な筆ペンを掴んで、別のメモ帳でインクの切れが無いかを確かめながら答える。

 小猫が狙われたことは、疑問と不安の両方を掻き立てた。他にグレモリー眷属がいる中で彼女を狙ったことは、立場的なことではなく種族や家系関連が予想される。そうなれば小猫と黒歌が今後も狙われることは容易に想像できた。

 しかし彼女たちの家柄については、大一が知る由もない。本人たちがほとんど覚えていないような両親のことを根掘り葉掘り聞いても答えは出ないだろうし、襲われたことで緊張が高まっている状況で問いただすような不躾な言動を取るわけにもいかない。

 ならば、知り合いで少しでも妖怪に詳しい相手に聞くことが最良だろう。そのように考えた大一は、京都に住む零や紅葉宛てに連絡の準備をした。間もなく妖怪関連で相談したい要件がある旨を紙に書くと、魔法を使って指先から小さな火を灯してその紙を燃やした。紙はあっという間に燃え尽きて、白い煙となって消えていった。

 その後、今度は連絡用魔法陣が記された別の紙に魔力を込めていく。しかし応答は無かったため、仕方ないというように頷いてその紙を片づけた。

 

『返事来るかねぇ?』

「すぐには難しいかもな。それでもメッセージは残したから気づいてくれるだろう」

 

 淡々と答えた大一はぐっと体を伸ばす。絡み合った思考が身体まで強張らせている気がした。

 すると自室の扉が動く音と誰かが入ってきた気配がする。彼の部屋にノックもしないで入ってくる人物など、ここ最近では朱乃くらいしかいなかったため、彼女だと思っていたが…。

 

「…先輩、やること終わりましたか?」

「うおっ!どうした、小猫?」

「…そんなに驚かれるのは不服です」

 

 不服を示すように目を細めながら、小猫は答える。彼女との付き合いも長いおかげで、不満を訴えていることはすぐにわかった。

 

「いや悪かった。いきなり部屋に入ってきたから驚いただけで…」

「朱乃さんの時もそんな感じなんですか?」

「あの人はもう当たり前になっているというか、それ以外のところで驚かされるな」

「…そうですか」

 

 表情を変えずに彼女は大一のベッドに腰をかける。明らかにこの部屋に居座ろうとしている彼女に、大一はそのまま話を続ける。

 

「そうだ、小猫。怪我は無かったか?」

「…今さらですか。あれば、イッセー先輩たちが来てくれた際に言ってます」

「そう言って、無理していることもあるんだから心配するよ。いや何もないならそれでいいんだが」

「私は…大丈夫です」

 

 小猫は一瞬出そうになった言葉を飲み込むように答えた。それには大一も気づいたが、先ほどの襲撃のおかげで不安になるのも当然だと思い追及はしなかった。

 わずかに沈黙が流れるが、間もなく小猫が小さく深呼吸をすると、奮い起こすように訴えた。

 

「先輩、やっぱりちょっと心配です。どうして死神が私を狙ったのかとか、姉様のこととか…」

「いろいろあって受け止めきれない感じか?」

「そう…なんだと思います。だから…えっと…あ、試合前に特訓に付き合ってくれませんか。しっかりと仕上げて姉様との勝負に備えたいんです」

「…わかった」

 

 大一は後輩の視線を受け止めながら静かに答える。彼女にとってそれは本音だろう。しかし全てではなかった。

 決めることと揺れ動くことを繰り返す後輩を目の当たりにするほどに、彼女の力になることを改めて決意するのであった。

 




おそらく原作とは小猫の反応や心境がちょっと違うと思います。


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第16話 訪問

展開が遅いのはわかっているのですが、今回はちょっと必要な内容だと思います。


 昨夜、零や紅葉に送った連絡について内容が妖怪関連のものであるため、早々の折り返しを期待していたが、残念ながらなにも来ていなかった。急な連絡であった上に、独自の立場を築いている彼女たちも忙しいかもしれないと思って納得はしていた。

 だからといって行動しなかったわけではない。大学の講義こそあったものの、時間を見つけて小猫や黒歌の過去を整理していた。もちろん分かることなど最低限のものでしかない。以前2人が話していたことをノートにまとめた程度のものだ。黒歌の元主が72柱のナベリウス家であることや、小猫がリアスたちに拾われてからの生活もまとめていたが、目新しい情報に気づくことは無かった。

 そして一誠たちが幾瀬の示した店へと向かう夜、大一は冥界のルシファー領土にあるこぢんまりした建物に来ていた。シンプルな造りの建物であったが、管理が行き届いており、清潔さが見受けられる。絵本に出てくるような西洋風の建物は、穏やかな生活を望む老婦人でも住んでいると思うだろう趣があった。しかし実際のところは、ユーグリット・ルキフグスの住まいであった。

 

「安物のインスタントコーヒーですが、無いよりはマシでしょう」

「それはどうも」

 

 湯気の立つコーヒーが並々と注がれたマグカップをテーブルに置きながら、ユーグリットが話す。数週間前、これまでの有益な情報提供に加えて、グレイフィアと大一の嘆願もあって彼はルシファー領土の小さな家で生活することが許された。妙な動きをすれば、すぐに感知できるような仕掛けや魔法の類はあるものの、牢獄に繋がれた時よりも自由に生活できるようになったため、顔色もよく健康体であった。

 置かれたコーヒーを冷ますように息を吹き替えた後に、一口すする。無機質な苦みが口内を覆った。

 

「敵に出された飲み物にあっさりと手を付けるのは、警戒心が無い証拠ですよ」

「今さら、お前を警戒する必要も無いからな」

 

 あっさりと答える大一は、憎々しいくらい余裕な微笑を浮かべるユーグリットを見る。テロリストであった時のギラギラした危険性や野心もそぎ落とされたように感じられた。

 

「まあ、私自身もこれからクリフォトを再興しようなどとは思っていませんよ。リゼヴィム様はいないし、たまに姉上と会えて、ある程度ゆったりできるこの生活を楽しみたいですからね。荒れていた私には良い休養だ」

「それはよかったな」

「だからこそ不満なのが、この生活を得るのにここまで時間がかかったことですよ。拷問まで受けたのに割に合わない」

 

 鼻を鳴らすユーグリットは、この不満を心から言っていた。これには大一も渋い表情を取らざるを得ない。クリフォトとして世界を混乱に招いた元テロリストが、よくここまでワガママな考えを遠慮なく言えるものだ。

 その一方で大一の表情を見たユーグリットは意図を組んだようにほくそ笑む。

 

「あなたは私が無茶を言っていると思っているのでしょう?」

「自覚あるのが質悪いな。多くの人を傷つけておいて、その言葉がまかり通ると思っているのかよ」

「私は自分のやりたいことをやっただけですよ。それで苦しむなら、傷ついた相手が弱かっただけの話です。それにこれまでの情報提供から責任も取ったでしょう。だいたい同じようにテロをしていたヴァ―リや曹操がすぐに解放されておいて、私がいつまでも拘束されるのも妙なだと思いませんか?」

「どうだかな。しかしお前の方からヴァ―リの話題を出してくれたのはちょうどいい」

 

 この日はもともとユーグリットから打診を受けて、差し入れを持ってくるだけであったが、その面会を大いに活用しようと考えていた。

 

「ヴァ―リのチームにいる黒歌を知っているな」

「ああ、あの猫魈の…」

「そうだ。つい先日、彼女の妹が死神に狙われた。それについてなにか思い当たる節はないか?」

 

 クリフォトといえば、裏ではハーデスともやり取りしていた疑惑がある。中核メンバーであったユーグリットが情報を持っている可能性は高く、大一は手掛かりをつかめることを期待していた。

 しかしユーグリットが意地の悪そうにクックっと笑っている姿を見ると、その期待が一気にしぼんでいった。

 

「世界情勢はどんどん変わっていくのに、まだ私の情報を当てにしているのは哀れですね。冥府の方とやり取りをしていたのは、異世界の相手と同様にリゼヴィム様と邪龍どもです。私はほとんど関わっていません」

「それでもいくらか情報はあるんじゃないか?」

「残念ながら、本当に無いですよ。もっともあれが我々の持っていた研究成果をどこかで手に入れた可能性はありますが。まったく聞けば欲しい情報が得られると思っているのは、浅はかなものですよ」

 

 ユーグリットの嘲りの籠った声は、決して耳障りのいいものでは無かったが、同時に指摘されるように見通しが甘いことは否定できなかった。小猫の件で気持ちが無意識に急いているゆえか、どうも自分の立ち位置や出来ることを振り返る必要性は感じられた。

 その一方でユーグリットもこの話題には喰いついており、思案の表情でつぶやく。

 

「しかし死神がね…表舞台で動くような類じゃないでしょう、あれらは」

「お前らとの関係性もはぐらかすような相手だからな」

「その通り。死という自然の概念のために裏で動く、そんな者達ですから」

「もともとハーデスが大会の裏で画策している情報は入っている。冥界や他の勢力でも警戒事項だ」

「最近目撃されている正体不明悪魔含めてですか」

 

 大一の眉がピクリと動く。またもや目の前に座る悪魔は、いつの間にか情報を手に入れていた。

 

「そこまで知っていたのか…」

「姉上から訊かれただけですよ。ちょうどあなたと同じように情報を求めていたので。しかし残念ながらそちらも出せるものはありません」

 

 首を横に振りながら答えるユーグリットに、大一は少々落胆する。試合が近いことを思うと、小猫や黒歌に負担をかけるのは避けたい。そのためにも早々に問題の解決を求めていたが、現実はどうも八方塞がりになっているような気がした。

 とりあえず幾瀬から情報を得る一誠たちに期待していると、ユーグリットは観察するような視線を送る。

 

「焦っているようですが、状況は好転しませんよ」

「お前に言われなくても自覚しているつもりだ」

「ええ、あなたはそう答えるでしょうとも。しかしまだ感情を隠すのが下手ですね。彼女たちの話をする時、緊張が分かりやすかったですよ」

「余計なお世話だ」

 

 大一はむすっとした顔で、ユーグリットの視線から逃れるように顔をそむける。

 

「そういえば、ヴァ―リとリアス・グレモリーの試合が近いですね。私としてはどっちが勝っても不本意ですが、あなたは?」

「仮にも元グレモリー眷属だ。リアスさんを応援する」

「いやいや、私はそういう話を聞きたかったんじゃないのですよ。自分で言うのもあれですが、私はあなたの強い野心を理解しているので」

 

 小さく笑うユーグリットに、大一は怪訝そうに眼を細める。不快感もあったが、それ以上にひとつの疑念が生じていた。

 

「…お前、どうして俺をそこまで気にかける。この前は本気じゃなくても眷属に入ろうか、なんて言ってさ」

「どうして…」

 

 ユーグリットは思案するようにあごに手を当てる。本気で考えているのか、それともただのポーズなのかは分かりかねた。ただ一瞬だけ静寂が部屋を覆うと、彼はゆっくりと口を開く。

 

「…あなたがお節介でからかい甲斐があるからでしょう」

 

────────────────────────────────────────────

 

 情報は手に入れられず、例によっておちょくられて不快感を抱くようなユーグリットとの面会を終わらせた大一は、そのままギガンのいる監獄へと足を運ぶ。この日も四肢に特殊な鎖を巻きつけられた大男は静かであり、前に来た時と違うところを探すことが困難なほど変わっていなかった。生活の方もまったく変わっておらず、食事もせずにただ座っているだけのようだ。

 

「そういうわけでハーデスが動いているそうなんだ。知っていることがあれば教えてほしい」

「…」

 

 ユーグリットの時と同様に大一は一連の経緯を説明するが、相変わらずギガンの口は堅く閉ざされたままであった。もはやその辺の犬に聞いた方がまだマシだとも思えるほど反応であった。

 そのまま時間は過ぎ去っていき、20分ほどしたところで大一は困ったように頭を掻く。

 

「…また来るよ。差し入れが欲しいときは看守さんに連絡してくれ」

 

 それだけ伝えると、大一は出口へと向かっていく。石床を踏む小さな足音が耳に響き、疲れたように息を吐く。落胆する思いの中、彼は扉のドアノブに手をかけようとするが…

 

「いつまで俺を生かすつもりだ」

 

 一瞬、誰が話しているのか分からなかった。低く疲れ切った男性の声、それがギガンの口から出てきたことに驚きを抱いた。大一は雷に打たれたように素早く振り向くと、ギガンが垂れ下がった目を向けていた。

 大一はかなり動揺していたが、それを表に出さないために誤魔化すような咳ばらいをすると、ゆっくりと彼の前に戻っていく。

 

「…ようやく話す気になったか?」

「疲れただけだ。さっさと殺せ」

「お前は死なせない。上層部でもその方針で話は決まっているんだ」

「情報のためか。ならば無駄骨だ。俺は話さない」

 

 ギガンの答えは短く、声はあまりにも無気力であった。その巨体に見合わない反応は、妙に身体が小さく見えるように思わせた。

 大一は大きく息を吐いて気持ちを整えると、かつて倒した男をハッキリと見据える。

 

「一部ではそういった考えもあるだろう。しかしそれだけじゃない。お前の素性はいくらか把握している。かつて非人道的な実験を受けていたことを。お前はたしかに許せないことをしたが、だからといって旧時代の被害者を切り捨てることは間違っている。新しく世界は変わっていくが、それを受けたうえで前に進むことを決めたんだ。だからお前は死なせない」

 

 禍の団やクリフォトによる世界を揺るがすような大きな事件を目の当たりにしてきた。彼らによって引き起こされた事件はもちろん、それがきっかけで噴き出してきたかつての悲しみも。残された怨念も。苦々しい現実も。それらは更なる苦しみを世界に引き起こす可能性を孕んでいた。このまま切り捨てたところで、それは新たな災禍に繋がりえる。ゆえに今の政府はあらゆる種族との交流も深め、かつての問題にも向き合っていた。

 大一の言葉にギガンは何も言わずに聞いていた。そして間もなく小さなため息をつくと、無機質な声でゆっくりと答える。

 

「理想や信念は立派なものだ。気づけば世界を引っ張る立場にある同盟、多くの者から慕われるお前…ただ強くなるだけで、皆からチヤホヤされるなんて羨ましいよ。腹が立つ。その上で、俺に情けをかけて俺の怒りや憎しみまで奪おうとするのか。傲慢だな」

「ギガン、俺はそういうつもりじゃ───」

「もう2度と来るな。俺の視界に入るな。耳に声を入れるな」

 

 内容の苛烈さとはまるで違うような淡々とした声色で話しきると、ギガンは再び黙り込む。ようやく引き出した彼の言葉はどこまでも冷たく、大一に無力感を与えるには十分すぎるほどであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 数十分後、大一は兵藤家の地下にある巨大魔法陣のある部屋に転移して帰宅した。心的に負担のある会話をして、笑顔からは程遠い表情であった。たしかにユーグリットから指摘を受けたように、感情を隠すにしてはお粗末に思われてもおかしくなかった。

 そして転移して間もなく、ひとりの女性に指摘を受けることとなった。

 

「まーた難しい顔してるにゃん」

「黒歌、帰っていたのか」

「本当に今しがたね。部屋を出ようとしたら、誰か転移してくるのに気づいて待っていたの。美人の出迎えにはもっと笑顔になってもいいんじゃない?」

「そりゃ、どうも」

 

 あまり本気で取り合わずに、大一は扉へとどんどん足を進める。しかし彼がドアノブに手をかけようとした瞬間、それを抑えるように黒歌がするりと手を重ねて扉を開けることを止めてきた。

 

「ねえ、白音が死神に襲われたらしいけど、なにか掴めた?」

「なにも。今日、一誠たちが幾瀬さんから情報を聞きに行っているが…まだ帰ってきてないっぽいな」

 

 手早く家の中を感知するも、一誠たちの魔力や生命力は感知できない。時間も約束からそこまで経っていなかった。

 

「お前も気をつけておいてくれよ。どうも死神たちは小猫を狙っていたようなんだ。そうなれば姉妹のお前だって危ない」

「分かっているって。ヴァ―リたちと何度も修羅場をくぐってきたのよ。足元すくわれるほど油断していないにゃ」

 

 さらりと答える黒歌であったが、それを頭ごなしに信じられなかった。わざわざ2人だけの状況で、この話を振ってくる限り多かれ少なかれ不安を抱いていることは容易に想像できた。

 

「ねえ、大一。頼みたいことがあるんだけど」

「よほど変なことじゃなければ引き受ける」

「今さらしないって。ただちょっと白音と一緒にいてあげて、安心させて欲しいだけよ」

 

 いつものいたずらっぽい軽い声色に、大一は訝しそうに目を細める。彼女の不安は相変わらず妹に集中していた。そして軽快な雰囲気以上にその不安が強いことに気づくのは容易く、同時にため息をつきたくなる想いであった。

 一方で、黒歌はそのまま話を続けていく。

 

「ほら、あんたってお節介でいろいろ動くところあるじゃない。でも一緒にいてもらうだけで安心することってあるの。特に好きな人にはってやつ。白音はまだまだ心配になりやすいから、気にかけて上げて欲しいんだ」

「…それで問題が解決するならそうするよ。でもそうじゃない。俺に出来ることがあるなら、それを全力でやるだけだ。大切な仲間なら尚のことだろう」

 

 その言葉に、黒歌は安心するのと同時に内心ムッとした。どうも彼の態度からは小猫を妹とする見方が変わっていないような気がした。小猫のことを気にかけてくれるのは、彼女としても望んでいるものの、妹が上手くいっていないことを目の当たりにするのは言葉に出来ない具合の悪さが胸に感じられた。

 

「ふーん…白音のことはそういう感じなのね」

「あいつの期待には応えるつもりだよ。ただこの問題は、お前にも関わっているんだぞ」

「私は白音よりも強いから大丈夫にゃん。だからあの子を見てあげて欲しいの」

「黒歌、これは強いかどうかは関係ない。お前が小猫のことを心配しているのはわかるが、今回の一件でなにもしないことは無理だよ。それに───」

 

 言葉を切った大一の頭には、これまでの小猫の姿が想起された。挫折や劣等感を抱きながらも懸命に努力していく。昨日は弱みを隠そうとしながらも、自ら奮い起こして不安を打ち明ける強さもあった。

 それを実感するほどに、彼の心には熱い思いが込み上げてくる。後輩の強さには彼も勇気づけられていた。

 

「お前が思うほど、あいつは弱くないよ」

 




振り返ってみると、わりとかつての敵と話し込んでいますね。


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第17話 各々の展望

正直、この時点の一誠たちの実力を思うとあまり危機感が…。


 ルシファー領土にいくつもあるビルのひとつ、そこには地下バトルフィールドがあった。規模はそれなりに大きいが、グレモリー城に備え付けられているものと比べるとやや小さい。以前はこのフィールドで、ルシファー眷属たちがお互いの実力を磨きあっていたが、今では使う人はめっきり減っていた。だからといって人がいないわけじゃない。この日は、2人の悪魔が模擬戦を行っていた。

 

『なんて数だ…!』

 

 苦々しく呟きながら、龍人状態の大一はあらゆる方向から迫ってくる光弾を防いでいく。ただの魔力の塊ではあるが、ひとつひとつの密度は高く、それだけで相手の技量が窺えた。おまけに光弾が向かってくる速度も様々で感知も油断ならない。

 上げた硬度と体重は維持しつつ、背中から生やした黒影の腕も含めた計6本にそれぞれ錨を持ち防いでいく。もう少し攻撃の規模が大きければ魔法陣でも防げたが、このサイズでは隙間を縫ってくるため、錨でちまちまと叩き落とすことしか出来なかった。

 

『よくもまあ、この数をここまで緻密にコントロールできるものだ。しかもずっと動き続けている。スタミナも尋常じゃないね』

『さすがに手厳しい』

 

 戦塵によって周囲の視界が遮られていく中、間もなく背後から高速で迫っていく姿があった。感知で気づいていた大一は光弾を防ぎつつ振り返る。戦塵を突っ切ってきた相手は自身の手刀に魔力を集中させて鋭い剣のように形作り、彼の首元を狙っていた。すぐに察した大一は硬質化した錨の柄で刃を受け止める。たがいの得物がぶつかって金属音のような音が響いたところで、お互いに相手の顔をはっきり見る形となった。

 

「…この辺にしておきましょうか」

 

 間もなく息を軽くふいて、ボディスーツ姿のグレイフィアは魔力を解除するのであった。

 現在は一誠のチームで「女王」の「ビナー・レスザン」として活動しているグレイフィアは、大一と模擬戦をしていた。この日はグレモリー城の地下フィールドで一誠のチームとリアスのチーム合同で特訓をしていたが、彼女だけは別に行っていた。理由は聞いていないが、気まずさがあるのは想像に難くない。もっともグレイフィアはリアスに対して「一誠を魔王にする」と宣言しており、その後も顔は合わせているので今さらな気もするが。

 

「個人的にはさっさと別の『女王』を見つけてもらいたいですがね」

「私が弟のチームにいるのは不満ですか?」

「いえ、あなたが本気で一誠を魔王にしたいのは知っています。ただ支援するにしても、大会の『女王』ポジションである必要はないと思います。実質的な副官の立場ですから、正式な相手を見つけた方がいいでしょう」

 

 続けようとした「あなたはサーゼクス様の『女王』なのですから」という言葉をぐっと飲みこんで、大一は再びスポーツドリンクを飲む。グレイフィアが一誠のチームに行くと聞いたとき、彼はその理由を深くは聞かなかった。ただ彼女は弟に並々ならぬ期待を寄せている。これまでの一誠の偉業を踏まえれば当然と思う反面、あそこまで入れ込むには理由もあると思っていた。ただ彼女はあくまでサーゼクスの夫で、ルシファー眷属の「女王」だ。今後もそこが大きく変化するとは思えない。ならば一誠は正式な眷属を早々に見つけた方が、今後の眷属体制にも活かせるのではないだろうか。そんな考えを大一は抱いていた。本音を言えば、グレイフィアにはサーゼクスが去り際に伝えたように、ミリキャスに集中してほしいというのもあったのだが。

 グレイフィアは軽く咳払いすると、横目でちらりと視線を送る。

 

「それがロスヴァイセさんに弟のチームに行くようにお願いした人の言葉ですか」

「いや、それはえっと…」

「私なりに考えた上での行動ですし、それで他のことを疎かにするつもりはありませんよ。あなたの方こそ、無理はしないように」

 

 くぎを刺すようなグレイフィアの指摘に、大一は困ったように頬を掻く。彼が冥界の裏方で粉骨砕身していることは知っている。彼女としてはいい加減に解放されていいと考えており、何度か会うたびにその旨を伝えていた。

 

「しかしこっちに残ったルシファー眷属として、責務は果たしたいのです」

「その気持ちはよくわかっていますよ。しかしサーゼクスの別れ際の言葉も守りなさい。これは同じ眷属としてのアドバイスです」

「わ、わかりました…」

 

 もはやルシファー眷属としての定めなのか、彼もグレイフィアには逆らうことは出来なかった。いつぞや他のルシファー眷属が家に訪ねてきた際に、彼女に説教されていたことを思いだす。

 

「しかし状況が状況ですから…」

「例の正体不明の悪魔については警戒に越したことはありませんが…」

 

 眉間にしわを寄せてグレイフィアは答える。先日、一誠たちが幾瀬から聞いた情報によると、多発している不審者について全て悪魔であることが判明した。それらは純血であり、旧ルシファーなどの古い悪魔たちと同じ魔力や肉体情報を有していたが、全員が出生歴なども不明な存在であった。これらの者たちの近くで死神が発見されたケースは多く、各勢力は冥府の関与を睨んでいた。ただし死神の中にはわざとらしく痕跡も残している場合もあり、それがこの問題を不可解にさせていた。

 いずれにせよ、死神たちが小猫を狙った理由は明らかにならなかったが、リアスたちは小猫の過去を調べることが問題の解決に繋がると考えている。そこで鏡で映した関係者をさらに映し出せる雲外鏡という妖怪に協力を取り付けようとしていた。すでにそのあたりのパイプが強いソーナたちが動いている。

 

「ただ雲外鏡の一族はテロで当主が亡くなったため、後継者に協力をすぐに取り付けるのは難しいようですが…」

「まずは彼女の過去を洗うところからですか。私やサーゼクスも彼女を保護したものの経緯までは知らないので、あまり力になれないのが口惜しいです」

「…俺としては過去に重きは置いてませんよ」

 

 大一はぼそりと呟く。小猫や黒歌の過去が壮絶なものであることは想像に難くない。それで彼女たちが苦い思いもあっただろうし、今回の事件にも繋がっているだろう。

 だがそれだけではいけない。彼女の未来のために、どのように向き合っていくかが重要であった。もっとも朱乃とバラキエルの時は、まるで上手くいってなかったが。

 

「小猫や黒歌のためにも…出来る限りのことはしたいです」

「気負いすぎですよ。無茶をしてはどうにもなりません」

 

 グレイフィアの鋭い指摘に、大一は申し訳なさそうに頭を掻く。ついさっきのアドバイスがまるで身に染みていない言動なのは間違いなかった。

 しかし彼女は間もなく首を横に振りながら軽くため息をつく。

 

「…いや私がどうこう言える資格がないのはわかっていますよ。ユーグリットのことまで任せているような状況ですし」

「彼から打診を受けなければ行きませんので大丈夫ですよ」

「それが任せているように思うのです。どうも最近、あの子はあなたに連絡を入れることも増えているし、どういうつもりなんだか…」

 

 グレイフィアは腕を組むと、考え込むように指で腕をトントンと叩く。弟が普通の生活を許されるようになってから、見張りと尋問の名目も兼ねて彼女は定期的に足を運んでいた。その際に、ユーグリットが大一を何度も呼んでいることを知った。

 

「そこまで入れ込む必要は無いですよ。あなたにはあなたの選択があるのですから」

「ありがとうございます、グレイフィアさん。でもこれは俺が勝手にやっていることですから」

「以前、私がお願いしたことを意識しているなら」

「それだけじゃありませんよ。俺はあいつとの戦いの中で誓ったんです。俺のやり方であいつを救い、少しでも悲しみを減らすことを」

「救う…ですか」

 

 それはかつて自分が身動きが取れないときに、愛する夫の手紙を携えてきた彼に放った言葉であった。やはり彼は元来の責任感ゆえに縛られているのだろうか。

 渋い表情で考え込むグレイフィアに対して、大一はぐっと身体を伸ばすと落ち着いた声で話しかける。

 

「どうします?模擬戦、もう少しやりましょうか?」

「…ええ、お願いします。私も仕上げておかなければならないので」

 

 淡々と会話を交わす2人は再びフィールドへと向かっていく。まるで動じていない大一を見て、彼女は弟と会う必要性を強く感じるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 一方、一誠のチームとリアスのチームで特訓していたグレモリー城の地下フィールドでは事件が起こっていた。突如、大鎌を携えた死神の軍勢が現れたのだ。相手の狙いはやはり小猫であり、向かってきた死神を一誠たちは迎え撃つ。

 怒り心頭で紅いオーラを纏いながら、リアスはリーダー格の死神を睨みつける。

 

「理由は…話してくれないのでしょうね?だからこそ、消滅する前にひとつだけ訊くわ。これはハーデスの思惑かしら?」

《それにだけは答えるように言われている。答えは否、これは最上級死神たるタナトス様の命令だ。ハーデス様の勅令ではない》

 

 意外な人物の名前が出たことに一行は驚きと困惑の入り混じった表情になる。タナトスといえば、最古参かつ最高峰の実力を持つ死神だ。この一件について大元が彼であることに疑問を持ちつつも、それを考える暇もなく死神たちが小猫を狙って襲ってきた。相手の狙いが分かり切っている以上、小猫を囲むように陣形を組めば対処はしやすい。しかし数の多さと相当なスピード、加えて相手の魂を傷つける特殊な鎌の存在は厄介で油断ならない相手であることも事実であった。

 

《ええいっ!猫だッ!猫を狙えッ!》

 

 大声でリーダー格の死神が指示を飛ばすが、一誠たちを崩せずに死神たちは苦戦を強いられていく。

 さらに間もなくなにかを断ち切る音と同時に、リーダー格の死神が真っ二つに切り伏せられる事態が起こった。彼の背後には聖なる力が宿った長剣を担ぐヴァスコ・ストラーダが立っていた。

 

「ほう、これはこれは…」

 

 たくさんのしわを刻んだ顔にまったく臆さない不敵な笑みを浮かべながら、ストラーダはこの状況を見渡していく。

 これだけでも死神が怯むには充分だったのに、今度は一部の死神が巨大な腕で薙ぎ払われていったり、魔力で身体を真っ二つにされたり、地面に押しつぶされるように叩きつけられたりしていった。

 

「…なんだ、今日は死神を倒すのが練習だったのか?」

「そんなわけないでしょう。まったく、この城に侵入して襲撃とは許すわけにいきません」

『帰ってきて早々こんな状況とは…死神も動きが速い』

 

 練習に遅れてやってきたクロウ・クルワッハと、戻ってきたグレイフィア、大一が死神の集団をなぎ倒していた。

 リーダー格を失った上に、さらなる援軍の登場に死神たちは天井に展開した穴へと一斉に退却していく。ゼノヴィアとイリナが追撃をしようとするが、それをリアスが制止した。

 

「小猫を狙う相手は完全に分かったわ。これは大きいでしょうね。あとは理由を探るだけよ。ベンニーア」

 

 ここ最近の死神たちの活発的な動きから一緒に行動していたベンニーアに、リアスは呼びかける。

 

「あなたのパイプ、使えるかしら?ソーナから一度なら冥府に繋げられる回線があると聞いたから」

《わかりやしたぜ。さすがに今回の一件はあっしも我慢の限界でさ。あまり多くは使いやせんが、いざというとき用の回線を開きますぜ》

 

 こうして一行はベンニーアによって冥府に直接連絡を取ることとなった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 冥界のグレモリー領で事件が起こる少し前、とある国の森林地帯には一種の結界が張られていた。都市部からは離れており、よほど大きな音があっても気づくことはありえないが、結界を張った人物は念を押していた。

 その人物の目の前には黒いローブを纏った死神が力なくうなだれている。四肢を大きな針で近くの木に磔にされており、完全に意識を途切れさせていた。

 

「情報としてはこんなものね」

 

 アリッサは汗もかいていないはずの額を拭う素振りをすると、手早く魔法陣を展開させて死神を消滅させる。

 その後、何事も無かったように歩いていき、大量の木が倒れて開かれた場所まで移動した。

 

「そこそこ聞けたわよ。そっちは?」

「足りねえな。弱くはねえが、満足するには程遠い」

 

 抑揚のない声でベルディムは答える。周辺一帯には胸を撃ち抜かれたり、身体を斬られたりして絶命した死神が50人以上は倒れており、彼はそのうちのひとつに座りながら酒瓶の中身を飲んでいた。

 

「この程度じゃ、勝利の美酒にもならねえ。もっとも安酒だからたかが知れているが。それで情報は?」

「結論から言えば、ハーデスとは別の思惑で動いている輩がいるわ。冥府の最高幹部のタナトスね。彼らはとある猫又を追っているらしいわ」

「なんだ?そいつらは強いのか?」

「あなたって基準が実力でしか考えられないの?いやそんなことはどうでもいいわ。とにかくその猫又がある研究の成果みたいなの。ハーデスはそれを欲しがっているみたいだけど、タナトスはその前に潰したがっているみたい」

「ハッハー、冥府のボスが実質的に裏切られているわけだ」

 

 ベルディムはわざとらしい笑い声を上げながら、再び酒瓶を傾ける。まったく面白くないのは声の調子で明らかだった。もっとも勢力の裏切りが別に面白いことでもないのは、アリッサとしても同じ考えであった。それで自分たちに利益が出るとは思えない。

 

「それで実験の内容や猫又の素性はわかったのか?」

「まあね。そもそも猫又の方は私も知っていたし」

「あん?いろいろ外道な実験やっていた時に見つけたのか?」

「あなたに道がどうとか言われたくないわ。そうじゃなくて、例のテロ対策チームよ。あそこのグレモリー家の眷属と白龍皇の眷属にいる姉妹がそうなのよ」

 

 ベルディムの目がギラリとした光を放ったように、アリッサは見えた。これほど欲望が分かりやすい悪魔もなかなかいないと思いつつ、彼女はさらに言葉を続けていく。

 

「あとはハーデスの研究の内容だけど、超越者関連のことみたい。後天的にそういう存在を作ろうとしているようね」

「ほほう…それは興味深いな」

 

 薄い唇についた酒を舐めながら、ベルディムが答える。強者を求める渇望がドクンドクンと流れ出ている。だてに異界の地でも戦闘狂で名の通っている人物だけではある。それゆえの頼もしさはあるが、同時に呆れる思いもあった。

 

「さてこの後はどうする?冥府の奴らに吹っ掛けるか?」

「わざわざやる理由は無いわよ。ただあいつらがクリフォトと繋がっていたのであれば、いずれ私たちのことも狙うかもしれない。下手したらその研究だって持っているでしょうし。まあ、三大同盟だって似たようなものでしょうけど」

「やはり来る前に潰すか」

「だからやらないわよ!研究がどこまでいっているかの把握、それと他の勢力の動向も確認ね。文句はなし!」

 

 再び口を開きかけたベルディムに、アリッサは力強く指をさして黙らせようとする。しかし彼はお構いなしといった様子で言葉を紡いだ。

 

「いやまずは飯が食いてえな」

「…じゃあ、行動はそれからで」

 




冥府は冥府でガタガタな印象です。


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第18話 影響を与えて

展開が遅いのは自覚しているんですが…。


 死神の襲撃から数日が経過したころ、一誠、リアス、朱乃、レイヴェルの4人はソーナと椿姫に案内された東北地方の山奥へと向かっていた。小猫の過去を知るために、雲外鏡を尋ねに行ったところだ。

 一方で大一は真逆の関西方面へと足を伸ばし、返事のあった零のもとへと来ていた。

 

「つまり小猫殿が狙われているのは、タナトスの差し金ということですか」

「そうだな。どうもオルクスさんの言い方ではハーデスとは違う思惑があるらしい」

 

 紅葉の言葉に、大一は頭を掻きながら答える。死神の襲撃後、家に戻った一行はベンニーアの協力を経て、彼女の父親で最上級死神のひとりオルクスに連絡を取った。冥府屈指の特別な死神であったが、穏健派である上に「ベンニーアたん」と呼ぶほど娘に対しては好感を持っていたこともあり、ハーデスとタナトスはそれぞれの目的で動いているという情報を得られた。どうも冥府も一枚岩ではないらしい。

 

「それで小猫殿や黒歌殿は大丈夫なのですか?襲撃があったら…」

「襲撃の対策に結界をさらに強固なものにしたし、冥界政府もこの事実を重く受け止めている。父さんや母さんが連れ去らわれないように、ロイガン・ベルフェゴールさんの眷属が護衛についてくれているしな。黒歌は…あいつ1回だけ帰ってきて以来、会っていないんだよな。どこかで身を隠しているのかもしれない」

「私たちからすればどうでもいい話だがな」

 

 零は串団子をほおばりながら、剃刀のように鋭い声でつぶやく。不機嫌を隠さない主の様子に、紅葉は両手を上げて鎮めるようなジェスチャーと同時に言葉をかける。

 

「まあまあ零様。妖怪全体の問題になる可能性もあるのですから…」

「私からすればその可能性は低いと思える。仙術を使う妖怪などざらにいるのに、わざわざ危険を冒してまで猫又姉妹を狙うならば、今回の事件は彼女たちに絞ったものだろう。悪魔との関係も深いなら尚更だ」

 

 大一がここに来てから零はずっと不機嫌であった。これまで何度か彼女と会ってきたため、その理由は容易に想像つく。大一は深々と頭を下げて、ハッキリと言葉を紡いだ。

 

「お時間を割いていただき本当にありがとうございます」

「それはここに来てからも聞いた」

「何度だってお礼はするつもりです。旧友の繋がりがあるとはいえ、三大同盟嫌いなあなたがこれほど協力してくださるのですから」

「自覚あるのが質悪い…。まったく参曲(まがり)もどうして悪魔にここまで協力できるのか…」

 

 零の口から出てきた参曲という人物は猫妖怪の長老であり、定期的に小猫や黒歌を鍛えている妖怪であった。雲外鏡への協力を求めるにあたり、彼も一緒に説得に向かっていた。

 扉を開けて入ってきたお歯黒べったりの菜種からお茶のお代わりを貰いつつ、零はだるそうに呟く。

 

「今の雲外鏡は規律を重んじるが、まだ若いという噂だ。参曲に説得されれば、どうせ協力するだろうよ」

「その言い方じゃ協力して欲しくないと言っているようなものですよ」

「菜種、私は三大同盟に権力が集中している現状が気に食わないだけだ。だいたい雲外鏡に頼らずとも、冥界政府に聞けばいくらでも出てきそうな情報だと思うがね」

「ナベリウスの本家の意向を無視してまで熱心かつ秘密裏に研究していたようです。しかもすでに誰かに接吸されて足跡もほとんど残っていませんでした」

「大一よ、それほど特異な研究を利己的な悪魔が本気で見過ごしていると思っているのか。少しでも甘い汁を吸おうと、噛んでいた連中はいただろうよ。お前、もう少し賢いと思っていたがね」

 

 嫌味な言い方であったが、大一は怒りを感じなかった。零の言葉がきついことは今に始まったことでは無いし、曲がりなりにも相談に乗ってくれているのだから。もっともシャドウの方は頭の中で小さく舌打ちしていたが。

 

「察しが悪い男は女にも好かれんぞ。百鬼の坊主も取り引き込みとはいえ、吸血鬼との結婚など…。いや姫島の娘どもも節操を学ぶべきか…」

「ぬおっ!?零様が女性を語っている…!」

「私は女だ!」

 

 驚く紅葉に、零は声を荒げる。憤慨したように湯飲みを傾けるが、近くにいた菜種は口角をピクピクとけいれんさせていたし、部屋の隅にある火鉢はゴトゴトと音を立てている。他の妖怪たちにとっても、屋敷の主の発言に内心笑いそうになっているのが明らかであった。

 零は軽く咳払いをすると、再び大一へと視線を向ける。

 

「とにかく聞けば教えてもらえる、力を貸してもらえる、そういう態度は感心しない。ちょっとは自分から向き合うことや信頼を得る努力をするべきだろう」

「心得ています」

「口だけならいくらでも言える。そうだな…例えば、お前は紅葉がどうして神器を持っているのか不思議に思ったことは無いか?」

 

 いきなり振られたことで紅葉は驚いた猫のように身体をびくりとさせ、大一の方は眉を上げて彼の方を見る。考えてみれば、神器は人間に宿る力だ。妖怪である彼が最初から持っているはずはない。そうなればどこからか受け継いだか、奪ったかが考えられるが…。

 ここで小手先のごまかしなど無意味だと理解していたため、大一は静かに首を横に振る。

 

「わかりません。聞いたこともありませんでした」

「そうか。…紅葉、話すのはお前からすればいい。もちろん言いたくなければ、話す必要もない」

「いや別に隠すことではありませんし…昔、独り身の爺様にお豆腐を毎日届けていただけですよ。一つ目の私に優しく、しかも届けた豆腐を美味しい美味しいと食べてくれましてね。それで仲良くなって死に際を私が看取ったのですが、その人が神器を持っていまして結果的に私が受け継いだわけです。爺様もうすうす特別な力であると気づいていたようですが。いやはや厄介な物を渡されましたよ。まあ、爺様との時間は楽しかったですがね」

 

 紅葉は淡々と自身の過去を話していく。戸惑いこそあるものの、それは話を振られたこと自体によるものであった。そこに苦い感情などは感じられない。神器で苦労していたことを、大一はよく知っている。それでもここまで言い切れることには、彼なりにこの思い出が特別なことを物語っていた。自分から寄り添い、向き合った結果、老人との縁を彼は紡いだわけだ。

 大一はちらりと零を見る。彼女の値踏みするような視線が肌を撫でるようであった。

 

「私も炎駒と友好を築いたのは積み重ねがあったからこそ。仮にもあいつの弟子であるなら、己の振る舞いは意識するべきだ」

「…頑張ります」

 

────────────────────────────────────────────

 

 京都から戻ってきた約1時間後、一誠たちも戻ってきて雲外鏡によって得られた小猫たちの真実を一行に伝えた。雲外鏡が映し出したのは、小猫たちの父親にあたる人物であった。彼は後天的に超越者を作り出すという研究に勤しんでおり、その研究をルキフグス家と同様に旧ルシファーに仕えていたネビロス家に目をつけられた。そしてその研究成果を黒い髪飾りに隠し、小猫たちの母にあたる女性に渡したのだと言う。つまり小猫がいつも使っている髪飾りのことだ。

 この話の後、小猫はリアスを経由してアジュカに髪飾りを貸すこととなった。

 

「いいのね?」

「問題ありませんリアス姉さまからいただいたスペアもたくさんありますから」

 

 決意を込めた表情で頷く小猫であったが、髪飾りを受け取った際にリアスや一誠の眉根がピクリと動いたことに大一は気づいた。朱乃やレイヴェルもどこか微妙な表情を見せる。この一件について、なにかまだ話していないことでもあるのだろうか。深い考えに及ぶ前に、兵藤家に黒歌とルフェイが戻ってきた。連絡もつかなかったのでその理由を聞くと、ルフェイがげんなりした様子で答える。

 

「中国の…妖怪の世界のさらに奥まで行ってました」

 

 詳しく聞くと、ヴァ―リの新たなチームメイトである現役の当代の沙悟浄、猪八戒の修業も兼ねて、牛魔王一派に殴り込みをしていたのだという。そのおかげなのか、黒歌は死神たちに目をつけられなかったようだ。

 この荒ぶる行動に驚きつつ、同時に黒歌だけ1度戻ってきていたことを思いだす。あの時、黒歌は間違いなく妹を心配していたようだが、彼女にそれを言おうとするとほんの僅かに首を横に振り、なにかを訴えるように大一へ視線を送っていた。相変わらず彼女は妹への感情を隠したい、そんな想いが窺えるような気がした。

 彼女はすぐに小猫へと向き直ると、頬を引っ張りながら訊く。

 

「まあ、大丈夫ね。安心したにゃん」

「…にゃら、ひっひゃらにゃいでくらひゃい」

 

 妹の安否を確認した黒歌はパッと手を放す。姉妹のスキンシップではあるが、それすらも黒歌は本心を隠すように思えてしまった。

 

「黒歌、ちょっといいかしら」

「あらら、真剣なお話のようね」

 

 この呼び出しにはリアスの声色だけで、黒歌も察した様子であった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「はあ!?じいちゃんに会った!?」

 

 話し合いが、終わり各々がくつろいだ時間を過ごす頃、一誠の話を聞いてリビングでは大一の素っ頓狂な声が響く。これには同じ部屋に居た朱乃、アーシア、ゼノヴィアも物珍しそうに視線を向けるが、驚きが優先されて気づいていない大一に一誠は話を続けた。

 

「雲外鏡のところでちょっと繋いでもらったんだ。元気そうだったよ」

「元気そうだったって、もう亡くなっている相手に言うのも変だろうに…。というか、あっちも驚いただろう。孫が悪魔になっているなんて知ったら」

「いやむしろ仏の世界で赤龍帝の祖父として有名らしい。今じゃ、『おっぱいドラゴンの歌』を流しながら、極楽で踊っているんだって」

「ええ…何やっているんだよ、あの人…。だいたい極楽なのに、悪魔の所業で褒められるって…そもそも極楽行けたんだ…」

「兄貴、それは辛らつすぎるだろ!」

 

 一誠のツッコミは、大一の耳にほとんど入っていなかった。彼からすれば露骨なスケベさで苦労と苦手意識が強い上に、弟関連で出来る限り関わりたくない「おっぱいドラゴン」にもハマっていると聞けば、敬遠したくなるのも当然であった。一誠は雲外鏡に繋いでもらえると聞いたときは懐かしさで胸がいっぱいになりかけたが、大一の場合は怪訝な想いがどうしても先行された。

 

「兄貴のことも話していたよ」

「変なことじゃないだろうな」

「朱乃さんを見ながら、あいつもおっぱいの良さが分かってきたかって」

「変なことだったよ、チクショウッ!」

 

 大一は左手の拳で額を叩く。悪い意味で予想を裏切らない祖父に、内心の苛立ちを隠そうともしなかった。

 彼の横では朱乃がいたずらっぽい笑顔を浮かべる。誰が見てもからかいを求めている表情だ。

 

「うふふ、ちょっと恥ずかしかったけど、おじいさまにもご挨拶できたのは良かったですわ。惜しむべきは、大一はあんなことやこんなことが好きだと伝えられなかったことね」

「あ、あんなこと…!どんなすごいことを…!」

「アーシア、勘違いするな。お前が想像しているようなことはないよ。後輩を煽るなって…」

 

 少し頬を赤くさせながら大一は反応する。祖父のことで驚きはあっても、朱乃のからかいには相変わらず羞恥心が刺激された。

 

「それでじいちゃん、最後に俺に言ったことが『たくさんのおっぱいを揉み倒せ』と、自分の若い頃の武勇伝を語ろうとしたくらいだぜ?」

「だからあの人は苦手だったんだよ!」

「まあ、俺はちょっと誇らしいくらいだったけどな」

 

 肩をすくめて答える一誠の姿に、大一はため息をつく。考えてみれば弟の並々ならぬ巨乳への興味は、祖父由来でもあるのだ。ある意味それで悪魔人生が豊かになった弟が尊敬するのも、学生時代の悩みの種となっていた兄が辟易するのも当然のことであった。

 そんな兵藤兄弟のやり取りを見ていたゼノヴィアとアーシアは話し込む。

 

「イッセーの祖父か…この前も話題になっていたな」

「ということは、リアスお姉様はおじいさまにも挨拶をしたということになりますよね…」

「しかも胸まで祖父公認だぞ。婚約を約束した身とはいえ、このまま後手に回っていては…」

「ゼノヴィアさん…わ、私、心配になってきました…まだ私のお胸じゃ…」

「大丈夫だ、アーシア。これから私たちだって、もっと成長するはずだ!」

 

 2人は互いに胸をわずかに見ながら、勇気づけるように手を握り合う。理由が理由なので微笑ましいというよりも、呆れとバカバカしさが入り混じったような光景であったが、一誠は頬を掻きながら口を開く。

 

「俺は約束した以上は、2人とも幸せにするつもりだぞ」

「イッセーさん…!」

「ふふっ…さすがは私とイリナのダブル告白を受けてくれただけはある…!」

 

 気がつけばあっという間に甘い空気が展開されていく弟と後輩の様子に、大一はガシガシと頭を掻く。弟が2人に声をかける前に、彼女たちの胸を見てわずかに表情を崩していたことに気づかなければ、もっと素直に弟の言葉を肯定できただろう。

 一方で朱乃はその光景に相変わらずの穏やかな笑顔を向けていた。

 

「あらあら、イッセーくんはすっかりハーレムを作っていますわ。きっと女の子たちを満足させてくれるんでしょうね」

「ハイハイ、俺だって行動に移すよ。でもその前に」

 

 大一はするりと朱乃の肩に手をまわしリビングを出るように誘導する。当てつけのような甘えを汲んでくれたことに喜ぶ朱乃であったが、同時に彼の表情が神妙さを物語っていたため、不思議そうに眉を上げる。

 

「どうかしたの?」

「さっきの話、全部事情を言わなかったんだろう?」

 

 声のトーンを落とした大一の言葉に、朱乃は心臓が打ち付けるような緊張を抱く。たしかに先ほどの仲間達への報告で、リアスは小猫たちの父親の件をかなり伏せていた。両親共同で超越者を生みだす研究をしていたと説明したが、実際は父親がその研究にかなり執着しており、母親が生んだ黒歌や小猫のことをほとんど覚えていなかった。その残酷な現実を、彼女に伝えることはさすがに憚られた。

 

「どうしてそう思ったの?」

「研究について話は出てきても、小猫たちの両親の人柄についてはほとんど言及がなかった。もちろん今回はそういう目的でないのは理解しているが、朱乃やリアスさんが行きながらまったく触れていないのは怪しいよ。大方、よほど子供に愛情を持っていなかったことが想像できる」

 

 ほとんど正解を叩きだしていた回答に、朱乃は迷った。リアスたちと話し合って、黒歌にだけは真実を伝えることとしたが、彼にも言うべきだろうか。ほとんど核心を突いている彼に話したところで、そこまで問題はないだろう。しかしそれ自体が小猫を傷つけることになるような気もしたのだ。

 考えあぐねる朱乃であったが、大一は落ち着いた声で話す。

 

「いや別に内容を知りたいわけじゃない。あくまでそういうことがあったという確認だ。そのうえで俺が彼女たちのために出来ることを全力でする」

「それって───」

「先輩、ちょっといいですか?」

 

