君ガ為ニ剣ヲ振ルフ (アールワイ)
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アインクラッド
《チュートリアル》


ども、素人投稿者です。

SAOが面白くて書きました。
語彙力は本を読んで書いていけば上がるってばっちゃが言ってた。

まあ程々に楽しんで下さい。


ではどうぞ


 

 

 

 

 悲鳴が、怒声が、広場に響きわたる。

 空の特異な紅さは閉じ去り、夕やけ本来の橙が僕らを見下ろす。

 この場に居る人の内どれほどの人が今起きた現実を受け入れられただろうか。

 茅場晶彦と名乗った謎のローブ姿の巨躯が告げた《チュートリアルの終了》は僕らにこの世界で生きることを強要した。一回の死も許されず、この世界の怪物相手に百層まで上り詰めろと。それは広場に集められた約一万人のプレイヤーを絶望させるには十二分だった。

 

 

二千二十二年十一月六日。

こうして、〈ソードアート・オンライン〉はデスゲームとなった。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 冴える青空と腰下まで丈のある草原が組み交わされたフィールドで、少年は一人この世界で生きようとしていた。

 敵エネミー――イノシシの姿をした――が少年に突進してくる。

 少年は慌てず短剣を逆手持ちにしてシステムに定められた構えをとって、剣が光り輝くのを待つ。短剣が淡い水色に輝きだすのを確認すると、突進を紙一重で左に躱し、システムに身体を委ねて敵エネミーの右眼を斬り裂いた。

 

「発動前でも結構動けるんだな」

 

 片眼を失った敵エネミーは左右に大きく揺れ動いてから側方に横転した。

 

「細かい部位の欠損もできると」

 

 少年はぶつぶつと独り言を言いながら四肢を忙しなく動かしてもがいているイノシシの背側に移動し、先程と同じ構えをしてから剣を振り抜いた。

 イノシシの首に命中した剣撃はイノシシの上に浮かぶゲージの色を急速に減らし、ゲージが無くなった途端にイノシシは幾何学模様のポリゴン片と化して消滅した。

 

「命中部位によって威力は幾らか増減するのか」

 

 少年は満足そうに頷きながら次の獲物を探す。

 

 少年の名前はソル。もちろん本名ではなくプレイヤーネームだ。ウルフカットの赤茶色の髪、目は切れがあって知的な印象を受け、長い睫毛と暗褐色の瞳は女性のような美しさを感じる。顔は整っており、美人な男性ともカッコイイ女性ともとれる容姿は街を歩けば人目を引くだろう。

 彼は不幸にもこのデスゲームに参加せざるを得なかったプレイヤーの一人だ。昨日告げられた《チュートリアルの終了》によって死と隣り合わせの世界に閉じ込められ、楽しみにしていたVRMMOが鉄の城の監獄になるなんて予想していなかった。

 

 

「立ち直るのに一晩を費やしてしまった」

 

 ソルが実証するようにイノシシを狩っているのには理由がある。この世界、《ソードアート・オンライン》は一般に──1万本と限られた数だが販売されたゲームだ。サービスを開始するに当たってベータテストも当然行われたが高すぎる倍率故に落選、後に本ソフトを運良く手にすることができると事前情報無しでやってやると情報収集を怠ったことが原因だ。

 何事にも言えることだが、情報は優劣をつける決定的な要因になりやすい。既知と無知の間には絶対の壁が有る。この世界がデスゲームとなったからには少しの油断も怠惰も許されない。知らなかったから死んだでは遅いのだ。

 

「朝早くから出て正解だったな」

 

 周囲を見渡す。広大な草原が広がるだけで人影は見当たらない。もしかしたら居るのかもしれないが、フィールドの広さが認識できない程の間隔を生み出しているのだろう。

 

「これからどうしよう」

 

 手の中にある短剣を眺める。絶望から立ち直ることは出来たが、一晩という短い時間では明確な方針を決められなかった。力を付けたら細々と生きながらえることも出来るだろう……だが。

 

「……進むしかないか」

 

 自分が百層まで攻略できるとは思っていない。それでも、ここで足を止めてはいけない、そんな気がする。僕は見つけられるのだろうか。()()()()()()()()()()を……。

 ソルは次の狩り場に向けて足を進めた。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 あれから一ヶ月が経った。ベータテストの時と違い、僕らプレイヤーは未だに一層を攻略できずにいるが、これは仕方のないことだと捉えられる。誰が好き好んで死地へと突撃できるだろうか、いや出来ない。ゲームの中からは確認しようが無いが、ゲームオーバーは本物の死だ。死にたくないのは当然だろう。

 しかし、攻略してないからと言って死者が出ない訳ではない。誰が調べたかは知らないが既に2千人死んでいるらしい。ここで何か動きがないとプレイヤーは無意味に減少し続けるだろう。

 それに、百層全てを攻略したら現実に帰れるらしいので、攻略は人々の希望となるだろう。茅場晶彦はこの状況を作った時点で目的を達したと言っていた。ならば何処かで状況の変化を楽しんでいることだろう。……見つけたらボコそう。

 

 

 僕は《トールバーナ》の広場で行われる攻略会議に来ている。自分はこの場にいる人達より効率的にレベリングなんかを出来たかと聞かれるとNOだが、一ヶ月もあれば時間がその差を埋めてくれる。最近知ったことだが、外に出て剣を振っている人の割合は案外少ないらしい。……不味い、所持している情報がうやむやすぎる。後で信頼できる情報屋を探しておこうかな。

 

「今日は俺の呼び掛けに集まってくれてありがとう! 俺の名前はディアベル。職業は気分的にナイトやってます!」

 

 ディアベルと名乗った男が仕切って集まった者たちに演説を始める。違和感のある誠実そうな輩だ。だが、今はそんなリーダーシップが求められているのだろう。

 

 そして恐れていたことが……

 

「それではパーティを組んでもらう」

 

 来てしまった。ここでソロの弊害が。どうしよ、連携とか練習したこと無いんだけど。そもそも入れてもらえるかな? 

 入れてくれそうなパーティを探していると、離れた場所で二人組のパーティを見つけた。二人なら入れてもらえるだろうと話しかける。

 

「すみません」

「あ、はい」

 

 話かけたのは中性的な顔の黒髪黒目の少年、見た感じ同い歳だろうか。その後ろにはフードを被った女性プレイヤー。顔はよく見えないが、綺麗な姿勢、歩き方から教養はかなり高いと見る。

 

「二人はパーティですか? 出来れば僕も入れて欲しいんですけど」

「え? あー……」

「私は大丈夫」

 

 チラリとフードのプレイヤーを見やる。男女のペアパーティに混ざるのは慎重にしなくてはならない。もし仮に二人が良い感じの関係だった場合気まずくなるのが確定しているからだ。だが、見たところそんな雰囲気は無い。これならば大丈夫だろう。

 

「そうか、俺はキリト。よろしくな」

「……よろしく」

 

 キリトに……アスナ、か。二人共言葉が自信に満ちていることからプレイヤースキルは高いのだろう。これはいい所に入れたかな?

 

「あ、僕の名前はソル。今までソロだったからパーティの連携とか諸々教えてくれると助かる」

 

 

 このまま会議は順調に進む……と思われたが。

 

「ちょお待ってんか!」

 

 何とも奇抜なトゲトゲ頭の男が突然割って入ってきた。てか髪型もっとどうにかならなかったのか?

 

「ワイはキバオウってもんや。仲間ごっこをする前に、この中にワビ入れやなアカン奴がおるやろ!」

 

「詫び?」

 

 ディアベルはキバオウに問う。かくいう僕も何のこと言ってんのか検討もつかない。

 

「ベータテスターや! ベータテスター! アイツらは美味い狩り場やクエストやらを独占してビギナーを見捨てた! せやからワビとして溜め込んだコルやらアイテムやら吐き出して、死んでもうた2千人に土下座でもしてもらおうやないかい!」

 

 うーん、この。本当に意味が分からない。ここまで日本語を理解出来ないのは初めてかもしれない。それに、ここに来て集団を分断させるような真似は悪手にも程がある。冗談はその髪型だけにして欲しいものだ。仕方がない、空気が呑まれてしまう前に手を打つしかないか。

 

「はい、少しいいかな?」

「君は?」

 

 ディアベルが反応してくれた。無視されなくて良かった。横のキリトたちが驚いてる、注目を集めてしまったのは申し訳ない。

 

「僕はソルです。えーっと、キバオウさん……でしたっけ?」

「な、なんや」

「さっきから何を言ってるんですか?」

「ベータテスターの卑怯者たちは謝るべきや言うてんねん」

「何故です?」

「は?」

 

 キバオウが間抜けな顔をしている。まじ何だこいつ。とにかく自説を唱えるしかない。

 

「何故ベータテスターが謝らないといけないんです? この世界がデスゲームであることを忘れたんですか?」

「で、デスゲームやからや! デスゲームやからこそ助け合って……」

「じゃあ先ずあなたが皆に手持ちのコルやらアイテムやらを出すのが礼儀では?」

「なんやと!」

「だってそうでしょう? 持ってる者が持たざる者に与えよと、あなたは仰っているのはそういうことですよね? 与えた物が有れば自身の身を守れたかもしれない、そんな状況を作りたいんですか? 死んだ人は自己責任です。ここはデスゲームですから」

「ぐ、ベータテスターは情報を独占してたんや! その分を……」

 

「オレも発言いいか?」

 

 手を挙げたのは筋肉モリモリマッチョマンの男だ。肌は褐色でスキンヘッド、体格もあって凄いイカつい。

 

「オレの名前はエギルだ。キバオウさん、見捨てた云々はともかく情報はあったんだぞ。あんたも始まりの街でこのガイドブックを貰ったはずだ」

(何それ知らないんだけど!)

「これを作ったのはベータテスターで、少なくとも情報に関してはビギナーたちにも共有されているはずだ。それでもまだベータテスターに死んでしまった人の責任を擦り付けようってのか?」

「…………」

 

 キバオウは正論――僕が知らなかった情報により完全に撃沈した。

 

 暫くして会議が終わり、各自攻略前の準備に取り掛かる。僕もさっさと寝ておこうと宿に向かおうとした時、キリトが話しかけてきた。

 

「ソル、さっきの大丈夫か?」

「さっきの?」

「ベータテスターのこと庇ってただろ」

「庇ったつもりはないよ。ただ、あの人の発言にイライラしただけさ」

「そうか、ありがとな」

「何故感謝したかは聞かないでおくよ」

「あっ」

「あはは、そう身構えないでよ」

 

 

 どうやらこのキリトくんは抜けてる所があるらしい。この世界で人と会話するのは初めてだ。でも、歳が近いのもあって話やすい。……死んで欲しくないな。

 

 

 

 

 これが、僕とキリトたちとの出会いだった。

 あの日のことは忘れられない。キリトのお陰で、僕はこれからこの世界で()()()ことができるようになったのだから。




こんな感じで進んでいきます。

お口に合った人はお気に入りや評価や感想お願いします(強欲)。


ではまた!

■■ ■
死にたいのではない、生きたくないのだ。
咎人は生を享受する、生きているはずだ。
約諾をさせて欲しい、生きていたいから。


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《攻略開始》

ども、素人投稿者です。

パッパと進めて⬛︎⬛︎⬛︎をゲフンゲフン……。
いや何でもないです。

ヒロイン??何それ美味しいの?


ではどうぞ


 

 

 

 次の日、僕らはボス部屋の前に集まった。これから行われるのは初めてのボス攻略。皆どこか緊張している。目の前に聳え立つ大扉も心做しか威嚇しているように見える。

 

「今日は集まってくれてありがとう! この場に一人も欠けなかったことを嬉しく思うよ」

 

 先頭に立つのはディアベル。この男のお陰で十分な戦力を整えることができた。少し胡散臭い所以外は普通に有能な奴だ。後でフレンド申請しておこう。

 

「みんな……勝とうぜ!!」

 

 こうして、僕らのアインクラッド攻略が始まろうとしていた。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「ソル、スイッチ!」

「了解」

 

 キリトが《ルイン・コボルド・センチネル》の片手戦棍を弾いて、僕と交代する。この連携を〈スイッチ〉と言い、ソードスキルの硬直をカバーし合うパーティの基礎だ。教えてくれたキリトもソロだと言っていたが、知識があるということはかなりのゲーマーであろう。

 キリトの前に出た僕は片手直剣ソードスキル〈ホリゾンタル〉でコボルトの首を左から右へ斬り込む。パーティの二人が火力特化の脳筋しかいないので僕は盾持ってタンク紛いの役割だ。

 HPが無くなったコボルトはポリゴン片となり消滅した。戦況を確認すると、どうやら僕らのパーティが早くに取り巻きを潰し終えている。ボスである《イルファング・ザ・コボルドロード》の攻略も順調だ。

 

「ナイス、ソル」

「お疲れ様」

 

 ……昨日の今日で二人の距離が縮まっている。あんな短時間で何があったというんだ。

 

「二人とも昨日より仲良さそうだけど何かあったの?」

「えっ!? いや……」

「何もないわよ」

 

 キリトがあからさまに動揺している。目線は左右に泳ぎ、行き場が無いのか手が変な動きをしている。対してアスナはジト目でキリトを見てながら冷たく言い切るあたり何かあったのは確定だ。

 

「……隠す努力はしような、キリト」

「ウッ!」

 

 余裕ができて談笑していても、僕らの視線は戦況に注がれている。何処が危険で、カバーはいるのか、二人も何時でも動けるように武器を握る手は緩まれていない。

 

 

 

 ディアベルの指揮のお陰か、特に危険な場面もなく攻略は進んだ。《イルファング・ザ・コボルドロード》の体力ゲージが赤色となり、咆哮した後バックジャンプで距離をとった。情報によると手にしていた武装を捨て、タルワールと呼ばれる曲刀を……あれ?

 

「キリト」

「どうした?」

「タルワールってあんなに刀っぽいんだな」

「は? 何言って……違うっ!」

 

 キリトは血相を変えてコボルトロードに突っ込んだ。何事かと考えるより前に、僕はキリトの後ろについて行く。

 

「みんな下がれ! 俺が出る!」

 

 コボルトロードと対峙している集団から、ディアベルが一人最前線に出て来た。コボルトロードのタゲはディアベルに向けられ、刀のようなタルワールが光り輝く。

 コボルトロードは大きく飛び上がり、光り輝くタルワール?をディアベルに振り下ろす。

 

「やめろぉぉぉ!」

 

 キリトの呼声も虚しく、ディアベルは左肩から右の脇腹までを赤いラインに変えられ吹き飛ばされた。

 

「ディアベル!」

 

 キリトがディアベルに寄り添うが、寸分の時間も経たずにディアベルは嫌な音を出しながらポリゴンとなって消滅した。

 コボルトロードの前を横切ったからなのか、タゲはキリトが取ってしまっている。僕はコボルトロードの斬撃を左手の盾で軌道を逸らして躱しながらキリトに問う。

 

「キリト! 説明しろ!」

「ベータテストの時と違う。奴が持っているのは刀だ!」

 

 

「二人とも大丈夫?!」

 

 アスナもフォローに来てくれた。これで潰されはしない。しかし、指揮官を失ったパーティが混乱している。誰か、誰かいないのか!

 

「ソル、アスナ、俺たちでやるぞ!」

「キリト? ……りょーかい」

「わかった」

 

 ディアベルから何か言われたのか、キリトの目には決意が現れている。その目は、倒すべき敵を、救うべき人が写っている。なるほど、託されたってことか。こうなれば仕方があるまい。この二人だけでも守ってみせる。

 

「基本戦術は変わらない。いくぞ!」

 

 キリトを先頭にコボルトロードへ突撃する。コボルトロードの刀がキリトのHPを奪い去ろうとするが、僕が間に入って盾でいなす。

 

「はぁぁぁ!」

「せやぁぁ!」

 

 ガラ空きの胴体にキリトとアスナが次々とソードスキルで残りのHPを削るが、仕留めるにはまだ足りない。

 コボルトロードの刀が紅く光る。次の瞬間、放たれた横薙ぎが避けきれずに盾で防ごうとするが、盾を破壊されて三人纏めて地面に転がる。

 

「ッチ」

「がぁ」

「うっ」

 

 自身のHPを見るとイエローになるまで減っており。キリトとアスナも少し減少していた。

 身動きがとれずにいる僕らにコボルトロードは追撃してくる。直撃するとHPが全損してしまう。少しでも抵抗しようと右手の直剣を構えようとしたが、刀は僕らに直撃する前に緑に光る両手斧――両手斧ソードスキル〈ワールウィンド〉で弾かれた。ガタイの良い背中、スキンヘッドで褐色の肌、広場でキバオウを言いくるめたエギルと名乗っていた男だ。

 

「あんた……」

「オレたちに任せて回復しな」

 

 そう言うと彼のパーティがコボルトロードに攻撃を仕掛け、タゲを取ってくれた。

 

 落ち着いてキリトたちとポーションを使いHPを回復していると。

 

「奴の後ろに回るな! 範囲攻撃を使ってくるぞ!」

 

 キリトが指示をだす。こいつもリーダーシップが備わっているな。声がよく響く。

 

 しかし、指示を出すのが遅かったのか、コボルトロードは刀を光らせ、空中へ大ジャンプした。

 

「クソっ!」

 

 キリトが走り出すのでそれに並走する。あれは撃ち落とさないと不味い。キリトの必死さから、あれの威力は相当なものだろう。……やるべきことは一つか。

 

「キリト!」

「ソル?」

「飛ばすぞ! 飛べ!」

 

 キリトの前に回り掌を上に指を組む。何をするのか察したのか、キリトは飛び、僕の両掌を足で踏み。

 

「飛べやオラァァァ!」

 

 思い切りキリトを空中に投げ飛ばす。最近知ったことだが、僕のレベルは攻略パーティの中でも高いらしい。高レベルによるステータスに投げやりのパワープレーは上手くいって、キリトに空中で斬られたコボルトロードは姿勢を崩し、《転倒》させることに成功した。

 

「今だ! 全員でかかれ! 囲んでもいい!」

 

 キリトの声に応じるように皆ソードスキルを放つ。ボスのHPは残り僅かだが、削りきれないと判断した僕は、メニューを開き高速で武器を替えた。

 

「削りきれない!」

「キリト、アスナ! 準備しとけ!」

 

 視線を向けるキリトとアスナの横を通り、僕は立ち上がったコボルトロードに走る。完全にアクティブ状態になる前にその巨体を駆け登り、逆手持ちした短剣を右から左へと一閃する短剣ソードスキル、〈スライドライン〉で右眼を斬った。コボルトロードの左手が僕を掴もうと迫るが、短剣を持っていない左手でコボルトロードの頭を掴んで曲芸のように倒立しながら右肩から左肩へと移り、飛び降りながら先程と同じように〈スライドライン〉で左眼を斬り裂いた。

 視界を失ったコボルトロードは刀を手放し、顔を両手で抑えた。

 

「スイッチ!」

 

 僕が連携の句を唱えると、キリトとアスナがソードスキルを叩き込む。その隙間の無い見事な連携は、みるみるコボルトロードのHPを減らし、遂に。

 

「はァァァァァァ!」

 

 キリトの片手直剣ソードスキル〈バーチカル・アーク〉が命中すると、《イルファング・ザ・コボルドロード》はポリゴンとなって消滅し、空中に〘Congratulations〙の文字が浮かび上がった。

 

 

「しゃぁぁぁ!」

「やったー!」

 

 人々が仲間と共に喜ぶ。幸いにも犠牲者はディアベル一人に収まった。惜しい人を無くしたが、キリトのファインプレーのお陰で被害は最小限で済んだ。

 

「おつかれ。キリト、アスナ」

「ああ、おつかれソル」

「お疲れ様」

 

「見事な剣技だった。Congratulation」

 

 エギルの一言を皮切りに、キリトへ賞賛の声がかけられる。

 しかし、異を唱える者が……。

 

「なんでや! なんでディアベルはんを見殺しにしたんや! 自分はボスの使う技知っとったやないか」

「きっとあいつベータテスターだ! 他にも居るだろ、ベータテスターども!」

 

 たった一人の死者の責任をベータテスターのせいにしようとする声が一つ、二つと増えていく。ここまで来ると呆れを通り越して逆に関心してしまう。誰かの陰謀か何かだとしたら、止めなくてはならない。

 

「あのなー……「元ベータテスターだって? そんな素人連中と一緒しないでもらいたいね」……っ!」

 

 キリトは声高らかに言った。その声は明らかに芝居がかっていて、何処か寂しそうにしていた。

 曰く、ベータテスターの殆どは未経験者だ。曰く、自分は誰よりも上の層に行き、戦闘経験を積んだ。曰く、あの素人どもよりお前たちの方がマシだ。

 

 聞いている内に分かった。キリトは背負おうとしているのだ。ベータテスターへの嫉妬、恨み辛みを全て。彼が踏み込もうとしているのは茨の道、いやそれ以上に悲惨なものかもしれない。

 黒いコートを装備して先へと進む背中を見た僕は、

 

 

 

未来の英雄の姿を見た。

 

 僕は彼の為にこの世界に来たと、直感した。彼の為に剣を振ろう。彼に生きて欲しい。彼こそが、()()()()()()()()()()だと。

 

 

「ビーター、いいねそれ」

「少し安直じゃないか?」

 

 キリトの目が開かれる。いつの間にか隣にいる僕に驚いてるようだ。

 

「ソル、お前……」

「キリト、僕は君の為に剣を振るよ」

 

 何も言わせない、させない。キリトの為では無い、僕の為にも。

 

「一人になるには背中が寂しそうだったぞ?」

 

 軽く微笑んでみせる。キリトは諦めたのかやれやれと溜息をすると、前を見据える。彼を一人にしてはいけない。彼は一人じゃない、少なくとも僕が傍に居よう。

 

 

 

 

 

 この日から、僕はこの世界で()()()()()()気がしたんだ。

 




展開が速……いやアニメもこんなもんか?


ではまた!

君ガ為ニ剣ヲ振ルフ
誓約、我ガ剣ハ汝ノ為ニ。
契約、我ガ命ノ星ト相成リテ。
協約、汝ノ孤独ヲ往年ノ物トスル。


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《背教者》

ども、素人投稿者です。

原作シーンをバッサリカットしました。
こんなのSAOじゃねぇ!って方はそっとブラウザバックしてもろて。


ではどうぞ


  

 

 

 

 あれから四ヶ月が経った。満を持して始まった攻略は順調に進み、最初の遅れを取り戻さんとする勢いで層が解放されていく。

 

 

『暫く別のパーティに入る』

 

 迷宮区に潜っている時にキリトから送られてきたメッセージには驚きはしたが、すぐに納得した。

 キリトは強くなった。肉体的――仮想世界だから鍛えようがないが、では無く精神的に。悪名全てを背負おうとした覚悟は本物で、今までの攻略では大活躍の連発だった。そんな彼だからこそ周りには人が集まってくるし、多くの人に慕われている。

 

『不安なことがあれば言えよ。少しでも不安を感じたらだからな!』

 

 誰かに求められているキリトに少しの嫉妬と心配を込めて返信する。

 キリトは誰かの為に命を賭けられる男だ。だから僕は彼の命を護る為に剣を振るう。例え、同じパーティに居なくとも。

 

 僕とキリトが同じパーティにいるのは二十層までだった。そこまで進むとベータテスターの優位な情報は無いに等しく、全員が手探り状態での攻略となる。それが分かった僕達は基本別々で行動するようになった。

 護ると言っておきながら一緒にいないのはひょうきんなことだが。彼は強い、この世界で一番隣に居た――付き合いで言うとクラインには負けるが僕からの客観的感想だ。危機管理能力もあり、洞察力と判断力に優れている。彼が死ぬ危険があることと言えばそれこそボス攻略ぐらいなものだ。

 だから僕はこうして一人迷宮区に潜り、キリトが潜る時に合流してパーティを組むのが今の僕とキリトの関係だ。

 

 でも、僕はまだ他人というものを理解しきれていなかった…………

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「スイッチ!」

「はぁ!」

 

 キリトが別のパーティに入ると言われた三日後、僕はキリトとレベル上げをしていた。

 パーティを組んだのならば僕ではなくパーティメンバーとすればいいのだが、何か理由があるのかと思いキリトに尋ねる。

 

「……なぁキリト、どんなギルドに入ったんだ?」

「え? 何でギルドって……あぁ、表示されてるな」

「キリトが気に入るくらいだ。さぞ居心地の良い場所だろうよ」

「あぁ、とても温かい場所だよ」

 

 キリトは目を細めて呟く。その顔はとても安心しきっていて、柔らかい笑みだった。

 

「ソルも入るか?」

 

 キリトが居るなら入るのもやぶさかでないが、どんなギルドかも知らずに入るのは気が滅入るというものだ。キリトの主観からでもどんなギルドか聞いておきたい。

 

「どんな感じのギルドなんだ?」

「ギルド名は《月夜の黒猫団》。メンバーは俺入れて六人、前衛二枚、後衛四枚だ」

 

 キリトは前衛で間違いない。後衛の方が数が多いが、スイッチ等の入れ替わり連携をする分には丁度いい割合だろう。だが、何故キリトは今僕とレベル上げをしているのだろう。

 

「キリト、ギルドメンバーのレベルは?」

 

 キリトが目を丸くすると、少し俯いた後僕を見てゆっくりと口を開いた。

 嫌な予感はあった。キリトが温かいと感じたのなら最前線のように殺伐としていない、そして最前線でないならば攻略組のキリトとは当然レベル差が生じる。気がかりなのはレベル差の程度だが。

 

「平均が俺より20下だ……」

 

 僕は絶句した。差が十程度なら上手く先導できるだろう、だが二十となると話は別だ。二十も差があると軽い一、二回の攻撃であしらえる敵のレベルだ。キリトがメンバーに合わせると危機感すら感じないだろう。

 

「キリト……。悪いけど僕は入らないよ」

「そうか……」

「変わりに忠告しておく。腑抜けるなよ?」

 

 今僕にできるのはキリトが死地に帰ってきた時に護りきれるまで強くなることと、キリトが危機感を失わないように言い付けるだけだ。

 僕にはキリトに温かさを与えることも、パーティ全体で戦った達成感や喜びを共感することもできない。見たことの無いギルドに嫉妬しながら、同時にとても羨ましく思えた。

 

「わかってるさ」

 

 だからだろうか。キリトの顔に影ができていたのに気付くことが出来なかったのは……

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 キリトが居たギルドが全滅したと聞いたのは、僕が丁度街で装備を整えていた時だった。

 それからキリトは取り憑かれたように戦闘するようになった。更に十二月に入ってからは遠目から見ても無理なレベル上げを始めた。

 

「キリト! いい加減無理矢理なレベリングはやめろ!」

「五月蝿いぞソル」

「あの時の詳しいことはお前しか知らないが、僕はお前の今を想って言ってるんだ!」

「黙れよ!!」

 

 キリトの冷たい目が僕を穿く。ドスの効いた声はキリトから発せられたにはあまりにも低く、彼が変わってしまった証明でもあった。

 

「お前に何が分かるんだよ。鬱陶しいぞ、もう着いてくるな!」

 

 そう言うやいなやキリトは転移結晶を取り出して青い光に包まれて消えていった。

 

「……ハハ」

 

 僕は何を勘違いしていたんだろう。どれほど強がっても、逃げ続けても僕が()()()であることは変わらない。僕は()()()()()。何をやっても、頑張ってもダメな子。

 ……じゃあもう、こんな(もの)要らないよね。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 キリトに置いてかれた僕は、ひたすら狩りと掃除を行った。

 誰よりも早く迷宮区を攻略し、誰にも知られずに吐き溜めを掃除する。ゲームの中だと思えば、こんなこと苦にも思わなかった。ただ剣を振り、槍で刺し、斧で叩き潰した。

 

「ソル坊、奴らは十層を拠点にしてるようダ」

「そうか、ありがとうアルゴ」

 

 彼女はアルゴ。《鼠》の異名で知られる情報屋だ。キリト経由で知り合った彼女の情報は正確で、コルを積めば口を閉ざすことも出来る融通の効く奴だ。

 

「な、なぁソル坊」

「ん?」

「お前最後に寝たのいつダ?」

「……寝た?」

「ナッ!? 飯は食ってんのカ?!」

「飯……?」

 

 彼女は何を言ってるのだろう。ここはゲームだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ソル坊、そのやり方じゃ確実に死ぬぞ。考え直せ」

 

 いつもの喋り方じゃない。普段の飄々とした雰囲気はなく、少し殺気だっている。

 

「ふむ……。休息はとってるし、常に万全の状態にしている。体調管理はしっかりしてるよ。キリトじゃあるまいし」

「……」

 

 実際、今の僕に疲労は無い。アルゴは僕の何を見て疲れてると思ったのだろう。

 それに、キリトの名前を出した途端静まってしまった。

 

「……そのキリトだがナ。クリスマスボス、《背教者ニコラス》にソロで挑むつもりダ」

「そうか」

「そうかって……お前はキー坊の……」

「幾らだ」

「え?」

「関連の情報全てで幾らだと聞いてるんだ」

 

 キリトは無茶ばかりする。どうして自分を大切にできないのか。彼を死なせることだけは僕が許さない。

 アルゴは呆けた顔で固まっていたが、ようやっと口を開く。

 

「……キー坊を頼んだゾ」

 

 その言葉に僕は頷くことが出来なかった。キリトがああなってしまったのは、僕が彼や他人を理解できてなかったから。僕は本当に誰かの命を救うことが出来なかったから。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 情報を買った僕は候補の木を全て周った。しかし、モミの木は一つも無く、あるのはスギ類の木のみだった。

 

「他にある印象的な木は……あれか」

 

 三十五層の《迷いの森》の一角で見た巨木。確かあれはモミの木であったはずだ。

 情報を確定させることは出来たが、クリスマスまでは後八時間。相手はイベントボス、生半可な装備では瞬きする間もなく死ぬだけだ。僕は()()自殺志願者じゃない。

 僕は急いで街に戻り、準備を整えた。

 

 

~~~~~

 

 

 僕の予想は当たった。森の中から出てきたキリトを見ると、目は虚ろで表情は凍りついていた。彼は恐らく自責の念を抱いてる。人一倍他人に優しい彼は、失った仲間の責を全て自身のものとしている。その姿はまるで、一層でベータテスターへの憎悪を背負おうとした姿のようだ。

 

「よぉ、キリト」

「……ソルか」

 

 彼の目に迷いが混じる。どうせ、僕を斬り捨てるかどうかでも考えてるんだろう。

 

「僕は止めるつもりはない」

「……パーティは組まないぞ」

「パーティを組むつもりも無い」

「なら何の用だよ」

 

 僕はキリトの目を真っ直ぐ見つめ、自傷気味に笑った。

 

「君の監視さ。君が頑固なのはよく知ってる。存分に死にかけてくれ。あ、勿論ボスには手を出さないよ」

「……」

 

 僕ではキリトを止めることはできない。でも彼の命だけは失わないようにできる。

 僕の言葉で止まってくれたらどれだけ良いか。自分の情けなさに吐き気がする。

 

 キリトが足を踏み出そうとしたその時、キリトの後ろのワープポイントから十人余りのプレイヤーが出現した。野武士のような面に軽鎧、長刀を腰に差したバンダナ男――クラインを先頭にキリトに近づく。クラインがリーダーのギルド《風林火山》だ。

 

「尾けられてたみたいだなキリト。先に行ってろ」

 

 キリトの肩をポンと叩き、キリトとクラインの間に立つ。キリトは僕の目を見た後、振り返らずワープポイントへと入った。クラインは眉間に皺を寄せて怒鳴る。

 

「てめぇソル! なんで止めねぇんだ!」

「止められたら苦労しないさ。無駄足するのが嫌なら後ろの連中の相手でもしといてくれ」

「あん?」

 

 その瞬間、別の団体が姿を現した。ざっと三十はいるだろう団体は恐らく《聖竜連合》、攻略組中最大のギルドだ。

 

「撒くのを怠ったようだな」

「……そうみてぇだな」

 

 《風林火山》が抜刀する。徹底抗戦の構えだ。

 

「行け、ソル! キリトを頼んだぞ!」

 

 意外だった。この状況になってもまだキリトのことを考えていられるなんて。クラインは僕が思ってた以上に優秀で、頼れる奴だった。

 

「借りにしといてやんよ」

「無駄口してねぇで早く行きやがれ」

 

 僕は頼れる野武士に背中を任せ、ワープポイントへと入った。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 僕の目の前でキリトは呆然と立ち尽くしている。HPは赤く危険域であることを示し、無機的に窓を確認している。指を震わして実体化させたのは卵ほどの七色に輝く宝石だった。

 

「サチ……サチ……」

 

 ……《月夜の黒猫団》のメンバーだろう。みんな、ではなく特定の一人を求めている。……キリトの大切な人だったんだ。

 

「うああ……あああああ……」

「キリト?」

「あああ……ああああああ!!」

 

 突然叫びだしたかと思えば、さっき実体化させた宝石を踏み付けた。何度も、何度も。彼の感情が伝わってくる。見ているだけで胸が張り裂けそうだ。

 彼の痛々しい癇癪を止めることなんて、出来なかった……。

 

 

 

 しばらくすると、落ち着いたのか、ゆっくりと起き上がった。

 

「やるよ」

 

 僕の足下に放られた宝石を手に取り、キリトを見る。

 

「過去に死んだ奴には使えない。お前の目の前で死んだ奴に使ってやれ」

 

 キリトの目は影に染まり気力は失せている。諦念。彼の複雑な感情を簡単に言葉にするならそれだろう。

 

「キリトが死んだ時に使ってやるよ」

 

 聞こえてないのか、はたまた聞きたくないのか、キリトは何も言わずエリアを出ていった。

 




凄くどうでもいいんですけど、サチは原作でキリトのことを星と例えたそうですね?
いやどうでもいいんでけど。


ではまた!

死者ノ蘇生
駄目だったか。
彼はよくやったよ。
愛が有ったのだろう。

本当に、救われない。


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《テイマーの少女》(前)

ども、素人投稿者です。

長すぎたので前後に分けました。
できるだけ原作そのままの表現が嫌なので変えてます。


ではどうぞ


 

 

 

 いつからだろう、睡魔と食欲が消え失せたのは……

 

 いつからだろう、HPが赤くなっても何も感じなくなったのは……

 

 いつからだろう、人を斬るのに躊躇いが無くなったのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日はキリトと、とある依頼を受けて三十五層《迷いの森》に来ている。正式に依頼を受けたのはキリトだが、たまたまそばに居た僕が無理を言って同行してる。

 

「なぁ、ソル」

「なんだ?」

「……いや、何でもない」

 

 歯切れの悪い。先程から同じやりとりを繰り返している。

 キリトは少しづつ前を向いているが、まだあの出来事を引きづってるように見える。早く元気になって欲しいけど、僕から何をすれば良いか分からず手こずってる。

 

 

「その……この前はありがとな」

「どういたしまして」

 

 やっと出てきたキリトの言葉。僕には心当たりは無いけど、人の感謝は素直に受け取る。

 

 

~~~~~

 

 森の中を進んでいると、小さな少女が一人で《ドランクエイプ》――猿人のモンスターに囲まれてるのを発見した。

 

「どうする? キリト」

「助けるぞ、ソル」

 

 キリトの言葉を聞いた瞬間に僕は猿共に斧を構えて突っ込んだ。キリトの驚く声が聞こえたが、気にせず猿の一匹に近づいて両手斧ソードスキル〈グランドクラッシュ〉で吹き飛ばす。続いてキリトも残りの一匹を片付けた。

 

「大丈夫かい? お嬢さん」

 

 囲まれていたのは、ベージュ……だろう髪色のツインテールの少女だった。赤い瞳、体格は小さく、幼い顔立ちをしている。

 見るとHPは残り僅かしかなく、かなりの危機的状況だったことが窺える。

 

「……すまなかった。君の友達、助けられなかった……」

 

 キリトが少女に謝罪する。

 友達?。と思いキリトの視線を追うと、青い羽根が地面の上で儚くその存在を表していた。

 

「ピナ……」

 

 少女は泣きながら最愛の友の名を絞り落とした。

 

 そこで僕は彼女がビーストテイマーで、僕らが間に合わなかったことを知った。

 

 

「……すまない」

「いいえ……いいんです。……助けてくれてありがとうございます」

 

 僕の謝罪に、彼女は嗚咽を飲み込みながら答えた。

 するとキリトが彼女に歩み寄り、跪いて。

 

「……その羽根、アイテム名は設定されてるか?」

 

 聞いた少女は不思議そうにしながら羽根に触れ、ウインドウを呼び出すと。《ピナの心》の文字が浮かび上がった。

 

「心アイテムが残っていれば、まだ蘇生できる」

「え!?」

(へぇ、知らなかった)

 

 攻略組であるキリトは情報通だ。僕が疎いのもあるかもしれないが、彼の知らない情報の方が少ないとまで思わせる程である。

 

「四十七層の《思い出の丘》っていうフィールドダンジョンがある。そこのてっぺんに咲く花が使い魔蘇生用のアイテムらし──」

「ほんとですか!?」

 

 少女が叫ぶ。失った大切を取り戻せるっていう希望が見つかったんだ、叫びもする。

 ……しかし。

 

「なるほどね。にしても四十七層か……」

「あ……」

 

 少女も気付いたようだ。少女の装備は見た所四十七層に行くには頼りない。安全に行くことは難しいだろう。

 

「俺が行ってもいいんだけどなあ。ビーストテイマー本人が行かないと、肝心の花が咲かないらしいんだよな……」

 

 キリトが困ったように言う。やはりこの男は優しい。見ず知らずである少女にここまで親身になれる奴なんて、人が良すぎる。

 キリトの言葉に少女は微笑みながら言う。

 

「いえ、情報だけでもとってもありがたいです。がんばってレベル上げすれば、いつかは……」

「そうもいかないんだ。使い魔を蘇生できるのは、死んでから三日だけらしい。それを過ぎれば、アイテム名の《心》が《形見》に変化して……」

「まじか」

 

 つい声に出してしまった。つまりこの少女は、後三日以内に四十七層で攻略できるようにならないといけないということだ。少女の現在のレベルが幾つかは知らないが、表情から見ると無理だろう。とうとう少女はうなだれてしまった。

 僕はキリトと少女から少し離れて、できるだけ小さな声で話す。

 

「……どうする?」

「装備を渡して同行しようと思ってる」

「お前頭良いな」

 

 流石はキリトくん、その手があったか。なら……。

 早速トレードウインドウを使って最前線でドロップした装備を少女に渡していく。

 

「ソル?」

「装備は僕が出そう。僕の方が良いやつ揃ってるだろ?」

「あ、あの……」

 

 急な展開に少女が戸惑っている。キリトに目配せして説明するよう促す。

 

「これで七、八レベル分は底上げできる。俺も行けば、なんとかなるだろう」

「えっ」

「おい、俺たちだろ。なんで僕省いてんだ」

 

 僕のツッコミにキリトが揶揄いながら笑う。調子が戻ってきてくれたのは良いんだが、わざわざツッコませないでくれ。

 

「なんで……そこまでしてくれるんですか?」

 

 少女は警戒するように僕らに言った。

 確かに、話が美味しすぎる。何か裏がないかと思われても仕方ない。

 

「どうしてなんだ? キリト」

 

 僕はキリトに丸投げする。助けたのも提案したのもキリトだ。僕も彼の優しさの根底が知りたい。

 

「え、ソル? ……笑わないって約束するなら」

「笑いません」

「笑うもんか」

 

「君が……妹に、似ているから」

 

 少女は思わず噴き出してしまったようだが、僕は少し納得した。少女への対応から、とても大切な妹だろう。

 

「わ、笑わないって言ったのに……」

「僕は良いと思うぞ。妹は大切だもんな」

「ソル……」

 

  笑われて傷付いたキリトが僕に感動してる。少女はまだ笑っているが……。

 

「ソルにも妹が居るのか?」

 

 ……これは僕の失敗だな。ここは正直に話した方がいいだろう。

 僕は躊躇いながらも口を開く。

 

「ああ、愛する妹が居たよ」

「……すまん」

「いいよ。これは誰も悪く……悪くないから」

 

 僕の言い方のせいだろうか、キリトは察してくれて、これ以上の深掘りを避けてくれた。

 …………大丈夫。僕は大丈夫だから……。

 

「よろしくお願いします。助けてもらったのに、その上こんなことまで……」

 

 笑い終わったのか、少女は先より顔色がよく、笑顔で頭を下げた。どうやら聞こえてないようで安心した。

 少女はトレードウインドウを操作してコルの金額を入力する。

 

「すみません、ぜんぜん足りないと思いますけど……」

「あー、コルはいいよ。処分に困ってたやつだし」

 

 キリトが嘘つきを見る目で僕を見てくる。いや嘘じゃないけど? ほんとだけど?

 

「すみません、何からなにまで……。あたし、シリカっていいます」

「俺はキリト。しばらくの間、よろしくな」

「僕はソル。よろしくね」

 

 自己紹介を終えた僕らは、主街区に向けて歩き始めた。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 転移門広場に入った途端、シリカが囲まれた。この子は囲まれやすい性質でも持ってるのかな。

 

「しばらくはこの人達とパーティを組むことになったので……」

 

 キッパリ断れて偉い。僕よりもだいぶ年下だろうに、しっかりしてるシリカを見て安心する。……キリトも妹に似てると言っていたし、妹のように意識してしまっているのかもしれない。

 

 シリカが断ると、囲んでいたプレイヤーが僕とキリトに視線を向ける。キリトはシャツの上に古ぼけた黒のロングコート、片手剣一本、鎧は無し。僕は手と足には金属の装備があるが、胴には無し、暗褐色の布製のコイルに、斧を背負っている。

 キリトは見た目優男だし、僕は生気が無い――最近よく言われるらしいので、舐められること間違いなしだ。

 

「おい、あんたら」

 

 ほれ来た。面倒なことこの上ない。キリトも困った顔をしている。

 

「見ない顔だが、抜けがけはやめてもらいたいな。俺らはずっと前からこの子に声かけてるんだぜ」

「ずっと声かけてるのに相手にされてないとか悲しすぎでしょ」

「ブフォッ!」

「てめぇ、舐めてんのか!」

 

 …………あれ? もしかして声に出てたのか? 恥ずかしいな。

 キリトさんや、笑いすぎです。凄い笑いますね、そんなに面白いですか?

 

「……声に出てました?」

「この野郎!」

 

 不味い、意図せず挑発してしまった。やむを得ん、一度ボコして沈めるか……。

 

「あの、あたしから頼んだんです。すみませんっ」

 

 シリカが深々と頭を下げ、僕とキリトを引っ張ってく。

 シリカに引っ張られながら、僕は少し懐かしくなって、

 

 

哀しくなった。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 シリカに引っ張られた僕らは、《風見鶏亭》と書かれた宿まで来た。

 

「あ、キリトさん、ソルさん。ホームはどこに……」

「ああ、いつもは五十層なんだけど……。面倒だし、俺はここに泊まろうかな」

「…………ホーム?」

 

 僕の発言に場が凍りつく。

 

「……キリトさん?」

「あー、いや、ソルはこういう奴なんだよ」

 

 今、僕は哀れみの目を向けられている。何故か分からないが解せない。

 

 

「あら、シリカじゃない」

 

 カールの赤い髪の女性プレイヤーが声を掛けてくる。シリカの知り合いだろうか、シリカは嫌な顔をしながら渋々振り返る。

 

「……どうも」

 

 シリカの反応から、面倒臭い茶番が始まると確信したので軽く瞑想する。また声に出てました、ではシリカとキリトに迷惑だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、ソル。行くぞ」

 

 キリトの呼び掛けに瞼を上げる。

 シリカの方は……、色々言われたようだ。

 

「せいぜい頑張ってね」

 

 赤髪の女が笑いを含みながら言う。……よく見たらアイツ標的じゃないか?

 用事を済ませようと考えたが、今はシリカの方が優先するべきだと判断し、口を噤む。

 

 

 

 

 キリトに促されて宿屋に入る。一階はレストランとなっていて、中々に広い。僕らは奥の席に腰掛ける。

 

「まずは食事にしよう」

ガタッ──

 

 食事と聞いた途端席を立って出て行こうとする僕の袖をキリトが引っ張る。

 

「ソル。お前も食えよ」

「いや、食えねぇよ」

「食え!」

「………………」

 

 キリトの頑固さに負けた僕は、席に座り直して三人でポリゴンの塊を口に放り込んだ。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 食事を終えた僕は、四十七層の下見に来ていた。移動するのも面倒だし、ここで時間まで狩りでもしようと思っていたら。キリトからメッセージが届いた。

 

『シリカに説明していた時、誰かに聞かれていた。たぶん奴らで間違いない』

 

 聞き耳スキルか、あれ便利だよね。キリトからこんなメッセージが来たということはほぼ黒でいい。後は誘導ポイントだが……。

 

「手の早いこって」

 

 立て続けに位置情報が送られてきた。隠れられる場所があり、包囲の容易な場所。後はここに細工を少し加えれば立派な監獄だ。もちろん奴らにとっての監獄だが。

 

「時間はある。ぼちぼちするか」

 

 夜はまだ長い……。

 

 




何処まで原作入れていいのか分かんね。
自分で考えますね。


ではまた!

■■ ■■
神は居ない。少なくとも彼女を救う神は。
人は神に奇跡を乞う。愚かだろうか、醜いだろうか。
因果、結末、矢張り駄目であったようだ。


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《テイマーの少女》(後)

ども、素人投稿者です。

特に原作と離れた展開が無い後編です。
これでどうやってオリジナリティを出せって言うんDA。


ではどうぞ


 

 

 

 次の日の朝、転移門の傍で待っていると、キリトとシリカが光に包まれて転移してきた。

 

「うわあ……!」

 

 シリカが感嘆の声を上げる。四十七層は花の層。色鮮やかな花々が咲き誇る層だ。その美しさからデートスポットとしても有名だ。

 

「僕は後ろで待機する形だから、ペースは二人に任せる」

「それじゃあ行こうか」

「は、はい」

 

 ……シリカのキリトに対する目線が昨日と違う。キリトはイケメンだし、そういう感情が芽生えてもおかしくはないが。……堕ちるの早くね?

 

 

 

 

「あの……キリトさん。妹さんのこと聞いていいですか?」

 

 向かってる途中、シリカが切り出す。アインクラッドでは現実の話を持ち出すのはタブーだ。理由は知らないが、暗黙の了解ってやつだ。

 僕はキリトがどう対応するのか見てると。

 

「仲は、あんまり良くなかったな……」

 

 ぽつりぽつりと話し始めた。

 実は従妹だとか、厳しい祖父との軋轢に巻き込んで剣道を強制させてしまって引け目を感じてるとか、懐かしそうに、後悔してるように話した。

 

「妹さんはキリトさんを恨んでなんかいないと思います。好きじゃないのに頑張れることなんかありませんよ」

 

 シリカはキリトの様子を見ながら言う。嬉しそうに慰めていた。

 

「じゃあちゃんと帰って、ただいまと言ってやれ」

 

 僕も慰めるとキリトはありがとう、と笑う。

 やっぱり、彼だけでもこの世界から生きて帰って欲しい。僕は今一度、()()を守ろうと誓った。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「やあああああ!!」

 

 知りたいの悲鳴が聞こえる。四十七層のモンスターは植物型だ。周りの花が美しい分、モンスターの醜悪な見た目に女性プレイヤーは嫌悪せずにはいられない。うねうねした触手なんか生理的に無理な人が多い。

 

「キリトさん! 見ないで助けて!」

 

 触手に捕まって宙吊りになってるシリカはキリトに叫ぶ。僕は後方の安全の為背を向けてるが、キリトはバッチし見ちゃってるだろう。

 

「いい加減に……しろ!」

 

 背後から破砕音が響く。無事倒せたらしい。

 

「……見ました?」

「……見てない」

 

 ……キリトくん、それは見た奴が言うセリフだ。

 

 

~~~~~

 

 

 なんやかんやあったが、シリカは無事《思い出の丘》に辿り着いた。

 シリカは目的のものが岩の上にあると聞くやいなや走り出す。息を切らしながらも岩の上を覗き込むが。

 

「え……」

 

 しかし、そこには花と呼べるものは無かった。

 

 ──と、思われたが。

 

 

 短い草の間から一つの芽が伸びる。シリカが視線を向けると、芽は異常な速さで成長し、綺麗な白い花を咲かせた。

 まるで奇跡のような光景に呆然としてると、シリカはそっと茎に触れて花を摘んだ。茎は柔く砕けて、光る花がシリカの手の中で輝いた。

 ウインドウが浮かび、表示されたアイテム名は《プネウマの花》だった。

 

「これで……ピナを生き返らせるんですね……」

「ああ。心アイテムに、その花の中の雫を振り掛ければいい。だが、街に帰ってからの方がいいだろうな。急いで戻ろう」

「お疲れ様シリカ。良く頑張ったな」

「はい!」

 

 シリカは笑顔で頷く。命の危険がある中本当によくやったと思う。後は帰るだけだ。……用事を済ましてな。

 

 

 

 

 

 

 街に戻る僕らが小川の橋を渡ろうとした時、キリトがシリカを止める。ここが決めたポイントだ。

 

「そこで待ち伏せてる奴、出てこいよ」

「え…………!?」

 

 キリトの突然の発言にシリカが驚く。……え、シリカが驚いてる?! キリトこの野郎、説明したってメッセージしたくせにこのこと伝えてなかったのか。

 

「ロザリアさん……、なんでこんなところに……!?」

 

 赤い女の登場にシリカがまた驚く。

 お前のせいだぞキリト。責任取りやがれ。

 

「アタシのハイディングを見破るなんて、なかなかに高い索敵スキルね、剣士サン。あなどってたかしら?」

 

 ……そうかー、あれで隠れてるつもりだったのか。誘導しといてなんだけど、所詮小物だな。スキルを使うまでもなく《索敵》できる程度だ。

 

「《プネウマの花》の花をゲットできたみたいね。じゃ、さっそくその花を渡してちょうだい」

「もういいか? くだらない茶番はもう飽き飽きだ」

 

 これ以上は付き合ってられない。三文芝居の方がまだ見応えがある。

 僕の言葉に女は目に見えて怒り、僕を睨む。僕は気にも止めず、キリトに発言を求める。

 

「そうは行かないな、ロザリアさん。いや──犯罪者ギルド《タイタンズハンド》のリーダーさん」

「え……でも、ロザリアさんはグリーン……」

「オレンジギルドの中にグリーンがいるのは珍しくない。そういう手合いの奴だっている」

 

 僕が補足したように、ロザリアの頭上のカーソルはグリーンだ。だが、接触する為にグリーンの奴が獲物に近づき、他の仲間に狩らせるやり口は沢山見てきた。コイツらもその手合いだろう。

 

「そ……そんな……」

 

 シリカは愕然としてロザリアを見やる。こんな茶番は要らない。見ているだけで気分が悪くなる。

 僕は用事を済ませる為に本題に入る。

 

「僕らは《シルバーフラグス》ってギルドの奴からあんたらを牢獄にぶち込むよう依頼されたんだ。大人しくお縄につきな、ロザリア」

「……ああ、あの貧乏な連中ね。何? あんた達マジにしちゃった訳? 馬鹿みたい。ここで人を殺したって、ホントにその人が死ぬ証拠はないし。そんな──」

「はいはい、解った解った」

 

 面倒に思いながら手をひらひらと振ってみせる。こいつらは()()だ。それが解れば話は早い。流石の僕も我慢の限界を迎えようとしてる。

 ロザリアは顔を真っ赤にさせて怒りながら合図を出す。すると、十人のオレンジカーソルのプレイヤーが木立から出てくる。全員居ることを確認して、キリトの背中に回る。

 

「キリト。シリカを怯えさせた罰だ、お前が片付けろ」

 

 キリトの背中を押して前に出す。おいソルとかほざいているが無視だ。

 

「そ、ソルさん……」

「この転移結晶を持ってな。億に一つ、いや兆に一つがあるかもしれないからな」

 

 不安そうにキリトを見るシリカに転移結晶を渡す。転移結晶は高価だが、こんな出費痛くも痒くもない。安全がコルで買えるなら万々歳だ。それに、シリカを巻き込んでしまった負い目もある。

 

 

 

「キリトにソル……?」

 

 賊の一人が呟いた。眉をひそめ、キリトを凝視する。すると、急に顔色を悪くし、何か分かったのかロザリアに向けて言い放つ。

 

「ロザリアさん! こ、こいつら……《黒の剣士》に《幻の剣舞》、攻略組だ!」

 

 男の言葉でキリト以外のメンバーが驚愕する。もちろん僕も驚いてる。

 

「キリト、《幻の剣舞》ってのは僕のことか?」

「敵の攻撃を髪一重で躱しながら舞うように剣を振るい、街に滅多に現れない奴なんてお前しかいないだろ?」

「……そうか」

 

 いつの間にか大層な二つ名を付けられたことをなんとか飲み込んで、《タイタンズハンド》の面々を見る。ロザリアは数秒ほど間抜けな顔をしていたが、我に返って甲高い声で喚く。

 

「こ、攻略組がこんなところをウロウロしてるわけないじゃない! どうせ、名前を騙ってびびらせようってコスプレ野郎共に決まってる。それに──もし本当に《黒の剣士》に《幻の剣舞》だとしても、この人数でかかれば人数差で押し切れるわよ!!」

 

「そ、そうだ! 攻略組なら、すげえ金とかアイテムとか持ってんぜ! オイシイ獲物じゃねえかよ!!」

 

 ロザリアの声に賊は勢いづき、同意の言葉を喚きながら抜剣した。斧、槍、剣の光沢が眩しく光る。

 対するキリトは動かない。抜剣もせずに立ち尽くす。僕は不信に思い、メニューウインドウを出してある操作をする。

 その様子を見て好機と見たのか、ロザリアともう一人のグリーンを除く九人が不快な笑みを浮かべて走り出す。短い橋を駆け、キリトに斬りかかる。

 

「オラァァァ!!」

「死ねやァァァ!!」

 

──しかし、奴らの攻撃がキリトを捉えることはなかった。

 

「なっ!!」

 

 次の瞬間、賊の武器にヒビが入ると、そのままポックリと剣先が落ちてポリゴンとなって消えた。システム外スキル《武器破壊(アームブラスト)》、相手の技の出始めか出終わりの攻撃判定が存在しない状態に、武器の脆い部分に一定の角度で命中させることで破壊することができるスキルだ。

 

 

 

 キリトも少し困惑する中、シリカは後ろから何が起きたのか見ていた。ウインドウを操作していたソルは背丈の二倍はある長槍を手に出現させると、キリト目掛けて突きを繰り出した。突きはキリトを避けるように軌道を変え、キリトに迫る斬撃を逸らしていた。シリカの目では追えなかったが、ソルの行動と賊の攻撃がキリトに当たらなかった結果を見て推察した。

 

「キリト、何をしてる?」

 

 キリトはゆーっくりソルの方に振り返ると、真顔で槍を握るソルが居た。ソルが赤黒いオーラを纏っている錯覚を覚え、背筋に冷や汗が流れる。

 

「何もしてないが……」

「聞き方が悪かったな、何故なにもしない?」

 

 キリトは後ずさる。しかし、キリトが一歩下がればソルが二歩進む。とうとう二人の距離は零になり、ソルがキリトの胸ぐらを掴む。

 

「お前はオレンジ共に応戦もせずに斬られる趣味でもあるのか? けったいな趣味だな」

「あー……その……」

 

 キリトはなんとかしようと頭を回転させる。その間にも、ソルの言葉は止まらない。

 

「舐めてるのか? 所詮相手は中層のプレイヤー共、到底自分が死ぬ通りはない。キリト、それは余裕ではなく傲りだ。もしコイツらが毒を付与した武器を持ってたらどうするんだ? 麻痺毒だった場合、攻撃を受けたお前は動けなくなり、奴らに好き放題される。《戦闘回復(バトルヒーリング)》があるから大丈夫だって? 馬鹿かお前、そんなもん裏技を使えばどうとだってできる。いいかキリト、この世界でも人の殺し方ってのは沢山あるんだよ」

 

「……すまん、ソル」

「分かりゃいいんだよ」

 

 ソルはキリトを下がらせて、ロザリア達に鋭い眼光を向ける。男たちはその威圧に恐怖し、顔を青ざめる。

 

「チッ」

 

 不意にロザリアが舌打ちすると、腰から転移結晶を掴み出した。宙に掲げ、口を開こうとするが。

 

「僕はキリトほど優しくないんだよ」

 

 ロザリアの前まで接近したソルが手にあった結晶を槍で穿いた。結晶は音を立てて消え、腰が抜けたロザリアは尻もちを着く。

 

「キリト。結晶を」

 

 ソルに言われると、キリトは腰のポーチを探る。取り出したのは青い結晶体だった。だが転移結晶より色が格段に濃い。

 

「これは、俺に依頼した男が全財産をはたいて買った回廊結晶だ。黒鉄宮の監獄エリアが出口に設定してある。あんたら全員これで牢屋に跳んでもらう。あとは《軍》の連中が面倒見てくれるさ」

 

 キリトの説明にロザリアは唇を噛む。数秒押し黙ったあと、強気な笑いを浮かべ、言う。

 

「──もし、嫌だと言ったら?」

「僕が()()する」

 

 即答したソルの答えに、その笑みが凍りつく。彼は本気だ、その気になれば確実に殺されると感じたロザリアは、抵抗を諦めて俯いた。

 

「キリト」

「コリドー・オープン」

 

 キリトが濃紺の結晶を掲げて叫ぶ。瞬時に結晶が砕け散り、その前の空間に青い光の渦が出現する。自ら入る聞き分けの良い者が先に入っていく、動かない奴は放り投げる。全員入ると、回廊が一瞬まばゆく光って消滅した。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 風見鶏亭に戻るまで、シリカは無言だった。これもそれもキリトが説明していなかったせいだ。二階に上がり、三人でキリトの部屋に入る。

 

「キリトさん……行っちゃうんですか……?」

「ああ……。五日も前線から離れちゃったからな。すぐに、攻略に戻らないと……」

(……完全に堕ちてるな)

 

 僕の名前が出てこないのはまだしも、会って二日の子にこんな態度をとらせるキリトに戦慄する。流石に居心地が悪いので、早く目的を達成してもらうよう促す。

 

「……早くピナを復活させてあげたらどうだい?」

「あ、はい……」

 

 シリカが泣きそうになりながらも頷く。悪いことはしてないが、罪悪感に蝕られる気がして自己嫌悪してしまう。

 シリカはメインウインドウを呼び出し、《ピナの心》を実体化させる。浮かび上がった水色の羽根をティーテーブルに横たえると、次に《プネウマの花》も呼び出す。

 

「その花の中に溜まっている雫を、羽根に振りかけるんだ。それでピナは生き返る」

「解りました……」

 

 雫が羽根に吸い込まれると、羽根が光に包まれ、小さなドラゴンへと姿を変えた。

 

「ピナ!」

 

 

 キリトと一緒に居たいっていうシリカの気持ちは分からないこともない。だからこそ、彼女には自分のペースで攻略してほしい。キリトもそれを望んでいるだろう。

 

 

 

 

 

 

 あと何故か分からないが、ピナが僕にめっちゃ懐いた。




罠……使わなかったね。
備えあれば嬉しいなですから。


ではまた!

復活
奇跡は存在した。
いやはや之は夢であったようだ。
最初から有って無かったではないか。


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《蜃気楼》

ども、素人投稿者です。

今回は原作シーン無いです。
いやあまり原作入れるとパクリみたいでイヤなんすよ。
タグの原作既読推奨はそゆこと。


ではどうぞ


 

 

――二千二十四年四月

 

 アインクラッドは五十九層まで攻略されていた。

 キリトはまた少し立ち直り、最近アスナと一緒にいるのが多くなった。今のキリトの心の支えはアスナなのだろう。僕ではどうやってもキリトの支えにはなれなかった。僕が女だったら言葉が届いて、キリトを支えられたのかな……。いや、ありもしないもしもを捏造したって虚しいだけだ。

 今日も悪戯に命を削る日々。一人でいる時はローブを身に着け、潜るように剣を振るう。そこに意味を望んではいない。迷宮区のマップを公開するのも、オレンジプレイヤーに襲われそうな人を助けるのも自身の衝動に身を任せた結果だ。

 誰かの為にとマッピングしていないし、助けたいと思って人助けをしていない。()()()()()()()()はできたが、()()()()()()は見つけられなかった。()()()()()()()()があるだけでも贅沢なんだ、欲しがるのは人間の本質か。

 

 

 

 今日の標的は最近活発に活動している《笑う棺桶(ラフィンコフィン)》。リーダーは《PoH》、幹部に《ジョニー・ブラック》、《赤目のザザ》等がいる殺人(レッド)ギルド。全体的に逃げ足が速く、()()できたのは十数人だけだ。特に幹部クラス以上が速いのなんの。追い付くのに三時間かかったこともあった。

 

「……面倒くさ」

 

 追いかけっこは得意じゃないんだ、鬼の方は特に。見即斬の心得で行くとしよう。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 僕は19層の森の中を全速とまではいかないが疾走する。ルートは奴らの痕跡が残る道筋だ。僕の《追跡》スキルの練度は完全習得に迫るほど高い。奴らまでの距離約50m。接触まで3……2……1……。

 

 

(居た居た……)

 

 僕は腰の刀を抜刀し、奴らの首を斬ろうとした時。

 

「ソル?」

 

 何故か居たキリトが僕を見た時呟いたおかげで、僕の刀は黒いポンチョのフード男に防がれた。……嫌なタイミングで会っちまったもんだ。

 

「キリト……。空気を読めよ」

「ソル! お前何してる!」

 

 僕はこの場に居る奴ら、《笑う棺桶》の《PoH》《赤目のザザ》《ジョニー・ブラック》という待ち焦がれた面子を挟んでキリトと会話をする。

 

「おいおい、こりゃあ《蜃気楼》様じゃねえか」

 

 黒ポンチョフードの《PoH》が僕を見てケタケタと笑いながら言う。奴の両側に居るザザとジョニーは臨戦態勢で殺意を向けてくる。《蜃気楼》と聞いたキリトは目を丸くして驚いて僕を見る。

 

「《蜃気楼》だって……」

「お前が来ちまったならもうお終いだな」

 

 驚くキリトを他所にPoHは左手の指を鳴らすと、他二人が退いていく。ザザにエストックを向けられていた見知らぬプレイヤー二人が解放され、ふらふらと膝を突いた。

 

「また逃げられると思ってんのか?」

 

 散り散りに逃げようとする三人に刀を振るう。三人別の方向に逃げるからか、刀はPoHの片腕を落とすに留まった。

 

「……Suck」

「Die」

 

 足の止まったPoHにトドメを入れる為に刀を振る。鈍く光を弾く刀身は、ソードスキルの輝きを放つことなくPoHの首に吸い込まれる。

 

「待てソル!」

 

 キリトの叫びに今まさに敵の命を刈り取らんとした刀が空間で静止する。止まったのはたったの一瞬だが、その一瞬でPoHは姿を消し、直視することが出来ない距離まで逃げていた。

 僕は直ぐにも追いかけようとスキルを使おうとしたが。

 

「おい! ソル! 説明しろ!」

 

 キリトの怒声が僕の体を再び止めた。その間にも奴らは離れていく。流石に追いつけない距離になってしまったので、溜息をつきながらキリトと向き合う。

 

「説明って、何を?」

「お前が《蜃気楼》であることと、今しがた起きたことについてだ!」

 

 キリトの顔は真剣そのもので、彼の言動に共感出来ない僕は疑問符を出しながら首を傾げる。

 

 

~~~~~~~~~~

キリトside

 

 

 俺が《圏内事件》の真相に気付き、19層の丘の上で《笑う棺桶》と対峙した時だった。PoHの背後に人影を見つけたと思うと、見間違える訳がない、俺のよく知るソルが刀を迷いなく振ろうとしていた。

 俺の目線と呟きでPoHは刀を防いだが、俺が居なかったら間違いなく首を跳ねられていた。何よりソルの太刀筋に何の躊躇いも感じなかった。

 

 

「おいおい、こりゃあ《蜃気楼》様じゃねえか」

 

 衝撃だった。《蜃気楼》という名前は少し前からプレイヤーの間で噂になっている。フードを深く被った男が犯罪者や殺人者を捕縛、又はPKしているという噂だ。実際に()()に危ないところを救われた人も居て、目撃者も数名居る。複数形なのはあまりの頻度で所構わず目撃されるので、どこかの集団なのではと言われているからだ。しかし、目撃した者は皆、口々に霞のように掴めそうになく、生きながら死んでいるようだと言った。

 俺は興味がなく、ただの噂程度にしか思ってなかった。だが、ソルが関わってるとなると話は別だ。

 

 俺にとってソルは大切な相棒だった。一層のボスを倒した後、一人で進もうとした俺の隣に居てくれたのはソルだ。圏外に行く時、いつも心配だからと一緒に居てくれたのはソルだ。《月夜の黒猫団》が全滅した時、狂った俺を最後まで止めようとしてくれたのはソルだ。《背教者ニコラス》に挑んだ時、常に俺を守れる位置に居てくれたのはソルだ。あの時も、この時も、俺が不安になったり、落ち込んだりした時にはソルは傍に居てくれた。だからソルがPKをしている《蜃気楼》だと聞いた時は信じられなかった。いや、信じたくはなかった。

 

「おい! ソル! 説明しろ!」

 

 俺はPoHに斬りかかるソルに叫んだ。大切な相棒にこれ以上人を斬って欲しくない。俺は必死だった。

 

「説明って、何を?」

「お前が《蜃気楼》であることと、今しがた起きたことについてだ!」

 

 《笑う棺桶》の三人は逃げてしまって、この場には俺とソル、《圏内事件》の当事者であるヨルコとカインズと関係者のシュミットが居る。

 

「そこの奴らのことはいいのか?」

「いや、今はお前のことだ」

 

 事後処理はしなくてはいけないが、そんなことよりもソルのことが気がかりだった。

 

「いつからこんなことをしている?」

「……十二月から」

 

 十二月……俺がクリスマスイベントの為に無理にレベル上げをしていた時期だ。

 

「何故こんなことをしている?」

「僕に出来ることは全てしなくてはいけないから」

 

 今まで見てきたソルとは雰囲気が違う。彼の言動には強い使命感がある。でも、何処か危なっかしい。

 

「別にお前がやらなくてもいいことだろ?」

「いや、僕がやるべきだ」

「何故?」

「僕は要らない子だから」

 

 ソルの言葉を聞いた途端、俺の顔がカッと熱くなるのを感じた。

 

「巫山戯んな!!!」

 

 俺は怒りのまま怒鳴る。ソルは何のリアクションもせずに俺をじっと見ている。ソルの諦めたような、全て解っている顔が余計に俺を怒らせた。

 

「お前が要らないだと? そんなこと誰が言った!」

「……顔も名前も覚えていない誰かさ。僕には()()んだよ、キリト」

「だからどうした!! お前は要らないなんてこと無い! 絶対にだ!」

 

 ソルは抜刀されていたままだった刀を納刀する。(はばき)が鞘に当たって短い金属音が鳴る。ソルの表情は慈愛に満ちていて、薄く笑う。

 

「ありがとうキリト。やっぱり君は優しいね」

「……《蜃気楼》の他のメンバーは知ってるのか?」

「メンバー? 《蜃気楼》は僕一人のことだが……それがどうかした?」

 

 さも当然かのようにソルは答える。俺の背中に悪寒が走る。関心がなかった俺ですら《蜃気楼》のPKを数件知っているのだ、実際は恐らくより多いだろう。それをソルたった一人の所業だと言うのだ。既に彼は人に手をかけている、その事実に俺は眩暈を起こした。

 

「ソル……お前は…………」

「安心してよキリト。大丈夫、君たちは無事に帰れる」

 

 ソルの言葉を上手く聞き取れない。安心? 帰る? 何処に?

 

「やりたいことも沢山あるだろ? 一つ一つ叶えていけば良い」

 

 わからない。ソルが何を言ってるのかわからない。なんでそんなことを? お前はどうなんだ?

 

「僕の全てで、君を帰すよ。約束する」

 

 いつもと同じ優しい笑顔。ソルは変わっていない。……本当に? 今俺が話してるのはいつものソルなのか?

 

「だから安心してよキリト」

 

 ソルは俺に背を向けて踵を返す。俺は彼に何をすればいいのか分からなかった。言葉をかけたり、手を掴んで止めたりすれば良かったのかもしれない。でも、俺は何もせずに見えなくなるソルの背中をただ呆然と眺めた。




あえて言及してなかったけどこんなオリ主です。
設定とかはペチペチ出してくんで見守ってやってくだしぃ。


ではまた!

《蜃気楼》
罪を犯した者は恐れた。
自らの罪深き行いでは無い、罪が連れてくる死、其の者に。
彼は許しでは無い、彼は赦しでは無い。
悔い改めることなど忘却したようだ。
死は直ぐ其処だ、痛みはないのか、安堵した。


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《掃討》

ども、素人投稿者です。

アインクラッドではオリ主の過去の深掘りはしません。
ゆっくりしていってね。


ではどうぞ


 

キリトside

 

 ソルはあの後もいつも通りだった。一緒にレベル上げをして、他愛ない会話をする。ソルは狂ってしまったのか、元から狂っていたのかは分からない。不気味なくらいの変化の無さが俺は怖くなった。

 

 

 

 

 俺たち攻略組は《笑う棺桶》のアジトに向けて行進している。事の発展となったのは《笑う棺桶》のアジトの位置が密告されたことにある。《笑う棺桶》には攻略組も手を焼いていて、この際一掃せよと最前線のギルドのほぼ全てが参加した掃討戦が計画された。基本ソロの俺にも参加要請が来て参加することにしたが、ソルが居ることには強く反発した。しかし、攻略組きっての高レベルプレイヤーであるソルは貴重な戦力として参加させない訳にはいかないと返されてしまった。俺はこの掃討が無事に終わることを願うことしか出来なかった。

 

 

~~~~~~~~~~

 

ソルside

 

 掃討戦に参加した僕はキリトの参加を強く拒んだ。僕が彼の分の働きをすると言っても聞く耳持たず。結局キリトは掃討戦に参加することになり、僕の神経は全て彼の安全に費やされることになった。

 

 そもそも、この作戦の元となる密告の出処が不明なのも僕を不信にさせる。たまたまアジトを発見したプレイヤーであることは無いだろう、《PoH》はそんな阿呆じゃない。だとすると…………

 

 

「此処だ。お前達、準備はいいか?」

 

 先頭を歩くフルプレートの男が指揮を執る。此処には《血盟騎士団》の《神聖剣》は居ないようだ。僕は腰の刀をゆっくりと抜刀する。次第に見えてくる刀身はその中にもう一つの世界を写し、覗き込むと暗褐色の瞳が此方を見ている。結晶の回廊が引かれた洞窟へと進む集団に混じり、息を少しずつ無くす。

 

 

 

 開けた場所に出ると、数人のプレイヤーを発見した。攻略組の奴らは包囲して拘束しようと動き出す。瞬間、僕の直感が警鐘を激しく鳴らした。僕は急ぎ見える数人から()()する。()()()僕は混戦となり、間に合わなくなる前に六つの腕を空に舞わした。すると、何処に隠れていたのか大勢のプレイヤーが僕らの周りから姿を現した。

 そこからは最悪だった。止まずに重なる剣戟の音。幸い、此方に死者は出ていないようだ。キリトも応戦している。しかし、それは長くは続かなかった。

 

「いやだ、うわぁぁぁぁ!!!」

 

 悲鳴と共に一人の紅白の騎士がポリゴンとなって消えた。動揺は波紋のように広がり、攻略組は殺人に躊躇の無い殺人者に押されだした。ある筈の無い僕の心臓は鼓動を速くし、身体が嫌に冷たくなった。思考は薄く白くなり、ただこの頭に入ってくる()()を直直に呑み込んでいく。

 

(僕がやらないと)

 

 拘束せよとの命令が出ていたからか、《笑う棺桶》の負傷は少ない。しかし、攻略組はレベル差のおかげだけで生きている状況だ。誰かが手を出してしまうのは時間の問題だ。

 

「はァァァァァ!!」

 

 この騒音が鳴り響く空間で、何故かキリトの声が頭に入った。嫌な予感がする方に振り向くと、キリトが鍔迫り合いになって切羽詰まった表情をしていた。

 僕は勘に従い直進する。キリトが誰かを斬りそうになる、その前に僕は彼の周りの《笑う棺桶》を斬り崩した。首が二つ、胴体が一つが空に舞い、二つに別れた半身や残りが地面に垂れ落ちた。

 

「大丈夫だよキリト。僕がやるから」

 

 僕は出来る限りの笑顔でキリトに言う。

 そこで、僕は躊躇いを棄てた。

 

 

 

 

 

 

 逃げる気配に気付き、回り込む。ポンチョフード――《笑う棺桶》リーダーの《PoH》だ。

 

「よう《蜃気楼》。楽しんでくれたか?」

「…………」

 

 合点がいった。こいつは自身で密告し、自分のギルドを潰すようにしたのだ。開戦で軽く包囲されたのはそのせいだろう。

 

「どうした? 楽しすぎて声も出ねぇか?」

「…………」

 

 フードを被っていても解る。こいつは僕で遊んでいる。恐らく今の僕を理解出来ている唯一の人物だろう。

 

「その表情、本当にサイッコーだぜ? ギルドを丸々捧げた甲斐があったってもんだ」

「……遺言は終わりか?」

 

 《笑う棺桶》はこいつ以外の()()()()()()は全員捕縛されている。後はこいつの()()だけだ。

 

「ああ、もう悔いはねぇぜ。最期にお前と殺り合えるんだからよぉ!」

「……そっか」

 

 僕は首に襲いかかってくる奴の包丁を避け、同時に刀を下から奴の脇に滑り込ませて包丁を持っていた奴の右腕を肩と別離させる。上に昇った刀を降ろして、左も同じく別離させる。PoHは観念したのか、膝を着き首を差し出してきた。

 

「俺で()()()()。やっぱりお前は最高だぜ。死を望みながらも生に縋り、だが死を決して忘れたりしない。死んだ心を正常と思い込んで真っ当に狂ってる」

「……そうだな」

「これで俺はお前の一部となり、お前は完全に俺たちに()()()。愛してるぜ《蜃気楼》」

 

 死に際にもお喋りなコイツの言葉を()()まで待ち、首に当てた刀を振り抜こうとする。

 が、僕の手首を誰かの手が掴んだことで刀は動くことを失念した。

 

「……キリト?」

「もう……もう終わったんだ。……ソル……もういいんだよ」

 

 キリトの目には微量の雫が潤っていた。今にも泣きそうな彼は、僕の手に指を入れると手から刀を取り上げた。

 

「キリト……コイツだけは……」

「お前はっ……泣いてるんだよ!」

 

 僕は左手で左頬を拭うが、水滴が指に付着することは無かった。キリトは表情を柔らかくして僕の右頬に左手で触れる。その手には、確かに水で濡れた感触があった。僕は右頬のキリトの手にゆっくり手を重ねる。

 

「こんなになるまでお前が背負う必要は無い」

 

 キリトの言葉に僕の心はザワついた。いいのだろうか、僕に必要なんて無いのだろうか。僕の心がその在り方を変えようと蠢く。

 

「《黒の剣士》ぃ! 邪魔してんじゃねぇ!! おい《蜃気楼》!!! お前は既に俺らと同類だ、もう変われない。変わることなんて出来ねぇんだよ!!!」

 

 変わることを願ってしまった僕の心はその言葉に引き留められた。舞い上がったしまった心を落ち着かせる為に、僕はここから立ち去ることを選んだ。

 

「ソル! 耳を貸すな!」

 

 僕は転移結晶を手に取り、青い光に身を任せる。キリトが手を伸ばしてくるが、僕はキリトを見たまま動かなかった。

 

 

~~~~~~~~~~

 

キリトside

 

 俺は転移するソルに手を伸ばすことしか出来なかった。あの時、ソルは確実に心を開いてくれていた。だが、そこにいるPoHの仕業でソルの心は再び閉ざされてしまった。

 

「クク、惜しかったなぁ《黒の剣士》」

 

 下卑た笑いをするPoHに苛立ちを隠せない。あと少し、ほんの少しだけでソルの心を救うことが出来た気がしたからだ。

 

「おいPoH、ソルと何を話していた」

 

 PoHを拘束しつつ尋問する。やけにソルに親しげな態度をとろうとしていたのだから、ソルの何かを知っているはずだ。

 

「《蜃気楼》は俺と同じだ。俺らに言葉は要らねぇ。俺はアイツを愛してるからなぁ」

 

 なんとも的外れな回答に眉を顰める。こいつは何も話すつもりはない。ソルがPoHとの間に何があったか、それは本人に聞かないと分からないようだ。

 

 

 

 

 俺は、ソルにはこの世界でも生きてほしい。ソルが俺を死なせないなら、ソルは俺が死なせない。この気持ちは恩返しであり、俺の願いだ。必ずしもソルを救ってみせる。

 

 

 

 

 ソルは俺の……相棒だから…………。

 

 




ソ■
僕は咎人です。
僕は人殺しです。

変わ■ことは出来ません。


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《悪魔》

ども、素人投稿者です。

今回はオリジナルソードスキル沢山入ってます。
こういうの考えるの楽しいですよね。


ではどうぞ


 

 

 

 

 僕は今日もモンスターを狩る。装備は全てモンスタードロップの物だ。武器の耐久が無くなれば《体術》スキルで狩る。ドロップすればそれの耐久が無くなるまで狩る、これの繰り返し。ダメージは《戦闘回復》で事足りるから、ポーションや回復結晶の数は一向に減らない。

 掃討戦の日から、僕はキリトに会うのを避けていた。明確な理由は見つからない。でも、僕は今キリトに会うのがたまらなく怖くなっていた。この恐怖は()のものとは違う、似て非なるものだと思う。怖いけど静かに惹かれるこの感覚は、胸の奥で僕の罪をチクチクつついてるようで。こんなことは初めてで、僕はキリトに会うべきか迷っている。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 七十四層の迷宮区でリザードマンの群れを狩る。上から振り下ろされている剣を時計回りに身体を回転させて避けつつ、肘の関節を回転のまま右手の刀で斬る。斬られた腕は勢いそのまま地に落ちて跳ね、リザードマンのHPは黄色まで下がる。他のリザードマンによる右後ろからの剣撃は反転しながら刀で逸らして相手の懐に入る。刀ソードスキル〈空燕(カラツバメ)〉で首の右を浅く斬り、返しを首の傷に(たが)わず当てる。首を失ったリザードマンのHPは消え失せて、また一体ポリゴンとなった。

 

「コレでラス1」

 

 最後の一体の首を跳ね終えて、僕は息を整える。刀の耐久を確認すると、残り半分となっていた。

 

「そろそろ次が欲しい(ところ)か」

 

 検証した結果、刀は人型の急所を攻撃した時は耐久の減少が減ることがわかった。それから僕は人型相手では刀で戦ってきたが、この迷宮区では出てくるエネミーが殆ど人型で、どれだけ巧く戦ってもガリガリ消耗してしまう。それでも、《LA(ラストアタック)》の武器は基本使いしていない。破格の性能をしているが、二つと無い一振なもんだからボス戦以外では豪華なお荷物と化している。

 

「……休むか」

 

 僕は休息をとるため安全エリアに向かおうとする。途中、よく知る黒コートの剣士と紅白の美少女が六人ほどの集団を連れて進むのが見えた。

 

――ドクン

 

 その光景に心臓が飛び跳ねる。ついでに戦闘の精神的疲労が吹き飛び、思考が高速回転する。キリトに会う、今すぐそこに居る人達に挨拶するだけで叶う、僕はどうすればいい。

 僕が考えるよりも、僕の身体は徐々にキリトへと歩き始めていた。歩けば歩くほどに僕の思考は鈍くなる。

 

(キリトに逢いたい)

 

 歩く僕はそんなことしか考えられなかった。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 キリトを追いかけること約三十分。僕はボス部屋の前付近まで来ていた。

 

「あぁぁぁ…………」

 

 回廊に縮れるように悲鳴が響いた。キリトたち悲鳴につられて一斉に駆け出す。そこで僕の思考はクリアになった。

 

(悲鳴、ボス、キリト、八人、危機的状況)

 

 事態を整理し、この後に起こることを推測する。

 僕の推察では、ボスに誰かが苦戦、キリトたちは恐らくこの事に見当が着いている、キリトたちはこれから加勢に入る。しかしキリトたちは八人だ、ボス相手にどうこうするには難しい人数。最悪……

 

「キリトッ!!」

 

 僕はボス部屋に向けて走り出した。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 僕がボス部屋に入った時、キリトはこの部屋の主《ザ・グリームアイズ》の斬馬刀による連撃を紙一重でいなしていた。《ザ・グリームアイズ》は離れた僕から見ても極極な巨躯だ。野生特有の脂肪の見えない筋肉質な上体は深い青をした人型、下体は濃紺の長い毛に包まれた人以外の動物のそれをしている。頭はぬじれた太い角を持つ山羊を成して、眼と漏れ出る吐炎は青白く輝き、尾は蛇が生えていた。その姿はまるで教典の中に巣くう悪魔の形相だ。

 

「キリト!!!」

 

 僕は手に両刃槍《フォルト・アンド・カース》を()()する。敵の斬馬刀がキリトを確実に捉えようとした間に飛び込み、《フォルト・アンド・カース》の柄で受ける。

 

「っソル!」

「スぅー……。ハァッ!!」

 

 息を吐ききる。一度に力を加えた両刃槍は相手の斬馬刀を弾き返した。僕は両刃槍を地と平に構え、キリトに問う。

 

「どうする、キリト」

「ソル、十秒持ちこたえてくれ!」

「別に倒してしまっても構わんだろう?」

 

 久しぶりのキリトとの会話に自然と口角が吊り上がるのが分かる。僕は自分が思うよりキリトにゾッコンらしい。キリトと一緒に居るだけで心が軽くなるのを感じる。

 キリトが後ろに下がるのを確認すると、《ザ・グリームアイズ》が斬馬刀を突き刺してくる。僕は右足で横回転に前宙し、身体を捻りながら両刃槍を斬馬刀を上から両手槍ソードスキル〈ムーンソルト〉で叩きつける。垂直に力を加えられた斬馬刀は軌道を急激に降下させ、僕がいた位置に突き刺さった。叩きつけた勢いを使い懐まで跳び、片手槍ソードスキル〈ストレイライト〉で鳩尾を突き刺す。両刃槍を引きながら体術スキル〈流星(リュウセイ)〉で蹴りつけ、両刃槍ソードスキル〈ジャックループ〉で両刃槍を抜きつつ縦回転して斬りつける。

 

「グァァァァ!!」

 

 着地しつつ右から来る拳を右の刃でいなす。両刃槍を背中経由させて、遊星歯車のように回転する両刃槍ソードスキル〈ステラアニュラス〉を放つ。

 グリームアイズが薙ぎ払いのモーションに入るのを確認して、後ろに跳んで距離をとる。

 

「いいぞ!!」

 

 キリトの合図が聴こえたので、グリームアイズに突進する。上段から振り下ろされる斬馬刀を左回転して両刃槍ソードスキル〈セカンドアクセルギア〉で弾き飛ばす。

 

「スイッチ!」

 

 ノックバックしたグリームアイズと僕の間に生じた間合いにキリトが飛び込む。その両手には()()()()()が握られていた。

 

「うおおおおおおあああ!!」

 

 キリトの剣が光を絶やすこと無く連撃を見舞う。しかし、グリームアイズは怯みながらもキリトに反撃を行う。が、その抵抗は実を結ばない。

 

「ソル!」

「前だけ見てろ、キリト!」

 

 僕はキリト目掛けたグリームアイズの攻撃をキリトの背中越しに逸らす。時にはキリトの邪魔にならぬよう一瞬だけ前に出、キリトの連撃の合間を縫って追撃を加える。

 

「……ぁぁぁあああああ!!」

 

 キリトの雄叫びとともに放たれた一撃が、グリームアイズの胸の真中を貫いた。

 

「ゴァァァアアアアアアアアア!!」

 

 天を仰ぐグリームアイズは、断末魔をあげた後、青いポリゴンとなりて爆散した。光は部屋中に霧散し、光の粒が降り注ぐ。

 

「……キリト」

「ソル」

 

 キリトと向き合う。流石のキリトも疲れたのか、腰を降ろした。僕も目線を合わす為に対面に座る。アスナ達も駆け寄ろうとしたが空気を読んだのか、遠くから見守っている。

 

「キリト……僕は……」

「また……助けられたな」

 

 俯く僕にキリトは言う。

 

「ソル……お前の過去に何があったのか、俺は何も知らない。でもな、俺はお前とこの世界で出会えて良かったと胸を張って言える」

「キリト……僕はどうしたら…………いいかな?」

 

 僕は自分の疑問をキリトにぶつける。自分のことを他人に縋るなんていけないことだと分かってる。だけど、僕はキリトにぶつけずにはいられなかった。

 

「……お前はいつも言ってたよな。これは自分がやらなくてはいけないって」

 

 そうだ、僕はやらなくてはいけないことの為に……

 

「そんなこと、どうでもいいんじゃないか?」

「……え?」

 

 どうでもいい、キリトは僕の疑問をそう片付けた。

 

「ソルがしてるのは本当はしなくてはいけないことじゃないってことさ。そんなことより、もっと他にやることがあると思うんだ」

「他のこと?」

 

 そう言うキリトは照れくさそうに、口をごもごもと動かしてから言った。

 

「た、例えば、俺の隣に居たりとか、俺と一緒にレベル上げとか……」

 

 この時の僕は、鳩が豆鉄砲で撃たれたような顔をしただろう。キリトの口から出たことは、あまりにも予想外で、照れてるキリトを見てるとこちらまで恥ずかしくなってくる。

 

「俺はな、ソル。お前が隣に居てくれて嬉しかったんだ。一層の攻略の時から……今まで。何があってもお前だけは俺の味方だった。心強かったんだ。お前のことは俺の大切な相棒だと思ってた。だからお前が《蜃気楼》だと知った時、俺は怒ったんだ。大切なお前に、そんなことして欲しく無かったから。掃討戦の時だって、お前には俺のせいで人を斬ることになってしまった。それがとても悲しくて、悔しかった。ソルがどんどん遠くへ行ってしまってるようで、怖かった。お前が使命感に殺されてしまう前に救いたかった」

 

 キリトは真剣な眼差しで僕を見る。

 

「お前はもっと自分のやりたいことをやっていいと思う。もう十分お前はやったよ、俺が保証する。だからな、ソル……もう帰ってこい」

「僕は……帰る?」

「ああ、今までしてなかったこと。一緒に飯を食って、一緒に昼寝して、一緒に馬鹿なことしようぜ。お前は……俺の大切な相棒で、俺の大切な親友だからな」

「僕は……人殺しだよ?」

「構うもんか。お前はソル、俺の相棒だ。それは揺るぎないよ」

 

 涙が溢れる。本当に……本当に僕は、彼に救われている。僕がここまで生きて来たのは彼のお陰だし、僕が死を避けてきたのも彼のお陰だ。僕は彼に生かしてもらっている。それでも十分なのに、彼は僕の心すら救おうとしてくれている。

 

「……ありがとう、キリト」

 

 満面の笑みでキリトにお礼を言う。僕はいいのだ、キリトと笑い合って、隣を歩いて、肩を預け合って、僕にはもっとやることがあった。今までしてきたことは忘れない。だけど、これからは他のことをしていこう、キリトと共に。

 キリトはやっとスッキリしたといった様子で微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

「ああ~。終わったかい?」

 

 遠慮がちに尋ねてきたのはクラインだ。

 

「軍はどうなった?」

「生き残った軍の連中の回復は済ませたが、コーバッツとあと二人死んだ……」

 

 キリトの問いかけにクラインは暗い顔で答える。

 

「……そうか。ボス攻略で犠牲者が出たのは、六十七層以来だな……」

「こんなの攻略って言えるかよ。コーバッツの馬鹿野郎が……。死んじまっちゃ何にもなんねえだろうが……」

 

 部屋の端にいる集団のことだろう。《軍》は一層に陣取って好き勝手している大規模ギルドだ。攻略に出てくることは無かったが、最近方針が変わったのだろう。

 吐き出すようにクラインは言垂れる。頭を左右に振るとため息をつき、気分を替えて訊いてきた。

 

「そりゃあそうと、オメエさっきのは何なんだよ!?」

「……言わなきゃダメか?」

「ったりめえだ! 見たことねえぞあんなの!」

 

 クラインの言っていることはキリトが二振りの剣を扱ったことだろう。()()の状態で装備できる物は決まっている為、何らかの特別なスキルだと予想できる。

 

「エクストラスキルだよ。《二刀流》」

 

 キリトの自白に周りがどよめく。

 

「しゅ、出現条件は……」

「解ってりゃもう公開してる」

 

 エクストラスキルとは、出現条件がはっきりとは判明していない武器スキル、ランダム条件なのではとも言われているスキルのことだ。しかし、そんなスキルとは別の例外も存在する。習得者が一人しか存在しない《ユニークスキル》、現在知れ渡っているのはギルド《血盟騎士団》団長のヒースクリフの《神聖剣》のみとなっている。キリトの《二刀流》は恐らく《ユニークスキル》、キリト固有の唯一のスキルと判別できる。

 

「まあ俺のことはそんくらいだ。ソル」

 

 突然の呼びかけに驚いて少し仰け反る。

 

「お前も俺みたいにエクストラスキルを使ってたんじゃないのか?」

「……あぇ?」

 

 困惑しすぎて変な声を出してしまった。

 

「さっきの動き、絶対に何らかのスキルを使ってただろ。じゃないと説明つかない」

「えー……、いやぁ……」

「俺は言ったんだからお前のも教えろよ!」

 

 キリトが顔を近付けてくる。所謂、ガチ恋距離ってやつだ。

 

「あーもう! わかった、教える、教えるから離れろ!」

 

 キリトの顔を掴んで無理矢理遠ざける。周りの連中もキリトの《二刀流》だけでは飽き足らず、僕の秘密までも赤裸々にするのを今か今かと待ち望んでいる。

 

「はぁー……僕が使ってたスキルは────




投稿ペースは完全にマイペースです。
感想とかくれたらもっと頑張れます。
気が乗ったら感想下さい。


ではまた!

