寝て起きたらデスゲームに巻き込まれていたんだが。 (リベリオン)
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起きたらアインクラッドの中でした。
設定


 と言う事で今回はオリ主の設定に関しての投稿です。なお、全部の設定は公開してません。後半のネタバレになるので。


ミスト

 

 友人から借りていた小説「ソードアート・オンライン(以下SAO)」を読み終え、寝たらSAOの世界に投げ込まれていた不幸な高校2年生の17歳。

 アバターはリアルでやっていたMMORPGのものが一部流用され、容姿は赤い鎧に盾と片手用直剣を装備した、ちょっとツンツンヘアーの赤茶髪が特徴の剣士。レベルは迷い込んだ時点で80とキリトを若干上回っている。

 性格はちょっといたずら好き・からかい好きではあるが、しっかりフォローも入れている。特にシリカには献身的にレベリングに付き合ったおかげで慕われており、コンビを組む事になった。好意を向けられるのは嬉しく思うも、少しでも邪念が混ざればピナが容赦なく襲ってくるため戦々恐々としている。ついでに言えばロリコンというわけでもない。一応紳士。

 いきなりこの世界に投げ出された当初は当惑したものの、持ち前のMMORPG経験を総動員して対応し、おまけに装備もこの時点では最強クラスに加えてエクストラスキル「盾剣技(体術と盾術の複合スキル。使用には特別な盾が必要)」による一部片手剣のソードスキルを使用できると言う幸運によって、攻撃力と防御力を活かしたキリト以上のアタッカーと化してしまった。

 おまけに擬似的な二刀流でもあるため、二刀流専用のソードスキルこそ出来ないが後にキリトが編み出す「剣技連携(スキルコネクト。ミストはスキルチェインと呼んでいる)」を独力で編み出す。ただし本物に比べて盾と組み合わせるもののためバリエーション(装備する盾によって発動できるソードスキルが異なる。例:プロテクションエッジ(突き技限定)、デモンズ・クロー(斬り技限定)など)が限定されるため事前に使い所や使用ソードスキルを見極める必要があるが、逆に限定されているからか成功率はキリト以上。本人の感覚で言うと「自分で自分をスイッチする感覚」らしい。

 中でも定番の組み合わせは突進&連撃系で、硬直も少なく扱いやすい「シャープネイル」と突進力のある「ヴォーパル・ストライク」が基本。これだけで突撃・追撃・離脱に対応できるためほぼ固定だが、盾によってはボス戦で有効な連撃&連撃も用いる事がある。

 いくつもの幸運とあまり見かけないエクストラスキルによって、その噂が広まった末にフィールドボスをエギルとキリトの2人と協力してラストアタックボーナスをゲットした結果、「レッドクリフ」と言う微妙な異名で一部から呼ばれるようになった。




 とまあこんな感じに。本名とか、後半のネタバレはまた話が進んでから追記しようと思います。


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第1話 デスゲームの世界へようこそ

 初めまして、初投稿作品となります。
 何番煎じになるか分からないSAOのトリップ物(?)になりますが……まあ、楽しんでいただければ幸いです。
 まだここの投稿の使い方に慣れてないので間違っていたりするかもしれませんが……そのあたりはご容赦を。


第1話 デスゲームの世界へようこそ

 

 

 ペラ…ペラ…と、静かな部屋の中でページを捲る音だけが微かに鳴る。

 窓際のベッドで、俺は仲間から借りた仰向けに寝転がってライトノベルを読みふけっていた。

 ……借りたって言うか、強引に貸し出されたんだけど。俺がMMORPGやってるって言ったら、「じゃあこれ読め!」と言って「ソードアート・オンライン(通称SAO。サオ)」を押し付けてきたんだよ。

 活字苦手なんだけどなぁ……けど早く読まないと催促してうるさいから、こうして毎日読み続けた結果……どうにかこうにか「アインクラッド編」を読み終えようとしている。

 

「……終わった」

 

 最後の1冊を読み終え、深く息を吐き出しながらページを閉じた。

 長かった……本当に長かった。これでようやく解放される。

 

「っと。あいつに返すって伝えておかないと」

 

 ふと思い出して、俺は枕の隣に置いていたスマートフォンを取ると、LINEを開いて仲間にメッセージを飛ばす。

 

『今SAO読み終わった、月曜に返す』

 

『うぃー。ちゃんと感想聞かせてもらうかんなー』

 

 はいはい、分かってますよ……と返信。あれやこれやと質問されてくるだろうが、ある程度は答えられると思う。

 さて、明日も学校休みだしこれからPCつけて……って行きたいところだけど、活字読んだせいでもう疲れた。寝て起きてからやろう。

 

「どうせ日曜はラ○ダーとプ○キュア見るし」

 

 子供向け番組のはずだけど、なんだかんだで最近すっごい展開をしている日曜朝のお約束を脳裏に浮かべつつ、スマートフォンに充電器を差して目覚ましをセット。明りを消して、俺は横になった。

 

 

 

「……い…………し」

「……………」

「おい………って」

「……………」

「おい! 起きろって! もしもーし!?」

「……んあぁ?」

 

 誰だよ、人が寝てる時に……っつーかノックも無しで部屋に入ってくるとはどういうことだ。

 あれ……なんか変な感覚なんだけど。俺変な体勢で寝てたか?

 

「ん……んぁ~…あぁ?」

 

 想いっきり伸びをしようとして、なんかバランス崩しそうになったから慌てて踏みとどまる。

 なんだなんだ? 俺何がどうな……って……。

 

「……………」

 

 あんるぇ~? どこなんでしょうここ。なんで俺木の枝に引っかかったまま寝てるんでしょうか?

 いやそもそも俺の家南国じゃないし。庭になら柿の木があるけど中にはないし。っつーより外じゃん。なんで外?

 そしてなぁに? なんか下のほうで黒尽くめの男の子が色々言ってるんですけど。あれってつい最近見た事あるような気がするのはきっと気のせいじゃないよねぇ? 木だけにか。誰が上手いこと言えと。

 

「おい、大丈夫か……?」

 

 なにやら心配してくれるのはありがたい。ありがたいが……

 

「こっ……」

「こ?」

「こ  こ  は  ど  こ  だ  あ  あ  あ  あ  っ  !  ? あっー?!」

「ちょ、おわあっ!」

 

 木の上で思い切り今の心境をシャウト。その瞬間、バキッと音立てて枝がへし折れて地面に落下。

 突然叫んだ俺に男はビビッて、おまけに枝が折れて落ちてきたから血相変えて受け止めようとするが、失敗して諸共倒れこむ。

 

「ぐ……おっふぅ……」

「っく……いきなり暴れたら折れるに決まってるだろう」

 

 いや本当に申し訳ない。

 押しつぶしてしまった黒髪の男の上から退いて、何度も相手に頭を下げる。

 

「ほんっとうに済まなかった。自分でも突然の状況で混乱してて」

「混乱……? まあ、木の枝に引っかかったまま寝てるって言う時点で、自分からやったわけじゃなさそうだからな。街ならまだしもフィールドで」

「フィールド……お、おぉぅ?」

 

 改めて言われて、俺は周囲の風景に気づく。

 うっそうとした森の中。俺の部屋っていつの間にこんなワイルドになったの。いやそもそも俺はどうしてここにいるの?

 

「ど……どこだここ?」

「どこって、35層の迷いの森ってフィールドダンジョンだよ。知らないのか?」

「ま……迷いの森……」

 

 いや、知らないっていうか……いやもう、考える事が多すぎて何がなんだか。

 

「なんで俺、こんなところにいるんでしょうか……部屋で寝てたはずなのに」

「部屋で……? 圏内じゃPKは出来ないはずだし……また新しいPKが見つかったのか? けど、よく生きていたな」

「え……ああ、はい……」

 

 圏内だとかなんだとか、まあ知識としては覚えている。

 ちょっとずつだけど今の自分がどういう状況に置かれているのか……分かってきた。

 結論。

 

 

 寝て起きたらデスゲームに巻き込まれていたんだが。

 

 

 あっははははは! なんだよそりゃ! ツ○ッターや2○hに書き込めば馬鹿にされる事請け合いだって! ねーよこんなの!

 

「おい……大丈夫なのか?」

 

 俺が黙り込んだのを不審に思い、黒髪の男が声をかける。

 線が細くて女の子みたいな顔立ちをしていて、黒いコートを纏い背中には剣1本を差している。

 こいつって……間違いない、よな。

 

「キリト……だよ、な?」

「そうだが……どこかであった事があるか?」

 

 自分の名を知っているのが以外だったのか、黒髪の男「キリト」は、意外そうに聞き返す。

 しまった。思わず口に出してしまった。ど……どうしよう。

 

「ま、前に……攻略会議の時に見かけた」

「お前も攻略組か。けどPKの標的にされるなんて災難だったな」

「ん…まあ、うん」

 

 とりあえずは俺の言い訳を信じてくれたらしい。

 間違いない。こいつはSAOの主人公キリトだ。なんだってここに……いやそもそも、俺がどうしてここ……SAOの世界にいるんだ?

 夢……じゃ、ないんだよな。その割にはやたら現実過ぎているから。

 えっと……あ、ステータスがあった。なになに……俺のプレイヤーネームは「Mist」、レベルが……80!? っていうかこのデータ俺のやっていたMMOの奴と一部同じじゃないかよ!

 視線を下に下げて自分の格好を見ると、赤いアーマーに盾と腰には片手用長剣を差している。これも俺がMMOで使っていたアバターの装備と同じだ……。

 な……なして? なんで俺こんなデスゲームの世界にいるの? 本当にどうして!?

 

「おい……本当に大丈夫か? バグったか……?」

「不幸だ……」

「えっ……。いや、確かにPKされかけてこんな場所に飛ばされたのは災難だったけど……」

 

 突然涙を流して自分に置かれた境遇を嘆きだした俺に、キリトは若干引きながらも同情するように声を掛けてくれた。

 違う、違うんだよぉ……同情してくれるのはありがたいがするポイントが違うんだよぉ……っ!

 

「じゃあ……俺はこれで」

「待って、待っておくれ! お願いだから俺を安全なところまで連れてって!」

「え……ええっ!?」

「俺ここまったく知らないんだよ! しかも夜だし暗いし1人だと怖いの!」

 

 見知らぬ男に泣きつかれ、当然キリトは本気で困っているようだった。

 だって仕方ないだろう!? ここって死んだらリアルでも死ぬんだし! いきなりこんなところに投げ込まれたら誰だって怖いって! 神様俺が何をしたの!?

 

「怖いって……それでも攻略組かよ、お前……? 道案内くらいしてやりたいけど、俺この先に用があるんだ」

「なら一緒に行くし! 1人で森を抜けるより全然いい!」

「……はあ。仕方ないな」

 

 よかった! 俺の願いが届いてくれた! ありがとう神様! ありがとうキリトくん!

 

「改めて俺はキリト。少しの間だけどよろしく頼む」

「お、俺はかす……じゃなかった。ミスト。助けてくれてありがとう」

 

 互いに握手を交わし、ひとまずキリトの目的である森の奥に進む。

 なんでも、キリトはある人物を探しているらしい。

 オレンジギルド「タイタンズハンド」……そこまで聞いて、俺はこの後の展開に察しがついた。

 案の定、猿人のモンスター「ドランクエイプ」に囲まれているおさげ髪の女の子を見つけるや否や、キリトは背中の剣を抜き放ち戦闘態勢に入る。

 

「左の1匹は任せた!」

「お…おう!」

 

 キリトに頼まれはしたけど……そもそも俺、このゲームのシステム分からないんですけど!?

 このSAOでは魔法はなく、この剣みたいな武器1本で戦い抜かなきゃ行けないという。このアバターのMMORPGでも専門職じゃないと魔法使えなかったけど、いきなり実戦は難易度高くないですかぁ!?

 

「お……うおおおぉっ!」

 

 けどあのままじゃあの子が殺されてしまう。それだけはしたくないという思いで俺は腰の剣「マーヴェルエッジ」――高い攻撃力よりも特殊効果である命中率100%の効果が脅威のレアドロップ――を抜き、任されたドランクエイプに立ち向かう。

 こいつってなんか回復とかするんだよな……さっさと威力の高い技で倒すのが最短ルートだけど……

 

「――うぐっ!」

 

 振り下ろされた太い棍棒を凧型盾「プロテクションエッジ」――防御だけでなく下部のエッジを備えた事で攻撃力を有したている――で受け止める。

 お……重い。これがSAOでの戦いかよ。そしてこの世界でHPが0になれば……死んでしまう。

 ゾッと背筋を寒いものが駆け抜ける。それだけは絶対にゴメンだ!

 ソードスキルは初動のモーションを起こしたら武器がライトエフェクトで輝き、後はシステムが命中させてくれる……ってあった気がするがどうすればいい?

 えっと……こう、ぐっと構えて溜めて……システムが立ち上がるのを感じたら……ズパーンって打ち込む感じ……!

 

「――はあっ!」

 

 剣がライトエフェクトで輝きを放った瞬間、俺はドランクエイプの棍棒を払い除け、垂直に斬り上げる。

 すかさず、返す刃で振り上げた剣を縦に振り下ろす。片手剣の垂直2連撃ソードスキル【バーチカル・アーク】が炸裂し、ドランクエイプは一瞬の硬直の後にガラスが割れたような音を立てて砕け散った。

 

「で……出来た」

 

 無我夢中でやっていたから何が発動されるのか分からなかったけど……とにかく倒す事ができてよかった。

 

「悪い、ちょっと手間取った……」

「いや……それよりも」

 

 キリトは1度だけ俺を見やって、目の前で蹲る女の子を見る。

 その手にはうっすらと光る羽が乗っていて、何か悲しんでいる様子だった。

 

「(やっぱり、シリカとの話か……)」

 

 「ビーストテイマーのシリカ」……その友達であるフェザーリドラ「ピナ」がついさっき、彼女をかばってドランクエイプの攻撃を受けて死んだ所か。

 もっと早くに駆けつけていたら……あれ? この場合ってキリトを足止めした俺が悪いんじゃ。

 

「なんか……ごめん。俺がキリトを足止めしなければ、この子の友達死ななかったかもしれないのに」

「いや……あのままミストを置いて行くのも心配だったし、こうなるとは分からなかったから」

 

 頭を下げる俺にキリトは首を横に振って否定する。

 確かにキリトはこうなる事を知らなかった。けど俺はこうなる事を知っていたから、なおの事責任を感じてしまう。

 

「なあ、キリト。確か使い魔を蘇生させるアイテムってどこかにあったよな?」

「47層の「思い出の丘」だな……使い魔の主人がそこへ行けば、使い魔蘇生用の花が咲くって聞いた事がある」

「47層……」

 

 この35層で苦戦していたシリカにとって、そこはまさに雲の上の存在に等しい。しかも死後3日以内に手に入れないとピナはもう2度と生き返らない。

 

「あたしのせいで……ごめんね、ピナ……」

「……大丈夫。3日もある」

 

 諦めかけるシリカ。しかしキリトは立ち上がって背を向けて呟くと、すぐにメニューウィンドウを開いてアイテムストレージから幾つかの装備を選択し、それをシリカに与えた。

 

「なあ。俺も同行させてくれないか? ピナを助けられなかったのは、俺に責任があるわけだし……」

「けど……お前は良いのか?」

「基本ソロだからな。それにこのままはいさよなら、じゃ俺の気が済まないんだよ」

「……わかった。そういうことなら」

「あ……あのっ」

 

 俺の頼みにキリトは少し諦めたように納得して、同行を許してくれる。

 その時、話を聞いていたシリカが割って入ってきて口を開いた。

 

「なんで……そこまでしてくれるんですか?」

「え……なんで、って……」

「俺は償い……って言えば、虫のいい話になるかな。キリトには助けてもらったし、借りを返したいって言うか……まあ、そんなところ」

 

 その質問に俺ははっきりと答えるが、キリトはというとどう答えればいいかかなり困っている。

 

「笑わないって約束するなら……言う」

「笑いません」

「俺もだ。よっぽど変な理由じゃない限りな」

「……君が、妹に似てるから」

 

 それが、助けてくれる理由か。

 知ってはいたけど……聞いたシリカは一瞬ぽかんとして、次の瞬間には噴出してしまう。

 ようやく笑ってくれた彼女にひとまず安堵し、思わずぽんぽんと頭を叩いてしまった。

 

「あ……」

「わ、悪い。ようやく笑ってくれたと思ったらつい嬉しくって……」

「いえ……。あの、こんなんじゃ全然足りないですけど……」

「いや、いいよ。俺がここに来た理由と被らないでもないから」

「俺もだ。償いなんだから、礼を受け取ったら困る」

「……?」

 

 キリトの理由というのにシリカは疑問符を浮かべるが、特に気にしないでくれたらしい。そして、今まですっかり忘れていた自己紹介をしてくれた。

 

「あの、あたしシリカって言います」

「俺はキリト。しばらくの間よろしくな」

「ミストだ。こっちもよろしく、シリカ」

 

 こうして「ピナ復活させ隊(命名俺。キリトは微妙な顔をして、シリカは笑っていた)」がその場で結成され、ひとまず街に帰還するのだった。




 ……と、言うわけで1話になります。最初なんで短めです。
 現時点だと主人公はキリトよりレベルが上ですが、すぐ追い越されます。おまけにレベルに対して中身が追いついてないのでほぼ素人です。まあ、その辺は経験積んで解決していきますが……
 次回はピナを復活させるためにフローリアに。それでもって主人公補正っぽい感じでタイタンズハンド戦になります。
 すまないキリト……ことごとく台詞奪って(土下座


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第2話 黒と赤の剣士

 蘇生アイテムをゲットする回。キリトの代わりにミストが大暴れ。

 まったく持ってどうでもいいことだが、「SAOキャラで男子高校生の日常」と言う電波を受信してどうしようかと悩み中。ピース……ヒースクリフさんがメガホン握ってるんですけど。


第2話 黒と赤の剣士

 

 前回のあらすじ:

 

 寝て起きたらデスゲームの世界にいた。

 

 

 キリトの案内のおかげで、無事に迷いの森を抜けて第35層の主街区「ミーシェ」に無事に戻ってこれた俺とシリカ。白い壁に赤い屋根の建物が並んでいて、時間が時間だからかあちこちの窓から明りが見える。

 

「えっ……じゃあミストさんは、PKされかけたところをキリトさんに助けてもらったんですか?」

「どうにもそうらしいんだよ……俺はまったく気づかなかったんだけど」

 

 驚いて口に手を当てるシリカに俺はそう説明する。

 まあPKの話は嘘なんだけど……キリトにもそう話していたし、これで通すしかない。実際には俺、リアルからいきなりこのSAOの世界に来てしまったんだけど。

 

「睡眠PKにモンスターPKの合わせ技……ってことでいいのかな。誰かに恨みを買うような覚えはあったのか?」

「そう言ってもソロだぞ? あんま人と関わりないのに恨み買うって……」

 

 あんまり追求されるとだんだんボロ出しそうだから、やめてもらえると嬉しい。

 

「お、シリカちゃん発見!」

 

 ネタが切れそうになって困っていたところ、誰かがシリカを呼ぶ声がした。

 足を止めて声のほうへ目を向けると、これまた対照的な太めと細身の男2人がやってくる。

 

「随分遅かったんだね! 心配したよ!」

「あ、あのっ……」

「今度パーティー組もうよ、好きなトコ連れてってあげるから!」

「お話はありがたいんですけど……」

 

 どうやら2人はシリカの熱烈なファンらしい。

 その2人にシリカは困った表情を浮かべて、チラッとこっちを見る。

 

「悪い、シリカは今俺たちとパーティー組んでるんだ」

「「…………んん?」」

 

 俺がフォローに入ると、とたんに2人から嫉妬の目線が。うわー、男の嫉妬って恐ろしい。

 けど俺の援護にシリカは愛想笑いを浮かべ、俺とキリトの手を取る。

 

「そ…そうなんです。少し急ぎの用事があって」

「用事って、なんなの?」

「俺たちじゃ力になれないの?」

「明日47層に行かなきゃ行けないんだが、それでも来るのか?」

「「よ……47層……!?」」

 

 ニヤリと意地悪な笑みを浮かべて切り札のカードを切ると、男2人は驚いて固まる。

 どうやら効果は抜群らしい。ここよりもかなり上の階層を出されては言葉に詰まっている。

 

「と言うわけでだ。またの機会にするんだな。行こうぜキリト、シリカ」

「あ……ああ」

 

 促されてキリトは少し戸惑い気味に頷いて歩き出す。

 シリカを取られた事がよほど悔しいのか、それでも男たちはせめてもと嫉妬の目で俺たちを見続けていた。

 

「ごめんなさい……迷惑をかけて」

「気にしてないよ。人気者なんだな、シリカは」

「そりゃこんな可愛い子だったらな……って言うかキリトよ、お前も少しは何とか言ってやったらどうだよ?」

「いや……どうもこういうのは苦手で」

 

 そう言えばキリトって人付き合いが苦手なんだっけ……。おまけにこの頃は色々と起きて余計に関わる事が減っていたんだよな。

 けど話せば普通に返って来るし、悪い奴じゃないってのは分かるけど。

 

「可愛いなんて……マスコット代わりにされているだけですよ、きっと。それなのに……「竜使いシリカ」なんて呼ばれて……いい気になって……」

「誰だってちやほやされれば嬉しいもんさ。そしてシリカは……まあ、言っちゃ悪いけど報いを受けた。ピナの死っていう大きな報いをな」

「……………」

 

 じわ…とまたシリカの目じりに涙が滲む。

 キリトが「おい……」と何か言おうとしたが、俺は「けどな」と遮ってさらに言葉をつむいだ。

 

「もう2度、同じことは繰り返さないだろ?」

「ミストさん……」

「ピナが生き返ったら、ちゃんと言ってあげないとな。「死なせてごめん。庇ってくれてありがとう、また会えて嬉しい」って」

「……はいっ」

 

 その言葉にシリカはもう泣くのを止めた。浮かぶ涙を指で拭い、しっかりと頷く。

 

「……………」

「なんだよ、キリト?」

「いや……言おうとした事言ってくれるから、俺の出番ないなぁと」

「えっと……なんかごめん」

 

 ちょっと寂しそうなキリトに罪悪感がわいて頭を下げる。俺本当にキリトに謝ってばかりだな。

 

「と、ところでどうする? 当日の移動を考えると現地の宿を使うって方法もあるけど」

「とは言っても夜も遅いからな……今日はここで1泊でいいんじゃないか?」

「そうですよね、ここってチーズケーキが結構いけるんですよ?」

「ははぁ、シリカの目的はそれか」

「い、いえっ。別にそんなんじゃなくて……」

 

 顔を真っ赤にしながら慌てて否定するシリカに俺とキリトは揃って笑った。そこへ――

 

「あらぁ? シリカじゃない」

 

 またも誰かがシリカを呼ぶ。しかしその声を聴いた瞬間、シリカは目を伏せていた。

 見れば、どっかの新機動戦記にいたピエロみたいに前髪で顔半分を隠した赤い髪の女と、その後ろには連れらしい3人の男がいる。

 こいつ……確かロザリアだな。グリーンのカーソルだけど、その実はオレンジギルド「タイタンズハンド」のリーダー。

 他の面子は……いないらしい。そもそもこんな街中に堂々とオレンジがいるはずないか。

 

「へぇ~。じゃあ「思い出の丘」に行くんだ。でもアンタのレベルで行けんの?」

「行けるさ。そんなに難しい難易度じゃない」

 

 俺が周りに警戒をしていると話はぽんぽん進み、シリカを嘲笑するロザリアにキリトが間に立つ。

 

「行こう、シリカ。ミスト」

「はい……」

「……悪い、俺ちょっと雑貨屋でアイテム揃えてくる。遅くなるかもしれないから、2人は先に休んでいてくれてもいい。何か用事あったらメッセージ飛ばしてくれ」

 

 俺たちを促して宿に入ろうとするキリトに、俺は思い出したように言って一旦別行動を取らせてもらった。

 マップを開いて雑貨屋の位置を確認すると、そこで一通りの回復アイテムなどを購入してポーチに詰め込み、今度は転移門広場に向かう。

 今のままじゃダメだ。レベルこそ異様に高いし装備も最高クラスだが、俺自身が完全に素人。この世界に慣れていない。

 早くこの世界に慣れる為には……実戦しかない。

 幸い、明日の目的地は分かっている。下見ついでに腕慣らしと行こう。

 

「転移。フローリア」

 

 転移門で行きたい主街区を言った瞬間、俺は青い光に飲まれる。

 一瞬の浮遊感を経て、俺はどこまでも花が咲き誇る花畑の街にやってきた。

 

「ここが……通称フラワーガーデンか」

 

 初めての転移もそうだが、目の前に広がる風景に心奪われる。

 夢の国……シリカが思わずそう言ったのも頷けるな。

 ……そしてこんな時間なのにカップルが多いこと多いこと。

 

「(お前ら全員圏内で爆発しろっ!)」

 

 口には出さずに心の中で砂糖を吐き出さんが如く吠える。圏外で爆発なんてしたら皆死ぬからな。その辺を配慮した俺の一欠けらの優しさに感謝してもらいたい。

 っつーわけで……目的地の「思い出の丘」に行くのもいいが……迷宮区って言う方法もあるな。幸いにも転移結晶など緊急時に必要なアイテムは揃っている。っつーかストレージ見たときはびっくりした。俺がやっていたMMORPGで入手した素材とか無い代わりにこっちでの素材やアイテムに変換されていたし、金なんて1千万あった時は「0多すぎないか」と疑ったもん。

 とにかく、どっちに行くべきかな……マップを見ると「思い出の丘」は分かりやすい1本道だけど。迷宮区に行けば運よくレアアイテムをドロップできる可能性だってある。

 

「よし……ここは安全を重視して目的地の方に行こう」

 

 及び腰になったわけじゃないぞ。念のため。これは下見だ。

 マップを頼りに主街区を抜け、フィールドに出てくる。しばらく歩いていると早速ポップが起きて、さながらマ○オのパッ○ンフラワーみたいな植物のモンスターが出現する。

 

「早速お出ましか!」

 

 すぐに剣を抜いて身構える俺。足元からモンスターが触手を伸ばして捕まえてこようとするが、その前に俺は横に飛ぶ。

 ここまで来る道すがら、こっちはスキルをある程度は確認していたんだ。何しろ俺の命がかかっているからな。

 構えて軽く力を溜めると、剣がオレンジ色のライトエフェクトに包まれる。ステップインで一気に間合いを詰めた瞬間、俺は力を解放した。

 独楽のように回りながら袈裟懸けに3連撃。ソードスキル【シャープネイル】が炸裂してその名のとおり鋭い爪のような軌跡をモンスターに刻み込む。

 このレベルでしかも連撃技なら、一撃かとも思ったが……狙いが悪かったかはたまた別の要因か、パッ○ンフラワーモドキは意外にも生きていた。

 

「だったらこれで!」

 

 だが何事も保険は重要。だからこそ硬直が少ない【シャープネイル】を使った。

 再び剣が青いライトエフェクトに包まれ、触手を横ステップでやり過ごすと同時に飛び込みながら水平単発ソードスキル【ホリゾンタル】を浴びせる。

 すれ違いざまにモンスターに刃が深く抉り込み、そのまま思いっきり斬り飛ばしてやった。

 

「っし!」

 

 今度はてこずらずに済み、ガッツポーズをする俺。

 そのまま勢いに乗り、出てくるモンスター全てを片っ端から蹴散らす。夜間になれば出現率が上がるのは当然だが、こっちのステータスの高さとバトルヒーリングスキルのおかげでたいしたダメージも受けていない。

 これが前線だったら、また違う結果になるんだろうが……一応俺、攻略組って言った手前この程度じゃまだまだだよな。

 

「実際にはシリカにも劣る素人だからなぁ……」

 

 ポツリと呟きながら道を歩いていく。と、いきなり俺の足元からモンスターがポップした。な、なんだこのイソギンチャク!?

 

「おわっ!?」

 

 抜け出そうと思っても中々抜け出せない。触手が絡みついてきて俺を縛り……って触手プレイとかそんな趣味無いぞ俺!?

 

「ゆ、油断したー!?」

 

 ダメージこそ微々たるレベルで、おまけにすぐ回復するから大した敵じゃないんだが……とにかく動きを封じられてはどうにも出来ない。

 ちょ……待ておい!? だから俺にはそんな趣味はないと……ああっ……ら、らめー!?

 

「ふっ!」

 

 いろんな意味でピンチに陥っていた俺に、さっと誰かが触手プレイしていたモンスターを切り裂く。

 その一撃は1発でモンスターのHPゲージを0にし、ガラスが砕け散るような独特の音と共にポリゴンが崩壊。モンスターの上にいた俺は地面に尻餅をつく。

 

「おいおい、攻略組が情けないだろ」

「キ…キリト? どうしてここに?」

「今パーティー組んでいるから追跡できるだろ。いくらなんでも来るのが遅いと思ったら、こんなところに来てしかも不意打ち食らってるし」

「いや……はは。悪い悪い、足元から来るとは思わなくて油断してた」

「やれやれ……下層だからよかったけど、前線だったら命に関わっていたぞ?」

 

 心配したキリトが俺の後を追ってきて助けてくれたらしい。何はともあれ助かった。

 

「それで、どうしてここに? シリカがいなきゃ復活アイテムは手に入らないのに」

「ちょっと下見にな。ついでにモンスターのチェックと腕慣らしを」

「だからってこんな夜に来なくてもいいだろう……?」

 

 呆れてため息をつきつつ、キリトは手にしていた剣を背中の鞘に収める。

 本当は違うんだけど……まあ、あの場で色々話すのはキリトに譲っておこうと思った。なんかことごとく台詞取っちゃって申し訳なかったし。

 

「シリカはどうしたんだ?」

「もう休んだよ。俺がここの説明したあと」

「そっか。子供は早く休まなきゃ……っと、これを本人に言ったら怒られるな」

「言わない方がいいぞ、それ」

 

 慌てて口に手を当てる俺を、キリトは苦笑いして言う。

 けどすぐに真面目な顔になると、俺の行動を咎めるように言葉を紡いだ。

 

「けどミスト、お前の行動は軽率すぎる。さっきも言ったとおりここは前線じゃないし、大して強くないモンスターと言っても……お前はPKされかけたんだぞ? もうちょっと危機感持たないと」

「あ……ああ、そうだな。すまなかった」

 

 それはただ言葉にする以上の思いが込められているような気がした。

 キリトは前に自分のレベルを偽ってギルドに加入し、そこにいたギルドを壊滅させてしまった過去があったんだっけ。だからなおさらパーティーの生死には過敏になっている。

 けどキリトは俺がそのことを知っているとは思っていないはずだ。……だったら

 

「なあ……キリト。なんかさ、お前のその言葉、重みがあるような気がするんだけど……俺の気のせいか?」

「それは……」

 

 知り合ってしまった以上、やはりその苦悩を少しでも軽くしたい。

 俺の質問にキリトは気まずげに目を逸らす。まだ引きずっているのなら言いたくはないのかもしれないけど……。

 

「一時的とはいえ、今俺たちパーティー組んでるだろ? 俺でよければ話くらい聞いてやるし、もしかしたらアドバイスできるかもしれない。知り合ったばっかりの人間にそう言うの話すのは……やっぱ嫌かもしれないけどさ」

「……ごめん。気持ちだけは受け取っておくけど、今はまだ話せない……」

「そ……っか。図々しい真似して悪かったな」

「良いんだ。気を使ってくれてありがとう」

 

 やっぱり知り合って間もないからすんなり話してくれるわけには行かないか……とはいえこれからちょっとずつでも仲良くなれればいいけど。

 

「そうだキリト、フレンド登録しよう。同じ攻略組なんだし、時々コンビ組めれば安全マージンとか格段にあがるだろ?」

「え? ああ、そうだな……」

 

 とりあえずさっきの話題は明後日に投げ、指を振ってメニューを開くとそのまま操作してフレンド申請。向こうが申請を受けてくれて登録完了……したらキリトは何か見て目を疑っていた。

 

「ミ、ミスト……」

「ん?」

「お前ってレベル80だったのか!?」

「そ、そうだけど?」

「俺より高いじゃないか……どんなレベリングしたらそうなるんだよ」

「えっと……気づいたらこんなに?」

 

 やっべー、俺のアバターってこの時点のキリトより上なのかよ!? 失念してた!

 

「お、おまけになんだこのレアアイテム……エリュシデータと同じ魔剣クラスの剣にステータス高補正の防具とか、90層クラスのボス相手にも通用するんじゃないか?」

「(マジでか)」

 

 つまりこの段階では、俺のアバタースペックはキリト以上ってことになる。中身はそれに追いついていないけど。

 確かにあのMMORPGでも大型レイドボス討伐報酬とか、限定アイテム素材で作った装備だったけど……まさかここまでとは。けどあのゲームじゃ俺よりも凄まじい猛者なんてうじゃうじゃいたし、俺精々中の上か上の中くらいだと思ってたんだけど。

 

「凄いな、ミストって……どうやってこんなの手に入れたんだ?」

「え、えーっと……フィールドボスとかのラストアタックボーナスとか、クエストとかトレジャーやってたら偶然?」

「偶然って……SAOには幸運値無かったけど、あったらお前の幸運値を見てみたいよ」

 

 呆れたような、それでいて感心したようなキリトに俺は内心冷や汗が流れるのを止められない。

 け、けどこれで俺が攻略組って言う信憑性は増したってことだし……結果オーライってことで!

 

 

 その後、キリトと共に「思い出の丘」の下調べを済ませ、徒歩でゆっくりと主街区に戻る俺たち。当然出てくるモンスターはことごとく狩り、だいぶ俺も慣れて来た。

 

「なあキリト。例の「タイタンズハンド」の事だけど……」

「ああ。どうした?」

「いや、そのギルドってどの程度危険な連中なのかって思ってな。オレンジギルドとは聞いたけどさ、結構やばいのか?」

「オレンジって言うだけで十分危険な連中だな。まあ、ラフコフに比べたら小物になるだろうけど」

「ラフコフ?」

「「笑う棺桶(ラフィン・コフィン)」だよ。誰もが知っている殺人を平気で行うレッドギルド」

「あの朝○ックで出て来る……」

「それはマフィンとコーヒーだ。……突っ込んだら結構似てるって思うようになってきたじゃないか」

 

 まあ、冗談はさておいて俺もラフコフは知っている。

 確かリーダーの名前は「PoH(プー)」ってふざけた名前の奴で、この時点じゃまだ健在だったか……。

 

「どっちにしても放置はしておけない。目もつけられたようだしな」

「あのロザリアってオバさんだろ。目を見れば分かるさ。ドス汚く濁ってた。シリカの事を狙っていたみたいだし」

「ああ……だけど、そんな事はさせないさ。絶対に」

「俺だって同じさ。手を貸すよ」

「けど……これは俺の頼まれた事だぞ? ミストには関係ないし……」

「今更他人は勘弁してくれよ? こっちはもう関わってるんだし、シリカまで狙われてるんじゃほっとけるわけないじゃないか。少なくとも、壁役はお前より適任だろ? 盾なし片手剣」

「そう言われたらそうだけどな……」

 

 けどキリトが盾を使わないって言うのはれっきとした理由がある。

 この世界で最高の反応速度を持つものだけが使う事のできるユニークスキル《二刀流》。ラスボスはこのスキルを持つものを勇者ポジションにしたかったらしい。

 そう言えば……ユニークスキルって他にもあるんだよな。鉄壁の防御を誇る《神聖剣》、そして圧倒的手数と攻撃力の《二刀流》と……あと《射撃》もあるらしいけど、残りの7つは結局不明のままだ。

 けどまあ、俺には到底縁のない物だろうな。そんな凄腕じゃないし。

 

「(でも……いつかは)」

 

 今は嘘でも、必ず本物にしたい。キリトたちと肩を並べて戦えるように。

 そのためにももっともっと強くならないといけない……アバターの強さじゃない。それを扱う俺自身が。

 

「ミスト? どうかしたか?」

「ん? いやなんでも。街が見えてきた、もうすぐだな」

「ああ……早く宿に戻って休もう」

 

 とりあえず現時点で危険そうなものはなかったことだし、明日は何の滞りもなく進むはずだ。

 ミーシェの宿屋に戻った俺とキリトは各自の部屋に戻り、俺は装備も脱がずにそのまま横になるのだった。

 

 

 翌朝、宿屋前で2人と合流し、再度フローリアへ。フローリアへ来るのは初めてだったシリカはその景色に目を奪われている。

 

「しかし……まあ」

「どうした?」

「昨日も思ったけどカップルの多いこと……圏内で爆発しやがれ」

「おい、物騒なこと言うなよ……」

「圏内に限定したのはリア充たちに対する俺なりの優しさだ。キリトは思わないのか?」

「別に……そんな風には考えた事なかったかな」

「はっ。ここで彼女できたら誘ってピクニックにでも来たらどうだよ? きっと大喜びするぞ?」

「検討しておくよ……と言うかそもそも、この場合俺たちってなんだ?」

「俺たちは……」

 

 女の子(シリカ)1人に男(俺とキリト)2人……。

 

「妹とピクニックに来た兄2人」

「……的確すぎる」

「何が的確なんですか?」

 

 転移してきたその場から1歩も動かない俺たちに、シリカが下から覗き込むようにしながら訪ねてきた。

 ……うん。どう頑張っても妹だ。この時点でキリトは16歳で俺は17歳。そしてシリカは15歳……だったっけ? イエス・ロリータ・ノータッチ。まだ蕾を取ってはいけません。

 

「い、いやぁ、なんでも。なあミスト?」

「そ、そうそう。いい天気だなって話してただけだ、うん!」

「???」

 

 肩を組んでどうにかごまかす俺たちをシリカは不思議そうに首を傾げてみていた。

 まあ、その後の進みは極めて順調。スイッチの練習も出来たし、シリカもレベルが上がったし問題はない。目的の蘇生アイテム「プネウマの花」も無事ゲットし、さあ帰ろうと街に戻ろうとする。

 ……が、橋の最後に来たあたりでキリトが足を止め、手を出して俺たちを制した。

 

「隠れてないで出てきたらどうだ?」

 

 キリトが言うと同時、俺は剣を抜く。こいつの索敵スキルを甘く見ちゃいけない。あのS級食材「ラグーラビット」を発見するほどの腕だ。

 観念したわけでもない、悠然と槍を持った赤髪の女……ロザリアがその姿を見せる。

 

「ロザリアさん……!?」

「その様子だと首尾よく「プネウマの花」をゲットできたみたいねぇ……おめでとう。じゃ、早速花を渡して頂戴」

「アンタに渡す義理も道理もないね」

 

 明確なまでも拒絶のオーラを放ってロザリアをけん制する。

 そしてその正体をキリトが明かすと、ロザリアは面白そうに目を細め、聞いていたシリカは信じられないようにロザリアを見やる。

 確かにロザリアのカーソルはグリーン。けど簡単な手口だ。グリーンのメンバーが獲物を見繕い、オレンジが待ち伏せているポイントまで誘い出す。PKじゃ比較的メジャーなパターンだな。

 

「こいつは仲間になった振りをして、ずっと獲物の品定めをしていたってことさ」

「何もかもお見通し……ってことみたいね。けど、そこまで分かっててその子に付き合うなんてバカァ? それとも本当にたらし込まれちゃったの?」

「別に? ただ2人には迷惑をかけたからな。俺はその詫びで付き合っていただけだ」

「俺はアンタを探していたのさ。ロザリアさん」

 

 そもそもキリトが前線を離れてここへ来た理由……それはある人物に頼まれたからだ。

 10日前、「シルバーフラグス」と言うギルドが「タイタンズハンド」に襲われてリーダーを除き全滅した。リーダーの男は朝から晩まで、最前線の転移門広場で泣きながら仇討ちをしてくれる奴を探して……それを請け負ったのがキリトだったんだ。

 そいつはこいつらを殺すんじゃなく、牢獄に入れてくれと……このデスゲームで出来た信頼できる仲間を殺された悲しみ、憎しみは俺には想像もつかない。

 これがただのゲームなら、復活して何やってんだよ、と笑われて終わるだろう……けど、ここでの死は現実での死。死者は蘇る事はないんだ。

 こいつは……こいつらはそれを、分かってないのか? 今のこいつらにとっては、ゲームであるはずのこの世界こそが現実だってことに。

 何がこいつらを狂わせた? このデスゲームが人を狂わせたのか……?

 パチン、とロザリアが指を鳴らすのを合図に、隠れていたほかの7人のメンバーが姿を見せる。それぞれのカーソルはオレンジに染まっていて。

 

「合計8人……か。お前の依頼主もどれだけ悔しかっただろうな……本心は殺してくれって言いたいのかもしれないのに」

「ああ……そうだな」

 

 読んでいた限りキリトにとって大した脅威ではなかった。

 なら今の俺にも、大した脅威じゃないはずだ。

 

「キリト……少し、俺に任せてくれないか?」

「ミスト……?」

「こいつら1人残らず生かしたままって言うのは分かる。けどそれじゃあ、俺の腹の虫が納まらない。こいつらのやって来た報いを受けさせないと気が済まないんだ」

「それは俺も同じだが……殺すなって言われているんだぞ?」

「ちゃんと約束は守るさ。万一、俺が頭に血が上りすぎて歯止め利かなくなっていたら……お前が止めてくれ」

「……分かった。少しだけ、だからな」

 

 俺の怒りにキリトは少し被りを振って許可をしてくれた。

 しかし、たった1人であの大人数を相手にしようという無謀にも見える俺の行動に、シリカは悲鳴に近い声を上げて制する。

 

「1人でなんて無茶ですよ! 2人とも逃げましょう!」

「大丈夫。キリトよりは防御力高いし」

「俺は回避型だからいいんだよ……」

 

 からかうようにキリトを引き合いに出すと、そう言われるのは不満なのかキリトはむっと頬を膨らませる。

 それに謝ってから、俺は2人に背を向けて歩き出した。

 

「ミストさん!」

「大丈夫大丈夫、最前線最強のキリトには劣るけど、俺もこれで攻略組の1人だから」

「こ…攻略組!?」

 

 俺の言葉を聴いた何人かがその単語を聞いて表情を変える。

 攻略組……最前線で活躍する、このSAO内での最強クラスの集団。そしてその中でもキリトは「黒の剣士」と呼ばれる最強の男。

 そして俺も、ハリボテだが攻略組を名乗った。あいつらには結構な動揺が走っただろう。

 

「ロザリアさん、攻略組が相手じゃ分が悪いんじゃ……」

「攻略組がこんなところにいるわけないじゃない! どうせハッタリでしょ!」

「ハッタリかどうか……その目で確かめろよ。なあ、お前ら……そんな平然と悪になったんだ。なら報いを受ける覚悟は……当然あるんだろう?」

「報い? あんたが報いを受けさせるって言うの? たった1人で、8人を相手にして?」

「数なんか大した脅威じゃない……どうやら、お前たちは自分の置かれた状況を理解してないみたいだな。俺から言えるのは……そうだな、この言葉を贈らせてもらおう」

 

 かつて、リアルタイムではまったあの半分ライダー。彼らが街を泣かせ続ける悪党どもに、投げかけ続ける「あの言葉」……。キザであるが、今回くらい特別だ。

 

「さあ、お前たちの罪を……数えろ」

「ふん! とっとと始末して、身包み剥いじゃいな!」

 

 ロザリアの命令に男たちは武器を構えなおし、それぞれが様々なカラーのライトエフェクトを発する。誰かが吠えたと同時に、男たちは一斉に俺に襲い掛かった。

 側面からならまだしも、盾持ちの相手に真正面から……馬鹿じゃないのかよ。

 けどこっちも、2人にああいった手前引き下がれるか!

 ぎゅぅっと両腕に力を込めた瞬間、「剣」と「盾」がライトエフェクトの輝きを放つ。これって……!?

 

「――はああああぁっ!!!」

 

 驚きはしたが、そのままにするつもりはない。

 俺は吠えながら1歩踏み出し、同時に両手を前に突き出す。

 赤いライトエフェクトとジェットエンジンのような音と共に俺は集団目掛け突っ込んだ。

 お互いモーション中で回避は間に合わない。かち合いになれば……

 

「おがぁっ!?」

 

 向こうの迎撃よりもさらに早く、片手剣重単発ソードスキル【ヴォーパル・ストライク】が7人の男たちをボーリングのピンのように弾き飛ばし、その勢いのままロザリアの喉元に盾と剣を突きつけた。

 

「……………」

「お前たちの負けだ。武装を解除して投降しろ……」

 

 静かに告げられる言葉。

 だがロザリアは俺との圧倒的な力の差を理解し、手にしていた槍を手放すのだった。

 

 

「凄かったな、ミストのスキル。俺も見たことがないよ」

「いや、俺もはじめて見た」

「「ええっ!?」」

 

 ロザリアたち「タイタンズハンド」のメンバーを監獄エリアに設定した回廊結晶で飛ばし、キリトの方の依頼も無事に終わって一度宿屋に戻った俺たち。

 話題となるのは当然、俺の発動したスキルなんだが……俺だってあの時偶然発動できて驚いた事を伝えると、キリトもシリカも意外そうに俺を見つめてきた。

 

「いや、まさか盾でソードスキルが使えるとは……最初は攻撃をパリィしようかと思ってたのに」

「気づいてなかったのかよ……」

「だって盾でソードスキルだぞ? なんだって……あ」

 

 呆れて突っ込むキリトに言いつつ、俺はスキル画面を呼び出してスクロール……すると、見慣れない文字がスキル一覧にセットされていた。

 

「どうした?」

「いや、これ」

 

 俺の反応を見たキリトに、俺はウインドウを透過させて2人に見せる。2人は顔を寄せてそれを覗き込んだ。

 

「「《盾剣技》……?」」

「盾でソードスキル撃てたのは、こいつのおかげみたいだ」

 

 説明には「一部の盾を使うことでソードスキルの一部が使用可能になります」と書かれている。

 

「どうやって出たんだ……?」

「俺が聞きたいって。エクストラスキルみたいだし、出現条件不明なのはよくあることだろう?」

「ユニークスキル……なんでしょうか?」

「それだとヒースクリフの《神聖剣》と被るし……《神聖剣》が「静」なら、《盾剣技》は「動」……より攻撃型のスキルなんじゃないか? 俺《体術》習得してるし」

「可能性は十分あるな……けどこれ、場合によってはユニークスキルに匹敵するレアものかもしれないぞ。両手でソードスキルが使えるってことは単純に攻撃力が上がるってことだし、スキルの硬直をスキルでキャンセルする事も可能になるわけで、ミストが同時に使ったように同時に使えば効果は単純計算でも倍増。フェイントを仕込む事も可能になって……」

「近い近い近い近い近い。落ち着け、そして離れろ」

「キ、キリトさん……」

 

 興奮気味に語りだすキリトに俺は寄せられた分を離しつつ頭にチョップを入れて大人しくさせ、シリカは苦笑いしながら若干引いていた。

 

「ご、ごめん。ちょっと興奮して……と、とにかく。そのスキルがあれば攻略にも随分貢献できると思うってことなんだ」

 

 自分の行動にキリトは顔を赤くして謝りつつ、とりあえず簡単にまとめる。随分端折ったなぁ……恥ずかしかったのか。

 確かに凄いスキルだと思う。言ってしまえば擬似的な《二刀流》だ。《二刀流》専用のソードスキルは使えないだろうが、似たような事は可能になるはず。

 

「けど、2人とも凄いですよね……前線なんてあたしにはとてもじゃないけど……今だって怖いのに」

「凄くなんかないさ。怖いのだって変わらない。この世界においては最前線だろうと中層だろうと、死ぬ時は死んでしまう」

 

 最初に戦った時は興奮していたが、落ち着いて熱が冷めてくると途端に怖くなった。

 

「これはゲームであっても遊びではない」

 

 このゲームを生み出した茅場晶彦が残した言葉の意味が、その時ようやく理解できた。

 ここでの死は現実での死……急速に現実味を帯びていくこの仮想現実での出来事。もはやここはリアルと言って過言でもない。

 体験したからこそ分かる事がある。この世界で怖くない場所なんて、きっとないんだろう。

 

「……そうだな。ミストの言うとおり……危険な事には変わりない。だけど俺たちは戦わなきゃいけないんだ。この世界から脱出するためにも」

「やっぱり……行くんですね」

「5日も前線を離れていたからな……遅れを取り戻さないと。ミストはどうする?」

「俺は今日ここで1泊してから、かな。このまますぐ前線に行くほど気力はない」

「そうか……俺は今日中に戻るつもりだけど、その前にピナを呼び戻してあげないとな」

「……はいっ」

 

 シリカは頷き、テーブルの前に立つとアイテムストレージから青く光る羽……「ピナの心」を出し、それをそっとテーブルに置くと次に出した「プネウマの花」から1滴の雫を落とす。

 すると羽から黄金の光が部屋を包み込んでいって――




 と言う事で第2話でした。今のところ原作通りなんで若干飛ばし気味に。
 次回は《圏内事件》の話ですが……ぶっちゃけミストは関わらないです。代わりにそのころの行動を描いていきます。その前にミストの設定かなー……。

 それで、今回登場したミストのオリジナルスキル《盾剣技》ですが、詳しい解説は劇中で既にやったり次回やったりします。
 まあ、《神聖剣》と《二刀流》の特徴を併せ持った下位互換ですね。相互互換なら2つ涙目ですし。

 ちなみにミストが所々ライダーの台詞言ってますが、今バトライド・ウォーⅡをやっている影響をもろに受けています(爆


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第3話 赤と赤のデュオ

 3話を投稿させて頂きます。相変わらず戦闘シーンがあまりない……5話くらいまでこんな調子です。
 一応2話構成のつもりなんで《圏内事件》の前編に相当しますが、ミストは関わらないためスルーしてます。時系列的には事件前の話になりますね。
 そしてミストとシリカ(とピナ)のコンビ(トリオ?)結成。前線に行くためレベリング中です。


第3話 赤と赤のデュオ

 

前回のあらすじ:

 

サイクロン! ジョーカー!

 

 

 第50層迷宮区。

 

 バトルアックスを両手に持ったミノタウロスの振り下ろした攻撃を、俺は盾で受け流しつつ、受け流した反動を利用したステップ移動と共にその横っ腹に剣を叩き込む。

 血飛沫代わりの赤いポリゴンエフェクトと共にミノタウロスは怯み、続けて俺はソードスキル【ホリゾンタル】を使ってその左足――の、正確には膝関節を狙って――を斬り飛ばした。

 

「スイッチ!」

「はいっ!」

 

 俺の合図と共にシリカが倒れこんだミノタウロスの上に飛び乗り、その喉元にダガーを突き立てる。

 急所を突かれたミノタウロス。シリカはダメ押しとばかりに4連撃ソードスキル【ファッド・エッジ】を発動し、今度こそミノタウロスへ止めを刺した。

 戦闘が終了してリザルト画面が表示され、経験値とコル、あと素材の《牛人の角》が手に入る。

 

「よーし、いっちょあがりっと。中々良かったんじゃないか? シリカ」

「本当ですか? ありがとうございますっ!」

 

 剣を収めながらそう言うと、シリカは嬉しそうに頭を下げる。もちろんその頭の上には使い魔兼友達のフェザーリドラ「ピナ」も一緒だ。

 え? なんでシリカと一緒にいるのかって? それはおおよそ1週間ほど前に遡るんだが……。

 

 

 無事にピナの復活を見届けて、キリトは一足先に前線へ帰ってしまった。転移門までシリカと一緒にキリトを見送って、さて宿に戻って飯でも食おうかと思っていたところ……。

 

「あの、よかったらご一緒しませんか? ピナを呼び戻してくれたお礼がしたいんです」

「え? いいって、お礼なんて。そんな大したことはしてないし」

 

 事実、ただ2人に付き添って復活アイテムを取りに行っただけの俺にそんな事をする必要はない。むしろお詫びに俺が食事に誘ってもいいくらいだと思う。

 

「そんな事ないですよ。ミストさん、昨日の夜に思い出の丘に行って、危険がないか確認してきてくれたんですよね? 私のために」

「そ、それってキリトが喋ったのか?」

「はい……それに、私のためにロザリアさんたちと戦ってくれて……その、凄くかっこよかったですし」

「か……カッコいいってそんな」

 

 生まれて初めて女の子にそんな褒められた。彼女いない暦=年齢と同じ、趣味はネトゲとアニメに特撮鑑賞だったインドア系の俺が、こんな可愛い子にカッコいいって言ってもらえた……。

 

「奇跡も、魔法もあるんだな……」

「はい?」

『きゅいー!』

「いたっ、イタイイタイ! なにごと!?」

「ピ、ピナ!? どうしたの? ダメだよ、突いたら!」

 

 感動のあまり某有名なセリフを言ったらなぜかピナに突かれる。そのことに飼い主のシリカも驚いて慌てて胸の中に抱いて押さえつけた。

 

「ごめんなさい、ピナは普段こんな事しないはずなんですけど……もう、ダメだよピナ? この人はあたしたちを助けてくれた恩人なんだから」

『きゅー……』

「お、俺に対する突っ込みか……?」

 

 大人しくなったピナはそれを肯定……と受け取っていいのだろうか? とにかく頷くような仕草をする。どうやら突っ込みは厳しいらしい。

 

「あの……それで、お礼なんですけど」

「え? ああ、そうだな……じゃあ、シリカの気の済むようにしてくれ」

「本当ですかっ!?」

 

 こりゃ俺が折れる以外ないだろう。そう思って口にすると、シリカはぱぁっと嬉しそうな顔を浮かべて俺を見上げてくる。

 ちょ、ちょっとシリカさん……近いですよ。悪い気はしないけど、けど蕾を取っちゃいけません! ダメ! ゼッタイ!

 

『きゅっ(ガプッ)』

「ふごぉっ!?」

「ミ、ミストさん!? もう、ピナったらダメだってばぁ!」

 

 俺のやましい下心を感知したのか、シリカの頭の上に乗ったピナが思いっきり鼻の頭に噛み付いてきた。圏内だから痛くないけど、どうやらピナはシリカの事を守っているらしい。こりゃ上層のフロアボスよりも下手したら手ごわいかもしれない。

 

 

 宿に戻ってシリカにご馳走してもらったあと、俺は宛がわれた部屋で横になった。

 

「なんとか、ピナを生き返らせることは出来たなぁ……」

 

 おまけにキリトと友達になれたし、もう幸先がいいとしかいえない。いやあ、よかったよかった……

 

「――っじゃねえって!」

 

 がばっとは寝起きつつ自分で自分に突っ込む。

 そうだよ! 俺なんでこんな物騒な場所にいるの!? なんで!?

 やっぱり夢って……いや昨日寝て覚めてもここだったし! 夢オチでオチないし!

 立て続けに色々あってまったく持って考える余裕はなかったが、今度こそ自分の境遇について考えなければいけない。

 なぜ、フィクションである「ソードアート・オンライン」に俺は来てしまったのか。

 原因は? どうすれば戻れる? 手がかりはあるのか?

 

「ざ……材料が微塵たりともなさ過ぎる」

 

 即座に挫折して「orz」する俺。

 だって、寝て起きたらここなんだよ? 原因とか、わかるはずないじゃん!

 

「手がかり……手がかりかぁ」

 

 必死にそこまでよくない知恵をフル活用して考え込む。やっぱり、キーマンは……。

 

「ヒースクリフ……だよな」

 

 最強ギルド「血盟騎士団」のリーダーにして最強剣士の1人、ユニークスキル《神聖剣》を持つ鉄壁の男……そしてこのデスゲーム「ソードアート・オンライン」の生みの親である黒幕……ヒースクリフこと茅場晶彦。鍵を握るのはこいつしかいない。

 幸い、ボス攻略会議に出れば顔を合わせることだってあるはず。こうなったら何が何でも最前線に出なければいけない……。

 

「よし……まずは明日、前線に行こう」

 

 基本動作はこの2日でミッチリ覚えこんだ。パーティー戦のやり方も今日で覚えた。当分ソロは厳しいかもしれないが、それでもやるしかないんだ。

 幸い、幸運にも俺にはエクストラスキル《盾剣技》がある。これを使えば1人でもどうにかいける……はず。さらに生存率を上げるために索敵と隠蔽、後は生存能力に堅牢鉄壁を強化しよう。特に戦闘面では《シールドコーティング》と《バトルヒーリング》でかなり打たれ強くなるはずだ。

 

「こんなところかな……」

 

 状態異常耐性のトライレジストやフィジカルビートも場面によっては有効に働くだろう。状態異常をしてくるボス相手には特に有効なはず。

 こうして見るとガッチガチの防御型だよなぁ。けど不慣れな俺にはこれがちょうどいい。

 

「ミストさん、シリカです。起きてますか?」

「シリカ……? ああ、起きてるよ。ちょっと待ってな」

 

 スキルの設定を終えた頃になって、ノックと共にシリカが呼ぶ声がする。

 何の用だろう……? 思い当たる節がなくて首を傾げながら、俺はドアを開けた。

 

「ごめんなさい、こんな時間に……お休みしてましたよね?」

「いや、もう少ししたら寝るところだったから。立ち話もなんだし、入ってくれよ」

 

 俺に促されてシリカは部屋に入ってきて、勧められた椅子に腰掛け、俺はベッドに腰を下ろした。

 

「それでどうしたんだ? お礼ならもう十分すぎるくらいしてもらったぞ」

「いえ……そうじゃなくて」

 

 シリカはどこか恥ずかしそうに、それでいて言いづらそうにもじもじしている。

 なんだろう。シリカは一体なにがしたいんだ? 皆目見当がつかない俺はただ首を傾げるだけだ。

 

「助けていただいた上に、こんな事を言うのは図々しいかもしれないですけど……」

「んー、まあ話聞くだけでも聞くけど? と言うか、聞かなきゃ判断つかないし」

「……じゃあ」

 

 その時の俺は、この時シリカが何を言うか分からなかった。分かっていたら聞こうとしなかっただろう。

 なぜなら、シリカの頼みは――

 

「――あたしを、前線に連れて行ってくれませんか!?」

「……はい?」

 

 俺の想像の斜め上を行ったものだったのだから。

 

「ぜ、前線に連れて行けって? シリカを?」

「はい……」

「なんでそんな事……シリカのレベルじゃ前線は厳しいし、何よりこことは比べ物にならない危険だ。分かってるのか?」

「分かってます……けれど、ミストさんは言いましたよね。「最前線だろうと中層であろうと、死ぬ時は死ぬ」って」

「言ったけどさ……」

 

 だからと言って俺の場合とシリカの場合では状況が違いすぎる。俺は幸いステータスに恵まれていて攻略組の誰かと組んで前線に挑めるが、シリカはレベルも装備も低い。特にレベルは俺と半分近い差がある。

 そんな状態で前線に挑んでも……死んでしまうのがオチだ。無謀すぎる。

 

「理由はあるんだよな?」

「……このまま、誰かがゲームクリアしてくれるのを待っていたらダメだなって思ったんです。ミストさんとキリトさんの2人が攻略組だって聞いて、戦っているのを見て……凄いって思いました。攻略組なんて私のレベルじゃとてもじゃないけど無理だろうなって、そんな所で活躍している2人が凄いと思って……でも、ミストさんの言葉で気づいたんです。前線にいる人たちも私と変わらない。それどころか、もっとたくさん怖い思いをしているんだって」

「……………」

 

 確かにシリカの言うとおり、前線のほうが危険度ははるかに高く、死ぬ可能性も高くなってくる。どれだけ万全を期そうとも、結局は想定外のことが起きれば死ぬ可能性があるはず。

 それでも、この世界から解放される事を望んで彼らは今も戦い続けている。自分たちが手のひらで踊らされているのを分かっていながらも。

 

「だから、あたしも……そんな人たちの力になりたい。もう「竜使いのシリカ」なんてもてはやされる自分と、決別したいんです!」

「……死ぬ可能性は格段にあがるぞ」

「分かってます」

「俺がお前を守れる保証だってない」

「承知の上です」

「…………はぁ」

 

 シリカの固い決意の前に俺はため息をついた。何をどう言っても、折れるつもりはないらしい。

 まさかこんな形でストーリーを外れる展開になってしまうとは……やらかしたな俺。

 どうする……問題はシリカのスペックだ。このまま挑んでも無駄死にする可能性のほうが大きい。特に装備は現状どうにかなるにしても、HPが最大の問題だ。

 俺のHPは15,890……キリトと違ってVITを優先的に振っているからやや高い。スタイル的にも盾持ちの片手剣だから、このくらいはあってもいいだろう。むしろこのゲームならHPがいくらあっても困る事はない。

 対してシリカは10,000にも満たない……元々敏捷重視の短剣使いだからその辺りが低いのは当然だが、このままじゃ低すぎる。せめて10,000以上は欲しい。

 そのためにはレベルを上げないと……最低限安全マージンを超える程度には。この時期だと56層くらい……シリカのレベルが45だから……21も上げなきゃいけないのか。これは相当骨が折れる上にハードなレベリングが必要になるぞ。

 まずは経験値効率のいい狩場と、所得経験値のブースト……何かいい方法はないか?

 

「ちょっと待っててくれ」

 

 一旦シリカに断ってから、アイテムストレージに収納していたガイドブックを取り出して情報を読み漁る。

 えーっと、スキルスキル……そしてバトルスキルでと……お、いいのがあった。これを俺は……覚えてる、と。

 ブック片手にスキル画面を確認して頷く俺に、シリカはどうしたのだろうと首を傾げる。俺はブックを閉じてまたストレージに収納すると、咳払いをして口を開いた。

 

「そこまで言うなら、分かった。シリカを前線に連れて行く」

「本当ですか!?」

「だけど今のままじゃレベルが低すぎる。先を見越して、57層の安全マージンまでレベルを上げていく」

「57層……22もレベルを上げなきゃいけないですね。でも……」

「そこで、経験値をブーストできる良い方法がある。バトルスキルに《ゲインエクスペリメンス》と《クライムサーバント》ってものがある。前者は得られる経験値を増加し、後者は所得経験値を全部パートナーに献上する。つまり俺が得た増加経験値を、シリカに全て渡して強引にてこ入れするってことだ」

「ぜ、全部の経験値をですか!? けど、そうしたらミストさんの経験値が……」

「俺は今80だし、安全マージン限界までは当分余裕がある。クォーターポイントも過ぎているし、マージン以上のレベルを上げる必要性は当分ないだろう。けど、俺もいつまでも前線を離れるつもりはないからな。結構ハードな道のりでシリカのレベリングを行う。それでいいか?」

「ミストさんは……あたしが前線に行くのを許してくれるんですか?」

「許したわけはないけど……決めたのはシリカだ。説得こそすれ、却下する権利は俺にない。けれど俺の言う事はちゃんと聞く事。危ない事はしない事。単独行動はしない事。これを守れるなら、最前線に連れて行く」

「……ありがとうございます、ミストさんっ!」

 

 ぱっと明るい表情を浮かべたシリカ。そして感極まってそのまま俺に抱きついてくる。

 初めて女の子に抱き突かれた俺はそりゃもうロケット花火みたいに飛ぶとか、目玉飛び出てビーム出たとか、まあそんな感じで内心では小躍りしたいほどヒャッホーウ! な気持ち……ではあったが、最終ボスピナと俺の理性が総動員して押し留めた。

 諸君、イエス・ロリータ・ノータッチだ。蕾は取ってはいけない。紳士に、紳士に行こうじゃないか。でもシリカって俺と大体3つ違いなんだよな……いやいやいや、中学生ならいいのかってわけじゃないだろ!

 

 

 ……とまあ、そんな事があって現在レベリング中。俺も得られた経験値は全てシリカに譲渡され、しかも所得経験値増加スキルによってここ数日でえらい勢いでレベルが上がっている。何しろ50台を突破してるんだから。

 最初こそ不安に思ったが、シリカのレベリング作業は俺にとっても都合が良かった。《盾剣技》に対応するソードスキルが何なのか、実際に使って確かめられたから。

 とりあえずまとめると、キリトの言うとおりスキルの同時使用や連携は可能だが、盾によって対応するソードスキルとしないソードスキルがあり、例えば現在装備している盾は突属性に対応し、【シャープネイル】や【ホリゾンタル】などの斬撃系には対応していないと言う事だ。

 そしてこの場所を選んだわけは、情報屋のアルゴに幾つか条件(パーティー人数とスタイル、レベルなどなど)を設定し、代金としてコルに加えて《盾剣技》の情報を無償で提供した結果でもある。ここなら俺がいればシリカの安全は十分確保できるし、おまけに俺は堅いしシリカはピナの回復スキルのおかげで見た目よりは耐久力もある。まあ、俺が注意をこっちにひきつける盾持ち専用スキル《シールドバッシング》とかパーティーメンバーの防御力を上げる《ディフェンスコール》で防御力の低いシリカを補うし、今のところはうまく行っている。

 うまく行っていると言えば、シリカとの関係もだな。元々懐かれていたほうとは思ったが、兄みたいに慕ってくれるのはやっぱり嬉しい。ピナさんとは……ちょっとは距離も縮められただろうか。噛まれたり突かれたりする事も少なくなったし。

 ……「お兄ちゃんって呼んでもいいですか?」と上目遣いで言われた時にはくらっと来たが、ピナさんが怖かったので丁重にお断りした。

 

「今日はここまでにしておくか……一旦安全エリアまで戻って休んだら、街に戻ろう」

「そう……ですね」

 

 少し疲れた表情を見せたシリカの状態を考慮し、俺は今日のレベリングを切り上げる事にした。

 一度安全エリアまで後退した俺たちは、岩の傍に腰を下ろして休憩を取る。

 

「1週間で51か……このペースだと1ヶ月で24かそこらまで上がるって計算になるな」

「ミストさんの言っていた目標レベルは超えられそうですね」

「そうだな。多少強引ではあるけど、結構効率はいい。1日中ダンジョン潜っているんだし」

 

 コルや装備品、素材も手に入るし、不要なものは売って金にすればまた今後の活動資金になる。最初は厳しいと思ったが、これならどうにかなりそうだ。

 けどシリカも女の子。こんな毎日ダンジョンに潜っていたら退屈だろう。……よし。

 

「シリカ。明日と明後日はダンジョンに潜るのは止めて休みにしよう」

「え?」

「休息も大事だ。潜ってばっかじゃモチベーションにも影響がでてくる」

「そう……ですか?」

「ああ。けど、休み明けにはまたダンジョンに潜ってレベリングだ。これをローテーションで繰り返そう。予定よりは少し遅れるけど、急いて事を仕損じるって言葉もあるし、急ぎすぎるのも良くない」

「わかりました。ミストさんがそう言うなら、そうしますね」

『きゅいー!』

 

 ピナも休みには賛成なのか、同意するように鳴き声を上げた。

 休憩を終えた俺たちはダンジョンの出口を目指し、当然ポップするモンスターは全て倒して主街区の「アルゲード」に戻ってくる。

 雑多な町並みは迷路のような構造で、マップを頼りにしないと迷ってしまいそうな場所だ。

 

「シリカは先に宿に戻っててくれ。俺はダンジョンで手に入れたの売って、アイテム補充してくるから」

「はい。じゃあミストさん、またあとで!」

 

 手を振りながらシリカはピナと共に雑踏の中に消えた。こっちに来てから1週間、宿屋など主要どころの場所はしっかりと覚えている。

 さて、俺は……あいつのところに行くとしますか。

 脳裏にバリトンボイスのタフガイの姿を思い浮かべながら、シリカとは別方向に歩き出した。

 

 

「ちーっす。エギルいるか?」

「お、ミストか。また来たのか?」

「客に向かってまたってなんだよ、またって」

 

 もはや馴染みになったやり取りをしつつ、カウンターにいるどう見ても日本人じゃない浅黒い肌に長身のタフガイの前にやって来た。

 こいつの名はエギル。アフリカ系アメリカ人にして生粋の江戸っ子と言うまあ、外見どおり怖そうな奴なんだが面倒見もいい出来た大人でもある。

 こっちに来てダンジョン帰りによく顔を出し、トレジャードロップとかその辺を売っていた。

 

「で? 今日の稼ぎはどんなだ?」

「ボチボチってところだな。っつーわけで買ってくれ」

 

 言いつつアイテムストレージから使いそうにない武器や防具、指輪やら何やらを全てエギルの前に出す。素材に関しては武器の強化に使うから、今のところはキープしていた。

 

「しかしお前も苦労するよなぁ。攻略組希望の中層プレイヤーの育成なんて、すぐ根を上げると思ったのに」

「可愛い女の子の頼みを断るわけに行かないだろ? ああ、俺紳士だから変な意味はないぞ」

「どの口が言うんだ、どの口が。えー、なになに……まあ、こいつらならこんな所かな」

 

 離しつつもエギルは売るアイテムの鑑定を怠らず、少しして買取価格を出す。

 

「こんなものか? 安くはないと思うけど」

「まあ、普通の相場だな。前線ででたアイテムじゃないしこんな所だ」

「金に困っている事はないからいいけどな……けどその内シリカの装備を新調しなくちゃいけないし、無駄遣いはあんまり出来ないし」

「お前本当主夫みたい「まだ17だ」いや、わーってるって」

 

 ったく、こいつは……どう見たらこんな青少年が主夫に見えるんだ。

 

「そう言えば明日、フィールドボスの討伐があるんだが……お前も参加するか?」

「そうだな……シリカには明日と明後日休みって伝えたし、予定は空いている」

 

 そう言えばそんなイベントがあったなと今思い出した。確か、どっかの村だったよな……パニの村、だっけ。

 

「ラストアタックボーナスを狙えば、労せずシリカの装備をゲットできるんじゃないか?」

「そうだな……そのボス戦、キリトも参加するのか?」

「ああ。俺も出るつもりだ」

 

 エギルがキリトのことを知っているのは知っていたが、エギルが俺とキリトが知り合いって知ったのはちょっとした偶然だ。

 あれはここに来て3日目のこと。ダンジョン帰りにここに立ち寄った時に、たまたま来ていたキリトと遭遇したんだ。あれには驚いた。

 で、奇遇だな、どうしたんだと話していたら、当然シリカの事を話さないわけには行かなくて……キリトも最初の俺同様に難色を示していたが、俺のレベリングの説明と一応俺の腕を理解して納得してくれた。

 

「シリカの装備ってキリトが上げたものだしな……キリトが使いそうになかったら、シリカに譲ってもらうよう頼むか」

「おいおい、キリトがラストアタックボーナス達成する前提で進めるなよな? 俺だって参加するのに」

「その時は安く売ってくれるんだろう? 何しろ健気にレベリングをしている可愛い女の子のためだから」

「ぐ……」

 

 さすがにエギルもシリカくらいの年の子にぼったするような真似はできないらしい。それに、エギルがこの店をやっている目的を考えればしないはずだ。

 

「……お前が出世払いでやれよ」

「なして!?」

「大体、お前はずるいんだよ。ふらりとでてきたかと思えば中層クラスのアイドルと専属パーティー組んでレベリングの手伝いと来た。知ってるか? お前下じゃシリカを攫っていったってファン連中に眼の敵にされてるんだぞ?」

「なっ! 完全に濡れ衣だろ! 俺はシリカに頼まれてレベリングの手伝いしてるだけで……」

「そ・れ・が、あいつらにとって羨ましいんだろ。攻略組の上に最初に確認された《盾剣技》使い。無名の攻略組が一転して超有名人と来たら嫉妬しない方が無理ってもんだ」

「えぇー……」

 

 なにその理不尽な理由。いや、気持ちは分からなくもないけど。俺が下のプレイヤーでシリカのファンなら怒り来るって上層に殴りこみに行くし。

 

「と、言うわけでだ。無自覚で美味しい思いをしているお前は、報いを受けて奴らの怒りを静めるべきだ」

「なんで生贄にされなきゃならないんだ!」

「……店の中で騒いでいたら、ただでさえ少ない客も来なくなるぞ?」

 

 エギルとの話がヒートアップしていると、水をぶっ掛けるように静かな声が店内に届く。

 俺は振り返り、エギルはちょっと顔を上げる。店の前には黒いコートを来た剣士が呆れた顔で突っ立っていた。

 

「キリト……」

「2人して何を話していたんだ? エギル…まさかミストからぼったくるつもりだったんじゃないだろうな?」

「そんなわけないだろう。安く仕入れて安く提供するのがうちのモットーだからな。なに、ミストが自分の境遇が恵まれているか分かっていないらしいから、教えてやっていただけさ」

「それってシリカのことか……? エギルだって知ってるだろ、ミストはシリカが前線に行きたいって言う願いを叶えるために付き合ってるって。それも、自分の得た経験値全部譲ってまでレベリング手伝っているんだからさ」

「そうだそうだ! もっと言ってやってくれキリト!」

 

 よっし、さすがキリト! 分かってくれてる! そこに痺れる! 憧れるぅ!

 

「へいへい……ああ、そうだミスト。ちょうどキリトが来たんだし、さっきの件を話すだけ話してみたらどうだ?」

「さっきの?」

「ああ。キリトも明日、フィールドボス討伐に参加するんだろ?」

「そのつもりだけど……ミストも参加するのか?」

「マージンは十分だしな。シリカも明日明後日は休むように伝えてある。それでなんだけど、もしラストアタックボーナスしてシリカに使えそうな装備だったら、シリカに譲ってやってくれないか? もしくは売ってくれてもいいけど」

「確かに……あの装備で最前線って言うのは、少し厳しいかもな。目標レベルも安全マージン越えだし」

「オーダーメイドって言う手段もあるけど、レアドロップで使える武器が出たならそれを使うに越した事はないだろ? 頼む、考えるだけでもしてくれないか?」

 

 両手を合わせてキリトに拝み倒す。

 キリトは顎に当てていた手を下ろし、苦笑しながら口を開いた。

 

「分かったよ。けど、俺が倒してシリカに使えそうな装備だったら、だからな?」

「ほんとか? 助かる。俺も明日は頑張らなきゃな」

「おいお前ら……俺も参加するって事忘れてるだろ」

 

 いやいや、忘れてないともエギル。

 けどこの戦い、シリカのためにも負けられないっての。




 と言う事で3話でした。次回はボス攻略……ですが、ボスの方は捏造……もとい、勝手に作りましたが、カットの方向で。6話! 6話でボス攻略や戦闘シーンをはっきりと書きますので!
 その代わりに《盾剣技》のメリットとデメリットとかを言及してます。使うには色々と条件が必要だったり、使えても全部が使えるわけじゃないと言う習得難易度の割りにやや残念なものですが。まあ、緊急脱出とか吶喊に使うのが主な用途になるでしょうか。斬属性対応になると連撃技も使えるようになって火力は上がりますが……結局のところとしてやっぱり使いづらい印象が残る感じで。
 次回はキリトの親友の登場と、あまり出番はないけど未来の嫁が登場です。

 誤字・脱字などがありましたら報告していただけるとありがたいです。それでは。


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第4話 攻略の鬼

 4話を投稿します。今回はフィールドボス討伐直前……で、終了です。
 いや、6話からはがっつり書きますので……その前に次の話ではミストとシリカのイチャイチャ回にしていますが。
 その前にミストの設定を出して、土日は更新お休みするかもしれないですけど……。


第4話 攻略の鬼

 

前回のあらすじ:

 

ちょっといいとこ見せてやんよ。

 

 

 エギルたちと別れを告げて、道具屋でアイテムの補充をしてきて宿屋に戻ってきたころには日が暮れていた。

 待っていたシリカと夕食を食べている途中、俺は明日前線に行ってくる事をシリカに話す。

 

「前線……ですか?」

「そうなんだよ。フィールドボス討伐やるって言うから、俺もそれに参加してくる。キリトも一緒だ」

 

 パンを千切ってピナに食べさせながら聞き返してきたシリカに、俺は簡潔に答えた。

 俺にとって初めてのレイドボスになるわけだが……まあ、無理をせず安全第1でやらないといけないだろう。

 

「そうですよね。ミストさんは元々攻略組の人ですし……あたしが、無理につき合わせてしまってて」

「いや、シリカが責任に感じることはないって。《盾剣技》の性能を確認できる良い機会にもなったし、前線で戦ってくれる人が増えてくれれば俺たちも助かるんだから」

 

 おまけにそれが知り合いと言うなら、連携も取りやすいしボッチにならなくて済む(ここ重要)。

 あとは、どうしても参加したい理由があったりするからな。

 

「シリカが前線に来る時には相応の装備が必要になるし……ラストアタックボーナスで運よくシリカの使えそうな装備が落ちれば、そのままシリカに使えるしさ」

「それって……あたしのために、ボスと戦ってくれるんですか?」

「えっと……まあ、そんなところか? キリトにも話して協力してくれるって言ってくれたし」

「あ、ありがとうございます。……ミストさんやキリトさんに助けてもらってばかりですね、あたしって」

「下のプレイヤーを助けるのも上のプレイヤーの務めって奴だって。ゲットする保証は……まあ、ないんだけど」

「それでも嬉しいです。ありがとうございます、ミストさんっ」

「っ……」

 

 にっこり笑ったシリカに顔の表面温度が少し上がる。

 ああもう、こんな子に慕われるなんて……これがいわゆるモテ期と言うものなのか。こんな状況だけどやっぱ嬉しい。

 こういう時ってやっぱりこう言うんだろうな………我が世の春が来たぁぁぁ(ガプッ)アッー!?

 

「ピ、ピナ!?」

『きゅいー!』

「ピ、ピナさんやめっ、鼻は止めて! 噛み付いた理由は分かるからごめんなさい!」

 

 ごめんなさいピナさん! 俺が悪かった! 今後はピュアな気持ちを心がけますからぁぁぁ!

 

 

 ――翌日、転移門広場でキリトとエギルと合流し、俺たちは最前線である56層に向かい、主街区から徒歩でパニの村と呼ばれる場所に向かう。聞けばこの層には《聖竜連合》の本部があるそうだ。まったく気づかなかった。

 

「今回討伐するボスって、情報はもう出回っているのか?」

「ああ。オオカミの亜人型で、名前を《ヴェアヴォルフ・ブルート》。特殊攻撃や武器の類はないが、その分スピードが高いらしい」

「スピードアタッカーかよ……俺やエギルの苦手な部類だな」

 

 キリトみたいに機動力を重視したパワーファイター型ならともかく、俺は盾を持ってどっしりと構える前衛。エギルは両手斧の威力を生かして側面からの攻撃を得意とするタイプだ。

 

「お前の《シールドバッシング》なら注意を引けるだろう。が、代わりにお前へのリスクが大きくなるな」

 

 攻略のことになればエギルも真面目な顔つきになる。この世界では命がかかっているんだからそれも当然だろう。

 

「難しいなぁ……俺が攻撃受け止めている間にキリトたちが削って、回復のために交代した場合はかく乱して足止めしてもらう……ってパターンがベターになるか?」

「《聖竜連合》の防御部隊も来るはずだけどな……ここはあいつらのホームだし。場合によってはそいつらに任せて、ミストは《盾剣技》でアタッカーに専念……ってこともできるけど。ところで《盾剣技》はどこまで使えるようになったんだ?」

「とりあえずはスキル発動後の硬直を別のスキルでキャンセルできる程度まで。問題が剣のほうで使うソードスキルとの組み合わせになる。火力を求めるなら盾にも連撃系が欲しいところなんだけど……今のところ突進系しか使えないのがなぁ」

「懐に潜って連撃系でダメージを与えた後、突進系で離脱、がセオリーになりそうだな。しかしその《盾剣技》スキルに対応した盾はあったのか?」

「エギル、なんか対応している奴はあったか?」

「それが中々見当たらないんだ。エクストラスキルだけあって対応した盾は見当たらないな……」

 

 念のためエギルにもこのスキルに対応するかもしれない盾を探してもらっているが、今のところ中々出てこないらしい。

 ユニークスキルと違って、スキル同士の組み合わせだからレア度は高い方ではないんだろうが……元々盾持ちは防御の担当だ。そこに格闘である《体術》スキルを習得する奴はあまりいないだろう。

 

「斬撃系って事は、なんかこう……クローみたいな形状なんだろうけど」

「そもそも攻撃力を持つ盾自体、レアなものだからな。基本的に盾に要求されるのは防御力だけだ」

 

 その通りなんだよなぁ。わざわざ盾で殴る奴なんて……あ、ヒースクリフがキリトとのデュエルでやったっけ。けどあれとはちょっと違う。ただ殴っただけでソードスキルは発動されていない。

 使いようによっては攻防自在と《神聖剣》に似ていながらも、使用できる盾が限定されていて使い方に困る。完全に《神聖剣》の下位互換だな。

 

「ま、こいつのことは今はほっといて……そんなボスだったら敏捷系のアイテムをドロップしそうだし、シリカへの土産にはなりそうだ」

「そうだな。シリカのためにもなんとしても倒さないと」

「だから、お前らが倒す前提で……いや、もういい」

 

 やる気満々な俺たちにエギルは突っ込む気力を完全に失ってしまう。

 そして道中ポップしたモンスターを軽く蹴散らしながら、俺たちは目的地であるパニの村へとやって来た。

 

「まずは攻略会議から、だよな……集合場所は?」

「えっと……あれみたいだな」

 

 キリトが指差し方向には、岩山をくり貫いて作られたらしい住居があり、その入り口に2人の鎧を纏った男たちがいる。あそこが会議の場所のようだ。

 

「今回の陣頭指揮って……」

「最強ギルド《血盟騎士団》副団長にして、『閃光』の異名を持つアスナ……だな」

「……マジで?」

 

 まさかこんなに早くキリトの嫁とエンカウントする事になるとは……けどキリトが憂鬱そうな表情を浮かべるのはなんでだ?

 

「今回もまた意見が合わないんだろうなぁ……」

「合わない?」

「キリトとアスナだよ。この2人、いっつも意見が合わなくて衝突してたからな」

 

 そうか、そうだ。思い出した。

 このころのアスナは「攻略の鬼」なんて呼ばれるくらい徹底していた時期だ。しばらくすれば《圏内事件》でその性格も本来の明るい性格を取り戻していくんだっけ……この頃のアスナってどんなに怖いんだろう。

 

 ……と、ちょっとした好奇心を抱いた俺は激しく後悔している。

 

 攻略会議でアスナがフィールドボスを村に誘い込んでNPCを殺させて、その間に殲滅すると言う作戦に参加していた全員がどよめいた。

 確かにNPCで、しばらくしたらリポップするデータだけの存在って言うのは分かるけど……明らかに常軌を逸している。

 当然キリトは猛反対。俺もさすがにそんな作戦は気が引けてつい反対意見に加わっちゃったら、思いっきり睨みつけられた。こえーって。あの気が利いて優しい性格のアスナはどこに行ったの。ナマで聞くとマジ怖い。

 結局ボス攻略はその方法で行われる事に決まり、一旦解散してしまったんだが……。

 

「マジ怖すぎだろ……」

「ミストはアスナが責任者の攻略会議参加は初だったか?」

「え? あ、ああ。うん」

 

 初って言うか攻略会議自体初なんだが、一応攻略組という建前上はそう言う事にしておこう。

 俺のビビリ具合を気の毒に思ったのか、エギルはバンバン俺の肩をたたいてくる。

 

「ま、気にするな。この攻略が終わればお前も当分は前線に出てこないし、今だけの辛抱さ」

「そ、そうだな……しかしさすが鬼。迫力が違う……本人の前で言ったら鼻の穴が1つになっちまう」

「違いない。俺はキリトと話しているが、お前はどうする?」

「俺は……時間になるまで村をぶらついてる。またあとでな」

「そうか。またな」

 

 決まってしまった以上、不本意だがこの村を戦場にするしかない。そのためにもこの村の地形を把握しておかないと。

 こうして見ると、やっぱり特徴的なのは住居の穴倉だろう。これを利用すればボスをかく乱できるだろうな……。うまく利用して囲めば袋叩きできる可能性もある。

 人の数は……プレイヤーを除けば多いほうではない。小さい村だし当然か。

 

「けどやっぱ、気乗りはしないんだよな……」

 

 シリカのために頑張ると張り切ったはいいが、作戦の内容が内容だから気乗りはしない。

 確かにNPCを狙わせればプレイヤーへの被害も減る。認めたくはないが安全な方法だ。

 ……でもそれって、犯罪者ギルドの連中とやる事が同じって事じゃないのか? ただカルマが減る減らないかの違いだけで。

 

「はぁ~……これなら来るんじゃなかったなぁ」

 

 せめて《圏内事件》のあとならアスナとも気軽に話せただろう。今のアスナとは……出来れば関わりあうのは遠慮したい。

 もう1度ため息。すると、タイミングよくメッセージを受信して、俺は受信アイコンをタッチする。メッセージ主は……シリカ?

 

form シリカ

 

 ミストさん、そっちは大丈夫ですか?

 

 どうやらこっちの心配をしてくれているようだ。なんだかほっこりさせられる。

 俺は微笑を浮かべながら、メッセージの返信のために指を走らせた。

 

form ミスト

 

 今さっき攻略会議が終わったところ。終わったらまたメッセージ飛ばすよ。お土産楽しみにしててくれ。

 

「よし……っと」

 

 メッセージを送信し終えて、俺は気合を入れるため頬を叩いた。

 作戦は気に食わないが、シリカのためにもラストアタックボーナスを達成しないと。もちろん生きて帰る事も最優先で。

 

「ん? お前さんは……」

「俺?」

 

 不意に誰かが俺の事を呼んだ気がして辺りを見回した。

 見れば和風の鎧姿に身を包み、赤いバンダナに無精髭といった野武士面の風貌をした男が、その後ろに他の男たちを引き連れている。

 

「お前さん確か、攻略会議でキリトと一緒に反対していた奴だよな?」

「ああ……そうだけど。あんたは?」

「俺はクライン。ギルド《風林火山》のリーダーをやってんだ」

「俺はミスト。ソロだ」

 

 もちろん俺はその男の事を知っている。

 キリトがSAOに来て初めて知り合った奴で、理解者にして親友。さっき会議に出席しているのが見えたけど、まさか声を掛けられるとは思わなかった。

 

「お前さんもソロなのか。いや、キリトと親しそうだったから知り合いなのかと思って声を掛けたんだが……」

「最近知り合ってな。クラインもキリトの知り合いか?」

「ああ。まあな。しっかし、あのキリトに歳の近い同性の友達か……」

「まあ……歳は近いだろうけど。それがなにか?」

「いやな……実はキリトの奴、前に色々あってよ。それで自分のことを責め続けていたんだよ。それからはますますソロで無茶な攻略をするようになって心配していたんだが……なんだ、仲の良さそうな友達が出来たんじゃねぇか。ほっとしたぜ」

「そう……なのか」

 

 クラインが言っているのは《赤鼻のトナカイ》の話で起きた事だろう。以来キリトはより孤立してソロで動いていたはずだ。

 その時のことはクラインも知っていたんだよな……ギルドに入るよう誘っても、キリトはクラインを見捨てたって言う負い目を感じていてずっと気まずそうに避けていて。クラインは気にしていなかったのに。

 

「まあ、なんだ。俺が言いてぇことはだな……あんな奴だけど、これからも仲良くしてやってくれ。あいつも歳の近い男友達がいれば、色々といい方向に向くかもしれねぇ」

「……もちろん。あいつが違うって言っても、俺はそう思ってるさ」

 

 頭を下げながら言ったクラインに俺は笑みを浮かべて断言した。

 まだまだ背中を合わせて戦うのは先かもしれないが、キリトはそんな事で見捨てたりするような奴じゃない。それは分かっているつもりだ。

 

「そうか……ありがとよ。――ところでおめぇもソロって言っていたが……」

「あ、ああ。まああんまり目立たない攻略組さ。今は攻略休んで、知り合いの中層レベルプレイヤー育成の専属パートナーになってる」

「専属パートナー……? そういや、どっかで聞いた事があるな……「攻略組のソロプレイヤーが、中層プレイヤーに大人気の女の子を攫っていった」って。あれってお前さんのことか?」

「……不本意ながら、そういう風に呼ばれてる」

 

 おいおい、前線にまで知れてるのかよ……この勢いじゃ尾ひれに背びれ、胸びれまでつきそうな勢いじゃないのか。

 

「はっはぁ、やっぱりそうか。なんか珍しいエクストラスキル持ちって聞くからどんな奴かと思っていたんだが、まさかキリトの知り合いとはなぁ。ちょっと納得したぜ」

「ちょっと待てどういう意味だ」

「お前さんもキリトと同じって意味だ」

 

 それは性格とかそういう意味じゃなく、女の子にもてるから……とかそんな理由なんだろう。

 

「お れ は し ん し だ !」

「紳士ねぇ……ロリコンって言う名のおふぉ!」

「「「「「「リーダー!?」」」」」」

 

 すっごく失礼な事を言いかけてきたクラインに問答無用でアッパーカット。見事に顎を打ち抜いてクラインはひっくり返る。

 

「失礼だろお前!」

 

 すぐにクラインの仲間がクラインを囲って、慣れた手つきで運んでいった。「リーダーが悪かったな」とか言われる辺り、比較的あるあるなパターンらしい。

 ああ、うん……キリトが躊躇なく殴ったりする理由が、ちょっとだけ分かった。俺も今後はそうしようと思う。

 

 

 そろそろ作戦開始の時刻が迫りつつあり、俺は集合場所に戻りながらスキルの確認と変更を行っていた。

 盾持ちだから当然防御強化の《シールドコーティング》にHPリジェネの《バトルヒーリング》、さらには挑発できる《シールドバッシング》も入れてある。……自分で入れておいてなんだが、なにこの堅いの。ヒースクリフに劣るだろうけど。

 ああでも、防御は《聖竜連合》の連中がするって言っていたからな……《シールドコーティング》は必要ないかもしれない。かと言って入れる奴がないけど。

 

「このままでいいか」

 

 耐久力があるに越した事はないんだし。

 スキルの変更を完了し、メニューウインドウを消す。集合場所には既にエギルとキリトも揃っていた。

 

「どこほっつき歩いてたんだ?」

「村の地形を確認に」

「お前、そう言うところマメだよな……」

 

 感心したような、呆れたような様子のエギル。地の利を生かすに越した事はないだろう。

 そんな風に話して時間を潰していると、陽動隊から間もなくターゲットが村に入ると言う報告が届く。

 いよいよだ……正真正銘、俺の初のボス戦。今までのレベルが低い雑魚とは違う、正真正銘現段階で最強の敵と戦う。

 

「武者震いか?」

「かもな」

 

 僅かに震える手を見たキリトが、少し勘違いしながら言った。

 無論、恐怖もある。だけどただで負けるつもりはない。

 見ると数人の軽装の剣士3人が、その後ろにいるモンスターに追われている。あれが今回のターゲットらしい。

 《ヴェアヴォルフ・ブルート》。その名のとおり血に塗れたように真っ赤な毛並みは、その一部が硬質化して刃物のように鋭い。サイズもこの中で1番でかいエギルを上回る辺り、2、3mはあるだろう。

 

「こういう時、なんて言いながら始めればいいと思う?」

「景気よく前口上って奴か? そうだな……「俺は太陽の子!」なんてどうだ?」

「ねえエギルあんた本当にアメリカ人? なんでそんな古いの知ってるの。俺だってレンタルでようやく知ってる程度なのに」

「え……2人して何の話だ?」

 

 俺とエギルのアダルトすぎる会話についていけないキリトは小首をかしげる。そうだよねー、普通なら知らないもんね俺たちの世代は。バイオライダーマジチート乙。

 

「機会あればBLACK○Xを借りて観てみろよ」

「ブ…ブラック?」

「俺はあれより……あ、思いついた。「その命……神に返しなさい!」はどうだ?」

「だから何の話だよ!?」

 

 どうやらキリトは特撮物に興味はないらしい。面白いと思うんだけどなぁ。

 そんな事していたら、俺たちがふざけていると思ったのか攻略の鬼が「そこの3人! 真面目にやりなさい!」って怒られた。ごめんなさい。

 

「えーっとじゃあ時間も無いし……よし、これで行こう」

 

 ただいま絶賛大人気放送中のあのシリーズから、今回は引用しよう。

 村に赤い毛並みの狼男が飛び込み、遠吠えで吠える。

 それを聞きながらエギルは斧を構え、俺とキリトは剣を抜いた。

 

「――ここからは俺たちのステージだ!」




 打ち切りエンド感が半端ない終わりだ(おい
 次は《心の温度》の回。リズベットも登場し、さらに今度こそアスナが出て来ます。
 前編はリズがキリトとアイテム採りに行っている間の話に仕立てる予定です。最初はシリカとラブラブして、後半アスナに引きずられて現在攻略済みの階層を駆け回ります。

 誤字、脱字などがあったら報告していただけるとありがたいです。それでは。


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第5話 振り回されて東奔西走

 更新が遅れて申し訳ないです。予定外の事態に巻き込まれて5話が途中で止まってました……。
 という事で今回はキリトがダークリパルサーを手に入れようとしている間に起きていた話を。ちょっとしたハーレ……あの、アスナさん? 徐にレイピアを抜いたりして何をry
 とりあえずシリカとイチャイチャしたり、アスナの暴走に振り回されたりする話です。


第5話 振り回されて東奔西走

 

前回のあらすじ:

 

初ボス戦。

 

 

「うぉらっしゃあ!」

 

 飛び上がりつつ青いライトエフェクトに包まれた『左腕』を逆袈裟懸けに振り上げ、その軌跡が空を飛ぶ大型のハチに炸裂する。爪で切り裂いたかのような軌跡を残す【シャープネイル】で使ったのは、同じように鋭い爪を先端に備えた盾だ。

 さらに発生した硬直を右手に持った剣によるソードスキル《ヴォーパル・ストライク》でキャンセルしつつ着地。背後のハチはガラスが砕け散るような独特の音と共にポリゴンが砕け散る。

 

「慣れて来たみたいだな、そっちにも」

「まあな。ボス戦向きってのが今のところの感想」

 

 やって来たキリトの言葉に、俺は左手の盾「デモンズ・クロー」を掲げながら答える。

 盾と呼ぶには随分と小型で防御範囲も狭く、おまけに3つの鋭いブレードを備えたそれは籠手に近い。防御性能よりも敏捷と筋力重視のステータスを持っている。

 

「しかし……61層に到着した瞬間に目に見えて攻略の速度落ちたよな」

「まあ……場所が場所だからな」

 

 キリトの感想に俺は首肯で同意した。

 第61層……通称「むしむしランド」。フィールド全体で見れば湖が広がる美しい場所だが、その実態は昆虫モンスターが多くはびこっている。その手のものが苦手なプレイヤーにはとことんダメで、女性プレイヤー以外にも虫が苦手な男性プレイヤーが結構いたため参加人数は結構減っている。

 かく言う俺も、アリとかテントウムシとかそういうのは平気だけど、クモやカマキリ、ハチとかああいうのはダメなんだよなぁ……。ああ、早く帰りたい。

 

「ポップするのは虫ばかり……ボスはムカデみたいな奴だな、きっと」

「やめれ。そうなるとマジでシリカと一緒に参加しないぞ」

 

 名前を聞くだけでも身の毛がよだつ! さっきも「コックローチ」なんて名称のモンスターが出てきた瞬間俺はキリトにスイッチして隠れたし。

 え? お前たちは攻略に来たんじゃないのかって? いやいや、俺は新装備の慣らしさ。

 以前戦ったフィールドボス《ヴェアヴォルフ・ブルート》。キリトとエギルと連携して見事ラストアタックボーナスを達成し、ドロップした奴がこの「デモンズ・クロー」だった。まさかの《盾剣技》対応盾。しかも斬撃対応という棚から牡丹餅? 的な幸運。本来の目的とは違ったものだったけど。

 で、ただでさえ有名だった《盾剣技》使いっていうのがさらに広まって、「レッドクリフ」なんて誰かが言い出したから困った。なんで赤壁の戦い? ビーム出せばいいの?

 

「っと……今日はここまでにするか。アスナとの待ち合わせに遅れる」

「あーはいはい。デートですねご馳走様です」

「デッ!? 違うって! ただ一緒に食事するだけだし!」

「ディナーデートですね、分かります」

「ミ…ミストー!」

 

 からかう俺に顔を紅くしたキリトは、その手に「エリュシデータ」を持って振り回しながら追っかけてきた。やめれって! お前のそれ威力高いんだから!

 

 

 第59層ダナク。

 

 迷宮区から帰ってきた俺とキリトは、それぞれ行く場所が違ったため転移門で別れた。

 拠点としている宿屋が近づくと、そわそわした様子の女の子が1人、俺を見つけた瞬間に走ってくる。

 

「ミストさん!」

「お、シリカ。ただいま」

『きゅい!』

「ああ。ピナもただいま」

 

 今では攻略組に名を連ねるシリカと、その使い魔にして友達のピナだ。俺がレベリングに付き合ったおかげでギリギリ安全マージンをクリアし、結構前に前線デビューしていた。

 そして俺も、今もシリカとコンビを組んでいる。互いによく知る仲だし、今更解消するのもなんだろうということでずっとコンビを組み続けていた。

 ……まあ、現在は攻略サボってますが。

 

「キリトさんは一緒じゃなかったんですか?」

「アスナとデートだと」

「ああ……」

 

 もう何度かアスナとも顔を合わせたことがあるシリカはそれだけで納得する。

 《圏内事件》が終わってからのアスナはすっかり本来の性格を取り戻し、面倒見のよさもあってシリカにとっては姉のような存在となっていた。そんな風に4人が仲良くなった事もあってか、今では時々ボス攻略でパーティーを組む事もある。

 

「このあとどうする? 宿で飯食うには早いし」

「じゃあ、散歩しませんか? このまま戻るのはもったいないですし」

「そうだな……時間もあるしそうするか」

「はいっ!」

 

 嬉しそうに頷き、そのまま俺の手を握ってくるシリカ。もはやこうしてくるのも慣れた。誰かに見られていても「仲のいい兄と妹の図」、にしか見えないだろう。これがアスナだったら……いえ冗談です。冗談だからキリトさんもアスナさんも剣を収めてください。

 

「このままじゃ1人や2人抜けても変化無いだろうし……明日は息抜きするかねぇ」

「じゃあ……明日、フローリアに行きませんか!?」

「んー……そうだな。気分転換にはいいか」

 

 正直今の階層は出来れば潜りたくなかったし、別に誰かに咎められるわけでもないしいいだろう。

 俺がオーケーを出すと、シリカは本当に嬉しそうにして腕に抱きついてきた。

 最初のころの俺なら一々ドキドキしていたが、知り合ってもう4ヶ月ほども経てばすっかり慣れて動揺もしない。ピナが噛み付いてこないのが成長の証だろう。

 1人っ子だから分からないけど、慕ってくれる妹がいたらこんな感じなのかねぇ……。

 それはそうと、そろそろキリトが「ダークリパルサー」を手に入れようとする時期じゃないだろうか。リズに会ってレア金属取りに行くはずだけど……。

 

「(ああ、明日か)」

 

 だから今日アスナに会うって言っていたのか。これでキリトも本領発揮できそうで何よりだ。

 しかし《二刀流》……って言うか、強い武器かぁ。

 

「シリカもいい加減新調しなきゃならないよなぁ、武器」

「そうですね……でも、中々いいのが無くて」

 

 今までキリトから貰った装備でどうにか頑張ってきたが、いい加減に限界のころだろう。俺の方はまだ余裕があるが……。

 

「アスナに良い鍛冶師知ってるか聞いてみるか。どうせ攻略に参加しないんだろうし」

「アスナさんも虫が苦手でしたからね……」

 

 61層のモンスターが虫オンリーと知った瞬間のアスナの顔は、それはもう一気に青ざめていたは強烈に焼きついている。

 以来、「ギルドの運営とかで忙しいんだよねー」と色々と理由をつけては攻略をかまけているのは、まあ仕方ないかもしれない。もしも攻略の鬼のまま挑んでいたらどうなっていたか、ちょっと興味がある……あの、ごめんなさい。レイピア突きつけないで。

 

 

 で、翌日。47層フローリア。

 

「こう言うのもアリ……だなぁ」

 

 木陰に寝転んでいた俺は、ゆったりと時間が過ぎるのを感じながらそう呟いた。

 シリカと約束したとおり、今日は攻略を休んでシリカとフローリアに来ている。当然戦いに来たわけじゃないし、俺もシリカも軽装姿だ。

 そう言えばこの世界に投げ込まれてからずっと、こんな風に羽を伸ばす事はしていなかったはず。シリカのレベリングに付き合って、シリカを休ませている間は俺自身の戦闘経験を積むために戦って。

 ……しかし、なぁ。

 

「すぅ……すぅ……」

「うーん……」

 

 俺の横ですっかり熟睡しているシリカとピナに、俺はどうにも居心地の悪さを覚える。

 いや、嫌じゃない。嫌じゃないんだよ? こういう風にされるって事はそれだけ頼られている、慕われているって事だし。けどこれは距離が近すぎると違うのだろうか?

 まあ嫌いになられるよりいいんだけど……けど初めてのシチュエーションに身持ちが硬くなってしまう。

 いやいや、待て待て! これも「お兄ちゃんに甘えてくる妹の図」の1つに過ぎない! うん、そうだとも! ちょっとでも純真な心を失えばピナが襲ってくる!

 

「よ、よーし……ちょっとアスナにメッセ飛ばすかな」

 

 うん、ナイスアイデアだ俺。ただし寝ているシリカを起こすと悪いから静かにな!

 俺は右手を振ってメニューを呼び出し、フレンドリストを選択してアスナをクリック。さらにメッセージもクリックして、文字を打ち込んでいく。

 

form ミスト

 

 シリカの武器を新調したいんだけど、いい鍛冶師知らないか?

 

 これでよし……と。

 

「ん……ミストさん……」

「寝言か……」

 

 僅かに身じろぎして呼んだから何かと思えば、単なる寝言らしい。

 こうなるなんて前までは想像も出来なかったよなぁ……あ、そうだ。シリカが新しい武器買ったら余った金でホームを買ってみるかな。いつまでも根無し草はいかんだろうし。

 ホームかぁ……どこがいいかな。今拠点にしているダナクは良い所だし、あそこがいいかもしれないな。

 

「お…早速返信が」

 

 視界の右側にメッセージアイコンが表示され、それをクリックすると予想通りアスナからの返信だった。

 

form アスナ

 

 昨日キリト君にも教えたんだけど、私の友達にマスタースミスをしてる子がいるよ。今日はギルドの仕事で動けないけど……明日なら紹介できると思うよ。2人とも予定は空いてる?

 

 知り合いのマスタースミスって事は、リズベットの事だよな。明日か……予定は入れてないし、シリカも大丈夫だし入れてもいいよな。

 

form ミスト

 

 俺たちなら大丈夫。集合場所は……忙しそうだし、時間が空いたらそっちで指定してくれ。

 

 これでよし……と。

 送信確認の表示に「はい」とクリックすると、入力したメールはアスナに送られる。あとでシリカにも教えてあげないとな。

 

「んん……」

 

 と、メールを送信し終えたタイミングでまたもシリカの方から声が聞こえる。

 顔だけを向ければ今まさに起きたところのようで、寝ぼけ眼のシリカはぼーっと俺の事を見ていた。

 

「よっ。よく眠れたか?」

「……………」

 

 俺がそう声を掛けるものの、シリカはまだ寝ぼけているのかぼーっとしている。

 ……が、徐々にその顔に赤みが差し込み、ついには完熟トマトのように真っ赤になった。

 

「ミ――ミストさっ!?」

 

 自分の状況をようやく理解したシリカは跳ね起き、そのまま横にずれて少し距離をとる。

 え……俺何かしたか?「眠くなったら寝てても良い」って言ったら、シリカは「じゃあ、ちょっとだけ……」って言って寝ちゃっただけなのに。

 

「ど、どうしたんだ? 俺何かしたか?」

「いいいいえいえ! なんでもないんですなんでも!」

「なんか慌ててるみたいだけど……」

「だっ、大丈夫です! そうですよね、夢だったんですよね!」

「夢?……そう言えば寝言で俺のこと呼んでいたけど」

「ッッッ!」

 

 さっきの事を思い出して指摘すると、ひゅっと鋭く息を呑む。

 

「そ、そうなんですかっ!? あたし全然、これっぽっちも記憶になくて……ほ、ほら! 夢の内容って起きたら忘れてるじゃないですか!? ああそうだミストさん! ミストさんもお休みしてくださいよ、あたしもお休みさせてもらいましたし! 膝枕しますからどうぞ遠慮なく!」

「は…はいっ」

 

 割り込む余地もないシリカのマシンガントークに思わず生返事で答えてしまった……え? あれ? つまりどういうこと?

 え、えーっと……まとめると、「今度はミストさんがお昼寝してください。あたし、膝枕しますから」……膝枕!?

 

「シ、シリカ? 膝枕って……」

 

 その……いわゆる仲のいい男女が相手の膝に頭を乗せて寝るって言う、よくあるあるなシチュの事でしょうか。

 シリカも自分が何を口走っているのか気づいたようで、「ど、どうしよう!」見たいな感じで視線が泳いでいる。

 

「い……いや、ですか?」

「嫌じゃないけど……シリカはいいのか?」

「あたしは……ミストさんだったら。ミストさんにだけなら……」

 

 最後が小さすぎて何を言ったのか聞き取れなかったが……えっと、シリカの方はOK……なのだろうか?

 けど守護神のピナさんは?

 

『きゅるる?』

 

 俺の視線に気づいたピナは首を傾げ、ひょいとシリカの頭に乗っかる。どうやら「特別に許そう」と言う事になるらしい。

 ピナも許してくれるのなら……じゃあ、いいのかな。

 

「えっと……じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」

「は…はい……」

 

 俺が言うとシリカは緊張気味に頷いて正座をする。どうやらここに頭を乗せろと言う事らしい。

 初めての体験に勝手が分からないが、これでいい……の、かな?

 

「ど、どうですか?」

「大丈夫……だと思う」

 

 後頭部をシリカの膝に預けて、仰向けになって寝そべる。

 周りに咲く花の香り以外にも、石鹸の香りだろうか……シリカからいい匂いがしてドキドキしていた。

 

「「(き……気まずいかも)」」

 

 初めての体験にどうにもお互いに落ちつかなそうにそわそわする。

 おまけにここには俺たち以外にも人がいるわけで、通りかかる人(ほぼカップル)がこっちを見るのも非常に気になる。

 や、やっぱあれか?  人から見ると怪しいのか? やっぱり年齢差からか?

 

「えっと……シリカ? 嫌だったらすぐに退くから」

「い、いやだなんてそんな事ないですよ! ミストさんの気が済むまでいくらでもこうしていてください!」

 

 そんなに力強く言われたら退きづらい。ちょっと時間を置いたほうが良さそうだな……。

 

「えっと……じゃあ、30分くらい眠らせてもらうな?」

「ど…どうぞどうぞ!」

 

 それじゃあ、お言葉に甘えて……ちょっとだけ寝させてもらおうかな。

 

 

「(うぅ……ビックリしたぁ……)」

 

 まだ顔が火照っているのを自覚しながら、あたしはようやくミストさんの顔をまともに見る事ができた。

 起きたら本物のミストさんが目の前に……そのことにあたしは動揺して、つい挙動不審になった挙句に……ひ、膝枕なんてして……!

 

「(だ、だって仕方ないよ! 夢でも……ミストさんにしていたんだし)」

 

 つい、驚いてしまった理由……それは夢の内容。久しぶりに見た現実世界の夢。

 以前までは向こうのことを思い出して1人で泣いていたし、ピナと出会ってからはそんな事もなくなった。

 けどさっき見たのは、SAOがクリアされた後の夢……。向こうでミストさんと再会して、一緒に色んな所に行って……。あたしの家に招待して、向こうの「ピナ」も紹介していた。

 

「(ミストさんも……あたしの事、意識してくれてるのかな?)」

 

 ちょっと外にはねているくせっ毛の髪をそっと撫でる。

 勢いでした事だけど、こうして眠っているミストさんを見ていてもドキドキする。ここは仮想現実で、今のあたしたちは全部データだとしても……この気持ちは本物なんだよね。

 

「ピナ……あたし、どうしたらいいのかな?」

『きゅる?』

 

 あたしの呟きにピナは首を傾げる。

 アスナさんもこんな気持ちなのかな……キリトさんって、ちょっとボーっとしてるところがあるし、やきもきしてるかも。ならあたしはまだいい方なのかな? いつも一緒にいるし、ちょっと意識してくれてるみたいだし。

 今度アスナさんに会ったら相談してみようかな……そう思っていたら、あたしの頭の上にいたピナがミストさんのお腹の上に降りて、そのまま丸くなると目をつぶっちゃった。

 2人も仲良くなったよね。最初の頃はピナがよく噛みついたり、突いたりしてたけど……あ、でも今もたまにしてミストさん逃げ回ったりするけど。

 

「これからも……ミストさんと一緒にいたいな……」

 

 それは単にパートナーと言う意味じゃなくて……でもミストさん、あたしの事基本的に妹みたいにしか思ってないからなぁ……実際年下だけど、意識してくれてるのならミストさんもあたしのこと……す、好きなのかな……。

 

「……………」

 

 好きって意識したらまた顔が熱くなって来た。

 そ、そう言えば夢だとあたし、ミストさんからキスされたけど……!

