2年微能力組!~微妙な能力で下克上!~ (阿弥陀乃トンマージ)
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第一章
第0話    荒らしの転校生


                   0

 

「今日から新年度ね……」

 

 黒髪ロングのストレートヘアを一つに束ね、三つ編みにした目鼻立ちの整ったブレザーの制服姿の少女は自らが通う学園の校門前へとさしかかった。

 

「……」

 

「あら? あれは……」

 

 少女は学ラン姿の少年を見つける。制服が違う、転校生だろうか。その少年は無造作かつ長すぎず短すぎない髪をかき上げながら校舎を見上げて笑う。

 

「くっくっくっ……」

 

「え?」

 

「これがこれから俺の伝説が刻まれることになる梁山泊か……」

 

「は?」

 

 少女は思わず声を発してしまい、慌てて口元を抑えて少年の様子を伺う。だが、幸いにもその少年には聞こえていなかったようだ。

 

「ふっ、俺の魔眼が疼きやがるぜ……」

 

「え? ああ、なるほど……」

 

 少女は少年の顔をあらためて覗き込む。少年の左眼には黒い眼帯がしてあった。少女はなんとなくではあるが納得して頷いた。少年は呟くことをやめようとしない。

 

「さて、俺のこの渇きを癒してくれる奴はいるかな?」

 

「疼いたり渇いたりと色々忙しいわね……」

 

 少女はボソッと呟いて、その少年を避けるように校門に入る。

 

「ふっふっふ……」

 

「今度はなんか笑っているし……」

 

「はーはっはっは!」

 

「⁉」

 

 突然の大きな笑い声に少女が思わず振り返ると、少年が大げさに両手を広げて叫ぶ。

 

「精々この俺を楽しませてみるがいい!」

 

「うわ……重度の『中二病』ってやつね……まあ、私には関係ないでしょう」

 

 少女は少年を一瞥すると、すぐに正面に向き直った。そう、彼女は今年度から高校二年生、恐らく、いや、確実にあの気の毒な少年とは学年が違うはずだ。仮に一緒だとしても、そうそう関わり合いになることはない。少女は自らのクラスに入ると、ホームルームが始まる。

 

「……え~新年度の始まりですが、転校生を紹介したいと思います……どうぞ、入って」

 

「ふはははっ! 俺の名は仁子日光(にこにっこう)だ! 俺と共に過ごせることを光栄に思うがいい!」

 

「……最悪だわ」

 

 日光と名乗った中二病の学ラン少年が教室内へ入ってきたことに少女は頭を抱える。

 

「……え~そういうわけで皆さん仲良くしてあげて下さい。仁子君は出席番号18番だから……あそこの席ですね」

 

「ふむ! やはり俺には中心こそがふさわしい!」

 

「中心よりかはややズレているかと思いますけどね。どうぞ座って下さい」

 

 教師が淡々と告げる。

 

「ふん……」

 

 日光が指定された席につく。

 

「え~これから始業式です。皆さん、モニターに注目。校長先生からのお話があります」

 

 教師が教室に設置されたモニターを指し示す。初老の男性が話し始める。

 

「……それではあらためて、皆さんが有意義な新年度を過ごすことを期待します。以上」

 

 教師がモニターの電源を切る。

 

「え~というわけで、今日の予定はこれで終わりになります」

 

「お、終わりか⁉」

 

 日光が戸惑う。教師が頷く。

 

「はい」

 

「そ、そうか……」

 

「後は皆さん、部活動など、それぞれの用事があるかと思いますので、これで解散です」

 

「あ、あの……」

 

 廊下側の一番前の席に座る少女が手を上げる。

 

「はい、なんでしょう?」

 

「先生が私たちB組の新しい担任ということでよろしいのでしょうか?」

 

「いえ、私ではありません」

 

「では、どなたが……」

 

「その内決まるかと思います」

 

「そ、その内って……」

 

「それでは……ああ、そうだ、東さん」

 

 教師が教室を出ようとしたその時、思い出したかのように少女に声をかける。

 

「は、はい」

 

「彼……仁子君に学園を案内してあげて下さい」

 

「な、なんで私が⁉」

 

「クラス長としてのお仕事ですよ。ではお願いしますね」

 

「そ、そんな……」

 

 教師が教室を出ていくと、少女の席の側に日光が立って声を上げる。

 

「おさげ女! 俺の『眷属』にならないか?」

 

「絶対にイヤよ!」

 

 日光からの訳の分からない申し出を少女は全力で拒否する。



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第1話(1)B組、すなわち……

                  1

 

「おい待て! おさげ女!」

 

 教室からさっさと出ていった少女を日光が呼び止める。無視しようかと思った少女は足を止めて、ため息を一つついて日光の方に振り返る。

 

「東……」

 

「え?」

 

「私は2年B組、出席番号1番、東照美(あずまてるみ)。おさげ女なんて名前じゃないわ」

 

 照美のはっきりとした物言いに日光がたじろぐ。

 

「ふ、ふむ……」

 

「気が進まないけど、こういうことも内申点に響くならキチンとこなさないとね……」

 

「ん?」

 

「えっと……仁子日光君だっけ?」

 

「闇の支配者と呼んでも構わないぞ」

 

 日光は片手を額のあたりに添える。

 

「闇の支配者気取りが随分とさんさんとしたお名前ね……」

 

「む……」

 

「この学園には色々と不慣れなんでしょう? 私で良かったら案内してあげるわ」

 

「そ、それは大いに助力になるな……」

 

 照美の言葉に日光は頷く。その態度を見て、こちらがペースを握れば、案外素直なのかもしれないなと照美は思った。照美は教室を指し示す。

 

「今出てきたところが私たちの教室、移動教室以外はあそこで授業を受けるわ。まあ、その辺はどこの学校でも同じだと思うけれど……」

 

「うむ……?」

 

「なに? なにか質問があるのかしら?」

 

 首を傾げる日光に照美が尋ねる。日光が再び教室に入り室内を見回す。

 

「うむ……」

 

「どうかしたの? 教室なんてどこの学校も変わりないでしょう?」

 

「俺は……俺も含めて、このクラスは30人のクラスだと聞いていたのだが……」

 

「あ、ああ……」

 

「さっきのはどういうことだ?」

 

 日光が両手を広げる。先ほどのホームルームは三分の一ほどしか登校していないように見受けられたからだ。照美は頭を軽く抑えた後、本題に入る。

 

「えっと……クラス長としてこういうことを言うのは憚られるのだけど……皆サボりよ」

 

「サボり?」

 

「ええ、流行り病とかそういう類での集団欠席ではないわ」

 

「なんでまたそんなことに……」

 

「やる気……モチベーションが無いのよ」

 

「モチベーション?」

 

「仁子君」

 

「日光で構わん」

 

「ああ……日光君、このB組だけ建物が違うということにはさすがに気づいたわよね?」

 

「それは当然な。コンクリートの建物からいきなり、古めかしい木造建築校舎へ連れてこられた。今時、なかなか珍しいのではないか?」

 

「……これが私たちB組の置かれている現状よ」

 

「話が見えるようで見えないな」

 

 日光の言葉に照美は再びため息をつく。

 

「……転校の際に、何も説明はされなかったの?」

 

「特にないな。あったかもしれんが聞く必要がないと思ったから聞いていない」

 

「……適性検査は受けた?」

 

「ああ、それは受けさせられた。妙なことだ。単純な編入試験だけかと思いきや、体力テストを行なったり、俺の体に怪しげな機器を多数付けて……あれは検査だったのか?」

 

「そうよ」

 

「何の為に?」

 

「振るい分けを行うためよ」

 

「振るい分け……?」

 

 日光が首を傾げる。照美が説明を続ける。

 

「そう……この『能力研究学園』、通称、『能研学園』は全国から様々な能力を持った少年少女をこの栃木県に集めて、学園生活を送らせるかたわら、生徒たちについての色々な研究を推進しているのよ」

 

「色々な研究だと?」

 

「ええ」

 

 照美が再び廊下に出る。日光がそれに続き、頷く。

 

「なるほど……そういった研究の成果があの立派なコンクリート造の校舎とこの木造建築の校舎ということか」

 

「へえ、なかなか鋭いわね」

 

 照美が意外そうな視線を日光に向ける。

 

「研究の成果、検査の結果が露骨に生徒たちの扱いを分けているわけだな」

 

「そういうこと」

 

「教師も代理だとか言っていたな、そういえば……」

 

「ええ、私たちB組には、職員室の先生方も大して期待していないのよ……」

 

 照美が寂しそうに窓の外を眺める。日光が首を傾げる。

 

「ふむ……様々な能力……」

 

「なに? どうかしたの?」

 

「ならば俺だけでなくお前も何らかの能力を持っているということか?」

 

「この学園の生徒なら大抵はね、何らかの能力持ちのはずよ」

 

「ふははは!」

 

「⁉」

 

 急に不気味な高笑いを上げた日光に照美が露骨に怯む。日光は顔を抑える。

 

「つまりはあれだ! そういうことだろう⁉」

 

「何がよ⁉」

 

「俺の能力も『超能力』だと認められたということだろう⁉」

 

「! い、いや~えっと……それは……どうかな~?」

 

 日光の問いに照美は苦笑を浮かべる。対照的に日光は不敵な笑みを浮かべる。

 

「やはり、伝説の始まりとなるのはこの地であったか……」

 

「あ⁉」

 

「どうした⁉」

 

「いや、下を見て!」

 

「む⁉」

 

 照美が窓の下を指し示すと、ブレザー姿の小柄な生徒がそれよりはやや大柄な生徒たちに絡まれている様子が見える。照美が叫ぶ。

 

「恐らく、1年B組の子が他のクラスの子に絡まれているのよ! なんとかしないと!」

 

「B組とは、この木造校舎の……」

 

「ええ、後輩よ!」

 

「ならば助けに行かねばなるまい!」

 

「ええっ⁉ ここ3階だけど⁉ 窓から飛んだ⁉」

 

「この能力が超能力だというのなら、俺はまさに翼を得た堕天使! 空中から颯爽と駆け付け、小さな悪をくちぐぬうっ⁉」

 

 日光が着地を盛大にミスり、地面を転がる。下にいた生徒たちが戸惑う。

 

「な、なんだ⁉」

 

「あ~やっぱりそうなるわよね……」

 

 階段から降りてきた照美が頭を抱える。日光が痛みをこらえながら、照美に向かって叫ぶ。

 

「お、おい! これはどういうことだ! 俺は超能力の持ち主ではないのか⁉」

 

「詳しくはまだ分からないけど、能力の持ち主ではあるのでしょうね……ただし、B組に振り分けられたということは『微能力(びのうりょく)』……『微妙な能力』の持ち主だということよ」

 

「び、微能力⁉」

 

 日光が照美の説明に愕然とする。



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第1話(2)左眼は何色だ?

「な、なんだこいつ……」

 

 大柄な少年たちは戸惑いの目を日光に向ける。日光がビシっと指を差して口を開く。

 

「おいお前ら! くだらない行為はやめろ!」

 

「せ、先輩なんじゃねえか?」

 

「3階から飛んできたってことはもしかして2年か? やべえな……」

 

「へっ、大したことねえだろ」

 

 少年たちの中でもリーダー格と思われる少年が前に進み出る。

 

「お、おい……」

 

「マ、マズくねえか?」

 

 リーダー格の少年が振り返って笑う。

 

「ビビんなよ。このボロっちい校舎から出てきたってことはアレだろう?」

 

「あ、ああ……」

 

「それもそうか……」

 

 リーダー格の少年の言葉を聞き、他の少年たちも笑みを浮かべる。

 

「そうだよ、微妙な能力の持ち主ってことだろう? つまり……」

 

「む……」

 

「俺ら1年C組の、『超能力者』の敵じゃねえってことだよ!」

 

「ぐおっ!」

 

 リーダー格の少年が右手をかざすと、日光が後方に軽く吹き飛ばされて、転倒する。照美が声を上げる。

 

「日光君!」

 

「くっ、な、なんだ……?」

 

「はっ、これが俺の超能力、『強風』だよ」

 

「きょ、強風だと?」

 

「どうだ、ビビっただろう?」

 

 日光はゆっくりと立ち上がって呟く。

 

「……ふん、そよ風でも吹いたのかと思ったぞ」

 

「ああん?」

 

「大した能力ではないな」

 

「言ってくれるじゃねえか! おい、お前ら!」

 

「おう!」

 

「ああ!」

 

「うおっ⁉」

 

 リーダー格の少年の号令に従い、他の二人も右手をかざす。三方向から強風を喰らった日光は再び転倒する。リーダー格の少年が笑う。

 

「へへっ! どうよ、俺らの連携は?」

 

「ぐっ……」

 

「やめなさい! あなたたち!」

 

 照美が注意する。リーダー格の少年が視線を向ける。

 

「あん?」

 

「職員室に行って、先生を呼んでくるわよ! いくら1年生だからってやっていいことと悪いことがあるわ!」

 

「む……」

 

「能力の制御が上手く出来ていないその現状、撮影させてもらったわ!」

 

「え?」

 

「この映像を見れば、何らかの処分が下るでしょうね……『矯正施設』送りとか……」

 

「お、おい! やべえよ!」

 

「待て待て、そう慌てんなよ」

 

 リーダー格の少年が慌てる二人の仲間を落ち着かせる。その余裕に照美は首を捻る。

 

「なに……?」

 

「よく見ろよ、このお姉さん、結構いい女じゃねえか……」

 

「あ、あら……なかなか見る目はあるようね」

 

 照美は満更でもないというような反応を見せる。

 

「ちょうどいい。このお姉さんと遊んでもらおうぜ!」

 

「きゃあ! な、何をするのよ!」

 

 リーダー格の少年が右手をかざすと、軽い突風が吹き、照美のスカートがめくれそうになる。照美は慌てて、スカートの裾を抑える。リーダー格の少年が笑う。

 

「へっ、おいお前ら!」

 

「お、おう!」

 

「へへっ!」

 

 他の二人も右手を掲げ、三方向から風が吹く。スカートが今にもめくり上がりそうである。照美がスカートを抑えながら三人組を睨み付ける。

 

「や、やめなさい! 本気で怒るわよ……」

 

「そんな状態で一体何が出来るよ!」

 

「くっ……」

 

「待て!」

 

「!」

 

 皆が視線を向けた先には、眼帯を外し、学ランを脱ぎ捨て、赤いTシャツ姿になった日光の姿があった。リーダー格の少年が大声で笑う。

 

「なんだよ、パイセン、俺ら今、この美人のお姉さんに遊んでもらっているからさ」

 

「そうそう、空気読んでもらえる?」

 

「邪魔しないでくれよ~?」

 

「そういうわけには……」

 

「ほらあっ! もう少しであの鉄壁の守備を誇っていたスカートがめくれるぜ⁉」

 

「おお⁉」

 

 あろうことか日光もその様子を見物し始めた。照美が怒る。

 

「ちょっと! 日光君までなにやってんのよ! そこは助けに入る流れでしょう⁉」

 

「はっ! そ、そうだな。少し、いや、かなり残念だが……」

 

「本音がダダ漏れよ!」

 

「くっ、おい、おさげ女!」

 

 日光が照美の側に近づく。

 

「東照美よ!」

 

「そうだった東照美! 俺の左眼を見ろ!」

 

「ええっ⁉」

 

「いいから早く!」

 

「もう、なんなのよ! って、ええ⁉」

 

 照美が驚く、日光の左眼が緑色に光っていたからである。日光が問う。

 

「左眼は何色だった⁉」

 

「み、緑色よ!」

 

「そうか、今日は緑か!」

 

「今日はって……どういうことなの⁉」

 

「あらためて言うぞ! 東照美! 俺の『眷属』になれ!」

 

「あらためてイヤよ!」

 

「ぐっ! な、ならば、『同志』というのはどうだ!」

 

「志を同じくした覚えはないわ!」

 

「むうっ! ならば、『仲間』というのはどうだ!」

 

「高二なのに中二病気取りの奴と仲間とか思われたくないわ!」

 

「くっ……どうしてなかなか我儘だな!」

 

「あなたに言われたくないわ!」

 

「そ、それならば、えっと……その……」

 

 日光が恥ずかしそうな素振りを見せる。照美が呆れる。

 

「今更恥ずかしがることあるの⁉」

 

「え、ええーい! 東照美! お、俺の『友達』になれ!」

 

「……ああ、まあ、友達からなら……」

 

 照美はとりあえず頷く。日光が不敵な笑みを浮かべる。

 

「ふふっ! 理解者を得ることによって、俺の持つ能力は強化されるのだ!」

 

「⁉」

 

 日光の背中に片翼の大きな黒い翼が生える。



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第1話(3)翼で羽ばたく

「ふっ……今日もこの片翼の翼は美しい。我ながら惚れ惚れとする……」

 

「なっ、なんだと……」

 

「そ、それは……」

 

「マ、マジかよ……」

 

「か、片翼の翼……?」

 

 少年たちと照美が驚いた目で日光を見つめる。日光が髪をかき上げながら笑う。

 

「ふっ、驚きのあまり言葉もろくに出てこないようだな」

 

「くっ……」

 

「今度はこちらの番だ!」

 

 日光が羽ばたく。少年たちと照美が驚く。

 

「と、飛んだ⁉」

 

「に、日光君、本当は凄い能力の持ち主なの⁉」

 

「少しばかり強風が起こせる程度で、『空の支配者』たる俺を凌駕することが出来るかな⁉」

 

「くっ⁉ ん?」

 

 日光がすぐさま着地する。照美が首を傾げる。

 

「……え?」

 

「ふっ……俺が空を飛べるのは……一回につき約2秒ほどだ!」

 

「⁉ こ、これが本当の『宙二秒』……って、やっぱり微妙な能力じゃない!」

 

 照美が声を上げる。リーダー格の少年が叫ぶ。

 

「一瞬ちょっと焦ったじゃねえか、この野郎!」

 

「うおっ⁉」

 

 日光が強風を受け、校舎にぶつかる。照美が声を上げる。

 

「日光君!」

 

「つ、翼が生えた分、多く風を受けてしまったな……」

 

「馬鹿なの⁉」

 

「ば、馬鹿とはなんだ!」

 

「思ったことを正直に言ったまでよ!」

 

「そういう正直さが相手を傷つけることもあるんだぞ!」

 

「時には正直な物言いも必要よ!」

 

 日光と照美が言い争いを始める。少年たちが困惑する。

 

「な、なあ、どうする……?」

 

「俺らをほったらかしにして盛り上がっているな……」

 

「ちっ……おい、お前ら!」

 

「なんだ!」

 

「今取り込み中よ!」

 

「ああん? 随分とナメた真似してくれんじゃねえか!」

 

「うおっ⁉」

 

「きゃあ⁉」

 

 リーダー格の少年が右手を思い切り振るい、先ほどまでよりも強い風が日光と照美を襲う。日光はさらに壁に押し付けられ、照美は必死でスカートを抑える。

 

「そ、それでもめくれないスカートってなんだ⁉ 本当に鋼鉄で出来ているのか⁉」

 

「ど、どこを見ているのよ! 人のことは良いから、自分のことをなんとかしなさいよ!」

 

「おい、お前ら!」

 

「あ、ああ!」

 

「分かった!」

 

「行くぞ! あの高二の癖に中二病を拗らせた痛い奴から片付ける……そらあっ!」

 

「うらあっ!」

 

「おらあっ!」

 

「ぬおああっ⁉」

 

 強風に煽られて、日光の体は二階から三階の間あたりまで持ち上がってしまった。

 

「はっ、またそこら辺から落ちたら、今度は結構なケガを負うかもしれねえな~」

 

 リーダー格の少年が笑う。照美が抗議する。

 

「あなたたち! やりすぎよ!」

 

「売られたケンカを買ったまでっすよ……空のなんちゃらなら余裕でしょう?」

 

「ど、どうするつもり⁉」

 

「とりあえずこの吹き続ける風が急に止まったら……どうなりますかね?」

 

「なっ⁉ 馬鹿な真似は止めなさい!」

 

「能力者ならどうにかするでしょ? おい、お前ら!」

 

「ああ!」

 

「へへっ……」

 

 リーダー格の少年の号令に従い、全員がかざしていた右手を下ろす。強く吹いていた風がピタッと止まり、日光が落下を始める。

 

「む……」

 

「日光君! 危ないわ!」

 

「ふん、この程度造作もない!」

 

「え⁉」

 

「な、なんだ⁉」

 

 照美と少年たちが驚く。校舎に対して90度の体勢になった日光が、勢いよく校舎を駆け下り始めたからである。

 

「あ、あれも能力かよ⁉」

 

「い、いいや、どうせハッタリに決まっている!」

 

「ハッタリかどうかはこれで判断しろ!」

 

「日光君! 何か策が……!」

 

「と、止まらん~!」

 

 日光の情けない叫び声に照美はガクッとなる。リーダー格の少年は笑う。

 

「はははっ! 自分から地面に直撃しにいってりゃ世話無いぜ!」

 

「に、日光君! せめて受け身の体勢を!」

 

「必要ない!」

 

「必要ないって!」

 

「何故ならば!」

 

「がはっ……⁉」

 

「ぐはっ……⁉」

 

 次の瞬間、日光の両足が少年たちの顔面にピンポイントに着地した。

 

「ちょうどいい着地地点があったものでな……」

 

「なっ……どうやったんだ⁉」

 

 リーダー格の少年が驚きをあらわにする。日光が髪をかき上げながら答える。

 

「駆け下りる校舎を助走代わりにして、この片翼の翼で羽ばたいたまでだ……」

 

「そ、そんな……!」

 

「俺の能力の練度などにもよるが、2秒もあれば、結構な距離を飛行することが出来る……」

 

「む……」

 

「ぐ、ぐう……!」

 

「む、むう……!」

 

「お前ら!」

 

 哀れ日光に顔面を踏まれた二人の少年はその場に崩れ落ちた。あらためて地面に降り立った日光がリーダー格の少年の方に振り返る。

 

「『非行少年二人、飛行少年に恰好の踏み台にされる』……この学園に新聞部があるかどうかは知らんが、なかなか良い見出しになるんじゃないか?」

 

「ナメた口を利くんじゃねえ! そんなに飛びたきゃいくらでも飛ばしてやるよ!」

 

 リーダー格の少年が両手をかざす。強い風が日光に吹き付け、日光の体が再び持ち上がる。

 

「うおっと⁉ これは……ちょっとマズいな……おい友達!」

 

「え? わ、私のこと⁉」

 

 日光の呼びかけに対し、照美が驚く。

 

「他に誰がいる⁉ お前も能力者なんだろう! 助力をお願いしたい!」

 

「え~……」

 

「いや、え~じゃなくて!」

 

「分かったわよ! え、えっと……『なんとかなれンゴ!』」

 

「は⁉」

 

 いきなり訳の分からないことを叫んだ照美に日光は面食らう。



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第1話(4)日光の決意

「……」

 

 一瞬、場の空気が固まる。日光が叫ぶ。

 

「なんだそれは⁉」

 

「私だって分かんないわよ!」

 

「分かんないって!」

 

「とにかく語尾に『~ンゴ』って付けちゃう能力なのよ!」

 

「どういう能力だ、それは⁉」

 

「そんなのこっちが聞きたいわよ!」

 

 少し動きを止めたリーダー格の少年が気を取り直して声を上げる。

 

「へっ、このままどんどん持ち上げてやるぜ!」

 

「くっ、どうにかしろ!」

 

「どうにかしろって言われても!」

 

「ンゴ……そうか!」

 

「そうか!ってなによ⁉」

 

「なんかこう……あれだ! 手を掲げてみろ!」

 

「ええ……? こ、こう? ⁉」

 

 照美が右手を掲げると、そこから小さな赤い気泡がポンと飛び出し、リーダー格の少年に対してスーッと飛んでいく。リーダー格の少年は噴き出す。

 

「ぷっ! なんだよそりゃあ……うおわっ⁉」

 

 気泡が当たると、リーダー格の少年は小さな炎に包まれる。少年だけでなく照美も驚く。

 

「な、なにこれ⁉」

 

「思った通りだ! ンゴというのは……『炎上』する能力のスイッチのようなものだ!」

 

「ええ⁉」

 

「うおお、熱い! 燃える!」

 

「きゃっ!」

 

 少年は慌てて上下とも服を脱ぎ捨てる。照美は目を逸らす。少年の服こそ燃えたが、体の方は無事であった。少年が首を傾げる。

 

「な、なんだ……?」

 

「隙あり!」

 

「え⁉」

 

 日光の叫び声に少年と照美は上を見上げる。すると、日光が不安定な体勢で落下してくるのが見える。少年が笑う。

 

「お前の方が隙だらけだろう! そんな体勢でどうする⁉」

 

「に、日光君! 受け身を!」

 

「必要ない!」

 

「ええっ⁉」

 

「宙二秒!」

 

「がはっ⁉」

 

 地面に直撃しそうになった日光は体勢を立て直したかと思うと、地面すれすれに飛行し、少年の足を払って倒してみせる。その後、日光はサッと着地してみせた。

 

「どうだ! 二秒も飛べれば、こういうことも出来るのだ!」

 

「ぐっ……」

 

 少年が立ち上がろうとする。

 

「まだやるか!」

 

「あ、当たり前だ、ナメられたままで終われるかよ……」

 

「そうか……よし、シャツとパンツも燃やして差し上げろ」

 

「わ、分かったわ。気が進まないけど……」

 

 日光の指示に応じ、照美が右手を少年に向ける。少年は舌打ちする。

 

「ちっ! お、おい、お前ら! 起きろ!」

 

 少年は慌てて、倒れていた仲間たちを起こす。

 

「ん……あ、あれ……お、お前なんだその恰好は⁉」

 

「なにがどうなったんだよ⁉」

 

「そんなことはどうでもいい! この場は引き上げるぞ!」

 

「あ、ああ……」

 

「わ、分かった……」

 

 少年たちはその場から駆け去っていく。日光が笑う。

 

「ははっ、他愛のない!」

 

「どうしよう……」

 

 照美が頭を抱える。日光が首を傾げる。

 

「どうかしたか?」

 

「いや、成り行き上とはいえ、ケンカ沙汰を起こして、しかも、人の制服を燃やしてしまうだなんて……私ったらとんでもないことを……」

 

「成り行き上と自分でも言っているだろう。非は明らかに向こうの方が大きいと思うぞ」

 

「とはいっても、職員室に駆け込まれたら……」

 

「その心配はないだろう」

 

「な、なんでそんなことが言い切れるの?」

 

「お前の話では、この校舎……B組の連中は相当蔑まれているのだろう。そんなB組の連中にやられたと喧伝しては自ら恥をまき散らすようなものだ。だから心配はいらん」

 

「そ、そういうものかしら?」

 

「そういうものだ」

 

 照美の問いに日光が頷く。

 

「そ、それにしても、私にあんな能力が備わっていただなんて……」

 

「気がつかないでンゴンゴ連呼していたのか?」

 

「連呼はしていないわよ。恥ずかしいでしょ」

 

「そうか」

 

「しかし、火を発するとは……自分で言うのもなんだけど、これは結構な能力なんじゃ……」

 

「能力の練度がまだまだ、そもそも火の勢い自体も不十分……せいぜい『プチ炎上』くらいのものだと思うが、見事なまでの微能力だな」

 

「ええい! 水を差さないでよ!」

 

 淡々と分析して笑う日光に照美が噛みつく。

 

「あ、あの……どうもありがとうございました」

 

 少年たちに絡まれていた小柄な少年がお礼を言ってきた。日光が手を振る。

 

「別に大したことではない、気にするな」

 

「そ、そうですか……」

 

「また絡まれないように精々気を付けるんだな」

 

「そ、そのことですが、僕はもうこの学園を辞めようかなと……」

 

「なに?」

 

「中等部からずっとこの調子で、もう疲れました……」

 

「高等部に上がったばかりなのに、もったいないわよ」

 

「でも……ああいう連中に絡まれるんですよ。毎度のことではないですけど……なんでここまで劣等感を抱えて学園生活を送らなきゃいけないんですか?」

 

「そ、それは……」

 

 少年の問いかけに対し、照美が答えに詰まる。少年はため息をつく。

 

「はあ……このまま職員室に行ってきます」

 

「ま、待って! この学園を卒業すると、進学・就職に有利なのよ!」

 

「……それっていわゆる優秀な人たちの話でしょう? この校舎に通うB組の生徒たち……“落ちこぼれ”にはほとんど関係ありませんよ……」

 

「む、むう……」

 

「……少年よ」

 

 腕を組んで黙っていた日光が口を開く。

 

「は、はい……」

 

「俺に任せろ……」

 

「え?」

 

「俺がこの学園に来たからには、これ以上B組のことを落ちこぼれとは言わせん……むしろ“最高の連中”にしてみせる! 俺を信じろ!」

 

「! は、はい!」

 

 少年は日光の迫力に圧され、頷いてその場を去る。照美が首を傾げながら小声で呟く。

 

「そ、そんなこと出来るのかしら……?」



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第2話(1)現状の把握

                  2

 

「ふぁ……」

 

 日光が小さくあくびをする。嵐のような転校初日が終わり、学園に向かって登校している。そこに照美が声をかける。

 

「日光君、おはよう」

 

「ああ、おはよう、照美」

 

「な、名前呼び⁉」

 

「なんだ問題あるのか? 友達ではないか」

 

「い、いや、別にないけど……」

 

 照美が鼻の頭を指でポリポリとこする。日光が首を傾げる。

 

「何か問題があるか?」

 

「ちょ、ちょっと、気恥ずかしいというか……」

 

「恥ずかしいだと?」

 

「え、ええ……」

 

「そうか……やっぱり、ンゴンゴガールの方が良いか?」

 

「良くないわよ。何よそれ?」

 

「ニックネームだ」

 

「金輪際呼ばないでちょうだい」

 

「親しみを込めたのだがな……」

 

「込めたからそれで良いってものじゃないのよ」

 

「そういうものか」

 

「そういうものよ」

 

「ふむ……」

 

 日光は腕を組む。照美が話題を変える。

 

「それにしても昨日は驚いたわ」

 

「ああ、どんなに強い風を受けても完全にはめくれ上がらない照美のスカートにはな……」

 

「って、な、なにを言っているのよ!」

 

「どういう理屈だ? もしかして本当に鋼鉄で出来ているのか、その制服は?」

 

「ど、どこを見ているのよ! 普通の制服よ!」

 

 日光が照美のスカートをガン見する。照美がスカートの裾を抑える。

 

「どうしても気になるからな」

 

「正直に言わないで」

 

「時には正直さも必要だとか言っていただろう?」

 

「時と場合によるのよ」

 

「難しいものだな」

 

 日光が苦笑しながら首を傾げる。照美が軽く頭を抑える。

 

「えっと、なんの話だったかしら……そうそう、昨日の発言よ」

 

「発言?」

 

「ええ、1年生の子に向かって啖呵を切ったでしょう? B組を“落ちこぼれ”から“最高の連中”にしてみせるとかなんとか……」 

 

「そういえばそんなことも言ったな」

 

「そういえばって」

 

「いや、ちゃんと覚えているさ」

 

「あの……昨日も思ったのだけど……」

 

 照美が言い辛そうにする。

 

「ん?」

 

「本当にそんなことが出来るの?」

 

「さあな」

 

「さ、さあなって……」

 

 日光が首を捻る。照美が呆れ気味の視線を向ける。

 

「その場の勢いで言ってしまったところもある」

 

「そんな……」

 

「まあ、自らの発言には責任を持たないといけないな」

 

「え?」

 

「だから出来る限りのことはやってみるつもりだ」

 

「そ、そう……」

 

「行動を起こす前に現状を把握しなければならない」

 

「現状把握?」

 

「ああ、俺と照美の微能力を確認しなければな」

 

「え⁉ わ、私も⁉」

 

「当然だろう」

 

 日光は何を今更と言った顔を浮かべる。照美は首を傾げる。

 

「い、いや、私はちょっと……」

 

「クラスをより良くするためだ、クラス長として当然の責務だろう」

 

「それもなし崩し的にそうなったというか……」

 

「なし崩し?」

 

「ええ、出席番号1番だからとか……そういう理由よ」

 

「理由になっていないような気がするが」

 

「昨日も言ったでしょう? モチベーションが低いのよ……ほら見て」

 

 校舎に入り、階段を上がって、2年B組の教室まできた照美は教室内を指し示す。もうすぐ朝のホームルームだというのに、クラスメイトはまばらにしか登校していない。

 

「なるほど……」

 

「皆、おはよう!」

 

 照美が教室に入って元気よく挨拶をするが、ほとんどまともな返事は返ってこない。照美は日光の方に振り返って、肩をすくめる。日光が腕を組む。

 

「うむ……」

 

「昨年度からこういう調子よ」

 

「よく進級出来たものだな」

 

「まあ、出席日数などについてはあまりうるさく言わないから。試験などを受ければそれで良し、みたいなね……職員室の皆さまがこのクラスに興味を持っていないとも言えるけど」

 

「そうか……」

 

「廊下で話しましょう」

 

 照美は日光を廊下に連れていく。日光が尋ねる。

 

「試験の時は、クラス全員が揃うのだな?」

 

「ええ、そうね、ほとんど出席していたはずだわ」

 

「……ということは各自進級への意思はあるようだな」

 

「そ、それは確かにそうかもしれないけど……」

 

「簡単なことだ。どうせこの能研学園も他の学校と大差ないところがあるのだろう」

 

「ええ? 例えばどこよ?」

 

 窓から外を眺めていた照美が尋ねる。同じように外を見ていた日光が教室側に向き直る。

 

「だいたい、リーダーのような生徒が数人いるものだ……その生徒たちが強権的な態度を取っているか、もっと温和な態度を取っているかは知らん……ただ、リーダーシップを持った生徒とは極めて稀な存在だ。他の大多数……言ってしまえば、『その他大勢』の連中はそういったリーダーの取り巻きになること、またはなんらかのつながりを持つことでクラス内での立場を確保する」

 

「う、うん……」

 

 日光の淀みない説明に照美が頷く。日光が尋ねる。

 

「言いたいことは分かったか?」

 

「ま、まあ、なんとなくは……え? ちょっと待って?」

 

「なんだ?」

 

「そのリーダーたちをどうにかするってこと⁉」

 

「いるんだな、このクラスにもリーダーたちが……」

 

「あっ!」

 

 照美が慌てて口を抑える。

 

「各々のリーダーにやる気になってもらわないといけない。不登校気味では困るのだ」

 

「……なにが困るのかしら?」

 

「⁉」

 

 日光たちが振り返ると、長身で髪の毛を丸めた女性がそこに立っていた。

 

 



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第2話(2)中二病とプチ炎上

「あ……」

 

「そろそろホームルームですよ、教室に入って下さい」

 

「は、はい……」

 

 尼さんのように黒い法衣を着た女性は端正な顔をほころばせ、日光たちに向かって教室に入るよう促す。尼さんは挨拶もそこそこに自らの名を名乗る。

 

「え~今日から正式にこのクラスの担任になりました北闇尼地山(ほくあんにじざん)と申します。以後、よろしくお願いしますね」

 

 地山は切れ長の美しい目を細めながら、うやうやしく頭を下げる。クラス中が黙ってその綺麗な所作を見つめる。

 

「……」

 

「……そういえば、東クラス長?」

 

「は、はい!」

 

 いきなりの指名に照美は戸惑う。地山はフッと笑う。

 

「そんなに慌てなくても良いですよ」

 

「は、はい……」

 

「ちょっと決めておきたいことがありまして……」

 

「決めておきたいこと?」

 

「ええ、副クラス長です」

 

「! 副クラス長ですか?」

 

「そうです。東照美さん……貴女は無遅刻無欠席の真面目な生徒さんですが、一応代理を務めてもらう人物を決めておかなければなりません」

 

「は、はあ……」

 

「理想は男女一人ずつなのですが……」

 

 地山は教壇からクラスを見回す。照美が言い辛そうに口を開く。

 

「ご覧のとおり、出席率が良くありませんので……そういった重要事項を決めるのはなるべく全員が揃ってからの方が望ましいかと思います」

 

「そう言って、結局昨年度は貴女一人に任せきりだったのでしょう?」

 

「え、ええ、まあ、そうですね……」

 

「それはとても健全なクラス運営とは言えませんね」

 

「ご、ごもっとも……」

 

「というわけで、ここで副クラス長を決めてしまいます」

 

 地山が生徒名簿を開く。照美が慌てる。

 

「そ、それはいくらなんでも話が早すぎるのでは⁉」

 

「あくまでも仮にですよ……」

 

 地山が照美に向かってウインクする。

 

「は、はあ……」

 

「えっと……ど・れ・に・し・よ・う・か・な・て・ん・の・か・み・さ・ま・の・い・う・と・お・り……」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

 

 照美が思わず声を上げる。地山が驚く。

 

「ど、どうかしましたか?」

 

「い、いや、そんな適当な決め方……しかも尼さんが神様のいうとおりなどと……」

 

「結構細かいのですね、東さん」

 

 地山が笑う。照美がムッとする。

 

「大事なことなのですよ!」

 

「分かっています。ほんの冗談です」

 

「冗談って……」

 

 地山は名簿をパンと音を立てて閉じる。

 

「実は既に決めてあります」

 

「え?」

 

「男子の副クラス長は、出席番号18番、仁子日光君!」

 

「お、俺か⁉」

 

 日光が戸惑いの声を上げる。照美が口を開く。

 

「せ、先生! 仁子君は昨日転校してきたばかりです。さすがに急すぎるのでは⁉」

 

「こういうのは変に先入観を持たない方が良かったりするのです」

 

「そ、そうは言っても……」

 

「先ほど、廊下でお話されていたのを耳に挟みましたが、仁子君、なかなかやる気は十分なようなので……」

 

「やはり聞いていたのか……」

 

 日光が小声で呟く。地山が尋ねる。

 

「仁子君、引き受けて下さいますね?」

 

「ああ、分かった……」

 

 日光は頷く。地山は話を続ける。

 

「それでは、女子の副クラス長ですが……出席番号25番、本荘聡乃(ほんじょうさとの)さん」

 

「わ、私……?」

 

 クラスで窓から二列目の最後方に座る気弱そうな小柄な女子が首を傾げる。前髪が長く、両目がほとんど隠れている。地山が笑顔で告げる。

 

「本荘さんは学業優秀ということで選ばせて頂きました」

 

「い、いや、私にそんな大役はとても……」

 

 聡乃は立ち上がって、両手を振る。

 

「あくまでも仮ですから、そんなに構えなくても大丈夫ですよ。どうしても無理だということなら、他の方と代わってもらいますから。お試し期間ということでよろしくお願いします」

 

「は、はあ……」

 

 聡乃はここで何を言っても無駄だということを悟り、大人しく座った。地山が照美の方に改めて視線を向ける。

 

「……以上の人選ですが、いかがでしょう?」

 

「……仮なのですよね? それならばとりあえず構いません」

 

 照美も渋々ながらも頷く。地山が告げる。

 

「二人の副クラス長には就任のご挨拶を頂きたいところですが、さすがに急ですからね、明日のホームルームでお願いしようと思います。お二人とも、考えておいて下さい」

 

「むう……」

 

「はあ……」

 

