プリニー〜ダンジョンで俺が最強って解釈違いじゃないッスか⁈〜 (ジャッキー007)
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生まれ変わっても社畜ッスか…

息抜きにディスガイアをプレイ中、妙な電波を受信を受けてノリでやっちゃいました


思い返せば俺の人生は、灰色と称しても良いものだった。

 

学生時代、そこそこに勉学に励み、部活動といった青春を送ることもなく

 

そこそこの大学に通い、就活で入った会社はまさかのブラック企業で。

 

 

朝は上司より早く出勤して、夜は上司より遅く帰るのは当たり前。

 

振られた仕事の量によっては、終電に間に合わず、職場で寝泊まりなんて事もあった。

 

休みの日も電話対応や持ち帰った仕事だけで1日を費やし、外出や趣味は気づいたら無くなっていた。

 

同級生たちの結婚や出産の報告を横目に仕事を熟す毎日で、クリスマスや年末年始を職場で過ごした事も少なくない。

 

 

職場と自宅の往復、なんなら職場に居る時間が自宅にいる時間よりも長い毎日を続け、心が麻痺していた頃、ついに身体が限界を迎えた。

 

 

重量に逆らう事なく倒れた体、霞む視界。

 

ボーッとした意識の中で最後に考えたのは、上司に怒られる事と親の顔。

それを最後に、俺は死んだ…はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、死後も働く羽目になるとは…」

 

水で濡らしたモップで廊下を拭く手を止めて、俺はポツリと呟いた。

 

窓に反射して映る今の自分の姿は、生前とは全く違う姿をしている。

 

 

 

デフォルメされたペンギンのようなフォルムに杭のように細い脚、身体のサイズとは不釣り合いな小さいコウモリのような翼に、腹部に巻いたポーチ。

 

 

 

そう…人として一度死んだ俺は、魔界の住人である魔物…プリニーとして生まれ変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プリニー…それは、知る人ぞ知るSRPG「ディスガイア」シリーズに登場するキャラクターであり、シリーズを生み出した会社のマスコットキャラだ。

 

特徴的なフォルムから親しみやすさを覚えるキャラクターだが…俺が転生したプリニーという種族は、他RPGやファンタジー小説でいうところのゴブリンやスライムと同列と言っていい。

 

同じ下級魔族と比べても、多少ステータスの優劣はあっても、総合的に見れば下から数えた方が早い…そんな存在になってしまった当初は絶望感が半端なかった。

 

更に、ディスガイアシリーズは「やり込み要素」に力を入れた作品である事が、絶望感に拍車を掛けた。

 

 

 

このシリーズ最大の特徴と言っても過言ではない豊富なやり込み要素…その代表的なものが、他のゲーム以上に設定されたレベル上限にある。

 

 

 

RPGの最大レベルが99や100であるのに対し、ディスガイアシリーズのレベル上限は9999、総ダメージで億を超えるのだ。

 

そんな、文字通り桁違いの強さを有した魔物や悪魔が跋扈する弱肉強食の世界に放り込まれた俺が真っ先に考えたのは、如何に生き残るかだった。

 

 

魔界に住む悪魔は基本的に暴力的で傍若無人な奴らだ。

敵どころか、味方ですら命を脅かす脅威となる世界で生き残る方法…それは、2つ。

 

一つは勿論、強くなる事。

レベル1では抵抗する間もなくやられるだろうが、レベルを上げればその分ステータスも上がり、生存率が高くなる…まぁ、プリニーの特性上、レベルを上げてもアレなんだが。

 

もう一つは、上に逆らわない事。

忠誠心は無いにしても、上に逆らえば碌なことにならないのは生前学んだ事だから、こっちは何とかなる。

 

 

 

問題は、強くなる事だった。

 

生前から戦いや喧嘩とは無縁な生活を送ってきた人間…元人間だが。

そんな奴が、いきなり戦う事なんて出来るか?

 

答えは無理だ。

 

 

戦い方はおろか、武器の持ち方すらまともに教わっていない俺は、側から見ればそれは無様だったろう。

 

武器であるダガーを持つ手と足は震え、顔は青く、浅く呼吸をするので精一杯。

 

何も出来ず逃げた日もあった。

 

それでも、やらなければならない。

 

弱いままでは、奪われるだけだ。

 

その一心で、無理矢理自分を奮い立たせた。

 

 

背後からの不意打ち、力尽きたフリをしての騙し討ち。

敵同士で戦い、疲弊した所を狙って漁夫の利を掻っ攫うこともやった。

 

そうして、何度も戦って、レベルが上がれば真正面から挑む事も増えていった。

 

生き残る為には、装備品も妥協出来ない。

 

時には敵から奪いながら厳選し、強化を繰り返した。

 

 

そんな中で、幾つかの誤算もあった。

 

サボ…仕事の合間にレベリングをしているなか、ある悪魔によって時間と空間が捻じ曲げられる事件に巻き込まれたこと。

 

そして、その事件で所謂ナンバリング作品の主要人物と出会い、事件を通して一部から友人認定されたのは驚きだ。

 

…まぁ、その中であの天才マッドな邪悪学園の優等生に捕まり改造されたが、思わぬ収穫もあったから、強くなる為の仕方無い犠牲と目を瞑った。

 

 

 

そんな出来事がありながらも、人生ハードモードどころかインフェルノな世界で生き残るべく頑張った結果

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、A班は庭の手入れ、B班は掃除。C班は洗濯を頼むッス」

 

『了解ッス!』

 

今や、城のプリニー達をまとめ上げるリーダー的存在になっていた。

 

 

 

 

 

こうなった原因だと思える事は割とある。

 

主人の機嫌が悪くなり、その矛先がこちらに向かないようにサボっていたプリニーをしばき上げた事や、ただでさえ機嫌の悪くなった主人がプリニーに手を上げようとする前に違うことで機嫌を取って矛先を逸らしたり。

 

 

プリニー達に報連相を徹底させた事で、主人が機嫌を損ねる事がいくらか減ったり。

 

 

生前に行っていた、ごく当たり前な事をやっていただけだが、気がつけば城で働く事になった新入りの指導を任され、ヘマをした新入りの尻拭いをしているうちに今の立場に立っていた。

 

 

その分、責任やらが重くのし掛かる事になった割に給料は増えないし仕事の量は全く減らないが。

 

 

 

 

ともかく、俺の目的は変わらない。

 

 

この理不尽でふざけた世界で生き残って金を稼ぎ、再び人として転生する

 

その為、俺は今日も自分の持ち場の清掃に勤しむのであった。




レン(プリニー族)
元ブラック企業勤めのサラリーマン
過労死した後、生前プレイしていたゲームのザコキャラに転生してしまう。
文字通り、桁違いの強さを持つ魔物や悪魔が跋扈する弱肉強食の世界で生き延び、再び人間に転生する為奔走中

なお、生まれ変わっても社畜な現状に通常のプリニーよりも目が死んでいる


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知らねー天井ッス

1話投稿から3日でお気に入り80件オーバー…かなりビビってます
古いネタも多いですが、ご容赦ください


ベル・クラネルは、未だかつてない程に異様な光景を目の当たりにしていた。

 

 

女神ヘスティアの眷族となり、冒険者になって1週間が経ち、上層にも少しは慣れてきた頃だった。

 

1階層の、本道から少し逸れた道。

 

普段であれば、気にする事はない場所なのだが…その時ばかりは違った。

 

何か、予感めいたものを感じたベルは一歩、また一歩と歩みを進める。

 

不測の事態に備え、腰に差したナイフの柄に手を添え、少しずつ進んで行った先に…それは居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見た目は、まるで簡素に描いた鳥に近い。

ずんぐりとした体型に杭のように細い足。

 

腹部にポーチを巻いたそれは、アドバイザーから教えてもらった上層部に現れるモンスターとは全く違う姿をしていた。

 

それだけでも、異常事態と言えるだろう。

だが、問題はそれだけではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ンガァァァ…ッスピィィ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新種と思われるモンスターが、あろうことか道のど真ん中で高いびきをかいて眠っていた。

 

ご丁寧な事に、鼻提灯を作って。

 

 

「…何、これ…」

 

 

思わず、戸惑いの言葉が口から洩れる。

 

ダンジョンの中で寝るなど、冒険者もそうだがモンスターにとっても危険な行為だ。

 

眠るという事は、無防備な姿を曝け出す行為であり、ダンジョンの…それも、安全圏でない場所など、いつ襲われても文句を言えない。

 

第一、ダンジョンで眠っているモンスターをベルは見た事が無かったし、他の冒険者達もそうだろう。

 

 

「ん…うぇへへ…」

 

当のモンスター(?)はベルの困惑を他所に寝返りを打ち、尻を掻いてだらしの無い笑みを浮かべる余裕っぷりである。

 

 

その、あまりにも人間臭い仕草に脱力感を覚えながらも、ベルは意を決してそれへと近づいていく。

 

 

「…っ」

 

 

 

一歩、また一歩と恐る恐る近づいていき、漸く手が届く間合いに近づくと、腰からナイフを鞘ごと抜き、危険物に触れるように突く。

 

 

ナイフ越しに伝わる感触は、生き物とはまるで異なるものだった。

 

筋肉特有の硬さや柔らかさとは異なる、何とも例え難い感触を確認しながらも、ベルはある事に気づいた。

 

「縫い目…?」

 

涎を垂らした、だらしのない半開きの口元…嘴の根本の辺り。

顔との境目の辺りに縫い付けたような跡があった。

 

よくよく見てみると、色味の異なる胴体部分の境目にも同じように大小は違えど、縫い目を確認出来た。

 

 

「もしかして…着ぐるみ?」

 

ナイフを再び腰に戻してベルは呟く。

見た目は確かに、異様な姿ではあるが、その人工的な所がみられた結果だ。

 

だが、それでも不可解な所は多い。

 

着ぐるみであれば、この作り物めいた外見にも納得する事が出来る。

だが、着ぐるみがこうも表情を変える事が出来ただろうか?

 

 

「…このまま放っておく訳にも、いかないよね…」

 

悩みに悩んだ結果、ベルはそれを放置しておく事ができず、ホームに持ち帰る事にした。

 

 

 

 

道中、横切る人に見られたり、時折呼吸が止まりながらも未だ眠り続けるそれにヒヤヒヤしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…知らねー天井ッス」

 

まさか、プリニーになって生前憧れていたセリフの一つを言う事になるとは思いもしなかった。

 

それはともかく、今の状況を確認しよう。

 

目の前に広がるのは、古い木製の天井で、背中には硬い感触がある…手触り的に、土では無さそうだ。

最後に覚えている風景は、魔界の荒野…少なくとも、建物を見た記憶は無い。

 

寝ぼけてハッキリとしない意識の中、ゆっくりとこれまでの事を思い出すべく、記憶を掘り返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事の発端は遡ること半日前、いつもの主人の無茶振りからだった。

 

 

俺が仕えていた主人は、ハッキリ言ってかなりの我儘な悪魔だった。

 

前日の晩、明日はこれが食べたいと言っていた食事を作れば当日になって気分じゃないと言い出すのはザラ。

 

そんな主人は、その場の思いつきで何かを言い出す事も少なくなく、突如として俺たちに言ってきた。

 

『邪竜族の卵を使ったプリンが食べたい』と。

 

 

邪竜族といえば、魔界の中でも上位の魔物で、プリニーごときでは太刀打ち出来ない相手だ。ましてや、その卵を盗むなど自殺行為と言っても良い。

 

しかし、命令を拒否すれば城で働くプリニー全員の首が飛ぶ(物理的に)のは明白。

 

従う他なく、俺たちは邪竜族の棲家に侵入することになった。

 

 

 

そして…。

 

 

 

 

 

『アァァァァァァァァアァア!』

 

俺を先頭に、十数体のプリニーが全力疾走する。

 

生前見たマーモットの動画のような野太い悲鳴をあげながら走る俺たちは、なんとか卵を盗み出す事に成功した。

 

しかし、それに気づいた邪竜は案の定大激怒。

その巨体で飛翔し、卵を抱えて走る俺たちを追ってきていた。

 

「ヤバいッス!リーダー、マジでヤバいッスゥゥゥゥ!」

 

「あっつ!火!今ちょっと掠ったッス!」

 

俺の後ろを走るプリニー達が、逃げながら俺に泣き言を洩らす。

 

チラッと後方を見れば、邪竜が俺たちを仕留めようとブレスを何度も吐き、着弾した地面が爆発する…その様子は、例えるなら船橋のゆるキャラが遭遇したドッキリや、昔見た特撮のワンシーンと言うだろうか。

 

見てるだけなら「すげー」と言って笑ったり出来るが、当事者になれば成る程。必死に走る理由も分かる。

 

 

「喋る余裕があるなら足を動かすッス!ちょっとでも止まったら御陀仏ッスよ!」

 

必死に足を動かしながら後ろの部下に檄を飛ばす。

俺以外のプリニー達はレベルが低い。

追いつかれたりしたら一巻の終わりだ。

 

 

「あぅっ!」

 

そんななか、最後尾に居たプリニーが足を縺れさせて転倒した。

幸い卵を抱えているメンバーでは無かったが、卵を奪われ怒っている邪竜には関係なく、倒れたプリニーに狙いを定める。

 

「っ、たく…!」

 

小さく舌打ちをし、先頭から踵を返して最後尾に向かって逆走すると、腹部のポーチから爆弾を取り出して邪竜目掛けてぶん投げる。

 

それに気づいた邪竜は、空中で方向転換して回避すると、今度は俺に狙いを変更した。

 

 

「立てるッスか?」

 

「は、はいッス…」

 

倒れていたプリニーを起こすと、俺は邪竜から目を離す事なく背後に居るプリニー達へ命令する。

 

「俺がヘイトを稼いでるうちに、このまま城に向かって走るッスよ」

 

「そんな、リーダーを置いて行けないッス!」

 

「お前達が遅れたら城の奴らの首が飛ぶッス、さっさと行くッスよ!」

 

俺の命令に、後ろに居るプリニー達が拒否を示し、自分達も残るなんて言い出す部下達に一喝する。

 

それと同時に邪竜が再び卵を運ぶ部下に狙いを移さないよう、攻撃してはヘイトを稼ぐ。

 

 

部下達を何とか城へ向かわせ、頃合をみて逃げようとするものの、邪竜も簡単に逃げさせてくれず。

 

やっとの事で気絶させる事は出来たが、回復アイテムと体力も底をつき、ぶっ倒れたのを最後に意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その筈なんスけどね…」

 

体を起こして辺りを見回す。

今居る場所は…何というか、正直に言うと古い。

掃除されているが、老朽化している床や壁。

視界の端に見えるソファに至ってはカバーがボロボロになっている。

 

誰かが俺を運んだのだろうか…そう考えていると、扉の向こうから声が聞こえてくる。

 

くぐもった男女の話す声が次第に近づいてくると、扉が開けられる。

 

 

最初に視界に捉えたのは、1人の少年。

14〜15歳くらいだろうか、真っ白な髪と赤い目は兎を彷彿とさせる。

 

続けて捉えたのは、少女と言っていいくらいに小柄な女性。

昔出会った魔王の配下と同じくらいの小柄だが、ある一部に関しては彼女いじょ…ッ⁈いや、やめよう。これ以上考えたら何かヤバい気がする。

 

2人は、俺を見て硬直している。

 

 

「あ、どもッス」

 

とりあえず、挨拶だけはしとこうと言葉を発したのだが。

 

 

 

『キェェェェアァァァァァシャベッタァァァァァ⁈』

 

返ってきたのは、まさかの絶叫(ハッキョー)だった。




汎用キャラ限定ですが、何体か出そうかと思います


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プリニーっス

ぇ、まだ2話しか投稿してないのにまた一気にお気に入り登録数が増えてる…怖…


「…で、落ち着いたッスか?」

 