 朱乃が問いただそうとしたところに、小猫が少し遠慮がちに話しかける。

 

「どうした?」

「この前の約束をお願いします。試合前の特訓に付き合って欲しいんです。仙術関連ですし、試合前で姉さまに頼むわけにもいきませんから」

「わかった。いつものフィールドでやろう。朱乃、後でな」

「ええ。2人ともしっかり鍛えてね」

 




いい加減、オリ主も女性問題に向き合わなければいけませんね。


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第19話 彼女らの望み

原作だとほとんど無かったある2人の会話も…。


 グレモリー家の地下フィールドは大人数で使っても十分な広さがある。そのため模擬戦を行うのにもうってつけで、リアスや一誠たちは幾度となくここで力を磨いてきた。

 しかしこの日の夜はたった2人だけであり、しかも模擬戦のように走り回ったり攻撃したりといった動きは無いため、いつも以上に広く感じる。

そんなフィールドで大一と小猫はゆっくりと身体を曲げ伸ばしする。まるでヨガや太極拳をやっているような動きであり、どことなく神秘的な雰囲気があった。

 

「自然と一体化し、気を溜める…仙術は動かないことが基本です」

「黒歌も言っていたな。心も乱さないことが大事なんだよな?」

「平常心を保たないと、すぐに気は乱れますから。そこでこのようにゆっくりと動き、感じる気に動きを合わせていくことを意識します。そうすることで自然と乱れない動きを覚えて、戦いにも活用できます」

 

 互いに落ち着き払った声で動きを続ける。相手に拳を打ち込むような動きを、攻撃を避けるために身体を低くする体勢を、戦闘の動きを彼女の指示に従いながらゆったりとした動作で取っていく。自分が普段から戦闘にあたりどのように動いているかを具体的に把握し、同時に気を意識することで今まで以上に活力を感じられた。

 

「不思議だ。前よりも自分に流れる気の動きをハッキリと意識できる」

「先輩は姉さまから仙術の基礎を叩きこまれていましたし、気を受け流すこともできていましたから。これをさらに重ねていけば、仙術の使い方について新たな活路も開けるかと。私はそれで白音モードを体得しました。ちょっと異名とはかけ離れた雰囲気ですが…」

「いいじゃないか、『ヘルキャット』。俺の『傷顔』とかいう通り名よりも遥かにカッコいいよ。そういえばお前のような変身も仙術で出来るのか?」

「あれは種族的なのもあるので…まあ、攻撃の活用でパッと思いつくのは仙術で相手の気を乱すこととかですかね」

 

 去年の夏、小猫は自身の力を受け入れた結果、仙術で相手の気を乱し防御を弱める方法を学んだ。実際、ソーナやサイラオーグのチームとの試合では、この技を使ってしっかりと実績を残しているゆえに説得力はあった。

 

「それと気を無理に掴むのではなく、流れを止めないことも意識しましょう。流れる水をせき止めず、身体自身を通り道にしてあげるんです」

「流れを止めないことか…小猫、教え方が上手いな」

「いろいろな人から聞いて、独自の修業も重ねて、この方法が私に1番合っていることに気づいたんです。妖怪は基本的に感覚でこれを習得しますが、私は長らく悪魔としてのパワー的な戦いが長かったですから」

 

 雑談を続けながら2人は動きを続ける。激しい動きこそ無かったが、額にはじんわりと汗がにじむほど身体が温まっていた。

 30分ほどしたところで、2人はフィールドの横で休憩をした。汗をぬぐいながら、大一は彼女に問いかける。

 

「しかし模擬戦とかじゃなくて良かったのか?」

「人に教えるのは自分の特訓にもなります。それに慣れたやり方で調整しておきたかったんですよ。自信にもなりますから」

「死神の件は不安にもなるよな」

「でも先輩が約束通り、一緒に特訓してくれました。それに皆さんのおかげで解決の糸口も見つかりましたし。むしろ私は…」

 

 小猫は神妙な面持ちでぎゅっと拳を握りしめる。死神が自分を狙っていることは、たしかに不安ではある。だがそれ以上に姉への想いが確固たるものであった。

 

「…姉さまは紛れもなく天才です。妹としての色眼鏡抜きでも、その才能はすごいものだと実感しました。今のような特訓はしなくても問題なかったでしょう。仙術だけじゃなく、魔術や時空間をコントロールする術にも長けている…」

 

 姉と再び出会い、戦い、かばわれて、修行までつけてもらった。目の当たりにするほど小猫は姉の実力を理解していった。天才的なセンスは重ねてきた経験は間違いなく自分を上回っていた。

 それを理解しながらも、彼女はとある願いを心に燃やしていた。それは自分よりも遥かに才能に恵まれている相手に抱くのは傲慢だと理解していても、抑えることは出来なかった。そして小猫は意を決してその想いを言葉にする。

 

「…それでも私はあの人に勝ちます。リアス姉さまの勝利のために。そして私があの人の関係をもう1回やり直すことに繋げるために」

「…真面目だな、お前は」

「皆さんから多くのものを貰いましたから」

 

 正直なところ、小猫自身は今回の一件で家族のことに察しがついていた。雲外鏡の話を聞いたとき、両親がどんな人だったのか触れられなかったこと、そしてリアスが黒歌にだけ話を持ちかけたことを踏まえると、自分や姉にとって好ましくない事実があったことは想像できる。

 しかしだからと言って、心が締め付けられる感覚は無かった。自分を救ってくれた主、大切な仲間たち、憧れの人…多くの繋がりと愛されている感覚が心を満たしていた。それを理解しているほどに幸せを実感し、同時に残った唯一のつながりも大切にしたいと考えていた。姉妹という最後の血縁を。

 そんな彼女を目の当たりにして、大一はふっと息を吐く。仲間のおかげとは言うが、このように思えるのは彼女自身がしっかりと過去やしがらみに向き合い、努力を重ねてきた結果だ。自分自身の無力さに涙を流したことや、姉との複雑な関係性に悩んだことも見ている。そうやってもがきながらも前に進んでいく彼女に改めて尊敬を抱いた。

 

「そういう真面目でひたむきなところが好きだよ」

「…先輩からそう言われると、いつも心をかき乱されます。緊張するけど心地よくて…好きな人からの言葉ってそれくらい特別なんですよ。それを後輩相手だからって、さらりと言う先輩はずるいです」

「そういう意味で言ったわけじゃ…いや、それも失礼だな。それに俺もそろそろ───」

 

 大一は言葉を切って、呼吸を整えるように息を吐く。妹分である彼女に抱く感情は親愛だろう。大切な仲間だからこそ力になりたいという想いは間違いではないだろう。しかし同時に彼女に応えたいという想いもあった。それが彼女の幸せにつながり、自分の幸せにもなるのであれば…。

 

「でもそれは今度の試合で区切りがついてからだ」

「…そうですね。私も同じ気持ちです」

 

 まずは目の前のことを乗り越えることが、お互いに優先するべきことと分かっていた。それゆえに今は互いの想いを乗り越えるための燃料とするだけに留めていた。

 その後も30分ほど同様の動きで特訓をするが、終わりが近づいたところで大一が出し抜けに話す。

 

「小猫、今回の一件で俺はほとんど力になれなかった。解決の糸口を見つけてきたのはリアスさんや一誠たちだ」

「でも先輩は独自で調べていたじゃないですか。零さんだけでなく、ユーグリットたちからも調べているのを知っていますよ」

「そう言ってくれるのはありがたいが、結果だけ見れば成果は無かったよ。お前が襲われた時もすぐに駆けつけられなかった」

 

 静かに言葉を紡いでいく大一に、小猫は寂しそうに目を細める。惚れた相手はまたもや自分を卑下するような話を吐き出していくことにため息をつきたくなった。そんなことを言われなくても、彼が動いてくれていたのは理解しているのに…。

 しかしその想いはすぐに覆された。彼の声は静かでありながらも、確固たる芯の強さが感じられ、同時にすぐに語った内容がその声に見合ったものであったからだ。

 

「おそらく死神は今後も狙ってくるだろう。だがそうはさせない。俺が本気で守って見せる。次の試合とかは尚更な。だから…俺を信じて欲しい」

「…私は先輩をずっと信じてきたつもりですよ」

 

 小猫は穏やかに口元に笑みを浮かべて答える。憧れの男が弱さと強さを自分にも見せてくれたことに、彼女の心は熱を帯びていた。

 彼女の答えに大一は頷くと、ぐっと身体を伸ばす。

 

「さて、ぼちぼち特訓も終わりにするか」

「そうですね。試合までの数日、また一緒に特訓してくれますか?」

「言ってくれればいつでも。もっとも今日はまだやらなければいけないことがあるな」

 

 大一はちらりとフィールドの出口へと視線を向ける。頭の中ではもうひとりの猫又の顔が浮かんでいた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 胸の中がざわつく。湿っぽい熱さが心身に湧きあがっていく。ちょっとでも油断したら、自分らしくない何かが吐き出されそうだ。かと思えば、行動ひとつひとつにいまいち力が入っていなかった。

 黒歌は重い感情を取り除くかのように、長めに息を吐く。リアスから今回の一件について全てを聞いた。父親のことも含めてだ。すでにそれなりの時間が経っているはずなのに、いまいち気持ちが落ち着かず、いつもの自分とは違う感覚を抱く。独りになりたいような、誰かが一緒にいて欲しいような、矛盾した考えがぐるぐると巡っていた。

 気づけばふらりとある部屋へと足を運んでいた。彼なら慰めてくれるだろうかと期待したが、すぐにその考えを振り払った。まとまらない気持ちを抱えつつ、部屋の前で考えあぐねていると、不意に後ろから声をかけられる。

 

「いちおう、私と彼の部屋なんだけど」

 

 朱乃の訝し気な声が聞こえると、黒歌は内心舌打ちする。いくら心に隙があったとはいえ、すぐ後ろに朱乃がいたことにまるで気づかなかった自分に呆れていた。だがその感情を出さないように、いつものいたずらっぽい笑顔を張り付け、くるりと振り返る。

 

「ここって大一の部屋だと思っていたにゃ」

「私はいつも彼と眠っているから、実質2人の部屋ですわ」

「大胆な告白ね。私も混ざろうかなー♪」

 

 おちょくるような軽い声で答えるが、朱乃の険しい表情は変わらない。そして間もなく小さなため息をつくと、朱乃は静かに話し始める。

 

「慰めてもらうなら、大一には期待しない方がいいと思いますわ」

「お見通しって感じの言い方ね。…ああ、そっか。あんたも一緒に行ったから知っているのか」

 

 取り繕うつもりであった自分に乾いた笑いが込み上げてくる。それでも心の隙を見せないように、黒歌は余裕を崩さないように意識していた。

 一方で対面する朱乃はそれを見透かしているのかのように、言葉を紡いでいく。

 

「本当に酷いことだと思う。あなたのお父様の件については…リアスが憤慨するのも当然ですわ」

「ま、実のところ、あの男と会ったことはちょっとだけ覚えているのよね。母親の藤舞が私たちを紹介した時のことを。本当に興味ない感じだったけど」

 

 淡々と話す黒歌であったが、その内容にどろりと暗いものが潜んでいた。母は心底惚れ込んでいたが、一方で父は研究こそが全てであった。母との出会いも超越者を生みだす過程のものであり、子を宿す経緯も一時の情欲のはけ口になったに過ぎなかった。そんな男を母がどうして愛したのかはよくわからない。しかし彼女が姉妹を認めて欲しくて、男の方についていったことは理解していた。父への不満や母への腑に落ちなさ、その他の多くの感情が入り混じっており、黒歌の心は疲弊していた。戦いも力を使うことも好きではあるが、同時に穏やかな生活を渇望する気持ちも芽生えていた。

 しかしこの過去に向き合うほどに、もうひとつの悔恨が深く心に突き刺さっていく。

 

「白音には言わないでよ。あの子はたくさん苦しんだ。強くなったけど、まだまだ弱い子だもの」

 

 姉として小猫を救い、同時に自分も自由になる方法を選んできた。力の使い方には自信や覚悟もあったし、自分ではその方法しか出来なかった。

 それでも今回の一件で真実と父の本音を知った彼女は、小猫へのこれまでの行いを深く後悔していた。妹を孤立させ、悲しみへと陥れた。方向性こそ違うものの、これでは自分が嫌う男と同じように、血縁という大切な繋がりを断ち切ったようなものだ。

 それを実感するほどに、彼女の隣に立てないと考える。幸い、彼女には自分以上に強いつながりを持つ相手が多く、心の隙間を埋めてくれる。自分がいなくても、いや自分を必要としないだろう。妹の幸せに姉である自分の存在は…。

 

「それであなたはどうするの?」

 

 朱乃の問いに、黒歌は一瞬思考が停止する。まるで自責の想いを見透かされたような発言は、彼女の心に鋭く突き刺さるが、すぐにどうってことないように頭を振って肩をすくめる。

 

「どうもしないにゃ。今さら、この真実を知ったところで」

「そう…私は慰めませんわ。大切な仲間である小猫ちゃんを悲しませたのは事実だし、そこまで余裕を持てないもの」

「別にしてもらうつもりも無いけどね」

「…でも、あなたが無理をしているのはわかります。同じように背負い込んでいた人を知っているし、私も似たような経験があるから。それは大切な人のためであったり、皆を心配させないためであったり…でもそれであなたが自分の幸せまで蔑ろにする必要はないわ」

 

 先ほどの言葉通り、朱乃としてはそこまで黒歌を認めるつもりは無かった。しかし彼女が抱え込む悩みの重さは痛いほどわかるし、このまま何も言わないのは寝覚めが悪い想いであった。

 一方で黒歌は奥底にあった決心を指摘されて動揺しながらも、言葉を絞り出していく。

 

「別に…私は野良猫よ。これからも自由に生きていければ十分にゃん」

「…ここに来たことも含めて、ひとつだけ教えてあげる。彼は…イッセーくんのように一緒にいてくれるような優しさは無いし、ヴァ―リのように人を引っ張っていくような強さも無い。でもね、とてもお節介なの。こっちがどう思っていても、悲しいのを見たくないからって行動に移しますわ。だから遠慮なんて意味ないの」

 

 そう言うと朱乃はするりと黒歌の横を通り過ぎて、部屋へと入っていく。

 

「今日は譲ってあげる。でも試合の時は容赦しません」

 

 一瞬だけ視線を逸らすと、朱乃はそのまま扉を閉める。残された黒歌は落ち着かないように頭を掻いた。すっかり見透かされていたような気分であった。妹が想いを寄せる相手というだけの興味であった。戦った際に自分とは相性が悪いというだけの興味であった。ただそれだけのはずだったのに、妹だけでなく自分のことも親身になってくれて、それどころか強い信頼まで寄せられて、甘酸っぱい感情をらしくもなく抱いていた。

 だからこそ一緒に入れないのだ。妹が惚れた相手だからこそ、自分が一緒にいて良いはずが無い。妹の幸せのためにも、自分の想いは振り払わないといけない。寂しさが余計にも心を絞めつける。

 夜風にでもあたろうかと彼女はエレベーターに向かうが、ちょうどその時に渦中の相手と鉢合わせになった。ちょうどエレベーターから出てきた大一と顔を合わせたのだ。

 

「おっ、黒歌」

「にゃっ!?な、なに…」

「いや、そこまで驚かないでくれよ。これでも探していたんだぞ」

「私よりも白音の方を心配しなさいよ」

「さっきまで一緒に特訓していたんだよ。そこで十分に話した」

「そ、そう…それで何の用事?」

 

 いつもの余裕な態度でいられずに、朱乃と話していた時以上に焦っていることを黒歌は実感していた。

 大一はそんな彼女の様子に、表情を変えずに話を続ける。

 

「なんというか…今回の一件、死神はまだ2人を狙ってくるだろう。試合にも影響があるかもしれない。だがお前は気にせずに、ただ小猫と向き合って欲しいんだ。死神の方は俺がなんとかする」

「だから私は大丈夫よ。それよりも───」

「お前の家族のことだろう。小猫と立場は同じだ。それにこれは俺が勝手にやることだ。うっとうしいかもしれないがな」

 

 ハッキリと言葉にされることで、黒歌は妙に熱い感覚がこみあげてくるのを感じる。先ほど朱乃が話していたことが間違いでないことを目の当たりにして、わずかに心の締め付けが緩んだような気さえした。

 

「本当にお節介…」

「悪いな。こういうやり方しか出来ないんだ」

「…でも信じたいな、あんたのそういうところ。ねえ、あとでココア淹れて。そしたらちょっとだけで良いから…一緒にいて慰めて欲しいにゃん」

「な、なかなか…恥ずかしいことを頼んでくるな…」

「いいじゃない。私らしいでしょう♪」

 

 ようやくいつもの感覚が戻ってきた黒歌は魅惑的な笑みを浮かべると、遠慮なくお願いをするのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 ある日の午後、ルシファー眷属の領土にいるユーグリットは静かに魔法陣で通信をしていた。

 

「ええ、わかりました。引き受けますよ。そのぶん、こちらの要求も頼みますね」

 

 うんうんと頷くと、間もなく魔法陣を消して通信を切る。椅子に座りながら天井へと目を向けるユーグリットは、傍目にはただぼんやりとしているようにしか見えなかったが、その実際は久しぶりの感覚に充実していた。加えてこれからの約束を思うと、さらなる笑いまでこぼれそうになった。

 そして間もなく扉へのノック音が聞こえると、返事もしないうちに扉が開かれる。玄関と一体化しているその部屋にひとりの女性が入ってきた。

 

「いやはや、時間通りです。さすがですね、姉上」

 

 満足そうに微笑むユーグリットととは対照的に、いまいち納得していないような顔でグレイフィアは弟に目を向けるのであった。

 




猫又姉妹に加えて、ルキフグス姉弟までいろいろある状況です。


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第20話 彼らの望み

原作者が引いたらしいユーグリットですが、こっちでも情念は変わっていない印象…。


「申し訳ありません、姉上。せっかく来てくださったのに、まだちゃんとした紅茶の葉も買えていないんです。他にも色々と…前よりは良くなったとはいえ、やはりまだまだ不便ですよ。砂糖やミルクはどうしますか?レモンとかもあれば良かったのですが」

「自分でやるのでけっこう」

 

 ユーグリットは紅茶のカップにティーパックを入れて熱いお湯を注いでいく。その間にも矢継ぎ早に話していくが、グレイフィアは短く答えるだけであった。姉のそっけない態度に、ユーグリットは不機嫌になった様子はまるで見られず、この訪問を歓迎していた。

 

「姉上から連絡があるたびに、胸が弾むような想いですよ。私に協力できることであれば尽力しましょう。もっとも死神の件は、前にも話した通りあまり情報らしいものは出せませんが」

「今日は公的なものではないわ。あなたと話をしに来たの」

 

 きっぱりと言い切る姉の声に、ユーグリットは笑みを崩さないものの眉を吊り上げた。彼女の声が明らかに物々しい雰囲気を表しており、言葉通りの内容として捉えることなど出来なかった。

 

「…私が姉上になにかしましたかね?ここに来てからは大人しくしていると思いますが」

「私ではなく、大一くんの方よ。彼をたびたび呼んでいるらしいけど、どういうつもり?」

 

 グレイフィアは不信感をあらわにしながら、弟を鋭く見つめる。ここ最近、ユーグリットが大一を呼び出していることを彼女は知っていた。先日の特訓の際には大一は気にしていないような態度であったものの、彼女としては弟が今後を期待できる若者を振り回しているようにしか見えなかった。

 

「彼にこれ以上、余計なしがらみを与えたくない。大一くんを振り回すのはやめなさい」

「ちょっと話し込んでいるだけですよ。仮にも私を倒し、今の暮らしを与えてくれた男と話したいと思うのはおかしくないでしょう?もちろん姉上には、それ以上の感謝を持っていますが」

「そういう話じゃないのよ。あなたの道楽に彼を付き合わせないことを約束しなさい」

「道楽ね…私からすれば、アザゼル杯で姉上が赤龍帝の『女王』をしているのよりもマシだと思いますが」

「それとは関係ないことよ」

「いやいや、私は真面目に言ってます」

 

 口元に浮かべた笑みは変わらないものの、ユーグリットの声は先ほどよりも鋭い雰囲気があった。それに気づかないようなグレイフィアでもなく、糸が張ったような空気感が部屋を満たすものの、ユーグリットの方はそれすらも楽しんでいるように見えた。

 

「ルキフグス家を裏切ってでも、あなたは義兄上と…サーゼクス・グレモリーと一緒になった。新たなルシファー眷属として戦ってきた。それなのに多少の繋がりがあるとはいえ、たかだか転生悪魔にあそこまで入れ込むのを納得しろと言う方が無理な話でしょう」

 

 チクリと刺すような嫌味っぽい言い方に、グレイフィアは小さくため息をつく。このような小言を聞いたのは1回や2回では済まない。彼が捕まってから、幾度も耳にしてきたものだ。

 グレイフィアは首を横に振ると、その瞳で弟の顔をハッキリと捉えた。

 

「彼を魔王にすることは、今後の冥界の、ひいては世界のためになると考えているわ。サーゼクスもそれを望んでいるはず」

「離れているのに、ずいぶんと確信的な言い方だ」

「あなたが思う以上に、私はサーゼクスと一緒にいたつもりよ」

 

 サーゼクス・ルシファーは兵藤一誠を魔王にしたい、それは間違いないと彼女は思っていた。妹を救い、常に期待を超えてくる義理の弟を夫は気に入っていただろう。それを眷属として、妻として目の当たりにしたのと同時に、グレイフィア自身も一誠は今後の冥界や世界に必要と確信しているゆえに、『女王』として参加していた。その想いは変わることは無いだろう。

 一方で対面に座るユーグリットは机に肘をついて、頭を手で支えていた。顔は下を向いており、姉の言葉を頭の中でじっくりと反芻させている。

 

「…私は思い出すんですよ。かつてサーゼクスと戦い、軽くあしらわれたこと、あなたが彼と結婚したこと…屈辱と嘆きに溺れたかつての日々を。そして今でもその想いは変わっていません。彼のことが憎くて仕方がない」

「だからあなたはリゼヴィムを擁立した」

「それだけじゃありません。模造品とはいえ、赤龍帝の力を手に入れました。『赤』になれば、もっと強くなれば…あなたに認められると…」

 

 絞り出すようにユーグリットは呟く。リゼヴィムの邪悪さに共感し、それを支持したのは事実だ。しかし本質的には、彼がもっとも求めたのは強く気高い姉の存在であった。彼女に認められること、彼女と共にいること、それを求め続けたのだ。

 

「それだけのことで…」

「それだけ…それだけなんですよ、姉上。ルシファーに仕えるルキフグス家として、あなたの弟として、変わっていく冥界に納得していませんし、今でも姉を敬愛しています。そして全てを奪ったサーゼクスも、かつての彼のように皆から…あなたから肯定される赤龍帝が憎いですよ」

 

 弟は変わっていない、グレイフィアはそれを目の当たりにしたような気がした。いや変わろうとしたのかもしれない。しかし彼はそれが出来なかった。結果的に心は砕かれて、狂気の道へと進んでいったのだろう。

 ゆっくりと顔を上げたユーグリットを見て、グレイフィアは少々驚いた。憎さを体現したような震える声色であったのに、彼はわずかに笑っていたのだ。

 

「姉上…こんな私は変わっていないと思いますか?」

「ッ!?」

 

 見透かしたような鋭い一言、それと同時に血がドクンと脈打つような緊張感が走る。それを誤魔化すかのように熱い紅茶を一口飲む。すぐに冷静さを取り戻すが、目の前の弟にここまで底知れなさを感じることは初めての経験であった。

 そんな姉の様子を気にせずに、ユーグリットは静かに言葉を続けていく。

 

「姉上は変わったんでしょうね。サーゼクスと一緒になり、彼の眷属として戦い、リアス・グレモリーや赤龍帝たちと関わり…私が知っているあなたとは変わったんでしょう。それに強くもなった。当時からあなたに劣っていると思ったことはありません。しかし長い年月が経ちました。過去のあなたよりも強くなっていると、今では確信していますよ」

「ユーグリット…」

「ですが、私が姉上を敬愛する気持ちは変わっていません。あなたに認められるために、自分のやり方でまた自由に進み続けるだけですよ」

 

 決意するかのように言い切ると、ユーグリットは紅茶のカップを優雅な手つきで持つ。まるでこの奇妙な空気感を楽しんでいるような余裕が彼にあった。

 

「そういう意味では兵藤大一に感謝しているんです。サーゼクスや赤龍帝に負けては、煮え切らずにここまで落ち着いてはいなかったでしょう。あの時の二の舞だ。しかし彼らよりも弱い大一だからこそ、未熟さを自覚し立ち直る時間も得られたのだから」

「同じルシファー眷属としてそういう言い方は聞き逃せないわ」

「褒めているんですよ。それに私なんかよりも、便利扱いしているのは冥界やあなたたちの方でしょう。ハッキリ言って、私は彼のことをそれなりに理解していると思いますけどね」

 

 弟の言動を目の当たりにして、不快感と疑念が彼女の中で渦巻く。どうも彼が紡ぐものは本音と思えなかったし、自分とのやり取りに対して様々な反応をして様子を窺っているだけにも見えた。

 しかし同時にどこか確固たる思いも感じられた。ルキフグス家に一緒にいた幼少期の頃や、捕まって間もない際の意気消沈の状態とはまた違った何かが…。

 

「あなたは何を望むの」

「だから言ったじゃないですか。私は私の方法で、あなたに認められたいだけですよ」

 

 弟の整った顔立ちに浮かぶ笑顔から感じられる不気味さを払うように、グレイフィアは再び紅茶を口にする。液体は熱いだけで、ほとんど風味を感じられなかった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「素晴らしい!」

 

 何度も耳にしてきた単語に、少年はまったく笑顔になれなかった。この称賛は彼の特性に向けられており、少年の行いや努力に関係ないものだと理解していたからだ。そもそも称賛のたびに幾度となく苦痛を伴うのだから、喜ぶことなど出来るはずもない。

 物心ついた時から、少年はとある施設にいた。広く清潔で、静かな場所であった。それほどの施設にいるにもかかわらず、少年はやせ細っており、健康という言葉からは程遠いような雰囲気であった。強さが物をいう悪魔の世界ではあまりにも頼りない。

 しかし彼はこの研究所で重宝された。彼の皮膚は接触した魔力に拒否反応を起こすことなく、同化するという特別なものであった。その特異な体質に施設の…悪魔の研究者たちは歓喜した。

 少年はあらゆる実験を受けてきた。火や水、雷といった魔力を受けて身体の一部を同化させようとするもの、どれほどの攻撃に耐えられるかという耐久実験、数時間も培養液に浸かり身体の成分を調べるもの…お世辞にも人道的とは言えないものばかりだ。

 苦痛を伴う実験に、少年は何も言わなかった。かつては煮えたぎるような怒りを持っていたが、気がつけばその感情すら枯渇していた。

 いや、理由はあった。ただそれを自覚するのに長い時間を要しただけだ。少年に名前が無く数字で呼ばれていたこと、自分以外に同じ体質を持つ人物がいないことの疑問を胸に秘め、やっとのことで勇気を奮い起こした少年は、自身の出生について1度だけ訊いた。

 

「売られたんだよ。貧相な悪魔に」

 

 受けた答えを飲み込み、自身の心に昇華させて整理することにどれくらい時間が経ったのかはわからない。だがいつの間にか、少年の怒りはすっかり風化し、代わりに無力感が心を満たしていた。自分を売った人物が何者なのか、いつのことなのか、訊こうと思えばいくらでも訊けたはずなのに、少年の舌が動くことは無かった。

 月日が経って少年はすっかり大人へとなり、施設では多くのデータが収集されていく頃、少年は新たな実験を受けることになった。それは他勢力に勝つために強力な兵士を生みだすというものであった。とある兵器を参考にして、彼には肉体改造が行われた。無茶な改造を行っても、細胞は拒否することなく皮膚は適応していく。他勢力との戦争も起こり、彼の存在はひとつの切り札になるはずであった。

 だがその実験の終わりはあまりにもあっけなかった。施設が謎の爆発に追われたのだ。実験が失敗したのか、それとも何者かによる襲撃なのか、彼は真実を知らない。爆発の勢いで崖下に吹き飛ばされており、目を覚ましたのが研究所が消えてから数日後だったからだ。それでもほとんど傷が無かったのは、改造されて大きく変化した筋骨隆々の身体のおかげだろう。もっともそのおかげで顔も変わり、もはやかつての少年の影はまるで無かったが。

 そして彼は行く当てもなく彷徨い続けた。誰にも頼れず、己の身体だけを頼りに。そしてやがてたどり着いたのが…

 

「…ん」

 

 ひんやりとした空気が流れる独房で、ギガンは目を覚ます。どうやら少し眠り込んでいたようだ。別に疲労があったわけではない。四肢は鎖につながれており、この数か月間は碌に身体を動かせていないのだから。それでも改造された肉体は衰えることなく、筋肉ははちきれんばかりに盛り上がっていた。

 それにしても今になって、数百年前のことを思いだしたことに、男は疲れたようにため息をつく。自分でも死期が近いと走馬灯を見るのだろうか。

 命に未練はない。生きていることに意味を見出せなかったし、これから先も得られるとは思えない。死に対して心が躍るわけではないが、このしがらみを抜け出すことに少しばかりの安堵は得られる。とにかく冥界政府がさっさと自分の処分を決められることだけが、現在の望みでもあった。

 しかし間もなくその望みは塗り替えられることなった。

 

「…お前に言ったよな。2度と来るなって」

 

 無機質な声は響き、牢獄に入ってきた大一の耳に届く。しっかりと整えたスーツ姿はいかにも仕事をしに来たという様子であり、半分近く火傷を負ったような顔を持つ彼は生真面目な表情を崩さずにじっと見ていた。

 ギガンはそれが癪に障った。自分を打ち負かしたからではない。冥界の飼い犬であるこの男が情けをかけているのが気に食わなかった。枯れていたはずの怒りがふつふつと湧きあがっていく。

 

「俺はお前と顔を合わせたくない。それとも俺の処罰でも決まったか?死刑で終わらせてくれるか?」

「前にも言ったが、お前を死なせない」

「だったら、さっさとこの場から去れ。俺は貴様と話すことなどない」

「そっちにはなくても、俺にはある。お前を知る必要があるんだ」

 

 淡々と答える大一に、ギガンは鼻を鳴らす。薄っぺらい言葉だ。かつて自分をいじくりまわしてきた研究者が口にしてきたような軽薄さしか感じられなかった。

 

「『異界の地』についての情報か?それとも昔のことでも訊きに来たか?そして俺が話すとでも?」

「興味はあるが、お前は話さないだろう。それに俺がお前の過酷さを知ったところで、同情しかできない。変えられない過去よりも未来の話だ」

「未来も変わらん。テロ組織にいた俺は多くの罪を犯し、それを認める。ならば死刑にするか、それともこのまま幽閉かのいずれかだ」

 

 昔と同じだ。自分の未来に希望はなく、無機質な時間が流れるだけだろう。それでいいのだ。生きる道に選択肢が無く、テロを起こして冥界政府にとってゴミのような存在になった自分の末路などそんなものだ。

 

「それを決めるのはお前だ」

 

 大一は短く答えると、仕事用のカバンから1枚の紙を取り出す。そして四肢を鎖に繋がれ身動きできないギガンの顔前にそれを突き出した。

 

「さてビジネスの話だ」

 




次回あたり戦闘場面に入りたいと思います。


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第21話 死神襲撃

原作でのほとんど変化ないバトルはカットします。ようやくタナトスが登場です。


 湧きあがる歓声、冷めやらぬ興奮…アザゼル杯の熱狂はすさまじいが、この日はいつも以上の盛り上がりが会場内に蔓延していた。試合の組み合わせを踏まえれば、それは当然のことだろう。

 一方は先の戦いでテロ対策チームとして大きく貢献し、ずば抜けた実力者をメンバーとして持つ。グレモリー家の次期当主にして魔王サーゼクス・ルシファーの妹、リアス・グレモリーだ。

 対するは、同じく先の戦いでは強力な邪龍を打倒した活躍をして、その実力は各地に轟く。伝説の二天龍でありルシファーの血を引き継ぐ男、ヴァ―リ・ルシファー。

 この2人の対戦は冥界どころか、全世界が注目しているといっても過言では無かった。そして世界に貢献した実力者同士の対戦というだけでなく、あるひとりの人物による繋がりが興味をさらに掻き立てた。白龍皇のライバルである赤龍帝…兵藤一誠は元グレモリー眷属でリアスの恋人ということもあり、その点で人々の好奇心を刺激するのだ。

 その当該の人物であるが、スタジアムの入り口周辺に立っており、会場外周に設置されている巨大モニターに目を向けていた。

 

「うーん…やっぱり生で見たかったな」

 

 一誠は誰にも聞こえないような小声で不満を呟く。現在、会場周辺には一誠率いるチームに加えて、幾瀬のチームと何人かの協力者がレイヴェル考案の配置で警備に当たっていた。死神タナトス一派の襲撃が続いていたが、今回の1戦に彼らが狙いをつけているという情報が入った。不確定ながらも襲撃はここ最近繰り返されていたため、警戒するに越したことは無い。一誠としては大切な仲間を守るためだし、愛する人と最大のライバルの試合に水を差すという行為自体は言語道断だ。そのため独自に警護を行っており、この情報を提供してくれた幾瀬も弟分の戦いを邪魔させまいと協力を買って出た。

 

「しかし兄貴も協力してくれれば…」

「それは仕方ないですよ。お兄様はお仕事もありますから」

 

 ぽろりとこぼれた独り言に、レイヴェルが対応する。今回の警備について、一誠は自分たちのチームだけでやるつもりであったが、兄だけには報告して協力を打診した。

 しかし彼は上層部の護衛もあるため、不確定な襲撃情報だけでは一誠たちと共に会場周辺を護衛することは不可能という返事を受けていた。ただし本当に死神が来たという情報があれば、対処する名目ですぐに飛んでくるという約束は取りつけているのだが。

 そもそも彼の兄がいなかろうが、この状況を簡単に突破するのは至難の業だろう。少し前に朱乃の応援で来ていた姫島朱雀と出会ったのだが、彼女を筆頭に五大宗家の現当主も協力してくれることとなった。幾瀬が事情を説明したようで、彼女たちもやる気を起こしていた。

 赤龍帝チームに加え、強力な神滅具と実力者が揃う刃狗のチーム、さらに五大宗家の現当主たちと並みの一派が突破できるようなメンバーが守りを固めていた。これに正規の警備もいるのだから、よほど大きな事件でも対応できるだろう。

 

「それでも油断は禁物です。相手は強力な死神一派ですから」

 

 レイヴェルは神妙な面持ちで言い切る。今回の配置やチームの編成は彼女が考案しており、スタジアム周辺にそれぞれ散らばっていた。

 彼女の並々ならぬ気迫は、一誠もよく理解していた。

 

「私は…小猫さんと黒歌様の戦いを守りますわ。それはリアス様たちの戦いを守ることと同義でして…仲間の大事な試合を死守します」

「レイヴェル、友達を守る戦いってのは最高に緊張して、最高にやりがいのあるものだぜ?俺が燃え滾る戦いのひとつだ」

「はい!小猫さんは私が守ります!」

 

 レイヴェルの想いに胸を打たれた反面、彼女のやる気の半分でも兄に求めたい感情を一誠は抱いた。しかしいちいち気にしている暇もない。モニターではストラーダとゴグマゴグがぶつかり合うという力強い試合展開がなされる一方で、彼の耳につけているインカムから仲間の報告が聞こえる。どうやら情報は本当であったようだ。

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 今回の試合はボード・コラップス。シンプルな総当たり集団戦のルールであるが、広大なフィールドが時間経過で徐々に端から崩れ落ちていくものだ。

 すでに各メンバーがフィールド各地に散らばっており、激戦を繰り広げていた。東側では朱乃とリントが、当代の沙悟浄と猪八戒にルフェイを加えた3人と相対している。前線では祐斗とストラーダの剣士コンビが美猴、アーサー、ゴクマゴクの3人がぶつかり合っており、そこを突破したヴァ―リとフェンリルがリアス、ギャスパー、クロウ・クルワッハと戦っている。ヴァ―リがクロウ・クルワッハと、リアスとギャスパーがフェンリルの相手をしているものの、互いのリーダーが近くで戦っている以上、この試合は想像よりも早く終わるかもしれない。

 そんな中、塔城小猫はフィールド西側にある繁華街を走っていた。感知できる彼女をひとりにして遊撃に回らせたのは、相手の搦め手を抑えるため、本人の希望、仲間たちからの気遣いといくらでも理由をつけられた。

 体力には自信がある。この程度でばてるようなヤワな鍛え方もしていない。それなのに全身の筋肉が強張るような感覚が拭えず、心臓の音が耳に響くような緊張感が拭えなかった。間もなく彼女が待ち望んでいる相手と向き合う時が来ると、本能的に察せられた。

 

「来たわね、白音」

 

 ちょうど交差点に差し掛かる辺り、姉の黒歌の姿が目に付いた。足を止めてゆっくりと呼吸する。この試合が決まった瞬間から、何度も思い出してきた。どんな時でも自分を守ってきた姉、両親の記憶が無いからこそ母代わりとなっていた姉、あの日までは自分にとって温かく一番身近な存在であった。

 しかし主を手にかけて、血まみれになった姉の姿は忘れようにも忘れられない。赤と黒の混じった狂気の姿、鼻をつく鉄の匂い、荒い息遣い…猫又の力を解放した姉は小猫にとって恐怖そのものであった。

 それから多くの悪魔に問い詰められ、心身ともに憔悴していき、気づいたら温かい思い出はすっかり冷めて涙に濡れるものへと変わり果てていた。

 

「あの時のこと、拭い去れないでしょうね。でも、ぶつけたいのよね?」

 

 黒歌の声はいつもの気まぐれな雰囲気は無く、単調に感じられた。それでもズバリと想いを当てていく。

 しかし小猫は動揺した様子も見せずに、ぐっと力を入れて拳を握る。あの記憶は拭いきれない。それでも心の傷を癒やし埋めてくれる仲間たちに出会えた。だからこそ過去にも再び向き合える。自分がもっと強ければどうにかできたかもしれない後悔とも。

 

「…弱いままだった自分を超えます。超えさせてください」

「…いいわ。お姉ちゃんが胸を貸してあげるにゃん」

 

────────────────────────────────────────────

 

 リアスとヴァ―リの試合が白熱する一方、会場近くでも戦いが繰り広げられていた。小猫と黒歌を狙う死神の集団に対して、一誠と幾瀬のチームが防衛戦を行っていた。実力においては一誠たちが間違いなく圧倒しているものの、敵の多さには手を焼いていた。そのため、いざという時にレイヴェルがデュリオやサイラオーグに援護の打診も行っている。

 そんな中、真紅の鎧を身につける兵藤一誠は今回の首謀者であるタナトスと対峙していた。部下の死神をとにかく倒していけば、かならず親玉であるタナトスが出てくると踏んでいた。そこで相手が現れた瞬間に、以前ロキ対策として行った転移魔法陣をぶつけて、強制的に自分がいる会場から離れた荒野へと転移させた。しかも一誠の近くにはロスヴァイセとビナー・レスザンがおり、彼女たちによって結界も作られている。この結界は一誠が倒されなければ破れることは無いため、強制的にタナトスを封じ込めた。

 

《なかなかに小賢しい術だ…》

「どうしてこんなことをしたのです」

《理由はひとつではない。まずは後天的な超越者の研究資料を露見しないように潰しておきたかった》

「それならば俺たちに任せてくれても良かったのにそうしなかった。その研究が知れ渡る以上に都合が悪いってことがあったってことだよな」

《ハーデス様が知る前に潰しておきたかった》

 

 禍々しいオーラを放つ刃を構えながら答えるタナトスに、一誠は驚きと疑問が入り混じった表情をする。それを見て察したかのように相手は言葉を続けた。

 

《悪魔の陣営と同じことよ。こちらも一枚岩ではない。私は私なりの冥府の未来を思い描いているということだ。研究に携わった者もすべて始末せねばならない。ハーデス様に情報が渡らぬようにな》

「試合の…小猫ちゃんと黒歌の邪魔はさせないさ」

 

 一誠も拳を握りなおして構える。わかっていたことだが、話し合いは意味をなさなかったようだ。

 その姿にタナトスはドクロの仮面の下でほくそ笑む。まるで彼の臨戦を歓迎しているようであった。

 

《もうひとつの理由…それはごく単純なことだ。我が同志、プルートは白龍皇に敗北した。しかし堪能したはずだ。神に力が届く天龍を。私とてそれを味わいたいと思っただけのこと。歴代最強とされる赤龍帝の力を。死の神に力を見せてくれ、全力の兵藤一誠をな》

 

 そのセリフを皮切りに2人の戦いが始まる。一誠が早々に魔力の弾を撃ち込んでいくが、タナトスはそれを残像が見えるほどのスピードで回避していく。すぐに標準を定めなおし再び撃ち込むが、命中しても相手はまったく歯牙にもかけずに大鎌を構えていた。

 お返しとばかりにタナトスは鎌を大きく振る。一誠は回避するも、その一撃は地面を大きくえぐり荒野に傷跡を残していった。それがタナトスのずば抜けた力量を一誠に実感させた。

 そこで戦法を切り替えて得意の肉弾戦を仕掛ける。一気に距離を詰めると、拳を連続で打ち込んでいくが、すぐに手ごたえが無いことを感じた。

 

《甘い》

 

 いつの間にか後ろへと回っていたタナトスは再び鎌を振り下ろそうとする。残像を掴まされたことに気づいた一誠であったが、すぐに背中のキャノン砲を向けて相手をわずかに怯ませる。一瞬の隙をついて身体を回転させながら、今度は左腕からアスカロンの刃を生みだした。今度は『透過』の能力も付与しているため、ダメージは期待できた。

 しかし相手も命中すればマズいことを悟ったようですぐに後方に飛びのくが、むしろそれこそが一誠にとって好機であった。

 上空へと一気に飛び上がると、背中に収納されていたキャノン砲を展開させる。

 

「クリムゾンブラスタァァァァァッッ!!」

 

 一誠の叫びに呼応するように赤いオーラの砲撃が降り注いでいく。まともに命中すればかなりのダメージが見込める威力のはずであった。

 しかし相手は最高峰の死神のひとり。またもやそのスピードで攻撃を回避するどころか、あっという間に背後へと回っていた。

 振り下ろされる大鎌をアスカロンの刃で受け止めるも、この鍔迫り合いにタナトスは不敵に笑った。

 

《なるほど、強い。だが、この手合わせで分かったはずだ。その姿のままでは勝てないとな》

 

 タナトスの指摘は、この短時間で一誠もよく理解していた。このままではいたずらに体力を消耗するだけで勝ち筋が見えなかった。そうなれば制限時間付きとはいえ龍神化で一気に勝負を持っていくべきだろう。

 そんな考えを巡らせている一方で、タナトスはちらりとロスヴァイセやビナーへと視線を向ける。一誠との一騎打ちでは援護をしてくる様子は無かったが、絶対とは言い切れない。それに研究の始末という目的をないがしろにするつもりも無く、この結界への対応も必要であった。

 

《この戦いは期待できる。ゆえに、こういった策を取らせてもらおう》

 

 タナトスは懐から魔法陣の描かれた紙を取り出すと空中に放り投げる。そこから禍々しい霧が噴き出していくと、死神がひとり現れた。いや本当に死神なのか一誠たちは確証が持てなかった。ドクロの仮面や黒いローブこそ着ているものの、仮面の奥に瞳の光は感じられず、ぼろぼろに擦り切れたローブから見える腕や脚は黒い煙が身体を形成しているようなものであった。

 

《私は赤龍帝を相手する。他の2人は任せたぞ》

《グルルルルッ…!》

 

 獣が呻くような鳴き声を発した謎の死神は、ロスヴァイセに向かって走り出す。結界の維持をしなければならない彼女はすぐに対応していくつかの属性魔法を放つが、軽快な動きで攻撃を避けていった。一誠が援護しようとするも、目の前のタナトスから感じられる圧倒的なプレッシャーが、わずかな気の逸らしも許さなかった。

 

「そうはさせません」

 

 ビナーが間に入るように立ち塞がると、右手に魔力を展開させて刃のようにした状態で謎の死神へと攻撃を仕掛ける。対して相手は爪が鋭利になっていくと腕を大きく振り、ビナーの身体を引き裂こうとした。鋭い爪の一撃をビナーは魔力で形成した刃で防ぐと、もう片方の手から死神の腹部に魔力の塊を撃ち込んだ。彼女ほどの実力者による一撃は並大抵でなく、それを至近距離から受けたものだから死神は後方へと吹き飛んでいく。タナトスの横へと着地するが、動物のように四肢を地面へと下ろしていた。

 

「ッ!?」

 

 敵の様子を確認する間もなく、ビナーは苦悶の表情を浮かべる。右腕に焼けるような感覚が走り、確認してみると先ほど攻撃を防いだ箇所を中心に死神を形作っている黒い煙のようなものがへばりついていた。身につけていた服の袖は焼かれていき、皮膚は黒ずんでいく。腕を振ってもそれは取れず、焼けるような痛みを与えていた。

 

「ビナーさん!」

「大丈夫です…それよりも自分のことに集中してください…!」

 

 ロスヴァイセの声に、ビナーは静かに答える。この程度の痛みはいくらでも乗り越えてきたが、このまま戦い続けるには戦法の変更する必要性を感じられた。それにしてもタナトスにまだこういった手札があることに、3人とも強い警戒を抱いていた。

 

《グウオオオッッッ!》

 

 謎の死神は雄たけびを上げると同時に、さらに見た目が変化していく。手を足の爪はさらに鋭利になっていき、前腕には鎌のような刃が飛び出していく。さらに背中からは翼のようなものが飛び出してきており、もはや死神の服装をしただけの怪物にしか見えなかった。

 

《両方の目的を遂げさせてもらおう。かかってこい、赤龍帝》

 

 淡々と告げるタナトスであったが、いまいち一誠としては冷静さを欠いていた。あの謎の死神も一筋縄でいかない以上、ビナーやロスヴァイセを放っておいて、このままタナトスに集中しても大丈夫だろうか。とはいえ、タナトスの実力がずば抜けているゆえに、今の状態で戦い続けても勝機は見えない。

 

「妙な力を感知したと思えば…」

 

 次の一手を迷っているところ、今度はビナーの隣にいきなり魔法陣が展開される。光と同時に兵藤大一が現れた。静かに呟く兄の言葉に安堵を抱きつつ、一誠はタナトスから目を逸らさずに声を張り上げる。

 

「兄貴、遅い!」

「これでも急いだ方だわ!だいたい死神が現れてからすぐに向かって、さっきまで他のところで戦っていたんだよ!レイヴェルからここへの場所と緊急用の魔法陣を渡してもらってなければ、どうなっていたことやら…。グレ───じゃなくて、ビナーさん動かないでください」

 

 ぶつぶつと文句を言いながらも、大一は錨を取り出してその切っ先をビナーの黒い煙へと触れていく。間もなくその黒い煙は霧散していき、彼女の皮膚も元通りになっていった。

 これには仲間たちはもちろんのこと、タナトスも疑問を抱いていた。この存在の攻撃をあっさりと対応されるとは思ってもみなかった。

 

《…何者だ?》

「兵藤大一。ルシファー眷属であんたらの計画をくい止めに来た」

《そういえば冥府に赤龍帝の血縁が来ていたようだったな。貴様がそうか》

『まーた赤龍帝のおまけ扱いか!今に見てろ、死神め!』

 

 荒々しくシャドウが文句を垂れるが、この戦況で一誠もいちいち反応するつもりは無かった。

 

「兄貴、そっちの変な死神を頼む!」

「元よりそのつもりだ。もっともそいつは死神じゃないだろうが。まさか回収されていたとはな…」

 

 その呟きに、タナトスはわずかに警戒を強める。彼の口ぶりから、この存在の出自を察しているのは間違いないだろう。その事実は油断ならない相手と断じるのに十分な理由であった。

 一方で、大一も龍人状態へと身体を変化させると、警戒を強めつつ一誠、ビナー、ロスヴァイセに連絡する。

 

『それと報告だ。ここに転移する直前に、南側の方で死神たちの増援があった。タナトスを封じるためにこの場所に転移したようだが、裏を返せば一誠たちもここに釘付けにされたってことだからな』

「このタイミングでそんな重要なこと言うか!?サイラオーグさんたちの増援は───」

『間に合わないが警備の悪魔たちには知らせた』

《舐めないでもらおう。私の部下たちはその程度でやられるほどヤワではない》

 

