陰の実力者を諦めて! (リーパ―)
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プロローグ

最近、似たような作品の更新が無かったので、自分の思うがままに書き殴ってみました。一応初投稿なので暖かく見守ってください。誤字脱字は指摘をお願いします。




 きっかけが何だったのかは覚えていない。ただ物心がついた頃には僕はもう『陰の実力者』に憧れていた。

 

 主人公でもなく、ラスボスでもなく、物語に陰ながら介入し実力を見せつけて征く実力者。僕はそんなものになりたいと思い、周りのみんなが夢と現実の間で妥協する中、努力を重ねた。

 

 空手、ボクシング、剣道、総合格闘技、etc・・・・・・強くなるために必要なことは全力で、されどひっそりと習得し、学校ではひっそりと人畜無害な学生を演じた。

 

だがそんな僕もやがて現実を受け入れなくては行けない時が来た。『こんな事をしていても、無駄なのだ』と。

 

巷に溢れている格闘技をいくら習得しても、僕が憧れる物語の世界にいる陰の実力者のような、圧倒的な力は手には入らない。

 

 僕に出来るのはせいぜいチンピラ数人をボコれるだけ。銃のような飛道具が出てきたら厳しいし、完全武装の軍人に囲まれたらお終いだ。 軍人にボコられる程度の陰の実力者……失笑するしかない。

 

 僕がこの先何十年修行しても、たとえ世界最強の武人になれたとしても、おそらく軍人に囲まれたらなす術がないだろう。いや、もしかしたら人間は鍛えれば軍人に囲まれてもボコり返すだけの可能性があるのかもしれない。

 

 しかし仮に軍人を打倒したところで、戦車や爆撃機を相手が使ってきたらなす術なく死ぬ、頭上に核が落ちてきたら蒸発する、それが人間の限界だ。

 

頭上に核が落ちて来ても大丈夫な陰の実力者。現実と向き合いそんなものを目指して迷走した末、僕は既存の物理法則を否定する力、魔力を求め始めた。

 

 魔力、マナ、気、オーラ、名前は何でもいい。とにかく人類史上最高火力の核に耐えるには、今まで存在が確認されていない日の力を取り入れるしかない。そう僕は結論した。

 

 そこからの修行も迷走の限りを尽くした。何せ魔力、マナ、気、オーラ、そんなものを習得する方法を誰も知らないのだから。

座禅を組み、滝に打たれ、瞑想し、断食し、ヨガを極め、改宗し、精霊を探し、神に祈り、自身を十字架へ磔にした。森や花畑で服を脱ぎ捨て全裸になり、大木に頭を打ち続ける、全裸で踊り祈りを捧げたこともある。

 

 自分が信じた道を、ただ突き進み、そして時が経ち、僕は高校最後の夏を迎えて、僕はまだ魔力もマナも気もオーラも、見つけられていない……。

 

その日の修行を終えた時、手応えを感じていた。 頭の中がチカチカと輝き、視界がグラグラと揺れている。 魔力か……あるいはマナか……あるいは気か……あるいはオーラか……ともかく、その影響を確かに感じるのだ。

 

 ふわふわと空を飛ぶかのような足取りで、僕は森を下りていくその時、まるで宙を泳ぐかのように、横切っていく二つの不思議な光を見つけた。まるで僕を誘うように怪しく導いている。僕はおぼつかない足取りで近づく。

 

きっと……きっと魔力だ!  ついに僕は未知なる力を見つけたのだ!

 

 いつしか歩みは駆け足へと変わり、木の根に足を取られても、そのまま転がるように、獣のように光へと走り続ける。

 

「魔力! 魔力! 魔力! 魔力魔力魔力魔力魔力!!!!」

 

 僕は二つの光の前に飛び出し、捕まえ……。

 

「あ……?」

 

 ヘッドライトが白く世界を染め、けたたましいブレーキ音が頭の中に響いた。

 

 少しだけ残った判断力が、あの光は車のヘッドライトだったと告げている。衝撃が身体を貫き、 僕の体が宙を舞い、地面へと落ちる。その時、僕の中で何かが折れる音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして僕は魔力のある世界に生まれ変わった。目覚めたら周囲は魔力で満ちていた。どうして転生したのかはわからないが、解明しようもないし、どうでもいい。

 

 現在の僕は生後数ヶ月の男児。意識がはっきりしたのだって最近で、時間の感覚もまだ曖昧で正確なところはわからない。 言葉も分からないので、大体中世ヨーロッパぐらいの文明っぽいってことがわかれば十分だろう。

 

 そんなことより僕は念願の魔力を手に入れた。ふわふわと光る粒子が周囲に満ちている。迷走に迷走を重ねた修行も無駄では無かったのだろう。初めて魔力を知覚したのに、手足のように操れる。拙いがいますぐにも身体強化くらいはできる自信がある。

 

 赤子の有り余る時間を有効活用し、力をつけて今度こそ陰の実力者に……なろうと思わなかった。

 

 体を鍛え、技を磨き、未知の力さえ追い求めた末にそれらを一度も活用することなく死んだ。

 

 流石に心が折れたのだろう、まだ陰の実力者への憧れは強く残っている。だが、それになりたいと思えなくなったのだ。前世で培った全ての力は残っている。不足していた魔力も手に入れた。だというのに、肝心の情熱を失ったのだ。

 

 そんな状態でただ習慣をなぞるように、魔力の修行をし続けて10年ほどが経った。

 

 その間にわかったことだが、僕は貴族に生まれたらしい。と言っても侯爵・伯爵といった大貴族ではなく、魔力で身体強化して戦う魔剣士を代々輩出して来た男爵家という、国内だけでも同じような家が百はありそうな弱小貴族だ。一応国土の一部を任されている領地貴族であるが、その領地も微々たるものだ。

 

 そもそも僕の家での立ち位置も情熱もやる気もないこともあり、家を継ぐ嫡男ではなく、出来は悪くないが才能あふれる姉に比べるとパッとしない長男という程度である。

 

 とはいえ手を抜いているが、魔剣士の修行もこの世界の魔力を使った戦い方を学ぶという意味では役に立った。何せ魔力で身体強化するだけで平均的な男が巨大な岩も軽々と持ち上げられるし、車より早く走り、家をも飛び越えられる。流石に核やミサイルにはまだまだ対抗できないだろうが、ちょっとしたスーパーマンだ。

 

 最もその気になれば僕の評価はいつでも改善できる。何せ前世で僕が収めた武術は、この世界の武術に比べてはるかに洗練されて合理的だからだ。

 

 まず前世の格闘技・武術が社会の近代化・拡大に伴い切磋琢磨されたに対して、この世界では国や流派という柵に囚われいる。門外不出の秘伝とされることもあり、更に情報を伝えるメディアも未熟なので、切磋琢磨する機会が少ないのだ。

 

 だが何より根本的な原因が魔力だった。

 

 魔力を使えることがいかに有用か既に語ったが、その結果、個人の身体能力が魔力で顕著に差がつくのだ。僕のような幼い子どもでも魔力を使えば、たちまち魔力を纏わぬゴリラを素手で撲殺できる。極端な話、この世界ではただ武器を叩きつけるだけでも、全魔力を使って限界まで肉体を強化してたら最強になりうる。目にも止まらぬ速度で、年輪がメートルくらいありそうな巨木も紙のように切れる怪力で叩きつけるのだから。

 

 間合いの概念だって異なる。魔力で秒速数メートルの疾走が可能なのだ。みんな軽く五メートルぐらいは距離を取る。ポジショニングや角度は考察材料程度にしかならない。体勢を崩そうが、角度による有利不利が出ようが、魔力による身体能力でゴリ押しできるから。

 

 そして間合いとも関係するが、防御技術が特にひどい。理解はできる。何せ魔力量に差があればどんな技術があっても、力ずくで崩されるのだ。そのため防御するより躱す方がいいとなったのだろう。そして効果があるかわからない防御技術よりとにかく回避するために間合いが必要以上に大きくなった。

 

 結果、魔剣士の基本的な戦い方は相手に近寄って魔力任せに武器を叩きつけ、反撃を受ける前に下がるとなった。これだけだとヒット&アウェイに聞こえるが5m先から走って攻撃して、6m後ろにジャンプするようなものは断じてヒット&アウェイではない。

 

 この世界の戦い方にはなかなか興味深かったけど、いくらでも改善点があるという評価で終わった。

 

 ちなみに今、僕は日課の訓練に参加している。といっても指導する男爵家当主の父の前で姉と戦うだけだ。2歳年上の姉は周りが噂するほど筋がよく、男爵家の跡取りも姉になるらしい。これは魔力さえあれば女子でも大の男を倒せるので、女性が家を継ぐことも割とあるようだ。地球の同じ文明レベルよりジェンダーフリーが進んで何よりだ。そういうのは大事だからね。

 

 ちなみに僕はさっきも言ったように姉に比べるとパッとしない長男を演じているため、毎日姉に負かされている。僕が姉に勝つのは十回に一度くらい、それも姉の隙をつく形で突進した時だけだ。まあ、そうなるように手を抜いているからだが、最近の姉は僕を不審な目で見る。

 

 まるで「あんな突進で私を倒せるなら、もっと勝っているはずだ」というように。実際その通りだが。

 

 あとは、貴族としての教養を身につけるための勉強やら、周辺の貴族や領民とのご近所付き合いをしながら日々を過ごしていた。

 

 



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『悪魔憑き』との遭遇

 以前、鍛錬や勉強や付き合いの日々を送っているといった。うん、嘘は言ってない。

 

 確かにそんな平凡な日々を過ごしている……日中は。

 

 僕は毎晩こっそり家を抜け出している。理由は本気の鍛錬と将来の小遣い稼ぎのためだ。

 

 父や姉の前で俺TUEEEをすると、姉との後継者争いが起きるかもといった厄介ごとが起きるかもしれないから手は抜いていた。だが、やっぱり前世を含め長年の修行の成果を試してみたいという気持ちは俺の中で燻っていた。

 

 それに姉が家を継ぐとなると遅かれ早かれ、家を出なければいけない。僕の未熟な見識でも明らかにブラコンの気がある我が姉がそれを認めるかはともかく、実家にいつまでもというのは世間体も悪い。

 

 だが弱小貴族の我が家の支援をあまり当てにはできないということで、将来の独立資金のためにも今のうちに準備することにした。

 

 そこで魔力による超回復による独自睡眠法により、深夜に自由時間を設けることができていたのを利用して、近くの盗賊を蹂躙して金品を巻き上げていた。

 

 特に最近、近くの廃村にそこそこの規模の盗賊の一団が住み着いたのを確認したので、久しぶりに大規模訓練ができる。まだ現代日本に比べると治安が悪いこの世界では野盗はゴキブリよりマシだが尽きることがない。それでもこの規模の盗賊は年に一度くらいなので、個人的に楽しみである。

 

 特に今回は最近の研究成果であるスライム製の戦闘服と武器の試験も兼ねている。

 

 なぜスライム製かというと、この世界の魔力の伝導効率が影響する。普通の鉄剣で一割、魔力が通りやすいミスリルの、高級品でさえやっと五割である。これでは無駄が多すぎる。

 

 そこで僕は考えた末にスライムに目をつけた。魔力による形状変化と移動を行うこの魔法生物のコアを潰し、遺体のゼリーを調べたところ99パーセントとほぼロスが出なかったのだ。

 

 そのため周辺のスライムが全滅するまで研究し、つい先日扱いやすさと強度が両立したスライムゼリーの開発とその防具化に成功したのだ。鎧と違って軽く音も立てない、そして魔力を使えば鎧より頑丈。

 

 正直今までこんな便利なものを発明されてないのが奇跡に思える。それほどの逸品だ。

 

 今は試験品なので無粋なボディスーツだが、暇な時にデザインについても研究してみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的地の廃村に着くと、盗賊たちは深夜に宴会をしていた。盗賊稼業は基本的に獲物を襲えなくては飢える自転車操業だ。

 

 それがこんな深夜に羽振りよく宴会ということは、襲撃に成功した直後だろう。なら僕の収穫も期待できる。襲ってから時間が経つほど、略奪品が生活必需品に変わり消費されるからな。

 

 奇襲するとスライムスーツの実験にならないので、僕は自然体に盗賊に近づく。

 

「こんばんは、盗賊団」

 

 僕の声を聞いた盗賊たちが僕を見る。全員が急に現れた僕に、「誰だこいつ」という表情をする。

 

「なんだ、このチビ?」

 

 チビか。まあ、10歳だし当然だろう。

 

「こんな夜遅くに宴会とは羽振りが良くて羨ましい。だから、皆さんの全財産と命をくれませんか?」

 

 そういうと同時に盗賊に素早く接近し、僕をチビと言った盗賊に回し蹴りを喰らわせる。

 

 ようやく僕が敵だと認識したのか盗賊たちが武器を手に取るが遅すぎる。特に君、脅し文句を言う暇があれば、とっとと切りかかれよ。剣状に形状変化させたスライムゼリーで盗賊たちを始末していく。

 

 スライムソードの実用性に満足して蹂躙していると、いつの間にか生存者は一人だけ。体格や持ち物からしてこいつが盗賊団のボスだろう。一番強そうなやつが残ったのは運がよかったな。

 

「思ったより歯応えがなかったな。仕方ない、スーツの耐久試験は君でやろう」

 

「な、何言ってやがる……!?」

 

「特別に君には生き残るチャンスくらいはあげようと思ってね。ほら、一撃ぐらいは受けてあげるから、少ない魔力を搾り尽くして全力を出せよ」

 

 そう言うと棒立ちになった僕から逃げようとした盗賊を追い抜いて、足払いをかけて転ばす。一回ぐらいの攻撃は許すが、逃げることまで許した覚えはない。

 

「逃げれると思ったの? 君は僕を一撃で倒すしか生き延びる道はないんだって」

 

そう言うとようやくその気になったのか、憤怒の表情で勢いよく突進し切り掛かる。僕はそれをスライムスーツで受ける。衝撃で僕は吹っ飛ぶが、何事もなく着地する。当然、傷一つない。

 

「ば、馬鹿な……。俺はこれでも王都ブシン流の免許皆伝……」

 

「うちの姉さんより強いけど、親父よりは下か。うちの親父が意外と強いのか、王都ブシン流の免許皆伝が大したことないのか」

 

 その姉さんにも一年後には抜かれるだろうけどね、そんなことを思いながらスライムソードを振り上げ盗賊団ボス(仮)の首をチョンパする。

 

 茂みに落ちて見えなくなった首と崩れ落ちた体を放置して、盗賊団の略奪品を漁りに行く。

 

「美術品は捌くあてがないし、食品も家に持ち帰れないから腐らせるだけだし。現金とか嵩張らない宝石とかだといいな」

 

 盗賊団の略奪品は馬車数台分の荷物と馬、そのそばには商人たちの死体が転がっている。

 

「仇は取ってあげたから、とっとと成仏してね」

 

 一瞬だけ黙祷すると、死体を放置して馬車の荷を調べる。現金換算で五百万ゼニー(一円が大体一ゼニー)くらいはある。久々の高収入だ。今日はついてる。

 

「けど、どこに隠そうか。もう部屋の屋根裏とかに隠すのも限界だしな」

 

 今までは誰かに横取りされないように自室の家具の裏やその屋根裏に隠していたけど、もうそれも厳しくなってきた。

 

 しかし銀行なんてものはこの辺り(もしかするとこの世界)にはないし、あったとしても10歳の子供が自分の口座を作って五百万も入金すればこの世界でも目立つだろう。実名だと実家に連絡が行くかもしれない。

 

 金の隠し場所に頭を悩ませていると、ふと大きくて頑丈そうな檻が目に入った。覆いがされていたので、さっきは気がつかなかった。奴隷も捌くあてもないし、どうしたものかと思いながら覆いを外すと、中に入っていたものを見て目を見開いた。

 

「これ……悪魔憑きか?」

 

 生まれた時は普通の人間なのに、ある日急に体が腐りだす。時間経過で自然に死ぬのに、この世界の最大宗教の『聖教』は信仰で頭がイカれたのか基本人畜無害な腐肉塊を手ずから殺して、悪魔の浄化とか言って社会貢献したと喧伝する。放っておいてもに死ぬ腐肉塊を大金を払って集めて殺す教会も、それを見て平和は保たれたと教会を讃える民衆も内心馬鹿だと思っていた。

 

「これ……まだ生きてるのか? しかも、こいつの魔力……」

 

 檻の中には噂に聞く悪魔憑きらしい、かろうじて人型の腐肉塊が入っていた。今まで話だけだったので癌みたいな細胞の突然変異か、ごく一部の適合者にしか発症しないウイルスによる奇病だと思っていた。だが実物を見て、今までの魔力操作の訓練から原因を理解した。体内魔力の暴走、それが悪魔憑きの正体だった。

 

 この年齢も、性別すら定かでない腐肉塊はまだ生きている。僕に対する反応から、意識も残っているかもしれない。

 

「面白い」

 

思わず顔がニヤける。ここでこの悪魔憑きを殺してやることもできるが、自身が魔力暴走になった時、僕は魔力の肉体への干渉力に気がついた。ただ身体能力を向上させるだけでなく、魔力との親和性など生体の次元そのものを引き上げる改造が施せるのではないかと。しかし流石に自分の体でやるのは、失敗した時のリスクから断念した。

 

 だが今、僕の目の前には僕の時以上に魔力が暴走した肉塊がある。どうせ教会に引き渡しても、しなくてもそのうち死ぬ。ならせめて死ぬ時まで、僕の実験台になる方がこの誰ともしれない肉塊にも存在する価値があるのではないか、と。

 

 僕は決して善人ではない。善人ならこの目の前の悪魔憑きや今まで死んでいった、そして未来に生まれるだろう悪魔憑きを憐れむかもしれない。だが、今僕を満たすのは魔力の可能性や未知に挑む好奇心だけだった。

 



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『シャドウガーデン』結成

 あの廃村で悪魔憑きの腐肉塊を手に入れてから、約一月。僕は予想外の出来事に頭を痛めていた。

 

 今までは順調だったのだ。魔力を流し込み、自身の魔力が肉体に与える影響を観察する。会話することができず、五感と体内魔力による観察結果から推測するくらいしかできなかったが、言語能力が残っていても肉体をいじった痛みとかでうるさいだけかもしれないので不満はなかった。

 

 だが魔力制御能力が上昇し、魔力暴走を制御できるようになった途端、腐肉塊が金髪美少女エルフになるのは完全な予想外だった。かろうじて人型の腐肉が健常な肉体になったのは、夢としか思えなかった。

 

 現実に目から背けたいと思いながら、彼女が入っていた檻を覆っていた覆いの布を投げ渡す。体が戻ったことに呆然としていた彼女も、自身が全裸なことに気がつき慌てて体を隠す。

 

 そこからは自己紹介だ。僕はこの辺の領主カゲノー男爵家の長男、シド・カゲノーです。両親のオトン・カゲノーとオカン・カゲノー、姉さんのクレア・カゲノーの四人家族です。

 

 そうやって話し合った結果、悪魔憑きであったことが知られているから故郷には帰れないし他に頼る当てもない、助けられた恩は返したいと言われた。流石に行き先のない少女を何の当ても無く放り出すほど、僕は良心を失っていない。

 

 えっ、良心があるやつは人体実験をしない? 返す言葉がないが、結果的に彼女が助かったし、腐肉は人体じゃないからセーフ。

 

 カゲノー家に連れ帰ってもいいが、ブラコンの姉さんをはじめ、みんなを納得させるような言い分ができるか、そもそもパッとしない長男がこんな美少女エルフを家に住ませたいと言って受け入れてもらえるか、と懸念が多い。最悪は事情を知らない父さん達がエルフに話をした結果、彼女が元悪魔憑きだとバレることだ。

 

 その場合、張本人の彼女や悪魔憑きを治した僕、カゲノー家がどんなことになるかわからない。

 

 悪い意味で不確定要素が多すぎて、危険すぎる。考えた末、彼女が一人でも大丈夫になるまではこの廃村で匿うことにした。幸い将来に備えた盗賊狩りで得た金がここだけでも五百万ゼニーはある。彼女一人なら当分養う程度はできるし、独り立ちできる程度になったら彼女も盗賊狩りをしながら生きればいい。

 

 彼女もその決定を受け入れたところで、ふと彼女が自分の名前を話していないことを思い出した。

尋ねると一度だけ名前を教えてくれた後、今までの名前を名乗るのは危険だから新しい名前をつけて欲しいと言われた。

 

 少し考えた後、フレイヤ・アールブという名を与えた。意味を聞かれたので知る者がいない豊穣の女神の名だと答えた。異世界の女神の名前なんて知らないから別にいいよね。

 

 それからは昼は姉さんや両親と魔剣士の訓練や貴族の勉強に取り組み、晩はフレイヤにさまざまな事を教えた。魔力制御・身体強化技術から魔力による短期間睡眠・睡眠学習法などの応用、スライムゼリーによる戦闘服と武器の作り方、そして剣術と格闘術、気配操作など前世で陰の実力者になるために培った技術をほとんど教えた。偶にはフレイヤにせがまれて一緒に寝て、僕の不在がバレる前に急いでカゲノー家に帰ったこともある。

 

 そんな生活を続けてしばらく、フレイヤは元々のセンスもあったのかすぐに幾つもの技術を習得して、もう独り立ちしても大丈夫だろうと僕は思った。

 

 僕はフレイヤにもう独り立ちできるだけの力がついたことを告げ、何か困った時は僕のところに戻ってきてもいいと告げた。

 

 フレイヤは恩が増えるばかりで返せていないことに悩んでいたが、最終的に僕への恩返しとは別にやりたいことがあったらしく、僕の元を離れて行った。

 

 だがそれからしばらくした後、彼女はひょっこりと帰ってきた……新たな悪魔憑きを連れて。

 

 思わず悪魔憑きって捨て猫のように拾ってこれるのかと思いながら、フレイヤに言われるがままに治療する。すると今度は銀髪に泣きぼくろの美少女エルフに戻った。

 

 仕方なく僕はまた彼女を廃村に匿った。時にはフレイヤに請われて、悪魔憑きの元へ出向いたりもした。その時、偶に変な連中と戦う羽目になったがなかなかに強かった。そこらの盗賊とは比べ物にならないほどに。

 

 そしてある時、フレイヤは自分が悪魔憑きの秘密を調べるため、王都の図書館や教会の秘匿資料などで悪魔憑きについて調べていた。その途中で悪魔憑きの噂を聞き、本当だった場合は保護する、自分一人だけだと厳しい時は僕に助けを求めてきたらしい。

 

 そしてフレイヤの調べによると世界を滅ぼそうとした魔人ディアボロスと人間・獣人・エルフから現れた三人の勇者の御伽話は歴史的な事実であり、悪魔憑きの発症者は全員その三人の勇者の末裔に当たるらしい。かつては悪魔憑きの治療法もあったらしいが、長い時間の中で忘れ去られて、今ではディアボロスと勇者達自体が存在しなかったと貶められた。

 

 そしてそれを行なったのが教会……『聖教』と言われる宗教組織と、その背後で暗躍するディアボロス教団……らしい。

 

 しかしフレイヤもなぜ聖教がそんなことをしたのか、ディアボロス教団がどのような活動を行う組織なのかはまだ突き止めきれてないらしい。

 

 それからフレイヤは自身が見つけたディアボロス教団に関する資料や今度の自身の方針を話していたが、基本回収した悪魔憑きを僕に治療して欲しい以外は自分一人で動くらしいので聞き流していた。僕として僕が関わらないフレイヤの行動、まして読めない古代文字で書かれた古文書より、ディアボロス教団の方がまだ関心があった。

 

 世界を陰から支配する秘密結社……陰の実力者を目指していた頃だったら、陰の実力者の敵として挑んだかもしれない。だが今の僕にとっては、自分やカゲノー家に危害を加えなければ、どうでもいいと思う。フレイヤや他の悪魔憑きを助けるのだって結果的に一度助けてしまったから、はいさよならと見捨てることができなくなっただけだ。

 

「私は、私と共にディアボロス教団と戦おうという意志を持った元悪魔憑き達と、対ディアボロス教団の組織を作ろうと思っているの。だからシド、私たちの盟主になって」

 

「え?」

 

 いや、君が主導して組織を作るんなら君が盟主になればいいじゃん、なんで元悪魔憑きでない僕が盟主になるんだよ。

 

「悪魔憑きの治療法を復活させて、私たち悪魔憑きを救ってくれたシド。貴方こそが私たちの希望、私たちの盟主になるべきだと思うの。煩わしいと思う雑事は全て私がどうにかするわ。だから、どうかお願い!」

 

「…………わかった、引き受けよう」

 

 頭を下げるフレイヤの根負けする形で、僕はフレイヤが作ろうとする対ディアボロス教団を掲げる組織の盟主になることが決まった。ただ後で振り返ると、世界を陰から支配する組織の敵対する強者……前世の僕がなろうとして、死と共になる気概を失ってしまった陰の実力者そのものなので、僕も無意識のうちにフレイヤの提案に惹かれていたのかもしれない。

 

「組織名はどうしましょうか?」

 

「そうだな……シャドウガーデン、ってのはどうだろう?」

 

「シャドウガーデン……悪くない響きね、それにしましょう」

 

「ならフレイヤ、これから僕がスライムスーツを纏っている時はシャドウとよべ。僕も君のことをアルファと呼ぶ」

 

「アルファ……わかったわ、シ…ャドウ」

 

そしてフレイヤと共に他の僕が助けた悪魔憑き達に、ディアボロス教団やシャドウガーデンのことを話すと、自分たちもシャドウガーデンに入りたいと言い出した。その結果、悪魔憑きを治した順にベータ、ガンマ、デルタ、イプシロン、ゼータ、イータのコードネームが与えられた。こうして対ディアボロス教団組織『シャドウガーデン』とその盟主のシャドウ、そしてシャドウを支える初期メンバー『七陰』が結成された。

 

 あれ、もしかして今の僕って陰の実力者っぽくない?