『はい…』

 

絶叫を上げた2人を落ち着くまで放置して数刻、落ち着きを取り戻したのを見計らい、改めて声をかける。

 

明らかに俺の方が驚いたりする側なんだろうが、彼らの驚きっぷりを見て逆に冷静になった。

 

死後の世界を実際に体験し、主人のパワハラや無茶振りで死線を潜ってきた事もあってメンタルが強くなったのかもしれない…全く嬉しく無い事に。

 

 

「おっほん!と、とにかく本題に入ろう!君は、いったい何なんだい?」

 

「あ、それなんスけど。先に、ここが何処か教えてもらっても良いッスか?」

 

 

醜態を取り繕うように大きく咳払いをした女性の言葉に、俺は先に相手さんからの責任を要求した。

 

不審者が何を偉そうに、と思うかもしれないが、こっちがいきなり話をした所で信じて貰える訳がない。

 

それに、俺としても、此処が俺の知る世界なのかが解らなければ話を組み立てられない。

 

 

女性は、少年と顔を見合わせるとゆっくりと話し出した。

 

 

 

 

 

 

 

かつて、天界に住む神々は娯楽を求めて地上に降り立った。

 

自分達の持つ権能を封じ、人と同じ不自由な身となった神々は、地上の人々に恩恵を授ける事で彼らを眷族…ファミリアとする事で家族となり、共に暮らすようになった。

 

俺が居る場所は、オラリオという街で、この地下には魔物の棲む地下迷宮…ダンジョンが広がり、神から恩恵を授かった者達は冒険者となり、ダンジョンに潜って冒険をする。

 

 

俺の目の前に居る2人も、そんなファミリアであり、小柄な女性は女神ヘスティア、少年はベル・クラネルと言い、今居る此処は彼女達のホームらしい。

 

そして、俺が何故此処に居るかというと…理由はまったくの謎だが、ダンジョンの上層でアホ面を晒して爆睡しており、放置しておく訳にもいかずクラネル少年が保護した…と言うのがこれまでの経緯だ。

 

 

「…なるほど、大方理解出来たッス」

 

「ボク達から話せることは話した…それで、君の事を教えてもらっても良いかい?」

 

俺の様子を見ていたヘスティア様が改めて問いかけてくる。

その表情は微かにこちらを探るような、僅かな警戒が見て取れた。

 

「分かったッス。俺はレン、プリニーっス」

 

 

 

 

俺は、自分の覚えている事を話していった。

 

俺がプリニーという下級の悪魔であり、魔界や天界で主人に仕え、労働に勤しんでいること。

 

魔界で働いていたが、トラブルに遭い、気づけば此処に居た事を幾つかの事は隠しながら答えていく。

 

魔界のプリニーの労働環境やプリニーの正体に関しては2人には関係ない事だから端折ったが、ヘスティア様は俺の話から話してない事がある事に気づいている様子だ。

 

 

 

「魔界か…」

 

「神様、魔界のことを知ってるんですか?」

 

俺の話を聞き終えたヘスティア様が腕を組んで考えている様子に、クラネル少年が問いかける。

 

元々天界に住んでいたことから、関係性があると思ってるんだろうが…。

 

「わからない!」

 

「ですよねー」

 

ヘスティア様から返ってきた答えにクラネル少年はズッコケ、俺は予想通りの反応に目を細める。

 

「ボクも長いこと天界に居たけど、レン君みたいな…プリニー?に出会った事はないな〜」

 

「オレも、天界に行って天使に会った事はあるッスけど、神様に会った事はなかったッスから…オレの居た世界と此処は、完全な異世界って事ッスね〜」

 

ヘスティア様と互いに顔を見合わせて笑い合い、そして2人同時に盛大な溜息を吐いて頭を抱えた。

 

「どうしよう…とんでもない厄ネタを抱えちゃった気がする…!」

 

「ヤバいッス…職務放棄と見做されてクビが物理的に飛ぶッス…!いや、異世界に居るからワンチャンバレない可能性も微レ存ッスか…?」

 

それぞれにブツブツと呟きながらこれからの事を考える。

流石に異世界に俺が居るって事は分からない…というより、主人の事だから気づかない可能性が高いが、なんでもありな魔界でノリと勢いで行動する事も少なくないあの人の事だ。こっちの神々と同じ理由で異世界の壁をぶっ壊して乗り込んで来たりでもしたら世界がヤバい。

 

「と、とにかく!今は君のこれからを考えよう!」

 

「そ、そうッスね!」

 

頭の中にいくつも浮かぶ最悪な展開を忘れるように俺たちは改めてこれからどうするかを考え始めた。

 

「レン君が異世界から来たってバレたら、間違いなく他の神々から狙われるだろうね」

 

「娯楽好きって言ってたッスね…それを考えると、オレは格好のオモチャって訳ッスか…」

 

ヘスティア様の言葉に、俺は腕を組んで唸る。

レベルを上げて自分の身は多少守れるようにはなったが、この世界の冒険者ってのが魔界と比較してどれくらいの強さなのか分からない。

 

そんな状態で、街中を歩けば俺の強さが通用するか…。

 

「神様、どうしましょうか…」

 

「…レン君に恩恵を刻もう。彼を保護するには、これしかない」

 

クラネル少年が不安げな表情を浮かべてヘスティア様を見ると、彼女は意を決したように言葉を紡いだ。

 

恩恵を刻む…それはつまり、俺がヘスティア様の眷族となり、ファミリアに入る事を意味する。

 

「でも、良いんスか?俺なんて厄ネタ、わざわざ抱える真似しちゃって」

 

「ベル君が君を連れてきた時点で諦めたよ…それに、見ず知らずの土地に放り出すなんてボク達には出来ないさ」

 

その言葉を聞いて、俺は2人がとんでもないお人好しなんだと理解した。

 

捨て犬みたいに元いた場所に戻したって良いのに、態々抱え込もうとする彼女達。

久しぶりに見た、人の善性に小さく息を吐くと、俺は頭を下げた。

 

「そういうことなら、お世話になるッス。雑用とか出来る事は任せてくださいッス」

 

「こちらこそ、宜しく頼むよ。さて!それじゃあ早速恩恵を刻むとしよう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、俺はヘスティア様の眷族として、オラリオでの新しい日常を過ごすことになったのだが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁈」

 

僅か数分後、ヘスティア様の某ジーパンばりの絶叫がホームに響き渡った。



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クソステっス

上司からの圧と顧客、関係者からの圧に耐えながら日々仕事に奔走する。

…あれ、俺たちはプリニーだった…?

今回も短いのでスナック感覚でお楽しみください


冒険者には、レベルが存在する。

 

駆け出しのレベル1から、第一線で活躍するレベル4や5、更にごく一部が到達したレベル6。

 

現在都市最強と謳われるフレイヤ・ファミリアの団長、オッタルは更にその上。

オラリオで唯一のレベル7であり、かつて存在したというゼウス、ヘラのファミリアの冒険者ですら、最高レベルは8や9と言われている。

 

 

それ以上のレベルなど、地上に神が降臨して長い年月が経つが未だ誰も到達した者は居ない…筈であった。

 

 

「な、なな…」

 

プリニー…個体名【レン】を他の神々から保護する名目で恩恵を刻んだヘスティアは、その背中に浮かび上がるステイタスを見て声を震わせる。

 

目を擦り、頬を抓り、ゆっくりと深呼吸をして、改めてステイタスを確認する。

その上で、変動する事なく並ぶ其れを見て、ヘスティアは叫んだ。

 

「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁ⁈」

 

ヘスティア・ファミリアのホームとして利用している廃教会の地下室に、彼女の叫び声が響き渡る。

 

 

その声に、ベルとは思わず耳を塞ぎヘスティアを見る。

しかし、ヘスティアはワナワナと体を震わせながらレンの背中を凝視していた。

 

「ど、どうかしたんですか?」

 

「…きゅう…」

 

ベルがおずおずと声をかけると、ヘスティアは小さく呟き、ゆっくりと彼の方へと顔を向ける。

 

その表情は引き攣っていて、目尻に涙を浮かべていた。

 

「れ、レベル…9999…」

 

「…へ?」

 

ヘスティアの口にした数字を、ベルは最初理解出来なかった。

だが、頭の中で何度もヘスティアの言葉が反響し…。

 

「えぇぇぇぇぇぇ⁈」

 

続けて、ベルの叫び声がホームの中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺がヘスティア様達のファミリアで世話になる事が決まり、恩恵を刻んでもらったは良いが…。

 

「いや、なんスかコレ」

 

ホームの中は、再び恐慌状態に陥っていた。

まるで、アメリカ人の書いた小説に登場するニンジャに遭遇したサラリーマンのような奇声を発して、アワアワと慌てふためき右往左往する2人。

そんなヘスティア様の手から1枚の紙が離れ、俺の前に落ちる。

 

それを拾い上げて見てみると、こう書いてあった。

 

 

レン(プリニー族)

class プリニー大王

Lv 9999

HP 36007199(F+)

ATK 12002400(B++)

DEF 10002200(B+)

INT 8002000(B)

RES 10002200(B+)

SPD 48

 

属性耐性

火 -25%

水 +25%

風 0%

星 0%

 

状態異常耐性

毒 25%

麻痺 25%

眠り 25%

ド忘れ 25%

 

スキル

 

爆発体質

投げられると何故か爆発する。

プリニーが近くに居ると誘爆する。

 

 

ーー

ーーーーーーーーー

ーーーーーー

---------ーーーー

 

 

う〜む…。

 

「見事なまでのクソステっスね」

 

『嘘だッ!』

 

 

 

紙から目を離し溜息を吐く俺に、2人が息ピッタリのタイミングで詰め寄って来る。

 

「なんだい、この馬鹿げた数字は⁈ただでさえボク達神どころか下界の子達でも到達してない…いや!到達する事すら叶わないレベルだぞ⁈」

 

「それをクソって⁈」

 

その剣幕に少し後ずさるも、止まる様子がない2人に俺は落ち着かせようと口を開いた。

 

「いや、俺たちプリニーって下から1、2を争うザコキャラっスよ?こんなステータス、魔界で暴れてる強い奴と比べたら目糞鼻糞ッス」

 

俺の言葉に2人は固まり、再び顔を引き攣らせながら俺を見る。

 

「…ちなみに、1番強い奴は?」

 

「レベルは俺と同じでも、ステータスは倍ッス」

 

その言葉を聞くと、2人は力なく床に尻もちをついて乾いた笑みを浮かべた。

 

「は、はは…倍、倍ときたかぁ…」

 

「なんというか、レベル5とかが小さく見えて来ました…」

 

「まぁ、こっちの冒険者ってのとどれだけの差があるか分からないッスから、気にしない方が良いッスよ」

 

力なく笑う2人に頭を掻きながら呟くと、ヨロヨロと立ち上がり、今日は休むとそれぞれが寝所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、俺が寝るとこ聞いてない…まぁ、そこら辺で寝たら良いか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベル君達が寝ついた後、ボクは懐からレン君のステイタスが書かれた紙を取り出して読む。

 

そこには、ベル君やレン君が読んだ内容が書かれているが、一点だけ違う所があった。

 

それは、1番下…スキルよりも下に書かれた、きっと、レン君だけが知っている項目。

 

 

魔界や悪魔、魔王達の話をしている中、何かを隠している様子が見えた。

その疑問は、恩恵を刻んだ事で分かったけど…。

 

「…君はいったい、何者なんだい?」

 

ボクの呟きは、誰にも聞かれることなく空気に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レン(プリニー族)

 

罪状

親より先に死んだ罪

転生まで残り

999,887,560ヴァリス




主人公のステータスはスマホゲーム「ディスガイアRPG」から参照しています


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やだーーー!!!

情報確認するたびに増えてるお気に入り数に震える数日です。

ディスガイア7出ましたが、まだ他の作品をプレイ中なので悩み中

今回は文字数多めになったので、箸休めの漬物感覚でお楽しみください

一部修正かけました


ヘスティア様から恩恵を刻んでもらった、という事はつまり、ギルドで冒険者登録をすれば俺もダンジョンに潜る事が出来る。

 

ダンジョンに棲息するモンスターを倒し、ドロップする魔石と呼ばれるものや、稀に落ちるドロップアイテムと呼ばれる遺骸の一部を売る事で、冒険者たちは生活費などを稼いでいるらしい。

 

その話を聞いた俺に、一つの考えが浮かんだ。

つまり、ダンジョンに潜ってモンスターを狩りまくれば、早く転生出来るのではないか?

 

 

 

そうと決まったら、行動は早かった。

朝目が覚めるとホームにある食材を確認して簡単な朝食を作り、食事を終えた俺は、クラネル少年とともに冒険者登録をするためにギルドへ向かおうとした。

 

「ちょっと待ってくれ」

 

だが、俺とクラネル少年はヘスティア様に呼び止められた。

どこか真剣な表情を浮かべた姿に、俺たちが足を止めると、ヘスティア様は徐に口を開く。

 

「…レン君、君をファミリアに迎えるにあたって考えたんだ」

 

そういうと、ヘスティア様は1枚の神をテーブルに置く。

 

 

それは、昨夜見た俺のステータスが書かれた紙。

 

だが、違う所が一ヶ所だけある。

 

「…君の事を、ちゃんと、教えて欲しい」

 

ヘスティア様が取り出した紙には、俺が言わなかった事が書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オレたちプリニーは、元は人間ッス」

 

俺が彼女達に言わなかったこと…つまり、生前に犯した罪と、贖罪の為稼がなきゃならない金額が書かれた部分を見せられた俺は、小さく息を吐くと改めてプリニーという種族について話し始めた。

 

生前、何かしらの罪を犯した人間の魂は死後地獄に堕ちる。

そして、皮で作られた仮初の体を与えられ、プリニーとして加工され、教育を受けたのち、天界か地獄に出荷される。

 

魔界に行ったプリニーは魔王や、それに次ぐ力を持った貴族のもとで働いて金を稼ぎ。

天界に行ったプリニーは、その罪に応じて善行を積む。

 

そうして罪を償い、贖罪を終えたプリニーは、晴れて転生をする事が出来るのだ。

 

 

 

 

「…これが、プリニーの真実ッス」

 

「そうだったんだね…」

 

「…でも、レンさんは何も悪いことなんかしてないじゃないですか…」

 

 

俺が話し終えると、静かに聞いていたヘスティア様は理解したように頷く。

しかし、同じく話を聞いていたクラネル少年は納得出来ないように呟いた。

 

「どっちに行くかなんて、出荷されるまで分からないッスからね。オレが知ってるプリニーの中には、子供の病気を治す為に自ら命を落とした人も居たッス」

 

そう言って思い出すのは、1人のプリニー。

死後、その魂は天使として生まれ変われる筈だったが、当時お腹に宿していた命を天使に生まれ変わらせ、自身はプリニーとなって残った息子を見守っていた。

 

彼女は今頃、生まれ変わって幸せに生きているだろうか?