 これには一誠も否定しきれないものがあった。護衛の悪魔が弱いわけではないが、今回の死神の襲撃は実力に加えて数も多く、並みの悪魔では完全に抑えきれる保証は無かった。突如の襲撃で試合が中断されるようなことは避けたかったし、被害が出ることなど言語道断だ。

 

『もちろん、死神を侮ったことは無い。だから俺も相応の準備はしてきた』

 

 同時刻、アザゼル杯会場の南の街中から攻めようとする死神の援軍は、地面から隆起した岩の壁に足止めを食らっていた。避けようとすれば周辺の岩からパイルバンカーのように岩のとげが突き出して進行を止めたし、なんとか避けて行っても閃光のように動く魔力に叩きのめされていった。

 

「いやはや数が多い。さすがは武闘派の死神タナトスの部下たち。実力も数も揃えてきましたね。厄介この上ない」

 

 死神の集団を前にして、銀髪の悪魔はローブを脱ぎ去りながら口元に笑みを浮かべる。発言の内容とは裏腹に、飄々とした態度を崩さずどこか楽しんでいる雰囲気すら感じられた。

 同時に岩の壁には人の顔が出来ており、気怠そうな目で眼下の死神たちを見つめていた。

 

「しかし我々が相手であるのが運の尽き。私が姉上に認めてもらう糧になってもらいましょう」

「口数の多い奴だ」

 

 ユーグリット・ルキフグスとギガンが死神の集団と相対していた。

 




じゃあ、こいつらにも頑張ってもらいましょう。


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第22話 介入者

まだまだ死神たちの戦いは続きます。
しかしやっぱり彼らの強さがいまいちわからない…。


 南側に現れたタナトス一派は慎重に行動していた。先行した死神やタナトス本人が護衛たちの気を引いているうちに、守りが薄くなった方向からギリギリまで隠密行動を取り、会場に大きく近づいたところで数を揃えて一気に攻め込む。これが彼らの狙いであった。

 しかし現実は会場までかなり距離がある状態で、2人の相手に足止めを受けていた。しかも前情報には無かった悪魔にだ。

 

「死はこの世のすべてに蔓延るもの。そのためか、死神の数は相当なものらしいですね」

「俺にはよくわからん。死神なんて『異界の地』にはいなかったしな」

 

 岩壁から出ている男の言葉に、集団を率いていた死神がハッと思い出したかのように声を張り上げる。

 

《貴様ら、元クリフォトのメンバーだな!どうして我々の邪魔をする!》

 

 彼の危惧はもっともであった。今回の襲撃はタナトス一派独自のものであり、彼らなりに冥府の安定を望んでいるものであった。ここ最近のハーデスの暴走の一端にはクリフォトも関わっている。それを踏まえれば、彼らの妨害を勘繰るのも当然のことであった。

 

《ハーデス様の差し金か、それともクリフォトの復活を考えているのか…》

「ほう…興味深い話ですね。たしかにリゼヴィム様はハーデスともコンタクトを取っていたようですが…ギガン、そのあたり知っていませんか?」

「俺が関わっていないのは、お前がよく知っているだろう」

「念のためですよ。念のため」

 

 ふっと息を吐くように笑みをこぼすと、ユーグリットは軽く首を回す。ギガンの方も敵の前だというのに、どこか上の空のように視線を外しており、彼らの余裕しゃくしゃくな態度は死神としてもどこか不快に感じた。

 

「言っておきますが、ハーデスは関係ありませんよ。我々は別の目的で動いているだけです」

《現在の冥界政府に迎合したということか》

「まさか。そんな心づもりは微塵もありません。しかしここは通さないことで取引しているのでね。大人しく立ち去ってもらいましょう」

《それで納得するとでも?》

「思わないので、ここにいるんですよ」

《ならば、我々は貴様らを排除するまでだ!》

 

 死神たちは一斉に大鎌を構えると、素早く振ってかまいたちのように斬撃を飛ばしていく。魂を刈り取る死神の鎌の攻撃は、誰であっても警戒を促すものであった。

 この攻撃をユーグリットは防御魔法陣を展開しつつ軽い身のこなしで防御と回避を一緒くたに行ってしのいでいく。

 一方でよそ見をしていたギガンは、岩壁ごと複数の斬撃がまともに当たったように見えるが…

 

「この程度」

 

 死神の耳に声が届くと同時に、岩壁と地面の付け根辺りからギガンが現れる。岩と同調できる彼の能力では、繋がる箇所さえあれば直前に回避することなど容易であった。

 もっとも、死神たちもいちいち驚いていることはしない。今度は地面を蹴り、高速で接近しようとする。今回の奇襲では大会の試合中ということで、どうしてもスピードが重要なものである。それもあって死神たちは、持ち前の素早さを存分に活かそうとした。

 

「だがここはすでに俺の領域だ。足場も土やコンクリートであるなら、俺にとって手足のように操れる」

 

 ギガンは太い両腕を地面に突きさすと、上下に動かしていく。すると腕の動きに呼応するように地面が波打ち、死神たちの足を止めていった。走るどころか立つことすらも安定しない状況にドクロの仮面の下で苦虫を噛み潰したような表情をする。陸がままならないのであれば、空中へと目を向けるが…

 

「こういう時ほど動きが読みやすいものです」

 

 いつの間にか上空に飛んでいたユーグリットは大きく翼を広げており、自身の周辺に魔力の球体を展開させていた。彼が指を鳴らすと同時に、魔力の塊は次々と動きを制限された死神たちへと向かっていき、容赦なくダメージを与えていく。

 さらにこの攻撃によって戦塵が待って視界も悪くなると、今度は地面が棘のように隆起して死神たちを吹き飛ばしていく。

 

《舐めるな…!》

 

 戦塵の中、ひとりの死神が大きく飛び上がる。狙いは上空にいるユーグリット。叩き落として、そのまま上空から彼らを超えていこうとしていた。

 しかし飛び上がった彼の眼に入ったのは、先ほどの魔力の塊が空中にとどまって地面に向かって攻撃を放つ光景だけであった。

 

《どこにッ!?》

 

 一瞬の疑問と同時に、下からの痛烈な蹴りが死神の顎を捉える。蹴り上げられた相手はそのまま受け身も取れずに地面へと落ちていくのであった。

 

「戦塵で視界が悪くなれば相応の警戒をこちらも取りますよ」

 

 たった2人の悪魔を相手に死神たちは完全に足止めを食らっていた。噂には聞いていたが、世界を大きく混乱させたテロリストの幹部クラスだけあって、その実力は折り紙付きであることを肌で実感していた。

 だからこそ腑に落ちない。これほどの実力とテロに走るような野心がある相手が、冥界政府に従い自分たちの邪魔をする理由が死神たちには分からなかった。

 

《なぜ…テロリストがこのようなことを…》

「だから取引ですよ。それ以上のことを話すつもりもありません。ただ我々にも目的があるので、それを果たすために必要なことをしているだけです」

 

 巨大な岩の壁から再び岩の顔が現れる。そして前には大きく翼を羽ばたかせる悪魔の姿、敗戦の苦渋を舐めた相手とは思えないほどの貫禄が感じられた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 オーフィスの力を一時的に解放させる龍神化は、グレートレッドの肉体を持つ一誠だからこそ使用できる禁断の力であった。それでも神にも匹敵する力のため、存在が崩壊しかねないデメリットがあり、オーフィスの調整を受けて龍神化の際と同じ鎧を制限時間付きで身につけるだけの疑似龍神化を習得した。疑似とうたわれているものの、その力は確かであり現在はタナトスを相手に凄まじい肉弾戦を繰り広げていた。空中で鎧を身につけた肉体による格闘と、最上級死神による大鎌が幾度となくぶつかっている。

 

「異性として惚れた女と、男として惚れたライバルの試合だ。俺は誰よりも楽しみにしていた。あんたを倒して憂いをすべて絶ち、そして試合を見に行く。それだけだッッ!」

 

 一誠としては、特別な相手の試合を邪魔しようとしたことに憤りを感じており、戦闘心をたぎらせていた。

 対するタナトスも昂りを抑えられずに笑みを浮かべる。彼のもうひとつの目的である赤龍帝の戦いに心を躍らせているのは明らかであった。

 空中で凄まじい戦いが繰り広げられていく中、ロスヴァイセやビナーも結界を張ることに集中していた。この結界はタナトスを逃さないためのものであり、凄まじい戦いの近くではその余波も感じられるため、少しでも油断ならなかった。

 

《グルルアアアッッ!!》

 

 同時に獣のように叫びながら黒い煙を吹き出す謎の死神が、再びロスヴァイセたちに狙いをつける。四肢で地を駆ける様子は動物のようであり、その素早さも目を見張るものであった。

 ビナーは素早く魔力を溜めて構えるが、その前に大一が再び死神の前に立ちはだかった。

 

『だからお前の相手は…俺だろうが!』

 

 彼女たちの前に飛び出てきた大一は黒影によって形成した錨を振る。謎の死神の爪による一撃と錨がぶつかり合い耳障りな金属音が響く中、黒影の右腕でもう1本の錨を掴んで追撃するように薙ぎ払った。後方へと大きく吹き飛んだ謎の死神はまったく息を乱さずに着地すると、狙いをつけるように大一たちを睨みつけた。

 

『厄介なものだ。技術は無いが、パワーが上がっている。硬度と重さをかなり上げないと』

「…大一くん、あの死神のことを知っているんですか?」

 

 ロスヴァイセが不思議そうに問いかける。先ほどの発言やビナーの黒い煙のようなものを消したことを踏まえると、大一は獣のような謎の死神を知っているのは間違いなかった。その証拠に、今も錨に付着した煙に触れて消していた。アーシアのような回復の力を持っていないのに、このような芸当を行えるのはあの死神を知っているからだろう。

 

『あれは死神じゃありませんよ。ほんの数か月前、同じ力を持つ相手と戦いました。クリフォトにいた無角です』

「無角…何度か戦ったあの鎧武者ですね」

 

 ディオーグが命を懸けて大一と融合を果たしたあの日、彼らが戦ったクリフォトのメンバーである鎧の入れ物に入った怨念…無角と同じ感覚を目の前の死神から感じていた。大一によって鎧ごとあの怨念は破壊したはずであったが…。

 その疑問を解消するように、今度はビナーが話を続ける。

 

「死神が回収していたということですか?」

『でしょうね。そもそも死神はクリフォトと繋がっている節がありましたし。それに無角は自分のことを、死んでいった者たちの恨みなどが凝り固まった存在と言いました。死に関する冥府の者たちだからこそ、復活させられたんじゃないでしょうか』

 

 実際、大一の予想は当たっていた。一部の死神たちがクリフォトの潜伏していた屋敷から、ほんのわずかに残っていた無角の鎧の破片を回収しており、それを元に怨念を終結させてひとつの戦力として蘇らせていた。死に関する冥府で行ったせいなのか、より強力な怨念となっているものの、同時に人格は完全に失われているため以前のように無角と呼んでいい存在なのかは甚だ疑問であったが。

 

《グルルルル…》

『獣みたいになっているな。だが対策はある。かつてお前の怨念を受けた俺だからこそな』

 

 無角は死神のローブを動物の毛のように逆立てると、身体から黒い煙が噴き出した。煙は狼のような姿になると、分身として一斉に向かってきた。目の前の大一はもちろんのこと、後ろにいるビナーやロスヴァイセも狙っている。

 この攻撃に対して、大一は背中からさらに複数の腕を形成すると、弾丸のように打ち出していく。怨念の分身体は縦横無尽に駆けていくが、彼の腕もシャドウのコントロールと併せて蛇のように追尾していく。間もなく相手の分身体を全て霧散させると同時に、今度は接近して錨を振っていく。無角の方も爪を鋭く変化させると、大鎌のように変化した腕で対抗してきた。

 互いに両腕を振り、相手を打ち倒そうとする。無角は純粋な腕力と己のダメージをいとわない姿勢で向かってくるが、以前のような技術が無いところにつけ入る隙があった。

 大一は相手が振り下ろしてきた左腕を錨で滑らせるようにして、爪の切っ先を逸らさせる。腕は地面に叩きつけられ、その隙を狙ってもう1本の錨を真横に振って相手の腰辺りを叩き切ろうとするが…

 

『くっ…!』

 

 重い金属音が鳴ると同時に、無角の身体は錨を通さなかった。まるでダメージが入った様子も無く、これには大一もたじろいだ。

 そして意向を返すかの如く、そのたじろいだ一瞬に無角が右腕で彼の頭部を強烈に殴りつけた。硬度を上げていたものの、鉄パイプで殴られたような衝撃にふらつきかける。それでも足を踏ん張ると、すぐに体勢を変えて無角の腹部に痛烈な蹴りを入れて、再び吹き飛ばした。

 まるでダメージを感じていない無角はもがきながら起き上がり、その様子に大一は舌打ちをしながら足についている怨念を払っていく。あの身体自体が怨念の集合体であり、強靭な肉体を創っている。以前のように龍魔状態になって重力で押しつぶしても、実体がない怨念ではまた死神によって復活する可能性も捨てきれなかった。

 

『なるほど…使用はわかった。そろそろ決着を───』

 

 しかし言葉を続ける前に、大一は訝しげに上空で戦う弟に目を向けた。疑似龍神化でも完全に押し切れないほどの相手に苦戦していた一誠から、魔力とは違う遠くにいながらも身近な感覚を抱くような不思議な力を感知していた。

 この違和感に気づいたのは大一だけでは無かった。一誠と対峙するタナトスも目を細めて言及する。

 

《…貴公から、魂を3つ感じる。貴公と『赤い龍』ドライグと…もうひとりは誰だ?》

 

 これには次の攻め手を考えていた一誠とドライグも怪訝そうにしており、大一の方は驚くように眉を上げる。感知能力も昔よりは遥かに上がったとはいえ、まさか魂まで感知できることには驚きであった。

 もっともこの驚きをはるかに上回る声が、次の瞬間に頭に響くのであった。

 

【イッセー、じいちゃんだ】

 

────────────────────────────────────────────

 

 試合会場近くにある開発区画では商店街のビルなどが建設中であったが、現在は一誠のチームからゼノヴィア、イリナ、アーシア、エルメンヒルデ、さらにシトリー眷属のベンニーアと幾瀬のチームのメンバーが襲撃してきた死神を相手に戦いを繰り広げていた。

 死神は100を超えるほどの軍勢であったが、戦況は明らかに防衛側が有利であった。聖剣の斬撃が大鎌ごと切り裂き、巨大な怪物が死神を食らっていく。さらにはラヴィニアの神滅具である「永遠の氷姫」が周囲を凍らせていき、相手を無力化していくのであった。

 

《お、おのれ…!》

「言ったはずです。ヴァーくんの試合を邪魔するあなたたちに容赦しないと」 

 

 彼女の隣にいる異形である氷の姫によって、死神は全身を凍らされていく。その後も援軍の死神は現れるものの、もはやこの戦いは掃討戦と言っても過言ではなかった。

 

「本当にすごいわね、刃狗チームの人たち!」

「いつかは試合で当たると思うと緊張しますわ…」

 

 イリナがオートクレールで死神を斬りふせ、エルメンヒルデが展開させた防御魔法陣で攻撃を防ぎながらつぶやく。試合の映像でこそ何度か見たものの、その強さを目の当たりに見た「刃狗チーム」の実力は、彼女たちの気を引き締めるには充分であった。

 

「私たちも負けていられない、そうだろう!」

 

 喝を入れるかの如く声を張り上げたゼノヴィアは、2本の聖剣から発生した聖なるオーラを撃ち出して、射線上の死神を蹴散らした。デュランダルとエクスカリバー、その破壊力は冥府の曲者たちを難なく倒していくのであった。そのまま気合いを入れなおして、さらに敵を倒そうとしていくが…

 突如、上空から何かが落ちてきた。ズドンと音を上げて着地し、その衝撃で周辺には戦塵が巻き起こる。

 あまりにも突然のことに、その場にいた全員が落ちてきた方向に目を向けた。間もなく戦塵が晴れると、背の高い男が立っていた。

 

「ふう、久しぶりにこんなことをしたぜ。このあたりに魔法陣を展開させられなかったとはいえ、古典的なやり方で登場しなきゃいけないとは」

 

 男は何事もなかったかのように頭を掻くと、ぐっと身体を伸ばしていく。この戦いの場でいきなり現れていながら、あまりにもマイペースな態度に全員がポカンとしていた。腰には銃、背中には剣をそれぞれ2本ずつ携えており、武器だけ見ればエクソシストを思わせたが、黒いライダースジャケットに見合った荒々しい雰囲気は聖職者とは真逆な印象であった。何よりも男の背中からはコウモリのような翼が生えており、彼が悪魔であることは明白であった。

 

「そっちの援軍?」

「いえ、私たちは知りませんが…」

 

 ラヴィニアの疑問に、近くにいたアーシアは首を横に振る。今回の防衛戦にあたり、彼のような味方に見覚えは無かったし、警備の悪魔にも見えなかった。

 それでも悪魔であると理解した死神がひとり、素早く近づいてその首を取ろうと大鎌を構えた。

 しかし死神の大きな一振りを男は見向きもせずに回避すると、そのまま腹部に蹴りを入れて吹き飛ばした。一連の動作にまるで興味が無さそうな悪魔は軽く周囲を見渡すと、ゼノヴィアとイリナに視線を向けて納得するように頷く。

 

「ハッハー…悪魔と天使で聖剣持ち、しかも感覚からしてかなりの名剣だろう。おい、そこの嬢ちゃんたち、ブルードって奴を知っているか?」

「ブルードって…大天使ハニエルのこと?」

 

 面食らいながらも答えるイリナの言葉に、ゼノヴィアの脳裏には数か月前のことが蘇る。クリフォトに組み伏したかつての大天使、デュリオやグリゼルダと組んで倒したあの人物は、お世辞にも良い思い出とは言い難かった。わざわざ彼について言及する時点で、現れた男に警戒を抱くには充分だ。

 剣を握りなおすゼノヴィアたちの一方で、反対側では死神のひとりが声を上げる。

 

《貴様、何者だ。我々の邪魔をするのであれば───》

 

 言葉が続く前に、無慈悲な銃声が響き渡る。ゼノヴィアたちから視線を外さずに、男は死神の頭に銃弾を撃ち込んだのであった。

 

「お前らには興味がねえ。俺が相手したいのはそこの嬢ちゃんたちだ」

 

 獲物を前にした獣のように舌なめずりしながら、男はもう片方の手にも銃を握る。もはや友好的に関わるのは難しく感じた。

 同時に狙いが分かっていれば、対処もしやすい。ゼノヴィアは仲間たちに声をかける。

 

「他のみんなは死神たちを頼む。どうやらあいつは私たちを所望しているらしい。行くぞ、イリナ」

「任せて!私たちの実力を見せちゃうんだから!」

 

 ゼノヴィアとイリナのコンビは剣を構える。その姿勢を見るだけで、男はギラギラとした闘争心をむき出しにしたように目を輝かせるのであった。

 

「そういうの好きだぜ。俺はベルディム。がっかりさせないでくれよ、聖剣使い」

 




久しぶりに聖剣コンビをピックアップするような気がします。
そういえば現在シノマスのコラボで、ゼノヴィアやイリナも出ていましたね。


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第23話 我が道

自分を突き通すのはすごいですが、時と場合による気も…。


 戦いは半ば混乱気味になっていた。その原因は、突然現れたベルディムと名乗る悪魔の存在だ。彼はゼノヴィアとイリナに狙いをつけており、死神の方は無視を決め込んでいた。そして死神の方も下手に刺激しなければ、手を出さないことを理解したため、当初の目的に沿って小猫たちを狙うためにこの場を突破しようとする。妙な悪魔のせいで、結果的に防衛側は戦力の分散を余儀なくされた。

 ゼノヴィアとイリナは油断なく剣を構える。目の前の人物から感じられる魔力は大きいが、圧倒的と言うほどではない。現時点では銃と背中に携えているブレード程度で、特別な武器は見当たらない。傍から見れば、並みの上級悪魔くらいの存在であった。それでもクリフォトにいた大天使の名前を口にしたことや、彼の狂気的な戦意を踏まえれば、油断ならない相手であるのは間違いない。そしてその警戒はすぐに間違いないと確信した。

 

「悪魔が嫌いな光の感覚、肌に刺さるような戦意…楽しませてくれよ、聖剣使い!」

 

 荒々しい声と同時に、彼は両腕に持つ拳銃を素早く上げて銃弾を撃ち出す。リロードも無く連射をしている点から、魔力を弾として発射しているようであった。弾速はかなりの速さであったが、彼女たちは得物で器用に防ぎつつ、同時に素早いスピードで回避していく。伊達にチーム内で「騎士」を務めているだけあり、その速度は目を見張るものであった。

 

「規模はそこまででもないが速度と威力は本物だ。小手調べは必要ない!行くぞ、イリナ!」

「OK!」

 

 2人は持ち前のスピードで接近しては、一定の距離を保った状態で相手の周囲を走っていく。そして一瞬で近づいては斬撃を入れ、素早く離脱したらまた違う方向から攻撃するヒット&アウェイの戦法を取り始めた。ただでさえ速い「騎士」のスピードに、悪魔にとっては効果抜群な聖剣の攻撃、これを2人がかりで行うのだから並みの相手であれば、早々に無力化されるだろう。

 

「しゃらくせえ!」

 

 対するベルディムは目にも止まらぬ速度で銃をしまい、代わりに背中に抱えていた2本のブレードで彼女たちの斬撃を防いでいく。あらゆる方向から高速で迫るゼノヴィアとイリナの攻撃を、並々ならぬ反射速度で対応していた。それでもゼノヴィアとイリナはスピードを落とすことなく、隙を与えぬように攻撃していく。

 

「なるほどなぁ!それじゃ、こいつでどうよ!」

 

 鼻で笑ったベルディムは、イリナのオートクレールをブレードで受け止めると刃を地面に叩きつけて、彼女の態勢を大きく崩した。さらにゼノヴィアが接近するのに合わせて、デュランダルを振り下ろす前にブレイクダンスのような動きで、態勢を崩したイリナと一緒に蹴り飛ばした。

 

「これくらい…!」

 

 剣の重さで踏ん張ったゼノヴィアはすぐに体勢を変えると、両手に持つ聖剣を振っていく。今度はパワーも活かしており、相手の反撃も許さないような連撃をしつつ、押し込んでいく。

 ベルディムもブレードでいなしてこそいるが、せわしなく脚を動かして後退していった。もっともその顔は悪辣的な笑みを浮かべていたが。

 

「おいおい、隙だらけじゃねえの!」

 

 一瞬、ベルディムの姿が消えたと思った時にはすでに遅かった。ゼノヴィアの後ろに彼は立っており、彼女の胸部から右肩にかけて鮮血が噴き出した。デュランダルとエクスカリバーが代わる代わるに迫っていく中、わずかな隙を狙って一撃を浴びせたのだ。それでも咄嗟に気づいてエクスカリバーの柄で防いだおかげで、腕を斬り落とされるような致命傷は避けられた。

 

「ぐうっ…!」

「少しは防げたか。可愛い顔して粘るねえ。そんじゃ今度は…」

「これ以上はさせないわ!」

 

 ゼノヴィアの背中を狙うベルディムであったが、割って入るようにイリナが復帰する。かつては「擬態の聖剣」を使い新体操のような滑らかな動きで翻弄していたが、オートクレールを得物としても見事な剣さばきは変わらなかった。

 

「だがパワーが足りねえな。まださっきの小娘の方が俺好みだ」

「別にあなたに好かれようなんて思わないわ!それにあなたが悪魔であるなら、これは致命傷になるわよ!」

 

 オートクレールの刃に更なる光の力が纏わっていく。転生天使の光も合わさったこの斬撃は悪魔にとって致命傷になりかねなかった。それが鞭のようにしなやかに動く斬撃として、あらゆる方向から向かってくる上に、イリナの攻撃速度も落ちるどころかさらに上昇していった。

 

「あなたは捕まえさせてもらうけど、油断して勝てるような相手じゃないのはわかる。全力で行かせてもらうわ!」

「この程度のパワーで俺を倒せると思っているとはお笑い草だな!」

「私が考えなしにこんな戦法をしていると思わないことね!」

 

 言い切ったイリナは振り下ろした剣が相手に防がれるのと同時に、身体をひねりながら上空へと大きく飛び上がる。次の一手としてはこれで充分であった。教会時代から共に戦い、同じ男に告白した相棒ならば必ず決めてくれるという信頼があったのだから。

 イリナが射線を開けた瞬間、デュランダルとエクスカリバーを交差させて溜めていた聖なる波動を撃ちだした。地をもえぐるほどの威力と規模を持つ攻撃は、真っすぐにベルディムへと向かっていった。

 とはいえ、攻撃の大きさで足がすくむような男でも無かった。ベルディムは落ち着いて回避しようとするが、それを上空へ飛んだイリナが許さなかった。光の槍を複数作り出すと、相手の逃げ場を塞いでいくように撃ち込んでいく。この一瞬の最中、2人は言葉も交わさずに阿吽の呼吸で相手を追い詰める連携を披露した。

 

「ちょこざいな。だったら、防ぐだけだ」

 

 ベルディムはブレードに魔力を集中させていく。相手の攻撃が凄まじいとはいえ、避ける場所が無ければ真っ向から打ち破るだけであった。それに彼自身、まったくこの攻撃に動じてもいなかった。

 そして迫ってきた波動を交差させたブレードで正面から防いだ。魔力を集中させたブレードはかなりの硬度を持ち、同時にベルディムの鍛えた腕も相まって攻撃を霧散させた。しかし…

 

「ハアアアアッ!!」

 

 いつの間にか、ゼノヴィアはベルディムに大きく接近していた。先ほどの攻撃はあくまで布石であり、わずかながらに威力を弱めて次の攻撃への準備をしていた。二振りの聖剣を交差させて一気に斬りつける。彼女の必殺技である「クロス・クライシス」は、相手が盾としたブレードの刃ごと破壊し、後方へと一気に吹き飛ばした。そのまま近くの建物に激突し、さらに上から瓦礫が降り注いでいく。

 荒い呼吸を整えるように小さく息を吐くゼノヴィアの隣に、イリナが降り立った。

 

「ゼノヴィア、怪我は?」

「アーシアが回復のオーラを飛ばしてくれたから問題ない。それよりもあれで倒せたか怪しいな。ブレードで勢いが殺された」

「でも聖剣を喰らったのだから、ただじゃすまないはずよ。ところであの悪魔に見覚えとかってある?」

「まったくない。さっきの一撃で気絶でもしてくれれば、そのまま捕えていろいろ聞けるが…」

 

 瓦礫の山が崩れていき、戦塵が晴れていく。潰れることなく起き上がってきたベルディムは服も擦り切れ、斬られた箇所から血が流れていたが、苦悶の表情は浮かべていなかった。その様子を確認したゼノヴィアとイリナは構えなおした。

 対するベルディムの方は、折れたブレードを一瞥して背中に再び帯刀する。

 

「あーあ、折れちまったよ。また別のを探さなきゃな。それよりも…」

 

 斬られた箇所をなぞり指に付着した血液を調べていく。身体の動きを確認するかのように肩を回していく。そして茶色い歯をむき出しに狂気的な笑みを浮かべた。

 

「悪くねえが、まだまだ足りねえな!もっと本気でかかってこい!俺は楽しみ足りねえんだ!」

 

 再び銃を取り出したベルディムには、凄まじく活気づいたエネルギーを感じられた。彼の身体には血がべっとりとついており、聖剣がダメージを与えた感覚もある。にもかかわらず、苦悶の様子は一切見せずに、戦いを楽しむ姿は一種の恐怖すら抱かせた。

 ベルディムはゲラゲラと高笑いしながら、周囲一帯にめちゃくちゃに銃を乱射し始めた。近くの廃ビルにあたり瓦礫が崩れたり、凍った死神を撃ち砕いたりと敵も味方も入り乱れる状況になった。

 

「ひゃっ!」

「アーシア!」

 

 アーシアに銃弾が真っすぐに向かっていくのを見たゼノヴィアが声を上げるが、エルメンヒルデが防御魔法陣を展開して攻撃を防ぐ。親友の無事に安堵するとともに、鳴りを潜めていた怒りが一気に彼女を覆った。

 

「やめろッ!」

 

 デュランダルの聖なる力が斬撃となって飛んでいく。ベルディムは見た目に似合わない華麗な側転で攻撃を避けると、銃の乱射を止めずに目を輝かせていた。

 

「おっと、今のはいい感じの殺意だな!あの女が原因かぁ?」

「これ以上、余計なことをするなら…!」

「おいおい、戦いの場にいておいて無傷でいられるはずなんかねえだろうがよ!その小娘を傷つけたくないなら死ぬ気でかかって来な!」

「あなたこそ、これ以上の横暴を許しませんの」

 

 淡々とした声が、ひんやりした空気と共に流れてくる。ゼノヴィアが対峙していた相手は足元から透明な氷に覆われていき、あっという間に悪辣な笑みを浮かべていた頭まで凍ってしまった。

 異形の氷姫を従えたラヴィニアはやれやれといった様子で、ゆっくりと息を吐いていく。出てきた息の白さは、彼女の強さと美しさを引き立てているようであった。気づけば襲撃してきた死神たちは全員倒れており無力化しており、この防衛戦に勝利したことをゼノヴィアとイリナは理解した。

 

「すまない。あまり力になれなかった…」

「この悪魔を引きつけて戦ったことで充分です。おかげで私たちは死神に集中できたのですから」

「何者かしら?死神を倒したことから冥府の人物じゃないと思うけど…」

 

 戦いが一区切りついたところで、各々が首をひねるように凍結したベルディムを見る。ただのはぐれ悪魔が冥界の真っただ中にいるとは思えない。ブルードの名を口にしたとはいえ、クリフォトが手を組んでいた冥府の死神を援護しに来たようにも見えない上に、行動に計画性も感じられなかった。

 

「とにかくこの人物からはいろいろ聞き出さなければ───」

 

 ラヴィニアが最後まで言葉を紡ぐ前に、いきなり氷の砕き割れる音が響いた。すぐに全員が警戒態勢を取るが、凍っていたはずのベルディムの姿はそこになく、上空に翼を広げて一行を見下ろしていた。

 

「ハッハッハッ!あやうく芯まで凍るところだったぜ!ただの氷じゃねえとは思ったが…神滅具とやり合う機会なんざ稀だ!やべえ!滾る感覚が収まらねえ!もっとだ!もっとくれぇ!」 

 

 ダメージは間違いなく負っている。斬撃を入れたゼノヴィアや凍らせたラヴィニアがそれをよく理解していたが、上空の悪魔は消耗するどころか溢れんばかりのエネルギーを全身にみなぎらせていた。

 得体の知れない相手との戦いに全員が覚悟を決めるが、今度は相手の身体が眩いほどに光りだす。そして輝かしい光とはまるで似合わないような落胆が彼の口から発せられた。

 

「おいおい、もう時間かよ!ったく、これからだっていうのに…!」

 

 光が強くなっていき、一瞬だけ視界を封じるほど発光してすぐに落ち着くと、ベルディムの姿は消え去り、代わりのように上空から骸骨が落ちてきた。

 突然現れた謎の悪魔は、文字通り嵐のように過ぎ去っていった。

 

────────────────────────────────────────────

 

『バカな!俺の会話に、この神器の中に介入してくるなんて、いったいどんな力を使ったというんだ!?』

【お釈迦様にお頼みしたら、なんかできたぞ。龍神様にも手伝ってもらうとか言ってたな】

『釈迦とオーフィスか~ッ!そりゃ、介入できる!』

 

 一誠の頭にドライグの納得と苦悶が入り混じったような声が響く。突然の祖父の登場に驚き、半ば思考放棄しているのは間違いなかった。このピンチを極楽から観察していたらしい祖父が援護に来てくれたようだが…。

 

『一誠はまだしも、なんで俺まで聞こえるんだよ!?』

 

 弟同様に頭に祖父の声が響き、大一は素っ頓狂な声を上げる。祖父の魂は一誠の神器にあるはず。なにかしらで繋がっているわけでもなく、祖父の方も完全に一誠とドライグに話しかけているのに、彼にその声が聞こえていることは疑問しか感じられなかった。

 そんな相棒を落ちつけるようにシャドウが見解を述べる。

 

『もろもろ条件が重なったからじゃない?ほら、ディオーグと融合した上に、最近は仙術の修行で気の感知も上達しただろ。加えて、同じ宗教だと繋がりやすいらしいし。実際、赤龍帝が雲外鏡のところで祖父と話せたのって、それもあったからじゃないか』

『そ、そんなことで…』

 

 言いよどむ大一であったが、思い返せばいくらでも理由はつけられた。ディオーグが神器同士の会話を盗み聞きしていたことやヴァレリーが会話していた死者の魂を感知したことなども踏まえれば、当然のことかもしれない。それでも首をひねる思いであるのは間違いないが。

 

《グルルルルアアアアッッ!!》

 

 けたたましく雄たけびを上げながら、またもや無角が接近していく。獣のような鋭い爪を連続で振ってくるが、それを大一は錨で受け止めていく。

 そんな中、上空では一誠と祖父の会話が続いていた。どうも祖父がかつての記憶を呼び起こしているようだが…。

 

「…ろくな思い出じゃねえええぇぇぇっ!」

 

 一誠の声が鎧の中で響き渡る。彼が強制的に思い出された記憶は、祖父とプラモデルを作ったことであった。幼心をくすぐるデザインのロボットのプラモを作る一誠に対して、祖父はエロ本片手に美少女フィギュアに触れる祖父。完成したプラモでフィギュアと戦いごっこをして、おっぱい波動砲やおっぱいビームなる攻撃で遊んだ日…傍から見れば呆れるのも当然な内容であった。

 

【波動砲用意】

 

 祖父の声と同時に、赤龍帝の鎧の尾がひとりでに動き出す。それは蛇のようにうねりながら真っすぐにロスヴァイセへと向かっていった。この状況に味方全員がどうすればよいのかもわからず、間もなく尾がロスヴァイセの胸の先端に取りついて覆った。

 

「…あんッ!」

 

 尾が脈打つたびに官能的な喘ぎが彼女の口から漏れ出る。なんでも祖父の記憶と助力により、おっぱいの力を集めているのだという。その証拠に一誠の意志とは関係なく、肩のキャノン砲も勝手に動き出してタナトスに狙いをつけていた。

 

『…大一、集中だよ』

『わかってるわ!』

 

 無角の爪をいなしながら、大一は赤面して答える。普段のロスヴァイセからは想像できないような色っぽい声には、姿が見えなくても動揺してしまうものがあった。

 そんな兄の様子もつゆ知らず、一誠たちは着々と準備を進めていく。どうも祖父が神器の力に干渉しているようであり、その事実にドライグも完全に困惑していた。

 

「俺のじいちゃんだから、俺のエロ根源を動かせるのは当然なのかもしれない」

『そうなのか!?それで納得しているのか!?俺もそれで納得していいのか!?』

【極楽で徳を積んだからな。お釈迦様も喜ばれるだろう】

[その通りです。これは釈迦如来の願いでもあるのです]

 

 この会話にまたひとり新しい声が混ざる。穏やかで安心を印象付けるような声の主は観音菩薩であり、おっぱいドラゴンの歌によって極楽浄土にいる多くの人物を笑顔にしたというお礼も兼ねて力を貸しに現れた。

 

《バ、バカなッ!釈迦如来に観音菩薩まで赤龍帝に介入するというのか!?》

 

 観音菩薩の存在を感知したタナトスもいよいよ動揺を隠せずにいた。魂を刈り取る大鎌を振りかぶり攻撃しようとするが、観音によって発せられた後光により怯まざるをえなかった。

 その間にもロスヴァイセから力を得ていき、いよいよ魔力が溜まったのを知らせるかのように籠手の宝玉に96(彼女のバストサイズらしい)の文字が記される。

 

【さあ、イッセー。準備は整ったぞ。名前は…波動の名前をつけてくれ】

「な、名前か…超乳波動砲(にゅうトロン・ビーム・キャノン)、とかかな…」

【ニュートロンとかはよく知らんが語呂さえ合えばいいか。そしてロスヴァイセさんとやら、未来のために今日の恥辱に耐えてくださいな。それが女ってものですぞ】

「…なんだかわかりませんが、胸に響きました」

 

 いちおうロスヴァイセが納得したことに驚くも、一誠はたしかにすさまじいエネルギーを感じていた。そして確信した。この戦いに勝つことを。

 それを察したようにビナーも援護として、高い火力と規模を有した魔力の塊を撃ち出していく。かつてはセラフォルーにも並んだほどの魔王級の攻撃はすさまじく、タナトスも回避と防御に徹していた。結果的にそれが足止めとなり、一誠が狙いをつける時間を稼ぐことになった。

 

「これで決めるッ!超乳波動砲、発射ァァアアアッ!!!」

 

 砲口から強大なピンク色のオーラが放たれ、タナトスに向かっていく。周辺を巻き込みながらオーラは相手を飲み込んでいき、大きくえぐれたクレーターを作り上げた。その中央でタナトスの全身からは煙を上げており、先ほどの一撃のすさまじさを物語っている。一誠が近づくと、タナトスは瀕死寸前な瞳を向けると同時に絞り出すように声を出す。

 

《み、見事だ、赤龍帝…近い将来、貴公は神クラスを滅ぼしうる抑止力となるだろう…ファファファ…ハーデス様…あなたは誰よりも3大勢力を呪い囚われたお方…冥府は…冥府以上にはなれない…》

 

 自嘲的な笑いをこぼし、タナトスは気絶する。今回の事件の首謀者を打倒したことに、一誠は内心胸をなでおろすのであった。

 しかし戦いはすべて終わっていない。神器の中で再び祖父の声が響いた。

 

【よし、次は…大一。お前の番だ】

『…』

【無視するな。声が聞こえていることには気づいているからな。加勢するぞ】

 

 祖父の呼びかけに応答せずに、大一は無角の攻撃を錨でいなしていく。主が倒れたにもまったく気にせず、無角は最初に受けた命令を遂行しようと攻め続けていた。理性ない攻撃は苛烈であったが、大一の方は動じずに対処し続ける。

 

【お前も兵藤家の男だ。イッセーほどではないが、乳力を活用できるはず───】

『いらない』

【ほ、本気で言っているのか!?お前も姫島さんと付き合って、ようやくおっぱいの魅力が分かったと思ったのに!】

 

 自身のスケベ心とおっぱいへの熱意を祖父は語るが、これはむしろ火に油を注いでいるように一誠は思えた。高校時代の兄が自分に言ってきたことや頭を下げていたこと、おっぱいドラゴンへの態度が想起されていく。それを踏まえれば、祖父の言葉に素っ気ないのは当然だろう。そもそも昔から兄は祖父に対して、そういった節が散見されたのだ。

 そしていよいよ大一の方が先に限界を迎えるのであった。

 

『ったく、うるさいな!そもそも俺は昔からじいちゃんのそういう強引なところが苦手なんだよ!それにおっぱいドラゴンについては関わりたくない!極楽では良いかもしれないがな、こっちとしてはずっと前から悩みの種なんだ!それに朱乃とは胸が理由で付き合っているわけじゃない!』

【昔からそうだったが、じいちゃんにも容赦ないな。まったく頭が固いのう】

『勝手なことやって、ロスヴァイセさんにも無茶苦茶な迷惑かけている人に呆れられる筋合いはないわ!』

【だが援護はするぞ。見たところ、状況が好転しないからな。乳力でお前も更なるパワーアップを───】

『だから余計なお世話だ!他のみんなも援護は不要!』

 

 苛立ちを持って吠えると同時に、大一はまたもや無角を蹴り飛ばす。祖父の言う通り、傍から見れば先ほどから攻撃をいなしているだけで、相手を倒す兆しは感じられない。

 しかし大一はまるで動じず、姿勢を低くする無角相手に錨の切っ先を向けていた。

 

『まったく集中が途切れる。もう勝てる布石はあるっていうのに…さあ、次の一手で終わりにしよう』

 




なんかオリ主が我慢を止めたの久しぶりな気がします。
24巻では祖父のキャラに困惑した思い出が…。


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第24話 仙術

珍しくパワーアップのお披露目回です。


 怨念、それは死んだ者が残していった悲しみ、怒り、悔しさといった感情が負のエネルギーとなり、生きる者の命を奪おうとしてきた。肌や魔力を焼き、簡単には振り払えないほどしぶとく、容赦なく苦しみを与えていく。その怨念自体が意思を持って動くような無角の存在は、まさに怪物と評するのに相応しいだろう。

 その恐ろしさを、大一はかつて身をもって経験していた。斬撃と合わさった怨念は、身体を焼き切り、彼の半身と相棒の命を奪い去った。それは苦い思い出であると同時に、この戦いに勝利することを確信させていた。

 

『まさに死の力…だがこの戦いは勝つ』

 

 静かに呟いた大一の身体には黒い煙が取りついていたが、それは瞬く間に霧散していった。

 怨念が死に関する力であることを知った大一は、その対極にある力をぶつけることで相殺できることに気づいた。光に対して闇があるように、死に対しては生きる力を。そこで彼は学んだ仙術を活かし、生命力や気を流して怨念に当て、その力を無効化した。身体で怨念の性質を理解し、小猫と黒歌から教わった仙術があって初めて可能とした芸当であった。

 以前の無角であれば、自身の最大の武器が通用しないと分かれば、攻撃の手法を変えていただろう。しかし理性を失った獣同然の存在は、純粋な力押しでしか攻めてこなかった。世界中に抱く恨みを晴らすために戦った怪物は、その恨みを利用されるだけの存在になっていた。

 

『…哀れだな、無角。もう終わりにしよう』

 

 龍の力が入り混じった左手と黒影で作った右手、それぞれの手の平を合わせる。同時に周囲への感知を強めて気を操ることに集中する。生き物の鼓動が、自然の呼吸が、魂である祖父や菩薩の存在が確固たるものに感じられる。そして彼の身体全体に、滑らかで掴みどころのないエネルギーが流れていく。エネルギーはするすると動き、少しでも油断すればすぐにでも外に逃げ出しそうであった。

 だがそれでいい。無理にせき止める必要はない。小猫から学んだように道を作ればいいだけであった。手の平から出て行こうとするのであれば、もう片方の手を合わせればいい。足から出るのであれば、踏みしめる地面を利用して、また受け入れればいい。そして力を同調させつつ、頭部へと誘導していった。

 

《ガルルルルアアアアッッ!!!》

 

 無角は雄たけびを上げつつ、両腕の怨念を高めていく。そして大きく振った腕からはかまいたちのような斬撃が発生し、地面をえぐりながら大一へと向かっていった。

 

『だがそれも怨念。打ち消すことは十分できる』

 

 先ほどから打ち合って気づいたのは、この無角は以前のように鎧に集結した怨念が意思を持つ存在として、形作っているわけでないということだ。この妙な死神の装束で無理やり形を留めており、攻撃のたびに怨念を飛ばしていることを踏まえると、どこかに発生源があると思えた。

 相手に生命力が無かろうと、1度受けた力を理解していればその濃さでどこに大本があるかは感知できる。そして相手の胸の中に、鎧の欠片を魔力でまとめた核となる部分を感知できた。

 純粋な肉弾戦では無角の怨念の身体を払いきれない。だからこそ龍魔状態でなく、龍人状態で対応していた。

 向かってくる怨念の斬撃にも動じずに大きく息を吸い込む。魔力をイメージして変化させることはいまだに難しい彼であったが、仙術では不思議と自信があった。

 

『小猫の火車のように、向かってくる攻撃を燃やす浄化の火のように…』

 

 大一は口をすぼめて息を強く噴き出す。口から放出されたのは強烈な火炎であり、広範囲の炎は向かってきた怨念の斬撃とぶつかり互いを打ち消した。

 仙術による炎は無角も本能的に危険を感じたのか、攻撃をたたみかけていく。連続で怨念の斬撃を放つが、炎の規模はかなりのもので放つ攻撃はことごとく相殺していく。わずかに後ずさりする無角だが…

 

『逃がすわけないだろッ!』

 

 燃え盛る仙術の炎の中から怨念を弾きながら一気に接近した大一は、背中から生みだした黒影による腕で無角の身体を捕縛する。狙いは一点、打ち合い中に気づいた胸による核であった。

 

『これで終わりだ!』

 

 至近距離から放たれた仙術の炎は瞬く間に怨念の身体を削り、むき出しとなった核ごと燃やして相手をこの場から消滅させた。

 攻撃を終えた大一は軽く咳き込みながら、龍人状態を解除する。

 

「新技「仙術・火炎太鼓」…まあまあだろう」

 

 タナトスによる襲撃計画を、ここでようやく食い止めたことを一行は実感するのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 数分後、援護に来たサイラオーグとデュリオに気絶したタナトスを任せて一行は、アジュカがいる取り調べ機関に向かう。そこまでの道中では、タナトス相手にほぼ単独で勝利したことにサイラオーグたちは驚くわ、一時的に縮んだロスヴァイセの胸に一誠が嘆くわと騒がしかったが、ずば抜けて喧騒であったのは大一と祖父の言い合いだっただろう。

 

【別に乳力があっても、変わらなかっただろう】

「仙術で十分に勝てる見込みがあったからいらなかったんだよ!そもそも集中力使うから、余計な援護の方が迷惑だわ!」

【お前ももうちょっとおっぱいへの魅力を理解していれば、集中できたろうよ】

「じいちゃんはただスケベなだけだろッ!」

 

 祖父の魂は神滅具に入っているため一誠はこの会話を聞いていたが、傍から見れば大一が独りで騒いでいるようで不気味な印象すら感じた。

 間もなく取り調べ機関へと転移すると、関係各所に連絡していたレイヴェルが慌てた様子で出迎えた。

 

「ああ、イッセー様!戻ってきてくれてよかった…アジュカ様は気にしていないし、ゼノヴィアさんたちはまだ戻って来ていなくて…私ではどうすればいいかわからなくて…」

 

 彼女らしくない困り果てた様子だけでなく、どこか青ざめて不安を掻き立てていたことに、一誠は安心させるように声をかける。

 

「落ち着けって、レイヴェル。タナトスは俺らが倒したし、他の方も大丈夫だ」

「死神の方じゃないんです!彼らが」

「これはこれは姉上!偶然とはいえすぐに会えるとは!」

 

 レイヴェルが事情を説明する前に、弾むような喜びを内包した声が一行の耳に響く。ハッキリと聞き覚えのある声に一誠、グレイフィア、ロスヴァイセはぎょっとした表情で、声の方向へと目を向けると、奥からユーグリットとギガンが歩いてきた。

 

「ユーグリッド…!どうしてここに!?」

「今回の死神襲撃の防衛についていただけですよ。それにしても若い姿も美しい…。おっと、ロスヴァイセまでいるとは。少々、出で立ちが変わったような…赤龍帝が余計なことをしたのかな?」

 

 姉と同じ色の髪から覗かせる整った形の瞳に、どこか意地の悪そうな雰囲気を内包しながらユーグリットは一誠を見る。これには一誠も若干の苛立ちを感じつつ、疑問の方を優先させるように言葉を紡いだ。

 

「なんでお前らがそんなことを…!?だって───」

 

 一誠が続ける前に、大一がぐいっと前に出てユーグリットに鋭く言う。

 

「おい、ユーグリット。グレイフィアさんとロスヴァイセさんに迷惑かけないという約束だろ」

「ただ挨拶をしただけですよ。そこまで目くじらを立てることじゃないでしょうに」

 

 まるで反省した様子も無くユーグリットは首を横に振る。もっとも一誠たちの奇異を抱いた視線は、ユーグリットたちから大一へと移っていく。

 

「兄貴、もしかして…!?」

「ああ、そのもしかしてだ。今回の一件で彼らに協力を打診したのは俺だ」

 

 まったく隠さずに大一はきっぱりと言い切る。一誠、ロスヴァイセ、レイヴェルは唖然とする一方で、ビナーの方は非難するようにユーグリットに視線を戻した。

 

「ユーグリット…!」

「姉上、勘違いしては困ります。今回の一件について、持ちかけたのは彼の方からですよ。別に私は促していませんし、むしろ度肝を抜いたものです」

 

 淡々と答えるユーグリットであったが、それを一誠たちは手放しで納得できなかった。リゼヴィムに悪魔らしさを見出し、テロ組織の副官を務めていたような男だ。1度は完全に心を砕かれたとはいえ、悠々とした態度を取る彼の言葉を鵜呑みにすることは難しかった。

 

「まあ、信用できないのも当然だ。しかしこいつの言っていることは正しい」

「兄貴、どうしてこんなことをするんだよ!?ユーグリットの仮釈放の件は知っているけど、戦いの場に出すなんて…しかもギガンに関してはまだ幽閉中のはずだろ!」

「理由は単純だ。今回の襲撃は是が非でも阻止しなければならない。そのためにも少しでも戦力が欲しかっただけだ」

 

 実際、その目論見は当たっていた。今回の襲撃にあたり、現れた死神の集団を鎮圧することに彼らは貢献していた。

 

「…大一くん、どうやって説き伏せたんですか?」

 

 ユーグリットに気圧されたのか、一歩引いた状態でロスヴァイセが問う。ユーグリット、ギガン共になかなか難儀な性格をしている上に、ヴァ―リほど歩み寄るタイプには思えない。そんな2人をどう説得したのか興味を抱くのは当然であった。いやこの2人だけではない。そもそも冥界政府上層部が、彼らを戦いの場に出すことを許可したのもありえないとしか思えなかった。

 大一が反応する前に、ユーグリットの方が先んじて答える。

 

「まあ、単純ですよ。私は彼を理解しているつもりでしたが、私も見透かされていたようです。なんというか…野心をね」

 

 いまいちハッキリしない反応に困惑する一行だが、大一はどこからともなく書類を問いだしながら答える。

 

「アジュカ様含めて一部の上層部に直談判した。幸い、報告で会う機会は多いのでな。ユーグリットの方は、ある目的が一致したから協力を取り付けられた。ギガンの方は、これだ」

 

 大一は手に持つ1枚の書類をひらひらと振る。

 

「ギガンの仮釈放の条件として、彼が問題を起こした場合に俺の両脚を『異界の魔力』の研究材料として提供することを取りつけた」

『ええっ!?』

 

 今回ばかりはさすがに一誠たちも声を上げずにはいられなかったが、対照的に大一はまるで動じずにあっさりと答えた。今回、彼が説き伏せた上層部は「異界の魔力」に関しての情報を求めていた者たちであった。ディオーグが与えてくれた命をかけることは出来なかったが、魔力を持つ肉体として脚を担保とすることで仮釈放の後押しを手に入れた。問答無用で身体を切られなかったのは、さすがに彼の今後の仕事ぶりやアジュカの影響もあったからだろう。

 

「兄貴、またバカなことをしたのかよ!同情とかでそこまでする必要がないだろう!?」

 

 一誠は腑に落ちない様子で声を荒げる。以前もシャドウの一件で、兄は自身を大きく苦しめた存在を神器として迎え入れた。それほどの確執があるはずの相手を受け入れることには首をひねる想いであった。むしろシャドウの時と違って命の危険にさらされていたわけでも無いため、彼らを引き入れるために奔走した現在の方が歪に感じられる。

 

「それくらいする理由はあるよ。俺が彼らに持ちかけたのは2つだ。ひとつは今回の死神の襲撃阻止に力を貸すこと。もうひとつは俺が上級悪魔になった際…眷属になることだ」

「眷属って…!ユーグリッドやギガンを!?」

 

 信じられない、そんな想いが露骨に一誠の声からは滲み出ていたが、それを察した大一は首を横に振って答える。

 

「お前は納得できないかもしれないが、俺にとってはそこまですることなんだよ。だいたい仲間にするにあたって、どれだけ言葉を並べようとも信用できないだろう。これくらいは行動で示さないと」

「そこまでして2人を仲間にしたい理由がわからねえよ…」

「至極簡単な理由さ。いつか自分のチームを率いてアザゼル杯のような大会に出場したい、それにあたって今からリクルートに力を入れているだけだ」

 

 いずれ一誠を筆頭にアザゼル杯に出場している強者たちに勝ちたい、サザージュの戦いを経てから彼が掲げた新たな目標であった。その達成の足掛かりとして、このはみ出し者の2人をスカウトした。一見すれば無茶な人選に思われがちだが、彼らの実力は目を見張るものがある。同時に彼の冥界の悲しみを減らすという願いにあたって、日陰を歩んできた相手に向き合うことにも繋がった。

 だがそれ以上に彼は信頼していた。今もなお強い野心を持つユーグリット、想像を絶する苦しみを経験したギガン、この2人の抱くものは間違いなく必要になることを。

 

「私はいまだにリゼヴィム様が悪魔として素晴らしいと思ってますよ。そんなあの人でも『赤』を倒すことは叶わなかった。しかし彼なら…兵藤大一ならそれを果たせると思ったんです。私と共にね。もっとも私は似たような誘いを1度断られたので、ちょっと今の生活を融通して欲しいという条件付きですが」

「…俺は余計な借りを返すだけだ」

 

 大一の決断を支持するように、ユーグリットとギガンも口を開く。少なくともこの場で騒いだところで、この現状が覆ることは無いこと一誠たちは実感した。

 

【話は終わったか?】

(じいちゃん…!)