 

 



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クレア・カゲノー誘拐事件

シャドウガーデン結成と誘拐事件の間が2年となってますが、これは原作がアルファを拾うと同時に結成なのに対し、フレイヤ(アルファ)を拾ってからフレイヤの独り立ち、そしてベータ以下七陰救助から結成なのでそのタイムラグによるものです。誤字ではありません。


 シャドウガーデン結成から二年が経った。あれからアルファもベータからイータまでの六人の訓練に時間を取られたので、新しい悪魔憑きが拾われてくることはなかった。

 

 そしてアルファを拾ってから三年が立ち、僕とアルファは十三歳、二つ上のクレア姉さんは十五歳になった。十三歳には大した意味はないが、貴族で十五歳には意味がある。王都の学校に通うことになるからだ。姉さんはあれからも強くなった。僕が徹底的に合理性を持って鍛えたアルファには抜かれたが、今鍛えてるベータ達には魔力量の差を技術でカバーして勝てるだろう。

 

 そのため姉さんの王都行きはカゲノー男爵家が送別会を開くほどの慶事だった。だからその姉さんが王都へ行くその前夜に失踪、いや誘拐された時、カゲノー男爵家は上へ下への大騒ぎとなった。

 

「俺が部屋に入った時には既にこの有様だ。争った痕跡はないが、窓が外からこじ開けられている。寝込みを襲われたとはいえ、クレアも俺も気づけなかった、相当な手練れだな」

 

 精悍な顔立ちの父さんが姉さんの部屋を調べ、渋いダンディな声で誘拐犯が出入りしたであろう窓の枠に手を添えて、遠くの空を見ながら自身の推測を語る。これで片手にウイスキーのグラスを持ち、頭頂部から広がるハゲがなかったらハードボイルドな探偵物の挿絵のようになるかもしれない。……ハゲで全て台無しだけど。

 

「で?」

 

 そんなダンディ親父の背後から、凍えるような声がかけられた。

 

「相当な手だれだから仕方がない、そう言うこと?」

 

 言い訳はそれで終わりか。目だけが笑っていない微笑の母さんの顔は、そう父さんに訴えていた。

 

「そ、そういう訳じゃなくてね、ただ事実を述べたまでで……」

 

 冷や汗をかきながら、ダンディさなど消え失せた震える声で父さんが答える。

 

「言い訳してないでいいからとっとと探してこい、このハゲェェェエエエーーーー!!!」

 

「ひぃ、す、すいません、すいません!!」

 

 両親のコントを内心では楽しみながら、姉を心配する表情で僕はその場を後にする。ちなみに僕に仕事は振られていない。家族の中で僕は期待も面倒もかけない、そんな立ち位置にいる。

 

 犯人は運がいい。僕が家を抜け出してベータ以下、五名を鍛えている間に犯行に及んだんだろう。僕が家を出る前なら、僕に見つかって失敗していた。悪運の強い奴である。

 

 えっ、鍛えるのは五人じゃなくて六人だろって? いや、五人で正しい。残り一人はちょっとした事情で、戦闘訓練には参加させなかったのだ。理由? またの機会にと言うことで。そんなことより、

 

「出てこい」

 

「はい」

 

 僕の声に応じて僕が二番目に助けた銀髪エルフの少女、ベータがアルファ達全員に配った黒のスライムスーツに身を包んで、窓から部屋に入ってくる。

 

「アルファは?」

 

「クレア様の痕跡を探っています」

 

「さすがと言うべきか、行動早いね。姉さんまだ生きてる?」

 

「おそらく」

 

「助けられる?」

 

「可能ですが……シャドウ様の助力が必要です」

 

「アルファがそう言ったの?」

 

「はい。人質の危険を考えると万全を期すべきだと」

 

「へぇ」

 

僕が独り立ちできると確信してから更に二年で、アルファはもっと強くなった。単純な戦闘能力だけでなく諜報技術なども向上し、以前領内で盗賊騒動が起きた時、領主のカゲノー家を疎んだ悪代官が裏で盗賊と繋がっていたのを短期間で調べ上げたこともある。そのアルファがわざわざ僕の手を借りたいと言うことは、そこそこの実力者がいるらしい。

 

「久々に、狩りごたえのある獲物ということか」

 

「犯人はやはりディアボロス教団の者です。それもおそらく幹部クラス」

 

「幹部クラスか。失望せずにすみそうだ……。それで、教団はなぜ姉さんを?」

 

「クレア様に『英雄の子』の疑いをかけていたのかと」

 

「ふん、勘のいい奴らめ……いや、運が悪いというべきかな」

 

「こちらの資料を見てください。我々が集めた最新の調査の中にクレア様がさらわれたと見られるアジトが……」

 

 と言われてもベータ君、暗号なのか半分ぐらいは読めない古代文字だし、数字の説明もないしでさっぱりわからないのだが。

 

「ベータ、結論を簡潔に述べてくれ。あいにく古代文字は読めん」

 

そう言うとベータは慌てて申し訳ございませんと言いながら、可能性が高い順に各アジトの位置を指さし始める。だが、資料の説明中に急に地図と資料を交互に見て、隠しアジトがある可能性に気づいたという。

 

「見事だ、ベータ」

 

「ありがとうございます」

 

 僕に褒められてベータは満更でも内容だ。

 

「アルファに話して、裏付けを取れ。確証が取れたら、今夜、仕掛けるぞ」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして夜、今日も今日とてひっそりと家から抜け出し、隠しアジト前でアルファ達と合流する。

 

「来たのね、シャドウ」

 

そこには今までアルファと僕で助けた元悪魔憑きであるシャドウガーデンの全員がいた。うん、全員がいた。

 

「ガンマも連れていくのか?」

 

「あー、酷いです、主さま。私を仲間外れにするなんて」

 

「仲間外れにしたいわけではないが、何もないところでさえ転ぶお前には、今回の仕事は向いてないのではないかと思ってな」

 

 ガンマ。僕とアルファがベータの次に助けたエルフの少女。長い藍色の髪で高身長の美少女……だが、その頭の良さに反比例して凄まじい運動音痴だ。昨日の特訓でも一人だけアルファの監督で素振りをさせていた……のだが、一分間に一回くらいしか止まっているはずの的に当たらなかったらしい。更に一晩のうちに何もないところで三回ほど転んだらしい。

 

 最初は僕もみんなと同じように剣を指導していたが、一人だけまるで改善の見込みが見られず、マンツーマンでも効果がなかった。僕の教えをきちんと理解しているのに、他のみんなと同じくらい身体能力を強化できるのに、ある意味才能なまでの運動音痴が全てを台無しにしている。そのため運動音痴が改善されるまで、戦闘訓練は延期ということになっている……今のところ無期限。

 

 ガンマを連れて行っても戦果は期待できない。むしろ足手纏いにならないだろうかと心配していると、

 

「大丈夫なのです、ボス。デルタが、ガンマの分まで敵を倒すのです」

 

 ガンマの隣にいる獣人の少女が発言した。黒い犬耳と黒いフサフサの尻尾を持った狼の獣人の彼女はデルタ。いつも明るく、能天気な子だ。彼女はガンマとは逆の意味で不安がある。とにかく頭が悪い。前にお使いをアルファが頼んだ時も、メモまで持っていたのに騒動に巻き込まれて買い忘れたものがあったらしい。

 

 元気で体を動かすのが大好きだが、大雑把で頭を使う事にとにかく不向き。身体能力及び五感は七人の中でもトップクラスだが、獣人の中でも特に力の信棒者で、自分より強いと認めた僕とアルファ以外は自分より格下だと思っている節がある。

 

 彼女もガンマと同じく指導を諦めた相手で、ガンマが教えを実行できないのに対して、デルタはそもそも教えを理解も記憶もできない。結果、スライムゼリーの扱い方を教えた後は徹底的に実戦形式で戦い方を改善させるしかなかった。

 

「いざとなったら私がフォローしますから、心配しないでください、主様」

 

「でも主の心配もわかる。私もバカ犬が余計なことをしないか心配」

 

「実験台……たくさん……フフフ」

 

 今それぞれ声を出したのが上からイプシロン、ゼータ、イータだ。

 

 イプシロンは水色の髪をツインテールにした小柄な美少女だ。元々はエルフのいいところのお嬢さんだったらしいが、悪魔憑きとなり全てを失い国を追われ、山の中を彷徨っているところを僕に拾われた。自尊心が高く器用貧乏なところがあるが努力家で、最近魔力の精密制御によってスライムスーツによって体型を盛り始めた。年齢の割に小柄なのでそこに劣等感があるのだろう。

 

 ゼータは他のみんなとはいささか出自が異なる。獣人の英雄の末裔である金豹族で金色の髪と猫耳、尻尾を持つ獣人の少女だ。彼女が悪魔憑きになった時、彼女の両親は正しい英雄の伝承が伝わっていたため彼女の治療法を探そうとした。だが彼女の悪魔憑きを知ったディアボロス教団と思われる連中が、金豹族の分家を扇動して彼女の家族を襲った。結果、金豹族は彼女以外教団の手で全滅し、彼女も目の前で両親から託された弟を殺されたという。そのため一際ディアボロス教団への憎しみが強い。

 

 アルファ以上の器用さと才能を持ち、一度見た技術を自分のものにできるのだが、飽き性なせいで模倣が不完全だったり詰めが甘いところがある。本人曰く「同じ獣人なのに、デルタがバカすぎて獣人の格が下がる」とデルタと仲が悪い、なのに息は合う。

 

 最後の物騒な言葉がイータ。茶髪を無造作に伸ばしているエルフの少女だ。七人の中で一番好奇心が強く、前世の科学について少し話したらものすごく食いついてきた。ただ興味がないものにはとことん興味がないようで、普段は絶えず眠そうな態度である。本人曰く研究者だったという両親の影響か自身も技術に興味があり研究者と自称しているが、倫理観に欠けている節があり、僕やみんなを実験台にしたがるマッドサイエンティストだ。だが最後に入ったのとそのマイペースな性格でみんなからは妹のように扱われている。

 

 この六人と僕とアルファが今のシャドウガーデンのメンバーだ。とりあえず大声でゼータに言い返そうとしたデルタの口を押さえて静かにさせる。危うく敵を警戒させるところだった。

 

「アルファとベータとイータ、イプシロンとゼータはツーマンセルで行動、抜け道があるようなら先に潰せ。ガンマとデルタは俺と共に来い。……行くぞ」

 

「「「「「「「はい」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オルバ様、大変です! 侵入者です!!」

 

「侵入者だと!? 何者だ!?」

 

「分かりません! 敵は少数ですが、我々では歯が立ちません!」

 

「くっ、私が出る! お前たちは守りを固めろ!」

 

 教団の命で悪魔憑きの噂があるクレア・カゲノーを誘拐し尋問して、彼女が悪魔憑きの兆候があったが治ったという興味深い話を聞き出した直後で襲撃だと。一体どこのどいつだと思いながら地下施設のホールにたどり着き、……その光景に絶句した。

 

 この施設の護衛は決して弱くない。中に王都の近衛に匹敵するものもいる。なのに、その全員が殺されていた。総て一太刀。圧倒的な実力差によって斬り伏せられていた。そして目の前にそれを成したであろう三人がいた。全員が黒いボディスーツを身に纏い、体格からして少年と少女二人だ。

 

「貴様等が……!」

 

俺はその三人を睨みつけるが、体の震えが止まらない。少女二人も類稀な魔力コントロールで気配を操作している、自身に匹敵するだろう実力者。だが、その二人に挟まれた少年はより格が違う。魔力を完全に制御し、目の前にいるというのに気配が全く感じられない。本能が訴えている。逃げろ、戦うな、戦ったら死ぬぞ、と。一回戦でアイリス王女に負けたとはいえ、元近衛でブシン祭決勝戦に出場したこともあるこの私が!

 

「何者だ、何が目的だ?」

 

 オルバは動揺を抑えて言った。 自身に匹敵、あるいは凌駕する実力者が不幸にも3人いるのだ。 戦闘は下策。 オルバは自身の不運に嘆きながらも、打開策を探る。

 

 が、しかし。

 

 血濡れの少女はオルバの言葉を聞いていなかった。

 

 嗤った。

 

 血濡れの少女は、血濡れのマスクの下でただ嗤った。

 

 狩られる……!

 

 オルバがそう思ったと同時、

 

「待てだ、デルタ」

 

 少年の言葉で、血濡れの少女の動きが止まった。

 

「これから死ぬ罪人にも、我らのことを知り懺悔する時を与えてやるくらいの慈悲は示すべきだ。お前は他の奴らを狩ってこい」

 

「わかったのです、ボス」

 

 その言葉と共に血濡れの少女の姿が消える。自分の目に止まらぬほどの速さで動いたのだとわかるが、そんな匙に気をかける暇はなかった。

 

「我らはシャドウガーデン。陰に潜み、陰を狩る……貴様らディアボロス教団の敵だ!」

 

 いつの間にか手にしていた漆黒の剣がオルバに向けられる。その立ち姿は精巧な像のようにピクリともしない。わずかな動作と立ち姿だけでも、その実力を感じずにはいられない。どうやってこれほどの実力を、この若さで得ることが出来たのか。嫉妬と戦慄に震えた。

 

「貴様……どこでその名を知った?」

 

 ディアボロス教団。その名はこの施設でも、オルバを含め数人しか知らないはずの名だった。

 

「我々は総てを知っている。魔人ディアボロス、ディアボロスの呪い、英雄の子孫、そして……悪魔憑きの真実も」

 

「な、何故それを……」

 

 言葉の中には、オルバですら最近知らされた内容もあった。外部に漏れるはずのない、決して漏れてはいけない極秘事項だった。情報漏洩は許されない。だが、この少年達を始末し、秘密を守ることは不可能だ。何よりクレア・カゲノーから聞き出した情報もある。ならば、オルバのすべき事は……生存。生きて情報と彼らの存在を本部に伝えることだ。

 

「あああああぁあぁぁぁぁ!!」

 

 前に、打って出る。オルバは気迫と共に剣を抜き、少年に斬りかかった。

 

「良い気迫だ。だが、……それだけだ」

 

 切られた。まるで風のように自然に少年も自身へと切り掛かり、剣を躱しオルバを切った。それだけだが、その所作にオルバより遥かに高みにいる格があった。己の剣はいなす必要すらない、言外に突きつけられた事実を理解する。今のままでは撤退すら叶わない。

 

 オルバは斬られた胸を押さえ跪き……何かを飲みこんだ。

 

「ほう……!」

 

 突然、オルバの肉体が一回り膨張した。肌は浅黒く、筋肉は張り、目が赤く光った。 そして、何より、魔力の量が爆発的に増えていた。同時に予備動作なく薙払われたオルバの剛剣を、オルバの変化に意識が奪われていた少年は躱すことができず受ける。衝撃で少し後ずさる、だがそれだけだ。体勢は崩れず、双眸は油断なくオルバを見据えている。

 

「その波長、魔力暴走か。意図的に魔力暴走を起こし自らを強化する……先ほど飲んだ何かが鍵か」

 

「シャドウ様、大丈夫ですか?」

 

後ろの少女が、少年に声をかける。オルバは確かにその名前を記憶する。シャドウガーデンとシャドウ。必ず逃げて、この名を教団に伝えねばと。

 

「問題ない、ガンマ。単純な魔力ならアルファ以上だが、それだけだな。力なき技に価値はないが、技なき力は歪で醜悪なだけ。僕の価値観だが、それが事実だと証明してやろう」

 

 そういう少年の体から魔力が溢れ出す。今までも魔力で身体強化はしていたのだろうが、魔力を掌握する余裕があったため感じられなかった。つまり少年はようやく本気になったのだ。

 

 そこからは一方的だった。剣を振る、届かない。剣が振られる、躱せない。距離を取る、先読みされ追い付かれる。剣を握って間もない子供の頃、師と対峙した時のような圧倒的な差。オルバとの絶望的なまでの魔力差を、ただ技量によって覆している。オルバを襲うのは剣だけではない、圧倒的な敗北感。このままでは逃げることすら叶わない。自身の下にある隠し扉から逃げる隙すらない。

 

「なぜ……?」

 

 敵対する、なぜ、それほど強い。

 

「陰に潜み、陰を狩る。我等はただそのために在る」

 

「貴様、あれに抗う気か……。たとえ貴様が、貴様等が、どれほど強くとも勝てはしない。世界の闇は……貴様が考えるより遥かに深い」

 

 忠告では、ない。願いだ。この少年も無様に敗れ、総てを失い、絶望すればいい、そうあって欲しいと願った。そして、それが裏切られることを恐れた。つまらない嫉妬と羨望からの願い。

 

「ならば潜ろう、どこまでも、どれほど深くとも」

「容易くほざくな、小僧」

 

少年の自信と覚悟に満ちた言葉に最後の一線を越える覚悟が決まる。認められない。かつてオルバが目指し、砕かれたそれだけは、絶対に認められない。懐から錠剤を取り出すと、その全てを飲み込んだ。オルバはもう、このままでは自身が生き残れないことを悟っている。ならばせめて、この命を使って、この世界の闇を教えてやろうではないか。

 

 人間の限界を超え、その身に莫大な魔力を宿す。こうなれば最後、もう元に戻る術はない……代わりに絶大な力を得る。教団はこれを『覚醒』と呼んでいた。

 

「アアアアァァァァァァァァァァアッ!!」

 

 『覚醒』して得た力の前に、少年は防戦一方になる。少女が悲鳴を上げる。

 

「シャドウ様ッ!!」

 

「遅い、軽い、脆い! これが現実だ小僧っ!」

 

 オルバは攻め立てる、圧倒的な暴力とわずかな反撃をものともしない再生力によって。何度も剣を薙ぎ、圧倒的な力をもって漆黒の少年を蹂躙した。大剣をどこからか取り出し助太刀しようとしたが当たらず、一人で転んだ少女のことは眼中にない。なのに、なぜ。

 

「なぜだ……何故届かぬ……?」

 

「もういいか。……遊びは、終わりだ」

 

 一振り。それだけで、オルバの剣も、膨大な魔力も、鍛え抜いた肉体も、総て纏めてただ一刀の下に両断された。

 

 肉体が上下に切り分けられ倒れる中、オルバは理解した。漆黒の剣は圧倒的な技量のみの剣だと考えていた。それは半分正解。少年の剣は圧倒的な技量の剣で、濃密な魔力が、絶大な力が、圧倒的な速さもあった。漆黒は何もかも総てを持っていたのだ。ただ、使わなかっただけ。その力総てを出したその一刀に断てぬものはなかった。

 

「これほど……か……」

 

 肉体はまだ再生しようとはしている。だが、もう取り返しようがないほど壊れていた。勝者が見下ろし、敗者が見上げる。

 

 オルバは漆黒の剣から少年を理解した。真面目で愚直で、血が滲むほどの努力の末に鍛え上げられた凡人の剣。何も知らないはずの小僧は、全てを知った上でここにいる。

 

「ミリ……ア…………」

 

 己の死を理解したオルバは、青い宝石の入った短剣に手を伸ばし、目を閉じた。薄れゆく意識の中でオルバの脳裏に浮かんだのは、かつて亡くした最愛の娘の微笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後の顛末は語るまでもない。ディアボロス教団は全滅し、手錠をはめられ牢中で気を失っていたクレア姉さんはアジトの外に放置した。なんだかんだでしぶとい姉さんならわざわざ屋敷まで連れて帰らなくてもいいだろうという判断だったが、予想通り半日でご機嫌斜めになりながら帰ってきた。一番酷い手の怪我も一晩で治ったが、事情聴取や療養で予定より一週間遅れて王都入りした。その一週間は普段以上にかまってきて大変だった。

 

 アルファ達は教団の残党処理や、回収した資料の調査で忙しい日々を送っている。姉さんが旅立ち、しばらくした頃ようやくアルファ達の調査が完了したので報告しにきた。

 

 それによるとディアボロスと戦った三英雄は全員女だった。悪魔憑きはそのため女性にしか発現しないらしい。更に英雄の血は世代交代するごとに当然薄れるが、その時悪魔憑きの発現率も低下するという。結果寿命が短く世代交代を繰り返した人間は発現率が一番下がり、次いで獣人、エルフが一番発現率が高いという。実際、うちの元悪魔憑きの種族比を見ると納得しかない。人間ゼロ、獣人2、エルフ5だからね。僕? 悪魔憑きじゃないからパス。

 

 次にディアボロス教団だが、教団の規模は予想通り世界規模で、悪魔憑きが発現した人を適応者と呼び早期捕獲と処分を徹底しているという。

 

 それに対抗するため、『シャドーガーデン』も世界に散るしかないと七人は結論したらしく、世界に散って悪魔憑きの保護や教団の調査・妨害をしたいとなった。もともとアルファ達が作った組織なので、僕もそれを了承した。力しか能がない名ばかりトップだから、アルファ達が僕の下から離れても思うところはない。これからも保護した悪魔憑きを助けて欲しいというので、次に悪魔憑きが保護された時にアルファ達に治療法を教えることにした。いちいち僕のところに運ぶのも手間だろうし、その場で治療できた方が色々と楽だろう……デルタだけはできる気がしないが。

 

 餞別を兼ねて僕の今までの盗賊からの略奪品のうち、主に嵩張るものを中心とした資産の大半を彼女達に渡すことにした。盗賊はまた狩ればいいし、当座の活動資金はみんなも必要だろうからだ。定期的に報告しにきてくれるらしいし、大きな活動の時は僕にも声をかけてよとだけ告げておいた。

 

 そして時の針は加速する。新拠点とか色々特筆することはあるが、次は僕が十五歳となり王都に行く時から話を始めよう。

 

 




こんな締めになりますが、実際はカゲマスの七陰列伝 第二・三章の古都アレクササンドリア編を挟みます。王女たちのファンはもう少しお待ちください。


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閑話 新拠点「古都アレクサンドリア」

 きっかけは、シャドウガーデンで保護された元悪魔憑きが百人の大台を超えたことだ。それまで拠点にしていた廃村は、増え続ける構成員に対して手狭になった。訓練場、居住地、その他構成員の増加とともに求められる施設規模が村の限界に到達したのだ。

 

 僕がイータに伝えた前世の(朧げな)建築技術をもとに、十階ぐらいなら高層建築を建てる技術をすでに確立していたが、廃村の周りは稀に人も出入りする普通の森である。そんなものを立てたら人目につくので、新たな拠点への移動は不可避だった。

 

 以前から規模拡大と秘匿性の観点から新しい拠点への移転は計画されていたので、候補地を調査していたゼータの帰還と同時に候補地を決定することにした。会議内容から普段はアルファ達の決定が報告されるだけの僕も参加している。今までは姉さんがベッタリだったが姉さんが学園に行ったため、自由時間に全力ダッシュすればアルファ達の元に昼でも短時間だけなら来れるようになった。

 

 そしてゼータが帰還した夜、アルファ達と僕はゼータから拠点候補地に関する最終報告を聞く。

 

「報告だけど、時間をかけさせてもらった分、よさげな場所、見つかったから」

 

「いいお家……どこ……!」

 

 ゼータの言葉に、イータが反応する。

 

「候補地は、……『古都アレクサンドリア』」

 

「古の都……? 聞いたことがありませんわね」

 

「私も知らないわ。ベータは何か知ってるかしら?」

 

「ええと……一応知っています。聖地リンドブルムのさらに東ーー『深淵の森』を抜けた先に存在するという、古代の伝説に語られている都です。ですが、あくまで伝説、言い伝えにとどまる話で、その実在は確認されていない場所です」

 

うちの頭脳フォートップの内、ガンマ・アルファの二人ですら知らなかったが、ベータが知っていたおかげで僕に御鉢が回ってくることはなかった。こういう話に最後のイータは役に立たないからね。それにしても伝説の都か。忘れ去られ、伝説のみが語り継ぐ古城とその玉座に深く身を委ねる陰の実力者。うん、実に絵になる光景だ。深夜に月を見上げながら、ワインを飲めばなお素晴らしい。

 

「そもそも『深淵の森』自体が、侵入したら二度と出られないとされている、有毒の霧に満ちた危険な森なので……!」

 

「……だけど、誰にも邪魔されない場所としては、適切なはず。仮に古都がなくたって、拠点候補としては最有力だと思っている」

 

「邪魔されない場所であることが重要なのは、確かにその通りではありますが「僕はそこを第一候補としたい」主さま!」

 

 ガンマが懸念を伝えるのを、無作法ではあるが横槍をいれる。

 

「アルファとガンマが知らなかったということは、その地の知名度は相当に低いと考えるべきだ。仮にその地を知っていても、毒の霧という自然の脅威があんな場所に本拠があるわけがないと思わせる。情報漏洩さえ気をつければ、外部からの拠点発見は相当困難になるだろう」

 

 ペラペラ口が回るが、本音はその伝説の古都にあるだろう古城で、陰の実力者ロールをしてみたいだけだったりする。

 

「連日の激務でお前達も疲れているだろう。毒の霧があるのが無粋だが、気晴らしの森林散策程度の気持ちで調べるだけでもしてみてはどうだ」

 

 僕が意見するとみんなシャドウ様がおっしゃるならと賛同してくれたので、準備が出来次第、僕とイータ以外の七陰、アルファの最初の悪魔憑きの解除者である軍事顧問のラムダ以下精鋭達で『深淵の森』の調査が決定した。デルタはピクニックと勘違いしていたが。みんなは懸念事項として『深淵の森』の伝承のうち、『霧の龍』というドラゴンの伝説を気にしていた。さすが異世界、ドラゴンというテンプレまでいるなんて面白い。

 

 そして当日、運悪く姉さんが一時帰宅する日と重なったので僕は途中までしか参加できないという以外は万全の体制で『深淵の森』を訪れた。

 

アルファ以外の七陰五人はこの森に適応できていないモンスターからこの森の不自然さを考察していた。一方で、アルファはラムダと七陰の成長方針について話していた。

 

「高位の軍務に携わっていたであろう、あなたの目から見て……私以外の七陰の剣技の仕上がりを、どう感じた?」

 

ラムダは悪魔憑きになる前は剣の国と呼ばれるベガルタ帝国の上級士官だった。その経験を活かすため、構成員の訓練・部隊編成などを一手に担当している、シャドウガーデンの軍師的立場にいる。アルファはその元職業軍人の視点での評価を求めた。

 

「……そうですね。忌憚のない意見を述べさせて頂くならばーー個々の能力差を横に置いてなお、一部に隔たりを感じます。元々は、シャドウ様が七陰の皆様に、剣の手解きをされていたとうかがっておりますが……」

 

「……シャドウは、私に対して共通の同じ形状の剣で、彼と同じ剣技の訓練をさせていたわ。でも、私以外の七陰、特にガンマとデルタに剣を教えようとして諦めた頃から……剣の稽古とは別に七陰それぞれの個性も伸ばす方針に変更して、彼は積極的に剣を教えると言うことをしなくなったの。そういう経緯もあって、私たち七陰は、それぞれ好みの得物を使うようになったのだけど……」

 

「そうですか……その影響かどうかはわかりませんが、特にイプシロン様の剣において、懸念すべき要素があります。恐らく、当人の創造性によるものなのでしょうが……他の七陰の方々が学んだ、シャドウ様の剣技とは異なり、魔力制御の重視に偏った、やや我流寄りのスタイルでーー太刀筋や斬撃の痕を、心得のある者が見れば、一目でイプシロン様の剣技だとわかるほどには、個性的です。また、ガンマ様とデルタ様についても、力任せでシンプルにすぎる剣技に仕上がっておりますので、何らかの形で再訓練を行う必要性あり……と考えています」

 

 あのラムダ、必要とあれば上司の再訓練も辞さないとは軍人の鑑だな。ただガンマの運動音痴とデルタの脳筋には、僕でさえ心を折られ、僕の剣技と信念を教えるという意思を諦めさせられた。ラムダの彼女達の再訓練も失敗に終わるだろうなと諦観している。

 

「シャドウですら不可能だと諦めたとしても、私たちがシャドウガーデンとして行動する以上、七陰がシャドウの剣技を習得することは、絶対条件よ。ラムダ、あなたの手をこれからも煩わせることになるけどーー」

 

「それについては、お気遣いなく。そのために、私は今、こうしてここにいるのですから。すべてはシャドウ様と、シャドウガーデンのために」

 

 僕はガンマとデルタに妥協したせいでベータ達にも自主性を尊重したのだが、結果的に強くなればいいかと問題視してなかったのに対して、アルファはそれを問題視していたわけか。みんなの個性を見る意味でも、僕も僕なりにみんなを再訓練しようかなと考えていると、イプシロンが何か違和感を感じたらしい。

 

「……何か、妙な違和感を感じる」

 

「イプシロン……?」

 

「……私にも、かすかに感じられているわ。何か、こう……空間が捻じ曲げられているような感覚。シャドウ、あなたは何か感じるかしら?」

 

「うん、何らかの魔術で方向感覚が狂っているような気がするね」

 

「誰かが、我々の進む邪魔をしている、ということ!?」

 

おっ、ガンマくん、その反応実にいいよ。今度機会があったら、モブの見本として真似させてもらおう。

 