 

「(キ、キスはまだ早いよ! 告白だってして……こ、こくはっ!?)」

 

 自分で自分が何を言っているのか分からなくなってきて、頭の中がぐるぐるしてくる。

 よ、よかった。ミストさんが眠ってて……起きてたら絶対変って思われちゃうし。

 

「でも、ミストさんにも少しは責任があるよね……」

「俺がなんだって?」

 

 

「ミ……ミストさん!?」

 

 目を開けるとシリカはかなり動揺している様子だった。

 うとうとしていたから何の話かは分からないけど……うん? なんか妙に重いな。あ、ピナが腹の上で寝てる。これじゃあ身動きとれん。

 

「お、お、起きてたんですか……?」

「ちょーっとだけ寝ていたんだけど……これじゃあ起きれそうにないな。もう少しこのままでいいか?」

 

 上で気持ち良さそうに寝ているピナを指差しながら苦笑する。するとシリカはぶんぶん勢いよく首を振った。

 

「いえっ! ミストさんの気が済むまでこうしてていいですよ! あたしも嫌じゃないですから!」

「そ…そうか? シリカがそう言うなら……もうちょっとだけこのままで」

 

 ピナを起こしてと言う事もできるが、それじゃあピナに悪いしな。

 しかし、ピナはなんでまた俺の上で寝てるんだろう? 今までこういうことは1度もなかったのに。

 

「「……………」」

 

 何か話題があると言うわけでもないから、自然とお互いに口を閉ざす。な、何か話の種ってないものか……えーっと、すべらない話とか……した所でどうなるんだよ。

 

「ミストさん……その、リアルの事を聞くのってマナー違反ですけど……聞いてもいいですか?」

「どうしたんだ? 急に」

「えっと……ここでキリトさんが妹さんの話をしてくれたのを思い出して。ミストさんはどうなのかなって。家族の事とか」

「うーん……別に普通かな。母親はパートしてて、父親はサラリーマン。俺も普通の学生だったし。1人っ子だから兄弟はいなかったけど」

 

 そう言えば……この世界に投げ込まれてもう結構経つんだよな。

 けど不思議と、帰りたいとか家族に会いたいとか思う事は今までなかった。こんなに会わなかったことなんて今までなかったのに。

 どうしてだろう……と考えると、ここで生きるために必死になって戦った事や、ずっとシリカと一緒にいたことを思い出す。

 いつの間にか、俺たち一緒にいるのが当たり前になっていたんだな……おかげで寂しいとか、帰りたいとか思う事はなかったんだ。こうして振り返ってみると、俺シリカに随分救われていたんだな。

 無理に前線に飛び込もうとしなくて、今はよかったと思う。きっと挑んでも隅っこでがたがた震えていたのがオチだ。けれどシリカと強くなっていくことで、俺は1人でも戦える自信を持てたんだ。

 

「付き合っている人もいなかったんですか?」

「まっさかー。居るはずないだろ。ずっと灰色の人生だ」

 

 あっはっはっはっは……は、はは。自分で言っていて虚しくなってきた。

 

「理想のタイプが高い……とか、そういう理由みたいなのがあるんですか?」

「別にこれといって要望はないけど……ああけど、料理出来る子ってちょっといいなって思う…かな? 家庭的なイメージだし」

「料理……ですか」

 

 呟くと、シリカは真剣な表情で考え込む。……? 俺、変なこと言っただろうか。

 内心首を傾げていたら、視界にメッセージ受信アイコンが点灯した。もしかしてアスナか?

 

「あ、アスナからメッセージ来た」

「アスナさんから?」

「ああ。知り合いに鍛冶師いたら紹介してくれって頼んだんだけど……」

 

 シリカに返しながらメッセージを開く。えーなになに……

 

form アスナ

 

 大変!

 

 …………大変?

 

form ミスト

 

 どうしたんだ?

 

 なにやら切羽詰っている様子だが、その言葉だけで何をどう判断しろと言うのだろうか。

 とりあえず返事を送ると、1分も経たないうちに返事が来る。

 

form アスナ

 

 リズが居ないの!!!

 

 あー……やっぱりと言うか、分かってはいたが……。今頃ダンジョンで足止め食らっているはずなんだよな、リズとキリト。

 

form ミスト

 

 リズ? それって例の鍛冶師している友達か?

 

form アスナ

 

 そう! マップ追跡も出来ないし、メッセージも返事が来ないの!!

 

 かなり慌てている様子のアスナに「落ち着け。ひとまずグランザムの転移門広場で合流しよう」とメッセージを飛ばして、俺はピナを起こすと体を起こした。

 

「ミストさん?」

『きゅる?』

「悪い2人とも。急なんだけど今からアスナに会って来る」

「アスナさんに何かあったんですか?」

「よく分からないが、アスナの友達で鍛冶師やっている子にトラブルらしい。詳しい話を聞いてくる」

「だったらあたしも行きますよ。3人なら、何かあったときにも対応できるかもしれないですし」

「悪いな……じゃ、休憩は一旦終わりだ。グランザムの転移門広場で合流する手はずだから、すぐに行こう」

 

 

 第55層主街区グランゼル。

 

「ミスト君! シリカちゃん!」

 

 グランゼルに転移してくると、現れた俺たちにアスナは顔を真っ青にしてやって来た。

 

「アスナ、メッセージの事だけどどういうことなんだ?」

「2人を連れて行くからって、リズ……鍛冶師の友達の名前ね? そのリズにメッセージ打ったんだけど、いつまで経っても返事が来なくて……何度かメッセージを送っても返事がなかったから、変だと思ってマップ追跡かけたの。そうしたら追跡不能って表示されて……」

「けど、フレンドリストにあるってことは死んだわけじゃないんですよね?」

「そのはずだけど……ああもう、いったいどこ行ったのよあの子……」

 

 焦っているのか、今のアスナは普段の落ち着きがまったくない。親友が行方不明というなら当然か。

 

「落ち着けって。フレンドリストに残っているなら生きているのは確かだ。ひとまずそのリズって奴が普段居る場所に行って、聞き込みしてみよう?」

「う、うん……ごめんね? 私気が動転して」

「友達がそんな目にあったら仕方ないだろう? で、ホームは?」

「48層のリンダース……」

「48層だな。それじゃあ早速行こう」

 

 アスナも加えた3人で、また転移門を使い今度は48層のリンダースへ転移する。

 主街区は水車があちこちに見られ、職人系のプレイヤーたちの多くがここにいるようだ。

 

「まずは行って不在か確かめてみよう。どこかに行ったなら転移門を使っているはずだし、ここでの聞き込みは後だな」

「うん……ついて来て」

 

 アスナに案内されて「リズベット武具店」と書かれた看板の店に来るが、やはり店には鍵がかかっていて人のいる気配はない。

 転移門広場でも聞き込みをしてみるが、生憎と有力な情報は出てこなかった。

 確か2人は55層に居るんだよな……俺たちもさっき居たんだから完全にニアミスしてるし。けどここで「2人とも55層の西の山に居る」って言えば怪しまれる事確実だからな……ジレンマだなぁ。

 

「どうしよう……私、どうしたらいいの……!」

「泣かないでくださいよアスナさん……。ミストさん、何かいい方法ありませんか?」

「そうだな……」

 

 手で顔を覆ったアスナに良心が痛むんだが、かといって話すわけにも行かない。そうなると……時間を潰せる事も考えれば、「アレ」が有効かもな。

 

「ローラー作戦と行くか」

「ロー…」

「ラー…?」

 

 俺の提案にシリカとアスナは揃って首をかしげた。

 

「要するにしらみつぶしに聞き込みするって事だ。もちろん、全階層やっていたらキリがないから、転移門が設置されている主街区のみ、さらに転移門広場での聞き込みを中心にする。これだったら効率よく情報を探れるはずだ」

「今のところそれしか方法がなさそうですね……」

「そうだね……じゃあ早速リズを探そう! まずは第1層から! 行くよミスト君! シリカちゃん!」

「あ、ああ。わか「早く行くよ!」お、おい待て、引っ張るなって!」

「ミ、ミストさん!? アスナさんも待ってくださいよ!」

 

 やる気を出したアスナに腕を捕まれ、俺は止める間もなく引きずられてしまう。慌てたシリカがピナと共に後を追い、俺たちは第1層の主街区に向かった。

 

 

 第1層主街区はじまりの街。

 

「アスナ、あのなあ……俺とシリカはともかく、お前は血盟騎士団の副団長なんだからここでの行動は慎重にしないと……」

「すみません、人を探してるんですけど――」

「って聞いてないし」

 

 来るや否や道行く人に片っ端から声を掛けるアスナに俺は肩を落とす。

 初めて来たけど、ここがはじまりの街か……上に比べるとはるかに大きいな、やっぱり。

 いやそれはともかく、武装していない俺とシリカはともかくとして、血盟騎士団の団服着てるアスナがここで動いていたら確実に目立つ。一応は軍のテリトリーなんだから。

 ……なんて危惧をしていたんだが、やはり目立っていたため軍の連中に捕まった。

 

「血盟騎士団の人間が、こんな所で何をしている?」

「別に……人を探しているだけですけど」

 

 鉄色の鎧に緑のマントを纏った3人組に囲まれながらも、アスナは嫌悪を隠そうともせずにそう返す。

 完全に「ボックス」されてるな……身動き取れない。

 

「小柄で童顔の、ピンクの髪の女の子を探してるんです。心当たりはありませんか?」

「知らんな、そんな奴」

 

 ……まあ、こいつらが知っているとは到底思えないけど。

 用が済んだとばかりにアスナは立ち去ろうとするが、ニヤけ面を隠そうともせずに軍の連中は立ちふさがってきた。

 

「……退いてくれませんか? 邪魔なんで」

「通りたければ税金を払え。血盟騎士団であろうと、ここに来たからにはここのルールに従ってもらわんとな」

「急いでいるんですが……」

「だったらさっさと金を置いていけばいいだけだ。ついでだ、お前たちの装備も置いていってもらおう」

「………っ」

 

 あ、やばい。今アスナから「ピキ…ッ」ってヤな音が聞こえた。

 

「落ち着けアスナ。お前が騒動を起こせば血盟騎士団の方に抗議が行くだろ」

「だ…だけど……」

「まあここは、無所属の俺がどうにかするから……なっと」

 

 言いつつアスナの前に出て、同時に無造作にライトエフェクトに包まれた右腕を突き出す。

 《体術》ソードスキル【エンブレイサー】が発動し、真ん中にいた男に直撃。当然《アンチクリミナルコード有効圏内》のためダメージは発生しないが、ノックバックは発生する。

 同時にストレージに収納していた「マーヴェルエッジ」を呼び出し、無造作に抜き放つと右側面の男には蹴りを、左側面にいた男にはソードスキル【スラント】を浴びせて吹っ飛ばした。

 

「うっし逃げるぞ!」

「ええ!?」

「は、はいっ!」

 

 これ以上揉め事はゴメンこうむりたかったから、硬直が解けると同時にその場から逃げ出した。

 シリカは予想していたようですぐに追いかけてきたが、アスナは驚いたせいで一瞬で送れる。

 

「どうせ《圏内》だし、ギルド同士の面倒ごとに発展させるわけにも行かないだろ! さっさと上のそうに逃げるぞ!」

「そ、それもそうだね……」

 

 走りながら適当に理由をつけると、アスナも一応納得して走る事に専念する。

 そして俺たちは転移門にたどり着くと、すぐに上の層を行って1層から脱出した。

 

 

「ったく……アスナ、お前な……イライラしてるからって軍のテリトリーで騒ぎ起こすのはまずいっての」

「ご……ごめんなさい」

「ミストさん……アスナさんはお友達が心配だったんですから、そこまで言わなくても」

「けど血盟騎士団副団長がアインクラッド解放軍といざこざ起こしたってなれば騒ぎになるだろ。あいつらならイチャモンつけてくることは十分ありえる」

 

 何しろ今の軍は一般プレイヤーから徴税したり、狩場の独占をしたりとやりたい放題やっていて内部は相当腐っている。

 そんな中で血盟騎士団の団員……しかも副団長がいさかいを起こしたと言う話が偉い連中の耳に届けば、徹底的に糾弾しかねない。賠償だけならまだしも、アスナの引抜だって想定できる。

 

「焦ってる気持ちは分からなくもないけど、少しは落ち着け。他人に八つ当たりとかしても何の意味もないだろ?」

「うん……うん、そうだよね。ごめんね2人とも。私どうかしてたみたい」

「仕方ないですよアスナさん。気持ちは分かりますけど、少し落ち着いた方がいいですよ」

「そうだね……ミスト君のおかげでちょっと頭が冷えたよ。ありがとう、ミスト君」

「大したことはしてないって。さて、こっちでも聞き込みしてみよう。手がかりがないんじゃ足を使うしかないからな」

 

 俺の言葉に2人は頷き、改めて俺たちは聞き込みを始めた。

 しかし当然手がかりはなく、上の層に移っては聞き込みをするものの有力な情報はなに1つ得られない。

 そして、時間だけが過ぎて35層に来たときのこと。

 

「ああ、シリカちゃんだ!」

「そして憎き攻略組だ!」

「血盟騎士団のアスナ様もいるぞ!」

「あのやろう! 俺たちのシリカちゃんだけじゃなくアスナ様までもとは許さん!」

『下せ人誅!』

 

 そう言えば……ここってシリカのファンが大勢いたんだよなぁ!

 

「や、ヤバイ! 逃げるぞアスナ、シリカ!」

「ええっ!? でもリズのこと……」

「聞いてる暇があるか! 転移! えーと…ダナク!」

 

 大勢のプレイヤーたちが大挙して押し寄せてきて、俺たちは泡を食って街から逃げ出す。

 結局その後も手がかりは得られず、夜になってしまったためアスナは家に帰ることになり、探すのはまた明日という事にして俺たちもダナクの宿に戻るのだった。

 

 

 そして翌日もリズに関する情報がないか聞き込みをしていたんだが……

 

「メッセージ……リズから!?」

 

 突然アスナは驚いたかと思うと、届けられたメッセージに目を丸くする。

 どうやらキリトたちは無事に戻って来れたみたいだな。まあキリトなら楽勝だったろうけど。

 

「アスナ、どうした?」

「リズから返事が来たの! 今お店に戻ってきてるって!」

「本当ですか!? じゃあ急いで行かないと!」

「うん! 2人とも行こう!」

 

 言うが否や、アスナは俺の首根っこを掴むとそのまま俺を引っ張って転移門へ。おいこら! 人を猫みたいに扱うな! っていうかアスナの筋力パラメーターで俺を引っ張れるのかぁぁ!?

 バタバタ足掻きを試みるが、今のアスナにはどんな補正がかかっているのだろうか……アスナよりも確実に重いはずの俺を引きずって転移門を使いリンダースへ。転移してすぐにリズベット武具店に向かうと、ノックもなしに入る。

 おい、来る途中皆こっち見てたぞ。昨日あれほど言ったのにもう忘れ「リズ!!!」

 

「おごっ!?」

 

 工房に入った瞬間ピンク髪の女の子を見るやいなや、掴んでいた俺から手を放して柵を飛び越え、そのまま抱きつくアスナ。いきなり支えられていたものがなくなった俺は頭から床に落ちる。

 

「ミストさん!? し、しっかり!」

「ミスト…? え? シリカまで?」

 

 その声に、工房に居たもう1人の黒いコートを着た男――キリトは俺たちを見て目を丸くし、次いでアスナを見て驚く。

 

「え…キ、キリト君!?」

「や、やあアスナ。久しぶり……でもないか。2日ぶり?」

「皆……もしかして知り合い?」

「あ、あぁ……攻略組なんだ俺たち。あそこにいる2人も」

「おい、アスナ……友達が心配なのは分かっていたが、この扱いはぞんざいじゃないのか……」

「あ…あはは……ごめんねミスト君。なんだか色々振り回して。シリカちゃんも、今度お詫びにご飯おごるから」

「高くつくからな、これ……」

 

 申し訳なさそうに両手を合わせて謝るアスナに、シリカに起きるのを手伝ってもらいながら、俺は口を尖らせてそう言った。

 で、キリトがここに来たのは今使っている「エリュシデータ」に匹敵する強力な剣が欲しかったからで、それでアスナが紹介したという事らしい。

 アスナが親友に変なことしなかったのかとキリトに問い詰めると、慌てながらもキリトは否定して夫婦喧嘩に発展したのを見て、俺とシリカはまたかと呆れた。

 このバカップルちょっと自重しろ……と内心突っ込んでいると、隣に居たシリカがリズを見ているのに気がつく。

 

「そっか……そういうことね……」

「……リズ?」

 

 ひとしきり夫婦喧嘩をしたアスナがリズに声を掛けようとしたら、明らかに沈んだ表情のリズに心配そうに声を掛けた。

 ……しばしの沈黙。

 

「失礼も何も、あたしの店1番の剣をいきなりへし折ってくれたわよー!」

「うわっ…ごめん……」

「別に…アスナが謝ることないよ」

 

 そう言いながらリズはアスナに何か耳打ちすると、明らかに動揺しながらそんなんじゃないと否定する。

 しかしリズはそのままアスナの横を通って、仕入れの約束があるからと俺たちに店番を頼んでそのまま出て行ってしまった。

 

「あの人……キリトさんのこと」

「……だ、ろうな」

 

 シリカの独白に俺は同意しつつ、キリトの事を見る。

 

「行ってやれよ」

「……悪い」

 

 その一言だけでキリトは全て理解すると、リズの後を追って外に飛び出した。

 

「キ、キリト君!?」

「やーれやれ……あいつも大変だなぁ」

「…ミストさんもキリトさんのこと、言えないですよ」

「え?」

「……なんでもないです」

 

 シリカの言葉の意味が分からず聞き返すと、その反応が嫌なのかそっぽを向かれてしまう。

 ……俺、シリカの機嫌を損ねるようなこといっただろうか。

 

「2人とも、何の話?」

「いえ、別になんでもないです。ミストさん、お客さんが来たら大変ですから、お店の方にいてくださいね」

「お、俺が?……しゃーないなぁ」

 

 まあ、この中で男1人でいるよりはいいけど……けどなんでシリカはご機嫌斜めなのだろうか。理由を考えるものの思い当たらず、首をかしげながらカウンターに立つ。

 そしたら後ろでバタンと音がして、振り返ると工房の扉が閉じられてしまっていた。

 

「……………」

 

 何だろう、このボッチ感。俺は別に訓練されたボッチという訳じゃないんだけど。だからと言って工房に戻ったら、シリカだけじゃなくてアスナにも怒られそうな予感がひしひしとする。




 次回はキリト、アスナを含めた5人でアイテム探しに行きます。……なにこのドリームチーム。
 フィールドボスも含めてようやく戦闘を多く入れる予定です。いや、多くしないとなぁ……その前にまだ前半しかできてないからいつ更新になるか。


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第6話 紅蓮の王が眠る地

 大変ながらお待たせして申し訳ありませんでしたァァッ!
 遅れた理由としましては描写が難しくて何度か書き直したり、衝動的に別作品を書いていたりした影響です。
 いや、この話が出来上がったのは9月の頭あたりだったんですけど、その前後でもう1本書き続けていたせいでこんな遅くに……orz
 と言う事で、今回はシリカの武器強化編。オリジナルのフィールドボスへある種のドリームパーティで挑みかかります。


第6話 紅蓮の王が眠る地

 

前回のあらすじ:

 

アスナに振り回された。

 

 

「――と、言うわけで紹介するね。こっちの男の子がミスト君で、女の子がシリカちゃん」

「ミストだ。キリトとアスナと同じ攻略組だな」

「シリカです。よろしくお願いしますね、リズベットさん」

「リズベットよ。リズって気軽に呼んでいいわ」

 

 あれからキリトと共に戻ってきたこのリズベット武具店の主、リズベット――愛称はリズ――に改めて自己紹介。

 そしてキリトは、ここに居る俺たちに疑問をぶつけてきた。

 

「それで、アスナはともかくミストとシリカはどうしてここに?」

「お前と同じ理由だ。と言っても俺じゃなくてシリカの短剣をオーダーメイドしに来た」

「そっか……確かに新調するにはいい頃合かもな」

「オーダーメイドって言われても……お金とか性能の目標値とか、色々あるわよ?」

「そうだよなぁ……まあ、予算は気にしないで、現時点で最高クラスの物がいい」

「キリトと同じこと言ってるし……短剣ってことはスピード系ってことよね」

「だな。アスナの剣みたいな」

 

 アスナの細剣「ランベントライト」もリズが打った自信作という話だ。とはいえ作るのなら相応にレアな金属が必要になる。

 

「そうね……物は試しってことで、これなんてどう?」

 

 そう言ってリズが店内の商品の中から取り出したのは、波打った刀身が特徴の白い短剣。

 

「攻撃力もあるし、何より敏捷補正が入るから。使ってみてもいいけど……どっかの誰かみたいにへし折ったりしないでよ」

「うぐっ……」

 

 ジロリ、と半眼で睨まれたキリトは後ろめたそうに後ずさる。それにシリカは苦笑いしつつ、リズから受け取った短剣を2度3度と振ってみた。

 

「どう?」

「あたしはこれでもいいと思いますけど……」

「けどせっかくなら、やっぱいい奴がいいよな」

「何よ。これだって立派にいい奴よ?」

「それは分かるけど……なんて言うかなぁ。使うならやっぱり、長く使える奴がいいし……シリカも、遠慮しないでもっと言ってもいいぞ?」

「けど……」

「シリカが払うんじゃなくて、俺が払うんだから。もっとわがままに、貪欲に言ってくれても良いんだって」

「……ねえアスナ。ああ言ってるけど彼のお財布って大丈夫なの?」

「え? うーん……多分、大丈夫なんじゃない……かな?」

 

 おい、そこのひそひそ話しているようで話してない2人。聞こえてるからな。

 

「……今置いてあるの以外ってことになると、金属を取りに行くしかないわよ。クリスタライト・インゴットはパワー重視だし……となると、アレかしらね」

「心当たりがあるのか?」

「60層の火山深部に、レアな金属があるの。ただ、それを守っているサラマンダーが居て……」

「……また排泄物ってパターンじゃないよな?」

「さすがにない……わよ」

 

 自信なさ気なリズに、意味が分からないアスナとシリカは揃って首を傾げる。

 リズがキリトのために鍛えた剣、「ダークリパルサー」は55層にいる水晶を食らうドラゴンの排泄物……なんだよな。教えない方がこの2人にもいいだろう。

 

「じゃあ、そのサラマンダーのお宝とやらを奪うか……って行きたいところだけど、もう日が暮れるからなぁ」

「取りに行くのは明日ってことね」

「ああ……ってアスナ、お前も来るのか?」

「だって3人だけじゃ不安だもん。キリト君は?」

「俺? 俺は……」

 

 いきなり振られたキリトは一瞬どうしようかと考え込む。

 ……そう言えば、今更だけどキリトってリズの鍛えた自信作壊したんだよな。

 

「なあキリト。お前リズの剣折ったって言ってたけど、弁償したのか?」

「あ」

「あ」

 

 ふとした疑問に固まるキリト。リズも思い出し、じっとキリトを見つめる。

 

「え、えーっと……」

「キリト君……まさか、無かったことにしよう……なんて、考えてないよね?」

「考えてない! 考えてない! それは断じて! 決して!」

 

 ゴゴゴ…と静かにかつて「攻略の鬼」と恐れられていたオーラを出しながら言ったアスナに、キリトはおびえながら全力で首を振る。……忘れてただろ、俺が言うまで完全に。

 

「キリトさん……」

 

 そこへさらにシリカの失望するような眼差し。俺も呆れた視線をキリトに送り、4人の視線にキリトの心のHPはガリガリ削られている。

 

「……仕方ないわねぇ。じゃあこうするわ。キリトも金属取りに行くのを手伝うの。それで弁償はチャラにしてあげる」

「喜んで手伝わせていただきます」

「(日和った)」

「(日和ましたね)」

 

 2つ返事で同意したキリト。恐らく1番の決め手は怒ったアスナだろう。確かに怒ったアスナは逆らえないほどの迫力があるから、ここで断れる勇気のある奴は中々いない。

 

「ミスト君……今変なこと考えてなかった?」

「いえなにも」

 

 おまけに勘も鋭い。やっぱり敵に回したくはないなぁ。

 とまあこんな感じで、この日は明日の集合場所等を簡単に決めてお開きとなり、俺たちは各々帰路につくのだった。

 

 

 そして翌日。第60層溶岩地帯移動中。

 

「……アツイ」

 

 いざ来たものの、その暑さに全員が口を閉ざして歩いている。

 確かに昨日火山って言っていたけど……まさかここまで暑いとは。

 

「これは……さすがに堪えるな」

「考えてみたらあたしたち……雪山からあまり間を置かないでこんな熱いところに来たのよね……。現実世界なら確実に体壊してるわ」

 

 確かに間を置かないで危険地帯に2連続、なんてことは仮想現実でなければやれないだろうけど……しかしこれは。

 

「……アツイ」

「ミストさん……ずっと同じ台詞しか喋ってませんか?」

「仕方ないだろ……俺はお前たちみたいな軽装じゃないんだから」

「あー……確かに」

「この中だと唯一の重装だもんねぇ……しかもフル装備」

「しかも色まで赤だし……ますます暑く感じるわ」

 

 そういう設定なんだから仕方ないだろ! とリズに突っ込みたいのをぐっと堪える。

 しかしこのエリアはかなり厄介だ。ランダムで溶岩が流れている場所があるから普段ある道が塞がれていたり、当然触れればダメージも受ける。

 

「くっそ…クーラードリンクとかないのかよ。あればこの暑さもマシになるのに」

「あったら苦労しないさ……けど、ミストの次に暑いのは俺だよな」

「黒は熱を吸収するって奴だっけ……」

「あらぁ……? 雪山じゃ「鍛え方が違うからな」なんて言って涼しい顔してたのはどこの誰だったかしら?」

「あの時とは状況が違うだろ……」

 

 なんか、暑さが原因のせいか全員の機嫌が心なしか悪い。

 そんなタイミングで、格好の獲物がポップする。うねうねと黄色い触手をくねらせたぬめりのある赤い体表のローパー型モンスター《レッドローパー》。毒液も吐いてくるから要注意。

 

「「「うわぁ…」」」

 

 生理的に受け入れがたいモンスターに女子3人は明らかに引いている。はいはい、俺たちで駆除しますよと。

 

「俺前な」

「わかった」

 

 互いに剣を抜いて――キリトは相変わらず「エリュシデータ」を使っている――、盾で毒液を防げる事から俺が前に出る。まあ、キリトならこいつの攻撃を避けるなんて造作もないことだけど。

 左右から伸びる触手を剣で切り払いつつ、盾を正面に構えて毒液を防ぎながら突撃。間合いに入った瞬間、キリトが俺の頭上を飛んで《レッドローパー》の後ろを取ると、俺たちはすれ違いながら《レッドローパー》の胴を斬る。

 《レッドローパー》はあの独特の消滅音と共にポリゴンが砕け散り、俺たちは剣を鞘に収めた。

 

「……動くと余計暑さが増す」

「だな……」

 

 けど女性陣は戦闘に参加する気は……あまりないらしい。ボス戦のときはしっかり戦ってくれるんだよな? 信じてるよ?

 

「そう言えばここのエリア、特殊攻撃持ちのモンスターが多いんだったっけ?」

「ああ。さっきの《レッドローパー》もそうだし、あと2~3種類は特殊攻撃持ち……まあ、いわゆる状態異常攻撃をしてくる奴がいるな。解毒結晶かレジストが必須だ」

「……当たらなければいいんだよな、つまり」

「この地形でそれが出来るか……?」

「大丈夫だよ。ミスト君が引き付けて盾で防いでいる間に、私たちで叩けばいいんだから」

「そうそう。期待してるわね、この中で唯一の盾装備なんだから」

「ピナ、ミストさんが危なくなったら回復してあげてね?」

『きゅるるー♪』

「あれ。俺負担でかくないか?」

「頑張れミスト……やばくなる前に片付けるから」

 

 いや、頑張れって……そもそも今使っているのは防御範囲が狭い「デモンズ・クロー」だし。だったら範囲が広い「プロテクションエッジ」を使わないと俺が危ないじゃん!

 

「今ほど盾持ちが辛いと思った瞬間はないぞ、俺は」

「いやそもそも、それが盾持ちの本来の役割だろ。お前のやり方が特殊なんだよ」

 

 そう指摘されると返す言葉も出ないんだが……とにかく、盾を変更してと……。

 

「そもそもミストって、なんであんな盾を持ってたのよ? 普通盾って防御性能を重視するものでしょう? それもだけど、防御性能より攻撃を重視しているように見えるけど」

「俺のプレイスタイルだよ。詳しい話はNGな」

「ふぅん……(ねえ、大丈夫なの彼?)」

「(一時はあたしのレベリングを手伝うために前線を離れてましたけど……でも、ずっと一緒にいるあたしが保証しますよ)」

「(あれで攻撃と防御のどっちもやれるし、何度も一緒に戦ってきたから腕は大丈夫。キリト君もミスト君を信頼してるし)」

「(……ほんとかなぁ)」

 

 ……? なにやらリズが疑るような目を俺に向けているんだが。

 

「(なあキリト。なんか俺怪しまれてるんだけど)」

「(あー……リズ以外はお前が『変わった盾』を使う理由を知っているけど、リズは知らないからなぁ。だから本当に強いのかって疑われてるんじゃないか?)」

「(……なるほど)」

 

 確かに、かつての俺ならこんなハイスペック状態は宝の持ち腐れだっただろう。

 けれど今は違う。あれから必死に戦い抜いて今は胸を張って攻略組の一員と名乗れるんだ。

 前線行けばそこそこ注目されるんだけど、中層は……ああ、うん。別の意味で注目されるな。主に嫉妬の対象で。

 

「(じゃあ次、俺1人で片付けるか)」

「(そのほうが良さそうだな。この辺りの敵なら、特殊攻撃に気をつける程度で後はレベル的にも苦労しないし)」

 

 一応リズに俺の腕を見てもらおう。という事で、次に敵がポップしたら俺1人で片付けるという事に相成った。

 さぁて、何が出てくるやら……そう思いつつ先に進んでいくと、4体のモンスターがポップする。最初に戦った《レッドローパー》に火を吐くトカゲの《サラマンダー》、さらにコウモリの《フレイムバット》と大型のサソリ《ブラッドスコルピオン》……どれも状態異常攻撃持ちという厄介な性質を持つ奴らばかりだ。

 

「手伝うか?」

「いいって。当たらなきゃどうってことないし」

「体力優先のお前が言ってもなぁ」

 

 苦笑するキリトに問題ないと手を振りつつ、片手用直剣「マーヴェルエッジ」を抜いて盾を前方に構える。

 手始めに狩るのは……空を飛んですばしっこく動き回るコウモリかなっと!

 ターゲットを決めると、俺は迷わずモンスターたちに突っ込んでいく。《レッドローパー》の触手を潜り、《サラマンダー》を踏み台にして飛び越え、尾を伸ばしてきた《ブラッドスコルピオン》は尾を両断して使い物にならなくさせた。その上で滞空したまま、左腕を構えると盾がライトエフェクトに包まれ、タイミングを合わせてソードスキル【ソニック・リープ】を発動。打ち下ろすようなモーションとともに《フレイムバット》を鋭い先端を打ち込み、諸共落下して貫通させるとポリゴンが砕け散る。

 残りは3――だが着地するころには既に次のソードスキルの準備が整っていた。

 【ソニック・リープ】の硬直を十八番の3連撃ソードスキル【シャープネイル】で《レッドローパー》を斬り刻みながらキャンセルし、硬直が解けたと同時に離脱。

 一旦距離をとって態勢を立て直すと、残りの《サラマンダー》と《ブラッドスコルピオン》の位置を調整しながらさらにソードスキルの発動を試みる。無論、全力は出さないで流す程度で戦っているんだが。

 

「せいやー!」

 

 ジェットエンジンのような効果音と共に盾と剣を突き出し、【ヴォーパル・ストライク】によって進路上にいた《サラマンダー》と《ブラッドスコルピオン》は見事に巻き込まれてボーリングのピンのように吹っ飛び、そのままポリゴンが砕け散って消滅した。

 うん、まあ流す程度だしこれくらいでもいいだろう。自己採点をしつつ、ドロップしたアイテムを確認すると剣を収める。

 振り返ってみれば、「まあ、この程度当然」みたいに納得しているキリト、アスナ、シリカの3人と、「うっそー……」みたいな感じでぽかんとしているリズがいた。

 

「少しは認めてくれたか? 俺の腕前」

「盾でソードスキル……《盾剣技》って呼ばれるエクストラスキルがちょっと前に発見された、って聞いた事はあったけど……」

「ミストさんは確認された最初の《盾剣技》使いなんですよ」

 

 信じられないようなものを見ているようなリズに、シリカは自分のことのように胸を張る。パートナーを認められて嬉しいのだろうけど、シリカだって今じゃ肩書きではなく立派な《竜使い》だ。シリカが注目されてくれれば俺も自分のことみたいに誇らしく思えるし。

 

「じゃ、リズがミストの実力を理解してもらえた所で、さっさと奥に進むか」

「余計暑くなるんだろうが……これもシリカの新しい武器のためだし、気合入れていくか」

「おっ、シリカちゃんのために頑張るミスト君カッコいいねー」

「ア、アスナさん! 何言ってるんですかっ!」

「(バカップル達ね。完全に)」

「ん…? なんだよリズ――な、なんでいきなりわき腹に肘鉄をあたっ! なんで無言!? 何か言えって!」

「贅沢言わないの。ロリコン」

「なして!?」

 

 何でか知らないが、リズから執拗に脇腹に肘打たれ続けた……なして?

 

 

「ここが最深部か……?」

「みたいだな……」

 

 目的のダンジョンにたどり着き、マッピングもこなしながら俺たちはダンジョンの奥深くへと進み、ドーム上の開けた空間にたどり着いた。

 周囲は常に溶岩が流れ込んでいて、落ちたら即終わり……かなり危ないな。

 

「けど目的の獲物は……見当たらないよ?」

「《サラマンダー》なんですよね。ここに来る途中にも何度かポップしましたけど」

 

 確かに普通の《サラマンダー》は倒したが……普通に考えるとその親玉みたいな奴ってことだろう。けど、ここにいないってことは他に出現条件があるのか……?

 

「規定数の《サラマンダー》を倒す必要があったのか?」

「ないとは言い切れないけど……クエストを受けたわけでもし」

 

 言いつつキリトは周囲を見回す。

 めぼしい物は何も見当たらない……他に条件があるのか、あるいは道を間違えたか?

 

「一旦引き返すか?」

『きゅるる?』

「ピナ?」

 

 俺が言ったまさにその時、ピナが何かの気配を察知し、気づいたシリカが声を掛ける。

 ピナの索敵スキルはかなり高い。キリトほどとは言わないが、安全マージン圏内のモンスターなら接近した時にすぐ気づく。

 そしてキリトも何かの気配に気づき、手を剣の柄に掛けながら警戒していた。

 

「気をつけろ……何かいる」

「…………!」

 

 その真剣な口調から事態の重さが読み取れた。俺たちはすぐに身構え、周囲を警戒する。

 ――そして、それは姿を現した。

 

「マジかよ……」

 

 さすがに俺も驚きを隠せなかった。

 何故なら溶岩の中からゆっくりとモンスターが姿を見せ、オレンジの双眸を俺たちに向けてきたのだから。

 そして、右上に表示される5本のHPバー。それは間違いなくフィールドボスと言う事を意味している。

 名前は《インフェルノ・サラマンダーロード》……間違いない、こいつが話に出たモンスターか!

 

「サ、《サラマンダー》ってあのトカゲみたいな姿じゃなかったんですか!?」

「確か伝承にでてくるファイヤー・ドレイクって言うドラゴンかヘビと同一視されてる…って、何かで見たことがあるな……空を飛んで口から火を吐き、洞窟や火山に棲んでいるらしい」

「まさに伝承どおりってワケね……」

 

 何かの本で読んだ時の記憶を頼りにしてみるが、なるほど。リズの言うとおり伝承に沿っている。ヒースクリフも味な真似をする。

 

「なら、あのモンスターを倒せばレアアイテムがゲットできるってわけだね」

「ってことだな。っし! 絶対倒す!」

 

 気合を入れ直し、俺は剣を抜き放つ。

 ズンッ、と重たい足取りで《インフェルノ・サラマンダーロード》は足場に降り立った。

 改めてみるとやはりボスだけあってかなりデカイ。灼熱の炎を帯びる溶岩をあちこちに纏い、翼を広げた姿は重厚な鎧を帯びたドラゴンのようだ。

 

『グオオオオッ!!!』

 

 《インフェルノ・サラマンダーロード》が咆哮する。それを皮切りに俺とキリト、アスナが先陣を切った。

 

「まずは手足を切断して機動力を奪う!」

「了解!」

「分かったわ!」

 

 キリトの指示に俺とアスナが応じ、素早く連携を取る。

 先んじてアスナが素早く潜り込んで顎を掬い上げるようにレイピアで突き上げる。仰け反ったところへ俺が盾で突き、剣で薙ぎ、さらには回し蹴りの3連撃を浴びせて怯ませた間に、キリトがソードスキルの発動体制に入っていた。

 

「はっ!――っ!?」

 

 水平斬りの4連撃――【ホリゾンタル・スクエア】が放たれるが、あろうことかその刃が弾き返されてしまう。

 目を剥くキリト。だがその目に冷えて固まった溶岩が入り込んだ。

 

「溶岩の鎧……っ!」

 

 まさか本当に溶岩を鎧にしているとは……その前肢が迷うことなく振り下ろされるが、キリトは瞬時にステップして回避する。

 

「プラン変更か!?」

「そうなるな…! 溶岩が柔らかかったらまだしも、今の状態じゃ剣じゃ通りにくい!」

「なら打撃武器が……」

 

 アスナが言い掛け、ふと後ろに目をやった。

 このパーティーは基本的に剣がメインで、そうなると属性も斬か突きになる。俺とキリトは《体術》スキルでどうにかできなくもないが、効率が悪い。

 そうなると、今この場で唯一の打撃武器持ちにスポットライトが当たるわけで――

 

「え……あ、あたし?」

 

 自分も戦おうと踏み出そうとしたリズだったが、突然注目されて踏みとどまり困惑した。

 いきなり重要な役目を任されれば、当然戸惑うよな……っと!

 

「っぶねぇ!」

 

 尻尾が振り回されたのを飛んで凌ぎ、着地して噛みつかれそうになった所をキリトが側面から斬りつけて牽制する。

 

「助かる!」

「気にするな! リズ、俺とアスナで足止めするから、ミストとシリカの3人でどうにか壊してくれっ!」

「わ……分かったわ!」

「シリカ、お前はリズのバックアップを! 俺はディフェンスに回る!」

「はいっ!」

 

 俺のスタイルが特殊なだけであって、盾持ちの本来の役割は味方の壁になること。特にボス戦なら味方への被害を抑える事に繋がる。

 自身の攻撃速度低下を代償としてパーティーメンバーの防御力を一定時間上昇する【ディフェンスコール】を発動し、おまけに俺自身にターゲットを捉えさせる【シールドバッシング】も発動させて『インフェルノ・サラマンダーロード』を誘う。

 打ち鳴らした盾の音に『インフェルノ・サラマンダーロード』の注意が俺に向いた。

 

「今だ!」

 

 俺の合図にシリカとリズが走る。その間にも俺は攻撃に晒されるが、連続ステップで回避。薙がれた前肢を盾で受け止めると、すかさずキリトとアスナが息の合ったコンビネーションで『インフェルノ・サラマンダーロード』を怯ませる。

 相変わらず息の合ったコンビだ。おまけに個人の能力もトップレベル。こんな2人と仲良くなれて本当心強い。

 硬直している『インフェルノ・サラマンダーロード』の右前肢を覆う岩石を砕こうと、リズが片手棍の垂直単発ソードスキル『パワー・ストライク』を叩き込む。

 痛烈な1発が間違いなく岩の鎧を砕き、本来の甲殻を露にさせる。

 

「スイッチ!」

「はいっ! やぁぁっ!」

 

 すかさずリズとスイッチしたシリカが【ファッドエッジ】で露出した前肢を突き刺し、硬直が解けた瞬間さらに【アーマーピアス】を叩き込む。

 

 

「キリトさん、お願いします!」

「任せろ!」

 

 さらにキリトへ繋げると、右前肢に垂直4連撃ソードスキル【バーチカル・スクエア】を放った。手首、肘、肩と的確に関節を狙い、『インフェルノ・サラマンダーロード』の右前肢を斬り刻む。

 だが相手は四足歩行生物。手足の1本を叩き斬っても行動に支障はない。

 おまけに、相手はドラゴンと同一――空だって飛べる。

 翼を羽ばたかせ、『インフェルノ・サラマンダーロード』が飛翔する。そしてその口から微かな炎と真紅の閃光が溢れた。

 

「ブレスだ! 下がれ!」

 

 その予備動作に気づいた俺は、言いつつ盾を構えようとし――だが直感的に横に飛び込むようにして範囲外へ逃れる。

 閃光。『インフェルノ・サラマンダーロード』から放たれたのは放射状のブレスでも火球でもなく、一条の光線だった。

 発射された光線は大地をウォーターカッターで切断したかのように切り裂き、そのまま首を上へと上げれば天井も一筋の溝を作り上げる。

 文字通り間一髪だった……無理に受けようとしていたら間違いなくあれに切断されていた。

 

「ド……ドラゴンがビームを発射するってどういうことよ!?」

「バサルかグラビ、あるいはアグナかよ……」

 

 某モンスターをハンターするゲームで出たドラゴンの姿を思い浮かべながら、俺はリズの突っ込みに対してそんな感想を言った。ヒースクリフならきっと防ぐんだろうなぁ……マジ《神聖剣》鬼防御。

 

「厄介だな……」

 

 空を飛ぶ『インフェルノ・サラマンダーロード』を見上げ、キリトが呟く。助走をつけて飛べば届かない距離ではないが、下手に飛べば溶岩に落下してしまう恐れがある。

 

「ピックやチャクラム投げても痛くも痒くもないだろうな」

「場所が悪すぎるんだよね。閉所で外周は即死エリアなんて……。向こうは飛び回れるのに」

「攻めあぐねるってのはまさにこのことよね」

 

 アスナに同調するようにメイスを担ぎながらリズが呟いた。

 『インフェルノ・サラマンダーロード』はフィールドを周回しつつ、最初に放ったものに比べればまだまだ弱い(それでも直撃すれば致命傷だが)ブレスを撃ってきて、俺たちはばらばらになって散る。

 ……このブレス、地味に厄介だな。地形を変形させる特殊効果でもあるのか、出来た溝に溶岩が流れ込んできて足場が徐々に削られていく。

 

「……キリト。相当無茶な案だが攻略法が2つほど浮かんだ」

「なんだよ」

「1つは誰か1人が囮になって、注意を引きつけた所で残りが集中攻撃」

「めちゃくちゃ危ないじゃないか……」

「もう1つはあいつに飛び乗って強引に叩き落す」

「もう少しまともな攻略思いつかなかったのか?」

 

 やや半眼気味に突っ込みを入れてくるキリトに、俺は苦笑いを浮かべた。

 だって仕方ないじゃないか。空を飛べるなら空中戦するけど、SAOには無いんだし。

 

「2つを合わせる……って第3のプランも用意されてるけどな」

「今考えただろう、それ」

「じゃあどうするよ?」

「……3かな」

「決まりだな」

 

 となるとポジションは……まず囮兼攻撃受け止める役が俺。パワーのあるリズとキリトはサイドから、あと正面と飛び乗り役は……」

 

「あたしが行きますっ!」

「シリカ。行けるのか」

「大丈夫です! この中だと、あたしが敏捷高いですし」

 

 確かにシリカは装備の関係でレイピアを使うアスナよりも敏捷値は上だ。おまけに器用さも匹敵する。けどこの分担の中じゃ、囮に次いで危険だ。心情的にはダメだと言いたいが……。

 

「お願いします、ミストさん!」

 

 目を見れば、どれだけ本気なのか分かる。ならきっとやってくれるはずだ。

 

「……頼む」

「はいっ! キリトさん、すみませんが踏み台になってくれませんか?」

「分かった!」

「アスナは俺の後方、リズは左側面に回りこめ! タゲはこっちで取る!」

「頼んだわよ!」

 

 瞬時にそれぞれ持ち場に着く俺たち。

 一方でシリカはキリトからやや距離を置いて向かい合う形になり、タイミングを計っている。

 

「あんまり無茶したらダメだよ、ミスト君?」

「ここで無茶しなきゃ男が廃るだろうに……っしゃぁ来いトカゲー!」

 

 ガンガンと剣で盾を打ち鳴らして注意をこちらに向けさせ、タゲを俺に設定させる。後ろにはアスナもいるし、間違っても怪我させればキリトとリズからフルボッコされかねな……あれ。俺実際の役割以上に重大じゃね?

 

「ってアスナさん? ちょっと近すぎやしませんか?」

「だってブレスに巻き込まれたくないし……大丈夫、私の敏捷はシリカちゃんの次に高いから、何かあればすぐに逃げられるよ」

「そこに俺もついでという選択肢はないんでしょうねぇ……!」

 

 なんてひどい。悲しみのあまりスーパー○イヤ人に……は、なりたくないなぁ。まさかユニークスキルに入ってないよなヒースクリフ?

 

「いいから、来るよ!」

「うおおっ!?」

 

 アスナに指摘されてみると、『インフェルノ・サラマンダーロード』は空中に留まって力を溜めているような動作に入る。間違いなくブレスが来る。

 

「――行きますっ!」

 

 だが動きを止めたと言うのはこちらにとってもチャンスだ。ピナを従え、シリカが全力でキリトへと走る。キリトは浅く腰を落とし、両手を上に向けて重ねて、走ってきたシリカを――重ねてきた手へ足が乗った瞬間、思いっきり上へ押し上げた。

 

「いっけえええっ!!」

 

 吠えたキリト。その声に気づいた『インフェルノ・サラマンダーロード』がそちらへ目を向けた時、空に飛翔するするシリカが視界に入り込む。

 

「ピナ!」

『きゅい!』

 

 少しだが、届かない。しかしシリカには空を飛ぶパートナーがいた。

 シリカの襟を銜えたピナが、最後のダメ押しに羽ばたくと、シリカは『インフェルノ・サラマンダーロード』の背中を捉える。

 

「やぁぁっ!!!」

 

 手にした短剣がライトエフェクトの輝きを放ち、シリカは落下の勢いを利用しながら【ラピッド・バイト】を繰り出した。

 突き刺さる鋼の刃。ブレスの発射体制に入っていた『インフェルノ・サラマンダーロード』には反撃の手段がない。そもそも背中に乗られればやりたい放題嬲られるだけ。

 

「っ! こ…のぉっ!!!」

 

 悲鳴を上げて背中に張り付くシリカを振り落とそうとするが、シリカは必死に逸れに抗いしがみつく。

 おまけにダメ押しにダメ押しを重ね、重攻撃ソードスキル【インフィニット】をその背中に叩き込んだ。

 

『グオオオオオッッ!!!!』

 

 吠えた『インフェルノ・サラマンダーロード』が、力を失い地上に落ちる。落ちる直前にシリカは離脱し、タイミングを狙ってキリトとリズが両サイドから走っていた。

 

「おおおぉぉっ!」

「でぇぇりゃああああっ!!!」

 

 共に武器がライトエフェクトで輝き、重攻撃ソードスキル【メテオ・ブレイク】、【トリニティ・アーツ】が炸裂する。

 地面を滑りながらも、なおも正面にいた俺を噛み砕こうとその口を開けるが、その口に俺は盾を突っ込ませて黙らせた。

 

「アスナ!」

 

 更に追撃に、距離をとって助走距離をつけたアスナが、まるで彗星の如く全身から光を発しながら突進。その手に持った「ランベントライト」を突き出す。

 細剣最上位剣技、【フラッシング・ペネトレイター】。「閃光」の異名を持つアスナの最強技が放たれ、俺のすぐ横を視認不可能な速度ですれ違い、『インフェルノ・サラマンダーロード』の体を腹から尻尾へと貫通していく。

 

「スイッチ!」

「だ――ぁりゃああああっ!!!」

 

 更に更に畳み掛けるように俺の追撃。盾と剣がそれぞれ光りだし、先に剣の技が炸裂する。

 逆袈裟2連。更に突き、垂直に斬りつけ――1回転から勢いを乗せた一撃を、その体に叩き込む。

 アスナが放った【フラッシング・ペネトレイター】と同じく、片手剣最上位剣技、【ファントム・レイブ】……その威力は最上位だけあって下位剣技とは比べ物にならない。

 

「オ・マ・ケ・だぁぁっ!!!」

 

 だがそれだけに留まらず――赤く光を放っていた盾に力を込めて、思いっきり差し込んだ。

 片手剣重単発攻撃ソードスキル【ヴォーパル・ストライク】。ジェットエンジンのような音と共に力任せに『インフェルノ・サラマンダーロード』の体を貫いていき、赤いポリゴンエフェクトが舞い散る。

 突き抜けた俺はアスナの隣に着地し、まだ辛うじて生き残っている『インフェルノ・サラマンダーロード』へトドメを刺すべく、最後の1人の名を叫んだ。

 

「シリカ! スイッチ!!!」

「――はいっ!」

 

 走って勢いをつけたシリカが、短剣を逆手に構え跳躍する。

 そしてその身を捻って、さながら小型の竜巻のように回転しながら何度も『インフェルノ・サラマンダーロード』の背中を切り刻んだ。

 短剣最上位剣技【エターナル・サイクロン】。その名の如く竜巻のように回転して瞬時に多数の斬撃を叩き込むと言う、短剣の真骨頂とも呼べる奥義。

 その連撃が残り数ミリの体力ゲージを一気に削り取り、『インフェルノ・サラマンダーロード』は痙攣して――無数のポリゴンの欠片となって崩壊する。

 

「……………」

 

 俺たちは顔を見合わせ、そして――

 

「「「「「やったー!」」」」」

『きゅるるー♪』

 

 互いにハイタッチを交わしたのだった。

 

 

「いやー、一時はどうなる事かと思ったよ」

「まったくよ。キリトの剣が弾かれた時は目を疑ったわ」

「し、仕方ないだろ。俺の筋力値でもあれを一撃では壊せないんだから」

 

 無事に戦闘が終わり、ほっと安堵の色を浮かべるキリトたち。で、俺のほうは――

 

「やりましたっ、やりましたよミストさん! ラストアタックボーナスできました!」

「お、おお。おめでとう」

 

 初のラストアタックボーナスを達成して嬉しさのあまり舞い上がって、俺の腕に抱きつきながらぴょんぴょん跳ねるシリカになんとかそう言う。

 確かに、ボス戦では威力が低い短剣でラストアタックボーナスをするのって難しいからな……リーチや威力を重視して槍や両手斧、片手剣とかがメインになりがちだし。ボス戦はシリカも機動力を活かした撹乱って補助ポジションだから、当然狙いに行きにくいんだが……いやはや、今回はたいしたもんだ。

 

「こらこら、そこのシスコンブラコンの2人ー。いつまでもいちゃついてんじゃないわよ」

「シスコッ!?」

「ブラコッ!?」

 

 俺たちの様子を見てからかうように言ってきたリズに、互いに軽くショックを受ける。おい、そこの夫婦笑ってるなよ!

 

「じゃあなに? バカップルって言う方がいいの?」

「カッ……いやその前にバカってついてるじゃねぇか!」

「違うって言うなら反論してみなさいよー」

 

 うりうりー、と肘で俺のわき腹をぐりぐりしてくるリズに反論できない俺。傍目には見えるかもしれないんですが、まだ告白もしてないしされてもないんですよ、俺たち!……それなのにこの距離感っておかしいんじゃね? とは思わなくもないけど。

 そもそも告白ってなんだ、告白って……いや、されれば嬉しいけどさぁ。

 

「こぉら、リズ! まだ全部終わってないでしょ?」

「ああ、そう言えばそうだったわね……で、問題のお宝はどこかしら――」

 

 リズがそう言った直後、地鳴りと振動と共に溶岩の中から岩がせり上がってくる。

 その岩は中ほどに空洞が出来ており、そこにはルビーのような赤い金属が転がっていた。

 

「これが……例の金属なのか?」

 

 取り上げたキリトは、タップして金属の情報を表示する。

 

「えーっと……名称はルビーブラッド・チタニウム……チタニウムってチタンかな?」

「確か強度と軽さ・耐食性と耐熱性が特徴だよね」

 

 詳しいなアスナ……そう言えばお嬢様だって話だったけど、それでたまたま知っていたのだろうか?

 

「まあ現実のチタンと同じってわけでもないでしょうけど、ひとまず目的の品は手に入れたわけだし、早いところこんな暑苦しいところから引き上げましょうよ」

「だな」

 

 リズの意見には全員賛成。ひとまず金属は俺が預かり、一同は来た道を戻って外に脱出する。

 長かったなぁ……まあ、まだやる事はあるけど、少し休憩挟みたい。

 

「そう言えばここの主街区、温泉街でしたよね」

「温泉……じゃあ「リンダース」に戻る前に寄って行こうよ」

「賛成ー! さすがに汗流さないと仕事する気にならないわよ」

「「ええぇっ!?」」

 

 何故そこで温泉イベント発生するんすか!? 前準備も何もしてないから俺もキリトもビックリ仰天してますけど!

 

「なに? 何か文句あるの?」

「い、いえ……」

「文句なんてありません、はい……」

 

 女子3人からの不機嫌オーラに、俺とキリトは一言も反論できずに引き下がってしまう。

 もちろん男女別だよなと尋ねたら、「当然でしょ」と若干軽蔑気味の目で見られ俺は軽く凹んだ。だって仕方ないだろぉ……! こういうのはきちんと確認取らなきゃ!

 もちろん覗くつもりなんて微塵にもないんだが、女子たちは分かってくれているのかいないのか若干冷たい。そんな俺を哀れんで、キリトは何も言わずただ肩を叩いた。

 

 

「ったくもう。ほんっとに男子って分かりやすいわよね」

 

 まだミストさんの発言に怒っているのか、リズさんは頬を膨らませていた。

 あれからあたしたちは街に戻り、女子はお風呂に、男子は……なんだか適当に時間を潰すと言って別れて、あたしとアスナさん、リズさんは露天風呂に入っている。

 

「でも、ミストさん下心あったわけじゃないと思いますけど……」

「そうだよね。もしも覗いていたら……問答無用で突いていたし」

 

 ……アスナさん、笑顔で怖いこと言わないでください。

 でも、ミストさんもキリトさんもそういうことする人じゃないし……多分大丈夫だと思うけど。

 

「随分とあの2人に肩持つわよねー……2人って」

「えっ……そ、そう?」

「ああ、あたしはそんな、別に……」

 

 ぢとー、と少し妬みも混じったような目を向けられ、あたしもアスナさんもちょっと動揺する。

 

「そんな反応してもバレバレよ。好きなんでしょ? アスナはキリト、シリカはミストが」

「「うっ……」」

 

 やっぱりばれてた……分かりやすすぎたかなぁ。

 

「ア、アスナさんの方はどうなんですか? 最近キリトさんとよく会うって聞きますけど」

「ええっ!? ま、まあ会うといえば会うけど、別に大したことは何もしてないよ。シリカちゃんはどうなの? 私の方より一緒の時間が多いでしょ?」

「そ、それは……まあ、そうですけど。でも特に何があったわけでもないですし……」

「あんたたちねぇ……もうちょっとこう、ぐいぐい押せないわけ?」

「押すなんて……そんなこと」

「別に今のままでも良いかなぁ……なんて」

「アスナ。それじゃあキリト他に盗られるわよ」

「そ、そんなことないよっ!?」

「どうかしらねぇ……」

 

 確かにそれだとキリトさん、他の女の子と付き合いそうな気がするかも……キリトさんって結構女の人に好かれるし。

 逆にミストさんはそんなこと無さそうだけど「シリカはそのままじゃ一生進まないわね」――ってええぇっ!?

 

「だってそうでしょ? どう見ても兄妹みたいじゃない。もしくは歳の離れた幼馴染」

「うっ……否定できない」

「シリカちゃんの場合は、ミスト君が尻込みしている風に見えるけど……」

 

 そう。あれで結構ミストさんは奥手と言うか……。

 

「言っちゃえばヘタレよね」

「リズ……」

 

 バッサリ切り捨てたリズさんには返す言葉もない。実際、その通りだからなんとも……。

 

「まあ、どっちが先かって言われたらシリカたちのほうが先にくっつきそうじゃないの? アスナ、ぼやぼやしてると置いてかれちゃうわよ?」

「置いてかれるってそんな……べ、別に競ってるわけじゃないってば!」

「ほっほーう?」

 

 リズさん、ほとんどからかってるなぁ。だって楽しそうだもん。

 けど、あたしもどうしよう。ミストさんに……や、やっぱり告白とか。

 

「……………」

 

 そう考えたら、この間の夢の事を思い出して顔が赤くなる。そうしたら夢の中でしたことも出来るようになるかな。

 

「シリカ、聞いてるの?」

「ひゃいっ!?」

「その反応は聞いていなかったわね……シリカの場合、もっとぐいぐい押さなきゃダメよ。ミストから何か聞いてないの? 好きなタイプとか」

「タイプ……ですか。料理が出来る子が良いみたいですけど」

「ふむふむ。テンプレだけど悪くはないわね。じゃあ手作りの料理とかご馳走してあげればいいんじゃない?」

「でも……あたし、あんまり料理スキル上げてませんし」

「なら私が教えてあげようか?」

「ほんとですか!?」

 

 願ってもない誘いに驚いてあたしはアスナさんを見た。むしろあたしの方から頼み込みたかったし。

 

「まあ、ほら。似たような人を好きになったから……ね? お互い応援を込めてと言うか、協力していこうと言うか……」

「あ……ありがとうございますっ! アスナさん!!」

 

 嬉しさのあまりあたしはアスナさんに抱きつく。

 いきなり抱きつかれたアスナさんは目を丸くし、困ったようにリズさんに目を向けると苦笑いされた。

 

 

 いっぽーそのころー。

 

「「ぼー……」」

『きゅー』

 

 特にやる事もない俺とキリト、そして俺の頭の上に乗ったピナは、何をするでもなく広場のベンチに座ってただボーっとしていたりするのは、まあ別の話。




 何気にSAOの戦闘描写は自分には微妙に難しいとボス戦で思い至りました。なんというか、言葉にし辛いけど合わないというのだろうか。それとも主人公の戦闘スタイルが単に自分の肌と合わないからか(えぇー
 さりげなく盾持ち片手剣の正統派スタイルは書くのが初めてと気づき、「盾邪魔だなぁ」と思いながらひぃひぃ泣きつつ書いてました。……正統派という割には変則だけど。(爆
 あと、シリカを目立たせたいなぁと思ってちょっと戦闘面で頑張ってもらったり。滑空はALOでのシリカ&ピナをヒントにしてます。滑空時間はほんの数秒ですが、おかげで大活躍できたかなと。
 そんなこんなで次回はシリカの新武器やらなにやらのイベントを消化しつつラスボスが顔見せ。そのまま正体看破……はせずにさぐりあい程度で、がんばってシリカとくっつける(爆
 ですけど前書きで書いた作品を先に投稿しようかと。色々やりたい放題やったが後悔はあまりしてない。

 それと最後に、こんな駄作でも読んでくれていた皆様、長らくお待たせしてほんっとすいませんでしたァァッ!


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第7話 黒幕登場

 書き出したら思いのほかすんなりと書けた。けど予定していたイベントを全て詰め込む事はできなかった……!

 と、言う事で7話が出来たので投稿します。黒幕、ってことはラスボスか!? って考えるかも知れませんが、なんてことはありません。団長が顔見せに来ただけです。
 全体を整理してみたら全15話で完結になりそうですね。13話で纏めたかったけど無理だったか……。
 あと今回はそーどあーと・おふらいんのネタを使ってるのでミストの知らない情報が出てきて不意打ち食らってます。


第7話 黒幕登場

 

前回のあらすじ:

 

レア金属ゲット!

 

 

「えーっと……ベッドはここに置いて、と」

 

 日当たりの良い場所にベッドをオブジェクト化させ、これで家具の配置は全部終わりと。

 

「ミストさん、そっちは終わりました?」

「今終わったところ。いやー……なんと言うか……」

「? なんです?」

「一国一城の主になったって感じ」

「………ぷっ」

 

 俺の感想にシリカは一瞬呆然として……何がおかしいのか突然噴出した。

 

「な、なんで笑うんだ?」

「だ…だって……ミストさんがお父さんみたいで」

「お…とぅ」

 

 よほどツボったのかシリカは笑いを堪えられていないが、俺は少なからずショックを受けていた。

 いや確かに、世の中のお父さんはマイホーム買った時にそんな事思うかもしれないけど……俺もそれと同類なのか!?

 

「そ、そう言うのは俺よりクラインやエギルの方が合ってるだろ!? 俺まだ学生なのに!」

「ご…ごめんなさ……ふふっ…!」

 

 謝ろうとしたシリカだったが、まだ引きずっているのか最後まで言葉に出来ていない。

 俺……老けて見えるんだろうか。アバター弄ろうかな。

 

「ち、ちがっ……! 別にミストさんが年寄りみたいとか、全っ然、そう言う事じゃなくてですね!」

「アスナから色々意見聞いてアバター弄ろうかなぁ……この際だから戦闘スタイルも一新して……」

「ち、違いますよミストさん! 話聞いてくださいよ~っ!」

 

 どんどんブルーに沈んでいく俺に、シリカは必死になって釈明する。

 この間、キリトたちと火山に潜むフィールドボスを討伐して発見した金属をシリカの武器に加工し、余った資金で俺はマイホームを購入した。

 場所は第59層主街区ダナクの端にある、レンガ造りの白い壁と赤い屋根の2階建て。

 やや外れの方にあるため中心部に比べて若干安く、すぐに購入を決めた。

 けど今までで1番高額な買い物だったな……何しろ家だから。しかも2階建ては1人暮らしには少々広すぎたかもしれなかったんだけど。

 

「……けどなあシリカ。良かったのか? ここに住むって」

「良いんですよ。最近はホームにも殆ど戻りませんでしたし」

 

 ……つまり、そう言う事だ。

 シリカも第5層にホームを持っていたが、俺とコンビを組んで以来ずっと戻っていなかったし、俺がここに拠点を置いて距離が空いたから、ならいっそ一緒に住むと。

 そのため実際の購入費用は俺7、シリカ3で、さらにお得になったんだが……。

 いや、別にシリカも負担しなくても俺だけで買えたからな? けど一緒に住むならこれくらい当然ですって頑として譲らなかったんだ。シリカの武器をオーダーメイドしてそこそこの額はしたが、要らないアイテムを売ったりそれまで大きな買い物はしていなかったから貯蓄には十分な余裕を持っていたし。

 まあ……少し負担してくれて俺としてはありがたかったけど。

 

「(けど女の子と同棲なんて……どうせいって――いかんいかん)」

 

 まだダメージが残っているのか、つまらない親父ギャグが出そうになった。これは重症だな……。

 

 ピンポーン。

 

 精神ダメージを寸前で回避した時、下からチャイムの音が聞こえてきた。

 

「キリトたちか?」

 

 ホームを購入した事は既にキリトたちに伝えてある。そしたらクラインが「じゃあホーム購入祝いってことでパーっとやるか!」なんて言っていたんだが、話じゃ夕方からじゃなかったっけ?

 アスナは今日は無理そうって言っていたから、違うと思うし……。

 首を傾げながら俺は1回に降り、そのまま玄関に向かう。

 

「はい。どちらさまで――」

 

 鍵を開けて扉を開けた瞬間、俺は思わず固まってしまった。

 血のように赤いジャケットに走る白いライン。長身で灰色の髪を後ろに撫でつけた厳格そうな顔立ち。……そしてその後ろで申し訳なさそうに小さくなっている見覚えのある某最強ギルドの副団長。

 

「失礼。ミスト君で良かったかな。血盟騎士団団長、ヒースクリフだ」

「え……あ、はい……」

 

 凍結した思考でどうにかそれだけを口にする。

 な……なんでヒースクリフが俺の家に? ラスボスがなんだってここへ?

 思考する事を拒絶した脳で必死に考えを巡らせる。おかしい、俺とヒースクリフは面識なんてなかったはず。アスナと言う接点があるが、それでもこうして出張ってくる意味が分からない。

 

「そう緊張しないでくれたまえ。今日は君のホーム購入のお祝いと、お詫びに来たのだよ」

「お……お祝い? お詫び?」

「ああ。先日はアスナ君が軍とひと悶着を起こそうとしたのを、君が止めてくれたそうだね。おかげで大した騒ぎにならなかった、礼を言わせてくれ」

 

 言いつつ頭を下げたヒースクリフ。その後ろではアスナが両手を合わせていた。

 ……つまり、部下の起こしたトラブルで迷惑をかけてしまったお詫び、と言う事か。ビックリした……。

 

「い、いや……別に謝らないでくれ。アスナも友達が心配で我を見失っていただけなんだし」

「そう言ってもらえると助かる。それと、アスナ君から君がホームを購入したと聞いてね。つまらない物だが、これはその祝いの品だ」

 

 頭を上げて言ったヒースクリフは、アイテムストレージからその祝いの品とやらを取り出した。……え。なにこれ。

 

「あの……これは?」

「蕎麦……のような物だ。引越し蕎麦という風習があるだろう?」

「いや……ええ」

 

 確かにそんな風習が日本にはあると聞くけど。けど、「蕎麦のような物」ってなんだ?

 

「見た目は蕎麦だが、めんつゆがないとやはりね……鰹出汁や昆布出汁もいい、合わせ出汁でも構わない。しかしっ……やはり醤油がなければそれは『蕎麦のような物』にしかならないんだよっ!」

 

 え。何これ。なんなのこれ。急に熱く語りだしたヒースクリフに俺も後ろのアスナも完全に面食らっている。

 

「この間はラーメンのようでラーメンでない微妙な料理を食べたが、あれはひどかった……もし、醤油があればと思わずには……くっ」

 

 拳を握り締めて歯を噛み締めるヒースクリフ。顔を背けた際に、一瞬きらりと光る雫が見えたのは気のせいだと思いたい。

 

「そう言う訳で、めんつゆがなければこの蕎麦も微妙な物にしかならないが……許してくれ、伝統と言う物は大事なのだと伝えたいのだよ」

「えっと……これはどうもご丁寧に」

 

 内心ヒースクリフのキャラに引きつつ、ザルにこんもりと盛られた蕎麦を受け取る。

 

「ミストさん、どうし……ってアスナさん!?」

「あ、シリカ。悪いけどこれキッチンに置いておいてくれ」

「え? はい……あの、なんですこれ?」

「詳しく話すとまたスイッチが入りそうだから後にしてくれ」

 

 またラーメンに並々ならないこだわりを持つヒースクリフが語りだすから。

 ……ちなみに俺は醤油より味噌ラーメンだ。けどうっかり口に出せばどうなるか分かったもんじゃないから黙っておこう。

 しかし……これがあのヒースクリフかよ。最強ギルドの団長にして攻略組最強プレイヤー、その真の姿はSAOと言うデスゲームを開発してプレイヤーを閉じ込めた張本人、茅場晶彦が。

 ……あれ? つまりヒースクリフ=茅場ってことは、茅場はラーメンが大す……いや考えるのはよそう。

 

「……失礼。少し熱くなり過ぎた様だ」

「「(まったくその通りだよ)」」

 

 熱弁した自分を省みて、ヒースクリフは恥じた様子は見せずに頭を下げる。

 奇しくも俺とアスナはまったく同じタイミングで同じことを思っていた。

 

「あ、あの……立ち話もなんだし、良かったら中にどうぞ」

「いや……。アスナ君、君は厄介になりたまえ。私は少々用がある。ミスト君、すまないが付き合ってくれるかな?」

「俺……?」

「ああ。少し話があるのだよ」

 

 っ……嫌な予感しかしないのは気のせいか。けどここで断っても変に思われるし……。

 ……まあ、アスナの知り合いと言う手前、妙な事は起こさないだろうと思いたい。

 

「……分かった。パートナーに伝えるので少し待ってくれ。アスナ、上がってけよ」

「う、うん……お邪魔します」

 

 来た時からずっと申し訳なさそうにしているアスナを中に通す。

 廊下を真っ直ぐ行くと2階へ、すぐ右手のドアを開けるとリビングとダイニングキッチンがあり、シリカはテーブルの上に置いたザル蕎麦をどうしようかと首を捻っていた。

 

「あ、ミストさん。アスナさんも」

「悪いシリカ。少し外に出てくるから、アスナにお茶出してやってくれないか?」

「構いませんけど……あの人、血盟騎士団団長のヒースクリフさんですよね? どうしてあの人がここに?」

「えっと……それは私から説明するね。ミスト君、気をつけてね」

「……ああ」

 

 何か良からぬ予感でも抱いているのか、アスナは心配そうに俺に声を掛けるとシリカの元へ。

 俺は小さく頷いて、玄関で待っているヒースクリフの元へ向かった。

 

 

 道中は一言も言葉を交わさず、たどり着いたのはちょうど石垣で仕切られたそこそこ広い草原。

 

「……人をここまで連れてきて、わざわざ何の用なんだ? 家主としては、客人をもてなす責任があるんだが」

「いや失礼。ただ、君と2人きりで話をしてみたくなってだね」

 

 ……胡散臭い。なんで接点の薄い俺にいきなり興味を抱くのかなんて、すぐに分かる。

 多分GMのヒースクリフからしてみれば、俺はイレギュラー。言ってしまえば1万飛んで1人目のプレイヤーみたいな物だ。しかも正規の方法ではない。

 結局俺がどうしてここに来てしまったのか、どうやれば帰れるのかなんて分からないから、ずっとプレイヤーとしてゲームに参加していた。

 ……こうして考えると逆に接触が遅いのかもな。あるいは急に知名度を上げてきた俺だから目をつけられたのか。

 

「アスナ君から時折話を聞いているよ。ボス攻略でも遠目だが君の活躍は見させてもらっていた。珍しい《盾剣技》を使う変則型の剣士とね」

「……前置きはいいから、要件だけ言ってもらえるか? 一応人を待たせているんだから」

「これは失礼。なら単刀直入に言わせて貰おう。――君に、少しばかり興味が沸いた」

 

 そう言ったヒースクリフは右手を振ってメニュー画面を呼び出し、そのまま操作すると俺の視界にウィンドウがポップした。

 

『デュエル申請を受諾しますか?

 

 対戦者 : ヒースクリフ

 

 対戦形式 : 1vs1』

 

「言葉より剣を交える方がよっぽど伝わると思うのだが……どうかね?」

「光栄だな。まさか攻略組最強の男に勝負を挑まれるなんて。負けたらギルドに入団しろとでも?」

「いやいや。これはあくまで非公式だよ。君を誘うならしかるべき時に、正式な場で勧誘させてもらおう」

「こんな雑魚に目を掛けてもらえるなんて、光栄ですねっと……」

 

 逃げるのは難しい。半分諦めて俺は受諾し、初撃決着モードを選ぶ。

 やるならせめて、度肝を抜かせてやりたいが……生憎と俺にはキリトほどスピードがあるわけでもない。おまけにこいつはシステムで保護されてイエローゾーンまでHPバーが減る事はない。

 スペックで無理なら、小技で度肝抜かせてやるか……!

 素早くメニューから装備画面に入り、装備を身に纏う。使う盾は斬撃に対応する「デモンズ・クロー」を。

 ヒースクリフも血のように赤いフルプレートアーマーを纏い、左腕にはその象徴とも呼べる十字型の盾を装備し、盾には細身の剣「リベレイター」がセットされている。

 残り10秒……全ての装備を終えて互いに剣を抜き、ゆっくりと回り込むように歩き出した。

 2…1…0!

 

「はぁっ!!」

 

 先手必勝でソードスキル【ソニック・リープ】を発動。ダッシュからの斬り下ろしをヒースクリフは盾であっさり受け止める。返しの一撃を俺も盾で受け止めた。

 一瞬の拮抗。だが俺は瞬時にヒースクリフを引き離し、距離を取って再び突撃する。

 盾を突き出せば受け流されるが、振り向きざまに剣を叩き込んで弾き、よろけた所へ強引に立て直して追撃。互いの剣と盾が何度も火花を散らせる。

 ソードスキルは迂闊に使えない。相手はこのゲームの生みの親。なら全てを知っていると考えるべきだ。

 キリトのように反応速度が高いわけじゃないが……この《盾剣技》を駆使してどうにかやってやる!

 時折ヒースクリフの反撃が入るが、手数はこっちが勝るため勢いでは押している。それでも繰り出す攻撃の全てはあの盾に阻まれる。

 初撃決着モードのデュエルでは最初の一撃を相手にヒットさせた方が勝者となる。だが当たらなかった場合は相手のHPを先に半減させた者が勝者となるモードだ。

 俺たちの初撃は互いにヒットしなかった。この場合は先に相手のHPを半減させることになる。

 

「くっ…そッ!」

 

 これだけラッシュをかけているのにヒースクリフに致命的な一撃を与えられない。

 焦るあまり攻撃が単調になった隙を突かれ、ヒースクリフが盾でボディブローを叩き込んでくる。

 

「ぐっ……!」

 

 衝撃に顔をゆがめた俺は容赦なく吹き飛ばされた。そこへ襲い掛かる容赦ない追撃――!

 

「くっ!」

 

 辛うじて盾を掲げて防ぐ。荒く息をつく俺とは対照的に、ヒースクリフは「ふむ…」と興味深そうに唸った。

 

「中々面白い戦い方をするな、君は。荒さも目立つが筋がいい」

「それは……どうも。褒められて光栄、だ!」

 

 隙を見て脚を狙ったローキック。ヒースクリフは後方へジャンプして距離を取って避けた隙に立ち上がる。

 結論。どうあっても勝てる気がしない。今はどうにか俺がやや押しているが、こんなのあっという間にひっくり返されるだろう。

 

「これほどの才能を持つ人間が埋もれていたとは驚きだよ」

「ふ……っ!」

 

 意味ありげに笑みを浮かべるヒースクリフを無視し、こっちから攻め込む。

 唐竹、袈裟斬り、薙ぎと斬撃だけでなく盾の殴打や蹴りも入り混ぜて攻めてもヒースクリフが応える様子はない。

 

「(本当、なんだよこのチート野郎め! お前のほうがチーターじゃないか!)」

 

 このままでは埒が明かない。こうなったら一か八かの賭けに出るしかない……!

 盾が青いライトエフェクトを放ち、左から打ち下ろすように叩き込む。当然ヒースクリフの盾がそれを防ぐが、これが狙いだ。

 垂直2連撃ソードスキル【バーチカル・アーク】。発動中に俺は右手の剣を構えて、赤いライトエフェクトの輝きを放っている。

 逆袈裟…と言うよりはアッパー気味なモーションでカチ上げ、強引にヒースクリフの盾を押し上げた。

 

「貰……ったァァッ!!!」

 

 すかさず剣で【ヴォーパル・ストライク】を放つ。こんな至近距離からこの技を放たれれば回避も防御も出来ない……っ!?

 必中を確信した渾身の一撃。しかし目の前でありえない現象が起きてそれを覆す。

 弾いたはずのヒースクリフの盾がありえない速度で引き戻されていき、剣先を受け流す。

 

「(やっぱり……無理か)」

 

 ぼんやりと、まるで他人事のように思う。

 せめて破壊不能オブジェクトでも引きずり出してやろうとも思っていたが、そう簡単に行く筈がなかった。

 受け流された俺はそのままヒースクリフの横を通り過ぎ、返しの一撃を食らって吹き飛ぶ。

 一気にHPが半分に減り、イエローゾーンに。その瞬間デュエルは決着した。

 草の上に倒れ伏したまま、この結果に驚きはしなかった。だがシステムのオーバーアシストだけは引きずり出せたんだし、一矢報いた方だろう。

 

「……いやはや、中々冷やりとさせられた。まさか別々の武器で連続でソードスキルを使えるとは」

「……一応奥の手なんだけどな」

 

 感心したように声を掛けるヒースクリフにむっつりと答えて起き上がる。

 元々同時に発動できていたならタイミングをずらして使うこともできるんじゃないかと言う発想で編み出したのが《剣技連携(スキルチェイン)》と呼ぶ技術だ。難点はやはりと言うか、盾の種類によって発動できるソードスキルに制限があること。けど発想を転換すれば、剣の方でいくらでも補えるわけで。

 

「なるほど、発想力が戦闘能力を補っていると言うわけだな。中々興味深い」

「あんたの《神聖剣》には劣るさ。想像以上に鉄壁なんだな。俺の不名誉なあだ名はあんたこそ相応しいじゃないか」

「「レッドクリフ」だったかね? いやいや、私はビームを出す事はできないよ」

「俺だって出来ないっての」

 

 そんな必殺技、ランドセル背負った小学生がリコーダー吹きつつ下校する片手間に戦車をひっくり返せるような物だ。つまり、ありえない。じゃああの軍師はどうやってあんなビームを出しているんだろう……。それ以前にヒースクリフも知ってたのかあれ。

 

「さて、手間を取らせてしまったな。ありがとうミスト君、君のことはよく分かったよ。君になら私も背中を預ける事ができそうだ」

「あんたの背後に回りこめる奴なんてそう居ないと思うけどな」

「いやいや、わからないさ。案外後ろからさっくり刺されて死ぬかもしれない」

 

 その破壊不能オブジェクト解除して言えよ、そんな台詞。

 嘆息した俺にヒースクリフがハイポーションを差し出してくる。

 

「受けてくれたお詫び……と言うほどではないが、使ってくれ」

「ありがたく」

 

 蓋を開けてくっと煽ると、、甘酸っぱい不思議な味がして半分だったHPが一気に全快する。

 

「さて、では私は失礼しよう。付き合わせて済まなかったね」

「アスナはいいのか? 今日は何か用事があったんじゃないか?」

「ああ。それに関しては問題ない。軍と問題を起こした事に関しての事情聴取と注意をしたのだが、もう終わったよ」

 

 ああ、それであんな小さくなっていたのか。

 普段のアスナからは想像もつかないほど暴走していたけど……多少お咎めがあったってていどなのかな。

 

「罰として明日からは迷宮区攻略の陣頭指揮をさせることになった。何しろ大した理由でもないのに攻略をサボっていたのでね」

「あー……」

 

 虫が嫌いだからあれこれ理由をつけて逃げていたのもバレバレだったわけですか。哀れ、せめてコックローチとかに遭遇しない事を祈るしか俺には出来ない。

 

 

 ヒースクリフとはその場で別れ、俺は1人帰路につく。

 面倒な奴に目をつけられたな……率直な感想はそれだった。

 そこまで派手に動いていないとは言え、茅場からすれば俺は立派な不確定要素。警戒するのも当然だろう。

 ……けれどゲームマスター権限で強制的にログアウトとか、そんなことも出来たんじゃないか?

 

「(いや、あれでフェアを通しているし、そんな真似はしないのか)」

 

 こっちが妙な行動を取らなければ強硬手段をとる事はないと思いたい。

 慎重になりすぎる必要はないけど、心に留めておこう。

 家が近づくにつれて、ふと「あ、なんて言おう」と今更気づいた。

 

「(デュエルしてたなんて正直に言えるわけないからなぁ……)」

 

 ……仕方ない。ここは責任取ってもらうぞ、ヒースクリフ。

 

「ただいま。はー…疲れた」

 

 玄関に上がると、すぐにいい匂いが奥の方から漂ってきた。

 キッチンの方かな? と予想をつけて覗くと、シリカとアスナが台所で料理をしているらしい。

 

「あ、お帰りなさいミストさん」

「お帰り……団長と何の話してたの?」

 

 俺が帰ってきたことに気づいたアスナが心配そうに聞いてくる。

 

「いや、「ラーメンで最強なのはなんだ」って熱く議論を……」

「団長……もっとお堅いイメージがあったのにラーメンにそんな拘りがあるなんて」

 

 ああ、やっぱりアスナも衝撃受けていたか。きっとヒースクリフがラーメン好きなんて、俺とアスナ以外知らないんだろうなぁ……。下手したら団員の士気にまで影響するんじゃないだろうか。

 

「ラーメン…ですか?」

 

 あ、しまった。シリカも知ってしまったじゃないか。まあ俺たちは血盟騎士団の人間じゃないし、言いふらすつもりもないから別にいいよな。

 

「味噌対醤油で一触即発になりそうで……」

「いや、そんなことでならないでよ! 血盟騎士団団長がラーメンで乱闘騒ぎなんて、他のギルドに大笑いされるよ!」

「???」

 

 唯一ヒースクリフの意外な一面を知らないシリカだけ、その場で首をかしげていた。

 本当は実際に戦っていたんだが……まあ、わざわざ話して心配させる必要もない。

 

「まあそんなことよりも、聞いたぞアスナ。ヒースクリフに大目玉食らったそうじゃないか」

「うっ……」

「何の話ですか?」

「この間アスナ大暴走してただろ? それでヒースクリフに説教食らって、明日から迷宮区攻略の陣頭指揮を執ることになったんだってさ」

「あー……そうだったんですか」

「同情が身に染みるよ……」

 

 苦笑いして同情するシリカにさめざめとアスナは涙を流す。けどこれって完全に自業自得だよな。

 

「キリトに付き合ってもらったらどうだ? 虫は平気みたいだし」

「……ミスト君たちは?」

「あたしは…虫はちょっと」

「コックローチの相手はごめんだ」

「コッ――」

 

 ボソッと呟く俺の一言にアスナは表情を引きつらせる。

 コックローチ――いわゆる人類共通の大敵G。断じて黒くて口から光線を吐く日本を代表する怪獣ではない。というか本当にそれなら勝てるわけがない。

 

「……今日、キリト君は来るんだよね」

「そうですよ。皆さん夕方になると思いますけど」

「……よしっ」

 

 何か決意して、ぐっと拳を握り締めるアスナ。俺たちにできるのはキリトが引き受けてくれるように祈るだけだ。

 けど俺たちは絶対参加しない。絶対に。虫だけはやっぱりダメなんだよ……。

 

 

「ようミスト! 来てやったぜ、ホーム購入おめでとう!」

「人違いです」

 

 バタン。バンダナを巻いた無精ひげ面の男が尋ねてきたように見えたが、恐らく気のせいだろう。

 

「ってうおぉい! 門前払いってどう言うこったー!?」

 

 突っ込みと共にドンドンと激しくノックされる。

 

「冗談だクライン。本気になるなよ」

「目がマジだったぞ、マジ」

 

 気のせいだろ、ととぼけて野武士面の男、クラインを家に通した。

 既にリビングにはエギル、リズ、キリトも来ており、アスナは必死にキリトを説得してコンビを組んでくれるよう頼んでいる真っ最中だったりする。

 

「おっそーい! 何してたのよ、クライン!」

「いやいやすまん! ちょっと祝いの品手に入れるのに時間かかってな」

「そんな気を使わなくてもいいのにさ、皆」

 

 いや、嬉しいけどさ。

 それぞれインテリアだったり食料だったりと様々だけど、やっぱりインパクト強かったのは……

 

「ん…? なんだよ、この山盛りの蕎麦は」

「ヒースクリフの引っ越し祝い」

「…………え?」

「ああ、やっぱり同じ反応したな」

「あたしたちも最初聞いたときは耳疑ったわよ。あの聖騎士ヒースクリフが引越し蕎麦って1週どころか3週くらい回っても分けわかんなかったわ」

「俺だってわかんないって」

「……ま、まあ人それぞれ、色々あるよな。ってことで俺の持ってきたものは……コレよっ!」

 

 威勢よく取り出すクライン。出したのはコルクの栓がされた瓶だった。

 

「酒かよ」

「へへっ。いい酒が手に入るって言うクエストがあったから祝いの品にはちょうどいいと思ってな」

「そうは言っても、あたしたち大半未成年なんだけど」

 

 だよな。

 リズの指摘するとおり、ここで成人しているのはエギルとクラインの2人だけだ。本物の酒じゃないといっても未成年が飲んでいいのか……? 酒飲んで状態異常に陥ることがあったっけ?

 

「まあまあ、堅いのは抜きにしようぜ」

「……まあ良いかな。俺は」

「え。ミストさんはお酒大丈夫なんですか?」

「いや、分からないけど。親戚とかが集まって無理やり飲まされた程度」

 

 確かお盆で集まった時だったっけなぁ……。叔父に日本酒勧められて飲んだら辛すぎて飲めた物じゃなかったっけ。

 

「バーのマスターとしては未成年に飲ませるのは感心しないんだがな」

「そうよそうよ。それにほら、ご馳走だってたくさんあるんだから。飲むなら大人の2人で飲んでなさいってば」

「そうですよ。ミストさんも飲んじゃダメです。お酒は二十歳になってからって法律で決まってるんですから」

「うぐっ……ごめんなさい」

「良かれと思って持ってきたのに……」

 

 シリカとリズに咎められて、俺とクラインは小さくなる。

 まあ……他に飲める奴がいないならまだしも、飲める大人が2人もいるんだし大丈夫……だよ、な。

 

「けど6本くらい調達したんだよな」

「おい……」

 

 いくらなんでも多すぎだろ、と思わず突っ込んだ。

 結局酒は飲みたい奴の自己責任と言う事で、パーティーと言う名のどんちゃん騒ぎが始まったんだが……。

 

「ズズ~ッ」

 

 黙々と蕎麦の山を崩しに掛かる俺。

 幸いと言うか、蕎麦が好きだったから食べる事に苦を感じない。さすがに7人と人数が多いためリビングとダイニングの2つに別れて料理や飲み物が置かれ、皆好き勝手飲んで食って騒いでいる。

 ああ、そう言えば皆集まるってことは今まで無かったからな。ちょっと新鮮だ。

 あと蕎麦を食べているんだけど、つゆが物足りなくて蕎麦のような物を食べているとしか思えなかったり。まだアスナ醤油を開発していなかったのか。

 

「……隣の芝生は青く見えるって言葉あるよな」

「言うなよ……」

 

 ボソッと、向かいにいるキリトが蕎麦を啜って呟いた事に俺は突っ込んだ。

 皆リビングの方に集中しており、ふと見ればなんだか楽しそうに見える。……なんだろう、胸にこみ上げてくるものが……。

 

「こらぁミスト~! 何黙々と蕎麦食べてるのよ~!」

「結局リズは酒に手を出したのかよっ!」

 

 若干頬が赤いリズに思わず突っ込む。その手にはしっかりグラスが握られていた。

 

「や~ねぇ、ちょっとだけよ、ちょっとだけ…ひっく」

「酒弱いんじゃないかお前……」

 

 酒臭いというわけではないが、アルコールに弱い体質なんだろうか。とりあえずリズからグラスを没収し、代わりに水を渡す。

 

「水でも飲んでちょっと落ち着けって」

「ん~……あ、キリトォ、楽しんでる~!?」

「リ、リズ? 酔ってるのか……?」

 

 ああ、制御不能のリズは止める手段が無い。

 次に目を付けられたキリトは酔っ払ったリズとエンカウントしてたじろいでいる。

 ……ちなみに皆の配置はと言うと、

 

 ダイニング:俺、キリト(あとリズ)

 

 リビング:クライン、エギル、アスナ、シリカ

 

 ちなみにダイニングには蕎麦しか置かれていない。ある意味忘れ去られているそれを俺たち有志が片付けに掛かっている。

 ……リビングにはアスナと作るのを手伝ったシリカの料理が並んでいるんだよなぁ。

 蕎麦の山ももうほぼ崩してあと少しだし、キリトに任せても良いかな……酔っ払いも一緒に。

 こっそりと抜け出そうとしたのだが、索敵スキルを鍛えているキリトがそれを見逃すはずも無かった。

 

「おっ、おいミスト! 置いてくなよ!」

「後は任せたキリト。リズの酔いが醒めるまで相手してくれ」

 

 酔っ払いに絡まれて助けを求めるキリトを、俺は無常に切り捨てた。

 すまないキリト……でも圏内だから死ぬような事はないし大丈夫さ。

 キリトに合掌して、ダイニングを出て行く。さて……あっちはどうなってるのか。

 

「おっ、お前も来たかミスト!」

「クライン……リズになに飲ませてるんだよ」

 

 絡み上戸になっていたぞ、とグラスを赤い液体で満たしているクラインに半眼で突っ込んだ。

 

「いや、女は度胸よって飲みだしてよ。すぐ酔いが回ったみたいなんだよ」

「なにやってんだよリズの奴……」

 

 勢いをつけて自滅したなら意味が……いや、キリトに絡んでるし計画通り……なのか?

 

「いいのかアスナ。キリトが危ないけど」

「分かってて見捨てたミスト君が言う?」

「絡み上戸の相手だけは絶対するなと祖母の遺言が……」

「思いっきりうそ臭いよ。もう……私別に2人の保護者じゃないのに」

 

 言いつつも救援に向かおうとするアスナ。やっぱり面倒見が良いじゃないか。

 

「アスナも苦労性だなぁ」

「ミストさんがけしかけたんじゃないですか。いいんですか?」

「大丈夫……じゃないか? それよりシリカは飲んでないよな?」

「あたしはアスナさんやエギルさんに止められたから、大丈夫ですよ」

「なら良かった」

 

 もしクラインが勧めていたら【ヴォーパル・ストライク】で突っ込んで行くところだった。

 

「お前はよぉ、ちょっと過保護すぎないか?」

「そうか?」

「自覚してなかったのか。いや、していたらそこまで過保護にならないよな」

 

 エギルまでそんな事言うのか……。俺は全然意識した事がなかったんだけど。

 

「シリカもそう思うか?」

「ええっ? えっと……なんと言うか、嬉しいですけどちょっと過保護じゃないかなぁ……とは、思いますけど。本当にちょっとだけですよ?」

「ぬぅ……」

 

 そうか……俺って過保護だったのか。でも線引きがよく分からないからどの程度が過保護なのか分からないんだよなぁ。

 

「じゃあ中層に行ったらシリカちゃんに見知らぬファンが集まってきた。お前はこの場合どう行動する?」

「即座に蹴散らす」

「そ れ だ」

 

 ズビシッと指差すエギル。え、これくらい当然じゃないか? 俺はシリカの相棒だし、いくらファンとは言え知らない奴が群がってきたら怖がるじゃないか。

 

「はぁ……ミスト、ちょっと座れ」

「? ああ……」

 

 蕎麦ばっかり食べていて別の物が食べたかったから、ちょうどカナッペがあったので摘んでいたら突然エギルに言われて正座(なんとなくそうしなきゃいけない雰囲気だった)する。

 

「お前がシリカを大事に思っているのは分かる。けどそう言う過激な行動に走るのが過保護だってことなんだよ。お前はシリカの保護者か?」

「えっと……一応年上の立場だし、そうしたほうが良いのかなとは思ってるけど」

「別にそれは構わないかもしれないけどよ、限度ってのがあるだろ。お前、シリカちゃんに彼氏が出来たなんて言われたらどうするんだ?」

「か、かれっ!?」

 

 クラインの例えに、シリカは何故だか過剰に反応して、俺は不思議そうにシリカを見やる。

 彼氏……彼氏か。でもシリカが好きになった相手だからなぁ。

 

「色々と思うことがあるけど、やっぱり知らない奴にシリカを持っていかれるのはなんか腹立つかなぁ」

「……もうお前がつ「やぁぁっ!」あぷろっ!?」

 

 クラインが何かを口走ろうとしたまさにそのタイミングで、俺の頭上を電光石火の如く飛んだシリカが手にした短剣で【ラピッド・エッジ】を繰り出し、見事クラインの胸部を強打。圏内だからダメージこそないけど思いっきり吹っ飛んでいった。

 

「あ、ああっ! すみませんクラインさんっ! 思わず手が滑っちゃいました!」

 

 なんでか顔を真っ赤にしたシリカは慌てて謝っている。あまりの速さに俺は状況がつかめずただ混乱していた。

 ただエギルだけは「自業自得だろ」とクラインを呆れて見ている。

 ちなみに……クラインを貫いた(厳密には本当に貫いていないが)のはシリカの新武器であるダガー「ブラッド・オン・ファイア」だ。その名の通りベースにしたのが赤い金属だったためそれ自体も真っ赤であり、柄や鍔などは黒くなっている。刀身は両刃で、中心に行くほど細く、先端に行くほど膨らむ形状をしており、見た目に反し耐久値は高く設定されている。

 

「えっと……生きてるよな?」

「理不尽だ……」

 

 いや、分からないけどクラインに原因があると思う。なんとなく。さめざめと涙を流すクラインに、俺はそう思った。

 

 

「じゃ…俺たちも帰るよ」

「ああ。……大丈夫なのか、リズは」

 

 キリトとアスナに肩を貸されて酔い潰れているリズを見て、俺は少し心配になる。

 3時間くらい騒いで、9時過ぎになるとお開きになり皆家路に着こうとしていた。

 

「大丈夫だよ。私たちで送っていくから」

「リズは今後酒飲ませたらダメだな、絶対」

「弱い上に暴走してましたからね……」

 

 ややげんなりした表情でシリカが呟く。

 俺たちに気づかれないようにこっそりと燃料補給したリズはさらに暴走。さながら暴走トラックと化した彼女を俺とキリト、アスナの3人がかりで抑え込み、怒ったアスナに説教されたリズは震え上がっていた。

 無論、全ての元凶であるクラインも折檻されたのは言うまでもない。

 

「つかクラインもエギルもまだ飲めるとか。さすがに大人はアルコールに強いよな」

「エギルさんは見た目からして強そうだったけどね」

「ああ。バーボンのロックを静かに傾けるとか、絵になりそうだよな」

 

 言ってイメージしてみると……ヤバイ、めちゃくちゃ絵になる。ハードボイルドって奴かな。黙っていれば、だけど。

 エギルとクラインは「これじゃあ飲み足りない」と言ってお暇するついでにハシゴしに行った。今頃がっぱがっぱと飲んで馬鹿笑いしているんじゃないだろうか。

 

「本人は江戸っ子だからなぁ」

「黒いスーツよりは法被か」

「法被って……ぶふっ」

 

 なんとなく言ってみると、想像したのかキリトは突然噴出す。俺も同じ物を想像しそうだからやめておこう。

 

「もう……ほら、そろそろ行くよキリト君。じゃあミスト君、シリカちゃん、またね。今日は本当に迷惑かけちゃってごめんね」

「そんな、あたしは気にしてませんよ。むしろ、お料理のお手伝い……と言うか、あたしが手伝う側でしたけど、とにかく助けてくれて助かりましたから」

「俺も別に気にしてないって。ヒースクリフとのあれは人類が決して相容れない問題の1つだからな……」

「いや、そんな大げさな……」

「きのことたけのこと言う前例があるだろう。ちなみに俺はたけのこな」

「……確かに相容れないみたいだね」

 

 なるほど。アスナはきのこ派なのか。たけのこ派の俺とは相容れない宿命らしい。

 ヒースクリフとの顛末を聞いていたキリトも、その例えに置き換えられれば納得といったように頷いている。

 

「あのヒースクリフがラーメン好きって言うのは、ちょっと意外と言うかシュールと言うか……」

「俺だってそう思ったさ……1番衝撃受けたのはアスナだったけど」

「だって……団長って結構堅物と言うか、攻略以外に関心事無いイメージがあったから」

 

 俺だってそんなイメージだったさ。読んでいる限りそんな描写見た記憶なんてなかったし。

 これをアスナが広めたら、さらなるペナルティが課せられるかもしれないから黙っておこう。キリトにはついうっかり洩らしてしまったが。

 

「と、とにかく! もう帰るよ! じゃあね2人とも!」

「わっ、待てよアスナ! じゃ、じゃあなミスト、シリカ!」

「おーう」

「おやすみなさーい」

 

 遠ざかっていく2人(+酔い潰れた1人)に手を振って見送ってから、俺たちも家の中に戻る。

 さて……まずは部屋片付けないとな。

 

「あいつらやりたい放題して行ったからなー……」

 

 主に酔っ払い×2が。せっかくの新居が早速散らかってしまった。

 さっさと片付けて……まあ10時までには済むだろ。

 

「さっさと片付けて休むとするか」

「そうですね。それに、2人で片付ければすぐに綺麗になりますよ」

 

 うん、確かに。

 1人だとこの散らかり具合で片付けるのには少し絶望するが、2人ならもっと早く終わるだろう。

 

「けどシリカは休んでもいいんだぞ? 料理だってたくさん作ってもらったし、疲れてないか?」

「大丈夫ですよ、このくらい。ミストさんに鍛えてもらいましたから」

 

 とは言えシリカはもう十分働いてもらったし……何とか言いくるめる方法が思い浮かばず、その間にシリカは行動を始める。

 

「まあ、シリカがやりたいならやってもらうかな」

 

 独りごちて、俺も片づけを始めた。

 あんなに大騒ぎした後だからか、人がいなくなると急に静かになって落ち着かないな。

 しかもシリカと2人きり。いや、ピナは既にソファの上で丸くなっているけど、そうでなくても2人で居る機会はこれまでも数多くあったし気にする必要は無いはずなんだけど。

 

「(クラインがあんなこと言ったからかな)」

 

 シリカに彼氏……まあ、好きな人が出来たら、か。

 実際、シリカは原作じゃキリトに憧れみたいな好意を持っていたけど……今も持ってるみたいだが尊敬とかその辺りみたいだし。

 と言うか、大分原作剥離しちゃっているんだよな。これまでの行動を振り返れば。大筋こそ間違っていないし、所々不明な箇所もあったけどキリトの交友関係とか、何よりシリカが攻略組に加わっているって言うのが最大の相違点か。

 まあ、あの場で怖くて蹲っているよりは全然良かったけど。目の前の事に必死すぎて全体のことなんか微塵たりとも考えてなかったな。

 

「(えーっと……確か、今が2024年の6月29日……いや、実質30日でいいか。ゲームのクリアが11月の初めだったはずだし……残り5ヶ月……ないし4ヶ月ちょっとで良いよな)」

 

 細かい日付までは忘れたが、大体こんな感じで大丈夫だろう。このまま順調に進めばヒースクリフが75層のボス攻略後に正体を明かし、キリトと戦って結果的にキリトの勝利となるはずだ。

 まあそれはまだ先のことだし、当面は目の前のことに集中して片付けていこうか。そう、シリカに好きな人が出来たら。

 いまいちしっくり来ない。こうなったら身近の知り合いでイメージしてみよう。

 

 まずは……そうだな、キリトから。

 

『ミストさん、あたしたちお付き合いする事になりました!』

『そう言う訳だからシリカの事は俺が守ってみせる。安心してくれミスト』

 

「お前アスナはどうしたんだよッ!」

「!?」

 

 パリーンッ、と思わず手に力を入れたら持っていた皿が割れてしまうほどの力を込めてイメージ上のキリトに吠えた。

 

「ど、どうしたんですか……?」

「い……いや、なんでもない」

 

 突然叫んだ俺におっかなびっくりしてシリカが尋ねてくる。

 もしそんな事態になれば俺とアスナで延々と殴り続けているだろう。……おい誰だ『負け組』とか言った奴出て来い!

 ええいっ、とにかくキリトはダメだ。そもそもアスナに妄想とは言え知られれば俺が怒られる。

 そうなると他……エギル……って結婚してるとか言っていたよな。そうなると……ヒースクリ……いやこれもありえないだろ。

 そうなると残るのは1人……クライン。

 

「(いや、そうなったら延々と【ソニック・リープ】を連打しているな)」

 

 むしろキリトから《二刀流》借りて【ジ・イクリプス】叩き込んでやる。ユニークスキルだから借りるとか無理だけど。

 

「(そもそも、なんで俺はこんなやきもきしているのだろうか?)」

 

 ふと自分の心境に気づき、これは妙だと首を傾げた。

 確かに俺はシリカのパートナーだけど、恋愛まで束縛する権利はないだろう。俺だって親とかにそんな事をされれば嫌だし怒る。

 だから、それは本当に何気なく口から出ていた。

 

「シリカって好きな人とかいたのか?」

「ひえっ!?」

 

 突然そんなことを聞かれてシリカは声が裏返り、ついでに洗っていた皿が手からすっぽ抜ける。俺はぎょっとしながらもとっさに落ちようとした皿を受け止めていた。

 

「ああっ、ごめんなさいっ!」

「いや、ごめん。何言ってるんだろうな、俺。クラインが変なこと言ったからそれが頭から離れなくて」

 

 危ない危ない……食器ブレイカーなんて俺だけで十分だ。

 謝るシリカにごまかすように笑い、積み重ねた残りの皿を隣に置く。ちらっと横顔を伺うと、頬が紅潮していて明らかにさっきの質問に困っているようだ。

 

「えっとだな、別に変な意味で言ったわけじゃなくて……そう、シリカが誰かを好きになっても俺は祝福するとかそんな事を……いや、ちょっと違うな。えーっと、えーっと」

 

 何とか俺の気持ちを言葉にしようと思うのだが、いい言葉が浮かばない。俺が伝えたいのはなんと言うかアレだよ、アレ。わかるだろ? アレってことだから。

 

「……ミストさん」

「えー……ん? なんだ?」

 

 ふと、シリカの様子がおかしい事に気づく。

 俺に体を向けているが視線は下を向いており、明らかにいつものシリカとは様子が違った。

 

「ミストさんはあたしが嫌いなんですか?」

「え? な、なんでだ?」

「――だったら! どうして気づいてくれないんですかっ! 鈍いにもほどがありますよ! 鈍感です、キリトさんより鈍すぎです!」

 

 え? えええ? なんで? なに? どうして俺シリカに怒られてるの?

 

「あ…あの、シリカ? 話が見えないんだけど」

「じゃあ、どうしてあたしが無理を言って強くしてもらったり、ここに住まわせてもらったと思いますか!?」

「それは……1人でレベリングは危険だし、俺たちコンビだから近くにいられるほうがいいんじゃ……」

「そうですけど……それもありますけどっ! もっと大事な事があるんですっ!」

 

 どちらかと言えば大人しい部類に入るシリカがかなり……いや、本気で怒っている様子に俺は面食らっていた。

 なんでここまでシリカが怒っているのか、さっぱり分からない。

 怒っているシリカに圧倒されて何も言えないでいると、シリカは密着するほど近づいてきて精一杯背伸びをして俺に目線を合わせようとする。

 

「好きな人の傍にいたい……力になりたいって思ったら、いけないんですか!?」

「…………………………え?」

 

 シリカが、俺を好き? え? それって……

 

「お兄ちゃんとかそういう意味じゃなくて、異性として、男性として好きって意味ですよ!」

 

 考えようとしていた事を真っ先に否定された。

 そ、そうだよな、うん。それ以外考えられな…………

 

「うぇぇぇぇぇいっ!?!?」

 

 全てを理解した瞬間、自分でもよく分からない奇声を大声で発してしまった。




 あそこまで鈍ければそりゃ怒る(確信

 と言う事で告白シーンで次回に続くと言うパターンになってしまいました。いや、詰め込んだらいったい何ページまで続くのか想像つかないし……。
 それでもって今回シリカの新武器がなんだか残念な形で初登場しました。実際に戦闘で使われるのは9話からですね。
 ヒースクリフのお約束ラーメンネタはここで出しました。ただ、ラーメンは醤油だけじゃないだろうと判断して麺類全般好きと設定して蕎麦も好きにしています。特典の話を知らないミストからすればヒースクリフのイメージを崩壊させるには十分です。
 次回はシリカから告白されたミストの出した答え……はたして2人はどうなるのか? クラインの人生相談が出てくるのか、出てこないのか(え


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第8話 繋がる心

 1週間で出来た。びっくりだ。
 さあ8話はミストとシリカの2人がついに……! やってしまったとも思うがもうやっちゃったんだから仕方ないですよね。
 今回ミストのキャラをぶっ壊して某絶園のテンパリストをイメージしながら書いて見ました。んでもって隠れヘタレ属性も追加されてどこぞのはがないかと。
 結局クラインの人生相談は出しませんでしたが、ちょっとだけ良い所を見せられるように頑張りました。キリトたちから散々な評価を受けているのは、クラインだから当然かと割り切ってください(えー


第8話 繋がる心

 

前回のあらすじ:

 

 シリカに告白された……だと……!?

 

 

 よくぞ集まってくれた勇者たちよ! ここに集いしは各々名を馳せた歴戦の勇士ばかり! そなたたちならば必ずや魔王を打ち倒し世界に光を取り戻す事だろう!

 

「いやなんだよその語り」

「すまん。寝不足で頭が回らないんだ」

 

 半眼で突っ込みを入れてきたキリトに素直に謝った。

 場所はエギルの店。大事な話があるからとクラインとキリトを呼び出し、さらにエギルも加えての4人がこの場に居る。

 

「寝不足って、俺たちが帰ってから何してたんだ?」

「いやその……話って言うのはその後に起きた事で。相談がしたいって言うか……」

「相談? まあ聞くだけなら聞くが」

「助かる。正直この手の話を誰にすればいいのかすぐに浮かばなくて……」

 

 俺が本気で困っているのがそれほど意外なのか、3人とも目を丸くしていた。

 

「一体どうしたんだ? 何か謎解きが必要なクエストでも受けてしまったとか?」

「そんなのだったらどれほど気が楽だった事か……。えっとー……あのですね、えー……」

「なげぇよっ!」

 

 いざ言葉にするとなるとかなり恥ずかしい。そんなだからうーうー唸っている俺にクラインが一括を入れて来て、俺はびくりと肩を震わせて、思い切って口にした。

 

「実は昨夜、シリカに「好きです」と告白を受けました……」

 

 うあー! うあああー! 言った、言ってしまった! 改めて口にするとものすごく恥ずかしい!

 だってしょうがないだろ!? 告白された事なんて初めてなんだから! もうどうすりゃいいのかわかんないんだよ! 自分のキャラを自分で崩壊させてるよちくしょう!

 

「「「………………」」」

 

 けど、俺が心の中で身悶えているのとは裏腹に、当の相談を受けた3人はぽかーんと口を半開きにしていた。……え。なにそのリアクション。俺的にはMMRの団員みたいなリアクションが来ると思っていたんだが。

 

「なんだ。そんなことか」

「え」

「ようやくかよ。もったいぶらせやがって」

「え」

「そうなのか。おめでとうミスト」

「ちょ…ちょっと待てー!」

 

 なんで皆そんなにあっさり塩味!? あとキリト、まだ受けただけで交際には至ってないんだよ!

 

「なんでお前らそんなに冷静なんだよ!」

「なんでってそりゃぁ、知ってたからに決まってるだろ」

「な、なんだってー!?」

 

 知ってたの皆!? 初耳なんですけどっ!