 

 一誠の頭に祖父の声が響く。今の会話は祖父も聞いていたはずだが、ユーグリットとギガンがどんな立場の人物かを知らない以上、兄の行動をどのように感じたのかは図りかねた。

 間もなく神器の方から直接、声が発せられた。

 

【大一、事情はよく知らんが親から貰った身体を簡単に賭けるのは感心しないな】

「そればかりは否定できないな。しかし俺にとって重要なことなんだ。じいちゃんがどう言おうとも…」

【その決断をやめろとは言わんよ。お前はいろいろ考えるからな。むしろ手段を選ばないのなら、なぜおっぱいも否定するのかは腑に落ちないがな】

「だから俺はあれで強くなれる保証は無いし、すでに勝つ算段があったんだよ!」

 

 気がつけばまたもや2人は言い合いのようになっていく。

 

【まあ、それで納得しているならよい。それよりもイッセー。さっきいろいろいじった時に面白い機能を取り付けてみたぞ。お前の「乳語翻訳」に手を加えてみた。女性限定でおっぱいを通じて、離れた場所のおっぱいと話せるようにしてみた。その名も「乳語電話(パイフォン)」!!】

 

 熱弁する祖父であったが、一誠ですら思わずうろたえるほどの内容であった。ドライグに関しては、完全に諦めの領域に入っており彼の脳内の中ではどこか温度差のある空気が流れていた。

 それでもこの技を使えば、襲撃を阻止できたことを試合中の小猫や黒歌に伝えられる。一誠は祖父から使い方を伝授されるが…

 

「じいちゃん、俺も声が聞こえているんだぞ」

 

 一誠を制止するように、大一が彼の肩に手を置く。この新たな技だが、女性の乳に触れると考えた相手の心に語りかけるものであった。先ほどのビームによるロスヴァイセの一件を踏まえると、また奇妙な絵面と女性がとんでもないことになると予想するのは難くなかった。

 

【待つんだ、大一!無事であることを伝えるのは大切だぞ!】

「それでまた別の人にセクハラ行為するのは違うだろ!だいたい試合中に、余計な手出しすることだって問題だわ!」

【ええい、やっぱり頭が固いな!少しはイッセーを見習え!】

「あ、兄貴…じいちゃんの言うことも一理あると思うぜ」

「お前な、いくら試合の結果に大きく影響しないことであっても外部から変な手出しをするのはダメだろう。それにな───」

 

 そう言うと大一は手早く魔法陣を展開させながら上層部へと報告していく。同時に試合を見るために、映像を映し出す通信機器を取り出した。

 

「あの2人はわかっている」

 




パイフォン使っていないので、少し小猫と黒歌の様子は違うと思います。
次回はその辺りですかね。


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第25話 姉妹の本気

小猫と黒歌の回です。
原作と違って主人公たちはそこまで介入していません。


 リアスとヴァ―リ、両チームの戦いに歓声が沸き上がる。若い身体に戻ったストラーダはアーサーたちを圧倒し、当代の沙悟浄と猪八戒はルフェイと組んで噂に違わぬ実力で朱乃たちを押し返していく。戦いが白熱するほどに観客たちは興奮で声を上げるのであった。

 そんな中、小猫は白音モードとなり周辺を警戒する。観客の盛り上がりとは反対に、妙に静かな空気が彼女を包んでいた。息遣いや心臓の音が聞こえ、瓦礫などが崩れて戦塵が舞う状況ではさらに強い緊張感を与えた。

 

(…来た)

 

 ほんのわずかに聞こえた風を切る音と向かってくる魔力を感知した小猫は、滑らかな身のこなしで鋭い風の斬撃を避けていく。

 同時に火車を複数展開すると、斬撃の出所に向かって突撃させていく。浄化の炎による攻撃の威力は折り紙付きであり、相手が避けるのは必然であった。それを予測していた小猫は、戦塵の中から大きく飛び上がった相手に合わせて同じようにジャンプし、痛烈な飛び蹴りを叩きこんだ。相手はそのまま下方へと吹き飛んでいく。地面には激突せずにひらりと受け身を取りつつ着地するが、苦しそうに蹴りを受けた腹部を撫でていた。

 

「つッ…!今のは効いたわ…」

「…効いてくれないと困ります」

「言うようになったにゃ」

 

 淡々と答える小猫とは対照的に、黒歌は感心したように答える。すでに幾分か時間は経過しており、ルールもあって場所を移動しながら戦い続けている。そのたびにフィールドの倒壊具合や仙術の練度を踏まえると、妹の実力を強く実感した。自分が修行をつけてきたとはいえ、未熟と思っていた妹の成長には素直に感嘆していた。そして同時に一種の驚きも抱いていた。

 

「仙術を上手く扱うには平常心が大切…そういう意味では冷静ね。正直、戦いになるか心配だったけど」

「…死神の件ですか」

 

 察したように小猫は呟く。突然の襲撃、顔も覚えていない両親の問題、今後の冥界の未来に影響するかもしれない事実がいきなり目の当たりとなった。さらにタナトス一行がこの試合に目をつけていることを2人とも耳に挟んでいた。

 

「あんなに大事だったんだもの。気持ちが落ち着かないのは当然じゃない?」

 

 黒歌の問いに、小猫は静かに首を振る。同時に拳を強く握り構えなおした。

 

「…たしかに不安でしたよ。でもそれを引きずって姉様との戦いを疎かにしたくありません。そうならないように親友が、仲間が、先輩が請け負ってくれると約束してくれたんです」

 

 心が傷ついても癒し、隙間を埋めてくれる特別な人たち…そんな人たちがこの試合を守り通すと約束してくれた。特に親友のレイヴェルが懸命に計画を立ててくれたのは知っているし、数日前に大一と修行した際に彼が本気で守ると言葉にして約束した。普遍的なことであるが、彼女にとっては何よりも安寧をもたらすものであった。

 

「この試合に全力で挑む、私は大好きな人たちにそう信じられています。だから私も同じくらい信じるだけです」

 

 きっぱりと言い切る小猫に魔力や気力がみなぎっていく。すでに時間はそれなりに経過しているにも関わらず、揺るぎない様子で力を引き出していた。

 もはやちょっとした動揺で仙術を上手く扱えないような妹の姿はなく、黒歌はふっと笑みをこぼす。

 

「…本当に強くなって、お姉ちゃんも嬉しいにゃ♪」

「ふざけるのも大概にしてください。そっちはまだ本気を出していないでしょう」

 

 小猫の指摘に、黒歌はきょとんとした表情になる。その言葉を飲み込むのに数秒かかったような静寂が流れ、間もなく彼女は問いただす。

 

「私が?」

「ええ、そうです。たしかに仙術の練度や身のこなしは流石です。でも違う。姉様はもっと強いことを知っています」

 

 ここまでの戦いで黒歌が本気でいないことを小猫は悟った。実力は並みの悪魔よりもたしかに上ではあるが、彼女の本気はもっと強いはずであった。仙術の威力は現在の自分でも十分に対応できるものであった上に、幻術や時空間に干渉する術の類を使ってこない。わずかではあるが、攻撃の軌道や流れにもズレがあり、それを感知できないほど姉が戦闘においてずさんだとは思えなかった。

 

「買い被りすぎね。白音が前よりも遥かに強くなっただけでしょう?」

「…そっくり返しますよ。たしかに私は強くなりました。でもそれゆえに相手の力量もしっかりとわかるようになったと思っています。だから仙術の練度は姉様の方が上であることも」

 

 小猫の周囲に火車が展開され、彼女と共に姉へと向かっていく。黒歌の方は幾重にも防御魔法陣を展開するもあっさり突破されていき、妹からの格闘を受け流していた。小猫が強力な拳打を撃ち込もうとするのに対し、黒歌の表情には余裕がなかった。

 

「どういうつもりです?死神の件で心配になっているんですか。私は乗り越えられたのに、姉様は先輩たちを信用しきれなかったんですか」

「…違う」

「それともやっぱり本気を出せないほど私は弱いですか」

「それは…私は…!」

「私は姉様を超えたいのに、あなたはそれに応えてくれないんですか」

「私は!」

 

 黒歌は正面に防御魔法陣を展開するが、小猫の拳はそれをものともせずに突き破り、その余波で後方へと吹き飛ばす。なんとか体勢を整えて着地した黒歌であったが、肩で息をしており追い詰められているような状態に見えた。

 

「…なんでだろうね。覚悟は決めていたつもりにゃん。お姉ちゃんとして、あんたの全力を受け入れるって」

 

 黒歌は自嘲気味にため息をつく。どれだけ心の支えになる仲間や相手ができても、彼女には妹を愛する感情がくさびのように心へと突き刺さっていた。温かい感情であるはずなのに、彼女にとっては恐怖を与えてしまった後悔として残っていた。

 自分らしくない、それを彼女もよく理解していた。もっと気ままで奔放で自由な野良猫であったはずだ。妹への愛情を直接伝えたり出来たはずだ。

 だが死神の一件で、自分がいかに妹を傷つけてしまったのかを改めて認識した。彼女を守るために猫又の力を目の当たりにさせたこと、去年の夏には安心できる仲間たちから無理やりにも引きはがそうとしたこと…それらが自責感として強くのしかかってきた。

 さらに小猫が大一に惹かれていることも気がかりであった。自分と違って馬が合い、安心を与えて怖がらせることの無い男、小猫が求めていたのはそういう兄だったのだろう。そんな男に気がついたら黒歌自身まで甘い感情を抱き、居心地の良さを感じていた。

 それによって自分が妹の安らぎに近づいていることに気づくと、それがまた彼女の頭を悩ませる。気づけば黒歌は妹への愛情と自責の念、己の幸せとそれを持ってはいけないという考えが複雑に混ざり合い、結果的に無意識に全力を出すことにブレーキをかけていた。

 やがて黒歌は疲れたように言葉をこぼしていく。

 

「…ごめんね、白音。私はそんなに強くないの。あんたにやったことをずっと後悔したり、そんな資格無いのにあんたが好きな人のこと気になったり…」

 

 このように妹に対して謝罪と弱みを伝えたのは初めてだろう。もっとも黒歌にとっては、もはや抱えきれなくなって本音をこぼしたようなところであったため、小猫がどういった反応をするかは想像つかなかった。

 そして小猫はゆっくりと息を吐き、姉をハッキリ見据えて微笑む。

 

「…やっと姉様の本音を聞けた気がします。私はそれが何よりも嬉しいですよ。だって姉様とも笑えるようになりたいですから」

「白音…」

「私は負けるつもりはありません。この試合も恋も全部…だから全力で来てください」

 

 ただの言葉であるが、それは間違いなく黒歌の心に温かいものをもたらしていた。自分が思う以上に妹は強くなっている、それを目の当たりにしたことで実感した。妹はとっくに自分を受け入れる覚悟と準備をしていたのだと。

 

「…ありがとう、白音。だったらお姉ちゃんも…応えるにゃ」

 

 黒歌がパチンと指を鳴らすと、複数に分身していく。さらに全員が手の平に魔力と気を入り混ぜた塊を作り出しており、それらが一斉に小猫に向けて撃ちだされた。

 

「これくらいは…」

 

 炎の範囲を広げた火車のひとつを盾代わりにして、向かってくる攻撃を防いでいく。だが防いだ瞬間、たしかにこれまでの黒歌の攻撃と比べると雲泥の差であることを悟った。素早く他の火車もかき集めて丁寧に攻撃を防いでいく。

 同時に探知を行って、本体を探し当てようとするが…。

 

「いない…!?」

 

 たしかに自分の目の前で展開した幻術であったはずなのに、感知しても存在を感じられない。少なくとも目の前にいる黒歌は全て幻術であることは間違いなかった。すぐに感知の範囲を広げようとするが…。

 

「ちょっと油断したかしら?」

 

 いたずらっぽい声と共に、後方に現れた黒歌は闘気を纏った拳を小猫に振り下ろす。防御が間に合わなかった小猫はまともに受けて、今度は彼女の方が地面へと叩きつけられることとなった。

 黒歌は幻術を使うと同時に、短いながらも空間をいじって己の居場所と小猫の後方の空間を入れ替えていた。その結果、正面からの一斉攻撃に気を取られていた小猫はあっさりと後ろを取られて攻撃を受けることとなった。

 

「ほらほら、これで終わりじゃないでしょう?」

 

 さらに黒歌は黒い火車を展開させていく。対して小猫も自身の火車で迎え撃とうとするも、その威力は姉の方が勝っており砕かれていった。加えて、先ほどの同様の攻撃も展開しており、手数においても圧倒的な違いを見せてきた。

 

(強い…!これが姉様の本気…!)

 

 黒歌の才能や経験は自分を遥かに勝っている、それを小猫も理解していた。理解していたがその実力を真正面から受けると、改めて感嘆する想いであった。仙術の練度、幻術、時空間を操る術、闘気をコントロールすれば格闘戦までこなせる。その現実を知るほどに、彼女は口元に笑みを浮かべる。たしかに姉が本気を出して自分と向き合っていることに、一種の喜びすら抱いていた。

 ゆえに勝ちたい。本気の姉に勝って、今度こそ弱い自分を超えて姉と対等に笑い合いたい。

 向かってくる攻撃を、右に飛び、左に身体を逸らし、近場の建物や瓦礫を足場代わりにして回避していく。姉よりも勝っている持ち前の運動量でカバーしていった。とはいえ、純粋な仙術の勝負では才能豊富で、自分以上に修行経験のある黒歌の方が強いのは疑いようもない。

 

「…だったら!」

 

 小猫は白音モードを解除すると、いつもの小柄な姿で闘気を高め始める。黒歌に勝利するにはフィジカルと体術を最大限に活用するしかなかった。

 だが黒歌もそれに気づいて全く対応を取らないはずがない。両手を合わせると再び魔力と気を混ぜ込んだ塊を生みだすが、その大きさは先ほどの十倍以上はある規模であった。

 

「さあ、白音。これをかわせるかにゃ!」

 

 放たれた攻撃は地面に立つ小猫へと向かっていく。その大きさから下手に回避しても余波で吹き飛ばされるだろうし、それを狙うかのように黒歌の周りには火車が展開されていた。そもそもこの大きさから完全な回避は不可能にも思えた。

 この危機的状況にも関わらず、小猫の心は異常なほど落ち着いていた。自然と一体になることを意識し、自身の気は嵐の前の静けさを思わせるほどであった。心臓の音が聞こえる、吸い込む空気の熱気が分かる、向かってくる攻撃の気の流れが見える…。

 

「…あとちょっと」

 

 さらなる力を引き出した新たな段階に向かっていることを、小猫は本能的に悟っていた。だがその前に黒歌の攻撃は自身を飲み込むだろう。ならばこの攻撃を打ち砕くにはどうしたらよいか、向かってきた時から彼女は気づいていた。

 世界を回ってきた経験豊富の姉であるが、小猫自身も様々な経験を積んできた。特に強敵たちの戦いでは学ぶことも多く、それが彼女に一種の自信と対応を確立させていた。向かってくる攻撃は見た目の割には、気が水流のように滑らかかつ激しい動きで作られている。かつて対峙したサメの魔物が使っていた水の攻撃のような流れで…。

 小猫は拳に気を纏わせると、向かってくる魔力と気の塊に鋭い正拳を放つ。真正面ではなく中心から少し下方にずれた箇所、そこに自身の気も流し込むと攻撃の気もずれてあっという間に霧散した。

 着地した黒歌は嬉しそうに声を上げる。

 

「攻撃自体の気を見極めて、弱いところを狙ってそこから気を乱して無力化…やるじゃない。でもまだまだ攻撃は続くわよ」

「…ええ、でもそろそろ勝たせてもらいます」

 

 静かに答えた小猫であったが、同時に彼女の力が爆発的に上がった。彼女の尾っぽが姉の超える3本となり、全身に闘気がみなぎっていく。瞳は金色となっており、本物の猫のような印象を与えた。

 土壇場でのパワーアップに黒歌も驚くが、すぐに火車を使って攻撃を仕掛けていく。

 しかし小猫は目にも止まらぬ速さで迫る火車を回避していく。黒歌の火車も相当なスピードであるが、それすらもたやすく超えるほど彼女の速度は強化されていた。

 もはや音すらも置き去りにしたと錯覚させるような速度で小猫は黒歌の懐へと入ると、痛烈な拳の一撃を打ち込んだ。

 一瞬、時間が止まったような静かな空気が流れるが、間もなく黒歌は咳き込み震える身体で目の前の妹を抱きしめた。

 

「…本当に強くなったわ、白音…実力も心も…私がいなくてもいいくらい…」

「…私は姉様と笑いたいと言ったでしょう。私にはあなたが必要なんです。あなたが私を心配してくれるくらいに。だから…姉妹としてこれからもお願いします」

「ありがとう…白音…」

 

 そのつぶやきと共に黒歌はゲームリタイヤの光に包まれて消えていった。姉妹の涙をハッキリと見た観客は誰もいなかった。




だんだんと24巻分も終わりに近づいてきましたね…。


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第26話 守られし約束

今後も見据えてタグをいくつか追加しました。
そろそろ女性関係にもケリをつけていきましょう。


 姉妹の熾烈な勝負を制したのは小猫の方であった。一連の活躍はこの試合でも大きな盛り上がりを見せた場面だろう。

 しかしこれはレーティングゲームだ。たったひとりのメンバーで勝てるようなものではない。フェンリルと相対していたリアスは、ギャスパーとの合体技「禁闇と真闇の滅殺獣姫」を披露した。魔王クラスをも超えるほどの力を発揮したが、彼女自身が先に限界を超えてしまい倒れてしまったのだ。今後の試合に響くことやギャスパーからの後押しもあり、最終的にこの試合はリアスが投了をして、ヴァ―リチームの勝利という形で決着がついた。

 現在は医療室で精密検査を終えたリアスはため息をつく。

 

「負けた姿をイッセーに見られるなんて…」

「いやいや、ギャスパーとの合体技があったとはいえ、あのフェンリル相手に最後まで戦えたのはすげえよ」

 

 一誠は慰めるような口ぶりで、同時に心から思ったことを伝える。実際、神殺しの力を持つフェンリルに対して優勢に勝負を進めており、その実力を見せつけていた。他にもヴァ―リとクロウ・クルワッハの一騎打ち、伝説の聖剣使いであるストラーダの快進撃、当代の沙悟浄、猪八戒のテクニカルな戦法と両チームとも目を見張る場面が多々あった。それを証明するかのように医療室ではチーム入り混じって休んでおり、死神襲撃の防衛にあたったメンバーの多くもそこに集まっていた。もっとも幾瀬たちは次の任務があるといって早々に去っていたが。

 一誠からのお墨付きをもらうも、リアスはどことなく腑に落ちない様子であった。王として彼女なりに思うことがあったのは間違いないが、それをここで口に出したところで変わるわけではない。

 

「私もまだまだ精進が必要ね…もっとも今回は試合を邪魔されなかったことは一安心だったけど」

 

 そう言うとリアスは一誠を筆頭に仲間や協力者たちを見渡す。

 

「みんな本当にありがとう。タナトスたちの襲撃を防いでくれて」

「いやいや、当然のことをしただけだって。タナトスだってじいちゃんがいなければ勝てなかっただろうし」

「大切なリアスお姉さまたちの試合を邪魔させるわけにいきませんから」

「小猫たちの件だってあるからな。当然のことだ」

 

 一誠を筆頭に皆が口々にそんなことないと主張する。彼らにとっては大切な仲間たちが狙われて、大切な試合を邪魔するような相手を放っておくという選択肢は無かった。

 

「そういえばイッセー、おじいさまはどうしたの?」

「ああ、試合の途中でいなくなったよ」

 

 思い出すかのように一誠は自身の腕を見つめる。ちょうど小猫と黒歌の戦いが盛り上がっていた頃、彼の祖父は神器から去っていった。違う神話体系である極楽浄土へと向かうため今生の別れになりかねなかったが、最後まで息子たちがハーレムを築くことをプッシュしており、満足したまま去っていった。

 一誠としては突然起こった突風のごとく驚きを感じた時間であったが、祖父と一緒に戦えたことや何とも言えない思い出を分かち合ったことなどは嬉しくもあった。別れ際に二度と会えないかもしれないと伝えられたが、雲外鏡の力を借りることも可能だろうし、一誠自身がもっと名を上げて極楽とも交流できるほどの人物になるという向上心にも繋がった。

 

「まあ、兄貴は最後まで口喧嘩気味だったけどな」

「よほどだったんですね…そういえば大一先輩はどこに?」

「ユーグリットとギガンをアジュカ様の眷属に預けに向かいましたわ。あまり時間はかからないと言ってましたけど…」

 

 ギャスパーの疑問にレイヴェルが心配そうに答える。話題に出た大一はこの場にはおらず、上層部への報告と同時にユーグリットとギガンの身柄を再び預けるために別の場所へと向かっていた。

 大一がかつて敵であった2人を引き入れたことは、すでに全員が耳にしていた。防衛を終えたアーシアたちも試合を終えた両チームも程度の差はあれど驚きに包まれた。特に彼に強い信頼を寄せているリアスと朱乃は渋い表情をしており、今回の大一の行動がよほど納得できないものであることが窺える。

 

「どうして兄貴がそこまでやるのか、本当にわからないよ…」

 

 彼女たちにも劣らないほど腑に落ちていない様子で、一誠は頭をがしがしと掻きながらつぶやいた。兄が変な方向に思い切りのよいことは知っているが、かつて敵であった、しかも特に改心した様子もない相手を将来の眷属に引き入れようとするのは首をひねる想いであった。特にユーグリッドは自身の神器のレプリカを作ったやら、グレイフィアとロスヴァイセへの執着を目の当たりにしていたため、好意的に思う方が難しかった。

 

「別に気にすることじゃないと思うけどね」

 

 空気が煮詰まりそうになる中、ベッドに座り込んでいた黒歌が軽く言う。皆の視線が彼女に向かうと、肩をすくめて話を続ける。

 

「別にあいつが裏切ったわけでもないし、少し前から自分のチームを作りたいって言っていたもの。それに白音、今回の襲撃について大一はどんな約束をしたんだっけ」

「…次の試合は本気で守ると約束してくれました」

「そういうこと。自分の目標の達成と、どんな手を使ってでも約束を守ろうとしただけ。いちいち目くじらを立てるほどじゃないにゃ」

 

 あっけらかんと答える黒歌はぐっと身体を伸ばす。かつて敵同士であっても不思議と信頼関係が築ける。その方法は対話によるものであったり、全身全霊で戦うことであったりと様々だ。大一がそういったことも意識していたことを黒歌はよく理解していた。彼女自身、半年前に雪山で彼が信頼を寄せてくれた経験をはっきりと覚えているからこそ確信していた。

 その言葉に一誠は意外そうに眉を上げる。

 

「なんか…黒歌がそんなふうに言うの珍しいな」

「あいつとはちょっとだけ分かり合えるところもあるってだけよ、赤龍帝ちん」

「イッセーでいいよ。しかしなんというか…ちょっと意外に思ってさ。兄と姉でお互い分かっているとかってやつなのか?」

「それもあるかもね。でも私としてはもっと深い関係になるのもありかにゃ♪」

「姉さま…」

 

 にやりと魅惑的な微笑を浮かべる黒歌に、小猫は目を細めて不満を訴える。よく見ると朱乃の方もむすっと口を真一文字に結んでおり、一誠は余計なことを言ったと少し後悔していた。

 そんな中、話題となっていた大一が医療室に入ってきてほっとしたように息をつく。

 

「ああ、よかった。みんな、ここにいるってさっき聞いたばっかりだったんだよ」

「ユーグリットたちは問題なさそうでしたか?」

「気味悪いくらいに従順でしたよ。ただギガンの方はアジュカ様が直々に出迎えて何かを話していましたけど…」

 

 ビナーの姿であるグレイフィアの問いに、大一は軽く首をかしげながら答える。たしかに引っかかることではあるが、アジュカであれば問題に発展することは無いだろう。

 そして彼が入ってきたことを確認した小猫は皆を見渡すように伝える。

 

「みなさん、改めてお礼を言わせてください。この度は死神の襲撃を防いでいただきありがとうございます」

 

 元をたどれば、今回は自分たちの出生が原因で起きた事件だ。それを強く実感していたゆえに、仲間達が守ってくれたことには感謝しても足りないくらいであった。そのおかげで黒歌との決着もつけられたのだから。

 小猫は深々と頭を下げた後、今度はリアスの方を向いて決意を込めた表情で告げる。

 

「リアス姉さま、ひとつ決めたことがあります。私はあの頃の名前を…『白音』を取り戻したいと思います」

 

 突然の告白に聞いていたほとんどのメンバーが驚いていた。黒歌ですら目を丸くしていたが、唯一リアスだけは冷静さを保ったまま小猫の言葉を受け止めていた。

 

「…そう、ようやく決心がついたのね」

「本名を『白音』に、『小猫』をもうひとつの名前にすればいいかなと思うのですが、許してくださいますか?」

「許すも何もないわ。あなたがそう感じたのなら、それでいいの。それが1番なのよ、白音」

 

 リアスに抱きしめられた小猫は顔をほころばせる。自分を救ってくれた主は自分の決心をしっかりと受け入れてくれる。それを理解するからこそ、彼女から貰った名前も特別であった。

 

「もちろんリアス姉さまから頂いた苗字も捨てられません。ですから、今日から公では『塔城白音』と名乗らせていただきます」

「じゃあ、私もそれに倣って『塔城黒歌』ってことでいいのかしら?苗字があるのも乙にゃん」

 

 かつての名前を受け入れた小猫、妹が与えられた苗字を一緒に名乗る黒歌、この事実は2人が確執を乗り越えて姉妹としての結びつきをより強めたことを証明していた。

 その感謝を示すように、小猫は次に親友であるレイヴェルへと向き合っていた。

 

「ありがとう、レイヴェル。私たちの試合を守ってくれて」

「いいえ、私の方こそお役に立てて光栄でしたわ。こね…白音さん」

「白音でいいよ。私たちは友達だもの」

「───っ。…はい、白音」

 

 小猫とレイヴェルは手を取り合って友情を改めて確認し合うと、一誠がふと思い立ったように疑問を呈する。

 

「俺らも白音ちゃんと呼んだ方がいいよね?」

「今まで通り、小猫で構いません。そちらも私の名前ですから。あっ、ただ…」

 

 小猫は言葉を切ると、ちらりと大一へと視線を向ける。遠慮的な慎ましい印象を感じつつも、同時に何かを求めているような矛盾した雰囲気があった。

 そんな彼女に大一はゆっくりと近づいて目線を合わせるようにしゃがむと、落ち着いた声で問う。

 

「どうしてほしい?」

「…その特別な時とかは白音って呼んでほしい…です…。特に先輩には…」

 

 顔を赤らめながらか細く訴える小猫は、はた目から見てとてもいじらしく可愛さが引き出されていた。それが何を意味するのか分かっていたリアスなどの外野はどこか面白そうにしたり、興味深そうに見ていたりと様々だ。

 一方でその言葉を受けた大一も言葉の意味に気づかないほど鈍くはない。恥ずかしそうに頭を掻くと頷きながら言葉を紡ぐ。

 

「…俺も伝えたいことがあるんだ、白音。それと黒歌にも」

 

 さっそく名前を呼ばれた小猫はさらに緊張し、黒歌はいきなり自分も呼ばれたことに少し面食らいながらも楽しそうに顔を向ける。

 

「へえ、どんな甘い言葉を囁いてくれるのかしら?」

「俺がそういうことを言えるほど器用だったら良かったのかもしれないが、方向性は違うな。ただ俺も礼を言いたかったんだ」

「お礼…ですか?」

「ああ、今回の襲撃にあたって俺は2人から伝授してもらった仙術で勝利をつかめた。小猫が一緒に修行をしてくれたから、黒歌が俺に才能があると言ってそれを掘り起こしてくれたから、ここまで強くなれたんだ」

 

 仙術・火炎太鼓…仙術で集約させた気の力を炎へと変換させて一気に噴き出す技であった。黒歌が新たな可能性を提示して、小猫が一緒に修行したことで生みだしたこの新技は、今でも魔力の変質が上手くできない彼にとって一種の達成感を抱かせた。彼女たちの約束を守れたことや自身が強くなったことを実感した。

 

「本当にありがとう。2人のおかげで強くなれたし、約束を守り通せた」

「…そんなふうに言われると恥ずかしいですね」

「白音ったら照れてるにゃん♪こういうのは素直に受けて、見返りを求めてやればいいんだから」

 

 そう言って黒歌は嬉しそうに小猫を抱きしめる。しがらみを乗り越えたことで、妹に対して遠慮なくスキンシップを取っていった。対して小猫の方もちょっと困った表情をするが、振り切ることは無くその関係性に喜んでいた。

 小猫は幸せを噛みしめていた。試合にこそ負けたが、弱い自分を乗り越えて黒歌とわだかまりを解いたことは、心のどこかで常に残っていた靄を取り払ったようなものだ。

 これほど幸せだからこそ、彼女はもうひとつ先に進みたかった。大一が自分の助力もあって仙術を身につけたと聞いた時、とても嬉しかった。自分が愛する男性の力になれたのだと。そんな彼が自分との約束を守るために全力を尽くしてくれたことも。

 今である必要はない。だが待つ必要もなかった。

 

「…姉さまの言うことにも一理ありますね。先輩にお願いがあります」

「俺に出来ることなら引き受けるよ」

「一緒にいてほしいです…これからもずっと」

 

 この言葉を伝えるのにどれだけ彼女が勇気を振り絞ったか、それは彼女にしかわからない。だがそれを証明するかのように瞳の奥で光が輝いていた。

 周りが驚く中、大一の方も緊張した面持ちで、しかし妙に冷静さも感じられるような声で答える。

 

「…去年約束してからずっとハッキリ答えないまま引っ張っていたな。男としては失格だ。ごめんな」

「別にそういうつもりじゃ…」

「だからちゃんと伝えるよ。お前の真面目でひたむきなところ、とても尊敬している。俺にとって大切な存在なんだ。だから…あー…一緒にいようか」

 

 大一が言い終わらないうちに小猫はぎゅっと抱きつく。やっとここまで来たことに、胸の内から温かい感覚がとめどなく溢れ、全身に行きわたるような感覚だ。

 

「先輩…好きです」

「ちょっと白音ばかりずるいにゃ!」

 

 この状況に黒歌は半ば強引に割り込むと大一の頭を掴んで、口づけをした。唇が触れるだけのものではあったが、彼女が小刻みに口の角度を動かし、色気たっぷりのキスを行うのであった。

 間もなく唇を離した黒歌の表情は、クリスマスの夜に大一へと向けた蕩けるように甘く魅惑的な雰囲気を放っていた。

 

「んちゅ…大一、私も本気よ」

「あ…え、えっと…!」

「ね、姉さま!いくらなんでも強引すぎです!私だってまだなのに…!」

「早い者勝ちにゃん♪ほら今度は舌も…」

「あらあら、それをいつまでも見過ごす私じゃありませんわ」

 

 そこにとてつもないプレッシャーを放つ朱乃も介入し、幸福と焦りと対抗心が入り混じった混沌の空気感が彼らの周りを支配することとなった。

 この様子にやれやれといった様子で一誠は頭を振る。

 

「じいちゃんが見たら喜びそうだな」

『というか、相棒がそれを言うのか…』

 

 兵藤家の祖父からもろもろ介入を受けて疲れ切ったドライグの小さなツッコミは、驚く仲間たちや大一たちの様子に当てられて一誠に期待する女性陣のおかげで、ほどんどの人に聞こえることは無かった。

 




次回あたりを24巻分のラストとしたいと思います。
もっとも言うほど原作沿いではありませんでしたが。


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第27話 戦雲

24巻分のラストです。
この辺り、原作で出てくるいくつかの単語が早口言葉みたいになっている印象です。


 大会をさらに熱狂の渦へと投じさせたリアスとヴァ―リの試合から数日後、各国が注目する試合が堕天使領土にある会場で観客たちは試合の時間を待っていた。まだ開始まで1時間近くあるのに、すでに客席には多くの人が入っており会場中の物販店を見て回ったりと圧倒的な期待値が可視化されていた。お目当ては優勝候補であるマハーバリ率いるチームだろう。

 兵藤大一はVIP専用の観客室に足を運んでいた。今回はアジュカ・ベルゼブブの護衛として来ており、悪魔のローブを羽織ってどことなく厳格な雰囲気を漂わせていた。

 一方でアジュカはくつろいだ様子で椅子に腰かけている。大会運営の中核である彼だが、この試合はゲストとして招かれていた。

 

「護衛を引き受けてくれて助かる。俺の眷属は大会関連でちょっと手が離せなくてな」

「いえ、これくらいはやらせてください。アジュカ様にはユーグリットやギガンの件でお世話になりましたから」

「気にするな。そもそも上層部でも持て余し気味で、今後の処遇については迷っていたんだ。少なくとも魔力については」

 

 頭を下げる大一に、アジュカは気にしないようにと手を振る。実際、「異界の魔力」の特性である隠密性の高さは強力であったが、高い感知能力や結界で対応は可能であり、それ以外には特異性がほとんどないことや「フェニックスの涙」を受けつけないといったデメリットもあるため、冥界では重要性が低下していた。コカビエルから得た情報も後押ししているのだろう。

 ただアジュカが最後に付け加えたような言い方に疑問を感じていると、右肩から出てきたシャドウが不信感丸出しで声を上げる。

 

『つまりちょうどよくコントロールできる方法としてラッキーだったってわけだ。その結果、僕らは実質的に後始末をやっていたわけだ。赤龍帝たちには強い武器を送るのに』

 

 この日、一誠のチームは兵藤家にて堕天使現総督であるシェムハザを迎える予定であった。そこでは一誠専用の新たな武器として創られた「アスカロンⅡ」、神クラスも扱う北欧の宝具「ミスティルンの杖」、失われたと思われていた「エクスカリバーの鞘」が渡されることを上層部との会話から耳にしていた。

 大一は慌ててシャドウを左手で押さえつけながら謝罪する。

 

「シャドウやめろ!申し訳ございません、アジュカ様!」

「別に構わない。そう思っている輩もいるだろうからな。ただギガンの件は少しタイミングは悪かったが…」

「ど、どういうことですか?」

「先日の死神の襲撃の話で、妙な悪魔が現れたことは聞いているな」

 

 アジュカの問いに短く頷く。プルートたちの襲撃時にベルディムと名乗るはぐれ悪魔が現れてゼノヴィアたちと交戦した。その件についてはすでに「D×D」内でも共有されているため、何を指しているかはすぐに理解した。

同時に嫌な予感もした。わざわざ正体不明の悪魔についての言及をギガンの話題でやるということは…。

 

「それが異界の地の人物だったと…?」

「その通りだ。ギガンに確認したところ、素直に教えてくれたよ。だから最初は彼が手引きしたと思う者も当然いた」

「し、しかしそれなら自分だって感知できたはずです。あの魔力は同じものと引き合うのですから。それにギガンは…」

「いやこの短い日で疑惑は払拭された。こちらがユーグリットも含めて、通信については徹底して監視しているからな。キミが感知できなったことについては俺も確信は持てないが、距離の遠さで出来なかった可能性は大いにある。それに調べたところ、今回はアスタロト家の領土から潜入していたみたいだ。嫌な予感はしたが…」

 

 言葉を切って軽くため息をつくアジュカには優美さと同時に、ひどく面倒そうな雰囲気が漂っていた。いつもの余裕を持った態度とはまるで違うその雰囲気は、ユーグリットの一件でサーゼクスが疲れ切っていた時とどことなく似ている。

 そんな彼に、事情を察した大一は遠慮がちに問う。

 

「あの…アジュカ様はベルディムという男をご存じなのですか?」

「名前だけは聞いたことがある。アスタロト家の人物であったが勘当された悪魔だ」

 

 その回答に大一は驚きで息をのむ。現魔王としてベルゼブブの名を持つアジュカであったが、もともとはアスタロト家の人物だ。それゆえにこの一件について問題の根深さを感じているのだろう。またアスタロト家はディオドラがかつて禍の団と組んでいた経歴もあるので、頭を悩ませるのも当然であった。

 

「俺よりも昔の人物だが、噂は聞いたことがある。『凶弾』と呼ばれた男だ」

「そんな人物が何の目的で襲撃してきたのでしょう?」

「それが問題なんだ。そもそも彼がなぜ勘当されたか、それはテロ活動とかの類では無い。単純に…あー…素行の悪さが問題だったからだ」

「そ、素行ですか…?」

「そうだ。他の上級悪魔の妻に手を出したり、腕慣らしという理由で冥界の1部隊を半殺しにしたりと挙げ始めたらキリがない。性格も横暴で自分本位だったらしく、実力がものをいう悪魔でも見過ごせないため勘当されたんだ」

 

 開いた口が塞がらなかった。旧悪魔時代的な上級悪魔至上の考え方や実力主義の実態を何度も見てきたが、それを以てしても勘当されるとはどれほど厄介な人物だったのだろうか。ただゼノヴィアたちが戦った時の状況を聞くと、半ばイカレているような印象は確かに感じてしまうのも事実であった。

 

「言っておくが、これはまだ口外しないでくれよ。上層部の貴族どもが渋い顔をするからな」

「やはりアスタロト家の問題だからでしょうか…」

「それもあるが、旧悪魔派としてはあまり関わりたくない問題なんだ。戦争序盤にその実力から成果次第では勘当を解くという条件付きで戻そうとしてな。ただベルディムは勘当には興味が無く強い奴と戦うためだけにそれを了承した。そして戦争時に命を落とした…と思われていたわけだ。上級悪魔全般の汚点でもある上に、利用しようとして死なせた経緯もあるから扱いづらいのだろう」

 

 アジュカは額のあたりを悩ましげに指で叩きながら、言葉を続けていく。

 

「しかしそんな男がなぜか今頃になって現れた。ただ戦いたいという理由でも納得できるが、なぜ今のタイミングなのか。そもそも俺がベルディムを異界の地と関連付けたのは、戦争時にあいつが幾度となく戦ってきた天使がハニエルと知っていたからだ」

「ハニエルってゼノヴィアやイリナが倒したあの大天使ですか」

「そうだ。彼も死んでいたと思われていたが、実際は生きてテロ活動にまで加担した」

「つまりアジュカ様はベルディムにもそういった狙いがあると?」

「可能性の話だ。しかし異界の地はまだ未解明なことがいくつもある。それどころか、これまでの件であの地に住む存在に警戒が強まるのは当然だろう」

 

 大一の脳裏にクリフォトに協力したメンバーや命を救ってくれたアリッサが想起される。ギガンを筆頭に彼らは現世界への不満や自身の存在を証明するために暴れていたし、敵対しなかったアリッサも一線を引いたような態度であった。そういった根底に相容れない感情を抱く者たちを危惧しているのだろう。

 

「先日のタナトスの一件も大きな事件だ。あれによって、ハーデスが何かを目論んでいることは疑いようもない。それらを踏まえると、『D×D』への期待値は否応なしに高まってくる。先ほどキミの神器が指摘した赤龍帝たちの件もテロ対策としての強化のためでもあるんだ。批判もあるが、抑止力としても必要だ」

 

 淡々と説明するアジュカであったが、その裏には強い責任感がにじみ出ていた。どちらかといえば興味あることへの探求心を持つ研究者としての気質が強い彼であるが、残った魔王として調和のために責務を全うする決意がたしかに存在していた。

 それならば残ったルシファー眷属として大一が取るべき行動は決まっている。彼は静かに魔王へと跪く。

 

「私も微力ながら戦います」

「正直なところ、かなり当てにしている。奇跡を起こし続けてきた赤龍帝の兄としても、異界の地関連のカウンター的存在としてもな」

 

 アジュカは小さく自嘲的な笑みを浮かべながら答える。サーゼクスや炎駒、グレイフィアが見たら腑に落ちないような表情をするだろうし、アジュカもそれはよく理解している。しかしもはや大一は現悪魔政府の兵士として必要な存在であり、人手が少ない現状では利用せざるをえなかった。

 

「まあ、だからこそ自分を大切にすることだ。キミの弟のように心の支えは離さないようにな」

「…心得ています」

 

 どことなく面白そうな表情のアジュカに、大一は短く頷く。信頼できる仲間、共に生きていくと誓うほど愛する相手も増えた。それは彼の心をメラメラと燃やし、未来への決意をさらにたぎらせるのであった。

 それにしてもアジュカの言い方と表情はどことなく見透かされているようでドキリとする。一誠のことを挙げたことで頭の中でシャドウが舌打ちをしていなければ、そちらが気になって動揺していたであろう。

 決意と和やかさが入り混じった不思議な空気感が流れていたが、2人ともこの時は想像していなかった。これから行われる試合で優勝候補一角のマハーバリが敗北し、新たな波乱の種が蒔かれることを。

 

────────────────────────────────────────────

 

「『ブラックサタン・オブ・ダークネス・ドラゴンキング』…ってなんだそれ?」

「昨日、アザゼル杯でマハーバリのチームを倒した奴らよ。若手悪魔が中心らしいけど、かなりきな臭い連中ね」

 

 ベルディムの問いに、アリッサは机上にある設計図らしきものにペンを走らせながら答える。場所は異界の地、彼女の住まいにて2人は話していた。

 

「神をも下したその実力は超越者級…リーダーが上級の死神ってことや前に得た情報も考えると冥府が関わっていることは確かでしょうね。まさかとは思うけど悪魔を創った可能性も…」

「ありえるのか、そんなこと?」

「普通は無理でしょうね。ただクリフォトのボスであったリゼヴィムは、リリスを母に持つ存在。本当か否かはわからないけど、あらゆる悪魔のスタートとしてリリスが関わっていると言われる。そこに目をつけた可能性はあるわ。ハーデスが超越者を生みだそうとしているのもわかっているもの」

「つまりクリフォトの研究をハーデスが利用しているってことか。そのチームがマハーバリの一行を倒したと…気にはなるな」

 

 そう言ってベルディムはジョッキに注がれていた液体をがぶがぶと飲んでいく。酒が喉を通っていく音にアリッサは苛立ちながらペンを止めて後ろを振り向く。

 

「というか、それ何杯めよ。私が作った果実酒を飲み干すつもり?」

「酒は飲むためにあるんだぜ。この前の戦いを中断させられたのを、これでチャラにするんだから感謝して欲しいもんだ」

「もともと時間制限つきって言ったでしょうが。あなたのワガママを通したんだから文句を言われる筋合いはないわ」

 

 ただでさえ吊り上がり気味の目をさらに鋭くさせてアリッサは抗議する。たしかにベルディムを勧誘する際に聖剣の所有者と戦うことをダシにしていたが、その際は可能性を提示したに過ぎなかった。情報収集のために死神と戦わせたりしたが、それでは物足りなかったらしい。

 彼女の言葉は全く響いた様子は無く、ベルディムは樽からお代わりを補充してあくびをする。

 

「おいおい、俺はお気に入りのブレードも失ったんだ。これくらいはいいだろ」

「お気に入りってせいぜい数十年でしょうに。だいたい武器だって、あなたならいくらでも扱えるでしょう?」

「死神の得物をひとつ持ち帰ってきたが、鎌はまだ使ったことねえからな。試してみるのはいいが、あんま実用的じゃなさそうなんだよな。しかし惜しいぜ。あのまま戦っていたらもっと楽しめそうだったのに」

 

 イカレている、そんな感想がアリッサの脳内に浮かんだ。勝つことよりも戦うこと自体に主軸を置いている彼がルールを徹底していた冥界で生きていたことが不思議に思えた。もっとも上手くいかなかったから勘当されたのだろうが。

 とはいえ、先日の戦いで収穫もあった。ベルディムの自己満足が目的でこそあるが、冥界の戦力をいくらか知ることができたのは大きい。特にテロ対策チーム「D×D」はいずれ調べる必要があったため、その中核メンバーの一部と戦えたことは大きい。

 またギガンの生存が判明したのも重要だ。ベルディムが移動中にわずかに魔力を感じたらしい。てっきり処刑されたとも考えていたので引き込めるかもしれない。ただ死神と戦っていたことを踏まえると冥界政府に組み伏した可能性もあるが。あの男の性格ではありえない気もするが、政府がなにかの取引をしたのか、それとも関係性がありそうな兵藤大一辺りが説得でもしたのか…。