「それでは本日も授業を頑張りましょう!」

 

 その日の放課後、照美が日光に声をかける。

 

「どうだった? 初の授業は?」

 

「能力研究学園だというから身構えていたが、案外普通の授業じゃないか。正直拍子抜けも良い所だぞ」

 

「それは基本的には普通の学校だからね……」

 

「まあいい、帰るか」

 

 日光と照美は教室を出る。校門を出た辺りで照美が尋ねる。

 

「ねえ?」

 

「なんだ?」

 

「現状を把握するとかなんとか言ってなかった?」

 

「そうだったな……俺の微能力は『中二病』、眷属や同志、仲間、または友達を増やすことによってその力を引き出すことが出来る……」

 

「左眼が緑色だったのは?」

 

「あれはその日によって変わる」

 

「え? 変わるの?」

 

「ああ、それによって、引き出される中二病の能力も変化するのだ」

 

「そ、そういうものなのね……」

 

「それで、照美が『プチ炎上』か……スイッチとして語尾に『ンゴ』を付けなければならないのがややネックだな」

 

「ややじゃなくて、大分ネックよ」

 

「そういうのも考えようだ。ンゴを上手く活用する方法を模索すれば良い」

 

「イヤよ、そんな模索……あら?」

 

 照美は聡乃の姿を見つける。



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第2話(3)陰キャの反動

「あれは副クラス長の……本荘聡乃とか言ったか?」

 

「ええ、こんな公園で何をしているのかしら?」

 

「ダ、ダメです……」

 

「ああん? お前の所有物じゃないだろう?」

 

「そ、それはそうですが……」

 

 聡乃は制服姿の男子たちに囲まれている。

 

「それなら止める権利はないはずだ」

 

「は、はい、そうですかという訳にはいきません……」

 

 聡乃は小声でボソボソと呟く。

 

「ああん? だから、さっきからほとんど聞き取れねえんだよ! っていうかちゃんと人の目を見て話せよ!」

 

「ひっ……」

 

 大声を上げる男子に聡乃が怯む。照美が顔をしかめる。

 

「もしかして絡まれているのかしら」

 

「なんらかの問題が発生しているようだな」

 

「ちょっと止めてくるわ」

 

「待て」

 

 日光が照美を制する。

 

「え?」

 

「少し様子を見てみよう」

 

「少しって……」

 

 男子のうちの一人が声を上げる。

 

「だから! その木の上にいる鷹のヒナは俺らが貰うって言ってんだ!」

 

「な、なんでそんなことを……」

 

「知らねえけど、鷹のヒナは結構高く売れるらしいからな。珍しいしよ!」

 

「そ、そういう方に渡すわけには……」

 

「同じことを言わせんな! お前のものじゃないだろうが!」

 

「そ、そうですけど……ここまで頑張って成長したんですよ」

 

「そんなこと知るかよ!」

 

「そ、そんなことって……」

 

「とにかく、そこをどけよ!」

 

「き、きゃっ!」

 

 男子が聡乃を押し退ける。聡乃は転びそうになる。

 

「おっと」

 

「!」

 

 聡乃を日光が受け止める。日光が呆れる。

 

「女に手を上げるとはな……」

 

「ああん?」

 

男子が日光を睨む。日光が苦笑交じりに首を振る。

 

「見たところ中等部の連中か? まだまだ振る舞いがガキだな」

 

「なんだてめえは⁉」

 

「三下に名乗る名前などない」

 

「なんだと⁉ おい、こいつをやっちまえ!」

 

 男子たちが日光たちを取り囲む。日光が聡乃に語りかける。

 

「本荘聡乃……」

 

「は、はい……!」

 

「俺と……友達になってくれないか?」

 

「え、ええ……?」

 

「駄目か?」

 

「だ、駄目っていうわけじゃないですけど……わ、私なんかと友達になっても全然面白くないと思いますよ……」

 

「面白いか面白くないかは友達付き合いをしてみないと判断出来ないことだ」

 

「‼」

 

「……どうだ?」

 

「わ、分かりました」

 

「決まりだな」

 

 日光は眼帯をめくって聡乃を見つめる。

 

「え、え?」

 

「俺の左眼は何色だ?」

 

「え、えっと……赤色です……」

 

「そうか……」

 

「何をごちゃごちゃと言ってやがる! おい、お前ら! こいつを始末するぞ!」

 

「はっ! 面白え! おめえらに出来んのかよ!」

 

「⁉」

 

 日光の突然の叫びに男子たちが怯む。

 

「まあいい! せいぜい俺を楽しませてくれよ!」

 

「くっ、かかれ!」

 

「おらおらあ!」

 

「ぐふっ!」

 

「うごっ!」

 

「どわっ!」

 

「どうしたどうした! そんなもんかよ! もっと俺と踊っちまおうぜ!」

 

「ぐっ……」

 

「なるほど、左眼が緑色の場合は邪気眼系の中二病で、赤色の場合はDQN系の中二病になるっていうわけね……」

 

「あ、東さん……」

 

「大丈夫? 聡乃さん」

 

「え、ええ……」

 

「おらおら!」

 

 日光が男子たちをボコボコにする。男子が叫ぶ。

 

「くっ! こい! ジョン!」

 

「ワン!」

 

「あん?」

 

 男子の呼びかけに応え、大型犬が現れる。

 

「あのイカレた野郎にお仕置きしてやれ!」

 

「ワンワン!」

 

 大型犬が日光に飛びかかる。

 

「うおっ⁉」

 

 日光が成す術もなく覆いかぶさられる。照美が声を上げる。

 

「日光君、どうしたの⁉」

 

「ワ、ワン公には手を上げられねえよ……」

 

「時折見せるヤンキー特有の優しさ!」

 

「照美! お前の炎上でなんとかしろ!」

 

「わ、私もワンちゃんにはあまり酷いことはしたくないっていうか……」

 

「くっ……」

 

「ふん!」

 

「なっ⁉」

 

 いきなり飛んできた鋭い鞭によって、大型犬が怯む。

 

「犬っころよお! 痛い目遭いたくなかったら、そのアンちゃんから離れな!」

 

 鞭を振るったのは前髪をかき上げ、両目を出した聡乃であった。日光が驚く。

 

「ほ、本荘聡乃⁉」

 

「おらあっ!」

 

「! ワンワン!」

 

「あっ! ジョン!」

 

「てめえらもだよ!」

 

「ちっ、に、逃げるぞ!」

 

 男子たちが慌てて逃げだす。

 

「はっ、口ほどにもねえな! ……はっ!」

 

「さ、聡乃さん?」

 

 照美が聡乃に声をかける。聡乃ががっくりと肩を落とす。

 

「ま、またやってしまいました……」

 

「またって……」

 

「……恐らくそれがお前の微能力というわけか」

 

「あ、日光君、正気に戻ったのね」

 

「正気って……確かにちょっとイカレていたが……」

 

「ちょっとどころじゃなかったわよ」

 

「まあそれはいいだろう」

 

「そうね。今の鞭が聡乃さんの微能力?」

 

「鞭というか、あの豹変ぶりだろうな……」

 

 日光が顎に手を当てて呟く。照美が首を傾げる。

 

「豹変ぶり?」

 

「人の目を見て話せない、ボソボソとした話し方……そこから判断するに、本荘聡乃、お前の微能力は『陰キャ』だろう?」

 

「そ、そんな馬鹿な……」

 

「せ、正解です……」

 

「正解なの⁉」

 

 聡乃の言葉に照美が驚く。

 

「は、はい……」

 

「じゃあ、あの鞭は? それに豹変ぶりも……」

 

「陰キャが間違った方向に弾けてしまった表れだろう」

 

「そ、それも当たりです……」

 

 日光の推測に聡乃は頷く。

 

「当たりなんだ……」

 

「こ、このような微能力では、やはり副クラス長なんてとてもとても……」

 

「微妙な能力も使いようだ」

 

「!」

 

 日光の言葉に聡乃はハッと顔を上げる。

 

「本荘聡乃……俺と友達になったからには、お前にも手伝ってもらう」

 

「て、手伝う? な、何をですか?」

 

「2年B組をより良いクラスにする為の活動だ」

 

「え、ええっ⁉ そ、そんなことが……」

 

「可能だ、お前の助けがあればな、聡乃」

 

「! わ、分かりました。微力ながらお手伝いさせて頂きます」

 

 聡乃は差し伸べられた日光の手を取る。



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第2話(4)日光の宣言

「さて……それでは副クラス長の二人から挨拶をしてもらいましょうか」

 

 地山が促す。教壇の脇に立った聡乃がおずおずと口を開く。

 

「ほ、本荘聡乃です……と、突然の大役に戸惑いもありますが、精一杯務めますので、ど、どうぞよろしくお願いします!」

 

(パチパチパチ……)

 

 聡乃の挨拶にまばらながらも拍手が起こる。地山が頷く。

 

「はい、結構です……それでは仁子君……」

 

「仁子日光だ……相変わらず出席率もまばらだが……ここで宣言しておこう」

 

「?」

 

「俺はこのクラス……2年B組を“落ちこぼれ”から“最高の連中”にしてみせる!」

 

「!」

 

 日光の宣言にクラスメイトたちが一様に驚いた表情になる。

 

「微能力……微妙な能力……それがどうした? 微妙かどうかを決めるのはその能力の使いようだ……俺と諸君らの微能力を駆使して、この能力研究学園に革命を……下克上を起こしてやろうではないか!」

 

「‼」

 

「……とまあ、少々大げさだが、要はより良いクラスにしたいということだ。その為にも諸君らの力を貸して欲しい……以上だ」

 

「……」

 

 日光の挨拶に対し、皆あっけにとられたのか、拍手は起きなかった。地山が口を開く。

 

「いやいや、なんとも頼もしいことで……それではお二人にこのクラスの副クラス長をお願いします。頑張って下さいね」

 

 その日の放課後、席に座る日光に照美が話しかける。

 

「結局、皆ノーリアクションだったわね」

 

「まあ、転校早々にあんな大それた宣言をするやつとわざわざ接点を持とうとする物好きはいないだろうな……」

 

「自覚あったのね」

 

「それはな……」

 

「大それたっていうか、痛々しいって感じだと思うけど……」

 

 照美が小声で呟く。日光が首を傾げる。

 

「なんだ?」

 

「いや、なんでもないわ」

 

 照美が首を振る。日光が腕を組む。

 

「波紋を起こそうと石を投げてみたのだがな……」

 

「前途は多難ね……」

 

「あ、あの……」

 

 日光たちが振り返ると、そこには聡乃が立っていた。

 

「聡乃……」

 

「わ、私は大変感銘を受けました。き、昨日も言いましたが、より良いクラスづくりの為にお手伝いさせていただければと思っています」

 

「助かるぞ」

 

「い、いえ……」

 

 日光の真っすぐな眼差しに聡乃は目を逸らす。照美がややムッとする。

 

「……クラス長は私なのだけど?」

 

「あ、い、いえ、決して東さんをないがしろにしているわけではなくて……」

 

「ああ、冗談よ、よろしくね、聡乃さん」

 

 慌てて弁明しようとする聡乃に対し、照美は笑いながら手を左右に振る。日光は席を立つ。

 

「まあ、今日のところは大人しく帰るとするか……」

 

「……それで今後はどうするの?」

 

 下校しながら照美が尋ねる。

 

「どうするとは?」

 

「質問で返さないでよ……微能力を駆使するとかなんとか言っていたじゃないの」

 

「改めての現状把握だが……俺の『中二病』……」

 

「眼の色によって、発現する能力の特性が微妙に異なるということが分かったわ」

 

「ふむ、よく理解しているな」

 

「眼の色は自分で決められないの?」

 

「その日によってランダムだ。自分がどんなことが出来るのかは、俺でもその日になってみないと分からん……」

 

「それはまた微妙な能力ですこと……」

 

「ンゴ連呼女には負ける」

 

「人を妖怪みたいに言わないで」

 

「ンゴ……?」

 

 聡乃が首を傾げる。照美が苦笑交じりに手を上げる。

 

「気にしないでいいから」

 

「照美は『プチ炎上』……そして聡乃は『陰キャ』か……」

 

「は、はあ……」

 

 聡乃が俯く。照美がジト目で日光を見つめる。

 

「ねえ、もっとまともな能力の呼び名は無いわけ?」

 

「『鞭しばき女』とかか?」

 

「だからなんでそういう方向性なのよ……」

 

「あ、東さん、私は大丈夫ですから……」

 

「本当に?」

 

「え、ええ……」

 

「そういえば、昨日の鷹のヒナはどうしたんだ?」

 

「あ、引き取り手が見つかって、その方の管理する土地に移りました」

 

 日光の問いに聡乃が答える。

 

「それは良かったわね」

 

「は、はい……」

 

 照美の言葉に聡乃が頷く。日光が立ち止まって腕を組む。

 

「まあ、それはともかくとして……」

 

「自分で話を振っといてなによ」

 

「聞くが、うちのクラスにリーダー格は何人いる?」

 

「え?」

 

「リーダー格と言うと語弊があるかもしれんが……言い換えれば他の生徒たちに影響を与えることの出来る存在だ」

 

「う、う~ん……」

 

 日光の問いかけに照美は首を捻る。日光が重ねて問う。

 

「なぜはぐらかす? 昨日もそんな感じだったな」

 

「い、いや、なんというか……」

 

「聡乃」

 

 日光が聡乃の方に向き直る。

 

「え、えっと、『四天王』と呼ばれる方たちがいます……」

 

「さ、聡乃さん⁉」

 

「ふむ……」

 

「れ、例外的に他のクラスの方々からも一目置かれているような存在です」

 

「そうか……それにしても四天王とはちょっとダサいな……」

 

「高二で中二病の奴には言われたくないわよ」

 

 日光の呟きに照美が突っ込みを入れる。

 

「……決めたぞ」

 

「何を?」

 

「その四天王の連中を味方に引き入れる」

 

「ええっ⁉」

 

 照美が驚く。聡乃が口を開く。

 

「で、でも、あまり登校されない方々ですよ?」

 

「問題ない、波紋は起こした、というか餌は撒いたつもりだからな……」

 

「! 今朝のホームルームでの宣言……」

 

 照美がハッとなる。日光が笑みを浮かべながら呟く。

 

「興味を抱いてくれれば良いのだが……」



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第3話(1)風紀の乱れ

                  3

 

「あ~ちょっと、そこの君!」

 

 ある朝、校門で日光が七三分けの生徒に呼び止められる。

 

「なんだ? ティッシュならば結構だ」

 

「誰がティッシュ配りをしている!」

 

「宗教の勧誘なら間に合っている」

 

「勧誘でもない! ……間に合っている?」

 

「そうだ、俺自身が神に近しい存在だからな!」

 

 日光はポーズをビシっと決める。

 

「なっ……」

 

 七三分けが唖然とする。

 

「ふっ、言葉も出ないか……」

 

「ま、待て!」

 

 その場を颯爽と立ち去ろうとする日光を七三分けが慌てて呼び止める。日光はうんざりした様子を見せる。

 

「……なんだ?」

 

「なんだはこっちの台詞だ! その服装は一体どういうことだ⁉」

 

 七三分けは日光の学ランを指差す。日光は首を傾げる。

 

「学ランというものだが?」

 

「そんなことは知っている!」

 

「ならば良いではないか」

 

「良くない! 何故学園指定の制服を着用していない?」

 

「……つい先日からこの学園に転校してきたばかりなものでな……」

 

 日光は肩をすくめる。

 

「春休みを挟んでいるじゃないか! 急な転校でもないなら、制服を用意する余裕は十分にあったはずだ!」

 

「まあ、正論だな」

 

「み、認めるのか⁉」

 

「……しかし、面白くない」

 

「は⁉」

 

 日光の言葉に七三分けの男が戸惑う。

 

「皆と同じ格好をしていてもしょうがないだろう? 学ランこそが俺のアイデンティティの一部なのだ」

 

「な、何を訳の分からんことを……!」

 

「大体なんだ? さっきから因縁をつけてきて……」

 

「因縁などつけていない! 風紀を正しているのだ!」

 

「風紀?」

 

「そうだ!」

 

「ひょっとしてあれか? 風紀委員というやつか?」

 

「他になにがある!」

 

「はあ……」

 

 日光はため息をつく。

 

「な、なんだ、そのため息は⁉」

 

「この学園は少し変わっていると思ったのだが、存外普通なのだな……」

 

「そ、それの何が悪い!」

 

「……」

 

 日光は黙って七三分けを見つめる。

 

「な、なんだ⁉」

 

「風紀……社会生活の秩序を保つための規律だな?」

 

「そ、そうだ!」

 

「ならば問おう。俺一人が学ラン姿だからと言って、この学園の秩序はそんなにあっけなく乱れてしまうものなのか?」

 

「な、何を言っている……⁉」

 

「その程度で乱れる秩序の脆弱性を憂いた方が良いと思うがな……」

 

「な、何を……!」

 

「この問答で俺が遅刻する可能性が高まるのだが、それについては? その方がよっぽど問題なのではないのか?」

 

「む……」

 

 七三分けは答えに窮する。日光はフッと笑う。

 

「俺の言いたいこと、主張したいことは述べた。もしなにか反論などが思い付いたら、その時聞かせてくれ。それでは」

 

「む、むう……」

 

 日光のよく分からない圧に圧され、七三分けは黙って日光の背中を見送る。

 

「……まあ、そういうわけで朝から大変だった」

 

「馬鹿なの、アンタは⁉」

 

「ば、馬鹿とはなんだ」

 

 照美の言葉に日光はムっとする。

 

「仮にも一つのクラスの副クラス長という要職に就いている人間が、風紀委員と言い争いをしているんじゃないわよ!」

 

「言い争いにもなっていなかったが」

 

「それはどうでも良いのよ」

 

「どうでも良いのか」

 

「ええ、まったくどうでも良いわ。ただでさえこのクラスは目が付けられやすいんだから、少しは大人しくしていてよ……」

 

 照美が片手で頭を抱える。日光が両手を広げる。

 

「大人しく対応したつもりだが?」

 

「屁理屈をこねたんでしょう?」

 

「俺の中では正論だ」

 

「アンタの中では正論ということは外に出したら曲論なの」

 

「随分な言われようだな」

 

 日光は苦笑する。

 

「まったく……去り際にそういうことを言ったのなら、その七三分けの風紀委員、この教室までやってくるわよ?」

 

「そこまで暇ではないだろう」

 

「風紀委員としての職務を全うにこなすのなら、なによりも優先して解決すべき事項なのよ、アンタの制服問題は」

 

 日光は腕を組んで首を捻る。

 

「しかしだな、実際俺一人が学ランだからと言って、風紀が乱れるか?」

 

「アンタを見て、学園指定の制服を着なくても良いんだ!と感化される生徒が出てきたら問題になるでしょう」

 

「俺に感化される生徒はなかなか見込みがある奴だ」

 

「どうしてそうなるのよ……」

 

「型にはまっていないからな」

 

「この場合ははまらないと駄目なの!」

 

「真面目だな、照美は。学級委員長のようだ」

 

「ようだじゃなくてそうなの! 名義はクラス長だけどね! とにかく制服は明日からでもブレザーに着替えてきた方が良いわよ」

 

「ネクタイというものは……」

 

「え?」

 

「息が詰まる……自由を束縛されている気がしてならない」

 

「アンタはちょっとくらい束縛された方がちょうど良いのよ」

 

「おはよう! 諸君‼」

 

「げっ……」

 

 教室に全身赤色で統一した制服姿の生徒が入ってきた。ブレザー姿だが、声色からして女子生徒だろう。切り揃えられた赤い短髪と端正なルックスを兼ね備えたこの女の子は教室中央付近に座る、学ラン姿の日光を見て驚く。

 

「き、君! なんだね、その恰好は⁉」

 

「い、いや、それはこっちの台詞だ⁉」



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第3話(2)教育的指導

「な、なんだというのだね、君は⁉」

 

「俺は仁子日光! このクラスの副クラス長だ!」

 

「! 君が噂の……なるほど……」

 

「そちらも名乗ったらどうだ」

 

「そうだな……僕は出席番号3番、井伊谷朱雀(いいのやすざく)! この2年B組の『四天王』の一角だ!」

 

「ほう、四天王……」

 

 朱雀と名乗った男装の女子を見上げて、日光は笑みを浮かべる。朱雀が顔をしかめる。

 

「……動揺しないようだね」

 

「なにを動揺することがある」

 

「なかなか珍しい反応だね」

 

「いや、嘘だ。少しばかり動揺している……」

 

「うん?」

 

 朱雀が首を傾げる。日光が声を上げる。

 

「なんだ、その全身赤いブレザー姿にズボンは⁉」

 

「これか。赤色で統一するのは家の決まりでね」

 

「ど、どんな決まりだ!」

 

「しかし、色以外はきちんと学園指定の制服と鞄だよ?」

 

「色が最大の問題なのだろうが!」

 

「問題あるかい? 諸君?」

 

「問題なーし!」

 

「朱雀さんは今日も麗しくて凛々しい!」

 

 他のクラスメイトから賛同の声が上がる。顔を見てみると日光が今まで会ったことのない生徒も混ざっている。日光が呟く。

 

「なるほど……影響力のある存在というわけか……」

 

「なにか?」

 

「いや、なんでもない」

 

「仁子くんとやら……」

 

「日光で構わん」

 

「日光くんとやら……僕は自分を戒め、他人にも厳しく接するのが信条なんだ」

 

「……そもそも戒められていないような気がするのだが?」

 

 朱雀は呆れ気味の日光の顔をビシッと指差す。

 

「よって、君のその学ラン姿を看過してはおけない!」

 

「……どうするというのだ?」

 

「昼休みに校庭に出たまえ、教育的指導を行おうではないか!」

 

「教育的指導?」

 

「ふふっ、楽しみにしておくがいい!」

 

「久々ね、井伊谷さんの指導!」

 

「こいつはのんきに昼飯食っている場合じゃねえぜ!」

 

 井伊谷とその取り巻きはそれぞれ自らの席につく。日光は呆然とする。

 

「な、なんなんだ、一体……」

 

「撒き餌の効果が早くも出たわね」

 

 照美が苦笑気味に呟く。

 

「む……確かに四天王と言ったな。これほど早く接触出来るとは予想外だった……」

 

「どうするの?」

 

「そもそもどういう奴なんだ?」

 

「ご、ご説明いたしましょう!」

 

 聡乃が声を上げる。日光が驚く。

 

「うおっ⁉ 聡乃、いたのか……」

 

「は、はい、いました……」

 

「聡乃さん、説明をお願い」

 

「は、はい……このクラスは四天王それぞれを中心に四つの大きな派閥が存在します。その内の一つ、『強硬派』をまとめているのが、あの井伊谷さんです」

 

「強硬か……」

 

「規律に厳しいところがあるのよ……」

 

 照美が肩をすくめる。日光が尋ねる。

 

「それは、クラス長としては望ましいことではないのか?」

 

「少し厳し過ぎるという声が上がっていてね……彼女のやり方についていけないという生徒も結構いるわ……」

 

「ふむ……」

 

 日光が顎に手を当てる。聡乃が口を開く。

 

「し、しかし、このタイミングで動き出したということは……!」

 

「少し声のボリュームを落とせ、聡乃。ひそひそ声が丸聞こえだぞ」

 

「あ、こ、これは失礼! 陰キャ故に声のボリューム調節が下手くそで……」

 

 聡乃は次第に小声になる。日光が頷く。

 

「……うん、それくらいでいい」

 

「そ、それではあらためて……井伊谷さんがこのタイミングで動き出してきたということは……つまり! 狙いは貴方です、日光さん!」

 

「俺か」

 

「え、ええ! このクラスに新たに派閥が出来上がってしまっては厄介だと考え、潰してしまうか、取り込んでしまおうと考えたのでしょう」

 

「それが教育的指導か……」

 

「感化するどころか、看過出来ない存在になれたわね」

 

 照美が笑う。日光が後頭部を掻く。

 

「人気者たちの辛いところだな」

 

「うん? 人気者たち?」

 

「まあ、昼休みを待とうじゃないか」

 

 首を傾げる照美を自らの席に座るよう促し、日光は朝のホームルームと授業に臨む。そして昼休み、校庭で日光は朱雀と向かい合う。

 

「逃げずによく来たじゃないか!」

 

「別に逃げる理由などないからな」

 

「教育的指導を受ける覚悟があるようだね」

 

「その教育的指導がよく分からんのだが……」

 

 日光は困ったように首を捻る。朱雀が問う。

 

「一人で良いのかい?」

 

「いや、三人だ。照美と聡乃が助けてくれる」

 

「ええっ⁉」

 

「え、ええ……!」

 

 日光の両隣に立つ照美たちが驚きの視線を向ける。日光がキョトンとする。

 

「なにをそんなに驚くことがある……」

 

「いや、驚くでしょう⁉」

 

「ま、全くの初耳です……」

 

「友達なわけだから協力してもらう」

 

「もっと別のことだったら喜んで協力するけど!」

 

「なんだ、そんなマズいものなのか?」

 

 日光が首を傾げる。聡乃が言葉を濁す。

 

「マ、マズいというかなんというか……」

 

「ふむ、クラス長の照美に……本荘さんを引き込んだか……これはやはり捨て置けないね」

 

「ならばどうする?」

 

 日光は朱雀に問う。朱雀は笑う。

 

「何度も言うが教育的指導だよ」

 

「生徒同士でなにが教育的指導なのかが分からんのだが……」

 

「これ以上の問答は無用……!」

 

「⁉」

 

 朱雀が手をかざすと日光が膝をつき、照美がうつ伏せに倒れ、聡乃が仰向けに転がる。

 

「ふむ、出来れば女子には手荒な真似はしたくなかったのだけど……」

 

「な、なにを……⁉」

 

 不敵な笑みを浮かべる朱雀を、日光は驚いた顔で見つめる。



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第3話(3)裏アカウントへの誇り

「ふっ、他愛のない……」

 

 朱雀は髪をかき上げる。

 

「な、なにをした……!」

 

「む!」

 

 日光が膝をついた状態から立ち上がろうとするのを見て、朱雀は驚いた表情を浮かべる。

 

「貴様の能力か? それにしては……妙に頭がスッキリするような……」

 

「ば、馬鹿な……なんともないというのかい?」

 

「ああ、もしかしてダメージを与える能力ではないのか?」

 

 日光は頭を片手で抑えながら立ち上がる。

 

「信じられない……」

 

「アイツ、マジかよ……」

 

 朱雀の教育的指導を見物に来ていたクラスメイトたちから戸惑いの声が上がる。

 

「き、君は現代人ではないということか⁉」

 

「は? いきなり過ぎて話が見えないな?」

 

 朱雀の問いに日光は首を傾げる。

 

「そうでなければ説明がつかない!」

 

「生憎生粋の現代人だ」

 

「エ、SNSは⁉」

 

「うん?」

 

「ソ、ソーシャルネットワークサービスは⁉」

 

「言い直さなくても分かる……」

 

「全く利用していないというのか⁉」

 

「いや、大いに利用している……主なSNSだけでも2~3個ずつアカウントを所有していることはざらだな」

 

 そう言って、日光は端末を取り出し、朱雀に向ける。

 

「な、なんということだ……」

 

「だから、なにがだ?」

 

「き、君はそれほどのアカウントを全くの邪心なしで使い分けているというのか?」

 

「邪心というものの定義がいまいち分からんが……どのアカウントも楽しんで活用している。やましい、後ろめたい気持ちなどはない」

 

「そ、そんなことが……」

 

 朱雀が愕然とする。日光は端末をしまい、顎に手を当てて呟く。

 

「なるほど、大体分かった……」

 

「……」

 

「貴様はアカウントに関係する能力持ちだな?」

 

「!」

 

「SNS中毒者の多い現代では確かに有効なのかもしれないな……」

 

「そ、そうだ! 僕の能力は『垢バン』! アカウントを凍結するだけにとどまらず、邪心のこもったアカウントを複数所持している者に精神的ダメージを与えることが出来る!」

 

「邪心のこもったアカウント……いわゆる『裏垢』というやつか……」

 

 日光が両脇に倒れ込む照美たちを見て頭をポリポリと搔く。

 

「だ、だが、何故だ⁉ 何故に君には何のダメージもないんだ⁉」

 

 朱雀は日光をビシっと指差す。

 

「さっきも言っただろう……俺はプライドと情熱を持って裏垢を運用している!」

 

 日光がこれでもかと胸を張る。

 

「! そ、そんな恥知らずな人間が存在していたのか……」

 

 朱雀ががっくりと膝をつく。日光が唇を尖らせる。

 

「恥知らずとは失礼だな」

 

「くっ……」

 

「さて……教育的指導とやらは終わりか?」

 

「ちっ……」

 

 日光の問いかけに朱雀は舌打ちをする。

 

「ま、まさか……」

 

「井伊谷さんが負けるのか?」

 

 ギャラリーたちが信じられないといった雰囲気になる。日光はため息をつく。

 

「はあ……そもそも勝ち負けの問題だったのか?」

 

「まだだ!」

 

「!」

 

「まだ勝負はついていない!」

 

 朱雀がゆっくりと立ち上がる。ギャラリーから歓声が沸き上がる。

 

「きゃあああ!」

 

「うおおおお!」

 

「何をそんなに盛り上がっているんだ……」

 

「隙有り!」

 

「む!」

 

 朱雀が日光の懐に入り、胸に手を当てる。

 

「もらった!」

 

「……なんのつもりだ?」

 

「これまでの垢バンで集めた邪な、あるいは負のエネルギーを君に注ぎ込む!」

 

「悪趣味だな!」

 

「これには耐えられまい!」

 

「くっ!」

 

「はあ!」

 

「……」

 

「? は、はあ!」

 

「……?」

 

「そ、そんな……はあ!」

 

「……もういいか?」

 

 日光は平然とした様子で尋ねる。朱雀は再び愕然とする。

 

「ば、馬鹿な……負の感情とか、マイナスイメージとか、君には無いのか?」

 

「無いと言えば無い!」

 

「ええっ⁉」

 

「あると言えばある!」

 

「ど、どっちなんだい⁉」

 

 日光の言動に朱雀は戸惑う。日光は首を抑えながら淡々と呟く。

 

「同じようなことを言わせるな……俺は自分で言うのもなんだが、重度の中二病だぞ? ちょっとやそっとのネガティブな感情ごときでどうこうなるようなメンタルはしていない」

 

「‼」

 

「むしろ心の隙間が埋まったくらいだ」

 

 日光は胸をさすって笑う。

 

「か、勝てない……」

 

 朱雀は再び膝をつく。

 

「そ、そんな……朱雀さんが」

 

「ま、まさか……負ける?」

 

「だから勝ち負けなのか、これは?」

 

 ギャラリーのざわめきに日光が戸惑う。

 

「た、大変よ!」

 

 クラスメイトの一人が校庭に走ってくる。日光が尋ねる。

 

「どうした?」

 

「風紀委員会が教室で暴れているわ!」

 

「どんなカオスな状況だ、それは……」

 

 日光が頭を抱える。クラスメイトたちが戸惑う。

 

「風紀委員会が……?」

 

「ど、どうする?」

 

「ふん、そろそろ起きろ、裏垢持ちのクラス長と副クラス長」

 

「うん……?」

 

 照美と聡乃が起き上がる。日光は朱雀にも声をかける。

 

「……貴様も来い」



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第3話(4)違いの分かる女

「ふん!」

 

 七三分けの風紀委員が仲間を四人引き連れ、教壇にドカッと座っている。そこに日光たちが戻ってくる。日光がため息をつく。

 

「お前か……」

 

「あ! 見つけたぞ! 仁子日光! まさかこっちの校舎だったとはな!」

 

「……何の用事だ?」

 

「風紀委員会がこうしてわざわざやって来たんだ、風紀を正す以外にあるまい!」

 

「……教室を滅茶苦茶にしてか?」

 

「滅茶苦茶ではない! ちょっと机と椅子を左右に避けただけだ!」

 

「何の為にだ?」

 

「貴様が反抗した時の為にだ!」

 

「反抗?」

 

「そうだ、これを見ろ!」

 

 七三分けがブレザーの制服を広げてみせる。

 

「それは……」

 

「学園指定の制服だ! 仁子日光! これに着替えてもらうぞ!」

 

「断る」

 

 日光は即答する。七三分けは笑う。

 

「ふふっ、貴様のことだからそう答えると思ったぞ! ならば……」

 

「どうする?」

 

「無理矢理にでも着替えさせる!」

 

「横暴にも程があるな……」

 

「風紀ってなんだったかしら……?」

 

 日光と照美が呆れる。七三分けが声を上げる。

 

「下手に抵抗してくれるなよ? 仮に暴れたとしても風紀委員会きっての筋肉質コンビが貴様を抑え込む!」

 

「むん!」

 

「ぬん!」

 

 七三分けの両脇に立つ、大柄な生徒たちがこれ見よがしにポーズを決める。

 

「おっと、逃げようとも思うなよ? 風紀委員会きっての俊足コンビが貴様を捕まえる!」

 

「しゅん!」

 

「びゅん!」

 

 廊下側とベランダ側に見るからに足の速そうな生徒たちが位置どる。

 

「あ、あわわ……」

 

「案ずるな、聡乃。大したことはない」

 

 怯む聡乃に落ち着いて語りかけながら、日光が前に進み出る。照美が尋ねる。

 

「どうするつもり⁉ まさか素直に着替える気⁉」

 

「公開ストリップをする趣味は流石にない……」

 

「そ、そう……まあ、ここじゃなくてトイレとかで着替えた方が一番角が立たない気もするけど……せっかく制服も用意してくれているわけだし」

 

「押しつけがましいのは嫌いだ……」

 

 日光が更に前に進み出る。七三分けが声を上げる。

 

「そ、その態度! 素直にこちらの要求を呑む気はないようだな!」

 

「もう口調が風紀委員のそれではないような気がするのだが……」

 

「どうなのだ⁉」

 

「ああ、着替える気はない」

 

「そうか! ならば無理矢理にでも着替えさせる! 身柄を取り押さえろ!」

 

 四人の風紀委員が日光に迫る。日光が呟く。

 

「……出番だぞ」

 

「はああ! 『垢バン』!」

 

 日光の後ろから飛び出した朱雀が右手で銃の形を作り、発砲の動作を取る。

 

「う、うああ!」

 

「ぐ、ぐああ!」

 

「ず、ずああ!」

 

「ぬ、ぬああ!」

 

 四人がその場に崩れ落ちる。七三分けが戸惑う。

 

「な、なんだ⁉ どうしたというのだ⁉」

 

「全員、裏垢持ちだったのね……」

 

「ふ、風紀委員の方々も人間だったということでしょうか……」

 

 照美と聡乃が気の毒そうな顔で見つめる。七三分けが声を上げる。

 

「わ、訳が分からん!」

 

「訳を知る必要はないよ……」

 

 朱雀が七三分けに右手を向けて、発砲のジェスチャーをする。

 

「……? なんだ?」

 

「なに? SNSをやっていないのかい?」

 

「SNSくらいやっているが……それがどうした?」

 

「ヤバい裏垢とか持っていないのか⁉」

 

「持っていない!」

 

「そ、そんな……」

 

 朱雀が顔を覆う。七三分けが叫ぶ。

 

「こっちがおかしいみたいな反応をするな! 普通はわざわざ裏垢など作らん!」

 

「相手が重度、あるいはかなりのSNSユーザーでないと通用しない能力か……確かに微妙な能力……微能力だな」

 

 日光が淡々と呟く。朱雀が問う。

 

「くっ、どうするつもりなんだい?」

 

「あの七三分けにこれ以上デカい顔されるのもしゃくだろう?」

 

「そ、それはまあね……」

 

「ならば、俺と……友達になれ」

 

「は?」

 

「どうなんだ?」

 

「ま、まあ、別に構わないが……」

 

「ならば俺の左眼を見ろ。何色だ?」

 

 日光が眼帯をめくって朱雀を見つめる。

 

「オ、オレンジ色だね……」

 

「そうか……おい、七三分け!」

 

「な、なんだ⁉」

 

「貴様のヴィジランテ気取りの振る舞いはあまりにインジャスティスだ……」

 

「なにっ⁉」

 

「そのようなクレイジーな行動をこれ以上続けるというのならば……ここに倒れている四人と合わせて、クインテット揃って、カタストロフィを迎えることになるぞ……」

 

「な、なんだって⁉」

 

「サヴァイヴしたければまだ望みはある……」

 

「だから何を言っている⁉」

 

「タイラントのスティグマを押されたくないのであれば、この場からさっさとエスケープすることだな……」

 

「む、むう……」

 

「チェックメイトされたいのか⁉」

 

「くっ! 今日のところは引き上げる! おい、お前ら、早く起きろ! 行くぞ!」

 

 七三分けたち風紀委員会は教室から去っていった。聡乃が首を傾げる。

 

「え、えっと……?」

 

「やたらと横文字使いたがる系の中二病っていうことでしょう……能力か分からないけど」

 

「な、なるほど……あ、井伊谷さん?」

 

「す、素晴らしい……本当に君ならこのB組を変えてくれるかもしれない……この井伊谷朱雀、君に協力するとしよう」

 

「さすがは四天王、違いが分かるようだな」

 

 日光と朱雀が握手を交わす。

 

「私にはよく分からないわ……」

 

 照美が頭を軽く抑えて呟く。



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第4話(1)演目を決める

                  4

 

「今のところ大勢には大きく影響なしか……」

 

 校舎の窓から外を見ながら日光がポツリと呟く。

 

「井伊谷さんが力を貸してくれるからといって、派閥の全員がそのままこっちについてくれるわけではなかったわね。様子見って感じだわ」

 

「別に僕は派閥を形成していたつもりはないのだがね。周りが勝手にそうとらえただけだ。そして、中立の位置につくのも彼らの自由だ」

 

 照美の発言に朱雀が応じる。照美が首を傾げる。

 

「もっと厳しく締め付けているのかと思ったわ」

 

「厳しく接していたのは、クラスの雰囲気が弛緩していると感じたからさ」

 

「……誰かさんの仕切りが悪かったとでも言いたいわけ?」

 

「そういうわけではないが、まあ、どのように受け取ってくれても構わないよ」

 

「ふ~ん……」

 

「……」

 

 照美と朱雀が無言で見つめ合う。聡乃が慌てて口を開く。

 

「と、とはいえ、四天王のお一人がこちらについてくれるのは大事なことだと思います」

 

「それもそうだな」

 

 聡乃の言葉に日光が頷く。照美が尋ねる。

 

「当面は方針に変更なし?」

 

「ああ、四天王と協力関係を結ぶ……四人全員がこちらにつけばさすがにクラスの風向きも変わってくるだろう」

 

「それはまた大きく出たね」

 

 朱雀が笑みを浮かべる。日光が問う。

 

「無理だと思うか?」

 

「いいや、お手並み拝見といこう」

 

「そろそろホームルームよ、教室に入りましょう」

 

 照美が呼びかけ、四人は教室に入る。しばらくして、担任の地山が入ってくる。

 

「皆さん、おはようございます……今日のホームルームですが、『新入生歓迎会』について話し合って頂きます。司会進行はクラス長と副クラス長にお願いします。東さんと本荘さん、前に出てきて下さい」