 

「金を稼いだら転生出来るッスからね。ダンジョンでバンバン稼いでさっさと転生するッス!」

 

しんみりした空気を破るように、俺は手を叩いて笑顔を見せる。

 

 

だが、この一言が盛大なフラグを立ててしまった事に、この時の俺は気づく事が無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、ヘスティア様達と考えた設定として、俺は人見知りが激しく着ぐるみに入った小人族で通す事になった。

 

レベルに関しても、本来のステータスをそのまま出すと面倒な事になるのは明白だから、ペナルティ覚悟で1と偽る事になった。

 

下界の人間は神々に嘘をつけないらしいが、異世界出身である俺は、この世界の人間よりも分かりにくいとヘスティア様が言っていた。

 

だから、レベルを偽ってる事は神にバレても、本当の事を言わない限りバレる事はないだろうと。

 

 

 

そんな訳で、なんとか冒険者として登録を終えた俺たちはダンジョンの上層部である1階層に来ている。

 

「おぉ…ここがダンジョン…」

 

「レンさんのいた魔界には、ダンジョンは無かったんですか?」

 

俺の感嘆を洩らす横で、クラネル少年がふと気になった様子で問いかけてくる。

 

その問いの答えとして、魔界にもダンジョンはある。

アイテム界と呼ばれる、装備品の中に広がる別次元の世界がそれだが…。

 

「こう、いかにも迷宮!ってダンジョンは無かったッスね」

 

そう呟いた俺たちの前方に広がる通路、その壁の一部が崩れ、中から一体のモンスターが這い出してきた。

 

緑色の体色をした小鬼と呼ぶに相応しい姿のそれ…ゴブリンを見ながら、ギルド職員から受けた説明を思い出す。

 

ダンジョンはモンスターを産み出す。

例えるなら、ダンジョンは母胎であり、モンスターは子供。

モンスターたちは、地上に繋がる出口を塞がれた事で神々や、その恩恵を受けた冒険者達を敵視していると。

 

そう言っていたが、心なしか、モンスターが俺たち…正確には、俺に向ける敵意が強く見える。

 

「なんか、いつものモンスターより怖い…」

 

「多分ッスけど、オレが居るからッスかね」

 

俺は、この世界においては異物だ。

更に言えば、元人間とはいえ今や魔物。

ダンジョンのモンスターからすれば、俺はウシガエルやアメリカザリガニといった厄介な外来種といったところだろうか。

 

 

だが、俺からすればだから何だと言う話で。

襲って来るなら容赦はしない。

 

「こっちでどのくらいやれるか、腕試しといくッス」

 

そう言うと、俺は腹部のポーチからダガーを取り出して駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めてのダンジョン攻略は、大成功だったと言える。

上層部の探索だけだったが、ゴブリンやコボルトといったモンスターが俺の体にダメージを与える事は出来ず、逆にこっちは一撃で簡単に倒す事が出来た…試しに、素手で本気で殴った結果、モンスターが四散した時は流石に引いた。

 

そうして、腕試しという事でクラネル少年にはサポーターに回ってもらい動き回った結果、稼いだ額は3万ヴァリス。

パンパンに膨らんだ硬貨の詰まった袋を見て、この調子ならいけると思ってたんだが…。

 

「そんな、馬鹿な…⁈」

 

思わず語尾に「ッス」をつけるのも忘れ、俺はヘスティア様から貰ったステータスの写しを凝視する。

 

そこに書かれた数字は全く変わっていない。

否…一部だけ、変わっている箇所があるにはある。しかし…。

 

 

 

転生まで残り

999,887,555ヴァリス

 

 

変動した数字は、あまりにも小さすぎた。

 

 

 

「そんな、なんで…?」

 

俺の後ろから、クラネル少年が写しを覗き見ながらショックを受けたように呟く。

それはそうだろう…少年は、俺が転生出来る事を応援してくれ、ダンジョンで3万も稼いだ時は共に喜んだのだから。

 

一方、ヘスティア様は指先を顎に添えて何かを考えている。

 

「レン君…一つ、聞いて良いかい?」

 

「…なんスか?」

 

不意にこちらを見ながら声を掛けてきたヘスティア様に力なく答える。

彼女は、何かに気づいたように言葉を紡ぐ。

 

「魔界にいた時、働いて得た君の給料って…いくらだい?」

 

「そりゃ、日当でイワシ2匹…」

 

ヘスティア様の問いかけに答えていくうち、俺も一つの考えが過ぎる。

 

「っ!」

 

「あっ、レンさん!」

 

それを確かめるべく、クラネル少年が呼び止めてくるのを無視して、俺は街へと駆け出す。

 

周りの奇異な目すら振り切り、大通りを駆け、目的地を目指して走り続けて十数分。

 

 

たどり着いた其処は、特徴的な香りが漂う。

大きさや形も様々な魚が並んでいる。

 

俺は其処…鮮魚店で、ギラギラとした眼光で目当てのものを探し回り…そして、見つけた。

 

青光りするそれは、魔界に出荷されるよりも前…まだ地獄に居た頃どころか、生前から見慣れた姿。

 

煮るもよし、焼くもよし。

DHAやEPA、ペプチドを豊富に含むとして、あの人がこよなく愛したあの魚。

 

そう…イワシを。

 

値札を確認するや、俺は自分と…そして、ヘスティア様の予想が正しかった事を理解した。

 

陳列されたイワシと一緒に立てられた値札には、こう書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

イワシ 2尾5ヴァリス

 

 

 

 

 

 

「ただいまッス…」

 

フラフラとホームに帰り着くと、俺は床に膝をついた。

 

「…その様子だと、予想通りだったんだね」

 

「神様、いったいどういう…」

 

項垂れる俺を見て自分の予想が正解していた事を悟ったヘスティア様に、状況が理解出来てないクラネル少年が声をかけた。

 

 

「ステイタスから減った金額と、レン君が魔界で働いてた時に貰っていた給料の話を聞いて、一つの考えが浮かんだんだ…労働としてカウントされる金額は魔界での給料と同額なんじゃないか、って」

 

「つまり…それ以上の稼ぎは、労働としてカウントされない…」

 

「そうなるね」

 

2人の会話がグサグサと突き刺さる。

ダンジョンで稼いだら、少しは楽に…早く転生出来るって思ったのに…。

 

「労働から逃げられないじゃないッスか!やだーーー!!!」

 

俺のやるせない叫びが、ホームに虚しくこだました。



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こっちも抜かなきゃ無作法ッス

やってみたかったけど、当時はハードを持ってないため諦めてきたソフトが、別ハードに移植されたりで出来るようになるとは、良い時代になりましたね


ダンジョンでの腕試しと、辛い現実を目の当たりにした日から数日、俺は考える。

 

ダンジョンで稼いでも、転生費用としてカウントされるのは魔界で貰っていた給料と同額。

だったら、地上で働いても変わらないのではないだろうか?

 

だが、俺はヘスティア様のファミリアに世話になっている身だ。

 

興したばかりのファミリアは、とにかく金がなく、現にクラネル少年がダンジョンに潜ってる間、ヘスティア様は生活費を捻出するためバイトに勤しんでいる。

 

俺も、今やヘスティア様のファミリアの一員、自分の事だけ考えておしまいではいけない。

 

そう考えた結果、ダンジョンで金を稼ぐ以外にも掃除や洗濯といった雑用を引き受ける事を決意した。

 

2人からは止められたりしたが、城での激務を経験した身だ。たかが3人が暮らす場所の家事なんて造作もない。

 

 

さて、そんな俺が今何をしているかと言うと…。

 

「大将の!ちょっと良いとこ見てみたい!」

 

「〜っ、仕方ねぇな!コイツはオマケだ、持ってけドロボー!」

 

「フゥーッ!流石大将、シビれるッス!」

 

大通りにある八百屋でガタイの良い大将相手に値切り交渉(激戦)を繰り広げていた。

 

 

 

 

あれだけ奇異の目で見ていた住人達も、堂々と歩く俺の姿を見て順応したのか、今や気にする者は少ない。

 

着ぐるみを被ってる間は陽気なキャラという設定も活きているのか、周りからは奇天烈な格好をしたテンションの高い小人族と覚えられている。

 

「いや〜、大量大量。出費も抑えられたしこれは勝ちッスね」

 

買い物した商品の詰まったバスケットを提げ、意気揚々と大通りを歩いていると、不意に視線を感じて辺りを見回す。

 

しかし、周りにはこちらを見る者はなく、談笑しながらバベルへ向かう者や買い物をする者のみだった。

 

「…気のせいッスかね」

 

軽く首を傾げながら呟くと、俺は今晩の献立を考えながら再びホームに向けて歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オラリオの中心に聳える塔…バベル。

その塔の高層から、街を見下ろす1人の人物…いや、神物がいた。

 

銀色の髪を靡かせる美を体現したかのような姿を持つその神の名は、フレイヤ。

 

オラリオを代表するファミリアの一角の主神である、美と豊穣を司る女神だった。

 

「…あれは、何?」

 

彼女は、いつものように地上で生活を営む人間達を見ていた…そんななか、一つだけ、異質なものを見つけた。

 

鳥を模した奇妙な格好をしたナニカが、街中を歩くのを目撃した時は、思わず二度見してしまい、更にそれを視たフレイヤは、思わず呟く。

 

その中にある魂は、人間のものだった。

幼い子供とさして変わらない体躯、その中は伽藍としていて、納められているのは魂のみ。

 

それなのに、それはオラリオの街中を動き回り、商店で舌戦を繰り広げている。

 

 

地上に降り立って初めて見る、完全なる未知の存在。

娯楽に飢えた神であれば、手を出さずにはいられない存在。

しかし…。

 

「…あれは駄目ね」

 

フレイヤは予感する。

アレに手を出してはならないと。

 

見た目に騙され手を出せば、きっとロクな目に遭わない。

アレは…小動物の皮を被った竜だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

ホームへ帰る道すがら、細い路地の方から何やら声が聞こえてきた。

 

男の怒鳴る声と、女性の声が聞こえる方へと歩みを進めていくと…。

 

「サポーターの分際で、金を寄越せだ?ふざけてんじゃねぇぞ、クソ小人族が!」

 

「ガッ…⁈」

 

人通りの少ない路地というのを良い事に、1人の男が少女に暴力を振るっていた。

 

どうやら、男は冒険者で少女…いや、小人族と言っていたから女性か?

働いた分の稼ぎを貰おうとした彼女に暴行を働いている、といった所だろうか。

 

(日本なら、即ポリスメンに通報ッスけど…大通りに憲兵っぽいのは居なかったッスね)

 

ふと、大通りの様子を思い返すが、治安維持を担うというガネーシャ・ファミリアの団員らしい人物は見当たらなかった。

 

 

「仕方ないッスね…」

 

なお、女性に暴力を振るう男の姿に嫌悪感が勝り、小さく溜息を吐くと、路地の陰から2人のもとに歩き出した。

 

「ちょっと良いッスか?」

 

 

「あん?」

 

声を掛けると、気づいた男は不機嫌そうにこっちに視線を動かした。

俺の見た目に眉間の皺が深くなるが、それよりも邪魔された事への怒りが勝ったんだろう…こちらを威圧するように睨んでくる。

 

「なんだテメェ、ふざけたナリしやがって…見せもんじゃねえぞ!」

 

そう言って凄んでくるが、全くもって怖くない。

魔界に居た魔物や悪魔と比べても、チワワが精一杯吠えているようにしか見えない…いや、男の顔から見てチワワに失礼だな。

 

「話がたまたま聞こえてきたんスけど、労働に対価を払うのは常識ッスよ?その上、弱い者いじめとか…ぶっちゃけダサすぎて、オレが女なら鼻で笑ってお断りする物件ッスね」

 

「この野郎…調子に乗ってんじゃねぇぞ!」

 

男の剣幕を無視して女性を起こし、怪我の具合を確認する。

殴られた後が痛々しいが…あの人に渡されたコレを使えば良いだろう。

 

「指…はねぇんだった、この棒は何本に見えるッスか?」

 

「1本…って、あの…」

 

視界に異常がないか確認するため、小人族の女性に見せる。

その答えから目に問題はなさそうだが…彼女は、俺を異様なものを見る目で見てくる。

 

その理由は…こうしている間も、俺が男に後ろから殴られているからだろう。

 

 

人間相手に検証したことは無かったが、これだけ殴られても痛痒も感じない事から、入っているダメージは0か、せいぜい1桁程度ってところか。

 

そんな事を考えながら、買い物途中で出会った神物から貰ったポーションを飲ませると、みるみるうちに傷が癒えていくのが確認できる。

 

「っこの…!」

 

「ッ、危ない!」

 

痺れを切らしたような声と、傷の癒えた小人族が切羽詰まった声に後ろを振り向くと、男が背負っていた剣を鞘から抜き、振り下ろそうとしていた。

 

怒りから正常な判断が出来てないのか、女性ごと俺を斬るつもりなのか…男が剣を振り下ろすのと同時に、ギュッと目を瞑る小人族の頭を下げさせる。

 

 

 

 

結果として、振り下ろされた刃は俺を傷つける事は無かった。

それどころか…刀身の半ばから、ポッキリと折れていた。

 

 

 

「…は?」

 

「…へ?」

 

カラン、と折れた刃が地面に落ち、状況を飲み込めない男と小人族の口から間の抜けた声が溢れる。

俺は、ただじっとしていただけ。

 

人間相手の検証はこれが初めてだが、俺のレベルはこの世界の人間相手でも通用するようだ。

 

漸く状況を理解したのか、男は焦りと驚愕をない混ぜにしたような表情(エネル顔)を見せ、逃げようとする。

 

「そっちが抜いたんなら…こっちも抜かなきゃ無作法ッス」

 

だが、遅い。

 

こちらに無防備な背中を見せる男に一足で接近すると、俺は右腕を下から上へと振り上げる。

 

放たれた右腕は、放てば必中と言われた槍のように、狙い定めた男の背中…より下、臀部に突き刺さった。

 

「かひゅ…っ⁈」

 

「千年殺し…釣りはいらねぇ、おしめ代に取っときなッス」

 

千年殺し…三年殺しなど、世代によって呼ばれ方も違うそれの正式名称は、カンチョー。

小学生男子がイタズラでやっていたアレだ。

 

とはいえ、人間の急所への攻撃なので下手すれば命に関わる危険な行為だ、よい子はマネしちゃダメだぞ?

