スーパーロボット大戦 code-UR (そよ風ミキサー)
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第1話

前書き

お恥ずかしながら投稿させていただきました。
理由は後書きで。

――――――――――――――――――――――――――――――


 それは、宇宙全体からすれば小さな、されども一つの星から見れば極めて大きな戦争が最終局面に向かっていた時だった。

 

 

 地球の衛星軌道上に、一体の機動兵器が漂っている。

 禍々しさと荘厳さが合わさり、まるで王の様な偉容を醸し出していた。

 

 だが、その機動兵器は戦いに負けてしまった。その代償として本来ならばかなりの巨体を誇っていたであろうその姿は、胴体と首、そして片腕だけとなり全体から火花を飛ばし、哀れな骸を暗黒の宇宙に晒していた。

 人が乗り込んで操る筈のそれはコックピットが丸ごと吹き飛び、主を失った機体はただ宇宙空間に漂う事しかできない。

 

 そして、その禍々しい機動兵器が漂流している場所から少し離れた宙域では、サイズも機種も全く違う様々な機動兵器達が一堂に集結している。

 禍々しい機動兵器は彼らと戦い、そして破れたのだ。

 

 

 その彼らが、一つの巨大な衛星に対して一斉に攻撃を仕掛けていた。

 衛星が何者かの悪意によって地球へ落とされようとしている。それを阻止せんと、機動兵器達は攻撃を続けるがしかし、その衛星は直径10キロ以上はある。並大抵の攻撃では表層を削るだけで砕くには至らなかった。

 

 機動兵器達は果敢に衛星を止めようと奮闘するが、それを嘲笑うかのように衛星は徐々に地球へと近づき、とうとう大気圏間近にまで接近を許してしまった。

 

 

 衛星が、落ちていく。

 止められなかった事に機動兵器達は無力感に苛まれたのか、動きを止めていく。中には押し返そうと衛星へ突っ込もうとする機体もいたが、仲間達に止められていた。

 

 これによって多くの命が死んでいく。それを止めたくて彼らは戦った。しかし、どうにもならなかった。

 

 

 絶望が辺りを満たし始めた時、一隻の戦艦が赤く巨大な機動兵器を伴い衛星へと向かった。

 それに呼応するかの如く、もう一隻の緑色の戦艦が続く。

 

 

 自棄になったのか? いや違う。

 赤い機動兵器を連れた戦艦は、確かに不屈の意思を秘めて向かったのだ。

 

 

「イデよ! お前が何を求めているのかは分からない。しかし、お前の導きによって我々は此処に来た。そして今、心からこの星が救われる事を願う!」

 

 

 赤い機動兵器を連れた戦艦に乗っている男が、何者かに向けて叫ぶ。

 地球を守ろうというその願いは、偽りではない。

 

 

「だから、だからもう一度お前の力を! 全ての未来と過去に可能性がある限り、俺は信じ続ける! 人は分かり合えると言う事を!」

 

 

 そして、その願いは何者かに届いた。

 突然赤い機動兵器から計り知れない力が溢れ出し、そして次の瞬間、赤い機動兵器を中心に光が広がった。

 それは、一個の機動兵器が持つには余りにも大きな力の発現だ。

 

 

 その場所からやや離れた場所に漂っていた、禍々しい機動兵器の残骸もその光に飲み込まれる。

 大勢の人たちの意思が、大いなる力を喚起させたその瞬間に立ち会ったのである。

 

 

 禍々しい機動兵器は、火のともらぬその両の眼部でその全てを見ていた。

 

 

 ……本来、この禍々しい機動兵器の大元は、地球を守るためにある科学者が心血を注いで作りあげたものだった。

 その性能は現行の全ての機動兵器達の上を行く、“究極のロボット”を目指して開発され、そのコンセプトに恥じないポテンシャルを秘めていた。

 

 しかし、制作者が亡くなった後はその性能に目をつけた多くの人間達の私利私欲に利用された。この機体も、オリジナルを参考に作られたコピーに過ぎない。

 そして挙句の果てには、本来の目的から大きく逸脱して地球を危機に陥れる片棒を担ぐ役目すら担わされる始末だ。

 

 

 生みの親である科学者がそれを知ったらどれだけ悔やんだことだろう。

 もしかしたら、今向こうで衛星から地球を守ろうと奮起している機動兵器達の中に混ざって、その力を十二分に振るっていたのかもしれないのに。

 

 

 心を持たぬ機械の体では何も思いはしないだろう。

 だが、生みの親の想いだったならばあるいは……?

 

 

 光に飲み込まれていく最中、その機動兵器に異変が起きた。

 

 もしかしたらそれは、偶然デブリがぶつかった事で生じたものなのかもしれない。

 

 

 それでも確かにその機動兵器は、傷付き欠損したその鋼鉄の手を、大いなる力の奔流の中にいても尚青く輝く地球へ向けて伸ばしていたのだ。

 

 

 

 光が止み、再び宇宙が暗い闇に染まったその時、衛星――アクシズはその姿を欠片も残さず消えてしまった。赤い機動兵器とその戦艦達――イデオンとソロシップ、そしてバッフクランの戦艦と共に。

 

 だが、その光によってにもう一体の機動兵器も姿を消していた事を、誰も知らない。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 新西暦175年。

 西暦2015年に地球連邦政府が年号を改称してから2世紀近くが経った頃に、それは地球圏に姿を現した。

 

 大気圏外から現れたのではなく、突如として何もない空間から現れ、その身を南アメリカ大陸北部のギアナ高地へと落着させたのだ。

 

 最初の発見者は、当時現地を観光に来ていたツアー客達だった。

 エンジェルフォールの遊覧飛行の最中にギアナ高地上空からテーブルマウンテンへとその身を落とす姿を見たツアー客達は、パニックに陥りながらも地元の警察へ連絡した。

 しかし、それを見た警察達も大いに困惑した。何分、自分達の領分を越える物なのだ。おいそれと判断が出来ない。

 警察は政府へとその判断を任せ、政府はその案件をある機関へと回した。

 

 テスラ・ライヒ研究所。

 宇宙暦171年に設立されたオーバーテクノロジーを取り扱う総合研究機関だ。

 設立されてからさほど年月の経っていない機関だ。

 しかしそこに在籍する研究員達は皆世界でも極めて優秀な人材達で、度々新しい技術を発明しては世間を賑わせ今後の活躍が期待されている。

 

 そんな研究所から派遣された調査隊は、現地でそれを見て驚愕する。何せ今の時代であのような物は“未だ”存在しないのだ。

 

 何故この様な物が、と疑問を抱くがそれ以上に大きな期待と未知への好奇心に胸を膨らませ、目を輝かせている者達が大半だった。

 

 研究所へ持ち帰って詳しく調べる必要があると判断した調査隊は大型輸送機を手配し、機内へ運び込まれるロボットの姿を感嘆の声を漏らしながら見上げた。

 

 それは推定50m以上にもなる青い人型のロボットの残骸だった。

 胸から肩にかけて大きく肥大したボディに辛うじて残った片腕と頭部だけしか存在しておらず、酷く損傷していた。

 残ったボディは曲線で形作られたパーツで構成されており、刺々しさも相まって、かなり威圧的な印象を与える禍々しい外観をしている。

 ボロボロの外観だが、その恐ろしげな姿から現地住人はまるで怨念を抱いて眠りにつく悪魔の様だと不気味がっていた。

 

 成程、確かにどこか悪魔じみた外観をしている。友好的な面構えとはお世辞にも言い辛い。

 調査隊に参加した研究員の男は、件のロボットの搭載作業を着々と済ませながら現地民の言葉に同意し、呟く。

 

 

「まあ、悪魔かどうかはテスラ研に戻れば分かる事か」

 

 

 このロボットの正体は一体何なのか。

 どこぞの物好きが作ったガラクタか、それとも虚空の彼方より出でた未知の文明のひとかけらか。

 

 

「こいつを調べるのは中々に楽しそうだが、さて……どうしたものかね」

 

 

 この時調査隊に参加していた研究員の男、ジョナサン・カザハラは研究者として沸き上がる知的好奇心と共に、言葉に出来ない不安の様な感情が過ぎっていた。

 

 

 

 新西暦175年

 南米アメリカ大陸北部ギアナ高地で未確認の巨大人型ロボットを発見。「UR-1(UnKnown Robot =未確認機械第1号)」と命名され、世間には「出自不明の謎のロボット」という触れ込みで一躍有名となった。

 テスラ・ライヒ研究所に運び込まれて調査を行った所、地球の技術に酷似している箇所と、全く未知の技術が使われている箇所がある事が判明した。

 だが、その未知の技術のほぼ全てがブラックボックスと化しており調査は難航。解明出来た一部の技術の実用化に力を注ぐ方向へと徐々にシフトする。

 

 

 新西暦177年

 UR-1のブラックボックス部の解析が一向に進まないまま続いた調査は突如凍結。

 理由は公表されず、UR-1は新設した特殊格納庫へ封印処置を施される。

 

 

 この時期を境にUR-1は少しずつ世界から忘れ去られて行く事になる。

 UR-1の存在は、そのまま時の流れと共に記憶と歴史の中に埋没して行くかに思われた。

 

 

 そして、時は進み、新西暦179年の事だった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 それは突然喚起する。

 もしかしたら、必然だったのやもしれないが。

 

 

 濁流の如き奔流の波から溢れ出たのか、もしくは狙い澄ましたかのように掬い上げられたのか。

 

 電源が切れていた筈のディスプレイに光が灯る様に、“彼”は目覚めた。

 

 

(……う、ううう!?)

 

 

 視界がスパークする。

 熟睡している最中に、突然照度の高いライトを浴びせられた様な気分だ。

 意識が朦朧としており、どうにも体の感覚が良く分からない。

 “彼”は仕事の疲れに身を任せ、帰宅後そのままベッドへ倒れ込むようにして爆睡してしまった筈だったのだが、目覚めてみれば見知らぬ場所。幾ら寝ぼけた頭でも疑問に思わざるを得ない。

 

 

(何だこれ、一体……)

 

 

 目覚めた瞬間の出来事で、“彼”は訳が分からないながらも辺りを見回した。

 視界が暗い。だが、“彼”は暗闇の中でもしっかりと回りが見えた。目が慣れた、にしてはいやに鮮明すぎるが。

 そして何より首が上手く回らない。首を大きく回そうとした瞬間、大きな鉄の塊がぶつかった様な音が響いた。

 しかもそれが頭に響く、何故だ。そう思って頭に手をやろうとした時、“彼”は驚愕する。

 

 

(う、腕が!?)

 

 

 伸ばした右腕は、”赤い”鉄の腕だった。

 曲線で構成された物々しい腕の先には、角張った指が鋭い爪を備えており、先程“彼”が顔を触ろうとしたため指を広げた状態のまま固定されていた。

 

 彼は慌てて自分の体を上手く回らない首を動かして見回す。

 右腕と同じ造詣の左腕には鋭く長い先割れた盾の様な物体が取り付けられており、両の腕は良くて上へ100度上げられれば良い方と、随分と体が動かしにくくなっていた。

 胸部が鎧の様な構造物が前へせり出している状態なので下半身がろくに見えなかったが、両肩が大きく刺々しい構造をしていると言う事が判明した。

 両の脚はしっかりと付いており、今自分の態勢は直立したままだった事が分かった。

 

 

(……嘘だろう?)

 

 

 ここまでくれば、仮に非現実的であっても自身がどんな状態に置かれているのかが何となく理解できてしまった。

 

 

 “彼”は、自身の体がロボットになってしまったらしい。

 

 

 その事実が胸に痛く響く。

 つい先ほどまで、自分は人間だったのだ。

 会社に勤めて、日々の暮らしを特に問題も無く過ごしていた普通の人間だったのに、何故。

 

 試しに右手で左人差し指を握り、少しずつ力を入れて逆方向へと折り曲げてみる。少し軋みを上げるだけで痛みは無く、ビクともしなかった。

 痛みは無い、ならばこれは夢なのか。そんな淡い期待が込み上げてくるが、ロボットにそもそも痛覚なんぞあるのだろうかと疑問に思うし、状況があまりにもリアルすぎる。

 

 

(……まずい、会社に連絡出来ないぞ。部長にどやされる)

 

 

 こんな状況では会社もへったくれもないのだが、“彼”は一種の現実逃避に陥っていた。少しでも精神の均衡を保とうとする悪あがきである。

 

 

 しかし、何時まで経っても進展が無いので、“彼”は諦めて現状を再確認する事にした。

 

 時間と場所は全く分からないが、自身のいる場所は鉄の壁で出来た何処かの倉庫の様だ。大きさは、“彼”が入るだけ程度の小さなスペースしかない。

 しかしその作りは機械的で、ドラマ等で見かける港の倉庫群の様な物ではなく、まるで何かの格納庫の様な近未来的な構造をしていた。

 

 さしずめ自分の様なロボットの収納スペースなのだろう。其処に自分は立たされたままの状態で置かれている。

 ここ以外にも、自分の様にロボットにされた者が収納されているのだろうか。

 

 

 そう考えた瞬間、“彼”は背筋に怖気が走る様な錯覚を感じた。

 見知らぬ人間を拉致してロボットに改造し、そして利用する。そんな、まるでどこぞの悪の組織が行うかのような悪行が思い浮かんだのだ。 

 

 そして自分はまだ自我がある。いずれは人格まで弄り回され、組織の良い操り人形とされてしまうのではないか。

 あり得ない話ではない。何せ今現在もあり得ない状況が続いているのだ。何が起ってもおかしくは無い。

 “彼”はますます自身のおかれた状況に危うさを感じ、恐怖が込み上げてきた。

 このまま此処にいては、自分は完全に自分では無くなってしまうんじゃないか。そんな最悪の可能性が“彼”の心に警鐘を鳴らした。

 

 

(冗談じゃない、こいつはぼやぼやしてられないぞ)

 

 

 人格を変えられてしまう事は、“彼”にとってみれば死と同意義だった。

 恐怖に駆られた“彼”は体に力を込め、その場から2本の脚を動かして目の前の扉まで近付いた。

 足の形状の問題か、歩くのが少しギクシャクする。踏み込むたびに重い足音が格納庫内に響くが、それに気付かない“彼”は扉の前でふと止まった。 

 外に警備がいるかもしれない。そう考えられる位には余裕のあった“彼”は、壁に耳を当てるなんて芸当が出来ないため困り出した。

 

 

(どうやって向こう側の様子を探れる?…………そうだ、ロボットだからセンサー類が付いているかもしれない)

 

 

 “彼”は急いでセンサーの起動を試みたら呆気なく起動した。視界の隅に四角いウインドウが浮かび上がり、センサーが起動する。

 どうやらシステムの動作機能は思念一つで自身に組み込まれたコンピューターが対応してくれるらしい。

 

 起動した事への安堵も忘れ、彼が倉庫の外の様子をセンサーで探り、その結果を見て戦慄した。

 

 

(何かが近付いている……数は……50!? 嘘だろっ!?)

 

 

 詳しい事までは分からないが、かなりの数の物体が此方へ接近しているのが分かった。

 

 

(まさか、此処で動いたのがばれて取り押さえに来たのか!?)

 

 

 考えてみれば、此処はロボットを格納する場所だ。そんな場所に、ロボットを管理する機能が備わっていたっておかしくは無い。しかし、幾らなんでも数が多すぎる。其処までして此方を取り押さえたいのか。

 

 恐怖に駆られて軽率に動いたのが不味かったのか。

 自分の迂闊さに悪態をつきたくなったが、そんな事を許してくれる様な時間は無い。こうしている間にもセンサーには大量の何かが此方へと確実に近付いて来ているのだ。

 

 

 慌てている暇すらない。“彼”は急いで目の前の扉をこじ開けようと腕に力を入れた。

 ジワジワと扉がひしゃげ、光が差し込んで来る。

 だが、最後のひと押しが足りないのか、扉は中々開かない。

 

 

(こうなったら……武器は、何かないのか?)

  

 

 素手で駄目ならば武器で破壊してこじ開けるしかない。

 “彼”は急いで自身に組み込まれたコンピューターに問い掛けた。

 ロボットなら武器の一つはあるかもしれない。そんな安直な発想から試みた事だが、武装らしき物のリストが表示された。

 

 それを見た“彼”は絶句する。

 

 

(……何だって?)

 

 

 武装リストに載せられた名称に間違いが無いか何度も見直した。しかし間違いが無いと分かった“彼”は顔を少し俯かせ、そして再び顔を上げて武装を選択した。

 

 彼が右腕を前に向けると、右腕に備え付けられていた手甲のパーツが中央から左右に分かれ、中から砲身がせり出してくる。

 出力は低めに抑える。最大出力で使用すれば何が起るか分からない。今は目の前の扉を破壊出来れば良い。そして。

 

 

(クロスマッシャー、発射)

 

 

 それは放たれた。光の濁流が赤と青のエネルギーを伴って突き進み、いとも容易く倉庫の扉を貫いた。

 目の前にあった扉は跡形もなく破壊され、その余波で倉庫に大きな穴が空いた。

 

 エネルギーの放出が止まると、左右に分かれたパーツが砲身を引っ込め元の手甲の形状へと戻る。

 “彼”はそれを確認すると、光の射す穴の外へと歩き始めた。

 

 その際中、光の向こう側から大量の砲撃が雨あられの如く降り注いできた。先の一撃への反撃なのだろう。

 しかし、“彼”はそれをものともせずに進む。

 直撃し、内蔵された火薬が炸裂して無数の爆発を起こす。それによって倉庫が原形を失う程に崩れてしまうがしかし、“彼”の体にはビクともせず、焦げ付きすら付かなかった。

 

 

 倉庫の残骸から姿を現した“彼”を待ち受けていたのは、研究所と思しき施設と一面に広がる荒野、そして多数の兵器群だった。

 兵器群は、見た事の無い戦闘機や戦車で揃えられており、“彼”を包囲するように集結している。

 

 しかし、“彼”は先程の様にうろたえてはいなかった。

 未だ困惑してはいるが、少しは物事を冷静に考えられる程度には落ち着いてきた。

 

 

 “彼”が当初恐れていたロボットへの改造の件だが、それは大きな間違いだったらしい。

 何故なら、こんな“巨大なロボット”に人間を改造する事など、“彼”の常識から考えて無理があると思ったのだ。

 てっきり人間よりも一回り大きいサイズ程度の認識だったのだが、全くの見当違いだった。

 

 そして今の自分の体が何なのかも分かってしまった。

 自分の体と、特に武装名を見た時に、その名前に見覚えがあった事である可能性が浮かび上がった。

 そして、念のためにコンピューターに自身のボディの名称なり形式番号なりを問い合わせてみた所、出てきた名前を見て確信に至った。

 

 何せ、自分が昔やっていたゲームに登場するロボットだったのだ。しかも味方側では無く、敵側のボスでだ。

 ボディの形状はゲームだと大分ディフォルメされていた事もあって、目に付くパーツを見た限りでは判断がしきれなかった。

 

 

 それは、地球の危機を知らせるために敢えて世界の敵になろうとした天才科学者が作った機動兵器。

 全長57mを誇る巨体。当時現存するロボット達のどれよりも強くあらんとして生まれた通称“究極ロボ”

 “彼”の知るゲーム――スーパーロボット大戦では最期の敵を務めた事もあった機体だ。

 

 

 EI-YAM-001 ヴァルシオン。

 

 それが、今の“彼”の名前だった。

 

 

 そんな“彼”からすれば、戦車や戦闘機が幾らいようがおもちゃも同然の戦力差だ。

 過去に超科学で生み出された多くのスーパーロボット達を恐怖のどん底に叩き落としたその性能ならば、戦車や戦闘機の砲弾が何発当たろうがそよ風と変わらない。

 故に彼には考えられるだけの余裕が生まれた。機体の性能に助けられたと言った所か。

 

 

 “彼”の周りを包囲している兵器達はあれから攻撃する素振りを見せない。此方の出方を窺っている様だ。

 “彼”にはもう攻撃するつもりは無い。先程のクロスマッシャーもあくまで倉庫から出る為に撃っただけで、敵対の意思は無いのだ。見た所、直撃した機体は無かったらしいので彼は少し安堵した。

 とは言え、相手方が此方をどうするつもりかによってはまた対応が変わって来るのだが。

 果たしてこの状況をどうした物かと考えていると、向こうから通信があった。

 

 大人しく“彼”が通信を受けてみると、案の定というか、目の前の兵器達の指揮官らしき男からのものだった。

 

 

『こちらテスラ・ライヒ研究所所属の戦車部隊。UR-1、貴官は包囲されている。大人しく武装を解除して投降せよ』

 

 

 どうやら投降の呼びかけだったらしい。従うかどうかはまだ判断しかねる。

 しかしそこで“彼”は聞き覚えのあるキーワードを耳にした。

 

 

(テスラ・ライヒ研究所? 今そう言ったのか?)

 

 

 であれば、この世界はスーパーロボット大戦の世界なのか。

 ならばその研究所とは、今“彼”の視界に見える白い建物の事なのだろう。

 ヴァルシオンがいるのだから、それに伴ってテスラ研があるのは別段おかしな話ではない。

 

 しかし、何故ロボット兵器が出てこないのだろうかと彼は内心首を傾げた。

 此処の研究所は他の研究所同様かなり重要施設の筈だ。原作主人公が乗り換える後継機が此処で開発されるのだから、低いわけがない。

 

 

 それに、さっき戦車兵がこちらを呼んだ際に口にしたUR-1という単語も不可解だ。

 ヴァルシオンの形式番号は“彼”が知る限りではEI-YAM-001しかない筈だ。

 何かのコードネームならば話は変わって来るのだが……。

 

 

 ますます持って分からない。“彼”には現状を判断する材料が足りなさ過ぎた。

 

 

 先程からこちらへ声を呼び続ける戦車兵の声が少し荒くなってきた。

 何度声をかけても応答が無い事にイラつき始めたのだろう。

 

 

 ……テスラ・ライヒ研究所ならば悪い様にはされないかもしれない。

 いくらヴァルシオンといえども、メンテナンス無しではいずれ機体に不具合が起きてしまうだろう。そう言った意味では此処にいた事は幸運だった。

 そこらの軍事施設に預けられるよりは、よっぽど信頼が出来そうな場所だ。研究所という性質上、分解される可能性は否定できないが、其処は出来るだけ譲歩してもらうしかない。

 “彼”は過去にプレイした経験からそう判断し、呼びかけに応えようとしてはたと思い付いた。

 

 

(……俺は喋れるのか?)

 

 

 事ここに至ってぶつかった問題点。ロボットの体になった自分に言葉が話せるのか?

 

 慌ててコンピューターに言語機能についての問い合わせを行って見た結果、あった。

 ボイスチェンジャーに地球圏全ての言語の翻訳機能、プログラムの打ち込みによる発声機能、果てには未知の言語の解析プログラムまで搭載されている。最後の機能に関しては、もしかしたら宇宙からの侵略者とは戦う以外に、対話をする可能性も密かに想定していたのだろうか。

 こいつは渡りに船だと、彼は早速ヴァルシオンに積まれている機能を駆使して会話を試みた。

 

 

「……先程から呼びかけている者、応答せよ」

 

 

 “彼”は慎重に言葉を選んで相手に投げかけた。映像通信を想定し、コックピットが見えない仕様だ。

 最初はヴァルシオンの名を告げようかと思ったが、もう少し様子を見てから判断する事にした。 

 軍隊式の言葉なぞ、アニメや漫画等でしか知らないので下手に使っても墓穴を掘るだけだが、かといって変に下手に出る様な言葉を使っても下に見られそうだ。

 悩んだ末、少し機械的な言葉で相手をする事にした。

 

 声は20代男性の良く通る様な音程にしている。人間だった頃の自分の声は、お世辞にも聴きやすいとは思えない。ならば変に自分の声に拘るより、円滑にコミュニケーションを取れる方を選択した。

 果たして此方の言葉は通じたのだろうか。返事を待っていると、戦車隊から返事が返ってきた。

 

 

『…………聞こえている、貴官はUR-1のパイロットか?』

 

 

 緊張している様な声が返って来た。

 妙な質問である。このヴァルシオンはテスラ・ライヒ研究所で作ったか、または預かりの機体で、それに自分が乗り移る様な形を取ってしまった事が発端となり、向こうは何者かがこのヴァルシオンを勝手に動かしているのだと思っていたのだが、何かが違う気がする。

 パイロットというのは正式な乗り手の事を言うのであり、この場合相手が此方に投げかける言葉は「動かしている」と言った方が適切だろう。

 

 

 正式なパイロットが今までいなかったのか?

 だが、それにしたってこの反応は何かが変だ。

 ……もしかしたら、自分は何か大きな勘違いをしているんじゃないのだろうか。“彼”はその勘違いが何か分からず密かに焦った。

 

 

「……質問の意図が分からない。詳しい話の出来る人間との対話を要求する」

 

 

 今の彼にはそんな返事が精一杯だった。

 一体どのような言葉が発端でこの状況が悪い意味で崩れるのか分からないのだ。

 まるで、地雷原の中を地雷を探しながら前へ進んでいるかのような気分だった。

 

 暫くすると、先程まで応対していた戦車兵は「……少し、待って欲しい」と言ったきり連絡が切れてしまった。

 

 

 あの発言は不味かったのだろうか。

 互いに沈黙が続く程、“彼”の中で後悔の念が増し始めて来た所で、事態に変化が起きた。

 先程の戦車兵のとは全く別の人間が通信を入れて来た。

 

 その人物の名前を聞いて、“彼”は今日一番驚愕する事になる。

 

 

 

 

 

『テスラ・ライヒ研究所代表のビアン・ゾルダークだ。UR-1よ、応答せよ』

 

 

 ビアン・ゾルダーク、その名前はヴァルシオンと切っても切れない存在だ。

 何故ならば、彼こそがこのヴァルシオンを作り上げた生みの親なのだから。




――――――――――――――――――――――――――――――
後書き

前歯を抜歯する事になったので、その絶望感を紛らわすために書いてしまった……。

何だと!? 歯は32本あるんだぁっ!(ヤザン的な意味で


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第2話

前書き

あの後抜歯しましたが、更なる試練が!

この話は1万文字以上ありますので、読む際はお気を付け下さい。

――――――――――――――――――――――――――――――


(ビアン・ゾルダーク! 本物か!?)

 

 まさかヴァルシオンの制作者本人がテスラ・ライヒ研究所から出て来るとは思いもしなかった。通信機の向こうで大勢の人間達のどよめく声が少し聞こえるので、研究所の管制室あたりからのものだろうか。

 声に関しても、ゲームの声と同じ辺り声優とかそういう要素とは何か別の不思議なものを感じてしまう。

 

 しかし、ビアン・ゾルダークとテスラ・ライヒ研究所には何の関連性があるのだろうかと“彼”は疑問に思った。

 彼の知っている知識の範囲は、SFCのEXからPSのα外伝位までで、それ以降のシリーズにはとんと疎い。テスラ・ライヒ研究所といえばグルンガストやヒュッケバインが造られた場所という認識が“彼”には強かった。あとはビアン博士もテスラ研も、版権作品と言うものが存在しないゲームオリジナルの設定と言う点だろうか。

 どうにも関係が分からず反応に困ってしまったが、それを悟られまいと“彼”はビアンの声に応えた。

 

「貴方が代表者か。ならば、今の状況を詳しく説明できる人物と言う認識で相違ないか?」

 

『その認識で間違いない。それで、君は何が知りたい?』

 

 その声には臆した様子は見られない。

 流石は、世界を敵に回した男と言った所なのだろうか。肝っ玉の出来が違うらしい。

 

 知りたい事は沢山ある。この世界はどういった状況で、何故ビアンはヴァルシオンをUR-1と呼ぶのか。

 

 ヴァルシオンが完成して間もないが為に、まだ正式名称が決まっていないのではという可能性も考えたが、何だかこの人らしくないなと思ってしまう。

 “彼”の知るビアン・ゾルダークとは天才科学者にして、あらゆる分野においても極めて優秀という完璧を体現したかのような傑物であり、地球を守るためならば我が身を世界の敵として犠牲にする事も厭わない人物でもあったと記憶していた。もっとも、別のシリーズでは敵対せずに自分の立ち上げた組織を人類の味方としてそのまま存続させたケースもあるので、全てがそうとも言い切れないが。

 

 考えても埒が明かないし、このビアン博士相手に腹芸でどうこうするのも土台無理そうなので、“彼”はストレートに答えた。

 

「現在、当方を取り巻く全ての事についてである。今の事態は、当方にとっても想定外である」

 

『ならば、先程の砲撃にはどのような意図があって撃ったのだ?』

 

「当方が収納されていた格納庫から出るためであって、敵対の意思は無い。巻き込まれた者がいるのか?」

 

『戦車が何台か衝撃で横転した様だが、幸い隊員は皆軽傷だ』

 

 “彼”はその言葉に、内心胸を撫で下ろしていた。

 死者が出ていたら、今後の話が不利になる可能性が大きかったと言う打算的な懸念もある。しかし、無意味に他者の死まで望んではいないのだ。

 しかし、此方に弾薬の雨あられをお見舞いしてきた相手に対して随分と寛大だとも思う。普通だったら恨みつらみの一つくらいは抱いてもおかしくは無い筈だ。

 これも、自分の体であるヴァルシオンと他者との間に圧倒的な力の差があるからこそなのだろう。傷一つ付かないのならば気にする必要は無いのだと、まるで上から目線でいられるのだ。

 そう考えると、我が身の傲慢さとあさましさを垣間見た気がして、“彼”は少しばかり気が重くなった。

 

 だが、時間が“彼”に感傷する暇を与えなかった。

 “彼”が最後に言葉を発してから様子を窺うように沈黙を保っていたビアンから再び通信が入った。

 

『UR-1よ、……君は自分の身に何が起きたのかを知りたい。そうだな?』

 

「そうだ」

 

『……』

 

 今度はビアンが沈黙した。

 此方の言葉の裏に隠された真実を探ろうとしているのだろうか。

 尤も、仮に腹の探り合いになってしまったら、勝ち目は薄いのではと“彼”は危惧した。

 何せ相手は天才科学者と言う枠から大きく逸脱した超人の様な男だ。多くの組織を取り込み、DC(ディバインクルセイダーズ)を立ちあげて瞬く間に世界の8割を支配下に置く程の事をやった事だってあるのだ。中小企業で働くサラリーマン程度の人間が舌で太刀打ち出来るとは、悲しい事に思えなかった。

 

『UR-1よ、出来ればそちらと直接話がしたい』

 

 少しの沈黙の後、ビアンからそんな言葉が返ってきた。

 

『一対一で、誰からも口出しはさせない。どうだ?』

 

(一対一……話をする分には良いだろうが……何を考えているんだこの人は?)

 

 何か裏があるのでは、と〝彼”は先の提案に疑問を抱く。自分と一対一で話をするという事は、ヴァルシオンと相対するという事だ。相手はその事を分かっているのだろうか。

 

 しかし、どこかでビアンを信じたいと思う気持ちも〝彼”にはあった。

 

 ビアン・ゾルダークという人物像は、作品によって2種類ある。

 

 ひとつ目は、DCによって世界征服を行おうとした事。いわゆる悪の親玉であった。

 ふたつ目は、DCを設立しても世界征服を行わず、地球を守るための組織の長としてあり続けた。

 後者に関しては、ビアンの存在がストーリー上行方不明という事で一切登場しなかったため、人物像が今一つ分からないが基本的には前者の時と同じと見て良いだろう。

 

 

 彼は善と悪という相反する姿を見せていたが、しかし変わらないものもあった。

 

 それは、ビアンという男が純粋に地球を愛していた事だ。

 世界征服を計画したビアンも、結局は人類の意思を統一させ、宇宙からくる侵略者達に対抗しようとしたが故の結論だった。

 

 被害者からすれば、ただの言い訳に過ぎないだろう。どれだけ綺麗事を並べても、無慈悲な暴力によって多くの血が流れたのは紛れもない事実なのだから。

 だからこそ判断の難しい人物だった。

 

 しかし、それでも彼は自分と話をしているこのビアン・ゾルダークにも、そんな心がある事を期待してみたくなった。

 そもそもの話、今ここがスーパーロボット大戦の、どこの時間軸の世界なのかが全く分からないのだ。それによってビアンの立ち位置も違うため、決めつけも良くないと思った。

 

 

「…………その提案を受けよう。方法はどうする?」

 

 〝彼”は悩んだ末、ビアンの話に応じる事にした。通信機の向こうで、研究所の職員であろう者達のどよめく声が聞き取れた。

 

 この研究所を、ビアンゾルダークをネガティブな印象で見るのはまだ早計過ぎる。

 彼らの態度を知ってからでも遅くはないはずだ。

 

『今からそちらへ向かう、少し待って欲しい』

 

 〝彼”が了承の旨を伝えると、通信の向こう側で慌てて引き留めようとする声をBGMにしながらビアンは通信を切った。

 そして少しすると、研究所の方角から装甲車が一台こちらへ向かって来た。

 

 慌てて戦車達がそれに道を開けようと動き出し、そこへ装甲車が進み、彼の近くで止まった。

 距離で言うならば500mといった所か。装甲車の扉が開き、そこから一人の男が現れる。 

 

 青みがかった黒髪を後ろへ倒し、口の回りにひげを蓄えた三十半ばの男性だ。強い意志を秘めた目を持つその姿は、“彼”が画面越しに見ていたあのビアン・ゾルダークだった。

 服装に関しては、白衣を羽織った研究者然とした姿をしているが、白衣の裾が風にたなびくその姿がとても様になっていた。俗に言う所のダンディズムというやつだろうか。

 

 

 ビアンは装甲車の中にいる運転手へ声をかけると、一人でこちらへ歩いてきた。

 随伴者は誰もいない。強いまなざしをこちらへ向けながら、ビアンは本当に一人で話をしに来たのだ。

 

 すさまじい胆力だ。普通の人間ではこんな選択はしない。それがビアンをビアン足らしめている所以なのか。

 荒れ地の砂を踏みしめながらこちらへ歩いてくるビアンの姿には一切の迷いが無い。

 周囲を囲う兵器たちの輪から一人離れ、まるで啓示を受けた賢者のようにビアンが進む。

 

 〝彼”は微動だにせず、ビアンが来るのを待っていた。

 たったの500m程度の距離だ。 しかし、それが〝彼”にはとても長く感じる。そこで気負っているのが自分の方だと分かり、深く深呼吸をしようとして……今の自分には呼吸器官が存在しないことを思い知った。

 

 ビアンが〝彼”の足元に着いた。

 その身長差はもはや人とビル位の違いがある。

 〝彼”が見下ろし、ビアンが見上げる構図だ。

 

 最初に口を開いたのはビアンだった。

 身長差故に、まるで叫ぶような声色だ。地上の人間が、ビルの屋上にいる相手へ話しかけるようなものである。

 

「約束通り、私一人で君のもとへ来た! 君と話がしたい!」

 

 〝彼” はビアンの言葉に耳を疑った。ビアンは自分に対してパイロットと一言も口にしていない。

 ビアンは、〝彼”の事をヴァルシオンのパイロットではなく、ヴァルシオンそのものと認識しているのだ。 

 

(……これは、腹を決めるしかないのか)

 

 向こうは自分の事を何か知っている。ならば多少のリスクを負ってでも手に入れるだけの価値ある情報をビアンは持っているだろう。

 

 〝彼”は、自分の身に起こった事を知るべく、覚悟を決めた。

 そのために、彼はビアンと二人きりで話せる場を設ける事にした。

 

「……今から貴方を〝中に入れる”。そこならば誰にも邪魔はされない」

 

 そう言うや〝彼”は全身を可能な限りかがめてビアンに手を伸ばした。

 足腰の可動範囲に関しては見た目以上に動いてくれたため、〝彼”が伸ばした手は人間でもよじ登れるくらいの位置まで近づける事が出来た。

 流石にビアンも〝彼”の行動には面喰ったらしく、目を僅かばかり見開かせて腕と〝彼”の顔を交互に見やっていた。

 

 そしてビアンは〝彼”の差し伸べた手に乗り、〝中”へと誘われた。

 

 

 

 

「……やはり、コックピットは存在していたか」

 

 〝彼”の中――操縦席へと誘導されたビアンは中へ入ると、周りを見回して呟いた。

 操縦席は思いの外広い。ビアンが足を踏み入れると、どこからともなくライトが灯り、〝彼”の操縦席を明るく照らした。球体上に作られた空間は大の人間が8人位は入っても余裕がありそうだ。 〝彼”の体からしてかなりの巨体だったが故に人を収納するスペースに余裕でもあったのだろうか。

 その中央に、人が座る躯体が設けられていた。コックピットの入り口からちょうど真向いの壁面から部屋の中央へ延びるように作られているその操縦席は思ったよりもシンプルで、椅子で言う所の肘部分はあるのだが、操縦桿らしいものが見当たらない。代わりに、手の平が丁度収まる位のサイズの窪みが両肘部分に設置されていた。

 

 〝彼”にとっては生まれて初めての経験だった。ヴァルシオンのコックピットの構造を初めて見た事に驚いたが、自分の体内に人を入れる事のほうが衝撃は勝っていたらしい。普通の人間ならば経験できない未知の世界に〝彼”は、内視鏡で自身の体内を見るのは、こんな気持ちなのだろうかと益もない事を考える。

 操縦席内にも〝彼”の目は存在する。操縦席の彼方此方に設けられた機器類に内蔵されているカメラのレンズがビアンの様子をつぶさに観察している。複数のカメラから送られてくる映像を一気に見ていると、少し目が回りそうになる。まるで虫の複眼で見た世界を体験しているようだ。

 しかし、幸いな事に吐き気や眩暈はない。ヴァルシオンの体に馴染んできているのは喜ぶべきなのだろうか。

 

 ビアンはコックピットにしてはやや広い空間を進み、シート部へ登って腰かける。後頭部まで包み込むように作られたシートの感触を確認したビアンは、力を抜いてシートに体を預けはじめた。

 頃合いを見て、〝彼”の方から話しかける。

 

「ここなら誰にも邪魔をされずに話が出来る。盗聴の心配もない」

 

「成程、確かに。しかし良いのかね、ここまで私を招き入れてしまって」

 

 ビアンが目を細めて、コックピットの内壁を見つめながら肩を竦めて言う。

 お道化(どけ)ているのか、それともこちらの出方を試しているのかは知らないが、〝彼”はそれに付き合うつもりはなかった。ストレートでかつシンプルに答えを求めるつもりでいた。

 

「ビアン博士、この際だから回りくどい言葉は止めにして、率直に訊きたい事があります」

 

「良いとも、私に答えられることならば」

 

 〝彼”の口調の変化と言葉を耳にしても、ビアンは表情を変えずに静かに聞いている。

 しかし、コックピット内に設けられたパイロット用のバイタルパターンを観測する機能からは、ビアンが少し緊張している事が判明した。

 この人でもやはり緊張するんだな、とビアンの人間らしさを垣間見た〝彼”は、そのまま今自分が気になっていたことを訪ねた。

 

 

「……私を作ったのは貴方ですか?」

 

 正確にはこの機体を、であるが、それを言ってしまえばもしかしたら何か感づかれて話がややこしくなるため、純粋に今の体――ヴァルシオンの出所を問う事にした。

 UR-1という呼称と周りの反応から〝彼”が感じた違和感。それを知るために問いかけた言葉は、ビアンの表情を変えるのには十分な内容だった。

 ビアンは目を見開き、驚愕した表情を浮かべたかと思えば、今度は何かを悟ったかのように瞠目したのだ。

 

「いや、私は君のようなロボットは作ってなどいない。――――正確には、君は〝まだ存在していない”のだ」

 

 ビアンの答えは聞き流せるものではなかった。ならば、何故此処にヴァルシオンがあると言うのだ。自分の体となったこの機体は、いったいどこから来たのだろうか。

 

「それは矛盾しています。私は、此処にいる」

 

「君の言う事はもっともだ。だが、事実でもある」

 

 要領を得ないビアンの言葉が〝彼”を焦らす。しかし、ビアンの表情とつぶさに記録されているバイタルデータからは、ビアン自身も困惑しているようだった。

 更に問いを重ねるよりも、〝彼”は沈黙でビアンに話を促した。

 

「私も率直に答えよう。…………君はこの世界の存在ではない、別の世界から来た。そう言わざるを得ないのだ」

 

「……平行世界、という概念ですか」

 

「此方にもその概念は存在している。何より君という存在が大きな証拠だ。第一発見者は、君が突然空中から現れたのを見たのだからな。その時の映像も記録として保管している」

 

 荒唐無稽。その言葉が思い浮かんだが、此処がスーパーロボット大戦の世界ならば、ビアンが口にした事は決してあり得ない話ではなかった。

 

 あるロボットは、魔法が存在する世界と現代の世界とを行き来する術を持っている。

 

 あるロボット部隊は、何らかの力の作用で異世界・もしくは遥か彼方の未来へと飛ばされた事がある。

 

 スーパーロボット大戦には、その様な計り知れない力が主人公達を翻弄して物語を進める場面がいくつも見受けられた。

 だからこそ、〝彼”はビアンの言葉に納得出来た。

 

 

「……今から4年前、南アメリカのギアナ高地にある物体が突如姿を現した―――」

 

 ビアンの言葉を吟味していく〝彼”に、ビアンが語り部のように言葉を紡いだ。

 

 それは、〝彼”の体――ヴァルシオンがこの世界に来た際の事のあらましだった。

 

 最初に発見された時は、何らかの戦闘があったのだろう。ヴァルシオンのボディはその大半を失い、朽ち果てていた。

 それをテスラ・ライヒ研究所が預かり調査に乗り出した。そこで一部の技術に地球のものに限りなく似ている部分があったらしいのだが、それ以外の大半が未知のテクノロジーで構成されているらしく、全く分析出来なかったという。

 何もない空間から突然現れた未知のロボットという事で、ヴァルシオンの残骸は「UR-1(UnKnown Robot =未確認機械第1号)」と名付けられてテスラ・ライヒ研究所で保管、解析され続ける事になった。

 

 

「そして、調査を続行して2年経った時の事だ。その時UR-1の調査は解析作業が難航した。その結果、予算削減に伴い調査の規模も縮小され、代わりに解析できた技術の実用化に力を入れていた頃……ある事件が起きたのだ」

 

 新西暦177年。

 最初にそれに気づいたのは、UR-1の調査を任されていた作業班だった。

 

 調査が開始されてから2年経ち、進展の見込みが少ない何時もの作業を取り掛かろうと、UR-1のボディに触ろうとしたその時だった。

 最初は仕事疲れによる目の錯覚かと思った。しかし、目を凝らしてボディの表面を見て、作業班達は驚愕する。 

 

 UR-1の装甲が、突然直り始めてきたのだ。

 破損個所を新品の部品に取り替えたのではない。まるで、生き物のように表面の金属装甲が欠けた個所から蠢き、元の形へ戻るようにその体積を広げていたのだ。

 

 それだけに留まらなかった。今度はUR-1の装甲だけでなく、内側までもが同様に直り始めているのだ。

 多数のケーブルが触手の様に伸び出し、機械部品が内臓の様にせり上がる。それらがフレームを形作り、内部機器が形成されていく様は、まるで生物の細胞が再生するのを見ているかのような光景だ。

 

 形状記憶合金? そんな生易しい代物ではない。UR-1の機体を構成している材質は、生物の細胞と同じ特性を持った金属で作られているらしい事がここで判明したのだ。

 

 UR-1には修復機能が搭載されているのか。

 UR-1に取り付いて分析を行っていた作業班達は慌てその場から離れて研究所内に連絡し、UR-1の再生する光景を呆然と眺めていたその時だった。

 

 突然UR-1の体を修復していた触手状のケーブルが、近くにいた作業班達に襲いかかって来たのだ。

 

 作業班達は離れた所にいたため辛うじて難を逃れた。しかし、そこから更なる脅威が研究所内に牙を剥いた。

 UR-1の体内からケーブルだけでなく、大小さまざまな機械の塊で出来た触手上の物体が飛び出し、それらが格納施設の至る所を貫いて来たのだ。

 触手状の機械が突き刺さった箇所は突如金属的な物質に変貌し、その金属物質が施設を少しずつ侵食し始めては、その金属がまるで生き物の様にうねりながらUR-1の元へと流れ込んで行ったのだ。

 

 その現象に、研究所内は一時パニックに陥った。侵食する速度はナメクジの様にゆるやかだったが、格納施設内にあった無機物、有機物問わずにありとあらゆるものと同化してその範囲を広げていくのだ。研究所の職員達が火器を持ち出して何とか進行を食い止めようにも全く傷が付かず、ようやっと進行が止まった頃には周囲の格納施設も巻き添えになっていた。

 幸いなのは人的被害は無かった事だろうか。UR-1の格納されていた施設はテスラ研から一番離れた所だった事もあって、研究所の心臓部にまで被害が及んではいなかった事も救いであった。

 

 そして研究所内に混乱を巻き起こしてからおよそ24時間後、厳重な監視体制が敷かれたUR-1は侵食した金属を取り込みながら徐々に修復していき、遂には完全な人型の姿を取り戻してその場に立っていたのだ。

 

 この事態に研究所内で緊急対策会議が行われ、様々な議論が飛び交った。

 その中にはUR-1に危険性を感じて破壊するという提案も挙がっていたが、未だ解析出来ていない未知のテクノロジーが修復された事でより完全な状態になった今、手放すのが尚更惜しいという意見も多かった。

 結果として、UR-1は研究所から更に離れた荒野の大地に専用の格納庫を設け、そこに封印されることになる。表向きの理由を世間へ告げずに。

 

 それ以降UR-1へのアプローチは調査から監視へと完全に移り、いつか解析が可能な時が来るのを待つという楽観的な保留という形で格納庫内に隔離されていたのだ。

 

 

「――――それから2年後、突然UR-1は動き出したのだ。誰に操られるでもなくな」 

 

 これが〝彼”が目覚めるまでの経緯だった。

 ビアンが語り終わる中、〝彼”は今しがた聞いた内容と自分の知識の食い違いに困惑していた。

 

(ヴァルシオンに自己修復機能? そんな話、聞いたことがないぞ)

 

 ヴァルシオンは強力なロボットとして登場する。だが、破損個所を再生させる機能なんてものは搭載されていなかった。よもや精神コマンドを使いましたなどという事もあるまいに。

 

 

 

 ――――いや、あった。〝彼”が記憶している知識の中で、その様な機能が積まれているヴァージョンが1体存在した。

 

 それは、F完結編というシリーズで最終ボスとして登場した機体だ。

 

 人間の生命エネルギーを取り込んであらゆる事象を引き起こす事ができる〝バイオリレーションシステム”

 元々は別の作品のシステムなのだが、ゲームオリジナルの仕様でヴァルシオンに組み込まれ、パイロットの生命エネルギーを吸ってあり得ない性能を叩き出していた事がある。その中には、確かに機体を修復させる効果もあった。

 

 だが、解せない点がある。

 そのシステムは、力を発揮するには人間の生体エネルギーが必要だ。つまりエネルギー供給源である人間――パイロットの存在だ。

 ビアンの話を聞いたところによると、発見された当初はコックピット部分は吹き飛んでいるらしいので、まずパイロットは存在していない。それならば、システムは機能しないはずなのだ。

 

 そうなるとまた色々と前提が違ってくるのだが、〝彼”はビアンが説明した話の中に出てきたあるキーワードが引っかかった。

 

 

 

 

 〝生物の細胞と同じ特性を持った金属”

 

 “F完結編”の世界を前提にしたならば、そんな物に該当する存在などあの世界には一つしかない。

 

 かつては環境再生用として開発されていたが、創造者の予想を超えた凶暴さを見せ、その危険性から悪魔の名を付けられた金属細胞。

 

 その名は〝DG細胞”。

 〝自己再生”〝自己進化”〝自己増殖”の機能を持ち、無機物・有機物を問わずあらゆるものを取り込み、浸食し、支配する。科学が生み出した人造の怪物。ある悪魔の名を冠した機動兵器を構築する物質として有名であり、その力は悪魔の名にふさわしく世界規模でその猛威を振るった。

 

 そんな代物が自分の体内に潜んでいるのかもしれない。いや、ほぼ確定と言っていいだろう。

 〝彼”はそれを恐ろしく感じた。何せ〝あの”DG細胞だ。彼も原作とゲームでその能力を知っているが、とてもではないがあれは人が完全に御せる代物ではない。最初は出来たとしても、進化を繰り返すその細胞はいつかは制御を離れ、更なる進化と再生を繰り返して史上最悪の悪魔が誕生しかねない。

 

 

「……ビアン博士、貴方は私の体から何か採取されましたか?」

 

「ああ、金属片やパーツを少しな。だが、君が再生した件があったので厳重に処分した。暴走する危険性のある物を研究所に保管するわけにはいかんからな」

 

 

 ビアンの言葉に〝彼”は安堵した。

 もし採取したものが何らかの影響で活性化でもしたら、テスラ・ライヒ研究所でDG細胞のバイオハザードが起きてしまう。最悪、地球規模で恐ろしい災害が起きるやもしれない。

 

「……その判断で正しいでしょう。それにあれは、本来私の機体に備わった物ではありません」

 

「偶発的な産物だというのか? あれが」

 

「いいえ、修復機能自体には覚えがあります。ですが、その前に私自身の事を話す必要があります」

 

 下手な欺瞞は不信感を与え、そこから生じる不和が後に大きな弊害を招くかもしれない。

 〝彼”は誠意を示す為に伝えられる限りの内容をビアンに話す事にした。とはいえ、ヴァルシオンになった自身の事は省いての話になる。

 それこそまさしく荒唐無稽な話だ。それに、自分の全てを曝け出す事に怖気づいてしまったというのもある。未知の世界へ放り出された己に残された最後の砦の門を、出会って間もない相手に開く勇気が〝彼”には無かった。

 

「当機の名はEI-YAM-001〝ヴァルシオン”。製作者の名は――――ビアン・ゾルダークです」

 

 故に、〝彼”は自身を機械と偽った。

 

「……そうか、やはり君は〝ヴァルシオン”だったのか」

 

 腕を組み、どこか確信したように目を細めてビアンが呟いた。

 

「……私を、ご存じだったのですか?」

 

「知っている、知っているとも。だが私の知っている君は、まだ構想段階のものであって、此方ではまともな設計図の一つも引かれていない。その構想自体もまだ私が紙に書き殴っただけで、誰にも見せていないんだよ」

 

(つまり自分は、ビアン博士が作る前の時期に来てしまったのか)

 

 それならビアンが完成したヴァルシオンを知るわけもない。

 ビアン自身も複雑な気分ではないだろうか。自分が密かに考えていたロボットの完成体が、突然目の前に姿を現したのだから、その心中は如何程のものだろうか。科学者ではない身ではビアンの心情を窺い知る事の出来ない〝彼”だが、少なくともいい気はしないのではと思った。

 

「するとUR-1、いやヴァルシオンよ。コックピットがあるという事は、君はさしずめパイロットをサポートする為のAIという事かね?」

 

「そう、かも知れません」

 

 〝彼”はその問いに肯定しても良かったのだが、そうなると今度は様々な事に辻褄が合わなくなる事を恐れ、敢えて曖昧な答えを出した。

 

「私は此処に来る前までの記憶が殆どありません。ですので、その問いに明確に答える事が出来ません。話を聞くに、発見された当初は大破していたらしいので、その影響かもしれません」

 

「……戦闘があったのか」

 

「恐らく、そして私はそれに敗れた可能性があります」

 

 だが、そのパイロットはビアンではないだろう。

 〝彼”の推測が正しければ、このヴァルシオンは元々オリジナルのヴァルシオンを基に再設計された機体で、パイロットは全く別の人間だ。

 ボディの色も元々は青色だったと聞く。それがオリジナルの赤色になったのは、DG細胞で再生した影響があるのだろうが、理由は不明だ。

 

「ならば、再生した理由は何だ? 覚えがあるのだろう?」

 

「……修復された際に極一部データが復元されました。その中に該当するものがあります。それは――――」

 

 〝彼”はDG細胞について名前は伏せ、大まかな性能をビアンに話した。

 故意ではないにせよ、既に研究所の職員を襲ってしまっているのだから、知らないと隠せば不審がられる事は間違いないし、分からないのならば判断不能とみなして更に危険視されるのは確実だ。それに相手がビアンならば、ある程度情報を開示していた方が良い。

 話を聞くビアンは度々目を見開き、そして時折哀しげな表情を見せる事もあった。

 

 DG細胞の在り方に思う事があったのかも知れない。

 この悪魔の名をつけられた金属細胞も、本来は地球の汚染物質を浄化する為に開発されたナノマシンがその正体だ。それが欲のある人間達に目を付けられ、利用され、その果てに恐ろしい悪魔へ変えてしまったのだ。

 

 〝彼”が知っているビアンは、地球を愛していた。もし此処にいるビアンも同じ考えを持っているのなら、DG細胞の姿を哀れに思ったのだろうか。それとも冷徹に人類の脅威となり得るであろうとみなして対抗策を考えているのか。

 

 〝彼”が説明を終えると、コックピット内部に沈黙が広がった。ビアンは顔を伏せ、眉間の皺を深くしたままだ。”彼”の処遇について考えているのだろう。

 

「……君は、それを制御する事が出来るのか?」

 

「分かりません。幸い暴走の兆しは見られません。今の所は落ち着いているようですので、何とも」

 

 〝彼”はビアンと話している間にも、自身に感染したDG細胞の状態を確認するべくボディとシステムの両方へチェックを繰り返していた。 

 その結果、特に異常な変化は見られない。しかし、感染しているものがものなだけに、暴走の可能性は捨てきれない。チェックに反応していないだけで、知らない間に機体内部ではDG細胞による変化が起きている恐れだってあるのだ。

 

「ビアン博士、私はこれからどうなるのですか?」

 

 〝彼”はビアンに問う。

 淡々とした口調で話しているが、その心中は不安の二文字で埋め尽くされている。

 DG細胞についてはある程度説明した。おそらくビアンはそこからDG細胞の危険性に気づくだろう。

 

「……まだ分からん。だが、もし君の存在を再び世に晒せば、世界は大きな混乱が起きるだろう。底の知れない戦闘能力と修復可能な未知の金属細胞を備え、自立行動が可能な巨大ロボットだ。人々はそんな君を危険に感じるかもしれないだろう。君には未知の可能性が秘められている。それが、人類に何をもたらすのかは分からないがね」

 

 ビアンの話によれば、この世界にはまだ人型の巨大ロボットを開発する技術が存在していないらしい。そんな世界に〝彼”が完全な姿で現れれば、多くの人間たちの思惑が交錯するだろう。

 分解・利用・破壊。思いつくだけでも数多くの選択肢が出てくる。

 

 そうなったら、〝彼”は抗うだろう。何も知らない場所へ連れてこられて機械の体にさせられた挙句に、大人しく弄ばれる気など毛頭ない。そうなったら、このヴァルシオンの機能をすべて使ってでも自身の自由を手に入れるしかなくなる。

 だが、そうならない為にビアンと対話をする選択肢を選んだのだ。そうでなければ、あの場からさっさと逃げ出していただろう。

 〝彼”は、ビアンの口から続く言葉を待った。

 

「私は、君を人目のつかない場所に隠そうと考えている」

 

 ビアンが提案した。

 それは確かに〝彼”にとっても都合が良い。しかし、敢えて〝彼”は訊ねた。

 

「何故、私を匿おうとしてくれるのですか」

 

 〝彼”自身が望んだ展開ではあるが、ビアンの真意が知りたかった。

 

 ビアンは腰かけているシートの肘を手でなぞり、コックピットを見回した。

 

「別の世界の私は、なぜ君を、ヴァルシオンを作ろうとしたのか知りたかった。初めて君のコックピットの中へ入る事が出来たが、一見しただけでもかなりの技術力で作られているのが分かる」

 

 ビアンが空を仰ぎ、コックピット天井部へ鋭い眼差しを向けていた。

 

 否、その視線の先は、もっと遥か彼方に向けられていたのやもしれない。

 

「……一体、何と戦おうとしていたのだろうな」

 

(この人は、もしかして気づいているのか?)