 アリッサが思考の渦に飛び込み考えを整理している中、ベルディムはまた酒を煽る。そして値踏みするような視線を向けると、注意を向かせるように少し大きめの声で話す。

 

「ところでよ、そろそろ教えてもらおうか」

「…なにを?」

「お前、誰からどんな依頼を受けたんだよ」

 

 この問いにアリッサは眉根を上げる。ただ意表を突かれた様子は無く、想定内の問いであったことが窺えた。

 そんな彼女の様子を気にせずに、ベルディムは話し続ける。

 

「お前に因縁のある鎧武者が冥府で蘇ったことは、前に死神どもから聞いている。だがその件よりも冥府の実情や冥界の戦力を調べることを優先させたな。あの鎧武者の件はわざわざ外の世界に干渉するほどだったのに、今回は目もくれなかった。因縁無視してまで本領じゃない調査をする辺り、誰かに依頼されたとしか思えないんだよ。まあ、誰かはだいたい察せるが、そうなると今度はどんな目的かが分からねえ」

「…そうねえ。あっちもまだ調査段階だから仮説しか立てていないのよ。ただもし本当のことなら、戦う必要があるだけ。三大勢力や冥府とね」

「そこまでか?」

「そこまでよ。あなただって他人事じゃないんだから。超越者や神クラスともやり合う可能性が」

「所詮は、外の世界での格付けだ。それに勝負は必ず実力通りにいかないってのも醍醐味なんだからよ」

 

 舌なめずりしながらベルディムは答える。アリッサとしては、自分に今回の一件を依頼した人物は彼を誘うことを見越していた気がした。直接的に誘えば、狂犬のごとくその人物にもケンカを売るだろうし、まだ実力的にも劣っているうえに多少は似たような立場のアリッサの方が問題なく引き受けてくれるだろう。それでも彼女としてはたまったものじゃないが。

 

「強い奴と殺し合えるってのは血がたぎるってもんだ。まあ、お前はもっと強くなる必要があるだろうな」

「私だってこのままで終わらせるつもりはないわよ。本当にやり合うなら、外の奴らごときに後れを取らないわ」

 

 冥府ではハーデスが野望を企む一方で、はみ出し者が集まるこの地でも冥界への対抗心を燃やしているのであった。

 




次回からは25巻辺りをイメージします。
ただ原作とは徐々に違う展開になってくるでしょうが…。


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第28話 本音はどこへ

25巻分のスタートです。
まずは日常的な一幕から。


 走り込み、錨の素振り、基礎体力を上げるための筋トレ、彼にとっていつものトレーニングメニューだ。他にも模擬戦や仙術の練習なども加わるが、悪魔になってから変わらずに続けているのはこれらのメニューであった。

 

「それを毎朝やっていると」

「冥界での…仕事が無い時は…そうだな。朝から…呼び出しある時は…珍しいが」

「睡眠時間を削ってまで大変じゃないの?」

「俺はディオーグの…繋がりの悪夢に慣れて…短時間でも…大丈夫なんだよ」

 

 早朝、兵藤家のトレーニングルームにて腹筋を鍛える筋トレを行っている大一の反応に、ゼノヴィアとイリナは感心したように小さく息を吐く。彼のストイックさはアザゼル杯に参加しなくても健在であったようだ。もっとも彼女らもトレーニングルームに身を包み、先ほどから鍛えているのだから、傍目からは大差ないだろうが。

 

「先輩は良くても、私は不服ですが」

 

 ジャージ姿の小猫はむすっとした表情で発言する。休憩中の彼女はスポーツドリンクを飲むが、その挙動ひとつとってもどことなく乱雑で不満が表されているように見えた。

 

「どうした小猫?ご機嫌斜めだな」

「聞いてくださいよ、ゼノヴィア先輩、イリナ先輩。大一先輩と特別な関係になれたのに、忙しすぎてあまりゆっくり過ごせないんです。一緒に眠るのもかなり大変で朱乃さんと姉様が口論になるわ、仕事でいないわ…散々です」

 

 先日の死神襲撃の一件から、小猫と大一の関係性は大きく進展した。ただの仲間としてでなく、互いを尊重し恋愛的感情を伴った特別な関係性に。明言するのであれば恋人と言えるだろう。

 小猫の方も遠慮なく発言することが増え、同時に惚気を伴った愚痴が吐き出されることも少なくなかった。

 後輩の不満に、ゼノヴィアはやれやれと呆れた様子、イリナの方は額に手を当てて失敗したようにため息をつく。そして2人はそれぞれ渦中の人物へと視線を向ける。

 

「あんなふうに小猫を受け入れておきながら、それはダメだろう」

「お兄さん、私から見てもそういう態度はどうかと思うわ」

「いや別に小猫をないがしろにしているわけじゃ」

 

 主張しようとする大一であったが、言いきる前に小猫が矢継ぎ早に話をかぶせてくる。

 

「そもそも先輩のベッドじゃ無理があります。なんですか、セミダブルって。イッセー先輩を見習ってくださいよ。リアスお姉様とアーシア先輩が一緒に寝ても大丈夫ですよ」

「なんだったら、私が寝てもいけるはずだぞ」

「お兄さん、そんなサイズのベッドで朱乃さんとくっついていたの!?」

「ベッドのサイズにまで文句言わないでくれよ。去年の夏休みの改装時に勝手に変えられただけだし…」

「しかもキスだってまだ…黒歌姉様にはしたのに…」

「あー、これはダメだな。10割がた先輩が悪いな」

「お兄さん、勇気よ。神はきっと許してくれるわ!」

「あれは黒歌が強引にしたものだって全員が知っているだろう。というか、小猫。頼むからそういう話を人前でやるのは勘弁してくれよ」

 

 もはやマシンガンのごとく文句が出てくる小猫とそれに相槌を打つゼノヴィア、どこか方向性の違う驚きのイリナと3人の勢いを大一は止めることができなかった。零からの助言なども踏まえてようやくハーレムに踏み切ったが、なかなか上手くいかないことを改めて痛感させられる。行っていた筋トレも中断して、彼は困ったように頭を掻くしかできなかった。

 もっとも小猫自身、不満を出しつつも本気で気にしているわけではない。仙術の修行やちょっとしたデートも一緒に行う。膝に乗って甘えれば受け入れてくれるし、2人だけの時間もあった。つまるところ不満は一種の戯れであったが、恋愛の主導権を握れることもあり、彼に対してそれを伝えるつもりは毛頭なかった。

 

「先輩、今夜は私と朱乃さんの3人で一緒に寝てください。狭いとかも無しですよ」

「ごめん。それ以前に呼び出し食らっているから、帰るのは遅くなる」

「…またタイミングが悪い」

 

 甘え込みの戯れではあるが、やはり不満にもなってしまう状況に小猫は露骨にため息をつく。

 それに対して大一は身体を起こして座りなおすと、安心させるように左手で軽く彼女の腕に触れた。

 

「埋め合わせはするよ、白音」

「…先輩、ちょっと安易ですよ。まあ…今回は許します」

 

 トレーニングとは関係ない赤みが顔に差し、蜜で漬けたような空気感が流れる一方で、ゼノヴィアとイリナは考え込みながら自身の意見を言葉にしていた。

 

「うーん、キスくらい良いと思うんだがな。私だってイッセーともしたことあるし」

「わ、私だってダーリンと…ただ回数的には後れを取っているというか…」

「悪いんだけど、2人の恋愛の価値観は信じられない時があるからな」

「ちょッ!?お兄さん、それは言いすぎじゃない!?」

「何度もお前らから反応に困る質問を受けたんだぞ。当然の感想だろうに」

「先輩、私たちにも容赦ない時あるな。どう思う、イッセー?」

 

 先ほどの小猫に劣らないほど腑に落ちない表情のゼノヴィアは、同室で筋トレをしていた一誠に問う。先ほどから話に混ざらずに一人で黙々とトレーニングをしていたが、同時にどこか落ち着かない雰囲気があり、荒い呼吸をしながら面食らったような反応をした。

 

「…え?悪い、聞いてなかった」

「イッセー、それは酷いぞ!私はイリナほどスルーされるのに慣れていないんだ!」

「ちょっとそっちの方が酷くない!?」

「でも珍しいですね。話がまったく耳に入らないほど、何を考えていたんですか?」

「…ロスヴァイセさんの件」

「「「ああ…」」」

 

 一誠の回答に、ゼノヴィア、イリナ、小猫は納得したように頷く。先日、ロスヴァイセにお見合いの場がセッティングされたという連絡があった。彼女の故郷であるアースガルズによるもので、相手は北欧現主神ヴィーザルという内容だけ見れば破格の縁談だ。なんでもオーディンの血筋がひっ迫しているため、優秀な北欧出身の女性が必要とのことだ。

 ただこの1件、北欧の方で勝手に進められた話であり、一誠やリアスにはまったく事前報告が無かった。上級悪魔であり自身の眷属にも入っているため、すぐに抗議の文書を出したものの、すでに日時と場所まで設定されているとのことで全く取り合ってもらえなかった。

 もちろん婚約を受けるわけではなくお見合いの形だけではあるのだが、一誠のしかめ面には不満がありありと刻まれていた。

 

「なんつーか…ちょっと腑に落ちないというか…」

「イッセーの気持ちもわかる。こっちからすれば全て事後報告だからな」

「まあ、相手は神様だ。俺らの道理が通じないのも仕方ないだろう」

 

 大一のつぶやきに一誠は非難的な目で兄を見る。

 

「兄貴は納得できるのかよ?」

「納得するかどうかは関係ないって思うだけだ。すでにロスヴァイセさんのお見合いは決定している。俺らが騒いでも意味ないだろう」

「そうかもしれないけど…」

 

 それで割り切れるのであれば苦労しないだろう。仮にも同じチームで戦い、眷属として活躍している彼女の処遇を勝手に決められる状況に不満を感じる。神の傲慢な面にも少々苛立った。さらに一誠としては兄の真意も気になった。ロスヴァイセの感情がどこに向いているのかはハッキリしないが、大一とは親交深いのを知っている。それなのにこのお見合いについては早々に割り切っているのだろうか。

 一誠が言い淀んでいると、大一の左肩から飛び出したシャドウが相変わらず不快さを抱かせる甲高い声で話し始めた。

 

『ハッ!上級悪魔である赤龍帝様はちょっと自分の思い通りにならないとぐちぐち言うわけだ。そんなガキみたいな理屈とメンタルで、よくもリーダーなんざやってられる』

「またお前は」

「シャドウ、今のは聞き捨てならないぞ」

 

 一誠が反論する前に、大一が静かながらも鋭い声色でシャドウを収める。これにはゼノヴィアたちも固唾を呑んで見守っていた。一誠ですらぎょっとした様子で目を丸くしていた。

 

「最近、文句が多すぎる。この前だってアジュカ様の前でわざわざ言って…そこまでやる必要はないだろう。一誠に謝りな」

『僕は別に…ただ事実を言っただけだ』

「どこか事実だ。ただの嫉妬だろう」

『…チッ!』

 

 舌打ちだけしてシャドウはすぐに引っ込む。すぐに出てこないことは所有者である大一がよく理解していた。

 どうにも居心地の悪い空気の中、大一は頭を掻きながら立ち上がる。

 

「すまん、一誠。お前も大変なのに」

「あ、いや俺は…」

 

 一誠が答える前に、大一はトレーニングルームを後にする。正直なところ、シャドウの嫌味な態度はいつものことであったが、苛烈になった理由については想像できる余地があった。神器の中でも常軌を逸した力を持つ存在…神滅具が増えることが決まっていた。ギャスパーの神器も認定されるだろうと言われており、今後の世界情勢にも大きく影響するだろう。まだ正式発表されていないとはいえ、シャドウの話はまったく出ておらず神器としてのコンプレックスが刺激されたのだろうと想像することは難しくなかった。

 息が詰まるような空気感の中、トレーニングルームに残ったメンバーも早々に切り上げてシャワーへと向かうのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 その日の夜、ロスヴァイセは悪魔の仕事で生島純の店に出向き、彼の新メニューの開発に協力していた。コストの管理も含めて勤しんでいたが、なかなか作業が難航し予定時刻が迫ってきたところで、生島の方からギブアップを宣言し寝る前のトークへと移行していた。

 

「はい、アイスティー。カフェインは入っていないから安心して」

「ありがとうございます」

「甘いお酒を少し入れても美味しいけど…どうかしら?」

「い、いえ、ご厚意だけで充分です」

 

 ロスヴァイセが飲めることを知ってから生島は定期的に勧めるが、仕事中である上に少量のお酒でも暴走することを理解しているため、その都度断り続けていた。

 

「もちろん無理強いはしないわ。それは私のポリシーに反するもの。しかし来年になれば、大一ちゃんたちも飲める年齢。ぜひウチでやって欲しいところよ。正直、ジュースのようなものを飲んで慣らしていくのは大切だと思うのよね」

「教師である私からはなんとも…」

「それもそうだったわ。うっかり生島ね!」

 

 口に手を当てて笑っているその姿は上品さと豪胆さの矛盾した要素が内在している不思議な姿であった。それが一種の愛嬌にも思えたし、飲み屋として人を惹きつける魅力にも感じられる。

 

「それにしてもごめんね。ロスヴァイセちゃんも担任やったり、悪魔の大会に出たりで忙しいのにお願いしちゃって」

「気にしないでください。生島さんは私の初めての契約相手でお得意様ですから」

「そう言ってくれると嬉しいわ。なんか大会の方も凄いことになっているらしいじゃない。この前、今後の契約の予定についてレイヴェルちゃんと話しているときに聞いたわよ」

 

 生島の言う通り、アザゼル杯は大きな転換期に入っていた。その口火を切ったのはやはり神であるマハーバリのチームを倒した「ブラックサタン・オブ・ダークネス・ドラゴンキング」だろう。先日、堕天使総督シェムハザからいくつかのアイテムを受け取った後、そのニュースを聞いて急いでスタジアムに向かった際、一誠たちはそのチームメイトに出会った。彼らは自分たちを「超越者」と謳っており、実質的な宣戦布告をしてきたのだ。

 さらに多くの期待と嘆願を受けて途中参戦ながらも破格の実力で勝利をもぎ取っていくディハウザー・ベリアル、さらに神器所有者中心で構成されたチームの王であるシューティング・スターは非戦闘タイプであるものの神クラスを倒す戦果を挙げていた。

 こういった現実が続いているせいか、神クラスでも辞退するチームが出てきており、まさに今が大会の佳境といっても過言ではないだろう。

 もっともロスヴァイセの気持ちはそこに没頭できるような状態ではなかったのだが…。

 

「ところでロスヴァイセちゃんに訊きたいことがあるのよね」

「なんでしょうか?」

「うーん、いろいろ迷ったけど率直に言わせてもらうわ。大一ちゃんとなにかあった?」

「な、な、なんで…ごほっ…大一くんが出てくるんですか…!?」

 

 想定していなかった問いに、ロスヴァイセは飲んでいたアイスティーにむせて苦しそうに咳き込む。

 対して生島の方は狙いをつけたかのように指で円を描きながら話を続けた。

 

「あら~、ロスヴァイセちゃん。ちょっと甘いんじゃないの?悪魔が闊歩する駒王町で飲み屋をしている生島純、こう見えても観察眼についてはそれなりに自負があるつもりよ。そしてその反応、やっぱり何かあったでしょ」

「べ、別に大一くんとは何もありませんよ!」

「つまりそこ以外で何かあったのね。無理に聞くつもりはないけど、このままじゃ私の父性&母性が暴発しそうなの。要するに…相談に乗るってこと♪」

 

 完全に生島のペースに乗せられたロスヴァイセは、むせた感覚と同時にざわつく感情を抑えるかのように胸をさする。こんなことは今に始まったことではないが、その度に彼には頭が上がらないことを実感した。

 同時に自分の中にある感情を少しでも吐き出したい気持であった。もちろんそれを行えば、仲間たちに大なり小なり迷惑をかけるだろう。そういう意味では戦いには関係なく、親しくも受け止めてくれる立場の生島はぴったりの相談相手であった。

 

「…お言葉に甘えていいですか?」

「むしろいっぱい甘えて欲しいわね!」

 

 ロスヴァイセは動揺を少しでも軽減するためにゆっくりと息を吐くと、静かに言葉を紡ぎ始めた。

 

「えっと…お見合いすることになったんです」

「ひゅ~…ちょっと予想外の内容だったわね。お相手はどなたかしら?」

「私の出身である北欧の主神、ヴィーザル様です」

「神様とお見合い!?すっごいわー!神話みたいじゃないの!それって絶対に玉の輿ね!」

 

 テンション高く反応する生島はグラスの中身を飲み干していく。ロスヴァイセに出したものと違ってがっつりアルコールの入ったものであったが、まるで動じていないように見えた。むしろグラスに新しく液体を注ぐ姿はしゃんとしており、その眼は鋭さを増しているようであった。

 

「さて、興奮するのはここまでにしておいて…そのお見合いに悩んでいるってことは、ロスヴァイセちゃんとしては不本意なんでしょう」

「私は…正直なところ、よくわからないんです」

 

 このお見合いは強制的に取り付けられたものだ。仲間たちは北欧側に抗議していたし、祖母であるゲンドゥルも神々に言われて仕方なく首を縦に振った節もある。自他含めて煮え切らない感情があるのは間違いなかった。

 もちろん形式だけのお見合いであるのだから、相手が神であっても断りを入れる道も残してくれている状況だ。

 それなのにどこか引っかかりを抱くのは、自分の気持ちが整理しきれないからであった。その要因には生島が指摘したように大一がいた。

 

「大一くんは…どう思っているのか…」

 

 このお見合いの報告を聞いても、彼は何も言わなかった。仲間たちのような反応はしなかったし、ただ冷静に見ているように思えた。それが不安であり、どこか悲しさも感じた。むしろ現主である一誠の方が分かってくれていた。

 さらに先日、彼はユーグリットを将来の眷属に引き入れることを明かした。実力のある相手を味方に迎えること、それは別におかしいことでは無い。ましてや彼は一誠たちを超えるようなチームを作りたいと思っているのだから。

 ただユーグリットには苦い思いがある。思い出してもゾワリと背筋に悪寒が走るような感覚があるし、今後友好的になれる気もしなかった。そんな相手をどうして彼は引き入れたのだろうか。

 そういう意味では彼の真意を知ることができれば、もう少し穏やかになれるだろう。

いざ言葉にしようとすると舌が重かったが、この短い言葉ですら生島は想いを汲んでくれていた。

 

「難しい話ね。しかもお見合いって結婚にも繋がるもの。恋愛と結婚はまた別な考え方も必要だわ。ロスヴァイセちゃんは玉の輿的なのは狙っている節もあったわね」

「うっ…そ、そうですね。そもそも悪魔になったのもお給料とかそういった面を重視していましたし…」

「そういう意味ではこの縁談は相当なもの。お金で言えばイッセーちゃんとかもありかもね。一緒に過ごした時間もあるだろうし」

「で、でも、私はそういうつもりでイッセーくんのチームにいるわけじゃ…」

「はいはい、落ち着きなさいな。私は何も薦めているわけじゃないのよ。最終的な決定はあなた自身とその相手なんだから。私が言いたいのは、どこを重視するかってだけ。そうすれば自ずと答えは決まっていくものよ」

 

 この意見に対して全面的に肯定はできないだろう。恋愛で何を大切にするかを明確にするのは必要だろうが、それで今の自分が納得できる答えを導き出せるとは限らない。恋愛や結婚が理屈で通るなら、どれだけの人間が苦労せずに済むだろうか。もっとも生島の方もそれは理解している上でこの話を振ったという確信があった。

 そして不完全ながらも想いを口から出したことで、精神的にわずかな安定をもたらしていた。

 すると生島が神妙な面持ちで口を開く。

 

「…ねえ、ロスヴァイセちゃん。その試合って一般人でも観戦できるかしら?」

「チケットあれば大丈夫でしょうけど…」

「決めたわ。次の試合とやらを絶対に見に行く。ちょっとレイヴェルちゃん辺りに詳しいことを聞いておかなくちゃ」

 

 そう宣言する生島に、ロスヴァイセは目を丸くする。どうも自分と近しい相手の本音が読み切れない状況に、彼女は困りながら手に持っていたグラスのアイスティーをじっと見つめていた。

 




ということで、ロスヴァイセのお見合いネタはやります。
それにしてもシャドウは性格悪いな…。


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第29話 熟考

話自体は大きく進展していませんが、必要な内容だと思います。


「あふっ…」

『おーい、起きろー。眠るならそのペンを置いてからにしろー』

 

 眠そうに欠伸をする大一に、シャドウは頭の中で呼びかける。大学の図書館にてレポートを仕上げようとしていたが、ペンを握る義手の動きはゆらゆらとさまよい、集中力もすっかり欠いていた。

 昨夜、上層部に呼びだされた大一は例によって一部からの手厳しい批判の的になり、さらに上層部それぞれの意見が飛び交って議論まで始まったせいで、彼が帰宅を許されたのは日の出近くであった。そのままシャワーを浴びたり、トレーニングをしたりと時間が流れ、大学へと向かった。短時間の睡眠に慣れた彼もさすがに徹夜はこたえたようで、昼を過ぎたあたりから頭の回転は鈍くなっていた。もっともこの後に講義が終わった教授を捕まえてレポート課題を提出しようとしていたので、睡魔に負けるわけにはいかなかったのだが。

 

(…どっかで1時間くらいは眠ればよかったな)

『まったくあの老いぼれどもめ。僕らへの責任追及やら、生産性も無い議論するわ、ただの老害だぜ』

(お前さ…やっぱり文句増えているよ。そんなに神滅具に選ばれなかったことが不満か?)

 

 大一は目をこすりながらシャドウに問う。憎しみ、怒り、嫉妬、無力さ…挙げ始めればキリが無いほどのマイナス感情がこの神器に力を与えているのは、相棒である彼が最も理解していた。そしてこの神器が自らを最も強くする感情を学んだことで、今の自我が形成されたことも。

 それでも大一やディオーグとの出会いや教会の戦士たちとの戦いを通して、孤独と別れを告げ前に進むことを意識できるようになったと思っていた。

 しかしここ最近は輪をかけて不満を吐き出し、文句と愚痴が増える一方であった。シャドウ元来の性格と言われればその通りであるが、大一ですら見過ごせないほどであった。

 その原因はわからないが、神器関連で神滅具が新たに認定されることがどうしてもよぎってしまう。普段から神滅具への文句を垂れ流している様子を知っていれば、尚のことであった。

 

(神滅具にこだわりすぎだ。お前はお前なんだから、俺の相棒として一緒にやっていこう)

『僕は…それもあるが…いやそんなことはどうでもいい。僕だってキミの方にも一言モノ申したいよ』

(なんかあったか?)

『あのヴァルキリーのお見合いだよ。どうしてそこまで冷静にいられるんだ?』

 

 シャドウにとって、己の主が他の者(特に勝手に目の敵にしている神滅具所有者など)よりも優れた面があるのは誇らしいことであった。それが恋人の数という誇っても意味の無い、悪魔以外の世界では軽薄や不誠実に捉えられるようなものでもだ。そういう意味ではせっかくある程度の好意を持たれている彼女のお見合いを、大一があまり反応していないことには不満であった。

 

(冷静にって…すでにお見合いは決まっているんだから仕方ないだろうに)

『だがあのヴァルキリーは迷っているだろうに。もっとこう…!あるだろ!?』

(なにがだよ)

 

 まさか好意に気づいていないのだろうか。いや朴念仁と呼ばれるほどの鈍さは持っていないし、そんな人間なら朱乃たちともそこまでの関係を構築できていないだろう。

 それとも本当に「仕方のないこと」と割り切っているのだろうか。大一自身、当時の主であったリアスとライザーの一件について傍観していたし、ここ最近は上層部にちょうどいい駒のように扱われている。本人がそういった扱いに慣れてしまったせいか、他者に対しても従うことは当然のものと認識しているのだろうか。

 互いに相手へ煮え切らない感情を抱いていると、大一のスマホに短いメッセージが入った。確認すると朱乃からであり、指定された場所へと今すぐに来てほしいという内容が記されていた。

 大一は眠そうに欠伸をかみ殺すと、道具をバッグへと詰めて図書館を後にする。もっとも緊急事態でないのは、彼女のメッセージにわざわざ♡マークがついていたから明らかなのだが。

 間もなく彼は構内に設けられたカフェへとたどり着く。メッセージ通りにテラス席へと目を向けた。するとリアスと朱乃が何人かの女生徒(大一は知らないがおそらく友人だろう)と一緒に座っているのが見え、同時に高校の制服を着た人物も捉えた。駒王学園の大学部と高等部は近く、大学側の施設を利用する高校生もいるためそこまで珍しいわけではないが、その人物がすぐに誰か気づくと近くに行って声をかける。

 

「一誠、ここで何やっているんだ?」

「あ、兄貴か。いやリアスたちとちょっと話し合いで…」

 

 どことなく気圧されたような雰囲気で、一誠が答える。弟らしくない反応に意外そうに眉を上げるが、すぐにその理由を彼は直面するのであった。

 

「兵藤くんの弟なの!?グレモリーさんの彼氏ってだけで驚いたのに…!」

「うわぁ、兄弟2人とも美人を彼女に…」

 

 ざわざわと女性たちが驚きを口にする。この反応だけで事の経緯を大一はだいたい想像できた。大方、リアスが自分の彼氏として一誠を紹介し、それに伴って自分も呼び出されたのだろう。それを裏付けるように一誠は嬉しさと恥ずかしさが入り混じったような表情をし、リアスは誇らしげな印象が見受けられた。これでも魔力で認識をいじって、一誠の基本情報は露見しないようにしており、高等部への情報の漏洩対策までしているようだ。

 もっとも大一としては他校にも知られていたほどエロいと評されていた弟が、このように年上の女性に囲まれて興味を持たれること自体が不思議な光景であったが。

 すると女性のひとりが指で四角を作り、それを通して大一と一誠を交互に見比べていた。

 

「うーん…たしかに似ているっちゃ似ているかな?でも兵藤くんって顔半分くらい傷で元の顔がちょっとわからないしな」

「ちょっとそれ言ったらマズいって」

「別に俺は気にしないよ。事実だし。ただあまり似ていると思わないけど」

「正直、兄貴と似ているって言われても勘弁してほしい感じだけど」

「その言葉、そっくりそのまま返してやる」

 

 兵藤兄弟が互いに容赦ないやり取りをしている一方で、リアスはここぞとばかりに一誠の自慢を展開させていく。

 

「たしかに年下だけど、とても頼りになるのよ。私もそれで甘えちゃうわ。それでいて可愛いところもあって───」

「グレモリーさん、ベタ惚れだね」

「いいなぁ。私も年下の彼氏作ろうかな」

 

 同い年の女性相手に恋愛の話をしたいのは理解できるも、親友が弟をこれでもかというほど褒めている場面に居合わせるのは、どうも大一としては決まりが悪かった。一誠の方は恥ずかしそうにしつつも、同時に嬉しさも入り混じっており、当事者の関係者である兄の方が落ち着かないという何とも微妙な光景となっていた。

 早々に朱乃からの助け舟を求めたかったが、彼女の方も先ほど大一と一誠を見比べていた女性を中心にスマホの写真を見せていた。

 

「この時のデートの写真とかはしっかり顔も映っていますわ」

「こう見ると、兵藤くんの方が大人っぽい感じがするな。身長もあるんだろうけど」

「うわぁ、距離感近い…やっぱり姫島さんは前の兵藤くんも知っているから付き合っている感じ?」

「それもあるけど…彼の顔だけが好きになったわけじゃありませんから」

 

 朱乃の言葉に胸がざわつく。自分もそうだと口から出そうになったのをぐっと飲み込み、恥ずかしさをごまかすかのように小さく咳払いをする。すぐ近くにいる弟も同じような感情を抱いているのだろうと、彼は身をもって知ったのであった。

 リアスたちの彼氏自慢を中心とした女子会が終わり、ようやく4人だけになったところで一誠が抱えていた本題へと入っていた。

 

「ロスヴァイセさんの件でどうにも納得できなくってさ…」

「私自身も今回の強引なお見合いは反対よ。ただ彼女の今の主はあなたよ、イッセー。彼女自身も意思も尊重して当然だけれど、あなたの意志も重要なの」

 

 動揺と苛立ちを隠しきれない様子の一誠に、リアスはきっぱりと答える。上級悪魔として自分の眷属を持つ以上、それは必ず直面する悩みであった。眷属の振る舞いが主の評価に繋がるのと同じように、主が眷属をどのように接し扱うかも上級悪魔としての格を問われることだ。そういう意味では今回の一件は、一誠にとってひとつの試練とも言えた。

 

「俺は…」

 

 一誠としては今回のお見合いが設定されたと知ったとき、自分にとって頼れる大切な仲間が奪われるような気持ちであった。上級悪魔になってから仕事でも試合でも素晴らしいサポートをしてくれていた。恋愛…というよりも悪魔になった頃のリアスたちに抱いていたような頼れる姉のような感覚だ。

 そんな彼女の今後を決めるようなことを勝手に決められたことはむかっ腹が立つし、もっと言えばそのまま北欧側に結婚を決められて自分の下を離れるかもしれないのも嫌であった。それならば自分がどうしたいかというのは…。

 一誠が考えをめぐらして小さくうなる一方で、リアスは大一にも目を向ける。

 

「それと大一。あなたにとっても今回の一件は無関係じゃないわ」

「ええ、わかっています」

「本当に?」

 

 もともとリアスはアザゼル杯では自らの縁で獲得した眷属たちと参加しようとしていた。その想いを抱えていた頃に、大一からロスヴァイセに一誠のサポートをしてほしいと頼み込んできた。ヴァ―リチームも交えた無人島で釣りをしていた時にその頼みを当人も交えたうえで受けたことはよく覚えている。

 別にこの頼みがお見合いを誘発した原因になったわけじゃない。しかしリアスが特に信頼する仲間が当事者であるロスヴァイセをないがしろにした提案をするとは思えなかった。それこそ同一の契約相手を持ったり、魔法を教えてもらったり、大人的立場で戦っていたりと数え始めればキリがないほど繋がり深い相手なのだから。

 

「私はあなたの考えも知っておきたいの。あなたがどうしたいのかを」

 

 リアスは一呼吸入れると、肉体にメスを入れるかの如く本題に切り込もうとする鋭い声で問いかける。それに対して大一はまったく動じた様子無く手元のコーヒーを一気に飲み干すと、いつもの調子で答える。

 

「俺はロスヴァイセさんの判断に任せますよ」

「あなたねえ…!私はそういうことを聞きたいんじゃ」

 

 抗議しようとするリアスであったが、大一は手を軽く振って遮ると言葉を続けていく。

 

「今回のお見合いは形だけで婚約を断ることもできるとなっているでしょう。そもそもヴィーザル様の人柄も何も知らないですし、受けるかどうかはあの人が決めることだ。そこに俺の想いが入る隙などありません。ロスヴァイセさんは…いい人なんです。あの人から多くを学び、救われたこともあった。だからあの人が納得し幸せになる決断をして欲しい、それが俺の考えですよ」

 

 そこで言葉を切ると大一は立ち上がり財布を取り出す。

 

「この後もあるので、お先しますよ。支払いは俺がやっておくんで。一誠、あまり長居して不審がられるなよ」

 

 弟への忠告も併せて彼はそのままレジへと向かっていった。残されたリアスは頬杖をついて納得できない気持ちを表情に出していた。

 

「あれって本音かしら」

「昨日、俺がこの話題を出した時もあんな感じで淡々としていたよ。兄貴がなにを考えているのかわからないな…」

「あらあら、リアスもイッセーくんも落ち着かないんだから。2人とも前にいろいろあったから結婚の話になると敏感になりすぎですわ」

「別に私はそういうわけじゃ…」

「リアスったら。今回のお見合いでフェニックス家との結婚の時を思い出しているのは丸わかりよ。少なくとも私には」

 

 実際、朱乃の指摘は正しかった。強制的に組み込まれたこの結婚について、似たような経験を味わっていたリアスはその時の想いと併せて意識していた。自分を助けるために一誠が全力で戦ってくれたこと、思い返せばあれが彼に強い好意を抱いたきっかけであった。もちろん当時の一誠と似たようなことをしようものなら止めるだろうが、少なくともその熱意を感じられるような反応を大一に対して無意識に期待していた節はあった。

 また彼自身、リアスや一誠のような主というわけでなく違った立場ゆえに考えていたこともあったのだろう。

 

「たしかにリアスの婚約はあったし、アーシアちゃんもディオドラに迫られたりといろいろありましたものね。落ち着かない気持ちはわかります。でもそれだけでは事態は変わりませんわ」

「朱乃さんも兄貴と同意見ってことですか…?」

「現時点でやれることは全てやっていると思っただけよ。すでに抗議もしているし、こちらが同席する分には相手も理解しているもの」

 

 朱乃は諭すように優しく話していく。少なくとも現時点でお見合いすることを取り消すことは不可能であったし、断る選択肢も用意されているのだ。そういう意味では、焦ってもどうしようもないのは事実だろう。

 

「大丈夫。さっきの大一の言葉は本音だと思うから。ロスヴァイセさんを悲しませるようなことを彼はしない。もう少し事情が分かれば、勝手に行動するわ。お節介だもの」

 

 余裕な態度を崩さずに言い切る朱乃は、まだ不全さを残しているリアスと一誠を尻目に紅茶を飲む。もっとも彼女とて大一の態度を全て肯定してはいなかった。席を離れる寸前にわずかに見えた思慮の表情、あれを何度も見てきた彼女としては何を意味するのかは気がかりであった。鼻腔をくすぐる優しい香りを堪能しつつ、それがロスヴァイセへのためを思ってのことだと願うばかりであった。

 




朱乃さんが原作よりも余裕ある気がする…。


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第30話 お見合い

けっこう前になりますが、原作が15周年でしたね。おめでたいです。
こっちの展開は相変わらずですが…。


 夏も本格的になってきたある日のこと、新旧オカルト研究部の一行は都内にある高級料亭へと足を運んでいた。この日は各々が頭を悩ませていたお見合いの当日であった。場所は北欧側がセッティングしており、この料亭に合わせるためにロスヴァイセの方も朱乃の手伝いで美しい着物姿であった。

 着々とお見合いの準備は進められていき、あとは皆が緊張する本番を迎えるだけであったのだが…

 

「本気ならば惚れた相手にアプローチかけて、とっとと既成事実作っちまえばえがったでねぇの!」

「んだごど言ったって、わたす、男の子のこと、わからねぇことばっかだし!」

「スケベなことさしてえって言ってだでねぇがっ!」

「ばあちゃんに言われなくったって、わ、わ、わたすだって、スススス、スケベなことしてぇさ!」

 

 お見合いまでの時間が近づいていく中、待合室ではロスヴァイセとゲンドゥルは方言バリバリで高級料亭では信じられないような内容を言い合っていた。ゲンドゥルが一向に対して押し切られてしまったお見合いについての謝罪をしたのだが、同時に孫娘へ早く身を固めなかったことの窘めをすると、それに応じるようにロスヴァイセも言い返した。気づけば話はヒートアップし、一行もすっかり面食らってしまっていた。先ほどゲンドゥルにとりあえず今回は様子を見ると宣言した一誠ですら、頭の中からこれから起こるお見合いのことがすっぽ抜けたような表情であった。

 

「あらあら、まさかそんな話をしていたなんて…」

「ゲンドゥルさんもそこまで言わなくても…」

 

 朱乃は困ったように頬に手を当てて呟き、大一もばつの悪そうに答える。ロスヴァイセが彼氏ができないことを嘆くのを何度も目の当たりにしたが、さすがにこの件で彼女が責められる筋違いだろう。それどころか祖母に漏らしていた本音を結果的にさらけ出す状況には同情せざるを得なかった。

 

「まあ、私たちもなかなかスケベなことができない状況だからな」

「女の子が多いから、例の部屋を使っても誰かが入ってきちゃうものね」

 

 ゼノヴィアとイリナの発言にリアスやアーシアもうんうんと頷く。彼女たちの指摘通り、

 そういった行為が難しいのは共同生活の中では難しいことだろう。一誠とその彼女たちは多忙さも合わさって身を持って体験していた。

一方で堕天使によって同様の部屋を所有する大一に関しても、勝るとも劣らない激務に加えて、持ち前の感知能力も踏まえてすぐに察知して避けていたため、気がつけば朱乃も使わなくなっていた。もっとも彼の場合は、数か月前に戦った男が出生率の低い悪魔にもかかわらず、1回の性交で生まれた奇跡的人物であるのも影響しているのだろうが。

 幸い、間もなくヴィーザルが到着したことが知らされてこの話には区切りがつくのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 ロスヴァイセとゲンドゥル、そして彼女の主として一誠がお見合いの場へと向かってから、15分経つかどうかというところであった。待合の部屋に残った一行は魔法で映し出されているお見合いの様子を確認しながらそれぞれ話し込んでいた。

 

「…ロスヴァイセさん、大丈夫ですかね。相手が神様だと断りきれない可能性もあるんじゃないでしょうか」

「そうよね。小猫も気になるわよね」

「リアス、落ち着いて。この前のことを引きずりすぎよ。というか、あなたはライザー相手にしっかり態度に示していたじゃない」

「だからこそよ。ロスヴァイセだって想い人がいるなら、それをもっと言ってもいいのはずでしょう?」

 

 小猫、リアス、朱乃が各々の想いを口に出す。それで答えが出るわけが無いのは理解しているも、現在進行形でことが進められている状況ではどうしても気になるだろう。

 女性陣の話に、今度は祐斗がふと感じた疑問を言いにくそうに投げかける。

 

「そういえば、朱乃さんたちはどう思っているんですか?その…あー…ロスヴァイセさんと大一さんの方は」

 

 ロスヴァイセが好意を抱いている相手は、祐斗もすでに察しがついている。そして相手にはすでに特別な異性がいることも。

 一誠の方はもとよりハーレム願望があったのを幾度となく目の当たりにしていたため、リアスや他のメンバーの態度は特に気にならなかった。しかし大一の方はどうもイメージがつかないため、疑問を口にせずにはいられなかった。

 

「そうねぇ…私は今更という感じですわ。生島さんとの契約や魔法の件もあったし、もしかしたらって思っていたもの」

「朱乃がそう答えるのって意外な感じね。もっとこう…束縛的なイメージがあったわ」

「1番というだけで余裕が出るもの。それに私は我慢していませんわ。いっぱい甘えているし他にも…とにかく愛されているとわかっているもの♪」

「…私もそれなりに満足していますよ。ちょっと特別な関係になってから、ちゃんと見てくれていることわかります。それに朱乃さんとはちょっと方向性が違うというか…いや男性として好きなのもあるんですけど…うーん…尊敬という感じですかね」

 

 朱乃は軽快に答え、小猫は思案しながら言葉をひねり出す。悪魔という特殊な価値観と恋慕の情を受けている実感があるため、ロスヴァイセの好意の対象が自分たちの恋人に向かれていようが、そこに動揺する必要性は無かった。

 彼女たちの反応にリアスはうんうんと頷き、祐斗はあごに手を当てて思案するような表情となる。

 

「あっ、でも不満や心配はありますよ。最近は先輩が性欲とかあるのか怪しくなりますし」

「それは私も気になりますわ。あのお部屋も使えていないし…イッセーくんくらいエッチでも私は問題ないのに」

「2人とも、心配するのそこなんだ…」

 

 苦笑いしながら祐斗は部屋の隅で電話をしている大一の後姿を見る。少し前から電話をしているのだが、聞こえてくる単語や話し方、定期的に申し訳なさそうに頭を下げている様子からまた冥界の仕事関係だろう。

 彼の様子を女性陣も見ると、再び思ったことを口にしていた。

 

「大一が同い年って信じられない時があるわ。私がまだ主だったら何か言えたかもしれないけど…」

「そういえば、ロスヴァイセさんは悪魔になった際は福利厚生やお金のことを気にしていましたよね。だったら大一先輩はイッセー先輩ほど荒稼ぎじゃないですが、お金はある方ですから…」

「それは僕も聞いたことあるな。激務と立場を思えばそれなりだからね。でもそれだけの理由じゃないと思う。それこそユーグリットの件があったし」

「それも要因のひとつでしょう。私は…大一が彼氏役をお願いされたときから可能性はあったと思うのだけれど…」

 

 話を展開させていく中、大一も電話が終わり小さなため息と共にスマホをしまう。さすがに当事者前でやるほどのアグレッシブさは持ち合わせておらず、リアス達の自由な恋愛話も終止符が打たれるかと思われたが…。

 

「失礼します。兵藤大一さんはいらっしゃいますか?」

 

 先ほどヴィーザル達が来たことを知らせてくれたお店の人が戸を開けて問う。大一は少々面くらいながらも、すぐに焼けたような皮膚である左手を小さく上げる。

 

「自分ですが…」

「こちらへどうぞ。お部屋の方に連れてきてほしいと言われまして」

 

 部屋中のメンバーが疑問符を脳内に浮かべつつも、大一はそれに従い、他は再び話を広げていくのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 お見合いといえば、基本的に顔を会わせて話をして、そこから相手を知り関係を構築する。神が相手とはいえ、ただの出会いの席でしかなく騒ぎになることはありえないだろう。

 しかし店の人に呼ばれた大一は部屋に案内されるなり、ロスヴァイセに抱きつかれて騒ぎの一端にツッコむこととなった。

 

「うぃ~、やっと来ましたね!大一くん!」

「ロ、ロスヴァイセさん!?もしかしなくても酔ってます!?」

「そんらこと、どうでもいいのれふよ!」

 

 頬は紅潮し、舌が回っていないロスヴァイセは完全に酔っていた。ビールが注がれた大きなジョッキを片手に持っているも、どう考えても彼女が頼んだとは思えない。大方、京都の時のように間違って飲んでしまったのだろう。

 ただそうだとしてもこの場に呼ばれた理由が、大一には分からなかった。困った様子で部屋を見渡すも、一誠はやってしまったというように頭を押さえ、ゲンドゥルは怒鳴りたいのを我慢するようにぴくぴくと口の端を動かしていた。

 居心地が悪そうな2人であったが、もうひとりの人物だけはまるで違って面白そうにこの惨状を眺めていた。白金色の髪にそれに見合った金色の瞳、無精ひげを生やしつつも顔は若々しい雰囲気で20代でも通用する整った顔立ちの男性だ。それがお見合い相手のヴィーザルであることはすぐに察せられた。

 

「ほう、お前が赤龍帝の兄か。いやこいつが間違って俺のビールを飲んでな。そこからお前の話題が出て、しかも今日来ているって言うから、ちょっと会ってみようと思ってよ」

 

 値踏みするような視線を向けながら、ヴィーザルは低く落ち着いた声で話していく。父であるオーディンとも引けを取らない余裕を彼は持っており、それを存分に活用する術を理解しているようであった。

アジュカや何人かの切れ者な上層部を目の当たりにしてきた大一としては、すぐにそれが察せられた。同時にこの間にもヴィーザルが何かを思案していることを。

 

「そうだったんですか…。あっ、失礼しました。自分は───」

 

 大一は向き直って自己紹介をしようとするが、ロスヴァイセがしっかりと抱きしめているため身体が動かない。困っている彼はお構いなしにロスヴァイセはビールを一口ぐびりと煽ると、ジョッキをテーブルへと置く。そして身体は大一の方を向いたまま、ヴィーザルに宣戦布告するかのように指さした。

 

「いいですか!わらしは彼と結婚したかっらんれす!冥界は福利厚生もばっちり、みなはんは優しいと好条件ばかりれす。そして大一くんは気も合いまふし、頼れるし、私のために戦ってくれたのに…魔法の勉強もしたのに…生島さんの件もあったのに…!」

「あ、あの…ロスヴァイセさん…?」

 

 気づけば彼女の身体はわなわなと震えており、抱きついていた腕は解かれてスーツの襟をつかんでいた。

 

「どうしれあのクソシスコン野郎のユーグリットを眷属にするなんて約束したんれすか!酷い裏切りです!うわああああん!!」

 

 ロスヴァイセはそのまま手に力を入れたまま号泣した。この様子に一誠は兄に非難する視線を向け、ゲンドゥルは疲れたようにため息を吐く。そしてヴィーザルの方は一誠にもちらちらと視線を送りながら、少年がいたずらを思いついたような顔をしていた。

 だが大一には彼らの反応を気にする余裕も無く、彼女の口かは発せられた不満に戸惑いつつもとにかく落ち着かせようと左腕で背中をさすっていく。

異常なほど時間が長く感じたが、少しずつロスヴァイセが落ち着きを取り戻してヴィーザルの対面に座りなおしたところで、今度は呆れを全面的に乗せたような鋭い声が聞こえる。

 

「相変わらずお酒に弱いようですね、ロセ」

「せ、先輩…」

 

 ロスヴァイセは一気に酔いがさめたようでしゃんと姿勢を直す。現れた水色髪の女性は整ったスーツ姿であり、町を歩けば間違いなく男が振り向くであろう美人であった。

 しかし大一も一誠も彼女の美貌よりもその素性の方が気になった。映像越しでしか見たことなかったが、ヴィーザルの所属するチーム「王たちの戯れ」に属している戦乙女、ブリュンヒルデだ。北欧では戦乙女の代名詞とも言える名を継いだ彼女は、ロスヴァイセも頭の上がらない先輩らしい。

 

「こちらに来ていらっしゃったのですね」

「私は現主神のヴィーザル様のお付きをしているのよ。まさかあなたの酒癖の悪さをこの場で見ると思っていなかったわ。あなたのことだから、ヴィーザル様の飲み物と間違ってそうなったんだろうけど…うかつっぷりはあの頃から変わっていないようね」

「まあいいじゃないか。俺は楽しかったぞ」

 

 先輩からの容赦ない言葉にロスヴァイセは委縮するも、ヴィーザルがとりなす。主神の態度に呆れた様子でブリュンヒルデは首を振るが、彼の方はまったく意に介していないようであった。それどころか快活な口調でさらりと爆弾発言をかます。

 

「この見合い、俺は気に入った。ロスヴァイセと婚約しようじゃないか」

「「…ええええええええええええ!!!」」

 

 一誠とロスヴァイセは一瞬の沈黙を挟み、同時に信じられないような驚愕の叫びをあげる。大一の方は声こそ上げないものの、絶句して目を見開いており、別部屋にいるメンバーはここまで聞こえるほどの驚きの声を上げていた。もっとも先ほどのロスヴァイセの酔っぱらった言動を見て、この縁談を取り決めようとはなかなか思えないだろう。

 

「だがそれだけじゃ面白くない。それこそロスヴァイセの本音も聞いたし、そもそも赤龍帝たちからは抗議を受けているんだ。そこでだ」

 

 そこで言葉を切ると、ヴィーザルは金色の双眸をハッキリと大一に向けてきた。

 

「次の試合、お前が赤龍帝のチームに入ったうえで彼女を懸けて戦おうじゃないか。俺が勝てばロスヴァイセを嫁の一人にする。赤龍帝が勝てば、この約束は無しだ」

 

 あまりにも無茶な提案に大一はすぐに抗議しようとするが、それよりも一誠の方が早かった。これまで溜まっていた苛立ちが一気に噴き出して、荒い声でヴィーザルに言い放つ。

 

「ロスヴァイセさんを懸けてどうこうという問題じゃありません!俺は今回の件、勝手に話を進められて不愉快でした。この見合いを許しましたけど、それはあくまで形式だけです!ロスヴァイセさんは大事な仲間で眷属だ!ただでやる義理はねぇッ!賭けうんぬんに関係なく狙うというなら、俺は兄貴と一緒にあんたをぶっ飛ばすだけだ!」

「これでいいッ!天龍との戦い、こんな建前がなきゃ嘘だよな!」

 

 怒りの表情である一誠に対して、ヴィーザルは高揚していた。試合前にも関わらず、両者には奇妙な因縁が形成されて、料亭に似つかわしくないメラメラとした空気感を蔓延させていく。

 渦中の人物であるはずの大一はこの場で口出しもできず、頭の中で不満に満ちたシャドウのため息だけが妙に響いていた。

 




オリ主も振り回されることが増えて…いや元々ですね。


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第31話 信頼

兄弟だからこそ納得できない、容赦しないことはあると思います。


 波乱の因縁が決まったお見合いから数時間後、ロスヴァイセは帰宅するなり自室で寝込み酔いの気持ち悪さと格闘していた。ブリュンヒルデに会ったことで一時的に醒めたものの、大量に流し込んだビールのアルコールは彼女の体を容赦なく襲ったのであった。

 一方で北欧主神ヴィーザルからの喧嘩を受けて立った一誠は、自室で憤然とした表情となり声を荒げていた。

 

