イケニエのニッキ (チクワ)
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生贄は廻る
騎士とお菓子


 

 

 

 

 「先輩(マスター)、ご無事ですか?!」

 

 燃え盛る町、足元に転がるさっきまで動いていた骨。

 そこらに転がっていた鉄の棒を握りしめながら自分で叩き壊したそれを見ていれば、背後より盾を持つ後輩が駆け寄ってくる。

 とてつもない重量のソレを持ちながら心配そうな声色でこちらに語りかける彼女に無言で頷き、残る1人の無事も確認した。

 

 「何よもう、何なのよ......!!」

 

 所長だ。

 驚き震えて縮こまっているが、その身体に目立った外傷は見られない。

 所々に煤がついているがまあ、気にしなくて良いか。

 

 無言でその顔を見つめ続けていると彼女もこちらの存在に気づいた様で、まるでロケット花火のような勢いで立ち上がり、自分とマシュへ視線を向けてぱちくりと大きな目を見開いた。

 

 「......どういう事?」

 

 その後は流れ。

 所員であるマシュ・キリエライトがなぜ自分とサーヴァント契約を結んでいるのかとか、他のマスター候補がどれだけ生き残っているのかなどの話が繰り広げられる。

 

 その辺が終わった後に霊脈地にて召喚サークルを設置し、ようやく一息付いた所で通信が入る。

 何事かと耳を傾けてみれば、画面の向こうにいるドクターはポケットに詰められた虹色の石を指した。

 

 「休んでいる所すまない。

 君が持っているソレは聖晶石といって、カルデアの召喚式においてサーヴァントの召喚を可能にするものだ。

 これから先に何が起きるかわからない以上、戦力は欲しい。

 ソレを使って召喚をしてみてくれないか?」

 

 虹の石3つで一回。

 特に断る理由もないので実行する。

 

 マシュの盾で構築された召喚スペースにて石を置けば、魔力の奔流的な光が溢れ出して3つの光輪を作り出し、光の発生元を囲むように広がった。

 それは瞬く間に収束し、召喚陣から腰に剣を下げた人間──

 いや、この場合はサーヴァントというのだろう。

 

 青い瞳に白混じりの黒髪、白の装衣に身を包んだ青年がまるで走り抜ける様に現れ、その口角を自信満々に上げてこちらに微笑んだ。

 

 「──おっととと?!

 悪い悪い、緊急召喚みたいな感じでな!

 クラスはセイバー、真名シャルルマーニュ! 

 アンタがマスター? よろしくな!」

 

 

 十二勇士のリーダー、領事詩に名高き伝説の騎士。

 手を差し伸べてきた彼の手を取り、固く握手を結ぶ。

 限りなく明るい光の様な彼は、きっと先の見えない道を開いてくれるだろうという確信が心のどこかにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ痛みの残る頬を抑えながら自室へ戻り、道端ですれ違ったマシュに手を振ってドアを閉める。

 それと同時に気が抜けたサイダーの如くベットの上へ寝転がり、今日1日で背負わされた苛烈にして過酷な運命に思わずため息をつく。

 

 町を出て、怪我をしたから病院に寄って、そこで半ば連れ去られる様に飛行機に乗せられて。

 叔母さんはどうしているだろうか、なんて考えた所でどうなるわけでもない。

 人理の焼却。

 それによって世界の時は止まっている様なものなのだ。

 でも不思議とめちゃくちゃな辛さ、というのはない。

 何で?

 

 ドクターには『しっかり休んで』と言われたが、こんな精神状態で休めるわけがないだろう。

 こちとらベンチプレスで無理な重量を乗せられたマッチョの様になっているんだ、実際死ぬほど疲れてはいても、こうしてベッドに寝転んだ所で眠気はゼロ。

 

 やる事が無いなら日記でも書こうかと立ち上がり、背筋を伸ばす動きの一環としてダブルバイセップス的ポーズをした所で。

 

 「ようマスター!! 飯はもう食べたかー......って、ん?」

 

 

 

 

 「──いやー驚いた、マスターが筋トレやってるのかと思ったぜ!

 ()()()()()はガチガチってわけじゃない、アドバイスとかも出来ないからな。」

 

 こっちの俺?

 シャルルマーニュに変なポーズを見られた事は驚いたが、それはそれとして『こっちの俺』と言ったことが気になる。

 彼が持ってきてくれた大して美味しくもなく水分だけ持っていく棒状の非常食と水を手に持ち、先ほどの言葉を詰めてみる。

 

 「ああ、なんていうかな......

 俺、シャルルマーニュって言う英霊はあくまでもカール大帝の一つの面だ。

 俺が物語として、幻想として語られる聖騎士の一面で、大帝の方が忠実の王たる一面。

 だからまあ、俺は人類史に刻まれた『カール大帝』にはなれない、っていう事だな。」

 

 へー、と口に物を入れながらその説明を軽く頭に入れる。

 そんなに要領が良くは無い頭では、カール大帝がムキムキなのだろうな、程度しか解らなかったが。

 

 「はは、まあそうだ!」

 

 それで良いのか?

 それでいいのか。

 結局のところシャルルマーニュも王様に変わりはないのだから、彼がそうと言うのならあっているはずだ。

 物足りなさを感じながら非常食を水で流し込み、素朴な味に故郷の乾飯を思い出す。

 ......とは言え、筋肉ムキムキのシャルルマーニュ。

 少し考えただけでも面白い。

 

 「......うん、良し。

 やっと笑ったな、マスター。

 笑えるんなら、しばらくは大丈夫だ。」

 

 そう言って彼はひとつ息を吐き、ポンポンと肩を叩いて立ち上がった。

 彼の座っていたベッドのところには、甘そうなお菓子がちょこんとひとつ置いてある。

 

 「ドクターからの貰い物さ!

 それを食べて、シャワー浴びて、寝て。

 また明日から一緒に冒険しようぜ! マスター!!」

 

 彼からの気遣いを受け取って『ありがとう』と見送ろうとするが、言い忘れていたことがあったと彼を扉の前で呼び止めた。

 せっかくキメて帰ろうとしたその足を止めるのは申し訳ないが、ひとつ言っておかなければ。

 

 「おっ......と、どうした?」

 

 ──あの時、敵のセイバーに撃った『王勇を示せ、遍く世(ジュワユーズ・)を巡る十(オルドル)二の輝剣』。

 致命打にはならなかったけど、()()()()()()()、と。

 少々照れ臭く言ったそれを聞いた彼は少し身震いすると、目を輝かせてガッツポーズを見せる。

 

 「──っ、本当かいマスター!!

 最っ高の褒め言葉だ! これからもよろしく頼むぜ!!」

 

 そう言って両手を掴みまたも固い握手を交わす。

 元気に扉を開けて消えていったその後ろ姿を見送ると、不思議と微笑みが溢れる。

 優しい兄に出会えた様な、そんな気分だ。

 

 

 

 

 

 『2016年。

 町を出て叔母に連れられて来た都内にて、病院へ。

 そこで空港まで拉致され、人理保障機関カルデアに連れてこられる。

 レフ・ライノールによる爆破に巻き込まれかけるがどうにか生き残り、特異点Fと言われた日本の都市を突破した。

 その際、サーヴァントであるシャルルマーニュと契約。

 他の人物と共に特異点に存在していたセイバーを撃破し、今に至る。

 ......人理を取り戻す戦いになぜ巻き込まれたのだろう。

 Aチームと呼ばれた魔術師たちが都合よく目覚めてはくれないだろうか?

 自分には重い。

 弱音はここまでとして、これからはサーヴァントの日記もつけていこう。

 日課がひとつ増えたが大した苦では無い。

 まずはシャルルマーニュから、別のノートに。

 

 おやすみなさい。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふぁ、と軽く欠伸をして、深夜の月が光る時間に意識が覚醒する。

 寝る前に水を飲みすぎたか?

 取り敢えずトイレに向かい、ジャーと水の流れる音にやかましさを感じながら机の上を見た。

 

 そこにあったのは適当な箱に入れられた聖晶石。

 数にして30個程であるが、なぜここに置いてあるかと言われれば、倉庫が壊滅状態であるから。

 ここでとある邪に頭が染まる。

 どうせ自分で取ってきた物だし、使ってもいいかな、と。

 

 思ってから行動に移すのは早い。

 結局食べなかったお菓子を咥え、そそくさと足速に召喚ルームへ向かう。

 

 到着して扉を開き、中を確認すると当たり前だが誰もいない。

 召喚陣の上にまた3つの石を置き、待ってみることにした。

 深夜2時。

 

 ドクターが言うには、この召喚から出てくるのはサーヴァントだけではなく、麻婆豆腐とかも出てくるらしい。

 何故と問うてみたがよくわからないと返された。

 何でわからない物がでてくるんだ。

 

 ぼうっとしながらお菓子を食べていると光輪が収束する。

 麻婆豆腐って美味しいのかなと考えていた自分を叩く様に、月の光に照らされた女性が現れた。

 

 

 「サーヴァント……というのでしょうか?

 喚ばれたという事は縁があったという事。しばしの間、貴方方の生存を......

 ......何を食べているのですか?」

 

 おまんじゅう。

 そう答えるしか余裕は無く、今は驚きと明日怒られるだろうなと言う予想しか立てることができない。

 目の前に現れたのは純白の中に青の映えるドレスに身を包み、紅い目をこちらに向ける......

 

 ......お嬢様? だった。

 

 






 不定期ですがよろしくお願いします


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お姫様と優しさ

 

 

 『1431年、オルレアン。

 初のコフィンを経由したレイシフトは無事に成功。

 この年はかのジャンヌダルクが処刑された年であるが、フランス兵から話を聞く限りではそのジャンヌダルクが復活して竜を率いていると言う。

 この特異点における異常というのはソレなのだろうとその時点で結論が出た。

 霊脈地を探す中で件のジャンヌダルクと遭遇するが、話を聞くと恐らく竜種を蔓延らせ、オルレアンにて大虐殺を行ったのはまた別のジャンヌダルクだろうと。

 白いジャンヌと協力体制を敷いてすぐに黒いジャンヌと邂逅。

 崩壊した町にて4騎のサーヴァントと交戦する、が。』

 

 「......ふぅ。」

 

 「おっ、ワイバーンの肉もイケるな!

 ほら、焼けたぜマスター!」

 

 『シャルルマーニュ、そして先日半ば事故の様に召喚された()()()()()()()()()()の活躍、現地にて召喚されたマリー・アントワネットとモーツァルトの宝具によって逃げ延びる。

 少々の後、森にて聖女マルタと戦闘になるが、徒党を組んでさえいなければ正面から戦って負けることは無い。

 彼女が最後に残した言葉を元に竜殺し、ジークフリートを仲間に引き入れ、追ってきたランスロットを撃破。

 ジークフリートにかけられた呪いを解くために聖人であるゲオルギウスを探す事になるが、その折に清姫とエリザベートを引き入れる。

 しかしマリー・アントワネットを失い、今に至る。

 翌日にはオルレアンへ攻め込む事となるがどうだろう、敵には未だファヴニールや未確認の戦力が多い。

 ここにいる味方のサーヴァントに信頼はおいているが、不安が消えるわけではない。

 ......それはそうと、こうして戦っているうちに爪やら人形? モニュメント? という素材達も多く集まってきた。

 ドクターに相談してみれば、それらを使う事でシャルルマーニュ達を強化することも可能だろうと。

 これはかなり嬉しい事だ。

 勝手に呼び出して戦わせるだけの自分にできるお返しなど、こうして彼らを強力にしていくしかない。

 シャルルマーニュに伝えたが、『もっと役に立てるな!』と喜んでいた。

 そういえばアーキタイプ:アースにはまだ伝えていない。

 霊基再臨がどんな感覚かはわからないが...... もし気持ちの悪いものだったら申し訳ない。

 食事を終えたら伝えようか。

 

 おやすみなさい。』

 

 

 

 日記を書き終わり、油が滴り外側がカリカリの衣の様になったワイバーンの肉を手元に収めた。

 串に突き刺さったワイバーンの喉肉に小さく歯を立てればそのカリカリの外側が割れ、肉汁が飛び出す。

 ......熱い、火傷した。

 

 少々苛立ちながら食いちぎった肉を噛み締めれば、久々に食べた肉特有の旨みが口内へ迸る。

 自分が年相応の感覚を持っていたのなら、ほぼ無言でこの肉を喰らい尽くしていた事だろう。

 マシュの持ってきていた塩の味付けがこれまた良い。

 

 ......ふう、と一息をつき、刺さった物の消えた串を焚き火の中へと放り投げる。

 すでにシャルルマーニュや他のサーヴァント達は周りの見張りへと向かっており、焚き火周りにいるのはもう自分とアーキタイプ:アースの2人だけだ。

 ちょうど良いかと思い、月を見上げる彼女の前へと歩き出した。

 こちらに気づいたようで、白いドレスを揺らして視線を平行まで下ろす。

 

 「......どうかしましたか?

 敵襲、ではない様ですが。」

 

 いかんせん最初に契約したサーヴァントがシャルルマーニュであったため、アーキタイプ:アースのこの冷たさには少しだけ近寄り難さを感じてしまう。

 ......いや、サーヴァントとは本来ただの使い魔だと説明を受けた。

 これぐらいの距離感が適切なのだろうが。

 

 少し萎縮しながら、この特異点から帰還した後に霊基再臨というものをする、という事を伝える。

 すると彼女は一瞬表情を変えたかと思うと、小さく微笑んだ。

 笑う様な事があったか?

 疑問に思う自分をよそに立っていた丸太の上から降り、流し目でこちらを見ながらその疑問の答えを呟く。

 

 「その手に持っている物で、ですか?」

 

 疑問符で渡された会話のボール。

 それにそうだけど、とまたも疑問符で返す。

 

 「......どうやら私の召喚者でありながら、自身のサーヴァントの状態を把握していない様ですね。

 わかりました。 今回限り、私の霊基状態の説明をしましょう。」

 

 頭にハテナを浮かべたまま、どうぞよろしくお願いしますと畏まる。

 別に意識して遜った言い方をしているわけではなく、何というか、本能?

 本能でそうしなければならないと思うからそうしている。

 

 焚き火を挟み、胸に手を当てた彼女が口を開く。

 

 「まずカルデアに召喚されたサーヴァントは、皆一様にその力を落とします。

 人の尺度、貴方が興味を持つ様なもので言えば、ゲームのレベル。

 始まりを1、上限を50。

 理解しましたね?」

 

 はいと返事を返したが、レベルという物がいまいち。

 そういうものに触れてこなかったのもあるだろうが。

 

 「そのレベル1の霊基を魔力リソースで強化すれば、上限の50へと到達する。

 その上限を超えて霊基を強化する為の方法、それが霊基再臨。

 例えるならばあの騎士...... 名をシャルルマーニュ、と言いましたか。

 彼は今上限の50へと到達し、その手に持つピースを使用すれば彼の霊基は一つ上の位へと上がり、高みへと登るでしょう。」

 

 理解はした。

 しかし、それとアーキタイプ:アースの話になんの関連性が?

 これで強化できるのならこの話をする必要はなかったと思うが......

 

 「......話の途中で結論を急がない様に。

 私の召喚者であるなら、礼節を持ちなさい。

 戻しますが、この強化には大まかな限度があります。

 大きく4回であり、その回数を重ねるたびに使()()()()()()()()()()()のです。

 ......察しが良ければ、わかるでしょう?」

 

 つまるところ彼女を強化するためにはこの人形の様なピースだけでは足りず、また別の物を持ってこなければならないと。

 しかしそれはおかしくはないだろうか?

 召喚して、特異点Fを駆け抜けて、今ここにいるシャルルマーニュがレベル50で。

 このピースだけで強化できるのなら、先日召喚したばかりのアーキタイプ:アースもレベル50を超えていないはず。

 

 「だから『自身のサーヴァントの状態を把握していない』と言ったでしょう?

 私の霊基は既に第三。

 2回の霊基再臨を終えた姿でこの場にいる以上、その素材群では私に4回目の再臨をもたらす事は出来ない。

 ......理解しましたね。」

 

 驚いた。

 空いた口が塞がらないというが、本当にその様な状態。

 しかしそれでも疑問は止まらない。

 

 そもそもカルデアに召喚されるサーヴァントが皆レベル1となって現れるのならば、何故彼女だけがそれほどの霊基で現れたのか?

 もはやここからは好奇心の領域だ。

 

 「......言うなれば、この身体はひと時のIF(もしも)

 原型の私でもなければ最新でもなく、このカルデアでのみ見られる姿。

 二つの姿を経由せずにこの姿で現界したということは...... 貴方がこの私とだけ、どこかの過去か未来で縁を結んだ、という事なのでしょう。」

 

 月が雲の中から顔を出し、月光をさらに強めた。

 その光がもっとも集まる下で、彼女はまた微笑んだ。

 

 「今回は不問とします。

 ......貴方に多くは望みません。召喚者としての矜持を忘れぬように。 

 細やかに、気を回せということです。

 わかりましたね。」

 

 はい、と気の抜けた返事を返し、焚き火の前にふらふらと座る。

 ......終ぞ、この会話で聞くことはなかったが。

 彼女はどんな英雄なのだろうか?

 

 今朝調べてみたが、アーキタイプ:アースなんて語群にヒットする資料はなかった。

 いつか彼女本人から聞くことになるのだろうか。

 ......すごく遠いことになりそう。

 

   

 

 

 「? まだ何か?」

 

 1分で考えたことだけど。

 アーキタイプ:アースでは長い、『アースさん』ではだめだろうか?

 ああ睨まれた。

 ごめんなさい、ダメならダメで大丈夫です。

 

 「......構いません。」

 

 あ、やった。

 

 

 

 『アーキタイプ:アース 日記

 ※追記

 

 結構優しい。』

 

 

 

 

 




 

 再臨に関する話は筆者が適当を書いただけですので、話半分に。
 感想、評価などよろしくお願いします。


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作家と晩御飯

 

 カルデア(ここ)に来て数日が経った。

 壊滅状態だった所内もある程度復旧し、少しばかりの平穏が訪れた様にも感じられる。

 しかしそれはこのひと時だけ。

 第一、第二と特異点を解決してきて今は第三の特異点を探しているが、それが見つかればまた緊張感がこの施設と自分を飲み込むはずだ。

 

 しかし第二の特異点、ローマにてレフ・ライノールは一刀両断された以上、これからは誰を敵として見ればいいのだろう?

 少なくとも彼が語った無駄口の中には、もう一つ上に何かがあると言うことを示唆する様なものがあったが......

 『目に見える敵』と言うものがない以上は暗黒の中を手探りで歩かなきゃいけない様なもの。

 何にしたって目標というのは必要なのだから。

 

 ......昔家にあった漫画を読んで、敵にイライラした事がある。

 『どうして主人公にそこまで嫌がらせをするのか、身を表さなければ邪魔されないだろう』と。

 思えばアレはよく考えられていた。

 先が見える様にして読者の読むモチベーションを保たせ、ボスによく顔出しさせることで最終目的を忘れさせない。

 いわばカレーに入れるスパイス。

 スパイスの入ってないカレーなんて味気ない淡々とした味の続く汁だ。

 

 まあ、言ってしまえば気が抜けているということ。

 人類最後のマスターなんて言ってもこうしてやる事がなければ暇で、素材集めに行こうなんてすれば特異点の捜索が遅れてしまう以上動けない。

 

 だからこうして誰もいない食堂で水を飲んでいる。

 

 泣き言だって溢したい、でもそれをするほどの気力も湧かない。

 どうしてなんだろうな、叔母さんに連れられて出てきた時はやる気があったはずなのだが。

 なんで〜?

 

 ......ご飯を食べるところでそんな事を考えていても仕方ないか。

 立ち上がり席を仕舞って自室へと戻る事にした。

 

 

 「ようマスター、元気か?」

 

 首を縦に振って挨拶をし、キャスターのクー・フーリンとすれ違う。

 彼は少し前に召喚することが出来たサーヴァントで、特異点Fの時の様に頼れる存在だ。

 たまにマシュへセクハラじみた事をしているが、出来たらやめてあげてほしい。

 

 自室へ戻り、ベッドの上に座って俯いた。

 最初から設置されていた机の方を見れば、そこでは作家が作家として原稿に向かっている。

 サーヴァントと言えば英雄で、英雄といえば力強いイメージがあるが...... 先日来た彼はそうでもない。

 

 『締め切りが近いんだ』と吐き捨てる様に言った彼の邪魔を極力しない様、控えめにそうっとお茶を置く。

 それを手に取って一口二口飲んだかと思うと、その辺に置いて夜に食べようと思っていたドクターのお菓子が強奪される。

 

 それを茶菓子に雑なティータイムに興じながら、彼は足を組んで太々しく振り返った。

 

 「ふむ、安物にしては悪くない、茶も菓子もな。

 まあちょうどいい気分転換だ、資料集めも兼ねて少し休ませてもらうぞ、マスター。」

 

 締切はいいのかと問えば彼は笑い、『脱稿出来るかどうかは運』と自信満々に語っては配布された端末を使って何かを見ている様だ。

 別に休む事はどうこう言う気はないが、平常な作家と言うのは締切を守るものではないのか?

 

 「──平常? いいや平常な作家こそ、こうしてQOL(クオリティオブライフ)を求める!

 読者は病気で咳を撒き散らされた原稿に書かれた物語を求めるのか?

 否だ!

 ......それに、作者の調子がいい方が自ずと作品は良くなる。

 つまるところこの休憩は理に適っている、わかるなマスター?」

 

 言わんとしている事はわかるが......

 決まりを守る事は大切な事だ。

 後日本には宮沢賢治がいる。

 

 「ええいイーハトーブと比べるな!

 それに宗教も違う、考え方の相違などあって然るべきだろう!

 ......まあ最期に関しては似たようなものか......」

 

 そう呟いたアンデルセンはこちらに端末を投げ渡し、続いて先ほど食べられたお菓子よりも少しだけ良い物が投げられる。

 戸惑いながら受け取れば彼は笑顔のままペンを握り、机に向かってまた書く音が響き始めた。

 

 「休憩は終わりだ。

 さあ出ていけ、これでも執筆で忙しい。」

 

 さっきと言っていたことが違くはないだろうか。

 まあお菓子は年相応に好きなのでもらうが......

 

 「こちらは度重なる周回でその顔に飽きている、さっさと......

 そうだな、あの王様のところへでも行くといい。」

 

 そもそもここは自分の部屋......

 

 「──さあ行け!」

 

 

 

 

 

 ......放り出されてしまった。

 

 「──ははは、あの作家殿もマスターが嫌いってわけじゃあないだろうし、気にする事は無いんじゃないかい?

 ほら、フランスの特異点で取ってきた紅茶。」

 

 シャルルマーニュの部屋にお邪魔し、差し出された茶を受け取って口の中へと流す。

 美味い。

 紅茶の良し悪しはわからないが、昔飲んだ午後の紅茶の次に美味い。

 こう、古き良きと言うか、そんな感じの味がする。

 

 「つーかマスター?

 ちゃんと飯、食ってるか?」

 

 たべている。

 ......と、虚言を吐いた。

 

 カルデアの食糧問題はレイシフト先から肉やらなんやらを持ってくる事である程度はどうにかなっている、が。

 それでも、誰よりも先に食糧へとかぶりつく気にはなれないのだ。

 確かに前線で戦うのは自分だが、前へ出てサーヴァントに指示を出す為の前提としてカルデア職員達による存在証明が必要だ。

 24時間体制でバックアップしてくれる人達と、前に出て指示するだけの自分。

 

 優劣はつけられないだろうが、当人としてはどうしても自分を下に置きたくなる。

 

 Aチームだったらこんなこと考える間に人理修復を終えてしまうかな。

 

 そんな事を考えながら紅茶を嗜んでいると、軽ーいデコピンが額を叩く。

 カップを持つ手と逆の手を叩かれた所へ当て、何で? と困惑していると、座っている場所の向かいへシャルルマーニュも椅子を置き、座った。

 眉を八の字にして困った顔をしているが、こちらも急な刺激にびっくりしてるのだけれど......

 

 「ダメだぜマスター、またフランス行く前みたいな顔だ。

 ......正直言って、俺にあんたの考えてる事はわからねえ。

 エスパーとか、そういう魔術が専門じゃないから当たり前、といえばそうなんだが......」

 

 少しもにょもにょと言い淀んで、シャルルマーニュはこちらをまっすぐと見つめた汚れなき目を向ける。

 これから言い放つことが間違いの無い真実だという様に。

 

 「俺たちはマスターを通してカルデアと契約して、人理修復の旅に協力してる。

 でもなマスター?

 それは義務的なものじゃ無い。

 マスターの事を()()()からここに呼ばれるのを良しとしたんだ。

 アンデルセンも、キャスターのクーフーリンも、かのアーラシュ・カマンガーもみんな。

 マスターがあの味気ないスティックを食べる理由が自分を認めてないからって言うなら、そうだな......

 『俺たちが認めている』。 

 それじゃ、マスターが自分を認める理由にはならないか?」

 

 返事を求められる様に送り出されたその言葉に、自分でも驚くほどに言い淀んだ。

 期待は嬉しい。

 認めてくれたことも、同様に。

 でも、自分が自分に思う認識というのはそう変わるものじゃ無いから。

 

 その悩みを忘れさせるように、シャルルマーニュはいつもの様にあっけらかんと笑った。

 『悪い、そんな考える様な話じゃ無い』と。

 

 「──ははっ、いや、悪い悪い!

 少し前に食糧担当の職員から相談を受けてさ。

 『彼がもう少しちゃんと食べる様に言ってくれ』って。

 まあ、俺とマスターって主従っぽく無いもんな〜。

 友達、が一番近いんじゃないか? アンタが俺のことを友達だと思ってくれるなら、だが!」

 

 友達か、いいな。

 それならば喜んでお受けしたい。

 だってシャルルマーニュ、かっこいいから。

 

 「おっ、そうかい?

 じゃあ今日は2人でカッコよさの極みを目指そうじゃないか!