《フォルト・アンド・カース》:罪と罰
其れは揺曳、もう退くことはできない。
刃先を冦し、敵穿とうとも、身は爛れ。
復誦、赦されることなかれ。


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《舞闘術》

ども、素人投稿者です。

最近免許取れましてね。
まあ乗る予定はないんですが。

実はアインクラッドってアリシゼーションの次に長い?(アニメ化してるのは)
頑張ります。


ではどうぞ


 

 

 

 翌日、僕はキリトとエギルの雑貨屋の二階にシケ込んでいた。キリトは揺り椅子にふんぞり返って足を組み、僕はその隣で頬杖をついて座っている。

 

 昨今のアインクラッドは昨日の《事件》で持ちきりだった。フロア攻略はよく大きな話題となっていたが、今回は更にオマケがいろいろ付いているからだ。《軍の大部隊を全滅させた悪魔》、《悪魔を討ち取った二刀流の剣士の五十連撃》、《悪魔を無傷で翻弄する幻の剣舞士》……。噂に尾びれは付き物だが、キリトの五十連撃はやりすぎだと思う。

 キリトの方にはどうやって調べたのか、ねぐらまで剣士や情報屋が押しかける始末。わざわざ転移結晶を使うハメになったとグチグチ言っている。

 

「引っ越してやる……どっかすげえ田舎フロアの、絶対見つからないような村に……」

「ははは……」

 

 これはかなり参っている様子。後で田舎フロアの絶対に見つからない村を探しておこう。

 

「まあ、そう言うな。一度くらいは有名人になってみるのもいいさ。どうだ、いっそ講演会でもやってみちゃ。会場とチケットの手はずはオレが」

「するか!」

 

 叫び、キリトは右手のカップをエギルに投げた。投剣スキルによって輝きながら飛ぶカップはエギルの頭の右横の壁に激突して破砕した。

 

「おわっ、殺す気か!」

「てかお前は何で追われてないんだよソル!」

「……なんでやろなぁ」

 

 キリトの言う通り僕の方を追う人はキリトに比べると少ない。全く居ない訳では無いが、人を撒くのは苦じゃない僕にとっては些細なことだった。

 

「流石はモテモテキリト君やね」

「グワーッ! 絶対引っ越してやる!」

 

 頭を抱えて叫ぶキリト。僕とエギルがその様子を遠巻きに眺めてると、扉が勢いよく開かれる。

 扉の方を見ると、顔を青くしているアスナが立っていた。

 

「どうしよう……キリト君、ソル君……」

 

 今にも泣きそうなアスナの言葉に少し構える。

 

「大変なことに……なっちゃった……」

 

 どうやら、僕の平穏はまだ先らしい。

 

 

~~~~~

 

 

 アスナはキリトと僕を五十五層の主街区グランザム市に連れてきた。ここに本拠地を置くギルド《血盟騎士団》にお呼ばれしたからだ。道中イチャイチャするキリ・アスを横目に歩く。

 

 

 

 鋼鉄の扉を開けた先は、1フロアを丸ごと使った円形、全面透明のガラス張りの壁の部屋。中央に置かれた半円の机に彼は座っていた。

 聖騎士ヒースクリフ。外見は二十代半ば、真鍮色の瞳、鉄灰色の髪の長身痩せ型の男性。その雰囲気は何処か達観しており、この世界に対する僕らとの()()()()()のようなものを感じる。

 

「お別れの挨拶に来ました」

 

 アスナは早く終わらせたいのか、前置きなく本題へと入った。アスナはキリトと一緒に居る為、ギルドに休暇を申請したが何故か通らず、キリトと僕を呼ぶように言われたそうだ。

 

「そう結論を急がなくていいだろう。彼と話させてくれないか」

 

 苦笑するヒースクリフはキリトを見据える。

 

 ヒースクリフの話は、アスナが欲しかったら決闘して勝ち取れ、負けたらギルドに入れ、要約するとこんな内容だった。

 

「団長、わたしは別にギルドを辞めたいと言ってるわけじゃありません。ただ、少しだけ離れて、色々考えてみたいんです」

 

 アスナの主張は正しいと言える。アスナが何処で何をしようとアスナの勝手だ、保護者面なんか甚だしい。それに、僕が完全に蚊帳の外だ。

 

「ヒースクリフ、僕にも用があるのでは?」

「ああ、君も血盟騎士団に入ってくれないか」

「え、嫌です」

 

 どうやら僕はついでだったらしい。キリトもヒースクリフを無視するべきだろう、決闘のメリットとデメリットが釣り合っていない。キリトを引っ張って退室しようとすると。

 

「いいでしょう、剣で語れと言うなら望むところです。デュエルで決着をつけましょう」

「……えー」

 

 なんと決闘を受けてしまった。こうなってくると話は変わってくる。

 

「はぁー。仕方ない、じゃあ僕もヒースクリフに提案があります」

「何かね?」

「僕が欲しけりゃ決闘です。僕が勝てばキリトの勧誘の無効、アスナへの命令権の放棄、負ければギルドに入ります」

「随分と欲張りだね」

「まあ、勝てる戦いは欲張ってなんぼですよ」

 

 余裕を持っていたヒースクリフの顔は強ばり、目を細めた。

 

「《舞闘術》……だったかな? いつから所持していたかは知らないが、自信過剰ではないかね?」

「攻略しか能の無い貴方よりかは対人戦に理解があるので当然です」

「……なるほど。受けようじゃないか」

 

 アスナの顔が青を通り越して白くなってるのを見ながらキリトとアスナの背中を押して退室した。

 

 

~~~~~

 

 

「もーー!! ばかばかばか!!」

 

 エギルの店に戻った途端、アスナはキリトに詰め寄った。

 

「わたしががんばって説得しようとしたのに、なんであんなこと言うのよ!!」

 

 ごもっとも。もっと言ってやれ、とアスナに視線を向ける。

 

「ていうかソル君もなんであんなこと言っちゃったのよ! 団長に挑発までして!!」

「……仕方ないだろ? キリトの尻拭いだよ」

 

 矛先が僕に向いたので、なんの気もなしにキリトを責める。おいソルとか言ってるが、ジト目で返す。

 

「悪かった、悪かったってば! つい売り言葉に買い言葉で……」

「まったくなあ?」

 

 弄る言葉を容赦なく放つ、キリトは反撃できずに縮こまるばかりだ。

 

「まあ僕は保険だ。しっかり自分でアスナを手に入れてくれよ。黒の剣士さん?」

 

 僕の言葉に二人の顔はわかりやすく赤くなる。この様子なら、完全に引っ付くまで数刻も要らないだろう。

 

「そ、そういうわけじゃ……」

「べ、別にキリト君のごにょごにょ……」

 

 ……深い意味は無いが、なんだが珈琲が飲みたくなってきた。それはもう甘さの欠けらも無いような……。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 《神聖剣》との決闘は、七十五層のコロシアムで行われることとなった。七十五層は全体的に古代ローマの造りで、直方体の巨石で形成されている。神殿や広い水路もあり、まるで西洋で時代を逆行したかのような趣を感じる。大イベントとして広められた効果か、街は多くの剣士や商人プレイヤーがごった返しとなっている。

 

「火噴きコーン十コル! 十コル!」

「黒エール冷えてるよ~!」

 

 コロシアムの入口は商人プレイヤーの露店と長蛇の列により特に繁盛している。

 

「……ど、どういうことだこれは……」

 

 おや、どうやらキリト君は知らなかった模様。

 

「どうって……、《神聖剣》と《黒の剣士》。どちらも名の通った攻略組のトッププレイヤーだ。話題性は抜群だと思うが?」

「名が通っている…………、お前が追われてないのは《剣舞士》の知名度のせいか!」

「多分ね」

 

 キリトが悔しそうに睨んでくるが些細なことよ。幻なんて言われてた僕の知名度は無い。結果オーライってやつかな。

 なんて話してると、《血盟騎士団》の白赤の制服を着た横に豊かな体をした男が近づいてきた。

 

「いやー、おおきにおおきに!!」

「こんにちは、ダイゼンさん」

「キリトはんのお陰でえろう儲けさせてもろてます! あれですなぁ、毎月一回くらいはやってくれはると助かりますなぁ!」

「誰がやるか!!」

 

 ……もしかして、キリトはコミュ障だったりするのだろうか。人混みを避けたり、大人数のイベントを避けたりしているような気が……気が……。キリトが睨んできた、これ以上はやめておこう。

 

「ささ、控え室はこっちですわ。どうぞどうぞ」

 

 そろそろ時間が時間だ、僕たちはダイゼンの案内に従って控え室に向かった。

 

 

~~~~~

 

 

「キリト君…………」

「大丈夫だよ。死にはしないさ」

 

 隣に座るアスナは落ち着きがない。僕はアスナと一緒に観客席にいる。

 最初は《神聖剣》と《黒の剣士》、次に《神聖剣》と《剣舞士》の対戦順だ。

 僕は次に闘り合うヒースクリフの動きに注視して観戦した。

 

 

 

 

 

 キリトとヒースクリフのデュエルは激しい攻防を織り成した。硬さを売りとしていた《神聖剣》は思いの外攻めの姿勢をしたのは驚いたが、キリトも巧く対応していた。

 二人のHPが半分に迫ろうとした時、キリトのソードスキルがヒースクリフの守りを崩し、トドメを指す。

 刹那、奴は動いた。()()()()()()()()。結果、最後の一撃を防いだ後の反撃によってヒースクリフが勝った。

 

「…………」

 

 あの動きはあまりにも()()()だ。考えられるのはスキルによるシステムアシストか。いや……しかし……。

 

「アスナ。キリトを見てやってくれ」

「え、ええ!」

 

 アスナがキリトに駆け寄るのを見て、控え室に向かう。

 

 

~~~~~

 

 

 キリトのデュエルから時間を置いて、僕の出番がやってきた。影となった入場口から光に身を晒しながら入場する。観客席からでは気付かなかったが、此処だけ地に堕ちた沼地のようで、観客は僕を覗き込むナニカのようだ。体温が嫌に低く感じるのは緊張しているからか、此処の人々がひどく()()()からか。

 ゆっくりと歩いてヒースクリフの目の前で止まる。

 

「ではソル君、始めようか」

 

 キリトを下したからか、自信があるのを顔をから消せてない。普段無表情な彼からしたら珍しい。いや、やけに上機嫌だ、何か他の理由がありそうだ。

 

「上機嫌ですね。キリトを倒せて嬉しいですか」

「そんな所だよ」

(……嘘だな)

 

 理由に関しては今はどうでもいい、()()()()()()()()()()()()()()

 

「キリトが欲しけりゃ、僕も倒してみせて下さいね」

「そうさせてもらうよ」

 

 出現したデュエルメッセージの初撃決着モードを押す。このモードは相手のHPを全損させる必要はないので一応の安全性を持つ。

 

 カウントダウンが始まる。()()()()()()()()()()()両手剣《フォーリンホープ》を手に取る。剣先を地面に引き摺らせて、脱力して背中を反る。

 無意識の呼吸を止め、息を吹き切るのと【DUEL】のウインドウが出現するのは同時だった。

 

 

 ヒースクリフが接近してくるが、牽制から入るのか、速度は抑え目だ。

 走るヒースクリフは剣を構える。まだ奴の間合いには入っていない。

 脱力した身体を落とし、手を地に着ける。そのまま超低姿勢で全力で跳んで大剣を振り上げるが、ヒースクリフは盾で防ぐ。咄嗟に後ろに飛んだせいで盾を守られた。ヒースクリフは距離をとる。

 

「速いね」

「黙ってその盾寄越せよ」

「断るよ」

 

 接近しながらソードスキルの構えをとる。両手剣ソードスキル〈アバランシュ〉の構えだ。大剣を光らせてソードスキルを放つ時、僕は半回転しながら跳ぶ。そして放つは両手剣ソードスキル〈バックラウンド〉。

 

「くっ!」

 

 空中で放たれる二連撃をヒースクリフは顔を歪めせながら防ぐ。

 

「ふん!」

 

 そして反撃にソードスキルで攻撃してくる。しかし、僕の連撃は終わっていない。回転の勢いを殺さず右足で着地し、体術スキル〈風月(フウゲツ)〉でヒースクリフの光る剣を蹴る。ヒースクリフのソードスキルは強制キャンセルされ、硬直が生まれる。

 

 

 僕は大上段に構え、隙だらけのヒースクリフにトドメの両手剣ソードスキル〈サンクション〉を放つ。ここで、先程見た現象が起きた。硬直してるはずのヒースクリフの盾が吸い込まれるかのように軌道上に構えられた。

 

「…………」

 

 予想通りの出来事なので焦りはしない。光芒をひく大剣、僕は大剣のその姿を()()()()()()()()()()()》へと変えた。突然の武器の変化、しかし()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「何っ!!」

 

 戦斧の刃は大剣の中心を受けようとしていた盾を越え、ヒースクリフの肩を深く抉り、HPを大きく減少させた。HPは()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 終了のシステムウインドウが浮かび上がる。少しの無音の後、まさかの結末に歓声が大きく闘技場を揺るがした。

 

 

「……負けたよ」

「ヒースクリフも中々強かったですよ。僕がモンスターなら余裕だったでしょう」

「最後の現象は何だい?」

 

 ヒースクリフは何か引っかかるのか、目を細めている。

 

「教えませんよ。知りたければ勝って下さいね」

「ではまた今度……」

「嫌ですよ、また戦り合うなんて」

 

 そう言うと、ヒースクリフは考え込んでしまった。兎も角、勝ちは勝ちだ、約束は果たしてもらおう。

 

 

~~~~~

 

 

「流石だなソル!」

「やったねソル君!」

 

 控え室に戻ると、キリトとアスナがお出迎えしてくれた。

 

「ったく、キリトはしょうがない奴だな。自分で勝ってくれよ」

「……いや、あれは仕方ないだろ?」

「お? 僕は勝ったぞ?」

「…………」

 

 キリトが悔しそうに睨んでくる。アスナも苦笑いだ。

 

「結果オーライでしょ? さて、祝勝会しましょ!」

「ぐぬぬ……」

「アハハっ!」

 

 アスナの提案に乗り、三人で店に向かう。

 

「てか、結局お前のスキルはどんな効果なんだ?」

「あれ? キリトに言ってなかったっけ?」

「言ってねえよ!」

 

 キリトとアスナが見てくる。この二人なら気軽に広めたりしないと信頼できる。僕はメインメニューを出しながら説明する。

 

「《舞闘術》の効果はソードスキルの硬直削除、武器をメニューを使わず何でも何時でも装備変更可能の二つだな」

「あれは何だ? 色んなソードスキル使うやつ」

「このスキル武器カテゴリが無いのに装備スキルなもんだから実質全武器のソードスキルをどんな武器でも使えるな」

「そんなのチートじゃねえか」

「そうでもないぞ? 武器の形状が変わるから軌道も変わるし、構えも掴みづらい。威力はそのソードスキルのカテゴリ別の補正らしいし、構造上無理なものも多い、無理矢理発動させてもショボイ威力にしかならない」

「……そう聞くと強くなさそうだな」

「ところがどっこい、威力補正はそのカテゴリの熟練度に《舞闘術》の熟練度が加算されるから威力は普通より高くなる」

「やっぱりチートじゃねえか」

「威力は《二刀流》より控えめだからチートじゃないですぅ」

「ちなみに熟練度は?」

「全部上限(カンスト)に決まってんだろ?」

「お前自体がチートだったわ」

 

 言い合いしてるうちに店の前まで着いた。僕は二人に向き合う。

 

「まあ、なんて言うか……。これでアスナは自由だし、キリトとパーティーも組むんだろ? よろしくな」

「ふふ、よろしくね」

「ああ」

 

 僕らは笑顔で店の中に入った。

 

 

 

 

 

 

「あ、いい雰囲気になったら消えるから大丈夫だぞ」

「おいソル!」




タグにオリ主最強を追加しました。
全勝させる気はありませんが、最強になっちゃいそうなので追加します。


ではまた!

《フォーリンホープ》:堕ちた希望
見上げていたのは暖かい色。
見下ろしたのは唯の屍。
これは誰だ、誰か、寂滅。

《ブラッドステイン》:血の滲み
赤い液は生きている証拠だ。
彼女からは生が溢れている。
祝福しよう、彼女は生きている。


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《Yui》

ども、素人投稿者です。

これまでの後書きとこれからの後書きの最後にらしいことを加えます。
結構自信作です。

ではどうぞ


 

 

 

 つい最近、キリトとアスナが結婚した。システム上のことだから式は挙げないと言われたが、祝儀はタップリと渡した。アスナが自由に行動できるようになって、キリトと一緒にいる時間が増えたからだろう。読み通り、あっという間だった。

 

 

 二十二層の森のテラスで暮らす二人は、とても幸せそうだ。

 穏やかに暮らす二人に呼ばれて、僕は二人の家に来ていた。

 

「キリトー、アスナー、来たぞ」

 

 扉をノックして、家主を呼ぶ。結婚直後は色々物入りで手伝いに来たが、此処に来るのは久方ぶりとなる。

 

「ソル、いらっしゃい」

 

 キリトが扉を開けて出迎えてくれた。キリトの後に続いてリビングに入ると、見慣れない小さな少女がアスナの隣に座っている。

 

「彼女は?」

「ユイ、記憶がないようなんだ」

 

「……お兄ちゃん!!」

 

 目と目が逢った時、少女は笑顔で言った。刹那、頭に流れるのは存在しない記憶。

 

『ソルお兄ちゃん!』

『これ美味しいよお兄ちゃん!』

『ねえ、次はあそこ行きたいお兄ちゃん!』

 

 自分のもう一人の妹。兄妹仲睦まじい光景は、あまりにも鮮明だった。

 

「……ユイ、何かして欲しいことはあるか?」

「そ、ソル?」

「ソルお兄ちゃんが何でもしてあげよう」

「ソルお兄ちゃん?」

「なんだいユイ?」

 

 順応力の高さに驚く二人を他所に会話が弾むソルとユイ。

 

「ソルお兄ちゃんはパパとママの知り合い?」

「そうだよ。なぁキリトパパ?」

「お前にパパ呼びされるのはちょっと……」

 

 ソルの変わり様に困惑するキリトとアスナ。今の彼は立派なお兄ちゃんだ。

 ソルの状態は置いといて、ユイのことを知る人がいないかはじまりの街に行くこととなった。

 

 

~~~~~

 

 

(《Yui-MHCP001》。左手で開くメニューウインドウ。……記憶欠陥?)

 

 道すがらキリトから聞いた情報を反芻する。お兄ちゃんになっていたため気が回らなかったが、ユイの存在はこの世界においてプレイヤーの常識とは大きくかけ離れている。キリトとアスナはバグと考えているが、これはバグと云うより……。

 

「ソルお兄ちゃん?」

「どうしたんだいユイ?」

「考えごと?」

 

 コレはいけない。妹を存外に扱う兄がいてたまるか。

 

「ごめんなユイ」

 

 僕はユイを肩車して、キリトとアスナとはじまりの街を歩いている。

 

「何か憶えていることはある?」

「うー……」

「あちこち歩いてればそのうち何か思い出すかもしれないさ。とりあえず、中央市場に行ってみようぜ」

「そうだね」

 

 キリトに頷き合い、三人で大通りに向かって歩き始める。はじまりの街は《軍》の独裁で活気は無い。どの世にもいるものだな、弱者から搾り取るのが趣味の間抜けは。

 

 たまたま通りで見かけた人に教会のことを聞き、教会を目指す。眠ってしまったユイを抱っこに変えて歩くこと十数分、やっとの思いで教会を見つけることができた。

 

「ち、ちょっと待って」

 

 教会に向おうとした時、アスナが声を上げた。

 

「……もし、教会でユイちゃんの保護者が見つかったら、ユイちゃんを……置いてくるんだよね……?」

 

 アスナは辛く、泣きそうにしている。

 

「別れたくないのは俺も一緒さ。……ユイがいることで、あの家がほんとの家になったみたいな……そんな気がしたもんな」

「……会おうと思えば何時でも会えるだろ? そう悲観するなよ」

「ん……。そうだね」

 

 キリトがアスナを抱き締める。夫婦仲よろしくて結構けっこう。

 

 

 

 

「あのー、どなたかいらっしゃいませんかー?」

 

 教会の二枚扉の前まで到着したアスナは扉を押し開ける。返事は無く残響する声だけが聞こえる。開けられた扉の間からは人の姿は見えない。

 

「誰もいないのかな……?」

「いや、右の部屋に三人、左に四人……。二階にも数人いる」

「おいおい、街中で索敵スキルとは、デリカシーに欠けるんじゃないか?」

「仕方ないだろ」

 

 キリトにスキル使用のことを注意してると、アスナは今一度大きな声で呼び掛けた。

 

「すみませーん、人を探してるんですが!」

 

 教会内で反響した声が消えると、右手のドアから細い女性の声が聴こえた。

 

「……《軍》の人じゃ、ないんですか?」

「違いますよ。上の層から来たんです」

 

 《軍》のワードに眉を動かす。はじまりの街全体に言える空気の原因は、矢張りそこにあるようだ。

 

 やがてドアからショートヘアの眼鏡をかけた女性プレイヤーが姿を現した。

 

「ほんとに……軍の徴税隊じゃないんですね……?」

「ええ、わたしたちは人を探していて、上の層から来たばかりで軍とは何の関係もないですよ」

 

「上から!? ってことは本物の剣士!?」

 

 少年の甲高い声と共に、少年少女が数人部屋から飛び出してきた。どれも年若く、十二~十四といったところだろうか。滅多に人が訪れないからか、皆見慣れない強い剣士に興味津々の様子。

 

「こら、あんたたち、部屋に隠れてなさいって言ったじゃない!」

「なんだよ、剣の一本も持ってないじゃん。ねえあんた、上から来たんだろう? 武器くらい持ってないのかよ?」

 

 確認してみれば、キリトもアスナも武器を装備していない。僕に至ってもしていない、このたるみは良いものなのだろうか。それはそうと、このままでは話が出来ないと思い、抱っこしていたユイをアスナに預ける。

 

「この子らは僕が相手するよ、話は二人がしてくれ」

「悪いなソル」

「いいってことよ」

 

 はしゃぐ子供たちを連れてキリトたちと離れた机の前に移動する。ウインドウで武器をオブジェクト化していくと、囲むようにワラワラと群がった。

 

「かっこいい」

「すごーい」

「ねえ、これ持ってもいい?」

 

 無邪気に喜ぶ子供たちを見るとついつい頬が柔いでしまう。

 

「いいよ、構えが知りたい人はこっちおいで」

「やったー!」

「ねえねえ、これは何?」

「ああ、それはね」

 

 

 

~~~~~

 

 

──バァン!

 

 剣の舞を子供たちに披露していると、扉が勢いよく

開かれた。入ってきたのは赤毛の少年、切羽詰まった顔で一目散にキリトたちが話をしてる部屋に入っていった。

 

「ソル!」

 

 部屋から出てきたキリトはまず僕を呼んだ。

 

「《軍》に捕まった子がいる。手伝ってくれ」

「なっ!?」

 

 不覚だった。相手していた子はずっと見ていたが、外に遊びに行った子までは見きれていない。危険が多いのは外の方だ、これは僕の機転が効かなかったせいでもある。

 

「場所は?!」

 

 

~~~~~

 

 

 教会にいた女性――サーシャさん――について行く。路地に駆け込んだ彼女が止まると、そこにいた軍のプレイヤーたちが振り向く。

 

「おっ、保母さんの登場だぜ」

「……子供たちを返してください」

「人聞きの悪いこと言うなって。すぐ返してやるよ、ちょっと社会常識ってもんを教えてやったらな」

「そうそう。市民には納税の義務があるからな」

 

 わははは、と男どもは甲高く笑う。大人なのは見た目だけのようだ。下品極まりない。

 

「じゃあ僕も常識を教えてあげますよ」

「あん?」

 

 この世界で初めてかもしれない。自分でもこんなに沸点が低いとは思ってなかった。

 

「自然淘汰、又は弱肉強食って云うんですけど……」

 

 言いながら短剣《リボルヴィン・イクステンセス》を顕現させる。サーシャさんしか見てなかった間抜けどもはやっと気付いた僕に困惑している。

 

「なんだぁお前、《軍》の任務を妨害すんのか?」

「あんた見ない顔だが、解放軍に楯突く意味が解かってんのか? 何なら本部でじっくりお話してもいいんだぜ?」

 

 軍の間抜けが何か言ってるうちに、キリトとアスナが追いついた。二人はサーシャさんと軍の間抜けを飛び越して、子供たちがいるであろう場所に降り立った。子供たちは二人に任せればいい。

 

「ちっ! 次から次になんだ?」

「余所見していいのか? 今のお前たちは唯の獲物だぞ?」

「あ?──」

 

 此方を向いた間抜けの一人の顔面を体術スキルで殴りつける。街中は圏内なので、勿論ダメージはない。ダメージがないだけだ。

 

「へぶぅ」

 

 間抜けに良く似合う間抜けらしい声を上げて吹っ飛ぶ。壁に激突して動くのを止めると、意識はあるのかゆっくりと僕の顔を見た。? その信じられないものを見た顔はなんだい?

 

「こ、この!」

 

 何をされたのかやっと理解した間抜けどもが武器を抜く。これで立派な正当防衛だ。今更遅い? 知るか。

 

「バァホ」

「ゲェ」

「ボゲグォ」

 

 情けない間抜け声を響かせながら、武器を持った間抜けを殴る、蹴る、斬る。立ち上がれば殴る、蹴る、斬る。顔を向けても殴る、蹴る、斬る。

 汚い合唱だな、耳が腐っちまう。

 

 

 

 

 数分後できたのが、気絶した間抜けの山。逃げようとした奴もいたが全員山の天辺に重ねてやった。

 すごいすごいと子供たちに囲まれる。そこでふと、ユイの様子がおかしいことに気付いた。

 

「みんなのこころ……が……」

「ユイ! どうしたんだ、ユイ!!」

 

 キリトが叫び、アスナも駆け寄る。

 

「……あたし……あたし……」

 

 何故だ? ユイから嫌な予感がする。

 

「あたし、ここには……いなかった……。ずっと、ひとりで、くらいところに……」

 

 僕も走り寄ろうと、足を踏み出す。

 

「うあ……あ……あああ!!!」

 

 ユイが仰け反り、悲鳴を迸らせた。悲鳴にはノイズが混じり、凡そ人のものとは思えない。ユイの体は崩壊するように所々崩れては戻るを繰り返している。

 

「ママ……こわい……ママ……!!!」

 

 アスナに抱きしめると、悲鳴も止み、崩壊も止まった。ユイはどうやらこの世界の普通ではないようだ。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 ユイの発狂が落ち着いた後に、キリト達ははじまりの街でユイの容態を見るため教会に泊めてもらうことになった。僕もどうかと聞かれたが、部屋の関係で遠慮した。かと言ってユイのことを放置する訳にもいかないので、はじまりの街で起きていることを調査することにした。

 

「……なんともまあ」

 

 簡単な聴き込みでも出るわ出るわ黒い話。《軍》のリーダーは我関せずで下の者のやりたい放題。数だけの間抜けが幅を利かせてる状態だ。見栄のために無理な攻略をするも惨敗、責任者は糾弾。瓦解するのも秒読みだ。こちらは放置でもいいかもしれない。

 

「およ?」

 

 キリトからのメッセージに目を通すと、《軍》関係の厄介事に巻き込まれることになったらしい。助力を請われた。

 

(間抜けリーダーの救出か)

 

 気付いた頃には朝になっていたようで、座っている路地にも光が射し込んでいる。立ち上がり腰を軽くはらう。

 

「剣の仕事、頑張りますか」

 

 僕にキリトを手伝わないという選択肢はない。合流する為、教会に向かって歩く。

 

 

~~~~~

 

 

「待て待て待て」

「どうした?」

 

 ユリエールと名乗った女性プレイヤーについて行って、ダンジョンの入口に目指している。しかし、僕には見過ごすことが出来ないことがあった。

 

「ユイを連れていくのか?」

「え?」

「ん?」

 

 ユイは見た目幼き少女だ。そんな子を危険蔓延るダンジョンに連れていくのは僕でもはばかれる。この二人やっぱり腑抜けてやがる。

 

「ユイ、こわくないよ!」

「そうか、なら大丈夫だな」

「おい!」

 

 キリトがツッコミを入れてくる。本人が大丈夫と言ってるんだ。なら大丈夫、万が一には僕もいるしなんとかなるだろう。

 

「……よろしいですか?」

「あ、すみません」

 

 ユリエールさん含め三人にジト目で見られるが、しょうがないことだ。

 

「大丈夫だ。万が一には僕もいるし、最終的にはキリトが盾になってくれるだろ」

「おいソル」

「流石ソルお兄ちゃん!」

 

 ユイは可愛い、異論は認めん。どけ! 僕はお兄ちゃんだぞ!!!

 

 

~~~~~

 

 

 ダンジョンはキリトの頑張りで楽チンだった。《二刀流》の火力の前では一層のダンジョンなど紙切れ同然、スパスパと裂くは裂くはモンスター群。

 

「あっ、安全地帯よ!」

「奥にプレイヤーがいる。グリーンだ」

 

 目的地に到着したらしい。ユリエールさんが走り出した。前方に十字路が見えると、奥には光に満ちた小部屋があった。僕はとてつもない悪寒に襲われ、ユリエールさんを止めようと速度を上げる。

 

「シンカー!」

「来ちゃだめだーっ! その通路は……っ!!」

「ユリエールさんっ! 止まれ!」

 

 ユリエールさんの肩を捕まえようと手を伸ばす。

 その時。

 

 部屋の手前に、黄色のカーソルが出現した。表示されたのは《The Fatal-scythe》。命狩る鎌の意を持つボスモンスターだ。

 なんとか肩を掴んでユリエールさんを止める。

 

「アレは……」

 

 相手の情報を得るスキルを全て使用するが、分かるのは名前のみ。ちょっと所では無い格上の相手だ。死神を模した黒ローブに大鎌の人型のシルエット。血管の浮いた眼球がこちらを捉えている。

 

「どうするキリト?」

「俺が時間を稼ぐ! 二人は安全エリアの人を連れて五人で撤退しろ!」

 

 キリトも格の違いに気付いたのか、恐怖に耐えながら叫ぶ。

 

「キリト君も一緒に……」

「キリトには僕も残る! アスナは早く撤退を!」

 

 アスナはソルがいれば大丈夫と一瞬考えるが、相手は格上、安全の保証なんかない。

 

「ユリエールさん、ユイを頼みます! 三人で脱出してください!」

 

 安全エリアにいたシンカーとユリエールにユイを預け、アスナも細剣をとった。

 

「っ! 来るぞキリト!」

 

 キリト目掛けて叩き降ろす大鎌に、盾《スタックプリセット》を顕現させて構える。次の瞬間、何が起こったのかを一瞬理解できなかった。壁に軽く埋まり、視界が固定されて漸く盾ごと吹き飛ばされたことを理解した。

 

「ソル!」

「ソル君!」

 

 盾を見るが破壊はされていない。耐久の減りは少ないのを感じる。盾などの防御貫通だと予測する。HPは三割を奪われている。

 

「……くっ!?」

 

 フェイタルサイズがキリトたちを纏めて攻撃しようとするのを見て動こうとするが、指一本動かない。急いでHPバーの上を確認すると、〈スタン〉状態であることを示していた。

 

 

 動けないうちに、二人は鎌を喰らう。三本の剣を合わせて防御していたのにも関わらず地面に天井に叩きつけられる二人を見ると、HPは半分まで減っていた。

 

(動け!! 動けよ!!!)

 

 このままでは二人の命が危ない。せめて、せめてこの身を盾にしてでも二人は守らなくてはならない。

 

──その時。

 

「ばかっ!! はやく逃げろ!!」

 

 ……ユイ? 

 小さな足音に視線を向けると、恐怖なんて微塵も感じてない足取りで死神に近づくユイがいた。キリトが叫ぶが、ユイは死神に近づくのをやめない。

 

「だいじょうぶだよ、パパ、ママ、お兄ちゃん」

 

 ユイの体は宙に浮き上がり。二メートル程の高さでで静止した。小さな手をそっと掲げて。

 

 死神の鎌がユイに振り降ろされる。しかし、紫の障壁がそれを拒んだ。浮かんだシステムタグ【Immortal Object】に驚愕する。意味は不滅物。システム上重要、街の建物などに付与される属性だ。

 

 死神もこれには驚いたようで、戸惑い眼球を動かしている。

 ユイは業火の巨剣を生み出し、軽く振るう。それだけ、たったそれだけで先程まで僕らを追い詰めた死神は消滅した。

 

「パパ……ママ……。ぜんぶ、思い出しました。」

 

 あまりの出来事に、暫く頭が働かなかった。

 

 

~~~~~

 

 

 ユイは思い出したことを一つ一つ掻い摘んで教えてくれた。

 《ソードアート・オンライン》制御システム《カーディナル》のこと。ユイが《メンタルヘルス・カウンセリングプログラム》、MHCP試作一号、コードネーム《Yui》のAIであること。予定外の命令によってエラーを蓄積した結果、壊れてしまったこと。この石のオブジェクト、コンソールに触れたことで権限を呼び出せたこと。

 

「そうか」

「でも……、ずっと一緒だよ、ユイちゃん」

「ああ……。ユイは俺たちの子供だ。家に帰ろう。みんなで暮らそう……いつまでも……」

 

 アスナとキリトは気にしない。ユイはもう自分たちの大切な娘なのだ。だが、ユイは首を横に振る

 

「もう……遅いんです……」

 

 カーディナルに気づかれたユイは異物として排除されると言う。

 

「そんな……そんなの……」

「なんとかならないのかよ!」

「……チッ!」

 

 ユイの体が光になって消えていく。

 

「パパ、ママ、お兄ちゃん、ありがとう。これでお別れです」

 

 光がユイを包む。

 

「ソルお兄ちゃん……」

「……なんだいユイ?」

「気をつけてくださいね。貴方はカーディナルに───────」

「……え?」

 

 ユイの言葉、それは寝耳に水だった。それが本当なら……、そうだとしたら……。

 

「っ! キリトぉ!」

「ソル?」

「お前コンピュータに強かったよな? ユイを切り離せ!」

「!? ああ!」

 

 キリトはコンソールのホロキーボードに打ち込みを始め、僕はユイの手をとる。

 

「ソルお兄ちゃん?」

「大丈夫だユイ……一人にはさせない」

 

 片手でユイをもう片方の手でコンソールに触れる。暗示するのは彼女の存在をシステムに組み込まれたAIではなく、システムから外された独立AI。すると、ユイが消えるのが遅くなった気がした。

 

 

 キリトの打ち込みが終わり、ユイの光が一際強くなる。光は凝縮され、涙のクリスタルとなってアスナの手中に零れた。

 

「こ、これは……?」

「ユイの心、プログラム内から取り出したユイそのものだよ」

 

 キリトは疲れ果てて床にころがる。アスナは涙を流し、大事にユイを胸に抱いた。

 ユイは一人にはならない、消えもしない、ずっとこの二人の子供でいられるのだ。

 

 

(にしても、僕は…………)

 

 ユイから明け渡されたことを考えて、僕も床に寝転がった。

 

 

 

 




アインクラッドも終わりが見えてきました。
正直もうヘトヘトです。
頑張ります。


ではまた!

《リボルヴィン・イクステンセス》:廻る生命
廻る、廻れよ、生命よ。
さしたる傷すら柄にもかけずに。
この臓をあげたとて、廻るはずもなく。

《スタックプリセット》:附帯した戒め
躱すな、逸らすな、逃げ出すな。
全て主のモノだ、受け入れよ。
歪んだ盃は誅罰を漏らさない。


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《ウィッシュ オープン ア スター》

ども、素人投稿者です。

アインクラッド終わりです。
フェアリーダンス編ではソル、いや■■ ■の過去について深堀していきます。

ではどうぞ



 

 

 

 

 攻略チームは七十五層、コリニア市のゲート広場に集結していた。今日行われるのはボス攻略。偵察隊が全滅、更には転移結晶無効空間――アイテムによる帰還不能――の話がプレイヤー間の空気を緊迫させている。

 僕は端で柱に背中を預けて時間まで待つ。

 

「元気かソル」

「こんにちは」

 

 仲良し夫婦――キリトとアスナの到着だ。閉じていた瞼を開ける。

 

「調子はどうだ?」

「バッチリだぜ」

「大丈夫よ」

 

 軽い挨拶を交わしていると、クラインがキリトの肩を叩く。クラインの横にはエギルも居る。

 

「よう!」

「なんだ……お前らも参加するのか」

「なんだってことはないだろう!」

 

 野郎三人も仲良しな様子でご苦労だ。僕は微笑んで見守る。キリトは絶対として、関わりの有る者だけは護ってみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 時間表記が午後一時となると、転移ゲートから数名のプレイヤーが出現した。ヒースクリフ率いる血盟騎士団の面々だ。紅白の軍団の出現は、プレイヤーたちに再びの緊張を走らせた。

 流石のカリスマと言ったところだろう。彼が纏めあげた紅白の迫力と結束感は他の面子とは一線を画している。

 

「欠員はないようだな。よく集まってくれた。状況はすでに知っていると思う。厳しい戦いになるだろうが、諸君の力なら切り抜けられると信じている。──解放の日のために!」

 

 ヒースクリフの叫びに呼応し、プレイヤーたちは鬨をあげる。なんともまぁ素晴らしい指揮官だろうか。

 

「キリト君、ソル君、今日は頼りにしているよ。《二刀流》と《舞闘術》、存分に(ふる)ってくれたまえ」

 

 緊張していないのか、余裕の声色だ。キリトと僕は無言で頷く。ヒースクリフは集団を振り返り、軽く手を上げた。

 

「では、出発しよう。目標のボスモンスタールーム直前の場所までコリドーを開く」

 

 腰のパックから濃紺色の結晶アイテムを取り出す。《回廊結晶(コリドークリスタル)》、通常の転移結晶と違い任意の記録地点に転移ゲートを開く便利なアイテムだ。

 

(あれ便利だよな……)

 

 記録した地点に行ける点は街からでも使え、狩場に行くのに一役買ってくれてる。

 

「では皆、ついてきてくれたまえ」

 

 今から踏み込むのは戦場だ。何時、誰が死ぬか分からない。隣の彼奴も、此奴もあっさり死ぬ場所だ。

 

「キリト」

「なんだ?」

 

 ……キリトだって、死ぬかもしれない。

 

「死ぬなよ」

「ああ、お前もな」

 

 嫌な予感がする。……今日はいつもより気を張らせておこう。

 

 

~~~~~

 

 

 転移後、視界に入るのは黒い石畳。空気に含まれる冷気が肌を包む。スキルで両刃剣《バトル・アトンメント》を顕現する。両刃槍よりは柄の短い、刀身は長い片刃の両剣だ。

 

「皆、準備はいいかな。今回、ボスの攻撃パターンに関しては情報がない。基本的にはKoBが前衛で攻撃を食い止めるので、その間に可能な限りパターンを見切り、柔軟に反撃してほしい。では──行こうか」

 

 ヒースクリフが大扉に右手をかける。この場にいる全員の緊張を感じる。

 

──今日も、君ガ為ニ剣ヲ振ロウ。

 

 

「──戦闘、開始!」

 

 扉の中へと走り出す。内部はドーム状の部屋だった。黒い壁、床の僅かな発光だけの空間。ボスの姿は無い。

 数秒の沈黙が続く。感覚を拡張して認識領域を拡げる。

 

「上だ!! 備えろ!」

 

 僕の叫びに全員が上を向く。皆が目にしたのは骨の巨大百足。体を構成している骨は人のそれに似ている、頭蓋骨は歪み、異形のものだ。

 《The Skullreaper》――骸骨の刈り手。

 

「固まるな! 距離を取れ!!」

 

 ヒースクリフの鋭い声が空気を切り裂く。我に返った全員が動き出し、スカルリーパーの落下予測地点から慌てて飛び去る。

 だが、三人遅れた。

 

「こっちだ!!」

 

 キリトが叫んでから走り出す三人。落下したスカルリーパーが鎌状の腕を横薙ぐ。

 宙を飛ぶ三人、HPは急速に減少し、止まることなく全て消え去った。ポリゴンとして破砕された。

 呆気なく三人死んだ。一撃で死んだ。全員がこの光景恐怖するのを感じる。

 

「こんなの……無茶苦茶だわ……」

 

 アスナが呟く。

 スカルリーパーは次の獲物へと狙いを定めて突進する。また鎌を振り、誰かが死ぬ……ことはなかった。

 ヒースクリフの盾が鎌を防ぐ。しかし鎌は二本、左の鎌はヒースクリフ、右の鎌はプレイヤーの一団に突立つ。

 

「くそっ……!」

「キリト?!」

 

 キリトが飛び出す。プレイヤーたちの前に躍り出、鎌を受ける。だが鎌は止まらない。

 

「キリト!」

 

 キリトを助けようと走り出す。その時、目の前を純白が横切った。

 純白に散りばめられた赤、輝く細剣が鎌に命中する。勢いが弱まった鎌をキリトが押し返すことに成功した。

 

「二人同時に受ければ──いける! わたしたちならできるよ!」

「──よし、頼む!」

 

 戦場だというのに、彼と彼女は並び立っているのがやけに絵になる。僕はキリトを守りたいけど、彼のことを信じていない訳ではない。彼は強い、一人でも戦い抜くことが出来る強さがある。でも独りは辛い、僕も独りの辛さは知っている。だからこそ彼の隣には誰か居ないといけなかった。元は僕が代わりに居た場所、今はアスナの場所だ。

 

(大丈夫そうだな)

 

 二人の背中を見てそう判断する。《黒の剣士》と《閃光》の名は伊達ではない。

 

 

 キリトたちが前線に出たので僕も前線で両刃剣を振るう。

 攻撃していると、槍状の尾に側面に立っていた数人持ってかれる。邪魔に思ったので先端が鋭い足を避けつつ節を斬る。骨だけの体、それを素早く滑らかに動くことが出来るのは柔らかい関節のお陰だろう。事実、ソードスキルで斬られた節は切断面となり、尾はポリゴンとなって消えた。

 

 

~~~~~

 

 

 半刻ほどだろうか、戦場の有った時は終わる。

 耳澄ましても歓声の一つも聴こえない。

 

「何人──やられた……?」

 

 クラインがおどろおどろにキリトに聞く。

 マップで確認した後、口を開いた。

 

「──十四人、死んだ」

(……今回は多いな)

 

 攻略しているのは常に歴戦のプレイヤーだ。このところの死者が少ないのも有ったが、皆信じられないように頭を垂れた。

 

「……うそだろ……」

 

 あのエギルでさえ元気がない。

 あと二十五層、その数を今いる攻略組の数で足りるだうか。足りない場合、誰かが無理をする必要が出てくる。…………キリトを帰す、その為なら……。

 

「……キリト?」

 

 キリトを見ると、何かを執拗に見ていた。その目は、何か確信めいていて、覚悟を決めた目だった。

 

──一瞬の出来事。

 

 キリトが突き立てた剣がヒースクリフの胸元を穿つ……。いや、穿つことが出来るはずだった。

 紫のシステムメッセージ、これを僕は見たことがある。目を瞠るとそこには【Immortal Object】の文字が表示されていた。《Yui》と同じ不死属性。プレイヤーには決して得ることの出来ないものだ。……これは言い逃れできない。つまりはそういうことだったのだ。

 

「システム的不死…? …って…どういうことですか…団長…?」

 

 戸惑うアスナの声には答えず、ヒースクリフは厳しい表情でキリトを見据えている。

 キリトが口を開いた。

 

「これが伝説の正体だ。この男のHPはどうあろうと注意域(イエロー)にまで落ちないようシステムに保護されているのさ。……不死属性を持つ可能性があるのは……NPCでなけりゃシステム管理者以外有り得ない。だがこのゲームに管理者はいないはずだ。唯一人を除いて」

 

 キリトに注目が集まる中、僕はゆっくりと移動する。隠密系のスキルも全て発動して誰にも気付かれないように、勘づかれないように。

 

「……この世界に来てからずっと疑問に思っていたことがあった……。あいつは今、どこから俺たちを観察し、世界を調整してるんだろう、ってな。でも俺は単純な真理を忘れていたよ。どんな子供でも知ってることさ」

 

 キリトの名推理が続く、まだ誰にも気付かれていない。

 

「《他人のやってるRPGを傍から眺めるほど詰まらないことはない》。……そうだろう、茅場晶彦」

 

 キリトの推理、それはヒースクリフが茅場晶彦であるというトンデモな物だ。場が凍りつく。

 

「団長……本当……なんですか……?」

 

 アスナは問う。信じていた団長が実は黒幕だった。僕がアスナだったら信じられないだろう。

 ヒースクリフは答えない。目線はキリトに向けられたまま。

 

「……なぜ気付いたのか参考までに教えてもらえるかな……?」

「……最初におかしいと思ったのは例のデュエルの時だ。最後の一瞬だけ、あんた余りにも速過ぎたよ」

「やはりそうか。あれは私にとっても痛恨事だった。君の動きに圧倒されてついシステムのオーバーアシストを使ってしまった」

 

 そろそろ位置に着く。装備も全て外して忍び足で進む。

 

「予定では攻略が九十五層に達するまでは明かさないつもりだったのだがな」

 

 手中に短剣を顕現する。

 

「──確かに私は茅場晶彦だ。付け加えれ」

 

 最速の一歩。針のように鋭く尖らせた殺気を込めて、ヒースクリフを背後から短剣で首を狙う。

 

「チッ!!」

「……まだ話の途中なんだがね」

 

 不死属性を貫通出来ない短剣ではヒースクリフを殺せない。キリトと同じように紫の障壁に阻まれてしまう。

 

「……はァ!」

 

 ソードスキルも、手持ちの武具全てを使って茅場を攻撃する。しかしその悉くは無意味に終わる。

 

 茅場が左手を振り、ウインドウを操作すると、急に身体が動かなくなった。

 HPバーの上を見ると麻痺状態と表示されている。

 

「ソル!」

「すまんキリト……」

 

 周囲を見渡すと、キリトだけは麻痺になっていない。……嫌な予感が強まっていく。

 

「……どうするつもりだ。この場で全員殺して隠蔽する気か……?」

「まさか。そんな理不尽な真似はしないさ。こうなってしまっては致し方ない。予定を早めて、私は最上層の《紅玉宮》にて君たちの訪れを待つことにするよ。九十層以上の強力なモンスター群に対抗し得る力として育ててきた血盟騎士団、そして攻略組プレイヤーの諸君を途中で放り出すのは不本意だが、何、君たちの力ならきっと辿り着けるさ。だが……その前に……」

 

 茅場は剣を抜いて、床に突き立てる。高く澄んだ金属音が空気を切り裂く。

 

「キリト君、君には私の正体を看破した報奨を与えなくてはな。チャンスをあげよう。今この場で私と一対一で戦うチャンスを。無論不死属性は解除する。私に勝てばゲームはクリアされ、全プレイヤーがこの世界からログアウトできる。……どうかな?」

「だめよキリト君……! あなたを排除する気だわ……。今は……今は引きましょう……!」

 

 アスナが思い止めるよう叫ぶ。彼は受ける気だ、キリトが……死ぬ?

 

「茅場ぁ! 僕が代行する! 麻痺を解け!」

 

 僕は叫ぶ、首をなんとか動かして茅場を睨む。

 

「これは報奨だよソル君。……ふむ、君には不安定要素が多い。君だけは此処で…」

「いいだろう。決着をつけよう」

「……ほう」

 

 キリトが茅場との戦いに頷いた。

 

「キリト君!」

「ごめんな。ここで逃げるわけには…………いかないんだ……」

「死ぬつもりじゃ……ないんだよね……?」

「ああ……。必ず勝つ。勝ってこの世界を終わらせる」

「解った。信じてる」

 

(やめろ)

 

 キリトとアスナは最後の戦いかのように語る。

 剣を抜いてゆっくり歩み寄る。

 

「キリト! やめろ……っ!」

「キリトーッ!」

 

 エギルとクラインも体を起こそうとしながら叫んでいる。

 キリトはエギルと視線を合わせる。

 

「エギル。今まで、剣士クラスのサポート、サンキューな。知ってたぜ、お前が儲けのほとんど全部、中層ゾーンのプレイヤーの育成につぎ込んでたこと」

 

(やめろよ)

 

 エギルは目を見開く、口は言葉を失い、動かなくなった。

 次にクラインを見る。

 

「クライン。……あの時、お前を……置いていって、悪かった。ずっと、後悔していた」

「て……てめえ! キリト! 謝ってんじゃねえ! 今謝んじゃねえよ!! 許さねえぞ! ちゃんと向こうで、メシのひとつも奢ってからじゃねえと、絶対許さねえからな!!」

「解った。約束するよ。次は、向こうでな」

 

(やめてくれよ)

 

 クラインは喚く、涙を溢れさせながら喉が張り裂けんばかりに。

 

 

 

 

 最後に、僕を見た。

 

「ソル。最初から最後まで、隣に居てくれたこと、とっても嬉しかったぜ。途中に色々あったけど、お前は俺の唯一の親友で……相棒だ」

「………………」

 

(なんで、なんでそんなこと!)

 

 口が動かない、キリトとの距離が遠く感じる。

 

 

 

「……悪いが、一つだけ頼みがある」

「何かな?」

「簡単に負けるつもりはないが、もし俺が死んだら──しばらくでいい、アスナが自殺できないように計らってほしい」

 

 

(……え?)

 

 

「良かろう。彼女はセルムブルグから出られないように設定する」

「キリト君、だめだよーっ!! そんなの、そんなのないよーっ!!」

 

 目の前の茅場の頭上に【changed into mortal object】――不死属性の解除メッセージが表示される。

 

(始まる。始まってしまう!!!)

 

 僕は意識をこの仮初の肉体に集中する。僕なら出来るはず、理論上の最善手。()()するのは麻痺の無効。

 

「殺す……っ!!」

 

 急ぐ、急ぐ急ぐ急ぐ。

 集中、集中集中集中集中集中集中集中。

 

 

 この瞬間にもキリトが死ぬかもしれない。激しい頭痛が僕を襲う、構うもんか。熱も出てきた、構うもんか。気持ち悪い、吐き気もする。いや、死んでも今の自分を殺せ!

 

 意識が朦朧としながらも、耳は戦闘音は拾う。

 

「さらばだ──キリト君」

「ぅぅぅぁぁああああああああああああ!!!!!」

 

 ()()()()、キリトを襲う斬撃を自身の身体を使って受け止める。茅場の剣は僕の肩から胸を容易く斬り進む。キリトの顔を見ると驚いていた。……間に合った。

 

「……ソル?」

「良かった」

「なん……で」

「君ガ為ニ剣ヲ振ルフ。……そう、誓ったから」

 

 僕のHPが亡くなる。せめてもの抵抗として、茅場の盾を吹き飛ばす。

 

「盾、貰ってくよ」

「ソル君、君は……」

 

 茅場も予想外だったようだ。かなり驚いてる。

 でも、まだ出来ることは有る。

 

「キリト、これを」

 

 キリトの左手の剣は折れてしまっているようだ。スキルを使い、剣を顕現させる。片手直剣《ウィッシュ オープン ア スター》。穢れの無い純白の剣。剣先は角の無く滑らかに尖り、柄には黒い星が彫られている。

 剣をキリトの前に突き刺す。

 

「頑張って、キリト」

 

 僕の意識は、涙を流すキリトを見ながら途絶えた。

 

 

~~~~~~~~~~

キリトside

 

「驚いたな。まさか完全に適応してしまうとは。にしても、スタンドアロンRPGのシナリオみたいじゃないか?」

 

 茅場が何やら言っているが聞こえない。

 

「……ソル、君?」

「嘘だろ?」

「まじかよ……」

 

 ソルの身体はポリゴンとなって、散り散りに消えてしまった。俺の目の前の剣を遺して。

 俺は半分無意識で剣を手に取る。

 

『頑張って、キリト』

 

 声が聞こえた。ソルの声だ。

 剣を取った左手に、白い光の粒子が纏わりついている。

 

『ほら、僕が頑張ったんだから。最後まで──』

 

 聞こえる、彼の声だ。

 

『終わらせようよ。このデスゲームを』

 

(ああ、そうだな)

 

 俺は剣を構えて、茅場に再度仕掛ける。

 

「うおおおおおおお!」

「くっ!」

 

 盾を失った茅場の防御を崩すのは容易で、純白の剣が茅場の胸を貫いた。

 

「──見事」

 

 

 

 

ゲームはクリアされました──

ゲームはクリアされました──

ゲームはクリアされました──

ゲームは……

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 目が覚めると、僕は夕焼けの中に居た。

 

 透明な水晶の板の上に立っている。下は雲の海、空は綺麗な朱。果てなき景色の美しさに息を吐く。

 

(ここは……)

 

 僕はあの時、キリトを庇って死んだ。大丈夫だ、記憶は確かにある。

 

「キリト……」

 

 最後に見たキリトの顔、それが脳裏から離れない。彼にあんな顔をさせるのは心苦しい。でも、僕は後悔していない。

 

「…………キリト」

 

 彼はやり遂げたのか、それすらもわからない。

 遠くの空に浮かぶ城が見える。その城――アインクラッドはここが現実ではないことを教えてくれる。

 

「綺麗だろう?」

 

 振り向くと、茅場晶彦がいた。ヒースクリフの姿ではなく、現実世界の姿だろう。白いシャツにネクタイを締め、長い白衣を羽織っている。

 

「僕は死んだのか?」

 

 僕はポリゴンとなって消えた。そのはずだった。

 

「君は、この世界に完全に適応したのだ」

「どういうことだ?」

「君、詳しくは脳だが、仮想世界に完全適応し、カーディナルシステムと直接接続したのだ。君がこの世界で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のも君がこの世界のシステムと同化したからだ。《舞闘術》もカーディナルと同化したバタフライ効果の副産物だろう」

 

 心当たりはある。ユイの言葉、感じていた皆との感覚の違いも、この男の言うことが正しいと思わせる。

 

「それで、ゲームはクリアされたのか?」

「ああ、キリト君は私を倒したよ」

 

 キリトは勝てたか、良かった。

 

「僕はどうなる?」

「気をつけたまえ。君が仮想世界(この世界)でした自身の上書きは現実の肉体にも反映される。代償とでも言おうかな、君の身体はその(かたち)の強度が脆くなった。上書きは更に上書きすることで治すことが出来るが、その体質は治すことが出来ない」

「?……」

「おや? そろそろキリト君たちが来るようだ。何か伝言はあるかね?」

「いや……」

 

 何処か会話が噛み合っていない。茅場は僕がまだ生きていると言っているように聞こえるのは気の所為だろうか。

 急激に睡魔が僕を襲う。

 

「ゆっくり眠ってくれたまえ、ソル君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──世界初の、《仮想世界完全適応人類》」

 

 僕の意識はまた途絶えた。




疲れましたアインクラッド。
アリシゼーションまでクソ時間かかりますね。
ボチボチいきます。

ではまた!

《バトル・アトンメント》:償いの闘戦
戦うことで償いきれるものではない。
罪に身を削り、血に魂を削られようとも。
この剣を振るっている間だけは、咎人を乖離したい。

《ウィッシュ オープン ア スター》:星に願いヲ
貴方のお陰で死を避けれました。
貴方のお陰で強くなれました。
願いを託します。どうか、貴方の行く先に幸あらんことヲ。


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フェアリィ・ダンス(?)
《父さん》


ども、素人投稿者です。

今回から過去編です。
かーなり短いです。
アッサリいっちゃって下さい。

ではどうぞ


 

 

 

 

──ジリリリリ!

 

 けたたましく鳴り響く音に起こされ、目を開く。カーテンの隙間から入り込む陽光が部屋に明暗を創る。

 

「…………」

 

 部屋を出て階段を下りる。リビングのドアを開けると、甘い香りが漂ってきた。

 

「おはよう」

「おはよう」

「おはよう!」

 

 台所でコーヒーを入れる母さん。食卓で空になった食器を前にタブレットをいじる父さん。僕の方に振り向いた朝早くから元気いっぱいな妹。

 

「おはよう」

 

 イスに座って、朝食の食パンを噛じる。表面を茶色に焦がしていて食感はサクサク、焼きたての熱に溶かされたバターの香りとハチミツの甘さがよく合う。

 

「どうぞ」

「ありがとう」

 

 父さんは出されたコーヒーに息を吹きかけて冷ましてから口に運ぶ。母さんは父さんの隣に座って自分の朝食を食べ始める。

 我が家の食卓に会話は少ない。でも、不思議と落ち着くこの空間が僕は大好きだった。

 

 

 

 朝食を食べた僕は歯みがきをしてから着替える。昨夜に必要な教材を入れたランドセルを背負って、玄関で妹の準備を待つ。

 

 階段から足音が聞こえると、妹がランドセルを背負って下りてきた。

 

「行くよ星奈」

「は~い」

 

 靴を履く妹を横目にドアを開ける。

 

「いってきます」

「あ、待ってよ。いってきまーす!」

 

 特別なことはない朝の光景。

 僕が憶えている、幸せの一ページ。

 

 

 

 

 

 

 僕は物心ついた時から世界が”色”に見えた。視力が悪いからではなく、物の輪郭を認識する前に”色”を認識してしまうから僕は何物も”色”で判断してた。

 特に、人に関しては感情という”色”が強く見えて、僕は人の顔じゃなくて”色”を見て話していた。

 

 学校では僕は異質だった。会話は何処か成り立っておらず、思っていることだけは見通される僕は気味悪がられ、独りだった。

 でも、学内で独りになっても気にしてはいなかった。まだ幼い同級生たちの心情は常に不安定で複雑なものだ、その蠢く”色”を見るだけでも僕の退屈は失せ、学校が嫌いであったことは無い。

 

 友達が欲しいとか、アレが欲しいとか、欲望は無かった。家族が居れば、僕には何も要らなかった。あの子が自慢していたゲーム機、あの子が見せびらかしていた靴、そんな物より家族との時間が欲しかった。

 家族だけは、僕を気味悪がらず、僕が見た”色”の話を嬉しそうに聞いてくれた。一度、他の人との違いで悩んでいた時期があったが、「■は感性が豊かなんだね」、そう言って僕の異質を個性にしてくれた。

 だから僕は家族が大好きで、この幸せはずっと続くものだと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 父さんが死んだ。

 交通事故だった。

 

 

 電話を受けた母さんは崩れ落ちた。

 妹は父さんの死を1週間受け入れられなかった。

 僕が最後に見た父さんの顔は原型をとどめていなかった。冷たい棺に静かに仕舞われた父さん。

 

 

 

 涙は出なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 父さんは警察官だった。自身の仕事に誇りを持ち、他人を助けるのが得意な人だった。

 

「なんで他人にも優しくしなきゃいけないの?」

 

 幼い自分は聞いた。

 

「いいかい、誰かに優しくすることは誇ることだ。自分の誇りを守ることが生きる意味だ。一度きりの人生、最期に誇れるような人生を送りなさい」

「へぇー」

 

 父さんは教えてくれた、誰かに優しくすることは誇ることだと。

 父さんの”色”は何処までも透き通っていて綺麗だった。

 

 

 

第一目

誰ガ為ニ優シク在レ



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《母さん》

ども、素人投稿者です。

今回は前回と似た感じです。
スぅーっといっちゃってください。


ではどうぞ


 

 

 

 

 母さんは元医療従事者だった。小さい頃に怪我をした所を、通りすがりの人が手当てしてくれた事でその道を目指した。

 父さんとの出会いは深夜。酔っ払いの男に囲まれていたのを父さんに助けてもらったそうだ。当時の父さんの気迫と誠実な姿に一目惚れし、粘り強くアタックしたことで結ばれた。

 結婚したことで仕事は家内で出来るものに転職したものの、それに不満を漏らす所は見たことがなかった。

 

 母さんは隙あらば父さんの惚気話を話す。僕と妹はまたか、と思うことはあれど、話を聞くのが嫌だと思ったことは無かった。嬉しそうに、幸せそうに語る母さんをどうして止められようか。

 

 

 父さんが死んで、母さんは数カ月上の空だった。母さんは転職して外に働きに行くことになり、家事は僕がほとんど(おこな)った。父さんの話もしなくなって、母さんの声を聴くのも少なくなっていった。

 

 

 

「おかえり」

「…………」

 

 今日も夜遅くまで働いてくれた母さんが帰ってきた。目はいつまでも死んだまま。光の無い瞳には僕も妹も映らない。

 

「お風呂入ってるよ」

 

 母さんはご飯の前にお風呂に入る。だからこの日も風呂に入るよう勧めた。

 

 母さんが風呂に入って一時間が経った。気になった僕は脱衣所から声をかける。

 

「母さん? ご飯冷めるよ」

 

 返事は無い。中には誰も居ないかのように静まっている。

 

「……母さん?」

 

 嫌な予感がした。風呂場に入るのを本能が躊躇っている。でも、見なくちゃいけない、気付かなくちゃいけない。

 

「開けるよ?」

 

 スライド式のドアを開けて中を見る。母さんは浴槽に浸かって眠っているようだ。嫌な予感は確信に変わり、僕は恐る恐る彼女の首の脈を確認した。

 

 

 お湯に浸かっているはずの体は、凍りつく程に冷たかった。

 

 

 ()()()救急車を呼び、()()()救命措置をとった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 医者が言うには、過労だった。近年では珍しくないケースらしく、母さんもそれに当たった。

 葬式の作法も覚えてしまった。妹は塞ぎ込んでしまい、1ヶ月は部屋に閉じこもった。

 

 

 

 涙はまた出なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 母さんは他人に無関心な僕をよく注意してくれた。

 

「人間ってのは一人じゃ生きられないの。だからみんな誰かとの繋がりを大事にしたり、誰かとの繋がりを欲したりするの」

 

 慈愛の眼差しで母さんは語る。

 

「どうしたらいいの?」

 

 幼い自分は聴いた。

 

「想いやりの心を持ちなさい。生きていく中で、わざとらしくとも不器用であっても、誰かを想いやって生きていくの。そしたら、あなたは本当の繋がりを得ることが出来るわ」

 

 優しく僕の髪を撫でる母さんの声は、とても安らかだった。

 

 

 母さんは語ってくれた、他人を想いやって生きなさいと。

 母さんの”色”は鮮やかな暖色のグラデーションだった。

 

 

 

 

 

 

第二目

想イノ心ヲ持チテ生キヨ



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《■■》

ども、素人投稿者です。

気分なので早めの投稿です。
気持ち長めです。平均よりは全然短いけど。


ではどうぞ


 

 

 

 

 父さんと母さんが死んで、僕と妹は親戚に引き取られることになった。

 でも、親戚は妹――星奈だけを引き取ろうとした。

 

 星奈は賢かった。テストは常に満点を取り、一度見た物は忘れない。俗に言う天才だった。言語書を渡せば使える言語が1つ増え、数学書を渡せばどんな難問も一手間に解いた。星奈は有名で、みんな星奈を欲しがった。

 一方、僕は学力は平均より高いが全国一では無い。物忘れはよくするしテストで凡ミスもする。そこだけ見たら普通の人間だ。

 

 親戚が星奈を囲む中、父さんの弟――叔父さんが僕に話しかけた。

 

「妹と離れ離れは嫌かい?」

「嫌だよ。あそこの人達は酷く汚い」

 

 星奈の周りの人には”色”が濃く見える。汚物でももっとマシな”色”をしているほど濁っている。

 

「叔父さんが僕と星奈を引き取ってよ」

 

 だが叔父だけは違った。彼に見えたのは霧状の薄水色。彼だけは濁りが見えなかった。

 

「……ああ、わかった」

 

 僕は妹を連れて、叔父さんの家に転がり込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──神は居ない。

 この時僕は確認した。

 

 血を吐いて倒れる星奈。

 

「星奈っ!」

 

 慌てて駆け寄る。意識はまだあるようで、掠れた声で僕に謝った。

 

「ごめんなさい……(にい)

「喋るな!」

 

 星奈を黙らせ、回復体位にして救急車を待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「星奈は大丈夫なんですか!?」

 

 医師に問い詰めると、苦虫を噛み潰したような顔をされる。

 

「星奈さんですが…………癌です」

「……え?」

 

 医師が言うには、星奈はもう末期がん――ステージ4まで進んでしまっていて、今から出来るのは精々が延命だと。

 

「…………」

 

 星奈は元々身体が弱かった。風邪もよく悪化させていたし、日頃からどこかしら怪我をしていた。でもまさか、まさかこんなことになるなんて。

 

「……それは…………確定なんですか?」

「え?」

「せめてっ! せめて成人するまでは生きられないんですか!?」

 

 噛み付くように医師の胸倉を掴む。

 

「……わかりません。ですが、可能性はゼロではないでしょう」

 

 それは蜘蛛の糸に縋るようなものだ。でも、その糸はとても輝いて見えた。

 

 

 

 

 

(にい)?」

「何?」

「アタシ…………」

 

 病室の床に伏す星奈を抱き締める。

 

「僕は何処にも行かないよ」

 

 優しく、強く、抱き締める。星奈が此処に居ることを確かめるように。

 

「ずっと……此処にいるよ」

 

 この日から、僕は時間の許す限り星奈の傍に居た。

 

 

 

(にい)、学校は?」

「……クラスメイトと喧嘩しちゃってさ、今は学校に行きづらいから此処に居させてくれないかい?」

「そういうことなら……」

 

 勿論嘘偽りだ。

 学校には事情を話して暫く休むと伝えてある。勉学なんて何時でも出来る。なんなら星奈と一緒にしている。

 

「次は何がいい?」

「えーと……、海洋生物の本がいい!」

 

 星奈は知識に貪欲だ。様々な分野に興味を持って、それをものにしていっている。……将来はきっと名のある学者になるだろう。

 

「わかった。明日持ってくるね」

 

 その明日が有ることを、僕は毎日願い乞う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日、星奈がまた吐血した。

 

「星奈!」

 

 白いベッドを赤く染める血。創られた紅白は綺麗な水玉模様。

 彼女は限界をとうに越えていた。

 

「星奈……」

 

 光が薄れ消える瞳。

 彼女は微笑んだ。

 

(にい)、傍に居てくれて、一緒に過ごしてくれて、…………最期まで、アタシを独りにしないでくれて」

 

 彼女は解っていた、自身の命は長くないと。

 

「ありがとう。凄い、凄く嬉しかった。楽しかった。心地よかった」

 

 ゆっくりと、緩やかに言葉を紡ぐ。

 ()()()()彼女は生きている。

 

「僕は……」

(にい)はアタシの為に色々頑張ってくれたよね。だから今度は、お嫁さんに優しくしてあげてね。(にい)はカッコイイ、アタシの自慢のお兄ちゃんだから」

「僕……は……」

 

 喉が詰まって声が出ない。

 遠くから慌てた足音が聞こえてくる。

 

(にい)のお嫁さん……見たかったなぁ。きっと綺麗で、素敵な人だよ」

 

 彼女の”色”が消えていく。

 

 

 

「アタシの為に()ってくれて……ありがとう」

 

 最期に見た彼女の”色”は、星のように眩しかった。

 目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星奈の葬式、あれから僕は”色”が見えなくなっていた。

 

「惜しい子を亡くした……」

「優秀だったのに残念ね……」

 

 誰かの声が聞こえる。いや、声だけじゃない、()()が僕の中に入り込んでくる。

 

「なんであの子が残るのかしら……」

「こんなの呪いでは……」

「やだ、忌み子だわ……」

「失敗作だけが生き残ったか……」

 

「あの子が変わりに死ねばよかったのに……」

 

 僕に入り込んできた()()で壊れる。狂わされる、染められる。

 

「うぁ……なぁ……んな……」

 

 ()()は僕に入った()()

 自我の侵色。

 染められた。呪い。

 価血(かち)遺思(いし)基憶(きおく)受要(じゅよう)欽忌(きんき)

 

 

 

 

 生き()ができない。

 

 

 

 これが、陽月(ひづき) (そう)の罪です。

 僕は咎人でした。

 なんとも愚かで、救いようがないのでしょう。笑

 

 

 

 

 

 

 

 

第終目

誰ガ為二成ル──

 

 

 

助けて、キ■■



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《種》

ども、素人投稿者です。

少し雑めですが、フェアリーダンスを終わらせます。
(?)はそういうことですね。
次編から本番みたいなもんですからお楽しみに。

ではどうぞ


 

 

 

 

 

 気が付くと、僕は知らない処に来ていた。

 見える人は金髪、黒髪、茶髪の三人だ。

 

「コイツはねぇ、試作だよ。魂を操る神の御業の試作、その一号さ! コイツは凄かったよ。ちょーと悪夢を見せたらすーぐボロボロになっちゃって、操るのに苦労しなかったよ」

「ソル!?」

「ソル君!?」

 

 金髪が何か言っているが、聴覚が効かないのか何も分からない。夢見心地に近い感覚を覚える。

 

「さぁ! シムラクルム、そこの黒い奴を排除しろ!」

 

 身体が勝手に動く。腰の剣を抜き、黒髪に向けて構える。

 

「ソル! しっかりしろソル!!」

 

 黒髪が何か言ってる。泡沫の意識の外で反響する声は、理解するには音の輪郭がぼやけ過ぎている。

 

「忘れたのか! アインクラッドで過ごした日々を!!!」

「……キ、リト?」

 

 アインクラッド……、何故かその単語だけがハッキリと聞き取れた。

 次第に鮮明になる意識。構えを解く。

 

「おい! お前! また家族が死ぬ夢を見たいのか! お前が殺すんだ、お前が、家族を殺すんだよ!」

「─っ! ああああああああぁぁぁ!!」

 

 金髪が喚いた瞬間、激しい頭痛に襲われる。あまりの痛みに膝を着き、両手で頭を抱える。

 

「ソル! おいソル!」

「ハハハハハ! ほらほらぁ! さっさとそいつを排除しろぉ!」

 

 黒く染まる思考に従って、剣を再度とる。

 縮地のように一瞬で距離を詰めて剣を振る。

 

「くっ!」

 

 初撃は防がれたが、左右に揺さぶりをかけて連撃を続ける。

 

「ソル! 聞こえるかソル!」

「……」

 

 唯、只、剣を振るフ。

 黒いのは防ぎきれずに身体を刻まれ始める。

 

「……」

「なっ!」

 

 黒が体勢を崩した。トドメを入れる為振りかぶる。

 

「っはあああぁぁ!」

 

 剣を手放した黒が僕の両手を掴んで、僕は押し倒される。

 彼の瞳は黄金に輝いて、垂れ落ちた雫が兜の隙間に入り込んできた。

 

「忘れないでくれ……お前は、ソルは、俺の大切な相棒だろ? お願いだ」

 

「……システムログインIDヒースクリフ」

「な、なんだそのIDは!」

「システムコマンド、管理者権限を変更。IDオベイロンをレベル1に。IDソルのシャッカルスをデリート」

 

 彼の黄金が入り込んでくる。

 嫌な気はしない。ボロボロに壊れた僕の罅隙を埋め治す黄金。割れ離れた思い出が繋がっていく。

 

「……キリト」

「ソル……」

「助けてくれて……ありがとう」

「当たり前だ」

 

 今の僕は泣いていると思う。

 また生きて、彼に逢えるなんて。このひび割れた僕に、これ程の思いを注いでくれるなんて。

 

「な! 僕より高位のIDだと! ありえない、僕は支配者ぁ、創造者だぞ、この世界の王、神!」

「そうじゃないだろ。お前は盗んだんだ、世界を、そこの住人を。盗み出した玉座の上で、独り踊っていた泥棒の王だ」

「こ、この餓鬼ぃ。僕に……この僕に向かってぇ……。システムコマンド! オブジェクトID、エクスキャリバーをジェネレート!!」

 

 虚空に手を出して叫ぶ金髪の男。

 しかし何も起こらなかった。

 

「言うこと聞けぇ! このポンコツが!」

 

 キリトが僕を離して立ち上がる。

 

「もう少し待っていてくれ、すぐ終わらせる」

 

 キリトはかなり酷い姿にされているアスナに言うと、コマンドを唱えた。

 アスナに気付いた僕は、立ち上がってアスナを拘束していた手鎖を切り離した。

 

「システムコマンド、ペインアブソーバーをレベル0に」

「いいのか?」

「ああ、大丈夫だ」

 

 痛覚を押さえる働きを持つペインアブソーバーを切ったキリト。これで現実と同じ痛みを感じることになる。

 

「じゃあ僕にやらせてくれ」

「……わかった」

「システムコネクト、IDヒースクリフの権能を使用。オブジェクトIDエクスキャリバーをジェネレート」

 

 システムコマンドを唱えて先程奴が欲しがっていた剣を顕現させる。

 剣を奴の足下に放り投げる。

 

「やろうか、神(笑)」

「こ、このクソガキぃ!」

 

 奴が剣を拾った瞬間、剣を持ってない方の手が落ちた。

 

「ヒギィアアア! 手が! 手が!」

 

 五月蝿いから足先を斬る。

 

「うぁ!」

 

 情けなく倒れる。なので不必要な脚を斬る。

 

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!」

 

「……やらないのならいいや」

 

 飽きたからもうバラバラに斬り捨てる。

 汚い断末魔を響かせて、金髪の敵は消えた。

 

 

 

 金髪が消えるのを確認したキリトとアスナが安堵するのを感じる。

 幾許かの会話を交わした後、キリトが管理者ウインドウでアスナをログアウトさせた。

 

「終わったか?」

「ああ」

 

 向き合う二人、交差する視線は積み上げられた信頼が結んでいる。

 

「どうやら終わったようだね」

 

 突如として現れた人影に咄嗟に剣を構える。

 

「大丈夫だソル」

 

 キリトに諌められて剣を納める。

 その人影はよく見ると、僕にも知る人物だった。

 

「茅場晶彦?」

「私は茅場晶彦という意識のエコー。残像だ」

 

 エコー……、成程、目の前の者は茅場本人ではなく彼の残滓。恐らくはナーヴギアを使った電子投影といった感じだろう。

 茅場は手を開くと、光の粒が照らした。

 

「それは?」

「これは世界の種子《ザ・シード》だ。芽吹けばどういうものかわかる。その後の判断は君たちに託そう。消去し、忘れるも良し。しかし、もし君たちがあの世界に憎しみ以外の感情を残しているのなら……」

 

 光の種はキリトに託されると、収束されてキリトの中に取り込まれた。

 

「では私は行くよ。いつかまた逢おう。キリトくん、ソルくん」

 

 することだけやって、茅場は瞬きの間に消えてしまった。まるで居たことなんて無かったかのように。

 

 

 

 全てが終わった。

 これで、僕らのデスゲームは終わったんだ。

 

「キリト。アスナが待ってるんだろ? 早く行ってやれ」

「いや……まずお前からだ」

「僕?」

 

 そう言うと、キリトは管理者ウインドウを出した。

 

「お前もログアウトさせる。……向こうでも、すぐに逢いに行くからな」

「ああ、そうか、……ありがとう」

 

 

「では改めて自己紹介を。僕は陽月 湊」

「俺は桐ヶ谷 和人。必ず逢いに行くから……待っててくれ」

「ふふ、何時までも待ってるから焦らず来いよ」

「ああ、……またな」

「うん、またね。キリト……」

 

 何度目か分からない意識の途絶で、僕はこの世界との別れを告げた。

 



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《思い出》

ども、素人投稿です。

フェアリィ・ダンス最終回です。
やっとですね。
次回からタグが増えますよ(ネタバレ)


ではどうぞ


 

 

 

 僕が現実(こっち)の世界で目を覚ましてから幾らか時が経った。

 二年ぶりに目覚めた僕はリハビリと、移り変わった世間に追われることとなった。勉学の方は苦戦せずに追いつけたが、学校は政府指定の帰還者学校なるものに行くことになった。

 表向きはSAOの生き残りの保護とあるが、大事件を終息させる体のいい監理事業と言うべきか。新しい施設として最新の技術を惜しみなく使ってる所からも、実地試験も兼ねられているようだ。

 僕としては最新機器を配布してくれるのは助かる。学校への世間のイメージを背負うことにはなるが、メリットの方が大きかった。

 

 

 

 

──ズズズズ。

 

「もうリズ……里香さん。もうちょっと静かに飲んでくださいよ」

「だってさぁ……。あぁキリトのやつあんなにくっ付いて。けしからんな学校であんなん」

 

 帰還者学校のカフェテリアで少年少女が賑やかに食後の会話を弾ませていた。

 三人の視線は窓の外、校内でも有名なカップルスポットのベンチに座る二人に注がれてる。見せびらかすかのようにイチャつく二人――キリトこと和人とアスナこと明日奈を見る、僕除く二人は未練不満たらたらの顔をしている。

 目をジトリとさせて紙パックの飲料を飲み干したのは、アインクラッド内で腕の立つ鍛冶屋として活躍していたリズベットこと篠崎里香(しのざき りか)。キリトの二振りの片剣、《ダークリパルサー》を仕上げた職人は彼女だ。僕もキリトの紹介で武器のメンテナンスを頼んだこともあってちょっとした知り合いだった。

 その隣で頬を膨らませているのはシリカこと綾野珪子(あやの けいこ)。キリトと僕が助けたあのシリカだ。彼女もゲームクリアまで生き残れた。喜ばしいことだ。

 

「いいじゃないか、仲睦まじくて」

 

 僕としてはあの二人はとってもお似合いに見える。何時までも幸せで居て欲しいものだ。

 しかしキリトに想いを寄せる二人にとっては面白くない光景らしく、先程からずっと口をへにさせている。

 

「あ~あ、こんなことなら一ヶ月の休戦協定なんて結ぶんじゃなかったな」

「リズさんが言い出したんじゃないですか。一ヶ月だけあの二人にラブラブさせてあげよ~って。甘いですよまったく」

「はぁ~」

 

 自覚は無いだろうが、里香は持ち前の明るさとコミュニケーション能力、分け隔てなく話しかける性格によって男子達に大変人気なのだ。彼女のクラスメイトにはその想いを隠している生徒も少なくないと聞く。

 珪子もアインクラッド内でドラゴンテイマーのアイドルとして持ち上げられていた位だ。ひっそりとしたファンクラブも有ると聞いた。可愛らしい容姿に性格、小動物を思わせる仕草に保護欲を掻き立てられた男子は数え切れないだろう。

 そんな学内、また学外で人気を集める美少女二人、更には恋人の明日奈も混じえて和人はすんごい女誑しだ。前者二人に想いを寄せる男子生徒の殆どは彼女たちの彼への想いの強さを前にしてポックリ折れる。おお、なんとも罪深い。

 ……僕? 産まれてこの方恋人はおろか、告白されたことも無い。つまりはそういう人種なのだ、察して欲しい。星奈の言うお嫁さんなんて夢のまた夢だ。はは……泣ける。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 放課後になると、僕は悠長に敷地を出て目的地を目指した。

 今日はSAO帰還者を集めたオフ会?なる催しをすると里香から誘われたので、ご機嫌に鼻唄を歌いながら歩いている。時間には余裕をもって逆算した為、聞いていた時間より五分前きっかりに着いた。

 場所はエギルことアンドリューさんが経営するダイシーカフェというお店。外見は飾らず単色で、落ち着きのある店だ。

 貸切の札が掛けられているドアを開けて中に入ると、既に始めていたのか賑やかな声が聞こえてきた。

 

「……遅刻したか?」

 

 慌てて時間を確認したが、やはり言われた時間の五分前だ。

 とりあえず主催であろう里香を探す。

 

「……あっ」

 

 ……目が合った瞬間何か忘れていたことを思い出したかのような顔になった。嘘だろ?

 

「……里香さん。あっ、てなんですか? あっ、て」

「い、いや~。その~」

「お? 来たか湊」

 

 里香があたふたしていると、輪の中から和人が出てきた。

 

「僕は遅刻していないんだが……なんだか既に始まっているらしいじゃないか」

 

 和人の服には紙切れが付いていた。室内の火薬の匂いからクラッカーでも使ったと推測する。

 

「もしかして……忘れてたなんて言わないよなぁ?」

「はいすみません忘れてましたぁ!」

 

 里香渾身の謝罪。

 別にさぁ、和人に夢中になるのはいいが、忘れるのは違うくないか?