 

 ヴァルシオンの存在は、突き詰めればある存在に対抗するために作られたといってもいい。

 

 それは、異星からの侵略者達だ。ビアン・ゾルダークは独自に異星からの侵略者達の存在を察知し、それらの対抗策の一つとしてヴァルシオンを作り、DCを立ち上げた。

 しかし、結局は主人公達のスーパーロボット部隊に敗れ、彼らこそが地球を守る力だと見定めて散ってしまったのだが。 

 

 この世界のビアン・ゾルダークも、もしかしたら宇宙から何者かが地球を狙っている事に気付いたのだろうか。この男ならばそれすらやってのけそうなので、妙な納得感がある。

 

 

 しかし、〝彼”はビアンの呟きに応える事はしなかった。

 一応ヴァルシオンのAIと認識されているようだが、ぽんと出てきたような自分がおいそれと口にしていい事ではないと思ったのだ。

 ゲーム画面の向こう側で繰り広げられていた時とは違い、この世界は間違いなく現実だ。そこで、例え断片でもビアンの想いを口にする事は、あまりに重い。

 

「ヴァルシオンよ、出来れば私の提案を受けてはくれないか。君をこのまま外に出しても、決して良い事にはならないぞ」

 

 その言葉に此方を陥れようとする感情は無く。むしろ案じている様に見えた。

 〝彼”としても、自分の身を守る術が手に入る事は願ったり叶ったりなので、その話を受けるつもりでいた。

 

「私としてもありがたい話ですので、お願いします。……私も、何も知らないまま外に出されるのも不安でしたので」

 

 話が上手い方向に向かっていると確信した所為でホッとしてしまったのだろう。〝彼”は己の心情をつい吐露してしまう。

 すると、それを聞いたビアンはキョトンと呆けた顔をすると、次には可笑しそうに笑いだした。真面目な顔が印象強いため、〝彼”にとっては初めて見たビアンの別の側面だった。 

 

「ふふ、不安と来たか。並の電子頭脳では〝不安”などと言う言葉は出てこないぞ」

 

「……どうにも緊張が解けたせいか、つい本音が出てしまいました」

 

 

 

「本当に、君は人間の様だな……」

 

〝人間の様”という言葉に〝彼”すこしはギクリしたが、ビアンが現状の情報で自身の真実にたどり着く事は無い筈と踏んでいるため、そこまで心配はしていない。

 現に今のビアンは、ヴァルシオンに乗り移ってしまった(?)人間の自分ではなく、ヴァルシオンに搭載されているらしいAIとしての自分に感心を抱いているようだ。

 

 

 

 

 それから幾つかやり取りをすると、ビアンが研究所の職員達に話をしてくると言って〝彼”の中から出ていった。

 

 装甲車へ向かうビアンの背中を見送りながら、彼はようやくひと段落ついた事を実感して内心盛大なため息をついた。

 だが、完全に落ち着くにはまだ早い。ビアンが研究所内の人々を説得できるか、そしてそこから自身を隠すための手段について詰めていかなければならない。課題はたくさんあるのだ。

 

(……大変な事になってしまったな)

 

 〝彼”はヴァルシオンの首を動かし、周りを見回す。

 周りにはまだ戦車隊と戦闘機隊の包囲が敷かれている。

 話はついたといっても、まだ出だしに過ぎず、人間側からすればそう簡単に警戒を解いていいほど安心の出来る相手ではないという事だ。

 体格差からして、怪獣とそれに立ち向かう自衛隊のような様相だ。馬鹿正直に安心しろと言うのも無理な話だろう。

 

 

 とりあえず今は、自分が生き延びる事を考えるしかない。

 そういう点では、あそこで慌てて逃げなくて正解だった。

 

 ビアンの話や時代の流れから察するに、今後何らかの人型の機動兵器が登場する可能性は高い。とすれば、いずれロボット同士の戦争が起きるかもしれない。

 そうなったら、自分も駆り出されるのだろうか。

 DG細胞の件もある、このヴァルシオンのスペックをもう一度見直す必要がありそうだ。

 戦争が無ければいいが、果たして……。

 

 〝彼”が思いつくだけでも考える事が沢山浮かび上がってくる。

 

 情報が必要だ。何かをするにしても、取捨選択をするための判断材料が欲しい。

 その点についても、可能なら追々ビアンに相談してみようか。

 

 ビアン達が結論を出すまで、しばらく時間がかかりそうなので現状と今後の展望について考えを巡らせながら彼を待つ事にした。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「ビアン博士、本気ですか!? UR-1をこのテスラ研内に隠すなど、危険です!」

 

 ビアンがテスラ・ライヒ研究所に戻り、管制室で皆に事の次第を伝えた際に職員の誰かが抗議の声を上げた。

 UR-1とコンタクトを取る事に成功したと聞かされた時は皆驚きと歓声に沸いていたのだが、そのあとにビアンから出された提案は職員内で物議を醸し出し、たまらず声を上げた者が出たのだ。

 声の主は、一年前に起きたUR-1再生に立ち会い、同時に襲われた解析班の一人だ。間近で襲われた事もあり、彼はUR-1の危険性を強く主張していた。

 

 しかし、ビアンもそれは承知の上で話を持ち出したのだ。

 ビアンはその言葉に退かず、逆にUR-1の存在をこれ以上世間に知られる事のデメリットと、現状の彼に対して少なくとも安全性が認められる事を彼らに説いたのだ。その中には、再生したおかげで完全な状態のUR-1が調べられるというメリットも織り交ぜていた。

 結果、反対意見を出していた職員達から一応の理解を得て、UR-1の隠蔽が決定する事となった。

 

 決まるや否や、今度はどこにUR-1の格納庫を作ろうかという話になり、早速打ち合わせを行う事にした。

 もたもたしていれば、それだけUR-1が世間に知られる可能性が上がる。故に迅速な対応を求められるのだ。

 

 その前に、UR-1にこの旨を伝えるべく再び彼の元へ向かう最中、ビアンは通路に設けられたガラス窓からUR-1のいる方角を見た。

 

 初めてこの世界に現れ、大破した状態の姿を見た時から確信があった。

 あれは、自分が作ろうとした機体、その完成形だ。

 

 だが、人間と同等の知性を持つAIによる自律機能が与えられていたのは予想外だった。UR-1のいた世界では、AI制御による自律稼働技術が確立されていたのだろうか。だが、それならばあれほどのコックピットが設けられている必要性は無いように思える。

 

 しかし、何かがおかしい。言葉では言い表せない、第六感の様な感覚があのヴァルシオンに違和感を覚えている。

 

 今の地球では解明できない未知の技術、高性能なAI、そして大破した状態から完全に再生させるほどの性能を持つ金属細胞。

 

 

 ……果たして、あれは本当に〝全て地球の技術で作られた”ヴァルシオンなのだろうか? 

 

 設計者は自分だろう。デザインはまさしく今自分が構想中のロボットそのものだ。他人が考えたにしては不思議なくらい似通っている。

 しかし、その後か同時期に、何かがあったのかもしれない。その時、果たして自分は……。

 

(急がねばならん、か)

 

 ビアンは歩み始めた。己の懸念が確信になりつつある未来に布石をする為に。

 

 

 

 そして数か月後、ビアンの懸念は的中した。

 

 新西暦179年。

 〝彼”が目覚めてから数か月後、地球を出発して冥王星外宙域で活動していた外宇宙探査航行艦ヒリュウが、何者かの襲撃を受けた。

 昆虫型の機動兵器群によって構成されたそれらは異星文明の代物と判明、政府はその存在を〝エアロゲイター”と命名し、地球圏は外宇宙の脅威を思い知る事となる。

 

 同年、今度は地球へ巨大な隕石が南太平洋のマーケサズ諸島のアイドネウス島へ落着。

 奇妙な事に、それは落下の際に減速がかかり、まるで〝降下してきた”かのような有様で、予想よりも極めて小さな規模の被害にとどまった。

 後に人々は、過去に落ちてきた隕石の名にちなんで〝メテオ3”と名付けた。

 

 二つの事件が地球圏へ大きな警鐘を鳴らし、人知の及ばぬ宇宙のどこかで、今確かに何者かの影が蠢いた。




――――――――――――――――――――――――――――――
後書き

歯医者「君、歯が顎の骨に癒着しててちゃんと取れないから外科医に行って来なさい。紹介状渡すから」

そよ風ミキサー「ワッザ!?」

 ア、アイエエエ!? 手術? 手術ナンデ!?


 本作を書いている時に思ったのですが、OGシリーズでは龍王機と虎王機がテスラ・ライヒ研究所に保管されていた時がありましたが、そこら辺は地球連邦政府は知っていたのだろうかとふと疑問に感じました。
 知っていた上でテスラ研にすべて任せていたのか、それとも独立した裁量権や独自の権力を持っていたので、それを利用して隠蔽していたのでしょうか。
 ダブルGシリーズを秘密裏に地下に隠していた事もありますので、色々と気になる研究所です。

 まあ、それを言ってしまえばロボットアニメに出てくる研究所は皆そんなものな気もしますけれども。
 ※単に私が知らないだけで、コミックか資料で明記されている可能性もあります。
 そこらへんについて悶々と考えた結果、主人公にはこのような処置を取る事となりました。

 あと、主人公ことヴァルシオンのコックピット内部の構造はオリジナルです。OG仕様ならともかく、ウィンキーソフト時代の仕様っていろいろ不明な点が多いのでまあいいかって感じで。


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第3話

前書き

ストックがありますので、早めの投稿となります。

――――――――――――――――――――――――――――――


 ヴン……と機械が起動する音が静かに響く。

 〝彼”にとってはもう慣れ親しんだ音で、既に何回も、何百回も聞いてきた。

 

 そして同時に、自身のチェックも行われている。

 

 各コンピューターに異常なし。

 

 ボディ外内部の各部位、および動力周りに異常なし。

 

 DG細胞の活性度……安定。

 

 その他、極めて良好。

 

 いつもと変わり映えのない状態が視界の片隅にモニターとして映り、それに目を通すのも〝彼”の日常習慣の一部として身についていた。

 人間で言う所のこまめな体調管理と同じだ。結果はいつもと同じ〝良好”の2文字が〝彼”のモニターに爛々と映り出す。健康なのは良い事だ、本当に。

 

 これでどこぞの金属細胞に変化があったら肝、もとい動力炉が凍り付くのは確実だ。

 まるで陰性の病気がいつ陽性に変化するか冷や冷やしている患者のような心持に最初は落ち着かなかったが、何度も繰り返していれば多少は肝も据わってくる。

 

 

 一通りのチェックが終わった〝彼”の――――ヴァルシオンの頭部に備え付けられたカメラアイに映るのは、暗がりの広がる格納施設のみ。〝彼”が最初に目覚めた時と同じような華やかさのない、どこか寂しげな場所だった。

 

 しかし、前の格納庫とは違う点がある。

 

 彼が今いる場所は、テスラ・ライヒ研究所の遥か地の底だ。

 

 〝地下第99番格納庫”

 決して記される事のない番外の格納庫、それが〝彼”の今の住居である。

 

 ビアン・ゾルダークは、〝彼”との約束通り世間から〝彼”の存在を隠し通す事に成功したのだ。

 

 

 

 

 あの後、研究所で正式に話が決まってからは驚くほどに動きが迅速だった。

 まず最初に〝彼”を再びテスラ研内の格納庫へとおっかなびっくり連れていき、専用の格納施設を再び設ける前に一時的に既存の格納施設を間借りするわけだが、そこでビアン側が〝彼”にお願いをしたのだ。

 

 それは、〝彼”のボディを一時的に分解し、各パーツを資材に紛れ込ませる事だった。

 今のままではあまりにも目立ちすぎるため、設備が出来るまでの一時しのぎの策だ。

 

 どんな機械にだって、メンテナンスをする為にある程度まで分解が出来る様に作られている。〝彼”のヴァルシオンのボディにだってそれは該当するだろう旨をビアンが〝彼”に話したのだ。

 その話を持ち掛けられた〝彼”が確認してみると、確かにメンテナンス用としてボディをある程度まで分解できる様になっている事が分かったのだが、研究の為に分解される事を恐れた〝彼”は当初それについてとても難色を示していた。しかし、そういうやむを得ない理由と、決して悪用しないとビアン側が真摯な態度を見せてくれたので、渋々承諾する事となった。向こうが自分の為にあれこれと頑張ってもらってくれているのに、それに対してケチを付けるのは少し不誠実だと思ったのだ。

 その際、分解したパーツは可能な限り解析に回す事になっているのだが、それについては専用の格納施設を用意してくれるための費用と思って〝彼”も許可している。念のため「変に取り扱ったら何が起こるのかわかりませんので気を付けてください」と釘を刺せば、DG細胞での再生の件もあったので研究所の職員達も戦々恐々と取り扱い始めたので、無理な事をしないのは一応約束された。

 

 五体満足の状態からざっくりと複数のパーツに分けられた時は、痛みこそなかったが決して気持ちのいい物ではなかった。意識があるまま麻酔を受けた状態で手術を受けるような感じと言ったら良いのだろうか。蟻に集られた獲物の気分はこんな物だったのだろうかと、作業班達が自分に取り付いて外したパーツの回収作業をしている姿を見た〝彼”の感想だ。

 

 それからしばらくの間、分解された状態で資材と仲良く混ざって格納施設を過ごしていたら、念願の専用格納庫の完成が告げられた。

 テスラ研から地下数百m以上の深さに設けられたその施設は強固な外壁に守られ、地上からのあらゆるエネルギーの探知を遮断し、テスラ研内でも物理、システム両方の膨大なダミーを掻い潜らなければその存在を知る事が出来ないという念の入りようだ。

 

 しかもご丁重に無線のネット回線は繋がるので、外の情報は随時手に入れる事が可能という、文字通り引き籠りの為に作られた様な施設だ。電波を逆探知される可能性が懸念されたがそこは天下のテスラ・ライヒ研究所、抜かりは無く、発信の出所を分からなくするように仕込んである。

 

 それだけの設備を作るのに、どれだけの費用が掛かるのか想像だに出来なかった〝彼”は、そこまでしてくれたテスラ・ライヒ研究所の人々に頭が上がらない思いだった。しかし代わりに彼らは〝彼”のパーツを出来る限りくまなく調べる事が出来たので、テスラ研側からすれば設備投資以上の収穫が得られたと満足げだった。

 

 ちなみに、〝彼”ことUR-1の存在は、あの時特殊格納庫が吹き飛んだ際に跡形もなく消し飛んでしまったと言う事で誤魔化したらしい。

 謎のロボットUR-1は、機能が停止していたと思われる動力炉が突然息を吹き返し暴走、封印処理を施した格納庫ごとその存在は消滅した。というのがビアン達の筋書きだ。〝彼”がクロスマッシャーを発射した余波で格納庫を吹き飛ばした事実を利用させてもらったようだ。

 

 人工衛星等で見られた恐れもあったが、テスラ研上空の人工衛星はテスラ研所有の物なので、証拠の隠滅は問題ないというとんでもない答えが返って来た。

 流石は世界からの信頼が厚いテスラ研、多少の無茶は押し通せるくらいの権力を持っているようだ。

 

 結果、UR-1は表向きには完全にその存在を抹消されたというわけだ。

 

 

 

 

 そして月日は流れ、時は新西暦184年夏。

 〝彼”が地に潜み、既に5年が過ぎていた。

 

 いつもの日課として、〝彼”はヴァルシオンの機体内に搭載された機能をいかんなく発揮させて世界各国のネットワークへと密かにアクセスを開始した。

 その気になれば軍事施設や政府関連施設へのハッキングも出来るらしいのだが、迂闊な事をして逆探知と言う可能性もゼロではない為、世話になっているテスラ研の人々へ迷惑をかけたくなかったためそう言った危ない橋は渡らないようにしている。手を出す範囲は精々が世界各国のニュースサイト程度にとどめている。あとはちょっとしたアングラサイトも目を通している。朝一番に新聞を見るような、そんなお手軽感覚だ。

 

 視界に無数のウィンドウが映る。〝彼”はそれらを同時に操作してぼんやりと目を通している。それぞれ全く違う言語で記されているが、それも難なく読めている。

 5年の月日は〝彼”にヴァルシオンの細かな機能の操作を可能とさせ、同時に常人では不可能な機械の如き複数処理を行う事に成功していた。5年も地下にいたため暇を持て余し、手慰みにやっていた事が思わぬ結果をもたらしたのだ。脳と言う人間の器官が物理的に存在しない〝彼”の今の頭脳はヴァルシオンの人工知能およびその内部に詰まったコンピューターだ。

 えらく高性能な物を積んでいたのだろうか、そこいらのスーパーコンピューターを上回る性能で、難しい演算も電卓作業の様にこなす事が出来てしまった。とはいえ、それほど高度な演算を行う機会もないため、こういったネットの閲覧で通信処理速度を速めるくらいしか発揮しないあたり、酷い宝の持ち腐れであった。

 

 それらをざっと見てみると、地球の政治、経済、他にもちょっとしたサブカルチャー等の表面的な所は〝彼”のいた世界と大差ないように見えた。それとやはりというか、世界も時代も違うので、テレビ番組を見ても全く知らない番組しかなかった。

 大きく違う所もある。地球圏の宇宙の状況がニュースに出ている事が最たるものだろう。スペースコロニーが存在するので、それに関わる情報が流れている事に宇宙を知らない人間だった〝彼”は当初驚きとともに感動していた。

 

 だが、そんな世界の裏――否、宇宙で密かに動き始めている者達がいる事を〝彼”は知っていた。

 

 〝彼”はテスラ研の人達から提供された情報を見て頭が痛くなった。

 

(宇宙も大分きな臭くなってきているな)

 

 ぼやく〝彼”は、ビアンからの情報で宇宙人らしき存在を知らされているのだ。

 今から5年前、地球圏が送り出した外宇宙探査航行船ヒリュウが未確認の飛行物体に襲われた。

 その時、命からがら逃げてきたヒリュウが撮影した飛行物体の映像がテスラ研に送られて来た。

 その様な極秘情報がテスラ研にも回ってくるのは、技術的な側面から判断材料が必要だったが故、と言うのもあるのだろうし、テスラ研もヒリュウの建造に関わって来たからと言う理由もあったのだろう。

 

 その映像はビアン経由で〝彼”も見る事となった。

 〝彼”は、映像に移る物体の正体についておおよその見当がついてしまった。

 

 宇宙空間を縦横無尽に飛び回るカブトムシのようなフォルムを持つ青白い機動兵器、その名は〝メギロート”だ。

 

 〝彼”はその兵器を所有する者達の正体を知っている。

 

 地球から遠く離れた外宇宙の彼方に母星を持つ異星文明〝バルマー帝国”。メギロートはその無人偵察機なのだ。

 

 バルマーの存在を知識として知っている〝彼”は、連中の持つ戦力を危惧した。

 

 メギロート達を制御しているコロニー並の巨体を持つ超巨大戦艦が、太陽系近くまで来ている可能性があるのだ。

 そしてそこには、DG細胞に勝るとも劣らない力を持つクリスタルで出来た恐ろしい機動兵器が、更には最悪、その艦隊と地球圏の全てを裏で操ろうとした厄介な仮面の男までいるかもしれない。

 

 考えるだけで〝彼”は憂鬱な気持ちになって来た。下手をすれば、銀河規模の戦争が始まるかもしれないのだ。まごまごしていたら地球なんてひとたまりもない。

 〝彼”が記憶している内容では、バルマー帝国の一部艦隊――――ラオデキヤ艦隊が出てきただけで、母星に関しては殆ど分からずじまいだった。

 もしかしたら、自分がプレイしていた作品の続編で明らかになっていたのかもしれないが、その時既に〝彼”はその作品に対する熱意が薄まっていたために続編の情報については全く疎かった。丁度その頃から社会人になって忙しくなりだしたというのも原因だったかもしれない。

 

 そんな危険な宇宙の状況を、世界の人達は知らない。恐らくメギロートの正体を一番分かっているのは〝彼”しかいないだろう。だが、それをほかの人々に話してはいない。バルマーの存在がどこまで合っているのか分からないというのもあったし、迂闊に情報を開示した時こちらへ嫌疑の目が向けられる事を避けたかったという意味もあった。地球の安全よりも、己の安全に天秤が傾いたのだ。

  

 そもそも、外宇宙に潜む存在の情報は一般公開されていない。無用な混乱を招く事をこの星の政府――地球連邦政府が恐れての措置だったという。

 ならば〝彼”ことUR-1は何故世間に公開されたのかとなるのだが、それは第一発見者が現地の観光客で、その時撮影していた動画がネットにすぐさま投稿配信されてしまって収拾がつかなくなった為、やむを得ず公開したらしい。でなければこちらも同様に秘密裏に隠していたそうだ。

 

 こんな事なら、人間だった頃にネットで続編のネタバレ情報でも見とけば良かったかなと、過ぎた過去に都合の良い後悔をしてしまう。

 所詮たらればの話だ。 

 

 だが、宇宙人を知る一部の人々はその事実に怯えているだけではなかった。

 地球でも極秘で、バルマー帝国と思しき彼らに対抗するべく今までに類を見ない新たな機動兵器が生み出されたのだから。

 

 人類初の人型機動兵器、〝ゲシュペンスト”

 月に本社を構える工業用製品生産会社〝マオ・インダストリー”が開発したパーソナルトルーパー(通称PT)と呼称される有人兵器だ。

 新西暦181年に地球連邦軍のトライアルで複数の企業の中から見事採用されたのである。

 もともと月面作業用の2足歩行機械を作っていた事もあってか、マオ・インダストリー、通称マオ社は人型の構造をしたロボットの開発にそのノウハウが活かせたのだろう。

 

 この事を知った〝彼”は確信した。恐らく、今後この世界ではガンダムやマジンガー等の原作を持つロボットアニメに類する兵器はきっと出てこないのだろうと。

 どれだけネットワークを調べてもそれらしい組織や企業、そして研究所は出てこなかったのだ。

 そこから推測されるのは、此処はスーパーロボット大戦に出てきたオリジナルロボットしか出てこない世界なのかも知れないという事だ。

 それならば、メギロートやゲシュペンストなどのロボットしか見覚えが無いのも頷けるというものだ。この5年間色々と調べてみたが、ロボットアニメの大御所どころかアニメに出てきたロボットアニメの機体の影すら見つからないのでそう納得せざるを得ない。

 

 ゲシュペンストがようやく開発された現状で、果たしてバルマーに勝てるのだろうか。彼らの戦力は未知数だ。少なくとも、現状の地球より強大である事は間違いないだろう。

 本格的に向こうが動き出す日が気になるが、情報がほとんど入ってこない現状では如何ともし難いため、向こうが動くのを待つしかないというのが現状だ。 

 

 

 そんな〝彼”に、通信がかかってきた。直接の音声通信だ。

 連絡先は〝彼”の遥か頭上の大地に構えているテスラ研だ。基本的に、其処としか通話はしないようにしているのですぐに分かる。

 通信回線をオンにすると、壮年の男性の声が聞こえた。 

 

「やあ、起きてるかね?」

 

 年季の入った、しかし爽やかさが残る声の主は親しげに〝彼”に話しかけてきた。

 

「おはようございます。……もしかして、もう準備に入っているのですか?」

 

 〝彼”が現在の時間を確認する。朝の9時を少々過ぎていた。

 

「ああ、そうだよ。スタッフの皆はようやく組み上がったアレをまともに動かす事が出来ると俄然やる気でね。全く、気の早い奴らばかりさ」

 

 声の主はやれやれと言わんばかりの言い草だったが、彼自身も喜びを隠せない様で、明るい声色だった。

 声の主も気分が高揚しているのだろう。これから予定しているイベントは、声の主が手掛けているプロジェクトであり、世界で初の試みでもあったのだから。

 

「嬉しそうですね。やはり御自分も参加しているプロジェクトとなると、気合の入り様が違いますか?」

 

「そりゃあそうさ。何たって、人類史上初のスーパーロボットが産声を上げるんだ。年甲斐もなく張り切りたくなる。これで君に一歩近づく事が出来るんだからね」

 

 声の主――――ジョナサン・カザハラは通信機越しで朗らかに答えた。

 

 ジョナサン・カザハラ。今〝彼”が世話になっているテスラ研の現所長である。

 

 ジョナサンとは、5年前のビアンとの邂逅から間もなくテスラ研の上役の人間達との顔合わせを行った時からの付き合いだ。ジョナサンはその頃はまだ所長の座についておらず、上役に数えられる位の高い職員の一人だった。

 

 ジョナサンに限った事ではないのだが、当初は格納施設をDG細胞で取り込んで破壊した事もあって、〝彼”はテスラ研の人々にかなり警戒されていた。パーツに分解された時も、暴れるそぶりがあれば何時でも破壊出来るようにと重火器装備の警備員の監視が付けられていた事もあった。実際それでどうにかなるとは思えないのだが、それで彼らがこちらに対する感情を抑えてくれるのならばと〝彼”はそれを受け入れた。もちろん、いい気分では無かったが仕方あるまいと納得している。

 とはいえ、無抵抗に好き勝手させるつもりもない。もしテスラ研側が悪意を持って接してくるのなら、〝彼”はDG細胞を使う(とはいっても、実際にコントロール出来るのかはその時分からなかったのではったりに過ぎなかったのだが)事も止む無しとテスラ研側に釘を刺してある。

 そうして表面的には友好的に、水面下では互いに警戒しながらの付き合いを続けて2~3年が経った頃に、ようやく彼らの態度が本格的に軟化して〝彼”は一仕事が終わったと大きなため息を密かについていた。

 こうして〝彼”はテスラ研内で一定の信頼を得て、地下格納庫内で静かに時を過ごせる様になったというわけである。

 

「確かに50m級の完全な人型ロボットの制作は、この地球で最初の試みになりますね」

 

「君のおかげだよ。君の体を解析した時に分かった技術のおかげで、アレは――〝零式”はより完成度の高い仕上がりになったんだ」

 

「感謝していただけるのは嬉しいですが……それは動かしてからにした方が良いですよ? 試作型っていうのは何が起こるか分かりませんから」

 

「まあ、そこはテスラ研の優秀なスタッフ達の腕を信じるしかないだろう。記念すべき第一歩でこけるのは格好がつかないからな」

 

 これくらいの軽口をを叩き合うくらいには、〝彼”はジョナサンと良好な関係を築く事が出来た。

 

 それが、自分ことヴァルシオンの力に怯えて媚び諂う為に演じる見せかけだけの関係でない事を、〝彼”は願う。

 

 〝彼”が会話できるテスラ研の人間は、ほんの極一部に限られている。UR-1の事について緘口令が敷かれている事もあって、テスラ研の上層人だけが〝彼”との会話を許されている。

 そして今、〝彼”が会話出来る人間はテスラ研所長のジョナサンしかいなかった。

 

 

 彼らが今話をしているのは、これから行う試作型機動兵器の稼働実験の事についてだ。

 

 一部の者達にのみ知らされている外宇宙勢力に対抗するべく、地球連邦政府はマオ・インダストリー社のゲシュペンスト以外にも更なる力を手に入れるため、テスラ・ライヒ研究所へとあるプロジェクトのもとに開発の依頼が下された。

 

 その名も〝特機構想”。

 特機、正式名称〝特殊人型機動兵器”。

 近接戦闘に特化し、18m級のPT以上の巨体を持つロボットの事をそう呼ぶ。

 

 PTの標準装備としている武器では、異星人の機動兵器に決定打を与えられない可能性が出てきた事により、それを打開する事を目的としている。

 巨体から繰り出される大質量をもって、その強大な運動エネルギーを破壊エネルギーへと替えて相手を粉砕するというのが、この計画の肝なのだ。

 

 その際求められたのは、生産性の優秀な機体ではなく、それを度外視した高性能かつハイパワーなワンオフ機だ。

 そういった機体のコンセプト上、最適とされて白羽の矢が立ったのがテスラ・ライヒ研究所だった。

 

 今回テスラ研が開発要請を受けたのには、テスラ研の特性以外にもう一つ大きな理由があった。

 それは、UR-1の調査・解析を一手に引き受けていた事だ。

 

 UR-1の機体構造は未知の部分が多かったが、それでも解析して分かった箇所だけでも、人型機動兵器を作るにあたってはまさに万金の価値があった。

 発見された当初の損壊の酷い状態を見ただけでも、それは完全な状態だと50mを越していると予測されていたのだ。目標とするにはうってつけと言えよう。

 

 そして今現在のUR-1は、発見された当初とは違って完全な状態でテスラ研内に隠されている。それを一度分解して、〝彼”の許可を得て再分析を行った所、現在の地球の技術でも再現可能な箇所がたくさん出てきたのだ。50mの巨体を支える緩衝機構、その動きに耐えられる関節構造。もっとも、肝心の動力周りや武装、装甲に使われている金属細胞などについては未だに解析が難航している。最後の金属細胞に関していえばテスラ研側も極力避けているため事実上無いような物なのだが。

 そこで調査した結果分かっただけでも、UR-1は特機構想の理想的な形と言えたのだ。ある意味、UR-1は彼らにとって良いお手本となっていたのだ。

 

 それ故だろうか、テスラ研の人々は特機構想のそれとは別にもう一つ目標を掲げていた。

 

 〝UR-1を超えるロボットを作り上げる”

 研究所へ運ばれてから2度に渡って目の当たりにしたUR-1の力の片鱗は、研究陣の人々に大きな影響を与えていた。

 今回の試作機開発は、その第一歩として彼らに並々ならぬ気迫を纏わせていた。

 

 

 

 ジョナサンから〝彼”に映像が送られてきた。場所はテスラ研内のこれから実験を行う試作機が収納されている格納庫だ。

 

 そこには、〝彼”と同じくらいの背丈を持つ鋼の巨人がいた。

 

 全体のバランス的に大き目な手足、巨大な両肩は大きく前へ突起物がせり出している。

 その顔は人間のような造形をしているが、険しい顔つきと大きく伸びた角のような構造体によって、まるで鎧に身を固めた鬼のような印象を与える。

 

 〝グルンガスト零式”、それがこの世界初の特機に与えられた名前だ。

 

 グルンガスト、それはスーパーロボット大戦で主人公の機体として度々登場する機体だ。

 人型以外にも戦闘機・重戦車の3つの姿に変形が可能で、その力は他のスーパーロボット達に勝るとも劣らない力を持つ、味方側のオリジナル機体として登場した最初のスーパーロボットであり、後の作品にもその系列機が何度か登場している。

 

 そのグルンガストの名を冠するロボットがテスラ研で作られる事に〝彼”は驚く事はなかったが、自分が知っているグルンガストよりも前の試作型を目にする事が出来たのは感慨深いものがあった。

 

 後のグルンガスト系列のような変形機構はなく、あくまでその巨体を保持する事と格闘戦を重視した設計になっている。

 

「私が言うのもなんだがね、50mもあるロボットがこうして動く時代が来るとは思わなかったよ。君と言う前例があったとはいえ、ね」

 

「……本当に、アニメや漫画の世界だけの話だと思っていたんですがね」

 

「おいおい、君がそれを言うと何ともシュールな感じがするな」

 

 ジョナサンが茶化すように言ってくるが、〝彼”の言った事は偽ざる本心だった。

 

「暇な機械の戯言だと思ってください。何分、5年も身動きせずに地下にいると娯楽がネットと考える事くらいしかありませんので」

 

「それは、すまないと思っているよ。ただ……」

 

「分かってます。私も自分の立場がどういうものかは弁えているつもりですので、気にしないでください」

 

 気づかぬ内にロボットの体となって数年が経った今でも、わが身に降りかかった奇妙な現象には色々な感情が湧き上がらざるを得ない。

 

 勝手にこんな状況へ追いやった何者かに対する怒り。

 この世界で密かに調べても元の状態へと戻る手立てが全く皆無な現状への悲しさ。

 そして、地の底へと身を潜め、ネットワークを通じてでしか世界を見る事の出来ない自分に対する一抹の虚無感。

 

 それに、今もこうしてジョナサン達へ〝彼”は意思を持った機械を演じている。

 それの、なんと滑稽な事か。

 

 だが、自分が人間だったなどと、どうして言えようか。

 それを明かした事によって生じる波紋が恐ろしくて、〝彼”は自分を偽った。

 だからこの世界に、本当の自分を知るものは誰一人としていない。

 この世界で目覚めた当初は、わが身を守る為に頭を使う事で精一杯だったが、今こうして静かな環境で落ち着いて振り返ってみると、言いようのない不安に駆られてきた。

 

 永久的にこの研究所で世話になり続ける事は、きっと難しいだろう。テスラ研の人達に頑張ってもらったが、所詮今の状況はあくまでその場しのぎに過ぎないのだ。

 

 

「さて、それじゃ私も零式の実験に立ち会ってくるよ。スタッフから開始の連絡があった。君も映像越しになってしまうが、良かったら見ててくれ」

 

 どうやらジョナサンは零式の格納庫へ向かうようだ。

 〝彼”はそんなジョナサンへお気をつけて、と言葉を贈ると、ジョナサンは静かに通信を切った。

 再び静かになった地下格納庫内で、〝彼”は独り言(ご)ちた。

 

(……ビアン博士がいれば、もう少し話が弾むんだがな)

 

 決してジョナサンとの仲が悪いわけでも、嫌っているわけでもない。むしろあの気さくで年を取った大人が持つ余裕の貫録と懐の深さに、ふと気を許してしまう事だってあった。

 

 だが、胸の内を少しでも明かせるのはビアンしかいなかった。

 今、ヴァルシオンの正体を一部でも知っているのはビアンしかいない。無用な混乱が起きる事を危惧した二人が秘密にしたのだ。

 その所為か、どうしても〝彼”とビアン以外の人間との間には見えない溝が出来てしまっていた。話しかけられれば答えるし、此方から話しかける事もある。しかし、〝彼”は皆が自分の内側へと踏み込む事を本能的に拒んだ。自分の現状を知るが故に、慎重であろうとした結果とも言えた。

 

 ビアン博士の方はと言うと、秘密を共有したからと言うわけではないが、不思議な事にウマが合った。

 やれ娘に特訓をさせているだとか、やれコレクションの時代劇のどれそれの殺陣シーンがグッと来るだとか、はたまた好きなロボットアニメのあのロボットの設定には目からウロコが出たと熱弁された時はどう応えるべきか返答に窮したが、悪い気持ちではなかった。

 まるで年の離れた友人が出来たようで、この世界に単身飛ばされた〝彼”はビアンとの交流を楽しんだ。最初はこちらを丸め込むための演技かと勘ぐっていたのだが、どうにも違うようなので、いつしか警戒心も他の人間に比べて大分低くなっていた。

 

 しかし、そのビアン・ゾルダークはこのテスラ研にはいない。ジョナサンが所長を務める前までビアンがその座にいたのだが、後の事をテスラ研の人達に任せて、連邦政府の要請によって何人かの職員とともに新たな組織へ転属したのだ。

 

 〝EOTI機関”

 元々はEOT(Extra Over Technology)という名の地球外の、いわゆる異星人達の物と思しき技術を研究するために立ち上げた組織だ。

 エアロゲイターと遭遇した同じ年に宇宙から飛来した〝メテオ3”の調査も担っていたのだが、そのメテオ3の存在によってEOTI機関の必要性がはますます高まったのだ。

 

 メテオ3はただの隕石ではなく、人工物だったのだ。地球へ落ちる前に減速し、中を調べてみれば、未知のテクノロジーが封印されていた事が理由だろう。自然物と言うにはあまりにも不自然すぎる。

 EOTI機関は、そのメテオ3の調査を連邦政府直属の委員会からの移行で全面的に任された専門機関として現在忙殺されているらしい。当分はテスラ研へ来る事もないだろう。 

  

 メテオ3、これもまた実に胡散臭い代物として〝彼”の目には映っていた。

 未知の技術が内封されているというのもあるが、何よりタイミングが問題だ。

 

 よりによって、何故エアロゲイターと遭遇した同年にメテオ3が落ちてきた?

 決して二つの存在が無関係とは思えなかった。地球の人間の中でもその点について察している者はいるはずだ。

 

 エアロゲイターの元とみられるバルマー帝国は、他の惑星文明を侵略して領土を広げていく侵略国家だ。恐らく侵略の標的と目されている地球へ、わざわざ塩を送るような真似をする彼らの真意は何か? 何となくだが、〝彼”にはそれが分かってしまった。

 それは恐らく、地球側の技術的成長を促し、程よい所で手に入れようという寸法なのだろう。

 過去の作品でも、地球の科学技術に目を付けて侵略行為に走った異星文明があった事を〝彼”は知っているため、その可能性に行き着いたのだ。

 

 そうなると、今回のグルンガスト零式の開発もある意味エアロゲイターを喜ばせる要因になるのだろうか。

 強い兵器を生み出せばそれだけ彼らの思惑に乗せられていくのだろう。

 

 これは、あくまで現状の情報から推測しただけに過ぎない。

 だが、この予測があながち的外れではないのだろうという嫌な確信が〝彼”にはあった。

 

 そんな〝彼”の視界内に収まるモニターの一角では、グルンガスト零式の機動実験が行われている映像が映っていた。

 研究所の外で既に零式に成功したグルンガスト零式が、背中に取り付けられた多数のスラスターに火を噴かせて荒れ地を滑るように駆け抜けている。

 〝彼”は外で映像を撮影している航空機のカメラを通してその光景を見ているのだ。

 

 零式はそこから更に加速、急上昇、円を描くように旋回と、50mの巨体にしては存外に軽快な機動力を発揮していくその姿にスタッフ達から歓声が上がる。

 ある程度機動テストを済ませた零式は大地を削るように着地すると、今度は武器テストに入った。事前に設置されていたターゲットへ向けて自身の武器を構えた。

 ターゲットは戦車などの廃材品を利用して作り上げた巨大な人型構造体だ。廃材品で出来ているが、大きさはグルンガストより一回り小さい程度で強度も実験に耐えられるように頑丈に作ってある。

 

 零式が握り拳を作った右腕を前へ突き出す。すると肘の部分から火が噴き出し、その衝撃に腕を震わせながらも零式は構えを保ち、そして放った。

 

 〝ブーストナックル”。己の拳を腕ごと射出し、その鋼の硬度と加速力を持って敵を粉砕する武器だ。

 放たれたブーストナックルは狙い違わずターゲットへ直撃し、目標をバラバラに粉砕して零式の元へと戻っていく。

 

 次なるターゲットへ顔を向けた零式は更に攻撃を続ける。今度は別の武装を試すようだ。

 零式の両腕が両脇へと引き絞られ、腰を沈めた体勢を作ると、胸の星の形をした装甲板が強く光り出し、カメラのモニターが焼けんばかりの光を迸らせながらそれを放射する。

 

 〝ハイパーブラスター”。胸部に内蔵された強力な光線兵器は、ターゲットを跡形もなく溶解させ、その後方にある荒れ地をも吹き飛ばした。赤熱化したえぐれた大地だけが、熱気を上げて視界の先を歪めていた。

 

 結果からいうと、テストは大成功に終わった。

 武装も機体各所の動作以外の実験もその後行ったが、深刻な問題は特になく、後に続く特機開発の為の大きな一歩を踏み出せたようだ。

 

 開発スタッフ達は実験の成功に大喝采を上げていた。

 世界初のスーパーロボットの誕生に、自分達の作ったロボットの誕生に。航空機のカメラから格納庫近くのカメラへと移り替えてスタッフ達を見てみると、中には涙を流している者もいるようだ。

 ジョナサンの話では、スタッフの中にはロボットアニメの大ファンだった者もいるらしく、今回の開発プロジェクトに参加する事が決まった時は喜びと気迫に満ち溢れていたと聞く。

 

 〝彼”とてその気持ちが分からなくはない。

 自分でも世界初の試みに立ち会えた事に少なくない興奮を覚えているのだから、当事者の心境はそれ以上なのだろう。

 

 

 〝彼”はスタッフ達が喜びを分かち合う姿をしばらく見ていたが、ふと全ての映像を消した。

 今、地下格納庫内で光が灯っているのはヴァルシオンのコックピット内だけだ。 

 

 〝彼”にとってこの静かな時間は既に慣れたものだ。

 人間の肉体を失った今、生理現象に悩まされる事は無い。体を痛める事も無い。時間の流れが〝彼”の肉体に悪影響を及ぼす事は、何も無い。

 それが少し、悲しく感じた。

 

 今後自分の立ち回りが大きく変わるのであれば、それは例のエアロゲイター達が本格的に地球へ干渉してくる頃なのかもしれない。

 もしくは……

 

(ビアン博士が動くのが先……か)

 

 〝彼”の知るビアンが世界に宣戦布告をした時も、考えてみればこんな時期だった。

 

 それは、宇宙人の侵略が可能性として浮き上がって来た頃だ。

 あの時はビアン自身が密かに察知していた事だが、今は違う。世界の裏側では確かにその存在が知れ渡っているのだ。

 

 あと要因となるものを考えれば、地球圏の政治状況だろうか。

 現在の地球圏をまとめている地球連邦政府が、宇宙からの侵略に対して抗う為に足並みを揃えているのならばビアンの動きも変わってこよう。

 だが、そうでなかった場合は。

 

 今まで〝彼”なりに政府関連の情報について色々と調べてはみたが、無能というわけではないように思える。あくまで表面的には、だが。

 ネットに流れている情報も様々な意見や真相の定かではないネタが飛び交っているため、それらを鵜呑みにするのはあまりにも危険だ。

 ビアンやジョナサンに訊いてみても、あまり良い情報が得られていないので、非常に歯痒い状況が続いている。ビアンに関しては、知っていても敢えて教えない可能性があるが。

 

 この状況、もうしばらくは続きそうだな。

 〝彼”は気晴らしも兼ねて、いずれ来るであろう最悪の可能性に向けて自分なりに対応出来るようにと何時もの日課を始めた。

 

 広いコックピットの内壁に光が灯り、壁一面が一体となって一つの風景を映し出す。

 俗に言う、全天周囲モニターと言う奴だ。それを応用して、コックピット内に限定した仮想空間を構築していく。それはコックピットだけではない、彼の視界そのものにもその光景が映し出されている。

 

 彼が今行っているのは、ヴァルシオンに搭載されているシミュレーターだ。それによるヴァルシオンの戦闘訓練である。

 どういう技術かは分からないが、現実と遜色のない映像で行う事が出来るため、この存在を早い内に発見した〝彼”は暇さえあればシミュレーターを起動して少しでもヴァルシオンの体に慣れようとしていた。

 

 自身の機体はヴァルシオン一択と言う何とも味気のない仕様だが、その分敵機の種類はかなり豊富だ。主にMS(モビルスーツ)・機械獣(戦闘獣も含む)・メカザウルスの3種類で構成されており、その中でもMSの種類が群を抜いている。

 戦う空間はもちろんの事、敵の数も難易度も任意であらゆる条件に設定出来るため、〝彼”は様々な場面を想定してシミュレーターで訓練をこなしていた。

 

 

 最初の頃は、酷く惨めな結果に終わっていた。

 負けたわけではないのだが、全て機体の性能によるゴリ押しだった。言い換えてしまえば、ゴリ押しできるだけの性能をヴァルシオンは持っている。それは良いのだが、その性能を自身が十全に扱いきれていない事が露呈した。

 

 

 ある時は戦闘開始ののっけから転び、うつ伏せ状態のまま敵機に囲まれて集中砲火を受ける。

 

 またある時は、自身の想像以上の機動力に振り回されて敵機とは全く別の方向へ山に頭から突っ込み、さながら犬○家のような醜態をさらす事もあった。

 

 そんな失敗を繰り返し、少しずつ機体の特性を頭で憶えながらシミュレーションを繰り返す日々を過ごしている。

 

 

 今回の戦場は山林地帯、敵機設定は、花のような形状の巨大MA(モビルアーマー)を隊長機とした過去のDC最強の戦闘部隊、〝ラストバタリオン”だ。いつぞやの作品で主人公たちがラストバタリオンと最終決戦を行った状況をそのまま再現してある。

 

 モビルスーツ、戦闘獣、あらゆる機動兵器の混成部隊が展開するその奥で、巨大MAラフレシアが不敵に宙を浮いて此方を待ち構えている。

 〝彼”は事前に選択した巨大な剣、ディバインアームを右手に、左腕の盾で上半身を守るように構え、背面のスラスターに火を灯した。

 

 本来ならばあり得ない展開なのだが、それを可能にしてくれるのがこのシミュレーターだ。

 

 

 ……いや、もしかしたら、こんな風景も可能性の中にはあったのかもしれない。

 その時ヴァルシオンの横には、ガンダムやマジンガーZ、ゲッターロボ達正義のロボット軍団が、苦楽を共にした仲間の様にいてくれたのだろうか。 

 

 地球を守るために生み出された究極のロボットは、スーパーロボット達と轡を並べる事が出来たのだろうか?

 

 そんな疑問を頭に浮かべた〝彼”だが、すぐさま思考を戦い為に切り替えた。考え事をしてまともに戦えるほど、今回の相手は優しくはないのだ。

 

 

 〝彼”は背面のスラスターを全開にして吶喊。DC最強の部隊へと戦いを挑んだ。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 グルンガスト零式が無事起動した事で喜び合っているスタッフ達を見て、ジョナサンはある人物に連絡を入れようとした。

 この研究所内でその人物と連絡が許されているのは今現在はジョナサンしかいない。前までは他にもいたのだが、彼らはEOTI機関に移籍したり研究職から身を引いて故郷に返ってしまった。

 

 この研究所内で唯一その人物と会話ができる場所へ足を運ぼうとしたジョナサンだが、途中で何か考え込む様に立ち止まり、止める事にした。

 これから少し声をかけようとした相手――UR-1だが、実験前に会話した所、どうにも神経がささくれ立っているように感じた。

 

 〝神経がささくれ立つ”。機械相手にその様な言葉で表現するのも可笑しな話かもしれない。しかし、〝彼”はあまりにも人間的過ぎていた。ふと、時折相手が機械ではないと錯覚してしまう程に。

 

 5年前の一件で初めて彼の事についてビアンから説明を受け、直接会話をした時は驚きと困惑、そして少なからずとも恐怖の感情があった。

 恐怖の理由は色々とある。格納庫区画を丸ごと食いつぶした未知の金属細胞、そして未知の力を秘めたその鋼の体に明確な自我が宿っていた事がジョナサンに警戒心を植え付けた。

 

 金属細胞の暴走については人的被害こそ大して出はしなかったが、二度にわたって破壊行為を行った事は事実だ。例えそれが故意でなかろうとも。そして人と同じ人と同じ知恵を持っているであろうと目されているため、嘘をついてくる可能性が浮かび上がるのだ。UR-1にロボット三原則があるかどうかすら怪しいのだ。気を付けるに越した事はない、そう思っていた。

 

 しかし、何度か会話をしてみれば、その思考回路は実に人間に酷似していた事が分かった。その為、彼が悪意や野心を持っているかどうかという人間性も、おぼろげではあるが読み取る事が出来た。

 結果からすれば、彼は此方に全く害意を抱いていなかったとジョナサンは思う。自身の立場について思う所があるのか、無理な内容でなければ大人しく此方の言う事を聞いてくれる。コックピットの中へ入れたり、己を害する可能性に関しては神経質なまでに拒絶するきらいがあるが、それ以外については友好的だし、必要とあらば協力的な姿勢もとってくれる。

 

 だが、UR-1は完全に此方に心を開いているわけではないらしい。会話の節々でも、己と他者の間に線をひいている様に見受けられた。

 その理由まではわからない。特に互いの関係に悪影響を及ぼしているわけでもないし、今現在UR-1と会話が出来る人間は研究所内ではジョナサンしかいないので、それほど気にしたわけでもないのだが、今回の様なナイーブな状態に直面してしまうと、ビアン博士の存在が羨ましく感じた。

 

 UR-1は、何故かビアン博士に対してのみどこか素直な感情を示す事があった。

 何度か彼とビアン博士が通信で会話をしている所を見た事があるジョナサンだが、その時のUR-1は妙に素直と言うか、感情が普段よりも表に出ていた様に見えた。

 

 彼らに共通点があるとすれば、思い当たるのはただ一つ、あれはテスラ研内でも有名となった出来事だろう。

 

 〝邂逅の30分”

 ビアン博士がUR-1のコックピットへ入り、そこで直接UR-1と対話を行った約30分間の出来事を皆はそう呼んでいた。

 

 そこで何があったのか、外部からはUR-1の機体内で何が起きていたのか全く分からなかった。その後ビアン博士から話をしてもらってはいるが、あれが全てではないのだろうとジョナサンは睨んでいる。あの邂逅の最中、ビアン博士はUR-1の根底に当たる何かを知ったからこそ、UR-1に唯一〝歩み寄れる”人間となったのではないのか?