 

「はい」

 

「は、はい……」

 

 照美と聡乃が前に出て、教壇に上がる。

 

「聡乃さん、書記をお願い出来る?」

 

「え、ええ、分かりました……」

 

 照美が正面に向き直る。

 

「それでは今度行われる新入生歓迎会について話し合いたいと思います」

 

「……はい」

 

「どうぞ仁子君」

 

 挙手する日光を照美が指名する。

 

「……のっけから話の腰を折るようで申し訳ないのだが、その新入生歓迎会というのはどういう行事なのだ?」

 

「新入生を歓迎する行事です」

 

「いや、それくらいは分かる……」

 

 日光は照美の答えになっていない答えに苦笑する。

 

「冗談です。きちんと説明しますと、基本はこの学園は中等部からの持ち上がりが多いので、今更という感も否めないのですが、この時期は高等部への新入生に対し、レセプションパーティーを開きます」

 

「パーティー……飲食を伴うのか?」

 

「パーティーに出る飲食物に関しては生徒会の中で結成された実行委員会が責任をもって準備されています」

 

「そ、そうか……」

 

「よって、我々クラス単位で行うことは……余興ですね」

 

「余興?」

 

「そうです」

 

「例えば、劇を披露したり、演奏を披露したり……でしょうかね?」

 

 照美が黒板に文字を書いている聡乃に問いかける。聡乃は頷く。

 

「そ、そうですね、皆さん、大体そんな感じの演目です」

 

「ふむ……」

 

「ご理解頂けましたか?」

 

 照美は腕を組む日光に尋ねる。

 

「ああ、大体は分かった……」

 

 教壇の脇に座っていた地山が口を開く。

 

「聞いた話なのですが……」

 

「あ、はい、先生、なんでしょうか?」

 

「すでにこのB組は昨年度の内から演目を決めているとか……?」

 

 地山の問いに照美が笑顔を浮かべる。

 

「さすが先生、お耳が早い」

 

「昨年度の内から……?」

 

 首を傾げる日光に照美が説明する。

 

「この学園はクラス替えがないから、1年からほとんど同じ顔ぶれなんです」

 

「ああ、なるほど……」

 

 説明を受けた日光は頷く。照美は説明を続ける。

 

「準備期間も限られますし、我々2年B組は『朗読会』を行うと決めております」

 

「……はい」

 

 朱雀が挙手する。照美が指名する。

 

「はい、井伊谷さん」

 

「却下を希望する」

 

「はい、却下に一票……って、ええっ⁉」

 

 朱雀の言葉に照美が驚き、あらためて朱雀の方に視線を向ける。朱雀が笑顔で頷く。

 

「却下を希望」

 

「な、何故にそのようなことを?」

 

「一言で言えば……地味だね」

 

「じ、地味って……」

 

「他のクラスも様々趣向を凝らした出し物を行うだろうに、朗読会では派手さやインパクトに欠けると思われる」

 

「……学ランで眼帯の生徒や全身真っ赤な男装女子がいる時点で十分に目立っているかと思いますが?」

 

 照美の言葉に朱雀は首を傾げながら呟く。

 

「もう一押し欲しいところだね。プラスアルファというか……」

 

「……具体的なことを申し上げて下さい」

 

 照美は若干ムッとしながら、朱雀の発言を促す。

 

「演奏などはどうだい? ロックやポップスの方がウケるだろう?」

 

「却下です。楽器が出来る生徒が少ないです。大体準備期間も足りません」

 

「それならば……」

 

「はい、仁子君……」

 

 照美は既にウンザリしながら、挙手した日光を指名する。

 

「合唱ならばどうだ?」

 

「それも却下です。繰り返しになりますが、準備期間が足りません」

 

「いやいや、ちょっと待ってくれ。“魂の”合唱だぞ?」

 

「いや、そんなご存知みたいに言われても知りませんよ!」

 

「魂さえこもっていれば、多少の準備不足など取り返せる!」

 

「どういう理論よ……」

 

 照美が頭を抱える。地山が口を開く。

 

「そろそろまとめに入ってもらって……」

 

「あ、はい。それでは……ん?」

 

「ウェーイ、何だか随分と楽しそうなホームルームやっちゃってんじゃん?」

 

 全身を黒ずくめの服で決めた金髪の生徒が教室に入ってきた。



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第4話(2)大事なのはノリ

「!」

 

 クラス中の驚いた視線がその男子に集まる。

 

「おっと、何だか注目集めちゃった感じ~?」

 

 男子は遊ばせた金髪を指先でいじりながら日光の隣の席に座る。

 

「このクラスの生徒なのか……?」

 

 日光の呟きに反応した金髪が日光の方を向く。

 

「おっと、そこのイカした眼帯ボーイ……見慣れない顔だね、ひょっとして、色々と噂になっている転校生君かな?」

 

「ああ、仁子日光だ」

 

「そうか、俺は出席番号13番、笠井玄武(かさいげんぶ)だ、シクヨロ~♪」

 

「シ、シクヨロ……?」

 

 玄武と名乗った男子がヒラヒラと手を振ってきたのに対し、日光は戸惑う。

 

「そんで、何やってんの、照美ちゃん?」

 

「……新入生歓迎会の出し物についての話し合いです」

 

「! 新入生歓迎会ってアレっしょ? パーティーっしょ⁉」

 

「まあ、そうですね、あなたも昨年度体験されたと思いますが」

 

「何する系?」

 

「昨年度からある程度準備を進めていたのは朗読会です」

 

「う~ん、却下♪」

 

「はい⁉」

 

 玄武の言葉に照美が唖然とする。

 

「照美ちゃんさ~それはさすがに無難過ぎるっしょ~」

 

「何事も無難に越したことはないのですよ」

 

「一度しかない青春だよ? アオハルだよ~?」

 

「同じことを二回も言わなくて良いですから……」

 

 照美は額の辺りを抑える。

 

「せ、青春……ア、アオハル……」

 

「聡乃さんも真面目に板書しなくていいから」

 

「あ、は、はい……」

 

「俺たちまだ十代なんだからさ~もっと弾けちゃっても良いんじゃない?」

 

「別に弾ける必要は無いのですよ」

 

「う~ん、堅い、お堅いな~!」

 

「そう言われましてもね……」

 

「え? 他にアイデアは無いの? 本荘ちゃん?」

 

 玄武が聡乃に問う。

 

「え、えっと……まず井伊谷さんから提案のありました演奏ですね」

 

「井伊谷ちゃん? あら、学園に来ていたんだ、珍しい……」

 

「笠井くん、君には言われたくないな……」

 

 玄武の言葉に朱雀は苦笑する。

 

「で、なにを提案したんだっけ?」

 

「……演奏だ」

 

「いやあ~却下だね~♪」

 

「なんだと……」

 

 玄武の発言に朱雀はややムッとする。

 

「楽器の出来る生徒は少ないっしょ? 例えば今から猛練習したって、パフォーマンスにどうしても差が出来てしまう。聞くに耐えない演奏になっちゃうと思うよ~?」

 

「か、簡単な曲目にすればいいだろう!」

 

「簡単な曲にしたらかえって盛り上がりに欠けてしまうきらいがあるな~逆に会場が白けちゃうと思うよ~」

 

「む……」

 

「他には? 本荘ちゃん」

 

「は、はい、仁子君からの提案で合唱です」

 

「ほう、転校生君がご提案とは……やる気十分だね~」

 

「そんなに褒めても何も出ないぞ」

 

 玄武の言葉に対し、日光は何故か髪をかき上げる。

 

「う~ん、それも却下だな~♪」

 

「な、なんだと⁉」

 

「それこそ練習がものを言う演目じゃん。今からじゃ、とても満足いくクオリティまでには仕上がらないと思うよ~?」

 

「魂だ……」

 

「え?」

 

「魂! そう! ソウルがこもっていれば、多少の練習量不足など乗り越えられる!」

 

 日光は己の左胸を右手の親指で指差す。玄武が困惑する。

 

「ソ、ソウルときたか……」

 

「そうだ! 俺のソウルもそう告げている!」

 

「……でもさ、皆のソウルはそう言っていないみたいだよ?」

 

「な、なに⁉」

 

 日光が周りを見回す。他の生徒たちはサッと目を逸らす。玄武が笑う。

 

「ほらね」

 

「そ、そうなのか……?」

 

 日光が愕然とした表情で正面の照美を見る。照美が声を上げる。

 

「いや、そんなすがるような目で見られても困るから!」

 

「ソウルメイトよ!」

 

「いつからソウルメイトになったのよ! いつから!」

 

 玄武が腕を組む。

 

「う~ん、どれも決定打に欠ける感じだね~」

 

「……やはり朗読会で良いでしょう」

 

「駄目だ、地味過ぎる」

 

「魂がまったく感じられない」

 

「無難過ぎる、置きに行っちゃってるよね~♪」

 

 朱雀、日光、玄武が照美の提案を揃って却下する。照美は怒りを押しとどめながら、やや間をおいて口を開く。

 

「……笠井君、先ほどからダメ出しをしてばかりですが、あなたから代案は無いのですか?」

 

 教室中の視線が玄武に向く。玄武がおどけた仕草をする。

 

「おおっ、やっぱそうくる系?」

 

「当然でしょう」

 

「そうだね~あるっちゃあるんだけど……どうしようかな~」

 

「……ホームルームの時間も後わずかです。ここは朗読会で……」

 

「ああ~ちょい待ち、ちょい待ち」

 

 玄武は両手を上げて、照美の進行を制する。照美がため息まじりに尋ねる。

 

「なにかあるのですね?」

 

 照美の問いに、玄武がニヤッと笑う。

 

「パーティーならやっぱアレっしょ!」

 

「アレ?」

 

 照美が首を傾げる。玄武がパチンと指を鳴らす。

 

「そう、ダンスっしょ!」

 

「ダンスだと?」

 

「そう、井伊谷ちゃん、ご希望の派手派手な感じもバッチリ出せるよ~」

 

「それこそ各自のクオリティの差が出るのでは?」

 

「転校生君、ダンスで大事なのはハートだよ♪」

 

「今からでは準備期間が十分に取れません……」

 

「照美ちゃん、その辺はノリでカバーしちゃうから大丈夫だって~」

 

「ノ、ノリって……」

 

「皆も良いよね~良いと思った人は、はい、クラップ~」

 

(パチパチパチパチ……)

 

「ほい、満場一致の拍手……ダンスで決まりだね」

 

 玄武が立ち上がって照美に向かってウインクする。



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第4話(3)奇妙なテンション

「なんとなくダンスで押し切られてしまったわ……」

 

「クラスメイトたちの雰囲気も流されてしまったな。ムードを変えたというか……」

 

 昼休みにベランダでうなだれる照美と、柵によりかかり、腕を組んで考え込む日光に対し、聡乃が声をかける。

 

「か、笠井さんは『穏健派』ですからなんとなく気を許してしまう方も多いのかと……」

 

「ほう、『強硬派』の僕には出来ないことだと?」

 

「い、いえ! そういうわけでは!」

 

「ふっ、冗談だよ」

 

 慌てる聡乃を見て、朱雀が笑みを浮かべる。照美が頭を上げて日光に尋ねる。

 

「あのムードメーカーぶり、欲しくなったんじゃないの?」

 

「そうだな……より良いクラスを作り上げる為には必要な人材だと言えるな」

 

「ご覧の通りのマイペースな男だ、それはなかなか容易ではないんじゃないかい?」

 

 朱雀が首を傾げる。日光が顎をさすりながら呟く。

 

「とはいえ、やってみなくてはならない……」

 

「どうやって?」

 

「まあ、まずは懐に入ってみることだな」

 

「懐に入る?」

 

「奴のペースに合わせるということだ」

 

「それは……日光くんには結構大変だと思うよ?」

 

「何故そう思う、朱雀?」

 

「いや、なんというかこう……」

 

 朱雀が言葉を濁す。日光が首を傾げる。

 

「なんだ? はっきり言え」

 

「……君と彼は対極に位置するような人間だからさ」

 

「? そうか?」

 

「ああ……」

 

「た、確かに……」

 

「て、照美と聡乃もそう思うのか?」

 

 日光が戸惑う。照美が何を今更といった表情で語る。

 

「クラスきってのムードメーカーと高二の癖に中二病を拗らせている痛い奴だもん、対極以外のなにものでもないじゃないの」

 

「ず、随分な言われようだな⁉」

 

「正直かつ正当な評価よ。ねえ?」

 

「は、はい……」

 

「そうだね」

 

 照美の問いに聡乃と朱雀が頷く。日光が愕然とする。

 

「そ、そんな……」

 

「そこの四人さん、準備が出来たから入っておいでよ」

 

 玄武が四人に声をかける。日光たちは教室に戻る。机と椅子が教室の後方に下げられ、前方に広いスペースが出来ている。日光が呟く。

 

「これは……」

 

「女子はジャージに着替えてくれたね……よし、今からダンスの練習を始めるよ♪」

 

「か、笠井君、歓迎会まで日が無いのよ、本当に間に合うの?」

 

 照美が玄武に問う。玄武が笑う。

 

「ははっ、もっともな疑問だね。でも大丈夫♪」

 

「何を以って大丈夫なんだい?」

 

 朱雀が腕を組んで尋ねる。玄武が答える。

 

「簡単な振り付けだからさ♪」

 

「簡単?」

 

「もっと言うと、振り付けなんて大して意味無いよ」

 

「え?」

 

 玄武が左胸に片手を当てて呟く。

 

「楽しげな雰囲気が伝わればそれで良いのさ……」

 

「雰囲気と言われてもだね……」

 

「なるほど、よく分かった!」

 

「日光くん⁉」

 

 声を上げる日光に朱雀が驚く。

 

「要はソウルということだな!」

 

「そうだよ! 良いね、レッツダンス!」

 

「おおっ! レッツダンス!」

 

「い、意外と波長が合っている……?」

 

 照美が小声で呟く。玄武が指導を始める。

 

「こうやって、両手を合わせて前に突き出して……」

 

「ふむ……」

 

「右脚を大きく後方に上げる!」

 

「うむ……」

 

「それと同時に上半身ものけ反らせる!」

 

「こ、こうか……」

 

「上半身を上下させるのと同じタイミングで両脚も交互に上げ下げするんだ」

 

「む、難しいな……」

 

「おっと、掛け声も忘れずにね♪」

 

「掛け声?」

 

「そう、『スクープ・ザ・シュリンプ!』とね」

 

「な、なんだそれは⁉ 英語か?」

 

「そうだよ」

 

「どういう意味だ?」

 

「う~ん、まあ、いいじゃん、それは」

 

 玄武が日光にウインクする。日光が戸惑う。

 

「いいじゃんって……」

 

「とにかくやってみてごらんよ。せーの!」

 

「ス、スクープ・ザ・シュリンプ! スクープ・ザ・シュリンプ!」

 

 日光が上半身と脚をバタつかせながら掛け声を叫ぶ。玄武が笑う。

 

「ははっ、良い感じだよ!」

 

「ほ、本当か⁉」

 

「ああ、バッチリさ♪」

 

 玄武が右手の親指をグッと突き立てる。日光が声を上げる。

 

「正直珍妙な踊りかと思ったが……なんだか楽しくなってきたぞ!」

 

「その調子だよ! ほら、皆も一緒に!」

 

「ス、スクープ・ザ・シュリンプ! スクープ・ザ・シュリンプ!」

 

 玄武の呼びかけに応じ、クラスメイトたちも奇妙な踊りを始める。

 

「……なんだか盛り上がってきたかも!」

 

「ああ! 一体感を感じるな!」

 

「はははっ! 良いよ皆、テンションアゲアゲでいっちゃおう~♪」

 

 次第にテンションが上がっていくクラスメイトたちを玄武が煽る。照美が頭を抑える。

 

「皆、集団心理が変な方向に働いてハイになっているだけでしょう……ねえ?」

 

「スクープ・ザ・シュリンプ! スクープ・ザ・シュリンプ!」

 

「ス、スクープ・ザ・シュリンプ……!」

 

「井伊谷さん⁉ 聡乃さんまで……」

 

 横で踊り始めた朱雀と聡乃を見て、照美は唖然とする。

 

「ほら、照美ちゃんも一緒に!」

 

「ええ……」

 

「同じ阿保なら踊らにゃ損損!ってね」

 

「いや、阿保って……」

 

 照美が周囲を見回すと、皆の踊りがどんどんと熱を帯びてくる。

 

「スクープ・ザ・シュリンプ! スクープ・ザ・シュリンプ‼」

 

「ううっ、スクープ・ザ・シュリンプ! スクープ・ザ・シュリンプ!」

 

「良いよ、照美ちゃん!」

 

 照美も半ばやけくそになって踊り始める。そして歓迎会当日を迎えた。



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第4話(4)ちょっと斜に構える

「……続いては、2年B組による演目です」

 

「へっ、B組かよ」

 

「見なくても良くない~?」

 

 席に座る新入生からは期待されていない声が聞かれる。ステージ袖でそれを耳にした照美は悔しそうに唇を噛む。

 

「くっ……」

 

「……照美ちゃん」

 

 照美の肩に、玄武がそっと手を置く。

 

「はっ……」

 

「熱くなったら負けだよ。心はホットに、頭はクールにね」

 

「え、ええ……」

 

「皆、聞いてくれ。短い間だが、皆一生懸命に練習した。大丈夫、その成果はきっと出る!」

 

「お、おおお!」

 

 クラスメイトたちが手を突き上げる。日光が戸惑う。

 

「クラスメイトたちのテンションが上がっていくのを感じる……これはどういうことだ?」

 

「笠井くんの微能力、『パリピ』によるものさ」

 

 日光の問いに朱雀が答える。

 

「パリピ……!」

 

「ああ、彼のテリトリー内にいる者たちのテンションをアゲアゲ状態にすることが出来る」

 

「それが奴の能力か……」

 

「……よし、そろそろ始まるぞ、皆位置について……」

 

 暗がりのステージにライトが灯ると、円の形に並んだ2年B組の生徒たちの姿がステージ上に現れる。カッコよくオシャレな曲調のEDMが流れる。

 

(~~~♪)

 

「ワン、ツー……ワン、ツー、スリー、フォー! せーの!」

 

「スクープ・ザ・シュリンプ! スクープ・ザ・シュリンプ!」

 

「!」

 

 ステージ上で生徒たちがぐるぐると回りながら、謎の掛け声に合わせて、手足をバタつかせる。どこからどうみても異様な光景に、ステージ下から眺めていた新入生たちはあっけに取られて固まる。玄武がクラスメイトの皆にだけ聞こえる声で告げる。

 

「まだだ! こっからバイブス上げて行くよ!」

 

「スクープ・ザ・シュリンプ!」

 

「もっとだ!」

 

「スクープ・ザ・シュリンプ‼」

 

「そう、その調子だ!」

 

 玄武たちの奇妙な踊りが始まりしばらく経過した。

 

「な、なあ……?」

 

「あ、ああ、意外と良いんじゃね?」

 

「なんて言うの? ダサカッコいいみたいな……」

 

「分かる~!  そんな感じだよね~」

 

 新入生たちの反応が好意的なものに変わってきたことを敏感に感じ取った玄武が円からはみ出して、ステージの前方に飛び出す。

 

「うおお!」

 

「あの金髪の動き、半端ねえ!」

 

(ふっ、ギャラリーの注目が俺に集まっているな……ん⁉)

 

「きゃああ!」

 

「あの赤髪の人、凄いスタイル良い! しかも腰の動きがセクシー!」

 

 いつの間にか玄武の横に朱雀が並びかけていた。玄武は内心苦笑する。

 

「アドリブとは! やるね、井伊谷ちゃん!」

 

「君一人だけ目立とうだなんて、甘いのだよ!」

 

「ならばついてこれるかい⁉」

 

「上等!」

 

「「スクープ・ザ・シュリンプ‼ スクープ・ザ・シュリンプ‼」」

 

「うおおおお!」

 

「きゃあああ!」

 

 新入生たちから野太い歓声と黄色い歓声が入り混じる。玄武は手ごたえを得る。

 

(よし! ここで一気に畳みかける……⁉)

 

「⁉」

 

 次の瞬間、ステージ上の照明がわずかな明かりを残して暗くなり、爆音で流れていたEDMも止まってしまった。新入生たちがザワつく。当然、ステージ上の生徒たちも困惑する。

 

「どういうこと⁉ 機材トラブル⁉」

 

「いえ、恐らく実行委員会の嫌がらせよ……」

 

「ええっ⁉」

 

 照美の呟きにクラスメイトたちが驚く。照美は淡々と続ける。

 

「……大方落ちこぼれのB組が、この日一番の盛り上がりを見せてしまう恐れがあるのを危惧したのでしょう」

 

「そ、そんな……汚いことしやがって!」

 

 クラスメイトたちが憤慨する脇をすり抜け、日光が玄武に問う。

 

「……笠井玄武、お前のパリピは効果が失われたのか?」

 

「え? あ、ああ、俺の声や流す音楽が届く範囲ならば効果は継続されるが、このようにマイクや音楽をストップされてしまうと……正直お手上げだね」

 

「なるほど、微妙な能力だな」

 

「なんだよ、今、その確認必要かい?」

 

 日光の言葉に玄武が珍しくムッとする。日光が眼帯をめくる。

 

「俺の左眼を見ろ」

 

「え⁉」

 

「何色だ?」

 

「えっと……黄色いけど……」

 

「そうか!」

 

 日光が玄武を押し退け、ステージ上の最前に立つ。玄武が首を傾げる。

 

「ど、どうするつもりだ?」

 

「……ふう」

 

「体を少し斜に構えた?」

 

「ラマセ・レ・クルベット! ラマセ・レ・クルベット‼」

 

「⁉ こ、これは……」

 

「そういうことね」

 

「照美ちゃん、分かるのかい⁉」

 

「日光は中二病の微能力者、今回はサブカル系の中二病ってところね」

 

「サ、サブカル系⁉」

 

「やたら斜に構えたり、これ見よがしにフランス語使ってみたり、ああいうところよ」

 

「そ、そういうことか……」

 

「笠井くん、これはチャンスかもしれないよ?」

 

「どういうことだい、井伊谷ちゃん?」

 

「日光くんのエキセントリックな行動を見て、新入生たちのザワつきが収まった。今なら声が通るんじゃないのかい?」

 

「! そ、そうか、よし、皆、彼に続くんだ! ラマセ・レ・クルベット!」

 

「ラ、ラマセ・レ・クルベット‼ ラマセ・レ・クルベット‼」

 

 日光のソロから勢いを取り戻したB組のパフォーマンスは新入生を大いに魅了した。

 

「はあ……はあ……」

 

「君がいなかったらヤバかったよ」

 

 ステージ袖で玄武が日光に声をかける。

 

「うん?」

 

「仁子日光……君なら本当にこのクラスを変えてしまうかもしれないね。笠井玄武、君の活動に協力させてもらおうじゃないか」

 

「ふむ、それは心強い……」

 

 日光と玄武が固く握手を交わす。

 

「まあ、この踊りは出来れば今回限りにして欲しいけどね……」

 

 二人の様子を見ていた照美が小声で呟く。



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第5話(1)現状を認識

                  5

 

「潮目は確実にだが変わりつつあるな……」

 

 ある日の放課後、ベランダから校庭を眺めながら日光が呟く。

 

「笠井君の加入が大きかったわね。私たちも含めて、クラスで11人ほどが日光君に協力的な姿勢を見せているわ」

 

「少しでもお役に立てたのなら嬉しいね」

 

 玄武が笑顔を見せる。照美が額に手を当てて呟く。

 

「……もっとも、残りの8人ほどは旗色を鮮明にはしていないけど……」

 

「さらに言えば、残り10人が登校していないね」

 

「あらら……」

 

 朱雀の補足に玄武は首を捻る。照美が日光に尋ねる。

 

「それでも方針に変更はないのでしょう?」

 

「ああ」

 

「方針とは?」

 

「し、四天王の方々と協力関係を結ぶことです……」

 

 玄武の問いに聡乃が答える。

 

「へえ……それにしても本荘ちゃん、なんでそんなに離れたところにいるのさ? もっとこっちにおいでよ」

 

 ベランダの端に佇む聡乃を玄武が手招きする。聡乃は手を左右に振る。

 

「い、いや、私は安全面を考えてここら辺で……」

 

「あ、安全面ってなに?」

 

「玄武、お前の放つ、そのパリピオーラは陰キャにとってはキツすぎるのだ……」

 

「そ、そんなものを放っているつもりはないけどね」

 

「かくいう俺もわずかではあるがダメージを負っている……日光と名乗る俺にとってもいささか眩し過ぎるのだ」

 

「そ、そうなん?」

 

「笠井君、この手の発言は無視しても一向に構わないわ」

 

「い、良いの?」

 

 照美の言葉に玄武が戸惑う。朱雀が腕を組んで呟く。

 

「話は戻るが、四天王の残り二人を引き入れるのが目的か……」

 

「難しいのか?」

 

 日光が問う。朱雀は笑みを浮かべて答える。

 

「笠井くんがイージーモード、僕がノーマルモードくらいの難易度だとするのなら、それぞれハードモード、ベリーハードモードくらいはあるだろうね」

 

「ちょいちょい、人のことをチョロいみたいに言わないでよ」

 

 朱雀の説明に玄武が苦笑する。朱雀が笑みを浮かべる。

 

「実際そうだっただろう?」

 

「そうだったの? 日光っち」

 

「に、日光っち? う、う~ん、五十歩百歩といったところか?」

 

「だってよ」

 

「な⁉」

 

 日光の答えに朱雀は不満そうな顔を見せる。日光が話を変える。

 

「まあ、それはともかくとしてだ、例のごとく、現状を把握しておこう……」

 

「現状を把握?」

 

「そうだ、玄武。お前の能力は『パリピ』。声や発する音の届く範囲内ならば、ほとんど誰でもテンションを上げることが出来ると……」

 

「そうだね。フロアーを熱く盛り上げることが出来るよ」

 

「フロアー……? とにかく言い換えれば、精神操作系の能力ということだな」

 

「なんだかおっかない言い方をするね、まあ、そういうことなのかもしれないね」

 

「しかし、声や音が届かない範囲だと、その効果は失われると……」

 

「うん、残念ながらね」

 

 玄武が肩をすくめる。日光が話を続ける。

 

「そして、朱雀の能力が『垢バン』。垢……つまりアカウントを所持しており、なおかつ心のやましいことをそのアカウントなどで投稿していたら、そのやましさを突かれ、心身のバランスを崩してしまうと……」

 

「大体、そのとおりだね」

 

「言い換えれば精神干渉系か」

 

「自分の能力のカテゴライズに関してはあまり意識したことがないけど、そういう風に分類されるのかな?」

 

「井伊谷ちゃん、なかなかエグいね~」

 

 玄武が笑う。日光が補足する。

 

「だが、相手がアカウントを所持していなかったり、健全な、または自信を持ってそのアカウントを利用している場合は効果がないと……」

 

「そのようだね」

 

 朱雀が首をすくめる。

 

「どちらも精神に関係する能力だから、強力と言えば強力なのだがな……」

 

「だが?」

 

 日光はやや間を空けて言う。

 

「……微妙な能力といってしまえば、微妙だな」

 

「む……」

 

「まあ、反論出来ないっちゃ、出来ないね~」

 

 日光の物言いに朱雀はムッとし、玄武は笑う。

 

「そういう君はどうなんだい?」

 

 朱雀が日光に問う。照美が代わりに答える。

 

「その日によって変わる左眼の色によって、発現する能力が変わる『中二病』よ」

 

「それだけ聞くとなかなか凄そうなんだけどね」

 

 玄武が腕を組んで耳を傾ける。

 

「現在、確認した限りでは、緑色の時はいわゆる邪気眼系、空も飛べることが出来るわ」

 

「へえ、すごいじゃん」

 

「ただし、二秒だけだけどね」

 

 照美がピースサインを作って、前に突き出す。

 

「あら……」

 

 玄武がややズッコケる。

 

「赤色の時はいわゆるDQN系、やたらと攻撃的な性格になるわ」

 

「心なしか戦闘力が上がっている気がする……」

 

「それはなかなか頼もしいんじゃないかい?」

 

 朱雀が顎を撫でながら呟く。日光がポツリと付け足す。

 

「ただ、長続きしない……」

 

「むう……」

 

 朱雀が軽く天を仰ぐ。照美が説明を続ける。

 

「オレンジ色の時はなんというか……言語系の中二病かしらね。やたらと横文字を使いたがる傾向が見られたわ」

 

「それは……どうなの?」

 

「俺自身もまだ把握しきれてないが、要は小難しい言葉を並べ立てて、相手を煙に巻く……そんな感じだな」

 

「う~ん、それはまた……」

 

 玄武が腕を組んで首を傾げる。照美が続ける。

 

「この間の黄色の時は、サブカル系の中二病。とにかく斜に構えるって感じね」

 

「ス、ステージでも斜めに構えていましたよね」

 

 聡乃が思い出しながら頷く。朱雀が頭を抑えながら問う。

 

「実際、あれは斜めに構えるだけなのかい?」

 

「……今のところはそのようだな」

 

「「……微妙だ」」

 

 朱雀と玄武の声が揃う。日光が声を上げる。

 

「ど、どんな能力も使いようだ! 照美の『プチ炎上』も、聡乃の『陰キャ』も!」

 

「……ん? ねえ、西学生寮のB組棟の方で騒ぎが起こっているらしいわよ!」

 

「なんだと?」

 

 端末を見た照美の言葉に日光が反応する。



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第5話(2)学生寮へ

「しかし……」

 

「ん?」

 

「学生寮があったのだな……」

 

「いや、そりゃあ別にあったっておかしくないでしょう」

 

 日光の呟きに照美が呆れ気味に反応する。

 

「西学生寮とは一体どういうことだ?」

 

「学園から見て東西に学生寮があるの。西側が女子寮、東側が男子寮よ」

 

「なるほど、しかし二つもあるとは……」

 

「能研学園は生徒が全国から集まってきているからね。下宿している生徒などもいるし、必ずしも寮に入るという決まりはないけど……」

 

 照美が歩きながら日光に説明する。

 

「どこにあるのだ?」

 

「すぐ近くよ」

 

「照美、学生寮で騒ぎとはどういうことだい?」

 

「さあ? 詳しいことは何も……」

 

 朱雀からの問いに、照美は首を傾げる。

 

「まあ、女子寮、B組棟ってことは、十中八九、あの子が絡んでいるんじゃないの?」

 

「ああ、それは大いにあり得るだろうね……」

 

 玄武の言葉に朱雀が同調する。日光が首を傾げる。

 

「あの子?」

 

「日光っちのお目当ての子だよ」

 

「お目当てだと?」

 

「それは行ってみてからのお楽しみってことで……」

 

 なおも首を傾げる日光に対し、玄武が笑いかける。朱雀がため息まじりに呟く。

 

「笑い事で済むと良いのだけどね……」

 

「そんなに厄介なのか?」

 

「恐らくね……」

 

 日光の問いに朱雀は肩をすくめる。

 

「あ、あの能力を使っているなら、確かに厄介そうです……」

 

「なにか言ったか? 聡乃?」

 

 日光が離れて歩く聡乃に尋ねる。玄武が苦笑する。

 

「まだ若干の距離を感じるね……」

 

「……見えてきたわ」

 

 照美が前方を指差す。叫び声が聞こえる。

 

「……よって、我々はB組棟の施設改善を要求する!」

 

 積み上げられたバリケードから顔を覗かせ、拡声器を使って叫ぶ、凛々しい顔立ちの女子生徒の姿が見える。白髪のポニーテールが激しく揺れる。

 

「ああ……」

 

「やっぱりね」

 

 朱雀は頭を抱え、玄武は再び苦笑する。日光が照美に尋ねる。

 

「誰だ?」

 

扇原白虎(おうぎはらびゃっこ)さん、出席番号7番……」

 

「! ということは……」

 

「そう、我が2年B組のクラスメイトよ」

 

 照美が頷く。聡乃が補足する。

 

「し、四天王の一角です。『革新派』の筆頭ですね……」

 

「革新派……するとあの女の周りにいる四人もクラスメイトか?」

 

「いいや、違うね」

 

 朱雀が首を振る。玄武が首を傾げる。

 

「二人は3年の先輩だが、残りの二人は見たこと無いね……」

 

「1年生だろうね」

 

「ああ、なるほど」

 

 朱雀の言葉に玄武が納得する。

 

「先輩だけでなく、高等部に上がって間もない後輩までをも引き込むとはね」

 

「そんなことが……」

 

「十分に可能だろうね、彼女の能力ならば」

 

「ああ、確かに……」

 

 朱雀の言葉に照美も納得する。日光が首を捻る。

 

「俺はまだ納得していないのだが?」

 

「まあ、能力についての詳細は省くとして……」

 

「いや、そこを省くな。大事なところだろう」

 

 日光は真っ当に突っ込みを入れる。玄武が笑みを浮かべながら、日光の肩をポンポンと叩いて淡々と呟く。

 

「とにかく、この状況はあまりよくない」

 

「それはどう見ても分かる」

 

「……何より、他学年とはいえ、同じB組の生徒たちと一緒に行動を起こしてしまっている……これはマズい」

 

「む……」

 

「君がどんな絵図を描いていたかは知らないが、先手を取られたようなものじゃないか?」

 

「くっ、しかし……」

 

「しかし?」

 

「拙速に過ぎる。たった5人で何が出来るというのか?」

 

「あの5人が全勢力とは限らないよ」

 

「むう……」

 

「そして、今回のこの抗議活動はジャブのようなものだという可能性が高い」

 

「ジャブ……」

 

「そう、相手が弱みを見せたところで……強烈な一発を!」

 

 玄武が鋭い右ストレートを前方に振るう。日光が呟く。

 

「……叩き込む」

 

「そういうこと」

 

「誰に対してだ?」

 

「そこまでは……ただ、現状を見た限りでは、学園を相手取ろうという腹積もりなのかな?」

 

「それは困るわ!」

 

「照美……」

 

「ただでさえ、目が付けられやすいB組なんだから、こんなところで変に騒ぎを大きくして欲しくないのよ」

 

「……と、クラス長の照美ちゃんは仰せだ」

 

「下手に介入すると、共犯とみなされる恐れもある。ここは静観が賢いと思うが」

 

「おっと、強硬派の井伊谷ちゃんとしては冷静だね~しかし、事態がこのまま大人しく収束するかね~?」

 

「笠井くん、そういう君の意見はどうなんだ?」

 

 朱雀がムッとしながら玄武に問う。玄武は鼻の頭をこする。

 

「穏健派としては、クラス長と副クラス長、照美ちゃんと本荘ちゃんが学園側と話し合っている内に、俺たちであの革新派を落ち着かせるように説得するのがベストかな~と」

 

「わ、私たちも介入するんですね……」

 

「そうよ、聡乃さん、あの扇原さんが主導している以上、2年B組の問題に発展する可能性はなきにしもあらずよ。私たちも無関係のままではいられないわ」

 

「そ、そんな……」

 

「というわけで、行くわよ」

 

 バリケードを挟んで対峙する学園側の職員の方に照美が向かおうとする。

 

「待て!」

 

「え?」

 

「話し合いや説得などまだるっこしい。これは2年B組を誰がまとめるのかという話に関わってくる……俺たちであの革新派を直接止める」

 

「ええっ⁉」

 

 日光はバリケードの前に立って大きな声を上げる。

 

「2年B組の副クラス長、仁子日光だ!」



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第5話(3)微能力の応酬

「なに?」

 

 ポニーテールの女子が再び顔を覗かせる。日光が声をかける。

 

「扇原白虎だな?」

 

「へえ……アンタが噂の転校生か……」

 

「そうだ」

 

「噂以上に……」

 

「良い男か?」

 

「間抜け面をしているな」

 

「な、なんだと⁉」

 

 ムッとする日光を見て、白虎と呼ばれた女子は微笑を浮かべる。

 

「ふふっ……」

 

「くっ、貴様、そこから出て来い!」

 

「あ~あ~ちょい待ち、日光っち!」

 

 玄武が後ろから日光を抑える。朱雀が頭を抑える。

 

「早速引っかかったね……」

 

「! これはこれは井伊谷に笠井のお二人さん……揃いも揃って転校生の靴を舐めたっていう噂はマジだったようだね」

 

「やれやれ、どういう噂が流れているんだか……」

 

 玄武が肩をすくめる。

 

「扇原さん……どう受け取ろうが君の自由だ」

 

 朱雀は冷静に応える。

 

「ケツを舐めた⁉ そ、そんな趣味は無いぞ! 失礼な!」

 

「な、なんでそこで君が激昂するんだ⁉」

 

「しかも酷い聞き間違いだね⁉」

 

 激昂する日光に対し、朱雀と玄武が驚く。

 

「落ち着きなさい! それが彼女の能力よ!」

 

 後からついてきた照美が声を上げる。白虎は珍しそうに呟く。

 

「東か……アンタも与しているとはね」

 

「与しているというかなんというかって感じだけど……」

 

「はあ……はあ……奴の能力とは?」

 

 日光が振り返って、照美に問う。

 

「あ、落ち着いたわね。聡乃さん、説明してあげて」

 

「は、はい……彼女の能力は『煽り』です」

 

「あ、煽りだと⁉」

 

「ええっ、主に言葉で相手の冷静さを失わせることが出来ます」

 

「そ、そうか……だが、それだけで厄介だと言い切れるか?」

 

「いえ、真に厄介なところは……」

 

「おしゃべり中のところ済まないが、何しに来たんだ?」

 

 白虎が日光に尋ねる。

 

「……より良いクラスを作り上げるため、手を貸して欲しい」

 

「はっ!」

 

 日光の言葉を白虎は笑い飛ばす。日光が首を傾げる。

 

「副クラス長としての頼みなのだが……そんなにおかしいか?」

 

「おかしいね! 東たちから何も聞いてないのか⁉ このB組っていうのが、この学園において、どれだけ下に見られているのか……」

 

「それなりに事情は理解しているつもりだ。その上で、俺はこの2年B組を“落ちこぼれ”から“最高の連中”にしようと思っている」

 

「⁉」

 

「その為にはまず、貴様ら四天王の力が必要不可欠だと思ってな」

 

「……本気で言っているのか?」

 

「本気も本気だ」

 

 白虎からの問いに日光は力強く頷く。

 

「……ならばこのバリケードの内側に招待しよう」

 

「それは断る」

 

「なんだと?」

 

「最高の連中を目指すと言っただろう? 学園と余計ないさかいを起こすつもりはない」

 

「はっ、結局日和っているだけじゃないのか⁉」

 

「考え方の相違だ」

 

「さっさと消えな!」

 

「そういう訳にはいかない……聡乃!」

 

「は、はい!」

 

「頼む!」

 

 日光はバリケードの上方を指差す。

 

「! わ、分かりました!」

 

 聡乃は鞭を取り出し、日光の体に巻き付ける。日光が頷く。

 

「よし!」

 

「どりゃあ!」

 

 聡乃が鞭を思い切り振るい、日光の体がバリケードを超え、内側に入ることに成功する。

 

「なっ⁉」

 

 白虎が驚く。着地した日光が声をかける。

 

「その調子で頼む!」

 