 

「と言うかあんなイチャイチャしていながら付き合ってないって言うのが、俺は逆に不思議でならなかったな。シリカのファンもお前がいるから殆ど諦めていったのに」

「……マジで?」

「って言うか一見して分かるだろうがよ。シリカちゃん、明らかにお前さんに好意持ってたのによ。な、キリ公」

「え……いや、うん……そ、そうだな。うん」

 

 いきなり話を振られてキリトは若干テンパった反応をしたが、一応同調した。

 「こいつ、絶対気づいてなかったな」とキリトを除いた面子が思ったのは言うまでもない。いや、当の本人も気づいていなかったんだが。

 

「そもそも恋愛ごとなら女子に相談するほうが良かったんじゃないか?」

「いや……あの2人(アスナとリズ)に相談すると怖い結果になりそうで」

 

 色々と根掘り葉掘り聞き出して、辱められる結末しか浮かんでこない。

 

「そ、それに男の意見を聞きたいんだよ。ここにいるのは人生経験ほう……ふ……」

 

 いや……待て。この面子は……。

 

 キリト:人付き合いが苦手。

 クライン:彼女居ない。

 エギル:唯一の既婚者。

 

「……あれ。人選ミス?」

「うっせー!」

 

 ボソッと呟いた言葉にクラインが涙目で反論した。

 

「助けてほしいってメッセージが届いたから攻略投げ出して駆けつけてみたら、恋愛相談を受ける羽目になったこっちの身にもなりやがれ! つかうらやましいんだよチクショウ! 俺だって……俺だってなぁ! うぐっ、えぐっ……」

「いい歳した男が本気で泣くなよ……」

 

 エギルがマジ泣きしているクラインに呆れている。おかしい、俺が相談者のはずなのに立場が入れ替わってる。

 そっとしておこう……いや、何かしらいい意見をもらえるかもしれないし、ここはどうにか宥めないと。

 

「あれだって、クラインにもきっといい人が見つかるって……なあ、キリト」

「そ、そうだよな。SAOの中だと女性プレイヤーの数が少ないけど、現実の世界ならクラインを好きになる人が見つかるって。うん、きっとそうだ!」

 

 俺の意図を察したキリトが相槌を打ち、2人でどうにかご機嫌を取ろうと試みる。

 だがしかし、それで納得すれば世界のモテない男は納得しない。なぜかと言うと目の前に実例がいるからだ。

 

「そんなテンプレフォロー腐るほど聞いたわ! なんでだ、なんでお前たちはモテて俺だけがモテない! 子供より大人の魅力溢れるのに!」

「無精ヒゲ生やした野武士面が大人の魅力なのか……?」

「ああ、そうだよな。やっぱり第1印象って見た目だし、清潔感がある方が印象良いよな」

「それでもって、大人の魅力って言うとやっぱり多少の事でも動じない余裕を持つこととか?」

「器の広さか……うん、なるほど。……ってことは」

 

 とりあえず大人の魅力とやらで浮かぶ物を手当たり次第に言っていくと、身近に該当者が1人居た。

 俺もキリトと同じ結論に至り、揃ってその主に目を向ける。

 

「……おい、なんで俺を見るんだ?」

「いや……」

「やっぱりエギルは大人の魅力があるよなぁと」

「ぐっはぁッッッ!」

 

 あ、クライン見事に撃沈した。

 

 

「くっ……お前ら揃いも揃って、人の心を完膚なきまでにハートブレイクしやがって」

「そもそも今回の相談者はクラインじゃなくてミストだろう。アドバイスは納得するほど的確だったが」

「ちょっとはフォローしてくれよエギル!?」

「まあまあ、クラインの話はまた今度にして、今回はミストの相談を真面目に答えないか?」

 

 うん、そうだ。出来ればそうしてくれ。俺本気で困ってるんだから。

 

「んなこと言ったってよ、あとはミストの気持ち次第じゃねえか」

「まあ確かにな。シリカはミストのことが好き。だったら後はミストがどう思っているかだ」

「お、俺次第?」

「おう、そうだ。実際ミストはシリカちゃんの事をどういう風に思ってるんだ? もちろん異性として。はっきり言ってみろよ」

「いや…そ、それはその……」

 

 さっきの仕返しも兼ねているのか、実に楽しそうに悪い笑みを浮かべてクラインが問い詰める。

 なんて言い返そう……意味もなく呻いていると、したり顔でクラインは逃げ道を塞ぎに来る。

 

「ちゃんと本心で答えろよ。お前は誰とも仲良くしているが、その実本心の本心を晒すってことをあまりしてなかったように見えるんだよな、俺は。意識してるかしてないかは分からんがよ」

「そんな事していたつもりなんて無かったんだけど……周りからしてみればそう見えたのか」

 

 確かに重要な事――俺の事とか、他にもこの世界の事とか――は迂闊に話せないと思って誰にも話していなかった。

 それが結果的に本心を隠す事になって、皆によく思われていなかったのかな。

 

「ああけど、勘違いするなよ? 本心を見せないから悪人だとか言ってるつもりはねぇんだ。誰だって言えないことがあるしよ。けど今回は、お前の本心を知らなきゃどうにもできねぇだろ」

「クライン……」

 

 クラインにしては珍しく良いことを言って、俺は多分初めてこいつに尊敬の念を抱いた気がした。

 そうだよ、普段女好きでお笑い担当だけど、義理堅いのがクラインだったよな。その一面をもうちょっと押し出せば女性も寄って来ると思うのに。

 

「今回は珍しくクラインの言うとおりだな。結局お前がシリカを本当にどう思っているのか……それで決まるんじゃないのか?」

「珍しく、はよけーだ!」

 

 エギルにクラインが突っ込みを入れるのを見ながら、俺は考えた。

 俺が、シリカのことをどう思っているのか……。

 そんなの……そんなの………………。

 

「……………」

 

 もう、隠し通す事なんてできない。3人に顔を見られたくなかった俺は両手で顔を覆って俯いた。

 

「ミスト?」

「……あーもー……嬉しくないわけねーじゃねぇか!」

「え」

「シリカみたいに可愛い子に好きだって言われたら嬉しいに決まってるだろ! 付き合えたらなーとか考えたことだってあるさ! でも兄ポジションでも満足出来てたから別に良かったんだよ!」

「ちょ、おい! いきなりどうした!?」

「うっさい天然女たらし!」

「たらっ!?」

 

 抑え込めない感情が激流となって言葉になる。自分でも何を言っているのかもうわけが分からなくなって、キリトたちを唖然とさせていた。

 

「告白されて驚いたけど内心にやけるのが止まらなかったわ! ああ、そうさ! そうだよ! 俺だってシリカの事が大好きだ! 年齢差がなんだ! 文句あるかゴルァーッ!」

「おい落ち着け! お前キャラぶっ壊れてるぞ!」

「ぶっ壊したのはどこぞのクラインさんですかねぇ!?!?」

「ひとまず落ち着け、ミスト。クラインは煮るなり焼くなり好きにしていいが、後にしろ」

「俺を生贄にするなよなぁ!?」

 

 ついには暴れだそうとする俺をエギルがどうにか宥め、俺も少し落ち着きを取り戻す。

 言った……言ってしまった……めっさ恥ずかしい。穴掘って埋まりたい。誰かスコップ貸してくれ。

 思い返してもやっぱりどうしても恥ずかしさしか出てこず、俺は身悶えていた。

 

「けど、お互い好きだって分かったならどうしてその場でOKしなかったんだ?」

「だ……だって……」

 

 ごもっともなキリトの疑問に思わず唸る。

 確かに、実は両想いでしたって分かったならそのときに告白受ければよかったはず……はず、なんだが。

 

「シリカ怒っていたし、突然告白されてテンパッてたし……」

「あー、なるほどなぁ。そりゃ確かに言えないか」

「あと……」

「あと?」

「なんて返事返せばいいか分からないんだよ! 告白された事なんて人生で初だし、勝手が分からないんだよ俺!」

 

 それが最大の理由。

 告白されるなんて初めての経験にどうしていいか分からず、おまけにすっとぼけを演じていた結果があの醜態。どんな顔してシリカに会えばいいのかわからない……。

 

「もうだめだ……シリカに嫌われた……今ならさ○かの気持ちもよく分かる」

「さ○かって誰だよ!?」

「浮き沈み激しいな、おい!」

「俺って、ほんとバカ」

「落ち着けぇぇ!?」

 

 

 結局「素直に謝罪して、気持ちを伝える」と言うありふれた結論に至ってしまい、解決したのかしていないのかよく分からないまま追い出され、現在はシリカの部屋の前。位置情報は追い出された時に確認済みだ。

 ……けどいざ前にすると頭の中が真っ白になって、逃げ出したくなる。なんてヘタレだ俺は。

 

「(大丈夫だ……落ち着け)」

 

 何度も自分に言い聞かせ、意を決して扉を叩いた。

 

「シリカ。少しいいか?」

 

 返事は無い。直接顔を合わせて言いたかったが仕方ないと諦めて、俺はこのまま言葉を口にした。

 

「昨日はごめん……俺の鈍感のせいでシリカを怒らせて。――でも、なんとなくだったけどシリカが俺に好意を持ってくれてるって気づいていたんだ。それは嬉しかったんだけど、思い違いだったらバカみたいと思ってて……今のポジションでも十分満足していた。けどそれが、却ってシリカを傷つけることになってしまってたんだよな。本当にごめん、謝って済む問題じゃないと思うけど」

 

 何をどう言葉にすればいいのか、そんな事分からない。

 けど一々考えて口にするよりただ浮かんだ事を言葉にすればとも考えるが、どうしても途中途中でどもってしまう。

 

「前にも言ったけど、俺って彼女もいないし告白とかも当然された事はなかったから、シリカに好きだって言われた時は嬉しかったし、けど驚きすぎてテンパッてしまって……それで、その……あのだな……」

 

 いざ、俺の気持ちを口にしようとしても、どうしても恥ずかしくて言い出せなくなってしまう。ただ一言を口にすればいいだけなのに、今はその言葉を引っ張り出すのがどんなボスよりも強敵に思えた。

 手遅れだったらどうしよう……そんなネガティブな事ばかりが頭にちらつく。

 けどそれは自業自得だ。俺の振る舞いのせいでシリカに呆れられたなら、それでもうすっぱり……いいや、諦めきれない。

 明確に自覚したとたんにシリカと離れたくないという思いが強くなる。これまでも、これからもシリカと一緒にいたい……俺は……俺は……!!

 

「……俺はシリカの事が好きだ! まだ間に合うのなら、俺と付き合ってくれ! お願いします!」

 

 言……った。ついに言ってしまった……。

 生まれて初めて告白したから顔から火が出そうなぐらい熱い。他の誰かに見られたら、隠居してしまうくらいに。

 そもそも告白した所でシリカがまだ振り向いてくれるのか? あんなに怒らせてしまったのに……。

 暫くし待っても反応が無いため、やっぱりダメだったか……と諦めモードでその場を後にしようとしたが、ふと鍵の開く音が聞こえ、扉が僅かに開く。見れば隙間からピナが覗き込んでいた。

 

「ピナ?」

『きゅるるっ』

 

 どうやら掛かっていた鍵を勝手に開けて出てきたらしい。けどピナが居ると言う事は、シリカも部屋に居るという事だ。

 

「シリカ……」

 

 ピナを抱えて、半開きの扉を開ける。

 やっぱりシリカは部屋に居た。と言うより扉の前に居た。

 背を向けていてどんな表情をしているのかは分からないが、俺は踏み出そうとした足を止める。

 

「……シリカ、俺……」

「もう1度……」

「え?」

「……もう1度、聞かせてください。さっきの言葉」

 

 さっきの言葉というのは、俺の告白の事だろう。

 恥ずかしいとも思うが、けれどもシリカときちんと向き合わなければならない。はっきりと俺の気持ちを伝えるためにも。

 

「……俺はシリカが好きだ」

 

 一切偽らずに気持ちを口にする。最初に比べて2度目はもっと自然に口に出す事ができた。

 今更何を言ってるんだとか、そんな事考えてるんだろうな……。

 

「……ずるいですよ。あたしの気持ち気づいていたのに、惚けてたなんて」

「本当にごめん。嬉しかったけど……怖かったんだ。女の子に好意を抱かれるなんて初めてだったから、どうすればいいのかわからなくて」

 

 気づいていない振りをして目を背けた結果、シリカを傷つけてしまった。

 酷いことをして今更虫が良い話かもしれない。ぶん殴られるのも覚悟している。

 

「……初めて出会った時のこと、覚えてます?」

「え? ああ、35層の迷いの森だな」

 

 突然訊かれて少し戸惑いもあったが、すぐに答えることが出来た。

 突然このデスゲームに放り出され、たまたまその場に居たキリトの後をくっついていたら、モンスターに殺されそうになっていたシリカと出くわしたんだっけ。

 あれが4ヶ月前になるのか……ずっと昔の事みたいに懐かしく感じる。

 

「街に戻った後、ミストさん言いましたよね。「ちやほやされていい気になってた報いを受けたんだ」って」

「あー……確かにそんな風に言ったっけ」

 

 考えてみれば大事な友達が死んだ直後にあんな言葉は酷すぎたかもしれないと、今更になって反省する。しかも年下の子供相手にそんなこと言えば、確かにキリトに咎められる。

 

「でもその後に言ってくれた言葉で、あたし思ったんです。全部あたしを思って言ってくれた事なんだって。最初はちょっと冷たい人なのかなとか思ってたんですけど、実際はそんな人じゃなかった。むしろピナに噛まれたら大慌てしちゃうような面白い人でしたよね」

「ぬぐっ……い、いや、あの時は俺とピナは互いに探りあい状態だったから」

 

 復活してからしばらくの間、ピナは頻繁に突いてきたり噛み付いてきたりと俺に対して警戒心を抱き続けていたよな、確かに。

 現在はすっかり打ち解けて、飼い主ではない俺に対してもこうして抱きかかえられても抵抗しなくなったし。

 慌てて弁解する俺に、シリカは微かに肩を震わせた。多分まだ仲が悪かったころを思い出して笑っているのだろう。

 

「たったの4ヶ月……でも、この4ヶ月で随分遠くまで来た気がします。攻略組なんて、あのころのあたしには想像もしてませんでした。全部……全部、ミストさんが傍にいてくれたからですよ」

「そう……かな」

「そうですよ。でなかったら、あたしは今ここに居ません。今も中層に留まってました」

 

 確かにシリカは原作では攻略組に居ない。あの後もずっと中層のプレイヤーのままだったはずだ。

 けど俺やキリトと出会って、何かが変わった。いや……変わったんじゃない。傍にいたいと思って一歩を踏み出したんだ。

 

「……ミストさん、わざと惚ける真似はもうやめてくださいね?」

「えっと……努力する。もしそんな素振り見たら、遠慮なく突っ込みいれてくれあだっ」

『きゅっ!』

 

 言った傍からピナに顎を突かれた。「言われるまでもなくやってやる!」と言っているのだろうか。突然突かれて思わずピナを放してしまった。

 

「あたしがしなくてもピナがしてくれるみたいですね」

「ピナの突っ込みは手厳しいからな……今まで散々食らってきた俺が保障する」

「ふふっ……そうですね」

 

 肩を微かに震わせ、笑いながら同意するシリカに俺も釣られて笑みを浮かべた。

 ようやく振り返ったシリカは怒っている様子もなく、穏やかな笑みを俺に向けてくる。

 

「結構な回り道しちゃいましたね」

「その原因はほぼ全部俺なんだよな。ごめん」

「もういいですよ、たくさん謝ってもらえましたから。それで、ですね」

 

 言って、何か躊躇うようにモジモジするシリカに首を傾げた。

 

「その……あたしたち、お付き合いして、いいんですよね」

「えっと……ああ。シリカさえ良ければ」

「あ、あたしは構いませんよっ! 今は凄く嬉しいです! そ……それで、その……お願い、聞いてもらえませんか」

「俺が出来る事だったらいいけど……え。シ、シリカ!?」

 

 快諾した直後に取ったシリカの行動に俺は戸惑う。

 目を閉じて顔を上げ、何かを待っているように見えるこれは……ま、まさかアレか? アレなのか!?

 い、いや……確かに恋人同士ならそういうことをしても当然なんだろう。けど、けどだからっていざ俺にお鉢が回ってくるとなると恥ずかしいというか、でもシリカにこんな事をさせたなら彼氏としてしっかり責任を取らなければというかああもう自分でも何を言ってるんだ俺は! おまわりさんこっちでーすっ! いや自分で自分を捕まえさせてどうする!

 

「(ええい、ヘタレ過ぎるだろう俺!)」

 

 頭を左右に振ってヘタレを追い出す。

 ガチガチに緊張するのを自覚しながらも、俺はシリカの小さな肩に手を置き、そっと顔を近づけて――

 

「ん……」

「っ……」

 

 時間にしてみれば5秒にも満たないような口付けを交わした。そしてゆっくり顔を離すと、自然と目が合う。

 

「……ごめん。今の俺にはこれが精一杯だ」

「い、いえ……あたしもこれ以上はちょっと……」

 

 どうやらお互いにかなり恥ずかしいようで、見るまでもなく顔が真っ赤になっている。

 これは……あれだな、彼氏としてヘタレな性格はどうにかして改善していかないといけない。でないとシリカに呆れられる。

 

「その……不束者ですけど、改めてこれからもよろしくお願いします、ミストさん」

「い、いや。こっちこそ……それと、さ」

「? はい?」

「ミストじゃなくて……霞だ。白峰霞。俺のリアルネーム」

「霞……さん。あたしは、あたしのリアルネームは綾野珪子です」

「珪子……な、なんだかいざ女の子の名前を呼び捨てで言うと恥ずかしいな」

「そうですね。あたしもなんだかくすぐったいって言うか……」

 

 結局お互いのリアルネームを明かしたものの、本名だし2人きりの時だけで呼び合おう、という取り決めになった。

 今日、この日から俺たちは改めて恋人として付き合うことになる。どうすればいいのかなんてお互い知らない事だらけだが、どうにかやって行けるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――だが、この時俺は大きな間違いを犯してしまった。

 

 こんなにも苦しい思いをするならば、俺はシリカと付き合うべきではなかったのだと――――

 

 ――――この時はまだ、微塵にも考えていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 8話をお送りしました。さりげなくミストのリアルネーム出したり、実ははがない主人公タイプだったり……え? そんなことより最後のあれは何なのかって? それは今後の展開に関わるので。
 ただ言えるのは、そろそろ日常テイストは終わりで次回からはシリアステイストを押し出していきますと言う事です。
 あと、完全に話変わりますけどそろそろタグに何か追加したほうがいいですかね? 何を追加すればいいかまったく分からないですけど。


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第9話 最奥に潜む者

 今回からは終盤戦に入りキリト君が活躍。コメディは程々にバトルを多めになってます。
 だいぶ時間が跳んでいますが……その間に何が起きたのかは、隠れヘタレなミスト君から察してやってください(えー
 ちなみに今回、原作よりもちょっとボスを強化してます。どのあたりが強化されたのかはミスト君が実証してくれます。背後攻撃が常に有効とは限らないというお手本に。今回ロクな目にあっていないような気がする……気のせいか。


第9話 最奥に潜む者

 

前回のあらすじ:

 

 俺たち、付き合うことになりました。

 

 

 2024年 10月18日 第74層カームデット。

 

「知り合いに合流するために最前線に来たら、なんかそわそわ落ち着かなさそうにしている怪しい集団を見かけたんだが」

「それって俺たちのことかよ!?」

 

 お前ら以外誰がいる。見ろ、他のプレイヤー引いてるぞ。

 

「待ち合わせ相手じゃなかったら、例え知り合いでも見なかったことにしていた所だぞクライン」

「そう言うなよ……全員今日と言う日がどれだけ嬉しい事かっ……。まさか、女の子と一緒にパーティーが組めるなんてよぉ」

「ほ・ほーう。その彼氏の前で良くぞそんな台詞が言えたなオイ」

 

 無表情のまま、クラインの腹を何度も盾の先で突く。圏内だから当然ダメージは無いが、静かな威圧は十分伝わっているらしい。

 

「じょじょじょ冗談だ冗談! ちょっと浮ついていただけだ。さあお前ら気合入れ直せ!」

「「「「「おーう!」」」」」

「……邪念が混じっているような気がしなくもないが、まあいいだろう」

 

 女日照りしているこいつら風林火山には仕方ないか……と半分納得、半分同情の意味を込めて俺は嘆息する。

 そもそも何故、風林火山の連中と待ち合わせていたのかというと、この頃2人で最前線に挑み続けるのはいささか厳しくなってきたと感じていて、クラインたちと組んで挑もうと言う話になったのだ。

 

「えっと、今日は皆さん、よろしくお願いします」

「はあ~……ひとまずよろしく頼む。あと、シリカに妙な事をしてみろ。俺が目を離していても最終防衛ラインのピナが容赦なく攻撃するからな」

『きゅいーっ!』

「へっ。隠れヘタレもちったぁマシになったみたいだな」

「誰が隠れヘタレだ誰が!」

「今更隠す事はないだろぉ? もうお前の知り合いには知れ渡ってるっつの」

「だ、誰が広めた……!」

「リズベット」

 

 あいつかァーッ! 人が真面目に相談したのをからかうネタにしやがって!

 バ、バカにするなよ……あれから俺だって少しは成長したんだ。具体的にはキスだってあれから何度か(片手で数えられる程度だけど)したし、同じベッドで寝たり(何もしてないからな!)、膝の上に座らせた(冗談で言ってみたんだけど)ことだってあるぞ! 参ったか!

 

「いや、適任っちゃ適任かもしれないけどよ、相手が悪かっただろ」

「仕方ないだろ……女友達って言えば2人しかいないんだから」

 

 その女友達の片割れは忙しかった時期だから、必然的に危険度の高い方へ相談するしかなかったわけで。とは言え迂闊だったか……!

 

「リズめ……今度とっちめてやらねばなるまい……!」

「基本的にお前とリズベットは相性悪いと思うがなぁ。手を上げれば「ミストに傷物にされたー!」ってアスナさんに言って、【フラッシング・ペネトレイター】で突撃してくるとか」

 

 ぐっ……その可能性もありえるから手を出しづらい。屈服するしかないのかよ……。

 

「こうなったら出てきた敵を片っ端から残らず殲滅撃滅撲滅してやる!」

「意気込むのはいいけど役割分担忘れるなよな。お前が最前衛で、シリカちゃんは側面からヒットアンドアウェイでHPの少ない敵のトドメを頼むわ」

「はいっ、がんばります!」

「まあ……何はともあれ、足手まといになるような真似はしないさ」

 

 気を取り直して、真面目な態度で応じる。ここから先はふざけている余地なんてないだろう。

 ある意味ここが正念場……今までで一番辛い戦いになるかもしれない。

 

 

「オオォッラァッ!!」

 

 左腕の盾で3度殴りつけ、ガードを固めさせたところへ剣による水平4連撃ソードスキル【ホリゾンタル・スクエア】を繰り出す。

 対峙する敵は《デモニッシュ・サーバント》と呼ばれる骸骨型モンスターだ。高い筋力値が特徴で、片手剣とバックラーで武装している。

 残ったHPを削り取るため、槍を持ったカゲマツとシリカがトドメを刺す。

 

「(やっぱり役割分担できる人間が増えると安定するなぁ)」

 

 いつもは俺が最前衛でシリカがアシストのスタイルを取っていたが、こうやって人が増えるだけでも負担が随分減って安定してくると実感できる。

 

「さすが風林火山だな。皆良く鍛えられてる」

「そういうお前こそ、シリカちゃんと2人でここまでやって来ただけはあるじゃねえか」

「限界を感じてはいたけどな」

 

 この層に着てから、モンスターのAIに変化が起きている。本当にごく小さな変化だが、それに不意を衝かれたことがあった。

 だから2人で挑むのは限界と感じ、クラインの手を借りようという話になったのだ。シリカもそれには異論がなく、段取りはあっさり纏まった。

 

「この層は人型が主みたいだな。ソードスキルも撃ってくるし、油断は出来ない」

 

 種類こそ少ないが武装しているとなれば厄介の度合いはだいぶ違ってくる。自分たちも使える技を、敵も使えるならそれだけでも十分手強くなる。やっぱり2人で来なくて正解だった。

 

「まだボスは発見されてないんですよね?」

「ああ。出てくる敵も厄介だし、なにより停滞気味だからな、前線の空気も」

 

 俺はまだ半年だが、2年もここに閉じ込められていた人々はある意味諦めてこの世界に馴染んできている。そんな空気もあってか、この頃躍起になって攻略しようとしている人間も減りつつあるように見えた。

 ……かく言う俺もその1人だった。当初は悲観して一刻も早く抜け出したいと思っていたが……最近はそう思うことも少なくなりつつある。

 自分なりに原因を考えてみたが……ネットの世界なのにリア充ライフ満喫してればそりゃこっちのほうが良いよな。

 けど原作知識も薄れつつあって、ここでのイベントはうっすらと記憶しているけど、どんなボスが出てきたのかまでは思い出せない。こんな事なら忘れないように資料でも作成しておくんだった……。

 

「あと26層だが……数字で言えばすぐだが、実際には先が長すぎるからなぁ……」

「みんなの気持ち、あたしも分からなくもないです。いつクリアできるかなんて分からないなら、いっその事ずっとこの世界に……って」

「おっ…おいおいシリカちゃん……」

「でもやっぱり、あたしは帰りたい。向こうでミストさんと会いたいですから」

「……………」

 

 心配から一転、明らかに嫉妬を込めてクライン以下、風林火山のメンバーの視線が俺に注がれる。

 ここで何か言えば弄られるのは確実だから、絶対に、口が裂けても何も言わない。ただシリカの言葉には「そうだな」と心の中で同意する。

 

「爆発しやがれリア充……」

 

 すれ違った瞬間、ボソッと囁いたクライン。……かつてリア充たちに吐いたセリフが自分に向けられるとは思わなかった……。思ったより精神的ダメージ大きいんだな。

 

「ミストさん? どうかしました?」

「え…い、いや。なんでもない」

 

 放心していたらシリカに声を掛けられ、ふと我に返る。

 慌てて答え、先を行くクラインたちの後を追いかけた。

 

 

「おっ、キリトじゃねーか!」

「クライン。それにシリカにミストも?」

 

 迷宮区に入ってから随分な時間が経ち、疲労感も漂いだしていた頃になって入った安全エリアには既に先客が2人も居た。

 

「キリトさん、アスナさんも。お久しぶりですね」

「うん、久しぶりだねシリカちゃん」

「珍しい組み合わせだな……2人とも《風林火山》に入ったのか?」

「俺だけならまだしも、シリカもここに入れるのは不安を覚えるっての」

「ど、どういう意味だよミスト!?」

「特にギルマスが女なら誰でもいいような人間だからなぁ~……」

 

 動揺するクラインに疑いの目を向ける。きっとNPCにも声を掛けていた事があるに違いない。クラインならありえる。

 

「えっとですね、ここを2人で攻略するのは危ないだろうって、ミストさんがクラインさんたちに声を掛けてくれたんです」

「そっか。確かに2人で挑むよりずっと安全だもんね。以前なら血盟騎士団も歓迎したけど……」

 

 そう言って表情に影が差すアスナ。

 どの道、俺が断っていたところだ。団長的には監視の目が届きやすいのが丸分かりだし。

 

「アスナ、きのことたけのこ、そして味噌と醤油は相容れない存在なんだ」

「……ぷふっ」

「それまだ引っ張るのかよ……」

「相容れないって言う割には、2人は仲いいじゃないですか」

 

 至極真剣にアスナへ言うと、突然小さく噴出して笑うアスナ。この意味を知っているキリトとシリカがそれぞれに突っ込みを入れる。

 

「? きのこだとか醤油だとか、何の話だよ」

「前にちょっとあってな。それ以来この件では対立が続いてるんだ」

「聞くと実際にはどうってこと無いんですけど……」

「深く聞いたら消される可能性があるな」

「大した事無いのか重要なのかどっちだよ!?」

 

 ……どっちだろう? 血盟騎士団の団長が実は麺食いで、副団長はきのこの山派って言う、対外的には恥ずかしいから公にしたくない秘密は。

 

『きゅ?』

 

 機密の度合いに首を傾げていたその時、不意にピナが俺たちが来た方へ目を向けた。

 一瞬遅れて俺たちも近づいてくる複数の人影に気づく。

 

「あれは……軍の奴らか?」

 

 見覚えのあるプレイヤーの格好を見てキリトが呟いた。

 確かにあの装備は見覚えがある。けど……

 

「随分疲労してるみたいだな……」

 

 リーダーらしき赤い肩掛けを身に着けた男の後に続く連中は、顔の上半分を覆う兜を被って入るが明らかに疲労の色が濃く見える。

 確かにここまで来る道のりは長かったし、モンスターとの戦闘もあって疲労は俺たちもあるが、さすがにあそこまで疲れ果ててはいない。

 安全エリアまで来た所で、リーダーの「休め」という一言で全員がその場に座り込んだ。男は部下たちを置いて、真っ直ぐに俺たちの元まで歩いてくる。

 

「私はアインクラッド解放軍のコーバッツ中佐だ」

「……キリト。ソロだ」

「君らはもうこの先を攻略しているのか?」

「ああ。ボス部屋の前まではマッピングしてある」

「ふむ。ではそのマッピングデータを提供してもらいたい」

 

 コーバッツと名乗った男の言葉に俺たちは耳を疑った。

 いきなりやって来た挙句、マップデータを渡せだと? ふざけるのも大概にしろっての。

 当然納得するはずもなく、クラインが食って掛かる。

 

「タダで提供しろだと!? テメエ、マッピングする苦労が分かって言ってんのか!」

「我々は一般プレイヤーに情報や資源を平等に分配し秩序を維持すると共に! 一刻も早くこの世界から、プレイヤー全員を解放するために戦っているのだ! 故に! 諸君が我々に協力するのは当然の義務である!」

「平等に分配……? 秩序を維持? 寝言は寝て言えよ」

 

 ご大層な発言に思わず口に出してしまった。

 

「なんだ、貴様は」

「俺はミスト。キリトと同じくソロだ」

「我々の行動方針に何か文句があるのかね?」

「文句がない奴なんて居ないと思うけどな? 狩場を独占し、恐喝まがいの徴税なんてしている組織が秩序を維持するだって? 頭沸いてるのかよ」

「な、なんだと……っ!」

「おまけに女性プレイヤーへのセクハラ行為もしていたよな。これのどこが秩序を維持するのか、生憎と俺は物分りが悪いんで教えてもらえないですかねえ?」

 

 小馬鹿にするように鼻で笑いながら言うと、案の定コーバッツは怒りに顔を歪めている。

 

「プレイヤー全員の解放のために戦っている、って言ったよな、お前。ならなんでずっと前線に来なかった? 言ってる事と矛盾してる事に気づいてないのかよ?」

「そ、それは組織強化と下層の治安維持に時間が……」

「時間が掛かって最前線に出れなくなった? 確かに、25層のボス攻略では壊滅的被害がでたみたいだからな。けどな、今更最前線に戻ってきたところで手遅れだって気づいてるだろ? どう見ても足手まといだ」

「わ……我々を侮辱するのか!」

 

 激昂したコーバッツの剣が突きつけられる。だが俺は微塵も動揺していない。こんな事をしたのは図星を突かれて焦っているからだ。

 

「そこの連中を見ていれば分かるさ。ここに来るまででそのザマなら、ボスに挑んでも勝てるわけがない」

「キ…サマァッ!!!」

 

 ついに限界を超えたコーバッツが剣を振り上げ、そのまま振り下ろす。即座に反応して盾で防ごうとした直前、間に割って入ったキリトがコーバッツの剣を自分の剣で受け止めた。

 

「落ち着け、2人とも。ミストも……いくらなんでもあの言い方をすれば、誰だって怒るだろ」

「……悪い。ちょっと頭に血が上った」

 

 前にリズを探してアスナとシリカと1層へ降りた時に、軍の連中に絡まれたことを自分自身でも気づかない内に根に持っていたらしい。

 口で言うのは簡単だが、こいつらは口だけだ。どっかで拗れたんだっていうのは分かっているが……自分たちが正しいと思っているその態度に腹が立ってしまった。

 

「マップデータは渡す。アンタもそれでいいだろう」

「おいキリトよ! そりゃ人が良すぎるだろ!」

「どうせ街に戻ったら公開するつもりだったんだ。マップデータで儲けるつもりはない」

 

 クラインに言いつつ、キリトはメニューを開いてコーバッツにデータを渡してしまった。

 元々そのつもりだったのかもしれないが、俺のせいで引き下がったように思えてしまい申し訳なくなってしまう。

 

「悪いなキリト……俺のせいで」

「別に気にしてないさ。クラインに言ったとおり、マップデータはあとで公開するつもりだったんだから。それと、ボスにちょっかい出すならやめておいた方がいいぜ」

「……それは私が判断する」

 

 データを受け取ったコーバッツはそのまま背を向け、部下たちの所へ戻ろうとする。

 その背中に向けてキリトは忠告をしたが、返って来た返答にまたも耳を疑った。

 

「さっきボスの部屋を覗いて来たけど、生半可な人数で敵う相手じゃない! 初めて見る悪魔型のモンスターだった! データもないのにそんな消耗した状態で挑むなんて無茶だ!」

「私の部下たちはこの程度で根を上げるような軟弱者ではないッ!」

 

 あのキリトが本気で言っているというのにコーバッツは耳を貸そうともせず、部下たちを立ち上がらせてダンジョンの奥へと進んでいった。

 

「……今回のボス、かなりやばいのか?」

「ああ……武装は両手剣だけだったけど、特殊攻撃もあると思う」

「攻撃力も防御力も、かなり高そうだったから……情報を集めてしっかり対策を立てた方がいいと思う」

 

 それが攻略組最強の2人の意見だ。

 いやそもそも、それがセオリーだろう。初見のボスに何の準備もせずに挑むなんて無謀でしかない。

 それを聞いたクラインが、不安そうに呟いた。

 

「……大丈夫なのかよ、あの連中」

「ぶっつけ本番でボスに挑んだりは……」

「しそう……ですよね。リーダーの人、頭に血が上っていたみたいですし」

「――っとに、世話の焼ける連中だよな」

 

 呆れて嘆息し、俺は皆を見た。

 どうするのか……なんて、既に決まっている。

 

「どっちがお人好しなんだか」

「ここにいる全員、だろ?」

 

 あんなことになりはしたが、それでもできれば無茶な真似はしないでほしい。

 キリトが呆れるのに俺はニッと笑い、皆も頷いてコーバッツたちの後を追いかけた。

 

 

 コーバッツの後を道中出現したモンスターを倒しながら追いかけていく。

 今の所、軍の連中に追いついた様子は見えない。俺にタゲを取った《リザードマンロード》を、背後からクラインが斬り付けて倒したところで、楽観的に口を開いた。

 

「この先はもう、ボスの部屋だけなんだろう? ひょっとしてもうアイテムで帰っちまったんじゃね?」

「だといいんだけどな……念のためボス部屋の前まで進んで――」

 

 出来ればそうあってほしいと言う願いは、しかし遠くから響いた悲鳴によって打ち砕かれた。

 

「アスナッ!」

「うん!」

 

 悲鳴に即座に反応したキリトがアスナに声を掛け、2人はすぐに全力で走り出す。

 

「シリカッ、お前も先に行け!」

「はいッ!」

 

 この中では最も敏捷値が高いシリカに向けて言うと、すぐに頷いてピナと共にキリトたちの後を追いかけた。

 出来れば後を追いかけたいが……タイミング悪くモンスターがリポップし、俺たちは《デモニッシュ・サーバント》と《リザードマンロード》の計4体に囲まれてしまう。

 

「俺が原因で焚きつけてしまったのかもしれないが、だからってバカな真似しやがって……!」

「話は後だ! さっさとこいつら片付けるぞ!」

 

 刀を構えたクラインとコンビを組み、《リザードマンロード》に挑む。

 薙いだ曲刀を盾で受け、カウンターで【ホリゾンタル】を放ち防御ごと吹き飛ばす。すかさずクラインが3連撃ソードスキル【緋桜】で追い討ちを掛けてトドメを刺した。

 この場を他の連中に任せ、クラインと共に先を行ったキリトたちの後を追う。

 だがたどり着いた先に広がっていた光景は……悪夢だった。

 

「おい、どうなってるんだ!?」

「ここでは転移結晶が使えない……俺たちが切り込めば退路を切り拓けるかもしれないが……!」

 

 目の前に広がるのは一方的な蹂躙。

 羊のような頭に、尾は蛇。手には両手剣を持っているが、よほど筋力値が高いのか軽々と片手で振り回している青い巨体。

 名前は《グリーム・アイズ》。キリトの言ったとおり初めて見る悪魔型のモンスター。

 もはや軍の連中はボロボロで、その上会った時よりも2人少ない。結晶無効化エリアで転移結晶が使えないなら、つまり……死んだのか。

 

「ミストさん……!」

「ッ……」

 

 シリカが手を引いて俺を見上げる。

 助けに行きたいのは俺だって同じだ。けど迂闊に飛び込めば俺たちも……どうすればいいんだよっ!

 

「全員! 突撃ー!」

「!? やめろ!」

 

 コーバッツの命令に全員が《グリーム・アイズ》に真正面から突撃する。

 違う、まずは体勢を立て直して、攻撃のリスクを分散させるために囲んで攻撃するんだ。全員で突撃したらスイッチも出来ないじゃないか!

 キリトが思わず止めようとしたが、もう遅い。

 《グリーム・アイズ》が口から紫色のブレスを吐き出して怯ませ、ソードスキルで吹き飛ばす。

 散り散りになったになったところへ、《グリーム・アイズ》は振り返りながら無造作に剣を逆袈裟に振り上げた。

 ――コーバッツの体が宙を舞い、俺たちの所へ落ちてくる。耐久値が0になった兜が砕けてポリゴンの欠片となり、その素顔が露になった。

 

「あ……ありえない」

 

 それは、何に対しての言葉だったのか分からない。

 けれど涙を流しながら呟いたその言葉を最後に、コーバッツはこの世界から文字通り『消滅』した。

 

「……………」

 

 俺の……せい、なのか。

 俺があんな言葉を言わなければ、あるいはコーバッツたちはボスの部屋まで来る事はなかったのか。

 どう……だったっけ。原作だと実際にはどんな流れだったんだっけ。

 分からない……分からない、分からない分からない分からない分からない分からない!

 

「――――ろ」

 

 頭の中がぐちゃぐちゃになる。そんな中、悲鳴が聞こえて顔を上げると、生き残ったプレイヤーに《グリーム・アイズ》が真っ直ぐ剣を振り上げるのが目に入った。

 

「――やめろォォッ!!!」

 

 頭の中で何かが弾け飛び、俺は叫びながら剣を抜き、踏み込むと同時に【ヴォーパル・ストライク】を発動して《グリーム・アイズ》の背中に剣を突き立てる。

 少なくとも貫通力にかけては自信があるその一撃を、《グリーム・アイズ》は微塵にも答えた様子を見せずに振り向いた。

 

「…………!」

 

 その目に射抜かれて脊髄に氷柱が突っ込まれたような錯覚を覚えた。

 まずいと本能が警鐘を鳴らすが、まだ硬直が解けていない。

 《グリーム・アイズ》の両手剣がオレンジの光を放ち、技を放とうとした直前、

 

「ダメーッ!」

 

 横からシリカが俺に体当たりをかけて諸共吹っ飛び、さらに跳んだアスナが落下しながら【リニアー】を連発して《グリーム・アイズ》の顔を刺し貫く。

 

「大丈夫ですか!?」

「シリカ……! 危ない!」

 

 俺に覆いかぶさる格好で尋ねるシリカに何か言おうとするが、《グリーム・アイズ》のパンチを受けて吹き飛ぶアスナが視界に飛び込んだ。

 《グリーム・アイズ》が倒れて動けないアスナに剣を振り下ろした瞬間、「エリュシデータ」を逆手に持ち替えたキリトがギリギリで軌道をズラし、アスナを守る。

 

「下がれ! ミスト、行くぞ!」

「っ…ああ! クラインたちは動けない奴らを運んでくれ! シリカ、アスナ!」

「はいっ!」

「うんっ!」

 

 さっきは理性が吹き飛んだが、シリカが庇ってくれたおかげで頭が冷えた。

 立ち上がり、体勢を建て直したアスナと合流して、俺たちは《グリーム・アイズ》に挑む。

 クラインたちがけが人を運び出す時間を稼ぐだけでいい……けど、たった4人でそれが出来るのか!?

 

「ぐぅっ!!」

 

 盾で剣を受け止めるが、その圧倒的な力に俺は奥歯をかみ締めて耐える。

 俺が攻撃を受けている間にキリトが、アスナが、シリカが《グリーム・アイズ》にダメージを与えるが、ようやくHPバーが3本目まで減った程度だ。

 

「何なんですかこのフロアボスは!?」

 

 その異常なまでの耐久力に圧倒的な攻撃力を前にシリカが叫ぶ。

 

「この巨体の割りに…ッ! 動きも機敏か――っ!?」

 

 背後に回りこんだ瞬間、尻尾の蛇が牙を剥いて襲い掛かり、それに反応できなかった俺は直撃を貰って吹き飛んでしまった。

 

「がっ……!」

「ミストさん! きゃッ!!」

「シリカッ!」

 

 壁際まで吹き飛んだ俺を見てシリカは目を見開き、しかし《グリーム・アイズ》の発動した範囲攻撃ソードスキル【ブラスト】に間一髪で気づいて間合いを取ろうとするが、2撃目の衝撃波に煽られて吹き飛ばされた。

 

「ぐ……っ」

 

 すぐにシリカを助けに行きたい……が、あの蛇の攻撃は毒の状態異常を持っていたらしく、アイコンと共にHPが徐々に減っていく。

 早く解毒を……いや、ここだと解毒結晶も使えないのか。一度部屋から出ないと……!

 どうにか体を起こそうとするが、思うように体が動かない。クリーンヒットが思った以上に響いているか……!

 

「アスナ! クライン! 頼む! 10秒だけ持ちこたえてくれ!」

「わ、分かった!」

「ミスト君はシリカちゃんを連れて一度外に出て!」

 

 どうにか立ち上がったその時、辛うじて《グリーム・アイズ》の剣を受け流したキリトの頼みに2人は答え、下がったキリトに代わって前に出る。

 俺はアスナに言われたとおりシリカを担ぎ、その足でボス部屋から抜け出した。

 

「シリカ、大丈夫か!?」

「あたしより……ミストさんが……」

「俺より自分の心配をしろ…! 解毒!」

 

 ポーチから出した緑色のクリスタルを掲げて唱えると、クリスタルが砕けて緑の光が俺に降り注いだ。

 HPバーの下にあった毒のアイコンが消え、続けてシリカにハイポーションを飲ませてやる。

 その頃には戦闘はもう決着が迫っており、アスナとスイッチしたキリトが前に出て、背中に出現した新たな片手剣を左手で抜き放った。

 リズが鍛え上げた最高傑作、「ダークリパルサー」を。

 「ダークリパルサー」で繰り出した一撃が《グリーム・アイズ》に直撃し、衝撃で大きく仰け反る。

 普通両手にそれぞれ異なる武器を装備した場合は、イレギュラー扱いでソードスキルが使えない。

 そう、普通ならば。だが俺が覚えていたここでのシーンは、その常識を覆す。

 持ち直した《グリーム・アイズ》が両手剣を振り下ろすが、キリトは2本の剣を頭上で交差させて受け止め、そのまま弾き返した。

 

「【スターバースト…ストリーム】!!!」

 

 手にした2本の剣が光り輝き、無数の剣戟を《グリーム・アイズ》の体に叩き込む。

 

「……凄い」

 

 その圧倒的な光景を目撃し、シリカは目を見開いて呟いた。

 攻撃の合間に反撃を受けても、キリトは攻撃の手を緩めない。それどころかますます速度を上げて行き、ライトエフェクトが星屑のように煌いて飛び散り、白光が空間を染めていく。

 その連撃回数は脅威の16回。最後の一撃が《グリーム・アイズ》の胸を貫き、一瞬の静寂の後に《グリーム・アイズ》がポリゴンとなって砕け散る。

 

 Congratulations!!

 

 フロアボスの討伐に成功したことを讃える文字が空中に踊り――直後にキリトはその場に倒れた。

 

 

 クラインや軍の連中が集まり、その中心でアスナが意識を失ったキリトの名を呼び続けている。

 すぐに意識を取り戻したキリトは、泣きながら心配していたアスナに抱きしめられると冗談交じりに「あんまり締め付けると、俺のHPが無くなるぞ」と言っていた。

 ボスも倒したし、めでたしめでたし……と言う訳には、やはり行かないだろう。

 

「コーバッツと、あと2人死んだ」

「……ボス攻略で犠牲者がでたのは、67層以来だな」

「こんなのが攻略って言えるかよ……コーバッツのバカヤロウが……。死んじまっちゃなんにもならねぇだろうが……!」

 

 そう言って、クラインは唇を噛み締める。

 確かにコーバッツは愚考を犯した。勝てないならすぐに撤退すればよかったのに、意固地になって挑んだ結果死んでしまった。

 

「……責任は俺にもあるのかもしれないな」

 

 あの時俺がコーバッツと口論にならなければ、あるいはまだ冷静な判断が出来ていたのかもしれない。

 沈痛な面持ちで目を伏せる俺に、シリカは何も言わずに手を握ってくる。

 

「いや……君のせいじゃない。俺たちは上の命令で最前線に来たんだ。「可能ならばボスを討伐しろ」なんて無茶な命令を受けて」

「命令? 誰がそんな……」

 

 そんな俺に軍のプレイヤーの1人が声を掛けてくれた。

 驚いて顔を上げる俺に、彼は目を反らしてその名を口にする。

 

「……キバオウだ」

「キバオウ……?」

「知ってるのか、キリト」

「ああ……少しだけな」

 

 俺もキバオウと言う名は聞き覚えがある。どういった人物かまでは覚えていないが。

 

「君の言うとおり、軍……正確にはキバオウのグループは狩場の独占や恐喝が横行していた。だが、ゲーム攻略をないがしろにするキバオウを批判する声が大きくなって、あいつは俺たちを最前線に送り出したんだ」

「体裁のために……その結果がこれかよ」

「ああ……君たちが助けてくれなかったら、俺たちは全滅していた……」

 

 そう言って深く頭を下げられたが、俺は内心憤っていた。

 つまりキバオウが無茶なオーダーをしなければ、ここにいない3人は生きていたし、こんな無茶な形でボス攻略をする事もなかったんじゃないか。

 

「浮かばれないだろう……コーバッツたちも」

「そうだな……今回の件でよく分かった。キバオウのやり方は間違っていると。どこまで出来るかわからないが、俺たちは軍を本来あるべき形に戻せるよう動いてみる。死んだ仲間のためにも」

「ああ……頑張ってくれ。影ながら応援している」

 

 俺の言葉に残った軍の全員が頷いた。

 これで、少しは変わればいいんだが……そんな事を考えていると、話題を変えるようにクラインがこの場にいる全員が気になっていたことをキリトに問いただした。

 

「そりゃそうとキリト! おめぇなんだよさっきのは!?」

「……言わなきゃ、ダメか?」

「ったりめぇだ! 見た事ねぇぞあんなの!」

 

 確かにあの光景を見て、知りたくないという奴はこの場に居ないだろう。

 圧倒的だったフロアボスを破った圧倒的な力。隠し通す事は出来ない。

 観念したようにため息を吐き、キリトは全て話す事にした。

 

「……エクストラスキルだよ。《二刀流》」

「しゅ、出現条件は!?」

「分かってるよ、もう公開してる」

 

 そう言われてクラインはスキルリストを確認するが、いくら探しても記載されていない。

 つまりそれは、キリト専用のエクストラスキル……ユニークスキルと言う事だ。

 

「水臭ぇじゃねーか。そんなスゲー裏技黙ってるなんてよ」

「半年くらい前、スキルウィンドウ見たら《二刀流》の名前があったんだ。でも、こんなスキル持ってるなんて知られたら……」

「羨望と嫉妬が向けられるだろうな。俺もよく分かる」

 

 《盾剣技》の情報が公開されたとき、最初に発見されたプレイヤーとして奇異や羨望、嫉妬の目が注がれてなんとも居心地が悪かった事を思い出してそれに同調した。

 

「俺は人間が出来ているからともかく、妬みとか色々あるだろうなぁ」

「人間が出来てる……ねぇ」

「……なんだよ、その目は」

 

 べっつにー、と文句ありげなクラインから顔を背ける。一応人間は出来てるだろう。女性が絡まなければ、がつくけど。

 

「まあともかく……苦労も修行の内と思って、頑張りたまえ若者よ」

「――勝手なことを……」

 

 意味ありげにキリトを、そしてまだ抱きついたままのアスナを見て意味ありげに言ったクラインへ、キリトは僅かに顔を背けて呟いた。

 

「功労者をそんなに苛めるなよ、クライン。キリト、転移門のアクティベートはどうする?」

「皆に任せるよ。見ての通りへとへとだ」

「そうか。気をつけて帰れよ。クライン、行こうぜ」

「お? おお、そうだな」

 

 クラインに声を掛けて、俺はシリカと共に次の層へ続く門を開けに行く。

 

「凄かったですよね、キリトさん」

「ああ。実際目にすると圧巻だった」

 

 上層に向かう途中、シリカの言葉に俺は同意する。

 読んでいた時に印象に残っていただけに、実際目にすると言葉では語りつくせない。あんなに苦戦していたボスを実質キリト1人で圧倒していたのだから。

 

「しかしまあ、アスナも大胆なこって」

「もう、からかっちゃ悪いですよ。あたしだってミストさんがやられた時、すっごく怖かったんですから」

「いや、それ言ったら俺だってシリカが吹っ飛ばされた時頭の中真っ白になったんだからな? 俺のほうが怖かったって」

「いーえ! あたしのほうがもっと怖かったです!」

「いやいや、俺の方が――」

 

 もっと心配していた事を口にしようとしたら、誰かに肩を叩かれる。

 ……恐る恐る振り返ると、クラインがわなわな震えて俺を睨んでいた。

 

「ク…クライン?」

「爆 発 し や が れ リ ア 充」

 

 ごめんなさい、無意識にバカップルの会話をしていたみたいです。

 

 

 翌日の事。

 ホームで新聞を読みながら朝食を食べていた俺は、大々的に新聞の見出しに書かれている記事を読んで思わず噴出した。

 

「? どうしたんですか?」

「くっくく……いや、凄いわこれ。『軍の大部隊を全滅させた青い悪魔。それを単独撃破した二刀流使いの50連撃!』だってさ。ぷっくく……」

「あ、あれぇ……? 事実と大きく異なってるような……」

 

 どこをどうやったらここまで大げさに出来るのか、壮大なまでにスケールアップした内容にシリカは若干引きつった笑みを浮かべている。

 今頃キリトの家には人が大勢押しかけていることだろう。慌てふためいてる顔が目に浮かぶ。

 

「ついでに『血盟騎士団副団長と逢瀬が!』って垂れ込みしてやるか?」

「ミストさん……」

「冗談だって、冗談。そんなことしたらあの2人に殺される」

「実際そうなっても文句言えませんよ……ねえピナ?」

『きゅー』

 

 シリカに言われ、同意するように頷くピナ。もっとも、俺が言わなくても近いうちに周知の事実になるはずだが。

 さて……明日の勝負はどうなる事やら。いや、結果は分かってるけど。




 次回はキリトVSヒースクリフのデュエルがありますが、それと同時にもう1個重大イベントを行います。
 と言うか、ここから先の中心人物はミストとヒースクリフの2人に。結末は前々から考えていた通りに運びますが、どう足掻いてもハッピーエンドにはならないのでご了承ください。
 ちなみに友人に明かしたら、「どんだけ主人公不幸にさせたいんだよ」との事でした。


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第10話 突きつけられる結末

 ついにここまで来た……この小説で1番書きたかった話がついにやって来てテンションアップ、ノンストップで書き上げました(後半何度か書き直したけど)。
 今回の見所は、要約するとこうです。

ミスト「俺は人間をやめるぞ! キリトーーッ!」

キリト「ブフォッ!?」

※厳密には違います。


第10話 突きつけられる結末

 

 

 74層のボス攻略から2日が経ち、75層の主街区「コリニア」は異様な熱気に包まれていた。

 正確に言えば、転移門の前にあるコロシアムの入り口前に多くの人が集まっている。

 露店のような物が入り口の近くに設置されており、看板には「生ける伝説ヒースクリフ VS 二刀流の悪魔キリト」と書かれていた。

 

「『二刀流の悪魔』、か。完璧悪者の名前だな」

「うっさいな……他人が勝手につけたんだよ」

 

 通路のベンチに座っていたキリトが不服そうな表情を浮かべている。

 何故こうなったかと言えば、キリトがアスナを引き抜こうとしていると言う話がヒースクリフの耳に入り、デュエルに勝てば認めようという話になったそうだ。

 負ければ逆に、キリトが血盟騎士団に入る。そこで一部の人間がお祭り騒ぎにして、こんな事になったと言う訳だ。

 

「実際問題、どうなんだよ。あのヒースクリフに勝つ見込みあるのか?」

「さあな。けど、簡単に負けるつもりはないさ」

 

 それ敗北フラグな。あえて言葉にせず、俺は「そうか」と頷いた。

 どうするかなぁ……結局どう足掻いてもヒースクリフには勝てないんだし、アドバイスした所で意味ないと思うが。

 いや、できれば負けて欲しい。個人的に。

 

「そう言えばミストさん……ここに来る前に、露店の前で何かしていましたよね?」

「露店で? 確かタイゼンさんがチケットとオッズを……まさかミスト君、賭けたの!?」

「お、おいおい……勘弁してくれよ。ますますプレッシャー掛かるじゃないか」

「いやまあ、賭けたのは事実だけど……あんまり気にするなって。小遣い程度だから」

 

 ここに来る前、シリカに黙って賭けに参加していたのだが、しっかり見られていたらしい。

 アスナとキリトに弁解すると、一応納得してくれたんだが……実際は100万コルくらいヒースクリフの勝ちに突っ込んだのは秘密だ。バレたら折檻される。

 

 

「攻略組最強の2人のデュエルってのは、やっぱり見応えあるよなぁ」

 

 コロシアムの中央にキリトとヒースクリフが揃い、デュエルが始まると観客は歓声の声を上げた。

 攻略組最強の防御力の剣士と、攻略組最強の攻撃力を持つ剣士。《二刀流》の圧倒的な手数を前にしても《神聖剣》の防御は簡単に崩せない。

 ちら、と目をやると、アスナは不安そうに2人の戦いを見つめていた。

 

「……実は以前、俺もヒースクリフとデュエルした事があるんだ」

「え……っ!?」

「ミストさんも……!?」

「ああ。俺がホームを買って、アスナもヒースクリフと一緒に来た時にな。実はあの時、2人には黙っていたけど戦ったんだ」

「……結果は?」

「もちろん俺の完敗」

 

 恐る恐る尋ねてきたアスナへ、俺はあっさりと答える。

 元々勝てる見込みはない勝負だったから、負けるのは想定内だった。

 

「でも……どうして血盟騎士団の団長さんが、ソロのミストさんとデュエルしたんですか?」

「さあな? 興味本位じゃないか? 俺はアスナやキリトほど目立ちはしてないけど、ヒースクリフには注目されてたんだろ」

「ギルドに入れとか、そう言う事は言われなかったの?」

「あくまでも非公式のデュエルだったからな。勧誘する時は正式な場で、だそうだ。……キリトが決めに入ったぞ」

 

 デュエルも佳境に入り、俺は観戦に注視する。

 キリトの持つ2本の剣が光り輝き、高速の連続攻撃を繰り出す。

 【スターバースト・ストリーム】……《二刀流》の最上位剣技。16回と言う他のソードスキルを凌駕するほどの手数を叩き込む最強技。

 どうにか盾で防ぐヒースクリフだったが、その攻撃に押されて盾が大きく弾かれる。

 決まった――キリトが確信したであろうその瞬間、奇妙な現象が起こった。

 ありえない速度で盾が引き戻され、技を受け流すと同時に無防備なキリトを剣で突く。

 その一撃がHPをイエローゾーンまで減らし、デュエルはヒースクリフの勝利に終わった。

 

「(やっぱり無理だったか)」

 

 俺の時も同じような状況で負けたから、アスナたちほど驚いていない。

 やはりシステムのオーバーアシストを使ってでも防ぎに来た……もしクリーンヒットすれば自分の正体が露見してしまうから。

 何はともあれ、これでキリトにヒントを与えてしまって、次のボス攻略で正体を看破。見事キリトはヒースクリフを倒してゲームクリア――

 

「(……あれ?)」

 

 ふと、違和感を覚える。何だろう、このゾワッとした嫌な感じ。

 ゲームがクリアされれば現実世界に戻れる……これは、正しい……いや――。

 

 ――――その時俺はどうなる?――――

 

「……………」

「ミストさん……? どうかしましたか?」

「いや……」

 

 様子がおかしい事に気づいたのか、ふと俺を見たシリカが心配そうに声を掛けてきた。

 シリカは……大丈夫だ。問題なく現実世界に戻れる。

 けど、俺の場合は?

 シリカにとっての現実世界と俺にとっての現実世界は違う。そもそもここは架空の世界……「ソードアート・オンライン」と言うゲームではなく、「ソードアート・オンライン」と言うタイトルの作品が俺にとっての架空の世界だ。

 突如この世界に迷い込み、目の前に多くのやるべき事が山積みになって忘れていた。

 ……どうすれば俺は、元の世界へ帰れるんだ?

 

「(ゲームがクリアされれば……いや、そんな安易な結果になるのか? 来た原因すらも分からないのに、終われば帰れる保証がどこにある。HPが0になれば現実世界でも死ぬ世界だぞ?)」

 

 仮にHPが0になって元の世界に帰れるのなら、喜んでやってやる。しかしここでは0になれば現実世界でも頭に被ったナーヴギアと呼ばれる機械によって脳が焼き尽くされる。確証もないのに試す事はできない。

 だったらゲームがクリアされれば? 当然プレイヤーはログアウトされ、現実世界へ戻る事ができるだろう。だが俺はナーヴギアを被ってこの世界にやって来たわけではない。俺もログアウトされる保証はない。

 なら……俺は、どうなるんだ。

 

「くっそ……。なんだよ最後のは――? どうしたんだよミスト、怖い顔して」

「……なんでもない、大丈夫だ」

 

 戻ってきたキリトも俺の様子に気づいて声を掛けるが、首を振って答えると背を向けた。

 なんだろう。この嫌な違和感。何か……何か掴みかけている気がするのに。

 だけどそれを知ってしまえば……何かが壊れてしまいそうな気がする。

 思い切って相談してみようか。……でも誰に? シリカたちに話したところで信じてもらえるはずが……いや、信じてくれるかもしれないがそうなれば全て話す事になる。

 

「……………」

「本当に大丈夫ですか……?」

「――ああ、大丈夫だ。俺ちょっとぶらついてくる。夕方には家に帰るから、心配しないでくれ」

 

 気遣うシリカへ無理に笑みを浮かべ、俺はその場を後にした。

 知らなければいけない。このままではどうなるのかを。

 だがこんな話をして、そして確実に答えを貰える人間がこの世界にいるのか……?

 

「……いや、1人いる」

 

 ふと、先ほどまで見ていた男の姿を思い浮かべる。

 あの男なら俺の求める答えを知っているかもしれない。だがそれは同時に、危険な賭けになる。

 

「虎穴に入らずんば虎児を得ず……だっけか」

 

 だがあの男に頼るしか手はないのも事実だ。

 ……よし、行こう。まだ近くにいるはずだ。

 俺は危険を承知の上で、あの男に会うべく走り出した。

 

 

「意外だな、君の方から声を掛けてくるとは」

 

 広い室内で、中央の席に座るヒースクリフが俺に対してそう言った。

 どうにか戻る直前だったヒースクリフに声を掛け、大事な話があるから時間を貰いたいと言ったところ、こうして血盟騎士団の本部に招かれて対峙している。

 

「人払いはしてある。重要な話と聞いたが……ギルドに加入してくれるという事かな?」

「生憎だが外れだ。話というのは……」

 

 いざ話そうとしてみると、すぐに口に出せない。……まだ心のどこかで迷っているのかもしれない。

 ヒースクリフは先を促そうとせず、俺が自分で言うのを待っている。

 

「……正直、こんな話をしても信じてもらえないかもしれない。だが俺がこれから語るのは全て事実だ。だから、正直に答えてほしい……。ヒースクリフ――いや、茅場晶彦」

「――ほう」

 

 興味深そうにヒースクリフが目を細める。

 奥底から湧き出そうとする恐怖心を抑え込むようにぐっと拳を握り締め、ヒースクリフの言葉を待った。

 

「参考までに教えてもらいたい。何故私が茅場晶彦だと思うのかね?」

「きっかけはデュエルの時……最後の瞬間、明らかに異常なほどの速度で盾が引き戻された。いくら《神聖剣》でも、あんな状態から立て直すのは不可能だろう。あの時あんたはシステムのオーバーアシストを使い強引に持ち直したんだ」

「――なるほど。面白い推理だ」

「――――なーんて、な。実際のところはカンニングと言えばいいかな。そんな回りくどい手を使う以前から、俺はあんたの正体を知っていた」

「……ならば聞かせてもらえないかね? どうして私が茅場晶彦と断定するのか」

「荒唐無稽な話だとは思う……けれど、これから語ることは全て事実だ」

 

 そして俺は、ゆっくりと、順を追って全てを話した。

 俺の世界の事……この世界が架空の世界である事……そして、次のボス攻略でキリトが正体を看破する事。俺が知っている、覚えている限りの話を全て。

 

「……なるほど。つまり君はこの世界――言ってしまえば平行世界の住人で、我々も我々にとっての現実世界もすべて想像上の存在、と言うわけか。ふむ……信じよう」

「……少しは疑ったりしないのか? 俺の話が全て嘘かもしれないだろう」

「君が言っただろう。「これから語ることは全て事実だ」と。確かに到底信じられないだが、嘘と呼ぶには事実である点が多い」

 

 意外にもあっさりとヒースクリフは俺の話を信じ、どうせ信じてもらえないだろうと心の隅では思っていた俺は思わず拍子抜けしてしまう。

 

「君の言うとおり、確かに私は茅場晶彦だ」

「随分あっさり認めるんだな」

「今更隠した所で意味がないだろう。さて……では茅場晶彦として、君の問いに答えよう。「どうすれば元の世界へ戻れるのか」……だったね」

「……………」

 

 無言で頷く。

 ついに……この時が来た。拳に入る力が無意識に強くなっていく。

 ヒースクリフ……茅場はテーブルの上で手を組み、何か考えるようにしばらくの間口を閉ざした。

 

「――――ハッキリ言おう。君が元のいた世界に帰る方法は、残念ながら私にも分からない」

「ッ……」

 

 告げられた宣告。考えられる答えとして想定しただけに驚きはしなかったが、それでも衝撃は相当のものだった。

 だがこれは、まだ序の口だった。

 

「そしてゲームがクリアされたとしても、君が元の世界に戻れる保証はない。無論、この世界で死んだとして、元の世界に戻れると言う保証も、当然ない」

「……………」

 

 分かっている……分かっていた。それも最初に考えていた可能性だ。だけど……っ。

 

「――そして君には、もっと悪い知らせがある。ゲームがクリアされた場合、プレイヤーは全員ログアウトされるが……最悪の場合、君はこの世界諸共消滅するだろう」

「なっ……!」

 

 消滅? それはつまり死ぬって事か? HPが0になっても死ぬのに、ゲームクリアでも死ぬって言うのか?

 

「……君にも分かるように例えて話そう」

 

 予想以上の事実を突きつけられてその場で固まる俺に、茅場は言ってから水差しとグラスをオブジェクト化した。

 

「この水差しが今この世界に囚われているプレイヤーの精神。そしてこちらのグラスが肉体としよう。ゲームがクリアされた場合……」

 

 一度そこで区切ると、茅場は水差しから水をグラスへと注いでいく。

 

「このように精神は肉体へ戻る。それが本来の形だ。だが君の場合……」

 

 今度は水差しをグラスではなく、テーブルの上に注いでいく。

 

「このような結果になる。他のプレイヤーと違い、君は(たましい)が還るべき(にくたい)がこの世界――つまり我々にとっての現実世界に存在しないのだよ」

「じゃあ……俺は」

「どう転んでも、待っているのは(ゲームオーバー)だけだ」

「そんな……」

 

 ……嘘だろ……? なんでこんな……。

 足元から全てが崩れていくような感覚と共に、俺はその場に座り込んだ。

 どうしてこんな事になったんだ……俺が何をしたって言うんだよ。

 発狂してもおかしくないくらい狂いそうなのに、全身を無気力感が襲ってそんな気力も沸き上がらない。

 

「……君の話の通りに事態が進むのならば、次の75層ボス攻略でキリト君が私の正体を看破するそうだね。そして私と戦い、キリト君が勝ちゲームがクリアされる……つまりその時が、君の最期というわけだ」

 

 そうだ……。

 つまり俺が生きられる時間は、あと2週間と数日。

 その時になれば、俺は死ぬ……。

 

「察しの通り、私は以前から君の事を注視していた。突然現れた居るはずの無い1万1人目のプレイヤーだったからね。しかしカーディナルシステムは君を正規のプレイヤーと判断していたし、大きな問題を起こす事も無かったから放置していたんだよ。もっとも、システムに原因不明の負荷が掛かっているのだが……君の出現よりもずっと後だし、別の原因だろうがね」

「本当ならもっと早く接触しようと思っていたんだ……でもやるべき事が重なって後回しにして……」

「今になってしまったと。君はこの世界に迷い込んでから間もなく、パートナーのシリカ君と行動するようになったんだったね」

「ああ……」

 

 もはや言い返すだけの力もなく、短く答える。

 何もないのか……? どうする事もできないのか……? 俺はこのまま消えてしまうのか……?

 

「……生きたいか、ミスト君」

「……当たり前だ」

「そうか……

 

 死ぬために今までを過ごしてきたわけじゃない。生きるために今まで必死になって戦ってきた。

 なのにそれを全て否定されて……どうしろって言うんだよ。たった2週間でどう足掻けって言うんだよ!

 

「俺は……俺はどうしたらいいんだ……」

「……残念だが、その問いに私が答えることは出来ない。見出すのは君自身だ」

 

 

 気づけばいつの間にかダナクに戻ってきていた。

 陽も傾いてあかね色になりつつあり、どうやら今までずっと夢遊病者みたいに彷徨っていたらしい。

 

『――また何かあればきたまえ。相談くらいには乗ろう』

 

 耳の奥で茅場が最後に語った言葉が蘇る。

 そんなこと言われても……どうすればいいか分からない。このまま生きていても死、ここで死んでも死、道は全て塞がれて孤立しているじゃないか。

 陽は沈んでいなくても、俺の目に映る物全ては黒に塗り潰されたかのように暗い。それでも足はしっかりと家への道を辿っていき、やがて辿りつくと半ば自動化された動きで扉を開けて中に入る。

 シリカに声も掛けないで部屋に戻り、倒れるようにベッドへ飛び込む。

 考える気力もない……。根こそぎ失ってしまった。

 ……このまま、自分と言う存在は消えていくのか……。

 

『……ミス…霞さん? 戻ったんですか?』

 

 ノックがして、扉の向こうからくぐもったシリカ……いや、珪子の声がする。

 俺が帰ったことに気づいたんだろう。……けど俺は何も答える気力が起きなかった。

 

『霞さん? 開けますよ?』

 

 再びノックがして珪子の声がすると、扉が静かに開かれて、微かな音を立てて閉じられた。

 ……人の気配が近づいてくる。誰か、と考えるまでもない。

 

「どうかしたんですか? あの後からずっと変ですよ?」

「……………」

 

 心から心配してくれる気持ちが伝わってくる。けどそれに言葉を返す気力も起きない。

 

「その……あたしはまだ子供だし、霞さんに悩みがあっても力になれないと思いますけど……キリトさんとアスナさんも心配してましたし、1人で考えないほうがいいと思います。ほら、1人だけで悩むと延々と悩みそうじゃないですか! だから、その……」

「……珪子。珪子は……現実世界に帰りたいか?」

「え?」

 

 必死に励ましてくれる彼女に、俺はただ静かに尋ねた。

 意外な質問をされて珪子は一瞬驚いた表情を浮かべる。

 

「……そうですね。帰りたいです」

「……そうか」

「だって、向こうに……現実世界に帰って、向こうの霞さんに会いたいですから。向こうの『ピナ』も紹介するって、約束したじゃないですか!」

「……そうだったな」

 

 分かりきっていた答えだ。

 ここにいる人間全員、叶うならば現実に戻りたいと願っている。

 その中で俺は唯一の異端だ。今の俺にとってここが現実であり、この世界が終わる事を望んでいない。

 珪子が向こうへ帰れば、俺たちはきっと二度と出会うことはない。茅場が死ねばこの世界も崩壊する。そのときには俺も死ぬ。

 全てを話すべきだろうか……俺たちは向こうで会うことが出来ないんだと。

 いいや……珪子を悲しませるような事はしたくない。

 でも時間がない。あと2週間程度が俺に残された猶予だ。たったそれだけの時間で何が出来る? 75層のボスが倒されればこのゲームは――――?

 

「(75層のボス……?)」

 

 ふと、暗闇の中で一瞬光が見えた気がした。

 そもそもこのゲームは本来、100層で茅場を倒さないとクリアにならない。それがルールだ。

 けどキリトの想定外の働きによって茅場の正体が露見し、あそこで勝てば全員をログアウトさせる……という約束だったはず。

 ……つまり、本来のゲームクリアではない……?

 だったらキリトが茅場の正体を看破するのを防げたら……いや、既にデュエルは終わっている。もうヒントを与えてしまった。

 なら……いや、だがそれは……。

 

「……………」

「霞さん?」

 

 急に黙り込んだ俺に不思議がり、ベッドの縁に腰掛けた珪子が顔を覗き込む。

 だが俺はそれに答えるほど余裕がなく、必死に頭を回転させた。

 要は、75層で茅場を殺させなければいい。正体が露見するのは防げないだろうが、茅場を逃がして100層で……本来の最終決戦の場で戦って勝てばいい。

 だがそれは同時に、珪子たちが現実世界へ戻る事を遅らせる事に繋がる。

 珪子の命と、俺の命……どちらも天秤にかけて量れる物じゃない。

 

「……珪子は、俺が死ねば悲しむか?」

「な、なに言ってるんですかそんなの! 当たり前ですよっ! と言うか、不吉な事言わないでください!」

 

 俺の問いに驚き、慌てる珪子。

 ……それが、お前の答えなんだよな。なら、俺が取るべき道は――

 

「ひゃっ!?」

 

 突然俺に手を掴まれて引っ張られた珪子はバランスを崩し、そのまま俺の胸に飛び込んでくる。俺はそのまま空いた手を珪子の腰に回し、強く抱きしめた。

 

「か、かかかか霞さん!? どどっ、どうしたんですか一体! あ、あのあの、さすがにそう言うのはまだ早いんじゃないかなって……」

「……珪子、聞いてくれ」

「心の準備が……はい?」

 

 顔を真っ赤にして早口で何か言っていた珪子は、何か盛大に勘違いしていたのだろう。俺の真剣な声に口を開けて見上げていた。

 

「……この先何があっても、お前のことは俺が必ず守る。絶対、絶対に守ってみせるから……」

「霞……さん?」

 

 その言葉の本当の意味を、当然珪子は気付いてくれるはずもない。

 でも……それでいい。

 これから俺が行う事は非難されるだろう。けど、思いついたのがこの道だけだ。

 俺はきっと、ここにいる住人全てに恨まれるだろう……それでもいい。

 これが俺に残された唯一の道だ。人の道を外れ、死んでもきっと地獄に落とされるだろう。6千あまりの人間から希望を奪った大罪人として。

 それでもいい。珪子の言葉で決意は固まった。

 どう足掻いても消える運命にあると言うのなら、俺は……俺が選ぶ道は――

 

 

 2024年 10月21日 第55層グランザム。

 

「意外に早い再会だったな。もう数日は悩み続けるかと思ったが……その目を見ると、何かを決意したようだね」

「……ああ」

 

 俺は再びヒースクリフ……いや、茅場の下を訪れていた。

 迷いも、後悔も、全て振り切った。俺の持ってきた答えに興味があるのだろう、茅場は薄く笑みを浮かべて俺の言葉を待っている。

 

「まず先に確認がしたい。このまま行けば、この世界は75層で終わる。その事に関しては本意ではないと考えているのか?」

「無論だ。そんな途中でゲームがクリアされるなど、面白くないではないか。いや、それらの想定外もネットワークRPGの醍醐味と言えばそうだがね」

「そうか……なら、俺たちは共通する点を持っているな」

「……ほう。聞かせてもらえるかね?」

「ああ。あれから色々考えた。でも結局、茅場……お前の言ったとおり俺は元の世界に帰る方法も分からないし、このままだと死ぬ運命だろう……そんなの嫌だ。俺はまだ生きていたい」

「それで?」

「でも、その運命を変えられないなら……どうせ死ぬと言うのなら、この世界の最後まで……本当の意味でゲームがクリアされるまで生き抜いてから死んでやる」

「……………」

 

 それは茅場にとって想定外の答えだったのだろう。その顔は珍しく驚きの表情が浮かび上がっており、見開いた目は俺をじっと見つめていた。

 

「茅場、あんたは言ったな。途中でゲームがクリアされるなんて面白くないと。あんたは100層まできっちり進んでほしいと思っていて、俺もどの道死ぬならこのゲームを最後まで進めて死んでやる」

 

 もう、ここまで言えば後戻りは出来ない。強い覚悟を胸に抱き、茅場に向けて手を差し出す。

 

「取引だっ! 俺が望むのは100層での本当のゲームクリア! この望みを叶えてくれるなら、俺はお前に手を貸してやる!」

「……だが、キリト君が気付くのだろう? それについてはどうするのかね?」

「キリトは……キリトの事は――」

 

 当然の疑問に、俺はすぐに答えようとするが躊躇いが間を差した。

 どう動いても、結局はキリトが前に立ちふさがってしまう。

 この世界に囚われていたプレイヤーを解放した英雄。黒の剣士キリト。最強の敵を倒した最強の剣士。

 思えばこの世界に来て最初に世話になったのがキリトだった。

 以来何かと付き合い続け……時にふざけ合ったり、時に相談に乗ったり、時には共に戦ったり……きっと『親友』として付き合えたんじゃないかと思う。

 その親友を……その親友を俺は……俺は――。

 

「――どうしても立ちふさがると言うのなら……俺が、この手で殺す」

「……………」

 

 暗い決意を込め、俺ははっきりと口にした。

 勝てる見込みは、はっきり言ってない。それでも俺は、立ちふさがるのならキリトを倒す。

 きっとアスナには強く恨まれるだろう……もし、俺を殺しに来たなら、アスナも殺す。

 どんな犠牲を払ってでも、俺は100層までたどり着く。

 珪子を……珪子だけでも生き残ってくれたのなら、それでいい。

 

「……良い目だ。実に良い目をしている」

 

 じっと俺の目を見つめていた茅場は静かに呟いて……ゆっくりと席を立つ。

 

「今……君は目的のためになら形振り構わず、他者の命すら犠牲にする覚悟をしている。さながら人の魂を食らう悪魔のように」

「俺が悪魔なら、あんたは魔王だろう。悪魔との取引って言うのは自覚している」

「そうするだけの覚悟と決意は既に持っているというわけか」

 

 神妙に頷きながら、茅場はテーブルを回って俺の前に立った。

 

「いくつか確認したいのだが、構わないかな」

「俺に答えられることでなら」

「君のいた世界に……この城は存在したかね?」

「……いいや。そもそも俺のいた世界の年代が、ここよりも10年近く前の世界だった。フルダイブ環境もまだ普及していないところだったよ」

「そうか……どこか別の世界には、存在すると思うか?」

「……断言は出来ない。でも、俺にとって架空の世界だった「ソードアート・オンライン」と言う作品自体がこうして実在したんだ。このアインクラッドも……どこかの世界にあると思う」

 

 否定するだけなら誰にだって出来る。

 けど俺は、こうして異世界に渡って実証している。全てを肯定する事はできないが、信じていたいと……そう思っている。

 

「……なら次に、君はこの世界に憎しみ以外の感情を抱いていたのか?」

「憎しみ……? そう、だな」

 

 俺は憎んでいるだろうか? 確かにちょっとした出来事で憎いと思ったことは何度かある。けれどそこまで大げさな事ではない。

 今は……とても悲しいと思っている。この世界でしか生きられない自分の運命に。でも――。

 

「そうだな……一言で言えば、楽しかった。この運命を知る前はたくさん嬉しい事や楽しい事もあったし……何より、俺が心から好きな人を、俺を心から好きでいてくれる人と出会えた」

 

 だからこそ、消える最後の瞬間まであの子と共に居たいと思う。

 俺の全てを賭けて――って古臭い台詞かもしれないが、守りたい。

 未練はある……でも、珪子が現実世界へ帰れたならばそれで良い。

 

「その笑みを見れば……聞くまでもなかったようだな」

「えっ……?」

 

 指摘されて、初めて自分が笑みを浮かべている事に気がついた。

 ……ああ、そうだな。やっぱり楽しかった――それが俺の本心だ。だから――

 

「――心から笑うのは、これが最後だ」

 

 これから多くの人々のから望みを奪う奴にそんな資格はない。

 だからこれは、俺に対しての罰であると同時に、目の前の男への覚悟の証明だ。

 

「俺の望み…決意…覚悟…代償は全て示した。――お前の答えを聞かせてもらおうか」

「……良いだろう、その取引に応じようではないか。危険を冒し、他者を裏切り、それでもなお悪魔と取引を行おうとする君に私も応えよう」

 

 そう言って茅場が差し出した手を、俺は握り返す。

 これで取引は成立し……この男と同じ悪魔の仲間入りを果たした。皆が知ったらどんな顔をするだろう。

 ……きっと恨むだろうな。でも、だとしても俺にはこの道しかないんだ。

 許されないのは分かっている。だからせめて、この先俺1人だけしか戦う奴がいなくなっても戦い続けていこう。

 

 そして――死ぬ時はこの男も道連れにしてやるのがせめてもの償いだ。




 と言う事で、ミスト君は消滅不可避判明回でした。なお前書きのジョジョはふと浮かんだから書いてみました。
 そもそもどうしてそのような結果になるのかは次回にも若干触れますが、今のミストは簡単に言えば電子生命体と言うか電脳と言うか、そんな状態です。分かりやすく言うとデジモンシリーズで人がデジタルワールドに入り込んだ状態でしょうか。
 でもミスト君の場合はナーヴギアはおろかデジヴァイスも持ってないですし、当然シリカたちの現実世界に行く事はできないし、元の世界に帰る手段も無い。ならこの場合どうなるのか……という結果がアインクラッドと共に消滅と言う答えです。
 ただ劇中でもヒースクリフ(茅場)が触れたとおり、あくまでも消滅は最悪のケース。もしかしたら元の世界へ帰れるかもしれない可能性も不確定ながら残っているわけです。
 ……どの道シリカと会えなくなるのは変わりませんが……現時点では。最後の最後でどうなるのかは、直前で決めます。

 さてさて、次回はオリジナル展開でキリトとアスナが攻略を休んでいる間にミストがヒースクリフと共に力を求めて行動します。そして、禁断とされるユニークスキルを獲得……!?
 ――するのはいいけど、どんな物になるかは緊急アンケートで判断しましょうかね。詳細は次回の更新後に活動報告で上げようと思います。初活動報告だー。


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第11話 君臨する神

 今回はユニークスキル獲得回。公式に出ているユニークスキル以外は当然オリジナルです。
 それでもって、今回登場するボスとか、ドロップしたアイテムとかで分かる人はなんとなくわかるかも。

 それでは本編をどうぞ。


第11話 君臨する神

 

 

「――そんな顔するなよ。これじゃあ出かけられないじゃないか」

「行けなくていいですよ」

 

 随分と無茶な事を言ってくれる……が、無理も無いだろうと俺は納得して嘆息する。

 2024年 10月24日。キリトはアスナとめでたく結婚し、血盟騎士団を一時退団したと連絡が来た。

 これで2人はしばらく前線に出てくる事は無い。その間に起きる出来事は俺には関係ないことだろう。

 この2日間、俺とシリカも攻略を休んで思いっきり遊び回ってきた。……最後の思い出作りのために。

 

「ソロじゃないと受けられないクエストをするって言うのは分かりますけど……いくらなんでも急すぎですよ」

「それに関してはほんとに悪い」

 

 ご機嫌斜めな理由がこれだ。

 「ソロでしか受けられない長期のクエストが見つかったからちょっとやって来る」――と言う胡散臭そうな嘘に、シリカは当然と言うべきか疑っている。

 ――実際にはヒースクリフからの提案で、俺もまだ詳しい話を聞かされていないんだが。

 

「俺が留守の間は好きにしていていいけど……もし前線に行くならクラインに連絡してくれ。あいつには俺のほうで話を通してあるから」

「……はい」

 

 当然クラインにもシリカと似たような話を伝えて協力してもらっていた。普段目に余る言動が目立つが、あれで頼りになるから大丈夫だろう。

 ……問題はふくれっ面の彼女をどうやって宥めるか、だ。

 

「……珪子、ちょっと目を閉じてくれ」

「? どうしてです?」

「いいから」

 

 促されて渋々目を閉じたシリカに、俺は唇を重ねた。

 いきなりキスをされてシリカは目を見開いて、顔を真っ赤にして飛び退く。

 

「か、霞さんっ!? どどどうしたんですかいきなりっ!?」

「いや、なんとなく。大丈夫だって、無茶だけはしないって約束するから。じゃあ行ってくるな」

「え…ちょっ!」

 

 混乱している隙に俺はそそくさと家を出た。

 

「……ふぅ」

 

 扉に体を預け、大きく息を吐く。

 普段通りに振舞えただろうか……一応、大丈夫だと思いたいが。

 思えば今までいつも2人一緒だったんだよな……不安に思うこともあるかもしれない。でも、後のことは皆に頼んであるから大丈夫と思いたい。問題は俺のほうだ。

 

「……行くか」

 

 今までの楽しかった気持ちを胸の内に封じ込め、俺は歩き出す。

 転移門でグランザムへ向かい、血盟騎士団の本部へ。既に話は通してあったためすんなりと奥へ通された。

 

「待っていたよ」

「悪かったな。少し別れを惜しんでいた」

 

 待っていたのは俺が契約を交わした悪魔。これから話す事は2人だけの極秘の内容になっているため、当然人払いはされていた。

 俺の言葉にこの男――ヒースクリフはいつもの胡散臭そうな笑みを浮かべている。

 

「それは仕方ないだろうな。人と人の別れはいつも惜しまれるものだ」

「それよりさっさと本題に入れよ。わざわざ長期間時間を作らせて何をやるんだ?」

「いいだろう。ただ少しばかり長い話になる」

 

 別にいいさ、と答えると、ヒースクリフは少し活き活きとした様子で話しを始めた。

 ……あまり関わらなかったし、そもそもどういう人間なのかと言うのも分かりづらかったんだが、案外とお喋りで……あと麺類に情熱を注いでいる残念系と言うのがここ最近の付き合いで分かってきた。これがデスゲームの最後に待ち受けているラスボスとか。

 

「……聞いているのかね?」

「……いや、もう1度頼む」

 

 少しヒースクリフについて考えている内に少し話を聞きそびれてしまっていたらしい。

 もう1度最初から話してくれるように頼むと、俺は改めて耳を傾けた。

 

「まず君の境遇についてその後検証を続けたところ、今の君は電脳と呼べる状態が近いだろう」

「電脳……?」

「要するに記憶や人格をデジタル信号化させてネットワークに遺した物だ。この世界では大出力のスキャンを行う事のだが、その場合脳が焼き切れてしまうが、可能性は低いものの電脳化する事ができる」

「いや……ちょっと待ってくれよ。俺はスキャンなんてしてないし、そもそも俺にとってここは本物の異世界なんだぞ?」

「その通りだ。だから厳密に言えば似て非なる物だろう。あるいは、電子生命体とでも言うべきか……」

 

 電子生命体……○ジモンかよ。いや、案外それに近いかもしれない。そっちの方じゃなくて、デジタルワールドに入り込んだ人間の方。

 

「まあ、君の境遇については君自身の情報が少なすぎるから、どれも推測の域を出ないだろうがね」

「結局元の世界に戻れる保証だって無いんだろう。いいさ、悲観ならもうとっくに終えている。今は今後の事だ」

「良かろう。では次に……君はユニークスキルについてどの程度の情報を持っているかな?」

「そこまで詳しくは知らないさ。他の奴らが知っている基本的なことだけだな」

「そうか。ではそれに関して話しておこう。ユニークスキルは全部で10種類存在する。今明かされているのは私の《神聖剣》、キリト君の《二刀流》スキルの2つだ。他に《射撃》、《飛行》、《神速》、《絃》、《蛇槍》、《無手》、《斬馬剣》がある」

「へえ……」

 

 それは目から鱗な情報だな。名称からどういうものかはある程度推察できるが、《射撃》に《飛行》って……。

 

「《射撃》や《飛行》って、そんな凄い物が仕込まれてたのかよ。この世界じゃ魔法や射撃攻撃なんて無いはずだろ? おまけに空まで飛べるなんて……」

「無論どれも習得条件は困難な設定にされてあるよ。《飛行》に関しても自在とまでは行かないが、フライトエンジンを導入しているから空を飛ぶこともできる。でなければ飛行タイプのモンスターが飛べないからね」

「はぁ~……」

 

 これは開発者と知り合いじゃなかったら聞けなかった裏情報だ。けれどアルゴには黙っておこう。

 

「……ん? ちょっと待てよ。ユニークスキルは10種類あるんだろ? あと1つ足りないだろ」

「ああ。それに付随して関わるのが、今回の話だ」

「まさか……ユニークスキルの獲得に関わる物か?」

 

 ようやく本題に入ったかと思ったが思わぬ展開に目を見開いて尋ねた。

 ヒースクリフはそれに頷き、再び語り始める。

 

「ユニークスキルはどれも強力だ。《二刀流》は魔王を倒す勇者の役割を与えられたように、それぞれのユニークスキルには役割を与えられている。だが、10番目のユニークスキルはどれでもあってどれでもない」

「どれでもあって…どれでもない?」

「例えば、《二刀流》のスキルを持ったプレイヤーが途中で倒されたとしよう。その場合代わりの勇者が必要になる。その時に宛がわれるのが10番目だ。10番目は、他のユニークスキル持ちプレイヤーが死んだ時に、代わりにその役割を果たす……そして究極的には、魔王をいかなる手段を用いても倒す代行者(保険)であり、最終手段(禁じ手)なのだ」

「いかなる手段を……」

 

 つまり、どうやっても魔王を倒せないプレイヤーたちに残された最後の手段。

 ……けどユニークスキルはプレイヤーの資質に左右されるんだし、そう簡単に獲得できる物じゃないと思うが。

 

「だから最終手段なのさ。厳密に言えばあるボスを倒す事で獲得できる……だが口で言えば容易く聞こえるが、実際にはその難易度は非常に高い。ミスト君はゲームで最終ボスを上回るボス……俗に言う隠しボスを倒した事はあるかな?」

「えっと……一応ある。倒した後に最終ボスを倒したら味気なく感じるけど」

「つまり、そういうことだ。手に入れるには最終ボスを上回るボスを倒して手に入れなければならない。ただ倒すだけではない、ラストアタックも決めなければ全ての条件は揃わない」

「えげつない上に回りくどいな……」

「でなければボスとしての面子に関わるのでね」

 

 確かにそうだ。あっさり手に入れたら「ラスボス(笑)」になりかねないし。

 

「……けどどうしてその話を?」

「理由は簡単さ。今の君ではキリト君に到底及ばない。いくら決意した所でそれを成し遂げるだけの力が無ければ、ハッキリ言って無駄だ」

「ハッキリ言ってくれるな……」

「事実である事には変わらないだろう?」

 

 ……確かに、否定できない。

 キリトが戦っても、俺が一方的にやられるだけだ。それだけユニークスキルの力は凄まじい。いや、スキル無しにしてもキリトの強さはアインクラッドで最強だろう。

 

「本来の出現条件は100層に到達して、アインクラッドに生存するプレイヤーが4000人以下にならなければ出現しないんだがね……今回は特別に、君の手向けとして解禁しよう」

「……解禁しても殺されたら意味がないんだろ」

「無論だ。こう言ってはなんだが、どうせ誰も手を出す人はいないだろうと思ってやや強くしすぎてしまってね。さすがに焦って隠しボス扱いにしておいたんだよ。あっはっはっは」

「笑い事じゃすまないだろう、それは……」

 

 つまりは、こういうことか。

 100層まで来ても一向にヒースクリフを倒せず、プレイヤーの総数が一定以下になれば秘密兵器として解禁されるが、蓋を開ければ超強い隠しボスだから手に入れようとするなら余計人が死ぬと。中々厭らしい仕掛けになっているじゃないか。

 

「そんなやばい相手に2人だけで挑むって言うのか?」

「怖気づいたのかな? だがこれをやり遂げねば、君の目的を果たす事など不可能だと思うがね」

「安全マージンを確実に上回るレベルのボスなんて、死にに行くような物だからな……」

 

 けどこれは、ヒースクリフが俺に課した試練の意味もあるのだろう。

 この程度の難題を乗り越えられなければ、協力する意味はないと。

 

「……良いだろう、やってやるさ」

「そう来なくてはな。では、行くとしよう」

 

 俺の答えに頷いたヒースクリフは、アイテムポーチの中から濃紺のクリスタルを取り出した。

 

「回廊結晶……」

「ああ。何しろまだ未到達の階層まで行かなければいけないのでね。ひとまず上層に向かい装備を整えた後、目的地へ向かう」

「けどどうやってそんな準備を済ませたんだ?」

「忘れたかな? 私はこの世界の創造主だよ」

 

 ああ、なるほど。つまりは管理者権限を使って用意したのか。便利なこって。

 

「コリドー、オープン」

 

 掲げたクリスタルが砕け、目の前の空間に波紋が広がる。振り返り俺を見遣ったヒーフクリフに頷き、俺は波紋の中へ足を踏み入れた。

 

 

「ここは……」

 

 転移した先の光景に、思わず言葉を失う。

 記録先は転移門広場だったらしいが、目の前に迷宮区らしき入り口が開いていた。

 

「99層主街区……おわりの街だ」

「おわりの街……」

 

 続いて転移してきたヒーフクリフの言葉を繰り返しながら、ぐるりと周囲を見回す。

 これが原作には登場しなかった街なのか……街並みははじまりの街に似ているように感じる。

 

「ここから先は少し特殊でね。フィールドは無く、迷宮区に直結している形になっている。ここを越えれば100層の紅玉宮に直接行けるというわけだ」

「だからおわりの街か。なら、クエストは100層に?」

「いや、ここへ来たのは装備を整えるためだよ。付け焼刃程度だが最後の街だけはあって装備品は強力な物が揃っている。マップデータを渡しておこう」

 

 そう言ってヒースクリフはメニューを操作し、俺にこの街のマップを提供してきた。

 受け取った俺はすぐにマップを開くと、その広さに思わず舌を巻く。

 はじまりの街も広かったが、おわりの街はさらに広い。フィールドは無くこの階層丸々1個が街になっている。

 

「そうそう、行く前に1つ良いことを教えておこう。この街の防具屋では強力なお守りが売っている。余裕があれば購入しておくといい。1時間後にまたここに集合だ」

「情報どうも。じゃあ早速行ってみるさ」

 

 ヒースクリフとは一旦別行動を取り、俺は勧められた物を確認するために防具屋に行ってみることにした。

 マップで位置を確認しながらしばらく歩いていると、目的地の防具屋に行き着く。

 お守り……って言っていたが……これか?

 

「「インフィニットアンク」……なっ!? 全ステータス+25、攻撃力と防御力+250、命中と回避+10!? なんだこの超絶強化――ぶーっ!?」

 

 ダメージカットこそ無いが、全ステータスを強力に強化するとんでもない代物に思わず目を剥き、次いで値段を確認したら思いっきり噴出した。

 

「え…いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……ぜ、0がいっぱいあるんだけど。きゅ――9千万コルゥゥゥ!?」

 

 能力がぶっ飛んでいるなら、当然値段もぶっ飛んでいて俺は残金を確認する。

 2日間遊びで使い込んでいたが、キリトとヒースクリフとのデュエルで賭けにつぎ込んだ金を合わせても到底足りない……俺がここに来た初期金額よりも遥かに高いってどう言うこった。

 ……いや、待てよ。ヒースクリフの奴は確か――

 

『余裕があれば購入しておくといい』

 

『余裕があれば購入しておくといい』

 

『余 裕 が あ れ ば 購 入 し て お く と い い』

 

「あ、あのやろぅ……」

 

 絶対に買えるはずが無いことを知っていてあんな事を言ったのか。どこまで捻くれているんだよ。今頃ぷぎゃーでもやって笑ってるのかっ!

 

「いつか絶対お礼参りしてやる……!」

 

 絶対負けられない理由が1つ増えて改めて胸に誓うと、改めて装備品のラインナップを見た。

 ……けど俺と相性が良さそうなのが無い。盾も普通の防御型で《盾剣技》に対応しているようには見えない。

 諦めて防具屋を後にし、今度は武器屋に行ってみるがそれほど魅力的なものは見当たらず、道具屋でアイテムを大量に買い込んでからヒースクリフと合流した。

 

「なんだ、もう戻ってきたのかね? まだ30分しか経っていないじゃないか」

「アイテムの補充はした。店を覗いて来たけど特にめぼしい物はなかったからな」

「「インフィニットアンク」はどうしたのかな?」

「あんなクッソ高いお守りなんて買えるか! なんだよ9千万コルって! 桁がおかしいだろ!」

「やはりそうだったか。強力すぎるから高く設定したのだが、やはり高すぎたようだ」

 

 やっぱ確信犯だったのかこいつは。

 もはや突っ込む気力も起きず、肩を落とした後メニューから装備を呼び出して準備を整える。ポーチには大量のハイポーションも突っ込んであり、こちらの準備は万端だ。

 

「では行くとしようか。コリドー、オープン」

 

 再び回廊結晶を取り出してヒースクリフが唱えると、クリスタルは砕けて空間に波紋が広がる。

 

「地獄への直行便だ。いいかね?」

「……答えなんてもう出ている!」

 

 癪に障る笑みを無視して波紋を潜り抜ける。

 転移した先は洞窟のような場所で、辺りには発光するクリスタルがいくつも点在していた。

 

「ここが……ボスの出る場所なのか?」

 

 剣を抜いて周囲を警戒しつつ、幻想的な風景に思わずそんな感想が漏れた。

 続いてやってきたヒースクリフは既に剣を抜いており、真っ直ぐに一点を見つめている。

 

「来るぞ」

「…っ!」

 

 反射的に緊張感が最高値に達する。

 俺たちの前でいくつもの光が1箇所に集まっていき、その輪郭を形作る。

 そして――それは姿を現した。

 

 白い衣の上から黄金の鎧を身に纏い、背には翼を彷彿とさせる2枚に分かれたマントを。

 手には黄金の装飾が施された盾と長槍を持っていた。

 人型……いや、違う。今まで見てきたモンスターで該当するタイプは無い。なんだこいつは!?

 ステータスは……ダメだ。レベルが高すぎて識別できない。けど名前だけは表示されている。名前は――

 

「『The Minerva』……ミネルヴァ!?」

 

 確かローマ神話の女神で、ギリシャ神話のアテナに対応する女神の名前じゃないか!

 今までのボスはなんらかをモチーフにしたとは言え、ストレートにモチーフの名前を採用したモンスターは居なかったはず。

 これがプレイヤーたちにとって最後の希望になるはずだった……最強の敵なのか。

 

「……………」

 

 こんな化け物に勝てるのか、と言う疑念が心の中で沸き上がる。

 俺のレベルは現在88……当然ここでは安全マージン圏外の上に相手は100層で待ち構える最終ボスよりも上のステータスと考えていい。

 

「攻撃は基本的に私が止めよう。君はその隙に臨機応変に攻撃を繰り返すんだ」

「頼りにしてるからな……!」

 

 むしろ盾のダメージカット率が低い俺では一撃で半分以下までHPが削られる可能性がある。

 ヒースクリフの防御力ならあるいは、この女神に対抗できるだろうか……どちらにしてももはや退路は無いんだ。だったら――

 

「手に入れてやる……絶対に!」

 

 その一言を皮切りに戦いは始まった。

 『ミネルヴァ』は一瞬にして間合いを詰め、手にした槍を突き出す。その速度に俺は反応し切れなかったが、割って入ったヒースクリフが盾で弾く。

 その隙に背後へ回り込んで斬りかかるが、『ミネルヴァ』は瞬時に振り向いて盾で防いだ。

 そこへ、ヒースクリフが剣を突き出すがこれも盾で防がれてしまう。

 

「っ……?」

 

 なんだ、今の感覚。

 ヒースクリフの剣が防がれた瞬間を見て、何か違和感を覚えた。

 それでも戦闘の最中にそんな事を気にしている暇は当然無く、俺はヒースクリフが攻撃をひきつけている間に攻めるが、悉く盾で受け止められる。

 

「(なんて防御性能だ! まるで――)」

 

 まるで《神聖剣》のようだ――そう考えて、俺は最初に抱いた違和感の正体に気づいた。

 巨大な盾による圧倒的防御力と正確無比な突き……まるで《神聖剣》の特徴に近いじゃないか。

 

「ヒースクリフ! お前……『ミネルヴァ』に《神聖剣》の一部を組み込んだな!」

「気付いたか! なにも『ミネルヴァ』だけではないさ! 君の《盾剣技》も《神聖剣》の下位互換と呼べる劣化品だ! しかし『ミネルヴァ』は一部の性能はオリジナルと遜色ないんだよ!」

 

 いくら隠しボスだからってユニークスキルの一部を組み込むとか、どれだけ遊び心を加えたんだこいつは!

 

「って言うか、やっぱり《盾剣技》って《神聖剣》の劣化品だったのかよッ!」

「そうだとも! でなければ盾にダメージ判定もつかないし、ソードスキルを使えるわけもないじゃないか! その代わりにダメージカット率は気休め程度、対応する盾は5種類とマニアックな人向けにしたんだがね!」

「俺はそのマニアックの1人かよ!」

 

 つまりはこいつの遊び心を身に着けていた俺は、キワモノスキルを必死に使っている姿に笑われていたって事か! マジで腹立つ!

 

「ぜっっっったいこの女神殺してユニークスキル獲得して、100層でお前殺してやる!」

「その意気だミスト君! 君がどこまで足掻けるか楽しみにしているとしよう!」

「減らず口をォォ!」

 

 剣戟は『ミネルヴァ』の盾に防がれてしまうが、俺は内から沸き上がる怒りを力に換えて弾き飛ばし、「デモンズ・クロー」を装備した左手で横っ面を思いっきり殴りつけた。

 一瞬だがよろける『ミネルヴァ』。すかさずヒースクリフが【バーチカル・スクエア】に似た垂直4連撃ソードスキル【ゴスペル・スクエア】を叩き込んで追撃をかける。

 

「スイッチ!」

 

 ソードスキルを叩き込んだヒースクリフと瞬時に入れ替わり、【シャープネイル】から《剣技連携》で【ホリゾンタル・スクエア】へ繋ぐ。

 かなりのダメージを与えたはずだが……ステータスが見えない以上実際には分からない。むしろそんなことに意識を割いている余裕はない。

 『ミネルヴァ』の槍がライトエフェクトに包まれて、超高速の2撃が襲い掛かる。辛うじて「デモンズ・クロー」で受けるがその威力は凄まじく、俺は壁際まで吹き飛ばされてしまった。

 

「がふっ!!」

 

 一瞬意識が持っていかれそうになるが、気力で繋ぎ止める。HPは8割も残っていたのに一気に2割以下まで奪い取られていた。

 ポーチのハイポーションを一気に飲んで空になった瓶を捨て、再び『ミネルヴァ』に立ち向かう。途中、【クイック・チェンジ】のスキルで盾を「プロテクションエッジ」に変更した。毛の生えた程度の違いだが防御性能はまだこっちに分がある。

 俺は復帰する間にもヒースクリフは『ミネルヴァ』と激しい攻防を繰り広げていた。

 レベル差はあるはずだが、《神聖剣》の防御性能がそれを埋めている。だが敵も同じく《神聖剣》をベースにした能力を持っている。

 故にその空間は余人が付け入る隙などないほどに壮絶な攻防の応酬だった。

 ヒースクリフならあるいは、単独でも『ミネルヴァ』に対抗できるかもしれない……だが、

 

「寄生なんて趣味じゃないんだよ!」

 

 吠え、横から槍を持つ腕を斬りつける。

 ヒースクリフに全部任せて勝っても意味がない……これは、俺が力を得るための戦いなんだ!

 『ミネルヴァ』の正面ではヒースクリフが、俺は背後から息つく暇もないほどの連撃を掛ける。的確に攻撃を受け、逸らし、かわす『ミネルヴァ』だったが、少しずつではあるが押されて来ている。

 

「(攻撃を受けようとしてもダメだ! 流して隙を作り出す!)」

 

 突き出された超高速の刺突を、盾で受けるのではなく滑らせるようにして受け流す。すかさず【スター・Q・プロミネンス】を叩き込みながら離れ、『ミネルヴァ』の反撃をヒースクリフが受け止めた。

 まだ……。

 まだだ……!

 

「こいつなら――どうだァァァッ!!!」

 

 左右でソードスキルを発動し、突撃。ジェットエンジンのような効果音と共に【ヴォーパル・ストライク】を繰り出す。

 それを受け流そうとする『ミネルヴァ』。しかしそこへ、もう一方の【ヴォーパル・ストライク】が貫いた。

 ――【ダブル・サーキュラー】。

 《二刀流》の突撃ソードスキルで、右の剣が阻まれてもコンマ1秒の差で左の剣が敵内部へ襲い掛かるという、《二刀流》特有の二段構えの剣技。

 当然、《二刀流》スキルを持たない俺には使えない。けど真似事は出来る。

 微妙に発動タイミングをずらした【ヴォーパル・ストライク】2連続発動。別々にソードスキルを発動できる《盾剣技》の特徴を活かした方法でなら、再現する事自体は可能だ。

 もっとも、再現できるのは極々一部のみになるが――それでも十分アドバンテージになる。

 

「ぬああああッ!」

 

 吠えながらさらに盾を押し込み、柄頭で『ミネルヴァ』の頭を何度も打ち付ける。

 『ミネルヴァ』は強引に俺を引き剥がし、そのまま後方へ飛んだ。

 次の瞬間、俺は驚くべき光景を目撃する。

 背中のマントが翼のように変化し、着地することなくそのまま上昇する。

 

「飛行能力持ち……!?」

「ああ。しかしそれは、同時にHPが残り7割になった証拠でもある」

 

 人型のモンスターが飛行能力を持っていたことに驚きを隠せない俺に、ヒースクリフが『ミネルヴァ』を見上げながら冷静に答えた。

 

「パターンの変化はもう1つある。HPが残り2割になった時、槍と盾を捨て《二刀流》になる」

「鉄壁の防御を捨てた背水の陣かよ……って言うか《神聖剣》に《飛行》、《二刀流》の3種類のユニークスキル積み込むなんてどんな神経してるんだ」

「ふっ。そう簡単にユニークスキルを取らせたくはなかったのでね」

 

 ああ、そうかい。言葉には出さず、俺はハイポーションを口にして減ったHPを回復する。

 第1ラウンドが終わり、第2ラウンドの始まりってわけか……。

 空に浮かぶ『ミネルヴァ』を睨みつける。女神は斜め後方に一瞬移動したかと思うと、反動をつけて地上に飛び込んだ。

 

 

 ――一体どれほど長い時間戦い続けただろう。

 《二刀流》に装備を変えた『ミネルヴァ』の圧倒的攻撃速度を前に俺は押されそうになったが、ヒースクリフが防御に徹して防ぐ合間に俺が攻撃すると言う作戦に切り替えてから、かなり長い時間が経過した気がする。

 もはやポーションは底を尽きつつあり、気力・体力もとっくに限界を超えていた。いくらHPを回復させると言っても、疲労まで回復させるわけではない。

 それでも――まだ戦える。戦い続ける事ができる。

 《二刀流》になったと言う事は、体力が2割を切った証拠。そこからかなりの時間が経過しているはずだ。

 

「(決める……決めてやる!)」

 

 ヒースクリフの影に隠れて攻撃をやり過ごす。『ミネルヴァ』は両手の剣に闇色のライトエフェクトを纏い、防御ごと打ち砕こうと16連撃ソードスキル【ナイトメア・レイン】を繰り出す。

 だが、《神聖剣》の防御を崩すことが出来ない。どの道崩したところでシステム的不死になっているヒースクリフを倒す事はできない。

 

「これで決めるぞ、ミスト君!」

 

 攻撃が終わる寸前、ヒースクリフが叫んだ。つまり、もう一息と言う事か。

 16連撃を耐え切り、硬直する『ミネルヴァ』へ十字斬り【ディバイン・クロス】が叩き込まれる。

 

「スイッチ!」

「――――ッ!」

 

 合図と共に俺は前に出た。

 俺の持ち得る中で最高の火力が出せる組み合わせの一つ――【スター・Q・プロミネンス】と【ファントム・レイブ】による合計12連撃!

 

「どうだ――ッ!」

 

 文字通り切り札を切った俺は『ミネルヴァ』を伺う。

 だが、ヒースクリフの攻撃を含めた14回攻撃を食らっても、『ミネルヴァ』はしぶとく耐え抜いていた。

 手にした2本の剣が、青い輝きを放つ。こっちはスキルの発動硬直で動けない。

 無理なのか……? あと少し……ほんの少しで手が届くのに……!

 ――もう1度……もう1度、俺にチャンスを!

 

「ッ……あああァァッ!!!」

 

 あらん限りの力を込めて吠え、再び盾でソードスキルを発動する。

 初期に使える基本的な突進技【レイジスパイク】。『ミネルヴァ』の剣が触れるよりも速く先端が胸を抉った。

 『ミネルヴァ』のソードスキルが発動するよりも速く俺のソードスキルが命中したことでキャンセルされた。だがそんな事を一々確認する余裕はもう無く、全神経を『ミネルヴァ』を倒す事だけに注ぎ込む。

 【レイジスパイク】の硬直を【バーチカル・スクエア】で、その硬直を【スター・Q・プロミネンス】で、さらにその硬直を【ヴォーパル・ストライク】でキャンセルし続け、再び【ヴォーパル・ストライク】で追撃しようとしたら不発した。

 だが……それ以上の連携は必要なかったらしい。

 合計26連撃……単独では24連続攻撃を全て受けた『ミネルヴァ』は、全身を光り輝かせて――次の瞬間砕け散った。

 不発したソードスキルの慣性に逆らえず、俺は地面に倒れてそのまま2メートルほど滑る。

 ……HPはレッドゾーンに差し掛かっていた。

 空中にはCongratulations!! の文字が浮かんでいるが、そんな余韻に浸る余裕も無い。

 無我夢中だった。最後の最後で《剣技連携》の連続成功が無かったら、俺は殺されただろう。

 むしろ、あれほどのボスを相手にたったの2人で勝つことが出来たのが奇跡に近い。

 

「おめでとう。素晴らしい戦いを見させてもらったよ」

 

 ヒースクリフが拍手と共に賛辞している。

 

「《剣技連携》か。システム外スキルとは言え、凄まじい物だな。ユニークスキルを持たない君が単独で24連撃を成し遂げるとは、開発者としても非常に驚かされた」

「……………」

 

 その言葉に返すだけの体力は、今の俺には無い。

 そもそも俺の《剣技連携》は1コンボが今までの限界だった。6コンボなんて今まで出した事すらない。きっとこの先もこの記録を超えることは不可能だろう。

 リザルト画面が表示され、大量の経験値とコル、そしてドロップしたアイテムが表示される。トドメを刺したのは俺だから、当然ラストアタックボーナスは俺の物だ。

 

「これで君もめでたくユニークスキル持ちになったな。喜ぶといい、最強にして最悪の力を君は手に出来た」

「…大層……な、フレーズだな……」

 

 芝居がかったヒーフクリフに俺はどうにかそれだけは言い返し、体を起こした。

 地面に座り、霧が掛かったような思考の中で改めてリザルトを確認する。

 

「これが……ユニークスキルに必要なアイテムなのか」

「ああ。それで無ければ10番目は使えない。無論それ単体でも強力な魔剣だ。しかし、それだけでは真の力を引き出せない。2つが揃う事で、真の力を発揮できる」

 

 リザルト画面には、しっかりとラストアタックボーナスであるボーナスアイテムが表記されている。

 魔剣……レア中のレア武器。有名どころと言えばラフコフのリーダーが持っていると言われる「友切包丁」か。

 

「「魔創剣 テラー・オブ・ジェネシス」……」

 

 和訳すれば「創世の恐怖」……って所か。スペックを確認するが……当然と言えば当然だが、剣の要求値に対して俺のステータスが圧倒的に足りない。まず要求レベルが110とか。

 

「次は地獄のレベリングになりそうだね」

「……当然協力するんだろ?」

「無論だ。ここで放り出すのは中途半端だからね。私としても、その力を使う人間を間近で見たいとも思っている」

 

 自分を殺す力を間近で見たいなんて、随分変わった趣味の持ち主だ。声には出さずに俺はそんな感想を抱いた。

 リザルト画面を閉じ、今度はスキルリストを確認する。

 ……あった。確かに。獲得した記憶の無いスキルが最後のほうに表示されている。

 

「これが……俺の、力」

 

 この力があれば……俺は戦える。誰であっても。

 それが――キリトであったとしても。




 如何でしたでしょうか?
 ぶっちゃけてボスとか武器のイメージはクライシスコアから引っ張ってきてます(爆
 じゃあユニークスキルはそれ繋がり……というわけでもありません(えー
 いや、最初はそのつもりだったけど気付いたら原形留めてなくて、慌てて直したらこっちもこっちで原型なくて……気付いたら2パターンが出来ていた不思議。

 ってことで活動報告でアンケートやります! どっちのユニークスキルが良いか!