「……つまり、この『深淵の森』の核心へと、私たちが近づいているーーということでもあるのかな」

 

「ゼータの言う通りね。私たちは正しく道を進んでいてーー妨害しようとする、何者かが存在している……ということ」

 

「……こっちの方から、強いやつの匂いがするのです」

 

「ワンちゃん、隊列を崩さないーー」

 

「メス猫、お前にはわからないですか?」

 

デルタにそう言われて、ゼータも渋々意識を集中させる。僕も、同じように意識を集中させて驚く。すごく強い魔力がこの先にいる。

 

「アルファ様!」

 

「あなたやシャドウがそこまで焦り驚くとなると、極めて危険な存在、ということかしら?」

 

アルファの問いかけに、無言でゼータが頷く。僕もこの先にいるのは今の七陰や精鋭では苦戦する強者だと判断する。そうアルファに言おうとすると、デルタが突っ走ってしまった。

 

「だったら、このまま進んで。その強い奴を倒してやればいいのです!」

 

「バカ犬! うかつに先行するなーー」

 

ゼータもデルタを連れ戻すために、俺たちから離れてしまった。

 

「二人とも! 今すぐ戻ってーー」

 

「いえ、ここはあえて先行してもらいましょう。私たちの、意図的に狂わされている方向感覚を信じるよりも、二人の野生の勘に先導してもらう方が、より確実でしょうから」

 

 アルファのいうことも一理あるな。このまま迷うぐらいなら死中に生を拾うというのも悪くない。

 

「ですが、その先に、どんな存在が待ち構えているのか……!」

 

「ガーデンの新天地を探す私たちに、後退の二文字はないわ。けれどもーーラムダはガーデンの構成員を連れて、今すぐ引き返しなさい。私たちが三日以内に戻らなかった場合は、イータに報告して」

 

「アルファ様……!」

 

「今回の相手は想像以上に強力な存在。私たち以外では、太刀打ちすらおぼつかないでしょうから。それにこちらにはシャドウがいる。彼と私たちでどうにもならなければ、精鋭でも返り討ちに会うだけでしょうから」

 

「……了解いたしました。直ちに撤退いたします」

 

「気をつけて。イータにもよろしく。私たちは……デルタとゼータの後を追う!」

 

「皆様……ご武運を!」

 

ラムダの声援を背に僕たちがデルタとゼータを追いかけると、彼女達は木の影に隠れて何かを観察していた。

 

「こいつは……でっかいぞ!」

 

「実在……していたというの……!?」

 

なぜか驚愕する二人に、僕たちが合流する。

 

「デルタ! ゼータ! ……ッ!?」

 

アルファが二人に呼びかけた直後に動きが止まる。そんな僕たちの目の前には一匹のドラゴンがいた。基本は蛇のように細長い体型だが後ろ脚はなく、腕だけが生え、背中には二対四翼のコウモリのような翼が生えている。頭は流線型のトカゲのようで、髭が左右に二本づつ生えている。全体的な色調は白だが、飛膜と腕の一部は蒼みがかった水色である。

 

よし、テンプレきたー。成り行き次第だが、どうせ古都に辿り着くには、こいつを倒すか認められなきゃしないといけないんだろうな。ゲームだとそういうの、お約束だし。うん、みんな驚いてる、もちろん僕も驚いている。

 

「……わしの眠りを覚ます者は誰かーー」

 

「うわっ……!?」

 

「な、なんて魔力のプレッシャー……!」

 

「『霧の龍』……!」

 

「そのようにわしを呼ぶ者も、かつて存在していたーーだが、すべては、時の流れと、霧の中に滅びた……!」

 

「それは『古都アレクサンドリア』も?」

 

「ベータ!?」

 

「…………。風前の灯たる、自らの命の行く末よりも、歴史の陰でひさがれ続けてきた、都の真実を知りたいというのか? たとえ知ろうとも、貴様らはここで息絶え、伝えるべき者なき物語になろうというのに……」

 

「ええ、とっても知りたいですッ! 得られた情報は決して多くはありませんでしたが……この状況含めて、考察可能なレベルには足りてますから!」

 

「答え合わせをしたい、とでも? ……ははっ、この期に及んで、面白い奴! よかろう……わしが語り部となっている間に、、どうわしを出し抜くか、策を練ってみることじゃな……!」

 

そこから『霧の龍』とベータのやり取りを簡略化すると、『霧の龍』はアレクサンドリアの王と盟約を交わして毒の霧で古都アレキサンドリアの繁栄を守っていた。だが時の流れとともに、アレキサンドリアの民は勿論、王の子孫からも『霧の龍』と交わした盟約と竜の存在は忘れられて、アレキサンドリアは毒の霧の守りの安寧を享受し続け腐敗するようになった。気高い精神を失い、愚民化した古都の住民を『霧の龍』は見限り、毒の霧を古都アレキサンドリアに流して滅ぼしたという。

 

「与えたり、奪ったり、自分勝手なやつ……」

 

「与えるか、奪うか……その通りだ、獣人よ! 究極のところは、その二つだけが、この世界を動かす! そして……この森に深く踏み込んだ貴様らもまた、与えられることはなくーー奪われる側となろう!」

 

「シャドウ様! 何か策はーー」

 

イプシロンか。ふむ、策ね、策。…………うん、無い。こいつベータと喋っている間も、隙がなかったし、力づくで返り討ちにするしか無いだろう。

 

「こいつは格上、それも人間相手とは比べ物にならない。よってお前たちは霧を避けつつ龍の牽制に徹しろ。この龍は、俺が倒す」

 

「人間よ、何者じゃ!」

 

「我が名はシャドウ。影に潜み、陰を狩る者。シャドウガーデンの盟主。この暗き森で無意な時を過ごす哀れな龍よ、我が剣で断つ」

 

ドラゴンに見栄を切って名乗る異世界ムーブ……これはこれで楽しい。そんな話をしている間にも僕は龍に切り掛かる。これまでのモンスターに比べると強いが、戦うことはできる。できるが……。

 

「どういうこと、シャドウの剣が効いてない?」

 

「鱗の隙間を突いての攻撃さえ、ダメージになっていない。今の所、主も龍の攻撃を喰らってないけど」

 

「このままだと、当たってもダメージが通らない分、シャドウ様が不利です」

 

攻撃は躱されたわけではない、手応えはあった。なのにダメージがない、感覚からしてアンデッドというわけでもなさそうだ。龍の奇妙な耐性を破るため、今の体で耐えられる魔力を限界まで使う。

 

龍の口元に多くの魔力が集まっている。ゲームとかでお馴染みのドラゴンブレスだろうか?

 

直撃しても防げるだろうけど、陰の実力者的には……ブレスを食らったふりをして回り込む。

 

「自らの力に飽き、悠久の生にも飽き、時の流れを惰眠のように貪る古き龍よ……貴様は何を望んでいる?」

 

「お前は……ただの人間ではない?」

 

「人間だ……だが、貴様の想像を遥かに超える人間だがな。受けるがいい、これこそ未だ未熟なるこの身で放つ『最強』の一端、『フォトン・レイ』」

 

膨大な魔力を螺旋を描くように収束させる。その魔力を突きとともに解き放つ。前世の僕が核を越えるため考えた、自分自身が核に匹敵する力を放つ『アイ・アム・アトミック』。今はまだ体も魔力も未熟なため核を越えることはない、下位置換。それが『フォトン・レイ』である。

 

「お前たち、覚えておくといい。ただ強いだけではだめだ、その力を制御する技を伴わなければ。敵を冷静に見極める智があっても、それを支える勇気がなければダメだ。力、技、智、勇、それらを培ったものこそが英雄であり、培ったそれを弱者に示す。それこそが強者の、英雄の作法だ」

 

それを直撃した龍は傷口から大量の血が流れ出る。なのにそれを苦にもせず龍は存在する。

 

「……ク、ク、ク……! お前ならば……わしを殺せるというのか!? この恐れ……嬉しいぞ……! かつて、古の盟約は打ち棄てられたーーだが、世界がまた連れてきてくれた! 龍という存在に……ありきたりな死は……許されない……そのように……世界に呪われている……! 故に……龍に対する真なる勝利は……命を奪える力を持つことで、初めて得られる……!」

 

つまり、残機があるとかアンデッドみたいに体をコマ微塵にすればいいとかではなく、一撃でその命を消滅させるほどの大火力が必要という認識でいいのだろうか。ゲームだと毎ターン体力が全回復する永続バフを持ってるため、一ターンでHPを消しとばすダメージを叩き出さなくては永遠にクリアできないということか。

 

「未だ我も未熟ということか。それにしても、難儀な生だな」

 

「その力に通じる者へ、いつか賜われる死を条件に従うこと……これこそが……我が古の盟約……!」

 

その言葉と同時に、龍の魔力を帯びた吐息が僕に吐きかけられる。お、これはもしかして。

 

「我が力、常に其方とともにあろう……! いつか、我が命を絶てる者よ……其方は何を望む……!?」

 

「我が求めるは今より遥かなる高み、世の全てを敵に回そうともそれらを打ち砕き、我が道を歩む力だ」

 

「は、は、はっ……シャドウ、か! 何もかもが、規格外の男じゃーー。エルフと獣人よ。そなたらは、シャドウに従う盟友なのだな。この森を抜けて、古都アレクサンドリアに何の用があるのだ?」

 

「……シャドウと、彼の率いる、シャドウガーデンにふさわしい、新天地を探している。シャドウと私たちには、やらなければならないことがある。そのために、身を潜め、力を蓄える場所を必要としているの」

 

「新天地、か……! お前たちが力を高めれば、そこのシャドウがさらに世界の真理に近づくきっかけとなる、かーー。ならば、古都アレクサアンドリアの地を、我が力と合わせ、シャドウと、シャドウガーデンのものとするがよい……!」

 

よし、フラグ回収。これで新しい拠点がゲットできる。

 

「これより、古都はそなたらの拠点となりーー我が霧は、そなたらを世界から隠すベールとなるであろう……!」

 

その言葉と同時に霧が晴れ、竜の姿が消えていく。そして目の前に広がるのはあちこちに崩れた建造物の名残、川と農地の跡、そして中央に森に囲まれ朽ちかけているがそれでも悠然と聳える古城。絶景だ。

 

「……ここが……! 『古都アレクサンドリア』……!」

 

「アルファ様……!」

 

「……ガンマ。すぐに戻って、イータとラムダに知らせて。本格的に、拠点移動を開始するわ!」

 

「アルファ、そろそろ刻限だ。あとのことは任せる」

 

「ええ、期待していて、シャドウ」

 

こうして僕たちシャドウガーデンは新しい拠点、『古都アレクサンドリア』を手に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日。

 

「マスター、拠点の防衛設備において何かアイデア、有る?」

 

『古都アレクサンドリア』の防衛設備か。シャドウガーデンの構成員は全員魔剣士だし、攻めてくるとしたら、やっぱり同じ魔剣士だよな。

 

「まずは地雷だな。魔剣士といえど、常時魔力を纏わせているわけではない。地面や罠で投擲される飛翔物を爆薬を仕込むことで、魔力を纏わぬ無防備な瞬間を狙う兵器があればいい。また、魔剣士としても呼吸は必須なので、密閉空間で大気を燃焼させることで煙や低酸素による窒息を狙うのも効果的だ。より多くの犠牲を出すために密閉空間を迷宮にするというのも面白い」

 

「おお、新たなる『陰の叡智』? さすがマスター」

 

アイデアを求めにきたイータに入れ知恵したため、アレクサンドリアの防衛施設がより悪辣になったのを僕は知らない。

 

 



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ミドガル魔剣士学園狂想曲

 僕は15歳になり、晴れて王都にあるミドガル魔剣士学園に入学した。大陸最高峰の魔剣士学園と評され、国内はもちろん国外からも将来有望な魔剣士たちが集うという。 姉さんは特待生として学園の敷地内の寮に住んでいるが、僕は平均よりやや上の成績の一般生徒として入学したため、下町のアパートに下宿している。

 

「おっす、シド」

 

「シドくん、あとちょっとで置いていくところでしたよ」

 

 今僕に話しかけたのは、ヒョロ・ガリとジャガ・イモ。二人とも僕と同じ男爵家の出身で、僕と部屋が隣だったため、気がつけば一緒につるむようになった。二人とも次男坊で跡取りでないため、一緒にいても不自然でないし、二人の動きから僕が「天才の姉の影にいる冴えない長男」を振る舞うにはどうすればいいかいい見本になる。

 

「シド、お前、今日の放課後、わかってるよな」

 

「わかってる。ちゃんと告白すればいいんでしょ」

 

 このやりとりは、この前授業中の小テストで最下位になった人は「学園の女子(アイドル)に告白」しなければならないと罰ゲームを決め、それが僕だったためだ。

 

魔力関係の科目は僕が独学で至った知識と世間一般の知識に隔たりがあることもあり、魔力がなかった前世の知識も役に立たない。結果として、僕は最下位に甘んじることになった。

 

「で、やっぱアレクシア王女に告白するんですか?」

 

「お前が振られるところ、バッチリ見てやるからな」

 

 アレクシア・ミドガル王女殿下。僕たちと同級生で、このミドガル王国の第二王女。そして今日、僕が罰ゲームで告白する相手である。学園のアイドルにはもう一人、他国から留学してきた先輩で母国の王女、そして生徒会長という人もいるがこちらは全く接点がない。そしてアレクシアの姉のアイリス第一王女殿下はすでに卒業している。同じ振られる告白でも、まだ同級生という接点があるアレクシア王女の方が敷居が無いという事である。

 

 だからか自分ならイケると自惚れたアホが入学してから2ヶ月でもう百人を超え、そして『興味ないわ』という冷酷な一言で返り討ちにあっている。 最もお互い将来は政略結婚するだろうから、あくまで学園内での青春の一部としての関係で終わると理解しているが。一日に一人は告白されて振っているから、僕が罰ゲームで告白して振られてもよくあることで片付く。そういう打算もある。

 

 そして今日の放課後、僕はアレクシア王女を学校の屋上に呼び出した。屋上の出入り口の建物の影からヒョロとジャガが僕の告白を見張っている。

 

 気分は観客の前で演技する舞台役者だ。アレクシア王女は白い髪を肩のところまで伸ばし、姉さんのように切れ長で赤い瞳を持つ、クール系で整った顔立ちの美少女だ。もっとも僕はアルファたちを含め女性ばかりのシャドウガーデン唯一の男、美女は見慣れているため大して緊張はしていない。

 

 だがもし僕じゃなくヒョロやジャガが告白していたらすごく緊張しているので、緊張しているふりをする。そう、僕は小心者で罰ゲームで告白し振られる友人を嘲笑う小物で、権力には秒で媚を売る碌でなしのあの二人のような告白をしなければならない。

 

 神と世界よ。刮目し、見届けよ。これこそ『告白を強要され緊張の極みにありながら、なんとか高嶺の花に告白するモブ学生』の告白だ!

 

「ア、ア、ア……アレクシアおうにょ」

 

 ア、ア、アでスタッカートを刻み……でビブラート、アレクシアの音程は上下に揺れ、おうにょで迫真の活舌を披露。今朝彼女に告白した学生みたいな贈り物はない。あの二人は緊張と資金のなさから贈り物を用意したりはしないだろう。

 

「す、好きです……!」

 

 視線はアレクシア王女を避け地面を彷徨い、膝は小刻みに震わせる。 手を突き出すことすら恐れ多いと、両手はぴっちりと胴につける。

 

「ぼ、ぼ、僕と付き合ってくぁさぃ……?」

 

 セリフはあくまで普通、退屈なまでに王道を突き進みながら、発音、音程、活舌は明後日のほうにブレまくり、ラストは小さい語尾からの疑問形で自信のなさを極限アピール。 よし、これであとはアレクシア王女に振られるだけで「よろしくお願いします」……はい?

 

「ええっと、いいんですか?」

 

「ええ、お受けします。あなたみたいな人を待っていたわ」

 

 思わずまるで緊張していない素に戻って確認するも、受諾の返答は変わらない。

 

「それじゃあ、一緒に帰りましょうか」

 

 微笑を浮かべながら足を屋上の出入り口に返すアレクシアを、僕は追いかけ、追いつき、彼女を寮まで送り届けるとまた明日と別れ、その足でアパートの自室に戻る。なんでラブコメ主人公ルート入ってんだぁぁぁ、と内心絶叫しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日の学校、昼の食堂で。

 

「おかしいよね」

 

「おかしいな」

 

「おかしいですね」

 

 僕たち三人の意見は一致した。今まで全員振ってきたアレクシア王女が急に僕みたいな男爵家の男子と付き合うなんておかしいと。

 

「正直言ってお前にアレクシア王女と付き合えるだけのスペックはない。俺ですら怪しいレベルだぜ?」

 

 偉そうにヒョロが言うが、お前はただのノッポだ、オシャレな癖にセンスが悪いだろうがと言い返したくなる。少なくともアレクシア王女に釣り合うスペックはない。

 

「シド君が付き合えたんなら自分もいけたかもしれませんね。あー、自分が告白すればよかったなぁ」

 

 ジャガが自分にもチャンスがと嘆くが、小柄でイモっぽい男子である。どこから、どんな角度から見てもアレクシア王女に付き合えるとは思えない。アレクシア王女にどんな考えがあって地方の地味な貴族子弟と付き合うことを決めたか知らないが、告白したのがこいつなら流石に振ったかもしれないやつだ。

 

「いや実際いいもんじゃないよ。なんか裏がありそうで怖いし、そもそも住む世界違うわけだし」

 

「だろーな。お前に俺みたいな器量は無いし、もって一週間ってところか?」

 

「3日ぐらいでしょう、周りを見てください」

 

 ジャガの言葉に周囲を見渡すと、食堂の人間がそれとなく僕を見てヒソヒソ話していた。 僕の耳はちょっと特別なので、ヒソヒソでもよく聞こえるが、

 

「ほら、あれが……」

 

「嘘ー! なんか普通……」

 

「何かの間違いじゃ……」

 

「あ、私ありかも……」

 

「えー!」

 

 とか。

 

「弱み握って脅したらしいぜ……ヒョロ・ガリって奴が言ってた」

 

「マジかよあいつ絶対殺す……」

 

「演習で事故に見せかけて……」

 

「ここでやらなきゃ男が廃る……」

 

 とか。

 

 とりあえず機会があればヒョロ・ガリをボコボコにリンチすることを決めながら、その目の前にいるヒョロ・ガリに苦情を言う。

 

「僕がアレクシア王女の弱みを握って脅したなんて言いふらすヒョロ・ガリってやつがいるらしいけど……同姓同名の君に心当たりはある?』

 

「俺じゃねえよ。親友を疑うのか?」

 

 お前、棚ぼたな幸運に恵まれた友人を妬んで、そういうことするタイプだろうが。モブの友情は儚く脆い。

 

「全く王女を脅しでもしたら、僕どころか一族皆殺しにだってなりかねないってわからないのかな」

 

わざと大声で言う。こうすれば僕が王女を脅したと言う悪質な噂はすぐ否定されるだろう。それより今はアレクシアだ。

 

「いいじゃん、付き合えば。あわよくばいい思いできるかもしれないぜ」

 

 ニヤつきながらヒョロが言う。

 

「ですね。たとえ間違いでも王女と付き合えるんですから、多少の障害で怯んではもったいない」

 

 アホ言うな。それで目立って万が一シャドウガーデンについてのあれこれがバレたら、シャドウという裏の顔ではなくシド・カゲノーという表の顔が、世界中から追われるだろうが。姉さんや両親は巻き込みたくないっていうのに。

 

「しかしこういう結果になったのであれば、罰ゲームのことは隠さなければなりませんね」

 

 とジャガが言う。

 

「だね。バレたら面倒なことになりそうだ。だから頼むよ、特にヒョロ」

 

「俺? 俺は漏らさねーよ?」

 

「もちろん自分も漏らしませんよ」

 

「マジ頼むからな」

 

と口では勇ましいが、不審がったアレクシア王女に詰め寄られたら秒で自白するんだろうなと思っている。だとしても一本の藁にも縋りたい立場なのだが。

 

そう思って貧乏貴族向け980ゼニーの日替わり定食をさっさと完食しようとすると、僕の向かい側に金持ち向け十万ゼニーの日替わり定食がメイドによって手際よく並べられる。そしてその席の前に立つは、件のアレクシア王女。

 

「この席、いいかしら?」

 

「ど、どどどどど、どうじょ!」

 

「こ、こここここ、こんな席でよければ、ぜひぜひ!」

 

 うん、君たちはこうなるだろうと思っていたよ。さっきまで自分でも付き合えると大口叩いていたのが夢のようだ。僕は無言で席を勧める。そんなことより早く完食して、この場を立ち去りたい。僕が行き着く暇もないペースで食べるからか向こうも話を振ってこない。

 

「ごちそうさま、じゃあまたね」

 

「ちょっと待ちなさいっ!」

 

 無視して立ち去りたいが、そんなことをしたら後が怖いので大人しく席に戻る。

 

「あなたって午後からの実技科目は王都ブシン流だったわね」

 

「そうだよ」

 

この学園は午前の基礎科目と午後の実技科目に分かれており、基礎科目はクラスごとだが実技科目は選択式でクラスも学年もごちゃ混ぜ。数多の武器流派から自分に合った授業を選ぶわけだ。

 

「私も王都ブシン流だから一緒に受けようと思って」

 

「いや無理でしょ、だってアレクシア1部じゃん。僕5部だし」

 

 ブシン流はかなり人気の授業で、1部50人でなんと9部まである。1部から9部は実力ごとに分けられて、僕は入学して間もないがすでに5部だ。何せ偶に特待生の姉さんに勝っていたのだ。そんな僕が9部だったら姉さんがどんな反応をするか、考えるだけでも恐ろしい。姉さんは5部で不満かも知れないが、学年ごっちゃ混ぜなのだから入学したてで中の中は快挙な方だろう。ヒョロとジャガ? もちろん9部だ。

 

「私の推薦で1部に席を空けてもらったから大丈夫よ」

 

「それはどう考えても大丈夫じゃないやつだ。僕は知っているからな」

 

「なら私が5部に行こうかしら?」

 

「やめてくれ、僕の立場がなくなる」

 

「2つに1つよ、選びなさい」

 

「どっちも嫌」

 

「王女命令よ」

 

「1部行きます」

 

 こうして僕の昼食は終わった。案の定、ヒョロとジャガは最後まで置物だった。 あいつら、全身甲冑着て飾りの鎧の振りして警備する仕事に就職すればいいんじゃないかな、きっと誰も中に人間がいると気づかないぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1部の教室での感想は優遇されすぎだろ、の一言に尽きる。教室はでかい体育館のようで更衣室・風呂?・軽食場???などが備わっていて、扉もメイドさんがいちいち開けてくれる。軽食場はいらないだろと内心突っ込んだ。

 

 さっさと着替えてストレッチをしながらアレクシア王女を待っていると、黒いスリットの入ったチャイナドレスのような道着を身につけたアレクシアがきた。正直、5部の道着なので目立つことこの上ない。そうこうしているうちに授業が始める。

 

「今日から新しい仲間が入った」

 

「シド・カゲノーです。よろしくお願いします」

 

 さすが1部というべきだろうか。見渡せば重要人物がそこら中にいる。あそこのイケメンは公爵家の次男だし、あそこの美人は現役魔剣騎士団長の娘だし、そして顧問の先生はなんとこの国の侯爵兼剣術指南役だったりする。しかもまだ28歳という若さの金髪イケメンだ。 確かゼノン・グリフィ侯爵だったか。

 

「みんな仲良くするように」

 

敵意7割、好奇心3割のお世辞にも仲良くする気があるとは思えない視線を受けながら、授業を受ける。

 

 瞑想による魔力制御からはじまって、素振やら基礎的な内容が続く。 やっぱり基本は大事だ。強い人は基本を大事にする。 周りのレベルも高いしお世辞抜きでいい環境だといえるだろう。 何よりこの王都ブシン流が非常に理にかなっているため、練習に参加していて苦にならないって素晴らしいことだ。

 

「君は王都ブシン流が好きかい?」

 

「そう見えます?」

 

「ああ、楽しそうだ」

 

「まあ、理にかなっていて、やりがいがあると思います」

 

「王都ブシン流は知っての通りブシン流から分裂して出来たまだ新しい流派だ。伝統のブシン流、革新の王都ブシン流、はじめは風当たりも強かったがアイリス王女のおかげで今やこの国でブシン流に次ぐ流派とまで言われるようになった」

 

「ゼノン先生も、王都ブシン流を盛り上げた剣士の1人だと聞きますが」

 

「アイリス王女に比べれば微々たるものだがね。それでも私は王都ブシン流は自分が育ててきたと思っている。だから王都ブシン流を好きになってもらえたなら嬉しいんだ。すまない、練習の邪魔をしたね」

 

そう言って他の生徒の様子を見に、ゼノン先生は去っていった。僕が教えた剣を、アルファたちが振るのを見るような気持ちということだろうか。最もガンマとデルタの剣を見ると自分が教えたと思いたくなくなるが。

 

 そんな益もないことを考えていると今度は実戦形式の稽古をアレクシア王女と組んで行う。実力差を不安に思ったが、稽古の目的を理解しているのか力も速さも魔力もなく、本当に技を確認しているだけだ。

 

 アレクシア王女は天才・王国最強と名高い姉と比べられて、凡人の剣と評されている。だがこうして対峙するとただ地味なだけで、基礎・基本に忠実な努力の結晶である。学習能力がなかったり飽き性な獣人コンビに見習わせたいものだ。

 

「いい剣ね」

 

「ありがとう、ございます」

 

「でも、嫌いな剣。自分を見ているようだわ。終わりにしましょうか」

 

 気がつくと授業が終わっていたらしい。片付ける彼女に僕も続き、着替えたらアレクシア王女を振り切って帰「待ちなさい」れなかった。僕はアレクシア王女に引っ張られて何故かゼノン先生の前に連れて行かれた。

 

「それが、君の答えというわけかな」

 

「ええ。私、彼と付き合うことに決めたから」

 

「いつまでもそうやって逃げられる訳じゃないよ」

 

「大人の事情は子供には分かりませんの」

 

 厳しい目でアレクシア王女を見るゼノン先生と、それを笑顔で流すアレクシア王女。

 

 大体の事情を理解した僕は、引いてしまった厄ネタにマジでヒョロとジャガ変わってくれと絶叫した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は放課後の校舎裏でアレクシア王女を問いただした。

 

「つまり君とゼノン先生は婚約者で、僕はその当て馬に選ばれたって理解でいい?」

 

「ええ、そうよ。ただ婚約者じゃないわ、婚約者候補よ」

 

「どっちでもいいよ。他にどんな候補がいるか知らないけど、ゼノン先生に張り合える有望株はそうそういないでしょ」

 

「よくないわ、まだ決まってもいないのに強引に話を進めてきて困っていたのよ」

 

「それこそどうでもいいよ。悪目立ちしたくないし、悪いけど君たちの事情に巻き込まれるつもりはないから」

 

「……あら、薄情ね、恋人のクセに」

 

「恋人? 君にとって僕はただ下級貴族出身だから扱いやすい、都合のいい当て馬でしかないだろ?」

 

「ええそうよ、でもそれはお互い様よね」

 

 アレクシアは嫌らしい笑みを浮かべる。

 

「お互い様? いったい何のことだ」

 

「あら、惚ける気? 罰ゲームで告白してきたシド・カゲノー君。非道いわ、乙女の純情を弄ぶなんて」

 