「おう!」

 

 聡乃は照美、朱雀、玄武も同じ要領で、バリケードの内側に放り込む。白虎が戸惑う。

 

「なっ、なっ……」

 

「そりゃあ!」

 

 最後に、聡乃がバリケードの上の出っ張りに鞭を引っかけ、自分自身を持ち上げ、バリケードの内側に飛び込んできた。颯爽と着地する彼女を見て、白虎が唖然とする。

 

「ほ、本荘……? まさかこんな能力だったとは……それに人が変わったような……」

 

「『陰キャ』の反動故にな……まあ、それはともかく、どんな能力も使いようだ」

 

「!」

 

「微妙な能力でも構わん、それぞれの能力を出来る限り真っ当に駆使して、俺たちはこの学園にその存在価値を認めさせるのだ。このような立てこもりなどせずにな」

 

「……ないんだよ」

 

「ん?」

 

「その上から目線が気に食わないんだよ!」

 

 白虎が日光を指差す。

 

「それは自分が下だと思ってしまっているからではないか?」

 

「くっ! 頼みますよ! パイセン方!」

 

 大柄な女性二人が白虎の前に出る。

 

「ふん!」

 

 二人の内、一人が素早い動きを見せる。日光が驚く。

 

「は、速い!」

 

「先輩の微能力は『ksk』! その三文字を唱えるごとにスピードが上がる!」

 

「ksk! ksk!」

 

「……『垢バン』」

 

「ks……⁉」

 

 ダッシュしていた女子が倒れ込む。朱雀が笑う。

 

「目に捉えられている内は、僕の射程内さ……」

 

「ちっ! 先輩!」

 

 白虎の呼びかけに応じ、もう一人の女子がゆっくりと進み出る。朱雀が笑みを浮かべる。

 

「そんなゆっくりで良いのですか? 垢バン……」

 

「orz!」

 

「なっ⁉」

 

「ふふっ、先輩の微能力は『orz』! その三文字を唱えると地面に跪いたような姿勢になる! よって井伊谷、お前の垢バンは当たらない!」

 

「くっ……」

 

「それならば……『パリピ』!」

 

「⁉」

 

「テンションアゲアゲでいきましょうよ、パイセン♪」

 

「むっ……⁉」

 

 跪いていた女子が思わず体を起こしてしまう。玄武が声を上げる。

 

「今だ、井伊谷ちゃん!」

 

「ああ!」

 

「ぐっ!」

 

 女子が倒れ込む。白虎が舌打ちする。

 

「ちっ……笠井のパリピでテンションと体を半ば無理やり上げさせて、そこを井伊谷の垢バンで狙い撃ちか……まさかお前らがコンビネーションを使ってくるとはな……」

 

「妙なコンビネーションね……」

 

 照美が正直な感想を小声で呟く。玄武が叫ぶ。

 

「コンビネーションならこいつらの方が上だ! 1年二人、任せたよ!」

 

 白虎の前に小柄な女子二人が進み出る。そのうち一人が朱雀を指差しながら叫ぶ。

 

「『ぬるぽ』!」

 

「⁉ か、体から力が……⁉」

 

 朱雀が体勢を崩したところをもう一人の女子が迫り、殴りかかる。

 

「『ガッ』!」

 

「どはっ⁉」

 

 殴りつけられた朱雀が倒れ込む。白虎が声を上げる。

 

「よし! 次は笠井だ!」

 

「はい! ぬるぽ!」

 

「むっ⁉」

 

「ガッ!」

 

「うわっ⁉」

 

 殴りつけられた玄武が倒れる。照美が戸惑う。

 

「ど、どういうこと⁉」

 

「今度はあなたです! ぬるぽ!」

 

 女子が照美を指差す。照美が片膝をついてしまう。

 

「ち、力が出ない⁉」

 

「ガッ……⁉」

 

 もう一人の女子が照美を殴りつけようとしたが、その体を聡乃が鞭で巻き付けて、動けないようにする。聡乃が声を上げる。

 

「こいつは珍しい連鎖系の微能力だぜ!」

 

「れ、連鎖系⁉」

 

「ああ! だが、こうやって、無理やりにでも連鎖を食い止めちまえば……!」

 

「か、体に力が戻ってきたわ!」

 

「今だ!」

 

「ええ! えっと、『ほどほどにするンゴ』!」

 

 聡乃の指示に応じ、照美が自らを指差した女子に対し、指を差し返す。照美の指から放たれた、赤い気泡が当たり、ほんの一瞬だが、女子の体が炎に包まれる。

 

「むう⁉ あ、熱い⁉ ……いや、熱くない?」

 

 驚いた女子が倒れ込むが、火は消えていた。照美が指を差しながら呟く。

 

「大人しくしていなさい。でないと、今度は本当に火傷するわよ……」

 

「ぐう……!」

 

「あ、東、その能力は……?」

 

「『プチ炎上』って微能力よ」

 

 照美は白虎の問いに答える。

 

「どっせい!」

 

「ぐわっ!」

 

 聡乃によって持ち上げられた女子は地面に叩きつけられて、大人しくなる。

 

「ちょ、ちょっとは手加減した……許せよ」

 

「聡乃さん、この二人の微能力は……?」

 

「片方がぬるぽと言って、指定の相手の自由を奪った隙に、もう片方がガッと言って殴りつける……連鎖系、コンビネーション系の微能力だ……」

 

「な、殴りつけるのは能力なのかしら?」

 

「さあてねえ?」

 

 照美の問いに聡乃が首を傾げる。白虎が愕然とする。

 

「ま、まさか、東だけでなく、本荘まで戦えるとは……」

 

「どんな能力も使いようだと言っただろう」

 

「む⁉」

 

 白虎の正面に日光が立つ。

 

「お仲間は倒れた……この辺で矛を収めるべきだと思うが……」

 

「ま、まだ、アタシがいる!」

 

「諦めも肝心だぞ」

 

「う、うるさい!」

 

「仕方がないな……む⁉」

 

「うおおっ!」

 

 超大柄な女性がバリケードを突破してきた。白虎が顔をしかめながら叫ぶ。

 

「学園側が雇った始末屋か! なんて馬鹿力だ!」

 

「……学園の正規職員でないならば、やりようはあるな! 白虎、手を貸せ!」

 

「な、なにっ⁉」

 

 日光からの呼びかけに白虎が戸惑いを見せる。



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第5話(4)独自の世界観

「ぐおおっ!」

 

 超大柄な女性が太い手足を振り回す。日光と白虎は後方に飛んで、なんとかそれをかわす。日光が改めて白虎に告げる。

 

「白虎、手を貸せ!」

 

「う、うるせえ! 気安く名前を呼ぶんじゃねえ!」

 

「ぬおおっ!」

 

 女性が大きな唸り声を上げる。

 

「あの見るからに強力な奴を黙らせるにはお互いが協力するしかない!」

 

「はっ、うまいことを言ったつもりか!」

 

「貴様のお仲間は動けん! 俺の仲間たちも消耗している! ここは俺と貴様が手を組むしかない!」

 

「くっ……」

 

 白虎が唇を噛む。

 

「このままだと学園側にいいようにされてしまうぞ!」

 

「……のか?」

 

「え?」

 

「何か手はあるのか⁉」

 

「貴様の微能力を使わせてもらう!」

 

「⁉」

 

「どうだ⁉」

 

「分かった!」

 

 白虎が女性の前に立つ。

 

「!」

 

「大した馬鹿力だ……しかし、当たらなければ、単なる馬鹿に過ぎないな」

 

「! うおおっ!」

 

 女性が激怒する。咆哮だけで周囲が軽く振動する。白虎が戸惑い気味に尋ねる。

 

「こ、これで良いのか⁉」

 

「ああ、まずは第一段階突破だ!」

 

「だ、第一段階⁉」

 

「ぶおおっ!」

 

 女性が白虎たちに迫ってくる。白虎が声を上げる。

 

「来た!」

 

「ずおおっ!」

 

「うおっ!」

 

「おっと!」

 

 女性が繰り出したパンチを白虎と日光がかわす。その強烈なパンチは地面に軽くひびを入れるほどのものであった。白虎が舌打ちする。

 

「ちいっ! あんなもの一発でも喰らったらそこで終いだぞ⁉」

 

「そこで第二段階だ!」

 

 日光が女性の懐に飛び込む。白虎が驚く。

 

「なっ、危ないぞ⁉」

 

「白虎、俺を煽れ!」

 

「‼」

 

「速く!」

 

「えっと……『ザッコw』!」

 

「よし!」

 

「⁉」

 

 女性の振り下ろしたパンチを細身の日光が受け止めてみせた。日光が声を上げる。

 

「思ったとおりだ! 白虎、貴様の煽りは味方にとっては力を引き出す言葉になる!」

 

「し、知っていたのか⁉」

 

「いいや! ただの勘だ!」

 

「か、勘⁉」

 

「それ!」

 

「ぐおっ⁉」

 

 日光が押し返し、女性の巨体が転がる。日光が拳を握る。

 

「第二段階突破だ! 次は最終段階だ!」

 

「最終段階⁉」

 

「ああ、要はフィニッシュだ!」

 

「し、しかし……」

 

「なんだ⁉」

 

 日光は白虎の方に振り返る。白虎が言い辛そうに告げる。

 

「力を引き出すと言っても限度がある。アンタの力をマックスまで引き出したとしても、あのデカい女を倒せるとは思えん……」

 

「……」

 

 日光がゆっくりと白虎の方に歩み寄り、じっと顔を見つめる。白虎が戸惑う。

 

「な、なんだ⁉」

 

「俺を見ろ!」

 

「は、はあ⁉」

 

 日光は左眼の眼帯をめくって尋ねる。

 

「俺の左眼は何色だ⁉」

 

「ええっ⁉」

 

「速く答えろ!」

 

「あ、青色だ!」

 

「そうか!」

 

 日光は女性の方に向き直る。倒れていた女性が巨体をゆっくりと起こす。

 

「ぐうう……」

 

「女性に手を上げるのは本意ではない……」

 

「し、紳士ぶっている場合か⁉」

 

「紳士? いいや、俺は『選ばれし星の戦士』だ!」

 

「はああっ⁉」

 

「見ていろ……」

 

 日光が両手を前に突き出す。青い球体のようなものがその両手にそれぞれ発現する。白虎が驚いて声を上げる。

 

「な、なんだ⁉」

 

「喰らえ! 『スモールアースエクスプロージョン』!」

 

「‼」

 

 日光の両手から放たれた二つの球体が女性の体に当たり、遥か後方まで吹っ飛ばす。距離を取っていた、学園側の連中も巻き添えになって倒れ込む。日光が叫ぶ。

 

「ストライク!」

 

「い、いや、ストライクって⁉ 手を上げるのは本意ではないとか言ってなかったか⁉」

 

「そうだ、手を前に突き出しただけだ……」

 

「ア、アンタ、なんなんだ?」

 

「俺は星の戦士だ」

 

「いや、意味が分からん……」

 

 首を傾げる白虎に対し、照美が声をかける。

 

「彼は……『中二病』という微能力者なの」

 

「中二病……⁉」

 

「恐らくだけど、今回のは独自の世界系の中二病ってところね……」

 

「今回のはって……色々バリエーションがあるってことか?」

 

「鋭いわね、その通りよ」

 

「! はっはっは!」

 

 白虎が笑い声を上げる。正気に戻ったらしい日光がそれに気づく。

 

「……どうかしたのか?」

 

「仁子日光……アンタなら本当にこのクラス、いや学園までも変えてしまうかもしれないな。扇原白虎、アンタの活動に協力させてもらおうじゃないか」

 

「そうか、それは心強い……」

 

 日光と白虎が爽やかに握手を交わす。照美が向こうの様子を伺う。

 

「吹っ飛ばした学園側の人たち、大丈夫かしら……あ、引き上げていったわね……」



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第6話(1)張り合う人達

                  6

 

「数日経ったけど、学生寮の件は何も言われないわね……」

 

 ある日の朝、教室の後方で照美が呟く。日光が反応する。

 

「始末屋まで動員して、何の成果も得られなかったのだ。学園側としてもあの騒ぎは無かったということにしたいのではないか?」

 

「それってまるで隠蔽じゃないのよ」

 

「そうだな」

 

「そうだなって……」

 

「こちらもバリケードを即座に撤去したりしたからな、隠蔽工作はお互い様だ」

 

「まあ、黙っているのが吉ってことだよ~♪」

 

 玄武が笑顔で語る。

 

「たとえ何らかの処分が下るとしても、主に煽動した誰かさんだろうからね」

 

 朱雀が淡々と語る。

 

「ちょっと待てよ、随分冷たくねえか?」

 

 白虎が不満そうに口を開く。朱雀が呆れ気味の視線を向ける。

 

「自業自得じゃないか……」

 

「学生寮のB組棟はボロっちいからさ、改善を要求しただけだぜ?」

 

「なぜそれが大規模なバリケード設置という事態にまでなるんだい?」

 

「ちょいとばかりエスカレートしちゃったんだよ」

 

 白虎が肩をすくめる。

 

「『煽り』という能力が暴走したのか……」

 

「そういうことになるかな」

 

 白虎の言葉に朱雀がため息をつく。

 

「はあ……能力のコントロールもままならんとは……とても四天王の一人とは思えないな」

 

「おっ、煽ってきている? アタシを相手に随分と良い度胸しているじゃないか、井伊谷」

 

「僕は煽りなど、いちいち回りくどいことはしない」

 

「言うねえ、偉くなったもんだ、いつぞやみたいに泣かされたいかい?」

 

 白虎がニヤリと笑う。朱雀がムッとする。

 

「泣かされたことなどない!」

 

「おっとっと、ちょい落ち着いて井伊谷ちゃん、楽しくガールズトークしようよ~」

 

「笠井くん……君はガールではないだろう」

 

「あっ、そうだけどね。まあ、細かいことは置いておいて……こうして久々に顔を合わせたんだから、もっと前向きな話をしようよ♪」

 

 玄武が右手の親指を立て、人差し指を前に突き出す。白虎が首を捻る。

 

「前向きな話ね……」

 

「そうそう、テンションアゲアゲな話でも良いよ~?」

 

「アゲアゲだと? 笠井、お前さんは相変わらずわけのわからんことを……」

 

「相変わらず? 変わってないってことだね、前向きに受け取っておくよ♪」

 

「前向き過ぎるだろう……」

 

 白虎が頭を軽く抑える。玄武は少し離れて立っている聡乃に語りかける。

 

「なんか話題ない? 本荘ちゃん」

 

「ええ⁉」

 

「いやいや、そんなに驚かなくても」

 

「こ、ここで皆さんを楽しませるような絶妙なトークをするのは陰キャの私にとってはあまりにもハードルが高すぎます……」

 

「難しく考え過ぎだって~」

 

「ま、前向きな話をするのであれば、お三方の影響で登校される方が増えました……」

 

「それは確かにポジティブな話題ね」

 

 照美が頷く。白虎が笑みを浮かべながら尋ねる。

 

「クラス長としても一安心ってところかい?」

 

「ええ、あなたたちには頭を悩まされてきたから……」

 

「おっと、東も煽るね~」

 

「煽りじゃなくて事実よ」

 

 照美がジト目で白虎を見つめる。聡乃が慌てて声を上げる。

 

「と、とにかく!」

 

「うわっ、びっくりした。本荘ちゃん、いきなり大声を上げないでよ~」

 

 聡乃の大声に玄武が驚き、耳を軽く抑える。聡乃が頭を下げる。

 

「す、すみません、陰キャ故に声のボリューム調整が下手くそで……」

 

「とにかく……なんだよ?」

 

 白虎が尋ねる。

 

「こ、こうして四天王の皆さんが日光さんに対して協力してくれるというのは、大変良い傾向なのではないかと……」

 

「ふむ……」

 

 日光が深々と頷く。白虎が口を開く。

 

「いや、ふむ……じゃないぜ」

 

「ん?」

 

「日光よ……こういうのは初めにはっきりとしておこうじゃねえか」

 

「な、何をだ?」

 

「決まっているだろう、この三人の内、誰が一番かってことだよ」

 

「い、一番だと⁉」

 

「ああ、そうだ」

 

 戸惑う日光に対し、白虎が頷く。

 

「い、いや、皆、俺にとっては大事な眷属であり……」

 

「眷属になった覚えは無いのだけど」

 

 朱雀が冷ややかに否定する。

 

「いや、その同志としてだな……」

 

「いやいや、そんなお堅い感じではないでしょう?」

 

 玄武が笑みを浮かべながら否定する。

 

「いや、あれだ、その仲間としてだな……」

 

「仲間っていうのも若干距離を感じるよな~」

 

 白虎が両手を大げさに広げて首を左右に振る。日光が黙り込む。

 

「む……」

 

「もっと、なにかこう……あんじゃねえのか?」

 

 白虎が首を傾げる。日光はかなり恥ずかしながらも、意を決して、その言葉を口にする。

 

「いや、つまり、あれだ、その……と、友達としてだな!」

 

「友達! 頂きました!」

 

「友達って言うのを一番恥ずかしがるなんて。どういうことだよ」

 

 玄武と白虎が笑う。

 

「むう……」

 

「扇原さんにうまく煽られてしまったわね……」

 

 顔を赤くする日光を見て、照美が微笑を浮かべる。

 

「じゃあ、誰が一番の友達かってことだけど……それはアタシ、扇原白虎だよな?」

 

「え?」

 

 白虎の問いに日光が戸惑う。白虎はクラスを見回しながら話す。

 

「見ての通り『革新派』に与する生徒も何人か登校するようになったぜ、これはアタシの手柄だろう、間違いなく」

 

「その革新派の生徒が間違いなく日光くんに与するかどうかはまだ不透明だよ」

 

「ん……」

 

「四天王の中で最初に旗色を鮮明にした僕、井伊谷朱雀が一番にふさわしいと思う」

 

「順番の問題じゃないんだよ、井伊谷ちゃん~」

 

「? どういうことだ、笠井くん?」

 

「俺と日光っちは歓迎会でのダンスを通じて心を通わせた……いわゆるソウルメイトってやつさ、この絆は誰にも壊せないよ~?」

 

「ソウルメイトなんてむしろ胡散臭いじゃねえか。ともに力を合わせて、学園側の横暴に立ち向かったアタシが一番だろう?」

 

「やれやれ……久々に登校してみたら、一体何の騒ぎです?」

 

「⁉」

 

 教室に青髪の長身の生徒が入ってきた。



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第6話(2)優れているのは誰か

「き、君は!」

 

 朱雀が驚きの声を上げる。長身男子は丁寧にセットされた髪をさっとかき上げる。端正なルックスをほころばせ、輝く白い歯をのぞかせる。

 

「やあ、井伊谷さん、お久しぶりです」

 

「まさかアンタが登校してくるとはね……」

 

「嫌だな、扇原さん、私もまだ学生ですよ」

 

「君がここで動くとは予想外だよ」

 

「笠井君、なんの予想ですか?」

 

 男子は井伊谷たち三人と会話をかわす。そして、自分の席につこうとした男子の前に日光が立ちはだかる。照美が慌てる。

 

「ちょ、ちょっと……」

 

「? どちら様ですか?」

 

「このクラスの副クラス長をやっている、仁子日光だ……」

 

「ほう、貴方が……」

 

「見たところ、只者ではないようだ、名前は?」

 

「ああ、これは失礼。私は出席番号24番、本郷青龍(ほんごうせいりゅう)と申します。以後お見知りおきを……」

 

「本郷……」

 

 日光は後ろに立つ聡乃に視線をやる。聡乃が小声で耳打ちする。

 

「お、お察しの通り、四天王最後の一人で、『保守派』のリーダー格です」

 

「ふむ……」

 

「なにか気になることでも?」

 

 既に席についた青龍は日光に尋ねる。日光はやや間をおいて口を開く。

 

「……ここまで来たんだ、まだるっこしいことはやめよう……」

 

「え?」

 

「本郷青龍、お、俺の、と、友達になれ!」

 

「なんでそんなに照れるのよ……」

 

 照美が頭を抑える。青龍の答えは意外なものであった。

 

「いいですよ」

 

「そうか……ええっ⁉ い、いいのか⁉」

 

「ええ」

 

「そ、そうか……」

 

「ただ……なにか狙いがあるのでしょう? その勧誘には」

 

 青龍が笑顔をたたえながら、鋭い声色で日光に問う。日光は戸惑いながら答える。

 

「そ、そこに気がつくとは流石だな、俺はこの2年B組をより良いクラスにしたいと思っているのだ。その為の活動に力を貸して……」

 

「お断りします」

 

「そうか……って、ええっ⁉」

 

 日光が驚く。青龍が笑顔で繰り返す。

 

「ですから、お断りします」

 

「な、何故だ⁉」

 

「単刀直入に申し上げますと……」

 

 青龍が立ち上がる。長身かつがっしりとした肉体に日光は気圧される。

 

「む……」

 

「このクラスは私にはふさわしくないということです」

 

「なっ、なっ⁉」

 

「日光君、ホームルームが始まるわ、お話しの続きは後にしましょう」

 

 照美が唖然とする日光を席に座るように促す。

 

「……さて、次は移動教室ですか……ん?」

 

 席を立った青龍の前に白虎、朱雀、玄武の三人が立ちはだかる。

 

「え……」

 

「おいおい……」

 

 周囲のクラスメイトたちもざわつく。青龍が冷静に尋ねる。

 

「お三方お揃いでなにか御用ですか?」

 

「本郷、お前さんにはお前さんなりの考えがあるようだが……」

 

「はあ……」

 

 白虎の睨みつけるような視線に対して、青龍は肩をすくめる。

 

「このクラスは自分にはふさわしくないとは随分とまた大きく出たじゃないか」

 

「事実ですからね」

 

 朱雀の言葉に青龍は頷く。

 

「それが事実かどうか検証しようよってことでね♪」

 

「検証?」

 

 玄武の発言に青龍は首を傾げる。白虎が声を上げる。

 

「そうだ! 同じこの2年B組の四天王……誰が優れているのかをな!」

 

「検証するまでもないでしょう」

 

「なに?」

 

「私がトップだということは揺るぎありません」

 

 青龍が髪をかき上げる。白虎が顔をしかめる。

 

「こ、この……言ってくれるな……」

 

「~♪ すごい自信だね」

 

 玄武が口笛を鳴らす。青龍はため息交じりに呟く。

 

「まあ、それで皆様の気が済むのならお好きにどうぞ……」

 

「まずは僕だ!」

 

 朱雀が一歩前に進み出る。青龍が苦笑する。

 

「まずは、と言っている時点でどうかと思いますが……」

 

「う、うるさい! 本郷くん! 昨年度のバレンタインデー、チョコはいくつもらった⁉ 僕は用意していた紙袋が数袋分パンパンになるほどだったよ。人気者は辛いね……」

 

「用意していたんだ……」

 

 玄武が苦笑する。青龍が端末を取り出して画面を表示させる。

 

「数などを言うのは野暮ですので、これくらいですね……」

 

「⁉ け、軽トラック数台分⁉」

 

「手配するのが大変でした」

 

「ま、負けた……」

 

 朱雀が肩を落とす。白虎が一歩進み出る。

 

「本郷よ、そうやって丁寧にセットされた髪、ほのかに匂う香水、鍛え上げられた肉体……なかなか良いと思うぜ」

 

「ありがとうございます」

 

「しかしな……」

 

「はい?」

 

「お前さん、モテたくてモテたくて必死過ぎやしないか? 意外とアレだろ? ガキの頃はぽっちゃりした体型でモテなかったタイプだろう?」

 

「……」

 

「ふん、図星か?」

 

「……幼少期の頃についてはご想像にお任せしますが、周囲の方々に好感を持って頂く、不快感を与えないように、日々の努力は怠っていないつもりです」

 

「む……」

 

 青龍は白い歯を見せて、ニカっと笑う。白虎が顔をしかめる。

 

「煽りを受け流した……⁉」

 

 朱雀が驚く。玄武が一歩進み出る。

 

「青龍っち~テンション上がっている~?」

 

「まあ、それなりには……そうでないと失礼ですからね」

 

「失礼?」

 

「体が大きい私が沈んでいたら、周囲の方々に余計な心配をかけてしまいますから……」

 

「む、むう……」

 

 玄武が黙る。その様子を見ていた聡乃が感嘆とする。

 

「し、四天王の三人が圧されています……」

 

「イケメンぶり、女性への気遣い、余裕ある振る舞い、流石『スパダリ』の微能力者ね……」

 

 聡乃の隣で照美が深々と頷く。



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第6話(3)マウントからの急展開

「もういいですか? 次は移動教室ですから。皆さんも遅れないように」

 

 青龍は颯爽とその場を去る。聡乃が照美に問う。

 

「に、日光さんは本郷さんを引き入れることが出来るのでしょうか?」

 

「さあね……私たちも急ぎましょう」

 

 調理実習室に向かうと、本郷の席の近くに日光が立っている。本郷が首を傾げる。

 

「あの……貴方と私は違う班ですが?」

 

「本郷青龍……」

 

「はい」

 

「俺は自慢じゃないが、中学の時、全国統一模試で100位台に入ったことがある!」

 

「え、ええ⁉」

 

「突然の成績マウント⁉」

 

 聡乃と照美が戸惑う。日光が見せた端末の画面を見た青龍がフッと微笑む。

 

「ああ、その模試でしたら、私は二桁順位でしたよ」

 

「なっ⁉」

 

 日光が愕然とする。照美が頭を抑える。

 

「三桁順位でなんでイケると思ったのよ……」

 

「お、俺は中学一年生の時、既に身長160センチ台はあった!」

 

「え、えええ⁉」

 

「昔の身長でマウント⁉」

 

 聡乃と照美が再び戸惑う。青龍も流石に戸惑い気味に答える。

 

「あ、ああ……私は中一の頃には170センチ台でしたが……」

 

「なっ……!」

 

 日光が唖然とする。照美が俯く。

 

「現在は身長差だいぶあるし、過去上回っていたとして、それが何になるのよ……」

 

「う、ううむ……!」

 

「え、ええ……」

 

「マウント取る材料が尽きたの?」

 

 聡乃と照美がある意味戸惑う。青龍が思い出したかのように告げる。

 

「ああ、ちなみに私はデイトレーダーをやっておりまして……」

 

「!」

 

「毎月これくらいの収入があります」

 

「‼」

 

 青龍が表示した端末の画面を見た日光は驚く。

 

「まあ、自慢するほどのことではありませんが……」

 

「なっ……」

 

 日光が呆然とする。照美が膝に手をつく。

 

「もう見ていられないわ……」

 

「に、日光さん、呆然と立ち尽くしていますね……」

 

「学歴・身長・収入でマウントを取られてしまったからね……」

 

「ど、どうするんでしょう?」

 

「さあ?」

 

 聡乃の問いに、体勢を戻した照美が首を傾げる。

 

「……まだだ」

 

「え?」

 

 日光の呟きに照美をはじめ、周囲の視線が集まる。

 

「まだだ! まだ勝負はついていない!」

 

「勝負をしていたつもりはないのですが……」

 

 日光の言葉に青龍が困惑した様子で答える。

 

「これからだ、本当の勝負は!」

 

「こちらの言葉は無視ですか……」

 

「今から何が行われる?」

 

「え? 調理実習ですが……」

 

「そうだ!」

 

「そ、それが何か?」

 

 青龍の問いに日光は腕を組んで頷く。

 

「ふむ、なかなか良い質問だ」

 

「質問というか、疑問ですが……」

 

「これから俺と貴様で料理対決を行う!」

 

「ええっ?」

 

「どちらがより審査員の舌を満足させられるかで勝負だ!」

 

「い、いや……」

 

「どうした? 驚いて声も出ないか?」

 

「そ、そうですね、あまりにも展開が急過ぎて……」

 

 日光の問いに青龍が頷く。

 

「料理は三品まで、何を作ってもいい」

 

「は、話を強引に進めますね……」

 

「なんだ、逃げるのか?」

 

「! いいえ、受けて立ちましょう」

 

 青龍が日光を見つめる。日光が笑う。

 

「そうこなくてはな」

 

「ちなみに審査員はどなたですか?」

 

「この三人に頼む」

 

 日光が朱雀、玄武、白虎を指し示す。青龍が首を捻る。

 

「……公平さに欠けませんか?」

 

「審査は公平に行ってもらう。俺にもプライドがあるからな」

 

「プライド、まだ残っていたのね……」

 

 照美が小声で呟く。日光が声を上げる。

 

「それではあらためて……料理対決だ!」

 

「あの~盛り上がっているところ悪いんだけど……」

 

「どうかしたんですか、先生?」

 

 照美が調理実習担当の教師に尋ねる。教師は言い辛そうに説明する。

 

「こちらの手違いで、食材のストックがほとんど無いんだよね……」

 

「えっ⁉」

 

「こんな具合で……」

 

「こ、これでは、出来る料理なんてたかが知れているわ……」

 

 教師が指し示した食材を見て、照美が啞然茫然とする。

 

「……問題ありませんよ」

 

「本郷君⁉」

 

「料理に取り掛かります」

 

 青龍が調理を始める。手際良く料理を完成させていく様に照美たちは驚く。

 

「こ、これは……⁉」

 

「……出来ました」

 

 テーブルに三品の料理が並ぶ。照美が問う。

 

「本郷君、これらの料理は?」

 

「世界三大料理と言われる、フランス料理からキッシュ、中華料理からチャーハン、トルコ料理からケバブです」

 

「せ、世界三大料理……」

 

「さあ、お召し上がりください」

 

「うん、このキッシュは美味しい!」

 

「こんなチャーハン、どんな町中華でもまず食べられないよ!」

 

「ケバブの肉厚ぶり、最高だぜ!」

 

 朱雀、玄武、白虎は口々に青龍の料理を絶賛する。

 

「あ、あれだけの食材からあっという間にこれだけの料理を……」

 

 聡乃が感嘆とする。照美が呟く。

 

「これが『スパダリ』の能力が成せる業……」

 

「……俺の番だな」

 

「日光君⁉」

 

 日光の言葉に照美は驚く。



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第6話(4)反王道を往く

 

「さて……」

 

「ま、待って!」

 

「なんだ、照美?」

 

「どうするつもりなの⁉」

 

「料理をするつもりだ」

 

「今の本郷君の料理を見ていなかったの⁉」

 

「もちろん見ていたさ、敵ながら見事なものだ」

 

 日光がうんうんと頷く。

 

「状況が分かっているの⁉」

 

「どういうことだ?」

 

「ここで下手な料理を作ったって、恥の上塗りになるだけよ!」

 

「か、勝手に下手だと決めつけるな! そ、それになんだ、恥の上塗りって! もう既に恥をかいたみたいに言うな!」

 

「出来るの、料理?」

 

「出来なかったら対決など持ちかけない……」

 

「で、でも……」

 

「ちょっとどいてくれ……」

 

 日光が青龍に歩み寄る。

 

「?」

 

「……」

 

「!」

 

 日光が眼帯をめくり青龍に尋ねる。

 

「俺の左眼は何色だ?」

 

「え?」

 

「教えてくれ」

 

「茶色ですね」

 

「そうか、分かった」

 

 日光は調理台に向かい、調理を始める。照美が心配そうに見つめる。

 

「だ、大丈夫なのかしら……」

 

「ふん……!」

 

「‼」

 

「それ!」

 

「なっ⁉」

 

「どうだ!」

 

「こ、これは……」

 

 日光の調理に青龍、照美、聡乃が驚く。

 

「……出来たぞ」

 

 テーブルに三品の料理が並ぶ。照美が尋ねる。

 

「こ、これはどこの料理なの……?」

 

「まずこれはウズベキスタン料理のプロフだ……」

 

「ウ、ウズベキスタン……」

 

「朱雀、食べてみろ」

 

「わ、分かったよ……」

 

 朱雀がプロフを口にする。日光が問う。

 

「どうだ?」

 

「! うん、見たところ、ただの焼き飯かと思ったが、甘いね!」

 

「味のアクセントとして、レーズンが入っているからな」

 

「レーズンか、なるほど!」

 

「次はこれだ、エジプト料理のコシャリ……」

 

「エ、エジプト……」

 

「玄武、食べてみろ」

 

「い、いただきます……」

 

 玄武がコシャリを口に運ぶ。日光が聞く。

 

「さあ、どうだ?」

 

「! トマトソースがとても良いスパイスになっている混ぜご飯だね!」

 

「日本人のエジプト旅行の思い出ベスト3で多いのが、『ピラミッド・スフィンクス・コシャリ』らしいぞ。まあこれは余談だが」

 

「そうなんだ……」

 

「お次はこれだ、南米料理のエンパナーダ……」

 

「な、南米……」

 

「白虎、食べてみろ」

 

「あ、ああ……」

 

 白虎がエンパナーダを食する。日光が尋ねる。

 

「……どうだ?」

 

「! さくさくした皮の中から肉のジューシーな香りが漂ってくる!」

 

「南米では国や地域ごとに様々な具材を使っているようだな」

 

「そうなのか……」

 

「さて……判定は?」

 

 日光が三人に問いかける。

 

「うむ……」

 

「悩みどころだね~」

 

「う~ん……」

 

「どちらだ?」

 

「日光くんだね」

 

「日光っちに一票」

 

「日光だ」

 

 三人はほぼ同時に答えた。日光が頷く。

 

「俺の勝ちだな」

 

「……それだけの腕がありながら、なぜ日本ではマイナーな料理を?」

 

 青龍が首を傾げる。照美が口を開く。

 

「恐らくだけど……反王道系を往く中二病が発動したってところね」

 

「中二病……なるほど、それが貴方の微能力か」

 

「ああ」

 

 青龍の言葉に日光が頷く。

 

「こうしちゃいられないわ! 私たちもカンボジア料理を作りましょう!」

 

「俺たちはウクライナ料理だ!」

 

「⁉」

 

 クラスメイトたちがおもむろに動き出したことに青龍が驚く。

 

「こ、これは、皆さんに影響を与えた……? 能力の副作用?」

 

 聡乃が分析する。周囲を見回して青龍が頷く。

 

「皆が高め合っている……。ふむ、どうやら私の完全な負けのようです」

 

「ほ、本郷君?」

 

 青龍の敗北宣言に照美が戸惑う。

 

「私の微能力では、自分ばかりが恩恵を受け、周囲に影響を及ぼすことなど到底出来ません。故に微妙な能力の域を出ない……」

 

 淡々とした青龍の言葉に日光が答える。

 

「そんなこともないだろう。どんな能力も使いようだ」

 

「! そのように考えたこともなかった……。貴方は己だけでなく、周囲も引き上げることが出来る人物のようだ……このクラスが私にとって過ぎたるものになるかもしれませんね」

 

「買いかぶりかもしれんぞ」

 

 日光が苦笑する。青龍が静かに首を振る。

 

「いえ……この本郷青龍、貴方の活動に力を尽くしましょう」

 

「そうか、それは非常に心強い……」

 

 日光と青龍がガッチリと握手を交わす。

 

「おい! うちはトリニダード・トバゴ料理を作ろうぜ!」

 

「わたしたちはエチオピア料理を作りましょう!」

 

「高め合っているというか、皆ただ単に面白がっているだけのような……まあ、いいか」

 

 周囲を見回した照美は余計なことは言うまいと決めた。

 

 



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第7話(1)そこに三兄妹がいるでしょう?