 

男は尻を押さえながら顔を蒼くして、口から少し泡を吹いて倒れこんだ。

 

 

「ぇ…死んだ、んですか…?」

 

「手加減はしたから生きてるッスよ…当分の間、オムツ生活になるだろうけど」

 

そう言って悪どい笑みを一瞬だけ浮かべると、改めて小人族と向き合う。

 

「助けてくれて、ありがとうございます…リリは、リリルカ・アーデっていいます」

 

「オレはレン、通りすがりの…こんな見た目をしてるけど、小人族ってとこッス」

 

 

これが、俺と彼女…リリルカのファースト・コンタクトだった。




次から、原作キャラの顔面崩壊(エネル顔、宇宙猫)が出てくる予定


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イラッときたッス

1時間毎のUA3桁って…えぇ…


リリルカとの出会いから時間は流れ、その日の晩。

 

「ミノタウロスに襲われた…ッスか?」

 

夕飯の支度をしていた俺は、クラネル少年から今日あった出来事を聞いていた。

話を聞くに、5階層で探索をしていると、そこで本来出没するはずのないミノタウロスと遭遇、命懸けの鬼ごっこを繰り広げたそうだ。

 

「…でも、おかしくないッスか?ギルドで聞いた話だと、ミノタウロスは中層のモンスターッスよね?」

 

「それが、ロキ・ファミリアとの戦闘中に逃げ出したらしくて…」

 

話を聞いている内に感じた疑問を呟きながら考えていると、後で聞いたのだろう、ミノタウロスが上層部に現れた原因をクラネル少年が口にした。

 

となると…取り逃した結果、駆け出しの冒険者に危険が及んだと。

此方が訴え、相手の有責としても賠償…むしろ、彼方から示談の申し出があって終わりだろうか。

 

だが、俺が気になったのはそこではない。

命の危険に晒されたというのに、クラネル少年は何処か浮ついた様子を見せている所だ。

 

こっちから聞くまでもなく、話してくれたが…ロキ・ファミリアの冒険者、アイズ・ヴァレンシュタインに助けられたらしい。

 

そう語る少年の姿は、憧れと言うか…まるで、ピンチの所を白馬の王子様に助けられた女の子のようで。

 

(吊り橋効果って、こんな感じなんだな…)

 

なんとも言えない表情で、クラネル少年の話を聞き続けるのであった。

 

 

 

 

 

それから、クラネル少年のステイタスを更新したヘスティア様が拗ねたりと色々あった翌日。

 

俺は、数日ぶりにクラネル少年とダンジョンに向かうべく、大通りを歩いていた。

 

 

「さ〜て、今日も稼ぎまくるッスよ〜」

 

「あはは…気合い入ってますね」

 

間延びしながらも、気合い充分な俺の様子に少年は相槌を打ちながら笑みを浮かべる。

それも当然だ。

 

「当たり前じゃないッスか。生活費の他にもアイテムや装備の補填…それに、ホームの修繕費に、良い物件が見つかった時用の積立、お2人の小遣い…幾らあっても足りないんスから」

 

「うぅ…耳が痛くなる話です…」

 

幾ら稼いでも翼を広げて飛び去っていく金の話を指折りすれば、クラネル少年はややげんなりしたようなリアクションを見せる。

 

しかし、14歳とはいえ自ら稼ぐのだ。

今だけでなく将来…ひいては、老後の安定の為に色々教え込んでもバチは当たらんだろう。

 

 

「あの…これ、落としましたよ」

 

そんな事を考えながら話していると、後ろから声を掛けられた。

2人で振り返った先に居たのは、1人の年若い女性。

クラネル少年と幾つかしか変わらないだろう…後ろで結い上げた銀色の髪に緑の給仕服を着た彼女は、チラッと俺を見たのちクラネル少年へ視線を移すと、手に持っていた魔石を差し出した。

 

不思議そうに首を傾げるクラネル少年だったが、魔石を受け取ると女性と二言三言話をする。

 

どうやら、女性…シルと言うらしい。

彼女の勤める店で、良かったら夕食を、と言った謂わば客引きのようだった。

 

しかし、セールストークだろう女性の誘いにもウブな反応を見せるクラネル少年の姿を見てると、そのうち壺を買わされたりしないか、おじさんは心配になってきたよ。

 

 

 

 

 

朝の客引きから、更に時間は流れ…ダンジョンで生活費を稼いだ俺達は、ヘスティア様にステイタスを更新して貰った。

 

転生費用が増えては来ているが、その額は本当に雀の涙といっても良い額…生前はあれも値上げ、これも値上げと言っていたのに…と溜息を吐いていると、ヘスティア様が何やらヘソを曲げた様子で出掛けてくのが見えた。

 

 

クラネル少年が好きな彼女の事だ…少年絡みの事だろう。

バイトの打ち上げがあると言ってはいたが、恐らく友神の方を捕まえて酒場でヤケ酒するのではないだろうか。

 

(明日の朝は、しじみ汁でも作るかねぇ…)

 

二日酔いに良さそうな献立を頭の中で考えつつ、俺はクラネル少年と共に、朝誘われていた店「豊穣の女主人」へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

豊穣の女主人での食事は、収穫のあるものだった。

 

クラネル少年が店の品の値段設定に百面相している傍らで、食事を摂りながら使ってる材料や隠し味などの細かな味付けを考察していると、店主のミアさんと料理を作る人間同士意気投合。

互いの秘蔵のレシピを交換する事になった他、売り場が見つからず諦めかけていた調味料の仕入れ先の情報まで入手できた。

 

和やかな空気でそれぞれに過ごしていたんだが…此処で、思わぬ出来事があった。

 

ロキ・ファミリアが遠征の打ち上げに入店までは良かったんだが…酒の回った狼人が、ある冒険者の事を語りだしてから、空気は一変した。

 

 

 

ミノタウロスに追い回されたトマト野郎…狼人の話す人物が俺の予想通りなら、それは…。

 

(…当たり、か)

 

俺の横で、クラネル少年が顔を俯かせ、拳を握り締める。

自分への情けなさと、悔しさからだろう…今にも飛び出して行きそうな少年を横目に、俺は口を開いた。

 

「ベルさん、悔しいッスか?」

 

「…はい」

 

俺の問いに、わずかに声を震わせながら少年は答える。

それを確認すると、俺は言葉を続けた。

 

「世の中ってのは、どれだけ綺麗事を並べようが弱肉強食なんスよ…権力、財力、発言力、影響力…どれにせよ、強い奴ほど日の目を浴びて、弱い奴ほど日陰者ッス」

 

「じゃあ…勝者って、なんスかね?」

 

「勝者…」

 

俺の言葉に、少年は考える様子を見せる。

魔界は、オラリオ以上に弱肉強食の世界だった。

そんな中で生きてきて…見つけた一つの持論を俺は語る。

 

「戦いに勝つ?それも勝者の在り方の一つだろうけど…俺が考えるに、勝者ってのは、最後に生きて立ってた奴ッス」

 

「よく言うじゃないスか、生きてるだけで儲けって。生きてさえいれば、また始める事が出来る…死んだら、そこで終わりッス」

 

「ベルさんはまだ生きてる。アイツらに笑われて悔しいと思ってる…だったら、まだ大丈夫。少年、君は強くなれる」

 

俺がそう言って話を終えると、少年は席を立ち店から飛び出していった。

 

食い逃げだのと周りは口々に言うが、会計は一緒だから全く問題ない。

 

「ミアさん、ベルさんの分の勘定ッス」

 

「…やるなら外でやりな」

 

カウンター越しにミアさんに少年の分の支払いを渡すが、その中身の量と俺の表情で察したのだろう。何も見なかったように調理に戻って行った。

 

…さて、あの狼人の言い分も理解出来る。

弱者は強者に奪われる、それは自然の摂理と言えよう。

だが…。

 

「久々に、イラッときたッスね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

近くを通りかかったエルフの給仕に二つ程追加のオーダーをした後、自分の勘定を済ませた俺は、届いた品…スープと飯を一つの椀に纏める。

 

そして、それを手に酒が回り、やや煩いながらも打ち上げを楽しむロキ・ファミリアのもとへ行き…。

 

「こちら、サービスの【狗の餌】ッス」

 

狼人の頭上から、椀の中身をひっくり返した。

 

 

 

 

 

 

俺の行動に、打ち上げを楽しんでいたロキ・ファミリアだけでなく、店内の空気が凍りついた。

 

 

 

 

 

「…何のつもりだ…?」

 

狼人は、怒りから肩を振るわせながら俺の方へ振り返った。

その表情は…見事に怒り狂っている。

 

「いや〜、自分達より弱い奴を笑いのタネに使わなきゃ女を口説けない盛った狗がキャンキャン吠えてたんで。人に提供する飯だと悪いから、特別メニューを用意したんスけど…お気に召しました?」

 

「…それが遺言って事で、良いんだな⁈」

 

俺の煽りで完全にキレた様子の狼人は、周りの制止の声も聞こえず、俺に蹴りを放ってくる。

 

 

が、それに当たってやる程優しくは無いし、怒ってるのは此方も一緒だ。

左手を挙げると、常人なら視認も難しい速さの蹴りを受け止め、そのまま相手の脚を掴む。

 

 

「な…っ⁈」

 

誰の口からか、信じられないといった驚愕の声が聞こえた。

 

それはそうだろうな…なんせ、奇妙な格好の奴が、オラリオでも1、2を争うファミリアの、それも第一級冒険者の蹴りを易々と受け止めたんだから。

 

 

「躾のなってないワン公ッスね…ペットショップから人生やり直したらどうッスか?」

 

俺はそう言うと、僅かなアイコンタクトで察したミアさんが扉を開けてくれたので、その扉の向こうへ狼人を放り投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フィン・ディムナには、ある特徴と言えるものがある。

それは、何か悪い事が起きる予兆を感じると、親指が疼くと言うもの。

 

これまでも、この疼きによってトラブルを予知し、切り抜けてきた。

 

だが…今回のそれは、今までのものとはまるで違った。

 

 

事の発端は、ファミリアの団員であるベート・ローガがダンジョンで起きた事を面白可笑しく話していた頃に遡る。

 

ベートの話に嫌悪感は抱いても、それを諌めたのは副団長であるリヴェリアのみ、他の団員達の中には笑う者も居る始末だった。

 

 

そんな空気に水をさす…いや、凍らせる出来事があった。

店の客の1人が、ベートの頭上から料理を溢し、挙句彼を狗と揶揄したのだ。

 

 

突然の乱入者に、ファミリアの団員達は下手人へと視線を向けた…無論、団長であるフィンも。

 

 

それは、奇妙な格好をしていた。

 

子どもの描いた鳥の絵をそのまま立体化したような着ぐるみ。

それを視界に捉えた瞬間だった。

 

「…っ⁈」

 

親指…それどころが、手首を切り落とされたかのような激痛がフィンを襲った。

 

だが、それに誰も気づかない。

 

その場に居た全員が、レベル5であるベートの蹴りを受け止め、店先に放り投げた謎の人物に釘付けになっているのだから。

 

やがて、その人物が店の外に出ていくと、店の中に居た者達が我先と外が見える場所へと殺到する。

 

 

「…フィン、どないした!?」

 

そこで漸く、主神であるロキをはじめとしたファミリアの幹部や、近くに居た団員達がフィンの異変に気づいた。

 

右手を押さえ、額に油汗を浮かべるその様子は、明らかな異常事態。

 

その上で、フィンはこう呟いた。

 

「ベートを、止めろ…アレは、ヤバい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

狼人…もう面倒だし、駄犬でいいか。

煽り散らして挑発した俺は、場所を外に移して躾を行う事にした。

 

「っらぁぁぁ!」

 

何度も立ち上がっては、売りであろう速さを以て俺に接近しては、拳や蹴りで攻撃してくる。

 

だが…うん。

 

友人の魔王…キリアの攻撃の方が速く、鋭い。

 

「お手ェ!」

 

駄犬の攻撃をわざとスレスレで躱し、カウンターの右ストレートを顔面に叩き込む。

 

「おかわりィ!」

 

更にすかさず左ストレートを叩き込んで脳を揺らしてやると、駄犬は前のめりに倒れかかる。

 

「伏せェ!」

 

その頭上に跳躍すれば、後頭部を踏みつけて地面に熱いベーゼをさせ、トドメの一撃

 

「そしてこれが…ハウスっス!」

 

倒れた駄犬の顔面を蹴り、近くのゴミ箱へシュゥゥゥゥッ!超エキサイティン!

 

とまぁ、イラついて高揚した気分を収めながら辺りを見回すと、俺たちの戦い…というか、俺による躾に皆ドン引きしていた。

 

 

すっかりボロ雑巾のような姿になったが、駄犬はまだ生きている。躾の結果やってしまいました、では洒落にならんしな。

 

「さて、会計も済ませたし帰…らせるつもりは無いッスか」

 

いい具合に腹ごなし出来たしホームに帰ろうと思ったのだが、いつの間にやらロキ・ファミリアの面々に包囲されていた。

 

ファミリアの面子ってのがあるんだろうが、元はと言えば駄犬が原因なんだがな…。

 

「皆…待て…」

 

今にも俺に攻撃してきそうな奴らを掻き分け、1人の子供…いや、小人族が俺の前に来た。

 

 

「っ、一つ聞きたい。ベート…君がボコボコにした団員の話していた冒険者は…」

 

「…お察しの通り、オレが世話になってるファミリアの団長ッス」

 

 

問いに俺が答えると、彼は「そうか」と納得したように呟くと、俺に頭を下げた。

 

「ロキ・ファミリアを代表して謝罪する…うちの団員が、迷惑かけてしまった」

 

「それは、是非本人に言って欲しいッスね。オレとしては、今回の件は酔った勢いの乱闘騒ぎって事で手打ちにしてくれりゃ良いんで」

 

彼の謝罪に団員達は驚き、元々の原因を思い出してバツが悪そうな表情を浮かべる。

 

それでも尚、俺に敵対心を向けてくる輩も少なからず居るようだが。

 

 

「…分かった、彼には日を改めて謝罪をしよう。この件も、そちらの要求通りで手を打とう」

 

小人族の言葉に頷くと、俺は彼の横を通り過ぎ、ホームへ向かおうとする。

 

「ちょい待ちぃ」

 

しかし、それを止めるように、赤い髪の人物が俺の前に立ちはだかった。

 

「…なんスか?早く帰って明日の朝食を仕込みたいんスけど」

 

「一つだけ聞かせてくれへんか?アンタ…レベル、なんぼや?」

 

辟易した表情を浮かべる俺にその人…神ロキは聞いてきた。

そりゃ、レベル5をボロ雑巾にする奴のレベル、気になってしまうのも無理はないだろう。

 

 

「いや、1ッスよ」

 

それでも、素直に教えるつもりがない俺は白々しく設定通りのレベルを答えると、そそくさとホームに帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、この事がバレた俺は、ナイフ一本持ってダンジョンに篭って朝帰りしたクラネル少年と共にヘスティア様にしこたま叱られた。



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建て直すッス

この数日、1時間毎のUAが伸びててビビってます

今回は本筋とは逸れた閑話的な話なので、短いです


さて、ロキ・ファミリアの駄犬に躾を行ってから数日跨いだ日の朝。

 

人々の俺に対する反応は

ロキ・ファミリアに喧嘩を売ったやべー奴と敬遠したり、警戒、あるいはそれに至らずとも興味を抱いた者。

普段と変わらず、友好的に接してくる者。

対岸の火事と、我関せずを貫く者の三つに分かれ、混沌を極めていた。

 

 

そんな、数年前に放送されていた特撮番組のOPナレーションのような状況だが。

 

ヘスティア・ファミリアのホーム…その前に建てられたテントの中では、数日前の騒ぎの原因となったロキ・ファミリアの団長が主神と、当事者であったアイズ・ヴァレンシュタインを連れてヘスティア様とクラネル少年に謝罪を行っていることだろう。

 

まるで、その場に居ないような語り口だが、それは何故かと言うと。

 

 

「さ、やるッスよ〜」

 

「おーっ!」

 

「…ケッ」

 

俺は、彼らについて来たアマゾネスの少女…ティオナと、謝罪の為引き摺られてきた駄犬を伴って外に居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間を遡ること、数日前。

 

駄犬に躾を施し、ヘスティア様にしこたま絞られた日。

その日は休む事になり、ホームで過ごしていた俺は、ヘスティア様とクラネル少年にこう切り出した。

 

「ホームを建て直す?レン君がかい⁈」

 

「そうッス」

 

それは、前から考えていたホームの修繕について。

普通なら、こう言った建築作業というものは大工と言った業者に頼むのだが、いざ頼むとなると建材やら人件費といった建築費用で出費が嵩む。

 

新築で家を建てる場合、現代でも土地代の他建築費で3千万を超えるってこともある。

 

だが、それを自分達で行うとしたら、その費用はグンと下がる。

人件費は自分達でやるならタダだし、かかるのも建材費くらいで済む。

 

幸いにも、これまで街で過ごしてきた中で築いた人脈もあって、建材を格安で買える事になったので、こうして立て直そうと思い至ったわけだ。

 

「でも、教会を建て直すなんて…犬小屋を作ったりするのとは訳が違うよ?」

 

俺の提案に、ヘスティア様もクラネル少年も乗り気ではない。

まぁ、彼女の言う通り、日曜大工とはまるで違う。

基礎や梁、柱の位置やら耐震強度などにも気をつけていかなきゃならんだろう。

 

だが、そこは魔界で色々とやってきた俺だ。

 

「魔界じゃ城を1から作らされたりもしたッスから、この規模の建て直しならなんとかなるッスよ」

 

こうして、半ば押し切る形でホームの修繕…いや、建て直しを行うこととなった。

 

 

「さて…まずは確認からッス」

 