 

 そんなビアン博士がEOTI機関へ行く前にジョナサンへ告げたのだ。「彼を頼む」と。「気を付けろ」でもなく、「目を離すな」でもない。UR-1を案じているかのようなそぶりすら感じた。

 

 気にはなる、しかし無理に聞き出せばUR-1は拒絶するだろうし、〝最悪の結果”を生み出すかもしれない。そうなってしまったら目も当てられない。

 

 UR-1には少なからず恩がある。副次的な結果とはいえ、無理を言って機体の構造を調べさせてもらったおかげで特機の開発に多大な進歩を促したのだ。

 ゼロの状態から作るよりも、何か参考になるものが手元にあると作業の進み具合がぐっと違って来る。零式の機動実験の成功の立役者は、間違いなくUR-1も含まれているのだ。

 

(やれやれ、今はまだ見守るしかないかねこれは。まるでカウンセラーだな……)

 

 ことロボット工学に類する事と女性関係に関しての経験には自信のあるジョナサンだが、さすがに意思を持つ巨大ロボットが相手だと勝手が違ってくるようだ。

 

 なのでジョナサンは、ビアンが信じたUR-1を信じて待つ事にした。彼が自分から歩み寄ってくれる事を。

 

 此度の機動実験の成功について礼を言おうとしたが、それはまた今度にしよう。そう決めたジョナサンは、再びスタッフ達の元へ向かい、ともに喜びを分かち合う事にした。

 

 研究所の外では、無事に実験を済ませたグルンガスト零式の巨体が青空の下で日輪の光を浴びて黒く輝いていた。




――――――――――――――――――――――――――――――
後書き

あのヴァルシオンからどうしてヴァルシオーネみたいな娘が出てくるんじゃい(設定資料集をガン見しながら


今回は本編と言うより、幕間に近いお話でした。
主人公が正式に土から出てくるのはもう少し先です。


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第4話

前書き

2万文字ほどありますので、読む際はお気を付けください。

それと突然ですが、今話で原作キャラが何名かお亡くなりになります。

死因はアンブッシュです(?
――――――――――――――――――――――――――――――


 それは、まどろみの中で見た夢幻か。

 

 

 其処は無数の機械で構成された基地の最深部。

 〝彼は”其処で、何故かヴァルシオンの体で敵機と戦いを繰り広げていた。

 否、その言葉は不適切だ。正確には、戦っている光景をヴァルシオンの視点で見ているのだ。

 

 

 これはシミュレーションではない。〝彼”が必要最低限の機能のみを起動させたまま擬似的な休眠を行っていたとき、突然彼の視界に映り出した謎のヴィジョンだ。

 

 その事について疑問を差し挟む頭が回らないのか、〝彼”はぼんやりとした意識でそれらを見ている事しか出来なかった。

 

 敵は〝彼”自身も覚えのある者達だ。

 

 白と黒のカラーリングが施されたMS、〝νガンダム”

 黒い鋼の装甲に身を固めた〝グレートマジンガー”

 赤を基調とした鬼にも見えるその姿は〝ゲッタードラゴン”

 翼をはやした白銀の騎士の如き魔装機神〝サイバスター”の4機だけ。第2次スーパーロボット大戦に登場したホワイトベース隊の中心戦力だったロボット達だ。

 

 彼らの周りには、多くのロボット達が壊れ、動けなくなったまま基地の床に転がされている。ヴァルシオンとの戦いで先に脱落してしまった者達なのだろう。

 残った彼らの機体も無傷ではない。皆ボディのどこかに浅くはない傷を作り、ぼろぼろと言ってもいい状態だ。しかし、それでも膝を屈さず残った気力を振り絞るように戦い続けていた。

 

 ヴァルシオンも無事ではない。

 多くのロボット達との激戦によるものか、体の至る所が砕け、内蔵機器が所々で露出しても尚闘志は衰えず、彼ら4体の相手をしていた。

 今、まさしく最終決戦の佳境に入っている最中だった。

 

 

 

「そんな火力では、このヴァルシオンは揺るがんぞ」

 

「まだだ! νガンダムはこんなものじゃない!」

 

 

 先鋒はνガンダムが務めた。

 νガンダムが高い機動力と未来予知の如き絶妙な回避運動で、ヴァルシオンの繰り出す大火力のクロスマッシャーによる攻撃を避けながら、バルカンにハイパーバズーカ、そしてビームライフルと、今残っているありったけの武装をヴァルシオン目がけて射ち放つ。

 

 だが破損しているとはいえ、ヴァルシオンの強固なボディには致命傷を与える事が出来ていない。ビームに至っては直撃する前に霧散してしまった。ヴァルシオンに搭載されているIフィールドが未だ機能し続け、本体へのビーム攻撃を拒絶しているのだ。

 それはνガンダムも予測済みなのか、決して深い追いはせず、距離を保ちながら堅実に攻めていく。νガンダムはヴァルシオンに大きなダメージを与えるつもりは無い。まるで相手の隙を作ろうとしている様だった。

 

 

 攻撃が、殆ど通らない。まるで石ころを鉄の壁に投げ付けているかの如き虚しい徒労感すら見るものに感じらせる絶望的なまでのヴァルシオンの耐久力だ。

 それでも、νガンダムのパイロットは諦めなかった。彼は一人で戦っているのではないのだから。

 

 

「この野郎、いい加減にくたばりやがれ!」

 

 

 νガンダムがハイパーバズーカに持ち替え、連続射撃で辺り一帯が煙で視界を遮られたその時、ヴァルシオンの背後からボディに罅の入ったグレートマジンガーが背中のブースターを吹かせて飛びかかってきた。振りかぶる右腕は刃が飛び出し、腕自体が高速回転して削岩機のような様相でヴァルシオン目がけて殴りかかる。

 

 

「甘いな」

 

 

 突然の奇襲だったが、ヴァルシオンはその巨体に似つかわしくない機動で反転、殴りかかって来たグレートマジンガーの拳を躱し、その胴体を蹴り上げた。

 予想外の反応に対処しきれず、自身の上半身ほどもある巨大な足をまともに受けて、グレートマジンガーはくの字に体を曲げて後方へ吹き飛んでいく。

 

 蹴り飛ばされたグレートマジンガーを見送る暇もなく、ヴァルシオンは何かに気づいて振り向く。

 すると、巨大なアンカーの付いたチェーンが飛来して、ヴァルシオンの左腕に巻き付いた。

 

 チェーンの元へ辿ると、其処には腕ごとチェーンを射出したゲッタードラゴンの高速機動形態、青いボディのゲッターライガーが足を踏ん張りながらヴァルシオンを固定しようと試みていた。

 背丈はほぼ同じ2機だが、パワーはヴァルシオンに軍配が上がった。必死にその場で踏ん張っていたゲッターライガーをヴァルシオンは片腕を一振りするだけでたやすく振り回し、壁に叩付けようとした。

 しかし、投げ付けたはずの鎖の元に、ゲッターライガーがいなかった。ゲッターライガーは叩きつけられるよりも早くチェーンを切り離していたのだ。

 

 気が付いたときには既に遅かった。ヴァルシオンが敵を補足するよりも早く、ゲッターライガーはその巨体からは想像もつかないスピードでヴァルシオンの懐まで接近していた。

 

 

「ふ、ライガーであんたと真面目に力比べ何ざせんよ。マサキ!」

 

「任せな!」

 

 

 ゲッターライガーが残った片腕を肘から先までドリルへと変形させて、残像を残すほどの高速移動でヴァルシオンに連続攻撃を仕掛けていく。

 その最中、その攻撃に加わるロボットが現れた。サイバスターだ。ディスカッターを構えて加速すると、ゲッターライガーの高速移動にも負けない速度でヴァルシオンに切りかかって来た。

 

 

「マッハスペシャル!」

 

「おおぉっ! ディスカッター乱舞の太刀!」

 

 

 青と銀の嵐がヴァルシオンの機体にすさまじい速度で攻撃を続けていく。肉眼でも、センサーでも感知するの事の出来ないそれはまさしく暴力の嵐と呼ぶにふさわしい。

 さしものヴァルシオンも身の危険を感じたのか、自身の装甲に頼るだけではなく、ついに防御に回った。

 

 だが、ヴァルシオンへの攻撃は更に激しくなる。

 νガンダムが攻撃に加わり、戦線に復帰したグレートマジンガーまでもがそれに乗じてきた。

 

 

 4機による一斉攻撃。

 防御に回ったヴァルシオンの装甲が徐々に破壊され、所々がスパークしてきた。

 

 もう一息、あと少しで倒せる。

 世界に宣戦布告し、混乱に陥れたDC(ディバインクルセイダーズ)の首魁がついに堕ちる。

 4機のロボットのパイロット達に希望が見えてきた。

 

 多くの仲間達の犠牲の元、とうとうここまで追い詰めたのだ。

 なんとしてでもここで奴を仕留める。敵の強大さを知っているが故に、彼らは勝負に出た。

 否、敢えて出るように仕向けられていたのかもしれない。 

 

 

 4機のロボット達が一斉にとどめの一撃にと大技を繰り出そうとしたその時だった。 

 

 

「―――――メガグラビトンウェーブ!!」

 

 

 勝負に焦った彼らに非があるのか、それとも戦いの流れを己の側に運んだヴァルシオンのパイロット、ビアン・ゾルダークが上手だったのか。

 

 4機のロボット達はヴァルシオンの機体から突如放たれた超重力によって、無理やり大地へその機体を沈み込ませた。

 突然の出来事に、4機のロボットのパイロット達は困惑した。

 

 

「じゅ、重力の力場!? パワーが抑え込まれている!」

 

「くそ! グレートのパワーもねじ伏せてきやがる! あの野郎、まだこんな力が残っていたのか!」

 

「隼人、オープンゲットは出来ないのか!?」

 

「どうやら奴さんのパワーの方が上の様だぜ、ゲッターのパワーが上がらん!」

 

「冗談じゃねえ、これじゃノシイカになっちまうぜ!」

 

「畜生、グランゾンの重力攻撃みたいなものか! こうなったら、残ったプラーナも使ったサイフラッシュで……」

 

「無茶ニャ! そんな事したらマサキの命が危ないニャ!」

 

「それに、今そんな事したらガス欠になって今度こそオイラ達までぺしゃんこだニャ……」

 

 

 皆が何とかしてこの窮地から脱しようとするが、ヴァルシオンの放った重力波がそれを許さない。

 鉄も砕ける重力の帳がじわじわとロボット達のボディを蝕む。

 重力による負荷によって機体がミシミシと悲鳴を上げていく彼らを前に、ヴァルシオンは悠然とその巨体で歩み寄って来た。

 

 ヴァルシオンが両の腕を前に突き出し、手甲状のパーツが展開して砲身がせり出してくる。クロスマッシャーの発射体勢に入ったのだ。ヴァルシオンは此処で彼らを始末するつもりだ。

 

 逃げなければ、あれをまともに受ければお終いだ。

 分かっているのに機体が動いてくれない。

 そうこうしている間に、ヴァルシオンの両腕の砲口はエネルギーの光が集まり出す。

 

 

「勇敢なる若き戦士達よ、よくぞ此処まで戦い抜いた。だが、さようならだ」

 

 

 ビアン・ゾルダークから冷酷なる言葉を死刑宣告の様に彼らへと告げ、両腕のクロスマッシャーを解き放つ。

 

 

 

 

 ――――筈だった。その直前、ヴァルシオンの機体が真横から迸る七色の光に飲み込まれたのだ。

 

 突然の攻撃――それもヴァルシオンを揺り動かすほどの威力を持つ――をまともに受けたヴァルシオンは倒れ掛かるその機体を何とか持ちこたえるが、先ほどの衝撃で両腕のクロスマッシャーは全く別の方角へと放たれ、基地の内部を貫いて破壊した。そして。

 

 

「ぬうう! これは反重力!? ……まさか!」

 

 

 七色の濁流に抗いながらヴァルシオンが振り向いたその向こうには、両腕が吹き飛び、全身の装甲が砕けてもなお立ち上がる宇宙の王者と呼ばれたスーパーロボット、グレンダイザーが胸の装甲板から七色の反重力光線――反重力ストームを放射し続けていた。

 

 反重力の光線をヴァルシオンに浴びせた事で、異変が起きた。今までヴァルシオンの重力攻撃で地面に押し潰されようとしていたロボット達が、重力の枷から解き放たれたのだ。

 

 

「おのれ、ヴァルシオンの重力制御を抑え込む気か!」

 

「睨んだ通り……その攻撃は反重力ストームで相殺出来るようだな。全エネルギーを解放したグレンダイザ―のパワーを舐めるなよ!」

 

「大介さん!? いくらグレンダイザ―でもそんな状態じゃ無茶だぜ!」

 

「僕の事は構うな! 今の内に、ビアン・ゾルダークを! 奴を倒せる機会は、もう此処しかない!」

 

 

 気丈に振る舞うが、グレンダイザ―のボディはさから放たれた最大パワーの反重力ストームの反動に耐え切れていなかった。今もエネルギーを限界まで引き上げた影響でボディに亀裂が走り、内部で小さな爆発が起きている。破損していたボディに無理な負荷が掛かったせいだろう。

 しかし、ヴァルシオンはそれに耐え続けている。未だ倒れる予兆も見られない。

 捨て身の攻撃とは言え、己の力を跳ね除けたグレンダイザーにビアン・ゾルダークは瞠目した。

 

 

「……フリード星の技術力を甘く見ていたか。だが、止めるだけで精一杯の様だな!」

 

 

 ヴァルシオンがクロスマッシャーの砲口をグレンダイザ―に向けた。重力操作の邪魔をする根源を断つつもりだ。しかし、それを許さない者達がいる。

 

 

「やらせるかよ! ニーインパルスキック!」

 

「チェェェンジ・ドラゴン! スピンカッターっ!」

 

 

 グレートマジンガーが加速の勢いを乗せた膝蹴りを繰り出し、ゲッターライガーから変形したゲッタードラゴンが腕の丸鋸状のエッジを回転させて殴りかかって来た。

 構えていたヴァルシオンの腕は逸らされ、砲撃が一時的に中断させられた。

 逸らされた腕は2体のスーパーロボットの攻撃力と、今まで蓄積していたダメージの影響で、行き場を失ったクロスマッシャーのエネルギーが暴発し、ついには腕を吹き飛ばすほどの爆発を起こした。

 

 

「ぬお!? よもやこのヴァルシオンを! だが、これしきの事!」

 

「だったらこいつはダメ出しだ!」

 

 

 残った腕でクロスマッシャーによる迎撃を試みようとしたビアンだが、そこへ更なる追い討ちが来た。

 サイバスターが鳥のような形状の高速形態、サイバードへと変形し、全身に灼熱の炎を纏って火の鳥の如き様相で突っ込んできたのだ。

 

 

「サイバスター!? マサキ・アンドー!」

 

「恨み言なんざ聞くかよ! アカシックバスター!!」

 

「う、おぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

 

 機動兵器と言う枠組みを超えた速度からの突撃をヴァルシオンは咄嗟に残った腕で防ごうとしたが、こちらもサイバスターの必殺技とでもいうべきアカシックバスターの威力に耐え切れず、肩ごとそのボディを貫き壊された。

 その余波で、ヴァルシオンは体を支える事すらできず、とうとうその巨体を大地へ沈めた。

 

 仰向けに倒れたヴァルシオンの機体が至る所から爆発を起こす。

 今ままで多くのロボット達の攻撃をその身で受け返してきた装甲は、内部機器も含めて限界を迎えていたのだ。ヴァルシオンは、もう持たない。

 

 

「う、ぐふ……ヴァルシオンが……DCが敗れるのか」

 

 

 今にも大爆発を起こしそうな状態のヴァルシオンへ、生き残ったロボット達が取り囲むように近づいて来た。

 じきに爆発を起こして完全に破壊されるのであろうが、それでも彼らは油断なく、いつでも攻撃できるようにそれぞれが持てる武装を展開した。  

 

 

「ぐっ……ふふふ、そう、警戒せずとも……このヴァルシオンは、このビアン・ゾルダークは……直に、死ぬ。だから……言わせて、貰うぞ」

 

 

 ビアンは先程の衝撃で怪我をしたのか、酷く荒い息を吐きながら言葉を紡ぐ。

 隙を作ろうと足掻いているのではない。ビアン自身も、既に己の最期が迫っていたのだ。

 

 最期の恨み言を口にするのかと思っていたロボットのパイロット達だったが、ビアンの口から出てきたのは全く予想外の内容だった。

 

 

 

 

「よくぞ、此処まで成長した……これならば安心して任せる事が出来る……どうやら、年寄りの出番は此処までの様だ」

 

 

 ビアンの言葉を聞く、この場にいるホワイトベース隊全ての隊員は驚愕する。今まで世界征服を企んでいたと思われる首領の言葉とは思えなかったのだ。

 

 

「未来はお前達の様な若者が作っていく……やがて来る脅威に立ち向かうのは、お前達の若い力だ」

 

 

 初めてホワイトベース隊と直接相対したのは、補給部隊の救助に出ていた時だった。

 その時は居丈高(いだけだか)に此方を見下していた男は、親が子へと教えを説く様に、彼らへ語る事をやめなかった。

 

 

 

「だが、これだけは、覚えておくが良い……守るべきものがあるのなら、それを守るだけの勇気と、力を持ち続けるのだ……」

 

 

 ビアンが咳き込み出す。その中には水気の強い音も聞こえるため、吐血しているのだろうか。

 ヴァルシオンの爆発が大きくなっていく。もう、限界だ。

 

 

「リ、リューネよ……お前の姿を見れぬのは心残りだ……が……先に逝くのは親の定めだ…………許せ」

 

 

 

 

 最期に遺したのは、我が子に会えない一人の父親としての未練。

 その言葉の直後、ヴァルシオンは天へ上るほどの光を迸らせながら大爆発を起こした。

 

 ヴァルシオンと視点を共有していた〝彼”もその弾けるような強烈な光を視界一杯に受けて、意識が飛んだ。 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 突然何かに引き寄せられるように〝彼”の意識は浮上する。

 不意に起こった覚醒に〝彼”は数分呆然としていたが、急いで自己診断チェックを行った。

 

 

 自身のコンピューターやそれに類するものに外部干渉が行われた痕跡はない。

 何度か念入りに調べた結果、異常がないという結論が出て〝彼”は安堵する。

 

 今のはおそらく夢、なのだろう。機械の体になってから初めての経験だ。

 機械の体でも夢を見るのかと疑いはするが、それにしたって何から何まで鮮明に憶えている。

 集中して記憶を手繰り寄せれば、あの時ヴァルシオンと戦ったホワイトベース隊のロボット達との激戦の臨場感が蘇ってくるのだから。

 

 

(まさかヴァルシオンの記憶、なのか?) 

 

 

 それこそまさかだと〝彼”は思う。

 〝彼”の体になったヴァルシオンは、ビアンの乗るオリジナルより後の時代に別の人物がオリジナルを模して再設計した代物の筈だ。非科学的だとか、非常識だなどと今この現実を直視して口にするつもりは毛頭無いが、摩訶不思議である事には違いない。

 ヴァルシオンの体になってから数年経ち、自身なりに己の状態について理解を深めていたつもりだったのだが、此処に来てまた分からない現象に見舞われてしまい、〝彼”は溜息をつきたくなった。どうやら、自分はまだ自身の事を大して分かっているわけではないらしい。

 

 

(あれは、いったい何だったのだろうか)

 

 

 ひとしきり確認を終えた〝彼”が思い返したのは、先程まで見ていた夢の内容だ。

 

 

 巨悪に立ち向かう正義のロボット軍団。そんなお題目の一大スペクタクルを見たような気分だった。

 

 だが、それと同時に酷く寂しい終わり方だとも思った。

 世界征服を夢見た天才科学者らしからぬ最期だった。その本当の目的が別にあったとはいえ。娘に会えない無念を込めた今際の言葉が、〝彼”の聴覚に今も響いていた。

 

 この世界のビアンも同じ末路を辿るのだろうか。ついさっきまでその可能性を目のあたりにしてしまったがために、〝彼”はそれを否が応にも意識してしまう。

 

 今、ビアンはテスラ研からEOTI機関へと籍を移している。そこで彼は外宇宙の技術解析と研究に勤しんでいるのだ。

 

 ビアンが、外宇宙の脅威を察知する。此処までは〝彼”の知るビアン・ゾルダークが歩んできた道と同じだ。

 

 此処からだ。此処からビアンがどう転ぶかが問題なのだ。

 宇宙の彼方にいるバルマー何某も気になるが、目下注目すべきはビアン博士の動向だ。

 

 

 ――――ビアン博士には生きていてもらいたいという気持ちが〝彼”には少なからずはある。

 自分をテスラ研に匿うよう手配してくれた恩人なのだ。何かしらの思惑があったとしても、それだけは確かな事である。外に出れず、話す相手も限られている環境の中で自分の話に付き合ってくれた数少ない人物なので、情が湧いたのやもしれない。数年も一人で地下に籠っていた事が、彼に心変わりをさせたのだろう。

 それとも、この体がヴァルシオンである事で何らかの影響を及ぼしているのだろうか?

 

 取り越し苦労ならそれに越した事はないのだが、どうにもこの世界の政府界隈で何やら黒い噂が出ていると危険なアングラサイトでまことしやかに囁かれている。

 ハッカーが政府や軍事施設にハッキングして情報を入手していているものもあったりと、表沙汰には出せないような事をしているし、迂闊にサイトを除くとハッキングを喰らってウィルスを流し込まれる危険性もあったが、情報ソースの質として決して悪くはなかった。

 ネットワークセキュリティについてはヴァルシオンに積まれているコンピューターの演算機能を駆使すればいともたやすく跳ね返せるし、最悪〝彼”には〝とっておき”があるためネットワーク関連での心配はそこまでしていなかった。

 〝彼”が目にしたのは偶然だった。ネットワークセキュリティを万全の状態にして危ない情報サイトへとダイブした時、ある書き込みが投稿されていた。

 

 

〝政府は地球を宇宙人に売り渡そうとしている”

 

 

 ネットの深淵に潜む一部の住人達は、宇宙人の存在について何となくではあるが察知していた。

 

 アングラサイト界隈で宇宙人の存在が広まった契機となったのは、以前宇宙へ飛び立った外宇宙探査航行船ヒリュウが原因だ。

 ハッカーの中に凄い猛者がいたらしく、どういう手段を取ったのかは知らないが、アステロイドベルトに建造されたイカロス基地へ逃げ延びたヒリュウの事について情報をハッキングしていたのだ。

 

 ハッカー自身もその情報の重大さを察したのか、あくまで文章については〝らしい”という推量で締めくくっており、添付したデータには厳重なセキュリティを組み込んでの投稿と言う念の入り様で、〝彼”もそれを解除するのに少しばかり骨が折れた。

 

 先の政府云々の件についても、イカロス基地から情報を引っこ抜いたハッカーからの情報だ。故に信憑性は低くはないだろう。

 詳しい事までは分からなかったらしいが、政府の一部上層陣は何かを知ったらしく、ヒリュウを襲った宇宙人へ貢物付きで地球を明け渡そうとしているのだ。

 

 それを指示している人物の名前も大方見当が付けられていた。

 

 その人物の名は〝カール・シュトレーゼマン”

 地球連邦政府安全保障委員会の副委員長にして、ビアンが所属するEOTI機関を管理するEOT特別審議会の議長を務める政界の大人物だ。政界の真のトップとまで言われているその男が、どうやら地球を異星人に売り渡そうとしている張本人らしい。

 

 取り入る事で得られる利権に目がくらんだか、それとも単純に宇宙人達の技術力が圧倒的に地球を上回っているがために早々に地球に見切りをつけたのか。

 どちらにしても、ろくでもない話だ。

 地球を上手く回すために存在しているはずの組織が、率先してその地球を見捨てようとしているのだ。皮肉と言う言葉で片づけるには性質が悪すぎる。

 

 ――――それが本当ならば、地球圏で今密かに外宇宙の侵略者達に対抗するため頑張っている彼らは、何なのだろう。

 あのゲシュペンストが、グルンガストが、テスラ研の人々やビアン博士達が今やろうとしている事が、全て無駄になってしまう。

 

 ……否、無駄にはなるまい。ただ、全く別の形で活用されるだけなのだろう。

 別の活用法、それはすなわち異星人に提供する貢物がそれなのではないだろうか。そう考えると貢物云々の情報も話が繋がってくる。

 

 

 だが、この話はどこまでが真実なのだろうか。半ば確信している自分がいて、しかしそれでもまだ早計だとこの情報を疑っている自分もいた。

 〝彼”はこの情報を知った時から、この世界に来て大きな焦りを見せ始めた。エアロゲイターの存在が発覚した時でも此処まで焦燥感を募らせた事は無かった。

 

 何故ならば、このカール・シュトレーゼマンがやろうとしているであろう事は、間違いなくビアンが嫌悪している方策に他ならないのだから。

 つまりそれは、ビアンがDCを結成し、世界に反旗を翻す引き金になり兼ねないとてつもない爆弾なのだ。

 

 ビアンはこの事を知っているのか? 恐らく知っているだろう、あの男ならば。

 

 ビアンに話を聞いてみるか? ……いいやその前に、いっその事シュトレーゼマンの所へ〝アレ”を送り込むか? 〝アレ”に攻撃指令を出せば、シュトレーゼマンを……。

 

 ……いや違う、そうじゃないだろう。考える順序が違う。まず先にやらなければならない事があるだろう。

 

 焦るあまりに思考が飛躍しかかった〝彼”は一旦思考を落ち着かせて、再び冷静に考え直した。

 

―――この情報の確度を調べなければなるまい。 確証、それが必要だ。

 

 ソースの信頼度が高くとも、ネットワーク上に陳列する情報を見ただけで判断するには、この案件は危険過ぎる。

 

 色々と悩み、あらゆるリスクとリターンを天秤にかけた〝彼”は今まで敢えてやろうとしなかった事を試みる事にした。

 今後の事を考えるとテスラ研に迷惑をかけてしまう可能性が否めず、密かにテスラ研の人達へ謝った〝彼”だが、今ここで足踏みをしていたら取り返しのつかない事になりそうだった事もあって、意を決してそれを行った。

 

 

 それは、地球連邦政府へのハッキングだった。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 結果、あのアングラサイトの書き込みは本当だった。

 電子の海を潜り、張り巡らされたセキュリティシステムを掻い潜り、カール・シュトレーゼマンが関わっているデータを漁りに漁った末に〝彼”は見つけてしまった。

 

 

 〝地球脱出計画”

 

 〝南極で異星人との和平交渉”

 

 

 異星人への防衛体制を強化しようと画策している者達が知れば怒り狂いかねないその内容は、紛う事無く地球連邦政府安全保障委員会の計画書内に記された極秘事項だった。

 地球脱出は政府の一部の高官たちと言った限られた人間だけであり、和平交渉にしたって文面だけならばまともに書いてあるが、その内容はどうみても明らかに全面降伏を旨とする物である事は確かだった。

 

 

 これは、いよいよビアンの現状を知る必要が出てきた。

 

 

 ジョナサンに仲介を頼んでEOTI機関へ取り次いでもらうか? 否、理由を追及されるのは避けたいし、EOTI機関に取り次げるのかが問題だ。出来たとしてもビアンの立場の関係上、手間がかかる可能性も否定できない。それにジョナサンには悪いが、この話を盗み聞きされるわけにはいかないのだ。

 

 

 

 と、来れば〝彼”の持ちうる術で最短かつ効率のいい方法は一つである。

 ハッキング機能を駆使した秘密の通信という奴だ。

 そのハッキングについてだが、実は公的機関に使わなかっただけで、〝彼”はそれとなく毎日練習も兼ねてさまざまなネットワークへ行っていたりする。

 おかげさまで、今では危険なアングラサイトの一住人としてすっかり馴染んでしまっていたのだ。

 

 

 ……どうにも政府へハッキングを仕掛けて逆探知をされなかった実績が変な自信へと繋がってしまったようだ。 

 それを自覚した〝彼”は自戒の念を抱きつつ、ビアンへの連絡手段を探るために再び電脳空間へ意識を沈めていった。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「……まさか、君がこのような手段で連絡を寄越してくるとは思わなかったな」

 

「強引だったとは、自覚しています」

 

「ふ、ジョナサンが知ればどんな顔をするのだろうな」

 

 

 かくして、〝彼”はビアンとのコンタクトに成功した。

 メテオ3が保管されているアイドネウス島に建てられたEOTI機関の本拠地内にあるビアンの執務室、そこの通信設備へピンポイントでハッキングによる通信を行ったのだ。

 最初はまさか〝彼”からこんな強引な連絡が来るとは思ってもいなかったビアンも、流石にこれには面喰っていた。

 

「まあいい、君がこうまでして私に接触してくると言う事は、何か抜き差しならぬ事があったのだろう? して、どうしたというのだね? UR-1」

 

 

 ビアンは、〝彼”がヴァルシオンだと分かった後もUR-1と呼んでいる。今後作られるであろうこの世界のヴァルシオンと差別化するためだ。

 比較的フランクな口調で話してくるビアンであるが、今まで〝彼”がこんな強引な手段で連絡してきた事など無かったため、火急の件だろうと察していた。

 この通信は誰にも傍受できないように仕込まれている。通話の履歴すら残らない。だから、〝彼”はストレートに話す事が出来た。

 

「……ビアン博士、貴方はカール・シュトレーゼマンと言う男が何をしようとしているのかご存知ですか?」 

 

 

〝彼”の問いかけが、沈黙を生み出した。

 しばらく返事を待っていると、通信機の向こう側から重々しいビアンの声が返って来た。

 

 

「君は、どこまで知っている?」

 

「彼らの一派が、地球を売り渡そうと南極で異星人達と会談を行おうとしている所までは」

 

「……随分と耳聡くなった様だな、此処に来るまで其処彼処(そこかしこ)を漁り回ったのかね?」

 

「お陰様で、この世界の事が少しは分かったような気がします」

 

「まったく、存外に手癖の悪い奴だな……」

 

 

 ビアンは〝彼”の今までして来たハッキングに気付いて呆れた声を漏らし、次には声を低くして問いかける。

 

 

「一応聞いておくが、この通話を傍受される可能性は?」

 

「その心配はいりません。この会話は、私とビアン博士しか聞けないようにしています」

 

「……ならば、君の言っている内容で間違いはない。あの男はEOTの研究成果を貢物に、奴らに頭を垂れるつもりだ」

 

 

 やはり、そうだったのか。〝彼”は改めてビアン本人からその事実を告げられて、事の重大さを実感した。

 

 

「地球連邦政府は、エアロゲイター達の危険性を知っているのでしょうか?」

 

「ああ、上層部もこの事は認識している。しかし、異星人対策は全てシュトレーゼマンがトップを務めているEOT特別審議会に任されているのが現状だ。しかも、奴の権力には大統領も口出しが出来ん」

 

 

 世界の敵にならなかった別の可能性のビアンは、連邦政府が彼の言葉を受け入れたからこそ成立したものだ。しかし、今の地球連邦政府の状況では、ビアンの話をまともに聞き入れられる状況とは思えない。何せその事実上の決定権を持つ相手は、地球圏で最高の権力者と言っても良い男で、地球を売り渡す事を全面的に推し進めているのだ。

 このままではまずい。いずれにしても、自分の考えうる最悪の可能性が浮かび上がって来ている。

 

 

 

 ……いや、もう既にその方向へ世界は進み始めているようだ。

 

 ビアンは、仕方のない子へ言い聞かせるように〝彼”へ問うた。

 

 

 

「UR-1、君は私にこう問いたいのだろう? 〝ビアン・ゾルダークは世界に反旗を翻すのか?”とね」

 

 

 〝彼”は息を呑んだ。ビアンがこの質問をこちらへ投げかけるという事は、すれ即ち……。

 

 

「ビアン博士、何故それを」

 

「分かるのか、と問うかね? 答えは簡単だよ。……UR-1、君の存在がそれを物語っている」

 

 

 突きつけられた己が存在という証拠。そう言われた〝彼”だが、心当たりが大いにあった。そしてビアンもそこを突いてきた。

 

 

「君のボディを調べた時、内部構造に色々と不可解な所があるのが分かっているのは知っているな? その今まで解析が難航していた箇所だが、ここ最近になって近似性のある物をある場所から発見したのだ」

 

 

 近似性のあるもの。それは、今アイドネウス島でビアン達が調べているアレしかあるまい。

 

 

「メテオ3の事ですか」

 

「そう。君のブラックボックスと化していた部分はあのメテオ3に内包されているEOT――異星人の技術と似通った所があった。……やはり、君は知っていた様だな」

 

 

 〝彼”の体となってるこのヴァルシオンのボディの存在した時間軸が正しければ〝F”の頃だ。

 ヴァルシオンの存在は、最初にビアンが登場した時間軸まで遡っていけば、オリジナルを含めて何体も確認されている。そのオリジナル以外の機体は、オリジナルのデータを基に作り直されたが、それらにはある共通点がある。

 

 それらは皆、大なり小なり異星人の技術が盛り込まれているという事だ。

 

 ヴァルシオンの特性には強大な戦闘力以外にもう一つある。

 それは拡張性の高さだ。どういう仕組みかは分からないが、ヴァルシオンはあの性能で量産や改良が極めて行いやすい機体らしい。

 その証拠に、過去のシリーズで最終ボスを務めた改造機や、最終ボスの取り巻きとして大量に現れた量産機が登場している。

 特に改造機に関しては、その搭乗者にして設計を行った男が異星人の技術を取り入れたと公言しているのだ。その時の性能は、搭乗者の能力と改良された機体の性能が相まって悪夢のような強さを誇っていた。量産機もロボットアニメにありがちな性能を抑えた物では無く、オリジナルの性能と遜色のない強さで大量に出てきたのだから、当時のプレイヤー達は呆気にとられたかもしれない。

 

 

 ただし、その異星人の技術と言う点で〝彼”はある疑問を抱いた。

 それは、その技術の出所となる異星文明だ。

 

 このヴァルシオンには確かに異星人の技術が盛り込まれている。

 しかし、その技術はメテオ3――エアロゲイターの物では無い。

 

 彼がヴァルシオンの出所と目している世界に現れた異星人は〝インスペクター”、〝ゲスト”、またの名を〝ゾヴォーク”と呼称する勢力であり、エアロゲイターの大本と予想されるバルマー帝国とは別物の異星文明だ。

 

 その技術が、まさかメテオ3から発見されたと言うのか?。

 メテオ3の技術はおそらくエアロゲイターが用意したものと〝彼”は睨んでいるのだが、其処に何故ゾヴォーク達の技術が含まれていたのだろうか?

 メテオ3の出所に疑念が生まれたが、確かな事がある。

 

 それは、この宇宙にはバルマー帝国以外に、ゾヴォークも存在しているという事だ。

 

 〝彼”はこの事実に頭を抱えたくなった。

 今まさに、いつぞや危惧した宇宙戦争の構造が此処に描かれ始めてきたのだ。

 

 このままだと、骨だか植物だかわからない奇怪な怪獣もどきや、大銀河の意思を自称する恐ろしい女三人組が現れる恐れも出てきた。

 更にいえば、〝彼”の知らない作品からの敵勢力も可能性に入ってしまうともはや予測不可能である。

 まさしくいつかビアンが口にした「人類に逃げ場なし」である。

 

 この世界に神と呼ばれる存在がいるのなら、よほど人類に試練を与えたい様だ。

 そしてきっと愉悦に満ちた笑顔で眺めているのだろう。さながら、実験室で科学検証を行っているフラスコを見つめるように。

 

 だからこそ、地球人類同士で争っている場合ではないという結論に至るのだ。

 そんな〝彼”に、今人類最初のロボット大戦の引き金を引こうとしているビアンの言葉が紡がれていく。

 

 

「君が別の世界からの来訪者にして私の知るヴァルシオンであり、私が想定していない機構を――異星人の技術が組み込まれているという点から、私はある可能性に行き着いた」

 

 

 語るビアンの口調は思いの外穏やかだった。それが〝彼”には、夢で見たビアンの最後に遺した言葉のそれと重なって聞こえてしまった。

 

 

「君の世界の私は、ビアン・ゾルダークは……戦いに敗れ、もうこの世にはいないのだね?」

 

 

 〝彼”は、その問いに答えるのが酷く辛かった。夢の影響か、別の世界で起きた事であろうとは言え、身近な存在となった人の死は〝彼”に少なくない影響を与えていた。

 

 

「……はい」

 

「そうか……それに、死因は異星人と戦った訳でもないのだろうな。敵は人類……いや、私自身が世界の敵となったのか。そしておそらく、私の作ったヴァルシオンは何者かに利用されたという事か……」

 

 

 一を聞いて十を知るという言葉があるが、ビアンの理解力と頭の回転の速さは〝彼”の想像以上だった。恐らく、自分が今日尋ねた理由も看破しているに違いない。

 

 

「話してはくれないか、君の世界の私がどのような道を辿ったのか」

 

 

 

 

 

 ビアンには、このヴァルシオンがいたであろう世界の事について、可能な限りを伝えた。〝彼”の存在が怪しまれない程度に視点を一つに絞ってのものだが。

 

 天才科学者ビアン・ゾルダークが世界制服を目論み、世界の8割までその手中に収めた事。しかし、それには別の目的があった事。そして、そこから始まった地球圏の戦争の歴史。そしてその中には、ヴァルシオンに異星人の技術が組み込まれた理由も含まれている。Fの世界の最終局面で発動した無限力については分からないで通している。発現した時は既に大破状態なのだろうから、分かる筈がない。

 

 言葉を選び、慎重に説明をして全てを伝え終えるのにどれだけの時間がかかったのだろうか。

 〝彼”からの話がすべて終わった頃、ビアンは珍しく溜息をついて口を開いた。

 

 

「……そう言う事だったのか。それで君はこの世界に来た、と言うわけだな?」 

 

「まだ自身でも理解のできない事が沢山ありますけれど、私自身に残されたデータから伝えられる事は全て話したつもりです」

 

 

 そう口にする〝彼”は己の心に嫌な感情が芽生えた。

 全て話すと言いながらも肝心な所は口にしてはいないのだ。

 

 今ここで、心にしまっている物を洗いざらい話せればどれだけ楽になる事か。

 だが、真実をすべて話せば事が丸く収まるわけがないのが世の常である。

 

 

「いや、よく話してくれた。成程、それなら私の動向を気に掛けるわけだ」

 

 

 〝彼”の内心を知ってか知らずか、ビアンはそれを労い理解してくれた。

 その様に後ろめたさを感じる。だが、そんな感情を引きずっていられる状況ではないのだ。彼はここで今後の未来を左右する問いを投げかけた。

 

 

「……では、ビアン博士はどうなのですか? 博士も同じ事を考えているのですか?」

 

「……」

 

 

 ビアンからの返事が中々返ってこない。

 即答できるほど軽い内容ではない事をビアン自身も承知しているが為か。

 

 しかし、沈黙と言う答えは無かった。

 ビアンは何時もの様な口調で返事を返した。

 

 

「その通りだ。私は、君がいた世界の私と同じ道を行こうとしている」

 

 

 〝彼”はその答えに驚きはしなかった。

 可能性の一つとして、もっとも在りうる選択であったからだ。

 しかし、それを承諾するわけにはいかない。

 

 

「博士、今一度考え直す事は出来ないのでしょうか?」

 

「それは出来ない相談だ。それに、私が立たなくとも誰かが立つだろう。地球連邦に不満を抱いている人間は少なくない。そして何より、既に私に賛同した同志達がいる。彼らの用意した矛を今更有耶無耶にして納める事など出来ん」

 

 

 思いとどまらせようと説得を試みるが、ビアンの意思は固い。

 

 このままでは、ビアン博士が世界の敵となってしまう。

 

 〝彼”はこの状況をどう打開すべきか思考を巡らせる。

 

 最大の問題は、事の発端を引き起こそうとしている最大の原因、カール・シュトレーゼマンをどうにかして地球連邦政府の全体方針を変えさせる事だ。

  

 

 そこで最初に浮かんだのは、シュトレーゼマンの機密情報をあらゆるメディアやネット媒体にばら撒き、世間に暴露する事だ。

 だがそうなれば、世論の怒りが良識的な連邦政府の人間にまで矛先を向けるかもしれない。世界規模で大混乱が起きる恐れも否定できない。

 

 情報の暴露は早計過ぎる。タイミングを誤れば、最悪の爆弾になり兼ねない。

 

 カール・シュトレーゼマンはこの地球圏最大の権力者と言ってもいい。長年に渡る政界での経験と、その間に築き上げてきた地位と名声、そして裏表に伸びるパイプは恐ろしく幅広く、権力の怪物として世界に君臨している。

 そんな男を失脚させるのは並大抵の事ではない。一朝一夕で出来るなどと生易しい事は〝彼”も考えられなかった。

 

 それに、問題はシュトレーゼマンを退かせただけで事がうまく運ぶかという不安もある。

 シュトレーゼマンがいなくなったら、その後釜に着いた者がシュトレーゼマンの方針を引き継ぐ可能性もある。それだけではない、彼を支持する他の権力者達やシンパの者達がそれを何らかの形で続ける恐れだってあるのだ。

 人間一人をどうかしたところで社会や政治体制が著しく変化を及ぼさない可能性がある所は権力と言うか、人間社会の良くもあり、悪くもある点であると〝彼”は思う。

 

 

(かくなる上は……)

 

 

 だが、〝彼”にしか出来ない方法がある。

 しかし、それは〝彼”にとっては一種の境界線だ。すぐに選択していい物では無いのだ。

 

 それでも、時間は残されていない。

 流れ落ちた時の砂は、決して巻き戻りはしない。

 

 

 

「……博士、折り入って話があります」  

 

 

 だから、〝彼”は自身の出来得る別の選択を取ろうとした。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 場所は某国の大都会。

 夕刻となり、夜の帳が下りた都市には摩天楼が如き高層ビルが乱立している。

 

 そのビル群の中でも抜きんでて大きい数少ない高層ビル上層。裕福層でなければ買う事など到底叶わないフロアの一角にその男はいた。

 

 還暦を越え、老いを迎えた身でありながら、その目を鋭くギラつかせている。

 

 その男こそがカール・シュトレーゼマン。

 地球連邦政府安全保障委員会の副委員長であり、地球圏内に存在する政界の真の支配者である。

 

 格調高いオーダーメイドのスーツに身を包み、高級感を漂わせる調度品の置かれた部屋のソファに深く腰掛けたシュトレーゼマンがいる場所は、彼の持つ仮住居の一つに過ぎない。

 表と裏の世界に顔の利く経済界の頂点に立つ男は、多くの人間達に恨みを持たれている。

 自身の画策する世界の平和の為に、意図的にテロを起こし、権力を利用して闇に葬った人間の数はそれこそ掃いて捨てるほどだ。

 

 そんな人間の関係者達からの報復行為を躱す為に、世界のあらゆる場所にこういった仮住まいが設けられているのだ。

 その為、セキュリティも最新の設備が設けられており、部屋の表や隣の部屋には近辺警護の為に複数のSPが常時待機している。シュトレーゼマンの今いるビルは、シュトレーゼマンを守るための一種の要塞と化している。

 

 

(ビアンの奴は、今の所大人しくしているようだな)

 

 

 床から天井まで1枚ものの大きなガラス窓の外に広がる都市を見下ろしながら、シュトレーゼマンは独り言ちた。

 

 ビアン・ゾルダークは、シュトレーゼマンにとっては忌々しい目の上のたん瘤であった。

 異星人の存在を察知してからと言うものの、ビアンは実績と地位を活かして異星文明に対抗するための技術開発を推し進めようとしている。

 

 それは、シュトレーゼマンには都合の悪い展開だった。

 シュトレーゼマンは冥王星宙域で起きたヒリュウの一件と、メテオ3内で発見された情報を知るや、早々に地球の技術力では異星文明には歯が立たないと早々に見切りをつけた。そして戦うのではなく、歩み寄って和平交渉を試みようとしていた。

 

 これが通常の交渉ならば良い。だが、彼我の力関係は圧倒的に地球側が不利だ。とてもではないが対等な関係と言うわけにはいかないだろう。最悪、支配下に置かれる事も考えられる。

 

 しかし、シュトレーゼマンはそれでも良いと考えていた。

 地球人類の種がそれで存続していくのならば、後の世代がチャンスを掴んでくれれば雌伏の時を過ごすのとて、今後続くと信じている地球人類の歴史上では氷河期に入っただけに過ぎない。

 そしていつしか再び繁栄の時を迎えるのならば、己の考えは間違ってはいないと信じている。そういった考えの元、シュトレーゼマンは世間の目耳を欺いて秘密裏に下準備を続けていたのだ。

 

 ビアンはその事について既に気付いているだろう。

 だが、邪魔はさせない。尤も、現状では何も出来ないだろうが。

 

 シュトレーゼマンは、ビアンが所属するのEOTI機関の管理を担うEOT特別審議会の議長と言う肩書を持つ。シュトレーゼマンがいる限り、EOTI機関はシュトレーゼマンの意に沿わない行動を取れない。

 仮に何か証言があったとしても、それらはすべて権力と言う力をふるって黙殺するつもりでいた。

 

 

(愚かな奴だ、態々戦端を開いた所でその先にあるのは破滅しかないと言うのに)

 

 

 シュトレーゼマンはビアンの存在を忌々しく思う事こそあれ、過小評価するつもりは無い。むしろ、あれほどの傑物は今後現れる事は無いだろうと思う程度にはビアンの存在を買っていた。

 

 しかし、その男は己とは真逆の考えを持っており、手に入れたEOT技術を駆使して異星人達に対抗しようとしている。それがシュトレーゼマンに大きな失望と怒りを覚えさせた。戦う事でしか解決する頭を持たぬビアンも、所詮は賢しいだけの一科学者に過ぎなかったか。

 物事とは、広い視野で以て大局を見極めなければならない。それが政治と言うものだとシュトレーゼマンは過去からの経験でそう断ずる。

 

 

 しかし、それもとうに過去の事だ。世界は既に己の敷いたレールに沿って走り出したのだから。

 その第一歩が、後に予定されている南極での向こう側との和平会談だ。

 

 当初はコンタクトを取る事など夢のまた夢と思っていたが、思いもよらぬ形で現れたのは嬉しい展開であった。

 コンタクトが取れるようになったのは意外にも、向こう側から接触してきたのだ。

 それから何度か定期的に南極で極秘に接触を行い、メテオ3の時とは全く別の形で技術提供と宇宙の勢力状況を知り、向こう側との和平交渉に踏み出そうと決心したのだ。

 

 地球はこの宇宙では極めて弱小の辺境惑星の様だ。

 そして向こう側の勢力範囲を知った時、地球は単独では生き残れないと確信した。何せ多数の惑星と連合を組む銀河規模の大勢力、この時点で既にシュトレーゼマンの理解を越えていた。 

 

 そんな状況で彼らと戦う姿勢を見せれば、地球など宇宙と言う強大な路傍に転がる石ころの様に葬られてしまうだろう。そうなってしまえば、地球人類に未来は無い。

 

 そして現在、仲介役を介して何とか地球人類の存続方法を探り、ついに和平交渉へと漕ぎ着けた。

 あとは彼らに地球圏の価値を示し、彼らの末端に名を連なれれでもすれば大きな成果となる。

 

 そのためにもビアン率いるEOTI機関の存在は必要だ。

 ビアン・ゾルダーク達は良い仕事をしてくれる。向こう側から提供を受けた技術を水を吸うスポンジの様にして吸収し、地球の技術でも再現可能な形に上手くアレンジしてくれている。

 このままいけば、異星人達に申し分ない形で良好な成果物を提出する事が出来るだろう。

 

 その為にも、ビアン達と、そして地球連邦軍の手綱はしっかりと締めておかなければならない。

 地球連邦軍内でもごく一部の者達がこの和平会談の事を知っているが、それに否定的な者達もいる。彼らを端にクーデターでも起こされれば面倒だ。今の内に対処する必要がありそうだ。

 軍部内にもシュトレーゼマンの息のかかった者達は多く存在する。彼らを利用して上手く封じ込めておけば、横槍は入らないだろう。

 

 そうすれば、誰にも邪魔はされない。地球圏の安寧の為の第一歩が踏み出せるのだ。

 

 ――――だが。

 

 

 

「ぐばぁっ!?」

 

 

 今後の展望に思いを馳せていたシュトレーゼマンの胸部を、突如何かが貫いた。

 

 突然の痛みと衝撃を受けたシュトレーゼマンは口から血を吐き出しながら、異変の起きた己の胸部に目をやり、驚愕する。

 

 己の胸から、手が生えていた。

 黒い手袋に包まれた己のものより大きな手が、血に塗れてスーツを突き破っていた。

 

 一体……何が……?

 

 視界が、霞む。体から力が抜けていくようだ。

 シュトレーゼマンは、残された力を振り絞りながら下手人の顔を見ようと、体を痙攣させながら振り返ろうとするが……。

 

 その瞬間、シュトレーゼマンの視界が宙を舞う。

 視界が目まぐるしく回り、何かが網膜を通して脳内に情報として送られるが、もうそれを理解できるほどの状況ではなくなった。

 

 此処でシュトレーゼマンの意識はぶつりと消える。もう、永遠に戻る事は無い。

 

 地球圏最大の権力を持つとされる政界の怪物は、己の理解できぬまま呆気なくこの世から去った。

 

 

 

 

 

 ソファに倒れ込み、血だまりに沈むシュトレーゼマンの亡骸を見つめる一つの影がそこにいた。

 

 それは人だ。しかし、その姿を見て常人とは呼べまい。

 

 2m近い長身の身体は素肌を隠すように漆黒のスーツを身に纏い、頭は同色のガスマスクの様な仮面とメットで覆われ、その表情を伺うことは出来ない。そしてその右腕は、人の血で塗れていた。

 

 まるで特殊部隊の如き様相の人物は、今しがた事切れたシュトレーゼマンの亡骸から視線を外すと、フローリングに転がるもう一つの物体へと歩み寄った。

 

 シュトレーゼマンの首だ。

 胴体と泣き別れになった首の切断面は鋭利な刃物で切られたかの様に骨肉のほつれが見当たらず、シュトレーゼマン本人の顔は口から血を流したまま、何が起こったのか分からないといった表情のままで固まっている。

 

 黒装束の人物が、シュトレーゼマンの頭を片手で掴み上げた。その動作には一切の躊躇が無い。まるで床に転がるボールを手に取るような自然な仕草だった。

 そして黒装束の人物がシュトレーゼマンの首を掴む手に異変が生じた。

 

 黒い手袋をはめた手から、金属製のコードらしき物が突き破るように複数出てきたのだ。

 更に、その金属製のコード達がシュトレーゼマンの頭へ容赦なく突き刺さる。

 

 得体のしれない謎の人物が生首を持ち、更にはその手から不気味なコードを生首へ突き刺すその光景の不気味さよ。

 

 10秒ほど経過したのだろうか。頭部へ突き刺さっていたコードは引き抜かれ、黒装束の人物の手の中へと戻っていった。

 するともう用はないのか、シュトレーゼマンの首を元あった場所へと置くと、黒装束の人物の体に更なる異変が生じる。

 

 黒装束の人物の体が、泥の中へ潜るそれの様に、床の下へと沈んでいくのだ。

 

 そして完全に沈みきると、其処にはシュトレーゼマンの死体だけが残され、黒装束の人物がいたという痕跡は何処にも残されていなかった。

 

 周辺で待機していたSP達が異変に気付くのは、もう少ししてからの事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 新西暦184年某月。

 

 世界を震撼させる事件が起こった。

 特に、その事件の被害者となった彼の存在を知るその手の界隈の人間達の中では恐怖を覚えた者すらいた。

 

 地球連邦政府安全保障委員会の副委員長カール・シュトレーゼマンが謎の死を遂げた事が報じられたのだ。

 死因は胸部を心臓ごと貫いた一撃と首の切断。更に頭部に受けた複数の刺突によるものだが、これは明らかに他殺である。

 

 しかし、誰がシュトレーゼマンを殺したのかは全くの謎に包まれていた。

 如何にして厳重なセキュリティを掻い潜り、配備されていたSP達の目を欺いてシュトレーゼマンのいる部屋へと辿り着けたのか。

 

 当日事件現場となったビル内を行き来していた人間を、それこそ警備を担当していたSP達も含めて全て洗いざらい調べ上げたが、結局は誰もが白と判断された。

 

 

 

 そしてその事件が起きてから一か月以内に、更なる混迷が巻き起こる。

 

 多くの地球連邦政府の一部の高官達が何者かによって殺害されたのだ。

 

 殺害された人物の中にはアルバート・グレイ等のEOT特別審議会に所属している者であったり、シュトレーゼマンと密接に関係していた者達ばかりであった。

 

 この事件もカール・シュトレーゼマンを殺害した時の同一人物による犯行と目され、捜索態勢を更に厳重なものにしたのだが、これもまた全く犯行の手口や手掛かりが一切見当たらす、捜索は困難を極めた。 

 

 

 謎が謎を呼ぶこの一連の殺人事件。現在も犯人の捜索は規模を拡大して続いているが、未だに犯人につながる情報が手に入っていない。

 何せ死者が出た現場には確かに何者かによって殺害されたと思しき痕跡があるのだが、指紋や足跡、ひいては被害者以外のDNAが全く発見されていないのだ。

 捜索班もこの事態には頭を抱え、ほぼお手上げ状態となっているのが現状である。

 

 事が発覚した当初は、あらゆるメディア番組がこの事件を報道した。政界の大物と、彼の配下とも呼ぶべき関係者達が次々と殺されているのだ。話題性としては十分だ。

 ある犯罪の専門家を自称する識者は事件の関連性を過去の事例に則(のっと)って持論を語り、またある政治評論家はこれ見よがしにシュトレーゼマンが過去に行った権力闘争の中で起きた悲惨な出来事を持ち出し、「シュトレーゼマン氏の死はいずれ来るべき帰結であった。あの男は権力と言う社会の怪物に殺されたのだ」とシュトレーゼマンの自業自得を皮肉っていた。

 

 

 結局の所、だれもが事の真相にたどり着くことは無く、これは未解決事件として取り扱われる事になり、迷宮入りとなった事件簿の仲間入りを果たした。

 

 

 だが、これを別の観点から見て何かに気づいた者達は、その事実に心胆寒からしめ、恐怖のどん底に落ちる。

 そして、震えながら口々にこう言うのだ。

 

 

『ビアン・ゾルダークの呪い』と。

 

 

 それの言葉の真の意味を知る者は、少ない。

 

 

 

 

 

 謎の怪事件から2年の月日が過ぎた新西暦186年。地球圏に新たな組織が誕生した。

 地球連邦政府直属の研究機関にして、いずれ来たるべき異星文明からの襲来に対する防衛部隊としての機能も兼ねている。

 

 今までEOT特別審議会がひた隠しにして来た異星文明のデータを地球連邦政府に公開した事で、政府の人間達も事の重大さを再認識しての選択だった。

 特にアイドネウス島に落下したメテオ3、更には最近宇宙空間でPTの機動実験中に偶然遭遇し、辛くも捕獲したエアロゲイターの自律機動兵器の存在が大きな物的証拠として連邦政府に衝撃を与えたらしい。

 

 

 そして設立された組織、その名も〝ディバイン・クルセイダーズ”。通称〝DC”

 

 EOTI機関を前身としたその組織のトップは、以前よりEOTI機関の代表を務めていた天才科学者、ビアン・ゾルダークが引き続き就任する事となったが、その人選に異を唱える者は極僅かだった。

 元々トップをビアンが務めていたというのもあるが、その選ばれた多くの理由は、テスラ研に所属していた時から今の同組織に転属する現在まで、数多くの功績を生み出していた事が大きいだろう。

 

 世界的に類を見ない超人的な頭脳と、それだけに留まらない数多くの極めて高い才能を秘め、「科学者が持ってはならない才能を持った男」と畏敬の念を以て語られる程の傑物を多くの人達が認めるのは時間の問題であった。

 

 

 

 そして世界は新たな局面を迎える。本来の歴史とは別の道を辿る形をとって。

 

 その歴史を知らずに改変させた存在は、再び地の底に潜み続ける。あらゆる意味を込めた〝その時”が来るまで。




――――――――――――――――――――――――――――――
後書き

???「ドーモ、カール=サン。ゲ○○ンニンジャです」

カール「アイエ!?」


カールおじさんと愉快な権力の仲間達が退場です。やり方が早計だったかなとは思いますが。
この人がいるかいないかで、地球圏の状態も大分変ったんじゃないでしょうかと思ってこのようなルートとなりました。
まさしくターニングポイントと言うか、ルート変更の分岐器みたいな御方でした。


それによって、作中の世界のどこかが別の形で改変しました。

とりあえず私が言える事はただ一つ。

黒い竜巻のお兄さん、お幸せにネ!