                  7

 

「あ、おはよう、日光君」

 

 朝の通学中、照美が日光に声をかける。日光が振り向いて答える。

 

「ふっ、覚醒には未だ至らず……」

 

「……まだ眠いってことね、睡眠はちゃんと取りなさいよ」

 

「毎夜研鑽に勤しんでいるのでな……」

 

「何の研鑽よ?」

 

「ふふっ、知りたいか?」

 

「いや、いいわ。どうせろくでもないことでしょうし」

 

「ろ、ろくでもないとはなんだ!」

 

「あ、おはよう、聡乃さん」

 

 照美は日光を無視して、聡乃に声をかける。

 

「あ、お、おはようございます……」

 

「こんな時間に会うとは……早いな、聡乃」

 

「い、いや、別に普通の時間帯だと思いますけど……」

 

「聡乃さん、こいつの言うことはある程度無視していいわよ」

 

「は、はあ……」

 

 聡乃が苦笑を浮かべる。

 

「あ、ある程度とはなんだ! ふあ……」

 

 日光があくびをする。聡乃が尋ねる。

 

「に、日光さん、眠そうですね」

 

「夜更かししていたのよ」

 

「研鑽だ」

 

「同じことでしょう」

 

 日光の言葉を照美が軽くあしらう。

 

「ふん……まあ、今後を考えると、胸が高鳴ってなかなか眠れないということもある……」

 

「今後? クリスマスは大分先よ?」

 

「誰がサンタクロースを楽しみにしているといった」

 

「違うの?」

 

「違う」

 

「そう」

 

 照美は笑う。聡乃が口を開く。

 

「し、四天王の皆さんを味方に引き入れることが出来ましたからね」

 

「そういうことだ」

 

 聡乃の言葉に日光は頷く。照美が手を軽く叩く。

 

「あ~そういえばそうね」

 

「そういえばって、随分と軽いな」

 

「まさか本当に協力関係を築くことが出来るとは思わなかったわ」

 

「ふっ、俺にかかれば容易いことだ……」

 

 日光が大げさなポーズをとる。照美は特にそれには反応せず、話を進める。

 

「クラスの出席率がかなり良くなってきたわね」

 

「そ、そうですね、3~4割くらいだったのが7~8割くらいにはなってきました」

 

「クラス長としては喜ばしい限りだわ」

 

「や、やはり、四天王の皆さんの影響力は大きいですね」

 

「そうね」

 

 聡乃の言葉に照美は同意する。日光が笑みを浮かべて呟く。

 

「この調子ならば、クラスをより良い方向に進めていくという目的も、思ったより簡単に達成出来そうだな……」

 

「いや~それは果たしてどうかしらね?」

 

 照美が首を傾げる。日光が問う。

 

「どういうことだ? なぜ疑問視する?」

 

「主な理由は大きく分けて二つあるわ」

 

 照美が右手でピースサインを作る。日光が首を捻る。

 

「二つ?」

 

「まず一つ目は、四天王といえども……っていうことよ」

 

「? どういう意味だ?」

 

「あまり言いたくないのだけれど……」

 

 照美は自らの唇を人差し指で抑える。

 

「そこまで言ったのなら言え」

 

 日光が話の続きを促す。照美が渋々口を開く。

 

「えっと……いくら四天王といえども、所詮は『微能力者』たちってことよ」

 

「ふむ……」

 

「微妙な能力よ、どうするの?」

 

「いつも言っている。どんな能力も使いようだ」

 

「そうは言うけれどもね……」

 

「……そういえばどんな能力だったかな?」

 

 日光が首を傾げる。照美がズッコケそうになる。

 

「把握してないんじゃないの……」

 

「い、井伊谷さんが『垢バン』、複数のアカウントを所持している人の心の闇を突く能力です。笠井さんが『パリピ』、簡単に言えば、周囲のテンションを上げる能力……扇原さんが『煽り』、言動によって、相手のペースを乱します。翻って味方のモチベーションアップを行える能力です。本郷さんが『スパダリ』、何事もほぼ完璧にこなします……」

 

「……なるほど、揃いも揃って微妙だな」

 

 聡乃の説明を聞いて、日光は深々と頷く。聡乃が戸惑う。

 

「い、いや、それを認めてしまっては……」

 

「それでよく四天王になれたな、あの四人は……」

 

「まあ、基本的なスペックがそもそも高いというのもあるけれどね」

 

 照美が呟く。

 

「なるほどな」

 

「で? どうやって下克上を成し遂げるの?」

 

「まあ、その辺は追々考える……」

 

「追々って……」

 

 照美が呆れる。日光が尋ねる。

 

「もう一つはなんだ?」

 

「ああ……確かに四天王の影響力はあるけど、それだけで必ずしもクラスの全体があなたになびくとは限らないということよ」

 

「ほう……」

 

 日光が腕を組む。

 

「物事はそう単純ではないということよ……」

 

「おはようございます」

 

 日光たち三人が校門を抜け、B組の校舎に向かっている背中に地山が声をかける。照美が振り返って応える。

 

「ああ、先生、おはようございます」

 

「三人お揃いでちょうど良かったわ」

 

「ちょうど良かった?」

 

「ええ、あなたたちのクラス運営に不満を持つ生徒たちが来てね……」

 

「ほら日光、早速おいでなすったわ……って、わ、私たちもですか⁉」

 

 照美が驚いた表情で地山に問う。地山が頷く。

 

「ええ、貴女と本荘さんも含めてよ」

 

「だ、誰が……?」

 

「私の後ろにいますよ」

 

 地山が自分の後ろに向かって顎をしゃくる。そこには三人の顔がそっくりな男女が立っていた。照美が顔をしかめる。日光が顎に手を当てる。

 

「む……」

 

「あれは……」

 

「そこに三人の大城戸(おおきど)三兄妹がいるでしょう?」

 

 地山が微笑を浮かべる。



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第7話(2)効率の良さ

「大城戸三兄妹……」

 

「三つ子か……」

 

 日光が呟くと同時に、三つ子の一人、やや青みがかった髪色の男子が前に進み出る。

 

「ふん、お前らには言いたいことがある……」

 

「誰だ?」

 

 日光の問いに、男子がコケそうになる。照美が日光に呆れた視線を向ける。

 

「クラスメイトのことくらい覚えなさいよ……」

 

「そ、そうは言ってもだな……」

 

「お、俺は出席番号9番、大城戸蒼太(おおきどそうた)だ!」

 

「ふむ……」

 

「お、お前らには言いたいことがある!」

 

 蒼太は日光たちをビシっと指差す。日光が首を捻る。

 

「なんだ?」

 

「お前らにはクラス長や副クラス長は任せられんということだ!」

 

「!」

 

「よって、お前らに勝負を申し込む!」

 

「勝負だと?」

 

「ああ、そうだ」

 

「クラス長などの座をかけてか?」

 

「そうだ」

 

「よし、受けて立とう!」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

 日光の言葉に照美が慌てる。日光が首を傾げる。

 

「どうした?」

 

「どうしたじゃないわよ! なにをそんなに簡単に受けて立っちゃっているのよ!」

 

「向こうの眼差しを見ろ……」

 

 日光が大城戸三兄妹を指し示す。

 

「え?」

 

「とても穏便に話し合おうというような雰囲気ではないぞ?」

 

「……」

 

「そ、それはそうかもしれないけれど、クラスメイト同士で争うだなんて……」

 

「争うこと、厳しく切磋琢磨することによって得られるものもある!」

 

「……あるの?」

 

「……多分」

 

「多分って!」

 

「さあ、勝負とはなんだ⁉」

 

「勝手に話を進めないでよ!」

 

「どんと来い!」

 

「ノリノリね!」

 

 日光と照美のやり取りを見ながら蒼太がフッと笑う。

 

「勝負は一対一で行う……」

 

「なるほど、ちょうど三人ずついるからな」

 

「え⁉ わ、私も頭数に入っているんですか⁉」

 

 聡乃が驚く。日光が頷く。

 

「当然だ。副クラス長なのだからな」

 

「そ、そんな……」

 

 聡乃が唖然とする。蒼太が声を上げる。

 

「大城戸三兄妹の長兄として……東照美!」

 

「え⁉ わ、私⁉」

 

「貴様に勝負を申し込む!」

 

「女に勝負を申し込むとは……」

 

「長兄として……どうなの?」

 

 日光と照美が渋い表情になる。蒼太がぶんぶんと手を振る。

 

「長兄が担うべきはクラス長! よって挑む相手は自ずと貴様になるだろう!」

 

「だからといって……」

 

「安心しろ! 別に殴り合いをしようというわけではない!」

 

「え?」

 

「勝負は……これだ!」

 

 蒼太が指し示した先には、大量の落ち葉があった。照美が首を傾げる。

 

「落ち葉?」

 

「用務員さんに頼んで、とっておいてもらった、ここ数日分の落ち葉だ!」

 

「そ、それをどうするの?」

 

「逆に問う! 東! これほどの量の落ち葉を見つけたらどうする⁉」

 

「え、そ、それは、掃除するわね……」

 

 照美は戸惑いながら至極真っ当な答えを述べる。

 

「そうだ、掃除だ!」

 

「……だから何よ」

 

「貴様と俺でお掃除対決だ!」

 

「お、お掃除対決?」

 

「この大量の落ち葉をいち早く処分出来た方が勝ちだ!」

 

「か、勝ちって……」

 

「勝った方がクラス長ということでいいな⁉」

 

「分かった! いいだろう!」

 

「に、日光君! だから勝手に決めないでよ!」

 

「要は勝てばいいのだ」

 

「そうは言っても……」

 

「よし、箒とちりとりを持って……掃除開始だ!」

 

「こ、こんな大量の落ち葉、どうすれば……」

 

 照美が箒とちりとりを持ちながら頭を抱える。蒼太が笑う。

 

「先に決めさせてもらう!」

 

 蒼太が右手を掲げると、大量の箒とちりとりが出現する。照美が驚く。

 

「ええっ⁉ 箒とちりとりが増えた⁉」

 

「見たか! これが俺の微能力、『コピペ』だ!」

 

「コ、コピペ⁉」

 

「箒を大量に『コピー』し、そこら中に『ペースト』する!」

 

 落ち葉を囲むように箒とちりとりが設置される。聡乃が困惑する。

 

「お、落ち葉を集めやすくなっている⁉」

 

「そういうことだ! この勝負もらった!」

 

「⁉」

 

「まずこちらを集めて……次はこちらだ! ……お次はこっちだ!」

 

「え……?」

 

 蒼太が一組ずつ箒とちりとりを使って落ち葉を集め、次の場所に移動しているのを見て、照美があっけにとられる。蒼太が汗を拭う。

 

「ふう! これはなかなか骨が折れるな!」

 

「えっと……」

 

「どうした東! このままだと俺の圧勝だぞ⁉」

 

「……『小火にならない程度にするンゴ』」

 

「ぬおっ⁉」

 

 照美が火を放ち、落ち葉をあっという間に焼却する。

 

「処分って言っていたから……これでも良いのよね?」

 

「そ、そんな能力を持っていたのか? ま、負けた……」

 

「まあ火事の恐れもあるから、あまり多用はしたくないけど……」

 

「あ、東さんの勝ちです!」

 

「くそ!」

 

 聡乃が声を上げる。蒼太が膝をついて地面を叩く。

 

「……せめて自分の体もコピぺすれば、もう少し効率が良かったのではないか?」

 

 日光は小声で呟く。



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第7話(3)大量のいいね!

「負けた!」

 

「兄貴! くそっ! 次は俺が行くぜ!」

 

 三つ子の一人でやや赤みがかった髪の男子が前に進み出る。日光が首を傾げる。

 

「……誰だ?」

 

「っ! お、俺は出席番号8番、大城戸紅二(おおきどこうじ)だ!」

 

「三兄妹の二番目よ……」

 

 照美が小声で囁く。日光が頷く。

 

「ああ、そうか」

 

「興味無さすぎないか、お前⁉ 三つ子が同じクラスなんてレアだろう⁉」

 

「確かにレアかもしれんが、それでいちいちテンションは上がらん」

 

「そういうところは大人なのね……」

 

 照美がボソッと呟く。

 

「ぐっ……」

 

 紅二が唇を噛む。蒼太が突っ込む。

 

「紅二! 悔しがるところが違うだろう!」

 

「あ、ああ、そうだな!」

 

「頼むぞ! 俺の敵を取ってくれ!」

 

「ああ! 大城戸三兄妹の次兄として……本荘聡乃!」

 

「え、ええ⁉ わ、私ですか⁉」

 

「ああ、貴様に勝負を申し込む!」

 

「兄弟揃って女に勝負を申し込むとは……」

 

「男として……それはどうなの?」

 

 日光と照美がまたも渋い表情になる。紅二もぶんぶんと手を振る。

 

「次兄が担うべきは副クラス長! よって挑む相手は自ずとそうなるだろう!」

 

「だからといって……」

 

「安心するがいい! 俺も別に殴り合いなどをしようというわけではない!」

 

「え?」

 

「勝負は……これだ!」

 

 紅二が指し示したのは、机とその上に並べられた料理である。照美が首を傾げる。

 

「料理?」

 

「ああ、早食い対決だ!」

 

「早食いって、こんな時間に……」

 

 照美が呆れる。紅二が聡乃を指差す。

 

「本荘! 貴様が朝食を抜いているのは知っている!」

 

「な、何故それを……」

 

 聡乃が困惑する。日光が尋ねる。

 

「なんだ聡乃、ダイエット中か?」

 

「デリカシーがないわね、アンタ!」

 

 日光を照美が注意する。聡乃が口を開く。

 

「そ、そういうわけじゃないです……単に朝はバタバタして時間が無いというか……」

 

「あら、それは良くないわね。朝はちゃんと食べた方が良いわよ」

 

「て、照美さん⁉」

 

 この流れを止めてくれると思った照美が掌を返したことに聡乃が驚く。紅二が笑う。

 

「ふふっ、それでは勝負といこうではないか!」

 

「い、いや、私は早食いはあまり……というか全然自信がありません……」

 

「心配するな! ハンデをつけてやろう!」

 

「ハ、ハンデ?」

 

「そうだ! 貴様は一人前の食事で良い! 俺は三人前の食事を食べる!」

 

「え、ええ……?」

 

「それならば公平だろう⁉」

 

「そ、そうでしょうか?」

 

「確かに公平だな」

 

「に、日光さん⁉」

 

「この勝負、受けて立とう!」

 

「か、勝手に受けないで下さいよ……」

 

 日光の言葉に聡乃が戸惑う。

 

「よし! それでは席につけ! ……いただきます!」

 

「い、いただきます……」

 

 紅二と聡乃が向かい合って座り、やや遅めの朝食をとり始める。

 

「うおお!」

 

「おおっ! 紅二、良いペースだぞ! もう一人前を平らげそうだ!」

 

 蒼太が歓声を上げる。日光が聡乃に声をかける。

 

「早いぞ! 聡乃、急げ!」

 

「そ、そう言われても……私、元々食は細い方で……」

 

「太くしろ!」

 

「む、無茶を言わないで下さい……」

 

「落ち着いて食べれば大丈夫よ、相手のペースは最初だけだったわ」

 

「む、むぐ……」

 

 照美の言葉通り、紅二のペースが極端に落ちた。それを見て聡乃は安堵する。

 

「あ、ああ、これならなんとかなりそうです……」

 

「紅二!」

 

「ぐっ、この手は使うまでもないと思っていたが……」

 

「⁉」

 

 紅二が机の上に食事の3Ⅾ映像のようなものを大量に表示させて、聡乃に見せつける。聡乃だけでなく照美も戸惑う。

 

「こ、これは⁉」

 

「これが紅二の微能力、『飯テロ』だ!」

 

「め、飯テロ⁉」

 

 蒼太の言葉に照美が驚く。日光が淡々と呟く。

 

「本来の飯テロは深夜などに食事の画像をSNSに上げ、フォロワーたちの食欲をいたずらにそそるもの……それを逆手にとって、食欲を減退させる方向で使ったのか……」

 

「ふふっ! その通りだ!」

 

 紅二が頷く。日光がやや驚く。

 

「適当に言ってみたら当たった……」

 

「適当かい!」

 

「と、とにかくこの微能力で紅二はSNSを毎夜賑わせている!」

 

「嫌な賑わせ方ね!」

 

 蒼太の言葉に照美が反応する。

 

「そうでもないぞ! なあ、紅二?」

 

「ああ! いつも大量の『いいね!』をもらっている!」

 

 紅二は食べながら、胸を張るという器用な真似をする。

 

「……大量のいいね?」

 

「ん⁉」

 

「へえ、さぞかし大勢のフォロワーがいらっしゃるんだろうねえ……」

 

「あ、ああ! 自慢じゃないが、数万フォロワーだ!」

 

 聡乃の纏う雰囲気が変わったことに戸惑いながら、紅二が再び胸を張る。

 

「自慢ウゼえええ!」

 

「ええっ⁉」

 

 聡乃が食事をかきこみ、両手を合わせて叫ぶ。

 

「ごっそさん!」

 

「ご馳走さんってことね! 聡乃さんが食べ終わったわ、聡乃さんの勝ちよ!」

 

 照美が声を上げ、日光がうんうんと頷きながら呟く。

 

「SNSに関する余計な自慢が陰キャのコンプレックスを刺激し、聡乃のポテンシャルを引き出してしまったな……」

 

「本荘にそんな能力が……」

 

「……まあ、これも適当に言っているだけだが……」

 

 がっくりと肩を落とす紅二を見ながら、日光が小声で呟く。



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第7話(4)散々な言われよう

「ま、負けた……」

 

「まさか紅二まで……」

 

「まだ私がいるわ!」

 

 三つ子の一人でやや緑がかった髪の女子が前に進み出る。日光が首を傾げる。

 

「……誰だ?」

 

「っ⁉ わ、私は出席番号10番の大城戸(おおきど)みどりよ!」

 

「三兄妹の末っ子よ……」

 

 照美が再び日光に囁く。日光が頷く。

 

「そうか」

 

「というか、あなたって本当に私たち三兄妹に興味が無かったのね?」

 

「いや、三つ子だな、というくらいには思っていたぞ?」

 

「関心薄っ!」

 

「三人とも髪の色が少し違う以外は同じようなショートカットだからな……もう少し区別化をしてくれないと……こちらとしても反応に困る」

 

「ど、どんな髪型をしようが自由でしょう⁉」

 

「背丈も一緒くらいだからな……」

 

「そ、それはしょうがないでしょう⁉」

 

「なんとかして差をつけてくれないと……」

 

「む、無茶を言わないで!」

 

 日光に対し、みどりが声を荒げる。照美がみどりに声をかける。

 

「みどり、ちょっと落ち着いて」

 

「これが落ち着いていられる⁉」

 

「あなたも勝負をしようというの?」

 

「ええ」

 

「お兄さん二人に調子を合わせているのでしょう?」

 

「違うわ! むしろ、私が一番不満を持っているのよ!」

 

「ええっ⁉」

 

 みどりの言葉に照美が驚く。

 

「昨年度からクラス日誌を付けているのは主に私だった! なのに、なんの役職にもつけないだなんて!」

 

「そうなのか?」

 

「そ、そういえば……」

 

 日光の問いに照美はバツの悪そうな顔をする。

 

「そんなクラスなら変えてやるわ!」

 

「ちょ、ちょっと落ち着いて……」

 

「というわけで勝負よ! 仁子日光!」

 

「ええっ⁉ そこで俺になるのか⁉」

 

「そうよ!」

 

「い、いや、クラス長の照美と対決って流れじゃないのか?」

 

「照美とは良い友人でいたいからね。それに……」

 

「それに?」

 

「クラス長とか面倒くさそうだし、副クラス長くらいでいいわ、多くは望まない」

 

「め、名誉だけを欲しがるな!」

 

「とにかく勝負よ!」

 

「そう言われてもな……」

 

「まさか女から逃げる気?」

 

「!」

 

「別にそれならそれでもいいけど……」

 

 みどりが笑みを浮かべる。日光がゆっくりと口を開く。

 

「……いいだろう、その勝負受けて立とう」

 

「そうこなくっちゃね!」

 

「だが、まさか殴り合いというわけにはいくまい?」

 

「そのまさかよ」

 

「なんだと? 勝負にならんぞ」

 

「その言葉、そっくりそのまま返すわ。あんたは私に指一本触れずに終わる……」

 

「何を……!」

 

「試してみる?」

 

「……いいだろう」

 

 日光とみどりが向かい合う。みどりが告げる。

 

「……それじゃあ、いつでもかかってらっしゃい」

 

「後で文句を言うなよ……」

 

「日光君!」

 

「心配するな、照美……加減はするさ。行くぞ!」

 

「はっ!」

 

「⁉」

 

 みどりが懐から筆を取り出す。日光の動きが止まる。

 

「仁子の動きが止まった!」

 

「みどりの能力が決まったな!」

 

 蒼太と紅二が歓声を上げる。日光がわずかに口を動かして照美に問う。

 

「こ、これは……?」

 

「……それはみどりの微能力、『黒歴史』よ」

 

「く、黒歴史……?」

 

「そう、人が誰しも持っているという忘れてしまいたい記憶、心の奥底に秘めている恥ずかしい記憶、いわゆる黒歴史……私はその黒歴史を引っ張り出し、相手の精神をかき乱すことが出来るのよ」

 

「な、なんて恐ろしい……」

 

 聡乃が身震いする。みどりが首を傾げる。

 

「……でも、口を動かせるなんて……大した精神力ね」

 

「違うわ、みどり……」

 

「え?」

 

 みどりが照美の方に視線を向ける。

 

「彼には……日光君には通用しない」

 

「うおおっ!」

 

「えっ⁉」

 

 日光が急に動き出し、みどりに迫り、拳を思い切り突き出す。照美が叫ぶ。

 

「日光君!」

 

「……分かっているさ」

 

 日光が拳をみどりの前で寸止めする。みどりが座り込み、信じられないという表情で呟く。

 

「ど、どうして……?」

 

「……日光君には黒歴史など存在しないのよ」

 

「⁉ そ、そんな馬鹿な!」

 

 照美の言葉にみどりが愕然とする。照美がフッと笑う。

 

「存在自体が黒歴史みたいなものだからね」

 

「そ、そうか……重度の中二病である日光さんは歩く黒歴史製造機のようなもの……引っ張り出されて精神をかき乱される心配がないし、つつかれても痛くも痒くもないんだ……」

 

「散々な言われようだな……」

 

 日光が照美と聡乃の言葉に苦笑する。

 

「……決着はついたかしら? そろそろ朝のホームルームが始まりますよ」

 

 場を離れていた地山が戻ってきて声をかける。みどりが立ち上がる。

 

「ええ、私たちの負けです……」

 

「気は済んだということね?」

 

「はい。私たち大城戸三兄妹はあらためて東クラス長たちについていきます」

 

 みどりは地山にそう告げると、日光たちに向き直り、一礼する。蒼太と紅二もそれに倣う。

 

「頼もしい味方が増えたわね」

 

「『コピペ』、『飯テロ』、『黒歴史』……頼もしいか?」

 

「どんな能力も使いようなんでしょう?」

 

 首を傾げる日光に対し、照美が笑いかける。



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第8話(1)筆頭

                  8

 

「さて、こうして集まってもらったのは他でもない……」

 

 木造校舎の空き教室に朱雀をはじめ、玄武、白虎、青龍の、『2年B組四天王』が机を囲んでそれぞれ席についている。青龍が尋ねる。

 

「東クラス長たちはお呼びしなくてもよろしいのですか?」

 

「ああ、呼ばなくて問題ないよ」

 

「……妙ですね、ならば何故我々だけが?」

 

「それは今から話す……」

 

 朱雀が席からゆっくりと立ち上がる。笠井がポンと手を打つ。

 

「あ! 俺は分かっちゃったよ~井伊谷ちゃん~」

 

「本当か、笠井?」

 

 玄武の言葉に白虎が反応する。朱雀が側頭部をポリポリとかきながら、問う。

 

「……何を分かっちゃったのかな?」

 

「照美ちゃんたちへのサプライズパーティーっしょ! いつもサンキュー的な……」

 

「ああ! それはあるかもしれんな!」

 

「扇原ちゃんもそう思うっしょ⁉」

 

 玄武と白虎は見つめ合ってうんうんと頷き合う。白虎が机をバンと叩く。

 

「こうしちゃいられねえ! さっさとパーティーの準備を始めねえと……」

 

「その必要は……まったくない!」

 

 朱雀が声を上げる。玄武と白虎が不思議そうな顔をする。玄武が尋ねる。

 

「サプライズパーティーは~?」

 

「そんなものを開いている余裕はない……」

 

 白虎が問う。

 

「転校生歓迎会兼副クラス長就任パーティーは……」

 

「そんなものを行っている時間はない……」

 

 玄武と白虎の提案を朱雀は一蹴した。玄武は愕然とする。

 

「そ、そんな今こそ、パーティーを開いて、照美ちゃんたちだけでなく、他のクラスメイトたちとの親睦を深める絶好の機会なのに……」

 

 本郷が口を開く。

 

「笠井さんの……」

 

「いや、俺のことは玄武で良いよ、青龍っち」

 

「せ、青龍っち……。 ま、まあとにかく、パーティーを下手に開こうものなら、あなたの微能力『パリピ』が黙ってはいないでしょう。ねえ、玄武さん」

 

「え?」

 

「そうやってすっとぼけても無駄です。パリピの能力における集団心理を上手く活用して、自らの派閥を強化しようとしているのでしょう」

 

「何のためにそんなことを……」

 

「知れたこと、このクラスでの2番手ポジションを絶対不動のものにしようとしているのでしょう」

 

「!」

 

「これは油断も隙もないな。笠井くん……」

 

 白虎は驚き、朱雀は頭を軽く抑える。白虎が詰め寄る。

 

「どういうことだ、笠井! それは抜け駆けじゃねえか⁉」

 

「まあまあ、落ち着いていこうよ~♪」

 

「これが落ち着いていられるかよ!」

 

「落ち着け、扇原さん。笠井くん、考えがあれば聞こう」

 

 白虎を落ち着かせながら、朱雀が話を促す。

 

「照美ちゃん……厳密に言えば、あの副クラス長、仁子日光くんがこのクラスをよりよいものにするために動き始めている。四天王として各々考えはあるようだけれども、彼の活動に協力を示すことは一致していたはずだよ」

 

「それは確かに……」

 

 玄武の真面目な説明に朱雀が頷く。

 

「そうでしょ~? だからこそさ……」

 

「だからこそ?」

 

 白虎が首を傾げる。ポニーテールが揺れる。

 

「四天王の『筆頭』を決めておくべきだと思うんだよね~」

 

「! 筆頭……」

 

「……」

 

 白虎は驚くが、青龍は腕を組んだまま黙っている。朱雀が口を開く。

 

「これは驚いた。僕とほとんど同じ考えだよ」

 

「それは奇遇だね~」

 

「まあ、その筆頭だが……僕がつくということで問題はないね?」

 

「ええ~?」

 

「ど、どうしてそうなる⁉」

 

「……納得が行きませんね」

 

「この四人の中で、日光くんと最初に手を組む意思を示したのは僕だ。向こうとしても異存はないと思うがね」

 

「そ、そんなのタイミングの問題だろうが!」

 

「白虎ちゃんの言う通り~」

 

 白虎の言葉に玄武が同調し、青龍が淡々と呟く。

 

「……この四人の中でいち早く旗色を鮮明にしたということは、翻って言えば、一番チョロいということ……」

 

「チョ、チョロいだと⁉」

 

 青龍の言葉に朱雀がムッとする。玄武が笑う。

 

「ははっ、そういう考え方も出来るよね~」

 

「……要は誰が一番力になれるかってことだろう?」

 

「扇原さん、なにか考えがあるのかい?」

 

 朱雀が白虎に問う。白虎が胸を張る。

 

「アタシの能力があれば、このクラスをより強力な組織にすることだって可能だぜ?」

 

「白虎ちゃんの『煽り』は効果的かもね~」

 

「煽動には長けていらっしゃいますね……」

 

 玄武と青龍が頷く。白虎が笑みを浮かべる。

 

「だろ? これはアタシが筆頭ということで決まりだな」

 

「……それで決まりというのはどうかな?」

 

「なんだよ、文句あんのか、井伊谷?」

 

「二人はどう思う?」

 

「扇原さんの煽りはやや過激な方向に走るきらいがあります……」

 

 朱雀の問いに青龍が答える。

 

「俺もそう思うよ~。そういう方向性は日光っちもあまり望んでいないんじゃないかな」

 

「むう……」

 

 白虎が黙る。やや間をおいてから青龍が口を開く。

 

「……答えは至極シンプルです」

 

「え?」

 

 朱雀らの視線が一斉に青龍へ向く。

 

「この何事においても完璧に近い本郷青龍が四天王筆頭ということで問題ないでしょう」

 

「却下だね」

 

「何故です? 井伊谷さん?」

 

「……なんとなく、鼻につくからだ」

 

「同じく」

 

「同意~」

 

「そんな……」

 

 三人の答えに青龍はやや戸惑う。白虎が立ち上がる。

 

「分かったぜ!」

 

「何が分かったんだい?」

 

「分かりやすい手柄を立てれば良いんだよ。例えば、あいつを引っ張りだすとかな……」

 

「あいつ……なるほどね。それも悪くないかもしれない……ならば、手柄を立てたものが四天王筆頭ということで行こう」

 

 朱雀の言葉に三人は揃って頷く。



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第8話(2)校庭にて

「というわけで、そろそろ朝のホームルームだ」

 

 朱雀たちが空き教室から出ていく。その中に本郷が一人残る。

 

「……曲者!」

 

「!」

 

 青龍がいつの間か手に持っていた槍を天井に突き立てる。紫の忍び装束に身を包んだ人間が部屋に降りてきた。青龍は槍を下ろして笑う。

 

「やはり聞き耳を立てていましたか」

 

「……」

 

 忍者と思われる人物は黙って膝をつき、顔を伏せている。

 

「話の内容は大体お分かりになったでしょう? 私とあなたで組んで、他の三人を圧倒し、仁子副クラス長への貢献ぶりを示すのです」

 

「……果たして」

 

「え?」

 

「……それに相応しい御仁か?」

 

「ええ、少なくとも私はそう感じました……⁉」

 

 青龍は驚く。顔を上げた忍者が鬼の面を被っていたからだ。忍者は中性的な声で告げる。

 

「……貢献ぶりを示すというのなら、実力行使も辞さないということだな」

 

「! そうですね……今後の話し合いによっては」

 

「話し合いは早い方が良い」

 

「む?」

 

「例えば今日の放課後、校庭で……そのように段取りをつけるが如何か?」

 

「……分かりました。お願いします」

 

「失礼する」

 

「……消えた。あの鬼の面……まあいいでしょう。校庭で決着をつけるということですか……確かにその方が分かりやすい」

 

 青龍も静かに空き部屋を出るのであった。

 

                  ♢

 

「ふん……」

 

 休み時間の間、白虎が廊下をドカドカと歩く。ふとある壁の前で立ち止まる。

 

「……」

 

「おい!」

 

「!」

 

 白虎が壁をドンと叩くと、なんでもない壁から紙がめくれて忍者が現れる。白虎が笑う。

 

「へっ、隠れ身の術ってやつか……」

 

「……よくぞ見破られた」

 

 忍者が中性的な声で告げる。

 

「これくらい造作もねえ……それよりも、色々と嗅ぎまわっているみたいじゃねえか? どうだ? アタシと組まねえか?」

 

 白虎が自身の豊満な胸を指差す。

 

「む……」

 

「他の連中を敵に回すのは気が進まねえか? 案外ビビりだな?」

 

「……ない」

 

「ん?」

 

「そのようなことはない」

 

 忍者が声を上げる。白虎が笑みを浮かべる。

 

「ほう、頼もしいねえ……」

 

「放課後、校庭にて各々方と話し合いを……」

 

「話し合い? ああ、連中とか」

 

「左様」

 

「……そうだな、出し抜くんだったら早い方がいいな。色々な意味で……。よし、そのように進めておいてくれ」

 

「了解……失礼」

 

「! 消えやがったか……それにしてもあのひょっとこの面は……まあいいさ」

 

 白虎は笑いながら移動教室に向かうのであった。

 

                  ♢

 

「俺ってさ、よく昼休みは食堂に行かず、こうして教室のベランダで外の景色を眺めながら、軽食をつまむんだよ。意外だったかな?」

 

「調べはついていたので……」

 

「さすがだね~♪」

 

 玄武が素直に感心する。

 

「……」

 

「一緒にどうだい?」

 

「結構……」

 

「ってか、その体勢、キツくない?」

 

 玄武が覗き込む。忍者はベランダの外側に逆さまになって張り付いていたからである。

 

「心配には及ばん」

 

「そう? 頭に血が上っちゃわない?」

 

「鍛錬を積んでいる故……」

 

 忍者は中性的な声で淡々と答える。玄武がため息をつく。

 

「はあ……まあ、いいや、こうして俺に接触してきたということは、君は俺についてくれるという考えで良いのかな?」

 

「……気が付かないようなのであれば、他を当たっていた……」

 

「危ない、危ない、君を逃すのは大きな損失だからね」

 

 玄武は軽食を頬張りながら笑う。忍者が呟く。

 

「善は急げと言う……」

 

「うん?」

 

「放課後、校庭にて話し合いを行うのは如何か?」

 

「悪くない提案だね。段取りをお願い出来るかな?」

 

「了解した……失礼」

 

「! 消えた……それにしてもあの狐の面は……まあいいか」

 

 玄武は食事を終えると、教室に戻るのであった。

 

                  ♢

 

「井伊谷朱雀殿……」

 

「……女子トイレの鏡越しに仮面をつけた忍者が話しかけてくるとは、並の人間だったのなら失神ものだね」

 

「失礼……」

 

「別に構わないよ。ちょうど君に用事があったんだ」

 

 朱雀は手を洗いながら告げる。忍者は中性的な声で呟く。

 

「それは奇遇なことで……」

 

「白々しいねえ」

 

 朱雀が苦笑する。

 

「……単刀直入に申し上げる」

 

「僕につきたいということかい?」

 

「如何にも」

 

 忍者が鏡越しに頷く。朱雀が笑う。

 

「ふっ、それは願ってもない申し出だね」

 

「ついては」

 

「うん?」

 

「今日の放課後、連中を校庭に呼び出してある……」

 

「ふむ……」

 

「名目はあくまでも話し合いとしてだが……」

 

「話し合いが上手くいかなければ……ということかい?」

 

「……そうだ」

 

「……その話、乗ったよ」

 

「では、失礼」

 

「! 消えた、さすがは腕利きの忍び……しかし、あのおかめの面は……? まあいい」

 

 朱雀はトイレから颯爽と出ていく。一人個室に残った生徒が声を漏らす。

 

「は、はわわ……」



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第8話(3)面々

「……皆集まったようだね」

 

 放課後になり、四天王が校庭に顔を揃える。

 

「話し合いをするんだって?」

 

 白虎が首元を抑えながら尋ねる。青龍が頷く。

 

「そのように伺っております」

 

「なんの件でだ?」

 

「それはご存知のはずでしょう……」

 

 重ねて尋ねる白虎に青龍が淡々と答える。玄武が口を開く。

 

「まあまあ、ピースフルな話し合いをしようよ~♪」

 

「へっ、ピースフルね……」

 

「悪くない提案だと思うが?」

 

 玄武の言葉を鼻で笑う白虎を朱雀が睨む。白虎が笑みを浮かべる。

 

「そう言いながら、のっけからケンカ腰じゃねえか、井伊谷?」

 

「そんなつもりはないが」

 

「雰囲気で丸わかりなんだよ」

 

 白虎が朱雀の方に向き直り、睨み返す。玄武が頭を抱える。

 

「あ~あ~ちょっとちょっと、二人とも~」

 

「まあ、結局こうなりますよね……」

 

 青龍が呟く。

 

「青龍っちもそんなこと言わないでさ~」

 

「ですが玄武さん……」

 

「うん?」

 

「かえって分かりやすくて良いのでは?」

 

 青龍が両手を合わせ、指の骨をポキポキと鳴らす。白虎が笑う。

 

「おう、やる気満々じゃねえか、本郷」

 

「この際序列ははっきりさせておいた方が良いですから」

 

「ふむ……久々に白黒はっきりさせるのも良いかもしれんな」

 

 朱雀が顎をさすりながら呟く。玄武が戸惑う。

 

「ちょっと、井伊谷ちゃん~」

 

「笠井くん、やる気がないなら下がっていてくれ」

 

「おうよ、ケガしたくなかったらな……」

 

「……いやいや、舐めてもらっちゃあ困るよ?」

 

 朱雀と白虎の言葉に玄武の顔色が変わる。青龍が構える。

 

「それではいざ尋常に……」

 

 残りの三人も構える。

 

「「「「勝負! ……って言うか!」」」」

 

「⁉」

 

 四人がそれぞれある方向に殴りつける。四体に分身していた忍者が一体に戻る。

 

「ふん……」

 

 白虎が鼻の頭を擦る。

 

「まさか……気付いていたのか?」

 

 忍者が中性的な声で呟く。朱雀が頷く。

 

「ああ、僕たちを同士討ちさせようという君の魂胆にはね」

 

「存外鋭いな……」

 

 忍者が顎に手を当てて頷く。

 

「何のためにこんなことを?」

 

「答えるつもりはない」

 

 玄武の問いかけに忍者は首を振る。青龍が右腕を軽く振る。

 

「それならば……答える気にさせるまでです」

 

「……」

 

「はあっ!」

 

「!」

 

 青龍が勢いよく飛びかかると、忍者は後方に飛んでかわす。それと同時に忍者が拍手をすると、被っていたお面が鬼の面に変わる。そして大量の豆が飛び出し、青龍に当たる。

 

「くっ! こ、これは!」

 

「鬼の面、『怒りの豆鉄砲』!」

 

「ま、豆の量が多くて近寄れない……」

 

「本郷青龍殿、貴方は完璧に近い『スパダリ』……その質を凌駕するのは圧倒的な量!」

 

「むう……」

 

「情けねえな、本郷! アタシが行くぜ!」

 

「ふん!」

 

 白虎が飛びかかろうとするが、忍者はこれもかわし、それと同時に再び拍手する。被っていたお面がひょっとこの面に変わる。そして、面の口から炎が噴射される。

 

「なっ⁉」

 

「ひょっとこの面、『楽しみの焼鉄砲』!」

 

「ち、この炎の量じゃ、近寄れねえ……」

 

「扇原白虎殿、貴女の『煽り』に乗るのは危険……ならば先に燃やすまで!」

 

「ぬう……」

 

「扇原ちゃん、一本取られた感じかな~? 俺が行くよ!」

 

「はあ!」

 

 玄武が飛びかかるが、忍者はこれもかわして、同時に拍手する。被っていたお面が狐の面に変わる。そして、大量の水が飛び出し、玄武の体に当たる。

 

「うおっ⁉」

 

「狐の面、『哀しみの水鉄砲』!」

 

「こ、これは……涙?」

 

「笠井玄武殿、貴方の『パリピ』に調子を狂わせられてはマズい、女の涙で対抗する!」

 

「参ったね、それは強力な武器だ……」

 

「感心している場合か、笠井くん! こうなったら僕がいく!」

 

「せい!」

 

 朱雀が鋭く飛びかかるが、忍者はこれもあっさりかわし、それと同時に拍手する。被っていたお面がおかめの面に変わる。そして、折り紙から衝撃波が飛び出る。

 

「なっ⁉」

 

「おかめの面、『喜びの紙鉄砲』!」

 

「そ、そんなおもちゃで……」

 

「井伊谷朱雀殿、貴女の『垢バン』はとてもデジタル……ならばこちらはアナログで!」

 

「ぐ、ぐう……」

 

 四天王が後退を余儀なくされる。忍者が笑う。

 

「四天王、こんなものだったか……一気に決めさせてもらうとするか」

 

「待て!」

 

「‼ 貴様は……」

 

 そこに日光と照美、聡乃が駆け付ける。

 

「誰だか知らんが、好きにはさせんぞ!」

 

「何故ここに……? 職員室に呼び出されたはずでは?」

 

「聡乃から何やら企みが進んでいると聞いてな!」

 

「! まさか、あの時の女子トイレ……」

 

「す、すみません、井伊谷さんとの話、聞いちゃいました……」

 

 聡乃が申し訳なさそうに手を挙げる。

 

「ち、あそこまで存在感を消せるとは……さすがは陰キャ!」

 

「い、いやあ……」

 

「聡乃さん、褒めているわけではないと思うわよ」

 

 照れくさそうにする聡乃に、照美が突っ込む。日光が声を上げる。

 

「四天王が世話になったな、今度は俺が相手だ! 『宙二秒』!」

 

「! ……面白い」

 

 日光が一瞬で距離を詰めて体をぶつけると、忍者の面が外れ、紫がかったショートヘアーの整った容姿の女性が顔を出した。女性は笑みを浮かべ、日光の方に向き直る。日光が叫ぶ。

 

「照美! あいつは何者だ⁉」

 

「出席番号22番、八角花火(はっかくはなび)さんよ……」



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第8話(4)薄いよ、何やってんの!