 

「まあまあ、改めてゲームクリアおめでとう。湊」

「ん? クリアしたのは和人だろ?」

「お前のお陰だよ。今日のもう一人の主役はお前だぞ」

「……そう言われると照れるな」

 

 和人に誘われ、二人肩を並べてカウンター席に座る。

 

「マスター、バーボンロック」

「……。マスター、自慢の一杯くれないか」

 

 阿呆してる和人を横目にアンドリューさんに注文する。初見のお店はオススメ、又は人気の一品が安牌だ。外食で迷ったら試してみるといい、自分で選ぶより得した気分になる。不味かったらその店はその程度だと分かるしな。

 

「あいよ」

 

「なんだ烏龍茶か」

 

 阿呆はほっといて出された珈琲を見る。カフェを名乗るくらいだ、期待させてもらおう。

 

 カップを持って香りを嗅ぐ。芳ばしさを楽しんで息を一吹き。猫舌の僕でも飲めると感じたらゆっくりと傾けて一口飲む。

 

 

 僕は小さい頃から好き嫌いが無かった。その分、味にはてんで煩く、その場で不味いとハッキリ言ってしまう程だ。

 アインクラッドで食事をしなかったのは必要無かったのもあったが、不味かったからのも僕が食事をしなかった理由だ。

 

 

 その点、この珈琲は美味しいと思う。薄くなく、苦すぎない塩梅。飽きを感じない後味の良さ。まさに絶品ならぬ絶杯とでも言おうか。兎に角気に入った。

 

 

「それで、アレの調子はどうなんだ?」

 

 和人がアンドリューさんに聞いたのは《ザ・シード》のことだろう。和人に託され《ザ・シード》とは、《ソードアート・オンライン》のような仮想世界を誰でも異世界を創ることが出来るプログラムパッケージだった。

 和人はその種をアンドリューさんに渡してネット上に展開、今では多くのタイトルが世に出回っている。

 茅場晶彦の狙いは定かではないが、少なくともこれは悪いことではないだろう。天才の遺物、仮想世界は今や一般的になり、時代は次の形への変動を始めている。

 

(ま、学生の僕は流れに身を任すしかないけどね)

 

 いくらゲーム内でトッププレイヤーだったからって現実では唯の学生だ。ここからは、所謂大人の世界ってやつだ。

 それはそうと、ずっと気になっていたことがある。

 

「アンドリューさん、アルバイト募集してます?」

 

 

~~~~~~~~~~

和人side

 

 ソル……いや、湊が目覚めたのは、俺がALOでログアウトさせてから三日後だった。

 仮想世界に適応し、長い時を過ごした彼の肉体は現実での活動をするのに、それほどのタイムラグが生じたのだった。もし、アインクラッドにもう少し長くいたら、彼はこちら側に戻ってこなかったかもしれない。そう考えると、自分の選択に良かったと思えた。

 

 

 初めて逢った時、彼は大変なことになっていた。

 麻酔が効かなくなっていて、緻密な検査等による原因解明にやっけになっていた。

 それに、肉体が急激な変化を起こして、彼の病室からは絶えず苦痛の叫びが聞こえてきた。

 

 

 幸い、彼は無事退院して俺と同じ帰還者学校に通うこととなった。

 運良く湊と同じクラスになって、彼の知らなかったことが次々分かった。

 まず、湊は頭が良い。授業中はうたた寝をしている湊だが、指名されれば必ず正解。クラスメイトは皆、分からない所を湊に聞くようにしてる位には賢い。

 次に、湊は人付き合いが上手い。誰とも壁を作らず、接しやすい雰囲気を持つ湊はあっという間にクラスに溶け込んだ。……俺とは違いコミュニケーション能力が高い。

 そして湊はその見た目に反してかなりユーモアの有る奴だ。ジョークにはジョークで返してくれるし、大声ではないが笑ってもくれる。

 

(男の俺から見てもイケメンだし、彼女いるんだろうな)

 

 気になった俺はさりげなく聞いてみたが。

 

「……モテる奴には分からん物があるのよ」

 

 何故か遠い目をして答えていた。

 実際、湊は内外イケメンだ、モテない筈が無い。明日奈に聞くと。

 

「あー、湊君ね。人気過ぎて水面下での争いが絶えないって聞くけど……彼女居ないんだね」

 

 ……本人はこのことを知っているのだろうか。もう湊に話しかける女子全てか湊を狙っているようにしか見えない。

 

 

 

 

 

 

 

「アンドリューさん、アルバイト募集してます?」

 

 追加しておこう、湊は結構マイペースな奴だ。流されないというか、芯の通った自我がある。

 こうした湊に関する発見も、俺の日常の楽しみになっていた。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 珈琲を飲み終えて店内を見渡すと、集団と離れた所に居る一人の少女を見かけた。

 ショートヘアの少女だ。今日はSAO帰還者の集まりだと聞いているが、知り合いにソロの女性プレイヤーは居ない。寂しそうな瞳に居ても立ってもいられず、追加注文した紅茶を片手に話しかける。

 

「こんにちは、僕は湊。はじめまして……だよね?」

「あっ……はい」

 

 話しかけられたことが意外だったのか驚く少女。

 

「今日は知り合いは居なかった?」

「いや……私、直葉っていいます。今日は……お兄ちゃんに誘われて……」

「お兄ちゃん?」

「あっ、キリト君のことです」

 

 成程、和人の妹さんか。彼女の話は一度だけ聞いたことがある。確かシリカと会った時だ。

 

(にしては……)

 

 一人寂しくしてる彼女の兄を見る。彼はどうやらアンドリューさんとクラインこと壺井遼太郎さんと盛り上がっている。

 酷い兄も居たものだ。

 

「キリトから君の話は聞いたことがあるよ」

「お兄ちゃんが私の?」

「ああ、とても大切な妹だって」

 

 和人のお兄ちゃん株を上げるために話す。僕としても彼女には寂しがって欲しくない。

 

「お兄ちゃんが……」

「これからは時間がたっぷり有る。沢山甘えなよ、兄っていうのは甘えられることが嬉しいもんだからな」

「ありがとうございます」

 

 直葉は笑顔で言った。元気を取り戻したようで良かった。

 そう…………君たちには幸せになって欲しい。僕と星奈よりもね……。

 

「君が良ければ彼の話をしようか」

「ありがたいですけど……」

 

 彼女が感じているのは疎外感だろう。この場に居るのはデスゲームを生き抜いた仲間であり、自分はそうでは無い事実に溝を感じてしまっている。

 でも、()()()()によればそんなの今更だ。

 

「大丈夫、君は取り残されはしないさ」

「え?」

「まあそれは置いといて。そうだなぁ、あの話からしようか。あの時────」

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 ALOにログインして夜空を飛ぶ。

 実は今日初めてログインしたが、羽の操作は簡単で助かった。

 

 約束の場所に向かっていると、月光の幕で踊る二人の妖精が居た。

 一人は黒一色、一人は金と翠で輝いていた。

 

 

 鐘の音が鳴り響く。宙から現れたるは忌まわしき鉄城〈アインクラッド〉。

 デスゲームではない従来の姿で、僕達プレイヤーの元に戻ってきた。

 

 

 直葉に言った思い出。それは過去の物だ。だけど、今から作る思い出も、きっと本物であるはずだから──────。

 



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ファントム・バレット
《死銃》


ども、素人投稿者です。

今回からファントム・バレットです。
言ってませんでしたが、シノンがヒロインです。
え? カプタグがない?
……なんででしょう?(すっとぼけ)


ではどうぞ


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、話はなんですか?」

 

 和人と僕は目の前の男――菊岡誠二郎の呼び出しで銀座の喫茶店に来ている。カフェオレとチョコレートパフェを注文し、優雅を気取って紅茶を飲む菊岡に本題を急かさせる。

 

「御足労願って悪かったね。キリトくんにソルくん」

「そう思うなら銀座なんざに呼び出すなよ」

現実(こっち)でその名を呼ばないで頂きたい」

 

 この人とは真面に付き合ってはいけない。雰囲気もそうだが、僕の()()もそう告げている。

 

「これは手厳しい。君もキリトくんも、目覚めた時真っ先に駆け付けたのは僕じゃないか」

「真っ先に見たのがあんたの顔とか、気落ちした僕の気持ちは到底分かるまい」

 

 この男はかつて政府の《SAO事件対策チーム》所属、現在は総務省のVRワールド管轄部門、通称《仮想課》の国家公務員。パッと見は唯の怪しい眼鏡だが、立場のある政府の犬だ。…………いや、皮をかぶっているのかもしれない。

 

「ま、話ってのは」

 

 タブレットを取り出して机に置いた。画面には男の顔と、個人情報らしき文字列。

 

「先月、十一月の十四日。東京都中野区の某アパートで掃除をしていた大家が異臭に気付いた。電子ロックを解錠して調査してみると、この男、茂村 保、二十六歳が死んでいるのを発見した。死後五日半だった。部屋は散らかっていたが荒らされた様子は無く遺体はベッドに横になっていた、そして頭に……」

「アミュスフィアか……」

「その通り。変死ということで司法解剖が行われた。死因は急性心不全となっている」

「心不全ってのは心臓が止まったってことだろ? なんで止まったんだ?」

「わからない」

 

 話は和人が反応してくれるので、僕は来たカフェオレを飲みながら外の天気でも見る。

 

「死亡後時間が経ちすぎていたし、犯罪性が薄かったこともあってあまり精密な解剖は行われなかった。ただ、彼は二日間何も食べないでログインしっぱなしだったらしい」

「その手の話はそんなに珍しくないだろ。何があるんだこのケースに?」

「インストールされていたのはガンゲイルオンライン(GGO)。知ってるかい?」

「そりゃもちろん。日本で唯一プロがいるMMOゲームだからな」

「彼はGGOで十月に行われた最強者決定イベントで優勝していた。キャラクター名はゼクシード」

 

「ふわぁ……」

 

 見事な快晴に気の抜けた欠伸が出る。この後日向ぼっこするのもいいかもしれない。

 パフェを一口、高いお店なだけあって上品な風味のチョコレートを使っている、二度は無いと思って味わう。

 

「死んだ時もGGOに?」

「いや、MMOストリームという番組にゼクシードの再現アバターで出演中だったようだ。ログで時間がわかっている。で、ここからは未確認情報なんだが。丁度彼が発作を起こした時刻にGGO内で妙なことあったってブログに書いているユーザーが居るんだ」

「妙?」

「とある酒場で問題の時刻丁度に、一人のプレイヤーがおかしな行動をしていたらしい。なんでも、テレビのゼクシード氏に向かって裁きを受けろ等と叫んで銃を発射したということだ。それを見ていたプレイヤーの一人が偶然音声ログを取っていて、動画サイトにアップした。ファイルには日本標準時のカウンターも記録されていて、テレビへの銃撃と、茂村くんが番組出演中に突如消滅したのはほぼ同時刻だった」

「偶然だろ?」

「もう一件あるんだ」

「何?」

 

 

 今日やる課題は全て提出済み。オンライン課題なんて、最先端で助かるわぁ。そういえば行ってみたかった古本屋もこの辺りだったか、日向ぼっこの前に寄ってみるかな。

 

 

「今度のは十一月二十八日、埼玉県さいたま市某所、やはり、二階建てアパートの一室で死体が発見された。新聞の勧誘員が中を覗くと、布団の上にアミュスフィアを被った人間が横たわっていて、同じく異臭が……」

「オホンッ!!」

 

 

 これだけ天気が良いと睡魔が強いなぁ。公園まで無事辿り着ければいいけど。

 

 

「ま、詳しい死体の状態は省くとして、今度も死因は心不全、彼もGGOの有力プレイヤーだった。キャラネームは薄塩たらこ。今度はゲームの中だね。彼はその時刻、グロッケン市の中央広場でスコードロン……ギルドのことらしいんだけど、の集会に出てたらしい。そこで乱入したプレイヤーに銃撃された」

「銃撃した奴はゼクシードの時と同じなのか?」

「恐らく、やはり裁き、力と言った後に同じキャラクターネームを名乗っている」

「どんな?」

「……《死銃(デスガン)》」

「デス……ガン?」

 

 

 ……あ、飛行機雲。

 

 

「この二人の心不全ってのは確かなんだろうな?」

「というと?」

()に損傷は無かったのか?」

「僕もそれが気になってね。司法解剖を担当した医師に問い合わせたが、脳に異常は見つからなかったそうだ。それにね、かのナーヴギアの場合は信号素子を焼き切る程の高出力マイクロウェーブで脳の一部を破壊した訳だけど、アミュスフィアはそんなパワーの電磁波は出せない設計だって、開発者たちは断言したよ」

「随分と手回しがいいな菊岡さん。こんな偶然と噂だけで出来上がってるようなネタに」

「まあ、九割方偶然かデマなんだろうとは僕も思うよ。だから、ここは仮定の話さ。キリトくんは可能だと思うかい? ゲーム内の銃撃によって、プレイヤー本人の心臓を止めることが」

「不可能だ」

 

 話も終盤だと思い口を挟む。

 話を聞く限り、二人とも偏見が過ぎる。和人はまだしも、菊岡がそんなんでは世の中不安だ。

 

「即答かいソルくん」

「いい加減言われたことくらい実行しろよ菊岡。それに、エリート集団様にかかればこんな事件ササッと解決して下さいよ。情けないと思わないんですか? 僕や和人みたいな学生を呼び出しでこんな話をすることが。帰ろ、和人」

 

 呆気にとられてる和人の袖を引っ張って退店しようと席を立つ。

 

「待った待った! お願い! ケーキもう一個頼んでいいからさ! あと少し付き合って!」

「………………」

「え? 湊?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、ソルくんがズバッと言い切ってくれてほっとしたよ」

「口を縫い合わされたいならそう言えよ菊岡。生憎、今手元に裁縫セットが無いから縫えないがな」

 

 ショートケーキを口を運びながら菊岡を睨む。いい大人なんだからいい加減プレイヤーネーム呼びは辞めて欲しい。

 

「実は僕も同じ考えなんだ。この二つの死は、ゲーム内の銃撃によるものではない。ということで、改めて頼むんだが。GGOにログインして、この《死銃(デスガン)》なる男と接触してくれないかな」

「ハッキリ言ったらどうだ菊岡さん。撃たれてこいってことだろ?」

 

 これには和人も反論。うんうん、確かにその通り。

 

「いやーまぁー」

「やだよ! 何かあったらどうすんだよ!」

「学生に頼むなんて恥ずかしくないの?」

 

 食べ終わったので、今度こそ退店しようと立ち上がる。

 

「ままま待ってくれ! その可能性は無いってソルくんが断言してくれたじゃないか! それに、この《死銃(デスガン)》氏はターゲットにかなり厳密な拘りがあるようなんだ!」

「拘り?」

「ゼクシードと薄塩たらこはどちらも名の通ったトッププレイヤーだった。つまり、強くないと撃ってくれないんだよ。多分「おいコラ」。かの茅場先生が最強と認めた君たちなら……」

「無理だよ! GGOってのはそんな甘いゲームじゃないんだ。プロがうようよしてるんだぞ!」

 

 和人の言い分は少し怪しい。君もプロ級、いやもっと上澄みのトッププレイヤーだろ?

 

「それだ! そのプロってのはどういうことなんだい?」

 

 案の定指摘された。これで和人は反論出来ない。自分の言い訳が成立しないと交渉では死兵同然、成仏してくれよ。

 

「文字通りだよ。GGOは全バーチャルMMOで唯一、ゲームコイン現実還元システムを採用してるんだ。GGOのハイレベル連中ってのは、他ゲームより比較にならないくらい時間と情熱をゲームにつぎ込んでるのさ。俺なんかがノコノコ出ていっても、相手になるもんか。他を当たってくれ」

 

 和人の言ったゲームコイン現実還元システムとは、ゲーム内の通貨を現実の通貨と交換、ゲーム内でお金を稼げるシステムだ。

 

「待ってくれ! 他の当てなんかないってば! ソルくん、君もキリトくんを説得してくれ」

「いやいや、ソル呼びしてる時点で誠意を感じれないなぁ? 誠二郎の誠は飾りですかぁ?」

「湊くん! この通り!」

「やーです」

 

 いい笑顔で断ってやる。誰がタダで命を差し出すもんか。

 

「なら調査協力費ということで報酬を払おうじゃないか!」

 

 菊岡の言葉に和人も僕も足を止めてしまう。二人ともまだ学生だ、やりたいこと、買いたい物が沢山あるが手持ちの少ない学生だ。菊岡の言葉は、僕らにはあまりにも効果的だった。

 

「これだけ」

 

 和人の唾を飲む音が聞こえる。

 菊岡が提示したのは三本指、つまり……

 

「三百万……」

「え?」

「え?」

 

「……え?」

 

 おかしかっただろうか? 三百万なら命の危険がある事件に巻き込まれる対価としては妥協点だろう。

 

「……ですよね?」

「…………」

 

 菊岡が固まってしまった。今頑張って脳内勘定してるんだろうか。

 

「……実は、上の方が気にしていてね。フルダイブ技術が現実に及ぼす影響というのは、今や各分野で最も注目されている。この一件が、それを規制しようとする勢力に利用される前に事実を把握しておきたい。その確信が欲しい。こんな所でどうかな?」

 

 思っきしスルーされた。

 

「運営に直接聞けばいいんじゃないか?」

 

 お前もか和人。

 

「GGOを開発、運営してるZASKARはアメリカサーバーにあってね。現実の会社の所在はおろか、電話番号やメールアドレスすら未公開、《ザ・シード》公開以来、怪しげなバーチャルワールドは増える一方だよ」

「へぇ」

「ほぉ」

 

 金額は後で追求するとして。流れとしては受ける流れなので説明は最後まで聞く。

 

「そんな理由で、真実の尻尾を掴もうと思ったらゲーム内で直接の接触を試みるしかないんだよ。勿論、最大限の安全措置はとる。銃撃されろとは言わない。君達から見た印象で判断してくれればそれでいい。行ってくれるね?」

 

 

 結果として、和人と僕は菊岡の依頼を受けることとなった。この事件は、かつてアインクラッドで行われた殺人を想起させ、人々のトラウマを呼び覚まそうとしているように感じる。それか、過去に囚われた憐れな仮想人の仕業か……。

 

 ――この時は思ってもいなかった。

この事件は、僕の中に沈澱した”色”を再び呼び起こし、今一度、僕を染めようとすること、()()()()()()が必要になることを。――

 

 

 

 

 

 

 

「菊岡? 三百万ですよね?」

「………………」

「………………」



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《装備調達》

ども、素人投稿者です。

今回は原作要素無しです。
オリ主の昔との違い等の情報も入ってるので楽しんでください。


ではどうぞ


 

 

 

 

 菊岡から依頼を受けた僕は、即座にSNSで目的の人物を探した。流石に今は時間が惜しい、日向ぼっことか言ってられる事態ではなくなった。

 

 《死銃》の()()()()の調査、会敵するにはトッププレイヤーとなる必要が有る。それに、《バレットオブバレット(BoB)》が丁度一週間後にあると言うではないか。取り敢えず、その大会に参加することになった。

 BoBはGGOの猛者が集う最強決定戦、活躍すれば立派なトッププレイヤーと名乗れるだろう。しかし、今から一からアバターを仕上げるのは不可能、和人はALOからコンバートすると言っていたが、僕のALOのアバターはまだ出来上がってない中途半端な状態だからクソ雑魚だ。

 そこで思いついたのがSAOアカウントのコンバート、僕のSAOのアカウントは自慢だが全プレイヤー最強と断言する程強い。無睡無食で狩り続けた結果ヒースクリフを一度仕留めたアカウントだ、最強と言っていいだろう。

 調べたらちゃんとコンバート出来るらしいので、不具合が無ければかなり安心出来る。

 実はキリトとの決闘では二敗・他全勝している。これも自画自賛だが、最初と二刀流初見以外は全勝してることになる。反応速度では圧倒的にキリトの方が速いが、頭を使えば全然対処可能だ、詰将棋みたいに連撃を見舞う僕の戦闘スタイルを破った奴はキリトの二度だけ、茅場も不死属性が無ければ屠れた自信がある。

 

 自慢は置いておいて、強いアカウントをコンバートしても次の問題にぶち当たる。

 武器貧弱問題だ。GGOは銃の世界だ、一週間コツコツ頑張って用意した銃じゃあトッププレイヤーの持つそれに比べれば豆鉄砲みたいな物だ。

 武器調達は最重要項目だ。故に、僕はSNSで武器商人なるプレイヤーを探している訳だ。

 資金は心配していない。最近のゲームでは必ずと言っていいほどあるシステム《課金》を使ってゲーム内通貨を調達出来るからだ。お金はどうするかって?

 

「経費って良い言葉だよねー」

 

 そんなもの菊岡に全額出してもらうしかないだろう。GGOの武器は高額だと聞くが、報酬の三百万(ちゃんと契約書に三百万とさせた)に比較すればはした金だ。菊岡も大人だ、気にしないだろう。

 

「……見っけ」

 

 目的の人物にコンタクト成功、DMを送る。羽振りのいいカモなんだから断わりはしないだろう。精々、凄く足元見られるくらいだ。僕の金じゃないからなんぼでも来いってもんだ。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 菊岡が用意する安全とやらは準備の時間がかかるので、菊岡に連絡を入れてから自身の部屋でアミュスフィアを装着する。

 

「リンク・スタート」

 

 起動した装置が僕の脳をスキャンし、電子の仮想世界へと意識を吸い込まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 GGOは銃の世界。設定としては、最終戦争後の荒れ果てた遠い未来の地球。未来の技術と復元された実銃を使い生体兵器、又同じ人間と戦うというもの。PKが推奨されており、民度はそこそこと言われている。

 

 目が外光に慣れてきて、僕が世界を認識し始める。

 朽ちたサイバーパンクのような建物が不規的に聳え立ち、硝煙と錆の臭いが空気を満たしている。一番目を引くのは中央のでかい塔のような建物、あれは〈総督府〉だろうか。

 

 

 コンバートは能力だけの引き継ぎだ、SAOのコンバートは容姿はある程度受け継ぐと情報にあったが、どうなってるのやら。

 近くのガラスで自身の姿を確認すると、

 

「わーお」

 

 顔はSAOとほぼ同じものだが、赤茶色の長い髪は結びポニーテールにしている。長い髪はポニーテールにしても太腿までの長さをもっている。髪型が変わっただけだが、何故か一瞬女性だと錯覚してしまった。自分なのに……。

 服装は初期装備のへそ出しノースリーブにホットパンツ。……露出多くない? 完全に女装している。

 首元の鎖骨、健康的な腹筋、扇情的なくびれ、惜しみなくさらけ出した生脚と脇、艶がかった長い髪。これは……女性(♂)だろ。

 

 兎も角、指定された場所に向かわなくては。何処かにマップか何か……

 

「……」

 

 成程、新規のユーザーが少ない理由が分かった気がする。このゲーム、マップが無い。それに加えチュートリアルも無いのか、案内ウインドウも無い。有り得ねぇだろこのゲーム。

 

「……やっばぁ」

 

 手探りと勘で行くしかない。大丈夫、勘には自信がある(?)。何とかなるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――一時間後

 

「……………………」

 

 と思っていた時期が僕にもありましたとさ……。

 …………ふっ、ふざっ、ふっざけんな!!!

 目印は言われたが、該当する建物に全く近付けない。本当に参ってしまった。

 

「アナタ、大丈夫?」

「大丈夫じゃないです」

 

 声の方を向くと、水色のショートヘアの少女が心配そうな目で僕を見ていた。

 見たところかなりやり込んでるプレイヤー、せめて道すじだけでも知っておきたい。

 

「〇△□‪✕‬って所に行きたいんですけど……」

「あー、あそこね。今なら私暇だし連れてってあげるわ」

「本当ですか! ありがとうございます!」

 

 ここで案内人の申し出は大変ありがたい。こういった厚意は積極的に受け取るべきだ。

 

「こっちよ」

 

 マフラーを揺らしながら歩く彼女の後ろについて行く。この複雑な迷路を自身の庭かのように進んでいく背中に頼もしさを感じながら、僕は歩を進めた。

 

 

~~~~~

 

 

「ここでいいかしら?」

「ありがとうございます!」

 

 案内のお陰で目的の場所に着けた。彼女がいなかったらもう一時間かかったかもしれない。

 

「本当にありがとうございました」

「じゃ、私はこれで」

「あ……」

 

 言い終わると、彼女はあっという間に行ってしまった。

 クールな人だったな。歩く姿からも彼女がトッププレイヤーだと分かる。BoBでは強敵となるかもしれない。

 

「名前……聞きそびれたな……」

 

 彼女もBoBに出るならまた会えるだろう。その時は……

 

「……楽しみだな」

 

 BoBに出るのは仕事だが、予想以上に楽しめそうだ。

 

 

~~~~~

 

 

「鉄と火薬と砂」

 

 合言葉を言うと壁が忍者屋敷のカラクリのように回転した。中に入ると、薄暗い地下室への階段が現れた。

 

 階段を降りると、アンティークの電球の灯りの暖色が馴染む部屋に出る。

 

「待たせたかな?」

「…………」

 

 部屋に居たやせ細った爺のアバターのプレイヤーに話しかける。爺は僕を一瞥すると、机の下からアタッシュケースを取り出した。

 

「注文の物だ。確認してくれ」

 

 アタッシュケースを開ける。中に入っていたのは銀色のリボルバー。

 

S&W M500

 

 .50口径、装填数は5発の大型リボルバー。.500S&W弾、.500S&Wスペシャル弾を使用する本銃は強力な威力を誇る。

 

 僕は一度部品にバラして、組み立てる。やり方は事前に調べてある。

 その横で、爺はもう一つのアタッシュケースを机に置いた。

 確認を終えた僕はもう一つのアタッシュケースを開ける。中身は同じく銀色の自動式拳銃。

 

Desert Eagle .50 AE

 

 装弾数は7発、S&Wと同じ.50口径と表示されているが、使用する.50AE弾の弾頭径は0.54インチとなっていて、拳銃用弾薬としては最大径となる。こちらも同様に威力の高さは最高峰だ。

 

 どちらの銃も過剰と言える威力を誇るが、この選択は敢えてだ。GGO内の流行りの能力構成(ビルド)を見るに、威力を重視すべきだと判断したことから最強と名高いこの二丁を選択した。

 

 

「これも見といてくれ」

 

 次に出されたのは木箱。蓋を開けると、少し大きめのナイフが入っている。

 

AITORのジャングル・キング

 

 刃長約195mm、刃厚約5mmの軍用サバイバルナイフ。ジャングルキングの名前はあまり好きじゃないから以降はアイトールと呼ぶ。このナイフは超近接戦闘用だ。この世界のナイフは短い物が多く、SAOの物とは違い僕には扱いきれないと思ったから大型の物を選択した。

 

 

「これで最後だな」

 

 最後は手足の装甲。肘下と膝下に覆うような形の物だ。覆うと言っても、脛当てや篭手みたいな物。これは、SAO時代の物に近い物を頼んだ。SAO時代と違うのは手の部分、SAOとは違い、手の平と指まで守られていない。

 しかし、やっぱりこれが無いと落ち着かない。後は布コイルとジャケットかな。

 本当は下にインナーを着た上に着けるものだが、一度着てみて感触を確かめる。

 

「いい感じだ」

「…………」

 

 口下手な爺だこと、だがパーフェクトだ。

 

「お代ね」

「……まいど」

 

 満足した僕は部屋を出て、ひとまずログアウトした。

 

 

~~~~~

 

 

 現実に戻ってアミュスフィアを外す。

 

「……シャワー」

 

 着替えを取って脱衣所にいく。シャツを脱ぐと、筋肉がパツパツに張っている自身の上体が鏡に映る。バッキバキだ。GGOのアバターは引き締まっていたが、現実の肉体はバキバキのバッキバキ、普通逆だと思うんだが。

 

「ムキムキになっちゃって」

 

 この身体も()()の副作用。あまりにも長時間の高ステータスアバターへの適応、その副作用だ。現実に戻った時の成長痛は言葉で表せないほどの苦痛が僕を襲った。更に強烈な飢餓も襲い、入院中は本当に大変だった。

 

「違和感が仕事してないなー」

 

 最初こそ戸惑ったが、やはり長時間の()()が不味かったのかすんなり受け入れてしまった。つまり、仮想世界での動きを現実でも実現できるってことだ。まだやったことは無いが、感覚は身体が覚えている為、やろうと思えば何時でも出来ると思う。

 

 

 

 

 シャワーの後は水を飲む。喉を通る液体に抵抗を感じながらも飲みきる。

 飲食も最後の方はしていたとはいえ、長い期間断食していた影響はあった。喉も胃も食べ物という物体を受け付けなくなって、強烈な飢餓も相まって本当に、本っ当に大変だった。沢山の点滴に繋がれた僕はさながら死にかけの衰弱者だった。

 

 

「明日の学校の用意しなきゃ」

 

 そんな僕も、今は普通の学生だ。

 ……大丈夫、僕の心臓は()()()()()()()()()()()

 

 



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《事前準備》

ども、素人投稿者です。

短めです。
次から原作に入ります。
アニメと原作描写違くて困惑してます。
助けてシノ衛門~。


ではどうぞ


 

 

 

 

──Boom.Boom.

 

「エグっ」

 

 手に入れた二丁の試し撃ちをする。元々、実戦用として開発された訳では無いS&W M500、威力の代償として反動がえげつない。射撃に関しては調べた情報を頼りに自己修正を繰り返していくしかない。基礎も知らずに実戦だけを追い続ける奴なんか唯の案山子ですからな。

 ちなみに、この試射場を探すのに三時間かかった。本当このゲームイカれてるぜ。

 

「仮想世界じゃなかったら肩無くなってるな」

 

 反動を逃がす動きは慣れてきたが、逃がしても元は特大の反動、操るのは困難を極める。体感で後二時間はかかるかな。それだけの時間で僕はこの子達と舞えるだろう。

 銃を扱うのは初めてだが、SAO初期のような初々しいしさが懐かしい。

 

「スぅー……」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()、心拍数を抑えると、着弾予測円(バレットサークル)が的の枠内で()()()()()()

 

──Boom.

 

 引き金を引くと、弾は的の中心に命中した。

 

「……」

 

──Boom.Boom.Boom.

 

 続けざまに速射。弾倉内の弾を全て撃ちきる。

 

「…………まあまあかな」

 

 横の装置を操作して的を近付ける。確認すると、穴は一つしかなかった。

 

「命中率は合格」

 

 全弾同所着弾、静止射撃なら満足できる結果だ。

 手に持つS&W M500を置き、Desert Eagle .50 AEを実体化させる。リボルバーであるS&W M500と違い、Desert Eagle .50 AEは自動式拳銃なので装填方法等の扱いが異なる。

 戦闘中この暴れん坊共をしっかり舞わせる為に、左右両方どちらでも命中させなくてはならない。銃の威力は十二分だから、当たりさえすればKILL出来る。当たりさえすればどうということはない、戦いは決め手までの数が少なければ少ない程いいんだよ兄貴。

 それに、二丁拳銃、一撃必殺は浪漫だ。ゲームなんかではね、浪漫はどんだけ追い求めてもいいですからね。

 

 二丁をホルスターに収める。豆知識だが、ホルスターはホルスターに入れる、ホルスターに戻すといった意味も含まれているらしい。

 

 軽く跳んで着地と同時に銃を抜く、そのまま早撃ち。この時もまだ着弾予測円を固定させたままだ。放たれた弾丸は的に二つの弾痕を付けた。

 

「速度は妥協点」

 

 見敵即殺、なら速度は必要だ。

 僕の能力構成は筋力(STR)敏捷性(AGL)()()割り当てた特化ビルド。当たらなければどうということはない、いや、撃たれる前に撃てばいいのだ。よく脳筋だなんだと言われるが、結局これが正解なのだ。

 

「こんなものかな」

 

 手に馴染んだ所で試射を終える。この後は戦闘服のインナーとジャケットと布コイルを買う予定だ。お店の場所は此処から近いから迷う必要は無い。

 

 

~~~~~

 

 

「これは……」

 

 目当ての戦闘服を買い終え、店内を気ままに歩いていると、一つの帽子が気になった。

 それは深緋色の軍帽、黒のツバと深緋の色合いは何故か僕を惹きつけた。幸い、先程買った戦闘服との相性は悪くない。

 

 

 

 

「ほぅ……」

 

 試着室で完全武装する。インナー、シャツを着て、布コイルを腰に付ける。ホルスターは布コイルの上部の左右に固定させ、臀部にアイトールを納める。Desert Eagle .50 AEとS&W M500も装備して、分厚いジャケットを着る。最後は篭手と脛当てを着けて、軍帽を被る。

 銃を携えるのは初めてだが、中々どうしてか、自分でも様になってると思える。

 

「この世界も僕の感性に合って良かったよ」

 

 武器に関しては性能重視だったが、SAOの装備も僕の気に入った物だった。避ければいいのだからどうせならカッコイイ装備を着たい。これは傲慢ではない、誇りなのだ。

 

「即買いだなこれは」

 

 装備を初期装備に戻して、軍帽の購入する。これも経費だ、うん、必要な出費なのだから経費でいいだろう。

 満足した僕は、ログアウトボタンを押した。

 

 

~~~~~~~~~~~

 

 

 次の日、僕は和人の様子が気になったので、放課後の教室で和人に聞いてみた。僕は既に装備調達を終え、本戦までは調整するだけだが、和人は準備したのだろうか。

 

「そういえば和人」

「どうした湊?」

「依頼の件、和人は何をしているの?」

「??」

 

 …………なんでだろう、聞かなかった方が良かったかもしれない。

 

「何って……、何も?」

「……もしかしなくてもALOにログインしてたり?」

「ギクッ!」

「……ははーん?」

 

 こいつ、何も準備しない気だな。相手はトッププレイヤー、情熱と執着が強いプロのプレイヤーだ。あの和人でも流石に心配になる。大丈夫だろうか?

 

「BoBに出るんだろ? 本当に何もしてないのか?」

「あ、あはは……」

 

 ウッソだろこいつ。

 

「本当の本当に?」

「あ、ああ」

「うっそだ〜、僕を騙そうだなんて八年早いぞ」

「いや……その……」

 

「…………」

「…………」

 

 お前給料貰う気あるのかよ。これは仕事だぞ、半端な結果では貰えない可能性があるんだぞ。

 

「まあ和人なら大丈夫なの……か?」

「だ、大丈夫だよ!」

 

 本当かぁ?

 ジットリと和人を見つめると、和人は顔を背けた。

 

(ふ、不安だ!)

 

 そう思い、和人の分も頑張らなくてはと考える。僕は彼にとことん甘いのかもしれない。でも、まぁ、僕は別に苦じゃない。

 

「まあいいよ。でーも、BoBではちゃんと頑張ってくれよ?」

「わかったよ」

 

 ……彼はやるといったらやるオトコだ。ぶっつけ本番でも大丈……大……だぁ…………、大丈夫だろう、うん。

 こいつならGGOでも剣持って戦いそうだな。もしかすれば弾丸を斬ったりするかもしれない。

 

 ………………無いか。流石の和人もそこまで人間辞めてないだろう。どうしよう、やっぱり不安になってきた。

 

「それと、BoBのこととか自分でもちゃんと調べといてくれよ? 一応、僕がある程度調べきってるとはいえ、僕の情報収集に穴があるかもしれないからな」

「へいへい」

 

 やっばぁい。僕の中の不安が留まることを知らなくなってきた。実力がある分、それが傲慢なのか余裕なのか分からないからタチが悪い。

 

「そういえば」

「今度はなんだ?」

「明日奈たちには依頼のこと言ったのか?」

「アスナとユイには言ったよ」

「なら安心かな」

 

 明日奈やユイに隠し事が出来ないのはわかる。里香や珪子に言ってないのは扱いに差別化が出来て偉いのか、嫉妬が加速するのか、僕には考えが及ばないが明日奈一筋の和人ならなんとかなるだろ。知らんけど。

 

「楽しみだな、和人」

「……そうだな」

 

 歯切れの悪い和人に違和感を感じながらも、緊張してると勘違いした僕は、和人が考えているこの事件の闇に全く見当もついていなかった。

 

 僕の心は、脆いどころか、まだ形にすらなっていなかったというのに……



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《出会い》

ども、素人投稿者です。

引越しが終わってバタバタしてました。許してぇ。
サクサク行きたいんですけどね(願望)。
まあ思い通りのペースでは進まない訳で……


ではどうぞ


 

 

 

 

「中古のバイクで走り出す~♪」

「ったく、ご機嫌だな湊」

「まあね」

 

 僕と和人はバイクで総合病院に向かっている。今日は菊岡側の準備が整ったので、用意された環境の中GGOにログインする日だ。最も、今日はGGO予選当日。ギリギリだ、大人なんだからもっと余裕を持って欲しい。

 

「結局のところさ、和人は準備したの?」

「…………」

 

 病院の駐輪場にバイクを停めて、病院のエントランスに入った所で和人に聞く。黙り込んでしまう和人。からかってやろうと思い口を開こうとしたが、和人の緊張感を感じ取り、口調を真剣なものに変えた。

 

「和人、何処が気になる?」

「湊……」

「今回の依頼、菊岡が持ち込んだ事件性の高い非常に危険なものだ。しかし、安全性に関してはこうして最大限配慮されている。和人には何を感じてるんだ?」

 

 ここまで来ると心配より疑問が勝った。和人の肩に両手を置き、目を見つめる。

 

「……なあ湊。本当に、ゲーム内から銃撃で人を殺すことは不可能なのか?」

「ああ、不可能だな」

「……なんでそんな自信満々なんだ」

「うーん、何と言ったらいいのだろう。カーディナルシステムと()()()()せいかな。()()んだ。ナーヴギアのように高出力の装置なら可能と言えるが、アミュスフィアのような装置ではまず有り得ない。アミュスフィアの出力は実際に使用して()()()()から、僕の()()に狂いは無いよ」

「……そうか」

「ごめん和人。もっと核心的な言葉で言えたらいいけど、僕には上手く言葉に出来ないから……」

「いや……それでも十分だよ」

 

 今ようやく解った。和人がこの一週間考えていたのはこの事件の不可解要素である殺人性の部分だ。殺人…………、いや、今考えることでないな。

 

「兎にも角にも、依頼は依頼だ。僕達に出来ることをしよう」

「……そうだな」

 

 どうやら煮え切らない様子。何時まで経っても、僕は無力なんだと実感してしまう。……僕は学生。そう、()()()()。SAOのソルでも、ALOのシムラクルムでもない、……学生なんだ。

 

 

~~~~~

 

 

 菊岡に指示された病室に入ると、ナースが一人、綺麗な笑顔でお出迎えしてくれた。

 

「いらっしゃい二人とも♪」

「お世話になります」

「よろしくお願いします」

 

 彼女の名前は安岐さん。SAOから目覚めた和人のリハビリを担当したり、僕に点滴を付けたりと世話になっている人だ。そして、リムレスの眼鏡が良く似合う美人でもある。……立ち姿から、何かしらの訓練を受けたことが解るが何者かは置いておこう。ほら、ちょっと推察するだけで笑ってない笑顔を向けてくる。

 

「じゃあ脱いでね」

「えっ?!」

「ほら、電極とか貼るんだよ和人」

 

 和人は何を考えてしまったのか、顔を赤くして慌てふためく。意外とむっつりスケベな所も、和人の魅力だ。あんなに女性にアプローチを受ける和人がむっつり、これがギャップ萌えか。最近、僕がノンケかどうか自分でも怪しくなってきた。僕にも出会いはあるのだろうか。

 

「湊くんめっちゃムキムキねー。お姉さんを誘惑してるのか~?」

「あの……早く貼ってもらえます?」

 

 安岐さんが身体をめっちゃ触ってくる。滑らかなソフトタッチだ、くすぐったいので早く済ませるように言う。

 

「もぉー、釣れないわねー」

「安岐さんなら良い人が沢山寄ってくるでしょ?」

「あら? 口説いてるの?」

 

 もう嫌だ。早くログインしたい。

 安岐さんと話してると、和人が驚いた顔をしていた。

 

「湊……その身体……」

 

 彼はどうやら僕の肉体に驚いてるようだ。

 

「これは……まあ、副作用ってやつだよ」

 

 僕の悲鳴は彼も聞いたと思うが、生で見るのは初めてだったか。

 

「和人……痩せたか?」

「いや、お前よりか変わってないよ」

「そ、そうか」

 

「はい、準備完了。いつでもいけるわよ」

 

 安岐さんの準備が終わって、僕はベッドのアミュスフィアを取る。

 

「和人、初期位置で留まっといてくれ。迎えに行く」

「わかった」

 

 アミュスフィアを装着し、ベッドに横たわる。

 

「「リンク・スタート」」

 

 こうして、僕達はこの事件に足を踏み込んだ。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「キリトー!」

 

 初期スポーン位置に着いたのでキリトを大声で呼ぶ。

 

「こっちだソル」

 

 キリトの声がした方を向く。しかし、キリトらしき男性アバターは見当たらない。でも、一人こちらを見ているプレイヤーは居る。面影はあるにはあるがもしかして。

 

「キリト?」

「ここだよここ」

 

 ……まさか、この女性アバターが?

 

「もしかしなくてもキリト?」

「さっきからそう言ってるじゃないか」

「コンバートってTSすることもあるんだな」

 

 言うとキリトはウインドウを出して、可視化させて見せてくれた。

 

「いや男だぞ」

 

 確かに男であると表示されている。しかし声が微妙に高くなってるし、髪はロングストレート。見事な美少女だ。

 

「俺からすればソルも女性アバターに見えるんだが」

「……否定はしないよ」

 

 僕も最初は間違えたからな、自分だけど。

 

「こっち来て」

 

 彼を建物のガラスの前に誘う。彼も自分の今の容姿を把握すべきだ。

 

「うぇっ!」

「な?」

「確かにこれは……」

 

 確認が終わったところで移動を始める。キリトはこれから準備しなくてはいけない。エントリー受付時間終了までの猶予を考えると道草は食えない。

 

「……あ」

 

 視界の端に水髪のプレイヤーが写る。身に覚えのある後ろ姿に、僕はつい声をかけた。

 

「あの!」

「ん?」

 

 顔を確認すると、確かにあの時の彼女だった。

 

「この前道を教えて頂いた者です」

「あー、あの時の。用は済ませれた?」

「はい、お陰様で」

「そう、よかった」

 

 彼女の記憶力に嬉しいと感じつつ。キリトの装備にアドバイスを貰えないかと思って提案をする。

 

「実はこっちの……」

「そっちの子は初心者(ニュービー)?」

「はい。BoBに出るのに、装備が出来てなくて」

「初心者でBoBに出るの!?」

「実力はあるんですけど……」

「あはははは……」

 

 お前は笑えないよキリト。

 

「そこで、こいつの装備に関してアドバイス頂けたらなと」

「あー……いいわよ。まだ時間あるし」

「ありがとうございます!」

「それくらいいいわよ。それと、敬語使わなくていいわ。あなた達みたいなのは珍しいから、他にも色々教えてあげる」

 

 有難い。一度ならず二度までも世話になるとは。

 

「僕はソル。よろしく」

「キリトです」

「私はシノン。ほら、こっちよ」

 

 キリト? 何故口調が女子っぽいんだ?

 

 

~~~~~~~~~~

 

「さ、後はエントリーだけよ」

「間に合ってよかったな」

 

 キリトの武器は銃の世界で使っている人が珍しい光剣、サブウェポンはシノンの勧めでFN Five-seveNとなった。装備は装甲付きの黒のコンバットスーツを選び、その後は試射場で試し撃ち、的に当たるまでは上達した。

 

「あ」

「どうしたのシノン?」

 

 後は〈総督府〉でエントリーすれば完璧のはずなんだが、シノンが声を上げる。

 シノンが目線を見る。彼女から見たら、そこには確か現在時刻が表記されて……

 

「「時間っ!」」

「え?」

 

 こらキリトくん。何を驚いてるんだい? 僕達は絶賛ピンチだよ。

 

「やばいぞキリト。エントリー受付時間終了まで時間がない!」

「え、えぇっ!」

「急ぎましょう」

 

 此処から総督府まで感測三キロ。残り時間は十分、ギリギリ……いや徒歩では無理な距離だ。

 GGOにテレポートのような移動手段は無い。死んだ時に蘇生ポイントにリスポーンするだけである。街中でHPを減らすことは出来ない為、今は使えない。

 ちなみに、僕もエントリーしていない。キリトと一緒にと思っていたのだからしょうがない。

 シノンを先頭に総督府に走る。

 

「キリト! バギー乗れるか?」

「ああ、わかった」

 

 この一言だけで僕の考えていることが伝わったようだ。これが相棒ってやつかな。キリトの相棒だなんて、照れる。

 

「では失礼して」

「きゃっ!」

 

 加速してシノンを抱き上げる。速度だけで言えばこっちの方が速い。

 

「急ぐので掴まって!」

「え、ええ」

 

 レンタルバギーに飛び乗り、後ろにシノンを乗せる。キリトも準備が完了したのを確認して、エンジンを吹かす。

 

「舌を噛まないように気をつけて」

「わわっ!」

 

 アクセルを全開にさせて一気に加速する。高速に乗り、交通法を無視した運転で駆け抜ける。

 

「速いけど大丈夫?」

「……」

 

 後ろのシノンがやけに静かだ。急ぐ為仕方ないが、かなりの速度を出している。女性ならば恐怖を感じてもおかしくない。

 怖がらせてしまったのなら、申し訳なくていたたまれなくなる。

 

「あははは! もっと、もっと翔ばして!」

 

 どうやら杞憂であったようだ。

 

「しっかり掴まってて」

 

 アクセルをより回し、更に加速する。

 

「あははは!」

「はははは!」

 

 時間が迫っていることも忘れて、僕らは笑って総督府に向かった。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 締切五分前に総督府に着いた僕らは急いで滑り込んだ。

 

「これで大会のエントリーをするの。よくあるタッチパネル式端末だけど、操作のやり方は大丈夫?」

「わからなかったら聞くよ」

「隣でやってるから、いつでも聞いて」

 

 何処までも世話を焼いてくれる人だ。……ギリギリまでエントリーしていないお茶目な一面もあるようだが。

 

(……個人情報か)

 

 素早い操作で必要項目を埋めていく。入力しなくても参加は出来るが、入れなければ賞品を受け取れないと書いてある。

 

(空欄でいいな)

 

 あくまでこれは()()だ。賞品は惜しいが、また機会があると思い完了ボタンを押した。

 

「ソル、住所とかは……」

「空欄にした」

 

 シノンと逆隣のキリトが小声で聞いてきた。

 

「そうか」

「……怪しいか?」

「ただの勘だよ」

 

 僕は周りに勘とか感覚がおかしいと言われるが、キリトも大概だと思う。

 

「二人とも終わった?」

「ああ、色々ありがとう」

「私もあんな経験出来たし、おあいこってことね」

 

 そういえば、周りの女性は全員キリトの方ばかり気にして僕はよく無視されるが、彼女は僕のことを確り見てくれてる気がする。バギーに乗っていた時もそうだったが、彼女とは波長というか相性が良いのかもしれない。

 

「二人の予選はどのブロック?」

「僕はFだったよ」

「Gでした」

 

 キリト、お前まだそんな話し方してるのか。本当何考えてんだ。

 

「私はF。ねぇソル、番号は?」

「3番」

「そう。良かったわね」

「?」

「私は32番。決勝で会いましょう」

「そうか、楽しみだよ」

 

 シノンの瞳に闘志が宿る。この首に今にも噛みつかんばかりの飢えを感じ、自然と口角が上がってしまう。

 

 

~~~~~

 

 

 三人でエレベーターで地下の待機場に向かう。中には大人数のプレイヤーが既に大会開始を今か今かと待ち構えていた。

 キリトはプレイヤー達が持つ銃と厳つい顔面アバターに気後れしている。

 

「気にすんなキリト。唯の馬鹿共だ」

「え?」

「ソルの言う通り、あんなに銃をひけらかして、対策して下さいって言ってるようなものよ」

 

 やはりシノンは相当な腕のプレイヤーだと確信する。

 シノンは僕の腕を掴むと、奥の扉に僕を引っ張っていく。

 

「何処に向かってるの?」

「更衣室よ。そこで戦闘服に着替えるの」

 

 なるほど、仮想世界内でも更衣室なるものがあるのか。まあ、試着室があるから当然といえば当然だが。

 

「ちなみに一緒に着替えるの?」

「え? 嫌だった?」

「え? 何で?」

 

 何かおかしい。彼女は一体何を考えているんだ?

 

「僕は男だけど」

「え?」

 

 ウインドウを可視状態にしてシノンに見せる。

 

「ほら、男って書いてある」

「……本当。じゃあ、そっちのキリトは……」

「……わた、いや、俺も男です」

 

 キリトもウインドウを見せると、シノンはパニックになって、視線は僕とキリトの顔を何度も往復する。

 

「キリトはわざとだから騙されるのは分かるけど、どこで僕を女だと?」

「いや、その見た目で男は無いでしょ」

「いや一人称僕だったでしょ? 声も女性ほど高くないでしょ?」

「そういう人だっているじゃない」

 

 ……いやはや仰る通り。ぐうの音も出ない。

 

「すみませんでした」

「まあいいわ。実害は何も無かった訳だし」

「うちのキリトがすみません。ほんと」

 

 後ろで笑いを堪えているキリトの足の指を思い切り踏む。

 

「これはお前のせいだ。うん、そうしとこう」

「くく……、素で間違えられてる……」

「ほらぁ! 行くぞキリトぉ!」

「ぐぇ」

 

 キリトの首をラリアットしながら男子更衣室まで引きづる。ホントこの悪ガキが、お前は何も関係なかったけどお前せいだこの野郎。

 

 

「仲良しね、ホント」

 

 



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《幻覚》

ども、素人投稿者です。

予選は全飛ばしです。
キンニクリムゾン! パワー!
重たくしていきます。


ではどうぞ


 

 

 キリトと一緒に戦闘服に着替えたら、またロビーへと戻る。

 緑と白の戦闘服を身にまとったシノンを見つけ、対面に座る。

 

「BoBについてはわかってるわよね?」

「……キリト?」

「お……お願いします」

 

 キリトくんさぁ(クソデカため息)。

 

「はぁ、ソルは大丈夫なのよね?」

「僕としてはシノンみたいなベテランの説明を聞いてみたい。お願いできる?」

「わかったわ。ソルが言うなら説明してあげる」

 

 本当に、本当にすまない。この大会が終わったら何でもするから、キリトをそんな目で見ないでやってくれ。

 

「まず、予選の時間になると参加者は全員フィールドに転送されるの。フィールドの地形や天候はランダムに設定されるわ。対戦者とは距離を置かれて転送されるから、開始直後に接敵することはまず無いわ。試合が終わるとこのロビーに帰ってきて、次の試合まで待機。本戦に出場できるのは各ブロックで決勝まで勝ち進んだ二人。こんなものでどうかしら?」

「わかったかキリト?」

 

 VRゲーム中毒のキリトだが、これでも学校の成績は良い。その意欲をもっと他の所でも活用して欲しいが、キリトだから仕方ない。

 

「そうだ、最後に二人に教えてあげる」

「?」

「?」

 

 シノンはそう言うと、僕とキリトを捉えて、

 

「敗北を告げる弾丸の味」

 

 氷のように冷たい一言。その氷の中には、自信と殺意が氷結されている。

 

「それは楽しみだな。でも大丈夫なのか?」

「何が?」

「決勝までいけないとソルと対戦できないだろ?」

 

 おいキリト、何挑発してんだ。その皺寄せは僕に来るんだぞ。

 

「予選落ちなんかしたら引退する。今度こそ」

 

 シノンの雰囲気がガラリと変わる。

 

「……今度こそ、強い奴らを全員殺してやる」

 

 彼女からは、()()を乗り越えたい強い願望を感じる。それは僕にはあずかり知らぬことだが、しかし何故だろう、彼女にシンパシーを感じる。もしかして……いや、そんなはず……。

 

 彼女の心意は獰猛な獣を型成して、まだ見ぬ敵への殺意が溢れている。

 彼女の話が終わると、銀髪の男性プレイヤーが僕たちに近づいてきた。

 

「やあ、遅かったなシノン。遅刻するんじゃないかと思って心配したよ」

「シュピーゲル? あなたは出場しないんじゃなかったの?」

「迷惑かもと思ったんだけど、シノンを応援しに来たんだ。ここなら試合も大画面で中継されるしさ」

 

 シュピーゲルと呼ばれたプレイヤーはシノンから僕とキリトに視線を移すと、

 

「そこの人達は?」

「ああ、遅刻しそうになった用事の原因よ」

「どうも、そこの人達です」

「……」

 

 キリトの口調で全てを察する。相方の思考がわかるのは嬉しいが、同時に早くから気苦労する羽目になる。

 

「ど、どうも。シノンのお友達さんですか」

「そいつ男よ」

「ええ!?」

 

 うーんデジャブ。

 

「そこの赤いのも男よ」

「ええええ!?」

「ちょっと待って?」

 

 僕の方が衝撃的だったのは予想外だ。自分でも中性的な見た目だと自認してるが、キリトの方が女々しいだろう。

 

「いやー、シノンにはお世話になりました。それは色々と」

「ちょっと、変な言い方しないで!」

「つれないなぁ、武器選びにも付き合ってくれたのに」

「あんた一人だったら絶対案内してないからね!」

「はいはーい、キリトくんは黙りましょうねー」

「いだだだだ、痛い痛い痛い」

 

 キリトにアイアンクローをぶち込む。両手で抵抗されるが、外れる気配は無い。

 キリトにはこれくらいで丁度いい。

 シュピーゲルといったプレイヤーの隠す気の無い悪意を感じながらも、シノンと話していると。

 

 

『大変長らくお待たせしました。これより、第三回BoB予選トーナメントを開始いたします。エントリーされたプレイヤーの皆様はカウントダウン終了後に第一回戦のバトルフィールドに自動転送されます。幸運をお祈りいたします』

 

 ロビーがお祭り騒ぎ、銃声と歓声が響き渡る。流石はGGO最強決定戦、熱気もゲーム内最大だ。

 

「ねえソル」

「うん?」

「決勝で会いましょう」

「ああ、次は決勝で」

 

 差し出された拳に拳を当てる。

 猟的な笑みに微笑みながら、僕は光に包まれて転送した。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 転送されて目を開くと、そこは廃墟となった神殿。造りは古代ギリシャを連想させる。時間帯は夕方、この世界の夕焼けも綺麗だなと眺める暇は無い。

 

「さぁて」

 

 右手でS&W M500をホルスターから抜く。弾倉を回して装填を確認。

 目を閉じ、アバターの枠を薄くさせる。フィールドを直接認識し、敵の位置を補足する。

 

「……方角のみか」

 

 得られたのは敵の位置の三次元方角。距離がありすぎて武装までは解らなかったが、大差ないだろう。

 銃を片手に走り出す。

 

 

 

 

 

「見敵即殺」

 

 開始から一分。敵を目視。

 正面から突っ込んだせいで、銃を構えられる。

 

「射程距離内だ」

 

──Boom!

 

 相手の銃口が僕を捉えることは無い。いや、言い方が悪いな。そもそも相手がいなかったな。

 

 頭の無いアバターが倒れる。射程距離は相手の方が長かったが、撃たれる前に撃てば関係ない。

 

「シノン……」

 

 今、初戦を終えて実感した。シノンはトップレベルのプレイヤーだったのだ。彼女の闘志は、清く飢えていた。

 

「御預けってやつね」

 

 転送されながら、僕はそんなことを考えていた。

 

――まだ、つまらない。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 待機場に戻った僕は、最初にいた席に座り、モニターで他の人の試合を観戦している。

 

「……お前、本物、か?」

 

 ボロボロのマントを身につけたプレイヤーが話しかけてきた。フードとガスマスクで素顔はわからないが、ゴーグルの赤いレンズが不気味に輝いている。

 

「さっきからジロジロ見ていたようだが、何が言いたい?」

 

 先程から感じてた粘り着くような視線の主だと判断する。

 

「試合を、見たぞ。お前のその、身のこなし、見覚えが、ある。その強さ、……本物、なのか?」

 

 目の前のプレイヤーの気配、何処か憶えがある。ALOではない……SAOの……誰だ?

 

「本物? 何を言っている?」

「質問の、意味が、解らないのか?」

「解らないね」

「これでも、か?」

「…………っ!」

 

 ガスマスク男が腕の紋章を見せる。顔のついた棺桶、《笑う棺桶(ラフィンコフィン)》のものだ。

 僕は目を瞠る。

 

「まあいい。名前を、驕った偽物、か……、本物、なら、……いつか、殺す」

 

 男の殺気を直に受ける。それは、僕の”沈殿”を呼び起こすのには十分過ぎる質のものだった。

 

「お前は……」

 

 僕が奴を問い詰めることは出来なかった。

 転送の光が、僕を奴から遠ざけた。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 予選は勝ち進んでいるが、僕の心は後退していった。

 あのラフコフの紋章、あれは本物だ。SAO時代嫌という程見たのだから間違いない。

 

「嫌だ……」

 

 現在進行形で僕を蝕む”殺意”がふつふつと煮たえる。()()を忘れ去ったことは一度もないが、こうまで()()されるのは()()()以来無かった。

 

「僕……は……」

 

 幻覚の屍が纏わりついてくる。

 

〘 殺人者、大罪人、お前は何故生きている、何故俺たちが死んでお前が生きている、同類だ、お前は死人だ、何故生きる、お前は咎人だ〙

 

 耳を塞いでも声は聞こえる。当然だ、これは僕の幻聴、誰も実際には口にしていない言葉たちだ。

 

「やだ……、やだ……」

 

 

 

「ソル……?」

 

 彼女だ。僕はきっと、……あああ、本当に、救われない。

 

「ソル? 大丈夫?」

 

 彼女は優しい。でも駄目なんだ。何で僕は生きている?

 

「もうすぐあなたの試合が始まるわ……って」

 

 つい彼女の手を掴んでしまった。駄目だ、駄目だ、何故? 何故何故何故??

 

「ぼくは……」

「?」

「ぼくって……」

「……ソル?」

 

 彼女の瞳を見れない。せめて、せめて染まってしまうのなら、彼女の清い殺意でありたい。

 

「シノン……」

「なに……?」

 

 身体が光で包まれる。

 

 赦しですら、許されることすら、僕にはされないと云うのか。

 

 

 

 

……死にたくない。

 

 

~~~~~~~~~~

シノンside

 

 私が試合に勝ち、待機場に戻った時だった。彼はこの前たまたま案内してあげたビギナー。コンバートだからって、ここまで勝ち進んでこれたことから高い実力を有していることがわかる。つまり、彼は()()ってことだ。彼を殺せば、私は()()成れる。

 私はそう思っていた。

 

「やだ……、やだ……」

 

 そんな()()彼が、このように震えているのは驚きだった。

 

「ソル? 大丈夫?」

 

 まだ彼のことをよく知らない私でも今の彼が異常であると分かった。声をかけても、彼は返してはくれない。

 

「もうすぐあなたの試合が始まるわ……って」

 

 モニターを確認して、一歩、彼から離れるように足を出すと、彼に手を掴まれた。

 

「ぼくは……」

「?」

「ぼくって……」

「……ソル?」

 

 おかしい、目の焦点は合っておらず、瞳孔も震えている。

 

「シノン……」

「なに……?」

 

 泣きそうな顔で私を呼ぶ彼を見つめる。次の言葉を待つと、彼を光が包んだ。しまった、もう試合が始まってしまう。

 

 

 

「ソル……」

 

 私には解らなかった。()()彼が、何故ああも苦しんでいるのか。()()では……苦しみを乗り越えることは出来ないって言うの?

 

「…………撃ち抜く」

 

 彼のことは後回しだ。今は、決勝まで勝ち進むことに集中しなくてはいけない。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 僕はとうとう決勝まで駒を進めた。相手は勿論シノンだ。

 

「HAHAHA……」

 

 自身の滑稽さに笑ってしまう。どうせなら死ぬ前に、彼女の殺意を受けてみたいと考えてしまった。死ぬのが嫌なくせに、仮想世界だからって死にたがるなんて、ナンセンスな結末だ。

 

 

 決勝戦のフィールドは都市。時間帯は夕方。

 

 僕はシノンの位置を感知して、橋の上を歩いていく。

 

 

──Boom!!!

 

 銃声と共に僕の横の車が大破する。何故外したのだろうか。試合で見た彼女の狙撃を考えれば普通は外さない。

 

 バスから出てきたシノンが近づいてくる。怒っているようだ。

 

 

「巫山戯んじゃないわよ!」

 

 彼女に胸倉を掴まれる。

 

「何故外したの?」

「なっ……、あんた何考えてんのよ!!」

「僕は……君の殺意を受けたかっただけ……」

「なら! あんたが私と真剣に戦いなさいよ! 今のあんたを殺した所で、私はちっとも強くなれないじゃない! あんたの我儘で、私の戦いを侮辱するな!!」

「……わかった」

 

 僕の事情を彼女に押し付けるのはいけない。そこまで堕ちてしまったなんて。せめて今からでも真剣にしなくてはならない。

 

「何mで確実に当てれる?」

「え?」

「そこから撃ってもらっていい」

「はぁ?」

 

 僕は一先ず15m離れる。

 

「此処で当てれる?」

「……ば、馬鹿にしてんの!?」

「なら、合図はこれで」

 

 S&W M500の弾を一つ取り出す。

 弾丸を指でコイントスの要領で弾く。

 シノンは銃を構える。彼女が持つのは対物ライフル。当たれば即死は免れないだろう。

 

 弾丸がコンクリートの道に落ち、金属音を鳴らして跳ねた。

 

──Boom!!!

 

 同時に右足を引いて左に避ける。次弾を装弾する隙に接近し、へカートのバレルを掴んで彼女を組み伏せた。S&W M500を突き付ける。

 

「……僕は女性を撃つ趣味は無い。出来れば君を撃ちたくない。降参してくれないか?」

「ちっ、……り、リザイン」

 

 

 

 

 

 こうして、Dブロックの勝者は僕となった。

 

 

~~~~~~~~~~

詩乃side

 

 やられた。完敗だった。

 ソルの申し出、それは私を馬鹿にしたものだった。しかし彼は私の弾丸を避けた。間違いない、彼は私なんかよりも遥かに強い。

 

「…………」

 

 自宅のアパートからほど近い、小さな児童公園の片隅。既に藍色の空に、街灯の明かりだけが私を照らしてる。

 

「朝田さん大丈夫?」

 

 隣のブランコに腰掛ける新川(しんかわ)恭二(きょうじ)くんが心配そうに私に声掛ける。

 

「ええ、大丈夫」

 

 シノン――朝田(あさだ)詩乃(しの)は心ここに在らずいった様子で応える。

 彼女の様子に、恭二は不服そうに頬を膨らませる。

 

「珍しいね、朝田さんがそんなに思い悩むなんて」

「そう? 決勝では負けちゃったけど、彼の方が大変そうだと思って。他人の筈なんだけどなんだか放っておけなくて」

「……初めてじゃない? 朝田さんがそんなに他人のことを考えることなんて」

 

 言われてみれば、そうかも知れない。普段は自分のことで手一杯で、他人のことを考えている余裕なんてない。だが、《彼》の震える姿が、どうしても頭から離れない。それは昨日から二十四時間が経過した今でも変わりない。

 

「悔しかったからかしら?」

 

 原因は自覚出来ていない。しかし何も思い当たる事柄が無い訳では無い。

 彼とは一日足らずの付き合いしかないが、彼のことは少なからず気になってる。それがどんな感情なのかは言い表すことができない。

 

「ふうん……。じゃあさ、どっかのフィールドで待ち伏せ狩る? 狙撃がよければ僕が囮やるし……でも、やっぱり仕返しするなら正面戦闘がいいよね。腕のいいマシンガンナー、二、三人くらいならすぐに集められるよ。それとも、ビームスタナー使ってMPKするのもいいかも」

 

 新川君がすらすらもPKプランを立てるのを右手で遮る。

 

「えっと……、そういうのじゃないの。何て言うか……、ごめん、私にもよく分からないけど、とにかくそういうのじゃないの」

 

 スカートのポケットから携帯端末を取り出して時刻を確認する。

 

「あと三時間半でBoBだわ。その大舞台で、今度は彼に勝つ。勝って……」

 

 ――()()なる。

 私は彼より強くなって……いつかは……。

 

 

「それ……大丈夫なの?」

「え?」

 

 新川君の視線が右手に落ちる。見れば、人差し指と親指が伸び、拳銃を模した形を無意識に作っていた。

 

「あ……」

 

 慌てて手を開く。いつもなら、《銃》を意識した途端に動悸を起こす。だが今はその気配は無い。

 

「う、うん。なんか大丈夫だった。……なんでだろう?」

「…………」

 

 新川君が私の右手を両手で包み込んできた。思わず手を引いてしまう。

 

「ど、どうしたの新川君?」

「なんだか……心配で……。朝田さんが、いつもの朝田さんらしくないから……。その……ぼ、僕にできることがあったら、何でもしてあげたいんだ。本大会はモニタ越しの応援しかできないけど……その他にも、できること、あったら……って……」

「い……いつもの私、って言われても……」

 

 新川君から見た私は一体どのようなものか、想起できずにいる。新川君は急込むように言葉を並べた。

 

「朝田さんて、いつもクールで……超然としててさ、何にも動じないで……僕と同じ目に遭ってるのに、僕みたいに学校から逃げだしたりしないしさ……強いんだよ。すっごく。朝田さんのそういうとこ、ずっと、憧れてたんだ。僕の……理想なんだ、朝田さんは」

 

 新川君の熱気に気圧され、体を引こうとしたが、ブランコの鉄柱に防がれてしまう。

 

「で、でも……強くなんかないよ、私。君も知ってるでしょう……銃とか、見ただけで、発作が……」

「シノンは違うじゃない」

 

 半歩踏み出してくる。

 

「シノンは、あんな凄い銃を自在に操ってさ……GGOでももう、最強プレイヤーの一人じゃない。僕、あれが朝田さんの本当の姿だと思うな。きっと、いつか、現実の朝田さんもああなれるよ。だから……心配なんだ。あんな男のことで、考え込んだり、悩んだりしてる朝田さんを見ると。僕が……僕が、力になるから……」

 

――違うよ、新川君。

 

 視線を逸らして、心の中で呟く。

 

――私だって、ずーっと昔には普通に泣いたり笑ったりしてたんだよ。なりたくて《今の私》になったわけじゃないんだよ。

 

 確かに現実でもシノンのように強くなりたい。でも、心の底では、普通に友達と笑い合ったり、騒いだりしたいと思っているのかもしれなかった。それ故に、グロッケンで出会った初心者二人を見かけた時、あれこれ世話を焼いたし、男だと知ってショックを受けたりもした。

 新川君の気持ちは素直に嬉しいが、何処か気持ちの標準がずれているように思える。

 

――私が……欲しいのは……。

 

「朝田さん……」

 

 不意に囁かれ、眼を見開く。いつの間にか、背後の鉄柱ごと新川君の両手に包まれていた。

 私は、半ば反射的に両手で新川君の体を押し返していた。

 

「ご、ごめんね。そう言ってくれるのは、すごく嬉しいし……君のことは、この街でたった一人、心が通じ合える人だと思ってる。でもね……今はまだ、そういう気になれないんだ。私の問題は、私が戦わないと解決しない、って思うから……」

「……そう……」

 

 寂しそうに俯く新川君を見て、罪悪感が胸に満ちる。

 今はただ、心を覆い包む恐怖の記憶、その硬く黒い殻を打ち破って自由になりたい。望むのはそれだけだ。その為に、黄昏の荒野で戦い、勝利する。

 

「だから……それまで、待ってくれる?」

 

 かすかな声で囁くと、新川君は無言のまま凝視し、やがてこくりと頷き、微笑んだ。

 

 

 

 公園から出たところで新川君と別れ、私は自宅へと急いだ。



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《弾丸》

ども、素人投稿者です。

なかなか進捗遅くてすみません
書きたい時しか書けないから許してホント。


ではどうぞ


 

 

 

 GGOから戻って、病室のベッドで目覚める。過去最悪の目覚めに、吐き気もある。

 

 

 感覚の戻りきらない足でトイレに駆け込む。体に付いた電極パッドは無理矢理に離れ、アミュスフィアはコードが外れる。

 

「ぅっ……」

 

 腹の中身を全てぶちまける。吐き出す物が無くなろうとも、僕は吐き続けた。

 

 

 

「湊……!」

 

 僕の後に戻った和人が背中を摩ってくれる。吐き気が唸りを潜める。

 

「ありがとう和人」

「……何があった?」

 

 眉を落として覗き込む和人。此処で彼に縋ってしまいたい。でも、彼は今、幸せなのだ。素敵な恋人、仲の良い兄弟、未来ある学生なのだ。此処で、僕の死を彼に背負わせることは出来ない。

 

「何も……」

「何も無いなんてことは無いだろう!」

「……」

「答えろ、何があった? それとも、親友である俺に言えないことなのか? そんなに俺は頼りないか?」

 

 その言葉を使うのは卑怯だ。

 

「君のことは信頼してるし、親友だと思ってる。でも、これは僕が背負うべきものだ。君を巻き込む訳にはいかない」

 

 

~~~~~~~~~~

和人side

 

 俺はBoB予選Gブロック決勝を勝ち、GGOからログアウトした。ソル――湊とは予選中一緒に居れなかったが、湊もFブロックを優勝しているようだった。

 

「ちょ、ちょっと湊くん!」

 

 現実で目が覚めた時、安岐さんの慌てる声に頭が急速に冴える。

 見れば、湊が口を抑えながら部屋を出ていく。アミュスフィアも着けたまま、彼にちぎられたコードが置いてかれる。

 

「湊?」

 

 何故だか、湊にSAO時代の姿を幻視した。それも《蜃気楼》として《笑う棺桶》と戦っていた頃の姿だ。

 

 俺はアミュスフィアを投げ捨て湊を追いかけた。

 

「ぅっ……」

 

 吐いた。VR酔いでもしたのだろうと思ったが、あの湊だ、それは有り得ない。

 

「……何があった?」

 

 GGOでは順調に勝っていったと思っていたが、今の様子を見るに多大な負荷のかかるような戦いだったのか。

 

「何も……」

 

 嘘だった。湊の顔は窶れている。何も無いはずは無い。

 

「何も無いなんてことは無いだろう!」

 

 カッとなって怒鳴ってしまう。

 

「答えろ、何があった? それとも、親友である俺に言えないことなのか? そんなに俺は頼りないか?」

 

 顔を覗くと湊はあの目をしていた。PoHにトドメを刺そうとした、あの目を……。

 

「君のことは信頼してるし、親友だと思ってる。でも、これは僕が背負うべきものだ。君を巻き込む訳にはいかない」

 

 まただ、また()()()なんて言っている。何が彼を《蜃気楼》にさせてしまったのか。

 

「お前だけで背負うな! それは本当にお前がやるべきことなのか!」

「ああ、これは流石に和人には頼れない」

 

 嘘だ。彼の瞳は助けを求めている。この苦しみから解放されたいと訴えている。

 

「いいや、頼ってもらう。今のお前をそのままにしておくことは出来ない」

「……」

 

 湊の手をとる。SAOでは頼り強かった手、ALOでは最近まで共に冒険していた手、……そして、今助けを求めている手。

 

「教えて……くれないか?」

 

 目を瞠り、俯いた。ポツリ、ポツリと湊は話し始める。

 

「《笑う棺桶》に……会った。あいつが《死銃》で間違いない」

「なっ!」

()()()の続きだ。……僕は()()を迎える」

 

 続き? 最後?

 的を得ない言葉に困惑する。でも、今ここで湊に寄り添えられるのは俺だけだ。

 

「どういうことだ?」

「……死ぬのが怖い」

「なら死ぬな!」

「駄目だよ、僕は()()()()()()()()だけだ。和人、それは君が叶えてくれた。でも駄目なんだよ。それじゃあ、僕が()()()()()理由にはなれないんだよ」

「俺では……()()()()()にはなれないのか?」

「君は僕の()()()()()()()()だ。それは違う」

 

 俺では駄目なんだ。もう湊は遠くへ行ってしまう。言っていることはよく分からないが、彼が助けて欲しいのは分かる。

 

「そもそも、だ。そもそもお前が死ぬ必要が分からない」

「……罪には罰が伴う。僕はあまりにも罪深い。死の罪は死の罰が必要になる。この手は沢山の血で染まってしまった。()()()()()()()は、受け入れなきゃいけない」

「湊……」

 

 SAOで《蜃気楼》として行ったPKのことだろう。

 ……彼の今の姿は、もしかしたら有り得た俺の姿かもしれない。《笑う棺桶》掃討戦の時、俺もプレイヤーを……人を殺してしまうそうになった。その時俺たちの代わりに剣を振ったのは湊だ。湊は俺達の分まで罪を背負ったのだ。それを俺たちが見て見ぬふりをしていただけだ。

 

「お前がやっていなくても、誰かがやっていた。少なくとも、俺がやっていた」

「やめろ、和人」

「その罪はお前だけのものじゃない。だから罰もお前だけのものじゃない」

「やめろと言ってる!」

 

 湊が俺の肩を掴む。

 

「そんなこと言わないでくれ。そんな……そうであったのなら、僕は……何の為に、誰の為に剣を振り、人を殺したか判らなくなる」

 

 そうか、湊はわかっていないのか。君の行いが誰を救い、誰の命を助けたのか。

 

「お前は誰かの罪の為に剣を振った訳じゃない。誰かの命の為に剣を振った、そうだろ?」

「そんなの結局自己満足さ。僕はそんな英雄じゃない。例え助かった命があったとして、それは結果論だ。僕の行いはそんな奇麗なものじゃない」

「だが事実だ。お前は誰かの命を救った。俺だってその一人だ。その事実から目を逸らすな、罪を償いたいなら生きろ、生きて罪を償うんだ。俺たちと一緒に……」

「……わからない。わからないよ和人」

 

 湊の背中に哀叫を感じて、もう何をすればいいのか分からなくなった。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 次の日、一人暮らしの部屋に一人、孤独を感じながら目を覚ます。

 日曜日、学校の無い朝。

 スマホを起動させて時間と天気予報を確認する。カーテンを開いて、曇い雲の朝日を浴びる。

 

「一緒に償う」

 

 口が零したのは彼の言葉。

 死では償えないのはわかっている。僕が誰かの命を助けた事実、それもわかっている。でも自身の中で噛み砕けない。

 

「助けたなんて……」

 

 要らない子にそんな奢侈は勿体無い。約束の時間まですることも無い、又眠る為、布団を被った。

 

 

~~~~~~~~~

 

 

 和人と病室に入る。

 

「湊くん大丈夫?」

「無問題です」

「……」

「そんな顔するな和人。大丈夫だよ」

 

 荒ぶる波は揺らぎを手放し、僕の心は少し落ち着いてきた。

 

「とりあえずBoBは優勝しておこう。いける? 和人?」

「……はっ、楽勝だぜ」

 

 アミュスフィアを装着し、仰向けになる。

 横の和人と顔を合わせ、頷く。

 

「「リンク・スタート」」

 

「行ってらっしゃい。二人の《英雄》さん」

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 総督府の入口付近で、水髪の少女――シノンと会った。

 彼女と行った予選決勝は、僕のせいで台無しにしてしまった。結果は僕の勝利だったが、彼女は納得しないだろう。オドオドながらに声をかけた。

 

「よ、シノン。今日はよろしく」

「こんにちはシノン」

 

 キリトのゲーム内でのコミユニケーション能力が今は少し羨ましい。現実ではお察しな感じだが。

 

「あなた……大丈夫なの?」

 

 どうやら彼女には試合内容よりボク自身のことを心配させてしまったらしい。

 

「……大丈夫。昨日のヘマは繰り返さない。思い切り撃ち抜いてくれ、当てれたらだけど」

「…………そ、言ってくれるわね。安心しなさい。必ずぶち抜いてあげるから」

 

 引っかかりは拭えないが、本番になれば気にならなくなるだろう。

 

「それにしても、えらく早い時間からダイブしてるんだな。まだ大会まで三時間はあるぞ」

「昨日は誰かさんのおかげで危うくエントリーし損ねそうになったから」

 

 キリトくんのせいですね。

 

「だいたい、そっちだって今から潜ってるじゃないのよ。アンタに暇人みたく言われたくないわよ」

「昨日はうちのキリトがほんと、ほんとーにすみませんでした。今日はキリトくんが頑張ったから早くこれたんだよ。弁解はキリト?」

「……ないです。あ! な、ならお互い待ち時間を有効活用しませんか。本戦開始まで、そのへんでオチャ「キリトくぅん?」……じゃない、情報交換でも……」

 

 厚かましいにも程がある。彼女もそこまでは流石に……

 

「いいわよ」

「え?」

 

 何故かシノンが僕を見ている。話しているのはキリトだが、顔に何か付いてるのだろうか。

 

「何?」

「……何も。どうせ私からそっちに一方的にレクチャーすることになるんだろうけど」

「そんなつもりは……なくもないけど……」

 

 

 総督府ホール一階でエントリー手続きを済ませ、タワー地下一階に移動する。酒場ゾーンとなった当階層には無数のプレイヤーが屯している。天井に設けられた大型パネルモニタの光彩だけが視認できる空間で、奥まったブース席に腰を下ろす。

 シノンは金属板のドリンクメニューを眺め、アイスコーヒーの横のボタンを押した。するとテーブル中央が開いてグラスが出現する。その光景に続いたキリトはジンジャーエールを押した。僕はシノンと同じくアイスコーヒーにした。

 

「本戦のバトルロイヤルってのはつまり、同じマップに三十人がランダム配置されて、出くわすそばから撃ち合って、最後まで生き残った奴が優勝……ってことだよな?」

「お前……」

 

 まずシノンに聞いたのはキリト。その内容も、送られたメールを見ればわかるものだ。気前よく話をさせてもらえるのに、前提知識すら無いのは機嫌を悪くされかねない。

 

「そもそもまず僕に聞け……」

「はぁ、大丈夫よソル。どうせこんなことだろうと思ってたし」

「いやでも」

「いいのよ。……基本的には今あんたが言った通り、参加者三十人による同マップでの遭遇戦。開始位置はランダムだけど、どのプレイヤーとも最低千メートル離れてるから、いきなり目のまえに敵が立ってるってことにはならないわ」

「せ、千メートル? ってことは、マップは相当広いのか……?」

「おま……」

 

 口を挟もうとしたが、シノンに手で遮られた。

 

「マップは直径十キロの円形。山あり森あり砂漠ありの複合ステージだから、装備やステータスタイプでの一方的な有利不利はなし」

「じゅ、十キロ!? でかいな……」

「これでそっちの話は終わりかしら?」

「え? いやっ……」

 

 キリトと話し合いを設けたのに何故かキリトとの会話を切りたがるシノン。

 

「……それ、ちゃんと遭遇できるのか? ヘタすると、大会時間終了まで誰とも出くわさない可能性も……」

「はぁ……」

 

 キリトの発言に頭を抑える。此処は銃の世界なんだ、射程を考えれば逆に手狭の広さだ。

 

「銃で撃ち合うゲームだもの、それくらいの広さは必要なのよ。スナイパーライフルの射程は一キロ近くあるし、アサルトライフルだって五百メートルくらいまで狙えるわ。狭いマップに三十人も押し込めたら、開始直後からバリバリ撃ち合いになって、あっという間に半分以上死んじゃうわよ」

「ははあ、なるほどなあ……」

「──でも、あんたの言う通り、遭遇できなきゃ何も始まらないしね。それを逆手にとって、最後の一人になるまで隠れてようって考えるヤツも出てくるだろうし。だから、参加者には、《サテライト・スキャン端末》っていうアイテムが自動配布されるの」

「サテライト……スパイ衛星か何か?」

「そ。十五分に一回、上空を監視衛星が通過するって設定。その時全員の端末にマップ内の全プレイヤーの存在位置が送信されるのよ。そのうえ、マップに表示されている輝点に触れれば名前まで表示されるおまけつき」

「ふむ……つまり、一箇所に潜伏し続けられるのは十五分が限度ってことか。マップに自分の居場所が表示されたあとは、いつ後ろから奇襲されてもおかしくないもんな」

「そういうこと。これでアンタとの話は終わり」

 

 シノンが半ば強引に会話を切り上げる。アイスコーヒーを一口飲み、僕と向き合った。

 

「あなたからは何かある?」

「……じゃあ聞くけど」

 

 僕は出場選手の名前が列挙されたページを可視化してシノンに見せる。

 

「この中に知らない名前は幾つある?」

「え? えっと、もうBoBも三回目だから、ほとんど顔見知りかな。まったく初めてってのは準備不足の光剣使いとあなたを除くと、三人だけ」

「三人か……。名前は?」

「《銃士X》と《ペイルライダー》、それに《スティーブン》かな」

「ん? 《スティーブン》? ……ああ、《ステルベン》か。ありがとう」

「これ《ステルベン》っていうのね」

「独語で死亡することの意味らしい」

「へぇー、物知りね。でもなんでこんなこと訊くの?」

 

 聞かれてしまった。全てを彼女に説明することは出来ない、さてどうするか。

 

「……もしかして、昨日、あなたの様子がおかしかったことと何か関係あるの?」

 

 彼女の鋭い視線が僕を貫く。その藍色の瞳に吸い込まれ、自然と僕は頷いてしまった。

 

「……ああ。昨日、昔同じVRMMOにいた奴に話しかけられた。彼奴も本戦に出てくる。さっきの三名のどれかが奴だ」

「友達だったの?」

「…………そんなものじゃないさ。言うなら敵、かな」

 

 僕が昨日会ったのは恐らく《赤目のザザ》。《笑う棺桶》の幹部だ。

 

「それはただの敵?」

 

 何故彼女はこんな鋭いのか。ああ駄目、そんな目で見ないでくれ。君には、何故か隠し事なんて出来はしない。

 

「……僕は、奴と殺し合った。忘れもしない、あの殺気、あの気配、嫌な腐れ縁だよ」

「……殺し合った……敵……。それは、プレイスタイルが馴染まないとか、パーティー中にトラブって仲違いしたとか、そういうゲーム上での話? それとも……」

 

 鋭すぎるのも困りものだな。

 

「そんな生温くない、本当の殺し合い。奴が所属していた殺人集団と僕は単身で殺し合った」

 

 僕は奴らの殆どを処分出来たが、逆に数人取り逃した。そのツケが、今巡り巡って僕を蝕んだだけ。いや、あの時全員処分したらそれこそ()()()()いたか。

 

()()()()()()が無い僕じゃあ、後は死ぬだけ……」

「死、……なんで?」

 

 いつの間にか隣にまで近付いていたシノンが覗いてくる。

 

「なんであなたが死ぬの? そんなに強いのに、なんで?」

「言葉は難しい。少なくとも、僕が僕であることは無くなる。自身が死ぬ、っていうのはそういうこと。肉体は……」

「ソル?」

 

 シノンには意味のわからないものだ。シノンは無言で瞳を伏せる。

 

「もし、目の前で誰かが殺されそうになったとして、手元に銃があれば、迷わず撃ち抜ける?」

「…………!」

 

 なんでだろう。言葉がスラスラと出てくる。まるで膨れ上がった膿を排出しているみたいだ。

 

「ソル、あなたはもしかして、()()()()()に……」

 

 彼女の問いは酒場の喧騒に溶け消えた。藍色の眼が揺れ、伏せ、顔が左右に振られる。

 

「…………ごめん。訊いちゃいけないことだったね」

「…………いいんだ。何故か、君には多くを話してしまう。訊いて欲しかったのかもしれない。迷惑だったよね、ごめん」

 

 沈黙が訪れる。彼女に僕のほぼ全てを知られた。忌避と嫌悪の色を浮かばれても仕方ない。

 

 しかし、彼女は僕と眼を合わせて、逸らすことはしない。身を乗り出し、僕を食い入るように見つめた。サファイアのような瞳の奥に、助けを求める光を見た。

 次の瞬間、シノンは両眼をぎゅっとつぶった。唇が震え、きつく噛み締められた。

 

「……そろそろ待機ドームに行こう」

「…………そうね、装備の点検やウォーミングアップの時間がなくなっちゃう」

「あ、待てよ!」

 

 居たのかキリト、そういえば居たなキリト。

 

 時間が経つのは早いもので、本大会まで一時間をきっている。

 エレベーターに入る、落下感覚を味わっている時、背中に指を押し当てられた。

 

「……あなたのことはわかった。でも、いや、だからあなたを本戦で撃つ」

「……そうしてくれ」

 

 小さく頷く。これは仕事だが、もうそれ以上の意味を持つ。

 彼女と戦うのは、必然になるだろう。思うに、彼女も僕と近しい者なのだろう。だからと云う訳では無いが、彼女との(えにし)が愛おしく、手放し難い。初めての気持ちだ。

 

「せめて君に会うまでは生き残るよ」

「そう、ありがとう」

 

 目的の階に到着し、エレベーターが乱暴に停止する。戦場が、僕を包み込んだ。



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《被害》

ども、素人投稿者です。

めちゃんこ投稿ペース落ちて草も枯れ果てるわ。
頑張ります。


ではどうぞ


 

 

 

 

 

 

 風が砂を運ぶ、脚が抉った跡は数秒経たず去る。

 孤島となるBoB本戦マップ、その北部の砂漠にて僕の戦闘は始まった。

 第一目標はキリトとの合流。早く合流する為、一回目の《サテライト・スキャン》までに孤島中央の都市廃墟を目指す。全振りでは無いにしろ筋捷二極特化の僕のステータスなら他のプレイヤーなんかより断然素早い。

 そもそも、敏捷性ステータス等による補正はあくまでシステム上の補佐のみだ。敏捷性特化のプレイヤーでも走り方や身のこなしが出来なければお世辞にも速いとは言えない。その点、僕はそのプレイヤースキルに自信がある。

 

「……」

 

 進行方向に居たプレイヤーが狙撃をしてきたので首を傾けて避ける。速く走る為に前傾姿勢にしている分、前後のヒットボックスは狭い。

 右手でS&W M500を抜き射撃を三回。一つは相手の左肩を吹き飛ばす。二つはよろめく相手の首に命中、頭は胴体との呆気ない別れを告げた。

 コンバートした僕のアバターが持っていたスキルは全て火力向上のものばかりだった。故に威力が有るといえど、ハンドガンであるS&W M500で易易と相手プレイヤーを屠れる。逆に命中補正のスキルは見当たらなかった為、戦闘中は絶えず《心拍連動システム》を()()()して《着弾予測円》を固定する必要があるが。

 

「……」

 

 脚は止めない。障害は未だ一丁で対処可能だ。撃った分の弾をリロードしながら最高速度を維持し、マップ中央を目指す。

 

 

~~~~~

 

 

 時刻は午後八時十五分、都市廃墟の路地裏にて、《サテライト・スキャン》の端末を取り出す。出現した輝点を片っ端からタッチする。タッチすると輝点は名前を浮かび上がらせ、僕は一目それらを注視することなく俯瞰していく。

 現時点で輝点の数は二十二、砂漠に居た三人は僕が倒したから、知らない所で五人倒された計算になる。

 

「《ステルベン》は違ったか」

 

 大会前シノンに教えてもらった三名の内《ステルベン》の名前の輝点が無かった。これで候補は《銃士X》と《ペイルライダー》になる。他のプレイヤーの可能性も十分にある為、断定することは出来ないが。

 《死銃》の正体はあの《赤目のザザ》だ。《ザ・シード》によってこのGGOが創られた時、奴は僕らと同じく既に現実(こっち)に戻っている筈だ。その時からGGOに潜っていた可能性も大いに有り得る。

 

 二人の位置を確認する。シノンは山岳地帯、キリトは例の三人の一人、ペイルライダーの近く、森林地帯に居る。

 

「銃士Xを始末の後、キリトと合流するか」

 

 《ペイルライダー》の方はキリトが確認するだろう、ならば《銃士X》を確認後、キリトと合流さえ出来れば情報含め色々と融通が効く。キリトはペイルライダーを追うだろうから、進行方向から山岳地帯と森林地帯の間に流れる川に架かる鉄橋付近が合流地点になると予測する。

 

「シノンも居るみたいだし」

 

 正直に言うと彼女には今すぐにでもゲームからログアウトして部屋の鍵を厳重にして欲しい。でもそれは彼女の誇り(プライド)が許しはしないだろう。この仮想世界でしか誰かを殺すことが出来ない《死銃》と同じように、彼女もこの世界でしか出来ないことを求めている、そんな気がする。

 

「まぁ、一にも二にもキリトだな」

 

 狙撃されるのを感じて半身回転する。目の前を弾丸が通過するのを見守りながら左手でDesert Eagle .50 AEを抜き即座に早撃ち。弾丸の向きから相手の位置を特定した方向に二度の牽制射撃。潜伏してるであろう建造物に向けて走り出す。移動の隙は与えない、廃墟の構造は感受済みだ。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 狙撃された階層に着くと、【Dead】のタグを回転させている死体がうんともすんとも言えない顔でビクともしてなかった。

 

「…………」

 

 ご丁寧に顔だけくり抜かれたアバターを見る。断面からポリゴン光が輝いてなかったらR18も背筋を凍らせるグロ具合だ。

 

「……行くか」

 

 狙って眉間に撃ち込んだ訳ではない。偶々だ、偶々放った弾丸が偶々ヘッドショットしただけ。運も実力と言える……筈。

 《銃士X》の始末を終えた僕は、キリトと合流する為に南下を始めた。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 僕が橋に到着した時、ブッシュに隠れるキリトとシノンの後ろ姿を発見した。彼らの視線を追うと、橋の上で倒れ伏す青白いプレイヤーに、フードマントに身を隠すプレイヤーが拳銃を突きつけていた。奴だ、奴こそ《赤目のザザ》だ。

 要するに、奴が行おうとしているのは……

 

「シノンっ!」

 

 出来る限りの小さな声でシノンとキリトと合流する。シノンとキリトは背後から突如現れた僕に驚いているが、それどころではない。

 

「シノン、あのぼろマントを撃て。早く!」

「え? ソル?」

「僕のじゃ間に合わない、お願いだ」

 

 真剣な眼差しで見つめる。シノンは流されるままへカートのトリガーにかける。

 

──Boom!!!