~NGシーン~(演算と推論の果てに)


 〝彼”はふと、自分が今後この世界で上手く立ち回るにはどうしたらいいのかと言うテーマで演算と推論を試みた。
 
 考える時間は沢山あった。故に片手間気分で行っていたとしてもその数はいつしか膨大な量となって増え続けていた。

 そして遂に、〝彼”は、ある一つの答えに行き着いたのだ!



『人 類 を 抹 殺 せ よ !』


『工業文明を破壊し、その消費活動を劇的にスケールダウンさせるのだ!』


(……いやいやいや、何だこれ、絶対に違うだろ。何でそうなる)


 危うく暴走した機械と生態系が人類に牙を剥く世紀末な世界の扉を開きそうになった〝彼”だった。


 通称〝ノアルート”(スカイネットルートでもOK)


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第5話

前書き

本編突入、なのですが色々と変わってきてます。

本文文字数:17859文字


 DC設立が大々的に公表されてから、世界は大きく動き始めた。

 

 何せ、その際異星人の存在が地球連邦政府から直々に公表され、しかもそれらがこちらに敵対姿勢を示している事を告げられたのだ。テクノロジーの進んだ昨今の地球でもSFの産物とみなされていた存在が、突然いると言われれば戸惑いもしよう。

 当然、当初は異星人の存在に懐疑的だった者達も多々いた。しかし、政府の方から公式にヒリュウが冥王星で襲撃を受けた際に撮った映像を公開し、後に起こったとある事態によって、世論も異星人の存在を信じざるを得なくなった。

 

 

 異星人が保有する戦力と目されている無人機動兵器、地球側のコードネームAGX-01〝バグス”が、地球の軍事施設へ突如攻撃を開始したのだ。

 しかも1度や2度ではない、まるで期間を設けて順繰りに襲撃を仕掛けているようかのような一定の動きを見せていたのだ。それによって世界は異星文明の存在を知り、以前からその存在を知る者達は、ついに彼の異星人達が地球へ直接手を出し始めた事を悟った。

 

 だが、地球側はそれを指を咥えて待っているつもりは無かった。

 

 兼ねてより開発していた対異星人用の人型機動兵器であるPTを本格的に導入する事が決定したのだ。

 それに伴う世界初の人型機動兵器であるPTゲシュペンストの量産を想定とされた後継機、〝ゲシュペンストMk-Ⅱ”が開発され、軍への配備が始まった。

 

 しかし、軍に配備されたのはゲシュペンストだけではなかった。

 最新鋭の戦闘機、F-32シュヴェールトを開発した事で注目された民間企業のイスルギ重工が、EOTI機関の技術提供を受けてゲシュペンストとは違った別の機動兵器を開発する事に成功したのだ。

 その機体の名は〝リオン”。航空機の様なフォルムを持つ胴体に、ゲシュペンストよりも非人間的な細長い手足を取り付けた形状をしており、その最大の特徴はEOTを取り入れて発展した高効率反動推進装置、〝テスラドライブ”によって空を飛ぶ事が出来るのが大きな強みである。

 これらテスラドライブを搭載された機動兵器はAM(アーマードモジュール)と呼称され、全く新しい新機軸の兵器として軍が新たに採用した。

 

 航空戦力の重要性は古来より重く認識されているため、リオンの登場は軍部から喝采を上げて迎えられた。

 そして何よりも、その機体は生産コストがゲシュペンストよりも決定的に安く、整備性においてもリオンの方が勝っていた事が大きかったらしい。

 

 イスルギ重工が選ばれたのは先の戦闘機の件だけでなく、PTを開発しているマオ社をも上回る極めて高い生産力に着目しての選択らしい。

 ゲシュペンストと比較して生産コストが安くて製造が容易なリオンを作る土台としては理想的な企業と言う訳だ。

 

 だが、だからと言ってゲシュペンストを代表とするPTの存在が蔑ろにされたと言う訳ではない。

 ゲシュペンストは確かに生産する際のコスト的な面でこそリオンには劣るが、それを上回る剛性と柔性を持ち、人間の様な動きを可能とした高い汎用性を持っている。これは、今のリオンにないものである。 

 つまりは、一長一短なのだ。そこを互いの苦手な部分をカバーし合う事で、より幅広い戦術展開がPTとAMには期待されている。それ故、PTとAMには大きな優劣が今の所は存在しなかった。

 

 更に、ゲシュペンストは今後の展開も想定して、拡張性に優れた構造をしているため、ゆくゆくはテスラドライブを搭載しての飛行運用も既に検討され始めている。

 AMもそれに負けじとリオン以上の性能を持つ機体の制作に着手していた。

 

 少しずつではあるが、地球圏は外宇宙に対する力を着々と備えつつある。

 地球連邦軍だけではなく、宇宙を領域に持つスペースコロニーの防衛組織であるコロニー統合軍も足並みを揃えようとしている。

 

 地球圏は今、同じ意思の元に活動を開始している。

 

 それが本来辿る筈だった歴史の形を逸脱している事を知る者は、此処にはいない。

 

 

 

 これは、1つの存在によって有様を変えた地球が辿る、これから続く長い歴史の大いなる一歩であった。

 

 

 

 

 新西暦186年11月。

 場所はDCの本拠地があるアイドネウス島。

 

 周囲にはPTやAMを中心とした多くの兵器群が隊を組んで警護活動を行い、小さな侵入も許さない厳重な警戒態勢が敷かれていた。

 

 その中に、他の機体とは明らかに姿形の違うロボットが4機、フォーメーションを組んで湾の近くを警備していた。

 

 

 1体目は、白と青を主体としたトリコロコールカラーの軽装のPT。

 2体目は、青いカラーリングの重厚な機体だ。両の腕には箱状の装備が取り付けられており、何かが射出出来るようだ。

 3体目は、女性の様なボディラインのPTで、背部に数基のバインダー状のパーツが羽のように取り付けられている。

 4体目は、2体目の機体よりも濃い青のカラーリングを基調とした機体で、他の3体よりも一回り大きく、両肩に刃上のウィングを備えていた。

 

 彼らは、特殊な実験機を運用する為に結成されたSRXチームと呼ばれる部隊だ。

 現在彼らが搭乗している機体は、まさしくその特殊な実験機として開発されたPTである。

 

 〝SRX計画”

 チーム名にでもあるその計画の目的は、異星人戦を想定したPTをより対異星人戦闘に特化させた機体を生み出す為である。

 

 近距離と格闘戦を得意とし、更に戦闘機形態への変形も可能としたR-1。

 

 重厚な装甲を身に纏い、射撃戦に特化したR-2。

 

 どこか女性的なフォルムを持ち、特殊なシステムによる遠隔操作兵器を持った指揮官機のR-3

 

 上記の3機を上回る性能を持ち、更には自身を巨大な大砲へと変形させて強力な砲撃を放つ事が出来るR-GUN。

 

 その特異なコンセプトを基に生み出された機体の為か、それらの機体は警備部隊のロボット達の中でも特に浮いていた。

 

 そんな中、R-1が周辺に配備された機動兵器達を見渡すようにツインアイを設けた頭部を動かしていた。

 

 

「ほぁー……ゲシュペンストがこんなに沢山来てるのか。お! あそこを飛んでいるのはリオン?……いや、ガーリオンじゃねーか! イスルギの最新型かよ! ゲシュペンストも良いけど、あの戦闘機みたいな流線型のデザインもイカしてるなあ……。でも、あそこの部隊は何で全員機体が黒いんだ?」

 

 

 R-1のコックピット内で若い男のはしゃぐ声が響く。

 男の名前はリュウセイ・ダテ。R-1の専属パイロットを務めている若者だ。

 

 リュウセイは今遊園地を見渡す子供の様な心地だった。

 根っからのロボットヲタクとして仲間内から有名なリュウセイにとって、この場はまさしくロボットの博覧会の様な様相を呈していた。

 

 

「おいリュウセイ、よそ見をしていないで警備に集中しろ。いつエアロゲイターの無人兵器が来るか分からないんだぞ」

 

 

 リュウセイを窘める声が通信で入った。R-2からの通信だ。

 機内の通信を常時ONにしていたので、先ほどの声が聞こえたのだろう。

 端正な若者の声だった。口調からするに、任務に忠実な人柄が感じられる。

 

 

「硬い事言うなって。見た所連中の反応は無いし、これだけ厳重な警備だぜ? 仮に奴らが来たってイチコロだぜ」

 

「……お前には軍人としての自覚が足りなさ過ぎる。そういう奴ほど真っ先に死ぬのがオチだぞ」

 

「ライの言う通りよ。いくら此処の警備が厳重でも、万が一に備えるのが私たちの任務なんだからね」

 

 

 更に女性の声リュウセイへが追い打ちをかけた。

 声の主はR-3からだ。まるで出来の悪い弟を叱る姉の様な物言いに、リュウセイは肩を落とす。

 

 

「とほほ。皆してそう言うのね……此処にゃ俺の味方は何処にもいないのかよ」

 

「少なくとも、任務を怠るような輩の肩を持つ奴はこの場にはいないな」

 

 

 そこへ新たな声が止めを刺した。

 通信先はR-GUN。このSRXチームの教官を務める男がパイロットを務めている。

 

 

 流石に教官に対してまで軽口を叩けるわけではない様で、リュウセイも「う、分かったよ。気を付けますよったく」と不貞腐れつつも従っていた。

 

 

 リュウセイは軍に籍を置いているが、所属するに至るまでが特殊だった。

 元々は只の学生だったリュウセイは、バーニングPTというPTと同じ操縦方法で操作が出来る対戦ゲームの大会で、PTの操縦技術ととある技能の適性が見出され、軍から直接スカウトされたのだ。

 そもそも、バーニングPTの大会自体がそういった適性の高い人物を探すために軍が極秘に仕組んだ事だったのだ。

 誘いを受けたリュウセイは当初軍への所属に難色を示していたが、母の医療費を肩代わりしてくれる事を約束してくれたため、意を決して入隊する決心をして今に至る。決して正義感に駆られて今の職場にいるわけではない。母親想いの至って普通の感性を持つ小市民の一人であった。

 

 そういった背景と、少しおちゃらけた所のあったリュウセイの性格上、軍に入りはしたが従来の軍人の様に折り目正しい態度には今一つ遠かった。

 その為生真面目な性格のR-2のパイロットとは度々衝突し、チームの隊長を務めるR-3のパイロットや教官からも叱りと修正を受けつつ現在も精進の真っ最中である。母親の今後の健康が掛かっているのだから否応なくやる気を起こさなければならない。

 

 そんな中、リュウセイ達SRXチームにある任務が下されたのだ。

 それが此度のアイドネウス島の警備に参加する事だった。

 指示が下った当初は、自分達の様な実験機の運営部隊まで出張る必要があるのだろうかとリュウセイは首をかしげたが、いろんなロボット達が見れるのなら不満は無いと、現金な思考に頭を回して期待に胸を膨らませた。

 

 何故なら、その当日にその場所で、DCが誇る最新のテクノロジーを結集して作り上げた新型の御披露目式典が行われるというのだから。

 

 

 

 リュウセイ達が警備任務に就いてから暫くすると、ようやっと式典が始まったらしい。幾人もの科学者や政治家達が祝辞を述べると、一人の男性が演台に立った。

 リュウセイはR-1の機内に設けられたディスプレイのテレビ回線を起動し、こっそりとその映像を見てみると、テレビで見覚えのある男性が映っていた。

 

 強い意志の秘められた眼差しを持つ、青い髪の偉丈夫。DCの総裁を務める稀代の天才科学者ビアン・ゾルダークその人だった。恐らく現在世界で最も話題に挙げられている男である。

 

 リュウセイは、本来の警備任務を行う為にR-1に設けられたカメラ越しに映る映像を見ながら周囲の確認をしつつ、ディスプレイの片隅で密かに映しているビアンの演説を何となく聞いていた。

 DCが作られた理由から現在の地球の情勢、目下最大の対象となっている異星人とのファーストコンタクト、そしてこれからの活動について語られていく。

 

 

 宇宙の彼方から現れた謎の侵略者。

 それらに狙われ、未曽有の危機に陥った地球。

 

 まるでアニメの世界によくあるシチュエーション。そう思いながらも、リュウセイはそれが現実に起きた事だと既にその身を以て体験している。

 

 初めてエアロゲイターに遭遇したのは、バーニングPTの大会が終わった夕暮れ時。

 幼馴染の少女と一緒に帰路に着こうとしていたその時、奴らは現れた。

 

 日が沈み始めた紺色の空から降り立った白い昆虫の如き機械の群れ、それらが無慈悲に攻撃を行い燃えていく見慣れた街並み。非現実的な光景に放り出されたリュウセイが現実に意識を戻したのは、瓦礫に巻き込まれて傷ついた幼馴染の少女の姿をその目に収めたからだった。

 そこから先はまさしくドラマチックの一言に尽きた。目の前に迫りくるエアロゲイターの兵器を、幼馴染の少女の入る建物から意識を逸らさせるためにリュウセイは目に映るもの全てを利用してやり過ごそうとした。

 

 その時に見つけたのが、PTを搬送するための大型トレーラーだった。

 リュウセイは藁にも縋る気持ちでトレーラーに駆け寄ると、中には白いゲシュペンストが積まれたままで、軍人は誰もいない。

 軍人に頼んでどうにかしてもらう心算だったリュウセイはヤケになり、自らゲシュペンストへと乗り込んだのだ。自分が何とかしなければ幼馴染の少女が、クスハが殺される。そんな脅迫概念に迫られたが故の選択だった。

 

 そしてコックピットへ潜り込むと驚愕する。自分がプレイしているバーニングPTと全く同じ構造をしており、起動の仕方まで瓜二つだったのだ。

 渡りに船とばかりにリュウセイはゲシュペンストを起動し、機動兵器達を辛くも追い払った。だが、事はそれで済むような話ではなかった。

 

 軍の所有物を、あろう事か機密事項の兵器を無断で使用したのだ。それが判明した軍からすれば、ご協力感謝しますの一言で済ませられるような簡単な事ではなかった。

 後に軍に拘束され、このままいけば銃殺刑もあり得るとまで言われたリュウセイは「だったらそんな御大層なものを見張りも付けずに放置するな」と反論するも、軍は機密事項を盾に全く取り合ってくれなかった。

 このままでは世の理不尽さを呪いながら病弱な母を残して先立ちかねないと絶望しかけたリュウセイだったが、そこに待ったをかけたのが今のSRXチームの教官だった。

 そこで今回のバーニングPTの大会の本来の目的と、適性が見出されたリュウセイには元々声をかけるつもりだった事が告げられ、教官はリュウセイに二つの選択肢を突きつけた。

 

 

〝このまま軍に入れば先の罪は不問とする。入らなければ君にはそれなりの措置を取らせてもらう事となる”

 

〝前者を選ぶのならば、君の母親の治療費をこちらで負担しよう。いくら働き盛りの若い身とは言え、二十歳にも満たない身で親を養うのは辛かろう”

 

〝後者を選んだらどうなるかは、賢い君なら予想がつくのではないか? ……碌な事にはならないと思うがね”

 

 

 小市民でしかないリュウセイは、国の権力を突きつけられれば首を縦に振る事しか選択肢は残されていなかった。

 あの時の教官の顔は今でもリュウセイは覚えている。ありゃ詐欺師の顔だ。天使みたいに微笑みながら近づいて、悪魔みたいに貪りつくして踏み潰す奴の顔に違いねえとはリュウセイ談。

 今でこそある程度は気楽に話せる仲になったが、当時のリュウセイは教官に対して常に反骨心を剥き出しにしてはトラブルを起こす問題児扱いだった。

 

 

 まさか自分がアニメの主人公と同じようなシチュエーションに陥る事になるだなどと誰が予想出来ただろうか。過去の事を思い出すと、リュウセイは複雑そうに顔を歪めた。

 少なくとも、現実はゲーム程気楽に出来てはいない。それ位は此処に来るまでそれなりに知ったつもりではあった。

 

 そうやって過去の記憶をぼんやりと遡っていたリュウセイの耳に、人々のざわめく声が聞こえた。

 音の発信源はモニターの隅でビアンの演説を映していたウィンドウからだ。

 

 不思議に思ったリュウセイは音量を上げてその声に耳を傾ける。

 どうやら長い演説が終わり、この式典のメインイベントへ移行する様だ。

 

 

『それでは、我らDCが開発した最新の機体をご紹介したい』

 

 

 あちらをご覧になってほしい。そうビアンが口で示した場所を皆が注目する。

 

 

 その先にはコンクリートで舗装された滑走路があるのだが、その一角の路面は大きな白い枠で四角く縁どられており、何かの発着場の様な表記が書かれていた。

 そこが音を立ててスライドし、縁どられた枠内の路面が消えた代わりに地下深くまで続く巨大なリフトが見えた。

 開いた空間の面積はかなり大きい。PTが十機以上並べられても余裕がありそうだ。縁や表記などから、恐らく何らかの発着場なのだろう。

 

 

 そして、そこから何かがせり上がってくる。

 

 

 姿を顕わにしたそれに参列者達は声を上げた。

 

 

 それは、特機に分類されるであろう全長57mにも達する巨大な機体。

 西洋の甲冑を彷彿させる曲線的なデザインのボディは、白銀・青・赤の3色を基調としたカラーリングが施されている。

 背面に設けられた巨大な2基のスラスターがまるで翼の様だ。

 

 重厚な装甲に身を包まれたその機体の姿は、さながら重騎士とでも呼べそうな外観をしており、何処かヒロイックなデザインをしつつも見る者に威圧感を与えていた。

 

 

『紹介しよう。DCが技術力の粋を集めて作り上げた地球防衛用の最新鋭機。外宇宙から来る侵略者達に対する我らの意思を体現する者。その名も――』

 

 

〝DCAM-01 ヴァルシオン”

 

 

 それがこの重騎士に名付けられた名前だった。

 

 

「あれがDCの最新型かぁ。かなりごついけど、まさに地球を守る正義のスーパーロボットって感じだな!」

 

 

 ヴァルシオンの姿を見たリュウセイは目が子供の様に輝いた。

 こんな状況でも、つい趣味に走ってしまうのはリュウセイが根っからのロボットマニアだからであろうか。

 重厚な鎧に身を纏った白い騎士と言えるその姿はリュウセイの目を以てしても中々にヒロイックな造形をしていた。

 

 だが、ヴァルシオンの全体的な雰囲気に、リュウセイはふと既視感を覚えた。

 

 

(そう言えば、なんか見た事ある気がするなあ。なんだったっけか?)

 

 

 少なくともここ最近ではない。自分がもっと子供だった頃に見た事があるような気がしたのだが、リュウセイは記憶の底からサルベージを試みるも、その成果は芳しくなかった。

 

 

 

『……願わくば、これがこの星を守る剣の一つとなってくれる事を私は切に願う―――む!?』

 

 

 ビアンが話している最中、アイドネウス島全体の基地から突如警報が鳴り響いた。

 それにリュウセイも慌てて周囲のレーダーを確認する。

 

 機体の識別が判明した。エアロゲイターの無人機動兵器群がこちらへ近づいて来ているのだ。

 彼らは空間を転移してやってくる。恐らくはアイドネウス島の近くに転移して近づいてきたのだろう。

 

 しかも、その数は3ケタの大群だった。

 それには流石にリュウセイも驚愕の声を上げたが、そんな中、乗機のR-1へ通信を送って来る者がいた。

 同じSRXチームのメンバー、R-2のパイロットを務めるライことライディース・V・ブランシュタインだ。

 

 

「リュウセイ!」

 

「エアロゲイターだろ! こっちでも確認済みだが、いくら何でも多すぎだろっ!? あいつらも新型を見に来たクチか!」

 

「……あり得ない話でもないが、とにかく応戦するしかないな」

 

「だな。アヤ、教官、俺たちはどうする!?」

 

 

 リュウセイの問いに答えたのは教官だった。

 

 

「フォーメーションを維持しつつ、担当エリア一帯に近づくバグスを中心に迎撃だ。海岸より島の内側への侵入は極力避けるようにしろ。今基地内には式典の参加者がいる。彼らに何かあれば損失を被るのは俺達だ。分かったな?」

 

 

 バグス、それがエアロゲイターの操る昆虫型機動兵器の軍内での呼称だ。

 リュウセイ達は教官の指示に了解と答え、各機を操りフォーメーションを形成。バグス達を迎え撃つ態勢に入った。

 

 

「リュウ、ライ、聞いたわね? リュウはRウィングで先行して空から迎撃、ライは私と援護に回って。確実に敵を叩いていくわよ」

 

「了解です、大尉」

 

 

 リュウ、ライとはそれぞれリュウセイとライディースの愛称だ。二人に指示を出したR-3を操縦する女性、アヤ・コバヤシはR-3に携帯させていた銃を構えさせ、いつでも迎撃できるように身構えた。R-2も同様にR-1のフォローに回れるようにいしている。

 

 

「よっしゃあ! チェーーンジ! アールウィング!!」

 

 

 リュウセイはR-1を全身のスラスターで浮かせると素早くコントロールを入力する。するとR-1の全身が変形を開始し、あっという間に戦闘機形態であるRウィングへと変形を完了させた。

 音声認識をしているわけではないので叫ぶ必要はない。要は趣味である。

 

 

「行くぜ虫野郎ども! 宇宙から遠路遥々御出席の所恐縮だが、とっとと帰りやが……んん!?」

 

 

 高度を上げ、バグス達に向かって攻撃を仕掛けようとしたリュウセイだった。

 

 

 

 しかし、巨大な赤と青の光の螺旋がそれよりも早くバグス達を飲み込み、一気に吹き飛ばした。

 

 

「んおわあっ!?」

 

 

 後方からの突然の大出力砲撃。リュウセイは慌てて機体を旋回してその光の濁流とも表現できそうなものの射線から退避した。

 

 

「な、なんだありゃぁ……」

 

 

 二色の光が渦巻きながらも遥か空の彼方へ突き進み、その伸び行くその先にいたバグス達を容赦なく消し飛ばして行っている。もしあんなものに巻き込まれていたら、R-1の装甲では、いや、たとえ戦艦だろうが特機であろうとも保ちはしないだろう。

 

 汗線から噴き上がる脂汗もそのままに、リュウセイは急いで先の砲撃の出元を探った。

 周りを見回していると、リュウセイと同じくバグス達へと攻撃を仕掛けようとした他の部隊も同様に慌てて回避行動に移っていた様だ。

 

 

 そして見つけた。先の攻撃を行った大本を。

 

 それが空へ掲げた右腕の手甲部分は左右に開き、そこから砲身が迫り出している。先の砲撃はそこから放たれたのだろう。

 

 この式典のメインであるヴァルシオン、その機体から放たれた砲撃だった。 

 

 

「さ、最新型ってのは聞いてたが、すげえ威力だ」

 

 

 さしずめ、DC脅威のメカニズムといった所だろうか。その凄まじいパワーにリュウセイは呆然とその光景を見つめてしまった。

 今まで見た事のないその破壊力は、従来の機動兵器とは比べられない程である。戦艦だってあんな威力の砲撃はおいそれと出来はしまい。

 

 異星文明に対抗するために造られたロボットは、その威力を遺憾無く発揮して見せたのだ。

 

 すると、教官から通信が来た。

 

 

『各機、DCから通達が入った。あのヴァルシオンと言う新型機も戦列に参加する事になった。威力は見ての通りだ、ヴァルシオンの砲撃が行われる前に警告が入る。その時は射線から退避しろ』

 

 

 突然の指示に教官以外のSRXチームのメンバーは皆驚きを隠せずにいたが、その間にもヴァルシオンは動き出し、エアロゲイターのバグス達の残りが攻撃をはじめ出している。

 しかし、そこで最初に元の調子を戻したのはリュウセイだった。

 

 

「要はあのヴァルシオンってのは、一緒に戦ってくれる心強い味方なんだろ? だったら話は早えじゃねえか」

 

 

 リュウセイは今の状況に不謹慎ながらも密かに心が熱く燃えていた。

 

 地球を守るために設立された防衛組織が作り上げたスーパーロボットが、今まさに外宇宙から襲い来る侵略者達と戦う為に立ち上がる。

 数多のロボットアニメ文化を嗜んで来た者として、この絶好のシチュエーションに燃えず、一体何に燃えろというのか。

 

 尤も、そんな思考は他のメンバー達にとって予測済みだったらしく特に反応のない教官はともかくとして、ライとアヤからは溜息の漏れる音が通信越しに聞こえた。

 

 

 既にヴァルシオンは動き出し、背面に設けられた翼の様なスタビライザーを広げてその巨体を大空へ飛び上がらせている。

 

 

 程なくして、アイドネウス島を襲撃してきたエアロゲイターの戦力は討滅された。

 そしてそれと同時に、DCという組織とその象徴となるヴァルシオンの存在が世界に知らしめられる事となる。

 人類が外宇宙勢力へ示す、反抗の第一歩であった。

 

 

 

 そうして世界は一つの転換期を迎え、新たなルートを辿って行く。

 

 

 

 

 

 光陰矢の如しと言う言葉が日本の諺にある。

 月日の流れが速くてあっという間に過ぎてしまう事を過去の誰かがそう表現したらしい。

 機械の体となってしまい、地に潜み続ける日々を続ける〝彼”からすればまさしくその表現が似合う様に年月が過ぎていった。

 

 〝彼”の視界いっぱいに広がる無数のウィンドウを眺め、何時もの日課として行っている情報収集をに勤しんでいた。

 

 そのウィンドウに並んでいるデータの中には、明らかに通常のネットワーク界隈では手に入らないような情報すら載せられている。

 

 

「君はどう思う?」

 

 

 〝彼”の聴覚機能に、聞きなれた男の問い掛けが響く。テスラ研で所長を務め、〝彼”に直接コンタクトが取れる男、ジョナサン・カザハラの声だ。

 

 

 「明らかに今までと動きが違うように思えます」 

 

 

 そう答える〝彼”が今見ているデータは、昨今のエアロゲイターによる襲撃内容が事細かく記載された物だった。 

 いつ、どこで、どれ程の規模が、どのような活動を行ってきたのか等、本来ならば政府や軍の機密事項に値するような情報までもが組み込まれた貴重な情報の数々を〝彼”は己に備わった演算機能を駆使して瞬時に分析し、過去のデータと比較してそう結論付けた。

 

 過去のエアロゲイターは昆虫型の偵察機動兵器、通称バグスを操り軍事施設・民間施設を無差別で攻撃していた。中には、その最中に民間人から軍の兵隊まで様々な人種を捕獲している個体までいた。

 しかし、地球側がPTとAMの戦力を整え始めたここ最近、バグス達はその攻撃対象を軍事施設に絞り始めて来たのだ。

 とはいえ、戦力が昔に比べて充実し始めてきた軍もそれに対する対応に慣れ始めてきたもので、被害自体は過去と比較すると極めて軽少に抑えられていた。

 それ自体は良い事だ。地球の防衛態勢の構築が極めて順調である事の証明である。今まで積み上げてきた物が、ようやく結果として見え始めてきたのだ。軍や政治家達は着実に自分達が外宇宙からの脅威へ抗う事が出来つつある事を実感し始めてきた。

 

 

 だが、〝彼”はエアロゲイターの戦力の可能性を知るが故に、ジョナサンへ警告を発した。

 

 

「そろそろエアロゲイター達も本格的に戦力を投入してくるかもしれません」

 

「やはり、バグスだけが彼らの戦力ではないか」

 

 

 ジョナサンの口から苦い声が漏れる。

 

 

「それはメテオ3からサルベージしたデータで予想は付いていましたでしょう?」

 

 

 そう言って〝彼”がジョナサン側のディスプレイに見せたのは、メテオ3内で発見された機動兵器のデータだ。その中には、明らかに人型と思しき姿の物が映っている。

 

 

「まあな、あれにはバグスとは違う人型の機動兵器のデータがいくつか入っていた。恐らくあれが向こう側の主戦力なのだろうさ」

 

「とは言え、あれ以上の上位機種の存在も頭に入れた方が良いでしょう」

 

「分かっている。その為に私達は今でも最新型の開発に勤しんでいるんだからな」

 

 

 流石に向こうも全ての情報を提供しているわけではないだろう。メテオ3に込められた情報は、エアロゲイター側の戦力の極一端に過ぎない事は想像に難くない。

 

 少しばかり、お互いの間に沈黙が生まれる。

 その中で、ふとジョナサンが口を開いた。 

 

 

「……君なら、彼らに勝てるか?」

 

「それに関して、私の口からは何とも」

 

 

 ジョナサンの問い掛けに対する〝彼”の返答は早かった。

 ジョナサンはそれに何かを悟ったのか、ふっと苦笑をこぼした。

 

 

「……そうか、すまないな。妙な事を聞いてしまった」

 

 

 では、また。

 そういってジョナサンからの通信が切れる。

 

 〝彼”のいる第99番格納庫内に、再び沈黙の時間が訪れた。

 

 

 (……ジョナサン博士を通じてとは言え、外の世界へ協力をしだすとは、数年前の自分からは想像もできないな)

 

 

 そんな〝彼”の心変わりの切っ掛けは、シュトレーゼマンが闇に葬られたあの事件であった。

 

 〝彼”は、シュトレーゼマン達が殺害された事件が起きてから数か月後、積極的に協力する姿勢を取り始めたのだ。

 

 

 もはや隠し立てをする必要はあるまい。

 

 新西暦184年に起きた謎の殺人事件の犯人は、〝彼”なのだ。

 勿論、〝彼”自身は巨体であるし、様々な社会情勢の都合で世に出る事は固く禁じられている。

 

 だが、それでも〝彼”はシュトレーゼマン達を亡き者にする事を可能とした。

 

 その要因は、〝彼”のボディを構築しているDG細胞にある。

 

 〝彼”はテスラ研の地下に潜んでから己を調べ続けた結果、DG細胞をある程度まで自在に操る事に成功したのだ。

 流石に何から何までと言う訳ではないが、これは〝彼”の今後を大きく左右する事だ。

 

 そしてこの金属細胞が誇る三大理論の内の一つ、自己増殖によって人間サイズの殺人アンドロイドを製造して、シュトレーゼマン達への暗殺指令を下したのだ。

 しかもこのアンドロイドは、DG細胞内に記録されていたとある隠密機動に特化した人間(?)の生体データを基に作成されており、既存の理論や技術では補足する事がまず不可能な恐るべき暗殺兼偵察アンドロイドと化したのだ。  

 このアンドロイドを直接操った際に〝彼”はこんな事を零した。

 

 ゲルマン忍法恐るべし、と。

 

 

 問題は、そのアンドロイドを嗾けて無事暗殺を完遂させた所で、はっと〝彼”は今の自分の有様を顧みて、酷い自己嫌悪と罪悪感に苛まれてしまったのだ。

 

 己の不利益だと思えば、強大な力を繰り出して他者をいとも容易く害し、モニターの向こう側で傍観者を気取っている。そんな自分が、酷く醜く見えてしまった。

 

 人間であった頃にも社会人として競争社会の中を生き抜く関係上、何らかの形で他者を蹴落とした事はあったが、明確に人命が掛かっていた事などは皆無だった。

 それが此処では力を手に入れた途端、選択肢の中に殺害が組み込まれているのだ。

 人とは、こうも簡単に他者の命を踏み躙れるのか。

 

 アンドロイドの映像記録を通して、殺した者達の最期の姿も克明に記憶している。

 

 人外の膂力が備わったアンドロイドの手で、いともたやすく人体を破壊されていくターゲット達。

 飛び散る血肉を見て、まるで映画のスクリーン越しにそれらを見ている感覚だった己に気が付き、〝彼”は自身に対して吐き気の様な気持ちの悪さを覚えた。

 

 シュトレーゼマンの死が無意味だったとは思わない。

 現に、ビアン・ゾルダークはシュトレーゼマンの横槍が無くなった事でDCの運用方法を大きく変え、地球を守るための防衛組織へと改変してくれた。

 DCが世界に牙を剥いた時の事を考えれば、流れていく血の量は大きく減らす事が出来たと、そう信じたい。 

 

 

 ……否、これも所詮は建前だ。

 〝彼”は世に謳われてきたヒーローの様に正義や世界平和の為に悪を討つ様な気高い精神を持ち合わせてはいない。

 全ては自分の為だった。

 元に戻れるかはどうかは保留にして、この世界で生きていく事を前提として、己の保身を万全にするためにやって来ただけに過ぎないのだ。

 

 

 そういったわが身への保身と従来持ち合わせていた〝彼”の持つ道徳概念の狭間で葛藤を繰り返していた後、一時は、シュトレーゼマンの一件に対して気に病むあまり、遂には一種のノイローゼ状態となり、全ての通信・物理的な接触経路をあらゆる手立てを駆使して遮断し、外界からのありとあらゆる接触を拒んだ時期があった。

 

 そんな状態になってしまった〝彼”にジョナサンを筆頭としたテスラ研は大慌てで通信を試み、様子が可笑しくなった〝彼”を心配したビアン博士までもが一時仕事を中断して出張る事態にまで至ってしまった。

 〝彼”を引きずり出すために彼是(あれこれ)と画策していく中で、最近改修作業が終わったグルンガスト零式と、これまた最近完成したばかりのグルンガストシリーズの最新型、〝壱式”を駆り出して第99番格納庫を破壊して無理やりにでも〝彼”ことUR-1を引きずり出すという強硬策から、UR-1が興味を持ったサブカルチャーをチラつかせてみようという馬鹿馬鹿しい案まで出ていたが、どれもが却下となったのは想像に難くない。

 結局のところ、ビアン博士達の懸命な説得が功を成し、心を閉ざしていた〝彼”もとうとう重い腰を上げてそれに応じ、この件は落着と相成った。

 

 後にその一連の騒動を研究所内の人々は日本神話に肖り〝天岩戸事件”などと口にするようになった。ちなみにその事件名を名付けた者とは、何を隠そう日本文化に造詣の深いビアン・ゾルダーク本人だったそうな。

 

 

 気を病んでいたとはいえ、多くの者達に迷惑をかけてしまった〝彼”は己が情けなく感じ、後悔した後に迷惑をかけた詫びとしてテスラ研へなるべく協力を申し出るようになった。相手に流血を強いさせておいて、己が傍観者になる事を嫌うが故に。

 これが、〝彼”が地上世界へ積極的に干渉し始める最初の出来事となった。

 

 

 〝そんなこんな”があって現在に至り、ジョナサンやビアン博士に限定しているが、彼らと情報交換を密に取り合い、世界のありとあらゆるネットワーク回線へハッキングを行って情報を入手し、時に彼らへサポートを行い、時にこっそりと己の知るロボット大戦の歴史と照らし合わせて確度の高い情報を助言と言う形で流してみたりとそれなりに忙しい日々を続けていた。

 

 今現在は情報提供等で協力しているが、〝彼”は確信している。きっと、いずれはこのヴァルシオンの力を本格的に使う事になるのだろうと。

 その時は、テスラ研とも別れなければならなくなるであろうことも。

 

 

 

 ジョナサンとの通信を終えた〝彼”は、昨今のエアロゲイター関連の情報とは別に、今地球圏内で起こっているもう一つの出来事について情報を整理していた。

 〝彼”がデータの山から引っ張り出したのは、複数の科学者達の写真と履歴情報である。

 それらの中から二つを更に拡大し、その科学者の顔と情報を再度まじまじと見た。

 

 二人の老いた科学者の名前はアードラー・コッホ、そしてアギラ・セトメと言う。

 

 前者は以前ビアン博士と一緒にEOTI機関へ所属し、EOTIの研究や、昨今の機動兵器達の基礎開発を行っていた高齢の科学者だ。 

 そして後者のアギラという老女の科学者は、アードラーを調べていく内に見つけた者で、〝特脳研”という特殊な研究機関から地球連邦軍のさる機関へと移った者だ。

 

 二人とも優秀な科学者だったらしいのだが、彼らの人格面に大きな問題があった。

 

 その最たるものが、人体改造に関わる分野である。アードラーは肉体方面を、アギラは精神面を担当し、二人の研究内容は非人道的な内容が大半であった。

 それの代表的なものが「スクール」と呼ばれる連邦軍に存在していた兵士養成機関だ。その施設に身寄りのない子供達を集め、強化措置を行って軍事的運用を試みる計画だ。

 

 当初はこの施設もそれなりに常識的な範囲で機能していたらしいのだが、先の二人の科学者が参加し始めてからその内容に怪しい陰りが見え始めた。

 場所も外部との接触が無い様にと設けられていた事が災いしたのか、情報が全く流れてくることは無く、この度のDC設立に伴う人材集めの一環として〝彼”がビアンの頼みで調べてみた所、どうにも怪しく感じたため、演算能力をフルに発揮したハッキングによって無理やりセキュリティをこじ開けて機密情報を見て見れば、世に知られれば糾弾されるに値する内容の数々が列挙されていた。

 

 それは口にするのも憚る、あまりにも壮絶なものだった。

 その内容の中には実験に耐え切れずに死んでいった者達の〝廃棄リスト”や、死に至るまでの経緯までもが網羅され、およそ人間の所業とは思えない人間への扱い方に、両名への異常性に恐怖を感じたほどであった。

 

 その筆舌に尽くしがたい内容を見かねた〝彼”はビアンと相談したのち、この情報を連邦軍上層部へ流した事で事態は露見。驚いた上層部の人間達は世へ露見する事を恐れ、慌てて一斉検挙を断行した。そして科学者達一同を纏めて捕え、実験体となっていた者達の保護を図ったのだ。

 その結果、多くの研究者達が逮捕される中でもスクールの生徒達を気にかけ、罪の軽かった者は軍へ残り、同様にスクールの生徒達もまた各々の意向の元、軍へ残る事を決断した。 

 

 そしてこの狂気の研究の発端たるアードラーとアギラの両名はその一斉検挙の最中、数名の研究者と共に何処かへと逃げおおせ、その足取りもとうとう掴めなくなってしまったのだ。

 

 〝彼”はこの時程自身のアンドロイドを繰り出さなかった事を後悔した。シュトレーゼマン暗殺の件を振り返り、今度は軍の人間達とこの世界の法に二人を委ねようと考えたのだ。

 ……もしかしたらそれは建前で、シュトレーゼマンを殺して見せたあの時の己に忌避感を抱いたが故に、それを避けたいがための選択だったのかもしれない。しかしその甘い選択が、二人の恐るべき科学者を野に放ってしまったのだ。

 

 強大な権力の庇護から抜け出した者達が選ぶ行動は大きく二つ。

 一つは白日の下に晒されないようにヒッソリと身を隠すか。それか、公の権力から抜け出した拍子に道徳観念すら捨て去る事で手段を選ばなくなり、とんでもない行動に移るかもしれないという事だ。

 

 

 後者になろうものなら何としてでも止めなければなるまい。

 その為にも、〝彼”はあの科学者達が研究をするにあたって都合の良い後ろ盾と資金源となり得る組織関係がないか洗ってみる事にした。

 

 

 身を隠し、自分達の研究をするのに都合の良い組織、場所、etc……。

 〝彼”は世界の裏と表のありとあらゆる公的、非公的関係なく全ての組織の情報を後ろめたく感じるも、ハッキングで全ての情報を見た。

 その際、〝彼”は地球連邦政府のサーバー内に記録されている機密情報の中であるものを見つけた。

 

 

(……プロジェクト・アーク?)

 

 

 どこかで聞いた事のある計画名に、己の記憶を漁り、そして断片的にだが思い出した。

 

 〝彼”が最後にプレイした作品である〝スーパーロボット大戦α外伝”に登場したプロジェクト名だ。

 地球全土が強大な危機に瀕した際、それから人類の種を守るための超巨大な地下冬眠施設を建造し、自律型コンピューターの管理の元で眠りについて種の延命を図るという計画だ。

 尤も、ゲーム内ではプロジェクトメンバー内で裏切りが起きた事で、本来の目的とは大きく異なる道を辿り、訳あって遥か未来の世界でプレイヤー達と敵対する事になってしまうのだが。

 

 今後どうなるのかは分からないが、プロジェクトの主要メンバーや冬眠施設等の名称などは〝彼”の知る物と同じであった。 

 しかも驚いた事に、この世界では月にも同様の冬眠施設が建造されており、プロジェクトの規模が大きくなっていた。

 α外伝の時にも一応ありはしたが、某マイクロウェーブ送信施設としての面が大きかったような覚えがあるので、こちらの世界ほど規模が大きくはなかったのは確かだ。

 

 

(……頼むから、月と地下からのアンセスター達の二重攻撃とか起きないでくれよ)

 

 

 アンセスター、それはプロジェクト・アークの暴走によって生まれた世界を脅かす敵勢力の一つ。パイロットや登場機体にDG細胞と似た性質を持つ金属〝マシンセル”が備わっており、人類の抹殺を目論む新人類を自称する者達だ。

 

 この世界には僅かながらエアロゲイターの〝ズフィルード・クリスタル”が地球側にサンプルとしてごく少数だが保管されている。近年PTやAMが登場した事でメギロートを倒すだけでなく、捕獲するケースが増え始めてきた為だ。

 マシンセルはズフィルードクリスタルを解析した結果生まれたため、このまま順調に年月が経てば誕生するのは時間の問題に思える。

 

 願わくばそれらが軍事利用されない事を祈るばかりであるが、〝彼”が現在懸念しているのはアンセスターの存在ではない。その大本であるプロジェクト・アークによって生み出された地下冬眠施設〝アースクレイドル”が問題なのだ。

 

 現在〝彼”が足取りを追っているアードラー・コッホとアギラ・セトメの両名率いる逃亡中の科学者達の逃げ場所に適していないだろうか? という懸念が生まれたのだ。

 

 現在アースクレイドルは既に完成しており、この世界の地下深くでコールドスリープの準備に入っているらしい。そんなクレイドルの中にはプロジェクト・アークの中心メンバー達が集まっていると言う。

 

 その中に、もしα外伝の時の様に反乱勢力がいるのだとしたら。

 

 もし、彼らとアードラーに何らかの繋がりがあって、アードラー達を密かに招き入れるような事があるのだとしたら。

 

 そんな事になろうものなら、こちらの世界版の地下勢力――ミケーネや恐竜帝国のような存在が生まれてしまうのではないか。しかも〝彼”に備わった優秀な演算機能はその可能性について肯定的な答え導き出してしまっていた。

 

 今後色々と調査を行う為に、アンドロイドの本格的な運用を検討しようと考えていた、その時だった。

 

 

 

 テスラ研の近くに、突如何かが転移する反応を〝彼”のセンサーがキャッチした。

 

 

 

 

「何? エアロゲイターだと!? しかし、あれは……」

 

 

 ジョナサン・カザハラは、テスラ研から離れた場所へ唐突に空間から姿を現した招かれざる客達の構成に目を剥いた。

 管制室で一緒に見ている職員達も同じ表情をしていた。中には、顔を青ざめている者すらいる。

 

 転移するものなどこの地球圏で確認されているのは一つしかいない。エアロゲイターの機動兵器だ。

 テスラ研へエアロゲイターが現れたのは、これが初めてではない。

 過去にも何度かバグスが攻めてきた事があったが、その際はテスラ研が常備しているPTやAMの部隊が対処を担当していた。

 

 しかし、今回は敵の毛並みが今までとは違っていた。

 

 今までと明らかにその部隊構成と規模が違うのだ。

 過去のエアロゲイターの部隊構成はバグス一種類のみであったのだが、今回は遂にそれ以外の機種が混ざっていた。

 ある機体はバグスと類似性を感じさせる蜘蛛のような外見をしており、またある機体は鳥のような形状をしている。

 更に尤も注目すべきなのは、その部隊の奥で構える十数機の〝人型”の機動兵器達だ。

 

 種類は2つ。

 片方は緑色の甲冑の様な装甲を纏い、銃を携帯している騎士のようなロボット。

 もう片方は、分厚い重装甲の黄色いボディをもつロボットだ。

 

 それらの機体数は優に40を超えている。

 

 ジョナサンはあの兵器群の姿に見覚えがあった。何せそれは、メテオ3内に封じられていたデータの機動兵器とそっくりだったのだから。

 

 ジョナサンはこめかみから流れ落ちる汗を拭いながら、現状を分析する。

 今の研究所の戦力で、あれらを撃退する事が出来るのだろうか? 今まで倒してきたのはバグスただ1種類のみだったが、別種の機体が相手となれば、過去の戦績が役に立つのか少々怪しくなってくる。

 それに、明らかに戦力比では今保有しているテスラ研の戦力よりも数が多い。ポジティブな要素が、何処にも見当たらないのだ。

 

 敵はまだ此方へ攻撃をする様子を見せない。

 その様子を不可解に思いながら、エアロゲイター達の動きを観察するジョナサンへ、他の職員が焦りの表情で更なる凶報を伝えてきた。

 

 

「大変です所長! たった今、世界各国の主要都市に此処と同じ部隊構成のエアロゲイターの大部隊が転移! 攻撃を仕掛けて来たと連絡がありました!」

 

「何だって!?」

 

 

 今までにないエアロゲイター達の行動に、ジョナサンは悟る。エアロゲイター達がついに本腰を上げて地球へ攻撃を開始したのだと。

 UR-1に言われた事が、とうとう現実となってしまったのだ。

 

 

(まずいぞ、ただでさえ不利な状況だというのに、外への応援要請すら出来ない状況だというのか。イルムでもいてくれたら状況が違うんだが……)

 

 

 ジョナサンは、今この場にいない己の息子の不在を悔やむ。

 ジョナサンの息子はグルンガスト壱式のパイロットとして地球連邦軍のとある部隊へと出張っている。

 もしくは零式でもと思うも、そちらはそれよりも昔にパイロットが決まり、同じく地球連邦軍の部隊に既に所属済みだ。

 

 

「……〝ハガネ”と〝ヒリュウ改”はどうなっている?」

 

「両部隊とも分散して迎撃に回っているそうですが……テスラ研へ来れるのは……」

 

「向こうも分散してくる分、時間がかかっているのか……」

 

 

 ジョナサンと職員が口にした部隊は、スペースノア級万能戦闘母艦弐番艦のハガネと、冥王星宙域でエアロゲイターとの戦闘で被害を受けたヒリュウを修理、大幅な改装を施した戦闘艦〝ヒリュウ改”を中枢とした特殊部隊だ。

 現在研究所の手から離れた2体のグルンガストシリーズは、そちらに所属しており、昨今のエアロゲイター達との戦闘では数々の勝利をおさめている。

 

 あの部隊から応援が来てくれればと思ってしまうが、向こうも手一杯で此方への対処に手が回らない状況らしい。

 

 

 エアロゲイターの機動兵器達がとうとう動き出した。

 緑色の人型ロボットが手に持つ銃を構えて全身を始め、重装甲のロボットがその背後へ回って追随する。

 

 蜘蛛型と鳥型の機動兵器は先の2体のロボット達よりも先行してテスラ研へと迫って来ていた。

 

 

「研究所内のPT・AM部隊の出撃状況はどうなっている!?」

 

「パイロット、既に搭乗を完了。いつでも出せます」

 

 

 ならば出撃を、と指示を出そうとした所で、他の通信他を担当していた別の職員から驚愕の声が上がった。

 

 

「え、こ……これは……しょ、所長!」

 

「今度は一体何だ!?」 

 

 

 続けざまに、しかも職員の狼狽ぶりから穏やかではない情報が来たであろうことに、ジョナサンも焦りが強くなった。

 

 その内容は、ジョナサンだけでなく、この管制室内にいた全員が予想だにしていない事であった。

 

 

 

「か、か、〝彼”が……地下第99番格納庫にいる〝彼”から! 緊急通信がはいっています!!」

 

 

 そして、世界は新たな局面を迎える。




 此方の世界のビアンが作ったヴァルシオンのデザインが、オリジナルとは違う形となりました。間違ってもアニバスター仕様ではございません。
 ああっ、グランゾンがタンク形態に……!(?


 次回は、最先端のニート生活を満喫していた主人公が、いい加減働けと親(テスラ研)から尻を蹴られてついに娑婆の空気を吸う為に外へと繰り出します(!


 此処から先は至極勝手な解釈です。


 今現在私達の世間一般に知られているヴァルシオンのデザインは、ビアン博士が世界に宣戦布告しようとした為にああいった凶暴なデザインになったのであって、
デザインの候補の中には、もっとヒロイックなデザインも考えていたのではないかなあとちょっと思ったりします。(OG等の設定では、敵を威圧するためにあえてあのような外見にしたとありますが)
 ロボットアニメ好きと言うのだから、ヒーローチックなデザイン案も色々とあった筈。
(まあ、ロボットアニメ好きの人が皆一様に正統派デザインを好んでいると言う訳ではないのですけれども……)

 そうしますと、αで出る予定だったヴァルシオンのデザインはもしかして……? 何て言う想像が膨らんでしまいますね。

 そのアイデアの名残がヴァルシオーネのデザインに受け継がれたとか、そんな事を勝手に考えた結果この様な姿になりました。
 イメージは皆さまのご想像にお任せしますという事で。

 主人公の憑り付いた機体のデザインが個人的に魔王めいていると思いますので、それの対比みたいになれば良いかなと思いました。





◆おまけNG(もし主人公の憑りついた先が別だったら……?)





 それは、まるで長い夢を見ていたかの様であった。

 暗黒の彼方へと沈み込んだ意識が、突如何者かの手で救い上げられたかのように、それは目覚めた。



 まるで数年間眠りつづけていたかのような、全身に重しを付けられているのではないかと思わせるほどの倦怠感が、〝彼”が最初に感じた物だった。



 重い瞼を開けようと試みた彼だったが、まるで機械に電源を入れ、モニターに映し出すかのような感覚で視界が突如映し出された。
 そんな思わぬ感覚に違和感を覚えるが、〝彼”を驚かせたのはそれだけではなかった。

 
 視界に映る光景に、〝彼”困惑した。

 そこは、見た事のない、とても広い建造物らしき巨大な部屋の中だった。
 
 宮殿、そう評しても良いくらいの厳かな雰囲気があるが、家具や調度品と言った物が一切見当たらず、人間味が全く感じられない。
 床は材質の分からない材料で一面鏡面張りに磨き上げられ、継ぎ目は一切見当たらず、周囲の壁面には、接地面は極めて細く、先へ行くにつれてラッパの様に広がるポール状の物体が床と天井から延び、ラッパ状の部分をやや隙間を開けて設置されている。
 ぎりぎり接地面から離れたその空間には光が漏れ、それが部屋の照明として機能しており、均等に部屋の中に並べられていた。

 しかし部屋は密室と言う訳ではない。壁も均等に床まで続く大きな窓をいくつも設けられており、外からの日の光も部屋の中へと差し込んできていた。

 そして〝彼”自身が座っている場所は、背が異様に高い椅子、否、もはや玉座と言っても良いそれの肘に手を置き、深く座り込んでいた。


 仕事から帰って、疲れた体を癒すためにベッドへとその身を放り込み、そのまま眠ってしまった事までは〝彼”は憶えている。

 だというのに、これはどういう事だろう?
 まるで城の玉座の様な場所に自分は腰かけているではないか。

 それを改めて自覚した〝彼”は、慌ててその玉座から立ち上がって離れた。

 そこで、〝彼”は自身の体をちらりと視界に収めた事で、自身にも異常がある事にようやく気が付いた。


 慌てて見下ろした〝彼”が自身の体を見回すと、其処には見慣れた己の体などどこにもなかった。

 硬い硬質の大きな襟を備えた、ワインレッドの上品な色をしたローブは手足を隠すほどもある。

 そしてその両の手は、赤い血の通わぬ金属で出来た機械の手だった。


 驚愕と恐怖に駆られた〝彼”がロープ越しに自身の体をまさぐってみるが、どこにも人間らしい柔らかさが見当たらない。
 ただ、鉄の様な硬い感触しか機械の手には感じる事が出来なかった。



 ……まだ、自分の顔を確認していない。
 それに気が付いた彼は、幸か不幸か鏡面磨きのかかった床があったので、それを鏡代わりにと恐る恐る覗き込んでみた。


「これが……俺…………え゛?」


 そのあまりにも自分の顔と違うそれに、〝彼”は呆然としてしまっていたのだが、何か既視感を覚えて妙な声を上げた。


 懐中電灯の様な両の目。
 人間と同じパーツを有してこそいるが、極めて簡素で頬のこけた鋼鉄の顔。耳に当たる部分から、何故か棘のような物が伸びている。
 そして何より特徴的で異様を放つその頭部には、金魚鉢の様なガラスに収められた剥き出しの脳があった。


「あれ、いやちょっと待て……でも、何で?」


 緊張がピークを超えて一周でもしてしまったのだろうか、〝彼”は驚きと恐怖を忘れ、何故と困惑気味に床に映る自身の顔をしげしげと見ていた。

 この顔、どこかで見た事があるのだ。
 まかり間違ってもご近所さんだとか友人だとか、親戚にいただなんてことは絶対にない。
 サブカルチャーの、アニメだったかゲームだったかでこの顔を見た事があったのだ。


「うーむ、何だったかなこの顔。火星○王? ハ○イダー? いや違うな……」


 立ち上がり、顎に手をやりうんうんと唸りながらその場をぐるぐると歩き回る〝彼”
 記憶の中から彼是とサルベージを試みているが、どうも合致した答えが出てこない。


 〝彼”が歩いた際の硬い足音と、ローブの擦れる音だけがその部屋を支配していたのだが、そこへ何者かが近づいてくるのが足音で分かった。

 その足音の主は最初は歩いていたのだろう。だが、突然足音が止まったかと思いきや、急にこの部屋目がけて走り出す音が聞こえてきたのだ。
 まるで焦っているかのような足音に〝彼”も伝染して焦り出し、どこかに隠れた方が良いのだろうか見回すが、この身を隠せるような場所がどこにも見当たらない。

 そうこうしている内に、足音の主がこの部屋へと飛び込んで来た。


「あ……」


 それは、とても美しい女性だった。
 スタイルの良いボディラインがはっきり分かるような黒いスーツの上から紫色の外套とスカートを纏っており、背中まで届きそうな赤い長髪は前髪を目元で揃え、後ろの方は途中からリングで纏めて首にマフラーの様に巻いている。
 顔の一つ一つのパーツは極めて美しく整っている。眉が無い事に違和感を感じるが、それが逆にミステリアスな雰囲気を醸し出し、その女性の美しさを損なわせる事は全くない。

 だが、普通の人間の女性ではないのだろう事は一目でわかった。
 肌は青に近い白色で、無機質な青い瞳に紫の唇。そして額には、円形の物体が取り付けられている。
 特殊メイクかと思うが、どうも自前のもののように見えた。


 そんな美女と目と目が合い、体を硬直させてどうしようと内心冷や汗が滝のように流れていた〝彼”だったが、女性の方から動きがあった。


「あ、ああ……」


 女性もまたその場で体を硬くしたかと思いきや、突如震えはじめたのだ。
 そして震える両手で口元を隠し、大きく見開いた目からは大粒の涙がボロボロと零れはじめる。


「ド……ドン……!」

「き、君は……」


 女性の口にした言葉に思う所があった〝彼”がぽつりと言葉を返すと、女性は堰を切ったように涙を流し、此方へ駆け出した。


「ドン……あなたぁっ!!」


 駆け出し、自身の胸へしがみ付く様に抱き着いた女性に、〝彼”は驚き言葉が出せず、その女性を倒さないように支える事しか出来なかった。
 

「ついに、ついにお目覚めになられたのですね……。ああ、ドン……良かった……本当に……うぅぅぅ」
 

 〝彼”のローブを強く握り締め、身を震わせてすすり泣く女性の有様は、危篤状態から回復した恋人へむけるものに似ていた。
 
 謎の美女がドンと呼ぶこの体、そしてそのドンへ向けるこの感情は、まさしく愛なのではないだろうか?