 まずは元気にいただきます、全部平らげてご馳走様、からだな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふう。」

 

 ティータイムを終えて帰っていったマスターを見送り、シャルルマーニュは安堵の息を吐く。

 それはマスターが味気ないスティックから味も悪く無い肉に食事を変えてくれるから、とは違う。

 先程の会話の中で表情を強張らせることが無かった事への安堵だった。

 それは昼過ぎ、廊下を歩いていたとき。

 食糧担当から相談を受けた。

 

 『──ああ、お安い御用さ!

 マスターにちゃんと飯を食べろっていえばいいんだろう?』

 

 『はい、お願いします。

 いやあよかった、彼が食べてくれないと......』

 

 

 

 『()()()()()()()()()()()()。』

 

 

 そう言って嬉しそうに歩いていく彼女に、手を振る事はできなかった。

 今思えばその行為、カッコ悪かったのかもしれない。

 でもそんなのないじゃないか。

 

 年端も行かない少年を死地に送り出して。

 彼が食べないのはプレッシャーからかも、戦うことへの辛さからかもしれないのに。

 その彼が食べてくれないと自分達が死ぬからと。

 もう少し言い方はなかったのか。

 

 食べないと頑張れないから、とか、元気が出ないから、とか。

 自分達が助かる事だけを考えて、ただやるしか無くて送り出された死地にいる少年は──

 

 

 

 ただの()()と変わらないじゃないか。

 

 



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神様と戦士

 

 島にある霊脈にマシュの盾を置き、本来ならば今頃カルデアにて行なっていたであろう召喚の準備を進める。

 さて、ここは第三の特異点。

 レイシフト前に見た地図にはカリブ海近くに印がつけられていた事からその辺りにいるのだろうが、いかんせん周りにあるのは島、海、また島。

 そのせいで現在地がとてもわかりづらいという嫌な場所だ。

 

 正味、早々に霊脈地を見つけられたのは僥倖と言っていい。

 ......召喚というシステムは、言うなれば過去に何かの偉業を成した、もしくは恐ろしいほどの悪行を行った英雄たちを呼びつけるモノ。

 もとより失礼50%のシステムではあるが、最近そんな召喚という行為に思っていることがある。

 

 ──ガチャガチャみたいで、少し楽しい、と。

 

 本当に失礼な事だ。

 実際、アースさんにその事を茶の席で相談したら大変呆れた様子で『思っていても絶対に口から出すな』と言われる始末。

 

 どうにも娯楽とは遠く離れた人生を送ってきたせいか、そのあたりにある『何が出るかはお楽しみ』なものに弱い。

 ウワサに聞く福袋とかもちょっと欲しい。

 ......とは言ってもだ。

 

 『カルデアからのバックアップOK。

 召喚いつでもウェルカムだ!』

 

 細かなバックアップは通信の向こうにいるドクターに任せ、自分は数回目の手慣れた様子で盾の上に石を置き、さらにその上へ令呪の光る手をかざす。

 ここは特異点、ならば楽しむ気持ちは必要無く、ただ今は雀の涙の様な戦力でも欲しいと願うばかり。

 三つに増えた光輪も見慣れたものだ。

 

 光の中から現れたのはどこか気安く、どこか荘厳なモノを感じさせる黒いスーツ。

 英霊と言うにはあまりにも現代的なその格好はマシュ、並びに自分にも衝撃を与え、サングラスの向こうに見える瞳はその身なりとは対照的に野生や闘争を求めるソレだ。

 

 右手に構えた奇妙で物騒な形状の拳銃(ハジキ)に警戒するマシュを見て不敵に笑ったかと思えば、金髪ブロンドの彼は空いた左手を差し出して形式通りの自己紹介を始める。

 

 「よう、アンタがマスター?

 想像よりも小さいが...... 戦士であることに変わりはない、よろしく。」

 

 こちらも右手を差し出して固い握手を交わすが、きっと今、自分の顔は分かりやすく難儀な顔だろう。

 初対面にする顔でない事はわかっているのだが、どうにも......どうにも納得がいっていない。

 冷静さを欠こうとしている。

 

 『想像よりも小さいが......』

 

 別に小さくないし?

 これでも中学のクラス背の順は後ろの方だ。

 クラス人数は15人ほどで、男女混合の時はという条件付きだけど。

 

 そんな事を考えているのがバレたのだろう、握手しているサーヴァントの口角が上がり、『悪い悪い』と仕方なしに謝罪を行う。

 ハッとしてそのサングラスを見、反省する。

 自分の身長は決して小さくないが、これから契約してもらう立場のサーヴァントに気を使わせてしまったのは本当に恥じるべき事。

 笑みを浮かべながら自身の言動を訂正する彼に、大変申し訳ないと気を使わせたへの謝罪を行うが、彼はツボに入ったかの様に笑うだけだ。

 

 「──ハッ、これでも神としての威厳には自信がある方だったが......

 あそこまでのガンを飛ばしてくるとは、クソ度胸か? 

 まあいい。 アサシン、テスカトリポカ。

 オレは()()()()()インテリでね。

 他人とのお喋りってヤツが一番好きなんだが…… 安心しろ。

 実は戦いも大好きなんだ。 そう気負うな。 楽しくやろうぜ、マスター?

 ......どうした、まだ何かあるってのか?」

 

 思った。

 インテリはインテリでも、インテリヤクザでは?

 

 「意見か?」

 

 感想です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『1573年 カリブ海(の、何処か。)

 特異点修復も3度目となり、そろそろ慣れと油断が意識せずとも心に生まれ始める頃だ。

 油断は死。

 慢心は毒。

 人類最後のマスターと言われても結局はポコって殴られるだけで死んでしまう様な、ひび割れた卵の殻の様な人間。

 これから敵としてぶつかり合わなければならないであろうすごい英雄、ヘラクレスになんて一撫でで殺されてしまうのではないかと思うと、少しだけ身震いしてしまう。

 

 現在同行しているサーヴァントはマシュ、シャルルマーニュを含めたカルデアの四名。

 及び特異点にいたフランシス・ドレイク、ダビデ、エウリュアレとアタランテ、アルテミス。

 敵は二転三転し、現在はイアソン率いるアルゴノーツとなっている。

 

 今までと違い落ち着いて物を書ける状況ではない。

 これから起死回生の一手として繰り出される作戦は自分が敵のターゲットであるエウリュアレを抱え、それを狙うヘラクレスを誘き寄せてダビデの宝具である契約の箱(アーク)で消滅させる、というもの。

 きっとヘラクレスだけをアルゴー号から誘き出すのは容易だが、逃げるのが問題。

 そもそもヘラクレスは驚くほど強い。

 それこそ捕まれば前述のとおり一撫でで死ぬ。

 ......明日もまた、日記が書けるか。

 ご飯が食べられるか、シャルルマーニュとトレーニングができるか、アースさんと話せるか。

 それはこれからにかかっている。

 生き残った後にまた書き込める様、空白を残しておく。

 

 頑張る。』

 

 

 ふう、と一息つき、木を背もたれにして書き込んだ日記を礼装の内側へと仕舞った。

 ......何もただ自分が走って逃げるだけじゃなく、勿論ドレイク船長やアースさん達も支援してはくれるだろう。

 しかし、こうしたプレッシャーがかかっている時に深く深く悪い方を考えてしまうのが人間のサガ。

 だからと言って彼らに自分の心を話せば、無駄に不安を強めてしまうだけだろう。

 

 動物のいない静かな森を歩き、波打つ心を鎮めようとすれば、マシュ達の一団から離れたところにテスカトリポカが座っていた。

 丸太の上に座った彼が何をしているのかと思えば、どうやら愛用している拳銃を分解してメンテナンスを行なっている様だ。

 その顔はまさに集中している渋いものであり、邪魔するのも悪いかと思って通り過ぎようとしたところ、こちらに視線を向けないまま彼はこちらへ声をかける。

 

 「──まあ座れ。

 どうせ歩き回ったところでお前の気がおさまるわけじゃない。

 なら腰を下ろして、今は待て。

 無駄に歩いても足をすり減らすだけだ、違うか?」

 

 テスカトリポカの言う通り、ではある。

 けれど...... だとしても、歩かなければいけない気がする。

 どうにもならないと言う事は分かっている。

 それでも何か別のことをしていないと自分を見失ってしまいそうになる。

 一般人がサーヴァントに立ち向かう......とは違う、サーヴァントから逃げおおせれるのか?

 その不安からは逃れられない。

 自分は戦士ではないから。

 

 「そうか。

 何かしていなければ、と言うなら、オレが少し話をしてやる。

 ......お前が『戦士』であるかどうかだ。」

 

 彼は話し始めこそすれ、その目線をこちらに向ける事はない。

 それはきっと、彼が重んじる戦士と言う枠組みが関係しているのだろう。

 

 「お前は自身を戦士ではないと言った。

 お前がそう思うならそれでも構わん、だがオレにとって戦士とは、『武器を取り、敵対者を殺さんと立ち向かった者』だ。

 その点で言うならばお前はこの海で剣を持ち、自身の喉笛を掻き切らんとした海賊の胸を切り裂き、殺した。

 ──誇れ、お前は戦士だ。」

 

 そうは言うが、あれは戦士とはかけ離れた動きだった。

 慌てて転んで、それのおかげで敵の狙いがずれて外したところに運良くやれただけ。

 その感覚は酷く生暖かい物としてこの手に残っている。

 

 「それで良い。

 オレは戦いに技術だの訓練だのは求めん。 

 新米の戦士でも、敵を殺せりゃそれで、だ。

 ......それにお前が戦士であるなら、たとえここで英雄に殺されたとしても俺の楽園(ミクトランパ)で休息させるくらいは、させてやるさ。」

 

 そう言って彼はおぼつかない手つきのまま銃を組み上げる。

 ......にしても特異な形状だ、銃剣ならぬ銃斧とは。

 かっこよくていいなあ。

 

 「どうした、このオモチャが気になるか?

 コイツは良い、握るだけで戦士になれる。

 金は頂くが...... 取引、するかい?」

 

 ......かっこいいから欲しい、が。

 そも給料が入っていない為、今の自分は無一文。

 取引は出来なさそうなのであくまでも見るだけ(・・・・)で、やらせていただけないでしょうか?

 

 そう控えめに言うと、テスカトリポカは笑って膝を叩く。

 

 「ハハハ! ショールーム見学ってワケか?

 良いぜ、カルデアとやらに戻れればだ、約束しよう。

 死んだら...... その時はその時だ、ミクトランパで考えるのも悪くはない。」

 

 2人で立ち上がり、島の外側へと歩き出す。

 ふと気になり、少しだけ聞いてみた。

 

 

 銃の弾が当たらないのって、どうして?

 

 「......まあ、気にすんな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 『2016年 カルデア

 今度シミュレーターで、テスカトリポカと射撃の訓練をすることになった。

 楽しみだ。』

 

 

 

 

 

 





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銃と鍵

 

 ここはカルデアの技術で再現された、とある射撃場。

 そこでは2人の男性が銃を構えて数メートル先の人型を模した的へと狙いを付けていた。

 

 先に引き金を引いたのは金髪ブロンドの男。

 スライド上部に斧が、フレームに持ち手の取り付けられた奇怪な形状の銃を片手に、反動にも手慣れた様子で一二三四五と連射する。

 至極真面目な表情、ポッケに突っ込まれた左手、銃口から漏れ出る煙。

 形だけで見れば非常にキマッているわけ、だが。

 

 「うーん、これで10の3、か。

 ......カミサマに失礼を承知で言うけど、本当に狙ってる?」

 

 「......ああ、まあな。」

 

 その成績はまあ正直良い物とは言えない。

 仮にもテスカトリポカは戦の神だ、それこそ投げ槍や弓、その他原始的な投擲武器を使えばそれはもう百発百中だろう。

 しかしここまで見てきて、まさか銃の腕前がこれほどとはビックリ。

 いつもの様な軽口、気やすさの裏に神としての意思が見え隠れしていたテスカトリポカの姿はそこには無く、特別講師として来てもらったビリーザキッドの指導を真面目に受けている。

 

 そんなテスカトリポカから視線を切り、礼装に搭載された耳栓がわりの強化魔術を鼓膜にかけて銃声で耳がキーンとならない様に対策する。

 ......どうにも、あの結果に引っ張られそうだ。

 机の上に置いておいたマガジンを手に持った拳銃、そのグリップに空いた穴へと突っ込んでスライドを引いた。

 金属の良い音が聞こえ、銃の中にある細かなパーツが連動して動き、発射準備を完了させる。

 自分の手に収まる程度の小さい銃ではあるが、こうして準備が完了した今これは鋭く鋭利な武器だ。

 

 規定の位置に立ち、最初に教えてもらったアイソセレススタンスという構えをとって、人差し指をトリガーガードの外から中へと移動させる。

 一息ついて震えを矯正した後、意を決して引き金を引いた。

 

 ドン、ドンと強烈な音と反動が体に響く。

 耳は魔術をかけているから『結構うるさいな』程度で済んでいるが、問題は銃を持つ手の方。

 1発打つごとに思い切り殴られている様な衝撃と、金属に手をぶつけた様な痛みが走る。

 ......涙を流す様な痛みじゃないとは言え、一日中打ち続ければ手が無くなるのではないか。

 そう思うほどのダブルパンチ。

 

 マガジンに入れられた弾丸を打ち尽くし、それを拳銃から抜いて机の上にそっと置く。

 物は丁寧に使う方だ。

 

 「うん、いいねマスター。

 5発入りのマガジン2回で、10の7。

 実戦じゃあそう綺麗に構えられることなんて稀だろうけど、1週間2週間みっちりやってコレなら悪くはない。」

 

 そう言うとビリーは手を伸ばし、よしよしとでも言うかの様に自分の頭を撫でて満足げ。

 ちょっと恥ずかしいが、悪い気はしない。

 彼の言う通り、実戦、それも特異点では対する敵は大概サーヴァント。

 ちゃんと構える暇もなければ、それこそちゃんとやったとして効くかどうかもわからない、が。

 それでもその特異点に生きる兵士達への対抗手段は欲しいと思っていた。

 

 セプテムのローマ兵、オケアノスの海賊の様に、なんであれどこであれ人間と戦う事があるならば、こうして銃の扱いを知っておくことは悪くないと思う。

 聞けば現代でも()()()と言うところで銃を撃てると言うではないか。

 ならばこうして安全に配慮した上でやっても問題あるまい。

 

 「まあマスターは及第点として。

 テスカトリポカはもう少し練習が必要かな?

 それこそ人間に命中率でカミサマが負けてたら、お話にならないからね。

 ──マスターは適当に練習するでも、休んでるでも良い。

 でも強化魔術は解かない方が賢明かな?」

 

 一応先生と生徒の関係という事もあり、わかりましたと敬語で返して一度椅子に座る。

 くあ、と大口を開いて欠伸をし、時計を見れば昼の2時間前。

 どこか適当な時間になったら2人を誘ってリフレッシュがてらご飯でも食べに行こう、今日は確か先日オケアノスで取ってきた魚がメインだったはずだ。

 魚は久しぶりだなと町での生活を思い出しながら、頬を叩いて立ち上がる。

 

 休憩は終わり。

 手首を回してストレッチし、次はまた別の構えを試してみようと銃を構えた。

 銃口の穴は特異点に浮かぶ光輪の様に、変わらず丸い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界を燃やして楽しいのか。

 それは至極真っ当な、被害者として当然言いたくなる一つの意見であり疑問だった。

 

 魔術王は笑う。

 

 「ああ。

 ──無論無論無論、最ッ高に楽しいとも!!!」

 

 銃が無くてよかった。

 抵抗する為の力がなくてよかった。

 

 きっと撃って、反撃に殺されていただろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自室で寝転がり、テスカトリポカから昼ごはんの魚との取引でもらった拳銃を手に取ってライトの光を遮る様に掲げた。

 見た目はシミュレーターの訓練場で使われた拳銃の様に黒くマットな質感で本物に近いが、あくまでコレはモデルガン。

 実弾は出ない。

 

 ゆっくりともう片方の手を銃に近づけ、スライドを掴んで引っ張った。

 流れのまま引き金を引いても弾は出ない。

 

 先日の特異点攻略は一応成功ということになったが、正味自分の心の中ではしっかりとした敗北だと思っている。

 魔術王ソロモン。

 冠位(グランド)の名を持つキャスターで、今回の人理焼却を実行に移したこの事件の元凶。

 魔神柱と呼ばれるあの柱はソロモン72柱と呼ばれるものなのだろう、その柱のうち4本でロンドンで仲間として戦ってくれたサーヴァントは壊滅した。

 

 ......この戦いの終わりには、あれを全て倒さなければならない。

 気が遠くなる。

 

 そしてかのイスラエルの王は自分の問いに『最高だ』と答えた。

 ソロモンといえば、母親と子供に対しての裁きが有名であるが、その話の様に人情に溢れた王として知られていたソロモンが何故人理焼却に踏み切ったのか?

 

 ......ともかく、最終目標としてソロモンの打倒を考えなければならないのは間違いない。

 

 だが、彼の人理焼却にも理由があると思う。

 人はなんであれ、その行動行為に理由がある。

 ご飯を食べるのはお腹が空いたからとか、人を殴ったのはその人が嫌いだから、ムカついたからとか。

 大なり小なりそういうものが元となって行動というのはできている。

 

 彼の行動の理由がもし理解できる物であり、それが道理に適った物だったとしたら。

 自分はこの重たい引き金を引けるだろうか。

 ともあれ、ドクターが言うには次の特異点が見つかるまでは時間がかかるらしい。

 微小特異点は見つかるかもしれないので準備はしておいてほしいと言われた以上、身体の状態は万全にしておかなければならない。

 

 つまり── 寝る!

 

 布団に包まれ、誕生日プレゼントを大事にする子供の様にモデルガンを枕元に置いて電気を消す。

 何か忘れていた気がするが、まあ今は眠たい。

 日記は書き終えているので瞼を閉じることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「......」

 

 なにかまぶしい。

 瞼を貫通する様な光量が襲いくる現実から逃れようと寝返りを打って布団で体を包み、饅頭の様な姿になるが、それでも光は止まない。

 

 うめき声を上げながらゴロゴロと逃げようとするが腰のあたりを掴まれ、開店すら許されなくなった。

 

 誰、とか何、とか。

 寝起き特有の浮ついた声で問えば、帰って来たのは呆れた様な冷たい声。

 聞き覚えがあるなと寝起きの心でも理解し、ゆっくり頭を働かせる。

 

 「......貴方は茶の席を破約しておいて、それでも起きようとしないのですね。」

 

 飛び起きた。

 ベッドの横にいるのはその赤い目でこちらを凝視しているアースさん。

 そうだった、特異点から帰って来たらお茶を飲むことを約束していたのだった。

 ちゃんとロンドンから茶葉を持ち帰って来ていたのに、眠気に負けてすっかり忘れていた。

 冷や汗をかき顔面蒼白であろう顔をアースさんに向け、か細い声で心からの謝罪を伝える。

 

 それを見たアースさんはふう、と一呼吸おいたかと思うと、机に仕舞われた椅子を瞬きの間にベッドの前へと置いてその上へ座った。

 行動ひとつひとつに美しい動きがついてくる様で、素直に感心してしまう。

 

 「......寝てしまった事は責めません。

 しかしそれならば寝てしまう前に断りを伝えておくのが礼儀。

 優しさは理解しますが、貴方のそれは粗野が過ぎます。

 無作法、と言うのです。」

 

 そこそこちゃんと怒られた。

 言い返す事もない、コレに関しては全面的に自分が悪い事だ。

 再度そのことを謝罪し、埋め合わせとして明日時間があれば茶の席を設けたい旨を伝える。

 断られても食い下がる気はない、仕方のない事だから。

 

 しかし彼女はわかりましたとだけ言い、その左手の指先でこちらの体を横にして、ちょうど顔の下半分が隠れるところに布団をかけた。

 そして驚いたことに、優しく伸ばされた右手が頭を撫でたのだ。

 驚きのあまり、その目を凝視してしまう。

 それを見て彼女は『理由を言って欲しい』とこちらの瞳から読み取ったのだろう、ビリーと軽く話したことを教えてくれた。

 

 「かの少年悪漢王より聞きました。

 貴方はこうされると喜ぶ、と。

 ......今日のことは水に流します、今はその体を休めなさい。

 明日からは...... そう、エスコートを忘れぬ様に。」

 

 優しいお姫様だ。

 明日のお茶が、とても楽しみである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寝静まった夜。

 寝ている時だけは、常に微笑んでいる様なマスターの顔も年相応、安らかな寝顔へと変わる。

 ......彼がその微笑みから表情を変えることはあれ、感情的になろうとしないのは不安を伝染させない為だ。

 憶測ではあるが。

 

 枕元にある()()()と言うものに触れ、手に取った。

 

 練習することを悪いとは言わない。

 しかし、あれは言ってしまえば戯れ。

 戯れで終わればそれで良いが。

 

 これは人を隔絶した次元へと押し上げる、ひとつの鍵。

 戦場でこの引き金を、この鍵を回した時。

 

 「──貴方はただの一般人(マスター)でいられますか?」

 

 

 答えはない。

 三日月の夜に消えた問答だった。

 







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お茶とココアと休息

 

 「いよっし、やる気十分!

 マスター、お姫様、行こうぜ!!」

 

 「勇敢であることは評価しますが......

 一度下がりなさい、一陣目は私の担当なのですから。」

 

 「ひゃーっははは!!!

 根切り撫で切り皆殺しだぁ!!!」

 

 「...まったく......」

 

 ああ、本日も晴天なり。

 そんな安らかな心を持ちながら、体は冷や汗をかいていた。

 何故なら、作戦を伝えておいたにもかかわらず意気揚々と突進しようとするバーサーカー、森長可の胴体にしがみついているからだ。

 声が届いているのか、届いていないのか。

 サーヴァント特有のスピードの中に居るせいで、全くもってわからない。

 

 するとまるで車が急ブレーキをかけた様にその巨体が止まり、背中に張り付いていた自分が引っ剥がされて森の眼前に晒される。

 

 「おおっとマスターじゃねえか、なんか用か?

 まあ用がねえならそこで見てな。

 あの腕ども、全部まとめて撫で切りにしてやるからよ!!」

 

 やめてね、と懇願して止める。

 一応ちゃんと考えて来たモノがある以上はこちらの指示に従ってもらいたい。

 いや、彼が彼なりにこちらの役に立つ行動をしようとしたことはわかる、それはすごくうれしいのだが。

 もう少し待ってくれないだろうか。

 

 そう言うと少し考えたのち、森長可はゆっくりとこちらの体を地面に下ろす。

 不満にも納得にも見える表情を見せて、槍を肩に乗せて大きく後ろへ下がってくれたところを見るに、こちらの事を理解してくれたのだろう。

 

 「まあ、マスターがそう言うんならしゃあねえか。

 ──じゃあマスター、出番の時は早く言ってくれや。

 待ったなしでぶっ殺してやるからよ!!」

 

 ぶっ殺すのは変わらないのか。

 まあそれでこそ、と言うところはある。

 バーサーカー森長可とどうやって交流していくか。

 当面の課題となりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 くあ、と軽く欠伸をして、カルデアの廊下を歩く。

 別に疲れが溜まっているわけではなく、深くリラックスしたが故の眠気、そして欠伸。

 ちょっと意外だった、()()()がまさかあれほどまでに茶を点てるのが上手いとは。

 まるで別人の様な侘びを見せ、静かな茶室で飲んだお茶はゆっくりと過ぎていったその時間に寂びを生んだ。

 侘び寂びもクソもなかった町のお婆さんに飲まされた抹茶と比べると、それはもう天と地の差。

 

 非常に有意義な時間をくれた森くんにはいつかお礼をしたいものだが、彼は『別に良い』と言った。

 ......戦国武将ってすごい。

 今度作れる様な材料が揃ったら、得意な料理でもご馳走しようかな。

 そう思った昼過ぎである。

 

 と言うわけで、普段あんまりしない種火の回収へと向かっていたわけだが。

 もちろん暇だったからとか、そう言う理由でやってたわけではない。

 ちゃんと使うから取って来た。

 

 ──話は変わるが、第四の特異点を修正してからは()()、いわゆる魔術王が聖杯を誰かに渡した時代の特異点が見つかっていない。

 その代わり、少々の小競り合いかの様な微小特異点はたくさん出て来たのだ。

 最近で言うと、何故か唐突に始まったサマーキャンプとか。

 マシュやら何やら他のサーヴァントも楽しそうだったので文句はないが、あのサングラスの人は誰だったのだろうと言う感想が残る特異点だった。

 

 『なによ。』

 

 ......本当に誰?

 まあ、そんな感じの微小特異点を解決する内に気づいたのは、戦力強化の重要性。

 もし特異点に行く時、限られたサーヴァントしか連れて行けないとなった。

 しかし連れて行けるサーヴァントの力が強化されていないが故、小さなものだったら?

 その様な思考になった結果、カルデア職員の皆に頭を下げてここ一ヶ月はサーヴァント強化に集中させてもらっている。

 最近だと森くん、レオニダスさん、アンデルセンを霊基の限界まで強化した。

 そして今回は先日の特異点攻略で手に入った原初の産毛を使い、眼前の部屋にいるサーヴァントを強化しようと思う。

 

 礼儀として3度のノックをし、『入れ』と言われたから扉を開けた。

 部屋の住人は丁度愛銃本体のメンテナンスを終えた様で、ソファに座りながらマガジンへ玉を詰め込んでいた。

 少しタイミングを間違えたかな、なんて思っていると、彼にノールックで手招きされる。

 

 特に何も考えずに手招きのまま近づいていくと、肩を組まれて座らされ、空のマガジンを渡される。

 何かあるのかとマガジンを覗き込むが何もなく、ハテナを浮かべたまま横を見ればニヤリと笑うテスカトリポカ。

 察した。

 机の上に置かれた箱に手を伸ばし、その中から金属光沢が光る弾丸を手に取ってマガジンへ詰める。

 テスカトリポカはそれを見て上機嫌だ。

 

 「ハッ、お利口な事だ。

 その手に持った塊はオレへの捧げ物か?」

 

 頷き、こちらも箱を渡す。

 テスカトリポカはその中からトゲトゲとしている種火をひとつ取り出し、まるで飴を噛み砕く様に口の中へ放り込んだ。

 ペロリと唇を舐め、フッと鼻で笑う。

 

 「取引成立。

 いいブツだ、気に入った。」

 

 取引?