 

 轟音に刹那のマズルフラッシュ。

 奴までは目測で約三百メートル。シノンの狙撃の腕なら外すことは無い距離だ。

 

「な…………」

 

 しかし、奴は避けた。上体を大きく後ろに傾け、背中から胸部まで大穴を空けるはずの弾丸は奴の胸を掠める程度しかできなかった。

 奴の視線が僕らに向けられる、のを感じた。その眼には嘲笑と怨念が居座っていた。

 

「あ……あいつ、最初から気付いていた……私たちが隠れてることに……」

「まさか……! 奴は一度もこっちを見なかったはずだ!」

 

 動揺が広がる二人、キリトの声に、シノンは首を振る。

 

「あの避け方は、弾道予測線が見えてなければ不可能。それはつまり、どこかの時点で私の姿を目視して、それがシステムに認識されたってこと……」

 

 言いながらも次弾を装填するシノン。狙撃体勢には入るものの、迷いが感じられる。

 

「落ち着け二人とも。僕が突撃する、支援を頼む」

「待てソル! お前でも危険だ!」

「待てるかキリト!」

 

 キリトの静止を聞かずブッシュから飛び出す。拳銃では比較的パワーのあるDesert Eagle .50 AEとS&W M500でも三百メートルでは威力減衰によって詰めきれない。ロングバレルに換装した愛銃たちでもだ。

 

 《赤目のザザ》は僕らの迷いを見透かしたかのように体を戻し。再度右手の自動拳銃を青白いプレイヤーに向けると、何の気負いもなくトリガーを引いた。

 

「チッ!」

 

 銃弾は外れることなく青白いプレイヤーの胸の中央に命中した。

 

――遅かった。

 

 何かしらの拘束を受けていたのか、青白いプレイヤーが跳ね、ショットガンをザザに突き付ける。

 この大会を見ている全ての人々は次の光景を想像しただろう。

 

 銃声は、響かなかった。

 

 まるで糸の切れた操り人形のように倒れる青白いプレイヤー。胸を掴んで苦しんだ後、不規則な光に包まれ突如消滅した。

 残光が【DISCONNECTION】の文字列を作り、夕日の中に溶け消えた。

 

「…………」

 

 事を済ましたザザは鉄橋の柱に姿を消す。

 

「逃げれると思うな?」

 

 牽制にDesert Eagle .50 AEで柱を撃つ。銃声で足音を紛らわせてスライディング、柱の後ろを見ると同時に二丁で斉射。

 

「……?」

 

 しかし、そこに奴の姿は無く、弾丸は虚空に突き進んだ。

 気配を探ると、射程圏外に一人見つけた。方角は北北西、進行方向は都市廃墟。柱周辺は瞬きもせず警戒していた、見逃したとは考えにくい。

 

「アイテムか……」

 

 内心焦りがあったとはいえ気付けなかったのは痛い。奴を野放しにすれば次の被害者が出る……

 

「シノン……!」

 

 彼女も奴の標的である可能性は高い。キリトと一緒に居るが、纏めて狙われるかもしれない。

 僕は急いで来た道を逆戻りした。

 

 

~~~~~~~~~~

シノンside

 

 ソルの背中を見送りながら、私はさっきの光景に理解が追いつかなかった。

 

「………………なに、今の」

 

 ぼろマントのプレイヤーが、ハンドガンで一回だけペイルライダーを撃った。その時点では、まだHPは残っていた。直後ペイルライダーの麻痺が解け、ショットガンで反撃しようとしたが、その寸前に運悪く回線トラブルが起き、ゲームから切断されてしまった。

 自分の眼で見たことを合理的に説明しようとすれば、そうなる。

 

 だが、ぼろマントのあの余裕はあの切断が起きることを事前に予期していたかのように感じられる。まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、かのような。

 

 有り得ない。ゲーム内から、他プレイヤーの接続経路に干渉できるはずがない。

 しかし、ぼろマントは、ペイルライダーが消えたことにまったく驚くふうもなく、拳銃を空中の一点をまっすぐ照準する。そこは、大会を中継しているバーチャル・カメラのレンズだ。つまりあのアクションは、無数の観客たちへのアピールなのだ。 ペイルライダーとの一戦は回線トラブルによる、いわば不戦勝。誇る勝ち方ではない。……やはり、あの消失こそが、ぼろマントにとっての勝利だというのか?

 

「あいつ……他のプレイヤーを、サーバーから落とせるの……?」

 

 掠れた声で呟く。それができるのなら、とんでもないチートだ。このゲームを根本から壊しかねない大問題だ。

 

「違う、奴はそんなこと出来ない」

 

 沈着な声が私の思考を沈める。顔を上げると、戻ってきたソル痛切に唇を噛んでいる。

 

「奴は殺したんだ。……現実であのプレイヤーをな」

「……なっ、何を……」

「奴が《死銃(デスガン)》、過去に囚われた哀れな殺人鬼だ」

 

 冷静に言葉を述べるソル。彼の言う死銃には聞き覚えがあった。

 

「……デス……ガン。それって、あの、変な噂の……? 街の酒場や広場で、確か、前の大会で優勝した《ゼクシード》と上位入賞の《薄塩たらこ》を撃って、撃たれた二人がそれっきりログインしてないっていう……」

「……その二人は、死体で発見されている」

「ソル……!」

 

 何で、彼はこんなに冷静なの? 彼の言う事が本当のことなら、今しがた一人の人間が殺されたってことになる。それをわかっていてなお、彼は何の揺らぎも見せない。

 

「いいんだキリト。もう彼女は巻き込まれてしまった。知る権利が有る」

「……お前がそう言うなら俺は何も言わないよ」

「すまんなキリト。どうやら僕は、僕のまま居られないのかもしれない」

 

 一瞬、ソルの瞳に殺意が映る。背筋が凍った。『殺す』、私の知るその言葉は街のチンピラなんかが脅しに使うものだと思っていた。私もよく使っていたが、このGGO内での話。だけど彼の()()は私の知らないものだった。

 

――”覚悟”……なの?

 

 ()()の殺し合いをする覚悟。私の求める()()と似ているけど違う、本当の強さ。それを彼は持っている。

 何があってそんなに()()なったのだろう。何が彼を……、ここまで追い詰めるのだろう。

 《死銃》のことよりも、ソルという人間が気になって仕方ない。興味とも共感とも似通ったものが胸の中を擽る。

 

「奴は都市廃墟に向かった。追うぞキリト」

「ああ」

 

 二人は私のことを居ないかのように話を進める。

 

「待って、もうすぐスキャンが行われる。それで確認してから行ってもよくない?」

「ついて来るのか?」

「もちろん。私は認めたくない。PKじゃなく、本当の人殺しをするVRMMOプレイヤーがいるなんて」

「…………君はこれ以上関わるな」

 

 ソルが一段低い声で言う。彼の虚無の視線に後退りしたのに気付いて、一歩、彼に踏み込んだ。

 

「なんで? 私じゃ実力不足とでも言うわけ?」

「…………」

「何も言わないなら勝手について行くから」

 

 黙りこくってるソルの胸倉を掴む。それでも彼は顔色を少しも変えやしない。

 

「……昔、奴はあるVRMMOで多くの人を殺した。本当に死ぬと解ってて殺していたんだ。奴は君の思う()()の人じゃない。無論、僕もだ……」

 

 淡々と、生気すら感じられずに言うソル。

 三年前――西暦2022年に発生した《あの事件》。当時VRMMOに何の興味もなかった私ですら、毎日長時間の報道のせいで詳しい知識がある。囚われた一万人のうち、帰還できたのが約六千人。実に四千人もの命が失われた事件。

 ソルはあの世界からの《生還者》だというのは間違いようがない。ソルと肩を並べるキリトもそうなのだろう。ならば《死銃》も然り。

 思考は混乱する。でも、彼の瞳の奥に見える優しさが私を正気のままに居させてくれる。

 

「……正直、そんな話すぐには信じられない。……でも、嘘や作り話だとは思わない」

「……大会が終わるまで、何処か安全な場所に隠れてくれ。後で必ず迎えに行く」

「冗談じゃない! そんな《立てこもリッチー》みたいな真似するくらいならここで自害するわ!」

 

 ソルは微笑む。まるで予想通りだと、期待通りだと安心するかのように。

 

「じゃあ、僕から離れないでくれ。別に後ろから撃ってくれても構わない。その後はキリトに任せるから」

「ソル! 危険だ!」

「キリトも諦めろ、彼女は()()。大丈夫だ」

 

 ソルの何気ない一言に、私の胸が跳ね飛んだ。新川君や所属してるスコードロンの人達にも同じような言葉をかけられたことはある。そうやって褒められるのは嬉しい。でも、彼らが褒めるのはシノン()であって詩乃()じゃない。

 けれどソルの一言は違う。芯のある声は本質を突き通していて、シノン(詩乃)に対する何の着飾りの無い言葉だった。それがどうしても嬉しくて、私のこれまでが認められた気がして、彼の横顔に見惚れてしまう。

 

「どうだソル?」

「……映らない、スキャンは使えないな。何かしらのアイテムを使用している。気を付けろ」

 

 キリトとソルが《サテライト・スキャン》を確認する。確かに、あいつはどこからともなく現れた。そんなアイテムの存在聞いたことないけど、川を泳いでる時はスキャンされないのを知らなかった身からしたら他に未知の物があってもおかしくないと納得させる。

 

「僕が先行する。キリトは殿を頼む」

「わかった」

 

 ソルが走り出そうとして、私に向き直る。

 

「ほら、行くよ。シノン」

 

 差し出された手を取って、立ち上がる。立つのを見守ったソルは何も言わずに走り出してしまった。

 

「ねぇキリト」

「? なんだ?」

「彼は……何者なの?」

「…………俺の、親友だ。いつまでもな……」

「そう……」

 

 キリトはソルのことを深く知っているのだろう。それが何だか、とても羨ましく思えた。



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《強さ》

ども、素人投稿者です。


長くなっちゃいそうだったから無理やり分けたんですけど違和感どうやろ?
早くアリシゼーションまで行きたいもんです。


ではどうぞ


 

 

 

 

 僕を先頭にシノン、キリトの順で縦列になって走る。西側に気配が一つ居るが、まだ気付かれていない様子。

 

「ねえ、どうやって《死銃》を見つけるの? あいつが使ってるのは《サイレント・アサシン》、大型のライフルでサプレッサーで音も無く狙撃してくる」

「僕かキリトが囮になる。僕が見つけれたらそれでいいけど、距離が詰められなかったら一発撃たせて特定する」

 

 銃を構える音が聞こえた。気付かれる前に横切りたかったが、流石に三人で行動すると見つかってしまうか。

 

「キリト」

「ああ」

「え?」

 

 僕だけなら避ければいいが後ろにシノンが居る。僕が避けた弾が彼女に当たったら目も当てられない。

 キリトも気付いていたようで、光剣の青紫色エネルギーブレードを展開している。

 僕も左手にDesert Eagle .50 AE、右手にアイトールを構える。

 

 百メートルほど離れた岩陰から何本もの赤いライン――弾道予測線がシノンに殺到する。

 全自動(フルオート)で襲いかかる弾丸群。

 

「ハァッ!」

 

 最前線で弾丸を斬るキリト。そう、()()()()()()()()。高速で迫る小さい弾丸の中心を捉えて光剣を振るう。正に神業の部類だ。出鱈目な奴だとは思っていたが、ここまでのは想定していなかった。

 

「滅茶苦茶な野郎め」

 

 かといって、キリトが全ての弾丸を捌ける訳では無い。間に合わない弾は僕がDesert Eagle .50 AEで撃って、取り逃した弾はアイトールで弾く。撃ち出された弾丸は回転しているからナイフで斬るなんて考えない。弾くので精一杯だ。

 

「うっそぉ!」

「シノン、ラストショットは頼む」

「……了解」

 

 呆けて口を開いているシノンに声かけると、ハッとして伏射姿勢になる。

 

「前だけ見てろ」

「了解」

 

 キリトの真後ろにピタリとくっ付いて、Desert Eagle .50 AEをリロードする。

 

 

~~~~~~~~~~

シノンside

 

 奇襲の弾丸の嵐を全て弾き返した光景に棒立ちになってしまっていた。キリトの光剣が残像を光芒させて、その後ろからキリトに当たらないようデザートイーグルを撃ちつつナイフで実弾を捌くソル。それは私の知るGGOの戦闘では無かった。幻想の世界で行われるような剣撃、相手の弾丸から飛び散る火花、何の合図も無しにソルが後ろから撃つ弾はキリトを避けるように相手の弾丸を押し返し、キリトが逃した弾を驚きもせず弾くソル。

 襲撃者の銃がフルオートだった時点で確信していたが、スコープの向こうに見えたのは《死銃》のギリーマントではなかった。前回、前々回の大会にも出場していた《夏侯惇》というアサルトライフル使いだ。かなりの古強者だが、今はその剛毅なアバターの顎をがくんと落としている。

 

「うっそぉ!」

「シノン、ラストショットは頼む」

 

 夏侯惇が岩陰に引っ込む。ソルが顔だけ振り返って短く私を呼んだ。

 

「……了解」

 

 とんでもない奴らとは思っていたけど、こんなめちゃくちゃな奴らだったなんて。

 そんなことを思いつつ、愛銃のウッドストックに頬を付ける。

 

「前だけ見てろ」

「了解」

 

 リロードを終えた夏侯惇が二度目の乱射の弾幕を放つが、二人は顔色一つ変えずに捌く。キリトの神業、幅わずか三センチの刀身で、音速を遥かに超えて襲い来る銃弾の雨を防ぐのはいかに《弾道予測線》があるといっても至難の業だ。ソルの神業は、そんなキリトの動作を阻害せずに時には前で、後ろで銃弾を防いでいる。自分本位で動くキリトの弾斬りに合わせて舞うようにステップを踏む姿はキリトの影のようで、ダンスパートナーのようだった。キリトも凄いが、ソルの動きはもう人間のそれには思えない。

 

「シノン」

 

 一心同体の連携で全弾叩き落としたソルの叫び声が私の妄夢を散らした。

 自動的に右手人差し指が動き、へカートのトリガーを絞る。放たれた弾丸は夏侯惇の武者風ボディアーマーをど真ん中から貫いた。

 BoB本大会では特例ルールで死体が残る。赤い【Dead】タグが回転するのを確認して、息をつきながら立ち上がる。

 

「急ごう、今ので他のプレイヤーも集まってくる」

「ああ」

 

 何も無かったかのように銃とナイフを納めるソルの横顔は、紅い夕陽を受けて神秘めいていた。赤茶のポニーテールは夕陽と溶け込んで、風にたなびいてる。長い睫毛に切れ長の目は憂いを感じて、見ているだけで溜息が出そうになる。

 

「シノン?」

「……あ、大丈夫」

 

 心配そうに私を覗くソルに気付き、へカートの二脚をしまう。

 

「行くよ」

「ええ」

 

 頼もしい背中を追いかけて走り出す。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 あのプレイヤーの他に接敵することも無く、それほどの時間をかけずに都市廃墟に侵入した。

 コンクリートと鉄で構成された都市廃墟は視界の隅々に砂が被り、ビルらしき建物も罅が入っていたり欠けていたりする。マップ中央の入り組んだ地形なのもあり、周囲に多数のプレイヤーがいる。

 

「九時のスキャンまであと三分だけど、確認する?」

「……出来れば奴より先に相手の位置を特定したいけど、時間が無い。スキャンが終わった後、二手に別れて奴を探そう」

「どう別れる?」

 

 シノンの《サテライト・スキャン》を使うのは結果を期待出来ない為、キリトとシノン、僕の二手に別れる方がいいと提案する。

 

「僕は二人より敏捷性が高い。それにここはプレイヤーの数が多い、今でも誰かが襲われているかもしれない。それを発見次第妨害の後、始末する。他のプレイヤーと接敵したら不意打ちに気を付けながら倒してしまおう」

「……そう」

 

 何処か不満気な顔をするシノン。心当たりは全く無いので首を傾げる。

 

「どうしたのシノン?」

「何でもないわ」

 

 やるせない雰囲気で答えるシノン。

 

「キリトもシノンを頼む」

「おう、任せとけ」

 

 端末を取り出す。九時になるのと同時に光点が出現する。二人に構わずに都市部の点を全てタップする。

 

「やっぱり映らない。いや、映って無いのが奴か?」

 

 居るのを()()()数と光点の数が合わない。それが奴であると仮定し、走り出す。

 

「僕は違和感のある処に突っ込む。もし出てきたら即刻攻撃してくれ」

「あ、ソル!」

 

 キリトの声に応える間もなく駆け出す。

 

 

~~~~~~~~~~

キリトside

 

「ソルっていつもあんな感じなの?」

「まぁ、大体は……」

 

 少し呆れた様子で腕を組むシノン。確かにソルはいつも先走りたがりだ。しかも理由の殆どが俺の為だったりして、嬉しい反面心配にもなる。でも、ソルは大丈夫、SAOから一緒に居る俺が彼の強さを一番理解している。あのヒースクリフを倒した男だ、《笑う棺桶》ごときに遅れをとるわけが無い。

 

「大丈夫だよ。あいつはシノンを傷付けたくないだけだ」

「…………そう」

 

 そっぽを向いたシノンの頬が少し赤いのを見て、俺は察した。VRMMO内でも学校でもあいつは裏でモテまくってる。それでも彼女が出来ないのは高すぎる人気のせいだってアスナが言っていたし、彼女が欲しいと呟くソルに向けられる女子の視線は正直怖い。シノンは見た感じ、自覚は無さそうと言った所だ。

 

(あいつも隅に置けないな)

 

 親友の恋道を内心で応援しながら、俺もソルに言われたことを実行する。

 

「恐らくあいつが向かった先に《死銃》が居る。シノンは通りのビルから狙撃体勢に入ってくれ」

「…………わかった」

 

 SAOで一時期俺はソルに頼りきりだった。でも、今は違う。隣で一緒に戦える。背中を安心して預けられる。それがとても嬉しい。

 

「独りにはさせない。お前は常にお前だ、俺がお前を変えさせない」

 

 ソルの行った方向へ走る。

 

 この時の俺は共に戦うことに高揚し、判断力が鈍っていた。少し考えれば《死銃》の狙っていることに気付けたかもしれない。何故ソルが三手では無くシノンに俺を付けたのか考えれば、あんなことにはならなかったのかもしれない。これは俺の責任だ。

 

 

~~~~~~~~~~

シノンside

 

 一人でビルを登る。頭の中はソルの事で一杯だった。

 

「何が僕から離れないで、よ。キリトもキリトで結局一人で行っちゃったじゃない」

 

 胸の奥の奇妙な感覚に自覚する。緊張でも不安でもない……これは、心細さ?

 

「……何で?」

 

 私は、BoBで優勝してこの世界で最強のプレイヤーになるという目標を達成するために行動していた。していたはずだったが、今は合理性からとはかけ離れた行動をしている。

 一時の流れに身を任せ、他人と組んで一緒に行動して、いざ一人に戻ったら寂しくなる。こんなの全然()()ない。

 

 モヤモヤと考え事をしながらもビル壁面の崩壊部をくぐる寸前、背筋に強烈な寒気を感じ、振り向こうとし、それすらもできずに路面に倒れる。

 

(何……どうして……!?)

 

 何が起きたのか、すぐには解らなかった。

 視界の左で何かが光って……反射的に左手を上げたら腕の外側に激しい衝撃があった。撃たれたと思って咄嗟に目の前のビルに飛び込みかけたのに、なぜか脚が動かなくて、そのまま路面に棒倒しになってしまった。

 そこまで認識し、起き上がろうとするが体が言うことを聞かない。眼だけはどうにか動かせる。左腕を見ると、デザートカラーのジャケットの袖を銀色の針のような物体が貫いていた。直径五ミリ、長さ五十ミリ程度。発生するスパークが全身に流れてくる。

 

――電磁スタン弾。

 

 ペイルライダーを麻痺させた特殊弾とまったく同じものだ。大口径ライフルのみが使用可能、その上発射音が聞こえなかった。減音器付きの大型ライフル、そんなもの装備している者はそうそういない。

 

 誰が、そんな問いはすぐに分かった。二十メートル離れた空間に光の粒が流れ、世界を切り裂いたかのように何者かが突如出現した。

 

――メタマテリアル光歪曲迷彩!!

 

 装甲表面で光そのものを滑らせ、自身を不可視化するという謂わば究極の迷彩能力だ。でも、あれは一部の超高レベルネームドMob(ボスモンスター)だけが持つ技だったはず。

 

 ばさり、ダークグレーの布地が風に翻る。ぼろぼろの長いマント、光歪曲迷彩を解いた襲撃者の姿を、呆然と見つめた。

 

――《死銃》。

 

 ペイルライダーを消し、《ゼクシード》と《薄塩たらこ》をも殺したかもしれない、VRMMOの暗殺者。

 

…………ソル。

 

 彼は何処かに行ってしまっている。どこかで入れ違いになったのだろうか。頭の中で叫んでも、彼には届かない。

 

「……ソル。お前が、本物か、偽物か、コレではっきりする」

 

 《サテライト・スキャン》で一方的に位置を割られていた。だから彼の追跡を躱しつつここまで来れたのだろう。

 切れ切れの声は無機質で、抑揚がほとんどないのに、内側に燃えるような執念を感じられる。

 

「あの、何処までも無慈悲な姿、憶えているぞ。この女の……、誰かの命の危機、喪失で、人殺しに狂えば、お前は本物だ。さあ……、PoHの言っていた、()()を、見せてみろ」

 

 言葉の意味を、理解できなかった。

 

――命の危機、喪失? つまり、殺す? 私を?

 

 怒りの炎が弾ける。光迷彩なんてものに頼っているような奴が、私を殺すなんてほざくなんて。

 

 電磁スタン弾が命中したのが命中してるのが左腕だからか、右手は頑張れば動かせる。じりじりと動き始める右手の指先に、MP7が触れる。

 十字を切り終わった死銃が右手を内側に差し込み、引き戻す。死銃は確か、撃つ前に一度ハンマーをコッキングするはず、その隙に撃つ──だが……

 

 死銃がマントから引き抜いた右手に握られたのは黒い自動拳銃。その形状には見覚えがあった。全身が凍り付く。

 銃の左側面、円の中に、星。黒星(ヘイシン)。五四式。――()()()

 

 

 なん…………で。なんで、いま、ここに、あの銃が。右手からSMGが滑り落ちる。その音すら、私には聞こえはしなかった。私を深い幻覚が襲う。あの男、五年前、北の街の小さな郵便局に拳銃――五四式を持って押し入り、私の母さんを撃とうとしたあの男。私が殺した――あの男の(まなこ)

 

――いた。ここにいたんだ。この世界に潜み、隠れて、私に復讐する時を待っていたんだ。

 

 心臓の音がやけに大きく聞こえる。あの指が数ミリ動けば、ハンマーが撃針を叩き、三〇口径フルメタル・ジャケットが発射される。それは仮想のダメージを刻むのでは無い。本物の、(詩乃)の心臓を撃ち抜いて、殺す。あの時、私がそうしたように。

 これは運命だ。逃れることはできない。たとえGGOをプレイしていなくても、私はどこかでもう一度この男に追いつかれていただろう。無駄だった。何もかも。過去を打ち切ろうと足掻いてきたことに意味なんてなかった。

 

 そんな諦念。でも、諦めたくない。こんなところで終わりにしたくない。だって、ようやく解りそうだったんだ。《強さ》の意味、《強さ》のその先。戦うことの意味。彼の傍で、彼を見て、いつか、いつかきっと……。

 

──Boom!

 

 轟く銃声が、思考を断ち切った。瞼を閉じ、意識が消える瞬間を待つ。

 

 

 

 しかし、私を貫く弾丸は一向に来ない。目を瞠る、ぼろマントの右肩に、オレンジ色のダメージエフェクトが瞬いてる。誰かが《死銃》を撃ったのだ。

 二度目の銃声、続く弾丸は胸上部を貫いた。死銃は黒星(ヘイシン)をホルスターに戻し、肩からL115を降ろすと、素早くマガジンを交換。恐らく、電磁スタン弾を必殺の338ラプアにチェンジしたのだ。無駄のない動きで長大なライフルを構え、スコープを覗くと、躊躇いなく撃つ。

 キンっ、甲高い金属音と同時に、背後から私と死銃の間に灰色の缶のような物――グレネードが投げ込まれる。死銃はさっとビル内に引っ込む。炸裂した金属缶は、私の予想に反して、大威力のプラズマグレネードではなく、ノーマルな火薬やナパームでもなく――無害な煙だけを吐き出すスモークグレネードだった。

 

「…………!」

 

 逃げるチャンスだと思い、体を動かそうとするが、まだスタン効果が消えない。それ以前に、立つための闘志が根こそぎ奪われてしまっている。

 煙の中でただ倒れている時、誰かに抱え上げられる。直後、とてつもない加速に体が潰れそうになる。耳元で空気が唸る。スモークを切り抜け、回復した視界に広がったのは赤だった。

 漆器のように麗しい髪、吸い込まれそうな暗褐色の瞳、儚げな玉肌。

 

「……ソル」

 

 声が漏れた。美しいと息を呑む美貌に、真剣……いや、必死な表情が浮かんでいる。

 ソルの後ろには、私のへカートを肩にかけたキリトも居る。

 

(……もう、いいよ。置いていって)

 

 そう思うも言葉にできない。全身、いや意識までも完全に痺れてしまっている。

 



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《共に》

ども、素人投稿者です。

やっとって感じですかね。


ではどうぞ


 

 

 

 キリトが突然光剣を展開させたかと思うと、火花が散る。後方から放たれた大口径弾が迫っていた。煙越しにしては狙いが正確すぎる。つまり、死銃が追ってきているのだ。

 奴の能力構成(ビルド)はわからないが、人ひとりを抱えて振り切れるとは思えない。直に追いつかれる。

 

(最悪だ。本当に……無力さに吐き気がする)

 

 僕が感知したザザの位置に向かいながら、奴は一度混戦地帯に入った。その中で縦横無尽の立ち回りをされたせいで特定を妨げられ、戦闘していた五人のプレイヤーを倒した時にはシノンが狙われていた。

 何故か合流したキリトに説明を求め、責めることはできずにスモークグレネードを投下することだけ命じた。シノンは未だ撃たれていないが、撃たれていてもおかしくなかった。これで彼女も標的の一人だと確定してしまった。血の巡らない身体だが、血の気が引いていくのが解った。

 

 

 北のメインストリートに出る。半壊したネオンサインを見つけ、足を速める。【Rent—a–Buggy&Horse】、三輪バギーと金属ロボの馬が置かれている。迷っている暇は無い、まだ動きそうなバギーに駆け込む。

 

「キリトは?」

「俺も」

 

 SAOでもそうだったが、馬の操作技術は他のスキル習得なんかの比にならない。無事だったバギーは二台だけ、馬は数台残っているが全部潰してる時間は無い。

 

 シノンをリアステップに乗せ、エンジンを掛ける。後輪を鳴き回しながら左手でS&W M500を連射。射程ギリギリまで馬を壊すが、一台残ってしまう。

 

「シノン、あの馬を破壊できる?」

「え……」

 

 キリトが持っていたスナイパーライフルはシノンに返されており、現在あの馬を攻撃できるのはシノンのライフルだけだった。

 

「わ……解った、やってみる……」

 

 震える両手でへカートを抱えるシノン。

 

「え……なんで……」

 

 呟くシノン。銃声はいつまでも鳴り響かない。

 

「……引けない……なんでよ……トリガーが引けない……!」

「……飛ばすよ、しっかり掴まってて」

 

 恐怖の叫びだった。僕は彼女の過去は知らない、それは安易に触れてはいけないものだ。彼女の様子を見れば解る。

 彼女の腕を掴んで自身の腹に回してからシフトペダルを踏み、ギアを上げる。二台のバギーはトップギアに入る。

 

「チッ」

 

 つい舌打ちをしてしまう。馬に跨るザザがモータープールから飛び出してきた。見た所乗り慣れている、相手のミスは期待出来ない。

 

「なん……で……」

 

 シノンの震えた声が耳に入る。今のバギーは最高速度だ、しかし奴の馬はバギーと同速かそれ以上の速度で迫ってくる。馬が車より速いなんて、と思ったが機械馬だからこその性能だと呑み込む。

 

「追いつかれる……! もっと速く……逃げて……逃げて……!」

「…………」

 

 これ以上は加速できない。シノンの悲鳴に応えることができない。

 

「キリト! いけるか?」

「……任せろ!」

 

 後ろを走るキリトに頼む。キリトは速度を少し落とし、相対速度で奴に接近する。

 でも、後ろをとられたこの戦況、キリトが圧倒的に不利だ。

 

(!!!!!!!)

 

 咄嗟に左手でシノンを庇う。次の瞬間、鈍い感覚と衝撃が僕を襲った。

 

「ソルっ!」

「集中しろキリト!! ギリギリだ、ギリギリまで待て!」

 

「嫌ああぁっ!!」

 

 弾丸はシノンに届かなかったが、恐怖は彼女に届いてしまった。悲鳴を上げ、僕の背中に顔を押し付ける。

 二発目が来る、後ろ向きで運転していた僕は目視で掴み取るが、衝撃で運転が疎かになってしまう。車体が左右にブレる。

 

「やだよ……助けて……助けてよ……」

「大丈夫、大丈夫だから」

 

 ザザは距離を詰めて確実に撃ち込む作戦なのか、銃をしまって乗馬に集中した。距離がじりじりと縮まる。キリトをぶつけても止まるとは考えにくい。

 

「シノン……、シノン、…………シノン!!!」

 

 声を鋭くして悲鳴を止める。彼女には苦しいことだが、実行できるのは彼女しかいない。

 

「シノン、このままだと追いつかれる。──奴を狙撃してくれないか?」

「む……無理だよ……」

 

 胸がキュゥと苦しくなる。

 

「当てなくていい。牽制として一発撃てばいい」

「……無理……あいつ……あいつは……」

 

 息が詰まるが、言葉は止めてはいけない。

 

「じゃあ運転を一時頼む、へカートを貸してくれ」

 

 こんなことは言いたくない。彼女がライフルを相棒のように大切にしているのは解っている。

 プライドが刺激されたのか、のろのろとだが構えるシノン。

 

「……撃てない。撃てないの。指が動かない。私……もう、戦えない」

「……撃てるよ」

 

 目の前に突っ伏したスポーツカーを見据え、後ろ向きでの運転に切り替える。

 

「君は撃てる。戦える。一人で撃てないなら、僕も一緒に撃つ、一緒に戦う」

 

 右手を伸ばしてギリギリライフルのトリガーにシノンの手の上から指をかける。

 震えていた指が収まるのを感じて、視界の着弾予測円に集中する。

 

「だ、だめ……こんなに揺れてたら、照準が……」

「揺れは止まる。五……四……三……二……一、今!」

 

 バギーがスポーツカーをジャンプ台にして飛び上がる。予測円は拡縮を止めているが、右往左往と動いている。

 引き金を引いた。マズルフラッシュと轟音が放たれる。弾丸は路上に横転する大型トラックのガソリンタンクの位置を貫く。

 

 弾かれるシノンをしっかりと抱き締め、着地に備える。着地の瞬間、後方に爆発が起きる。燃え盛る炎は死銃を包み込んだ。

 

「キリト!」

「おう!」

 

 ここはキリトに任せ、バギーを加速させて避難を急ぐ。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「…………」

「…………」

 

 砂漠の洞窟に避難した僕らの空気はどんよりしたものだった。この洞窟はスキャンをやり過ごせるが、スキャン結果を受信することができないので、キリトの位置は分からないままだ。

 

「勘頼りにグレネードを投げ込まれないのを祈っておくか」

「……そうね」

 

 僕まで暗くなってしまえば地獄だ。何とか話題を捻り出す。

 

「奴の消える能力、心当たりはある?」

「……たぶん、《メタマテリアル光歪曲迷彩》っていう|能力。ボス専用って言われてたけど……その効果の装備が存在しても、不思議じゃないわ」

「なるほど、この洞窟は閉鎖空間としてスキャン範囲から除外されてるけど、その能力で隠れててもスキャン結果を確認できたりすると思う?」

「……わかんないわよ」

「そ、そうか」

 

 絶望的状況は変わらない。

 

「……ここなら大丈夫、だと思う。下が荒い砂だから。透明になっても足音は消せないし、足跡も見える、さっきみたいに、いきなり近くに現れるのは無理」

「任せてくれ、感知には自信がある」

 

 少しでも安心させる為にシノンの横に少し距離をとって座る。配布された治療キットを打ち込む。

 

「…………ねぇ。あいつ……《死銃》は、もう死んだかな?」

「……わからない。正直、奴はパラメータで言えば僕やキリトより強い。キリトとの相性も考えると、難しいかもしれない」

「そう」

 

 もうキリトに全て任せしまおう、と考えてしまうが、心配の方が勝ってしまった。シノンを落ち着かせて、加勢に行くべきだ。

 

「……ごめん」

「……なにが?」

「僕の軽率な行動で君を危険に晒してしまった。もっと慎重に行動すべきだった。君を置き去りにして、あの銃口が君を狙い澄ました時、此処に無いはずの心臓が跳ねたんだ」

 

 自身の胸倉を強く掴む。もう思い出したくない、だけど実感しなくてはいけない。また()を重ねてしまった。

 

「……行ってくる」

「……え?」

「さっき逃げれたのは奇跡に近い。追われる前に仕留めきる。そうしたら、本当に安全だ」

「……なんで?」

「え?」

 

 立ち上がろうとて服を引かれ、尻をまた下ろした。

 

「なんで……、戦うの? 怖く……ないの?」

「怖いよ」

 

 少しだけ、彼女の中が見えた気がした。

 

「怖くても、戦うの?」

「ああ、戦い(これ)は償いじゃあない。()()()()()()()()()()を護る為の行動だよ」

「死にたくない理由?」

 

 ……本当、彼女には全て話してしまう。

 

「キリトが僕の生命線だ。彼が居なかったら僕は既に死んでたよ」

「……死ぬ?」

「自殺さ。どんな方法か、きっと誰にも迷惑をかけないよう念入りに準備して死んでいたよ」

「…………何が、あなたをそんなに死に追いやるの?」

「僕は、小さい頃から感受性が他の人と違ってたんだ。家族が皆死んだ時、僕のそれは壊れた。誰かの殺意、悪意を受け取る度に、自分が自分じゃなくなっていくんだ。気付けば包丁を首に当ててて、よく止められたっけ」

「だったら尚更、戦場(こんな場所)に来たら駄目なんじゃない?」

「さっきも言ったけど、彼を護る為だよ。本当の、最期の最期に止めてくれた、僕の()()だからね」

 

 軽く笑う。僕はこの話を誰かに、彼女に聞いて欲しかったのかもしれない。言葉はとめどなく連なる。

 

「だから、これが()()。この一戦で全てを終わらせる」

「どういうこと?」

「この遺恨を消して、僕も消える」

 

 彼女に言うべきでは無いことも口から止まらない。

 

「じゃ、そろそろ行くよ」

 

 立ち上がり、歩き出す。洞窟を出る直前、腕を掴まれた。

 

「正直、あなたの言ってることはよくわからない。でも、逃げていないことはわかる。私も……逃げない」

「……」

「ここに隠れない。私も、あの男と戦う」

 

 眉を寄せ、シノンに向き直って肩を掴む。

 

「死ぬんだぞ? 考え直せ」

「死んでも構わない」

「…………は?」

 

 意味が解らない。先程の彼女とは何か違う。

 

「…………私、さっき、すごく怖かった。死ぬのが恐ろしかった。五年前の私よりも弱くなって……情けなく、悲鳴上げて……。そんなんじゃ、だめなの。そんな私のまま生き続けるくらいなら、死んだほうがいい」

「それが普通だ。怖くていい、恐ろしくていい。僕は奴に殺されることは無いけど君は違う。君の現実の肉体が殺されるんだ」

「嫌なの、怖いのは。もう怯えて生きるのは……疲れた。──別に、あなたに付き合ってくれなんて言わない。一人でも戦えるから」

 

 僕を横切ろうとしたシノンを止める。彼女の目を見れば、自暴自棄になっているのが解る。

 

「独りで死ぬ気か?」

「……そう。たぶん、それが私の運命だったんだ……。……離して。私……行かないと」

 

 彼女を見ていると、過去の自分を見ているようで、行かせてしまった末路が容易に想像できてしまう。

 

「……それで行くのは止めろ。独りで死ぬっていうのは、君の思うものより何倍も……苦しいし、悲しい」

「わかったように言わないで! 一人で死ぬなんて言うあなたが、私に止めろって言うの?」

「それでもだ……」

「なら…………」

 

 

「──なら、あなたが私を一生守ってよ!! あなたも生きて、私を一生、死ぬまで守ってみせてよ!!」

 

 頭をガンと打ち付けられた衝撃だった。胸の底で、僕の生存本能が顔を覗いてくる。

 

「何も知らないくせに……何もできないくせに、勝手なこと言わないで! こ……これは、私の、私だけの戦いなのよ! たとえ負けて、死んでも、誰にも私を責める権利なんかない!! それとも、あなたが一緒に背負ってくれるの!? この……」

 

 握り締めた右手を目の前に突き出す。

 

「この、ひ……人殺しの手を、あなたが握ってくれるの!?」

 

 ……やっぱりそうだった。彼女は僕と似たものを背負っていた。なら…………

 

「う……うっ…………」

 

 胸に額をぶつけられ、泣き出した。

 僕は彼女の右手を――――握る。

 

「…………え?」

「例え、他の誰も彼もがこの手を突き放そうと、僕は、僕だけでも、この手を握る。握り続けるよ」

 

 ()()()()。彼女の為に、()()()()()()()思えた。彼女が、僕の()()()()()()になるのかもしれない。

 僕の中の死誘感は、うねりを潜めた。もう、死にたいとも、生きたくないとも思えなかった。僕にはこんなにも、素敵な理由に出会えたのだから。

 

 

~~~~~

 

 

 どれくらいそのままでいたのだろう。

 涙も枯れたのか、シノンが体を委ねてきた。

 

「少し……寄りかからせて」

「うん」

 

 僕の脚の上に頭を乗せ、横たえる。

 

「私ね……、人を、殺したの」

 

 彼女の語りを止めようとは思わない。彼女もまた、誰かに聞いて欲しいと思ったから。

 

「ゲームの中じゃないよ。……現実世界で、ほんとうに、人を殺したんだ。五年前、東北の小さな街で起きた郵便局の強盗事件で……。報道では、犯人は局員をひとり拳銃で撃って、自分は銃の爆発で死んだ、ってことになってたんだけど、実際はそうじゃないの。その場にいた私が、強盗の拳銃を奪って、撃ち殺した」

「五年前……」

「うん。私は十一歳だった。……もしかしたら、子供だからそんなことが出来たのかもね。歯を二本折って、両手首を捻挫して、あと背中の打撲と右肩を脱臼したけど、それ以外に怪我は無かった。体の傷はすぐ治ったけど……治らないものもあった」

 

 強烈な外傷体験。彼女は、五年もそれと戦い続けていた。

 

「私、それからずっと、銃を見ると吐いたり倒れたりしちゃうんだ。テレビや、漫画とかでも……手で、ピストルの真似をされるだけでも駄目。銃を見ると……目の前に、殺したときのあの男の顔が浮かんできて……怖いの。すごく、怖い」

「……」

「でも、この世界でなら大丈夫だった。発作が起きないだけじゃなく……いくつかの銃は……」

 

 シノンはライフルをなぞる。

 

「……好きにすらなれた。だから、思ったんだ。この世界でいちばん強くなれたら、きっと現実の私も強くなれる。あの記憶を、忘れることができる……って。なのに……さっき、死銃に襲われたとき、発作が起きそうになって……すごく、怖くて……いつの間にか《シノン》じゃなくなって、現実の私に戻ってた……。だから、私、あいつと戦わないとだめなの。あいつと戦って、勝たないと……シノンがいなくなっちゃう」

 

 両手でぎゅっと縮こまる。

 

「死ぬのは、そりゃ怖いよ。でも……でもね、それと同じくらい、怯えたまま生きるのも、辛いんだ。死銃と……あの記憶と、戦わないで逃げちゃったら、私かっと前より弱くなっちゃう。もう、普通に暮らせなくなっちゃう。だから……だから」

 

 優しく、シノンの頭を撫でる。綺麗な水色の髪がサラサラと揺れる。

 

「……僕も、人を殺したんだよ」

「え……」

「少し話したけど……、《ソードアート・オンライン》。聞いたことくらいあるでしょ。その中で、僕は大勢の犯罪者プレイヤーを殺した。奴らと同じく、HPの全損が本当の死を与えることを解ってて剣を振り抜いた」

「やっぱり……あなたは……」

「俗に言う《SAO生還者》って奴だよ。あの《死銃》も同じ生還者だ。SAOのキャラネームは《赤目のザザ》、人殺しを楽しむイカれたギルド《笑う棺桶》のメンバー。奴とは何度も対峙した。奴だけじゃない、《レッド》と言われる人殺しプレイヤーの大半に僕は剣を向けた。全員の名前、姿、装備、全て覚えている。忘れようとも思えない。これは呪いだね」

「……ねえ、ソル」

 

 シノンは体を起こして、両肩を掴まれる。

 

「……私、あなたのやったことには、何も言えない。言う資格もない。こんなこと訊く権利もないけど……お願い、一つだけ教えて。あなたは、その記憶を……どうやって乗り越えたの? どうやって、過去を受け入れられたの? なんで今、そんなに強くいられるの?」

 

 口角が上がる。肩に添えられた手を取り、手の甲に触れる。

 

「……乗り越えてなんていない、受け入れきれてもいない、強くなんてない……よ」

「嘘、あなたは強い。私なんかより……ずっと、ずっと」

「臆病なだけだよ。それに、君は自分が思うより強いよ。過去に向き合い、更には乗り越えようと進み続けているんだから」

「で……でも、……どうすればいいの……。私……」

 

 右手で彼女の頬に触れる。顔を無理矢理上げ、目線を合わせる。

 

「僕らのしたことは、きっと消えない。忘れようとしたって、願ったって、消えはしないと思う。だから、僕は忘れないし、消さない。後悔が無いとは言わないさ。でも、僕は誰かを救えていた。それだけは、罪から生まれた僕の誇りで、忘れてはいけない事実なんだ。君も、きっと誰かを助けていた、誇っていい。その手に付いた血を消せとは言えない。でも、救えたことは誇ってもいいんじゃないかな」

 

 キリトに言われた言葉、今なら少し理解出来る気がする。()()()()()()()()、僕は彼女の背負ってしまったものを共に背負おうと思う。

 

「誇る……私には、そんなこと……」

「ゆっくりでいいさ。()()()、ゆっくり進めばいい。いつの日か、ほんの少しでも前を向けたなら、進んでいた証明になるから」

 

 シノンの手から力が抜け、滑り落ちるように再び僕の脚の上に横たわった。

 迷いが取れた顔を見て微笑み、優しく、髪を撫でた。




償い、誇る

罪を罰では赦されぬ。
命を死では救われぬ。
救命、星を目指し胸を張る。


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《エストック》

ども、素人投稿者です。

最近、早寝になりました。
まぁ、早く寝ても眠いのは眠いんですが。


ではどうぞ


 

 

 

 

 

 

 落ち着いたシノンを撫でていると、シノンがふと呟いた。

 

「……《死銃》……」

「?」

「じゃあ、あのぼろマントの中にいるのは、実在する、本物の人間なんだね」

「当たり前だよ」

「……そう……。じゃああいつは、SAO時代のことが忘れられなくて、またPKをしたくなっててGGOに来た……ってこと?」

「……そうだね。奴は、誰かを本当に殺すことに固執している。それからしか自分を見いだせないからだと思うけど」

「……でも、どうやってそんなことが……。アミュスフィアは、初代の……ナーヴギア、だっけ? あれとは違って、危険な電磁波は出せない設計なんでしょう?」

「もちろん、奴はこんな仮想世界から現実に干渉することなんて出来ない。…………奴はね」

「……どういうこと?」

 

 これを言えば、彼女が危険だ。いや、言わなくても危険なら言った方が……。自問自答を繰り返す。

 疑惑の目を向けてくるシノンを見て、僕も覚悟を決める。

 

「……落ち着いて聞いてくれ」

「え、ええ」

「《死銃》が拳銃を撃ったのを合図に、奴の仲間が現実の肉体を殺す。それが《死銃》のトリックだ」

「なっ! …………いや、無理よ。どうやって現実の家を……」

「奴の使う《メタマテリアル光歪曲迷彩》は街中では使用不可だと思う? しかも、BoBエントリー端末は個室じゃなくオープンスペースに設置されてある。推測としては不可能じゃない」

「……仮に、現実世界の住所が判ったとしても……忍び込むのに、鍵はどうするの? 家の人とかは……?」

「被害者の二人、《ゼクシード》と《薄塩たらこ》は一人暮らし、古いアパートだった。鍵は型落ちの電子錠。この二人が襲われたことから何かしら開ける手段を有してると思っていい。侵入さえすれば無意識の体を殺すだけ」

「でも、それだと犯人を特定するのは難しくないんじゃない?」

「外傷は無く、心不全で死んだことから毒だと思う。しかも、発見された時は腐敗が進んでいて解剖じゃ判らなかった。それに昨今のVRMMOプレイヤーが無飲食でそのまま心臓発作で亡くなる例が存在する。警察はその線で事件を監査してるから気付いてないんだろう」

「…………そんな……」

 

 シノンが僕のジャケットを摘まみ、頭を振る。

 

「……狂ってる」

「そう……狂ってる」

 

 静かに、震えを抑えきれずに彼女に問う。

 

「シノンは、一人暮らし?」

「う……うん」

「鍵やドアチェーンは?」

「いちおう、電波ロックじゃなくてシリンダー錠も掛けてあるけど……鍵そのものは、うちも初期型の電子錠……。チェーンは……」

 

 眉を寄せるシノン。固唾を呑む。

 

「……してない、かもしれない」

「そうか。…………落ち着いて聞いて」

 

 震える唇を噛み締め、言い切る。

 

「君は、奴に拳銃で撃たれた。命中はしなかったけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()可能性が高い」

 

 シノンを恐怖が染めるのを見て、いても立っても居られず抱き寄せる。

 

「嫌……いや……」

 

 強く、強く胸の中に抱き締める。

 

「いやよ……そんなの……」

 

 後悔なんてしている暇は無い。

 

「あ……ああ……」

「深呼吸して。ゆっくり。ゆっくり。危なくないよ。大丈夫、安心して」

「あ……あっ……」

「ゆっくり……吸って、吐いて」

 

 右手で背中をしっかり抱き、左手で髪を撫でる。

 

「僕が居る。ここに居る。だから大丈夫、君を殺そうとする奴らは何も出来ないし、何もさせない」

 

 呼吸が安定したのを確認して、声を掛ける。

 

「……落ち着いた?」

「もう少し……このままでいて」

 

 そう言われ、撫で続ける。

 

「……あなたの手、とても落ち着く。お母さんに似てる」

「そう、それは良かった」

 

 胸に頬を押し付けられる。

 

「どうすればいいのか、教えて」

 

 シノンの様子を見てもう大丈夫だと判断して、口を開く。

 

「死銃を倒す。そうすれば、君は命を狙われることは無い。僕がさっさと倒してくる。だから、ここで待っててくれ」

「本当に……大丈夫なの?」

「ああ、僕の現実の肉体は安全な場所にある。人の目もあるし、自宅でも無い。大丈夫だよ」

「でも……あのぼろマントはかなりの腕だわ。たった百メートルからの、へカートの狙撃を避けたの見たでしょう? 回避力だけでも、あなたと同等かもしれない」

「キリトが消耗させてるし、SAOでも何度も追い詰めた。確実に倒すよ」

 

 シノンが時計を見る。つられて見ると、午後九時四十分、この洞窟に隠れてから二十五分経っている。

 

「多分、私もこのままここに隠れてはいられない。そろそろ、私たちが砂漠の洞窟に隠れてることに他のプレイヤーも気付いてる。洞窟はそんなに数がないから、もういつグレネードで攻撃されてもおかしくない。むしろ、三十分近くも無事だったのはずいぶん運がいいわ」

「……そう。ッ!!」

 

 気配を感じて二丁を抜く。洞窟の入口に銃口を向けて徐々に近付く。

 

「ソル?」

 

 入口の外側、一人のプレイヤーがこちらの様子を伺っている。

 左手のS&W M500をアイトールに持ち替えて、一息に外に出て銃口を向ける。相手も手練だったようで、銃口を向けあって拮抗した。黒ずくめの装備に光剣と銃の二刀流。

 

「……キリトか」

「……ソルか」

 

 無事だったキリトとの再会。銃口を向け合った再会は感動的と言えるかは置いといて、今は無事だったことを喜ぼう。

 

「死銃は?」

「追い詰めはしたけど逃げられた、すまん」

「いや、情報が得られるからこっちとしては大分助かる。おつかれ」

 

 肩を乱雑に叩く。倒さなかったのはしょうがない。それにキリトの合流はとてつもない戦力上昇だ。

 

「それで、情報は?」

「やっぱりプレイヤースキルはかなりのものだった。ただ、立ち回り的に何かしらの隠し玉を持っているかもしれない」

「他のプレイヤーは?」

「残りは俺たちを入れて八人。……一人、死銃に撃たれた」

「……そうか」

 

 死銃の共犯者が一人とは限らない。残念だけど、僕にはこれ以上被害を抑えることしかできない。

 

「行くぞキリト、うかうかしてられない」

「待って!」

 

 シノンに呼び止められる。

 

「ここまで来たんだもの、最後まで、一緒に戦おう」

「……わかった。僕とキリトが外で次のスキャンを受ける。シノンはスキャン後、僕らが引き付ける内に狙撃ポイントへと移ってくれ」

「……気をつけてね」

 

 シノンに手を振りキリトと外に出ると、何か言いたげな顔でキリトが見てきた。

 

「いいのか?」

「何が?」

「死銃はシノンを撃とうとした。この意味が解らない訳じゃないだろ」

「彼女は立ち向かった。僕らは、護りきるだけだよ」

「……この事件について何処まで気付いた?」

「全部。犯人も解ってる」

「菊岡に言ったのか?」

「……なんで?」

 

 首を傾けると、キリトはやれやれと言って溜息をつく。

 

「はぁ、菊岡に言えば本名も住所も特定してもらえるだろ」

「は?」

 

 言われてみれば、彼は政府でも立場を持っていたことに今になって気付く。

 

「あー」

「後で言っとけよ。はぁ、俺も色々考えたけど、やっぱりソルの方が早くに気付いてたか。……死銃のSAOでの名前も知ってるのか?」

「《赤目のザザ》」

「あのザザか!?」

 

 《笑う棺桶》の幹部の一人だ。有名と言えば有名なのか。

 二人で砂漠のド真ん中で雑談する。傍から見れば舐め腐った行為だが、二人とも隙なんて晒してない。

 

 

~~~~~

 

 

 午後九時四十五分。本大会開始から七回目の《サテライト・スキャン》が行われる。キリトが夜空を見ている隣で端末を取り出し、起動させる。マップが表示され、光点が出現する。まだ光ってる点は五……いや、二人やられた。これで残ってるプレイヤーは僕入れて五人。表示されてるのは僕、キリト、闇風(ヤミカゼ)の三人だけだ。

 

「ソル」

「何?」

「お前はシノンの傍に居てくれ」

 

 いつになく真剣な表情のキリト。無意識に背筋を伸ばす。

 

「死銃は俺たちを無視してシノンを狙う可能性がある。お前はシノンに付きっきりで守ってくれ」

「……」

 

 後悔なのか、表情に影が見える。シノンが死銃に襲われたことで自責していると感じた。ここは甘える所だと思い、洞窟の方に向けて歩き始める。

 

「わかった。任せたぞ、親友」

「ッ! 任せろ親友」

 

 

~~~~~

 

 

 洞窟に戻ると、丁度シノンが移動しようと出てきた所だった。

 

「あれ? どうしたの?」

「僕はシノンの護衛になることになった。キリトを囮に発見次第狙撃するのは変わらない。大丈夫、キリトなら音のない狙撃を避けるくらい造作もない」

「そ……そう。状況はどう?」

「僕達以外は死銃と闇風だけ。闇風は此処から南西に六キロ。死銃も砂漠内に居るのは確定している」

 

 シノンは顎に手を当てて考え込む。GGOでは彼女の方が圧倒的に経験値が高い。作戦が有るなら従うし、懸念事項ならば対応してみせる。

 纏まったのか、顔を上げて決然と言う。

 

「闇風は、私が相手する」

 

 驚きで少し固まってしまう。浅く調べた限りだが、闇風は前大会の準優勝者。AGI一極ビルド、プレイヤースキルは日本一とも言われるGGO日本サーバー最強のトッププレイヤーだ。

 

「いや、シノンはキリトの援護をしてくれ。闇風がキリトの方に行ったら……まあ、ご愁傷様ってことで」

「えぇ……」

「嘘嘘、来たら僕が相手する。だからシノンは死銃に集中してくれ」

「はぁ、わかったわよ。しっかり護ってね。私の護衛さん」

「どんと来い」

 

 

~~~~~

 

 

 日は落ちて、空に星が散らばり始めている。シノンが狙撃位置に選んだのは潜伏していた洞窟の低い岩山の頂上だった。シノンはスコープを右眼で覗き、周囲を視認している。

 キリトは砂浜の天辺にひっそりと立つ。北側には燃料のきれたバギーを並べ、北側からの狙撃を困難にしている。

 

(……来たか)

 

 西から、闇風の接近を感知する。真っ直ぐ高速に移動する姿は暗さも相まって影のようだ。距離はあるが、ロングバレルにした我が愛銃たちの射程にはギリギリ入っている。岩山を降りて、少し前進する。二丁とも左右に構え、着弾予測円を縮め、息を吹き切り……

 

──Boom!!

 

 銃声、シノンの持つライフルのように轟音とまではいかないがかなりの爆発音を嘶き銃弾を放つ。闇風はキリトまで一キロ以内にまで接近しており、意識はもう目の前の黒い的に注がれていたのかもしれない。

 弾丸は両方とも左腕に命中、ただ威力減衰により仕留めきれていない。

 

 進路を変えて闇風がこっちに向かってくる。僕は岩山の上に戻り、シノンを背に構える。左右に揺さぶりを掛けながら接近する闇風の進路上に弾をばら撒く。

 視覚に頼れば避けられる。足の向き、体感の角度、慣性まで計算に入れて撃つ。初弾は脚を掠め、次弾は脇腹に入る。面白いように全弾吸い込まれ、五十メールまで接近された時には【Dead】タグが回転を始めた。反撃はされたが、アイトール一本で事足りた。

 

「ふぅ……」

「……化け物ね」

「失礼な。それほどでもないけど」

 

 軽い絡みをする暇は無かった。白い光がキリトを横切る。死銃の狙撃弾だ。キリトは回避し、光剣の刃を展開する。オレンジの発光がキリトの向かい先で光り、弾丸が飛来する。難なく光剣で斬るキリト、ストロライドの広い走行フォームで距離を詰める。もう予測線の見えるキリトに弾丸は無意味だ。

 シノンはスコープを弄って、狙撃体勢をとった。

 

 轟音とともに発射炎が二つ発生する。――二つ!?

 

 アイトールを抜きざまに左手でシノンの右肩を引き、右手で銃弾を弾く。軌道上はシノンに命中しなかったものの、体が反射で動いた。シノンにダメージは無かったがシノンのスコープは壊れてしまった。

 目を凝らすと、シノンの放った弾丸は死銃のライフルに命中し、バラバラと部品が砂の上に落ちていた。

 

「ごめん。私が手伝えるのはここまでみたい」

「ナイスショットだったよ」

 

 シノンの背中を撫で、あとは親友に任せる。

 

 

~~~~~

 

 

 キリトが死銃に突進し、距離が零になる。キリトの光剣が死銃を容赦なく切り刻む。大会の視聴者を含めこの場の全員がそう思っただろう。しかし、死銃は壊れた銃身から一本の剣を取り出した。

 

「エス……トック」

 

 目を瞠る。先端が針のように尖った細い剣身。SAOで奴が得物にしていたエストックだ。

 

(何故?)

 

 僕が調べた所、GGOにはナイフ以外の金属剣というものは存在しない。だが、あれは確実にエストックだ。GGOでの死銃のステータスは恐らくキリトを上回る。そこに得意の得物を持つ死銃、慣れない光剣のキリト、勝負はかなり危うくなった。

 

「……キリト!」

 

 シノンが叫ぶ、見ると、エストックがキリトの肩を深々と貫いている。

 

(……キリト)

 

 

~~~~~~~~~~

キリトside

 

 貫かれた左肩に氷の針で貫かれたかの如き苦痛に錯覚を覚える。いや、これは錯覚ではない。記憶だ。かつてあの世界で、同じ武器に同じ場所を貫かれた時の感覚が蘇っている。

 

「……珍しい武器だな。というより……GGOの中に金属剣があるなんて、聞いてないぞ」

 

 深く被ったフードの奥で、掠れた笑い声を漏らしなす。続いて切れ切れの声。

 

「お前と、したことが、不勉強、だったな、《黒の剣士》。《ナイフ作製》スキルの、上位派生、《銃剣作製》スキルで、作れる。長さや、重さは、このへんが、限界だが」

「……なら、残念だけど俺の好みの剣は作れそうにないな」

 

 そう応じると、再びの笑い声。

 

「相変わらず、STR要求の、高い剣が、好みなのか。なら、そんなオモチャは、さぞかし、不本意、だろう」

 

 俺の右手で低く唸る光剣《カゲミツ》は、オモチャ呼ばわりされたのが不満だったようで、ぱちぱちっと細いスパークを散らした。

 

「そう腐ったもんじゃないさ。一度こういうのを使ってみたいと思ってたしな。それに……」

 

 ぶんっ、と振動音を響かせ、低く下げていた切っ先を中段に据える。

 

「剣は剣だ。お前を斬り、HPゲージを吹っ飛ばせれば、それで充分さ」

「ク、ク、ク、威勢が、いいな。できるのか、お前に」

 

 フードの奥で、赤い眼光が不規則に瞬く。スカルフェイス状に造形された金属マスクが、気のせいかニヤリと嗤う。

 

「《黒の剣士》、お前は、現実世界の、腐った空気を、吸い過ぎた。さっきの、なまくらな《ヴォーパル・ストライク》を、昔のお前が見たら、失望するぞ」

「……かも、な。でもそれはお前も同じだろう。それとも、お前だけはまだ《笑う棺桶(ラフィンコフィン)》のメンバーでいるつもりなのか?」

「……お前には、興味が、無いな。《黒の剣士》。《蜃気楼》は、どこだ?」

「お前なんかに教えると思うか?」

 

 死銃は嘲笑うように囁く。

 

「お前は、邪魔だ。ここでオレに無様に()()()、無様に転がって──《蜃気楼》が()()()様を、ただ見ていること以外…………何も、できない!!」

 

 人形のように唐突な動きで、死銃は右手のエストックを突き出した。

 正確に心臓を狙って伸びてくるその針を、俺は無意識のうちに光剣で迎撃しようとした。エネルギーの刃が唸り、エストックを横腹から断ち切った。はずだった。

 

 嫌な、とてつもなく嫌な音が、アバターの内部から響いた。

 俺は目を見開き、自分のみぞおちを貫く金属の輝きを眺めた。

 死銃のエストックは、一部を焦がしているだけで、完全に形を保っている。後方に跳び、二、三歩と距離を取った俺に、死銃はエストックの刀身を舐めるかの如く口元で動かして見せた。

 

「……ク、ク。こいつの、素材は、このゲームで手に入る、最高級の金属、だ。宇宙戦艦の、装甲板、なんだそうだ。クク、ク」

 

 そして、もうこれ以上会話をする気はないというように、死銃はマントを大きくなびかせて一直線に突っ込んできた。右手が霞むほどの速度で動き、切っ先の光が空中に無数の残像を描く。スラスト系上位ソードスキル《スター・スプラッシュ》八連撃。

 剣によるパリィを封じられ、足元が砂地ゆえにステップもままならない俺の全身を、鋭利な針が次々に抉った。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

(……キリト!)

 

 足を踏み出そうとして、地団駄を踏む。

 約七百メートル離れた戦場で、キリトが全身からダメージエフェクトの光を零しながら吹き飛ばされている。死銃のあの動きは間違いなくソードスキル、それも上位のものだ。キリトは倒されていないが、慣れない戦況に苦戦を強いられている。

 今にも走りだそうとする足を抑え、オレンジのダメージエフェクトが出るほど唇を強く噛む。シノンの狙撃はキリトに当たるかもしれない、僕が加勢すれば、死銃は一直線にシノンを狙うかもしれない。

 

(シノンを狙わないのを賭けるか? いや、危険過ぎる)

 

 爪が掌を抉り、微小のダメージが発生する。

 

「ソル……。私、進んでみる」

「シノン?」

 

 強く握った手を両手で優しく包まれる。手を開かれ、ダメージが発生した箇所を撫でられる。

 

「あなたは、進もうとしてる。辛くても、苦しくても、進んでいる。だから私も、進む。立ち向かってみせる」

「……シノン」

「作戦がある」

 

 シノンは自身の考えた作戦を僕に話した。それは成功すれば死銃を倒せる効果の見込めるものだが、失敗すればシノンの命が危険に晒されるものだった。

 

「駄目だ! 危険すぎる!」

「でも、このままじゃキリトがやられて、あなた一人で私を守りながら戦う羽目になる。そんなのキリトの二の舞だわ。……大丈夫よ。私、これでもずっとこのゲームをやってきたのよ。やり遂げてみせる。それに、もし失敗しても、あなたが助けてくれるでしょ?」

「当たり前だ」

 

──本当に、僕は彼女に弱いらしい。



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《butterfly》

ども、素人投稿者です。

早めの更新です。
何かあったと思ってください。
何も無いんですけど。


ではどうぞ


 

 

 

 

キリトside

 

 強い。

 スピード、バランス、そしてタイミング。全てが完成されている。攻略組にも、ここまでの技を持つ剣士はそうはいなかったはずだ。

 あの討伐戦の時に、《笑う棺桶(ラフィンコフィン)》はソル一人に蹂躙されたはずだ。こいつが生きているということは彼と遠い位置に居たはず、なら俺と剣を交わしたこともあるかもしれない。

 

 往時の愛剣と比べて遥かに軽い光剣では連続技を再現することは極めて困難だ。そして死銃はもう、俺に大技を繰り出させる隙を一切見せないだろう。近接状態を保ち、次々に多彩な突き技を繰り出してくる。懸命に回避するものの、HPはじりじりと減少する。ゲージは残り三割に近づいてる。

 奴はまだあのデスゲームの中にいる。しかし、俺は《安全圏にいる》という認識に寄りかかっている。だから強い。今更ながらにそれに気付く、あまりの遅さに内心舌打ちをする。

 

 だからといってこのまま敗れることは許されない。()()()()が任せたと、初めてそう頼ってきてくれたのだ。その期待に応えて、俺は彼の親友だと胸を張って言いたい。

 

(一瞬。ほんの一瞬でいい)

 

 このラッシュを、一瞬だけブレイクできれば。

 武器の威力でいえば、極細のエストックより光剣の方が遥かに上だ。重い単発技をクリティカルヒットさせれば、死銃のHPを吹き飛ばせる確信がある。だがその間合いを作れない。生半可なフェイントは通用しないだろうし、光剣のエネルギーブレードを敵のエストックがすり抜けてしまうので、剣を強振してブレイクポイントを作ることもできない。

 

(どうする。どうすれば……)

 

 HPゲージがついに赤色圏内に突入した。頬から流れる光芒が、視界を赤く照らす。

 

(赤……)

 

 俺に止めを刺すべく、死銃がエストックを鋭く引き絞る。

 

「《ザザ》」

 

 俺の口から零れたその短い音が、奴の俺の心臓を狙う鋼鉄の軌道を狂わせた。胸を浅く抉り、刃は後方へ抜けていく。

 

「お前、《赤目のザザ》だろ?」

「それが、どうし……」

 

 直後、俺の後方から一条の赤いラインが飛来した。死銃のフード中央に突き刺さったそれは、実弾――ではなく、照準予測線。シノンだ。これは、予測線そのものによる攻撃だ。彼女が、その経験と閃き、そして闘志のあらん限りをつぎ込んで放ったラストアタック。幻影の一弾(ファントム・バレット)

 

 死銃が、大きく後方に跳んだ。スカルマスクの下から、低く怒りの声が漏れる。奴もすぐ俺を誤射する危険を犯さないと気付いたのだろう。まだソルが居るから撃っても構わないが、あのソルがそんなこと許容しないと信じたい。

 奴は急に名前を呼ばれたことに動揺し、判断が遅れた。結果、体が勝手に幻影の弾に反応し、回避行動を取った。

 これがラストチャンス。もう二度と予測線のフェイントは通用しない。シノンがくれたこの機を無駄にはできない。俺は大きく踏み込み、死銃を追おうとする。

 

(ああ……)

 

 だが、何たることか。奴の姿が消えていく。《光歪曲迷彩》。足跡は残るので見失いはしないが、光剣を正確にクリティカルポイントへと叩き込むための狙いがつけられない。一撃で決めねば、カウンターでこちらのHPが吹き飛ぶ。

 その時、更なる、いっそう驚くべき現象。

 

 今にも消える死銃の()が大きく揺らいだ。

 俺は目を瞠る。自分で形を自在に変化させる影の輪郭を捉え、更に驚く。

 

Dance like a butterfly,kill like a bee(蝶のように舞い、蜂のように刺す)

 

 二つの銃口から放たれる銃弾の流星群が、消えゆく死銃を撃ち抜いた。弾倉が空になるまで続いた斉射は数秒と経たずに残響のみを遺し、硝煙の薫りが周囲を満たした。

 

「ソ……ル……」

 

 死銃のアバターは文字通り肉片ならぬポリゴン片に変わり果てた。ザザは何が起きたのか判りはしないだろう。遺言すら呟くことすらできずに、【Dead】タグが浮き上がった。

 死銃に迫った俺も漏れず弾丸を浴び、なけなしのHPは吹き飛んだ。

 

「いいとこ取り……しやがって」

 

 闇夜に紛れた軍兵の表情は見えなかったが、事の終焉に安堵のため息をついた。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「おぉぉぉーい! キリトぉー!!」

 

 キリトの死体の前で両手を着いて叫ぶ。まさか、まさかアレに突っ込むなんて、どんな反応速度してんだよホントに。

 キリトを巻き込むつもりはミリも無かった。突っ込んだキリトが悪い。うん、キリトが悪い。

 

「終わった……の……?」

 

 空気のギャップ故か、立ち尽くすシノン。立ち上がって、咳払いした後真剣な顔をして答える。

 

「終わった。全部終わったよ」

 

 空を見ると、満天の星空が祝福するかのように星光を降り注いでくれていた。二人で暫し空を見上げ、やがて口を開く。

 

「……そろそろ、大会の方も終わらせないと。ギャラリーが怒り出す」

「……うん。そうだね」

 

 夜空の中継カメラが、心做し苛立ちを持ってRECマークを点滅させているような気がする。

 

「死銃は倒した。共犯者も撤退を余儀なくされた筈だ。奴らの目的は闇雲に殺人を犯すことじゃないしな。念の為、すぐに警察を呼んでくれ」

「でも一一〇番して、何て説明するの? VRMMOの中と外で同時殺人を企んでる人たちが、なんて言っても絶対すぐには信じてもらえないでしょう?」

「……そうだね、わかった。こっちから警察を手配する……ああいや駄目だ。ここで君の住所や本名を聞くわけには……」

 

 意外な所に落とし穴があった。これがネット犯罪の取り締まりを難航させている原因かと納得してる場合じゃない。事後処理までしっかりしないと。

 

「いいわ。教える」

「……え?」

「何だかもう、今更って感じするもの。私……自分から、昔の事件のこと誰かに話したの、初めてだったから……」

 

 シノンの呟きに瞠る。開き直った態度だが、その裏にある彼女の苦痛を感じ取ってしまったのだ。恐らく彼女は周囲の人々に事件のことを不本意に広められ、傷を抉られ続けたのだろう。一瞬、想像して苛立つが、彼女は僕にそんなこと望んでいないことくらい解る。グッと抑え、冷静に、平静に頷く。

 

「……わかった」

「私の名前は─朝田(あさだ)詩乃(しの)。住所は東京都文京区湯島四丁目の……」

「湯島か。僕がダイブしてるのは千代田区お茶の水だよ」

「え……ええ!? 目と鼻の先じゃない」

 

 まさかの展開に仰天するシノン。

 

「なら、ログアウトしたら即刻駆け付けるよ」

「え……、き……」

 

 咄嗟に口を噤む。咳払いしてから言い直した。

 

「う、ううん、大丈夫。近くに、信用できる友達が住んでるから……」

 

 何故か哀しそうな顔で言うシノン。

 

「……それにその人、お医者さんちの子だから、いざってときはお世話になれるし」

「…………その人、過去の事件のことは?」

「え? ……知って、る」

 

 嫌な予感がした。背筋を鋭い氷柱の先端でなぞられる不快感が僕を啄く。

 

「一応、今日一日は誰も家に入れないでくれ。この事件の全容を知った君は、何かしら遺恨のようなものを抱かれている可能性は零じゃない」

「そ、そう?」

 

 ああは言われたが、シノン……いや詩乃の様子だけでもドア越しに確認しようと決める。

 

「それはそうと、私にだけ個人情報開示させて終わり?」

「これは失礼した。僕の名前は陽月(ひづき)(そう)。住所は埼玉県川越市だよ」

 

 彼女だけに開示させて、自分は開示しないのは失敬だった。

 

「ヒヅキソウ、いい名前ね」

「そう?」

 

 話しを区切り、さてと、とカメラを一瞥する。

 

「ともあれだ、BoBを決着させよう。どうする?」

「……なんかそんな空気じゃないわ。決着は次の本大会まで、預けておいてあげる」

「?……。じゃあどうするの?」

「レアケースだけど、北米サーバーの第一回BoBは、二人同時優勝だったんだって。理由は、優勝するはずだった人が油断して、《お土産グレネード》なんていうケチ臭い手にひっかかったから」

「お土産グレネード? つまりどういう……」

「こういうこと」

 

 シノンがポーチから取り出した黒い球体を、僕の右手に乗せた。上部の電管のタイマーノブを、キリキリと捻る。

 このゲームの歴が浅い僕はこれが何なのか検討がつかなかった。

 

「……これは?」

「グレネード」

 

 聞くと同時にシノンは両腕を背中に回して強ーく固定された。

 

「……あちゃー」

「ふふ♪」

 

 対戦相手とまともに撃ち合ってなかったツケがここに来て効果を発揮した。キリトのことを全く笑えなくなってしまった。後で笑ってやろうと思ってたのに。

 

(まあ、いっか)

 

 諦めて、強烈な光に包まれた。

 

 

~~~~~~~~~~

詩乃side

 

 一瞬の浮遊感が訪れ、消えた時には現実世界の自室のベッドにひとり横たわっていた。

 

 身動きひとつせず、瞼をしっかり閉じたまま、詩乃は周囲の気配を探った。

 

──異質な音を立てるものは、無い。

 

 ゆっくりと、空気を吸いむ。芳香剤がわりにチェストの上に置いたハーブ石鹸の、穏やかな香りだけが鼻腔を擽る。

 部屋には私以外、誰もいない。

 そう思っても、なかなか目を開けられない。

 

――くしゅん!

 

 不意に、抵抗虚しくくしゃみを炸裂させてしまった。

 しかし、部屋の何処からも反応は無い。

 

 そっと、瞼をあげる。目に入る範囲、次いで首をじわじわ動かして、部屋の様子を見る。人影は無いようだ。

 音がしないようにアミュスフィアを外し、枕の横に置く。上体を持ち上げ、もう一度部屋を見渡す。

 

 キッチン、シンク、ユニットバス、玄関、何処にも何も無く、いつもの自身の部屋だった。

 

「……馬ッ鹿みたい」

 

 ぽつりと呟く。バスの中も確認したけどもちろん無人。

 ようやく、体の力を抜いた。壁に背中を預けて、ずるずると座り込んだ。ちらりと、冷蔵庫の上に置いてあるキッチンアラームを見上げた。時計機能によって表示されたデジタル数字は、午後十時七分過ぎを示している。

 長い三時間だった。ダイブ前に、目の前のゴミ袋にすててあるヨーグルト容器の中身を食べたことなんて、遥か昔の出来事のように感じてしまう。

 自分の何かが変わったようで、何も変わってないような気がする。少なくとも心の中に居座っていた焦燥感は強く感じられない。ゆっくりで良かった。何もかも、焦ることなんて必要なかった。少しずつ、彼と……

 

 喉の乾き感じて、シンクにて水をグラスに注いで飲み干す。

 

――キンコーン。

 

 突然のチャイムに、注ぎ足そうとした手がびくりとすくむ。

 警察が来たのかと思って時計を振り返るが、ログアウトしてからまだ三分と経っていない。立ち尽くしていると、再びチャイムが鳴った。息を殺して、足音を立てないようにドアに歩み寄った。

 チェーンを掛けようと思って恐る恐る手を伸ばすが、指先が触れる前に、

 

「朝田さん、居る? 僕だよ、朝田さん!」

 

 聞き慣れた、やや高めの少年の声がした。

 

「新川君……?」

「あの……どうしても、優勝のお祝いが言いたくて……。これ、コンビニので悪いけど、買ってきたんだ」

 

 レンズを覗くと、新川君がケーキが入っているらしい小箱を掲げている。

 

「は……早いね、ずいぶん。ちょっと待って、今開けるね」

 

 ほっと息をつきながら、ロックノブに手を伸ばした所で、彼に言われたことを思い出した。

 

『今日一日は誰も家に入れないでくれ』

 

 伸ばしかけた手を引っ込むこともせずに固まる。新川君がそんなことするとは思えなかったし、彼にそんな疑いをすることを悪いと思う気持ちでぐらりと揺れる。

 

「……朝田さん?」

「ご……ごめん。今日はもう疲れてるから、もう寝よっかなって。祝いの言葉ありがとう。また明日ね」

 

 新川君に罪悪感を感じるが、ソルの言ったことを守ることの方が大事だった。

 

「…………もしかして、砂漠の洞窟で一緒に居た奴に何か吹き込まれたの?」

「え?」

 

 私の知ってるいつもの彼とは雰囲気が違う。扉越しの声でもそれが解った。

 

「あいつに脅されたの? 何か弱みでも握られて、仕方なくあんなことしたんだよね。いつもの朝田さんなら僕を入れてくれるよね」

「は、はあ?」

 

 本能が危険信号を鳴らす。その場から動くことができない。

 

「脅迫されて、あいつに無理やり狙撃までされて……でも、最後にはあいつを油断させて、グレネードに巻き込んで倒したよね。だけど……それだけじゃ足りないよ、朝田さん。前にも言ったけど……もっと、ちゃんと思い知らせてやらないと……」

「……あ……えと」

 

 どうやら彼は勘違いしているようだ。どう言ったものか。懸命に頭を回して言葉を探す。

 

「あのね……ううん、脅迫とか、そういうんじゃないの。大会中に、あんなことしてたのは不謹慎だと思うけど……私、ダイブ中に、例の発作が起きそうになって……。それで取り乱して、ソル……彼に当たっちゃってさ。いろいろ、酷いこと言ったのは私なの」

「…………」

「彼……一見変な奴だったけど、礼儀正しいし、常識人だったし。何だか……お母さんに似てた。そのせいかな、子供みたいにすごく泣いちゃって……恥ずかしいよね」

「……朝田さん……でも……それは、発作で、仕方なくなんだよね? あいつのこと……別に、なんとも思ってないんだよね?」

「え……?」

「朝田さん、僕に言ったよね。待ってて、って」

 

 言った。確かに言ったけど、あれは……

 

「言ったよね。待ってれば、いつか僕のものになってくれるって。だから……だから僕……」

「……新川君?」

「言ってよ。あいつのことは、なんでもないって。嫌いだって」

「ど……どうしたのよ……急に……」

 

 彼に言った「待ってて」はいつか自分を縛るものを乗り越えてみせる、という意味だった。そうして、ようやく普通の女の子に戻れるのだ。

 

「あ……朝田さんは、優勝したんだから、もう充分強くなれたよ。もう、発作なんて起きない。だから、あんな奴、必要ないんだ。僕が、ずっといっしょにいてあげる。僕がずっと……一生、君を守ってあげるから」

 

 うわ言のように呟く新川君。突如、ドアのロックが解除される。チェーンを付ける暇もなくドアは開かれ、新川君がぬるりと玄関に入ってくる。

 

「えっ……!?」

 

 驚愕のあまり全身がすくんでしまう。

 

「……し……かわ……く……」

 

 両手を掴まれ、玄関の硬い床に押し倒される。背中に感じる冷感は床から伝達された感覚なのか、恐怖によるものかを判別する余裕なんてなかった。

 

「朝田さん……好きだよ。愛してる。僕の、朝田さん……僕の、シノン」

 

 嗄れ、ひび割れた声は愛の告白には程遠く、むしろ呪詛のように感じられる。

 

「や……め……っ……!」

 

 必死にもがくが、体格も腕力も劣る私では抜け出せはしなかった。

 

「朝田さんは、僕を裏切っちゃだめだ。僕だけが朝田さんを助けてあげるれるのに、他の男なんか見ちゃだめだよ」

 

 彼の右手が離れて、ミリタリージャケットの前ポケットに差し込んだ。何かを握って抜き出された手の中にあったのは、見たことない奇妙な物だった。

 全体は二十センチほど。艶のある、クリーム色のプラスチックで出来ている。先細りのテーパーがついた、平均すれば太さ三センチ程度の円筒から、斜めにグリップ状の突起が伸びている。円筒の先端だけは金属パーツが取り付けられ、その先端には穴が空いているようだった。

 

 新川君はその先端を無造作に私の首筋へと押し当てる。ひやりと氷のように冷たい感触に、全身が総毛立った。

 

「しん……わ……くん……?」

 

 どうにか声を出したが、言葉が終わらないうちに新川君が低く囁いた。

 

「動いちゃだめだよ、朝田さん。声も出しちゃいけない。……これはね、無針高圧注射器、っていうんだ。中身は《サクシニルコリン》っていう薬。これが体に入ると筋肉が動かなくなってね、すぐに肺と心臓が止まっちゃうんだよ」

 

 どうにか、新川君の言葉を理解しようとする。首から伝わる冷たさが全身に張り巡らされて、痺れ始める。

 つまり、新川君は私を――殺すと言っているのだ。言うことを聞かないと、手に持つ玩具めいた注射器で薬を注入し、私の心臓を止めると。

 

「大丈夫だよ、朝田さん。怖がらなくていいよ。これから僕たちは……ひとつになるんだ。僕が、出会ってからずーっと貯めてきた気持ちを、いま朝田さんに全部あげる。そうっと、優しく注射してあげるから……だから、何にも痛いことなんてないよ。心配しなくていいんだ。僕に、任せてくれればいい」

 

 言葉の意味をまったく理解出来なかった。

 

「……だめだよ。まだ……まだ引き返せる。君はまだ、やり直せるよ。私と一緒に、警察に……」

「…………」

 

 私の説得も意味をなさない。新川君は遠くを見ているような目つきで、首を横に振るだけだった。

 

「……もう、現実なんてどうでもいいよ。さあ、僕とひとつになろう、朝田さん……」

 

 虚ろな声とともに左手が動き、頬を撫で、髪を指に絡めてくる。

 

「ああ……朝田さん……きれいだ……凄くきれいだよ……」

 

 新川君の指先はかさかさに乾いていた。耳の傍の柔らかい皮膚に、指のささくれが引っかかるたび小さく痛みが走る。

 

「朝田さん……僕の、朝田さん……ずっと、好きだったんだよ……学校で……朝田さんの、あの事件の話を……聞いたときから……ずっと……」

「……え……」

 

 思わず眼を見開く。

 

「そ……それって……どういう……」

「好きだった……憧れてたんだ……ずっと……」

「……じゃあ……君は……」

 

 そんな、まさか、と心の中で呟く。

 

「君は……あの事件のことが、あったから……私に、声を掛けたの……?」

「そうだよ、もちろん」

 

 左手で、まるで子供にするかのように頭を撫でながら、何度も頷いた。

 

「本物のハンドガンで、悪人を射殺したことのある女の子なんて、日本中探しても朝田さんしかいないよ。ほんとに凄いよ。言ったでしょ、朝田さんには本物の力がある、って。だから僕は、《死銃》の伝説を作る武器に《五四式》を選んだんだ。朝田さんは、僕の憧れなんだ。愛してる……愛してるよ……誰よりも……」

「……そん……な……」

 

 この現実世界で肉親を除いてただ一人心を許せる存在だと信じていた。彼が死銃の一人だったことも、私のことを本当に見てはいないことも、私の心を黒く深い絶望が満たした。

 記憶の沼から伸びた冷たい手が私を捕らえ、連れ去ろうとしている。何一つ抵抗できない。眼を開けることすらできない。強さを求めたのも、道を見つけた気がしたのも、全部無駄だったのだ。

 途切れ途切れの思考のなかで、ふと思った。

 

(彼なら、どうなのだろう)

 

 二年もの間仮想の牢獄に囚われ、そこで命のやり取りをし、人の命を奪ったというあの少年。道を間違えそうなこともあっただろう。後悔で苦しむ日々もあっただろう。でも、彼は自身を変えさせた仮想世界を恨んでいるのだろうか。

 いや、そんなことないと思う。彼は例えどんな苦難も、逆境も突き進むだろう。罪を背負い、手を汚しても、大切な誰かを守る為、進み続ける。

 

(やっぱりあなたは強いよ、ソル)

 

 深い闇の底で、ぽつりと呟いた。

 

(せっかく助けてもらったのに……無駄にしちゃって、ごめんね)

 

 ログアウトから何分経ったかはわからないが、どうやら間に合いそうにない。私が殺されたら、彼はどう感じるだろうか。それだけが少し、気がかり……

 

()()()、ゆっくり進めばいい。いつの日か、ほんの少しでも前を向けたなら、進んでいた証明になるから』

 

 一緒に、彼はそう言ってくれた。こんな私と、共に歩んでくれると言ってくれた。

 もし、彼が私のアパートに急行したら、新川君と鉢合わせたら、新川君はどうするのだろうか。もしかしたら手に持つ注射器で……。先刻漲らせた彼への憎悪を考えれば、充分に有り得ることだ。

 

(彼を、巻き添えにするのは……)

 

 だからって、もうどうにもならない。

 

 

 横たわって手足を縮め、目と耳を塞いだ幼い詩乃が呟く。その傍らに跪き、細い肩に手を置きながら、サンドイエローのマフラーを巻いたシノンが囁きかける。

 

『……私たちはいままでずっと、自分しか見てこなかった。自分のためにしか戦わなかった。だから、新川君の心の声にも気付くことができなかった。でも、もう、遅すぎるかもしれないけど、せめて最後に一度だけ、誰かのために戦おうよ』

 

 詩乃は闇の底でゆっくり瞼を開けた。目の前に、白く、華奢で、しかしどこか力強い手が差し出されていた。恐る恐る手を伸ばし、その手を握った。

 

『さあ、行こう』

 

 

 

 

 現実との再接続を果たし、眼をしばたく。

 

─ユラリ……。

 

 何かが動いた気がした。あまりの緊張に目眩がしたのかと思ったけど、部屋の明かりに徐々に明確になる輪郭に、私は安心感を抱いた。赤茶色の髪、暗褐色の瞳、中性的な整った顔。GGOのアバターと瓜二つの姿、髪型だけが唯一違うが、確かに彼だった。

 新川君の背後に現れ、手をゆっくり伸ばしている。伸ばされた手が急に残像を見せると、

 

――バァァァン!!!

 

 謝って注射器が私に打たれないように慎重に、されど迅速な対応だった。右手で注射器ごと新川君の手を掴んで私の首から離し、左手で轟音が鳴るほど強く新川君の頭を床に叩きつけた。そのまま左足で右手を踏み、右膝で腰椎辺りを力強く抑えてる。

 

「……大丈夫? 詩乃」

 

 優しく、ふんわりとした笑顔だった。

 

「ソル……」

「本当に申し訳ないんだけど、助けを呼んでくれ」

 

 笑顔のまま、拘束する手を緩めずに、ちょっとしたお使いを頼むくらいのテンションで言う。

 

「お前……おまえだなあああああ!!」

 

 結構すごい鈍音がしたが、新川君の意識はまだあるようで、鼻血をダラダラと流しながら横目でソルを見た。

 

「僕の朝田さんに近づくなあああああああッ!!」

「…………!?」

 

 ソルが急に険しい顔になる。抑えきれないのかと思い息を飲む。

 

「お前……。お前、そんな()()で……。そんな()()で詩乃に……。彼女に近付いたのか?」

「死ねよおお!!」

「巫山戯るな!!!」

 

 新川君の喚きも消し去る音量で、彼の怒声が耳を劈く。彼の怒りは予想外だった。

 

「お前ぇ、彼女が事件によって、どれだけ、どれだけ自分を壊してきたか解ってるのか!! 苦しむ彼女に寄り添うことなくただ押し付けるだけのお前がぁ、彼女に……詩乃に近付くなぁ!!!」

 

――ダアアアアアアアアン!!!

 

 二度目の叩き付け。このアパート全体に響いたと思われる衝撃が走った。新川君は気絶したようで、拘束を解いたソル──湊が飛び付くような勢いで急に抱き締めてきた。

 

「ちょっ!」

「…………大丈夫だよ」

 

 包容力のある、透き通る声。

 何も考えられないのに、涙が頬を伝う。ただ溢れるのに任せて涙を流す。

 ソル――湊は何も言わなかった。ただただ私を抱き締めて、彼の心臓の音が、私が生きていると囁いてくれてる。

 

 

 

 サイレンの音が近付いて来たが、涙は枯れる様子はなかった。



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《証人》

ども、素人投稿者です。

これにてファントムバレット終幕です。
次はマザーズロザリオです。
実は次章にはかなりテコ入れする予定です。タグの変化に注目とだけ言っておきましょう。


ではどうぞ


 

 

 

 

 

 中古の灰色のバイクを詩乃の学校の校門の前に停め、待ち人を待つ。校内から女子の話声がボソボソと聞こえるが、他人の話の内容を盗み聞きしようとはならない。バイクのシートに腰掛けて晴天を見上げて気を逸らす。

 

(いー天気だな)

 

「……あの」

 

 声を掛けられ、視線を下ろす。鞄を抱えた詩乃が制服を着こなしていた。

 

「こんにちは、詩乃」

「……こんにちは。……お待たせ」

「学校お疲れ様。……ていうか、なんか……」

 

 今気付いたが、校門の周囲から女子生徒がこちらを見ている。

 

「何故か注目されてるな……」

「あ……あのねえ。校門の前に他校の生徒がバイクで乗りつけたら、目立つのは当たり前だと思う」

「そ、そうなんだ?」

「ああもう! ほら、さっさと行くわよ」

「はい、サイズは大丈夫そう?」

 

 予備の不使用のヘルメットを渡す。こういう物で不快感を覚える人も居ると聞く、一応配慮して用意したけど大丈夫だろうか。

 

「ん、ピッタリね」

「それはよかった」

 

 ハーネスの留め方がわからないのか、手を止めていたからそっと留めて、ベルトを固定する。

 

「これでオッケー。じゃあ失礼して」

「きゃっ」

 

 詩乃の制服がスカートだったので、姫様抱っこじゃないが、膝裏に手を回して腰を抱き、軽く上げてからリアシートに座らせる。周囲から何故か声が上がるが、原因は解らない。

 

「あ、あなたねえ!」

「え?」

「……この天然! 早く行くわよ!」

 

 詩乃を蹴らないよう足を畳んでシートに跨って、キーを捻る。

 

「しっかり掴まっててね」

 

 エンジンの爆音と振動を感じて、タイヤを回す。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 銀座四丁目に到着、バイクを停める。詩乃からヘルメットを預かって、高級喫茶店のドアを押し開ける。

 

「お二人様ですか?」

「あそこの五月蝿い眼鏡と待ち合わせです」

 

 おーい、と外聞も無く陽気に手を振る菊岡に指差しでウェイターに伝える。表情筋は動いてないが、苦笑いしているのを感じた。

 店内の貴婦人方の雰囲気に当てられたのか、詩乃が体を縮めているのに気付いた。片手を後ろに、片手を差し出して、まるで英国のパーティのエスコートのように振る舞う。

 

「行こ。詩乃」

「……」

 

 おかしかったのだろうか。手を握ってはくれたのだが、俯いて黙りこくってしまった。貴婦人の方々も此方に視線を向けては「まあまあ」等と口にしている。礼儀作法に関しては勉強してきたつもりだったが、間違いだったらしい。

 詩乃をエスコートしながらテーブルに着くと、菊岡がニマニマと気持ちの悪いニヤケ顔で見てくる。

 

「見せつけてくれるじゃないか」

「何のことです?」

「湊くんも隅に置けないねえ」

「?」

 

 椅子を引いて詩乃を座らせて、隣の椅子に座ると、ウェイターがお絞りと革張りのメニューを置いてくれた。

 

「さ、何でも頼んでください」

「プリン・ア・ラ・モードとレアチーズケーキ・クランベリーソースとカプチーノ下さい」

 

 メニューに唖然と凍り付いていた詩乃が信じられないといった顔で見てくる。

 

「遠慮はしないほうがいいよ。こういうお店には滅多に来れないし、全額奢りだしね」

「湊君は少し遠慮というものをして欲しいんだがね」

「じゃ、じゃあ……私もこのレアチーズケーキ・クランベリーソース……と、アールグレイ」

 

 ウェイターが腰を折って立ち去ると、菊岡はスーツの内ポケットからケースを取り出し、名刺を詩乃に渡す。

 

「はじめまして。僕は総務省総合通信基盤局の菊岡と言います」

「は、はじめまして。朝田……詩乃です」

「この度は、こちらの不手際で朝田さんを大変な危険に晒してしまい、本当に申し訳ありませんでした」

「い……いえ、そんな」

「そうだそうだー。責任取って辞職しろー」

「湊君が早く教えてくれたらこんなこと起きなかったかだろう?」

「僕はそんな仕事受けた記憶は無いな」

 

 手をヒラヒラと振り、話を進めるよう促す。皮肉のような何かを言われたが、あまりにも弱い。

 詩乃を見ると、堅苦しい空気を壊せたのか少し破顔してくれていた。

 

「……で、何処まで明らかになったの?」

「……ハア。まだ彼らの犯罪が明らかになってから二日しか経っていないのでね。全容解明には程遠いんだが……」

 

 自分のコーヒーカップを持ち上げ、一口含んでから続けた。

 

「《死銃》はチームで動いていて、リーダーの新川昌一の供述によって三人だったことがわかった。BoB本大会に出ていたのも彼だ。押収されたアミュスフィアのログにも記録されている」

「その彼についてはどうなんだ?」

「……それを説明するためには、2022年のSAO事件以前から始めなくてはならないようだ。だか、まあ、その前に……」

 

 丁度その時、ウェイターがワゴンに大量の皿を載せて来た。音を立てずにテーブルに皿を並べる様はスマートそのものだ。高級な喫茶店なだけある。

 

「「(いただ)きます」」

 

 金色のフォークを手に取ってレアチーズケーキを詩乃と口に運ぶ。舌に巻き付く濃密な甘味、ソースの酸味も相まった相乗効果で深く、されどしつこくない幸福感が口に広がる。ゆっくりと味わい、舌にまだ余韻が残る口にカプチーノを一口。ふわりと薫る苦味とクリーム状に泡立てた牛乳の風味が居座るチーズを分散させた。

 もう一口、レアチーズケーキにフォークを入れる時、横を見ると、既に半分ほど食べ終えている詩乃が居た。見て見ぬふりをして、ケーキを味わう。

 

「……おいしいです」

「おいしいものはもっと楽しい話をしながら食べたいけどね。また今度付き合ってください」

「僕の目の前で詩乃に手を出せるとでも思ってるのか?」

 

 僕の睨みに菊岡は手を上げて降参の意を示すと、傍らのビジネスバッグからタブレットPCを取り出すと、画面をつつき始めた。

 

「総合病院のオーナーの長男である新川昌一は──」

(あー、長くなるやつかな?)

 

 長話が始まることを察して、聴き流すよう意識を外に向ける。

 この会合を設けたのは菊岡だ。あの事件当日、詩乃を襲っていた男を警察に引き渡した後、詩乃と僕は念の為に病院に運ばれ、一通りの検査を受けた。特に異常があった訳ではなかったが、病室での事情聴取が行われた。

 菊岡に全て投げ出してやりたかったが、深夜ということもあって電話に出なかった。全てが終わった時には、太陽は空高くまで昇っていた。

 犯人の裏事情なんかナノも気にならない。どのような事情があろうと、現実と仮想の狭間に自身の狂気を居すわせてはいけない。自覚がないとしたら重症だ。敬意と諦念が大事なんだ。

 

 掻い摘んで話を整理すると、犯人は家庭の境遇で心が擦り切れ、SAOで暴れた後弟にその狂気を伝播。あるアイテムを機に計画を発案。不運にも、家には実行する為のマスターキーや薬品があった。結果として、犯行に及んだといった所だ。

 

「昌一はその過程自体がゲームだったと供述している。SAOで、標的のパーティーの情報を集め、必要な装備を整え、襲撃を実行したのと何も変わらない、と。自分の供述を取っている刑事に向かって、あんたも同じだろう、とも口にしたようだ。NPCの話を聞き、情報を集め、賞金首を捕らえて引き渡し、金を得る。警官のやっていることだってゲームと一緒じゃないか、とね」

「かなり重症だな。そんな戯言、気にするような奴が刑事やってる訳ないだろ」

 

 不意に、口がポツリと呟く。自覚が無かったが、どうやら話の内容に不機嫌になっていたらしい。

 

「君は戯言だと思うのかな?」

「チッ。……そいつは現実もゲームだと本気でそう思い込んでんのさ。不思議なもんだよ。ゲームは現実から生まれたっていうのに、ならゲームが現実準拠に作られてるってことだろ? 仕事をして、報酬を得る。社会じゃ常識だ。それを敢えてゲームだと言い張りながら、他人の現実の死に魅せられて。都合の良いように現実と仮想を混ぜ込んで、仮想世界の良くない部分だな」

「ふむ。君は……どうなんだい?」

 

 興味津々な顔で菊岡が聞いてくる。

 

「……仮想世界の僕、現実世界の僕、どちらも僕だ。他の何者でもない。アバターという皮を被っても、僕という存在はそこにある。後悔も失敗も思い出も……仲間だって、仮想と現実に境目を付ける必要は無い」

 

 横をちらりと見る。

 

「詩乃はどう?」

「え……」

 

 唐突に話を振られ、戸惑う詩乃。食べ終えた皿の上にフォークを乗せる。

 

「……私は、此処が、この世界が唯一の現実だと思う。もしここが、実は仮想世界だったとしたとしても、私にとっては現実……。湊とは似てるけど、ちょっと違う感じかな」

「なるほど」

 

 冷めたカプチーノを飲み干し、カップを置く。

 

「さ、話を進めようか。何処まで終わったの?」

「大方、事件の終息は済んでいる。……しかし、昌一が最近に仲間に加えたという金本(かねもと)(あつし)、十九歳が逮捕されていない。SAOのキャラクターネームは《ジョニー・ブラック》。聞き憶えは?」

「……ああ。《笑う棺桶(ラフィンコフィン)》のメンバーだ。あの時、この手にあった刃は奴を捉えは出来なかったが……」

 

 言い切る前に、左手を握られる。ふと見ると、詩乃は首をゆっくりと振る。声には出さず、謝罪の意で視線を送る。

 

「……その金本の動向はわかってるのか?」

「いや、自宅アパートに捜査員が急行したところ、部屋は無人だった。今現在も監査中のはずだが、逮捕の知らせは無いね」

「薬品は?」

「…………昌一は念の為に三本渡していたそうだ。《ペイルライダー》と《ギャレット》の二人に使用されて、もう一本残っている可能性がある。念の為、キリト君と朝田さんに警察の警護がついたのはそれが理由だよ」

 

 警護…………

 

「僕のは?」

「ああごめん、忘れてたよ」

 

 ハイハイ、何時ものやつね。

 

「東京都心では自動識別監視カメラ網の試験運用が始まっている。そう長時間逃げられやしないよ」

「それは?」

「通称S2システム、カメラが捉えた人間の顔をコンピュータが自動解析して手配犯を発見するという……ま、細かいことは秘密なんだけど」

「…………」

 

 システム……カメラ……、嫌な予感に顔を顰める。

 

「……あの。新川君……恭二君は、これから、どうなるんですか……?」

「うーん」

 

 菊岡が指先で眼鏡を押し上げながら低く唸る。

 

「昌一は十九歳、恭二は十六歳なので、少年法による審判を受けることになるわけだが……四人もなくなっている大事件だから、当然家裁から検察へ逆送されることになると思う。そこで、恐らく精神鑑定が行われるだろう。その結果次第だが……彼らの言動を見るかぎりでは、医療少年院へ収容となる可能性が高いと、僕は思うね。何せ二人とも、現実というものを持っていないわけだし……」

「いえ……そうじゃないと、思います」

 

 詩乃がぽつりと呟く。菊岡は視線で先を促した。

 

「お兄さんのことは私には解りませんけど……恭二君は……恭二君にとっての現実は、ガンゲイル・オンラインの中にあったんだと思います。この世界を──全部捨てて、GGOの中だけが真の現実と、そう決めたんだと思います。それは単なる逃避だと……世間は思うでしょうけれど、でも……」

 

 詩乃は自身を襲った彼を憎むことが出来ないと解る。話を聞くと、彼は詩乃の頼れる唯一の友人だったという。少なくとも詩乃は、そう思っていた。

 

「でも、ネットゲームというのは、エネルギーをつぎ込むにつれて、ある時点からは娯楽だけじゃの物じゃなくなると思うんです。強くなるために、ひたすら経験値とお金を稼ぎ続けるのは、面倒だし辛いです。……たまに短時間、友達とわいわい遊ぶなら楽しいでしょうけど……恭二君みたいに、最強を目指して毎日何時間も作業みたいなプレイを続けるのは、凄いストレスがあったと思います」

「ゲームで……ストレス? しかし……それは、本末転倒というものじゃ……」

 

 此処に時代に置いてかれた哀れな年寄りが一人。

 

「はい。恭二君は、文字通り転倒させたんです。この世界と……あの世界を」

「しかし……何故? なぜ、そこまでして最強を目指さなければならないんだろう……?」

「私にも……それはわかりません。さっきも言いましたけど、私にとってはこの世界も、ゲーム世界も、連続したものだったから……。湊、あなたにはわかる……?」

 

 彼女に頼られるのは嬉しい反面、おじさんに説明する面倒に息をつく。腕を組んで、問に答える、

 

「強くなりたいから」

「……そうね。私も、そうだった。VRMMOプレイヤーは、誰だって同じなのかもしれない……ただ、強くなりたい」

「菊岡用に説明すると、優越感を得る為。人間の求力欲だよ。他者より強く、偉くなりたいってのは誰しも持つ無自覚の潜在欲求。それがたまたま、ゲームだっただけで、昇任したいとか、有名になりたいとかそんな感じの物だと思ってくれればいい。ってか菊岡、流石に考えがおじさん過ぎやしないか? プロの居るゲームだぞ? プロが生まれる理由を推測すれば簡単だ」

「な、なるほど」

 

 何で此奴にこんなに権限があるのか解らん。

 

「あの……恭二君には、いつから面会できるようになるんでしょうか?」

「ええと……送検後もしばらくは拘置されるだろうから、鑑別所に移されてからになりますね」

「そうですか。……私、彼に会いに行きます。会って、私が今まで何を考えてきたか……今、何を考えているか、話したい」

 

 菊岡はわずかに微笑を浮かべると、言った。

 

「あなたは強い人だ。ええ、ぜひ、そうしてください。今後の日程の詳細は後ほどメールで送ります」

 

 詩乃は強い、それはもう疑いようがない。逞しくなった横顔を見て、僅かに笑う。

 ちらりと腕時計を覗いた菊岡が、帰り支度を始める。

 

「申し訳ないが、そろそろ行かなくては。閑職とは言え雑務に追われていてね」

「詩乃に賠償とか無いのか? 危険な目に遭ったんだ。そちらの無力故にね」

「……そ、それは、後にさせてくれ。僕もそう多額のお金を動かせる訳じゃないんだ」

 

 半分冗談だが、真面目な役人だこと。

 

「あの……ありがとうございました」

「いえいえ。また、新しい情報があったらお伝えしますよ」

 

 態度が違うのは仕方ない。彼は今の()を破られる訳にはいかないらしいからな。

 

 