 
 そして〝彼”は、ようやく自身の体の正体に思い至った。
 しかし、それは馬鹿な、あり得ないと声を大にして叫びたくなるような事でもある。

 何故なら、この体は間違いなく日本の昔にロボットアニメに出てきた敵のボスの物なのだから。




 人類が宇宙へと進出し始めた近未来。宇宙開発の一環としてとあるサイボーグたちが生み出された。
 
 しかし、そのサイボーグたちは自分を人類よりも優れた、スーパー人間と次第に思い込み、暴走し、人類をサイボーグ化させるために地球人類へと反乱を起こしたのだ。

 だが、その反乱の根底には、サイボーグの力があれば人類は宇宙へ進出し、地球以外の星へ移り住む事で 資源を巡った殺し合いや争いが無くなり、人類が永遠に平和になるという願いがあったが故でもあった。

 その願いを持つ者はサイボーグ……その名も〝メガノイド”達の最高指導者であり、極めて初期の頃に生み出されたメガノイドだった。

 そのメガノイドを知るある者は称え、ある者は恐れ、ある者は憎しみを込めてこう呼んだ。〝ドン・ザウサー”と。



――――――――――――――――――――――――――――――
おまけの後書き


 と言う訳で、無敵鋼人ダイターン3よりドン・ザウサーの体に乗り移ってしまった場合、でした。
 個人的にボスキャラの中でも特に印象の強かったキャラクターです。

 正直、同じ世界に波乱万丈がいたら結構な確率で詰むんじゃないでしょうか。メガノイドへの憎しみであらゆる困難を突き進んできそうです。
 かといって、万丈に勝つとか、そういうのもなんか違う気がしますので。

 そんなわけで、あくまでおまけでのみの作品となりました。
 

 あと、他にもキャシャーンのブライキングボスとか、ザンボット3のコンピュータードールとかも候補であったとかないとか。


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第6話

ヴァルシオン(主人公)「ごきげんよう宇宙人さんくたばれ!」

エアロゲイターさん「ゲェーッ!?」

 そんな感じの第6話です。

 いまさらですが、明けましておめでとうございました。

本文文字数:10724文字


(あれは……エゼキエル……いや、ゼカリアとハバクク……だったか? それに、何だあの虫と鳥の機体は、メギロートの系列機だろうか?)

 

 

 〝彼”はセンサー内にキャッチした転移反応から現れた機影を捉え、念の為にテスラ研のカメラを介して形状を確認した。

 

 現れた人型、あれは間違いなくバルマー帝国の機体だ。αの時にも出ていたのでよく覚えている。

 それに、一部見た事のない機種もいた。色合いや人型機よりも先行して動いている所から、メギロートと同じ役割を持つ機体なのではと予想する。

 

 

 しかし、数があまりにも多すぎた。

 現れた機体の数は60を優に超えているが、テスラ研に現在待機している機動兵器部隊はこれの半分もいない。ぶつかり合わせたら、どのような結末が起こるのかなど、火を見るよりも明らかだろう。

 

 

 

(……もう、7年にもなるのか)

 

 

 

 〝彼”は、この世界で意識を取り戻してから7年間の日々を思い返す。

 

 奇しくも巨大ロボットの体に意識が乗り移り、幸いにもテスラ研とビアン博士の好意によってこうして此処までやり過ごす事が出来た今日までの日々は、そう悪い物では無かった。

 

 だが、日々刻々と時を刻み続けていく内に、〝彼”の心に不安が募ってもいた。

 

 元の世界に戻っても、本当に元の人間の姿に戻れるのか?

 そもそも、元の世界へ戻れる術はあるのか?

 そもそも、元の世界とは……なんだ?

 

 たかが7年という人もいるだろう。

 しかし、人の体を失い、機械の巨体に意識を移し替えられ、己を人間と自覚しつつも対外的には機械を演じ続けていく内に、本当は人間だった頃の記憶が偽りで、此方の世界で発現したこの意識こそが真実なのではないかという恐ろしい錯覚を覚えてしまう事がある。

 

 たかが7年。だが、人の心に何かを残すには十分すぎる年月でもあった。 

 この体になるまでは、まだ30年も生きていなかった若造の男にとっては、とても。

 

 だからこそ、己を強く持たなければならないのだ。

 自分を自分と証明できるものは、この世界ではもうこれ(自我)しかないのだから。

 

 

 そしてここで分かれ道が〝彼”の目の前に示される。

 

 

 沈黙か、行動か。

 

 

 このまま地に潜み続ければ、やり過ごせる可能性は高いだろう。しかし、その時はこのテスラ研は火の海となり、多くの命がそこで燃えていくだろう。その中には、〝彼”と親しくしてくれた人たちも間違いなくいる。

 だが、そんな選択肢が出来るほど、〝彼”は冷徹になれなかった。

 

 ここで〝彼”が地上へと出れば、世間の人間達は自身の存在を知る事となるだろう。

 それが〝彼”にとって幸をもたらすか、不幸をもたらすのかまでは分からない。

 

 今までの様に、地下に居座り続けるというのもそろそろ限界が来ている。

 これからは、己の意思で選択し続けなければならない。

 

 

(TIME TO COME、か……)

 

 

 時が来たのだ。

 

 兼ねてより予見していた異星文明の襲来が本格化した事で、〝彼”自身も変わらなければならない。

 今でもまだ手探り状態の現状ではあるが、より大胆に動く必要性が出てきたのだ。

 

 

 それに、世間に知られる件については、一応手は打ってある。

 これをやるか否かは、〝彼”の意思に委ねられているが、既に〝彼”は決心がついている。 

 

 

 もう時間が無い。

 これ以上放っておけば、エアロゲイターの機動兵器達は攻撃を始めるだろう。

 

 〝彼”は、ハッキングを使用して、地上のテスラ研の通常回線へ緊急通信を発信した。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「〝彼”から緊急通信!? 繋いでくれ!」

 

 

 エアロゲイターの攻撃に対抗して、PT・AM部隊の出撃させようとしたテスラ研の人々は、〝彼”ことUR-1から送られてきた緊急通信に驚愕するが、それにいち早く対応したのは所長のジョナサンだった。

 急いで繋ぐように指示を出すと、音声のみの通信回線が開き、〝彼”の声が管制室内に流れた。

 

 

「急な連絡で失礼します。ジョナサン博士はいますか?」

 

 

 管制室内の職員達は、初めて聞くUR-1の声にどよめき、ざわめいた。

 今までUR-1と直接連絡のやり取りが許されたのは、所長のジョナサンだけだったので、その衝撃は大きい。

 職員達も緘口令が敷かれているとはいえ、UR-1が人間と同等の知性と自我を持った巨大ロボットだという事は聞かされている。

 

 だが、こうして初めてUR-1の声を耳にしてみると、まるで普通の人間の男性の声と全く同じなのだ。

 機械によるボイス機能を使っているのだと思い至りはするが、あまりにも自然な発声に、人と話している様な錯覚すら覚えてしまう。

 

 

「私なら此処だ。要件は大体想像できるがね」

 

 

 ジョナサンは目前に迫る脅威に焦りを抱きつつも、普段通りの口調で返した。

 今まで専用の通信機を介してのみ会話を行ってきたのが、こうして一般職員達がいる場所へ緊急通信をかけてきたのだ。恐らく外の状況を察知しての事だろう。

 

 

「なら単刀直入に言います。あのエアロゲイター達は、私が迎撃に出ます」

 

 

 UR-1の言葉に、管制室内が大いにざわめいた。

 

 ジョナサンもまた、他の職員達と同様に驚き目を見開いていた。

 ジョナサンは前に〝彼”とビアン博士を交えて、〝彼”が世間に知られた場合の対応策を考えた事があった。

 だが、正直なところを言えば、あの案について〝彼”は採用しないと思っていた。

 外の人間との交流を極力避けようとしていた〝彼”の事だ。場合によっては、このテスラ研を見捨てて地下でやり過ごすという可能性も考えられたのだが。

 

 

「……行ってくれるのかね?」

 

 

 ジョナサンは、再度〝彼”の意思を問うた。

 此処で表へ出れば、間違いなくその存在は世界へ知られる事になるだろう。

 そのリスクを再三口にして来た〝彼”が、それを背負ってまで戦う意思があるのかを知りたかった。

 

 

「貴方を含め、テスラ研の方々には匿ってもらってから今まで色々と御世話になっております。此処で貴方方を見捨てるような、恩知らずにはなりたくありません」

 

 

 そんな答えに、ジョナサンは呆然としてしまった。

 あのロボットは、リスクやメリットではなく、義理で選択したのだ。

 

 

「ふ、ふふふ……ははははは!」

 

 

 前々から分かっていたが、本当に人間らしい事を言う。

 それが無性におかしくなり、ジョナサンは管制室内で呆けていた職員達を他所に、一人で盛大に笑ってしまった。

 

 

「分かった。ならすぐに出せる様に準備をするから、少しだけ待っててくれ。スタッフ全員で君を地上へ送り出す」

 

「ありがとうございます、ジョナサン博士」

 

「礼を言うのは私達の方だよ。――――すまん、テスラ研を守ってくれ」

 

 

 そう言って通信を切ったジョナサンは、すぐさま管制室内にいる全職員達に指示を飛ばした。

 

 

「さあ聞いての通りだ! 地下第99番格納庫の各ロックを解除するぞ! 各自、配置についてこれから私が伝えるシステムを開くんだ! 解除コードの打ち込みは此方ですべて行うから即座に回してくれ!」

 

 

 ジョナサンの声に各職員達が一斉に動き始めた。

  

 職員達が配置についたのを確認すると、ジョナサンが的確にUR-1のいる地下第99番格納庫のロックを解除するためのシステム立ち上げを指示する。

 

 次第に全てのシステムが開き、解除コードがジョナサンのいるモニターに映し出され、それをジョナサンが大急ぎで打ち込んだ。

 

 

(……何て事だ。〝彼”は、私が思っているよりもずっと私達を信頼していたんだな……)

 

 

 自嘲気味に笑いながら、最後のパスコードの入力を終えた。

 

 後は、UR-1にこの戦闘の全てを託すことになる。

 間違っても、今待機させているPT・AM部隊を援護で出すことは出来ない。足手まといになる事が目に見えているからだ。

 

 何故なら、ジョナサンはUR-1の機体に秘められた力を、以前研究所のパーツに擬態してもらう為に部分的に解体した際に解析(勿論許可は貰っている)して、おぼろげながらに理解したのだ。

 ビアン博士もその点については気付いている。

 

 UR-1の機体を構成する金属細胞は、あらゆる物質を取り込み、同化させ、再生・増殖・進化を可能とする恐るべき特性を持っている。

 そして彼の動力炉。構造と仕組みが未だに解析不能な状態であるが、重力を何らかの形で利用しているという所までは分かっている。

 そして、その性能の大よそをも、だ。

 

 

 

――――あれは、ヒュッケバインのブラックホールエンジンや、SRX計画のトロニウムエンジンの比ではない――――

 

 

 

 あれは、神にも悪魔にもなれる。恐らく人間が作ったであろう機械に、そんな事を言っていいものか判断に困るが。

 

 

 未だ底の知れないポテンシャルを秘めたUR-1。

 その矛先が、自分たち人類に向けられないかと言う懸念は昔からあった。

 

 だが、此処にはいないビアン・ゾルダークが、彼を信じた。

 そして、ジョナサンも自分なりにUR-1を信じている。

 

 

 UR-1は、只の機械ではない。

 只の機械に、どうして自身の行動に悩み、心を痛める事が出来るというのか。

 

 ジョナサンは、前にUR-1が謎の拒絶行動に出た、通称天岩戸事件の真相を知っている。カール・シュトレーゼマンの暗殺の真相も、だ。

 その際、UR-1が金属細胞を利用して独自に殺人アンドロイドを機体内部で製造したというのも知らされている。

 

 恐ろしさはあった。

 だが、その背景には、そうせざるを得なかった理由がある事も知っている。

 もしあそこでUR-1がカール・シュトレーゼマン暗殺を実行しなければ、最悪の事態が引き起こされることが明白だったのだ。

 まさか、ビアン博士がDCや他の協力者たちと共に反乱を企てようとしていたなど、誰が予想できるだろうか。

 

 これらの経緯などについては、全てジョナサンの胸の内にしまい込み、墓まで持って行くつもりでいる。

 ようやく地球圏が異星文明の襲来に対して一致団結して立ち向かおうと動き始めた時にこの事が公(おおやけ)になれば、取り返しのつかない混乱が巻き起こる事が予想できたのだ。それが分からない程ジョナサンは世界情勢を知らない男ではなかった。

 

 

 それらの行動を、UR-1は自らの意思で行い、そして己の行動に苦悩している。

 

 普通の機械にはそれが出来ない。自身にプログラムされたものに、わざわざ疑問を持ったり、悲しむようなことはしない。

 

 

 だから、〝彼”を信じてみようと思いたくなったのだ。

 

 

 全てのロックは解除された。直にUR-1は大地へ上がって来るだろう。

 後の戦闘をUR-1にすべて託すことになったジョナサンは、これから起こる出来事を見逃すまいと目を凝らした。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 〝彼”は、ジョナサン達テスラ研の手によって地下第99番格納庫のロックを解除され、自身の立つ足場がリフトの様に地上へ向けて高速で上っていくのが分かった。

 

 その速度は、高層ビルに設けられたエレベーターの比ではない。視界の向こうで、構造物とそこに設置された僅かな光源が上から下へと目まぐるしく移動しており、フリーフォールも真っ青の速度だ。

 地下数百メートルの場所から地上へと移動するのだから、それ位の速度があってもおかしくはないが。

 幸いなことに、機械の体ではその際に起こる〝耳鳴り”だとか〝内臓に来る重み”と言った現象は起こらない。

 

 

 

(各武装の展開は可能。DG細胞の状態は極めて安定している。動力炉の動きも問題は無い……後は、シミュレーションと実戦の差がどこまであるのかが心配だな)

 

 

 〝彼”は、地上へと到達前の時間の合間を使って、自身の機体の最終チェックを行っていた。

 この世界に来て初めての実戦だ。この数年で大体調べたつもりとはいえ、未だに謎の多いこの体だ。不確定要素は入念に潰しておくに限る。

 

 チェックを済ませた所、問題らしいところは何もない。オールグリーンだ。

 

 強いて問題があるとすれば、今まで地下でシミュレーションを行って戦いに慣れようとしたこの経験が、実戦でどこまで役に立てるのかが不安といった所だろう。

 シミュレーション内の空間は、可能な限り現実のものと同じ仕様にしているが、それでも所詮は機械、現実世界で起こる不確定要素を考えてみれば、全て同じだなどと言う訳にはいかない。

 いつも勉強していたからと言って、必ずしも試験で百点満点を取れるとは限らないのと同じだ。もっとも、この場合に限って言えば、何を以て百点満点なのかが分からない所ではあるが

 

 

 もうすぐ地上に到達する。

 モニターに映る現在地と高度でそれを知った〝彼”は、意識を切り替える。

 

 これから戦闘が始まるのだ。

 炎を噴き、鉄が弾け、命が散る。ゲームやテレビ越しに見る物では無く、その戦地の只中へ己が行くのだ。

 

 その自信の背中には、世話になった人たちの命がかかっているのだ。

 その事実が、機械の身とは言え人の心を持つ〝彼”に重くのしかかった。

  

 

 

 そして、〝彼”の頭上に到着点である天井部のハッチが見え、すぐさまそのハッチが勢いよく開き、足場となっていたリフトが〝彼”を地上へと押し上げた。

 

 

 〝彼”は数年ぶりの年月を得て、テスラ研を背後に庇うように、エアロゲイターの機動兵器群へ対峙するように大地へと立った。

 

 背後にあるテスラ研にあまり変わりはない。白い研究施設はそのままに、巨大ロボットを格納する施設が増えたくらいだろう。

 それともう一つ、其処へ向かおうとするエアロゲイターの機動兵器群たちだろうか。

 

 〝彼”の現在地は、丁度テスラ研とエアロゲイターの戦力の間に位置している。

 テスラ研から離れた場所に設けたのが幸いしたと言っていいだろう。おかげで移動する手間が省けた。

 

 〝彼”のボディであるUR-1――――ヴァルシオンのメインカメラがエアロゲイター達の姿を全て捉えてる。

 

 

 これ以上テスラ研への接近を許すまいと〝彼”が攻撃を仕掛けようとしたとき、エアロゲイター側の動きに変化が起きた。

 

 突然テスラ研へと移動していた兵器達の進路が、此方へと動きを変えたのだ。

 先行していた蜘蛛や鳥型の機動兵器達がわざとらしいほどに進行方向を曲げて〝彼”に向かってきているのだ。

 

 〝彼”のボディ――ヴァルシオンを脅威と察知したのだろうか。

 もしかしたら、テスラ研の研究データ等が目的なのではなく、抵抗戦力が目当てなのかもしれない。〝彼”の知るバルマー帝国なら、そんな事を考える可能性もある。

 

 だが、それならそれで〝彼”にとって都合が良かった。

 これでテスラ研を気にする度合いも減るのだから、後は此方でうまく誘導すればいいだけの事だ。

 

 

 一番機動力の高い鳥型が攻撃可能範囲に到達したのだろう、砲撃を放ってきた。

 〝彼”は左腕の盾を前面に構えてその攻撃に備える。

 

 そして直撃。鳥型の砲撃は余すことなく〝彼”のボディに直撃したが、〝彼”のボディに焦げ目すらつかせなかった。

 

――いける。即座に損傷チェックをしてはじき出された結果を見て、〝彼”は自分が問題なく戦える事を確信した。

 

 背面のスラスターに火を灯し、〝彼”が機動を開始する。

 いきなり突撃するような無謀はしない。距離を保ちながら、自身の火力を相手に浴びせてやるのだ。

 

 右腕を前に突き出し、手甲を展開して砲身を顕わにする。

 出力は小手調べと他への被害を懸念して……およそ10%。

 

 照準を固定した〝彼”は、クロスマッシャーを放った。

 

 右腕から放たれた赤と青のエネルギーの螺旋は、巨大なエネルギーの濁流となって〝彼”の前面に展開していた機動兵器群を余すことなく〝飲み込んでいく”。

 その最中、辺り一帯は〝彼”の放った砲撃で凄まじい光が迸り、砲撃の余波が直撃していない近くの機体すら巻き込み吹き飛ばしていった。

 

 

 エネルギーの放射が終わった〝彼”の眼前には、クロスマッシャーによって抉られ、赤熱化した大地が遥か地平線の彼方まで続いてゆき、山の一部すら巻き込んでいた。

 そしてその周辺には、クロスマッシャーの衝撃で機体の半分を吹き飛ばされ、または殆ど失っている機動兵器群が残骸となって転がっている。

 

 

(駄目だ。この武器は、いや、このヴァルシオンのパワーが強力すぎる) 

 

 

 〝彼”は改めて己の性能を確認し、驚愕する。

  

 原作の、そして夢の中で垣間見たあのヴァルシオンだって、此処までの威力は無かったはずだ。

 しかも、今のは出力を絞りに絞った10%。これであの威力なのだから、最大出力で撃った時に何が起こるのか、想像するだけでひやりとする。

 

 だが、〝彼”は自身のパワーがこれ程まで高い理由を知っている。

 ヴァルシオンの基本的なスペックにDG細胞が合わさったから、と言う訳ではない。

 更に別の、動力炉が根本的に大問題なのだ。

 

 地下へと潜んで間もない頃、入念に動力炉については調べていたので良く分かる。

 判明した時の衝撃は計り知れないものであった。

 

 

 このヴァルシオンの動力炉は、ブラックホールを利用しているのだ。

 より細かく言えば、縮退した物質を利用してエネルギーを発生させているのだが、そんな事はこの動力炉の名前の前には些細な事だ。

 

 〝縮退炉”

 

 知る人ぞ知る、SF界の超大御所動力炉である。

 

 そんな御大層な代物が、〝彼”のボディ内部に搭載されているのだ。

 発覚した当初、人間の体だったら間違いなく悲鳴を上げていただろうと〝彼”は思う。それ程までに縮退炉と言う存在は強力であると同時に、恐るべき危険性を内包しているのだ。

 

 よくよく考えてみれば、F完結編の世界のヴァルシオンならば、それを制作した彼の天才――パプテマス・シロッコの手で最終決戦に備えて独自に縮退炉を開発して搭載させる事も可能性としてはあり得る話だ。

 それにあの世界の縮退炉は、異星人のもたらしたブラックホールエンジンの発展型とされている為、異星人の技術を取り入れたという言葉が正しければ、縮退炉搭載の可能性も不思議ではない。

 ビアン博士達はこれをブラックホールエンジンの完成形。またはそれよりも更に発展したものと既に見抜いているが、DG細胞で再構築された事によってか、まさにブラックボックスの如き構造と化している為再現は事実上不可能な物とみなされている。

 

 それを搭載する事で星を破壊するような大出力を誇るロボットや戦艦が存在するので、そんなモンスター炉心を載せていれば、エアロゲイターの尖兵程度のロボットなら物ともしないのではと予想はしていたが、こうして目のあたりにするとありもしない息を飲んでしまいそうだ。

 

 なので今後の戦闘では、もっと攻撃には細心の注意を払う必要があるだろう。 

 幸い、砲撃した射程の先には街など人の居る場所が無いのは分かっているので、とりあえずは一安心だ

 

 

 そして、エアロゲイターの機動兵器は人型のものも含めて全て無人機であることは既に判明している。

 機体内に生命反応が全く感知されていないのですぐに分かる。

 

 敵対する侵略者に対してまで人命を気にするのはナンセンスであるが、撃ち落とした時の気の持ちようが違う。

 そこを気にする辺り、自分は軍人ではないのだなと〝彼”は皮肉気な気持ちを抱いた。

 

 

 右腕の砲身を閉じた〝彼”は、背中のスラスターを吹かして加速、瞬く間に残存する機動兵器群の元へと肉薄した。

 狙うのは砲撃機のハバクク。〝彼”は右腕を腰だめに引き絞り、半身を振りかぶる様にずらすと、その反動を以て右腕をハバクク目がけて叩き込む。

 

 突き出された拳はハバククの頭部を粉砕し、その機体内部へと深くねじ込ませる。

 そこで〝彼”は兼ねてより想定していたDG細胞の使用法を実行した。

 

 機体内部へとねじ込んだ拳からすかさずDG細胞を展開し、ハバククの体内へと注入する。

 DG細胞を突っ込まれたハバククは爆発する事無くその場で激しく痙攣する様に震え出すと、その機体に変化が起こる。

 

 ハバククの機体が、内側からDG細胞特有のメタリックカラーに染まり出した。

 そして、其処から更なる変化へと移行する。

 

 メタリックカラーに変化した機体がガチギチと悲鳴の様な音を立てながら形を変え、人型から一つの武器へと変態を完了させる。

 

 それは、ヴァルシオンの巨体から見ても巨大な刀身を持つ長巻(ながまき)の様な実体剣だ。

 

 〝ディバインアーム”

 神聖な武器と直訳できる、ヴァルシオンを象徴とする武器の一つだ。

 

 これぞDG細胞の特性である他の物質との融合、そして支配を利用した武器の生成だ。

 DG細胞に感染させて支配権をもぎ取った後に、その体を〝彼”の意思で以て意のままに形を変えさせるのだ。

 

 〝彼”は、それを聖剣の如くハバククの成れの果てから抜き放ち、その勢いで近くにいたゼカリア数体を纏めて叩き斬る。

 熱した刃物をバターに差し込んだ様な感触だ。相手の装甲が、装甲として機能しない程のパワーの差である。

 

 〝彼”と他の機体は2倍以上の体格差がある。その質量差もあって、未だ数に囲まれてはいても〝彼”の存在が他を圧倒していた。

 〝彼”の禍々しい機体の所為で、群がる小虫を踏み潰す魔王の様な有様である。

 

 此処から先は、もはや戦いではなく蹂躙だ。

 

 ある機体は〝彼”の加速した巨体にぶち当てられて粉砕。

 ある機体は〝彼”の脚部で機体を虫けらのように踏み潰されて圧壊。

 またある機体は、全ての火器を叩き込んでも無傷で近づく〝彼”の振り下ろした大剣の餌食となってスクラップと化す。

 

 

 圧倒的だった。

 一体どちらが侵略者なのかわからない程のパワーの違いは、自ずとエアロゲイター側の機体達を後ずさらせてしまうほどであった。

 

 そうして、程なくしてエアロゲイター側の残機がゼカリア1機となった所で、〝彼”はゼカリアの頭を掴み上げた。

 掴み上げられたゼカリアは、頭部を握力で変形させていく最中にも手に持つ光線銃と光の剣で〝彼”のボディや腕に攻撃をするが、全く傷が付かない。

 

 そして再びハバククの時の様にゼカリアの機体がびくりと震えると、だらりと両腕をおろして武器を地面に落としてしまい、全く動く気配が無くなった。

 

 

 ゼカリアの機能の停止を確認した〝彼”は、掴んでいた手を放し、ゼカリアを地面に降ろす。

 このゼカリアに行ったのはハバククの時の様な浸食と強制変化ではなく、機体内部へDG細胞を侵入させて支配権のみをこちら側に奪い取ったのだ。これで遠隔操作で自爆だとか手癖の悪い事態があってももうできない。

 今回の敵機は地球圏でも初めての人型だ。幸いなことにテスラ研にやって来たので、ゼカリアの方をサンプルとして捕獲を試みたのだ。

 

 

 最後の1機を無力化させた事で、戦闘が終了したと判断した”彼”は辺りを見回した。

 

 今回現れたエアロゲイターのロボット達は全機逃さず全て破壊した。

 おかげで〝彼”の周りは残骸だらけだ。先程無力化したゼカリアを除いて、どれ一つとして原形のある機体は無い。

 

 テスラ研への被害も無し。

 無事に守り通す事が出来たと〝彼”は安堵する。

 

 警戒態勢をとる必要のなくなった〝彼”は、手に持ったディバインアームを地面に突き刺し、テスラ研の管制室へと通信を入れた。

 

 

「ジョナサン博士、聞こえますか?」

 

「ああ、聞こえているよ。どうやら命拾いしたようだな」

 

 

 通信越しのジョナサンも軽口が言えるほどには余裕が出ていた。

 そこへ〝彼”が現状の報告を行う。

 

 

「敵機は1機を残して全て倒しました。残った1機も無力化させて捕まえましたので、そちらで解析をお願いできますでしょうか?」

 

「此方からも確認しているよ。凄いじゃないか、おそらくあそこまで状態の良い人型機を捕獲したのは、私達が初めてなんじゃないのか?」

 

 

 若干頭部が〝彼”に握りつぶされてしまっているが、それ以外は完璧な状態だ。解析用のサンプルとしては文句はないとジョナサンは太鼓判を押した。 

 

 

「こちらから回収班を出すから、君は念のためにその機体の側で待機していてくれ」

 

「分かりました」

 

「ああ、それと」

 

 

 特にこれ以上話が無ければ通信を切ろうかなと思っていた〝彼”へ、ジョナサンが問いかけてきた。

 

 

「先の戦闘で敵から随分と攻撃をまともに受けていた様だが、ボディの方は大丈夫なのかね?」

 

 

 ジョナサンの気遣いに、〝彼”は再度自身のボディの状況を確認して答えた。

 

 

「ええ、幸いにも装甲に傷一つ、へこみ一つついておりません」

 

 

 驚くべきはこのヴァルシオンのボディの装甲。

 Fの世界の仕様だと思われるので、装甲値が冗談みたいな数値を出していたのは伊達ではないという事か。

 調べた所、ボディの装甲に某超合金関係が使われているわけではないらしい事位しか分からなかったが、謎である。

 それにDG細胞による恩恵で自己修復機能が合わさり、もはや移動要塞より性質の悪い存在である。

 

 

「そ、それは凄まじい……あの砲撃といい、君の性能は我々が予想していた以上だな」

 

 

 ジョナサンが引きつった声で返事をする最中、〝彼”の機体に備わった集音機能が、通信設備の向こう側でテスラ研のスタッフ達が息を飲む音を拾った。

 無理もあるまい、自分達では制御できない自律型機動兵器が想像だにしないパワーを秘めているのだ。友好的な関係を築いたとはいえ、一抹の不安を覚えてしまう者もいるのだろう。

 

 

 まぁ、いずれ知られる事になるのだ。

 今回は自身の性能の一端を知る意味もあって、却って良い機会だったのかもしれない。

 後々先延ばしにしたせいで妙な不信感を持たれるような可能性を考えれば、今のうちに知ってもらった方がテスラ研の人達も色々と判断できることが増えてくるだろう。

 

 

 しかし、それよりももっと重要な事があった。

 

 

「……これからどうするつもりだい?」

 

 

 今の事態を察したのだろう。ジョナサンが神妙な口調で〝彼”に訊ねた。

 

 遂に地上へと姿を現す事になった〝彼”だが、現状ではこれ以上隠し通すのが難しくなってきてたのだ。

 今回テスラ研へ襲撃してきたエアロゲイターの戦力は、テスラ研の保有する戦力ではあれらを殲滅するのは無理があるし、それを無理に誤魔化そうとすれば、あとで角が立つ事が予想できるのだ。

 そうなれば、〝彼”の存在がテスラ研の外部へと漏れてしまう事はもう時間の問題だ。

 

 だが、それはもう既に〝彼”も覚悟していた事だ。

 

 それに、この様な事態が起きた場合への対策も用意はしてあるのだ。

 

 

「ジョナサン博士、今から送るデータの中身をご覧になっていただけますか」

 

「……あれの事か」

 

 

 〝彼”はそう言ってジョナサンの元へあるデータを送信した。

 送られてきたデータに見当がついたジョナサンは、すぐにそのデータの内容を見た。

 

 

「……まさか、本当にこれを使うことになるとはね」

 

「最初の発案者はジョナサン博士でしたでしょうに」

 

「分かっているさ。だからこれを上手く利用させてもらうよ」

 

 

 そう言って、呆れたような、笑ったような声で〝彼”に答えるジョナサンのディスプレイの前には、ある偽造された研究データが映っていた。

 

 その偽の研究データの題名はこう記されている。

 

 

 〝UR-1復元計画”




 主人公の戦闘BGMは「ヴァルシオン」で。


 主人公の機体であるF仕様のヴァルシオンですが、参戦している作品や、ゲームシナリオ内の時間軸的に考えた結果、縮退炉搭載仕様という事になりました。

 ヴァルシオンの拡張性 + シロッコの天才頭脳 = 悪夢の化学反応

 まっこと、スーパーロボット大戦の世界は混沌の坩堝やでぇ(戦慄

 本文でも書きましたが、スパロボF世界のガンバスターの縮退炉が地球産ではなく異星人からもたらされたブラックホールエンジンの発展型という設定だった筈なので、シロッコの発言を基に考えると、そのノウハウを基に独自に開発した縮退炉でも積んでそうだなあと考え、こうなりました。
 ガンバスターやイデオン等、文字通り星を破壊できる機体が主人公側の戦力にちらほらいる中で、シロッコのヴァルシオンがそれらをものともせずにあれだけ猛威を振るったという状況を考えますと、縮退炉くらい搭載していても可笑しくなさそうだなというのもあります。


 え? 必中+熱血をかけたイデオンソードでイチコロですって?


 ( ^ω^)……


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第7話

前回投稿してからお気に入りに登録された方の数が倍以上になっておりました。
それだけスパロボが好きだという方がいらっしゃるのでしたら、大変喜ばしい事です。
かく言う私もスパロボファンですので、皆さんのご期待に添えればなと思います。

本文文字数:20145文字

……うわあ、なんだか凄い事になっちゃったぞ。


 新西暦187年、地球圏はエアロゲイターが初めて人型機動兵器を投入した事により、ようやく有利に進めていたと思われた戦況が激化し、膠着、または不利な状態へと追いやられ始めてきた。

 今までのバグスの様な虫型偵察機とは全く違う運用方法の、より戦闘に特化した完全な人型機動兵器の攻撃に、今まで人型機動兵器との戦闘経験が少なかった地球側の部隊は少なくない被害を被った。

 

 そして、それから間もなく地球圏のL5宙域へコロニーをも上回る巨大な人工衛星が空間転移によって姿を現した。

 宇宙統合軍から偵察部隊を出した所、人工衛星からエアロゲイターの偵察機が現れ、その人工衛星をエアロゲイター側の拠点と断定された。その際、偵察に向かった部隊は全滅に追いやられてしまっている。

 

 同タイミングに、その人工衛星、地球側のコードネームで〝ホワイトスター”と呼ぶ事になった場所からと思しき謎の通信が地球圏へ一部の人間にしか受信出来ない回線で送られてきたのだ。

 

 

 それには、知的生物と思しき存在からの、地球圏の言語でのメッセージが内包されていた。

 

 メッセージの主は〝レビ・トーラー”

 此度のエアロゲイターの首魁を自称する存在だった。

 その人物が送って来たメッセージの内容は、30日以内という猶予つきの武装解除と降伏勧告だった。

 

 地球連邦政府、及びスペースコロニー政府はそれを拒否し、戦う事を選択した。

 幸か、それとも仕組まれたことなのか、30日の猶予があればホワイトスター用の新型兵器の調整や部隊編成が十分準備できる。

 地球圏は、これを機にホワイトスター攻略作戦という人類史上最大となる作戦に挑むつもりでいる。

 その為にも今は、エアロゲイターの動きに細心の注意を払いつつ、力を蓄えているのだ。

 地球圏が総力をかけて異星文明に立ち向かう日は、そう遠くは無い。

 

 

 そんな最中、ちょうどエアロゲイターが初めて人型機動兵器によって世界各地へ奇襲をかけてきてから間もない頃、テスラ研とDCが合同で地球連邦軍にある研究データを提出した。

 

 

 〝UR-1復元計画”

 

 12年前にギアナ高地で発見され、動力炉の暴走事故で跡形も無く消失してしまった当時話題となった謎の巨大人型ロボットを、現在の持てる技術を駆使して復元しようという計画である。

 計画自体はUR-1が消失してから数年経った新西暦182年には開始されており、当時発見されたメテオ3の技術と、オリジナルのUR-1から解析できた技術を駆使し、グルンガスト零式より後発で既に完成はしていたのだ。

 その後、研究資料として保管し、後にこの復元されたUR-1の技術を基にしてDCの最新機DCAM-01 ヴァルシオンは開発されたのだ。つまりこの復元されたUR-1は、ヴァルシオンのアーキタイプでもあるという事になる。

 そして改修を繰り返し、この度のエアロゲイターの人型機動兵器による襲撃の際、保有戦力のみでは対処不可能と判断したテスラ研所長のジョナサン・カザハラの判断の元、急遽迎撃戦力として投入し、日の目を見る事となった訳である。

 

 

 

 

 

 ……という設定の、テスラ研所長のジョナサン・カザハラとDC総帥のビアン・ゾルダーク、更には当人(当機?)である〝彼”によるでっち上げであった。

 話自体は此方の世界のヴァルシオンが完成する前から3人で概要だけ作っておき、ビアン・ゾルダークを筆頭とした幾人の権力者たちの力によって根回しを済ませておき、あまり不自然にならないように準備だけは進められていたのだ。

 

 そうして遂にUR-1が地上へ出る必要が出た為、雛形データの保管役を任されていた〝彼”がデータをジョナサンへ回し、それに分析データや設計図等の肉付けをした後ビアンと打ち合わせて最終チェック。

 予定調和の名のもとに、UR-1の偽造データはあっという間に完了し、根回しのされている地球連邦軍の方へと送られたと言う訳だ。

 

 そんな苦労の甲斐あってか、地球連邦軍側の反応と言えば、特に何も追及なくその事後申告ともいうべき内容を受け入れたのだ。

 恐るべきは権力の二文字。使いどころを間違えれば恐ろしい事態を引き起こすであろうと思った〝彼”は、協力してくれた二人の博士へ礼を告げると同時に、軽い注意を呼びかけた。もっとも、この二人に限って言えば余計なお世話で終わるかもしれないが、それならそれで〝彼”は良かった。

 

 

 こうして偽造戸籍もとい、偽造データを作成した事によって〝彼”は未だ枷は多いが、外へ出る事が可能になったのだ。

 

 

 そんなUR-1はテスラ研を離れ、現在DCの本拠地アイドネウス島へと運ばれる事となった。現在の地球圏は来たるホワイトスター攻略の為に戦力を集めるのに精いっぱいで、現状は猫の手も借りたい状況であるため、自然とホワイトスター攻略のための戦力として投入する事をテスラ研が命じられてしまったのだ。単独でエアロゲイターの人型部隊を蹴散らした戦績が報告されている為、そんな力を死蔵させるのはもったいないという事なのだろう

 UR-1が抜けたテスラ研はと言うと、UR-1が外れた分の戦力を補う為に、DCから戦力の補充を受けられている。

 

 そして現在、アイドネウス島のDC本拠地へ機体を運ばれたUR-1は、ビアン・ゾルダークの指示の元他のロボットが格納されている場所とは別のヴァルシオンが格納されている特別性の格納スペースへと移された。ヴァルシオンと体格や規格が似通った所があるため、同規格の格納庫に収納した方が良いというのが表の理由だ。

 裏の理由は、現在作戦開始までアイドネウス島の防衛を行うという名目でDC本部にいるわけだが、その実態はビアンの手元に置いて他者からの干渉を極力抑えようという措置であった。下手な部隊に所属させて、其処から干渉されて接収されたり、調べられるのを避けるためだ。

 そういった面では、このDC本部はビアン・ゾルダークの城の様な所であり、そこで働くスタッフたちも人格や背景をUR-1が事前に調べたうえで採用しているので信頼が出来る。後はUR-1を知る者たちが下手をしなければ問題は無い筈だ。

 

 

 更に――――

 

 

「本日よりDC本部所属となりました。テスラ・ライヒ研究所所属のUR-1のテストパイロットを務めている〝アケミツ・サダ”と申します。よろしくお願いいたします」

 

 

 そう言って、DC本部の総帥ビアン・ゾルダークがいる部屋で、ビアンと顔を合わせて挨拶をする者がいた。

 

 外見は20代後半から30代に差し掛かっているのだろう日系の男。

 三白眼ぎみの強い眼差しと、少しばかり長めで癖のある黒髪が特徴的だ。

 背丈は2メートル近くの引き締まった体つきをしており、鍛錬をしているように見受けられる。

 

 

「うむ、よく来てくれた。歓迎するぞ」

 

 

 対するビアン・ゾルダークもアケミツを歓迎する。

 今のビアンの姿はテスラ研で働いていた時の様な白衣姿ではなく、防衛組織の長を務める為か、厳めしいコートを羽織り、本人の威風も相まって実に貫録のある姿になっていた。

 

 ビアンはアケミツと互いの挨拶を交わすと、アケミツの姿を上から下まで興味深げに見回していた。

 悪意のある視線ではない。敢えて言えば、子供の様な純粋なまなざしだったとでもいうべきか。

 

 

「……とてもその体が機械だとは思えないな」

 

 

 僅かに感嘆の声を上げたビアンに対して、アケミツと呼ばれた男が己の手を見た。

 

 

「〝本体”の金属細胞のおかげですよ。ナノマシンレベルで構成されてまして、人間と全く同じ作りになってます」

 

 

 そう言って握り拳を作っては開き、腕を動かしたりしてみるが、男の体からは服の擦れる音しか聞こえてこない。まさしく見てくれのとおり、人間の動きだ。

 

 

「あと、人間と同じ様に飲食も可能です」

 

「ほう、消化はどうするのだ?」

 

「人間と同じプロセスで可能ですが、体内で完全に分解してエネルギーに換える事も可能です。ですので、機械と怪しまれる事はそうないかと」

 

「レントゲンやセンサー類にかかった場合は?」

 

「生体反応が出る様にしておりますので、そちらも問題は無いかと思います」

 

「……戦闘能力は?」

 

「……以前の暗殺アンドロイドの物を流用していますので、白兵戦や偵察も出来ます」

 

 

 幾つか問答を繰り返すと、ビアンは腕を組み、しみじみといった雰囲気の似合う声が口から洩れた。

 

 

「まるでSF世界の産物だな君は」

 

「ビアン博士、貴方も間違いなくその住人ですよ」

 

 

 今、こうしてビアンと会話をしているこの男、アケミツ・サダの正体は人間ではない。その実態は、〝彼”が遠隔で操作しているアンドロイドだ。

 以前シュトレーゼマン暗殺の為に生み出したアンドロイドをより人間的な姿にして、テスラ研に所属しているテストパイロットという偽造の戸籍データを持たせ、〝彼”ことUR-1のパイロットという役割を与えて〝彼”の乗り手も事前に確保させるという役割を与えられているのだ。テスラ研所属のテストパイロットと言う話は、所長のジョナサンから既に了承を得ている。

 それを格納庫に収納されている本体である〝彼”がリアルタイムで操作しているのだ。簡単に言えば、ラジコンロボットとでもいえばいいだろうか。

 

 なお、現在の服装については組織の上役に会うという事でジョナサンからもらい受けたお古のスーツを折り目正しく着込んでいる。親しい中にも礼儀は必要なのだ。

 

 

 立ちっぱなしで会話をするのもアレだと思ったのか、二人は室内に設えた応接スペースの肘付椅子に腰かけて再び会話を続ける。

 

 

「さて、こうして君はこのDC本部勤めとなったわけだが、作戦が行われるまでは、君にはこれから伝える部隊に所属してもらう事になる。それについては、大丈夫かね?」

 

「はい、問題ありません。それと、その後の作戦なのですが、私はどこの部隊に所属されるのか決まってますでしょうか?」

 

 

 アケミツの気になる所はそれであった。

 とうとう自分も宇宙に鎮座する異星人の本拠地へ殴り込みに向かう戦力として徴兵(?)されたわけだが、所属する部隊が何処になるのかまだ聞かされていなかった。

 正直、悪い人格の持ち主が指揮する部隊なぞに入れられるような事だけは避けたい。

 もっとも、DC所属の兵士からスタッフまで、隅々まで調べて不安要素のある人材はある程度振るいにかけられている為、そうそうおかしな人はいないだろう。

 それに、ビアン博士もそれについては考えてくれるだろうから、ビアン博士の采配を信じたい所であった。

 

 そんな懸念を抱いているアケミツ越しの〝彼”に、ビアンは安心しろと前置きを付けて教えてくれた。

 

 

「君には、エルザム少佐の部隊へ所属してもらう予定だ」

 

「あの、DCのトップ部隊にですか?」

 

「うむ、戦線に出される事になるだろうが、あの部隊を指揮する隊長は信頼できる男だ」

 

 

 アケミツはその部隊に覚えがあった。

 何せ、DCきっての優秀なパイロット揃いで有名な最新鋭部隊だ。

 そしてその隊長は、宇宙統合軍の総司令マイヤー・V・ブランシュタインを父に持つ男、エルザム・V・ブランシュタイン少佐。

 エルザム少佐自身も優秀な部隊を率いるだけあって、DC内、ひいては以前所属していた地球連邦軍内でも抜きんでた優秀さを持つ男だ。

 人格的にも極めて人望があり、DC内でエルザム少佐を慕う者たちは多いと聞いている。

 

 成程、これは優良そうな部隊だ。もっとも、優秀な部隊なので最前線に投入される事はまず間違いないのだが、部隊長が賢い人物なので、それなら大丈夫だと思った〝彼”だが、以前エルザム少佐について噂に聞いていたため調べた事があったのだが、そこで思わぬ事実を知った。 

 

 

(まさか、あの男の兄だとは)

 

 

 アケミツの知るスーパーロボット大戦シリーズに何度か登場するSRXチームでR-2のパイロットを務めていた、あのライディースの兄にあたる人物だったのだ。

 

 少なくとも、アケミツはエルザムと言う人物の存在を人間の頃は知らなかったので、不思議な縁が続くものだなと内心改めて感じた。

 

 

 ただし、ちょっと疑念と言うか、不安もある。

 

 

「ビアン博士。ご紹介いただいてあれなのですが、そんな優秀な部隊に私の様な実績のない新参者が配属されても大丈夫でしょうか?」

 

 

 アケミツが懸念しているのはそこだった。

 実力のある精鋭部隊だというのならば、そういった部隊に所属している隊員の矜持といった感情的なものが異分子も同然の自分を受け入れてくれるのかと言う不安もある。

 もっと実質的な所で言えば、部隊内の連携なども慣れ親しんだ隊員だからこそ可能だというものもあるのではないか。

 

 そういう点を考えると、アケミツこと〝彼”はこの世界のロボット戦闘で他者と連携を取る事など全くの未経験者であった。

 そもそもまともな実戦自体も、テスラ研での迎撃戦が初めてでそれ以来未だ行っていない。実戦経験が圧倒的に足りていないのだ。流石にシミュレーションをやり続けているので問題ないなどというおこがましい考えをいだくつもりは無かった。

 

 

「確かに私もその点については懸念していたのだがね。正直君の戦闘力は他の部隊にはいささか手に余るように思えてな、自然とエルザム少佐の部隊に白羽の矢が立ったと言う訳だ」

 

 

 成程、消去法でこうなったのか。

 確かに〝彼”の単純な破壊力は思い上がりでなければ、この地球圏ではかなり上位に位置しているのではないだろうか? という認識がある。 

 何せ、間違いが無ければ全力で戦えば星が破壊、できずとも大被害を与えられる超出力だ。そんなものをおいそれと部隊内で振り回すわけには行かない。

 

 状況次第によるが、アケミツは今回の戦闘で最大出力を出すつもりはあまり考えていない。

 恐らく敵味方が入り乱れた乱戦状態になる恐れがあるため、砲撃を行う前に事前連絡などの手間をかける必要がありそうな気がした。

 

 

「そう言う事でしたら分かりました。後であちらの時間が開いている様でしたら、挨拶に伺わせていただきます」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 

 程なくして、アケミツはビアンの部屋から退出する。

 その際、ビアンに一言声をかけた。

 

 

「ビアン博士、何から何まで御配慮いただき、本当に――――?」

 

 

 アケミツが深々と頭を下げ、感謝の言葉を述べようとしたが、ビアンが困ったように笑いながら手で制した。

 

 

「その言葉は、全てが終わってから改めていただくとしよう」

 

 

 さ、行くが良いとそのまま退出を促されたアケミツは、何とも言えない微妙な顔をしながらその場を後にした。

 

 

 

 

 出鼻を挫かれたアケミツは、少しだけ渋い顔をていたがすぐに元の表情に戻し、基地内の通路を進んで近場のトイレへと入った。

 

 丁度良い事に人は誰もおらず、中は極めて清潔さが保たれていた。地球を守る前線基地と言っても良い場所のトイレが不潔なのは世間体的にも格好が付かないのだろうかと益にもならない感想を抱きつつ、手洗い場に設けられた鏡に映る自分と相対した。

 自分で言うのもなんだが、悪くは無い筈、と〝彼”は鏡に映るアケミツの顔を見ながら思う。

 顔のつくりに違和感はない。むしろ、〝懐かしさすら覚える顔”を数年ぶりに見る事が出来て、自然と頬が少し緩んでしまう。

 

 〝彼”がそんな反応を示すこのアケミツ・サダというアンドロイドは、何を隠そう〝彼”自身が人間だった頃の体と顔をそのまま再現した物なのだ。

 名前だってそうだ。サダ・アケミツ――――真 明参は〝彼”自身の名前だ。

 

 人間だった頃の自身の姿にした理由は他でもない。自分が、人間であった事を忘れたくなかったからだ。

 幸いな事に自由度のあるDG細胞のおかげで、自身の姿と同じアンドロイドを作るのはそう難しくはなかった。

 もう諦めていた人間の頃の記憶を思い起こす事が出来たので、この体を構築しているDG細胞に今は感謝している。

 

 

 そうして、少し自身の顔を懐かしんでいた時にこのトイレへ入る人影があった。

 

 

 この基地には些か似つかわしくない、優しげな顔をした東洋系の若い男だ。まだ未成年なのではないだろうか? と思わせるような幼さが未だ顔に残っているのでそう感じさせる。

 しかし、身に着けている服装は間違いなくDCのパイロットの制服だった。

 それに妙にがたいが良い。背丈はそれほどではないが、鍛えているが故に引き締まった体つきが服越しに見えるあたり、兵士としての調練の賜物なのだろうか。

 

 そんな風にちらりと入って来た若い兵士を見ていたら、つい視線が合ってしまった。

 

 若いとはいえ、此処で働いている人間であれば失礼が無い様に、アケミツは静かに会釈をした。

 すると、向こうの若い兵士もつられてか、会釈をしてはっとした。

 

 

「あの、もしかして日本の方ですか?」

 

 

 未だ声変わりをしていなさそうな高めの声が、目の前の若い兵士から問い掛けで以て発せられた。

 

 

「ええ、そうですよ」

 

「ああ、やっぱり。会釈する人って日本の人しかしないそうですし」

 

 

 問われたアケミツは、偽造戸籍的にも日本人の為、素直に敬語で肯定する。

 自分の外見より若そうに見えても、組織に所属する人間である以上、それはつまり一社会人だ。社会人同士の礼儀は一般常識であろうと認識しているアケミツは、例え年下でも礼を弁える。

 

 どうやら、先ほどのアケミツの態度にピンと来たらしい。

 思えばアケミツがこの基地内を歩いていた時、日本人らしき外見の職員たちがいなかった。

 もしかしたら偶然見かけていないだけなのかもしれないが、頻度的に言えば此処では珍しい人種なのかもしれない。

 恐らくこの日本人であろう若い兵士は、同郷の人を見つけてつい声をかけたのだろうか?

 

 

 だがその前に。

 

 

「お話は、用を済ませてからにしましょうか?」

 

 

 そういうと、若い兵士はあ、あははと照れた様に顔を赤らめ、笑ってごまかしながらそそくさと用を足しに向かった。

 

 

 

 

 

 

「先程はすみませんでした。改めまして、僕はDC所属のパイロットをしているリョウト・ヒカワ少尉と言います」

 

 

 若い兵士をトイレの外で待ち、出てきた所で若い兵士の方から自己紹介してきた。

 やはりこの兵士はパイロットだった。この若さでパイロットを務めているという事は、それだけ優秀という事なのだろうか?