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第12話 決別の扉

 お待たせしました、12話を投稿させてもらいます。
 えー、この間のアンケートの結果ミストのユニークスキルも無事に決定し、さらには今回着々と不穏なフラグを積み重ねてってますねー。
 今回は時系列で言うとキリトたちがシンカーを救出に行った辺りからになります。


第12話 決別の扉

 

 2024年 10月31日。

 

「……………」

 

 1人その場に置いてけぼりにされ、俺はしばらく沈黙した後……。

 

「……はあ」

 

 大きくため息をついた。

 『ミネルヴァ』を倒してから1週間。ほぼ不眠不休でレベリングを続けた結果、現在のレベル101。「テラー・オブ・ジェネシス」を始めとして、クエストで入手した高性能の装備の要求レベルまで目前に迫った所で、突然ヒースクリフに今日は1日休みを言い渡されてしまった。

 理由は単純明快、1週間もギルドを留守にしていたら運営に支障が出るし、何より無茶なレベリングは体に良くないと言われ、半ば強制的にグランザムに飛ばされてしまったと言うわけだ。

 こっちとしては一刻も早く要求レベルまで到達して、ユニークスキルの熟練度を上げたいって言うのに……。いきなりの暇を押し付けられて完全に手持ち無沙汰になっている。

 ヒースクリフはと言えば、知らん。向こうは直接ギルド本部にでも行ったんだろう。明日の朝、ダナクの転移門前で合流するとだけ言い残していたが。

 ……で、それまでの間どうしよう。

 

「……まずは武器のメンテナンスから、か」

 

 街に戻る時間が少しでも惜しくて、あちこちの階層で武器を複数購入しておいてローテーションで使っていた。メインの「マーヴェルエッジ」を含めて合計4本も。さすがに上層の武器だけのことはあって性能は中々良い。

 もっとも全部繋ぎであって、強化していく予定は今後もないが。かと言って壊して買いなおすわけにも行かない。

 ……となると、行くべきところは1つだけだな。

 

「――転移、リンダース」

 

 転移門で行き先を唱えると、俺は目的地へ向かうのだった。

 

 

「リズベット武具店へようこ――ってなんだ、ミストじゃない」

「なんだとはなんだよ、客に向かって」

 

 リズの店にやって来たとたん、出迎えたリズのぞんざいな扱いに即座に突っ込む。せめて最後まで営業スマイルを維持してから掌を返せ。

 

「別にいいじゃない、赤の他人ってわけでもないんだから」

「人の弱みを握った奴は余裕な事で……」

「なんか言った?」

 

 いや、なんでもない。一瞬危ない光を目に宿らせたリズに全力で否定する。

 シリカと付き合う上でどうしたらいいのか、色々と相談をしている内に頭が上がらなくなってしまった……これも全部アスナが悪いんだ。

 

 

「へくちっ!」

「? ママ、カゼですか?」

「う、うん……? なんだろう、誰かが噂して――ってコラキリト君っ! 意気揚々とさっきのカエルの肉を見せないで!!」

 

 閑話休題。

 

 

「――と、とにかくだ。武器のメンテを頼みたいんだが」

「いいけど――って4本?! いつの間にこんなに手に入れたのよ」

 

 メンテをする武器を受け取ろうとしたリズは、その数に目を剥いた。

 メインで使う「マーヴェルエッジ」は当然として、他には現在未到達の層で購入した武器――「クリスタルスパイン」、「テア・フリューゲル」、「ウルティムスウェーリタース」。

 どれもAGIやDEXに影響を与える片手剣だ。そして全部耐久値が半分以下で。

 

「しかも結構良い装備だし……なにやったらこんなのが手に入るのよ?」

「モンスター狩り続けていたらドロップして使ってた」

 

 ステータスをチェックして、その性能の高さに当然気がついたリズに適当な嘘を並べて答える。

 訝しむリズだったが、マナー違反だろうと思ってそれ以上追求はしないでくれた。

 

「けど4本ともなると、結構時間掛かるけど」

「いい。待ってる」

「……わかった。じゃあ適当に時間潰してて」

 

 そう言ってリズは工房に潜って行った。

 1人残されて、……どうしようか、と腕組みをして考え込む。

 とりあえず店に飾られている武器を見て回る――すぐ見終わった。

 

「はあ……」

 

 さすがに突然暇を出されたら、どうしようか悩まされる。

 考えてみればヒースクリフ以外の人間と話したことだってかなり久しぶりだ。

 ……シリカは今、何をしてるだろう。今会いに行けば半端な迷いを生んでしまいそうで出来れば避けたい。

 店の隅に腰を下ろし、雑念を振り払おうとする。

 ……それと同時に睡魔も忍び寄ってきて、うつらうつらとし始めた。

 

「(そう……いえば、『ミネルヴァ』を倒した後に……宿で休んで…以来、まともに……寝た…こと……)」

 

 さすがに限界以上に疲労を溜めてしまっていた今の俺に睡魔に抗う気力はなく、そのまま意識を手放してしまった。

 

 

「(――にしても、やっぱり妙よね)」

 

 回転砥石で刃を研磨しながら、どうにも腑に落ちない違和感に内心首を傾げた。

 違和感の理由はミストの武器だ。確かに性能はいい。現時点で出回っている武器と比較すれば優れている事には違いない。ミストが命中率重視の武器を好んでいるから、その希望と合致している武器だと言うのも問題ない。

 

「(強化可能回数が10回。当然全部未強化。なのに図ったように全部同じ回数……)」

 

 基本的にドロップしたと言うなら、強化可能回数にある程度のバラつきが出来るはず。名称もステータスも何もかも違うのに、強化可能回数だけは全部同じと言うのが引っかかっていた。

 

「……まるで店売りの武器じゃない」

 

 1番納得できる可能性は、これよね。

 砥石から離し、耐久値が完全回復したのを確認してから、あたしは別の武器を手に取る。

 「テア・フリューゲル」と呼ばれるそれは、敏捷値と命中をそれぞれ+10加算する片手用直剣だ。

 別に奇妙な点はない。ごくごく普通の剣だけど……。

 

「なーんか怪しいのよねえ……」

 

 怪しい。と言うか怪しさ満点だ。

 つい先日、シリカが迷宮区の帰りに寄って、ミストが今ソロでクエストを受けているとは聞いていた。

 けどソロでしか受けられないクエストなんて聞かないし、パートナーであるシリカにも全て明かさないのもおかしいでしょ。

 で、ふらりと戻ってきて、妙な武器を引っさげてメンテナンスの依頼……ねえ。

 あと、久しぶりに会ったけど……なんかちょっと、様子がおかしかった。

 なんて言うか……妙に影があると言うか。普段賑やかしなミストからは想像も出来ないくらい暗かったように見える。

 何かあったのは間違いないと思うけど……あたしが聞くのもねえ。

 

「けど見ない振りをするってのも……う~ん」

 

 ……いいや、ひとまず全部研いでしまおう。話はそれからでも遅くないでしょ。

 考えるのはひとまず後にして、あたしは剣を研ぐ事に集中する。

 残りの剣も研ぎ終えて、全部抱えて店に出るとミストの姿はなかった。

 

「あれ?」

 

 終わるまで待ってるって言ってたはずだけど……改めて店内を見渡すと、隅の方で蹲っている人影に気付いた。

 

「なに寝てんのよこいつは……」

 

 人の店で堂々と眠れる神経の図太さに少し呆れつつ、あたしはミストの肩を叩く。

 

「ミスト。終わったわよ」

「……………」

 

 声を掛けても返事はない。よっぽど深い眠りらしい。

 ……かなり疲れてたのかしら。いったいどんなクエストやってたのよ。

 

「あんまり無理はしない方が……って、無理した結果がこれじゃない」

 

 心配したあたしだったが、ふと思い直して突っ込みを入れる。

 とにかく、ここで寝られても困るのよ。かと言って起こすわけにも行かないし……。

 

「はあ~……仕方ないわね」

 

 ため息をついてミストの方に腕を回して、そのまま工房へ運んでいく。

 さすがにあたしの部屋に連れて行くのは無理だし、かと言ってお店の中も……なら工房に運ぶしかない。案外騒音で起きるかも。それはそれで好都合だ。

 

「よっこいしょ……」

 

 ひとまず石畳の床にミストを降ろし、一旦部屋に戻って毛布を持ってくると上からかけてやる。枕? そこまで贅沢させる必要なんてあるの? 欲しかったらシリカにお願いしなさいっての。

 さーて、お仕事お仕事。メンテナンスやオーダーメイドの依頼が多いのよあたしは。

 

 

 カンカンカンカンッ!

 

 チュィィィ…ン。

 

「(――ん、だ……?)」

 

 なにやらやたらとうるさい騒音の音によって、泥沼に沈み込んでいた意識が僅かに浮かんでくる。

 俺……寝てたのか。よほど疲れが溜まっていたのか……眠ったときの記憶が全く無い。どれくらい眠ったんだ。

 ……って言うかやけに硬い床だな。床って言うかなんかごつごつしてるし。それとさっきから聞こえる工事現場の作業音みたいな音は何なんだ?

 

「ん……んん……」

 

 ゆっくりと起き上がると、掛けられていた毛布が滑り落ちた。……毛布?

 寝ぼけ眼で周囲を見ると、ここは工事現場じゃなくて工房らしい。熱した金属をハンマーで叩いている人物の後姿には見覚えがある。

 

「リズ……?」

 

 えっと……寝起きのせいか記憶があやふやだ。

 確か俺はメンテナンスを頼みにリズの店に来て、時間がかかると言われて暇をもてあまして……ああ、座ってそのまま寝たんだったか。

 それで作業が終わったリズが店に戻ったら、俺が寝ていてここまで運んできたと。夢遊病は患っていないはずだから。

 状況を把握していくと、停滞していた思考が再起動する。

 掛けられていた毛布を取って綺麗に畳み、リズを驚かせないように声を掛けた。

 

「リズ」

「……? あ、ミスト。ようやく起きたわね」

「悪い…。すっかり熟睡してたみたいだな」

「本当よ。もう夕方よ」

 

 うわ、ほんとだ。視界の隅に表示される時間は既に16時を回っている。5時間以上眠ってたのか。

 でもぐっすり寝たおかげか、疲れもだいぶ抜けたような気がする。長くても1時間程度しか休憩しなかったからな……レベリング中は。

 

「武器の全回復って、もう終わってるのか?」

「そんなのとっくに終わってるわよ……ほら、そこにかけてあるの」

 

 リズが指差した先には、確かに俺が使っていた武器が立てかけられてある。ステータスを確認すると、確かに耐久値はマックスまで回復してあった。

 

「悪いな、面倒掛けて」

「良いわよ、別に。お詫びは……そうねぇ、今度素材の調達行くのに付き合いなさいよ」

「分かったよ。いくらでも付き合ってやるさ。あ、毛布ありがとな」

 

 畳んであった毛布をリズに渡し、武器をストレージに納めていく。

 と、収納が終わったところで振り返ると怪訝そうな顔つきでリズが俺を見つめていた。

 

「な、なんだよ?」

「いやさぁ、ちょっと気になることがあったんだけど……」

「気になること?」

「あの武器、全部ドロップしたって言ってたでしょ」

「ああ……それが?」

「その割には強化回数が一律で同じだし、なんか引っかかるなぁって」

 

 っ……まずった。迂闊だったか。

 基本的に店売りの武器はプレイヤーメイドで無い限り強化回数は概ね統一されている。

 そして俺の武器は、その殆どが店売りの品……ドロップ品と言う割りに揃えたかのように統一された強化回数は、確かにおかしい。

 どうする……シラを切り続けるしかない。

 

「偶然じゃないか? こいつら全部繋ぎで考えていたから、そんな所まで気が付かなかったし」

「そう……? それなら、別に良いんだけど」

 

 深く突っ込んでくる事にはリズも抵抗があるのか、それ以上の追及は躊躇っている。

 ……大丈夫だ。俺が普通に振舞っていればリズも諦めるはずだ。

 

「それより代金、払わなくて良いのかよ?」

「えっ? あ……ああ、当然払ってもらわなきゃ困るわよ!」

「逆ギレすんなよ……ほら、確かに渡したぞ」

 

 呆れつつリズに代金を払い、まだ納得してないような顔を浮かべながらもリズは受け取る。

 

「ん……まいど」

「じゃ、色々世話になった。忙しいところ邪魔して悪かったな」

「別に構わなかったけど……何してるのかは詮索しないけど、無茶は程ほどにしなさいよ」

「……善処する」

 

 俺がしていることを知らないはずなんだが、様子から何か感じ取られたのかもな。

 心配するリズに少し堅い口調で答えて、店を出た。

 この後はどうするか……今の階層でレベリングが出来そうな場所は思いつかないし。それにヒースクリフに強制転移されそうな気もして迂闊に外に出れない。

 となると……やっぱり。

 

「……帰るか」

 

 もう1週間も戻っていない我が家に行くべく、俺は転移門へ足を向けた。

 

 

 見慣れた景色のはずなのに、懐かしさを覚える。

 ……そう言えば、何の連絡もしてなかったが大丈夫か?

 いや、自分の家なんだしわざわざ連絡するのも……でも心配を掛けたくはないし。

 きっと俺を見たらシリカは驚くと……。

 

「……サプライズだよな」

 

 うんそうだ。これはサプライズ。驚いた顔を見てみたい。

 よって連絡は無しだ。1人勝手に頷いて、少し懐かしさを感じる見慣れた道を歩いていく。

 案外クラインたちと攻略に出かけてるかもしれない。けど時間を考えれば帰ってきていてもおかしくはないか。

 どんな反応をするかな……楽しみの反面、少しだけ怖くもある。

 1週間も行方をくらましておいて、シリカはどう思っているだろう。嫌われていたっておかしくはない。

 家の前までやって来たところで、臆病風に吹かれてきた。いっその事別の層で1泊していこうかとすら考えてしまう。

 でも会いたいという思いが勝り、思い切って俺はドアに手を掛けた。

 

「ただいま――」

「……………」

 

 家に入ると、驚いた顔で振り返るシリカ――いや、珪子の姿がある。上に上がろうとしていたんだろうか。

 えっと……こういう時なんて言えば良いんだろう。全然思い浮かばん。けどこのなんともいいがたい微妙な沈黙を破りたくて、俺は何とか言葉を紡ごうと口を開いた。

 

「た、ただいま珪子。1週間も留守にしてごめ「霞さぁーんっ!!」んのあっ!?」

 

 言葉を遮り、涙目で飛びついてきた珪子に驚いて少しだけよろめく。

 

「今までどこにいたんですか! メッセージを飛ばしても返事が無いし、位置情報も不明なままだったし! すっごく、すっごく心配したんですよ!」

「ご、ごめんな。ちょっとてこずってて……」

 

 ああ、そうか。

 今まで俺は未到達の層にいたから当然マップ追跡も機能しないし、メッセージも届かなかったのか。

 俺が思っている以上にシリカのことを心配させていたみたいで、少し申し訳なくなる。

 嘘をついて出て行って、何の連絡も寄越さず、そしてふらりと戻ってきた……泣かせてしまうのも当然だよな。

 

「大丈夫だって珪子。珪子に黙って死ぬとかは絶対にしないから」

「当たり前ですよっ!」

 

 ……怒られてしまった。

 これは、このお姫様を宥めるのはかなり時間が掛かりそうだな……と、思っていたその時。

 

『きゅー!』

「おごっ!?」

 

 聞き覚えのある鳴き声と共に何かが顔面に激突。そして鼻に思いっきり噛み付いてくる。

 こ、こんなことをしてくるのは1人……もとい、1匹しかいない。

 

「ピ、ピナ! ピナさん! 静まってくださいませ、お怒りをお静めくださいー!」

『きゅきゅい!』

 

 誰が静めるものか、と言わんばかりにピナは引っぺがそうとしても抵抗してきて離れない。

 結局、2人(1人と1匹?)はその後も離れてくれずベッタリしていて、寝るのも一緒になっていた。

 別にべったりなのはいい。それだけ甘えたかったし、心配していたと言う証拠なんだから。

 だが、しかし……。

 

「(俺の理性はボロボロだ)」

 

 どこぞのダディヤナザンを髣髴とさせる台詞を脳内で反芻し、隣で眠る珪子を伺う。

 すっかり寝入っているが、その手は俺の服を掴んでいて離してくれそうに無い。

 明日早く出かけるって話してもこれだからな……そして、それをきっぱりと断れない俺は半熟がお似合いだ。

 

「(そういう弱い心は捨てなくちゃいけないのに……)」

 

 自嘲するように笑みを漏らして、自由に動く方の手で珪子の頭を撫でる。

 明日は早く出ないと行けないってのに、もう少しだけ寝顔を見ていたい、と思った。

 きっと最初で最後の休みで、珪子とこうして寝られるのはもう来ないと思うから。

 甘ちゃんなのは分かってる。けれど、甘ちゃんにだって譲れない物が1つだけある。

 それは、何があっても彼女を――珪子を向こうへ帰す事。そのためなら、俺は鬼に……いいや、この場合悪魔と取引したんだから悪魔になれる、か。

 

「お休み、良い夢を」

 

 しっかりとその顔を目に焼き付けて、俺は目を閉じる。

 昼間にかなり寝ていたはずだが、まだ完全に疲れは取れていなかったらしく、すぐに意識が闇に沈んでいった。

 

 

 ――早朝。まだ日も昇りきっておらず、朝もやが街に立ち込める中を転移門広場へ向かう。

 まだ誰も外に出ていない時間の中、転移門の前に人影が立っていた。

 

「おはよう。ゆっくり休めたかね?」

「おかげさまでな……一応、感謝はしておく」

「なに、大したことはしていないさ。私もたまたま用があったし、ついでという奴だ」

「そういう事にしておく。けど、もうそんな気遣いは要らないからな」

「それは失礼した」

 

 先に来ていたヒースクリフは、悪びれた様子もなく肩を竦める。

 そんなヒースクリフに俺は軽く鼻を鳴らし、そのまま隣に立った。

 

「予定がずれた。あと3日でレベリングを片付ける」

「よかろう。とことん付き合うとも。――管理者権限発動、未到達層への移動制限を解除」

 

 管理者権限によって本来まだ到達できていない上層への通行が許可され、続けてヒースクリフは転移先を口にする。

 すると、青白い光に包まれて俺たちは別の層へ転移していった。

 行き先は98層……主街区名は「ハインシュト」。99層はその構造上、迷宮区はボス部屋に直行する形になっているため、レベルを上げるなら98層で行う事になる。

 装備を身に着け、さらにヒースクリフから飲めば一時的に経験値が25%増加する「経験値ポットEX」を受け取り、俺たちは迷宮区に向かう。

 ここに出てくるモンスターのレベルは概ね110以上で、骸骨系や幽霊系が主だ。多少厄介だがヒースクリフも居れば問題ない。

 あとはとにかく所得経験値+補正が入る装備で固めて、出てくる敵を片っ端から片付ける。

 《二刀流》のスキルなら2本分の効果を得られてさらに増強できるんだが、残念ながら俺は《二刀流》になれない。

 うじゃうじゃと出てくる骸骨を、幽霊を斬って、斬って、斬り刻む。

 とにかくポットの効果がある内に多くの敵を倒さなきゃならないという忙しさはあるが、経験値倍率も高いうえに、俺と同じくポットを使ったヒースクリフが全ての経験値を譲渡してくれるから、目に見えてゲージが上昇していくのが分かる。

 お互い言葉を交わすのは最小限、街に戻るのもアイテムを切らしたときのみだけと徹底的に戦い抜く事三日三晩――。

 

「弾け……飛べぇッ!」

 

 クモの吐き出した糸を頭上に飛んで避け、上下逆さになって落下しながら左腕を突き出す。

 赤く輝く左腕が人を軽々と食らえるだろう大グモの背に触れた瞬間、閃光と爆発が炸裂してクモを木っ端微塵に吹き飛ばした。

 反動でまた浮き、逆さの体勢を入れ替える。

 着地した瞬間、再び左腕が赤く輝き、腕を振るうと何発もの炎の弾丸を弾き出した。

 それらは全て、タゲを取っていない先ほどと同じ名称の大グモに殺到し、ダメージを受けたクモは俺に向き直る。

 迫るクモに俺は手にした剣を牙突のように構え、モーションを感知したシステムが剣をライトエフェクトで発光させる。

 ――踏み込む。あらゆる障害をなぎ倒すほどの突進力を持って剣を突き出し、その切っ先がクモを真ん中から貫き、衝撃で上に打ち上げた。

 まだだ。振り向きつつ、剣を逆袈裟で2度振り上げる。

 Xを描く真紅の衝撃波が落下したクモを切り裂き、既に息絶えていたクモにダメ押しの一撃を叩き込んだ。

 

「……………」

 

 あらかた狩り尽くし、俺は一息つく。そして、HPゲージに目をやった。

 

「3回のソードスキルで半分近くか……」

 

 半分近くまで減少したHPを見てそう呟き、なんともイカれた代物じゃないか、と自虐するように笑みを浮かべる。

 ユニークスキル《魔装術》。『ミネルヴァ』を打ち倒した者に与えられる神の力……とでも言うべきか。

 その内容は、本来SAOに存在しないはずの《魔法》と呼べるものを限定的に使用可能にするというもの。そして、他のユニークスキルの何らかの特徴を持つということ。

 つまり、このスキル1つでゲームバランスを崩しかねない他のユニークスキルの代わりになる事ができる。文字通りプレイヤーに残された最終兵器だ。

 ……とまあ、ここまでなら聞こえが良いが、その実態は最悪の代物だろう。

 《魔装術》最大の特徴……それは、ソードスキルを使うためには自身のHPを対価に支払わなければならない。

 この世界で死ねば現実世界でも死ぬという特徴を考えれば、いくら強力であってもそんなデメリットがあるなら誰も欲しがらないだろう。そういう意味でもこれは最終兵器と言うべきか。

 まったく……もとことんエグイ仕様にしていやがる。ここにいないヒースクリフに対し、俺は内心吐き捨てる。

 《魔装術》において真に求められるのは、力ではない。

 それは……自らの命を引き換えにしてでもこのゲームをクリアするという覚悟。1を殺して99を救うという自己犠牲精神だろう。

 ……ある意味、俺に相応しいか。

 

「解禁されてから2日……熟練度はまだ半分にも届いていない……」

 

 レベリングの用は済み、今俺は76層で熟練度上げをしている。上の層でリスクを犯して細々と上げるより、下で安全に上げるほうが効率的という判断からだ。

 だが、思うように熟練度は上がっていない。《魔装術》の性質からソードスキルの乱発が出来ず、頻繁にポーションを補充しに街に戻らなければいけないのが足を引っ張っている。

 さらにそれと平行し、戦闘スタイルの一新もやらなければいけなかった。

 その理由は《魔装術》がその仕様上、盾を持てない事にある。持てないことも無いが、その場合スキルの1つが潰れるという弊害がある。そのため《神聖剣》だけは代わりになれないらしい。……もっとも、ラスボスと同じ能力を持っているというのも妙な話だからな。

 だから今現在、盾持ち片手剣士だった俺は盾無し片手剣士へ移行途中。二刀流公表前のキリトの動きを参考にアレンジ中だ。

 

「やることが多すぎて目が回りそうだな……」

 

 《魔装術》の性能把握、熟練度上げ、戦闘スタイルの一新……どれも平行してやらなければならない。

 モンスターがリポップまでまだ余裕があるか……ポーション飲んでおこう。

 

「HPリジェネを入れていても……消費が激しすぎる」

 

 回復していくHPゲージを見つめながら、俺はしかめっ面で呟く。

 このあたりに出る敵のパターンは全て把握し、その上装備も一新したおかげもあってノーダメージでやれるぐらいにはなった。

 当然さっきもノーダメージ。だが《魔装術》でHPを半分近く失っている。

 もちろん《バトルヒーリング》も入っているし、HPリジェネの効果を持つお守りもつけている……が、消費に対して回復量が圧倒的に追いつかない……その消費に見合うだけの効果はあると言ってもいいんだが。

 考えているうちにモンスターのポップが始まり、俺は休憩を終える。

 

「確か1度使えば一定時間効果が維持されるソードスキルがあったな……」

 

 スキルリストを確認してみると、確かにそのスキルはあった。HP消費量は……リポップ前に使ったスキル3回分。一定時間維持されるなら、こっちのほうがコストパフォーマンスは良いかもしれない。

 別に火力を求める必要は無いだろう。未強化とはいえ「テラー・オブ・ジェネシス」の攻撃力はこの層で不足に感じるほど低くはないのだから。

 スキルが発動し、増えたばかりのHPを消費して能力が発動する。その特異な性質は他と比較しても明らかに異質だった。

 感覚としては普段通り……で、良さそうだな。いや、考える前に行動だ。少なくとも4体は倒さなきゃ釣り合わない。

 ポップしたばかりのイノシシ目掛け、俺は助走をつけて飛び掛る。そのまま上段から振り下ろした刃が、イノシシを斬り裂いた――。

 

 

 

 

 

 ――75層ボス攻略まで、あと2日。




 と言うことで顔見せ程度ですが本作オリジナルユニークスキル、《魔装術》登場回でした。
 いやもう、アンケートでブッチギリでこれに票が集まった時は思わず笑ってしまいましたね。
 ちなみに今回登場したソードスキル、最初の3つと最後に使った1つのHP消費量は44%です。うん、凄まじく燃費悪い(爆
 可能な限りHPを伸ばして、こまめなHP回復をしないとすぐ自滅するけど、一応コスパは釣り合っているはず……。

 次回はついに75層ボス攻略! 果たして前座にされてしまいそうなスカル・リーパーの運命やいかに!?(何


 それにしても感想でやたらとシノのんヒロイン化希望って強く推されるけど、理由がまったく分からない。いや、シノのん好きだけどね!(爆
 ただ自分がやるよりも他にシノのんヒロインの素晴らしい作品が探せば多くあるんじゃないだろうか、と疑問に感じたり。
 いや、リクエストしてくれるのは嬉しいしありがたいんですけどね。
 GGOのシナリオ、おぼろげだけど浮かんでいるが、正直そこまで考え中。元々アインクラッドまでで完結って予定だったし、ズルズル引きずるのもアレだよなぁと。
 っていうか、最近色々新作の案が浮かんでは構想に留めている段階のが多くて。ハイスクールD×Dとか、リリカルなのはとか、俺、ツインテールになります。とか、クロスアンジュとか。個人的に3と4がノリそう。
 ……アレ? 何についての意見書いてたんだっけ(ぉ
 まー、ひとまずこれを終えてから考えよう。


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第13話 最後の戦い

 スカル・リーパーさんは犠牲になったんや……(ぉ


第13話 最後の戦い

 

 ――――2024年、11月7日。

 

「さぁーて、今日も張り切って仕事しますかねぇ」

 

 いつも通りに店を開け、大きく伸びをしたタイミングで来客を告げるベルの音が鳴った。

 ちょっとちょっと、まだ開店して10分も経ってないんだけど。最短記録に軽く驚きつつ、あたしは店内を伺う。

 

「リズベット武具店にようこ――」

 

 いつも通りに笑顔で迎えようとしたあたしは、その人物を見て固まった。

 血のように赤い、レザー系のロングコート。肩はさらに黒皮で補強され、さらにリベットで固定されている。

 他にも膝まで保護する黒のロングブーツ、左腕を覆う銀色に輝く鋭い爪状の突起を備えた小手、腰に下げた長剣……。

 そして、頭上に表示されるキャラネーム――「Mist」の文字に、あたしは言葉を失ってしまった。

 

「ミスト……よ、ね」

「……ああ」

 

 半信半疑のあたしに、ミストは簡潔に頷く。

 いや……だって、なに? どうしたのよその格好。

 あたしが知っているミストは、どちらかと言うと重装備系で……軽装備系のイメージが思い浮かばない。

 それに、身に纏う空気が以前とは明らかに違う。

 どちらかと言えば陽気で、騒がしかった印象があるのに……今は氷のように冷たくて、近づきがたい。

 

「朝早くから悪いが、急ぎで武器のメンテナンスをしてもらいたいんだ。3時間後に75層のボス攻略がある」

「え……いい、けど」

 

 ミストの変わりように理解が追いつかないが、辛うじて頷く事はできた。

 ボス攻略……だからあんなピリピリした雰囲気になってるの?

 75層って事はクォーターポイントだから、殺伐としそうなのは分からなくもないけど……でも、そうじゃない気がする。

 歩み寄ってきたミストが、提げていた剣を差し出し、受け取ろうとして――外見からは想像もつかないほどの重さに思わず取り落としてしまう。

 カラーンッ、と音を立てて床に落ちた剣に、あたしはまたも目を疑った。

 

「(何よ、この剣? 「エリュシデータ」や「ダークリパルサー」よりも、ずっと重かった……!?)」

 

 キリトの愛剣2本も重たいとは言え、持てない重さではなかった。

 でも、これは違う……あまりにも重過ぎて、あたしの筋力値では持てるかどうかも怪しい。

 

「ご、ごめん!」

「……いや、いい。他の奴には重過ぎるみたいだな。失念していた」

 

 謝るあたしにミストは特に怒りもせず、むしろ当然見たいな反応をして剣を拾い上げる。

 あたしには重過ぎるそれも、ミストは大したことが無いらしくあっさりとホルダーに差した。

 

「俺が持っていく」

「そ、そうね……じゃあちょっとお願いしようかしら」

 

 なんでそんな物を軽々持てるのか……いや、聞きたいことは山ほどあるのに、どうしても聞き出せない。

 工房に入り、そのまま回転式の砥石の前に座ると、あたしの前にミストが鞘から抜いた長剣を差し出してくる。

 立ったままだったらまた取り落としそうになったかもしれないが、あれはあの剣が予想以上に重かったこともあった。

 受け取ると、改めてそのずっしりとした重さに思わず顔を歪める。

 見たこと無い……サイズやデザインは一般的な片手用直剣に通じる。けど、その刀身は内側が真っ赤で、翼の意匠がデザインされた鍔と拳を保護する護拳が備えられてあった。

 剣のステータスを呼び出すと、情報がウィンドウに表示され、思わず息を呑んでしまう。

 「魔創剣 テラー・オブ・ジェネシス」……プレイヤーメイドや並みのモンスタードロップとは比較にならないレベルの、正真正銘の魔剣じゃない。

 そもそも魔剣自体、めったにどころか一生拝めるか拝めないかってくらいレアだし。あたしも当然見るのは初めてよ……。

 ……? なんか最後の方に「《魔装術》対応」ってあるけど……《魔装術》ってなに?

 

「どうかしたか?」

「へっ!? い、いやなんでもないっ! じゃあちゃっちゃとやっちゃうわね!」

 

 突然声を掛けられ、あたしは思わずドキリとして上擦った声を出してしまう物の、普通を装って砥石を稼動させた。

 回転を始めた砥石にゆっくりと剣を当て、火花を飛び散らせて剣を研いでいく。

 

「リズ」

「なぁに? 今集中したいんだけど」

「悪いが、1時間くらい仮眠させてくれないか。ここ最近殆ど寝てなかったんだ」

「別に構わないけど。今回は毛布とか出さないわよ」

「いい。隅で座ってるから」

 

 ……あいつ、また寝ないで何かやってたの。

 ちら、と横目で伺うと、本当に隅――売り場に出る階段の陰――に座り込んだミストは、そのまま目を閉じてしまう。

 色々聞きたいことが山ほどある。この剣やあの装備、そして明らかに違う様子。

 兆候は……あった。1週間前にもふらりとやって来て、武器のメンテを頼みたいと4本の剣を渡してきた時。

 

「(いったい何をやってたのよ……)」

 

 あの時の出来事も、きっと今のミストに深く関わっているに違いない。

 でもそれは、聞いていいことなの? あの時も結局聞けなかったのに。もしあの時聞いていれば、こうなっていなかったかもしれないのに。

 砥石に当てていた剣を少しだけ離した。

 ……やっぱり聞くべきだと思う。ミストに何があったのか、何をしていたのか。仲間として。

 

「……………」

 

 声を掛けようとして、けれど迷ってしまう。

 このあとボス攻略があるのに、今までろくに寝ていない状態のミストを起こしていいの? もし十分疲れが取れずに挑んで、致命的なミスをしてボスに殺されてしまったら……。

 あたしが原因、というわけじゃないかもしれない。けれど、ミストが死んだって知ったら責任を感じずにはいられない。

 ……万全とまではいかなくても、少しでも疲れを取ってもらいたいという気持ちが、起こすのを躊躇わせる。

 

「(いや……今無理に起こす必要はないはずよね。起きてからでも、ボス攻略が終わってからでも……タイミングはいくらでもあるはずでしょ)」

 

 ……うん、そのほうが良いわよ。どうせ攻略終われば、また砥いでくれってやって来るはずだし。

 ああ、けど……シリカはどうするんだろう。あたしでさえ気付いたんだから、一番近くにいるシリカが気付かないはずないと思うけど……。

 意外とシリカが先に問い詰めて、あっさり白状するかもしれないし。さすがにシリカに対しても冷たく接したりはしないはず。

 ――よし、そうと決まればこの剣をちゃっちゃと砥いでしまおう。ひとまずこの問題は棚上げしておいて、あたしは剣の砥ぎを再開する。

 ……しっかし重たすぎるわよ、この魔剣。他もこんな感じなの? 持ち運べる程度には筋力値上げておかないとダメよね。それこそ、両手剣や両手斧になれば怪しいし。

 

 

「こらー、いい加減に起きなさいよ」

「ぅ……?」

 

 言いながら軽く頭を叩くと、ミストは小さく呻いて目を開ける。

 

「終わったのか……随分長かったんだな」

「とっくに終わってるわよ。あんたに気を使って、1時間どころか2時間も寝かせてたわけ」

「2時間……?」

 

 起きたばかりなのか、ミストはあの時みたいな冷たい雰囲気を纏っていない。

 寝ぼけ眼で状況を確認していって……徐々にその顔が青ざめてくる。

 

「しまっ――! 寝過ごした!」

「いや、確かにそうだけど……まだ時間あるしそんな慌てなくても――」

「このあとポーションの補充とかもしておかなきゃ行けないんだよっ。リズ、剣は!?」

 

 いや、だからってそんな慌てなくても良いでしょ、と言うあたしの突っ込みはミストには聞こえてないみたいだ。

 ため息をついて鉄板の上に置かれた剣を指差す。きちんと黒皮の鞘に収めてある。

 飛び上がるように立ち上がったミストは急いで剣を腰のホルダーに差して、代金を払うと飛び出そうと階段を駆け上がる。

 

「ミスト!」

「っ、なん、なんだよ!?」

「やっぱそっちの方があんたらしいわよ! 何あったのか知らないけど、頑張んなさいよ!」

 

 振り返ったミストに腕を振り上げてエールを送る。

 その言葉にミストは驚いたような、それでいて何か躊躇うような顔を一瞬見せ、慌てて顔を逸らした。

 

「……からかうなよ」

 

 ただ一言、それだけを呟いて工房を出て行く。それから間を置かずにミストは外に出たらしく、くぐもったベルの音が響いた。

 

「からかうな……か」

 

 あの時、起きてからほんの僅かな間だけど、ミストは本当の顔を見せていた。

 ……やっぱりあれって表面上そう装っているだけで、根っこは何も変わってなかったんだ。

 なんでそんな事をするのか、考えたところであたしには分からない。

 出来る事は皆無事に帰ってきてくれるように祈る事だけ……歯痒くも思うが、あたしの戦場はあそこじゃなくてここだから。

 だから……帰っていた時はボロボロになってるだろうあいつを、精一杯弄ってやろうと思う。

 

 

 

 

 

 ――だけど、これがあいつとの最後の会話になるなんて……この時は考えてもいなかった。

 

 

 

 

 エギルさんやクラインさんと合流して、あたしは75層の転移門広場までやって来た。

 来て真っ先に感じたのが、皆が皆ある一点に目を向けていることと、いつも以上に空気がピリピリしているという事。

 視線を辿ればキリトさんとアスナさんの姿があって、エギルさんやクラインさんと談笑している。

 あたしはそれよりもまず、探し人がいないか周囲を見たけど……その人はまだ来ていないみたいだった。

 

「シリカちゃん」

「アスナさん……ちょっとだけお久しぶりですね、キリトさんも」

「ああ。……ミストは一緒じゃないのか?」

「それが……」

 

 2人にはミストさんのことはまだ話していなかった。前線から離れていたし、余計な心配を掛けたくなかったからだったけど。

 けど、あたしがミストさんから聞いた話を聞いて、2人は少し険しい顔つきになる。

 

「ミストの奴……1人で何をやってるんだ?」

「まったくだよなぁ! シリカちゃんを1人にして、自分はどっかに隠れやがってよ! 頼まれた時は俺も一言言ってやったんだが、頭まで下げられたら流石にな……」

「ミスト君、今日のことは知ってるの?」

「はい……時間までには来るって、メッセージが来たんですけど」

「2週間近くも1人で何をやってたんだか……」

 

 エギルさんがそう呟いたのを聞いて、あたしはふと気付く。

 キリトさんとアスナさんが前線を離れたのが、今からおよそ2週間前。

 そしてミストさんが1人で行動を始めたのも、ちょうど2週間前。

 ……2人が休んでいた事と、何か関係があるのかな? でもなんだろう……。

 

「……? あ――」

 

 ふと、あたしの後ろで転移の音がして、それに気づいたキリトさんが目を向け、意外な物を見たかのように驚いた表情を浮かべる。

 なんだろう、とあたしたちも振り返って――飛び込んできた光景に目を見開いた。

 

「……………」

 

 無言でゆっくりと、けれどしっかりとした足取りでこっちに来る人物。

 特徴的だった赤い鎧ではなく、赤いコートを翻して……腰に下げた黒皮の鞘に収められた長剣が、動きに合わせて微かに音を立てる。

 いつもの明るい顔はそこにはなく、人が変わったかのように冷たい気配を纏ったその人は、間違いなく……。

 

「ミスト……さん?」

「すまない……少し、遅くなった」

 

 大きく変貌した姿にあたしは一瞬息をするのも忘れてしまった。

 半信半疑であの人の名前を呼ぶと、一瞬あたしに目をやってから皆に軽く頭を下げる。

 言葉が出ない。それは他の皆も同じで、何を言えばいいのか迷っている。

 あたしたちの反応にミストさんは特に気にする風でもなく、怪訝そうな顔を浮かべた。

 

「……どうかしたか?」

「あ、いや……」

「どうかしたかって言われると……」

「なんと言えばいいのやら……」

「そう、だな……」

 

 聞かれ、しどろもどろになるキリトさんたち。

 無言でミストさんのことを見つめていると、視線に気づいたミストさんがあたしを見る。

 

「どうした、シリカ」

「ミストさん……ですよ、ね?」

「ああ。長い間1人にさせて、悪かったな」

 

 どことなく哀しげな笑みを見せて、ミストさんはあたしの頭に手を置く。

 なんでだろう。今のミストさんは……どう見たってなにかある。けれどそれが何なのか、どうしても分からない。

 

「……ミスト、シリカから聞いたぞ。2週間もどこにいたんだ」

 

 少しキツイ口調で、キリトさんがみんなの気になっていたことをついに聞きだす。

 ミストさんはキリトさんを一瞥し、自身の装備に目をやってコートの裾を少し広げた。

 

「この通り、新装備のドロップに精を出していた。今後戦っていくには厳しいと感じていたんでな」

「けどお前……思いっきり変わってるじゃないか。《盾剣技》とかはどうしたんだ?」

「ああ、少しスピード重視にスタイルを変えたんだ。盾持ってると色々と不都合だから」

 

 「不都合だから」と言うミストさんの答えに、あたしだけじゃなくキリトさんたちも驚く。

 ミストさんが今まで絶大な信頼を寄せてきた《盾剣技》が、不都合だからとあっさり切り捨てた事に。

 盾でも限定的にソードスキルを使えるというアドバンテージがあったからこそ、ミストさんは今まで戦ってこれたのに。

 今更盾なしの片手剣士なんて……どうして?

 何もかも変わり果てたミストさんに戸惑っていたら……また転移門から転移する音が聞こえ、ミストさんは振り返る。

 

「来たらしいな」

 

 物々しい集団が歩いてくるのを見ながら、ミストさんは呟いた。

 幹部の人たちを従え、先頭を立って歩く赤い鎧を来た人――《血盟騎士団》団長のヒースクリフさんが姿を見せ、他の人たちも緊張感に包まれるように感じる。

 ヒースクリフさんはポーチから回廊結晶を取り出して掲げ、キーワードを唱えると目の前の空間に波紋が広がり、結晶は砕け散った。

 

「さあ、行こうか」

 

 ヒースクリフさんがその場にいた全員に声を掛け、波紋を通り抜ける。他の人たちもそれに続いて続々と波紋を潜っていった。

 キリトさんとアスナさんが潜っていくのにあたしたちも続いていく。

 転移先のボス部屋前は静かだったけど、それが逆に嫌な感じだった。静かすぎて耳が痛くなりそう。

 先に転移してきた人たちは最後の準備をしている。

 ……聞くところによると、ここのボス部屋も結晶無効化エリアで、それに1度入ったら扉が閉じられて出られない……つまり、逃げられないってことだよね。

 不安に駆られるあたしがミストさんを見ると、ただ1人、ミストさんだけは無表情を保っていた。

 ……やっぱりおかしいよ。ミストさんに何があったの?

 聞きたいけど、今は聞いている時間がないのがもどかしく感じる。

 と、視線に気づいたミストさんがあたしに顔を向け、また少し哀しそうな笑みを浮かべた。

 

 ――なんで、そんな哀しそうに笑うんですか。

 

 言葉にしたくても出来ない。

 呆れたり、楽しそうだったり、色々な顔を見せてくれたミストさんだったけど、そんな哀しそうに笑うことは1度だってなかったのに。

 

「準備は良いかな」

 

 やがて他の人たちの準備が終わり、ヒースクリフさんが全員を一瞥して声を掛けた。

 

「基本的には《血盟騎士団》が前衛で攻撃を食い止めるので、その間に可能な限り攻撃パターンを見切り、柔軟に反撃して欲しい。厳しい戦いになるだろうが、諸君の力なら切り抜けられると信じている。――解放の日のために!!!」

 

 他の人たちが威勢よく吠える中、ミストさんが「――――くせに」と何か呟いたような気がした。

 扉が押し開き、ゆっくりと開いていく。各々武器を構え、いつでも踏み込める状態になっていた。

 あたしもダガーを構えるが、不意に抱き寄せられて目を丸くする。

 

「ミストさん……?」

「……ごめんな」

 

 突然抱きしめられて戸惑うあたしの耳に、そんな言葉が届いた。

 なんでいきなり謝るのか、いきなりの事に戸惑うあたしは分からなかったが、きっと2週間も放っておいての意味だろうと解釈する。

 

 ――そのごめんの本当の意味に……気づかないまま。

 

「だったら、終わったらまた思う存分遊んでくださいよ」

「……ああ、そうだな」

 

 名残惜しそうにミストさんは手を離し、あたしから離れて剣を抜く。

 翼のように広がる鍔に、赤い刀身の剣。装備が変わっても『赤』がメインカラーなのは、やっぱりミストさんだ。

 

「戦闘開始!」

 

 ヒースクリフさんの号令と共にあたしたちはボス部屋に流れ込んでいく。

 丸く円状に切り取られた平坦なフィールド。暗いけれどボスの姿は見えない。

 と、あたしたちが入ってきた扉が勝手に閉じ、そのまま透けるように消えていった。

 

「……何も、起きないぞ」

 

 誰かが上擦った口調で呟いている。

 でも、確かにいるはず……どこに?

 

「――! 上よ!!」

 

 突然アスナさんが上を見上げながら叫んだ。

 遥か遠い天井。そこに張り付いていたのは――

 骨で出来たムカデのように長い体に鎌のように鋭い腕を1対持った、遠目からでも分かる巨大なモンスターだった。

 名前は『スカル・リーパー』……。

 張り付いていた『スカル・リーパー』が離れ、地上に落下してくる。

 

「固まるな! 距離を取れ!」

 

 素早く皆に注意を促したヒースクリフさんに従い、皆落下地点から遠ざかろうとする。

 けど、恐怖に足が竦んで動けない人たちがいた。

 

「こっちだ! 走れ!!!」

 

 とっさにキリトさんが叫び、我に返って離れようと動き出す。

 その直後に『スカル・リーパー』が降りて、着地の振動で足元を掬われた。

 ダメ――間に合わない!

 

 ギィインッ!!!

 

 反射的に目を逸らしたあたしだったけど、鋭い金属音に思わず目を向ける。

 

「ミスト……!」

 

 キリトさんも思わず驚いていた。

 

「っ……!」

 

 いつの間にか『スカル・リーパー』の正面まで接近していたミストさんは、手にした剣を両手で支えるような形で鎌の様な腕を受け止めている。

 

「早く……下がれ!」

「ひっ!」

 

 その眼光か、それとも目の前の光景に怯えたプレイヤーの2人は脱兎の如く『スカル・リーパー』から離れた。

 ミストさんはそのまま刃を下から掬い上げるように跳ね上げ、自身も飛び上がる。

 

『カカカカカカッ』

「煩いんだよ!」

 

 『スカル・リーパー』に向けて言い放ち、握り締めた左手が顔を殴りつける。

 一瞬後ろのめりに怯む『スカル・リーパー』にさらに2度蹴りつけ、【バーチカル・スクエア】を高速で叩きつけた。

 

「……すごい」

 

 その圧倒的な光景にあたしだけじゃなくてキリトさんも呆然とさせられている。

 けど、スキルの発動硬直と着地の隙を狙って『スカル・リーパー』が鎌を薙ぎ払った。

 その瞬間、鎌とミストさんの間にヒースクリフさんが割り込み、盾で鎌の一撃を受け止める。

 完璧なタイミングだった。ミストさんの動きを読んで、隙を完全にカバーしている。

 

「ぼさっとするな! キリト、アスナは2人で鎌を食い止めろ! 2人がかりなら防げるはずだ!」

 

 立ち尽くしていたあたしたちにミストさんが振り返って一喝する。

 我に返ったあたしたちも、ようやく攻撃に参加した。

 

「残りは側面から攻撃しろ! 盾を持たない奴は深追いしないで一撃離脱に専念、盾持ちは攻撃を防げるからって油断するな! 足でもこいつの一撃は重い!」

 

 まるで攻撃パターンを知っているかのような口ぶりで皆に指示を出し、ミストさんは正面から『スカル・リーパー』に挑む。

 防御は一切せず、攻撃一辺倒。けれどヒースクリフさんが的確に防御する事でその欠点を埋めている。

 

「シリカ、あいつの下に潜り込めるか!?」

「や、やってみます!」

 

 ミストさんの指示にあたしは応えようと動く。

 スライディングして『スカル・リーパー』の懐に潜り込み、【トライ・ピアース】で下から突き上げた。

 さらに足の間を潜り抜けたクラインさんも下から斬り上げる。

 それを煩わしく感じた『スカル・リーパー』が足を内側に向け、あたしとクラインさんを攻撃しようとした刹那、【ヴォーパル・ストライク】の音と共に飛んできたミストさんがあたしたちを攫いつつ突き抜けた。

 

「ミスト……おめぇ」

「……油断するな」

 

 降ろされたクラインさんはミストさんを見上げながら呆然としている。

 けれどミストさんはクラインさんに目もくれず、すぐに背を向けて走り出した。

 ただただ凄いとしか言いようがない。あたしたちの攻撃だと『スカル・リーパー』のHPバーは動いてないのに、ミストさんの攻撃は僅かだけど確実に減っているのが見て取れる。

 けれど、『スカル・リーパー』はそれまで戦ったどのボスよりも圧倒的に強すぎて、悲鳴と共に1人、また1人とガラスの砕けるような音と共に砕けて消えた。

 ミストさん、ヒースクリフさん、キリトさん、アスナさんの4人が必死に食い止めているけど、暴れる『スカル・リーパー』を食い止めるのは厳しい。

 それでも皆、必死になって『スカル・リーパー』に挑んでいく。座り込んでいたあたしとクラインさんも立ち上がって攻撃を再開した。

 それから先のことは……あまり覚えていない。

 覚えているのは誰かの悲鳴と、ガラスが砕け散るような音の2つ。

 ただ生き残る事と倒す事に必死になって、気付いた時には『スカル・リーパー』の5つあったHPバーも1本になっていて、残り数ミリ単位まで削られていた。

 

「全員突撃!」

 

 気付いたヒースクリフさんの号令で、弱りきった『スカル・リーパー』に全員で畳み掛ける。

 抵抗する力もない『スカル・リーパー』へ、全員必死の形相で武器を叩き込んでいった。

 そして――

 最後のHPゲージが削り取られ、最後の悲鳴と共に『スカル・リーパー』はガラスが砕ける音と共にポリゴンを崩壊させて消滅した。

 終わった……勝った、けど……誰も勝利の余韻に浸る人はいなくて、地面に座り込んだりしている。

 あたしももう、疲れ果ててミストさんの隣で座り込んでいた。

 ミストさんも疲れているはずなのに……何故かポーションを飲んでHPを回復している。

 そして――

 

 赤と黒の剣がぶつかり合い、火花を散らせた。




 さあ、最終決戦第1ラウンド。スカル・リーパーさんはあっさり退場しました。
 この回からはミスト君の視点ではなく、他からの視点で進んでいきます。今回はリズとシリカの2人ですね。
 んでもってミスト君無双。強さの指数的にはヒースクリフと同レベルって所でしょうか。《魔装術》は次回のとっておき……と言うか、集団戦じゃ味方への被害も大きいから向かない。かと言ってソロだとHP管理をより一層気をつけなきゃ死ぬし、使いどころ難しっ!
 次回はある意味本作のクライマックスにしてラストバトル。最終回でヒースクリフとのバトル、入れたほうがいいかなぁ。結果は結局同じだから蛇足になりそうな気がしなくもない。って所でバトル突入直後で考え中です。
 さてさて、果たしてミストはどうなるのか……って、あれだけフラグ立てまくってれば皆さん察しますよねー。
 寝て起きたらデスゲームに巻き込まれていたこの作品も、残すところあと2話! それでは次の土曜日に!


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第14話 ぶつかり合う想い

 戦う前に精神攻撃は基本。


第14話 ぶつかり合う想い

 

 

 誰も勝利した事を喜ぶ奴はいない。

 当然だ。いくらクォーターポイントとは言え、異常な強さを誇った『スカル・リーパー』との戦いで多くのプレイヤーが死んだから。

 

「……何人やられた?」

 

 いつもは明るいクラインの沈んだ声に、俺はマップを呼び出して、この場から消えた人数を確認する。

 

「……10人死んだ」

「……嘘だろ」

 

 エギルだけではなく、それを聞いたほぼ全員の顔に絶望の色が浮かび上がる。

 当然だ。今まで大なり小なりの被害は出たが、ここまで大規模な被害を出したのは久しぶりだったはずだ。

 

「あと25層もあるんだぜ……」

「本当に俺たちは……てっぺんまでたどり着けんのか……」

 

 諦めるような空気が漂い始めて、俺も後ろにいたアスナも辺りを見回した。

 ……そんな中、ただ1人ヒースクリフだけが立っている姿を見て、俺は違和感を覚える。

 あれだけ激しい戦いだってと言うのに疲労した様子もなく、HPゲージは相変わらずイエローゾーンに落ちていない。

 ――その光景を見て、ふとデュエルした時のあの一瞬が……最後の瞬間、異常な速度で引き戻された盾が脳裏をフラッシュバックした。

 ……まさか、けど……だとしたら……。

 確かめる必要がある。俺は傍らに置いた「エリュシデータ」を拾い上げた。

 

「――キリト君?」

 

 俺の動く気配に気づいたアスナが振り返る。

 けれど、悟られるわけにはいかなかった俺は無言を保ち――ヒースクリフ目掛け飛び出した。

 同時に片手剣の基本突進技【レイジスパイク】を繰り出し、気付いたヒースクリフが驚愕の表情を浮かべてとっさに盾で防ごうとする。

 だがもう遅い。俺の突き出した「エリュシデータ」の切っ先は確実に捉え――

 

 ――捉えたはずの切っ先は、横から飛び出した赤い剣閃によって弾き飛ばされた。

 

「っ!?」

 

 読まれていた? けどヒースクリフじゃない。あのタイミングでは防御も迎撃も間に合わない。

 だが、迎撃したのは当のヒースクリフではなく、予想外の人物だった。

 

「ミス……ト……ぐっ!?」

 

 赤いコートを翻し、青い光を纏った剣を振り下ろして「エリュシデータ」を弾いた人物に俺は意表を衝かれ、続けて繰り出された蹴りに反応が遅れて直撃を貰い吹き飛ばされる。

 

「――言っただろうヒースクリフ。ここで感づかれると」

 

 淡々と、静かに語りながらミストは俺の前に立ちはだかっている。

 俺を見下ろすその目はまるで氷のように冷ややかな物だった。

 

「ふむ……確かに君の言うとおりになったな」

「分かっていたなら対策ぐらい取っておけばよかっただろう」

「君ならきっと、こうしてくれると信頼していたのだよ」

「よく言う……」

 

 2人にしか分からない会話に俺たちは完全に取り残されていた。

 どうしてミストが……ヒースクリフを庇うのか、ショックが大きかった俺は言葉を失っていた。

 

「さてキリト……なんでヒースクリフに不意打ちしたかの理由だが、当ててやろうか? お前はずっと考えていた。この世界の創造主は今どこで俺たちを観察し、世界を調整しているのか、って」

「なんで……それを」

 

 誰にも言った事のない事を言い当てられ、さらなる衝撃を受けてしまう。

 

「けど、今の今まで単純な心理を忘れていたんだろう。他人やってるゲームを隣で見ていることほど、つまらない物はない……ってな」

「……ああ」

 

 得体の知れない恐怖を抱きながらも、俺は立ち上がって肯定する。

 

「なら、その答えを見せてやる」

 

 言うが否や、ミストはその場で左に半回転し、同時に剣をヒースクリフに叩きつける。

 狙い澄ました首を狙った刃は、しかし紫の障壁によって阻まれてしまった。

 

〈Immortal Object〉

 

 ユイが攻撃を防いだ時と同じ……システム的不死……!

 

「……いきなり危ないではないか」

「どうせキリトに見破られたんだ。隠し通すのは無理だろう」

「それもそうか……いや、素晴らしいよキリト君。君ならいつか私の正体に気づくとは思っていたが、本当にここで気付くとは思わなかった」

「……それは、自分の正体を認めるということか。――茅場晶彦」

 

 誰もが息を呑む。そして、その男は口角を釣り上げて笑った。

 

「その通りだ。君の読みどおり、私が茅場晶彦であり、このゲームの最終ボスとなる男だった。だが残念だったね、君よりも早く私の正体に気づいた人間が、1人だけいる」

「それがお前なのか……ミスト」

「そうだ。とは言ってもカンニングに近いが――。付け加えれば、俺はこの男の仲間さ」

「…………!」

 

 あっさりと認めた挙句、この場に居る全ての人間を敵に回す発言に全員に衝撃が走る。

 どうやってミストはヒースクリフの正体を……? いや、それよりどうしてそいつの仲間になったんだ……!

 

「どうして……! どうしてだミストッ!」

 

 信じたくない。けれど現実に、ミストはヒースクリフを守った。

 チラ、と後ろを伺うと、シリカがショックのあまり倒れそうになってアスナがとっさに支えている。

 

「利害の一致だ」

「利害……だって?」

「ああ」

 

 それ以上答える気はないのか、ミストはそれっきり口を閉ざしてしまう。

 どうしてヒースクリフの仲間になる事で、2人にメリットが生まれるんだ……? 茅場から何かを優遇される? いや、あれでフェアを心がけているあいつが肩入れするとは思えない。

 

「そんなこと……どうでもいいっ!」

 

 その時、《血盟騎士団》のプレイヤーの1人がゆらりと起き上がった。

 

「俺たちの忠誠……希望を、よくも……よくもっ……よくもォォッ!」

 

 叫び、剣を振り上げてヒースクリフに飛び掛る。

 だがその間に割って入ったミストがあっけなく剣をいなし、そのまま顔を殴りつけて弾き飛ばした。

 

「ミスト……!」

「悪いな、外野は少し黙っていてくれるか? 今ここは大事なイベントの最中なんだ。ゲーマーならそれくらい分かるだろ?」

 

 小バカにするように先ほど殴りつけた《血盟騎士団》のプレイヤーを見下して笑う。

 未だに信じられなかった。ミストがこんな事をするなんて。

 以前のあいつなら、理由もなくあんな風に人を見下す事はしなかったのに……。

 

「ヒースクリフ、こいつらを任せる」

「……まあいいだろう」

 

 肩を竦めたヒースクリフは、素早くウィンドウを開いて操作する。

 次の瞬間、1人…また1人と状態異常が発生して動けなくなっていった。

 マヒのアイコン……ゲームマスターの権限を使えば他人のプレイヤーの状態異常すら操作できるのか。

 気付けば俺とミスト、ヒースクリフの3人を除いて全員がマヒ状態に陥っている。こうなったら自力で解除する事は出来ない。

 

「ここで全員を殺して……隠蔽するのか」

「そんな理不尽な真似はしないさ。こうなっては仕方ないが、これもネットワークRPGの醍醐味と言えるか……私は最上層の紅玉宮で君たちが訪れるのを待つことにしよう。ここまで育ててきた《血盟騎士団》、攻略組プレイヤーを途中で放り出すのは不本意だが……なあに、君たちの力なら、きっとたどり着けるさ――と、言いたいところだが」

 

 そこで区切り、ヒースクリフは笑う。

 

「キリト君には私の正体を看破した報酬を与えなくては。だが、ただ与えるのはつまらない。そこで、彼と――ミスト君と戦ってもらおう」

「なん……だと……」

 

 戦う……? 俺が、ミストと?

 

「これは2人に対する試練だよ。お互いの目的のため、どちらかを殺してどちらかが生き残る。キリト君が勝てば私に挑む権利を、ミスト君が勝てば私は最上層で君たちを待とう」

「ふざけるなっ! そんなことできるわけ……!?」

 

 拒絶しようとした俺だが、前に進み出たミストを見て最後まで言えなかった。

 

「良いだろう。俺の目的のためにも……キリト、お前は最大にして最後の障害だ」

「なんでだ……なんでなんだミストッ! 俺たち仲間じゃ……友達じゃなかったのか!」

 

 最初に出会った時は変な奴だと思った。

 攻略組という割には動きが素人で、かと思えば珍しいスキルを持っていて。

 話してみればからかわれたりするけど悪い奴じゃなくて、なんとなく気が合って。

 ビーターと呼ばれて差別されていた俺に対してもなんにも疑問に思わずに声を掛けてくれて……。

 数少ない歳の近い知り合いで、一方的でも友達だと思っていたのに……!

 

「……お前も、そう思ってくれていたんだな」

「え……?」

 

 その言葉と共に、哀しげな笑みを浮かべたミストに意表を衝かれる。

 なんでそんな顔をするんだ。俺を障害だと言っておきながら。

 

「なあキリト。最後に1つだけ聞きたい。お前は向こうへ……現実世界へ帰りたいと思うか」

「そんなこと……帰りたいに決まってる!」

 

 攻略前にアスナと話していた。

 今、現実にある俺たちの身体は病院のベッドの上でどうにか生かされている状態で、何年も無事に続くとは思えないと。

 ゲームをクリアできるできないに関係なく、タイムリミットは存在する。

 残り25層……あとどれだけかかるか分からないのに、このチャンスを逃せば……100層に行く前に俺たちは死んでしまうかもしれない。

 

「お前だってシリカと向こうで会いたいだろう!!!」

「……そうか」

 

 俺の想いが届いたのか、ミストは剣を下ろして俯く。

 ……分かって、くれたのか。

 

「……そうだよな。お前ならきっと、そう言うだろうな」

「ミスト……!」

 

 通じてくれたと思った俺はほっとして安堵の表情を浮かべる。

 けれど――顔を上げたミストの瞳には、冷徹な色がはっきりと宿っていた。

 

「なら、ここでヒースクリフを殺させるわけにはいかない」

「え……?」

 

 はっきりと拒絶の言葉を告げられ、俺は一瞬その意味が分からず呆ける。

 

「どう……どう言うことだ。なんでそんな……」

「お前の言葉が全てだ。俺とお前の願いは、絶対に相容れることはない」

「相容れないって……なんだよ、なんなんだよ! どうしてそこまでヒースクリフに肩入れする! お前の願いって何なんだ!!!」

「言ったところで理解されないし、何も変わらない。――構えろキリト。俺は……お前の、敵だ」

「ミスト!」

 

 もう……俺の言葉はミストに届かなかった。

 赤い長剣を構えたミストは振り被りながら俺に迫る。動揺と混乱から立ち直れなかった俺は回避が間に合わず、「エリュシデータ」で剣を受け止める。

 

「やめて! ミスト君! こんなの……こんなのおかしいよ! なんで2人が戦わなきゃいけないの!」

「やめてください! ミストさん! ミストさんっ!!」

「ミストやめるんだ!」

「やめろぉー!」

 

 アスナが、シリカが、エギルが、クラインがミストに叫ぶが、全てミストに届かない。俺はといえばミストの猛攻に防戦になるばかりだった。

 

「(強い……っ!)」

 

 パワー、スピード共に俺が知っているミストとは比べ物にもならない。

 ただステータスが優れていると言うだけではない。凄まじいまでの意思の力と呼ぶべき物がミストにさらなる力を与えている。

 何度も打ち合うが俺はミストに手を出せず、突き出された剣を受け流して左腕で殴ろうとすると、それを読んでいたミストはバックステップで距離を取りつつピックを数本投げつけてくる。

 4本のピックを弾き落としている間に2度バックステップで距離を取ったミストは、ようやく立ち止まった。

 

「何故反撃してこない」

「出来ない……俺にはお前と戦う理由はない」

「理由……か。俺にはある。ここでお前にヒースクリフを殺されるのは困ると言うな」

「だから! どうしてなんだ! 理由を言ってくれ!」

「言った所で意味はない……早く《二刀流》を使え。本気で来ないとお前が死ぬぞ?」

「……嫌だ」

 

 俺にはミストと戦う理由も、殺す理由だってない。

 もし殺してしまったら……シリカになんて言えばいいんだ。

 

「嫌……か。甘いなお前は。それでヒースクリフに勝てると思うのか」

「仲間を殺したくないと思っちゃいけないのかよ!?」

「言っただろう、俺はお前の敵だ。――少し、面白い話をしてやる」

 

 構えを解き、剣を肩に担いだミスト。だがその姿には一切の隙は見当たらなかった。

 不意を衝こうとしても、間合いに入り込めば即座に斬られる……そんな予感を俺は抱く。

 

「キリト、お前はこの世界で間違いなく最強の剣士だ。その《二刀流》は最大の反応速度を持つプレイヤーに与えられるユニークスキルで、そしてヒースクリフの《神聖剣》は不死属性を偽装するための物……ヒースクリフ曰く、ユニークスキルは他にも8種類存在し、中でも《二刀流》は魔王を倒す勇者の役割を期待していたらしい」

「……何が言いたいんだ」

ヒースクリフ(コイツ)は言った。ただ唯一、10番目は他とは違う……最後のユニークスキルは魔王をいかなる手段を用いても倒す代行者(保険)であり、最終手段(禁じ手)だと。――――とは言え、それは魔王と手を組んだ1人のプレイヤーが手に入れてしまったがな」

「1人のプレイヤーって……まさか」

 

 その言葉に、俺は1つの可能性にたどり着く。

 ミストは静かに剣を眼前に持って行き……刀身の根元に左手を沿え、目を閉じた。

 

「キリトが『最強』で、ヒースクリフが『最高』なら――魔王に魂を売ってでも俺はなろう。『最凶』にして『最悪』の剣士に……!」

 

 次の瞬間、剣先に向かって沿えた左手を動かすと刀身に何かの文字が浮かび上がると共に赤い光を纏っていく。

 その異様な光景を目にして、俺は息を呑んでいた。

 

「ミストも……ユニークスキルを……」

 

 詳細不明のユニークスキルに俺は最大限警戒する。

 いったいどんなスキルなのか……皆目見当もつかない。

 ミストは左手を握り締め、右肩に持っていくように動かす。

 ――と、手に赤い輝きが宿り、次の瞬間腕を振るったと同時に無数の炎が弾き出された。

 

「なっ……!?」

 

 なんだよこれ!? 予想の斜め上を行く現象に俺は目を向き、迫る大量の炎を「エリュシデータ」でどうにか弾き落とす。

 だが炎に意識を向けていた隙を狙ったミストが、間合いを詰めて左腕全体を赤く輝かせて突き出した。

 とっさに身体を後ろに引かせるが、目の前でミストの腕の先から強烈な爆発が起きて吹き飛ばされてしまう。

 

「がっ……!」

 

 どうにか致命傷は避けたが……あれが直撃していたら危なかった。もしかしたらあの一撃でHPが全損していたかもしれない。

 地面に倒れこむ俺を見下ろしながら、ミストはゆっくりと突き出した腕を下ろしていく。

 俺だけじゃない。一部始終を見ていた全員がその光景に目を疑っていた。

 

「なんだよ……そのスキルは……!?」

「《魔装術》。いかなる犠牲を払ってでも目の前の敵を滅ぼす、最強にして最悪の力さ。そうだな……SAOにはないはずの『魔法』に近い力を使える、って言えば、分かりやすいか?」

 

 魔法……確かに、炎の弾丸や爆発するソードスキルはSAOにはないから、それを簡単に説明するなら魔法と言えば分かりやすいかもしれない。

 けど、なんだ……? ミストの説明にはまだ裏があるような気がする。

 ……と、意識を逸らしていると突然身体が重くなって身動きが取れなくなった。

 

「ぐっ……!」

「便利だよなぁ? 範囲内の対象物の動きを抑え込める超重力って言うのは。鍛えれば『スカル・リーパー』みたいに巨大なモンスターすらも押し潰せるらしい。今の俺には中型を抑えるのが精一杯だが」

 

 説明しつつ、俺がもがく様を楽しげに見下ろすミスト。

 ……気のせいか、さっきよりもHPゲージが減っている気が……。

 

 ――いかなる犠牲を払ってでも目の前の敵を滅ぼす、最強にして最悪の力さ。

 

 さっきミストが言っていた言葉の、本当の意味はまさか……!

 

「ミスト……まさか、そのスキルは……!」

「気付いたか。察しの通りだ」

「まさか……なんで、そんな物を……!」

 

 信じられない。けどミストが肯定したと言う事は俺の推測は事実だと言う事だ。

 ユニークスキル《魔装術》……その力は確かに圧倒的だが、力を使うには対価がいる。それは――。

 

「自分のHPを……消費する……!」

 

 どうにか重力に対抗しようとしながらそれを口にすると、全員に衝撃が走った。

 誰だって信じられないだろう。この世界でHPが0になれば本当に死ぬ。いくら入手法が判明し、強力無比であろうとそんな致命的な欠陥があるなら誰も手に入れようとは思わない。

 

「例え自分の命を犠牲にしてでも、成し遂げなければ行けない目的がある。これはその『覚悟』を試される力だ。自分の命1つで魔王を倒せるなら、安い物だろう?」

「違う……! そんな力は……邪道、だ……!」

「邪道、か。確かにそうだな、お前の《二刀流》と俺の《魔装術》はいわば光と影。本来いくつもの条件をクリアしなければ解禁されない力を、俺はヒースクリフから与えられた。《魔装術》本来の役目は、他のユニークスキル持ちが倒された時の代わりになる物だったからな」

「どうして……そこまでして力を……求めるん、だ。ミスト……!」

「こうまでやらないとお前を倒せないからだ。その甲斐あって、腑抜けた臆病のお前をこうして圧倒できるんだから……けど拍子抜けだ」

 

 落胆したように肩を落としたミスト。

 戦えるわけがない。俺たちが戦う理由なんて……見つからないじゃないか。

 ふと、今まで俺を見ていたミストが、俺から視線を外した。

 

「戦えないなら、戦う理由を作ってやろうか」

「なに……?」

 

 意味深な言葉と共にミストは真っ直ぐ――マヒで動けないアスナとシリカのところに歩いていく。

 ――まさか。

 ――――まさか。

 

「戦う気のない奴を殺しても虚しいだけだからな。アスナ、悪いが俺に殺されてくれ」

「ミスト君……嘘、でしょ? 嘘だよね……?」

「や……やめてください! ミストさん! なんでキリトさんを……アスナさんを殺そうとするんですか! こんなの……絶対おかしいですよ!」

 

 シリカの懇願をミストは一切無視して、目を見開くアスナの前までやって来ると見下ろし、剣を振り上げた。

 本気だ。本気でミストは……アスナを――――!

 

「ぐっ…うぅっ――――うおおおおおぉぉっ!!!!」

 

 その瞬間、俺の中で何かが音を立てて切れ、重力による束縛を振り切って跳ね起きて走り出す。

 そして背中の「ダークリパルサー」も抜き、ミストに【ダブル・サーキュラー】を放った。

 

「ミストオオオオオッ!!!!」

 

 吠え、2本の剣を微妙な時間差で突き出す。

 気付いたミストは振り返り、ニヤリと嗤いながら2本とも見事に受け流した。

 

「やっとその気になったか……!」

「殺す……! お前に、アスナを殺させはしない!」

 

 今の俺に躊躇いはない。

 ミストを完全に『敵』と見なし、間合いを詰めて上下左右から高速の斬撃を繰り出す。

 片手剣1本だけのミストは2本の剣を受け、弾き、逸らしていくが、俺の攻撃速度のほうが速い。

 けれど、ミストの左腕に装備した小手は盾の性質も持っているのか、かなり硬いそれを巧く使って防いでいる。

 

「足元が留守だぞ!」

「ぐっ!?」

 

 そう言い放った瞬間、俺は足元に何かが引っかかってバランスを崩した。

 一瞬足元に目を向けると、柔道の内刈りをするようにミストの右足が俺の左足を刈って俺のバランスを崩したらしい。

 後ろに倒れこみそうになる俺に、左腕を赤く輝かせながら突き出してくるミスト。とっさに「ダークリパルサー」を掲げると構わずそれを掴み、次の瞬間爆発が起きた。

 弾き飛ばされる俺。「ダークリパルサー」も中ほどから折れてしまっている。

 『スカル・リーパー』との戦いでかなり耐久値が減っていたが……それでもあのスキルは異常な破壊力を持っているらしい。

 けど《二刀流》が使えなくても負けるわけにはいかない! 俺が負ければアスナだって殺される!

 

「ふっ……」

 

 嘲笑を浮かべ、ミストは別のソードスキルを発動させる。けれどシステムが不発したのか、何も起きた様子はない。

 チャンスだ……今なら硬直を狙える!

 

「はっ!!!」

 

 片手剣の上段突進技【ソニック・リープ】を放つ。硬直も短いこれで、さらに追撃を――!?

 

「なっ!?」

 

 だが俺の目論見は予想外の結果に終わった。

 硬直で動けないと思っていたミストがまさか動き、間合いの外から剣が振り上げたかと思うと、俺の肩口から腰にまで赤いダメージエフェクトが発生してHPが削られる。

 発動中に攻撃を受けて【ソニック・リープ】は当然キャンセルされ、俺は勢いを急速に失っていき、硬直を狙ったミストの回し蹴りで吹き飛ばされた。

 

「甘いなキリト。少なくとも《魔装術》を相手に常識的に考えないほうが身のためだ。こいつは他のユニークスキルの代わりになる役目を与えられたんだから、何かしらの特徴を持っていても不思議じゃないだろう?」

「な……じゃあ、1つのスキルで他のユニークスキルを使えるって事か……!?」

「大体そんな感じだろう。相応の(リスク)を払い、相応の(リターン)を得るんだからな」

 

 つまり俺は……俺やヒースクリフを含めた、他にも存在するであろう9種類のユニークスキルを相手にしているってことなのか……!

 これが、最終兵器……自分の命を差し出して力を手に入れる《魔装術》……。

 けど……だからって負けられない! ミストが言ったとおり、少なくとも反応速度は俺が勝っているなら……!

 起き上がり、再びミストに斬りかかる。だがミストは剣の間合いの外から振るい、どうにか剣の軌道から見えない攻撃を防いでいく。

 射程距離拡張系の能力……しかも拡張したリーチは目視できない。他に使われたスキルといい滅茶苦茶だ!

 だがその分対価となるHP量もかなり多いらしく、イエローゾーンを大きく切っていた。

 使えば使うほど、死に近づいていくスキル……こんな物を使ってミストは怖くないのか。

 

「(なんで……なんでそんな哀しい目をしてるんだよ)」

 

 最初はアスナを殺されそうになって頭に血が上っていたが、徐々に落ち着いてくると時折哀しげな色を宿すミストの目やけに気になった。

 もしかして……ミストはわざと俺を挑発させて戦う気にさせたんじゃないだろうか。

 ……でも何のために? もう、どれが本当のお前の顔なのか、俺には分からないんだ。

 

「くうぅっ!」

「ああっ!」

 

 ぶつかり合う赤と黒の剣。あれだけ多くのソードスキルを使ったためか、ミストはそれっきりソードスキルを使ってくる気配はない。

 いや、あくまで振りかもしれない。強力無比で未知数なスキルを相手にこっちがソードスキルを使うわけにはいかない。それを狙って何かを仕掛けてくる可能性もある。

 剣の腕はほぼ互角。最初に出会った頃は頼りなく感じていたのに、今じゃ俺と渡り合えていた。

 いや、ただ剣の腕だけを比べればまだ俺に分がある。互角に渡り合えているのはミストが蹴りや拳打も交ぜているからだろう。

 剣がぶつかり合い、ミストは滑るように回り込みながら肘鉄を繰り出してきて、俺は前に屈むようにして避け、その勢いを利用して右足を蹴り上げる。ミストはそれを左腕の小手で受け止め、サイドステップで距離を取って体勢を立て直すと、また炎の弾丸を飛ばしてきた。

 回避は難しいそれらを、1つ1つの弾道を見極めて「エリュシデータ」で叩き落していく。

 だがこれは囮だ。弾幕に紛れて接近してくる……そう思っていたら、今度は銀色に光る物体が飛んできた。

 

「(ピック!?)」

 

 さらに囮を入れられて俺は意表を衝かれるが、ピックの威力は大きくない。それに炎の弾丸よりも軌道が直線だったから迎撃は容易だった。

 

「――そこか!」

 

 そして今度こそ本命が姿を見せた。

 姿勢を低くし、地面を這うように駆けて、ミストが左側から姿を現す。

 

「こっのおおおぉぉ!」

 

 突き出された剣の切っ先を払い、カウンターで蹴り上げる。辛うじて左腕で防いだミストだったが、衝撃で弾き飛ばされた。

 行ける。空中に浮いたミストに【ソニック・リープ】を放とうと剣を背負うように構え、発動する。

 だが……ミストはニヤリと嗤うと、突然空中で静止し、体勢を立て直した。

 

「甘いって言っただろう!」

 

 振り下ろされた「エリュシデータ」を自身の剣で弾き、そのまま俺の胸倉を掴み上げ、ヘッドバットが炸裂する。

 鼻に鈍い痛みを感じ、そのまま数回回転したミストは地表へ投げ飛ばした。

 叩きつけられて地面をバウンドし、それでもどうにか受身を取って起き上がる。

 残りのHPは少ない……いや、ミストのHPがグリーンゾーンまで回復してる!? あの弾幕の最中にポーションを使ったのか!

 

「避けないほうが身のためだぞ!」

「何を!!」

 

 言うが否や、青白い光を剣に纏い急降下突撃するミスト。どうにかステップで回避したが、ミストは振り返ると共に剣から衝撃波を2発連続で放ってくる。

 目を剥き、さっきの言葉の意味を理解するとともに回避しようとするが、横のリーチが広い上に背後にいるプレイヤーが巻き添えを食らう。

 歯噛みしながら俺は【バーチカル・スクエア】で衝撃波を相殺するが、致命的な隙を晒してしまった。

 しまった、と思った時にはもう遅い。口角を釣り上げたミストは助走をつけ、空中に飛び上がると、落下しながら左腕を振り被る。

 またあの爆発が来る。あれを受ければ今度こそ俺は――!!!

 

「キリト君!」

「ミストさん!」

 

 アスナとシリカが叫ぶ。

 もうミストの間合いに入った。突き出されようとする左腕。ようやくスキルの硬直が解け、俺は迎え撃とうとするが……もう遅い。

 けど――。

 

「え……?」

 

 腕が伸びる寸前、ミストが躊躇うような表情を浮かべ、一瞬腕が止まる。

 その僅かな差で苦し紛れに突き出した「エリュシデータ」の切っ先は、ミストの身体を深く貫いていた。

 何が起こったのか、その状況を理解できなかった俺は、折り重なるように寄りかかってきたミストに呆然とする。

 

「ああ……」

 

 耳元で呟かれるミストの声。俺が良く知る声音で、それはどこか穏やかな物だった。

 

「やっぱ……キリトは強い……な」

「ミスト……お前……」

 

 最後の一瞬、わざと手を止めただろう。

 あの一瞬がなければ、俺はあの爆発を受けて確実に死んでいた。なのに……。

 

「なんで……なんでだよっ!? どうして……お前、こんな……!」

 

 そもそも俺が戦う事を拒絶していた間に殺すチャンスはいくらでもあった。

 なのにわざと俺を怒らせ、本気にさせて、そして最後は……自分から刺されるなんて。

 急速に減っていくミストのHPゲージを見て、俺は反射的に「エリュシデータ」を引き抜こうとするがミストに止められる。

 

「最後の最後……迷ったんだ。俺のわがままを貫けば……シリカ、が……帰れな……」

「止めろ! もう喋るな! 早く手を離せ!」

「いい……これは、俺の罰だ……皆を……裏切った……」

 

 レッドゾーンに入るHPゲージに俺は何とかミストを引き離そうともがくが、それでもミストは離れようとしなかった。

 苦しそうに顔を歪めながらも、それでもミストは笑みを浮かべる。

 

「シリカ……を…………向こう、へ……帰してやって……く…れ…………。俺の……最後の……ねが…い………」

「ミスト……ッ!」

 

 そして――ミストのHPが無くなり、ゲージが消滅すると身体が白く輝きだした。

 パァンッ、とガラスが砕けるような音が目の前で響き、ミストだったポリゴンは砕け散る。

 寄りかかっていたミストの重さは一瞬で消え、キラキラと光るポリゴンの結晶が周囲に拡がって行った。

 目の前の出来事が受け入れられなくて、俺はその場に立ち尽くす。

 

「い――――」

 

「いやあああああああああああああっ!!!!!」

 

 シリカの悲鳴が……空間に響き渡った――――。




 はい、ついに激突したミスト君対キリト君の全力全開最終決戦。
 結果はこんな感じになっちゃいました……まあ、皆にトラウマ刻み付けちゃってます。

 以前から宣言していた通り、この展開は比較的初期段階から決めていました。元々ミスト君が置かれている状況を考えたら、こうなるしかないよなぁと。

 さて、この状態から果たしてどうなるのか……それは、皆さんの投票結果次第になります(爆

 と言うわけで、「寝て起きたらデスゲームに巻き込まれていたんだが。」のエピローグと言うか、最終回はアンケートの結果で展開します! 他にも面白そうな案件があるよ!
 詳細は活動報告を確認してください!


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第15話 終わる世界

 アインクラッド編、ついに完結……た、多分(えー


第15話 終わる世界

 

 

 ミストが……死んだ。

 

 俺が……殺した。

 

 お互いに殺すつもりだったのに……。

 

 最後の一瞬、ミストは思い留まったのに……俺は……俺は……。

 

 シリカの悲鳴が……残響のように耳の奥に焼きついて離れない。

 

 俺は目の前でミストを……シリカの恋人を殺してしまった。

 

 友達を……。

 

 仲間を……。

 

 俺は……。

 

「――いやはや、これは予想外の結果だった。キリト君には本当に驚かされる」

 

 手を叩く音と共に、今まで俺たちの戦いを見物していたヒースクリフが口を開いた。

 

「まさか《二刀流》を使用不能にさせられながらも、《魔装術》を破るとは。レベルもステータスも、装備の性能すらもミスト君が優れていたはずだが……邪道では正道に勝てない、と言う事か」

「……うるさい」

 

 そんな賞賛……嬉しくもない。

 

「俺は間違いなくミストに圧倒されていた。《二刀流》が健在でも勝てるか怪しかった。でも最後の最後でミストが躊躇わなければ……生きていたのはあいつだったんだ」

「……なるほど、最後の最後で情が湧いたと言う事か。切り捨てたと言いつつ結局切り捨てられなかったわけだな」

 

 全てを悟ったかのようにヒースクリフは肩を竦め、惜しむような、それでいて呆れるような表情を浮かべる。

 

「しかし残念だ。ただ1人になろうとも最上層で私に挑む彼と戦ってみたかったが……」

「ふざけるな…………ふざけるなっ! どうやってミストを引き入れたかは知らないが、あんな力をちらつかせてそれと引き換えに仲間にしたのか、ヒースクリフ!」

「引き入れた? 違うな、むしろ逆だよ。彼が私に協力を持ちかけたのだ。《魔装術》の存在を明かす以前に」

「な……に……?」

 

 思わぬ返答に俺は動揺する。

 どうして……どうしてミストは俺たちを裏切ってまでヒースクリフと手を組んだ。あいつは最後までその理由を話してくれないまま……。

 

「ふむ……彼は自分が『裏切り者』と呼ばれる事を覚悟して行動した。当然、君たちから見れば彼は紛れもなく裏切り者だ。しかし……私の空想に共感してくれた者として、少しばかり彼を擁護したいな」

「擁護……だって」

「そうだ。あるいは、彼はこの結果すらも予想していたのかもしれない……。君たちには全てを話そう。ミスト君の正体を……存在しないはずの1万と1人目のプレイヤーの話を」

 

 そして……ヒースクリフは静かに語りだした。

 俺たちの知らない……ミストが隠し続けてきた秘密を……。

 

 

「はぁ~……」

 

 珍しくお店が暇で、どうした物かとあたしはため息をついた。

 多分この後大量の武器のメンテナンスや製作の注文が飛び込んでくるだろうから、いわゆる嵐の前の静けさって奴なんだけど。

 新しい階層が解放されれば、その都度レアなアイテムがゴロゴロ出てくるんだし……それはそれで楽しみなんだけどねぇ。それよりこの暇を持て余している今が問題よ。

 

「そろそろ終わった頃かしら……」

 

 あれから結構な時間が経ったし、皆帰って来ても不思議じゃないと思うけど……。

 

「……あれ?」

 

 イスの背もたれに寄りかかったところで、不意に通知アイコンが点灯した。

 なんだろう、と思いつつアイコンをタップすると、ギフトボックスにミストから何か届けられている。

 訝しみながらもそれをタップすると、メッセージ録音クリスタルがオブジェクト化した。

 

「…………?」

 

 なんでこんな物をわざわざ送ってきたんだろう。あたしは首をかしげて暫し考えるが、正直思い当たる事がない。

 さすがにここで聞くわけにもいかないし、あたしは2階のリビングに行くと、そこで内容を聞くことにした。

 

『――あ、あー。テステス。えー……ゴッホン。リズベットへ、聞こえてるでしょうか?』

 

 録音されていたのは紛れもなくミストの声。妙に畏まっている声にあたしは微苦笑する。

 ……けど、次の言葉に背筋が凍りついた。

 

『これを聞いていると言う事は、きっと俺が死んでいるということだと思う。死んでなかったらこれ送らないようにキャンセルしてるはずだから。

 なんでかって? まあ……なんて言うかな。俺は75層のボス攻略で、キリトと戦う事になると思う。

 ああ、色々と聞きたいことは山ほどあると思うから、順を追って説明する。これを聞いている頃にはキリトたちもヒースクリフから話を聞かされているだろうから。キリトたちだけに話して、リズだけ仲間外れにするのも嫌だったから、こうしてメッセージを残すことにする』

「なによ……これ」

 

 ミストが死んでいる? キリトと戦った? なんで……なんでこんなメッセージを入れたのか、わけが分からない。

 一瞬冗談だとも思ったけど、流れてくるミストの声は真面目でいて、それでいてあたしの良く知っている声音だった。

 

『――まず最初に、俺は皆にとても大事な秘密を隠していた。それは……俺がこの世界の人間じゃないってこと。

 『え? 当たり前でしょ』ってツッコミはナシな。なんて言うかな……荒唐無稽って言うか、信じられないような話なんだけど、俺は正真正銘、異世界の住人なんだ。この世界……つまりソードアート・オンラインの外にある現実世界とは異なる世界の人間。

 信じられないよな? けど事実なんだよ。どう言えば信じてもらえるか…………うん。リズがキリトのために鍛えた「ダークリパルサー」の材料、あれって55層の西の山に住んでいる白竜の排泄物から手に入れたものだろ。確かこの情報って、誰にも教えてなかったはずだからキリトとリズ以外には知らない、2人だけの秘密だよな?』

「ウソ……」

 

 なんでミストがそれを知っているのよ……。

 確かにキリトの「ダークリパルサー」の材料になった金属……クリスタライト・インゴットは、ミストの言ったとおり55層の西の山に住んでいる水晶を食べる白竜の排泄物だったものだ。

 このことは取りに行ったあたしたち以外、誰も知らない秘密のはずなのに。

 

『これで一応、信じてもらえたかな。なんでこの事を知っているのかっていうと、小説とかで異世界にトリップしたって話あるだろう? 俺もそのパターンなんだ。

 そして、俺の現実世界にとって、この世界……つまりリズたちが本来暮らしていた現実世界は、「ソードアート・オンライン」と言うタイトルのライトノベルだった。

 つまり……俺の現実世界では、リズたちは架空の人物だったんだ。

 ああ、怒るなよ? 怒らせるつもりで言ったんじゃない。例え俺のいた世界でここが空想の世界だったとしても、ここに暮らしている人たちにとっては紛れもなく現実の世界だ。この世界に来た俺も、はっきりとそう答えられる。

 俺がこの世界を知ったきっかけは、仲間から面白いから読んでみろって勧められたからなんだけど、読み終えたらどう言う訳かこの世界に居たんだよ。しかも木の枝に引っかかって寝た状態で。

 それが俺とキリトの最初の出会いで、それからすぐにシリカと出会った。

 最初はどうにかしてこの世界から脱出したいって思っていたんだけどな……誰だって現実でも死ぬゲームなんかやりたくないだろ?

 でもズルズルズルズル先延ばしにして、気付いたらこんなだ。『レッドクリフー』なんてビームブッパするはわわ軍師みたいな2つ名をつけられて、いつの間にやら攻略組! どうしてこうなった……って心境がまさにぴったりだよ』

 

 あっはっは、とクリスタルの中でミストはおかしそうに、呆れたように笑い飛ばす。

 ……けど、急に今まで明るかった声のトーンが落ち込んだ。

 

『……俺が攻略組に近づいたのは、ヒースクリフに接触するためだった。信じられないかもしれないけど、ヒースクリフはこの世界の創造主、茅場晶彦本人なんだ。

 そして俺は、ヒースクリフに自分から接触した。キリトがヒースクリフと《血盟騎士団》入りを賭けたデュエルをしたことがあっただろ? そのすぐ後だ。

 ヒースクリフの正体を看破して、俺の知っている限りの知識を提供して……その代わりに、俺が俺の居た世界に戻る方法はないのか、聞きだした。

 ……その結果が、天才にも不明だとさ。完全にお手上げ。

 ――それだけなら、まだ良かった。でも、肝心な問題がある。

 俺は皆のようにナーヴギアを被ってこの世界にログインしたわけじゃない。難しい話は分からないけど、ヒースクリフは俺を電脳の状態だろうって言った。

 ゲームがクリアされれば、ナーヴギアを被っている皆はログアウトされる。

 けれど……ナーヴギアがない俺は、元の世界に帰れる保証はない。それどころか、ゲームがクリアされればカーディナルシステムは自らを消滅させ、俺もそれに巻き込まれて消える。当然HPが0になっても帰れる保証はないから死ぬと考えていい』

「そんな……」

 

 ミストが嘘を言っているようには思えない……。

 けど、それが全て事実だとしたら……ミストはどうやっても、死ぬ以外ないってことじゃない。

 

『そして……キリトは75層のボス攻略後、ヒースクリフの正体に気づいて茅場晶彦だと看破し、2人はログアウトを賭けて最後の戦いをする……それが、俺の知っている歴史だ。

 ……皆、現実に帰りたいよな? でも俺は……帰れない。帰る手段がない。俺にとってここが全てで、ここが現実なんだ……。

 別れたくない、消えたくない。でもこのままだとキリトがゲームをクリアしてしまう……。

 ……悩んだ末に、俺は決めた。

 本来100層でクリアされるゲームを、途中でクリアさせないと。

 そのために俺はヒースクリフと手を組んだ。裏切り者って呼ばれる事は覚悟して。

 皆の希望を握り潰す……つまり、俺がキリトを殺して、途中でクリアさせないと。

 だからあれこれヒースクリフの手を借りて、リズにも見せたあんな姿になった。これじゃあ正真正銘、俺がチーターだよな。

 けどこれを聞いているって事は、やっぱりキリトには勝てなかったってことなんだろうけど』

 

 そうだ。

 これはミストが自分の死後に、あたしに宛てた遺言。

 つまり……ミストは、もう……。

 

「っ!」

 

 いてもたってもいられなくなって、あたしはクリスタルを手の上に置いたまま外に飛び出す。

 今更遅いのは分かってるけど、その場でじっとしていられなかった。

 その間にも記録されたミストの話は続き、終わりに差しかかろうとしている。

 

『あ、やっべ……もう時間ないじゃん。えーっと、そう言うわけで、自分で死ぬ前に遺言作るってのも変な感じだけど、こうしてリズにもメッセージを遺しておく事にしました。

 まあ、そんな泣いたりしないでくれ。俺のわがままで帰るチャンスを奪おうとした最低男だから。

 たださ……キリトのことは責めないでやってくれると、嬉しい。キリトも知らなかったんだから。

 あー……できればこのことは、現実でキリトたちに会ったら言っておいてくれると助かる。二度手間は面倒だろ?

 えーっとあとは……最後になるけど、今までありがとうリズベット。俺、お前のこと結構好きだった。変な意味じゃなくて、友達としてだからな?

 できれば結構長めに、俺が確かに存在したことを覚えていてくれると嬉しいかな。

 

 ―――じゃあ、向こうでも元気で。……って、俺が心配する必要ないか。リズは元気なのが取り柄だからな。

 ……うん。それじゃあ――――。

 

 ――――さようなら』

 

 再生が終わり、クリスタルの輝きが失われて手のひらに落ちる。

 泣いたりしないでくれ? 最低男だから?

 そんなの……そんなの!

 

「泣かないはず……ないじゃない……!」

 

 ボロボロと流れていく涙を止められなかった。

 なんで……なんで話してくれなかったのよ。

 あたしじゃなくてもキリトやアスナ……シリカにクラインやエギルだっていたのに……!

 一方的に言って……迷惑かけて! 勝手に死んで! 結構長めに覚えていてくれ!?

 

「バカ……バカ、バカバカバカ!」

 

 忘れるはずがない。忘れようと思っても簡単に忘れられるほど、あたしの中のあんたは影が薄くないのよ!

 

「このっ……大バカミストォォーーーーーーッ!!!!」

 

 やるせない怒りと悲しみを込めて、あたしは空に向かって絶叫した――。

 

 

「――これが私が聞いたミスト君の全てだ。多少の独自解釈も入れてあるが、全て彼の証言を元に推測している」

「……………」

 

 ……言葉が出てこなかった。

 ヒースクリフから語られたミストの秘密……。

 正真正銘異世界の住人で、ログアウトすれば現実世界へ帰れる俺たちと違って、ミストは帰れないと。

 しかも、このゲームがクリアされれば、崩壊するこの世界と共に消えると。

 

「なんで……一言でも、相談してくれなかったんだ……」

「君たちに相談したところで、解決策が出てこないと思ったからだろう。そこで私に接触してきたのは、正しかった。それでも解決策が出ることはなかったがね」

「そうだとしても! 戦う前に話してくれれば俺は戦わなかった! そうすれば……ミストは、死ななかった……!」

「死ななかった……か。それは少し違う」

「どう言うことだ……」

 

 ハッキリと否定の言葉を口にしたヒースクリフに向け、俺は睨みつけながら問い返す。

 

「どう言うことも何も、キリト君、君はミスト君の質問に対して答えた言葉が全てだよ」

「な……に……?」

 

 ミストの質問に対する俺の答え……?

 あの時……戦う直前にミストが訊いた内容か。

 

 ――お前は向こうへ……現実世界へ帰りたいと思うか。

 

「あ……」

 

 ようやく、全てを理解した。

 あの時俺は……帰りたいに決まっていると答えた。

 それはヒースクリフを殺してゲームをログアウトする事。

 つまり俺は……あの時……。

 

「気付いたか。君はあの時、『俺たちが帰るためにお前は死ね』と言ったも同然なのだよ」

「ち……違う! 俺はそんなつもりで言ったんじゃ……!」

「ああ、分かっている。それはミスト君も同様だったはずだ。事情を知らない君たちがあの状況下でそう問われれば、当然帰りたいと思うだろう。だが……何も知らなかったとは言え、友人から『死ね』と同然の言葉を言われれば、いくら命を捨てる覚悟を持ったとしても傷つくはずだ」

 

 だからミストはあの時……俺たちの願いは絶対に相容れないと、そう言ったのか。

 でも……なら俺は、どうすれば良かったんだ? ここでチャンスを逃したら、クリアする前に現実の身体が限界を迎えるかもしれない。

 けれどヒースクリフに挑むには、ミストを殺さなくちゃいけなかった……。

 ……選べない。俺には……どちらかを選ぶ事ができない。

 

「さて……魔王を守護する騎士は勇者に破れ、ついに魔王と対峙する事になったわけだが……」

 

 ヒースクリフの言葉がどこか遠くで聞こえる。

 今更……戦えない。俺は……戦う資格がない。

 

「いいのかな? ここでチャンスを逃せば、私は100層に行く事になるが」

「……………」

 

 もう声を出すのも嫌だった。

 目の前が暗くなって、全てが黒に塗り潰されていく。

 ミストは生きようとしていた……俺を殺してチャンスを奪い取っても、自分1人で最上層を目指して刺し違えてでもヒースクリフを殺そうとしていた。

 それがわがままを貫こうとした自分の罰だからと。

 ただ生きたいと、少しでも長く皆と……シリカといたかったというミストの願いを、俺は踏みにじってしまった。

 そんな俺に……この男と戦う資格なんて――。

 

「……ぁ」

 

 ふと、通知アイコンが点灯する。

 無視しようかと思ったが、なんとなく気になって俺はアイコンをタップした。

 ギフト……ミストから……?

 

「……………」

 

 一瞬、タップするのを躊躇うが、俺は意を決してアイコンをタップする。

 すると見覚えのある細身の長剣がオブジェクト化し、落ちようとしたそれをとっさに両手で受け止めた。

 茶色い皮の鞘に納まった、アクアブルーの鍔の中心に、翡翠の宝玉が埋め込まれた……ミストが最初に出会った時から使っていた剣。

 名前は……「マーヴェルエッジ」。命中にブーストが掛かる効果を持った片手剣。

 続いてメッセージアイコンが点灯し、タップするとミストからのメッセージが届く。

 

form ミスト

 

 必ず勝て。お前なら勝てる。

 

「ミスト……」

 

 お前を殺した相手なのに……どこまでお人好しなんだ。

 ……いや、ミストは例え自分が殺されたとしても、俺がヒースクリフを倒してゲームをクリアすると信じていた。

 だからきっと、この剣を託したんだ。あいつの……最後の願いと共に。

 

「……………」

 

 無言でミストの剣を握り締め、鞘を腰に差す。

 ああ……分かったよ、ミスト。

 それがお前の最後の願いがなら……俺は必ず、叶えてみせる。

 ヒースクリフを倒して……このゲームを終わらせる……! この世界で、孤独になっても全力で生きようとしたお前に報いるためにも!

 

「キリト君……」

 

 静かに闘志を漲らせていく俺に、アスナが名前を呼ぶ。

 振り返り、安心させるように笑いかけた。

 そして、その隣で涙を流しながらも俺を見上げるシリカを見る。

 

「シリカ……ごめん。俺は君の……」

「何も……何も、言わないでください。あたし……信じてます。ミストさんが必ず勝てるって信じたなら、あたしもキリトさんが必ず勝つって……信じます」

「……ありがとう」

 

 きっと辛いはずなのに、強い光を目に宿した彼女に俺はそれ以上余計な事は言わなかった。

 俺はこれから先、ずっとシリカに償い続けなければいけないんだと思う。そのためにも……ここで死ぬわけには行かない。

 

「エギル、クライン。今までありがとな、必ず向こうで会おう……」

「キリト……」

「あ……あったりめぇだあ! 向こうで飯の1つでも奢ってもらうからよ!」

「そうだな……それであの時置いていったこと、チャラにしてくれ」

 

 エギルたちにも軽く笑ってから、俺は改めてヒースクリフに向き直った。

 腰に差した「マーヴェルエッジ」をゆっくりと抜いていく。筋力重視の俺と違ってスピードや正確さを重視していたミストの剣は、「ダークリパルサー」よりもかなり軽い。

 けど、手に馴染む。あいつがずっと使い続けてきたんだ。その力に不足はない。

 

「闘志を取り戻したか。いい目だ、キリト君」

「当たり前だ……大きすぎるものを託されたんだ、投げ出すわけには行かない」

「そうか……では始めるとしよう。無論不死属性は解除し、HPはお互いイエローゾーンからスタートさせる」

 

 そう言ってヒースクリフはウィンドウを操作し、続いて俺たちのHPをイエローゾーンまで増減させる。

 今まで身体にのしかかっていた重圧も暗闇もない。そんなものはとっくに消え失せていた。

 「リベレイター」の剣をゆっくりと抜くヒースクリフに合わせ、俺は腰を浅く落とす。

 これはデュエルじゃなく、単純な殺し合いだ。

 俺は……この男を殺す。そしてゲームをクリアしてみせる。

 だから――。

 

「力を貸してくれ……」

 

 目を閉じると、ミストの背中を幻視した。

 振り返り、俺も良く知っている笑みを浮かべて――。

 

「――おおおおおおぉぉっ!!!!」

 

 目を開き、絶叫と共にヒースクリフに斬りかかる。

 全てを終わらせるための……最後の戦いが、今始まった。




 はい、これにてアインクラッド編一応の完結になりました。

 ……え? キリトVSヒースクリフはどうなったって?
 いや、書こうとしたんですよ。それこそキャリバー編で登場したキリト版《剣技連携》とかも出そうかと悩んだんですよ。
 でもそこまで書く必要あるか? 蛇足になるんじゃないのか? と悩みに悩んだ結果、見送りになりました……ごめんなさい、石投げないで!

 え、えー……一応これにて本編は多分きっと恐らく完結になりました。エピローグがどうなるのかはまだアンケートの途中なので分かりませんが。あ、まだまだ募集してるからどしどし参加してください! ミスト君をウチで出したい! って方も募集してますよ! アンケート先のアドレスのっけておきますので!

ttp://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=56802&uid=67854

 さてさて、一区切りはつきましたし何を語りましょうかねぇ……。いや、語ること思いのほか多かったですけど。
 まずは、こんな拙い作品を応援してくれた皆様、ありがとうございます。最初はどうなるかなーと不安だったけど、気付いたら日間ランキングで7位に入っていたり、お気に入りが400件以上突破したり、自分の想像以上に注目されて本当ビックリ、嬉しかったです。
 最初は全13話で収めようと思ったんですけど、収まりきらなくて15話まで続いちゃいました。それでも書き足りない部分が多かった……特に終盤のミストの苦悩とか葛藤とか、もっと濃密にしたかったけど諸々の事情(自分の技量不足とか技量不足とか技量不足とかry)で泣く泣くカットしたり……。
 まあ、書きたい事はほぼ書けたので結構満足です。主人公死なせたけど!(この人でなし!byミスト)
 それと、この場を借りて友人2人にも感謝を。特にこの回の最後をどうするか迷ったから大いに助けられた! っていうかチャレンジャーだな自分!

 次回の更新は……とりあえず集計結果が出次第って所ですか。複数回答がありますけど、そちらは別個にカウントさせてもらっています。ただ、ルートの複合はありません。帰還ルートはきっちり現実世界、復活はALO内で復活させます。


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そーどあーと・おふらいん 番外編

 今回はギャグ回と言うか、息抜きの話。
 そーどあーと・おふらいん風に仕上げてます。あと本編じゃないから過度な期待はしないでください。ついでに会話形式です。

 久しぶりにコメディテイストやったけど、シリアスで通し続けてきた反動からミスト君のキャラに凄い違和感が。まあ、1度死んだり本編じゃないから弾けたり崩壊してもいいよね!

 あと、アンケートの結果発表とエピローグのプチ予告風なものもあります。

 ……1日で仕上げたから酷いクオリティだなぁ。


「本番10秒前ー!……5秒前! 4、3……」

 

デレレレッテッテー

 

アスナ「皆さんこんにちは! そーどあーと・おふらいんへようこそ! 司会のアスナです」

 

キリト「解説の、キリトです」

 

アスナ「この番組は、アインクラッドのあらゆる出来事をお伝えする情報バラエティ番組です。……え? もう終わったんじゃないのか、ですか? 今回は番外編と言う事で、特別復活しました。

 ――けどいいのかなぁ? あんな最終回やった後にこれをやるなんて」

 

キリト「きっちりやる予算は確保していたみたいだからな……それに、アンケートの集計結果もやらなきゃいけなかったし。

 けど、落差が酷いのは確実だと思う」

 

アスナ「原稿も不透明なところが多いよね。今回のゲストって私たちにも知らされてないし……。

 えー、それでは、ゲストの方を呼んでみましょう。この方です! どうぞ!」

 

ミスト「……………」

 

キリト「え、ミス……へぁっ!?」

 

アスナ「え? え? えええ!?」

 

ミスト「――にっこにっこにー♪ 待たせたなお前ら、真打登場だ!」

 

キリト&アスナ「「ええぇー……」」

 

ミスト「……あれ? 滑った?」

 

キリト「なんでラ○ライブネタ使ったんだ」

 

ミスト「いやー、出る直前まで某イベントでのにっこにっこにー、を見ててさ。マジ可愛いどうしようヤバイ。可愛くないくしゃみしても可愛く見える不思議」

 

キリト「初っ端から飛ばすな! それと他作品あんまり言うなよ!」

 

ミスト「えー? だって今回おまけみたいなものだろ? だったら多少弾けたっていいじゃないか」

 

アスナ「ミストくん……なんていうか、キャラ変わってない?」

 

ミスト「そうか? んー、まあそうかも。だってさー、主人公として華々しく活躍できる! とか思っていたら「死ぬ前提で進んでます」って言われたんだぞ? 飲まずにいられるかー!」

 

アスナ「未成年の飲酒はダメだからね!?」

 

ミスト「大丈夫、ただの場酔いだから」

 

キリト「いや、場酔いってなんだよ!?」

 

アスナ「(ま、まずい……このままだと番組の進行にも影響が出そう……。ここは司会の私がしっかりしなきゃ!)

 え、えー……ミスト君はキリト君の知り合いで、本作「寝て起きたらデスゲームに巻き込まれていたんだが。」の主人公を務めていました。現実世界からトリップしてソードアート・オンラインの仮想世界に迷い込んでしまうと言う、ある意味不幸体質なんですけど最初はポジティブシンキングで前向きに頑張っていこうとしていたんですよね」

 

ミスト「結局やさぐれたけどな!」

 

キリト「なんだかんだで不思議と気が合ったし、話していると面白かったから今までも何度もつるんでいたんだよな。最初は見ていて危なっかしかったけど、いつの間にか肩を並べるくらい強くなっていて驚いた」

 

ミスト「色々とステータスに恵まれていた、って言うのもあったからなぁ。その分リアルラックがど底辺だったけど」

 

キリト「いや、その……なんとフォローすればいいのやら」

 

ミスト「……でもな、俺、気付いたんだ」

 

アスナ「気付いた?」

 

ミスト「ああ。結局こうして死ぬ確定なら――いっその事開き直って散々自虐ネタにしてやろう、と! そうだ、それがいい!」

 

アスナ「なんてたくましい……!」

 

キリト「けど笑いを取れるのか、これって……」

 

ミスト「そもそも、あの作者だったら十分ありえた話だった! 今企画中の資料を持ってきたんだけど、やれ1度殺して転生してパワーアップ、バイクに強制トランスフォーム、前世から虚弱体質持ちのまま転生等々、ロクなことやらない!」

 

アスナ「それ持ってきてよかったの!?」

 

ミスト「あとで返せば問題ないだろ。あと、最近某スクールアイドルプロジェクトに嵌りだしてそれも企画進行中らしいけど……」

 

キリト「さっきお前がやってたよな……アレ、男がやるのはアウトだっただろ」

 

ミスト「……やっぱりそうだったか? 無難にハラショーでよかったか……まあとにかく、この作品には珍しく上記のような不幸体質の主人公は、現段階ではまだ出来ていない。できていない、けど……」

 

アスナ「できてない……けど?」

 

ミスト「ハーレム系かよ……爆 ぜ ろ リ ア 充」(グシャァッ、と資料握りつぶして

 

アスナ「うわっ、視認できるほど濃い嫉妬のオーラが……」

 

キリト「シリカに後ろから刺されかねない発言だぞ、それ」

 

ミスト「お前の場合はアスナが後方からフラッシング・ペネトレイターで突撃してくるパターンだな」

 

アスナ「キリト君、あとでお話。ミスト君も、そんなこと言ってるとシリカちゃんに怒られちゃうよ?」

 

ミスト「怒られるならまだいいさ……ひっぱたかれたりする程度ならどれだけマシか」

 

アスナ「……と言うと?」

 

ミスト「……病んじゃう可能性が微レ存」

 

アスナ「うわぁ……」

 

キリト「ミスト、強く生きろ。俺も影から応援している」

 

ミスト「よっし、ならこの企画書ちょっと俺たちで書き加えるか! 本○猛とかどうだよ!?」

 

キリト「改造人間ネタか! いいな、面白そうだ!」

 

アスナ「そこの2人! ノリノリで勝手に企画書を変えない! ああ、もうっ!」(【フラッシング・ペネトレイター発動して2人を吹っ飛ばして

 

キリト&ミスト「「どわああああっ!?」」

 

アスナ「次のコーナーに行きましょう、次!」

 

 

 

 れっつ☆ぷれいばぁーっく!

 

ミスト「さーやってきましたプレイバックのコーナー!」

 

アスナ「ちょっと、それ私の台詞!」

 

キリト「切り替え早いなー……」

 

ミスト「このコーナーは俺たちで各シーンを振り返るって趣旨のコーナーで、俺の独断と偏見によるシーンが盛り込まれているんだ。さすがに全部をやるわけじゃないから、ごく一部だけどな」

 

アスナ「司会は私だよー!」

 

キリト「落ち着け、落ち着けアスナ! ミスト、アスナに司会をさせてやってくれ!」

 

ミスト「しゃーないな。じゃあアスナ、バトンタッチ」

 

アスナ「もう……それでは改めまして、最初のシーンはこちらです!」

 

 

第1話、「デスゲームの世界へようこそ」より。

 

「こっ……」

「こ?」

「こ  こ  は  ど  こ  だ  あ  あ  あ  あ  っ  !  ? あっー?!」

「ちょ、おわあっ!」

 

キリト「あー、ここのシーンな。あれは簡単には忘れないよ」

 

ミスト「俺だってそうだ。寝て起きたら森の中、そして下にはキリトってなんぞこれ? インパクトは絶大だったけど」

 

アスナ「ここで2人は出会ったんだね。なんていうか……」

 

ミスト「ん?」

 

アスナ「いや、最近はずっとシリアスなミスト君だったから、この頃のミスト君って懐かしいなぁって」

 

キリト「そうだよな。久しぶりに会ったら誰だお前ってくらいイメージ変わっていたから」

 

ミスト「かもなー。俺もこの頃は楽しかった……終盤はソロで動く事が殆どだったし」

 

アスナ「ここから最後にあんな風になるなんて、誰が予想してただろうねぇ……それでは次のシーンをどうぞ!」

 

 

第2話、「黒と赤の剣士」より。

 

 ロザリアの命令に男たちは武器を構えなおし、それぞれが様々なカラーのライトエフェクトを発する。誰かが吠えたと同時に、男たちは一斉に俺に襲い掛かった。

 側面からならまだしも、盾持ちの相手に真正面から……馬鹿じゃないのかよ。

 けどこっちも、2人にああいった手前引き下がれるか!

 ぎゅぅっと両腕に力を込めた瞬間、「剣」と「盾」がライトエフェクトの輝きを放つ。これって……!?

 

「――はああああぁっ!!!」

 

 驚きはしたが、そのままにするつもりはない。

 俺は吠えながら1歩踏み出し、同時に両手を前に突き出す。

 赤いライトエフェクトとジェットエンジンのような音と共に俺は集団目掛け突っ込んだ。

 

ミスト「俺が《盾剣技》でヴォーパル・ストライクを両腕で発動した所だな」

 

キリト「あの時は本当に驚かされたな。盾でもソードスキルが撃てるなんて思わなかったから」

 

アスナ「突破力のあるヴォーパル・ストライクを重ねて撃てば強力だよね。ミスト君のシステム外スキル《剣技連携》も披露されたし」

 

ミスト「オリジナリティを入れたいって考えた結果が《剣技連携》だからな。キリトが使うものに比べればパターンも限定的だけど」

 

キリト「けれど攻防を両立しているって言うのは強力だっただろ?」

 

ミスト「ところがダメージカット率が低いんだよ、1ケタってなんだ1ケタって。気休めにしかならないじゃないか」

 

アスナ「確かに盾を持つなら、ダメージカットはやっぱり高いほうが良いよね。そう考えると防御よりも攻撃特化の傾向になるかな」

 

ミスト「なんだかんだで助けられてきたのは事実だったけどな。それじゃあ次のシーン行くか」

 

 

第7話、「黒幕登場」より。

 

「あの……これは?」

「蕎麦……のような物だ。引越し蕎麦という風習があるだろう?」

「いや……ええ」

 

 確かにそんな風習が日本にはあると聞くけど。けど、「蕎麦のような物」ってなんだ?