 疑問が生まれる。

 テスカトリポカの銃、そのマガジンに弾を入れて、さらには種火と再臨用の素材を渡して。

 取引と言うには一方的に見える。

 

 「そう結論を急くな、姫様にも言われているだろう?

 ......何、弾丸装填のやり方を教えてやる。 

 悪漢王のモノと違って俺のは近代的なマガジンタイプだ、役に立つと思うがね?」

 

 どうにも釈然としない。

 ......が、そも自分は力を借りている側。

 こうして対等な取引相手として対してくれていることにまずは感謝するべきか。

 納得し、話を聞きながら細かな作業に勤しむ事とした。

 

 「おっと気をつけろよ、しっかり入れなきゃ弾が詰まる。

 ......それで死にたいのなら、文句は言わないが?」

 

 これがなかなか、集中力を使う。

 慣れるのにそう時間はかからないものの、テスカトリポカが注意するタイミングは大概マガジンへ弾を詰め終わった後なので、1からとなると少し心が軋む。

 まあためになる話をする時もあるが。

 

 「オレは運がない。

 過酷な戦いを望むからだろうな...... 戦場じゃ大抵、最悪の事態を呼び込んじまう。

 そういう時は...... 耐えろ。 死んでも勝ち抜け。

 その後に良いことがある。……まぁ、差し引きで言えば少しだけ、だがね。

 まして、兄弟の望む事とは限らないが。」

 

 そう言ってどこからともなく差し出されたのは、コップに入ったココア。

 温かそうな湯気が立ち上り、甘い匂いがする。

 

 「本当ならチョコレートドリンクが効くんだが、甘い方が好きだろう?

 ミクトランパ製チョコレートドリンクはまたの機会に取っておけ。」

 

 ......少し前に調べたのだが、アステカでのチョコレートというのは戦士に力を与えるものであるらしい。

 正確には少し違うんだろうけど、今だに彼の中で自分は戦士でいられている様だ。

 認められているという嬉しさをココアで洗い流す。

 人並みの承認欲求が満たされていく。

 

 「疲れているんだろう?

 身も心も、あの魔術王に会った時から。

 オレに嘘は通じん、見え透いたものなら余計にな。

 戦士に休息は必要だ。

 時間の許す限り、休むといい。

 ......王様や姫様にバレて、説教を喰らう前にな?」

 

 ......そうか、バレていたか。

 ソファの端に置かれていたクッションを抱き抱えて瞳を閉じる。

 まどろみ始めたその時──

 

 『──先輩、ドクターからの要請です。

 北アメリカで微小特異点が見つかった、と。』

 

 ......マシュからの通信にわかったと返し、起き上がった。

 隣でタバコに火をつけようとしていたテスカトリポカは真顔になった後、それを机に置いて笑った。

 

 「どうやら運が悪いのはお互い様か?

 着替えてこい、商売の時間だ。」

 

 ココアを飲み干してから自室へ戻り、途中でテスカトリポカと合流して管制室へと向かう。

 

 戦士は休息を許されない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 








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ゾンビと死の匂い

 

 ここはデパートなのだろうか。

 

 電力の途切れて灯りを灯さなくなったシャンデリアが入り口を入ってすぐの広間に落下し、未だこの建物の外を見れていなくても、この世界がどうなっているかを予想させる。

 体育座りのまま柱に寄りかかり、左を見ればそこにはさっきテスカトリポカが処理した人だったものが沢山積み上げられていた。

 大概の死体は銃で撃ち抜かれているのではなく、切り裂かれたことによる身体の損害に耐えきれず動かなくなっている。

 

 ここがなんなのかと思考を巡らせていれば、一旦外の様子を確認しに出て行ったテスカトリポカが神妙な面持ちで戻って来た。

 少々の寂しさから、帰ってきた飼い主に駆け寄る犬の様に立ち上がり、拳銃のリロードをしながらこちらを見るテスカトリポカの横にくっついて歩き出した。

 

 「外もこの建物の様に、()()()が跋扈してやがる。

 死者が多い事は神のオレとしては喜ばしい事だが、サーヴァントのオレとして時代に合わせた表現をするならば......

 

 ──()()、か。」

 

 この特異点へ来たのは、ほんの数分前に遡る。

 

 

 

 

 マシュに呼ばれた管制室で告げられたのは、新たな微小特異点の出現とその舞台がアメリカ合衆国の北、ニューメキシコであるという事。

 ......これはややこしい話だが、ニューメキシコとメキシコは違うらしい。

 メキシコは埋め立てられる前までテスカトリポカが信仰されていたアステカ文明があったと聞く。

 そちらなら少し行ってみたかったが、まあ特異点という存在に贅沢は言えない。

 

 そんなわけで、テスカトリポカにシャルルマーニュ、アースさんにマシュ他のサーヴァント達で乗り込もうとしたわけだが──

 ここで、重大なトラブルが発生する。

 レイシフトが完了して周りを確認した時、明らかに人が少なかったのだ。

 

 そう、マシュもアースさんもシャルルマーニュもいない。

 果てはカルデアとの通信もつながらず、この特異点にいるのは無力な1人のマスターと1人のサーヴァントだけ。

 それに加えて更なる異常が自分達を襲う。

 ひとまず気を取り直して周りを探索しようと足を踏み出した時、こちらの歩みを止める様にしてテスカトリポカが『マスター』と呟いて銃のスライドを引いた。

 

 この声色は警戒している時によく聞いた声であり、加えて彼がこちらをマスターと呼ぶ事はそうそうない。

 また何か異常が起きた事を察させるには十分なもの。

 息を整え、何が来ても大丈夫な様に準備をして振り返った時、薬莢が1つ地面に落ちた。

 

 「──悪いな、説明は簡単に、単純に済ませる。

 ()()()()()()()()()()()()()

 それこそ強い人間レベルに、な。」

 

 打ち出された弾丸は自分の頬を掠めてその後ろにいた何かに当たり、その何かはべチャリと不快な音を立てて地面に倒れ伏すが、さして時間を置く事なく立ち上がり、うめき声を上げた。

 急いでテスカトリポカの後ろに周り、礼装に搭載された魔術を準備して臨戦体制へと切り替えて暗闇へ向かい合う。

 影から光の下に晒されたその姿は、非常に醜い成れの果て。

 彼はつい失笑し、飛びかかって来たその体を斧で両断した。

 血がこちらまで飛び散る。

 

 「おいおい、ここはB級映画か?

 まあいい。 意思がなくとも、オレの前に立ったのなら戦士として対するのが礼儀というやつだ。

 ──心臓を戴くぞ、()()()。」

 

 

 

 そして今、太陽の煙った下にある町を隠れながら歩く。

 街中の至る所では車が事故を起こして炎上している形跡があり、この街が随分前からこうなのではなく、ここ最近こうなってしまった事を示していた。

 どこを目指すべきなのか、どうやって乗り越えればいいのか?

 それを支持してくれていた管制室が今回いない以上、とにかく歩くしかない。

 弾薬が限られているので道中にいるゾンビを避けながら、出来うる限り裏道を通っていく。

 ......と、いっても、仕方なく接敵してしまう事もあり、ジャンプスケアかの如く現れるゾンビ達には疲弊させられるばかりだ。

 弱体化していると言ったテスカトリポカも疲れを見せ、先刻言い放った言葉が嘘ではない事を信じるには十分。

 

 弱体化とは、どこまで?

 休憩と称してタバコの火をつけたテスカトリポカへ問えば、心臓のあたりをさすりながら確信とも憶測とも取れない雰囲気で語り始めた。

 

 「あ? ああ......

 言ったら、強制的な受肉と同様ってわけだ。

 それに加えてサーヴァントとして持ってた力もほぼ無い。

 まあ、近接格闘に関してはそこらの人間の数倍は強いが、それでも奴らの頭蓋を砕くには足りん。

 弾も当たらん、どうにもな......」

 

 弾が当たらないのは元からでは。

 その言葉を半分ほど口から出したところで堰き止める。

 ......見てわかる程にテスカトリポカが、凹むので。

 

 悪手だったな、と自戒する。

 目標が見えず、解決策も見つからず、ただでさえ気が滅入るところにツッコミの様なものと言え追撃を当ててしまうなんてのは悪手以外の何者でもない。

 

 とりあえず立ち上がり、都市部を目指すことにした。

 この街、デパートがあるとはいえ民家も建物も州の中心地であるという感じがしない。

 ここは取り敢えず中心地へ向かって行くことが正解だと思う。

 弾の残り少ない愛銃を見ながら俯いているテスカトリポカへ弾を探しながら向かう事を伝え、熱さに耐えながら果てしない距離を歩いて行く。

 果たして希望はあるのか。

 

 

 

 

 

 「──おい兄弟!!! 

 見ろ、ガンショップだ!!!」

 

 わー!!!

 希望はあった。

 

 興奮の声に反応して近づいてきたゾンビの脳天に、先程民家に入って拝借した大きめの包丁を突き刺してテスカトリポカに駆け寄る。

 これは大変嬉しい。

 テスカトリポカも弾が無くなって斧で延々と戦っていたし、自分としても噛みつかれたり爪で引っ掻かれたりするのに疲弊していたので、このタイミングでの遠距離武器は救いの手に他ならない。

 

 礼装での応急処置にも限界を感じていたところだ。

 

 揚々とガンショップの扉を開ければ、そこに広がるのはこの状況における宝の山。

 数個の銃やディスプレイされていたであろう弾は無くなっているが、それでも『ここにある』という事実に感謝せざるを得ない。

 

 テスカトリポカは自身の銃に込める弾を手早く引き出しから回収し、その辺に立てかけられていた銃をこちらに投げる。

 近くに置かれていたアタッチメントも同様に、だ。

 少し焦りながら受け取り、投げられたものの中にあったナイフをつまんで危ないと文句を言えば、『神からの贈り物だ、文句は無いだろう?』と。

 どこか調子が戻って来た様な彼に微笑み、渡されたハンドガンにスパイクのついたマズルガードを取り付け、それにあるスリットへ持ち手のないナイフを取り付けた。

 天井からもたらされる途切れ途切れの光に掲げて見れば、どこか小さな銃剣(バヨネット)の様に見える。

 

 「なんだったか、少し前のブツだ。

 CZ75 SP-01 Phantomとやらでな、ハンドガンであり近接武装が付いて、実質オレとお揃いだ。」

 

 ありがとうと元気に返事をし、人並みに喜んだ。

 と、こちらはさっさと用意を済ませたが、どうやらテスカトリポカの方はまだかかりそうな雰囲気。

 情報収集に取り掛かるとしよう。

 

 少し周りを見回せば、カメラのついたベストを身に纏っている軍人の死体。

 ゾンビになっていないところを見るに、恐らく殺された側、なのだろう。

 合掌してからそのカメラに手をつけ、録画されていた映像を再生した。

 

 

 

 

 

 『──奴ら、舐めた真似をしてくれる!

 俺たちだけでなく、合衆国政府にまで宣戦布告するとは......』

 

 『落ち着け、ジェイ。

 ......ニューメキシコ南部だけで済んでいるのは奇跡的だ、()()()()()()()()()()め......

 バイオテロにまで手を染めるとは、何を考えている?』

 

 『隊長、何か音がしませんか?

 梯子を登る様な......』

 

 『! ジェイ、避けろ!!』

 

 

 

 「──兄弟、避けろ!!」

 

 映像から目を離し、梯子を登る様にコツコツという音が聞こえて来た天井を見上げれば、そこには両手の爪が剣の様に鋭く光る化け物の姿。

 状況を把握して回避行動をとるよりも早くその怪物は落下し、自分の上に馬乗りとなって胸へと爪を突き立てた。

 背中を貫通し、引き抜かれた臓物は床にばらける。

 

 視界は赤くなり、命が尽きる感覚を覚えながら、光を手放す。

 あまりに唐突な死は誰にも予見できない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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コンティニューとエージェント

 

 

 

 

 耳鳴りがする。

 ノイズがかかった、砂嵐の様な視界が徐々に晴れ──

 

 『──奴ら、舐めた真似をしてくれる!』

 

 視界、思考が鮮明となって自分の目の前をもう一度映した。

 ハテナを浮かべ、さっき貫かれたはずの鳩尾あたりをさすりながら周りを見渡すが、テスカトリポカは未だにマガジンへ弾を装填している。

 おかしい。

 あり得ない。

 そう消えいる様な声で呟くことしか、この心を表面に出す事はできない。

 

 さっき自分は死んだはずだ。

 臓物をばら撒かれ、消えていく意識を見送ったのは自分自身に誓って間違いない。

 ならばどうして!

 ここに!

 ......自分の体があるのか。

 生き返ったのならばテスカトリポカがどの様な形であれ、『そう』と説明する筈。

 であれば、何かしらの魔術的な何か。

 もしくはもっと別な常識外の力が作用して、自分の記憶はそのままに時間を戻したと。

 

 死の痛みに震える右手を見つめながらそう考えていると、またしても軍人の端末から隊長らしき人物の声が聞こえて来た。

 記憶が正しければと心の中で呟き、頭上を見れば手の鋭い爪を天井に突き刺して移動しながら、こちらへ狙いをつける化け物の姿。

 同じである事を確認し、テスカトリポカがこちらへ指示を飛ばす前にハンドガンを構えてそのトリガーを引いた。

 反動、銃声と共に血潮が飛び散り、茶色く血で彩られた皮膚を持つソレが吹き飛ぶ。

 流れのままウィーバースタンスへと構えを変え、警戒しながらその姿を観察する。

 

 「キャォォォオ!!!!」

 

 やはり今まで見て来たゾンビと違い、耐久性も段違い。

 胸に一発打ち込んだだけでは死なないのならば、殺害へのアプローチを変える必要があるとして狙いを付けた。

 奴はビクビクと体を痙攣させながら飛び起き、体勢を立て直してこちらへ走り出そうとするがそんな事は許さない。

 一発二発とその両足に弾丸が撃ち込まれ、膝崩れとなって前方に倒れそうな体をその両手にある剣の様な爪を杖として堪えた様だ。

 

 ──だが、逆に都合が良い。

 俯いたその顔面に渾身の回し蹴りを喰らわせ、ゾンビに近しいものとなっていた事で脆くなっている体、その首から上を壁へと弾き飛ばす。

 

 残った体は力を失い、その場に倒れ伏す。

 

 一旦の危機を超え、大きくため息を吐いた。

 一足遅れて弾の装填を終えたテスカトリポカが隣に立ち、しゃがみ込んで首のない死体を凝視し始める。

 どうにも疲れたと肩を上下させていれば、テスカトリポカから疑問が入る。

 

 「良くやるもんだ。

 その回し蹴り、どこで覚えた?」

 

 端的に、吐き捨てる様に返した。

 李書文とシャルルマーニュに習ったのだ、と。

 

 肉体を作るところまで遡ればレオニダスやらも関わっているが、今はそこまで説明する気にはなれない。

 色々と頭に詰め込むものが多すぎる。

 彼もこちらの意図を察したのか『そうかい』とだけ返し、唐突に現れた新たな脅威に警戒心を強めながら都市部へと向かう。

 

 

 『──この、化け物が!

 うっ、うわぁぁぁ!!!』

 

 『ジェイ、おいジェイ!!!

 クソ、これがD()-()()()()()とやらで作り出した化け物か......!

 奴等め、どこでこんなものを......』

 

 先程の死体から持って来た端末に録画されている映像はここまで。

 気になったのはこの地獄を作り出した元凶であろうD-ウイルス。

 

 もし、映像の中にいる人たちが軍人なのなら、見る限り後4人はいるはず。

 この情報をテスカトリポカと共有し、ひとまず考えを共有した。

 

 「......軍人か。

 助けを求める事自体は否定しない、オレは柔軟に物事を見れる神な事はお前も知っての通りだ。

 ......本音を言えば、この体でずっと動き続けるのが怠くなってきただけだがね。

 行くか。

 さて、今度は当たれば良いんだが。」

 

 戦闘を避けながら進む中、少しだけ葛藤していた。

 さっきの生き返った様な現象を言うべきか、言わぬべきか。

 結局言う事は無かったのだが、言ったところでと思うのだ。

 それを認識できたのは自分だけ、その記憶を持つのも自分だけ。

 そんなもの教えられてもなんと言って良いかわからないだけだ。

 

 ゾンビを撃ち、取り付けられたナイフで首を切り、時に顎を蹴り上げ。

 だんだん慣れて来たなと感じる。

 ......たまに考えるが、これが人間だったら。

 

 果たして撃てるか?

 もしこんな感じに知り合いが這いずって来て、こちらを殺そうと爪を突き立てて来たとして、今みたいに首を切れるか。

 願わくば、そんな時が来て欲しくないと思う。

 

 工場地帯を歩きながらそう考えていると、網を通した向こう側でゾンビに襲われかけている人間を見つけた。

 目的の軍人でもゾンビでもなく、人間。

 この特異点に来てから初めて見た人間だ。 無言でテスカトリポカの方を向けば『はぁ』と息を吐いて頭をかき、一発威嚇射撃の様にゾンビの集団へ撃ち込んでは一歩を踏み出す。

 いくつかのゾンビはこちらを向き、歩き始めた。

 

 「......ま、お前のやることに意見は挟まない。

 結果が出た時に、あれこれ批評はさせてもらうがね。」

 

 ありがとうと一言だけ残し、工場横の階段を駆け上がって適当なところからジャンプして柵を飛び越える。

 ボロボロになったワンピースを着た女の子の腰を小脇に抱えて一旦距離を置き、適当な物陰に隠れさせてからゾンビへ視線を移す。

 銃を構えて危険を取り除こうと思い片膝から立ちあがろうとすれば、件の女の子に袖を掴まれて転びそうになった。

 

 危ないなと文句を言えば、涙目でさらに掴む力を強め始める。

 

 「いや、だって怖いんだよ?!

 女の子置いてってあの死体に構うのおかしくない?!」

 

 勿論おかしくない。

 その女の子を守る為にその死体と戦おうと言うのだから、少し黙ってくれないか?

 ほら、声に反応してこちらに来ている。

 しかし彼女はそれでも声を上げ続ける。

 やかましい。

 

 「いーやー!

 ひとりにしないでー!

 うう...... たまには遠出でもってここに来たのに、なんでこんな目にぃ......」

 

 もういいだろうか。

 さっさと対応しなくては、こちらも食われる。

 

 「みくだにいさん......

 なんでこんなちんまい人が助けに来るの......

 頼りない......」

 

 なにもうこの人きらい。

 馬鹿にされた事への文句を喉で抑え、強引に腕を振り払って銃を構えながらゾンビへと近づく。

 幸いにも大半のゾンビは足が遅い。

 たまに走ってくる奴もいるが、大した脅威でもなくなって来た。

 

 数にして5体、そのうち一体が腕を振りかぶって振り下ろしてくるが、体の外側に避けながら脇の下へナイフを滑り込ませ、肉を切る要領で引き切る。

 そうすれば腕は飛び、守ることの出来ない横側から頭へナイフを突き刺して引き金を引いた。

 

 残りは頭に弾丸を打ち込みながら倒していき、最後の一体はしっかりと狙って弾丸を喰らわせた。

 戦いの後に飛び散った血潮や臓器は見るのも嫌悪する様な見た目であり、D-ウイルスというのが相当のものだという事を教えてくれる。

 

 さっきの女の子の元に戻れば、何やらモゾモゾと落ち着かない様子。

 大丈夫かと手を差し伸べるが、涙がこぼれそうなその姿を見るに大丈夫ではない様だ。

 

 「大丈夫じゃない!! ちょっとあっち向いてて!!

 うう...... なんでこの辺トイレがないの......?

 もー、パンツが......」

 

 耳を塞いだ。

 他人の下事情など進んで聞きたくはない。

 と、油断したのも束の間。

 

 

 「きゃああっ!?」

 

 物陰に潜んでいた、牙が異常に発達した化け物が女の子へ襲いかかる。

 耳を塞いでいたせいで反応が遅れ、このままでは間に合わないと銃を構えたその時──

 

 「キョウッ!?」

 

 正確な銃撃がその立派な頭を撃ち抜き、化け物が動かなくなると同時に銃を持った容姿端麗な伊達男が現れた。

 金髪であるからかテスカトリポカかと思ったが、そうでない事は次の瞬間に始まった自己紹介で理解した。

 

 

 「無事か!?

 エージェントのメイソンだ、其方のお嬢さんは州知事の娘の友人で間違いないな?

 お友達からの願いで助けに来た。

 ......おっと。」

 

 「みーなーいーでーよー!!!」

 

 「......コイツは、失敬。」

 

 

 

 

 



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伊達男と不思議女

 

 「──てコトは、そっちの伊達男は合衆国のエージェント。

 そこのお嬢を助ける為にヘリで来たは良いが、テロリストに狙撃されて墜落、単独(ソロ)で任務に当たってる。

 ......こんな所か。」

 

 「ああ、飲み込みが早くて助かる。

 ......見たところ一般人の様だが、良くここまで生き残れたな。

 バイオテロは初めてじゃないのか?」

 

 「まあ色々経験して来たタチでね。

 そこでお嬢の擦り傷を治してる大将も同様だよ。」

 

 アメリカ合衆国を治める大統領や、大統領に州知事が要請することでその物事を速やかに解決する国家直属のエージェント。

 そこのエージェントであると自称するメイソン・シュライグの指示に従い逃げ込んだ小部屋にて、先程派手に転んだ女の子の膝に応急手当をかける。

 焼ける様な痛みの走る血だらけの傷が完治とはいかなくても歩けるまでに治る様子を見て、当事者の女の子は目を丸くして驚いている。

 治療を終えて立ち上がる様に言えば、恐る恐る足に力を入れると同時にパァッと表情が明るくなった。

 まるでウサギの様に飛び、部屋を走り回ってこちらに礼をしてくる。

 

 「すごいすごい、魔法みたい!

 ありがとー!」

 

 ......魔術であって魔法ではないのだが、まあ見るだけで言えばたいして変わらないのか。

 レフ・ライノールに似た様な事を言って半ギレにさせてしまった事を思い出しながら、深い疲れを癒す様に椅子に座り込んだ。

 実を言えば、ここにくるまで3()()()()()()()()()

 1回目は自分が爪の化け物に階段から落とされた事による死。

 2回目3回目はなんと、彼女が死んだ事によるやり直しだ。

 これで分かったのは『やり直しは自分の死だけがトリガーではない』という事。

 

 つまるところ、やり直しをせずに特異点を修復して帰るにはあの子も自分も守っていかなければならない。

 頼れるエージェントが現れたとは言え、難しい。

 

 結局のところ彼らはサーヴァントではなく人間で、この特異点における現地人。

 この特異点を産んだ黒幕について知っているかと聞けば、そこまで踏み込んだ事はわからないと帰ってくるのみだ。

 

 ふと気になったこととして、少し前にガンショップで見た端末を懐から取り出してメイソンさんに見せた。

 見覚えがある様で、身を乗り出して食い入る様に見てくる。

 ひっくり返してみれば裏にはECTFの文字。

 何か知っていないかと聞けば、戦友がいる組織だと。

 

 「ECTF、Emergency CounterTerrorism Forceは国連管轄下の対バイオテロ組織だ。

 国連管轄下と言っても部隊の人間の大半、それに指示を出すHQ(本部)はアメリカが担当しているが。

 この映像を見るに...... この街を地獄にしたのは()()()()()()()()()()で間違いないな......」

 

 自分自身で納得してそれ以上話さないレオンさんに横槍を刺すかの如く、そのパクストン・ボーイズとやらが何なのかを問う。

 情報は命だ、敵の行動理念がわかってさえいれば、ある程度の予測はできるのだから。

 

 彼は少し考えた後、こちらの目を見据えて話し始めた。

 その目には疑問、疑いの意思がこもっている様だ。

 

 「パクストン・ボーイズはここ数ヶ月、アメリカを騒がせているテロ集団でな。

 主に製薬会社に忍び込んで警備員や研究者を殺害、機密情報を盗んでは米国内に声明を上げている。

 軍も総力を上げてその潜伏先を探していたが、結局見つけられなかった。

 ゴーストの様に現れ、ゴーストの様に消える。

 足取りと呼べるものがゼロに等しかったのでは、天下のFBIもお手上げだ。

 なかなかのものだよ。」

 

 幽霊の様に現れて消える。

 まさかと思い、テスカトリポカとアイコンタクトをした。

 2人の予想が正しければ、そのテロ組織を動かしている、またはそのテロ組織に属する人間がサーヴァント。

 この特異点を作り出した張本人であり聖杯の保有者。

 

 そう言えばあの映像にて、パクストン・ボーイズはアメリカに宣戦布告をしたと聞いた。

 なれば映像があるはずだ、見せてほしいとレオンさんに願うが、彼は渋い顔を見せる。

 

 「......一般人だと言ったが、間違ったか?

 普通はここまで探ろうとはしない、そこまで詳しく聞こうとしてくるのはドキュメンタリー映画の監督か......

 ──それとも、また別の脅威か。 どうだ?」

 

 テスカトリポカ、メイソンさんが同時に銃を構える。

 一つの銃口はメイソンさんの脳天を狙い、もう一方は自分の眉間にあと数センチ。

 冷や汗が頬を伝い、一触即発の雰囲気と米国エージェントの殺気に気圧される。

 しかしここで礼を欠いたのはこちらだ、テスカトリポカに銃を下げる様に伝え、両手を肩ぐらいまで上げる。

 

 確かにこちらばかり探る様な事をしてすまなかった、非礼を詫びると前置いて、こちらが今置かれている状況を伝えた。

 カルデア、特異点、聖杯、サーヴァント。

 この世界がこちらから見て過去だと言うことも全て。

 

 それを聞いた彼は頭を抱え、横で聞いていた女の子はこちらの顔面に顔を近づけて未来の事を興味津々に聞いてくる。

 結局レオンさんは銃を下ろし、不満ながらも納得した様だ。

 そこの対応はエージェントが故の損得判断だろうか?