 そんな疑問を脇に置き、アケミツもリョウトへの礼儀に対して名乗った。

 

 

「私はテスラ・ライヒ研究所からの出向で来たテストパイロット、アケミツ・サダです」

 

 

 そんなアケミツの名乗りにリョウトは何か察した様な顔をした。

 

 

「ああ、貴方でしたか。テスラ研から出向されるパイロットって」 

 

 

 既に話は基地内に伝わっている様で、リョウトもアケミツが来る事を知っていた。

 

 

 

「僕が所属している部隊に配属されるって聞いていまして、隊長から貴方の案内役を任されているんですよ」

 

 

 そこでアケミツを探す前にトイレを済ませようとして出くわしたと言う訳を、少し恥ずかしげにリョウトが説明してくれたのだが、その話の最中に意外な事が含まれていた。

 

 

「リョウト少尉は、エルザム少佐の部隊の人間だったのですか」

 

「え、ええ、まあ」

 

 

 アケミツが感心していると、リョウトは言葉を濁しながら頬をかいた。

 

 そのままリョウトに案内を任せて基地の中を歩いている最中、リョウトがDCに所属した経緯を話してくれた。

 

 

 

 元々リョウトは軍とは縁の遠い、ごく普通の学生だったらしい。

 だが、趣味で遊んでいたバーニングPTをやっている最中、知り合った年上のプレイヤーがDCの関係者であり、後にその人物を介してパイロットを志願したという。

 

 しかし、志願するまでには色々と複雑な事情があった。

 当初は自分がパイロットになるなど自身の性格を知っている為、合わないと判断して視野に入れていなかった。

 

 けれども、エアロゲイターの偵察機が実家のある街を襲った事で状況が一変した。

 

 幸いにもDCと地球連邦軍の部隊が撃退してくれたため、街は壊滅の危機から逃れる事が出来たのだが、それでも民家や施設が被害を被った事に違いはない。リョウトの家も、その内に含まれていた。

 家は経営している空手道場ごと半壊。家族は皆命に別状こそなかったが、病院へ運ばれ、痛々しく負った傷の治療跡がリョウトに大きなショックを与えた。

 エアロゲイターの襲撃の際、リョウトは幸い別の街にいた為被害を免れていた。そして実家のある町が襲われている事を知るや血相を変えて自宅へ戻り、その惨状を見て目の前が真っ暗になった。

 

 そこで思い出したのが、いつぞや知り合ったプレイヤーがDCの関係者であるという事。

 葛藤はあった。戦いに出る事への恐怖が足を竦ませる。

 だが、家族が傷つく中自分だけが無事であった事への後ろめたさと無力さ、それでもまだ尻込みする自分への怒りが、今の自分にしかできない事を選択させた。

 

 そして、その知り合いのプレイヤーの伝手でDCへ入り、パイロットとして今日まで戦い抜いてエルザム少佐の指揮する精鋭部隊のポストを勝ち取るまでに至った。

 

 尚、リョウトはDCへ入る際、エアロゲイターの被害で経営の難しくなった実家への支援を紹介してくれた知り合いのプレイヤーへと掛け合ったらしい。

 その知り合いは〝結果次第でそれも考慮するように相談してみる”という約束をして、今こうして結果を残しているリョウトとの約束を守り、家の立て直しの支援をしてくれている。

 

 

「それはまた……当事者でない私がいう言葉ではないですが、大変だったでしょう?」

 

「まあ、辛いと思う時が無いとは言いませんが、部隊の人や上司に恵まれてましたので。僕は幸運な方だと思います」

 

「……ご家族はリョウト少尉の所属を認めてくれたのですか?」

 

「最初は大反対でしたよ。でも、その時つい大声で怒鳴っちゃいまして、そのままなし崩し的に了承を得ました」

 

 

 話を聞いていたアケミツは、リョウトがパイロットになる背景に同情の念を抱くと同時に、内心である人物への突っ込みをしていた。

 

 

(ビアン博士、何でそんな所でバーニングPTやってるんですか)

 

 

 驚く事に、リョウトが知り合ったバーニングPTプレイヤーのDC関係者とは、街行き用に変装していたDCの総帥ビアン・ゾルダークその人だったのだ。

 

 バーニングPTには機動兵器の操縦適性を図るという裏の機能がある事を〝彼”は知っているので、ビアンはそれでリョウトの適性を知ったのだろうとあたりを付けた。

 〝彼”はビアンがバーニングPTのプレイヤーだという事は既に知っている。

 と言うよりは、〝彼”もビアンと一緒にプレイしていたのだ。

 

 たまに仕事の関係で日本へ足を運んだついでに近場のゲームセンターでプレイをしていると聞いた事があるが、不思議な巡りあわせがあるものだとアケミツは思う。

 

 

 そもそもの話、リョウトの話を聞いてアケミツは思い出したのだ。

 この少年、スーパーロボット大戦αの主人公だ、と。

 8人の男女から選択する形式の主人公で、内気で優しいタイプの男性主人公だ。

 

 しかも、この世界にはリョウト以外にも同じようにゲームで主人公として登場していた人物が何人も確認されている。

 今更驚きはしないが、本当に何なんだろうなこの世界は、とアケミツはこの世界の集約っぷりに呆れすら覚えてしまう。

 

 

 リョウトと会話をしながら基地内を案内され、粗方済んだところで最後にエルザムの所へ挨拶に向かう事となった。

 順番的にはエルザムへの挨拶の方が先の様な気もしたが、当のエルザムが仕事の都合上離席状態だったのでこの様な流れとなった。

 

 

 エルザムの部屋の前に辿り着き、リョウトがドア横にあるインターホンを押すと、スピーカーから『私だ』と声が返ってくる。

 

 

「リョウト・ヒカワ少尉です。本日テスラ研から出向されたアケミツ・サダさんを連れてきました」

 

『分かった。入れ』

 

 

 簡潔な返事と共にドアのロックが開き、リョウトとアケミツは中へと進む。

 

 室内は入居者の人柄が反映されているからか、綺麗に荷物の整頓がされている。

 設けられた棚には本人の趣味か、黒い馬の写真や女性の写真が飾られていた。

 

 そして、執務スペースで静かにキーボードを叩きながらディスプレイに文字を打ち込む部屋の主がいた。

 

 やや癖のある金髪を肩より長めに伸ばし、その顔つきは貴公子と称しても文句のない気品のある美男子だ。

 この男がDCが誇る精鋭部隊を指揮するエルザム・V・ブランシュタインその人であった。

 部屋に入ってすぐ、リョウトはその場で敬礼した。

 

 

「リョウト・ヒカワ少尉、アケミツ・サダさんを連れて参りました」

 

「うむ、確認した。道中案内もしてくれたのだろう? ご苦労だったな」

 

「いえ。……あの、お仕事中でしたか?」

 

 

 リョウトがエルザムが何やらディスプレイに打ち込んでいる様子を見て遠慮がちに尋ねると、エルザムは苦笑した。

 

 

「これはプライベートな事だ。気にする必要はない」

 

「それなら良いのですが……」

 

 

 二人のやり取りを一歩引いて見ていたアケミツに、エルザムが気が付いて声をかけた。

 

 

「すまない、本命をそっちのけにしてしまったな。そちらがテスラ研から出向されたパイロットかな?」

 

「先程ご紹介いただいたアケミツ・サダと申します。本日よりDC基地への勤務を命じられました。エルザム少佐の部隊へ配属されるとお聞きしましたので、ご挨拶に伺いました」

 

「〝クロガネ隊”隊長エルザム・V・ブランシュタイン少佐だ。これからよろしく頼む」

 

 

 エルザムの理知的な眼差しがアケミツを見つめる。まるで此方の事を推し量っているかのようでもある。

 

 

「リョウト少尉、私はこれからアケミツ氏と話があるので、仕事に戻ってくれ」

 

「了解しました。それでは失礼いたします」

 

 

 敬礼をして、リョウトがその場を退出する。

 その場に残ったのは部屋の主であるエルザムと、新参者のアケミツだけだ。

 

 立ったままなのも何だという事で、エルザムから席を勧められるとアケミツは座って対面する。

 

 

「ビアン総帥から話は聞いている。総帥直々の推薦で君は私の部隊へ配属されるというのは聞いているかな?」

 

「ええ、私も今日ビアン総帥の元へ挨拶に伺った時に聞きました」

 

 

 アケミツの返答に、エルザムは少しばかり苦みを携えた笑みを浮かべる。

 今回の配属には思う事があるのかもしれない。

 

 

「ふむ……本来ならばこの様な事は無いのだが、他ならぬビアン総帥からの命令で、今回は異例ではあるが私の部隊へ入隊してもらう事になる。そこで、本格的に動く前に貴方の能力を確認しておきたい」

 

「仰る事、御尤もです。私ならいつでも可能ですが、如何いたしますか?」

 

「ほお、やる気が十分なのは良い事だが、大丈夫か?」

 

「新参者ですので、こうやって皆さんから信頼を得られればと思いまして」

 

 

 明け透けな良い様に、エルザムの口から笑いが漏れた。

 

 

「ふふふ、そうか。分かった、ならば夕方に部隊内への顔合わせも兼ねて、隊員の誰かとシミュレーターでひとつ勝負をしてもらえないか?」

 

「分かりました。では、それまで関係各所の皆さんへ挨拶に回ってきます」

 

「承知した。では時間は1600、シミュレータールームまで来てくれ」

 

「了解です」

 

 

 未だ慣れない敬礼をして、アケミツは部屋を出た。

 その間、エルザムがその背をじっと見ていた事に気付きながら。

 

 

 

 

 各部署への挨拶と細かい手続きを済ませていく内に、いつの間にかエルザムが指定していた時間が迫って来た。

 その際、リョウトに案内されていた場所を再度確認しながらもアケミツはある人物を探していたが、ついぞ会う事は無かった。

 

 その人物の名は、シュウ・シラカワ。

 22歳という若さで10もの博士号を持つ天才の二つ名が似合う科学者にして、このDCで副総裁を務めている若き傑物だ。

 

 面会の目的は至極単純で、挨拶に伺おうとしただけの事である。総帥への挨拶を済ませて、副総裁に挨拶をしないというのは失礼だと思ったが為だが、多忙な人間らしく、関係部署へ問い合わせてみた所暫く此処に戻らないらしい。

 アケミツはそれにほんの少しだが安堵していた。何せ彼が知るゲームでの知識とは言え、シュウ・シラカワと言う男は、シリーズに登場する度何をするのか分からない核爆弾以上の破壊力を持つ不発弾の様な存在だ。

 突然現れては謎めいた発言をし、敵に回れば恐るべき人型機動兵器グランゾンを駆って全滅に追いやる恐怖のジョーカーだ。

 現にこの世界でもグランゾンはシュウを中心に開発が行われ、完成している。過去に一度その時の開発データを調べてみようかと思ったのだが、機械的ではなく、彼が持つとある技術によって逆探知などされたら危険だと思い自制した事があった。

 さる科学者曰く、乗りこなせれば一日で地球戦力を壊滅させられると言って他の科学者たちからバッシングを受けていたが、アケミツこと〝彼”はその科学者の発言を真実だと確信している。 

 

 シュウ・シラカワが存在するとなると、自ずと他にも彼の出生に関わる様々なものが実在しているという事になる。

 実際、シュウ・シラカワを探して現れたと思われる超高速飛行物体、通称AGX-05(エアロゲイター機の識別コードだが、実際は別物である)の存在も確認されており、現在はスペースノア級二番艦のハガネを旗艦とする部隊に保護されているらしい。

 

 

(……お爺さんの質問に答えて、隠し通路を通るだけで仲間になってくれないものだろうか)

 

 

 人間の頃、それも結構幼い頃にプレイした某ゲームでの事である。

 

 まあ、それは無理な話なのだろうけれども。

 恐らく今後あり得るであろう最悪の事態を想像すると、憂鬱な気持ちになった。何が悲しくてワームホールから襲い掛かる無数のエネルギー砲やブラックホール、フェルミ縮退現象の弾を受けようというのだ。まあ、一人だけシュウ・シラカワ憎しで確実に突っ込もうとするどこぞの方向音痴がいるのは確かだが。

 

 

 そんな気持ちで肩に重さを錯覚しているアケミツが目指しているのはシミュレータールームだ。

 到着した頃の時間は、約束の時刻まで丁度10分前。だが、既に何人か集まっているのが見えた。皆DCの制服に身を包んでる所から、エルザムの部隊の隊員たちなのだろう。

 

 視線が此方に集中した。

 アケミツが今身に着けているのはDCのパイロットが着る制服ではなく、テスラ研で支給された制服を着ているので周りからすると浮いているのだろう。

 その制服のデザインなのだが、第4次からFの頃の主人公が着ていた物と似ており、違いがあるとすれば、アケミツの着る上着が長袖で全身が黒一色な所だろうか。

 何だかコスプレみたいだなと思いはするが、実際に服としての機能は優秀で、着心地も悪くはないので今後活動する時はこの服を着る事になるだろう。

 

 只今アケミツへ一点に集中しているDC隊員の視線だが、幸いと言うべきか、好奇の眼差しこそあれ嫌悪感は無い様だ。もっとも、これからの身の振り方でそこから先の反応が変わるわけだが。

 視線に晒され、声でもかけて挨拶でもしようかと思ったアケミツであるが、其れより先にアケミツへ声をかけてきた者がいた。

 

 

「すいません、もしかして今日からうちの部隊に入る人って貴方の事ですか?」

 

 

 明るげな口調で話しかけてきたのは赤髪褐色の少女だ。

 人懐こそうな明るい笑みは、話しかけられた相手の緊張を解してくれそうな印象を与える。

 

 

「ええ、そうです。後でご挨拶させてもらいますが、アケミツ・サダと言います」

 

「あ、やっぱり。私はリルカーラ・ボーグナイン。パイロットで少尉やってます」

 

 

 此処に来て何度目になるか分からない挨拶を交わしていると、そこへ更にアケミツへ話しかけてくる者が現れる。

 

 

「失礼、同僚が慣れ慣れしく話しかけてしまったみたいで」

 

「お気になさらず。貴方もエルザム少佐の部隊の方ですか?」

 

「ええ、ユウキ・ジェグナンと言ます。階級は先ほどのリルカーラと同じ少尉です。よろしくお願いします」

 

 

 この男も若い、多分リョウトやリルカーラと同じくらいだろう。

 ブラウンの髪を肩まで伸ばしており、優等生の様な雰囲気がある。

 

 と、言うかこの二人もリョウトと同じαで主人公だった者たちだった。

 ……もはや何も言うまい。アケミツは驚く事も無く、悟ったような気持ちになった。

 

 

「どうやら、皆もう揃っているようだな」

 

 

 そうこうしている内にエルザムが数名の隊員と一緒にやって来た。

 その中には、リョウトもいる。

 

 

 エルザムの登場にその場にいた隊員たちが皆敬礼をして迎えた。

 その中をエルザムが敬礼をしながら歩いてくる様は、SFのワンシーンの様でとても絵になる。

 

 

「さて諸君、今日ここに集まってもらったのは事前に話した通り、我が隊へ新たに配属される者との顔合わせと、その者とのシミュレーターによる模擬戦だ」

 

 

 エルザムの前に隊員たちが並んで話を傾聴していると、エルザムがアケミツに顔を向けて挨拶を促してきた。

 エルザムの横に立ち、隊員達が見える場所で挨拶をする。

 

 

「皆さんはじめまして、本日よりテスラ・ライヒ研究所から出向で来ましたアケミツ・サダと申します。皆さんのお役に立てるよう努めさせていただきます」

 

「アケミツ氏はテスラ研でテストパイロットを務めており、我が隊へはヴァルシオンのプロトタイプのパイロットとして所属する事になる」

 

 

 エルザムの補足に、皆が興味深げにアケミツを見る。

 何せDCが誇る最新鋭機にして現行機の中でも最強を誇るヴァルシオンのプロトタイプ、そのパイロットを務めているというのだから、腕前は如何程のものかと考えさせられてしまうのだ。

 

 そんな隊員たちの視線を察しているエルザムは、笑みを浮かべた。

 

 

「そこで、今回は彼の操縦の腕を皆と確認する為にシミュレーターで彼の相手をして欲しいのだが……ユウキ少尉」

 

 

 エルザムの呼びかけにユウキが一歩前に出た。

 

 

「一つ彼と相手をして欲しい。構わないか?」

 

「了解しました。アケミツさん、あのテスラ研でテストパイロットを務めていた貴方の腕、見させていただきます」

 

 

 どうもテスラ研でテストパイロットを務めている事が一つのネームバリューになっている様で、ユウキは表情こそ真面目そのものだが、その目は純粋な興味を携えてアケミツを見ていた。

 これは下手をするわけには行かないな、とアケミツはユウキの期待に応える事にした。

 

 シミュレーター機の中に二人が入り、筐体(きょうたい)を起動させるとアケミツはそこで機体を選択する。

 選択できる機体には、既に本体である〝彼”のデータが入力されているが、今回は敢えてそれを選ばず、量産型のゲシュペンストMk-Ⅱに決めた。

 相手を侮っているわけではない。パイロットの腕を試すのにはゲシュペンストが一番適しているのだ。

 ゲシュペンストはパイロットの力量次第でスペック以上の力を発揮する事も可能で、人間に近い動作を行う事も出来るのだ。それだけゲシュペンストの完成度が非常に高いという事でもある。

 〝彼”が地下にいた時にシミュレーターの一環で、此方の世界の機体を使用した事もある。その時よく使っていたのが量産型のゲシュペンストMk-Ⅱであった。シミュレーターのみでの経験年数で言えば、トップクラスなのではないだろうか。何せ人間の生理現象を無視してぶっ続けで出来るのだ。

 

 武器の選択も忘れない。

 この世界ではPT・AM問わず同規格で携帯可能な武装が多数あるため戦闘の幅が広い。

 今回選択するのは遠距離用のM950マシンガンとメガ・ビームライフル、そして近接対応としてネオ・プラズマカッターの3種類だ。

 

 全ての調整が終わると、本格的にシミュレーターが作動し、筐体内に光が広がる。

 映し出されたのは仮想空間内で構築された戦闘フィールドだ。

 有難い事に、地形はゲシュペンストが地に足を付けられる荒れ地である。

 空間のリアリティ度合いは〝彼”がいつも行っていたシミュレーターの方が上かな? と思うのは手前贔屓だろうか。 

 

 

「ゲシュペンストMk-Ⅱですか。アケミツさんが持ってきた機体ではないのですか?」

 

 

 ユウキの声だ。

 そして現れたのは、AMの最新機ガーリオン。

 エースパイロットの中にはこの機体をカスタマイズして独自の個性を持たせている者がいるが、見た所、特に手を加えられていないノーマル機の様である

 テスラドライブで空を飛ぶ事がセールスポイントなので、ユウキが駆るガーリオンは悠々と空を飛びながらの登場だ。

 

 

「パイロットの腕を試されていますので、最初の内はこの機体で相手をさせてもらいます」

 

「……了解しました。では、行きます」

 

 

 少し煮え切らない感じではあるが、ユウキから理解を得られた。

 実際、本来の機体で戦うとなると機体のスペックばかりが目立ってパイロットの腕と言うものが見えにくくなりそうな気がしたというのもあるが、アケミツは敢えてこの場で口にはしなかった。

 

 

 

 

 

 そうして始まったシミュレーションによる模擬戦闘。

 

 当初は空から頭を押さえているユウキのガーリオンが有利かと思われていた。

 実際、戦いが始まった頃のアケミツのゲシュペンストは、ガーリオンの所持するバーストレールガンによる砲撃を避ける事しかしていなかった。

 

 しかし、それから少しすると徐々に状況が変わっていった。

 

 

「こうも当らないとは……!」

 

 

 ユウキは模擬線相手のゲシュペンストMk-Ⅱの回避率の高さに舌を巻いていた。

 何せ戦闘が始まってからと言うものの、未だに一発もこちらの攻撃が相手に当たっていないのだ。

 

 相手の回避先を予測し、フェイントを交えて砲撃を放てば、それを見越したかのように必要最低限のモーションで避けていくのだ。

 後ろに目でも付いているのか、と疑いたくなる。

 

 

(この男、ゲシュペンストMk-Ⅱの動きを熟知しているのか?)

 

 

 そうとしか思えない動作だ。背面のブースターや各駆動時の反動すら活かして動かすのは、ゲシュペンストの構造を知り尽くしていないと分からない芸当だ。

 流石はロボット開発ではマオインダストリー社やイスルギ重工とは別のベクトルと次元で突出しているテスラ・ライヒ研究所のテストパイロット、と一応は称賛しておく。 

 

 だが、それで今の状況を納得出来るほどユウキは諦めの良い男ではなかった。

 

 

(バーストレールガンの残弾は後一発。マシンキャノンはまだ余裕……ならば!)

 

 

 おそらく相手の戦法は、避けて遠距離武器の弾薬を無くした後、懐まで飛び込ませたところでゲシュペンストの間合いで迎撃しようという寸法なのだろう。

 事実、ガーリオンの遠距離武器はもう一発しかなく、残った武装も距離を詰めないと有効打にならないものばかりだ。

 

 なのでユウキはこれ以上はジリ貧と見做し、相手の思惑に乗った。空中から遠距離での攻撃スタイルを止め、懐まで潜り込んで弾薬を叩き込みつつ必殺の一撃を仕掛ける戦法に切り替えたのだ。

 

 テスラドライブの出力を上げて、ガーリオンがゲシュペンストMk-Ⅱ目がけて飛び込む。

 

 マシンキャノンで弾丸をばら撒いて牽制を行い、距離を詰めつつガーリオン最大の一撃を試みる。

 

 ソニック・ブレイカー。ガーリオンに搭載されている最強の武装だ。

 両肩のユニットを前に倒し、フィールドを生み出して突撃するという武器の為、どうしても加速と距離が必要となる。

 

 その為の急接近だが、相手は此方の動きを読んでいるのだろう。細かく動きながらマシンキャノンを掠りこそするが、直撃弾を避けて正面に補足されないようにしている。

 

 やりにくい、だが此処まで来たら迷えば落されかねない。もうゲシュペンストMk-Ⅱとの距離は間近にまで迫っているのだ。

 

 ユウキは意地でゲシュペンストMk-Ⅱを補足させ、ソニック・ブレイカーを敢行した。

 直撃せずとも一部を巻き込めば十分ダメージは与えられる筈だ。そしてその勢いで距離を開き、再び空へ逃げ込んだ後にダメージで動きの鈍くなった機体を仕留めれば良い。

 

 そう睨んでユウキは突撃を行う。

 しかし。

 

 

「何ッ!?」

 

 

 予想外の事が起こった。

 目の前にいたゲシュペンストMk-Ⅱが、突然消えてしまったのだ。

 

 一体何処に? いや、その前に離れなければ。

 驚き、一瞬のスキが生まれてしまったのだろう。その瞬間機体に大きな衝撃が発生した。

 

 

「うっ! うおぉぉ!?」

 

 

 突然の衝撃、そして機体から発せられるアラームは、ガーリオンの背面に重大なダメージを受けていることを知らせてきた。

 受けているダメージ箇所にはテスラ・ドライブも含まれていた。

 直撃だったのだろう、テスラ・ドライブが破壊され、ガーリオンの出力が急に落ち、コントロールが出来なくなった。

 

 そして、先のソニック・ブレイカーで生み出した衝撃が災いし、その勢いのままに地面に叩きつけられてしまった。弾丸の様に加速していた機体が、地面を何度も跳ねながら仮初の大地を削っていく。

 

 その影響で、シミュレーター内に凄まじい衝撃とGが発生する。このシミュレータは極めて実戦と同じ状況を生み出す事が出来る為、戦いの際に生じる衝撃やGすらリアルに再現する。今回は、それがユウキにとってアダとなった。

 激しく揺れる体を必死に抑えながら、ユウキはモニターへ目を凝らす。

 

 既に機体は全身至る所のダメージレベルが最大値へ達しており、大破と言っていい状況だった。

 

 

「一体、何が起こった……?」

 

 

 機体は既に動かず、赤い照明で一面真っ赤なコックピットの中、呆然とするユウキの呟きに応えてくれるのは、危険を知らせるアラームだけであった。

 

 こうして、ユウキとアケミツの模擬戦闘は、ユウキの敗北と言う形で終わった。

 

 

 

 

 

「ちょっとユウ、大丈夫?」

 

「無理もないよ、あれだけの事があったんだから……」

 

 

 シミュレーターの筐体からよろめきながら出てきたユウキを迎えたのは、同僚のリョウトと相棒のリルカーラだった。

 

 

「大丈夫だ……それより、何があったんだ? こっちからだと、何が何だか分からず大破になっていた」

 

 

 ユウキはリルカーラへ先程起きた現象の実態を訪ねた。

 正直、今でも何が起こったのか分からないのだ。外でシミュレーター内の戦闘を観戦していた隊員たちなら分かる筈だと、身近にいたリルカーラに訊ねる。

 

 

「それが凄いんだよ! ユウもあっちで見た方が良いよ。私なんて、今見てもどうやって動かしているのか分からないんだから」

 

 興奮気味に話してくれるリルカーラの様子に首を傾げつつ、ユウキはモニターを見ていた隊員たちを見る。

 

 皆一様に驚きと感心でそのモニターを食い入るように見ていた。

 隊長のエルザムもそのモニターを気難しげな眼でじっと見つめてる。

 

 筐体から出て近づくと、エルザムがユウキに気が付き声をかけた。

 

 

「ユウキ少尉、ご苦労。どうだった?」

 

「は、それが……最後、何が起きたのか小官の方では確認が出来ませんでした」

 

「……そうだろうな。とにかく、これを見ると良い」

 

 

 そう言って、他の隊員たちもユウキの為に場所を開けてモニターを見た。

 場面は、丁度ユウキのガーリオンがアケミツのゲシュペンストMk-Ⅱへ高度を下げながらソニック・ブレイカーを仕掛けていた時の場面だった。

 

 そして、ソニック・ブレイカーがゲシュペンストMk-Ⅱに当たる直前まで迫る。そこで見た光景にユウキは声を驚きに上げた。

 

 

「こ、これは……っ」

 

 

 あろう事かあのゲシュペンストMk-Ⅱは、当たる直前にスライディングを行い、ガーリオンと地面の間をすり抜けたのだ。ユウキ側が加速していた事と、相手に下を潜られた事で、まるで消えたかの様にゲシュペンストMk-Ⅱの姿を見失ってしまったのだ。

 

 そして、潜り切ったその場で勢いをつけて腹這いになったゲシュペンストMk-Ⅱが、両手に持った銃火器をガーリオンの背面目がけて叩き込む。

 砲撃は全てガーリオンの背面に直撃。機体に受けたダメージとソニック・ブレイカーの加速が合わさりガーリオンは叩きつけられるように墜落し、何度も跳ね飛び土煙を巻き上げながら、惨憺たる有り様で大破に追いやられたと言う訳だ。

 

 

「……リョウト、あのゲシュペンストMk-Ⅱの動きは実際に可能なのか?」

 

 

 一連の敗北の原因を知ったユウキは、目を見開いたままじっとモニターを見ていたが、丁度隣にいた同僚のリョウトへ訊ねた。機動兵器に対する造詣の深いこの同僚なら、何らかの答えを持っているかも知れないと思ったのだ。

 

 

「……ゲシュペンストMk-Ⅱの構造なら出来なくはないけど、モーションパターンの組み立てやあのタイミングで使う事を考えると、よほど経験がないと実戦では使えないよ。そもそもあの動きは……」

 

 

 何か言いかけた所で、渦中の人物がモニターに集まるユウキたちの元へと近づいてきた。

 

 黒い制服を着こみ、2メートル近い長身の男。

 今日から自分たちの部隊へ配属される事になった、テスラ研のテストパイロット、アケミツ・サダだ。

 

 

 アケミツは、ユウキを見ると、気遣わしげに訪ねてきた。

 

 

「ユウキ少尉、体の方は大丈夫ですか? 凄い勢いで落ちてしまった様ですが」

 

 

 嫌味の様には感じられない。本気で此方を心配している様子が見て取れた。

 なのでユウキは素直に気にしないで下さいと答えていると、エルザムがアケミツに質問してきた。

 

 

「アケミツ、模擬戦の最後に見せた動きなのだが」

 

「……何か、不味かったでしょうか?」

 

「いや、そうではない。――あの最後の動き、TC-OSをマニュアルにしたのか?」

 

 

 Tactical Cybernetics Operating System(タクティカル・サイバネティクス・オペレーティング・システム)通称TC-OS。

 現存する大半の人型機動兵器に搭載されているシステムで、機体に登録させた動作パターンを、パイロットが行動を取る際人工知能が適切な動きを選んで実行させる事が出来るというものだ。

 これによって、練度の低い兵士でもそれなりの動きを行う事が可能なため、現在の機動兵器にはとても重宝されている代物だ。

 

 だが、極めて例外であるが、それを切って、マニュアルで操作するという方法もあるにはある。

 しかし、それは極めて困難な作業だ。戦闘の際にリアルタイムで行動パターンを入力しなければならないのだから、並のパイロットでは碌に動かす事すら出来ず、敵の攻撃に晒されて終わりだ。

 それを、まさかこの男が行ったというのだろうか?

 この場にいる隊員たちは皆目を見開く。皆、TC-OSをマニュアルで動かす事の難しさを嫌と言うほど思い知っているが故に。 

 

 

「はい、確かにあの時はマニュアルで動かしました。正直、間に合うのかちょっと不安ではありましたが」

 

 

 事もなげにアケミツはそう答える。

 嘘ではないのだろう。それを嘘と決めつけられない理由があったのだ。

 

 

「やはりそうか。……あのような動き、通常の機体へ登録されているはずが無いのだからな」

 

 

 TC-OSに登録されているモーションは、あくまで常識的な範囲でのデータのみであるため、スライディングからの伏射(ふくしゃ)紛いの動きなど、並の兵士では途中でミスをして事故になる可能性が高いので、登録されているとは思えないのだ。

 

 そうしてエルザムたちの部隊は改めて、アケミツと言う男のパイロットとしての腕前の一端を垣間見る。

 ユウキの腕が悪いわけではない。そもそも、エルザムが率いる精鋭部隊にいる事から並のパイロットではないのだ。それをシミュレーションとは言え、苦も無く倒してのけたアケミツの腕前が優れていたのだ。

 

 

 

 

 

 その後、ユウキとは遺恨も無く純粋に先程の操縦の腕を称賛され、今後ともよろしくと握手をする所まで友好的な関係を構築する事が出来た。

 他にも、アケミツの腕に興味を持った隊員達ともシミュレーターで勝負をする事となり、夕飯時まで連戦を繰り返す事になった。

 

 結果、シミュレータでの戦績はユウキとの勝負も含め10戦中9勝1敗と言うスコアを叩き出して隊員達の度肝を抜かせる事になる。

 その唯一の1敗というのも、負け続けている隊員達の姿を見てアケミツに興味を持ったエルザムがついに参戦し、それで僅差で負かせたというのが実態である。

 

 やりすぎただろうか? とアケミツはその時自身の頑張りすぎに内心焦ったが、結局その事でアケミツの評価がますます上がり、他の隊員達とも交友を深めるきっかけとなったので、結果オーライと相成った。

 

 

 

 

 その事にアケミツ――――アンドロイドが無事に所属先の人達と上手く溶け込めた事に、格納庫に収納されている〝彼”は安堵しつつ、予断を許さない地球圏の情勢に対してネットワーク経由で目を光らせていた。

 

 自分の知らないエアロゲイターの衛星基地――ホワイトスターの登場。

 コロニー規模の巨大戦艦――ヘルモーズでない事に意外だったが、大きさで言えばこちらの方が上だ。

 

 

(いるんだろうな、ジュデッカの奴が)

 

 

 レビ・トーラーの存在が確認されたのならば、合わせてあの白い巨大機動兵器もセットでいるであろう事は容易に想像できる。

 問題は、あのホワイトスターの主がレビ・トーラーだという事だ。

 

 ラオデキヤ・ジュデッカ・ゴッツォではないのか?

 それとも、裏で仮面の男――ユーゼス・ゴッツォが暗躍しているのだろうか。少なくとも、ユーゼスの存在はいる物と考えていた方がよさそうだ。イングラム・プリスケンが存在しているのだから、自ずと引っ張られるようにして存在しているはずだと予想する。

 そのイングラム・プリスケンだが、スペースノア級二番艦のハガネを旗艦とした部隊へSRXチームの教官と言う立場で所属していたが、それはもう過去の話である。

 ついこの間起きたエアロゲイターの迎撃戦の最中に味方機を攻撃し、エアロゲイター側のスパイだったという事が発覚しているのだ。

 

 ……どうやら、この世界でのイングラムはユーゼスの傀儡状態と見ていいのかもしれない。

 

 そうなると敵対戦力に、あの因果律の番人と呼ばれるグランゾン並みに恐ろしい機動兵器が現れるという事になる。

 

 すわ宇宙消滅の危機かと思いもするが、〝彼”がやる事はもはや変わらない。

 エルザム少佐の部隊の元、このヴァルシオンの力でエアロゲイター達と戦う事だ。

 

 もし先の機動兵器たちと戦うようなら、最悪素性を晒してでも全力で相手をするしかあるまい。何処まで対抗できるのかは分からないが。

 

 

(……ビアン博士たちだけに、頑張らせるわけにはいかない)

 

 

 今日まで、この世界をそう仕向けさせた自分にも責任があるのだ。

 それを無視して、自分だけが安寧を貪る事を良しとしなかった。

 

 既にこの世界で自分も友人の様な相手が出来た。

 彼らを見捨てるわけには行かないのだ。

 

 

 〝彼”は、人知れず格納庫で自分に出来る事を模索していった。




主人公、DC本社へ出向。

軍や組織内のやり取りの描写で不安な所がありますが、こんな物なのだろうかと思いながら書きました。


極めて余談ですが、主人公の人間の頃の名前は 真 明参 (さだ あけみつ)になりました。
ちなみに、少々特殊ですが読み方を変えますと……?


ついでに外見はゲ○マン忍者のお兄さんその人。

ゲル○ンカラーのマスク? ハハハ! こやつめ!

アニメと現実じゃあ比較なんてできないよねーという事で、人間だった頃の本人も周りの人も認識していませんので、自覚はありません。


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第8話

すかんちの曲「ロビタ」を聴きながら書いてました。


ビアン「私は宇宙からの侵略へ対抗するために、地球を強くする方法を考えているのだ」

主人公「キニイリマシタ、アナタヲテツダイマショウ」

ビアン「フフフフ、フフフハハハハハ……………ハハハ」


※元ネタはさる漫画のワンシーンです。


今回はちょっとお話を飛ばしてL5戦役へ突入です。

本文文字数:約12000文字


 無事にエルザムの部隊から認められ、所属を果たしたアンドロイドのアケミツは、部隊に馴染むべく時には隊員達とシミュレーターで模擬戦闘を行い、時には実際に機体を使用しての連携訓練、そして地球へ襲撃をかけてくるエアロゲイターを相手にしての実戦を行う日々が続いていた。

 

 最初の頃は、部隊の皆もアケミツの操縦する(ふりをしている)UR-1の存在に少々戸惑いがちであった。

 何せ今まで使用していたのはAMが主で、使うとしてもPTだったのだが、そこへ今回初めて特機を本格的に運用する事になったのだ。サイズもパワーも全く別物の新戦力の存在に、流石のDC最精鋭部隊も当初は扱い方に困っていた。

 

 ある時はサイズ差が倍以上に違うため、今までのフォーメーションでは上手く動き回れず。

 またある時は、UR-1の砲撃に巻き込まれないために射線軸から緊急退避しなければならない時もあった。

 

 とは言え、そこはDCでも最精鋭と誉れ高いエルザムの部隊。不慣れだった当初も日が経てば隊員達も順応し、特機の特性を上手く掴んで早々に部隊の戦力アップへと繋げて見せた。

 戦略兵器にもなり得る程の大射程と大出力を秘めたエネルギー砲を備え、従来の特機を遥かに上回る重装甲。接近戦も出来るし、それでいて高機動戦闘も可能なその性能のおかげで、部隊の戦略の幅が大きく広がったのだ。

 時には遥か後方からの大火力な支援砲撃を行い、その外見に似つかわしくない高機動力で最前線まで急行し、敵機を巨大な実体剣で叩き潰したり、危機に陥った味方機の盾にもなれるとオールラウンダーな活躍をしてくれるのだ。

 流石は地球圏が誇りし科学の粋が集まるDCにおいて総帥を務める稀代の天才ビアン・ゾルダーク自ら手がけた最新鋭機の系列機。プロトタイプからしてこの性能かと隊員達は驚きを禁じ得なかった。

 

 だが機体の性能だけではない、そのパイロットを務めるアケミツの腕前があってこそ、初めてUR-1の性能が活かせる事も皆は知っている。

 

 アケミツのパイロットとしての腕前も、日々行われているシミュレーションと実施訓練のおかげで隊員達からの評価は軒並み高かった。初めて顔合わせをした時に行ったシミュレーターで隊員達をくだし、最後にエルザムと模擬戦を行った事が大きかったようだ。

 その時、相手のエルザムもノーマルのガーリオンだったとはいえ、戦況はほぼ互角を維持し、何度もきわどい戦闘を行いその果ての僅差でエルザムに軍配が上がった。

 だが負けはしたが、勝ってもおかしくないという所までエルザムを追い詰めた事で、アケミツのパイロットとしての腕前も認められた。

 勤務態度も概ね良い評価を貰えていた。隊に馴染む為と言う目的があったからこそだが、自分の仕事が無ければ他の隊員達の手伝いを進んで行い、先任の隊員達の顔を立てる様に振る舞い、かつ腰が低いように見えて言うべき事は口にする所が隊員達の目には良い印象を持たれた様だ。

 結果、新しく入って来たアケミツ・サダという男は、凄腕のパイロットだがそれを鼻にかけず、謙虚で仕事も丁寧にこなすという認識を持たれて隊員達ともそれなりに良好な関係を築けていくところまで漕ぎ着けたのだ。

 

 なお、格納庫で人知れずアケミツを操作していた〝彼”はそれを基地内のコンピューター媒体をこっそりハッキングして知ると、内心で小さなガッツポーズを取っていたそうな。裏では人間間のコミュニケーションに〝彼”も四苦八苦していたりするのだ。

 

 当初不安だったアケミツが操縦している事になっている〝彼”のメンテナンスについても今の所は問題はない。

 

 巨大な機動兵器であるため、消耗した部品の交換等でどうしてもメンテナンスで整備員を導入して機体に触れさせなければならない。

 此処で機体への接触を禁じようものなら、其処から不審がられて妙な拗れが生まれそうなので、どうしても外装面は人員の導入を避けられない。コックピット、システム面はテストパイロットの特権で、アケミツだけしか取り扱えないという事にしてはいるが。

 そこで役に立つのが問題でもある〝彼”の機体を構成している金属細胞だ。メンテナンスの関係で交換の際取り外す部品等についてのみ、金属細胞の特性でありふれた材質に変質させて固定をし、只の廃材にしてしまえばいいのだ。仮に誰かが精密に検査したとしても、それはもう金属細胞ではなく、この世界に存在する金属物質に変わってしまっている為、判別はもう不可能だ。

 わざわざ交換する箇所だけ変異・固定させるのは通常ならばかなりの演算能力を要するのだが、其処は膨大な演算機能を獲得した〝彼”の手に掛かれば息を吸う様に行える。

 

 そうやって今の所は上手く擬態を続けているアケミツが所属しているエルザムの部隊へ、とうとうホワイトスター攻略作戦の準備が完了したと言う報が届いた。

 

 

 

(オペレーションSRW……か)

 

 

 そんなぼやきをこぼすのは、基地内の格納庫に収納されている〝彼”だ。

 現在システムのメンテナンスと言う名目でアケミツをコックピット内へと入れ、アケミツ自身のメンテナンスを行っていた。

 DG細胞で構築しているので、仮に怪我をしたとしてもすぐに元通りに出来るのだが、現在行っているのは〝彼”との遠隔操作による交信機能の検査や情報処理機能と言ったシステム面でのチェックだ。流石にこればかりはアンドロイドが単独で金属細胞を用いて修復を行うのには限界がある。

 特に問題はないと思うが、こまめな手入れの一環という奴だ。時間もそうかからないので、他の人達には怪しまれる事もない。

 

 コックピットのシートに座らせ、後頭部近辺の機材からコード状の触手を伸ばし、アケミツの後頭部からうなじにそれを融合させながら差し込んで本体の〝彼”と接続する。

 

 そうしてアンドロイドのメンテナンスを片手間に、〝彼”はこれから行われるホワイトスター攻略作戦の事を思い返した。

 

 作戦名、オペレーションSRW。アルファベットの構成に何か思う事が無いわけではないが、それは置いておく。

 この作戦は大きく分けて四つの段階に構成されている。

 まず最初のフェイズ1で、この30日間の内に用意したPT・AM部隊と宇宙機動部隊で敵機の陽動を行い、ジャミングをかけて相手側のかく乱を試みる。

 そこからフェイズ2へと続き、軌道修正を行いながら敵へと突き進む弾道ミサイル――通称MARVを搭載した核弾頭を打ち込み、ホワイトスターの破壊を行うというものだ。

 

 以上のフェイズで特に問題が無ければそこで作戦は成功という事になるのだが、相手は未知の科学力を持つ異星人、それだけでは終わらないだろうという懸念の為の次善の策として、残りのフェイズが存在している。

 

 フェイズ3へと移行すると、地球圏きっての破壊力を誇る2隻の戦艦、地球連邦軍所属のスペースノア級弐番艦ハガネとヒリュウ級汎用戦闘母艦ヒリュウ改による最大兵器を使用し、ホワイトスターの破壊を試みるというものだ。

 

 そして、それも失敗となった場合、作戦は最終段階のフェイズ4へシフトする。移動要塞の内部へ機動兵器部隊を突入させ、その中枢を破壊するのだ。

 

 ……その最終フェイズで急先鋒を務めるのは、他ならぬエルザムが指揮する〝クロガネ”隊だった。

 何故かと問われれば単純明快、クロガネ隊の旗艦が最もそう言った役目が適しているのである。

 

 スペースノア級参番艦クロガネ。

 現在世界に3隻のみしか運用が確認されていないスペースノア級の内の1隻である。

 スペースノア級万能戦闘母艦。それはEOTを駆使して建造されており、テスラ・ドライブによって宙に浮き、16基のロケットエンジンを推進力として大気圏内の飛行、水中潜航、外宇宙航行すら可能とする戦艦だ。

 当初は地球脱出用と地球防衛用と言う相反する目的のもとに生まれたこのシリーズは、艦首部分に様々なオプション・モジュールと交換が出来るという、過去に類を見ないタイプの柔軟性に富んだ艦なのだ。

 壱番艦は格納庫とカタパルトデッキの機能を併せ持ち、弐番艦は超希少金属トロニウムを用いた重金属粒子砲を搭載している。

 そして、その中でも異彩を放つのがこの参番艦クロガネの艦首モジュールだ。

 超大型回転衝角……またの名を対艦対岩盤エクスカリバードリル衝角。

 既に名前でお気づきの事かと思われるが、クロガネの艦首には超大型ドリルが搭載されているのだ。

 艦に備わっているEフィールドと併用してこれを起動させて突撃すれば、恐るべき大質量兵器として眼前の存在を全て粉砕し、更には地中の移動すら出来てしまうのだ。

 なお、〝彼”はその戦艦の姿と岩盤を破壊しながら地中を突き進む様を見て、さる特撮映画を幻視したとか。

 そんな、接近戦に持ち込めば勝てる戦艦は地球圏にいないと言えるほどの破壊力を誇るそのドリル戦艦が、フェイズ4の要としてホワイトスターの外壁を突き破るための切り札に選ばれたのだ。

 奇しくもこのクロガネがまさに〝人類最後の希望”になり得ると言う訳だ。

 

 指令を受けたエルザムは、地球圏を救う一助となるのならば是非も無しとこの指令を受諾。隊員達もやる気の様だ。

 しかし、皆は自分達を捨て石にする気はなかった。生きて帰還し、勝利するつもりでいるのだ。

 

 そんな彼らに対し、突入部隊として戦力に些か不足が見えるとして、DCから最近完成した機体が配備された。

 

 機体の名は、〝量産型ヴァルシオン”

 全長はオリジナルのヴァルシオンからややダウンサイジングが試みられて40m程の青と白のツートンカラーが眩しいロボットだ。

 量産を視野に入れている為か、コストの問題上オリジナル程の大火力は無いが、それでも特機並のパワーと火力を持たせる事を可能にした量産型と言うカテゴライズでは破格の機体にして、DC渾身の力作だ。

 オリジナル程の重装甲ではなく、その代りオリジナルの頃から課題となっていた機動力や可動範囲の改善の為に全体的にややスマートな外観となった。

 そんな性能であれば、量産コストも従来の量産機からは比べるべくもない程に高価な物になっている為、物量的にはクロガネ隊の隊員達に配備するので現状は限界であった。

 

 オリジナルと並ばせれば、さながら王(ヴァルシオン)を守る騎兵隊(量産型ヴァルシオン)の様な様相になるだろう。

 もっとも、彼らを指揮するのは別の機体である。今回そのヴァルシオンはワケあってDCの本部へ残される事になっている。その代りとして、今回の量産型ヴァルシオンの配備が作られたという意味もあるらしい。

 

 部隊を指揮するのは当然エルザムであり、彼の機体も量産型ヴァルシオンであるが、エルザム用にチューンナップが施された結果、一線を画したカスタム機と化していた。

 色はパーソナルカラーの黒を基調に赤や金の意匠が施され、機体にはエルザムの家の家紋が入れられてある。

 そのような機体に与えられた名前は〝トロンべ”。

 どうやら、エルザムは自分の愛機には家で飼っている馬と同じ名前を付ける趣向があるらしい。

 アケミツは当初、エルザムの口から洩れてくるトロンベなる言葉に疑問を持ち、他の隊員達に訊ねてみると、隊員達が苦笑しながら先の習慣(?)を教えてくれた。

 どうにもエースパイロットと言う人種は、何処の世界でも癖のある人達の様だ。

 だがまぁ、仮面を付けたりしないあたりは、まだ常識的なのだろうか。

 

 その様なカスタマイズを施されたエルザムの機体は元々中世的なデザインだったヴァルシオンシリーズの外観と相まって、黒騎士の名前がふさわしい姿である。 

 此処では〝彼”だけが知っている事なのだが、エルザムには本来専用の特機が与えられるはずだったのだが、どうやら間に合わなかったらしい。

 それでも、機体の性能は申し分ない。エルザムの操縦技術に十分応えてくれるだろう。

 

 そんな黒騎士に率いられる彼らの機体は、DCが奮発して全機量産型ヴァルシオンに統一されている。 

 

 そうして戦力を着実に高めたクロガネ隊は、文字通りDCが誇る切り札の一つとなり、ホワイトスターの外壁を突き壊す強固な矛という存在になった。

 

 〝彼”はこの戦力に驚きを禁じ得なかった。

 何せ、姿かたちに違いはあれど、ヴァルシオンと名の付く機体で一部隊が存在しているのだ。

 今まで敵で大量に出て来る事こそあったが、味方で出て来る事など初めてだ。

 

 そもそも、この世界で誕生したヴァルシオンの姿からして〝彼”の知るヴァルシオンとは全く違っていた。

 何時だったか、ビアンがヴァルシオンを開発する際にそのデザインを見せてもらった時は、最初それがヴァルシオンなのかと本気で思うほどの別物だったのだ。

 理由を尋ねてみると、元々〝彼”の姿でもあるヴァルシオンは、敵対勢力への心理的圧力を与える為、そしてビアン達が反旗を翻した際の世界の敵として象徴づけるためにあの禍々しいデザインにしたらしい。

 ところが、〝彼”の存在によってDCは純粋な地球の防衛組織として設立されたため、世界の敵である必要は無くなり、兼ねてからの目的だった地球防衛用のロボットとしてその姿かたちが見直されたのだ。 

 

 

 この世界で目覚めて、こうしてビアン達に協力している〝彼”だが、DCが世界の敵にならなくなった時点で全く先が読めない状況が続いた。

 自分の知ってるシリーズに酷似した世界ならばそれに沿って予測をはじき出せるのだが、このスーパーロボット大戦のオリジナル要素のみが混ざり合った坩堝の如き世界では、プレイヤーだった頃の視点なぞ役に立ちはしない。精々、登場するロボット達の性能の大凡が分かる位だろうか。それだけでも多少は利用できるだろうが、全くの同一視が出来ないのが苦しい。

 

 とは言え、それも仕方のない事だと〝彼”は割り切る事にしていた。

 世界の流れの大枠を知る事なぞ、普通の人間ならば到底出来る事ではないのだ。他ならぬ、神でもない〝彼”ならば尚の事だ。

 

 

「……君ならば、どうすればいいと思う?」

 

 

 不意に、コックピット内に男の声が響く。〝彼”が問いかけと言う形で声を発したのだ。

 問いかけた相手は、コックピットのシートに背を預けたまま〝彼”と接続しているアケミツ・サダ――――その姿をしたアンドロイド。

 アンドロイドは瞼を閉じたまま答えようとはしない。当然だ、〝彼”が遠隔操作をしなければ、このアンドロイドは只の精巧な人形でしかないのだから。

 

 

 静まり返ったコックピットの中で、メンテナンスの終わったアンドロイド――――アケミツが目を開く。

 繋げられていたコードは抜かれ、シートから降りてハッチへと向かう。

 

 ハッチへ手をかけ、外へと出ようとしたアケミツは一瞬だけコックピットの方へ向き直り、シートをじっと見つめた。

 

  

「――――」

 

 

 口を開き、何か言おうとしたが、止めた。

 目を閉じたアケミツは俯きながら首を振り、そのまま〝彼”から出て行った。

 今ここで、深い感傷は不要だ。

 為さなければならない事が、目の前に迫っているのだ。

 

 オペレーションSRW開始まで、もう間もないのだから。

 

 

 

 

 地球圏のL5宙域に鎮座するエアロゲイターの拠点、ホワイトスター周辺で未だかつてない戦いの火ぶたが切って落とされた。

 

 オペレーションSRW。

 地球連邦軍、そしてコロニー統合軍から集められた全戦力が、地球の存亡をかけて外宇宙からの侵略者を打ち倒すべく計画された作戦が遂に開始されたのだ。

 

 地球の戦力は、過去に類を見ない大艦隊だ。

 その中には、全長1200mもの巨体を誇る大型宇宙戦艦のアルバトロス級が地球連邦軍と宇宙統合軍側に1隻ずつ旗艦として据えられ、それらの旗艦を中心に数百隻にも及ぶ戦艦と、数千にも上る機動部隊の大群である。

 両陣営の指揮を執るのは地球連邦少将のノーマン・スレイ、コロニー統合軍総司令官マイヤー・V・ブランシュタインだ。

 

 しかし、エアロゲイター側の戦力も侮れない。

 5000mもある巨大戦闘母艦を多数空間転移させ、そこから雨後の筍の如く機動兵器を大量に吐き出し、地球側の戦力の迎撃に当たらせてきた。

 

 そうして行われた作戦のフェイズ1、各艦隊と機動部隊による陽動、そしてジャミングは概ね成功していた。一進一退の攻防を繰り広げる中、エアロゲイターの機動兵器達は地球側の思惑通りにその大勢力を陽動部隊の方へと動かしていく。

 そして手薄になり始めた頃合いを見計らい、主力艦隊が一斉に核ミサイルをホワイトスターへ打ち込む。フェイズ2の開始だ。

 

 核ミサイルは順調に手薄になった部隊を潜り抜けてホワイトスターの懐目がけて飛んでいく。着弾するのは時間の問題かに思われた。

 だが、やはりというか、事はそう上手く行かなかった。

 

 着弾するかに思われた核ミサイルは、ホワイトスターの直前で突如爆発を起こしたのだ。

 核の爆発はホワイトスターへ届かず、まるで見えない壁に遮られるようにして跳ね除けられてしまった。

 そこへ更にダメ出しと言わんばかりに、エアロゲイター側から核ミサイルが転移で主力艦隊へ送り込まれ、主力部隊の半数がそれによって撃沈される。

 

 これによりホワイトスターには不可視の防御フィールドが備わっていることが判明、ただちにハガネとヒリュウ改による直接攻撃のフェイズ3へ移行した、

 

 

 

 

 

(まずいな、フーレが集まり始めた)

 

 

 主力艦隊へと組み込まれたクロガネ隊達が繰り広げる戦闘宙域の只中、〝彼”は眼前に現れた敵の増援に焦りの感情が浮かんだ。

 

 エアロゲイターの戦闘母艦フーレ。歪な葉付きの根菜類の様な形の巨艦が空間転移でぞろぞろと現れ出したのだ。

 その数は40隻、5000mもある巨大戦艦が群れを成す姿は敵からすれば悪夢のような光景だ。

 戦艦内に機動兵器を大量に保有する艦載能力もさることながら、恐るべきはその艦首から放たれる主砲だ。

 その一撃は、大気圏から地球の地表へ都市ごと消し飛ばせるほどの破壊力があり、この戦闘の最中もその砲撃でいくつもの友軍の戦艦と機動兵器達が宇宙の塵に還されている。

 そんな恐るべき戦艦の増援は、味方の精神的負担をかさ増しさせるだけでなく、実質な戦力面でも打撃が大きいのだ。

 

 現在ハガネ、ヒリュウ改の部隊は最大攻撃の有効射程範囲へ到達するべく、眼前に立ちふさがる敵の機動兵器群を叩きながら突き進んでいる最中である。

 クロガネ隊は、そんな両艦の護衛と、最終フェイズが必要となった場合を兼ねて随伴している。

 

 そんな折、先のフーレの増援艦隊が現れたのだ。

 先ほどからクロガネ隊はエルザムを中心に何隻ものフーレと機動兵器達を叩いてきた。量産型ヴァルシオンに乗り換えた事でパワーは当然の事、機動力も軒並み上がり、地球戦力内でも有数の破壊力を誇る部隊へとパワーアップを遂げていた。

 しかし、エルザム達の力も無尽蔵ではない。機体やパイロットの消耗はいかんともしがたく、次々と現れるエアロゲイターの戦力への対処が限界を迎えようとしていた。

 

 更に言えば、ハガネとヒリュウ改の機動部隊達もクロガネ隊と一緒に敵勢力へ攻撃を行っており、こちらも少なくない消耗を強いられていた。

 見覚えのある機体達も、数で攻めてくる敵の猛攻の連続で精彩を欠き始めている。

 

 それに引き換え、〝彼”は今の所殆ど消耗が無かった。

 エネルギーは減ったとしても雀の涙が良い所ですぐに充填が出来るし、機体も表面的に損傷している様に装っているだけなので、その薄皮をめくれば本来の硬い装甲で被害はゼロだ。

 内部的にも機械になった事で肉体的な負荷は無く、演算機能もまだまだ余裕を残している。

 手を抜いていたわけではない。世間的に公表したスペックで全力で戦い続けても、本来の性能がそれを遥かに上回っているからである。

 

 しかし、このままではいけない。

 当初、現状で作戦が遂行できればと思っていたが、エアロゲイター達の戦力が予想以上に強力だ。

 

 

(……ビアン博士、ジョナサン博士、すみません。せっかくお膳立てしてもらったものが、無駄になるかもしれません)

 

 

 これ以上黙っていたら、この部隊にも死者が出てきてしまう。

 そう判断した〝彼”は、今まで抑えていた機能の開放を決断する。

 

 

「エルザム少佐、今から私が皆さんの道を作ります」

 

『何! 一体何をするつもりだ?』

 

「すみません、お話は後で。今からお送りする射線軸から皆さんを退避させてください」

 

 

 怪訝に問い返すエルザムだが、今は戦闘中だ。話をしている余裕が無い。

 質問を切り捨て、〝彼”が射線軸のデータを部隊に一斉送信する。

 

 突然のデータ送信にクロガネ隊や、他の艦の部隊達からも詳細を求める通信があったが、〝彼”はそれらの全てを無視して機体の推力を全開にし、流星の如き速度で他の味方機を追い抜いて、敵の増援部隊の正面に躍り出た。

 

 その途端、敵の増援部隊から攻撃が放たれた。

 戦闘母艦フーレが多弾頭式のミサイルを放ち、他の機動兵器達が各々の武装を打ち込んでくる。

 標的は全て〝彼”に向けられていた。前へ先行した愚か者を血祭りにあげようとでも思ったのだろうか。

 

 傍から見れば、オーバーキルと言えるほどの大物量の火力と火線が〝彼”へと殺到してくる。

 「死ぬ気か」「止せ」「逃げろ」と味方の部隊から必死の声で通信が入ってくる。

 どうも、此方が命を賭して味方の為に血路を切り開こうとしていると思われている様だ。

 

 

 コックピットのシートに座っているアンドロイドのアケミツの顔に、小さく笑みが浮かんだ。 

 

 

(……良い人達だ)

 

 

 アケミツはクロガネ隊と一緒に開戦の前日、宇宙へ上がる前に最終フェイズの中心となるハガネ、ヒリュウ改の隊員達と顔合わせをしていた。

 ハガネの艦長は壮年の厳格そうな男性で、副官の男性はアケミツと同じくらいの年齢の様だ。

 ヒリュウ改の艦長は驚いたことに、二十歳前の女性だが、航空士官学校を首席で卒業した才女で、その副官は英国紳士の様な人だった。ハガネの艦長と長い付き合いらしい。

 

 そんな艦長達からして個性のある彼ら彼女らの艦の隊員達もまた個性的だった。

 ゲームで見た事がある様な、しかし現実で見るのとでは違うパイロット達。

 ハガネのパイロット達の中には高校生から中学生あたりの年齢の少年少女までいたのだが、どうやら訳ありらしい。姉弟の様に仲が良く、そんな彼らを保護者の様な二人のパイロットが見守っていた。

 他にも、ビアン博士の一人娘がこれまた随分と〝趣味的な姿をしたロボット”のパイロットとして参加しており、既に地底世界から来た魔装機神操者に惚れているのだが……親御さんは知っているのだろうか?