「ひょっとして……忍者か?」

 

「ひょっとしなくても忍者よ。くのいちって言った方が良いのかしら」

 

「ほう……」

 

 照美の説明に日光は頷く。

 

「ふん!」

 

 花火が後方に飛んで、日光と距離を取る。日光が構える。

 

「くのいちならば、戦闘能力も高いだろう、遠慮はいらんな」

 

「そんな余裕があるのか?」

 

「今日の俺の左眼は緑……よって、貴様の身体能力にも後れは取らん!」

 

「!」

 

「『宙二秒』!」

 

 背中に片翼の黒い翼を生やした日光が低空飛行でもって、再び花火の懐に入ろうとする。意外なスピードに花火は舌打ちする。

 

「ちっ!」

 

 花火は高速でパチパチパチパチと拍手をする。それによって土煙が起こり、視界が遮られる。日光が飛行を停止し、着地して顔をしかめる。

 

「くっ、姿が見えん……!」

 

「それが花火さんの微能力、『弾幕』よ!」

 

「弾幕だと……む⁉」

 

 照美の言葉に気を取られた隙をついて、豆鉄砲が日光めがけて飛んでくる。日光はかわしきれずに当たるがままになる。鬼の面を被った花火が笑う。

 

「よそ見している暇があるのか⁉」

 

「むう……」

 

「次はこれだ!」

 

「ちっ、炎か!」

 

「どうだ! 近寄れまい!」

 

 ひょっとこの面を被った花火が声を上げる。

 

「くそ……」

 

「お次はこれだ!」

 

「ぐっ、水⁉」

 

「当たるとなかなか痛いだろう!」

 

 狐の面を被った花火が叫ぶ。防御しながら日光が目を見張る。

 

「炎が水で消火された⁉ 今だ!」

 

「そうはいかん!」

 

「! い、いや、煙が生じてそのまま煙幕に……視界の悪さは変わらずか……」

 

「どうだ!」

 

「巧妙な二段仕掛けだな……」

 

「感心するとはまだ余裕があるな! これならどうだ!」

 

「ぐはっ⁉ 衝撃波! 紙鉄砲か……」

 

「そうだ!」

 

 おかめの面を被った花火が折り紙の紙鉄砲を構える。

 

「おもちゃをそこまでの威力に持ってくるとは……かなりの練度だな」

 

「ああ、拙者はここまで血のにじむような努力を重ねてきた!」

 

「単なる視界を遮るだけの能力だけでなく、攻撃にも転じることが出来るなんて……!」

 

 照美が驚く。

 

「……ふふっ」

 

「! なにがおかしい!」

 

 花火が紙鉄砲を笑う日光に突きつける。

 

「おかしいのではない……嬉しいのだ」

 

「嬉しい? 何を言っている⁉」

 

「この学園に来てから、どんな能力も使いようだと俺は言ってきた……」

 

「……」

 

「貴様はさらにその先を行っている。微能力を練り込み、より高みを目指す……何故なら能力に限界などはない……俺を含め、この2年B組の連中に足りなかった考えだ……」

 

「!」

 

 照美が再度驚く。四天王の面々もそれぞれハッとした表情になる。

 

「微能力の練り込みか……」

 

「なるほどね~」

 

「ちっ……」

 

「限界はない……確かにその発想が欠けていたかもしれませんね」

 

「気に入ったぞ、八角花火! 俺の友達になれ!」

 

「な、何を言っている⁉」

 

「ダメか⁉」

 

「ダ、ダメというか……拙者に勝ってからの話だ! それは!」

 

「それもそうだな!」

 

 日光が三度、花火に突っ込もうとする。花火が呆れ気味に叫ぶ。

 

「馬鹿め! 何度来ても同じこと! 貴様は拙者に近づくことすら出来ん!」

 

 花火が鬼の面を被り、豆鉄砲を放つ。青龍が声を上げる。

 

「豆の弾幕です! あれはそうそうかわせない!」

 

「かわさなければいい!」

 

「なに⁉」

 

 日光が豆をまとめて平らげる。そして髪をかき上げて呟く。

 

「飢えを満たすにはちょうど良い……」

 

「そ、そんな馬鹿な……ならばこれだ!」

 

 ひょっとこの面を被った花火が炎を噴き出す。白虎が叫ぶ。

 

「炎の弾幕だ! あれでは突っ込めねえ!」

 

「なんの!」

 

「な、なに⁉」

 

 日光が炎に突っ込み、突っ切ってみせる。そして側頭部を抑えながら呟く。

 

「地獄の業火など……な、慣れている……」

 

「邪気眼系の中二病が上手く作用している! 若干やせ我慢っぽいけど!」

 

 照美が驚愕する。花火が困惑する。

 

「な、ならばこれだ!」

 

 狐の面を被った花火が水鉄砲を放つ。玄武が声を上げる。

 

「水の弾幕! あれも厄介だ!」

 

「ふん!」

 

「なんだと⁉」

 

 日光が翼をはためかせ、水を弾き飛ばす。そして目元を撫でながら呟く。

 

「女の涙はいわば宝石のようなもの……褒美だと思えばなんということはない……」

 

「いや、宝石弾き飛ばしてるし! っていうか、ちょっとキモい!」

 

 照美が素直な感想を口にする。花火が戸惑う。

 

「わ、わけのわからんことを……それならばこれだ!」

 

 おかめの面を被った花火が紙鉄砲を放つ。朱雀が叫ぶ。

 

「音の弾幕! あれはかわせない!」

 

「衝撃波の弾道も……この邪気眼ならば見える!」

 

「な、なんだと⁉」

 

 日光がそのまま突っ込み、衝撃波をかわしてみせる。そして叫ぶ。

 

「中二ならばたやすいこと!」

 

「そうか! 子供じみているから、子供のおもちゃにも純粋に対応出来ているんだわ!」

 

「そ、そんな馬鹿なことがあるのか⁉ ……し、しまった⁉」

 

 照美のよく分からない説明に花火が突っ込みを入れ、視線を逸らす。そこに日光が迫る。日光の拳が花火の顔を掠め、面を外した。日光が淡々と呟く。

 

「四天王に対して一人で渡り合ったのは見事、ただ、俺への対策が取れていなかったな……だが、腕前はさすがだ……俺たちに協力してくれないか?」

 

「……四天王を同士討ちさせようとしたことについては?」

 

「誰かの差し金だろうが、どうせ口を割らんだろう。だがそれでいい。その徹底さが欲しい」

 

「! ……八角花火、仁子日光殿に協力させてもらいます」

 

 花火は膝を突き、日光に対し深々と頭を下げるのであった。



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第9話(1)百戦錬磨な朱雀

                  9

 

 放課後の教室で椅子に座った朱雀が喋る。

 

「対策されていたとはいえ、八角さん一人に四天王が抑え込まれた形だ……これを日光くんがどのように評価したかは分からないが、あまり芳しいものではないだろう……」

 

「はあ……」

 

「八角さんを傘下に引き入れ、四天王の中で抜きんでるという目標は潰えてしまった……よって、別の手を考えなければならない……」

 

「へえ……」

 

「まあ、今のは独り言だ。気にしないでくれたまえ」

 

「い、いや、すごい気になるよ!」

 

 赤みがかった髪の青年が立ち上がる。朱雀が落ち着かせる。

 

「……落ち着け、大城戸三兄妹次兄、大城戸紅二くん」

 

「は、はあ、悪い……」

 

 紅二があらためて席に座る。朱雀とは隣の席なので、今は机同士をくっつけている。ごくごく自然な形だ。誰も密談をしているとは思うまい。

 

「それで……相談事とはなんだい、紅二くん?」

 

「い、いや、それがその……」

 

 紅二が言いよどむ。朱雀が笑う。

 

「男同士のことなら、やはり長兄に頼むのがベストだと思うが?」

 

「いや、蒼太兄はダメだ!」

 

「ダ、ダメなのか……」

 

「ああ」

 

「では、妹君のみどりさんは?」

 

「もっとダメだ!」

 

「もっとダメなのか……」

 

「ああ、そうだ」

 

「良ければ理由を教えてくれないかな?」

 

「そ、蒼太兄もみどりも……絶対からかってくるに決まっている!」

 

 紅二が顔を両手で覆う。朱雀が首を傾げる。

 

「からかってくる?」

 

「ああ!」

 

「よく分からんが、話をまともに取り合ってはくれないだろうと? ふむ……それで僕に相談に来たというわけか……分かった」

 

「相談に乗ってくれるんだな!」

 

「ここでクラスメイトの懸案事項を片付けたとあれば、日光くんも僕も無下には出来ないだろうからね、相談に乗らせてもらおうじゃないか」

 

「本音がダダ漏れだが、頼もしそうなオーラは醸し出している……さすが四天王!」

 

「それで? 相談とは?」

 

「えっと……」

 

 紅二が声をひそめる。朱雀が耳を澄ます。

 

「うん? なんだい? よく聞こえないのだが……」

 

「き、気になっている女子がいて……」

 

「なっ⁉」

 

 朱雀が椅子ごとのけぞり、廊下側の壁にぶつかる。紅二が心配する。

 

「だ、大丈夫か?」

 

「あ、ああ……これくらいなんともない」

 

 朱雀は後頭部をさすりながら、体勢を戻す。

 

「詳しく話すと、2年F組のある女子のことが前から気になっていて……もう最近は彼女のことばかり考えていて夜しか眠れないんだ」

 

「……ちゃんと眠れているじゃないか」

 

 朱雀は机に頬杖をつく。

 

「ま、まあ、それはともかく、彼女との関係性を進展させたいんだ」

 

「進展?」

 

「た、例えば、こ、告白とか……」

 

「⁉」

 

 朱雀が椅子ごと倒れる。紅二が慌てる。

 

「だ、大丈夫か⁉」

 

「あ、ああ、な、なんでもない……」

 

「なんでもないということはないと思うが……」

 

「で? その、こ、告白が上手くいくように手伝って欲しいということかい?」

 

「そうだ」

 

「ふ、ふむ……何故僕にその話を?」

 

「四天王は恋も百戦錬磨だというじゃないか!」

 

「初耳だが」

 

「え?」

 

「いや、なんでもない、続けてくれ」

 

「だからその力を是非ともお借りしたいんだ!」

 

「むう……」

 

「頼む!」

 

 紅二が両手を合わせて頭を下げてくる。

 

「……分かった。頭を上げてくれ、紅二くん」

 

「おおっ! ということは……?」

 

「力になろうじゃないか」

 

「ありがとう!」

 

 協力するとは伝えたが、朱雀は軽く額を抑える。思い返してみると、求愛のようなものを受けたことはこれまで何度かある――ほぼ全て女子生徒からであるが――自分から告白ということはしたことがなかった。ぶっちゃけなくても恋愛ビギナーである。朱雀は呟く。

 

「さて、どうするか……?」

 

「何かアイデアはあるかい?」

 

「そ、そうだな……そのF組の子の連絡先は?」

 

「ああ、昨年度、ある委員会で一緒になってね、LANE交換はしてある」

 

「ほう! それならば話が早い。共通の話題などで話を盛り上げ、親睦を深めよう」

 

「共通の話題か……」

 

「趣味とか無いのか、その子は?」

 

「あ、食べるのが好きだと言っていたな……」

 

「それだ!」

 

 朱雀は指を差して立ち上がる。紅二がビクッとする。

 

「な、なんだよ……」

 

「思い出してみたまえ、君の微能力……」

 

「あっ! 『飯テロ』!」

 

「そうだ! その能力を駆使し、美味しそうな、食欲をそそりそうな画像を送るんだ。それで興味を引きつけつつ、よりパーソナルな話に持っていく。好きな映画や音楽などだ。それを聞き出したら、映画鑑賞やライブにもスムーズに誘えるだろう」

 

「なるほど! 分かった、早速今夜からやってみるよ! 悪いな、放課後付き合わせて!」

 

 紅二が教室を飛び出していく。朱雀はにこやかにその後ろ姿を見送りながら呟く。

 

「今夜からが少し気になるが……我ながら無難な助言が出来たのではないだろうか」

 

 翌日。紅二が廊下で朱雀に声をかける。

 

「おい! 井伊谷!」

 

「ど、どうした、紅二くん……?」

 

「夜中に飯の画像を送ったら、『私ダイエット中なのに、嫌がらせ?』って言われたぞ!」

 

「む……それは」

 

「ただ、『つまりこれは試練に打ち勝てっていうことなのね!』とも言われたぞ!」

 

「ん?」

 

「……というわけで、まずはお友達からだが、お付き合いを始めることになりました!」

 

「そ、そうか、それは良かったな……」

 

 頭を下げて礼を言う、紅二に手を振り、朱雀は教室に向かおうとする。

 

「……なんだ、思ったより大したことなさそうだね。所詮はB組か」

 

「⁉」

 

 朱雀は声のした方に振り返る。そこには誰もいない。

 

「こっち、こっち」

 

「‼」

 

 朱雀の背後に中性的な雰囲気を纏った、長い黒髪を後ろで一つにまとめた小柄な生徒が立っている。朱雀が問う。

 

「き、貴様、ここに何の用だ?」

 

「ちょっと挨拶にね……ただ……」

 

「!」

 

「ボクの動きに反応できないようじゃ、問題外かな~?」

 

 生徒が朱雀の背後に立っている。朱雀はそれに気づくことが出来なかった。

 

「ぐっ……」

 

 右手で銃の形を作る朱雀を見て、生徒は笑う。

 

「それも姿を捉えられないとね~。そこら辺が微能力って感じだね~」

 

「くっ……」

 

「ボクらC組……『超能力組』の敵ではなさそうだね……それじゃ」

 

「なっ⁉」

 

 胸の内ポケットに入れていた生徒手帳がいつの間にか抜き取られ、手に握らされていた。朱雀は周囲を見回すが、その小柄な生徒の姿は既になかった。



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第9話(2)解決上手な玄武

                  ♢

 

「なるほど、相談事があるのが君だね?」

 

「あ、は、はい……」

 

 校舎裏に呼び出された玄武が尋ね、相手も答える。

 

「相談の内容も大体だけど、予想がつくよ……」

 

「ほ、本当ですか?」

 

「ああ、ピンときたよ」

 

 玄武は右手の人差し指で自身の側頭部をトントンとさせる。

 

「さ、さすが、頼もしいです……」

 

「ずばり愛の告白っしょ?」

 

「え、ええっ⁉ ち、違います!」

 

「冗談だよ」

 

「も、もう……」

 

「生意気な俺を〆ようってことっしょ?」

 

「そ、そんなことしません!」

 

「冗談だって」

 

「あ、あの……」

 

「いや、本当に分かっているよ、性格をなんとかしたいんでしょ、本荘ちゃん?」

 

「!」

 

「当たりでいいかな?」

 

「は、はい。大正解です……」

 

 聡乃が頷く。玄武が笑みを浮かべる。

 

「それは良かった」

 

「そ、それで相談に乗って下さいますか?」

 

「いや、それは全然良いんだけどさ……」

 

「だけど……?」

 

「もうちょっと距離を詰めてくれないかな?」

 

「え?」

 

「いまどきなかなか見ないよ、糸電話って……」

 

 玄武は糸電話を持ちながら、校舎の端から顔を覗かせる聡乃を見る。

 

「き、聞こえづらいですか?」

 

「いや、通信状況の問題じゃなくてね……」

 

「は、はあ……」

 

「こういうのはもう少し近い距離で話すことだと思うんだよね」

 

「で、では、五、六歩ほど……」

 

「五、六十歩ほどこっちきて」

 

「え、ええっ⁉」

 

 聡乃が戸惑う。玄武が苦笑気味に伝える。

 

「問題解決には必要なことだからさ」

 

「わ、分かりました……」

 

 聡乃がゆっくりと一歩歩み出し、二歩目に入ろうとする。玄武が声をかける。

 

「そんなに嫌? 俺の近くに来るの?」

 

「い、いえ! け、けっしてそのようなことはありません! ただ……」

 

「ただ?」

 

「か、笠井さんの放つ、その眩いまでのパリピオーラには、私のようなものは容易に近づくことが出来ないもので……」

 

「そんなオーラ、放っているおぼえないんだけどな……」

 

 玄武が後頭部をかく。やや時間をおいて、聡乃が六歩目を歩く。

 

「や、やりました……」

 

「まあ、今日のところはそれでいいか」

 

「あ、そ、そうですか……って、ええっ⁉」

 

 聡乃が驚いて糸電話を落とす。離れていたと思った玄武がすぐ近くにいたからである。

 

「来ちゃった♪」

 

 玄武がいたずらっぽくウインクをする。

 

「ひ、ひええっ⁉」

 

 聡乃が驚きのあまり後ずさりをして、校舎の壁に寄りかかる。玄武が慌てる。

 

「ちょっ! お、落ち着いて、本荘ちゃん! この場面を目撃されたらシチュエーション的に俺が悪いことしているみたいになるから!」

 

「は、はあ……」

 

 聡乃が自らの胸を抑える。玄武がうんうんと頷く。

 

「そ、そう、その調子……まずは深呼吸しようか」

 

「ふう……お、落ち着きました……」

 

「それは良かった」

 

「と、とんだご迷惑をおかけしました……」

 

「いえいえ♪」

 

「そ、それではこれで失礼します……」

 

 聡乃が軽く頭を下げて、その場から離れようとするので、玄武は再び慌てる。

 

「ちょい待ち、ちょい待ち!」

 

「ええ?」

 

「いや、ええ?じゃなくて、何も問題が解決してないっしょ?」

 

「そ、そう言われると……」

 

「……ぶっちゃけ聞いちゃうけど、本荘ちゃんはどこまでが目標なの?」

 

「も、目標ですか?」

 

「うん、小一時間でいきなり明るいキャラになるのはさすがに無理だと思うんだよね」

 

「そ、そうですよね……」

 

「だから比較的簡単な目標を設置すると良いんじゃないかな? 低いハードルというか」

 

「か、簡単な目標……ひ、低いハードル……」

 

「どうかな?」

 

 玄武が首を傾げながら尋ねる。

 

「ひ、人と笑顔でお話しすることですかね……」

 

「お、いいじゃない♪」

 

「た、ただ、その前に……」

 

「うん?」

 

「ひ、人の目を見てお話が出来ないと……」

 

「そ、そこからなんだね……」

 

「す、すみません、やっぱり無理ですよね……わ、私はこれで……」

 

「い、いや、大丈夫、出来るよ♪」

 

「え、ほ、本当ですか?」

 

「うん、イージーだよ♪」

 

 玄武は笑顔で右手の親指をサムズアップする。

 

「イ、イージー……」

 

「うん、じゃあ、これ持ってて」

 

 玄武は落ちていた糸電話を拾って渡す。

 

「は、はあ……」

 

「俺は指示を出すからさ」

 

 玄武が校舎の陰に隠れる。聡乃が首を傾げる。

 

「し、指示……?」

 

「あ、ちょうど来たよ」

 

「聡乃~久しぶり~」

 

 女子生徒が駆け付けてくる。

 

「⁉ ど、どうして……?」

 

「F組の子だけど、地元の幼馴染なんでしょ? 俺もちょうど知り合いだったからさ、本荘ちゃんが亀歩きしている間に呼び出しておいたよ」

 

 聡乃の小声の呟きに玄武が糸電話で答える。聡乃が恐れおののく。

 

「な、なんという行動力と決断力……」

 

「ほら、全くの他人ってわけじゃないんだから、気楽に話してごらんよ♪」

 

「そ、そう言われても……け、結構久しぶりですし……」

 

「『陰キャ』の反動を使ってみたら?」

 

「! わ、分かりました。や、やってみます……」

 

「ねえ聡乃、何をこそこそしているの?」

 

(まずは相手の目を見て……!)

 

 聡乃は相手を睨みつける。相手は少しビクッとする。

 

「え……」

 

「べ、別に……こそこそはしてねえ……ですよ?」

 

「そ、そうなんだ……さ、最近はどうなの? 楽しい?」

 

「た、楽し過ぎて、鞭が大暴れだぜ……ですよ?」

 

「む、鞭?」

 

「なかなか楽し気に話せているじゃん♪」

 

「……どうしてそう思えるのか……」

 

「む⁉」

 

 玄武が振り返ると、黒髪に所々白いメッシュを入れた男性が背後に立っていた。

 

「挨拶でもと思ったが……接近に気が付かないとはな……」

 

「挨拶……C組、『超能力組』が何の用だい?」

 

「我がクラス長は心配性でな……まあいい、失礼した」

 

「! き、消えた……」

 

 玄武は糸電話を片手に呆然と立ち尽くす。



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第9話(3)煽り体質な白虎

                  ♢

 

「それでなんだよ、アタシはさっさと着替えてえんだが?」

 

 女子更衣室内のベンチに座りながら白虎がジャージをパタパタとさせる。

 

「え、えっと……」

 

 大城戸みどりは自身の緑がかった髪を指先でくるくるとさせる。

 

「そういや、アンタがこうして話しかけてくるのも結構珍しいな」

 

「そ、そうかしら? そんなことはないわよ」

 

「そうか?」

 

 白虎が首を傾げる。

 

「そうよ、出席番号も近いから、何かと一緒の班になるじゃないの」

 

「そういえば、そうだったかな……」

 

「ええ、中等部の頃からそうでしょう?」

 

「そんなに話をしたか?」

 

「結構しているわよ」

 

「ふ~ん……」

 

 白虎が片手で顎をさする。みどりが尋ねる。

 

「まさか……まったく印象に残っていないとか?」

 

「ああ」

 

「ああって!」

 

「いやいや、これには訳があんだよ」

 

「訳?」

 

「なんつーのかな? アンタってこう……」

 

「こう?」

 

「モブ顔っていうか……」

 

「モ、モブ顔⁉」

 

 みどりが顔を真っ赤にする。白虎が慌ててなだめる。

 

「いや、悪い悪い、ついついいつもの癖で煽っちまった」

 

「いつもの癖って……」

 

「いや、お世辞抜きで凛々しい顔をしていると思うぜ?」

 

「そ、そうかしら……?」

 

「ああ、二人の兄貴によく似ていらあ」

 

「……微妙に褒められている気がしないんだけど」

 

「褒めたつもりなんだが……兄貴たちのこと嫌いなのか?」

 

「嫌いじゃないわよ」

 

「だよな、いつも一緒にいるもんな」

 

 白虎が笑う。みどりが尋ねる。

 

「もしかして、そういうイメージがあるから?」

 

「え?」

 

「よく三人で行動しているから、モブキャラとか思っちゃうの?」

 

「モブキャラってそこまでは言ってねえけど……」

 

「大体同じようなことを言ったわよ」

 

「まあ、そうだな……三つ子が一緒にいるんだ。個々の印象はどうしても薄くなっちまうな」

 

「そ、そんな……」

 

 みどりは壁にもたれかかる。

 

「三つ子っていうのが立派な個性だから良いじゃねえか」

 

「良かないわよ! サンコイチ扱いってことでしょう⁉」

 

 みどりが右手の指を三本立てる。

 

「そこまでは思ってねえよ。見分け方がなかなか難しいけどな」

 

「髪型! 制服のスカート! 他にも色々あるでしょう⁉」

 

「ああ、そう言われるとそうか……」

 

「ちょっと勘弁してよ……」

 

 腕を組む白虎を見て、みどりは額を抑える。白虎が呟く。

 

「まあ、そんなことはどうでも良いんだけどよ……」

 

「どうでも良いって⁉」

 

「いや、横に置いといてだな……話ってなんだよ?」

 

「あ、ああ……」

 

「なにも無いなら帰るぜ」

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 ベンチから立ち上がろうとした白虎をみどりが制する。白虎が首を傾げる。

 

「だからなんなんだよ」

 

「えっと……相談したいことがあるというかなんというか……」

 

「どっちだよ」

 

「そ、相談したいことがあるのよ!」

 

「相談だ~?」

 

「そうよ」

 

「なんでアタシなんだ?」

 

「え?」

 

「我らがクラス長の東とかいるじゃねえか。井伊谷は……いや、アイツには相談しない方が賢明だな、なんか色々とややこしくなりそうだし……」

 

「……あなたじゃなきゃ駄目なの」

 

 みどりは膝を折って、ベンチに座る白虎の両手をとる。

 

「ア、アタシじゃないと?」

 

「ええ」

 

 みどりは大きく頷く。

 

「そ、そうか、いや参ったな……」

 

「え?」

 

「いや、気持ちは嬉しいんだがな……」

 

「ん?」

 

「やっぱりアタシもこう見えても女だしな……女同士っていうのはちょっと時代の先端過ぎるっていうか、なんていうか……」

 

「な、何を勘違いしているのよ!」

 

 みどりがバッと白虎の両手を離す。白虎がポカンとする。

 

「ち、違うのか?」

 

「違うわよ、全然!」

 

「全然違うのか……」

 

「なんでそういう発想になるのよ!」

 

「だって真剣な目であなたじゃなきゃ駄目とかなんとか言われたらな……」

 

 白虎が後頭部をポリポリとかく。体勢を直したみどりは腕を組んで呟く。

 

「まあ、あなたじゃなきゃ駄目というのはそうなんだけど……」

 

「うん?」

 

「あ~もう! スタンダップ!」

 

「なんで英語なんだよ……」

 

 みどりに促がされ、白虎が立ち上がる。みどりが白虎の体をビシっと指差す。

 

「そのスタイルが羨ましいのよ!」

 

「は?」

 

「その出るところはしっかり出ていて、へこむところはちゃんとへこんでいる、メリハリのあるボディー! はっきり言って憧れるわ!」

 

「そ、そうか……?」

 

 白虎は照れくさそうにする。

 

「そういうボディーになるにはどうしたらいいの?」

 

「え? これと言って別にねえけど……」

 

「嘘おっしゃい!」

 

「うおっ⁉」

 

 みどりが顔をズイと近づかせてきたので、白虎はたじろぐ。

 

「何もしていないわけがないでしょう!」

 

「ああ……まあ、そうか……」

 

「やっぱりあるんじゃないの!」

 

「いや、これはあまりお勧め出来ないっていうか……」

 

「いいからお勧めしなさい! メリハリボディーを手に入れるならなんだってやるわ!」

 

「……じゃあ、腹筋千回」

 

「ええっ⁉」

 

「なんだってやるんだろ? ほれ、横になって……はい、まず一回~」

 

「さ、さすがに千回は! 厳しいものがあるわよ……」

 

「アンタの微能力を自分に使えば良いんじゃねえか?」

 

「く、『黒歴史』を……? ああ! そういえば中等部の頃、F組の彼の前で……!」

 

 思い出したくない過去を振り払うかのように、みどりはハイペースで腹筋をする。白虎は満足気に頷き、ジャージから制服に着替える。

 

「じゃあ、アタシは帰るからよ、千回はあくまで目標だからな、あんまり無理すんなよ?」

 

「鍛錬には余念がないようだが、隙は結構あるようですね……」

 

「⁉ て、てめえは⁉ 何の用だ!」

 

 白虎がロッカーを閉じると、近くに茶色いマッシュルームカットの女性が立っていた。

 

「B組の四天王さんにご挨拶に伺ったのですが、ここまで気づかないとは拍子抜けです……それでは失礼します」

 

 女性が一礼し、その場を静かに去る。白虎が苦々しい顔で呟く。

 

「C組、『超能力組』め、何を企んでやがる……」

 

 白虎が呟く横で、みどりはひたすら腹筋に勤しむ。



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第9話(4)勉強熱心な青龍

                  ♢

 

「む、難しい……!」

 

「図書室ではお静かに……」

 

 青龍が注意する。

 

「こっちの棟の図書室なんて人がいないからいいだろう?」

 

「駄目です。マナーの問題ですよ」

 

「マナーね……」

 

「そう、マナー。さあ、続けて下さい」

 

「うむ……む、無理だ!」

 

「音を上げるのが早いですね」

 

 青龍が思わず苦笑する。

 

「わ、分からん!」

 

「どこが分からないのですか?」

 

「分からないところが分からない……」

 

「どうやら問題外のようですね……」

 

 青龍が立ち上がろうとする。

 

「み、見捨てないでくれ~」

 

 青みがかった髪の男子が情けない声を上げながら青龍にすがりつく。大城戸三兄妹の長男、大城戸蒼太である。青龍がため息をつく。

 

「……真剣な顔で相談があるというから何かと思えば、勉強を見てくれとは……」

 

「大事なことだろう?」

 

「まあ、学生の本分ですからね」

 

「まさか追試ありの小テストが五教科分もこの短期間で一斉に行われるなんて……」

 

 蒼太が頭を抱える。青龍が首を傾げる。

 

「抜き打ちではない分、かなり良心的だと思いますが……」

 

「それでも五教科分はきつい!」

 

「範囲内も決まっていますよ?」

 

「それでもきついものはきついんだ!」

 

「はあ……」

 

 まるで駄々っ子のような蒼太を見て、青龍は呆れ気味にため息をつく。

 

「頼む! 助けると思って!」

 

 蒼太が両手を合わせて懇願する。青龍は首を傾げる。

 

「仲の良い弟妹がいらっしゃるではないですか?」

 

「紅二はダメだ」

 

「何故?」

 

「あいつは俺と似たり寄ったりの学力だ」

 

「ああ……」

 

「それに最近はなにやら悩み事があるようで心ここにあらずだからな」

 

「悩み事?」

 

「色々あるんだよ、色々と」

 

「ふむ……それでは妹さんは?」

 

「みどりはもっとダメだ」

 

「どうして?」

 

「どうしてもだ」

 

「それでは全然答えになっていませんよ。彼女はいつも良い点を取っているようなイメージがありますが……」

 

「……あいつは末っ子だろう?」

 

「はあ……」

 

「末っ子に頼るなんて長兄の恥だ!」

 

「他人に頼るのは恥ではないのですか……?」

 

 青龍が困惑気味に呟く。

 

「クラスきっての秀才に頼るのは知恵というものだ」

 

 蒼太が自身の側頭部を指でトントンと叩く。青龍が肩をすくめる。

 

「物は言いようですね……」

 

「というわけで頼む!」

 

「しかし……」

 

「しかし?」

 

「貴方の勉強を見て、私になんのメリットが?」

 

「ぐっ……そ、そういうことを言い出すか……?」

 

「大事なことですから」

 

「赤点を回避できたら、食堂で何か奢ってやるよ」

 

「却下。クラスメイトに借りは作りたくないので」

 

「お、女の子を紹介してやるよ!」

 

「却下。女性とはもっと自然な形で知り合いたい主義なので」

 

「ちっ!」

 

 蒼太が思い切り舌打ちする。

 

「特にメリットは無さそうですね……」

 

 青龍が再び席を立とうとする。蒼太が慌てて止める。

 

「ま、待った! 赤点を回避出来たら、お前のお陰だと喧伝する!」

 

「……それで?」

 

「さすがは本郷青龍だということになるだろう。お前の名声もさらに高まる。四天王筆頭としての地位がより盤石になるんじゃないか?」

 

「……四天王内での争いをご存知で?」

 

「ご存知もなにも、傍から見ていても思いっきり伝わってくるぞ、お前たち四人が漂わせているバチバチ感」

 

「そ、そうでしたか……」

 

 青龍は少し恥ずかしそうにしながら、席に座り直す。蒼太が笑みを浮かべる。

 

「どうだ? シンプルだが悪くない話だろう?」

 

「……まあ、私にとっても復習になると思えば……」

 

「ありがとう! それじゃあまずは国語からなんだが……」

 

「これを見て下さい」

 

 青龍がノートを広げて、机に置く。蒼太が尋ねる。

 

「これは?」

 

「私のノートです」

 

「え⁉ びっしりと書かれているけど、それでも綺麗で見やすい……さすが優等生はノートの取り方も違うな!」

 

「欠席気味でしたから、ほぼ独学ですけどね。要点は抑えているつもりです」

 

「すごいな」

 

「これを写して下さい。五教科分ありますから」

 

 青龍はさらに複数のノートを机に広げる。蒼太が困惑する。

 

「え? う、写せって……この量をか?」

 

「一々教えている時間もないですし……それが一番手っ取り早いです」

 

「い、いや、それも結構無茶じゃないか?」

 

「……貴方の微能力を使えば良いでしょう」

 

「! そうか、『コピペ』!」

 

 蒼太は青龍のノートをコピーし、自分のノートにペーストする。青龍は頷く。

 

「そうです……」

 

「し、しかしだな……」

 

「どうかしましたか?」

 

「これでしっかり身についているのか?」

 

 蒼太の問いに、青龍は首を捻る。

 

「まあ……身についてはいないでしょうね」

 

「ダ、ダメじゃないか!」

 

「小テストまでこのコピペした内容を熟読するのです」

 

「熟読?」

 

「そう、繰り返しね」

 

「だ、大丈夫なのか?」

 

「要点はきちんと抑えてありますから、赤点回避には十分なはずです。つまるところ学校の勉強というのはほとんど暗記ですから」

 

「そ、そうか、分かったぜ!」

 

 コピペを終えた蒼太はノートを読み始める。しばらくして青龍が席を立つ。

 

「それではこれで……健闘を祈ります」

 

「ああ、どうもありがとう!」

 

「失礼します……」

 

「……どこもかしこも図書室ってのは苦手だぜ」

 

「!」

 

 図書室を退室しようとした青龍に筋肉質の短髪な男が声をかけてくる。驚く青龍を見て男は鼻で笑う。

 

「はっ、部屋に入ったのに気付かなかったのか? 噂の『スパダリ』も大したことねえなあ」

 

「……C組、『超能力組』の方が何の御用ですか?」

 

「いやあ、ちょっと挨拶にな……」

 

 男は手を差し出す。青龍も手を出し、二人は握手をかわす。

 

「……!」

 

「鍛え方がなってねえなあ……そんじゃあ、あばよ」

 

「くっ……」

 

 痛む右手を抑えながら、青龍は去っていく男の背中を見つめる。



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第10話(1)成果発表

                  10

 

 明くる日の校舎の空き教室で、四天王が一つの机を囲んで座っていた。

 

「……最近の成果発表といこうか?」

 

「成果発表だあ?」

 

 朱雀の言葉に白虎が首を傾げる。朱雀が頷く。

 

「そうだよ」

 

「くだらねえなあ……」

 

「井伊谷さん、まずは貴女からどうぞ」

 

 青龍が朱雀を促す。

 

「僕から?」

 

「こういうのは言い出した方からです」

 

「ふむ、それもそうだね……僕は……」

 

「僕は?」

 

 玄武が首を傾げる。

 

「ある生徒の恋愛相談に乗ってあげたよ!」

 

「おお~」

 

 玄武が感心したような声を上げる。白虎が鼻で笑う。

 

「はっ、お前に恋愛が分かるのかよ?」

 

「その言葉、そっくりお返しするよ、扇原さん」

 

「あ?」

 

「まあまあ、それで?」

 

 玄武が白虎をなだめつつ、朱雀に尋ねる。朱雀が首を傾げる。

 

「それで?」

 

「いや、相談に乗ってあげた結果だよ。どうなったのさ?」

 

「概ねではあるが、良い方向に進んだようだよ」

 

「お~いいじゃん、いいじゃん♪」

 

「けっ、くだらねえなあ……」

 

 白虎は頬杖をつく。

 

「そういう扇原さんは何かないのかい?」

 

「あん?」

 

「大した成果は挙げられなかったのかな?」

 

「なんだと?」

 

「君には相談してくる物好きはいないだろうからね」

 

「お前さんにだけには言われたくねえよ、井伊谷。馬鹿にすんなよ、しっかり相談されたわ」

 

「ほう……」

 

「それは正直意外だね~」

 

「大変興味深いお話です」

 

 朱雀だけでなく、玄武や青龍もやや驚いた様子を見せる。

 

「お前らなあ……アタシを一体何だと思っていやがる?」

 

「「「煽り屋」」」

 

「うるせえ! そんなところでハモんな!」

 

 白虎が声を上げる。玄武が再びなだめる。

 

「まあまあ……それでどんな相談だったの?」

 

「……詳しいことは言えねえが、コンプレックス解消に一役買ったぜ」

 

「へえ……」

 

 玄武が腕を組んで頷く。朱雀が首を傾げる。

 

「それにしても君を頼るとはね……」

 

「……」

 

「?」

 

「……ふん」

 

 白虎は朱雀の全身をじっと見てから鼻で笑う。朱雀がムッとする。

 

「ちょっと待て、今、完全に馬鹿にしただろう⁉」

 

「コンプレックス……私とは無縁の言葉かもしれません……」

 

「憎たらしいことをサラッと言うね、青龍っち……青龍っちはどうだったのさ?」

 

 玄武が朱雀をなだめながら、青龍に話を振る。

 

「……私は学業についての相談を受けました」

 

「へえ」

 

「ああ、どの教科もそろそろ小テストが近いからね」

 

 落ち着きを取り戻した朱雀が頷く。白虎が玄武に問う。

 

「赤点を取ると追試だったか?」

 

「そうだね」

 

「結構、戦々恐々としている奴らがいるよな」

 

「そうですね……その方もご多分に漏れず、赤点を恐れていました」

 

 青龍がその様子を思い出しながら頷く。

 

「まあ、青龍っちに見てもらえば安心だろうね」

 

 玄武が腕を組んでうんうんと頷く。

 

「そうか?」

 

 白虎が首を傾げる。玄武が問う。

 

「え? 違う?」

 

「こいつが人に上手に教えられるような奴か?」

 

「貴方にそう言われるのは少々心外ですね、扇原さん……」

 

 青龍がややムッとする。

 

「思ったことを言ったまでだぜ」

 

「確かに……ノートを見せて、はい、それっきりという様子が思い浮かぶな」

 

「!」

 

 朱雀の言葉に青龍の眉がピクリと動く。白虎はそれを見逃さない。

 

「ほらみろ、そういうのは勉強を教えたって言わねえんだよ」

 

「……学業に対するスタンスは人それぞれです。まずは結果がどうなるか見てみましょう」

 

「それは楽しみだぜ」

 

「あ~白虎ちゃんも煽らないで……」

 

「それで、笠井くんはどうなんだ?」

 

 朱雀が玄武に尋ねる。

 

「あ~僕は……良いよ」

 

「良いよってなんだよ」

 

「プライバシーに関わることだからさ」

 

「別に口外したりなんかしねえよ。アタシらだけに話をさせて、自分は話しませんってのはナシだろう? なあ?」

 

「そうだね」

 

「おっしゃる通りです」

 

 朱雀と青龍も白虎の言葉に同意する。玄武はため息交じりに話し出す。

 

「はあ……僕もいわゆるコンプレックス解消に協力したよ」

 

「へえ、それはまた奇遇だな」

 

 白虎が笑みを浮かべる。青龍が腕を組んで呟く。

 

「コンプレックスを抱えている人は結構多いのですね……知りませんでした」

 

「本郷くん、あまり他所でそういうことは言わない方がいいぞ……」

 

 朱雀が青龍を注意する。

 

「それでどうなったんだ?」

 

 白虎が玄武に問う。

 

「まあ、完全に解消されたわけじゃないけど、一歩前進といったところかな?」

 

「それはなによりだ」

 

 玄武の言葉に朱雀は頷く。白虎が問う。

 

「……で?」

 

「ん?」

 

「これはいわゆる世間話だろう。本題はなんだよ?」

 

「実は……」

 

「「「「C組が動き出した」」」」

 

「「「「えっ⁉」」」」

 

 四人の声がピタリと揃ったため、四人は揃って驚く。



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第10話(2)C組の脅威

「う、動き出したってどういうことだよ?」

 

「ご自分でも同じことをおっしゃったではないですか……」

 

 白虎の問いに青龍が呆れた視線を向ける。白虎が唇を尖らせる。

 

「う、うるせえなあ……」

 

「連中からわざわざ丁寧なご挨拶を頂いたよ……」

 

「俺もだよ」

 

 朱雀の言葉に玄武が頷く。

 

「奴らの狙いは一体なんだ?」

 

「クラス長が心配性で……とかなんとか言っていたね」

 

 白虎の問いかけに玄武が答える。その答えに白虎が顔をしかめる。

 

「どういうこった?」

 

「……言葉をそのまま受け取るなら、C組、『超能力組』が動き出したということだろうね」

 

「C組のクラス長さんは圧倒的なカリスマ性の持ち主だからね……あの人の一声の威力は絶大なものがある」

 

 朱雀の言葉に玄武が同調する。

 

「動き出したということはつまり……」

 

「つまり……なんだよ?」

 

 腕を組んで呟く青龍に白虎が尋ねる。青龍が淡々と答える。

 

「我々B組を潰そうということでしょう」

 

「マジかよ」

 

「マジです。まあ、潰すというのはいささか大げさな表現ですが……」

 

「ちょっと懲らしめようってことかね~?」

 

「そういうことでしょう」

 

 玄武の言葉に青龍が頷く。

 

「なんで懲らしめられなきゃいけねえんだよ?」

 

「調子に乗っていると思われたのではないかな?」

 

 憮然とした様子の白虎に朱雀が反応する。白虎が眉をひそめる。

 

「調子に乗っているだあ~?」

 

「あくまでも想像に過ぎないけどね」

 