 それでも信じてもらえたのなら良かったと胸を撫で下ろす。

 

 「......ドキュメンタリー映画監督どころか、ハリウッド映画監督を拾ったか。

 分かった、ひとまず信頼しよう。

 これが宣戦布告の映像だ。」

 

 そう言って見せられた映像は、どこか古臭いもの。

 キッチリと隊列を成している装備に身を包んだテロリストの真ん中には少し前のイギリス人の典型の様な人が佇んでおり、淡々と宣戦布告を宣言した。

 言ってしまえば、面白みや驚愕の瞬間というものは微塵もない。

 しかし最後の最後、そのリーダー格が退場する時に見せた透明化に、テスカトリポカと並んで思考を確信に変える。

 

 「こいつはサーヴァントだな。

 霊体化してやがる。」

 

 「という事は、あんた達の目的はパクストン・ボーイズの壊滅か。 

 確かにそれならECTFを頼った方がいい。

 こっちとしても自分の端末が壊れてる。

 ECTFの方から合衆国に連絡してもらって脱出用のヘリを手配する必要があるんでな、暫くは共同戦線か。」

 

 頼りになる伊達男だ。

 彼女がついてくるのが心配ではあるが、それを補って余りある戦力増強だろう。

 

 マガジンを交換し、テスカトリポカを先頭にして歩き出した。

 後方はメイソンさんに、テスカトリポカが撃ち漏らしたゾンビは自分が処理をする。

 ......女の子は怖いのか、ピッタリとくっついたままだ。

 

 「怖いに決まってるじゃん!」

 

 じゃあ離れないで、守るから。

 そう言って崩れた家屋の影から現れた牙が発達した化け物へ2、3発弾を撃ち込み、その頭へナイフを突き立てる。

 ヒュウ、とメイソンさんが茶化すが、その余裕を見るにこんな状況にも慣れているのだろうか?

 

 「慣れたくはないが...... 少し前に巻き込まれたのさ、パクストン・ボーイズの起こしたテロに。

 それと、メイソンで構わない。

 期待してるぞ、おかしなナイト?

 死なない程度に気張ってくれ、こちらも死なない程度には支援するさ。」

 

 「ハ、戦士でナイトか!

 悪くない、称号は貰えるだけ貰っておけ!」

 

 「......さっきから、テスカトさん当たってなくない?」

 

 あー......

 いくら女の子でも言っていい事といけない事がある。

 他はともかく、これを言われた時のテスカトリポカは傷ついてしまうのだから。

 

 「さっきから女の子女の子って、私にも名前はちゃんとあるし!

 ニフラって名前があるの! 日本人だし!

 同郷!」

 

 日本人だったのか、思わず驚いて『えっ』と声を出してしまうが、それは彼女にとって地雷だった様だ。

 貸していた手に噛みつかれ、思わずのけぞって弾を外してしまう。

 カバーにテスカトリポカが入った事で事なきを得たが、かなり危うかった。

 

 「なめんなー!!」

 

 ......とは言うが、そう言えば何故ニフラはニューメキシコへ来たのだろうか。

 観光するだけならサンフランシスコとか、もっと有名なところはあったはずだ。

 何も選んでニューメキシコに来る必要はなかったはずだが。

 

 それを聞けば先程までの勢いはどこへ行ったのか、彼女は小さくなって考え始める。

 

 「うん、私もサンフランシスコに行こうとして──

 ......じゃあ何でニューメキシコに?

 どうして? わたしは何で......」

 

 自分の記憶に自信が持てないのか、震えながら自問自答を繰り返すニフラに声をかける。

 大丈夫か、しっかりして、と。

 しかし返事は返ってこず、彼女の回復を待つ暇も無くメイソンの声が飛ぶ。

 

 「旅行の話はストップだ!

 団体様がお出迎えしてくれるらしい!!」

 

 「死体の山か。

 普段なら喜ぶところだが、生憎今のオレは機嫌が悪い......!!」

 

 爪や牙の化け物── B.O.Wとやらと、多くのゾンビが気づかない内に自分たちを取り囲んでいる。

 どうやら、ゆっくり考えさせてもくれない様だ。

 

 ここを切り抜けなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死亡回数:4回

 



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最高に『』な鳥葬

 

 「ハァッ!!」

 

 「Tres-Dosってな!!」

 

 ニフラを守りながら、絶えず現れる化け物を撃っては蹴って、蹴っては切る。

 ずっとゾンビの叫び声を聞かされてウンザリする頃、一瞬の油断がどうしても生まれる。

 今回ソレが来たのは、銃のアタッチメントとして取り付けられたナイフで首を切ろうとした瞬間。

 いつもであれば首の骨にまで刃がいかない様切り付け、回し蹴りで骨を折っていたのだが──

 

 「! どうした!?」

 

 パキン、と甲高い金属音と共に金属の破片が宙に舞う。

 『折れっ』と途中まで言ったところで言葉が止まる。

 結局のところどんな出来事にも対応するエージェントではない一般人、一瞬の油断や動揺につけ込まれれば、歯を突き立てる特異な化け物への対抗なんて出来やしない。

 腕を切り取られて銃を失い、倒れたところへ鋭い牙が突き立てられる。

 

 肉を貪られる感覚と体が無くなっていく恐怖に包まれながら、伸ばした手をも食われて今回の光は消えた。

 

 

 

 

 ノイズが消えて、やり直し。

 今回は油断してナイフが折れたところからであり、『どうした』とこちらを心配する予定のメイソンへナイフを要求する。

 噛みついてくる歯が発達した化け物からの攻撃を後ずさりで避け、顎を閉じるために必要な筋繊維を大体で切り付けた。

 予想通り顎を閉じることができず攻撃能力を失ったソレを蹴り飛ばし、死を回避した。

 

 したはいいが、流石にこれ以上はジリ貧になると言うのはどんな素人でも即座に理解でき、三十六計逃げるに如かずを唱えれば他2人も賛同する。

 とは言え、逃げ道は限られている。

 階段は既にゾンビが封鎖しており、常識的な逃走経路は選択できやしない。

 ならば常識的ではない道を通るしかないだろう。

 

 メイソンにニフラを任せ、まずは自分とテスカトリポカが窓を破って飛び降り、トタンで出来た屋根へ体を叩きつける。

 絶え絶えになった息を整えながら先程までいた建物の3階を見れば、お姫様抱っこされたニフラを振り子のように揺らすエージェントの姿。

 意図を理解してこちらも腰を落とし、PKに臨むキーパーかの様に受け止めOKの体制。

 

 投げられた軽い女性の肉体を落下点に走って行って受け止め、ゴロゴロと回転して衝撃を受け流す。

 腕の中へおさまった彼女は先程までと違いひどく怯えた様子であり、弱々しくてとても見ていられない。  

 しかし立って逃げなければいけない以上、こんなところでうずくまり続けてもらっては困る。

 鼓舞する様な言葉をかければ彼女はある程度心を切り替えた様で、立ち上がって歩き出した。

 無理をした様な笑顔を見て、悪い事をしたなと思う。

 

 「ごめん、もう大丈夫。

 メイソンも無事みたいだから、取り敢えず逃げるんでしょ?」

 

 「ああ、急ごう。

 君がニューメキシコへ来た理由は落ち着いてからでも構わないが、良く生き残れたものだな、本当に......

 全く......ウェスコ隊長、一体何処にいる......?」

 

 

 

 

 

 『2014年 ニューメキシコ

 通信は繋がらない、テスカトリポカ以外の仲間はおらず、そのテスカトリポカもサーヴァントとしての力は殆どなく、本人をして『少し強い一般人程度』と。

 そんな絶望的状況から見れば、今は随分といい方だ。

 米国エージェントが仲間にいると言うのはかなり心強く、銃火器の扱いにも手慣れた様子で頼りになる伊達男と言った感じ。

 もう少しでこの特異点に突入してから1日が経とうとしているが、今のところ特異点解決の手がかりはテロ組織の中に必ずいるサーヴァント。

 レオンが言うにはECTFは対テロ組織で、テロの原因を撲滅するために動くはずだから事情を話せばそのテロ組織打倒までは力を貸してくれるだろうと言う。

 ......死亡後のやり直しについては、まだわからないことが多い。

 一つ言うのならば、まるでゲームのコンティニューの様な感覚。

 周りの人はそれを認知していないが、プレイヤーだけはその存在にしっかりと気づいてその上で記憶が残り、()()()()という未来を変えられる。

 今はまだ一桁だから大丈夫だが、これが数十数百と繰り返されれば──

 その時、心が無事である保証はない。

 人理修復なんて投げ捨ててしまうかもと言うこともある。

 ......今は、ただ前に進む事を考えよう。』

 

 

 「......ね、ちょっといいかな?」

 

 夜明け近く、日記を書き記していたところにニフラが肩を叩く。

 どうやら睡眠から覚めた様で、その表情は自分自身に疑問を抱いてその疑問に答えが出ていない様子だ。

 隣に座って膝を抱え、小さく包まって彼女は語り始めた。

 

 「少し考えてみたの、わたしがこの州に来た理由。

 ......なーんにも分からなかった。

 どうして日本を出たのかまでは分かっても、アメリカについてそれからは分からない。

 もやがかかったみたいに思い出せなくて...... 」

 

 仕方のない事だ。

 冷たく言うなら、彼女の記憶にこの特異点を超えるための重要な情報があると思えず、ただ巻き込まれただけの日本人の言葉に何があろうと言うのか?

 優しく言うなら、あそこまで不安定になる記憶なら塞いでおいた方がいい。

 

 そう伝えると彼女はそうかもね、と何処か達観した様な仙人的な声色を見せ、懐からあるものを取り出す。

 それはこの部屋にあったのであろうパン。

 手渡しで受け取り、腹が減っていたこともあってすぐに齧り付く。

 ......が、そうしてすぐに頬を染める。

 隣で微笑ましそうに彼女がみていたからだ。

 不思議と不快感はなく、羞恥があるのみ。

 

 「お腹減ってたんだー?

 にへへ、気にしないで食べてー?」

 

 そうは言っても気恥ずかしい。

 イタズラに微笑む彼女は、少しだけ元気を取り戻した様でちょっと良かったなと、朝焼けに思った。

 

 「......わたしは自分がわかんないけど。

 貴方は自分を見失わないで、歩いて行ってね。

 人理救うんでしょ?」

 

 

 

 

 

 「──2人とも、そろそろ行こう。

 今日歩いて行けば、ニューメキシコ南部の都市に辿り着けるはずだ。

 恐らくはそこにECTFもいる。」

 

 残り少ない弾数を数えながら、レオンからの指示に頷いて立ち上がった。

 ニフラを先に行かせて今度はこちらがバックアップに入ろうと言う時に、こちらもまたイタズラに笑うテスカトリポカが揶揄う様に聞いてくる。

 

 「嬢ちゃんと何話してたんだ?

 良ければこっちにも聞かせてくれ。」

 

 望む様な事は話していない、と少し不機嫌に返してしまう。

 別にそんなぶっきらぼうに返すつもりはなかったが、どうにも戦い続けるというのは自分が思うより心をすり減らしてしまう様だ。

 『そうかい? それは悪かった』と彼は言ったのち、ガラリと雰囲気を変えて肩に顎を乗せ、耳元で囁く様に優しく言葉が耳を撫でる。

 不快感がないのは神特有だろうか。

 

 「あの嬢ちゃん、人間とは少し違う。」

 

 驚いて振り返り、思わず聞き返した。

 それはウイルスに侵されているという意味か、はたまた別のものか。

 結論を急いでいる事はわかっている、今なら正直にアースさんの説教も受けよう。

 ただその言葉の真意を早く知りたかった。

 その捲し立てを止める様に『落ち着け』と頬を掴まれ、ほっぺが凹む。

 

 「ウイルスの方じゃない。

 どちらかと言えば()()()と同じだな。

 ......確証があるわけじゃない。

 が、気をつけておけという話だ、何もなければそれで良い。

 頭の片隅にでも入れておけ。」

 

 そう言って片手に銃を持ち、歩き始めたその背中を追う。

 ......人ではないとして、彼女は何なのだろう。

 だとしても、あの微笑みは敵意とは全く別な──

 

 

 

 

 

 

 「んっ! ありがと!」

 

 ニフラを引っ張り上げ、コンテナが倒れた事で橋になった道を歩く。

 やはりここまで来ると人口も多く、それにつれてゾンビの量も馬鹿にならない。

 しかしここから少し歩けばもう都市だ、そこに辿り着けさえすればゴールも見えて──

 

 「おいどうした、変なものでも食ったか?

 ......うお、どうしたよその目つき。」

 

 ......心臓が大きくドクンと揺れ動く。

 ここまでもあった兆候だ、こうして心臓が揺れ動いた先には強力な化け物や死ぬ可能性の多い場所が現れる。

 いわばチェックポイント。

 ここより先で死ねば、新たなチェックポイントを通過しない限りはここからやり直しと言うわけだ。

 銃を構えて周りを警戒しながらコンテナの橋を歩くが、幸いにもここはゾンビの登れる様な場所ではない。

 ならばこの先かと進むべき道に視線を移した瞬間、何故か体が宙に浮く。

 

 「兄弟!」

 

 「クソ、新しい化け物か!?

 ニフラ嬢は下がれ!」

 

 何者か、どこから現れたのか。

 そんな事を考えながらもがいている内、先程まで立っていた場所よりも少し高い場所へ叩き落とされた。

 ヒビが入った足を引き摺りながら体を起こすと、そこにいたのは人ほどの大きな背丈を持つ、巨大な鳥──

 

 「ギギギギギギ!!!」

 

 とは、似ても似つかない化け物。

 鳥の体、羽を持ちながら、その翼はうまそうな獲物を見つけた様に涎を垂らし、その顔は鳥の様にスリムなものではなくぶくぶくと太った人間の様なもの。

 

 銃を構え直すより早く、その翼がこちらに覆い被さった。

 痛い、苦しい、重い。

 様々な感情が入り混じる。

 羽の口に啄まれ、だんだんと無くなっていく体。

 叫び声をあげてもそれは周りに漏れる事なく、ただただ消えていくだけ。

 

 最高に『趣味の悪い』鳥葬である事は言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死亡回数:6回 

 






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甘やかしと限界点

 

 ノイズが取り除かれ、さっき心音が鳴ったところからやり直し。

 やはり手足をもがれて食われる感覚はいいものではなく、それを何回も経験してれば精神の磨耗も起きる。

 この特異点において危惧するべきはマスターである自分の死よりも心をすり減らした事による集中力の低下、それに付随する味方の死亡と雑な判断。

 先ほども歩いたコンテナの上を歩きながら、1人空に警戒する。

 正味、地上に関してはメイソンとテスカトリポカがほぼやってくれている。

 どう取り繕ってもこちらは素人、助かる話だ。

 

 ......思えば死からのやり直しに回数制限はあるのだろうか。

 ヘラクレスは10回そこらが限度だと言うが、この場合はどうなのだろう。

 まあ最善は死なない事だが、どうしようもない時というのはある。

 そんなどうしようもない時に死んで、それが偶然たまたま回数制限、打ち止めでやり直せなかったのならそれはもう仕方がない。

 死を受け取って召されるだけだ。

 

 「ギャアッ!!」

 

 さあ来た。

 待ってましたと言わんばかりに、空から迫る偽鳥へ弾丸を喰らわせにかかる、が。

 翼、顔、そして爪に見られるくすんだ白色の装甲らしき骨は鋼鉄の様な硬度を持つ様で、さして貫通力のないハンドガンではよくて傷をつける程度。

 4、5発打ち込むが致命傷は与えられず、二度目の鳥葬を拒否する様に横に転がってその爪による捕縛を回避する。

 ひとまずは危機を乗り越えた、ここから反撃──と、思ったその時、悲痛な叫び声が聞こえる。

 

 銃声と重なり合ってハーモニーを奏でるその声の方向を見るために立ち上がると、鳥の爪がニフラを掴んで空へと連れて行っているではないか。

 

 「クソ、害鳥め!!」

 

 ハンドガンを連射するメイソンと共にこれはまずいと焦り、鳥が高度を上げ始めた所へ向けて引き金を引いた。

 焦りを含んだそれは足の付け根を貫き、鳴き声と共に爪の力が緩む。

 そうすれば必然的に掴んでいたものは落ち、べちゃっと何かが飛び立った音が聞こえてくる。

 

 ああ、と後悔と自責を込めたため息を吐くと同時に、テレビの砂嵐の様に視界が包まれる。

 またやり直しだ、今度はニフラと一緒にあれを避けて──

 

 

 

 「嫌っ── が、ぉっ......」

 

 今回もダメだった。

 回避は出来たが、その後の展開が良くなかったのだ。

 テスカトリポカは弾が当たらない都合上ゾンビへの対処が主な役割であり、今回の鳥とは相性が悪い。

 そして自分はニフラを守りながらの戦いであるため、必然的にメイソン1人で戦う事になる。

 すれば火力は分散して鳥は増長し、歯止めの効かなくなった化け物は容易くその羽でニフラを食い荒らしてしまうと言うわけだ。

 次はニフラをテスカトリポカに任せ、メイソンと火力を集中させて鳥を叩き落とす。

 

 

 

 

 

 腹を貫く爪と醜く開かれた口を見ながら、今回ダメだったところを考える。

 メイソンとコンビで動くと言う考えは悪くなかった、自分が足止めをしながら誘き寄せ、奴の足が止まったところへレオンが火力を叩き込む。

 テスカトリポカもちゃんと守ってくれている。

 しかし、肝心の火力がいまいち足りていない。 それは2人が力を合わせたところで大した手傷を与えてられていないことからも分かる。

 

 こうしてやられているのも火力不足故の弾切れが来る、所謂ジリ貧からくる焦りが原因であり、このままやったとして未来は変わらないだろう。

 ......確か、その辺に軍人の死体があったはずだ、その死体から銃を拝借しよう。

 それでダメならまた別の方法を──

 

 「ウァァア......!」

 

 待ってくれ。

 ゾンビになっているなんて聞いていないんだけれど?

 まあ。

 まあですよ。

 これで軍人が使う様なアサルトライフルが手に入った、ちゃんと当てれば火力も足りるはずだ。

 このやり直しで鳥を仕留める。

 

 

 

 「......チッ! 弾が......!

 ──ニフラ!!」

 

 「い、嫌っ!!!」

 

 どうしてだ。

 確かにアサルトライフルはダメージを与えていた、マガジン一つ分とは言えリロード用の弾もあって、手慣れていそうなレオンに使ってもらった。

 それでも、それでもだ。

 これ以上何ができる? 努力はしたはずだ、配置を変えて新しいものを取りに行って警戒心を極限まで強めて。

 現地調達で限界まで頑張ったはずだ。

 

 それに加えて、いくら絶望したとして死は救済にならない。

 死ねばここに戻される。

 いわば、無限地獄の様なもの。

 

 最後にできることといえばひとつだけ。

 それをやって、通用しなかったら...... きっと狂ってしまう。

 

 砂嵐が晴れ、また橋の様になったコンテナの上を歩く。

 もう銃は構えていない。

 ポケットにしまい、このあとすぐに現れる奴に対する行動へ手早く移れる様集中力を高めた。

  

 何度目かの鳴き声が聞こえ、いつもの様にニフラを庇いながらファーストコンタクトを回避する。

 そして銃を構えて臨戦体制に入ったメイソン、テスカトリポカを諌め──

 

 「きゃっ、ちょ、ちょっと!?」

 

 「そう言うことか、それには賛成だ!」

 

 ニフラを小脇に抱えて一目散、敵前逃亡。

 脇目も振らずに走り、コンテナを飛び降りて金網一枚隔てた先の店へと逃げ込んで店舗の中にあった消化器を蹴り出して銃の引き金を引く。

 轟音と共に煙を吐き出した消化器を尻目に窓を破り、また別の家へと避難してカーテンを閉めた。

 少しだけ空いたカーテンの隙間から外を見れば、鳥はこちらを見失ってキョロキョロと首を回転させている。

 

 ソファにニフラを落とし、自分も座って深く息をついた。

 ドクンと心臓が高鳴ったのを感じ、ようやくあのコンテナ地帯を抜けられたのだと安堵する。

 しかし自分にとっては数時間のことでも、皆にとっては数分のことでしかない。

 今の数分にそこまで疲れることがあるのかと向けられた怪訝な目線に答える心の余裕というのは既にない。

 

 そんな疲れ切ったこちらを心配したのか、テスカトリポカが『少し待て』と前置いてポケットの中を探り始めた。

 マガジン2本を前座として出てきたそれは、奇抜な見た目の茶色い骸骨。

 

 投げ渡され慌てて受け取ると、フワリと甘い香りが漂って来る。

 飴?

 そう問うと、『まあな』とだけ端的に返してタバコを蒸す。

 

 「いわゆる『甘やかし』ってやつだ。

 戦いにおいて糖分は重要だ、頭の回転が早くなる。

 ......本当は終わった後に渡す予定だったがね、ドラマも映画もアドリブが重要だ。

 こう見えて柔軟なのは知っての通りだろう?」

 

 まあ、気を遣ってくれたのだろう。 

 彼は戦士であれば平等だ。 そして、この特異点に置いて敵であるゾンビはあくまで捕食者であり戦士ではない。

 爪のやつも歯のやつも、さっきの鳥も。

 戦士はここにいる3人と数人だけならば、こちらに肩入れしてくれるのも自明なのかも。

 アイシングクッキーの様な甘さの飴を食べながら、疲れ切った頭で考える。

 まだ朝だと言うのに消耗が激しい、どうしよう。

 

 さっき逃げて来る道中で軍人の死体からくすねて来た端末で動画を再生し、少し砕けてしまった飴をニフラの口に突っ込んだ。

 ぽりぽりと人参を食べるうさぎの様な姿はちょっと癒しだ。

 

 

 

 

 『隊長、ここにはもう......』

 

 『そうだな、恐らくパクストンボーイズはいない。

 だが生存者を探さない理由にはならない、生存者を探しながら俺達はショッピングモールへ向かう。

 まだ北部にまでウイルスは蔓延していない、念の為の避難誘導に協力し、北部にて奴らを捜索する。』

 

 『了解!』

 

 『了か── うおおっ!?』

 

 『フィリップ?! コイツは......!』

 

 『あ、ああ! うあぁぁあ!!

 ......ぐっ、馬鹿みたいに高い所から落としやがって......

 足が...... !!

 くそ、ゾンビどもが!! ぐおぉぉお!!』

 

 

 

 ......壮絶な最後だ。

 鳥によって空から落とされ、動けないままゾンビに食われる。

 嫌な話だ。

 しかし、この映像内の彼のおかげで向かうべきところは分かった。

 ニフラが言うにはここからショッピングモールまでは数キロ、急げば離脱するECTFの移動についていける可能性がある。

 立ち上がり、前を向いた。

 困難に立ち向かう事。

 それこそがもらった甘やかしに対する、最高の返礼品だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死亡回数:10回

 






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思い出を写真に

 

 到達したのはショッピングモール。

 道中相見えた怪物たちもあの鳥を基準に考えればそれほどの脅威ではなく、この道中苦戦する様なことはなかった。

 自動ドアの電源が落ちてただの重たい鉄扉となったそれを開け、あの1番に目に入ってきたのは見渡す限りの食料。

 冷凍食品は死んでいるだろうが、野菜やレトルトなどはご存命のはずであり、ここに来るまで碌な飯を食っていなかったことを考えればテンションアップも必然だ。

 はしゃぎたくなる気持ちをグッと堪え、後ろに警戒しながら店内へと突入していく。

 

 ......さて、こうして考えている分には、『大した危険もなくショッピングモールへたどり着いた』と思われるかもしれない。

 実はそうではない。

 何を隠そう、後ろには──

 

 「ギッギッ!」

 

 さっきの鳥が扉を破らんとその爪を突き立てているのだから。

 冷や汗をかきながら下唇を噛み、自戒に意識を割きすぎない様心をコントロール。

 今はこの状況を乗り切らなければならない。

 テスカトリポカとニフラからの視線が心を刺し、ちょっとその辺に寝転がって居たくなる。

 

 「兄弟、結果が出た後の批評に期待しておけよ。」

 

 「んー!!!」

 

 声を上げて文句を言えばゾンビが現れることを知っている以上、ニフラがそういうことを言ったりはしない。

 しかし涙目で頬を膨らませてこちらに視線を向けられれば何より罪悪感が勝る。

 

 何故こうなったのか?

 端的に言えば、自分の落ち度である。

 

 

 

 ショッピングモールへの道すがら、そう言えばアサルトライフルの回収を忘れて居たことを思い出す。

 だが、既にあの場所から遠く離れている以上、どうやっても回収は不可能。

 諦めようかと思って歩いていたその時、横目に映ったのは軍人の死体。

 その死体の服装やワッペンから察するにECTFであり、どうやらここまで追ってきた彼らの舞台はリーダーを除く皆が死んでしまったらしい。

 

 話を戻して、その死体が抱えていたのは大きなスナイパーライフルと数発の弾。

 今後あの鳥の様な怪物が多く出て来ることを考えれば、 持っておくに越したことはないだろうとメイソンの静止を厭わず走り出した。

 幸いにして周りにゾンビはおらず、完全にフリーな状態でライフルと弾を回収、ホクホクで戻ろうと振り返ったその時。

 

 「......」

 

 出会ってしまった、この場合は再開したと言った方が正しいか?

 目の前に突如現れた鳥の無言の一撃をすんでのところで避け、今に至る。

 

 とは言え不幸中の幸いと言えるのは、こうしてショッピングモールに逃げ込めた事だろうか。

 なんとかのショッピングモール、天井が低いおかげで鳥が侵入してきてもその飛行能力は制限される。

 幾分狙いもつけやすくなり優位な状況と言うわけだ。

 

 それに加えて、先程の死体から貰ったのはスナイパーライフルだけではない。

 一旦物陰に隠れ、リロードを行うテスカトリポカとメイソンに小さく耳打ちする。

 鳥に居場所がバレない様ひっそりと。

 

 正味、自信があるかと言われれば......ない。

 しかし各々が最善を尽くせば成せる様な作戦だ、そこに間違いはないとはっきり言える。

 2人を真っ直ぐと見つめて、嘘偽りなく戦士として参加を願った。

 

 レオンは少し長く瞼を下ろし、リロードしていたハンドガンを腰にしまってライフルを取り出した。

 信じるものを持つ同士の繋がり。

 それを心に宿し、地獄を駆け抜けてきたからこその信頼を銃に込めるかの如くスライドを引く。

 

 「......やって見せるさ、ここまで来て止まるなんて言うのはシュミじゃない。

 色々とやるべき事もあるからな!!」

 

 テスカトリポカには作戦において最も重要なファクターを手渡し、突き出された拳にこちらの拳を合わせる。

 

 「兄弟、覚えてるか?