そう言うと、俺は作業台の上に数枚の紙を並べていく。

それぞれ建て直したホームの完成図を描いたスケッチや柱の寸法、間隔が細かに描いてるものなどだが、それを俺の後ろからティオナが興味深そうに覗いてくる。

 

「あれ、今と見た目変わんないんだね?」

 

「あくまで建て直しッスからね。無駄に部屋を増やしたり豪華にすると余計な金が掛かるッスから」

 

ホームは粉塵や騒音を防ぐため布製の幕で囲っており、内部の様子は外から見えないようになっている…が、それでも、中で物を破壊する音が鳴り響いている。

 

それを行っているのは…駄犬だ。

 

最初は俺の言う事を聞く様子は無かったが、二言三言煽ったら、この通り。

 

 

ちなみに、ヘスティア様達には場所を移動するよう提案しており、謝罪を終えた団長…フィンが、完成までの仮住居を用意してくれるとの事で、今はそれを見に行っている。

 

「それで、これからどうするの?」

 

「駄犬が壊し終わったら、瓦礫を撤去して本作業開始ッスかね〜」

 

幕の中でドッタンバッタン大騒ぎと言わんばかりに旧ホームを壊しているのを尻目に、俺は今のうちにできる事を始めていく。

 

測った寸法に合わせ、柱に印をつけ、鋸を使ってカットする。

この工程を先に済ませるだけでも、後の作業を円滑に進める事が出来る。

 

 

初めは見ているだけだったが、作業に興味を持ったティオナに鋸引きを頼み、作業を分担していると、壊し終えたのか駄犬が幕の中から出てきた。

 

それを確認すると、ちょうどティオナも作業を終えたようだ。

 

「さ、それじゃ本作業開始ッス!」

 

 

そこからは、一気に作業を早めていった。

 

基礎を打ち直し、撤去した瓦礫の中から使えそうな石材は砕いてモルタルに混ぜて石レンガを積み上げ。

 

内装部分で木を使う場所は釘を使わない木組みを採用。

 

日が暮れる頃、ティオナと駄犬は帰っていったが、寝る間を削っての突貫工事を続け、3日が経ち。

 

 

 

 

「おぉ…」

 

旧ホームの建っていた場所には、真新しい教会が出来上がっていた。

 

家具のない新築状態だが、中の間取りも含め、かつてあった物と同じ。更に地震にも耐えれるよう強度には十分気を配った仕上がりになっている。

 

「凄いな、あれからまだ1週間も経ってないのに…」

 

「それは人手を貸してくれたおかげッスね。俺だけなら2週間くらい掛かったッスよ」

 

「いや、それでも早いと思うよ…」

 

出来上がった新ホームを眺めながら話す俺とフィンの視線の先では、ヘスティア様にクラネル少年、ホーム建築を手伝ってくれたティオナがはしゃいだ様子で中を見て回っている。

 

 

「…改めて、君達には迷惑をかけてしまった事を謝罪したい」

 

「それはもう良いッス。今度から、ちゃんと躾はしといて欲しいッスね」

 

 

「あぁ…肝に銘じておくよ」

 

 

 

3人の様子を見ながら俺が呟くと、フィンは力なく笑いながら腹部を摩ったのだった。



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な、なんだってー⁈

路線修正回とも言う

この作品はギャグ、ギャグなんだ…(自己暗示)


それは、いつもと変わらない日常を送っていた時だった。

 

「ん〜…?」

 

地上での人脈作りの為、日雇いのバイトで働いた俺は、ヘスティア様に転生費の更新を頼んでいたのだが…どうも、ヘスティアの様子が変だ。

 

最初、俺の背中を見て唸っていた彼女は、羊皮氏にステイタスを写すと、某国宝を見るクマのような表情で改めて写しを確認している。

 

「どしたんスか、変な面して」

 

「主神に対して失礼だな、キミ…それがね、減ってる額が増えてるんだよ」

 

「いやいや、んな訳ないじゃないッスか」

 

ヘスティア様の言葉に笑いながら写しを受け取り、確認すると…

 

 

転生まで残り

999,887,485ヴァリス

 

 

「…本当ッスね」

 

「だろ?」

 

ヘスティア様から受け取った写しを見ながら呟く。

最後に確認した日で999,887,525ヴァリスだったから、今日のバイトだけで40ヴァリスは減っている。

 

いったい、何故急にそうなったのか…俺たちが頭を捻っていると、バタバタと音を立て、ダンジョンに潜っていたクラネル少年が帰ってきた。

 

「レンさん、大変です!」

 

「ベルさん、帰ってきたらまず手洗いうがいって言ってるじゃないッスか〜」

 

「あ、ごめんなさい…って、そうじゃないんですよ、大変なんです!」

 

学校帰りの子供を叱る母親みたいな小言に素直に謝りながらも、クラネル少年は俺たちを見て口を開いた。

 

 

「イワシが…イワシが、値上げされました!」

 

「へぇ〜、イワシが値上げかぁ」

 

「そりゃ大変ッスね、財布の紐を絞めないといけないッス」

 

クラネル少年の言葉に、ヘスティア様と俺は笑いながら答え…ピタっと2人同時に固まった。

 

 

 

 

待て、たった今クラネル少年はなんて言った?

 

イワシが、値上げ?

 

あの、2尾5ヴァリスだったイワシが、値上げ⁈

 

 

『な、なんだってー⁈』

 

漸く、クラネル少年の発した言葉の意味を理解した俺たちは驚愕した。

さながら、陰謀論や未確認飛行物体の謎に迫る記者達が衝撃を受けたようなリアクションにクラネル少年はたじろいでいる。

 

「あ、あの…2人とも、顔…というより画風が変わってます!」

 

「んなこたぁどーだっていいんスよ、どう言う事ッスか⁈イワシが値上げされたって⁈」

 

俺の剣幕にビビりながらも、クラネル少年は経緯を話してくれた。

 

ダンジョンから帰る途中、ふと前を横切った鮮魚店に並ぶイワシに掛けられた値段が、以前見た時よりも大分変わっていた事。

 

思わず二度見してしまい、店主に話を聞くと、この時期に起きた不漁によって赤字が出てしまい…結果、移送費なども加味して値上げに踏み切ったらしい。

 

更に、今後も移送費などの事からこのままでいくそうだ。

 

 

「つまり、今後も…40ヴァリス…」

 

「そうです…40ヴァリスです!」

 

「やったね、レン君!」

 

俺の呟きに、クラネル少年は何度も力強く頷き、ヘスティア様に至っては涙を浮かべてすらいる。

 

 

そうか…もう、毎日ステイタスを見る度5ヴァリスしか減ってない事に背中を煤けさせずに済むのか…。

 

そう思うと、色々込み上げてくる。

年甲斐もないが、此処は素直に喜ぼう。

 

「エイド■■ー■(ピー)!」

 

両手を天に突き上げ喜びを露わにする俺の脳内では、あのボクシング映画のBGMが鳴り響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なお、叫んでる時のポーズは思い返せばプラ■ーンだったけど、些細な事だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

「ヘスティア・ファミリアに居た彼が気になるのか?」

 

レン達が喜びを分かち合う一方、ロキ・ファミリアでは、団長のフィンが、眉間に皺を寄せていた。

 

それを見ていたエルフ…リヴェリアの問いに、フィンは小さく頷いた

 

 

 

 

彼…レンとの出会いは、最悪だと言って良いものだった。

だが、後日。改めて直接話し、僅かながらその人となりを知ったからこそ、フィンは考える。

 

「彼は、悪人と言うほどではない…だからこそ、解らないんだ。何故…神ヘスティアは、彼のレベルを偽った?」

 

フィンが考えるのはそこだった。

騒動に巻き込んでしまったベル・クラネル、そして、主神のヘスティア。

レンやヘスティアは此方にあまり良い印象を抱いてなかったとはいえ、その本質は悪人とは言い難い…寧ろ善人と言って良い。

 

そんな者達が、何故レベルを偽るというリスクの高い事をするのか。

 

レベル5のベートを相手に圧倒してみせた事から、レンのレベルは推定5以上…それを踏まえてフィンは呟く。

 

「隠すということは、相応の理由があるんだろうね…荒唐無稽な所だと、誰も至ってないレベル、とか」

 

「…なるほど。突拍子もない話だが、神に目をつけられない為と考えれば…な」

 

その言葉に、フィンとリヴェリアは小さく笑う。

 

 

だが、2人はのちに知る。

 

その予想は当たっていて…更に、2人の考えるそれを遥かに越えたものである事を。




レンの脳内で再生されてたBGMは「THE FINAL BELL」
ロッキーの終盤で流れてたアレです


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人を見掛けで判断しちゃいけませんッ!

ディスガイアシリーズのファンがこんなに居るなんて…嬉しい反面ね


情報とは、時として何よりも強く、恐ろしい武器になり得る。

 

SNSの普及により、誰もが情報を発信する世の中になったが、その拡散力はとてつもないものだ。

 

青少年が若気の至りと行った一つの悪ふざけが、瞬く間に世界中に晒され、人生を棒に振る…なんて事も少なからず。

 

 

そんな情報ネットワークだが、SNSはおろか、携帯電話が普及するよりも遥か昔から、拡散力の強いものは存在した。

 

 

お姉様会談…所謂、井戸端会議だ。

 

近隣のスキャンダルからお買得情報、最近出来た穴場スポットに至るまで、何処から入手したのか、彼女等は集まって情報交換を行っている。

 

人の口に戸は建てられないと言うが、まさにその通りで、お姉様方は持ち帰った情報を違う場所で話し…そうして、一気に拡散されていく。

 

 

さて、何故唐突にこんな話をしているかと言うと。

 

 

「それでね、またうちの旦那が…」

 

「そうなんスね、いや〜…そりゃ旦那さんが悪いッスよ」

 

現在進行形で、お姉様会談に混ざっているからだ。

 

街の情報を知るには、街の人に聞くのが1番なんだが、井戸端会議ほど様々な情報が耳に入ってくる事はない。

 

お姉様方の話に付き合っていると、不意にガラガラと車輪の音が聞こえた。

視線を横にずらせば、ガネーシャ・ファミリアの団員が数人がかりで、やたらとデカい箱を積んだ大八車のようなものを引いている。

 

「…何スか、アレ」

 

「あぁ、もうそんな時期なのね。レンさんは最近来たばかりだから怪物祭(モンスターフィリア)は初めてかしら」

 

ただの荷物運搬にしては、物々しい雰囲気の様子に首を傾げていると、お姉様の1人が教えてくれた。

 

 

どうやら、オラリオでは毎年怪物祭(モンスターフィリア)と呼ばれる祭が行われているそうだ。

ギルドとガネーシャ・ファミリアが主催のイベントのようで、ダンジョンで捕らえたモンスターを衆人の前で調教するらしい。

 

「変わった祭もあるもんッスね」

 

ぽつりと、思った事を口にする。

 

まぁ、生前でもトマトを投げ合う祭やら変わった祭は世界中にあったが。

とはいえ、ダンジョンのモンスターを地上にかぁ…

 

「何事もないと良いんスけど…」

 

思わず、そう呟かずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言おう、あの時の呟きはフラグだった。

 

いざ怪物祭当日、街は人でごった返し、絶好の機会と露天商の人々が鎬を削りあっていた時にそれは起きた。

 

モンスターの脱走である。

 

街はパニックになり、冒険者で動ける者は事態の鎮圧に協力するようギルド職員から要請が入るなか、俺はというと。

 

「紛らわしい格好してるオレにも責任があるッスけどねぇ…人を見掛けで判断しちゃいけませんッ!」

 

『す、すみません…』

 

数人の冒険者に説教していた。

 

というのも、要請を受けた冒険者のうち数人が俺をモンスターと勘違いして攻撃してきたのである。

 

そのうち何発かは良いとこに入ったのか、俺の頭には人の頭程のタンコブが出来ている。

 

ついにプッツンした俺は全員を超手加減をした千年殺しで鎮圧、硬い石畳の上で正座させていた。

 

 

「…はぁ、今回は仕方ないッスけど…次間違えたら、ケツに大根捩じ込むッスよ?」

 

『サーセンでしたぁッ!』

 

 

のんびりしている場合ではないので、俺は説教を切り上げて街中を走る。

街の人々もそうだが、クラネル少年たちが心配だ…何か、嫌な予感がすると思っていた時だった。

 

「白髪の奴がシルバーバックに追われてダイダロス通りに入っていった」

 

そう話す人の声を、俺の耳が捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その男は、ダイダロス通りに並ぶ民家の屋根から地上を見下ろしていた。

 

敬愛する女神からの頼みで、ある人間に課した試練に横槍が入ろうとしたら、それを阻む。

 

男にとって、女神の命令は絶対。不本意なものであっても従うほか無かった。

 

「…チッ」

 

彼の目が、小さな影を捉えた。

 

それは、真っ直ぐ女神が試練を与えた者に向かって突き進んでいる。

 

であれば、自身はそれを阻むのみ。

 

 

その最速の足を以て、男は影に向かって肉薄した…のだが。

 

 

「ゴ…ッ!」

 

宙を舞ったのは、男の方だった。

 

ぶつかった勢いが強かったのか、錐揉み回転をしながら数分にも感じる滞空を経て、男は地面に落ちた。

 

 

「うわ〜…マジか、人撥ねちゃったよ。お〜い、生きてるッスか?」

 

薄れゆく意識の中、目にしたのは鳥を模した奇妙な被り物。

 

まさか、こんな奴に自分は負けたのか。

男…アレン・フローメルは、そう思ったのを最後に意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モンスターの脱走というトラブルに見舞われたその日の夜。

 

フレイヤの元に団長であるオッタルが訪れていた。

 

「アレンがやられたと言う話は本当?」

 

「…はい」

 

フレイヤ・ファミリアといえば、レベル5や6の冒険者を抱える、オラリオでも最強と言われるファミリアだ。

そんな団員の中でも有数のレベル6であるアレンを倒した存在…気にならない筈がなかった。

 

「目が覚めた本人から聞いた話では…鳥の被り物に撥ねられた、と話しています」

 

 

オッタルのその言葉を聞いた瞬間。

 

 

 

 

フレイヤはスン…とした顔で遠くを見ていた。




アレンvsレン

状況を簡単に表現するなら
「いっけなーい、遅刻遅刻ー!」
からの
ゴーカートとホウルトラックの接触事故


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君は僕に似ている

またギャグじゃなくなった…銀魂の真面目回みたいなもんって事で大目に見てください

あ、今回のサブタイトルは本文中のセリフではないッス


人の縁とは、不思議なものだ。

 

身近なあの人の知り合いや友人が意外な人物であったり、長い間疎遠だった人と、思いがけない場所で再会したり、親兄弟の世話になった恩師が自分の担任になる等。

 

とかく、人の縁とは複雑、かつ不思議なもので。

 

 

「えっ…?」

 

「ん?」

 

同じファミリアの団長殿が雇ったサポーターが、まさかの顔見知りなんてことも、まぁあるだろう。

 

 

 

 

 

 

リリルカと再会して数時間。

当初は普通に挨拶をしようとしたのだが、初対面を装った態度の彼女を見て、何らかの事情を抱えているのかと思い、俺は話を合わせる事にした。

 

そして、3人でダンジョンに潜り、モンスターを狩り続けていたのだが…。

 

(う〜む…)

 

時折、クラネル少年…正確には、彼が持つナイフを獲物を狙う眼差しで見ている姿が目に入る。

 

 

あのナイフは、ヘスティア様がクラネル少年の為に作ってもらった一点物だ。

鍛治神であるヘファイストスが鍛え、ヘスティア様が神聖文字を刻み込んだそれは、まさにベル・クラネルのためだけの武器。

 

少年と共にあり、共に強くなるというそれは、彼が持てば凄い武器だが…少年以外が持てば、途端にただの鈍となる。

 