~~~~~

 

 

「お疲れ様」

 

 喫茶店を出て、停めたバイクに向かいながら詩乃の顔色を伺う。

 

「……あの人は、一体何者なの? 総務省の役人、って言ってたけど……なんか……」

「情報を得すぎている。かな?」

「そう、でも違和感が……」

「総務省VRワールド監視部署所属、随分と大層な厚皮だな」

「……どういうこと?」

 

 疑問に思う詩乃の目を見て、推測した情報を組み合わせて話す。

 

「実は、前に和人が菊岡を尾行したらしいんだ」

「和人?」

「あ……。キリトのことなんだけど。で、運転手のいる車で市ケ谷駅前で降り、見失ったんだと」

「市ケ谷? 霞ヶ関じゃなくて?」

「そう。総務省は霞ヶ関、市ケ谷は……防衛省」

「ぼ……。それって……自衛隊ってこと?」

「確定と見ていい。菊岡の立ち振る舞いは訓練を経験したそれだ。GGOのような仮想世界ではなく、この現実世界で。気を付けてくれ、警察と自衛隊は表面上仲が悪い。そこに何かしらのパイプラインを持っているなんて特殊過ぎる。眼鏡も変装用だろ」

「わ……わかった」

 

 わかったようなわからないような顔で返事をする詩乃。

 

「でも……仮にあの人が自衛隊の関係者だとして、どうしてVRMMOの調査なんかしてるの? まるで縁もゆかりもないでしょ?」

「いや、VR技術ってのは多くの分野に変化を齎した。例えば、米軍では軍隊の訓練に利用している。実際に火器を扱うのとは感覚に齟齬があるが、基本的な操作は変わらない。無関係って言うのは尚早かな」

「そ……そう」

 

 スマホで時間を確認して、ヘルメットを渡しながら言う。

 

「このあと時間ある?」

「別に用はないけど。GGOにも当分ログインする気ないし」

「そう。なら、来て欲しい所があるんだ」

「何処に?」

「えーと、御徒町までかな」

「なんだ、湯島の隣じゃない。ちょうど帰り道だわ」

 

 詩乃が被ったヘルメットの留め具を掛けて、校門前と同じように座らせようと手を伸ばしかけて、

 

「自分で跨がれるわ」

 

 ……自分でリアシートに乗った。

 

「……行きマース」

「何で不機嫌なのよ?」

「そう?」

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 ダイシーカフェの前にバイクを停める。詩乃のヘルメットを預かって、中に入る。

 

「いらっしゃい」

 

 ジャズ、香ばしいコーヒーの香り、橙色の照明と落ち着いた雰囲気の店内に、スキンヘッドの巨漢のバリトンが響く。

 

「遅かったな」

「悪ぃな、文句は菊岡に言ってくれ」

 

 店内には二人の先客が居た。制服姿の和人と明日奈だ。

 

「紹介する。こちら、GGOのシノンこと朝田詩乃」

「よ、よろしく」

 

 流されるまま店内に取り込まれる詩乃。

 

「こっちの黒い奴がキリトこと桐ヶ谷和人」

「おい、何雑な紹介してんだ」

「そしてこちらがなんと和人の彼女の結城明日奈さん」

「ギャップでなんかむず痒いよ湊君」

「それで……この店のマスター、エギルことアンドリュー・ギルバート・ミルズさん」

「今後ともよろしく」

 

 全員の自己紹介が終わり、四人掛けのテーブルの片方に歩み寄る。椅子を引いて詩乃を座らせ、その隣に座る。

 

「わぁ……」

「な?」

 

 明日奈と和人が何かニマニマとしているが、理由は解らない。取り敢えず何か飲み物と思い、注文する。

 

「マスター、いつもの下さい。詩乃は何飲む?」

「あ……じゃあ、湊と同じので」

 

 注文を終え、卓上で手を組む。

 

「さてと、全容を話そうか」

 

 

~~~~~

 

 

「細部は伏せたけど、大体こんなことが起こってたって感じかな」

「……何で俺菊岡に呼ばれてないんだよ」

「知らねぇよ」

 

 確かに、和人いなかったなと今更ながらに気付く。

 

「あの……朝田さん」

「は、はい」

「色々、GGOの話とかも聞きたいなって、友達になってください」

 

 お嬢様のコミュニケーション能力が発動。差し出された右手に詩乃の瞳に恐怖と危惧が映っている。

 そっと、左手で詩乃の右手を握る。視線が合う。小さく頷くと、再び明日奈を見た。

 手を離すと、詩乃はその右手を、明日奈の手にゆっくりと重ねた。

 数秒待機し、空気が落ち着いたのを感じて口を開いた。

 

「……詩乃。最初に謝る。和人と明日奈には、君の過去の事件のことを話している」

「えっ……!?」

「詩乃さん。実は、私とキリト君と湊君は、昨日の月曜日に学校を休んで、……市に行ってきたんです」

「──────!!」

 

 明日奈が言った地名は詩乃の、幼かった彼女の暮らしていた街の名前だ。彼女にとっては忘れたい、関わりたくもない場所だろう。

 

「なんで……そんな……ことを……」

 

 立ち上がろうとする詩乃の手をまた握る。

 

「詩乃。君は、会うべき人にまだ会っていない。二人には僕が頼んで協力してもらったんだ。この後に君が傷付いたりしたら、迷いなく僕を責めて欲しい。この後、彼女の言葉を聞いてくれないか?」

「会うべき……ひと……?」

 

 アイコンタクトで和人を動かす。店の奥のドアを開けると、一人の女性が姿を現した。セミロングで落ち着いた雰囲気の女性。その後ろを、小学校前と思われる女の子が付いてきた。

 

「はじめまして。朝田……詩乃さん、ですね? 私は、大澤(おおさわ)祥恵(さちえ)と申します。この子は瑞恵(みずえ)、四歳です」

 

 一度息を吸ってから、大澤さんははっきりとした声で言った。

 

「私が東京に越してきたのは、この子が産まれてからです。それまでは、……市で働いていました。職場は……、……町三丁目郵便局です」

「あ……」

 

 大澤さんは当時あの事件に巻き込まれた郵便局の職員だ。僕一人では彼女に連絡を取ることが出来なかった。和人と明日奈に協力してもらい、今日この日、このお店に来てもらった。全ては……

 

「……ごめんなさい。ごめんなさいね、詩乃さん。本当に、ごめんなさい。私……もっと早く、あなたにお会いしなきゃいけなかったのに……あの事件のこと、忘れたくて……夫が転勤になったのをいいことに、そのまま東京に出てきてしまって……。あなたが、ずっと苦しんでらしてるなんて、少し想像すれば解ったことなのに……謝罪も……お礼すら言わずに……」

 

 大澤さんの目から涙が流れる。心配そうに見上げてる瑞恵ちゃんをそっと撫でながら続ける。

 

「……あの事件の時、私、お腹にこの子がいたんです。だから、詩乃さん、あなたは私だけでなく……この子の命も救ってくれたの。本当に……本当に、ありがとう。ありがとう……」

「…………命を…………救った?」

 

 僕には和人が居た。和人が僕の生き証人だった。でも詩乃は? 彼女には? 必ず居るはずだ。その言葉は、少なからず救ってくれる。僕と詩乃は違う人間だ。同じとは限らないが、それでも、救われて欲しい。

 

「詩乃」

 

 彼女の手を握る。

 

「君はずっと、独りで戦ってた。でも、確かに君は救えていたんだ。大澤さんを、他の人も……。それは、忘れちゃいけない。知るだけでいい、それだけでも、進もうと思えられるから……」

 

 とん。と、小さな足音がした。瑞恵ちゃんが椅子から飛び降りて、詩乃の前までテーブルを回り込んで歩いていく。

 四つ折りにした画用紙を取り出すと、詩乃に差し出す。クレヨンで描いた家族の絵。一番上には、平仮名で《しのおねえさんへ》と記されている。

 詩乃は両手で受け取ると、瑞恵ちゃんはにこりと笑い、大きく息を吸い、たどたどしい声ではっきりと言った。

 

「しのおねえさん、ママとみずえを、たすけてくれて、ありがとう」

 

 詩乃の頬に涙が零れる。瑞恵ちゃんは右手を恐る恐る、しかししっかりと握った。

 大丈夫。彼女は進んでいける。もし転けそうになっても、僕が支えよう。これからも……ずっと…………



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マザーズ・ロザリオ
《絶剣》


ども、素人投稿者です。

マザーズロザリオ開始です。
キャリバーは無いです。


ではどうぞ


 

 

 

 

 今日はALOにログインしている。キリトに誘われて始めたこのゲームは、妖精のファンタジー世界だ。羽根を使って空を飛び、魔法を使って戦う。音楽妖精族(プーカ)を選んだ自分好みの戦闘スタイルが確立し、僕もこのゲームでもキリトと並ぶことが出来た。

 

 新生アインクラッド第二十四層の主街区の北にある大樹の小島。季節だけは現実世界と同期させた粋な運営の計らいによって凍り付くような空気に白い息を吐きながら、剣を振るう。

 独自のリズムでステップを踏みながら、剣を右手へ左手へ移しながら空中に線を描く。今しているのは《オリジナル・ソードスキル(OSS)》の構想だ。このゲーム

を買収した新興ベンチャーはSAOのシステムを多くALOと融合させるという大胆な方針を掲げた。ソードスキルは改良を加えられたが、違和感を感じる程では無かった。そんな中OSSは、『本来システムアシストなしには実行不可能な速度の連撃技を、アシストなしに実行しなくてはならない』という矛盾を抱えた代物だ。

 僕はと言うと、各武器に最低一つのOSSは創った。従来のソードスキルだって、僕の理想の動きをするには違う技を連続で繰り出すしかなかったのだ。初見殺しは幾つあっても困らない。

 

「…………っ!」

 

 最後の叩き付けを決めて、両手斧のOSSを追加する。斧の柄を地面に刺して、止めていた呼吸を再開する。

 

「ふう」

「お兄さん凄いね!」

 

 何処からともなく拍手が聞こえてくる。武器をしまい、振り向くと、小柄な少女が居た。種族は闇妖精族(インプ)、赤紫色の瞳、パープルブラックの長いストレートの髪は艶がかっている。胸部を覆う丸みを帯びたアーマー、その下のチュニックと、ロングスカートは青紫。腰には黒く細い鞘。

 

「どうも」

「ねえ! お兄さんボクとデュエルしない?」

 

 活発なボクっ子少女が、キラキラとした目で見上げてくる。

 

「いいよ」

「やったー!!」

「ルールはどうする? 地上戦と空中戦とか」

「何でもありでいいよ! お兄さんの好きなように」

「じゃあ両方、何でも有りかな」

 

 ジャンプしながら喜ぶ姿に微笑みながら、一番頻繁に握っていた両刃槍を装備する。

 

「あれ? 斧じゃないんだ?」

「一通り触ってるからな。斧がよかった?」

「いや、何でもいいよ! 凄いねお兄さん!」

 

 話しながら距離を取る。少女がシステムウインドウを操作すると、視界にウインドウが出現した。

 【Yuuki is challenging you】。名前はユウキかと思いながらもOKボタンを押す。モード・オプションは《全損決着モード》を選択。もう命の危険はもう無い、迷わず選択した。

 

 ウインドウが閉じると、十秒のカウントダウンが始まる。

 

「では尋常に」

「尋常に!」

 

 ユウキは左腰の剣を握り、勢いよく抜き放った。細めの片手用両刃直剣。鎧と同じ黒曜石のような深い半透明の色合いだ。

 中段に構え、半身の姿勢を取るユウキに対して、僕は両刃槍を地面と平行に構える。

 息を吹き切って呼吸を止める。カウントがゼロになる。【DUEL】の文字が光るが、お互い動き出しは無い。

 

「……」

 

 両刃槍を左手で持ち、歩く。自然に、自身をこの世界と同化させながらゆっくりと、気配に騒音(ノイズ)を加える。

 

 耐えきれなかったユウキが距離を詰めてきた。突然の挙動をせず、左手の両刃槍で突きを放つ。剣先は僕の前、ユウキの踏み出した右足の直前に突き刺さる。

 

(速いな)

 

 ユウキは動じずに剣を振りかぶる。

 僕は高速で右に回転、左手を下から振り上げて剣先を地面から抜きつつ右手で逆手持ちに横薙ぎを放つ。逆L字の直角薙ぎだ。

 

 自信のある初見殺しだったが、剣で剣先を受けられた。

 

「凄い反射速度だな」

「お兄さんえぐい動きするね」

 

 軽いのか、防御したユウキごと振り抜いて十五メートル程飛ばした。蝶の翅を展開して、低空飛行で接近して鍔迫り合いにする。着地はさせない。

 

「速っ!!」

「君も、だろう?」

 

 ALOはレベル制では無い、スキルを育てて高レアリティの装備を装備するのがゲームパラメータの強さに直結する。つまり、レベルという数値の暴力が使えない。そのプレイヤー自身の能力が大きく出るシステムだ。

 アバターの速度を上昇させるアイテムも存在するらしいが、僕は見たことがない。背中の翅を使った飛行技術の練度の個人差はかなり顕著に出る。わかりやすい例を上げるならキリトの妹の直葉ことリーファは僕の知り合いの中で一番速い。その差は、レースをすれば僕より一秒早くゴールする程だ。正直勝てない。

 でも短距離、瞬発的な加速と急停止は僕に軍配が上がる。デュエルも僕の勝ち越しだ。自信過剰だが、このゲーム内で負け越した相手は居ない。負けない訳じゃないが勝てない訳じゃない。

 

 まだデュエルが始まったばかりだが、数多くのプレイヤーとデュエルしてきた僕が断言しよう。ユウキはこれまで戦ってきたプレイヤーで最強だ。

 

「シッ……!」

 

 思い切り上空に打ち上げる。流石のセンスか、勢いを上手くいなしながら体勢を整えられる。

 

「────────」

「……っ!」

 

 高速で詠唱した魔法で自身に能力上昇(バフ)をかける。

 急降下してくるユウキを見て、両刃槍を両手で中段に構える。赤いエフェクト光を出すのを確認し、翅の操作だけで接近する。

 

「……」

 

 オリジナルソードスキル《フラット・ソウル》を発動。右手、左手と握る手を交代しながら突きを二撃。 

 滑らかな剣捌きで剣の横面で逸らされ、硬い金属音が鳴る。

 両刃槍を半身になりながら背中を通して逆刃で突く。半身を反らして避けられる。

 

 空中である利点は足場が無いことだ。突きの勢いを殺さず翅を巧く使い、体を回転しながら両刃槍を回す。三次元な空中だからこそ出来る連撃。地上では地面を踏む為の足が、翅で移動出来るから攻撃に織り交ぜられる。蹴りの渾身の一撃が横腹に入る。

 

 

 反応速度は速い。剣筋も正確だ。だが、対人戦に馴染みがある太刀筋では無い。

 トドメの斜め斬り、をフェイントを挟んで放った。

 

(入った)

 

 首を狙った斜め斬りは、吸い込まれるように曲線を描く。

 

――背筋が強ばった。

 

 赤紫色の瞳は剣先を正確に捉え、口元は右の口角が上がり笑っていた。少女の黒曜石の剣が青紫色の光を帯びた。

 

(カウンター、ソードスキルッ!)

 

「やあっ!」

 

 凛とした声を発して、鋭い直突きと斜め斬りが衝突する。ソードスキルの光が激しく混ざり、衝撃が襲う。

 

「くっ!」

「てやぁっ!」

 

 僕のソードスキルはアレで最後だ。システム硬直が僕を金縛りにする。

 続くユウキの四連撃。もろに胴に喰らう。斜めのダメージエフェクトの痕から血のように赤色のポリゴンが漏れる。

 硬直が解けるが、間に合わない。ユウキのソードスキルは終わらない。続く五連撃もクリーンヒット。

 

 この時点で紙装甲な僕のHPは吹き飛んでいる。しかし、無慈悲なユウキの十一連撃目が、胸の中心を貫いた。

 

「お見事」

 

 感嘆の声を漏らしながら、赤紫の瞳を見つめた。

 

 

~~~~~

 

 

 《残り火(リメインライト)》から一応蘇生してもらうも、大の字で寝転がる。空を見ながら先程の十一連撃を脳裏に写す。

 

「お兄さん良いね! ……うん、お兄さんに決ーめた!」

「……何が?」

 

 デュエルの結果は僕の負け。文句も出ない見事な剣技だった。負けたのは久方ぶり、気分は沈み気味だ。

 

「ねえお兄さん、この後時間ある?」

「……ナンパ?」

「違う違う! えー……、まあ、ちょっと付き合ってよ!」

「おわっ!」

 

 翅を展開したかと思うと手を取られる。何も分からず突っ立っていると、まるでロケットかのように急発進した。急な展開だが時間はある、諦めて元気活発な少女について行くことにした。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 やがて、僕らはアインクラッド二十七層に入る。主街区の《ロンバール》の広場に降りて狭い路地を通って宿屋の戸口をまたぐと、五人のプレイヤーが陣取っていた。

 

「早っ! もう見つかったの?」

(…………)

 

 サラマンダーの少年の驚嘆が人気の無い酒場兼レストランに響く。

 

「紹介するよ。ボクのギルド、《スリーピング・ナイツ》の仲間たち。で、…………」

「初めまして。ソルです?」

「なんで疑問形?」

 

 丸眼鏡のレプラコーンの少年がツッコミを入れてくれる。そんなこと言われても、僕からしたらこの状況がよくわかってない。説明求ム。

 

「どういう状況?」

「あ、ボクまだ何も説明してないや!」

 

 五人が喜劇ばりなズッコケを披露してるのを見て、気が和む。

 紹介されたメンバーを見渡す、全員が手練だ。ALOではあのリーファよりも強いだろう。

 

「それで、僕に何をして欲しいの?」

「……あのね、ボクたち、この層のボスモンスターを倒したいんだ」

 

 腕を組んでやや考える。層攻略の手助けはこれまで何度も請け負って来た。だから僕には相応のコネクションが有る。この六人を連結部隊(レイド)に加えるのはわけないだろう。

 

「解った。連結部隊(レイド)には入れるよ」

「え、あ。えっと、ね。そういうのじゃないの。……ボクたちと、ソルさんの七人だけで倒したいんだ」

「…………は?」

 

 新生アインクラッドのボスモンスターはSAO時代の物とは別物と言っても過言じゃないくらい改造されている。通常攻撃、特殊攻撃、範囲攻撃、どれも頭の悪い奴がバランスを考えずに創ったと言われる程の理不尽さを持つ。それを、たった七人で倒そうって言うのだ。

 

「何を言ってるのか解ってる?」

「うん。実は、二十五層と二十六層のボスにも挑戦したんだ」

「結果は?」

「ぜんっぜん! 駄目だったよ!」

「何で七人?」

「あ、それは……」

 

 怒涛の質問攻めに、ウンディーネの長身の女性が助け舟を出す。

 

「それは私から説明します。実は、私たちはこの世界で知り合ったのではないんです。ゲーム外のとあるネットコミュニティで出会って、すぐ意気投合して、友達になって……。もう、二年ほども経ちました」

 

 思い出すかのように言葉を切って、また紡ぐ。

 

「最高の仲間たちです。みんなで、色々な世界に行って、色々な冒険をしました。でも、残念ですが、私たちが一緒に旅をできるのも多分この春までなんです。みんな……それぞれに忙しくなってしまいますから。そこで私たちは、チームを解散するまえに、ひとつ絶対に忘れることのない思い出を作ろうと決めました。無数に存在するVRMMOワールドの中で、いちばん楽しく、美しく、心躍る世界を探して、そこで力を合わせて何かひとつやり遂げよう、って。そうしてあちこちコンバートを繰り返して、辿り着いたのがこの世界なのです」

 

 他の五人も大きく頷いて同意する。彼女の言葉に嘘では無い。でも……

 

「話は大体解った。そういうことなら協力は惜しむつもりは無い。でもその前に……」

 

 ユウキの細い小さな腕を掴む。

 

「ユウキに話が有る。ちょっといいかな?」

 

 五人の顔は僕の疑問に検討がついてないようだ。店の外に連れ出して、人気の無い路地に入る。五

 

「な、何かな。ソルさん……」

 

 当の本人は僕が勘づいてることを察しつつあるのか、笑顔も引き攣っているように見える。

 

「……見込みは?」

「え?」

「助かる見込みは?」

 

 ウンディーネの彼女に感じた悲壮感、目線からユウキが何かしらの厳しい病状だと推測するのは簡単だった。

 

「…………」

「……ごめんね。こんなこと言うべきじゃないし、聞くべきでも無いことは解ってる。でも、どうしても、僕はその()()が苦しくて堪らないんだ。見てられない。じっとなんてしてられない」

 

 しっかりと、彼女の肩に手を乗せる。

 

「君は望んで無いかも……いや、望んで有ろうと無かろうと関係ない。僕はこれから、勝手に君を救う」

「え?」

「少しだけ待っててくれ。いずれ、君に問う。その時には…………君の本心を、望みを教えてくれ」

 

 自分でも滅茶苦茶なのは自覚してる。会ったばかりの女の子に何故こんなに熱くなってるのか、僕にも解らない。

 システムメニューを出して、ログアウトボタンを押す。

 

「協力するのはその後。待ってて」

「え、ちょっと!」

 

 僕らしくもない。手荒い操作で無理くりに仮想世界との接続を切断した。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 アミュスフィアを乱雑に投げ捨て、目当ての連絡先に電話を掛ける。四度のコール音で通話が開始され、通話時間の時間表示が現れる。

 

「君から掛けてくるなんて初めてじゃないか?」

「緊急の用事だったんでな。あんたにしか頼めない

 

 

 

 

 

 

…………菊岡」



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《交渉》

ども、素人投稿者です。

マザーズロザリオはパッパと終わらせます。
関わり? 無いです。
キリト? 無いです。
前話の伏線をどれだけの人が理解出来たのかは知りませんが、前話は結構伏線まみれでした。
ヒント:湊の設定
正直、前話は書いてて凄いことしてるなぁとか思ってたりしました。


ではどうぞ


 

 

 

 

「なんだい? 僕に用事って」

「あるVRMMOプレイヤーを救いたい」

「どういうことだい?」

 

 菊岡と関わるのは今後爆弾を押し付けられそうな気がして嫌だが、最悪なことに彼しか居ない。

 

「ALOで……ユウキっていう女の子と出会った。彼女は難病を抱えていて、先は短いようだった」

「そうか……。それは、残念だね」

「そこでだ。ユウキの情報を教えてくれ」

「…………君は今自分が何を言っているのか解ってるのかい?」

「勿論、個人情報を開示しろなんて言ってはい分かりましたなんて返ってこないのは重々承知している。……交渉しようじゃないか」

「…………言ってみたまえ」

 

 僕がきれるカードは唯一にして最大のジョーカー。命の保証の無い大博打だ。

 

「《仮想世界完全適応人類》」

「!?」

「お前たち政府が血眼になって探している奴だろ? SAOでカーディナルシステムに観測された。世界で唯一、仮想世界から現実世界への()()()を実現する存在」

「何故……何故君がそのことを……」

「簡単だ。……僕がその《仮想世界完全適応人類》だからだ」

「なっ!!」

 

 反応から政府が探してるのは本当らしい。システムログを確認しても特定出来なかったのは茅場晶彦の計らいか。

 

「交渉だ。現在、臨床試験が行われている医療用フルダイブ機器《メディキュボイド》。その試験として僕自身を捧げる」

「君は、本当に自分が何を言っているのか分かっているのか!」

「解ってんだよそんなこと!! だからこその交渉だ。試験期間は……そちらで決めてもらっていい。しかし、僕で作り出された抗体を最初に投与するのは……ユウキ、彼女だ。それ以外認めない。特定は任せる。情報の開示は治ったか否かだけでいい」

「……………………」

 

 解っている。これから僕の身体は貴重なモルモットに成れ果てる。何年、何十年、もしくは一生かもしれない。でも、覚悟なんて通り越した。

 

「何故……そこまでする?」

 

 何故…………何故か…………。

 

「救いたい。そう思っただけだ」

「……そうか」

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

(ごめん、暫くは会えないかもしれない)

 

 学校に休学の連絡を入れ、和人たちにもメッセージを送る。僕が入るのは【横浜港北総合病院】。ここに設置されたメディキュボイドだ。

 受付を済ませ、僕を出迎えたのは縁の太い眼鏡を掛けた男性医師だった。

 

「こんにちは、僕は倉橋といいます。紺野さんの主治医をしております。陽月さん……ですよね?」

「はい。陽月湊です」

「事情はある程度把握しております。本当に、ありがとうございます」

「……いえ」

 

 提示された条件として、期間は無期限、定期的な試験を行うとのことだった。

 僕にこれから行われる実験は、言うなら抗体の製造だ。メディキュボイドは医療用のフルダイブ機器だ、機器である以上システムが存在する。仮想世界にダイブした状態でシステムに仮想のウイルスや病原体を投与して、抗体を造る。それを僕が肉体に()()()して、現実世界で抗体を採取する。理論上は地球上のあらゆる病気に対する抗体を造ることが可能だ。ワクチンとは違いそのまま仮想の肉体の中にウイルスを設定するから症状も出る。何処まで僕の保護がされてるかは分からないが、強い抗体を造る以上最低保証のみだろう。

 

「……紺野?」

「ええ、フルネームは紺野(こんの)木綿季(ゆうき)さんです。……貴方が試験を受ける経緯はお聞きしています。本当に、ありがとうございます」

 

 倉橋さんは深く頭を下げる。慌てて頭を上げてもらい、少し微笑む。

 

「なるほど。此処にユウキが?」

「はい。恐らく貴方が言うユウキだと思います」

 

 此処で造って此処で投与する。非常に効率的だ。

 

「ユウキの話はおいおいお願いします。あなたの表情からも伝わる。もう、先が見えないんですね? 今は、時間が無い。直ぐにも始めましょう」

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 試験内容は、僕の想像を遥かに超える地獄だった。ユウキが患っているのは《後天性免疫不全症候群》、AIDSだ。発症すると、食欲低下・下痢などの症状が現れることで著しい衰弱状態に陥る。

 ペインアブソーバーは効果が無かったのか、はたまた幻覚か、激しい四肢の痛みも生じた。

 

「……うぷっ」

 

 現実世界で出来上がった抗体を採取する間は食事と倉橋先生との会話だ。

 体調的にも食べ物なんて食えたものじゃない。かといって点滴をすれば血液が作れない。何度も吐いた、何度も口に入れる。最早食べ物の形をしていないそれを懸命に体内に詰め込む。

 

 

 倉橋先生の話から、ユウキ──木綿季のことが解ってきた。両親を二年前、姉を一年前に……亡くしている。ウンディーネの女性が付き合いは二年と言っていた。ユウキが仮想世界での冒険を始めたのもその頃だと思う。姉も一緒だったってことは、スリーピングナイツのメンバーもこのことを知っているはず。

 

 

 

「先生、どうですか?」

「すみません。また、効果は……」

「いや、いいんです。早く次をやりましょう」

 

 メディキュボイドの出力は医療用ということもあって、アミュスフィアの比にならない。システムエフェクトも現実に近い高度な物になる。それでも、効果のある抗体を人体から造ることは難しい。幸いにも、木綿季と僕の血液型は一致している。早く良くなって欲しいものだ。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「全く、なんでこんなに思い切りがいいんだ……?」

 

 メディキュボイドの仮想空間で一人呟く。傍から見たらおかしな話だ。何も知らないくせに、何も関係が無いくせに、……僕もそう思う。

 でも、この胸を締め付ける痛みは何だろう。…………いや、まさか……な。

 

『湊君、体調はどうですか?』

 

 倉橋先生は定期的に中に通信してくれる。僕の気持ちに踏ん張りがつくから有難い。

 

「大丈夫です。まだまだいけます」

『……そうですか。無理しないで下さいね』

 

 彼は優しい医師だ。優しいからこそ、辛いと感じる瞬間が沢山あっただろう。木綿季の両親や姉こと。その責任が自身にあるなんて思っているかもしれない。でも、そんなことは無いと思う。少なくとも僕から見たユウキ――付き合いは全くと言っていいほど無いが、はALOで楽しそうにしてた。

 

 

「みんな……何してるかな」

 

 学校には詳細は伏せて事情を話している。そもそも政府が創った学校なので、すんなり休学出来た。……もしかして、帰還者学校は僕を見つけ出す為の……? いや、自意識過剰過ぎか。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

――三月

 

 十二月末から此処に入院しているから、もう三ヶ月が経とうとしている。雪は溶け、日差しが春の暖かみを帯び始めた。

 僕も()()()の感覚に慣れてきた。そして……遂に。

 

 

「どうですか、先生」

「ああ、成功だ。よく……よく頑張ってくれたね、湊君」

「……間に合いましたか?」

「ああ、……ああ! 間に合った! 今からでも症状が良くなってくる筈だ」

 

 安堵するのと、糸が切れたように体の力が抜けていった。

 

「つか……れた」

「……もうゆっくり休んで下さい。後のことは、僕たちに任せて」

 

 彼女の中に渦巻く病原体全ての抗体が出来上がった。僕の身体はやせ細って、肋骨が浮き出るまで肉が落ち、骨と皮だけになっていた。

 

「良かった。()()()()……救えた」

 

 無意識に何か言った気がしたが、もうそんなこと気にする気力は残って無かった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 三月も終わりを迎えるまで残り数日。僕はリハビリに大苦戦していた。SAO、及びALO事件から戻って来た時のリハビリは苦戦しなかったが、今回は訳が違う。動かない脚を何とか前に出しながら、少しずつ、少しずつ筋肉を戻していく。

 こんな時こそ()()()すれば楽だと思うが、今の僕は()()()のし過ぎで抗体製造以外の上書きの効果が少しも見られないとのことだったので、泣く泣くこうしてリハビリしている。

 

 病院内をフラリフラリと彷徨う。現実世界の木綿季の姿も見せてもらったことが有るが、胸の痛みが増すばかりだった。

 そこでふと、何やら焦る様子で走る倉橋先生を見かけた。

 

「倉橋先生、おは……」

「すみません湊君!」

 

 通り過ぎてしまった。病院内で走るなんて急患以外無い。何処も違和感は無い……筈だ。

 

「っ! また……痛い」

 

 ズキリと痛む胸を抑える。胸騒ぎなんてやわなもんじゃない。

 

「……木綿季が?」

 

 有り得ない、信じたくは無かった。拙い歩行で倉橋先生の後を追う。

 

 

~~~~~

 

 

 木綿季の容態が急変した。それでも、抗体があるからか、危険な状態にはならなかったようだ。

 

「先生。木綿季は良くなるんじゃないんですか?」

 

 倉橋先生は悔しそうに唇を噛む。そんな彼を責め立てようとは思えなかった。

 

「恐らく、気持ちの問題です」

「プラシーボ効果ってやつですか?」

「そうです。それが悪い意味で効果を発揮してしまっているんだと思います」

「……生への執着ですか?」

 

 木綿季に家族はもう居ない。きっと心の何処かで諦めているのだろう。自分は長くない、終わりの時はすぐに来ると。

 

「……わかりました。僕が、彼女に会ってみます」

「…………実はですね。結城明日奈さんが木綿季くんに会いに来てたんです」

「……え?」

「貴方と同じく仮想世界で出会ったそうです。それで、木綿季くんを沢山の場所に連れてってくれたりもしました。楽しい思い出ができ、安心したのかもしれませんね。症状は少しづつ良くなってですが、最悪なことになる可能性は捨てきれません」

 

 明日奈と木綿季が会っていたのは初耳だった。そういえば、僕は現在政府で秘密裏に行われている実験のモルモットだったと思い出す。

 

「ALO……メディキュボイドの中で、一度彼女に会ってみます。どうやら時間に余裕がある訳じゃ無さそうですし」

「時間?」

「木綿季は死ぬ気です」

「なっ!」

 

 先生が驚くのも無理は無い。折角助かる見込みが見えたのに、自ら死を選ぶのだ。もう自分の人生に満足してしまったのだろう。彼女からは満足感と疲労感が強く感じられる。

 仮想世界で長い時を過ごした彼女は、もしかして()()()()()()()向こう側に引っ張られているのかもしれない。ならば、現実世界(こっち)からじゃ効果が無い。

 ……決心が着いた。僕は仮想世界(向こう)()()を起こす。

 

「明日ログインします。では、失礼します」

 

 

 

 

 

 部屋から出て、スマホを取り出す。僕は一生使うことは無いと思っていたある連絡先に電話を掛けた。



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《奇跡》

ども、素人投稿者です。

初めに言います。終わりじゃないです。
後処理もしっかりやるのが君為です。
マザーズロザリオの伏線は次話で全て回収する予定です。


オーディナルスケールはやるか迷ってます。
やるとしても内容何も無いです。
やるならソルはオーディナルスケール起動しないです。


ではどうぞ


 

 

 

 

 病院が騒がしい。廊下の声を拾うと、どうやら明日奈が来ているらしかった。倉橋先生も明日奈の対応をしている。

 病室には僕一人。ある伝手を使って手に入れたアミュスフィアの電源を入れる。

 

「…………」

 

 表面をなぞるように指先で触れる。この機器が憎たらしくも、頼る無力を呪うことも嫌悪することも出来ない。僕は、ただのしがない学生なのだ。

 

 教わった()()()のIDとパスワードとを入力し、転移位置を設定する。あの大樹の島。彼女はそこに居る……気がする。

 

「……リンク・スタート」

 

 

~~~~~~~~~~

アスナside

 

 ユウキの病院で、アミュスフィアを使ってALOにダイブする。森の家で覚醒して、全速であの島に向かった。二人が初めて出会った、あの大樹の下を。

 

 アインクラッドは夕暮れだった。差し込む夕陽が湖を染め、光の帯を照らす。

 小島に到着すると、彼女はそこに居た。やや冷たく感じる風に濃紺のロングヘアを揺らしながら、闇妖精族の少女剣士はゆっくりと振り向いた。

 

「──ありがとう、アスナ。ボク、大事なことをひとつ忘れていたよ。アスナに、渡すものがあったんだ。だから、どうしてももう一度ここで会いたかった」

 

 その声はほんの少し、揺らいでいた。

 

「なに? わたしに渡すものって」

「えーとね……いま作るから、ちょっと待って」

 

 私が明るく訊ねると、にっと笑い。ウインドウを出して短く操作した。すると、右手で腰の剣を音高く抜き放つ。

 

「やあっ!!」

 

 裂帛の気合いとともに、右手が閃いた。樹の幹に向かって、右上から左下に、神速の突きを五発。ぎゅん、と剣を引き戻し、今度は左上から右下に五発。突き技が一発命中するたび、凄まじい炸裂音が鳴り響き、天を突く大樹全体がびりびりと震えた。

 十字に十発の突きを放ったユウキは、もう一度全身をいっぱいに引き絞ると、最後の一撃を交差点に向かって突き込んだ。青紫色の眩い光が四方に迸り、足許の草が放射状に倒れた。

 

 剣尖を中心にして、小さい紋章が回転しながら展開した。同時に、四角い羊皮紙が樹の表面から湧き出すようにジェネレートし、青く光る紋章を写し取ると、端から細く巻き上げられていく。ユウキはそれを掴むと、剣を落とし、崩れ落ちようとした。

 素早く駆け寄ってその体を支える。

 

「へんだな……。痛くも、苦しくもないのに、なんか力が入らないや……」

「だいじょうぶ。ちょっと疲れただけだよ。休めば、すぐによくなるよ」

「うん……。アスナ……これ、受け取って……。ボクの……OSS……」

「わたしに、くれるの……?」

「アスナに……受け取って……ほしいんだ……。さ……ウインドウを……」

「……うん」

 

 左手を振って、ウインドウを出し、OSS設定画面を開く。ユウキは握った小さなスクロールをウインドウ表面に置く。スクロールは光とともにたちまち消滅し、それを見たユウキは、満足そうなため息とともに左手を落とした。ふわりと笑ってから、消え入るような声で囁く。

 

「技の……名前は……《マザーズ・ロザリオ》……。きっと……アスナを……守って、くれる……」

 

 堪えきれなかった涙がユウキの胸元に落ちる。微笑みは消さない。

 

「ありがとう、ユウキ。──約束するよ。もしわたしがいつか、この世界から立ち去る時が来ても、その前に必ずこの技は誰かに伝える。あなたの剣は……永遠に絶えることはない」

「うん……ありがと……」

 

 その時、いくつかの飛翔音が重なって響いてきた。顔を上げると、ジュン、テッチ、タルケン、ノリ、シウネーの五人が、我先にと駆け寄ってくるところだった。

 五人は、ユウキを半円形に囲んで膝を落とした。ぐるりと皆の顔を見回し、ユウキは困ったように笑った。

 

「なんだよ……みんな、お別れ会は……こないだ、したじゃん。最後の見送りは……しないって、約束……なのに……」

「見送りじゃねえ、カツ入れに来たんだよ。次の世界で、リーダーが俺たち抜きでしょぼくれてちゃ困るからな」

 

 にやっと笑いながら、ジュンが言った。

 

「次に行ってもあんまウロウロしねえで待ってろよ。俺たちもすぐに行くからさ」

「何……言ってんの……。あんますぐ……来たら、怒る……からね」

 

 ちっちっと舌を鳴らし、今度はノリが威勢のいい声で言った。

 

「だめだめ、リーダーはあたしらがいなきゃなんもできないんだから。ちゃんと、おとなしく待っ……待って……」

 

 突然、ノリの顔がくしゃっと歪み、大きな黒い瞳から涙がぼたぼたと落ちた。喉の奥から、堪えきれないように嗚咽を二度、三度と漏らす。

 

「だめですよ、ノリさん……泣かないって、約束ですよ……」

 

 笑顔で言葉を挟んだシウネーの頬も、二筋の涙できらきらと光っていた。最早溢れる涙を隠そうともせず、タルケンとテッチもユウキの手をぎゅっと掴む。

 

「しょうがないなあ……みんな……。ちゃんと、待ってる……から、なるべくゆっくり……来るんだ、よ……」

 

 スリーピング・ナイツの六人は、手を重ねると、再会を誓うようにぐっと力強く頷き合った。シウネーたちが立ち上がるのと前後するように、新たな翅音が幾つか近づいてきた。

 現れたのはキリトとユイ、リズベット、シリカ、リーファ、シノン……いや、それだけじゃない、様々な種族の翅音が、幾つも重なって、荘厳な反響音を作り出している。

 見えたのは、色々な方向から、沢山の帯が小島を目指して伸びていた。赤色はサラマンダー、黄色はケットシー、インプ、ノーム、ウンディーネ……それぞれのリーダーに率いられたプレイヤーの大集団が、一直線に大樹へと向かって集まってくる。その数は五百……いや、千を超えるだろう。

 

「うわあ……すごい……。妖精たちが……あんなに、たくさん……」

 

 眼を見開いたユウキが感嘆の声を漏らした。

 

「ごめんね、ユウキは嫌がるかもって思ったんだけど……わたしが、リズたちにお願いして呼んでもらったの」

「嫌なんて……そんなこと、ないよ……。でも、なんで……なんでこんなに……、たくさん……夢……見てるのかな……」

 

 ユウキが吐息混じりに囁く間にも、小島の上空まで達した剣士たちは、次々と滝のような音を立てて降下してきた。その大集団は、少し距離を置いてわたしたちを取り囲むと、次々と草地に片膝を着き、こうべを垂れる。さしも大きくない島は、あっという間に無数のプレイヤーで埋め尽くされた。

 

「ユウキ……あなたは、かつてこの世界に降り立った、最強の剣士……。あなたほどの剣士は、もう二度と現れない。そんな人を、寂しく見送るなんて……できないよ。みんな、みんなが、祈ってるんだよ……ユウキの、新しい旅が、ここと同じくらい素敵なものに、なりますように、って」

「…………嬉しい……ボク、嬉しいよ……」

 

 ユウキは周囲を取り囲む剣士たちを見渡すと、何度か深く息をついてから、まっすぐわたしを見た。最後の力を全て振り絞るかのように、切れ切れだがはっきりとした声で話し始めた。

 

「ずっと……ずっと、考えてた。死ぬために生きてきたボクかま……この世界に存在する意味は、なんだろう……って。何を生み出すことも、与えることもせず……たくさんの薬や、機械を無駄遣いして……周りの人たちを困らせて……自分も悩み、苦しんで……その果てに、ただ消えるだけなら……今この瞬間にいなくなったほうがいい……何度も何度もそう思った……。なんで……ボクは……生きてるんだろう……って……ずっと……。でも……でもね……ようやく、答えが……見つかった、気がするよ……。意味、なんて……なくても……生きてて、いいんだ……って……。だって……最後の、瞬間が、こんなにも……満たされて……いるんだから……。こんなに……たくさんの人に……囲まれて……大好きな人の、腕のなかで……旅を、終えられるんだから…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もう、満足したのか?』

 

 声が聞こえた。その場の全員が声の主を探す。

 わたしたちの真上の上空に輝く光が現れ、それは人の形へと変化した。白い外套を纏い、優しく輝く純白の翅を持っていた。

 

『もう、終えていいのか?』

 

 頭の中に響くような声。ゆっくりと降下する白い妖精が再度問う。

 

「うん……、もう……いいよ……」

『本当にいいのか?』

 

 わたしの真横に降り立った白い妖精がユウキを見つめる。フードを被っていてその顔は見えない。

 

『続けたいと……思わないのか?』

「……無理だよ。……ボクは、もう……いいんだ……」

『生きるのは……楽しく無かったか?』

「そんな……わけ……ないよ……」

 

 白い妖精が膝を着けてユウキの手を握る。

 

『汝に問う。望みを言え。さすればその願い、叶うであろう』

 

 ユウキが少し瞠った。

 

「……いいの、かな……?」

『願え、そこに資格も権利も存在はせぬ』

 

 じわりとユウキの目から涙が溢れる。唇を震わせ、縋るような小さな声で囁いた。

 

「生きたい……。もっと、アスナと……みんなと……一緒に…………居たい」

『汝の願い。しかと受け取った』

 

 そう言った白い妖精が手を掲げると、光の中から一つのガラス瓶を取り出した。アイテムだと思うが、見たことの無い物だった。

 白い妖精は瓶の蓋を外して、中の液体をユウキの口に注いだ。すると、ユウキが眩い光に包まれた。

 

「ユウキ!」

『安心しろ。害有る物では無い』

 

 白い妖精がわたしの肩に手を乗せ、ユウキを支えていた腕を外される。そこでわたしは目を見張った。

 ユウキは地面に倒れず、ユウキの体は宙に浮き上がったのだ。

 

『汝を蝕む悪き病はもう去った。汝、生きよ。仲間と、大好きな人と、これからも生き続けよ。last(終わり)にはまだ早いだろう? 最後では無い、last memory(思い出は続く)

 

 光が収まる。ユウキがゆっくりと眼を開くと、信じられない顔で自分の体のあちこちを触り始めた。

 

「負け越しは許したくないんでな……」

 

 ぼそりと呟かれた言葉をわたしは聞き逃さなかった。

 

(ソル君?)

 

 その声は知り合い声にとてもよく似ていた。

 

「アスナ!」

「わっ!」

 

 胸に飛び込んできたユウキを辛うじて抱きとめる。さっきまでの雰囲気とは真逆の、いつものユウキだ。

 

「ボク、これからも生きるよ!」

 

 満開の笑顔で言うユウキ。ハッと周りを見渡すが、もうあの白い妖精の姿は無かった。

 

「あの人は……」

「後でお礼しなきゃね」

「知っているの?」

「え? あー、わかんない!」

 

 周囲の剣士たちは何が起こったのか分かっていない。全員が目を点にしてはしゃぐユウキを見守っている。

 

「ねえアスナ! 明日も会えるかな?」

「ふふ、もちろん」

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

 現実世界に戻ってきて、湧き上がる吐き気に堪らずベッドの傍に置いてあるバケツに嘔吐した。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 アミュスフィアを外して、枕元に置いた。口を拭いながら机の上のスマホを探す。何とか連絡先の()()を押した。

 五回目のコールでやっと繋がる。窓の外の夕陽はもう沈みかけていた。

 

「もしもし」

『……上手くいったか?』

「はい、ありがとうございます。

 

 

…………叔父さん」



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《星奈》

ども、素人投稿者です。

アンケートではオーディナルスケールやりそうですね。
一話ですよ? 短いですよ? 薄いですよ?
まあ、やるならやるで手を抜く気は無いんですが。


ではどうぞ


 

 

 

 

 

 

 僕の叔父はALOを運営するベンチャーの役人だ。彼には管理人用アミュスフィアを手配してもらった。勿論タダじゃない。条件は三百万の寄付で済んだ。死銃事件の報酬全て、安い買い物だった。

 

『……君は何故その子に手を差し伸べる?』

 

 依頼する時、彼にそう聞かれた。何度も理由を自身の中で探した。その度に()()()がチラつく。

 ユウキはユウキだ、()()()じゃあない。そんなの当たり前だ。その筈……なのに。

 

『兄……』

 

 ベッドで血に塗れる妹の姿が脳裏をよぎる。救えなかった、届かなかったこの手が……今回は届いた。

 僕は彼女を妹――()()と被せてしまってるんじゃないか。そんな疑問は僕の中でずっと蝕んでいる。

 

 僕は彼女を、ユウキを救ったんだ。誇るべきことだ、胸を張っていいはずだ。なのになんで…………

 

 

~~~~~~~~~~

ユウキside

 

 メディキュボイドの外、仮想空間よりずっと狭い病室のベッドで目が覚める。何も無い無機質な病室、なのにボクはこの光景に感動している。

 

「木綿季君、少しいいかな?」

「はーい」

 

 扉が開いて、倉橋先生が入室してくる。先生の隣には、知らないおじさんも一緒に入って来た。

 

「こんにちは。君が木綿季さんかな?」

 

 表情筋の動かない無愛想な顔に圧されて、少したじろいた。

 

「ああ、ごめんね。威圧するつもりは無かったんだ。ただ生まれつき顔が厳ついだけだよ」

 

 笑ったつもりなのか、一層と眉を顰めた顔は逆に怒ったように感じる。

 

「自己紹介をしよう。私は陽月(ひづき)颯人(はやと)、陽月湊――ソルの保護者だ」

「ソル?」

 

 彼の本名は初めて聞いたが、ソルの名前で分かった。一度剣を合わせただけだが、何故かボクの頭の中に残る顔を思い出す。

 

「入れ」

「……失礼します」

 

 澄み渡る声を響かせて、ドアから一人の少年が入室した。赤茶色のウルフカット、暗褐色の瞳。何処か儚げな雰囲気を持つその少年と目が合うと、優しく微笑んだ。

 

「初めてましてに、なるのかな?」

「ソル……さん?」

「うん。僕がソル。陽月湊です。よろしく木綿季」

 

 ソル……湊さんはおじさんの隣の椅子に座る。

 

「木綿季さん、今日はあなたに一つ話があって来ました」

 

 颯人さんが声のトーンを落として言う。心無しか目付きも鋭くなっている気がする。

 

「木綿季さん……私達と、家族になりませんか?」

 

 突然のことに目を丸くする。ボクが……家族?

 

「養子縁組……ということになる。すまないが、君のことは少し調べた。……血縁者も保護者も居ない君はこれから、大変な苦労をすると思う。それを私は支えたい。書面上家族になるだけで、君の家族が君のお母さんやお父さん、お姉さんであることは変わらない。無理に親密になる必要は無いと考えている。……私はね」

 

 颯人さんは視線を湊さんに向ける。湊さんは面食らったように驚いた顔をする。

 

「僕が?」

「君が救ったんだ、誇りなさい。…………彼女は木綿季さんだ。君は木綿季さんを救ったんだ」

「…………」

「少し彼女と二人きりで話がしたい。いいかな?」

 

 颯人さんの要望で倉橋先生と湊さんが退室する。退室する時、湊さんの横顔を見た。その頬には、一粒の涙が流れていた。

 

 

「さて、彼について話をしたいんだが、独り言だと思って聞いてくれ」

 

 何かを思い出すように指を組んで、ゆっくりと颯人さんは語り出した。

 

「湊はね、私の甥なんだ。彼にも家族はもう居ない。父は事故死、母は過労死、妹は……病死だった。傍から見ただけだが仲の良い家庭だった。最後に残った唯一の血の繋がった妹を、それはもう大切にしていた。最期の時、彼は妹と一緒に居た。私が急いで駆けつけた時に見た光景は、血を吐いて倒れる妹と、唯それを眺める湊の姿だった。湊が壊れ始めたのは妹の葬式からだった。頻りに自殺を図り、生きることを諦めた眼をしていた」

 

 苦虫を噛み潰したような顔をする颯人さん。

 

「私では……湊に何もしてやれなかった。ならばこそ私はせめて彼が死なないように環境を整えた。家の刃物は全て処分、食事も無理矢理摂らせた。少しでも興味がある物がないか、楽器、スポーツ、あらゆる物を与えた。…………ナーヴギアもそうだ。ニュースを見て、私は絶望したよ。湊がデスゲームの中になんて入ったらきっと自殺してしまう、そう思ったからだ。でも、湊は帰ってきてくれた。死にたいとも言わなくなっていた。でも、私は詳しい話は聞こうとは思わなかった。それから少し経って、彼は生き生きとし始めた。私が勝手に様子を見ているだけだったが、彼の変化が私は嬉しかった」

 

 それが心からの本音であることは、颯人さんの硬い表情からも伝わってきた。

 

「そんな彼が、君を救う為に初めて私を頼ってくれたんだ。この口は冷たく言い離すことしかできないが、内心ではとても感動したもんだ。湊はいつも一人で物事を解決しようとする。誰かを頼ることが出来なかったんだ。無論、見返りなんぞを求めず協力してやりたかったが、しかし私も立場というものがあった。湊からの多額の寄付を受けることで他の役員を黙らせたが、全く何処でそんな金額を稼いだものか、危ないことに巻き込まれていなきゃいいが」

 

 興が乗ってきたのか颯人さんはだんだんと早口になっていく。

 

「……っと、これぐらいにしておこう。つまり、湊は良い子だ。仲良くして欲しい」

「は、はあ」

 

 最初の印象との違いに戸惑いつつも応える。

 

「仲良く……なれるかな?」

「安心しなさい。湊は面倒見が良い。どんどん甘えなさい」

「……うん!」

 

 素敵な家族だと思った。ボクは幸せ者だ、こんなに優しい人と家族になれて、優しい兄を持って。アスナと仲間たちと、これからも一緒にもっと沢山の思い出を作れる。

 

「彼と話てみるといい。君の言葉で、今の彼の悩みは解けると私は思っている」

「うん! ありがとうおじさん!」

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 自分の病室に戻って、ベッドの上から窓の外を眺める。学校に復帰するにもリハビリは長い期間が必要だと先生に言われたから、もう暫くはここのお世話になる。

 窓から入る明かりだけが照らす病室で、何も考えずにただ空を眺める。星はまだ見えない。

 

「失礼します」

 

 入口を見ると、杖にしがみつきながらもゆっくりと此方に近付く木綿季が居た。

 

「いきなり家族だなんて、吃驚したでしょ?」

「ううん。とっても嬉しいよ!」

 

 彼女の笑顔はまるで太陽で、暖かかった。

 

「……僕は君を、妹に重ねて見ていたかもしれない」

 

 僕が何を思って、感じて行動したのか、彼女は知るべきだと思った。木綿季を直視することは出来なくて、下を見て話す。

 

「自分でも変な奴だと思うよ。会ってすぐにプライベートを暴かれて、挙句に深く干渉した奴なんて、かなりの不審者だな」

「そんなことないよ! 湊さんのお陰で、ボクは今生きてるんだ!」

「……」

 

 まだまだ体はひ弱なままなのに元気に話す木綿季を見て、僕は複雑な気持ちになる。

 

「君には……姉が居ただろう? 僕が兄になることに抵抗は無いの?」

「……湊さんは湊さんだよ。それに、ボクはまだ湊さんのこと全然知らない。ボクの為に沢山苦しいことをしてくれたことを先生が話してくれて、申し訳なくなったんだ。こんなボクの為に……そんなことする必要なんてあるのか、って」

「必要はあったよ。僕は後悔していない。君を救えて……本当によかった」

 

 そう言うと、木綿季はニッコリと笑った。

 

「やっと笑ってくれた!」

「え?」

「いつもつまらないって顔してたから、笑わないのかなって、おじさんと一緒で。でもよかった! やっぱり笑ってた方が良いよ、()()()!」

「!」

 

 

『兄!』

 

 

 ……切り離さなくても、いいのかもしれない。星奈も木綿季も僕の大切な妹だ。それで……いいのかもしれない。

 

「……おいで」

 

 手で木綿季を招く。懸命に寄ってきた木綿季を両手で抱きしめる。

 

「よく……頑張ったね。これからは楽しいことがたっくさん君を待っている。……もし何かあったら、僕を頼ってくれ」

「うぇ、え!」

 

 まだ力の弱い彼女は僕を突き放せない。それどころか、逆に僕の背中に手を回した。

 

 

 

 

 

 どれだけそのまま抱き合って居たのか、陽はもう沈み、夜空には星と月が暗闇を照らしていた。

 もう僕には悩む必要は無かった。今にも壊れそうなこの心を治していくのは長い、永い時間が掛かるかもしれない。でも生きてさえ居れば和人や詩乃、木綿季と出会えたように僕は変われる筈だから。

 

(星に手を伸ばし続ければ……何時か…………)

 



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オーディナル・スケール
《オーディナル・スケール》


ども、素人投稿者です。

やっとこさできました。
劇場版なので構成練るのは中々難しかったですね。
ソルの活躍としては妥当なものにしました。

劇場版ということで、作風も少し変えています。具体的に言うと一人称の文章じゃないです。特別感を楽しんで下さい。


ではどうぞ


 

 

 

 

 

 昼下がりの日差しの気持ち良い日、昨今の世間ではある物が話題をかっさらっていた。

 

『次世代ウェアラブルマルチデバイス《オーグマー》ですが、このオーグマーにはフルダイブ機能が無いとのことで、先発のアミュスフィアから技術的には退化してるように思えますが、それは間違いです。覚醒状態で使用出来るというのは、大きなアドバンテージと言えるでしょう』

『仮想現実の世界にフルダイブするアミュスフィアとAR、つまり現実を拡張するオーグマーは全く別物であると考えた方がよさそうですね』

『その通りですね。何よりオーグマーにはフルダイブマシンについて回る諸々の危険性が存在しません。むしろ、フィットネスや健康管理目的で使用するユーザーも増えているようです』

『その一例がこちらの最新ゲーム、オーディナル・スケールです』

 

「兄さんはオーディナルスケールしないの?」

「木綿季、僕はまだリハビリ中だよ。あんなに激しい動きなんて出来ないよ」

 

 横浜の病院で、ベッドの上で活発な少女とその横で林檎の皮をフルーツナイフで器用に剥く少年がテレビのニュースを見ていた。

 少女は紺野 木綿季、病気だったがメディキュボイドの臨床実験を経て、ALOで《絶剣》と呼ばれるに至った現最強の剣士。

 少年は陽月 湊、SAO生還者であり、死銃事件を解決に導いた立役者。世界で唯一の《仮想世界完全適応人類》にして、木綿季の病の治療する為に一役買っている。ちなみに、木綿季との再戦はまだしていない。

 この二人は訳あって血の繋がっていない家族となった。しかし、今のこの仲睦まじい様子を見ればきっと殆どの人が兄妹のように思うだろう。

 

『ゲームの人気拡大に一役買っているのがイメージキャラクターの《ユナ》です。世界初のARアイドルとしてデビューした彼女は、プログラムによって動くAIなんですが、言葉や表情があまりにも自然なので生身の人間が演じているのではという噂が絶えません。今月末には、ファーストライブも予定されているということですが、三万枚のチケットはあっという間に売り切れてしまったそうです』

『オーグマーとオーディナル・スケールの勢いはますます加速していきそうですね』

 

「兄さんはユナ知ってる?」

「うん、いい歌声だよね。…………また聴けるとは思ってなかったけどね」

「ん? 何か言ったの?」

「何でもないよ。ほら、口開けて」

「むぐっ」

 

 湊は思い詰めた顔したが、すぐに明るく振る舞う。切り分けた林檎を爪楊枝に刺して木綿季の口に放り込んだ。

 モゴモゴと林檎をほうばる木綿季は湊の様子を見て思案する。まだ湊のことを何も知らない自分では彼の考えていることが分からなかった。

 

 今日も二人でリハビリを頑張る日々だ。ゆっくりとだが、順調に回復している。

 《メディキュボイド》の臨床実験で酷使された湊は、医師から脳への負担を考えてVR禁止令が出ている。短時間なら問題無いと判断されているが、VRMMOなど長時間フルダイブすれば脳への負荷が無視出来ないほど深刻になるのだそうだ。

 

「なんでだろうね……」

 

 湊は眉を顰めるながら、後ろの机に置いてあるオーグマーを見る。帰還者学校と呼ばれる政府が創ったSAO事件被害者を集めた学校では、今話題のオーグマーを無料配布していた。学校に所属する湊も例外無くオーグマーを届けられていた。

 税金で配布するにしても生徒全員に配布するのは違和感が有る。()()だ、希望をとること無く全員への配布。木綿季の為に買ったオーグマーの値段を考えると疑心暗鬼に陥る。まるで、SAO事件被害者をターゲットにして開発されたかのような…………。

 

「そろそろやろうよ兄さん!」

 

 木綿季はオーグマーを大層気に入ったらしい。起動に時間を要するメディキュボイドと違い、手軽にゲームが出来るオーグマーはリハビリの休憩時間で楽しむには持ってこいだった。

 

「わかったわかった。服を引っ張らないでくれ」

 

 湊はやれやれといった様子でオーグマーを手に取り、後頭部に装着した。

 

「ちゃんと休憩もするんだぞ」

「はーい!」

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「よう」

「いらっしゃい和人」

 

 黒髪黒目、中性的な見た目をした少年が手を上げて挨拶しながら病室に入ってきた。彼は桐ヶ谷 和人。湊と同じくSAO事件被害者であり、ゲーム内で名を轟かせた《黒の剣士》、《二刀流のキリト》だ。

 

「調子はどうだ?」

「ぼちぼちかな」

 

 湊と和人はSAO時代、二人並んで最前線で剣を取り戦い、和人はSAO、湊はALOから現実世界に帰還した時に接触して来た総務省の菊岡という人物の依頼で死銃事件を共に解決してきた相棒のような関係だ。

 政府の絡んだ湊の実験のことを知るのは湊の保護者である叔父と、実験をするきっかけになった木綿季と、菊岡との繋がりがある和人だけだ。湊に想いを寄せているシノン――朝田 詩乃は何とか湊の詳しい事情を知ろうとしているが、和人がのらりくらりと守秘義務を守ってるせいで一向に情報を得られないでいた。無事であることは伝えられたが、それでも心配なのだとこの頃は元気が無い。

 

「いつ頃戻って来れそうだ?」

「うーん…………。後数週間って感じかな」

「そうか。あのライブには間に合わなそうか」

「ライブねぇ……、行きたかったけど仕方ないね。木綿季も僕の退院の一週間後に退院を目処にリハビリを頑張っているよ」

 

 そういえば、と言って湊は懐から一枚のチケットを取り出した。

 

「これを詩乃に渡しといてくれ。最近元気が無いって聞いてね。彼女の歌声は元気をくれる。良い気分転換になればと思ってね」

「……ああ、了解」

 

 和人はユナのライブチケットを受け取ると、何か思い詰めた顔をした。

 

「どうかした?」

 

 湊は暗い顔をする和人を覗き込む。覇気が無いというより、何かに憂いているように感じた。

 

「いや……」

「ARは苦手か?」

「うっ、そういう訳じゃないんだが……」

「明日奈はお前の運動不足を嘆いてたぞ。ジムにでも通えばどうだ?」

「そう言うお前もそんな……いや、すまん」

「おいおい、お前に気を使われるとむず痒くなるからやめてくれ」

 

 木の枝のように細くなった腕に視線を落とす。前は逞しかったその腕は実験の影響で枯れるように変貌してしまっていた。

 和人は自身の失言に口を噤む。湊は肩を竦めて、和人がオーグマーを着けていないのに気付く。

 

「和人はオーグマー常着しないんだな。そんな嫌か、これ」

「お前も着けてないだろ」

「ドクターストップでね。オーグマーといえば……」

 

 口を開きかけて固まる。湊の考えていることは何の裏取りも無い不確かな推測だ。事軽く広めるのは如何なものか。

 

「いや、何でもない……」

「そうか? じゃあ、そろそろ行くよ」

「またね和人」

「またな湊」

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「それは……本当か?」

「…………ああ」

 

 湊の電話を持つ手が震える。和人の彼女、SAO時代からの恋人である明日奈がSAOの記憶を失った。オーディナルスケールのボス戦に参加していた彼女はボスの攻撃を受けた衝撃で気を失い、目覚めた時にはもう何も思い出せないのだそうだ。SAOでのキリトとの大切な思い出……その全てを。

 

「原因は? 戻るのか?」

「色々試してはいるが……」

「…………」

 

 湊はなまじSAOから二人を見守ってきた分、失った記憶がどれだけ大事なものなのか容易に想像できてしまう。

 

「だが手がかりはある」

「危険なことに首を突っ込んでないか?」

「お前にそんなこと言われるまでもねえよ。大丈夫だ、明日奈の記憶は必ず取り戻してみせる」

 

 不安になる湊。彼は何かと巻き込まれるトラブル体質だ。しかもそのどれもが小さな物では無い為、いつの日か取り返しのつかないことになりそうな予感があったからだ。

 

「危なくなったら止めろよ」

「わかってるって」

「はぁ、わかってるのか? ……じゃあな」

「ああ、またな」

 

 不安になりながらも電話を切る湊。空には重い曇天が覆われていた。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 ユナのライブ当日。僕と木綿季は同室で同じベッドでオーグマーを着けて勉強している。

 

「むむむ……」

「ここはあの公式がー……」

「……あ!」

 

 こうしているとあの頃を思い出す。もう一人の妹と過ごした病室の一時。湊の妹である星奈も最初はよく質問してきていた、天才であった星奈は一度の経験から千もの事象を学ぶ。たった数年早く生まれた頭脳では教えることなどもはや無く、共に難しい本を読み漁ったものだと感慨に耽る。

 

『ソルお兄ちゃん!』

「およ? 珍しいねユイ、オーグマーを通して直接会うのは初めてじゃないかな」

『今はそれどころじゃないんです! 急いでアミュスフィアかメディキュボイドでダイブして下さい』

「わかった」

 

 湊は迷いなくアミュスフィアの電源を入れる。突然のことに木綿季は慌てて湊に問い詰めた。

 

「ちょちょちょ兄さん!?」

「何だい木綿季?」

「事情とか聞かないの? 急すぎない?」

「どうせ和人が何か巻き込まれたんだろ。僕には解る」

 

 そう言いつつ、湊はもう一つのアミュスフィアも起動させた。

 

「はい」

「え?」

「僕一人じゃ不安だからさ、木綿季も手伝ってほしいな」

「……まっかせて!」

 

 満開の笑顔でアミュスフィアを受け取る木綿季。そこには、湊に対する深い信頼が有った。

 

「話は接続中に頼めるかな?」

『わかりました。時間が無いので簡潔に話します』

 

 後で先生に怒られるかな、なんてことを考えながらも湊はベッドの上に横になった。

 隣のベッドに居るはずの木綿季も湊と同じベッドに入ってくる。

 

「……狭くない?」

「そう?」

「……まあいいや。行くか」

 

「「リンク・スタート!」」

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「それで、僕らは何をすればいいの?」

「ソルお兄ちゃんとユウキさんにはパパとママの援護をして欲しいのです」

「だってさユウキ」

「ボクに任せてよ!!」

 

 そう言うと、ユウキは持ち前のスピードで我先にと行ってしまった。

 ソルも続こうとしたが、ユイに呼び止められた。

 

「ソルお兄ちゃんにはこれを」

「これは?」

 

 ユイの手には黄金に輝く光の珠がある。ソルがそれに触れると、黄金は彼のアバターに纏わり付き、装備へと変化した。

 紺のシャツに濃緋色のジャケット、手足には鋼の装甲、腰にはコイルをたなびかせている。

 

「これは、SAOの……」

「私に出来るのはここまでです。後は頼みます」

「任せろユイ。パパとママは必ず救い出してやる」

 

 湊はユイに感謝を述べ、光のゲートに向かうユウキの後を追った。

 

 

~~~~~

 

 

 キリト達はユナにこのイベントの真の目的がSAO被害者全員の記憶のスキャン、その結果としてこの場の全員の命が危ないことを教えられ、旧アインクラッド百層――紅玉宮のボスを倒す為オーグマーに備え付けられていた機能を使ってフルダイブした。

 

 ボスの名は《アン・インカーネイト・オブ・ザ・ラディウス》。大型の人型エネミー、右手に巨大な剣、左手には槍を携えたアインクラッド本来のボス。

 キリト達はボスの猛攻や、見えない透明な障壁に苦戦しつつもダメージを着実に与えているが、大樹を生成してその雫を受けたボスは折角与えたダメージも全て回復されてしまう。

 

 必死に戦うキリト達だが、エギルとリズベットは樹に捕らわれ、シリカはサイコキネシスで操作された岩盤に押し潰され、シノンは瓦礫の下敷きになり、キリトはボスの手に握られる。

 絶体絶命の危機に現れたのは、アスナだった。落下するように細剣をボスの左眼に突き刺したアスナが剣を抜くと、鮮やかな赤色の細光が撒き散った。

 

「アスナさん!」

「シリカちゃん!」

 

 アスナは岩盤から解放されて落下するシリカを抱き締め、ボスが生み出した樹の上に着地した。集合するようにキリト達は二人に駆け寄る。

 

「大丈夫なのか?」

「うん、私も戦う。戦えるよキリト君」

 

 大きく頷き合うキリトとアスナ。その隙を逃さず攻撃しようとするボスをシノンが狙撃で抑える。

 火力的に抑えきれないボスは剣を取り、キリト達に一直線に突進を繰り出す。しかし、剣を振りかぶる間もなくALOの風魔法が行く手を阻んだ。

 

「お兄ちゃーん! お待たせ!」

「アスナー! 助けに来たよー!」

「パパ、ママ、皆さんを呼んできました!」

 

 キリトの妹である風妖精(シルフ)のリーファ、ALOで現最強の剣士《絶剣》であるユウキ、SAOで二人と出会ったAIのユイだった。彼女たちの背後からも次々と妖精が飛び込んで来た。

 更には多数の銃撃の嵐がボスを襲う。銃火器を使って戦うGGOのガンマン達だ。

 どれもキリトたちと関わりのある顔ぶれ、皆んなが援軍として駆けつけてくれたのだ。

 

「時間が無いぞ」

「たたみかけろ!」

「大丈夫です。これを使って下さい!」

 

 ユイが光の珠を取り出して掲げると、キリト達はSAO時代の装備に身を包んでいた。シノンにはGGOの装備、へカートが装備されている。

 

「これは……」

「このSAOサーバーからに残っていたセーブデータから、皆さんの分をロードしました。シノンさんの分はオマケです」

 

「よし! みんなやろう!!」

 

 キリトの掛け声を皮切りに集まった全てのプレイヤーが攻勢に出る。一斉に攻撃を受けるボスも一切狼狽えない。激しい攻撃は更に激化する。

 

 耐えきれないと判断したのか、ボスは大樹を生成して回復を計ろうとする。

 

「あれを防いで!」

 

 アスナの指揮の下、阻止すべく各々ダメージを与えようとするも、直前に張られた障壁に吸収される。

 

「やばいよアスナ」

「くっ」

 

 絶剣のユウキでさえあの障壁は一撃では破壊出来ないものだ。このままではまた全回復されてしまう。もう時間が無い中、またボスのHPを減らしていく余裕は無い。

 

「やめろー!」

 

 二振りの剣を構えて叫ぶキリト。

 

 

 

 

 その叫びに応えたのか、空から星が堕ちて来た。

 白い光を放ちながら堕ちる星は難なく障壁を破り、ボスの雫を受ける宝石のような部位を粉々に砕いた。

 

 降り注いだ星、その姿には見覚えがあった。赤茶色の髪、暗褐色の瞳を持つ少年。彼の手には純白の剣《ウィッシュ オープン ア スター》、漆黒の盾《サン トゥ ムーン》。彼が放ったオリジナルソードスキル(OSS)は〈フォーリン・スター〉、二撃を刹那に放つ重二連撃の技だ。

 

「真打の登場……ってか?」

「ソル!」

「ソルっ!」

「遅いよ兄さん!」

 

 部位を破壊されたボスの回復は阻止され、〈スタン〉状態になった。無防備なボスに攻撃の雨が降る。

 

「時間は?」

「もう無い!」

「了解」

 

 それだけでソルとキリトは通じ合える。ソルは半身になり、剣を盾に擦らせるように構える。

 ボスが生成した多数の樹の根がソルを襲う。

 

「手伝うよ!」

 

 ユウキの援護もあり樹の根を捌く二人。ソルは受け流しつつもソードスキルをボスに叩き込む。

 

「削り切るぞ! 加速して行け!」

「行くぞアスナ!」

「うん!」

 

 ボスのヘイトはキリトとアスナに向くが、ソルが立ち塞がる。

 

「進め二人共。ユウキはアスナの援護を」

「了解!」

 

 迫る樹の根、シノンの狙撃とリーファの魔法が数を減らすがまだ断然多い。

 

「……シッ!!」

 

 しかしソル盾と剣でその全てを断ち斬る。距離を詰められたボスは槍攻撃を放つ。

 ソルはこれを全身を使って盾で槍の向きを変えさせる。

 

「スイッチ!!」

「行くよアスナ!」

「ええ!」

 

 

「「はあああああああああ!!!」」

 

 アスナとユウキは飛び上がり、剣に青紫色の光を宿した。ユウキのOSS〈マザーズ・ロザリオ〉、脅威の十一連撃。二人合わせて二十二連撃が貫く。

 

「はぁぁぁぁ!」

 

 キリトがスイッチでトドメの二刀流ソードスキル十六連撃〈スターバースト・ストリーム〉を放つ。

 

「これで決めるぞ」

 

 ソルはキリトにまとわりつくように踊る。ソルの持つユニークスキル《舞闘術》の本領は多種多様の武具の技を思いのままに繰り出せることにある。対人戦は勿論、対mob戦でも臨機応変な立ち回りが可能だ。その利点を利用したソルの得意な戦法はこうして誰かと共に()()ことだ。本人曰く繋がってる感覚があって良き、だそう。

 

 

「はああああ!!」

 

 キリトの最後の一撃が入りボスは爆発四散、飛び散った光の粒は大剣へと成った。

 

 

『これで完全クリアだな、キリト君、ソル君』

「茅場?」

『しかし、君にはまだやることがあるだろう?』

「行ってこいキリト」

 

 ソルが手伝えるのはここまで、これ以上は医師に言われている通り脳への負荷が看過できない程になる。

 

「またねアスナ!」

「うん、またね」

 

 ユウキもアスナに別れの挨拶を終え、ログアウトの準備を進める。

 

「待ってるからな」

「おう、すぐ退院するから待ってろ」

「あー! ボクも一緒に退院したい!」

「ふふふ」

 

 三人でキリトのお見送りをする。さてと、とソルが振り返ると、シノンが怒った顔で詰め寄ってきていた。

 

「ソル? 何か言うことがあるんじゃないかしら?」

「……心配かけてごめんなさい」

「あなたには言いたいことが山ほどあるわ。……でも」

 

 両腕で抱き締められるソル。

 

「あなたが無事でいて……本当に良かった……」

「もうすぐで退院なんだ。退院したら、真っ先に君に逢いに行くよ」

「今すぐにでも迎えに行きたいけど、……待ってるわ」

「うん……待ってて」

 

 抱擁を解いて、見つめ合う二人。

 

「兄さん! もう行っちゃうよ!」

「わかったよユウキ、今行く。……またね」

「うん、……またね」

 

 ユウキがソルの手を繋ぎ、ログアウトボタンを押した。ソルも続いてログアウトする。

 こうして、この一件は一旦の解決を迎えた。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

『先日、新国立競技場で行われたARアイドル《ユナ》のライブにおいて、オーディナル・スケールのモンスターが多数現れた事件は、イベントのサプライズ演出であると主催者発表がありました。次のニュースです。オーグマー等の運営会社《カムラ社》は本日、開発責任者である東都工業大学の重村教授の退任を発表しました』

 

 

~~~~~

 

 

「「「「退院おめでとう!!!」」」」

「ありがとう!」

「ありがとうね、みんな」

 

 落ち着いた雰囲気のお店、ダイシーカフェでは湊と木綿季の退院祝いのパーティーが開かれている。

 

「お前も大変だったなあ」

「もう体は大丈夫か?」

 

 クラインこと遼太郎と、エギルことアンドリューが湊に心配の声をかける。湊は苦笑いしながらも答える。

 

「もう大丈夫です。僕より、木綿季のリハビリの勢いはもう凄かったですよ」

「ふふん! 同時に退院出来てよかった!」

 

 湊の入院理由は公には伏せられている為、真実を知るのは和人と木綿季だけだ。

 

「にしても、湊さんってかなり強かったんですねー」

「あら? そういえば戦ってる所見たこと無かったっけ?」

「そうですねー。ALOの大会にも滅多に顔出さないので、撮ってもらった映像を見るぐらいしか知りませんでした」

 

 リーファこと直葉は湊の強さに驚き、それにシノンこと詩乃は含み笑いを浮かべる。

 

「確かに、湊はGGOに良くログインしてるからね」

「えー! そうなんですか!」

「そうよ。私と一緒によくプレイしてるわ」

「もっとALOにも来て下さいよ湊さん!」

「そうだよ! もっとALOに来てよ!」

 

 木綿季も加わり口論は賑やかになる。

 

「賑やかねえ」

「やっと戻ってきたって感じですね」

 

 リズベットこと里香とシリカこと珪子も見守る中、湊に直葉と木綿季が詰め寄る。この場に和人と明日奈の姿は無い。

 

(今頃お楽しみかな?)

 

 二人の予定を知ってる湊は宙を見上げる。

 

『いつか二人で流星を見たいなって話をしてな』

 

 いつの日か、アインクラッドで嬉しそうに語るキリトの顔は、今でも思い出せる。

 

「聞いてるの兄さん?」

「聞いてますか湊さん?」

「あー……」

 

 湊は現実逃避は難しいと判断し、目線で詩乃に助け舟を求めた。

 

「……彼とはGGOデートがあるから。ごめんなさいね」

 

 突然の爆弾投下。残念ながら、湊と詩乃は恋人のお付き合いをしている訳では無い。詩乃は猫のような妖艶な笑みを浮かべる。

 

「詩乃さん!?」

「え? 湊さん付き合って……」

「いやー……無いですよ?」

「本当に、兄さん?」

「無いですよ?」

 

 

 ちなみに、納得してもらうまで一時間程かかったとか、かからなかったとか…………。

 

 

 

オーディナル・スケール編 終幕



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アリシゼーション
《幼馴染》


ども、素人投稿者です。

忙しくて投稿してなかったんすねー。
やっとアリシゼーション始まります。

ではどうぞ


 

 

 

人界暦372年 7月18日。

 

 

 自然豊かな森に一定の間隔を空けて斧を振る音が木霊する。

 

「……49っ」

 

──ゴーン。

 

「おっ」

 

 一際よく響く音に黒髪の少年は起き上がり、木の枝で地面に印を付ける。

 肩を上下させながらも、亜麻色の髪の少年は斧を振りかぶる。

 

「ごーじゅうっ!」

 

──カン。

 

「……ぷはっ!」

 

 疲れ果てた亜麻髪の少年は仰向けで地面に倒れる。大きく息を吸いながら胸を膨らませる。

 

「いい音がしたのは50回中3回だったな。……えっと、全部合わせて41回か。どうやら今日のシラル水はそっちの奢りだぜ。――ユージオ」

「ふん、そっちだってまだ43回じゃないか。すぐに追い付くよ。そら、お前の番だぞ――キリト」

「へいへい」

 

 キリトと呼ばれた黒髪の少年はユージオから斧を受け取ると、自分たちの目の前に聳え立つ巨大な黒樹に目を向ける。

 

「1年と3ヶ月、毎日これだけ斧を振るってるのに……やってられないなあ」

 

 自分たちが切り倒そうとする大樹は緑が生い茂り、まるで倒れる気がしないことにキリトはため息を漏らす。

 亜麻髪のユージオも息が整ったのか、起き上がって苦々しい顔をするキリトに声をかける。

 

「文句を言っても仕方ないさ。この《ギガスシダー》を切り倒すことこそが、僕らの《天職》なんだから」

「それはわかっちゃいるけどさ。ホント達成感の無い仕事だよな」

 

 キリトはギガスシダーに近付くと、指でSの軌道をなぞる。すると、システムウインドウが開かれた。そのウインドウにはDURABILITY(耐久値)CLASS(階位)UNIT ID(識別コード)が載っている。

 

「えっと……この天命、前は幾つだっけ?」

「確か……235590くらい」

「たった50…………。2ヶ月こんだけ頑張って23万なんぼの内たった50!! これじゃ一生かかっても切り倒せねえよ!!」

「あはは、なんたって鉄の硬さを誇る大樹だ。僕らの前に六代の刻み手が300年頑張ってたんだからさ。後十八代、900年くらいはかかるよ」

 

「お~ま~え~は~、おら!」

「うわ!」

 

 キリトはユージオに飛びつくと、勢いのままそのまま数回転して覆い被さる。有利な位置を取って、そのまま頭をワシャワシャと手で掻き回す。

 

「な、何す……や、やめ……こ、こいつ!」

 

 ユージオはキリトの肩を突き飛ばして今度は自分が上になる。そしてお返しとばかりに脇腹を擽り始めた。

 

「そらお返しだ。この」

「うひゃひゃひゃひゃひゃ」

 

「どうだ参ったか」

「やったな」

 

 足を上げた反動を使いまたキリトが上になる。密接にじゃれ合う元気な少年たちだ。

 

 

「こらー! またサボってるわね!」

「やれやれ、何やってんだよ」

 

 そこに現れたのは幼き二人の少年少女。赤茶色の髪の少年と金髪の少女だった。

 二人の登場にキリトとユージオは苦笑いを浮かべる。

 

「や、やあ、――アリス、ソル」

「し、神聖術の勉強は終わったのか二人とも。今日は随分早いけど」

 

 二人の弁解を聞いて、ソルとアリスは溜息をつく。

 

「いつも通りだけどね」

「喧嘩する元気があるなら、ガリッタさんに言って刻む回数を増やしてもらった方がいいかしら?」

「う……」

「や、やめて……それだけは……」

 

 二人は冷や汗をかいてアリスを止めようとする。

 

「冗談よ」

「結構えげつない冗談だったな」

「うるさいわねソル。さ、早くお昼にしましょ」

 

 そう言ってアリスは手に持つバケットから敷布を取り出してソルに渡して、ソルが広げた布の上に次々とバケットの中の食べ物を置いていく。

 

「今日は暑いから、悪くなっちゃう前に急いで食べてね」

「「おお!」」

「こら、零すな二人とも」

 

 アリスの言葉にキリトとユージオは待ち焦がれたパイを手に取り食べ始める。

 

「うーん。今日のパイは美味しいなあ」

「うんうん、だいぶ腕が上がってきたみたいだなアリスも」

「おいコラ、パイは僕とアリスの合作なんだぞ。美味いのは当たり前だろが」

「今日はソルの一手間が効いたのかもね」

 

 ソルのツッコミに三人は笑顔になる。

 

「それにしても、折角の美味い弁当なんだからもっとゆっくり食べたいよな。何で暑いとすぐ悪くなっちゃうんだろう?」

「何でって」

「冬なら、生の塩漬け肉を外にほっぽっといても何日だって持つじゃないか」

「そりゃあ、冬は寒いからね」

「そうだよ。なら寒くすればこの季節だって、弁当は長持ちするはずだ」

 

「もうちょっと火を入れてもよかったかもな」

「火の調節は難しいわよねー」

 

 キリトの話を他所に、ソルとアリスはパイ片手に料理談話している。

 

「聞いてるのかソル」

「ん? あー聞いてる聞いてる。弁当を長持ちさせるなら冷たくすればいいさ。でも、やっぱり出来たてが一番美味いだろ?」

「そ、そうだけどさ……」

「そもそも、どうやって冷やすってんだよ。絶対禁忌の天候術で雪でも降らせるのか? 公理教会の整合騎士がすっ飛んでくるぞ」

「んむぅ……」

 

 手を組んで考え込むキリト。すると何か思いついたように顔を上げる。

 

「……氷だ」

「ん?」

「ぬ?」

「氷がいっぱいあれば、充分に弁当を冷やせる。そして美味い弁当をいつまでも食べられる!」

 

 キリトは我天啓を得たりと立ち上がり声を上げる。

 

「あんたねえ、今は夏なのよ。氷なんか何処にあるっていうのよ。王都の市場にだってありはしないわ」

 

 アリスに諭されるキリト。しかしキリトも諦めきれないのか、少し考えて口を開く。

 

「なあ、英雄ベルクーリの武勇譚、覚えてるか?」

「ん?」

「どの話?」

「あれだよ、ベルクーリと北の白い竜」

 

 

 

『英雄ベルクーリは、ルール川沿いを北に進んだ果の山脈の洞窟で、財宝の山とその上で眠る巨大な白竜を見つける。そして宝の中から美しい剣を手に取るが、その途端…………』

 

 

「あの話だと、洞窟に入ってすぐでっかい氷柱が生えてただろ。そいつを折ってくれば……」

「キリトぉ……」

「お前なあ……」

「……悪くない考えね」

 

 キリトの提案にアリスだけが賛同の声を上げる。ユージオは否定的な姿勢でアリスに言う。

 

「あのねえ、知ってるだろ。村の掟では……」

「村の掟は、大人の付き添いなく子供だけで果の山脈に遊びに行ってはならない、よ。でも、氷を探しに行くのは遊びじゃないわ。お弁当の天命が長持ちするようになれば、村のみんなが助かるでしょ? だからこれは仕事のうちと解釈するべきだわ」

「うん、そうだな、まったくその通り」

 

 アリスは行くのに前向きだ。キリトは腕を組んで大きく頷く。

 

「でもさ、果の山脈に行くのは村の掟だけじゃなくて、()()でも禁じられてるだろ」

「……《禁忌目録》、ね」

 

 《禁忌目録》――《公理教会》が定めた、反することは許されない絶対の法。何人たりとも破ろうとすら思わないが、もしも違反する者が居れば、整合騎士が即刻捕らえに来る。

 

 ソルが苦々しい顔で呟く。

 

「禁忌目録第1章3節11項、何人たりとも、人界の果てを囲む〈北の山脈〉を超えてはならない。もっと細かく言うと、その向こう側《ダークテリトリー》への侵入……。洞窟に入ることは禁止されていないぞユージオ」

「もー、ソルまでキリトの味方しちゃうの?」

「いや、僕は反対だ。ダークテリトリーには邪悪なゴブリンやオークが居ると言われているんだ、危険だよ」

「ダークテリトリーに行くわけじゃないから大丈夫よ」

「そーだぞ。よし、決まり! 次の安息日は」

 

「駄目そうだな」

「そうみたいだね」

「「はぁ……」」

 

 アリスとキリトは行く気満々だ。ユージオとソルは顔を合わせると、大きい溜息をついた。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「ふんふんふん♪」

 

 三人の前をアリスがご機嫌な鼻歌を歌いながら歩く。後ろの三人の手には氷を入れる為のバケット、水筒、ロープを分けて持っている。

 三人は小川に沿って、森の中を進む。

 

「まったく、荷物は俺らに持たせるんだからな」

「言い出したのはお前だろ」

「まあまあ二人とも、こうやってアリスと出かけられるのも、今だけかもしれないよ。アリスは村長の娘だから。これからはもっと色々な勉強に時間を取られちゃうだろうし」

 

 ユージオの言葉にキリトとソルはアリスの後ろ姿を見る。

 

「ま、天職に就いてないのも、神聖術の才能を伸ばす勉強の為だしな」

「それに村の規範になるよう、男の子と遊ぶのも禁じられちゃうかも」

「…………それはやだな」

 

 ソルだけは眉を顰め、アリスを眺める。

 アリスは後ろの会話が気になったのか、振り返って言う。

 

「こら、何三人で内緒話してるのよ」

「い、いや何でもない。な?」

「う、うん。夕方の鐘までに村に帰らないといけないって話してたんだ」

「ソルスが空の真中に来たくらいで引き返そうってな」

「そう、そうとなれば……急ぐわよ!」

 

 アリスは元気一杯に再び前進する。三人は顔を合わせて、軽く笑った。

 

 