 シクシクと明らかな嘘泣きしながら、乙女の純情など欠片も持ち合わせてなさそうな女が言う。

 

「なんのことだい? 罰ゲームで告白だなんて、証拠でもあるのかい?」

 

 僕は不思議そうな顔を取り繕って返す。内心、あいつら裏切ったな、と諦めながら。アレクシア王女の性格からして、もう裏どりも済ませてあるだろう。少なくともベータなら裏は取っている。

 

「ヒョロ君とジャガ君だったかしら。あなたのお友達に話しかけたら、顔を真っ赤にしてペラペラと聞いていないことまで全部喋ってくれたわ。いい友達ね」

 

 僕は今すぐあのバカ二人に『フォトン・レイ』を打ち込み、肉片を一片も残さず蒸発させたい衝動に駆られた。

 

「みんなが知れば、この先あなたは平穏な学園生活には戻れないかも知れないわねぇ」

 

 えげつない。そんなことになったら今は勿論、王城に話が行くと将来まで響く。もしそうなったら学園を生徒ごと『アイ・アム・アトミック』で蒸発させるか、自主退学してシャドウガーデンの盟主シャドウとして本格的に行動するか、真剣に現実逃避しながらアレクシア王女、いやアレクシアの沙汰を待つ。

 

「とりあえず恋人のふりを続けてもらいましょうか。期限はあの男が諦めるまで」

 

「諦めると思う? 僕は所詮男爵家の人間だ。正直当て馬には力不足だよ」

 

「分かっているわ。時間が稼げればいいの。後はこっちで何とかするから」

 

「なるべく早めに頼む」

 

「……ごちゃごちゃうるさいわね」

 

そう言いながらアレクシアは懐から金貨を取りだして指で弾く。反射的に空中でキャッチしようとするがそれを予想していたアレクシアに妨害され地面に落ちる。地面に落ちた金貨を改めて確認する。間違いない、一枚十万ゼニーの金貨だ。

 

「拾いなさい」

 

「……へぇ、僕が金でなびく男に見えるとでも?」

 

「見えるわ」

 

「……フッ……その通りだ」

 

 僕は大人しく地面に落ちた金貨を拾う。本来、僕はこんなことをしなくてもいい。今王都で話題のミツゴシ商会は実はシャドウガーデンのフロント企業で、ミツゴシの商会長は七陰の一人ガンマだ。彼女からお金が入り用でしたらいつでも言ってくださいと言われているし、長年の盗賊基金もある。だがしかし、楽して大金を稼げるならそれに乗らない手はない。

 

 アレクシアは再び懐から金貨を取り出し指で弾く。すかさず空中でそれを受け止める僕。

 

「よしよし、いい子ね。それで、ちゃんと私の私の言うことを聞いてくれるわよね? 『ポチ』?」

 

「勿論ですとも」

 

 性格の悪さが滲み出た笑みを浮かべながら三度目の投擲、軌道は魔力を使わないといけないほど高く、それゆえ遠くまで飛んでいく。

 

「ほ〜れ、取ってこ〜い」

 

 僕はまるで飼い主が投げたおもちゃを拾いに行く犬のような気持ちを味わいながら金貨を追った。

 

 



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日常と波乱

 アレクシアと偽恋人関係になってから二週間。僕の自由時間は減少したが、逆に言えばあとはアレクシアと付き合えた僕に対する生徒からの嫌がらせくらいだった。一番危惧していたゼノン先生は初日のように話しかけることはないが、僕やアレクシアに授業中は丁寧に指導してくれる。できる大人の対応である。

 

一方、そんなゼノン先生に対し、アレクシアはというと、

 

「全くむかつくわねあの男。少し剣が上手いからっていい気になって」

 

 さすがに人前では猫を被って自重しているが、裏では罵詈雑言の嵐だ。反論してもあの男の肩を持つのかと僕にも飛び火するのが目に見えているので、アレクシアの言葉に頷くロボットに徹している。勿論、翌朝にはアレクシアの言ったことなんて綺麗さっぱり全部忘れている。

 

「うん」

 

「あの胡散臭い笑顔、ポチも見たでしょ」

 

「はい見ました」

 

 今はここ最近の放課後の定番、普通のデートのように街中を散策して、少し遠回りして人気のない林道を使ってアレクシアを寮に送る最中だ。普通に歩けば十分程度なのに、ゼノン先生への愚痴を話し続けるため三十分は普通にかかる。ひどい時には星が見えるほど暗くなるまで愚痴を聞かされたこともある。童話ではないが、穴でも掘ってそこに愚痴ればいいのに。今日、とうとう我慢しきれなくなってアレクシアに尋ねた。

 

「ねぇ、ちょっといい?」

 

「何よ、ポチ」

 

「君がゼノン先生の何もかもが嫌いなのは理解したけど、そう言うのって基本的に相手の何かが嫌いだから結果的に相手の全てが嫌いになるってことが多いと思う。君がゼノン先生をそこまで嫌う根本的な理由は何?」

 

坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってやつだ。相手が自分の嫌いな要素の塊であるのではなく、自分が嫌っているから相手に関連した何もかもが結果的に嫌いになる。少なくともアレクシアの嫌悪は、今のところゼノン先生の何かが気に入らないから、ゼノン先生の全てが嫌いになっているのだと思う。僕の質問に、アレクシアはお気に入りらしい切り株に腰掛けながら話す。

 

「私は人を上辺だけで判断しない。上辺なんていくらでも取り繕えるわ。私みたいに」

 

確かにアレクシアは僕とゼノン先生以外には猫をかぶっているから、人気が高い。

 

「なるほど、説得力のある言葉だ。でも、ならどこで人を判断するのさ」

 

「欠点よ」

 

 アレクシアは表情を変えることなく平然と言った。

 

「なかなかネガティブな判断基準だ。君らしい」

 

「あら、ありがとう。ちなみに私、欠点ばかりでろくに美点のないあなたのこと嫌いじゃないわ」

 

「ありがとう、こんなに嬉しくないほめ言葉は初めてだ」

 

 アレクシアは苦笑した。

 

「あなたは分かりやすいクズだから好感が持てるわ。だからこそあの男が嫌いなんだけど」

 

「ちなみに、イケメンで剣術指南役で現侯爵という地位も名誉も金もあって公私を弁えたいい人に見えるゼノン先生の欠点は?」

 

「私が見た限り欠点は無かった」

 

「やっぱり超優良物件じゃないの?」

 

「いいえ。欠点が無い人間なんていないのよ。もしいたとすれば、それは大嘘つきか頭がおかしいかのどちらかね」

 

 そのアレクシアの言葉に不思議と納得する。どうしてだろうと考えると、七陰も腹黒・運動音痴・アホ・自尊心が高い・飽き性・倫理観欠如と欠点の持ち主だらけだからだ。アルファだけは欠点らしい欠点を知らないが、アルファが頭おかしいと思う心当たりがないので、僕には欠点を隠しているのだろう。

 

「なるほど、独断と偏見に満ちた回答をありがとう」

 

「どういたしまして、欠点まみれのポチ。今日の報酬よ、ほ〜ら取ってこ〜い」

 

アレクシアが金貨を放り投げ、僕がそれをダッシュでキャッチし、手を叩いて喜ぶアレクシアの下に帰る。

 

「よーしよし」

 

 わしゃわしゃと頭を撫でられる。我慢だ、我慢するしかない。

 

「嫌がってる嫌がってる」

 

こいつの欠点を僕は一つ見つけた。こいつ、絶対にサディストだ。将来、この女に尻を敷かれるだろう男に今のうちに黙祷してやろう。

 

「顔に出てるわよ」

 

「出してるんだ」

 

「さて、帰りましょう」

 

「はいはい」

 

「ポチ、明日こそあいつのムカつく顔に木剣叩き込んでやるんだから見てなさいよ」

 

「それって、本気で言ってるの? いや、本気で木剣を叩き込みたがってるのはわかるけど」

 

「どう言う意味よ」

 

口を滑らせたかと思ったが、口に出した以上は撤回する術はない。そのまま言うしかない。

 

「確かにまだゼノン先生の方がアレクシアより強い。でも君が訓練の時みたいに万全なら、もう顔に木剣を叩き込むことができていると思うんだけど?」

 

いざ実戦形式でゼノン先生と立ち会うと、アレクシアの剣術に澱みが生まれているのだ。力と智(駆け引き・騙し合い)は十分、だが技と勇気に翳りが生まれる。あれでは、自分より格上を倒すのは難しいだろう。

 

「……私には才能がない。生まれつき魔力は多かったし、努力もしてきたつもりよ。私自身そこそこ強いとも思ってる。それでも、本物の天才には絶対に勝てない」

 

「努力しても追いつけない才能の壁か、残酷だね」

 

「私はずっとアイリス姉様と比べられてきた。周囲の期待もあったし、何より私自身がアイリス姉様を尊敬し、追い付きたいと思っていた。だけど、私はアイリス姉様と同じようには出来なかったのよ。何もかも、最初から持っているものが違ったの。だから私は私なりに考えて強くなろうとした。その結果私の剣が何て呼ばれているか知ってるでしょう」

 

 アレクシアの剣を評する時、必ずと言っていいほど出てくる言葉がある。

 

「凡人の剣、だね」

 

「そうよ。ちなみにあなたも私と同じ凡人の剣。残念だったわね」

 

 アレクシアは片頬で笑った。才能ある側への憎悪や怒り、そして積み上げてきた剣が無価値と評される恐れが彼女の剣を鈍らせているのだなと悟った。

 

「残念とは思わないよ。僕は自分の剣に自信を持ってる。そして僕と同じ君の剣も好きだ」

 

「……っ!」

 

 アレクシアは僕の言葉に一瞬息を止めて、睨み付けた。

 

「かつて、同じ言葉を言われたわ。ブシン祭の舞台で無様に負けた私に、アイリス姉様が『私、アレクシアの剣が好きよ』って」

 

 敗北の中、気休めにしか思えなかった言葉を、怒りと憎悪に唇を歪めて声真似をするアレクシア。アイリス王女がどんな心境だったのかその場にいなかった僕にはわからないが、口下手がすぎるなと思った。

 

「あの人に私の気持ちなんて分からないでしょうね。あの時私がどれほど惨めだったか。私はあの日からずっと、自分の剣が大嫌いよ」

 

 己を自嘲するように、悲しみのあまり一周まわっておかしくなったように、アレクシアは暗い笑みを浮かべる。僕はそれを見てアレクシアに声をかけなければと思った。それが自嘲し続ける彼女への哀れみだったのか、彼女と同じように努力し続けてそれが報われる機会なく死んだ前世の自分と重なったのか、今も未来も僕はわからないだろう。

 

「僕は適当な人間でね。世界の裏側で不幸な事件が起きて、百万人死んでもわりとどうでもいい」

 

「……最低のクズね」

 

「同じように、アレクシアが乱心して無差別通り魔殺人犯になってもわりとどうでもいい」

 

「乱心したら真っ先にあなたを斬ることにするわ」

 

 アレクシアの切り返しに口だけ怖い怖いと言いながら、表情を真面目にして言う。

 

「けどどうでもよくないこともある。それは他の人にとってはくだらないものかもしれないけれど、僕の人生において何よりも大切なものだった。僕は僕にとって大切なそれを守りながら生きてきた。僕の剣も僕のどうでもよくない、大切なそれを守るために培ったものだ。だから、僕と同じな、君が嫌いだと思う君の剣が僕は好きだ。そして自分の剣を嫌う君は、僕の好きなものを嫌っているから不愉快に思う。嫌いなのに、諦めることなくしがみついているだけ尚更にね」

 

 そんなに姉と比べられるのが嫌なら、周囲の評価に押しつぶされるなら剣は嗜み程度として諦めればいい。凡人の剣と揶揄されたって所詮、王族として最低限振るえればそれでいいと思えばいい。今からでもそれまでの努力を捨て政治や経済、とにかく魔剣士として大成している姉と違う道を進めば、姉と比べられることも減るだろう。

 

 なのにアレクシアはそれを選んでいない。姉に自分の剣を好きだと言われてからずっと自分の剣を嫌っていたのに、それでも剣を振るっている。僕を自分の早朝稽古につき合わせ、授業でも誰よりも鍛錬の目的を見据えて行なっている。それが長年努力し続けたものを捨てられない惰性なのか、それとも……。

 

 ふと気がつくとアレクシアは立ち上がり、剣を僕に突きつけていた。

 

「その言葉に何の意味があるの?」

 

「何もないよ。ただ、自分が思ったことを口にしただけ。強いて言うなら、さっきも言ったように自分が好きなものが嫌われるのは不愉快だって気持ち」

 

「……そう」

 

アレクシアは僕の目を見て剣をしまい、寮へ向かって踵を返して歩いていく。

 

「今日は一人で帰る。……さようなら」

 

これで振られる……かどうかはまだゼノン先生との婚約話が片付いてないからわからないな。明日からアレクシアは僕にどう接するのかだけ気にしながら、人気がないのを確認して魔力を使い一直線に寮に帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日。今朝は珍しくアレクシアの早朝練習に付き合わされなかったし、何なら昼食時の今までアレクシアの姿を見ていない。クラスが別だから当然だが。

 

「こうやって3人で食べるのも久しぶりですねぇ」

 

「こいつ毎日王女と食べてたからな」

 

「仕方ないだろ」

 

久しぶりに裏切り者のヒョロとジャガと学食を食べている。

 

「シド君、いい加減機嫌直して下さいよ。たしかに、罰ゲームのことをバラしたのは悪かったです」

 

「そうだぞ、男が細かいことでいつまでも根に持つんじゃねーよ」

 

「貧乏貴族向け日替わり定食980ゼニー奢ったじゃないですかぁ」

 

「そうだぞ、奢ってもらってんだから全部水に流せ」

 

「わかってるって」

 

 僕は大きめの溜め息を吐いた。正直980ゼニーの一食では罰ゲームの裏事情を暴露され弱みを握られたことには釣り合わない気がするが、アレクシアからもらった二十枚くらいの金貨を考えると、辞める権利がない無期限の高額アルバイトを紹介された気がするので許してやることにした。

 

「よーし、それでこそ男だ」

 

「シド君ありがとうです」

 

「はいはい」

 

「それで……」

 

「実際どこまでいったんだよ?」

 

「なにが?」

 

「だーかーらっっ、アレクシア王女とアレだよアレ。2週間付き合ったんだから、ちょっとぐらいあるだろうアレが!!」

 

「うんうん」

 

 アレが連呼される、とてつもなく頭の悪い会話だ。

 

「何もないよ、あるわけないだろ」

 

「かーッ、どうしようもないヘタレだな。俺だったらもう最後までやってるぜ」

 

「ですねぇ。自分でもチューまでは確実に……。いやもう少し先のソフトタッチ、セミハァァアドタァァッチまでは……」

 

「だからそういう関係じゃないって」

 

 弱みを握られ明らかに釣り合わない婚約者候補の当て馬になり、投げられた金貨を犬のように追って拾ってくる関係だ。……あとジャガの気色悪い妄想を聞いて、頭で逆立ちしながら「猊下」と叫ぶ一頭身のピエロが脳裏に浮かんだのは何故だろうか。

 

「あと二人とも、王女様の純潔なんて奪ったら、それがどこであっても厳罰になるかもしれないってわかっている?」

 

 この中世の世界で王族に手を出すと言うことはそう言うことだ。たとえアレクシアの方から誘われたとしても、手を出せば最悪こっちが一族郎党を巻き込んで極刑になる。身分差や権力で善も悪も裏返る、中世の暗黒面である。アレクシアとの妄想に溺れる二人をほっといて食事を進めていると、

 

「少しいいかな」

 

「ん……?」

 

 金髪イケメンのゼノン先生が現れた。

 

「え、あっ!」

 

「はい、どうぞどうぞ!」

 

 そう言って僕の背後に隠れながら、二人は置物になった。

 

「僕に何か?」

 

 一応アレクシアがいない間に何か仕掛けてくるか警戒する。大勢の生徒という観衆のど真ん中でそんなことをするとは思えないが。

 

「もう聞いているかもしれないが、アレクシア王女が昨日から寮に戻っていない」

 

「ん……?」

 

 もちろん初耳だし、失踪先に心当たりもない、だが彼女も思春期だ、感情のままにフラッと行方をくらますこともあるかもしれない。昨日の別れ際に、あんなこともあったことだし。

 

「今朝から捜索したところ、これが見つかった」

 

そう言ってゼノン先生が取り出したのは、アレクシアの物らしい片方のローファー。

 

「付近には争った形跡もある。騎士団は誘拐事件と見て捜査を始めた」

 

「本当ですか……!」

 

 僕は驚愕と悲痛の入り混じった表情と声を作りながら、内心では「日頃の行いのせいだ、ざまぁ!!」と喝采する。

 

「捜査の結果、最後に接触した君が最有力の容疑者として浮かび上がった。騎士団も君に話を聞かせてもらいたいそうだ。協力してくれるね?」

 

 僕は目の前にいる王国剣術指南役のゼノン先生を見て、ふと周囲を見渡せば食堂の入り口や周囲を固める殺気だった騎士団の皆様を見つける。僕は悟った。あっ、詰んだわ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして僕は基礎団の留置所で尋問、いや拷問を受けていた。

 

「オラァ! まだ足りんのかァ!」

 

「お前しか考えられないんだよ、犯人は」

 

「もう一度聞く。アレクシア王女をどこに隠した?」

 

 漫画や小説から出てきたのかと思うほどテンプレートな悪役騎士が、僕をボコボコにして尋問する。もっとも肉体的な痛みは魔力で痛覚神経を鈍化すればいいし、自力でも耐えられる。こいつら、なんてモブな悪役騎士なんだと感心する余裕がある。

 

「何とか言ったらどうなんだ? 黙っていても、なんにも解決しないぜぇ」

 

「早く吐いてラクになっちまえよ。おおん?」

 

「だから、僕は知りません。林道の途中で……アレクシア王女と、わ、別れてから、……それっきりでした」

 

 彼らのモブっぽい尋問に答えるため、僕も何の役にも立たない、知っていることだけを返す。機会があったら、こいつらを死なせてくれと懇願するほど報復してやろうと誓いながら。

 

 そもそもこの拷問は茶番に過ぎないのだ、僕にとっても、こいつらにとっても。何故僕がそう思うかというと、こいつらの顔に焦りがないのだ。あるのは僕と言う弱者を一方的に嬲ることによる嗜虐心と愉悦感だけ。それで僕にはこの拷問はやらなくてもいいことなのだとわかる。

 

 もしアメリカ大統領やローマ教皇が失踪して、自分がその捜査をすると仮定する。その時、最初は事件を解決した時の名声や報酬に目が眩むかもしれない。だが時間経過につれて事件が解決しなかった時の不安が膨れ上がるはずだ。被害者の生存率の低下、上司や大衆からの評価、国によっては自分の生死すら怪しくなる。

 

 この世界でもそれは同じだ。物証がなく状況証拠だけで僕をここまで拷問するなら、こいつらは焦っていないといけないのだ。国王を筆頭にお偉いさんの心象は時間が経つほど悪化するし、行方不明になったアレクシアの生存率も低下する。なのにこいつらは焦りがない。そうなると二つの考えができる。

 

 一つはもうアレクシア誘拐事件は手がかりが皆無で迷宮入り確定なので、容疑者筆頭の僕に全部の責任をなすりつけるために拷問中の事故と言う形で殺害、被疑者が死亡で手がかりが無くなったので仕方なく迷宮入りという主張で押し通す。

 

 被疑者が事故で死亡したとしても王女誘拐事件の捜査が打ち切られるとも思わないし、僕の死亡によって迷宮入りしたとしてもその責任がこいつらに向かない保証はない。だが追い詰められた馬鹿は予想外の事を平気でする危うさがある。可能性は低いがそういう展開もありうる。

 

 もう一つはこいつらがアレクシア誘拐の共犯だということだ。こいつらが共犯なら解決する方がどんな形にしろ不利益になるのだから、拷問で情報を聞き出す必要がない。仮に有益な情報を得ても、自分たちで処分するだろうしな。

 

ただアレクシア誘拐が未解決となればよくてこいつらは解雇、下手すると僕以外の生贄として責任を取らされ処刑されるかもしれない。こいつらはその場合、どうやって責任を回避するのか。……もしかすると黒幕にとってこいつらも生贄に過ぎず、僕だけで事件を処理できなかったらこいつらを口封じを兼ねて責任を負わせて殺すつもりなのかもしれない。

 

 まあ、無駄に僕を拷問している奴の今後なんて気にしてやっても仕方ない。

 

「苦痛にもバリエーションをつけてやらないとな。ククク……」

 

 三下のチンピラが浮かべそうな笑みを浮かべ、騎士団員の一人が三本のピックを僕の太腿に突き刺した。

 

「う、うああああああああ。ど、どうか、命だけはぁぁぁぁぁああああ」

 

 いつまでこの茶番に付き合わされるのか、それが僕の今一番の問題だ。

 

 



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陰の蠢動

かなり間隔が空いてすみませんでした。
ちょっとリアルで時間がなく、投稿が遅れました。


 結局、僕が留置所から解放されたのは五日後の夕方だった。

 

「おら、さっさと行け」

 

 乱暴に背中を押されて建物から追い出され、後から僕の荷物が投げ捨てられた。下着姿の僕は荷物から服を着て靴を履く。両手の指の爪は全て剥がされたため、やたらと時間がかかった。このままだと不便だから、魔力を使い爪を治癒する。

 

 僕は一通り支度を終えると大きく息を吐いて歩き出す。大通りを行き交う人の流れが、殴られ血まみれの僕に注目する。僕はもう一度息を吐く。

 

「あの騎士ども、地獄に堕ちればいいのに。できる事なら僕自身が地獄に叩き落としたい」

 

 散々なぶってくれた悪徳騎士を愚痴り終えると、大きく息をして思考を落ち着かせる。気配を探ると少し後ろに怪しい影。

 

「尾行は2人か」

 

 まだ誘拐犯は捕まっていない。当然アレクシアの安否も不明。

 

 僕は自分が無罪放免されたと思うほど脳みそお花畑じゃない。証拠不十分だったから釈放されただけで、容疑はまだ晴れていない。

 

 僕は俯き憔悴した様子を装いながらアパートへと歩く、その途中。

 

「後で……」

 

 すれ違いざまに囁きのような、ほんの小さな声が耳に届く。そして記憶に残るささやかな香水の香り。

 

「アルファか……」

 

 夕方の大通りは多くの市民が行き交い、彼女の姿はどこにも見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し遠回りしてミツゴシ系列の軽食チェーン『まぐろなるど』でサンド二個、ポテト、オニオンリング、紅茶をテイクアウトする。無駄な拷問による肉体と精神の疲労から晩御飯を作る気力が残ってなかったのだ。自室の明かりをつけると、薄闇の中からアルファが歩み出た……何故か学生服のコスプレで。

 

「食べるかと思って買っておいたのだけど」

 

 そう言う彼女の手元には、僕と同じ包みが握られていた。

 

「もらえるならもらっておくよ。五日間、碌な食事がでなかったんだから」

 

 僕はまず自分の包みからマグロカツサンドとオニオンリング、紅茶をベッドの側の机の上に出してベッドに座る。完食するとまた次のエビカツサンドとポテトを出して食べる。横でアルファも自分の分らしいサンドを食べている。

 

五日越しのまともな?食事にありついて一息ついた僕は靴を脱ぎ上着をハンガーもどきにかけ、アルファに現時点での調査結果を尋ねる。

 

「今回のアレクシア誘拐事件、僕を尋問した騎士たちは共犯でいいよね」

 

「ええ、そして主犯は王都のディアボロス教団の最大派閥、フェンリル派よ」

 

「なんで教団がアレクシアを狙ったか、わかる?」

 

「おそらく濃度の濃い『英雄の血』だと考えているわ」

 

「って事は、彼女はまだ生きているよね」

 

「死んだら、それ以上血を抜けないでしょ」

 

 確かに、馬鹿なことを聞いたな。

 

「騎士団の動きは?」

 

「アイリス王女を中心に動いているようだけど、教団が潜り込んでいるから、捜査はロクに進んでいないわ。あなたを犯人に仕立て上げる動きがあるから、あなたが犯人にされるのは時間の問題ね」

 

「ほっといても、僕が犯人になりそうなのに、仕事熱心だね」

 

「早く解決させたいんでしょうね。貧乏男爵家のパッとしない学生ならちょうどいい」

 

「アレクシア王女が戻らないと解決にならないのに、涙ぐましい努力だね」

 

 まあ、その生贄の羊が自分たちを狩らんとする狼群の長だった時点で、彼らの計画は水泡に帰したのだが。

 

「そういえば、騎士団の体験入団だかでいなかった姉さんは何してる?」

 

「学園に帰ってきて、あなたが捕まったって聞いたらあなたを助けようと騎士団の留置所を襲撃しようとしたから、ローズ生徒会長に関節を決められて反省室に軟禁されたわ」

 

 姉さん、何やってるんだろ。僕を解放しようとして、自分が捕まったらどうしようもないじゃないか。

 

「ところで、あなたがなぜ王女様とロマンス繰り広げていたか説明してもらえるかしら」

 

 アルファが半眼で僕を睨む。

 

「お隣さんの腐れ縁との賭けで負けてアレクシア王女に振られる前提で告白したら、婚約者候補の当て馬にされたのさ」

 

 僕の失敗は告白相手に性悪のアレクシアを選んだことだ。生徒会長のローズ・オリアナ先輩だったら、先輩の性格の噂から考えると、諭すように優しく振ってくれたに違いない。

 

「呆れた。そもそも賭けに負けなければ良かったんじゃないのかしら」

 

「魔力についての筆記テストだったんだけど、世間の理解が低いせいで教科書の内容をうっかり否定してしまって、赤点になったんだ」

 

「……それなら仕方ない、と言いたいところだけど、あなたがきちんと教科書を確認してれば済んだ事でしょ」

 

「返す言葉もない。おかげでこんなことに巻き込まれるから、反省しているよ」

 

「そうして。それに私たちをもっと信頼して。あなたが私たちに事情を話してくれてれば、もっと早く釈放できるようにできたわ」

 

「君が言うってことは、できたんだろうね」

 

 アルファは僕に代わってシャドウガーデンをまとめ上げてる。その彼女ができると言ったらできるのだろう。アルファは立ち上がるとスライムスーツを纏い、窓を開け片足をかけようとして、止まる。

 

「忘れてたけど、あなたを尋問していたあの二人だけど、とりあえず消しておいていいかしら」

 

「一応あれは彼らの表の仕事でもあったわけだからね。消して騎士団・教団双方に警戒されると困るし、今は放置でいいよ。ただこれ以上僕に罪を着せるなら、僕が直接手を下す」

 

「……わかったわ。そろそろ行くわ。あなたはしばらく大人しくしていて」

 

 ふと気になったことを尋ねた。

 

「今更だけど、なんでうちの制服着てるの? それとアルファって欠点ってある?」

 

「制服についてはふざけただけよ。忙しい私たちを放って、アレクシア王女とロマンスを繰り広げた当てつけでもあるわね。欠点については、どうしてそんなことを聞くのかしら」

 

「アレクシアが『自分は人を欠点で判断する。欠点がないのは大嘘つきか頭がおかしいかのどっちかだ』って言ってたから、アルファにも欠点ってあるかなと思ったんだ。他のみんなはわかってるけどね」

 

 僕の説明を聞いてアルファは少し首を傾ける。やがて、イタズラっぽく微笑んだ。

 

「私にも欠点はあるけど、あなたには教えないわ。昔あなたが言ったじゃない。『女は秘密を着飾って美しくなる』って」

 

 詳しい事は準備ができてから伝えるわ。そう言ってアルファは窓の外に飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕が釈放されてから二日、アルファ達と教団の双方から動きがあった。準備ができたと、今夜、アレクシアが誘拐された林道に来いと書かれた招待状。いよいよ誘拐事件も終幕。もうアルファに見られているのだが、あえて雰囲気作りのために部屋の内装を一新することにした。

 

「なぜか盗賊に殺された行商人が持っていた幻の名画『モンクの叫び』、それにアンティークランプ、高級なヴィンテージワインに最高級のワイングラス、よし」

 

 今までコツコツ集めたコレクションで模様替えを行えば、なんと言うことでしょう。安っぽいアパートの一室がたちまち、高位貴族の本邸の一室に早変わり。アンティークランプが絵画、机、椅子などを厳かに照らし、部屋の雰囲気をまとめ上げる。

 

 暖炉とかあるともっと映えるかもしれないが、貧乏貴族の下宿にそんな洒落たものは存在しない。ちょっと残念に思いながら、椅子にゆったりと腰掛け連絡役を待つ。そして、スライムスーツを纏ったベータが窓から入ってきた。

 

「準備が調いました」

 

「そうか」

 

「アルファ様の命により近場の動かせる人員は全て王都に集結させました。その数114名」

 

「114名……か。アルファ、デルタもいれば問題はないか」

 

そもそもシャドウガーデンの構成員は基本的に全員元悪魔憑きである。ガンマみたいな頭の痛い例外はあれど、質ではあのドーピングなしに上回れることはないだろう。

 

「作戦は王都に点在するディアボロス教団フェンリル派アジトの同時襲撃です。襲撃と同時にアレクシア王女の魔力痕跡を調査、居場所を突き止め次第確保に切り替えます」

 

 僕はただ頷き、先を促した。今のところ作戦に問題はなさそうだしね。

 

「作戦の全体指揮はガンマが、現場指揮はアルファ様が取り私はその補佐を。イプシロンは後方支援を担当、デルタが先陣を切り作戦開始の合図とします。部隊ごとの構成は……」

 

「待て」

 

 悪いがベータの報告を遮らせてもらう。

 

「今朝、面白い招待状が届いた」

 

 そう言って届いた招待状をベータに投げる。危なげなくベータも受け止め、中の文に目を通す。

 

「これは……」

 

「デルタには悪いが……プレリュードは俺のものだ」

 

 そう言って椅子から立ち上がり、ベータが入ってきた窓から街の夜景を見る。

 

「時は満ちた……今宵、我らは世界にその牙を示す」

 

 さあ、まずこんな間抜けな呼び出しを行った馬鹿の顔を拝みに行こうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕が呼び出されたのは、僕とアレクシアが使っていた林道、その奥だった。奥の方とはいえ、決して寮から遠くない。大声を出せば寮に届きそうなもんだが、こんな場所で僕に容疑を被せて殺すなんて不意打ちでもするのだろうか?