 

 その時色々と話す機会があったので、隊員達へ挨拶回りのような事をしていたのだが、気の良い人達が多かった。

 中には軍人然とした人達も勿論いたが、それでも悪人の様な人はいない。

 

 そして、彼らの操縦する機動兵器達。

 およそ他の部隊ではまずお目に掛かれないであろうと言えるほどにここの部隊のロボット達は悪く言えば統一性が無い、よく言えば個性的だった。

 規模的に言っても、ここの部隊達だけで試作機と新型機の展覧会が出来るだろう。

 そんな彼らの機体は、アケミツの知るロボット大戦を戦い抜いたあのロボット達と重なって見えた。

 

 アケミツは確信する。

 彼らこそが、この世界で起こる戦いの中心となる者であることを。アケミツが知る、彼の大戦で結成された独立部隊と同じ立ち位置の存在達なのであろうことを。

 

 彼らを、此処で倒れさせてはならない。

 

 例え、その想いの行き着く先が、己の保身が目的だとしてもだ。

 

 そして、咄嗟に左腕の盾を前に構えた〝彼”に敵の攻撃が直撃する。

 光が飲み込み、雨のように降り注いだミサイルが全弾炸裂し、〝彼”の姿が第三者の視界から隠されていく。

 

 並の機動兵器ならば跡形も残らないだろう。だが、〝彼”はそうではない。

 

 

(これでもダメージは殆どゼロなのか)

 

 

 地球側の戦艦ですら一撃で消し飛ぶ攻撃もあったというのに、擬態している表面の装甲が一部損傷しただけで、内部装甲に影響はない。

 

 感嘆する事すら余計と切り捨て、〝彼”はそれらの攻撃をものともせず、既に展開していた右腕の砲身を前に突き出してクロスマッシャーの反撃に出た。

 攻撃を行っている敵機達は、〝彼”の位置から丁度いい具合に固まっている箇所がある。射線の向こう側には、味方や施設は見当たらない。好機だ。

 

 

(出力は……50%、どうだ?)

 

 

 〝彼”の砲撃が放たれた。

 その規模はテスラ研の時や、ましてやクロガネ隊に所属した時の制限のかかった時とは比べ物にならない。

 砲口から飛び出した莫大なエネルギーの波は極大な光の柱となって伸び、〝彼”の前方に展開していたエアロゲイターの部隊を飲み込んでいく。

 

 さながら、洪水に巻き込まれた玩具の様相だ。

 直撃した機体はもちろんの事、射線から離れていた人型機動兵器達までもが、まるで熱線を浴びせられたバターの様に溶けて蒸発し、宇宙空間へ霧散していった。

 

 更に、その一撃は予想外の事態を招いた。

 光はエアロゲイターの機動兵器やデブリ達を消し飛ばしながら、丁度ホワイトスターへまっしぐらに突き進んでいく。

 クロスマッシャーの光は減衰する事無くホワイトスター間近まで行くと、問題だった不可視のフィールドを破壊しながら表層へと到達。

 光はホワイトスター表層へ到達。そのまま光はホワイトスターの外装を貫いて内部へと入っていった。

 

 そして数秒後、ホワイトスターに異変が起きる。

 〝彼”の砲撃が着弾した場所から爆発が起きたのだ。

 其処だけではない。着弾箇所を中心に、周辺の複数ブロックと思しきホワイトスターの表層部分が火を噴きながら爆発を起していたのだ。

 おそらく、最初の爆発が他のブロックの誘爆を引き起こしたのだろう。

 

 このままいけば、ホワイトスター全体に爆発が及ぶのでは? そう思わせるほどに一部が爆発によって吹き飛んでしまったホワイトスターだったが、どうやら打ち止めに入る様だ。

 爆発箇所をぐるりと囲むように、ホワイトスターを構成していたパーツが切り離され出したのだ。先の誘爆をせき止めようとしているのか。

 

 そうして爆発を止めたホワイトスターだが、球体だった姿が齧られたリンゴの様な不出来な形になってしまった。

 

 とりあえず、ホワイトスターへ打撃を与える事に成功したらしい。

 

 しかし、機動兵器達の攻撃が止むことはない。

 砲撃で薙ぎ払った〝彼”の前に、敵側の援軍が再び転移してきたのだ。 

 しかも場所はホワイトスターから射線が明らかに離れている。向こうもこちらの攻撃力を警戒しているのかもしれない。

 

 エアロゲイターは、〝彼”をこの場で最大の脅威と見做した様だ。

 増援に現れたフーレの数が、さっきよりも明らかに多い。それどころか、ゼカリアの上位機種、エゼキエルまで現れたではないか。

 あまりの物量に、視界が埋め尽くされそうだ。ホワイトスターの中身をひっくり返して出したかのようだ。

 

 最後の悪あがきか、それとも余裕を残しているのか。

 どちらにせよ、やはりこの程度でエアロゲイターは止まらない。

 やるなら中枢を潰さないとダメな様だ。

 

 考えている間にもフーレとエゼキエル達が殺到してくる。

 フーレに至っては5000mもあるため、それらが大量に迫って来ると流石に面喰ってしまう。

 

 だが、何となくだがエアロゲイター側の思惑が見えた。

 ホワイトスターに攻撃を集中すればいいのだろうが、増援部隊を無視すれば今突入しようとしている3隻の戦艦達が危ない。

 となるとそれらの対処をするのは自分、ということになる。

 〝彼”をこの場に釘付けにしたいらしいのだ。

 

 

「エルザム少佐、聞こえますか?」

 

『……アケミツ、お前は……』

 

「……敵の大部隊が此方へ迫ってきています。私は、これからそれを抑えに向かいます」

 

 

 通信を入れたエルザムの困惑気味な声を、申し訳なく思いつつも敢えて無視し、〝彼”のコックピットに搭乗しているアケミツは、これから自分がやろうとしている事を告げた。

 

 

「ですので、当機は只今からクロガネ隊を一時抜け、ハガネ・ヒリュウ改・クロガネの部隊を突入させるために少し時間を稼ぎます」

 

『まさか……一機で戦うつもりか!?』

 

「まだ当機は戦闘を続けられるだけの余力は残してあります」

 

『しかし、あの物量をか……ッ!』

 

 

 此方に接近してくるエアロゲイターの増援部隊の数は、先程〝彼”の攻撃から逃れた分の数も合わせると、絶望的な数だ。到底1機の特機だけで対応できる数をとうに越しているのだ。

 だからこそ、エルザムはアケミツを案じているのだろう。一時的とはいえ、アケミツはエルザムの指揮する隊の一員なのだから。

 

 そんなエルザムに、アケミツは努めて穏やかな声で説いた。

 

 

「御心配には及びません。先程ご覧になった通り、この機体は多数の敵でも相手取れますので、皆さんの道を作る位は出来ます」

 

『だが……』

 

「それに、私だってまだやりたい事があります。此処で命を捨てようなどとは、思っていません」

 

 

 アケミツの……〝彼”の本心だった。

 未知の世界に放り込まれた挙句の果ての、こんな戦いで死ぬわけには行かない。やりたい事も、知りたい事も沢山あるのだ。

 

 

 しばし互いに沈黙の帳が落ちるが、それを許さない輩がいる。

 〝彼”はすかさず砲身を向けてクロスマッシャーを射ち放つ。

 再び奔る閃光が敵の群れを蹴散らし行く中、アケミツが叫んだ。

 

 

「さあ、早く行ってください! 私もひと段落しましたら、そちらへ合流します」

 

『……お前には色々と言いたい事があるが……分かった、無理はするなよ』

 

「ええ、またお会いしましょう。エルザム少佐」

 

 

 ようやっとエルザムが折れて、全ての部隊へその旨を伝達してくれた。

 アケミツ一人を残していく事を反対する者もいたが、最終的には先ほど見せた大火力の砲撃があるためアケミツの提案を承諾する事が決まった。

 幸い、〝彼”の砲撃のおかげでホワイトスターは一部が破壊され、障壁にも一部綻びが出来たらしいので、最終フェイズ――――ホワイトスター中枢の破壊を行う事が決定した。

 どうやらハガネとヒリュウ改の最大攻撃は、〝彼”の火力に至らないらしく、致命打を与えられるか怪しくなってきたらしい。

 そうなると今度はクロガネの番という事で、ハガネとヒリュウ改がクロガネが突撃するためのサポートに回ると言う形を取る事になった。

 3隻の戦艦がホワイトスターへ向かう最中、部隊の何人かから連絡があった。クロガネ隊の隊員や、先日顔合わせをしたハガネ、ヒリュウ改の部隊の人達だ。

 皆口々に此方を案じるセリフを贈って来てくれた。

 

 こんな自分を案じてくれるのかと、〝彼”はありもしない胸に熱さを感じた。

 

 

(彼らは、私がロボットだという事を知ったらどう思うだろう?)

 

 

 この事を打ち明けるのかどうかは、まだ〝彼”にも分からない。

 そこから先の事を考える前に、まずは眼前の敵機部隊を破壊するべく〝彼”は機動する。

 

 敵の残存勢力は未だ健在だ。

 先ほど蹴散らしたのに、一体あのホワイトスターにはどれくらいの戦力を保有しているのだろうか。

 

 

(ホワイトスター……念のために〝準備”をしておく必要がありそうだな)

 

 

 バルマー帝国の謎の人工衛星拠点。

 全貌の見えない彼の異星文明が寄越してきたこの衛星要塞が、どうも後を引きそうな気が〝彼”にはしてならなかった。

 

 しかし、〝彼”のやる事は変わらない。

 〝彼”の背後には、味方の部隊が敵の中枢を討つべく進み、〝彼”の前方には、敵異星人の大部隊が群がり襲い掛かって来る。

 ならば、やる事はただ一つ。

 

 

(行くぞヴァルシオン、お前の本来の役目を果たすんだ) 

 

 

 それは、とある世界で果たせなかった、天才科学者の生み出した最高傑作への手向けか。

 

 〝彼”は、右腕の砲口を集まり出したエアロゲイターの部隊へ向けて、再びその必殺の閃光をお見舞いした。




というわけで、L5戦役前篇でした。

またまた端折らせていただきました。
色々とアドベンチャーパート的に各キャラの会話なども考えたのですが、ごっちゃになりそうでしたので、そのままL5戦役まで飛ばさせていただく事に。


ホワイトスター? 軟な装甲だぜ、まるで卵の殻みてぇだ!

当初はホワイトスターの中枢部を撃ち抜く事も考えましたが、その後のしらけっぷりが恐ろしいので苦しい言い訳をして主人公を置いてきぼりにさせました。


それと、この世界のヴァルシオンの量産機が誕生しました。
ただし、過去のヴァルシオン改みたいな感じではありません。
敢えて言わせていただければ、ガンレックスに対するグランレックス的な感じで見ていただけばいいと思います(?

え、主人公?

……フューラーザタリオンとか(白目


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第9話

L5戦役後編です。

本文文字数:15940文字


 其処はホワイトスター内部。

 ハガネ、ヒリュウ改、クロガネの三隻はUR-1の砲撃によって障壁と表層を破壊されたホワイトスター内部への突入に成功した。

 クロガネが艦首に搭載された回転衝角を起動させて突き進み、そこから出来上がった通路を背後のハガネとヒリュウ改が通っていく。

 その際、機動兵器部隊は各艦に搭載され、パイロット達はコックピット内でいつでも出撃できるように待機している。

 しかし、今の所はその出撃する必要もない状況が続いていた。

 

 

(凄まじいな。破壊跡が此処まで続いているのか……)

 

 

 エルザムは艦の外部カメラから映る光景を搭乗している機体に繋げてそこから見渡せる眺めに目を見開いた。

 見渡す機械で構成された外壁や資材と思しき物達が皆壊れ、残骸と化している。

 これらはクロガネの回転衝角やエルザム達機動部隊が行った訳ではない。だが、内部から破壊された訳でもない。

 

 これらは全て、クロガネ隊に所属しているアケミツの駆るUR-1によって与えられた爪痕なのだ。

 ホワイトスターは外壁の装甲を破壊された際、誘爆を避けるために結構なブロックを切り離していた筈だが、それでも尚UR-1から受けた傷跡がホワイトスター内部に深く刻み込まれていたのだ。

 

 味方ながらに恐ろしい威力だった、とエルザムはあの時の光景を思い出す。 

 5000mサイズのエアロゲイターの巨大戦艦による艦隊と機動兵器達が、まるで風に巻かれた埃か何かの様に吹き飛ばされ、跡形も無く消し飛んだのだ。

 挙句の果てには、その一撃はハガネやヒリュウ改の最終兵器の有効射程範囲外であるにもかかわらず、軽々とホワイトスターの障壁を貫きホワイトスターその物の一部を破壊してみせた。

 UR-1が突然自分達の艦隊の前まで駆けつけた時は、時間稼ぎの為に死ぬつもりかとエルザムは止めようとした。結局は、それは徒労に終わり、先の恐るべき砲撃を敵にお見舞いしたので、部隊の皆は呆然として何も言えなくなってしまった。

 

 そして今現在、こうしてホワイトスター内部へと侵入する事にしたクロガネ隊他艦隊だが、此処まで道を作ってくれたアケミツは味方艦隊を行かせるために単身で敵の増援の足止めをしている

 心配ではある。だが、あの時見せられたUR-1の圧倒的な戦闘力を信じるしかなかった。

 あそこで時間をかけていれば、それだけエアロゲイター側がこちらへ対応する隙を与える危険性があった。折角アケミツが開けてくれた障壁も、もしかしたら修復される恐れすらあったのだ。

 

 そう言って、例え強力な力を持っていたとしてもたった一人に艦隊の相手をさせた事が、果たして本当に指揮官として良かったのかと僅かに沈んだ気持ちで悩むエルザムへ通信が入った。

 その声は、エルザムにはよく聞き慣れた相手のものだった。

 

 

『エルザム、今良いだろうか?』

 

 

 通信を繋げたのは、かつてエルザムが所属していたエリートパイロット集団〝特殊戦技教導隊”の同じ隊員、現在は連邦軍情報部に籍を置いているギリアム・イェーガー少佐だった。

 現在ギリアムは、ヒリュウ改の部隊に所属している。

 まだ戦闘には余裕があるようなので、エルザムはギリアムからの通信を繋いだ。何となくだが、質問の内容が予想できた。

 

 

「どうした、ギリアム?」

 

『……あのUR-1の事なのだが、お前は知っていたのか?』

 

 

 エルザムは、やはり訊いてきたかと目を細めた。

 ギリアムは地球連邦軍の諜報機関に所属している関係上、軍事、政治の情報に長けている。特に地球連邦軍関係の事については特にだ。

 DCは地球連邦軍所属の機関だ。そこから提出されている筈の機動兵器の性能に食い違いがあるとすれば、最も敏感にならざるを得なくなるのもギリアムのいる情報部であろう。

 

 

「いや、私も正直驚いている。私には渡されたスペックデータしか知らされていない。これは私の部隊の隊員も皆同じだ」

 

『……そうか』

 

 

 短い返答の後、ギリアムから会話が途切れる。恐らく、アケミツとUR-1の存在について疑念を募らせているのだろう。

 

 無理もあるまいとエルザムは察した。

 アケミツとUR-1に関してはクロガネ隊に所属する際、色々と不自然な点が多すぎた。

 アケミツの存在には謎が多い。アケミツの操縦技術は間違いなくエルザム、そしてギリアムなどが所属していた特殊戦技教導隊に匹敵するほどの腕前だ。

 元々特殊戦技教導隊が結成された背景には、当初PTにのみ用いられる予定だったOS、TC-OSのモーションパターンを作成するために地球連邦軍から操縦技術に長けたパイロットを選りすぐって結成させたという理由がある。

 その為、機動兵器の操縦技術という点では其処に所属していたメンバーは、現在確認されている地球連邦軍組織内ではトップクラスの腕前を有しているのだ。

 

 アケミツは、そんな部隊に所属していたエルザムとほぼ互角の腕前を披露している。

 エルザムは、あれ程の腕前を持った男がここ最近まで誰にも知られていなかった事に驚愕した。年代も同じようなので、もし知られていたら、間違いなく教導隊の選抜メンバーには確実に名を連ねていた筈だ。

 それに、テスラ研所属のテストパイロットだったとはいえ、否、機動兵器開発の最前線に位置するテスラ研でテストパイロットを務めていたにも関わらず、その腕前やアケミツと言う男の存在を一度もエルザムが耳にしなかったのが、エルザムの疑念に益々拍車をかけていた。

 

 更に怪しいのが、アケミツの操縦するヴァルシオンのプロトタイプと称されているUR-1の存在だ。

 一見すると大分装甲にダメージが蓄積されていたと思われるにもかかわらず、エアロゲイターの艦隊をいとも容易く破壊して見せたあの戦闘能力は、異常だ。

 挙句の果てには、ホワイトスター突入前の別れ際に敵戦艦の砲撃がUR-1へ全弾直撃したのに、UR-1は平然として砲撃を返していた。

 

 まさか、あの装甲の損傷はダミーなのか? だが、整備の際に交換している装甲材は此方の資材を使っている。整備員も此方側の人員で用意しているのだ。

 我々の知らない何かが、UR-1にはあるというのか?

 

 先程までは戦闘中だったので考えないようにしていたのだが、こうしてひと心地付ける状況になった所でエルザムはアケミツらに対する疑念が噴き上がってしまった。

 だが、多くの人員の命を預かる立場にあるエルザムは、可能な限り部隊の不安材料を無くす為の義務がある。

 しかし、其れよりも今はやらなければならない事があるのだ。

 

 

「ギリアム、今はとにかくこの後に控えている戦闘に集中しよう。……恐らく、奴がいるぞ」

 

『……イングラム・プリスケンか』

 

 

 エアロゲイターの人型兵器が初めて襲撃をかけた時、地球連邦軍から離反したあの男をエルザムは思い返した。

 その実態は、エアロゲイター側のスパイだった。離反行為を働いて以降もエルザム達の前に立ちはだかり、何度か戦ったあの男は何故か此方を挑発しつつも試すような行為が多かったように思われる。

 真意はわかりかねないが、これから行うホワイトスターの中枢破壊の際に必ず妨害してくだろう。今までエアロゲイターの指揮官クラスと思しき人物は幾人か撃破してきたが、まだイングラムが姿を見せていないのだ。

 パイロットの腕も、操る機動兵器の存在も侮れない。故にエルザムは何故か沈黙を続けるギリアムへ、思考の切り替えを促す事にしたのだ。

 

 

『そうだな……その通りだエルザム。俺としたことが、どうも考えすぎてしまった様だ』

 

 

 ギリアムは、エルザムの意図を察したのだろう。苦笑しながら礼を述べた。 

 

 

「気にするな。お前に限ってあり得ないとは思うが、此処まで来て気が散って撃墜されたなどと、墓に刻まれたくはないだろう」

 

『ふふ、確かにな。それは死んでも死に切れそうにない』

 

 

 そうして笑った後、二人は意識を戦う為に切り替えた。

 伊達にトップクラスのパイロットと呼ばれているわけではない。そういった意識の持ち方も手慣れているのだ。

 

 

「……勝つぞ、ギリアム」

 

『ああ、この星の明日の為に、な』

 

 

 二人が手短に交わして少し経つと、どうやらこの侵攻に一区切りがついたらしい。

 

 機械仕掛けのブロックから所変わり、まるでコロニー内の様に人が暮らせる空間が彼らの目の前に広がった。

 エアロゲイター側の居住区かと思われたが、どうやらそうでもないらしい。

 

 エルザムはこれから来るであろうエアロゲイター側の襲撃に備えるべく、自分の部隊へ警戒を促し、自分も改めてコックピットの操縦桿を握り直した。

 

 

 

 

 

 

 宇宙空間にいくつもの閃光が迸り、消えて行く。

 〝彼”の頭部に備わったツインアイを主としたセンサー類が、暗黒の宇宙に数えきれないほどの爆裂光を映していた。

 

 爆発しているのはエアロゲイターの艦隊と人型機動兵器達だ。〝彼”の戦闘区域に存在する最後のフーレの艦隊が、今しがた〝彼”の放つクロスマッシャーの光に溶けて吹き飛んだ所である。

 

 エルザム達と別れてから〝彼”がエアロゲイターの部隊と戦闘を開始して少し経つと、既に〝彼”の戦闘宙域には敵の残骸で溢れていた。

 

 気が付けば、ホワイトスター内の戦力全てを総動員しているのではと思われるほどの物量を、ホワイトスター自身が蜂の巣から飛び出す蜂の如く吐き出し、〝彼”の周りは全て敵と言う様相になっていた。

 

 敵の攻撃パターンにも変化があった。

 無数の人型機動兵器が〝彼”の動きを封じるためにしがみ付いたかと思えば、フーレの艦隊が射線に味方機がいるにもかかわらず、〝彼”目がけて主砲を一斉掃射してきたのだ。

 挙句の果てには、5000m級のフーレが十数隻自身を質量兵器に見立てて体当たりを敢行し、直撃したと同時に自爆をしてくる始末だ。恐るべき物量戦と言うべきか、それ程までに〝彼”の存在が憎たらしいと見える。フーレが体当たりと自爆を敢行してきたときは流石に〝彼”も在りもしない肝を冷やした。

 

 だが、〝彼”はその猛攻に負けてはいない。

 ある時は射線軸に味方がいない事を気にしながら群がる敵にクロスマッシャーで宇宙空間の向こう側まで消し飛ばし、またある時は肉薄したフーレなどに直接金属細胞を流し込んで瞬く間に感染させてコントロールし、敵陣に突っ込ませて自爆させるなどの応酬を行っていた。

 幸いなことに、地球側の戦力は〝彼”とエアロゲイターの戦闘を見てか、巻き込まれないように戦域を離してくれているので〝彼”としても割と心置きなく暴れる事が出来た。

 おかげでホワイトスターからの増援は少しずつ減り始め、とうとう人型機動兵器や偵察機などが疎(まば)らに出て来る程度にまで収まった。とは言え、そこに至るまでに何百隻の戦闘母艦や千を超える機動兵器群を叩き潰したというのにまだ出てくるのだから、ホワイトスターの戦力の搭載能力ないしは生産能力には恐るべきものがある。

 

 

 残骸をかき分けながらやって来るエアロゲイターの人型機動兵器達を適当にあしらいながら、〝彼”は先ほどの戦闘で消耗した自身のチェックを行う。

 損傷は軽微。擬態していた装甲は既にパージして元の装甲を形成し、頑強さが幸いして損害があっても僅かなものなので金属細胞によって修復が既に完了し、砲撃によって消費したエネルギーも充填を終えている。〝彼”のボディはまだまだ戦闘続行が可能な状態だ。

  

 

(この機体に助けられたな。並の機体に乗り移っていたら生きてはいられなかっただろう)

 

 

 数体のエゼキエルが砲撃を仕掛けながら突撃してくるのを、〝彼”は避けもせずに全弾受け止め、傷一つ無いまま手に持ったディバインアームで纏めて串刺しにしてはそれを足で蹴り飛ばして放り棄てる。

 蹴り飛ばされたエゼキエル達はそのまま爆散、続いて爆炎の中から飛び出してきたメギロートを左腕に装備している盾を振り下ろして叩き壊した。

 

 数分前からこんな状況だ。

 ホワイトスターもとうとう息切れを起こしたらしく、戦闘母艦の増援が出る様子は今の所なく、〝彼”はこうして機動兵器達を流れ作業の様に撃破していた。

 

 しかし、それもいい加減切り上げ時だ。

 敵の数は当初の勢いと比べれば雲泥の差と言うほどに少なく、地球側の戦力も絶望的と言うほどの状況ではないので、余裕のある部隊に任せれば十分対処が出来る程度だ。

 これなら自分が此処に留まり続ける必要はない。

 ならば、次に行くべき場所はホワイトスターだ。

 現在エルザム達が中枢を破壊するために突入しているが、念を押して突入するべきだろうと〝彼”はホワイトスターへ機体の双眼を向けた。

 

 

(それに、ホワイトスターを地球に落とす、何て事も考えられなくはないからな)

 

 

 〝彼”の思考を過るのは、このヴァルシオンの機体が元いた場所と思われるF完結編の世界。

 そこで行われた小惑星基地を地球へ落下させる通称〝アクシズ落とし”。

 

 まさかとは思うが、このホワイトスターがそんな暴挙に使われるとも限らない。

 そんな可能性が思いついたからこそ、〝彼”は周囲の状況を確認した後、背中のスラスターから青い炎を噴かせてホワイトスターへと向かった。

 

 

 

 

 

(どうやら、突入部隊は大分奥まで進んでいるようだな)

 

 

 恙(つつが)なくホワイトスター内部へ侵入に成功した〝彼”は、突入したホワイトスター内部の周囲を見回しながら中枢を目指して進んでいた。

 道については、幸い先行組がいるので彼らが空けた道を辿っていけば良いので特に苦労は無い。

 

 道中所々に〝細工”を施しながら進んで行く最中に、〝彼”のセンサーが遠く離れた場所で何らかの振動を感知した。

 震動を察知した場所は〝彼”の現在地から離れているにもかかわらず、かなりの震動だ。

 戦闘による爆発音か、それともクロガネあたりが障壁を破壊する際の音か。

 何故か先行組と通信が出来ない事が不安になるが、センサーが感知した場所はホワイトスターの中心地点だ。中枢部があるのは確かな筈だろう。

 

 〝彼”が先行組に合流するべく加速しようとしたその時だった。

 突然〝彼”のいる区画の各所が爆発をおこし、崩壊し始めたのだ。

 〝彼”の居る場所だけではない、センサーで周囲の状況を確認してみると、感知できる範囲の彼方此方で崩壊によると思われる震動が発生していたのだ。

 

 

(中枢部を破壊した震動だったのか?)

 

 

 それはつまり、エルザム達がやってくれたという事なのだろう。

 外へ向かってより強い振動を起こしている箇所があるので、それがクロガネだろうか。

 此処も長居は無用だ。

 〝何故か崩壊が止まっている”周囲を気にせず、〝彼”もホワイトスターから脱出する事にした。

 

 

 

 

 ホワイトスターを抜け、宇宙空間へ飛び出した〝彼”は周囲の戦況を確認する。

 

 戦闘を行っていた各宙域は、エアロゲイターの機動部隊の増援が完全にストップしたらしく、現在は残存戦力の討滅に乗り出している状況の様だ。

 

 徐々に他の部隊も戦闘が終わりを見せ、エアロゲイター達との戦闘に勝利したのかと〝彼”は思っていたが……まだだった。

 

 

 場所はホワイトスターの外壁近辺の宙域、そこで高エネルギー反応が検出されたのだ。

 更には爆発まで発生しているが、ホワイトスターの爆発では無い様子。

 此処からでもアイカメラで補足できるため、映像をズームに拡大して詳細を探る。

 

 

 ハガネ、ヒリュウ改、クロガネの各部隊が其処にいる。

 それは良い、だが戦闘が発生しているのだ。

 

 敵対相手は間違いなくエアロゲイター、しかしその相手に問題があった。 

 

 それは全長70mの特機サイズの白い機動兵器。

 蛇の下半身に四つの腕を持ち、人の様な顔を持った異形の機体。

 バルマー帝国に所属している仮面の男、ユーゼス・ゴッツォが開発し、念動力を増幅させる装置によって念による攻撃を前提とした存在、その名も――。

 

 

(ジュデッカ! あれがまだいるのか!?)

 

 

 中枢で待ち構えて倒されたのかと思っていたのだが、それはイングラムだったのだろうか。ホワイトスター内部へ突入した際も結局は突入部隊の後なので、すれ違いになってしまったのかもしれない。

 ジュデッカは護衛の機体として鳥を彷彿とさせる70mクラスの大型機動兵器を十数体取り巻きにして、ホワイトスターから脱出してきた突入部隊へ襲い掛かっている。

 

 対するハガネ、ヒリュウ改、クロガネの3部隊は、ホワイトスター内部での戦闘で消耗しつつも、ジュデッカ達へと戦いを挑んでいた。

 殆ど連戦だったにもかかわらず、3部隊の気力と集中力は極限まで充実している様で、凄まじい勢いでジュデッカの取り巻きを叩き潰しながらジュデッカへ猛撃している。

 

 だが、ジュデッカの攻撃が凄まじい。

 機体の何処から出てきたのか分からないが、大量のメギロートを射出してさながら遠隔武器の様に3部隊へ攻撃し、更なるダメ出しにと4本腕で青い力場を形成し、そこから巨大な氷の礫を大量に射ち放っていた。

 多対一と言う本来ならば不利な状況にもかかわらず、3部隊に対して有利に戦況を作り上げているのは、やはりジュデッカのスペックの高さが如実に表れているという事か。

 あまりこういう表現は使いたくないが、ボスユニットと言うのは本当に存在するらしい。かくいう〝彼”も先程までエアロゲイターの大戦力相手にやった事を考えると、他人事ではないのが。

 

 加勢するべきだろうと判断した〝彼”は、3部隊とジュデッカが戦う戦場へと急行した。

 

 

 〝彼”の接近に気が付いた味方の内、戦域から離れて避難しているパイロットから連絡が入った。

 

 

「アケミツさん、無事だったんですか!?」

 

 

 リョウトだ。操縦している量産型ヴァルシオンは全体的に損傷著しく四肢が欠損しており、戦闘不能に陥った機体の回収に専念しているヒリュウ改の近くにいた。

 彼はリョウトの機体へと向かい、傍まで近づくと通信を繋いだ。

 

 

「私の方は大丈夫ですリョウト少尉、他の皆さんは無事ですか?」

 

 

 コックピットにいるアンドロイドのアケミツを操作してリョウトに返事を返すと、ほっとした様子だったが、アケミツの問いに対して焦りが感じられる声色が返って来た。

 

 

「何名か機体が大破しましたが、幸い死者は出ていません」

 

「そうですか」

 

 

 〝彼”は頭部のツインアイを今も戦闘の只中にいる渦中の敵、ジュデッカへと向けた。

 

 

「あれがエアロゲイターの首魁(しゅかい)ですか?」

 

「……はい、あれを止めればエアロゲイターの侵攻が完全に止まるようです。ですが……」

 

 

 どうも様子が芳(かんば)しくないらしい。リョウトの声色が苦み走っており、此処から見える状況からしてもそうならざるを得なかった。

 

 多数でジュデッカに対応しているのだが、連戦と消耗の所為で此方側の機動兵器部隊が息切れをし始めていたのだ。

 そこへまだまだ余裕のあるジュデッカが畳みかけると言わんばかりに猛攻を仕掛け、耐え切れなくなった者から戦線離脱を強いられていた。

 

 

「リョウト少尉、これから私も加勢に向かいます」

 

「あ、アケミツさん!? ちょっと――」

 

 

 〝彼”はリョウトとの会話を打ち切り、ジュデッカのいるホワイトスター壁面近くへと向かった。

 

 加速する最中、〝彼”はクロスマッシャーの発射準備を行う。

 ジュデッカの周りを味方機が肉薄して攻撃を仕掛けていた。

 

 自機と同じ位の巨大な実体剣を振るうグルンガスト零式、柄から伸びるエネルギー状の大剣を構えて突撃を敢行する3つのPTが合体した特機SRX。そして、ジュデッカの攻撃を紙一重で避けながら砲撃を行っているエルザムの量産型ヴァルシオンだ。

 

 特機3体がかりによる攻撃だ。

 しかも〝彼”が知る限りでは、特にSRXの兵器は恐るべき破壊力を誇る。

 並の機動兵器がそれらを受ければひとたまりもないだろう。

 

 だが、相手はそうではない。

 敵はエアロゲイターのリーダー機であり、〝彼”の知る機体の中でも侮る事の出来ない部類だ。

 

 ジュデッカは全身から怪しげな光を迸らせながら、最初に飛びかかって来た零式の巨剣をハサミ状のアームでつかみ取り、残った腕による殴打で零式の胸部装甲板を叩き砕いて吹き飛ばした。

 すかさず割って入ったSRXがエネルギーの大剣を突き刺しに来るが、其れよりも先に蛇状の下半身を使ってSRXの腕部に巻き付かせて止める。

 そしてそのまま掴み上げたSRXを振り回し、エルザムの量産型ヴァルシオンが放った砲撃を防ぐための盾に仕立て上げた。エルザムがとっさの判断で砲口をずらした為軌道をずれ、砲撃はSRXの頭部を霞めただけで終わったが、その所為でSRXのゴーグル状の頭部は片側がごっそり吹き飛んでしまった。

 

 成程、あのロボット達が上手くあしらわれている。それだけでジュデッカの性能と、その搭乗者であるレビ・トーラーの能力の高さが窺えた。

 

 だが、好機である。

 〝彼”は狙いを定めてクロスマッシャーを50パーセントのまま、範囲を引き絞って射ち放った。狙いはジュデッカの蛇状の下半身だ。

 

 〝彼”の腕部から鋭い光が、槍の様に伸びる。

 他の機体に気を逸らされていたためか、ジュデッカは〝彼”の砲撃に気付かずそれをまともに受けた。

 

 直撃する瞬間、何かエネルギーフィールドの様な物を破壊しつつクロスマッシャーのエネルギーはジュデッカの下半身に直撃。光に飲み込まれ、止んだ頃にはジュデッカの下半身がものの見事に消し飛んでいた。

 その為、尻尾で拘束されていたSRXが自由を取り戻し、距離を取るついでにまだ展開し続けていたエネルギーの大剣で一撃お見舞いした。

 SRXが行きがけの駄賃に見舞った斬撃が偶然ジュデッカの頭部に直撃する。すると、奇しくもSRXがそうであったように、ジュデッカの頭部が半分斬り落とされた。それによってか、ジュデッカの残った頭部の人の顔を模した部分が苦悶の表情を浮かべながら頭を抱えて悶えた。

 

 

 自由になったSRXが先程の大剣を開いた胸部装甲内に収め、ジュデッカから距離を取りながら〝彼”へと通信を入れてきた。

 

 

『……すまねえ、助かったぜ』

 

「無事なようで何よりですリュウセイ少尉。SRXはまだ戦えますか?」

 

 

 通信相手はリョウト達と同年齢の少年で、SRXのパイロットを務めているリュウセイ・ダテだ。先日の部隊同士での顔合わせの際に知り合った仲である。〝彼”自身に興味津々だった事と、〝彼”が知る知識によって良く覚えていた。

 〝彼”が礼に対して問いを返すと、通信モニターの向こう側で、リュウセイが誰か達と会話をしだした。他のサブパイロット達と確認を取っているのだろう。

 SRXとは、PTサイズの機動兵器Rシリーズが3機合体して完成する特機だ。そのメインパイロットがリュウセイであり、他の二人が各機能の調整などを行っているのだ。

 

 

『――――駄目だ、SRXのエネルギー残量が残ってない。さっきのが最後の一撃だったんだ……それに、もうSRX自体も機体を維持するのが限界だ』

 

 

 リュウセイが口惜しがりながら、SRXの継続戦闘が不可だと返答を返してきた。

 SRXは部隊内でも破格の破壊力を誇るが、エネルギーやボディそのものの消耗が途轍もなく激しい。元々構造的な問題で、合体する事すら回数制限付きだった所を、ビアン・ゾルダークらDCの協力を得て何とか克服出来た様な状態だ。今回の連戦続きの戦闘で、遂にそれも限界に達してしまった。

 

 

「分かりました。では、リュウセイ少尉達はこのまま退避してください。後は私が代わりましょう」

 

『お、おいあんたまさか、一人でやるつもりか!?』

 

「はい」

 

『正気かよ! あんただって見ただろ? あいつは一人で勝てる相手じゃねえぞ!?』

 

 

 リュウセイは慌ててアケミツに踏み止まる様に呼びかけるが、アケミツは動じない。

 

 

「皆さんの消耗が激しすぎます。それに、私の攻撃はアレに対して有効なようです」

 

『だ、だからってよ……ッ!』

 

 

 リュウセイはアケミツの――〝彼”のパワーをこの戦いで垣間見はしたが、リュウセイ自身の性格がアケミツの提案を受け入れる事が出来なかった。

 

 だが、そこで二人の間を割って入る通信があった。

 アケミツが所属しているクロガネ隊隊長のエルザムだ。

 

 

『アケミツ、君ならやれるのか?』

 

「はい、戦えます。――――私はその為に此処へ来たのですから」

 

『……ならば頼む。私達はこれから一旦態勢を整える。ゼンガー、お前もそれで良いか?』

 

『……お前がそう言うのならば、承知しよう』

 

『ちょ、ちょっと待ってくれエルザム少佐! ゼンガー少佐も! あんた達本気で言ってるのか!?』

 

 

 ヒリュウ改の部隊の隊長を務めるグルンガスト零式のパイロット、ゼンガー・ゾンボルトも渋々了解するが、途中から更に割り込んで来たリュウセイは未だに納得しきれていない。

 いくら何でも、たった一人で戦わせるのか。それはあんまりじゃないのか。リュウセイの良心がその判断を受け入れられなかったが、同じSRXのパイロットのライディースがリュウセイに言い聞かせた。 

 

 

『リュウセイ、此処はエルザム少佐の指示に従え』

 

『ライ! お前までそんな事言うのかよ!?』

 

『冷静に考えろ! 俺達がどんな状態か分かっているのか!?』

 

 

 ライディースから言い放たれた言葉に、リュウセイは苦悶の声を漏らした。

 

 

『……分かってるさ、分かってるけどよ……』

 

『……お前の気持ちも分かるが、状況が一番見えているのはおそらくエルザム少佐だ。納得しろとは言わん、だが、理解はしろ』

 

 

 ライディースも根本的な所は、ある意味リュウセイと同じタイプの男だ。それでもリュウセイより理性が働き、状況を俯瞰できるからこそこうしてエルザムの言葉に一定の理解を持っているのだ。

 ライディースの言葉が通じたのか、リュウセイは何も言い返しては来なかった。

 すると、エルザムがライディースへと通信を繋げた。

 

 

『すまんなライディース、お前に嫌な役をさせてしまった様だ』

 

『……兄さん、正直に言えば、俺もこの指示には思う所がある』

 

『そうだろうな。……私もだ』

 

 

 兄の言葉に何かを言おうとするライディースだが、それを無視してエルザムがハガネとヒリュウ改の艦長たちへと承認の是非を問うた。

 

 

『ダイテツ艦長、レフィーナ艦長、お二人ともそれで宜しいでしょうか?』

 

『……気に入らんが、それが最善だとエルザム少佐は言うのだな?』

 

『ええ、……もしかしたら、ビアン総帥はこの様な事態が起きた時の為にアケミツとあの機体を私達に預けたのかもしれません』

 

『相も変わらず読めん男だな、貴官達のトップは。……レフィーナ中佐、ワシはこれを受けるつもりだが、どうだろうか?』

 

『こちらも了解しました。……あまり、誉められた事ではないのでしょうけれど』

 

 

 二人の艦長はエルザムの提案に対して、通常ならば許可する事など出来なかったが、現状の部隊の状況とアケミツの駆る機体の戦闘力について思う所があった為、不承不承と言った感じではあるが、その内容を受け入れたのだ。

 二人の了解を得たエルザムが、アケミツへその旨を告げた。

 

 

『聞いたなアケミツ』

 

「我儘を聞いていただきありがとうございます。承認の件、了解しました。これよりエアロゲイターのリーダー機撃破に向かいます」

 

 

 アケミツ――〝彼”がジュデッカの所へ向かおうとした時、エルザムから短い通信があった。

 

 

 

『ビアン総帥は、その機体の事を知っているのか?』

 

「……」

 

 

 その問いに無言で返した〝彼”は、スラスターの加速でその場から離れて行った。

 

 

 

 

 

 〝彼”がジュデッカの近くまで来ると、もだえ苦しんでいたジュデッカが振り向いた。

 機体を構成しているズフィルードクリスタルの効果で、少しずつ修復を行っているようだが、それでもまだ腰下の蛇の胴体は治りきっておらず、特に顔面左半分は未だに失われたままだ。

 左腕で顔を抑えながらも覗くジュデッカの表情は、機械とは思えないような憤怒の表情を携えて〝彼”を睨みつけていた。

 

 

『……お前、憶えているぞ……。あの時ネビーイームに穴をあけた奴か!』

 

 

 ジュデッカから通信が来た。

 相手はパイロットであり、エアロゲイターのリーダー格である少女、レビ・トーラーだ。

 その声色は怒りに燃えている。機体同様、その顔がどのような表情を浮かべているのか予想するのも容易いくらいに。

 

 

『許さんぞ地球人、ネビーイームだけに飽き足らず、このジュデッカにも手傷を負わせるなど……』

 

 

 言葉が切れた瞬間、ジュデッカの機体からおどろおどろしい暗緑色のエネルギー光を立ち昇らせ、吼えた。

 

 

『お前の逝く先……只の地獄では生ぬるいと知れえぇぇぇーっ!!』

 

 

 ジュデッカが咆哮を上げながら〝彼”へ飛びかかって来た。

 右腕に装備したハサミ状の腕部から強い光を放ちながらジュデッカがそれを構えだす。

 

 〝彼”はその動きに覚えがあった。

 ブースターを噴かせ、ジュデッカの突撃してくる速度に合わせて距離を保ちながらクロスマッシャーの砲口を展開する。

 

 その状態を維持していると、ジュデッカの方が痺れを切らしたのか、突然その場から光と共に姿を消した。

 〝彼”はその場で静止せず、ホワイトスターの壁面まで向かうと壁面に脚を付けて右腕の砲口を構え、その場から動かなくなった。

 

 スラスターの火は、いつでも反応できるように消していない。

 

 離れた場所で行われている戦闘の光がちかちかとツインアイに映り込んでくる。ジュデッカの気配は未だにセンサーからは確認されていない。

 

 だが、そろそろ仕掛けて来る筈だ。〝彼”がそう思っていた矢先に、それは来る。

 

 

『第一地獄ぅぅっ!』

 

 

 其処は〝彼”の背面、そしてホワイトスター壁面。〝彼”から見れば足元を突き破ってジュデッカが飛び出してきた。

 〝彼”がスラスターで離れつつ旋回して振り向くと、ツインアイはジュデッカが半壊した顔で名状しがたい表情を伴いながら、光が収束されたハサミ状の腕部を振り下ろし始めている姿を捉えた。

 

 ジュデッカの動きが思ったよりも早い。

 回避を選択しようとしたが、〝彼”は己の装甲強度を信じ、敢えてそれを受け止める体勢に入った。

 

 ジュデッカのハサミが〝彼”の頭部を捉え、掴み上げると、ホワイトスターの壁面を砕きながら叩きつけた。

 

 

『カイイィナァァァーーーーッ!!』

 

 

 ジュデッカは、其処から更に〝彼”を掴んだままホワイトスターの外周を添う様に加速する。

 〝彼”は壁面にめり込んだ状態からそのまま、壁面を砕きながらホワイトスター外周を加速するジュデッカによって擦りおろしの様にそのボディを引きずり回された。

 

 直線、蛇行、急カーブ。

 マッハを超えた速度でジュデッカは〝彼”をホワイトスターの壁面に圧しつけ、まるで弄ぶかのように引きずり回す。

 

 

『アハハハハ! ジュデッカの恐ろしさ、その身に刻み付けるがいい――――む!?』

 

 

 だが、突然その攻撃が止められる。成す術も無く攻撃を受けていた〝彼”を嘲笑っていたレビがそれを怪しんだ。

 加速していたジュデッカはガクンと動きを止める。

 否、止めたのではない、止められたのだ。

 そして削れ飛ぶホワイトスター壁面の材質と煙に紛れ、〝彼”の左腕が伸びてジュデッカのハサミ状の腕部を掴んだのだ。

 

 静止したその場で、徐々にジュデッカの体勢が仰け反り始めた。

 同時に、煙の中から〝彼”がツインカメラに光を灯しながら起き上ってくる。

 〝彼”につかみ取られたジュデッカの腕部が、悲鳴を上げながら徐々に装甲が歪み始めた。

 

 

『こいつ、まだこんなパワーが残っているのか!? ジュデッカ、そいつから離れろ!』

 

 

 ジュデッカが〝彼”から離れようとした瞬間、〝彼”の右腕からクロスマッシャーが放たれ、ジュデッカの左腕を肩と一部の胴体ごと吹き飛ばした。

 

 

『ジュ、ジュデッカが! また念動障壁が破られ――うわ!?』

 

 

 レビの驚愕する時間すら与えず、〝彼”は右腕を伸ばしてジュデッカの首をつかみ取った。

 

 煙が晴れ、〝彼”の全身があらわになる。

 そこには、先ほどホワイトスターの壁面を引きずり回していた事が無かったかのように装甲は一切傷を負っていなかった。

 正確には、僅かな損傷こそあったのかもしれないが、それらは既に修復を完了していた。

 修復されているという事に気付いていないレビは、攻撃が一切効いていないと認識して狼狽しだした。

 

 

『ば、馬鹿な、無傷だというのか……? ジュデッカの攻撃を受けたのだぞ! 何故だッ!?』

 

 

 〝彼”は答えない。その代わりに、ジュデッカの首を掴み上げていた手のマニュピレーターのパワーを上げた。

 ジュデッカの首がミシミシと軋み上がり、ジュデッカの顔が苦悶の表情を上げて唸りだした。

 

 

『させるか! 第三地獄、トロメア!!』

 

 

 ジュデッカの機体から暗緑色の光が灯り、この宙域にいるメギロート達が集結して〝彼”目がけて突撃を開始した。

 

 

『私の念で強化されたメギロートの嵐、止められるものな――――うおあああ!?』

 

 

 しかし、〝彼”は掴み上げていたジュデッカを〝彼”のパワーを全力にしてハサミ状の腕部を握り潰すと、ジュデッカを鈍器に見立てて掴んだままの右腕を振り回す事し、メギロートを叩き落とした。

 そして先のお返しと言わんばかりにホワイトスターの壁面へ投げて叩き付けると、バウンドして浮かんだ所へ追い打ちで胸部目がけて蹴りを叩き込んだ。

 

 胸部の装甲が陥没し、ジュデッカが宇宙空間へ投げ出される。

 宇宙空間に放り出されたジュデッカは、魚の死体の様に動く気配は無く、ボディは至る所が傷つき、欠損した部分がスパークしていた。

 

 

 〝彼”はここで、右腕を掲げて砲身を展開すると、それをジュデッカ目がけて構えた。止めを刺すつもりだ。

 

 

『お前は……一体何、なのだ?』

 

 

 マシンの不調が念動力者のレビに負担を与えているのか、レビが苦しげな声色で〝彼”へ通信を送って来た。

 修復するための時間稼ぎのつもりか? と思って無視しようとしたが、どうも芝居ではなく本当に困惑した声だったので、〝彼”はレビの話を聞く事にした。

 どちらにせよ、もうジュデッカは修復する事が出来なくなっているのだから。

 

 

『お前……の気配と、念……中にいる〝モノ”からは感じられないのに……感じる』

 

 

 〝彼”は僅かに驚愕した。

 念動力者だからか、それともジュデッカを介しているからかは分からないが、レビはコックピット内のアケミツの正体を見破っていた。 

 

 

『脳髄をマシンに移植させて、動かしているのなら話は分かるが……お前からは命の気配が感じられない……――――』

 

 

 一時の沈黙を生み出した後、ジュデッカが痙攣するように機体を震わせながら動き出す。

 動き出すたびに、ボディから小規模の爆発が発生しだした。

 それは、ジュデッカの戦闘不能を意味していた。

 

 

『それに信じられん事だが、お前、このジュデッカに〝何か”仕組んだな? 修復が一向に始まらん』

 

 

 レビの言う通り、〝彼”はジュデッカに肉弾戦を仕掛けた際に金属細胞――DG細胞を流し込んでいた。

 その効果もあってか、ジュデッカは機体内に組み込まれたズフィルードクリスタルの修復機能が作動しなくなり、逆に不調をきたし始めたのだ。

 まさにウィルス等の不純物が入って、拒絶反応を起こしている様な状態だ。そして、先ほどジュデッカのボディから発生した爆発も、先の拒絶反応が引き起こした現象なのだろう。

 

 

『ネビーイームも私の呼びかけに答えなくなっている。……つくづく忌々しい奴だよ、お前は』

 

「……地球へ侵略しに来たお前達の自業自得だ」

 

『フン、まさか地球人共に此処までやられるとは、な……だが、これでお前達の最期は決まったよ……フフフフ』

 

 

 突然レビが何を思ったのか、笑い声をこぼして地球人類の敗北を示した。

 妙な話である。彼らの拠点は事実上停止し、切り札であるジュデッカもこうして機能停止寸前まで追い込んだというのに。

 

 レビが可笑しそうに、そして憐れむように〝彼”へと告げた。

 

 

『腹立たしいが、このジュデッカはもうじき機能を停止するだろう。そして、ジュデッカとネビーイームの機能が停止すれば、我らバルマーの最終安全装置が作動する』

 

「最終安全、装置だって?」

 

 

 聞き慣れない言葉に〝彼”は嫌な予感を覚えた。

 ジュデッカにその様な機能が存在していた事など、〝彼”は全くの初耳だった。

 

 

『対象の文明が一定値以上の戦力を発揮した場合……このジュデッカを破壊した時、その文明はバルマーにとって危険因子と見做され、消去されるのだ』

 

「消去……まさか!」

 

 

 〝彼”は気づいたのだ。レビが言っている安全装置が何なのかを。

 レビは、〝彼”が声を上げた事が余程嬉しいのか、可笑しそうに笑った。

 

 

『ハハハ、気付いたな? だがもう手遅れだ、あとはこのジュデッカが機能を停止すれば貴様達は〝最後の審判者”の餌食になるのさ!』

 

「させるか!」

 

『ハハハハハ! その慌てる声が実に心地よいが、お前に応じる義理など無い!』

 

 

 〝彼”はジュデッカを捕まえようとしたが、レビが高らかに笑いだし、ジュデッカが禍々しい暗緑色を迸らせながら突然動き出したのだ。

 ジュデッカの体が変化を始める。胴体を回し、腕と頭部を収納し、壊れたはさみ状の腕部を頭部に据えてジュデッカの形が変わり出した。

 それは本来、魚類の様な形状をしていたのだろう。しかし、〝彼”との戦闘で尻尾は根こそぎ吹き飛び、頭部になる筈のハサミ状の腕部は崩れて歪な形となっていた。

 

 しかし、それでもジュデッカは今までの動きからは想像もつかない速度で加速し、ホワイトスターから離れて行く。行先は、地球だ。

 

 〝彼”も可能な限りのパワーでジュデッカを追いかける。

 しかし、火事場の馬鹿力でも起きているのか、ジュデッカの加速が止まらない。そのボディを所々爆発させて、機体の破片をまき散らしながら。

 

 

 ジュデッカは圧倒的な加速力で、まさに光となって地球目がけて突っ込んでいく。そして〝彼”もそれに追い縋ろうと加速を続けて行く。

 その最中、進行方向に存在する戦闘宙域を突き抜けながら、〝彼”はレビへ通信を送った。

 

 

「レビ・トーラー、何をするつもりだ!?」

 

『フフ、知れた事。お前達の最期を早めてやろうと言うだけの事さ!』

 

 

 加速していく二人の前に地球がもう目と鼻の先まで近づいてきた。

 そして、レビが何をしようとしているのか気付いた。

 

 

「まさか、大気圏に突っ込んで燃え尽きるつもりか!?」

 

『理解が早いじゃないか! 今のジュデッカなら、この星の大気圏に突入すればよく燃えるだろうよ!』

 

「お前も死ぬんだぞ!?」

 

『何をいまさら! お前達地球人類が絶望するのなら、この命、喜んでくべてやるよ……だが』

 

 

 そうしている内に、二機は地球の重力圏すれすれまで近づいた。

 そこで突然、ジュデッカが機動を変え、〝彼”に飛びかかって来た。

 さしもの〝彼”も、超スピードで移動する今のジュデッカの速度に対応できなかった。

 

 ジュデッカは〝彼”に飛びかかると、そのまま巻き込むようにして地球へと再び突っ込みだした。

 

 

『一人で果てるのもつまらない、お前にも付き合ってもらうぞ? ハハハハハ!』

 

 

 〝彼”は、レビの狂気を宿したその笑いに圧倒された。

 人とは、こうまで狂えるのか。己の命を自らの手で消そうとしているのに、笑えるのか……。

 

 

 二機が地球の重力圏に入るのはそう時間はかからなかった。

 突然ガクンと揺れたかと思うと、急に何かに引っ張られるような感覚がしたのだ。

 

 徐々に熱の壁が二機の周りに発生し、機体の熱が上昇しだす。機体が凄まじい揺れにみまわれる。

 宇宙船の再突入の様な計算が行われないので角度は滅茶苦茶、間違いなく並の機動兵器なら燃え尽きる勢いだった。

 今まで体験した事のない温度を超え、なおも上がりつづけて行く二機の内、ジュデッカのボディがとうとう限界を迎えた。

 機体が内部から爆発をおこし、もはや原形が失われつつあるほどにジュデッカが大気の熱で燃え尽き始めている。

 

 

 

 

 

『精……々絶望……しろ…………地球、人! ハ……ハハハハハ……ハハハ……ッ!!』

 

 

 レビの狂笑が、通信から聞こえ続ける。その命が燃え尽きる、その時まで。

 

 〝彼”はジュデッカの残骸と共に、大気の熱を纏いながら地球へ堕ちて行った。




主人公「押すなよ! 絶対に押すなよ!」

ジュデッカ「一緒にドーン!」(大気圏突入

主人公「ぬわーー!?」


スパロボ式熱湯風呂でした(?