~~~~~

 

 

「そういや知ってるか? この村が出来たばっかりの頃は、偶に闇の国から悪鬼――ゴブリンだの、オークだのが山を越えて来て、羊を盗んだり子供を攫ったりしたんだぞ」

 

 キリトのからかうような話に、ソルは呆れた声で話す。

 

「勿論知ってるよ。幾ら御伽噺とはいえ、危険だって反対したじゃないか」

「今更私たちを怖がらせようとして。最後には王都から整合騎士が来て、退治してくれたんでしょ」

 

 アリスもソルの隣で、ムスッとした顔で言う。キリトはまるで語り部のように身振り手振りで話を続けた。

 

「それからというもの、果の山脈のずっと上を飛ぶ白銀の竜騎士が見えるようになったのです」

 

 その時、果の山脈の向こう、遥か上空に白く光る何かを見つけた。その光景に四人は揃い息を呑む。

 

「まさか……ね……」

 

 アリスが一人、呟いた。

 

 

~~~~~

 

 

「システム・コール。ジェネレート・ルミナス・エレメント。アドヒア」

 

 洞窟の入口に到着すると、アリスは神聖術で猫じゃらしに光を灯した。

 ユージオを先頭に、四人は一列で暗闇の中を進んでいく。

 

「ねえ。確か、洞窟に入ってすぐ氷の氷柱が有るって言ったよね」

「言ったっけそんなこと」

「寒い……。もうすぐであるだろ」

「この寒さならきっとあるはずよ」

 

 四人の声が洞窟内に響く。

 

「ねえ、ほんとに白竜に出くわしたらどうするの?」

「そりゃあ、逃げるしか……」

「大丈夫、白竜だって氷柱を取るくらい許してくれるさ。うーん、……でも鱗の一枚くらい欲しいな」

「キリトお前なぁ……」

 

―パキ。

 

 ユージオが何かを踏み砕いた。光を照らされ、反射する純度の高い透き通る氷がそこにあった。ユージオが踏んだ氷には蜘蛛の巣模様の亀裂が入り、空気で白く濁る。

 

「あった! あったよ氷! この先に、もっとあるはずだ!」

 

 あまりの喜びに足を速める四人。駆け抜けた先で、広い空洞に出た。

 そこで四人が見たのは、幻想とも云える光景だった。轟々と佇む氷の柱。空気を内包していない透いた水の結晶。

 美しい氷の空間に、四人は言葉を失う。

 

 

「これだけあったら、村中の食べ物を冷やせるわね」

「それどころか、しばらく村を真冬にだってできるぜ」

「それは流石に無理……だ……ろ…………」

 

 キリトにつっこむソルの言葉は続かなかった。口は震え、目を瞠る。

 

「おい……。これは、こんなの……て……」

 

 氷界にて唯在る巨大な骨。先鋭な爪、鋭利な牙、長い尾、翼と思われる骨もある。何かの死体の思われる骨の下には金財宝が輝きを放っている。

 

「白竜の……骨……?」

「死んじゃったの?」

 

 ユージオとアリスの疑問を聞きながらソルは頭の骨に歩み寄る。

 

「傷だらけだ……」

「これは剣の傷だ」

 

 キリトは足元の爪の一部を拾う。

 

「この竜を殺したのは……人間だ」

「え?!」

「でも……。だって、英雄ベルクーリだって、逃げることしか出来なかったのよ」

「……整合騎士?」

 

 ソルの一言に、三人の視線がソルに集まる。

 

「公理教会の整合騎士が、何故人界を守る守護竜を? 目的は……? ……いや、ダークテリトリーの暗黒騎士? 村に危険は無い……。竜は英雄より強い……、人外の強さ……」

 

 右手を顎に当てて、深い思考を回転させる。その横で、キリトは何かを持ち上げようと奮闘している。

 

「何してるんだキリト?」

「うお、めちゃくちゃ重いな」

「これもしかして……」

「ああ、ベルクーリが盗み出そうとしたっていう《青薔薇の剣》だろうな。一人だけじゃとても運べないよ。他にも、色々お宝があるみたいだけど」

「うん、持っていく気にはなれないわね。……墓荒らしみたいだし」

「でも、氷くらいならきっと白竜も許してくれるよな」

 

 せっせと氷を積めるキリト達、キリトは考え耽っているソルの肩を叩く。

 

「戻るぞソル。いい加減戻ってこい」

「……今思い出したんだが、僕ら……どっちから来たんだっけ?」

 

 

~~~~~

 

 

「もう随分歩いたけど……」

「近い方だからってこっちの道を選んだのはアリスだろ」

「何か言った?」

「いや何も」

「……風の音?」

 

 確かに風の通る音が耳元で鳴っていた。

 

「外が近いんだ! こっちで良かったんだ!」

「嫌な予感がする。待ってユージオ!」

 

 走り出すユージオをソルは必死で追いかける。

 

「ちょっと、こんな所で走ると転ぶわよ!」

 

 アリスとキリトも二人を追いかける。四人は光有る外に出ることが出来た。しかしそこは……。

 赤い大地、緑の無い草木、空気も澱んでいる。《ダークテリトリー》、闇の軍勢が蔓延る不可侵の地。

 

 空から激しい剣戟の音が響いた。空駆る二頭の飛竜、その背に跨る騎士が空中戦を繰り広げる。

 

「整合騎士と……暗黒騎士……」

 

 ソルがふと呟いた瞬間に、整合騎士の弓の一撃が暗黒騎士に命中した。そのまま落下した騎士は、ソル達四人の近くに倒れた。

 こちらに気付いた暗黒騎士が手を伸ばす。もう助かることは難しいと自覚しているのか、救いを求める手だった。

 その手に誘われるようにアリスは一歩、一歩と進み出した。侵入することは許されない《ダークテリトリー》へと。

 

「駄目だアリス!」

 

 ソルは必死に腕を伸ばす。手を伸ばしても、まだ届かない。地面を蹴って飛びついて、ようやく彼女を引き止めた。

 

「大丈夫アリス…………!?」

 

 倒れる時、暗黒騎士へとアリスは手を伸ばしていた。指の第一関節の先、ほんの少しの体の一部が、()()()()()()()()()()

 

「…………!?」

「…………!?」

「わ、わたし……」

 

「アリ……ス。っ?!!」

 

 ソルは何かを感じたのか、勢いよく後ろを振り向く。それに釣られてキリトとユージオも同じ方向を見ると、空間が歪み、現れたのは白い人間の顔。

 

「シンギュラー・ユニット・ディテクティド・アイディ・トレーシング・コーディネート・フィクスト・リポート・コンプリート」

 

 神聖語なのか、長い詠唱を終えた人間の顔はすぐに消えてしまった。

 

「消えた……。今の、一体……」

「わからない。とにかく戻ろう」

「………………何が、起きてんだよ……」

 

 

~~~~~

 

 

 四人は急いで村に戻った。一目散に走った四人とも肩で息をする。アリスに関しては座り込んでしまっている。

 

「さあ、家に帰ろうぜ」

 

 キリトは氷の入ったバケットを掲げて、暗い顔をする三人に言う。

 

 

 

 

 

 

「じゃあこれ、地下室に入れておくね」

「僕が持ってくよ」

 

 ソルはアリスからバケットを取り上げる。二人はキリトとユージオに背を向けて歩き出すが、アリスは振り返って、笑顔で言った。

 

「明日のお弁当、楽しみにしててね」

「おう」

「うん」

「…………」

 

 夕暮れ時、解散してもソルだけは常に暗い顔をしていた。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

――次の日。

 

 

「……ソル? 大丈夫?」

「……何が?」

「あなた、昨日からずっと顔色が悪いわよ」

「……ねえアリス」

 

 厨房で二人並んでパイを作っていると、外の方が騒がしくなってきた。

 

「何かしら? ソル、行きましょ」

「アリス……」

 

 ソルは手を引かれてアリスと外に出る。村の噴水広場に出ると、すでに多くの村人が何事かと集まっていた。

 皆が見ているのは、白い飛竜と、……《整合騎士》。

 

「アリス、行こう」

「え?」

 

 ソルはアリスの手を取る。

 

「ソル、アリス。すぐにここから離れよう」

 

 キリトとユージオも騒ぎに駆けつけていた。アリスが戸惑う中、アリスの父親である村長は整合騎士に近づいていった。

 

「お父さん」

「早く、行こうアリス」

 

 ソルは腕を引っ張るが、アリスは一向に動く様子が無い。

 

「村長を務める、ツーベルクと申します」

「ウォーランガルス北域を統括する公理教会整合騎士、デュソルバート・シンセシス・セブンである。ガスフト・ツーベルクの子、アリス・ツーベルクを禁忌条項抵触の咎により、捕縛連行し、審問の後処刑する」

 

 整合騎士の言葉に衝撃が走った。

 

「罪状は、禁忌目録第一章三節十一項、ダークテリトリーへの侵入である」

 

「っ!? 行こうアリス! 早く!」

 

 ソルは力づくでアリスを引っ張るが、アリスは何処からそんな力があるのか、全く動かない。

 そのまま拘束を受けてしまう。

 

「アリスぅ!」

「落ち着けソル。俺が斧で打ち掛かる。その内にユージオと一緒にアリスを連れて逃げろ」

「キ、キリト……それは……」

 

 ユージオの体は震えている。その間にも、アリスを拘束する鎖は飛竜と繋げられてしまう。

 

「っ!」

 

 キリトが飛び出す。斧を振りかぶり、数歩走り出した時だった。

 

「ぐあ!」

「キリト!」

 

 突然、キリトが吹き飛ばされた。威圧の類じゃない、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな吹き飛び方だった。

 

(今しかない!!)

 

 ソルはこれを隙と見て、アリスに向けて走り出す。

 ……が、

 

「ぐぅ!」

 

 横からぶつけられた()()にソルの頭を撃ち抜かれる。

 

「その子供らを広場の外に連れ出せ」

「テメェ……!!!」

「ユージオ頼む! 行ってくれ!」

 

 ソルとキリトは村人に数人がかりで押さえつけられ、動くことができない。

 狼狽えるユージオだが、急に右目を抑え苦しむ。

 

「ユージオ! せめてこいつらをどかしてくれ! そしたら俺が! ユージオ!」

 

 

「邪魔だ!!!」

 

 一人、ソルは拘束を無理矢理抜け出し、走り出す。

 しかし、飛竜の高度はみるみる上がっていく。懸命に手を伸ばしても、アリスには触れられなかった。

 

「アリス!」

「ソル!」

「アリスぅ!」

 

 すぐに村人に押さえつけられる。今度は七人がかりだった。

 

「アリスぅううううううう!!!」

 

 

 飛竜は飛び立ち、アリスは連れ去られてしまった。広場にソルの悲鳴が響く。アリスの申し訳なさそうな顔が、ソルに目に焼き付いた。

 

 



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《襲撃》

ども、素人投稿者です。

アリシゼーションは原作準拠でいくと量が凄いのでアニメ基準でいきます。
これ以上はアベマで無料になるまで進められんなぁ。
何とか頑張って書きます。


ではどうぞ


 

 

 

 

 今日は生憎の雨。傘をさして校門の前で待つ。片手が傘で塞がってる為、本を取り出して読むことは出来ないが、雨音は好きなので耳を澄まして聴き耽る。

 目を瞑れば、最近見た夢を思い出す。

 

 

 金色の美しい蝶々。手を伸ばしても届かない遥か高い空に吸い込まれる。その蝶々が見えなくなるのを、赤、黒、青の蝶々と共に見守った。

 気が付くとそこは燃える花畑だった。蝶々を逃がそうとしたけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。蝶々が燃え尽きた瞬間、何時も目が覚める。

 夢にしてはやけに現実味があって、何時も赤い蝶々だけが消えていく。金、青、黒に迫る焔を一身に纏い、そのまま焦げ朽ちていく。

 

(……哀しくは無い)

 

 もし、赤蝶々が他の蝶を庇うことが無ければ、一緒に火の手から逃げ切れたかもしれない。でも、他の蝶達が燃え落ちるかもしれない可能性があるから、赤い蝶々は庇った。それが何故だか僕には解った。その蝶々は、()()()()()をしていた。

 

 

 

 

「お待たせ」

 

 彼女の声に、僕の意識は現実に戻る。校門の方を見れば、詩乃が居た。

 

「おつかれ、行こうか」

「あなた……少し痩せた?」

「うん? そうかな?」

「顔色も悪そうよ。無理してない? 今日はやめときましょうか?」

 

 今日は二人で買い物をする約束だった。雨が降ったのは予想外だったが、僕の体調が悪いことはない。楽しみにしていたのに、お預けされるのは勘弁だ。

 

「天気が悪いからかな。大丈夫、無理もしてないし具合が悪いなんてことはないよ」

「……そう? ならいいけど」

「ほら、今日はあの古本屋に行くんだろ?」

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 買い物を終え、雨の街道を二人で進む。和人と明日奈が何処から聞いたか知らないが、詩乃との買い物を知って何故かニヤニヤと僕をからかってきたのを思い出す。その時は軽く受け流していたが、彼らの言いたいことが解らないでも無い。自身に睡る気持ちの正体には……とっくに気付いていた。

 

「またボーっとしてる。危なっかしいわよ」

 

 そう言うと同時に彼女は僕の手を取る。彼女の温もりが雨水に温度を奪われた手に浸透する。その熱が伝ってきたのか、僕の頭の奥がジンと熱くなった。

 

「…………」

「どうしたの?」

 

 彼女の瞳が僕を映す。動悸が激しい。必死に平静を取り繕う。

 何時から? 何時からだろう? いや、もしかしたら最初からだったのかもしれない。自覚をしたのはつい最近、ふとした瞬間、嗚呼これが…………。

 

「……これ」

「?」

 

 足を止め、鞄の中から小包を取り出す。そして、疑問の顔をしている彼女に差し出す。

 

「受け取ってくれないか?」

「なによ急に」

「……なんとなく?」

 

 何故今日なのかは自分でもわからない。でも今日じゃないといけない気がした。()()()()だと感じていた。

 

「これは……」

 

 中身は太陽を模したペンダントだった。詩乃の手からペンダントを取って、彼女の首に着けた。

 

「うん。似合ってるよ」

「そ、そう?」

 

 彼女は恥じらう。手で顔を隠し、伊達眼鏡越しに僕の顔を見る。それがなんとも愛おしく、大切な光景だった。

 

 

~~~~~

 

 

「今日はありがとう」

「送ってくれてありがとう。……また行きましょ」

「…………うん。またね」

 

 彼女をアパートまで送り届けて、自分も帰路に着く。まだ電車は動いてるので、駅に向けて歩を進める。雨はとっくに止んでおり、閉じた傘を杖のように片手で持つ。

 

(……?)

 

 違和感を感じて周りを見渡す。街灯が歩道を照らすだけで、人影は見当たらない。しかし、何者かの視線を感じる。

 

(…………)

 

 歩く速度を上げる。早歩きは駆け足に、でも取り憑く視線は振り解けない。

 

 駅までは程なく着くといった所で、人通りの多い道に出た。少し安堵して、歩く速度を落とす。

 

─キキィ!

 

 横を通り過ぎると思ったワゴン車が真横で急停止する。

 

「え?」

 

 勢いよく飛び出した手に服を掴まれる。そのまま丸太ほどあるんじゃないかという太さの腕に無理矢理車内に連れ込まれる。非日常な不意打ちに対応することなんて出来ず、目隠しを着けられ、手足も縛られてしまう。

 

「Mission complete.Go」

 

 聴覚に集中すると、屈強な男どもの話が聞こえた。少なくとも日本人では無い。……アメリカ?

 車が発進したのか、慣性がかかる。懸命に拘束を解こうと藻掻くが、解ける気配がない。

 

─Boom!

 

 耳に響いたのはGGOで聞き慣れた音、銃声だ。僕を捕らえた男どもも焦っているのか、声に落ち着きが無い。

 

「ぐっ!」

 

 車が急停止したのか、何かに強くぶつかった。車のドアが開く音が聴こえたかと思うと、銃声は絶え間無く響く。

 

(……やばい)

 

 ここは仮想世界では無い。銃弾を喰らえば勿論死ぬ。和人にも詩乃にも木綿季にも、明日奈にも里香にも珪子にもアンドリューさんにも壷井さんにも逢えなくなってしまう。

 

(まだ……まだ死ねない!)

 

 しかし、現実は非情だ。仮想世界で僕は確実に強い部類に入る。そんな僕でも現実では簡単にこうして拘束されて身動き一つ取れない。逃げることが出来ない。

 短い悲鳴の後、銃声の数が段々と減っていく。そして次第に聴こえなくなっていった。

 

(……来た)

 

 誰かが車の中に入ってきた。こいつらが僕に危害を加えないとは限らない。身構えようにも出来ない僕は身じろぐ。

 足音が目の前で止まると、目隠しを外される。銃声で聴こえなかったが、波の音がする。どうやら此処は港のようだ。人気は無く、使われている様子は無い。

 

「怪我は?」

「……無い」

 

 人数はおよそ十四人。何処かの部隊なのか、統率された動きで周囲を警戒している。

 

「あんたらは?」

「君を助けに来た。対象の保護を確認、撤退だ」

 

 正体ははぐらかされてしまった。でも保護が目的ならば、危害を加える気は無さそうだ。トランシーバーで連絡を終えた隊員?に話しかける。

 

「僕を襲ったのは……」

「…………」

 

 どうやら何も話す気は無いみたいだ。車から降りようと車体の外に手をかけた時、右前方に倒れていた男が左手の銃口を向けているのに気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 何も考えれなかった。何も感じれなかった。何も……………………わからなかった。

 

 三発の銃声、倒れた状態から銃口だけを向けた射撃。GGOで銃を触ったからわかる。そんなので当たる訳が無い。ましてや負傷して意識が朦朧とした状態でなんて、引き金を引くことすら出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、三つの銃弾の内二つは…………僕の肉体を抉った。右胸部と腹部だろうか、湧き水のように僕の体から血が漏れる。着ていた服は深紅に染まり、手で触れればベトリと嫌に指先に纏わり付くそれは、確かに僕の血液だった。

 

(……ごめんね)

 

 心が思い浮かべたのは謝罪だった。

 

(本当に…………ごめん)

 

 まだ生きたかった。彼女と一緒に居たかった。木綿季に色々な体験をさせてあげたかった。

 体は支えを失い、そのまま地面にうつ伏せに倒れる。

 

(……眠い)

 

 もう力が入らない。抜け出る僕の命が小さな池を作っている。ゆっくりと瞼を下ろしたら、()()()()()()()()()が見えた…………気がした。



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《出逢う》

ども、素人投稿者です。

アベマで無料が始まったからアリシゼーション開始です。


 

 

 

 

 

 

「…………ハア」

 

 一人の青年が森の中を進む。その手に持つバケットからはまだ熱が伝わって、中にある昼飯が完成から間も無いことがわかる。

 天気は見事な快晴で、ソルスの光がさんさんと降り注ぐ。暑くは無いが、何処か息苦しさを感じる。片手で太陽の陽射しを防ぎつつ空を見上げる青年。

 溜息を漏らしながらも森を抜けると、黒い大樹が聳える開けた場所に出る。そこには、《天職》を頑張る亜麻髪の青年――ユージオが居る。休憩しているのか、樹にもたれかかっているユージオ。

 

「あ、やっと来た!」

「腹ペコさんめ……」

 

 ()()()()()の日々。でも、この日は違うようだった。ユージオの他に人影が見える。黒髪黒目、中性的な見た目の青年。その人物にソルは見覚えは無いが、口が自然と動いた。

 

「……和人?」

「え……」

「ソル? 知り合いなのかい?」

「…………いや、彼のことは知らない」

 

 確かにソルには黒髪の青年が何処の誰かなんて知らなかった。ソルはすぐに否定したが、黒髪の青年は何か不信な顔をする。

 

「湊、俺を覚えていないのか?」

 

 黒髪の青年は不思議なことを言う。赤茶髪の青年の名前はソル、()()()()()()()()()()。あまりに突飛な発言にソルは目を丸くする。

 

「ソウ? 僕の名前はソルだ。ソウなんて人は村にも居ないよ。人違いじゃないか?」

「……そうか」

「……?」

 

 黒髪の青年は悲しそうな顔をし、ユージオは心配そうにその顔を覗き込んだ。流石にソルもその様子に申し訳なく思ったのか、先程より明るい声を上げた。

 

「そ、そういえば、君の名前は?」

「俺は……キリトだ」

「キリトか、さっきも言ったけど僕はソル、よろしく」

 

 何処か痛いのか、辛そうな顔で言うキリトにソルは少し頭痛を覚える。だが今日は体調が悪いのだと判断し、バケットの中身を敷布に並べ始める。

 

「二人分だけど量は十分だろ」

「いただきます!」

「い、いただきます」

 

 ソルがヨシと言うと、真っ先にパイに手を伸ばすユージオ。一口噛み付くと、ジューシーで旨味の詰まったパイに舌鼓を打つ。キリトもそれに続いて一切れ口に入れると、目を瞠る。

 

「美味い!」

「そうだろ? ソルのパイは絶品だよ」

「こらこら、口に入れながら喋るな。零れるぞ」

 

 慈母のような笑みでがっつく二人を見守って、ソルもパイを一口食べる。食事も落ち着いた所で、ソルが話を切り出した。

 

「それで、キリトはどうして此処に?」

「それが《ベクタの迷子》らしいんだ」

「なるほどな、僕と同じってことか」

 

 《ベクタの迷子》とは、ある日突然いなくなったり、森なんかに突然現れる人を指す。人々はそれを《暗黒神ベクタ》の悪戯だと言い伝えられてるが、真相は定かではない。

 

「ソルもベクタの迷子なのか?」

「うん。僕も幼い頃この村に突然現れたらしいんだ。もう大分昔の話だけどね。今はシスター・アザリアに教会に住まわせてもらってる。キリトのこともシスターに話を通しておくよ」

「じゃあ僕は仕事をしてるから、ソルに任せてもいい?」

 

 最後の一口を食べ終えたユージオは、食後だというのに斧を持ち、《ギガスシダー》の切り口で斧を構える。

 

「なあソル、ユージオの仕事って……」

「ユージオの天職はこの木を切り倒すこと。何代もかけてこの進捗だ。ユージオの代じゃ終わりそうにないかもな」

「なっ!?」

「キリトも手伝ってくか?」

 

 ソルも食べ終え、立ち上がるとユージオに歩み寄る。

 

─カコーン!

 

 ユージオの振った斧は切り口に命中し、綺麗な振動音が鳴り響いた。

 

「今の良かったな」

「キリトを村に案内するんじゃないの?」

「どうやらユージオの仕事に興味津々らしい」

 

 そう言いつつ、ソルは慣れた動きでユージオから斧を受け取ると、ユージオとはまた違う構えをとる。

 ()()()()()()()()()のを確認して、思い切り振りかぶった。

 

「あれは!?」

 

─カン!!!

 

「相変わらず凄いなあ」

 

 短く、されど重い一撃が《ギガスシダー》を震わした。恐らく天命を20は削っただろう。

 ソルとユージオには慣れた光景だが、キリトは有り得ないものを見たかのように口開いてあんぐりしている。

 

「お、お前それ……」

「ん? 不思議だろ? この斧、振る時に光るんだ」

「そんなのソルだけだよ。僕がやっても光らないし、本当に不思議だよ」

 

 驚愕するキリトを隅に、ソルは苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

「《悪魔の樹》、テラリアの恵みを吸い尽くしただけはある。ほれキリト」

「お、おう」

 

 斧を受け取るキリト。切り口を前に大きく斧を振り被り、振り降ろした。

 

「はあぁぁぁ!」

 

─ガン!

 

 バットクリティカル、斧は切り口の下に命中し、重い反動がキリトの手を痺れさせた。

 

「いってぇ!」

「はははは!」

「……ふふ」

 

 高笑いするユージオと口元を隠しながらも笑い声を漏らすソルにキリトは眉を寄せる。

 

「そんなに笑わなくても」

「ごめんごめん、肩にも腰にも力が入りすぎだよ。もっと全身の力を抜いて」

 

 ユージオの助言を聞くと落とした斧を拾い上げて、キリトは再び構えた。

 

(…………?)

 

 ソルだけがキリトの僅かな変化に勘づいたのか、目付きが鋭くなる。

 

「はああああ!」

 

─キン!

 

 二回目の方も切り口の下に命中。キリトは斧を落としはしなかったものの、反動で一歩後退した。

 

「……今のは僕の真似か?」

「難しいか…………。ああ、俺でも光るかなって」

 

 最初の方は声が小さく聞こえなかったが、ソルはそれよりも気がかりがあった。

 

(あの夢と重なる……)

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 結局、キリトは最後までユージオの天職を手伝った。今日の分が終わった頃には陽は傾き、空は橙になっていた。

 

 村の周りの麦畑の中、石造りの道を三人で歩く。村の入口が見えた時、一人の男が跳ねた声を上げた。

 

「おいユージオ、ソル、そいつは誰だ?」

「ジンク……」

「こいつはキリト、僕と同じベクタの迷子だ」

 

 ソルが最前に立ってユージオを手で遮る。機嫌が悪いのか、ジンクと言われた男はキリトに詰め寄る。

 

「お前、本当に記憶が無いのか?」

「あ、ああ」

「天職も忘れちまったのか?」

「そうなんだ」

 

 一通り聞くと、鼻音を鳴らしてジンクは馬鹿にするように言った。

 

「どうせ大した天職じゃなかったんだろ……、そこのユージオと同じで」

「あぁ?」

「な、なんだよ。事実だろ? お前だって、ちょっと神聖術が出来るからって調子乗ってんじゃねえぞ」

 

 ソルはジンクと睨み合う。親友を傷付けられて黙っているほど、ソルは優しくは無かった。

 

「剣士」

 

 睨み合いの沈黙を破ったのはキリトの一言。

 

「俺の天職は剣士かな」

「剣士? お前みたいな細くて弱そうなのに剣が扱えるのか? だったら、見せてもらおうか」

 

 

~~~~~

 

 

「はあああああ!」

 

 難しいことは起きていない。ただキリトが剣を振り、丸太が両断された。ただそれだけだ。

 

(キリトもソルと同じ?!)

 

 ユージオの見た剣の光は、ソルが斧を振る時の物と同じ物だった。()()見てきた自身の親友と、今日出会った少年の共通点と言えば……

 

「《ベクタの迷子》……」

 

 キリトは自身の天職を剣士と言った。ならば、同じベクタの迷子であるソルも剣士なのかもしれない。

 そう考え、横のソルを見る。彼は僕の思惑とは違い、驚きより、何処か安心した顔をしていた気がした。

 

「流石だキリト。おいジンク、もういいだろ」

 

 そう言って、ソルはキリトの手を引いて立ち去るように村の中に入っていった。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「はいこれ、枕と毛布。朝のお祈りが六時で、食事が七時よ。一応見に来るけど、なるべく自分で起きてね。お祈りに寝坊すると……シスターアザリアは怖いわよ。消灯したら外出は禁止だから気をつけて。わからないことがあればそこのソルに聞いてね」

「大丈夫、色々ありがとう」

「そこのって酷いなセルカ……」

「はいはい。じゃあおやすみ」

「おやすみ、セルカ」

 

 教会でシスターに事情を話し、キリトは僕と同室で泊めてもらえることになった。

 

「なあ、ソル」

「ん?」

「……いや、なんでもない。おやすみ」

「おやすみ、キリト」

 

 キリトは喉に吊っかかかる言葉を吐き出せず、影を落とした。



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《氷の洞窟》

ども、素人投稿者です。

まじ書ける時にパッパと進めます。時間が無さすぎてやべえ。


 

 

 

 蝶の夢を見た。

 空に浮かぶ鉄の城。魔法と妖精の国。銃と硝煙の荒野。

 僕は姿を変え、得物を変え、突き進んだ。巨大なモンスター、強力な剣士、手強い銃士、全てを下した。隣にはいつも黒い剣士が居て…………

 

「ぉぃ……ぉい…………おいソル!」

 

 ()()()()()、その最中で僕は呼び出された。

 

「……おはようキリト」

「まったく、寝起きが悪いな」

「…………ふわあ」

 

 どうやらセルカは僕を起こす気は無かったらしい。目を擦りながら、必死に頭を回す。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「まったく、お寝坊さんなのは変わらないわね」

「そう言ってくれるなセルカ。結果起きれたんだから問題無いよ」

 

 午前の神聖術の勉強を終え、ユージオとキリト達への弁当を作る横でセルカも料理を作る。

 

「……ねえ、アリス姉さまのこと、ユージオはまだ気にしているの?」

「…………気にもするさ。セルカからも何か言ってやれよ」

「無理よ、私は避けられてるから」

「…………じゃ、僕はもう行くね」

「……ええ、行ってらっしゃい」

 

 重苦しい空気に耐えられず、僕は逃げるように教会を後にした。

 

 

~~~~~

 

 

「なあソル。アリスってのは誰なんだ?」

 

 つい、食事の手を止める。ユージオも同様に驚いたように僕を見る。

 

「……いつ喋ってた?」

「い、いや。お前が寝てる時、魘されながらずっと呟いていて……」

 

 溜め息が出た。キリトに悪意が無いのは解ってる。でも……

 

「アリスは僕とソルの幼馴染だよ」

「っ! ユージオ!」

「大丈夫だよソル。キリトになら、話しても良いと僕は思うよ」

「…………」

 

 渋々、僕は《ギガスシダー》にもたれかかって目を瞑った。ユージオも僕が納得したのを確認してから話し始めた。

 

 アリスと一緒に果ての山脈を越え、ダークテリトリーに触れたこと。セルカがアリスの妹なこと。最近、おかしな事が起き始めていること。

 

「……なあ、ソル。お前なら一人でも王都に行けたんじゃ……」

「キリト!!」

 

 ユージオが大声で叫ぶ。

 

「っ!」

「ソル! 待ってくれ!」

 

 ユージオの静止を聞かずに森の奥に走った。

 解ってる。僕一人なら王都に行けるってことくらい。でも、でも…………

 

 

~~~~~

 

 

「システム・コール…………」

 

 陽は沈み、神聖力が不足したことで神聖術もろくに使えなくなった。

 

「置いては……行けないよ……」

 

 アリスもユージオも、どっちも大事な幼馴染だ。でも……もしアリスが生きていなかったら、そう考えると怖くて仕方ない。事実を知るのが……恐ろしい。

 

「言い訳を並べてることくらいわかってる」

 

 所詮僕は臆病なだけだ。失うのが怖くて、傷付きたくなくて、誰かを置いてくことすら出来ない。

 

「無駄に神聖術の腕だけは上がったな」

 

 アリスが連れ去られてからセルカの要望で毎日神聖術を教えているが、それが僕にアリスを護れなかった現実を突きつけているようで。

 

「どうしたら……」

 

 木の上で一人、月に照らされる。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 そのまま僕は木の上で一晩過ごした。太陽の光に目を細めると、ふと誰かの足音が聞こえた。

 

(こんな朝早くから誰だ?)

 

 脳裏に昨日ユージオが言ってたゴブリンの話を浮かべ、警戒しながらゆっくりと音のなる方を見ると。たった一人で森を進むセルカの姿があった。

 

(……セルカ?)

 

 あの方角は確か果ての山脈。シスターはこのことを知ってるのか?

 

 あまりにも心配だから、後をつける。

 

 

~~~~~

 

 

「システム・コール、ジェネレイト・ルミナス・エレメント」

 

 指先に光素を生成する。それを浮かしてセルカの周りを回らせ、足を止める。

 

「ソル?」

「どうして一人でこんな場所に来たんだ。危険だぞ」

「ごめんなさい。私……」

「……深くは聞かないことにする。危険だと思えばすぐ連れ帰るからな」

「……ありがとう」

 

 恐らくキリトが口を滑らせたんだろう。諦めて同行することにする。

 

 

 洞窟を進み、……昔見た氷の空間に出る。

 

「ここが……」

「ベルクーリの話は本当だったんだよ。確か……」

「きゃあ!」

「セルカ!? ぐっ!」

 

 セルカの悲鳴に振り向くと、棍棒で殴られる。

 

「ギャハハ! イウムの餓鬼か」

「女だけでいい、男のイウムは要らん」

(ゴブリン!?)

 

 咄嗟に両腕で直撃を防いだが、衝撃で震える。

 顔を上げるとセルカは縄で縛られている。

 なんとかゴブリン共の間を縫って視界の端にあった剣を取る。

 

「この〈トカゲ殺しのウガチ〉様と本気で戦うつもりか? お前ら、さっさと肉にしろ」

「手前ぇら、その子に手を出して……覚悟は出来てんだろぉな?」

 

 一際図体のデカい奴の声に呼応してゴブリンが襲いかかる。僕は剣を振ったことは無い、あの氷の剣だってユージオと二人で小屋まで運んだんだ。怖い、手が震える、だけど……。

 

「アリスの妹に手ぇ出されて、黙ってられるかよ!」

 

 息を吹き切り、剣に身を任せる。何故だかわからないが、自然と体が構えをとった。

 

「フゥ…………」

 

 ざっと見て数は三十、右七、左九、前十六。

 走り出す、速度を落とさず横薙ぎ。横からの鉈を躱しつつ腕を斬る。

 

「何もたもたしてやがる。囲んで殺せ!」

 

 八体斬った所で囲まれる。焦りは無かった。寧ろ、

 

(懐かしいな)

 

 そう思い、構えると。

 

「ソル!!」

 

 キリトがどこからともなく飛び出してきた。スライディングで篝火を消すと、一直線にデカいのに突っ込んだ。

 

「ユージオ! 近付く奴を追い払うだけでいい!」

「そんなこと言ったって!」

(ユージオも?!)

 

 何より今、隙が発生した。周りの十体の首を裂く。

 

「ユージオ!」

 

 ユージオは手に持つネコジャラシの光で牽制している。狼狽えるゴブリンを一体、また一体と斬る。

 

「うわ! ぐ、があああ!」

「キリト!」

 

 左腕を斬られたのか、血を流すキリト。それでも彼は立ち向かう。しかし、繊細さを欠くキリトは吹き飛ばされる。

 

「キリトぉぉ!!」

「ユージオ!」

 

 ユージオは立ち向かう。それは今までとは違う、乗り越えた姿だった。

 

「今度こそ! 僕が! 守るんだ!」

「ユージオ逃げろ!」

 

 剣を握ったことの無いユージオは少しの抵抗しか出来ない。巨大な剣で斬られるユージオ。

 

「「ユージオ!!」」

 

 腹の傷は深く、血を吐く。

 

「ああああああああ!!!」

 

 僕は発狂しながら剣を振るう。

 

「しっかりしろユージオ!」

「子供の頃、約束したろ……。僕とキリトとソルと、アリスは生まれた日も、死ぬ日も一緒…………今度こそ、僕が守るんだ」

 

 後ろで声にある景色を思い出す。四人はいつでも一緒。そんな遠い、護れなかった、約束の景色……。

 

「あ、ああ。あああああああああ!!!」

 

 僕の剣は更に加速する。皮膚を斬り、筋を斬り、相手の動きを鈍くする。

 

「キリトぉ!!」

「はあああぁぁぁぁ!!」

 

 

「ソードスキル、〈ソニック・リープ〉!」

 

 二人、黒い剣士と赤い戦士の猛攻に、ゴブリンは為す術なく首を落とした。もうこの場にゴブリンは居なかった。

 

 

 

「キリト! セルカを起こせ! システム・コール・ジェネレイト・ルミナス・エレメント!」

 

 傷はまったく塞がらない。もう普通の神聖術では治らない。

 

「連れてきたぞ!」

「ユージオ!」

「セルカ! 取り敢えずキリトと手を繋げ! キリト! 手を出せ!」

「わかった」

 

 深呼吸する。焦って失敗してはいけない。慎重に迅速にが求められる。

 

「システム・コール、トランス・ファー・ヒューマンユニット・デュラビリティ、ライトアンドセルフ・トゥ・レフト」

 

 神聖術は問題なく発動した。後は……

 

「くっ…………」

「ソル、遠慮するな。俺のもユージオにやってくれ」

 

 今にも気絶しそうな意識の中、ふと体が軽くなった。

 

『ソル、キリト、ユージオ、待ってるわ。いつまでも。セントラルカセドラルの天辺で、あなた達をずっと待ってる』

(アリ…………ス)

 

 最後に、ユージオを治せた感覚で僕は意識を失った。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「ユージオ、傷の具合はどうだ?」

「うん、丸一日休んだらすっかり治ったよ」

 

 昼過ぎ、僕らは《ギガスシダー》の麓でいつも通りユージオの天職を手伝っている。

 

「なあユージオ、覚えてるか? あの洞窟でお前妙なこと言ったよな。俺が……ユージオとソルとアリスと、ずっと昔から友達だったみたいな」

「覚えてるよ。キリトとは出会ったばかりなんだからそんな訳無いんだけど、何だかあの時は凄くはっきりそう思えたんだ。僕とキリトとソルとアリスは、この村で生まれて、一緒に育って、アリスが連れていかれたあの日も……一緒にいたような」

「そうか。そういえば、ソルがお前に神聖術を使った時誰かの声が聞こえなかったか?」

「いいや、僕はまったく意識が無かったから。何か聞いたの?」

「ソルはどうだ?」

「……思い出せない」

 

 あの日から僕は少しおかしくなった。まるで誰かと()()()()みたいな、言い様の無い感覚が続いている。

 キリトとは既に仲直りはした。これも、何だか昔を思い出して……

 

 

 

「さて、仕事しないと」

 

 そう言ってキリトは小屋の剣を抜いた。

 

「おいキリト。使えるのかい、その剣が?」

「…………」

 

 キリトが構えると、その剣身は輝く。

 

「せやああぁぁぁ!」

 

 目が眩む輝きで繰り出された一撃は、あの《ギガスシダー》を斧とは比べようもない程斬り抜いた。

 

「な?」

 

 予想通り、といった顔をするキリトにユージオは声も出ない様子。

 

「ユージオにも振れると思うぜ」

 

 そう言いつつユージオに剣を手渡すと、確かにユージオは今までとは違い剣をしっかりと構えることが出来た。そうして、覚悟を決める。

 

「キリト、ソル。僕に、僕に剣を教えてくれ」

「えっ」

「なっ」

「僕はアリスを連れ戻したいんだ。僕のせいで、アリスとアリスの家族は不幸になった。この六年間……ずっと、ずっと後悔してた。何で僕はアリスを助けられなかったんだろうって、何で僕はソルを一人で行かせてあげられないんだって」

 

 目から涙を零しながらも、ユージオは力強く言う。

 

「僕は、強くなりたい! もう、二度と同じ間違いを繰り返さない為に、無くしたものを取り戻す為に、ソルを…………一人にさせない為に! だから、僕は剣士になりたいんだ!」

「わかった。教えるよ。俺の知る限りの技を」

 

 キリトの言葉にユージオの顔は明るくなる。

 

「でも修行は辛いぞ」

「望むところだよ」

「そういえば、君の剣術の流派は何?」

「俺たちの剣は……《アインクラッド流》だ」

(そう……()()()()()()()……)

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや待て待て待て待て待て!」

「どうしたのソル?」

「どうしたソル?」

「何で僕も師匠なんだよ! キリトだけでいいじゃん!」

 

 僕の言葉に肩を竦ませる二人。

 

「でもソル洞窟で凄い剣使ってたじゃん」

「逆にお前に教えることなんて無いぞ?」

「な……なんか解せねぇ!」

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 今宵の村は宴騒ぎだ。皆火を囲み、踊り、楽器を鳴らし、食事を手に酒を飲む。洞窟の件から月日が経ち、とうとうユージオが《ギガスシダー》を切り倒したのだ。

 

「あれ、ユージオは?」

 

 キリトと串肉を堪能していると、シスター服ではなく、おめかししたセルカが居た。

 

「ユージオなら村長に呼ばれたよ。待ってな」

「……そう」

 

 残念そうに顔を付すセルカ。そうだよな、折角おめかししたんだもんな。

 

「セルカ、今日のふくそグハっ!」

「ん?」

「いやーナンデモナイヨー」

 

 余計なことを言いそうになるキリトの横腹を肘で殴る。

 

「何するんだよソル」

「阿呆か、何の為にセルカがオシャレしてると思ってる」

「…………?」

 

 駄目だこいつ早くなんとかしないと。

 

「みんな! 聞いてくれ! ルーリッド村を拓いた父祖達の大願がついに果たされた! 悪魔の樹が倒されたのだ!」

 

 観衆の集まるステージの上に村長とユージオが居た。村の皆も、ユージオの成し遂げた偉業に歓声を上げている。

 

「掟に従い、見事天職を果たしたユージオには、自ら天職を選ぶ権利が与えられる。さあ、なんなりと己の道を選ぶがいい」

 

 真剣な眼差しで、剣に触れるユージオ。

 

「僕は剣士になります! 腕を磨いて、いつか王都に上ります!」

(ユージオ…………)

 

 つい泣きそうになるが、グっと堪えた。

 

「ルーリッドの長として、ユージオの新たな天職を剣士と認める!」

 

 今一度の歓声に包まれて、晴れてユージオは剣士となった。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「二人ともお待たせ」

「よう」

「挨拶は済んだか?」

 

 剣と荷物を持ち、三人は村を出る。

 

「じゃ、行こうか」

「ああ」

「忘れ物は無いだろうな?」

 

 これから始まる旅は紆余曲折、困難や苦難の待ち構える旅路だろう。それでも、三人の間には確かな信頼と、希望があった。



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《黒い剣士》

ども、素人投稿者です。

頑張って進めます。前書き書いてる余裕も無いです。
すみません



 

 

 

――人界歴380年 3月1日 北セントリア修剣学院。

 

 

「キリト、ソル」

「後……五分」

「…………」

「もう。二人とも、安息日だからって……寝過ぎだよ!」

 

 布団を引き剥がされたキリトはゆっくりと起き上がるが、ソルは一向に目覚める兆しは無い。

 

「おはようユージオ」

「…………」

「おはよう。折角いい天気なんだし、今日は街に出掛けないかい? ソルは後でキリトが起こしといてよ」

「はーい」

「…………」

 

 

~~~~~

 

 

――北セントリア第6区。

 

 

「ふわぁ……」

「はむっ。うんめえ」

「こーら、ソル、歩きながら寝ようとしないの。キリトも、行儀悪いよ」

 

 若き剣士三人は本日安息日、活気賑わう繁華街にて食べ歩きをしていた。

 

「焼き立てが最高に美味いんだから、すぐ食べなきゃな」

「相変わらずだね、キリトは」

「……はむ」

「あ、こら! さり気なく食いつくんじゃねえソル!」

「焼き立てを見せびらかすキリトが悪い」

 

 噛み付いた一口を飲み込むと、ソルはまたうたた寝を始める。……歩きながら。その様子にユージオは苦笑いし、キリトは慣れたもんだと微笑んだ。

 

「しっかし、早いもんだなあ。ルーリッド村を出てからもう二年か」

「うん、本当に色々あったもんね。二年前、ザッカリアの街に着いて、農場に住み込みで働かせて貰いながら剣の腕を磨いたり。剣術大会で優勝して、ザッカリアの衛兵隊へ入隊したり。……更にこうやって王都まで来て、修剣学院に入れるなんて、未だに夢なんじゃないかって思うことがあるよ」

「もう学院に入って一年だぞ。慣れろよユージオ」

「あはは、そうだね」

 

 他愛なくも過去を振り返りながら、街道を歩く。

 

「キリト?」

 

 そんな三人のうち黒いのを呼び止めたのは美しい長髪を下ろし、私服姿の上級修剣士、ソルティリーナ先輩が居た。

 

「リーナ先輩」

「偶然だな」

「「「おはようございます!」」」

「おはよう」

「そっちの君たちは……ユージオくんとソルくん、だったかな?」

「はい!」

 

 優等生なユージオの声はガチガチに硬い。ソルは小さく溜め息を吐く。

 

「そんなに緊張するな、そこの二人を見習ってもっと肩の力を抜いてくれ」

「リーナ先輩は何の用事で?」

「実家に帰っていたのだが、買い出しを頼まれてな」

 

 ここでもユージオの優等生が発動される。

 

「お、お手伝い致しましょうか?」

「君がか? 君はゴゴロッソ・バルトー殿の傍付きだろ?」

「出すぎたことを、失礼しました!」

(固い、固いよユージオくん!)

 

 

「それに……」

「ん?」

(お前はもっと緊張しろキリトぉ!)

 

 眠たかった脳が急激に活性化する。ユージオは兎も角、キリトのこういった体質は本当にやばいとここ二年で学習している。

 

「それに、もし名乗り出るなら私の傍付きが先に言うべきじゃないか?」

「いやー、あっはっはっは……」

「まったく……、気持ちは有難く貰っておくよ。だが、大した物は買わないから大丈夫だ。折角の安息日くらい、仕事を忘れていいんだぞ。と言っても、その仕事ももうすぐ終わるのか。私たちは卒業だからな」

「もっと、色々教わりたかったです」

「そう言って貰えると先輩冥利に尽きるよ」

 

 何とも麗しき素晴らしき先輩であろう。感動していると、キリトは急に頭を下げた。

 

「明日からも、よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします!」

「お願いします」

「ああ」

 

(ウォロ先輩の次に強い人……か)

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「今日はここまでだな」

「ありがとうございました!」

 

 修剣士の指導が終わり、礼をする。

 

「ウォロ先輩」

「どうした?」

「リーナ先輩のことどう思ってますか?」

 

 そう、何を隠そう僕はウォロ・リーバンテイン上級修剣士の傍付きなのだ。ウォロ先輩は首席の修剣士。学内一の剣士だ。貴族によくある傲りや怠慢など無く、人格者の剣士だ。

 何故自分を傍付きに選んだか聞いた時には「お前が一番強そうだったからだ」と仰る程に向上心のあるお方だ。だからこそ尊敬もするし、彼に見初められたことが嬉しく思う。そんな彼にこそ、次席であるリーナ先輩がどう映るのか知りたかった。

 

「ソルティリーナ・セルルト上級修剣士か……。そうだな、彼女のことは誇りを忘れない素晴らしい剣士だと思っている」

「なんか意外……、ってことにはもうなりませんね」

「もう俺の顔が怖いとは思ってないようで結構だ」

「いや、慣れてしまってることが怖いなぁ……いや何でもアリマセン」

 

 そんな顔で真剣を抜こうとされると冷や汗が止まらなくなる。流石に冗談だったのか、気迫を消して剣を鞘に収める。

 

「もう行け。刻限に間に合わなくなるぞ」

「はい。では失礼します!」

 

 

~~~~~

 

 

「お待たせユージオ」

「おつかれソル」

「キリトは……遅刻か」

 

 食堂にはユージオだけ、キリトの姿はまだ無かった。どうせリーナ先輩の稽古が特別版でさ、とか言い訳するに違いない。とか考えてるうちに。

 

「遅いよキリト」

「悪い、リーナ先輩の稽古が特別版でさ」

「ほら、早く食おうぜ。冷めちまうよ」

 

 学院生活でも食事は確かな娯楽だ。毎日美味い飯が食えるだけで学院に入った価値は有る。

 

「まったく羨ましい話ですなあライオス殿」

 

 そんな娯楽に泥水以下の声が響く。

 

「我らが汗水垂らして掃除した食堂に、後から悠々とやって来てただ食べるだけとは、いや本当に羨ましい」

「まあそう言うなウンベール。傍付き練士の方々にも、きっと我らには伺い知れぬ苦労があるのさ」

「それもそうですなあ。傍付きは指導生に言われるがまま、何でもしなくてはならないそうですからなあ」

「わざわざ貴族出身者以外を傍付きにするような奇特な方だ、さぞ珍妙な指示が出るのだろう」

 

 ライオスとウンベールは貴族出身の典型的な選民思想を持つ。彼らは剣の修練より小言の創作に時間を割いているらしい。

 耳が腐りそうな汚い汚物に思わず美味い飯も不味くなりそうだ。

 

「相手にすることないよ」

 

 ユージオが諭すように言うが、僕はそんなに寛大じゃあない。

 

「まったくまったく、首席たるウォロ先輩の指示たるや真剣での打ち合いやら、常軌を逸した鍛錬やらで大変実りの有る物ばかりだ! 鍛錬で血と汗と涙を流してから食べる食事の美味いことよ! このような経験生涯にて以後ないと断言出来ようぞ!」

 

 態と大袈裟に声を上げて、食堂中に響かせる。後ろから二人分の舌打ちが聞こえるまでがセットだ。

 

「大丈夫なの?」

「何かあれば言えよな?」

「いや、そういうことじゃないと思うぞ……」

 

 

~~~~~~~~~

 

 

 夕食を終えた僕らは学院の花園に来ている。周りに灯の類は無いが、雲のない夜空の月明かりのお陰で花たちの姿もよく見える。

 

「随分育ったね。もう蕾が膨らんできてるじゃないか」

「咲くまでもう幾許じゃないか? 間に合いそうで良かった」

「ここまでに三回失敗してるからな。今度こそ咲いてくれるといいけど」

「リーナ先輩の卒業祝いに自分で育てた花を贈ろうとするなんて、意外だったよ」

 

 キリトが育てているのは、北帝国では決して咲かないと言われるゼフィリアの花。それでも、キリトは花達をここまで育て上げた。

 

「しかし、二年も一緒にいるのにキリトにこういう趣味があるとは知らなかったなあ」

「ああ、俺も知らなかったよ」

「へえ、あんなに根気よく世話していたのにか?」

 

 揶揄うように言うと、苦笑いするキリト。実際、彼の行動は出会った時から少しづつ変化してる気がする。

 

「もしかしたら、記憶が戻る前兆なのかもしれないね。ルーリッドに現れる前、花を育てていたとか。あるいは、そういう天職だったのかも」

「そ、そうだな。俺……水持ってくるよ」

「?」

 

 ユージオに言われると、僕の顔を見つめ、キリトは立ち上がる。訳がわからずキリトを見ていると、ユージオは更にキリトに聞いた。

 

「ねえ、キリト」

「ん?」

「キリトは、もし記憶が全部戻ったら……どうするんだい?」

「どうするって?」

「キリトが整合騎士を目指しているのは、僕達の目的に付き合ってくれているからだろ。公理教会に連行されてしまったアリスを探すっていう……。でも、記憶が戻ったら、故郷に…………」

 

 キリトは数秒また僕を見て、優しく笑うと、ユージオの背中を叩いた。

 

「例え記憶が戻っても、俺は帰らないよ。俺は剣士だった、それだけは確かだと思う。剣士なら整合騎士を目指すのは当たり前だろ?」

「……僕は、弱い人間なんだ。キリトと出会わなければ、今もまだ……毎日毎日斧を振って、ソルの足を引っ張ってたと思う。天職を言い訳にして、ソルが傍にいてくれるのに満足して……」

「ユージオ……」

 

 ユージオが僕のことも気に病んでいたことは知っていた。寧ろ、僕の方こそユージオに負担を掛けてしまっていたと思う。

 

「この学院に入れたのも、キリトが僕らを引っ張ってくれたお陰なんだ。それなのに……僕は今、記憶が戻っても故郷に帰らないってキリトが言ってくれたことに、凄くホッとしているんだ」

「ユージオは心配し過ぎだ。同じベクタの迷子の僕はずっと一緒だったろ? キリトだってそうそう記憶が戻ることも、急に居なくなることも無い、そうだろキリト?」

「ああ、俺はお前らに出会わなかったら、とても王都まで来られなかったからな。道もわからない、記憶も無い、銅貨一枚すら持ってなかったからな。俺たちがここに居るのは、俺たち三人が集まったからだ。これからだって、俺たち三人が力を合わせれば何だって出来る。あれこれ考えるのは、整合騎士になってからでも遅くないだろ?」

「…………そうだね!」

 

 ユージオは僕の手を取って立ち上がると、先程の暗い顔はもう何処にも無くなり、いつもの爽やかな笑顔に戻っていた。

 

「その為にまずは、修剣士検定試験で十二位以内の成績を取らないと」

「俺、神聖術が少し怪しいんだよな。部屋に戻ったら教えてくれよソル」

「よしわかった。終わるまで寝られるとは思わないことだな」

「あー……。明日は……」

「あ、そういえば」

「ちっ、命拾いしたなキリト」

 

 

「楽しみだね」

「なんたって一年も待ったんだからな。早く使いたいぜ」

「ったく。勉強は剣を受け取ってからだな」

 

 

~~~~~~~~~

――北セントリア第七区 サードレ金細工店前。

 

「見ろい! この有り様を! この黒煉岩の砥石は、三年使えるはずが、たった一年で六つも全損してしまったわい!」

 

 音圧のある声で怒鳴るように叫んでいるのはこの店の店主。今回キリトがある物を依頼した人物だ。顔には皺が寄り、立派な髭を生やした、まさに職人といった風貌の店主は、砥石だった物と思われる石を机に散らかす。

 

「ほんと……すんません」

「あの枝ときたら、どんなに力を込めようと僅かしか削れん。ワシがこの一振にどれだけの時間を費やしたと思っとるんじゃ。そもそも、ワシの天職は金細工師であってだな……」

「そ、それで、剣は出来たんですか?」

 

 やや不満そうな顔をしながらも、店主は何やら重たそうな包みを取り出した。

 

「若いの、まだ研ぎ代の話をしとらんかったな」

「うぇ!」

 

 店主の真剣な顔からも、相当な物だと容易に想像できた。

 

「大丈夫だよキリト。念の為に、僕もお金全部持ってきたから」

「安心しろ、最悪ツケにしとけばいい」

 

 そう言いつつも懐の銭入れの中身を確認する。……足りるだろうか。

 

「タダにしといてやらんでもない」

「「「え? ええ!!」」」

「ただし! お前さんが、このバケモンを振れるならじゃ。こやつ、剣として完成した途端一際重くなりおった」

「化け物……ですか?」

 

 キリトが包みを取る。そこにあったのは、黒い、真っ黒な剣だった。

 

(黒い、剣…………)

 

 少し頭痛がして、眉を下げた。

 

─ブン……。

 

 キリトが剣を振ると、辺りには旋風が起こる。それは、()()()()の再誕の瞬間でもあった。

 

「凄いよキリト」

「ふん、学院のヒヨっ子練士が、そいつを振りおったか」

 

 これには店主もご満悦。

 

「いい剣です」

「当たり前じゃい。だがまあ、約束だ。そいつはお前さんのもんだ」

 

 

 

「ありがとうございました!」

(やっぱり黒が似合うな)

 

 頭につっかえる何かに気を取られながらも、キリトは素振りに、僕はユージオと寮に帰った。

 

 



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《月日》

ども、素人投稿者です。

なんか、凄い凄くあれです。あれ。
早くエンハンスアーマメントしてぇ!


 

 

 

 

「はぁーあ……」

 

 大きい欠伸をしながら、視線の先の黒い剣士を見る。大修練場にてこれから行われようとしているちょいとした試合に、少なくは無い修剣士が観客席にてザワザワと落ち着きのない虫のように騒音を鳴らす。

 

「…………これ、もしや僕のせい? 不味った?」

 

 これから始まるのはウォロ先輩とキリトの立ち合いだ。

 

「ソル! キリトは?!」

「まだ始まってないよユージオ」

 

 焦った様子で僕に迫るユージオを何とか宥めて、下のキリトを見る。あちらにはリーナ先輩が行ったようだ。

 

「僕がウォロ先輩に色々話ちゃったからかぁ?」

「……ちなみに何て言ったの?」

「僕より強い剣士がいますよって。それで興味持っちゃったかも? 多分ね」

「はあ。あのキリトが一年間何も問題を起こさなかったのが奇跡なんだ」

「その通りだな。もしやこの状況通常運転では?」

「そんなことないよ!」

 

 ユージオを揶揄いながらも、そろそろ始まりそうだ。しかし、相手はあのウォロ先輩、首席であり、そして……

 

「あの人は実剣の一本決め打ちだからなぁ」

「ソルはキリトが勝つと思う?」

「勝つよ」

 

 僕はウォロ先輩と幾度も剣を合わせて、あの人の強さが本物であることを知っている。それでも、この立ち合いはキリトが勝つ。

 

「《黒の剣士》が負ける訳無いもんな……」

「……ソル? もしかして記憶が……」

「お、始まるぞユージオ」

 

 両者剣を抜く。

 ウォロ先輩は、ゆっくりと構えを取る。

 

「あれは、ハイノルキア流天山裂破……!」

「キリトは〈バーチカル・スクエア〉か……」

 

 

 両者の距離が詰まり、互いの剣が交わる。ウォロ先輩の渾身の一撃を、キリトは三連撃で止める。

 

(キリトには四撃目があるが……)

 

 ウォロ先輩の剣は重い。積み重ねられた意が彼に力を与えている。

 

「キリト……」

 

 ユージオが不安そうな顔で見守る。脚と腕を組みながら、僕は呟く。

 

「こんな所で負けるなよ。……キリト」

 

 

 その瞬間、不可思議なことが起きた。キリトに集いし黄金が、剣を成し、その剣身を伸ばした。

 

(あれは、《ギガスシダー》の記憶?)

 

 キリトの背後にはかつてユージオが切り倒した、今彼が手に持つ剣の荘厳な姿があった。

 

「はああああぁぁぁぁ!!!」

「うおおおおおお!」

「そこまで!」

 

 四撃目がウォロ先輩の服を切り、超近距離の斬り合いが起こる時、凛とした声が響いた。

 

「アズリカ先生?」

「流石は七年前の四帝国統一大会の第一代表剣士だな」

 

 突然の終了ではあったが、最後は正直斬られていてもおかしくなかった。安堵の溜め息をユージオと二人で吐く。

 

「キリト練士の懲罰は、これにて終了とする。今後は、誰かに泥を跳ね飛ばすことの無いように気を付けることだ」

 

 ウォロ先輩が退室すると、会場を大歓声が包み込んだ。キリトの戦いぶりはそれだけ素晴らしい剣技であったのは、誰の目からも明らかだった。

 

「じゃ、ウォロ先輩に挨拶してくるよ」

「キリトにはいいのかい?」

「どうせ祝会でもするんだろ? 僕はウォロ先輩の傍付きだ。なに、少し話すだけさ」

 

 

~~~~~

 

 

 大修練場の控え室で、ウォロ先輩は座り瞑想していた。

 

「ソル初等練士、失礼します」

 

 挨拶をしてから入室すると、瞼を上げてウォロ先輩がこちらを伺って来た。

 

「なんだ、ソルか」

「なんだとは何ですか」

「ふ、……お前の言う通りだったな」

「まさかあんなことするとは、先輩も中々血気盛んですね」

「よく言う。まだ俺に斬られたことの無いお前が言っても皮肉にもならんぞ」

 

 先輩とは長い付き合いだった。小言を言い合えるくらいには仲良くも慣れた。なんなら裸の付き合いもした。

 

「恐らく修剣士検定試験ではリーナ先輩が上がってきます。頑張って下さいね」

「なんだ? この俺に忠告か?」

「応援です。こんな僕でも、先輩のことかなり尊敬してるんですよ? 首席の座、奪われないでくださいよ」

「無論だ」

 

 思えば、こうした先輩を持つのは初めてな気がする。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。先輩みたいな兄貴分が嬉しい。

 先輩との間に、確かな絆を感じた一時だった。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 夜更けの、皆が寝静まった時間。不意に眠気が去り、起き上がる。

 

「……キリト?」

 

 見るとキリトの姿が無い。

 

「あー、花か」

 

 もうすぐ先輩方も卒業だ。最近はよく夜に様子を見ているらしい。

 

「ふわぁ……」

 

 欠伸をしながらも、上着を軽く羽織って自室を出た。

 

 

~~~~~

 

 

「おいおいこりゃあ何だ……?」

 

 花壇に行くと、花達が淡い緑の光を帯びていた。見ると、その光の中にキリトが居た。

 

「あ……」

 

 無意識に手を伸ばすと、黄金の蝶が掌から飛び立った。蝶がキリトの花に吸い込まれると、緑の光を受け取って蕾を生やした花に宿った。

 

「ソル……」

「キリト……これは……」

 

 この場にその答えは無かった。僕達はこの不思議な現象を噛み砕けないまま、自室に戻り布団にくるまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 先輩方の卒業の日。結果としてウォロ先輩はリーナ先輩に敗れ二位の成績だったが、最後の試合は今まで見た中で一番の激戦だった。

 僕からの剣舞の贈り物も気に入ったのか、また見せてくれるかと言ってくださった。

 

 

 

 

 

 そして、僕は修剣士検定試験を一位、キリトは五位、ユージオは六位ので終え。上級修剣士として進級した。

 

 

 

 

 

「ユージオ上級修剣士殿、御報告します。本日の掃除、完了致しました!」

「ソル上級修剣士殿、同じく掃除完了致しました」

 

 ユージオの傍付きである赤髪の少女、ティーゼと、ソルの傍付きである黒髪の少女、ルーナが並んで業務の終了を報告する。その横にはもう一人、焦茶色の髪の少女。

 

「ご苦労様、ティーゼ。今日はもうこれで寮に帰っていいよ」

「お疲れ様ルーナ。今日はもう終わり……なんだけど。ごめんなロニエ、今阿呆がどっか行ってるらしいんだ。後で言っとくからもう行ってもいいよ」

「あいつに付いてると一年間苦労するよ。間違いなく」

「いやホント、マジで、後悔する前に誰かに変わってもらえ」

「と、とんでもありません!」

 

 必死に首を横に振るロニエ。そして、何故か後ろの窓が開かれると、キリトが入ってきた。

 

「おいおい。人の留守に何を言ってるんだ」

「キリト上級修剣士殿、御報告します。本日の清掃、滞りなく完了致しました」

「こーらキリト、彼女らを待たせるんじゃあない。どーせ東三番通りから来たんだろ? ほれ、蜂蜜パイ寄越せや」

「ほれ」

 

 ユージオと僕の分のパイを取って袋を受け取る。それを彼女たちの前に差し出すと、目を輝かせて袋を見つめる少女三人。

 

「はい。天命に気をつけて寮に戻ってね。ちなみに飲み物のオススメは紅茶だ」

「「「わぁ!」」」

「ありがとうございます上級修剣士殿!」

「頂いた物資の天命が減少しないよう全速で寮に戻ります!」

「紅茶は何がよろしいでしょう?」

「西の産地がいいぞ」

「ありがとうございます!」

 

 

 打って変わってキビキビと動く三人少女に微笑みながら、紅茶を入れる。

 

「ほれ」

「サンキュ」

「ありがとうソル」

 

 三人で蜂蜜パイを堪能していると、ユージオが何か言いたげに僕らを見つめる。

 

「どうしたユージオ?」

「いや? 二人とも何で僕らがここにいるのか忘れてないだろうかって」

「忘れる訳無いだろ」

 

 カップを置き、夕暮の空を見上げる。

 

「……やっと、だな」

「ああ」

「もうすぐだね」

 

 月日が流れるのは早い。目的を達する為の工程は着々と進んでいる。整合騎士まで、後一歩だ。



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《禁忌》

ども、素人投稿者です。

パパパーンと行きます。


 

 

――人界歴380年 5月20日 上級修剣士寮。

 

 

「……で、何も無くて逆に不安だと」

「うん」

「むー……」

 

 腕組み考える。この話の発端は、ユージオが彼らの剣に込められたモノを知りたくなってつい剣を交えたこと。剣士としてユージオはキリトに迫る腕を持っている。結果は中断されて引き分け、貴族のウンベールがそれを受け入れることは屈辱だと感じ、何かしら仕返しにくるだろうといったことだ。

 

「禁忌目録も、学院規則もある訳だし、意地悪するのも中々難しいだろ。でもそれは裏を返せば、禁忌に触れない行為なら何を仕掛けてきてもおかしくないってことでもある」

 

 キリトが言う。確かに、禁忌に触れないこと……例えば、貴族特有の裁決権の濫用あたりか。

 

「警戒するに越したことはないな。一応、ルーナたちにも伝えとくか」

「平常心を忘れないように、ステイクールでいこうぜ」

「なんだって? ステイ……?」

「落ち着いて、とかまた会おうとかの意味だよ」

 

 何故か口からスラスラと出てきた言葉に自分でも驚く。

 

「へぇー。わかった、覚えておくよ」

「ソル……?」

 

 キリトは目を瞠る。その違和感に気付きつつも、僕は何処かでそれに蓋をした。

「ん? ああ、明日はルーナ達と親睦会するからちゃんと支度しとけよ」

「はぁーい。八時に起こしてくれ」

「八時じゃ遅いよ七時半!」

「ソルも起きれねえだろ!」

「うるせえ僕は支度五分で済むからいいんだよ!」

 

 

~~~~~~~~~~

――次の日。

 

 

「いー天気だねえ」

「そうですね先輩」

 

 草むらに二人で寝転がる。ルーナは言わば大和撫子の美少女だ。腰まである黒髪は美しく艶やかで、指先まで美の彫刻のようだ。

 

「ねえ先輩」

「どうしたルーナ」

「何で私を傍付きに選んだんですか?」

「……勘?」

「えぇー」

 

 凛とした見た目とは裏腹に彼女はふわふわした性格だ。僕の勘は何かと当たる。

 

「あ」

「ん?」

「一応私、貴族出身ですけど生活は貴族らしくないんですよ」

「へぇ」

「こうして学院に来てますけど、剣の腕が無かったらもう許嫁を決められてるんですよ」

「そーなんだ」

「つまり、私は今フリーなんですよ」

「ふーん」

「……?」

「……?」

 

 彼女が何か伝えたいのはわかる。でも何を伝えたいのか、これがわからない。

 

「そういえば……」

「ふむふむ」

「同室のフレニーカって子が、傍付きをしている人に泣かされています」

「……ほぅ?」

「詳しい内容は乙女である私からは口に出来ませんが、ウンベールという上級修剣士にやられているそうです」

「なるほどぉ?」

「最近では毎晩泣いていて……」

「よーしわかった。先輩に任せろ」

 

 どうやらあっちでも同じ話をしていたのか、キリトとユージオが覚悟を決めた顔をしていた。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「それで、我が友ユージオ修剣士におかれては、休息日の夕刻に一体何の御用かな?」

 

 僕達がライオスとウンベールの部屋を訪れると、未熟と言える肉体をはだけさせたローブ姿の二人が居た。貴族では無いとはいえ僕は首席の修剣士、学内では一番の立ち位置であるが、どうやらそれすらわからないライオスは寝転がったまま話す。

 

「そちらのジーゼック修剣士に関して、少々好ましからざる噂を耳にしましたので、学友がその芳名を汚す前にと、僭越ながら忠言に参りました」

「な、んだと!」

 

 おつむの弱いウンベールはこれだけでもキレる。気付かれないように鼻で笑う。

 

「ほほう。これは意外であり、望外のことでもあるなあ。ユージオ殿に、我が朋友の名を案じて頂けるとは。しかし、惜しむらくはその噂とやら、まるで思い当たらない。ユージオ殿は一体何処からそのような噂を聞きつけたのかな?」

「ジーゼック殿の傍付きと同室の初等練士から、直接話を聞いたのです。ウンベール殿がフレニーカという傍付き練士に、逸脱した行いを命じておられることを」

 

 頭は多少回るのか、ライオスはのらりくらりと会話の芯を躱す。

 

「ふーむ。逸脱……何とも奇妙な言葉だなユージオ殿。もっとわかりやすく学院則違反と言ったらどうかね?」

 

 ユージオが温まったのを感じる。口を挟むなら今だ。

 

「この学院の現首席たる僕が発言するが、我らは貴殿らの噂話を耳にしたに過ぎん。それが学院則違反だろうと無かろうと、我らにとっては些事のようなもの。我らは貴殿らの学友として、そのような噂が広がることを恐れているのだ。まずはそこを御理解願いたい」

「ではどうしろと言うのだソル殿?」

「我々はウンベール殿に忠言に来た故、貴殿と語ることなどありはしないが、言わば火種の消化でありましょうか。この学院には剣士が数多く在籍しております。その成績優秀な上級修剣士がそのような非常識な行いをするのは大変な恥であり、剣士の風上にすら置けません。幸い、火は燃え広がっておりません故、安心してくだされ。では、我々はこれにて失礼します」

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「くっ!」

「落ち着けよユージオ」

「剣があったら危なかったな」

 

 自室に戻ると、ユージオは悔しさのあまり壁を殴りつける。ここまで熱くなるユージオは珍しい。逆に、何も発言しなかったキリトもだ。

 

「キリトはよくキレなかったな?」

「何か裏があるんじゃないかと様子を見てたんだ」

「裏?」

「もしかしたらこれは、ユージオを狙った罠なんじゃないかってさ」

「……なるほどな。もしあの場で言い過ぎたら、ってことか」

「とかな」

 

 ユージオは険しい顔をするが、過ぎたことだ。キリトと見合わせ、ユージオの肩に手を置く。

 

「大丈夫だ。もし今後もウンベールがフレニーカを辱めたら、速攻で教官に調査を依頼する準備をしておくよ」

「俺たちが居ないとこで何か言われても、さっきみたいに熱くならないよう気をつけろよ」

「わ、わかってるよ。ステイクール……だろ?」

 

 僕らは顔を見合わせると、頷く。

 

「ステイ……クール、ね……」

 

 まだ残り続ける違和感と嫌な予感を感じながらも、僕は二人を守る為覚悟を決める。……守りきってみせる。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 この日は、雷の鳴り響く荒れた天気だった。暴風に大雨、この中ではとても外で修練なんて出来ない為、僕らは自室で過ごしていた。

 

─ゴーン、ゴーン、ゴーン。

 

「今の四時半の鐘じゃないか?」

「ほんとだ、もうそんな時間か」

「…………」

 

 自分の剣の手入れをしていたキリトとユージオは、鳴る鐘の音で目線を剣から移す。

 彼女らが掃除の時間に遅れたことは一度も無かった。この天気だ、来るのに苦戦している可能性も無くはないが……。

 

「嫌な予感がする。おいキリト、ちょっと見て来いよ」

「はいよ」

 

 キリトが窓から行きやがったせいで雨が室内に入ってくる。それに文句を言う余裕もない僕は黙って窓を閉めた。

 

「ソル?」

「…………」

 

─コンコン。

 

 手を顎に当てて考え込んでいると、扉を叩く音が響く。やや焦り気味に僕が扉を開けると、そこにはルーナや他の傍付きでは無く、一人の少女が立っていた。

 

「……もしかしなくても君がフレニーカか?」

「は……はい。ご面会の約束も無しにお尋ねして申し訳ありません……でも」

「ルーナは何処だ?」

 

 気迫が漏れる。今の僕はこの状況で落ち着いてられるほど冷静では無かった。

 

「実は…………」

 

 

~~~~~

 

 

「入るぞ」

 

 上級修剣士に割り当てられる一室の扉をノックも無しに開ける。始めに、吐きそうな程甘ったるい香が鼻を刺激する。ユージオは青薔薇の剣を携え、僕はキリトの黒い剣を持っている。

 

「おやおや、首席修剣士様がここにどうした御用で?」

「今、私は無駄話をする気では無い。単刀直入に聞こう、ルーナ達は何処だ?」

 

 剣圧を強めて尋ねる。僕の片手はもうキリトの剣を握っている。

 

「ああ、あの三人か。上級修剣士たる我々に突然の面会を求めるとは実に勇敢な初等練士なものだな?」

「耳が効かないのなら始めから仰ってください。……何処だと聞いている」

「……ふむ」

 

 ライオスとウンベールは立ち上がると、奥の部屋に入っていく。僕とユージオも続いて入室すると。

 

「…………手前ぇら!」

「これはどういうことですライオス殿ぉ!?」

「これはやむを得ない処置なのだよ。この三人は我らに甚だしい非礼を働いたのだからな」

「非礼……?」

 

 手足を縄で縛られ、口には布を巻き付かれた少女三人の光景に頭に血が完全に回った。

 

「あの下級貴族の娘共は、こともあろうに四等爵士のこの私が自分の傍付きを理由無く虐げ、欲望を満たしていると侮辱してくれたのよ。上級修剣士として、フレニーカを正しく導こうとするこの私をだぞ」

「それがまかり通ると、本当に勘違いしているのか?」

「学院則にはこう付記されているのはお忘れかな? なお、全ての懲罰において上級法の規定を優先すると。上級法とは禁忌目録、そして帝国基本法のことだ。つまり、三等爵家の私は六等爵家出身のあの娘たちに修剣士懲罰権では無く、貴族裁決権を……行使できるということなのだよ!」

「話は終わりか?」

「ん?」

 

 キリトに借りた剣を抜剣する。こいつらは一線を超えたのだ。抑えようの無い怒りが沸き上がる。

 

「首席修剣士として、貴殿らの秩序を乱す行為は断じて看過できない。今すぐ彼女たちを解放しろ!」

 

 ライオスに剣を向ける。ユージオも抜剣しようとしとするが、

 

 

「勘違いしてるのは貴殿の方だろ? ソル首席修剣士殿?」

「グッ!」

「ユージオ?」

 

 動きが止まったユージオに気を取られ、一瞬だけ視線を離してしまった。

 

「貴殿はもう大罪人なのだ! やれ、」

「「「「「てやああああ」」」」」

 一体何処に隠れていたのか、数人の修剣士が実剣を振りかぶってきた。

 

「お前たち、何をしているのかわかっているのか!」

「うるさい! お前のせいで……俺たちの人生はおかしくなったんだ!」

「……!」

 

 突然として視界が歪む。僕の世界に()が戻る。黒い、淀んだ塊達が、僕を襲う。

 何とかいなすも、数の差、部屋の狭さで徐々に傷をつけられ始める。

 

「ちっ……」

「先輩!」

「お前のせいだ!」

「お前さえ居なければ!」

「死ね! 死ね! 死ね!」

 

「これは正当な貴族の裁決である。そして、裁決権の妨害もまた重大な違法行為。お前は既に大罪人なのだ!」

 

 彼らの剣は怨みの篭った剣だった。対して、此方から彼らを斬ることは許されない。迷いのある剣では到底捌ききれず、一人、また一人と剣が僕の体を抉る。()()()()()()()何かに必死に抗いながらも何とかいなすが。

 

「ぐぅ、が……」

 

 両手を剣で壁に刺され、両腿を刺され、剣を落とす。

 

「先輩! ソル先輩!」

「トドメだ!」

 

「う、うわああぁぁぁぁ!!!」

 

 ユージオは雄叫びを上げ剣を抜いた。その剣は、ウンベールの左腕を斬り飛ばす。見ると、右眼が潰れて血が出ている。

 

「ハァハァハアハア」

「俺の腕が、血が! 天命が減っていくぅ!! ライオス殿! 神聖術を……いや、もう普通の術じゃ間に合わない。天命を! 天命を分けて下さい!」

 

「素晴らしい。こんな、ここまでの禁忌を犯す人間を私は初めて見た。貴族裁決権の対象は原則として下級貴族と私領地民だけだが……禁忌を犯した大罪人とあらばその限りでは無い」

 

 そう言い、壁に掛けられていた剣を抜いたライオス。そしてゆっくりとユージオの前で構えた。

 

「クックック、私は剣で人の首を落とすのは初めてだ。これで私は更に強くなる。ユージオ修剣士……いや、大罪人ユージオ、そして大罪人ソル! 汝らを貴族裁決権により……処刑する!!」

「避けろユージオ!」

 

 間に合わない! 手足の動かない僕はただ見ているしか無かった。

 

(キリト……!)

 

 その時、()()()を見た。

 

「キリ……ト」

「剣を引けライオス! お前に二人を傷付けさせない!」

「ようやくのお出ましかキリト修剣士。しかし、少々遅すぎたぞ。そこの田舎者共は、禁忌目録に背いた大罪人だ。お前こそ下がってそこで見ていろ。何時ぞやの花のように……この罪人の首が落ちる様をなあ!」

「禁忌だの貴族の権利だの知ったことか。ユージオとソルは俺の親友だ。そしてお前は闇の国のゴブリンにも劣る屑野郎だ!」

 

 ライオスはキリトの言葉に一瞬ショックを受けるが、すぐに下卑た笑い声を上げる。

 

「これで私はお前たちを揃って処分できる訳だ」

 

 鍔迫り合いを止め、大上段に構えるライオス。キリトは剣に黄金を纏わせ、一回り大きくする。

 

「ぎあああああ!」

「うおおおおおおお!」

 

 二人の剣が激突する。

 

「この私が、平民如きに後れを取る訳無いのだぁ!」

 

 強力な心意によって強化されたライオスの剣がキリトを追いやる。キリトの剣も心意を纏っているが、ライオスのには及ばない。

 

「キリト!」

 

 ()()()()()()()()()()、僕は蝶の翅を生やし、黄金の蝶を噴き出す。

 

「な、なんだこれは!」

「ひ、ひぃ!」

 

 蝶は自分を突き刺す奴らの剣を吸い取る。剣を侵色されるのを見て僕から離れた。

 立ち上がってライオスの剣にも蝶を飛ばす。

 

「キリト!」

 

 蝶達がライオスの心意を吸い取ると、逆にキリトの優勢となる。押し切ったキリトは、ライオスの両腕を剣ごと斬った。

 

「うわああああ! 腕が、私の腕が! ウンベール、私の血を止めろ! その縄を解いて、私の傷口を縛れ!」

「い、嫌だ。この縄を解いたら俺の天命が減る。その命令は禁忌目録違反だ!」

「禁忌? しかし、天命が。禁忌、天命、禁忌、天命、禁忌…………」

 

 壊れたように叫ぶライオス、断末魔に機械音を叫ぶと、彼は事切れた。

 

「ひぃ! 人殺しぃ! 化け物ぉ!」

 

 ウンベールはキリトを見て、逃げるように部屋を出た。

 

 

 

 

 

「……ごめんなさいソル先輩。私……止められなくて」

「何も言うな。君が無事なら……それで…………」

「でも、こんなに傷付いて。私のせいで…………」

 

 ユージオはティーゼを、キリトはロニエを抱き締める。

 

(……?)

 

 空間に歪みを感じて見ると、釣られるようにキリトとユージオも同じ場所を向く。歪んだ空間に現れたのは人間の顔だった。

 

「ロニエ達に聞かせるな!」

 

 僕でも聞いたことの無い神聖術を唱えて、顔は空間の歪みに消えていった。

 

(僕はもう、戻れない…………)

 

 ルーナを抱き締めながら、部屋の惨状を見渡して。僕が()()()()()()()()()()()ことを実感する。



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《アリス》

ども、素人投稿者です。

ようやく分岐点まで来ました。


 

 

 

「早く起きなさいソル修剣士。貴方の友人が待っていますよ」

 

 澄んだ声に起こされる。大罪人一人だけの独房の扉を開けたのはアズリカ先生だった。

 

「アズリカ先生……」

「ソル修剣士、私は貴方のことが何一つわかりませんでした。ですが、これだけは断言出来ます。()()()()()()()。貴方は一人で抱え込む癖があります、貴方自身の為にも、問題があれば誰かを頼りなさい」

「よく見てますね」

 

 餞別のつもりなのか、今までに無い優しい声色だった。見てくれていたことに嬉しくも淋しくもある。

 

「さあ、貴方を迎えの者に引き渡さなくてはいけません」

「……大丈夫です。僕は一人じゃありません」

「それが言えるなら安心です」

 

 淡白な受け答えだが、今はそんな調子が丁度いい。

 

「こちらです」

 

 後悔は後に悔やむ行為だ。僕に悔いは無い。あるのは心配だけだった。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「ようソル」

「おはようソル」

「おはよう。目は大丈夫かユージオ?」

「うん。アズリカ先生のお陰でね」

 

 またこの三人で一緒に居られることに安堵し、同時に前の気配に警戒する。

 僕らの連行するのはきっとあの金色の騎士様だろう。何処かに見覚えのある面影を感じながら。三人が近付くと騎士は此方に振り向いた。

 

「アリス? アリス!」

 

 衝動のまま彼女に近付くと、剣で殴られる。間一髪で躱すが、庇った手首がジンジンと痛む。

 

「危ないじゃないかアリス!」

「言動には気を付けなさい。私はお前達の天命を七割まで奪う権利があります。次に許可無く触れようとしたらその手を切り落とします」

「……アリス?」

 

 彼女は確かにアリスだ。数年会っていなくてもわかった。見間違う訳が無い。彼女はアリス・ツーベルクだ。

 

「あの騎士がお前達の探していたアリスなんだな?」

「ああ、間違いない」

「うん」

「この場は指示に従おう。罪人のとしてでも、セントラル・カセドラルに入れさえすれば少しは事情がわかる筈だ」

 

 キリトの言葉に僕とユージオは頷く。今はアリスが生きていたことを喜ぶことにする。

 

「ついて来なさい。上級修剣士ソル、上級修剣士キリト、上級修剣士ユージオ、そなたらを禁忌条項抵触の咎につき、捕縛、連行し、審問の後……処刑します」

 

 

~~~~~

 

 

 僕らを連行するのは飛竜らしい。キリトは右脚、ユージオは左脚、僕は首にとそれぞれ鎖で繋がれる。特に僕の場合、あの日のアリスを思い出してしまう。

 

「ティーゼ!」

「ロニエ!」

 

 どうやら傍付き達が来たらしい。

 

「き、騎士様! お願いがございます!」

「先輩方に剣をお返しする許可をどうか!」

「……いいでしょう。しかし罪人に剣を帯させる訳にはいきません。これは私が預かります。…………会話をするなら一分間に限って許可します」

(優しい所は変わらないな)

 

 アリスはあの頃もそうだった。懐かしい記憶に感慨深くなっていると、ふと目の前が暗くなった。

 

「先輩……」

「ルーナか……」

「……迎えに行きますから、待ってて下さい」

 

 僕に自前の剣は無いから来ていないと思っていたが、彼女も来ていた。

 彼女は何時でもそうだった。マイペースというか、ほのぼのというか、そんな所に安心していた自分が居た。

 

「なら、待ってるよ。早くしないと処刑されちゃうから、早く来てね」

「……ええ、必ず行きます。……………………私の、先輩」

 

 

「時間です。離れなさい」

 

 アリスが飛竜の縄を操ると、飛竜は羽を大きく羽ばたかせる。向かうはセントラル・カセドラル。罪人の処刑台だ。

 

「絶対! 絶対待ってて下さいねー!」

 

 彼女らしくない、必死な叫び声に微笑みながら、僕らは空へと連行された。

 

 

~~~~~~~~~~~

 

 

「お前は私と来なさい」

「僕だけ?」

 

 セントラル・カセドラルの内部に入ると、アリスは僕だけを上に、二人を下に連れていくよう指示した。

 アリスは僕の両手の枷に繋がる鎖を握る。

 

「キリト、ユージオ…………先に行ってるぞ」

「ソル……」

「ユージオ、そんな不安になるなよ。ソルなら大丈夫さ」

 

 気は進まないが、従う他ないだろう。二人なら大丈夫だ。地下牢だとか監獄だとか、そんなもので彼らは止まらない。

 

「行きますよ」

「……わかったよアリス」

 

 

 

 

 アリスに引かれて回廊を歩く。アリスと二人きり、彼女と話すなら今しかない。

 

「なあアリス、覚えてるか? 僕らがルーリッド村で過ごしたこと。ユージオのこと……僕のこと」

「……何故お前は私の名前を知っているのです? 私は天界より召喚されし整合騎士。私とお前は初対面のはずです」

「っ! 忘れたのか!? 僕はソル、ソルだよ! ルーリッド村で()()で過ごした日々を、幼馴染を忘れたのか!?」

「幼馴染……? ソル……?」

 

 アリスの額に紫の光が逆三角の形になる。その光を見た途端、背筋に悪寒が走る。あれは良くない物だと本能が告げる。

 

「君の名前はアリス・ツーベルク。ルーリッド村の村長の娘、妹の名前はセルカ。得意な料理は果物のパイ。嘘をつく時に目線を左に泳がす癖がある」

「ソル…………。セルカ…………」

「一緒にユージオをからかったり、キリトと森を探検したりしただろ! 思い出せアリス!」

 

 アリスの額から紫結晶の三角柱が出てくる。三角柱が数センチ伸びてきた所で、僕はそれを掴んだ。

 

「アリス! 僕だ……ソルだ! 思い出せ、全部!」

「ソル……?」

「ああ、ソルだ。何故、何故忘れてしまったんだ…………アリス!」

「毎日、夢に見た……。ソル…………私の…………大切な……人」

 

 虚ろな瞳のアリスは呟く。再びアリスの中に入ろうとする三角柱を引っ張るが、ビクともしない。

 

(やばい……こいつは何かがやばい)

 

 これが力ずくでは取り除けないことを悟る。歯噛みしていると、頭の中に文字の羅列が思い浮かんだ。

 

「システム・コール、コネクト・トゥ・メモリアル!」

 

 短い詠唱、だが、その神聖術は僕の望む効果を発動させた。

 

「これは……」

「あ…………」

 

 この時、僕とアリスの記憶は()()した。僕の頭の中にはアリスの整合騎士としての記憶が、アリスには僕のルーリッド村から今までの記憶が。まるで互いにダウンロードするかのように次々と入り込む。

 

「っ痛!」

 

 急激な負荷に頭痛がすると、弾かれるように火花が散り、僕は吹き飛ばされる。

 その弾みで三角柱もバラバラに砕ける。砕けた破片は天命が尽きて消え去った。

 

「……アリス?」

 

 アリスを見れば仰向けに倒れている。傍に近寄ると、ゆっくりと目覚めた。

 

「……ソル?」

「おはようアリス。調子はどう?」

 

 今のアリスから敵意は感じられない。砕けた口調で話すと、アリスは困惑した表情をする。

 

「あなた、私に一体何をしたのですか? この記憶は……」

「僕らはルーリッド村で過ごし育った幼馴染。君はアリス・ツーベルク。果ての山脈で禁忌を犯し、離れ離れとなった僕の…………大切な人」

「幻惑の術にしてはあまりにも現実的過ぎます。……正直、信じられません」

「信じなくてもいい。ゆっくりでいいさ、君には時間がある」

 

 僕は手の鎖を鳴らすと、アリスはハッとする。今の僕は大罪人で、アリスは連行任務の途中。今この事実を変えることは出来ない。それに…………

 

「君はまだアリスであってアリスじゃない。いつか()()()だろうが、慌てることじゃないよ。急に混じると気持ち悪いからね」

「…………」

 

 記憶は人格を形成するが、人格を型どるのは記憶だけじゃない。元の記憶と別の記憶が混じると、その人の人格は元の人格に戻る訳じゃ無い。人格の形成は積み重ねだ。記憶の()()()をしたとして、その下にある人格を塗り替えることは出来ない。

 

「早く行こうよアリス」

「……あなたはこれから処刑されるのですよ? 何故そんな顔をしていられるのですか?」

「二人を、君を信じているからさ」

 

 階段を登り終え、昇降盤を降り、厳重な扉の前に着いた。

 

「オッホッホ! これはこれは……お手柄ですよサーティ。こいつは使える駒になりますよぉ」

 

 跳ねる肉袋と見間違えたが、どうやら人間のようだ。青と赤の道化服を纏った、薄気味悪い血色の肌。カタカタと嫌に気が散る声のピエロにアリスは顔を顰める。

 

「もう下がってなさい三十号。こいつを猊下の元に連れて行くのはワタシがします。そいつを置いてさっさと立ち去りなさい!」

「…………では、私はこれで」

「ああ、そうだ」

 

 最後の言葉を忘れていた。

 

「アリス、あの二人は必ず来る。精々身構えてろよ」

 

 空元気の笑顔でアリスに言い捨て、肉団子の前に出る。

 

「ごちゃごちゃ五月蝿いですよ! システム・コール!」

(どうか、三人の行く末に幸有らんことを……)

 

 僕の意識は、ここで途切れた。



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《三十二番》

ども、素人投稿者です。

次が本命の話なので、飛ばします。
ああー、エンハンスアーマメントしたーい!


 

 

 

『頑張って、キリト』

『助けてくれて……ありがとう』

Dance like a butterfly,kill like a bee(蝶のように舞い、蜂のように刺す)

『汝の願い、しかと受け取った』

 

 

 懐かしい、只只懐かしい気持ちだ。走馬灯を駆け抜けるような感覚の中に僕は漂っている。この記憶は全て()()だ。でも、()()記憶では無い。どちらが本当の()なのかはわからない。

 

 

『駄目だアリス!』

『ユージオ逃げろ!』

『キリト……これは……』

『首席修剣士として、貴殿らの秩序を乱す行為は断じて看過できない。今すぐ彼女たちを解放しろ!』

 

 思えば、僕の天職はキリトと同じ剣士だったのかもしれない。あの日、洞窟で初めて握った剣の感覚は今でも覚えている。体に従うようにステップを踏み、勢いを殺さないように剣を振る。キリトの言うアインクラッド流も妙に手に馴染んだ。

 

(キリト……)

 

 親友の名を思い浮かべると、この世界では無い彼の姿があった。いつも自分の隣に居た、《黒の剣士》。

 

(君は……何者なんだ?)