 いつだかに言っただろう、オレは敵いようのない脅威と戦う人間を、殺されようとも諦めない人間を、戦士として優遇する。

 ......つまりはそういうことだ。

 こう見えて俺は賭けてるのさ。」

 

 コクリと頷き、作戦開始のトリガーであるハンドガンの引き金に指をかけた。

 2人とアイコンタクトを取り、鳥の意識が油断するタイミングで──

 

 「行け!!」

 

 発砲し、作戦が始まった。

 手始めに自分が適当に引き金を引いて相手の気を引き付け、遮蔽物などをうまく使いながら逃走する。

 1番警戒すべきは羽だ、爪を避けたとして連続で羽が振られた時が最も危険。

 頬を掠って切れた傷口から垂れる血の温もりに不快感を覚えながら、ライフルを構えるレオンを基準に縦軸を合わせる様にただ逃げる。

 

 「.こんなところにまで来て、狩りの真似事をする事になるとは!

 楽しめないのが残念だよ!!」

 

 轟音と共に鋭利な弾丸が飛び、鳥の右翼を貫いて壁に突き刺さった。

 予想通り高度を落としたその姿にチャンスを感じ、レシーブをする様に手を組んでその上にテスカトリポカの足を乗せて放り投げる様に持ち上げた。

 

 「チッ!」

 

 しかしここで予想外が発生する。

 自分の力が足りず、ギリギリでテスカトリポカの高度が足りないのだ。

 だがそこはサーヴァント、咄嗟の判断で拳銃に付いた斧を鳥の翼に引っ掛け、体の揺れによる勢いを利用してもう一段飛び上がった。

 風の様に軽やかなその動きに思わず『ナイス』と言ってしまうほどで、流石夜の風(ヨワリ・エヘカトル)と言うだけはある。

 

 鳥の背中に立つと振り落とされない様力強く皮膚を掴み、先ほど手渡された物の電源をオンにして後頭部に貼り付ける。

 飛び降りて衝撃を吸収するために転がったテスカトリポカが立ち上がる横を通り過ぎ、手元にあるリモコンに手を掛けた。

 

 そう、テスカトリポカに渡していたのはリモコン爆弾。

 ECTFの人から受け取った物。

 

 「──BON!」

 

 テスカトリポカの指パッチンと同時にスイッチを押し、爆音と共に熱、肉片が飛び散り、こちらに向かって来ていた鳥は翼を無くして地に落ちる。

 しかしまだ息があり、這いずって逃げようとするソレの前に立って3つの銃口が向けられる。

 

 音にして10発。

 もう鳥の鳴き声は聞こえない。

 

 

 

 

 

 

 リモコン爆弾で崩れてしまった天井を見ながらエレベーターのボタンを連打するが、やはりエレベーターは降りてこない。

 上にあがるには崩れた天井を登るしかないか。

 ニフラを小脇に抱えて登ろうとする準備をしようとしたところ、先んじて誰かが上から降りて来る。

 咄嗟に銃を構え、横にいたニフラを背後に下げた。

 

 埃の舞う中から現れた人影は銃を下ろし、疑問符を浮かべながらこちらを見た。

 その視線はレオンの方向に向き、更なる疑問符を浮かべている。

 

 「──メイソン!?

 彼らは民間人か? それにどうしてここへ?! いやそもそも、パクストン・ボーイズの自爆テロに会いながらよく......」

 

 「......ウェスコ中尉、話は後だ。

 合衆国のオペレータールームに連絡は出来るな?

 そうだったらヘリを要請してくれ、こっちの端末は奴らに喰われた。」

 

 ウェスコ中尉と呼ばれた強面の黒人らしき様相の軍人は驚きながらも無事を喜ぶ複雑な表情を見せながら、再会を喜ばんとする感情をメイソンに急かされ仕舞い込む。

 こんなところに来る軍人などECTFしかおらず、ならば彼がECTFのリーダーか。

 

 ウェスコと呼ばれた彼は怪訝な顔をしたまま通信機を繋げ、合衆国司令部に通信を繋げてメイソンとニフラを回収するためのヘリを呼び出そうと話をつける。

 しかしここはニューメキシコ南部、高い建物はそうそうなく、ヘリの着陸に不安があるとスピーカーから聞こえてきた。

 

 「それならECTFのヘリで行こう。

 屋上にもう停めてある。

 民間人とメイソンを州外で下ろして、俺たちは首都のサンタフェに向かう、それでいいか?」

 

 「ああ、だがこの2人は民間人じゃない。

 ......説明はそっちからしてくれ。」

 

 放り投げられた説明の権利を受け取り、最初からまた人理修復の云々を伝える。

疲労感に塗れた体を休める様に地に座り込んだメイソンにありがとうと一言礼を伝え、何が起きているのかわかっていない様子のウェスコ中尉へとメイソンの時と同様の話を始める。

 正直疲労が溜まっていてちゃんと説明できたかが不安だが、メイソンの存在と手渡したECTF隊員の端末を見て信じてくれた様だ。

 

 「そうか...... わかった。

 皆ヘリに乗れ、ひとまずニューメキシコを出る。」

 

 ECTF隊員、ウェスコ・リンダートの指示に従ってヘリに乗り込んだ。

 既に運転席には別の隊員が乗り込んでおり、よろしくお願いしますと最低限の礼儀を見せる。

 

 ドアを閉めて左右を確認すると、ニフラが何やらモゾモゾと何かを取り出して手に持ち、パシャリとシャッターを切った。

 どうやらショッピングモールからインスタントカメラを持ってきていた様であり、せっかくだからと撮ったのだろう。

 

 「えっと...... はい!」

 

 そうして手渡された小さな写真には険しい顔をしたメイソンとウェスコ、外を見るテスカトリポカ、驚いた顔の自分とニフラが写っていた。

 びっくりするほど統一性が無くて、何か面白い。

 

 「特異点ってところを直したら残るのは思い出だけなんでしょ?

 だからこうして形に残しておくのがいいと思う!

 ね!」

 

 カメラと写真を受け取り、ありがとうとだけ返した。

 そろそろ首都近くであり、この辺から軌道を変えてヘリは隣の州に出ていく。

 

 ニフラやメイソンとはお別れかと思っていたところ、何かが割れる音と共にヘリがガクンと大きく揺れた。

 何事かと運転手を見れば、その脳天には穴が空いていて脳漿が垂れているではないか。

 ウェスコが咄嗟に操縦桿を握るものの一度落ち始めたヘリはもう浮き上がることはない。

 鉄塔に突っ込むヘリから放り出されそうになったニフラの手を掴まんとメイソンと同時に手を伸ばし、こちらが彼女を掴んで引き寄せ、そのまま脱出する様に高度のある場所へと飛び出した。

 『チッ』と火花が散る様な音が聞こえ、人1人乗っていない乗り物は鉄塔へと突入。

 ヘリの激突した鉄塔は支えを失って倒壊し、轟音と共に街に向かって倒れ、大通りまでの道を分断した。

 

 

 燃える街。

 ここはサンタフェ、ニューメキシコの首都である。

 そして──

 

 

 

 

 「命中しました。

 ヘリは落ちた様です。」

 

 『......面倒だな、まあ孤立は都合が良い。

 どうとでも始末がつく。』

 

 「しかし貴方は我らの柱です、ここは我らに──」

 

 ブツ、と切れる音が聞こえて来る。

 

 「......私に口答えをするな、貴様らが選んだD()の被験体が貧弱だったからこそこうして私が直接行かねばならなくなったのだから。

 全く、貴様らもインディアンどもと変わらんな......」

 

 踏ん反り返った態度の英国人が1人。

 燃える街の室内から地獄を見る。

 その手には、聖杯が炎の光を乱反射させていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死亡回数:10回

 

 



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私の正体と君の理由

 

 燃え盛る街の一角。

 炎の音と呻き声が埋め尽くすその中で、瓦礫の中から覆うものを押し上げてふたつの人影が現れた。

 片方はその強靭な肉体に幾つかの傷を受けているものの、問題なしとでもいう様にライフルを構えて周囲の警戒に努める。

 もう片方はというと右腕が異常な方向へと捻じ曲がっており、銃を構えるどころかゾンビに襲われたとして碌な抵抗もできずに食われるだけだろう。

 そんな彼に守られた女性は瓦礫の山に倒れ込んだ彼に駆け寄り、顔を顰めながら頭部から滴る血を服で拭った。

 

 「これは酷いな...... このハーブを食べるんだ。

 メイソンも愛用してるんだ、いくらか楽になる。」

 

 「ごめんね、私なんか庇ったから......」

 

 私なんかというものではないと彼女を諌め、残った左手を伸ばしてウェスコから受け取ったハーブの粉を口の中に入れる。

 草特有の土臭さと爽快も行き過ぎれば毒になる様な清涼感に吐き戻しそうになりながら飲み込むと同時にブルルと震え、ふわりと麻痺する様な感覚で彼の言う通り()()()()()()になった。

 メイソンが愛用していると言っていたが、彼はこれを食べてはいなかったな。

 それだけ被弾が少ないのだろう、すごい。

 ......で、楽になったとはいえ、だ。

 

 見るのも嫌になるほどズタズタの右腕と落下の際に無くしたハンドガン。

 正直言って戦力としての期待はしないで欲しい。

 礼装での支援に関しても墜落の際に無理して使った『オシリスの塵』のせいでしばらくは使えそうにない。

 やはりというか何というか、クールタイム無しでの連続使用は負担をかけるか。

 誰も死ななかったのだからOK、か?

 少しぼやけた視界を上に向ければ星が見えていた...... が、急に頬の両側を掴まれて地上に引き戻された。

 ゴキッとなった首の痛みはハーブで誤魔化されたが、それでも違和感は残る。

 どうしたのかとその行為に走ったニフラ本人に問うと、彼女は下を向いたり深呼吸したり『んー』や『えー......』と煮え切らない態度をとった後、しっかりとこちらの目を見据えて話し始めた。

 

 「その、ね。

 もうテスカトリポカさんに言われてると思うし、私としてももう君に隠す必要はないから...... 今から()()()()けど、あんまり驚かないでくれると嬉しいな。

 あ、勿論ウェスコさんもね。」

 

 「? 君は何を言って── って、おい?!」

 

 そう前置いて彼女はその爪を思い切り手首に突き刺した。

 ウェスコの静止も聞かず突然奇行に走ったかと思ったが、テスカトリポカにもう言われていると言った彼女の言葉を元に記憶を探って彼の言葉を反芻した。

 

 『どちらかと言えばオレたちと同じだな。』

 

 オレたち、詰まるところは神。

 それを基準に考えるならば彼女はその類の生物なのか?

 その疑問を口にする暇もなく、彼女はその手首から滴る鮮血を大きく開けた口に垂らして飲み込んだ。

 

 「まっず。」

 

 吐き捨てる様に、後悔する様に放った言葉を合図にするかの如く彼女の身体を光が包む。

 その眩い光に思わず左手で目を覆い、それが収まる頃に腕を退かして見てみれば驚きを隠せない。

 それはウェスコも同様で、現れたソレに銃を構えたと思えばすぐに唖然とした表情へと変化する。

 

 『──ちょっと待ってね! んー......!!』

 

 ニフラが変化したのは、何かを間違えた様な()()()()()()

 赤い目に白い体毛が月明かりを反射する、可愛らしい草食動物だ。

 驚くこちら2人を気にせず力み始めた彼女は目を閉じて震え、それこそ本来のウサギならトイレでも始めたのかと思う状況。

 しかし出てきたのはウサギのフンではない。

 それは背中から分裂する様に現れ、可愛らしく『キューキュー』と泣きながら1匹が自分の頭に登り始めた。

 他の3匹は肩に乗ってこちらを舐めたり、服の袖を食んだり。

 手のひらサイズのウサギから目を離して巨大な方を見れば、また唸り声を上げて人型に戻り始めた。

 カルデアにいる英霊でもこんなのはそういない。

 

 そうして人間態に戻った彼女は先ほどまでと少し違った様子に変わっており、純白で長かった髪は肩にかからないほど短くなってその身長もどこか低くなった様だ。

 そうして戻ったニフラはこちらに近づき、その辺をうろちょろしていた子ウサギを鷲掴んでこちらの口に捩じ込んだ。

 

 「はい、食べる!」

 

 「何してる!?」

 

 モゴモゴ言いながら抵抗するが自主的に口内を進んでくるウサギには敵わず、小さくて可愛い生物は食道を通り過ぎた。

 可哀想とか可愛かったのにとかほんのり甘いな、なんて考えていれば、ドクンという強烈な心臓の音と共に右腕が意思とは別に動き出す。

 不思議と痛みはなく、ぐしゃぐしゃだった物が真っ直ぐに戻っていく感覚だけがあった。

 動きが終わり、静かになった右手に力を入れてまた驚く。

 

 なんと、動くのだ。

 それも疲労感など無くスムーズに。

 

 それを見たニフラはホッと胸を撫で下ろし、親指を立てる。

 一体何が起こったのか?

 完全に回復した体を起こして子ウサギを抱え、少し下を向いて彼女に問えば諦めた様に微笑んだ。

 

 「そうだねえ、色々あるよ。

 まず私はテスカトリポカさんとおんなじ様に人から信仰を集めることで生きている、神様みたいなものかな。

 その中でも位は最底辺なわけだけどね、土地神というやつ。」

 

 色々と言いたいことはあれ、そんな神様が何故こんなところに?

 それこそ神様ならスーパーパワーの一つ二つは持っていそうなものだ、ゾンビから逃げ回る必要も無いのではないか。

 そんな疑問を彼女は自嘲しながら否定する。

 

 「あまりテスカトリポカさんと比べないでよ!

 ......その、私やその兄妹は最初から個人として強力な力を持ってたわけじゃ無くて、信仰があるから生まれて信仰が無くなれば死ぬ存在。

 今のわたしって信仰ゼロで、もう少しで死んじゃうの。

 今みたいに神様モードに戻って何かすれば、信仰っていう弾丸じゃなくてわたし自身の存在を使うことになる。

 こうして小さくなっちゃうわけ。」

 

 つまり、今こうして頭に乗ってるこれは彼女自身。

 身を削って作ったものと言うわけか。

 信じられない神は誰かに惜しまれることもなく消えていくと言うのは、何か寂しいものがある。

 

 「そう言ってくれると死にゆく者としては嬉しいな。

 ......まあ、どうせ死ぬならって事で死んじゃった村の人んちに忍び込んで、服とお金を貰ってアメリカに来たのです!」

 

 「......よく空港を通過できたな。

 パスポートはどうした?」

 

 「兄さんに頼んで顔とかを変えてもらった!

 わたしと違って兄さんは信仰者が多いから!

 でも、ニューメキシコに何でいたのかはわかんないんだよね。

 レオンにわたしの救出を頼んだ娘はちゃんと助けたからわかるんだけど。」

 

 話を聞くだけ聞いても結局なぜニューメキシコにいるのかは分からずじまい。

 しかし紆余曲折ありながらも傷は治り、どうにか動けるどころか完全回復にこぎつけた。

 メイソン達との連絡手段は無いがひとまず目に見えるビルを目指して歩き出す。

 しかして武器がない。

 ウェスコに何か無いかと問えば、少し葛藤の表情を見せた後に空のハンドガンと数個のマガジンが投げ渡される。

 

 「君が使っていたハンドガンよりも口径が大きい。

 反動に気をつけて使え。

 民間人に銃を持たせるのはあまり気が乗らないが、状況が状況だ。

 行くぞ。」

 

 彼もそういう職の人間として思うところがあるのだろう事はすぐにわかった。

 しかし地獄を生き残るために武器が必要なのは軍人でも一般人でも同じ事であり、そこに区別は存在しない。

 銃を受け取って手慣れた感覚でリロードを行いながら、先導するウェスコの背中を追う。

 

 ふと、彼に聞いて見た。

 戦場に来て後悔はしないのかと。

 

 彼は隊長だ。

 ならば部下がいて交流して、仲良くなることもあるだろう。

 そんな大切な部下が自分を残して死んでいく姿を見て何故そこまで冷静になれるのか、悪気ない無邪気な好奇心がその問いを喉から押し出す。

 それに一瞬の間を置いて、彼は腰からドックタグを取り出した。

 ジャラリと鉄同士が幾重にも重なって鳴る音が耳に触れ、それは彼が失ってきたものを映している。

 ジェフ、リード、マルコ、キートン。

 そしてメイソンと書かれたものも。

 見えただけでもこれだけの人間が化け物との戦いで命を落としている。

 

 「......彼らはテロを、パクストンボーイズを滅ぼすためにECTFに参加し、そして死んでいった。

 その中には俺の跡を継いで欲しいと思った、信頼した部下もいた。

 彼の、彼らの残したものと共に俺は戦い続ける。

 意思を継ぐ者として、後悔している暇は無い。

 ......メイソンが生きていたのなら、これを返さなくてはな。」

 

 彼は振り返り、人差し指をトントンと2度こちらの鳩尾に当てた。

 

 「君は人類最後のマスターと言ったな?

 正直信じ切れてはいなかった。

 君の様な子供には荷が重過ぎると思っていたが、ヘリが墜落する中で最悪を回避したのは君のおかげだ。

 だからこそ、四つの世界を渡ってきたと言う君に聞きたい。

 ()()()()()()()()()()()()

 世界の人の為か、自分の為か?

 ......ただ大人の言葉に従って行くのでは、何処かで必ず相棒を失う。

 俺がそうだったからだ。」

 

 クリスからの問いに答えることができない。

 彼が指を当てた所にある自分の心の中には何も無いのだ。

 そうだ、自分はずっと、町を出る時もカルデアに来た時も特異点を修復する時も、どこにだって『誰かの為』や『自分の為』という気持ちは存在していなかった。

 自分を動かしていたのは全てを終えた後にあるものへの渇望では無く、目先にあるものの打倒。

 レフ・ライノールから、その矛先は特異点の主へ。

 先は先でも目先しか見ていなかった自分に、何のためだとかは考えたことがなかった。

 ただマスターになったからには、という義務感だけの人形。

 

 「答えられないのなら今はそれでもいい。

 ただ、この特異点とやらを直した時に教えてくれ。

 君の戦う理由を。」

 

 考えながら進むことにした。

 自分の戦う理由は何処にあるのだろう。

 

 ウェスコに一つだけ聞き返す。

 自爆テロに巻き込まれた彼、メイソンとはどんな人物なのかと。

 

 「メイソンか?

 一言で言えば面白い奴だ。

 どんな時でも空口を叩いて緊張する新兵を和ませたり、それこそ女性が敬遠する様なギャグで男の笑いをかっさらったりな。

 だからこそ...... あの自爆テロで彼のいた場所に残っていたこのタグを見た時、俺は相棒を失った様な気持ちを味わったよ。

 このテロを終わらせたら彼ともう一度酒を飲みたいものだ。

 しかし、急にどうしたんだ?」

 

 何も無いと返して歩く。

 今はビルを目指して、神様のニフラとその子ウサギと共にただ、ただ、ただ。

 

 『ガンバレー』

 『オイシイヨー』

 

 よく喋る饅頭みたいなウサギである。

 

 

 

 

 死亡回数:10回



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餌と捕食者のカニバリズム

 

 「ヌゥア!!」

 

 強靭な肉体から繰り出される拳骨は容易く腐り始めた肉を裂き、骨を砕いて吹き飛ばしてはその先にあった窓ガラスを突き破った。

 ウェスコの肉体は伊達では無い。

 腕の太さはニフラの腹周りぐらいはあり、その剛腕から繰り出される拳をくらう痛みは想像できない。

 自分も彼に見習ってカウンター気味に裏拳を入れてみるが大したダメージにはならず、親から引き継いだこの華奢な身体に少しだけ不満を抱いた。

 とは言え決定打を与えられないわけでは無い、ゾンビの首を掴み小脇に抱えて身体ごと地面に叩きつければグシャっという音と共に血飛沫が舞った。

 メイソンのやっていた事を真似ただけではあるが、なかなかの破壊力。

 ニフラはドン引きしている。

 

 だが、やはりゾンビの1番驚異的な所はこの数。

 視界を埋め尽くす程の肉食生物がいるというのは世が世なら発狂ものだろう、ひとまず足早にこの集団戦を切り抜ける為ニフラをウェスコに抱えさせ、その懐から円柱型の危険物を取り出した。

 想像よりも固いピンを抜き、彼ら(ゾンビ)の侵攻を妨げる壁を展開する様にしてそれを投げれば、辺り一帯は火の海へと変化した。

 焼夷手榴弾というのは恐ろしいもの。

 内側の肉が露出し外に脂肪が出てきているゾンビにとって火は天敵のようなものであり、爆発と共に現れた火炎の波に飲まれた数体は瞬く間にその活動を終えていく。

 

 彼らが騒乱に巻き込まれているうちにドアを閉め、一先ず誰も来ない様な裏路地へ逃げ込んだ。

 肩を上下させながら息を整え、ニフラの無事を確認して道なりに路地を進んでいく。

 先程とはまるで違う静寂の世界がそこにあり、家屋をひとつ挟んだ先から呻き声や燃える音は聞こえるもののこの道自体に何かB.O.Wが居るような気配や声はしない。

 

 そんな比較的安全な地帯を進みながら、どこか脳天気に見える様子でニフラが声を抑えて語りかけてくる。

 

 「でもすごいねマスター君。

 今の私よりもっとずっと強いんだもん、そういう鍛錬とか、マスターになる前からやってたの?」

 

 そうでは無いと銃を握ったままの右手を振って答えた。 

 そも故郷では鍛えるとか鍛えないとかを考えた事はなく、それこそそういう類のことをやるのは学校の体育ぐらいなものだ。

 それに銃はどんな事より練習が楽に感じる。

 手に走るピリッとした痛みに慣れて反動の受け流しを習って、あとのリロードや装填の仕方とかは大概勉強すれば良い。

 一般的には違うだろうが少なくとも自分はそう。

 格闘については...... レオニダスとシャルルマーニュのおかげ。

 ああ、シャルルマーニュの明るさが懐かしい。

 早く特異点を解決して共にご飯を食べたいものだ。

 

 そんな話をしている一方、路地の行き止まりへと突き当たる。

 そこには強固な鉄の扉があり、ウェスコがガンガンと3度ノックすると生気の薄れた返事が返ってきた。

 

 「誰かいないか? 入れてくれ。」

 

 「......ゾ、ゾンビは......」

 

 「猫の1匹もいない、俺と後2人だけだ。」

 

 少しの時間をおいて覚悟ができたのか、かちゃりとゆっくり鍵が開く音と急いで扉から離れていく音がその向こう側から聞こえてきた。

 臆病者、と言うつもりはない。

 それが当然の反応だし、なんやかんやでこのバイオハザードが始まって少なくとも1日半は経っている。

 心が限界なのだろう。

 

 扉を開けて敷居を跨ぐ時にニフラと2人で『お邪魔します』と言って入っていけば、そこでは2人の男女が毛布にくるまってビクビクと震えている。

 戸棚の上を見ればきっと家族であろう3人の写真が飾られているが、周りを軽く見渡しても何処にも3人目の家族らしき人はいない。

 少し注意深く見てみれば、キッチンの方に赤黒い何かが飛び散っているではないか。

 ......その判断を責めるつもりは無いし、自分にそれをどうこう言う権利もない。

 だからこの話はここでおしまい。

 おしまいで、いいんだ。

 

 センチメンタルに包まれていると、包んでいるものを切り裂くような叩き壊すような声が横から聞こえてきて思わず振り向いた。

 そこでは男の方が涙ながらにウェスコへ慟哭をぶつけており、憔悴しきった様子の女性は必死にそれを止めようとしている。

 

 「──どうしてもっと早くに来てくれなかったんだ!!

 あんたらが、ECTFがもっと早くに来てくれれば、俺達は...... ()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 「......すまない。」

 

 カニバリズムとは、忌避すべき事だ。

 だからそれを容易く行うゾンビは恐怖の対象となりうるし、パニックの種火にもなる。

 掛けられたカレンダーを見るに印をつけ始めたのが4日前である事を考えれば、もう備蓄もあるまい。

 

 無情に心を痛めていると、ふと肩を叩かれてニフラの方を向いた。

 彼女が指差したのは窓の外であり、その先にはキラリ光る何かがある。

 

 「なんだろ、あれ......」

 

 あれは何か、ウェスコに聞いてみようとそちらを向けば、突っかかっている男の人の首に向けてその光から放たれたポインターが狙いを定めていた。

 まずいと即座に判断してクリス達に伏せるよう呼びかけるが時すでに遅し、窓の割れる音と同時に男の人の身体が横へ吹き飛ぶ。

 

 「あなた!? あなた!!」

 

 「クソ、スナイパーか?!

 ......っ、彼から離れろ!!!」

 

 夫に駆け寄る妻は泣きながらその胸に縋り、一方のクリスはその行為を否定するように離れろと叫ぶ。

 しかし愛する人を失った妻がそのような忠告を聞くはずもなく、ただただ泣いている内に男の身体が蠢き始めた。

 よく見てみれば着弾地点である首には先が針になったアンプルが突き刺さっており、毒々しい赤色が煌めくその液体は吸収されるように、自身から体内へ侵入していくように針を伝って行く。

 

 女性が動揺する暇もなく強烈な音と共に異常に発達した肋骨が彼女を貫き、外骨格のように白い骨がぐちゃぐちゃにまとまった2人を包み、一瞬の静寂がその場を包んだ。

 

 「気をつけろ、この殻はきっと──

 ぐっ!?」

 

 しかしその静寂も長くは続かず、窓の外から突入してきたのは堅牢な装備に身を包んだ軍人のように見える、人間。

 ナイフが顔面に刺さる紙一重でウェスコは受け止め、カウンターで投げ飛ばした敵が壁に激突すると同時に息着く暇もないタックルで窓の外へ自分ごと押し出した。

 

 攻防の最中、何処にいても響くような声音で指示が届くと同時にニフラを後ろに下げる。

 

 「くっ...... そいつは恐らくウイルスを直接打ち込まれた化け物だ!