 

 いつ刺客が襲いかかってもいいように、あたりをさりげなく注意をしていると何かが飛んできたので躱して、地面に落ちたそれを見ると、アレクシアのローファーだった。おそらくゼノン先生が持っていたのと対をなすものだろう。

 

「おい、色男。避けんじゃねえよ。殺す前にお前の魔力痕跡をつけなきゃいけなくなるじゃねえか」

 

「お前が下手くそなのが悪いんだろうが。少し早いが、お前が犯人だ、シド・カゲノー」

 

 ローファーが飛んできた方に視線をやると、僕を可愛がってくれた悪徳騎士達が林道から姿を現した。

 

「やっぱりお前ら、犯人とグルだったのか。王女を一刻も見付けないといけないにしては焦った感じがなかったんだよね」

 

「ちっ、バレてやがったか。もっとも、あんな手紙に騙されてのこのこ此処に来た時点でお前は馬鹿だ」

 

 二人は剣を抜き、無遠慮にシドの間合いに詰め寄る。確かに向こうは完全装備、こっちは制服だけで学園配布の模擬剣すら持ってきていない丸腰だ。

 

「さて、シド・カゲノー。王女誘拐の容疑で逮捕する」

 

「抵抗するなよ、抵抗しても無駄だけどな」

 

「一つ聞いてもいい? アレクシア王女が見つからなければ、下手人にされた僕が死んでも事件を解決にはならないし、担当した君たちもタダじゃ済まない。なのにどうしてこんなことをする?」

 

「大丈夫だよ。この計画を主導する方が王城に強いコネを持っているからな。圧力をかけて、この事件を犯人死亡で解決したことにしてくれるんだよ」

 

 何馬鹿なことを言ってるんだろうか。一国の王女が行方不明になったんだ。アレクシアが見つからない限り、国は威信を賭けて解決しようとするだろう。多分黒幕は僕を主犯にした後、こいつらが真実をバラさないうちに始末して、犯人と事件担当者の連続死で事件を有耶無耶にするつもりなのだろう。

 

 そういうつもりではこいつらは教団にとってアレクシア(正確には彼女の血)より価値がないと見限られたということだ。うちはそんなブラックにならないよう、アルファ達に言っておかないと。そんなことを思いながら、僕を殺そうとのこのこ近づいてきた騎士を隠し持っていたスライムスーツで串刺しにする。

 

「お?」

 

 そしてスライムスーツの棘を騎士の体から引き抜く。肺まで貫通しているが、わざと主要な肺動脈は傷つけないようにしたので出血は傷の大きさに対してそこまででない。同時に騎士との間合いを詰め、顔を思いっきりぶん殴った。騎士の男は自分に何が起きたのかわからないまま、痛みに倒れる。

 

「てめぇ何しやがった!!」

 

 もう一人の騎士が慌てて切り掛かってきたが、あまりに未熟だった。見所はある程度の学生を装っていたとはいえ、こんなやつを刺客にするとは、教団と騎士団も人手不足なのか。それとも事件の対策によっては切り捨てるため、あえて無能にしたのか。

 

 どちらにせよ、こんな奴らに僕の相手が務まるとは舐められたな。そう思いながら手にスライムソードを持つと、魔力を纏わせ騎士の剣を真っ二つにし、返す刃で剣を振った腕を切り落とす。

 

「あああああああぁぁぁあッ!!」

 

 腕の傷口を見て発狂したみたいに喚いている。見るからに隙だらけだったので、両膝から下も切り落とす。体は地面に無様に倒れ、這いずりながら僕から距離を取ろうとする。

 

「て、てめぇ、騎士団にこんな事をしてただで済むと思うなよ……! お、俺たちが死んだら真っ先に疑われるのはてめぇだ! ひ、ひぃッ……! て、てめぇはもう終わりだ……! 終わりだ……!」

 

「大丈夫。下宿を出る時、誰にも見つからないように(窓から)出てきたから、僕が自分の部屋にいたって言ったら疑わしいけど僕の仕業とは思われないよ。手紙も完全に燃やしたし、魔力痕跡もろくに残していないし。それに何より、」

 

 スライムスーツを全身に纏い、シャドウガーデンの盟主シャドウに僕はなる。

 

「夜が明ければ……総ては終わっているのだから」

 

 そう言うと這いつくばった騎士を持ち上げ、先に倒した騎士の四肢も切り落とし、もう一人をその上に放り投げた。

 

「どうせもう直ぐ出血で死ぬだろう。それまで我を狙った愚かさを悔いるがいい」

 

 拷問したことはこれでチャラにしてやると寛大な気分になりながら、隠れているベータの方に向かう。その時、遠くで爆音が轟いた。

 

「あれはデルタか。相変わらずやることが派手だな。ベータ、とりあえずアレクシア王女のいる拠点に向かうぞ」

 

 足の行き先をベータから、騎士が僕に当てようと投げたアレクシアのローファーへと変える。あれを使えば魔力痕跡を追跡することもできるだろう。案の定、アレクシアの魔力痕跡を追えた僕とベータは、死にかけの悪徳騎士を放置して林道から王都市街地にでる。

 

 そのまま屋根の上を走っていると、地面から隻腕の巨人が出てきた。よく見ると左腕は何かを抱き締めるかのように胴に癒着している。 その反動か右腕はアンバランスなほど肥大化しており、爪が人間の半身くらいあった。

 

「魔神化実験の被験体か?」

 

「おそらくその通りかと。どうしましょうか?」

 

「ベータ。お前はどうしたい?」

 

「叶うなら、助けたいと思います。ですが私では、あのようになってしまうと完全に助けることは……」

 

「俺はできる」

 

 僕はそういうと屋根から被験体めがけて跳躍する。

 

「『アイ・アム・リカバリーアトミック』」

 

 突きに合わせて魔力が彼女に流れ込む。僕の魔力は彼女の魔力暴走を制御し、その体は白い煙を上げながら萎んでゆき、少女ほどの大きさにまで小さくなった。そして、その左腕から短剣がこぼれ落ちる。

 

 それは赤い宝石の入った短剣。

 

『最愛の娘ミリアへ』

 

 柄にはそう刻まれていた。

 

「ベータ、悪いがガンマのところに連れて行ってくれ。目的地はわかっているから、後から追いつくこともできるだろう?」

 

「はい、直ぐに戻って参ります」

 

 短剣を拾い倒れている少女を背負うと、ベータは一目散にガンマのところに向かう。衛兵や騎士団が周りを包囲しているが、僕もベータも彼らを飛び越え、目的地へと向かう。

 

 隠し扉を壊して押し入り、地下の秘密アジトにワクワクしながら進むと、アレクシアとアルファ達から聞いた黒幕のゼノン・グリフィがいた。

 

「我が名はシャドウ。陰に潜み、陰を狩る者……」

 

 



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最強の高み

今回、最後以外はアレクシア視点で書いてみました。どうかご拝読してください。


「我が名はシャドウ。陰に潜み、陰を狩る者……」

 

 漆黒のボディスーツとロングコートを纏った男がいた。顔は深く被ったフードの影に隠れ 、口元と奥に爛々と輝く赤い瞳しか見えない。その声は深く、低く、深淵から発せられたようだった。

 

「漆黒を纏いし者……。なるほど、君が近ごろ教団に噛み付いてくる野良犬か」

 

 ゼノンが鋭い眼光で漆黒の男を睨む。

 

「小規模拠点を幾つか潰していい気になっているようだが、君たちが潰した拠点に教団の主力は1人もいない。ただ雑魚を狙っているだけの卑怯者だ」

 

 シャドウと名乗った男はどうやらゼノンと敵対しているようだった。それはアレクシアにとって朗報だ。しかし、この男が味方だとも思えない。

 

「何時何処で、誰を狩ろうと同じことだ。同じ狩られる運命にある以上、その順に意味はない」

 

「残念だが同じにはならない。教団の主力はここにいる。今日、私の手によって君こそ狩られる運命にある」

 

 ゼノンがシャドウに剣を向けた。

 

「次期ラウンズ第12席ゼノン・グリフィ。君の命、ラウンズへの手柄とさせてもらおう」

 

 その言葉と同時に、疾風の突きをシャドウと名乗る男に放つ。だが、

 

「なっ……!?」

 

 その突きは虚空を貫き、同時にシャドウは自分の側に腕を組んで立っていた。そしてシャドウはゼノンに注意を向けながら、無言で何かを探すように周囲を見渡す。

 

「それで……教団の主力とやらは何処だ」

 

 お前程度が教団の主力なわけがないだろう。そう遠回しに告げられた言葉にゼノンの顔が屈辱に歪む。再び間合いを詰め、剣を薙ぎ払う。だが、

 

「バカなッ……!」

 

 シャドウはいつの間にか抜かれた漆黒の刀で、ゼノンの剣を容易く受け止めていた。誰よりもゼノン自身が驚いていた。何時剣を抜いたかではなく、その剣から伝わる相手の力量に。自分の打ち込みがまるで水飛沫のようにシャドウの剣を小揺るぎもさせなかった。

 

「な、なるほど、少し見くびっていたようだ。さすが、小規模とはいえ幾つもの拠点を壊滅させただけはある」

 

 そして今度は油断なくシャドウを見据え魔力を高める。高まった魔力が大気を震わせた。先ほどアレクシアの剣を砕いた一撃以上の高まり。

 

 シャドウは確かに規格外の実力者だが、ゼノンもまた尋常ではない実力者なのだ。幼い頃から神童と騒がれ、数多の大会で優勝し、剣術指南役にまで登りつめた男だ。この国でゼノン・グリフィの名を知らぬ剣士などいないのだ。

 

「見せてあげよう。これが、次期ラウンズの力だ」

 

 その言葉と共に放たれた斬撃は、起動が遅れて白い光として目に映る。目にも留まらぬという形容がふさわしいその斬撃は、

 

「鈍い剣だ……」

 

 漆黒の剣に、容易く受け止められた。速さが足りないなら、今度は力とゼノンは鍔迫り合いで押し勝とうとする。

 

 そして、魔力の圧に押されシャドウが軽く吹き飛ばされた。それを好機と見たゼノンはそのまま力でシャドウをねじ伏せようとする。だが次の鍔迫り合いの最中、シャドウが剣を受け流し、その結果生まれた僅かな隙をつきゼノンの顔を片手でぶん殴った。

 

 ゼノンは壁に叩きつけられる寸前で、かろうじて受け身を取って剣を構え直す。だがその表情からは動揺が隠せないでいた。速さは通じず、力は受け流される。総ての動きが封じられたような、そんな錯覚にゼノンは動けずにいた。

 

「来ないのか、次期ラウンズ?」

 

「ッ……!」

 

 だがシャドウの問いかけにゼノンの表情が憤怒に染まった。敵への怒り、そして何よりも自身への怒りに。

 

「舐めるなァァァァァァァアッ!!」

 

 絶叫と共に剣が幾度となく振られる。疾風の速さで、烈火のごとき蓮撃。だが、しかし、その全てが通じない。まるで闇雲に剣を振り回す子供の相手をするように、シャドウの剣はゼノンの剣を受け止める。

 

 外からこそアレクシアは二人の戦いを客観的に見ることができた。

 

 今までゼノンがこのような姿を曝すことがあったと記憶を振り返り、刹那になかったと自答する。余裕の笑みも人格者の仮面も脱ぎ捨てて、それでも尚まるで届いていない。アレクシアの知る最強の存在は姉のアイリスだった。その姉ですら、今のゼノンを相手にこれほど圧倒出来るとは思えなかった。

 

 そしてアレクシアはその漆黒の剣が、自分と同じ『凡人の剣』だと気づく。アレクシアの剣の遥か先を行く、されどアレクシアが自身の剣に思い描く完成形。それが現実となり、自身を一蹴したゼノンを圧倒している。ゼノンでもシャドウでも、両者の剣戟でもなく、シャドウが振るう漆黒の剣のみに魅入られ、目が離せない。

 

 今目の前で、ただ基本の積み重ねによって辿り着ける持たざる者の剣が、ゼノン・グリフィという天才を圧倒していた。

 

『私、アレクシアの剣が好きよ』

 

 ブシン祭の舞台で無様に負けた後、自分をより惨めにし、自分の剣が嫌いになる決定打となった姉のあの言葉。あの言葉の真意を理解し、アレクシアは時を超えて姉の思いに共感していた。

 

「ガッ……く、クソッ……!」

 

 ふと現実に戻ると、もう何度目かわからない、シャドウの剣戟の隙を突いた斬撃がゼノンを切り裂いた。ゼノンは致命傷こそ無いものの全身ボロボロで、息も乱れている。それに対し対しシャドウは無傷で息一つ乱れていなかった。この現実を受け入れられない憤怒の瞳で、ゼノンはシャドウを睨む。

 

「き、貴様、いったい何者だ……! それだけの強さがありながらなぜ正体を隠す!」

 

 ゼノンもアレクシアもシャドウの剣を、存在を知らなかった。一目見れば忘れない剣も、世界でも上位に位置するその埒外の強さを二人は知らなかった。

 

「名乗らなかったか? ……我が名はシャドウ。陰に潜み、陰を狩る者。貴様ら『ディアボロス教団』を狩る、ただそれだけの為に我らと我らが力は存在する……」

 

「! 正気か貴様ッ……!」

 

 『ディアボロス教団』。その言葉にゼノンは強く反応したのをアレクシアは見た。自身の血、魔人、教団。キーワードがいくつもあったが、アレクシアは今まで全ての知識を総動員しても何もわからなかった。彼らの目的も戦う動機も、何もかも。狂人の戯言のようで、されどもし世界の裏側で起こりつつある何かの予兆なのではとアレクシアの勘が訴える。

 

「いいだろう。貴様が本気だと言うのなら、私もそれに応えようじゃないか」

 

 ゼノンはそう言って懐から赤い錠剤を取り出した。

 

「……その薬、以前戦った銀髪の男も使っていたな。……あれは確か二年前だったか?」

 

「二年前? ……ああ、オルバの奴か。オルバ如きと一緒にするな。飲めば人は人を超えた覚醒者となるが、常人ではその力を扱いきれず、やがて自滅し死に至るこの錠剤。だがラウンズは違う。その圧倒的な力を制御できる選ばれし者だけが、ラウンズになる権利を得るのだ」

 

 ゼノンはそう言うと錠剤を一気に飲み込んだ。魔力が暴風となって吹き荒れ、一瞬にしてゼノンの傷が治っていく。筋肉は膨れあがり、瞳は充血し、毛細血管が浮き出て、押し潰されそうな圧倒的なまでの力の重圧を纏う。

 

「覚醒者3rd、最強の力を見せてやろう」

 

 その刀身から溢れる魔力だけで、周囲が破壊されていく。その荒々しい力は姉のアイリスさえ超え、世界最強に嘘偽りないとアレクシアを萎縮し絶望させただろう。……シャドウの剣を見るまでは。

 

「「醜い(な)……」」

 

 奇しくもアレクシアの声はシャドウと全く同時に放たれた。

 

「醜いだと……?」

 

 自身の力に臆す様子がない二人に、苛立ちながらゼノンが問う。

 

「醜い……と言ったのだ。その程度で最強を騙るな。それは最強という至高への冒涜だ」

 

「貴様ッ」

 

「借り物の力で最強に至る道はない」

 

 嵐の如き猛攻を放つゼノンを、シャドウは的確に捌いていく。時に受け止め、時にいなす。ゼノンの膨れ上がった力も、シャドウには何の痛手になっていない。それどころか先ほど以上に、シャドウの反撃が苛烈になっていく。時に拳で、脚で、剣で、ゼノンの迎撃をものともせずに一方的に蹂躙する。そして、

 

「遊びは終わりだ」

 

 この場で初めて、今までほとんど使っていなかったシャドウの魔力が高まった。あまりに緻密すぎて、その存在を知覚できない魔力。そのシャドウの魔力が無数の青紫の線として具現した。稲妻のように、血管のように、シャドウとその周囲の空間を取り巻き、美しき光の紋様を描いていた。

 

「綺麗……」

 

 アレクシアは思わず光景に見惚れた。ただ光の美しさにではなく、その緻密に練られた魔力の美しさに見惚れ、憧れた。

 

「何だ、これは……! これは、魔力なのか!? だが、こんな……個人の魔力でこんな……!」

 

ゼノンもまた、衝撃を受けていた。魔力の密度を高め、可視化する。ある程度の力量の魔剣士にとって、シャドウや己ならできて当然の技術。だが未だかつて、魔力をこのような形態にした者などいなかった。

 

「真の最強の一端を……その身に刻め」

 

 漆黒の刃に魔力が集い、螺旋の紋様を刻みながら力を集約させていく。

 

「くッ、この化け物がぁぁぁぁぁ!!!」

 

 ゼノンが今までで最大の魔力を刀身に纏わせ、シャドウを魔力ごと薙ぎ払おうとする。だがシャドウに触れた瞬間、魔力は剣ごと消し飛んでしまった。覚醒した自分の最大の力が、シャドウの無造作に纏う魔力に負けた。そのことに恐怖したゼノンは無意識にシャドウから距離を取り、膝を落とす。

 

「これが我が最強の一端」

 

 それはこの場ではシャドウ以外知るはずもないが、嘗て『霧の龍』に痛手を与えた刺突。時を得て肉体が成熟した今、その余波のみで森羅万象に『最強』の高みを示し、鳴動させる一撃。

 

「『フォトン・レイ』」

 

 『それ』が放たれ、音が置き去りにされた。光の奔流は絶望するゼノンを呑み込み、その先の全てを地盤ごと蹂躙していく。地盤は地上の構造物ごと掘り起こされ、実に王都最大の大通り一つ分の面積が消滅した。王都とその空をしばらく青紫の輝きが満たし、……やがて爆音と爆風が王都の天地全てに吹き荒れる。

 

 その軌跡には何も残らず、ただ月と星が夜空に輝くのみ。ゼノンも、地盤も、跡形も残らず蒸発した。そしていつの間にかシャドウも影すら残さず消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、私は騎士団と協力する形で私を捜索していたアイリス姉様に発見され、自分が目撃・体験した全てを、国王であるお父様やお姉さま、騎士団や大臣たちなどに何度も説明させられた。そして私はあの事件の経緯を聞いて弱みを握ってゼノンへの当て馬をやらせた彼が事件の最有力容疑者として騎士団から拷問の取り調べを受けたことを知った。

 

 そしてようやく解放され、学園に通えるようになったその日の昼、私は彼、ポチことシド・カゲノーを屋上に呼び出した。

 

「裏のありそうな事件だけど、表面上は解決ということになったわ。でも姉様は専門の調査部隊を立ち上げる準備をしているし、私も協力するつもりだからまだこれからね」

 

 私が言った。

 

「ほどほどにね」

 

 彼が言った。

 

「というわけであなたの容疑は晴れたわ。迷惑かけたわね」

 

「それはいいんだけどさ、クソ暑いから中に入らない?」

 

 今日は天気が良く、初夏だと言うのに真昼並みの太陽が燦々と照りつけてくる。 私たちの足から濃い影が伸びて、遠くからはもう夏虫の声が聞こえてくる。

 

「待って。その、二つ、言っておきたい事があって」

 

「ここで?」

 

「ここで」

 

 彼は「こんな暑いところで?」と私の正気を疑うような視線を向ける。私は目を細めて、青い空を見上げた。

 

「まず、一応感謝の言葉を言っておこうと思って。前に、私の剣が好きって言ってくれたでしょ。遅くなったけど、ありがとう」

 

「いいよ、あれは君のためっていうより、僕自身のために言ったんだから」

 

「ようやく自分の剣が好きになれたの。あなたのおかげじゃないけれど」

 

「一言余計だとは思わない?」

 

「事実だから」

 

 彼の嫌そうな視線と、そんな彼を楽しげに笑う私の視線がぶつかった。先に視線を外したのは彼だった。

 

「まぁでも、君が自分の一部を好きになれたんならよかったと思うよ」

 

「そうね、よかったわ」

 

 私は久しぶりに心から微笑んだ。

 

「それで二つ目は?」

 

「その……、これまで私たち付き合っているふりをしてきた訳だけど、今回の事件でゼノンが死んでくれた訳だから……」

 

「僕はようやくお役御免になれるの?」

 

「そこで一つ提案なんだけれど」

 

 私はどこか告白のような状況に、言い辛くなり言葉を探す。

 

「もし、あなたさえ良ければ……」

 

 思わず瞳が周囲をキョロキョロする。

 

「もう少しこの関係を続けてみないかなって」

 

 少しだけ、小さな声で私は言った。

 

 暫くお互いに固まり、やがて彼は爽やかに微笑んだ。

 

「謹んで、お断りします!!」

 

 左手は中指を突き立て、右手は握り親指のみを立てて下に向け、彼は言った。

 

 私はにこやかに微笑んだまま、護身用に持っていた剣をスラリと抜いた。後になって謝らないと、と思ったが後悔だけはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方、たまたまそこを訪れた生徒は大量の血痕を発見し、腰を抜かす羽目になった。しかし多量の血が流れているにもかかわらず、遺体は付近に見当たらなかった。生徒や学園関係者を調べても、被害者はおろか重傷者や行方不明者は存在せず事件は迷宮入りとなる。

 

 後に、この事件は『死体のない殺人事件』として学園七不思議になった、と小耳に挟んだ。

 

 そして、

 

「ほう、そのような人斬りが現れたと?」

 

 僕のところに事件の顛末とシャドウガーデンの諸々を報告に来たベータの、最後の内容とともに差し出された一枚のビラを見た。そのビラは血塗れで、『シャドウガーデンが死の裁きを!』と書かれていた。

 

 



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日常と陰の馬鹿騒ぎ

 もうすぐ夏真っ盛り。僕は食堂でヒョロやガリと昼食を一緒にとっている。アレクシアと円満とはいかないが別れたので、こうして三人で気兼ねなく食事をしている。午後の実技では僕は五部に戻った。ヒョロとジャガはゼノン先生の不祥事で王都ブシン流の生徒が減少したため、繰り上げで七部になった。

 

「んで、アレクシア王女とはどうなったよ?」

 

 同じ安い定食を食べるヒョロが言う。

 

「だから別れてそれっきりだって」

 

 ついでに殺されかけた。

 

「もったいないですねぇ。チューもしてないんですよね?」

 

 ジャガが言う。

 

「バカ言うな」

 

 下世話でしょうもない話題だが、これぞモブって感じが一周回ってしてくるから不思議だ。

 

「そろそろブシン祭の季節ですねぇ。二人はもう選抜大会にエントリーしましたか?」

 

「あたり前だろ? 大会でアピールすれば女子の2人や3人簡単に持ち帰れるんだぜ」

 

 得意げにヒョロが言う。ちなみにチェリー。

 

「むふふ、3人相手はちょっと大変ですねぇ」

 

 ジャガが言う。言うまでもないがチェリー。

 

「シド、お前エントリーしてなかったよな?」

 

 ブシン祭っていうのは2年に一度ある剣術の大会だが国内は当然として、国外からも名のある剣士が集まるため、優勝者は世界最強の一角と認識される。そしてこの学園には決勝戦に予選を無視して参加できる学園代表のシード枠があり、それを決めるのが選抜大会というわけだ。

 

 だが僕はエントリーしていない。実力と正体を隠して、『パッとしないモブが実は最強でした』的なのなら陰の実力者ぽくって好みだが、才能ある姉に隠れたパッとしない長男シド・カゲノーとしては、そんなものに出て注目を集める気はこれっぽっちもない。

 

「僕は出な……」

 

「俺が代わりにエントリーしといてやったから感謝し、ブフゥッ!!」

 

「ヒ、ヒョロ君ッ!! 突然どうしたのですか!」

 

 まるで突然金的を蹴られたかのように、椅子から落ちて倒れ込むヒョロ。僕でなきゃ見逃しちゃうやつだ。

 

「うん、完全に失神してる。保健室に運ぶから手を貸してくれ。あ、選抜大会のエントリーってキャンセルできたっけ?」

 

「さあ、どうでしたっけ。あ、ヒョロ君泡吹いてますね」

 

 後もう少しで午後の実技。ほんの少しだが授業をサボる口実ができたなと思いながらジャガと二人がかりでバカを保健室に運んだ。そして午後の実技を終えた夕方、僕は選抜大会のキャンセルを頼みに学生課にいった。

 

「失礼しました」

 

「で、どうだったよ?」

 

 外で待っていたヒョロとジャガが寄ってくる。

 

「トーナメントの組み合わせが決まってるから無理だってさ」

 

 僕は溜め息を吐く。もう一回ヒョリをぶっ飛ばしても許されるんじゃないかと思いながら。

 