 

「見た目は蕎麦だが、めんつゆがないとやはりね……鰹出汁や昆布出汁もいい、合わせ出汁でも構わない。しかしっ……やはり醤油がなければそれは『蕎麦のような物』にしかならないんだよっ!」

 

 え。何これ。なんなのこれ。急に熱く語りだしたヒースクリフに俺も後ろのアスナも完全に面食らっている。

 

「この間はラーメンのようでラーメンでない微妙な料理を食べたが、あれはひどかった……もし、醤油があればと思わずには……くっ」

 

 拳を握り締めて歯を噛み締めるヒースクリフ。顔を背けた際に、一瞬きらりと光る雫が見えたのは気のせいだと思いたい。

 

「そう言う訳で、めんつゆがなければこの蕎麦も微妙な物にしかならないが……許してくれ、伝統と言う物は大事なのだと伝えたいのだよ」

「えっと……これはどうもご丁寧に」

 

 内心ヒースクリフのキャラに引きつつ、ザルにこんもりと盛られた蕎麦を受け取る。

 

アスナ「団長……ここでもやっぱりキャラ崩壊が」

 

ミスト「ここでは拡大解釈して麺類全般が好きって解釈したから、引越しソバを持ってきたんだよな」

 

キリト「振り返ってみると、こんなのがラスボスって言うのも複雑だったよなぁ……」

 

ミスト「ああ。そして俺とアスナ、ヒースクリフは対立する宿命にある」

 

アスナ「うん。いつかはきのこが最強って思い知らせてあげるから」

 

ミスト「たけのこが最強に決まってるだろ、常識的に考えて」

 

ミスト&アスナ「「むむむ……っ」」

 

キリト「そんなことでデュエルを始めようとするなよっ! つ、次のシーンはこれだ!」

 

 

第14話、「ぶつかり合う想い」より。

 

「お前だってシリカと向こうで会いたいだろう!!!」

「……そうか」

 

 俺の想いが届いたのか、ミストは剣を下ろして俯く。

 ……分かって、くれたのか。

 

「……そうだよな。お前ならきっと、そう言うだろうな」

「ミスト……!」

 

 通じてくれたと思った俺はほっとして安堵の表情を浮かべる。

 けれど――顔を上げたミストの瞳には、冷徹な色がはっきりと宿っていた。

 

「なら、ここでヒースクリフを殺させるわけにはいかない」

「え……?」

 

 はっきりと拒絶の言葉を告げられ、俺は一瞬その意味が分からず呆ける。

 

「どう……どう言うことだ。なんでそんな……」

「お前の言葉が全てだ。俺とお前の願いは、絶対に相容れることはない」

「相容れないって……なんだよ、なんなんだよ! どうしてそこまでヒースクリフに肩入れする! お前の願いって何なんだ!!!」

「言ったところで理解されないし、何も変わらない。――構えろキリト。俺は……お前の、敵だ」

 

キリト「俺とミストの本気の戦いの始まりの所だな」

 

アスナ「この時の私たちは何も知らなかったけど、後になって団長から話を聞いてようやくミスト君の言葉の意味が理解できたんだよね」

 

ミスト「そうだろうそうだろう。「俺とお前の願いは、絶対に相容れることはない」は、俺の名台詞100選に入れてもいいレベルだと自負してる」

 

キリト「結果的に俺がミストに譲ってもらう形で勝ったけど……あのまま続けていたら俺が負けていたからな」

 

ミスト「戦う前に精神攻撃で徹底的に動揺させておいたからな。メンタルが弱いキリトには有効な戦術だった」

 

アスナ「そこまで狙ってたんだ……ミスト君あざとい」

 

キリト「で、でも万全な状態だったら俺が勝ってたからな、きっと!」

 

ミスト「どうかねぇ。戦ってる最中も言葉責めって言う選択肢があったし」

 

キリト「純粋に剣の腕で競えよ……」

 

ミスト「真正面から無策で言ったら勝てるわけないじゃん」

 

アスナ「あ…あはは……こういう話聞くとあのシーンが凄く残念に見えてくるのはなんでだろう。以上、プレイバックのコーナーでした……」

 

 

アンケート結果発表ォォォ!

 

ミスト「さーて長らくお待たせしました、前座は終了して本題本命、アンケートの集計結果でーす!」

 

キリト「前回のユニークスキルアンケートと比較しても圧倒的多数の投票! やっぱり皆、あの展開が衝撃的だったからか少しでもハッピーエンドになってほしいと言う思いが多かったみたいだ」

 

ミスト「だけどそうは問屋が卸さないのがウチの作者クオリティ。結果発表の前に、アンケートの内容をさらりとおさらいするか」

 

1.復活ルート:シリカがかわいそうだからフェアリィ・ダンスで奇跡の復活!

 

2.帰還ルート:ミストがかわいそうだからこのまま現実世界へ帰還!

 

3.延長戦ルート:がんばってインフィニティ・モーメント編、ホロウ・フラグメント編を駆け抜ける!

 

4.IFルート?:んなことよりSAOキャラで男子高校生の日常やろうぜ!

 

アスナ「見事なまでにハッピーエンドに相当するのがない……強いて言えば4、になるのかな」

 

キリト「でもこれ、完全なるネタだからな……ハッピーエンドなのかすらも怪しい」

 

ミスト「そもそも4は皆はっちゃけてふざけてしまう内容だからなぁ。特にキリトがボコられたり」

 

キリト「なんでっ!? まだ俺台本渡されてないけど、俺殴られるのか!?」

 

ミスト「だってほら、おふらいんで散々殴られてるじゃん」

 

キリト「あれは不可抗力だぁぁぁ!」

 

アスナ「大半はキリト君の自業自得でしょ。話を進めるよ、今回の投票数は重複なしで26の返信があり、合計40票が集まりました」

 

ミスト「作者的には1人1票ーって考えていたらまさかの複数票が入ってかなり混乱したが、個別にカウントしたらしい。ちゃんと説明に書いておかないとこうなるんだよ」

 

キリト「そして、投票結果がこれだ」

 

1.復活ルート:17

 

2.帰還ルート:7

 

3.延長戦ルート:12

 

4.IFルート?:4

 

アスナ「結果、1の復活ルートがエピローグとして決定しました!」

 

ミスト「意外にも4に票が入ったのが驚きだったな。あと3もさりげなく1の次に多いし」

 

キリト「皆かなり悩んでいたからな。「世界統合して再会を!」なんて声もあったし」

 

ミスト「けどあの作者はそんなつもり毛頭ない(キリッ」

 

キリト「まさに外道……」

 

アスナ「でもミスト君、これからどうなるの?」

 

ミスト「んー、とりあえず子安……じゃない、ゲ須郷と台本あわせしなきゃな。俺てっきり帰還ルート行くんじゃないかと思って台本読んでいたから」

 

キリト「おい、それってシリカと離別するんじゃないか。お前は良かったのかよ?」

 

ミスト「いやいや、作者も言ってただろ? 一握りの救いは用意してあるって。何も絶望ばっかりではなかったわけだ。具体的にはネタバレするから回避だけど」

 

アスナ「ミスト君的には、どのルートが良かったの?」

 

ミスト「後腐れないならやっぱり3かなぁ。ヒースクリフとの決着も付けられるし、皆無事に現実に帰すことが出来たし。俺にとってのハッピーエンドはこれかも」

 

キリト「なんというか……随分潔いんだな」

 

ミスト「だって散々あんなことやったんだからさ、これ以上多くは望まないって。むしろまだ生きていたってだけで十分奇跡なんだからさ、ならその奇跡を最大限活用して皆を助けないと」

 

アスナ「でも……ねえ?」

 

キリト「ああ……」

 

ミスト「じゃぁなんだ? 4を選んでキリトがサチにボコボコにされたり、アスナが鬼の副長改めてアークデーモンと呼ばれて恐れられるような話をしたいのか? よし、そこまで言うならヒースクリフと打ち合わせしてくる」

 

キリト「ちょっと待て! なんだその話!?」

 

アスナ「私さりげなく扱い酷くない!?」

 

ミスト「だって……キリトはキリコだし、アスナはバーサクヒーラーだし……」

 

アスナ「まだALOもGGOもやってないからネタバレ禁止!」

 

ミスト「えー。原作ネタバレなんてしても問題ないだろ。アニメもマザーズ・ロザリオがもうすぐ終わるし。アレとかコレとかソレとか出したって」

 

キリト「待てミスト。色んな方面からお叱り受けるから勘弁してくれ」

 

ミスト「へいへーい」

 

 

 えんでぃーんぐ

 

アスナ「エンディングのお時間になりました。はあ……なんだか今までよりも1番疲れた気がするよ」

 

ミスト「そうか? 俺は結構楽しんだけど」

 

キリト「お前のフォローに回ったせいで俺たち疲れたんだよ……お前キャラ崩壊したんじゃないか?」

 

ミスト「シリアスぶっ通しだった反動、かもなぁ。あと死んで途中で出番終わった反動もあるかも。っていうかシリアスなのって大変なんだよ! しかもほぼ1人だし! なに俺、某ミツザネさんですか!?」

 

キリト「そう言われると似ている点が無くもないけど……この場合残ったのが俺だから、俺がそのポジションか? いや……」

 

アスナ「2人とも、話はその位にしてよ。大事な予告があるんだよ?」

 

ミスト「あ。そう言えばそうだっけ。エピローグの予告だったっけな」

 

キリト「復活ルートだと全3話という驚異的な短さに……いや、エピローグとしては長いかもしれないけど、フェアリィ・ダンス編を考えると3話で纏めるってある意味チャレンジャーだよな」

 

ミスト「だって俺出てくるのフェアリィ・ダンスの最後の最後だし」

 

アスナ「私もちゃんと出てくるの最後の方だからね……」

 

キリト「何だろう、2人から恨みがましい目で見られている気がする……そ、それじゃあ予告をどうぞ!」

 

 

 

 

 ――ミストを倒し、ヒースクリフとの最終決戦に辛うじて勝利した俺は、現実世界へ帰還することが出来た。

 

 けれど胸に残る喪失感が消える事はない。一緒に帰ってこられたはずのアスナは目を覚まさないまま……アスナだけではなく、他にも300人のプレイヤーが原因不明のまま眠っていた。

 

 そんな時、ある1通のメールが再び仮想世界へ踏み込むきっかけになる。

 

 たった1つの手がかりを求め、偶然知り合った女の子と共に目指す世界樹。そしてその世界の真実を知り、俺は――

 

「なんで……なんでなんだ」

 

 信じたくなかった。認めたくなかった。

 ずっと後悔していたんだ。お前を殺してしまった事を。

 

「どうして……どうしてお前がここにいる! どうしてその男といるんだ!

 

 

 ――――ミストッ!」

 

 

 アスナを取り戻そうとする俺に、過去からのシ者が片翼を広げ襲い掛かる。

 

 

ミスト「……あれ? 俺復活と言いつつメインキリトじゃん!」

 

キリト「ああ。俺の立ち直りとミストの復活がテーマらしいから」

 

アスナ「ここまで来るともう完全にタイトル詐欺になってきたよね、話の内容」

 

ミスト「……そう言えばシ者ってエ○゛ァっぽいな」

 

キリト「「死者」と「使者」をかけてるらしいからな」

 

アスナ「では、エピローグが出来上がるまでしばらくお待ちください!」

 

ミスト「……今年中は無理だろうな」

 

 ぐふっ。



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復活ルートに進むそうです?
復活ルート(フェアリィ・ダンス編)第1話 飛翔:片翼の天使


 新年、明けまして――おめでたいやつらだ(アイテムなんぞ使ってんじゃねえ!
 ……出オチでごめんなさい。年末になるにつれてこのフレーズが何度も思い出してしまって(平謝り

 そして、エピローグも全話完成したので早速出していきますよ。

 今回はエピローグ全3章の内の第1章。キリトがまだALOに行く前の話になります。
 どう足掻いても文字数がギリギリ届くレベルだった……

 んでもって、週1ペースの予定が催促されて3話連続更新に相成りましたー。


フェアリィ・ダンス編

 

第1話 飛翔:片翼の天使

 

 

 灯りもない漆黒の空間。

 

 だがそこに、突如光が灯り全景を露にする。

 

 円柱状にくり貫かれた空間は、壁にステンドガラスのようなパネルがまるでハチの巣のように張り付き、それが遥か上空まで続いていた。

 

 そのガラスの1つが光り、中から白銀の甲冑を帯びた人型のモンスターがポップし、それに続くように同系のモンスターが続々と姿を見せる。

 

 次第には空を埋め尽くすほど増殖し、それを見ただけで相手の戦意を失わせるに十分な数になった。

 

 だが――それでも。

 

 地上にただ1人佇んでいた人物は空を見上げ、何の恐れも、迷いも抱かず飛び立つ。

 

 襲い掛かる白銀の騎士。

 

 しかしその刃よりも遥かに早く鎧ごと騎士の体を刃が断ち切り、立て続けに3体の騎士が両断される。

 

 騎士達が後方から放つ矢を掻い潜ってその体を剣で貫き、背後から剣を構えて迫った騎士へ振り向きざまに剣を蹴りで弾き、左腕で頭を掴むと爆発で消し飛ばしてしまった。

 

 倒した敵に目もくれず、翼を羽ばたかせ新たな獲物へと襲い掛かる。

 

 道中、雨のように降り注ぐ矢を赤く光り輝く左腕を振り被り、いくつもの炎の弾丸を飛ばして相殺し、生まれた隙間を縫うように潜り抜けて何体もの騎士を切り伏せていく。

 

 悪鬼羅刹……阿修羅、狂戦士……その光景を見れば思わずそんな言葉が出てくるだろう。

 

 だがこの場にはたった1人で数え切れないほどの騎士の軍勢に挑む剣士と、圧倒的な物量が意味を成さない騎士団たちの2つの勢力しかない。

 

 誰が見ても勝てるわけがない状況を覆す剣士も異常だが、何よりも異常なのは剣士の表情だ。

 

 汗ひとつ掻かず、眉ひとつ動かさず、まるで能面を被っているかのように淡々と騎士たちを倒していく姿は異様としか言いようがない。

 

 しかし……次第に数の暴力に剣士は僅かではあったが押されてくる。どれだけ倒してもそのたびに騎士たちは復活し、終わりが見えない。

 

 囲まれ、四方八方から剣が、矢が息つく暇もなく襲い掛かり、次第に防戦を強いられる。

 

 すると、剣士は何を思ったのか高度を下げて地上に降りてしまった。

 

 そして――顔を上げ、左手を虚空へ突き出す。

 

 刹那、空間が歪んだかと思うと空を覆っていた騎士たちが地面に引き寄せられるかのように次々と地上に落下し、なんとか動こうともがくがまともに体を動かす事すら出来ずにいた。

 

 ただ1人、それをしたであろう剣士は周囲の影響を受けず、ふわりと空に浮かび上がり一気に上まで飛翔する。

 

 アリほどのサイズに見えるほどの高度まで上ったあと、剣士は無表情のまま左手を上げ、ゆっくりと眼下へと下ろしていった。

 

 地上と、そして剣士の頭上に緋色の魔法陣が浮かび上がったかと思うと――その狭間から激しい紫色の瘴気と、荒れ狂う稲妻が噴出し騎士たちを焼き尽くしていく。

 

 魔法陣が消えた頃には残っている騎士は1人としておらず、その空間には空中に佇む剣士1人だけが残されていた。

 

《デモンストレーション終了。守護騎士生成を一時停止》

 

 

《デモンストレーション終了。守護騎士生成を一時停止》

 

 アナウンスと共に空間の明かりが落ちる。

 戦闘の一部始終を見ていた金髪の男は、圧倒的な結果に満足そうに頷いた。

 

「中々のものじゃないか。あれだけの守護騎士を壊滅にまで追い込むなんて」

 

「けど、少々強くしすぎたんじゃないですか?」

 

 同じく状況を見ていた1人……というよりは1匹――例えるなら触手をはやしたナメクジみたいな姿をした化け物だった――が、その結果に一応は進言しておいた。

 

 ……もっとも、へらへらと面白おかしく笑っている様子から本気で言っていない事は丸分かりだが。

 

「いいじゃないか。『グランドクエストに新たに登場した強大なボス。片翼の剣士』なんて、中々ひきつけられそうなキャッチコピーだろう? 倒せば強力な装備品をドロップできるって付け加えておけば群がるだろうさ」

 

「倒させる気なんて全然ないじゃない癖に」

 

「そのためにわざわざステータスを上限一杯まで引き上げているんだからなぁ。とは言え『これ』の出自も関係しているんだろうが……いやぁ強いこと強いこと。電脳さまさまだ」

 

「貴重なデータも取れたことですからねぇ。頭が上がりませんよ。それに、こうして馬鹿な連中の遊び相手にもなってくれるんですから」

 

「まったくだ。あっはははは!」

 

 マイクがオンになったまま、会話が丸聞こえだと言うのに2人の男は見下すかのような発言をやめる気配はない。

 

 そんな言葉を放たれれば誰だって怒りを露にするはずだが、剣士は人形のように無表情のままでその場に佇んでいた。

 

「はははっ……さて、デモンストレーションも終わったことだし、さっさこれを戻してメンテナンス作業に移ってくれよ。メンテナンスが遅れてクレーム付けられると面倒だ」

 

「分かりました」

 

 ナメクジのような怪物に男は言い残すと、モニターしていた部屋から出て行こうとする。

 

 しかし、最後に顔だけを再びモニターに向けた。

 

「裏切りの剣士……か。ま、精々客引きになってくれたまえ」

 

 皮肉るように呟き、今度こそ男は部屋を後にする。

 

 モニターの中で未だに空に佇む剣士が、その背から生える漆黒の翼を羽ばたかせた。




 というわけで第1章でした。
 裏切りの剣士……果たしてその正体は誰なのか(すっとぼけ

 それではまた1時間後にー。


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復活ルート(フェアリィ・ダンス編)第2話 再臨:片翼の天使

 第2章開幕! 今回は妖精王オベイロンことゲ須郷さんが代わりに見所を紹介してくれるそうです。

須郷「あ、ありのまま、今起こったことを話すよ! 『超強化して手駒にしたと思ったら、いつのまにかボコボコにされていた』

 な、何を言ってるのか分からないと思うが、僕も何をされたのか分からなかった。

 頭がどうにかなりそうだった……ビーターだとかチーターだとか、そんなチャチなものじゃ断じてない。

 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったよ……!!!」

 以上、ポルナレフ状態のディ……須郷さんでした。


フェアリィ・ダンス編

 

第2話 再臨:片翼の天使

 

 

「くっ……ぐ、ぅ……っ」

「キ…キリト……君……」

 

 両腕に力を込めて起き上がろうともがくが、目に見えない力はいっそう強く俺に押しかかってきた。

 

「(ようやく……ようやくここまで来たっていうのに……!)」

 

 目の前では同じように地面に押し付けられてもがくアスナの姿がある。

 多くの人たちの助けを借りて、ようやくこの世界に囚われていたアスナを見つけ出してここまで来れた。

 あと少しで彼女を帰せるのに、こんな所で……!

 

「(けど……この力は……)」

 

 かつて1度だけ、似たような攻撃を受けた事がある。

 俺の考えが正しければ、これは……!

 

「へえ~。重力魔法に耐えるとはやるじゃないか、ゴキブリ君」

 

 聞き覚えのある声が上から降ってきて、俺はどうにか顔を上げた。

 いつの間にそこに居たのか、王冠を頭につけて金髪を肩の辺りにまで伸ばした男の姿がある。

 

「お前……須郷か!」

「この世界でそう呼んでもらっては困るなぁ。妖精王オベイロン陛下と……そう呼べぇッ!」

「あぐっ!」

 

 頭に蹴りを入れられ、鈍い衝撃が走る。

 そのままオベイロンと名乗った須郷は、靴底を押し付けるように俺の頭を踏みしめてきた。

 

「どうだい? ろくに動けないだろう。次のアップデートで導入予定の1つ、重力魔法だ。お気に召したかなぁ?」

「やめなさい……卑怯者!」

 

 アスナの抗議に須郷は耳を貸す気も無く、面白おかしく笑うと1人で勝手に語りだした。

 このアルヴヘイム・オンラインの正体は300人に及ぶ元SAOプレイヤーを実験体として思考・記憶の操作技術を完成させること。

 人の魂の直接制御なんて神の領域に踏み込もうとしていた。

 当然そんな非合法的な人体実験、赦されるはずがない。そのための隠れ蓑がALOと言う世界だった。

 

「あなたのした事は赦されないわよ……絶対に!」

「釣れないなぁそんな事。むしろ僕は君たちにとって感謝される存在なのに」

「どういう……ことだ!」

「思考・記憶の操作技術と平行して、僕はもう1つの実験を行っていたんだよ。もっとも、それはいくつもの偶然が重なった結果なんだけどね。……それが――」

 

 『不老不死』――須郷の言葉に俺もアスナも耳を疑った。

 かつて多くの人間がそれを求め、結局手に入れることができなかったもの。そもそもそんなものが現実に存在するわけがない。

 

「ところがあったんだよ、不老不死と言うものはね! 現実の肉体と言う脆弱な器を捨て、電脳世界で永遠に行き続ける! これが僕の見出した不老不死の技術さ」

「そんなこと……ある、わけがない!」

「あったんだよなぁ、それが。むしろ君たちならよく知っているんじゃなかったかな?」

「なんですって……?」

 

 思わぬ須郷の言葉に俺たちは目を見開く。

 その反応がよほど面白かったのか、須郷は狂ったように笑い出した。

 

「あっひゃひゃひゃ! 案外冷たいんだねぇ君たちは! これじゃあ出てきてもらっても浮かばれないなぁ」

「何を……何を言っているんだ、お前は……」

「せっかちだな桐ヶ谷君……いや、ここではキリト君と呼ぼうか。――じゃあ、彼に出てきてもらおうか。感動の! 衝撃の! 悲劇の!!! 再会だァっ!」

 

 腕を上に突き出し、パチンッと指を鳴らす。

 ……けど何も起きる様子はない、そう思った瞬間。

 

 ――――空から闇のように黒い羽が舞い散った。

 

 思わず上を見上げると、右側の背中から漆黒の翼を生やした人影がゆっくりと降りてくる。

 血のように赤いレザーコートがはためいて、その人影は地上に降り立った。

 

「なっ……」

「うそ……」

 

 降り立った新たな人物の姿に俺もアスナも目を疑う。

 信じられない。信じられるはずがない。

 だって……だってあいつはもう、この世にいないはず。

 けど目の前の人物は紛れも無くあの時の姿のままで立っている。

 膝まで覆うロングブーツ、左腕は銀色に輝く鋭い突起を備えた小手、腰に下げた翼の意匠が施されたハンドガード付きの片手用直剣。

 

「紹介する必要はないかもしれないけど、一応しておこうか。今度のアップデートでグランドクエストに導入される新型エネミー、「片翼の堕天使」だ」

「……違う」

 

 そいつはそんな名前じゃない。

 そいつは……その男の名前は……。

 

「ミスト……」

「本当に……ミスト君なの……?」

「……………」

 

 俺たちの声が聞こえていないのか、コートの男――ミストは無反応のままだった。

 いや、その目は虚ろで、意思と呼べるものをまるで感じられない。

 

「無駄だよ無駄無駄、君たちがどれだけ呼んでも聞こえないから」

「須郷……ミストに何をした……!」

「何って助けてあげたのさ。データになって漂流していた彼を。SAOから多くコピーした影響からか、彼はここに流れ着いた。助けてやった見返りに色々と調べさせてもらったら……驚いたよねぇ。彼、完全な電脳なんだから。あの時の感動が分かるかなぁ……人類の永遠の夢だった不老不死に近づく鍵を! 僕は手に入れたんだから!!!」

「ふざけるな……! そんなことのためにミストを……!」

 

 あいつが……ミストがどれだけ苦しんでいたのか、知らないくせに……!

 ヒースクリフから聞かされたミストの隠された秘密を聞いて、俺はミストの苦悩を、葛藤を気付いてやれなかった。

 もし、もし気付いて声を掛けていれば……あんな結果にならなかったかもしれないのに。

 けれど最後には、ミストは俺に全てを託して……死んだのに!

 

「お……まえ、だけは……!」

「へえ~。重力魔法を受けてなお立ち上がるか。さすが英雄様だ。――けどね」

 

 立ち上がり、背中の大剣を抜いて須郷に詰め寄ろうとする姿を見て、須郷はニヤニヤと笑みを浮かべ、指を鳴らした。

 その瞬間、押し潰されそうな重圧が霧散し、一瞬意表を衝かれた俺はミストの剣戟で壁際まで吹き飛ばされる。

 

「ぐはっ!」

「キリト君! ミスト君なんで!?」

 

 突然ミストから攻撃をされ、アスナは目を疑う。

 

「無駄だよ。彼は今、僕の忠実な騎士。調べるついでに彼も思考・記憶操作技術の実験に使ってね……僕の思いのままさ」

「あなたは……どこまで卑劣なの!」

「卑劣ぅ? 言いがかりはやめてもらいたいな。僕は彼を救い、その見返りとしてほんの少しだけ調査と検証をさせてもらっただけだよ」

「意思を奪っておいてよく言えるわ……!」

 

 今のミストは須郷に操られた状態なんだろう。

 なら……須郷を倒せばミストを正気に戻せる!

 

「須郷ッ!!!」

 

 翅を展開し、壁を蹴る反動も加えて急加速して須郷を狙う。

 だが須郷は避ける素振りも見せず、代わりに割り込んだミストが手にした剣で俺の剣を受け止めた。

 

「ああ、そうそう……言い忘れていたけど、彼……ステータスを弄ったからかなり強いよ?」

「なに……っ!」

 

 意味深な須郷の言葉に追求しようとした瞬間、嫌な予感がして後方に飛ぶ。

 銀色に輝く小手をつけた左腕が俺の頭を掴もうとして空を切った。

 ……今のは、今の動作は……!

 あの装備は75層の時のものとまったく同じ。そして今のモーションは掴んだ相手を爆発させるソードスキル……! なら、ミストは《魔装術》を覚えたままこの世界に居るのか!?

 

「中々苦労したよ、彼の持っていた技を復元するのは。それで試しにグランドクエストの守護騎士と戦わせたら、1人で壊滅寸前まで追い込んだよ! けどエグイよねぇ。使うたびに命を削るなんて。しかもそんなものに手を出す彼もバカなんじゃないの? クククッ」

「お前……!」

 

 ミストのことを何も知らないくせに……そう叫びたかった俺だったが、間合いを詰めたミストが突き出した剣を弾くので気が逸れた。

 どうすればいい……須郷を倒すにはミストをどうにかしないといけない。けど簡単に道を譲ってはくれないだろう。

 考えを巡らせる間にもミストは仕掛けてくる。

 左手を開いたかと思うと、そこへ光の粒子が集まって歪な、それでも「剣」とはっきり認識できる形状へ変化し、ミストはそれを掴んで構えた。

 光の剣……《二刀流》のスキルを再現するためのスキルか! ヒースクリフの言っていた事は本当だったらしい。

 今の俺は取り回しに欠ける大剣1本。それでどうにか二刀流の攻撃速度に食らいつくが……!

 

「くっ……!」

 

 その反応速度はSAO時代の俺を凌駕しうるかもしれない。ステータスを弄られた影響か、あるいはミスト自身に何の躊躇いもないからか。

 

「さぁて、向こうが楽しんでいる間にこっちも楽しいパーティーを始めようか」

 

 俺がミストに翻弄されている間に、須郷はどこかから出した鎖にアスナを繋ぎ、そのまま引っ張り上げて強引に爪先立ちにさせる。

 

「やめろッ! アスナに手を出すなッ!!!」

「ンン~? ああ、ごめんごめん。そっちももっと盛り上げないといけないなぁ。システムコマンド! ペインアブソーバー、レベル10から8に変更!」

「あぐ…っ!」

 

 須郷が何かのパラメータを操作したかと思うと、ミストの一閃が俺の頬を浅く斬った瞬間、今まで以上の激痛が走った。

 

「痛いだろう!? 段階的に強くしてやるよ! もっとも、レベル3以下にすると現実の肉体にも影響があるようだが……ソレは関係ないよねぇ? だって生きてないんだし!」

「ふざけ…があっ!」

 

 どこまでミストを侮辱すれば気が済むのか、怒りと激痛に顔を歪めた俺へミストは更に腹へ膝蹴りを打ち込んでくる。

 

「ミス…ト……! 頼む……! 思い出してくれ!」

「……………」

 

 痛みを堪えながらも必死に呼びかけるが、ミストは虚ろな目で俺を見遣ったかと思うと、無造作に左下から斬り上げる。

 一気に3割近くまでHPが吹き飛び、今まで以上の激痛に意識が刈り取られそうになる。

 だが、ミストはなおも攻撃をやめる気配は無く……俺の頭を掴むと、胸に剣を突き立ててそのまま壁際へ叩きつけた。

 

「――――!」

 

 ――これは、報いなのか。

 

 薄れていく意識の中で、ぼんやりと思った。

 あの時なのも知らないままミストを殺した、その報い。

 大切な人を目の前で辱められる。そしてそれに手を貸すのがこの手で殺したと思っていた、意思を奪われ操り人形にされたミスト。

 ゲームの世界なら俺は最強の勇者で……。

 

「(いや……勇者なんかじゃない)」

 

 少なくともあの時のミストは俺よりも遥かに強かった。

 それはステータス的な強さじゃない。強い覚悟を宿したあの剣は、あの瞬間確かに俺を凌駕していたから。

 

「(俺には何の力も……覚悟もない……)」

 

 だから、この結末は当然の結果なんだ。

 アスナを助け出す事もできず、俺はミストに殺される――――。

 

『――逃げ出すのか?』

 

 遠くで声が聞こえる。

 

『――逃げ出すのか?』

 

 もう1度、今度ははっきりと声が聞こえた。

 それは抑揚が無く、俺の心が語りかけるようだった。

 

「(そうじゃない……現実を認識するんだ)」

『――屈服するのか? かつて否定したシステムの力に』

「(仕方ないじゃないか……。俺はプレイヤーで、奴はゲームマスターなんだ)」

『――それはあの戦いを、ひいては彼の託した物を汚す言葉だ』

 

 更にはっきりと聞こえる声。それは俺の中からじゃない……。

 気付けば、目の前に誰かが立っていた。ミストではなく……。

 

『私にシステムを上回る人間の意志の力を知らしめ、未来の可能性を悟らせた我々の戦いを……』

 

 両手をポケットに突っ込んだ白衣の男……。

 

「お前は……」

『――顔を上げたまえ、キリト君』

 

 白い世界が砕け散る中で、あの男は確かにそう言った。

 

「(――ああ、そうだよな)」

 

 気付けば目の前にミストの顔がある。

 さっきの光景が何なのか、今はどうでもいい事だ。

 

「確かに痛い……でも……!」

 

 所詮こんなものデータ上のもの。

 あの時のミストの剣はもっと重く、魂に響いてきた!

 

「ぐっ!」

「……!?」

 

 ミストの腕を掴み、左手をきつく握り締めて顔を殴りつける。

 衝撃でミストは剣から手を離し、その隙に俺は剣を引き抜いて地面に降り立った。

 

「やれやれ……妙なバグが残ってるなあァ!?」

 

 須郷はアスナを辱めるのを止め、俺に近づいて腕を振り被る。

 殴り飛ばそうとした須郷の腕を、俺は逆に掴んで受け止めた。

 

「んなっ!?」

「システムログイン……ID『ヒースクリフ』」

「な…なに!? なんだ、そのIDは!」

 

 自分よりも高位のIDを前に、須郷は始めて焦ったような表情を見せた。

 

「システムコマンド、管理者権限変更。ID『オベイロン』をレベル1に」

「ぼ、僕より高位のIDだとぉ!? ありえない! 僕は支配者! 創造者だぞ!!! この世界の王!!!」

「なにが王だ……」

 

 未だに事実を認めようとしない須郷に小さく吐き捨て、俺は顔を上げる。

 待ってろ……。今、お前を呪縛から解放してやる!

 

「システムコマンド! エネミー「片翼の堕天使」の拘束を完全解放! 戻って来い! ミスト!!!」

 

 

 

「――戻って来い! ミスト!!!」

「……へあ?」

 

 突然誰かに呼ばれ、思わず変な声を出してしまった。

 な、なんだここ? あれ? んんん???

 右を見ても左を見ても見知らぬ場所で、俺は首を傾げる。

 えっと……なんだ? どうなってんだ? 確か俺って……。

 

「ミスト!」

「はい?」

 

 名を呼ばれて、条件反射的に返事をしてしまった。

 下を見遣れば、黒いコートを着たツンツンヘアーの男と、あと何かわめいているホストみたいな風体の金髪、あと鎖につながれた女の子。なんだこれ?

 

「よかった……正気に戻ったんだな」

「正気? えっと……おたく、誰? なんで俺の名前知ってるの?」

「お、俺だよ、俺! キリト! そこにいるのはアスナ!」

「キリトォ? アスナァ? 冗談も休み休み言えって」

 

 いやいやいや、何この人俺の友人の名前語ってるんだ。新手の詐欺か?

 

「本当だ! 信じてくれ!」

「信じてくれって言われてもなぁ……俺の知ってるキリトはそんなツンツンヘアーじゃないし、何より……」

「……何より?」

「俺の知ってるアスナはそんな趣味ない」

「え……っ!!!」

 

 いったい何をやっていたのかは知らないが、俺は別に特殊な性癖の持ち主ではないのでそういう物に興味はないです。だから常識的に考えて目を逸らすのが普通でしょう。

 俺の指摘にようやくアスナを語る謎の女子も自分の格好に気付いたのか、顔を真っ赤にしてなんとか露出を減らそうとじたばたしている。けど鎖に繋がれているからそんなことできるはずがない。

 

「こっ! これは色々と複雑な事情があるの! っていうか半分ミスト君の責任なんだよ!?」

「いや、そんなこと言われましても……気付いたらこんな場所に居たんですし。そもそもなんで俺空飛んでるの? 何この翼!?」

「……さっきまでの空気見事にぶち壊してくれたよなぁ」

 

 キリトと名乗った男が呆れて苦笑いを浮かべている。と言うか、右も左も分からないんだからそんなこと言われたって仕方がない。

 

「あー。【フォロー・ウインド】を使っていて良かった……っと」

 

 短時間だがユニークスキル《飛行》と同じ状態になれるスキルを使った経験が役に立って、どうにか地面に降り立つ。

 しかし何なんだよ、この状況? だって俺、最後の最後でキリトを殺すの躊躇って刺し貫かれたはずなのに。あとなんだ? 見覚えのないゲージがHPの下にあるんだが。MP? なんで?

 

「で? 改めてお前たち誰だ? なんで俺の名前を知っていて、キリトとアスナの名前を騙るんだ?」

「まだ信じてくれないんだ……」

「何か……証拠になりそうなものがあればいいんだけど」

 

 証拠、か……そうだな。

 もし2人が俺の知っているキリトとアスナなら、俺の出す質問に答えられるはずだけど。

 

「じゃあ質問。俺の彼女の名前は?」

「「シリカ(ちゃん)!」」

「……正解。だったら、シリカのテイムしたフェザーリドラの名前は?」

「「ピナ!」」

「……正解」

 

 見事にハモッて2人は言い当て、さすがの俺も信用せざるを得ない。

 えーっと……つまり……。

 

「……本当に本人?」

「だから! 何度も言ってるだろ!」

「だ、だって俺の知っている2人の容姿と違うし……」

「それはアバターが違うからだ!」

「ああ、なるほど」

 

 キャラクターエディットがSAOと違うのか。そのエルフ耳とかなんなのかなぁと思っていたけど、これで納得した。

 

「おいこらァ! いつまでコントやってるんだよ! 僕を忘れるな!!!」

 

 その時だった。痺れを切らした金髪の男が地団駄を踏みながら俺たちの会話に割り込んできたのは。

 気付いた時からずっと騒いでいたし、最初は別にどうでもいい存在だったんだが、割り込まれると俺は面倒くさそうに目をやる。

 

「……で、なにあれ。歌舞伎町にいるホスト?」

「あいつはアスナや他の元SAOプレイヤーを仮想世界に閉じ込め、非合法な人体実験をやっていた。そしてお前にも同じような実験をやっていたんだ」

「つまりは悪党か」

「あ、悪党だと!? 創造主である僕に向かってなんだその口の聞き方は!」

「知るかよ。何も覚えてないんだし」

 

 けど、この状況から1つだけ俺にもわかることがある。

 それはこの男が2人を苦しめていた、ということだ。

 だったらここは1発やらないといけないよな、うん。

 

「くそっ! くそくそくそくそォッ! なんで僕の言う事を聞かないんだ! 僕は、お前の救い主なんだ! お前は僕に大きな恩があるんだぞ!」

「恩……ねえ」

「そうだ! 分かったら僕の言う事を聞いて、そいつらをぶち殺せ!」

「なるほど、大体分かった。――ところで、こんな言葉を知っているか?」

「な……なに?」

 

 ある程度男の話を聞き流して、俺は問いかけつつ左手をきつく握り締める。

 

「――――“恩を仇で返す”!!!!!」

「あごべっ!?!?」

 

 口角を釣り上げ、左腕を思い切り振り上げて顎を狙ったアッパーカットを放つ。

 完璧な不意打ちに金髪男は反応すら出来ず、強かに顎を打ち抜かれ衝撃で一瞬だけ宙に浮いて、そのまま地面に崩れ落ちた。

 

「見ず知らずの相手の言葉より、知っている相手の言葉の方がよっぽど信頼できるんでな」

「お前ってやつは……」

「……でも、元のミスト君なんだよね」

 

 振り返り、呆れる2人にふっと笑みを浮かべる。

 ……とりあえず、アスナさんのそれはどうにかならないのかね?

 アスナを視界に入れないようにしながら呟くと、アスナは顔を真っ赤にし、キリトは顔を青くして慌てて黒い刀身の大剣を拾い上げて鎖を切り裂いて解放する。

 

「うぅ……ぐぅぅっ! なんでだ、なんでだよ!」

 

 なんとか言い訳を口にしようとしたら、背後でうめき声が聞こえた。

 振り返ればあの金髪男が口元を抑えて蹲りながらわめき散らしている。

 

「僕はこの世界の神なんだ! 僕の言う事を聞けよポンコツがぁっ!」

「違うな! お前は盗んだんだ! 世界を、そこの住人を! 盗み出した玉座の上で、1人踊っていた泥棒の王だ!」

「泥棒……よく分からんが、泥棒って言うよりそれって道化じゃね?」

「ドロ…道化だと……! このガキがあっ!」

 

 今までの経緯から察してそんな感想が漏れたが、逆にそれは向こうの神経を逆撫でするものだったらしい。

 男は顔を歪めて手を前に突き出し、叫ぶ。

 

「システムコマンド! オブジェクトID、「エクスキャリバー」をジェネレート!!!」

「…………?」

 

 何をやるのかと警戒するが、結局何も起きずに肩透かしを食らう。

 けれど男はまだその事実を認められず、辺りに八つ当たりしていた。

 

「ミスト…これ」

「ん? あ……」

 

 キリトから差し出された剣を見て、思わずはっとなる。

 「テラー・オブ・ジェネシス」……俺があの世界で手に入れた最強の力。

 なんでここにあるのか……そもそもなんで俺はあの時のままなのか、なんて今はいいか。

 差し出された剣を受け取り、軽く振るう。何も問題はなさそうだ。

 

「アスナと話さなくて良いのか?」

「後で……現実世界でいくらでも話せるさ」

「……きっちり説明してもらうからな、全部」

「ああ。俺も……お前に話したい事が山ほどあるんだ」

 

 短いやり取りで、最大限の意思疎通を図る。

 なんだか懐かしいな……2人で戦うってのは。最初に出会ったとき以来、かも知れない。

 

「――システムコマンド! オブジェクトID「エクスキャリバー」をジェネレート!」

「ぬぐっ!?」

 

 キリトの高らかな叫びに金髪男はかなり動揺した顔を浮かべた。

 頭上に小さな波紋が広がると、そこから黄金のデータが降り注ぎ1本の剣がオブジェクト化する。

 黄金に輝く長剣。……エクスキャリバーって言ってたよな。ってことはあの聖剣なのか。

 

「コマンド1つで伝説の武器を召喚か……」

 

 それを見て皮肉交じりに呟くと、何を思ったのかキリトは金髪男へ「エクスキャリバー」を投げ渡す。

 突然投げられた「エクスキャリバー」を男はビビリながら受け止めるが、初めて剣を持ったのか腰が引けていてまともに持つ事もできないらしい。

 

「決着をつける時だ。泥棒の王と、鍍金の勇者の!」

「おいおい、しっかり俺の分も残してくれないと困るんだが。コイツ、俺を好き放題使っていたんだろ?」

「ああ……もちろん分かってるさ。システムコマンド、ペインアブソーバーをレベル0にッ!」

 

 またもキリトは管理者権限を利用して何かを変更する。

 

「――これで今から受ける痛みは現実と同じものになった。逃げるなよ……あの男はどんな場面でも臆した事はなかったぞ。あの、茅場晶彦は!」

「か、かやっ、茅場ァッ! そうか……あのIDは茅場の……! なんで、なんで死んでまで僕の邪魔をするんだよォッ!!!」

「茅場が死んだ……?」

 

 初めて知った真実に俺は眉を潜める。

 いや、ここにキリトとアスナがいる時点で悟るべきだったんだ。

 ここは……この世界はSAOじゃない。別の仮想現実なのだと。あの後茅場も倒れ、皆解放された――と思ったらことは簡単に転ばなかったらしい。

 

「……だったら茅場の協力者として、後始末くらいはしておかないとな。大口叩いて真っ先に死んだし、俺」

「ミスト……」

「気にするなよ、キリト。俺はお前のこと恨んでいないし、あの時自分が選んだ選択に後悔もしていない。強いて言えばちょっと恥ずかしいかな? あんな退場したのにのこのこ戻ってきて」

 

 けどまあ、これは俺らしいといえばらしいかもしれない。

 だったら次にどうするか……なんて、考えるまでもない。

 

「来いよ、ホスト被れ。今までの俺たちにやった礼をしてやる。もちろん倍返しだ」

「こ…のデータごときがァァッ!」

 

 怒り狂った男ががむしゃらに剣を振り回す。けどそれは剣に振り回されているだけで脅威になりもしない。

 余裕の笑みを浮かべながら斬撃をかわしていく。

 横薙ぎの一撃を左腕の小手であっさりと受け止めてしまうと、押し返してやってよろけた所を鼻の上辺りを狙って軽く斬りつけた。

 

「イァッ!? い、痛いィィッ!」

「痛いだ……? お前がアスナやミストに与えた苦しみは、こんな物じゃないだろう!!!」

 

 キリトが吠え、振り上げた大剣を男に振り下ろす。

 とっさに両腕で庇おうとした男だが、キリトの剣は剣を握った男の腕を断ち切った。

 

「いぎゃぁぁぁぁっ!? 手がァ! 僕の手がァァッ!」

「飛べ、キリト」

「っ!」

 

 俺がキリトの背中に向けて言ったと同時、キリトは即座にその場から飛び、足元を大量の炎の弾丸が過ぎ去って男に殺到する。

 小手調べにと《魔装術》の基本攻撃スキル、【スピット・ファイア】を使ったんだが……なんだこれは?

 熟練度次第で最大発射数が増加すると言うのは知っていたが、俺の熟練度では精々20発が限界だったはず。けど今のは明らかに40発以上が発射されていた。

 

「なんだこれ? スキルがバグッてるのか?」

 

 炎上する男を放置して、右手を振ってメニューを呼び出す。……が、なぜか出てこない。

 

「左手だ、左手!」

「左? あ、出た」

 

 キリトに教えられるままに左手を振ると、今度こそメニューが表示される。

 スキルを選択して、内容を……ってなんだこれ? 《魔装術》の熟練度がカンストしている。

 《魔装術》だけでなく、《投剣》と言ったほかのスキルも熟練度がカンストしており、おまけにステータスも異常なまでに高く設定されていた。これは明らかにプレイヤーの領域を超えているだろ……。

 

「お前をグランドクエストの新型エネミーに使うつもりだったらしいからな……高いのはそのせいだろう」

「人で遊びやがって……《魔装術》も仕様が変わってMP消費制にされているし」

 

 これじゃあ正真正銘、ただのチートじゃないか。いや……エネミーとして使うつもりだったなら、これくらいが良いのか?

 なんにしても都合のいい手駒にしようとして、逆に自分がピンチになるとか本当に間抜けだ。

 

「システムコマンド。ID「オベイロン」のHPを完全回復。更に自発的ログアウトを不可」

「キリト?」

 

 どう言うわけかキリトは男のHPを完全回復させた上に、ログアウトを不可能にさせてしまう。

 意図が見えずにキリトを見つめていると、俺を見返して不敵な笑みを見せた。

 

「ログアウトして逃げられるのも困るだろ?」

「なるほど、確かに」

 

 納得して男を見遣ると、すぐにでもこの場から逃げ出そうとしている姿が目に入る。

 

「逃がすかよっ!」

「うぐっ!?」

 

 助走をつけて男の頭上を飛び越え、前に立ちふさがる。「テラー・オブ・ジェネシス」の切っ先を突きつけられて、男は踏みとどまった。

 後ずさろうとしてもキリトが大剣を突きつけており、逃げ道は完全に封じられている。

 

「おい」

「ひっ!?」

「動かない方が身のためだ。ちょっとでも動けばザックリだから……な」

 

 脅しと同時に剣を振る。

 男の頬を浅く斬り、間髪いれず肩、上腕、脇腹、太もも、脹脛と……動作の速度を上げて行きながら斬りつけていく。

 それらの全ては浅い。だが、ダメージを与える事よりも恐怖を刻み込む事が目的だった。

 すぐには殺さず、じっくり、ゆっくりと。襲い掛かる超高速の斬撃の嵐は少しでも動けば深く斬りつけるギリギリのラインを保ちながら。

 不思議な感覚だった。以前の俺ならこんな、アスナ並みの正確さと剣速を発揮する事ができなかったと思うのに……。

 

「(まだ……まだだ。もっと上がる)」

 

 なんとなく確信すると更にギアを上げる。

 恐怖に顔を歪ませる男。その背後にいたキリトは俺の剣速と正確さに驚いている様子だったが、今はそんな事どうでもいい。

 やがて、全身が真っ赤なダメージエフェクトで覆われた奇妙なオブジェが出来上がった所で俺は剣を振るのをやめた。

 男は恐怖を顔に貼り付けたまま、その場に崩れ落ちる。

 

「あ……ひ、ぃ……」

 

 仮想現実に失禁なんてないが、もしそんな機能があったなら男は確実に漏らしていただろう。いや、現実世界では漏らしていてもおかしくない。

 

「そろそろ終わらせるか?」

「お前はそれでいいのか?」

「んー……まあ、個人的にはもうちょっとこいつをボコりたい所だが、後がつかえてるからな」

「……悪い」

「気にするな。じゃあ最後にハデな花火を上げるとするか!」

 

 ボロボロと涙を流す男の髪を掴んで強引に立ち上がらせ、そのまま上に投げ飛ばす。

 浅く腰を落とし、剣を構えるとシステムがモーションを読み取り、大量のMPを代価にその技を発動させた。

 

「【スターライト・エクスプロージョン】!!!」

 

 飛び上がり、男を斬りつけると同時に鮮やかな青白い爆発が起きる。

 

「あぼっ!? ぶべっ!? がべっ!?!?」

 

 更に斬り続けて行くとその度に爆発が起き、暗闇の空間を青白い光が染め上げて行った。

 《魔装術》最上位剣技の1つ、【スターライト・エクスプロージョン】。

 爆発属性を付加した剣による超高速の11連撃。爆発は当然独立したダメージ判定を持ち合わせており、実質22連撃を与えるに等しい。

 凶悪な破壊力を持ちながらも、鮮やかな青白い爆発が暗闇の中で咲くのは花火を連想させる。

 

「……ま、消費MP666(固定値)なのは良いことなのか悪い事なのか」

 

 最後の一撃を終えて着地してぼやくと、上から両手両足を失い、更に上半身だけの状態になった男が振ってきて、無造作に左手で掴む。

 

「あ……が……あぁ……」

 

 白目を剥いたもはや意識があるのかすらも怪しいが、このままで終わらせるつもりはない。

 

「正直、お前の事なんか知らないし、お前が具体的に俺に何をやったのかも知らん。けど……お前はキリトやアスナを苦しめた。だから――」

 

 ―――地獄に落ちろ、クソヤロウ。

 

 左腕が真っ赤に光り輝き、男を紅蓮の爆炎が跡形も残さずに焼き尽くした。

 

「……終わったな、これで」

「……みたいだな」

 

 男がこの場から消滅し、辺りが静寂に包まれる。

 改めて俺は、キリトとアスナと面と向かう。

 ……けど、今更どんな顔をして2人を見ればいいんだよ。2人を散々苦しめてきたのに。

 今さっきの事だってそうだし、あの時だってそうだ。俺と戦う事を拒否していたキリトを本気にさせるために、アスナを殺そうとしていたのに。

 

「今更遅いけど……すまなかった、2人とも。俺は――」

「……いいんだ。いいんだよ、ミスト」

 

 謝ろうとした俺を、キリトが優しい声で留めた。

 

「団長が教えてくれたの。どうしてミスト君があんな事をしたのか、その理由を……それと、ミスト君の身体のことも」

「……そっか。全部知ってるのか」

 

 アスナの言葉にそれほど驚きはしなかった。

 別に伝える事を頼んでいたわけでもない。だったら善意から……と言う訳でもないだろう。

 

「……キリトの精神を完膚なきまでに叩きのめしたのか?」

「ああ。立ち直れないくらいにな」

 

 その時のことを思い出し、キリトは苦笑いしながら頷く。

 けどすぐに真顔に戻り、どういうつもりか深々と頭を下げてきた。

 

「謝らないといけないのは、俺のほうだったんだ。何も知らなかったとは言え、俺は……ミストに酷い事を言ってしまった。ヒースクリフにも指摘されたよ。『友人から『死ね』と同然の言葉を言われれば、いくら命を捨てる覚悟を持ったとしても傷つくはずだ』……って」

「キリト……いや、違う。そんなことはない! あれは……あれは俺のわがままだった。現実にあるみんなの身体が限界に近づいているのを知っていながら、俺は自分の命を優先した。だから……」

 

 誰が正しくて、誰が悪いのか……そんな事俺にはわからない。

 

「……多分、あの時の言葉は全てだったんだ。最後のあの一瞬、もう1度自分の命とみんなの……シリカの命を天秤にかけて、悩んで……やっぱり、シリカに生きていてほしいって思った。あの世界でしか生きられない俺よりも、現実の世界で生きられるシリカに」

 

 だから最後の最後で、死んでも後悔しなかった。俺が死んでもキリトがきっと何とかしてくれると信じていたから。

 

「――だってのにこれじゃあカッコ悪いよな。死んだ時のために色々備えたのが馬鹿みたいだ」

「いいや……そんな事はない」

 

 情けなくって笑う俺にキリトは首を振って否定する。そして空いていた俺の左手を掴んで、さらにアスナも上から重ねるように握ってきた。

 

「生きていてくれてよかった……少なくとも、俺はそう思ってるんだから」

「そうだよ。もう1度会えて嬉しいって、私も思ってるんだよ。ミスト君」

「キリト……アスナ……」

 

 目尻をうっすらと潤ませて言ってきた2人に、思わず俺も目の奥が熱くなる。

 あんな酷いことをして、裏切ってしまった俺を、2人は生きていてくれてよかったと……またあえて嬉しいと言ってくれた。

 

「許して……くれるのか?」

「当たり前だろ……ヒースクリフと戦うとき、お前が後押ししてくれたから俺はまた立ち上がれたんだ」

「私もだよ。だって、ミスト君はただ皆と一緒にいたかっただけなんだよね? そんな事知ったら、恨むなんてできないよ」

「お前ら……っとに、夫婦揃ってお人好しだな」

 

 あんな仕打ちをしてなお、2人は俺を許してくれた。

 その優しさが何よりも嬉しく、同時に眩しい。2人を直視できず、俺は手を振り払って顔を背を向けてしまう。

 

「ほ……ほら、俺のことなんて良いだろ、もう。早く現実世界に戻れよ」

「ああ……そうだな。アスナを向こうへ帰してやらないと」

「とうとう……終わるんだね、帰れるんだね」

 

 アスナの言葉にキリトは相槌を打ちながら、メニューを操作してログアウトを選択する。

 

「現実世界は多分もう夜だ……でも、すぐに君の病室に行くから」

「うん、待ってる。最初に会うのはキリト君が良いもの」

 

 待ってる……か。

 アスナの言葉を聞いて、俺はシリカの事を思い浮かべた。

 彼女は今、どうしているだろう。……落ち込んでいるだろうな。ヒースクリフから聞いたとは言え、俺が何も言わなかったんだから。

 

「ミスト君」

「ん……?」

「バイバイ、また会おうね」

 

 にっこりと笑って、全身を光り輝かせたアスナがそう口にしたのと同時に光の粒子となって消えてしまった。

 

「また……か。いいのかよ、またお前たちと一緒にいても」

「当たり前だ。友達だろ?」

「本当、お人好しだよな、お前ら」

「そう言うお前は、少しだけ皮肉れたよな」

「う、うっさいな……」

 

 お前らが素直に喜んでくれるのがただ恥ずかしいだけだ。

 でも、アスナを無事に助け出して……これで全部、終わったんだよな。

 

「ああ。後始末の方はこっちに任せろ。けど、その前に――――そこにいるんだろ、ヒースクリフ」

 

 キリトが突然、何もない虚空へ声を掛けた。すると俺たちの上から何かが実体化し、ゆっくりと地面へ降りてくる。

 

「久しいな、キリト君。そしてこの姿で会うのは初めてになるな、ミスト君」

「ヒースクリフ……?」

 

 俺たちの前に降り立った白衣の男に、俺は眉根を寄せた。

 俺が知っているヒースクリフとは姿や声が違う。『茅場晶彦』本来の姿がこれか。

 でもどうしてキリトはヒースクリフがここに居るって……そもそも死んだって聞いたのに。

 

「生きていたのか」

「そうであるとも言えるし、そうでないとも言える。私は、茅場晶彦という意識のエコー……残像だ」

「相変わらずわかりにくい事を言う人だな」

「なら分かりやすく言うと、今の私は彼……ミスト君という存在に近しい存在だ」

「俺に……?」

 

 例えに俺を引き合いに出され、少し戸惑う。

 

「ミスト君、以前私は、君を電脳に近い状態……と言ったのを覚えているか?」

「……ああ。確か言っていたな」

「私も今はそれと同じ状態だ。君と言う可能性を見て、私もこの姿になる決意が出来た」

「じゃあ、お前も電脳になったってことなのか? けど待てよ、俺はあの時キリトに貫かれて死んだはずだろう? なのにどうして生きているんだ」

 

 そう。あの時、俺は確かに死んだ。

 SAOと言う世界での死は現実での死に直結する。それは俺も例外ではなかったはずだ。

 なのになんで生きている? そもそも俺は生きているといえるのか?

 

「幸か不幸か、君はあの瞬間『死』を迎えたのだろう。だがそれは同時に、君の居た世界との繋がりを断ち切るきっかけにもなった。その結果、半端な電脳状態だった君は真の意味で完全な電脳と化した……と、私は考える」

「……じゃあ、俺の世界にあった俺は死んだのか?」

「それは分からない。元々死ねば元の世界に帰れるという保証すらなかった。運が良ければ君の意識は君の居た世界にある君の肉体へと戻った……という可能性もある。今ここに居る君はその時残された意識の残像か、あるいは否か……そこまでは分からないがね」

 

 つまり今の俺は、死んだ衝撃で帰ったかもしれない意識から残った一部……かもしれない、ってことなのか。

 

「須郷に操られていたお前を助けるのに手を貸してくれたのが、ヒースクリフだったんだ。まあ、なんにしても礼を言っておくよ」

「礼は不要だ」

 

 あっさりと、そし少しだけ困ったような表情を浮かべて拒否したヒースクリフに、キリトは不思議そうに首をかしげた。

 

「君と私は無償の善意が通用する仲ではなかろう。もちろん代償は必要だよ、常に」

「……何をしろというんだ?」

 

 キリトが問い返した直後、頭上に眩い光が差し込んだ。

 黄金に輝くそれはゆっくりと落ちてきて、キリトの両手に収まる。

 見た目は黄金に輝く卵……といえば良いだろうか。

 

「これは……?」

「それは世界の種子、《ザ・シード》だ」

「《ザ・シード》……?」

「芽吹けばどういうものか分かる。その後の判断は君に託そう。消去し、忘れるも良し。しかし、もし君があの世界に憎しみ以外の感情を残しているのなら……」

 

 そこから先をヒースクリフは敢えて口にしなかった。

 けど、『それを世界に広めてほしい』……なんとなくだけど、そう言うんだと俺は感じ取る。

 憎しみ以外の感情、か……。最初は悲観したけど、それでもあの世界で過ごした日々は楽しかったな、俺は。

 

「では…私は行くよ」

「あ……待ってくれ!」

 

 去ろうとしたヒースクリフに、俺はとっさに声を掛けて引き止める。

 俺の今の状態は分かった。それには納得した。けれど……。

 

「俺は……俺はこれから、どうすればいいんだ?」

 

 やるべき事、やりたい事……何も思い浮かばない。

 これではまるで最初にSAOに放り出された時と同じだ。けれどあの時は「生きて、この世界から脱出する」と言う明確な目的があった。

 でも……今の俺には、何もない。

 

「…………それは君自身が見出し、決める事だ。ミスト君」

「俺が……見出す」

「だが、いつの日かまた会うことがあるだろう。それまで暫しの別れだ、キリト君、ミスト君」

 

 最後にそう言い残し、ヒースクリフは地面を蹴って闇の中に紛れる。

 瞬間、目の前に縦に亀裂が走り、そこから黄金の光が差し込むと一気に視界に広がった。

 思わず腕を目の前に掲げてやり過ごすと、いつの間にか見覚えのない、周囲が柵で囲まれた鳥かごのような場所に立っていた。

 

「ここは……?」

「アルヴヘイム・オンラインの中だ。ユイ! 大丈夫か!?」

 

 アルヴヘイム……? どこかで聞いたことがある気がする。

 それを思い出そうとしていたら、突然上から小さな女の子が姿を現したかと思うと、そのままキリトに抱きついてきた。

 

「パパッ!」

「ユイ! 無事だったか!」

「はいっ! パパのナーヴギアのローカルメモリに退避したんです!」

「パ…パパ?」

 

 いや待てキリト。お前俺と大して歳変わらないだろう。それなのに小学生くらいの子供が居るってどういうことだ?

 ……待てよ。ユイって名前にも聞き覚えがあるな。えっと……だめだ、1度に色々な事が起こりすぎてこんがらがってる。

 

「おい、キリト。その子って……」

「あ? ああ、そう言えば紹介してなかったな。この子はユイ。俺とアスナの娘だ」

「初めましてっ! ユイといいます!」

「ああ……これはどうもご丁寧に。キリトのとも……友達のミストです」

「なんで友達って言おうとして口篭るんだよ」

「は、恥ずかしいんだから仕方ないだろっ!?」

 

 不満そうに口を尖らせるキリトに、慌てて答える。

 なんて言うか、あんな事をやった後だからキリトの『友達』とはっきり答えづらかった。

 そんな俺たちのやり取りを見て、ユイと名乗った腰まで伸ばした黒髪が印象的なワンピースを着た女の子はくすくすと笑う。

 

「2人とも、とっても仲良しですよね」

「まあな?」

「でも、1番仲良しなのはママじゃないとダメですよ? パパ」

「ちょっと待て! 変な風に捉えないでくれるか!?」

 

 ミスキリって誰得なんです!? そんなの夏と冬の大イベントくらいでしか需要が……あ っ て た ま る か !

 

「パパとママから聞いていた通りですね、ミストさんって」

「だろ? やっぱりミストはこっちの方が良いって」

「な……なんか納得いかねぇ」

 

 果たして2人がこの子にどんな話を吹き込んでいたかは知らないが、俺の名誉だけは守られているはずだと信じたい。

 

「……でも真面目な話、どうなるんだろうな。この世界も、ミストのことも」

「……正直、色々起こりすぎて整理して考える時間がほしいって言うのが俺の本音だ」

「それでしたら、パパのナーヴギアにしばらく移るのはどうでしょう? 今のパパには管理者権限が残ってますから」

「ユイをカーディナルから切り離したのと同じ要領か……俺は構わないけど、ミストはどうする?」

「良いのかよ、そこまで厄介になっても」

「今更遠慮なんてする必要ないだろ。それに、ユイの話し相手もしてもらえるし」

「はいっ! 私もミストさんの考えを纏めるお手伝いが出来ますよ!」

 

 それは何よりもありがたい話だ。

 ……しばらくの間俺は考え込み、考えを纏めると頷いた。

 

「じゃあ……少しの間、厄介になる」

「ああ。じゃあちょっと待ってくれ、今ミストをシステムから完全に切り離すから。ユイ、ちょっと手伝ってくれ」

「はいっ」

 

 言いつつ管理者用のメニューを呼び出したキリトは、そこから俺をこの世界から切り離そうと試みる。

 それを横目に見つつ、俺は外に広がる景色に目をやった。

 正確な時間は分からないが、茜色の空を考えると夕方なんだろう。

 俺がアインクラッドで死んで、どれだけの時間が経ったんだろう……調べることとか、考える事が沢山ありすぎる。

 

「これでよし……と。完全にシステムから独立されたな。ミスト、終わったぞ」

「……………」

「ミストさん? どうしました?」

「あ? あ、ああ。なんでもない」

 

 ユイちゃんに呼ばれて我に返る。少しだけ感傷に浸ってしまったみたいだ。らしくないよな、こんなの。

 

「じゃあ俺は、ログアウトしたらアスナの病室まで行ってくるから」

「そうだな。早く会ってやれ……」

「…? どうした?」

「いや……杞憂だったら良いけど、あのホスト被れって強制ログアウトされたんだろ?」

「ホスト……須郷の事か。HPが全損したのならそうだろうな」

「だったらキリトに復讐する事だって考えられるし、用心はして置けよ。スタンガンの1つくらいは持ってけ」

「そんな物騒なものはないけど……でもミストの言うとおりだな、用心する」

 

 俺の言葉に頷き、キリトはログアウト画面を呼び出す。

 

「ユイ、ミストの事をよろしくな」

「任せてください!」

「じゃあミスト、またな」

「……ああ、また」

 

 別れの言葉を口にして「本当にログアウトしますか?」の確認に○をタップして、キリトは光に包まれていく。

 その光に俺たちも巻き込まれ、世界は暗転したのだった。




 シリアスと見せかけて正気に戻ったミスト君によってシリアルに強制変換されたの巻。(えー
 シリアスなんて前回ので十分ですよ。1章がダークなら2章はコメディにするしかない。
 今回だけのスーパー特別仕様でミスト君超強化されてました。全部須郷さんが良かれと思ってやったのが丸ごと仇になって須郷さんマジピエロ。


 そして次回、ついにエピローグもラスト。それでもってフェアリィ・ダンスも実質フィナーレ。最後は言わずもがな……?


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復活ルート(フェアリィ・ダンス編)第3話 再会:片翼の――

 エピローグ最終章。一応これで救済は完了かな?

 あと最初に謝っておく。リズベットさんすいませんっしたあああ!


フェアリィ・ダンス編

 

第3話 再会:片翼の――

 

 

 あの後現実世界では、当然と言えば当然なんだが大騒ぎになっていたらしい。

 まずアスナに会いに行ったキリトが俺たちがフルボッコしたホスト被れに襲われて、俺の忠告を受けて持って来た竹刀(キリトの家、剣道場があるんだと)で撃退、当然お縄についた。

 最初は茅場に全て擦り付けようとしていたがそうは問屋が卸さず、部下が重要参考人として連れてこられてあっさり自供。

 あの世界――アルヴヘイム・オンラインに囚われていた元SAOプレイヤー全員は無事ログアウトされ、人体実験中の記憶や後遺症も残っておらず、現在も元気にリハビリをして社会復帰を目指しているらしい。

 だが後に「ALO事件」と呼ばれるようになったこの出来事でVRMMOと言うジャンルは回復不可能な打撃を被り、アスナの父親がCEOを務めていた「レクト」の子会社で、ALOを運営していた「レクト・プログレス」は解散。本社も社長以下経営陣は引責辞任してしまう。

 当然ALOも運営は中止。他にも展開されていたVRMMOも中止は免れないだろう……はずだった。

 

 

 2025年 5月9日。ALO内、ユグドラシルシティ。 

 

「ここ……で、いいんだよな」

 

 キリトに指示された場所までやって来て、伝えられた場所と現在位置が間違っていないかを確認して、俺はきょろきょろと周りを見た。

 「とにかくここまで来てくれ」と理由を告げないままALOに放り込まれ、なんなんだよ……とも思ったが、特に用事もなかったし、いつまでも居候するのも悪いと思っていたから良いけども。

 

「……やっぱり、この姿にはまだ慣れないなぁ」

 

 ぼやきながら「紫」の前髪を摘んで弄る。このエルフ耳といい、キャラを作ったばかりだから違和感が拭えない。そもそも妖精ってなんだよ、妖精って。むしろ経歴的に悪魔ポジションじゃないか? 俺。

 いや、ALOの設定的には仕方ないけどさ。なら今の俺の状態を考えると「電子の妖精」ですか。バカばっか。

 

「……ま、別にいいけどな」

 

 見上げれば太陽が眩しく輝いている。

 ここが仮想世界だとしても、その眩しさは本物となんら変わらないだろう。

 

 ――この仮想現実(世界)は、今も変わらずここにある。

 

 それはキリトが茅場から託された世界の種子……《ザ・シード》のおかげだった。

 《ザ・シード》とは茅場が開発したフルダイブ型VRMMO環境を動かすプログラムパッケージで、そこそこ回線の太いサーバーを用意して《ザ・シード》をダウンロードすれば、誰でもネット上に異世界を作ることができるんだという。

 キリトはそれを、エギルに依頼して誰もが《ザ・シード》を使えるように世界中のサーバーにアップロードした。

 これによって死に絶えるはずだったVRMMOは蘇り、ALOも「レクト」から全ゲームデータを無料同然で譲り受けたベンチャー企業「ユーミル」によって《ザ・シード》規格のVRMMORPGとして復活した。

 それだけに留まらず、《ザ・シード》によって大小様々な仮想世界が生まれ、それらは同じ《ザ・シード》規格のVRMMOなら、あるVRMMOで作ったキャラクターデータを別のVRMMOにコンバートする事ができる機能を持っている。

 俺もまた、このALOでキャラクターを新規に作成した。このALOは他と違ってSAOのキャラクターデータも引き継ぐ事ができ、一応それを引き継いだ上で闇妖精(インプ)族を選択している。

 この世界でキリトと再会した時にはステータスが異常なまでに強化されていたが、システムから切り離されたら元に戻っていたのは喜ぶべきか、嘆くべきか……ユニークスキルもないらしいから《魔装術》も消えているし。

 ……でも考えてみれば、結果的にこれでよかったのかもしれない。

 あの力はもう必要ない。友達と本気で殺しあう理由も無くなったからな。

 こんな状態になっても……いや、こんな状態になったからこそというべきか、俺は電脳世界を動き回る事ができるようになった。

 もちろんロックが掛かっているエリアは原則行けないが、《ザ・シード》規格の仮想世界ならコンバートの要領で自在に行き来は出来る。当然接続料も掛からず、購入する必要もない。なんか卑怯だよなぁ。今の所それを有効(?)活用する方法は浮かばないし。

 

「いや、そんな事よりもここで何があるんだよ、しかし」

 

 考え事に没頭していたら10分くらい経とうとしているが、別段何も起きる気配はない。

 からかわれただけか……? メッセージ飛ばして問い詰めるか――ん?

 

「……………」

 

 メニューを呼び出そうとした所で、背後に人の気配を感じて振り返る。

 いつの間にやってきたのか、背後に立っていたのは頭の上に突き出たネコ耳が特徴の、俺より年下っぽい女の子だった。他の種族がエルフ耳の中、猫妖精(ケット・シー)族はネコ耳なのが特徴だから分かりやすい。

 他に目に付くのは赤いリボンで左右に結んだツーサイドアップの髪、装備はスピードを重視しているのか青いコートタイプで、胸にはシルバーの胸当てをつけている。

 生憎だが猫妖精(ケット・シー)族に知り合いは居ない。そもそもALO自体が始めてから日が浅いから知り合いなんて極僅かだ。

 でも、彼女は俺の姿を見て信じられないように目を大きく見開いている。……どこかで会った事があったか?

 

「……ほんとに」

「え?」

「ほんとに……キリトさんの言ったとおりだったんですね」

 

 キリトの……言ったとおり? この子、キリトの知り合――。

 

「――まさか」

 

 目の前の女の子と記憶の中の彼女が重なる。

 よく見てみればあの頃の面影がある……じゃあ彼女は……。

 

「シリカ……なのか?」

「……!!」

 

 俺がその名を呼んだ瞬間、彼女は俺の胸に飛び込んできた。

 事態を飲み込めず一瞬反応が遅れたが、とっさに彼女を抱きとめる。

 

「ど…どうしてここに?」

「キリトさんが会わせたい人が居るって……それでここまで来たんです」

「キリトの奴が……」

 

 じゃああいつがここに呼んだのは、シリカと引き合わせるため……なのか。

 

「良く俺だって分かったな。SAOの中と姿違うのに」

「分かりますよ……面影残ってますから」

 

 シリカだって面影がある……そう言おうと思ったら、ぎゅっと強く俺の服を握られる。

 

「生きて……生きて、いたんですね」

「……なんだか死神に嫌われてるみたいでさ、追い返されたんだ」

「……そういう冗談を言う所、やっぱりミストさんです」

 

 嬉しさの余り、シリカの頬を涙が伝う。

 俺だってまた会えて嬉しい、彼女が生きていて良かったと思う。けど……。

 

「俺は、お前の傍に居ても良いのか?」

「どうしてですか……?」

「また会えて嬉しい、それは俺だって同じだ。でも俺は……シリカに何も言わなかった。そしてあんな事をした。止めてって言われても、俺は止まらなかった」

 

 そんな俺が、また傍に居ても良いのか?

 生きていた、なんて言ってもこんなの生きていると言えるのか? 現実世界には存在せず、この電脳世界でしか存在できない俺が……資格があるのか?

 沈んだ表情で問いかける俺に、シリカはゆっくりと顔を見上げ、俺の目をじっと見つめる。

 

「……ヒースクリフさんから、話は全て聞きました」

「だろうな……キリトたちから聞いてる」

「信じられなかったけど、でも色々な事に納得が出来たんです。どうして出て行ったのか、会うたびに雰囲気が変わっていったのか……。

 正直に言えば、一言話してほしかった。力にはなれなかったかもしれなかったけど、そんなに大事な事ならパートナーのあたしにも話してほしかった」

「……黙っていてごめん」

「それはもう良いんです。あたしだって少しでも長く一緒にいたかった。現実で会えないならなおさら……!」

 

 向こうで会うことが出来ないから、少しでも長く一緒に居るために考えうるあらゆる手を尽くして……選んだ答えが皆を裏切ることだった。

 他にも方法があったかもしれない。それこそ攻略組を抜けて残りの時間をシリカと過ごす事だってあっただろう。

 でも……残されていた時間はあまりにも短くて。それで焦った結果があれだった。

 

「シリカの言ったとおり、俺は現実世界に存在しない人間だ。いや……そもそも人間なのかも怪しい。俺自身、この先どうすればいいのかを考え続けているんだ。あんな事をした俺を、こんな存在になった俺を、シリカは――!?」

 

 最後まで言おうとしたら、シリカの唇が俺の唇に重ねられて阻んだ。

 いきなりの事に俺は目を見開いたまま硬直し、ほんの数秒のキスの後、ゆっくりとシリカは顔を離す。

 

「――これがあたしの気持ちです。ミストさんがどんな存在になっていても、あたしがミストさんのことを好きなのは変わりません。ミストさんは……あたしの事をどう思っていますか?」

「シリカ……俺は……」

 

 問われるが、そんな事決まっている。どんな存在になっても、この気持ちだけはずっと変わらないのだから。

 

「俺もシリカの事が好きだ。これまでも、これからもずっと……。こんな俺でも、まだ好きでいて良いのか?」

「もちろんですよ。――おかえりなさい、霞さん」

「――――っ」

 

 俺の本当の名前を呼び、シリカは笑いかける。

 もう、堪える事ができなかった。

 情けない姿を見せたくなくて、シリカを――珪子を強く抱きしめて、ボロボロと大粒の涙を流す。

 

「ただいまっ……ただいま、珪子……!」

「――はいっ」

 

 まるで年下の子供をあやすように、優しい声で答えると頭を撫でてくる桂子。

 失ったものは、払ったものは大きかったかもしれない。

 けど、それでも……この世界の中だけだとしても、もう1度彼女と会うことが出来た。

 今は……今はそれだけで良い。それ以上に嬉しい事なんてない。

 

 

 

「きゅぅーきょくぅ!」

「…うん?」

「リズベット! キィーック!」

 

 空から何か聞こえた瞬間、殺気に反射的にシリカを突き飛ばした。

 いきなり突き飛ばされて小さな悲鳴が聞こえた直後、見上げた空から人が降って来て、その足が俺の顔面に突き刺さる。

 

「もばふっ!?」

「かすっ!? ミストさんー!?」

 

 衝撃で吹き飛ばされる俺にシリカが悲鳴を上げ、3度地面を跳ねた末に柱に叩きつけられ、そのまま剥がれ落ちた。

 

「……よっし、絶好調」

「リ…リズさん!? なんでここに!?」

「アスナたちから「シリカがミストに会いに行った」って聞いて、大急ぎで追っかけてきたのよ。あー、すっきりした」

「ぐ……げふっ」

 

 いきなり人を蹴り飛ばしてきたのは、ピンクの髪とそばかすに見覚えのある少女だった。

 いや、見覚えあるって言うかさっき自分で正体明かしていたよな。「リズベットキック」ってなんだよ。「○シュペンストキック」のパクリか。

 晴れ晴れとした表情のリズに、俺は鼻を押さえて忌々しげに睨み付ける。

 

「おい、そこのピンク女……感動のシーンブチ壊しにしてどういうつもりだ」

「はぁ? 人のこと心配させておいて良く言えるわね。とりあえず再会を祝して1発殴らせなさいよ大バカ男」

「蹴った後で何を言ってるんだ……」

 

 はて、俺の知っているリズはこんな強暴だっただろうか。思い返してみても記憶にな……いや、散々人の弱みを握る悪魔みたいな女だが。

 やっぱこいつ、俺の天敵だ……などと思っていたら、いきなり寂しげな表情を見せてギクリとしてしまう。

 

「あんな遺言残して……確かにのけ者にされるのは嫌だったけど、だからってあんな大事な事ちゃんと言っておきなさいよ、バカ」

「……すまなかった」

 

 ああ……なんだ。

 さっきのあれは俺が生きていて嬉しかった事の照れ隠しみたいな物だったのか。

 確かに心配をかけたんだよな、俺……。だったら蹴りの1発くらい我慢しなきゃいけないだろ。

 

「まあ、生きていたならそれで良いけどね。色々小難しい話は要らないわよ。ミストが生きてここにいた。あたしはそれだけで十分だから」

「そう言ってくれると助かる」

「けど、それはそれ。これはこれよ。1発殴らせなさい、無駄に心配させた罰として」

「なんでそうなるっ!? 大体さっき蹴ってきただろ!」

「あれはほら、挨拶代わりってやつ? 本命はこっちよ。リズベット必殺の鋼鉄粉砕ゴルディ○ン・ハンマーで叩き潰してあげるから」

「どこの勇者王だお前は!?」

 

 って言うかお前、あの作品知ってるのか。いやいやそんな事よりも!

 にっこり笑ってメイスを振り上げてくるリズに俺は顔を青くする。マジだ。こいつマジでやる気だ。本気と書いてマジと読んで、やる気と書いて殺る気と読む。

 

「リ、リズさんやめてくださいっ!」

 

 口角を引き攣らせて動けずに居た俺の前に、シリカがリズの前に立ちはだかった。

 シリカ……! ありがとう、助けてくれて本当にありがとう!

 

「せっかくミストさんと再会できたからもうちょっとイチャイチャさせてくださいよ!」

「……よし、やっぱり天罰光臨ゴルディ○ン・クラッシャーで光に昇華してやるわ」

「あんるぇー? 火に油注いでないですか!?」

「キリトとアスナといい、シリカとミストといい、イチャコライチャコラ見せつけんじゃないわよ! なに? 厭味? 厭味なんですか? 相手の居ないあたしに対する!」

「いや、イチャコラしてたつもりはないけど……」

「当事者は無自覚とはよく言ったものよねぇ!?!?」

 

 ヤバイ、今のリズには何を言っても地雷にしかならない気がする。

 

「独り身の辛さを思い知れぇぇぇ!」

「に、逃げるぞシリカ!」

「えっ!? は、はいっ!」

 

 シリカの手を引きバーサーカーから必死の逃走劇を試みる。

 ……なんか色々ぶち壊しにされたが、これはこれで俺たちらしいかもしれない。

 息を切らせて走りながら俺は笑みを浮かべ、引っ張られているシリカもそれを見て笑っていた。

 

 

 

 

 

 その世界において彼は異端だった。

 

 『銃』が支配する世界で唯一『剣』を用いる剣士。

 

 それを見て酔狂だと見下す者がいる。愚かだと蔑む者もいる。

 

 もちろん……私もその選択を愚かだと思っていた。

 

 けれど……周囲の評価を、彼は実力で覆して認めさせてしまう。

 

 『ラストフェンサー』……その力を思い知らされた人たちは彼をその名で呼んだ。

 

 あまりにも荒唐無稽、常識外れの力に、多分私も魅せられたんだと思う。

 

 飛び交う銃弾の中で笑みすら浮かべて敵を斬る彼の姿は、硝煙が煙る世界でなお輝いて見えた。

 

 知りたかった。その力の秘密を。

 

 知りたかった。戦場で笑みを浮かべられるその理由を。

 

 だから、今日も私は――。

 

 銃が支配する世界で、剣を振るう彼の背中を追いかける。

 

 

 NextWorld GunGale Online......?




 と言うことで、これにてアインクラッド&フェアリィ・ダンス編完結です! やりきったぞー!

 ダーク→シリアス→ギャグからの感動……と見せかけてギャグと思わせておいてまさかの展開に持って行きましたやったぜ。

 けど、これだけはいっておく。

 予 定 は ま だ 未 定 だ 。

 語ることはもうあんまりないですね、以前に語り尽くしたから。

 ちなみに再会のシーンは「シルシ」をリピートしながら書いてました。ヤバイめっちゃはかどるどうしようヤバイってくらいに。良曲ですよねー。

 それじゃあ最後に……ミスト君、末永く爆発しやがれ!

ミスト「まったく持って嬉しくねぇぇ!?!?」


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ファントム・バレット編
第1話 Gun & Sword


 ファントム・バレット編開始! ( ゚∀゚)o彡゜シノのん!シノのん!

 本当は新作を出したかった……でも中々纏まらなくてこっちが先に出来上がったんだ。
 だが、いつか……いつか必ずラブライブを上げてやる……っ! クロスさせたいし(ぉ


第1話 Gun & Sword

 

 

2025年 9月14日 GGO内・SBCグロッケン・地下ダンジョン。

 

「ったく……嫌になるな」

 

 角に隠れて自動戦闘機をやり過ごして、安堵と共に俺はぼやいた。

 さすが最高難易度の地下ダンジョン。まともにやり合ったら痛み分けで済みそうにないエネミーがうじゃうじゃ蔓延っている。

 

「ごめんなさい……私の軽率なミスのせいで」

 

 それが厭味に聞こえたのか、隣に居たスナイパーライフルを担いでいた少女が申し訳なさそうに謝って来た。ショートのペールブルーの髪に猫を思わせる藍色の瞳をした少女は、ただでさえミリタリー好きの男が多いGGO内でも珍しい上に、容姿も相まって誰もが目で追うだろう。

 

「いや、シノンだけの責任じゃない。トラップに気づかなかった俺にも責任がある」

 

 実際俺にもこの状況を招いた責任はあった。

 きっかけは彼女が気まぐれで地下ダンジョンに潜らないかと言って来た事だ。俺も断る理由が無かったから快諾して2人で潜ったら、トラップに嵌って地下ダンジョンの最奥、しかも最高難易度の所まで落ちてしまった。

 当然誰も到達した事のない未踏エリアでマップ情報も無く、おまけにうろつく敵は真正面からやりあうには厳しい相手で交戦を避けつつなんとか脱出を図っている。

 とは言え未踏エリアとなればまだ誰にも発見されていないお宝が眠っている可能性もあるわけで、それが最高難易度のダンジョンならなおさら可能性も高い。

 故に、脱出よりも探索メインにシフトしつつあるが……気にしたら負けだ。もとより死ぬつもりは毛頭ないから。

 

「けどこれじゃあ、迂闊に探索も出来ないな……」

「諦めて出口を探す?」

「出来れば苦労しないさ」

 

 隠れて行動するから移動にも時間が掛かる。

 見つかってしまったから交戦、と行ければ良いが、俺はともかく弾薬に限りがあるシノンを考えると余計な戦闘は避けるのが最良だろう。

 

「……ありがとう、クラウド」

「なんだ? 改まってどうしたんだ」

「私1人だけじゃ、死んでも良いやって諦めていたから……」

「おいおい、出来れば死なない方が良いだろ。死ねばランダムでアイテムをドロップするんだから」

「分かってる。分かってるけど……さすがにこんな状況になれば、ね」

 

 さすがのシノンもこの状況には弱音を吐いてしまうらしい。

 俺は彼女を励ましてどうにか再起させると、彼女と共に探索を続けた。

 やがて円形のスタジアムの上に行き着くと、下を覗けば見たことのない大型モンスターがうろついているのを発見する。

 

「なんだあのアルマジロ……」

「このダンジョンのボス……かしらね」

 

 ボス……ってことは倒せばレアなアイテムを落とすってことか。

 大変魅力的な話だが、たった2人で初見の大型ボスを倒すのはかなり無謀だ。

 強さにしてもこのエリアの難易度を考えれば相当なもののはずだし、よしんば倒したとしても帰り道に遭遇した敵と戦うときにどれだけ弾薬が残っているか……。

 シノンの方もそれを考えているのか、顎に手をやって考え込んでいた。

 俺も同じように考えつつ、双眼鏡でモンスターの動きを観察する。

 

「……クラウド」

「なんだ?」

「ダメ元で挑んでみない?」

「マジか……」

 

 玉砕コースを選んだシノンの選択が信じられず、思わず双眼鏡から目を離してシノンを見る。

 どう考えても倒せなかった場合のリスクより倒した場合のリスクの方が大きすぎる。あのアルマジロと戦ってどれほどの弾薬を消費してしまうか。その状態で帰るにはここは危険すぎる。

 乗り気になれなかった俺はシノンを諭そうとするが、シノンは口元にかすかな笑みを浮かべ、このタイミングで最悪のカードを切ってきた。

 

「あの時の『借り』、ここで返してほしいんだけど?」

「げっ……」

 

 思わず唸り、腰の後ろに手を当てる。

 偶然だったとは言え、シノンととあるボスに挑んだ際に撃破して入手したのが『これ』だ。シノンからのアシストが無ければ入手は難しかったのは間違いない。

 感謝して礼を言ったら、「じゃあいつか、この借りを返してもらうから」と実に素敵な笑顔で返され、思いっきり顔が引き攣ったのを今でも忘れていない。

 さて……こうなってしまった以上、あのアルマジロに挑む以外の選択肢は残されていないだろう。

 しかし、だ。シノンはここから狙撃できるから良いとしても、俺は接近しないといけない。……あんなデカイアルマジロを前に大立ち回りってマジか?

 いや……どうにかなるか。もっと凄まじい修羅場を潜ってきたことを考えれば、この程度可愛く思える。

 

「オーライ、仰るとおりにする。具体的なプランを出してくれ」

「見た感じ、あのモンスターの弱点は額みたいね。私はここから狙撃するから、クラウドは白兵戦でアレを撹乱。可能な限り顔をこっちに向けさせて」

「わかったよ……まあ、そこまで心配はしていないけどな。シノンの腕なら安心できるし」

「私もあなたを信用してるわよ、『ジェダイ』」

「だからそれで呼ぶなっ!」

 

 からかうように数ある俺の異名の中からいろんな意味でアウトの名で呼び、即座に俺は突っ込みを入れた。

 こんな特殊すぎるくらい特殊な戦闘スタイルなせいか、俺には幾つもの異名が周りから勝手に付けられている。

 その中で最も有名なものは――『ラストフェンサー』。

 

「じゃ、ミッションスタートといくか」

 

 嘆息して腰に下げた金属棒を掴み、カラビナのロックを外す。そしてその反対側にあるホルスターからはかなり小型のSMG(サブマシンガン)を左手で持ち、セーフティを外してセレクターをフルに切り替えた。

 縁から飛び降り、落下しながら縦に1回転してきれいに着地する。ちょうど、アルマジロとは真正面。

 

「来やがれ、アルマジロ」

『ギャロロロロッ!』

 

 左手に持ったSMGを突き出し、右手に持った金属棒の上部にあった電源のスイッチを入れる。

 すると先端から灰色に光り輝くエネルギーブレードが形成され、起動させたそれ――『光剣』を軽く振るった。

 その直後、頭上から銃声が響き、モンスターの額にある黄色いダイヤのような部分で火花が散る。

 怯むモンスター。その瞬間俺は走り出した。

 

 

「すぅー…はぁー……」

 

 緊張に支配された身体を解すために大きく深呼吸した。

 スコープ越しの世界ではクラウドがアルマジロを思わせる大型ボスモンスターを相手に大立ち回りを演じている。

 GGOで唯一にして最強と謳われる光剣使い、クラウド。銃が支配する世界で剣を使いその名を馳せているのだから、その実力は本物だ。実際「理解のある」トッププレイヤーの何人かも彼の実力を認めてトッププレイヤーの1人と見ているが、本人は謙遜して「良くて上の中程度」と過小評価している。

 ボスの踏み付けや噛みつき、あるいは尻尾の先端から発射される高出力レーザーを前にしても怯まず、動き回り左手の《M10(イングラム)》のバースト射撃や長大なエネルギーブレードを形成した光剣《MURAMASA》による斬撃を繰り出している。

 しかも作戦通り、私がボスの弱点を狙撃できるように真正面の位置取りを心がけてくれているのだから、本当凄まじい技量の持ち主だ。

 

「……………」

 

 呼吸を整え、ボスの弱点に狙いを定めてトリガーを引く。

 額を寸分違わず撃ち抜くとボスは怯み、その隙を狙いクラウドが更に追撃を仕掛けた。

 飛び上がり、私が射抜いた弱点部分目掛けた水平高速4連撃。

 普通の光剣だったら飛んでもあそこまで届かせるのは難しいが、クラウドの持つ《MURAMASA》はその辺の光剣と一線を画す。威力も強力だが、何より最大の特徴は形成するエネルギーブレードの長さは通常の2.5倍だということ。もはや剣ではなく槍として扱う方が正しいとさえ言われる。

 普通の光剣を使って接近戦を仕掛けるよりもより遠くの位置から攻撃できるアドバンテージは計り知れない。だが、それでもGGOでは圧倒的不利であることには変わりない。

 GGOは銃をメインにしたVRMMORPGだ。その射程は有名な銃である《ベレッタM92F》を例に挙げると有効射程50m前後。実際の交戦距離を考えれば更に短いが、それでもリーチの短い光剣よりもずっと長い。

 ならなぜ、クラウドがGGOで最強の1人に名を連ねるのか。

 それは――。

 

「シノン! レーザー来るぞ!」

 

 クラウドが叫び、柱の陰に隠れる。モンスターの尻尾の先端が開き、中から赤いレンズ状の物体が露になるとそこから高出力のレーザーを発射した。

 私の所までレーザーは届かないが、白兵戦を行うクラウドは射程圏内だ。対光弾防護フィールドがあっても距離があれだけ近ければ効果は薄れる。

 すかさず私がライフルでモンスターの弱点を狙撃。弱点を撃ち抜かれてモンスターは怯み、レーザー照射が止む。

 その直後、モンスターの足元で強烈な衝撃と青いエネルギー流が炸裂した。クラウドがモンスターにプラズマグレネードを投げ込んだんだろう。

 大ダメージにスタン状態になり、この隙を逃さず私は額の弱点を連続で狙撃する。クラウドもほぼ至近距離からM10のフルオートを叩き込んでいた。

 《M10》の特徴は、小型軽量なサイズ以上に凄まじい連射速度に尽きる。毎分1000発という驚異的な連射速度は32連マガジンを1.5秒で空にしてしまうほどだ。

 当然それほどまでの連射速度は命中精度に期待できないが、白兵戦を行うクラウドには最適な銃だった。ハンドガンよりも連射速度・火力ともに上で、アサルトライフルや他のSMGよりも小型軽量な《M10》は牽制に適し、瞬間火力にも優れている。

 ……最初はそんな装備で通用するのかとも思ったが、実際通用しているんだから認めるしかないのだけれど。

 スタンから回復したモンスターが起き上がろうとし、すかさずクラウドは6つあったモンスターの目を、右側の3つを切り裂いて潰した。

 悲鳴を上げ、めちゃくちゃに動き回るモンスターをクラウドは慌てることなく動きを見切って光剣で斬り付けて行く。

 ――その口元は微かに笑みを浮かべていた。

 単純なステータス上の強さじゃない。クラウドは戦場で笑えるだけの強さを持っている。

 その強さの理由が知りたかった。倒せばその理由が分かるかもしれなかったけど……その強さを知る前に、私は彼と友達になっていた。

 聞いてみても「なんだろうな?」とはぐらかされて、ならばと私は彼の背中を追いかけて、今も追い続けていて……。

 

「シノン、残りHPが1割を切った。畳み掛けるぞ!」

「……了解」

 

 インカムから聞こえてきたクラウドの言葉に返し、私は狙撃に集中する。

 

「(――氷。私は冷たい氷でできた機械)」

 

 頭の中で唱え、トリガーを引き絞る。

 愛用の狙撃銃《FR-F2》の銃口から弾丸が打ち出され、モンスターの額を射抜く。

 ボルトアクション式ゆえに速射は出来ないが、それをカバーしてくれるのがクラウドだった。

 怯んで仰け反ったモンスターへ、助走をつけて軽く跳躍すると、驚異的な速度と正確さの高速突き5連打を額へさらに叩き込む。

 ボルトを引いて薬莢をはじき出し、押し込んで新たな薬莢を装填すると、若干の銃口の位置を修正してトリガーを引いた。

 クラウドが着地したと同時に弾丸がモンスターの額を正確に射抜き、その1射でモンスターはとうとう倒れて動かなくなると、ガラスが砕けるのに良く似た音を立ててポリゴンを砕け散らせた。

 

「……はぁ」

 

 ようやく倒れた……倒すのに2時間も掛かったけど。

 ラストアタックを決めて、私にボーナスが贈られてくる。

 タップしてそれをオブジェクト化すると、《FR-F2》よりも遥かに大型のライフルが出現し、受け止めようと思ったら思った以上にずっしりと重みがあって驚いた。

 《ウルティマラティオ・ヘカートⅡ》……GGO内サーバーでも10丁しかない、超レアなアンチマテリアルライフルだ。

 

「お疲れシノン。何が出た?」

「《ヘカート》よ。私も実物を見るのは初めてだわ」

「《ヘカート》!? マジかよ! 俺だって見たことない……み、見せてくれ! ああでもどうやってそこまで行けば……」

 

 子供みたいにはしゃいでいるクラウドに思わず笑みがこぼれる。

 あんなアバター――長身痩身で腰まで伸びた綺麗な銀髪に、エメラルドグリーンの切れ長の瞳――は、クールビューティーな女性を思わせるけど、れっきとした男性だ。

 普段はどちらかと言うと落ち着いているけど、今みたいに子供っぽい一面を覗かせる事もあって見ていて中々飽きない。

 

「ロープとかって持ってないよな?」

「お生憎。持ってないわ」

「じゃあ……壁走って、アルマジロが切断した柱に飛び移って更にジャンプで……いや、うん行ける。あいつも似たようなことやったんだし」

 

 いくらクラウドが常識外れだからって、さすがにそこまでは無理だと思う。

 諦めるように声を掛けようとしたら、クラウドは本当に壁を走っていた。……ほんっと、ありえないんだけど。

 そしてボスモンスターのレーザーで切断された柱の断面に飛び移って、さらに飛んで――高度が足りずにそのまま落っこちた。

 

「ぐへっ!」

「やめておけばよかったのに……」

 

 呆れて下を覗き込む。ここから見るとクラウドが潰れたカエルのように見えた。そう言えば実家は田舎だったから、時折見かけたっけ。

 

「もう少し高さがあれば届いたと思うんだけど……」

「いくらなんでも無理よ。諦めたら?」

「でも、合流しないといけないだろ?」

「それはそうだけど……」

 

 ロープも無い、飛ぶのも無理、他に方法なんて……。

 

「……あった」

 

 あった、1つだけ。けどこれって私もかなり恥ずかしい。

 問題はクラウドのSTR値ね……SMG持ちアタッカーをベースにしているけど、光剣を使うにあたって上げてはいるし、大丈夫だと思うけど。

 

「ねえ、クラウド」

「なんだよ?」

「ちゃんと受け止めなさいよ」

「は?」

 

 なにを、と聞かれるよりも早く。

 私は《ヘカート》を抱えて、そこからピョンッと飛び降りた。

 口を半開きにし、唖然とするクラウドの姿がみるみる近づいてくる。

 そして、慌ててその場を走り回って位置を修正して、落ちてきた私を見事にキャッチした。

 

「おっ…も――――イエ、ナンデモナイデス」

「……よろしい」

 

 何か大変失礼な事を言いかけたクラウドにサイドアームのグロック18Cを向けると大人しくなった。

 重くない、断じて私は重くないわよ。そう思ったのは《ヘカート》の重さと落ちた高さが重なっただけ。

 半眼を向ける私にクラウドは小さくなり、黙って地面に下ろす。……見た目がカッコいいだけに中身が残念で仕方ない。

 

「ほら、これが《ヘカート》よ」

「おお……」

 

 黙っていたのが一転し、私が抱えていた《ヘカート》を見せるとクラウドは目を輝かせて見ていた。

 

「こいつが《ヘカート》か……実物は初めて見るな。売るとかなりの値段で売れるだろ?」

「そうね。オークションにかければ相場以上になるとは思うけど……」

 

 月々のお小遣いが3千円の私には、それはかなり甘美な誘惑だった。でも……。

 

「……私、これを使おうと思うの」

「使うって……《ヘカート》を? 確かにシノンはスナイパーだからステータス的に使えると思うけど」

 

 私の意向が意外だったのか、半分納得、半分疑問を抱いた目でクラウドは小首をかしげる。

 確かにお金にすれば当分の弾薬代などに困る事はないだろう。《FR-F2》も悪い銃じゃないし。

 でも……私が潜っている理由は強くなるため。そして……なんとなくだけど《ヘカート》に何かを感じたから。

 

「……まあ個人の戦闘スタイルなんて自由だからな。俺も人のこと言えないし」

 

 それ以上クラウドは理由を問いたださず、おどけるようにしながらも納得してくれた。

 これでも結構人の心情に機微な所もあって、話したくなかった気持ちを汲んでくれるのは有り難い。

 

「……ありがとう」

「別に礼を言われるような事はしてないだろ? それに、礼を言うのはまだ早いと思うけどな。ここから脱出しなきゃいけないんだから」

「あ……」

 

 そうだった。

 改めて思い出すと、私たちは今地下ダンジョンの最奥部分に取り残されている。

 ここで死んで、せっかく手に入れた《ヘカート》を失ってしまったら当分立ち直れない。

 

「シノンの残り弾薬は?」

「《FR-F2》が残り20発。《グロック18C》が67発ね。クラウドは?」

「《M10》が残りマガジン1本、あとプラズマグレネード1つだな」

 

 お互いに弾薬が心もとない、か……。クラウドは光剣でどうにかなるけど……あとは私も《ヘカート》に弾が入っているけど、それでも安心できるとは言えない。

 

「交戦は可能な限り避けて……万が一戦闘になった時は逃走優先しかないな」

「出来そう?」

 

 さすがに不安になって尋ねると、クラウドは微笑する。

 

「どうにかしてみせるさ」

 

 

「あー! やっぱりシャバの空気はうまいなぁ」

「…………」

 

 ピンシャンしているクラウドとは対照的に、私はぐったりしていた。

 いくら彼が常識に当てはまらないって言っても、限度があるでしょう……!

 

「……私、金輪際アンタの背中に乗らないから」

「なんで?」

「なんで? って……」

 

 心底不思議そうに首を傾げるクラウドに大声で理由を語ろうとした時、

 

「シノン! クラウド!」

「ん? よお、シュピーゲル」

 

 銀灰色の長髪を束ねた男性が私たちに気付いて、走り寄ってくる。

 

「どこに行ってたのさ? 急にマップ追跡から消えたときは驚いたじゃないか」

「あー、ちょっと地下ダンジョンでトラップに引っかかって、そのまま最高難易度の最奥部まで真っ逆さまで……」

「……それとシノンを背負っているのとどんな因果関係が?」

「うっ……」

 

 目を少し細めて、私とクラウドを交互に見てくるシュピーゲルに少しだけ私は唸った。

 別に変なことはしていない。けれど、女が男に背負われていたら何か勘ぐるのが当然だと思う。

 

「ちょっと、いい加減降ろしてよ!」

「はいはい……ほら」

 

 私が文句を言うと、いい加減な返事をしながらも腰を落として私が降りやすい様にしてくれる。

 もうちょっと文句を言いたかったけど、今は事情を説明しないと誤解されかねない。

 

「勘違いしないでね? 地下でボスとやりあった後弾薬が少なくなって、じゃあどうするかってことになったら……」

「俺がシノンを背負って地上を目指したってわけだ」

「……最奥部から?」

「ええ」

「ずっと背負いっぱなしで?」

「ああ」

 

 ……やっぱり。シュピーゲルも呆けて口を半開きにしてる。

 私だって信じたくなかったけど、事実その通りだったんだから認めるしかない。癪だけど。

 確かにSTR優先でステータスを上げている私と違い、クラウドはAGI優先だが、同時にSTRもそれなりに上げている。

 だから、武装を《グロック18C》以外全部ストレージに収納した私を背負って、地下を駆け抜けた。

 あれはちょっとしたジェットコースターに乗っている気分だったわ……横の壁だけじゃなくて天上まで走って逃げていたし。当然途中遭遇した敵は全部無視で。

 

「シュピーゲルも体験するか? クラウド超特急in地下ダンジョン。今ならボス部屋まで運んでいくぞ」

「い、いや……遠慮しておくよ」

 

 クラウドの誘いにやんわりとシュピーゲルは断る。ハッキリ「嫌だ」って言えば良いのに……。

 

「そ、そう言えばボスを倒したんだよね? 何かドロップした?」

「聞いて驚くなよ? なんとあの《ヘカート》だ」

「ヘ、《ヘカート》!? 《ウルティマラティオ・ヘカートⅡ》!?」

「ええ。GGOでもまだ10丁しか見つかってないアンチマテリアルライフルよ」

「いやー、中々しんどかった。ソロで挑みたくなかったな、あのアルマジロは」

「アルマジロ?」

「ああ……ボスが見た目アルマジロみたいだったから。詳しい話はどこか落ち着ける場所でしない?」

「あ、そうだね。2人とも疲れてるみたいだし……」

「ほんとだって。人を背負って全力疾走は重くて疲れ……イエナンデモアリマセンヨ、シノンサン」

「……よろしい」

 

 私が《グロック18C》をクラウドの脇腹に押し当てると、すぐにクラウドは大人しくなった。

 重くない。私は重くないわよ、絶対に。って言うか女の子に向かって失礼でしょう。




 新たに登場したキャラ……いったい彼は何者なんだ(すっとぼけ

 アバターのイメージは見た目とかから判断してください。っていうか分かりやすいか。
 ちなみに、剣はともかく選んだ銃は完全な自分の好みです。イングラムマジ最高。バイオハザードでお世話になりました。


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第2話 ALOでのある1日

 ロストソングの公式を気まぐれで覗いたらフィリアが居た……だと……? なおさら期待感アップですね。


第2話 ALOでのある1日

 

 

傍から見てると今にも魂が抜け出してしまいそうな勢いだな、シリカの奴。

 チラッと横目でシリカの様子を窺ってから、俺はそんな感想を抱いた。

 場所はイグドラシルシティのリズベット武具店。今日は皆でリズの強化素材集めに付き合うことになっている。

 メンバーは俺、アスナ、リーファ、リズ、シリカ。そして――

 

「……ミストさんまだかなぁ」

 

 ポツリと呟き、シリカはそのままこてんと横になった。

 そう。あと1人はシリカの恋人、ミスト。

 まだ約束の時間まで10分はあるのにこれってのは……大丈夫なのかと俺はシリカ以外の面子とアイコンタクトを交わす。

 アスナ、苦笑い。

 リズ、呆れて肩竦めてる。

 リーファ、どう反応すればいいか分からず曖昧な笑み。

 俺はため息をついて、最近のミストについて振り返った。

 半年くらい前――海底ダンジョンをクリアしたのと前後して、ミストは「色々見て回ってみる」と言って他のVRMMOにダイブする旅みたいなことを始めから、めっきりALOに来る機会も減っている。

 それでも定期的には――1週間に1度のペースだが――来ているから余り問題はないんだが、リアルで同じ学校、あるいは家族いつでも顔を合わせられる俺たちと違って、ミストの場合は立場が特殊だからここでしか会えない。

 おかげでシリカは「ミストニウム」なる物を著しく欠いて、あんな風に今にも口から魂が抜け出て行きそうな状態に陥っていた。

 

「そりゃ、2度と会えないと思っていた所にひょっこり顔出されて嬉しいとは思うけどさぁ……」

「あれはちょっと……ねぇ?」

「依存しすぎだろ……」

 

 基本、ミストがいればいつものシリカになるんだが、いないととたんにミストニウムが減少して徐々にあんな状態に陥っていく。大体6日目にあんな状態になるから、目安が分かりやすい。

 ……こうしてみると種族も相まって完全に主人とペットだよなぁ。今の状態のシリカって飼い主が2、3日家を空けていて早く会いたくて待っているって感じだし。

 これは一刻も早くミストに来てもらって、シリカにミストニウムを補充してもらわなければ……。

 

「ちーっす」

「!!!!」

 

 来客を告げるベルの音と共に店に誰かがやって来た。

 声を聴いた瞬間、シリカの耳と尻尾がピーンッと立って一目散にダッシュ。

 

「ミストさーん!」

「おわっ! ど、どうしたんだよシリカ!?」

 

 ……どうやらミストニウムを補充する事ができたらしい。って言うかミストが入ってきてからシリカが動くまでがあまりにも早すぎた。

 周りも俺と同じ意見だったようで、顔を見合わせると呆れながらもその光景を見て微笑ましく感じる。

 入り口へ行ってみると、シリカに抱きつかれたミストが困ったような笑みを浮かべていた。

 

「遅いぞ、ミスト」

「遅いって……約束の時間5分前だっただろ?」

「シリカ的には1時間くらいの大遅刻だったってことだ」

「そこまでか……?」

「だって1週間も会えなかったんですよ」

 

 そりゃそうだけどさ……と俺たちに助けを求めてくるミストを、俺たちはそっぽを向いて知らん振りする。

 ま、クラインとリズに殺されないように気をつけることだ。特に前者には。

 

 

 「じゃあ始めるか」、と言いつつ自分たちは暢気に休憩か、おいそこのバカップル夫婦。

 草の生えた高台っぽい岩の上で寝転がっているキリトと、その隣に座っているアスナ夫婦を一瞥して、髪を掻き揚げながら俺は嘆息した。

 

「へっへーん! 以前の私とは違いますよぉ!」

 

 なんだか見覚えのあるパックンみたいなモンスターの触手が足に巻きついて、そのまま持ち上げられそうになったシリカだったが、翅を展開して自慢げに浮く。

 随意飛行を完全にマスターするのに半年かかったのにまぁ……。

 

「シリカ、それフラグな」

「え?――え???」

 

 ボソッと突っ込みを入れた直後、パックンモドキが触手を束ねて翼にして、浮き上がる。

 顔を青くして、またもひっくり返るシリカ。なんかこれ、どっかで見たことのある光景だなー。

 

「ミ! ミストさん助け! 見ないで助けて見ないで助けてー!」

「どっちですか……」

 

 ギリギリスカートを押さえてブンブン短剣を振り回しているシリカに、俺は隣に居たリーファにアイコンタクトを送る。

 すぐに意図を汲み取ったリーファが長刀を抜き、翅を展開して飛ぶとシリカに巻きつく触手を切り裂いた。

 パニックを起こして落ちそうになったシリカを、俺も翅を広げて飛ぶとすかさず受け止め、遅延させておいた3発の火炎弾を発動させてパックンモドキに叩き込むと、すかさず頭上からリズが脳天にメイスを叩き込んで粉砕した。何度見ても痛そうで思わず顔を顰めてしまう。

 

「大丈夫か?」

「はいぃ……見て、ないですよね?」

「見てない見てない」

 

 そんな事したらリズとリーファに「変態!」って言われて殴られ斬られますってば。

 顔を真っ赤にしていたシリカは俺の言葉にほっとして、俺が地面に降り立つとそのまま下ろしてやる。

 

「いやー、やっぱ攻撃魔法使える人がいると安定感が違うわねー」

「私もどっちかって言うと補助がメインですから。攻撃専門の人がいてくれると助かります」

 

 コンビプレーでパックンモドキをのしたリズとリーファがハイタッチを交わして降りてきた。

 リーファの言い分は、まあ……分からなくもない。リズも基本鍛冶職人だから攻撃系のスキルよりもそっちを育てているのは分かる。……だが、敢えて言わせてもらおう。

 

「脳筋特化過ぎるんだよお前らは!」

 

 SAO生還者の皆はあそこで暮らしていた癖と言うか、経験から物理攻撃特化型にしすぎる傾向がある。よくてちょっとした補助程度。

 この中で魔法スキルを習得しているのは俺、シリカ、アスナ、リーファ。その内攻撃魔法専門が俺のみと偏りすぎてるだろ。俺だってメインは白兵戦なんだから。

 

「なによ、女の子に向かって脳筋ってのは失礼じゃない?」

「そんな物騒な鈍器を振り回してよくいうぉぉぉぉ!?」

 

 口を尖らせて文句を言ってきたリズに突っ込むと、問答無用でメイスを振り下ろしてきて間一髪白羽取りで受け止めた。こ、こいつ……目がマジだ。

 

「大体、そう言うミストはどうしてあたしたちと同じ傾向にならなかったのよ?」

「元々魔法剣士系に憧れていたんだよ……! 俺のは一般的なイメージとだいぶかけ離れてるけどっ!」

 

 ギリギリの所で拮抗しながら言い返す。

 魔法剣士に憧れていたって言うのは嘘ではない。MMOに限らず、魔法剣士系のジョブがあるゲームだったらそれを選んでいた事もある。

 一般的な魔法剣士といえば剣と魔法を使いこなして、盾も加えた安定の防御力とオールマイティなものをイメージするが、今の俺はそれとややかけ離れている。

 まず、補助・回復は全部捨てた。だって担当者が大勢いるから。

 次に、盾も捨てて拳術スキルを上げた。だってこっちの方が今は馴染んでるから。

 結果、出来上がったのが斬って殴って蹴っては魔法を使う攻撃偏重型の魔法剣士。今ではパーティーで貴重な攻撃魔法担当だ。

 

「まあまあリズさん、実際ミスト君のおかげで楽になってるのは確かなんですし」

「そりゃまあ、そうだけど……」

 

 リーファに仲裁されてリズは渋々ながらも引き下がる。

 

「それで、肝心の素材は集まったんですか?」

「はいはい、ちょっと待ちなさいよ……んー、大体は足りたって所ね」

「まだまだいけるから、遠慮しないで言ってね。リズベット武具店にはいつもお世話になってるし」

「……って言っても、このエリアは狩りつくしたぞ?」

 

 周りを見ればモンスターの影も形もない。さっきのがラストだったみたいだな。

 

「休憩がてら、リポップするまで待とっか?」

「リーファに賛成。次はあそこでサボってる奴らも手伝わせるぞ」

 

 くいっと上でサボってる2人を顎でしゃくる。聞いた話によると、学校でもあんなイチャコラしてるらしい。

 まったくけしからんとリズが言っていたが、本当にその通りだ。

 

「ちょっくらからかってやるか」

「や、やめておいた方がいいんじゃないかな?」

「いいや、甘いぞリーファ。俺たちがリズのために身を粉にして手伝っているのに、向こうはただぼけーっと空を見たり旦那を見たりするだけ……正義は俺たちにあると思わないか?」

「え? えぇ? えぇぇ???」

 

 俺の悪魔みたいな囁きにリーファの気持ちが激しく揺らいだ。

 今頃「お兄ちゃんたちをラブラブさせてあげたい!」って天使と「アスナさんばっかりズルイ!」って悪魔の戦いが繰り広げられていることだろう。

 

「ほーんと、やっぱりこのミストの方が似合ってるわ。ちょっと悪戯好きで茶目っ気ある感じの」

「でも、少し変わったと思いますよ」

「変わった? どの辺が?」

「えっと……隠し事が無くなったからか、あんな事のあった反動かどうか分からないですけど、昔よりふわふわしてるって言うか。ね?」

『きゅいー♪』

「……そう?」

 

 ん? なんだよ、2人して俺の方見て内緒話なんて。

 

「別にー? ただ、あんたの彼女は彼氏をよく見てるなーって感心しただけよ」

「えへへ……♪」

「なんだかよく分からんが……まあいいけど」

 

 妙にご機嫌のシリカと呆れるリズ。この短時間の間で何があったのか不明だが、今はリーファを陥落させるのが重要だ。……別に楽しんでいるわけじゃないぞ? これはあの夫婦がサボっているのが悪いんだ。俺は! 悪くねぇー!