「それどういう意味だよ、バカ兄貴!」

「言葉通りだ。俺はお前のチームメイトとして参加する気はまったく無い」

 

 胸倉を力強くつかむ弟とは対照的に、大一の方は無機質な態度であった。部屋にはリアス、アーシアもいて行く末を見守っている。

 この兄弟喧嘩の発端は単純なもので、大一が一誠のチームメイトとしてアザゼル杯に参加することを断ったのだ。次の試合においてヴィーザル達に勝利すれば今回の婚約は破棄できるものの、相手が出してきた条件に大一もチームメイトとして参加することを提示された。現時点ではそもそも前提条件すら満たせていないのだ。ロスヴァイセのお見合いを勝手に進められたことの不満が爆発したばかりの一誠にとって、この発言は再び怒りを加速させることとなり兄にぶつけていた。

 

「いくらなんでも納得できねえ…!兄貴はこのままロスヴァイセさんを奪われてもいいのかよ!」

「それ以前の話だ。お前も売り言葉に買い言葉で対応するな。考えてもみろ。アザゼル杯は国際的なレーティングゲームの大会。どのチームも出来る限りは準備をして優勝を狙っている。お前もそうだろう。それを相手の条件でチームメンバーを決めればそこを攻略しようと考えるはずだろう」

 

 大会の規定上、他チームと選手の2重登録さえしなければメンバーの入れ替えは可能である。そこで控えのメンバーを出すかどうかという読み合いなどが関わるが、このまま彼が参加すれば相手はそこを攻略するだろうし、騎士道精神でそういったことを行わなくても今後の試合にも影響を及ぼす可能性はあった。

 

「それに俺はリアスさんの誘いを断っている身だし、残ったルシファー眷属としていくつもある冥界のチームでお前だけに肩入れすることは難しい。上層部もその辺りを分かったうえで仕事を振っているし、また旧悪魔派閥の有権者に指摘されればアジュカ様がまた厄介ごとに巻き込まれる」

「グレイフィアさんのようにすれば…」

「あの人のように正体を隠すような術が無いことは知っているだろう。そもそも賭け事を持ちかけて相手のチームメイトを縛るような行為、他の勢力が何を言うかわかったものじゃない。仮にも神クラスが多くいるチームが姑息な手段を使ったと思われれば、北欧勢力にも迷惑がかかる」

 

 大一は淡々と説明を続けていく。D×Dに所属しているとはいえ、現時点では彼の立場はお世辞にも自由とは言い難かった。相手が提示した条件で彼がアザゼル杯に参加することで、余計なしがらみがついてくる可能性は大いにあるだろう。

 ただ引っかかるのは、ヴィーザルがその可能性についてまったく言及してこないことであった。オーディンに代わって主神を務めるほどの人物がそこに思い至らないのは不自然であった。

 いや気づいている、その確信があった。飄々としながらも目の奥にぎらついていた闘志や最後に言い放った宣言から、なにを目的としているのかも明白だ。

 しかし一誠は兄の態度に苛立ちを加速させていた。どうしてここまで関心が薄いのか、どうして条件を飲んで戦うくらいの気概を持てないのか、腑に落ちない事象が脳内で消化されず怒りへの燃料として燃えていく。これが無関係な人物ならば冷静でいられただろうが、血の繋がる兄が仲間を見捨てるような言動を取っている事実に間もなく我慢の限界が来ていた。

 

「兄貴は自分のためだろ!俺の下にいるって思うのが嫌なだけで!」

 

 部屋の空気感が電気を通したようにビリっと変わるのが感じられた。大一が一貫して感情を出さなかったのは問題だが、さすがにそれは言いすぎだとアーシアは思った。言い放った一誠ですら、すぐに後悔して腕の力を緩めたほどだ。

 対して大一は一瞬何か反論しそうに口を開くも、ぐっと唇を結び直しゆっくりと一誠の手を引き離した。

 

「お前の言う通りだ。お前に勝ちたいって気持ちがあるから、その下につくことに我慢できない…そんな欲深い男だよ」

 

 それで本当に良いのか、大一に問いただしたかったが部屋の空気は重く、それが舌にまで影響したかのように口が回らない。

 沈黙はこのまま問題をうやむやにしかねないと思われたが、意外なことに大一の方からそれを破った。

 

「一誠、少しだけ時間をくれないか」

「時間って考える時間ってことか?」

「いや、この問題を解決する時間をだ。追加メンバー申請の期日はまだある。それまでにどうにかしたいと思う。もしダメだったら…おとなしく相手の条件を飲んで戦おう」

「なにか勝算が…いやわかったよ。それでいい」

 

 もはやここで言い争っても意味がないことは一誠自身が理解していた。気まずい空気は残るものの、大一はそのまま扉へと向かっていこうとする。しかし部屋を出る直前で立ち止まると、振り返って申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「たしかに俺の態度が曖昧なのは謝る。すまなかった。でもロスヴァイセさんを心配していないというのは見当違いだ。あの人に幸せになって欲しい、ずっと本音を話していたつもりだよ」

 

 それだけ残した大一は部屋を出る。扉が静かに閉じられると、張り詰めた空気感も少し緩和され、一誠は後悔するようなため息をついた。

 

「ハア…上手くいかねえ…」

 

 前にもこんなことがあった。兄に対してはどうも遠慮なしに不満をぶつけやすい。正直なところ、焦りもあるだろう。相手は神クラスが複数おり、平均的な実力は圧倒的なものだ。もちろん勝つつもりではあるが、不安が少なからず感じられるのは仕方のないことであった。

 がっくりとうなだれて座り込んだ一誠に、アーシアは優しく腕を掴みながら慰める。

 

「その…イッセーさん、あまり気負いしすぎないでください。私たちで必ず勝ちましょう」

「ありがとな、アーシア」

「イッセーが苛立つのも無理ないわ。でも今は待つしかないわね。ダメだった時は…まあ、その時は大一がチームに参加するって約束したんだから」

 

 妙に冷静なリアスの姿に、一誠は不思議そうな視線を向ける。つい先日、大学で一緒に話した時は一誠の意見に賛同するようなヒートアップした態度を見せていた。お見合い時も落ち着かない様子であったことを祐斗から聞いている。しかし今は大一を肯定こそしていないが、区切りがついたように落ち着いていた。

 アーシアも同様の視線を向けており、リアスもそれに気づいたのか言葉を付け加える。

 

「焦ってもどうにもならないと思っただけよ」

 

 部屋を出る直前に目の当たりにした大一の表情、それは彼女が幾度となく見てきた覚悟を決めた時のものであった。少なくとも自分が心配しなくても彼は動くだろうと確信すると、リアスの荒れかけていた感情はだいぶ穏やかに変わっていた。

 

────────────────────────────────────────────

 

「んぐぅ…」

 

 苦しむようなうめき声を上げながら、ロスヴァイセは目を開ける。部屋は暗く、まだ深夜であることはすぐに分かった。お見合いから戻ってからすぐに寝込むことになってしまったため、中途半端な時間に起きてしまったようだ。このまますぐに再眠できればよかったのだが、内部からガンガンと打ち付けるような頭痛がそれを許さなかった。

 ふらつきながらも起き上がった彼女は、水を求めて台所へと向かう。あまりにも静かであったが、それがむしろありがたかった。

 誰も起こさないようにと闇の中を静かに歩いていき台所にたどり着いたロスヴァイセは小さな明かりだけ点けると、コップ一杯に水を注ぎ一気に飲み干す。そこでようやく酔いの辛さから少しだけ解放された気がした。

 

「ふぅ…」

 

 小さく一息をつくと、再び水をコップに注ぐ。いくらか余裕ができると頭も回り、今度はそこに不安と後悔が入り込んでくる。酔った時のことをここまでハッキリ覚えているのも珍しい。しかし忘れていた方が好都合であっただろう。

 次の試合で負けてしまえばヴィーザルとの婚約が成立してしまう。あまりにもいきなりな展開に、酔いとは違った気持ち悪さが彼女の胸にうごめいていた。「王たちの戯れ」といえば、優勝候補筆頭で神クラスも多くいる強力なチーム。いくら何度も奇跡を起こしてきた仲間達といえど、まともにやりあって勝てる見込みは0に近かった。

 胸にうごめく気持ち悪さが強くのたうち回っている。考えれば考えるほど雁字搦めになっていくようであった。どれだけ冷静になろうと意識しても、不安が襲ってくる。仲間たちは頼りになるものの、今回の一件の非情さに遠慮する感情が勝ってしまう。

 少しでも軽減させようと再び水を一口飲もうとするが…

 

「あっ、ロスヴァイセさん起きていたんですね」

「ぐぶふっ!?」

「ちょ、ちょっと!大丈夫ですか!?」

 

 いきなり聞こえた大一の声に、不意を突かれたロスヴァイセは盛大にむせてしまう。十数秒間、苦しそうに咳き込んでしまい大一に背中をさすられながら呼吸を落ち着ける羽目になってしまった。酔った勢いで好意を寄せる相手にとんでもない告白をした挙句、その夜中にはこんな醜態までさらしてしまったことに彼女の気持ちは先ほどとは別ベクトルでも沈んでしまった。

 ようやく息が整ってきたところで、ロスヴァイセは静かに問う。

 

「ご、ごめんなさい!いきなりのことで驚いて…またお仕事ですか?」

「あー…いや。ちょっと私用です」

「だったら早く寝た方がいいですよ。いくら大一くんでも休める時には休まないと…」

「体調だったら、俺よりもロスヴァイセさんの方でしょうに。酔いは醒めましたか?」

「ええ、だいぶ落ち着きました…」

 

 正直なところ、酔いとは関係ない緊張で苦しかったのだが、それをわざわざ口に出すつもりは無かった。

 彼の顔をまともに見られない。羞恥心が刺激されて身体が熱い。水の入ったコップを持って今すぐに自室に戻りたい。

 そんな悶々とした気持ちが渦巻く中、目の前にいる大一はどこか緊張しつつもハッキリした声で言う。

 

「ロスヴァイセさん…本当にすいません。ユーグリットの件、あなたにはしっかりと説明するべきでした。あんなに怖い思いをしたのに、その犯人を相談や説明なしに引き入れるのは配慮が足りませんでした」

 

 彼の謝罪にロスヴァイセは何も答えられなかった。そんなことはないと答えられたらよかったのかもしれないが、それは無理な話であった。彼を責めたいわけじゃない。しかしユーグリットを引き入れたことが彼女に引っかかりを感じさせたのは確かであった。好きなはずである彼への信用もわずかに揺らいだほどだ。

 

「俺は…あなたに甘えていました。魔法を教えてもらい、一誠の協力をしてくれて、生島さんの件だって…」

「私は別に…特別なことは…」

「俺にとっては特別です。救われたんですよ、いろいろと」

 

 気恥ずかしさが全身を撫でていく。酔っていたとはいえ日中に盛大に告白をして、その相手にここまで感謝されているのだ。先ほどの不全感もあるのに甘い熱さまで入り混じって、酔いとはまた違った落ち着かなさを感じさせた。

 なぜ納得しきれないこともあるのに、こんな思いを抱くのか。彼への想いが吹っ切れてしまえば楽なのに。例の問題を自分が腑に落ちさえすれば楽なのに…。

 

「だから改めて確認したいのですが…えっと…ヴィーザル様との結婚はどうしたいですか?」

「ど、どうしたいって…」

「今日のお見合い、酔っている時にいろいろ話していましたが、俺としてはあなたの本音を改めて聞きたいんです。いつものあなたがどうしたいのかを」

「…聞いてどうするつもりですか」

「…次の試合、俺は出ません。しかしその前までにこの因縁に決着を考えています。裏切った俺が言うのもおこがましいですが、頼って欲しいんです。あなたが無理をしている姿よりも幸せな姿を見たいから…あなたがどうしたいのかをハッキリさせたいんです」

 

 頼って欲しい、その言葉に彼女は自分の片腕をぎゅっと握る。ユーグリットから救ってくれたから惚れたわけじゃない。同じ相手と仕事をして、魔法を教示する関係でいて、気がつけば仲良くなっていた。戦いの中では迷い苦しみながらも前に進み、仲間の期待を裏切らずに成すべきことを成していた。こういう相手がいれば安心するだろうと思ったからこそ、大人として頑張ってきた自分が頼れると思ったのだ。

 それを思い出したとき、彼女はようやく緊張した面持ちの彼を直視することができた。

 

「…結婚したくありません。私は…まだみんなと…あなたと一緒にいたい。だから…お願い…」

「約束します。試合前までに今回の婚約を解消させてみせます」

 

 ロスヴァイセは静かに涙を流しながら、大一が優しく肩を撫でるのを受け入れる。気づけばのたうち回っていた胸の苦しみは落ち着き、代わりに安堵の嬉しさが満たされていくのであった。

 




ということで、オリ主はやっぱり参加しません。
だからこそ出来ることを必死でやろうとします。


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第32話 決心

だれるのもあれなので、どんどんやっていきたいところです。


 お見合いの翌日、一誠とリアスのチームは広大な草原へと赴いていた。先日の死神襲撃から専用トレーニングフィールドは警備面を見直されて、いまだに使えない状態であった。そこでアジュカの方から、彼が開発したゲーム「ベルゼビュート」の疑似空間が用意された。とある神滅具を参考としているこの場は現実とまた違った使用があり、特訓の幅は広く試せることも多い。次の試合で最高峰のチームを相手にするための特訓が心置きなくできることに、一誠のチームは気合いを入れ直していた。

 もっともゲームの疑似空間とはいえ、疲れや空腹は感じる。一行はひとしきり特訓をしたところで区切りをつけると、持ってきた弁当で和気あいあいと昼食を取っていた。

 

「…イッセー、今頃どうしているかしら?」

 

 サンドイッチを紅茶で流し込んだリアスはぽつりと呟く。大所帯の一行であったが、珍しく中心であった一誠はその場にいなかった。彼はなんと帝釈天からお呼びがかかっており、その迎えとして来た曹操と共に「乳海」と呼ばれる地へと向かった。なんでも帝釈天から一誠を強化する打診が来ており、次の相手のことも踏まえてこの申し出を受けることとした。

 そんなリアスの言葉を支持するように、レイヴェルが自信ありげに言う。

 

「きっとチームのため、リアス様のため、ヴィーザル様にロスヴァイセ様を取られないために必死になっておられるに違いありませんわ」

「そうね。私の時も強引に奪いに来てくれたわ。そういう人なのよ。命がけで解決手段を手に入れてくれるわ」

「私も何度も助けていただきました。日本に来てすぐの時も、アスタロト戦の時も他にもたくさん助けていただきました」

 

 リアス、アーシアと立て続けに同意し、近くではエルメンヒルデも小さく頷いていた。レイヴェルも魔法使いたちに攫われた際に助けてもらったこともあり、彼に好意を感じる女性たちの恋愛話に発展していた。

 一方で朱乃、小猫、ゼノヴィアはその様子を興味深げに眺めていた。

 

「イッセーくんは無理をしてでも助けてくれますものね。大一にはそういうのが無いから、ちょっとリアス達が羨ましいかも」

「無理をするという意味では先輩も同じですが…どっちかというと寄り添ってお節介をかけてくる感じですからね」

「羨ましいというのは同意する。私もイッセーからそういう扱いをされたことはないからな。しかし2人とも本気で言っていないように感じるな。…ん?ということは、そういった体験はユーグリットの件で先輩から助けられたロスヴァイセだけか」

 

 視線が向けられるのを感じてロスヴァイセは緊張したように顔を赤らめる。大一が約束したことは朝に全員が彼の口から聞いていたが、どのようなシチュエーションであったかは全く説明されていなかった。少ない明りに静寂な空気、どことなく酔いの気分悪さが残りつつも本音を口にし、好意を自覚した夜…思い返すと顔から火が出そうになりそうだ。もっともお見合いでの酔った勢いでした告白を皆が知っていたので、ここでごまかす方が不自然であったのだが。

 

「い、いやえっと…私は…それが理由じゃないですよ」

「あらあら、知らない間に彼氏が女たらしになっていて複雑ですわ♪」

「ダメですね、これは。あとでロスヴァイセさんも含めて私たちのお願いを聞いてくれないと」

「容赦ないな、2人とも…」

 

 ゼノヴィアのツッコミにも朱乃と小猫の態度は変わらなかった。2人にとって、大一への遠慮という言葉はもはや存在しておらず、そこには一種の余裕すら感じられる。しかし…

 

「うう…2人とも本当にごめんなさい」

 

 それでもロスヴァイセとしては申し訳なさもあった。大一のスケジュールを把握している朱乃の話では、仕事の時間以外にさらに何か奔走しているらしい。ただでさえ多くない彼女たちの時間を削っていると思うと、罪悪感がこみ上げていた。

 そんな彼女に朱乃は励ますように背中をさすりながら微笑み、小猫はどうということはないように肩をすくめる。

 

「大丈夫ですわ、ロスヴァイセさん。あなたの想いには前から気づいていましたもの。私も彼と同じように大切な仲間としてあなたに幸せになって欲しいんです」

「そもそも先輩がまた勝手にやっているだけですから。まあ、信じて待ちますよ」

 

 2人ともロスヴァイセが苦悩していることはよく理解していた。大切な仲間として、同じ男に惚れた人として、彼女の幸せを願っていた。いや彼女たちだけじゃない。仲間たち全員が思っていることだ。

 ロスヴァイセは潤んだ瞳の涙を静かに拭うと、同意するように小さくも力強くうなずいた。

 そんな中、百鬼はスープを一口飲むと考えながらつぶやく。

 

「でもお兄さんが引き受けなかったのはちょっと残念だったかな。一緒のチームだと頼りになっただろうに」

「まさしくそうです!」

 

 彼のつぶやきに、恋愛話で盛り上がっていたレイヴェルがいきなり同意する。

 

「堅牢な防御と緻密な感知力、前線で動ける白兵戦と神器による手数。加えて魔法や戦術も使える、お兄様が来てくれれば私たちのチームも大きく戦力が上がることは間違いありませんでしたのに…」

「残念がっているけど、私たちだって同じだよ。リアスお姉様はもともと先輩をチームに加えようとしていたんだもの」

 

 小猫が反論するようにレイヴェルに言う。実力もさることながら、もともとリアスの眷属であったゆえに信頼と連携は確立されていたため、アザゼル杯の参加を断られた際にリアスが受け入れつつも悔しがっていたのを小猫たちもよく知っていた。

 

「今からでも入ってくれないかしら。クロウ・クルワッハやストラーダ猊下とも相性は悪くないと思うんだけど…」

「白音ちゃんと仙術の合わせ技もできそうですしね」

「その件で何気に姉様も狙っていた節あるんですよ。ヴァ―リの方はわかりませんが」

 

 気づけばリアス達は大一を引き入れる方法を論じており、レイヴェルはチームメンバーに彼が入った場合の戦略を説明していた。

 ロスヴァイセは次の試合への緊張が高まりつつも、仲間達と過ごすこの時間に安心と心地よさを感じていた。それを痛感するほどに、もっと一緒にいたいという想いが沸き上がっていく。北欧側の者としてではなく彼女達と一緒に戦いたいと願う。

 そのためにも小猫の言うように信じて待ち、今は自分に出来ることをやるだけであることを決心するのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 一行が新たなトレーニング場所を提供されてから2日後、アース神族が住む地…アースガルズの外れにあるヴィーザルの隠れ家にはひとりの悪魔が来訪していた。

 

「お時間を取っていただき感謝します」

「むしろこんな堅苦しく手続きを踏んで来ることに俺は驚いたね。お前、容量悪い方だろ」

「かなり特別に設定してもらったと思うのですが…」

「見合いの件があったし、ゲンドゥルとも知り合いなら手続きなんてそもそもいらねえと思っただけさ」

 

 あっけらかんと話すヴィーザルに大一は申し訳なさそうな表情をしていた。ロスヴァイセとのお見合いの日の夜に、大一はヴィーザルとの面会を上層部に打診していた。本来であれば謁見するまでもかなり面倒な手続きなのだが、もろもろ事情を察していたヴィーザルはあっさりと了承し、この日にプライベートとして面会することとなった。

 造りがしっかりとしたテーブルを挟んで2人は対面しており、部屋にはお付きのブリュンヒルデだけが怪訝そうな視線で大一を見ているだけであった。

 

「さて俺に何の用か…といっても、どの件についてかは察せられるがな」

「ならば率直に申し上げます。ロスヴァイセさんを賭けるという試合の条件を取り消していただけないでしょうか」

「ハッキリ言うなぁ。神相手にそこまで進言するとは、俺は無茶をやるのは赤龍帝だけだと思っていたけど、お前もそういうタイプなのかね」

「もちろん失礼であることは承知しています。ただ…ただ自分にはヴィーザル様には別の目的があるように思いました」

 

 大一の言葉に、ヴィーザルはほくそ笑む。瞳の奥はわずかに光ったように見え、まるで面白いイタズラを看破された子どものような印象を感じさせられる。

 

「ほう、どんなのだ?」

「ヴィーザル様は…私の弟と全力で戦いたいだけではないでしょうか」

 

 遠慮がちな言い方であったが、同時に確信めいたものも感じられる。ヴィーザルは笑みを崩さずにただ見つめ返しているだけであり、大一はそのまま言葉を続けた。

 

「先日の条件、口約束とはいえ他の勢力に判明したら大なり小なり面倒ごとに巻き込まれかねません。あの場で思いついたような内容、チームメンバーには他の神話勢もいるのですから尚のことです。ヴィーザル様ほど懸命なお方が後先考えていないことをするとは思えないのです。つまりこの条件は本気のものでないと。

 私としてはお見合い最後のあなたの言葉が全てだと思いました。天龍との戦いのために建前が必要だと」

「…たしかに言ったな」

「それに私の弟はこれまでテロ組織との戦いで爆発的な覚醒をしてきました。そこには激情も絡んでいる。それを踏まえると、あなたはわざと焚きつけるような条件を提示したように思うのです」

 

 この推論は完ぺきではないものの、大まかには当たっていた。赤龍帝の激情を引き出して一身に浴びることこそ、彼の本当の実力を実感できる方法だとヴィーザルは考えていた。怒りをあおるような条件を提示し、全力でぶつかり合い勝利する…彼もまた天龍に心惹かれている存在であった。

 ただしそれだけが理由ではない。シンプルにじれったい感覚もあったのだ。ロスヴァイセの酔った際の言動から結婚を望んでいないのは明白だ。しかしその際の大一の態度やロスヴァイセの生真面目な性格などから、もろもろ進展する材料は揃っているのに踏み出せない状況であり、そこにきっかけを与えた。元より彼は人間の女性にはそこまで興味を抱かない男であった。

 そういう意味では大一がここまで来たことに感心はしていたが、同時にロスヴァイセへの決定打が感じられなかったことには呆れた思いもあった。

 

「それでお前はこの条件を撤回して欲しいわけだな」

「もちろん私とてこれが不躾な願いであることは承知しています。しかし弟の本気が発揮されるのは怒りだけではありません。これまでのアザゼル杯の試合はまさにそういったものでした。怒りなどは関係なしに、あれが本気を出さないことはあり得ないと私が保証します」

「…それで仮にお前の推論が当たっていたとしよう。だが俺も神として出した条件を撤回するのは考えてしまうな」

 

 正直なところ、仮に試合に勝とうが負けようが適当な理由をつけてロスヴァイセとの縁談は無しにすることをヴィーザルは決めていた。今回の条件も相応の誠意と動きさえあれば、取り下げるつもりであった。

 しかし大一がどれくらい本気なのかも見てみたい気持ちもあった。赤龍帝の兄である男、どこまで今回の一件に関して真摯に向き合えるのかには興味があった。

 大一は緊張を整えるように小さく息を吐く。彼の方も間違いなく緊張していた。神という遥かに位の高い特別な存在、その相手に先ほどから自分の要求を通そうとするのだから当然だろう。それでもヴィーザルの考えには確信があったし、同時に自分の提案に乗ってくるだろうという期待も間違いなかった。

 

「そこで次の試合までのスパーリング相手に私を使っていただけないでしょうか。お望みであれば本気の試合も致します」

「お前が赤龍帝に匹敵するのか?」

「そこまで思い上がってはいません。ただ私の身体はオーフィスやグレートレッドとも張り合った幻の龍と融合しています。天龍の前座としては悪くないと思いますが」

 

 伝承には残っていないもののオーフィスやグレートレッドと戦った龍の存在は、ヴィーザルもオーディンから聞いている。加えてそれが北欧でも何度か面倒ごとを引き起こしていた神器を所有する男と融合しているとなれば、どういう出自であろうが興味は沸く。しかも赤龍帝の兄という人物であるのだから、否応なしに期待感というのは高まるだろう。

 次の試合で一誠と全力で戦うことは出来るだろうが、どうせならば血縁者である彼とも一戦交えるのはやぶさかでない。

 

「ついてきな」

 

 ヴィーザルは立ち上がるとブリュンヒルデを伴い、大一を連れて建物の外へと出る。間もなくたどり着いたのは戦闘フィールドであった。広さはそれなりでルシファー眷属で使っていたフィールドを想起させる。

 

「俺個人の特訓用だ。結界もあるし神も使うから、それなりに暴れても問題ない。さてお前の提案だが乗ってやろうじゃないか。ただしここで俺を満足させるくらいの実力を見せてくれ。もちろん全力で来い。そこで初めて認めてやる」

「ありがとうございます。相手させていただきます」

 

 力強く頭を下げる大一を見て、ヴィーザルは再びほくそ笑む。己の道楽で人を振り回すのはどうも父であるオーディンと似ているような気がしたが、それでもこの戦いには期待してしまうのであった。

 




ということで、ヴィーザルとの勝負を前倒しにしてスタートです。


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第33話 激突

オリ主がこれほどの大物と戦うのは初かもしれません。


 背中にじっとりと汗がにじむ。無意識に呼吸が早まっていく。戦闘もできる護衛用のスーツであったが上着やネクタイを外さないと、息が詰まりそうな感覚だ。緊張感は容赦なく大一に襲い掛かっていき、冷静でいることを意識しなければならなかった。覚悟は決まっているとはいえ、これから神と戦うと考えれば当然の反応とも言えた。

 一方でヴィーザルの方は緊張とは無縁といった様子で、ブリュンヒルデに呼びかける。

 

「立会人は任せる。大事な後輩を任せるのに足る男か見ていてくれ」

「余計なお世話です。しかし…そこまでする必要があるのは疑問ですが」

「ま、俺もその辺りは分からないからな。ただ噂の龍と融合した実力は見てみたいだろ」

 

 大会で実績を重ねてきた赤龍帝と違い、彼の場合は噂レベルの話だ。それでもヴィーザルは滾る感覚を抑えられなかった。

 小刻みにジャンプして身体をほぐしていく中、少し先にいる大一は義手を外したところであった。

 

「妙な傷をしていると思ったら隻腕か」

「片腕なのは傷とは無関係なんですけどね。それに私には代わりがありますから」

「それで全力を出せないわけじゃないってことだろ?それだけ分かれば十分だ。準備は?」

「いつでも大丈夫です。全力で相手をさせていただきます」

 

 大一の言葉を聞いてヴィーザルはニヤリと笑みを浮かべると、目配せしてブリュンヒルデを見る。彼女は呆れたように小さくため息をつくと、片腕をゆっくりと挙げた。

 

「それでは…始め!」

 

 合図と共に、ヴィーザルは一瞬、視界から消えたと思わせるほどの猛スピードで接近すると、ハイキックで頭部を狙う。剣の一振りのごとく鋭い一撃であったが、大一は龍人状態へと変化しており、シャドウによって形成された右腕で防いでいた。

 これに対してヴィーザルは表情を変えずに、そのまま連続で蹴りを放っていく。足技をもっとも得意とする彼の動きは踊るように滑らかでありながら、放つ蹴りが苛烈でありだんだんと激しくなっていった。しかもこの速度でフェイントまで挟んでくるため、小技ひとつとってもその実力が垣間見える。

 攻撃はなんとかいなしているものの、このままでは防戦一方になると確信した大一は背中からシャドウの腕を4本生みだすと、蹴りをいなした瞬間にそれらでパンチを打ち込み始めた。

 

「そうくるか…」

 

 4本の腕による連撃に加えて、大一は両腕に錨を掴み振っていく。錨と拳の波状攻撃は硬さと重さを伴い、シャドウが得意とする手数による戦法であった。

 しかしヴィーザルは間を縫うように避けつつ、軽やかな足技で錨や腕をいなしていった。硬度と重さは十分に上げているものの、それをあっさり捌ける技術は傍目には感嘆を抱かせるだろう。間もなく攻撃の隙を見抜いたヴィーザルは大一の胸元に矢のような蹴りを放つ。とっさに錨で防ぐものの、その反動を利用してヴィーザルは一気に後退していく。攻撃というよりも距離を取るための一撃だったのは明白であった。

 

「よし、じゃあ少しだけ本気でいくか」

 

 ヴィーザルが指を鳴らすと、特異な光を放つ鎧が脚へと装着される。この脚甲はかつてオーディンが分け与えたものであり、ロキが生みだしたフェンリルへの対抗策として用いられた逸品であった。試合ではこれを装着して自身よりもはるかに大きな魔物を打ち倒しており、彼の本領が発揮されたことを示していた。

 再びヴィーザルは接近してくると先ほどと同様のハイキックを放つ。すぐに大一はこの一撃をいなそうと右腕を上げるが…

 

『ぐっ!?』

 

 シャドウによって形成された右腕はあっさりと破壊され、痛烈な一撃が顔の側面に入る。そのまま蹴り飛ばされて一気にフィールドの外壁へと叩きつけられた。大一は蹴られて腫れた頬を抑えつつ立ち上がる。血の味が口内に広がり、鋭くなった牙も歯も数本折れているようであった。

 硬度も重さも十分に上げており、向かってくる反応も出来ていた。だがそれでもヴィーザルの攻撃を防ぎきることは出来なかったのだ。

 

『大丈夫か、大一!?』

『ああ、なんとか…』

「休んでいる暇はないぞ」

 

 向かってきたヴィーザルは大きくジャンプすると、鎧をまとった脚でかかと落としを仕掛けてくる。

 すぐに転がってその一撃を回避するも、間髪入れずに再び蹴りの連打で攻めたててきた。

 龍人状態では直接受けるのは厳しいと判断するも、龍魔状態に変化する隙も見当たらない。そうなれば直接の攻撃を受けないことに徹するしかなかった。両手の錨を握り直し、背中の腕の方には疑似防御魔法陣を発生させて盾代わりにして攻撃をいなしていった。

 

「北欧の術式か。簡易ながら自身の魔力を投影できるもの…疑似的な防御に転用しているということか」

『さすがは北欧の主神様。あっさりと解読してきますね』

「これでも魔法はそれなりに詳しいのでな。だがその程度で、俺の蹴りを防ぎきれるか?」

 

 錨の一振りを体勢をぐっと低くして回避したヴィーザルは、そのまま背中に地をつけてブレイクダンスのような動きで複数の黒い腕を一気に薙ぎ払う。加えて大一の腹部に蹴りを2発ほど打ち込もうとして来た。寸前のところで錨で防ぐも、その衝撃で再び後方へと飛ばされた。

 

「上手くやったな」

 

 ヴィーザルはぽつりと呟く。本気で体重を上げていれば、防御が間にあった先ほどの攻撃で大きく飛ばされることは無かった。

 しかしこのまま肉弾戦をしてもジリ貧であると感じたため、その衝撃を利用して距離を取るために魔力を弱めて体重を落としていた。

 飛んでいく途中で体勢を立て直すと、再び体重を上げて地に足をつける。加えて口から数発、魔力の塊を撃ち出した。規模はそれなりなものの、神相手に通じるほどの威力は見込めない。実際、ヴィーザルはあっさりと蹴りで打ち消していった。

 しかしそれも想定の範囲内であった。魔力の撃ち出しは攻撃後の隙に次なる一手を存分にぶつけるための布石でしかなかった。

 

(魔力も魔法も難しいとなれば…)

 

 両手を合わせると大きく息を吸って広範囲の火炎を吹き出す。仙術・火炎太鼓はまだ龍人状態でしか使えない技であったが、彼にとって貴重な遠距離用の強力な技であった。大きく広がる業火は、ヴィーザルを一気に飲み込んでいこうとするが…

 

「おっと、そう簡単には喰らわねえよ」

 

 一瞬で防御魔法陣を展開させると炎を正面から防いでいく。火炎太鼓の規模はかなり大きいため、魔法陣の外から相手を飲み込むこともできるだろうが、このわずかな隙にヴィーザルは片足を軸にして大きく回し蹴りを行う。その風圧で炎は消えていき、同時に視界を遮る戦塵がフィールドを覆いつくした。

 隙を作るのはヴィーザルの方も狙ったことであった。視界が遮られているこの状況で、再び肉弾戦を行おうとしていた。しかし魔力を感知した瞬間、ヴィーザルは怪訝な表情を浮かべる。

 

(なんだ?)

 

 先ほどから打ち合ってきた悪魔と比べるとはちきれんばかりの力強さを感じる。魔力の質は悪魔というよりもドラゴンに近い感触であった。

 間もなくフィールド全体に響き渡るような咆哮が聞こえ、ほとんど同時に戦塵が吹き飛ばされていく。ヴィーザルの視線の先にいたのは3メートル近くの巨躯を持った龍の頭の男であった。

 

「まだまだあるじゃねえか。そうこなくちゃ」

『期待に沿えるようにします』

 

 龍魔状態となった大一は、不敵な笑みを浮かべるヴィーザルに向かっていく。見た目のわりに直進的なスピードは落ちておらず、巨大な牛が突進してくるような印象であった。そのまま丸太のように太い腕で側面からパンチを行う。

 ヴィーザルはその攻撃を大きくジャンプしてかわすと、返すように再び大一の側頭部にハイキックをお見舞いした。

 

「おっと…!」

『ぐっ…』

 

 しかし吹き飛ばずに攻撃を耐えた大一は、ヴィーザルがわずかに面食らった隙に雄牛のような角をぶつけて吹き飛ばした。

 さらに追撃がてらに口から巨大な重力の球を吐き出す。地面を削りながら進んでいく攻撃の規模はもちろんのこと、球体の中であらゆる方向に重力がかかり半端な防御を砕くほどだ。

 

「珍しい技だ。重力でこんなことをする奴は初めて見る」

 

 素早く体勢を立て直したヴィーザルは静かに片脚を上げていく。上げた脚には魔法の光が鎧を照らしていき、力が増幅されていることが肌で感じられる。

 そして驚くことに、彼は真正面から重力の球に蹴りを入れた。互いの攻撃がぶつかり合った瞬間に凄まじい風圧が発生し、空気自身が振動しているように感じられた。立会人のブリュンヒルデもその勢いに踏ん張っており、なんとか目を開けているような様子だ。

 攻撃がぶつかり合う重い音が響いていくが、間もなく重力の球の方がはじけて霧散していった。

 

『…やっぱり強いな』

『僕らの最大の攻撃が…!』

 

 大一の肩から血走った眼玉を見開いたシャドウが驚愕する。この攻防の中で持てる手札は出し惜しみをしなかった。大一が油断していなかったことも、神器であるシャドウはよく理解している。しかし相手はことごとく対処して上回ってくるのだ。

 ヴィーザルは一息つくと、口元のわずかな出血を拭う。

 

「ただの転生悪魔じゃないことは聞いていた。俺の動きに反応できているし、肉弾戦もできる。そのドラゴンの力や妙な神器を扱えているし、魔法や仙術まで可能だ。こんな悪魔は珍しいだろう。だが…足りない」

『…足りないですか』

「お前は強いよ。ただ常識の範囲を超えないな。拳もどこか軽い」

 

 そんなことはない、シャドウは反論したかったが言葉が紡げなかった。

 大一は強くなった。シャドウは自信を持って主張できる。元々の悪魔としての運動能力は反応速度、感知能力などはもちろんのこと、ディオーグやシャドウの力を引き出しているし、魔法や仙術と身につけられる技は努力を重ねて習得している。戦いの勘も研鑽されているだろう。だからこそバラキエルや復活した無角にも勝利を収められた。

 しかし神クラスが相手ではそれでも足りないのだ。タフな精神力や受け継いだ才能、過酷な戦いの経験をあれほど積み上げてきても、神には想定の範囲内の強さでしかなかったのだ。

 先ほどから打ち合っている中で、ヴィーザルはまだ本気を出していないことを強く実感した。強くなったからこそ、全力でないことに気づけた。それは成長であると同時に、恐ろしいことでもあった。上の存在の遠さを目の当たりにしたのだ。

 そんな神々が一誠やリアスたちに一目置いている事実はシャドウにとって恐ろしいことであった。アザゼル杯での活躍や破格の実力から神クラスでも辞退するようなチームが増えている。自分たちがいずれ追い越そうとしているのは、そんな一行ばかりなのだ。彼らの一歩は自分たちが走っても追いつけないほど大きく、どんどん差をつけられているように感じられるのだ。

 

『遠い…!』

 

 目指す世界が遠くなっていく。こんなに離れている筈が無いと思っても、容赦ない現実がつきつけられる。それが何度も繰り返されれば、どれだけタフな信念を持っていてもいずれは折れるのではないかという恐怖に変化していた。

 シャドウが血走った眼を震わせる一方で、大一は岩のような拳を握りなおして構える。

 

『魔力の上げ方が甘かったですかね。申し訳ありませんでした』

「折れないのは大したもんだ。その想いをどうして拳に乗せられない」

『失礼ですが、その考えにあまり共感できないんですよ。大なり小なり想いは誰でも持っている筈です。しかし勝負を決めるのは実力と経験、そして時の運などが大きいと思います』

「達観しているな。それがお前の限界か?」

『大事な相棒の受け売りですよ。だからといってお手上げなんて言うつもりはありません。そもそも限界なんて、私自身もわかっていませんよ』

 

 答えると同時に、大一の拳に重力の塊が展開される。サザージュと戦った際にも行った技であったが、これがヴィーザルにどこまで通じるかは懐疑的であった。

 その巨体で接近していくと、大一は腕をこん棒のように振り回していく。

これに対してヴィーザルはひらりとかわすと、懐に入り込み下から銃弾のような鋭い蹴りを顎にヒットさせた。

 大きく体を浮かせるかのような一撃であったが、すぐに体重を上げてこの攻撃を耐えると、右側からその大きな拳で殴りつけようとする。

 鎧をまとった脚を上げて攻撃を防ぐが、さすがに重すぎたようなのかヴィーザルはわずかに体勢を崩した。この隙に今度は左側からも拳を迫らせて、両側から挟み込むように攻撃をした。

 その狙いに気づいたヴィーザルはわずかにジャンプし、再び大一の顎をめがけて蹴り上げようとする。

 

「なに!?」

 

 しかしそれを見越していたように大一は角にも重力の塊を纏わせて頭を振りかぶっており、ヴィーザルの蹴りを真正面から頭突きで迎え撃った。互いにぶつかり合う中、地に足のついた大一の方が重さに分があり、そのまま押し切った。

 ヴィーザルは地面に叩きつける前に体を起こして着地するも、顔を上げた瞬間に目の前には拳を合わせてハンマーのように振り上げていた大一の姿があった。

 

『うおおおおっ!』

「ちっ!!」

 

 ヴィーザルは自慢の脚力で不安定な体勢からも攻撃を回避すると、すぐに自慢の足技を側面から連続で叩きこむ。魔法の力を乗せることで先ほどよりも一撃は重く、それがマシンガンのごとく連撃されるのだから溜まったものではないだろう。事実、大一は側面に展開した疑似防御魔法陣は瞬く間に砕かれて、その身体に蹴りを受ける羽目になった。

 

『ぐううう…それでも!』

 

 身体を向き直ると同時に、大一は重力の塊を伴ったパンチで攻めたてていく。手数は龍人状態の時よりも減っていたため、わずかな隙にヴィーザルの蹴りが飛んでくるものの、それを受けたうえで逆に生まれる隙を見つけて攻撃していく。持ち前の防御力を利用したインファイトの戦法に切り替えていた。

 

(こいつ…!)

 

 ヴィーザルの口角が無意識に上がっていく。先ほどまでは決定打が足りないように思えていたが、今の肉弾戦は驚くほど充実していた。一撃が重く感じる、蹴った際の感覚が硬く思える、まるで戦いとの中で少しずつ実力が研磨されて自分に近づいているようであった。しかもただ殴り合うだけではなく、きっちりと考えて攻撃の一手を打っている。考えなしに拳を振っているのではなく、どのようにカウンターを狙っているかも予想しているし、攻撃を受ける際も急所を外すようにしている。先ほどの魔法陣による防御もこの肉弾戦に持ち込むために、耐えるためだろうか。序盤の物足りなさも狙っていたのだろうか。

 しかし今はそういった考えをする暇すら惜しく、滾る感覚をぶつけていく方に集中していた。目の前の半龍は蹴りを受けるたびに痣はできるは、牙は折れるわと手負いになっていくのに、そのギラギラとした眼には生気が溢れていた。

 

「さっきの言葉、撤回しよう!楽しませてくれるぜ!」

『まだまだッ!!』

 

 無理やり鼓舞するような声をあげながら大一は攻撃を続けていく。ヴィーザルもダメージを受けつつも嵐のような蹴りを止めない。この戦いに終わりはないようにすら思えるほどであった。

 しかし間もなくヴィーザルの渾身の蹴りが大一のみぞおちに入り込んだ。一瞬、魔力が弱まり身体をくの字に曲げて大きく後退した。同時に右腕がバネのように縮まっており、その眼光はハッキリとヴィーザルを捉えている。そして彼も自信に集中している視線には気づいていた。

 

「来い!」

 

 ヴィーザルの声に呼応するように、大一の腕が一気に伸びていき重力の塊を纏った拳が大砲の弾のように突き進んでいく。

 この一撃に対して、ヴィーザルは魔法の力を纏ったハイキックで受け止めた。雷のような轟音と共にぶつかり合った攻撃は、周囲に空気が振動しているかのような衝撃が伝わり、その威力を物語っていた。

 激しいぶつかりは10秒ほど続き、2人は反対側へと吹き飛んでフィールドの外壁に叩きつけられた。

 この結果にブリュンヒルデも意外そうに眼を見開き、ただ驚きの感情を顔に表していた。

 間もなく、ヴィーザルは肩で息をしながらぶつかった衝撃による戦塵の中から現れた。

 

「ヴィーザル様、大丈夫ですか…?」

「これくらいで倒れるような男じゃねえよ。むしろ思っていた以上に燃えてしまった。最後の一撃とかは特にな」

 

 額の出血を抑えつつ治癒魔法で簡単な処置をすると、フィールドの反対側を見る。少しずつ戦塵が晴れるとうつ伏せになって倒れこんでいた大一の姿が確認できた。

 

「想像以上だったよ、お前は。約束通り、例の条件は破棄してやる。ただ試合の方は全力で来いと言っておいてくれ。ブリュンヒルデ、あいつの治療を頼む。俺は先に戻って取り消しの旨を文書にしておこうか」

 

 軽快な足取りでヴィーザルはフィールドから去っていく。これほどの戦いを見せてくれたのだから、赤龍帝との試合も期待できると確信していた。

 一方でブリュンヒルデは小さなため息をつくと、倒れこんでいる大一へと近づいていく。龍魔状態は解除されており瀕死のように見えたが、呼吸は落ち着いていた。ただ小さく歯を食いしばっており、その様子に彼女は訝しげに眉をひそめる。

 

「まさか本気で勝つつもりでしたか?」

「…そのつもりでしたよ。数分で実力差を実感しましたが」

「そのわりには最初は全力で無かったようですが」

「まさか…自分はいつだって本気ですよ。どういった戦い方がヴィーザル様に1番対応できるか分からなかったから…」

 

 この男がどこまで本気で信頼できる人物なのか、彼女は懐疑的であった。先ほどのヴィーザルのように正面からぶつかり合えば思うことがあるのかもしれないが、そこまで行う道理も無いし主が認めたことを自身が口出しするつもりも毛頭なかった。

 ブリュンヒルデは魔法で大一を起き上がらせると、そのまま肩を貸して出口へと向かっていく。

 

「そういえば…あなたは赤龍帝たちのように抗議しませんでしたね」

「あいつらとは立場が違うので…それにヴィーザル様がどんな方か…知らなかったから…」

「…どういうこと?」

「だってロスヴァイセさんが…ヴィーザル様と気が合うかもしれなかったじゃないですか…それであの人が幸せになれるなら…」

 

 なんとも呆れた男だ。自分が幸せにするという甲斐性も持てないのだろうか。ただ後輩のことを考えていたことに安堵したのも事実であった。

 何度目かというため息をつくと、ブリュンヒルデはそのまま大一を抱えて歩を進めるのであった。

 




まあ、実力的には無理でしょうよ…。


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第34話 吐き出す気持ち

ちょっと間が空きましたが、ようやく決着です。


「がっつり寝てしまった…」

 

 兵藤家地下にある転移室に戻ってくるなり、大一は後悔するようにつぶやく。ヴィーザルと勝負した後に治療を受けたのだが、その際に疲労が押し寄せていき、うつらうつらと眠ってしまったのだ。北欧主神の前で失礼な態度を取ってしまったことにうなだれ、少し前までは平謝りをしていた状況であった。もっともヴィーザルとブリュンヒルデは特に気にしていなかったのだが。

 

『遠慮せずにもっと寝ればよかったのに。あれほどボコボコにされたんだから休まないと』

(怪我の方は治ってきたから大丈夫だって)

 

 実際、彼の言う通り傷や腫れはほとんど引いていた。あれほど痛烈な蹴りを受け続けたにも関わらず、基礎的な回復魔法と2時間ほどの睡眠で身体はだいぶ回復しており、ディオーグとの融合や異界の魔力の影響を改めて実感させられる。ただ身体にはまだ包帯を巻いているし、体力も消耗して尋常じゃない空腹に襲われていたのだが。

 

(腹減った…)

『また彼女が飯作っていればいいが』

(朱乃にはいつ帰るかわからないって言っていたから無理だな。そもそも俺だってこんなに早く説得できると思わなかったよ)

『そう考えると、あの条件は僕らの予想通り本気じゃなかったのかねぇ…まーた利用されたようで嫌な気分だ』

(それならそれでいいんだよ。これで一誠たちも心置きなく試合できるだろうし)

 

 頭の中で会話をしているうちに台所にたどり着いた大一は余っていた食パンを手に取る。とにかく腹がすいており、傷はそこまででもないが体力はかなり消耗していることを痛感させられた。

 口に突っ込んだ食パンをもごもごと噛みながら、牛乳をカップに注いでいく。手際よくも適当さにシャドウは意外そうに頭の中で声を上げる。

 

『ジャムくらい塗ればいいものを…まあ、さっさと食って眠るんだったら少しの手間も惜しいのはわかるけどさ』

(なに言っているんだ。俺は寝ないよ。あと1時間もすれば、誰か起きてくるだろうし)

『はあ!?やめようぜ、あとで言うだけで充分だよ』

(いや、報告は早い方がいいだろ)

 

 ヴィーザルが条件の取り下げを了承した時、大一は安堵した。相手が本気でなかったことについては確信があったものの、それを取り下げてもらう説得することは賭けであった。兄として一誠が受けている期待を幾度となく見ていることや、オーディンとのつながりも踏まえると、ディオーグとの融合を売り込みが活きると思っての交渉であった。その結果、考えうる限りもっとも良い形かつ想像以上の早さで条件の取り下げにこぎつけることができた。もちろん、この方法があまりにも荒唐無稽で計画性のないものなのは、本人も自覚していた。

 シャドウもその辺りは理解していたが、その結果が徹底的に実力差を見せつけられる戦いだ。避けようと思えば避けられたであろう戦いに挑む姿にため息交じりになりつつも、ひとつの納得感も覚えたのであった。

 

『僕の余計なお世話だったってことか』

(何がだ?)