「まぁ元気出せって。いいとこ見せればモテモテだぜ?」

 

「そうですよ、ピンチはチャンスって言うじゃないですか」

 

 僕は首を振った。

 

「勝ち負けじゃなくて、そもそも出たくないんだよ」

 

「ったく、仕方ねぇな。俺がいい店紹介してやるから元気出せよ」

 

「い、いい店ですか?」

 

 鼻息を荒げ、気持ち悪さが増したジャガが言う。

 

「おっと、そっちの店じゃねぇよ。最近話題のミツゴシ商会だ。何でも目新しい物を扱ってるらしくて、中でもチョコレートだかって菓子が甘くてクソ旨いらしいんだ」

 

「甘いお菓子ですか、いいですねぇ」

 

「バッカ、自分で食ってどうすんだよ」

 

 コントをやってるかのようにパシッ、とヒョロがジャガの頭を叩く。

 

「女にプレゼントするんだよ。女なんて甘いもんやっとけばちょろいもんさ」

 

「な、なるほど。さすがヒョロ君です、勉強になりますねぇ」

 

「だろだろ」

 

 と得意気なヒョロ。正直高級菓子程度でこいつらに彼女ができる訳ないと僕はジト目になる。

 

「よっしゃ、行こうぜシド」

 

「行きましょう、シド君」

 

 そんな僕の内心に全く気づかず、目を輝かせる2人。

 

「わかった、行くよ」

 

 僕は溜め息と一緒に言った。久しぶりにこっちからみんなに会いに行くか。

 

 ヒョロに案内される形で王都のメインストリート、一等地にあるミツゴシ商会の王都本店にやってきた。どの店舗も一等地に店を構えるだけあって繁盛しているが、特に繁盛しているのがミツゴシだ。商会長のガンマもさぞ鼻が高いだろう。

 

 店舗は僕が陰の叡智と称して吹き込んだ前世の知識のせいか、前世でいうモダンな雰囲気でスタイリッシュな建物だ。イータがデザインしたらしいが、いいセンスしてるなと絶賛する。入り口に並ぶ客は全て貴族かその関係者。一目見ても上客ばかりで、学生服で貧乏くさい僕らは場違いにも程があった。最後尾に制服姿のお姉さんが現在80分待ちのプラカードを掲げていた。

 

「うわぁ、すごいですねぇ」

 

「80分待ちだって。どうする?」

 

 感嘆の声を上げるジャガの隣で、僕は言う。僕一人だったら気配を決して気取られないように関係者口から入るが、この二人と一緒だとそうもいかない。

 

「寮の門限には何とか間に合いそうですが」

 

「ここまで来たんだし並ぼうぜ」

 

「でも最近は人斬りが出るって噂ですよ。あんまり遅くなるのは……」

 

「バーカ、ジャガバーカ。こっちには魔剣士が3人もいるんだ。返り討ちにしてやるよ」

 

 ヒョロが勇ましいことを言っているが、もし人斬りが目の前に現れたら自分だけ真っ先に逃げるんだろうなと思う。

 

 なにしろベータの話だと既にたまたま巡回中に発見した、騎士団の魔剣士すら返り討ちにあったらしい。個人的には人斬りイベントというのは、敵とも味方とも言えない陰の実力者が映えるイベント。相手がシャドウガーデンを騙っていなければ僕も第三者として参加できたのにと嘆く。

 

「おーい、早く並ぼうぜ。門限過ぎちまうだろ」

 

 思考に耽って立ち止まっていた僕はヒョロに急かされて、列の最後尾に並んだ。

 

「お、お、お姉さん。き、綺麗ですね、ご、ご、ご趣味は?」

 

 ヒョロが節操なくプラカードを持ったお姉さんに声をかけるが、百戦錬磨の微笑みにあえなく撃沈。だがダークブラウンの髪と瞳をもつ上品そうなお姉さんは、僕の方を見てニッコリと笑う。

 

「お客様、失礼ですが少しお時間をいただけますか? アンケートにご協力お願いします」

 

「僕のことでしたら、構いませんが」

 

「ありがとうごさいます」

 

「ぉ、お、俺も協力します!」

 

「じ、自分もです!」

 

 ヒョロとジャガ、渾身のアピールをするも、

 

「お一人様で結構ですので」

 

 お姉さんの言葉に返り打ちにあい、ヒョロとジャガが絶望の顔で僕を見ていた。僕はお姉さんに腕を組まれ、長い列の脇を通り抜けて店内に入る。

 

 内装も表面的な華やかさより細部に力を入れた落ち着いた雰囲気で、商品も僕のあやふやな陰の叡智からよくここまでと感心するほど洗練されている。このままだと独占禁止法がないこの世界、世界中の流通・経済をミツゴシが支配するのは時間の問題だと言えるだろう。更にコーヒーやチョコレートは材料のカカオや豆がアレクサンドリアだけの固有種で独占できているから、ボーナスステージである。

 

 従業員用の扉から廊下、階段と進み、また廊下を踏破すると扉があらわれる。扉の前に立っている二人の女性に扉を開けてもらい、中へ入る。レッドカーペットが引かれたそこには、規則的な円柱と輝く大理石の床でできたホールだった。奥には王が座る玉座のように豪奢な椅子が置かれ、その横に立っているのは一人の女性。

 

「久しぶりだな、ガンマ」

 

「はい。お久しぶりでございます、主様」

 

 ガンマが優雅なモデルウォークで椅子の隣からこちらに寄ってこようとして、

 

「ぺぎゃッ!」

 

 何もない床でこけた。ハイヒールを履いていたが、それと彼女の痴態に因果性はない……はずだ。

 

「ひ、ヒールが高いわね」

 

 ……少なくともハイヒールを履かない彼女がこけなかった記憶はない。鼻血が出ている鼻を押さえながらガンマは立ち上がり、側近らしい女性が用意したヒールが低いパンプスに履き替える。

 

「さ、さて。主様どうぞこちらへ」

 

「相変わらずだな、安心したよ」

 

 ガンマの痴態は見なかったことにして、ホールを横切り段差で一段高い位置にある椅子に腰掛ける。天井から斜陽の光がホールに降り注ぎ、レッドカーペットの脇に跪く美女たちを照らす。行事で大規模な謁見があるときの王様は、こんな満足感を味わっているとすれば羨ましいと思いながら、軽い治癒をもたらす魔力を雨のように彼女たちに降らせる。

 

「褒美だ、受け取れ……」

 

「今日という日を、生涯の宝に致します」

 

 ガンマは大袈裟だと思ったが、歓喜で震えるガンマはまだマシだったようで涙をこぼす者さえいた。

 

「それにしても、相変わらず繁盛しているようだな。見事だ」

 

「いえ、主様よりお聞きした神の如き知識のほんの一片を、微力ながら再現させていただいただけでございます」

 

「謙遜も度を越すと嫌味となるぞ」

 

 例えばチョコレートなんてカカオ豆に砂糖を混ぜることでできるなんていい加減なものだ。後はアレクサンドリアでカカオを見つけた時に、これの中の白いやつがそうなんだとか言ったぐらいだ。あれっぽっちでチョコレートを作るなんて、僕なら完成品のチョコレートを知っていても無理だ。これが頭脳の差かと遠くを見る。

 

「現在、国内外の主要都市に店舗を展開しており順調に拡大しています。しかし重要なのは商会の展開に紛れてどれだけ陰に根を張れるかです」

 

「急いては事を仕損じる……ゆっくりでもいいから、着実に力をつけろ」

 

「承知しております」

 

 そう言えばガンマはカジノとか銀行とか色々計画を練っていたがそっちはどうなったのだろうか。聞いてみようと思ったが、ガンマがそれより先に話し出した。

 

「主様が本日来訪された理由は察しております。当然、例の事件についてでしょう」

 

 いや、違う。僕も『シャドウガーデン』を語る人斬りを探してはいるが、ここに来たのはそれとは別件だ。

 

「申し訳ありません。現在、捜査を続けていますが、未だ犯人はわかりません。しかし、今しばらくお待ちください。王都に現れた人斬り。漆黒の衣を纏い、シャドウガーデンの名を騙る愚者は、このガンマが必ず仕留めてみせます」

 

 荒事はデルタとか、他の戦える七陰に任せろ。適材適所、イータの魔道具の補助がないと戦えないんだから、後方の支援に徹してくれ。と言いたくなったが、七陰の一人として僕と共に戦うことに憧れを持っているガンマに言っても無駄だろう。

 

「ガンマ」

 

 だが、一応言っておこう。

 

「気負うな」

 

「えっ……?」

 

「ミツゴシ系列の商業をここまで拡大させた時点で、お前は十分によくやっている。そもそも単純な労働量なら戦うことしかできないデルタが、一番組織に貢献していないと言える。たった一つの尺度で物事を図るのは、愚者の所業としれ」

 

 とりあえず『シャドウガーデン』の方は問題なさそうだし、帰ろうか。

 

「ニュー、来なさい」

 

 ガンマは僕をここまで案内したダークブラウンの髪の女性を呼んだ。

 

「この子はニュー。まだ入って日が浅いですが、その実力はアルファ様も認めています。雑用や連絡員として自由にお使いください」

 

「ニューです。よろしくお願いいたします」

 

 流石に七陰みんな(脳筋デルタは除く)が忙しくなって、僕との連絡役が独立して必要になったのか。まあ『シャドウガーデン』が強化されているということだから、問題ないだろう。

 

「呼んだら来てくれ」

 

 これが王女とか大貴族の跡取りとかなら一人くらい護衛というかお目付役とかがいても、当然だと思われるけど、表の僕がそんなことできるわけないからな。普段は隠れてもらって、必要な時に手を借りるか。あ、そうだ。

 

「今何時だ。それと、僕と一緒に来ていた二人は今何している?」

 

「ニュー、調べてきてちょうだい」

 

「時間的に、店内に入っている頃かと」

 

もうそんなに時間が経っていたのか。

 

「ニュー、二人を探すのを手伝ってくれ。あと安物のチョコを一つ、アンケートの報酬として用意してくれ」

 

「いえ、最高級のものを用意させてもらいます」

 

「……いや、あいつらが一人だけズルいと五月蝿くなりそうだから、安物でいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヤバイって、門限間に合わねーぞ!」

 

「シド君が遅いからですよ! アンケートでイチャコラと!」

 

「どちらかというと、ただのアンケート回答を二人が邪推したからだろうが」

 

 元々二人の入店とガンマと別れはほぼ同時だった。下宿の門限ギリギリなのは、二人がこいつらが僕とニューの関係をしつこく聞いてきたからだ。チョコ売り場で待っていたから合流には五分もかけてない。僕だけチョコをタダでもらえたことを羨んできたが、どうせ失敗する告白の小道具を部下にせびるのは間違っていると思ったからな。

 

「なぁ、何か聞こえなかったか?」

 

「自分は何も」

 

 二人はほとんど聞こえてないようだが僕の耳は聞き逃さなかった。剣と剣がぶつかる音。誰かが下町とはいえ王都で戦っている。それもすぐ近くで。

 

 噂をすれば……か。僕は足をとめ、音が聞こえた路地裏の方を見る。

 

「おい、どうした」

 

「門限過ぎちゃいますよ!」

 

「……ごめん。下宿の部屋に食べ物が何もないのを思い出した。このままだと、僕は昼の学食まで飲まず食わずで過ごす羽目になる」

 

「それは、たしかに大事だな」

 

「門限か生命かの問題ですね」

 

 なんでお前ら、無駄にシリアスになっているんだよ。精神的にはキツイけど、一日ぐらいご飯を食べなくても死なないって。

 

「行け。お前たちだけでも、門限に……」

 

「シドッ……お前のことは忘れねぇ!」

 

「シド君の選択は、誰が何と言おうと正しかった……自分はそう思います!」

 

 そういうとチョロいバカ二人は男泣きしながら、踵を返して走り出した。僕はこっそりと路地裏に入ると、跳躍して建物の屋根越しに音源へと向かう。さて、人斬りの正体は誰だろうか。個人的にはいきなり僕を切り刻んだアレクシアが怪しいと思っているが、先入観を持って捜査することはいけない。客観的に、事実を見極めて。

 

 ようやく音源に辿り着くと、アレクシアが全身黒ずくめの男と戦っていた。何かおかしいと思っていると、黒ずくめが狂ったようにシャドウガーデンと繰り返すため、アレクシアの無罪が確定した。とりあえず見守っているとアレクシアが人斬りを倒したが、背後からさらに二人の黒ずくめの増援が現れた。

 

 あ、こりゃ無理だなと理解する。最近腕が上がってきていたが、まだアレクシアにあの三人を相手にするのは無理だろう。助けてやるかと屋上から音もなく着地すると同時に、

 

「後ろに姉様がいるもの」

 

 アレクシアの余計な一言で、黒ずくめが全員振り向いた。

 

 振り返った隙を突こうとしたアレクシアは本当に僕がいたことに驚き、動きが止まる。黒服たちはアイリス王女がいると思って振り返ったら、僕がいて動きが止まる。うん。

 

「『シャドウガーデン』の名を語る咎人よ、疾く死ね」

 

 先手必勝、戦場で油断する方が悪い。とりあえずアレクシアと最初に戦っていた黒服の両足を切りつけ、逃げられなくする。あとで背景を洗うために、生きていないと困るからな。まあ、プロパガンダを目論んだ『教団』の手先だろうが。

 

 後から来た二人はまだ判断力が残っていたのか、一人を瞬殺した僕から潔く逃げ出した。

 

「逃げられるものか」

 

 逃げた連中を追おうとすると、

 

「ま、待ちなさいッ……!」

 

 後ろからアレクシアが止める。とりあえず話だけ聞いてやるかと振り返る。

 

「何だ!」

 

「私はアレクシア・ミドガル。この国の王女よ。あなたの目的を教えなさい。その力を何のために振るうのか、何と戦っているのか、そして……この国に牙を剥くつもりなのか」

 

「前にも答えたはずだ。『ディアボロス教団』を滅ぼすためだけに、我らはある」

 

 これ以上放置して逃げられるわけにもいかないから、アレクシアとの会話を切り上げ黒ずくめの二人を追う。

 

「思ったより愚鈍な足だな」

 

 すぐに追いついた僕は、先ほどの男のように足を切り落とし、逃げられなくする。

 

「これ以上逃げられても面倒だからな。……ニュー、出てこい」

 

「お見事です、シャドウ様。これほど早く確保されるとは、流石です」

 

「偶然だ。こいつらは任せる。……抜かるなよ」

 

 あとはニューに任せることにして、僕は帰ることにした。

 

 そして翌日の昼休み、まず手本を見せてやる、と言うヒョロに僕らは付いていくとそこは二年生の教室。ヒョロは廊下で相手を待ち、僕らは少し離れて見守る。

 

「上級生ですか、ヒョロ君やりますねぇ」

 

「そうかな?」

 

 どうせ失敗するだろうにと思いながら待つと、かわいい系の少女が出てきた。

 

「あ……ア、ア、あにょっ! チョ、チョコこここここ、あなたにっ、こひぇ?」

 

「………………」

 

 ヒョロは彼女にチョコを差し出すが、僕らから見えないがよほど酷い顔になっているらしい。相手の少女は完全にドン引きして受け取ろうとしない。というか僕の想像以上にひどい告白だな。アレクシアの時もあれくらい酷くやれば、あんなことにならなかっただろうか。ヒョロを放置して考えているとそこに、

 

「おい! 俺の婚約者に何か用か?」

 

 筋骨隆々のイカつい上級生が現れ、ヒョロの肩を掴んだ。

 

「あ、いや、その」

 

「にいちゃん。ちょっと向こうで話聞かせてくれや」

 

 そう言われて上級生に連れて行かれるヒョロ。

 

「あ、チョコは貰っとくわねー」

 

 少女に慰謝料とばかりにチョコを取り上げられ、え? と声をあげるが、

 

「何だ、何か文句あるのか」

 

 上級生のメンチに恐れをなす。そんなバカの助けを求める声と絶叫を聞きながら、僕らは次の告白の場だという魔剣士学園と同じ敷地にある学術学園と兼用の図書館に向かう。

 

 「学術学園の生徒が相手か」

 

「はい。自分はヒョロ君と同じ轍は踏みません! 相手のことは全て調査済みです。交友関係から食事の好み、登下校時刻に、歩幅に歩数。さらには寮の部屋番号、いつも利用するトイレ、靴のサイズに匂い、それから下着の色とスリーサイズ、使用済みのコップから……」

 

「もういい、早く逝け」

 

 これ以上聞くと耳が腐りそうだと思いながら、生理的に悍ましいゴミカスストーカーを送り出す。

 

「このジャガ・イモの勝利をご照覧あれ、ヒャッホー!」

 

 その直後。

 

「キャアアァァァァァ!! この人、ストーカーです!」

 

 すぐに遠くから女子の絶叫が聞こえてきた。女子生徒の悲鳴を聞きつけた生徒や図書館の職員にジャガが取り囲まれた。そんなジャガを見捨てて図書館の出口に向かいながら、このチョコをどうするか考える。

 

 やっぱり姉さんのご機嫌取りに差し出すか。自分で食べる分はまた今度でいい。そう思っていると誰かとぶつかり、相手相手の持っていたであろう本が床に落ちる音がした。

 

 視線を下に向けると桃色の髪の少女が、幾つもの本の中央で尻餅をついていた。

 

「ん」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 僕が差し出した手を掴んだ少女を立ち上がらせ、周りの本を一緒に拾っていく。最後の一冊を拾い終わったあと、ちょうどいいかとチョコの箱を本の上に置く。

 

「え……、これって?」

 

「お詫びにあげる」

 

 そう言って僕は図書館を後にした。

 

 




副学園長「おや、最近人気のチョコレートじゃないか」

桃髪少女「さっき図書館でぶつかってしまった男の子が、お詫びにってもらったんです」

お節介な老人「一生徒がたまたま持っているようなものじゃないよ。元々君へのプレゼントだったんだろう」

チョロインピンク「えっ……?」




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選抜大会の裏表

 放課後、制服を着て生徒に紛れ込んだニューから接触があった。やはり『シャドウガーデン』の名を語った連中は『ディアボロス教団』の構成員・チルドレンだったらしい。魔力適性を持つ孤児に薬物や洗脳教育で育成した連中で訓練段階で九割が死亡、訓練終了時に精神が壊れて捨て駒としてしか使えない連中もザラだという凄まじい人材の無駄遣いだ。

 

 しかし訓練だけで九割の喪失が許容できるとなると、元々の母体も凄まじいはずだ。そこだけは素直に羨ましい。『シャドウガーデン』は質のいい人材が豊富だが、元悪魔憑きだけで構成されているので絶対数がまだ少ない。

 

 特にガンマのミツゴシ系列を末端は現地の人員を雇用するなどしなければ、遠からず拡大に元悪魔憑きの訓練・増員が間に合わないだろう。今も人手が必要な時はアルバイトや外注などでやりくりしているようだが、やはり正規雇用の人材の拡大が全体的な急務だと思える。

 

 おっと、思考が逸れた。

 

「ニュー、ガンマに今のうちに可能な限り教団の連中を始末しろと伝えろ。向こうがこっちを悪役に仕立てる前に、奴らの計画を可能な限り止める必要がある。それといつでもアリバイ工作のため、王都外の教団拠点襲撃計画を急いで準備しろ」

 

「はい、了解しました」

 

 今はまだ、人斬りが『シャドウガーデン』の一員だという噂などはない。もし『シャドウガーデン』が世界の敵になっても、拠点のアレクサンドリアは天然の要害と僕が入知恵した要塞で落とすのは難しい。それに攻められても構成員全員が世界でも上位の魔剣士なので返り討ちにする武力はある。

 

 だが『シャドウガーデン』盟主がカゲノー家の長男だとバレて、両親や家族に迷惑をかけるのは純粋に良くないと思う。

 

 そして何より、今の『シャドウガーデン』は世界の裏で暗躍する『ディアボロス教団』と人知れず暗闘する陰の実力者っぽい勢力なのに、表舞台に立たされたらただの武力組織になる。正体がバレてる実力者など陰の実力者じゃない。

 

「ゼノンの独断かも知れないが、王女誘拐なんてやるぐらい陰に隠れる気がないくせに。なのにひたすら暗躍しようとする姑息な連中が。最悪、アルファ達に悪いがゼータのプランを一部採用させてもらうかも知れないな」

 

 とりあえずまだ決定的な情勢にはなっていない。方針はこの陰謀がどんな形であれ、終わってから修正するとしよう。

 

「それにしても『シャドウガーデン』の名を外部に漏らしたのは誰だ? 組織名を向こうが名乗れなかったら、偽物説に多少は信憑性を出せたのに」

 

 デルタだろうか、それとも挑発に乗ってしまったイプシロンか。まあ、起きてしまったことは仕方ない。今はそれより出場しなければいけない選抜大会の方だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔剣士学園最強の称号は一昨年まではアイリス・ミドガル第一王女のことだった。だから彼女が卒業後、学園最強の座をめぐる争いが起きると思いきや、誰もが想像しない人物が、絶対王者としてミドガル魔剣士学園の頂点に君臨した。

 

 その人物がローズ・オリアナ。ミドガル王国と同盟を組む隣国の王女で、留学生。オリアナ王国は芸術の国として武術の評価は低いはずだが、そんな国のお姫様が学園の猛者を蹴散らし、学園最強になるのは誰もが予想外だったといえよう。そしてこの学園の生徒会長でもある。

 

 しかも出自や実力や容姿に驕らず、人当たりがよく礼儀正しく裏表ない態度で学園中の人気を欲しいままにしている。どこぞの性悪王女にも見習って欲しいものだ。そして、……僕の選抜大会の一回戦の相手でもある。

 

 なぜか選抜大会で賭けが行われており、オッズを見れば僕が勝てば一万倍という聞いたことがないような超大穴となっている。つまりそれだけ僕は勝算がないと思われている。

 

 さて、ヒョロに無理やり参加させられたこの試合、どう立ち回ったものか。棄権という選択肢もある。大会で活躍して女子からモテモテと叶わぬ夢を見て、エントリーした二人は先日のチョコ騒動で上級生からのかわいがりで重傷とストーキングと女子寮侵入による謹慎によって棄権する事になった。

 

 僕も適当に理由をつけて棄権するか。勝ち目がない強敵を前に棄権する。それは確かにモブっぽい。だが、この大会には姉さんも出てるし、自分のトーナメント表とか見る時に僕の名前を見つけているかも知れない。もし棄権したと知れたらまた無駄なしごきをされるかも知れない。

 

 つまりこの場合は姉さんが別に扱かなくてもいいと思える程度に頑張って負ける、が最適解だと考える。それにわずかな勝算にかけて絶対王者に挑んで無様に敗北するのもモブっぽい。

 

 あと無断で申し込みやったのに僕を出場させたことを忘れてたヒョロは、後で全身打撲を全身骨折に悪化させてやろう。

 

 試合と試合後の覚悟を決め、僕は試合舞台に上がる。案の定、観客は全員がローズ会長を応援している。

 

『ローズ・オリアナ対シド・カゲノー!』

 

 審判が僕らの名を読み上げる。

 

 ローズ会長の蜂蜜色の瞳と、僕の漆黒の瞳が火花を散らす……気がした。

 

『試合開始!!』

 

 開始と同時にローズ会長の細剣は美しく、鋭い軌道を描きながら僕の胸に迫る。

 

 本来ならモブには反応できないだろうが、僕はギリギリ反応して受け止めようとして……後ろに自分から飛んでぶっ飛ばされた。

 

「くっ、まだ……まだだぁぁぁ!」

 

 倒れるもすぐに立ち上がり、今度はこちらの番だと魔力で身体強化して全力ダッシュ……のフリをして、ローズ会長に切り掛かる。当然それも加減しているので受け止められ、鍔迫り合いになってから押し返された隙をまた突かれる。

 

「このぉぉ!」

 

 だが今度は吹き飛ばされず、ローズ会長と痛み分けを狙うように突きを放つ。だが、渾身(に見える)突きは呆気なく躱されて、反撃の太刀を受ける。

 

 そう、これこそ真のモブの戦い。泥臭く粘り、粘り続けるも最後はあっけなく負ける。派手に血糊とか吐くと目立って印象に残るかも知れないし、何度も何度も立ち上がるのなんて最後まで諦めなかった粘りからの逆転勝ちという主人公ポジの戦いだ。

 

 真のモブとは最初から後先考えず絶対強者に挑み、粘るも最後は無様に負けるもの。え、そんな立ち回りのヒロインもいる? 僕は美少女じゃないから、モブだ。

 

 そんな強者に弱者が必死に追い縋る泥試合がもう五分、ローズ会長の攻撃も二十回は喰らっている。そろそろいいか、僕の何度目かわからない稚拙な攻撃を躱したローズ会長が、僕を攻撃すると同時に後ろに跳び倒れたフリをする。最初と同じだが、今回はこっそりと用意した血糊袋を噛み砕き、吐血を演出する。

 

「……勝者、ローズ・オ……!」

 

 審判が勝利宣言するギリギリで、フラフラになりながら立ち上がる……演技をする。

 

「き、君……、本当にまだやるのか?」

 

 もう吹けば飛ぶほど弱りきった僕に、審判が確認を取る。僕はもう声を出すのもしんどいように緩慢な動作で頷く。ローズ会長の顔もこれまで以上に真剣になる。

 

「彼の目は、まだ死んでないようです。ですが、次で終わりです」

 

 おおっ、なんてらしいセリフなんだ。期待通りの反応をしてくれたローズ会長に感謝し、今までより多くの魔力を剣にのせる。ローズ会長も魔力に驚きながら、自身も剣に魔力をのせる。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 鬨の声をあげ、僕は全身全霊の走りをする。今までで一番の速さは、されどローズ会長に見切られ剣を受け止められる。

 

 ここだぁ!