 

「さてリーファさんや。俺は何も押すだけ押してはいさよならとはしないぞ。ナイスなお膳立てをしてやろう」

「お、お膳立て?」

「おう」

 

 目をぐるぐる回してどっちかに傾こうとしているリーファへ、俺なりの最大限の援助を送ろう。

 頷いてキリトたちのいる方へ向き、大きく息を吸い込む。

 

「そこの夫婦ー! サボってないでいい加減こっち手伝えー!」

「「!?!?」」

 

 ガタンッ、ズルッと言う音が聞こえた気がした。ここからじゃ離れていて聞こえないけど。

 顔を真っ赤にして上にいた2人は慌てふためいて、そのままダッシュで俺のところにやって来て詰め寄る。

 

「ミミ、ミミミミミスト!?」

「大声で変なこと言わないでよっ!」

「変なこと? ああ、まるで縁側でのんびり寛いでいた熟年夫婦に対して言った事か?」

「「熟年!?」」

 

 からから笑って言ってやると、よほどショックだったのか2人はかなり落ち込んでしまう。

 すると、キリトの肩に乗っていたピクシーモードのユイちゃんが浮き上がって俺の前までやって来た。

 

「もう、ダメですよミストさん。パパたちは真面目な話をしていたんですから」

「いやいや、悪い悪い。俺たちが真面目に狩りしてたのに2人がサボっているのが理不尽だったもんで」

「それは悪かったけど……熟年夫婦は酷いよぉ」

「俺……そんなに老けたのか……?」

「ほれほれ、凹んでないで話聞けって。えー、次にモンスターがポップしたら、ちょっとしたゲームをやりたいと思います。ルールは単純明快で、3on3のチームに分かれてどっちが多くのモンスターを狩れるか。相手チームへの妨害は無し、最後の1体は早い者勝ちで。負けたチームは勝利チームにドリンク奢るってことで」

「……お前まさか、それを見越して先に精神攻撃しかけたのか?」

「勘ぐりすぎだろ」

 

 いつぞやの決闘のことを思い出したのか、キリトは半眼で尋ねてくる。

 確かにあの時はどんな手段を使ってでも勝つって思っていたから、先に精神的に叩いておいたんだが。

 

「っていうかキリトよ、お前俺をどんな風に見てるんだ?」

「普通に戦っても充分強いのに、小技ばっかり使って勝つイメージだな」

「ほほう……」

 

 こいつめ……そこまでして俺を本気にさせたいか。

 …………いや、やっぱダメだ。どうあっても全力は出せない。出しちゃ、いけない。

 ギリギリの所で踏みとどまって、キリトの言葉を水に流す。例え全力を出さない事が相手にとって失礼に当たるとしても、絶対に出したらいけないんだ。少なくとも、皆の前では、よほどのことがない限り。

 

「……ま、実際その通りだしな」

「……怒らないのか?」

「否定はしないさ。先に自分が有利な状況を作って勝率を上げたりするってのは」

 

 意外そうに首を傾げるキリトに肩を竦めて答える。

 

「それより、チーム別け発表するからな。えーっと、そっちがキリト、アスナ、リーファ。こっちが俺、シリカ、リズで」

「おいおい、勝手に決めるなよ」

「何か問題でも?」

「いや……ないけど」

 

 事実戦力バランスは互角だし、皆もこれで不満はないだろう。

 不満はないが、ちょっとだけ納得がいかない、と言った感じにキリトは唇を尖らせているが、まあそっちの都合は関係ない。

 チームごとに分かれようとして、俺はリーファに近づいて肩を叩く。

 

「グッドラック」

「……へぅっ!?」

 

 左手をサムズアップした俺を見て、全てを理解したリーファは顔を真っ赤にして変な声を出した。

 いやいや、弄りがいがあるのはお兄さんと一緒ですな。いや、正確には従妹なんだけど。

 頭から煙が出そうなくらい顔を真っ赤にして、金魚みたいに口をパクパクさせているリーファに激励してシリカたちの所に行こうとすると、唐突にキリトの呼び止められた。

 

「ん? どうした」

「ちょっと話があるんだが……少しいいか?」

「いいけど……改まってどうした? あ、八百長やってくれって言うなら勘弁な」

「そんなんじゃないって。――ガンゲイル・オンラインってVRMMOを知ってるか?」

「ガンゲイル? ああ、GGOね。知ってるけど」

 

 あの世界は別の意味で有名な所だからな。

 ガンゲイル・オンライン。その名の通り銃を武器に戦うALOやSAOとはジャンルが大きく異なるサイバー系のVRMMOだ。

 開発したのはアメリカの企業で、日本にもサーバーを置いている。

 最大の特徴はゲーム内で稼いだ金を現実に還元できるシステムで、俗に「プロ」と呼ばれるヘビーユーザー連中は月数十万も稼いでいるとのことだ。

 

「行った事はあるか?」

「ああ、あるぞ。なんていうか、ミリタリーとかガンマニアが多い所だったな」

 

 「殺伐としていてすぐ抜けたけど」と肩を竦めて付け加える。

 

「で、GGOがどうかしたのか?」

「……関連性はまだ分からないが、GGO内のトッププレイヤーが2人死んだ」

「死んだ? どうせずっとログインし続けて飯も食わずにプレイしていたんだろ?」

「死因は心不全だ。餓死とかじゃない」

「心不全って……また妙な話だ」

 

 それは少なくともフルダイブマシンによるものじゃないな。あれは脳に作用するが、他の内臓とかには作用できないはずだ。

 それに、現実世界ではナーヴギアに代わるアミュスフィアと呼ばれるフルダイブマシンが普及していて、おまけに厳重なセキュリティを講じている。マイクロウェーブの出力も弱められているから脳を焼き切る事もできない。

 それから色々とキリトから話を聞いたが、俺も同じ結論にたどり着いた。つまり――。

 

「不可能だ。仮想世界から現実世界に干渉し、人体に何かしらの影響を及ぼす事は」

「そうだよな……」

「でも、なんでその話を? って言うかどこで仕入れたんだよその情報」

「実は……クリスハイトって知ってるだろ?」

「あのメガネかけた頼りなさそうな感じの?」

 

 確か、多少話した記憶はあるけど……。そこまで親しいって間柄でもないな。確かリアルでは総務省でネットワーク関連の仕事をしているって聞いたが。

 

「あの男に頼まれて、今度GGOの内情をリサーチに行く事になって」

「確かにGGOは黒に近いグレーなゲームだけど……そもそも2人が心不全で死んだからってなんでリサーチに行くんだ? フルダイブ中の変死なんてそこまで珍しくないと思うが」

 

 別段VRMMOに限った話じゃない。あまりにも物事に熱中して飲まず食わずになった結果死んでしまった事故はネットのニュースでちらほら見かけている。

 

「《死銃(デス・ガン)》って奴が、2人の死に何かしら関わっている可能性があるらしい」

「《死銃》?」

「ああ。2人はそいつの銃で撃たれて、直後に死んだそうだ。因果関係は不明だけど、接点がないとは言えないんだ」

「ふぅん……で、クリスハイトに「GGOに行ってちょっと撃たれてきて」とでも言われたか?」

「まあ……そんな所」

「あのなぁ……」

 

 それでほいほい首を突っ込もうとするキリトに呆れ、何も言えなくなる。キッパリ断ればいいものを……。

 

「大体、その《死銃》って奴がほいほいお前に接触してくるとは限らないだろ?」

「それで近々開催される「バレット・オブ・バレッツ」って言うイベントに出ることになったんだよ。わざわざコンバートまでして」

「おいおい……コンバートするってことはALOでのアイテムとか全部捨てるってことになるじゃないか」

「いやいや、もちろんエギルの店に全部預けて出るつもりだから。そのあたりは大丈夫」

 

 本当に大丈夫なのかよ……さすがに俺も不安を覚えるぞ。

 

「って言うかその話、アスナにはちゃんと話したのか?」

「触り程度だけどな。さすがに《死銃》の存在は不確かだから、そう言う事は伏せたんだけど」

「だったらどうしてその話を俺に?」

「ミストならGGOの事を少しは知ってるんじゃないかと思って。どんな所だった?」

「どんな所って言われても……最大の特徴はSAOやALOみたいなファンタジー要素は一切ない、純粋なSF物だったってことだな。PvPが盛んで、銃がメインになる」

「銃……か」

「俺も触り程度だから詳しくは知らないが、「着弾予測円(バレット・サークル)」って言う攻撃的システムアシストと、「弾道予測線(バレット・ライン)」っていう防御的システムアシストがあった。他には銃は大別すると2種類あって、実弾銃と光学銃があるってことだな。どっちにもメリット・デメリットがある」

 

 他にもいくつか俺の知っている基本的な知識を教えると、キリトは眉間に皺を寄せて難しそうな顔をする。

 GGOはSAOほど単純な戦闘システムじゃない。難易度的にはVRMMOでもかなり難しい部類に入るだろう。

 それでも人気なのはリアリティとゲームをしながら金を稼ぐことができるから、と言うのが大きい。GGOにいるトッププレイヤーのプレイ時間は他のMMOプレイヤーとは比較にならないほどだ。

 

「今からでも遅くないんじゃないか? 断るのは」

 

 キリトの身を案じて、俺は不安を抱きながらも提案する。

 《死銃》の話は根も葉もない噂と言うのが実際の所だろう。仮想世界からどうやっても現実世界に干渉する事は不可能だと、キリトも結論を出したじゃないか。

 

「ああ……でも、引っかかるんだよ。勘って言うか……」

「勘……ねえ」

「それに調査協力費も掲示されたし、以前色々無理を聞いてもらった手前、引き下がるわけにも……」

 

 それが本音か、と内心ツッコミ、同時にジロリと半眼でキリトを睨む。

 睨まれたキリトはバツの悪そうな顔をする。はぁ……もう言った所で聞きそうにないな、こりゃ。

 

「分かったよ。俺からはこれ以上何も言わない。けどくれぐれも無茶はするなよ? 俺だけじゃない、アスナや皆が心配するんだからな」

「ああ、わかってる。ちょっとした観光感覚で行ってみるさ」

「おーい、そこの2人ー! いつまで話してるのよー!」

 

 話が終わった所でリズに呼ばれた。

 見ればフィールドのモンスターはあらかたポップを終えて、うろうろとエリアを徘徊して回っている。

 

「色々話してくれてありがとな、参考になった」

「ああ……」

 

 肩を叩き、自分のチームに向かっていくキリトを釈然としない思いを抱いて見送る。

 キリトの話に出たプレイヤー2人――ゼクシードと薄塩たらこ――が死んで、噂の《死銃》が関わっている……か。それでキリトがGGOへ調査に、ねぇ……。

 

「――ったく、仕方ない奴だな」

 

 あんな話を聞いて、知らん振りなんて出来るはずないだろ。

 そこまで乗り気じゃなかったが……ついでに上位入賞でも狙ってみるかな。一気に稼げそうだし。

 

「ミストさーん! 始めますよー!」

「今行くー!」

 

 シリカに呼ばれてチームに合流する。開始の合図はユイちゃんが仕切ってくれるようだ。

 

「じゃあ、行きますよ? よーい――スタート!」

 

 ピナの背に乗ったユイちゃんの合図と共に俺たちはそれぞれ狙いを定めていたモンスターに飛び掛った。

 

 

「じゃ、また後でな」

「あいよー」

 

 キリト、アスナ、リーファ、リズたちは夕飯の時間と言う事で一旦ログアウトする事になって、俺たちはその場で別れた。

 

「シリカも行かなくていいのか?」

「うぅ……行かなくちゃいけない、ですけど」

 

 で、残ったシリカも同じように夕飯の時間なんだが、どうやらもう少し一緒にいたいご様子。なんだかんだで皆と一緒にいたから2人きりって状況にはならなかったからなぁ……。

 

「じゃあこうしよう、戻ってきたら2人きりで出かけるってことで」

「えっ、それって……」

「まあ、うん。デートだな」

 

 はっきり言うのがちょっとだけ恥ずかしく、シリカから目を逸らしながらデートと口にする。

 再会してからも何度かデートはしたことがあるが、まだまだ照れくささが抜けない。それでキリトたちにからかわれるのがお約束だった。何も言い返せないのが悔しい。ぐぬぬ。

 

「早く戻らないとデートの時間が減ってくぞ?」

「うぅ、ずるいですよそれ!」

 

 慌ててシリカはウィンドウを開いてログアウトを操作しようとする。

 

「約束ですよ? 絶対絶対、デートしてくださいね?」

「分かってるよ。親御さんによろしくな」

「はいっ!」

 

 上機嫌になったシリカは嬉しそうに頷いて、ログアウトボタンを押してALOから出て行った。

 皆がログアウトして1人だけ取り残されると、俺は笑みを消した。

 1人……か。今更何てことないが、どうしても寂しさが拭えない。

 

「俺……いつからこんなに寂しがりやになったんだ?」

 

 自嘲するように呟いて、自分の手を見つめる。

 皆は昔と変わらず接してくれているのに、どうしても距離を感じてしまっていた。

 

「ああ……やめやめ。どうにも1人になるとナーバスになりがちなんだから」

 

 頭を振って思考を切り替え、戻ってくるまでにどこに行くか考えておくかと思いながらその場を立ち去った。

 さぁて、どこに行くか……と言ってもリアルはまだしもALOの内部だとなぁ。狩りやクエストなんてデートっぽくないし。新生アインクラッドもフローリアはおろかダナクすら解放されていないからなぁ。

 ……こうして考えると、やっぱり俺って彼氏力が限りなく低いと痛感してしまう。

 もっとぐいぐいリードできればいいんだが、いかんせん経験値が限りなく低い上に仮想世界限定って言うのがまた難しい。

 ここはアスナとキリトに教えを請うべきか。あの2人自重という言葉を知らないみたいだし。リズにはこれ以上弱みを握られたくないし。

 そもそも最近はALOを離れていて内部事情に疎くなっているからな。やっぱり人に聞くのが手っ取り早い。

 

「……って完全に後手に回ってないか?」

 

 そもそもこの後デートするのに聞いている時間なんてあるだろうか? いや、ない。

 ……ド定番だけどウィンドウショッピングで今日は凌ごう。何か良さ気なアクセサリーがあったらプレゼントしよう。

 

「ああ……情けないなぁ、俺って」

 

 自分のヘタレっぷりに呆れて、俺は肩を落とすのだった。




 デートも入れようと思ったけど挫折したorz
 と言うか、次の話も全然書き終わってないのにもうすぐテイルズオブゼスティリアが発売とか。やっべぇ、マジでやっべぇ。

 BoBは次の話を挟んでからになりそうです。


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ミスト君、第1級フラグ建築士疑惑(バレンタインネタ)

 当日になって突貫工事で仕上げました。

 この話、まだ未登場のキャラや出るタイミングを失ったキャラ、短編でちょっとだけ出てきたキャラも出てますが、こまけぇこたぁ良いんだよ! と思える人だけ読んでください。

 バレンタインだからイチャコラをする中、こんな話にした自分は捻くれてると自覚してます(笑)
 個人的にアスナとのやり取りが書いていて楽しかったです(爆)


「どうも。みんなの兄貴クラインだ。

 『バレンタインチョコを1個しかもらえなかった。お母さんから』とか、

 『勝った。俺は2個。ねーちゃんから』とか、

 バレンタイン翌日に教室で嬉々として喋ってる奴ら――来年からお前たち死刑!

 そんなネタもう何万年も前からカカオとお母さんが誕生した時から使い古されてんだよ。

 鬱陶しいんだよ、ネタにしてるくらいなんだから俺たちぜーんぜん気にしてないよね的なやっすい虚栄心がうんざりなんだよォォ!

 義理だの本命だの今年は義務だの下らねーやりとりしてるバレンタインという悪習そのものがァァ!

 やめるべきだろこんな茶番! 来年からチョコ送った奴も! 貰った奴も全員死刑で!

 ファイナルアンサー!?!?」

 

「ファーイッナルアンサー!」

 

 そうだ、よくぞ言ったクライン! そこに痺れる! 憧れるッッッ!

 

「…………」

「あ…あれ? どうしたクライン? 元気ないぞ?」

「――ファイナルアンサーじゃ、ヌェェェェイッ!!!!」

「げほぁっ!」

 

 テーブルを乗り越えてクラインの放った飛び蹴りが俺に炸裂する。

 逆ギレされて蹴られる事なんて予想もしてなかった俺は受身も取れずひっくり返った。

 

「1個くらい誰か持って来いよ! なんだよこの銀○のノリはよォ! やってて泣きたくなったじゃねぇか!」

「ぐ…ふっ。クライン、それは間違ってる! 俺たちは愛を捨てた修羅だろう!」

「あと何よりもお前が賛同するって言うのが許せねぇわッ!」

「うわっちょそれ真剣!!」

 

 哀と怒りと悲しみの涙を流しながら抜刀し、問答無用で振り下ろされたクラインの刀を辛うじて白羽取りしてキャッチする。

 何故だ!? 俺はお前の理解者にして同志のはず!

 

「お前今年は確実に本命貰えるだろうが!」

「あ。そっか」

 

 言われてあっさり納得できた。

 そうだよ、俺もう年齢=彼女いない暦デッドスパイラルから脱出できたんじゃん。ありがとうシリカ。

 

「そのにやけっ面がさらに腹立つぜチクショー!」

「うぉぉっ……バレンタインが血のバレンタインに変わるぅぅぅっ!」

「なーに男同士でバカやってるのよ」

 

 スパーン、と乾いた結構良い音が鳴って、クラインの頭が横にスライドした。

 その背後、つまり俺から見れば正面なんだが、その手にハリセンを装備したリズが呆れ顔で俺たちを見下ろしている。

 

「た…助かった……ありがとなリズ」

「クラインには少しだけ同情してあげなくもないけど、ミスト……アンタはなにやってんのよ」

「いや……長年の習慣からついダークサイドに堕ちて」

 

 何しろ今まで貰ったチョコなんて家族(母親から)だけだったから。

 

「はぁ~……ミストらしいといえばらしいかもしんないけどねぇ」

「面目ない……」

「だったらこれ受け取っておきなさいよ」

 

 はい、と素っ気ない感じでリズが差し出してきたのはラッピングされた四角い薄い板みたいなものだった。

 メガテン……じゃない。目が点になった俺は、リズの差し出したものが分からずじっと凝視する。

 

「何よ。受け取れないっての?」

「いや……なにこれ?」

「チョコに決まってるでしょう、バレンタインなんだから。もちろん義理のね」

「…………」

 

 ほら、と強引に受け取らされ、俺は手元のチョコとリズを何度も何度も繰り返し交互に見てしまった。

 

「なによ。嬉しくないっての? そりゃ義理だけど……ってクラインもいつまでも不貞寝してないで受け取りなさいって」

「え…お、俺にもか?」

「当たり前でしょう。義理だけど」

 

 言いつつリズはクラインの分もチョコを渡し、俺みたいに目を点にしてチョコとリズを交互に見てしまう。

 

「あのねえ……いくら実感沸かないからってノーリアクションは、ってえええぇ!?」

 

 何か言いかけたリズは次の瞬間目の前の光景に仰天し、驚きのあまり飛び退いてしまう。

 俺とクラインの間に言葉は何も要らなかった。ただお互いにするべきことは知っている。

 だから――リズの前にひれ伏した。

 

「「あなたが神かっ!」」

「ちょ、さすがにそんな事されるとあたしも困るんだけど!?」

「だってよぅ、生まれてこの方母親からしかチョコ貰ったこともないし、社会人になってからはそんなこともなくなってずっと……ずっと……うぉぉぉぉんっ!」

「俺だってそうだ! 生まれて……生まれて……」

「……生まれて、なに?」

「いや……俺の場合1度死んだから、この場合カウントをリセットする方がいいのかなって考えて」

「どうでもいいわっ!」

 

 ですよねー。

 

 

 義理だけど人生初の家族以外からチョコを貰えたぜひゃっほう! あまりにも嬉しくてテンションがおかしいね!

 ああ……思えば俺って不幸な道のりしかなかったからなぁ。上がったかと思ったらさらに底へ底へと繰り返しで地球換算で言えば核に突入してるくらい。ザ・コアって映画知ってる? あ、知らない? そっかー……。

 

「だがしかし! 俺には本命のチョコがある! 我が世の春がキタァァァ!」

「ひゃっ!?」

 

 嬉しい余り叫んだ所、後ろで小さな悲鳴が。

 振り返るとアスナが俺の奇行に目を丸くしていた。

 

「お、おお。どうしたんだアスナ?」

「ミスト君に渡すものがあったんだけど……突然どうかしたの?」

「いや……今日くらい俺、幸せになる権利があってもいいよね? って天に叫んでただけだ。ところで渡すものって?」

「あ、うん。私からのバレンタインチョコなんだけど……もちろん義理のね?」

「……マジで?」

「うん、大マジ」

 

 ……なんということでしょう。まさかアスナからも貰えるとは。絶対手作りの予感がする。だってアスナだから間違いない。

 感激する余り言葉を失って、俺はアスナから渡されたラッピングされているチョコを受け取ると深々と頭を下げた。

 

「感謝の言葉もございません……」

「そんな気にしなくていいよ、義理なんだから。それより開けてみてくれる? きっと気に入ってもらえるから」

「喜んで!」

 

 ニコニコとやたら上機嫌なアスナが引っかかったが、そんな事よりも頼まれたならば引き受けるしかない。

 ラッピングの紙を剥ぎ、中身を取り出して――俺は固まった。

 

 ――夕焼けをイメージした黄色いパッケージ。

 

 ――のどかな農村をイメージしたイラスト。

 

 ――そしてでかでかと書かれた『○治チョコスナック きのこの山』。

 

「きのこの山……だと……」

 

 おい……これは何の冗談だ? 何故仇敵が俺の手元にある。

 愕然とした思いで手にした箱を見つめる俺に、怪しげな笑い声が響いた。

 

「ふっふっふ……騙されたねミスト君」

「アスナ……」

「この時が来るのを待ち望んでいたわ! なぜ憎きたけのこ派にチョコをやらなければいけないの!? それでも食べて悔し涙を流しているといいわっ!」

 

 くっ……ぬかった。俺と奴は永遠に相容れない仇敵。このイベントに便乗して何か仕掛けてくると予想できなかったとは!

 

「今日こそきのことたけのこの戦いに終止符を打つ! 勝つのは私たちきのこの山よ!」

「ぬかせ! たけのこの里が唯一にして至高! それは天地宇宙の理が変わったとしても永遠に代わることは無い不変の摂理だ!」

 

 レイピアを抜いて構えるアスナに俺もテラー・オブ・ジェネシスを抜き、《魔装術》を起動させて迎え撃つ。

 

「今こそ決着の時! たけのこの里覚悟ーーーっ!」

「この命を糧とし、彼の者の魂すらも焼き尽くせ――! 轟け、黙示録の黒雷! 【アポカリプス】!!!」

「きゃあああー!?」

 

 助走をつけて一気に突撃したアスナを瘴気と荒れ狂う雷が飲み込んだ。

 攻撃が止むと、そこには悔しげに顔を歪ませるアスナが倒れている。

 

「く…っ。開幕でいきなり大技使うなんて、卑怯な……」

「そう言うお前だって開幕【フラッシング・ペネトレイター】使ってきただろ」

 

 人の事言えないだろ、と突っ込みつつ剣を収める。代償? ギャグだから気にするな。

 

「ら……来年こそはきのこの山が、勝つから……がくっ」

 

 捨て台詞を残してアスナは気を失ってしまった。

 ……虚しい戦いだった。俺たちが分かり合うことは永遠に来ない事を感じつつ、それでも虚しさが胸に去来する。

 

「…………」

 

 せめてもの情けだ……それにせっかくのバレンタインチョコだったんだし。

 箱の封を解き、中を覗き込んだ。

 

「ああ……やっぱり」

 

 あれだけ激しい動きをしたからあってもおかしくは無いと思っていたが、やっぱりあって俺は虚しくなった。

 俺がきのこの山を敵視する最大の理由が、箱の中にはあった。

 突然だがきのこの山がどういう構造をしているかはご存知だろうか?

 軸の部分はクラッカーで、傘の部分は2層のチョコレートになっている。

 で、このクラッカー部分が問題だ。構造上どうしても脆くなり、箱に衝撃が加わると中で衝突して折れることがある。

 想像してほしい……中を開けたら1つだけぽつんと軸の折れたきのこがあった時の光景を。虚しさしかない。

 

「…………」

 

 折れた軸と軸の無いきのこ部分を取り出し、口に放り込む。

 さくっとした軽い歯ざわり。そして口の中で溶けていくチョコ……これを気に入ると言う人もいるかもしれない。

 

「けどやっぱ俺、たけのこ派だわ」

 

 うん、あとでたけのこの里買おう。俺はそう心に決めた。

 

 

「あ、ミストさん!」

 

 きのこの山を食べ終えてまたブラブラしていたら、よく知る声に声を掛けられた。

 声のした方へ振り返ると、シリカが俺のところへ小走りでやってくる。

 

「どうした? そんなに慌てて」

「ミストさんのこと、探してたんですよ……渡したい物があって」

 

 結構探し回っていたのか、シリカは少し息を切らせてる。

 渡すもの……って、やっぱアレだよな?

 

「あの、えっと……今日って2月14日ですよね?」

「ああ。バレンタインデー……だな」

 

 ちなみに昨日は13日で金曜日だったから、あのジェイソンが暴れまわる日だ。いや、詳しくは知らないけど。

 それはともかく、少しだけ緊張気味のシリカに俺はふざけることなく真面目に答えた。

 

「そっ、そうですよね? それで――あ、あたしのチョコ、受け取ってくださ「ここにいたのミスト」いぃぃっ?」

 

 哀れ、シリカの決死のアタックに誰かが割り込んで、勢い余ってシリカは倒れこみそうになる。

 幸い俺が受け止めたから無事だったが……にしても誰だ?

 

「シ、シノンさん!?」

「シリカ……? なに、やってるのかしら。2人して」

 

 振り返ればそこにシノンがいて、抱き合っている俺たちを目にした瞬間冷ややかに俺を睨む。

 

「いや……これはなんと言えばいいのか……」

 

 あかん。(確信)

 さっきまでの少し嬉し恥ずかしなムードから一転、場に少し張り詰めた空気が漂いだした。

 この2人、仲がいいんだよ。本当だよ? けどちょっとしたきっかけ(主に俺絡み)で犬も食わないどころかヘルダルフも尻尾巻いて逃げ出すってくらい急に仲悪くなるんだよ。

 見える……見えるぞ。俺にもシリカとシノンの間で火花が飛び散ってるのが。

 この2人、どうしてこうなった……俺が原因? デスヨネー。

 

「ああ、シノンさんじゃないですか。どうかしたんですか? まさか、誰かに本命チョコを渡すつもりだったとか」

「そういうシリカこそ、こんな時間から彼に抱きついて何やってるのかしら? あんまりイチャイチャしてると御両親が泣くから自重した方がいいんじゃない?」

 

 あかん。(確信)

 どうしようか策を講じる前に2人の間でバトルが勃発してしまった。

 え? 普通の会話に見えるだって? お前の目は節穴かっ!

 

「いいじゃないですかこれくらい。『メ・イ・ン』ヒロインの特権ですよ」

「『アインクラッド編の』、が抜けてるけど? ファントム・バレットでは私がメインなんだから……ミストもいつまで抱き合っているつもり?」

「はっ、はいっ! 大変申し訳ございませんでした!」

「あ~ん! ごめんなさいミストさん、さっき倒れそうになった時に足を捻ったみたいで……もう少しこのままでいいですか?」

「(ひぃぃぃ!?)」

 

 甘えた声でさらにしな垂れかかってきたシリカに内心悲鳴を上げた。

 どうしてこうなった!? 最初の話じゃ「ヒロインはシリカ1人だけですよ」って話だったのに、気付いたらあれよあれよと1人2人3人と芋蔓式に増えていって! おまけにSAOからも飛び出しちゃったし!

 昔は「ハーレム形成する奴なんて爆発すればいい」とか笑って言ってたのに気付いたら俺が笑われる側になっていたよ! ハーレム系主人公って実はすっごく苦労してるんだね、イッセーとかワンサマの苦労が分かったわ!

 

「……ミ・ス・ト?」

「まままっ、待て落ち着けシノン! 冷静になれ、普段クールなお前はどこへ行った!?」

「ええ……、十分落ち着いているわ」

 

 落ち着いてないだろお前! 明らかに界○拳みたいな赤いオーラ出してますけど!

 やめてー、マジでやめてくれこういうシチュエーション! 俺苦手なの、弱いの、ダメなの。『称号:絶園のテンパリスト』ってあるんだよ? グニャァリベサモンさんと同類なんだよ!?

 

「ミストさん…あたし、ミストさんのために頑張ってチョコを作ってきたんです。貰ってくれますよね?」

「っ…! ミスト! 私、ミストのためにチョコを作ってきたわ。初めて作ったから美味しくないかもしれないけど、気持ちだけはたっぷり篭ってるから受け取ってくれるでしょう!?」

「(ぎゃー!)」

 

 もはや口からは声にならない声しか出ず、内心では絶叫していた。

 ついに全面戦争始まったよ、俺じゃ止められないって!

 誰か助け……おお、心の友キリトじゃないか! よっしゃ目が合った助け……って有無を言わさず逃げ出しやがった薄情者め!

 

「「ミスト(さん)!」」

「あたしのチョコ、貰ってくれますよね!?」

「私のチョコ、貰ってくれるでしょう!?」

 

 あかん。(血涙)

 やっぱり俺の人生がハーレムルートに入ったのは何かの間違いだと信じてる。……こんなタイトルのラノベ、あったら俺迷わず手に取ってるね。きっと共感できるから。

 もはや骨を埋める覚悟で2人からチョコを同時に受け取るしか、道は……!

 

「あ、居た居た。おーい、ミストー!」

 

 だがそこに舞い降りたのは天使か悪魔か。

 明るい声と共に正面から走って来る人影。あれは間違いなく……。

 

「ユウ、キ……?」

「こんな所にいたんだ。探しちゃったよ」

 

 こんな状況にも拘らずユウキはいつもの屈託ない笑みを浮かべている。

 突然の介入者に少し毒気を抜かれたのか、今にもバトりそうだった2人はぽかんとしてユウキを見ていた。

 ユウキ……お前マジで救いの女神だなぁ。感激の余り涙が出てしまいそうだよ。

 

「探してたって、俺を?」

「うん。ほら、今日ってバレンタインでしょ? だから大好きな人にチョコを送ってみたいなーなんて思って」

 

 てへへ、と少し照れくさそうに笑うユウキに、俺は一転して嫌な予感を抱き始める。

 

「けどボク、料理ってやったことなかったからさ……チャレンジして失敗するなら、最初から美味しい物を渡す方が良いよねって思って、買ってきたんだ」

 

 そう良いながら後ろに隠していた小箱を前に出すユウキ。

 なんだろう……周りで「ザワ… ザワ…」って○イジっぽいサウンドが聞こえる気がする。

 

「これ、チョコレートケーキがすっごい美味しいって評判のお店で買ってきたチョコレートケーキ! アスナにも普段お世話になってるから友チョコってことで渡してきたんだよ。あと2つはボクとミストの分で、一緒に食べようねっ☆」

 

 ピシッ!

 

 あ…あかん。(震え声)

 救いの女神かと思われたユウキは実は、掬ってまた落とす無自覚な悪魔だった。なんていうかニトログリセリンを搭載したタンクローリーで石油精製プラントに突撃するとか、そんなレベルの。

 

「…………」

 

 は…背後からものスッゴイプレッシャーを感じる……。

 これって振り返ったら絶対ヤバイフラグだよな。でもどうしても振り返りたくなって結局振り返っちゃうの。見るなよ! 絶対見るなよ!!! って言われるとどうしても見たくなる人間心理って奴。

 

「ミストさん……」

「ミスト……」

 

 ボソリ、と地の底から響くような声に俺はついに振り返った。

 顔を俯かせ、どす黒いオーラを放つ女の子が、2人。

 

「あの……2人とも? 落ち着こうじゃないか。落ち着いて話し合わないか? な? あ……あれ、シノンさん? どうしてヘカートのセイフティー外して? シリカさんもスコーピオンとダガーなんて用意して……」

「どうしてだと思いますか?」

「どうしてだと思う?」

 

 にっこりと、菩薩のような笑顔を浮かべて問い返す2人。が、次の瞬間鬼に豹変した!

 

「「あなた(アンタ)を修正するためです(よ)! この第1級フラグ建築士!」」

「お…俺は……俺は悪くヌェー!!!!」

 

 もはや話し合いの余地など彼女たちには無く、俺は血相を変えてその場を逃げ出す。

 当然悪鬼羅刹に豹変した2人は各々ライフルをぶっ放し、あるいはフルオートで銃を撃ちかける。

 マジだ、この2人本気で殺すつもりだ! どうしてこうなった!

 

「ひぃぃぃ! お助けぇー!」

「「待てぇー!」」

 

 立ち止まるな俺! 止まれば死ぬ! もう1度死ぬのはやだよ!

 ちくしょう! やっぱバレンタインなんて悪習撤廃で! ファイナルアンサァァァ!

 

 

「あーあ……行っちゃった」

 

 どうも渡すタイミングが悪かったみたいで、ミストはシリカたちに追われて逃げていった。どうしてこういう時だけ情けないくらいヘタレになっちゃうのかなぁ?

 

「結局ケーキ渡しそびれたし……あれ?」

 

 少しだけ残念に思っていたら、知り合いが何か探しているらしくきょろきょろ周りを見て歩いていた。

 

「フィリア、どうかした?」

「あ、ユウキ」

 

 声を掛けるとようやくボクに気付いたみたいで、アンケート結果でルートが潰れて出番が見送りになったフィリアが「ちょっと待ってよ!」

 

「どうかした?」

「ようやく登場できたと思ったらいきなり弄られるの!?」

「ごめんねー。こう言えって書いてあって……」

「うぅ……確かに否定できないけど。おかげで私、ことある毎にこうやって弄られる運命になったし……」

「うん、本編だともう出るタイミング無いからね……」

 

 そればっかりはボクもフィリアに同情してしまう。

 あれこれと考えられていたイベントだったけど、アンケート結果でフェアリィ・ダンス編に行っちゃったから全部パーになっちゃって。ある意味で主人公のミストより不幸かもしれない。

 まあ……あれは常に不幸を地で行くって言うか、不幸の星に生まれたと言うか……天の采配が面白おかしくなるのを優先してミストを幸せにする気が無いと言うか、そんな感じだけど。

 

「それでどうかした? ミストならついさっき、シリカとシノンに追われて逃げていった所だよ」

「うっ……またしても出遅れ……うぅぅ」

 

 うん……フィリアもフィリアでやっぱりミストに劣らぬくらい不憫かも。

 

「すいませーん。○マト運輸ですけど、白峰霞さん宛ての荷物が届いているんですが」

「あ、はいはーい」

 

 同情していたら宅急便がやって来た。本人は居ないけど別にいいよね?

 伝票にサインすると、配達人の人(なんか某アイドルのリーダーっぽい)は一礼して去っていく。

 

「良かったの? 勝手に受け取っても」

「いいんじゃない? 後で本人に渡すから。えーっと……差出人は、と……」

 

 伝票を見てみると、そこには「商人ギルド セキレイの羽」と書かれていて、さらに連名でアリーシャ、ライラ、エドナ、ロゼとある……。

 

「これって……いいの?」

「さあ…?」

 

 隣から覗き込んできたフィリアが尋ねてくるが、ボクもなんとも言えない。

 そもそもどうしてセキレイの羽名義なのか、あとゼスティリアチームの女性しかいないのかってツッコミが色々あるけど……気にしたら負けなのかなぁ。ボクたちだってまだ本編に登場してないし、そもそもフィリアは出番すらなかったのに。

 

「だから! いちいちそれを言わなくてもいいからっ!」

「ごめんごめん。ちょっと中身、見てみよっか?」

「でもいいの? ミストに怒られるんじゃ……」

「多分大丈夫じゃないかなぁ? それにやっぱり気になるでしょ?」

「そ、それは……気にはなる、けど」

 

 余りはっきりと言えないあたり、フィリアも中身が気になるってことなんだよね。

 と言う事でフィリアのナイフで封を切って、中身を開けてみる。中に入っていたのは……

 

「何かの飲み物と……あとこれ、饅頭、かな?」

 

 容量的には500ミリリットルくらいの瓶にこげ茶色の濃厚そうな液体が詰まっていて、一方の饅頭みたいなものも似たような色合いをしていた。

 

「あ…底に手紙が入ってた。多分説明書とかかな」

 

 中身に首を傾げていたら、底にあった折りたたまれた紙を見つけたフィリアがそれを手にとって声に出して読み始める。

 

「『本日はバレンタインデーと言うことで、セキレイの羽の新商品のサンプルを送ります。ボトルの中身はアンマルチア産チョコの噴水から汲んだ生チョコ。ホットドリンク、チョコレートフォンデュと色々な利用が出来ます。もう一方は『チョコまん』で、生地にもココアパウダーを練りこんだ中華まんです。通常のスタンダード、男性向けのビター、子供や女性向けのスウィートの3種類を取り揃えました。出来れば試食した感想をもらえるとありがたいです』……だって」

「商い魂逞しいねぇ……」

 

 わざわざこっちにも引っ張ってくるなんて逆に感心するよ。商品の狙い目は悪くないかもしれないけど。

 でもこの生チョコって大丈夫? 明らかに産地がグレイセスだったよね。業務提携でもした?

 

「あ…まだ続きがある。『追伸、ホワイトデーのお返しは婚姻届がほしいってアリーシャが』『冗談だからな!? エドナ様のいつもの悪戯だからな!?』『と言うのが冗談でやっぱり婚姻届がほしいって』『ライラ様の悪戯だからな!? 勘違いしないでくれ!』『ミスト、アンタ風の骨のブラックリフトに入れておくから。『女の敵』ってことで』……」

「はは……は」

 

 ミスト……なんだか君の知らないところで大騒ぎになってるみたいだけど……この先大丈夫なのかな? ボク、結構心配だよ。

 

 

「俺は悪くねぇ! 悪くねぇんだー!」

 

「「逃がすかー!」」

 

 と言うわけで、来年からバレンタイン撤廃でファーイッナルアンッサァァァ!

 

 

 

 

 その後のおまけ。

 

「あれ……ミスト? どうしたんだそんな荷物背負って」

「キリト、か……ちょっと自分を見つめ直す旅に出てくる。――ネクロゴンドまで」

「ネクロゴンドってどこだよ!?」

 

 今度はロンダルキアに流れ着くフラグ(えー)




 と言う事で、バレンタインと言うよりかはミスト君が第1級フラグ建築士疑惑を受けてネクロゴンドに旅立つと言う、なんだかよく分からない内容でした。

 ただ、書いていて楽しかった。ミスト君を弄るの楽しい(爆)

 え? とっくに日付変わってるだって? じゅ、10時間で頑張って書いたんだから勘弁してください……何気に本編の1話分に匹敵する量まで膨らんだし。

 最初はきのこ・たけのこ・すぎのこ(!?)、コアラ、パイの実の五つ巴大戦争なんてのも浮かんだんですけど……こっちもこっちでいいですよね?

 何? チョコは貰えたのかって? だから撤廃すればいいんだよォォォォ!


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第3話 GGOでのある1日

 弁解はしません、お待たせして申し訳ありませんでした。


第3話 GGOでのある1日

 

 

 スコープ越しに見える光景は、ある意味人間離れした光景だろう。

 いくら予測線が教えてくれるとは言っても、飛んできたレーザーを剣で撃ち落すなんて人間技じゃない。

 けどそれを成してしまうのが私の相棒であり、最強の光剣使いとして『ラストフェンサー』の名で轟かせるクラウドだ。――親しい人は冗談の意味で『ジェダイ』と呼ぶ事もあったりする。

 防護フィールドを所持しているといっても万能じゃない。距離が近ければ近いほどその効果が弱くなってしまい、白兵戦を行うクラウドには実質意味の薄い物だ。

 

「……………」

 

 それでもクラウドは口元にかすかな余裕の笑みを浮かべてレーザーを悉く斬り裂いている。

 あんな風に強くなりたい――しばらくその光景に見入っていた私だったが、思考を切り替えて狙撃に集中した。

 トリガーに指をかけるとスコープに予測円が現れ、不規則に大きさを変えながら揺れ動く。

 けどこの程度の狙撃なんて……造作もない。

 トリガーを引き絞ると弾丸が撃ち出され、銃口から噴煙が噴出す。

 

 ――ビンゴ。

 

 発射された弾丸は寸分違わずクラウドにレーザーを撃っていたプレイヤーの1人に命中。身体を真っ二つに吹っ飛ばした。

 予想外の攻撃を受けて敵スコードロンに動揺が走る。そんな風に慌てていたらクラウドの餌食になるのに。

 攻撃が止んだ一瞬の隙を突いてクラウドは敵スコードロンとの距離を縮めて行き、《MURAMASA》の間合いに入った瞬間、3つの剣閃が煌いた。

 クラウドの得意技、『シャープネイル』。斬撃の跡が獣の爪痕を思わせる高速3連撃。

 3つの剣戟でプレイヤーの1人がバラバラにされると、不利と判断した残りの3人は離脱を試みる。けれど私の《ヘカート》による狙撃がそれを許さない。

 

「ツーダウン!」

 

 背中を向けた大口径レーザーライフル持ちのプレイヤーを狙撃で撃ち抜く。

 その間にもクラウドは次のターゲットに《M10》を撃ちながら接近し、ブラスターで応射したプレイヤーのブラスターを腕ごと斬り裂き、首を刎ねる。最後の1人も私の狙撃であっけなく吹き飛んだ。

 

「……スリーダウン」

「さすがシノン」

「あの程度の狙撃なんてことないわ。それに、クラウドの方がよっぽど神業じみている思うけど」

 

 「そうかぁ?」と大したことなさそうに言ったクラウドに、「そうよ」と私は答えた。

 距離1500メートル先の動くターゲットを狙撃するのと、4方向からランダムに撃たれた銃弾を全て剣で撃ち落すのとどちらが難易度が高いか、と聞かれれば、私は間違いなく後者だと答える。

 逆にクラウドは前者だと答えるのは分かっている。それは互いの戦闘スタイルの違いや経験など、複数の要素を踏まえた上での答えだ。

 でも……クラウドの戦い方は余人には到底真似できる芸当じゃないと私は思う。あの反応速度は人間の域を超えていると思うから。

 実際、クラウドの戦い方は注目度が高いから、大勢がこぞって真似ようとしてすぐに挫折している。

 

「それほどの腕ならBoBに出場すればいいのに……。クラウドなら確実に上位に入賞できると思うし、何より私が戦える口実になるから」

「別に名声に興味なんてないんだよ。毎月稼げればそれで十分」

 

こんな風にクラウドはあれほどの力を持ちながら、自身の力を証明したがらない。それでもそれなりに有名なのはGGOでも数少ないスナイパーの私がコンビに選んでいる(実際遠距離狙撃の私と近接白兵戦闘のクラウドとは相性が良かった)のと、その常識外れの腕前を持っていたからだ。

 クラウドはPvE、PvPどちらも行う。本人としては「稼げるか否か」が大事らしく、強い拘りは持っていない。稼ぎはプロの連中には及ばないが、それでもリアルマネー換算で10万前後は稼いでいるらしいけど。

 BoB――正式名称は「バレット・オブ・バレッツ」。GGOで行われる最大規模の大会だ――だけじゃなくても大小幾つもの大会がある。上位入賞すればレアな武器が手に入るし、そこで稼ぐ方がより早くて確実だ。

 でもクラウドは「これ以上目立ちたくない」と言ってそう言った大会に参加する気は皆無で、こうしてPKしたりモンスターを狩っている。

 

「そもそも、俺なんて大した事ないさ」

 

 ――少しだけ哀しげな色を含んだ声で呟いたクラウドが、妙に印象に残った。

 

 

 首都のグロッケンに戻ってきて、俺はシノンと今回の稼ぎを分配した。

 さすがに2人でやると格段に楽だ。モンスターならまだしもプレイヤー相手だと1人で挑むのは遠慮したい。

 理想を言えば戦力と稼ぎのバランスを考慮すると、3人でPKするのがちょうどいいくらいなんだがな……度々シュピーゲルを誘ってみるんだが、「2人の実力が違いすぎて追いつけない」って遠慮しているし。

 別に遠慮する事はないんだが、どうにも卑屈な所があるのがあいつの悪い所だよなぁ。

 

「――ねえ、聞いてる?」

「あ? 悪い、ちょっとボーっとしてた。もう1度言ってくれるか?」

「だから、クラウドもBoBに出場してくれないかって言ったのよ」

 

 他の事を考えていたら少し拗ねた口調のシノンの声に我に返った。

 謝りつつ聞き返すと、口を尖らせたシノンから出てきたのはいつもの勧誘で、俺はまたですか、と溜め息をつく。

 

「良いってそんなの。俺別に最強の称号とか興味ないし」

「けど上位入賞すればレアな武器や賞金も出るんだから、出ても損はないでしょ?」

「別に今の稼ぎでも十分満足してる」

 

 あれやこれやと手を変え品を変え、しつこく勧誘してくるシノンをのらりくらりとかわし続ける。

 実際問題、最強なんてどうだっていいし、今のやり方で10万前後は稼げているから満足もしている。

 別にPKが嫌いと言うわけではない。でなければPvPメインのGGOでやって行くことなんて無理だろう。当然最初は抵抗があったが、今はもう慣れた。

 それにあれこれ理由をつけて参加させようとしているシノンだが、本音は別の所だろう。

 

「なあ……なんでそこまでして俺と戦いたがるんだよ?」

 

 あえて今まで避けてきた話を、俺は切り出すことにした。

 どうにもシノンは俺と――と言うより、GGOのトッププレイヤーと戦いたがっている。

 誰だってトップを目指すのは当然……とも思うが、シノンの場合は別の意味があるように思える。

 そもそもただ倒すだけと言うのなら、バディを組んでいる時にいくらでも狙う機会はあった。背後から闇討ちするとかされれば、俺も警戒していなかったらやられるだろうから。

 けどシノンはそんな卑怯なマネはしなかった。真っ向から戦って勝たないと意味がないと言って。

 

「……………」

 

 俺の問いにシノンは口を閉ざす。余り踏み入ってほしくない話と言う事か、と解釈した俺は肩を竦めた。

 

「別に話したくないって言うのなら、無理に聞き出したりはしないけどな。事情聞いてもそれでBoBに出る、って事にはなりにくいだろうし」

「……ごめんなさい」

「別に謝らなくても良いって。誰だって人に話したくない事の1つや2つ、抱えているものだろ?――俺だってあるから、さ」

「クラウドにも何か悩みがあるの?」

「そんな意外そうな顔されると逆に傷つくんですが……」

 

 心底意外そうに目を丸くしたシノンに俺は若干頬を引き攣らせる。

 シノンさん、あなたは普段俺のことをどんな目で見ているんですか? 年中お気楽極楽れっつごーごーな能天気だとでも?

 

「ううん、そうじゃなくて……クラウドってあまり悩んでるとか顔に出さないタイプだから、少し意外で……」

「あっそ……ま、俺の悩みなんて俺自身にもどうにも出来ないし、他人にもどうにも出来ない問題だからずっと棚上げにされてるんだけどな」

「そう……なんだ」

「別にシノンが責任を感じる事はないからな?」

 

 自分のせいだと思い込もうとしたシノンにあらかじめ釘を刺す。

 彼女に言ったとおり俺の抱えている悩みは自分にも他人にもどうにも出来ない問題だからどうしようもない。

 それに『問題』なんて言っているが、客観的に見ればこれはメリットみたいなものだろう。かと言って使うのはよっぽど切羽詰った状況になった場合に限るが。

 ……まあ、仲間内には見せられないよなー、と思いつつ、ソフトドリンクのメニューを呼び出すとジンジャーエールをタップし、すぐに注文したドリンクがテーブル中央からせり出してきた。

 それを飲みつつ、若干沈んだ空気を切り替えるように俺は別の話を切り出す。

 

「BoB、使うのは当然《ヘカート》なのか?」

「ええ。そのつもり」

「別にそれでも問題ないと思うけど……やっぱサイドアーム考え直すべきじゃね? 《グロック18C》はまともに当たらなければ牽制にもならないだろ」

「そうかしら……取り回しを優先して選んだのだけど」

「確かに大容量マガジンの割りに超小型軽量なのは認めるが……反動がキツ過ぎて使いづらいだろ」

「普段《M10》を撃ちまくってるクラウドが言うと余り説得力が無いけど……そこまで言うならどの銃を選ぶ?」

「そうだなぁ……」

 

 腕を組み、脳内データベースでシノンのスタイルに合致しそうな銃を検索する。

 あれこれ浮かんでは消えるが、最終的にはシノンの好みということに落ち着きそうだった。

 

「いくつか候補はあるけど、実際にマーケット覗いてみるのがいいかもな」

「それもそうね。もちろん付き合ってくれるんでしょう?」

「ご所望とあらば喜んで」

 

 胸に手を当てて恭しく一礼してみせると、シノンは小さく笑いながら「あんまり似合わない」とツッコミを入れる。けどシノンの気は紛れたみたいだし、何はともあれ良かったかな。

 

 

 シノンと共にマーケットにブロッケンで1番大きいマーケットまで来ると、俺たちはスクリーンに表示される銃器を見てあれこれ話し合っていた。

 ある程度絞り込む事が出来たが、あとはシノンとの相性と好みって所になるな。

 

「やっぱりハンドガンなら《M93R》、SMGだと命中精度重視なら《MP5K》系列、取り回し重視なら《Vz61》系列って所に落ち着くよな。それぞれにメリットもあるし、デメリットもある」

「そうね……」

 

 簡単な説明と共に3つの銃をピックアップしてみたが、やっぱりシノンは難しそうに眉根を寄せて考えているようだった。何しろ優勝を目指すんだったらいい加減な選択は出来ないだろう。

 

「……やっぱり《MP5KA4》かしら。機能的にも他を補えるし」

「確かになぁ」

 

 シノンが選んだ《MP5A4》と言うのは高い命中精度を誇る《H&K MP5》の小型モデルの1つだ。中でも《MP5KA4》は《MP5A4》をベースに製作されており、セミ、3バースト、フルオートを切り替えて撃つ事ができる。

 ピックアップした中だと大型だが、シノンの求める能力は満たしているしこれなら問題ないかもしれない。

 

「けどたっかいよなぁ。さすが高性能なだけある」

「いっその事クラウドのそれとお揃いにしてみる?」

「やめとけって。振り回されるのがオチだ」

「冗談よ。それじゃあ早速買うわ」

 

 悪戯っぽくシノンは笑ってから、コンソールを操作して購入ボタンをタップすると、すぐにロボットがやって来て最終確認画面が表示され、これをタッチすると購入した銃がオブジェクト化された。

 浮いているそれをシノンが手に取るとやって来たロボットは帰っていき、試しにとばかりに構えてみる。

 

「どんな感じだ?」

「当然と言えば当然だけど、《グロック18C》よりは重いわね。でもこっちの方が断然扱いやすそう」

「そりゃあんなじゃじゃ馬と比較すればなぁ」

「同じじゃじゃ馬使っているクラウドが言っても、説得力無いわよ」

「俺のはバラ撒きがメインだからいいんだよ」

 

 口を尖らせ、俺は拗ねたようにシノンの突っ込みに言い返した。

 そもそも命中精度を重視する《MP5》系と速射による瞬発的な面制圧を重視する《M10》とでは同じカテゴリーでも土俵が違う。

 

「それよりこの後試射するんだろ?」

「当たり前じゃない。すぐ実戦に使うわけにも行かないわ」

 

 それもそうだよな、と俺も同意しつつ、俺たちは屋外射撃場にやってくる。

 相変わらずここは買った銃を試射しに来た連中がやかましく銃を撃ちまくっていて、会話してもまともに聞こえやしない。

 空いている射撃スペースに到着すると、早速シノンは《MP4KA4》の試射をした。最初は単射による精密射撃、さらに3点バースト、フルオートと順に撃ってターゲットに命中させる。

 さすが、高精度を謳っているだけのことはあって弾はシノンの狙った所に高確率で命中しており、間近でそれを見て俺は改めてその精度の高さに唸らされた。

 

「俺のじゃここまで狙って当てられないよなぁ」

 

 俺の《M10》であそこまで狙い通りに当てるには、よっぽど接近しなきゃ当たらない。その頃にはすでに剣の間合いだからなおさら意味がない。

 ちょっとだけ羨む様に見ていると、その視線にシノンは困ったように見返してきた。

 

「そんな風に見られても困るんだけど……」

「悪い…いいなと思ってつい」

「だったら改造するなり買い換えるなりすればいいじゃない。《M10》だって改造すれば《MP5》クラスの命中精度まで引き上げられるでしょう? クラウドのそれって――」

「グリップ変更してストック外したし、あとはセレクターやセーフティーの配置を左用に変更したけど、それ以外はほぼノーマルだな」

「……それでよくやって来れたわね。サイドアームだからいいのかもしれないけど」

「あくまでメインは剣だからな。それにコレには思い入れがあるし」

「漫画とかゲームの影響って言ってたわね。○イオとか、なんとかって……でもそれって何十年も昔のゲームでしょう? よく知ってたわね」

「不朽の名作なんだよ、不朽の!」

 

 とは言え俺もやったのがゲーム○ューブのリメイク版だったけど。それでも当時からしたらかなり古かったからなぁ。

 最初に《M10》を使う理由を聞かれて答えたら目を点にされ、「いつの時代の人?」と突っ込まれた時のショックは大きかった。これが世に言うジェネレーション・ギャップと言うものか……!

 

「確かにあのシリーズが人気作なのは認めるけど」

 

 私は普通かな。と感想を口にしたシノンにそりゃそうだよな、と内心納得する。こんなゲームをやっているとは言えシノンも立派な女の子なんだから、ああいうサバイバルホラーは好みじゃないだろう。

 

「やっぱホラーとかは苦手なクチか?」

「苦手……ってほどでもないけど、かと言って好んで見たりはしないわね」

 

 確かに……シノンが1人でそう言う物を好んで見ている、と言うのは余りイメージしがたいものがある。どっちかって言えば図書館の窓側の席で1人静かに読書している方がしっくりしそうだ。

 

「……なに? そんなじーっと見て」

「いや。シノンって文学少女なのかなぁって」

「それは……あながち間違ってない、けど」

 

 あれ。どうやらイメージ通りだったらしい。

 シノンの方は若干頬を染めつつ、もごもご口の中で何か言い訳しているがまったく聞き取れない。当てられて恥ずかしかったのかな。

 

「いや、悪い。詮索するつもりはないから。リアルの事を聞くのはマナー違反なんだし」

「ううん。別に気にしてないから」

 

 謝るとシノンは本当に気にしてないようだったが、なんだか微妙に気まずい空気になってしまった。

 試射もそこそこに俺たちは射撃場を後にして、気まずい空気のまま街を歩いていく。気にしてないと言いながらもシノンは少し気にしているようで、一言も話さないのはかなり居心地が悪い。

 

「ん…? やあ、クライドにシノンじゃないか!」

「げっ……」

 

 何かきっかけがないものかと考えをめぐらせていた所に、妙に親しげな声が掛けられる。

 声のしたほうへ目を向けると、つい唸ってしまった。いや、本当に相手に聞こえない程度だけど。

 長身に白いコートを纏い、サングラスを掛けた青い髪の男性プレイヤーが俺たちに近づいてくる。

 

「こんな所で会えるなんて奇遇じゃないですか、GGOでも最強と言われるほどのコンビと会えるなんてツイてるなぁ」

「……こんにちは、ゼクシード」

 

 シノンも男の姿を一瞬だけ見ると、余り関わりたくなさそうな雰囲気を出しながら一応挨拶をする。

 この男、ゼクシードはGGOでもトップクラスのプレイヤーの1人で、実際に第2回BoBでも優勝していて第3回の優勝候補として名が上がっている。

 確かに、プロ連中の1人というだけあって腕は一流。おまけに頭もキレる……んだが、同時に狡賢い。そのおかげで第2回BoBにおいて優勝できたと言っても過言じゃない。

 と言うのも、ゼクシードは初期にアジリティ万能論を提唱していて、それに多くのプレイヤーが追随。ところが当の本人はアジ万能論をあっさり非難し、多くのプレイヤーを騙してかなり恨みを買っている。

 まあ、騙された方も騙された方で悪いとは思うけど、知り合いにこいつに騙された奴がいるからなんとも複雑なんだよなぁ。

 

「ちょうど良かった。あの話を考えてもらえたかな?」

「あー、パス。スコードロンは興味ない」

「ごめんなさい、私も今のところ入るつもりはないわ」

 

 シノンと共にあっさり断ってしまった。

 ゼクシードはトッププレイヤーであると同時に、最大規模のスコードロンのリーダーでもある。で、前々から俺たちをスカウトしているんだがごらんの通り。

 

「どうしてです? いつまでもコンビやソロで動くよりもずっと効率的なのに。2人ならすぐにナンバー2とナンバー3に迎えられますよ」

「……地位とかそんなものに興味ないんだよ、俺は。それに目的は俺たちの情報収集だろう? BoBに向けての」

「っ……何のことです?」

「惚けるならそれでいいけどな……あと親切心からの忠告だ。お前は結構恨まれているんだからそれなりに気をつけとけよ」

 

 頬を引き攣らせるゼクシードに一方的に告げて、シノンの肩を叩き歩こうとする。

 が、背後から誰かが肩を掴んできて、振り返ると怒りを抑えているが頬がひくひくと痙攣しているゼクシードの手が俺の肩を掴んでいる。

 

「まだ何か用か?」

「こっちの話はまだ終わってないんですけど……!」

「クラウ……」

 

 冷ややかに問う俺とは対照的に、ゼクシードは声に怒りを含んでいて今にも爆発しそうな様子だった。

 思わずシノンが割って入ろうとするのを手を上げて制す。

 

「用件なら終わっただろ? これ以上何があるんだ」

「どうして僕のスコードロンに入ろうとしないんだ! これだけ好条件をつけているのにどこが不満なんだ!?」

「なんだ……理由なんて簡単。1つ、そんな条件出されても興味はないから。2つ、正直お前が好きじゃない」

「なっ……!?」

 

 はっきりと言葉にすると、ゼクシードは絶句した。

 別に狡猾な所とかはまあ、目を瞑る事もできる。他人のことは言えないからな。ただこのキザな態度が一々鼻につくのが鬱陶しい。

 それにスカウトする本当の理由も、BoBに出た際に要注意人物になるであろう事から監視しておきたい、って言うのが実際のところだろう。俺は出る気なんてサラサラないけど。

 

「安心しろよ。シノンはともかく、俺はBoBに出るつもり無いからお前に当たる事もない。良かったな」

「ふざけ……っ! 僕をバカにしてるのか? 例え君が出場した所で僕が勝つ、間違いなく!」

「いや、俺が勝つね」

 

 歯に衣着せない物言いにゼクシードの眉間に皺が寄る。

 別にブラフではなく、客観的に判断した結果から口にしただけだ。

 確かにゼクシードはBoBで優勝できるだけの実力を持っていて、間違いなくトップレベルといって過言ではないだろう。

 だが、それでも――。

 俺より上とは到底思えなかった。どれだけプレイ時間をつぎ込んでも、ただの人間には。

 

「なんだったら決闘スタイルでハッキリさせてみるか?」

「ああ、望む所だ。君たちが勝てば今後一切勧誘はしない。だが僕が勝てば2人ともスコードロンに入ってもらう。それだけじゃない、今後ずっと所属して活動に参加してもらうぞ」

「ああ、それでいい」

「ちょっ……! 私まで巻き込まないでくれる!?」

 

 話を進めていると、勝手に巻き込まれたシノンは慌てて俺の袖を引っ張りながら抗議する。

 けどシノンだってゼクシードの勧誘には辟易していたからいい機会じゃないか。有力候補のプレイヤーの情報を集めるつもりだった彼女的には少々問題かもしれないが。あとで改めて謝るとしよう。

 

「方法は簡単。互いに背を向けて10歩歩いて距離を取ったあと、破壊不能エフェクトを早く相手に発生させた方の勝ち。立会人はシノン……異論はあるか?」

「こっちはそれで問題ない」

「はあ……分かったわよ」

 

 提案した決闘の方法にゼクシードは同意し、シノンは諦めたように肩を落とす。

 そんな事をしていると、なんだなんだと野次馬が遠巻きに見物するようになってきたけど、別にいいだろ。危険はないんだから。

 ゼクシードと背中合わせになり、腰の光剣の存在を確かめる。向こうはサイドアームの拳銃を使うはずだが、俺はこっちで問題ない。

 

「良いわね?……1!」

 

 確認するシノンに頷き、カウントダウンと共に1歩踏み出す。

 2歩、3歩、4歩…………8歩、9歩――――。

 

「――――10!」

「……!」

 

 10歩目を踏んだ瞬間、ゼクシードは振り向きながらホルスターから銃を取り出した。

 H&K USP……その中でも先端がネジが切られたバレルが特徴なそれはタクティカルモデルと呼ばれ、サプレッサーの装着を可能としてより大口径の.45ACP弾を用いている。

 だが――どちらにしてもこっちのアタックが圧倒的に速い!

 

「うっ……!」

 

 照準を向けようとして、ゼクシードは眼前に浮かび上がる紫の壁に呻いた。

 その壁はブォン…と駆動音を唸らせる光の刃の先端からゼクシードを守るかのように表示されている。

 光刃の元を辿れば……カラビナを腰に引っ掛けたままで光剣を起動させている俺の姿があった。

 

「後学のために1つ、良いことを教えてやる。接近戦なら銃より(こっち)の方が早い」

 

 淡々と、動きを止めたゼクシードに説く。

 確かに光剣は接近しなければ真価を発揮できない。逆に言えば剣の間合いの中でなら銃よりも圧倒的なアドバンテージを持つということだ。

 GGOは銃火器が主流だ。それは認めよう。けど、万能と言うわけではない。

 

「さて、勝敗はこの通りだが……不服ならまだやるか?」

「くっ……い、いや。僕の負けだ……」

 

 苦虫を噛み潰したような顔を浮かべながらも、ゼクシードはすんなり負けを認めて銃をホルスターに戻した。

 それを見届けてから俺も光剣の電源をオフにし、光の刃が消えると手を離す。

 

「約束どおり、今度一切俺たちをスコードロンに勧誘するなよ? もし反故にすれば……そうだな、お前がフィールドに出る度にPKしに行くから、覚悟しろよ?」

「わ、分かってる……僕も君たちを敵に回してずっと付きまとわれたくはない」

 

 にっこりと笑みを浮かべてゼクシードを脅してやると、奴は冷や汗を掻きながら後ろに下がった。

 ハッタリではなく本当にやることを理解しているだろうし、これでしつこい勧誘とはおさらばできるだろう。

 

「ならよかった。それじゃあこの話は終わり。俺たちは失礼するから」

 

 最後にもう一度笑みを浮かべ、ゼクシードに背を向けて歩き出す。

 それに一瞬遅れてシノンも駆け出し、隣に来るとジロッと睨みつけてきた。

 

「勝手な事して……」

「はは……悪い悪い。いい加減うんざりしてたから、つい」

「まったく……。けどさすがクラウドって言うべきかしら。あのゼクシードを相手に圧倒した上に瞬殺なんて」

「まあ、対等なようで条件的には俺が若干有利だったからなぁ」

 

 悪戯っぽく笑みを浮かべ、シノンにだけはタネを明かす。

 まず今回の決闘のポイントは、攻撃に移るまでの時間だろう。

 銃火器の場合、構え・狙い・撃つという手順を経るが、格闘武器の場合は構え・打つ(斬る)だけで済む。この動作の差は結構大きい。近接戦闘は一瞬の駆け引きが勝負を決めるのだからなおさらだ。

 最初の距離こそまだ銃が有利だが、それでも大股で詰めれば間に合わない距離じゃない。特に俺の場合、圧倒的に長いリーチを持つMURAMASAなら2、3歩歩いただけで間合いに入り込める。おまけに普通の剣と違って、所謂抜刀に掛かる時間も若干短い。

 ――と、このように蓋を開ければ若干天秤が俺に傾いている内容だったわけだ。後は反応速度とかも影響するが、ポイントさえ押さえておけば俺以外の人も出来る。

 

「あと、ゼクシードの奴は若干俺のこと見くびっていたからな。その油断が勝機を逃した」

「クラウドもクラウドで、そう言った小技が好きよね……。普通に戦っても強いのに」

「確かに小技を多用するけど、ゼクシードほどえげつなくはないと思うけどなぁ」

 

 あいつが詐欺師なら、俺のはいたずら小僧の範疇だろう。

 ……まあ、多少同属嫌悪的なものを抱いていたから嫌いでもあったんだけど。

 

「……一応ありがとうは言っておくわ。ゼクシードの勧誘には正直うんざりしていた所だから。データを手に入れるのは難しくなったけど、あいつのことだから直前で裏を掻く可能性もあったし」

「ない、とは言い切れないなぁ」

 

 アジ万能論で多くのプレイヤーを釣って、結果的にそれがBoBでは有利に働いたから。ただそれをやるには相当な情報操作も必要になるし、ゼクシードには前例があるから参加者は警戒しているだろう。

 

「もし手を貸してほしいって時には声掛けてくれ。今回はシノンに迷惑かけたし」

「別にあなたがそこまで責任を感じる必要はないけど……いいわ、もし手伝いが必要になったら声掛けるから――あ」

 

 言いかけたシノンは、俺の背後を見て少し驚きながら言葉を止める。

 なんだと振り返ってシノンの視線を辿ると、空中に表示されている時計の時刻――18時40分を過ぎていた――に目が留まっていたようだった。

 

「もうこんな時間……夕飯の支度しないと」

「そっか。それなら今日はお開きだな」

「ええ。じゃあクラウド、また明日」

「ああ、またな」

 

 話しながら右手でメニューを呼び出し、ログアウトの操作をするシノンに別れを告げると、その後にシノンは光に包まれてゲームからログアウトしていく。

 その場には俺だけがポツンと残されたんだが……このあとどうするか。

 

「……もうひと稼ぎしに行きますかね」

 

 今から地下ダンジョンに長時間潜れば結構稼げるだろうと判断すると、俺は装備を整えるためにマーケットに赴き、1人でグロッケン地下ダンジョンに潜って行った。




 今回の話、2話より前の出来事です。ゼクシードがまだ生きている事からわかるとおり。

 ここから先は完全に小話ですので、暇つぶしや興味のある方だけ目を通して貰って結構です。


 この回ではシノンのサイドアームズを変更したい理由でBoB開始前に挟みました。

 小説ではMP7A1、アニメではグロック18Cを使用していましたが、まとめを見ていた時にアニメの監督と武器監修をした時雨沢先生のツイッターでの呟きに目を留めて、「いや、お尻見えないのは共感できるけど(←)、グロックの方がよっぽどキツイだろ!?」って疑問を抱いたのが理由です。

 けどアニメ版ベースだし、MP7はレア武器らしいからどうしよう……って事で本編でも語られたようにいくつか候補挙げながら、最終的にMP5Kを選びました。見えないけど毎分1200発の変態速度よりはシノンに優しい仕様ってことで。MP7は後々出てくるかも……しれません。←


 では、長々とお待たせして申し訳ありませんでした。次回からBoBが始まります。

 次の更新がいつになるかは未定ですが、必ず更新はするのでお待ちください。


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第4話 バレット・オブ・バレッツ

ついにがBoBスタート! ただ予選は本戦がほぼシリアスメインなんで今回はバトルギッシリ&おふざけ感が半端ないです。

ただ、あえて言います。俺は悪くねぇ(逃避

ついでに後書きに今回の四方山話をちょっとだけ。


第4話 バレット・オブ・バレッツ

 

 

――2025年 12月13日。

 

 首都グロッケンは普段以上に熱気に包まれていた。

 それも当然と言えば当然。今日からはGGOで最大のイベント「バレット・オブ・バレッツ」……通称BoBが開催され、腕に覚えのある連中は揃ってグロッケンの総督府に行っており、そうでない連中も完全なお祭り騒ぎ。お前らノリノリだねぇなんて暢気に考えながら、総督府に入る。

 辺りを見回して受付端末を見つけると、端末の所まで行ってちょいちょいと受付を……ってリアルの情報必要なんだっけ。上位入賞だとレアアイテム貰えるんだっけ……そうでなくても別途賞金貰えるんだしそれで十分か。

 エントリーを済ませ、エレベーターで待機エリアの地下20階へ。

 ドアが開いた瞬間、その場にいた人間たちから一斉に鋭い視線を向けられた。

 

「うぉう……」

 

 その圧力に思わず後ずさる。ごく一部を除いて参加者なんだから殺気立っているのは当然だが、始まる前からそんな状態で大丈夫なのかと思う。

 って言うか息苦しいんだよ、仮想現実の中とは言えこうも殺気立ってるようじゃ。換気しろ換気。

 

「あれ……クラウド?」

「ん? ああ、シュピーゲルか。よっす」

 

 誰かに名を呼ばれた気がして、辺りを見回す。

 すると人の間を掻き分けてシュピーゲルが来ようとしていて、俺は軽く手を上げて挨拶した。

 

「珍しいね、クラウドがここに来るのって。ああ――シノンの応援に来たの? 彼女はまだ来ていないみたいだけど」

「んー……そうじゃなくてだな。俺もエントリーした」

 

 別に隠すほどのことでもなく、正直に打ち明けると鳩が豆鉄砲を食ったように呆けるシュピーゲル。気のせいか周囲もシーンと静まり返る。

 

「え―――えええぇぇっ!?!?」

 

 少し間を置いてから返ってきたシュピーゲルのリアクションは、それはもう初めて聞くんじゃないかというくらいの驚きの声だった。

 

 

 ったく……ほんっとうサイアク!

 総督府に向かっている途中、道に迷っていた女の子を助けて色々世話を焼いていたら、そいつが実は男だったって私が着替えてる最中にバラしてきて!

 なんでこのタイミングでカミングアウトするのとか、その見た目で男ってどういうことな……いや、それを言ったらクラウドだってパッと見は女に見えなくもないけど。

 そのまま付いてきた男女に一言言ってやろうかと思ったその時、馴染みの声が掛けられた。

 

「シノン! シノンッ!」

「ああ、シュピーゲル……慌ててどうしたのよ?」

「大変なんだよ、クラウドがBoBに出場するって!」

 

 私のことを探し回っていたらしいシュピーゲルから飛び出した衝撃の一言に思わず目を見開く。

 クラウドがBoBに……? どんなに誘っても言って断り続けていたのに?

 突然すぎる報せに呆然としていたら、件の人物が長い銀髪を揺らしながら近づいてきた。

 

「よーっすシノン。結構ギリギリだったみたいだな?」

「クラウド……本当なの? BoBに出場するって」

「ん? ああ。色々と思うところがあってちょっと出ることにした」

 

 戸惑っている私たちとは対照的に、クラウドは普段通り飄々としていた。

 確かに参加してくれるのは私にとって願ってもない話だけど……何の前触れもなく出場すると言う動揺は大きい。

 と、そのクラウドが向かいに座ってる女みたいな男に目を留めた。

 

「そっちの人は?」

「……ちょっと色々あって、詐欺師みたいなやつよ」

「詐欺師は酷いなぁ……」

「事実でしょう。性別偽ってたじゃない」

「いや、あとでちゃんと明かすつもりだったんだ」

 

 ふん、どうだか。私たちの間に起きたことを知らないクラウドとシュピーゲルは顔を見合わせて不思議そうな顔をしている。

 

「なんか、事情は良く分からないけど……俺はクラウド。シノンの友人だ」

「初めまして。キリトと言います」

「……キリト?」

「はい……そうですけど、なにか?」

 

 自己紹介した女みたいな男――面倒だからキリトでいいわねもう――にクラウドはなぜか驚いたように少し目を見開く。

 驚く理由が分からないクラウドに、キリトは不思議そうに首を傾げる。それに気づいたクラウドは「ああ、ごめん」と前置きした上で言葉を紡いだ。

 

「いや、男っぽい名前なんだなってちょっと驚いて」

「男っぽいもなにも正真正銘男よ、コイツ」

「えっ」

「あははは、そうなんですよ」

 

 なにを暢気に肯定してんのよっ! と言いたかったけど、唐突にフロアが眩しい明かりで照らし出されて遮られてしまった。

 

《大変長らくお待たせいたしました。ただいまより第3回バレット・オブ・バレッツ予選トーナメントを開始いたします》

 

 フロアの中央に設置されていたクリスタルが回りながら光を放ち、同時にアナウンスが響き渡る。

 その開幕の合図にフロアに居た参加者は威勢を上げたり、あるいは景気づけに銃を撃ち鳴らしていた。

 ……思いっきり文句言いそびれたけど、まあいい。私は威勢よく立ち上がるとビシッとキリトに指を突きつける。

 

「決勝まで上がってくるのよ! その頭、すっ飛ばしてやるから!」

「……よっぽど恨んでるみたいだなーこいつの事。具体的に何やったの?」

「えーっと……彼女の名誉のために黙秘ってことで」

「そっかー。シノンって1度狙いをつけるとしつこいから気をつけろよ?」

「クラウドはどっちの味方なのよっ!」

 

 なんでかあっさりと仲良くなっているクラウドに思わず吼える。

 ……けど1週周って冷静になって、そう言えばクラウドはどうなんだろうと気になった。私とキリトは同じブロックだったけど。

 

「俺? 俺はCブロック。お前たちより先にエントリーしたか――」

 

 そう言いながら前触れもなくクラウドは白い光の球体に包み込まれて、次の瞬間別のフィールドに転送されてしまった。

 クラウドはCブロックって言いかけたわね……Cブロックには――なんか、癖のある連中しかいないわね。けどクラウドが負けるって事はまず無いか。

 私と当たるのは本戦……まずはその前に、宣言どおりこいつの頭すっ飛ばしてやるわ!

 

「……ってどこ行ったのアイツ」

「今さっき転送されていったよ」

 

 さっきまでそこにいた黒ずくめ男の姿が影も形もなくなっているのに気付くと、シュピーゲルが同情するような目で私を見つめながら教えてくれた。

 ……クラウドのせいでどうにも締まらなくなったじゃない。

 

 

 いやぁ……驚いた。会えるだろうとは思っていたけど、こんな偶然もあるんだなぁ。

 試合開始前の準備時間中、武装を終えてバトルフィールドに転送される前の僅かな時間の間に俺は感慨に耽っていた。

 

「しっかし……あの姿はなぁ」

 

 あれって確かかなりレアなアバターだったはず。コレクターの間じゃかなりの額で取引されているんじゃなかったっけ?

 俺も見るのは初めてだったが、あんな女の子みたいな外見とは……スクショ撮ればよかった。

 いやそれより、今は目の前の試合だ。俺の対戦相手は……えーっと、ポーク…スープ……?

 

「……えっ。それって豚汁だろ? なんでわざわざ英語にしてるの?」

 

 そりゃぁ薄塩たらこなんて名前を使っていた人も居たけどさ。いや……うん、突っ込むのはやめておこう。なんか踏み込んじゃいけない気がする。

 

「まあさっさとスライスしてやりますかね」

 

 豚汁だけに、とあんま面白くも無いダジャレを呟いた直後、俺は光に包まれてフィールドに転送された。

 場所は廃棄湾岸地区……。時間帯は夜間のためか視界はやや悪い。遮蔽物も無数に詰まれて並ぶ大型コンテナもあって隠れる場所には困らないだろう。プレイヤー同士は最初500m離れているというし、すぐに会敵はない……?

 

「えっ、おいマジで?」

 

 ぶっちゃけて言うと俺にはステルス迷彩で隠れている相手であっても視認できる。故に驚いた。

 だって、隠れるとかそういうの一切棄てて一直線に俺に突撃して来ようとしている奴がいたから。

 よほどの自信家か、あるいはバカなのか、俺はどう動くか考える前にそいつは姿を晒す。さらに斜め上の方にぶっ飛んだ行動を伴って。

 

「ヒャッハー汚物は消毒だーッ!」

「へぁっ!?」

 

 奇声を上げながら両手で持っていた軽機関銃――多分ミニミ――を撃ちまくりながら接近してくる人影に思わず変な声を上げ、大慌てでコンテナの陰に飛び込んでやり過ごす。

 びっくりしたー……なんだアレ? えっ、意味わかんない。自信家じゃなくてただのクレイジーサイコ野郎だったのかよっ。めんどくさっ!

 

「けど、何はともあれ向こうから出向いてくるなら手間が省けたっと!」

 

 腰にぶら下げた光剣のグリップを握り、電源スイッチを弾くようにオンに。鈍い灰色に光り輝く長いエネルギーブレードを展開する。

 

「オラオラどうしたぁっ! 俺のすゲェ弾幕に声も出せねぇのかぁ? そうだよなぁ! 『ラストフェンサー』だか『ジェ○イ』だか知らねぇが、大層な名前の割りに大したことねぇじゃねぇかあっはっはっはっはぁっ!」

「(……イラッ)」

 

 ああ――うん、ちょっとそのやかましい口、閉じようか。

 瞬間、急激に頭の中が冷え切って同時に物陰から飛び出し、無数の予測線が身体にポイントされ――ミニミからマズルフラッシュが何度も瞬いたと同時、放たれた弾丸を悉くMURAMASAで打ち落とした。

 

「――――えっ?」

 

 その光景を見たとたん、ポークスープはまるで鳩が豆鉄砲を食ったかのように呆然となる。それは目の前で起きた出来事に頭が追いついてこないとか、そんな感じに。

 対する俺は至極平然と、当たり前のようにその場に佇み――ゆっくりと光剣の切っ先を相手に突きつける。

 

「は、ははははっ! おおおお思ったよりもやるじゃねぇかっ! だがなぁ! 俺の弾幕はこんなんじゃねぇ! もっとすゲェ弾幕を見せてやるぜ……トリガーハッピーエ「うっさいわ」――――えっ」

 

 頬を引き攣らせながらもなおも喚いていたポークスープの台詞を遮りながら、間合いを詰め一閃。両手で保持していたミニミの銃身を中ほどから叩っ斬った。

 使えない鉄くずと化したミニミに目を落とし、またも呆然とするポークスープ。直後にその身体に2つの斬撃が縦に走り、3分割されてポリゴンの結晶が砕け散る。

 同時に勝利のアナウンスが表示され、俺はそのフィールドから転送されて……ああ、次の対戦相手が決まったのか。相手は――

 

「ユナイト☆ペンギン?」

 

 ……追求するのはやめよう。これ以上の突っ込みは無駄に疲れるだけだと嘆息と共に放棄する。

 予選2回戦のフィールドは大渓谷だった。谷に巨大なアーチ状の橋が架かっていて、対岸へ向かうにはあそこを通るしかないらしい。

 ……と言うか谷が巨大すぎるから実質的な主戦場はこの橋の上って事になるのか。1回戦とは違って夕方で遮蔽物もほとんど無いから隠れる場所も無い。

 これは真正面からの撃ち合いかなぁ――なんて考えた直後、ずっと遠くで噴煙が上がり、煙の尾を曳きながら何かが飛んでき――ロケットォ!?

 

「うおぉぉっ!?」

 

 飛んでくるものを認識した瞬間、全力で回避行動。緩やかな螺旋を描いて飛んできたロケット弾に対して斜め前方に走ってヘッドダイブ。数瞬して爆風が後方から襲い掛かる。

 

「ぺっぺっ――個人戦で対戦車兵器持ち込むか普通!?」

 

 口の中に入った砂利を吐き捨て、素早く起き上がる。

 ロケットランチャーを持ち込んできたのは驚いたが、外してしまったなら詰みだ。いくら威力が高くても単発式の携行火器じゃあとはサイドアームぐらいしか……と考えていた時期が俺にもありました。

 

「うっそだろぉ!?」

 

 遠方で再びロケットが発射、しかも3発連続で発射されさすがに俺も度肝を抜かされる。

 ちょっと待て、なんでロケット砲が連射できるんだおかしいだろ!? 心の中で激しく突っ込みながらも予測線を頼りにロケット弾を連続で回避。歯噛みしながら前方を睨みつけ、一気に走り出した。

 あれで打ち止めか否かは知らないが、どちらにしても接近しなきゃ始まらない。向こうの迎撃が整う前にこっちの間合いに持ち込んでやる!

 相手の姿を鮮明に視界に捉え、担いでいた兵器に走りながら唖然とする。それは確かにロケットランチャーだが、9門の発射口を備えた多連装ロケットランチャーというとんでもない代物だった。

 えっと……今まで飛んできたのが4発。あの発射口は9門と言う事は――

 

「火力は偉大! つまり火力は正義だよ兄貴!」

 

 多連装ロケットランチャーを担いでいた男が、ナニカ良く分からない事を口走る。

 その直後、再びロケットランチャーが火を噴いた。しかも残った5発全部を同時発射――ぁあっ!?

 

 

「うわエッグ……」

 

 思わずシュピーゲルが漏らした呟きを私は聞き逃さなかった。

 画面が爆炎に覆われ、濃密な白煙が画面を遮る。

 次の試合が決まるまでの僅かな空き時間に待機ホールに戻ってきたら、ちょうどクラウドの試合がモニターに写っていたからシュピーゲルと一緒に見ていたのだけど……。

 

「対人、しかも個人戦で多連装ロケットランチャー(フリーガーハマー)はかなりインチキ紛いね……」

「だよね。クラウドもかなり面食らっていたみたいだから」

 

 あんな物を相手にする事になったらクラウドでなくても度肝を抜かれるわよ。

 クラウドが配置されたブロックに参加するプレイヤーは、BoBに参加するに当たって情報を集めていた私も知っているプレイヤーがそこそこ所属していた。

 と言うより、さっきクラウドに瞬殺されたミニガン使いと今戦っているフリーガーハマー使いを含めて、同一のスコードロンに所属しているプレイヤーが集中している。きっと同じタイミングで手続きをしたからね。

 確か名前は――『正義の光(ジャスティス・レイ)』……だったかしら? どちらかと言うと集団戦に強い連中だって聞くけど、こうしてみると……まあ、個人でもそれなりに強いけど、どっちかって言うと集団戦で実力を発揮するタイプだ。

 まあ基本的にフリーガーハマー相手にしたら勝ち目無いわね。長射程・広範囲・高火力と来ているから。

 

「でもアナウンスはされてない……クラウドはどこに?」

 

 確かにまだ勝敗のアナウンスがされず、ユナイト☆ペンギンは不審に思いながらもサイドアームズであろうミニウージーを取り出して周囲を警戒している。

 アナウンスがないという事は、まだ勝負がついていない。あのクラウドがあれで終わるとは到底思えないし、クラウドなら絶対に勝つと言う信頼だってあった。

 

 だから――――

 

 モニターの上に人影が映り、そのまま落下してその下にいたユナイト☆ペンギンを手にした光剣で脳天から貫いたのを見たとき、私は思わずニヤリと笑みを浮かべていたのだった。

 

 

「あーっ……しんどかった」

 

 ロケット、しかも多連装ロケットランチャーの相手をした精神的疲労は半端じゃない。幸い次のマッチには時間があるのか待機ルームに転送され、俺は大きく息を吐きながらテーブル席に腰を下ろす。

 

「お疲れ様、クラウド。なかなか苦労しているみたいね」

「まったくだ。ミニミや多連装ロケットランチャーで武装してる相手と連続で当たったんだぞ」

 

 何がおかしいのか微笑を浮かべているシノンに口を尖らせて突っ込む。

 個人戦と言う事なら基本的に取り回しやすい小銃で武装するのがセオリーだと思っていたが、なんで俺だけやたらぶっ飛んだ相手が出てくるんだ。しかもやたらと濃いし。

 内心グチグチと突っ込みながらドリンクメニューを呼び出し、ジンジャエールを注文するとすぐに中央からボトルが競り上がってきてそれを取るとぢゅーっと音を鳴らして中身を吸った。

 

「いやでもすごいじゃないか。けどフリーガーハマー相手にどうやって?」

「ん? ああ、アーチ部分からワイヤーが垂れてるのを見つけて、間一髪で飛んでそれを掴んで上に飛び移ったんだよ。あとは頭上からブスリと刺した」

 

 いやぁ、あれはギリだった。あんなフィールドの条件であんな武器持ったプレイヤーと当たるなんて。ワイヤー見つけてなかったら本気出すしかなかったし。

 

「俺よりシノンはどうなんだよ? あとあのキリトってのも」

「私は当然連戦連勝よ。あいつは……」

 

 言いよどんだシノンに俺は首を傾げた。

 聞けば俺が戻ってくる少し前に声をかけたら様子が妙で、まるで何かに怯えているようだったらしい。

 だがその理由を聞くことができないままキリトは次の試合に出場して、それからは破竹の勢いで勝ちあがっているが、試合を見ていたシュピーゲル曰くめちゃくちゃな戦い方を続けているようだ。

 

「ああ……ちょうど彼の試合が始まる所みたいだ」

 

 モニターを見ていたシュピーゲルがふと呟いて、俺たちもモニターに目を向ける。

 試合開始と同時に相手に突っ込み、相手の銃撃を……俺と同じく光剣で防ぎながら接近する。

 まあキリトならこのくらいコツ掴めばいけるよな……なんて考えていたが、シュピーゲルの言葉にすぐ納得した。

 多少の被弾なんて無視した、ほぼ捨て身の特攻戦法という無茶苦茶な戦い方は実にらしくないな……普段ならもうちょっと落ち着いて動きを見切ってるだろうに。

 

「なんか……危なっかしいな」

 

 試合はすぐに決着がついたものの、その特攻戦法には俺も不安を抱いた。

 突然こんな戦い方をするようになった理由は……さっきのシノンの話と何か関係があるんだろうが。

 ただそれでも実力に関しては桁違いで、このままなら順当に勝ち上がって決勝でシノンと対決になりそうだが。声をかけてみようにもなかなかタイミング合わないのがなぁ……。

 

「他人の心配より自分の心配したらどう?」

「あー……俺の次の相手は――ダイヤモンド◆ノリンとウルバ?」

「前者はさっきクラウドが連続で葬ったスコードロンの1人よ。確かスナイパーだったはずだけど」

「それは対処しやすいな」

 

 普段から狙撃手と組んでいるから行動パターンは把握しやすい。

 そう考えていたらシノンが転送され、続いて俺も転送されていった。

 

「えーっと、次はダイヤモンド◆ノリン。場所は廃墟市街か」

 

 装備に関してはこのままで問題無い。シノンの話じゃ相手はスナイパーだって言ってたからな……なら広い視界を確保するために高い場所に行くはず。

 周囲を確認し、警戒しながら1番高い建物を探し回る。あるいは裏を掻かれている可能性も捨て切れないが……スナイパーが市街地戦をするならなんにしても視界を確保しなきゃいけないだろう。最適な狙撃位置を確保し、獲物が間合いに入るまでじっと耐える。それがスナイパーの戦い方だ。

 今までの経験則から相手が陣取っているであろう狙撃位置を予測し、近くまで来るとビルの陰から様子を窺う。

 ……居るな。隠れているようだが、どれほど巧妙に姿を隠していても俺には見分ける事ができる。

 けどどうやって接近戦に持ち込むか……確認したっていってもこれじゃ予測線まで表示されない。

 

「いや、ウダウダ考えるだけ無駄か」

 

 条件で言えば向こうが圧倒的に有利なんだ。なら俺にできる事と言えば、真っ向から跳ね返してやるしかない。

 

「…………っし!」

 

 己を鼓舞し、ビルの陰から飛び出す。今回ばかりは小細工無用、最短で最速で一直線に距離を詰める!

 まさかの正面とは相手も不意を衝かれたのか、すぐに狙撃は飛んでこなかった。

 ――が、直感的に気配を察知して左に飛ぶ。その直後に肩を風圧が掠め、弾丸がアスファルトを穿つ。

 初弾は避けた。これで予測線も視認可能になる。スナイパーなら連射もし辛い……その考えが脳裏を過ぎるが、間髪いれず複数の予測線が出現して反射的にMURAMASAのグリップを掴んだ。

 一閃。身を捩りながら振り抜いた光刃が迫る弾丸を弾き、続けて2度の連続射撃も回避を交えて凌ぐ。

 

「セミオートマチックスナイパーライフルかよっ!」

 

 この連射速度を考えればそれ以外は考えづらい。

 けど普段からアサルトライフルが連射されるのを真正面から吶喊しているから、この程度……!

 

「ふっ!」

 

 足を止めることなく5発目を防ぎ、強く踏み出してMURAMASAを突き出しながら突っ込んでいく。

 窓ガラスを突き破って内部に侵入。乗った勢いを前転して殺してから立ち上がると上の階を目指した。

 直前まで屋上から撃って来ていたと言うことはまだ屋上か。降りてくるにしても室内戦になるならMURAMASAは光刃の長さから取り回しづらい。イングラムにスイッチして階段を登る。

 聴覚には俺の生み出す音しか聞こえない……ならダイヤモンド◆ノリンは屋上に居座ったままか? 待ち伏せて俺が姿を見せた瞬間を狙う算段か。どの道屋上への道は1つだけなんだ、このまま行ってやるっ!

 

「! はあっ!」

 

 屋上へ出る扉を視界に納めたと同時、俺はドアを蹴破った。直後に幾つもの予測線が俺を狙う。

 瞬時にイングラムを腰溜めで牽制と言う名の全弾発射。毎分1000発と言う超連射が降り注ぎ、ダイヤモンド◆ノリンは射線を避けながらサブマシンガンで撃ち返してきた。

 すぐにMURAMASAを展開しつつ弾丸を光刃で弾き、一気に間合いを詰める。

 

「させる―――っ!?」

 

 サブマシンガンを連射して接近を阻もうとしたダイヤモンド◆ノリンの顔が、驚愕に固まった。

 ダイヤモンド◆ノリンの左後方へ回り込んだ俺は、連続ステップと共に水平に4連続の斬撃を叩き込む。

 

「良かったな……ポークスープじゃなく、て……がくっ」

「……意味わかんない」

 

 なんか良く分からない捨て台詞と共にダイヤモンド◆ノリンの身体がガラスが砕けたような音を立てて砕け散る。

 さっきからどいつもこいつも濃い面子で疲れてきたんだけど……転送された先は準決勝の待機空間だった。

 さっき撃ち尽くしたイングラムのマガジンを交換し、対戦相手とフィールドを確認するためにウィンドウを見上げる。

 

「フィールドは樹海、相手は……破産?」

 

 あー……このゲームって毎月接続料取られるからなぁ。

 なんとなく同情しつつ、鬱蒼とした森が広がるフィールドに転送される。

 今までで1番視界が悪い……視覚には頼れないか。

 

「……ぁ?」

 

 どうやって相手を探そうか考えていると、繁みの向こうから物音がして灰色の戦闘服を身に纏った男がゆっくりと姿を現す。

 ……驚いた。真正面からやってくるなんて。どっかのポークスープのように突っ込むだけのバカかとも思ったが、様子を見る限り違うらしい。

 

「『ラストフェンサー』のクラウドで間違いないか?」

「『ジェ○イ』じゃなくていいのかよ」

「どっちでもいい。噂は聞いている。BoBに出てくれたのは予想外だが僥倖だった……ニン」

 

 ……ニン? 今語尾に「ニン」とかつけたか?

 

「えっと……それで? わざわざ姿晒した理由はなんだよ?」

「真剣での果し合いを」

 

 そう答えながら破産は背中に背負っていた得物を引き抜いてその武器に少し驚かされた。

 反りの無い真っ直ぐなブレード。一見すればナイフを大型化したようにも見えるそれは時折スパークを放っている。

 

「高周波ブレードか。俺以外にも酔狂な人間が居たなんてな」

「ああ。だからアンタと戦いたかった。俺と同じ剣士として……ニン」

「なぁるほどねー……俺としては別に問題ないけどな」

 

 言いつつカラビナを外し、MURAMASAから光刃を展開する。

 こっちで斬り合いするなんてな……なんて思いながらも、俺は瞬時に破産へと駆けた。

 間合いに踏み込んだ瞬間袈裟懸けに光剣を振り下ろす。それに対して破産は高周波ブレードで凌ぎ、カウンターで突きを放つ。

 顔を狙って突き出した切っ先を首を傾げる事で紙一重で回避し、再び間合いのギリギリ外まで離脱する。

 

「(こいつ……結構できるな)」

 

 この世界でこんな武器を使っている奴はよほどの物好きか酔狂なやつだ。現代戦において銃火器が主流になっているように、それほどまでに銃と剣では大きな隔たりがある。

 そうでありながらあくまで剣を使い続け、最強のプレイヤーを決める大会に出場し、なおかつ準決勝まで勝ち進んできたのなら……偽りない強者だってことだ。

 

「……………」

 

 破産は不用意に近づいて来ない。

 それも当然だ。向こうの高周波ブレードが約1メートル弱に対してこっちはその倍以上のリーチを誇る。同じ近接格闘武器ならよりリーチの長い方が有利だ。その辺りを弁えて迂闊に踏み込まず、カウンターを狙いに行くのは当然か。

 ……じゃあどこまでついて来れるか、遊んでやるかなっ。

 

「ふっ!」

「っ!」

 

 切っ先を突き出し、即座に払う。破産はそれに素早く反応して顔を逸らし、身を屈めて斬撃をかわし踏み込みながら斬り上げる。

 それをサイドステップで避けながら同時に斬り払い、破産は高周波ブレードで受け止め、即座にカウンターを返す。

 息すら忘れてしまうほど激しい攻防の応酬。それはやはり、GGOと言う世界で考えれば異様な光景ながらも俺にとっては馴染み深い。

 刃がぶつかり合うたびに閃光が瞬き、視界を一瞬だけ白に染める。

 より深く踏み込もうとする破産に対し俺は光剣のリーチと剣速を以って阻み、絶妙な立ち位置を保ち続けていた。

 

「(GGOにもこれほどの技量を持った人間が居たなんてな……っ)」

 

 本気を出していないとは言え、俺に対してここまで追随できると言うのは中々驚嘆だろう。

 ――けどやっぱり、俺には追いつけない。諦観しながらも決着をつけるべく俺はさらにギアを1段階上げる。

 さらに速度を増す斬撃の嵐に破産は徐々に追いつけなくなり、その身体に赤いダメージ痕を刻み付けていた。

 

「ぐっ……!」

 

 これ以上の接近戦は危険と踏み、破産は斬撃を後方へ飛んで避けながら太ももから何かを引き抜いて投擲する。

 鋭く風を切り裂いて飛んでくる3本の切っ先。その内2つを光刃で弾き、残った1本を回転しながら掴んで同時に投げ返した。

 

「なっ!?」

 

 その離れ業に破産は反応し切れず、胸にナイフの切っ先が突き刺さる。

 全てを叩き落す事もできたが、あえて投げ返したのは破産が投げたのがスタンナイフだったからだ。命中すれば一定時間相手を麻痺させる効果を持っている。

 驚愕を顔に貼り付けたまま破産は殆ど身動きをとれず、そのまま地面へ叩きつけられた。

 破産の取った行動は悪くない。接近戦で不利を悟り、瞬時に離脱。牽制と後の攻撃のためにスタンナイフを投げた一連の流れは淀みなく、普通の相手なら反応できずにスタンナイフを食らっていただろう。

 ただあいつにとって誤算だったのはご丁寧にスタンナイフ2本を叩き落して残りの1本を飛んできたのをそのままキャッチ。挙句間髪入れず投げ返してくるような常人離れした離れ業を軽々と行える相手と当たってしまったと言う事だ。

 

「はぁ……これで終わりだな、っと」

 

 溜め息をつきつつ、俺は光剣を振り上げた。

 

 

「ああ、ちょっと待ちなさいよ」

 

 予選Fブロック決勝――つまり私とキリトの試合が終わって転送され、さっさとホールを出ようとしたキリトをつい呼び止めた。

 呼び止められたキリトは不思議そうな顔をして、素直に私の所へやってくる。

 

「えっと……まだ何かあったかな?」

「別に。ただこの試合は見て行ったほうがいいんじゃないかって思っただけよ。クラウドの決勝戦」

「ああ、さっきの銀髪の。けどなんで?」

「奇しくも同じバトルスタイルで、おまけにアンタよりも全ッッッ然強くて上手いから」

「はぁ……」

 

 断言する私にキリトは若干引きながらも、惹かれるものがあったのかモニターを見上げる。

 クラウドの最後の相手はダディみたいね……今までの相手もかなり癖のある連中だったけど、この男は名前に反し前回の本戦では20位にランクインしている。メインアームにH&K HK417、サイドアームにレア武器のトーラス・レイジングブル(500SS10M)で武装したストレングスアジリティ型。キリトと能力構成は同じだけどこっちはスタンダードなアタッカータイプって呼ぶ方が良いわね。

 前回だけでなくそれまでのBoBでも本戦に出場し、さらには上位にランクインしているから実力はかなり高い。間違いなく難敵と呼べる相手だけど――

 

「うわ……凄いな」

 

 試合の様子を見ていたキリトが思わず口に出した。

 既に試合は始まっており、相手を見つけた両者は片や大口径のアサルトライフルをバースト射撃。片や光剣を振り回し、時に踊るようにして銃撃を凌ぐ剣士。

 

「さすがの上位入賞者もクラウド相手には形無しね……」

 

 観戦しながら私は口の中で呟く。

 そもそも(条件的にはクラウドが若干有利だったとは言え)あのゼクシードに勝ったこともあるんだから、こと近接戦闘と回避・射撃防御スキルに関してはGGOで間違いなく最強のプレイヤーだと私個人は確信しているから別段驚くほどの事じゃなかった。

 と、ダディが弾切れでリロードを行おうとした瞬間を狙ってクラウドが仕掛けに行く。強烈な踏み込みから光剣を突き出しての高速突撃。クラウドが得意とする剣技の1つ、『ヴォーパル・ストライク』。ただでさえ長い射程と高い威力を併せ持っているそれが光剣カテゴリーでも上位の威力と最長のリーチを兼ね備えるMURAMASAで放てばまさに一撃必殺。

 だけどダディはギリギリで突進をかわし、サイドアームの500SS10Mを抜いて片手で発砲する。500S&W弾……あの有名なデザートイーグルと同じく拳銃用の弾丸としては最大最強クラスの50口径の弾は、あの距離なら必中だしおまけに50口径弾を使う銃にはインパクト・ダメージと呼ばれる足や腕に当たろうが範囲攻撃力を丸々被ってHPゲージが消し飛ぶ効果がある。当然拳銃弾と重機関銃弾では射程と効果範囲に差があるけど、あの距離でなら必中する事には変わりない。

 ――――けど。

 

「――避けた」

 

 クラウドは危うい所で避けて、素早く立て直してダディに肉薄する。強力な威力を誇る500S&Wだけどその威力に伴う反動は強烈で、それを無理やり片手撃ちしたのだから大きく体勢を崩していた。

 その致命的な隙を決して見逃さず、クラウドは離れた間合いを再び詰め、剣閃が3度閃いた。『ヴォーパル・ストライク』と並ぶ、クラウドのもっとも得意とする技『シャープネイル』。斬撃の痕が獣の爪を想起させる3連撃が叩き込まれ、ダディの両腕が宙を舞う。

 最後には無造作の横一閃が炸裂し、首が跳ね飛んだ。

 勝利のアナウンスがクラウドの目の前で表示され、ホールでは歓声が沸いている。

 ただ私はクラウドなら予選突破くらい余裕だと思っていたから、そこまで感動はなかったんだけど。

 

「……とまあ、こう言うことよ。クラウドはアンタと同じ光剣使いで普段は私の相棒。同じスタイル同士少しは参考になる物があるんじゃ――」

 

 言いながら隣にいたキリトを見て、つい口を噤んだ。

 

「さっきのは……けど、それじゃあ……いやだけど……」

 

 心ここにあらず……と言うよりも何かに怯えているようにブツブツと呟いている。

 それはさっき告白していた時のようだった。

 けどどうしてまた? クラウドがその時のことに関わっているとでも言うの?

 

 ――昔2人……いいや。4人、人を殺した。

 

 あの時キリトはそう言っていた。その中にクラウドが? 確かにキリトが名前を名乗った時少し意味深な反応をしていたけど……。

 クラウドとは長いとは言えないけど、かと言って短い付き合いと言うわけじゃない。戦闘中は物凄く強くて頼りになるけど、普段はどっちかって言うと残念ではっきり言っちゃえばお調子者なバカっぽい人なんだけど、時折不思議な雰囲気を漂わせていたりもしている。

 もちろん、それがクラウドの全てじゃなくて別の面も持っていたりするかもしれないけど……キリトを恨んでいるとか、そういう風には感じなかった。

 

「ボロマントの中身はあいつ……なのか?」

 

 恐れるような独白。その視線は既に何も映さないモニターをただ見つめ続けていた。

 

 

「あー終わったー」

 

 最後の試合も無事終了。フロアに転送されてようやく一息つくことができ、俺は思いっきり伸びをする。

 なんと言えばいいのか、とにかく濃い面子ばっかりだったから疲れた。っつーかなんでこうなったのか小1時間ほど問い詰めたい。いや誰にだよ。

 

「(とりあえず第1段階はクリア、か。先は長そうだなぁ)」

 

 遠くを見ながら嘆息して――目を、細めた。

 

「さっきから無言で人の背後に立って、何のつもりだお前」

 

 いつからそこにいたのか――いいや、()()()()()()()()()()()

 ボロマントを被り、腕に包帯を巻き付けたスカルフェイスのプレイヤーが無言で佇んでいた。

 普通のプレイヤーとは明らかに異なる雰囲気に俺は警戒しながら光剣のグリップを掴み半眼でスカルフェイスを見据える。

 

「………………」

「おい、なんとか言ったらどうだ?」

「お前は、誰だ?」

「はぁ?」

「試合を、見た。あの、剣技…………お前が、本物、か?」

 

 何を言ってんだこいつは? 本物だとかなんとかって。

 言っている意味がまるで分からず、俺は警戒も忘れてきょとんとしてしまう。

 そんな俺の反応にスカルフェイスはまた無言になってしまった。

 

「まず人に質問をする時は、名乗ったりするのがマナーってものじゃないのかよ?」

「俺の名は、――――《死銃》」

「っ……!?」

 

 《死銃》? こいつが例の……!

 まさかこいつから接触してきたとは思わず不意を衝かれた。

 

「キリトでは、なく、お前、が、奴、なのか?」

「……言ってる意味が全く理解できないんだが。本物とか奴とか、何を指している?」

「――黒の、剣士」

 

 《黒の剣士》、って……あの世界でのあいつの2つ名じゃないか。

 と言うことは、こいつは俺と……いいや、あいつらと同じ、あの世界の生き残り……? キリトの名前を出したって事は少なからずこっちのキリトを知っていて、接触もしたのか?

 

「…………知らないな、黒の剣士って何のことだ?」

「………………」

「それに、仮に何かを知っていたとしても見ず知らずの相手に言うわけないだろ」

「…………まあ、いい。どのみち、明日、わかる、こと、だ」

 

 結局お互いの探り合いはこれ以上難しいとでも考えたのか、《死銃》はそこで引き下がってしまった。

 得られた情報は少ないが、それでも必要最低限の物は得ることができた。《死銃》の姿、その過去……これだけ確認出来れば十分。

 

「待て。最後に1つ聞きたい。お前もBoB本戦に出るのか?」

「…………ああ」

 

 エレベーターに向かおうとする《死銃》に向けて問うと、少し間を置いてから肯定を返し、そのまま《死銃》はエレベーターへ乗り込んでフロアを後にする。

 

「……………」

 

 《死銃》が消えたエレベーターを、俺は険しい表情で睨み続けていた。




はい、途中までふざけたんですけどどうにか死銃氏に修正してもらいました。苦労しながらもシリアス路線に修正してくれる意外と真面目な人なのかもしれません。ないですね←

えーっと、今回の話はなんというかですね、弁解をさせてもらうとなんか「んー対戦リストどうしよう」なんて何気なく呟いた所その時通話していた人たちに乗せられたり乗っちゃったりして、身内の作家勢が揃って巻き込まれて生贄にされ、結果が皆仲良く死屍累々となっちゃってます。

この場を借りて、今回協力と言うかむしろ生贄にされた方々に感謝……? うん、感謝を。

豚汁、ゆいろう、秩序鉄拳、トゥーン、ボドボド(敬称略)

皆さん、ありがとうございました。あと豚汁さんはクレームに関してはゆいろうさんと秩序鉄拳さんにお願いします。あの2人がこうなった発端ですから(爆

それと後々活動報告で各自の簡単な設定とかを公開予定です。



さて次回からはBoB本戦が開始! なお難易度が上がって……いや下がってる? 上がったはずなんだけど相対的に見れば下がる結果になってるのか。

どういう意味なのかは本編をお楽しみにと言うことで!


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第5話 本戦開幕

実はサブタイが一番悩んだし、しかももう1話分書いて2日連続投稿にするんだ。

そんなわけでお久しぶりなデスゲームのファントム・バレット編。BoB本戦ダョ!全員集合ー!(違


第5話  本戦開幕

 

 

 2025年 12月14日。

 

 BoB本戦当日。装備の確認と弾薬の補充を済ませ、そのまままっすぐ総督府へ。

 前日……予選の最後にはひと悶着あったが、考えるのは辞めた。《死銃》の調査はキリトの役目であって、俺はそれを手助けするだけだから。

 とりあえずまあ、出会った相手はシノンとキリト以外見敵必殺(サーチ・アンド・デストロイ)の精神で行けば問題ないかー。なんて楽観的に考えてホールに入ると、噂をすれば何とやらと言うかホールの真ん中で睨み合う知り合い2人が。

 

「おーい、シノン、キリトー」

「っ……なんでいっつも気を削ぐのよクラウドは」

「なんでって、偶然見かけただけなのにその言い方は無いだろ……」

「クラウドが絡むと何でか空気が緩むのよっ、せっかくコイツに宣戦布告してたところなのに……」

 

 ただ声をかけただけなのに舌打ちされるのは傷つくんだが、キリトに宣戦布告って……何の布告だ?