『つまり大一は最初から───』

「あれ、大一くん?お帰りなさい」

 

 いきなり聞こえたロスヴァイセの声に、頭の中での会話は中断して大一は驚きのあまり飲み込もうとしていた食パンを詰まらせてしまう。これには彼女も驚いて、すぐに駆け寄って背中をさする。

 苦しそうに胸を叩きながら、やっとのことで牛乳と一緒に流し込み終えて、せき込みながら大一は話し始めた。

 

「ごほっげほっ…!あー…ふぅ…ロスヴァイセさん、早いですね!?」

「試合が近いので、ちょっと皆よりも早く起きて魔法の確認をしようと思っただけですよ。そもそも大一くんの方がいつも早いじゃないですか」

「いや俺の場合はもう習慣になってますし…。ところでどうして台所に?」

「コーヒーを淹れてから取り掛かろうかと思って。そういえばこの前も似たようなことありましたね」

 

 つい数日前にこの台所で同じような状況になっていたことを思いだし、互いに既視感を抱く。ただあの時とは違って今度は大一の方がむせることになり、可笑しそうに微笑むロスヴァイセは以前よりも安定しているような印象を受けた。

 そんな彼女に対して、大一の肩から出てきたシャドウは血走った眼を細めてズバリと問う。

 

『なあ、ヴァルキリー。その時よりも落ち着いていないか?』

「落ち着いたというか…ただ私は私に出来ることをしようと思っただけです」

『割り切りがよいことで』

「皮肉っぽいぞ。まあ、とにかく最初にロスヴァイセさんに会えてよかった。その件でご報告が」

「…なんでしょうか?」

「条件を取り下げてもらいました。次の試合で賭け事まがいの必要は無くなりましたよ」

 

 この発言にロスヴァイセは何を言われたか理解できないようなポカンとした顔になる。それに伴うように口から発せられるのも当惑であった。

 

「えっ!?えっと…それって…!」

「証明書もあります。例の条件は白紙、婚約の件もですね」

 

 ロスヴァイセはゆっくりと息を吐いて言葉を噛みしめていくように瞑目する。間もなく開いた瞳にはほんの少しだけ涙が潤んでいたが、大一はそれに気づいていなかった。

 そしてシャツの襟からのぞいた彼の胸元にしっかりと包帯が巻かれていたことも見逃さなかった。それが何を意味するのかはすぐに察しがついた。どういう経過までは不明だが、おそらく戦いという方法で今回の条件を取り下げることに成功したのだろう。

 

『なんだなんだ。僕らが条件を取り下げたことに不満でもあるのかよ』

「べ、別にそういうわけじゃ…!」

「シャドウ、けんか腰は止めろって…。ごめんなさい、ロスヴァイセさん」

「わ、私の方こそごめんなさい。ちょっと驚いて…こんなに早く解決すると思わなかったから。それで無理をさせたと思って…私の方こそ…」

 

 ロスヴァイセが言葉を続けようとするが、大一が自身の口に人差し指をあててそれを止める。

 

「約束を守っただけで、あなたが謝るのは違いますよ。むしろ俺はもっとあなたに謝らなければならないんです。…少しだけお時間いいですか?この前はドタバタして言えなかった、ユーグリットを引き入れた理由についても話したいんです」

「…いいですよ」

 

 互いの意志を確認すると、向かい合うように2人は席につく。電気ポットでお湯を沸かしている音が異様に大きく聞こえるような気がした。

 

「まあ、理由としては様々ですが…」

「そんなにたくさんあるんですか?」

「ひとつの理由だけで彼を引きこもうとしませんよ。ただ大きなものとしては、あいつにも助けがあっていいと思ったんです」

「助け…?」

「ヴァ―リや曹操…テロリストとして許されないことをしてきました。彼らはきっちりケジメをつけて、今はアザゼル杯にも出ているほどです。だから同じようにあいつにもやり直す機会があればと」

 

 クリフォトとして世界を混乱に陥れたのは決して許されることでは無い。しかし一時期は心を砕き、圧倒的な絶望感に苦しんでいた。その姿を戦いの中で目の当たりにした大一は、彼にも助けが必要だと感じられた。彼を自身の味方に引き入れることがその助けの一歩でもあった。

 

「もちろん、あいつがそう簡単に心変わりする男じゃないのは理解しています。ただその上で冥界に貢献して、あいつなりに新しい一歩を踏み出せる助けになれたらと思ったんです」

「それは…大一くんがしなければいけないことですか?」

「…どうでしょうね。ただ俺もやらかした方ですから」

 

 ディオーグというはぐれ龍と融合したから、シャドウという恐ろしい神器を得たから、傍から聞けばそういう意味だけにも思えただろう。

 しかし彼にとっては、今でも胸の中に杭のように突き刺さる後悔があった。友の顔に手をかけた、それは拭いようもない事実であった。父親である生島純が許しても、完全に納得できなかった。

 彼は自身を許し受け入れたうえで、その罪を一種の責任感に昇華したのだ。冥界の悲しみを少しでも減らすという彼自身の目標のために、同じように悲しむ人たちを生みださないという生島の願いのために。

 そして恐ろしい悪意にも様々な苦しみがあることをこれまでの戦いで学んできた。彼らを助けることが、結果的に苦しむ人たちを助けることにも繋がるのだと。

 

「道を外れた自分だから、そういう人たちを助けられると思うんです。そうすることで悪事をしないでも済むようにして脅威を未然に防いだり、彼らがまた誰かを助けることもあると思うんです。理想論だというのは自覚しているんですけど」

 

 どこか申し訳なさそうに話す大一に、ロスヴァイセはふと気づく。彼がこれほどの本音を他の仲間に話せただろうか。自分に話してくれたのは約束の件だけではない。生島との謝罪の件を目の当たりにしていたからだろう。

 

「それに…あー…俺自身のためでもあるんです」

「どういうことですか?」

「彼が一誠に強い対抗心を抱いているのはわかっていました。だからいずれ弟に勝ちたいと思っている俺としては、あの野心は強い味方になると思ったんです」

「なるほど…利害の一致もあったと」

「実際、そういった面が強いですよ。ただこれに関しては、先に話しておくべきだったと痛感させられました。本当に申し訳ありません」

 

 静かに頭を下げる大一の姿に、ロスヴァイセはゆっくりと長く息を吐く。相変わらず自分から泥沼にはまっていくような男であったが、彼なりの信念を知ることができて安心したのも事実であった。婚約解消の約束も果たされ、揺るぎかけていた信頼は確かに立て直されていた。その上で心にはまだ不穏の渦が残っていたのだが。

 

「少なくとも理解はしました。…ただもっと早く知りたかったです。お見合い前もそうです。あなたが何を思っているのかを知りたかった」

「ロスヴァイセさん…」

「前に頼って欲しいと言ってくれたのは本当に嬉しかった。でも大一くんが罪悪感を隠して辛くなっていたのも知っていたから…私は…」

 

 本音を知ったうえで頼りたい。苦しんでいれば支えてあげたい。その本心を吐き出しそうになって、彼女は飲み込んだ。感情的になりすぎたことに後悔し、それを反映するかのように赤面していく。気持ちが緩んだからなのか、惚れた相手への煮え切らない想いなのか、それを自覚する余裕すらなかった。

 

「ご、ごめんなさい…!責めるつもりとかじゃなくて…!」

「いや責められて当然です。たしかにあの時、一誠達にみたいに行動に移していませんでしたから。あいつみたいに出来たらよかったんですけどね、俺にはそういった立場も勇気も無かったんですから」

「…もしもですよ。あの時のお見合いで私がヴィーザル様のこと…好きになったりしたら…」

「その時は応援します。ロスヴァイセさんが納得する形であれば、そこに俺の意見が入る余地はありませんよ」

 

 そこで言葉を切ると、大一は頭を困ったように掻く。そして間もなく歯切れ悪そうに話を続けた。

 

「ただ…なんというか…あれは俺も驚いてしまって…だからといって一番驚いていたのはあなたなんだから、動揺するわけにはいかないと…」

 

 彼女のお見合いの話を聞いたとき、大一は衝撃を受けた。同時にもやもやした感覚が全身に行きわたるも、それを表に出すことはしなかった。それがロスヴァイセや他のメンバーに動揺を与えると思い、自分の曇りは抑え込んで彼女の幸せを願う姿勢を淡々と取っていた。もっとも結果は当事者たちに不満感を抱かせただけであり、そういう意味では見当違いであったのだが。

 

「だから…ロスヴァイセさんの力になれないのがもどかしくて…お見合いの時の言葉や数日前の約束に驚きつつも嬉しくなる自分もいて…」

 

 ロスヴァイセは面食らった様子で目を見開く。最後に残っていた渦は消えて、また別の渦が心をかき乱す。しかしそれは全く別のものであった。顔の頬もさらに加速するが、むしろそれを受け入れたくなるような想いであった。

 その気持ちを抱きつつ、彼女の口から自然と声が出てくる。

 

「酔った時に何を言ったか覚えているんです。それに数日前、約束したときに話したことも変えるつもりはありません」

「…俺はかなり不誠実な男ですよ。すでにお付き合いしている女性がいるのに、あなたにも心惹かれている。つまり…俺と一緒にいることが、あなたの笑顔になるなら…それがあなたの幸せになるなら…俺は全力を尽くしたい」

「私が…一番欲しかった言葉ですよ」

 

 静かでありながらもどこか甘い空気感が流れる。大一は惚れた女性と何度か、ロスヴァイセはほとんど経験したことのない雰囲気であり、緊張に包まれて口をつぐんでしまった。もっともそれが関係を進展させたものであることを互いに理解していた。

 この沈黙を破ったのは、肩から出てきたシャドウであった。

 

『おい、湯が沸いたよ』

「あー…そうだな。俺がコーヒーを淹れますよ」

「い、いえ、私が淹れます!大一くんは疲れているでしょうし!」

「これくらい大したことないですって」

「じゃあ…カップを持ってきてもらっていいですか」

 

 たかだかコーヒーを淹れるだけの作業であったが、ロスヴァイセにとってはここ最近でもっとも気が緩み心地よい時間であることを実感するのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

「やっと決着がつきましたか」

「本心を隠しすぎるのも考えものですわ」

 

 大一とロスヴァイセの様子を、朱乃と小猫は扉の隙間からこっそりと見守っていた。見たのは途中からであったのだが、ひとつの男女関係に決着がついたことには安心していた。

 

「それで朱乃さんとしてはどうですか?」

「ロスヴァイセさんがいても大きく変わりませんもの。私も彼女の幸せを願っていますし、これをダシに大一にはもっと甘えるつもりですわ」

「容赦ないですね。まあ、私もほぼ同意見ですが」

「あらあら、さすがね♪」

 

 くすりと微笑む朱乃に、小猫は表情を変えずに今もなお台所での2人の様子を見守っている。傍から見れば目を見張るような強かさを彼女たちは持ち合わせており、それを惚れた男に向けるのは疑いようもないだろう。

 

「あの…2人とも何をやっているんですか?」

 

 このやり取り後、遠慮がちに問う一誠と少し眠そうに目をこするアーシアが現れる。

 

「イッセーくん、アーシアちゃん、おはよう。今日も早いのね」

「おはようございます。次の試合は負けられませんから、しっかり準備して日中の特訓に励もうかと」

 

 ここ数日の一誠は気が昂っていた。帝釈天の強化案を受けて神用の薄めた霊薬を飲み神器がパワーアップしたことや、その時に気絶した際にかつて助けてもらった乳神から奇妙な啓示を受けるなど、強くなったことを実感することもあれば首をひねるようなことまで様々な事象があったのだから落ち着く方が無理な話だ。そして何よりも次の試合は負けられないという現実が、彼の気負いをより強く仕上げていた。

 

「それで小猫ちゃんは何を見ているんだ?」

「そうですね…私や朱乃さんの今後に関わることでしょうか」

「どういうこと?」

「いろいろ説明するのもあれなので、そろそろ行きましょう。イッセー先輩も知りたいでしょうし」

 

 これには一誠も当惑していたが、それに従って小猫たちと一緒に台所へと入っていく。間もなくロスヴァイセ以上の驚きの声が響き渡り、この日は同じような驚きが何度か繰り返されるのであった。

 




区切りがついた感じはしますが、まだ25巻の途中くらいなんですよね。


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第35話 情報収集

今年一発目の話です。
もう年明けて半月近く経っていますけど…。


 冥界のグレモリー領はかなり広大だ。眷属たちにもそれぞれ領土が割り振られており、そこで事業などを展開する者もいる。

 その一角の丘を大一、リアス、朱乃、祐斗の4人は登っていた。スーツ姿の一行は明らかに山を登る格好ではない上に、階段は切った丸太で造られた程度の物のため足場もよくなかった。もっとも悪魔の体力であれば問題なかったのだが。振り返れば遠くにグレモリー城や他の土地が一望できるほど見事な景色があるものの、4人の会話はそれとはかけ離れたものであった。

 

「大一ったら私と小猫ちゃんが見ていることに気づかなかったの。それで私たちに説明した際に、こっちからもその話をしたら2人して顔が真っ赤になって♪」

「ふーん、そんなことがあったのね。慌てようが目に浮かぶわ」

「なんで、ここまで来て恥かかなきゃいけないんだ…」

「正直、朱乃さんたちにバレた時点で無理ですよ」

 

 ヴィーザルから条件の取り下げを受けてから数日が経っていた。あの日は報告を受けた一誠たちは驚きと安堵に包まれ、同時に次の試合への気を引き締めることに繋がった。ヴィーザルがいかに期待しているかも知り、重苦しいしがらみを取り除いた彼らのチームはさらに特訓へと精を出すのであった。

 ただしこの報告にあたり、大一は条件の取り下げ以上のことは皆に言わなかった。つまりロスヴァイセとの関係性が大きく進展したことを公言しなかった。彼女の方も同様の気持ちだったようで、そこに関しては触れようとしなかった。

 とはいえ、それは仲間全員にでは無い。同じように特別な関係…朱乃と小猫にはしっかりと説明するために、ベルゼビュートへ行く前に自室で告白した。

 もっとも朱乃も小猫も2人のやりとりを隠れて見ていたため、それについては理解しており、それどころか一部始終を覗いていたことを話して、大一とロスヴァイセを慌てさせることとなった。

 それどころか目的地に向かうまでの話の種として、朱乃の方から赤裸々に語られて現在に至る。

 

「それにしてもやっと関係が進展したってところね。まったく時間がかかったんだから」

「リアス姉さん、そこまで言わなくても。まあ、たしかに先輩って好意を受けても悩んで先延ばしにする印象がありますけど」

「お、俺は好きな人にしか…いや違くて…なんというか…!」

「そうですわ。大一は付き合っている私たちのどういうところが好きか、ちゃんと言葉に出来るもの」

「そこまで追い打ちされるのか、俺は!?」

 

 ここぞとばかりに伝える朱乃の言葉に、大一は耳まで真っ赤になって顔を覆う。実のところ、ここ数日間で同じような状況に何度かあっていたのだが、まるで慣れなかった。

 するとシャドウが彼の肩から飛び出すと、非難するような眼差しをリアスたちへと向ける。

 

『ったく、これから仕事だってのに何をやっているんだか。だいたいお前らがついてくる必要ないだろ』

「ご挨拶ね。今回に関して、私はグレモリーとして向かう必要があるのよ。お父様たちにも負担をかけるわけにいかないし」

「それに関しては本当に助かりました」

 

 肩をすくめるリアスに大一は頭を下げる。彼が命じられた仕事はギガンから異界の地についての聴取であった。先日の死神襲撃を防ぎ、冥界政府との取引もあって、彼はユーグリットと同様に仮釈放となった。正確に言うと、監獄でも持て余しかけていた現実と大一自身の部下のような扱いになったため、彼自身はいまだに罪人の立場であったのだが。

 そんな彼の住まいとして用意されたのは、グレモリー領にある大きめの山小屋であった。もともとは大一がリアスの眷属であった際に分けられていた土地であり、あらゆる対策を講じるのには都合がよかった。現にその土地周辺には強力な結界や罠が張られており、通信もほとんど遮断されている。ギガンが逃げ出そうものならすぐに捉えられるような状況であり、彼の下に行くには歩いて向かうしかなかった。

 

「大一さんは行ったことあるんでしたっけ?」

「2回だけな。移送する時のことも含めてだが。あと5分くらいで到着すると思うよ」

「…聴取に応じてくれるかしら?」

 

 朱乃が訝しそうにぼそりと呟く。先日の襲撃を共に防いだとはいえ、禍の団に所属していた彼を簡単に信用するのは難しいのは当然だろう。ましてや彼は捕えられてからしばらくは何も答えてこなかったのだから。リアスと祐斗も表情険しく、朱乃の意見と同様であるのは明らかであった。

 しかしそこを気にしても仕方がない。ただ協力に応じた男を、将来の眷属になることにも頷いた彼のことを大一は信頼していた。

 

「わからない。だが俺はあいつと協力すると決めたから信じるだけだ。話さない時はその時に考えるさ」

「もう…」

 

 朱乃は呆れと安堵が入り混じった笑みを浮かべる。ロスヴァイセに語っていた彼なりの信念、それを目の当たりにした彼女は一種の頼もしさを感じた。

 歩を進めていくと間もなく一行は、目的の山小屋へとたどり着く。円錐型の小屋はかなりの大きさであり、ゾウが住んでいると言われても驚かないだろう。壁は石造りで窓が2つほどつけられている。家の近くには明らかに周辺の地面とは違う土があり、畑のようになっている。

 少し驚いたように眉を上げてその庭を一瞥すると、大一は扉をどんどんと叩く。

 

「ギガン、来たぞ」

 

 がちゃがちゃと家の中で音が鳴ったかと思うと、扉が開けられてギガンが姿を現した。能力に見合った筋肉は服の上からでも分かるほどハッキリとしており、人間の倍はあるだろう体格から一行を見下ろした。

 

「ああ、時間通りだな。それでお前の後ろが…」

「私がリアス・グレモリーよ。こっちは女王の姫島朱乃、騎士の木場祐斗。会うのは初めてね、ギガン」

「ああ、お前が…。住まいについては礼を言う。入れ、湯を沸かしていた」

 

 一行は言われるまま家へと入る。部屋はひとつしかなく、端には4人全員が横になれそうなベッドが置かれていた。中央には丸テーブルがあり、その上には無造作に本が置かれていた。

 暖炉の火からやかんを取っているギガンの後姿に、大一は問いかける。

 

「何をやっていたんだ?」

「お前から貰っていた本を読んでいた。大会や芸能の記事はつまらんが、農業の記事は面白い。野菜を育てるというのも気になる」

「じゃあ、家の土もお前が?」

「小さな規模の土地を耕すくらいなら能力を使える」

 

 意外な答えに大一は目を丸くした。牢獄にいた時は、食事もとらなかったような男が野菜の栽培に興味を引かれるとは思ってもいなかったのだ。

 間もなくギガンは慣れない手つきでバケツサイズのマグカップにお湯を注いでいく。ティーパックも1度に3つも突っ込んでいたが、あまりにも雑で糸が切れたものもあった。

 本人はまるで気にしていない様子であったが、これを見かねた朱乃が呆れたように首を振る。

 

「見ていられませんわ。私がやります」

「むっ…味は変わらんだろう」

「ティーパックでも少しの工夫で大きく変わります」

 

 さらりと答えるなり、朱乃はてきぱきと準備していく。魔力でマグを温め、お湯を注いで、蓋代わりの皿で蒸らしていく。その手際の良さにはギガンも感心したように気怠そうな目を向けていた。

 

「うむ…お前らはどうする?」

「今回はカップを持ってきたから大丈夫だ」

 

 そう言って大一は持っていたバスケットから人数分のティーカップを取り出す。基本的にギガンサイズの家具しか置いていないため、前回訪問した際には泣きを見ていたのだ。彼が持っていたバスケットの中身を知って、リアスたちも微妙な表情で納得するように頷いていた。

 大きなやかんで注いでカップからお湯がこぼれることに苦戦しつつも、協力して紅茶を人数分用意すると席につく。

 椅子はギガンが座るものを除くと2つしか無かったが、1つに2人は余裕で座れそうな大きさであった。リアスと大一が席につくと、後ろに控える朱乃と祐斗にギガンは声をかける。

 

「さっさと座れ」

「今回の交渉は2人が中心ですわ」

「僕は護衛なので立ったままで十分だよ」

「俺が気になるんだ。煩わしいのは嫌いだから、さっさと座れ」

「…わかった」

 

 結局、リアスの隣に祐斗、大一の隣に朱乃が座り、ようやく全員が腰を落ち着けたところで話の火ぶたが切られる。

 

「それでギガン、訪問の目的は2つだ。ひとつは場所を提供してくれたグレモリー家と顔を会わせること、そしてもうひとつは『異界の地』についての聞き取りだ」

「あなたが三大勢力に協力するにあたって、冥界の上層部にも納得するような実績が必要なのよ」

 

 大一の言葉にリアスが鋭く付け加える。何度か交渉の場を経験している彼女は、ギガンの立場を明確にしておいた上で、情報を引き出したかったのだろうか。ただギガン自身はこれが尋問とは思っていなかったのか、それとも別のことを考えていたのか淡々とした雰囲気で反応する。

 

「俺はこの男に協力するだけだ。まあ、結果的に冥界に手を貸すことだから同じものだろうが。だが俺が話せる情報など、たかが知れている。お前らが躍起になっている『異界の魔力』についても隠密性に優れていること以外はさっぱりだ」

「魔力に関しては少し前からこちらも注視しなくなっている。進展も無いし、一誠の乳力みたいな劇的な特異性は確認できないからな。だが先日のベルディムの襲撃は無視できない」

 

 死神の襲撃時、ゼノヴィアたちの下へと現れて暴れていった悪魔ベルディム。彼が異界の地の者であることは、彼自身の発言やギガンの証言が証明していた。旧魔王時代の死んだと思われた悪魔が敵対してきたことは、間違いなく冥界に警戒心を抱かせた。加えて、活発になっている死神たちの動向を踏まえると、ひとつの可能性が危険視されていた。

 

「現在、ハーデスの動向が各勢力で危惧されている。冥府はクリフォトとも取引していた疑いもあるからな。そしてお前らの経歴からクリフォトが異界の地と関連しているのも、ほとんど確定事項だ。これらを総合するとベルディムが冥府と協力している可能性が上がっているんだ」

「ありえないな」

 

 紅茶を一飲みしてマグを見つめるギガンはきっぱりと答える。ガタイのわりにどこか気の抜けた印象を抱かせる彼らしくない言いぶりに、一行は怪訝そうに目を合わせる。傍若無人な気質と経歴を持ち、ゼノヴィア達からの話ではとにかく戦いたがっているような狂気を持ち合わせていたような男、それがベルディムだ。冥府と繋がっていたとしても別に不思議ではないだろう。

 しかしギガンはそれをハッキリと否定した。もちろん、襲撃時に死神をひとり倒したことも踏まえると、彼の言葉も完全に否定はできないのだが…。

 これにはリアスも眉根を上げて静かに問う。

 

「ずいぶんとハッキリ言うのね。なにか確証があるのかしら?」

「単純な話だ。ベルディムは俺らと一緒に来なかった。ブルードが先にスカウトされていたからな。あいつは意地でも同じ陣営に行かないだろう」

「そういえば、アリッサもスカウトされたけど行かなかったって話していたな。しかしそれだけじゃ…」

「クリフォトの俺がいたチームは、サザージュが独自で動いて確立した。リゼヴィムも邪龍も関わらせなかった。少なくとも冥府と繋がる術はない。加えて、あの男が外の者と手を組むことは性格的にありえん。実力と狂気だけでなく、プライドもある厄介な奴だからな」

「しかしお前は協力した」

「サザージュにな。だが所詮は引き抜きの範囲内だ」

 

 大一としては、サザージュがどのようにギガン達を説得して協力関係に持っていったかは想像できないわけでなかった。違いはあれど苦しい過去を持つ彼らに、勝るとも劣らない痛みを経験してきたサザージュならば説得もできただろう。それを言及したい気もするが、話が逸れるだろうと思い大一は口をつぐんだ。

 一方でリアスは腑に落ちない感情を隠さずに、疑問を投げかける。

 

「コカビエルの話を踏まえて、三大勢力では異界の地に強力な組織や実力者がいると考えているわ。さっきからあなたの話を聞いていると、ベルディムは単独で動いているように思えるけど、他の組織と協力している可能性は無いのかしら?」

「…俺には想像つかんな。あいつは常に喧嘩を売ったり、暴れているような男という印象だ」

「組織の否定はしないのね」

 

 マグの中身に目を落としていたギガンはわずかに顔を上げると、リアスの挑戦的な表情を見る。これには彼も少々面くらったようで、一瞬だけ唇の動きが止まったようであった。しかし間もなく紅茶に口をつけると、ゆっくりと言葉を噛みしめるように頷く。

 

「ああ、否定はしない」

「教えてくれるかしら?」

「構わんが俺から説明できることはほとんどない。関りが少なかったし、俺は独立者だからな」

「独立者ってどういうこと?」

「あの地には3つの勢力があるが、どこにも属していない奴らをそう呼んでいる。俺やベルディム、アリッサなんかもそうだな。そしてサザージュに引き抜かれたクリフォトのメンバーもそうだ。…いや無角は違うか」

「他にもそういった実力者がいるのかしら?」

「これで全員だ。あの地には魔力によって独自の進化を遂げた狂暴な魔物が多い。勢力の傘下にいなければ襲われるだろう。だがそいつらが来ても潰せるほどの実力がある奴らがそう呼ばれている。ブルードなんかは能力で認識を変えて、何匹か支配していたほどだ」

 

 一行の脳裏にブルードこと大天使ハニエルが使役していた魔物が数匹呼び起こされる。特徴的かつ一筋縄でいかない相手であったことを踏まえると、あれがそこら中にいれば気も休まらないことは想像に難くなかった。加えて大一は次元の狭間から迷い込んで気絶した際に、その魔物たちに見つからないで済んだことに内心ホッとしていた。

 今度は朱乃が考えを巡らせながらふと呟く。

 

「3つの勢力って三大勢力みたいなものかしら」

「違うな。そもそも種族で区別していないんだ。それぞれ支配する者が長年トップにいて、流れ着いた者達を傘下に入れているだけだ。互いに敵対しているわけでもないが、必要以上に干渉もしない」

 

 この説明に、一行はどうも良いイメージがつかなかった。異界の地に流れ着いた者は過酷な経験をしている。そんな者達をさらに支配下に置くというのは、更に追い打ちをかけているような気がした。実力がものをいう悪魔の世界であるが、旧魔王時代では古くからの名家のみが力を振るう時代でもあった。そういう意味では、どこか古き慣習を思い起こされてしまう。

 そんなリアス達を気にせずに、ギガンは話を続けていく。

 

「異界の地の中心部にひとつ、そして異界の地にある2つの出入り口にそれぞれ拠点を構えている」

「ちょ、ちょっと待て!あの地って正式な入口があるのか!?」

「当然だろう?」

 

 ギガンは意外そうに眉を上げながら答えるが、彼の発言はかなり重要なものであった。異界の地の明確な場所は、三大勢力にとって戦力の調査に劣らないほどの重要事項であった。場所が分かれば対策を立てやすい。彼がハッキリと入り口があることを示したのは、非常に有益な情報であるのは間違いなかった。

 だがそれを察したのか、ギガンは首を横に振る。

 

「俺に訊こうなどと考えるなよ。まず答えようが無い」

「どうして?あの地にいたあなたなら…」

「俺はサザージュの誘いに乗るまで、1度もあの地から出たことが無かった。内側から何度か見たが、どこに繋がっているのをそもそも知らん。それにサザージュが入ってきたルートも知らんし、出る時はブルードが用意した一本道だったからな」

 

 情報を得られなかった落胆とこれまでのギガンの説明から抱く納得感の両方は、屈強な身体のごとく動じない言い方には説得力が感じられた。

 さらにギガンは説明を続けていく。

 

「それにこれはお前たちにも利がある。場所が分かれば、必ず攻め入ろうとする奴らはいるだろう?」

「否定できないな。明確に敵対が決まっていないとは言え、先手を打つために行動したりする人がいる可能性は十分ある」

「まあ、あなたにとっては当然ね。仮にも慣れ親しんだ地を荒らされたくないと思うのは」

「そんな感傷的なものじゃない。あの地に住む勢力とやり合って見ろ。戦争状態になるのは明白だ。特にそれぞれのトップ3人は格が違う。あれはもはや生物の枠を超えているような奴らだ」

 

────────────────────────────────────────────

 

 1時間近くの話し合いを終えた一行は、ギガンに別れを告げて帰路へとつく。脱走防止のため特殊な結界を周囲に張っているため山小屋から1時間近くも歩かないと転移魔法陣の下にはたどり着かない。

 体力と時間が消費されるが、行きの道中とは違ったベクトルで思考の渦へと飛び込んでいた。

 

「思った以上に話してくれたわね。意外だったわ」

「僕はどこまで信じていいものか懐疑的ですよ。その勢力について、彼は知らないと一点張りでしたから」

 

 リアスの拍子抜けしたような言い方に、祐斗は小さく首をかしげる。異界の地に正式な入口があること、支配する3つの勢力、独立したメンバーたちとギガンから得た情報は確かに貴重であった。

 しかし同時に不全感も抱いたのは事実であった。情報の詳細…勢力の具体的な戦力や支配者がどんな人物か、ベルディムの動向など肝心なところは不明なままだ。経歴から不信感を抱いてもおかしくない相手のため、落胆と不信も感じたのであった。

 

「本当に知らない可能性もある。あいつはアリッサやベルディムと同じように独立していたんだろう?だったら、それぞれの勢力に関して知らなくてもおかしくない」

「大一、あっさり信じすぎじゃない?」

「いや、道理が通っていると思っただけですよ。サザージュがスカウトしたのがどこにも属していない連中たちなのは間違いないでしょう。少なくともアリッサはどこかに属しているとは思えない生活でしたし」

「まあ…私たちが戦った相手も全員が命を懸けていた印象だった。どこかの勢力について命令でクリフォトに、というのは納得できないのよね。そんなことをやっていればお粗末すぎる。だとしても、あんなにあっさり口を割られても裏があるように感じるの」

『僕はお前らの態度のおかげだと思うがね』

 

 リアス、朱乃、祐斗は不思議そうに大一へと視線を向ける。彼も自身の身体から発せられた甲高い声に驚き、肩から飛び出て来たシャドウを横目で見た。

 

『巫女が茶の淹れ方を教え、聖魔剣使いが意見を尊重し、グレモリーが尋問の相手として対応する。大一はあいつを出すために身体をかけて、上層部にもろもろ掛け合ったんだぜ。あいつの経歴は詳しくないが、人として尊重されたのは珍しかったんじゃないかな』

「それだけでそこまでなるかしら?」

『なる奴だっているさ。まともに扱われるってのは特別なことなんだよ』

「…わかるよ。だが皆が同じとは限らない」

 

 シャドウの発言に、祐斗は静かに同調しつつも憂い気に呟く。どこか重い空気感がじっとりと出てくる汗と共につたっているような中、一行は山道を下っていくのであった。

 




オリ敵を出さないと持たない…。


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第36話 はみ出し者

思い悩む神器といつも通りのオリ主です。


 この日、大一は生島から依頼を受けて店に来ていた。依頼内容は生島が風邪を引いたため、店内の掃除をして欲しいというものであった。背中からはシャドウによって大量の腕が生成されており、それぞれが伸びて作業を行っていた。スポンジを使って皿を洗い、グラスを丁寧にしまい、布巾でテーブルを綺麗に拭いていく。そして本人は床のモップがけをしていた。

 

『また文句だぜ…アジュカ・ベルゼブブがいなかったとはいえ、あそこまで小言にさらされる筋合いは無いだろう。情報はそれなりに得たのに』

「仕方ない。そう思われたんだから」

 

 シャドウのつぶやきに、とりなすように大一は答える。先日にギガンから得た情報をまとめて上層部に報告したのだが、彼らの評価は手厳しかった。正確な場所、具体的な勢力の把握、ベルディムの目的など欲しがっていた情報の核を得られなかったことが原因であった。これについて、ギガンの解放が間違いだった、未熟であることを自覚しろ等と例によって批判の的になった。

 

『古い時代の貴族どもめ…そんなに情報が欲しいなら自分たちで尋問すればいいだろうに』

「それで今まで口を割らなかったのだから仕方ない。そもそもギガンの件は、もろもろ俺が引き受けることになったんだから」

『ちっ…今思えば仮釈放の件がとんとん拍子にいけたのは、変な責任を取らずに情報収集できるって踏んでいたからなのかな。利用されるのもコリゴリだ』

 

 ビキビキと血走った目がいつもより飛び出ているように見える。ここまで怒りを露わにすることは珍しくなかったのだが、作業中のコントロールにも影響する時があるので問題であった。戦闘の場合はむしろその苛烈さは武器になるものの、家事などの細かな作業ともなれば一苦労だ。

 こんな愚痴を流しながらも作業を続けていくと、生島が奥の階段から降りてきた。マスクをしており、夏場にはそぐわない長袖のシャツを着ていた。

 

「大一ちゃん、あまり無理しなくていいからね」

「もう終わりますから、大丈夫ですよ。生島さんこそ無理しないでください」

「昨日まで弟の嫁に看病してもらってかなり回復したから大丈夫よ。全快まであと少しってところね。これならロスヴァイセちゃんたちの試合に間に合うわ」

 

 自身の元気をアピールするかのようにぐっと拳を握る。いよいよ数日後に行われる一誠とヴィーザルの試合に、彼もレイヴェルを通してチケットを入手して観戦に行くことになっていた。悪魔の実情を知っているからこそ許されており、すでに差し入れなども考えているほどだ。

 間もなく掃除を終えて、用具も片付け始めようとする頃、生島が声をかける。

 

「これから卵酒を作ろうとしていたの。寝る前の一杯にね。大一ちゃんたちもどう?度数も大したことないし、ゆっくり眠るのにもおすすめよ」

『僕は度数が強い奴の方がいいなぁ』

「シャドウ、失礼なこと言うな。すいません、生島さん。いただきます」

「任せなさいな」

 

 鼻歌を歌いながら、生島は手際よく作っていく。席について数分後、人数分の卵酒が入ったマグカップが配られ、暖房とは違った温かさが感じられた。

 生島は一口飲むと、大きく息を吐いて口元を緩める。

 

「ふぅ…いい感じ。風邪を引いたときにはこれに限るわ。まあ、ロスヴァイセちゃんの気持ちを温める差し入れになるかは微妙でしょうけど」

『差し入れに卵酒って、聞いたことないよ。だいたいなんでお前が心配するんだ』

「私とロスヴァイセちゃんの仲よ。心配は必然なんだから。お見合いの件だって、すっごく思い悩んでいたようだし…」

『あー、まだ聞いていなかったのか。その件は解決したぜ』

「えっ、本当!?ロスヴァイセちゃん、どんな感じだった!?今は大丈夫なの!?」

『まあ、いろいろあったけど大丈夫だよ。な、大一。…大一?』

 

 右肩から伸びたシャドウはマグカップを持ちながら、反応がない宿い主に不思議そうに呼びかける。呼びかけられても大一は何も答えずに、口につけていたマグカップをゆっくりとテーブルに置くと、タイヤの空気がゆっくり抜けるような息を吐いていく。そして間もなく、頭からテーブルに突っ伏してしまった。

 ズドンと頭を叩きつけるような音が鳴り、シャドウも生島も目を見開いて驚いた。

 

『ぬおっ!?大一、大丈夫か!?おい、カマ野郎!飲み物に何を混ぜたんだ!』

「そんな変なことするわけないでしょう!大一ちゃん、どうしたの!?気分悪い?」

『…いやちょっと待った。もしかして…』

 

 シャドウが生島に呼びかけて静かにさせると、大一の口から奇妙な音が聞こえる。それが寝息であると気づくのに時間はかからなかった。

 

『…まさか酔って眠ってしまったのか?』

「うそでしょう…。アルコールは火にかけてしっかり飛ばしたわよ。そりゃ、ちょっとくらいは残っているかもしれないけど」

『大一が父親と酒を酌み交わすことになる日は来ないかもな』

 

 シャドウと生島の見立ては正しかった。ほんのわずかに感じられる程度のアルコールが残っていた卵酒を飲み、大一はすっかり眠り込んでしまった。たった一口であったが、彼にとっては致命的なほど身体に合わなかったようだ。

 呆れた様子でシャドウは触手を伸ばしていき、ポケットからスマホを取り出して操作する。

 

「何をやっているの?」

『迎えを呼んでいる。さすがにひとりじゃ帰れないだろうし…これで良し。来るまで待たせてもらうよ』

「ええ。それは構わないわよ」

 

 唐突のことに妙な空気感が蔓延するかと思われたが、互いに卵酒をぐいっと飲む(シャドウの場合は黒い部分に入れるだけといった様子だが)とその口は饒舌さを取り戻した。

 

「しかし大一ちゃんがこんなにお酒弱いなんて思わなかったわ」

『これで酔うなんてな…いや、日頃の疲れもあったかもしれない。ここ最近はちょっと忙しかったし』

「お仕事、大変そうだものね」

 

 うんうんと頷く生島に対して、シャドウは渋い感情が芽生えていく。大変という言葉で片付けていいものか、そんな思いを主張したかった。自身の相棒の苦労を何度も目の当たりにしてきた身としては当然の反応ではあったが、同時に別ベクトルでもやもやした感覚がシャドウに行きわたった。

 それについて疑問を感じつつ言葉をぐっと飲み込むと、冷静に話を展開していく。

 

『仕事はもちろんだが、いろいろあったんだ。それこそさっきの見合いの件だが、相手の説得をしたのは大一なんだ』

「そうだったの…あれ?でも相手って神様よね。どんな説得したの?」

『なんつーかな…相手は戦うことを望んでいた。いやそんな危ない相手というわけじゃない。こっちの覚悟を試しているような感じだった。それでも壮絶だったけど』

 

 あの戦いはシャドウにとって今まで経験した中でも、トップクラスに凄まじかった。神相手の攻撃は嵐のごとく激しく、機転の利かせ方や動きのコントロールなど、あの短時間の戦いで衝撃を受けた点を数え上げたらキリがないだろう。神との格の違いをたしかに感じたのであった。それを改めて自覚すると、先ほどのもやもやした感覚がより強く己を覆っていた。

 

「もう…話し合いじゃダメだったの?」

『それで済んだら、僕らが出張ることもなかったさ』

 

 卵酒の残りを一気に煽る。神器であるシャドウに食事はいらないが、酒は持ち主と舌を共有しなくても風味を感じられるため好んでいた。

 それを飲んでも、いまいち気分が晴れない。ほとんどアルコールが飛んでいるからとも思ったが、もっと強い酒でも変わらないような気であった。先ほどから芽生えたもやもやした感情が振り払えない。いや本当に先ほど芽生えたものだろうか。ずっと理解していながらも目を向けてこなかった、それでいて馴染み深い感情は気分の良いものでなかった。

 するとシャドウの前に琥珀色の液体が注がれたショットグラスが置かれた。

 

「はい、シャドウちゃん」

『なんだよ、頼んでないぞ』

「作った卵酒が1杯分しか残っていないの。だから私の一杯に付き合ってもらうことでのおごり」

『よくわからないな。貰えるなら貰うが…』

「どうぞ。でもそんな怖い目をしていたらお酒の味も半分になっちゃうわよ」

『この目はもともとだ!』

「そうかしら。クワって力が入っているように見えるわよ。それに神様と戦っていうのに、いつものように自慢しないじゃない」

『そんな下らないこと…!』

 

 血走った目をさらにしかめるが、言葉を詰まらせていた。この指摘が正しいことはシャドウ自身がよく理解していた。

 ヴィーザルと戦った際に痛感した激しい実力差はきっかけでしかなかった。相手の強さを知るほどに、その神が一誠やリアス達を認めていること自体に一種の絶望すら感じたほどだ。彼らは強い。大一の過去を知り、共に戦うことで、その強さや才能が本物であることは不本意ながらも実感した。いずれ超えると決心した相手は、遥かに遠い存在であった。

 だがそんな中でもっとも驚いたのは、相棒である大一の反応であった。あれほど叩きのめされても、折れることなく全力で立ち向かっていく。弟の赤龍帝にも劣らないタフな精神力は想像を上回っていた。超えるべき相手がどれだけ遠かろうと、腐ることなく歩みを止めなかった。彼はとっくに決心をつけていたのだ。それに比べて自分は…。

 

(頼んだぞ、シャドウ)

 

 別れ際に託されたディオーグの言葉が想起される。付き合いは短いものの、あれほど実力と傲慢に満ちていたはずの龍が託してくれたものは響いており、同時に期待に応えられないもどかしさを感じていた。

 同じ意識を持つ神器なのに、どうして赤龍帝や白龍皇のように特別な力がない。どうして神滅具には選ばれず強力な支援が受けられない。抱く嫉妬はすさまじく、それ以上に自分が情けなかった。劣等感を隠すために口を開けば文句ばかり、特異性は心に負担を与えるもので耐性を持つ大一だからなんとか扱えているだけ、考えれば考えるほど無力であることを痛感し、相棒や他の強者を知るほどに情けなくなってくる。

 もっとも本音を口にするのは不本意な上に、生島に見透かされるのも癪であったので、何も言わずに酒を一気に飲み干す。

 

『ふぅ…こんなふうに気にかけられるのは変な感じだ』

「イヤだったらごめんなさいね。けっこうお節介なの。それに去年の今頃もあなたと同じような目をした人がいたから気になっちゃったの。すごく力が入っているんだけど、哀しそうな雰囲気の」

『お前のところの客と同じ扱いかよ…』

「んー、お客とは違うかしらね。とにかくその人もいっぱい抱え込んで悩んでいたわ。それこそ見てるこっちも苦しくなるくらい。しかもその後に人生を左右するほど苦しい経験をしたわ。言葉通り死にかけるほどと聞いているの」

『…そいつ、どうなった?』

「お友達の力を借りながらも、乗り越えたわ。それに成長した。小さくても力強い成長よ。だから私は思うのよね。悩むことは悪くないの。悩んで悩んで悩んで…それでひとつ答えを出すことって素晴らしいことじゃない。それが良いことでも悪いことでも、その人にとっては確かな成長に繋がるのだから。…ちょっと説教臭いけど」

 

 生島の指す人物はシャドウも察しがつく。彼がどれほど苦しんでいたかは、ちょうどその時に憑いていた自身もよく理解していた。己の無力さを嘆き、心が塞ぎこんでいき、負のスパイラルに陥っていく、考えてみれば当時の大一と同じような心境になりかけていた。もっともそのおかげで強化されていたのだが。

 

『…待てよ。つまりそれって』

 

 シャドウのつぶやきは続くことは無かった。扉近くで急に魔法陣が展開されたかと思うと、転移の光が部屋を満たしてロスヴァイセが現れたからだ。

 

「失礼します。大一くんの迎えに来ました」

「あら、ロスヴァイセちゃんだったのね。忙しいところ、ごめんなさいね」

「いえ、私の方は大丈夫ですよ。先ほど特訓も終わりましたし、生島さんにも渡したいものがあったので」

 

 ロスヴァイセは持っていた紙袋を手渡す。中には経口補水液や果物ゼリー、大きめのタッパなどが入っていた。

 

「差し入れです。タッパの方は蒸し鶏のサラダを作ったので、あとで食べてください」

「ダメだわ…生島さん、泣いちゃいそう。次の試合までに絶対に応援に行くからね!」

「ありがとうございます。とても励みになりますよ」

「本当にいい子だわ…!こんなの泣きそうにいぃぃぃぃぃん!!!」

 

 本当に病み上がりなのかを疑いそうになるほど、生島の目から滝のように涙が流れる。涙と鼻水にまみれた強烈な絵面にはロスヴァイセもシャドウもさすがに引き気味となり、早々に視線をいまだに眠り込んでいる大一へと移した。

 

「ほら、起きてください。お仕事に来て眠っちゃダメですよ。それにしてもどうしてこんなことに?」

「ずず…ぐひんっ…進めた卵酒を飲んで寝ちゃったのよ。しかも一口で」

『お前とは別ベクトルで酒に弱かったってことだ』

「そ、それは関係ないでしょう!」

 

 恥ずかしそうに言いよどみながら、彼女は大一を半ば強引に起こし上げる。女性陣の中では長身であるため、肩を貸すのもそこまで苦ではなかった。

 

「よいしょっと…それでは失礼します」

「お疲れさま。少しだけでもロスヴァイセちゃんと話せてよかったわ。大一ちゃんのことをよろしくね。ついでに介抱してあげたことを、あとでそれとなく伝えれば好感度アップも間違いなしよ!」

『余計なお世話さ。こいつらの関係はちょっと前から進展しているし』

「…それ初耳だわ」

 

 茶化した話し方はシャドウにとって日常茶飯事であったし、仲間や親しい人物の間柄では大して気にも留められていなかった。

 しかしこの発言については、生島がピクリと眉を上げて反応する。病み上がりであろうが断片的な情報であろうが、これまでの契約からスルーして話を進めるなどという事は不可能であった。

 それをすぐに察知したロスヴァイセも耳を真っ赤に染めながら、逃げるように展開させた魔法陣で転移を始める。

 

「そ、それじゃ、私たちは失礼します!生島さん、お大事に!」

「ちょっと待って!えっ、どういうこと!?ねえ、ロスヴァイセちゃんと大一ちゃんもしかして…本当に!?」

「あとでちゃんと説明しますから!その…大一くんも起きている時に!」

「絶対よ!じゃないと、興奮で熱が再発するかもしれないわ!いやでも経緯だけでも知っておきたーい!!」

 

 騒がしい別れであったが、大一の方はまるで起きる様子もなく翌日に頭痛と格闘するはめになるのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 冥界の魔王領土に設けられたアザゼル杯の選手村には参加するチーム選手たちの宿舎がある。その一角にて赤銅色の髪をした青年…バルベリスが「赤い龍と白い龍」という本を読みふけっていた。すでに多くの本を読破しておりこの本も同様であったが、気がつけば再びページをめくっていた。

 ハーデスが自身を二天龍と戦わせたいと考えていたから興味を抱くのだろうか、そんな想いが巡るもののすぐに振り払った。たしかに戦ってみたい願望はあった。二天龍はかの最強の存在オーフィスによる加護があり、超越者としての力をぶつけるには充分であったからだ。

 しかしそれをハーデスの企みで行うとされるのは、腑に落ちない。あくまで自分の意思としたかった。それとも彼を父と考えれば納得できるのだろうか。いや彼はまた別の存在だ。彼自身も否定したのだから、それを考えるだけ無駄というものだ。

 クリフォトが冥府に隠していた研究所。そこでリリスと旧悪魔の遺伝子によって超越者として生まれた彼は、家族という存在に想いを馳せていた。人工的に生みだされた自分の家族は誰になるのか。特に父親という存在は気になって仕方がない。己の生まれを確立したいからか、超常的な力を持つことへの期待か、理由などいくらでも挙げられるが、その興味は心を大きく揺さぶるのであった。やはり先日指摘されたように、父探しというものは決行するべきではないだろうか。

 

「うーん…」

「本当に飽きないね」

 

 考えを巡らした声が漏れ出ていると、翡翠色の髪をした女性…ヴェリネが部屋に入ってくる。10万体も創られた人工悪魔の中でも唯一彼と同様の実力…超越者クラスの存在である彼女は一種の同志とも言えるだろう。

 積み上げられていた本のタイトルを見て小さく息を吐く彼女に、バルベリスはふっと笑みを浮かべる。

 

「俺たちの境遇なら別におかしくないだろう?」

「否定はしないけど、あんたほどのめり込まないかな。いや今はどうでもいいや。それよりも先ほどハーデス様から連絡があったらしいの。数日後の赤龍帝達の試合で───」

「介入するのか?」

 

 不満を隠さずにバルベリスはむすっとしながら問う。ハーデスが自分たちと二天龍を戦わせることを望んでいたのに、このタイミングで邪魔をすることには疑問しかなかった。

 彼の苛立ちをすぐに把握したヴェリネは首を横に振って否定する。

 

「外野の方で動くけど、私たちは一切関わらないようにってお達しよ。試合にも一切介入しないし」

「ハーデス様は何を目論んでいるんだ?」

「私も具体的なことは聞いていないし。ただ失敗作たちが動くって」

「ああ…」

 

 会得したように頷きながら、彼は再び本へと視線を戻す。彼らが動く以上、標的は想像つく。もっともこのタイミングで仕掛ける理由は見当もつかなかったのだが。

 




そういえば24巻のラストをオリ主視点にしたからバルベリスたちを描写したのは初めてでしたね。


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第37話 裏方

さすがに試合そのままということはありません。


 赤龍帝と神々の対決、この試合は始まる前から熱気に包まれていた。優勝候補筆頭である神々のチームの実力は疑いようもない。しかも今回の会場は北欧神話の世界ヴァルハラにある巨大スタジアム。つまりヴィーザルたちにはホームであり、その応援は想像を超えていく。それでもこれまで数々の奇跡を引き起こしていた一誠たちにもおのずと期待がかかっており、大会の中でも随一の盛り上がりと言っても過言ではないだろう。

 試合当日、一誠率いる「燚誠の赤龍帝」チームは控え室にて、仲間たちから激励を受けていた。

 

「この場合の動き…必要ならば足止めするのは…」

「落ち着いて。レイヴェルの戦略をイッセー先輩も信頼しているんだから。それにみんながいるでしょ」

 

 ぶつぶつとルールや戦略を復唱するレイヴェルに小猫が励ますように語りかける。今回のルールはまだわからないものの、これまでの試合と同様に彼女の戦略に疑いを持つ者はいなかった。そして彼女も応えるように考えを練ってきた。