 

 僕は意識を集中させ、ローズ会長の剣が当たる部分だけ魔力量を減らした。結果、ローズ会長の剣は僕の剣を両断し、僕もその勢いのまま斬撃を喰らって倒れ伏す……演技だ。

 

『勝者ローズ・オリアナ!!』

 

 倒れ伏し動かない僕を見て、審判が勝利宣言を行う。それを聞いた観客達は勝者を讃える。そして僕も、いよっしゃぁぁぁ!と内心で喝采をあげていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合が終わった後、僕は担架で保健室に連れて行かれそうになったが、隙をついて逃げ出した。調べられたら実際は無傷なのがバレるからだ。廊下を歩きながらさっきの試合を振り返り、なかなかのモブムーブができたのではと思っていると、声がかけられた。

 

「あ、あの」

 

「ん?」

 

 声の主を見ると学術学園の制服を着た桃色の髪の美少女がいた。誰だっけと考え、この前図書館でチョコをあげた子だったことを思い出した。

 

「お怪我、大丈夫ですか?」

 

「う、うん。見た目は酷かったけど重傷はなかったから、魔力による回復でしばらく激しい運動をしなければ大丈夫だって」

 

 実際はそもそも無傷だったけどね。とりあえず近くのテラス席に腰を下ろす。

 

「よかった。試合、見てました」

 

「情けないところを見せちゃったかな?」

 

「あまり剣術の試合とか見ないんですけど、諦めずに何度も挑んですごくかっこよかったです」

 

「え、えっと、かっこよかったの……?」

 

「はい……」

 

 頬を染める少女に危機感を覚える。個人的にはモブっぽく無様に負けたつもりだったが、あれを格好良く思う要素があったのか。そして観客のほとんどが内心では、彼女のように僕にも注目していたのか気が気じゃなくなってきた。

 

「あの、これ……」

 

 少女はおずおずと小さな包みを差し出した。

 

「……これは?」

 

「クッキー焼きました、お返しに……」

 

 試合を見せてくれたお礼みたいな感じかな。それにしてはかなり手際がいい……っていうか、試合見てからだと明らかに速すぎるな。時間的に、まだ生焼けぐらいしか焼けないだろ。

 

「ありがとう」

 

 とりあえず受け取っておこう。焼けきってないなら、持って帰って自分でまた焼けばいい。

 

「も、もしよければ、友達からお願いします」

 

「友達? いいよ」

 

 ヒョロとジャガは厳密にいうとたまたま部屋が隣同士だからつるんでいるだけで、友達というと微妙なところだから、彼女がある意味では僕の学園での友達一号ってところだろうか。

 

「やった! やりました! お義父様、友達になれました!」

 

「は?」

 

 少女が話しかけた方に目をやると、白髪交じりの髪をオールバックにまとめた渋い長身の男性がこっちに歩いてくる。あの人はルスラン・バーネット学術学園副学園長。かつてはブシン祭で優勝経験もある、文武両道の優れた魔剣士だ。

 

 そして彼を養父と慕う彼女は、その養女のシェリー・バーネットか。王国一の頭脳と評され、国内外にアーティファクト研究で広く知られている天才研究者。今まで学術学園に接点はなかったから、個人的に重要人物だと判断したが忘れていた。

 

「シド・カゲノー君だったね」

 

「は、はい、バーネット副学園長」

 

「そう緊張しなくていい。怪我はいいのかい」

 

「き、奇跡的になんとか……あ、ローズ会長が手加減してくれたのかも?」

 

 まずい。この人には魔力で回復して、もう治ったなんて言い訳は通じない。魔剣士としての経験が、あれだけ攻撃を喰らって表面上の傷だけなんてありえるかと見破るはずだ。

 

「そうだな、ローズ君なら力加減を間違えないだろう。でも、ちゃんと医師に見てもらいなさい」

 

「はい、絶対に」

 

 見せません。怪我してないのがバレるから。

 

「この子は研究一筋でね。今も騎士団から依頼を受けてアーティファクトの解析に没頭している。だから、ろくに友達もいないんだ」

 

「もう、お義父様!」

 

拗ねる娘に、はははと笑って誤魔化す父。アットホームを絵に描いたようだ。

 

「今はこうして笑っているが、昔はいろいろあったんだ。できればシェリーと仲良くしてやってくれ。これは一人の父としてのお願いだ」

 

副学園長は真剣な表情で、シェリーは養父の心配性に困ったように微笑んだ。

 

「……微力を尽くします」

 

「では後は若い二人に任せるとしよう」

 

 親しげに僕の肩を叩いて、副学園長は去っていった。

 

「あの、よろしくお願いします」

 

「うん、よろしく」

 

「それで、どうしましょう? あ、そうだった、まずはお医者様に見せないと。ごめんなさい、うかれてて」

 

「いや、さっきも言ったけど激しい運動さえしなければ、日常生活を送れるくらいは回復しているから」

 

「あの、本当に大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫、大丈夫」

 

「魔剣士って、すごいんですね」

 

「魔剣士って、すごいんだよ」

 

 その後は彼女手作りの素朴なクッキーで軽くお茶をして別れた。その翌日から、療養の名目で五日ほど学園を休み、いい機会なので王都に集まりつつあるというディアボロス教団狩りに精を出した。

 

 復帰した日、クラスのみんなは少しだけ僕を見直したという反応をしたため、あれはモブっぽくなかったんだなとわかった。

 

 




モブ構成員「『シャドウガーデン』らしき者により、あちこちの拠点が襲撃され、予定より人員の集まりに支障をきたしています」

痩騎士「仕方がない。多少人員が少なくとも、計画を実行するしかあるまい(どうして、こうなった?)」



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ミドガル魔剣士学園占拠事件

更新が長らく途絶えていました。過去最も長い文にモチベーションが削られて、なかなか進みませんでした。誠に、申し訳ございませんでした。


 復帰した翌日、魔剣士学園生徒会選挙の説明のため午前中最後の授業が少し早めに終わった。

 

「失礼します」

 

 教室の扉が開いて、ローズ現生徒会長と生徒会選挙の候補者が演説のため、入室した。

 

「本日はお時間をいただきありがとうございます。生徒会の補欠選挙について、説明に参りました」

 

 ヒョロと一緒に二人の話を聞き流していると、ふとローズ会長と目があった気がした。

 

「おい、生徒会長俺のこと見てたぜ」

 

 ヒョロが無駄に前髪を整えながら言う。

 

「そだね」

 

「おいおい、生徒会にスカウトされるかもな」

 

「そだね」

 

生徒会にスカウトされるなら、お前は今ローズ会長の横に立っているはずだろうがと思う。

 

「おいおいおい、めんどくせーのは嫌いなんだけどよ」

 

「そだね」

 

僕も隣にいるような素直になれないめんどくせーバカは嫌いだ。生徒会に入って会長にお近づきになりたいって言えばいいのに。そんなことを考えていると、

 

「ん? これは……!」

 

 僕は普段から練った魔力を体内で制御の訓練をしているのだが、その制御がうまくいかなくなった。まるで外部からの介入で、魔力の制御が不安定になったみたいに。目を閉じて集中すると、その原因は外部から魔力が奪われ、体内の魔力バランスが崩れているのだと理解する。

 

 何が起こっている? 思わずさりげなく周囲を見ると、誰も異変に気がついていないようだ。ふと自慢の耳と勘が、何かが教室に近づいてくる音と気配を感じた。

 

 今度はなんだと思っていると、凄まじい爆音と共に教室の扉が吹き飛び、クラスは騒然とする。

 

 直後、抜剣した黒ずくめの男たちが乗り込んできた。そして先頭の男が出入り口付近に置いてあった剣を破壊する。

 

「全員動くな! 我らは『シャドウガーデン』! この学園を占拠する!」

 

「そのまま席を立つな。全員手を上げろ!」

 

「……嘘だろ」

 

 思わず呟いてしまう。こいつらは、そう、やりやがった。全宇宙の少年が学生生活で一度は妄想する、『学園がテロリストに占拠される』をやりやがった。思わずこいつらが『シャドウガーデン』を騙っていることすら忘れて興奮してしまう。

 

「すっげぇ……」

 

 自然と感嘆の言葉が漏れる。前世と今世、もはや数え切れないほどした妄想が、今目の前で現実に起きている。感動のあまり、絶頂さえしそうだ。少しづつ状況を飲み込み始めた生徒たちを黒ずくめの男は剣で威圧する。

 

 ふと、彼らの服が人斬り以来僕が最近狩り続けた『ディアボロス教団』のものだと気がついた。あれだけ狩ったのに、まだいたのか。彼らのゴキブリ並みの数としぶとさに呆れていると、ローズ生徒会長が腰の細剣に手をかけ、彼らと対峙する。

 

「ここがどういう場所かわかっていないようですね。魔剣士学園を占拠する? 正気の沙汰とは思えません」

 

「武器を捨てろと言ったはずだ」

 

「お断りします」

 

「ふん、見せしめにはちょうどいいか」

 

 そんな様子を見て、僕は気づいた。ローズ生徒会長、魔力が使えないのに気がついていない?

 

「……ッ! いったい何が!?」

 

 魔力を使おうとして、ようやく彼女は魔力が使えないことに気がついたようだ。細剣を構えた彼女の顔が動揺する。

 

「クク……ようやく気付いたようだが、気付いたところで、もう遅い!」

 

 黒ずくめの男が三下の笑いかたをしながら、剣を振いローズ会長の細剣を砕く。 まずい、まずい、このままだと。

 

「魔力がなければ、魔剣士の剣は防げない。授業で習わなかったか?」

 

 魔力の強化も技術もないひ弱な体では、防ぐことも躱すこともままならないだろう。僕は椅子を蹴飛ばし駆けた。

 

 脳の処理能力が加速し、世界の動きが緩やかになる。テロリストにクラスで最初に殺されるのは、いつだってモブの役目。その理念に基づき

 

「やめろおおおおおああああああッ!!」

 

 魂の咆哮と共に、僕は二人の間に割り込み、ローズ会長を突き飛ばす。黒ずくめの凶刃は僕の上半身を左肩から右腰にかけて切り裂いた。体から力を抜いて、仰向けに崩れ落ちる。傷口から少なくない血が流れ出し、その染みは床を染め上げる。

 

「そんな……!!」

 

「キャアアアアァァァァ!!」

 

 ローズ会長は悲痛そうな声をあげ、誰かの悲鳴が教室に響く。

 

「シド・カゲノー君……! バカ。なぜ私をかばったりしたの……?」

 

 ローズ会長が僕の頭を抱き抱える。僕はゆっくりと視線をローズ会長の方へ向け、やがて目を閉じる……傷はそこそこ深いが致命傷ではないせいで、瞳孔が開きかけた虚ろな目の再現が面倒だったので誤魔化すためだ。

 

 口から血を吐きながらも、ローズ会長の反応がいいため絶妙な場面となったことに思わず微笑んでしまう。

 

「シド君ッ! なんでっ……」

 

 ローズ会長の嗚咽と共に、僕の頬に一つ二つと雫が降り注ぎ、頬を撫でていく。

 

「今から大講堂に移動する! そいつのようになりたくなければ、おとなしくついてこい!」

 

 ローズ会長は僕の頭を優しく床に置き、他の生徒と共に教室から出ていく。ありがとう……、シド・カゲノー君……と、僕に言葉を投げかけて。

 

「シド……」

 

「シド君……」

 

 最後の二人となったヒョロとジャガも、教室を出る直前に僕を見た。やがて生徒と黒ずくめたちの足音が遠ざかり、周辺は静寂に包まれた。…………もういいかな?

 

 少しだけ目を開けて教室に誰もいないことを確認すると、起き上がり傷口を細い糸状に練った魔力で傷口を塞ぐ。あれだけ大勢の前で怪我を負ったのに、傷がなくなってたら不自然だからね。

 

「僕が幾度となく妄想した『テロリストの学園占拠』をやってくれたのは感謝するけど、『シャドウガーデン』の名を騙ったことを許すつもりはない」

 

 とりあえずもう起きるかどうかわからないから勿体無いが、この機会にテロリスト殲滅RTAに挑戦してみよう。僕は状況把握のため屋上から学園中を見渡す。生徒や教職員は入学式や有名人の講演会など全校行事をするための大講堂に監禁されているようだ。

 

 学園内の警備は全滅。学園の外には騎士団が包囲網を敷いているが、魔力を阻害する力の境界から中に入ろうとしない。やはり騎士といえど人間。命の危険があるところにむざむざ飛び込んだりはしない。校舎内にいるのは隠れている生徒を探し回る黒ずくめのテロリストだけ。

 

 屋上から全てを見下ろしていると、思わず高笑いをしたくなる。『屋上から全てを見下ろす』なんて、影の実力者のようでいいじゃないか。とりあえず僕らに扮するため、真昼間からまっくろくろすけになっている美的センスゼロのクソダサ集団を始末しよう。

 

 スライムスーツの一部を切り分け硬質化させると、指弾の要領で間抜けどもを狙撃していく。あいつら、魔力阻害で身体強化ができない相手なんだから主兵装は剣じゃなくて、銃とか飛び道具にすべきだろうに。

 

 そうした方が万が一剣とか持たれても、一方的に蜂の巣にすることができ……いや、武器が奪われることで相手が抵抗する余地を与えることを避けたのかな。まあ、どのみち僕に始末されるんだから、どっちでも一緒か。

 

 とりあえず外にいるやつは全員始末したから次は校舎内を……あれ?

 

「シェリーじゃん。なんで捕まってないの?」

 

 廊下内を自分なりに気をつけながら走っている桃髪の少女がいた。……全然隠れられてないけど。ほら、今もすぐそこの廊下にいる黒ずくめがシェリーに気づいて近づいている。僕はシェリーに近づく黒ずくめを狙撃しながら、RTAを中断してシェリーの行動を見守ることにする。

 

 黒ずくめがいなくなった廊下を急いで進むシェリーにこのイベントのキークエストの予兆を見出した僕は、とりあえず見える限りの黒ずくめを始末する。そして、シェリーを陰ながら助けるため、ついでに『屋上を華麗に飛び降り着地する』。これもやってみたかったんだよな。

 

 そしてさっきの屋上からは死角になっていたところにいる黒ずくめたちを再び始末して、シェリーの障害を先に排除しておく。というか近づいて気がついたが、シェリーはペタペタうるさいスリッパを履いていた。そりゃ黒ずくめがよってくるはずだ。とりあえずシェリーにスニーキング系の適性は皆無だ。スリッパ以外にも周囲への警戒がダメで、あれじゃ訓練しても戦闘員になるのは難しいと思わせられる。

 

 とりあえず講堂の外にいる黒ずくめは全員始末したはずなので、シェリー先輩のクエストを見届けていると、考えながら歩いていたためコケて、手に持っていた円盤が空を飛んでいた。もしあれがキーアイテムだった場合、落ちて壊れてクエスト失敗は笑えないので、円盤をキャッチして渋々シェリー先輩の前に現れる。

 

「シド君……! 大丈夫!? 酷い怪我……」

 

 僕の制服のシャツの血染めから大怪我を負ったことを想像したのか、顔を青ざめる。

 

「大丈夫。傷の深さから主要な神経や臓器は無事なはずだし、一応傷は魔力の糸で応急処置的に塞いであるから」

 

 僕はシェリーの心配を解決しようとしながら、シェリーを睨む。

 

「そんなことより色々と言いたいことがある。考え事しながら歩くのはやめましょうとか、独り言はやめましょうとか、足元に注意しましょうとか、何よりそのペタペタうるさいスリッパを脱がないと音ですぐ存在がバレますよ」

 

 シェリーはすぐに頷き、スリッパを脱いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『強欲の瞳』? それが、今の魔力阻害を引き起こしている原因ってこと?」

 

 あれから隠密系適正ゼロのシェリーを目的地の副学園長室まで連れていくと、副学園長室の資料を取り出しそのアーティファクトの説明をしてくれた。

 

「この『強欲の瞳』は周囲の魔力を吸収しそれを溜め込みます。そのため強欲の瞳が発動するとその周辺は魔力の錬成が困難になるのです」

 

「でも僕は傷の縫合のために微細な糸状の魔力を使えたし、黒ずくめの人たちは普通に魔力を使ってたけど?」

 

「吸収させたくない魔力の波長は、記憶させることができるんです。そうでなくては使用者本人の魔力まで吸収してしまいますから。他にもシドくんがやったように『強欲の瞳』が感知できないほど微細な魔力や、容量を超える強大な魔力などは吸収し辛いです。そもそもそんな強大な魔力は我々には扱えませんが」

 

魔力吸収・蓄積のアーティファクトか。なんとか事件のドサクサに紛れて奪取できたら、イータのいいおもちゃになりそうだな。

 

「これだけでも扱いが難しく厄介なアーティファクトですが、強欲の瞳は溜め込むだけ溜め込んだ魔力を、一気に解放してしまうようなのです」

 

「一気に解放って、そりゃマズイな」

 

 何百人もの魔剣士見習いから魔力を奪い取ったら、それが一人は微々たる量でも総量は相当なものになる。その相当な量が時間経過で倍倍になる。

 

「はい。シド君……学院の生徒や職員は全て大講堂に集められたと言ってましたよね」

 

「うん。校舎の最上階から遠目にだけど」

 

「魔力吸収の効率を考えるなら、当然大量の魔力……。在学する多くの魔剣士が囚われている大講堂に『強欲の瞳』を置くはずです。もし、溜め込まれた魔力が『強欲の瞳』の許容量を超えて、一気に解放されてしまったら……学園が吹き飛びます」

 

「うわぁ……」

 

証拠隠滅という点では『シャドウガーデン』的に、そっちの方がいいかもしれないが。実行犯も目撃者も全員死亡、外から様子を伺うだけの騎士団はまだ『シャドウガーデン』の名乗りを聞いていない可能性が高い。幸い三年の姉さんは、課外活動で学園にいないから巻き込まれる心配はない。最終手段に意図的に膨大な魔力を吸収範囲内で解放して、『強欲の瞳』の誘爆を狙うか。

 

「この『強欲の瞳』は以前私が研究し解明したものです。その危険性を考えて、お父様は学界では発表せずに国で保管してもらうことにしたんですが……どうしてこんなことに」

 

「同型のものがあったか、盗まれたか……。それより、『強欲の瞳』の対処法とかってあるの?」

 

「はい、あります」

 

そう言ってシェリーはさっきの小汚い円盤を取り出した。

 

「このアーティファクトは、『強欲の瞳』の制御装置なのです。本来、『強欲の瞳』はこの制御装置を使い、魔力を長期保存するためのアーティファクトですから、このアーティファクトは魔力の解放を止められるはずです」

 

 ただシェリーによるとアーティファクトの起動するための調整が不完全なので、そのための道具を取りに行かないといけないらしい。僕が取りに行ってもいいがどれがどれだかわからないかもしれないので、シェリーも連れて行くことになった。

 

「しっかり捕まってよ」

 

「けどシド君、大怪我してるのに、私をおんぶして大丈夫ですか?」

 

「伊達で魔剣士やってないから」

 

 シェリーは全く体を鍛えてない。だから彼女を振り落とさないよう、等身大ゼリーを背負っているように慎重に、建物を移動する。と言っても『強欲の瞳』が吸収しない最低限の魔力でも、僕だったら十分もあればいけるんだけどね。あっという間にシェリーの研究室まで来ると、もう僕にできることはない。シェリーは倒れている騎士たちにショックを受けてたが、アーティファクトの調整を思い出して急いで始めている。

 

「ちょっとトイレ行ってくる」

 

 シェリーに声をかけたが、集中しているのか全く反応がない。まあ、あれならトイレから戻るまで僕がいないことに気づきもしないだろうと思い、勝手に行く。

 

「ん?」

 

 トイレを終わらせると足元から新しい音がする。誰かが歩いているような音、人数は……四から六人くらいか。どうせシェリーが調整を終えるまでは暇なんだ。様子を見に行ってみると、汚い赤髪のチンピラとそれに従う黒ずくめが四人いた。

 

 敵のネームドキャラか。そういえば、前にニューが世界でも上位の実力になるファースト・チルドレンの一人が確認されたとか言っていたと思い出す。確か二つ名っぽいのがついていて……名前は……『反客遊戲』のレなんとか君、だったかな。

 

 とりあえず敵だし、殺してもいいよねとまず後ろにいた二人を仕留める。つもりでスライム弾を発射したのだが後ろの二人を貫通して、前にいた二人まで倒してしまった。

 

「は?」

 

 生き残ったチンピラが驚きの声をあげるが、僕もあまりにあっけなく死んであれっ、と思った。こんな雑魚に時間をかけることが惜しくなった僕は先ほどの部下と同じようにチンピラもスライム弾で仕留める。

 

「ニューが言ってたネームドってこいつだと思うんだけど、思ったよりしょぼかったな」

 

 いつものドーピングもなかったし。そう思っていると新たな気配が僕の背後に現れるが、僕は気配の主に声をかける。

 

「ニューか?」

 

「シャドウ様、遅くなりましたが報告いたします」

 

「頼むよ」

 

「現在『シャドウガーデン』は学園の周囲に潜伏し待機しております。指示があればいつでも動けます」

 

「うん」

 

「ただ、魔力が制限された状況下での戦闘にはリスクが伴います。普段通り動けるのは『七陰』の皆様ぐらいですが、現在王都にいるのはガンマ様だけです」

 

 うん、アウト。魔力吸収の環境じゃイータ謹製の魔道具は使えないだろうから、来てもデメリットの方が高いだろう。もしガンマが乗り込んできて、ミツゴシが『シャドウガーデン』の資金源だということが外部にバレるのだけはまずい。王国にしろ、聖教と教団にしろ、碌なことにならないだろう。

 

「それで……あの、ガンマ様はあまりこういったことが得意ではないというか……」

 

「センス皆無だからな。来ても足手纏いにしかならないからこっちに来させるな。僕の名を使ってもいい」

 

「あの……はい。わ、私も普段の半分ほどの力しか出せませんので……」

 

「そうか」

 

「ガンマ様が現在全体の指揮を執っています。魔力が制限された状況はそう長くは続かないとガンマ様は予測しており、無理をせずそれまで待てばいいと」

 

 間違っていないが、ガンマの考える魔力制限が解除される時は、『強欲の瞳』が許容限界を迎える時だ。向こうが許容限界を察知して止めるならまだしも、気がつかなかったら膨大な魔力で守る僕以外は学園ごと吹っ飛ぶ。

 

「教団側はシャドウ様が大講堂と学園周辺以外の人員を殲滅されたので、騎士団の牽制と人質の監視で手一杯となっています。騎士団は学園周辺を囲っていますが、この中で戦力になりそうなのはアイリス王女と増援の部隊長以上くらいです。王宮側の意向と平時の対立が混ざり、指揮権の問題から連携は厳しいでしょうね」

 

「うちもそういうのには気をつけないとね。そういう意味だと、独立行動しているゼータとその部下が心配だな」

 

 諜報部隊だから他と連携不足になるのは仕方ないが、その結果独断行動に出る危険性がないとはいえない。

 

「……それはともかく、シャドウ様からの指示がなければ、動きがあるまで待機ということになりますが、よろしいですか?」

 

 とりあえずこっちも情報を話すか。そう考えた僕はシェリーから聞いたこと、そしてシェリーが今制御用のアーティファクトを調整していることを語る。

 

「そういうわけだから、学園の周囲のみんなは距離を取らせろ。もし向こうが『強欲の瞳』の容量を測れない間抜けだった場合、この学園が吹っ飛ぶ巻き添えを食うことになる」

 

 構成員一人ごとに悪魔憑きを見つけて、治療・訓練と手間がかかるのだ。向こうの自爆に巻き込まれて殉職させる余裕なんて、『シャドウガーデン』にはない。

 

「わかりました。すぐにでも、伝えます」

 

「それと、もしかすると僕の独断で『強欲の瞳』を誘爆させるかもしれん。それをガンマに伝えておいてくれ」

 

「了解しました」

 

 情報交換を終えるとシェリーの研究室に戻る。案の定、シェリーは僕がいなかったことに気づかなかったようだ。何もすることがないので本でも読んでいるとシェリーがペンダントを見せてきた。

 

「……できました」

 

「お疲れ様」

 

 シェリーの計画では、学園のあちこちにある有事の際の地下道から大講堂に行くことになっており、再び彼女を副学園長室に連れて行くと、壁の本棚の一冊を奥に押し込むというスイッチにより秘密の地下室が現れた。こういうのってロマンがあるよなーと思いつつ、傷ついた身で助けたことへのお礼を言うシェリーを送り出す。

 

「日がいい具合に暮れてきた。これからは……シャドウとして動くか」

 

 スライムスーツを身に纏い、『シャドウガーデン』盟主のシャドウに早変わり。だがどのタイミングで大講堂に入るべきだろうか。中にいる黒ずくめの人数なら、シェリーが『強欲の瞳』を無力化しなくてもボスっぽい奴以外は倒せるが、それやるとシェリーの努力が無駄になる。自分がされて嫌なことはやってはいけないね。

 

 すると『強欲の瞳』が無効化された後か。だとするとやはり主役級がピンチの時に乱入する……か。この学園で主役級と言ったらアレクシアかローズ会長だよな。ならシェリーがやった後に、乱戦になったら二人を探してピンチになったら乱入する、乱戦が起きなかったら僕が黒ずくめ全員を倒す。よし、これでいこう。

 

 しばらく待っていると魔力の制御が普段通りになったので、そっと様子を伺うとローズ会長をはじめとする生徒の反抗が起きていた。観察して戦況を伺うと、数は生徒が大幅に有利だが半分以上の生徒は長時間の魔力吸収で弱体化している。その生徒達を守るため戦力の一部が裂かれてむしろ生徒達が数的劣勢を強いられている。

 

 これはそろそろかなと思っていると、ローズ会長が魔力切れになり凶刃が迫っている。よし、ここだ。

 

「漆黒旋」

 

 ローズ会長の前に現れた僕はローズ会長の周りにいる雑魚を殲滅する。

 

「見事だ。強き身と心を持つ者よ。魔力とは量ではない。制御され、研ぎ澄まされた魔力は膨大なだけの虚飾を断つ。最後の剣を忘れるな。それがお前の剣をより高みへと導くだろう」

 

「あ、……ありがとうございます」

 

 視線だけローズ会長に向けていた僕は改めて敵を見る。突然乱入した僕に誰もが「あいつは誰だ?」って思っているだろう。これでこそ、空気を読み待った甲斐がある。

 

「我が名はシャドウ。陰に潜み、陰を狩る者。……『シャドウガーデン』を騙る咎人ども。冥府で我と敵対したことを悔やむがいい」

 

 最初は純粋に剣で斬り合うことも考えたが、何時まで生徒達が戦えるかわからない以上、僕がやるべきはテロリスト殲滅RTAその2である。片手の剣で牽制しつつ、もう一方の手から発射されるスライムで仕留めていく。遠距離から狙撃し始めるとそれを阻止するべく向かって来たやつもいるが、うん弱い。一合にすら持たない雑魚を切りながら、時に軽くジャンプし空中で回転しながら生徒が邪魔で狙撃できなった奴を狙撃する。

 

「この程度で『シャドウガーデン』を騙るとは……、己の身の程を弁えろ」

 

 5分もかからずこの場にいた雑魚どもは全滅した。あとはあのボスっぽい仮面の男をと思っていると、姿を消し学園中に火がついていた。

 

「逃げられると思っているのか? 愚かな」

 

 魔力を押さえて魔力追跡されない努力をしているようだが、あいにく僕の感知力の方が高い。僕は一直線にその男がいる、副学園長室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 副学園長室に火をつける仮面の騎士に僕は声をかける。

 

「自分のテリトリーでこのような騒ぎを起こすとは何を考えている、ルスラン・バーネット学術学園副学園長」

 

 そう、ボスっぽい仮面の男の正体はシェリーの養父、ルスラン副学園長だった。ルスランは仮面と鎧を火の中に投じてこちらを見る。

 

「貴様はシャドウ……よく見抜いたな」

 

「姿勢と重心、歩き方のわずかな癖、隠すつもりならもっと努力するべきだったな」

 

 僕以外が気づいたかは怪しいけど。

 

「なるほど、いい目をしている。そして剣に生きた身として、感じる君の力は凄まじい。ゼノンでは相手にもならなかっただろう」

 

「一つ聞かせろ。動機はなんだ? 我らに今回の罪を被せたとしても、お前もただではすむまい。事件の間、ずっと音信不通の行方不明だからな」

 

「動機……か。かつて私は剣の道で頂点に立った」

 

「ブシン祭の優勝……ではないな。なるほど、ラウンズに上り詰めたか」

 

「理解が早くて助かるよ。ブシン祭など、表の世界しか知らない凡夫の祭りでしかない。無法都市、聖騎士、そして貴様ら『シャドウガーデン』と教団。本当の頂点にとっては、ブシン祭など通過点でしかない」

 

「だが私は頂点に立ってすぐ病にかかり、一線を退いた。苦労して上り詰めた私の栄光は一瞬で終わった。それから私は病を治すすべを探し求め、アーティファクトにその可能性を見出したのだ」

 

「それが『強欲の瞳』ということか」

 