 

だが、事情を知らないリリルカからすれば、クラネル少年のナイフはヘファイストス・ファミリア製の一級品としか見えないだろう。

 

 

(どうしたもんッスかね…)

 

以前、彼女が置かれていた状況からも何かしら事情が絡まってるだろう事を思い、俺は人知れず溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

てなわけで、数日の間クラネル少年たちとは別行動をとることになり、俺は情報を集める事にした。

 

街中のお姉様方や酒場、さまざまな所に行っては、リリルカ…というより、彼女の所属するファミリアの噂を聞いて回る。

 

 

結果として分かった事は、ソーマ・ファミリアに対する街の人の評判はあまりよろしくないと言う事だけだった。

 

暴力沙汰や恐喝なども数多く、中でも酒場での事件が多いときた。

 

「ん?あれは…」

 

仕入れた情報を整理しながら街を歩いていると、向かい側から見知った顔が歩いてくるのが見えた。

 

「あ、レンさん」

 

「エイナさんじゃないッスか…こんな所で会うのも珍しいッスね」

 

ギルドの制服に身を包んだハーフエルフの女性…クラネル少年と俺のアドバイザーを務めてくれているエイナ女史も、此方に気づいた様子で互いに会釈を交わす。

 

「何かあったんスか?」

 

「それが…」

 

何か考え事をしている様子のエイナ女史に問いかけると、彼女もクラネル少年の雇ったサポーター…リリルカの事が気になる様子で独自に調べている事がわかった。

 

女史はギルドに勤めている事もあり、ソーマ・ファミリアの団員達の素行の悪さやらは目にしていたからこそ、少年がリリルカを雇った事に不安を抱いたのだと言う。

 

 

 

「そうですか、レンさんは彼女に以前会って…」

 

「だからまぁ、リリルカの所属するファミリアってのがどんな所か調べてたんスよ」

 

互いに事情を話し終えると、改めて情報を整理する。

 

 

ソーマ・ファミリアの団員達は、ギルドの換金所でも問題を起こす事が多く、その全員がどうも切羽詰まった様子である。

 

団員達は、特に酒場での印象が良くない。

 

そして、ファミリアの主神…ソーマは酒造りにしか興味を示さないような神物であり、彼の作った酒は市場で高値がついているらしい。

 

 

「…その酒ってのが、色々絡んでそうッスね」

 

「はい。なので、今から酒屋に行ってみようと思っていた所で…」

 

「オレも一緒に行って良いッスか?」

 

ソーマの作る酒…それに何かがあると感じた俺は、女史と共に街の酒屋を回ることとなった。

 

 

 

 

 

しかし、ソーマの作る酒は人気なのか、数軒の酒屋を回っても売り切れていて、次の入荷は未定とのこと。

 

それでも、探し続けた俺たちは、ついに件の酒を見つける事が出来た。が…

 

「話に聞いてたけど、高いッスね…」

 

 

貼られた値札を見て、俺は呟いた。

 

値段にして倍以上…上等な酒を数本買っても、お釣りで安酒を更に買えるくらいの値段だ。

これには、俺だけでなくエイナ女史も驚きを隠せず、手の届かない額に諦めて帰ろうとした時だった。

 

「エイナじゃないか…それに、君は…」

 

俺たちに1人のエルフが声を掛けてきた。

たしか、ロキ・ファミリアのメンバー…だったな。後ろに本神も居る。

 

「リヴェリア様…お久しぶりです」

 

「久しぶりッス」

 

女史の畏まった様子に、確かリヴェリアと呼ばれたエルフは王族出身だと以前聞いたな、とか考えていると。

 

「お、ソーマがあるやん!なぁ、リヴェリア〜買って〜?」

 

彼女の後ろにいたはずのロキが、俺たちの背後に陳列されていた酒を手に、まるでスーパーで食玩をねだる子どものように頼み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…で、なんで自分もおんねん」

 

「だから、俺もソーマ・ファミリアについて知りたいって言ったじゃないスか」

 

 

神ロキ達と出会った俺たちは事情を説明すると、彼女達のホームにある応接室に通された。

 

だが、ロキは俺も居る事に不満げな顔を隠す事なく話す。

 

まぁ、主神同士が仲の良くないファミリアの団員…それも、俺はファミリアの団員をボコボコにしたのだから仕方ない事だろう。

 

 

「…まぁええわ、で?ソーマの事やったか」

 

 

それを割り切ったのか、深い溜息と共に気持ちを切り替えたロキは、俺たちに話しだした。

 

 

市場に出回るソーマは、謂わば失敗作であり、その完成作はファミリアの中でも上納金の多かった者が一杯だけ口に出来る。

 

故にソーマ・ファミリアでは日々周りの足の引っ張り合いが行われており、彼等は今や、主神(ソーマ)ではなく(ソーマ)を崇めているのだそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…まるでヤク中ッスね」

 

話を聞き終えた俺は、ポツリと呟く。

酒に溺れる、なんてのは生前でも耳にした話だ。

 

だが、ソーマ・ファミリアの在り方…と言うより、彼らの金を集める事に執心する姿や、その背景はどちらかと言えば麻薬中毒者のそれに近いだろう。

 

「…だからこそ、違和感があるんスよねぇ」

 

「違和感?何がだ?」

 

 

俺の言葉に、一緒に話を聞いていたリヴェリアが問いかけてくる。

 

その場に居た人達が俺に視線を向けるなか、今まで見聞きしてきた事を纏めていく。

 

 

「ソーマ・ファミリアの団員達が金集めに必死な理由は分かったッス。でも、リリルカ…ベルさんの雇ったサポーターが金を貯める理由は、なんか違う気がするんスよ」

 

「ほぅ…。その心は?」

 

「目ッス」

 

俺の言葉にロキは興味を抱いたように目を開き、俺に続きを話すよう言外に促す。

 

「他の団員もリリルカも、金集めの為に必死ッスけど…リリルカの目は、なんというか…まだ理性的なんスよ」

 

「金を集めるって所は一緒でも、着地点…つまり、ゴールである目的が違う。俺はそう感じたんス」

 

 

 

「なるほどな…アンタとしては、その理由として考えられるものに見当ついとるんか?」

 

俺の漠然とした話を聞き終えたロキは、空になったグラスを指で撫でながら俺を見てくる。

周りに視線をやれば、残った2人はまたそれぞれに考え始めている様子だった。

 

 

ロキの問いに、腕を組んで考える。

 

 

(ソーマ)を求めている様子ではない。

しかし、時に見せる目は、何が何でも金を稼いで、その先の何かを成し遂げるといった覚悟のようなものを感じた。

 

その目に、既視感を覚えたのは何故だ…?

 

 

いったい、あの目をどこで見た?

そう思いながら、視線を動かした先。

 

ロキの手元にある空のグラスに、俺の姿が反射して見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そうか」

 

組みかけのパズルにピースが嵌まった感覚がした。

 

リリルカが時折見せた目に感じた既視感、そして、金集めに必死になる理由。

 

 

「何か心当たりが見つかったか?」

 

「あくまで俺の予想で、また回りくどい表現になるッスけど」

 

 

 

 

 

 

彼女は、俺たちに似ているんだ。

 

 

 

 

 

 

「新しい自分に生まれ変わる為、ッスかね」

 



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誰にも会わなかったッス

昨日、一昨日あたりのお気に入り登録数が妙に多く感じた私は、真相を求めてジャングルの奥地に足を運んだ

日間ランキング 17位

ん?

数時間後

日間ランキング 12位

んん?

更に数時間後

日間ランキング 44位

うん。やっぱ気のせいだったんだな


今まで書いてきた中で初めて見る順位でした
読んでいただいた皆様、お気に入り登録してくださった皆様、評価してくださった皆様のおかげです
本当にありがとうございます、今後ともお付き合いください


新しく生まれ変わる、と回りくどい表現をしたものの、リリルカの最終目標はファミリアからの脱退で間違いないだろう。

 

というのも…エイナ女史と出会うより前、街の人々に聞き込みをしている中で、それに関係するだろう情報を入手していた。

 

リリルカの身体的特徴に酷似した小人族が、ある夫婦が営んでいた花屋で短い期間だが働いていたというものだ。

 

だが、ソーマ・ファミリアの団員達によって花屋は滅茶苦茶にされてしまった。

 

ファミリアでの扱いは酷くて、それこそ奴隷のような扱いを受けていたのを見た人も居たらしい。

 

 

それらを踏まえて考えると、リリルカの精神状態は良くない…人間不信もそうだが、冒険者という存在自体を憎んでさえいるだろう。

 

(事態は深刻だな…)

 

 

そうなってくると、こちらから何かアクションを起こしたとして良い方向に向かう事は難しい、

 

それこそ、中途半端な善意ではなく本心からのものでしか動かす事は出来ないだろう。

 

(とはいえ…)

 

 

3人で共に過ごした時間の中で、リリルカの存在というのは顔見知りからサポーターの少女を経て、変わってきていた。

 

「放ってはおけないッスよね…」

 

 

 

だが、ファミリア内の問題に第三者が介入しても、それは根本的な解決にはならない。

 

本人がケジメをつけて、初めて解決となる…その為には、リリルカとソーマで話をさせる必要があるのだが…肝心のソーマ自体が、団員に対して関心を抱いていない。

 

恩恵を授けておきながら、子どもたちの問題行動なんて我関せず、と言わんばかりに酒を作ってばかりというその様子は、育児放棄をしている親と何が違うだろうか。

 

 

「まずは、ソーマとリリルカを会わせる方法を…?」

 

腕組みしながら歩いていると、バベルの入り口近くで、エイナ女史とロキ・ファミリアのアイズ・ヴァレンシュタインが話している姿が見えた。

 

辺りを見回せば、待ち合わせしていた筈のクラネル少年とリリルカの姿がない。

 

こんな時の嫌な予感とはよく当たるもので。

 

 

 

2人の元に駆け寄った俺は、エイナ女史の口から2人がダンジョンに向かった事と…それより前に、ソーマ・ファミリアの団員に絡まれていたという情報を耳にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも…どこに居るのか分からないよ…?」

 

「普段は行かないような階層…ダンジョンギミックのある10階層の何処かッス!」

 

「そっか…10階層は霧も出るから…!」

 

 

薄暗いダンジョンの通路を走りながら、クラネル少年たちの居場所にあたりをつける。

リリルカは恐らく、クラネル少年のナイフを諦めてはいない…恐らく、視界を妨げる環境で彼を孤立させて、その隙を狙う筈。

 

そして、リリルカの持つ財を狙う奴らの考えることと言うと…。

 

 

 

俺は、先行して10階層に向かうヴァレンシュタインの後ろ…ではなく、彼女の向かう方向から逸れた、横道へと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴァレンシュタインと途中で別れ、1人で通路を通っていると、目の前から3人の男が歩いてくるのが見えた。

 

「しかし、アーデも馬鹿だよなぁ…ファミリアを抜ける為に金を集めた所で、抜けれる訳がねぇのによ」

 

「まぁ、今頃はキラーアントの腹の中だ…アイツのお望み通り、解放してやっただろ?」

 

そう、下卑た嗤いをあげながら歩くその姿に、体の奥から冷めていく感覚を覚える。

 

 

 

「さぁて、取り敢えず…ん?なんだ、お前」

 

 

 

あぁ、本当に

 

 

それ以上喋るなよ。

 

 

 

 

 

「ギガクール」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バベルの入り口で待っていると、クラネル少年とリリルカが漸く帰ってきた。

 

2人の無事な姿と、リリルカの何処か憑き物が落ちたような表情に小さく笑みを浮かべると、少年達も俺に気づいたようだ。

 

「レンさん…勝手にダンジョンに行ってすみませんでした」

 

「オレこそ、遅くなっちゃったからおあいこッスよ…と、そうだ。これ、リリルカのじゃないッスか?」

 

クラネル少年の謝罪に此方にも非がある事を伝えて手短に話を切り上げると、俺はリリルカに持っていたもの…金貨の詰まった袋と鍵を渡す。

 

「ぇ…確かに、リリのですが…これを、何処で?」

 

「落ちてたから拾ったんス」

 

「そうですか…。レン様、途中で、誰かに会いませんでしたか?」

 

 

 

 

 

 

「さぁ…オレは誰にも会わなかったッスよ?」




次でリリルカ編終了予定
顔芸もあるよ


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他人事とは、思えなかったんスよ

今回でリリルカ編終了ッス


穏やかな陽射しが眠気を誘うオラリオの昼下がり。

 

ソーマ・ファミリアのホーム内に突如、轟音が響き渡った。

 

 

鉄製の門扉は蝶番が壊れ、元々備え付けてあった場所から数Mも離れた場所に倒れているが、大きくひしゃげて原型を留めていない。

 

本来なら門扉を守護する筈の門番は何をしているかと言えば…哀れにも、塀に上半身が突き刺さり、壁から尻が生えたような姿を晒している。

 

 

ホームに残っていた団員達がわらわらと集まり、全員が門へと視線を向けると…それは、そこに居た。

 

ずんぐりとしたフォルムの、鳥を模した被り物。

 

それが、後ろに白髪の少年と、小人族の少女…そして、少女と見紛う容姿をした女神を引き連れ。

 

 

「ソ〜ォマさ〜ん、あっそび〜ましょ〜!」

 

 

清々しい笑みを浮かべ立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話は、数時間前に遡る。

 

 

うるさい奴らを黙らせ、クラネル少年達と合流することが出来た俺は、ヘスティア・ファミリアのホームでリリルカのこれまでの事を、改めて本人から聞いていた。

 

「…話は分かった。それで、君はどうしたいんだい?」

 

話を聞き終えたヘスティア様が、改めてリリルカを見据え問いかける。

その表情は、ベルを巻き込んだことへの怒りなどもあるが、本人が許すと言った手前、これ以上追求するのはやめたようだ。

 

「…リリの居場所は、あそこにはありませんから」

 

「となると、やっぱりファミリアの改宗しかないけど…」

 

「問題は、神ソーマが此方に関心を向ける方法…」

 

リリルカの言葉に、ヘスティア様と俺は腕を組んで考える。

そんな時だった。

 

(ん?酒造り…?)