 少しの時間を置いて、おそらくその殻から飛び出してくる! 俺が戻るまで耐えろ!!」

 

 その言葉がこちらに届くと同時にピシッと殻にヒビが入り、その中から現れた化け物は元になった人間2人とは似ても似つかないモノ。

 見てわかるほど強靭な鱗、刃物のように鋭利で長い尾。

 そして何より目を引くのは過剰とも言えるほど生えているその歯であり、細かいノコギリのような返しは奴に噛まれたらただではすまないことを誰でも分かるように示している。

 

 「──い、いやぁ!? 

 わ、ワ、ワニィィィ!!? たすっ、たすけ、あ〜!!」

 

 うるさい!

 臆する気持ちも分かるが、ここに来て初の一対一。

 正直自分も誰かに助けて欲しいが、こんな地獄では助けを呼んでも誰も来やしない。

 見た目よりも数倍俊敏に三次元的な動きを見せるワニ型B.O.Wの噛みつきをギリギリで回避し、その目と向かい合った。

 

 チェックポイントかどうかわからないほどにドクドクと高鳴る心臓を押さえながら、力強くトリガーを引く。

 弾丸が映したのはどちらかの鮮血。

 餌と捕食者の戦いが始まる。

 

 

 

 

 死亡回数:10── 更新

 

 死亡回数:11回

 

 



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因幡の兎と英の英雄


 『ゾンビと死の匂い』からここまでを書き直しました




 

 壁を蹴って加速してはその歯、その尾を突き立てんとするワニの化け物の連撃をすんでのところで回避し、横に転がって倒れ込む視界が広がった瞬間に銃弾を放つ。

 しかしその外殻は弾丸を少しめり込む程度にとどめ、ギロリとこちらを向いた目線から逃げるように後ずさった。

 後ろには階段、目の前には口を開き頭を砕いて脳髄を啜ろうと飛びかかるワニ。

 多くの選択肢からひとつを選ぶ時間は1秒にも満たないが、この戦場においてはそれすらも命取りとなる事は歯に抉られた自身の二の腕が示している。

 

 飛びかかるワニの下へ滑り込むように寝転がり、きっちり揃えた両足裏を上に向けてそこにワニの腹を乗せた。

 そのまま持ち上げるように、蹴り飛ばすように渾身の力を込めて階段の上へ弾き飛ばせば、その先にあったドアへ頭をぶつけてガタガタと転がり落ちてくる。

 間抜けなカメのように腹を見せた捕食者へ、終わってくれと言う願いも込めて引き金を引いた。

 やり直し数回、ようやく自分のものではない血飛沫が壁にかかる。

 

 しかし傷は浅い。

 腹も硬い外皮に守られており、まさに攻防一体と言うところだ。

 噛まれて貫かれて潰されてデスロールに巻き込まれて、ゆうに7回はこの戦いをやり直している。

 焦りやらが生まれるのは当然であり、これ以上同じ時を繰り返したくないと言うのが心からの本音。

 その焦りが脳を伝わって指に行き、狂ったようにトリガーを引く。

 そうしていれば必然、()()()()()()()と言うのが訪れるのに、それすらも気にせず腹に弾丸を打ち込み続けた。

 

 カチ、カチと無いものを叩こうとするトリガー音。

 当然の権利として訪れたるは弾切れであり、天に何もかもを見渡す神がいたとすれば『それ見た事か!』と叱責されてしまうだろう。

 だが叱責してくる神はおらず、存在するのはぬるりと起き上がって突進する。

 骨を砕くその一撃は狙いの人間がいた所にあった壁を貫き、緊急回避後の体制を崩した自分へ牙を突き立てんとする。

 破壊された壁から落ちてきた鉄パイプを閉じようとする口腔内に突っ張り棒の如く突っ込んで即死は回避するが、それでもパイプから異音がなっている異常どうにもならない、このまま押し込んでくる力に対抗して耐え忍んでいれば普通に食い散らかされてしまうか。

 

 ......だが、打つ手無しでは無いはずだ。

 焦る心をギリギリまで落ち着けて周りを見回す。

 今の状況は口に押し込んだ鉄棒を逆に利用されて壁に押し込まれ、左右に逃げることは不可能だ。

 今ここで、なんとかするしか無い。

 

 周りに利用できそうなものはない、ならばと自身の持ち物を記憶を探って確認する。

 ハンドガンの弾、ナイフ、ウサギ......

 ──焼夷手榴弾。

 焼夷手榴弾!

 これはかなりの破壊力だ、喰らえばこのワニといえどひとたまりもないだろう。

 しかしこの場所で使えば自分もただではすまない。

 ここは別の方法を......

 

 

 ──いや、別の方法など無い。

 やるしか無いと右手にそれを握り、壁にできた鋭い瓦礫にピンを引っ掛けて思い切り抜いた。

 グリップを爆発しないよう強く握り、再び心と息を整える。

 勝負は一瞬だ、やるべきことを反芻して行動に移す。

 

 はじめにパイプから手を離してしゃがみ込みながら、閉じられる口の中へレバーを離した手榴弾を投げ込んだ。

 ダイニングへ向かい、残っていたイスを両手に掴んで飛びかかってくるワニの口を塞ぐようにして上からイスの背もたれを叩きつける。

 すると手榴弾が起爆し、くぐもったワニの断末魔と共に口から漏れた火炎が右腕を焼く。

 

 痛みに悶え、ワニと同じように体を床に叩きつけた。

 同じような格好ではあるが、そこには生と死の決定的な隔たりが引かれている。

 

 

 

 

 

 「──ねえ、大丈夫!?」

  

 適当な戸棚から包帯を引っ張り出して巻いていると、2階に逃していたニフラが静けさに気づいて降りてきた。

 彼女を2階へ押し込んだのはやり直し3回目からだ、やはり狭い屋内では隠れてもらった方が都合が良い。

 やはり気になるのは腕の怪我やその他細かい切り傷などで、その傷を負った原因というのが自分を守ったが故、と言うのが気に入らないらしい。

 アワアワとしながら慣れた手つきで手首を切ろうとするその手を止め、正体を明かしたからと言ってそう身を削るものでは無いと諫めると、彼女は叱られた子のようにシュンと丸くなる。

 

 彼女は神だ。

 神であれ人であれ、名前があるはず。

 それを踏まえて彼女のワニに対する怯え様、まさかとは思うが本人に聞いてみれば、そうだよねと俯きながらため息を吐く。

 

 「そう、わたしは()()()()()って神様〜...... と言うか、そうであってそうじゃ無いと言うか......

 あ、七割がた因幡の白兎な事は間違いないよ!』

 

 因幡の白兎。

 オオクニヌシに助けられた日本で有名なウサギ。

 図書室の本に置いてあったから覚えている。

 ......しかし、因幡の白兎に兄弟はいるのだろうか、そういう描写はなかったはずだが。

 そもそも血縁者とかいるのだろうか?

 

 『んー、()()()()()()()()()()()()

 あいや、結局本に書かれていることなんて過去のことでしか無いし、さっきも言った様に純粋な因幡の白兎と言うわけじゃないもの。

 ......でさ、わたしの伝説って()()()()()にイタズラして毛をむしられて、今で言う大国主(オオクニヌシ)様に助けられて〜って感じで、そのせいでワニがダメなんだー......

 ダメだよね、信仰もなくて戦えず、回復も碌にできないでワニに恐れ慄く神様なんて。」

 

 そうだろうか?

 人間目線で見れば仕方ない様に見える。

 イタズラ好きなのはどうにもならないとして、誰であれトラウマや弱点はあるものだ、かの英雄アキレウスも踵が弱点だと書いてある。

 だからニフラがそこまで気負うことは無いように思う。

 それに、因幡の白兎が情け無いやられ方をした上に大国主の兄弟達に間違った治療法を教えられたことなど歴史書にズラリと載っているわけで、それでも信仰してくれた村の人たちもいるのだから、ダメだと言うことはないはずだ。

 

 「そう? そうかなぁ。

 ......えへへ、ありがとね。」

 

 嬉しそうに腕に抱きついてきた彼女の指が肩に触れるが、その指はかなり冷たい。

 神様にも荷重という言葉は通じるのだろうか。

 

 また誰かが入って来た時に遅れを取らない様に警戒していれば、『遅くなった』とウェスコが戻ってきた。

 無事......とはいかない様子で、頬や服のあちこちに切り傷が見える。

 

 「あの化け物は?

 ......そうか、やったか。

 助けに来れなくてすまなかったな。」

 

 ひとまずあの世での再会でなくこうしてもう一度集まれた事を喜び、また歩き始めた。

 しかしもう日が暮れ始めている。

 現在の消耗具合と比べ、ここはひとまず近場のチャペルへ向かい、そこで休もうと向かい始める。

 

 道中また鳥と出会う事があったが、さすがはウェスコ。 

 容易く対処する姿はもはや憧れである。

 

 

 チャペルへ辿り着き、少し重い扉を閉めて一安心といった所。

 ひとまず休息しようと席に座る男2人に対し、1人の女はキャッキャと結婚式場であるこの施設に興奮を隠せない様子だ。

 神と言っても女性だ、そういうことに興味がないわけではないのだろう。

 

 

 「すごーい!

 この螺旋階段とか柱が無いよ!」

 

 そっちかあ......

 と、どこか微笑ましい光景を踏み躙る様にして革靴が石を叩く様な音が聞こえて来る。

 どこから現れたのか、背後から聞こえて来るその音へ警戒心を強め、チャペルの奥へ移動し銃を構えるが、未だ姿が見えないと焦り始めたその時。

 

 「いや、失敬という他ない。

 やはり期待はするものではないな、我が故郷の兵士では無いこの忌まわしき大地の原住民どもは。

 本当に1から0まで役に立たん。」

 

 パチパチと手を叩きながら、まるで霊体化を解除したサーヴァントの様に現れた丸まった髪が特徴的な男がこちらへ歩いて来る。

 銃に怯える様子もなく、余裕綽々で腰から下げたサーベルに手をかけながらこちらへと話しかけてきた。

 気安い雰囲気こそあれ、その目に殺気がこもっている以上警戒を解くわけにもいくまい。

 

 「──いやはやマスター君、君は想像以上......

 ああ、そちらの言葉に直すのならば八面六臂と言うべきだね、失敬。

 流石は古くにわが国と同盟を結んだ国の民だよ、ただの人間がここまで生き残ったことには尊敬を表する。

 全く── 度し難い!!!」

 

 「貴様、パクストン・ボーイズか?

 答えろ!!」

 

 「ウェスコ・リンダート......

 君も本当に面倒だ、ここで潰していこうかとも思ったが。

 どうやらそこな出来損ないの神は、もう時間がないらしい。

 どうかな、そこの彼女をこちらに渡してもらえればこちらとしては危害を加えるつもりはないが......」

 

 「断る!!」

 

 「だろうと思っていたよ、クク。

 そうだそうだそうだ、私の知る君はそういう男さ!!」

 

 「俺はお前の事は知らんがな!!」

 

 「冷たいねえ?」

 

 不的な笑みを浮かべ、その男は剣を抜いて高らかに声を上げた。

 その気迫に所作、メイソンに見せてもらった宣戦布告の映像にいたサーヴァントに間違いない。

 ニフラに下がる様に伝え、離さないようにギュッと銃を握りしめた。

 『気をつけろ』と一言だけこちらを案じたウェスコにうなずきを返し、目の前の最終目標に向かい合う。

 テスカトリポカと同条件ならば、敵はただの人間なはずだ、銃弾は当たるし動きも追えるはず。

 希望はある。

 

 

 「──我が名、()()()()()()()()()()()!!!

 フレンチ=インディアンの英雄として──」

 

 

 「行くぞ!!」

 

 

 「君たちを、叩き伏せようじゃあないか......!!」

 

 

 

 

 

 

 死亡回数:19回

 






 評価等よろしくお願いします


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無力はチャンスを掴めるか


 アーラシュ、キャスターアルトリアの絆が11になりました。
 頑張ってます。





 

 腕を胸の前に構えて固く閉ざしたガードの上から強烈な蹴りが繰り出され、身体が浮き上がり衝撃と共に吹き飛ばされる。

 通常ならそこで攻撃の手は終わりであるはずが、敵対するサーヴァントは軸足で地を思い切り蹴って吹き飛ばされるこちらへ追いついてきたのだ。

 体制が崩れた人間にそれを見切れる訳もなく、まるで煽る様に剣で撫でられた脇腹からは神聖なチャペルを穢す汚泥の如く、びちゃりと鮮血が滴り落ちた。

 

 椅子を破壊するほどの衝撃から来る鈍い痛みと脇腹や蹴られる前に一度切られた足から走る鋭い痛みのハーモニーは、その様なモノに慣れてきた一般人マスターの身体を地に縛りつけるには十分であった。

 うめき声を上げ、痛みに悶える。

 死ぬ時は一瞬だが痛みは永遠。

 はらわたが煮えるような感覚は不快感を飛び越して吐き気すら身体のうちから呼び起こすほど。

 

 「......まあ、たかが人間。

 己で魔術の行使も出来ない一般人如きが私に叶う訳もない。 私もこの特異点の影響を受けて人間に限りなく近くなっている...... とでも予想したのだろうが。

 甘い甘い甘い!!!」

 

 「──うぉぉぉお!!!」

 

 ある種、ゾンビを倒すことによって生まれていた慢心や増長。

 自信の中心を司るそれを槍で串刺しにされたような感覚と共に胸を締め付けられた感覚に歯軋りする。

 その顔面に足が振り下ろされそうとした時、ウェスコが傷だらけの体を引っ張りながらジェフリー・アマーストへ突進していく。

 その気迫は良く言えば決死の覚悟、悪く言って無謀。

 アメリカンフットボールやラグビーを思わせるタックルが命中する事はなく、軽やかな身のこなしで回避と同時に2人蹴り飛ばされた。

 

 チカチカと視界が明滅する。

 一度暗転しまた光が戻る頃には、アマーストの傍らに連れて行かれるニフラの姿が。

 手を伸ばしても届かない。

 サーヴァントと人間の性能差に苦しみ、何故この特異点でアマーストだけがサーヴァントとして動けるのかという疑問で頭にもやがかかる。

 自身の無力に苛立ちながら、チャペルの奥に消えていく2人を見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 どれだけ時間が経っただろうか。

 フッといきなり身体が軽くなり、痛みしかない暗闇からタバコの独特な匂いが漂う現実へと引き戻される。

 起き上がってみれば腹の切り傷は治っており、もしやと思い物を入れていたボディバッグを見てみればやはりウサギが1匹減っている。

 隣で足を組み、タバコを蒸していたテスカトリポカとウェスコに聞けばさっき口の中へ入っていったと。

 

 「手酷くやられたな、死にかけた気分はどうだ?」

 

 そう問われたところで、何という事もない。

 死にかけた云々は正直なところどうでもよくて、辛かったのは自分の無力を叩きつけられた事。

 結局のところサーヴァントがいなければマスターなど一般人。

 苦しい。

 それはそれとして、周りを見回してもメイソンがいない。

 てっきりテスカトリポカと一緒にいるものだと思っていたのだが、そうではなかったのだろうか。

 

 「ああ...... ま、逸れたんだよ。

 何、ぞろぞろと出て来る死体を全員ミクトランに送ってやろうとしてたら唐突に爆発が起きてな。

 あのエージェントとやらに庇われて逸れ、仕方ないとここに来た。 本当に、()()()()()()()()()()()()()()

 ここに来たのも音がしたから、偶然って奴だ。」

 

 ? 何か違和感がある。

 なんとも言えない何か、いや、気のせいなんだろうが、何か変な感覚だ。

 しかしそれに関して深く考える時間も与えられず、ウェスコが立ち上がって銃を構えて歩き始めた。

 その目には手酷くやられた事からくる恐怖は見えず、アマーストがこのテロの元凶であるならば命に変えても殺すという力ある一歩。

 強い漢だ。

 

 その背中についていくようにこちらも立ち上がり、チャペルの1番奥である祭壇らしきところを見た。

 確かアマーストはここを開け、地下へと下っていったはずとはウェスコの談。

 

 「こんな仕掛けを作るとは...... サーヴァントとやらの心はわからん......」

 

 祭壇側面の模様をナイフで突けばそこだけが剥がれ、現れたスイッチを押せば石が擦れる音と共に左右へ祭壇が開き、チャペルの雰囲気とは全く違う機械的な階段が現れた。

 アマーストが消えてから自動で閉じた事を考えるとここから先に進めば戻れないだろう。

 しかして止まるつもりはない。

 

 メイソンが来ていない事は気掛かりであるが、止まっていればここまでECTFが近づいていることを理解したアマーストがニフラを連れて逃走しないとも限らず、それによって被害が増えれば特異点の修復は不可能になってしまう。

 だからこそ、止まらない。

 アマーストが何故サーヴァントとしてああして戦えるのかという疑問はあれ、何か秘密があるのなら解き明かすまでだ。

 

 

 

 階段を降りる中、アマーストとは誰なのかという話になる。

 

 メジャーな英雄ならばある程度は知っているものの、いかんせんジェフリー・アマーストという名の男は中学の歴史でも習ったことのない人物だ。

 

 「そうか、だが俺は知っているぞ。

 これでも大学ではアメリカの歴史学を好んでいたんでな。

 ......まあ、英雄でありながら理解を拒んだ人間だよ。」

 

 ジェフリー・アマースト。 男爵。

 14歳で兵士となり、七年戦争や...... アメリカではフレンチ・インディアン戦争で知られる戦争にて名を上げる。

 

 彼がフレンチ・インディアンで名を上げた時期が絶頂とするなら、その絶頂から降る原因となったのは後年のポンティアック戦争。

 インディアンの生活を理解しようとせず、同盟を組んだフランスに対してイギリス、アマーストはインディアンを征服した国の者として扱った。

 だがそれが原住民のインディアンの逆鱗に触れることとなる。

 

 「『貴方方はこの国をフランスから奪ったからその所有者だと思っている。 しかし、フランスは何の権利も持っていなかった。 だからこの国は我々インディアンのものだ。』

 当時のインディアンが怒りを身に宿していた事は想像できる。

 そんな先祖の怒りを忘れない為に、俺は侵略から国を守る軍人になったが...... この有り様ではな。」

 

 そしてジェフリー・アマーストといえば、近代にてそう見ない生物兵器を使った攻撃をインディアンに使おうとした事もあるという。

 それは天然痘に汚染されたタオルやハンカチを配布する事で致死率5割の病気にさせる、卑劣な作戦。

 当時成功したかどうかは定かでないようだが、この特異点においては成功しているというほかないだろう。

 

 敵のボスがアマーストであればパクストン・ボーイズという名前もあながち訳の分からない物とはいえず、ポンティアック戦争の残り香のようにも思える。

 

 ならば彼に付き従うメンバーはインディアンの殲滅などを目標としているのだろうか?

 どうにも理解が及ばない。

 

 階段を下り終わって目の前に現れたのは、研究所のように見える試験管やホルマリン漬けの様にされた化け物が不気味さを演出する不思議な空間。

 繋がりからして、この化け物たちはアマーストが作ったと見て間違いないだろう。

 何か役立つものがないかと引き出しを開けていれば、出てきたのは『Devour-Virus creature』と書かれた研究資料と思われる小冊子であり、ページを開けばそこにはこの施設で研究されたと思われる化け物、ゾンビの写真。

 

 『DV(D-ウイルス)C(クリーチャー)-01 ゾンビ

 

 基礎となるクリーチャーであり、D-ウイルスの特性として発現する極度の飢餓感とエネルギー消費量の影響により絶えず人を喰らい続ける。

 霧として散布したD-ウイルス以外では噛み付いたところで感染しないが、雑兵として優秀。

 作成に協力した医薬品メーカーにはワクチンのレシピを渡しており、それによる利権の確保と引き換えとしてある。』

 

 『DVC-02 ウーニャ

 ゾンビからの変異体であり、筋肉が全身に露出しスペイン語で爪を意味する名の通り手足の爪が異常発達して身体能力が格段に上がる。

 爪の切れ味は人を容易く切り裂くが、発生は運であり数日で細胞が壊死し死に至るため継続的な戦力としては期待できない。(DVC-03も同様)

 しかし自然死の間際に幼体を数体排出する場合がある為、可能性が無いわけではない。』

 

 『DVC-03 コルミーリョ

 スペイン語で牙。 牙の発達と背骨の強靭さ以外はDVC-02と同様。』

 

 「──やはり協力者が......!

 この製薬会社、以前パクストン・ボーイズに侵入されて情報を盗まれたと言った会社じゃないか?!

 しかも()()()()()()()()()()()()()会社だ、この年はまだ社長をやっていたはず! どこまで俺を......!!

 クソ、クソ......」

 

 かける言葉が見つからない。

 自国に降りかかる危険を取り除き、安寧をもたらす為に動いていた彼の守りたい者達の一部がテロリストに加担していたのだ。

 しかしウーニャとコルミーリョと呼ばれる化け物達の情報で気になる部分が一つ。

 背中から幼体を排出する、という事。

 

 まさかと思いながら、疑問を解決する為にページを捲る。

 

 

 『DVC-04 ラアーラ

  DVC-05 ココデイロ

  DVC-06 ウルティモ

 

 ジェフリー・アマースト司令の確保した女性の血液を使うことによって変異の規模、変異後の殺傷能力等が段違いに強化されたD-ウイルスクリーチャー群。

 DVC-06を除いた2体は液状の強化ウイルスを直接打ち込むことによってサナギ状態である『ウエボ』へと変化し、周囲の生物を食虫植物の様に取り込む事で完成する。

 

 DVC-04、05は外骨格を備え、一般的な拳銃では貫くことすらできない。

 ラアーラは飛行能力、ココデイロは力と俊敏性を備えて軽度ではあるが再生能力も持つ。

 再生能力は血液元の女性から引き継いだものであり、これにより単騎でも一部隊壊滅は容易だろう。

 DVC-06はアマースト司令の指示により封印されており、詳細は省く。

 

 追記

 女性が逃走した事によってDVC-04以降のクリーチャーは量産が不可能となったが、実践運用によりDVC-02、03の有用性がわかった為実行日に変わりはない。

 ニフラと言う女性には記憶処理を施しており、この場に来なければ思い出す事もない。

 ジェフリー・アマースト司令の目的、我らの目的が果たされる日は近い。』

 

 

 パタンと冊子を閉じ、木の棒を折るが如くグシャリと握りしめる。

 鳥やワニの頑丈さ、ここに書かれていた背中からの幼体排出などは詰まるところここに彼女を捕らえて研究、何かしらのウイルスと掛け合わせて製作されたD、食い荒らすと言う意味のdevourを冠したウイルスを作り出し、それを罪なきニューメキシコ市民に散布したと。

 

 彼女が何故ニューメキシコに居たのか、どうしてあの地獄から州知事だけ脱出したのか。

 そして...... もう一つの違和感も。

 

 研究室を抜ければ、そこはビルの内部。

 どうやら目的としていた製薬会社のビル地下へと繋がっていた様で、人1人いないエントランスホールを歩いていれば遠くから走って近づいて来る音。

 銃を向けるが、そこにいたのは軽い傷を負ったメイソンの姿。

 

 「メイソン!」

 

 「ここにいたのか皆!

 ......どこから来たんだ?」

 

 「地下からだ、それより恐らくこの上にこの事件の首謀者がいる。

 ニフラも連れて行かれた!」

 

 話すウェスコとメイソンを尻目に、エントランスに入るもう一つの入り口を見た。

 扉の前にはタンクローリーが事故を起こして溢れ出した液体が溢れ出しており、粘度の高く汚く見えるソレの先には驚くほど純白なタイルがこの会社の清廉さをアピールしている様だ。

 

 早く上に行こうと言う2人を先に行かせ、テスカトリポカと2人で話す。

 答え合わせの意味もあった。

 彼はニヤリと笑う。

 

 「ハ、正解だ。

 戦士に対するチャンスは平等だ。 あいつはそれを逃し、お前はそれを手にした。

 なら有利になる様に特典をやらなきゃな。」

 

 そうして渡されたのはずっしりと重い、一回り大きな拳銃。

 煌めく銀色、取り付けられたレーザーサイト。

 ガンショップに置いてあった冊子に書かれていたマグナム、と言う奴だろう。

 

 「さあ乗れ、チャンスを掴んだ報酬は渡した。

 この後どうするかは、お前に任せるさ。」

 

 デザートイーグルと刻印されたマグナムのハンマーを起こし、右手に構える。

 エレベーターで感じる重力に身を任せながら決戦へ向かう。

 地獄は終わらせる。

 ここで、自分達が。

 

 

 

 死亡回数:19回

 







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惜しむ者と殺す者

 

 チン、と到着を告げるベルが鳴って襖を開ける様にエレベーターの扉が開き、銃を構えながら周囲の警戒にあたる2人の後ろへついた。

 エレベーターの移動中に何か横槍が入るかとも思っていたがそれは杞憂、しかし最上階にたどり着いてもテロリストの1人も見えないと言うのは驚きだ。

 しかしここにアマーストが居ないのでは、と言う疑いはゼロ。

 地上の喧騒も聞こえてこない天空の広間にて、静かに静かに拳銃を構える。

 

 President's office、社長室と書かれたその扉を蹴破ればそこには机の上に寝かされたニフラの姿。

 今すぐ駆け寄って無事を確認したい気持ちを堪え、ガラス張りの壁と屋上のヘリポートへ繋がる道を確認する。

 

 メイソンにとっては任務の対象、守るべき者。

 駆け寄る彼をウェスコが静止し、『まだ危険がないわけじゃない』と冷静になる様声をかけた。

 

 「待てメイソン!