 

「別に……予選の借りを返したかっただけよ」

「借り、ねぇ……これは執拗に狙われそうだなぁキリト?」

「えっと……そう、ですね……」

 

 同情しながらキリトに振ると、何故か余所余所しいと言うか、固い感じの答えが返ってくる。

 昨日は結構親しく話せていたのに、一転して今日は何故か警戒されて俺は少し戸惑った。何かやらかしたかと考えてみるが、予選が始まる前に話したっきりでそれ以降顔を合わせていなかったし……。

 

「……なあシノン、キリトの様子ヘンじゃないか?」

「知らないわよ、そんなの」

 

 シノンにもさり気なく訊いてみるが、取り付く島も無くてがっくりと肩を落とす。

 2人はそのままエントリー端末で登録を済ませ、エレベーターに乗って地下に降りていく。酒場に付いてドアが開くと、付近にいた人間の目がいっせいに俺たちに注がれた。

 

「おい、シノンにクラウドだ……」

「あそこにいる黒髪ってキリトちゃんだろ? 好き好んで銃じゃなくて剣振り回して予選勝ち抜いた……」

「両手に花とかうらやましーじゃねーかクラウドめ……」

「けど本人なんか凹んでね?」

 

 外野が騒がしいけど突っ込む気力が沸かない。

 そのまま流れで2人についていき、席に座っているとキリトの無知に呆れたシノンが本戦について改めてレクチャーしていた。

 それを聞き流していたら、ふと気になる話題に入って耳を傾ける。

 

「……ヘンなことを聞くけど、BoB初参加の連中に、シノンの知らない名前はいくつある?」

「? なにそれ?」

「頼む、教えてくれ。重要なことなんだ」

「……まあ、名前だけなら別にいいけど。初めてなのは――――どっかのムカつく光剣使いとさっきから構われなくて凹んでるクラウドは例外として、4人ね。っていうかクラウドはいつまで凹んでるのよ」

「凹んでないやい」

 

 シノンが突っ込むころには隣で参加者の一覧を覗き込んでいた。事前に情報収集していたシノンと違って、俺はぶっつけ本番で殴りこんできたから情報はほとんど持ち合わせていないから聞いておきたい。

 あの時、《死銃》は本戦に参加するって言っていた。ならこの中に奴もいるはず……ってあれ?《死銃》の名前が無い……。

 

「えっと……Pale Rider(ペイルライダー)と銃士X、それに――Blacky(ブラッキー)に、これはSterben(スティーブン)……かな」

「ブラッキー?」

 

 シノンが挙げていった名前にやたらと特徴的なネームを聞き、反芻しながらキリトを見やる。

 それってキリトのあだ名だったよな……と思いながら視線に気づいたキリトと目が合うが、疑われていると思ったのかぶんぶんと首を振って否定していた。

 そうだよな、現にブラッキーなんて名前だったら目の前にいるキリトは何者なんだって話になるんだし。

 

「けどこれってスティーブンって読むのか?」

「多分……スペルミスとかじゃないの?」

「俺『すてるべん』って読んだんだけど」

「それじゃあローマ字じゃない……」

「英語は苦手なんだよ、悪かったな」

「……ぷっ」

 

 冷ややかに突っ込むシノンにムキになって言い返していると、俺たちのやり取りを見ていたキリトが不意に噴出した。

 

「なに笑ってんのよ」

「あ、いや……俺の友達みたいなやり取りしていたから、つい思い出し笑いが出て」

「ふーん……その友達がどこの誰かは知らないけど、振り回される周りは苦労するでしょうね」

「あー……」

 

 なんだよその反応は。肯定とも否定とも取れないキリトの反応に俺は半眼で睨んだ。

 

「その友達とかはどうでも良いけど、さっきから説明も無しに何なのよ? それとも私をイラつかせて本戦でミスさせようって魂胆?」

「いや、そうじゃなくて……」

「落ち着けってシノン、気持ちは分からなくも無いけど、説明したくてもどう説明すればいいか分からないんだろ? それにそんな小技は俺のやり方じゃないか」

「……それもそうね。正攻法で戦っても強いのに、小技使って勝つのはクラウドの専売特許だったわ」

 

 困っているキリトに助け舟を出すと、ひとまずシノンも少しだけ引っ込んだ。

 けど少しは説明が欲しいところだよな。予選中に様子がおかしくなったってシノンから聞いていたし、さっき会った時もなぜか俺が警戒されているようだったし。

 

「話せる範囲で話してくれても良いんじゃないか? 言い辛い部分は適当に捏造すればいいんだし」

「……分かった」

 

 俺の提案に話す決心がついたのか、キリトは少しずつ事情を話してくれた。

 昨日、予選の途中で昔同じVRMMOをやっていた奴に突然声をかけられたこと。

 そいつとキリトは完全に敵対し、かつて本気で殺しあったことがあるのに当時の名前すら思い出せないこと。

 そいつとそいつの属した集団は許されないことをし、和解はありえなかったこと。

 剣で決着をつけるしかなく、それ自体に後悔は無かった。だが、自身が負うべき責任から目を背け続けてきたこと。

 

「――だけど、もう逃げることは許されない。今度こそ正面から向き合わなくちゃいけないんだ」

「――なるほど」

 

 キリトの話からおおよその事情は掴めた。

 たぶんそいつはSAOに囚われていたユーザーで、さっきのリストの中の誰かがそれなんだろう。

 けど……と、俺は内心首を傾げる。キリトとはSAO時代からの短くない付き合いだし、その割りに俺は全然心当たりが無いんだよな。トラウマになるほどの出来事って言えば、覚えている限りだと俺が裏切った時くらいだし。いや、俺が関わっていない出来事があったら当然知るはずが無いけども。

 

「――それでも君は引き金を引けるか」

「っ」

「? それってなんだ、シノン」

「昨日コイツに言われたの。『もし、その銃の弾丸が、現実世界のプレイヤーを本当に殺すのだとしたら、そして殺さなければ自分が、あるいは誰か大切な人が殺されるとしたら……その状況で、それでも君は引き金を引けるか』――って」

「ふーん……俺だったらそうだな――迷わず引く。後悔もせず」

 

 その言葉の意味を理解した上で、俺はごくあっさりと――まるで明日の天気について話すかのように簡単に――はっきりと答えた。

 2人が驚き、視線が集まる。それを気にするでもなく、ドリンクメニューからコーラを呼び出し、すぐに注文したドリンクが中央からせり出してくる。

 

「俺の命や、俺の大切な人たちの命を奪う奴がいたなら、俺は躊躇うことなく、後悔せずに殺す。少なくとも喪うよりは生きていてくれる方がずっといい。――なーんて、カッコつけて言ってるけど、昔盛大にやらかしたから説得力無いんだけどな」

 

 最後にけらけらと笑い飛ばし、頼んだドリンクを手にとって暢気に吸う。

 本気なのか冗談なのか、どちらを受け取るかは2人次第だが少なくとも本気で言ったつもりだし過去にやらかしたことだって事実だ。

 

「(……本当だったらキリトに全部話せればいいんだけどな)」

 

 と、シノンに促されて行った待機ドームで残り時間を待ちながら思う。シノンとキリトとは途中で別れ、俺は1人適当な待機室で残り時間を潰す事にしていた。

 実際、俺の事とか全て打ち明けたら色々と楽になるだろうとは思う。ただ込み入った話で時間がかかる上に、俺がここにいる理由も明かさなきゃいけないのに加えて、シノンにも事情を話さなきゃいけなくなる。

 

「(面倒なもんだなぁ……)」

 

 内心嘆息するが嘆いてもいられない。《死銃》は間違いなく俺とキリトに狙いを定めている。

 あの時キリトの話した事が事実だとしたら、俺はともかくキリトには万が一の可能性があるかもしれない。

 

「(……させっかよ、そんな事)」

 

 モニターに目を向ける。カウントダウンが開始されていて、もうすぐ始まる。

 3……2……1……。

 

 バレット・オブ・バレッツ、本戦開始――!

 

 

 BoB本戦は専用のステージで行われる。

 プレイヤー30人は直径10キロのほぼ円形状のステージにランダム配置され、最終的に最後に生き残っていたプレイヤーが優勝となる……という実にシンプルな物だ。

 ステージには山や森、砂漠に廃墟都市などいくつのも地形が存在し、開始位置は最低1000メートルは他のプレイヤーと離れている。

 俺が最初に配置されたのは東部にある田園地帯。遮蔽物は比較的少なく、待ち伏せには向きそうに無いな。

 

「さて……どうするかな」

 

 とりあえずはシノンとキリトと合流するのが最善だろう。けど肝心の居場所が分からないんじゃ合流のしようもない。

 配布されたサテライト・スキャン端末を使うにはまだ時間が――っ。

 

「いきなりかよっ」

 

 吐き捨てると同時に低く身を屈める。頭上を予測線が貫き、数拍の後銃声と共に銃弾が予測線を過ぎった。

 そりゃそうだ、本戦のルールは言ってしまえばサバイバル。優勝するには出会った片っ端からヘッドショットしていけばいいと言う実にシンプルなもの。

 

「(どこの誰かは知らないが、やられるつもりは無いんだっつーの!)」

 

 《MURAMASA》を掴み電源を弾くようにオンに。最初の1発で相手の方角は分かった。後は距離を詰めて叩き斬る!

 俺の接近に気づいた相手プレイヤーがすぐに応射する。無造作に飛んでくる弾丸を光刃が弾き、速度を緩めず吶喊。

 テンガロンハットを被ったカウボーイ被れを視界に捉えた瞬間、地面を蹴った。

 高く跳躍し、そのままカウボーイ目掛け降下する。膝立ちで応戦していたカウボーイが立ち上がって俺にライフルの銃口を合わせるが、放たれた銃弾は光刃に阻まれ次の瞬間には真っ二つに斬り裂かれていた。

 

「はあっ……ったく、ちょっかい出さなければ殺られずに済んだのに」

 

 えっと……誰だこいつは。「Garrett」……が、がれっと? って読むのかこいつ?

 むぅ……名前は分からないけど、装備を……と。

 

「ウィンチェスターのレバーアクションライフル……だっけ?」

 

 がれっと(正しい呼び方は分からない)某の持っていたライフル――《ウィンチェスターM94》――を拾い上げて、さらに弾薬もいくつか拝借する。

 このステージだと長期戦が予想される。なるべく自前の弾薬は温存しておくに越したことは無い。いくら携行数が多いSMGのマガジンって言っても撃ちまくっていればいつかは弾切れになる。

 それにこのフィールドじゃ射程の長いライフルが有利だし――――?

 

「…………?」

 

 不意に視線を感じ、俺は周囲を見回した。

 だが周辺に隠れる場所は無く、人の影も無い。ステルス迷彩を使っていたとしても俺には見えるんだから意味が無い。

 この大会ってMMOストリームでも中継されているし、中継カメラを勘違いしたか……? あるいは、よほど遠くから俺を見ているか、とか。けれど何のために?

 

「(いや……ここで考えていても仕方ないか)」

 

 少なくともちょっかいを出すつもりは無いようだし、ひとまず放置しておこう。

 

「そろそろ時間か……」

 

 時計を確認するとそろそろ《サテライト・スキャン端末》が使える頃合になり、俺は端末を起動した。フィールドマップが表示され、さらに無数の光点がマップ上に浮かび上がる。

 

「田園エリアには俺とあと1人……こいつが見ていたのか? いや、距離が開きすぎているから違うか」

 

 念のために光点をタップしてみると、「JIGEN」と言う名前……どこぞの怪盗の一味ですか?

 いやいや、それよりシノンとキリトは……森林地帯には居ないな。都市部……は4……5人か。

 

「ああくそっ、時間が……」

 

 カウントダウンが始まり、全て調べる前に光点が消えてしまい俺は嘆息して端末をしまう。

 近くにはいないか……森林地帯にいなかったってことは他のエリアで戦っているか。けど他のエリアなら都市区画経由する必要がある。

 

「……行くか」

 

 ライフルを担ぎ、遠くに見えるビル群に向かって歩き出す。途中にいるプレイヤーとは遭遇する可能性もあるし、用心しておくに越した事は無い。

 ちょっと急いで都市部まで行って、次のスキャンでシノンたちの位置を調べることにして駆け足気味に走り出す。

 JIGENが俺のことを警戒している可能性は十分に考えられる。けど知ったことか。お前に構うつもりは無いんだ。

 しばらく走り続けていると小さかったビル群が近づくにつれて大きく見えてきた。あと少し――と言うところで予測線がポイントされて横っ飛びに射線を避ける。

 瞬いたマズルフラッシュ。やはり俺を待ち伏せていたか……っ!

 走って射線を逃れつつ、即座に奪ったウィンチェスターライフルを構えて応戦。だがレバーアクションは初めて触れたからコッキングがやり辛い……!

 

「使えるかこんなのっ!」

 

 不慣れなせいでボルトアクションよりも遅い連射に痺れを切らした俺は、持っていたライフルを相手の方目掛けてぶん投げた。

 不意の攻撃に虚を衝かれた相手は驚いて横っ飛びに避ける。と同時に2本の予測線が俺をポイントし、2発の銃声が轟いた。

 

 ――けど遅い。苦も無く銃弾を掻い潜り、そのまま一気に距離を詰める。

 

 ……相手はスーツを着崩した男で、手には案の定のリボルバー。多分JIGENだろう。

 銃口を向け、即座に発砲。だが瞬時に《MURAMASA》を掴んで振り上げながら電源を入れると、形成された光刃が銃弾を斬り裂いた。

 さらにそのまままっすぐ距離を詰め、弾丸を斬り裂かれた事に驚愕している男に光刃を振り下ろし、リボルバーを握る腕を斬り落とすと間髪入れずに首を跳ね飛ばす。

 驚愕が顔に張り付いたまま、ごとりと音を立てて頭部が地面に落ち、少し遅れて身体も倒れる。

 【DEAD】の表示が浮かんで俺は息をつき、《MURAMASA》の電源を切ろうとした――だが。

 

「………………」

 

 また誰かに見られているような感覚を覚え、電源のスイッチにかかった指が止まる。

 さっきは気のせいかと思ったが、気のせいじゃない。間違いなく誰かが俺を監視している……。

 しばらくその場で立ち尽くして相手の出方を伺うが、何かをしてくる気配は無い。気味が悪い……。

 

「――――――」

 

 逡巡は一瞬。俺は倒した相手から装備を漁らずに都市に向かって走り出した。

 都市に入り込んだ瞬間、ビルの角に身を隠して気配を殺す。

 少なくとも都市側から監視されている……と言った感じじゃなかった。なら俺と同じ田園地帯から。遮蔽物の多いここからストーカーの正体を暴いてやる。

 

「っ――!」

 

 だが、待ち伏せして間も無く予測線が顔に当たり、反射的に仰け反って予測線から逃れる。

 間髪入れず銃弾がコンクリートの壁に穴を穿ち、俺は仰け反った勢いを利用して片手でバク転から立ち上がった。

 

「見つけたぞ! お前は俺の獲物だァッ!」

「あぁ? 誰だよこんなタイミングで……っ!」

 

 苛立ち紛れに吐き捨て、仕方なく応戦する。

 アンダーが赤いBDUに大型ライフル……どこかで見たような気がするが、今はそれどころじゃない。

 何本もの予測線がポイントされ、銃口が火を噴く。最小限の回避と防御で銃撃を掻い潜りながら接近しようとするが、向こうも同じように接近を試みていた。

 離れるじゃなく、接近してくる……? その選択に僅かだが疑問を抱くが、逆にやりやすい。

 迷い無く光刃を振るう……が、赤い男は斬撃を間一髪でかわすと、さらに前へと踏み込んでくる。おまけにライフルを持っていた腕は《MURAMASA》を握る俺の腕の間に挟まっていた。

 

「銃が撃てないのにゼロ距離って、どういうつもりだ?」

「だがお前も、この距離なら剣は振れないな!」

 

 ああ、確かに。

 勝利を確信して勝ち誇るように笑みを浮かべる赤い男に、俺は軽く鼻で笑い、相手がリボルバーを抜いてハンマーを起こすよりも早く《M10》を抜き、セイフティを解除するとどてっ腹に銃口を押し付けてトリガーを引いた。

 ややくぐもった銃声が轟き、毎分1000発という非常識な連射速度で銃弾が赤い男に殺到してその勢いで弾き飛ばす。

 

「ごふ……っ!?」

「悪いな。剣ばっかりじゃないんだよ!」

 

 離れた瞬間を狙い、《MURAMASA》による四方からの水平4連撃を浴びせて残りのHPゲージを一気に吹き飛ばした。

 

「ザヨ゛ゴォーーーー!」

 

 ……最後に断末魔みたいな何かを残し、男は倒れると【DEAD】と表示された。

 《M10》のマガジンを交換してからホルスターに戻し、赤い男の落としたライフルを拾い上げる。

 

「《H&K HK417》……それにこいつのリボルバーは《トーラス・レイジングブル 500SS10M》……あっ」

 

 思い出した。こいつって昨日の予選で最後に当たった奴だ。あー、だからリターンマッチ決めてきたのかぁ……見事に返り討ちにあってたけど。

 まあ、いいか。けど邪魔されたせいで待ち伏せはできそうに無いな……あれだけ派手な銃声が鳴っていたんだ、ストーカーも警戒しているだろう。

 仕方ない、当初の予定通りシノンとキリトとの合流を優先するか……そろそろスキャンができる時間になる。

 

「えっと……ここには俺と銃士X、ノココに……キリトとシノンもいるのか。けど2人一緒に……ん?」

 

 2人が一緒に動いていることに驚くが、少し引っかかった。

 おそらくノココか銃士Xのどちらかを狙っているんだろう……けど俺の周囲にプレイヤーの反応が無い?

 

「(いいや、間違いなく視線を感じた……でも周囲どころか俺のいる範囲にプレイヤーは居ない。つまり――)」

 

 何らかのトリックを使って自身を隠蔽し、俺を監視し続けている……か。けど何のために?

 誰がと考えて真っ先に浮かぶのは例のスカルフェイスだ。奴は俺をキリトなのかと疑っていた。

 なら合流するのは逆に危険かもしれない……いや、キリトの方だってマークされている。名前と戦い方からキリトの方が優先順位は高いはずだ。そう考えるとキリトたちの方が危ないんじゃ……。

 

「だったら合流するほうがマシか……」

 

 えっと、2人の位置は反対方向か。回り込むようなルートになるけど走っていけなくは無いな。

 

「できれば足があればいいんだが」

 

 周囲を見回して何か無いかと探してみる。が、都合よくそんなものは設置されていないか。

 ……しゃーない。ここはひとっ走り行くとするか――!




次回、ついにクラウドの正体が明らかに! 驚愕の正体とは……!?(すっとぼけ

ブ「僕だ!」

遊「ブルーノ…お前だったのか!」

※上記はイメージです(5D’s感

あと最後に倒されたダディはモデルになった人の要望で再登場&やって欲しかったことをぶっこみました。ザヨゴォー!


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第6話 雲は霞む

今回のポイント

・クラウドの正体が発覚

・シノのんのヒロイン力が急上昇

あとこれを書いてる現在指がかじかんで辛いです←


第6話 雲は霞む

 

 

「っ……」

 

 なんで、なんで……っ、今になってあの銃が――!

 追いかけていたはずの《死銃》、そいつが私の前に姿を現して、黒い拳銃を見せつけるように取り出すと、グリップパネルにある特徴的な黒い星の紋章に思考は凍結し、全身の力が抜け出ていく感覚を私は覚えていた。

 ――黒星 五十四式。忘れるはずもない……あの時私が撃った銃がなんで、今、ここに、あの銃が……っ。

 混乱する私の前に、フードの下の仮面が“あの時の男”と重なって見える。

 あいつは私に復讐するためにこの時を待っていたんだ。どんなに足掻いても逃げることはできないんだ。全部、全部無駄だったんだ。どこにいてもこの男に追いつかれて……殺される。

 強さの意味、戦うことの意味……クラウドと一緒にいれば分かると思ったのに。

 ……いつからだろう。最初はただ分かりやすい目標だったのに、頼れる相棒と思えるようになったのは。

 けれど彼一緒に戦って、肩を並べられるくらい強くなれば……追い越せるくらい強くなれば、弱さを克服できると思っていた。

 

「(イヤだ……イヤだイヤだイヤだ! こんなところで死にたくない!)」

 

 まだ死ねない……死にたくない。その必死の思いが動かない身体をどうにか動かそうとする。

 諦めたくなかった。この大会で正々堂々と戦って勝つことができれば、何かが変わるはずだから。

 キリトとも、クラウドとも、まだ約束を果たしてないのに……!

 《死銃》が黒星のスライドをコッキングし、弾を込めると両手で銃を構え、その銃口が私を捉える。

 

「(クラウド……助けて)」

 

 こんなのを願っても叶うはずはない。

 

「――りゃぁああああああっ!」

 

 ――――なのに、雄たけびと共に彼は本当にやって来た。

 愛用の光剣から灰色に輝く刃を伸ばし、ジェットエンジンに似た音を響かせて。

 声に気づいた《死銃》はすぐに離れて柱の影に身を隠す。

 私に背を向けて黒いコートを風にはためかせて、《死銃》の前に立ちはだかって。

 

「クラ……ウド……」

「――間一髪、クラウド超特急で来て正解だったな」

 

 顔が見えなくても分かる。いつもと変わらない、背を向けていても思い浮かぶ能天気に笑って明るく言うクラウドの声。

 だけどいつも聞いているトーンよりも少し低くて、微かな怒りを含んでいるように聞こえた。

 でもなんで?……なんでクラウドがここに?

 

「おい《死銃》、お前の狙いは俺かキリトだったはずじゃなかったのか?」

「……そう、だ。お前、たちは、最後の、お楽しみ、だ」

「はっ。あいにくと俺は好きなものは先に食べるタイプでな。それに1つ勘違いしている。確かに俺はご同輩だが、お前の知っている《黒の剣士(キリト)》とは別人だ。お前が探しているのは黒髪の方だよ」

「ほう……。なるほど、やはりお前も、俺たちと、同じか」

 

 私に背を向けたままクラウドはボロマントと何かを話しているけれど、抽象的過ぎて理解できない。

 

「ここでぶっ飛ばしてもいい……んだが、それよりも優先することがあるんでな。とっとととんずらさせてもらう」

「できる、と、思っている、のか」

「やってやるさ――」

 

 次の瞬間、少し離れた位置でカンッ、と何かが音を立てて落ちる気配。

 すると青白い閃光と大音響が炸裂し、思わず目を瞑る。

 ふわりと誰かが私の身体を抱きかかえて走る感覚。目を開けるとすぐ近くにクラウドの顔があって、私だけじゃなくヘカートも担ぎ街中を走っていた。

 いくら筋力も上げているって言っても、20キロ近くあるヘカートまで持っていると少し苦しそうな顔をしている。

 

「もういい……置いていって……」

「はっ! だが断る!」

 

 こんな時なのにふざけた返事をするクラウド。だけどその目は真剣で、同時にどこか安心感を私は覚えていた。

 と、その時、背後から1発の銃弾がクラウドの肩を掠めて看板の固定具に着弾すると音を立てて落下する。

 いくらクラウドでもこんな状況は無理。だからもう1度、私を置いていくように言おうとしたのをエンジン音が遮った。

 

「2人とも乗れ! 早く!」

「おっせーよ! 今までどこほっつき歩いていたんだ!」

 

 バギーに乗って乗り場から飛び出してきたキリトにクラウドは一瞬足を止めて嬉しそうに笑い、すぐに後部座席に私とヘカートを乗せ、自分も飛び乗ると腰からプラズマグレネードを取り出してバギー乗り場に投げ込み、「出せ!」と合図する。

 キリトがアクセルを回してバギーを発進させて数秒後、起爆したグレネードが激しい爆発が起こして駐車していたバギーやロボットホースを吹き飛ばした。

 

「悪かった、《死銃》だと予想したプレイヤーを倒そうと別れた所を狙われて……」

「迎えに来たからチャラにしてやるよ! 足は潰したしこれで……いや、待て」

 

 言いかけたクラウドの顔から笑みが消えて後ろに振り返る。耳を澄ませると、私たちの乗るバギーとは違うエンジン音……。

 

「くっそ、追ってきた! スピード上げろキリト!」

 

 スタンバレットの効果が切れ、ようやく身体が自由に動けるようになると後ろに振り返る。

 そこにはあのボロマントが誰かの運転するバギーに乗って私たちを追跡していて、また“あの男”の顔が浮かんで……っ!

 

「いや……追いつかれるっ!」

「もっとスピード出ないのかよ!?」

「無茶言うな! こっちは3人だぞ!」

 

 苛立ちをぶつけるクラウドにキリトも同じように返す。

 少しずつ距離が詰まって、ボロマントが黒星を取り出した。

 予測線が、私の頬に当たる。

 

「右!」

「っ!」

 

 クラウドが私を抱き寄せて叫ぶと、キリトも即座にハンドルを右に切った。

 バギーが右に寄り、直後に発射された銃弾が私の前を過ぎる。

 さらに発砲。その銃弾はリアタイヤのカバーに当たって、ボロマントは銃をホルスターに戻した。

 

「やだよ……たすけて……たすけて……!」

「っ……シノン、お前のクルツ貸してくれ!」

「えっ……?」

「早く! このままじゃ追いつかれる!」

 

 戸惑う私は言われるがまま、震える手で腰のホルスターから《MP5KA4》を取り出すとクラウドに渡す。

 するとクラウドは右手にクルツを、左手に自分の《M10》をそれぞれ持ち、ボロマントに銃口を向けた。

 

「当たらなくても牽制くらいは……っ」

 

 毒づきながら2つのSMGをフルオートで斉射。だけど元々精密射撃に向かない暴れ馬の《M10》と、精密射撃は可能だが不規則に揺れ動くこの状況、しかもフルオートではその力を発揮できない《MP5KA4》では命中率はほとんど期待できない。

 仮に当たっても、威力の低い9ミリパラベラムではバギーの車体も貫通すらしなかった。

 

「くっそダメか……!」

「シノン、このままだと追いつかれる! 君が奴を狙撃するんだ!」

「むりだよ……!」

「当たらなくてもいい、牽制だけでいいんだ!」

「むり……! あいつ……あいつだけは……!」

「だったら俺が降りてあいつらをぶった斬ってくる!」

 

 怯える私にクラウドはいきなり言い放ち、《MP5KA4》を私に渡すとバギーから飛び降りようとする。

 その瞬間、急にクラウドがどこか遠くへ行ってしまいそうな錯覚がして反射的にその腕を私は掴んだ。

 

「ダメ……あいつは、あいつは本物なの……! いくらクラウドでも殺されちゃう……だから絶対ダメ……!」

「けど、他に方法が無いだろ!」

 

 ……ううん、ある。

 あいつが怖い。向かい合う勇気なんて無い。……けど、このままクラウドを見殺しにしたら、私はずっと後悔したまま生きていくと思う。

 ……それだけは絶対にイヤだ。

 

「…………っ」

 

 恐怖に竦む身体をどうにか動かして、ヘカートを構えてスコープを覗く。

 けれどトリガーだけはどうしても引けなかった。

 

「撃てない……撃てないの。指が動かない……ごめんなさい……私もう、戦えない……」

「だったら俺が一緒に戦ってやる、俺が一緒に撃つから!」

 

 その言葉と共にクラウドの右手が、グリップを握る私の手に重ねられた。

 彼の右手の温もりが、氷のように動かなかった右手に動かせるだけの力を与えてくれる。

 だけどそれだけじゃどうにもならなかった。

 

「ダメ…! こんなに揺れてたら照準が……!」

「おいキリトッ!」

「5秒後に揺れが止まる! 2、1…今!」

 

 次の瞬間、バギーが路面に転がっていた車をジャンプ台にして高く飛び上がった。

 一瞬の滞空――その僅かな瞬間に私はクラウドと一緒にトリガーを引く。

 強烈な反動が肩に掛かり、マズルブレーキから盛大な噴煙を上げて大口径の弾丸が撃ち出された。

 けどあれはボロマントには当たらない。ボロマントたちが乗るバギーの右に大きく逸れていく。

 

「(外した……)」

 

 ぼんやりと思っていると、逸れた弾丸は大型トラックに命中し、残っていたガソリンに引火。弾痕から炎が吹き上がるとボロマントたちが乗るバギーが通りかかった瞬間大爆発を起こしてバギーを爆炎が飲み込む。

 バギーが地上に着地してから改めて炎の中を見ると、ボロマントたちが乗っていたバギーもガソリンに引火して誘爆を起こして炎を吹き上げるのが見えた。

 偶然なのか、それともヘカートが外すことを許さなかったのか……私には分からない。

 

「――グッジョブ、シノン」

 

 ただそう言っていつもみたいに笑いかけるクラウドの顔を見て、胸の内に安堵が広がっていた。

 

 

 その後キリトは私たちを乗せて北上し、いつの間にか砂漠地帯まで進んでいた。

 流石に時間も経って落ち着いたから、追われていた最中に考えていた事も冷静に考えてそんなはず無いとはっきり断言できるようにもなっている。

 ――むしろ「そう思い込んだ」のは黒星が原因で、《死銃》は“あの男”と同一人物のはずが無いのに……。

 

「……ここじゃ場所が悪すぎないか?」

「仕方ないだろ、街中にいるよりはマシだと思ったんだよ」

 

 呆れるクラウドにキリトもむっと口を尖らせて返している。さっきまでの緊迫感は和らいでいたけど、警戒は怠っていなかった。

 けど確かにここじゃ見晴らしが良すぎて、格好の的ね……?

 

「ねえ。あそこ……たぶん洞窟がある」

 

 何か無いかと周りを見回していた私は、右手の先に段差になっている地形を見つけて指差した。

 洞窟の中だと衛星スキャンは避けられる。あるいはキリトがやっていたように水中に潜っていても。

 ひとまず次のスキャンを避けるのならあそこが良いかもしれない。

 

「よし。行こう」

 

 私の提案をキリトは受け入れ、バギーを洞窟に向かわせた。

 洞窟内部は3人が隠れるには十分な広さで、私はバギーを降りるとそのまま壁際に座り込む。

 けどクラウドだけは仏頂面を浮かべ、ずいっとキリトに顔を近づけていた。

 

「で? 何があったか話してくれるんだろうなぁ?」

「だから、《死銃》だと予想していたプレイヤーを倒そうとして別行動を取ったら、その隙を突かれたんだよ。シノンの近くに突然現れたんだ」

「メタマテリアル光歪曲迷彩って言うアビリティよ。衛星スキャンもそれで回避しているんだわ。……私たちは橋に現れた《死銃》を追って、川沿いを監視しながら街まで来たの。そうしたら……」

「ところがどっこい、光学迷彩で隠れていてシノンが1人になったのを狙われた、か……でも銃声くらいあるだろ?」

「無理よ、相手の使ってるのは《L115A3》……サイレントアサシンよ。よほど近距離じゃなきゃ発砲音は聞こえないわ」

「ステルスにサイレンサーつきライフルって……最強の組み合わせだなそれは」

 

 私の説明にクラウドも納得して肩を竦め、そのまま私の隣に無遠慮に腰を下ろした。

 

「ここなら大丈夫だと思う。下は粗い砂だし、透明になっても足音は消せないし足音も見えるから。さっきみたいに、いきなり近くに現れるのは無理」

「なるほど。それじゃあ精々、耳を澄ませてないとな」

 

 キリトもそれで納得し、クラウドの隣に腰を下ろした。

 

「にしても……あのボロマントと一緒にいた奴は何なんだ?」

「恐らく、《死銃》の協力者だと思う。たぶん……いいや、間違いなくあいつも《死銃》と同じだ」

「厄介の種が増えたって事か……なら俺を監視していたのはあっちの方だな」

「監視?」

「ああ。本選が始まってからずっと、誰かが俺をマークしていた。姿こそ見えなかったが常に視線だけは感じていてな。正体を暴いてやろうと思ったんだが……邪魔が入ってしくじったんだ」

 

 ごく普通に話しているクラウドに、そう言えば……と私は今の今まで忘れていた疑問を思い出した。

 

「ねえクラウド。クラウドはどうしてあそこに居たの?」

「あー、元々2人と合流するつもりで探していたんだよ。《死銃》がキリトを狙っているみたいだから、ちょっとやばいんじゃないかなって思って」

「……ごめん。俺、《死銃》の正体がお前なんじゃないかって疑ってたんだ」

「俺が?《死銃》??? はは、似ても似つかないって」

 

 ……確かにクラウドと《死銃》は似ても似つかないわね。なんでキリトはそんな風に考えていたのかしら。

 ……そう言えば予選の時、クラウドの試合を見て何か言っていたけど。それでクラウドが《死銃》と何か関わりがあるって思ったの?

 

「《死銃》たちがあの爆発で死んだって……可能性は?」

「いや、トラックが爆発する直前、バギーから飛び降りたのが見えた。無傷とは思えないけど、死んだとは思えないな」

「ってことは俺たちと同じようにどこかに身を潜めて、ダメージの回復に努めているって事か。それが終わったら――」

「ああ。今度こそ俺たちを殺しに来る」

 

 はっきりと、その言葉を口にする。

 

「でも、俺がやらないとな」

「――自分1人でやる、なんて水臭いこと言うなよ」

「え……でも、無理に付き合う必要なんて……」

「何のために俺がBoBに出たと思ってるんだ。手を貸して欲しいなら、言ってくれれば喜んで手を貸したっての」

「クラウド……なんで? あなたは怖くないの? 相手は本当に人を殺せる力を持ってるかもしれないのよ?」

仮想世界(ここ)から人を殺すことなんて出来ない。仮に出来たとしても、そんなの俺に通じないからな」

 

 はっきりと《死銃》の力を否定するクラウドに、私は呆気にとられた。

 なんでこうも……なんでこんなにも、この2人は強いの。それに比べて私は……5年前の私よりもずっと、ずっと弱くなってたのに……!

 

「……私、逃げない」

「シノン?」

「私も外に出てあの2人と戦う」

「シノンまで無理に戦うことなんて無いぞ?」

「クラウドだって言ったじゃない。『仮想世界(ここ)から人を殺すことなんて出来ない』って。もし仮に《死銃》にそんな力があって、殺されるかもしれなくても……私は構わない。さっき、すごく怖かった。死ぬのが恐ろしかった。情けなくて、悲鳴を上げて……そんな私のまま生き続けるのなら、死んだ方がいい」

「――それ、本気で言ってるのか」

 

 静かに、感情の込められていない平坦な声でクラウドが呟く。

 私はそれに答えず、立ち上がって洞窟を後にしようとしたけどクラウドの手が私の肩を掴んで止める。

 

「……離してよ」

「シノン、お前……自分が何を言ってるのか本当に分かってるのか?」

「ええ。もう怯えながら生きるのは疲れたの。別に付き合ってくれなんて言わないわ。1人でも戦えるか――」

 

 その瞬間、クラウドが強引に私を向き直らせると手を振りかぶり、パァンッと乾いた音が洞窟内を反響した。

 何をされたのか一瞬わけがわからなかった。頬が熱を伴う痛みがして、クラウドが私を打ったのだと気づくと痛む頬に手を触れながらクラウドを見上げる。

 

「寝ぼけたこと言ってるなよ、お前……。死んだ方がいい? 何も知らないくせに死ぬなんて口にするなよ。死ねばそこで終わりなんだ、残された人たちはずっと喪った悲しみを背負って生きていくんだぞ? お前があいつに殺されたら、俺もキリトも悲しむし一生悔やみ続けるんだぞ?」

「……そんなこと頼んでない。1人で戦って1人で死ぬ、それが私の運命なのよ」

「そんな運命なんてクソ食らえだ! 犬でも食わないほどクソマズイ代物だよ!」

「クラウドには関係ないじゃないっ! 偉そうに説教して何様のつもりよ!?」

「俺はお前の相棒だ! それ以上のことが必要あるか!?」

 

 相棒……。

 そう、私とクラウドは相棒。

 最初は倒すべき相手だった。次は越えるべき目標だった。その次は互いを預けられる相棒だった。

 でも……それだけよ。

 私は彼のことをほとんど知らない。

 彼は私のことをほとんど知らない。

 ここでしか繋がりがない、蜘蛛の糸みたいに細くて切れやすい繋がり。

 

「ッ…! ならっ! ならクラウドが一生私を守ってよ!」

 

 押さえ込んでいた感情が一気にあふれ出し、クラウドの襟首を掴むと涙を流しながら叫ぶ。

 

「何も知らないくせにっ! 何も出来ないくせにっ! 勝手なこと言わないで! そんなこと言って、私のことを知ったらどうせ離れていくんでしょう!? 私は……私の罪を、あなたが背負ってくれるの!? この……この、人殺しの手を、あなたが握ってくれるの……!?」

「――――なんだ、そんな簡単なこと」

 

 握り締めた右手が、暖かい感触に包まれる。

 ごく自然に、クラウドは笑いかけながら両手で私の右手を包み込んでいた。

 さっきまで怒っていたのに、いつものように笑みを浮かべるクラウドに思わず虚を衝かれる。

 

「守る……か。そうだな、それが出来たら本当に良いだろうな。でも――仮想世界(ここ)が俺にとっての現実(リアル)だから」

 

 違う。いつもみたいな笑みじゃなかった。

 なんでもない話をしている時、彼は時々どこか哀しそうに笑うことがあった。それが妙に印象に残っていたからずっと気になっていた。

 溢れ出していた激情が、そのどこか哀しげな笑みで冷えていく。

 私は言葉を紡ぐことも忘れて、その笑みを見上げていた。

 

 

 

 散々泣いて、散々叫んで疲れきったシノンはまた壁際に腰を下ろすと、隣に座った俺の肩に頭を載せてきた。

 

「ごめん……少し、少しの間だけで良いから」

「ん……別に構わないけど」

 

 そのまましばらく、誰も口を利かなくなる。けれど静寂を破ったのはシノンだった。

 

「……私ね、人を……殺したの」

 

 ゆっくり、その言葉を口にするシノン。

 それから少しずつ、ゆっくりと自分の過去を語りだした。

 

 ――それが起きたのは5年前、東北の小さな町で起きた強盗事件。

 

 報道では犯人は銃の暴発で死んだことにされていたが、真相は違った。

 本当はその場にいたシノンが強盗から拳銃を奪って、撃ち殺したのだという。

 

「5年前……?」

「11歳の時……。私、それからずっと銃を見ると吐いたり倒れたりしちゃうんだ。銃を見ると、殺した時のあの男の顔が浮かんできて……怖いの。すごく、怖い」

「けど……」

「うん。この世界なら大丈夫だった……だから思ったんだ、この世界で1番強くなれたら、きっと、現実の私も強くなれる。あの記憶を忘れることができる……って。なのにさっき、《死銃》に襲われた時、すごく怖くて……いつの間にか“シノン”じゃなくなって、現実の私に戻ってた。本当はね? 本当は、死ぬのは怖いよ……でも、それと同じくらい怯えたまま生きるのが辛いんだ。《死銃》と、あの記憶と戦わないで逃げちゃったら、私きっと前より弱くなっちゃう……!」

 

 きっと仮想と現実は同じようでいて違うからシノンは平気だったんだ。

 たぶん無意識の自己暗示みたいなもので、現実の自分と仮想世界の自分は別人……と考えることで銃を見たり触ったりしても平気だったんだろう。

 けど、そうか……シノンはずっとそれを引きずっていたのか。

 

「……俺も、人を殺したことがあるんだ。4人も」

 

 あの時シノンが取り乱していた理由に納得していると、隣にいたキリトがポツリと呟いた。

 その言葉を聴き、えっと驚いたようにシノンは息を呑み、俺越しにキリトを見やる。

 

「前にも言ったろ? 俺はあのボロマント……《死銃》と他のゲームで顔見知りだったって。そのゲームのタイトルは――――ソードアート・オンライン」

「じゃあ、あなたはやっぱり……」

「ああ。SAO生還者(サバイバー)ってやつだ。そしてあの《死銃》たちも。それに――」

 

 そこで一旦言葉を区切ると、ジロリと半眼を俺に向けてくる。

 

「……そろそろ話してくれても良いんじゃないのか? ()()()

「……ミスト?」

「………………」

 

 キリトが何を言おうとしているのかさっぱり分からないシノンは、きょとんとしながら俺を見る。

 俺は長い溜息をついて天井を見上げた。そして――

 

「大せいかーい☆」

 

 それまでのシリアスムードを修復不可能になるまでブチ壊すように、にっと笑って明るく答える。

 その反応にぎょっとして言葉を失うシノン。対するキリトは完全に呆れていた。

 

「やっぱり……」

「参考までに聞くけど、どうやって気づいた?」

「色々あるよ。まずはプレイヤーネーム……クラウドは雲で、ミストは霧とか霞だろ。そして雲が地表面に接触している状態だと『霧』って呼ぶそうじゃないか。それに戦い方……システムアシスト無しにSAOのソードスキルを使っていたなら、まず間違いなくSAOにいた人間だ。

 そして最後に、『何のために俺がBoBに出たと思ってるんだ』……って、俺がBoBに出場した理由を知ってる上で言っただろ。俺がGGOにダイブした本当の理由を知っているのはミスト以外知らない。

 ならクラウドは俺の知り合いで、しかも理由を知っている人間……ミストに限られるんだよ」

「あー……まあ隠すつもりは無かったし、別に今更バレてもいいんだけどうぉっと」

「で? 何でお前がGGOにいるんだ。しかもシノンの口ぶりからすると結構前から居たみたいじゃないか」

「いやー、はは。それは何というか説明すると長くなるんだけどなぁ」

 

 ぐいっと襟首を掴んで顔を引き寄せてきたキリトに、目を逸らして適当にはぐらかす。

 いや嘘は言っていないんだ、本当に。ただ俺がここで何をし続けていたのかを話すとなると……少し、困る。それは本当に。

 

「ね…ねえ、ちょっと待って。さっきから2人で何の話をしているの? クラウドとキリトは知り合いだったの?」

「ああ。こいつはミストって言って、俺と同じSAO生還者の1人だよ」

「いや、それはちょっと違うだろ。俺死んでるんだし」

「死んでる? クラウドが? でも……」

「……彼女には何も話していなかったのか?」

「話せるわけ無いだろ、大体こんな話したところで信じるか普通?」

「だから、2人だけで勝手に進めないでくれる!? どう言うことか説明してよクラウド!」

 

 肩を掴んで振り向かせるシノンに困ったように頬を掻く。

 説明……説明かぁ。ここまで聞いたらシノンにも話さなきゃいけないんだろうけど、ややこしい上に突拍子もないし長いんだよなぁ全部話すと。

 

「えーっと、それもまた別の機会に……ってことで」

「ご・ま・か・さ・な・い・で」

「いや、本当、話すと長くなるんだって。BoBが終わったら改めて、きちんと説明するから!」

「……絶対よ? 絶対に、全部説明しなさいよ?」

 

 しつこく念押ししてくるシノンにわかったわかったと約束してから、話を戻すべく改めて真剣な顔を浮かべてキリトに尋ねた。

 

「それで……《死銃》は何者なんだ? SAO生還者って言うのは間違いなさそうだが」

「――ラフコフ……《笑う棺桶》。奴はその1人だ」

「ラフコフ――って、本当かそれ?」

「ああ、間違いない。あいつの腕にラフコフのタトゥーがしてあった」

 

 ……信じがたい話だが、キリトの目は真剣そのものだった。

 《笑う棺桶(ラフィンコフィン)》。SAOに囚われた人間たちの間でその名を知らない人間は居ない。無論、この場合は悪い意味で。

 SAOではどんなことがあってもHPを全損させてはいけないと言う不文律があった。0になったら現実の自分も死んでしまうから当然だ。

 だがラフコフの連中は違った。奴らはシステムの抜け穴を利用し、ありとあらゆる手段で積極的にPKを行っていた。奴らに殺された人間は何百人にも上るらしい。

 最期は攻略組が動き、討伐隊を作って捕獲しようとした、らしいが……。

 

「だけど情報が漏れていて、逆に奇襲を受けたんだ。物凄い混戦の中で、俺はラフコフのメンバーを2人、殺した。確かあの時、ミストは……」

「ああ、討伐隊に参加していなかったからな。参加していたとしてもステータスにプレイヤースキルが伴っていなかった俺じゃ、足手纏いにしかならなかっただろうし」

 

 当時の俺は弱くて、それでも一応攻略組だったから参加要請が来ていたんだけど断っていたんだ。だからラフコフの人間とは面識が無い。道理で心当たりが無いはずだ。

 

「……じゃあ、あのボロマントと一緒に居たやつも?」

「きっと同じラフコフのメンバーだろうな。《死銃》と同じで、討伐戦で捕まった後に牢獄に送られた」

「はー……まったく、ここに来てあんなのが出てくるなんてな」

 

 呆れて何も言えなくなり、俺はため息をつくと両手を組んで頭の後ろに回した。

 いまさら何でまた殺人を……いいや、頭のイカれた奴らの考えなんて理解できるはずも無いか。

 

「キリトはその記憶を……どうやって乗り越えたの? どうやって過去に勝ったの?」

「いや……乗り越えていないよ」

 

 シノンの問いに、キリトは静かに首を横に振ると否定した。

 

「昨夜、俺はその剣で殺した人たちの事を繰り返し夢に見て殆ど眠れなかった。アバターが消える瞬間の彼らの顔、声、言葉……俺はきっと、2度と忘れられないだろう」

「そ…そんな……じゃあ私、どうしたら――」

「……なんかさ、小難しく考えすぎじゃね?」

 

 失意に落ち込むシノンや、悲観的に考えるキリトを見てやや間を空けて口を挟んだ。

 

「殺してしまった事は仕方が無い。その事実は変えられない。けどその結果、2人に救われた命だって確かにあるだろ?」

「そんな軽々しく……人を殺したことも無いのに、気軽に言わないでよ」

「人殺し……人殺し、か。そうだな、シノンの言うとおりだな」

「ミスト、お前……」

 

 俺が何を言おうとしているのか、察したらしいキリトに手を挙げて止めた。

 

「じゃあシノンに質問だ。えっと……シノンの場合なら1人を殺してその場に居た数十人の命を救った罪と、殺しはしなかったが6000人あまりを見殺しにしてでも生きようとした1人の罪……どちらが重い?」

「えっ……? それは」

「そう、後者の方が罪は重い。こうなってくると単純な数の問題さ。だからさ、そんなに悲観的に捉えなくてもいいんじゃないか? こうしてここに、大切な人たちすらも見殺しにして生きようとした男がのうのうと生きているんだし。そんなやつと比較すれば、シノンはまだ救いがあるって」

「――――――」

 

 あまりにも想像を絶する話の内容に、シノンは絶句していた。

 それもそうだ。あまりにもスケールが違う上に、自身の想像をはるかに上回る事を明かされれば言葉も出ないだろう。

 

「……本当、なの? 本当にクラウドは……」

「……ああ。結果的にミストは、当時SAOに囚われていた6000人あまりの人間を見殺しにしようとした。それを俺が止めて、殺した」

「あのなぁ、まだあの時の事を気にしているのか?」

「当たり前だろう。もっと早く知っていればあんな事にならなかったかもしれないのに……!」

「……無理だよ、それは。遅かれ早かれああなるのは避けられなかった。けど俺は自分の選択に後悔はしなかったし、あの時お前に討たれたのも受け入れていた」

 

 またもネガティブに嵌ろうとするキリトに釘を刺すと、キリトは気まずそうに目を逸らしてしまう。

 良いか悪いかで言えば、結果的に言えばあの結果は良かったんだろう。あの世界を最後まで戦い抜いても、隣に大切な人が居なかったなら何の意味も無い。

 その結果シリカ……珪子に悲しい思いをさせたのは、今でも悪いと思っているが。

 

「クラウドは、その……どうしてそうしようと思ったの? 大切な人たちを見殺しにしてまで、何をしようとしたの?」

「……生きたかった。それ以外に理由が要るか?」

「でも、それじゃあ……!」

「そう。俺がやろうとした事は結局矛盾なんだ。大切な人たちと少しでも長く同じ時間を……なのにやっている事はその逆だ。だけど俺には、これ以外方法が浮かばなかったんだ」

 

 あの世界でしか……いいや、今もこうしてここでしか存在できないから、例え誰かを見殺しにしてでも最後まで進むしか無かった。

 ――その結果がこれなんだから、自業自得だ。

 

「要はさ、もう過去は覆せないんだからそれを受け入れて、殺した人たちの分も生きていく。それが贖罪なんじゃないか?」

「じゃあクラウドも……?」

「俺の場合は今ここに存在していること、それが贖罪なんだろ」

「なによそれ……答えになってない」

「……全部終わったら、全部話す。俺に……俺たちに何が起きたのか」

 

 明らかに落胆した様子のシノンだが、こればかりは仕方が無い。全てを話すには時間がかかるから。

 ただまあ、他にも自分なりに贖っている方法があるんだけど、これは伏せておこう。

 

「それで、また話を元に戻すけど《死銃》はどうやって殺しているんだ?」

「……スタンバレットで相手の動きを止めてから、十字を切って《黒星》で撃つ。ペイルライダーはそうやって殺していた」

「けど仮想世界から現実の肉体に……少なくとも致死に至るような影響を与えることは不可能だ。それはとっくに結論を出していただろ?」

「そうなんだよな……それにゼクシードもたらこも、脳の損傷じゃなくて心不全だったそうだし」

「え……心臓?」

 

 そこが奇妙な所だ。アミュスフィア……と言うか、ナーヴギアくらい出力が高ければ、脳を焼いて殺す事はできる。

 けど死因が心不全って……さっぱり分からん。

 

「心不全……って言うと、ちょっと違うけど名前を書かれた人間は死ぬ死神のノートが浮かぶよなぁ」

「何よそれ?」

「知らないか? デ○ノートって」

「……ミスト、今なんて言った?」

「デ○ノートのことか?」

「違う、その前!」

「……名前を書かれた人間は死ぬ死神のノート?」

「――そうだ、それだよ!」

 

 大声を上げて納得するキリトに、俺とシノンはえっと呆然となった。何を言い出すんだキリトは?

 

「え、まさか《死銃》の正体はキラで本当にデ○ノートを使って……?」

「違うっ! 俺たちは勘違いしていたんだ!」

「勘違い?」

 

 唖然として問い返すシノンに頷くと、キリトは自身の推理を語って聞かせた。

 ざっくり言うと、《死銃》があの光学迷彩マントを使って、総督府のBoB受付端末に入力しているプレイヤーから個人情報を盗み見る。入手後、得られた住所から現実世界での実行役……もう1人の《死銃》がダイブ中のプレイヤー宅に侵入し、仮想世界に居る《死銃》が銃を撃つタイミングに合わせて殺害する……と。

 

「仮に、それができるとしても忍び込むのに鍵はどうするの? 家の人とかも居るでしょう?」

「ゼクシードとたらこに限って言えば、2人とも1人暮らしで家は古いアパートだった。多分、ドアの電子錠もセキュリティの甘い初期型だろう」

「ターゲットが1人暮らしで、しかもGGOにダイブしている間なら現実の肉体は完全に無防備。多少解錠に手間取っても気づかれる可能性は無い……か」

「じゃあ死因はどう説明するの? 心不全って言っていたでしょう? まさか、クラウドが言ったように名前を書かれた人間は死ぬとか言うノートでも使ったの?」

「それは流石にありえないけど、何か薬品を注射したとか……死体は発見が遅れて腐敗が進んでいたそうだ。それに、寝食も忘れてゲームに打ち込むコアなVRMMOプレイヤーが心臓発作で死ぬ例も無いわけじゃない」

 

 なるほど……確かにキリトの推理ならかなりしっくり来る。

 

「……タネが割れると、なんてことの無い、しょうもない仕掛けだった……ってことか。ほんっと、くだらない」

 

 《死銃》のやっていることは大きく矛盾している。本物の死を齎すとか嘯いておきながら、自分の力で殺してなんかいない。その力すらもない。

 

「……? けどキリトの推理だと、よほどタイミングを合わせなきゃ銃撃と同時にターゲットに薬品を注射するなんて出来ないんじゃないか? いくらなんでも撃ったら偶然薬品を注射した、なんて無理だろ」

「だな……もしかしてあの十字を切る仕草は、腕に仕込んだ腕時計を確認するための物で、同時に共犯者へ準備は整った合図を送るのも兼ねているんじゃないのか?」

「そう言うことか……って待てよ、その法則で行くと……シノン、《死銃》はお前に十字を切ったか?」

「……していた、わね」

「前に1人暮らしって言っていたよな?」

「ええ。鍵は掛けてあるわ。家も初期型の電子錠で、チェーンは……してなかった、かもしれない」

 

 って事はつまり……。

 

「落ち着いて聞くんだシノン。……今、君の部屋には《死銃》の協力者が侵入していて、君があの黒い拳銃で撃たれるのを待っている……という可能性がある」

「っ…………!」

 

 その言葉にシノンは大きく目を見開き息を呑む。

 確かにバギーで追っていた時も奴はあの銃でシノンを撃っていた。なら今、シノンはいつ殺されてもおかしくないってことに……!

 

「イヤ……ッ! イヤよそんなの……っ!」

「おいシノン落ち着け、今自動切断したら逆に危険だっ! ゆっくり、大きく深呼吸だ……」

「あ……あっ……!」

「あの銃で撃たれていない今、《死銃》の共犯者はまだお前を殺せない。けどお前が今自動切断して共犯者の顔を見たら、そいつは口封じのためにお前を殺してしまう。怖いだろうけど今は落ち着くんだ」

 

 怯えて俺にしがみつくシノンに、俺は優しく言い聞かせながら頭を撫でて落ち着かせる。

 シノンのこの状況を打破するには、ともかく《死銃》たちを倒すしかない。そうすれば現実世界にいる共犯者も立ち去るはずだ。

 落ち着いたシノンを離すと腰を上げる。どうするかなんて最初から分かりきってる。

 

「俺はこっちでの《死銃》の共犯者を倒す。キリトはスカルフェイスの方を倒せ」

「分かった」

「ちょっと、まさか1人で相手をするつもり!? いくらクラウドでも危険よ。私も一緒に……」

「いや、シノンはキリトのサポートを頼む。俺よりもキリトの方が心配だ」

「だけど……」

 

 それでも渋るシノンに、俺は笑いかけて手を彼女の頭に載せた。

 

「大丈夫だって、俺には『お守り』があるんだからさ」

「クラウド……」

「おいキリト、俺の相棒を危険な目に遭わせたら承知しないからな」

「ああ」

 

 キリトとの間にそれ以上言葉を交わす必要はなかった。やると言った以上、必ずやる。ならそれ以上話す必要もない。

 さあ、この大会の幕を引きに行くとしようか……。心の中で呟くと、俺は右手をサムズアップしながら洞窟の外へと歩いていった。




ついに明かされるクラウドの驚愕する正体! それはなんとミストだった!(棒

うん、アニメ2話分の話をぶっこんだら長い長い。ALO側の話カットしていても長い(白目

次回はいよいよクラウド(ミスト)ともう1人のデス・ガンとの決着。シノンとキリトの話? カットで!(えー


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第7話 MOON LIGHT

今回はクラウド(ミスト)と《死銃》の片割れブラッキーとの決戦です。

本気を出したクラウド(ミスト)の切り札と、彼が使った驚くべき技は……?

あとこれ書いて投稿した当日はAqoursのライブ当日なんで、多分見終わった後語彙力失うか言葉失ってるかのどっちかだと思います。

……ライブまでに書き上がって本当に良かった……!


第7話 MOON LIGHT

 

 

 キリトとシノンと別れてからしばらく歩き続けて、次のスキャンが可能になったのを確認すると端末を起動して状況を確認した。

 現在表示されているプレイヤーは俺とキリト、そして闇風の3人……残りは洞窟内に隠れているシノンと、ステルスマントで姿を晦ましている《死銃》だとしてもあと1人足りない……そいつがもう1人の《死銃》って事になる。

 姿が見えないって事は、洞窟に隠れているか……あるいはスカルフェイスと同じようにステルスマントを持っているのか。最悪のパターンを想定して動くなら、後者と見るべきだろう。

 俺を監視している最中もスキャンで表示されなかった。田園地帯には隠れる場所が無かった事を考えると、ステルスマントを持っていると考えて動くべきだ。

 

「こっちの姿は確認しているはずだから、恐らく向かって来ているはず。となると問題は闇風か」

 

 闇風の事なら俺も知っている。と言うか、知らない奴はまだGGOを始めたばかりの新米だろう。

 何しろ闇風は前回の大会……つまり第2回BoBで準優勝した実力を持つ間違いなく最強クラスのプレイヤーだ。

 AGI特化で俺と同じく軽量なSMGをメインアーム(俺はサイドだけど)にし、近距離からの銃弾も避けられる。前回はゼクシードに装備の性能差で敗れたが、プレイヤースキルのみに限って言えばGGO日本サーバーで最強、だろう。俺を除けばの話だけど。

 兎も角闇風の存在は無視できない。もう1人の《死銃》と戦闘中に割り込まれたりするのも面倒だ。

 

「不確定要素だし、上手く行けばこっちに有利に働く事だって十分ありえる……が」

 

 ……今回はキリトに約束したからな。不確定要素は早々に取り除いて、もう1人の《死銃》に集中させてもらおう。

 

「そう言えば……」

 

 闇風を倒そうと思ったが、ふと引っかかっていた事があるのを思い出した。

 《死銃》たちの本名……と言うか、キャラネーム。シノンの話から考えるとそれぞれの名前はスティーブンとブラッキーなんだろう。誰がスティーブンで誰がブラッキーなのかは分からないが。

 

「いや、なんだって良いかそれは」

 

 名前なんて倒してから確認すればいいだけの話だ。

 一度目を閉じ、ゆっくりと目を開く。普段から見えるこの情報が剥き出しにされた世界は不快だが、今この時だけは頼らせてもらおう。

 闇風の位置は確認した。後は駆け抜けるだけ――!

 闇風が居る先へと駆け抜ける。向こうも俺が近くにいる事に気づいていたはずで、そう時間は掛からず、お互いがお互いを認識できる距離まで接近する。

 走りながら、闇風は同時にSMGの銃口を俺へと向けてきた。無数の予測線が俺の身体に当たるが、最小限の動作でフルオートの銃撃を掻い潜りなお接近する。

 

「ぐっ!」

 

 向こうも俺のバトルスタイルは知っている。だからこそ剣の間合いに入らないよう距離を取ろうと試みる。

 だがその瞬間はどうしてもスピードが落ちる。それに合わせてギアを上げてさらに加速。《MURAMASA》を取り、離脱しようとする闇風の胴へと加速を載せた右薙ぎを放った。

 光刃が闇風の胴を抉り、重たい感触が急に軽くなると胴から真っ二つにされた闇風の上半身が宙を舞う。

 唖然とした表情を浮かべる闇風の上半身が音を立てて砂地に落ち、【DEAD】の表示が浮かび上がった。これで不確定要素は排除した。残りは――っ!

 

「ちっ!」

 

 微かに聞こえた風を切る音に反応し、俺は後方へと身体を回転させながら回避する。一瞬視界に入った銀色に光る2つの物体は、そのまま俺の上を通過して彼方へと飛んでいった。

 すぐに着地すると、前方を鋭く睨み付ける。確かにステルスマントで姿を隠しているようだが、それも全てはデータでそういう風に見せているだけのものに過ぎない。だから俺の目には奴の姿がはっきりと捉える事ができた。

 

「かくれんぼのつもりなら無駄だ。そこにいるのは丸分かりなんだよ」

「――あっれー? っかしいなぁ、確かに透明化してたんだけどなぁ」

 

 淡々と言い放つと、人をおちょくるような反応が返ってきた。

 人型のシルエットがフードを取ったような動きをする。ステルスを解除して顔を晒したらしいが、結構若そうな声だった。

 

「確認するまでも無いが、ラフコフの生き残りで《死銃》の1人で間違いないんだよな?」

「あー、そう言うアンタもSAOにいた人間で間違いないんだ。まあ、その質問に関してはそうなんだけどさぁ……オタクはいったい何者なワケ? ザザが追っていたのはキリトで間違いないんだろうけどさぁ、アンタだけはまったく謎なんだよねぇ。あ、やっべー…ザザの名前言っちゃったよ! まぁいっか!」

 

 ……こいつ、相方の名前を平然と言って反省すらしてないのかよ。ただ相方はSAO時代の名前をザザと呼ぶらしい。それでも心当たりは無いが。

 

「昔は“レッドクリフ”……なんて呼ばれていた。これだけで通じるだろ」

「ん~……たーしーか、攻略組にそう呼ばれている剣士が居た気がするけど……けど俺たちって初対面だよな?」

「そうだ。お前がどっちかは知らないが、ブラッキーなんてキリトの2つ名を名乗って挑発しているつもりか?」

「挑発もなにもぉ、“ブラッキー”は俺の立派な名前だしぃ?」

「……そうかよ」

 

 ブラッキー(こいつ自ら認めたよ)の言い分を適当に聞き流し、光剣を構える。これ以上は話すだけ時間の無駄だ。それに向こうのペースに飲まれたく無い。

 

「正直お前が何者だとかなんてどうだって良い。俺にとって重要なのは、お前たちはシノンを本当に殺そうとしている。俺はそれを止めるためにお前を倒す……これで十分だ」

「Foo! オタク、クールに見えて実は熱血なの?」

「好きに言ってろ――フッ!」

 

 話を強引に切り上げ砂地を蹴る。

 一瞬で縮まるブラッキーとの距離。

 《MURAMASA》の刃が届く距離まで詰まった瞬間、瞬時に3連撃を放った。

 俺の得意とするソードスキル『シャープネイル』。目にも留まらぬ速さで繰り出された斬撃を、ブラッキーは余裕で避ける。

 ブラッキーは避けたまま、投擲用ナイフ3本を同時に投擲してきた。

 通常、投擲ナイフは9ミリパラベラム弾を使用する拳銃以下の射程と威力しか無い。代わりに予測線も出ないと言うメリットがある。

 だがあくまでも不意打ち、牽制用途がGGOでの主な使い道だ。だと言うのにこのブラッキーは投擲スキルをかなり上げているのか、その速度はまさに弾丸並みで、俺はステップと光剣による防御でそれを凌ぐ。

 

「はっ――!」

「おぉっと! ひゃははっ! アブねぇアブねぇ!」

 

 迎撃を凌ぎ、さらに追撃するも、斬撃は悉く当たらない。ふざけたようでこいつ……かなり強い。ラフコフのメンバーだったのは伊達じゃないって事か……!

 

「お前だって曲がりなりにもあの世界じゃ剣士だったんだろ? なのにそれがそんな武器使ってなんとも思わないのかなぁ?」

「光剣の良さが分からないなんて、ロマンを分かってない残念な奴だな。さてはお前、ス○ー○ォーズを見てないだろ!」

「しーらねっと!」

 

 突きをステップで避けたブラッキーは、新たな武器を取り出した。どうやら銃器のようだが、左右に張り出しているのは……まさかCマグか? SMGクラスのサイズに?

 銃口が向けられ、無数の予測線が注がれる。やたらと大きい銃声とマズルフラッシュが轟き、予測線に沿って弾丸が撃ち出された。

 だがこの距離でも捌ける……っ! 予測線が触れた順番ごとに光剣を操り、銃弾を弾く……が。

 

「(この手応え……まさかっ!?)」

 

 何百、何千、何万と銃弾を剣で弾いてきた俺は、だからこそ違和感を覚えた。

 口径が違えば弾丸の形状も異なるし、それを斬ってみれば手応えだって異なる。

 だから、今斬ったのが一般的にSMGで使われる9ミリパラベラムや.45ACPのどちらとも異なる感触に気づいた。この軽くて鋭い感触は……5.56ミリNATO弾!? ライフルクラスのサイズで使われるカートリッジだぞ!?

 

「っ!? ぐっ……!」

 

 驚愕する俺にさらに信じられない出来事が起きる。ブラッキーの銃撃は完全に見切り、防いだはずだった。

 そのはずなのに左肩に微かな衝撃が走り、動きが一瞬止まってしまう。

 今、何が起きた? 伏兵……いやそれは無い。残り人数はさっき倒した闇風を除けば残りは俺と目の前にいるブラッキー、そしてシノンとキリトが戦っているであろうスカルフェスだけだ。

 同様と混乱から停止しそうになる思考をどうにか回転させる。落ち着け、ダメージはあるようでほとんど無いんだ。

 だが、今のスタンはなんだったんだ? 予測線からの射撃は全て凌いだのに……っ!?

 

「いや……そういう事か。『横転』だな。そしてその銃は《パトリオット》ハンドライフルか……!」

「へぇ? 中々察しが良いじゃん?」

 

 ぼそりと呟いた俺の答えにブラッキーは興味深そうな反応を示した。やっぱり、俺の予想は的中したらしい。

 《パトリオット》。それはM16E1をベースとしてM4カービンよりもさらに極端な小型化・短銃身化を施し、近接戦闘に特化させた5.56ミリNATO弾を使用する超小型ライフルだ。サブマシンガン並みに切り詰めた銃身にストックオフを行い、さらに100連装のCマグによる圧倒的な弾数を実現しつつ、5.56ミリNATO弾による高火力も兼ね備えている。

 本来5.56ミリNATO弾は小銃クラスの銃身長で使用される弾丸だ。だがパトリオットのようなSMGクラスの銃身長で使用すれば銃弾は十分な加速を得られず、発射後すぐに風の影響などを直接受けて予期せぬ弾道を描く事もある。

 その結果GGOでは本来存在しない弾丸として扱われ、横転した銃弾は予測線に表示されない……文字通り“幻影の魔弾”と化す、って事だ。

 

「横転した弾丸には本来の威力は無い。だが命中さえすればささやかなスタンとダメージを発生させる事ができる……らしいけど?」

「大きなマズルフラッシュのどさくさに紛れて出てきたイレギュラーな弾丸は予測線が出ないために相手に気づかれず、近距離でなら相手にダメージを与えられるって事か……」

「せ~かい♪」

 

 愉快そうに笑っているブラッキーの事は無視して、俺は瞬時に思考を巡らせる。

 銃口の向きから射線を予測……は、マズルフラッシュが激しすぎて不可能。横転する弾丸が出る確率も不明と来てる。

 となると……後は1つしかない。だが、これは……。

 

「(やるのはよっぽどの時だ。ただでさえカメラ中継がされている中で……)」

 

 浮かんだ考えを一旦保留にして、《M10》を取り出す。その姿を見たブラッキーは呆れたように肩を竦めた。

 

「剣で無理なら銃で勝負って? いくらなんでもこっちとの差が分からない訳がないっしょ?」

「知ってるよそれくらい」

 

 確かに《M10》と《パトリオット》は似た性質を持っている。だが火力・装弾数共に《パトリオット》の方が遥かに上だ。

 だが、それがどうした。

 

「武器で劣るなら技量で補えばいいだけの話だろうっ!」

「ヒュゥッ♪ やっぱ熱血じゃんお前っ!」

 

 《M10》を撃ちながら再びブラッキーに攻め込み、《MURAMASA》の斬撃も交えたコンビネーションを繰り出す。

 だがブラッキーも銃撃と斬撃を避けながら、僅かな隙を見ては《パトリオット》で応射し俺も光剣で防ぎ、あるいはかわして凌いでいく。

 それでも混じっていた“存在しない弾丸”には反応が遅れてしまい、直撃はしてもたいしたダメージにならないが、僅かな硬直を狙われてさらに銃撃を浴びせられてしまう。

 どうにか紙一重で本命を回避するが、やはり銃の性能差が大きすぎた。特に装弾数が……!

 

「残弾が…!」

「ははっ! リロードなんかさせねぇっての!」

 

 残弾が少なくなって来た時、ブラッキーは新たに刃渡りが30センチはあるマチェットを抜いて斬り付けて来る。

 こいつ……俺と同じ戦闘スタイルかよ! 瞠目するがとっさに《M10》を盾にしてマチェットを防ぎ、同時に回し蹴りを放って追い払う。

 ……これは、マズイ。冷や汗が頬を伝っていくのを覚えながら思った。

 《M10》の残弾が心許ないタイミングで向こうは格闘戦も仕掛けてくるつもりだ。リロードしようとしてもどの距離からもタイミングが封殺されてしまった。

 

「弾薬の差が命運を別けたみたいだなぁ? “レッドクリフ”サン……いいや、今はジェ○イって言った方がいいのかぁ? けひゃひゃっ!」

「………………」

「まあそんな顔すんなって、あっちの2人も始末したらお前も仲良く殺してやるからさぁ。――あー、思い出すなぁ、確か昔、仲間同士で殺し合わせて生き残った1人だけ助けてやるってゲーム。でも結局生き残った奴も殺しちゃったんだけどなぁ」

「…………ふっ」

「あ?」

 

 1人で勝手に喋り捲っていたブラッキーについ失笑を漏らし、それが聞こえたらしいようでジロリと睨み付けて来た。

 

「なるほど……俺とお前たちは似た者同士なのかも――なんて心の何処かで思っていたが、そんなことは無かったようだな。ブラッキー、お前は……どうしようもないくらい救いようの無い、クズだった……って事だな」

「あー? 何言ってんのオタク?」

「俺が殺そうとしたのは、それが矛盾しているとしても少しでも長くあいつらと同じ時間を過ごしたかったから……だがお前たちは愉しみながら人を殺した。似ているようで全ッ然違っていたわけだ」

「だーかーらー、何を訳の分からない事を言ってんだ、ってーのッ!」

 

 苛立った口調でブラッキーは吼え、振りかざしたマチェットを一直線に振り下ろす。俺はそれを《M10》で受け止めるが、刃がアッパーに食い込んだ。

 

「そして今も、お前たちはあの世界と同じように人を殺している……何が『本物の死を齎す』、だ! お前も奴も、この世界から人を殺す力なんて持っていない! やっているのは卑劣で低俗なただの人殺しだ!」

「違うね! 俺たちは本物だ! この世界から人を殺してるんだよ!」

「だったら俺を殺してみせろよ! 今すぐ! ここで!」

 

 脅すように言い放つとぐっと悔しそうに唇を噛んだ。

 

「そうだ、殺せないだろう! お前は俺の本当の名前も、どこに住んでいるのかすら知らない! 1人暮らしをしている意識の無い人間の家に忍び込んで毒薬を注射? 大口叩いてやっている事は姑息でお粗末な上にPKですらないじゃないか! そんな事しかできない小さい人間が、俺を殺せるものなら殺してみろ!」

「テッメェ……!」

 

 論破していく俺にブラッキーは怒りに肩を震わせ、その隙を見計らって膝蹴りを打ち突き飛ばす。

 《M10》……は、もう使い物にならない。いくら頑丈といっても全力で振り下ろされたマチェットを無傷で受け止めるのは無理だったか。

 なら……奥の手を使うしかない。

 

「俺はお前を認めないし、同情もしない。お前は俺の仲間を殺そうとしている……正直、俺がお前をブッ殺してやりたいが、それは出来ないからな……だから、代わりに――――お前の悉くを全て否定してやる」

「全てを否定、だぁ……? そんな事どうやってやるんだよ」

「簡単な事さ。お前は俺を絶対に殺せない。そして……お前が未だにあの世界に魂を囚われていると言うのなら、それすらも否定してやる。俺たちが囚われていた鉄の城はもうどこにも存在しない。そして《笑う棺桶(ラフィンコフィン)》だって無いんだってな!」

「――――違う」

 

 奴が縋り、そして囚われている全てを俺は否定する。

 するとブラッキーは俯き、小声で呟いた。

 

「違う。違う……違う、違う違う違う違う! 俺は、俺は《笑う棺桶》の! ジョニー・ブラックだぁぁぁ!」

 

 狂ったように叫び、ブラッキー――いや、ジョニー・ブラックは《パトリオット》を乱射しながらマチェットを振り被って迫る。

 考えてみればコイツとは長い付き合いだった。最初は確かにゲームに出ていたって理由で買ったけど、使い続ける内に愛着が沸いてこの世界におけるもう1人の相棒……みたいな感じになっていた。

 だからこそ惜しくもある。多分、同じ物は2度と手に入らないだろう。けど今は……仲間の命がかかっている。だから――

 

「じゃあな、相棒――」

 

 別れの言葉を呟き、《M10》をジョニーへとアンダースローで投擲する。

 急に銃を投げられ不意を衝かれたジョニーは、とっさにマチェットで《M10》を叩き切った。

 その一瞬の隙――その瞬間、空いた左手をコートの内……腰の後ろに回し、『それ』を掴んで引き抜く。

 同時に弾くように入れられる電源スイッチ。出力は最初から最大出力(クライマックス)。その瞬間左手に握った金属棒の先から蒼く光る刃が迸った。

 1歩、いや2歩、踏み込み蒼い光の刃を形成した光剣を振り下ろす。

 《M10》に一瞬気を取られていたジョニーは、回避は間に合わないと判断して《パトリオット》とマチェットを頭上でクロスさせて受け止めようとする。が――

 

 バキャッ――――!

 

「なぁっ……!?」

 

 マチェットを《パトリオット》ごと叩き切られ、ジョニーの目が驚愕に見開かれた。

 そのまま光刃がCマグに詰まっていた弾薬の火薬に引火し、爆発するとジョニーの左腕を吹き飛ばして黒煙を撒き散らす。

 煙でジョニーの姿は見えない……が、存在ははっきりと感じ取れていた。動揺と困惑、驚愕がない交ぜになってジョニーはその場で喚き出す。

 

「なんでだ……なんでだよ!? マチェットが一撃で破壊って!? まだ使っていなかった! 素材だってこの世界で手に入る最高級の金属を使ってる! 宇宙戦艦の装甲板になれる硬度の金属が、なんで簡単に折れるんだよ!?」

「はっ……寝ぼけてるのかお前?」

「んだと……!?」

「大方、あのレアメタルをナイフ製作スキルで加工したんだろう。けどな、逆に考えろよ。そんなものに使うならそれを加工出来るモノがあっても不思議じゃないだろう?」

「そんなものが……っ!」

 

 否定しかけたジョニーが息を呑む。

 そう、確かにそれは存在する。そしてそれらは入手方法が未だに謎に包まれている物だった。

 

「オーバード・ウェポン……まさか、その光剣は《MOON LIGHT》かよ!?」

「そう、光剣カテゴリー唯一にして最強の剣。可変式超高出力光剣《MOON LIGHT》。……そのレアメタルを加工する技術を導入したそうだが、まさに矛と盾か」

 

 この剣……《MOON LIGHT》を手に入れたのが俺とシノンの最初の出会いだった。

 きっかけは俺がまだソロだった頃、シノンが《ヘカート》を手に入れる前。

 1人で潜ったダンジョンで、最奥部に居た巨大なロボットの大型ボスにてこずっていた時にたまたま助けてくれたのがシノンだった。

 なんとかボスを倒してボーナスドロップを見ると、手に入れたのがこの《MOON LIGHT》。まだCMなどで公にされている1つを除いて、他の詳細は一切謎に包まれていた武器。

 これが縁になって、以来シノンとは良くコンビを組むようになり、相棒と言う間柄にまでなった。

 ……この時助けてくれた借りは、シノンが《ヘカート》を入手した件でようやく清算されたが。

 

「《MOON LIGHT》の特性は“《耐久値直接攻撃(フルブレイク)》”。どれだけ耐久特化しようとも、命中すれば耐久ゲージを一撃で全損させる事ができる。お前のマチェットがいくら耐久性が高くても、こいつの前じゃ無意味だったんだよ」

 

 字面だけを見ればバランスブレイカー級の代物だが、それは銃撃戦がメインのGGOでなければ、の話だ。激しい銃撃を掻い潜って超近距離まで近づいて当てなければいけない光剣の性質上、非常にリスクが高い。

 故に、GGOという世界において《MOON LIGHT》の性能は宝の持ち腐れに等しい……それを使いこなせるプレイヤーがいれば、話は別だが。

 だからコイツを手に入れた時、俺は存在を隠す事を選んだ。ただでさえ正体不明のオーバード・ウェポンだ。バレれば大騒ぎになるのは必至だった。

 

「チィッ……!」

 

 舌打ちし、ジョニーは別のナイフを抜く。片腕を失い、メインアームを失っているというのに往生際の悪さに俺は嘆息する。

 

「そんなナイフ1本で勝てると思っているのか? ああ、自殺するなら止めないけどな」

「はンッ……ヨユー扱いてるとイタイ目に遭うんだぜぇ? こんな風によぉッ!」

 

 次の瞬間、ジョニーが握っていたナイフの刀身が丸ごと消失した。

 

「ひっはははは! ナイフはナイフでもスペツナズ・ナイフだったわけだ! しかも麻痺毒を仕込んだ俺の本当の切り札だ……よ……」

 

 秘中の秘策が見事に嵌り、ジョニーは狂ったように笑っていた……が、その笑い声は目の前の光景に一瞬で失われる。

 

「……………」

 

 俺の目前で停止したナイフの刀身。まるで見えない手に捕まれているかのようにぴたりと空中で止まっていた。

 ……視線と意識を、ナイフの刀身から外すと支えを失ったかのようにナイフも砂地に落下する。

 

「なんだよ……なんだよ、それ……」

 

 自身の理解を越えた事象に、ジョニーは愕然と立っていた。

 その無防備へ向けて、俺は文字通り『本気』のラストアタックを掛ける。

 全身全霊、超高速の連撃。蒼と灰の粒子が星屑のように飛び散り、空間を灼いていく。

 

「(まだ…もっと……こんな物じゃない……!)」

 

 2本の光剣を振り回しながら、俺はさらに速度を上げてジョニーの身体へ剣戟のラッシュを叩き込む。

 連撃の数は10を越え、スパートを掛けるべくさらにギアを上げていく。

 システムのアシストも無しに10連撃以上を繰り出すのは不可能ではないが、それに近いほど

困難だ。

 だが、今の俺になら16連撃くらい造作もない。

 16発目――最後の一撃。右回転から二刀を同時に叩き込み、ジョニーの身体を輪切りにしてバラバラに解体した。

 

「……スターバースト・ストリーム(仮)」

 

 両腕を左右に広げ、バラバラになったジョニーに背を向けたまま膝を衝いて砂地に着地する。

 

「なんだよ――それ――――お前、ほんとうに――にんげん、か――よ―――――」

 

 目の前で起きた信じ難い光景を前にした感想を最後に、ジョニー・ブラックの残骸に【DEAD】の表示が浮かんで退場した。

 残心を終えて、俺は立ち上がると光剣の電源をオフにし、ふぅー、と息を吐く。

 

「――さぁな。俺にも良く分からん」




ファントム・バレット編も残り2話。

修羅場が生まれるのも残り2話←


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第8話 幕引きはド派手に

修羅場のフラグが立ったよ! やったね!


第8話 幕引きはド派手に

 

 

 ブラッキーことジョニー・ブラックを撃破し、すぐにキリトたちが戦っている場所に応援に向かう。

 だが向こうでも戦闘は終わっていたようで、走ってくる2人を見つけて声を上げた。

 

「キリト、シノン!」

「クラウド……ッ!」

 

 俺の姿を認めた途端、シノンがそのまま走ってきて俺の首に抱きついてきて、思わずぎょっとするも倒れないように踏み止まる。

 見ればシノンは怪我もないが、キリトの方は全身にダメージエフェクトが残っていてかなりてこずったと言うのは見て取れた。

 

「良かった……無事でよかった……」

「いやまあ、無事って言うほど余裕勝ちじゃなかったけどな……けど『お守り』が役に立った。にしてもひっどいザマだなキリト。ボロボロじゃないか」

「人の事は言えないだろ……って言っても俺よりはダメージ少ないみたいだけど……ずいぶん心配されていたみたいだな、お前」

「あのー、シノンさん? そろそろ離れてくれません?」

 

 にやにやと意地悪く言うキリトに、俺は慌ててシノンを離れるように促すと、名残惜しそうにしながらも彼女は離れてくれた。

 いや、心配していたのは分かるけど抱きつくのはオーバーだし俺も驚くって。

 

「まあ、お互い無事……とまでは行かないけど、何とか切り抜けられたみたいだな。ところでさっきも言っていたけど、『お守り』って言うのはそれの事か? ミスト」

「ああ。OW【MOON LIGHT】……ALOで言う所の【エクスキャリバー】とか【グラム】に相当する、伝説級武器みたいな物だな」

 

 キリトにも分かりやすく説明すると、「なるほど」と納得して頷く。これでどうやって倒したか……までは話す必要はないだろう。それよりも大事な話があるんだから。

 

「それより……《死銃》の片割れは案の定ラフコフの1人だった。SAO時代はジョニー・ブラックって呼ばれていたらしい」

「ジョニー・ブラック……確か討伐前のミーティングでザザと一緒にその名前を聞いた気がする。ああ、大丈夫だ。SAO時代の名前も割れたし、こっちの事は俺たちに任せろ」

「頼んだからな、俺じゃあ何もできないんだし。シノンももう安全とは思うけど、念のため警察に連絡してもらったほうが良いな」

「それは構わないけど……けどなんて言えばいいのよ?」

 

 首を傾げるシノンに、そう言えば……と俺も思い直す。

 部屋に不審者が……は、違うな。確かになんて説明すれば来てくれるんだ?

 

「そっちは俺がなんとかするよ。ミストには話しただろ? 俺の依頼主の事」

「あー、クリスハイトか。じゃあキリトがログアウトしたらすぐに連絡してもらえばいいか」

「でも私の住所とか名前とか、リアルの情報を知らないじゃない」

「「あっ……」」

 

 冷静なシノンの突っ込みに、俺とキリトは揃って間抜けた声を上げてしまった。

 それもそうだよな……ううむ、そうなるとやっぱりシノンが警察を呼ぶしか手が無いんだけど、そうなるといたずらと勘違いされる可能性だってあるわけだし。

 

「はぁ……良いわよ、教えるから。2人なら悪用とかしないでしょ?」

「それは誓って。けど、本当に良いのか?」

「良いわよ。その代わりそっちの名前も教えてもらうから。私の名前は、朝田詩乃。住所は――」

 

 あっさり言うと、シノンはそのままリアルネームと住所を俺たちに話してくれた。本当、止める間もなかった……とポカーンとしていたが、住所を聞いたキリトがそれに驚く。

 

「……驚いたな。俺が今ダイブしている場所の近くだ」

「えっ、そうなの?」

「うん? キリトの家って都内だったっけ?」

「クリスハイトが用意した場所が御茶ノ水の病院なんだ。いっその事ログアウトしたら俺がシノンの家に言った方が良いかもしれないな」

「いやいや、先にクリスハイトに連絡して警察向かわせるほうが良いだろ。近くに潜伏している可能性だってあるし、用心しておくに越した事は無いだろ。シノンも、キリトか警察が来るまで誰も家に上げないほうが良いって」

 

 第一、リアルじゃもやしっ子って言われているキリトが駆けつけて、もし実行役の《死銃》に鉢合わせしたらどうするんだ。忘れたとは言わせないぞ、ALOでアスナ助けた後の事。

 

「そ、それを言われると返す言葉も無いんだけどな……」

「安全確保はやるなら徹底的に。お兄さんとの約束だ!」

「誰に向かって言ってるのよ、誰に向かって……そんな事より、私にだけ個人情報を開示させてそっちは何も開示しないの?」

「あ、あぁ、ごめん。俺の名前は桐ヶ谷和人」

「……それでキリト、ね。で? クラウドは?」

「え? いやー……そもそも俺に個人情報なんて存在するのかどうかも怪しいし……」

「わけの分からない事言ってないで、さっさと話す!」

「うぐっ……白峰霞、一応永遠の17歳」

「……うそ、年上だったんだ」

 

 その信じられないって反応は結構傷つくんですけどねシノンさん……。

 

「ごほん、ごほん、とにかくログアウトするにはBoBを終わらせなきゃ……確かアミュスフィアって、脱いでも自動ログアウトになるんだよな?」

「? ああ、ナーヴギアと違って安全性重視だから、ダイブ中の人間からアミュスフィアを外しても死んだりはしないけど」

「時にキリトは今1人でダイブしているのか?」

「いや、すぐ近くにモニタリングしてくれている人と……あとアスナが居ると思う」

「そっかそっか……んじゃキリト、お前先にログアウトしろ」

「どうやっ――――て」

 

 きょとんとするキリト。だが次の瞬間、キリトの頭が宙を舞った。

 

「――こうするんだよ」

 

 目を丸くしたキリトの頭が砂地に落ちると、【DEAD】の表示が浮かび《MOON LIGHT》の電源を同時にカットして隠しホルダーに戻す。

 傍に人がいるなら、これでログアウトが出来るようになるはずだ。

 えっと、カメラはあれだな。中継カメラを見つけると、それに向かってジェスチャー(キリトを指差し、アミュスフィアを外す真似をして、両手で大きく○を作って「キリトのアミュスフィアを外してOK」の意味)をしてキリトの自動ログアウトを促す。

 

「……ねえ、あなた達って友達……なのよ、ね?」

「ああ。付け加えるなら「悪友」って追加されるけど」

 

 絶句していたシノンは我に返ると、ポツリと呟いたのでにっと口角を吊り上げて答える。

 

「……後で文句言われても知らないわよ、私」

 

 ボソッと何かを言っていたみたいだが、生憎と聞き取れなかった。

 しばらくジェスチャーを繰り返していたらやっと通じたのか、キリトの表示が【DISCONNECTION】に変化されてアバターが消滅した。

 

「よし、これで少し時間稼ぐか……どうする? スナイパーと剣士、どっちがGGO最強か白黒つけるか?」

「白黒も何も、クラウドボロボロじゃない。イングラムだって無いみたいだし」

「そういうシノンこそ、【ヘカート】のスコープ無いじゃないか」

「そうね。これを教訓にバックアップサイトをつける事にするわ」

 

 ニヤリと笑うシノンに対して、俺もニヤリと笑みを返す。

 

「――けどま、実際のところ優勝とかはどうだって良いんだけどな。目的は果たせたし」

「目的ってキリトの事?」

「ああ。キリトが1人で事件の調査をしようとしていたからな、たまたまゲームがGGOだったし、BoBに参加するのもやぶさかじゃないなーって」

「ふーん……それでここまで勝ち残ったんだから、やっぱりデタラメじゃないクラウドって」

「否定は出来ないなー。んで、結局どうする? シノンが優勝したいなら譲るけど」

「……勝ちを譲られるのもイヤだけど、お互いベストコンディションじゃない状態で勝敗決めるのもイヤよ。だから、キリト共々次のBoBに参加しなさい。それまで勝負は預けておくわ」

「うへぇ……」

 

 別に次回は参加するつもりなんて無かったのに、シノンの執念深さにはもう言葉も出てこない。

 

「……けどそれじゃあ、どうやって終わらせるんだ?」

「そうね……クラウドは第1回BoBの最後は知ってる? あ、あともうちょっと腰落として。そう、そのくらい」

 

 なにやらゴソゴソと何かを取り出そうとしているシノンに首を傾げるが、言われたとおりに大体同じ背丈くらいまで腰を落としながら思い返す。第1回BoBって確か……同時優勝だったんだっけ。理由は確か……。

 

「優勝するはずだった奴が油断して、お土産グレネードに引っかかっ――」

 

 口にしようとしたその言葉は、目を閉じたシノンの顔がどアップで映り、さらに口が柔らかい感触で塞がれて最後まで言えなかった。

 

「――――――!?!?」

 

 一瞬、頭の中が真っ白になって、何が起きているのかまったく判断がつかなくなる。

 え……これって、もしかして俺、キスして………うぇぇええいっ!?

 

 

 再起動した思考が高速で状況を判断し、シノンにキスをされている事に驚愕して目を丸くした瞬間、強烈な衝撃と爆発が内側で炸裂して視界が真っ白な閃光に包まれた。

 

 

 

 

 

 第3回バレット・オブ・バレッツ

 

 勝者

 

 シノン & クラウド




次回、ファントム・バレット編最終回


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第9話 感動エンディングだと思った? 残念、修羅場に突入だよ!

今回でファントム・バレット編は最後。原作のさらに後日談の内容です。

ついでに……次回の予告とかなんとかも


第9話 感動エンディングだと思った? 残念、修羅場に突入だよ!

 

 

「ミストさんの……ブヮカアーーーーッ!」

「めもごっ!?」

「………………」

 

 ……おかしいわね。ゲームを間違えたかしら。

 ――『あの事件』から数日が経ち、私の中でも区切りがついた事とその時の縁で友達になったアスナたちに勧められて、私もALOを始める事にした。

 それをクラウドに話したら、

 

『あー、そうなのか。じゃあそっちで俺の事話すかな』

 

 と言って、こっちで落ち合う予定……はしていたんだけど。

 

「……何、あれ」

 

 最初に選んだ猫妖精族の領地にある首都、フリーリアに転移されてきたら、なんだか人だかりができていて騒がしかった。

 いきなりで呆気に取られたけど、我に返って人だかりを作っている1人に声をかける。

 

「ねえ、何があったの?」

「よく分からないけど、闇妖精族の彼氏と猫妖精族の彼女が揉めてるみたいよ?」

「なんでも、彼氏が浮気してるのを彼女にバレたらしいぜ」

 

 聞き耳を立ててみると、確かに言い争っている(と言うか彼女が一方的に責めていて、彼氏の方が必死に弁明してる)みたい。

 

「なんですか! ずっとGGOやっていたのはあたしに内緒で他の女の人と会っていたからですかそうなんですか!!!」

「ちがうちがうちがう! 別にシノンとはそんな関係じゃないんだって!」

「言い逃れができると思ってるんですかー! ピナ、ゴーッ!」

『きゅー!』

「ピナ…ピナさん、いえピナ様! どうか何卒、何卒お待ちを! こちらの話を聞いていたいたいいたいいたい鼻は、鼻はらめぇぇぇ!」

 

 えっと…………何あれ。紫の髪の剣士っぽい格好の男が、小さい竜に鼻を噛まれて、さらに私よりも年下らしい女の子にぽかぽか頭を叩かれて成す術もない姿に改めて呆気に取られた。

 

「(……もしかして、アレがそうなの? ううん、きっと他人違いよ。アバターが違うのは仕方ないけど、私の知る彼は、もっとこう…………)」

 

 こう、目の前の現実を否定しようとして思い出そうとするけれど、なんでか私の知る彼と目の前の彼が一致してしまってはっきりと否定できない。

 おまけにGGOとかミストとか知っている単語が出てきたし、あとおまけに私の名前まで出ていたし……人違い、で済むレベルじゃない……と思う。

 いえ、待って。そうじゃなくて、そうじゃなくて…………彼女?

 

「あの……」

 

 躊躇したものの、恐る恐る声をかけてみる。けれど揉めている2人にはまったく耳に入っていないようだった。

 

「……あの! ちょっと!」

「なんですか! 今取り込み中なんですけど!」

「生憎だけど、こっちも用事があるの。もしかして、もしかしなくてもクラウドよね?」

「……もしかして、シノン?」

 

 私の存在にようやく気がついて、2人はようやくこっちに注目してくれた。

 そして、GGOでの彼の名前に反応した事と、私の名前を口にしたことでようやく確信する。

 ああ……間違いなく私の知っている人だと。

 

 

「えっと、彼女はシリカ。キリト達と同じSAO生還者で俺の恋人。そんでもって俺の頭を執拗に叩いているのがフェザーリドラのピナさん。シリカがテイムしたモンスター……です。シリカ、彼女はシノン。GGOで俺とコンビを組んでいるスナイパー」

「……はじめまして。シリカです」

「……シノンよ。よろしく」

 

 あの場では目立つからと言う事で私たちはカフェに場所を移し、クラウドの紹介の後改めてお互いに自己紹介をする。

 彼女と私が向かい合って、その間の席にクラウドが座って、その頭上にはピナが執拗に前脚でクラウドの頭を叩いて鳴いていた。

 

「――単刀直入に聞きます。シノンさんはミストさんとはどういったご関係なんですか?」

 

 ……シリカは疑念の眼差しを私に向けながら、バッサリと切り込んできた。隣のクラウドが一瞬顔を青ざめる。

 

「いや、だからさっき言ったとおり、シノンとはGGOでコンビを組んでいる相棒ってだけで……」

「ミストさんは黙っていてください」

「……はい」

「答えてください。ただの相棒ってだけなら、あんな中継が回っている状況でキスなんてしないですよね」

 

 ぴしゃりと言い返されて蚊の鳴くような細い声で答えて小さくなるクラウドを尻目に、シリカは真っ直ぐに私の目を見ながらそう尋ねた。

 2人の言い分は、確かに正しいわ。クラウドは私に対してただ相棒と思っていて、シリカの言うとおりただの相棒ってだけならあの状況でキスなんてしないから。

 ……なんだろう、この胸がモヤモヤする感じ。ううん、分かってる。私は――

 

「――――そうね、少なくとも私は、クラウドの事をただの相棒以上に好意の対象として見ているわ。はっきり言って――――クラウドの事が好き」

 

 隠すつもりなんてないし、負けたくもない。だからはっきりとその気持ちを私は口にする。

 その言葉を聞いて口を半開きにして固まるクラウド。シリカも絶句して固まっていた。

 

「……ぁ、え……? シノンさん? それは何の冗談ですか?」

「少なくとも私は本気よ。――それに私、クラウドに抱かれたわ(ステルベンから逃げる時とか色々な意味で)」

「ファッ!?」

「だっ!?」

 

 あえて大事な部分を言わずに言うと、2人揃って大声を上げた。

 

「シッ、シシシシノンッ!? おまっ、え、何言ってんの!?!?」

「薄情ね、あの時の事を覚えてないの?」

「ミッ、ミィーッ! ミースートーさぁーんっ!!!!!」

「待ってシリカ! これは本当に身に覚えがないしそんな事してないんだって! いたっ、いたたたピナさん突かないでやめていたい!」

『きゅきゅーっ!』

 

 ……案の定2人は大騒ぎを始めて、その光景を見て私はしてやったり、と内心ほくそ笑む。

 クラウドに恋人が居るって知って、2人の関係が確かに友達以上だって分かって……私は嫉妬して、ついあんな誤解を招くような事を言ってしまった。

 

「したわよ――スティーブンから逃げる時に、動けない私を抱き抱えたじゃない」

 

 だけどこれ以上誤解が続かない内に、私は早々に真相を打ち明けた。

 ネタばらしされて2人は一瞬停止して、そのまま派手な音と共に揃ってずっこける。

 

「シ、シノン、お前……人が悪すぎるぞ……」

「そう? けど嘘は言っていないわ。私の気持ちも、ね」

「い、いやお前……」

 

 倒れたイスを立て直し、げんなりとしながら突っ込むクラウドに私は冷ややかに答える。

 大体、恋人がいるって言っていなかったクラウドにも責任があるわよ。もし、知っていたら……。

 知っていたら……どうだろう? その時私はすんなり諦める事ができたの?

 分からない……けど、誰かのために自分に出来る無理をやっている姿を見ていたら、やっぱり惹かれていたかもしれない。

 

「好きって……ミストさんの事を知った上で、本当に言っているんですか? それは」

「私は……クラウドの事をほとんど知らないわ。精々リアルの名前とか、SAOでの過ちとか……その程度しか聞いていない。でも彼は話してくれると言ったし、私もそれを知りたいと思ってる」

「ミストさん……本当に良いんですか?」

 

 その言葉と共に、シリカは気遣うようにクラウドを見やった。

 あんなに罵倒していたのに……ううん。大切だから、本当に好きだからあんな風に言っただけで、誰よりも彼女はクラウドの事が……そして同じように、クラウドも。

 当の本人は少し困ったように頬を掻いて、少し間を置いて口を開く。

 

「……全部話すって、約束したからな。でもシノン、本当に良いのか? 正直に言ってこれは、話した所で信じてもらえるような内容じゃないんだし」

「だけどその話を、貴方たちは信じているんでしょう? なら、私も知りたい。クラウドの事を、全部」

 

 クラウドの目をまっすぐに見ながら、はっきりと答えた。

 洞窟での話から、クラウドは何かとてつもない秘密を抱えているんじゃないか……と言うのは薄々感づいていたから、聞く覚悟はあるつもりだった。

 私の決意の固さを分かってもらえたのか、クラウドはやれやれと嘆息する。

 

「分かった。そう言うわけだからいいよな、シリカ」

「……分かりました。ミストさんがそう決めたなら、あたしも一緒に説明します」

 

 

 ――2人の話を全て聞き終えて、私は言葉を失った。

 覚悟はしていた。していたつもりだった。だけど2人から聞かされた内容は想像を遥かに上を行く内容で、私の覚悟なんかあっさり超えてしまった。

 

「クラウドは本当に、別の世界の人間で……今は電脳、なの……?」

「そうなんだってさ。信じられないだろうけどな」

 

 そんな壮絶な話をしたというのに、クラウドは他人事みたいに注文したドリンクを飲んでいる。

 確かに……確かに、突然そんな話をされても信じるのは難しい。でも私は不思議とその話を受け入れて、信じられていた。

 それは多分、洞窟でのやり取りで断片的にだけど感じ取っていたから。

 だからあの時、キリトはクラウドに悔いるように言っていたんだ。

 

『当たり前だろう。もっと早く知っていればあんな事にならなかったかもしれないのに……!』

 

「……ごめんなさい。私、何も知らないでクラウドに酷い事言った」

「ん? なんか言ったっけ?」

「っ……あの時言ったじゃない、『そんな私のまま生き続けるなら、死んだ方がいい』とか、『何もできないくせに、勝手な事言わないで』とか……他にもたくさん。クラウドはそれを知っていたから言ったんでしょう。なのに、私……」

 

 ――『――仮想現実(ここ)が俺にとっての現実(リアル)だから』その言葉の意味をようやく理解して、私は激しく後悔していた。

 クラウドにとってはこの世界が自分にとっての現実で、私たちの現実には手が届かないから、あの時あんな風に笑っていたんだ。知らず知らずの内に私は、クラウドのことをたくさん傷つけていて……。

 

「あー、言ってたな、確かに。でもシノンが気にすることじゃない」

「けど……!」

「多分だけど、これでもまだ救いがあるほうだと思うんだ、俺は。あんなことをやらかして、それでそのまま消えてもおかしくなかったのに、俺はこうしてここに存在できている。あんな事をやって、人じゃなくなっていても、それでも仲間だって受け入れてくれる人たちがいる。それに――こんな俺を、それでも好きだって言ってくれる人も」

 

 その言葉と共に照れくさそうにはにかむクラウド。

 クラウドも彼女も本当にお互いがお互いの事を大切に思っているのが分かった。

 確かに、そんな事になってもクラウドの事をはっきりと好きだって言えるシリカは……正直に凄いと思うし、羨ましい。

 これは…勝てそうにないのかな……って少しだけ思った。それくらい、2人の結びつきは強いから。

 

「(でも、本当に諦められるの?)」

 

 自分自身にそう問いかける。

 確かにクラウドの話は衝撃を受けた。現実世界に彼が存在しない事も驚いた。

 だけどそんな事で、クラウドの事が好きという気持ちが消えるほど私の気持ちは――弱く、ない。

 

「――まー、そう言う事だからさ、シノンの気持ちは嬉しいけど俺なんかよりも他の男を捜すほうが良いって。あ、けどクラインって奴だけは止めておけ、それは全力で阻止するから……」

「……勝手に決めないでよ」

「え?」

「勝手に決めないで……そう言ったのよ」

 

 一瞬きょとんと呆然とした顔を浮かべるクラウドに、私は自分を鼓舞するように席を立つと顔を上げ、はっきり自分の気持ちを口にした。

 

「それが何だって言うのよ、クラウドの昔に何があっても私の気持ちは変わってないわ。たとえ他に好きな人がいても、私ははっきり言える。私は、クラウドの事が好きだって」

「「………………」」

 

 私の告白にクラウドとシリカは口を半開きにしたまま呆然としていた。

 もしそれであっさり萎えたのなら、それはきっと本当の『好き』じゃないと私は思う。

 クラウドがどんな姿になっていたとしても……人じゃなくなっていたとしても……それでも私の気持ちは変わらなくて、やっぱり好きな気持ちは変わらないんだ。

 

「それに……忘れたのクラウド? 私はしつこいんだって」

「そっ……それは骨身に染みてんむっ!?」

「なぁっ!?」

 

 冷や汗を掻きながら同意しようとしたクラウドの肩を掴んで引き寄せ、私も身を乗り出して顔を近づけ、そのままの勢いで彼の唇に私のそれを重ね合う。

 すぐ傍でシリカの悲鳴みたいな驚きの声が聞こえたけど、それも承知の上だった。

 目を閉じていたからクラウドがどんな顔をしているのかは分からない。けど数秒と経たない内に私はゆっくりとクラウドから顔を離して、目をゆっくりと開けると驚きのあまり彼は固まっていた。

 

「…………だからこれは、宣戦布告。隙あらば狙い撃つから、覚悟してね?」

「あ、う…………」

 

 突然の出来事に頭が真っ白になっているであろう彼に向けて、私は微笑みかけた。

 

「な――なぁに言ってるんですかああああっ!」

「なにって、見てのとおり宣戦布告よ」

 

 ようやく復帰したシリカがその尻尾を立てて叫ぶ。それに対し私はごく自然に返すと、そのまま流れるようにクラウドの腕を自分の腕に絡ませる。

 

「ミ、ミストさんはあたしと付き合ってるんですよ! 人の彼氏を横取りって何ですか! 宣戦布告なんて意味ないです! ノーカンです! ノーカン!」

「そう? 案外付け入る隙は結構あるみたいだけど……こんな風にね」

「だ、ダメですっ! そんなの絶対にダメですー!」

 

 まさか諦めなかったとは彼女も思っていなかったみたいで、思いっきり慌てふためきながら反対側のクラウドの腕にしがみついた。

 

「大体なんですか、黙って聞いていればクラウドクラウドって! ミストさんはそんな名前じゃないですよ!」

「私にとってはクラウドはクラウドよ。ああ、それともクラウドの本当の名前の事? それだって知ってるわ。それとあなたがどれだけクラウドの事が好きでも、私も負けないし諦めるつもりはないから」

「あ、あたしだってミストさんが好きな気持ちは誰にも負けないです! それに、ミストさんとの思い出だってたっっっっっくさんあるんですよ!」

「だったら私だって、あなたが知らないクラウドとのGGOでの思い出がたっくさんあるわよ!」

「「むむむむむ……!」」

 

 クラウドを挟んでお互いを睨み合い、見えない火花が飛び散る。それを見て今まで私たちを遠巻きに見ていた客たちは、怯えて次々に店から逃げ出していった。

 しばらくの間睨み合いが続いたけれど、ほぼ同時に呆然としているクラウドに目を向けた。

 

「クラウドも黙ってないで何とか言って!」

「ミストさんも黙ってないで何とか言ってください!」

「――――へぁっ!?」

 

 それまで意識が飛んでいたらしいクラウドは私たちの声でようやく我に返って、左右から密着している私たちを見て自分の置かれている状況にやっと気づいて慌てふためく。

 

「う゛ぇぇっ!? 何やってんの2人とも!?」

「ミストさんはあたしが好きなんですよね、そうですよねっ!?」

「迷惑かもしれないって分かってる。でもこの気持ちは本物だって信じて欲しいの、クラウド!」

「…………これがキャットファイトってや「「逃避しない!」」ピギィ!?」

 

 (仮想世界だけど)現実から目を逸らそうとしたクラウドに対し、私たちは同時に突っ込んだ。

 2人から叱られてミストは怯えて逃げ出そうとする。

 だけど席を立とうとしても両側から私たちに抱きつかれたままで立ち上がれず……

 

「うぁっ――!」

「ひゃあっ!?」

「きゃっ……!」

 

 私たちもクラウドの動きに反応できず、イスごとひっくり返るクラウドに巻き込まれ、そのままもつれるように私たちも倒れこんでしまう。

 ドタンッ、と大きな音が鳴ったけど、その割りに衝撃は少なくて不思議に思って目を開ける。見ると私とシリカに下敷きにされているクラウドが呻いていた。

 

「う、ぐぅ……ふ、ふたり、とも……」

「な、なんですかっ!?」

「何が言いたいの!?」

 

 呼ばれて、ずいっとクラウドに顔を近づけた。すると彼はゆっくりと目を細めてこっちを見て――

 

「お……っもい「「重くないっ!!!」」ピギャアッ!」

 

 たいっっっへん失礼な事を呟いたため、シリカが顔面に1発、私が腹に1発ずつの計2発の鉄拳制裁が炸裂して、無防備だったクラウドは奇妙な悲鳴を上げて撃沈する。

 

 

 ……結局、クラウドの答えはあやふやなままお預けになって、私とシリカは「最大のライバル」と言う関係に収まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Next Episode......

 

「そうだな。――【テラー・オブ・ジェネシス】……とかかな」

 

 時は流れて年末。キリトの召集で(エギルを除く)いつもの面々が集まる事に。

 

 目指すは地下世界ヨツンヘイム。目的は空中ダンジョン最下層にある【聖剣エクスキャリバー】!

 

「しっかし、相変わらず脳筋ばっかのパーティーだよなぁ」

「それ、お前にも言えることだろクライン」

 

 魔法スキルをほとんど上げていない物理特化が大半のせいで序盤から大苦戦するハメに!?

 

「……なあ、やっぱりメイジ1人居ないと辛いと思うんだが」

「同感……」

 

 おまけにクエストに失敗したらアルヴヘイムどころかALOそのものが消滅するという一大事に!?

 

「責任重大じゃねーか! なに考えてんだよカーディナルは!」

 

 果たして、ALOの運命は? 【エクスキャリバー】は獲得できるのか!?

 

 次章、『キャリバー』!

 

 

「「「おーとこーぎジャーンケン、ジャンケンホイッ!!!」」」




これにてファントム・バレット編は終了です。いや、長かったなぁ……(白目

まあまだあるんですけどね。次回とその次も。


あ、そう言えばオーディナル・スケール観てきました。先月末に(今更!

ネタバレになるので内容は伏せますが、こちらでもやるかどうかはまだ未定ですねぇ……最後のシーンははやばかった、本当に。



それじゃあ次回、いつになるかは未定ですがしれーっと上がっていることもありえますので気が向いた時にでもまた読んでください。それでわー


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キャリバー編
第1話 ネコもトラも同じネコ科動物


やー、大変長らくお待たせしました。ついにキャリバー編開始というか、もう9割出来上がったんで祭りをおっぱじめたいと思います。

ちなみにこれは予約投稿なんですが、投稿する前に映画のチケット予約しようとして上映時間が8:15の1本しかないことに絶望しています。電車の時間考えて6時起きじゃなきゃ間に合わんわ……(白目

ってーことでちょっくらBe The One観に行ってきま……いや、これ公開された時点だと見てきたんだな、うん。


第1話

 

 

 2025年 12月28日 GGO内山岳フィールド内

 

「だぁークソッ! これだけ撃ってなんで当たらねーんだよ!?」

「文句言ってないで撃ちまくれ!――やべェこっちにき――ぐァッ!」

 

 銃火に交じって聞こえる悲鳴のような叫びの中を駆け抜け、目にも留まらぬ速度で握った光剣を振るう。

 灰色の軌跡を伴って繰り出された光刃は相手プレイヤーの持っていたアサルトライフルごと胴体を断ち、そのまま背後へと駆け抜けていく。

 ほぼ360度から向けられる予測線。銃口が火を噴くが一気に加速して離脱し、そのまま次々と各個撃破。

 

「(残り2人、と)」

 

 瞬時に残存する相手プレイヤーを把握し、残りを片付けようと間合いを詰める。と、残り2人は持っていたサブマシンガンを捨てて懐からそれぞれ金属の棒を取り出した。アレは――

 

「っと」

 

 出力された光刃を紙一重でかわす。残り2人は光剣もサイドに持っていたらしい。やれやれ……。

 

「2人がかりなら、たとえBoB優勝者でもあべしゅっ!」

「ひえっ!?」

 

 意気込む1人に問答無用でサブマシンガンのフルオートを叩きこむ。しかも顔面に、全弾。

 顔面を穴だらけにしてひっくり返った仲間の無残な姿に、残った1人は小さな悲鳴を上げて持っていた光剣を落として後ずさった。俺はサブマシンガンをホルスターに戻して、相手が落とした光剣を拾い上げる。リュウガG1か……ショップ販売の光剣じゃ最安値の初心者用じゃないか。

 拾った光剣を見ながら軽く振り回す。振るう度にブォンブォンと低い駆動音を鳴らすそれを、持主は顔を青くして見ていた。まあ、残像発生させるくらい高速で振り回しているのにケロッとしてる俺を見ていたらそうなるか。

 

「…………にこっ」

「………に、にこっ」

 

 目が合って、にっこりと笑いかける。すると向こうも若干引きつり気味で笑い返してきた。

 で、一切の慈悲無くリュウガG1で滅多斬りにして倒した。

 

「ふぃー」

 

 敵勢力殲滅、生存者無し……と。やっぱりソロでPvPやるのは骨が折れるなぁ。

 

「しっかし、誰も彼もが真似しようとしてまぁ……」

 

 第3回BoBで光剣を使っていた俺とキリトは一躍時の人となった。その結果、現在BoBでは光剣を使うプレイヤーがウナギ登りで急増している。

 だがまあ、光剣とか高周波ブレードとか、そう言った超近距離でしか機能しない武器は射撃武器持ちから見れば格好のカモであって……使いこなせている人間は全くと言っていいほどいない。シノンからも教えてくれと頼まれたものの、そもそも俺たちはSAO時代から使っていた上に各々超人レベルのプレイヤースキルで弾を斬り払っているわけで、まあしばらくすればブームも過ぎるだろう。

 ブームに乗っている間は精々稼がせてもらおうか。光剣って高いから売ると結構な額になるし。

 

「んあ? シノンからメールだ」

 

 ドロップしたアイテムリストを確認していた時、メッセージ受信アイコンが表示された。アイテムリストを表示しているウインドウを消して、メッセージアイコンをタップすると内容が表示される。

 

『リーファから伝言よ。お昼頃に皆でALOでクエストをやろうって誘われたんだけど、クラウドも来ない? イグドラシルシティのリズのお店に集合なんだけど』

 

 ふむ……ALOのクエストか。何やるんだろ? それにしてもシノンさん、ALOにがっつり嵌まってますね。

 この後街に戻って戦利品を売っぱらうけど、その後は特に決めていなかったし……結構稼げたし、ALOに行ってみるか。

 

『おk。この後特に予定ないし、俺も行くわ。んじゃ向こうで』

 

「送信……と」

 

 確認画面を押してメッセージを送る。

 さてじゃあ、街に戻って売ってからALOに行くかねぇ……のんびり考えながら俺は街に踵を向けて歩いて行った。

 

 

 その後、ドロップ品の売却や弾薬等のアイテム類の補充をしてからセーブし、ALOに行くと俺が最後だったようで、リズの店にはほぼ全員揃っていた。

 話を聞くと、《聖剣エクスキャリバー》がついに他のプレイヤーに発見されたらしく、先を越されちゃならんと言うわけで急遽人を集めることにしたらしい。

 現在、アスナとリーファとユイちゃんはポーションなどのアイテム類を買い出しに、リズは全員分の武器の耐久値を回復させるべく工房で作業中。

 で、残ったメンツはと言うと……。

 

「ぷっはぁ~!」

「昼間っから酒かよクライン……」

「会社はもう昨日から休みなんだし、い~だろうがよ。社長の野郎「年末年始に1週間も休みがあるんだから、ウチは超ホワイト企業だ」、とか自慢しやがってよ!」

「この後クエスト行くんだろ。飲みすぎて酩酊状態になったら置いてくからなー」

「へっ! この程度で潰れるクライン様じゃねぇっての! おうキリの字よ、もし今日上手いこと《エクスキャリバー》が手に入ったら、俺様のために《霊刀カグツチ》取りに行くの手伝えよ!」

「えぇ~……あのダンジョンクソ暑いじゃん……」

「それを言うなら今日行くヨツンヘイムはクソ寒いだろうが!」

 

 確か《カグツチ》って溶岩噴き出る火山ダンジョンの奥にあるんだっけか。あれ、なんかデジャヴュったぞ。

 するとクラインに触発されでもしたのか、俺の右隣に座っていたシノンがおもむろに口を開いた。

 

「あ。じゃあ私もアレ欲しい。《光弓シェキナー》」

「キ…キャラ作って2週間で伝説級武器かよ……」

「リズの作ってくれた弓もステキだけど、出来ればもう少し射程が……」

「あのねぇ……この世界の弓ってのは精々槍以上魔法以下の距離で使う武器なの。100メートル離れた所から狙おうとするのはシノンくらいよ」

「ふふっ……欲を言えばその倍の射程は欲しいところね」

「……して、本心は」

「やっぱり500メートル以上は最低でも欲しいわ」

 

 それもう弓の射程じゃないだろ。そりゃ確かに、シノンはGGOで1000メートル以上離れた目標への狙撃を普段からやってるけど。見ろ、リズも呆れてるじゃないか。

 

「《シェキナー》を取りに行く時は……もちろんクラウドも手伝ってくれるでしょ?」

「え? いや、そりゃあ……」

 

 「もちろん」……特に深く考えもせずに肯定しようとするが、それを俺の左隣にいたシリカの声が割り込んだ。

 

「ああー! それならあたしは《自在剣フラガラック》が欲しいです! ミストさん、今度一緒に取りに行きましょう!」

「う、うん…? 別に良いけど……」

「……………(ふふん)」

「……………(ぢー…)」

 

 顔を寄せて頼みこんできたシリカに若干驚いて引きつつも、そのお願いを引き受けた。すると勝ち誇ったようにシノンにドヤ顔を浮かべ、それを見たシノンは不服そうに半眼で俺を睨みつける。

 バチバチと俺の前で火花を散らす2人に、またか……とがっくりと肩を落とした。

 知り合って以来、2人はこうやって(主に俺絡みで)頻繁に火花を散らせている。何このキャットファイト。ネコだけに。

 で、それを眺めるクラインはニヤニヤしながら酒瓶を傾けて、キリトは同情するように苦笑いしていた。助けてくれ友よ。

 

「けっ! 両手に花なんだからそれくらい辛抱しろってんだ」

「キリトといいミストといい、何をどうやったらこうなるんだか……」

「あれ……さり気なく俺も巻き込まれてないかリズ」

「ちくせう……お前ら他人事だと思って……」

 

 なんて薄情な奴らだ。仲間が困っている時は助けてあげるのが人情ってものじゃないのか。

 

「自業自得でしょ」

「ははっ……ドンマイミスト。取りに行く時は俺も手伝ってやるからさ。ミストも何か欲しい武器があったら手伝うぞ」

 

 それはキリトなりに最大の助け船なんだろう。この気持ちを分かってくれるのはお前くらいだよ……。

 けどそれはそれとして、欲しい武器……かぁ。特にこれと言って欲しいって奴は浮かばないな。別段今使っている剣でも十分だし。

 んー、だからと言ってここで「特に何も」って答えるのも……特にからかってきた2人をギャフンと言わせたいし。……あっ、そうだ。

 

「遠慮しなくても良いんだぞ、何かないのか?」

「そうだな。――《テラー・オブ・ジェネシス》……とかかな」

 

 瞬間、場の空気が一瞬凍った。

 さっきまでニヤニヤ笑っていたクラインやリズ……そして訊いてきたキリトや隣に座るシリカすらも、その名を聞いてギクリと一瞬顔を引き攣らせる。

 ただ1人、みんなが凍った理由が分からないシノンだけがきょとんと不思議そうに全員を一瞥していた。

 

「……どうしたの、みんな? その《テラー・オブ・ジェネシス》……がどうかした?」

「《テラー・オブ・ジェネシス》は俺がSAOで最後に使っていた剣だ。俺はそいつでキリトと戦ったのさ。……もっとも今のは冗談だけど」

 

 唯一事情を知らないシノンに説明しながら、同時におどけたように肩を竦める。それを聞いて一同は心なしかほっとしたように見えた。

 

「ま……まったく、悪い冗談だぜミスト」

「へーんだ、からかったからやり返しただけだってーの。第一、アレが今のアインクラッドにあるはずないだろ。そもそも最上層が実装されていないし、実装されても入ってないさ」

 

 言ってしまえば《テラー・オブ・ジェネシス》は隠し武器のような存在で、恐らく本来のアインクラッドには入っていない武器だっただろう。それと同時にドロップするエネミー――つまり裏ボスのミネルヴァのことだ――だって組み込まれてなかったはずだ。

 元々ラスボスになったヒースクリフを倒すための最後の切り札として用意されていたんだし、もう世に出ることは無いだろう。

 

「たっだいまー!」

「お待たせー」

 

 と、ナイスタイミングと呼ぶべきか買い出しに行っていた3人が戻ってきた。アスナとリーファがカゴ一杯のポーション類をテーブルに並べていると、ユイちゃんがふわりと飛んでキリトの頭の上に腰を下ろす。

 

「買い物ついでに少し情報収集してきたのですが、まだあの空中ダンジョンに到達できたプレイヤー、またはパーティーは存在しないようです、パパ」

「へぇ……じゃあなんで《エクスキャリバー》のある場所が分かったんだろ」

「それがどうやら、私たちが発見したトンキーさんのクエストとは別種のクエストが見つかったようなのです。その報酬として、NPCが提示したのが《エクスキャリバー》だった…と言うことらしいです」

 

 へぇー、《エクスキャリバー》を入手できるクエストって複数あったのか。……ん? そう言うモンなのか?