 また今回の試合にあたり、チームメンバーにロイガン・ベルフェゴールも入っている。王の駒を使用した不正の過去はあるものの、かつてレーティングゲームで上位にいた経験と元来の実力は確かであった。

 少なくとも出来ることは全てやったという自負が一誠たちにはあり、それは一緒に特訓していたリアスたちも理解している。

 それでもこれから戦う相手は格上ばかりであり身体は否応なく強張ってしまう。加えてここ最近の別勢力の介入も警戒しており、そのため各々のやり方で気持ちを落ち着かせていた。ゼノヴィアとイリナは同じ「騎士」である祐斗やリントと話し込んでおり、アーシアはウトウトしている使い魔のラッセーを撫でていた。

 

「大丈夫よ、あなたたちなら勝てるわ」

「ふぅ…ああ。勝ってくる」

 

 緊張感が張り詰める中、リアスの激励に一誠は自信を込めるように拳を握って答える。2人の関係からは今更なやり取りであったものの、言葉にすることで信頼がより確固たるものに感じられる。

 その一方で、少々騒がしく感じるのはロスヴァイセたちの方だ。

 

「私お手製のはちみつレモンとおにぎり…疲労回復やエネルギーの供給にバッチリと思ったのよ。でも途中で食べられないなんて…!スポーツと同じ感じだって聞いていたからハーフタイムとかあると思っていたのに…!」

「生島さん、そんなに泣かなくても…。差し入れ、とても嬉しいですよ」

「ごちそうさまです」

 

 悔しそうにしている生島に、ロスヴァイセと百鬼が礼を言う。悩みぬいた差し入れに彼自身は納得していない様子であったが、実際のところはそれなりに好評であった。

 

「むぐむぐ…久しぶりにこういうの食べたけど美味しいね」

「私の国でも日本食を出す店はありますが、こっちの方がいいですよ」

 

 ロイガンやエルメンヒルデは食べながら感心していたし、ボーヴァは力をつけようとしているのか一心不乱に食べていた。

 

「…そういえば、大一ちゃんの姿が見えないわね」

「お仕事ですわ。今日は招待されている上役の護衛で会場にはいるはずなんですが」

 

 きょろきょろと辺りを見回す生島に、朱乃が顔に手を当てながら答える。この日も大一は早朝から出払っており、他の護衛と打ち合わせや会場の見取り図を確認などを行い、上層部の護衛についていた。いかんせん、一誠たちが起きてくる時間辺りにはすでに出ていたので、誰も顔を合わせていなかった。

 これには応援に来ていた兵藤兄弟の父も首をひねっていた。

 

「正直、心配になるんだよな。あれで身体を壊さないものか…」

「お父様としてもご心配でしょうね。私も依頼者として、そのお気持ちはよくわかります」

「ありがとうございます、生島さん。今後ともウチの息子たちをお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。ぜひ奥様と一緒にお店にも来てくださいな」

 

 すると扉をノックする音が聞こえ、恐縮したような様子の大一が入ってきた。まさか会話の人物がいきなり現れたことに驚きつつ、朱乃が声をかける。

 

「大一、お仕事は!?」

「許可をもらって、ちょっとだけ抜けてきた。ほら、試合なのに朝は声もかけられなかったし。あっ、生島さんも…先日はご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「そんなことどうでもいいのよ。それよりもお仕事大丈夫?無理していない?身体はきっちり休めないとダメよ」

『おい、オカマ野郎。お前と話し込んでいる暇はこっちに無いぞ』

「おい、シャドウ!も、申し訳ありません!」

「いやいや、まったくもってその通りだわ。私の悪いお節介が出ちゃったわね」

 

 申し訳なさそうに生島に頭を下げると、大一は一誠へと目を向ける。

 

「とにかくヴィーザル様はお前の全力をお望みだ。胸を借りるつもりでやっていけ」

「元よりそのつもりだぜ。今回は兄貴にいろいろ任せてしまったからな。期待に応えられるようにやるよ」

「それを聞いて安心した。外野の方は気にせずにやってくれ」

「お兄さん、それって誰かが試合を邪魔しようとしているってこと?」

 

 祐斗たちと話していたイリナが質問するが、これに対して大一は小さく首をかしげる。

 

「いや警戒するに越したことはないってだけさ。リアスさんたちの試合では冥府が邪魔しようとしたし、異界の地の連中も動いていただろ。あの一件以来、どの試合でも警備や周辺の感知は強化されている。ましてや、この試合では冥府も目をつけているであろうメンバーが出るからな」

 

 先日にタナトスの襲撃を防いだ一誠たち、いち早くハーデスの動きを察知していたヴィーザルとアポロンというように冥府側が警戒するであろうメンバーが出場する試合だ。冥府の思惑はいまだに把握しきれないが、ここで手を打ってきてもおかしくないだろう。

 一誠を筆頭に何人かが渋い表情になるが、リアスが穏やかに言う。

 

「対策はされているんだから大丈夫よ。そうでしょう、大一?」

「ええ。北欧側も人手を増やしていますし、俺も邪魔はさせませんよ」

「そういうこと。あなたたちはまず目の前の相手に集中しなさい」

 

 彼女の言葉に、一誠は小さく頷く。独立はしたものの、こういった試合前のメンタルの組み方は経験の差を感じるのであった。それが頼もしくもあり、同時によいお手本にもなっていた。自身の恋人のすごさを目の当たりにするほどに、より彼女に惚れ込むのであった。

 そんな中、大一は自身の腕時計をちらりと見る。

 

「おっと、そろそろ行かなきゃ…オーフィス、リリス、父さんたちを頼んだぞ」

「任された」

「頼りにしている。それじゃ、みんな。試合、期待しているよ」

『あばよ』

 

 それだけ言うと、大一はそそくさと去っていく。彼の忙しさは今に始まったことではないので仲間たちはさしも気にしておらず、同時に試合への気合いを入れなおすのであった。

 すると生島はロスヴァイセにこっそりと話しかける。

 

「本当に忙しそう…でもちょっとくらい特別な応援があってもいいと思わない?」

「私は十分されていますよ」

 

 穏やかに答えるロスヴァイセの口元はわずかにほころんでいた。たしかに忙しい彼であったが、朝に会えない代わりに激励のメールが個人的に入っていた。それを確認しただけで不思議と苦しい緊張は無くなり、代わりに勝利への決心が強くなるのを実感していくのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 ユグドラシル・クライム、それがこの注目試合のルールであった。疑似世界樹を駆けあがり、最初に頂点にたどり着いたチームの勝利だ。純粋な競争であったが、それゆえに相手の妨害も重要になる。もちろんゴールにたどり着く前に、王がリタイアすれば敗北になるのも他のルールと同様だ。

 

『まあ、このルールなら混戦になるわな』

 

 シャドウのため息交じりの声が頭の中で響く。試合が始まって30分は経ったであろうか、疑似世界樹の途中に設けられているいくつかの浮島では戦いが繰り広げられていた。大会側も戦えるだけのスペースはしっかり設けており、各箇所でそれぞれが戦うため、どこに注目するか迷ってしまうほどだ。マッチアップとしては一誠がヴィーザルと上の方で一騎打ちをしており、その近くではロスヴァイセとレイヴェルがブリュンヒルデ率いるヴァルキリー軍団と対決していた。それ以外のメンバーは必ず数的有利を取ったうえで戦っているものの、相手はそれぞれアポロン、アルテミス、テュポーンと揃いも揃って神という人数など意味をなさないような相手ばかりだ。

 

(わかってはいるが、戦力差が苦しいな…)

『全体的に見れば…ヴァルキリー部隊がまだチャンスあるくらいだね。それでもどこかで切り崩されれば終わるだろうよ』

 

 落ち着かない感情が胸にそのまま押し込められたような気分であったが、それを表には出さず大一は身にまとったスーツにも劣らないほどのきっちりした佇まいで立っていた。

 場所は悪魔来賓用のVIPルーム。観戦に来ている上層部の護衛として大一は壁際に立っていた。わざわざ足を運んだ上層部は貴族やそれに相応の立場であり、一般観客に劣らないほど試合への期待が高いと言えるだろう。おっぱいドラゴンのファンである者もいれば、一誠たちを快く感じない者もいる。それでもこの勝利が悪魔にプラスの評価を与えるなら、勝利を望むだろう。

 

『ま、試合を見れるなら文句ないけど』

(同意はするが、護衛の仕事もあるんだぞ)

『わかっているさ。しかし屋内で会場警備もかなり力を入れているんだぜ?北欧主導だから、僕らが出張ることもなくないか?』

(気を抜かないべきってだけだ)

『それは承知しているよ。もっとも大一は護衛以外にも、ヴァルキリーのことが心配で気を抜けないだけだろけど』

(茶化すな。俺はロスヴァイセさんも大丈夫だと信じている)

『メールの文面に悩んでいたくせに』

(う、うるさい!)

 

 頭の中で指摘されたことを流そうとするも、顔が火照り赤くなっていくのを感じる。仕方ないとはいえ、女性関係を完全に把握されているのは羞恥心を刺激される。

 

『褒めているんだ。大一が認められるほど、結果的に僕の自尊心も高められる』

(責任も一緒に抱えるとは言ったが、人に依存した考え方はどうかと思うぞ)

『自覚しているよ。だからこそ…ん?』

 

 シャドウの不審な声が響き、大一も同様に眉をひそめて扉の方に視線を向ける。そこでは3人の人物が深刻そうな表情で話していた。ひとりは今回の護衛のリーダー格でもある上級悪魔であり、あとの2人は鎧を身につけており北欧の警備だろう。

 さらに上級悪魔は、護衛対象の貴族に近づき耳打ちをする。豊かな髭をたくわえて少々でっぷりとした体形であったが眼光は鋭く、初代バアルとも繋がりがあるため、この部屋にいる上層部の中ではもっとも影響力の強い人物だろう。

 そんな人物に護衛のリーダーが深刻そうな表情で密談をしている時点で問題の予感がする。そしてすぐに間違いでなかったことが判明するのであった。

 

『部屋の外で話がある』

 

 間もなくリーダー格の上級悪魔の声が耳につけた通信装置から聞こえる。同時に大一の方を見やってあごで部屋から出るように促しており、すぐに従ってこっそりと外に出ると、それに続いた上級悪魔が話を切り出した。

 

「先ほど北欧側の警備で、異界の魔力らしきものを探知した。しかし場所は確証が持てないことから、お前も一緒にいて確認してこい。許可は取ってある」

 

 異界の魔力は隠密性に優れるもののまったく感知できないものではない。しっかりと結界や感知に優れたものが手抜かりなく行えば気づくことはできた。実際、トライヘキサとの戦いでは小猫が気を張っていたおかげで、モックの襲撃に気づくことができた。

 しかし確証があるかは話が別であった。隠密が得意な能力者であったり、感知妨害の手段を講じているのかもしれない。てっとり早いのは、やはり同じ魔力を持つ者同士で引き合わせることであった。

 大一は小さく息を吐く。まだ一誠たちの試合は続いているが、もしも先日のように試合を邪魔しない相手が出ないとは限らない。それこそ異界の魔力を持つ者が潜入してゼノヴィアたちと戦ったのだから。

 後ろ髪を引かれる想いであったが、やるべきことはハッキリしていた。

 

「わかりました」

「よし、なにかあったら連絡しろ」

「こちらです」

 

 北欧側の戦士と一緒に、大一はその場を後にする。せかせかと急いだ足取りの中で、若い戦士が親しげに話す。

 

「いや助かりましたよ。ヴィーザル様の試合、しかもこのヴァルハラの地で問題を起こすわけにいきませんからね」

「おい、ドレッド。私語は慎め」

「お礼ぐらい言ってもいいでしょう、先輩。それに俺としてはD×Dの皆さんには感心しているんですよ。忙しいのに、テロ対策のために奮闘して。さっきもグレモリー家のお嬢さんが眷属さん引き連れて、どこかに行ったじゃないですか」

「どういうことです?」

 

 ドレッドと呼ばれた若い戦士の話に、大一は驚いた様子で尋ねる。

 

「なんか、急用ができたとやらで先ほどに席を外していました。お仕事とかですかね?」

「ちょっとした急用としか言ってなかっただろう。私たちが究明することじゃないし、必要ならば応援を仰いだはずだ」

 

 一誠の試合観戦を放棄するほどの急用というのにはまるで見当もつかなかった。しかも眷属まで連れていくとなると、ただ事でないことが想定される。1年前にも似たようなことがあった。パーティの最中に、当時は敵対していた黒歌と美猴が潜入しており、一誠、小猫、リアスが向かっていた。似たような状況に胸騒ぎを抱きつつ、戦士たちの後に続くのであった。

 

────────────────────────────────────────────

 

 ほぼ同時刻、冥界のグレモリー領にある広大な丘を2人の人物が歩いていた。2人とも黒いローブを着込んでおり、頭もフードですっぽりと覆っている。青々とした自然と優美な景色に対して、あまりにも似つかない不気味さを漂わせていた。

 

「だりいな…。飛んで直接行こうぜ」

「バレて誰か来るから、歩きでないとダメ。せっかく侵入して警備も操ってここまでこぎつけたのに、全部ムダにする気?」

「来たら潰せばいいだろ」

「あのね、今回は戦いに来たんじゃないって説明したでしょ。さっさとギガンを引き戻さなきゃ」

 

 女性の非難的な声色に、男性の方はあくびをかみ殺しつつまるで動じた様子はなかった。

 

「こっちから魔力を強めて呼び出してみるか?」

「それも対策取られていると思うわ。結界に変な術式あったし。そもそもあいつが自由に動けるわけないじゃない」

「そうか?タナトスどもが襲撃した際に、あいつも戦ったらしいじゃねえか。つまり冥界に屈服したってことだろ」

「それこそありえないと思うんだけど」

「だが監獄から移動させられて、おかげで俺らはこうやって面倒なことをやっている。もしかしたら好待遇で、すっかり骨抜きになっているかもしれねえぞ」

 

 半分笑いながら答えており、彼が微塵も思ってないことは明らかであった。

 

「仮にそうだとしても、前とは状況が変わったわ。話を聞けばこっちに来るでしょう」

 

 女性の方もせいぜい取引を持ちかけられただろうと考えており、現在抱えている問題を踏まえればギガンを引き戻せると確信していた。彼が戻れば大きな戦力になり、目的のために貢献してくれるだろう。

 そんな会話をしていると開けた場所にたどり着く2人であったが、そこでピタリと足を止める。眼前には魔法陣が展開されており、間もなく転移の光と共に数人の悪魔が現れた。

 

「さて…貴方たちが何者か、いったい何が目的なのか洗いざらい話してもらいましょうか」

 

 眷属を連れたリアスが睨みを利かせながら問うのであった。

 




徐々に面倒そうな奴らが集結している…。


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第38話 2人組

こういう裏で戦っていたというシチュエーションは好きです。


 予想が的中したことにリアスは安堵と緊張が入り混じった気持ちであった。異界の地がどのように関わってくるかは不明だが、ギガンがグレモリー領にいる以上、どこかで接触してくる可能性は常に念頭に置いていた。そこで大一とギガンには秘密にしながらも、彼ら以外の異界の魔力を持つ者が侵入した際に感知できるように、結界を強化していた。魔力の研究を進めていたアジュカの力も借りており、この感知は見事に成功した。

 すぐに眷属である朱乃、祐斗、小猫、ギャスパーを連れて現場に急行した。自身の領地で起こった問題という自負もあるため、他のチームメンバーは連れてこなかったが、ストラーダには話をしていたうえに、サイラオーグにもいざという時の援軍の打診はすでにしてある。かつてコカビエルが襲撃してきた際のようにプライドだけでなんとかなるとは思っていなかった。

 愛する人の試合を応援できないのは心苦しいが、彼らは必ず勝つと絶対的な信頼があった。だからこそ今はグレモリーとしての責務を果たすことを優先し、D×Dの一員として彼の横に並ぶために仕事を遂行しようとしていた。

 

「念入りにやったのに…甘く見ていたのを実感するわ。まさか赤龍帝の試合を無視するなんて…」

 

 侵入者がため息をつきながらぶつぶつと呟く。目元はローブで隠れていたが、声質的に女性だろう。

 一方で隣に立つもうひとりの侵入者はかなり長身であり、ガタイの良さが見受けられた。そして覗かせる口元は大きく吊り上がり、茶色い歯がむき出しになっている。

 

「いいじゃねえか…」

 

 そのつぶやきと同時に、長身の方の侵入者がローブだけ残して消え去る。間もなくリアスの前方に現れて大鎌を横なぎに振り払い首を落そうとしてきた。

 だが彼女はまったく動じなかった。相手が自分を狙っていることは分かっていたし、同時に騎士も動いていたことに気づいたからだ。

 木場祐斗は素早く2人の間に入り、グラムで大鎌を防いでいた。鈍い金属音が鳴り響き、攻撃を防がれた相手は驚きつつも同時に歓喜を隠さずに笑っていた。

 

「ハッハー!よく防いだじゃねえか!」

「主を守るのが僕の責任なのでね」

「言うなあ、優男!だがこの程度じゃ───」

 

 男は言葉を続ける前に素早く後退してもうひとりの隣に立つ。祐斗が防いでいる瞬間に、朱乃が雷光をビームのように撃ちだしたのだが、感づかれて回避されてしまった。

 一行はローブを脱いだ男を注視する。ライダースジャケットを身につけた長身の男、腕が長く腰には2丁の銃が備え付けられていた。先ほど攻撃してきた得物が死神の大鎌であることを踏まえると、話に聞いていた人物であると理解するのは容易であった。

 

「あなたがベルディムね?アスタロト家の悪魔…」

「勘当された身だがな。しかしよく俺だと分かったな」

「この前、仲間たちに迷惑をかけられたからね。異界の地に住む独立者が何の用?」

「ほう、独立者って言ったが…ギガンから聞いたんだろうな。ってことは、冥界に加担したってことじゃねえか。なあ、アリッサ」

「アリッサ?」

 

 ベルディムは隣に立つローブの女性に呼びかけたが、その名前にはリアスたちも面食らったように反応しつつ視線を向ける。

 呼びかけられた女性は、先ほどよりも数倍は深いため息をつくと絞り出したような声で恨めしく問いかける。

 

「どうして余計なことを言っちゃうの…!素性はバレていなかったのに…!」

「別に困らねえだろ。これからやるんだからな」

「今後に響く可能性があるでしょうが!本当に最悪…!」

「アリッサって…大一を助けてくれた人?」

 

 朱乃の問いかけに、女性は小さく鼻を鳴らしてフードを上げて顔をさらす。少しパーマがかかった金髪の女性は美しくも、どことなく生物的な光が感じられなかった。リアスたちが聞いた話では、人形に魂が宿ったような存在とのことであったため、その異質さが当該の人物である説得力にも思えた。

 さらに猫耳を出して感知している小猫がちらりとリアスを見て肯定するように頷いた。

 

「魔力はありますが、生き物特有の気を感じられません。先輩の話と合致します」

「違うって主張しても信じないでしょうね。いやその猫又がいる時点でごまかすのも無理か…ああ、上手くいかない…!」

「どうしてあなたが…」

 

 リアスは油断なく、同時に不全さを抱きながら問う。無角との戦いで負傷して病院に連れていかれてから医師と最低限の接触だけしており、いつの間にか姿を消していた。そのためこうして顔を合わせるのは初めてであったが、仲間を救い、立場は違いながらもテロリストであるクリフォトには協力せずに敵対していたような女性だ。そんな彼女がベルディムと一緒にこの場にいることが信じられなかった。

 対して、アリッサは苛立ちを隠さない声色で答える。

 

「ギガンに会いに来ただけよ。だからそこを通してくれる」

「会いに来たって…そもそもどうしてベルディムといるの?先日の襲撃はあなたも関わっているというの?」

「どうでしょうね。とにかく今はあなたたちに用は無いのよ。穏便に済ませたいし、退いてくれないかしら?」

「…あなたには仲間を救ってくれた恩があるわ。だからといって、その提案を了承するわけにいかないの。ここはグレモリーの領地、次期当主としてくい止めさせてもらうわ」

 

 リアスは澄んだ声でハッキリと言い放つ。戦いになるのは避けたいが、アリッサの苛立ちとベルディムがすでに武器を構えてギラギラした目をしていることを踏まえると、それは不可能だろう。彼女の覚悟した姿は気高さと頼もしさを感じられ、呼応するかのように周りの4人も警戒を強めた。

 アリッサは深いため息をつくと、隣に立つベルディムに呼びかける。

 

「目的はあくまでギガンとの接触」

「ああ、そうだ。しかし例の件が事実であるなら、ここで潰しておいても良いだろう」

「ベル、まだ可能性の話なのよ?」

「つまり十分にあり得るってことだろ」

「ハア…仕方ない。援軍が来る前に終わらせましょう」

 

 アリッサはローブを取り払うと、魔法陣を展開させる。苛立ちは相変わらずであったが、それ以上に強い殺気をリアスたちに向けていた。

 

「みんな、抑えるわよ!」

『了解!』

 

────────────────────────────────────────────

 

 一方、大一はヴァルハラにて北欧の戦士たちと行動を共にして上空を飛んでいた。異界の魔力らしきものが感知されて調査に出向くも、その場所は会場からある程度の距離がある森林であった。会場周辺には突然の襲撃を防ぐために転移を封じる結界も張られていたので、護衛専用の特別な魔法陣を利用して少し離れたところに転移し、そこから飛んで目的地まで向かっている。

 すでに北欧の警備が対象を追跡しているらしく、大一たちはそれを挟み込む形で動いている。北欧側もリアスたちの試合で起こった襲撃を重く受け止めているのだろう。

 

『大丈夫だって。なんか事情があるんだろうよ』

(ああ、わかっている)

 

 頭の中でなだめるシャドウに、大一は静かに反応する。リアスが一誠の試合を観戦せずに、眷属を連れてどこかに向かったという情報は彼の動揺を誘ったのは事実であった。

 しかし彼女の強さや成長ぶりを目の当たりにしてきた身としては、その行動に意味があるものと確信していた。心強い仲間たちもいることも思えば、目の前の問題に集中することを優先するべきなのも承知しており感知に集中するのであった。

 

「どうですか?」

「この引き合うような感覚は異界の魔力で間違いないと思います。ただどんな人物なのかはわかりませんが…」

 

 共に移動する戦士の問いに、言葉を濁すように回答する。近づいていくターゲットは2人、そのどちらにも微力ながらも磁石が引き合うかの如く、異界の魔力が感じられた。

 とはいえ、それが先日の襲撃に現れたベルディムなのか、はたまた別の人物なのかは判断できなかった。さらに先ほどからの動きも気になった。魔力の性質上、相手も自分を感知しているはずであった。それであれば何かしらの動きを見せるはずであったが、まるで気づいた様子もなく追手の護衛と一定の距離を保ちながら近づいてくる。大一を同じ異界の魔力を持つ味方と考えているのか、それとも…

 

(誘い込まれている?)

 

 ソーナの学校でクリフォトと戦った時のことを思いだす。魔力を持つモックが遠距離攻撃を仕掛け、自分を誘い出したことがあった。それを踏まえると、今回の相手も似たような狙いがあるのかもしれない。それならば囮をした上でスタジアムの方で仕掛けてくる可能性も考えられた。

 そうこう考えているうちに、ターゲットは森の中でいきなり動きを止めた。観念したのか、それとも挟み込まれたことに気づいたのかは判断できないが、大一たちもほとんど距離が無くなったところで一気に降下していった。

 

「追い詰めたぞ」

 

 反対側から最初に追っていた警備のひとりが声を上げる。呼びかけられたターゲットはどちらもローブを被っており顔が隠れていた。だが姿は不明でも、魔力や生命力は感じられる。

 

「悪魔だな」

 

 大一の呼びかけに2人は何も答えなかった。代わりに彼の方を向くと、小さく呟く。

 

「あの痣は傷顔だ…」

「ならば、やることは決まったな」

 

 それだけやり取りすると、片方の人物がローブを脱いで姿をさらす。年齢は若く20代くらいであろうか。中性的な顔だが、ベリーショートの白髪が男性らしさを感じさせる。曹操のように眼帯をしており、妙に袖の長い服を着ており腕が隠されていた。

 

「あたしが悪魔だってよく分かったな」

 

 声を聴いて、この悪魔が女性であることに気がついた。同時にどこか黒い陽炎のような雰囲気があり、より警戒心を駆り立てられる。

 ひとりの戦士が油断なく武器を構えながら問う。

 

「この地に何の用だ?」

「悪魔がヴァルハラに来ちゃいけないってルールは無いだろ?同盟の件だってあるんだから」

「さっきから逃げていた奴の言葉とは思えないな」

「こっちにはD×Dの協力者のおかげで、あんたらが異界の者だって分かっているんだよ。狙いは試合の邪魔か?」

「どうだろうね。だが異界の地ってのは正解だ。じゃあ、次にやることは分かるかな?」

 

 女性が半笑いで言うと、もう一人がローブを脱ぐ。その姿を見た瞬間、大一も北欧の戦士たちもぎょっとして怯んだ。

 顔が無いのだ。頭から毒々しい紫色の触手のようなものが伸びており、それがシャツの襟から見える胸元にまで垂れている。おそらく全身が覆われており、この触手が人間のように形作っているのだろう。そして目も耳も鼻もついておらず、ギザギザした刃のような歯が揃った口だけがあった。

 そのおぞましい姿に怯んだ一瞬が始まりであった。謎の二人組は姿が消し、攻撃へと転じてきた。顔の無い悪魔は両刃の斧を振りかぶり、大一に向けて振り下ろしてきた。

 これに対して、龍人状態へと変化すると同時に生みだした黒い錨で攻撃を防ぐ。想像以上の腕力に後退しそうになるも、すぐに体重を上げて踏ん張った。

 

『これは…!』

「この魔力は引き合うから、不意打ちも対応されるな。しかし他の奴らはどうかな?」

 

 くぐもった低い男性の声で、顔の無い悪魔は言う。それがどういう意味なのかはすぐに明らかになった。

 

「がっ…!?」

 

 反対側にいた戦士の一人が苦しそうに呻く。眼帯の悪魔によって胸部を十字に斬られていたのだ。

 すぐに他の戦士が気づいて攻撃をしかけるも、滑るような動きで回避していった。

 ほぼ同時に顔の無い悪魔にも背後から、一緒に来た戦士が魔法を纏わせた剣と槍で攻撃しようとするが、相手もすぐに気づいて身体を回転させながら斧による旋風で大一ごと薙ぎ払った。

 

『これくらいの風圧なら…!』

「お前は逃がさない」

 

 さらに体重を上げて踏ん張るも、相手は斧を何度も振ってくる。両刃でかなり重そうな見た目はしているが、攻撃速度はかなりのものであった。向かってくる斬撃を錨でいなしていくが、どうも攻め手に欠けるような状態であった。

 

「上々だ、ガルドワン。お次はこれよ」

 

 いつの間にか大きく飛び上がっていた眼帯の悪魔は、袖から大量の黒煙を噴出する。視界は一気に悪くなり、戦士たちもさらに警戒を強めた。ひとりは素早く風の魔法で吹き飛ばそうとするが、粘り気のあるような煙はまるで動じずに周辺の視界を奪っていった。

 

『マズいな…シャドウ!』

『任せなって!』

 

 相手の意図をすぐに察した大一の呼びかけに、シャドウも呼応する。彼の腹部から巨大な黒い腕が飛び出し、ガルドワンと呼ばれた悪魔を正面から掴んだ。そのまま腕を伸ばしていき距離を強引に取らせると、重さを上げて相手を抑えつけた。

 すぐに腹部の影を切り離すと、感知を強めて動いていく。そして煙に紛れて戦士たちを襲っていた眼帯の悪魔に錨を振り下ろした。

 

「おっと、もうバレちまった。まあ、いいさ」

 

 軽快なバックステップで後退した悪魔に追随するように煙も袖の中に吸い込まれていく。視界が晴れると、最初にやられた戦士のほかにも2人ほど倒れており苦しそうに呻いている。

 一方で少し離れた先には不敵に微笑む眼帯の悪魔と、黒影を取り払って起き上がるガルドワンの姿があった。

 

『強いな』

「せ、先輩まで…援軍を呼びます!」

「残念だが、あたしの煙は通信を妨害する。簡単にはつながらねえよ。それにさっさとしないと、負傷した奴らが出血死するよ」

 

 ケラケラと笑いながら眼帯の悪魔が話す。彼女の言う通り、致命傷を負った戦士たちは苦しそうに呻いており苦しさが嫌でも耳にわたる。片腕を切られた一人は回復のために魔法陣を展開させるが、傷口は閉じずに血は止まらなかった。

 ただ相手の魔力を踏まえると、最初の一撃で仕留められたようにも思える。むしろわざと負傷状態にさせて撤退を促しているようにも見えた。

 どちらにしろ怪我人たちを抱えて勝てるほど、相手の実力は甘くない。そうなると彼の行動は決まっていた。

 

『ドレッドさんたちは皆さんを連れて戻ってください。援軍もお願いします。ここは自分がくい止めます』

「わ、わかりました!」

 

 ドレッドともうひとりの戦士はすぐに負傷した仲間を抱えて離脱を図ろうとするが、敵の2人組は武器を携えて接近してきた。

 

「誰が逃がすかよ」

『誰が?決まっているだろう』

『僕らが逃がすんだよ!』

 

 大一は背中から生みだしたシャドウの拳を伸ばし、さらに仙術による火炎で広範囲に攻撃をしかける。敵は向かってきた黒影と炎を防ぐのに足止めを受け、戦士たちはこの場から離脱することに成功した。

 

「あーあ、逃げられちまったよ。仕方ねえか」

『…本気で言ってないだろ。逃げられること自体がお前らの計画のように思える。異界の地関係者のふりまでしてどういうつもりだ?』

「…言っている意味が分からんね?」

『とぼけても無駄だぞ。仮にも幾度となくこの魔力を用いた相手と戦っている。確かにお前らは異界の魔力を持っているようだが…全身ではなく心臓部のみに感じられる』

「だからなんだ?それが異界の地とは無関係ってことじゃないだろ?」

『なるんだよ。そこには他の力も感じられるし、つい最近も同じ魔力を持っていた相手と戦った。お前ら、冥府の悪魔だろ』

 

 先ほどガルドワンと打ち合った時に確信した。相手が胸に宿している異界の魔力を感じられるものからは、他の魔力や怨念の力も感じられた。先日の襲撃で無角の残骸が冥府によって回収されたこと、加えて最近の正体不明の悪魔や一誠たちに宣戦布告した超越者を名のる悪魔のチームを踏まえると、彼らは冥府関係者であると考えていた。

 大一の指摘に、ガルドワンと眼帯の悪魔は顔を見合わせる。

 

「意外と早くバレたな、イータム」

「構いやしないさ。その可能性は考慮していたし、計画に支障は無いんだから」

 

 そう言うと眼帯の悪魔…イータムの袖口から出てきたのは大きな口であった。まるでスライムのようなぶよぶよした肌があり、それに臼のような太い歯がついた口が両手に備わっている。さらに口から赤黒い波状の刃が飛び出てきた。先ほど戦士を襲った得物だろう。

 

「じゃあ、バラバラに刻んで喰ってやろうか」

「俺は全身を潰してから首を切る方がいい」

『やれるものならやってみろ。行くぞ、シャドウ』

『わ、わかった!』

 




ということで、一誠たちの試合の裏で二つの戦いがスタートです。


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第39話 必死

一誠側は原作とほとんど変わらないのでほどほどにして、今回のメインはリアス達の方です。


 爆発音にも劣らない大歓声が包むスタジアム、そこで行われている試合は多くの者を魅了した。疑似ユグドラシルの下方から頂上近くまで、各階層で行われている戦いはアザゼル杯きっての名勝負といっても過言ではないだろう。圧倒的な実力を持つ神々を相手に、世界に名を轟かす赤龍帝のチームが食らいついているのだから。

 その最中、頂上近くでは兵藤一誠とヴィーザルが激しい格闘戦を繰り広げていた。疑似龍神化した一誠が鋭い拳を入れようとすると、ヴィーザルの方は高速で避けてより重い蹴りを放つ。かと思えば、その一撃を受け切ってアスカロンを振り避けようとした相手に、隠し玉であったアスカロンⅡで追撃をしかける。虚を突かれてヴィーザルもダメージを受けるも、力を入れて強引に出血を止めるなど、荒々しくもレベルの高い攻防が展開されていた。

 

「やるやる。神相手に喰らいつきやがって」

「ま、こちらも死ぬ気でいろいろしてきたんすよ」

 

 帝釈天から与えられた秘薬、それが一誠と神器を格段にレベルアップさせていた。思い返せば激しい苦しみであったが、それに見合った効果を確かに感じ取れた。疑似龍神化は1時間以上も続くようになっており、神相手に一歩も引かないほど善戦していた。

 

「ロスヴァイセさんや兄貴のことでいろいろ振り回された分も含めて、全力でやらせてもらいます」

「ハハハ、言ってくれる。しかしお前の兄貴は間違ってなかったな。あんなことはしなくても」

 

 再びヴィーザルが高速で接近したかと思うと、激しい蹴りの連撃が迫ってくる。これに対して、一誠はすぐに両腕を交差させて防御の姿勢を取っていく。

 

(重いッ…!)

 

 一撃が鎧の内部にまで響き渡るような衝撃に一瞬だけ後退しそうになった。

 しかしすぐに踏みとどまり、それどころか前進しようとする素振りさえあった。打ち付ける雨のような激しい攻撃を防ぎ、間もなくわずかに緩んだ隙を狙った鋭い拳の一撃を腹部へと放つ。

 ヴィーザルも咄嗟に気づいてカウンターの蹴りを放ち、互いの攻撃が相手を後退させてふたたび距離を取らせる結果となった。

 

「神とも戦える奴が多くなったな。この戦いで残っているのは、そんなのばかりだ。不安視する神も多いが、俺としては世界が強くなっていくことは悪くない」

 

 不敵に笑うヴィーザルは床を軽く踏んで脚甲を整える。同時に魔力がぐっと高まるのを、一誠は感じられた。

 

「俺らも強くなる機会を貰っているようなものだ。簡単に追い抜かれたら神としての威厳も無い。そしてなによりも…こんな感じで楽しめるしな」

 

 目の前で放たれる強いプレッシャーを感じて、一誠は確信した。ヴィーザルはまだ本気を出していないと。単純に本領を発揮していないのか、それとも他に奥の手があるのか、それはまだわからない。しかし兄と模擬戦をした際にも、底知れなさがあったようだから元々相手の実力を見極めたうえで、さらに仕掛けてくるタイプなのかもしれない。

 これに一誠は臆することはなく、むしろ高揚していた。自分の実力がいよいよ神の本気に差し迫っていること、それほどの相手から認められていること、いよいよ恋人やライバルに並んだことと多くの要因があった。

 同時にごたごたに巻き込まれたことへの想いもぶつけられる状況に、不思議な喜びもあった。

 この試合には必ず勝つ、あらゆる想いが入り混じったうえでその決意は盤石なものとなっていた。

 

────────────────────────────────────────────

 

 同時刻、彼の恋人であるリアスも強敵と対峙していた。もっともその想いは高揚とは真逆で、むしろ舌打ちをしたくなるような疲労感を抱いていた。

 突撃してきたベルディムは祐斗と朱乃がそのまま相手することとなり、リアス、小猫、ギャスパーの3人でアリッサを無力化するつもりであったが…。

 

『くっ…!どうして…』

 

 白音モードとなった小猫が苦悶の声を上げながら、向かってきた刃を掌底で受け流す。彼女に対して、青と白銀の入り混じった鎧騎士が攻撃を仕掛けていた。腕が4本あり、すべてに輝く剣を持っていた。祐斗ほどの剣術ではないものの、それぞれの腕から繰り広げられる斬撃には手を焼いている。

 しかしそれ以上に疑問であったのが、仙術が全く通じないことであった。先ほどから何度も火車で攻撃を行うも、燃え尽きずに浄化の炎をあっさりと払って攻撃へと転じてくるのだ。

 その少し後方では禁手化したギャスパーが闇の獣たちを使役して、大量に展開された刀剣を持った骸骨や拳銃を携えた西洋人形たちを迎え討っていた。

 

『なんて多さだ…!』

 

 相手を飲み込む闇の獣たちをものともせずに、奇妙な骸骨たちは攻めたててくる。何度も何度も飲み込んだり、能力を停止したりして無力化するも、この軍勢はまったく減らなかった。というのも、この軍勢の後方に様々な色の水晶で造られたような長い腕の魔術師が、魔法陣によって骸骨たちを召喚させていた。

 この大元を倒そうにも骸骨たちが肉壁となり、さらになんとか近づいた獣たちも水晶が放つ魔法によって倒されていくのであった。

 このようにアリッサが召喚した奇妙な相手に数的有利は覆されており、リアスは上空にて彼女と一騎打ちをしていた。

 

「いい加減に通してほしいものね」

「無理な相談よッ!」

 

 リアスはハッキリした声で答えながら、アリッサが展開した魔法陣から飛び出してくる巨大な針と複数のメスを、滅びの魔力で消滅させていく。この攻撃の合間を縫うように、炎の渦が蛇のように迫ってくるが、すぐに気づいて魔法陣で防ぎ切った。

 このような防戦一方の状況に小さく息を吐く。あくまで今回の戦闘は相手の無力化であり、しかも周辺の結界への影響を踏まえると、大技の使用は控えるべき状況であった。そのため必殺技でもある「消滅の魔星」は使えなかったし、ギャスパーと距離を取らされた状態では合体技も難しい。

 強くなっている自負はあるものの、それでも崩せない相手に煮え切らない感情を抱いていた。

 

「まったく厄介ね…!」

「その言葉、そっくり返すわよ」

 

 空中に展開させた魔法陣を足場に、アリッサは苛立ちながら答える。彼女の方も秘蔵の人形を使役していたため使える魔法攻撃には制限があり、しかもその人形たちでいまだに相手の頭数を減らせないことに己の未熟さとリアスたちの実力を恨んだ。

 

「同郷の顔なじみに会うだけで、ここまで邪魔されるとは困ったものね」

「元テロリストに会うために、わざわざ結界を潜り抜けて来た相手を通すわけないでしょう。こんなことをして、戦争をするつもり?そもそもギガンの話では、あなたたちは協力関係じゃないのにどうして?」

「知りたいなら力づくでやってみなさいよ。もっとも知ったところでどうしようもないけど」

 

 素早く腕を動かすアリッサの前に複数の魔法陣が展開されていく。見たこともない術式であったが、それぞれの魔法陣から炎、水、雷、風の攻撃が噴き出していく。単純な魔法による攻撃であったが、その速度と威力は目を見張るものであった。

 だがリアスも負けてはいない。相手の攻撃に対応するように滅びの魔力を撃ち出して一気に相殺し、それどころか攻撃を放っていた魔法陣ごと消滅させた。

 これにはアリッサも驚いたようで足取りがふらついてしまい、すぐに後方にいくつかの足場となる魔法陣を展開させて距離を取った。

 

「ならば、その通りにやらせてもらうわ」

 

 静かに、しかし妙に響く芯のある声でリアスは言う。ギガンに接触する理由は不明だが、このまま彼女たちの侵攻を許せば、冥界に混乱を招きかねないような気がした。下手をすれば、また戦争になるかもしれない。それを未然に防ぐためにも、彼女をここで止めなければならないのだ。

 

「ふぅ…さすがは世界を救った悪魔。つくづく自分の弱さが情けなくなるわ。これでも独立者として認められているのに…でもこの戦いは貰ったわ」

「どういう意味?」

「私程度にてこずっているようじゃ勝てないってこと」

 

 アリッサの答えに、リアスは後方の丘で祐斗たちと戦っているベルディムの存在を感知する。アスタロト家の凶弾、先日の襲撃から素性は彼女の方でも調べていた。記録は少なかったものの、無法な性格と道楽という名の問題行為、それらを押し通す実力が垣間見え、厄介者として名を馳せたことを納得させられた。先日の襲撃も踏まえれば、一筋縄ではいかないことも理解している。

 同時に彼女は眷属が負けるとは微塵も思っていなかった。

 

「あの男が危険であることは理解している。でもそっちこそ、私たちを甘く見ていないかしら」

「ただの転生悪魔でしょうに。ベルは物が違う。あいつは天才よ」

「ええ、そう言うでしょう。でも才能なら私の眷属も負けちゃいない。それに何よりも必死で鍛え上げて強くなった」

 

 リアスは挑むような口ぶりで主張する。テロリストたちから世界を守るため、アザゼル杯に勝つため、理由はこれまで様々であったが常に並々ならぬ努力と修業を重ねてきた。その培った経験は自信となり、同時に仲間たちへの信頼にも結び付いていた。

 

「どれだけ才能があろうとも、それに負けないほど努力してきたのが私たちよ。簡単に勝てるとは思わないことね」

 

────────────────────────────────────────────

 

 刃の交わる金属音が、木場祐斗の耳に響く。それに伴って迫ってくる鎌の攻撃を、彼はグラムでいなしていった。振り方こそ雑なものの、力はある上に攻撃速度も素早いため、結果的に防戦一方の状況となっていた。

 

「おらおら!守ってばかりか!」

「しつこいな…!」

「祐斗くん、しゃがんで!」

 

 朱乃の声に応じて、素早く体勢を低くする。それとほぼ同時に雷光が真っすぐにベルディムの顔に向かっていった。

 相手は咄嗟に雷光を鎌で受け止めるが、そこに追撃をかけるように腹部を狙って突きを行った。

 この一撃すらも鎌で防がれるが体勢を大きく崩しており、祐斗はそのまま押し切ってベルディムを後方に吹き飛ばし、丘の岩場へと激突させた。

 

「あれで倒した…とは思えませんわ」

「同意します」

 

 横に降り立った堕天使化した朱乃に、祐斗は答える。前衛を彼が引き受けて、後方から彼女が攻撃する布陣であったが、いかんせん相手も素早さと運動量に関してはすさまじかったため、なかなか攻撃が当てられなかった。そこで先ほどのように祐斗が抑えているところに、朱乃が攻撃を撃ち込むという戦法を取った。

 見事に攻撃は決まったが、どちらも手ごたえはあまりなかった。加えて、先日の襲撃で聖剣の斬撃や神滅具による氷すらも耐えたことを踏まえると、あの程度の攻撃でダウンしているとは思えない。

 案の定、ベルディムはあっさりと立ち上がると値踏みするような視線を向けてくる。妙に光の宿る目は、土と砂にまみれている身体と比べてより輝いているように見えた。

 

「んー…死神の鎌は頑丈だが、どうも使い慣れねえな。やっぱり剣の方が好きだな。よし、決めた。その魔剣を戦利品として貰おう。前の剣もお前らの仲間に折られたからな」

「負けるつもりはサラサラ無いよ。禁手化!」

 

 祐斗の声と共に複数の龍騎士が現れ、一斉に攻撃を仕掛けていく。以前と比べて、自身の技術をかなり反映できるようになっており、連携の幅も広がっていた。3体の騎士が正面から斬りかかり、さらに他の騎士が左右からも時間差で攻撃を仕掛けようとする。

 これに対して、ベルディムは鎌で正面にいた1体を力任せに叩き割った。他の斬撃は受けるもののあまり気にした様子はなく、それどころか破壊した騎士の一部を掴んで、他の騎士を殴りつけ始めた。さらに左右からの攻撃には鎌と奪った剣で防ぎつつ、身体を回転させて一気に蹴り飛ばした。

 

「対応が早い…だったら、手数だ」

 

 祐斗はさらに龍騎士を呼び出すと、再びベルディムへと攻撃を仕掛けさせる。20体はいるであろうかという数が、あらゆる方向から狙っていた。

 

「数だけじゃ俺の首は取れねえぞ!」

 

 ベルディムはさっそく右から来た騎士を蹴り上げる。それを皮切りに向かってくる斬撃をひねって避けたり、鎌や奪った剣で捌いたりと、数の差を感じさせないほどの動きで暴れていった。

 だがこれも祐斗の狙いであった。ここまで戦って分かったのは相手の強みは戦闘センスと身体能力だ。向かってきた攻撃にどう対応すればよいか、それを瞬時に判断して独特の動きで回避しており、攻撃も致命傷にならないように、魔力で身体強化しつつ受ける箇所を選んでいる。戦い方としてはシンプルながらも厄介であった。

 とはいえ、現時点ではリゼヴィムたちのような特殊能力は見受けられない。そのためわざわざ騎士たちで行動範囲を狭めて、強力な一撃を叩きこもうとしていた。

 

「準備できましたわ」

「わかりました。よろしくお願いします」

 

 隣で魔力を溜めていた朱乃が上空に向かって魔力を放つ。すると黒雲が現れてゴロゴロと不穏な音を鳴らしていた。間もなく黒雲から先ほどよりも規模の大きな雷光がベルディムに落ちていく。その威力はかなりのものであり、結界に影響こそ出なかったものの、轟音によって空気が震えているような錯覚を感じるほどであった。

 しかし煙が晴れていくと、そこには煤にまみれながらも余裕な表情のベルディムが立っていた。

 

「ハッハッハー!なかなかの威力だが、見立てが甘いな!これだけ肉壁になるのがいれば、防ぐのにも事足りる!」

 

 そう言って両腕に持っていた騎士の残骸を投げ捨てる。彼は大量に展開された騎士を盾にして、朱乃の雷光を防いでいた。もっとも完全に防ぐことは出来なかったようで身体にはいくらか雷光を受けた跡として煙が上がっている上に、あまりにも強い衝撃がかかったため、左肩が外れていた。それでも声の張りや表情からはまだ余裕を感じられる。

 

「あらあら、まだ私たちの攻撃は終わっていませんわ」

 

 その瞬間、ベルディムの視野外から祐斗が一気に接近する。音で気づくベルディムであったが、スピードでは祐斗の方も負けてはいない。魔剣グラムを使って、師匠直伝の三段突きを叩きこむ。

 朱乃の雷光ですら囮として使った作戦は成功し、咄嗟に防ごうとしたベルディムも防御が間に合わず、まともに受けて再び吹き飛んでいった。

 朱乃は衝撃で砂ぼこりが舞う辺りを油断なく見ながら、息を切らす祐斗に話しかける。

 

「手ごたえはどうかしら?魔力の感覚はあるから死んではいないはずだけど…」

「充分ですよ。これでおとなしくなればいいですけど」

 

 内心、倒れてくれという願いを2人とも抱いていた。この短時間でも分かるほどの凄まじい運動量は衰えた様子が無く、スタミナは一誠や大一すらも超えているように思えた。そんな相手と長期戦を行うのは避けたかった。

 だがその願いは届かず、せき込みながら立ち上がってきた。背中から悪魔の翼が生えており、それをクッション代わりにしたのだろう。もっとも身体の至る所に傷があり、特に左腕は血にまみれている上に不自然に曲がっている。そこまでなっても鋭い歯をむき出しにして歓喜の表情をしていたことに、2人とも背中にゾッと冷えるような感覚が走るのであった。

 

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「ずいぶんな自信ね、リアス・グレモリー。でもまあ…そう思っているなら、ベルには勝てないわよ」

 

 リアスの啖呵にもまるで動じずにアリッサは淡々と言葉を続けていく。

 

「たしかにあいつにはずば抜けた戦闘センスがある。それで悪魔の中でも天才などと呼ばれたこともあったらしいわ。しかし本領はそこじゃない。戦うことが好きで好きでたまらないのよ」

「そういう無茶苦茶な相手ならいくらでも見てきたわ」

「どうかしら。女も酒も好きで、無法なことを繰り返したと思われている。しかしそれ以上に戦うことが好きなのよ。どんなに強い相手でも、どんなに弱い相手でも戦うこと自体が楽しくて仕方ないの」

 

 独立者の中でも頭一つ抜けた強さを持つのがベルディムであった。異界の地に来て間もない頃、彼女も敗北したことがあった。その後、彼の経歴を聞いてその狂気と実力の理由を知るのであった。戦うことをより楽しむには実力が必要だ。それに負けて死んだら戦うこともできない。だから強くなる。そのための努力や修行は惜しまないし、それすらも趣味の一環となっていた。

 

「そんなイカレた奴が負けるわけないでしょう。そして私も───」

 

 アリッサの右手の平に魔法陣が展開される。先ほどの攻防の時よりも間違いなく強力な感覚であった。

 相手の様子にリアスも魔力を集中させる。才能と家柄、血筋が重要視されていた旧悪魔時代の常識から外れた悪魔、奇妙な兵を操る付喪神もどき…少しだけ攻勢に出たところで油断できない相手であることを改めて実感すると、気持ちを引き締めなおすのであった。

 




碌な性格してない…。


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