 

 彼に触れようとして、僕と彼の間に何かが生じた。壁のような何かに遮られ、見ていた記憶が段々と消えていく。

 

「え……。やだ、やめろ…………」

 

 さっきまで見ていた景色が抜き取られるように消えていく。僕を遮る壁は殴ってもうんともすんとも言わない。

 

「おい! やめろよ!」

 

 叫んでも誰も何も言わない。反響すらしない空間に霧散してしまうだけであった。

 

「それは……それだけは!」

 

 水髪、又は黒髪の少女と、アリスの記憶が抜かれるのを僕はただ眺めるだけしかできなかった。とても大切な……大事な人の記憶を。

 

「詩乃ぉ! アリスぅ!」

 

 

 

~~~~~~~~~~

――ソルが最上階に連行されてから数刻後。

―ユージオside

 

 

「ここは……?」

 

 僕は確か物語の英雄、ベルクーリと戦って……。チュデルキンとかいう小男に…………。

 

「ここは……セントラル・カセドラルの最上階?」

 

 辺りを見渡す。これまでの階層の中でも特に広い空間に絢爛な天蓋ベッドが一つ。壁の柱には神器と思われる武具が華美に並び飾られている。

 

(ここが最上階ということは、この人が……)

 

 天蓋カーテンの隙間から覗くと、人間離れした美貌を持つ女性が眠っている。

 

(この短剣を刺せば……)

 

 ベッドの上に上がろうとしたその時、何かが僕の袖を引っ張った。

 

「……ソル?」

 

 振り返ると、僕らの先に上に連行されていたソルが僕の袖を掴んでいた。

 

「ソル! 心配したよ」

 

 呼び掛けるが、返答は無い。ソルは黙って俯いたまま、僕の袖を掴み続けている。

 

「…………ソル?」

「…………」

 

 

 

「可哀想な子」

「え?」

 

 ベッドからの声に振り向くと、眠っていた女性は覚醒状態となって、大きく欠伸をしていた。

 

「可哀想な子?」

「そうよ。とっても可哀想。貴方はまるで萎れた鉢植えの花」

「鉢植えの……花?」

「貴方にはわかっている。自分がどれほど乾き、飢えているか」

「……何に?」

 

 

「愛に」

「愛……だって? まるで、僕が愛を知らないみたいに……」

 

 彼女の言葉に少し頭に来た僕は語尾を強める。

 

「その通りよ。貴方は愛されるということを知らない、可哀想な子」

「そんなことない。母さんは、僕を愛してくれた。怖い夢を見て眠れない時は、僕を抱いて子守唄を歌ってくれたんだ!」

「その愛は、本当に貴方一人の物だったの? 違うでしょ? 貴方の兄弟に分け与えた余り物だったんでしょ?」

「嘘だ……母さんは…………」

 

 誰かに腕を掴まれて後ろに引っ張られる。

 

「……ソル?」

「…………」

 

 ソルは何も話さない。その暗褐色の瞳には光は無く、まるで魂の抜けた人形のようだ。

 

「あら? 意識は無いのに動けるのね」

「お前……ソルに何を…………っ!」

 

 キリトとの話を思い出す。もしかしてソルは……整合騎士に?

 

「まあいいわ。貴方のお友達も一緒よ。貴方をずっと、何時までも見守ってくれる、愛してくれるのはこの私と……そこのソルだけ……。ねぇ? そうでしょ? ソル? さあ、一緒にいらっしゃい」

 

 ソルの震える手に引かれ、僕はベッドの中に引きずり込まれる。

 

(ソルが……、ソルだけが……僕を、愛して……)

 

 昔から僕の傍にソルは居てくれた。辛い時も、悲しい時も、ソルが助けてくれた。アリスよりも僕を優先してくれた。ソルの愛は、僕だけの…………。

 

「さあ、これから貴方達の邪魔をする者は誰一人居なくなる。貴方は一人だけの愛を手にすることが出来るわ」

 

(これで……いいのかな?)

 

 大切な人、ソルと一緒なら…………僕は……。

 

 

~~~~~~~~~~

キリトside

 

 

 俺とアリスは、一度外に放り出せれた後、壁を登って内部に入ることに成功した。ミニオンと戦う時、謎の不可視の斬撃が俺たちを助けた時、アリスはそれを《心意の太刀》と呼ぶと教えてくれた。俺たちを助けたのは誰の心意かはわからないが、それを見たアリスは安心するように笑った。

 空間神聖力が無くなって夜明けを待つ時、アリスはルーリッドでの記憶の殆どを思い出したと言った。聞くと、ソルの連行中にソルにねじ込まれたらしい。村娘としての記憶と騎士としての記憶に葛藤するアリスに共に戦おうと提案すると、彼女は右眼の封印を破り、教会に剣を向けることを決意した。

 アリスの手当には、ソルから「紳士たる者、手拭くらい持ち歩けよ」と日々散々言われて渡されていた手拭で手当をすると、彼女は頬を赤らめながら手拭に触れた。

 

 

 

そして、先に進んでいたユージオが騎士長ベルクーリと戦った後、元老長チュデルキンに連れ去られたことがわかり、最上階に急ぐ。

 元老院の非道な仕組みに怒り、チュデルキンに不意打ちを仕掛けるが逃げられてしまう。

 

「チュデルキンはこの上、百階まで逃げたんでしょうか?」

「そもそも上への階段は何処だ? ……ん?」

 

 天井にぽっかりと空いた穴から、一人の騎士がゆっくりと降りてきた。

 

「まだ整合騎士が残ってたのか」

「いえ、そんなことは…………」

 

 降りてきた騎士の顔は、俺のよく知る顔だった。青のマント、装飾を散りばめた銀色の鎧を見に纏った俺の親友だった。

 

「ユージオ……、お前?」

「……まさか、早すぎる」

「早いって何が?」

「儀式の完了がです。ユージオは既にシンセサイズされています」

「嘘だ……そんな、だって……」

 

 ユージオがベルクーリと戦ってからまだ時間はそう経っていない筈だ。ユージオが記憶を操られたなんて、俺には信じられなかった。

 

「しっかりしなさい! ここでキリトが動揺すれば、助けられるのも助けられなくなる」

「助ける?」

「そうです。整合騎士に本来の記憶を取り戻させる方法があるなら、ユージオもまだ元に戻せる道理。その為には何としても、この局面を乗り切りなければなりません。それに…………」

「……ここは俺に任せてくれ」

 

 アリスの言いたいことはわかった。ユージオのシンセサイズが完了したのなら、その前に最上階に連れて行かれたソルは……。

 

「油断しないで、あの騎士はキリトの知るユージオではない」

「ああ」

 

 兎にも角にも、目の前のことを乗り越えなくてはいけない。

 

「ユージオ、俺のことがわかるか? 俺はキリト、お前の相棒だ。ルーリッドを出てからの二年間ずっと一緒にやってきただろ?」

「ごめんよ。君のことは知らない。でもありがとう」

「何がだ?」

「僕の剣を持って来てくれて」

 

 ユージオは手をかざすと、回収していた《青薔薇の剣》が独りでにユージオの元に動いた。

 

「な!?」

「《心意の腕》!? 騎士となったばかりで何故?!」

 

 ユージオは剣を取り、腰に帯びた。

 

「その剣で……どうするんだ?」

「君達と戦うんだよ。それがあの人の望みだから」

「ユージオ、誰かに命令されるまま戦う意味さえ分からず、戦うつもりなのか!」

「戦う意味なんてどうでもいいんだ。あの人は僕らを一緒にしてくれる、欲しいものをくれるんだ。僕にはそれで十分なんだ」

「お前の欲しい物? それはアリスよりも大切な物なのか?!」

「そうだよ。だからもう、他のことなんてどうでもいい……」

 

 そう言い、ユージオは剣を抜いた。

 

「これ以上、君と話すことは無いよ」

「…………ユージオ。覚えてないだろうけど、お前に剣技を教えたのは俺だ。師匠として、まだ弟子に負けてやる訳にはいかない」

 

 同じ構え、同じソードスキルを放つ。

 

「「はあああああああ!!」」

 

 

 

 

『ユージオ……。キリト……』

 

 二人の親友の周りには、謎の心意が満ちていた。

 

 

~~~~~

 

 

 激しい剣戟の中、キリトは叫ぶ。親友への想いを、大切な思い出を刃に込め、ユージオの魂に届くまで。

 

「思い出せ! お前には大切な人達が居たはずだ。ルーリッド村で俺たちの帰りを待っているセルカ。修剣学院で指導してくれたゴルゴロッソ先輩。別れ際まで俺たちを心配してくれたティーゼ。そして何より、ソルとアリスと一緒に村に帰ることがお前の願いじゃなかったのか!?」

 

 ユージオの瞳にアリスが映る。それは失われた記憶を刺激し、敬神モジュールの埋め込まれた位置に紫の逆三角形が出現する。

 

「思い出せユージオ!」

 

 キリトの剣に込められた想いは心意として剣を通してユージオの中に入る。ユージオは懐かしい記憶、()()()のキリトと過ごす光景を思い出せた。郷愁に浸って笑みを浮かべる。

 

「アリス……。キリト……。…………ソル」

「っ! 思い出したのかユージオ!?」

 

 キリトはユージオの反応を待つが、ユージオは一向に動かない。静寂が訪れる。

 

 

 

 

―カチャ。

 

 静寂を破ったのは、ユージオでも、アリスでも、キリトでも無かった。ユージオが降りてきた天井の穴。そこから、一人の騎士が再度降ってきた。ユージオは心意でゆっくりと下がるように登場したのに対し、彼はかなりの高さの穴からそのまま落ちてきた。着地の瞬間だけ心意で音と衝撃を消したのを見て、心意を知る者ならばその難易度の高さに驚愕するだろう。

 

「対象のユニット識別コード閲覧、ライブラリファイルに該当のコード」

 

 赤茶色の髪、暗褐色の瞳のよく知る、二人の親友。

 

「標的を目視、命令プロトコルを実行します」

 

 銅色の鎧を纏った、もう一人の親友の姿であった。



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《最後の騎士》

ども、素人投稿者です。

そろそろ決戦です。エンハンスアーマメントをお楽しみに!


 

 

 

 

「……ソル」

 

 アリスが呟く。彼の暗褐色の瞳に光は無く、喋り方も何処か機械じみていた。記憶の中の彼との違いに困惑する。

 

「くそ……」

 

 キリトも予想していたとはいえ、ショックは大きかった。ユージオとの戦いで負傷しているのも忘れ、力強く剣を握る。

 

「…………」

 

 ユージオからは彼が現れた時、()()()《心意の腕》によって敬神モジュールが飛び出る。ユージオは額から零れ落ちるモジュールには目もくれず、ソルを眺める。

 

 

「サーティツー。命令の実行はどうした?」

「ソル…………」

 

 感情が抜け落ちたような表情をするソルにユージオは絶句する。

 固まった空気に、ひょうきんな声が響いた。

 

「ウォーっホッホッホー。三十二号! まーだ反逆者どもを始末できてないのですか!?」

 

 青赤の道化、元老長チュデルキンだ。チュデルキンはソルの頭を踏みつけるように降り立つと、キリトらを一瞥し、口を開く。

 

「三十二号!何をモタモタしているのです! さっさと反逆者どもを始末しなさい! ……まあいいでしょう、どうせお前はこれから処分ですからね! 三十三号! 三人とも始末しなさい!」

「……チュデルキン。それは命令の更新か?」

「あ? お前は何も考えずにワタシの言うことを聞くだけでいいんですよ。お人形の騎士風情が。そ・れ・に、ワタシのことは元老長閣下と呼ぶように」

 

 ゲシ、ゲシ、とソルの頭を踏むチュデルキン。

 

「……それは命令か?」

「ん? だからぁ…………」

 

 瞬きの間にソルは剣を抜いた。鈍く錆びたような赤錆色の剣。柄の部分は茶色、鍔には赤い蝶の紋章が彫られている。キリトら三人も剣士として高い練度を持つが、ソルが抜剣からチュデルキンの首までの剣の軌道を理解することができなかった。

 

「我の命令への干渉権限を持つのはユニットネーム・クィネラのみである。権限不所持者の干渉は、命令プロトコルに則り…………排除する」

「な、何を言って……!」

 

 ソルの一閃でチュデルキンの首が飛ぶ。首を失った胴体からは血が噴水のように噴き出る。チュデルキンの血を雨のように浴びるソルの顔はピクリとも動かない。その光景はかつてアインクラッドで多くのプレイヤーの命を刈り取った《蜃気楼》を連想させる。

 ベチャリと嫌な音とともに倒れたチュデルキンだったものを見下ろして、ソルはキリト達に向き直った。

 

「……命令プロトコルを実行。我が名はソル・シンセシス・サーティスリー、公理教会整合騎士の最後の騎士である。これから我は貴殿らを始末する、……抜剣せよ」

「ソル!」

 

 最初に斬りかかったのはユージオだった。ソルは目線だけでユージオの剣の軌道を見切ると、剣を片手に受け止めた。

 

「……君のお陰で思い出せたよ。僕は君さえいればいいんじゃない。みんなが、大切なんだ。愛とは与える物なんだって。ソルはいつも僕を助けてくれた。今度は……僕が君を救う番だ!」

「…………」

 

 ソルが剣を振ると、とてつもないソルの膂力に大きく後ろに飛ばされるユージオ。体勢を調整して着地する。その隙を、ソルはただ見守っていた。

 

「ユージオ! 記憶が……」

「ごめんよキリト、アリス……。ソルは僕が何とかしてみせる!」

 

 ユージオは二人と肩を並べる。自分の知る最強の剣士達を頼りたい気持ちが湧き上がるが、それをグッと抑える。

 

「……いいえ、私も戦います」

 

 ユージオの左肩に手を乗せてアリスは言う。彼女の左眼には怒りと、焦燥と、後悔があった。

 

「もし……、もしあの時、私が彼と逃げていれば…………戦っていれば、連れていかなければ、このようなことにはならなかった。だから私も戦います。彼を取り戻す為に」

「ああ、それに相手はあのソルだ。手加減なんてしてたらこっちがやられるぞ」

 

 キリトはユージオの右肩に手を置く。ユージオは二人の顔を見て、大きく頷いた。

 

「……うん。そうだね。ソルの強さは僕達が一番知っている。油断なんて出来ない。……いくよ!」

 

 

 

「…………話は終わったか?」

 

 三人の会話が終わるのを遠くから待っていたソルが口を開く。向き直った三人は剣を抜き構える。

 

「ああ、来いよソル。今回は三対一だ、いつものようにはいかないぜ」

「いきます!」

 

 先陣を切ったのはアリス。《武装完全支配術》でその《金木犀の剣》を無数の花弁へと変え、金色の群と成してソルを襲う。ソルは避けずに花達に突っ込む。

 

「…………」

「なっ!」

 

 ソルの体がぶれたと思うと、下から赤錆色の剣がアリス向けて放たれる。ソルは単純な加速と身体制御だけでアリスの《武装完全支配術》を避け、そのまま反撃に及んだのだ。

 

「てやぁ!」

 

 ユージオが間に入って防ぐ。心意の太刀を使ってソルの背後から攻撃するが、ソルも心意の太刀で相殺する。

 

「はあああああ!」

 

 キリトは突進系ソードスキルを横からねじ込んでブレイクポイントを作る。ソルの剣は手から離れ、床に転げ落ちた。

 

(今だ!)

 

 ユージオは《青薔薇の剣》を床に刺し、《武装完全支配術》を発動しようとするが、

 

「エンハンス・アーマ……ぐわっ!」

 

 縮地で眼前に迫るソルに首元を掴まれ、床に叩きつけられる。床にはクモの巣模様に罅が入った。あまりの激痛にユージオは悶える。

 

「てやああああ!」

「はあああああ!」

 

 アリスとキリトが同時に斬り掛かる。剣を持たないソルに防ぐ手立ては無いと踏んだ行動だった。

 

「……」

 

 しかし、ソルは徒手空拳で剣を躱しながら関節を刺激する。神経が痺れたアリスとキリトは剣を落とす。

 

「まだだ!」

 

 キリトはソルと取っ組み合いに持ち込んだ。ソルは両手を上に上げてキリトを吹っ飛ばす。

 

「ソル! 思い出しなさい。あなたはルーリッド村で私たちと過ごした幼馴染でしょう?!」

 

 アリスはソルの腰にタックルし、押し倒す。そのままマウントポジションを取ると、ソルの両手を押さえつけて声を上げる。

 

「私に記憶を垂れ流しておいて、自分はおいそれと忘れてしまうことなど許されると思いますか?! 早く思い出しなさいソル!!」

 

 アリスは泣いていた。ポロポロとソルの頬に涙を落とし、胸が張り裂けそうになりながらも想いを訴えた。

 

 

「私はまだあなた達の知るアリス・ツーベルクではありません。しかし、この気持ちは……あなたを想うこの気持ちは本物です!」

「サーティ……」

「違う!! 私はアリス、あなたの幼馴染であり、あなたに恋慕する一人の人間です!」

「アリス……」

「そうです! 帰ってきなさい、ソル!!」

 

 ソルはアリスの言葉に徐々に力が抜ける。抵抗してこなくなったソルをアリスは見つめる。

 

「……おかしい」

 

 誰もがソルは記憶を取り戻す、そう思って安堵した。しかし、キリトの顔は険しくなる。

 

(エルドリエの時も、ユージオの時も額に敬神モジュールの光が出た。でも、ソルには何の変化も無い。まだ記憶が戻らないのか? それとも…………)

 

 キリトの脳裏にソルとのこれまでの記憶が流れる。何か大事なことを見落としているような気がしてならなかった。

 

(まさか……そんなまさか……!)

 

 アスナを救出する為にALOで世界樹を登った時のことを思い出す。その時目にした《シムラクルム》の姿と今のソルを重ねる。

 

「ソル!」

「……思考プログラムにエラーを検出。エラーの原因を削、削、削、削……」

 

 ソルは壊れた機械のように呟く。やがてアリスを退けて立ち上がると、心意で剣を手元に呼び戻した。

 

「ソル!」

「ソル!」

 

 アリスとユージオも剣を構えながら叫ぶ。ソルはゆっくりと剣を逆手持ちにすると、自身の胸を貫いた。

 

「え?」

「おい……おいソル!」

 

 言葉を失うアリス。急いで駆け寄るユージオ。

 

「あ…………ああああああ!」

 

 叫びながら、キリトは走り出す。

 

「システム・コール、ジェネレイト・ルミナス・エレメント!」

「システム・コール!」

 

 キリトとユージオは神聖術で治療を試みるが、神器で貫かれた胸の穴は塞がらない。

 

「はっ、システム・コール!」

 

 やっと状況を飲み込めたアリスも加えて三人で治療にかかる。しかし、アリス程の術者が加わっても焼け石に水であった。

 

「不味いよキリト!」

「くっ! システム・コール、トランス・ファー・ヒューマンユニット・デュラビリティ、セルフ・トゥ・レフト!」

 

 三人は己の天命を分けるが、傷は中々塞がらない。

 三人とも気絶寸前まで天命を送って傷がようやく塞る。床に両手を着くが、まだ決戦が残っている。力を振り絞って立ち上がる。

 

「ソル……」

 

 キリトが眠るソルに触れようとすると、ソルの赤錆色の剣が彼らの前に宙に浮いた。

 臨戦態勢を取る三人。しかし、その剣は彼らを襲うことはしなかった。

 

『信じてたよ。三人とも』

 

 声が聞こえた。今、目の前で眠る人の。声に驚いていると、三人の身体が淡い光に包まれる。

 キリトが己の天命を確認すると、減っていた筈が上限値まで回復していた。

 

「これは……」

「《武装完全支配術》……」

 

 思い返せば、ソルは先の戦いの中で一度も神聖術や武装完全支配術を使っていなかった。いや、使う素振りすら無かった。

 

「……行こう」

「……うん」

「ソル、待っててね。あなたが起きる前には全てを終わらせてみせるから。だから…………私達を見守ってて」

 

 キリト達は昇降盤に向けて歩き出す。最後の戦いに向けて。これから、この旅の目的を果たす為。

 

 

『…………頑張れ』

 

 赤い蝶々が、ひらりひらりと跳び廻っていた。



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《人形》

ども、素人投稿者です。

とうとうここまで来ました。
ソルの運命や如何に?


 

 

ユージオside

 

 

 僕らはソルをあの場に残して昇降盤を使い、とうとうセントラル・カセドラル最上階に着いた。しかし、間が悪かった。

 僕らが最上階に入った時、この部屋の主であるアドミニストレータは丁度ベッドから出てきたからだ。

 

「あら? ……なるほど、ソルは失敗したのね。少し意外だったわ」

 

 顔色一つ変えずに話すアドミニストレータの支配者特有の圧に尻込みしてしまいそうになるのを堪え、いつでも剣を抜けるよう鞘に手を置く。

 

「まあ、あの子にはまだまだ改良する余地があるから良いけどね。後でじっくりと時間を掛ければ……」

「あれが、最高司祭アドミニストレータか」

「そうです。六年前と、何一つ変わっていない」

 

 そうだ、僕は一人じゃない。頼れる仲間が居る。こうして肩を並べるだけで力が湧いてくる気がする。……もう一人の親友の為に、彼が剣を振らずに済むようにも……。

 

「ベルクーリとファナティオはそろそろリセットする頃合だったけれど、アリスちゃんはまだ六年くらいしか使ってないはずよね。論理回路にエラーが起きてる様子もないし、やっぱりあのイレギュラーユニットの影響かしら? 面白いわね」

 

 何を言っているのかは解らないけど、アドミニストレータの余裕な表情と鏡のような瞳に僕らはただ黙っていた。

 

「ねえアリスちゃん。あなた私に何か言いたいことがあるのよね? 怒らないから言ってご覧なさいな」

「……っ!」

 

 アリスは深呼吸して、片目を覆う手拭にそっと触れる。あれは確かソルがキリトにいつも渡していた手拭だ。

 アリスは意を決した顔でアドミニストレータに向き直ると、その凛々しい声を響かせた。

 

「最高司祭様、栄えある我らが整合騎士団は本日を以て壊滅致しました。私の隣に立つ、僅か二名の反逆者達の剣によって。そして貴方がこの塔と共に築き上げた果てしなき執着と欺瞞故に。我が究極の使命は、剣無き民の穏やかな営みと、安らかな眠りを護ることです。然るに最高司祭様、貴方の行いは人界の人々の安寧を損なう物に他なりません」

 

 アドミニストレータは興味無さげに応えると、また意味のわからない言葉を並べる。

 

「ふうん。やっぱり論理回路のエラーじゃ無さそうね。敬神モジュールは……機能の殆どを失っているけど一応まだ機能している。それに……あの者が施した〈コード871〉を自発的意思で解除している。処分せずに解析してみても面白そうね」

 

 アドミニストレータの邪悪な笑みに震えていると、キリトが剣を床に突いて話し始めた。

 

「クィネラさん。あなたはそう遠くない未来にこの世界を滅ぼす」

「あらあら、あのちびっ子が何やら吹き込んだようね。この私が滅ぼすの?」

「そうだ、何故ならあなたの誤ちはダークテリトリーの総侵攻に対抗する為に整合騎士団を作り上げたこと、それ自体だからだ」

「ふふ、いかにもあのちびっ子が言いそうなことね。不憫だわ。そこまでして私を追い落としたいあの子も、うかうかとそれに乗せられた坊やも。…………そもそも、私はこのアンダーワールドをリセットさせる気は勿論、最終不可実験を受け入れるつもりなんて無いの。その為の術式はもう完成してあるわ。つい先程、保険も手に入ったしけど、それは今はいいわ。……喜びなさい、誰よりも先にあなた達に見せてあげるから」

 

 そう言うと、アドミニストレータは紫の結晶を取り出した。

 

「真に私が求める武力には記憶や感情は疎か、考える力すら要らない。ただひたすらに目の前の敵を屠り続けれるだけの存在であればいい。つまり、人間である必要は無いわ。さあ、目覚めなさい、私の忠実なる下僕、魂無き殺戮者よ。リリース・リコレクション!」

 

 アドミニストレータが《記憶解放術》を行使すると、柱に飾られた武具が次々と呼応する。その全てが集うと剣で構成された何かが現れた。

 アドミニストレータが持っていた紫の結晶が空洞に入ると、それは蠢き始める。脚と思われる物が四本、腕と思われるのが二本有る。

 その威圧感に、肺が苦しくなる

 

「有り得ない……同時に複数の。しかも三十もの武器に対して、これ程の大掛かりな完全支配術を使うなど……術の理に反しています」

 

 アリスは目を見開く。

 

「ふふふふ。これこそ私の求めた力、永遠に戦い続ける純粋なる攻撃力。名前は……そうねぇ、ソードゴーレムとでもしておきましょうか」

「剣の……自動人形……」

 

 未知の存在に畏怖している中、キリトはこいつを知っている口ぶりだった。でも、僕にはそんなことを気にする余裕は無い。

 

「剣の一本一本が神器級の優先度を持っている。このソードゴーレムに勝てるかしら? 私が貴重な記憶領域をギリギリまで費やした、最強の兵器に」

 

 巨大で、不気味で、恐ろしい敵に震えが止まらない。

 

「さあ、戦いなさいゴーレム。お前の敵を滅ぼす為に!」

 

 アドミニストレータが命令すると、ゴーレムが轟々な金属音を鳴らしながら接近してくる。僕は剣を抜くが、ゴーレムのあまりの威圧感に固まってしまう。

 

「やあああああ!」

 

 アリスのお陰で奴の右腕の攻撃は防げた。でも、相手は剣、金属だ。アリスは反動で弾かれる。

 そこに、決定的な隙が生まれてしまった。

 

「くっ!」

 

 次の攻撃がアリスを襲う。このままでは彼女は胸を貫かれ、そして…………

 

(アリス!)

 

 

『待たせたね。みんな!』

 

 その時、陽炎がゴーレムの剣を防いだ。陽炎の輪郭が鮮明になるにつれて、僕らは目を瞠る。

 

「「「ソル!!」」」

 

 アリスを守ったのは下の階で眠っているはずの親友。ソルだった。

 

「はぁ!」

 

 ソルが剣を振り抜くと、ゴーレムは向かいの壁まで突き飛ばされる。ゆっくりと構えを取るソルに、僕らは釘付けになった。

 

「……ソル、何故あなたも私に剣を向けるのかしら?」

「……解らない。だが、お前を裏切りたい訳じゃない。ただ我は、我の直感に従う。我の直感が、彼らを助けろと叫び続ける限り」

 

 そう言うと、ソルは僕らの方を向いた。

 

「さっきはすまなかったな。どうにも貴殿らを斬る気には到底なれなかったが、手を上げたのは事実だ。微力ではあるが、力を貸そう」

「ソル……まだ記憶が……」

「ったく、お前はいつもそうだ。肝心な時は必ず助けに来てくれる。ありがとうな」

「……あなたの記憶はまた後程取り戻すとして。正直、頼りになります」

 

 僕ら四人で肩を並べる。僕ら幼馴染がやっと揃ったことに感動しながらも。剣を構える。

 

「では、まずはあのデカい奴を処理しよう」

 

 ソルは剣を垂直に持つと、術式を述べた。

 

「我、罪と秩序を司る騎士なり。我が戦の記憶は屍山血河。我が道の行先は鎧袖一触。ならば、我が全てを以て汝を斬り伏せよう。エンハンス・アーマメント」

 

 僕の知る詠唱とはまた違った句を唱えて《武装完全支配術》を行使した。すると、ソルの赤錆色の剣が輝き出す。

 

「我が《戦憶の剣》は《記憶投影》の剣。さあ、その姿を顕せ、《千刃の剱》!」

 

 輝いていたソルの剣は見たことの無い、反りのある片刃の剣に姿を変えていた。

 

「刀……だと」

 

 キリトはあれが何か知っているみたいで、とても驚いている。

 

「千刃よ、煌めけ!」

 

 ソルが刀を振るう。風圧すら起こらない緩やかな太刀筋だった。しかし、次の瞬間にはゴーレムから無数の金属音が鳴り響く。

 

「これは……」

「一体何が……?」

 

 僕らの混乱を前にゴーレムは音を立てて崩れ落ちる。体の剣もボロボロで、数多の罅が入り、今にも壊れそうだ。

 

「《千刃の剱》が司るは斬撃の記憶。我が斬撃、その全てを叩き込んだ」

 

 

~~~~~~~~~~

ソルside

 

 我は目覚めた時からある違和感を感じていた。ぽっかりと穴が空いているようで。我の中の何かが狂っているようで。クィネラに命令を施された時もそうだった。

 

 下の階に居る者を殺せと命令されても、我にそれを実行したいとは感じなかった。ただ命令は実行しなくてはならないから。でも、この肉体はそれを拒否しているように感じれた。

 

 三人と対峙した時、何故か懐かしさを感じた。《黒》《青》《金》、どれも美しい”色”であった。

 この()は彼らと出会った時、()()()()()のだ。我はそれを一瞬闘志と見受けたが、違ったようだった。

 

(我は彼らと知り合いなのか?)

 

 剣の声は聞こえないが、そう訴えて来ているのが伝わった。

 

(それに……変な感じだ……)

 

 この肉体は、彼らに剣を向けようとしない。それどころか、クィネラに剣を向けそうになる。

 剣を交えた時ですら、それは変わらなかった。

 

 

 

(暖かい)

 

 気付けば三人は上に進み、自分はいつの間にか寝ていた。

 そして胸の所に穴の空いた鎧を見て、我は確信した。

 

(彼らはきっと、我の大切なものなのだろう)

 

 我はこの衝動のまま、我が愛剣《戦憶の剣》の《武装完全支配術》を行使する。

 

「エンハンス・アーマメント!」

 

 

 

 空間と位置の記憶を使って上に戻ると、間一髪でサーティ……いや、アリスが攻撃されるのを防げた。そして我の胸中は安堵で一杯になる。

 三人と肩を並べると本来の有様に戻ったようで、とても安心した。だから今は……今だけでも、我はこの衝動に身を任せたいと思えた。

 

「《千刃の剱》が司るは斬撃の記憶。我が斬撃、その全てを叩き込んだ」

 

 《千刃の剱》は我が扱える記憶の中で最も殲滅に特化した物だ。それでもまだ剣塊の天命は僅かに残っているということは、あれら一本一本が神器級の優先度を持つということ。

 

「……面倒な」

「そこまでよ。止まりなさいソル」

 

 もう一振しようと振りかぶったところで、クィネラは我に命令した。すると、まるで石になったかのように体が動かなくなる。

 

「くっ……何を……」

「あら? 五月蝿い口ね、黙ってなさい」

「!!!!!!」

 

 この肉体は意思が宿りはするが、どうやら奴の命令に抗うことは出来ないらしい。口を必死に動かすが、声が出ない。

 

「どうしたソル!」

「不思議ねぇ、エラーが有ったとは見られないけど私に剣を向けられるなんて」

 

 そうしている間にも、剣の塊は起き上がってくる。

 

「まあいいわ。取り敢えず足を落としときなさい」

 

 命令された剣の塊は高く飛び上がって、その剣で我の左太腿を斬った。

 

「…………!!!!!!!」

 

 痛みに脂汗が出る。叫ぼうとしても声が出ない。

 我の左足は斬られた所から下を無くし、斬り飛ばされた下部分はあえなく光へと散っていった。

 

「ソル!」

「この私があなたほどの戦闘力を野放しにする訳が無いじゃない。安心しなさい、ちゃんと私の言うことに絶対服従の設定を()()()させてあげたから」

「お前ぇ!!」

 

 キリトが吼える。怒りに身を任せて剣の塊に斬り掛かるが、呆気なく弾かれ反撃にあう。壁に激突し、傷口からは大量の血が出ている。

 

(キリト……)

 

「はああああああ!」

 

 アリスは背後から斬るが、同様に弾かれ、胸を穿かれる。二人ともが致命傷であった。

 

(アリス……)

 

 残るユージオに剣の塊は金属音を鳴らして迫る。このままでは、ユージオも……。

 動こうとするが、心臓を握り潰されているような痛みに襲われる。頭痛と相まって、我は命令に抗えない。

 

『短剣を使うのよ、ユージオ。床の昇降盤に刺しなさい! 時間はあたしが稼ぐから、急いで!』

 

 突然として巨大な蜘蛛が現れる。蜘蛛は剣の塊に奮闘するが、数秒も経たずに腹を穿たれ死んでしまった。

 

『よかった……間に合った。最後に……一緒に……戦えて……うれ、し……』

 

 そう言い遺し、蜘蛛は小さくなる。

 ユージオが刺した昇降盤を見れば、そこには扉があった。扉が開かれると、出てきたのは一筋の雷だった。雷は剣の塊を壁まで突き飛ばす。

 しかし、クィネラの表情はむしろ嬉しそうだ。

 

 次に扉から出てきたのは、司書人のような服装のまだ幼い少女であった。




戦憶の剣

其の剣は、ある一人の少年の記憶を元に創られた。
其れに込められた記憶は、幾億にものぼる戦いの記憶。

人類がこれ迄の歴史を辿ったとて、ここまでの戦いを潜り抜けた者は居ないだろう。

属性は《記憶投影》
膨大なこれ迄が汝に万力を与えるだろう。



千刃の剱

其の剱は、ある剣士が無眠無食で敵を屠り続けた記憶を元に創られた。
其れに込められた記憶は、敵の命を途絶えさせる無慈悲な刃。

例え軍勢が攻めてきたとて、彼らは何も出来ずにその命を散らせるだろう。

属性は《滅殺斬撃》
不可視不可避の斬撃が汝を一騎当千の剣士にするだろう。


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《愛》

ども、素人投稿者です。

場面はもう最終局面。
最後の結末や如何に!


 

 

 

 扉から現れた少女、彼女はアリスとキリトの傷を治し、我の傷口を塞いでくれた。

 

「すまぬ。今のワシにはお主への干渉権を有しておらんゆえ、治せるのはここまでが限界じゃ」

 

 体も口も動かないが、目で十分であることを伝えると、彼女は悔しそうに手に持つ杖を握った。

 

「キリト……この方は一体?」

「カーディナル、二百年前にアドミニストレータと戦い、追放されたもう一人の最高司祭だ。大丈夫だ味方だよ。俺とユージオを助けて、ここまで導いてくれた人だ。この世界のことを心から愛し、また憂いている」

 

 アリスが我に肩を貸しながらもキリトとカーディナルに近づく。

 

「わかりました。私の傷を癒して下さったこの方の力の温かさを信じます」

 

 カーディナルという名前に聞き覚えがるように感じるが、今は置いておく。カーディナルはアリスと我の感謝に頷くと、あの蜘蛛の傍に浮遊して行った。

 

「この頑固者。任を解き労を労い、お前の好きな本棚の片隅で望むように生きよと言うたじゃろうに」

「シャーロットもフラクトライトを持っていたのか?」

「いや、お主の世界の言葉を借りればNPCと同じ存在じゃ」

「で、でも……でもさ、彼女は俺を救ってくれた。俺の為に自分を犠牲にしたんだ。何故……なんでそんなことが……」

「この子はもう二百年も生きておった。その間ずっとワシと語らい、多くの人間達を見守ってきたのじゃ。お主に張り付いてからでも早二年、それほどの時を共に過ごせば例えフラクトライトを持たずとも、例えその知性の本質が入力と出力データの蓄積にすぎなるとも、そこに真実の心が宿ることだってあるのじゃ……。そう、時として愛すら…………貴様には永遠に理解出来ぬことであろうがなアドミニストレータ。虚ろなる者よ」

 

 アドミニストレータは不敵に笑う。何処までも見下した、上に立とうとする者の眼だ。

 

「来ると思ったわ。その坊や達を虐めていれば、いつかはカビ臭い穴蔵から出てくると思ってた」

「ふん、暫く見ぬ内に、随分と人間の真似が上手くなったものじゃな」

「あら、そう言うおチビさんこそ。そのおかしな喋り方は何のつもりなのかしら。二百年前、私の前に連れて来られた時には心細そうに震えていたのに。ねえ、リセリスちゃん?」

「ワシをその名で呼ぶなクィネラ! ワシの名はカーディナル、貴様を消し去る為にのみ存在するプログラムじゃ」

「ふふ、そうだったわね。そして私はアドミニストレータ、全てのプログラムを管理する者、挨拶が遅れて悪かったわねおチビさん。あなたを歓迎する為の術式を用意するのにちょっと手間取っちゃったものだから……」

 

 アドミニストレータは掌を上に翳し握ると、何かの術式が発動した。窓ガラスが全て壊れ、形容し難い謎の空間がこの最上階を覆い尽くす。

 

「貴様……アドレスを切り離したな!」

「二百年前、あと一息で殺せるという所でお前を取り逃したのは確かに私の失点だったわおチビさん」

 

 次にアドミニストレータは昇降盤を破壊した。これで、アドレスとやらが繋がらない限りこの場からの脱出が不可能になった。

 

「だからね、私はその失敗から学ぶことにしたの。いつかお前を誘い出せたら、今度はこっち側に閉じ込めてあげようって。鼠を狩る猫の居る檻にね」

「この状況ではどちらの陣営が猫でどちらが鼠なのかはわからぬと思うが? 何せ我々は五人、そして貴様は一人じゃからな」

「五人対一人? いいえ、その計算はちょっとだけ間違っているわね」

 

 雷で黒焦げとなった剣塊が再度起き上がる。どうやら、奴の天命はまだ残っているようだ。

 

「正しくは、五人対三百人なのよ。私を加えなくてもね」

「三百……人?」

「貴様……なんと、なんという非道な真似を! その者達は本来貴様が守るべき民ではないのか!」

「民? 民って……人間?」

「人……だと言うのですか……あの怪物が?」

「…………?!!」

 

 つまりは、あの剣塊の剣一つ一つが元人間、我らが守るべき存在であったと言うのか。その事実に驚愕し、目を瞠る。

 

「守るべき民とか、私がそんな低次元なことを気にする訳ないじゃない。私は支配者よ。私の意思のままに支配されるべきものが下界に存在していればそれでいいの。人だろうと剣だろうとそれは大した問題じゃないわ」

「貴様……!?」

「あら、まさかヒューマンユニットをたかが三百個程度物質変換したくらいで、驚いてる訳じゃないわよねぇ?」

「たかがじゃと?」

「これはあくまでもプロトタイプなのよね。いやったらしい負荷実験に対抗する為の完成形を量産するにはざっと半分くらいは必要かなって感じだわ」

「半分……とは?」

「人界に存在する約八万のヒューマンユニットの半分……それだけあれば足りるんじゃないかしら? ダークテリトリーの侵攻を退けて、向こう側に攻め込むのにね」

 

 キリト達は言葉を失う。民を守る為に、民を化け物へと変えるアドミニストレータの考えは取捨選択と捉えるとまだ情状酌量の余地があるが。アドミニストレータはそれを低次元と罵った。彼女が求めているのは己の支配だけ、そこに他者は入らない。何処までも独りよがりで、冷たくて悲しい。

 実際、彼女の”色”はドス黒を何重にも重ねた形をしている。その下にあったはずの色が見えなくなる程、重ね、隠し、怯えてきたのが解る。

 

「どう、これで満足したかしらアリスちゃん? あなたの大事な人界はちゃんと守られるわよ」

 

 アリスの剣を握る手が震える。

 

「……最高司祭様、もはやあなたに人の言葉は届かない。故に、神聖術士として尋ねます。その人形を作っている三十本の剣、その所有者は何処にいるのです? 例え最高司祭様が、完全支配できる剣は一本のみという原則を破れたとしても、その次の原則は破れないのです。記憶解放を行うには、剣と主の間に強固な絆が必要となる。司祭様、その人形を形作る剣の源となったのが罪なき民達だと言うのなら……貴方が剣に愛される筈が無い!」

「答はアリスちゃん達の目の前にあるわ。ユージオには、もう解ってるはずよ」

 

 ユージオは天井を見上げる。天井には、ステイシア神などの壁画と、光る星のような装飾がある。

 

「あの天井の水晶、あれはただの飾りじゃない。あれはきっと整合騎士達から奪われた記憶の欠片なんだ」

「な?!」

「おのれクィネラ、貴様は……貴様何処まで人を弄ぶつもりなのじゃ! シンセサイズの秘儀で抜き取った記憶ピースを、精神原型に挿入すればそれを擬似的な人間ユニットとして扱うことは可能じゃ。しかし、その知能は極めて限定され、とても武装完全支配術などという、高度なコマンドを行使することはできん。じゃが、記憶ピースとリンクする武器の情報が重複する場合は別じゃ。…………すなわち、整合騎士達から奪った記憶に刻まれた愛する人間達を使って剣を創った。そういうことじゃな、アドミニストレータよ!」

 

 我らに戦慄が走る。意味のわからない単語ばかりだったが、あの剣塊が元人間……更には騎士達の愛するものであることは解った。未だに動こうとしない身体に必死に力を込める。

 

「騎士達の模擬人格が望むのはたった一つ。記憶している誰かに触れたい、抱き締めたい、自分の物にしたい、そういう醜い欲望がこの剣人形を動かしているの。彼らは今、すぐ側にその誰かが居るのを感じているわ。でも触れない、一つになれない。狂おしい程の飢えと、渇きの中で見えるのは……邪魔をする敵の姿だけ。この敵を斬り殺せば、欲しい誰かが自分の物になる。だから戦う。どんなに傷を負っても、何度倒れても、起き上がって永遠に戦い続けるの。どう、素敵な仕組みでしょうる? 本当に素晴らしいは、欲望の力という物は」

 

 アドミニストレータは欲望と言うが、それはきっと……。

 

「違う! その感情を欲望などという言葉で穢すな! それは……それは……純粋なる愛じゃ!」

「同じことよ、愚かなおチビさん。愛は支配、愛は欲望、その実態はフラクトライトから出力される信号に過ぎない。そして何より重要なのは……その事実を知ってしまった今、お前には決して人形を破壊出来ないということよ。何故なら! 人形の剣達は、形を変えただけの生きた人間どもなのだから!!」

「くっ……。ああ、そうじゃな。ワシには人は殺せぬ。人ならぬ身の貴様だけを殺す為に二百年の時を費やして術を練り上げてきたが、どうやら無駄だったようじゃ」

「ふ、ふっふっふっ! なんて愚かな、なんて滑稽なのかしら。この世界に存在する命なるものは全て書き換え可能なデータの集合に過ぎないのに」

「いいや、人だともクィネラよ。アンダーワールドに生ける人々は、我々が失ってしまった真の感情を持っている。笑い、悲しみ、喜び、愛する心をな。それ以上の何が必要であろうか」

 

 カーディナルは杖を放り投げ、その小さな手を広げて叫んだ。

 

「ワシの命はくれてやる! 代わりに、この若者達の命は奪わんでやってくれ!」

「何を!」

 

 キリトが飛び出そうとするが、剣塊の床を削る甲高い音に怯えてしまう。

 

「そんな交換条件を受け入れて、私にどんなメリットがあるのかしら?」

「戦闘を望むなら、その哀れな人形の動きを封じながらでも貴様の天命の半分くらいは削ってみせるぞ。それ程の負荷が掛かれば、貴様の心許無い記憶容量が更に危うくなるのではないか?」

「ふぅーん。ま、いいわ」

 

 アドミニストレータは剣塊に待機命令を出して待機させる。

 

「私も、面白い遊びを後に取っておけるし……ね。じゃ、ステイシア神に誓いましょう。おチビさんを」

「いや、神ではなく貴様が唯一絶対の価値を置くもの、自らのフラクトライトに誓え」

「はいはい。それでは私のフラクトライトと、そこに蓄積された大切なデータに誓うわ」

「おチビさんを殺した後、後ろの三人は無傷で逃がしてあげる」

「四人じゃ! ソルを解放しろ、クィネラ!」

「……はあ、しょうがないわね」

 

 カーディナルは我達を一瞥する。申し訳なさそうな顔で言う。

 

「すまぬな」

 

 一人、ちいさな背中で我らを庇いながら、アドミニストレータの前に一人その身を差し出した。

 アドミニストレータは手に細剣を出すと、黒い雷をカーディナルに放つ。何度も、何度も何度も何度も、命を弄び、高笑いするアドミニストレータに明確な殺意が湧き上がる。

 

 その時、《戦憶の剣》が我に()()して来た。

 

『急ぐけど時間がかかる。奴の命令を破棄、再度の上書きを実行するんだ僕!』

 

 その声は紛れもない()()()()()だった。言われた通り、集中して意識する。思い描くのは、我を縛るこの鎖の解放。

 

「さあ、そろそろ終わりにしましょうか。さようならリセリス。さようなら私の娘。そして……もう一人の私!」

 

 トドメとも言える一撃がカーディナルに直撃する。アリスの肩を借りながらも、カーディナルに寄り添う。

 

「ごめん。ごめんよ……」

「何を……謝ることがある……。お主らには、まだ果たすべき使命があるじゃろ。四人で……この……儚く……美しい……世界を……」

 

 カーディナルの手をアリスは優しく握る。その目には涙が溢れていた。

 

「必ず、必ず、貴方様に頂いたこの命、必ずや御言葉を果たす為に使います」

 

 キリトも涙を流す。我は、ぎこちないが動かせるようになってきた手でカーディナルの頬に触れる。

 

「カ……ディ…………」

「ソル……。お主には、ワシの権限を譲歩することができる。三人を……頼んだぞ」

 

 触れた手を伝って、情報が我の中に流れてくる。これは一種の()()()であり、今我に必要な感覚でもあった。

 

「僕は……僕は今ようやく、自分の果たすべき使命を悟りました。僕は逃げない。僕には成さねばならない役目があります」

 

 ユージオは話す。何か思い付いた顔で、カーディナルに懇願する。

 

「カーディナルさん、貴方に残された力で僕を、僕のこの身体を剣に変えて下さい。……あの人形のように」

「ユージオ……そなた……」

「僕らがここから逃げたら、アドミニストレータは世界中の人間達の半分をあの恐ろしい怪物に変えてしまう。その悲劇を防ぐ為の最後の可能性が残されているとすれば、それは……この術式の中に」

 

 ユージオはカーディナルの手を取り、跪く。

 

「システム・コール、リムーブ・コア・プロテクション」

 

 ユージオは謎の神聖術を発動させると、額から流れるような光が手に集まり、自身の窓を開いた。

 

「お願いします。カーディナルさん。あの怪物を動かしている力よりも、僕らの絆の方がずっと強いはずです」

「駄目だ、やめろユージオ!」

「いいんだキリト。これが僕の成すべきことなんだ」

「ユー……ジ……オ」

 

 キリトはユージオの覚悟に口を挟めず、アリスは心配そうな顔で頷く。

 

「よかろうユージオ。我が生涯最後の術式を、そなたの決意に捧げよう」

 

 カーディナルの術がユージオの窓に入り、額に集束する。

 術式を受け取ったユージオは天井の水晶の一つを呼び込む。青く澄んだ、綺麗な水晶。

 《青薔薇の剣》はユージオに呼応し、融合を始める。

 

「死に損ないが、何をしている!」

「させない!」

 

 アドミニストレータは悠長に待たずに雷撃を放つが、アリスが花群を床に刺すことで、雷撃を発散させる。

 

「私に雷撃は効かない」

「騎士人形風情が、生意気を言うわね。みんな燃え尽きてしまいなさい!」

 

 アドミニストレータは神聖術で火弾を放つ。多くの火素で構成された火弾は直撃すれば天命が尽きそうな威力を持っている。

 

「エンハンス…………アーマメント!」

 

 気合いで一瞬だけ動くと速攻で武装完全支配術を展開。対象と妨害の記憶を司る《無戒盾》を顕す。

 

「ぐっ!」

「きゃあ!」

 

 右脚で飛び上がりアリスを庇うが、万全では無いこの身体で火を遮断することはできても勢いまでは堪えきれなかった。後ろのアリスを巻き込みながら吹き飛ばされる。

 しかし、時間稼ぎは間に合ったようだ。ユージオは青い光に包まれると、一振の剣へと変化した。あの水晶も、剣の窪みに嵌る。

 

「リリース……リコレクション……」

 

 カーディナルの声でユージオは光と共に完全な剣へと変わってしまった。

 




無戒盾

其の盾は、ある守護者の記憶を元に創られた。
其れに込められた記憶は、誓約の者を何人からも守り抜いた記憶。

如何なる強敵が害を成そうとて、その悉くの行く手を阻み続けるだろう。

属性は《穿壊無効》
全てを受け止める盾が汝の大切な者達を護るだろう。


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《決着》

ども、素人投稿者です。

とうとう終幕です。
ソルの運命は……


後書きを追加しときました。よければ少し戻って見てください。


 

 

 

 

「術式を模倣しようが、そのような貧相な剣一本で私の殺戮兵器に対抗できるはずもない。一撃でへし折ってあげるわ!」

 

 

 アドミニストレータに攻撃命令を出された剣塊が待機状態から戦闘状態へと移行する。

 数回打ち合ったが、ユージオは互角に渡り合えている。

 

 気配の喪失を感じ取って見れば、カーディナルは既に光となっていた。

 それに感化されたユージオは、剣身を大きく、翼を広げた。青く輝く、人の愛を力に変えて。

 

(ユージオ……)

 

 ユージオの渾身の一撃は剣塊の奥に挟まっていた紫の結晶を破砕し、剣塊を粉々に粉砕した。

 ユージオの勝利に喜ぶも、彼はまだ戦おうと浮き上がった。

 

「あら、やる気なの坊や? 隙間をつついて私の人形を崩したくらいで随分強気じゃない」

 

 ユージオは淡い光を纏いながら、また翼を広げる。

 

「やめろ……行くな……ユージオ!」

 

 キリトの悲痛な叫びが聞こえる。このままじゃユージオは……。

 

 

~~~~~~~~~~

キリトside

 

 ユージオはアドミニストレータの雷撃に真っ向から突っ込む。それでも彼の勢いは止まらない。

 

「小僧があぁぁ!」

 

 アドミニストレータの細剣とユージオが激突する。一瞬拮抗するが、ミシミシと嫌な音でユージオに罅が入る。元に戻れるかもわからないのに、ユージオはその身が砕けようとアドミニストレータを討ち取らんとしている。

 でも、それだとユージオは…………俺の親友が…………。

 

 

 俺はただ見ていることしか出来なかった。衝撃波が発生するあの激突を止めることも出来なかった。

 

「あ…………」

 

 刹那、幻覚を見た。ユージオの剣身の周りを翔ぶ赤い蝶。そいつが剣先に止まると、燃えるような赤い光と共に何かが衝突した。

 

 

「スイッチ!!」

 

 赤い騎士、片脚を失ってしまった俺の親友。

 彼はアドミニストレータの剣を破壊した。横切った赤色と交差するように穿いた青い光は、アドミニストレータに右腕を失わせた。

 

 その後の強烈な衝撃波によって俺は壁に叩きつけられる。

 煙が収まって見えた光景は、今にも折れそうな巨大な剣と、剣を杖代わりにして立つ赤い騎士だった。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 嫌な予感がした。このままでは我は()()()()を守れない……。そう、()()()()()()()()()()()()を……

 

 

 

 

『ねえソル』

『どうしたアリス?』

『御伽噺では、ゴブリンやオークなんかが村を襲ってくるでしょ? もしそんなことがあったら、ソルは私を守ってくれる?』

『え? 何をそんな当たり前のことを聞くんだ?』

『~~~/// ソルはいつもそうよね!?』

『何故僕が怒鳴られてるかわかんないけど、勿論、アリスもキリトもユージオも、全員守ってみせるさ。それがどんな危機であろうと、この命に変えても』

『……ソルはそういう奴よね』

『ん?』

『はぁーもう! じゃあ必ず助けてよ? 私だけじゃなく、キリトやユージオも!』

『うん! 約束するよ!』

 

『おーい! ソルー、アリスー!』

『どーこ行ってんだー!』

 

『キリトたちだ、行こうアリス』

『うん!』

 

 

 

 

「………………ぁ!!!!!!!!」

 

 命令を守る為の制御プログラムが我の心臓を人質にする。痛みで意識が飛びそうになるが、お構い無しにプログラムに抗う。

 

「がああああああああぁぁぁ!!!」

 

 一度、我は()()()()()()()()したのを感じた。同時に、《戦憶の剣》を罪と痛みの記憶を司る両刃剣《罪禍の剣》を顕して心臓を復元する。

 

 

「スイッチ!!」

 

 天命を変換して放った一撃はアドミニストレータの細剣を破壊し、ユージオがアドミニストレータに一撃を加えることに成功した。

 剣から青い帯が解かれると、傷だらけのユージオが人の姿に戻っていた。死んでいないことに安堵し、《罪禍の剣》の記憶を解放して傷を引き受ける。ユージオの傷は消え、ぐっすりと眠っている。

 

「心臓を自ら潰して私の命令を破棄するなんて。ソル……やっぱりお前の制御は難しかったようね。完全な操り人形になることを期待していたけど、もういいわ。お前はここで殺す」

「ハッ! この心の臓が幾度破裂しようと、我は剣を取り立ち上がってみせる!」

 

 怒り心頭なアドミニストレータは斬られた右腕を剣に変換すると、我の眼前に降りて来た。

 流石に負荷がかかり過ぎたのか、剣を杖に立つことで精一杯な我にアドミニストレータの剣を避けることは出来かった。

 

(ここまでか……。だが、悪くない)

 

 アドミニストレータの剣先を目で追いながら、我は半分諦めていた。

 

(欲を言えば、()()()()()…………)

 

 我はこの記憶達にとっくに気付いていた。我は創られた人格であることも、元幼馴染達に剣を向けたことも。後悔だと受け取ることも出来るこの感情の名前は知らないが、今の我の心持ちは軽かった。

 

(頑張って……キリト、アリス、ユージオ)

 

 三人の大切な人達に心の中で別れを告げ、来たる剣が我の首を刈り取る時を待つ。

 

 

~~~~~~~~~~

キリトside

 

(俺は……何度同じ誤ちを繰り返すつもりなのか)

 

 ソルが斬られる時、また俺は見ているだけだ。いつもそうだった。ソルに背負わせて、ソルに頼り切りで、アインクラッドでだって俺の命を何度も救われて。

 

(今こそ、俺がソルを……あの時の約束を果たす……!)

 

 極限の集中状態の中、周りの景色がゆっくりと動く。抜剣して、ソルを庇おうとするアリスの前に出てアドミニストレータの剣を受ける。

 

「ふっ!」

 

 後ろに跳んで衝撃を逃す。ソルに駆け寄るアリスを見て、指示を出す。

 

「アリス、ソルを頼んだ」

「キリト……」

 

 心配そうな顔でソルは言う。大丈夫だ、と笑ってみせると、安心して気絶するように眠った。

 

「すみません……私も、限界のようです」

「後は俺に任せてくれ」

 

 アリスはソルの傍で護るように眠る。シャーロットやカーディナルに紡がれたこの命、必ずや繋いでみせる。

 

「流石にそろそろ不愉快になってきたわ。お前たちは何故そうも無為に、醜く足掻くの? 戦いの結末はもう明らかだというのに。決定された終わりに行き着く過程に、どんな意味があると言うの?」

「過程こそが重要なんだ。這いつくばって死ぬか、剣を握って死ぬかがね。俺たちは人間だからな」

 

 心意を使いSAOの姿《黒の剣士》に成る。

 

「黒ずくめのその姿、まるで暗黒騎士ね。いいわ、あくまで苦痛を望むと言うのなら、お前にはとても長くて惨い運命を与えましょう。早く殺してとひたすら懇願したくなる程の」

「それじゃ足りないな。……俺の愚かさを償うには」

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 啖呵切って任せろとは言ったが、アドミニストレータの片手剣、細剣、刀と多種なソードスキルで追い詰められる。

 

「くッ……」

 

『おいおいキリト。また手助けが必要みたいじゃないか』

 

 声が聞こえた。俺は慌ててソルを見るが、彼はまだ眠っている。声の主を探していると、俺の頭上から一振の剣が降りて来た。

 

『ほら、行くよキリト。みんなを救うんだ』

「ソル……」

 

 ソルの《戦憶の剣》、その記憶の中のソルが俺に語り掛けて来る。

 

『背負わなくてもいい、そう言ったのはキリトだろ? そんな気負わなくてもこれからの結果を誰も責めたりしないよ。ほら、ステイクールだ』

「……ああ、そうだな。お前はほんと……いつもそうだ」

 

 《戦憶の剣》を取ると、眩い光でその剣は新たな姿を顕した。

 純白の、一切の穢れの無い剣。鍔に彫られた黒い星と赤い陽はいつも一緒に居た俺たちのようで。手の中に良く馴染む。気付けば傷も治っており、力が湧いてくる。

 

「何故だ、何故そうやって愚かにも運命に抗うのだ?」

「それだけが、抗うことだけが俺が今ここに居る理由だからだ」

「此処は私の世界だ。招かれざる侵入者にそのような振る舞いは断じて許さぬ。膝を附け! 首を差し出せ! 恭順せよ!」

 

 アドミニストレータの心意が剣に力を与える。でも俺には関係無い。

 

「違う、貴方はただの簒奪者だ。世界を、そこに生きる人々を愛さない者に支配者たる資格はない」

 

 俺は二振りの剣を構える。

 

「愛は支配なり。私は全てを愛する。全てを支配する」

『違うな。断じて違う。愛を支配などと驕るな!』

 

 会話は終わった、後は剣で決着をつけるだけだ。

 

「はああああ!」

「ふぅん!」

 

 俺が得意の二刀流、アドミニストレータが隻腕であることもあって剣戟は俺が少し押していた。

 

「小癪な……小癪なあぁ!」

 

 距離を取って、俺とアドミニストレータはお互い突進系ソードスキルを放つ。

 

「はあああああ!」

 

 互いの剣先を削り、肩にを抉る。アドミニストレータは残った左腕を、俺は右腕を斬り落とされる。

 

「おのれええぇぇ!!」

 

 両腕を失ったアドミニストレータは髪を操って俺を縛り上げる。

 

『決めるよキリト』

「ああ…………」

 

『「リリース・リコレクション!!」』

 

 ソルの白い剣が輝く。その光に当てられたアドミニストレータの髪は細かな粒となって消えていく。

 

「せやあああああ!!」

 

 俺は剣をアドミニストレータの胸に突き刺した。粒子の収束が起き、爆発する。

 至近距離の爆発に巻き込まれ、壁に激突する。

 

 アドミニストレータを見ると、胴体に大きな風穴を空け、体が粒子になりながらもまだ生きていた。

 

「よもや、記憶結晶で創った武器は金属では無いなんてね。……意外、まったく意外な結果だわ。ここに残るリソースを掻き集めても追いつかない傷を負うなんてね。こうなれば、仕方ないわ」

「な、なにを……?」

 

 フラフラと歩くアドミニストレータ。俺ももう限界で、剣を持つことも出来ない。

 彼女が床から呼び出したのは、俺が長く探していた外部と繋がるコンソールだった。

 

「なっ!」

 

 俺が最初の目標として目指していたものを目にして驚く。

 

「予定より随分と早いけれど、一足先に行かせてもらうわね」

 

 邪悪な笑みを浮かべながらアドミニストレータは髪を器用に操ってコンソールを操作する。

 すると、光の柱がアドミニストレータを取り込んだ。

 

「じゃあね坊や。また会いましょう。今度は……お前の世界で」

「ま、待て!」

 

 止めようとしても、膝を着いてしまう。もし仮にアドミニストレータがあちらに行ってしまえば、何が起きるか想像もつかない。止めるしかないが、俺はもう立ち上がれない。

 

(くそ! あと少し、あと少しなんだ!)

 

 光に連れられて昇るアドミニストレータを見上げていると、今日何度目かもわからない()を見た。

 

 

 

「舞い踊るは蝶の如く、命脅かすは蜂の如く」

 

 いつの間にか白い剣は赤錆色の剣へ戻っており、ソルはアドミニストレータの背後からその首を刈り取った。

 

「リリース・リコレクション!」

 

 駄目押しに記憶解放術を行使すると、光に包まれた後、アドミニストレータの姿は何処にも無かった。

 

「終わった……のか」

「ああ、終わったよ。キリト」

 

 ソルは片脚で器用に立ちながら、俺の方に歩いてくる。

 

 

「……んん、キリト? ソル?」

 

 ユージオが目覚める。傷だらけになっていたはずだけどそんなもの見当たらない。

 

「リリース・リコレクション」

 

 ソルの両刃剣の記憶解放術で、俺の無くなった腕が元に戻る。ソルの剣に関してはよくわからないが、きっと回復系の術なんだと思い込んでいた。

 

 

―カシャン。

 

 

「……え?」

「……ソル?」

 

 ソルの右手の篭手が落ちた。見ると、ソルの右腕があるはず場所に有るはずの膨らみは無い。

 

「む? ……気にするな。それよりキリト、あれがコンソールだ。お前の目的を果たせよ」

 

 

~~~~~

 

 

 キリトがコンソールを操作していると、時間の流れが変化したのを感じた。我の身体を確認するように触れるユージオは気付いていないようだ。

 

(……今のは?)

 

 そして、突然銃声が響く。

 

(……銃ってなんだ?)

 

 また知らない記憶に困惑していると、キリトは叫ぶ。

 

「いいか菊岡、あんたは……あんたのした事は!?」

 

(菊岡……)

 

「どうしたのソル? 何が起こってるの?」

「……わからん。でも、嫌な予感が──」

 

 ユージオの問に最後まで答えられなかった。頭に直接鳴り響くような警戒信号に跳ねられるように動き出す。

 

「キリトぉ!」

 

 目一杯の力でキリトを突き飛ばす。でも、我の予感は的中してしまった。

 

 

──ブー!!ブー!!

 

 けたたましいアラーム音と、視界を覆う光の柱に我とキリトは意識に干渉を受ける。

 

「ソ…………ル…………」

 

 キリトの悲しそうな顔と、此方に懸命に手を伸ばすユージオと、まだ眠るアリスが我の見た()()の景色だった。




罪禍の剣

其の両刃剣は、ある咎人の記憶を元に創られた。
其れに込められた記憶は、犯し続けて来た原罪と命傷。

赦しを求めたとて、その穢れを祓うことは出来はしないだろう。

属性は《罪傷受換》
付き纏う代償が汝を咎人から永遠に解離しないだろう。


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《いってらっしゃい》

ども、素人投稿者です。

アンダーオブウォーも突入します。
時間無さすぎ。


 

 

 

――人界歴380年 10月21日。

 

 

 ルーリッド村の外れにある山家。木材を使った立派な造りのこの家で、アリス達は慎ましい生活を営んでいた。

 

「これでよし」

 

 アリスは台所でスープを作っている。整合騎士だった彼女に料理の心得は無いが、ソルに渡された記憶を頼りに覚束ない手つきで作る。

 

「ただいまアリス」

「おかえりなさいユージオ」

 

 村の依頼の仕事を終えたユージオの帰宅を出迎える。ユージオの手には今日取れた野菜の籠。

 

「今日も、起きなかったね……」

「ええ……」

 

 食卓に並べられた三人分の食事と、暖炉の近くで車椅子に座るキリトを見る。それらは、今日もまだ彼が目を覚ましていないことを物語っていた。

 

 

~~~~~~~~~~

 

――アドミニストレータ殺害後。

 

ユージオside

 

「キリト! ソル!」

 

 アドミニストレータとの戦いを終えて、キリトが何かを操作している時の出来事だった。もしかしてと思って身体を触っていたソルが急に飛び出してキリトを突き飛ばすと同時に、二つの光の柱が二人を貫いたと思えば、二人は意識を失った。

 

「ソル……?」

 

 後ろを見れば、目覚めたアリスが青ざめた顔でソルに駆け寄る。

 

「ソル! ソル!」

 

 何度呼びかけても、ソルは目を覚まさない。

 

「何故です!? 何故、あなたは私に与える一方なのですか!? まだ……まだ私はあなたに何も返せていない! お願いだから目を開けてソル!」

 

 アリスは泣き叫ぶ。しかし、彼女に応えたのは銅色の鎧の下に着ていた赤い服に広がる深紅の模様だけだった。

 僕もキリトに呼びかけるが、同様に反応は無い。

 

「キリト……。ソル……」

 

 二人の英雄は、戦いの終わりと共に眠りについた。

 

 

~~~~~~~~~~

アリスside

 

 最高司祭を失ったセントラル・カセドラルには混乱が生じた。反逆者であるキリトとユージオ、そしてソルの処刑を求める声も次第に大きくなり、小父様の計らいで人懐っこい飛竜を一頭借り受けて私達の故郷であるルーリッド村へと帰って来た。

 

『去れ……この村に罪人を置くことは出来ん』

『村長! アリスが帰ってきたんだよ。ソルもキリトも全員揃って帰ってきたんだ! 何故……』

『大丈夫よユージオ。仕方のないことだわ』

 

 村長にはこう言われたが、村の外れに住まわせているだけでもありがたかった。

 

 

「ソル…………」

 

 あの戦いで、ソルは片腕と片脚を失い、キリトは言葉と感情を失った。キリトは目を覚ましたが、彼に感情が無いと気付いた時は二人でとても驚いた。

 キリトは目覚めただけでまだ生きていると安心したが、ソルは一向に目を覚ます気配がない。天命を毎日確認してまだ生きていことに安堵しているが、何時彼が眠りについたまま起きることが叶わず亡くなることを考えると、気が気でなかった。

 

「あ……あ……」

「あ、すぐ取ってくるよキリト」

 

 言葉と感情を失ったキリトは、常に彼の黒い剣とソルの赤い剣を持つようになった。まるで剣に宿る残滓に惹かれているような様子。剣を抱えると、キリトは少し安心した顔になる。

 

 

 

「キリト、寒くないかい?」

「もう、ユージオは心配性ね。そんなに着込んだら暑くて汗かいちゃうよ」

 

 今日はセルカの誘いでベッドの上から移動させれないソルを除いた四人でピクニックに来ていた。

 森の木々も鮮やかに色付いて、空気は少し冷気が強くなっている。

 

「綺麗だね。ほら、僕達が守った世界だよ。キリト」

 

 キリトの車椅子はユージオが押している。その横で歩くセルカが何かを気にしているような気がした。

 

「どうしたのセルカ。何か困りごと?」

「……あのね、バルボッサのおじさんが、また開墾地の木の始末を頼みたいって」

 

 申し訳なさそうに言うセルカ。ユージオと顔を見合わせて、少し笑う。

 

「なんだ、そんなことだったの。あなたが気に病む必要は無いのよ」

「そうだよセルカ。僕は刻み手だったし、木の伐採は得意分野だよ」

「だって……勝手すぎるわ。あの人たち、バルボッサさんもリダックさんも姉さん達を村に住まわせようとはしないくせに困った時だけ助けてもらおうとするなんて!」

 

 私はセルカの肩に手を置いて言う。

 

「大丈夫よセルカ。村の近くに住まわせてもらえるだけでも、ありがたいことだから」

 

 私達は安らかに暮らせていれれば、それで良い。彼が剣を握らなくて済むなら。

 

 

~~~~~

 

 

 セルカと別れて、私達はバルボッサさんの居る開墾地に向かう。

 

「こんにちはバルボッサさん」

「ん? おー、ユージオにアリス。よく来てくれたの」

「何か御用と聞きましたので」

「うむ。ほれ、見えるじゃろう。昨日の朝からあの忌々しい白金樫にかかりっきりなんじゃ。大の男が十人がかりで斧を振ってもこれっぽっちも進まん」

 

 見ると、木の切り口はまだまだ浅い。斧を持ったことの無い素人が雑に振ったことがわかる。このままでは五日はかかるだろう。

 

「そんな訳でな。月に一度の取り決めではあるが、今回だけ特別に力を貸してもらえんかなぁ?」

 

 気味の悪い猫なで声でバルボッサさんは言う。

 

「……わかりました。今回だけと言うことなら」

 

 ユージオが承諾する。彼は村の手伝いで日々稼いでいるが、決してキリトやソルの世話を損なわない程度に収めている。今日はセルカの誘いでたまたま空いていたから引き受けたのであって、他の日なら断っていた筈だ。

 

「ごめんよキリト。少しだけ、その剣を貸してくれるかい?」

 

 ユージオは膝立ちでキリトに優しく尋ねて剣を持とうとするが、キリトは渡すまいと剣を握り直す。

 

「……お願い、キリト」

 

 ユージオが再度尋ねると、キリトは剣を持つ手を緩めた。

 

「ありがとうキリト」

 

 ユージオはキリトの黒い剣を取ると、そっと抜剣する。黒く美しい剣身が光を反射する。

 

「てやぁ!」

 

 青い光を出しながらユージオは剣を一閃させると、風圧で小さな竜巻が巻き起こる。

 

(もう完全に心意をものにしていますね)

 

 ユージオはあれから一人で剣を振り続けている。心意の力は、整合騎士となった時から使えるようになったと言うが、そもそもの才能もあったのだろう。剣を持ってから二年で整合騎士と渡り合える剣技を身に付けたのだから、有り得ない話では無い。

 

 事実として、ユージオの見事な剣技によって、大木は滑らかな断面を残して倒れた。

 

「素晴らしい! なんという腕じゃ、まさに神業じゃ! どうじゃ? 礼金を倍にするから月に一度と言わず週に一度、いや一日に一度付き合ってくれんかの?」

「いえ、月に一度という約束でしたので」

 

 ユージオはやんわり断ると、バルボッサさんに手を出す。

 

「ではお代を」

 

 ユージオがバルボッサさんから受け取っている時、ガタッと何かが倒れる音がした。

 

「「キリト!」」

 

 見れば、キリトが車椅子から転げ落ち、必死に這いつくばっていた。

 

「あ……あ……」

 

 

「うおっ、何だこれすごい重いぞ」

「だからあいつでも一発で倒せるんだろ」

「いいから。ふん!」

 

 キリトからソルの剣を奪った村人は、あろう事かその手で触れるだけでなく乱雑に抜こうとしていた。

 

「おい!」

 

 ユージオが叫ぶ傍ら私はその愚か者共の前に接近して、ありったけの心意で睨む。

 

「その剣はお前たちが軽々しく触れていい代物ではありません。早く返しなさい!」

「お、俺たちはちゃんとそいつに剣を貸してくれって言ったぜ」

「そしたら、そいつ気前よく貸してくれたんだよ。ああ……ああ……って言ってさ」

 

 怒りの限界を超えたユージオと私の心意が放たれる。

 

「……わかったよ。怖ぇ顔しやがって」

 

 村人はそう吐き捨て、剣を置いて去る。ソルの《戦憶の剣》を回収すると、鈍く光を反射する。

 村人の私達に向ける視線は、まるで化け物を見るかのようなものだ。自分たちが苦労してやっと倒せる木を難なく倒し、剣技を操る。私達が命を懸けて戦って得られたのは、こんな視線だけだった。

 

(私達は……一体何の為にあれ程の苦しみに耐えて戦ったの?)

 

 

~~~~~

 

 

 陽も落ちた夕暮れの頃、私達は家に帰っていると、キリトが突如顔を上げる。

 

「あ……ああ…………」

 

 手を伸ばした先を見るが、そこには何も無い。

 

「キリト、そっちに何かあるのかい?」

 

 ユージオはキリトの向く先に何があるかを考える。

 

「……まさか」

「何かあるのですか?」

「わからない。……でも、行ってみよう」

 

 キリトが手を伸ばす方へと進んでいると、拓かれた場所に出た。その中心には巨大な切株が残っている。

 

「ここは、《ギガスシダー》があった場所だ」

「……私も記憶にはあります」

 

 私達四人が長くを過ごしたこの場所を、私は彼の記憶から知っていた。

 

「あ……あ……!」

「キリト?」

 

 キリトが反応を示す。キリトが手を伸ばす先には、赤茶色の髪の青年が立っていた。

 

「ああ……」

 

 此方に振り向く青年。でも、その顔は何故かよく見えなかった。

 青年はキリトの前に立つと、手を伸ばした。二人の手が重なる時、二人から黄金の光──心意が溢れてこの空間を満たす。

 

 青年の手を取ったキリトは青年に引っ張られると、立ち上がった。

 

「ああ……わかったよ。ソル」

 

 キリトの瞳には光が戻っていた。キリトが別れを切り出すと、その青年は光となって消えてしまった。

 

「ただいま。ユージオ、アリス」

 

 英雄の一人が、帰還を果たした瞬間であった。

 

 

~~~~~~~~~~

キリトside

 

(俺は……)

 

 

 俺に関わった人の、俺のこれまでしてきたことが、俺を苦しめる。

 

(もう嫌だ……この先を知りたくない……)

 

 強い自己嫌悪に襲われる。拒絶しようとしても、どうにもできない。

 

(あ……あああ…………)

 

 ヒースクリフとの戦いで俺のせいで死んでしまったソル。俺のせいで須郷に洗脳を受けたソル。俺のせいで人殺しをさせてしまったソル。俺のせいで、片腕と片脚を失ったソル。

 

(全部、全部俺のせいだ……)

 

 後悔と懺悔で自身の心臓を取り出そうと手を動かす。しかし、俺の手は誰かに止められる。その時、あの約束の記憶の光景を見る。

 

 

 

『なあソル』

『どうしたキリト』

『お前って悩み事とかあるのか?』

『悩み……。うーん、強いて言うならキリトが女の子を沢山引っ掛けるからアスナの目線が怖いことぐらいか』

『お、俺はそんなつもりねえよ!』

『余計タチ悪いわ阿呆。………………そうだな、もしキリトが僕に何かしたいって思ってるなら』

 

 

 

 

『…………僕が居ない時、その時僕にできた大切なものを守ってくれ』

『例えば?』

『例えば………………』

『無いのかよ!』

『黙らっしゃいキリト! その時と言っとるだろぉがよぉ!』

 

 

 

 

 俺たちが出会ったアインクラッドで交わした約束。もうそんなこと覚えてなかったけど、今思い出したのはそういうことなんだろう。

 

「ソル…………」

 

 顔を上げると、俺の半身とも言えるソルがそこに立っていた。

 

『キリト。あの約束忘れてないだろうな?』

「ああ、ちゃんと覚えているよ」

『ならば結構、……どうやら僕はここまでみたいだ』

「何言って……」

『陽月 湊の記憶は全て《戦憶の剣》に変換し、ソルのフラクトライトは過電流によるサージでボロボロになってしまった。もう僕には剣を持って戦うことは出来ない。もう君の隣に立つことすら叶わないんだ』

「そんな…………」

『ほらキリト、約束したろ? お願いだ……アリスを、ユージオを、みんなを守ってくれ』

「ソル……お前はどうなるんだ?」

『……こうやって君に語りかけている僕は《戦憶の剣》に残された陽月 湊の電子残滓だ。僕も再度ソルへの接続を行ってみるが……もし駄目なら、僕は脳死といった状態になると思う』

「ごめん……俺のせいで……」

『嘆かないで、哀しまないで、悔やまないで。言ったじゃないか、どんな結末を迎えようと君を責める者は誰もいない。そんなの僕が許さない、それがキリト自身であっても。だから僕は君に託す。ああ、そういえばキリトの黒い剣、《夜空の剣》ってのはどうだ?』

「ああ、いい名前だ。唐突だけどな」

『仕方ないだろもう時間なんだ。いってらっしゃい。後は任せた、僕の親友、僕の英雄、僕の…………星』

 

 

 

 

 

 

 気が付いた時には、俺は白い剣を左手に持っていた。アドミニストレータにトドメを刺した時の、白い剣。

 

「ただいま。ユージオ、アリス」



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《約束》

ども、素人投稿者です。

戦況をどう書くか迷い中です。
さてさてどうなることやら。


 

アリスside

 

 

「……あなたはまだ寝覚めないのね」

 

 この家に寝室は二部屋ある。一つはユージオとキリトの、もう一つは私とソルが使っている。

 

「キリトを呼んでいたのはあなたなのでしょ? ……正直、キリトが羨ましいわ」

 

 ベッドは二つあるが、看護の名目で同じベッドでくっついて寝る。はだけて露出した彼の胸に埋まっている結晶を指でなぞる。

 

「私の記憶はあなたに届いているのかしら?」

 

 ユージオと融合して剣になっていた私の記憶は、あの戦いの後、ソルの胸部にはまりこんだ。だから、私は未だアリス・シンセシス・サーティのままだ。

 彼の身体のあちこちには治すことの出来ない傷がある。右腕も左足も、私には治せなかった。彼は私達の傷を治していた訳じゃない。彼は傷を己の身に移していただけだった。それも苦しい顔を一切せず、まるでそうあるべきと主張しているかのように。

 

 彼は昔から人情が厚くて、義理堅く、義務感が強かった。そんな所も好きだったし、それが彼の魅力の一部でもあった。

 彼のことを何時好きになったのかはわからない。彼の記憶を受け継いだ時、キリトから彼の話を聞いた時、考えても答えは無かった。きっと、あれは私の一目惚れだったのだから。

 

 

 キリトの話だと、ソルが目覚めることはほぼ無いらしい。私達の身に危険が迫っていることも、剣に彼の意識が宿っていることも、私にとっては耳を塞ぎたくなる内容だった。

 

「ねえソル。このまま、四人でずっと隠れて生活していかない? きっと素敵だわ。またあなた達三人はやんちゃするんでしょうけど、毎回私も付き合ってあげるから……」

 

 彼の胸に頭を乗せる。逞しい胸板は、まだ鼓動を打っていて、彼が生きている事実に安心する。

 

「……おやすみなさい。ソル」

 

 私は、彼に四肢を絡めて抱き締めて眠りに着いた。

 

 

~~~~~

 

 

 夜中に何かが倒れる音と、這いずる音に目を覚ます。

 

「…………ぁ」

「ソル……?」

 

 横を見るが、そこにいるはずのソルの姿が無い。辺りを見て、誰かが床に横たわっているのに気付く。

 

「ソル!」

 

 眠気なんか吹き飛び、ソルの体を支える。彼が目覚めたことに驚いてる余裕は無かった。片腕と片足の無い状態で、彼は何かを求めるように這いつくばる。

 

「…………ぁ」

「どうしたのソル?」

 

 赤い彼の剣から何かを警告する高い音が鳴り響く。彼が手を伸ばすと、剣は彼の元に行こうと床に転がる。

 

 

「どうしたの?!」

「ソル!」

 

 騒ぎに気付いたユージオとキリトが部屋に入ると、ソルの姿に言葉を失う。

 

「……っ!」

 

 キリトが何かに気付いて急いで外に出る。私とユージオも外に出ると、彼方の夜空に燃え上がる煙と火の光が見える。あの方角はルーリッド村だ。

 

「村が……」

 

 

「…………ぁ」

 

 ソルは家の外まで出てきていた。その手には赤い剣が握られている。服が汚れるのも、身体に擦り傷が付くのも、なりふり構わず彼は助けに行こうとしている。

 

「ソル。いいの、あなたはもういいのよ。村には私達が行くから。ここで待ってて、お願い」

 

 彼を抱き締めて止める。彼の手に指を絡めて剣を取り上げる。

 

「……ぁ」

 

 だらりと腕の力が抜けたかと思うと、彼は再び眠りについた。

 

 

「……行きましょう。キリト、ユージオ」

「おう」

「わかった」

 

 彼は私達の分の傷も負った。もう十分だ、彼の為に、私が剣を振ろう。

 

 

~~~~~

 

 

 整合騎士の鎧を身に着け、雨縁に跨ってルーリッド村を目指す。ユージオは小父様から借り受けた陽炎(かげろう)にキリトを後ろに乗せている。

 

「私は先に行っています」

「任せた」

「頼んだよアリス」

 

 ユージオが念の為と鎧を着けるのに手間取ったので、私が先行する。

 

 

 

 ルーリッド村を空から確認すると、ダークテリトリーのゴブリンとオークが群で村に攻めて来ていた。

 村の住人は、広場に集まっている。南側には敵がいないのに、避難する様子も無い。

 

「雨縁、あなたはユージオ達と合流しなさい」

 

 私は雨縁の背中から飛び降りる。

 広場の空いた場所に着地すると、村人たちが私を見る。

 

「ここでは奴らを防ぎきれません。今すぐ南の通りから全住民を避難させなさい」

「バカ言うな、屋敷を……いや、村を置いて逃げられるか!」

 

 欲深いバルボッサが噛み付いてくる。

 

「今ならまだ、ゴブリン共に追いつかれることなく逃げられます。家財と命と、どちらが大事なのですか」

 

 言葉を詰まらせるバルボッサ。

 

「広場は円陣を組んで守りを堅めろというのが衛士長ジンクの指示なのだ。この状況では村長の私とて従わなければならない。……それが帝国の法なのだ」

 

 私の父……ガスフト・ツーベルクが間に入る。法、キリト達はそれを変える為に塔を登った。やはり、法は間違って……。

 

「姉さまの言う通りにしましょう」

「セルカ」

 

 セルカの一言は私にとって鶴の一声だった。村人達の雰囲気も、少し私に傾く。

 

「逃げるだと? 子供がでしゃばるでない、村を守るんじゃ!」

「……!」

 

 強烈な殺気を感じて咄嗟に手を伸ばすと、家にあるはずの彼の《戦憶の剣》が抜き身でバルボッサに襲いかかろうとしていた。私が反応しなかったら、確実に命を奪う威力はあった。

 

「ひぃ! …………そ、そうか、わかったぞ! 村に闇の怪物を招き入れたのはお前じゃなアリス。昔、果の山脈を越えた時に闇の力に穢されたのじゃ! 魔女じゃ、この娘は恐ろしい魔女じゃ!」

 

 ……もう限界だ。時間も説得もここまでだ。私は全てを曝け出す覚悟を決めて、口を開く。

 

「騎士の名において、衛士長ジンクの命令は破棄します。この広場に集う村人は全員、武器を持つ者を先頭にして南の森へ避難するよう命じます」

「き、騎士とはなんじゃ。そんな天職この村にはないぞ。ちょっと剣が使えるからといって、勝手に騎士を名乗るなぞ、王都の騎士様に知れたらどうなるか……」

 

 私はフードを取り、黄金の鎧を月明かりの元に晒す。

 

「セントリア使役統轄、公理教会整合騎士、第三位アリス・シンセシス・サーティ」

「せせ、整合騎士ぃ!?」

 

 村人の間に衝撃が走る。目の前の罪人たる少女が罪を取り締まる騎士だったのだ、動揺は必然である。

 

「姉さまが……」

「今まで、黙っててごめんなさい。これが私に与えられた本当の罰、本当の責務なの」

「ううん! 私……信じてたわ、姉さまは罪人なんかじゃないって」

 

 セルカに隠してたのは要らぬ動揺を生まないようにと思ってのことだ。それでも、彼女が流してくれる涙をとても暖かく思う。

 

「御命令、確かに承知した整合騎士殿。武器を持つ者を先頭に村のみんなを南門に誘導しろ! 村を出たら開拓地、南の森に避難するんだ!」

 

 お父様のお陰で村人は避難を始める。これで、被害は最小限に抑えられる。

 

 

「お待たせアリス!」

「ちょ、おいユージオ!」

 

 ユージオが陽凍から降りて空から降りてくる。心意を使ってゆっくりと着地すると、キリトを乗せたままの陽炎に命令する。

 

「先に行っててくれ! 後で行くよ」

「ったく、任せろ」

 

 飛竜に乗ったキリトは一足先にゴブリンの行列に突っ込む。

 

「ユージオもだったの!?」

「隠しててごめんセルカ。まあ、僕は整合騎士と言っていいかわからないんだけど……」

「一応ユージオは整合騎士に名を連ねたのだから大丈夫でしょう」

「そうかな? じゃあセルカも避難してここは僕らに任せて」

 セルカと別れて剣を抜く。右手に《金木犀の剣》、左手に《戦憶の剣》を持つ。

 

「それはソルの……」

「こいつは自分でここまで来たようです。抑えていますが、今にも暴れだしそうで……」

「……手を離してみれば?」

 

 ユージオの言う通り一度手を離すと、剣は一直線にゴブリンの首を突き刺した。

 

「大丈夫そうですね」

「まるでソルが戦っているみたいだね」

 

 剣が独りでに戦っているのを見ながら、私たちも《武装完全支配術》を行使する。

 

「「エンハンス・アーマメント!」」

 

 ユージオの氷が手前のゴブリンを氷漬けにし、私の花が遠くのオーク共を蹴散らす。

 ふとある一角を見れば、キリトが白と黒の二振りの剣で敵の数を減らしていた。キリトが目覚めた時に手に持っていたその剣は、ソルの剣から分離した物だ。神器と言っていいその剣を生み出したソルの剣は、神器を生む神器、私の知る理から大きく外れる代物だ。キリトは試しに《武装完全支配術》を使うと、粒子を操る術のようだった。

 

 

「行くよアリス」

「ええ」

 

 

 私達が闇の軍勢を片付けるのに、一刻も要らなかった。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

「今、なんと言いましたかキリト!?」

 

 あれから一週間後、食事の時間にキリトが突然ソルを連れて《東の大門》に、ダークテリトリーとの戦争に参加しに行くと言う。カッとなってキリトの胸倉を掴む。

 

「だから、俺とユージオはこの戦いに参加する必要があって、それにソルも連れて行こうって言ってるんだ」

「ちょっと二人とも!」

 

 ソルが目を覚ましたのはあの時だけ、それ以降も彼は眠り続けたままだ。《戦憶の剣》に触れさせても何も起きない。

 

「そういうことならあなた達二人で行けばいいでしょう!? 何故、ソルを巻き込むのです!」

「……このまま何もしないと、ソルは二度と起きない。多少危険が伴っても試してみるべきだ」

「……アリスは行かないのかい?」

 

 ユージオの問に言葉が出ない。私は騎士としての責務を果たすべきだが、それ以上に大切な者を守りたい。葛藤する私に、キリトはある提案をする。

 

「何かあったら俺が守る。絶対にだ。それがソルとの約束だからな」

「約束…………」

 

 幼き日の記憶に、確か彼と似たような約束をした気がする。私だけでなく、みんなを助けようとする彼に私はこう誓ったはずだ。彼がみんなを守るなら、私が彼を守ると。

 もし仮に彼を連れて行かないとして、彼の声も、表情も、仕草も、聞けないし見られない。もう一度、彼に抱き締めて欲しい、そんな願いも叶わない。

 

「……私も行きます」

「決まりだな。出発は明後日の朝でいいか?」

「構いません。……彼を後方に置いてもらえるようにお願いしてみます」

「ああ、頼んだ」

 

 少しは美味しく作れるようになったスープを掬い、口に運んだ。

 

 

~~~~~

 

 

 食事を終えたら、彼を濡らした布で拭く。

 

「……あなたを血の気の多い場所に連れて行くことになったわ。本当は嫌だけど、このままじゃ駄目なことくらいわかってた。ムカつくけどキリトの言っていたことは本当だわ」

 

 彼の頬に触れる。安らかな寝顔はあどけなさと可愛らしさが共存していて、ついこちらの頬の筋肉が柔らかくなる。

 

「私はあなたが死ぬのが怖い。目覚めないのが怖い。戦うのが怖い。誰かを庇うのが怖い。……臆病ね、私。あなたが強いことを誰よりも信じているのに、あなたが生きて帰って来ることを誰よりも信じられないんだから」

 

 またあの笑顔が見たい。また彼の腕に包まれたい。記憶の中でしか経験していないことが沢山ある。

 

「私が危険な時、あなたは剣を取って立ち上がってくれるのでしょう? ……己の命を顧みないで」

 

 彼に伸し掛る。顔を近付け、触れるか触れないかの距離で彼の閉じられた瞼を見つめる。

 

「もし、あなたが私を助けに来たら、その時は必ず私を救い出すんでしょ? なら、あなた自身は私が救ってみせる。…………待ってるわ」

 

 彼の唇に接吻を交わす。彼の唇はとても柔らかくて、暖かかった。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「あなたは今、何処で何をしているのかしら、ソル…………」

 

 

 

 

 

 二人の少女は唯想ウ、想い人の帰還ヲ。



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《開戦》

ども、素人投稿者です。

アベマの無料終了までに終わらせたいけど無理くさいです。
……やるしかなぇよなぁ!


 

 

アリスside

 

 

 私たち四人は、飛竜に乗って《東の大門》へと辿り着いた。峡谷の手前に展開した人界軍の訓練の様子を見るが、整合騎士の数が明らかに少ない。

 

「ここが……」

「《東の大門》……」

 

 キリトとユージオは目の前の光景に固唾を呑む。これから共に闇の軍勢と戦う予定だが、一度は剣で命のやり取りをした間柄だ。気まずくもなるし、なんならその場で処刑されることも有りうる。そうなった場合逃げるしかないが、そういった覚悟を持って二人は此処に来たのだ。

 

「師よ! 信じておりましたぞ!」

 

 ソルを抱えて雨縁から降りると、エルドリエが鎧を鳴らしながら走って来た。彼は私が抱えるソルを見ると喜びの表情が一変、嫌悪の表情となる。

 

「一先ず、場所を変えましょう」

 

 

~~~~~

 

 

 天幕に入り、簡易的な椅子に座って私達はエルドリエと話す。

 

「先程《東の大門》を見て来ました。門が崩壊し、闇の軍勢が押し寄せて来るまでもう猶予はありません」

「敵軍は約五万、対する我が方は三千。せめて少しでも兵を鍛えなければ」

「他の整合騎士は何処に居るのですか? 上空から見た所、外には七名ほどしか居ないようですが」

 

 いくら我々整合騎士が一騎当千の力を持とうと、たった七名では闇の軍勢の侵攻を防ぐことはできない。キリトとユージオが壊滅させたとは言え、もっと居てもいいはずだ。

 

「……あれでほぼ全部です」

「そんな馬鹿な、騎士団には私を含め三十二名が存在するはず」

「アリス様はご存知でしょう。元老長チュデルキンが記憶に問題が生じそうになった騎士に、再調整なる術を施していたことを。十人の騎士が、その術から未だに目覚めていないのです。今、覚醒している整合騎士は二十一人、内四人はカセドラルと中央の管理、四人は果の山脈の警護に当たっていますので……」

「差し引きすると十四名……」

「我らの戦力には一切の余裕はありません。……なのにアリス様は、その若者を庇いながら戦うつもりですか?」

「当然です。守ると誓ったのですから」

「なりませぬ師よ。そのような無用の重荷を抱えて戦えば、剣力が半減するどころか師の御身を危険に晒すことにもなりかねません」

 

「俺ら空気だな……」

「…………だね。サラッと僕を整合騎士として数えているアリスに言いたいことはあるけど、今は黙るよ」

 

 キリトは言わずもがな、ユージオは一応整合騎士の鎧を着ているが、エルドリエの眼中に無い。すぐに処刑と言わないあたりはまだマシと言えるか。

 

「まあそうカッカするなよエルドリエ」

 

 とても聞き馴染んだ声に振り返ると、ベルクーリ騎士長、小父様が天幕に入って来た。

 

「よう嬢ちゃん、それに坊主ら。思ったより元気そうで安心したぜ。ちょっと顔がふっくらしたかい。結構結構」

「小父様……。御無沙汰しております」

「うむ」

 

 ベルクーリは頷いて、天幕に足を踏み入れる。その視線は、ソルを捉えていた。

 

(……ソルを斬るつもり?)