 ユイちゃんの話を聞いてちょっと首を傾げていると、話を引き継いだアスナが少し困ったように口を開く。

 

「しかもそれ……あんまり平和なクエストじゃなさそうなのよ。お使い系や護衛系じゃなくて、モンスターを何匹以上倒せって言うスローター系。おかげで今、ヨツンヘイムはポップの取り合いで殺伐としているって」

「……そりゃぁ確かに、穏やかじゃないな」

「でもよぉ、ヘンじゃね? 《聖剣エクスキャリバー》ってのは、おっそろしい邪神がウジャウジャいる空中ダンジョンのいっちゃん奥に封印されてるんだろ? それをNPCが、クエの報酬に提示するってどう言うこった?」

「……言われてみればそうですね。ダンジョンまで移動させてくれるだけって言うなら分かりますけど」

 

 だよなぁ……とクラインとシリカの疑問に俺も相槌を打った。

 けどダンジョンまでの移動ならキリトとリーファがやったって言うイベントをやればいいし、わざわざ作るか?

 

「ま、行ってみれば分かるわよ、きっと」

 

 考えこもうとするも、シノンの素っ気ない一言がそれを阻む。

 まあ確かに、この場であれこれ考えていても分かるはずもないけどさ。

 とその時、メンテナンスを終えたリズが両手で全員分の武器を抱えて声を上げた。

 

「よーし! 全武器フル回復ー!」

 

 リズから武器を受け取り、異口同音に「お疲れ」と礼を言う。

 俺も礼を言いつつ装備を受け取り、左手にリベットを打ちつけたナックルを巻きつけ、腰に片手用直剣を差した。

 そして分配されたポーションを受け取り、ポーチに収納して準備は完了と。

 

「しっかし、相変わらず脳筋ばっかのパーティーだよなぁ」

「それ、お前にも言えることだろクライン」

「そうよ。だったらアンタが魔法スキル上げなさいよ」

 

 クラインの指摘に突っ込みを入れると、リズも俺に同調する。

 この中で魔法スキルを上げているのはアスナ、リーファ、シリカ、シノン、俺。とは言っても全員支援やら補助やらがメインで、いわゆる攻撃魔法を得意とするメイジポジションはギリギリ俺だけだ。かく言う俺も基本的には白兵戦メインだけど。

 

「はんっ! ヤなこった。サムライたるもの、『魔』のついたスキルは取らねぇ、取っちゃなんねぇ!」

「あのねぇ……大昔からRPGのサムライって言えば、ミストみたいな戦士+黒魔法なクラスなのよ」

「けっ! 魔法使うなら刀折ってサムライ辞めてやんぜ」

 

 おーおー、言い切ったよクライン。いや、俺は別に大昔からのRPGのサムライに憧れてたわけじゃないけど。単純に魔法剣士が良かったからってだけだし。

 呆れ笑いしていると、話を聞いたシリカが振り返ってショッキングな事を呟いた。

 

「でもクラインさん、この間炎属性のソードスキル使ってましたよね。アレって半分魔法だったと思いますけど」

「うえぇっ!?」

「「ふぅん?」」

 

 思いっきりうろたえるクライン。そして俺とリズは同時に悪い顔を浮かべる。

 しかもそれに追い打ちをかけるように、ユイちゃんが詳しく説明してくれた。

 

「シリカさんの言う通りです。5月のアップデートでALOにもソードスキルが実装されて、上級スキルには物理属性の他に6つの魔法属性を備えていますよ」

「アイエエエ……そ、そうだっけ……?」

「クライ~ン? 『魔法使うなら刀折ってサムライ辞める』んだったっけぇ~?」

「武士の情けって奴だクライン。ほら、介錯してやるからさ?――刀を出せぃ」

 

 両サイドから俺たちに脅され、クラインは顔を青くして自分の刀を抱き抱えてキリトに泣きつく。

 

「キ、キリの字ぃ~!」

「ソードスキルは呪文唱えないんだし……ここはノーカンってことで」

「……だってよリズ。どうするよ?」

「しょーがないなあ」

 

 キリトにフォローされ、リズはあっさり引き下がった。そもそも本気でやるつもりは無かったんだろうし。俺? 俺はまぁ……ご想像にお任せします。

 

「みんな、今日は急な呼び出しに応じてくれてありがとう。このお礼は、いつか必ず精神的に! それじゃ――いっちょがんばろう!」

『おーっ!』

 

 キリトの挨拶に全員が応じ、リズの店を後にした。

 

 

 地下世界ヨツンヘイムへ行くにはいくつかルートがあるが、あまり知られていない最短ルートが1つある。

 アルン市街から地下世界に繋がるトンネルがそれであり、敵と遭遇することなく安全かつ迅速にヨツンヘイムへ行くことが出来た。

 ただ……その階段と言うのが結構長い。長いったら長い。もしこれが現実にあったなら往復したら翌日筋肉痛に苦しむってレベル。

 

「うわ~! いったい何段あるのコレぇ!?」

「うーん……新アインクラッドの迷宮区タワー1個分くらいはあったかなぁ……?」

 

 そんな階段にうんざりしたリズがぼやくと、何度かここを使った事があるリーファがそれに答えた。

 アインクラッドの迷宮区タワー1個分ってかなりの長さがあるぞ……おまけに道中あるのは階段と松明のみだし確実に飽きる。

 

「あのな、通常ルートならヨツンヘイムまで最速でも2時間かかる所を、ここを降りれば5分だぞ。文句を言わずに1段1段感謝の心を込めながら降りたまえ、諸君」

「アンタが作ったわけじゃないでしょ」

 

 なんでキリトが偉そうなんだよ。と言う全員の突っ込みを代わりにしたシノン。だがしかし、次の瞬間「フニャァッ!!!」とネコみたいな叫び声が響いた。

 一体何かと見てみると、キリトがシノンの尻尾を強く握っていて、それに驚いたシノンがさっきの鳴き声を出したらしい。

 猫妖精族と他の種族との明確な違いはやっぱりネコミミとネコしっぽだろう。しかもこれは飾りではなく実際に感覚があるらしい。本人たち曰く「ヘンな感じ」らしくあまり触れられたくないそうだ。

 怒ったシノンは振り返ってキリトを引っ掻こうとするが、キリトは悠々と避ける。

 

「アンタ! 次やったら鼻の穴に火矢ブッ込むからねっ!!!」

 

 般若の如き形相のシノンにキリトは愛想笑いでごまかしている。ヤムチャ――じゃない、無茶しやがって……後ろから撃たれないように気をつけるんだな。シノン執念深いから。

 ……しっかし、さっきシノンの声……。

 

「ぷ……っ、くっくく……「フニャァッ!」って、あのシノンがあんなネコみたいな……ぶふっ!」

「――そう、クラウドは今がお望みみたいね」

「はっ!?」

 

 さっきのシノンを思い出し、思い出し笑いが出てしまった。

 だがそれが聞かれてしまい、氷のような冷たい声にはっとなる。

 顔を俯かせ、静かに腕を掲げて爪を立てるシノン。その姿に顔を引き攣らせ、誰かに助けてもらおうとするもみんな揃って知らん顔された。薄情な奴らめ!

 

「ミストさん……」

「シリカッ、良かった! 助けて――」

「なんで彼女以外の人とイチャイチャしてるんですか……!?」

「う゛ぇえっ!?」

 

 唯一見捨てて無かった(と思われた)シリカに安堵するも一転。彼女は大変お怒りでした! アレをイチャイチャしているとみなされるんですか!?

 振り返ったシリカも同じように爪を立てている姿に思わず後ずさるも、退路はブロックが既にシノン!(錯乱)

 

「ミストくん、ここでダメージを負っても回復しないから自己責任でね」

「鬼ですかアスナさんや! あちょ、あぶ、あばばぁっ!? ああピナお前もそれシャレになんなっ、ひぇっ!? ひ――ひゃああああああ!!!!」




ステイステイステイステイ! まだだ、まだ攻め込むには早いぜお前ら! もっと人と武器を集めておけ!(盛大な煽り

いやー、ビルド何度か見ようかと思ったけど1日1本は辛いから無理だわ(白目


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第2話 男気を見せる時

男にはどうしても譲れない時がある(逆転負けフラグ


第2話 男気を見せる時

 

 

「ぜぇー、ぜぇー、ぜぇー、ぜぇー……」

 

 何故俺はクエスト前から疲労困憊になってるんでしょうか……自業自得なんですよね知ってる。

 シノンとシリカ(そしてピナ)に襲いかかられ、死に物狂いで階段を駆け降りた先で俺は疲れ果てて四つん這いになっていた。

 

「すばしっこい……わね……」

「けどここが……終点です……よ……」

 

 だけど疲れてるのは向こうも同じなようで、言葉とは裏腹に2人とも肩で息をしているのがやっとの状態だった。

 しかし出た先は切り立った崖……ヨツンヘイムは飛行が出来ないから逃げ道が無い……あかん(虚ろ目)。

 

「ま……まあまあ2人とも。今は《エクスキャリバー》を手に入れるって言う大事な目的があるんだから、ここは穏便に……な?」

 

 もはやこれまでと諦めそうになった時、遅れて来たキリトが俺たちの間に割って入りながらシリカたちを宥めようとしてくれる。

 ……ただ、かなりおっかなびっくりしているようで引きつった笑みを浮かべているが。

 

「……仕方ないわね」

「今回はキリトさんに免じて、許してあげます」

 

 キリトの説得に2人は一応引き下がってくれたようだが、まだ文句を言いたそうに半眼で俺を見下ろしていた。

 引いてくれた2人に俺はほっとしながら、同じくほっとしたキリトの手を借りて立ち上がる。

 

「大丈夫か、ミスト?」

「正直このまま崖下に投げられるかと思った……」

「俺も冗談のつもりだったんだけど……なんか、ごめん、ほんとに」

 

 そう言えば事の発端ってシノンからかってたお前から始まって、俺に飛び火したんだよな……しかも最初から全身にガソリン撒かれたような状態で。フレンドリーファイアなんてシャレじゃ済まないっての……。

 

「これがGGOで最強と呼ばれた2人、ねぇ~……」

「キリトはともかく、ミストまでトップレベルって言うんだから、世の中分かんないもんよねぇ~」

 

 くっそう……クラインもリズも好き放題言いやがって。こっちだって好きで情けない格好晒してるわけじゃないのに……。

 なんとか言い返したかったもののこんな状況では何も返せず、俺はぐぬぬ……と唸るしかない。

 

「じゃあ凍結耐性の魔法掛けるね」

 

 こっちの漫才みたいなバカ騒ぎに笑いつつ、アスナが全員に支援バフを掛けてくれた後、リーファが勢いよく指笛を吹いた。

 すると遠くからゾウに似た鳴き声がリーファに応じるように響き、崖の下を覗くと下の方から……なんだ? ゾウ……いやクラゲ? とにかくなんかその2つを足して割ったしたような邪神がやってくる。

 

「トンキーさーん!」

 

 ユイちゃんの反応からするに、あれが噂の『トンキー』なんだろう。けどトンキーってなんだろ。テンキーは数字だし、○ンキーはゴリラだし……。

 

「ってデッカ!」

 

 が、名前の由来よりもトンキーが目の前までやってきてその巨大さに度肝を抜かれた。改めてその姿をよく見てみると足はクラゲみたいで、顔はゾウみたいに長い鼻と耳がある。けどとにかく大きい。邪神だから当然だが、長い鼻の太さが人間よりも太い。

 

「うっひゃぁ……初めて見たけど随分大きいんだな……」

「まあな。これだけ大きいから乗れる人数も……あ゛っ」

 

 大きさに感心していたら突然キリトが変なタイミングで唸った。なんだと思って顔を見ると、「あっちゃー」と失敗したように手で顔を覆っている。

 

「ん? どうしたキリの字よ」

「いや……大事なこと忘れてた。トンキーには人数制限があったんだ」

「――ああっ! そう言えばそうだった!」

「人数制限? 何人乗りなんだ?」

「……7人」

 

 申し訳なさそうに呟いたキリト。

 えっと、ここで今回のメンバーを確認してみよう。

 1、キリト。

 2、アスナ。

 3、リーファ。

 4、シリカ。

 5、リズ。

 6、クライン。

 7、シノン。

 8、俺(ミスト)。

 

「どう考えても人数オーバーです。本当にありがとうございました」

「わ、悪い……完全に失念してた……」

「お、おいおい、どうすんだ? ダンジョンにはトンキーが居ないと行けないんだろ?」

「う~ん……往復してダンジョンに行くしかないかなぁ」

 

 リーファの言う通りそれが無難だが……。

 

「それなら、私にいい考えがあります!」

「ユイちゃん、何かあるの?」

 

 全員で考えていた時、唐突にユイちゃんが自信満々に言った。

 ……けどなんだろう。それは失敗フラグにしか聞こえないのは。……はははいやまさかね。

 

「それは、ミストさんも私と同じようになればいいんです!」

「ファッ!?」

「えっ……それってつまり、どういう事……?」

「つまり、ミストさんもこのナビゲーションピクシーの姿になれば、人数制限もクリアー出来るんですよ! これで万事解決ですっ!」

 

 えっへんと鼻高らかに胸を張るユイちゃん。なるほど……いやちょっと待とうか!?

 

「えっと……本当に出来るのか? ユイ……」

「はいパパ。理論上ですが、ミストさんのような状態ならこの姿になる事も可能です!」

「いやいやいや! なれるとしても俺どうするのか全然知らないし、そもそも本当に出来るのか!?」

「出来ますよ! 実際にはデータを圧縮して小さくなっているように見せればいいわけで……」

「ごめんお兄さん全然分かんないよ!?」

 

 例え分かったとしてもやりたくないです! なんて言うか想像しただけで我ながらキモチワルイんですけど!

 

「キリトッ、クラインッ! お前らも俺の気持ち分かってくれるだろ!?」

「ま…まあな……」

「仮に俺でも出来たとしても……なんつーかよう? そもそもそんな需要ないだろ……」

「「需要はあるわ(あります)!」」

「「「…へ?」」」

 

 男たちの否定的な意見に対して、2つの声が反論した。

 

「えっと……シリカさん、シノンさん? お2人は一体何を仰ってるんでしょうか……?」

「だから、需要はありますよミストさんっ! 大丈夫です、ダンジョンに向かう間は私がちゃんと抱えてあげ――」

「シリカの所にはピナが居るから危ないでしょう? クラウドは私が守ってあげるから気にせず小さくなっていいわよ?」

 

 と、俺のピクシーモードを見たい熱烈な2人の主張。この2人には需要があったのか……。

 

「は? 何言ってるんですか、ピナだって無闇にミストさんに噛みついたりしませんよ。シノンさんこそ、うっかり間違えてミストさんを矢で飛ばしたりするんじゃないですか?」

『きゅいっ!』

「そんなイージーミスを私が犯すわけ無いでしょう?」

「だあっ! 2人とも喧嘩やめいっ! 誰がなんと言おうが俺はピクシーなんて拒否するっ!」

「「えー」」

「ぶーたれてもやりませんっ! そんなんだったらトンキーの足にしがみついてる方がマシだっ!」

「あ、それだったら大丈夫ですよ」

 

 ってあれ? 不満たらたらな2人に断固たる態度で反対していたら、徐にユイちゃんがオカシナコトを言った気がする。

 なんと言うか本能的に嫌な予感しかいないが……恐る恐る俺はもう1度聞き返した。

 

「あのー……ユイちゃんさん? 何が大丈夫なのでしょうか?」

「ですから、トンキーさんの足なら大丈夫ですよ。人数制限はあくまで背中に乗れる人数が、というだけで、それ以外の場所でしたらセーフです」

 

 と言っても裏技に近い方法ですけど……と付け加えるユイちゃんに対し、俺はというと呆然。

 思わず口に出した事とは言っても……本当にフラグ立てちゃったのか俺は!?

 

「……よしっ、お疲れ!」

「――逃がすかっ!」

「は、離せキリト! 俺は触手プレイなんて特殊ジャンルは趣味じゃないッッッ!」

「俺だって趣味じゃないわ! けど今回のクエストにはミストの力も必要なんだ! 大体、自分でトンキーの足にしがみつくって言ったじゃないか!」

 

 瞬時にその場から離脱しようとした俺を、行動を先読みしていたキリトが羽交い絞めにする。

 ええい! こんなの実際にフラグになるなんて分かるわけないだろっ! 誰が触手に掴まるか!

 

「ちょっと、そこのくんずほぐれつしてる2人ー。なんでもいいから早くしなさいよねー」

「くんずほぐれつとか言うなリズ! お前だって触手は嫌だろ!?」

「確かに嫌だけど、関係無いし」

「ハッキリバッサリ言いやがってぇ! それならキリト、お前がトンキーの触手に掴まれ!」

「絶対嫌だしお前が行け!」

 

 ぐぬぬ……なんと言う執念深さめ!

 

「よーしよし、落ち着けお前ら。そこまで言うならいっちょひと勝負で決めようじゃねぇか」

「勝負ぅ…?」

「おうよ。こう言う時は――ジャンケンだろ。勝った奴が()()を見せるんだ」

 

 だからってなんでジャンケンなんだよ……と揉める俺とキリトの仲裁に入ったクラインに突っ込もうと思ったが、ふと思い止まった。

 いや、待てよ……? 今の俺なら超ギリギリまで相手の手を見てから出しても後出しと気づかれないスピードで出す事が出来るんじゃないか? いや、うん。イケる。

 うむ……勝利は既に約束されたも同然じゃないか!

 え?「全力は出さないんじゃなかったのか」だって? 男にはどうしても譲れない物があるんだよ……。

 

「よっしその勝負乗った。泣き見ても知らないからなー」

「ほーう言ったなぁ? 終わってから「今のナシ!」とか言うなよ?」

「誰が言うか! 証人だって大勢いるんだしやんねーよ!」

「よっしゃ、そうこなくっちゃな! ほれキリトも、勝負すんだから離してやれって」

「……仕方ないなぁ」

 

 やれやれと呆れながらキリトは羽交い絞めを解き、それから俺たち男3人は輪になった。

 

「じゃあ、「男気ジャンケン、ジャンケンホイ」でやるからな」

「いつでも来やがれってんだ!」

「よし……」

 

「「「おーとこーぎジャーンケン、ジャンケンホイッ!」」」

 

 腕を振り下ろし、手を出そうとするその刹那。俺の視界が急激なまでにスローモーションとなる。

 ゆっくり振り下ろされる腕。キリトとクラインはパーを出そうとしているようだった。ならば選択はただ1つ――!

 

「で――えりゃああぁっ!」

 

 これが俺の渾身の一手――!

 

「………………」

「………………」

「…………ふっ」

 

 キリトとクラインの2人はやはりパー。そして俺はそれに勝つチョキ……!

 

「ヴィクトリーのV! はっはっは、悪いな2人とも俺は高みの上から見物させてもらう「うし、じゃあミストはトンキーの触手なー」ってなんでそうなんだよ!?」

「いや、だから言っただろ? 「勝った奴が男気を見せる」って。男気ジャンケンってそういうルールだろうがよ」

「男気……ジャンケン……」

 

 それって木曜21時にやっていたあの番組の……確か、勝ったら全員の支払いをするって言う……悪魔の企画……!

 

「は、図ったなクラインー!?」

「人聞き悪ぃ事言うなよなー。大体、「勝った奴が男気見せる」って最初に言っただろーがよ」

「ぬっ、ぐ……ぐぬぬぅ……ッ!」

 

 ええい、確かにその通りだが……! だからと言ってこのままだと触手プレイコース一直線になってしまう! 嫌だ! 俺は……掴まりたくないィイッ!

 

「見苦しいわよーミスト、時間がもったいないんだから観念してトンキーの触手に捕まりなさいよ」

「けどリズ、ミストくんこんなに嫌がってるし……2回に分けてトンキーに運んでもらわない?」

「何言ってんのよ、ミストが自分で言ったんじゃない。「トンキーの足にしがみついている方がマシだ」って。それが嫌ならピクシーモードになりなさいよ」

 

 なんとか場を収めようとするアスナだったが、リズがバッサリ切り捨ててしまった。

 ピクシーかトンキーの触手か……どっちも嫌なんだけど拒否して逃げ出すと言う選択も出来ないらしい。

 散々悩んで、散々唸って……考え抜いた末に、もうヤケになって吠えた。

 

「わーったよ! いーよ、こうなったらトンキーの触手に掴まってやる! うっかり地上に落ちたら化けて出てやるから覚悟しろよ!?」

「化けるも何もアンタ幽霊みたいな物じゃない……じゃ、方針も決まった事だしさっさと乗りましょ」

 

 そんなわけで、キリト達はぞろぞろとトンキーの背中に。直前でクラインが躊躇っていたが、腹いせにその尻を蹴って強引に乗り込ませた。

 そして俺は……クラゲみたいな触手に掴まって、全員が乗り込むとトンキーはすいーっと泳ぐように飛び立っていく。

 

「――ところで、もし人数制限をオーバーして乗り込んだらどうなるんですか?」

「その場合は、移動速度に制限が掛かるペナルティが発生するだけですよ」

「おいなんだそれぇ!? それじゃあ今までの全部茶番じゃないの!? コラー! 今すぐ俺を背中に乗せろォオッ!!!」

 

 

 ――解せぬ。(真顔)

 どうして俺は邪神の触手に掴まって空をフライトしてるんでしょうか。うん、全く意味が分からないネッ!

 トンキーの背中の上では、俺を除いたメンツがわいのわいのとなんだか楽しそうに談笑してる。物理的にも輪に入れないのがおお、俺は悲しい。ボッチがさみしくてあれこれふざけた事を考えたりしてるぜ……うぅぅ。

 

「このフラストレーションはダンジョンで暴れまくって晴らさせてもらぅううぅぅぅぬぉおぉおぉおぉッ!?!?」

 

 ボソッと呟いたその直後、トンキーが突如急降下! 一気に地上近くまで高度を下げてきた!

 上はどうかは知らないが、こっちは触手に掴まってるという極めて危うい状況。手を離せば死ぬ! いや死ぬコレマジで死ぬぅぅぅ!

 

「――っ…………おーい、無事かミストー?」

「もうヤダーおウチかえるー!」

「扱いの酷さに駄々っ子みたいになってる……」

 

 うるへーリズ! こんな風にされれば誰だってこうなるわ! 帰りはお前がやってみろ! お前が泣き叫ぶのを俺はトンキーの背中から腹抱えて笑って見下ろしてやるから!

 などと言い返そうと思ったが、何やら上の様子がおかしい。

 怪訝に思って上を窺おうにも、見上げればあるのはトンキーの顔。位置的に完全な死角になっている……話し声だけは辛うじて聞き取れるけど。

 

「(スリュムが……? 《エクスキャリバー》? うーん、ほとんど内容聞き取れないからさっぱり分からん)」

 

 ただ、上に居るキリトたちはかなり驚いているらしい。クラインが『誰か』に叫んでる声が聞こえる。

 ……あ、なんかクエスト発生した。『氷宮の聖剣』……?

 首を傾げている間にもトンキーは再び動き出してダンジョンへと向かって飛び、上ではなんやかんやあった挙句全員が気合いを入れてすっごい盛り上がってた。

 

「あの、ごめんなさい、話が全く見えないんですけど。俺1人だけ完全にアウトオブ眼中なんですけど。ねえ誰かー、お願いだから説明してよー」

 

 ねえ次回もこんな扱いじゃないよね俺? 次こそは大暴れして大活躍なんだよねぇ?




Q「俺の扱いが雑すぎると思うんですがどういうことですか?」

A「仕様です」(即答

ってことで導入はこの辺で、次回から本格的にバトルも入ります。

あと、次章の予告も含めてキャリバー編全話書き終わったので隔日で投稿していきますね。次回は5日水曜日になります。


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第3話 レッツ・ジャイアント・キリング

ようやくバトル回。

ちなみに今回登場したキャラですが、アニメ版で皆口裕子さんが演じた前提でやっています。つまりメタ。(真顔


第3話

 

 

 空中ダンジョン「スリュムヘイム」の入口に到着すると、何も聞けなかった俺はキリトから事の顛末を聞かされた。

 現在ヨツンヘイムでは、《霜巨人の王スリュム》が率いる霜の巨人族が丘の巨人族を根絶やしにしようと暴れまわっており、もし全滅すればこの地を統べる《湖の女王ウルズ》は消滅し、このダンジョンをアルヴヘイムにぶつけるつもりだ……とウルズ本人がキリト達に話したらしい。

 で、それを防ぐためにこのダンジョン最下層にある要の台座から、《エクスキャリバー》を引っこ抜いて阻止してくれ、と。

 

「――なるほど、大体分かった。けどこのクエスト、別に隠しってわけでもないんだろ? なのにこんな大規模クエストを、運営が事前の告知なしでするもんなのか?」

「俺もそれは考えたんだ。やっぱりおかしいよな、今回のクエストは」

 

 話を聞いて浮かんだ疑問を口にすると、キリトも同意しながら頷く。まあ、サプライズって可能性もゼロじゃない……かもしれないけど。

 

「あの、これはあくまで推測なのですが……」

 

 すると、そう前置きしながらユイちゃんが口を開いた。

 

「このアルヴヘイム・オンラインは《ザ・シード》規格のVRMMOとは大きく異なる点が、1つあります。それはゲームを動かしている「カーディナルシステム」は機能縮小版ではなく、旧SAOに使われていたフルスペック版の複製(コピー)だと言うことです」

「フルスペック版……?」

「本来の「カーディナルシステム」にはクエスト自動生成機能があります。ネットワークを介して、世界各地の伝説や伝承を収集し、それらの固有名詞やストーリーパターンを流用、考案してクエストを無限に生成(ジェネレート)し続けるのです」

「ならこのクエストも、カーディナルが自動生成したものなのか?」

「先ほどのNPCの挙動からして、その可能性が高いです」

「はぁ~、どうりでか」

「ってミストは知らなかったの? アンタ、一応ラスボスと一緒に行動してたでしょう?」

「いやまあ、カーディナルの事に関しては聞いていたさ。俺にも関わる事だったから。けど道理で、アーサー王伝説に出てくる聖剣が北欧神話に出てくるわけだな」

 

 北欧神話はそこまで詳しいわけじゃないが、今回のクエストで似たようなポジションを担っていたのは《魔剣グラム》だったはずだし。

 ずっと抱いていた謎だったが、ユイちゃんのお陰で解決したわけだ。

 リズのツッコミ通り、確かに俺はヒースクリフと一時行動を共にしていたけど、だからと言って全てを聞いたわけじゃない。合間の休みにちらほらと「カーディナルシステム」に関しては掻い摘んで聞いていた。

 ――って言っても一般的な男子高校生の理解力を大幅に超えるような内容だったので、その大部分がチンプンカンプンだったわけだが。

 

「――待てよユイちゃん、つまり今回の結果次第で……本当に最終戦争……神々の黄昏(ラグナロク)が起きるかもしれない、ってことか……?」

「はい……その可能性はあります。ヨツンヘイムやニヴルヘイムから霜の巨人族が侵攻してくるだけでなく、さらにその下層にあるムスプルヘイムと言う灼熱の世界から炎の巨人族までもが現れ、世界を焼き尽くすと言う……」

「いっ、いくらなんでも、ゲームシステムがマップを丸ごと崩壊させるなんて出来るはずが……!」

「それが出来るんだよ、オリジナルのカーディナルは浮遊城アインクラッドを崩壊させるのが最後の任務だった。だからシステムにはワールドマップ全てを破壊し尽くす権限がある。オリジナルをコピーしたALOのカーディナルだって、当然それが可能だな」

 

 リーファの言い分をきっぱり否定しつつ、俺はヒースクリフから聞かされた事を思い出しながら口にした。

 『だから君は100層まで生き残っていても、ゲームがクリアされればその崩壊に巻き込まれ消滅する』――とヒースクリフが言っていたのを覚えている。

 

『………………』

 

 どんより……まさにそんな表現がぴったりなくらいに沈むキリトたち。

 

「……もし仮にその《ラグナロク》が起きたとしても、バックアップデータからサーバーを巻き戻す事は可能じゃない?」

「カーディナルの自動バックアップ機能を利用していた場合は、巻き戻せるのはプレイヤーデータだけでフィールドは含まれません……」

 

 シノンの考えもあっさり破れ、再び重い空気に包まれる。

 が、そんな中クラインが「そうじゃん!」といきなり叫んでメニューウインドウを開き、「ダメじゃん!」と速攻で頭抱えて叫んだ。

 

「なんのコントよ……」

「いや、GM呼んでこの状況知ってんのか確認しようと思ったんだけどよ、人力サポート時間外でやんの」

「年末の日曜、しかも午前中だからな……」

 

 そりゃあ大抵の会社は正月休みに入ってるだろうさ……現在もお仕事している社会人の方々、お勤めおつかれさんです。

 仮に運営が動いていたとしても、この事態を把握していたとは考えにくい。もし知っていたらとっくの昔に修正を入れているはずだ。

 

「要するに、だ。この場でALOの崩壊を食い止められるのは俺たちだけってことだな」

「責任重大じゃねーか! なに考えてんだよカーディナルは!」

「……ドジッ娘?」

「萌え要素入れた所で誰得だよ!?」

 

 いやぁ、受ける人には受けるんじゃね? 吼えるクラインに対して淡々と答える。

 

「どっちにしろ、今回の目的は《エクスキャリバー》を手に入れる事なんだ。ちょっと大事になったけど、やる事は変わらないだろ」

「うん。トンキーたちを助けるためにも、絶対にクリアしないと!」

 

 メダリオンを握りしめながらリーファが頷く。

 中心に埋め込まれた宝石は鮮やかな緑と半分以上が黒くなっていて、全て黒くなるとゾウクラゲ型邪神は全滅したことを意味する。それほど時間に余裕はないし、サクサク行こうか、サクサクと!

 

 

 

 そんなわけでダンジョンに突入したキリトとゆかいな仲間たち一向(仮)なわけだが、中はなんと雑魚はほぼ不在、中ボスも半分近くが留守状態。聞けばウルズ曰く、地上に配下をほとんど出していたため現在この城は相当……いや、かーなーり、手薄になってるらしい。

 しかしそれでもフロアボスはきちんと残っていて、第1層を担当する単眼の巨人……えっと、なんだっけ? アトラス……じゃなくて、そう、サイクロプスがふんぞり返っていたが、そこはそれ。圧倒的な数の暴力に任せたゴリ押しで難なく倒すと、そのまま次の層へ降りる。

 第2層も上層と同じような感じだったが、フロアボスと戦闘に入った所で思いもよらず苦戦を強いられた。

 この層を守護するのは所謂「ミノタウロス」と言われる、牛頭人身の巨人で、しかも1体ではなく黒と金の合計2体。

 こいつら、何が面倒かって、黒は魔法耐性、金は物理耐性にそれぞれ極振りしているって言うから物理攻撃メインのこのパーティには本当に辛い。

 ならばと黒を優先攻撃したら、ピンチに陥った黒を金がカバーし、後方に下がった黒は禅を組んで瞑想状態に入るとHPが徐々に回復している。

 

「シンプルだけどそれが逆に難しいか……」

 

 ポツリと呟きつつ、俺は複数の火炎弾を撃つ火属性の下位攻撃魔法を唱えて後方から金に魔法攻撃で前衛を支援。

 魔法スキルは種族によって得意分野があり、概ね下位~中位までなら他の種族でも覚えることが出来る。より上位までとなるとより条件が設けられ、たとえば全体回復が出来る上位回復魔法は《水妖精族》か《歌妖精族》が他種族に比べて比較的緩い条件で習得でき、広域爆裂魔法ならば火妖精族が簡単に覚えやすいなど、強力な魔法になるほどその属性に対応した種族が有利になる。

 で、この脳筋ばっかりのパーティメンバーの中で唯一攻撃魔法もこなせる俺は一通りの攻撃魔法は覚えている。例外としては聖属性は覚えられないけど。「闇」妖精なのに光(聖)が使えるってのも確かにどうだよって思うし。

 ……とは言え得意属性以外は軒並み中位まで。純粋な火力ではどうしてもメイジに譲る。

 

「キリトくん、今のペースだとあと150秒でMPが切れる!」

 

 前衛が金の衝撃波攻撃をどうにか回避し、すかさずアスナが回復しながら叫ぶ。

 俺の魔法攻撃で金色のHPゲージは確かに削れているものの、あのゲージを一気に消し飛ばすにはもう一押し必須だ。

 ……この状況で考えられる攻略パターンは2つ。1つは二手に分かれて物理耐性の低い黒を倒しにかかり、その間囮と後衛で金を足止めする。その後前衛が黒を倒した所で再び金を攻撃し、タゲを取っている間に後衛が魔法攻撃で一気に殲滅する時間はかかるが安全重視パターン。

 もう1つはこうなったら総員突撃、魔法属性付きの攻撃で金を全力で倒しにかかる。ただし魔法攻撃が使えない連中は必然的に魔法属性の上位スキルを使うことになるため、長い硬直が入って反撃を喰らうリスクが非常に高いハイリスク・ハイリターンの最短最速パターン。

 

「どうするキリト、安全重視で二手に分かれて攻めるか?」

「――ッ、いや……!」

 

 金が振り下ろした戦斧を二刀を交差させてブロックしたキリトに向けて問う。

 確実性を求めるなら、時間はかかるが前者を選ぶべきだ。しかしキリトは――

 

「ここはイチかバチか、ソードスキルの集中攻撃で金色を倒し切るっ!」

 

 あえて、危険な賭けを選んだ。

 ま、そうするよな……とその選択に俺は内心微笑む。だってここはSAOじゃないんだからな、死んでも現実で死ぬわけじゃない。

 

「ミスト、お前は大技あるんだろ!?」

「あるぞ! けど20秒は必要だ!」

 

 闇属性魔法は火属性魔法と似た性質を持ち、即ち火力が高く攻撃範囲もそれなりに広い……が、詠唱が長く、発動が遅めで上位魔法になればMP効率がクッソ悪い――と言う特徴を持つ。

 で、《闇妖精族(インプ)》である俺は闇属性魔法を得意とし、高位の魔法もいくつか使える……んだが、これがとにかく詠唱が長い。ソロで使うのはほぼ不可能なレベルで。それこそアスナの《世界樹の枝》みたいな魔法にボーナスが掛かる杖とかを持っていればカバーできるんだろうが、そんな便利な物を俺は持ってないし。

 

「なら俺たちで時間を稼いで、ミストの魔法に合わせてソードスキルの集中攻撃! 頼むぞ!」

「責任重大だな…………けどやってやるよ!」

 

 斜に構えた言い草だが、それが俺なりに信頼へ応えようとしているのだと知っているキリトは口元に小さく笑みを浮かべ、他の前衛組と共に金を足止めに掛かる。

 それを見届けて俺はガシガシと乱暴に頭を掻き、両手を頭上に掲げて詠唱を開始した。

 前線では金の戦斧から繰り出される恐怖の一撃を危なげなくやり過ごし、HPが減れば即座にアスナが回復。

 その間、俺は長ったらしくて「こんなのあるんだったらルーンでも入れろよ」って古ノルド語の詠唱に対して内心突っ込みつつ、詠唱完了まで残り5秒を切ったタイミングでアスナにアイコンタクト。

 

 ――もうすぐ撃つ。お前も前に出ろ。

 

 その意図をくみ取ったアスナは頷くと、本当に偶然手に入ったと言う伝説級武器【世界樹の枝】を仕舞い、素早く細剣を出すと勢いよくそれを抜いて前線に飛び出していく。

 それを見届けて、俺はニヤリと不敵に笑った。

 

「デカイの行くぞ、オルァ!」

 

 吼えたと同時、既に詠唱完了し発動状態に入っていた魔法が起動する。

 金を中心とした上下の空間が激しく歪み、紫のオーラが包み込む。

 確か、空間を捻じ曲げて範囲内の敵に闇属性8割と地属性2割の混合ダメージを与える高位呪文、だったか。

 魔法耐性を持たず、さらに高位魔法の直撃ともなれば金に対抗する手段はない。少なくとも瞬間火力であれば、この脳筋パーティ最強クラスのダメージを叩き出して金のHPゲージを6割近くはぶっ飛ばす。そして俺のMPゲージは8割消し飛んだ上に、結構な硬直が入った。

 

「ゴー!」

 

 エフェクトが終わるタイミングを見計らい、キリトが合図を出す。各々の武器がライトエフェクトの輝きを放ち、烈火を帯びたクラインの剣撃、疾風と共に放たれるリーファの斬撃、雷光を放つリズの強打、水飛沫を散らしながらシリカの短剣が突き立てられ、後方からはシノンの放った氷の矢が金の急所らしい鼻の頭を正確に射抜く。

 さらに正面からは気勢を吐きながらキリトが8連撃の片手剣ソードスキル《ハウリング・オクターブ》が全段叩き込まれたほんの僅かな差で、前線に合流したアスナが目にも止まらぬ速さでレイピアを5回突き出す。

 見ているだけでなんだか敵に同情したくなる怒涛のラッシュだったが、しかしそれでも、金はタフだった。

 既に技を出し終えた面々は長い硬直に入って動けない。

 

「キリトッ!」

 

 クラインが叫ぶ。

 金がキリトにタゲを取り、動けないキリトへ戦斧の一撃を撃ち込もうとしたその時――

 

「――ここだッ!」

 

 確信を持って叫んだキリトは、右手の剣から炎が消えた瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()

 間髪入れず氷の剣撃が金の横っ腹を深く切り抉り、さらに深く突き込み、跳ね上げると氷塊が断面から炸裂する。大型モンスターに有効な3連重攻撃《サベージ・フルクラム》だ。さらに右手の剣が再び輝きを放ち出す頃には他の硬直も解け、クラインを先発としたラッシュの第2弾が金に殺到する。

 さらにキリトが垂直4連撃《バーチカル・スクエア》、トドメとばかりに《ヴォーパル・ストライク》が炸裂し、驚異とも言えるソードスキル4連携は終わった。

 ラッシュに次ぐラッシュで金のHPゲージはレッドゾーンまで突入し、そのまま――と言うわけにはいかず、僅かばかりのHPを残して減少が停止する。

 

「ッ!」

 

 まさか、と驚愕するキリト。金がそんなキリトを見下ろしながら獰猛な笑みを浮かべ――

 

 後方から殺到した数多の闇の弾丸が全身を撃ち抜き、ダメ押しとばかりに残りを削り取った。

 

 思わぬ追撃に驚いて振り返るキリト。その視線の先には闇属性攻撃魔法を唱えた俺の姿。

 

「……なあ、やっぱメイジ1人居ないと辛いと思うんだが」

「同感……」

 

 ポツリと呟いて肩を竦めると、キリトは半ば呆れたように苦笑いを浮かべる。

 で、瞑想から復帰した黒は相棒がいない事に気づいて動揺し、その後全員(主にクライン)のフルボッコによって特に惜しまれることもなく爆発四散するのだった。南無。

 

 

 

「おいキリ公、なんだよ今のは!?」

「……言わなきゃダメか?」

「ったりめぇだ! 見たことねェぞあんなの!」

 

 黒相手に鬱憤を晴らし終えた後、その場に散らばったドロップアイテムに目もくれずクラインがキリトを問い詰めるが、そのキリトは答えるのが面倒くさそうだ。

 

「システム外スキルだよ。《剣技連携(スキルコネクト)》。この前のアップデートでソードスキルが導入されたけど、《二刀流》や《神聖剣》、《魔装術》みたいなユニークスキルは実装されなかっただろ」

「け、けどよ、おめェ今さっき両手で――」

「いや、アレは《二刀流》ソードスキルじゃなかっただろ。全部片手剣のソードスキルだった」

 

 このメンバーの中ではキリト以外の片手剣使いである俺が、クラインのツッコミを否定する。

 多分アレは片手剣ソードスキルを左右交互に発動して、スキル使用後の硬直を潰すんだろう。第一、《二刀流》スキルだったなら両手で技を繰り出しているはずだ。

 

「ああ。それに、本家本元はミストだったからな」

「あっ……それって《剣技連携(スキルチェイン)》ですよね」

 

 キリトの捕捉にシリカが思い当たる所があって答えた。

 確かに俺がこの世界に来た最初の頃、どういうわけか所持していたエクストラスキルと組み合わせることで片手剣ソードスキルを両手で使う、なんて芸当をしていたっけ。

 

「ああ。感覚的にはミストが使っていた時と同じ感じだから、やろうと思えばミストもできると思う」

「って言ってもなぁ……ブランクあるし、細かい感覚だって違うだろうしすぐには無理さ」

「……そっか」

 

 チラッと一瞬俺を見たキリトだったが、すぐにリーファへ顔を向けて何かを聞いている。

 何か言いたげだったが、なんだったんだろう?

 実際に今やれと言われたら……まあ、やっぱり無理だな。多少なりとも練習は必要だから。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「よっし! 全員HPMP全快したら、3層もさくさくっと片付けようぜ!」

 

 キリトの言葉に俺たちは異口同音に応じ、開かれた下層への階段を駆け降りた。

 

 

 このダンジョン「スリュムヘイム」は逆ピラミッド型の全4層構造になっている。

 3層は2層の7割程度の面積。最後の4層はほぼボス部屋のみとなっていた。

 狭いが細く入り組んでいる通路をユイちゃんのナビでさくさく進み、途中で2回の中ボス戦を挟み3層のフロアボスと接敵。

 待ち構えていたムカデに人の上半身がくっついた邪神系ボスで、上層のボスと比べて2倍近い体躯を誇っている。

 耐性こそそこまで高くない代わりに攻撃力が異常に高く、前衛に参加した俺を加えたキリトとクラインの3人でタゲを取り続け、その間に他がムカデ足を切り落として丸裸にしたのち、キリトの《スキルコネクト》を含む多重ソードスキルで仕留める事に成功。

 なんかテンションがハイになってきて一気に4層に雪崩れ込み、スリュムの部屋まで駆け抜けようとしたその途中――「それ」が姿を現した。

 それは細長い氷柱で作られた氷の檻で、その中に1人の女性が蹲っている。サイズは俺たちと同じ人間(妖精)サイズで、肌は白くて長く流れる美しい金髪が良く映える。大胆に胸元が開いたドレスから覗くボリュームは……なんと言うか、例えるなら見た目も相まって大人の魅力溢れる美女、と言っていい。

 

「お願い……。私を……、ここから出して……」

 

 これは間違いなく男が寄って来る。そう、助けを求める女性の声に釣られる。その美しさに心奪われてフラフラ氷の檻に近付こうとしたクラインのように。キリトがバンダナの尻尾を掴んで止めたけど。

 

「罠だ」

「罠よ」

「罠だね」

 

 以上、上からキリト、リズ、シノンの3人による冷静なコメント。

 

「お、おう。罠、だよな……罠、かな……?」

 

 3人に突っ込まれて正気に返ったクラインだったが、まだかなり揺れ動いている。

 実際に罠かどうかはともかくとして、この人はNPCっぽい……けど変わった点が2つほど。1つはHPゲージがある事と、もう1つ……これは俺にしか見えない視点だからかもしれないが。

 

「(なんか……このサイズにしては密度が『濃い』な)」

 

 ()()を口頭で説明するとなると難しいが、なんと言えばいいのか……とにかく、ちょっとだけおかしい。

 首を捻っている俺の横でユイちゃんから俺と似たような話を聞いたシリカたちが、

 

「罠だよ」

「罠ですね」

「罠だと思う」

 

 と、上からアスナ、シリカ、リーファの3人が断言。

 ほぼ全員から断言されて涙目のクラインは、唯一何もコメントを発さず首を傾げていた俺を見て助けを求めた。

 

「ミ、ミストよ! オメェは罠じゃないって思うのか!? だよなぁ、こんな美女が罠のはずないよなぁ!」

「はっ……?」

 

 なんか1人で考えていたら、勝手に同志扱いされてたんですけど。

 と、全員から無言の視線が一斉に突き刺さる。あのー……俺は別にクラインのように魅了されていたわけじゃないんですが。

 

「ミストさん……?」

「クラウド……?」

「待った、待ってくれ2人とも。俺は何も同意していないぞ」

「じゃあ、どうして黙っていたんですか?」

「それは、その……敵か味方か判断材料が無くて、困っていたからって言うのと……」

「のと?」

「……なんと言うか、こう……学校の先輩で同じバイト先で働いている包容力のある女性のような声に安心感を抱くというか……」

「お前が何を言っているのかまったくサッパリ分からないけど、限りなくメタい事を言っているってのは俺にも分かるぞ……」

 

 いや、うん。なんと言うかごめんなさい。他に言い訳が思いつかなかったし、実際NPCの声になんと言うか癒しを抱いたのも事実なんだ。

 

「……とにかく、罠じゃない可能性だってあるけど今は時間が無いんだ。1秒でも早くスリュムの所にたどり着かないと」

「お、おう……。うん……」

 

 キリトに促されて、クラインは小刻みに頷くと、やっと氷の牢屋から視線を外した。

 再び奥に見える階段に向かって数歩走りだすと、背後からまたか細い助け声が。

 

「お願い……誰か……」

 

 そりゃあ俺にだって良心はあるし、助けてあげたいと言う気持ちだってある。

 仮にこれが罠だったとしても、通常のクエストならまあそれはそれで面白いかと納得して楽しむんだろうが今は緊急時。時間的余裕も無いし、危険を冒すリスクだって避けたい。

 

「……クライン?」

 

 不意に、俺の横を並走していたクラインが立ち止って、俺も思わず立ち止まって声をかける。

 俺たちに気付いた前の連中も立ち止って振り返ると、件の無精髭面をした野武士男は顔を俯かせ、両手をきつく握りしめていた。

 

「……罠だよな。罠だ、わかってる。……でも、罠でもよ……!」

 

 低い声で呟きながら、がばっと顔を上げたクライン。

 なんとなく、ほんとうになんとなーくだけど、クラインが言わんとしている事が俺は分かってしまった。

 

「……罠だと解っていてもよ、それでも俺ァ、どうしてもここであの人を置いてけねェんだよ! 例えそれでクエが失敗して、アルンが崩壊しちまっても! それでもここで助けるのが俺の生き様! 武士道って奴なんだよーーーッ!」

 

 あ……戻っていったよあいつ……。

 その言葉と後ろ姿に、俺は残念さとカッコよさの両方を覚えていた。

 

「……バカッコイイ」

「誰が上手い事言えと」

 

 呟いた俺を、キリトがボソッと突っ込む。

 その間にもクラインは吠えながら刀を抜き、氷の柱を真っ二つに切り裂いた。

 

 ――結論から言えば、女性NPCは罠でも何でもなく、ここの主で巨人の王スリュムに盗まれたと言う宝を取り戻すために忍び込んでいたらしい。

 

 しかし門番に見つかってこの檻に閉じ込められて、たまたま通りかかって助けた俺たちに同行したい、と申し出てきた。

 

「なんか、キナくさい展開だね……」

「かといってあのNPCがスリュム本人、って可能性は無いだろ……自分から檻に閉じこもるって、どんな引きこもりだよ」

 

 小さく囁いたアスナに同調しながらも、真っ先に考えられるだろう可能性は除外してみる俺。

 いや、案外そんな閉じ込められたりするのが好きな特殊な性癖の持ち主という可能性もあるかもしれないが。

 

「おい、キリの字よぅ……」

 

 美女の頼みでも流石に自分の一存ではどうにもできず、困り果てたクラインは情けない顔でキリトに顔を向ける。

 

「……あーもー、解った解ったって。こうなりゃ最後までこのルートで行くしかないだろ。まだ100パー罠だと決まったわけじゃないし」

 

 で、結局パーティリーダーのキリトは半ばあきらめたように肩をすくめながら言った。

 その答えに涙目だったクラインの顔がパァァッ、と喜色満面となって、美女に威勢良く宣言する。

 

「おっしゃ、引き受けたぜ姉さん! 袖すり合うも一蓮托生、一緒にスリュムの野郎をブッチめようぜ!」

「ありがとうございます、剣士様!」

 

 それって「袖すり合うも多生の縁」なのか「一蓮托生」なのかどっちなんだよ社会人、と内心突っ込んでいると、横でキリトが「ユイに妙なことわざ聞かせるなよ……」とぼやきつつ、NPC加入の許可を出すと、視界の左上から順に並ぶ仲間たちのミニゲージに9人目のゲージが追加される。

 名前は……フレイヤって読むのか? フレイじゃないのか。確か同じ北欧モチーフのRPGゲームでめっちゃ強いキャラがいたんだけど。

 いや、けど実際このフレイヤって人もかなり強い。特にMPなんてこの中じゃMPが一番高いアスナを軽く超えるほどだ。MP効率に難のある魔法を覚えている俺からするとちょっと羨ましい。

 

「ダンジョンの構造からして、あの階段を降りたらすぐにラスボスの部屋だ。今までのボスよりさらに強いだろうけど、あとはもう小細工抜きでぶつかってみるしかない。序盤は攻撃パターンを掴めるまで防御主体、反撃のタイミングは指示する。ボスのゲージが黄色くなるとこと赤くなるとこでパターンが変わるだろうから注意してくれ」

 

 キリトが作戦を伝えると、その場に居た全員がこくりと頷く。

 

「――ラストバトル、全快でぶっ飛ばそうぜ!」

『おー!』

 

 このクエスト開始から3回目の気合いにキリトの頭上に座るユイちゃん、シリカの肩に留まるピナ、そして新たに加わったNPCの金髪美女フレイヤさんまでもが唱和する。

 

 

 

「――ところでミストさんって年上の女性が好みなんですか?」

「――そうよね。その辺り詳しく聞きたいわね、クラウドの口から直接」

「なして!?」

「そこの3人修羅場はクエストが終わってからにしてくれ」




完全なとばっちり&だんだん慣れてきたキリトの塩対応。

あと途中でうっかり間違って閉じちゃったんで前書き後書きがロストしました(^p^)

おかげでちょっと内容が違ってると思う……ダンテコッタイwww


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第4話 それはまるで稲妻のように

VSスリュム前半戦。リーファにツッコミは荷が重すぎた……。


第4話 それはまるで稲妻のように

 

 

 新たにフレイヤさんを加えた俺たちは階段を下りてすぐ、巨大な扉にぶつかった。

 キリトが上で話した通りこの先は間違いなくボス部屋で、アスナがバフを張り直してくれた後にフレイヤさんが最大HPを大幅に増加させる未知のバフまで張ってくれて俺たちは部屋に雪崩れ込む。

 内部はとてつもなく広大で、そして何よりも目を引くのは左右の壁際から奥まで続く、黄金の品々だ。金塊に武器防具、調度品etc...。

 これ、総額何ユルドになるんだ……いや、GGOに持っていけたとして、全部を換金出来たとしたならそれはリアルマネーで総額何百……いやいや、そんなんじゃ済まないだろ。

 

「小虫が飛んでおる」

 

 金銀財宝に目が眩んでいて気づかなかったが、広間奥の暗がりから重低音の声が呟くのが聞こえた。

 

「煩わしい羽虫が飛んでおるぞ。どれ、悪さをする前に一つ、潰してくれようか」

 

 ずしんっ。足を掬うような振動が響く。

 飛んでいないし、そもそも飛べねーっての……と突っ込んでやろうと思ったが、姿を現した巨体にその言葉が出る事は無かった。

 鉛のような鈍い青の肌。寒々とした青い瞳と地上からは辛うじてしか見えない頭上の王冠。そして筋骨隆々の体躯。

 ……なんだ、このデカブツは。デカイにも限度があるだろう。

 旧アインクラッドではシステム的な制約があってこんな大きいボスは存在しなかったが……シノンと共同で倒したボスもここまで大きく無かった。

 光学銃や実弾銃もなく、飛行不可能な状況でどう戦えっていうんだおい……?

 

「ふっ、ふっ……アルヴヘイムの羽虫どもが、ウルズに唆されてこんな所まで潜り込んだか。どうだ、いと小さき者どもよ。あの女の居所を教えれば、この部屋の黄金を持てるだけくれてやるぞ?」

 

 そりゃまた随分魅力的な取引だことで……けど、この偉そうな態度と今のセリフからして、こいつが「霜巨人の王スリュム」本人であることに間違いない。

 

「……へっ、武士は食わねど高笑いってなぁ! 俺様がそんな安っぽい誘いにホイホイ乗るかよ!」

 

 真っ先に言葉を吐き返し、クラインが愛刀を鋭く鞘走らせる。そんなこと言って、さっき財宝にフラフラ誘われていたのはどこの誰だって突っ込みは野暮って奴だ。

 クラインに続き、俺たちも各々の武器を構える。

 伝説級武器こそ無いが、全て固有名つきの古代級武器かマスタースミスであるリズベット会心の銘品。……しかしそれでも、その規格外すぎるスリュム相手には心許なく感じてしまう。まるでアリの群れがゾウに挑むようだ。

 スリュムは足元にいる俺たちを見下ろし、ふと後衛にいるフレイヤさんに目を止める。

 

「おお、そこにいるのはフレイヤ殿ではないか。檻から出てきたということは、儂の花嫁になる決心がついたのかな、ンン?」

 

 スリュムが放った衝撃的な話に、クラインが声を裏返しながら叫ぶ。

 

「は、ハナヨメだぁっ!?」

「そうとも。その娘は我が嫁としてこの城に輿入れしてきたのよ。だが、宴の前の晩に、儂の宝物庫を嗅ぎまわろうとしたのでな。仕置きとして氷の獄に繋いでおいたのよ」

 

 なんか話が複雑になってきたな……けど要するに、フレイヤさんは一族の宝をスリュムに盗まれてしまったから、それを取り戻そうと花嫁になると偽って城に入ったものの、宝物庫に忍び込んだのがバレて牢獄に閉じ込められてしまった……と。

 んー、所々腑に落ちない所はあるけど、ひとまずフレイヤさんが裏切る可能性は消えたかな。

 

「誰がお前の妻になど! かくなる上は剣士様たちと共にお前を倒し、奪われた物を取り返すまで!」

 

 毅然と返すフレイヤさんを、しかしスリュムは顎髭を撫でながら面白おかしそうに聞いている。

 

「ぬっふっふ……威勢の良い事よ。流石はその美貌と武勇を九界の果てまで轟かすフレイヤ殿。しかし……気高き花ほど手折る時は興味深いと言うもの……小虫どもを捻り潰した後、念入りに愛でてくれようぞ……」

 

 うっへぇ……これ本当に自動生成されたクエストのシナリオかよ? 男の俺でも生理的嫌悪抱いたぞ、コイツ……特に女性陣は一様に顔を顰めてるし。

 

「――だ、そうですが、女性陣のご意見は?」

「サイッテー」

「キモチワルイ」

「女の敵」

「不愉快」

「死んでもイヤ」

「ンな真似させっかよ! この漢、クライン様がいる限りフレイヤさんには指一本触れさせねェぞ!!!」

「おうおう、ぶんぶんと羽音が聞こえるわい。どぅれ、ヨツンヘイム全土が儂の物になる前祝いに、まずは貴様らから平らげてくれようぞ!」

 

 と、スリュムが言いながら足を踏み出した瞬間、フロア全体の明度が上がり視界の右上に長大なHPゲージが3本も表示される。流石にクエスト最後のボスだけあって簡単に倒せるような相手じゃない。

 だが新生アインクラッドの各層を守護するフロアボスはHPゲージが見えない仕様と比較すれば、ペースを掴みやすい。

 

「来るぞ! ユイの指示を良く聞いて、序盤はひたすら回避!」

 

 

 空中からの氷ブレスを放ったスリュムの攻撃を回避した直後、攻撃後の硬直を狙い撃ちにしたフレイヤさんの雷撃系攻撃魔法が炸裂してスリュムに大ダメージを与え、地上に墜落して動かなくなる。

 その隙を逃さず、俺たちは大技のソードスキルによる集中攻撃を叩き込んだ。

 やはりスリュムとの戦いは大激戦となって、序盤の攻撃パターンは左右の拳による打ち下ろし、右足の3連続ストンプ、そして氷属性ブレスと床から生成される12体のドワーフ等々。

 特にドワーフ生成が厄介だが、そこはシノンの驚異的な精密射撃で弱点を的確に射抜いて片付けてくれ、俺たちは本命であるスリュムの対処に専念できた。

 直接攻撃系も俺の反応なら完全回避できたし、そうでなくてもユイちゃんのカウントアシストもあって他の連中も直撃を避けられ、パターンを掴んでいざ反撃……と行きたい所で問題が。

 というのも俺たちとスリュムのサイズ差から攻撃がまともに届かず、どうにか当たる場所は分厚いレギンスに守られたスネ。金ミノ程じゃないがとにかく物理耐性が高い。

 ここで俺は後衛に下がって、魔法攻撃による支援に戦術を変更。弱点である炎系の攻撃魔法を撃ってどうにかHPを削って行く。

 そうしてやっと1本目のHPバーを削りきった時、スリュムが一際野太い咆哮を轟かせた。

 

「パターンが変わるぞ、注意!」

 

 叫んで注意を促すキリト。さらに切迫したリーファの声も微かに届く。

 

「まずいよお兄ちゃん、光が3つしか残ってない! 多分あと15分もない!」

 

 ……今のペースが大体10分前後。残り15分以内にあと2本のゲージを削りきるのは、ほぼ不可能に近い。

 とその時、スリュムが両胸を大きく膨らませて息を吸い込み、強烈な風で前衛と中衛を吸い寄せる。

 あれは全体攻撃の予備動作……! 後衛には辛うじて影響が無い……けど、シリカがやばい!

 リーファが風魔法を詠唱しようとするが、スリュムが攻撃する方が早い!

 次の瞬間、スリュムが防御姿勢を取った全員目掛け、それまでの氷ブレスとはケタ違いの規模を誇る極大ブレスを口から吐き出した。

 青白い風を伴うブレスがキリト達を包み込み、アスナ達のバフすら解除してキリトたちを氷の膜が包んで行く。

 アレはバフ解除と特殊なスタン効果を目的としたブレスだったらしく、直接のダメージは一切ない。しかし動きを封じられれば、その後に起こる事も想像に難くない。

 

「ぬぅぅーん!」

 

 スリュムが右脚を大きく持ち上げ、野太い雄叫びと共に床を踏みつけた。

 生じた衝撃波が拡散し、氷像と化して身動きが一切とれないキリト達に迫る――!

 

 ガッシャーン――!

 

 氷が砕け散る破砕音。そして衝撃波に5人が吹き飛ばされ、視界右上に表示されるパーティメンバーのHPゲージ5つが一気に真っ赤に染まる。

 しかし事前に待機してあったアスナの高位全体回復魔法が発動し、じりじりとHPバーが右側に増加していく。だがALOの回復は時間経過回復型で一気に回復していくわけじゃない。

 

 このままじゃマズイ――絶体絶命の状況に、俺は苦渋の決断を下した。

 

 

 カッ! ガッ! ガンッ!

 

 スリュムの追撃をどうにか逃れようとした俺の耳に届いたのは、何かが凄まじい勢いと力強さで蹴る音だった。

 

「せぁらあッ!!!」

「ぬぉう……!?」

 

 次の瞬間気合いの咆哮と共にスリュムの顔を鋭い一閃が斬りつけ、予想外の不意打ちにスリュムは手で顔を抑えながら軽く仰け反る。

 そして頭上から人影が落下し、全身を使いながら滑るように回転して落下の衝撃を流しながら着地した。

 

「ミ、ミスト……?」

 

 それは今まで後衛で魔法攻撃の支援をしていたはずのミストで、その姿に俺は思わず呆気に取られる。

 スリュムの広範囲攻撃の直後、ほとんど間を置かずに後衛からすっ飛んできたのか……? しかもどう頑張ってもスネにしか剣が届かないのに、壁を駆け上がってそのままスリュムに肉薄した……?

 

「俺がタゲを取って時間を稼ぐ! その間に立て直せ! シノン、カバー!」

 

 一方的に言うが否や、ミストは氷の床を蹴ってスリュムに迫る。

 後方ではシノンが「また無茶な真似を……!」とぼやきながら、両手長弓系ソードスキル《エクスプロード・アロー》を射ってスリュムの喉元に命中させて援護に回る。

 タゲを取ったミストはスリュムの振り下ろした右拳を飛んで避け、そのまま腕伝いに駆け上がっていた。当然腕を伝うミストを振り払おうとするスリュムだったが、払った左腕に飛び移り、肩の所まで到達するとそのまま跳躍。縦回転で勢いをつけて単発垂直ソードスキル《ホリゾンタル》でスリュムの鼻を思いっきり斬りつける。

 その動きは余りにも異常だった。後衛から一瞬でスリュムに接近し、攻撃は完全に見切り完全回避。まるで稲妻のような動きは俺でも一瞬反応が遅れる。

 まるで旧アインクラッド75層で戦ったあの時のよう……いいや、あるいはあの時以上の……。

 

「お兄ちゃん! 早く、ミストくんがタゲを取ってる間に回復を!」

「――あ、ああ……」

 

 しかしそれ以上の思考はリーファの声に遮られ、俺は慌ててポーチから回復ポーションを取り出すと赤い液体を呷った。

 回復を待つ間、スリュムの猛攻をミストは完全に躱し、僅かな隙を逃さずカウンターを的確に当て、少しずつスリュムのHPを削っている。

 ようやくHPが8割近くまで回復し、左右の剣を握り直して「攻撃用意」と声をかける。そしてカウントを始めようとしたその時、いつの間にかすぐそばに居たフレイヤに呼び止められた。

 

「剣士様。このままでは、スリュムを倒す事は叶いません。望みはただ1つ、この部屋のどこかに埋もれているはずの、我が一族の宝だけです。あれを取り戻せば、私の真の力もまた蘇り、スリュムを退けられるでしょう」

「し、真の力……」

 

 ……こうなったらイチかバチかだ。

 もし真の力とやらを取り戻したフレイヤさんが俺たちを裏切って、敵に回ってしまう可能性があるかもしれない。けどそんなもしもよりもこのまま持久戦を続けて時間切れになり、クエスト失敗となる可能性の方がずっと大きい。

 

「解った。宝物ってどんなのだ?」

 

 訊ねた俺に、フレイヤさんは両手を30センチほどの幅に広げてみせた。

 

「このくらいの大きさの、黄金の金槌です」

「……は? カ、カナヅチ?」

「金槌です」

 

 ……美女が求めるには少々似つかわしくない宝物に、俺は一瞬言葉を失っていた。

 

 

 左拳の打ち下ろしを躱し、同時にグローブで保護されていない上腕を瞬時に斬りつける。

 これだけ近ければ氷ブレスは使用しないようで、仮に使おうとすればその予備動作を突いて目玉を抉ろうかという腹積もりだったが。

 一瞬だけパーティメンバーのゲージに目を配らせるが、まだ復帰に少し時間がかかりそうだ。

 その間、シノンの矢が援護してくれるからまだまだ時間は稼げる。

 壁際まで下がり、ストンプしようと足を振り上げた瞬間を狙い、スリュムに背を向けて壁を駆け上がる。

 

「ダークネス……ムーンブレイクーッ!」

 

 そのまま天井まで上り詰めて蹴り飛ばし、空中で身体の向きを180度変え、天井を蹴った反動と落下の勢いを上乗せした飛び蹴りをスリュムの眉間に叩き込んだ。なぜこれかと言うと、なんか勢いで。

 ズゴンッ! と鈍い衝撃音が炸裂し、スリュムの上半身が仰け反る。その間に着地してスリュムを見上げた時、背後から援軍が駆け付けた。

 

「お待たせ!」

「助太刀に来たぜ!」

 

 リーファとクラインだ。その2人に俺は軽く笑う。

 

「なんだ、俺のステージはまだまだこれからだったのにさ」

「へッ! お前さんだけにいいカッコさせっかよ!」

「そうだよ、それに今、お兄ちゃんが宝物探してるからそれまでの辛抱だよ!」

 

 宝物……? それって確か、フレイヤさんがスリュムから取り返そうとしているっていうアレか? てっきり杯とかそんな物だと思っていたが……。

 しかし考える暇は無く、スリュムのストンプを散開して回避すると目の前の事に集中する。

 

「で、その宝物ってなんだよ!?」

「なんか、カナヅチって言ってたよ!」

「カナヅチぃ!? なんで美女のフレイヤさんが物騒な物求めるんだよ、撲殺武器ならリズで十分だ!」

「ミスト! アンタブン殴られたいの!?」

 

 おっと、これは藪蛇だった。頭上でブンブンメイスを振りまわしている、パーティ唯一の打撃武器持ちの怒鳴り声にちょっと肩を竦める。

 

「美女……武器……?」

「リーファ! おい!」

 

 突っ立っていたリーファにスリュムが両手を組んでハンマーのように打ち下ろそうとしていた事に気づき、リーファに声をかけながら抱きかかえ、その場を離れる。

 しかしスリュムが拳を床に叩きつけた際に発生した衝撃波の範囲にギリギリ入っており、リーファは無傷だが俺は少しばかりダメージを被ってしまった。

 

「バカ、なにやってんだ!」

「あっ……ご、ゴメンねミストくん! あともうちょっとこのまま!」

 

 顔を僅かに顰めながら叱りつけると、我に返ったリーファは慌てて謝りつつ、なぜか抱えたままのこの状態を続けろと言う。

 なんでそんな事を……と突っ込む前に、リーファはすぅーっと大きく息を吸い込んでから大声を出した。

 

「お兄ちゃん! 雷系のスキル使って!」

「か、かみ……?」

 

 言われたキリトはこっちを振り向きながら唖然とし、しかし刹那、右手の剣を振り被った。

 

「ありがと、もう大丈夫だよ」

「なんで雷のスキルがここで必要なんだよ……?」

「思い出したんだ、スリュムとフレイヤの話。私の予想が正しかったら……あ、もう降ろしていくれていいよ」

 

 ちっとも意図が読めないリーファに問うと、リーファはどこか確信めいて答える。

 ……とりあえず言われた通り降ろしてあげよう。先ほどから2つの視線が怖いです。

 と、キリトが自分でも使える唯一の雷系重範囲攻撃ソードスキル《ライトニング・フォール》で雷撃を発生させ、何かを見つけると財宝の山まで走ってそのまま頭から突っ込むようにダイブ。黄金のオブジェクトを掻き分けて、中からリーファの言った通り黄金で出来たカナヅチを見つけ出して持ち上げようとするが、思った以上にそれは重たいのかキリトはかなり苦労しながらも気合いで持ち上げ、

 

「フレイヤさん、これを!!!」

 

 そのままオーバースローでフレイヤさん目掛けブン投げた。

 放物線を描き自分に向かって飛ぶカナヅチを、フレイヤさんはその細い右腕で軽々とキャッチ……マジ? キリトかなり重そうにしてたけど片手で?

 

「………………」

 

 無言かつ無表情でキャッチした黄金のカナヅチを、フレイヤさんは胸元まで持ってきてじっと見つめる。

 と――フレイヤさんに異変が起きた。

 

「ッ……!」

 

 ドクンッ! と何かが鼓動を鳴らし、フレイヤさんは身体を丸める。

 

「…………ぎる…………」

 

 全身からは黄金のスパークが迸り、低く囁いた。

 

「……なぎる…………みなぎるぞ…………」

「え……」

 

 その異変に投げた張本人のキリトは唖然として、フレイヤさんの異変に気付いたクラインは一瞬そちらを見遣るが、スリュムに狙われて回避に意識を集中せざるを得なかった。

 

「みなぎるぞ……みなぎ……るうぅぅおおおおおおォォォォォ――!」

 

 うん、この時ばかりは、クラインがスリュムのタゲを取ってくれていて良かったのかもしれない。

 俺たちが呆然としている中、かつて美女だったフレイヤさんはどんどん全身を筋肉で膨らませ、ドレスは木っ端微塵に弾けていきながら巨大化していく。

 その大きさはスリュム並み。全身の筋肉も同等か、あるいはそれ以上。右手のカナヅチもフレイヤさん(過去形)が大きくなるに合わせて自動的にサイズ補正。

 四方には黄金の雷光が弾け、一瞬光の渦に包まれると、その全容が露わとなった。

 ゴツゴツと逞しい頬と顎から伸びる長い長いヒゲは、とても先ほどまでの美女の面影が微塵も残ってないくらいのナイスミドルに。

 

「お、オオオォォオォ、オッ――」

「サンじゃん!」

 

 部屋の2カ所から、最大最凶レベルのショックを受けたキリトとクラインの絶叫が響く。

 

「俺これ知ってる! ス○パー○イ○人だろ!」

「それも危ないからやめてくれる!?」

 

 ナイスミドルの巨人を指差して叫んだ俺を、隣に居たリーファが顔を青くしながら突っ込む。

 

「ヌアアアァァアアアアッ!!!」

 

 ナイスミドルの巨人は広間中をビリビリと震わせるほどの雄叫びを放ち、いつの間にか履いていた分厚いブーツに包まれた右足を踏み出した。

 しかもすっごいイイバリトンボイスだったし。なんか特殊部隊の元隊長とか、人間そっくりのアンドロイドとかが出しそうな声してる。




次回、キャリバー編最終回。

それと現在活動報告でマザーズ・ロザリオ以降の展開についてアンケート募集しています。主にユウキの扱いをどうするかで2つ案を出しているので、良ければ参加してください。

ttps://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=193549&uid=67854


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第5話 エクスキャリバー

これにてキャリバー編終了。際どいネタもどんどんぶっ込んでいく。

あと、例によって例のごとく次章の予告も一緒。


第5話 エクスキャリバー

 

 

 視界の左端、9個並ぶHPMPゲージの一番下に表示されていた【Freyja】の字が、ちょうど今書き変わって【Thor】と表示される。

 トール。北欧神話において主神オーディン、悪神ロキに並ぶネームバリューのある雷神。

 これは後にリーファから聞いた話だが、北欧神話には「スリュムに盗まれたカナヅチ――と言うかトールの持っているカナヅチなんだからトールハンマー(ミョルニル)以外無いよな――をトールが取り返しに行く」エピソードが確かにあるのだそうだ。

 その時トールはフレイヤに扮し、何度もボロを出しそうになるも同行していたロキの助けで切り抜け、とうとうミョルニルを取り返すとスリュムの頭をカチ割り、配下の連中にもお見舞いしてやったそうだが、とにかくカーディナルはそのストーリーをアレンジして今回のクエストに組みこんでいたらしい。どうりであんな違和感があったのか、納得。

 

「卑劣な巨人めが! 我が宝《ミョルニル》を盗んだ報い、今こそ贖ってもらおうぞ!」

 

 やっぱりイイ声で吼えながら、トールは右手の《ミョルニル》を振り被り猛進。

 

「小汚い神め……よくも儂を謀ってくれたな! その髭面切り離して、アースガルズに送り返してくれようぞ!」

 

 対するスリュムも手に息を吹きつけると氷の戦斧を生み出し、トールの《ミョルニル》と激しくぶつけあう。

 ぶつかり合った衝撃が広間どころか城中を揺るがし、足元に居る小人みたいな俺たちはもう、スケールの違いに呆気に取られていた。何この怪獣映画。東○作品? 色的にトールが○ングギ○ラでスリュムは……なんだろ、ゴ○ラじゃないよなぁ……。

 

「トールがタゲを取ってる間に全員で攻撃しよう!」

「よし、全員全力攻撃! ソードスキルもバンバン使ってくれ!」

 

 シノンが鋭く叫び矢を番え、キリトも声を張り上げながら剣を振り上げた。

 まあその通りだけど、もうあいつ1人で良いんじゃないかな……いや冗談だけどさ。

 ついさっきまで支援していたアスナも武器をレイピアに持ち替え、攻撃にシフトして突撃している。

 そんな中ひときわ印象的だったのが、愛と怒りと悲しみを力に……変えたかどうかは本人のみぞ知るが、刀を大上段に振り上げて突撃するクラインだった。その目尻からキラキラと光る物が零れ落ちていたように見えるが、武士の情けと言うことで見て見ぬふりをしておこう。

 硬直なんて知ったものかなんて勢いで、3連撃以上のソードスキルをバンバンスリュムに叩きこむ。特に火属性のスキルを使えるクラインやキリト、俺なんかは率先して弱点属性を叩き込んでダメージを稼ぎまくった。

 

「ぐ……、ぬうっ!」

 

 たまらずスリュムは唸り、左膝を床に着いた。

 

「ここだっ!」

 

 王冠の周囲からはキラキラしたライトエフェクトが回って、スリュムがスタン状態に陥ったを示している。

 それを見逃さず、キリトの合図に合わせて全員が最大攻撃を放った。

 四方からは多種多様なライトエフェクトの光がスリュムに殺到し、身動きが取れないスリュムのHPをごっそり削り取る。

 

「地の底に還るがよい、巨人の王!!!」

 

 そしてトドメと言わんばかりにトールがミョルニルを豪快に振り上げ、スリュムの脳天に叩きつけた。王冠が砕けて吹き飛び、地響きを立てながら床に叩きつけられる。

 スリュムのHPゲージは既に消滅している。巨大な四肢とヒゲの先から、ピキピキときしむ音を立てて氷に変わって行く……と、不意に低い笑いを漏らした。

 

「ぬっ、ふっふっふ……。今は勝ち誇るがよい小虫ども。だがな……アース神族に気を許すと痛い目を見るぞ。彼奴らこそが、真の――」

 

 しかしスリュムが全てを言い終える前に、トールが足を踏み降ろして氷りかかったスリュムの頭を踏み砕く。

 凄まじい規模のエンドフレイムが巻き起こり、無数の氷片がダイヤモンドダストのように宙に舞い散った。

 また意味深な事を言ってたな……そう言えば前にもどこかで似たような事を聞いたような……? スリュムも同じ事でも言うつもりだったのか?

 

「……礼を言うぞ、妖精の剣士たちよ。これで余も、宝を奪われた恥辱を雪ぐ事が出来た。――どれ、褒美をやらねばな」

 

 言うと、トールは右手に持ったミョルニルを翳すと、ハンマーに嵌まっていた宝石の1つが外れて、落ちながら変形して人間サイズのハンマーへと変形しながらクラインの手の中に。

 

「《雷鎚ミョルニル》、正しき戦のために使うがよい。――では、さらばだ」

 

 そう言ってトールはミョルニルを掲げると、ハンマーが黄金の輝きを放って広間を覆い、次の瞬間にはトールの姿が無くなっていた。メンバー離脱のダイヤログが浮かび上がって、9人目のHPMPゲージも音もなく消滅する。

 

「ふう……レジェンダリーウェポンゲット、おめでとう」

「………………オレ、ハンマー系スキルびたいち上げてねェし、うっ、うぅ……」

 

 キリトがクラインの隣に歩み寄って、肩に手を置きながらお祝いするも振り向いたクラインは泣きたいのか笑いたいのか、俺には答えが出せない。そりゃあ惚れた美女が実はおっさんが化けていた姿で、その騙していたおっさんから伝説級武器を貰った……ってなれば泣けばいいのか喜べばいいのか。とりあえずスリュム共々『トールに純情を弄ばれた被害者の会』でも立ち上げればいいんじゃないか?

 などと2人から少し離れた場所から話を聞いていた時、突然城全体が大きく震えた。

 

「きゃああっ!?」

 

 突然の揺れにシリカがネコミミを伏せながら俺にしがみつく。

 この揺れ……まさか城全体が浮いている!?

 

「たっ、大変! クエストまだ続いてる!」

「な……なにィ!?」

 

 上ずったリーファの叫びに全員が驚いてリーファを注視する。

 

「どういうことだ? 親玉のスリュムを倒したらクエストクリアだったんじゃないのか!?」

「いや……そうか! ウルズからの依頼はあくまで()()()()()()()()()()()()()()()()()、肝心の《エクスキャリバー》が抜かれていないならクエストはまだ終わってないんだ!」

 

 と言うことはつまり、あれだけ苦戦した難敵スリュムも前座でしかないってことか!

 

「パパ、玉座の後ろに下り階段が生成されています!」

 

 ユイちゃんが指摘するや否や、キリトは答える暇もなく階段へ駆けだす。それに遅れる形で、俺たちも後を追いかける。

 玉座の後ろには確かに、巨人ではどうあがいても通れない、人間1人がギリギリ通れる幅の下り階段が出現していた。既にキリトは階段を下っている最中で、俺も後を追い階段を駆け降りる。

 

「でも、霜巨人の主であるスリュムがいないのにストーリーが進むってどういうことなんだ?」

「えっとね、あたしもおぼろげにしか覚えてないんだけど……スリュムヘイム城の主はスリュムじゃなかったんだ」

「はぁっ!? だって……」

「いえ、リーファさんの言う通りです。スリュムヘイム城の本来の主は《スィアチ》と言う巨人で、ヨツンヘイム地上フィールドで行われているストーター・クエストの依頼主も、地上で最大の城を持つ《大公スィアチ》と言うNPCみたいです」

 

 ってことはつまり、俺たちはまんまとミスリードに乗せられちゃったわけか……仮に地上のスローター・クエストがクリアされたら、その時はスィアチがスリュムの後釜に座るってシナリオかよ。

 やがて螺旋階段の先から光が見え、それが一気に広がる。広がった先はダンジョンの最下層。所謂『玄室』と呼ばれる空間だった。薄い壁が四方を囲み、その中心に静かに黄金の剣が突き立っている。

 

「《エクスキャリバー》……」

 

 その剣を見詰めながら俺は静かに呟いた。

 実際に目にするのはこれで2度目か……最初はキリトが操られていた俺を助けてくれた時。

 

「………………」

 

 チラ、とキリトが俺を見て、それに俺は頷く。

 キリトの右腕が細い黒皮で編まれた柄を握り、抜い――抜いて……あれ?

 

「っ…………!」

 

 キリトも一瞬戸惑うが、今度は両手でしっかりと柄を握り締め、あらん限りの力を込めて台座から引き抜こうとするも……黄金の剣はビクともしていない。

 ステータス面に限って言えば、この中で最大の筋力値を持っているのはキリトで間違いない。今の俺は敏捷優先、次点で筋力のビルドだから純粋なパワーに限って言えばキリトに若干及ばない。そして筋力値で言うならばエギルの土妖精族が最高で、次点でクラインの火妖精族が高い傾向にある。けどクラインの場合、刀を使うから技のキレを優先して敏捷を優先していて、結局この中で高いのはキリトと言うことになる。

 ……まあ、俺が()()を使えばステータスも無意味になるが、それはそれだ。それにこれはキリトが欲した物。キリトが抜かなきゃ意味がない。

 

「がんばれ、キリトくん!」

 

 アスナが、

 

「ほら、もうちょっと!」

 

 リズが、

 

「根性見せて!」

 

 シノンが、

 

「パパ、がんばって!」

 

 ユイちゃんが、

 

「キリトさん、がんばってください!」

 

 シリカが、

 

《きゅるるーっ!》

 

 ピナが、

 

「しっかりやれよ!」

 

 クラインが、

 

「お兄ちゃん、あと少し!」

 

 リーファがそれぞれにキリトを応援する。

 

「おら、腰が入ってないぞ腰が!」

 

 そして俺も茶化すようにエールを送り、キリトは再び気合いを込めて剣を引っ張り上げた。

 

 そして――

 

 ぴきっ、と亀裂が走る音。直後、あれだけビクともしなかった黄金に輝く聖剣は重厚かつ爽快なサウンドと共に引き抜かれ、同時にキリトの身体が勢いよく後方へすっ飛ぶのを咄嗟に俺たちで支える。

 剣を抜いた事実がまだ湧かないキリトが、腕に抱えた剣と俺たちを交互に見て、快哉を叫ぼうとして……台座から小さな根が飛び出し、頭上の巨大な根と絡み、融合しながら凄まじい轟音を立てていく。

 今までの振動が震度1かと思えるほどの凄まじい揺れに立っていることもできず、四方の壁がひび割れて砕け散り、遥か真下でぽっかりと開く大空洞に落ちていく。

 

「スリュムヘイム全体が崩壊します! パパ、脱出を!」

「って言っても……」

 

 既に俺たちが降りてきた螺旋階段は頭上の世界樹本体の根で破壊され、今このフロアは中心から辛うじて伸びる根と、四方を辛うじて繋ぐワイヤーでどうにか繋がっているような状態だ。おまけに根自体も重みに耐えられないのか、引きちぎれる寸前。

 

「クラウド、いつもの悪知恵は無いの!?」

「無茶ぶりが過ぎる!?」

 

 ひしっと背後を掴んでいるシノンの無茶な要求に全力で突っ込む。

 いや、頑張れば俺1人くらいならなんとか助かるかもしれないが……流石にそれは良くない。と言うか俺自身、どの程度までできるのか把握していないし。

 

「よ、よーし、こうなりゃこのクライン様がオリンピック級の垂直飛びで華麗に……」

 

 がばっと立ち上がったクラインが、樹の根を器用に上って今にも引きちぎれそうな根に向かって思いっきりジャンプ。

 あ、バカ――――と止める暇も無かった。

 おまけにそのジャンプがいけなかったと、後にクラインを除いた俺たち全員はずっと思う事態になった。

 

 ブチブチブチィッ!

 

「あいでっ」

 

 クラインが掴もうとした木の根はまさにその瞬間千切れて寸断され、最後の砦だったワイヤーも落下の衝撃でぷちんと切れた。

 結果、俺たちが居るスリュムヘイム最下層は繋ぎとめる物が一切無くなり、そのままパラシュートなしフリーフォールでウィーキャンフライ。

 

「く、クラインさんの……バカァーッ!」

 

 絶叫マシンが大の苦手だと言うシリカが、ガチで本気に罵倒を浴びせる。

 耳元でシリカが思いっきり叫んでいるが、絶叫系が平気な人でもパラシュートもなしでフリーフォールさせられれば絶叫するだろう。おまけに、周囲では俺たちと同時に崩れ落ちた巨大な氷塊同士が激突し、より小さな氷塊に分解されているんだから恐怖心を煽ってる。

 うーん……これは無理、かなぁ……このままだと大空洞の先にあると言うニブルヘイムまで真っ逆さま。リーファとキリトの会話に聞き耳を立てると、地上で行われていたと言うスロータークエは辛うじて阻止したらしいけど、このままだと俺たちはきっと「ミンチよりひどい」って状況が待ち受けてるはず。

 うーん、ダメだこりゃ。(イカリヤ感)

 などとドリフっていたら、何かが聞こえたような気がして顔を上げる。しかし周囲を見ても、俺たちと共に大空洞に向かって落ちていく氷塊しか見えない。

 しかしリーファにも何か聞こえたらしく、抱きついていたキリトから離れると器用に姿勢を調整して音の主を探し、

 

「――――トンキー!」

 

 何かを見つけた途端叫んだ。

 リーファの視線の先。周囲を取り巻く氷塊のずっと先。南の空から「くおおぉーん……」と啼きながらゾウとクラゲを合体させて羽を生やした邪神がゆっくりと近づいてくる。俺たちをスリュムヘイムまで送ってくれた仲間のトンキーだ。

 これは……危機一髪の所で助かるのか? トンキーの人数制限は7人までだが、実際それを超過しても移動速度に制限が掛かるだけだと言うから乗り移っても大丈夫だろう。

 

「へ……ヘヘッ、オリャ、最初ッから信じてたぜ。アイツが絶対助けに来てくれるってよ……!」

「……クライン(コレ)はこのままニブルヘイムまで落ちてもらおうか?」

「ウソですゴメンナサイ! トンキー様のお慈悲に感謝しますッ!」

 

 調子の良い事を言っていたクラインを見てボソッを呟くと、舌の根も乾かぬ内に早口で捲し立てながら手のひら返し。

 そうこうする内にトンキーは落下する円盤の速度にピタリと合わせ、幅5メートルほどのスペースを開けてピタリと滞空。さすがに周囲を氷塊が舞っていて横付けは出来ないが、これくらいの距離なら全員余裕で飛び越えられるため女性陣たちはとんとん拍子で飛び移り、男性陣のトップバッターを切ろうとしたクラインは、またも不穏なフラグを立てようとしていたので上段回し蹴りで蹴飛ばして強引にトンキーの背中に。若干飛距離が足りなかったが、トンキーが伸ばした鼻で見事キャッチしてくれた。ナイスフォロー。

 

「じゃ、お先!」

「ああ」

 

 キリトに軽く手を上げて断ってから、軽く助走をつけて跳んでトンキーの背中に着地する。

 さて、あとはキリトだけ――と思いながら振り返ると、キリトは円盤の上で立ち尽くしていた。

 どうしたんだ……? と考えてから、すぐに思い当たる。《エクスキャリバー》だ。キリトでも持つのがやっとのそれが原因で、あのままでは飛べないのか……!

 

「…………まったく、カーディナルってのは…………!」

 

 僅かな迷いの末、覚悟を決めたキリトは握っていた《エクスキャリバー》を真横に放り投げる。そのまま軽く助走をつけて円盤の縁を思いっきり蹴って跳び、トンキーの背中に着地した。

 

「……良かったのか?」

「ああ。また取りに行けばいいだけさ」

 

 気遣うように言うと、キリトはスッパリ見切りをつけたようにハッキリと答える。まあ、キリトがそう言うのなら、いくらでも付き合ってやるが……。

 しかし、そんな俺たちの気持ちとは裏腹に水色の髪のアーチャーが1歩前に出て、銀色の細長い矢を番えながら長弓を構える。

 

「200メートルくらいか――」

 

 ポカンとしている俺たちを余所に、シノンは呟くとスペルを詠唱。

 キリキリと引き絞られた弓。静かに予測した位置をポイントすると、シノンはぱっと指を離して矢が鋭く風を切りながら放たれる。

 矢からは不思議な銀の糸が曳かれたそれは、弓使い専用の種族共通スペル《リトリーブ・アロー》だった。矢に伸縮性・粘着性の高い糸を付与し、本来使い捨てになってしまう矢を回収したり、手の届かない位置にあるオブジェクトを引っ張り寄せたりすることが可能な便利な魔法だが、糸が矢の軌道を歪める上に誘導性も皆無。普通は近距離でしか当たらない。

 

「(いや、シノン、いくらお前でも……いや、まさか……いやいや)」

 

 シノンの超人的な狙撃能力は俺が一番良く知っているが、これが12.7ミリないし7.62ミリ弾ならまだしも、弓矢でそれはさすがに……。

 

 たぁん!

 

「うっそー!?」

 

 内心あれこれと文句をつけていた俺だったが、放たれた矢は見事に黄金の長剣に命中して思わず絶叫を上げる。

 

「よっと!」

 

 そのままシノンは右手に持つ魔法の糸を引っ張って、見事に糸がくっついた《エクスキャリバー》がぐんぐん近づいてきて、そのまますぽっとシノンの手の中に収まった。

 

「うわ、重……」

 

 呟きながらも両腕で保持し、くるりと振り返ったトンデモアーチャーに、

 

『し、し、し…………』

 

 俺とキリトを除いた全員が声を合わせて、

 

『シノンさん、マジかっけぇー!』

 

 6人とユイちゃんの賞賛に、ネコミミをピコピコ動かしてきょとんとするシノン。

 

「いや、シノン……トンデモなさすぎるだろ、お前……」

「普段とんでもないことばっかりやってるクラウドにだけは、言われたくないんだけど。それに、《ヘカート》を手に入れた時と同じって考えれば、納得できるでしょ?」

 

 いや、まあ……そう言われて、俺も言葉を濁しながら同意する。確かにあの時も目標は不規則に動き、ボスの起こす振動で照準は不安定だったが……システムアシストも無しに200メートル先の、もはや光点みたいな目標にヒットさせるってのはあの時以上の神技じゃないのか……?

 言い返せない俺から視線を外すと、シノンはキリトに向き合った。

 

「あげるわよ、そんな顔しなくても」

 

 そう言われてぱぁっと顔を輝かせたキリトは、素直に差し出された《エクスキャリバー》を受け取ろうとし、だが途中で剣がひょいと引き戻された。

 

「その前に、1つだけ約束」

 

 そう言い、コンビを組んで以来今まで見たこともないような輝くような笑顔でにっこりと笑ったシノン。

 

「――この剣を抜くたびに、心の中で、私の事を思い出してね」

 

 ピキッ。

 空気がスリュムの氷ブレス以上の寒さで凍りつく中、再び黄金の聖剣はキリトの手に移る。

 

「シノン、お前……行きの階段での事まだ根に持って……?」

「さあ? 何のことかしら?」

 

 頬を引き攣らせながら恐る恐る訊くも、シノンはどこ吹く風のように流してしまう。

 キリトも行きの階段での出来事を思い出し、顔が若干引きつっているが可能な限り平静を装って口を開いた。

 

「……うん、思い出して、礼を言うよ」

「ん。どういたしまして」

 

 トドメにシノンはウインクを決める。こっわ! シノンマジこっわ!

 シノンの執念深さに戦慄して震えあがっていた時、突然トンキーが「くおぉーん!」と啼き、翼を強く打ち鳴らして上昇する。

 釣られて見上げれば、今まさにスリュムヘイム城が崩落する所だった。

 

「映画とかだったら、こう……爆発する敵の本拠地に背を向けながら去っていく、ってシーンだよな」

「いつの時代のハリウッド映画よ……にしてもあのダンジョン、1回冒険しただけで無くなっちゃうんだね」

「ちょっと、もったいないですよね。行ってない部屋とかいっぱいあったのに」

 

 崩れ落ちるかつて城だった残骸を見上げてポツリと呟くと、呆れたようにリズが突っ込みを入れながら残念そうにつぶやいて、シリカもそれに相槌を打つ。

 もっと時間があったら隅々まで探索していたんだが、今回は緊急時だったから仕方ない……これがGGOであったなら、俺はきっと血眼になって探していたんだろうなと考えると自身のがめつさに呆れて肩を竦める。

 

「ん……? なあ、下から何かが……」

 

 城の残骸が大空洞へ呑みこまれるのを見ていると、ふと大空洞から一瞬光が瞬いた。

 目を凝らして光を凝視すると、ゆらゆらと揺れて青く輝くのは――

 

「……水?」

 

 そう呟いた直後、大空洞の奥深くから、轟音を響かせながら巨大な水柱が噴き上がる。

 

「見て! 上!」

 

 何かを見たシノンがさっと右手を上げた。

 スリュムヘイムが完全に消滅したことで、世界樹の根が解放されて生き物のように大きく揺れ動きながら太さを増して寄り合い、かつて大空洞だった湖のある真下に向かって伸び、放射状に広がる。

 

「見て……、根から芽が……!」

 

 アスナの声に目を凝らすと、湖の四方八方から伸びる根のあちこちから立ち上がって急激なスピードで育っていくと、芽はあっという間に巨木へと成長する。

 いつの間にかヨツンヘイムに吹く冷たい風は止み、代わりに春風のような暖かい風が吹き、世界全体が太陽に照らされたかのように輝きを増していた。

 

「………………」

 

 現実では到底起こり得ないだろう荘厳な光景に俺は言葉を失い、ただただ魅入っていた。

 

「くおおぉーん…………」

 

 突然トンキーが高らかな遠吠えを響かせる。

 すると、各地からトンキーの鳴き声に似た遠吠えが聞こえ、ゾウクラゲ型邪神や他にも無数の動物型邪神が姿を見せる。

 入れ替わるように人型邪神は1匹も残らず姿を消し、それと同行していたレイドパーティの連中はハトが豆鉄砲食ったように呆然と立ち尽くしている。あと少しでクエストをクリアして《エクスキャリバー》が手に入る……というタイミングで突然訳も分からずに強制失敗と言うのは、少々気の毒に思うけど。

 

「……よかった。よかったね、トンキー。ほら、友達がいっぱいいるよ。あそこも……あそこにも、あんなにたくさん……」

 

 感極まったリーファがトンキーに囁きかける。その頬からはぽろぽろと雫が毀れ、シリカも共感してリーファに抱きついてしゃくりあげた。

 それが伝わってみんなも涙ぐんだりしているのを見て、俺も少しウルッとくる。

 

「無事に、成し遂げてくれましたね」

 

 と、その時。突然声が掛けられてはっとなって顔を正面に向けた。

 トンキーの頭の向こうに、金色の光に包まれた人影が浮かんでいる。

 身の丈およそ3メートルほどのこの巨大な金髪の美女が、もしかしてキリト達が言っていた《湖の女王ウルズ》……なのか? 特徴も同じだし。

 

「“全ての鉄と木を斬る剣”《エクスキャリバー》が取り除かれた事により、ヨツンヘイムはかつての姿を取り戻しました。これも全てそなたたちのお陰です」

「いや、そんな……。スリュムは、トールの助けがなかったら倒せなかったと思うし……」

 

 尻込みしながら答えたキリトに、ウルズはそっと頷く。

 

「かの雷神の力は、私も感じました。ですが……気をつけなさい、妖精たちよ。彼らアース神族は霜巨人の敵ですが、決してそなたたちの味方ではない……」

「(ん……?)」

 

 ウルズの意味深な言葉に俺はふと既視感を覚える。スリュムも似たような事を呟いていたし、それに……以前にも似たようなやり取りをしたような。あれは……そう、海底神殿で……。

 

「――私の妹達からも、そなたらに礼があるそうです」

 

 記憶を思い起こそうとするも、そう言ったとともにウルズの右側が水面のように揺れて人影が1つ現れた。

 身長は……長女のウルズよりもやや小さいが、俺たちプレイヤーよりもずっと大きい。髪は姉と同じ金髪だが、こちらは少しだけ短いみたいだ。どっちかって言うと、姉が『高貴』で彼女は『優美』か。

 

「私の名は《ベルザンディ》。ありがとう、妖精の剣士たち。もう一度緑のヨツンヘイムを見られるなんて、ああ、夢のよう……」

 

 そして今度はウルズの左側に旋風が巻き起こり、内側からまたも人影が現れる。

 今度現れたのは鎧兜姿で、しかも俺たちプレイヤーと同じサイズだ。姉たちと違って勇壮な雰囲気がある。

 

「我が名は《スクルド》! 礼を言おう、戦士たちよ!」

 

 凛と張った声で短く叫び、ベルザンディとスクルドの2人は手を翳し、報酬アイテムのユルドやらアイテムやらがテンポラリ・ストレージの容量上限ギリギリまで流れ込んできた。

 

「――私からは、その剣を授けましょう」

 

 そう言ってウルズがキリトが抱えている《エクスキャリバー》を指差し、光り輝いてキリトのストレージに格納される。念願の伝説級武器ゲットに快哉を上げたりはしなかったが、「……よしッ!」と小さくガッツポーズしたのは見なかった事にしておこう。

 3人の乙女たちは、ふわりと距離を取って口を揃えて言った。

 

「「「ありがとう、妖精たち。また会いましょう」」」

 

 同時に、凝ったフォントでクエストクリアのメッセージが表示され、やっと終わったかと溜め息をつく。

 ……と、クラインがものすごいスピードで後ろから飛び出してきて、身を翻して飛び去って行く3人に向かって大声で叫んだ。

 

「すっ、すすスクルドさん! 連絡先をーっ!」

「――――――」

 

 あまりにも斜め上な展開に俺は口を半開きにして呆然となり――と言うかクラインを除く全員が唖然としていた――、どっから突っ込んでやろうかと考えたが……。

 あろうことか、スクルドはくるりと振り向くと面白がるように笑いかけて、小さく手を振った。

 振った手から何かキラキラした物が宙を流れて、クラインの手にすぽっと飛び込む。

 直後、今度こそ末妹の女神は消滅し、クラインはスクルドから贈られてきたものを大事そうに胸に抱えていた。

 

「……クライン、あたし今、あんたの事心の底から尊敬してる」

「……いやまったく」

 

 呆れたように言うリズに、俺も何度も頷きながら同意した。

 

 

 

 で、その後の話だ。

 キリトがいきなり、「この後打ち上げ兼忘年会でもどう?」と言い出し、それに全員が賛成。

 しかし場所――つまりALOでするかリアルでするかで悩んでいた所、出来た娘のユイちゃんが「リアルで!」と言って、会場はエギルの店《ダイシー・カフェ》で行うことに。

 何しろアスナが明日から1週間、京都にある父方の実家に滞在すると言うのだから、リアルで当分会えない2人の心情を汲んで提案したのだとか。まったく、ユイちゃんは素直で良い子だなぁ。お兄さん泣けてくるよ。

 そうなると俺はどうするかと言うことになるが、俺はシリカのPC経由で参加、と言うことになって大急ぎでシリカの家があるIPアドレスまで素っ飛んで合流。途中でリズとも合流して台東区御徒町にある《ダイシー・カフェ》に到着すると、俺たちが最後だったらしく既に全員が揃っていた。

 

「ごめんごめん、ミストが合流するの遅くってさー」

『あのなぁ、お前らは『パッと行く』が出来るかもしれないけど、俺はそういう便利なの出来ないんだぞ!?』

「だから言ったじゃない、「私の所なら近いしこっちから来る?」って」

「あはは、ダメですよシノンさんー。仮にシノンさんの家に行っても遠隔接続する設備がないじゃないですかー」

 

 にこにこと笑いながら、しっかりシノンに牽制を入れるシリカ。リアルのイベントに参加する時には何かと必要だろうと、キリトが好意でシリカの家から遠隔接続できるように道具やら何やらを譲ってくれていたのだ。つまりシノンの部屋に行っても、俺は参加できないわけで……。

 

「あ、あはは……けど、この『視聴覚双方向通信プローブ』が完成したら、今よりももっと手軽になると思うぞ」

『そうですよミストさん! 私とミストさんのためにも、パパにはガンガン注文出してますから!』

 

 何とも頼もしいユイちゃんのコメント。

 キリトは学校でメカトロニクスコースなるものを選択しているそうで、その授業の課題でこのデバイスを作っているらしい。なお、内容に関して俺は一切頭が付いていかなかったけど、それって専門学校とかの分野じゃないの……? 俺が学校に通っていた当時そんなコース無かったよ? とここでもジェネレーションギャップで衝撃を受けたのは覚えている。俺、文系とか理系とか普通にある奴だったし……。

 まあ、それは置いておいて、全員が集った所で会場をセッティングし、全員に飲み物が行きわたった所でキリトが音頭を取った。

 

「祝、《聖剣エクスキャリバー》と、ついでに《雷鎚ミョルニル》ゲット! お疲れ、2025年――乾杯!」

『かんぱーい!』

 

 

「それにしても、さ。どうして《エクスキャリバー》なの?」

「へ? どうしてって?」

 

 宴も終盤に差し掛かった頃になって、不意に口を開いたシノンにキリトは照りっ照りのスペアリブを咀嚼しながら聞き返した。

 

「ファンタジー小説やマンガだと、たいてい《カリバー》でしょ。《エクスカリバー》」

『あー、それは俺も思った。《カリバー》の方がメジャーだよな」

「あ、ああ……なるほど。ミストもそう言うの詳しいのか?」

『詳しいっていうか、結構知名度が高いからな、《エクスカリバー》って。《キャリバー》も間違っちゃいないけど、どっちかって言うとマイナーな呼び方だし』

「へぇ~。シノンさんもミストくんも、そう言うの詳しいんだ?」

 

 キリトの隣に座るリーファが感心しながら訊ねると、シノンは少し照れくさそうに笑った。

 

「中学生のころは図書館の主だったから。アーサー王伝説の本も何冊か読んだけど、全部《カリバー》だった気がするな」

『逆に俺はゲームとかで知ったし。カードゲームとか、ファンタジーRPGでも《カリバー》か《カリバーン》ばっかで、《キャリバー》はあんま……あ、1つだけあった。フライトシューティングゲームに出たレーザー兵器が《エクスキャリバー》だった』

「ミスト、お前が何を言っているのか、やっぱりわからない」

「奇遇ね、私もクラウドの話がサッパリ分からない時が良くあるの。以前も《イングラム》が欲しかった理由がバ○オハザー○で出たからって、ネタが古すぎてまったく分からなかったわ」

 

 答えた俺にキリトは頬を引き攣らせ、シノンも淡々と半眼でツッコミを入れる。

 むぅ……エ○コンも知らないとは。またもジェネレーションギャップ。

 

「確か、大本の伝説だともっと色々名前があるのよね」

『《カリバーン》だってその1つだったし、《コールブランド》とか《カレドヴルッフ》とか……他にも色々あったな』

「うはっ、そんなにあるのか」

「あとは、私にはこっちの方が印象強いんだけど、銃の口径の事を《キャリバー》って。綴りは違うと思うけど。あとは、そこから転じて『人の器』って意味もある。『a man of high caliber』で、『器の大きい人』とか、『能力の高い人』って意味」

「へえぇーっ、覚えとこっ!」

 

 感心するリーファにシノンは「たぶん試験には出ないかな」と苦笑する。

 すると横で話を聞いていたリズが、にやにやと悪だくみを思いついたように口を開いた。

 

「とゆーことは、エクスキャリバーの持ち主はデッカイ器が無いとダメってことよねー……」

「……? そ、そう……なんでしょうか?」

 

 意味深に呟いたリズが、シリカの携帯端末に付属するカメラレンズを見て意味深に笑う。

 その、俺に向けられた笑みを見て、俺もニヤリと口角を釣り上げた。

 

『そーうーいーえーばー、どっかの誰かが短期のアルバイトでどっかーんと稼いだって聞いた気がするなー俺!』

「んなッ!? ミスト、お前な! だ、だいたいあの事件は、お前も関わってただろ!」

『えぇ~? 俺はあの事件に巻き込まれた被害者だしぃ~? それにタダ働きでなんにも見返り貰ってないからな~。それに俺、参加しても飲み食いは一切してないしー。ところでエギルー、この店チャージ料ってある?』

「そんな悪徳商法をやってるわけがないだろ……」

 

 わざとらしくエギルに話題を振ると、こっちの意図を薄々感づいたらしいエギルが呆れた様子で答えた。

 はい、と言うことで俺は実質参加費無料です。やったね!

 

「で、どうなのよ?」

「うぐっ……」

 

 リズの催促にキリトはぐっと言葉を詰まらせる。ここまでお膳立てされればキリトだって引くに引けないだろう。

 

「……も、もちろん最初から、今日の払いは任せろっていうつもりだったぞ……はは、はははっ」

 

 口元を引き攣らせて乾いた笑いを浮かべながら、キリトは胸を叩いて宣言した。

 とたんに四方から盛大な拍手とクラインの口笛を鳴らして、喝采を送って場は再び盛り上がる。

 

『よっしゃエギル、料理と飲み物ジャンジャン追加してくれ! なんなら店で1番高い奴を出してくれても良いぞ!』

「やめろ本気でやめろ! いややめてくださいお願いしますっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Next Episode......

 

 

 ――――今でも、時々……考える。

 

 あの時……最後まで戦っていたら、果たして勝つのはどちらだっただろう。

 

 ……結果として勝ったのは俺だった。だけどその勝利はとても苦くて、俺はあれを自分の力で勝ったとは思っていない。

 

 あの時だってそうだ……助けてもらわなかったら、俺は倒されていただろう。結局俺は、あいつに『勝つ』ことが出来ないまま『勝利』を得ていた。

 

 もしも今、再びあいつと戦ったら?……その時は今度こそ、本当に勝てないかもしれない。

 

 ……いいや、違う。その時も俺は再び『勝利』する事になるんだろう。きっとあいつは手を抜いて、わざと勝たせるはずだ。

 

 だけど俺は、本当の事を知っている。今のあいつは俺より……いや、きっとこの世界の誰よりも――――。

 

 

 

 今でも時々考える。

 

 あの時、最後まで戦っていたら、勝つのはどちらだっただろう。

 

 あのまま追い詰めて本気を出させる事を躊躇わせていれば、きっと労せず勝てたかもしれない。それでもわざと逆鱗に触れて本気を出させたのは、あの世界を本気で生きていこうとした人間としてのせめてもの矜持だったか。

 

 けれど結果的に、俺は最後の最後で切り捨てたはずの情を再び抱いて破れ、散った……そのはずだった。

 

 だけど俺は今も生きている。……これを『生きている』と呼んでいいのか、いささか疑問は残るが。

 

 しかし……生き残った代償は、ある意味大きかったのかもしれない。むしろいくつもの偶然といくつもの幸運を折り重ねてこうなったのなら、それはやっぱり『幸運』なのだろう。

 

 ともあれ俺は、人ではなくなった。いや、この世界に降り立った時から既に人でなかったのかもしれない。だけど、1度目の『死』が俺を縛り付けていた『枷』を引きちぎった。

 

 今の俺は人の限界を超えて、この世界で俺と対等の存在は居ないだろう。だからこの事は絶対に、誰にも知られてはならないし、悟らせてもいけない。あくまでも『人間』で在り続けるために。

 

 こんな俺になっても変わらず接してくれる仲間たちには、いくら感謝の言葉を紡いでも足りないほどだけど、同時に後ろめたさもあった。

 

 後悔はない……それは今でも変わらない。だけど……なにも罰せず、ただ赦されるとずっと後ろめたかった。

 

 俺は……俺が彼女のために、彼らのために出来る事はなんだろう。今の俺に何が出来るのだろう……?

 

 

 次章、『マザーズ・ロザリオ』

 

 

「……後悔するなよ、俺に本気出させた事」

 

「しないさ。本気でぶつかって負けたなら、悔いはない」

 

「そうかい。なら――

 

 そのリクエストに応えてやるよ、キリト――!」




ttps://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=193549&uid=67854

現在上記のリンク先でアンケート募集してます、現在圧倒的にAルートが多数ですが、時間はあるのでまだ参加していない方はどうぞどうぞ。

一応次章であるマザーズ・ロザリオは真面目に……うん、真面目にね、やりたかったんだ。ところがぎっちょん、みょうちくりんなイレギュラーのせいで真面目成分がロストしちゃうよ! なんでこうなった! ガッデム!


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