 朱雀が肩をすくめる。

 

「面白え……来るならこいってんだ!」

 

「いやあ……マジで来られたらちょっとね……」

 

 右拳で左手の掌を叩く白虎を見て、玄武が苦笑を浮かべる。

 

「なんだよ笠井、ビビってんのか?」

 

「いやあ、それはまあねえ……」

 

「情けねえ野郎だな、それでも男か?」

 

「俺を煽らないでよ……」

 

 白虎に対し、玄武がさらに苦笑する。

 

「そのように虚勢を張っても空しいだけですよ」

 

「きょ、虚勢じゃねえよ!」

 

 青龍に対し、白虎が声を荒げる。青龍は腕を組み直す。

 

「虚勢でなければ実に頼もしい限りです……とは言いましても現実はなかなか厳しいものがあります……」

 

「なんだよ本郷、お前もヘタレてんのかよ?」

 

「冷静に分析しているだけです……あのC組が動き出したのなら、B組で迎えうつことがかなり大変だということは貴女もよく分かっているでしょう?」

 

「ちっ……」

 

 白虎が舌打ちをして、机に肘をつく。朱雀が軽く頭を抑えながら呟く。

 

「それにしても彼だ……」

 

「彼って誰よ?」

 

「クラス長の懐刀だ……」

 

「ああ、井伊谷ちゃんのところには彼が行ったのか……」

 

「動きに反応することが出来なかったよ」

 

「それは俺も一緒だよ……」

 

 朱雀の言葉に玄武が同調する。

 

「アタシもあいつの接近に気がつかなかったぜ……」

 

「情けないことに私も同様です……」

 

 白虎と青龍もうつむき加減になる。玄武がおどけ気味に呟く。

 

「さすがは超能力組って感じだよね~」

 

「四天王が揃って手玉に取られてしまったからね……」

 

 朱雀が苦笑する。

 

「このままだと非常にマズいですね……」

 

「マズいって随分と弱気だな、本郷」

 

「強気になれる材料がありません。扇原さん、あったらどうか教えて下さい」

 

「それは……」

 

 青龍の言葉に白虎が口をつぐむ。

 

「四天王と持て囃されても、我々はあくまでも微妙な能力者、その気になった超能力者たちに勝てるとは思えません」

 

「本郷くんが言うと、説得力が増すね……嫌な方向にだけれども」

 

「「「「はあ……」」」」

 

 四人が揃ってため息をつく。

 

「……」

 

 しばらく沈黙が流れる。その時、空き教室のドアが開く。

 

「揃いも揃ってしょぼくれているな」

 

「「「「!」」」」

 

「日光くん、どうしてここに……?」

 

「貴様らのため息が風に乗って俺のところまで届いたのでな」

 

「そんな馬鹿な」

 

「冗談だ」

 

 日光が笑みを浮かべる。青龍がゆっくりと立ち上がる。

 

「どうせ、余計な告げ口でもしたので……しょう!」

 

 青龍が掃除用具入れからほうきを取り出し、天井をつく。

 

「!」

 

「やっぱり……」

 

 天井から現れた花火の姿を見て、青龍は苦笑する。

 

「……告げ口ではなく報告だ」

 

「どちらでもいいですが、聞き耳を立てるのはあまり良い趣味ではないですよ、八角さん」

 

「趣味ではなく任務だ」

 

「任務?」

 

 青龍が首を傾げる。日光が口を開く。

 

「貴様らが浮かない顔をしていたから、様子を探らせた」

 

「へえ、意外と観察しているんだね……」

 

 日光の言葉に玄武が感心する。

 

「八角よ、すっかり飼いならされちまっているじゃねえか」

 

「……飼い犬にもなれない駄犬よりはマシだ」

 

「なんだと?」

 

 白虎が立ち上がり花火と睨み合う。日光が制止する。

 

「やめろ、白虎。花火も煽るな」

 

「はっ……」

 

「扇原さん、落ち着くんだ」

 

「ふん……」

 

 朱雀に促され、白虎が椅子に座る。やや間を空けて日光が再度口を開く。

 

「……状況は大体把握した。要は不安要素を取り除けば良いのだろう?」

 

「取り除く? どうやって?」

 

 玄武が尋ねる。

 

「まずは情報を集めることだ。花火を調査に送り込む」

 

「「「「‼」」」」

 

 日光の発言に四人が驚く。



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第10話(3)潜入調査

「そ、そんな……」

 

 言葉を失う朱雀をよそに日光が話を続ける。

 

「貴様らが連中のことをどうしてそんなに恐れているのかが俺にはいまいち分からん」

 

「だって、超能力組だよ! 超能力者の集まりだよ⁉」

 

「落ち着け、玄武。貴様らしくもない」

 

「む……」

 

 日光が玄武を落ち着かせる。

 

「それくらいは俺も承知している。だからそれ以上の情報が欲しい」

 

「それ以上の情報?」

 

 白虎が首を傾げる。

 

「ああ、向こうのことを知れば知るほど、それだけ不安も少なくなるだろう?」

 

「なるほど……それが不安要素を取り除くことにつながるのですね」

 

 日光の言葉に青龍が頷く。

 

「そういうことだ」

 

「し、しかし、八角さんを潜入させるのは危険だ!」

 

 朱雀が声を上げる。日光が答える。

 

「所詮は学生のやることだ。たとえ捕まったとしてもまさか命までは取られまい」

 

「そ、それはそうかもしれないけれどね……」

 

 朱雀が再び黙る。

 

「花火ちゃんはそれで良いの?」

 

「任務には従うまでだ……」

 

 玄武の問いに花火は冷静に答える。

 

「任務ってよお……お前さんはいつから仁子の部下になったんだ?」

 

 頭をかきながら白虎が花火に尋ねる。花火は顔色を変えずに答える。

 

「……部下になった認識はない」

 

「は? どういうこったよ」

 

「この2年B組をより良いクラスにするために志を同じくする『同志』だと、拙者の中では認識している」

 

「ど、同志……⁉」

 

「そこまで言うのですね、八角さん……」

 

 花火の言葉に白虎は面食らい、青龍は半ば感心したように頷く。

 

「善は急げと言います。早速C組に接近したいと思います」

 

「そうか、気をつけてな、無茶はするなよ」

 

「はっ、失礼!」

 

 花火はその場から消える。朱雀が軽く頭を抱える。

 

「授業はきちんと受けた方が良いと思うのだけれどね……」

 

「……ふむ」

 

 広い敷地を持つ能研学園、ボロボロなB組の校舎とは反対側に位置する立派な造りの校舎群の中でもひと際立派な校舎がある。ここがC組、いわゆる『超能力組』の生徒が通う学び舎である。そこに花火は潜入した。もちろん、大手を振って正面から堂々と入っていったわけではない。天井裏などを伝って、各教室の様子を伺う。

 

(この校舎にはいくつかの使われていない教室がある……その内の一つが“奴”の根城だ)

 

 花火は空き教室を重点的に探してみることにした。校舎の造りは頭に入っている為、移動は容易いことだ。

 

(無茶はするなよ)

 

 花火の頭に先ほどの日光の言葉が頭をよぎる。かすかな笑みを浮かべるが、すぐにそれを打ち消す。ある程度の無茶をしなければ、有益な情報は得られないだろうからだ。

 

(……この先だな)

 

 花火は匍匐前進をしながら、天井裏を進む。目当ての教室まではあともう少しだ。

 

「……さて」

 

「つーかまえた♪」

 

「⁉」

 

 花火が驚く。明るい髪色をしたミディアムロングの女子が壁を半分すり抜けて、花火の忍び装束を掴んでいたからである。女子は笑いながら告げる。

 

「潜入調査が自分だけの専売特許だと思った?」

 

「ちっ!」

 

 花火は女子の手を強引に振り払うと、中腰の体勢になって走り出す。気配を逆に察知されるとはとんだ失態だ。とにかく今はこの場から逃れることだ。背後から女子の声がする。

 

「待ってよ~」

 

 そう言われて待つ馬鹿はいない。排気ダクトが見えた。あそこからなら外に出られる。細い穴だが、自分なら造作もなく通り抜けられる。花火は躊躇なく飛び込む。

 

「はっ!」

 

「ウエルカム~♪」

 

「なっ⁉」

 

 抜け出た先の地面に、大柄で筋骨隆々とした、カーリーヘアの褐色の女性が満面の笑みで待ち構えていた。このままだとマズい。地面に着地する前に、空中で方向転換を試みる。

 

「そうはさせないよ~」

 

「くっ⁉」

 

 ミディアムロングが花火の下半身をがっしりと掴む。これでは方向転換が出来ない。

 

「喰らえ!」

 

「がはっ……!」

 

 大柄な女性がバットのように振る木の枝を喰らい、花火の意識は飛んだ。

 

「……少々やりすぎではありませんか?」

 

「あーしは抑えていただけです。やったのはナオミでーす」

 

「ナッ⁉ ワ、ワタシのせいか⁉」

 

「……うっ……」

 

「あら、起きますね、案外タフなようで……」

 

「こ、ここは……?」

 

 花火が目を開くと、教室の中のようであった。両手両足が縛られ、床に転がされている。視線をキョロキョロと動かすと、先ほど相対したミディアムロングの女子とカーリーヘアの女子が左右からこちらを見下ろしている。

 

「……お前がこそこそ探していた場所に連れてきてやったぜ」

 

「‼」

 

 低く威圧感のある声が教室に響く。花火が声のした方に視線を向けると、短い金髪に顎髭を生やした男性が椅子にドカッと座っている。相当着崩してはいるが、ブレザーの制服姿から能研学園の生徒であることが分かる。男性が花火に尋ねる。

 

「俺が誰か分かるよな?」

 

「2年C組クラス長、織田桐天武(おだぎりてんぶ)……」

 

「天武“さま”でしょう……?」

 

 天武の傍らに立つ、黒髪ロングで蝶の髪飾りをつけた美人の女性がにっこりと微笑む。顔は笑っているが、声色は明らかに笑っていない。天武が笑う。

 

「美羽、そんなことはどうでもいい」

 

「これは失礼しました……」

 

 美羽が優雅に頭を下げる。天武が花火に視線を戻す。

 

「聞くまでもねえことだが、一応聞いておく……誰の差し金だ?」

 

「……」

 

「黙秘するか、まあ当然と言えば当然だが……お前もかわいそうにな」

 

「?」

 

「俺がお前のことを突き出しても、ヘタレなB組は知らんぷりを決め込むだろうからなあ」

 

「……!」

 

「お? 怒ったか? 恨むならヘタレを恨めよ」

 

「……同志のことを悪く言うな……!」

 

「はははっ! 同志ときたか。その同志は今頃震えているんじゃねえか?」

 

「生憎だが俺はバイブ機能など有していない……」

 

「!」

 

「なっ⁉」

 

 日光の登場に花火と天武が驚く。



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第10話(4)対峙

「? そんなに驚くことか?」

 

 日光はキョトンとした表情を浮かべる。

 

「き、貴様、どうやって……?」

 

「いや、普通に正面から入ったのだが……」

 

「そ、そんなことが……」

 

「同じ学園の学生が他の校舎を訪ねても何ら問題はあるまい」

 

「も、盲点だった……」

 

 天武は信じられないといった表情を浮かべる。日光は呆れたように呟く。

 

「……ひょっとしなくても……馬鹿なのか?」

 

「ぶ、無礼な!」

 

「落ち着け、美羽……」

 

 天武は美羽を落ち着かせる。美羽は頭を下げる。

 

「はっ……」

 

「しかし、あれだな、見直したぜ」

 

「何がだ?」

 

「お前がこいつを助けに来たことだよ」

 

 天武が床に倒れ込む花火に向かって顎をしゃくる。日光が首を傾げる。

 

「当たり前のことではないか?」

 

「はっ、同志ってのも案外馬鹿には出来ないもんだな」

 

「同志ではない」

 

「なに?」

 

「と、友達だ……」

 

「!」

 

 日光の言葉に花火が驚く。天武が笑う。

 

「はははっ、友達ときたか!」

 

「今日はただ挨拶に来たのだ。花火を釈放してくれ」

 

「ふん……おい、縄を解いてやれ」

 

 天武の命で、花火の縄が解かれる。日光が駆け寄る。

 

「大丈夫か?」

 

「は、はい……しかし、何故わざわざここまで……」

 

「調査してもらうとは頼んだ。ただ、貴様単独でとは言っていない」

 

「‼」

 

「まあ、大怪我はしていないようで良かった。立てるか?」

 

「は、はい……」

 

 花火はゆっくりと立ち上がる。日光が天武の方に向き直って告げる。

 

「それでは失礼させてもらう」

 

「ちょっと待てや」

 

「……なにか?」

 

「なにかあるに決まってんだろうが。まさか、このまま返すわけにはいかねえよ」

 

「集団リンチでもするか?」

 

 日光と花火が身構える。天武が鼻で笑う。

 

「はっ、そんなダセえ真似はしねえよ。ただ……仁子日光、お前には聞きたいことがある」

 

「聞きたいこと?」

 

「ああ、単刀直入に聞く。お前の目的はなんだ?」

 

「2年B組をより良いクラスにしたいと考えている……」

 

「他にも言ってなかったか?」

 

「他にも? ……ああ、俺はB組を“落ちこぼれ”から“最高の連中”にしたいというようなことも言っているな」

 

「ふん、もっと大それたことを言ってなかったか?」

 

「? 大体大それたことしか言ってないからな……」

 

 日光が首を傾げる。天武が傍らの美羽に視線をやる。美羽が口を開く。

 

「仁子日光さん……2年B組の副クラス長に就任した際の挨拶で貴方はこのようなことを宣言しています」

 

「うん?」

 

「『俺と諸君らの微能力を駆使して、この能力研究学園に革命を……下克上を起こしてやろうではないか!』……と」

 

「そういえば、そんなことも言ったな。そこまで把握しているとはな……」

 

 日光が感心する。美羽が天武の方を見る。

 

「天武さま……」

 

「ああ、これは捨て置けんな」

 

「ん?」

 

「下克上というのは、下のものが上のものに克つということだ。この学園において上に位置するのは、俺たちC組だ……」

 

「ふむ……」

 

「つまり、これは俺たちに対する明確な宣戦布告ということだ……!」

 

「いや……」

 

「今更そんなつもりではなかったとかダサいことを抜かすなよ?」

 

「う~ん……じゃあ、それで構わない」

 

「んなっ⁉」

 

 日光のあっさりとした言葉に天武は面食らう。

 

「いずれはぶつかることになるとはある程度予想していた……ただ、一応、同じ学園の生徒だ。出来る限り学生らしいことで勝ち負けをつけたい」

 

「学生らしいことだと……?」

 

「ああ、例えばだが……」

 

 約十分後、日光と花火の姿はB組の校舎にあった。

 

「ふ、二人とも、よく無事で!」

 

 照美が二人を迎え入れる。

 

「だ、大丈夫でしたか?」

 

「ちょっと小突かれたが……問題はない」

 

 聡乃の問いに花火は平然と答える。

 

「しかし、無茶するわね。C組の校舎に乗り込むだなんて……」

 

「話し合いに赴いたまでだ」

 

「話し合い?」

 

 照美が首を傾げる。

 

「ああ、向こうが本格的にちょっかいをかけてくる前に先手を打った」

 

「せ、先手?」

 

 聡乃が戸惑う。朱雀が腕を組んで呟く。

 

「ほう、それは興味深いね……」

 

「知りたいか?」

 

「もちろんだとも」

 

「う~ん……」

 

「いやいや、日光っち、そこはもったいぶらずに教えてよ」

 

 日光の態度に玄武は苦笑する。白虎が両手を組んで、指をポキポキと鳴らす。

 

「メンバーを選抜してタイマンか⁉」

 

「いや、そんなことではない……」

 

 日光が静かに首を振る。白虎が拍子抜けする。

 

「ち、違うのかよ……」

 

「……こちらに勝ち目が薄すぎるでしょう。ちょっと考えれば分かることです」

 

「あ? 本郷、やる気か?」

 

 白虎が青龍を睨みつける。青龍はそれを無視して、日光に問う。

 

「一体、何をするのですか?」

 

「……今度、行われる学校行事を思い浮かべてみろ」

 

「学校行事……?」

 

「……球技大会が行われるだろう」

 

 首を傾げる照美に花火が告げる。日光が高らかに宣言する。

 

「その球技大会のドッジボール対決で決着をつけることになった‼」

 

「「「「「「‼」」」」」」

 

 日光の予想外の宣言に、照美たちは揃って驚く。



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第11話(1)開戦

                  11

 

「……まもなく、2年B組と2年C組のドッジボールが行われます……」

 

「は、始まる……」

 

 流れるアナウンスを聞き、聡乃が焦りを見せる。その横で照美が呟く。

 

「まさか本当にドッジボールで対決するなんてね……」

 

「しかし、これは絶妙な一手かもしれません」

 

「本郷君、どういうこと?」

 

「能力の差を“さほど”気にせずに戦えるというのは私たちにメリットがありますから」

 

「そうかしら……?」

 

「そうですよ、仁子君もどうしてなかなか考えたものです」

 

「本当に考えたのかしらね……」

 

 青龍の言葉に照美は首を傾げる。

 

「あ、あわわ、ど、どうしましょう……」

 

「本荘、ビッとしろ!」

 

「ひ、ひぃ!」

 

 白虎に背中を叩かれ、聡乃は小さく悲鳴を上げる。白虎は苦笑する。

 

「おいおい、大丈夫かよ……」

 

「だ、大丈夫ではないです……あ、あの、わ、私が試合のメンバーに入っているのはどう考えてもおかしいと思うのですが……」

 

「それはアタシも同意だ」

 

「あ、ど、同意されるんですね。そ、それはそれで寂しいような……」

 

「まあ、日光を信じようぜ」

 

「日光さんを?」

 

「ああ、奴が選んだ10人のメンバーなんだからな。お前さんももっと自信を持て」

 

「そ、そうですね、わ、分かりました……」

 

 白虎の言葉に聡乃は頷く。

 

「……どう思う?」

 

「いや~童心に帰って、テンション爆アゲだよ~♪」

 

「……そういうことではない」

 

 おどける玄武を朱雀は冷ややかな目で見つめる。玄武は咳払いを一つ入れる。

 

「ゴホン……このメンバーを選んだということは、日光っちには勝算があるんだと思うよ」

 

「……本当にそう思うか?」

 

「そう思いたいね」

 

 玄武は苦笑交じりでウインクする。

 

「……時間だ、コートに入るぞ」

 

 日光がメンバーたちに告げる。

 

「10対10人の試合。内野と外野が5人ずつ。ボールが当たった者は外野のメンバーと交代、但し、一度当てられたものは内野には戻れません。10人全員が当てられるか、制限時間内で内野に残っている人数が多い方が勝利です。よろしいですか?」

 

「……」

 

「問題ない」

 

 審判から説明をされる。天武は無言で頷き、日光は簡潔に答える。

 

「それではジャンプボールです! 各自位置について下さい! ……ゲームスタート!」

 

 審判がコート中央でボールを高々と上げる。落下のタイミングを上手く見極めて飛んだ青龍が、自陣内にボールをはたき落とす。日光が声を上げる。

 

「いいぞ! 青龍!」

 

「あ……」

 

 ボールが聡乃の元に転がる。照美が声をかける。

 

「聡乃さん! ボールを本郷君に渡して!」

 

「いや、聡乃、お前が投げろ!」

 

「ええっ⁉」

 

「え、ええ……?」

 

 日光の指示に照美は驚き、聡乃は戸惑う。日光は重ねて指示を出す。

 

「自分を信じろ!」

 

「自分を信じる……は、は~はっはっは!」

 

「⁉」

 

 ボールを手に高らかに笑いだした聡乃に対し、対面するC組のメンバーが少し面食らう。

 

「喰らいやがれ!」

 

「ぐっ!」

 

「B組、1ヒット!」

 

「そらあ!」

 

「きゃっ!」

 

「B組、2ヒット!」

 

「おおっ⁉ B組の本荘がいきなり2人にボールをヒットさせたぞ! これは予想外!」

 

 実況が驚く。

 

「は~はっはっは!」

 

「テ、テンションが高い……それにこれは……ボールに鞭を巻き付けて、鞭を振るった反動でボールを投げている⁉ こ、これは本荘聡乃の微能力、『陰キャ』の成せる業か! 通常ならば当然ルール違反でしょうが……オッケーです!」

 

「オッケーなの⁉」

 

「能研学園ならではだな」

 

 実況の言葉に照美はびっくりとし、日光は納得する。実況が声を上げる。

 

「さあ、ボールが三度、本荘に転がってきたぞ! 本荘、鞭を巻き付け……狙いを定める!」

 

「一気に大将首を狙うぜ!」

 

「おおっと! 本荘の振るった鞭から放たれたボールが織田桐天武を目掛け飛んでいく!」

 

「フン!」

 

「おっと! これは、織田桐の前に立ったナオミ=コンセイソンが片手で難なく掴んだ!」

 

「微能力者が……チョーシに乗るなよ……」

 

「所詮児戯だ……ナオミ、お前に任せる」

 

「ハッ!」

 

 ナオミと呼ばれた褐色の女性は大柄な体をコート中央に進ませる。実況が告げる。

 

「さあ、ナオミ、ボールを片手で掴んだまま、どんなボールを投げるか!」

 

「くっ、あの大柄な体……とんでもないボールが飛んできそうね!」

 

「ただのとんでもないボールならまだ良いのですが……」

 

 身構える照美の側で、青龍が苦笑気味に呟く。

 

「ムン!」

 

「がはっ!」

 

「C組、1ヒット!」

 

「ムムン!」

 

「どはっ!」

 

「C組、2ヒット!」

 

「ナオミ、立て続けに2人に当てた。すごい威力のボールだ!」

 

「お次はナマイキなお前だ……」

 

 自らのもとに帰ってきたボールを拾い、ナオミが聡乃に狙いを定める。聡乃が叫ぶ。

 

「へっ! 来るならこい!」

 

「ムムムン!」

 

「ぐはっ⁉」

 

「ああっと、本荘、ナオミのボールを受け止めたが⁉ しかし、彼女の超能力は……」

 

「物質の重さを変化することが出来る! ただの木の棒も……彼女が振るえば鉄棒だ!」

 

「ソノトーリ! 鉄球の重さに耐えられるかな⁉」

 

 青龍の叫びにナオミが頷く。聡乃が歯を食いしばって叫ぶ。

 

「い、陰キャの根性、ナメんじゃねー! ……って、やっぱ無理なもんは無理だあー!」

 

「C組、3ヒット!」

 

「さ、聡乃さん、大丈夫⁉」

 

「い、いや、あ、あまり大丈夫ではないですね……」

 

 照美の言葉に聡乃が苦しそうに笑う。

 

「敵は取る……」

 

 内野に入ってきていた花火がボールを拾い上げる。



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第11話(2)目には目を

「ハッ、いつぞやのニンジャガールじゃないか!」

 

「そういえば殴られた恨みがあったな……」

 

「ム⁉」

 

「おっと! 八角花火、バチバチと手を叩いたかと思うと、般若の面を被ったぞ!」

 

「は、般若の面⁉」

 

 照美が驚く。

 

「どういう効果だ?」

 

「いや……あのお面はほとんど見たことがないですね……」

 

 日光の問いに青龍が首を傾げる。

 

「そうか……」

 

「……行くぞ」

 

「カモン!」

 

 花火がナオミに狙いを定めてゆっくりと振りかぶる。

 

「はっ!」

 

「八角がボールを投じた! し、しかし、これは……」

 

「ハハッ! タイシタ球ではないね! アクビが出るよ!」

 

 花火の投げたボールは鋭い投球フォームとは裏腹に、ゆるやかなボールであった。ナオミは笑いながら捕球の体勢に入る。

 

「……ナオミ、油断するな!」

 

 天武が叫ぶ。

 

「エッ⁉」

 

「ふん!」

 

「!」

 

 花火が飛び、相手コート内に入る。そして、ボールに向かって腕を振るう。

 

「『恐怖の肘鉄砲』!」

 

 無数の肘鉄砲が放たれ、それらが当たったボールが勢いを急激に増す。

 

「‼ ボールの勢いが急にアップした……⁉ どわっ⁉」

 

「B組、3ヒット!」

 

「おおっと、これは一体どうしたことか⁉ ナオミ、余裕のキャッチかと思いましたが、ボールを取りこぼしてしまった!」

 

「……」

 

 花火は既に自陣に戻っていた。ナオミが両手を広げて審判に抗議する。

 

「レフェリー! どこを見ている! あんなのファウルじゃないか!」

 

「え?」

 

「やめろ、ナオミ……」

 

「ボ、ボス……」

 

 天武が転がっていたボールを拾い、淡々と告げる。

 

「あのくのいちは全ての動作を空中で行っていた……こちらのコートは一切踏んでいない。ルール違反には当たらん」

 

「ソ、ソンナ……」

 

「そして、あのくのいちの微能力、『弾幕』を用いた投球……この場合は肘鉄砲の弾幕といったところか……無論、能力の使用もルール違反ではない」

 

「ム……」

 

「さらになによりも、今の一連の動き……常人では目で追うのは困難だ。目で追えないものを判定しろというのも無理な話だろう」

 

「クッ……」

 

 ナオミはがっくりと肩を落とす。天武は肩にそっと手を添える。

 

「外野でも活躍の機会は巡ってくる。そう気を落とすな」

 

「イ、イエス……」

 

 ナオミがゆっくりと外野に出る。天武が笑みを浮かべて呟く。

 

「案外楽しめるかもしれねえな……」

 

「!」

 

「おおっと⁉ 織田桐! せっかく掴んだボールを相手陣内に投げてしまったぞ⁉」

 

「なっ……」

 

「もっと楽しませてみろ……」

 

「くっ……舐めるな!」

 

 花火が天武目掛けてボールを投げる。そして、相手陣内に空中から侵入する。

 

「それはさっき見たって~」

 

「⁉ ちっ!」

 

 天武の前でボールを掴んだミディアムロングの女子を見て、花火は空中で方向転換し、自陣に着地する。実況が声を上げる。

 

「織田桐のピンチを喜多川が救った!」

 

「目には目を、くのいちにはくのいちを……だな。任せたぞ、喜多川益子(きたがわますこ)……」

 

 天武が笑みを浮かべながら告げる。喜多川はボールを片手に苦笑する。

 

「ドッジボールはさすがに専門外なんすけど……まあ、やるだけやってみます……」

 

「……」

 

「それっ!」

 

 喜多川が振りかぶり、ボールを投じる。

 

「ふん!」

 

「喜多川の鋭いボールを八角がキャッチ!」

 

「ちっ……」

 

「こんなものか……はっ!」

 

「おっと! 八角、ジャンピングショットだ!」

 

 花火は飛び上がったと同時にボールを投げ下ろす。

 

「あらよっと!」

 

「⁉」

 

「ああっと⁉ 喜多川、な、なんと、コートに潜ってボールをかわした⁉」

 

「あれは……?」

 

「喜多川益子の超能力、『人魚化』よ!」

 

 日光の問いに照美が答える。喜多川が笑う。

 

「ふふっ、あーしにかかれば、どこだって水の中……」

 

 ぼちゃぼちゃと漂うボールを喜多川は拾う。地面に着地した花火が首を傾げる。

 

「忍者なのか、その姿……?」

 

「う、うるさいな! 細かいことは気にするなっての!」

 

「ぐっ⁉」

 

 喜多川が投じたカーブボールを花火はなんとかキャッチする。喜多川が笑う。

 

「取られたか……でも、そっちが当てられるかな?」

 

 喜多川がコートをスイスイと泳いでみせる。八角は拍手し、お面をひょっとこに変える。

 

「『楽しみの焼鉄砲』!」

 

「おあっと! 八角、火を噴き出し、相手コートの半分を火の海にしたぞ!」

 

「なるほど、その手があったか!」

 

「……これってドッジボールよね?」

 

 興奮気味の日光の傍らで照美が首を傾げる。喜多川が思わず声を上げる。

 

「熱っつ⁉」

 

「動きが止まった! そこだ!」

 

「八角、鋭いボールを投げ込む!」

 

「なめんなって!」

 

「なっ⁉」

 

 下半身が魚になっていた喜多川だったが、その下半身を上手く跳ねさせて、水中から空中に飛び出し、ボールをキャッチする。

 

「こういうことも……出来るんだよ!」

 

 喜多川が上手く反動を利用して、ボールを投げる。しならせた体から放たれた鋭いボールに花火は反応しきれない。

 

「C組、4ヒット!」

 

「くっ……」

 

「あ、火が消えた……良かった、焼き人魚になるところだったわ……」

 

 通常の体型に戻った喜多川はほっと胸をなで下ろす。



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第11話(3)ただの煽り

「ふん……」

 

 転がってきたボールを白虎が拾う。喜多川が尋ねる。

 

「あら? 今度はアンタが相手?」

 

「ああ」

 

「あーしに当てられるかしら?」

 

 喜多川は再び人魚の姿に変化し、コートを泳ぎ回ってみせる。白虎は感心する。

 

「へえ……」

 

「なにがへえ……よ」

 

「いや、スイスイと見事に泳ぐもんだなと思ってよ」

 

「そりゃそうでしょうとも。なんてたって人魚ですもの」

 

「人魚? 半魚人かと思ったぜ」

 

「だ、誰が半魚人よ!」

 

 喜多川がムッとして声を上げる。白虎が首を傾げる。

 

「え?」

 

「え?じゃないわよ!」

 

「だってそうだろう? 上半身が人間で下半身が魚なんだから。半魚人以外の何者でもないだろうが。違うのか?」

 

「そうかもしれないけど、こういう場合は人魚って呼ぶのよ、普通」

 

「普通じゃない状況で言われてもな……」

 

 白虎が両手を広げて肩をすくめる。喜多川が声を上げる。

 

「うるさいわね!」

 

「まあ、一万歩譲って人魚だとしようか……」

 

「そこは百歩でしょう! 譲歩しないにも程があるわよ!」

 

「繰り返しになるが、本当に見事な泳ぎっぷりだと思うぜ」

 

「ふふっ、見惚れちゃったかしら?」

 

「ああ、マグロみてえだなって思って」

 

「はっ⁉ 言うに事欠いてマグロ⁉」

 

「泳ぎ続けないと死んじゃうんだろう?」

 

「だからマグロじゃないわよ!」

 

「マグロじゃないのか……」

 

「そうよ!」

 

「マグロは海面を時に飛び跳ねるようだが……そんな芸当は出来ないってことか?」

 

「出来るわよ、それくらい!」

 

「本当か?」

 

「本当よ! さっきもやってみせたでしょう!」

 

「半信半疑だな~半魚人だけに……」

 

「また半魚人って言ったわね、アンタ⁉」

 

「バレたか」

 

「バレるわよ! いいわ、半魚人でもマグロでも出来ない、優雅な海面ジャンプをとくと見せてあげるわ! それ!」

 

 喜多川がコートから大きく飛び跳ねる。白虎がニヤリと笑う。

 

「待ってたぜ……」

 

「! しまっ……」

 

「おらあっ!」

 

「ぐっ!」

 

「B組、4ヒット!」

 

「ああっと、喜多川、優雅に飛び跳ねたところを扇原に狙い撃ちされた!」

 

「ああ……つまらない煽りに乗ってしまった……」

 

 喜多川がコートに膝をつく。そこに内野に入ってきた茶色いマッシュルームカットの女性がボールを拾って呟く。

 

「奴の微能力は分かっていたはず……」

 

「秀美……」

 

「それなのにまんまと引っかかるとは……愚かですね」

 

「ぐっ……」

 

 喜多川は悔しそうに唇を噛む。天武が近づいてきてマッシュルームカットに尋ねる。

 

「奴の『煽り』は分かっていてもなかなか厄介だ。大丈夫か?」

 

「ご心配なく、なんの問題もありません」

 

「頼もしいな。任せたぞ、茂庭秀美(もにわひでみ)……」

 

「お任せ下さい」

 

 茂庭と呼ばれた女性は天武に一礼した後、白虎の方に向き直る。白虎が笑う。

 

「これまたひょろっとした奴が出てきたな。キノコが喋っているのかと錯覚したぜ」

 

「……」

 

 茂庭が鼻をつまむ。白虎が首を捻る。

 

「なんだよ?」

 

「……ああ、お馬さんのお尻がおならをしているのかと思ったら、人でしたか……」

 

「! これはポニーテールだ! 人の頭を馬のケツ扱いすんじゃねえ!」

 

「はっ!」

 

「うおっ⁉」

 

 茂庭の投じた鋭いボールを白虎は面食らいながらキャッチする。茂庭が呟く。

 

「……惜しい」

 

「……はっ、なるほど、そういう狙いか……」

 

「は?」

 

 茂庭は首を傾げる。白虎が笑みを浮かべながら語る。

 

「アタシの煽りを真似して、アタシの冷静さを失わせようっていう魂胆だろう? 残念ながら、そうは問屋が卸さねえよ」

 

 白虎が右手の人差し指を立てて、左右に振る。茂庭はやや戸惑いを見せる。

 

「はあ……」

 

「狙いが分かればこっちのもんだ! お前さんみたいなヒョロい奴は煽るまでもねえ! さっさと終わらせるぜ!」

 

「!」

 

 白虎が茂庭めがけて、思い切りボールを投げる。

 

「はっ!」

 

「なっ⁉」

 

「おっと、扇原の鋭いボールを茂庭、難なくキャッチした!」

 

「な、なんだと……」

 

 実況の声が響く中、白虎は信じられないと言った表情を浮かべる。茂庭が細い声で呟く。

 

「貴女、なにか勘違いなされていますね……」

 

「なに?」

 

「いや、ただ単に無知なだけか……」

 

「な、なんなんだよ!」

 

「私の能力について……です!」

 

「‼」

 

 茂庭のその細い体からは想像も出来ないほどの鋭く強烈なボールが投げ込まれ、不意を突かれた白虎は反応することが出来ず、キャッチし損ねてしまう。

 

「C組、5ヒット!」

 

「く、くそ……なんていうボールを投げやがる……」

 

 膝をつく白虎を見下ろしながら、茂庭が告げる。

 

「私の持つ能力は『倍返し』……」

 

「ば、倍返しだと……⁉」

 

「貴女から受けた品のない煽りも、投げ込まれた強烈なボールも、倍にしてお返しして差し上げました……」

 

「くっ、そ、そんな超能力が……」

 

「ご存知なかったのですか……まあ、他の方と違って私はあまりひけらかしたりはしませんが……知らないということは全く愚かですね」

 

「ぐっ……」

 

「ああ、今のはお返しではなく、ただの煽りです」

 

 茂庭はそう言ってにっこりと微笑む。



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第11話(4)B組に過ぎたる者

「倍返しとは厄介な能力だな……さすがは超能力組と言ったところか……」

 

「そうね、どうやって倒せばいいものか……」

 

 日光の呟きに照美が反応する。

 

「残念ながら途方に暮れている暇はありませんよ」

 

 青龍がコートに転がるボールを拾う。

 

「青龍……策はあるのか?」

 

「まあ、一応ですが用意してありますよ。対茂庭秀美さん用のね」

 

 日光の問いに青龍は答える。照美が驚く。

 

「本当に?」

 

「それは頼もしいな」

 

「あまり期待はしないで下さいよ」

 

 青龍は苦笑しながらボールを持って相手陣内に向き直る。茂庭が呟く。

 

「本郷青龍さん、貴方がもう出てくるとは……」

 

「意外でしたか?」

 

「多少……ということは……」

 

「ということは?」

 

「そちらは大分追い詰められているようですね」

 

「ぶっ!」

 

 茂庭の言葉に青龍が吹き出す。茂庭が首を傾げる。

 

「違いましたか?」

 

「い、いいえ、半分当たっているなと思いまして……」

 

「半分?」

 

 茂庭はさらに首を傾げる。

 

「貴方がたとこうして相対するような事態になっている時点で、私たちは既にかなりのところまで追い詰められていますよ」

 

「なるほど」

 

 青龍の説明に茂庭は納得する。青龍は咳払いを一つ入れ、ボールを構える。

 

「さて……」

 

「どうぞ……」

 

 大柄な青龍にもまったく臆せず、茂庭は捕球の体勢をとる。青龍は苦笑する。

 

「堂々とされていますね」

 

「私のこの能力があれば、貴方がどのような剛球を投げてこようとも、何ら恐れることはありませんので」

 

「剛球って……女性に対して、そこまでムキにはなりませんよ」

 

 青龍は笑いながら首を振る。

 

「ほう、さすがは『スパダリ』の能力者……」

 

「ですが……」

 

「ですが?」

 

「それが勝負事となれば、話は別です」

 

「スパダリの定義と矛盾するのでは?」

 

「勝負で手を抜くというのは、相手に対して失礼に当たりますから」

 

「なるほど、そういう解釈で来ましたか……」

 

 今度は茂庭が苦笑する。

 

「では……参ります」

 

「どうぞ」

 

「ふん!」

 

 青龍がボールを投げ込む。鋭いがそこまでの強さは感じられない。茂庭は拍子抜けする。

 

(大した球ではない……まさか女相手だから本当に手を抜いた? 舐められたものですね。まあ、こちらとしては助かりますが……!)