 

 何時でも守れるように、キリトとユージオと私は剣に手を伸ばす。

 

「大丈夫だ。お前さんら」

 

 そう言うと、小父様は深呼吸して剣気を放った。

 

「止せソル!」

 

 キリトの声が響く。《戦憶の剣》が小父様を今にも突き刺さんと小父様の首元で震えている。それだけじゃない、目を凝らせば無数の心意の剣が小父様を囲んでいる。

 

「……こりゃあおっかねぇ。そこの坊主が止めてなきゃ、天命の半分は持ってかれてたな。お前さんら、今のは見えたな?」

「は、はい……」

「一瞬ですが……剣戟の光が」

「俺はそこの若者に向けて心意の太刀ならぬ心刃を放った。見ればわかるが、結果はこれだ」

 

 からからと笑う小父様。しかし、私には気が気でなかった。

 

「どうやらそいつの心はそこには無いようだが、まだ死んじゃいねえ。きっと戻って来る。お前さんらがそいつを必要としたその時にな」

「……わかってます。ソルは必ず戻ってくる」

 

 ユージオは真剣な眼差しで小父様を見る。ユージオはセントラル・カセドラルで小父様と一戦交えたと聞いた。ユージオも小父様に思うところでもあるのだろう。

 

「そういうことだエルドリエ。若者一人くらい面倒見てやろうや」

「…………」

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 陽が沈み始めた頃、私はソルと用意された天幕で移動の疲労を癒している。天幕を用意されたのは整合騎士の私と名目上整合騎士のユージオだけ、ソルは私の、キリトはユージオの天幕に入ることになった。

 

「はい、ソル」

 

 キリトに言われてからソルには常に《戦憶の剣》を待たせるようにしている。彼曰く、こうすることで目覚める可能性が上がるらしい。正直、寝る時痛いのだが、我慢している。

 

(あなたが私達を守る為に心意を放つのなら、私があなたにありったけの心意を注ぎ込めれば、あなたはどうするの?)

 

 あの夜から、彼に接吻をするのが癖づいている。四人で暮らしている為、二人きりの時間は限られている。……今は二人きり、誰の邪魔も………。

 

―チリン。

 

 心意を込めながら彼に触れていると、鈴が鳴る。天幕の外を見ると、黒髪の少女が立っていた。

 

「騎士様、御夕食をお持ちしました」

「ありがとう」

 

 黒髪が珍しいからか、彼女は見覚えがあった。確かあの時…………。

 

「もしかして、あなたは北セントリア修剣学院の……」

「はい。私は人界守備軍補給部隊所属、ルーナ・クルクカン初等練士です」

「そんな畏まらなくてもいいわ。此処では私も一人の剣士に過ぎないのだから。私のことはアリスと呼んでね」

「では、僭越ながらアリス様に尋ねたいことが御座います。……あなたがソル先輩を連れていると聞き及びました。会わせて頂けますか?」

「そう……、あなたは知るべきね。とても辛いでしょうけど、ソルの後輩たるあなたなら受け止められると信じます」

 

 ルーナ初等練士を天幕の中に招き入れる。ソルの姿を目にした彼女は崩れ落ちる。

 

「せん…………ぱい?」

 

 恐る恐る彼の腕に触れ、足に触れ、胸に触れ、涙を流す。

 

「どう……して? ロニエやティーゼはキリト先輩とユージオ先輩は無事だって、なら何でソル先輩だけ……こんな、こんなことに?」

「……ごめんなさい。彼がそうなったのは、私達が弱く、彼を頼るしかなかったから。彼が私達の変わりに文字通り命を削らなければ勝てなかったから……」

 

 震えた手でルーナ初等練士は赤い剣を握る。剣は一瞬淡く発光する。

 

「…………どうして、そんなこと言うんですかソル先輩。待っててくださいよ! 私が行くまで、私だけを見てくださいよ!」

「あなた……ソルのことが……」

「私は彼を愛しています。彼が罪を犯したのも、彼が傷付いたのも、私のせいなんです。だから、私は彼を誰よりも幸せにしてあげたかった! 二人だけで何処かの辺境に住んで、家庭を築きたかった!」

「……なら、この戦い。あなたが彼を守って下さい。それ程彼を想うあなたなら、必ず彼が目覚めるまで守りきってみせるでしょう?」

「……当たり前です」

 

 彼のある意味での罪深さを感じながらも、彼の預け先が見つかったことに不安の種は一つ減った。

 …………彼を渡すつもりなど微塵も無いが。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 次の日、私達も混じえた軍議が行われた。始めこそキリトとユージオに嫌悪する者もいたが、最高司祭を倒した彼らの強さを小父様が語ると口を噤んだ。整合騎士団の副長たるファナティオ殿が主立って軍議は進められる。

 

「この四ヶ月の間というもの、あらゆる作戦を検討してきましたが。結局の所、現状の戦力で敵軍の総攻撃を押し戻すことは困難です。果ての山脈のこちら側は、十キロル四方に渡って草原と言う他ありません。ここまで押し込まれたら、後は五万の敵軍に包囲、殲滅されるのみでしょう。故に我々は、この東の大門へと続く幅百メル、長さ千メルの峡谷で戦い抜かねばならない。ここまでで何か意見はありますか?」

 

 エルドリエが挙手し、発言の許可を求める。許可されると、立ち上がって口を開く。

 

「敵軍には大弓を装備するオーガの軍団、そして一層危険な暗黒術士団も存在します。それらの遠距離攻撃には如何なる対応を?」

 

 ファナティオ殿は私は一度見て、質問に答える。

 

「これは危険な賭けですが。峡谷の底は昼でも陽光が届かず、地面には草一本生えていない。つまり、空間神聖力が薄いのです。開戦前にそれを我らが根こそぎ消費してしまえば、敵軍は強力な術式を打てなくなる通り」

 

 その大胆な作戦皆がザワめく。ファナティオ殿は続けて言う。

 

「無論、それは我が方も同じこと。しかし、こちらにはそもそも神聖術士は百名程しかおりません。術式の撃ち合いとなれば神聖力の消費は敵方の方が遥かに多いはず」

「なるほど、副長殿の言は正しかろう。しかし神聖力が枯渇してしまえば、傷付いた者の天命の回復すら出来なくなるのではないか?」

 

 デュソルバート殿の意見に私は頷く。圧倒的に数が少ない我が軍は、敵よりもその命の価値が跳ね上がっている。いくら戦場を限定的な場所にしたとしても、我が軍はその分戦い続けなければならない。

 

「ですから賭けと申しました。ここには高級触媒と治療薬をありったけ運び込んでおります。使用する術式を治癒術に限定し、薬を補助的に用いれば触媒だけで三日は持つはずです」

 

 確かに、それならば戦線を維持するのは可能だ。しかし、その前提条件が厳しい。私は口を開く。

 

「問題はもう一つありますファナティオ殿。如何にソルスとテラリアの恵みが薄いといっても、あの谷には長い年月の間に膨大な神聖力が蓄積していると思われます。一体何者が開戦までの短時間でその力を根こそぎ使い尽くせましょう」

「いえ、います。たった一人、それが可能な者が」

「一人……?」

 

 ファナティオ殿は私を真っ直ぐ見つめる。

 

「あなたです、アリス・シンセシス・サーティ。自分では気付いていないかもしれませんが、現在のあなたの力は整合騎士の範疇をも超えています。今のあなたなら行使できるはず、天を割り、地を裂く真の神の力を」

 

 結局、キリトとユージオは軍議の圧迫感に何も言えないまま軍議は終了した。

 

 

~~~~~

 

 

「では、ソルのことお願いするわね」

「はい、アリス様。彼のことはこの命に変えても」

 

 

 とうとう今日が《東の大門》の天命が尽きる日だ。時間帯は夜、苦しい戦いになる。この戦では何人も死ぬ。私やユージオ、キリトだって命を落とすかもしれない。でも、私は信じてる。私たちが求めれば彼は必ず応えてくれると。

 

「そろそろ時間だよ、アリス」

「ええ、今行きます」

 

 幼馴染二人と肩を並べて歩く。私たちの胸中は一つ、彼のことだけ。誰一人欠けずに無事に四人で帰ること。

 私は大規模神聖術の行使、キリトとユージオは最前線での戦いとなる。二人の剣の腕は信用に値する、心配はしてない。

 

「大丈夫だ二人とも。ソルは起きる」

「そんなことわかってますキリト。そう言うあなたこそ、手が震えているのではありませんか?」

「こ、これは……そう、武者震いだ」

「もー、これから戦いに行くっていうのに締まらないなぁ」

 

 そう、大丈夫。きっと上手くいく。だって私たちは、生きる時も死ぬ時も一緒なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 我ら人界軍三千の兵士が峡谷に展開する。目の前に聳える巨大な門の亀裂が音を立てて大きくなる。

 

(ソル……。大丈夫、私はもう戦えるわ。だから、私に勇気を頂戴)

 

 右眼に着けていた手拭を取る。私の吹き飛んだ右眼は、もう完全に治っていた。彼の手拭に口付けをすると、手拭はゆっくり消えていった。

 

 

「システム・コール…………」

 

 

 

 

 アンダーワールドきっての大戦が、開戦する。



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《為に》

ども、素人投稿者です。

オリジナル展開まで進めるの普通に難しいです。
タスケテ


 

 

 

ルーナside

 

「ソル先輩…………」

 

 耳に響く轟音に、《東の大門》が崩れたのがわかった。緊急用の担架と車椅子を確認して、腰の剣も今一度確認する。

 

 私がソル先輩から教わった剣は、実践的に相手を翻弄する剣。足運び、重心、剣心、勢い、全てを計算しながら戦う計算高い剣。先輩はいつも言っていた。

 

『この闘術は、無勢で多勢に勝つ為の剣だ。相手の力を使い、自らの疲弊を最大限抑える継戦能力、相手を倒す確実性に特化している。だから体術や他の武器も使う。……まあ、ルーナには難しいだろうけど』

『やりますよ』

『ん?』

『やってみせますよ。私も先輩のようにあらゆる武具を扱ってみせます』

 

 杖術だけは習得出来なかったが、他の武器ならものにした。試合でも負け無しの私はこのまま整合騎士としてセントラル・カセドラルに行くはずだった。……行けたんだ。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「先輩はどうして私を傍付きに選んだんですか?」

「どうしたの急に?」

「普通に気になるからですよ」

 

 先輩との稽古が終わってから、私は先輩に聞いたことがある。首席たるソル先輩は次席のライオスをボコボコにしてその座を得たという、本物の強者だ。そんな強者に選ばれた理由なんて知りたくない訳が無い。

 

「……そうだな。一番強そうだったから」

「強そう……」

「ふふ、僕が傍付きをしたウォロ先輩に習ったんだ。こうやって意思は受け継がれるんだなあ」

 

 嬉しそうに笑う先輩。美しい横顔につい見惚れてしまう。

 

「まあ? あの時と違うのは傍付きが未だに一本も勝てて無いことかな?」

 

 憎たらしいくも優しい笑みの先輩。

 

「…………先輩の初めては私が貰いますからね?」

 

 先輩は学内無敗の最強の剣士。彼と同郷の上級修剣士たるキリト先輩もユージオ先輩も彼に勝ち星をあげたことは無い。

 目標としては高すぎる気がするが、元々私は剣一つでここまで逃げてきた身。私の家は落ちぶれた高貴の血を引く家系だ。私の両親は私を成り上がりの道具としか見ていない。

 

 私が先輩に明確に惚れたのは、確かあの時。私が一人で鍛錬していた時だ。

 

 

「お疲れ様ルーナ。精が出るね」

「お疲れ様です」

 

 こうして先輩が私の鍛錬を見てくれるのは珍しくない。むしろ、先輩の教えを求めて毎日沢山の初等練士が先輩に押し寄せている。……女剣士ばかりだが。

 先輩は教えるのがとても上手い。何がわかってなくて、何が知りたいのかを正確に把握している。その暗褐色の瞳は万物を見通しているようだった。

 

「ルーナって(剣の軌道が)綺麗だよね」

「え?」

「それに(リズムの取り方が)とても僕好みだ」

「え? え?」

「きっと(戦闘スタイルの)相性が良いからだろうね」

「……///」

 

 先輩は天然のタラシだ。その自覚無き言動で何人の乙女が堕ちて来たのだろう。少なくとも数えようとは思えない数だ。

 ちなみに私がチョロい訳では無い。……顔の良い優しくて強い先輩では相手が悪かっただけだ。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 剣戟の音と悲鳴が聞こえ始めた。開戦からどれほど時間が経ったのかはわからないが、早すぎる。

 

(前線は一体どうなっているの?)

 

 補給部隊の天幕に隠れている私たちは最後方の生命線。ここまでそうそう突破されるなんて考えられない。きっと何か異変がある。

 

「先輩、少し外を見てきます」

 

 天幕の入口から少し顔を出すと、第二左翼部隊がゴブリンと衝突していた。

 

(あれは……煙幕)

 

 機動力のあるゴブリンはその実、敵軍の他種族より脆い。煙幕はそれを補う策だ。

 

(こっちに来る!)

 

 私は急いで天幕の奥に戻ろうとした時、中からの物音に剣を抜く。

 

「お前は誰だ!?」

「……すまない。敵じゃないよ」

 

 いつの間に入り込んだのか、出て来たのは整合騎士殿だった。

 

「騎士様でしたか。何故このような場所に?」

「……僕はもう、騎士じゃない。……逃げて来たんだ」

「……は?」

 

 あまりに突飛なことに唖然とする。

 

「今頃、僕が指揮するはずだった部隊は大騒ぎだろう。死者だって出ているだろう。ここから動けない僕が、騎士なんかであるものか」

「……私は補給部隊所属のルーナ・クルクカン初等練士。こちらは、ソル上級修剣士殿です」

「ソル……? あの最高司祭様を倒した……」

「騎士様、手が空いてるようでしたら手伝って頂けませんか? ゴブリン共はすぐそこまで来ています。私だけだと先輩をどこまで守れるかわからない。騎士様の御助力を承りたく……」

 

 気配を感じて剣を抜く。息を整えて、身体の内で律動を刻む。

 天幕が斬られると、緑の肌を持つゴブリンが現れる。

 

「ウヒョー。シロイウムの娘っ子だ。美味そうだな」

(来たか……)

 

 剣を持つ手が震える。命を賭した戦いなんてこれまで経験したことなんてない。殺される恐怖と、守りたい気持ちがせめぎ合う。

 

(駄目、絶対守ると誓ったんだから!)

 

 

「君は…………」

 

 光に引かれて後ろの整合騎士様を見ると、先輩の赤い剣に触れていた。一瞬剣が光ると、彼は覚悟を決めた顔になる。

 

「わかった……やってみるよ」

 

 きっと、先輩が彼に何か言ったのだろう。先輩の意思が宿る剣は、役目は終えたとばかりに先輩の手元に戻る。

 風を切る鋭い音がする。気付けば、ゴブリンの頭は真っ二つになっていた。

 

「騎士様……」

「ありがとう、君たちのお陰で僕も戦えそうだ。彼を……頼んだよ」

 

 付き物が取れた顔をして、騎士様は天幕から出ていった。

 

「言われるまでもありません」

 

 彼は……まだ動かない。

 

 

~~~~~~~~~~

アリスside

 

 敵の第一波を防ぎきった後、進軍するドミニオンの群れが空中でボロボロと切り刻まれて落ちる。

 

「あれは《時穿剣》の《武装完全術》。小父様が動いたのね」

 

 術式の制御をしながら上空から戦況を俯瞰する。キリトとユージオも大丈夫そうだし、戦線が崩壊していることも無い。この調子なら、人界の防衛は叶うだろう。しかし……

 

(何故、何故人界人だけでなく、亜人の魂から生まれてくる神聖力もその全てが温かく清らかなの。もし人界の民も、闇の国の怪物も、持っている魂が本質的に同一の物だとしたら。ただ生まれた場所が山脈のあちらかこちらだけの違いしか無いのだとしたら、一体何故彼らは、私達は、戦っているの?)

 

「ソル……」

 

 もし彼が起きていれば、この戦争は一刻で終わるだろう。被害は最小限に、最速で敵の機能を止めたはずだ。でも、彼は今はいない。そもそもこれは、最高司祭様に剣を向けた私の責任なのだから。

 

「来た……」

 

 敵の第二波を確認する。その中には遠距離攻撃を得意とする暗黒術士の姿もある。私の役割はここからだ。

 

 

(私一人では数千を超える暗黒術士素因保持量に敵わない。それに、神聖力をただ熱素や凍素にするだけでは峡谷の神聖力を使い切る程の神聖術にはならない。でも、光素を鏡で閉じ込めて無限に反射させれば……)

 

 あの暗黒術士達は、今頃術が発動しないことに困惑していることだろう。

 

(ソルの為、数多の命を奪う罪……私は背負ってみせる)

 

 《金木犀の剣》を抜き、《武装完全支配術》を行使する。

 

「咲け、花たち!」

 

 剣は花へと変え、鏡の珠を真中に支える。

 

「……バースト・エレメント」

 

 

 何倍にも増幅した光が敵を焼き尽くす。地を焦がし、敵を蒸発させる。さながら地獄のようだ。

 

(…………)

 

 戦場(此処)は罪で満ちている。それでも私は彼の為に剣を振ろう。



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《サーティワン》

ども、素人投稿者です。

この次は少し飛びます。
細かく戦況をちまちま書いてられっか!


 

 

アリスside

 

 

 自陣に戻ると、キリトとユージオが出迎えてくれた。

 

「大丈夫だったかアリス」

「怪我は無いかい?」

「大丈夫です」

 

 彼らは服に返り血こそあるものの、負傷は見当たらない。流石の実力と言った所だ。潜り抜けた修羅場の数が違う。息を整えていると、血に塗れたエルドリエが声をかけてきた。

 

「師よ……」

「エルドリエ、怪我は無いのですか!」

「はい……大きな傷は受けておりませぬ。しかし、いっそ戦いの中で命を落とすべきでした」

「何を言っているのです。そなたにはこの戦いが終わるまで衛士たちを率いて戦い抜くという使命が……」

 

 エルドリエの顔色は悪く、息も絶え絶えだ。普段の彼からはかけ離れた姿に驚く。

 

「私はその使命を果たせませんでした……」

 

 虚ろな眼で言うエルドリエ。

 

「私には、アリス様の弟子を名乗る資格など無いのです!」

「そなたは……そなたは良くやりました。私にも守備軍にも、そして人界の民達にも、そなたは必要な者です。何故そのように自分を責めるのですか」

「必要……? それは戦力としてですか? それとも……」

 

 突然の呻き声に警戒する。未だに燃え盛る火の中を一人のオウガ族が立っていた。体は焦げ、武具も持たずにただ私達に向かって歩いている。

 

「そなた、もう天命はもう残っていないはず。何故丸腰でそこに立っているのですか?」

「オレは、オウガの長、フルグル」

「オウガ族の長……」

 

 ユージオとキリトも剣を抜いて構えている。フルグルは途切れ途切れの言葉で話す。

 

「オレ……見た。あの光の術、放ったの、お前。あの力、その姿、お前、《光の巫女》。お前連れて行けば、戦争終わる。オウガ、草原帰れる」

「……光の巫女?」

「戦争が終わる……?」

 

「おのれ、獣風情が何を言うか!?」

「よせエルドリエ!」

 

 キリトの静止を聞かずにエルドリエは剣を振りかぶる。彼に一番近かった私が彼の腕を掴んで止める。

 

「師よ、何故?!」

「如何にも、私こそが光の巫女。さあ、私を何処に連れて行くのです? 私を求めるのは誰なんですか?」

 

 こちらの質問に、フルグルは躊躇わず答える。

 

「皇帝《ベクタ》。皇帝欲しいの光の巫女だけ。巫女を捕まえ、届けた者の願い何でも聞く。オウガ、草原帰る。馬飼って、鳥取って、暮らす」

「……私を恨まないのですか。そなたの民を皆殺しにしたのはこの私です」

「強い者、強さと同じだけ背負う。オレも、長の役目背負っている。だから、お前捕まえて、連れて、行く!」

 

 フルグルはそのボロボロの体を必死に昂らせて私を襲うが、私は斬り捨てる。

 呆気ない終わり方ではあるが、彼との一戦は決して軽んじてはならないものだった。

 

「せめてその魂だけでも、草原に飛ばしなさい」

 

 神聖術でフルグルの神聖力を風素に乗せて彼方に飛ばす。どうか彼が安らかに寝られるように。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「光の巫女?」

 

 私はオウガ族の長から得た情報を共有する為、小父様の天幕にてキリトとユージオも連れて報告をしている。

 

「はい。そのような名前はどんな歴史書にも出て来た記憶はありませんが、しかし敵の司令官がそれを強く求めているのは確かと思われます」

「司令官……《暗黒神ベクタ》か」

「とても信じられません。神の復活などと……」

 

 小父様と、食事の給仕をしているファナティオ殿も信じ難いと言った様子。

 

「嬢ちゃんよ、ダークテリトリーに《暗黒神ベクタ》が降臨し、そいつが《光の巫女》を求めていて、その巫女が嬢ちゃんのことだと仮定するとしてだ。問題は、それがこの戦況にどう影響するかだぜ?」

「……意見いいか、整合騎士長殿」

 

 険しく考え事をしていたキリトが口を開いた。彼は白い剣に触れ、少し息を吸って、話し出す。

 

「恐らく、《暗黒神ベクタ》が求める《光の巫女》はアリスのことで間違いないと思う。だから、《ワールドエンド・オールター》、《東の大門》からずっと南の場所にアリスを連れて行く。そうすれば、アリスが奴らに奪われることなく戦争は終わる」

「ほう、何故言い切れる。お前さんは《暗黒神ベクタ》について何か知っているのか?」

 

 キリトはユージオと私を見て、目を瞑る。目を開いて、その決意の塊を吐き出した。

 

「……俺は、俺とソルは外の世界から来た。《暗黒神ベクタ》は、俺たちと同じ世界の人間だ」

「き、キリト?! どういうことだい?」

 

 ユージオが詰め寄る。キリトがそれから話したことは、にわかには信じがたいことばかりだった。この世界は外の世界に創られた物であり、創作者達はその気になれば自分達をいつでも消滅させることが出来ること。その技術を巡って、今外では争いが起きているかもしれないこと。

 

「俺は本来外の記憶を消されてこの世界に来るはずだった。実際、ソルには記憶が無かった」

「な…………」

「でも、確かに俺たち四人は共に育った幼馴染だ。外の記憶があるだけで、そこは変わらない。……今まで黙ってて悪かった」

 

 キリトの話が終わると、天幕の中には気まずい空気が流れる。

 

「……とても信じられんが、兎にも角にも今は戦況を気にするのが先決だ。そういった細々したのは後でいい。坊主、嬢ちゃんをその《ワールドエンド・オールター》に連れて行けばいいんだよな?」

「ああ」

「じゃあ決まりだな。流石に防衛を手薄にする訳にはいかん。兵の三割と、俺が一緒に行こう。敵の主力は未だ健在だ、敵を分断する意味でも、十分な数で行くべきだ」

「……え?」

「これは条件だ。いいな?」

 

 

 私は、この情報の波を捌ききれなかった。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 

 我々遊撃部隊は、《ワールドエンド・オールター》向けて飛び立つ。整合騎士は私と小父様、レンリ殿にシェータ殿。そしてユージオと、整合騎士では無いがキリト。ソルも同行する。

 

 

 飛竜で峡谷を進んでいると、反響する無数の声が響いた。

 

「これの音は、術式の多重詠唱。馬鹿な、この一帯にはもう大規模術式を行使できるほどの神聖力は残っていないはず」

「あ、あれは……」

「奴ら、なんて真似を……」

 

 敵軍の上空で、闇素で形成された砒素蟲が蠢く。

 

「くっ、接近してこちらに引き付ける。上昇!」

 

 しかし、虫たちはしつこく引き剥がせない。私は雨縁に降下の指示を出す。

 

「嬢ちゃん、無理だその技では!」

「アリス!」

 

 ユージオは私の後をついて《武装完全支配術》の用意をする。

 

 

~~~~~

 

 

「エンハンス…………」

「……ソル先輩?」

 

 目覚めたかと思われた青年は、されど言葉をそこで止めた。いや、()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 守備軍に向かう虫に立ち向かう一頭の飛竜。その上にエルドリエが居た。

 

「駄目、エルドリエ!」

「エルドリエさん!」

 

 アリスとユージオは叫ぶ。不甲斐なくも、彼女らは追いかけることしか出来ない。

 

「古の神蛇よ! お前も蛇の王ならば、あれら如き長虫の群れなど喰らい尽くしてみせろ!!」

 

 師を一瞥し、エルドリエと滝刳は虫を引き寄せて上昇する。

 

「リリース・リコレクション!!!」

 

 鞭は白い神蛇となって、虫を喰らう。それでも、大量の神聖力を含んだ砒素蟲は止まらない。むしろ、どんどんエルドリエを追い詰めて、彼の天命を貪る。

 

「ぐわあああああぁぁぁぁ!!」

 

 一度、エルドリエの天命は尽きた。

 

 

『ごめんよ』

 

 光の青年がエルドリエの背を押すと、エルドリエは目覚める。自らの想う彼女の為、一匹残さずその身で受けた。

 

「アリス様…………」

 

 

「エルドリエぇぇぇ!!!」

 

 砒素蟲はエルドリエの天命を過分に吸い、彼ごと爆発した。

 

 

~~~~~

 

 

 落下するエルドリエを何とか掴む。彼の下半身は術式の爆発で無くなってしまっていた。

 

「師よ、ご無事で……」

「ええ、ええ無事ですとも。そなたのお陰で、言ったでしょ、私にはそなたが必要なのです」

「アリス様。あなたは、もっと、ずっと、多くの人々に必要とされております。私は、なんと小さかったのでしょうな。あなたを……独り占め、しようなどと」

「そなたが求めるなら何でもあげます。だから帰ってきなさい。私の弟子なのでしょう?」

「もう十分に頂きました……」

「エルドリエ……? エルドリエ!」

 

 もう反応もしなくなっていく彼を見て、その命が尽きるのを感じる。エルドリエは濡れた私の頬を拭うと、優しい笑顔で言った。

 

「泣かないで…………母、さん……」

 

 エルドリエの体は光となって、消えていった。滝刳の嘶きが夜空に響く。私は怒りに震えながら、彼の鞭を手に取る。

 

 

「これだけのことをして…………ただで済むと思うまいな! 雨縁、滝刳、全速突撃!」

「アリス!」

 

 ユージオの声も振り切って、弔いの突撃をする。敵の術士は逃げ惑うが、逃がさない。

 

「逃がさん! 撃て!」

 

 二頭の飛竜の火炎が敵を燃やし尽くす。

 

「エンハンス・アーマメント」

「僕だって、エンハンス・アーマメント!」

 

 ユージオも参戦して、残党全てを屠る。燃えるエルドリエの仇、暗黒術士のもう半分を心意で強化した《武装完全支配術》で凍らせる。

 

「我が名はアリス。整合騎士アリス・シンセシス・サーティ。人界を守護する三神の代行者、光の巫女である。我が前に立つ者は、尽く聖なる威光に打ち砕かれると覚悟せよ」

 

 



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《太陽神》

ども、素人投稿者です。

サブタイトルからわかる通り彼女が参戦です。
ようやっとオリジナル展開に入りそうで安心安心。


 

 

 

 

キリトside

 

 

「ソルの様子はどうだ?」

「一度声を出したんですが、それ以外は何も……」

「何時声を出した?」

「確か……出撃直後です」

「エルドリエがやられた時か……」

 

 俺は補給部隊の護衛中、ルーナからソルの経過を聞いていた。ソルがくれた白い剣のお陰でこうして無傷でいられるが、無ければ浅くは無い傷を幾つか貰っていただろう。

 白い剣は俺の《夜空の剣》より高い優先度(プライオリティ)、敵を消滅させる《武装完全支配術》とぶっちゃけ強すぎる性能をしている。ただ、この剣には天命が無い。……どうせ、ソルの天命のリンクしているだろうから使用は控えたが、それでも何度か頼ってしまった。

 

 

「キリト先輩、見回り行ってきます」

「おう、行ってらっしゃい。気を付けろよロニエ」

 

 兵の三割と整合騎士五人での移動は順調だった。しかし、敵は全軍を使い俺たちを追いかけるている。一度相手の進行を遅らせる為、この林で迎撃する予定だ。

 

「敵襲、敵襲ー!!」

 

 ロニエの大声に急いで外に出る。外には数十人の暗黒騎士が俺たち補給部隊を囲んでいる。俺はロニエと対峙していた暗黒騎士の顔にどこか見覚えがあった。

 

「お前……《PoH》か!?」

「あん? ……もしかしなくても、《黒の剣士》じゃねえか。こんな所で会うなんて奇遇だな」

 

 気味の悪い笑みを浮かべるPoH。俺は二振りの剣を構える。よりによって《笑う棺桶(ラフィンコフィン)》のこいつが居るのは最悪だ。ソルに一番会わせてはならない人物に俺は最大限警戒する。

 

「お前が居るってことはあれか? もしかして()()()もここに居るのか?」

「あいつって誰のことだ?」

「わかってるクセに、《蜃気楼》だよ。だとしたらあれだぜ、最高のショーになっちまうぜ?」

「ソルを《蜃気楼》と呼ぶな!!」

 

 怒りに吠える。俺は今にも襲いかかろうと踏み込んだ時、空にオーロラがかかる。

 オーロラの中から、一人の少女が降り立つ。彼女も、俺にはよく知る人だった。彼女が手を伸ばすと、暗黒騎士の下の地面が裂ける。底無しの大穴に暗黒騎士は全員落ちていった。

 

「マジかよ。《閃光》様もいんじゃねえか」

 

 PoHも例外なく落ちていく。完全に見えなくなるまで見届けて、俺は息をついて剣を鞘に収める。

 

「キリト君!!」

「アスナ!」

 

 俺達は再会に抱き合う。

 

「ステイシア……様」

「貴方は、神様……ですか?」

 

 後ろのロニエとティーゼが恐る恐るアスナに訊ねる。俺とアスナは一度見つめ合い、俺は微笑みながらアスナを紹介する。

 

「いや、彼女は神様なんかじゃないよ。彼女はアスナ、俺と同じ外の世界の人間だ」

「外の……世界……」

「キリト先輩と同じ……」

 

 どうやら、ベルクーリにした話をもう一度する必要がありそうだ。いや、他の整合騎士達にも聞かせるべきだろう。そう思い、彼女らを連れて本部の天幕に向かう途中、アスナが思い出したように話した。

 

「ねえキリト君。ソル君の容態はどうなの?」

「…………見てくれた方が早いな。こっちだ」

 

 アスナと一緒にソルの居る馬車に入る。ソルの現状を見たアスナは言葉を失った。アスナとソルは直接交流する所を見たことは無いが、大切な仲間と思っているはずだ。そのソルが、この有様なんだ。

 アスナは手を口に当てて絶句している。

 

「キリト先輩、そちらの方は?」

「彼女はアスナ。ああ、大丈夫。俺の彼女だよ」

 

 ルーナの殺気にビクリと震えて、素早くアスナを紹介する。ルーナからすれば、アリスですらこの馬車に入れたくないらしい。

 

「アスナ、比嘉さんから何か聞いていないか?」

「……回復が絶望的なこと。でも、STLに接続された人のフラクトライトを参照すれば、ソル君のフラクトライトを修復出来る可能性があることくらい……」

「何!? それは本当かアスナ!」

 

 驚きについアスナの肩を掴んでしまう。

 

「ええ、彼が助かる可能性はゼロじゃないって」

「良かった、本当に良かった……」

 

 ソルの左手を取る。右は、俺の傷を移したせいで無くなった。でも、彼が起きる可能性がある。それだけで十分だった。

 

「そうだアスナ。一度、ソルのフラクトライトに動きがあったと思うんだが、比嘉さんはそのことについて何か言ってなかったか?」

「え? ううーん……。そんなことあったの? 何も言ってなかったよ」

「そうか……、ありがとう」

 

 ソルが目覚めたのはフラクトライトの活性によるものでは無いとしたら……。いや、比嘉さん達が気付いていない可能性も……。

 

 俺が考え込んでいると、馬車の扉が開いた。

 

「キリト……説明なさい。彼女は誰です?」

 

 アリスがルーナ顔負けの殺気を放って立っていた。俺は冷汗を流しながら必死に話す。

 

「彼女はアスナ。俺の彼女だよ。ソルとは外の世界で知り合いみたいなもんだ、な?」

「え、ええ」

 

 早口で話す俺にアスナは若干引きつつも、何とか弁解する。

 

「ならば良いのです。会議をすると兵を走らせておいて、何を道草していると思いきや……。早く行きますよ、小父様達が待っています」

「ありがとう。すぐ行くよアリス」

「アリス……!?」

 

 これからの会議、かなり重要なものになりそうだ。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 アスナを混じえた会議では、俺の中で外の世界の現状とこれからの目標を明確になった。

 

「それじゃ、私はこれで」

「ああ、おやすみアリス」

「おやすみ」

 

 アリスとユージオと別れて、アスナと同じ天幕に向かう。ユージオを一人にしてしまうが、流石に今日はアスナと居たかったから我儘を言った。

 

「キリト君。この世界での話、聞かせてくれる?」

「……ああ、話すよ、全部。ソルやユージオやアリスと過ごした、今日までの全てを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日、アスナのお陰で戦況は一変した。《地形操作》で創った底無しの峡谷は、ダークテリトリー軍の進行を防いだ。

 

「これで安全に……って訳にも行かないか」

「そうだねキリト。《ワールドエンド・オールター》に行くにしても、きっと敵は追いかけてくる」

 

 峡谷が与えたのは一時期の安息だけ。目的を果たす為にも、敵との激突は避けられない。

 整合騎士姿のユージオと準備していると、通達の兵の声が駐屯地に響く。

 

「敵軍が峡谷を越えます。直ちに武装し、東に向かうように!!!」

 

「行くぞユージオ!」

「ああ!」

 

 俺は馬に乗れないが、ユージオの乗る飛竜の後ろに乗って出陣する。

 敵軍の影が見えてくると、俺は目を瞠った。敵は細い綱をどうにか向こう側に繋いで、命綱も無しに綱渡りをしている。整合騎士、レンリのブーメランで次々と千切れ、落ちていく暗黒騎士や拳闘士は悲鳴を上げて奈落へと落ちていく。

 

「これは……」

「これが、戦争なんだね……」

 

 一本、また一本と綱が斬られる。その光景がこれは戦争であり、命が失われる容易さを見せつけてくる。

 

 

「キリト! あれは……」

「あれは……」

 

 人界軍が綱を切って回っていると、峡谷のこちら側に広がる荒野に無数の赤い光が降り注ぐ。

 

「「「「ウオオオオオオオオ!!」」」」

 

 その光は赤い鎧の暗黒騎士達だった。その数、およそ数千……いやまだ増える。

 

「外部からのプレイヤーだ……」

「それって……」

「恐らく、《暗黒神ベクタ》の策だ。外部の人間をこの世界にログインさせて、アリス以外のこの世界の住民を皆殺しにするつもりだ」

「な…………」

 

 

 

~~~~~

 

 

「ぁ……ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!」

 

 赤き青年は吼える。愚かにも無知で、醜くも血を求める罪深き来訪者を赦さない為。大切な人達を護る為。

 

 

 

~~~~~

 

 

「突っ込むよキリト」

「やってやろうぜ相棒」

 

 俺たちは剣を抜いて地上で赤い兵士と接敵する。一人倒すのに苦労は無いが数が多すぎる。包囲されてしまえばひとたまりもない。

 

 

 

 数の差で、少しずつこちら側の死者が出始める。アスナが《地形操作》でダークテリトリー軍と赤い兵士との間に巨大な岩山を作って彼らを守る。昨日話した時、負担が凄くて使えないと言っていた。かなり無理していると思いアスナを探して駆ける。

 

「大丈夫かアスナ!」

「ええ」

 

 アスナと合流し、背中合わせで敵を迎え撃つ。

 人界軍が押されている時、俺たちを包囲する赤い兵士が炎に爆ぜると、一人の拳闘士が近付いてくる。

 

「取引だ」

「取引?」

「そうだ。あの岩山やデケェ地割れを作ったのはお前だな?」

「ええ」

「いいか、後ろの地割れに狭くていいからしっかりとした橋をかけろ。そうすりゃ四千の拳闘士が赤い兵士どもを一人残らずぶっ潰すまでお前らと共闘してやる」

「共闘……ダークテリトリー軍が?」

 

 想定外の申し出に驚く。怪しいが、彼は右目から血を流している。つまり、右目の封印が無くなっている。

 

「その人、多分嘘はつかない」

 

 整合騎士シェータの一言もあり、俺は裏が無いと確信する。

 

「俺もいいと思うぜ。……負荷は大丈夫か?」

「あと一回くらいなら大丈夫。わかりました、峡谷に橋をかけます」

 

 アスナが剣を掲げ、七色のオーロラが走ると、峡谷に橋がかかる。

 

 

~~~~~~~~~~

ユージオside

 

「はあっ!」

 

 赤い兵士の練度は高くない。僕でも対処できている。

 キリトから剣技を教わっていたように、ソルから教わったのは《体術》だ。いつの間にそんなもの身に付けたのか疑問だったけど、キリトの言う外の世界で身に付けたものだと分かった。ソルが教えてくれた《体術》は言わば万能型の技術だ。決闘から実戦、果てはこうした混戦も想定されたもの。ソルが外でどんなことをしていたのかは知らないけど、きっと想像も出来ないようなことをしてきたに違いない。

 

「嬢ちゃん!」

 

 ベルクーリさんの声に振り向くと、アリスが黒い飛竜に捕まって連れ去られて行く所だった。

 

「アリス!」

 

 ベルクーリさんが三頭の飛竜を使い追いかけるのに、僕もついて行く。

 

 

~~~~~

 

「……………………リリース・リコレクション」

 

 青年は唱えた。ガラクタのような魂を震わせてすり減らす。

 

 警告音を大音量で鳴り響かせていた剣は光を纏う。宙に浮き、一振の剣を新たに生み出した。生み出された剣は、霧のように消える。

 

「…………」

 

 まだ……青年は目覚めない。

 

 

~~~~~

キリトside

 

 アリスが連れ去られた報告を受けた俺たちは、赤い兵士を拳闘士達に任せてアリスを追う。

 

──ジリリリリリリリリリリリリ!!!!

 

 ソルの馬車から警告音が鳴り響く。直後、直進するまま大穴を突っ切ろうとした時、また赤い光が現れた。

 

「またか……」

 

 音に驚きながらも人界軍は警戒態勢に入る。

 

──ジリっ…………。

 

 鳴り響いていた音が止む。その時、空から光が産まれる。太陽のように眩しい輝きを放つその中に、彼女は居た。

 

 その大弓から放たれた弾丸は、俺たちを囲む赤い兵士を一瞬のうちに殲滅させた。

 

「連射出来ない……。上等じゃない、単発の武器の方がしっくり来るってものだわ」

 

 降臨したのは、俺たちの知る彼女だった。《死銃事件》で出会った、氷のスナイパー。

 

「お待たせ、アスナ」

「…………シノノン」

 

 アスナとシノンは抱き合う。

 頼りになりすぎる援軍に、俺は腕を組んで見守った。



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《二刀流と舞闘術》

ども、素人投稿者です。

オリジナル展開としてはまあまあかなって感じです。
ではどうぞ


 

 

 

シノンside

 

 

 ユイちゃんに誘導されて、私はこのアンダーワールドに来た。アカウントの簡単な説明を受けて、兎に角速さ重視でログインしたものだから、状況については大まかにしか把握できてない。

 

「アスナ、ここから五キロくらい南に行った所に遺跡みたいな廃墟が見えるわ。あそこなら、包囲されずに敵を向かい撃てると思う」

「わかったわシノン。いくらアメリカのVRMMO人口が多くても、これ以上の数はすぐには用意出来ないはず。今いるプレイヤーを撃退すれば、敵に打てる手はもう無い……と思うわ」

 

 戦況はまだ取り返せる程で一安心する。

 

「わかった、任せておいて。……それはそうと、ソルはこの部隊に居るの?」

「……この馬車の中に居るわ。でも、決して取り乱さないで」

 

 アスナに誘われるまま馬車の扉を開ける。私を出迎えたのは、黒髪美人の大和撫子。

 

「アスナ様、そちらの方は?」

「彼女はシノン。私と同じ外の世界の人間よ」

「ど、どうも」

 

 何処か不服そうな顔の大和撫子に奥に案内される。中に居たのは、手足を失い眠る私の想い人だった。

 

「ソル…………」

 

 安らかに眠るソル。物静かに眠る彼は、呼吸の音すら聞こえない。まるで死んでいるかのように深く眠っている。

 

「っ…………!」

 

 彼はきっと、誰かの為に傷付き続けて来た。その心が壊れるまで、護り続けて来たんだ。

 

(逢いに来たわよ。後は任せて、ゆっくり眠ってね)

 

 彼の頬に口付けする。すると、私の手が握られる。

 涙が溢れる。目覚め無くても、彼は私達を常に見守ってくれてる。動くことすら叶わないその体を懸命に奮い立たせている。

 

「シノノン……」

「大丈夫、彼は起きるわ。彼が寝起き悪いのは知ってるでしょ?」

「……ああ、ソルは寝起きがすこぶる悪いからな。そのうち起きるさ」

 

 彼は私たちがピンチになれば必ず駆け付けてくれるだろう。でも、もういい。

 

(全てを終わらせてから、ゆっくり目覚めを待てばいいわ)

 

 彼が剣を持てないことに安堵する。彼が戦えるのなら、きっと彼を頼ってしまうから。

 

(いつか必ず起きてくれるなら。今はゆっくり眠っていて)

 

「それじゃ、私は一足先に飛んで遺跡の様子を見てくるね」

 

 私は馬車を後にしようとすると、キリトに方を掴まれる。

 

「い、今、飛べるって言ったかシノン?!」

「あ、うん、ソルスアカウントの固有能力らしいわ。制限時間とかも無いって聞いたけど……」

「なら、シノンは皇帝に拐われたアリスを追いかけてくれ!」

 

 

~~~~~

 

 

 事情を聞き終え、扉を開けた時、彼の声が聞こえた。

 

「…………リリース・リコレクション」

 

 彼の剣が輝く。輝きは実体の光となり、剣が生み出した光は三つに分裂する。一つは槍に、一つは斧に、一つは盾となる。

 

「あの盾は……《無戒盾》」

 

 うち一つはキリトに見覚えのあるものだったらしく、キリトが触れようとすると、盾は私の前に顕れる。

 

「これ……私に?」

 

 私が取ろうとしても、盾は動かない。試しに歩くと、盾は私の後ろに着いてくる。

 

「盾が……」

「ファンネ〇かよ……」

 

 私たちが盾に注目していると、槍は何処かに飛び去って行く。

 

 

 

 

 

 

「うわわわわわー!!」

 

 外から誰かの悲鳴が聞こえる。何事かと外に出ると、何かが墜落して土煙が上がっていた。

 

「いっててて。空中で目覚めるなんて聞いてないよぉ」

 

 蝙蝠の羽を羽ばたかせて土煙を払うと、紫の髪、黒曜石色の鎧に細い直剣を帯剣した少女が居た。赤紫色の瞳にアイデンティティとも言えるヘアバンドを着けた彼女は。

 

「ユウキ!」

「やっほーアスナ! 助けに来たよ!」

 

 元気ハツラツで活発な少女はユウキ。訳あってソルの義妹となった私の義妹(違います)だ。

 

「ユウキもSTLで?」

「うん。ユイちゃんにお願いされて来たよ!」

 

 ユウキは《絶剣》の二つ名を持つ無敗の剣士だ。彼女に任せれば、人界軍は大丈夫だ。

 

「ここはユウキに任せて私はもう行くわね」

「ええ、気をつけて」

「ボクに任せて!」

 

 私は飛行状態に入って、アリスを追いかけた。

 

 

~~~~~~~~~~

ユージオside

 

 僕は陽炎(かげろう)に乗ってアリスを連れ去ろうとする皇帝を追いかける。前方にはベルクーリさんが飛竜を三頭乗り継いで追いかけてるが、僕は陽炎だけ。差は縮まるどころか広がる一方だ。

 

(追いつけない……)

 

 北に戻って部隊と合流しようと一瞬考えるが、アリスを見捨てることなんてできない。しかし、このままでは僕は一生皇帝に追いつくことが出来ない。

 

(くそ……)

 

 《青薔薇の剣》が何かに共鳴する。

 

「《青薔薇の剣》が……」

 

 気付くと、僕の目の前に一振の剣が浮いていた。煙のように掴みようが無いその剣は、僕が柄を握ると、霧が霧散してその剣身を露にした。

 

「もしかして……これはソルの……」

 

 どことなくキリトの持つ白い剣と同じ雰囲気を放つその赤紫色の剣。鍔は蝶の形になっていて、翅の奥には色鮮やかな色が込められている。

 

『それは《胡蝶の剣》。君の力になるよユージオ』

 

 声が聞こえた。この剣にはソルの意志が宿っている。これ程頼もしい剣は他に無い。

 

「やってみせるよ。エンハンス・アーマメント!」

 

 《武装完全支配術》を行使すると、翅が僕と陽炎を包んだ。翅は僕らを風から守り、更に不思議な力で運んでくれている。皇帝に追いついたベルクーリさんが戦っている場所まで、後数分と言った速さで僕も向かう。

 

「アリス……!」

 

 ベルクーリさんは今も戦っている。急かす気持ちを落ち着かせながら、僕は剣を強く握った。

 

 

~~~~~

 

 

 僕が戦場に着いて見たのは、壮絶なる戦いだった。

 僕は瞠る、人界最強の騎士であるベルクーリさんが押し負けて、血を流している。《暗黒神ベクタ》の強さに驚愕する。

 

「飽きたな。お前の魂は重い、濃すぎる。その上単調だ。私を殺すことしか考えていない。もう……消えろ」

 

 ベルクーリさんに左腕は無い。彼はもう満身創痍だ。そんなベルクーリさんにベクタは特大の心意攻撃を放つ。

 

「ベルクーリさん!」

 

 二振りの剣でベクタの心意攻撃を防ぐ。攻撃の重さに吹き飛びそうになるが、何とか堪えた。

 

「小僧!」

「ベルクーリさんは下がっててください。僕がやります!」

「止せ!」

 

 ベクタに接近し四連撃アインクラッド流〈バタフライ・アーク〉の連撃を繰り出す。二振りの剣を右往左往に切り刻むが、ベクタは難なく防いでくる。

 

「ふむ、お前の魂は爽やかなミントのようだ。口直しにはもってこいだな」

「アリスを返せ!」

「やめろユージオ! お前さんじゃ勝てねえ!」

 

 ベルクーリさんの言う事は正しい。確かに僕では《暗黒神ベクタ》に敵わないのかもしれない。でも、僕には……

 

「力を貸してくれ、ソル!」

 

 

 

『僕の《舞闘術》とキリトの《二刀流》を受け継いだ君の強さを見せてくれ。いくぞ!』

 

「『リリース・リコレクション!!』」

 

 二振りの剣の記憶を解放する。空間を氷気が満たし、霜や霧で視界が塞ぐ。

 

「目眩しか? この程度の小細工……」

 

 銀色の騎士が霞のように空間に同化する。不可視となった騎士はその二振りを巨悪へと見舞う。二つのライトエフェクトが光が屈折する空間に揺らめく。

 

 直線の斬撃を左右から繰り出す八連撃アインクラッド流〈ラインエフェクト〉、剣が曲線の軌跡を描く十二連撃アインクラッド流〈スターゲイザー〉、これらのソードスキルは本来のアインクラッドには存在しなかった。《二刀流》と《舞闘術》の融合、ユージオにのみ許されたオリジナルソードスキル。

 

「鬱陶しいぞ」

 

 夢に囚われ、気配も心意も感じられないベクタは焦りを見せる。見え隠れするユージオの攻撃に徐々に追いつけなくなる。

 

「あれは……青い薔薇……」

 

 遠くから見ていたベルクーリだけは気付けた。ベクタの足元には青薔薇が咲き誇っている。天命を吸ってその花を開花させる青薔薇があれだけ沢山咲いているということは、暗黒神ベクタの天命を既にあれだけ吸い込んだということ。

 

「リリース……リコレクション」

 

 ユージオが《記憶解放術》を行使した時、()()()()()()()()()

 

「うおおおおぉ!」

 

 凍てつきながら、天命を全て夢に変換された暗黒神ベクタは消滅した。

 

 

 

「はぁはぁはぁ……。勝てた……」

 

 僕は緊張が切れると、その場に倒れ込んだ。怪我はして無いけど、疲労が凄い。

 

「お前さん、今のは……?」

 

 ベルクーリさんが手を差し出してくれる。その手を掴んで起き上がりながら僕は答える。

 

「ソル……。僕の英雄が力を貸してくれたんですよ」

 

 赤紫の剣を掲げる。彼の思い、僕は確かに受け取った。

 

 

~~~~~

 

 

「ここは……。確か……皇帝の飛竜に捕まって……」

 

 眠らされていたアリスが目覚めた。目覚めた彼女に簡単に状況を伝える。

 

「ユージオ……。正直、あなたが羨ましいです」

「ちょっと! これに嫉妬しないでよ」

 

 目を細めてジッと《胡蝶の剣》を物欲しそうに眺めるアリス。あの壮絶なる戦いの後だというのに、この場の空気は明るかった。

 

「……仕方ないです。取り敢えず、北に戻りましょう。まだ守るべき民達があの赤い兵士に襲われているはずです」

「そうだね。……ん? あれは……」

 

 北から誰かが来る。飛竜にも乗らずに空を飛ぶ人に警戒して剣に手をかける。

 

「あなたがアリスね?」

「そう……ですが」

「私はシノン。ソルと同じリアルワールドの人間よ。《暗黒神ベクタ》からあなた達を助ける為に来たんだけど……。倒せたようね」

「ありがとうございます。それで、これから北に戻ろうとしてた所で……」

 

 僕の言葉にシノンと名乗った彼女は申し訳なさそうな顔をする。

 

「いいえ、アリスさんはこのまま南の《果ての祭壇》に向かって。祭壇にあるコンソール……いえ、水晶盤に触れればリアルワールドから呼びかけてくるはず」

「何故です!? 皇帝ベクタはもう死んだのでしょう!?」

「それが、そうでは……ないの。リアルワールド人はアンダーワールドで死んでも本当の命を失う訳では無いわ。皇帝ベクタに宿っていた敵が、新たな姿を得て再びこの世界にやって来るかもしれないのよ……」

「そりゃあにわかに信じられんなあ嬢ちゃん」

 

 傷が癒えたベルクーリさんが起き上がる。まだフラフラとしているから肩を貸すと、にこやかに笑ってお礼を言う。

 

「あの化け物がまたやって来るって? 冗談きついな」

「ごめんなさい。冗談では無いわ。兎に角アリスさんは一刻も早く祭壇に向かって」

 

 雨縁に跨るアリスはシノンに確認する。

 

「シノン、《果ての祭壇》からリアルワールドに出ても、もう一度この世界に、戻って来れますか? 愛する人達に……もう一度逢えますか?」

「ええ。あなたが、そしてこのアンダーワールドが無事でいれば」

「わかりました。ならば私は南に向かいましょう。果ての祭壇に何が待つのかは知りませんが、それがソルの意志ならば……」

 

 アリスは《果ての祭壇》に行くことを決めたようだ。ベルクーリさんは一度人界軍の様子を見に行くと言っている。僕はまだ決めあぐねいていた。

 

「シノンさんはどうするんですか?」

「暗黒神ベクタはこの場所に復活すると思う。私は何とか、頑張ってみる」

「なら、僕はアリスに着いて行きます」

「ユージオ……」

 

 アリスに微笑むで、シノンさんと向き合う。

 

「ユージオさん……なのよね? キリトが言っていたわ。あなたも一応リアルワールドに行った方が良いって」

「キリトが?」

「どちみちあなたもアリスさんと一緒に《果ての祭壇》に行く予定だったのよ。暗黒神ベクタは私に任せて」

「では頼みますシノン」

 

 三頭の飛竜は南に、一頭は北に飛び立つ。




胡蝶の剣

其の剣は、幻と呼ばれたある剣士の記憶を元に創られた。
其れに込められた記憶は、踊り舞う剣達の夢蝶輪舞曲。

どんな強敵が立ち塞がらんとして、それが夢で無いと誰が証明出来ようか。

属性は《夢幻境成》
夢の定義と境界が汝の想いを世界へと証明するだろう。


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《求める者》

ども、素人投稿者です。

そろそろ最終決戦です。
ではどうぞ


 

 

ユウキside

 

 ユイちゃんから連絡が来たのは驚いたけど、行方不明の兄さんやキリトを助ける為ならすぐに動けた。兄さんはボクを助ける為に命懸けで動いてくれたんだ。次はボクが兄さんを助ける番だ。

 

 

 兄さんを見た。右腕と左足を切断されて、身体は傷で覆い尽くされて、とても痛々しかった。

 

(兄さんは、壮絶な戦いを経たんだ)

 

 遺跡でボクとアスナとキリトは人界の人達を守る為に剣を振るう。ボクが使用しているスーパーアカウントは《破壊神シヴァルキ》。固有能力は《指定物体破壊》、相手の剣を遠隔で破壊しているから抑えているけど、これ以上増えたらもう守り切れない。兄さんの剣から出てきたっていう戦斧も頑張ってくれてるけど、この斧にはまだ何かが足りないと感じる。

 

「アスナ……」

「大丈夫よユウキ。まだ立てる……立ち続けられる」

 

 

 そんなボクらの前に、青い光が降り注いで来た。光の一つがソードスキルで赤い兵士を薙ぎ倒す。

 

「あれは!」

「みんな!」

 

 ALOの仲間たちが、再コンバート出来るかもわからない戦場に助けに来てくれた。《スリーピング・ナイツ》のみんなも居る。

 

 形勢は逆転した、みんなが育て上げたアカウントがあんな凡庸なアカウントに引けを取るはずが無く、順調に相手の数を減らしていっていた。…………はずだった。

 ボクとアスナも治療を受ける為に後衛に下がると、同じタイミングで治療を受けていたクラインさんと偶然会う。

 

「お? どうやら体勢は決したってやつかな、こりゃ」

「ありがとう。クラインさん、何て言ったらいいか……」

「おいおい水くせえよぉ。お前らには、これくらいじゃあ返しきれないほど借りがあるからな。……ソルも居るんだろ?」

「クラインが誰かをナンパでもすりゃ、止める為に起きるかもしれないな?」

「ひでーなー」

「あはは!」

 

 勝てる、ボクらはそう思っていた。

 前線に戻ろうとした時、アスナが急に止まった。

 

「アスナ?」

「ねえキリト君、あれって……」

「《PoH》の奴……戻ってきやがった!?」

 

 キリトやクラインさんも足を止める。

 

「《PoH》? 何なのそれ?」

 

 アスナ達が怯えるように見る革ポンチョの男は、包丁のような武器を器用に回す。

 

「アインクラッドの殺人ギルド《笑う棺桶(ラフィンコフィン)》のリーダー、《PoH》だ」

「嘘よ……」

「奴をソルに近寄せるな!」

 

 キリトが指揮を執ろうとした時、また赤い光が降り注ぐ。

 

「もう、やめて……」

「やっべえ。やっべえぞこりゃ。あの大軍の出処は日本でもアメリカでもねえ。中国と韓国だ!」

 

 地獄はまだまだ続く。

 

 

~~~~~~~~~~

シノンside

 

「来た……」

 

 待機していた上空から、ドス黒い深淵から顔を覗かせた。空から垂れ落ちた泥の中から出てきたのは、見た事のある顔だった。

 

(間違い無い。知っている。私はこの目を、顔を知っている)

 

 羽のある異形に乗ってそいつは私と同じ高度に立つ。そいつは私に手を伸ばし、掴んだ。

 

「なっ…………!」

 

 私の中の何かを縛られる。金縛りにあって動かない身体。私は口を開いた。

 

「お前、サトライザー……」

 

 どうやら心意で首を締められていたらしい。解放されると、息を大きく吸う。

 

「アリスは逃げたか。まあいい、すぐに追いつく。君とは確か、ガンゲイルオンラインの大会で戦ったね。名前は……シノン、だったかな? まさかこんな所で会えるとは」

「お前こそ、何故ここに?」

「必然だからに決まっているじゃないか」

 

 サトライザーは両手を広げ、薄気味悪い笑みを浮かべる。

 

「これは運命さ。私と君を引き付け合う魂の力なのだ。これで色々なことがわかるだろう。STLを介せば、生身の人間からでも魂を吸い取れるのかどうか。そして、BoBでは味わえなかった君の魂がどれほど甘いのかも……」

 

 過去の記憶がフラッシュバックする。奴に植え付けられた恐怖に体が震えて止まらない。

 心意で体を引き寄せられる。手を捕まれ、身動きを封じられる。

 

「シノン、君はサトライザーという名前の意味を考えてくれたことはあるかな? 意味は盗む者。私は君を盗む、君の魂を盗む」

(いけない。やめて……盗まないで、やめて……)

 

 サトライザーに口を奪われそうになった時、燃え盛る焔がサトライザーを燃やす。

 その反動で私は弾かれ、身体の拘束も解けた。

 

「これは、あの時の……」

 

 焔を放ったのはソルが行方不明になる前日、彼が私に贈ってくれた太陽のネックレス。

 

「また、助けられたわね……」

 

 彼がくれた太陽に口付けする。

 

「なら、私もやってやるわ」

 

 《太陽神ソルス》アカウント専用武器《アニヒート・レイ》を心意でへカートに変える。

 

「お前は、神でも悪魔でも無いわ。唯の人間よ!」

 

 撃ち抜く。心意で防がれても、また撃つ。

 

「負けるな。負けるな、へカート!」

 

 銃弾が心意ごと奴の手を貫通する。サトライザーは穴を防いで、心意でライフルを出現させる。

 

「上等じゃない」

 

 リロードしながら、私は不敵に笑って見せた。

 

 

~~~~~~~~~~

リーファside

 

 

 ソルさんの槍の誘導で、私はオークの皆を連れて拳闘士を助けに来た。

 

「リルピリンは拳闘士の皆と下がって。ここは私が引き受けるから」

「おで達も戦う!」

「駄目よ! あなた達にこれ以上犠牲者を出して欲しくないの! 大丈夫、こんな奴ら何万人いたって負けないわ!」

 

 槍が独りでに大軍に突撃する。縦横無尽に串刺しにしていくが、数は全く減らない。

 

(ソルさん…………。私、やってみせる!)

 

 

~~~~~~~~~~

ルーナside

 

 

 剣から警告音が鳴り響いている。目覚めない先輩は、強く握り過ぎた手から血が出ている。

 

「先輩……」

 

 まだ、まだ起きない。戦いは激化する一方。外の様子を確認したが、私たちは完全に赤い兵士に包囲されてしまっている。赤い兵士の数が一向に減らない。

 

「みんな……みんなが傷付いてます。こんなこと、言いたく無いですけど……助けて、ソル先輩」

 

 赤い青年の胸の記憶結晶が、小さく輝いた。

 

 

~~~~~~~~~~

キリトside

 

 俺はPoHに斬り掛かる。赤い兵士を指揮しているこいつさえ倒せば、人界軍はまだ押し返せるはずだ。

 

「くっ!」

「どうした《黒の剣士》。こんなもんかあ?」

 

 《二刀流》を使っても、PoHには届かない。二刀流ソードスキル《ダブル・サーキュラー》を放つも、軽くいなされる。

 

「復讐でもしに来たのかPoH! 《笑う棺桶(ラフィンコフィン)》を壊滅させた俺たちへの!」

「はっははははは! バァッカじゃねぇの? 教えてやるよ。ラフィンコフィンの隠れアジトをてめえら攻略組様に密告したのはこの俺様なんだぜ?」

「なっ!?」

「俺はなあ、あの《蜃気楼》に()()欲しかったんだよ。あいつ俺と初めて会った時何て言ったと思う?」

 

 

「『お前は誰かに引っ張って貰いたかったんだな』。初対面で俺にも気付いてない俺の欲望を呼び覚ましたんだぜ? そりゃもうゾッコンだよ。だから俺はあいつの視界に入る為に人を殺し続けた。それが効果抜群でよぉ、あいつ、四六時中俺を探して人を斬るんだぜ?」

「お前のせいで……ソルがどれだけ苦しんだと思ってる!?」

「こうでもしなきゃ、あいつはお前だけを見続けるからな。……ったく、俺にはお前の何が良いのか分かんねえぜ。あいつの心を真に理解出来るのは俺だけだ。あいつの擦り切れた心を知るのは同じ俺だけだ! ……お前を殺せば、あいつは俺だけを見てくれるかもなぁ!」

「ッ!!」

 

 PoHに懐に入られる。直剣では防げない。避けようとしても、奴の方が速い。

 

(ソル……)

 

 俺は願った、()()()()()()()を。()()()()()()()

 

 

 

 

 俺を襲う包丁は、心意の剣で防がれる。

 

「待たせたね、みんな」

 

 振り向くと、彼が立っていた。赤茶色のウルフカット、暗褐色の瞳、中性的な見た目の俺の……親友。剣戟の音が響いていても、彼の声は俺たちに届いた。

 

「今、全てを終わらせる」

 

 赤い青年、ソルは目を覚ました。



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《胡蝶と⬛︎⬛︎と剣舞士》

ども、素人投稿者です。

仮の最終回ということでこれまでの倍の文字数となっています。
長い間、読んで頂き本当にありがとうございました!

ではどうぞ


 

ソルside

 

 

 

 長い夢を見ていた。それはもう、一つの生涯を追体験したかのような長さだった。僕は蝶になったり、騎士になったり、戦士だったり、天使だったりした。

 

 僕は夢を見ていたけど、夢が僕だったのかもしれない。それでも、変わらないモノが僕にはあった。

 

 

君ガ為ニ剣ヲ振ルフ

 

 

 僕の剣は誰かの為にあった。助けを求める声があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 帰路に着いてる時、違和感があった。何かを忘れているような気がする。今日もいつも通りだ。母さんが居て、父さんが居て、星奈が居る。

 

「ただいま」

「おかえり」

 

 家に帰ると居間から母さんの声が聞こえる。この香りは……今日はハンバーグだな。

 

「おかえり!」

「ただいま星奈」

 

 星奈を抱き止めて、部屋に鞄を下ろす。机の上にある〈ナーヴギア〉と〈ソードアート・オンライン〉を見て、何かを思い出しそうになる。

 

(……?)

 

 今日の食卓も、家族四人で夕食を囲む。テレビのニュースは、仮想世界に関するものが流れていた。

 食後、僕は自分の部屋のベッドに寝転がる。スマホでSNSを見ると、人工知能のことがトレンドになっている。

 

(何を……忘れているんだろう?)

 

 この突っかかりの正体が解らない。いや、そうじゃなかった。違和感はあった。

 思い返せば、母さんも父さんも星奈も”色”が無かった。()()()()()()()()()()()()()。僕は居間に戻る。

 

「どうした湊、風呂はまだだぞ」

 

 テレビを見ている父さん。あの透き通った綺麗な”色”

は無い。

 

「何か伝えること?」

 

 洗い物をしている母さん。鮮やかな暖色のグラデーションの”色”は無い。

 

「兄、見て見てー」

 

 ノートを持って階段から降りてくる星奈。眩しい星の輝きの”色”は無い。

 

「父さん……母さん……星奈……?」

 

 僕は困惑する。僕の”世界”は”色”で溢れているはずなのに、星奈達だけぽっかりと空いた穴のように()()()()

 

「……ああ、気付いたか」

「父さん?」

 

 父さんはソファから腰をあげると、幻のように消えていく。

 

「もう、仕方ない子ね」

「母さん?」

 

 母さんは皿を置くと、父さんと同じように消えていく。

 

「あーあ、もっと一緒に居たかったのに」

「星奈……?」

 

 星奈も消えていく。手を伸ばして星奈の腕を掴むと、星奈は僕に振り向いて笑った。

 

「アタシ、もう行くね」

「何処に?」

「……アタシ達は君の中に居る。大丈夫、兄は一人じゃない。キリトが、シノンが、アリスが、ユージオが居る」

「行かないでくれ……」

「駄目だよ。()()()夢なんだ。もう起きないと。接続部が焼き切れた兄のフラクトライトは、記憶のバックアップを使って修復されている。本当はもう、聞こえてるんでしょ? 彼らの声が」

「星奈……」

 

「過去は変えられない。喪った人は蘇らない。だからこそ、人は今を懸命に生きているんだ。例え、それが虚しくても、哀しくても、進み続けるんだ。心が、魂が生きたいと叫び続けてるんだ。だから兄、前を向いて。あの人達を助けてあげて。兄はアタシの自慢の……お兄ちゃんだから」

 

 星奈も消える。世界が崩壊する。何も無い空間に二つの光が僕の手を掴む。

 

『ソルは相変わらずお寝坊さんね。ほら、キリトとユージオが待ってるわ』

『全く、あんたって意外と世話が焼けるわよね。……いつまでも待ってるわ』

 

 アリスとシノンが僕を引っ張ってくれる。光の水面に浮かび上がって、僕は()()()姿()を取り戻す。

 

(嗚呼、そうだよな。僕は…………)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 目を覚ますと、そこは馬車の中だった。耳が剣戟の音を拾って、ここが戦場のド真ん中であることを知らせてくれる。

 

「先輩!」

 

 ベッドから起き上がるとルーナが飛びついてくる。腕を背中に回され、ガッチリと抱き締められる。

 

「先輩……先輩……」

「ありがとうルーナ。……行ってくるね」

 

 この世界は心意……心の在り方に応える。僕は左手で剣を取ると、黄金が僕の欠けた手足になる。

 

「……皆をお願いします。先輩」

 

 ルーナは大粒の涙を流す。不安に震える彼女の肩に手を置く。僕は微笑んで、ルーナの涙を拭う。

 

「行ってくる」

「行ってらっしゃい……先輩」

 

 僕は抜剣しながら馬車の扉を開ける。まず視界に入ったのは赤。人界の人とALOの皆を攻撃しているのが見えた。この時点で、僕は限界点に達しそうになる。

 

 そして、何よりも僕をキレさせたのは。

 

「……お前を殺せば、あいつは俺だけを見てくれるかもなぁ!」

 

 キリトに斬り掛かるPoHだった。怒超天に達した僕はありったけの心意を解放して、戦場に存在する剣の全てを掌握して止める。

 ゆっくりと歩くように心意で浮遊して辺りを見回す。

 

「待たせたね、みんな」

 

 みんなの装備の破損具合でどれだけの戦いだったか解る。僕は赤い兵士への慈悲を棄てる。

 

「今、全てを終わらせる」

 

 この《戦憶の剣》に遺された権能に接続する。

 

「僕の原罪、想い出。今、此処に全ての記憶を解放する。システムコール、リンク・トゥ・カーディナルシステム。リリース・リコレクション!!!」

 

 剣を黄金の珠へと変えて握り潰す。仮想世界を規律、秩序の天秤を守護するカーディナルシステムの全権限をダウンロードし、記憶に権能を付与する。

 黄金の珠は十に弾ける。篭手《色染》、剣《戦憶の剣》、両手剣《理力剣》、刀《千刃の剱》、両刃槍《空絶槍》、戦斧《磁元斧》、両刃剣《罪禍の剣》、鎌《雷位鎌》、短剣《廻巡剣》、盾《無戒盾》を顕現する。顕現した装備は僕に黄金を注ぎながら周りを廻る。

 

 篭手は腕に、残りの武装は背中に横扇型に装備される。服装も、銅色の肩当、肘当、膝当、グリーブと篭手、コイルは赤錆色。黒のインナーに赤が映える見た目だ。背中の武装は宙に浮いており、その姿はまるで、

 

「《戦神ミナヅチ》様……」

 

 人界軍の誰かが呟いた。その名は伝承で語り継がれる戦いの神。始まりの鐘を鳴らし、終わりの時を齎すと云われる神。

 

 

「ソル……」

「兄さん……」

「ソル君……」

 

 キリト、ユウキ、アスナ、顔見知りが沢山傷付いている。手をPoHに向けて、照準を定める。

 

「やっと起きてくれたか。さあ、ショータイムだ!」

「いや、もう終幕だ」

 

 カーディナルに譲渡された権限でPoHを一時的にアンダーワールドへの干渉不可状態にする。

 その隙に、僕は盾と槍の権能をシノンとリーファをアシストしている物と同期させる。これでリーファが相手している赤いのは数秒で片付くと思う。

 

「我が武力の心槌、冥土への片道切符として味わうがいい。殲滅せよ、ラスト・リコレクション!」

 

 全武装の権能を発動させる。

 《色染》はこの空間に存在するリソースを掌握する。

 《理力剣》と《空絶槍》と《磁元斧》と《雷位鎌》はベクトル場、空間座標、磁場、電場を使った原理結界を展開させてPoHを拘束する。

 《廻巡剣》は掌握したリソースを操作して人界軍の傷を塞ぐ。

 《無戒盾》は赤い兵士思考を阻害、対象として設定する。

 

 

「クソが、これは……」

 

 背部から《千刃の剱》を呼び出して構える。キリトなら赤い奴らも苦しませたくないと考えるだろうが、僕はキリト程優しくない。瞳に黄金を宿して、僕は剱を振るう。

 

「我が剱は一振当千。千刃よ、煌めけぇ! エンハンスアーマメント!!!」

 

 心意で強化した幾万もの不可視不可避の斬撃を放つ。その一振りだけで十分だった。

 

「てめえ……」

 

 悲鳴すら聞こえる間もなく、赤い兵士は一人残さず消えた。PoHの拘束は解けていない。心意で破られる可能性も考えたが、要らぬ備えであったようだ。

 

「悪いが、お前に構ってる暇は無い」

 

 次は《罪禍の剣》を呼び出す。

 

「リリース・リコレクション」

 

 今しがた消した赤い兵士のリソースを罪と傷の記憶に全て変換させる。《罪禍の剣》を振り上げ、片刃を巨大な損傷事象の非物質オブジェクトで包む。

 

「お前は、どうして俺を見てくれないんだ……」

 

 口だけは動くPoHが問い掛けてきた。彼は僕にはどうにも出来ない。過去は変えられないから。

 

「命を知らないお前に、僕の心は永遠に解らない。君の言う通り人は薄汚い卑怯者だ。でも、それだけで人を語っちゃいけない。君に災いを与えた人だけを見てはいけない。……少なくとも、君が実際に人を殺すまで僕は君に手を伸ばそうとしていたよ」

 

 PoHは目を見開く。

 

 

~~~~~~~~~~

 

――アインクラッド某所。

 

 

「お前は誰かに引っ張って貰いたかったんだな」

「……あん?」

 

 僕が彼と出会ったのは圏外で狩りの終えて街に戻ってる時だった。

 PoHだってプレイヤーだ。レベル上げも装備調達も生きる為に必要になる。そう思えば、彼と出会ったのは奇跡に近いのかもしれない。

 

「いや、突然すみません。……あなた、人を殺したいって顔に写ってるから」

「…………」

 

 革ポンチョで顔は見えてないけど、あの頃は”色”が薄らと見えていたから気付けた。

 

「独りは……辛い、ですよね」

 

 PoHは剣で斬ろうとしてくるが、僕は当然のように避ける。

 

「……そうですか」

「…………」

 

 会話が出来ないと悟ってらその場を後にした。これが、僕が《蜃気楼》と呼ばれる元のお話。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

「…………」

 

 俯くPoH。無限に存在するもしもの世界の中で、彼はこの道を選んだんだ。それを咎める権利なんて誰にも無いし、彼のせいだと断定することなんて許されない。

 だから、僕は躊躇いなくこの剣を振ルフ。

 

 僕が振った剣は空を裂き、大地を割った。PoHの姿は跡形も無い。

 

「…………お前のアカウントをこの世界から切り離した。STLの中で無限の時間を経験して、その罪を知るんだな」

 

 

 剣を背中に戻して、僕は心意で地上に降り帰る。みんなの前に立つと、歓声が上がる。

 

「ソル…………、ソル!」

 

 キリトが抱き着いてくる。ユウキも、アスナも、みんなが僕を心配してくれてたのが分かる。

 

「心配かけたな」

「本当に……本当によかった…………」

 

 キリトの背中に手を回す。彼の暖かい温もりが伝わってくる。

 

「じゃ、僕はアリスを助けに行ってくる」

「俺も行く」

 

 抱擁を解く。僕が飛ぼうとした時、キリトに外部からの通信が来た。

 

(この音声データ……菊岡か)

 

 僕宛の通信チャンネルじゃないから正確にはわからないが、カーディナルシステムの権限で情報を横流しさせている。

 

(加速……早く……脱出?)

 

 断片的な情報で内容を推測する。恐らく、FLAに異常が起きたからコンソールを使って脱出しろって所かな。

 

「キリト、アスナも連れて早く行くぞ」

「え? あ、ああ」

 

 二人に心意でALOの翅を与える。二人は少し動作確認するだけで、もう浮遊し始める。

 

「えー! ボクはー?」

 

 ユウキがねだって来るが、ユウキはログアウトする必要は無いと感じるから連れて行かないことにする。

 

「お留守番です」

「えー!!」

 

 

~~~~~~~~~~

シノンside

 

「これは……」

 

 私のヘカートIIと奴の銃弾が尽きた頃、盾が光り出す。

 

 ソルの盾は奴の弾丸を難なく止める。お陰で私は落ち着いて静止射撃を行えた。私の弾丸は奴の右腕を吹き飛ばすことしか出来なかったけど。

 その盾がネックレスに膨大なリソースを送っている。

 

(熱い……!)

 

 燃え滾る熱が私に力をくれる。この武器はイマジネーションで銃に姿を変えても、周囲の空間からリソースを自動吸収し、攻撃力をチャージするというソルスの弓《アニヒート・レイ》のシステム上の特性は持続しているはず。

 

(この熱を、ソルと私の想いを。全てぶつける!)

 

「いっけえぇぇぇ!!」

 

 焔の弾丸を放つ。焔は奴が纏う心意を焼き尽くし、全身に重度の火傷を負わせた。

 

「どうだ……?」

 

 奴は苦虫を噛み潰したような顔をする。私は気力を使い果たして、地上に降りる。

 手負いにはさせたが、奴は私の相手を切り上げてアリスを追いかけた。

 

「……ソル。おかえりなさい」

 

 彼が私の為に目覚めてくれたことを感じる。彼が起きたならもう大丈夫だ。アリスを助け、全てを守ってくれる。

 

「ありがとう……」

 

 私はネックレスの太陽を握り締めて祈りを捧げる。

 

 

~~~~~~~~~~

アリスside

 

 《果ての祭壇》と思われる空島が見えたところで、私たちに向かって来る巨大な気配を感じる。

 

「……奴が来ます」

「僕が足止めする。だからアリスは祭壇に向かって!」

 

 別の姿を得たベクタが急速に距離を縮めてくる。ユージオと陽炎は進路を反転させて、迎え撃つ為突撃する。

 

「駄目よ、ユージオ!」

「エンハンス・アーマメント!」

 

 《胡蝶の剣》の武装完全支配術を行使して分身を作るユージオ。でも、奴の雷撃は一度で全てのユージオを撃ち落とす。

 

「ぐわっ!」

「ユージオ!」

 

 真っ逆さまに地上に叩き付けられるユージオ。雨縁から降りて駆け寄ると、まだ息があった。生きていることに安堵すると、私の後ろで嘶きが聞こえる。

 

「駄目、やめなさい雨縁!」

 

 私の声を振り切って、雨縁と滝刳は奴に突貫する。自身をも焼き焦がす熱の炎を吐くが、奴の心意に阻まれる。電撃の反撃を受け、瀕死の状態になるが、それでも立ち向かう。

 

「駄目ぇ!」

 

 雨縁の最期を与える雷撃は、雨縁達を包む紅い翅が防ぐ。蝶々は雨縁に吸収されていくと、卵にまで時を戻される。

 

 空に浮かぶ赤い青年を、私は待ち望んでいた。赤茶色の髪、暗褐色の瞳。コイルを風にたなびかせながら武装を操る彼の姿。

 

「おかえりなさい。ソル」

 

 

~~~~~~~~~~

ソルside

 

 

 

「お前は誰だ?」

 

 アリスとユージオを襲う外部の人間に問う。全身の火傷は、恐らくシノンのお陰だろう。倒れてもおかしくない傷だらけの奴に、心意が吸い込まれるのが”見えた”。

 

「求め、盗み、奪う者だ」

「何を求める?」

「魂を……」

 

 キリトとアスナが到着する。僕は手で彼らを後ろに下がらせる。

 

「お前こそ何者だ。何故そこにいる。如何なる権利があって私の前に立つのだ」

 

 言霊のように心意を操ってくるが、僕にそんな心意は届かない。

 

「僕は《剣舞士》。嘗て幻と呼ばれた《剣舞士》ソル。この世界に害を成すお前を処分するカーディナルの代行者だ」

 

 《色染》で接触してきた心意を根こそぎ奪う。

 

「お前の名は?」

「ガブリエル……私の名はガブリエル・ミラー」

 

 濁った心意がガブリエルの姿をより邪悪な見た目へと変える。

 

「キリト、アスナ、アリスとユージオを連れてシステムコンソールに急げ」

「俺も戦う。あんまり良いとこばっか取ってくんじゃねえよ」

「……はあ、頼んだアスナ」

「任せて」

 

 頑固者なキリトは諦めてアスナをアリスに向かわせる。《地形操作》で巨大な階段を創り、手を引いて走る。

 

「さて、いいのかキリト?」

「何がだ?」

「愛しのお嫁さんと会えなくなるかもしれないんだぞ? 今ならあっちに行ってもカッコ悪くないぞ」

「ほざいてろ。大切な親友を置いていけるかよ」

 

 僕は《戦憶の剣》を、キリトは《夜空の剣》と《■■■■》を構える。

 

「システムコンソールに到着するまで五分といった所か。三分あげよう、私をせいぜい楽しませてくれ」

「楽しめたらいいな」

 

 僕の武装は既に常時《武装完全支配状態》だ。僕の意志のまま、神器がガブリエルに襲いかかる。

 

「エンハンス・アーマメント!」

 

 《色染》で心意を収束し、エネルギー砲撃を放つ。直撃したエネルギーは爆発する。

 

「無駄ダ!」

 

 煙が晴れると、ガブリエルは過剰の心意を膨らませ続けて変態した。物語の中の堕天使のような神聖味を欠片も感じられない邪悪。心意にあてられた神器達の動きが鈍くなる。

 

「お前の魂は年代ワインのように芳醇で、和牛のステーキのように肉厚だ」

「せいぜい吐かないように気を付けるんだな」

 

 心意で神器に付いたガブリエルの心意を消す。神器と心意の激戦が繰り広げられる。権能を持つ神器が打ち勝つが、奴の心意は無尽蔵に溢れ出てくる。

 

「面倒な奴」

「ハハハハ、イイゾ! お前の感情、記憶、心と魂を喰らってヤルゾ!」

 

 舞闘術ソードスキル〈ダンスウィズソード〉で、心意を剥がそうとしても瞬時に回復される。こいつを倒すには一撃で仕留めなければならない。だが、リソースの収束をする際には無防備になる。どうにか隙を見る必要があるが。

 

(隙がない)

「俺が隙を作る!」

 

 キリトが二刀流ソードスキル〈サンライトドライヴ〉で僕とガブリエルの間に入る。

 

「キリト!」

「ディスチャージ!」

 

 キリトは神聖術で牽制するが、心意ごとガブリエルに吸収される。僕は急いで《色染》でリソースを集めるが、まだ時間がかかる。

 

「……っ!」

 

 危機感知が発動して《空絶槍》で位置と距離を操作してキリトとの位置を入れ替える。次の瞬間、電撃が僕の視界一杯に広がった。

 

「がぁ!」

「ソル!」

 

 僕の体に風穴が幾つか空く。ガブリエルは高笑いしながら空中を満たす雷撃を迸らせる。

 

「お前ノ弱点はそいつだナ」

 

 雷撃がキリトを襲うのを僕は《無戒盾》で防がせる。今ので心意をごっそり削られる。

 

「ソル! 俺は大丈夫だ!」

「キリト……」

「ナラ二人とも……死ねェ!」

 

 ガブリエルはキリトに集中攻撃を浴びせる。このままでは二人とも……。

 

 

 

 

「リリース・リコレクション!」

 

 薔薇の香りがした。肌を鋭く突き刺す冷気、吐く息の白さに驚く。ガブリエルの背後から薔薇の蔦が巻き付く。その術を扱えるのを僕は一人しか知らない。

 

「「ユージオ!!」」

 

「さあ、今だよ。ソル、キリト」

「ああ! リリース・リコレクション!」

 

 ユージオに続いてキリトも《夜空の剣》を《記憶解放術》を行使する。《夜空の剣》の剣先が天に伸び、がこの世界を覆う。静かで優しい夜空。

 

 

 

(これは……。キリトの心が……)

 

 この世界みんなの心が、この夜空の星と成る。願いが、想いが、星と成って世界を導いている。

 

 星は集まり、キリトに力と想いを託す。

 

(やっぱりキリトは凄いよ)

 

 僕はユージオの持つ《胡蝶の剣》とキリトの持つ《■■■■》の記憶を遠隔で解放する。

 

「夢と現世の境を惑わす幻の附与者よ、夢幻を顕せ。リリース・リコレクション!」

 

 《胡蝶の剣》はガブリエルの周囲に夢幻を作り出す。氷の蔦を砕いたガブリエルをその場に留める。

 

「全てを照らす太陽の写し星よ、この夜空を照らしたまえ。リリース・リコレクション!」

 

 ()()()()()》はキリトの夜空に一番大きく輝く月を出現させる。その月光はキリトの剣を白く輝かせた。

 

「スターバースト・ストリーム!!!」

 

 キリトの得意技がガブリエルに炸裂する。キリトが斬っている間、僕はタイミングを見計らう。

 

(ここだ!)

 

 ユージオも同じタイミングで接近する。

 

「「「はあああああああ!!!」」」

 

 《二刀流》十六連撃ソードスキル〈スターバースト・ストリーム〉、《舞闘術》超重撃単発ソードスキル〈ピリオド・アクセント〉、オリジナルソードスキル〈スキャニングビート〉。渾身の一撃はガブリエルの纏う心意を貫通した。

 

「フハハハハハハ! 無駄なコトヲ。一滴残さず飲み干し、喰らい尽くしてヤロウ」

「出来るものか! 人の心の力をただ恐れ、怯えているだけのお前に!」

「人の心を侮るなよ! この剣には、みんなの想いが託されている!」

「求めるだけのお前に、僕らの剣を防ぐことなんて出来ない!」

 

 僕らは持ちうる心意全てをガブリエルにぶつける。笑い続けるガブリエルは、そのまま爆裂してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……エンハンス・アーマメント」

 

 ……タイムリミットだ。僕はガブリエルの終わりを確認する間もなくキリトとユージオを《果ての祭壇》、システムコンソールに転移させる。

 

「ソル!」

「何やっ……」

「……またな」

 

 ガブリエルは死に、曇天は去った。僕らは勝利を収め、人々を守ることが出来たのだ。

 

「…………」

 

 恐らく、もうログアウトは出来ない。カーディナルシステムに接続されている僕だから解る。何年、何十……何百年後に帰れるのかはわからない。その間に魂の寿命を迎えてしまうかもしれない……。それでも、僕は彼らの為に剣を振ったと胸を張って言える。

 

 例えそれが、今生の別れだとしても。

 

「シノン……アリス……」

 

 心残りなのは、この想いを伝えることが叶わなかったくらいか。

 《果ての祭壇》まで翔んで行く。庭園のような花畑には、煌びやかな蝶々が飛んでいた。黄、水、黒、青そして……赤の色々。

 

「あーあ。僕も行けばよかったなぁ」

 

 僕は自傷気味に笑う。ガブリエルの最期を確認する為に残ったとはいえ、かなりくるものがある。

 

「これから、どうしようか……」

 

 アンダーワールドにはまだやることが沢山有る。それを一つ一つやっていくのもいいかもしれない。

 

「あ、あれ……?」

 

 頬が濡れているのに気が付く。今は晴れだ、頬が濡れるなんて……。

 

 

 

 

「ほら、泣いてるぞ。ソル」

 

 右頬に手が添えられる。黒髪黒目、黒のコートに二振りの剣。僕の星、キリト。

 

「キリ……ト?」

「ソルも涙を流すんだね。泣いてるところ初めて見たよ」

「ユー……ジオ……?」

 

 肩に手を置かれる。亜麻髪と緑色の瞳、銀色の鎧に二振りの剣。僕の親友、ユージオ。

 

「なんで……コンソールを使う時間はあったはず」

「親友を置いていけるかよ」

「そうだよソル。僕らは生きる時も死ぬ時も同じ、親友じゃないか」

 

 二人を抱き締める。涙が止まらない。溢れる雫は彼らの服を濡らす。

 

「は、入りずらい……」

 

 視界の端には気まずそうなアスナが立っていた。キリトの付き添いだろう。でも、僕に彼女を気にする余裕は無い。

 

 

「ソル、これからやることが沢山ある。泣いてる暇は無いぞ」

「もー。キリト、時間はこれから全然あるじゃないか」

「ははっ! 男なら泣いてられないよな。もう大丈夫、ほれ行くぞ二人とも」

 

 僕は翅を広げて空に飛び立つ。

 

「おう!」

「ちょっと、切り替え速いよソル」

「…………あ。待ってキリト君ー!」

 

 

「ふふ。ハハハハ!」

 

 生きていこう。この素敵な親友と一緒に。大切な人に僕の想いを伝えるまで。…………僕の本命はどちらか決まるまで。

 

 

 

「いつまででも、僕は! 君ノ為に剣ヲ振ロウ!!」

 

 黒、青、赤い星は翅を羽ばたかせ空を舞う。彼らとなら何処まででも飛んでいける。僕にはその確信があった。

 

 

「ちょっと待って~!」

 

 …………女神はこれから二百年もの間苦労することになる。三人揃った幼馴染達は、もう加減を忘れたのだから…………。




色染

其の篭手は、少年が見てきた”色”の記憶を元に創られた。
其れに込められた記憶は、”色”の理解と把握。

上辺を塗り重ねたとて、その本質たる”色”が褪せることなど無いだろう。

属性は《認識掌握》
一度は失った感覚が汝を苦しめる人は居ないと教えるだろう。


理力剣
空絶槍
磁元斧
雷位鎌

其の武具は、或るシステムの権能を元に創られた。
其れに込められた記憶は、力の理、空間と座標、磁場と次元、電波と位相。

最後の戦い、皆が絶望していたとて、英雄は目覚め武器を取り戦うだろう。

属性は《力場操作》《空標操作》《磁場操作》《電場操作》
神の如き力が汝を本物と成すだろう。


廻巡剣

其の短剣は、何度も繰り返した思考と行動の記憶を元に創られた。
其れに込められた記憶は、生きとし生けるものの命の巡り。

幾度も倒れたとて、汝を求める声に起き上がるだろう。

属性は《命廻天巡》
罪とは違う何かが汝を助けたい者に希望を見せるだろう。



幻月の剣

其の剣は、黒い剣士と見上げた幻の月の記憶を元に創られた。
其れに込められた記憶は、鉄の城が見せた月で在って月で無いモノ。

嘗ての約束を忘れたとて、君は必ず思い出してくれるだろう。

属性は《天月光照》
あの日見た景色が汝を願う理由と成るだろう。



後書きまで読んで頂きありがとうございました!
後一話で番外編をやるつもりです。よろしくお願いします。


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