「それはもう少し後だ。私はルクレイアというシェリーの母でアーティファクトの研究者に目をつけた。賢すぎて学界に嫌われた不幸な女だ。だが研究者としては最高峰の知識を持っていて、彼女の立場は私にとって都合のいいものだった。私は彼女の研究を支援し、彼女は研究に没頭する。彼女は富も栄誉も興味がなかったから、いい関係だったよ。そしてついに私は『強欲の瞳』に、私が探し求めたアーティファクトに出会った。 だがね、あの愚かな女は『強欲の瞳』が危険だと言って、こともあろうに国に管理してもらおうなどと言い出した。だから殺してやった。身体の先から中心へ突いていき、最後は心臓を突き刺し捻った」

 

「…………」

 

「シェリーは何も知らず、何も疑わず、母親の研究を引き継いでくれた。私が仇だとも知らずにね。可愛い可愛い、愚かな娘だ。母娘二人のおかげで強欲の瞳は完成した。あとは魔力を集める舞台を整えてちょうどいい隠れ蓑を用意するだけで済んだよ。今日は……私の願いが叶う最高の一日だ」

 

「最高の一日……?」

 

 クックッと僕は嗤う。先ほど義娘を嗤ったルスランに対する当て擦りのように。

 

「最悪の一日の間違いだろう? 今日ここでお前も部下と同じように死ぬ。我らの名を騙らなければ、もう少しその歓喜を噛み締めることができたというのに」

 

 僕は漆黒のスライムソードをルスランに向けた。

 

「こうして向き合えばわかる。今の私では分が悪い。悪いが、最初から全力でいかせてもらうぞ」

 

 そういうとルスランはいつものドーピングと『強欲の瞳』に蓄えられた膨大な魔力を取り込んでいく。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォッ!! 素晴らしい……素晴らしいぞぉ……力が戻り、病が癒える……! わかるか、この荒れ狂う力が! 人間の限界を遥かに超えた魔力がッ!」

 

 体のあちこちに文字が刻まれる、なんかすごいパワーアップをしたルスランが剣を抜く。

 

「まずは貴様で試すとしよう」

 

 ルスランの姿が消えた。 だが、動きを見切っている僕は背後からの横切りを剣で受け止める。

 

「ほう、よく防いだ」

 

「その大層な強化は見掛け倒しではあるまい。とっとと本気で来い」

 

「少し見くびっていたようだな。これはどうだ」

 

 またしてもルスランの姿が消えた。 同時に連続して斬撃が放たれる。だが、僕には届かない。 四回全てが防がれるとルスランが姿を現した。

 

「これも防ぐとはな。認めよう、貴様は強い」

 

 そして余裕の笑みで僕を見据える。完全に力に酔って、僕を侮っている。もともとシェリーと母親の話で不愉快ではあったが、ますます不快になってきた。

 

「その強さに敬意を表して、私も本気を出そう」

 

 ルスランの構えが変わる、剣を上段で構え、膨大な魔力をそこに集めていく。剣に魔力が渦巻き、白く輝く。

 

「私に本気を出させたことをあの世で誇るといい」

 

 その一撃は、確かに凄まじい威力と速度だ。だが、 僕を討つにはまだまだだ。漆黒の刀はそれすら容易く受け止めた。

 

「何ッ! これすら受け止めるかッ!」

 

「逆に聞くが、……まさか……この程度か?」

 

 至近距離でルスランは僕を睨みつけるが、僕はこんなにご大層な計画を立ててこの程度かと思っていた。顔……というよりは視線に出ていたのだろう。ルスランの屈辱の感情を顔全体に現れる。

 

「ぐッ……まだ、これからだ!」

 

 ルスランの剣が加速し、その斬撃は流星の如く宙に美しい軌跡を残す。

 

「ウオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォッ!!」

 

 雄叫びと共に繰り出される無数の白い剣撃は、しかしそのすべてが僕の漆黒の刃によって弾かれる。

 

「アアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァッ!!」

 

 ルスランの剣を受けていたが、やがて思う。飽きた。それが、この戦いが終わりを迎える理由だった。

 

 漆黒の刃が振り抜かれ、ルスランが弾き飛ばされた。彼の身体は机を吹き飛ばしながら床に転がる。

 

「ぐッ……ば、馬鹿な……!」

 

 ルスランは痛む身体を抑さえて立ち上がる。傷はすぐに回復するが、気のせいか古代文字の光が薄くなっているようにも見える。 僕を倒すために学園中の生徒か奪い取った魔力が尽きて来たのだろう。

 

「まさか、これほど苦戦するとはな。ククッ、大したものだ。だが貴様がいくら強かろうと貴様らはもう終わりだ」

 

「終わり、とはどういうことだ……?」

 

「ふん、一連の事件はすべて貴様ら『シャドウガーデン』の仕業になるよう手はずを整えている。証拠も、証言も、全て用意してある。これで貴様らは叛逆分子として世界中から追われる身……戦いでいくら強かろうとも、どうにもならんよ」

 

 ルスランは嗤った。その歪んだ顔でシャドウを見据える。

 

だが、僕もまた嗤った。仮面の奥で喉を鳴らし、低い低い嗤い声が漏れてくる。 そして、やがてそれは学園中に聞こえるかと思うほどの大笑いになる。

 

「何がおかしい」

 

「それしきのことで終わると思っている貴様は、あまりに滑稽でな」

 

「負け惜しみだな」

 

 ルスランから笑みが消える。ルスランに対し何もわかっていない、とでも言うように僕はかぶりを振る。

 

「もとより我らは日陰者。陰にひそみ我が道をゆく我らに、黒き汚名がいくら降り注がれようと、元より暗き陰がより暗くなることはない。もし貴様にできるなら、世界中の罪を我らに背負わすがいい。だがそれは無為なことだ。教団という闇を照らし、裁くこと叶わぬ世界など恐るるに足りん」

 

「世界を敵にして恐れぬというか。それは傲慢だぞシャドウ!」

 

「傲慢? おかしなことを言う。事実を言うことの何が傲慢なのだ。それに貴様の今の言葉で我らの今の目標が定まった。これから我ら『シャドウガーデン』は……」

 

 その言葉が副学園長室に響き渡る。それを聞いたルスランは顔を青ざめ、理解できない物を見るかのように僕を見る。

 

「正気か、貴様。貴様たちがやろうとしていることは、この世界全てと戦争するに等しいのだぞ」

 

「惰弱なる世界など我が打ち砕いてやる。我が言が傲慢というなら、我が傲慢を力を持って打ち砕いて見せよ、元ラウンズ!」

 

 ルスランが咆哮と共に駆け、上段から白い剣が僕めがけて振り下ろされる。

 

 そしてそれは、僕の頭を割る直前で逸れた。

 

「何ッ!!」

 

 鮮血が舞う。ルスランの右手首に、漆黒の刃が突き刺さっていた。

 

 ルスランは即座に剣を左手に持ち替えて後退しようとする。だが、

 

「馬鹿なッ!」

 

 それより早く左の手首に漆黒の刃が突き刺さる。 それでも後退しようとするルスランにシャドウのスーツが、顔を隠すフードをつけたコートが流動して襲い掛かる。

 

「ぐッ……ガッ……!」

 

 目で追うことすら敵わない無数の刺突は、ルスランに反撃も許さずにその四肢を貫いていく。ルスランに突き刺さるそれは、次第に四肢の端から体の中心へと狙いがずれる。

 

「身体の先から中心へ突いていき……」

 

 シャドウの時の低い声が刺突の合間に響く。まるで何かを思い出すように。

 

「最後は心臓を突き刺し捻る……だったな?」

 

 その声と同時に、ルスランの心臓を漆黒の刃が貫いた。

 

「なっ……!!」

 

 ルスランは口から血を吐きながらも、胸を貫く漆黒の刃を掴んで抗う。

 

 ルスランの視線が、部屋のあちこちを燃やす炎の輝きで照らされたフードの奥の顔に届く。

 

「ガッ、アグッ! 貴様ッ、まさかシ……!」

 

 ルスランが何か言おうとした瞬間、フードの奥の少年は嗤い、漆黒の刃が捻られた。

 

「ガッ、アガッ……アァッ……!」

 

 そして心臓を捻り壊した漆黒の刀を引き抜くと、大量の血が流れ落ちる。 ルスランの目の光が消えてゆく。

 

 最後に残ったのはやせ細った初老の男の死体と、その胸に埋め込む制御装置と一体化した『強欲の瞳』だった。

 

 男は戦利品を得るように死体から『強欲の瞳』を抜き取ったその時、小さな足音が響いた。

 

「お義父様……?」

 

 返り血を浴びたシャドウが振り返った、その先に……桃色の髪の少女がいた。

 

「お義父様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 桃色の髪の少女はシャドウの横を走り抜け、ルスランの死体に寄り添う。

 

「嫌ぁぁぁ……お義父様、何で……どうして……!!」

 

 少女はやせ細った死体に縋りついて涙を流すが、義父の身体はもう動くことはない。哀れな娘を一瞥すると、シャドウはその場を無言で背を向ける。お前は何も知らなくていい……、と思いながら。そして少女の切ない泣き声を聞きながら、闇夜に姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの……!」

 

 半焼した学園の前で声をかけられて、黒髪の平凡な少年は振り返った。

 

「やぁ、どうしたの?」

 

「ここに来れば会えるって聞いたので……。お話ししたいことがあって……」

 

 桃色の髪の少女は少年を見つめて話す。

 

「いいよ。事件の事情聴取まで時間があるから。学校も夏季休暇が前倒しになって、休校中だし」

 

 結局、ルスランの言葉通り、王国と騎士団は学園占拠事件は謎の武装集団『シャドウガーデン』による犯行と判断した。『シャドウガーデン』とそのリーダーとされるシャドウは、王国の外まで手配書が回る指名手配犯となり、情報提供が求められている。

 

「あの……先日はありがとうございました」

 

 桃色の髪の少女はペコリと頭を下げた。

 

「シド君のおかげで、本当に助かりました」

 

「うん。大変だったよ。今度からはあんなうるさいスリッパを履いたまま、逃げないようにしてね」

 

「一人だったら、私は何もできませんでした」

 

「気にしないでいいよ。僕一人でも、何もできなかっただろうから」

 

「それで、今日は報告があって……私留学することに決めたんです」

 

「あぁ、それでその荷物。何処に行くの?」

 

 桃色の髪の少女の側には大量の荷物があった。

 

「はい。今から馬車に乗ります。ラワガスまで」

 

「都市国家郡の学術都市か……。すごいね、世界最高峰の研究所じゃないか」

 

 このミドガル王国と仮想敵国である隣国のベガルタ帝国の中間の北西の海域にある都市国家郡。『貿易都市グラズヘイム』、グラズヘイムの一区画に存在する聖教の総本山『宗教国家オルム』、『アルテナ帝国』、そしてシェリーの留学する『学術都市ラワガス』を中心とする共和性連邦の諸島郡で、観光・リゾート地としても有名な場所だ。あと出無精のイータがたまに研究資料などを盗みに行っている場所でもある。

 

「私、やらなきゃいけないことができたんです。それには今の知識じゃ足りないから。それに……ここにいる理由も無くなりましたので」

 

 少女は切なげな表情で校舎を振り返った。優しい養父を懐古しているのだろうか。

 

「そっか、がんばってね」

 

「はい。シド君とは、もっとお話したかったんですけど……」

 

「大丈夫。きっといつかまた会えるさ」

 

「はい、またいつか」

 

 桃色の髪の少女は微笑んで、少年の横を通り過ぎ馬車に向かう。

 

「あ、ちょっと待って」

 

「はい?」

 

 少年に声をかけられて、少女は振り返る。

 

「やらなきゃいけないことって、何か聞いてもいい?」

 

 少年の問いに少女は困ったように微笑んだ。

 

「秘密です」

 

「そっか」

 

「ただ、もしすべてが終わったら……私の話を聞いてくれますか?」

 

「……いいよ」

 

「じゃあ、またいつか」

 

「うん」

 

 二人は微笑み、互いに背を向けて歩き出す。少年は目的地へ、少女は留学先に向かう馬車へ。

 

「私は、必ず……」

 

 ふと、風に乗って少女の呟きが少年の耳に届いた。誰にも聞かれないはずのその小さな呟きを、少年は確かに聞き取った。

 

 少年はふと振り返って、小さくなっていく少女の背中を見つめた。少しして少年は振り返り、何事もなかったかのように歩き出した。

 

 二人はもう振り返らなかった。

 

 



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聖地巡礼

 聖地リンドブルム。

 

 かつて英雄オリヴィエが魔神ディアボロスの腕を切り落とし封じたという聖教の聖地の一つである。

 

 なぜ急に地名の話をしたかというと『暇なら聖地に来て』とアルファから手紙をもらったからだ。聖地だけだと何処の聖地なのかわけわかめだが、もうじきリンドブルムでは『女神の試練』というイベントが起こる。しかもそのイベントに関連した『聖域』を『シャドウガーデン』は調べていた。

 

 おそらく『シャドウガーデン』で『聖域』にアプローチをかけるために僕を呼んだんだろう。

 

 面白そうだからいざ、聖地に行こうと旅行準備を整えたとき、夏休みは実家へ帰るわよと姉さんが僕の下宿にやってきた。旅行準備万端の僕を見て「そんなに実家に帰るのが楽しみなのね。お姉ちゃんが夏中ビシバシ鍛えてあげる」なんて無駄に張り切りながら、僕は姉さんの帰省に巻き込まれた。

 

 隙をついて逃げることもできなくはなかったが、そんなことをした後の姉さんの怒りを考えるとおとなしく連行されることにした。道中の姉さんはとても楽しそうに実家に帰ってすること、僕の修行内容について思案していた。

 

 いよいよ実家に帰った翌朝、僕は実家を抜け出してリンドブルムに向かっていた。一応置き手紙は残していったから、姉さんみたいに誘拐されたとは思わないだろう。姉さんは怒るかもしれないが、僕は実家に帰ることは了承したが、姉さんの訓練にまで付き合うとは言っていない。聖地に行く通り道に同じ方向の実家に帰り、また実家を経由して王都に帰るだけだ。

 

 そんなことを思いながら聖地に着いた……までは良かったが、今度は『女神の試練』の来賓に招かれたというローズ会長と遭遇した。向こうに見つからないうちに逃げられたら良かったが、残念なことに見つかってしまい、こうしてリンドブルム観光に巻き込まれている。

 

「私、シドくんとこの地で再会した時には運命を感じました。こうして離れた地で偶然再開できるのは世界が祝福しているからだと」

 

 生憎だが僕は運命なんて信じないし、世界にだって喜んで喧嘩を売るタイプだ。

 

「二人は茨の道を歩むことになるでしょう。人々から祝福されず、認められない道です。しかし女神から力を授かった伝説の英雄は、平民から富と名声を築き大国の王女を娶ったと伝えられています。茨の道は辛く苦しいですが、それを抜けた先には必ず幸せな未来が待っていると私は確信しています」

 

 僕が知る限り女神なんて存在はこの世界にいないようだし、英雄なんて一握りの例外を持ち出して見習えなんて無茶苦茶としか思えない。

 

「今回の女神の試練を越えれば二人は茨の道を一歩進むことができます。私も父に勇敢な青年の話をすることができます」

 

 僕は女神の試練に出る予定はないが、『女神の試練』を越えなければいけないその青年は大変だなぁ。

 

「茨の道を二人で一歩ずつ乗り越えていきましょう。その一歩が二人の愛を深く強く結んでいくのです。今はまだ誰にも話せませんが、幸せな未来のために頑張りましょう」

 

「そだね」

 

 二人の愛って誰のことだろう。ローズ会長の知り合いに身分違いの恋をしているカップルでもいるのだろうか。

 

 ローズ会長が手をさりげなく出してきたので僕も手をそっと出すと、僕の左手に自分の手を絡めてきた。心なしか眼差しもいっそう熱を帯びているように思える。ランチをどうしようかと思っているとローズ会長が奢ってくれると言い出し、高級料理店で食べる。

 

 食後にメインストリートを歩いていると、土産物店で剣と禍々しい左腕の飾りの土産物が売ってある。

 

「剣と左腕って、ここに封印されている魔人の左腕を模した物だね。ちょうどいいから、ヒョロの土産はこれにしよう」

 

 ジャガの方はヒョロと比べると知性派らしくリンドブルムの土産物リストを渡してきた。最も帰り際に買えばいいかと思ってまだ見ていないが。そう思っていると、ローズ会長が何処かに僕を引っ張っている。

 

「ナツメ先生のサイン会をやってますね。私、大ファンなんです!」

 

 それを聞いた瞬間、僕は内心で嫌な顔になる。新進気鋭の新人作家ナツメ・カフカの正体は七陰のベータだ。

 

 ベータは昔は臆病なところがあり、『シャドウガーデン』の活動で戦うたびに眠れなくなっていた。だから寝物語にとさまざまな話をしてあげたのだが、彼女は話の内容を完全に丸パクリして作家デビューしたのだ。

 

 ガンマやイプシロンも経済や音楽界で僕の陰の叡智という前世知識で金や名声を得ているが、ガンマやイプシロンは再現するために努力を積んでいる。だが文学において最も肝心で難しいのは内容だ。それを僕の前世知識で楽しているのは、正直失望させられた。僕の話を元にオリジナルの話を作ることを期待したのに。

 

 とはいえアルファたちが何を狙っているのか知るチャンスなので、ローズ会長のように適当な著作を買ってサイン会に並ぶ。にこりと微笑むベータに他人の振りをしながら、無言で本を差し出す。それに慣れた手つきでベータがサインすると、離れようとする。

 

「私は来賓として招かれています。内部の情報はある程度流せます。計画の詳細は本に書きました」

 

 立ち去る直前、ほんの小さな口の動きでベータが告げた。僕らはそのまま目を合わさずに別れて、僕はスパイ映画の主役っぽくていいなと思った。

 

思わずベータのパクリを許そうと思っていると、先にサインをしてもらったローズ会長が待っていた。

 

「シド君も好きだったんですね、ナツメ先生」

 

 同好の士を見つけたと思っているのか、とても嬉しそうだ。

 

「いや、僕は」

 

「わかります、女性のファンが多いから言いづらいんですよね。でも、こういうイベントに来るのは女性が多いだけで、本当は男性のファンも多いんですよ」

 

「はぁ、そうですか」

 

「やはりナツメ先生の魅力はその壮大な発想力ですよね。全く新しい物語と、斬新な世界観、そして新鮮な価値観をもつ魅力的な登場人物」

 

 近代的な異世界の題材や内容をパクっているから、そりゃ斬新で新鮮だろうね。

 

「恋愛、ミステリー、アクション、童話、そして純文学、すべてのジャンルに精通し、まるで全く別人が書いているかのような物語を構築していく。その多様性こそが多くの人々の心を掴むのです」

 

 全く別の人が原作のものをパクっているからね。

 

「見てください、私のサイン。ナツメ先生に名前を入れてもらったんです」

 

 そう言ってローズ会長が見せてくる本を見ると、ローズ会長の名前とナツメ・カフカのサイン。

 

 そういえば計画の詳細は僕の本に書いたなと思って本を開くと十行ほどの文章が書かれていた。

 

「これは……何の文字でしょう? 古代文字とはまた別のようですし」

 

 僕の本を覗き込んだローズ会長は不思議そうだが、それも当然。これは筆記体のアルファベットだからだ。H暗号か。宿でゆっくり見ればいいかと本を閉じる。

 

「ですがなぜ未知の文字を書いたのでしょうか?」

 

「かっこいいからじゃないかな」

 

「かっこいいですか?」

 

「うん」

 

「男性はそういうものが好きなのですね」

 

 かっこいいは浪漫だ。日が暮れてきて宿を何処にしようか悩んでいると、ローズ会長が自分の泊まる最高級ホテルの隣室をとってくれたので、ありがたくそこに泊まることにする。金持ちのヒモって悪くないなと思う。

 

 翌朝、僕はホテルの温泉に入りにきた。ここリンドブルムは温泉も有名で、僕は温泉も比較的好きだ。湯に浸かる行為は心の余裕を生む。その甲斐あって僕は前世で核に抗うには魔力やオーラが必要だと理解したのだ。

 

 朝だから貸切気分を味わえるかなと思ってきたら、あいにく先客にアレクシア……なんで。

 

 何でアレクシアがいるの? 僕間違って女湯に入ってきたのと思ったが、人気のない早朝は敷居が失われ混浴になっていることを思い出した。いや、何で混浴になっているんだよ。ここ利用するのは高貴な方々だろうが、もし何処ぞの王子がとち狂って別の国の王女とかを襲って外交問題になったらここも責任を問われるだろうが。

 

 色々と思うところはあるが、温泉に罪はないので入ることにする。アレクシアをいない者にすれば何も問題はない。広い湯船で景色は雲海と朝日、これで貸切だったならと想いを馳せる。アレクシアとの居心地の悪い空気にさっさと出ようかなと思っていると、アレクシアが話しかけてきた。

 

「怪我はもういいの?」

 

 彼女にしては小声だった。

 

「どの傷?」

 

 ブシン祭選抜試合、学園占拠と荒事が多かったせいでどの傷のことかわからなかったのだ。

 

「この間の傷よ。ついカッとなって切り刻んじゃったけど、生きててよかったわ」

 

「辻斬りなりの賞賛なのかな」

 

「何か言った?」

 

「いや、何も」

 

 アレクシアがつけたやつか。あんなもの、やられた三日後には塞がっていた。一応これでもアレクシアからすれば謝罪なのだから大人として水に流してあげるべきだろう。

 

「僕もあの後、無差別通り魔殺人犯扱いしたことを謝るよ」

 

 するとアレクシアが僕の横顔に湯をかけてきた。

 

「するわけないでしょ」

 

「あんなことがあったら疑っても仕方ないと思うけど。そういえば学園占拠の時って、アレクシアどうしてたの? いた覚えがなかったんだけど」

 

「あの日は姉様に呼び出されて学園にいなかったの。学園に戻ってくると、門が閉まって、入口の警備が殺されてて驚いたわ」

 

「だよね。それで、君は何でリンドブルムにいるの」

 

「女神の試練の来賓よ。あなたは?」

 

「友達に暇だったら来てって誘われたんだ。多分女神の試練に関することだと思うけど」

 

 女神の試練は聖域から古代の戦士の記憶の再現体を呼び出し戦う、つまり幽霊と戦うと考えたらいい。挑戦者より少し強めの戦士が出てくるため、女神の試練と呼ばれるようになったらしい。

 

 最もアルファたちの本命は女神の試練そのものではなく、古代の戦士たちが現れる聖域のほうなのだが。一応アルファたちも聖域とは何なのかここの大司教を尋問する程度に抑えるつもりではあるらしい。

 

「僕は興味ないけど、君は試練に出ないの? 最近、強くなってるって聞いたけど」

 

「しないわ。今年はいろいろと忙しいのよ。ここの大司教様、少し黒い噂がある人でその監査もあるの」

 

「黒い噂?」

 

「部外者にはこれ以上話せないわ。知りたければ、紅の騎士団に入りなさい」

 

「興味ないし、やめとくよ」

 

「卒業したら入りなさい」

 

「やめとくってば」

 

「入団届は代筆しておくわ」

 

「やめろ」

 

「………………強情ね」

 

 なに人の進路を勝手に決めようとしてるんだ、この性悪王女、しかも紅の騎士団って姉さんが入ろうとしているとこじゃないか。卒業後に先輩兼上司になった姉さんに扱かれるとか冗談じゃない。

 

 もう出ようと思っていると、アレクシアが声をかけてきた。

 

「舐め回すように見られるんじゃないかと予想したんだけど、外れたわね」

 

 アレクシアは具体的に何を、とは言わなかった。

 

「大した自信だね」

 

「私ぐらい完璧に美しいと、欲望垂れ流しの視線に曝されて大変なのよ」

 

 性格はそのぶん凸凹だらけだと笑ってやりたくなったが、それをやったら最悪また辻斬りされるかもしれないからやめとこう。

 

「温泉では、あまり人を見ないようにしてるんだ。お互いに、気持ちよく入るためにね」

 

「いい心がけね」

 

「だから君も、僕のエクスカリバーをチラチラ見るのはやめてくれないか」

 

「フッ」

 

 アレクシアは嗤った。心底馬鹿にしたように。

 

「それがエクスカリバーですって。ミミズの間違いじゃないの」

 

「君がミミズだと思うのならそれでもいいさ。僕はミミズでもエクスカリバーでもどちらでもいいんだ。ただ一つ、忠告しておこう」

 

 僕は立ち上がった。ザバァッ、と湯船に波紋が広がり、僕の彫像の如き体躯がアレクシアの視線を奪う。

 

「物事を見た目だけ見て判断してはいけない。君がミミズだと思ったものは、まだ鞘に入っているだけかもしれないんだから……」

 

 そしてフルオープンで振り返って湯船から出る。

 

「ど、どういう意味よ……」

 

「君程度では、僕の抜き放たれたエクスカリバーを見るに値しないということだ」

 

 そういうと僕は更衣室に入る。そこでおっさんが温泉から出たときやるアレを三回ほどやって着替えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして前夜祭の夜、あれからずっとローズ会長の奢りで最高級ホテルに宿泊した僕は、リンドブルムの街を時計塔から見下ろしていた。予定通りなら今頃アルファが正教の大司教を尋問して聖域に関する情報を洗いざらい吐かせているはずだが、どうやら何か不都合があったようだ。

 

 正教会から人目を忍ぶ男たちが何人か出てきた。大司教の護衛か、あるいは口封じを依頼された刺客たちか。まあ、彼らの正体はどうでもいい。

 

「ゼノンといい、ルスランといい、結果的に自分たちの首を絞める選択をするというのか。中途半端な隠蔽は我らの反発を招くのみだというのに」

 

 首尾よく大司祭を尋問できれば内容次第では僕らの関心を失うかもしれないのに、これで直接聖域に乗り込む第二プランをするしかない。『シャドウガーデン』が聖域に侵入したとなると、叱責で済むか怪しいだろうに。

 

 とりあえずやるか。聖教会から出てきた覆面男の一人のそばに降り立つ。近づいて分かったがわずかに血の匂いがする。刺客の方か。

 

「逃げられると思ったか……? 夜は世界が陰る、我らの世界……そこからは誰も逃れられぬ」

 

 覆面男は剣を抜いて僕に挑もうとするが、それより先に後ろから放たれた魔力刃によって首が落ちる。こんなことができるのは、僕は一人しか知らない。

 

「お久しぶりです、主様」

 

「相変わらず見事な魔力制御だ。『緻密』のイプシロン」

 

 体から離れると拡散する魔力を圧縮放出する遠隔斬撃は、七陰で最も魔力制御が上手いイプシロンしか使えない。本人にとって遠隔斬撃はスライムで自然に小柄な自分の体型を盛るために磨いた魔力制御の応用でしかないだろうが。

 

「光栄です」

 

「だが、例の『計画』は芳しくないようだな」

 

「……はい。ターゲットが教団の『処刑人』に始末されました。手下は処理しましたが『処刑人』は行方をくらませています」

 

「ほう……」

 

「計画を第二に変更します」

 

「不満はないか? 学園の直後に行われた七陰との協議で、お前はアルファやベータとともに、最後まで反対していたはずだが」

 

「覚悟の上です。教会を敵に回すことも、悪名が轟くことも……」

 

「……ならばよし。予定通り、明日の祭りが終わった後、力づくで聖域に乗り込むぞ」

 

「はっ」

 

 その言葉を最後に僕たちは再び闇に消えた。

 

 



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