 ......まだ本丸が出てきていない以上、迂闊に彼女へ近づく事はそれこそ罠にかかりに行くウサギと一緒だ。

 周りに奴の尖兵がいないなら、まだ焦る必要もない。」

 

 「ああわかってるよウェスコ中尉。

 勿論そのつもりさ、焦っちゃいない。」

 

 メイソンがその手を腰に付けたハンドガンホルダーに手を伸ばしてそれを抜き、周りの警戒にあたろうとその場で回転してウェスコの方向へと振り向く。

 その瞬間、強烈な音と共に鋼の弾丸が打ち出された。

 

 それは肩を貫き、神経をズタズタにする威力。

 

 「がっ......?!」

 

 「──何故、何故撃った!!?」

 

 硝煙が天に立ち上る。

 放たれたのはマグナム弾、撃ったのは勿論、自分だ。

 

 戦友を撃たれた事と裏切りに近しい行為に混乱したウェスコをテスカトリポカが抑え、その間にもう一度ハンマーを下ろして引き金を引く。

 銃を持っていた腕が跳ね上がると同時に2発目が胴体と腕を繋ぐ関節を貫き、接続がグシャグシャになった肩をテスカトリポカの拳銃に付いた斧を借りて切り裂く。

 血が池を作り、くっつかれても困るからと切り離したその腕を遠くへと投げ飛ばしてその姿を見下げた。

 

 後ろで叫ぶウェスコを尻目に、今はただの人間でしかない、()()()()()()()()()メイソンと名乗る男の後頭部へジンジンと痛む手のひらに収まったマグナムを構える。

 

 彼はその体をゴロンと転がして仰向けになり、悔しそうな表情でこちらに問う。

 

 

 

 「......()()()()()()()?」

 

 

 『君がニューメキシコへ来た理由は落ち着いてからでも構わないが、()()()()()()()()()()()()()()()......』

 

 『軍も総力を上げてその潜伏先を探していたが、結局見つけられなかった。

 ゴーストの様に現れ、ゴーストの様に消える。

 足取りと呼べるものがゼロに等しかったのでは、天下のFBIもお手上げだ。

 ()()()()()()()()()。』

 

 最初は疑問ですらなかった。

 ただの言葉、戦場にて吐き出される軽率な文章だと思っていた。

 だが、それが疑いに変わる時があった。

 

 コンテナの上、鳥との戦いだ。

 あの戦いにおいて最も奴からのヘイトを稼ぎやすいのは自分でもニフラでもなく、銃を撃っては正確にヤツへダメージを与えていたメイソンのはず。

 しかしメイソンが鳥にやられて死ぬ事はなく、自分かニフラがやられるだけ。

 その時点ではそういうものとして少々疑う程度でスルーしたが、その疑いが確実になった時がある。

 

 『自爆テロ』と『ウェスコの知るメイソンとの乖離』がこの思考を確実なものにしてくれたのだ。

 

 これは当たり前のことであるが、普通ドッグタグを残して爆散するほどの自爆テロに巻き込まれ、生きていられる人なんて存在しない。

 おそらく都合が良いとして何らかの力でその顔を変え、別の誰かからメイソン・シュライグに()()()()()()のだろう。

 そうしてメイソン・シュライグという人間を知らずに演じた事により、ウェスコの語る『ムードメーカー的人間』という評と演じられた『落ち着いた人間』との間に乖離が出来上がる。

 

 こうなってしまえば後は関節をくっつけるだけのプラモデルの様に、結論がパチパチと組み上がっていく。

 

 何故州知事だけ容易く脱出し、メイソンに指令を出せたのか?

 パクストン・ボーイズと繋がっていたから。

 

 何故直近の任務でテロに巻き込まれたメイソンに指令が下されたのか。

 記憶処理を施されたニフラを確保し、誰も知らないところで思い出さないうちに始末する、またはもう一度利用する為。

 墜落するヘリの中で聞こえた『チッ』という音は彼の舌打ちだったのだろう。

 

 つまるところ──

 

 「メイソンは、ジェフリー・アマースト、だと......?」

 

 ウェスコの言う通り、そこがイコールなのだ。

 しかしそうすると、サーヴァントが何故こちらの攻撃を普通に受けたのかという話になる。

 結論は簡単、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 恐らく彼は聖杯にこの世界に現れるサーヴァントは自分含めて人間の位まで落とす、という世界を願ったのだろう。

 そして聖杯を持つ自分だけはその世界から隔絶した力場を聖杯の力によって作り出し、サーヴァントとしての力を使って戦う。

 

 だがそれは力場の中にさえ入ってしまえば、恐らくテスカトリポカにも効力がある。

 だから自分達と一緒にいる時、何度も殺すチャンスはあったはずなのにも関わらずその手を下す事はなかった。

 それをしようとすればテスカトリポカに逆に殺されるから。

 

 そこでヘリの墜落後、テスカトリポカに自身の正体を明かして『戦士の味方であり、双方の敵である』彼の特性からその正体を自分やウェスコに隠す様伝えたのだろう。

 そのチャンスを掴んだ末にあったのはこちら側の全滅だったのだろうが、結果として自分が勘づき腕を失う結果になったわけだ。

 

 ......あっているだろうか?

 テスカトリポカに確認を取れば、パチパチと軽い拍手を打った。

 

 「──大アタリだ。

 さて、アマースト? オレはお前の味方を十分な程して、お前は嬢ちゃんを攫ってここまで誘き出しておきながらこの兄弟によって『ウェスコを殺す』という勝利条件を果たせなかった。

 ......次は、兄弟の味方をする番ってわけさ。」

 

 脂汗を垂れ流し、血に塗れた服を引き摺りながら後ずさるアマースト。

 最後の抵抗とでも言わんばかりにその手を振り上げ、危険が訪れることを察知してウェスコをその辺の物陰に引っ張り込んで回避する。

 

 予感は当たり、隠れていたパクストンボーイズが現れてその手に持ったアサルトライフルを乱射する。

 

 「クソォ、クソクソクソ!!!

 おい、私を屋上まで連れて行け!! 

 ──ええい2人だけで良い訳あるか!! 5()()()() 5人が私と共に来い!!!」

 

 彼を逃すわけには行かない。

 友がやはり死んでいた事に消沈するウェスコの装備から閃光手榴弾を奪い取り、グリップを強く握ってピンを引き抜いた。

 向こう側で身を隠しているテスカトリポカに、投げて爆発すると同時に突っ込んでくれと漸くマスターらしい指示を出してグリップを話す1秒2秒と時間が経ち、彼からの返事が返って来る。

 

 

 「何秒だ!?」

 

 2 seconds(2秒)!!

 

 「OK、兄弟!!」

 

 敵の視界に映らない様横ではなく上に向けて放り投げ、目線まで落ちてきたところで破裂、音と光が全てを奪う。

 想像以上の音に思わず耳を塞ぐ手に力が入り、何もわからない。

 

 「──!!」

 

 「──!?」

 

 耳が平静を取り戻し、音が聞こえなくなったと同時にどうなったかと立ち上がれば、そこには戦の神が纏った血を艶かしく舐め取り、右手の銃にかかったものを振り落としている。

 

 「悲鳴が聞こえないってのは不満だが、まあ悪くない!

 ......ほらどうした、嬢ちゃんを起こさなくて良いのか?

 どうせ正体云々は教えてもらったんだろ?」

 

 見惚れて飛んでいた意識を取り戻して寝かされている彼女の元へ駆け寄り、その体を揺り起こした。

 目立った怪我はない。

 良かった、と安心する。

 

 「......ん、ありがとう。

 信仰さえあればこんな...... なんて、負け犬の遠吠えみたいかな。

 ......正直、死ぬのって怖い。

 倒れた君を助けられずに連れてかれてここで殺されちゃうのかなって思った時、ぞわって背筋が冷たくなった。

 『どうせ死ぬなら』って言ったけど...... やっぱり、誰にも惜しまれないで死ぬのって、怖いね。

 怖いんだ、ねぇ......!!」

 

 机の上から降りて縮こまり、そう言った彼女の背中をさすって微笑みかけた。

 そりゃあ死ぬのは怖いだろう。

 神の死というのは誰も覚えてくれなくなったからこそのものであり、必然的に自分を思って死を追悼してくれるものなど居やしないのだから。

 

 ──なら、自分がニフラの信仰者となろう。

 

 「え......?」

 

 自分が生きている限りはたとえニフラが死んだとしてもその優しさや在り方を胸に歩いていく。

 君が居たことは一生忘れないし、他の誰が君を惜しまなくとも自分だけは君を思い続けよう。

 許してくれるだろうか?。

 

 「......嬉しいな... うん、お願いします。

 絶対ね、約束ね! この約束守ってくれる限り、私も君が大変な時に頑張って助けに行くから!

 あ、ほら! ゆびきりげんまん!!」

 

 一転して笑顔になった彼女と固く優しいゆびきりげんまんを行い、屋上へ向かう。

 風の吹く屋上、そこに居たのは左手にシリンジを持って死体に囲まれながら不敵に笑うアマーストの姿。

 何が起きても対応できる様に心を落ち着かせ、銃口を向けてウェスコが啖呵を切る。

 

 「クソ男爵!!! メイソンの仇を撃たせてもらうぞ!!!」

 

 「......ア〜...... 本当に、いつの時代もインディアンは私をイラつかせてくれるなァー!!!」

 

 そういうとアマーストは上着を脱ぎ、その腹には聖杯がある所に見える歪みの様なものが見える。

 そのまま流れる様に首へ注射を突き刺し、中に見えた赤い液体が注射を押し込むより先に首の中へと侵入していく。

 血管が大きく浮かび上がり、大きく叫び声を上げた。

 

 「アァァッ、グウッ、フウッ...... フフ、フフフ。

 私は生前、良い友人に恵まれたよ...... 彼らを傷つけたくなくて戦争にも出なかった時があった、本当に幸せだった......

 アア!! 忌々しいインディアンとポンティアック戦争なんてものがなければなァ!!!!」

 

 叫びが暗くなった空の下に響き渡る。

 

 「奴等のせいで私の人生に汚点が出来た! それはまるで拭いても拭いても、拭いても拭いても拭いても消えない絨毯のシミの様な不快さだ!!

 だから私は聖杯に願ったんだよ。

 『主人公(わたし)がやり直せる、邪魔の入らない世界』を、インディアンとやらをルーツに持つ者を殺せる世界をね!!!」

 

 「なら俺を殺してから、その世界とやらを完成させてみろ!!」

 

 「言われなくてもするに決まっているだろうがァァァ!!!」

 

 するとアマーストの背中から、ワニに変貌した夫婦の様に背骨が大きく飛び出し、周囲にあった5つの死体を取り込んで卵となり、その殻を割って現れたのは──

 

 「殺してやるぞ、邪魔をする者は全て!!!」

 

 3メートル近くの体躯を持ち、その右手や口には異常に発達した爪や歯を携える巨大な人型。

 人間に近しい存在であることを目が訴えながら、脳はそれを人とは似て非なる者として理解を拒んでいる。

 恐らくはあの資料に書かれていたDVC-06 ウルティモという奴。

 不意打ち気味に射出された爪を避けながらマグナムを打ち込むが、ワニを思い出させる尾が弾丸を防ぐ。

 最終決戦。

 頬を叩き、集中力を高めて始まった戦いは......

 

 

 

 「ごめ、んね、マスター君......」

 

 「俺は、俺は仇をぉぉぉ......」

 

 「......油断したか、マスター?

 ああ、オレもだ......」

 

 

 

 「終わりだ。」

 

 

 

 新たな地獄の、始まりでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死亡回数:19──

     

 

 

 

 

 ──死亡回数:63回

 

 

 

      







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終わる地獄とリレーの行方

 

 ──チャンバーチェック。

 何一つとして変わり無し。

 

 目の前にはそこらにあった物をその巨大な手のひらで鷲掴み、こちらに放り投げて邪魔者を一掃しようとする化け物、というかジェフリー・アマーストだったモノ。

 横に居たニフラを庇いながら回避し、皆一様にあの化け物に向けて銃を構えれば、次に来るのはウェスコの叫び。

 友の復讐と憎むべきテロを終わらせようとするその意思が困った叫びは暗い暗い夜空に響き、何度目かも定かではなくなって来た決戦が幕を開ける。

 

 「行くぞ!!!」

 

 ああ、何度繰り返したのだろうか。

 こうして何回も何回も味方や自分の死を感じているうち、この戦いにおける味方の思考、行動も絞り込めてきた。

 言ってしまえば、以前カルデアでムニエルさんに見せてもらったゲームの乱数みたいなものだ。

 斧銃で突っ込んで行くテスカトリポカをウェスコが支援して途中まで上手く行くのが4割、ウェスコとテスカトリポカが両サイドから攻め、中央から自分がマグナム弾を打ち込む動きが3割。

 

 どうやら今回はそのどちらにも当てはまらない3割。

 

 「くっ、テスカトリポカ神!!」

 

 「オーケイだ。

 ──燃えな。」

 

 風を切る音を出しながら繰り出された拳を避け、斧で切開した上腕の中にウェスコから渡された手榴弾を突っ込むパターン。

 この場合、テスカトリポカが入れた焼夷手榴弾は半々で起爆しない。

 なので──

 

 「ガゴッ、ウガァァァア!!!」

 

 まずは頭へ向けてマグナムを撃つことでのけぞらせ、テスカトリポカが退避する時間を作ってから手榴弾へもう1発を撃ち込んだ。

 ジェフリー...... この形態の時は研究室に置かれた資料と合わせて、ウルティモと呼ぼうか。

 ウルティモの強靭な皮膚や装甲も体内から迸る熱に対しては熱を逃すことができず、それゆえに痛々しく赤熱した右腕は奴に歯軋りをさせる。

 

 こうなった場合、勝率は悪くない。

 大量のやり直しから生まれた定石的な動きを徹底すれば、負けることは── そう、()()()()()()()、のだが。

 ......本当に、こればかりは自分のわがまま。

 

 熱による暴走で変異を始めたウルティモの背骨から棘の様な触手が飛び出し、全員緊急回避を余儀なくされる。

 自分は無事だ、勿論テスカトリポカやウェスコも。

 しかし、鮮血滴る3本の触手に貫かれた彼女の姿を見て──

 

 「か、はっ...... ごめ......ん...」

 

 『ああ、またダメか』とマグナムを握り直し、トリガーガードに置いていた指をその内側に入れる。

 ウェスコがニフラに駆け寄って声をかけ、テスカトリポカが暴走するウルティモに対応する一方で自分は。

 

 こめかみから少し離した位置に手慣れた手付きで銃口を置き、水平になった拳銃のトリガーを一つの迷いなく引いた。

 右の鼓膜を破る轟音と共に頭蓋の左右が砕いて闇夜に脳漿をぶちまけては、次の自分に対してまるで他人事の様に『自分はダメだった、でも次の君はきっと上手くやってくれるだろう?』と拳銃を投げ渡す。

 本当に最低のバトンリレー。

 

 

 ......既に慣れ、この音を聴いていても寝れそうなほど。

 やり直しまでのインターバルで流れてくる砂嵐の様なノイズに包まれながら、バカみたいだとここまで手慣れてしまった己に対して自嘲する。

 

 初めてウルティモに勝ち、聖杯を手にしたのはやり直しの回数が40...... 5、6の頃だったか。

 達成感があった。

 やっと帰れる、という安堵もあった。

 

 その2つがあっても、納得できないものもあった。

 テスカトリポカも、ウェスコもニフラも、自分を庇って死んでいって、結局自分ができたのは彼らが削ったウルティモの体力をハイエナの様にゼロにしただけ。

 それに、彼等には死んでほしくなかったのだ。

 特異点での出来事は、修正されて仕舞えばそこに居た人やサーヴァントも忘れてしまう。

 今自分がやっている事はそれを考えると言葉で言い表せないほどのバカな行為だとは分かっているし、自嘲する程度には自分自身でも思っている。

 

 それでも、だ。

 もう自分は、彼等が死んでいるのに『助けてくれてありがとう』の一言だけでこの特異点から帰ることができないほどに、ニフラとウェスコの存在は心のスペースを埋めているのだ。

 ......考えれば考えるほど、人類最後のマスターの思考ではないな。

 使命も立場もかなぐり捨てて、何度も繰り返す。

 

 

 

 「行くぞ!!!」

 

 何度も。

 

 「行くぞ!!!」

 

 死んでも。

 

 「行くぞ!!!」

 

 壊れるなら壊れれば良い。

 

 「行くぞ!!!」

 

 ──どうせ壊れても、またやり直しだ。

 

 

 

 

 

 

 

 何百になっただろうか。

 いつもの様にチャンバーチェックを行い、自分のやってきたことをすり減った心が忘れない様にブツブツと呟く。

 『ここはこう、こうなったらアドリブ、ああなったら......』と。

 ふらつく足で回避行動を行い、立ちあがろうとするも足に力が入らない。

 ああ、ここで終わりなのかなと俯く。

 もう少し強い心を持ってさえいれば、全員生存で生きて帰ることもできたのだろうか。 

 我が儘を通して折れてれば世話ないな、みんなに申し訳ない。

 出来なかったことを言っても仕方がないか。

 そう考えて倒れ込もうとした時、横から伸ばされた腕が死にかけの体を抱き起こして、暖かな体温が身体の側面に当たる。

 

 そっちの方向を向けば、諦める様子など微塵も無いニフラの輝く目。

 なにをするのかと困惑していれば、なんと自分の右手からマグナムを取り上げて慣れない手つきでウルティモに向けて引き金を引くではないか。

 轟音と共にカシャンとマグナムがその掌から落ち、痛そうに手を震えさせる彼女を心配すれば『大丈夫!!!』と一喝。

 同時に兄の真似事だと前置いて、そのおでこをこちらのおでこに当ててきた。

 数秒の後に離された彼女の顔は苦虫を噛み潰した様な表情で、その口からは犬の様な唸り声をあげている。

 

 「......君は何で、そういう重要な事を黙ってるの?!

 私たちを思ってやってくれたのは嬉しいけれど、それでマスター君が壊れてたら元も子も無いじゃない!!」

 

 驚き、狼狽える。

 まさか今の行動で心を読んだとでも...... いや、ニフラは一応神様だ、やれない事も無いはず。

 

 そんな動けない自分を抱え、ニフラはウサギが如くその軽い身のこなしでウルティモの連撃を避ける。

 

 「ここで、そのループを終わりにしよう。

 ()()()()()()()()()()!」

 

 そう言ってこちらに耳打ちされたのは、彼女がこの数秒で考えた急拵えの作戦。

 所々の拙い所は自分が修正しつつ、不確定要素込みでひとつの完成形を作り出す。

 

 回数を重ねた自分と、常識に囚われないニフラの思考の融合。

 テスカトリポカ、ウェスコに対しても作戦内容を共有し、自分も情け無い足腰に拳を打ち込んで奮い立たせる。

 

 「──やれるんだな、少年!?」

 

 やれるやれないでは無い、やるんだ。

 地獄から抜け出すための蜘蛛の糸を待つのでは無い。

 自分の足で抜けなければ、未来は無い!

 

 「で、その重要なブツはどこにある?

 抜くにしても正確な位置がなければ、オレでもミスをする。」

 

 「マスター君が言うには丁度心臓のとこ!

 取ったら私に投げて!」

 

 「注文の多いお嬢だ。

 ......ま、気張れよ兄弟、帰ったらココアで乾杯だ。」

 

 共有を終え、再度チャンバーチェックを行う。

 入り込んでいた小石を揺らして振り落とし、走って行く2人の背中へ向けて銃口を向けた。

 

 ウェスコがその肉体からは考えられない俊敏さで鈍重な右腕の裏拳を回避し、超至近距離からアサルトライフルの1マガジンを脇腹へと叩き込んだ。

 その一方でテスカトリポカは裏拳を空振った右腕を今まででも1番大きく切り開き、ウェスコから貰ったものと自分が渡した二つの手榴弾をその中に突っ込み、ニヤリと笑う。

 

 「兄弟!」

 

 1発、2発。

 経験どおり頭と腕── ではなく、膝を撃ち抜いた。

 体制を崩して復帰を遅らせることによって、この後の動きを制限する。

 3発目を放ち、いつもより少し遅れて手榴弾が起爆した。

 

 ポイントはここから。

 膝を撃ち抜いた事でウルティモは立ち上がれず、悶える動きもそこまでなはずだ。

 そこでテスカトリポカの出番。

 

 「シャアッ!!!」

 

 心臓近くに深く手を突き刺し──

 

 「チッ、そらよ!!」

 

 ウルティモの背骨が伸びるよりも早く、その腹から取り出された()()をニフラに向けて放り投げる。

 しかし、聖杯をキャッチすると同時にその華奢な体を純白の触手が貫く。

 失敗か、と頭に銃を突きつけようとしたその時、いつのまにか肩まで登ってきていた小さなウサギが頬を噛んだ。

 痛みに驚いていると貫かれたはずのニフラの体が小さなウサギへと分裂し、再結集して人の体を形作る。

 

 「魔力十分!

 私は因幡の白兎であり、かの帝釈天に身を捧げ月に昇華されし()()である!!

 人の信仰によって生まれし複合神性、名を二烽螺(ニフラ)!!!

 人々を癒し、邪悪を焼き尽くさん!!」

 

 その姿は神々しく、まさしく神。

 しかし振り返って見せたその微笑みは、変わる事のない優しげなニフラのものだ。

 

 巫女服の様な装束の袖からわらわらと現れるウサギは勇敢にもウルティモに取り憑いて行く。 

 ウルティモも抵抗するが、そのウサギたちは何がなんでも離れる事はない。

 袖から現れたウサギが全て奴にくっ付くと、彼女は力強くその腕を交差させた。

 その瞬間──

 

 「ガッ、アッ、ギャァァァァア!!!!」

 

 全てを焼き尽くす様な青白い大火がその身体を焦がす。

 

 「さ、行って!!」

 

 彼女から受け取ったバトンを手に、マグナムを正面へ構える。

 しかしウルティモも未だ生命活動を停止したわけではなく、自動反撃の様にこちらへ触手を伸ばした。

 だが、既に構えていたはずのマグナムは自分の手には無い。

 回避行動が遅れて脹脛を貫かれこそしたものの──

 

 勝利のバトンは、テスカトリポカの手に渡った。

 宙ぶらりんになりながら親指を立てる。

 

 

 「勇敢に戦ったのであれば、クズでも怪物でも構わない。 オレの冥界に歓迎するぜ、兄弟。」

 

 

 

 びちゃり。

 地獄はもう無い。

 英雄によるバイオテロは、自分の終わりないリレーは、終わりを告げたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ねー、本当にその足いいの?」

 

 ウェスコの呼んでくれたヘリに乗りながら、聖杯を手放して元に戻ったニフラはこちらの足を心配そうに見つめた。

 まあ、痛みこそあれそう気にする事ではない。

 むしろ怪我をしているのに特異点に送り出すカルデア職員はあまり居ないだろう、都合の良い休みの材料として使わせてもらう予定だ。

 それに。

 

 「それに?」

 

 このウサギは残しておきたかった。

 こう見えて可愛いものは好きだ、だから持って帰りたかったというのが本音。

 

 「ふーーん。

 ......ちなみにそれ、分裂してるとはいえ私だから。

 なんか変な事したら、どこかにいる私に情報が届いちゃうかもね?」

 

 変な事なんてしないので問題はない。

 ああ、よかったよかった。

 みんな生きてる。

 

 「......本当に、やり直してた事はテスカトリポカさんに言わなくていいの?」

 

 無言で頷き、窓の外を見た。

 これはあくまで自分の問題だと言うこと、個人的にあまり知って欲しくはないという事で、テスカトリポカに言うのは見送りとなった。

 ......まあ、言ってなくても知ってそうな感じはするが。

 

 「どうした? オレの顔にゴミでも付いてるか?

 ──ああ、そういや兄弟、()()持ってるなら貸してみな。」

 

 アレ?