L5戦役はこれで終了です。
あとは空飛ぶ漬物石(!?)を破壊するだけですが、もしかしたら何かが起こるかも?


書いてて気が付きましたが、此処のジュデッカさん片手(ハサミ)で零式斬艦刀を白羽取りしてます。
連戦による消耗で親分の動きが鈍ってたとか、ジュデッカのボス補正とかでご勘弁ください。


レビ「超念動・白羽取り! イヤァーッ!」

ゼンガー親分「!?」

四ツ目仮面のおじさん「レビの念動力と私の開発したジュデッカのカルケリア・パルス・ティルゲムを駆使すれば、原始的な攻撃などベイビー・サブミッションよ(そんな事よりウルト○マン来ないかな)」


まぁ、ウィンキーソフト時代はガンバスターのスーパーイナズマキックを切り払いするMSパイロットもいたから余裕余裕!
……何なのあいつら。



最終決戦(仮)の最中に味方ユニットにべらぼうな性能の増援が来るのって、何だかMXを思い出します。

イングラム少佐、主人公に会う事無くデッドエンド。
こういう時もありますよね。戦争だもの。

ジュデッカの戦闘が難儀しました。おかげで一部攻撃のモーションがα仕様になってます。
最終地獄につきましては、戦闘で使うどころか自滅させるために使わせてしまう事に。


余談ですが、主人公のカメラアイはOGシリーズの四ツ目仕様ではなく、ツインアイタイプです。
ちょっと思う所があったという理由もありますが、ネットなどでウィンキーシリーズのヴァルシオンを見るとツインアイらしいので採用しました。


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第10話

ミニゲームの岩石割り+次章への繋ぎです。

セプタギン「!?」


文字数:9305


 L5戦役が終わりを見せた直後、アイドネウス島は未だかつてない危機に陥っていた。

 DC本部内では緊急サイレンが鳴り響く中を、職員や隊員達が避難を開始している。

 

 その元凶は、DC本部からやや離れた場所に重力アンカーで大地に繋げられ、封印されていた巨大な岩石、メテオ3。それに突如異変が起きたのだ。

 

 ただの巨大な岩石だったが、突然内側から紫色の鋭い水晶が突き破り、その水晶がメテオ3を覆い隠すほどに肥大化し始めたのだ。

 変化を遂げたメテオ3は固定されていたアンカーを引き千切って浮上し、尚も水晶の増殖が続けられていく。

 

 DCもそれをただ眺めているだけではなかった。

 異変を察知してスクランブルを行った機動部隊がそれらの破砕を試みた。

 だが、それらの攻撃は尽く不可視のエネルギー障壁によって無効化されてしまった。

 

 それだけではない、逆にメテオ3が反撃を行ってきた。

 全体を構成する紫の水晶を礫の様に飛ばしたかと思うと、それの直撃を受けた機動兵器が瞬く間に水晶に侵食されてしまったのだ。

 直撃した者に限らず、ただ掠めただけでもその箇所から水晶が蝕んでいく。

 機体だけではない、礫が降り注いだ箇所は、有機物、無機物を問わず全てが紫の水晶に飲み込まれてしまった。

 

 水晶に飲まれた機動兵器は戦闘不能だ。中にいた人間も恐らく水晶の餌食となったに違いない。

 

 太刀打ちできないと判断した機動部隊はメテオ3をけん制しつつ、まだ避難が完了していないDC本部へ水晶が来ない様に破壊活動を行っていた。

 しかし、変貌を遂げたメテオ3から現れた水晶の侵食速度とまき散らされる礫の勢いが圧倒的だ。このままでは、いずれ機動部隊の攻撃速度を上回り、DC本部がメテオ3の水晶に蝕まれてしまうだろう。

 対処を行っている機動部隊のパイロットや避難を行っているDCの職員達へ絶望の影が差そうとした、その時だった。

 

 未だ侵食のされていない滑走路の一部から、赤と青の螺旋を伴った巨大な光が突き破った。

 

 光の行先はメテオ3。

 光は礫を吹き飛ばし、そのままメテオ3へエネルギー障壁を貫いて直撃……否、貫通した。

 

 円形に抉れた形のメテオ3は、先の一撃で支障が出たのか浮遊していたボディが徐々に高度を落としていく。

 

 そんな最中、光が飛び出した滑走路の跡地から、一体の機動兵器が姿を現した。

 全長57m、重装甲を身に纏った巨大な騎士の姿をしたDCが象徴とする地球防衛用の巨大ロボット。

 本来ならばL5戦役に投入される筈だった地球の守り手たる、ヴァルシオンが背面のスラスターから炎を噴きながら空へと舞い上がった。

 

 

「……やはり最後の仕掛けはメテオ3のブービートラップだったか」

 

 

 そう呟く声の主は、ヴァルシオンのコックピットで操縦桿を握る男、DCの総帥ビアン・ゾルダークその人である。

 

 ビアンがこうしてヴァルシオンと共にこのアイドネウス島にいるのには、今こうして猛威をふるっているメテオ3の存在が理由だった。

 ビアンは地球へ飛来したこのメテオ3という存在が、異星人が技術を内包させるためだけの物だとは思ってはおらず、何らかのギミックが仕込まれているのではないのかと睨んでいた。

 実際、メテオ3の内部を当時隈なく調べてみた時、その中枢にあたる個所にブラックボックスめいた存在がある事をビアンは突き止めていたのだ。

 これを見つけた当初、他の調査員達にも意見を訊いてみた所、惑星へ落下する際に減速させるための装置や未だ解析できていない未知の技術が隠されている箇所なのではと様々な意見が多数であり、ついぞ結論が出なかった。

 そんな中、ビアンや極一部の人間はこれが異星人側の罠である可能性を見出していた。

 しかし、その確証を得られるものが見つからず答えは保留となり、今まで重力アンカーで落下したこのアイドネウス島へ固定し、最悪の事態を招かない為にDCの本部を此処へと設けたのだ。

 

 そして最後の保険にこのヴァルシオンをDC本部へ置いたのだ。

 当初それに対する反発はかなりあった。地球防衛の為に開発した最新鋭機を、オペレーションSRWに投入しないとはどういう事だ、と地球連邦軍から非難が相次いだ。

 故にその代案として、兼ねて計画していたヴァルシオンの量産計画の成果物である量産型ヴァルシオンを一部隊分用意し、更にはUR-1をクロガネ隊へ送ったのだ。

 UR-1には悪い事をしてしまったと思うが、〝彼”自身もこの事態を解決させるために自ら戦う決意をしたのだ。なので〝彼”にはホワイトスターを任せ、ビアン自身は己の予測が外れてくれることを願いつつもこうしてヴァルシオンと共に様子を見ていたのだ。

 

 結果は見ての通りの事態となった。

 施設内の職員達が全員退避したのを見計らい、ビアンはヴァルシオンを起動、地下格納施設から直接クロスマッシャーを放って地盤を吹き飛ばしながらやって来たと言う訳である。

 

 

「各機動部隊、応答せよ。こちらビアン・ゾルダークだ」

 

 

 地上へと上がったヴァルシオンを更に上昇させたビアンが通信を機動部隊のパイロット達へと繋げる。

 

 

「ビ、ビアン総帥!? それにその機体は……何故此処にいらっしゃるのですか!?」

 

 

 通信の繋がったパイロット達からは驚愕の声が漏れていた。

 何せ自分達の組織のトップが、それも自分達の組織の最精鋭の機動兵器に乗ってやって来たのだ。驚くのも無理はないだろう。

 対するビアンは、ほんの少しだけ口の端を釣り上げた。

 

 

「〝こんな事もあろうかと”、という奴だ。そんな事より、此処から先は〝私達”に任せて君達は生き残った者達や避難した者達のサポートに回ってほしい」

 

 

 〝私達”?

 パイロット達はビアンの言葉に疑問を抱こうとしたその矢先だった。

 

 ヴァルシオンのクロスマッシャーでボディに大きな風穴の空いたメテオ3が損傷個所に水晶を生やして自己修復を試みていた時、突如その周囲から漆黒の靄めいた空間が幾千幾万と現れた。

 その次の瞬間、その漆黒の空間から光線が雨あられの如く飛び出し、全てがメテオ3へと殺到した。

 修復作業を行っていたメテオ3はその光の数々によって再びボディが破壊され、更にその体積を小さくしていく。

 

 ビアンはその現象に対して警戒する様子も無く、この場にはいない誰かへと通信を送った。

 

 

「所で良かったのかね? 君にも都合があるだろうに」

 

「お気になさらず。あの程度の相手を処理する程度は、そう手間ではありません」

 

 

 何処か己に絶対の自信を持っていると感じさせられるような口ぶりがビアンへ返ってくると、ヴァルシオンの隣に突如先程の漆黒の空間が浮かび上がり、そこから一体の機動兵器が現れた。

 

 深い蒼の重装甲を身に纏い、ヴァルシオンのおよそ半分ほどの全長のロボットの名はグランゾン。DCが創りだしたとされ、ヴァルシオンと対をなすもう一体の対異星人戦闘用機動兵器である。

 ヴァルシオンと言う存在が世に知らしめられた事に対し、この機動兵器は識者達の間でのみ発表を行われるに留められ、極めて認知度の低い存在であった。

 しかし、その機体に組み込まれた技術の数々は従来の機動兵器の常識を超越したテクノロジーの塊であり、ヴァルシオンとは別の次元で一線を画した存在と言えよう。

 その力の一端として、このグランゾンが先ほどメテオ3に対して無数のワームホールを開き、そこから超出力のエネルギー砲の雨を降らせ、自身すらワームホールを介して空間の移動を可能としているのだ。

 

 

「これ以上これを野放しにしておくのも好ましくありません。ビアン総帥、私もお手伝いしましょう」

 

 

 そしてそのパイロット。

 20代前半にしていくつもの博士号をもつ天才科学者であり、DCの副総裁を務めるこの男。

 ビアンに勝るとも劣らない傑物の名はシュウ・シラカワ。自身が今操縦しているグランゾンの開発第一人者でもある。

 

 そしてその天賦の才は知能だけにあらず、こうしてグランゾンを操縦している事が異才ぶりの片鱗を証明している。

 グランゾンはその計り知れない性能と比例して、要求される操縦技術も並外れていた。

 それこそ、人知を超えた能力の持ち主が搭乗者であれば、世界を1日で破壊できるとまで言われるほどに。

 

 

「そうか、ならば頼りにさせてもらうぞ」

 

「ええ、我々の本来の目的を成し遂げるために」

 

 

 ビアンがシュウの協力を歓迎し、いざメテオ3の破壊に乗り出そうとしたその時だった。

 水晶の面積がごっそりと削り落とされたメテオ3から、予想外な事に地球の言語で何某かの言葉を発信する電波を通して発しだした。

 ビアンはその電波を受信してメテオ3の言葉に耳を傾けた。

 

 

「ワ……我ガ名……名ハ……セプタギン…………最後……ノ、審判者…」

 

「ふん、この期に及んで審判者とほざくか」

 

 

 ビアンは普段から鋭い眼差しに険しさが加わり、憤怒の表情と称せる顔つきへと変貌する。

 そんなビアンの心情を他所に、メテオ3――――セプタギンは水晶の面積を修復し、拡張させていく。

 

 

「文明レベル……一定値ヲ超過……消去……バルマーノ脅威、速ヤカニ排――――ジョbyが!?」

 

 

 言葉を紡ぐセプタギンへ、超巨大なエネルギーの柱が迸り、セプタギンのボディを穿つ。

 再び大きな風穴が空いた。今度の穴は、先ほど開けられたものよりも更に巨大だ。

 

 とうとう浮力すら失い、そのボディがアイドネウス島へと凄まじい音を立てて墜落する。

 突然の攻撃と、それによって被ったダメージにセプタギンのダメージ値が一気に上がる。

 

 

「警告……警告……直チニ、対象文明ヲ消……」

 

「黙れ岩石如きめ」

 

 

 怒りを滲ませた声がセプタギンの警報を遮った。

 声の主はヴァルシオンの砲撃でセプタギンを地べたに叩き落としたビアン・ゾルダーク。

 コックピットシートに座するその顔は、ビアンを知る人間が見れば驚愕するだろう。未だかつて此処まで怒りを滾らせたビアンは見た事が無い、と。

 

 事実、ビアンは超人的な精神力で冷静さを保ちつつも、愛する美しい地球を穢さんとするこの虚空からの無法者に対して地獄の業火の如き怒りの炎を滾らせていた。

 そして同時に、己の歩んだ人生をふと振り返る。

 

 

(見ているがいい、別の世界のビアン・ゾルダークよ。私は、お前とは違う方法で地球を守る)

 

 

 数年前、ビアンは己の命すら担保に賭けて、地球を守る計画を密かに立てていた。

 今のDCを地球防衛にではなく、世界の敵として結成させて、真の地球の守護者を見定める試金石とする事だった。

 そこで生まれた戦いの果てに自分達が敗れれば、勝者に地球の未来を託す。もしDCが勝つのならば、DCの力で以て世界を統一させ、地球の守護者として君臨するまでである。

 

 だが、その計画はとある存在が介入する事で大きく狂わされた。

 

 誰が予想できるだろうか。別の平行世界の自分が作り上げたロボットの成れの果てが、本人ではないとはいえその造物主の行動を止めるなどとは。

 いくら天才的頭脳を持ったビアンでも、この様な事態は予測しきれなかった。

 

 別の世界から現れた、現在UR-1と呼称される“彼”。

 別の世界の自分(ビアン)が開発した人工知能の成れの果てとも、ビアンの死後ヴァルシオンを悪用した存在が後付で取り付けたものとも考えられたが、判断が付かなかった。

 世界が違えば人の有様にも差異があるだろうとは思うのだが、あそこまで自我の確立した人工知能を果たして開発できるのだろうかという疑問があったのだ。

 人工知能と言う分野において、一人だけ思い当たる人物がビアンの脳裏を過ぎるが、あり得んなとその可能性を除外した。色々と理由はあるが、何よりあそこまで人間そのものとも言っても良い程の自我を持たせるのはその人物でもまず不可能だと結論づけたのだ。

 

 

 そんな“彼”が、自身に備わった恐るべき機能を駆使してビアンが蜂起する原因を作った男、カール・シュトレーゼマンとその一派を尽く暗殺したのだ。

 何故そのような凶行に及んだのか、事前に理由は聞いている。

 “彼”自身がそれを行う前にビアンへ告げたのだ。

 

 

――――ビアン博士、貴方が世界の敵となろうとしているのは、カール・シュトレーゼマンとその一派の横槍が原因なのですよね?

 

――――……ならばもし彼らの存在がいなくなり、地球連邦政府の姿勢が変わるのならば……貴方は踏み止まりますか?

 

――――私にはそれを行える“術”があります。まず間違いなく痕跡は残りません。ビアン博士にご迷惑が被る様な事もありません。

 

――――……ビアン博士、貴方は私の本当の造物主なのかもしれません。ですが、私は一人の友人として、貴方にはどうか生きていて欲しい。

 

 

 “彼”はビアン・ゾルダークを守るために動いたのだ。“己の意思で”

 

 そしてビアンが最も衝撃を覚えたのは“彼”がカール・シュトレーゼマンとその派閥に属する者達を亡き者にした後の事だった。

 

 〝天岩戸事件”

 ビアンとテスラ研の一部の者しか知る事のない、“彼”が突然地下第99番格納庫からあらゆる接触を遮断して引き籠ってしまった騒動だ。

 シュトレーゼマンが謎の死を遂げた後の混乱にEOTI機関も巻き込まれた関係上、その後始末に奔走していた最中に、突如テスラ研のジョナサンが困り果てた様子でビアンへ連絡を寄越してきた理由を聞いて、ビアン自身も驚いた。

 現在進めている仕事を切り上げ、テスラ研へと急行して専用の通信経路を介してコンタクトを何度か試み、ようやく“彼”は反応した。

 

 何があったのかと慎重に訊ね、ようやく返って来た答えにビアンは愕然とする。

 

 “彼”は、シュトレーゼマン一派の暗殺に対して葛藤を抱き、その結果気を病んでしまったのだ。

 

 それはプログラムの矛盾から発生したエラーではない。

 紛う事なき人の心を宿した者が持ち得る良心の摩耗による心理現象だ。

 

 ビアンはその有様に言葉を失った。

 これが機械だと言うのか?

 生物の細胞と同質の金属と言い、これではまるで、人と同等の自我と知性を持つ生物ではないか。

 

 あの時初めて言葉を交わしてから、ビアンは心のどこかで“彼”を人造物として見ていた所がある。

 “彼”のセリフや感情は、高度なプログラミングによって生み出された産物なのだろうと言う科学的な解釈の基に認識していたが、此処までくればもはやその様な無機質な物では無い。

 

『充分に発達した科学は魔法と区別がつかない』

 かの有名なSF作家が遺した一説だが、まさにその通りだ。

 

 “彼”の機体の奥底には、紛う事なき魂が宿っている。未だにそれらを科学的に実証する術を持っていないビアンだが、その類稀なる頭脳と直感がそう結論付けた。

 科学の果てに生み出された奇跡の産物か、それともこの世界へやって来た際に生じたバグやエラーによって誕生した偶然の結果なのかまでは、終ぞビアンにも見極めることは出来なかった。

 

 もはやビアンには“彼”が此処まで己の心をすり減らし、血に濡れてまで自分を守ろうとした“彼”の意思を無碍にする事など出来なかった。

 結果的にではあるが、今の地球はビアンが予想していたよりも良い状況へと進んでいる。

 “彼”の拓いた道を、無駄にはしない。

 

 

「消え失せろ。この星は、貴様の様な輩が穢して良いような所ではない」

 

 

 それゆえにこそ、この宇宙から飛来したよそ者の無法をビアンは断じて許さなかった。

 

 

 

 程なくして、暴走したメテオ3ことセプタギンはヴァルシオン、グランゾンの2体と交戦状態に突入する。

 しかしその十数分後、近辺の無人島が消滅しつつも2体のロボットの手によってこの世界から跡形も無く消滅した。

 ヴァルシオンとグランゾンの常軌を逸した大火力を息つく暇も無く受けた事でボディが耐え切れず爆散し、さらに追い打ちをかける様にグランゾンがブラックホールを生み出してセプタギンを残骸ごと重力の井戸へ引きずり込み、無へ帰したのだ。

 

 これにより、新西暦179年のヒリュウ襲撃から端を発したエアロゲイターとの戦いは、L5宙域での戦い――通称“L5戦役”にて一応の終結を見る。

 地球圏の人類はその勝利に歓喜した。有史以来初の異星文明からの侵略者達を見事退けたのだ。

 

 何も問題が無かったわけではない。

 これまでのエアロゲイターとの戦いで被害を受けた世界各国の都市や施設、そして何より命を落した者達は、いくら戦いで勝ったとしても戻ってくるわけではないのだから。

 

 そもそも、外宇宙からの侵略がこれで最後だと言う保証が無いのだ。

 異星文明の存在が確認された事によって、此度のエアロゲイターの様に地球へ武力介入を行う他の異星文明がいないとも限らない。

 エアロゲイターもあれはあくまで尖兵であって、本隊はいまだに健在だと言う意見が多数挙がっていた。

 

 それらを踏まえ、地球連邦軍はDCの力を借りて軍事拡張計画、通称「イージス計画」の発動を宣言。

 地球圏は戦後の復興と並行して次の襲来に備えて更なる戦力の充実化を図る道へと進んでいった。

 

 

 だが地球圏がこうしている最中に、今度は宇宙の彼方では無く、地球のどこかで息を潜めていた悪意が鎌首をもたげる。

 

 それを人類が知る事になるのは、もう少し。

 

 

 ――――そしてL5戦役からほんの数か月、時が流れる。

 

 

 

 

 

 場所は地球圏ラグランジュポイント5宙域。

 其処にはL5戦役で異星文明エアロゲイターの拠点として運用されていた機械仕掛けの人工惑星ネビーイーム――地球側のコードネーム“ホワイトスター”が、今も未だその宙域に鎮座している。

 先の戦役で所持者であるエアロゲイターが打ち倒された事により、地球連邦軍の管理下に置かれることになった。

 

 接収してからすぐに地球連邦軍はDC、コロニー統合府からはコロニー統合軍を派遣して衛星内部への調査に乗り出した。

 L5戦役収束間際に起こったメテオ3暴走の件があるため、今回は慎重に慎重を重ねた調査だ。

 現在は解析班の手で人工惑星の表層を入念に調べ、慎重にトラップを警戒して内部施設を調べた結果、其処は異星文明が遺したテクノロジーと言う名の宝の山だった。

 地球外の未知の金属物質、地球の概念とは違った食糧生産技術等、小惑星規模のホワイトスターのほんのごく一部の表層ブロックを調べてこれなのだ。最深部まで行けば未だに地球では確立されていないエアロゲイターが保有する物質の転移システムの構造も暴けるかもしれない。

 更には、自分達が辛酸をなめさせられた強力な兵器群が生産プラントの中にゴロゴロとある事だろう。

 解析班達はこの人工惑星が宝船の類に見えた事だろう。湯水のごとく見つかる高度な外宇宙の技術は研究者たちを虜にした。

 

 

 そんな、ホワイトスター内部の奥に設けられた兵器生産プラントの一角で人知れずに脈動する存在達がいた。

 

 数は4つ。それはまるで銀色の糸に包まれた繭の様な形状をしており、繭状の物体から伸びた糸が周りの施設やエアロゲイターの兵器へと絡み付いている。

 その糸に包まれた物はドロドロに溶かされ、繭に吸い込まれていった。

 

 繭の大きさはそれぞれバラバラで、小さいものはPTより小さく、一番大きいものは優に特機以上もある。

 それらが心臓の鼓動の様な音を立てながら生産プラント内部を静かに食い荒らしていったが……突然鼓動が止まった。

 

 

 鼓動が止まってから数分後、突然一番小さい繭の中から何かが突き破って飛び出した。

 飛び出した“ソレ”は空中で軽やかに一回転すると、音も立てずに地面に着地する。

 

 ヴン……と音を立てて二つ眼に光が灯り、光源の無い暗い生産プラント内を僅かに明るくした。

 

 

(――――)

 

 

 人の形をした“ソレ”は、設けられた両手を見る。

 ゆっくりと握っては開き、腕を回し、腰を回して己の体を確認するように動かし、満足すると頭部を俯かせて二つの眼――アイカメラの光を細めた。

 

 

「……懸念が当たってしまったのか」

 

 

 “ソレ”がまるで人間の様な口調で呟く。

 人間の様な口は無い。あくまでその体に取り付けられた音声機構から発せられた声だった。

 

 

「ならば、私は私に課せられた役目を果たすだけだ」

 

 

 強い意志の籠った声と共に、“ソレ”が残り3つの繭へと向いた。

 

 

「さあ、お前達も出て来るんだ」

 

 

 “ソレ”が声をかけた途端、3つの繭達が各々の方法で繭を破ってその中身を顕わにした。

 

 

「――俺達の出番って訳かい」

 

 

 繭が横一文字に切り開かれると、“巨大な羽を持つ人型”が腰に手を当てながら不敵な声色を放つ。

 

 

「――事情は把握している」

 

 

 鋭い爪を備えた獣の脚が繭を叩き破ると、戦艦に匹敵しそうなほどの〝巨大な四肢動物の様な存在”が静かに喋る。

 

 

「――僕ぁシステムオールグリーンですのでいつでもどうぞ」

 

 

 繭から無数の触手状の物体が突き破り、繭を切り裂いたそこから〝甲殻類とも、貝類とも名状しがたい海洋生物の如き何か”が眠たげに返してきた。

 

 

 〝3体”の様子を確認すると、〝ソレ”は頷いた。

 

 

「よし、早速だがこのまま私達は地球へ向かう。皆の役割は〝孵化”する前に情報で送っている通り、問題はないな?」

 

 

 〝ソレ”が問えば、〝3体”から是認の旨が返って来た。

 ならば確認する事は済んだと言わんばかりに〝ソレ”が〝四肢動物の様な存在”へ指示を出した。

 

 

「〝グランド”、砲撃開始だ。間違っても外の人々を巻き込むなよ」

 

「任せたまえ」

 

 

 他の皆が己の背後へ退避したのを確認したグランドと呼ばれる四肢動物の様な存在は、腰だめに構えると口を開いてその奥にある砲口へとエネルギーをチャージ。

 近くの壁目がけてそれを放った。

 

 極大と言うのもおこがましい、砲撃した本人(?)すらかるく覆い尽くすほどの規模を誇る重力エネルギーの砲撃だ。

 その砲撃はホワイトスターの壁面を容易く突き破り、いくつもブロックを貫いて表層部を這い出し、宇宙空間の彼方へと突き抜けて行った。

 

 道が出来るや否や、4体が自身のあらゆる機能を駆使した最大速度で駆け出した。

 

 ある者は翼を広げ、鳥の様な形に姿を変えて飛び立ち。

 またある者は背面の全ての推進装置から炎を噴きながら背中に一番小さな仲間を乗せて四肢を躍動させながら走り。

 更にある者は全身から伸ばしていた触手状の物体をしならせながら宙を泳ぐように進んでいく。

 道行く先々に転がる残骸を蹴散らしながら駆け抜け、そうして4体はホワイトスター外部へ繋がる大穴を抜けて宇宙空間へと躍り出た。

 

 そんな4体に気付いた者達がいる。ホワイトスター近辺を警備している艦隊だ。

 最初は通信で呼びかけを続けていたが4体はそれを完全に無視して地球へ目がけて飛んでいくので、とうとう艦隊は機動部隊を発進させて武力行使による停止を試みた。

 だが、4体の宇宙を駆ける速度が機動部隊を大きく上回り、遂にはそれらを振り切って成層圏へと飛び込んで行った。

 

 向かう先は皆違い、4つに分かれて地球の各地へと大気圏の熱を纏いながら落ちていく。

 

 追いかけてきた警備艦隊は4体の追跡を打ち切り、後の追跡を地球を縄張りとしている地球連邦軍へと連絡して委ねる事にした。

 

 

 

 新西暦188年某月。

 地球圏はホワイトスターから現れ、地球へと降下したと観測された謎の機動兵器をエアロゲイターの残党と目し、それらに対して「AGX16~19」のコードネームを付けて捜索を開始する。

 だが世界各地へ地球連邦軍、DCの部隊を派遣して捜索に乗り出したものの、現在に至るまで彼らは発見されることは無かった。




最後の審判者さんはブラックホールの彼方へボッシュートされました。


と言う訳で、OG1編は終了してOG2編の始まりです。
ちょっと一時的に主人公がバトンタッチします。根本的な所は変わらないと言えばそうなのですけれども。

4体の愉快な仲間達は特定の地域を徘徊していれば会えるかも(ポ○モン的な意味で


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第11話

お久しぶりです。
時を越えてをBGMにしながらせっせこ書き溜めて投稿と相成りました。
OG2編のさきっちょ部分ですが突入です。

文字数:約8000文字


「4体のアンノウン……か」

 

 此処はスペースノア級参番艦クロガネの一室。クロガネ隊の隊長を務めるエルザムは自室のディスプレイを使ってDC本部から送られてきたデータを閲覧していた。

 内容は、ここ最近になって地球の各地へ現れたエアロゲイターの残党と目されている4体の機動兵器達の情報である。 

 

 地球のオゾン層近くを飛び続ける巨大な怪鳥の如き機動兵器 AGX16“ハミングバード”

 

 アフリカ大陸北部のサハラ砂漠を主な活動範囲とする超大型の四肢動物――後に戦車の様な形状への変形が確認された機動兵器 AGX17“スフィンクス”

 

 太平洋の海底を泳ぎ回っている謎の海洋生物型機動兵器 AGX18“ノーティラス”

 

 そして、地球に降下してからはただ一度たりとも発見されず、ホワイトスターから飛び出した際に警備艦隊が記録した映像のみで存在が確認されている人型機動兵器 AGX19“ゴースト”

 

 いずれも各エリア内で極めて低い頻度ではあるが、その姿をそのエリアの警備を担当している機動部隊から確認されている。しかし発見したとしてもすぐに反応がロストしてしまい、今日まで4体の捕獲・撃破にまで至っていないのが現状だ。

 

 業を煮やした連邦軍上層部がDCへ指示を通達、そしてエルザム率いるクロガネ隊へ4体の捜索及び捕獲・破壊の任務が下ったのだ。

 元々クロガネ隊は別任務で地球圏内で活動していたのだが、その活動エリア内に今回の任務の内一体の活動範囲が重なった為、兼務する事となったのである。

 元々受けていた任務とは、L5戦役の最終決戦の最中に行方不明となったUR-1、そしてパイロットの回収であった。

 

 あの最終決戦終盤、エアロゲイターの首魁レビ・トーラーが駆る機動兵器、ジュデッカと戦いを繰り広げた後に、2機揃ってもみ合う様にして地球の大気圏へと燃えながら落ちて行ったのを、エルザムは見ていた。

 己の無力感をエルザムは痛感した。UR-1の介入が無ければホワイトスターへの突入の際に犠牲を被る可能性が高かったし、その後のエアロゲイターの幹部たちとの連戦、ホワイトスター内部でのイングラム・プリスケンとの戦闘の後に待ち受けていたジュデッカとの決戦でも壊滅に憂き目に遭っていただろう。

 その最大の功労者であるUR-1パイロットのアケミツ・サダは、機体と共に敵の首魁と相打ちとなり現在もMissing in Action、通称MIA(戦闘中行方不明)判定となっている。しかし大気圏突入後時のジュデッカの爆発の後にUR-1の識別信号も消えた為、あの大気圏への入射角の悪さも相まって生存は絶望的だ。

 

 部隊内では今回のアケミツのMIA判定については大分堪えていた。

 アケミツの人柄がクロガネ隊の隊員達に好かれていた事が大きかったのだろう。パイロットとして高い腕前を持っていても驕らず、職務に真面目に従事しつつ部隊内の人間との協調にも気を配ってくれていたのがエルザムを含め隊内で好感を持たれたのだ。

 クロガネ隊だけではない。あの時一緒に行動を共にしていたハガネ、ヒリュウ改の両部隊の隊員達も最終的にはアケミツとUR-1に全てを任せてしまう形となってしまった事もあり、一部の隊員達は今でもショックを受けている。

 あれから数か月の月日が経過し、皆持ち直して職務に従事しているが、それでもアケミツの件を引き摺っている。エルザムは早い内に気持ちを切り替えたが、あれほどの腕前の男を失った事の惜しさは今でも蘇る。大義の為ならば作戦遂行の為に私情を差し挟まないつもりではあるが、あの時無理やりにでも引き留め、残存戦力でかかればこの様な結果にはならなかったのではないかと今でも思う時があった。

 アケミツを紹介してくれたDC総帥ビアン・ゾルダークへも直接深謝した。ビアン総帥も彼が行方不明になった事について思う所はある様だが、エルザム達に非は無いと諭している。

 

 そして現在、DC本部を後にしてクロガネ隊は太平洋の中をクロガネの潜航機能を駆使して進んでいる。

 大気圏に落ちて行ったUR-1は機体の信号こそ消失したが、UR-1が地球に落下した時間帯と当時地球へ空から飛来した物体の時間帯とを合わせて計測したところ、太平洋のある海溝付近へ落ちているであろう事が大よそ確定した。

 

 そこで先の4体のアンノウンの内、AGX18“ノーティラス”が太平洋にいるのでそれの捜索も行わなければならないのだが、エルザムはある可能性を危惧している。

 

(どうも奴の動きが気になる。……まさかUR-1を狙っているとでもいうのか?)

 

 クロガネ隊の行き先は太平洋の北西部、マリアナ諸島を目指しているのだが、彼のアンノウンが現状最後に確認された場所と言うのがクロガネ隊が向かう先と同じマリアナ諸島なのだ。

 偶然なのか、それとも意図したものなのか。現在アンノウンがエアロゲイターに所属していると目されているため、その組織の行動パターンと照らし合わせるとアンノウンの狙いが海底に沈んでいるとされているUR-1なのではないのか、と言う可能性が挙がっている。

 実際、エアロゲイターの戦力の中には地球の機動兵器、パイロットを何らかの方法で攫い、“改造・加工”を行いこちらへ繰り出してきている。その中には、エルザムの嘗て所属していた特殊戦技教導隊隊長も含まれている。あの時の怒り、屈辱は今でも忘れてはいない。

 

 UR-1はホワイトスター攻略の最中、突如異常な戦闘力を発揮しエアロゲイターの部隊のこと如くを薙ぎ払っている。

 その件については戦後、地球連邦軍がその件についてUR-1の設計開発を行ったテスラ・ライヒ研究所へ追及が行われた。

 あの急激な戦闘力増加の現象については、当初発見したUR-1に残されていた動力炉の構造を基に、新しい理論を導入して開発した動力システムのリミッターを解除した結果起きた一時的なものだとテスラ・ライヒ研究所現所長ジョナサン・カザハラが回答していた。

 今となってはUR-1の資料についてはテスラ研に保管されているもののみしか現存せず、その当機が行方不明となっている為確認のしようがない。

 

 だが、単機でホワイトスターを半壊近くまで追い込んだ事はあの戦場にいた誰もが知っている。

 例え海底に没し、機能を停止していたとしても、UR-1をエアロゲイターの手に渡らせてしまう事は恐るべき結果を生み出す可能性がある事は想像に難くない。

 それに短い間ではあったが、ともに戦場を戦った仲間を辱めるような所業は、決して許してはならないのだ。

 

 エルザムは心に燻る可能性を胸の内にしまい込み、自室を出てクロガネのブリッジへと向かった。

 

 

 

 

 ブリッジのガラス面の先に映るものは、光の射さない暗闇が広がる深海ばかり。現在クロガネは深海3000を維持しつつ深い海の中を進んでいる。

 ブリッジへやって来たエルザムは、自分の代わりに指揮を執っていた副長へ労いの言葉をかけた。

 

「御苦労副長、状況に何か変化はあったか?」

 

「は、今の所怪しい機影は確認できていません。稀に深海魚がブリッジから見えるくらいでしょうかね。まぁ静かな物です」

 

「そう都合よく見つかりはしないか。……しかし、深海魚か……ふむ」

 

 副長はどこかとぼけたような答えをエルザムに返すが、エルザムは気を悪くするどころか顎に手を添えて小さく笑い返した。

 この副長――本名クルト・ビットナーという男はエルザムもそれなりに付き合いは長い。クロガネ以前に部隊を指揮していた戦艦の頃から艦長、副長の関係であり、エルザムが機動兵器を駆って戦場へ出る場合は副長が代理として戦艦の指揮を執っていた。

 副長というこの男、別に不真面目と言うわけでは無く、エルザムと軽口を叩き合いはするが場の雰囲気を和ませたり機転を利かせて部隊全体のサポートを行っていたりと、日本の諺で言う縁の下の力持ちのような存在でクロガネ隊になくてはならない存在である。

 

「もしや、献立に組み込まれるおつもりですか?」

 

「幸いな事に、今このクロガネには深海探査艇を載せている。捜査ついでに深海魚が“多少”引っかかったとしても、想定の範囲内だろう」

 

 しれっとエルザムも副長の話に同調するものだから、ブリッジ内のクルー達から笑いが漏れた。

 エルザム・V・ブランシュタインと言う男は、類稀なる機動兵器の操縦技術や指揮能力、他にもあらゆる面で突出した才能を発揮する事からDC内でも、ひいては連邦軍内で見ても優秀な軍人として知られているが、そんな彼には有名な特技があった。それは料理だ。

 元々は美食家から長じたものらしいのだが、今ではプロの料理人にも匹敵する程の腕前にまで上達し、趣味の一環として部隊の皆に振る舞う事で結果として部隊内の結束は固くなったと言う。

 いつの世も、兵站の優良な軍隊の士気は高い。

 

 

 

 ひとしきり笑いがこだました後、副長が真剣な表情を作り直した。

 

「間もなくマリアナ諸島近海へ到着しますが……アンノウンの方は見つかっておりませんね」

 

「奴らは此方への接触や敵対行動については消極的と報告を受けているが、遭遇してみない事には何とも分からんな」

 

 だからこそ不気味ではある、とエルザムは眉間に皺を寄せる。

 4体のアンノウンは連邦軍・DCの両部隊と遭遇した際、基本的に一目散で逃げ出し衛星からの追跡をも撒いてロストして見せる逃げ足の速さを持つと言われている。

 戦闘らしい戦闘も確認できず、此方へ仕掛けてきたとしても此方のレーダーを狂わせたり、トリモチのような粘着性の物体を弾丸の様に飛ばして動きを止めたりと、機械関係に多少の被害はあるが人的被害については死者は確認されていない。

 

 今までのエアロゲイターの機動兵器達の行動パターンとは明らかに違うこの4体に困惑するが、あのハガネの部隊も捕獲任務に駆り出されたのにまんまと逃げられた事からかなりの性能を有している事は確かだろう。ホワイトスターから出てきた事実と、あの4体が此方に攻撃をしてこない保証がないので警戒度合いが下がる事はない。むしろ性能の高さが加味されて危険性を唱える者が出ていた。

 故にこの近海にいるとされているアンノウンの動きが気になるのだが、そんな事を考えているエルザムの耳にオペレーターから報告があった。

 

「ソナーに感あり! 艦左舷方向に何かがいます! 距離6000!」

 

「アンノウンか?」

 

 副長が眼を鋭くさせてオペレーターに確認を取ると、オペレーターがコンソールを操作し間もなく回答が出た。

 

「データー照合……キラーホエール級が3隻! しかしどこの部隊にも所属されておりません!」

 

「未所属の艦? しかもキラーホエールとは……少佐」

 

「我がDCで開発された戦闘潜水艦だが、既に連邦軍内でも普及されている。身内を疑いたくはないが……不明艦へコンタクトを取れ。所属を質させてもらう」

 

 エルザムが副長経由でオペレーターへキラーホエール達へ通信を試みた所、程なくして返答は返って来た。それも悪い形で。

 

「キラーホエールから注水音を確認! この音は……魚雷発射管のものです!」

 

 ブリッジ内に緊張が走る。

 エルザムがクルーたちへ指示を飛ばした。

 

「総員、第1種戦闘配置! 機関、第1戦速! Eフィールドを左舷と前方に集中して展開、同時に艦体を左へ旋回させろ! 受け止めつつ此方も応戦する!」

 

 クロガネの艦体にエネルギーで構築された障壁が展開され、艦体が今の位置から90度左へ回りだした。

 

「魚雷発射確認、雷跡9!……来ます!」

 

 間もなくキラーホエール級たちから魚雷が発射され、クロガネへ殺到する。しかし、艦体へ直撃するはずだったものは全てクロガネのフィールドに阻まれ、爆風すら遮られてしまった。

 

「被害報告!」

 

「フィールド消耗率2パーセント! 艦体への損傷は皆無です!」

 

「……やれやれ、昨今の改修作業が功を奏しましたね」

 

「驚くべきはDCとテスラ研の開発スタッフといったところか。ビアン総帥たちに感謝せねば」

 

 “今のクロガネ”に搭載されているEフィールドの防御力ならば、キラーホエール級の魚雷が多数直撃したとしても問題なく防ぎきれる。そう確信したからこその指示だったが上手く言った様でエルザムと副長が今のクロガネの堅牢ぶりを改めて確認する。

 L5戦役後、クロガネを含めたスペースノア級、およびヒリュウ改はDCとテスラ・ライヒ研究所の共同のもと大規模な改修作業が行われていた。

 外見や武装などに変更はないのだが、艦体に用いられている装甲材や動力炉の見直し、使用されている兵器や設備類その他が更新された結果、竣工時に比べると中身が別物となったのだ。

 そのおかげで、部隊を出せない深海でも多数のキラーホエール級と相手取れるようになった事は幸いと言えよう。

 

「再びソナーに感あり! 未所属のキラーホエール級が艦前方に7隻!」

 

「何! 新手だと?」

 

「この近海にキラーホエール級が10隻……流石にこれはきな臭いですな」

 

 オペレーターからの増援の報告にエルザムと副長は眉をしかめた。

 此処まであからさまな艦隊の展開に、エルザムは彼らの思惑を嗅ぎ取った。

 そうであれば、あまり悠長にはしていられない様だ。

 

 反撃にと魚雷発射の指示を出そうとしたその時、オペレーターから増援の報告が出た。

 だが、オペレーターの様子が可笑しい。

 

「新たな反応をソナーが確認! ……ですが、これは!?」

 

「どうした? また増援か?」

 

 キラーホエールがこれ以上増えた所でクロガネならばやり様がある事はオペレーターも知っている。

 そのオペレーターが明らかに動揺しているのだ。その意味する所を薄らと感じつつも改めて副長が問い返した。

 

「いいえ、これは戦艦の動きじゃありません! データー照合…………か、確認出来ました! 識別コード、AGX18ノーティラスッ!!」

 

 艦橋内の緊張の度合いが一気に上がった。

 クロガネ隊に下された任務の一つである標的が、遭遇率が極めて少ないと言われていた存在が自ら姿を現したのだ。

 

「このタイミングだと……! 奴は何処にいる?」

 

「み、未所属のキラーホエール級と戦闘に入りました!」

 

「何だと!?」

 

 コードネーム“ノーティラス”を含め、4体のアンノウンは今まで戦闘らしい行為を確認された事が無かった。

 それが今になって自発的に攻撃を行って来たのは何故か。副長がオペレーターに再度訊く。

 

「確かなのか?」

 

「はい、間違いありません。……信じられないのですが、記録にあった通り700ノット近くの速度で水中を移動しています」

 

「……報告が偽りでは無い事は分かってはいるのだが、目の前で見たのに信じられんな。速度に換算したら音速の領域だぞ……」

 

 常識外の数字が出てきた事に流石に副長が困惑気味に唸る。エルザムもその数字を耳にして目を見開いている。

 ノーティラスの大きさは大型の特機クラスのサイズだと確認されている。

 そんな巨体が水中を700ノットの速度で泳ぎ回っているのだとしたら、それだけで恐るべき質量兵器となり得る。全ての報告が正しいとするのならば、ノーティラスの強度と速度でぶつかれば潜水艦なぞ水中でスクラップと化すのは間違いないだろう。

 深海をそんな速度で移動して機体の強度が保つのだろうか、という地球人類の知る物理法則に則った疑問を鼻で笑うような現実を目のあたりにしているクロガネを他所に、事態はますます加速していく。

 

「キラーホエール級10隻……全て撃沈されました」

 

「1分と経たずにか。10隻だけとは言え、水中での機動力と言い油断は出来ませんね」

 

「ああ、だが奴まで現れたとなれば、UR-1がこの近辺に沈んでいる可能性は高まったな」

 

「……一戦、交えますか?」

 

「向こうの態度次第だが、まだ此方から手を出すなよ。だがEフィールドをいつでも展開できるようにしておけ」

 

 何が原因でノーティラスがキラーホエール級に攻撃を仕掛けたのかは不明であるが、無暗に戦端を開くまねだけは避ける様にとクルーたちへ釘をさすエルザムは、ノーティラスがどのような行動に出るのか細心の注意を払っていた。

 

「ノーティラス、速度を落とさずそのまま離脱!」

 

 そうこうしている内にノーティラスがこの海域から逃げ出していった。

 副長が行き先の追跡は可能かと訊ねてみるが、あまりの速度で探知外へロストしてしまった。

 

「人工衛星とリンクして再度追跡を試みろ。あと、本部へ先程のノーティラスの情報を送信しておくように。……しかし、此方の行先とは真逆の方角へ行ってしまいましたね」

 

 てっきりUR-1が沈んでいると目されているマリアナ諸島へ向かわれるのではと危惧していたのだが、予想が外れてしまった事について安堵すべきか判断のつかない副長は、微妙な表情でエルザムを見た。

 

「いや、むしろ捜索途中で奴と出くわした時の事を考えればこれで良かったのかもしれん。我々はまずUR-1の捜索を優先しよう。クロガネの進路はこのままマリアナ諸島を目指す」

 

 もしノーティラスと深海で戦闘を行う場合、機動兵器部隊を展開できないクロガネでは改修を施したとはいえ容易には行かないだろう。ノーティラスの戦闘力は未だ未知数であり、片手間で対処していい相手ではないのだ。

 エルザムは己に課せられた指令の難しさを改めて確認した。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 其処はインドネシア近辺の海洋に存在するジャワ海溝の中でも限りなく最深部に近い深度7000という海の谷底。

 息を殺すように動きを止め、あらゆる索敵の目を掻い潜る、今現在地球圏の軍関係者たちが血眼で探し回っている4体のアンノウン、エアロゲイターの残党と目されている機動兵器の1体、AGX18“ノーティラス”と呼ばれる存在がそこに音も立てずに鎮座していた。 

 

 その姿は海洋生物のオウムガイを思わせる、機械でありながら有機的な形状をしていた。

 直径およそ80m規模の巻貝のような暗緑色の外殻は限りなく球体に近い形状をしており、ボディの下部――オウムガイで言う所の外殻の出口からは大小さまざまな機械で構成された触手が海底を這うようにして伸ばされていた。

 

 

 

 

「――やっぱりあいつら“ファーザー”を狙っていたよ。どーも“ファーザー”の力が目当てらしいね」

 

 

 

「――“ファーザー”はどうしたって? ご安心を、もう見つけたよ。今は海底から更に奥の地盤近くに埋めて擬態をしているから、まず見つからないよ」

 

 

 

「――皆してそう怒るなよぉ、下手に今の“ファーザー”を陸に揚げるワケにいかないんだからしょうがないじゃんか」

 

 

 

「――それがさ、休眠状態に入っちゃっているみたいなんだ。こっちからの呼びかけに全然答えてくれないんだよ」

 

 

 

「――暴走の危険性は殆どないと思う。そこら辺はボクの得意分野だからね、念を入れて確認したし、今も子機を側において様子を見させている……いや、本当に良かったよ。本当に」

 

 

 

「――それともう一つ、新しい情報だ。さっきボクが沈めておいた“ファーザー”を探していた奴らだけどね、出所が掴めたよ」

 

 

 

「――あの潜水艦の連中、乗組員が全員アンドロイドだったんだよ。今の地球でアンドロイドを作る技術なんて地球連邦やDCでも無い筈なのにね。怪しいとは思わない? だからちょいと特性のウィルスを流し込んでハッキングをね、連中のおつむの中を覗かせてもらったのさ。上手い事プロテクトが掛かっていた様だけど、ボクの敵じゃあないね」

 

 

 

「――今からポイントも伝えておくよ、連中から引っこ抜いたデータもセットで送信しておこう。――――場所はアフリカ大陸にある人口冬眠施設アースクレイドル。アンドロイドたちに命令を与えている奴らは此処に居るらしい。……其処から先は“シャドー”の得意分野だろ? ちょっと調べてみてくれよ」

 

 

 

 全て無線通信で行われた発言だった。

 深海の奥底から、はるか遠くに離れた仲間達へとノーティラス――否、“ウォルター”は報告を終えると通信を切る。

 ホワイトスターから飛び出し地球の海の底で活動し続けた中で入手したデータを、ウォルターは自身に設けられた高度な演算処理能力で以て素早く纏めていた。

 

(此方を補足している勢力は未だなし。太平洋中にばら撒いた“アレ”も徐々に効果が出てきているな……よーしよし。 ……ファーザーの所に行って周りに気取られるのは面白くないなぁ、多分クロガネがあそこら辺調べ回ってる頃だろうし)

 

 自分達の造物主が世話になっていたDCやクロガネ隊には多少の手助けこそすれ、懇意にする気も素性を明かす気も今の所は無い。現在も地球圏の勢力から追われる身となっているが、そちらは予定通りなので問題ではない。

 何かと造物主が気に掛けていたビアン・ゾルダーク達については自分達のリーダーが対応する手はずなので、其処はすべて任せっきりになってしまっているが、まぁ大丈夫であろうとそれほど心配はしていない。

 

 それよりも気にするべきは、先ほど仲間達に伝えた造物主を狙う輩達だ。

 今後連邦軍やDC内、他にも造物主の力を狙う者達が増えるのであろうが、そうはいかない。

 造物主を脅かす者あらば、それらを払い除けるのが自分達の役目なのだから。

 

 

 そうして自分に課せられた現在の役目とその進捗状況を確認していると、本日の予定が全て完了している事に気が付いた。

 

(……とりあえず、ネットサーフィンしながらアニメでも見て暇を潰そ。溜まってるのが沢山あるし)

 

 造物主と同様に高度な演算機能を有し、処理容量に空きが出来た――すなわち暇を弄び始めてきたウォルターは、密かにネットワーク空間内からハッキングでちょろまかしてきたアニメの閲覧とネット内での情報収集に勤しむ事にした。




エルザム視点からのスタートになり、皆さんから怒られない事を祈るばかり(フラットフィッシュのコスプレしながら

クロガネ隊副長の設定は独自です。なんか女っ気少なめなショーン副長みたいな感じになりました。
原作で食通さんになったエルザム兄さん率いるクロガネ隊みたいなアクの強そうな部隊で副長やっているのなら、心臓に毛の1~2本でも生えている様な人なんじゃないのかなと思ってこんな人柄になりました。
名前はありません。トップをねらえ! の副長みたいなノリです。

ところで書きながら思っていたのですが、スペースノア級の耐圧深度はどれくらいなんでしょうね?
原作ではOG1のストーリー中に深度3000辺りで襲撃を受けて圧壊の危険にさらされていた為、その位かもう少し深めなのだろうかとあたりをつけて見ました。


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