 

ふと、思い出したのは、ソーマが酒を司る神であり、酒造りに没頭しているという事。

そして…生前、偶然動画配信サイトで目にした酒造りの動画。

 

まるで、名探偵の孫が真相に近づいたような…そんな感覚と共に閃いたアイデアに、俺はにぃ、と口角を吊り上げた。

 

「…オレに良い考えがあるッス」

 

「…なんだろう、嫌な予感しかしないんだけど」

 

「リリもです…」

 

そう呟いた俺の表情は、見事なまでの笑顔(藤田顔)だったと、のちにヘスティア様は語った。

 

 

 

 

 

 

で、今。

 

 

 

 

「な、なにやってんだ君はぁ〜っ!」

 

顔を真っ青にしたヘスティア様に肩を掴まれガックンガックンと揺さぶられる。

話し合いに訪れた筈なのに、やってる事は殴り込み(カチコミ)なのだから、怒るのも無理はない。

 

「まぁまぁ、手を出さなきゃ大丈夫ッスよ…多分」

 

「なるかぁぁぁ!」

 

俺たちが呑気に話している間にも、ソーマ・ファミリアの団員達が各々の武器を構えて襲いかかってくる。

 

それを、敢えて無防備な姿で全て受け止め…彼らの武器は、呆気なくも壊れてしまう。

 

『…は?』

 

「…さて、目的の場所に行くとするッス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いったい、何が起きている⁈」

 

ソーマ・ファミリアのホーム内は騒然としていた。

 

何処かのファミリアが、突然殴り込みをしかけてきたかと思えば、襲撃者はある場所に脇目も振らずに向かっているという。

 

それも、場所を案内しているのは、リリルカ・アーデだという。

 

「兎に角、これ以上奴らを先へ行かせるな!」

 

ソーマ・ファミリア団長…ザニスは、団員達に指示を飛ばしながら自身も現場に向かう。

 

「しかし、醗酵中の酒の貯蔵庫だと…?何のつもりだ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほぉ〜…なかなかに壮観ッスね」

 

こじんまりとした部屋に整然と並べられた幾つかの樽…俺たちは目的地である酒の貯蔵庫に足を踏み入れていた。

 

「でも…本当に大丈夫なんでしょうか?」

 

「そうです…いくらソーマ様でも、こんな方法で来るなんて…」

 

 

「その通りだよ、侵入者君」

 

クラネル少年とリリルカの言葉に答えるように、眼鏡をかけた男がガラの悪そうな奴らを引き連れて貯蔵庫に入ってきた。

 

背後にいるリリルカの怯えた表情から察するに、こいつが団長のザニスって奴なんだろうが…何というか、いかにも悪知恵の働く小悪党といった雰囲気だ。

 

「アーデ…まさか、君が侵入者の手引きをするなんて思ってもいなかった…非常に残「あ、そういうのは良いッスから。ソーマさんを連れてきて欲しいんスけど」…っ、君は、今の状況が理解出来てないのかね?」

 

ザニスの話が長ったらしくなりそうだったからぶった斬ると、彼は頬をヒクつかせながら、嘲笑うように俺を見る。

 

「出入り口は我々が塞いでいる。袋の鼠だというのに、随分と余裕じゃないか」

 

「…そっちこそ、なんで俺たちがこんな所に来たか分かってないんスね」

 

その言葉に、俺は溜息を吐くと本題を切り出した。

 

「ソーマに伝えて欲しいんスよ…ここにある酒、全部ダメにされたくなけりゃ面見せろって」

 

 

 

俺の言葉に、ザニス達ソーマ・ファミリアの団員達は顔を見合わせるとゲラゲラと笑いだした。

 

「面白い事を言うじゃないか…見た所丸腰なのに、どうやって?まさか、樽を一つ一つ壊す訳じゃないだろうな?」

 

「…アンタら、酒神の眷族なのに酒造りの事、何も知らないんスね」

 

 

彼らの余裕を持った表情に呆れを隠せないまま、俺は口を開いた。

 

 

「酒造りってのは、材料になる穀物や果物、水、そして…微生物が必要なんスよ」

 

 

 

「材料の穀物や果物を微生物が醗酵させる事で、酒ってのは作られるらしいんスけど…世の中には、色んな微生物が居るんス」

 

「それこそ、酒造りに必要な微生物よりも、繁殖力も生命力も強い奴が」

 

 

 

「何を、いったい、何の話だ⁈」

 

突然の俺の話についていけず、戸惑いを見せるザニス達に、俺は腹部のポーチから袋を取り出して見せる。

 

「この中には、極東に伝わる『納豆』が入ってるッス」

 

「納豆…?それが、何の関係がある⁈」

 

「大アリっスよ。コイツは、豆に納豆菌って微生物を混ぜて醗酵させた食い物なんスけど…納豆菌ってのは、酒造りにおいて天敵って言って良いんス」

 

俺が取り出したのは、納豆…ヘスティア様と交友関係のある神から譲ってもらったのだ。

納豆だけではなく、キムチやヨーグルトといった醗酵食品は、酒造りにおいてNGと言われている。

 

その理由が、腐造だ。

腐造乳酸菌という、アルコールに耐性を持つ菌が日本酒でいうもろみに繁殖すると、大惨事を引き起こす。

 

一つのもろみが汚染されると、それは周りにも広がる…昔、それが原因で醗酵中のタンクが何本もダメになった蔵もあるという。

 

 

 

中でも、納豆に含まれる納豆菌というのは生命力が強い。

100℃のお湯で消毒しようが死なず、石鹸で洗っても完全になくならない。

しかも、この貯蔵庫は周りが木材…付着すれば、焼き払う以外に取り除くのは難しいだろう。

 

「となったら、大変ッスね〜…いったい、次に神酒(ソーマ)を飲めるのはいつになるやら?」

 

「…っ、貴様…!」

 

「…で?ソーマ、もちろん呼んでくれるッスよね?」

 

そう言う俺の表情は、さぞかし悪どい面になっている事だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

結果、ソーマを呼ぶことには成功した。

 

流石の団員達も、袋の口をいつでも開けるように構える俺を止めるのは難しいと判断したのか、大人しく要求に従ってくれたし、ソーマ自身も自分が丹精込めて作ってる酒を全部ダメにさせるって言われたら来るしかないだろう。

 

 

まぁ、見るからに激おこなんだけどね。

 

 

「…話とは、なんだ」

 

「…さ、リリルカ。バトンタッチっス」

 

「この状況で⁈」

 

威圧感マシマシのソーマを前にリリルカに話しかけると、彼女とヘスティア様、クラネル少年が愕然とした表情で俺を見てくる。

 

ちなみに、ソーマが来た時点で納豆はお役御免となり、密封したそれは再びポーチにしまっている。

 

 

「こっから先はリリルカとソーマの問題ッスから、あとはリリルカ次第ッスよ」

 

「〜…あぁ、もう!」

 

 

俺の言葉に、頭を掻きむしったリリルカは意を決したようにソーマを睨みつけ、その口を開いた。

 

 

 

 

「リリを、ファミリアから脱退させてください!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これまでにあった事を洗いざらい話し終え、脱退を願い出たリリルカにソーマは一つの試練を与えた。

 

それは、自身が作った神酒(ソーマ)…その完成品を口にしたうえで、同じことを言えたら許すというもの。

 

リリルカが話していた脱退金云々に関しては…恐らく、ザニスの独断だろう。

 

あの小悪党の考える事だ、ソーマがファミリアに無関心なのを良いことに私物化し、私腹を肥やす目的の方便…ってのが、俺の見解だ。

 

 

結果として、神酒に飲まれかけはしたが、それ以上にファミリアで受けてきた数々の仕打ちに対する怒りが勝ったリリルカは怒り上戸と化し、酔って寝るまでの間ソーマを引かせる程に愚痴や罵詈雑言を吐いたのは記憶に新しい。

 

 

…で、改宗に成功した俺たちが帰路についていた時だった。

 

「あの…そういえば、あの人達は…」

 

「死んではないッスよ。死ぬほど恥ずかしい目に遭ってるだろうけど」

 

ヘスティア様達の後ろを、離れて歩く俺に問いかけてくるリリルカに答える。

今頃、ギルドの入り口前に「私達は婦女暴行を企てました」と書かれた札を提げた、顔と手先だけ露出した氷柱3つが並んでいる事だろう。

 

 

「…どうして、レン様はリリの為にここまでしてくれたんですか?」

 

「…そうッスね。ファミリアの仲間になったし、いい機会なんでネタバラシをするッス」

 

 

 

リリルカの言葉に、俺は沈んでいく夕日を眺めながら口を開いた。

 

「オレ、本当は悪魔なんス」

 

「悪魔って…冗談ですよね?」

 

俺の言葉に、彼女は信じられないと言いたげな表情を浮かべるも、肩をすくめ話を続ける。

 

「元々、人間だった俺は働きすぎて、体調を崩して死んだんだけど…親より先に死ぬってのは罪らしく、その罪を償って、生まれ変わる為に働いて、金を稼がなきゃいけなくて」

 

「そんな、俺達の姿とリリルカが重なって見えて…他人事とは、思えなかったんスよ」

 

 

自分達と同じ境遇といっても良いリリルカを、放っておけなかった。

 

偽善、と言われるかもしれないが、これが今回の件に首を突っ込んだ大きな動機だ。

ヘスティア様の胃にダメージを与えてしまった事に関しては、反省しているが…やった事への後悔はしていない。

 

 

「…信じられない話ですが、一つだけ分かった事があります。レン様は、ベル様と同じくらいのお人好しです」

 

話を聞き終えたリリルカは、俺の前に来て小さく笑い、そう言うとクラネル少年の腕に抱きつく。

 

それを見たヘスティア様が負けじと抱きつき、姦しい声をあげるのを見て、俺は再び歩き出した。




(胃痛に苦しむ)家族が増えるよ!やったねヘスティア様!


あ、あの汚いラスカル達はなんとか生きてます


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嘘だろ…?

日間加点ランキングで20位台に入っててビックリ

本当にありがとうございます


リリルカ・アーデがソーマ・ファミリアからヘスティア・ファミリアへの改宗を果たした翌日。

 

「んぅ…?」

 

同居人の手によって、新品同様の姿に生まれ変わったソファで眠っていたベルは、体に感じる違和感と共に目覚めた。

 

自分の上に、誰かが乗っている重み。

これを感じるのは、初めてではない。

 

過去にも何度か、ヘスティアがこうして潜り込んでいた事があったからだ。

 

(また神様かなぁ…)

 

そう思いながら、掛けていた布団を捲った瞬間…彼は固まった。

 

 

「ん…っ」

 

そこに居たのは…ヘスティアではなかった。

そして、リリルカでもなかった。

 

 

長く、ウェーブのかかった茶色い髪

体は細身でありながら、出ている所はしっかりと主張しており、街中を歩けば数多の男性が振り返るであろう美貌。

そして、そのプロポーションを隠しているのは、衣服としての役割を果たしているとは思えない布のみ。

 

まぁ、早い話が。

 

自分の上で、誰とも知らぬ美女が、ほぼ一糸纏わぬ姿で眠っているのだ。

 

 

 

 

 

 

「〜〜〜〜っ!!」

 

ヘスティア・ファミリアのホームに、ベルの形容し難い悲鳴が響いた。

 

その声に、ドッタンバッタンと慌ただしい音がしたのち、2人分の足音が猛スピードで接近してくる。

 

『ベル君(様)⁈』

 

やってきたのは、神ヘスティアと新たな団員となったリリルカ。

ベルに少なからず…どころか、明確なまでに好意を寄せている2人からすれば、ベルが悲鳴をあげるなど、一大事でしかないのだ。

 

悲鳴を聞いて飛び起きたのだろう…寝癖もそのままに走ってきた2人は、ベルの安否を確認しようとして…そして、固まった。

 

それもそうだろう…思い人が、見知らぬ女と同衾していたら誰だってそうなる。

 

「ベル君(様)…これは、どういう事…?」

 

ヘスティアとリリルカの口から、幾分かトーンの低い声が洩れる。

幽鬼のように歩み寄って来る2人の目は光を失っており、ダンジョンのモンスターとは違う凄味をベルは感じた。

 

 

と、そんな時。

 

 

「どしたんスか、ベルさん…まさか、黒光りするアイツでも出たんスか?」

 

数テンポも遅れてやって来たのは、奇天烈な格好のナマモノ…もとい、レン。

 

調理中だったのか、お手製の割烹着に身を包み、手にはおたまを装備している。

 

「レ、レンさん!それが…」

 

「んぅ…?」

 

ヘスティア達の雰囲気に気圧されながらも、やって来た同性の仲間に状況を説明しようとした時…ベルの上で眠っていた女が目覚めた。

 

体を起こし、小さく欠伸をしながら辺りを見回して…そして、レンの姿を見据えると、ベルの上から離れ、修羅場と化した周囲を全く気にする様子もなくその体に抱きついた。

 

「あ、ダーリンだぁ」

 

「…嘘だろ?」

 

突然の行動に、その場の空気が凍りついた。

 

レンは、抱きついてきた相手を信じられないような目で見て、手からおたまを落としてしまうが、抱きついた本人はそんなのお構いなしと言わんばかりに頬擦りまで始める始末。

 

そして、その光景を見ていた他の3人は。

 

『えぇぇぇぇぇぇ⁈』

 

頭の処理が追いつかず、ただ叫ぶしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早朝の修羅場からなんとか復活したヘスティア様達から説明を求められた俺は、とりあえず飯を食いながら話すことにした。

 

 

「…コイツは俺が居た魔界に住んでる夜魔族…まぁ、わかりやすく言えばサキュバスって女悪魔の…」

 

「セレスで〜す」

 

俺の言葉に続くように、クラネル少年の布団に入り込んでいた本人…セレスは、俺が急遽作った朝食を食べながら自ら名乗る。

 

その姿を見る様子は、3通りだった。

リリルカは、俺の話をあまり信じてない事と早朝の一件から警戒の眼差しを。

クラネル少年は俺以外に初めて見た魔界の住人に対する好奇心の眼差しを。

そして、ヘスティア様はその両方がない交ぜになった複雑な表情を向けている。

 

 

「サキュバス…名前を聞くに、あまり良い印象を抱かないのはなんでだろう…」

 

「夜魔族は男を誘惑する種族ッスからね…まぁ、そう思ってしまうのも無理ないッス」

 

ヘスティア様の疑問に俺が答えると、リリルカのセレスに対する警戒心が強まるが、本人はフォークをテーブルに置くと小さく笑い

 

「あら、他の夜魔族はそうだけど…私はダーリン一筋よ?」

 

などと宣った。

 

 

「…だったら、なんでベル様と同衾してたんですか?」

 

「それは、あの子の寝てた場所からダーリンの匂いがしたからよぉ…でも、人違いだったみたいね」

 

「そうですか…って、なるわけないでしょォォォォォ⁈」

 

リリルカの問いにセレスは頬に手を当てながら小さく溜息を吐き、リリルカも分かったかのように頷いた…かと思ったら、ツッコミと共にダン!とテーブルを叩いた。

 

「なんなんですか、さっきから魔界とか夜魔族とか!レン様もそうですが、なんでベル様達も訳知り顔なんですか⁈」

 

リリルカのその言葉に、クラネル少年とヘスティア様、俺は顔を見合わせる。

 

「…レンさん、リリに話してなかったんですか?」

 

「話したッスけど、ジョークだと思ってたみたいッスね」

 

「まぁ、普通なら誰だってそう思うよ。でも、アレを見たらねぇ…」

 

クラネル少年から問われ、俺自身の事を説明した事を明かしたが、リリルカの様子から冗談だと捉えられた事にどうしたもんか、と頭を掻きながら考える。

 

「そうねぇ…じゃあ、外に出ましょうか」

 

すると、いつの間にか朝食を食べ終わっていたセレスが立ち上がって俺たちにそう言ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セレスに促され、食器を片付けた俺たちはホームの外に場所を移していた。

 

「…で、何をするんスか?」

 

「そっちの子が、私達が悪魔って信じてないみたいだし…証拠を見せたら、少しは信じてくれるでしょ?」

 

俺の問いにセレスはそう答え、ヘスティア様達の前に出る。

そして

 

「ん、しょ…」

 

何処か艶かしい声をあげると、翼を広げた。

 

「嘘…マントじゃなかったんですか?」

 

リリルカは、その光景に思わず呟く。

確かに、夜魔族の翼は、閉じてしまえばマントに見間違えてしまう見た目をしている。

 

「ふふ、それだけじゃないわよ?」

 

そう言って小さく笑うと、セレスは翼を羽ばたかせ、少しだけ宙に浮く。

飛ぶと流石に他の人たちにバレてしまうから、それを配慮しての事だろう。

 

これには、リリルカだけでなくクラネル少年も驚いた様子を見せている。

 

「ぇ、本当に…人間じゃないんですか?」

 

「えぇ。ダーリンも少しだけ飛べるわよね?」

 

セレスのその言葉に、3人がこちらに視線を向ける。

その様子に小さく溜息を吐くと、背中の翼を羽ばたかせ、セレスと同じようにその身を宙に浮かせた。

 

「…飾りじゃなかったんだ」

 

「まぁ、飛べるのは少しだけッスけど」

 