 

 次の瞬間、ボールは急激に曲がる。

 

「本荘さん!」

 

「おう!」

 

「!」

 

 外野に下がっていた聡乃が青龍の投じた変化球を鞭で巻き付け、あらためて茂庭に向かって投げつける。

 

「そらっ!」

 

「しまった!」

 

「B組、5ヒット!」

 

「おおっと、ここにきて、内外野のコンビネーションが炸裂! 虚を突かれた茂庭、反応することが出来ませんでした!」

 

 審判がコールし、実況が叫ぶ中、茂庭が青龍を見つめて静かに呟く。

 

「なるほど……私狙いではなく、外野の彼女をめがけて投げたのですね」

 

「そうです」

 

「私や私のチームに向けられたわけではないから、私の倍返しの能力は発動しない……ふむ、これはなかなかの盲点でした」

 

 茂庭は深々と頷く。

 

「さっさとどけ、茂庭」

 

 筋肉質の短髪な男が茂庭を押し退ける。茂庭は顔をしかめる。

 

「乱暴なことをしないで下さい」

 

「これは時間制でもあるんだよ、チンタラしてらんねえんだ」

 

「……それはそうですね、ご健闘をお祈りいたします」

 

 茂庭は一礼し、外野へと歩いていく。青龍が軽く天を仰ぐ。

 

「今度は貴方が相手ですか……志波田勝(しばたまさる)さん……」

 

「へへっ、『B組に過ぎたる者、本郷青龍』……おめえとは一度本気でやり合ってみたいと思っていたんだよ」

 

 志波田と呼ばれた男が笑う。青龍が肩をすくめる。

 

「私はまったくそう思っていませんが……」

 

「まあ、遠慮すんなよ」

 

「遠慮したいですよ」

 

「まあまあ、つれないこと……言うなって!」

 

「!」

 

 志波田の投げた球を青龍はキャッチする。志波田は笑みを浮かべる。

 

「ほう、それを取るかい」

 

「マグレです……よ!」

 

「む!」

 

 青龍の投げた球を志波田がキャッチする。青龍が小さく舌打ちする。

 

「ちっ……」

 

「マグレでこんな球は投げられねえだろう」

 

「‼」

 

 志波田の投げた球を青龍は再びキャッチする。志波田は笑う。

 

「ははっ、良いねえ!」

 

「全然、良くありませんよ!」

 

「ふん!」

 

 青龍の投げた球を志波田も再びキャッチする。青龍が顔をしかめる。

 

「くっ……」

 

「おめえとはこうしていつまでも投げ合っていたいが……」

 

「そこまで子供ではありません」

 

「ははっ! 時間も限られている、これで決めるぜ! うおりゃあ!」

 

「⁉」

 

「C組、6ヒット!」

 

「ああっと、迫力ある投げ合いは志波田に軍配が上がった!」

 

「どうだ!」

 

 志波田が右手を高々と突き上げる。日光が首を傾げる。

 

「なんだ? 投げるごとに球の威力が増していったような……」

 

「あれが彼の超能力、『身体強化』よ。自分の筋力を増すことが出来るの」

 

「なっ、そ、そんなことが……?」

 

 照美の説明に日光が思わず唖然とする。



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第12話(1)メンタルを攻める

                 12

 

「さあ、次はどいつだ!」

 

 志波田が吠える。

 

「ただでさえ、あれだけのマッチョだというのに、どんどんと筋力を増すことが出来たら、手がつけられないな……」

 

「お手上げかしら?」

 

 日光の呟きに照美は苦笑交じりで反応する。

 

「そういうわけにもいかないが、一体どうしたものか……」

 

「僕に任せてもらおうか」

 

「!」

 

「井伊谷さん?」

 

 ボールを拾った朱雀がボールを指先で器用にまわす。日光は戸惑う。

 

「し、しかし……」

 

「大丈夫なの?」

 

「ああ、問題はないよ」

 

 照美の問いに答え、朱雀は颯爽と前を向き、志波田と対峙する。志波田が目を細める。

 

「ほう……次はおめえか」

 

「男装の麗人ではご不満かい?」

 

「自分で麗人とか言うかよ……別に俺は良いんだが、おめえは構わねえのか?」

 

「? 構わないとは?」

 

「俺は女相手だろうと手加減が出来ない質なんだよ」

 

「ははっ……」

 

 朱雀が笑う。志波田が首を傾げる。

 

「なにがおかしい?」

 

「いや、かえってすがすがしいと思ってさ……いざ尋常に勝負!」

 

「! むん!」

 

 朱雀の鋭い投球も志波田は難なくキャッチしてみせる。

 

「我ながらなかなかの球だと思ったが、さすがだね」

 

「当然だ、俺を誰だと思ってやがる?」

 

「ならば、搦め手でいかせてもらおう……」

 

「ん?」

 

 朱雀が右手で銃の形を作り、志波田に向けて呟く。

 

「『垢バン』……」

 

「む!」

 

 志波田の顔がわずかに曇る。朱雀が尋ねる。

 

「どうかしたかな?」

 

「て、てめえ……何をした⁉」

 

 志波田が球を投げるが、威力を欠き、朱雀に簡単にキャッチされてしまう。

 

「『WhoTubae』で、顔を隠して上げている筋トレ動画……」

 

「むっ!」

 

 朱雀の小声での呟きに志波田の顔がやや曇る。朱雀がすかさず投じる。

 

「むむ!」

 

「『ツブッター』で、日課となっている筋肉自撮り……」

 

「むむっ!」

 

「おや、どうかしたかい?」

 

「う、うるせえ!」

 

 志波田が再び球を投げるが、ただの山なりのボールになってしまう。それをキャッチした朱雀が悪い笑みを浮かべながら呟く。

 

「『ウィンスタ』でのマッチョ相手に男女見境なく送りつけるDM……」

 

「むむむっ!」

 

 志波田の顔が露骨に曇る。

 

「男女見境ないというのが……」

 

「だ、黙れ!」

 

 志波田が激しく動揺する。それを見て、朱雀がボールを投じる。

 

「隙あり!」

 

「はっ⁉」

 

「B組、6ヒット!」

 

「おおっと! これは番狂わせ! 井伊谷朱雀が志波田勝にボールを当てました!」

 

「ぐっ……て、てめえ……」

 

 志波田が朱雀を睨みつける。朱雀はわざとらしく両手を広げる。

 

「悪く思わないでくれたまえ。君とまともに投げ合ったら体が持たないからね」

 

「……フィジカル面ではなく、メンタル面を攻めるか……」

 

「なるほどね……」

 

 日光と照美が感心する。朱雀の方にボールが転がる。

 

「おっと、こちらにボールが転がってきた……これは幸運だ。さっさと決めてしまおう!」

 

 ボールを拾った朱雀が相手陣内の後方に立つ天武めがけて鋭いボールを投げ込む。

 

「ふん……!」

 

中性的な雰囲気を纏った、長い黒髪を後ろで一つにまとめた小柄な生徒が横っ飛びで、そのボールをキャッチし、華麗に一回転して着地する。朱雀が感嘆する。

 

「ほう、今のをキャッチするとは……やるね」

 

「いささか調子に乗り過ぎだよ、B組の癖に……」

 

 中性的な生徒が朱雀を静かに睨みつける。朱雀が肩をすくめる。

 

「とは言っても、ここまできたら優先的に大将首を狙うのが定石だろう? 違うかい? 小森一蘭(こもりいちらん)くん……いや、『お蘭くん』だったかな?」

 

「君がその呼び名を呼ばないでくれ、非常に不愉快だ……」

 

 小森と呼ばれた男子が朱雀を再び睨みつける。朱雀が軽く頭を下げる。

 

「それは申し訳ない。気に入っているのかと思って」

 

「そういう意味ではない……」

 

「え?」

 

「呼ぶ者の問題だよ……」

 

「なるほど、難しいものだね」

 

 朱雀がわざとらしく頷いてみせる。小森が舌打ちする。

 

「ちっ……さっさと終わらせるよ!」

 

「おっと!」

 

 小森の投じた球を朱雀がキャッチする。

 

「悪くはなかったが、先ほどまでの志波田くんに比べれば、容易に取れるね」

 

「くっ……」

 

「次はこちらの番だ……」

 

 朱雀がボールを投じようとしたその時、天武が声を上げる。

 

「お蘭! 冷静になれ!」

 

「! はっ!」

 

「それ! なに⁉」

 

「……!」

 

 朱雀は驚く。小森めがけてボールを投げたと思ったら、小森がコート上から消えたのである。ボールは黒髪に所々白いメッシュを入れた男性が無言でキャッチする。男性が投球姿勢に入ろうとすると、小森が再びコート上に現れる。

 

「ボクがやる……ボールを」

 

「……」

 

 男性からボールを受け取った小森が大きく振りかぶる。朱雀がキャッチの姿勢をとる。

 

「そんな離れた距離からなら、大した威力は出ないだろう!」

 

「……ならば、こうしたらどうだい?」

 

「⁉」

 

 小森が再び消えたかと思うと、コートのセンターラインギリギリに姿を現す。

 

「喰らえ!」

 

「ぐっ⁉」

 

「C組、7ヒット!」

 

「小森の速球! 井伊谷、キャッチしきれない!」

 

「くっ……」

 

「C組とB組のいかんとも埋めがたい差を実感してもらえた?」

 

 小森が膝をつく朱雀を見下しながら呟く。朱雀が悔しそうに見上げる。

 

「君の能力なんだっけ? ……ああ、『垢バン』、あれは対象者の姿を捉えられなければ意味がないものなんだよね。いや~やっぱり微妙だな~」

 

「ぐっ……」

 

「まあ、仮に垢バンを喰らったとしても、君に勝ち目はなかったけどね」

 

「え?」

 

「ボクが各SNSで所持している複数のアカウント、いわゆる裏垢も含めて、敬愛する天武さまへの思いで溢れている……それをつつかれても、ボクにとってはなんら恥じ入ることなどないよ。むしろ、知ってもらいたいくらいさ。ボクと天武さまの愛の……むぐっ!」

 

「お喋りが過ぎるぞ、お蘭……」

 

 少し顔を赤くした天武が小森の口をつぐむ。

 

「ま、負けた……」

 

 朱雀があらためて膝をつく。

 

「あ、あれは、まさか……?」

 

「……そのまさかよ。『瞬間移動』、それが彼、小森一蘭君の持つ超能力よ……」

 

 日光の問いに照美が淡々と答える。



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第12話(2)脳みそパーティー

「瞬間移動と来たか……」

 

 日光が軽く頭を抑える。

 

「どうする?」

 

「さて、どうするかな……」

 

 照美の問いに日光は苦笑する。

 

「……俺に任せてもらえるかな?」

 

 玄武がボールを拾って、日光たちに歩み寄る。

 

「むっ……」

 

「はっ……」

 

「? どうしたの、二人とも? そのリアクションは?」

 

「い、いや、いつになく真面目だと思ってな……」

 

「笠井君、そういう顔つきも出来たのね……」

 

 日光たちの言葉に玄武は肩を落とす。

 

「二人とも、俺のことなんだと思っていたのさ……」

 

「能天気野郎」

 

「脳みそパーティー、略して『脳パ』」

 

「酷い言われようだな! あ、でも、『脳パ』は結構面白いかも……?」

 

 玄武が顎に手を当てる。照美が戸惑う。

 

「き、気に入っちゃったの……」

 

「まあ、そんなことはどうでもいい」

 

「日光っち、どうでもいいってことはないっしょ」

 

「任せても大丈夫なのか?」

 

「う~ん」

 

 玄武が首を傾げる。日光が戸惑う。

 

「お、おい、策はないのか?」

 

「ないというか、あるというか……」

 

 玄武が腕を組む。照美が注意する。

 

「ふざけている場合じゃないのよ」

 

「照美ちゃん、悪かった。まあ、ここはとにかく任してよ」

 

「そう……?」

 

「大将格のお二人はどっしりと構えていてちょうだい♪」

 

 玄武がボールを持って、前に歩く。日光が照美の方を見つめて首を傾げる。

 

「……大将格?」

 

「な、なによ、その目は!」

 

「いや、疑問があってな……」

 

「ク、クラス長は私なのだから、あながち間違ってはいないでしょう!」

 

「……そうそう、クラスは賑やかな方が良いよ」

 

 日光と照美のやりとりを背中で聞きながら、玄武は笑みを浮かべる。

 

「ふ~ん、次はキミがボクの相手?」

 

「そうなるみたいだね」

 

「楽しませてくれるのかな~?」

 

「楽しませることに関しては結構自信があるよ」

 

「へえ……」

 

 小森が腕を組む。

 

「腕なんか組んで、随分と余裕だね」

 

「お手並み拝見といこうかな~って」

 

「それは……さすがに舐めすぎだよ!」

 

「おっと!」

 

 玄武の投じたボールを小森は瞬間移動でかわす。バウンドしたボールは外野に渡りそうになるが、瞬間移動で回り込んだ小森がそれをキャッチする。玄武が首を捻る。

 

「う~ん、やっぱり厄介だね、瞬間移動ってやつは……」

 

「今更それ言う? なんだか期待外れかな……」

 

「ご心配なく」

 

「え?」

 

「ここからが本番だよ……」

 

 玄武は両手を広げる。小森は苦笑する。

 

「ここからって……これでおしまいだよ!」

 

「⁉」

 

小森が消えたかと思うと、コートのセンターラインギリギリに姿を現す。

 

「隙だらけだよ!」

 

「スクープ・ザ・シュリンプ! スクープ・ザ・シュリンプ!」

 

 玄武が上半身と脚をバタつかせながら掛け声を叫ぶ。小森が思わず吹き出す。

 

「な、なんだい、それは⁉ あっ……」

 

 力が抜けた小森の投じた球は玄武によってあっさりとキャッチされる。

 

「ふふふ……」

 

「し、しまった!」

 

「もらったよ!」

 

「くっ!」

 

「む!」

 

「瞬間移動があれば、かわせないことなど無いのさ!」

 

「……そこか」

 

「な、なに⁉」

 

 小森は驚いた。投げたと思ったボールが、まだ玄武の手に掴まれていたからである。

 

「……さっきの瞬間移動で、大体の移動時間とタイミングは計らせてもらったよ……」

 

「ま、まさか、さっきのはわざとボクに取らせた……⁉」

 

「そういうこと♪」

 

「くっ……し、しかし、その体勢で何が出来る! 今にも倒れそうじゃないか!」

 

「こういうことが出来るよ♪」

 

「なに⁉」

 

 玄武はボールを宙に浮かせ、体を一回転させてからボールを掴んで投げ込む。

 

「スロー・ア・シュリンプ・トゥ・キャッチ・ア・シーブリーム!」

 

「うっ⁉」

 

「B組、7ヒット!」

 

「おおっと! 笠井玄武のアクロバティックな投法が飛び出した! 虚を突かれたか小森一蘭、キャッチすることが出来なかった!」

 

「くっ、タイミングを外された……」

 

「お楽しみいただけたかな?」

 

 着地して体勢を立て直した玄武がニヤッと笑う。

 

「この……」

 

「あらら、お怒りモード?」

 

 睨みつけてくる小森に対し、玄武はおどける振りをする。

 

「みっともないぞ、さっさと外野へいけ」

 

「ちっ……」

 

 黒髪に所々白いメッシュを入れた男性に促され、小森は外野へ向かう。男性が転がっていたボールを拾い、淡々と呟く。

 

「さすがは『パリピ』の能力者と言ったところか……」

 

「え?」

 

「予想外の健闘ぶりでギャラリーの期待が膨らんでいるところにアクロバティックな技を繰り出して、さらに盛り上げるとは……お陰でこちらが悪者のようだ」

 

「ん?」

 

 玄武が周囲を見回す。

 

「おいおい! すげえ投げ方だったな!」

 

「C組の楽勝かなと思ったけど、B組、互角に渡り合っているわ!」

 

「ああ、これはひょっとするとひょっとするな!」

 

「……あらら、いつの間にかギャラリーが一杯いらっしゃる……」

 

「気が付かなかったのか?」

 

「もうとにかく必死だからね、目の前の勝負に集中していたよ」

 

「ほう……その執念、見事だな」

 

「C組きっての実力者、夜明光(よあけひかる)君にお褒め頂くとは光栄だね♪」

 

 玄武は目の前の男性にウインクする。夜明と呼ばれた男性が話す。

 

「周囲の期待、自分たちの希望が膨らんでいるところ申し訳ないが……」

 

「うん?」

 

「この勝負、ここまでだ……」

 

 そう言って、夜明は姿を消す。玄武が驚く。

 

「き、消えた! そ、そうか、夜明君は! ぐはっ!」

 

「C組、8ヒット!」

 

「あっと、姿を消した夜明光の投じたボールが笠井にヒット!」

 

「ふむ……」

 

 夜明が再び姿を現す。玄武が悔しそうに呟く。

 

「くっ、知っていたはずなのに、油断した……」

 

「油断か……それも実力の内だろう」

 

「ぐっ……」

 

「あ、あれは……?」

 

「夜明光君の超能力、『ステルス』よ……」

 

 日光の問いに照美が冷静に答える。



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第12話(3)美の激突

「ステルスだと⁉」

 

「ええ……」

 

「ステルスってあれか、透明になるやつか⁉」

 

「今、アンタも見たでしょう?」

 

 驚きを隠せない日光に対し、照美が呆れ気味な視線を向ける。

 

「瞬間移動の次はステルスか……」

 

「どうする?」

 

「そうだな……などと、相談している暇はなさそうだ!」

 

「え?」

 

「はっ!」

 

 夜明が投じてきたボールが飛んでくる。

 

「危ない!」

 

「きゃっ!」

 

 日光が照美を押し退けてボールをキャッチする。

 

「ほう、捕ったか……」

 

「ステルス状態でもボールが投じられるときに、ボールだけは現れるからな。それさえ見逃さなければ、捕れないことはない」

 

「ふむ、すぐにそこを看破したか。なかなか侮れんな……」

 

「今度はこっちの番だ!」

 

「ちょっと待って」

 

「ぐえっ!」

 

 ボールを手に勢いよく駆け出そうとする日光の首根っこを照美が引っ張る。首がしまった格好になった日光は思わず奇声を発する。照美が口を覆う。

 

「あ……」

 

「げほっ! げほっ!」

 

「ご、ごめん……」

 

「な、なにをする!」

 

「いや、止めようと思って……」

 

「どこを引っ張っているんだ、どこを!」

 

「だからごめんって言ってるじゃないの」

 

「ごめんで済めばなんとやらというだろう! ……いや、そんな言い争いをしている場合ではないな、今度こそ行くぞ!」

 

 日光が再び駆け出そうとする。

 

「待てっつーの」

 

「どあ!」

 

 照美が日光の頭にチョップを喰らわせる。

 

「落ち着きなさいよ」

 

「殴ることはないだろう!」

 

 日光が自身の頭を撫でながら声を上げる。

 

「だって、そうでもしないと止まらないでしょう」

 

「なんなのだ、さっきから⁉」

 

「このまま闇雲にボールを投げても意味がないと思うわよ」

 

「どういうことだ⁉」

 

「ステルス」

 

「あ……」

 

「あ……ってなに、あ……って、まさか忘れていたの?」

 

 照美が呆れた目で日光を見つめる。日光は咳払いをする。

 

「あ~ご、ごほん……確かにステルス能力ではどうしようもないな……」

 

「着ている服まで消えちゃうからね……」

 

「かなり能力を練り込んでいるということか」

 

「そういうことになるわね」

 

「どうするか……」

 

「……ボールをちょうだい」

 

 照美が手を差し出す。日光が首を捻る。

 

「なに?」

 

「私に考えがあるわ」

 

「本当か?」

 

「こんな時に嘘はつかないわよ」

 

「……」

 

「早くして」

 

「今度は急かすのか」

 

 日光は苦笑する。照美が促す。

 

「いいから早く」

 

「……無理はするなよ」

 

 日光がボールを手渡す。

 

「善処するわ」

 

 照美はそう言って微笑み、夜明の方に向き直る。夜明が意外そうな顔をする。

 

「お前が来るのか……」

 

「ええ、2年B組のクラス長が直々に相手してあげるわ、光栄に思いなさい!」

 

 照美がビシっと夜明を指差す。夜明が戸惑い気味に呟く。

 

「光栄ね……」

 

「あんまり舐めないでよね」

 

「油断はしない……」

 

 夜明が真剣な表情になる。照美が苦笑交じりに呟く。

 

「……前言撤回、少しくらいは油断してくれる?」

 

「難しいことを言うな……」

 

 夜明が困り顔になる。

 

「クールな人だと思っていたけど、意外と表情豊かね……」

 

「それはそちらの勝手な思い込みだ……これだけ色々言われたら、表情も変わる」

 

「まあ、いいわ。行くわよ!」

 

「……!」

 

 照美が振りかぶると、夜明が姿を消す。日光が声を上げる。

 

「消えた! どうするんだ、照美⁉」

 

「こうするのよ! 『ほどほどに燃やすンゴ』!」

 

 照美がボールを左手に持ち替え、右手を相手のコートに向けてかざす。赤い気泡がいくつか放たれ、コートの半分を燃やす。日光が声を上げる。

 

「おおっ!」

 

「ぐっ⁉」

 

 予想外の事態に夜明が姿を現す。

 

「そこ!」

 

「!」

 

「B組、8ヒット!」

 

「おおっと! 東照美、突然奇妙な言葉を発したかと思うと、コートの半分が炎上! 姿を現した夜明にすかさずボールを当てた!」

 

「奇妙な言葉って!」

 

 実況に照美が反応する。日光が興奮気味に早口でまくし立てる。

 

「なるほど! ステルス能力で消えたと言っても、コート内にいることは間違いないわけだからな、そこを『プチ炎上』であぶり出したというわけだ!」

 

「……自分でやっといてなんだけど、これってドッジボールよね?」

 

 日光の言葉に照美が頭を軽く抑える。それに対して、夜明が信じられないといった様子でポツリポツリと呟く。

 

「『プチ炎上』……それが君の微能力か……ただの『ンゴンゴガール』かと思っていた……」

 

「酷い認識!」

 

「大体合っているな」

 

「合ってないわよ!」

 

 頷く日光に対し、照美が声を上げる。

 

「油断大敵……敵は己の中にありか……」

 

 夜明はゆっくりと外野に出ていく。

 

「さて、お次は……」

 

 照美がボールを拾って、相手陣内を見つめる。

 

「お、おい、ちょっと待て、照美」

 

「待たない!」

 

「自分勝手だな!」

 

 照美が走り出し、振りかぶる。

 

「織田桐天武! クラス長同士でケリをつけましょう!」

 

「……」

 

「……と、見せかけて!」

 

 照美が直前で投げるコースを変える。

 

「はっ……!」

 

 鋭いボールだったが、黒髪ロングで蝶の髪飾りをつけた美人の女性が難なく受け止める。

 

「そ、そんな……なんで反応出来たの?」

 

「それより貴女……」

 

「え?」

 

「天武“さま”でしょう!」

 

 女性が大声を発する。コートが少し揺れたと錯覚するほどの大きさであった。

 

「むっ……」

 

 女性の大声に照美は若干怯む。天武が声をかける。

 

「落ち着け、美羽……」

 

「あら、嫌ですわ、私としたことが、はしたない……」

 

 美羽と呼ばれた女性は自らの口元を隠す。天武が告げる。

 

「東照美を任せてもいいか?」

 

「ええ、お安い御用です」

 

「! 舐められたものね……」

 

「天武さまがお相手するまでもないということです」

 

「その細い、スタイルの良い体つき、羨ましいわね……じゃなくて、それで本当にボールを投げられるのかしら?」

 

「貴女を倒すくらいならわけもありません」

 

「言ってくれるじゃないの!」

 

「それでは、2年C組副クラス長、海藤美羽(かいとうみう)……いざ尋常に、参ります……」

 

 美羽は自らの名を名乗り、ゆっくりと前に進み出る。

 

「気をつけろよ、照美」

 

「ええ、分かっているわ」

 

 日光の声に応じながら、照美は捕球の姿勢をとる。

 

「……」

 

 美羽が振りかぶってボールを投げようとしたその瞬間、照美が叫ぶ。

 

「『ボール、燃えるンゴ』!」

 

「ふん!」

 

「なっ⁉」

 

 照美が赤い気泡をボールに当てる直前に、美羽がボールを地面に思い切り叩きつけ、大きくバウンドさせる。

 

「はっ!」

 

 美羽はジャンプしてそれを掴み、勢いよく投げ下ろす。

 

「くっ!」

 

「C組、9ヒット!」

 

「ああっと! 海藤美羽の華麗なるジャンピングショットが飛び出た。予想を超える動きに東照美、一歩も動けず!」

 

「よっと……」

 

 美羽が地面に着地する。照美が呆然とそれを見つめる。

 

「なっ……」

 

「……反動を上手く利用すれば、私の細腕でもそれなりに勢いのあるボールを投げられるものですね……勉強になりました」

 

 美羽が微笑みを浮かべる。照美が疑問を口にする。

 

「なんで……」

 

「え?」

 

「なんで分かったのよ! 私がボールをプチ炎上させようとしたってことが⁉」

 

「それは……」

 

 美羽が天武に視線を向ける。天武が頷く。

 

「別にことさらに隠し立てするものでもないだろう」

 

「ふふっ、それもそうですね」

 

 美羽が笑う。照美が尚も戸惑う。

 

「ど、どうして……」

 

「照美、落ち着け」

 

「え、ええ……」

 

「あの女の持つ能力だ」

 

「あ! そういえば……」

 

 日光と照美は揃って美羽を見つめる。美羽は右手を胸高に掲げる。

 

「そう、私の持つ超能力は『サイコメトリ―』です。これで貴女たちの動きはまさに手に取るように読むことが出来るのです……」

 

「「サ、サイコメトリ―……!」」



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第12話(4)激闘、決着

 日光と照美が揃って驚いた後、日光が呟く。

 

「サイコメトリ―、手に触れたものの残留思念が読める超能力……」

 

「そ、それでも自分の触れた相手やものに対してのみなはず……!」

 

「……今は触れなくても、相手の考えることもある程度ですが分かります……」

 

「そ、そんな⁉ ほぼ予知能力⁉」

 

 美羽の言葉に照美が驚く。美羽が胸を張る。

 

「……自らの能力に溺れず、奢らず、練り込んだ結果ですわ」

 

「……!」

 

「少しくらい燃える玉を手から出せるくらいで良い気になっていた貴女と一緒にしないで欲しいものです」

 

「ぐっ……」

 

「さあ、去りなさい……!」

 

 美羽が外野を指差す。照美がうなだれるように歩いていく。

 

「照美!」

 

「え?」

 

「大丈夫だ、後は俺がなんとかする」

 

「ふふっ……」

 

 日光の言葉に照美はわずかに笑顔を取り戻す。それを見た美羽が低い声で呟く。

 

「……気に入らないですわね」

 

「なにがだ?」

 

「もうここまできたら諦めるでしょう、普通?」

 

「そうか?」

 

「そうよ! もう貴方のチームは貴方たった一人! 誰も守ってくれない! なのに何故⁉ 何が貴方をそこまでさせるの……?」

 

「……人数的なもので言ったら、貴女がたも後二人だ」

 

「むっ!」

 

「全然諦められるような状況じゃない。むしろ、まだ勝つチャンスは残っている……!」

 

「それが残っていないのです!」

 

「……何故そう言い切れる?」

 

「……私が終わらせるからです!」

 

「ぐおっ⁉」

 

 黒い光がコートを包み込む。中央に立つ日光に絡みつく。美羽が笑う。

 

「これが私のサイコメトリ―……」

 

「ええっ⁉」

 

「こうすることによって、貴方の思考は私には完全に筒抜けです」

 

「ぐっ……」

 

「さあ、これで終わらせる……」

 

 美羽がボールを手にし、日光に狙いを定める。日光が顔をしかめる。

 

「む……」

 

「もらった! ……なっ⁉」

 

 美羽が鋭いボールを投げこもうとしたが、とっさに頭を抑えたため、投げたボールは勢いがなく、日光にあっさりとキャッチされた。日光は怪訝な顔をする。

 

「む?」

 

「ぐっ……な、なに、これは……」

 

「ん?」

 

「わ、分からない……貴方の考えていることが分からない!」

 

 美羽が日光を指差す。日光がフッと笑う。

 

「まあ、俺の深遠なる考えは常人には理解することは難しいだろうな」

 

「深遠というか、深淵ですわ!」

 

「なに?」

 

「『深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらをのぞいているのだ』というニーチェの言葉が少し理解出来た気がしますわ……」

 

「どれだけ闇を抱えているのよ、日光君……」

 

 照美が目を細める。日光が後頭部をポリポリとかく。

 

「照れるな……」

 

「褒めてないわよ! ほら、今がチャンスよ!」

 

「女子に当てるのは気が進まんな……」

 

「今更そんなことを言う⁉ じゃあこっちにパス!」

 

「頼む!」

 

 日光が外野の照美に素早くボールを渡す。

 

「それ!」

 

「B組、9ヒット!」

 

「おおっと! 素早いパス回しから最後は東が海藤にヒット! な、なんとこれで、両チームとも、残りあと一人ずつになりました!」

 

「うおおおおっ!」

 

「まさかここまでもつれるとは!」

 

「なんて展開だよ!」

 

「ドッジボールでこんなに熱くなるなんて!」

 

「まったく目が離せないわ!」

 

 実況を受け、ギャラリーたちもこれ以上ないほどに盛り上がる。

 

「す、すごいな……」

 

 日光が自陣に転がってきたボールを拾って、周囲を見回しながら呟く。

 

「……気に入らねえな」

 

「! 来たか……」

 

 天武が前に進み出てくる。

 

「どいつもこいつもジャイアントキリングを期待していやがる……」

 

「期待に応えるのもまた、王者の務めだぞ?」

 

「抜かせ……まあいい、決着をつけようぜ、仁子日光……」

 

 天武が右手の掌を上に向け、人差し指をクイクイとする。

 

「ふむ……」

 

「む……?」

 

 日光が左眼の眼帯をめくる。

 

「あえて問おう、織田桐天武……俺の左眼は何色だ?」

 

「あ? なんだ、運勢でも占ってくれるのか?」

 

「何色だと聞いている……」

 

「緑だ」

 

「そうか……」

 

「本日のラッキーカラーか?」

 

「いや、貴様にとってのアンラッキーカラーだ!」

 

「む!」

 

 日光の背中に黒い片翼の翼が生える。

 

「さあ、血で血を洗うフィナーレといこう……」

 

「いや、ドッジボールでしょ……」

 

 日光の言葉に照美が突っ込みを入れる。

 

「へっ、嫌いじゃないぜ、そういうノリ……」

 

「り、理解者がいた⁉」

 

 天武の反応に照美が驚く。

 

「行くぞ!」

 

「来いよ、遊んでやる」

 

「うおおおっ!」

 

 翼をはためかせながら、日光が投じたボールはうなりを上げて、天武に向かっていく。それを見て照美が驚きの声を上げる。

 

「日光君にあんなパワーが⁉」

 

「当然だ……」

 

「え⁉」

 

 日光が眼帯を外して、地面に落とす。眼帯が地面にめりこむ。

 

「普段はこの重り付きの眼帯で力をセーブしているからな……」

 

「いや、今外しても意味ないでしょ⁉ せめて投げる前に! しかも、普通リストバンドとかでしょう、重りを付けるのは! ああ、もう! 頭が悪いし、頭に悪い!」

 

「はん!」

 

「‼」

 

「おおっと、織田桐天武、仁子日光の剛速球を片手でキャッチしたぞ!」

 

「っ……!」

 

 盛り上がる実況とは裏腹に周囲のギャラリーは静まり返る。

 

「ようやく黙ったか……そう、てめえらの期待している通りの展開には残念ながらならねえよ……奇跡っていうものは起こらないから奇跡っていうんだ! うおおおおっ!」

 

 天武がボールを投じる。土煙を巻き起こしながら、轟音を響かせたボールが日光に迫る。

 

「な、なんだ、あの球は⁉」

 

「あれが、織田桐天武の超能力、『衝撃波』よ! それを投球に応用したんだわ!」

 

 照美が声を上げる。

 

「ちっ!」

 

「キャッチの体勢に⁉ 無理よ! 逃げて!」

 

 照美が叫ぶ。

 

「逃げてばかりではいつまでも“落ちこぼれ”のままだぞ?」

 

「⁉」

 

「“最高”を目指すには、避けて通れない場面もある!」

 

「面白えじゃねえか! 捕れるもんなら捕ってみな!」

 

「ぐおっ!」

 

「仁子、キャッチしたが、ボールの勢いを殺しきれていない!」

 

「ぐおおっ!」

 

「日光君!」

 

「『宙二秒』!」

 

「‼」

 

「仁子、と、飛んだ~⁉」

 

「空中に羽ばたくことによって、ボールの勢いを抑え込んで……」

 

「少し違うな……」

 

「え⁉」

 

「ボールの勢いを利用するのだ!」

 

「仁子、空中で一回転して、ボールを投げ返した~!」

 

「ちいっ!」

 

「織田桐、受け止めた!」

 

「こ、この俺が、B組なんぞに後れをとるわけにはいかねえんだよ……!」

 

 だが、天武はボールを受け止め切れず、弾いてしまう。

 

「ああっと⁉ ボールが落ちた!」

 

「B組、10ヒット! よって、この勝負、2年B組の勝利!」

 

「うわあああ!」

 

 審判のコールにギャラリーはどよめく。

 

「マジかよ⁉」

 

「すげえもん見た!」

 

「大金星よ!」

 

「鳥肌立っちゃった!」

 

「やべ、俺泣いてる……」

 

 ギャラリーの興奮がなかなか収まらない中、日光が膝をつく天武に歩み寄る。

 

「……なんだよ。敗者を笑いにきたのか?」

 

「最後のショットは貴様のボールのすさまじい勢いを利用しただけに過ぎない……」

 

「力は俺様の方が勝っていたってか? はっ、負けは負けだ」

 

「そうだな、勝ちは勝ちだ」

 

「てめえ……」

 

「……ふっ」

 

「……はっ」

 

「「はーはっはっは‼」」

 

 日光と天武は見つめ合って、お互いに高らかに笑い合う。

 

「なに? 人間離れしていたら、とうとう頭おかしくなった?」

 

「て、照美、良い感じのところに水を差すな!」

 

「東……こいつは元々ちょっとおかしいだろうが」

 

「ははっ、それもそうね」

 

 天武の言葉に照美が笑う。日光が声を上げる。

 

「お、お前ら、酷くないか⁉」

 

「天武さま……」

 

 美羽が天武に歩み寄る。

 

「ああ、大丈夫だ。一人で立てる」

 

「そうですか……」

 

「戻るぞ……ああ、仁子日光」

 

 その場から離れようとした天武が思い出したかのように振り返る。日光が答える。

 

「なんだ?」

 

「これで下克上を成し遂げたと思うんじゃねえぞ、これはたかがドッジボール、いわゆるレクリエーションみたいなもんだ。今日の勝ちは譲るが、明日以降はまた別だ」

 

「もとよりそのつもりだ。俺は一年ほどかけてこの2年B組を高みへと導く」

 

「へっ、どうやら退屈しなさそうな一年になりそうだぜ……」

 

 日光の言葉に天武は笑って、その場を悠然と去る。敗者とは思えないほどの風格であった。



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第13話   次の一手

                  13

 

 学園のとある場所にて、二人の人物が話している。

 

「既にご存知だとは思いますが、先日のドッジボールは無様に負けました……」

 

「所詮は余興とはいえ、これは織田桐クラス長とその一派の責任問題に発展するかもね~」

 

「……そろそろ我々も動きますか?」

 

「いや、まだ早いかな。もうしばらく様子を見てみよう……」

 

「かしこまりました。それではB組の方はいかがいたしましょうか?」

 

「う~ん、本格的に目ざわりになってくるようなら、それ相応の対応を考えんといかんね~」

 

 二人の視線がB組の校舎へと向けられる。

 

「勝ったな! 俺たちB組が!」

 

「ああ、兄貴! 俺たちB組の勝利だ!」

 

「いやいや、兄さんたちはほとんどなにもしてなかったでしょう……」

 

 興奮冷めやらぬ蒼太と紅二を、みどりが冷ややかな目で見つめる。

 

「しかし、織田桐天武が言っていたようにあくまでもレクリエーションですけどね……」

 

「本郷、つまらねえことを言うな。何にせよ、『B組がC組に勝った』、この事実が大事だ」

 

「ふむ、扇原さん、たまにはまともなこともおっしゃるのですね……」

 

「たまにはってなんだ! たまにはってよ! アタシはいつもまともだ!」

 

 微笑みを浮かべる青龍に対し、白虎が不満そうに噛みつく。

 

「しかし、C組はやはり恐ろしい相手だったということを再認識したよ」

 

「衝撃波にサイコメトリ―、瞬間移動にステルス能力だしね~なんでもあり過ぎだよ……」

 

「それでも勝った……勝ちに不思議な勝ちありとはよく言ったものだ」

 

「まったくもって本当にその通りだよね~」

 

 朱雀の言葉に玄武がうんうんと頷く。

 

「で、でも、ほ、本当によく勝てましたよね……日光さん」

 

「聡乃、貴様をはじめ、メンバー全員が工夫を凝らした結果、掴み取った勝利だ」

 

「く、工夫……確かにそれはそうかもしれません……」

 

「どんな微妙な能力も使いようだからな」

 

「アンタのいつも言っていること、あながち間違いではなかったわね」

 

「照美、俺はいつも正しいことしか言わんぞ……」

 

「はいはい、今回はそういうことにしておきましょう」

 

「花火、貴様の調査も役に立った、あらためて礼を言う……」

 

「これくらいは当然のこと。礼を言われるまでもありません……日光殿、次の手は?」

 

「次の手だと?」

 

「4月が終わっただけだからね、学園生活、まだまだ長いし、イベント多いわよ~?」

 

「照美……ふっ、『微妙な能力で下克上!』、その基本方針は揺るがん! この勢いで行く!」

 

                 ~第一章 完~

 

 




(23年3月19日現在)

これで第一章が終了になります。第二章以降の構想もあるので、再開の際はまたよろしくお願いします。


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第二章
第14話   次なる伝説


                  14

 

「はあ、まだ筋肉痛だわ……」

 

「わ、私もです……」

 

 黒髪ロングのストレートヘアを一つに束ね、三つ編みにした目鼻立ちの整ったブレザーの制服姿の女子は自らが通う栃木県の『能力研究学園』、通称『能研学園』の校門をくぐり、自らのクラスがある校舎に向かいながら、脚をさする。そこに気弱そうな小柄な女子が声をかける。前髪が長く、両目がほとんど隠れている。

 

「あ、おはよう……聡乃さんもまだ?」

 

「おはようございます、ええ、全然取れません……」

 

「なんだなんだ、情けないな、東照美(あずまてるみ)本荘聡乃(ほんじょうさとの)!」

 

 女子二人に学ラン姿の男子が声をかける。制服が違うのは転校生だからだ。もっとも一ヶ月経っているが。男子は無造作かつ長すぎず短すぎない髪をかき上げながら笑う。

 

「……わざわざフルネームを大声で呼ばないでくれる?」

 

「まったく、たかが球技大会のドッジボールで、その有様では……2年B組のクラス長と副クラス長の名がすたるというものだぞ」

 

「話を聞きなさいよ。大体、あのドッジボールはどう見ても普通じゃなかったでしょ……」

 

「そうか? 俺、仁子日光(にこにっこう)は特になんともないぞ? なあ、八角花火(はっかくはなび)よ?」

 

「ええ……」

 

 日光の呼びかけに対し、側に控えていた紫がかったショートヘアーの整った容姿で紫色の忍び装束に身を包んだ女性が言葉少なに頷く。照美が目を細めながら呟く。

 

「アンタたちは特別なのよ……」

 

「うん? まあ、褒め言葉として受け取っておこう。校舎に向かうぞ……ん? あれは……」

 

 日光たちの目の前に全身赤色で統一した制服姿の生徒――ブレザー姿だが、切り揃えられた赤い短髪と端正なルックスから女子である――と全身を黒ずくめの服で決めた金髪の男子生徒と、凛々しい顔立ちで白髪のポニーテールの女子生徒と、丁寧にセットされた青い髪と白い歯が輝く長身でハンサムな男子生徒が並んで立っている。周囲がざわつく。

 

井伊谷朱雀(いいのやすざく)笠井玄武(かさいげんぶ)扇原白虎(おうぎはらびゃっこ)本郷青龍(ほんごうせいりゅう)!」

 

「2年B組の四天王が揃っている! これは只事じゃないぜ……!」

 

「周囲の視線が……」「なんだか照れるね~」「恥ずいな……」「こんなはずでは……」

 

「おおっ、おはよう! それでは皆で校舎に向かおう! 次なる伝説の始まりだ!」

 

「次なる伝説って……清々しいほどの中二病ね……でもわずか一ヶ月であの曲者揃いの四天王を束ねてしまったし……なにかを変えてしまいそうな気がするわね……」

 

 照美は四天王を連れて先を歩く日光の背中を見つめながら呟く。



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