その様子を見て言葉を無くす3人を見て納得してもらえたと判断した俺とセレスは地上に降りる。

 

「で、まだ聞いてなかったッスけど…なんでお前がここに居るんスか?」

 

俺は、最も気になっていた事を口にした。

このオラリオは、俺達が居た魔界とは完全な異世界に存在する。

簡単に移動できる訳がないのだ。

 

「それは私が知りたいくらいよぉ…」

 

俺の問いにセレスはそう溜息を吐くと、自分がここに来た経緯を語りだした。

 

いつものように俺に会う為、城へ向かったものの姿はなく、他のプリニー達に話を聞くと、俺が戻ってない事を知った。

そして、俺を探す為最後に目撃した場所…つまり、邪竜族と戦った場所に向かい周囲を探し続け、途中疲れて眠りにつき…目覚めたら、オラリオに居たらしい。

 

「ビックリしたわ…目が覚めたら穴倉みたいな所にいたんですもの」

 

「穴倉って、まさか…」

 

「ダンジョンっスね」

 

「…レン君の時と同じか」

 

セレスの話を聞いた俺達は、彼女が来た原因について知る事が出来なかった。

だが、一つだけ共通点があった。

 

俺とセレスが、この異世界で最初にいた場所がダンジョンだという事。

 

「ダンジョンに、何かあるって事でしょうか…?」

 

「それは解らない…でも、いずれは解明しなきゃいけない」

 

クラネル少年がヘスティア様に問いかけると、彼女はそう呟いてセレスを見る。

 

「セレス君、君はこれからどうする?」

 

「そうね…魔界に未練は無いしぃ…ダーリンと一緒に居れたらそれで良いわ」

 

 

セレスはヘスティア様の問いにそう答えると、再び俺に抱きついてくる。

正直、ベタベタしてくるのは勘弁して欲しいが…今まで、いくら言っても馬耳東風だったから諦めている。

 

 

そして、セレスの返事を聞いたヘスティア様は

 

「そうか。だったら…ボクのファミリアに入らないかい?」

 

彼女に向かい、そう口にした。




以前話してた、他に出す汎用キャラ
第一弾は夜魔族でした
ステータスは次回明らかになります(またディスガイアRPG参照です)


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あなたが私を忘れても

バタバタして書く時間が作れず時間が空いてしまった




ヘスティア・ファミリアへの勧誘にセレスは、当初興味が無さそうだったが、俺がファミリアに入っている事を知るや見事なまでに手のひらを返し、速攻でファミリア入りを決めた。

 

 

その様子に、ヘスティア様達も思わず苦笑いをしながら恩恵を刻む事となり、ヘスティア様はセレスを連れて地下室へ向かっていった。

 

「…あの、レンさん」

 

「ベル様?」

 

教会の中に入ると、不意にクラネル少年に呼び止められる。

リリルカは、少年の様子に首を傾げるが、それを他所に、彼は言葉を続けた。

 

「セレスさんって、レンさんと同じ魔界に居たんですよね?」

 

「そうッスね…それがどうかしたんスか?」

 

俺の問いに、少し間をおいて、クラネル少年は口を開いた。

 

 

「セレスさんって…どのくらい強いんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぬぬ…」

 

ヘスティア・ファミリアのホーム、その寝室に置かれたベッドの上で、ヘスティアは唸っていた。

 

その原因は、彼女に背中を惜しげもなく曝している女性…セレスにあった。

 

 

セレス

crass ヘカーテ

Lv.9600

HP 64599884

ATK 19273272

DEF 14544425

RES 17239062

INT 17239062

SPD 50

 

属性耐性

火 +50%

水 +25%

風 0%

星 0%

 

状態異常耐性

毒 75%

麻痺 25%

睡眠 75%

ど忘れ 25%

 

 

 

これまで、レンのステイタスを何度も目にしてきたから発狂したりするまではない。しかし…。

 

「いつ見ても、君達魔界の子達はぶっとんだステイタスだなぁ…」

 

乾いた笑みを浮かべながら羊皮紙にステイタスを写すと、ヘスティアはセレスへそれを手渡した。

 

「そうかしら?魔界じゃ私たちより強い奴なんて、わんさか居るわよ?」

 

「それはレン君からも聞いたんだけどね〜、それでも、ボク達からすれば目玉が飛び出るほどの値なんだよ」

 

 

受け取ったステイタスの写しを一瞥しながら首を傾げるセレスに、ヘスティアは苦笑いを浮かべ、再び口を開いた。

 

「…セレス君は、レン君が好きなんだよね?」

 

「えぇ、勿論…それが、どうかしたのかしら?」

 

切り出した話題は、セレスがレンに抱く好意について。

好きな人が居る、という点でヘスティアは、彼女にシンパシーを感じていた。

 

 

「うん…君も魔界に居たんなら、きっとレン君の…プリニーの事は知ってるだろうと思ってね」

 

「…そういう事」

 

ヘスティアの言葉に、セレスは何が言いたいかを理解した。

レン達プリニーは、罪を償う為に仮初の体を与えられた者。

 

贖罪を終えた魂は清められ、新たに生まれ変わる。

それは即ち、これまでの全てを忘れるという事だ。

 

 

「ダーリンが生まれ変わって、私を忘れても…また探し出して好きになるわ。それは、貴女もでしょ?」

 

「…うん、勿論さ」

 

それでも。

たとえ、生まれ変わって忘れられても、探し出してまた恋をする。

そう言うセレスに、ヘスティアは共感を覚えた。

 

超越存在であるヘスティアは、年をとらない。

いずれは、ベル達と別れる時が訪れるが…ヘスティアもまた、セレスと同じように。

 

 

ベルが生まれ変わって自分を忘れても、また恋をするだろう。

 



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ね、簡単でしょ?

長らくお待たせしてしまい申し訳ありませんでした


セレスが新たにファミリアに加わり、団員が4人に増えて数日が経ち、ギルドに訪れた時のことだった。

 

「ん?」

 

入り口から中に入るや、エイナ女史が見覚えのある女性と話しているのが見えた。

後ろに居たクラネル少年も、気づいた様子なのだが、その女性を見た途端、顔を赤くして固まった。

 

どうやら、向こうも気づいたようで女史と…アイズ・ヴァレンシュタインがこちらを振り向いた。

 

次の瞬間、何を思ったのかクラネル少年が逃走を図ろうとしたので、とりあえず服を掴んで阻んでおく。

 

「ちょっ、レンさん…離して…!」

 

「いや、どんだけヘタレなんスかアンタ。チキンにも程があるッスよ」

 

「チキ…⁈」

 

クラネル少年は必死に逃げようとするが、俺の手から逃げる事は叶わず、服がギチギチと音を立てる。

服が破れたら繕うの大変なんだがなぁ…と考えていたら、ヴァレンシュタインが未だ逃げようとする少年の前まで来た。

 

 

が、その瞬間。

 

「あ」

 

ビリ、という限界を迎えた服の断末魔が聞こえ、遂に衣服が破れた。

さて、ここで問題。

 

Q.一方向に強く働こうとする力を無理矢理押し留め、その手を緩めたらどうなるか?

 

 

 

A.一気に解放され、吹っ飛ぶ。

 

「へぶっ⁈」

 

服が破れた事で抑えが効かなくなったクラネル少年の体は前へつんのめり、その顔は…ヴァレンシュタインの胸元へダイブした。

 

 

『⁈』

 

ギルドに居た人々が、俺達の光景を見て言葉を失った。

 

そりゃそうだろう…事故とはいえ、あのアイズ・ヴァレンシュタインに違うファミリアの男が抱きついたのだから。

 

「…大丈夫?」

 

ヴァレンシュタインは、クラネルの事を案じる様子を見せるが、クラネル少年はそれどころじゃなく。

 

「…きゅう」

 

自身が陥っている状況に脳がキャパオーバーを起こし、ヴァレンシュタインの胸に顔を埋めたまま、顔を真っ赤にして気絶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本っ当にすみませんでした!」

 

気絶した少年を介抱すべく、俺達はギルドの相談室を借りることになった。

それから30分後、少年は目覚め、ヴァレンシュタインを視界に捉えるや見事な土下座を披露して謝罪していた。

 

 

被害者であるヴァレンシュタインは事故だから気にしてないということで話は手打ちとなった。

 

「そう言えば、もう10階層まで行けるんだね」

 

「いえ、僕なんてまだまだです…。戦い方も駆け出しのままだし…」

 

話題を切り替えるようにヴァレンシュタインが切り出した話に、クラネル少年は肩を落として返答する。

 

「…戦い方を教えてくれる人、いないの?」

 

「うぐ…っ」

 

首を傾げながらのヴァレンシュタインの問いに言葉を詰まらせる。

以前、一度だけ戦い方を教えてくれと頼まれた事があるが…頓挫した。

 

というのも、戦い方が違うのもあるが…俺の教え方に問題があって、全く参考にならなかったのだ。

 

 

「ね、簡単でしょう?」と、どこぞの絵画教室のようにやってみるが、求められるステイタスのハードルが高いとヘスティア様に言われてしまった。

 

更に、分かりやすく口で伝えようとしたものの…全く自覚してなかったが、擬音を連発して、何を言ってるか分からないらしい。

 

生前でも、魔界でもそんな事言われなかっただけに自分でも何故そうなるのか疑問なまま、結局はクラネル少年の指導は適任者が居ないままなのが現状で。

 

 

「…私が教えようか?」

 

ヴァレンシュタインの言葉は、渡りに船だった。

 

 

 

 

 

だが…クラネル少年に、大きな試練が待ち構えている事など、この時の俺達は知る由もなかった。




レンのヒミツ その1
実は、戦いの教え方がかなり雑

「相手が攻撃してきたら、バッと避けてダーっていってズドンっス」

『ちょっと何言ってるか分かんない(です)』


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殻を破る

長い間お待たせしてしまい申し訳ありません
正直、かなり悩みました…あの猪を出すかどうするかで。

そのうえ、仕事でも締切に追われる始末…なんで年度末ってこうなんでしょう


クラネル少年の特訓は、ロキ・ファミリアが遠征と呼ばれる、長期間の探索に向かうまで続いた。

 

初めはそれこそ、手出しする暇もなく一発KOする事が多かったが、日を追うごとに少年の動きは良くなっていった。

 

組み手をすれば手っ取り早かったのか、と思って、俺が相手に名乗り出たりもしたが…ヘスティア様やリリルカに全力で止められてしまった。

 

彼女達曰く、俺だと加減を間違えたらとんでもない事になる…とのこと。

 

 

失敬な…と思ったが、かつてゴブリン爆発四散させドン引きされた前科があった為、大人しく受け入れる他無かった。

 

代わりとして、休憩の合間に摘める軽食を用意したり、特訓後のストレッチやマッサージなどの裏方として彼らをサポートする事にしたのだが…有り合わせで作った軽食で、ヴァレンシュタインの胃袋を掴んだのは余談だろう。

 

そんなクラネル少年の特訓も、今日で大詰め。

手加減をしているとはいえ、レベル5のヴァレンシュタインに必死に食らいつくその姿は、始めたばかりの頃と比べると目を見張る成長ぶりだ。

 

 

何かしらあるんだろうが、そこの詮索は冒険者の間では御法度らしいし、少年が憧れに近づけているんなら良いか…なんて思いながら、俺は訓練を終えた2人に軽食を届けるべく近づいていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特訓から数時間後、家事を済ませておこうと思った俺は少年達と別れ、ホームで洗い物をしていたんだが…。

 

「おっと…」

 

石鹸で手が滑り、洗っていた皿が地面に落ちた。

ガチャン、と音をたて割れた皿はクラネル少年が愛用している物で、高くないとはいえ大事に扱っているものだった。

 

「はぁ…買い直さないとな」

 

小さく溜息を吐き、割れた皿の破片を拾い集めていくなか、ふと思う。

 

フィクションとかだと、何か悪い事の前触れでこういった風景が使われるな…と。

 

 

よくよく考えてみると、少年達がダンジョンに向かってから、それなりに時間が経つ。

考えすぎなら良いが… 何かと、こういう時の悪い予感というものはよく当たる。

 

 

僅かに感じた事が次第に心配へと代わり、俺は家事を中断してダンジョンへと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バベルの入り口を抜け、狭い通路を走っている途中、不意に人の気配を感じた俺は足を止めた。

薄暗い通路…その陰から、明確な敵意を感じた瞬間。

 

「っとぉ?!」

 

俺に向かって、幾つもの人影が襲いかかってきた。

その数は4つ、小柄なそれらは、槍や大鎚、大斧、大剣とそれぞれを手に休む暇を与えないと言わんばかりに攻撃してくる。

 

槍を避ければ、その目の前に大鎚が迫り。

後ろに逃げようとすれば、背後から大剣と大斧が容赦なく迫る。

 

「ったく…こちとら急いでるってのに!」

 

舌打ちしつつ、ポーチからダガーを取り出し、殺意の籠った攻撃を弾いていく。

 

「そんなに兎が心配か?」

 

「舐められてるな」

 

「あの方から、先に行かせるなとの命令だったが」

 

「もう良い、殺っちまおう」

 

俺の言葉が琴線に触れたのか、4つの影が同じ声色でそれぞれ呟いたかと思うと、攻撃の勢いが増した。

 

その速さや重さから見て、冒険者の中では高いレベル…それを4人同時に相手にするのは、魔界の奴らと比べれば大した事ではないものの、正直面倒だ。

 

 

「っ、鬱陶しい!」

 

我慢の限界に達した俺は手にしていたダガーをポーチにしまい、代わりにあるものを取り出した。

 

黒く、丸みを帯びた金属の塊…それから伸びた紐の先端には、パチパチと火花が舞っている。

 

 

「っ、コイツ…!」

 

俺の手にした物に1人が気付き、4人は回避行動をとろうとするが、それより先に地面にそれを叩きつけた。

 

直後、耳を劈く爆音が響き、眩い閃光が通路を照らす。

 

 

『っ…!』

 

 

俺が使った物…それは、閃光弾。

魔界で逃げる時の目眩しとして使っていた物だが、まさか此処で再び使う事になるとは思わなかった。

 

俺にも少なくないダメージがあったものの、至近距離で激しい光と爆音を受けた4人は目眩等で地面に膝をついているのが確認出来る。

 

「っ、とにかく先を急がねぇと…!」

 

若干の気分の悪さを覚えながらも、俺は頭を振って少年たちの元へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

途中、フラつきながらも階層を降りていき、9階層までたどり着くと、漸く回復した耳が剣戟の音を捉えた。

 

その音を辿り、道を進んで行った先。

 

 

そこでは、死闘が繰り広げられていた。

 

 

満身創痍と言っても良いだろう、ボロボロになったクラネル少年と、牛頭の怪物…ミノタウロスによる戦い。

 

 

傷つきながらも、瞳は闘志を失っておらず、必死に食らいついている。

 

 

「…君は」

 

不意に声をかけられて、視線をそちらに向ければ、ロキ・ファミリアの面々と、リリルカがそこに居た。

 

 

「…ベルさんは」

 

「冒険の真っ最中…かな」

 

俺の呟きに答えたのは、団長のフィン。

その言葉を聞いて、俺はこの世界におけるレベルの上昇…ランクアップの条件を思い出した。

 

 

この世界は、魔界と違って経験値さえ貯めればレベルが上がるわけではない。

 

自らの殻を破り、神々が認める偉業を成し遂げる…まさに、器の昇格なのだとヘスティア様が話していた。

 

「…そうか」

 

 

再び視線を向けた先では、戦いが終わったのだろう。

ミノタウロスの体が塵となって崩れ、立ったまま気を失ったクラネル少年の姿。

 

 

その後ろ姿に、俺は少年の成長に対する祝福と、更なる期待を込めて笑みを浮かべた。



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