 

 「カメラだ。

 せっかくの思い出、そこのお嬢と一緒に撮っておけ。」

 

 そういえばと思い出し、懐からチェキを取り出した。

 幸いにも壊れている様子はなく、少し斜め上に掲げて皆が入る画角でシャッターを切る。

 2回目の写真は仏頂面の者はおらず、皆が皆、その表情に柔らかさを見せている。

 

 ニューメキシコを抜けようと言う所、ついに時間が来た。

 特異点を駆け抜けた2人に軽い挨拶と深い礼を伝え、少しの寂しさを感じて拳に力が入る。

 そんな自分を見かねたか、ニフラとウェスコがあるモノを手渡してきた。

 

 ウェスコからはECTFの刻印だけが彫られたドッグタグ。

 ニフラからは......綺麗な赤色の石が入った、菱形のネックレス。

 石の中には十字星の紋様が見える。

 

 「人理とやらを救って暇ができたら、これに自分の名前を入れてサンフランシスコのステーキ屋に来い。

 美味いのを奢ってやるさ。

 ......そう言えば聞くのを忘れていたな。

 聞かせてくれるか、君の戦う理由を。」

 

 自分は...... 自分の役割が、消えた人理にあるから。

 自分の役割を帰って果たす為に、その為に戦う。

 誰に認められなくても。

 

 そう言うと、ウェスコはそうかと一言だけ返してゆったりと背もたれに体を預けた。

 

 「サンフランシスコで待ってる。

 あそこのステーキは美味いんだ。」

 

 

 

 「このネックレス、ずっと持っててね。

 本当の本当に、君の力だけではどうしようもなくなった時。

 誰よりも早く君の下に駆けつけるから。

 ......頑張ってね。

 新しい私の、最初の信仰者さん。」

 

 

 

 

 

 

 レイシフトから帰り、軽いメディカルチェックと足に包帯を巻かれて部屋に帰ってきた。

 ベッドに寝転がり、左の手首に巻き付けたネックレスを確認した後にとある本を右手に掴んだ。

 それはウルティモ── ジェフリー・アマーストの死体から落ちた、一冊の本。

 彼の日記。

 ふらふらと立ち上がり、それを机の上に置いてその日は眠る事にした。

 

 テスカトリポカが置いていったのであろうココアを飲み干し、暖かな身体を毛布とベッドの隙間に挟み込む。

 

 

 おやすみなさい。

 悪夢を見る覚悟は出来ている。

 

 

 

 

 

 

 

 累計死亡回数:108回

 

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主人公になれなかった英雄の日記

 

 『私はこの忌まわしき大地に召喚された。

 サーヴァント、ジェフリー・アマーストとして。

 聖杯とは願いを叶える願望器であり、私が願ったのは『私と言う()()()がやり直せる世界』であり『私より強力なサーヴァントを弱体化する』事である。

 願いを叶えた世界とは言え、客観的に見て私のサーヴァントとしての力は弱い。

 ここは用意周到に、そして泰然自若に揺るがない意志を持って私のやりたい事を成そうではないか。』

 

 

 

 『手始めに私は、帰宅途中のニューメキシコの製薬会社社長を襲い、とある交渉を持ちかけた。

 私が目指すのはインディアンの殲滅。

 それに協力してさえくれれば、私が社長の目標である政界進出の手助けをしようと。

 結局遠縁を探れば、インディアンにルーツを持つ男。

 俗物に変わりはないな。

 

 製薬会社の研究室を使用して始めたのは、まず私の宝具による感染力の高いウイルスの作成だ。

 この日記での宝具名の記述は控えるが、私の宝具は触れた布に絶対感染の天然痘を付着させるもの。

 触れば何処からであろうと感染し、とてつもない速度で進行する。

 これをウイルス兵器として使おうと思う。

 ......しかし、ただ感染して死ぬだけでは芸がない。

 ここから発展させることが最も重要な点だ。』

 

 

 

 『ウイルス作成の一方で、我が同胞として動く兵士達。

 名付けるのならば、パクストン・ボーイズを集めることとした。

 ターゲットは基本的にKKKの思想を持つ者や原住民に怒りなどを抱く人間たち。

 こう言う時に重要なのは指導者が向かい勧誘することであり、指導者が直々に自らの元へ現れ、己の事を仲間として迎え入れようとする姿。

 製薬会社の社長はこの行動に何のつもりかと聞いてきたが、一回協力させて仕舞えば少し脅せば何も言えまい。

 既に一蓮托生なのだから。』

 

 

 

 『武器を仕入れ、訓練を積ませる。

 あの時とは違い今回は仕掛ける側だ、準備はいくら積んでもいい。

 ......懐かしき栄光の日々を思い出す。

 しかし無能は何処にでもいる。

 新人1人が先走り、ついに追い詰められ自爆テロに走ったのだ。

 奴が名前を出さなかったことが唯一の安心点だが、ウイルスも完璧な感性ではないと言うのに国に警戒させる様な動きをとらせてしまったのは手痛いミスだ。 

 だが、ただでは起き上がらん。

 自爆テロに巻き込まれて爆散した国のエージェントに変装し、忍び込んでは情報を奪う事に成功。

 容易いものよ。

 加えて、何やら特殊な女を捕らえた。

 試しにウイルスにその女の血液を入れてみれば、なんとこれが大当たり。

 完成度がグンと上がり、結果的に前進したと言えよう。』

 

 

 

 『長い事書けていなかったが、漸く戻って来れたので記入する。

 端的に起きた出来事を書くならば、カルデアのマスターやテスカトリポカ神、そしてECTFの男が現れ、日本の女は彼らの元に行った。

 テスカトリポカ神からこちらの情報が漏れる事はないが、早々に手を打たなければならないだろう。

 奴らさえ退ければ......

 

 ......しかし、人理はあの様な少年に任せなければならないほどギリギリだと言うのか。

 鼻で笑える、というものだ。

 負ければ恥だな。

 だが...... だが。

 

 多少なり心地よさと呼べるものがあった。

 これは雑念の様なものだ、この日記に置いていく。』

 

 

 

 

 

 

 

 やり直しは結局、あの特異点だけのこと。

 この日記を見る限りそうなのだろう。

 ならば、アマーストが主人公では無くなりやり直しの権限を失ったのはいつだったのだろうか。

 

 それは誰もわからない。

 

 



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生贄は叫ぶ
悪夢


間違えて消してしまったので再投稿です


 

 『微小特異点、ニューメキシコから帰ってきて1日。

 結局アレに貫かれた足は骨折していた様で、アスクレピオスやサンソンたち医療系のサーヴァントのおかげであまり時間を掛けずに治りそうだというのは、幸か不幸か。

 ともかく疲労困憊なのに特異点が見つかって強制連行、という事は無さそうだし、出来る限り安静にしていろと言われているが歩くなとは言われてないので松葉杖を使おうと思う。

 

 どうやら特異点に来れなかったアースさんやシャルルマーニュは無事。

 もちろんマシュも。

 あの特異点に向かう条件がなんだったのかはもう分からないが、それはそれとしてあちらの映像だけはカルデアに入ってたらしく、それはもう入念に検査された。

 俯瞰してあそこでやった事を考えれば、サーヴァントの蹴りを受けたり得体の知れないウサギを食べたり、強烈な反動のデザートイーグルを無理して撃ったり。

 まあ、結果として無事だけれど。』

 

 と、食堂で書く日記はここまで。

 ノートを畳んで胸ポケットにペンを仕舞い、視線を離していた昼ごはんの肉まんに目を移そうとすれば、さっきまでそこにあったはずのものが消え失せているではないか。

 なんで、どうしてと周りを見渡せば、強奪犯は何食わぬ顔でその手に肉まんを掴んではそれを啄んでいる。

 それも、すぐ横で。

 

 「もっきゅもっきゅ......」

 

 嘘じゃん......

 このデカいぬいぐるみを抱えた彼女はこちらの熱い視線に悪びれもせず『あーマスターさん、いただいてまーす。』とニコニコ笑顔。

 どうにも怒る気が失せ、まあいいかと、いっぱい食べてねと笑いながら空いたコップにお茶を注げば、『いけません!』と何も無かった皿の上にパンとジャムが追加された。

 イケメンっぽいなと思いながら向かいに座った声の主の方を見れば、そこにいたのは()()()()()()()()

 槍ではなく剣である。

 剣の服を着ている時はディルムッドの顔が少しシブく見える。

 かっこいいね。

 

 「ありがとうございます、マスター。

 ......兎も角、レディ・徐福。 貴女とマスターの仲を信じていないわけではありませんが、司令塔であるマスターの食糧(もの)を奪い、茶まで享受することは戴けない。」

 

 「えー......

 でもさー、マスターさんが自主的にやってる事だから、良いですよね?

 ね、マスターさん?』

 

 まあ、そう。

 思うところはあれど徐福の言う通り、この行動は自主的なもの。

 なのでディルムッドが心配することはないのだ。

 お茶を注ぎ終わり、パンにジャムを塗ってかぶりつく。

 慣れた味だと思いながらそれを口に出すことはせず、恩着せがましい事もなく当たり前の様にこれをくれたディルムッドに対し、ありがとうとだけ返した。

 

 徐福に対しては...... なんだろう、その虞美人ぬいぐるみ。

 そろそろ洗濯したほうがいいと思う。

 

 「ん、はいはい。

 ......え、匂う? 私の匂いが匂う? ......マスターさん? え?」

 

 匂う。

 

 「──うるせ〜!!

 まだ徹夜3...... 2回目だし! ぎゃー!!!」

 

 

 ──と言うわけで、ご馳走様。

 さて、皿をどうしようか?

 左手だけで持っていくにしても安定性が皆無だし、松葉杖を持っている手前両手で持つことなんてできるわけがない。

 はてさてどうしたものか、徐福もディルムッドも各々の場所に帰ってしまった。

 厨房のエミヤに頼もうかと思ったが、いちいち呼びつけて迷惑をかけるのもアレ。

 仕方ないかと左手に持とうとした時、横から掻っ攫う様に皿が奪われた。

 今度は自分より小さいサーヴァント達が足元をぐるぐると周り、戻し口へと駆けて行く。

 

 駆け抜ける嵐の様な彼らの行動に驚きながらも、感謝を伝える為姿勢を低くしありがとうと頭を下げた。

 

 「いえいえ、お助けなので!

 キャプテンからお手伝いする様に言われたから、僕たちになんでも言ってね〜!」

 「プリン貰ったよー!」

 「食べよー!」

 

 帰っていく3人のネモ・マリーンを見届け、不意に地元の学校からの帰り道を思い出した。

 元気な小学生たちみたいで微笑ましくなる。

 郷愁にかられたそんな心を通常に戻し、思いつきではあるがエミヤにある物をお願いする事とした。

 

 「──ふむ、少し時間がかかるが、いいだろうか?」

 

 

 

 

 折れてる右足を滑車のある椅子に乗せ、できる限り身体を揺らさない様にして食堂から自室へと向かう。

 右手に持つのは自室に呼んであるサーヴァントへのお礼の品であり、油断すればダメになってしまうので出来る限り急いで向かっている、わけだが。

 これが思っているよりも遅い!

 

 焦る自分と落ち着こうとする自分のせめぎ合いがありながらも、ようやく無事に自室へ辿り着くことができた。

 鍵を開け、襖の様に開く扉の向こうでは呼び出したサーヴァントがベッドの上に腰掛けている。

 

 「──なんだ、何かをとってくるのならばそっちの方に呼んでくれれば良かった。

 それでマスター、話って?」

 

 いや、渡そうと思った物の都合上、ネモを連れ出す訳にもいかなかった。

 それにこれは昼時にマリーン達をこちらに送ってくれた事への返礼、ありがとうのお返しだ。

 話がある、と嘘をついてこの部屋に呼び出したことはいくらでも謝ろう。

 

 そう言うと、彼は小さくため息をついて足をぶらつかせる。

 

 「......別にいいのに。

 きっと僕が送り出さなくても、誰かがマスターの事を助けていた。

 そこの()()に、マリーンが入っただけ。

 礼を言われる様な事は......」

 

 空いていた手の人差し指で彼の口を止め、だから嘘をついてこちらに来てもらった、と。

 素直にお礼がしたいと言った所でこうなるのは目に見えていたし、それに人から貰える悪意のないお礼はなんであれ受け取って欲しいと送る側としては思う。

 

 『......そこまで言うなら』と観念した様子のネモに微笑みかけ、エミヤに作ってもらった食べ物にスプーンを刺して彼に手渡した。

 するとネモの目が見開かれ、表情自体は大きく変わっているわけではないが目の輝きが驚きをこちらに伝えてくれる。

 

 それは口調にも現れ、落ち着いた声色は何処へやら。

 

 「これ、なんで...!?」

 

 何を隠そう、エミヤに作ってもらったのはコーンフレークやイチゴソースやらが入った上に丸いアイスが目立つ、小さめのパフェ。

 時間がかかったせいで少し溶けているが......

 

 実は、以前エンジンに聞いていた。

 ネモはたまに甘いものを食べに行くし、大体頼むのはパフェだと。

 そこから考えて送ったものであるが、どうやらお気に召した様だ。

 どうぞ食べてと言って椅子に座れば、彼はおずおずとスプーンを手に取ってアイスを掬い、口に運ぶ。

 

 顔が綻び、口角が上がる。

 この顔にはエミヤもニッコリだろう。

 

 良かった良かった、なんて思っていれば、ネモは一旦スプーンをアイスに刺して自分の横をポスポスと軽く叩く。

 どうしたのか、何か粗相でもしたのかと疑問符を浮かべていれば、何処か不機嫌そうに口を開いた。

 

 「まったく...... 僕のマスターとしての自覚はあるの?

 その......じゃあ、口で言うけれど。 近くにいて欲しい。

 僕へのお礼だって言うんなら......」

 

 どうやら機嫌を損ねたわけではない様だ。

 椅子から腰を上げ、少し低めのベッドに右足を労わりながら座ってみれば、ネモは少し尻を浮かせてこちらの左膝の上にそれを下ろした。

 そこまで重くなく不自由さも感じないし、それどころか暖かな体温と第3特異点以来の潮の香りが夢を見て不安定になっていた心を落ち着かせてくれる。

 思えば、自分は海に行ったことがない。

 地元が内陸で、プール授業とかもいろんな都合で出ていなかった物だから泳いだ事もない。

 

 「なら泳ぎを教えるよ。

 アーキタイプ:アースにも教えて欲しいと頼まれていた。

 ......でも、君に教える時はマンツーマンだ。

 ほら、マスターも。」

 

 そうして差し出されたスプーンに乗っているアイスを口に含めば、広がるのはバニラの香りと強烈な甘さ。

 アイスも食べた事なかった、これでは無い無い尽くしのマスターだと心の中で自嘲する。

 

 パフェを食べ終わってからもネモが離れなかったのは、また別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 せっかくだからとマイルームにネモを入れたまま

床についた。

 瞳を閉じて、薄暗い自室から夢の中へと意識を溶かしていく。

 

 

 

 

 

 『よくも見捨てたな』

 『落ちてこい』

 

 『諦めちゃダメだよ』

 『ほら、やりなおそう』

 『みんな幸せになるよ』

 

 橋からおちる

 

 飛沫があがる

 

 橋の上を見上げれば、沢山の──

 

 『ばかだなぁ』

 『ばかだね』

 『きもちよかった』

 

 『いただきます』

 『いただきます』

 『いただきます』

 『いただきます』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛び起きて目を擦る。

 『どうしたの?』と問うネモに大丈夫とだけ返し、机の上に準備しておいたペンを手に取りノートを開いて書き殴った。

 

 『ユメ日記 2日目

 橋から落ちた。

 自分が沢山橋の上に。

 赤い水の中にいたアシナシトカゲに食われて起床。』

 

 

 気持ちが悪い。

 しゃっくりが出そうだ。

 

 水を少しだけ飲んで布団に潜り込み、ベッドの横に座っていたネモの手を握らせてもらう。

 暖かい。

 

 「おやすみ。」

 

 

 

 

 

 

 

 



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人生評価

 

 静けさが染み入る様な午前5時。

 日中の喧騒はどこへやら、食堂からくすねてきた麦茶を適当なコップに入れて薄暗さが残る廊下を1人で歩く。

 あっためて来たからか麦茶の優しさが疲れた体に染み渡り、香ばしくすっきりとした風味は心を落ち着かせるとともに未だ眠気の晴れきらない脳へかかる雲を打ち払ってくれる。

 

 アースさんには悪いが、正味紅茶よりも麦茶の方が好ましい。

 彼女と面で向かい合って言えはしないが、やっぱり好みというものは出るわけで。

 味覚の違い(ここ)は日本人だからという事で許して欲しい。

 

 いくらか松葉杖にも慣れて来て、移動も楽になった。

 となれば次に待ち構えるのはリハビリとかであるが、正直なところ嫌だなあという気持ちが強い。

 自分は英雄じゃあなくて、あくまでも一般の男。

 そりゃあレオニダスやシャルルマーニュ、最近だとローラン達と普通の範疇にとどまった筋トレをする事こそあれ、そのラインを超えた先にあるトレーニングとは名ばかりの苦痛は嫌だ。

 ......というか、痛いのはヤダ。

 普通に。

 

 いくら戦士としてテスカトリポカに認められたとて、アーキタイプ:アースに矜持を持てと言われても。

 そこに痛みがあれば、なんであれ二の足を踏んでしまう。

 それで言えばシャルルマーニュ達との剣術指南もあんまり......

 光栄な事とはわかっているが、どうにも。

 

 しかしマスターとして特異点に向かうのならば何をどうやっても、どの様な形でも()()はついて来てしまう。

 心に伝わるものや身体に響くものとして。

 

 それがきっと、英雄と人の違い。

 この壁の向こうにはきっと、勇気と力があるんだろうが。

 

 くい、とコップを傾け、ぬるくなって来た麦茶を一気に飲み干して一度壁際に腰を下ろした。

 底に残った麦のカスを見下ろしてまるで自分の様だと卑下する様な思考を振り払い、食堂に戻って洗ってから戻そうと杖をつき始める。

 悪夢を見始めてからマイナスでいけない。

 精神の深層でマイナスになってしまってるのならば、せめて表層くらいはプラスにしなければ。

 

 と、歩いていると向こう側から近づく人影...... 人影?

 人影と言うにはでっかいそれに疑問符を浮かべたが、その横に見える相対的に小さそうな女性の姿で『ああ』と納得がいった。

 

 「おや? そちらに見えるはマスター様。

 日頃よりも早いご起床...... 怖い夢でも見ましたか?」

 

 『ザァン?』

 

 確かに怖い夢は見たが...... ああ、そう思うとここで阿国さんと会えたのはちょうど良かった。

 機会があれば話を聞こうと思っていたのだ。

 ポケットから端末を取り出して時間を確認すればそろそろ6時、エミヤや朝の早い日本のサーヴァント達が起きて食堂に集まり始める事を考えると、このまま食堂に向かって話すのは少しやめておきたい。

 

 と言うわけで少し来た道を戻り、またそこに腰を下ろした。

 

 

 

 

 

 「......ほうほう、どうやらマスター様も相当な人生を歩んでこられたと。」

 

 阿国さんに自分の身の上を話して返ってきたその言葉に首を振り、『相当な人生』だと言う事を強く否定した。

 少なくともその人生は自分にとって普通の出来事、その連続によって構成されたものであるし、それは故郷の街に住んでいた人たちも一緒だ。

 その当たり前を相当なものと言われるのはなんだかこう、頭や心のどこかに詰まるものがある。

 

 しかして阿国さんはその否定をさらに否定し、その人差し指と親指で反論を繰り出そうとするこちらの上下唇を閉じてしまう。

 

 「たとえマスター様がそれを普通だと思うところで、阿国さんや他の方々はそれを歪んだ人生だと思うでしょう。

 そう言う阿国さんもこう、自分で言うのはアレですが...... クッソつまらない里を抜けると一念発起! 斬ザブローと共に諸国漫遊、妖退治の流れ旅!

 そして日の本に響き渡りますはエクセレントな阿国歌舞伎!!

 ──と、この様に。

 阿国さん的には一つを除いて良き生であれ、他人から見れば波瀾万丈。

 人の人生はその様なものなのです。

 結局のところ他人の評などその程度、あるがまま行け、と言うヤツですね!」

 

 ......まあそうかもしれない。

 自分の人生を1番よく知るのは自分だ、そこに他人の評価が入ってきたところで、何をどうしたって変えられるものじゃないんだから。

 そう言う意味では彼女の言った『あるがまま行け』と言う言葉の通りだ。

 

 それはそれとして彼女に聞きたいのは『神様のこと』だ。

 

 「神さま...... と。」

 

 少々話の題が漠然とし過ぎていたが、神は神でも日本の神様。

 そこに()()()()()()()()()()()()()と言う話を聞きたかったのだ。

 阿国さんはさっき書いた様に巫女でありながら諸国を渡っていたと言う事もあり、何かを知っているかと思ったのだが......

 

 顎に手を当てて難しい顔を見せる彼女からは、自分の疑問を解消する何かが出てきそうに無かった。

 

 

 「......そうでございますね。

 かの八岐大蛇にも言える事でございますが、自ら現世に色濃く関わってかつ生贄を求めると慣ればそれはもう神としてではなく、()()の類。

 加えて私が生を終えた後も、マスター様が出会ったニフラ様のように信仰から生まれて来た神様もありますから、一概にいるいないでは語りきれませんね。」

 

 そうなんですか、と頭を下げる。

 別に何かあるわけでもなく、朝早くに起きたから聞こうと思った事。

 特に気落ちする事もない。

 

 「とはいえ、身の上話をする方は選んだ方がよろしいかと。

 もし長可様が聞こうものなら、暴れてカルデアを飛び出し、マスター様の故郷へ向かっていくでしょうから。

 まさにThis is 鬼武蔵、と言った感じで......」

 

 『ザン!』

 

 それはやめて欲しい。

 阿国さんがそう言うならそうなんだろうな、と森くんの今までの行動を思い出しながら噛み締める様に頷いた。

 

 さて、話していればいつのまにか朝飯の時間。

 せっかくだし一緒に食べようと提案して了解をもらい、食堂に行ってみればこちらに手を振るシャルルマーニュと向かいに座っているアースさん。

 

 「おっ、今日は阿国さんも一緒か!

 どうだい? 一緒に朝ごはん!」

 

 「これはこれは、シャルルマーニュ様にアーキタイプ様!

 この阿国、もちろんご一緒させていただきますとも!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──閃きました!

 次の公演はシャルルマーニュ物語を阿国風にリメイクしましょう! 名付けて、『阿国大王物語』!」

 

 「おおっ良いねえ!

 是非俺も出させてくれ! かっこよく決めるぜ!」

 

 「歌舞伎...... 完成の折には私も見に行きましょう。

 エスコートを、カルデアのマスター。」

 

 もちろん。

 

 楽しく朝飯をいただきながら、朝に書き忘れたユメ日記を膝の上に置いた紙に書いておく。

 自分の人生、その正しい道が歪んでいるのならば、カルデアでの生活は歪んでいない真っ直ぐな物なのだろうか?

 わかんない。

 

 

 

 

  

 

 『ユメ日記

 穴という穴に腕ぐらい大きいミミズが入って来た。

 気持ち悪い。』

 

 

 

 

 







 感想などありましたらよろしくお願いします


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オレンジの皮

 

 『またも5時に起床。

 最近は悪夢を見る日が多くなり、その夢が何から生まれているのかと言えば大体は過去、もしくはカルデアでマスターを始めてからのこと。

 多くの戦場においてマスターは戦う事なく、大体は死なない様にサーヴァントの後ろにいることが多い。

 もちろんただ守られるだけでなく、一歩引いた場所からの情報を武器に的確な指示を出すのがマスターの基本的な役目なのだが、それでも非力故の無力を痛感する時がある。

 それは、『民間人がこちらに助けを求めているのに、助けられなかった時。』

 どれだけ悲痛な叫びでこちらに助けを求めても、どれだけ自分が勇気を振り絞っても。

 サーヴァントに守られているからこそ生まれたセーフティゾーンから出ると言う()()()()に足踏みしてしまう。

 そうなればもう、助けを求めた人はこの世にはいない。

 

 ここ最近見る悪夢はそれなのだ。

 助けられなかった人の顔が次々に現れ、声を出そうにも何故か出ず、動く事もままならない中で身体を引き裂かれる。

 ドクターに相談してみたが、それでも治る気配はない。

 そこで自分の中にある()()()()()()()()()()について考えることにした。

 例えば、誰かに追われる夢を見た時には現実でも何かに追われている。(例えば宿題とか)

 

 で、考えてみた結果。

 自分は俗にいうハッピーエンド。

 それを実現する事にかられていると結論づけた。

 

 例えばニューメキシコでのやり直しだって、『全員生存で特異点を解決』というハッピーエンドを目指したが故の行為。

 家に置かれていた本の多くがそういう物だったり、元より誰かが欠けるのは寂しいと嫌がる子供だったからそれもそうか、という程度にしか思わなかったが。

 そんな思考だから特異点の中でそういう、言ってしまえば不幸せな死に方をした人の事が楔の様に刺さっていて夢にまで見るのではないかと。

 何があれって、夢の中に出てくる顔の中にはやり直した世界の自分やウェスコの顔もある事がちょっと......

 やり直して消えた世界にまで気を回していたら、心がもたないというのに。

 

 ......結局自分が考えている『不幸せに死んだ人』だって、先日阿国さんと話した様にあるがまま生きた結果の満足したものかもしれないし、他人が人の人生を考えることなど傲慢がすぎるのかもしれないと思う。

 人生の正しいや間違っているとかは簡単にわかるものじゃあないのだから。

 

 そろそろアスクレピオスの元へ向かい、定期検診をして貰わなくてはならないので切り上げる。』

 

 

 

 

 

 

 

 というわけで。

 

 「では先輩、私はトレーニングに向かいますので。」

 

 道中付き添ってくれたマシュにありがとうと手を振り、どうしたものかと壁に寄りかかった。

 ギリシャの医神は凄いもので、もう少しすればリハビリを開始しても良いらしい。

 骨折は治療までにそこそこ時間がかかると思っていたので、すぐに治るというのは移動手段的に楽で嬉しい。

 そりゃリハビリは大変だろうが、松葉杖を使わなくて良いと思えば悪くはない。

 

 

 自室へ戻り麦茶でも飲もうかと冷蔵庫を開けようとしたところ、不意に扉が開いた。

 鍵をかけ忘れたかな、と気楽に考えながら足を痛めない様転がって来客の方を見ると、『おっと!』と両手に持ったお盆を揺らしながら危なげなくそれを机の上に置く。

 時間を見ればいつの間にか昼時。

 せっかくだからと二つ目のコップを手に取り、ふぅと息を吐いた彼へと麦茶を差し出した。

 

 「おっ、サンキューマスター!

 ......っはぁー! 美味いなぁコレ!」

 

 シャルルマーニュは渡された麦茶を飲み干し、大層気に入った様子で綺麗な笑顔を見せる。

 机の上からお盆を取ってみれば、どうやら今日のお昼は焼き鮭定食、キッチンの守護者みたいになっているエミヤが提案したものであり、カルデア職員に日本人は少ない様で『割と美味しい』と評判。

 もちろん自分も好きなご飯だ。 ......いや、元より嫌いな食べ物の方が少ないが。

 

 

 『自分はシャルルマーニュのマスターに相応しいか?』

 

 ......うん、どうにもマイナスでいけない。

 ご飯を食べている時はおおむね幸せであるべきだが、やっぱり雑念というのは含まれる。

 吐き出すのも憚られるが、しかしそのまま喉の奥に置いていては溜まるだけ。

 ここは意を決して、焼き鮭を美味そうに食べる彼本人に聞いてみることにした。

 

 「──自分が俺のマスターに相応しいかあ?

 よーしマスター、顔をこっちに向けてくれるか?」

 

 言われるがまま顔を向けると、唐突に頭がシェイクされる。

 わしゃわしゃと犬を愛でるかの如く撫でられる感覚というのに慣れておらず、驚きを禁じ得ない。

 

 「よし! これで頭の中、空っぽになっただろ?

 ......で、随分前に言ったことをもう一度言うつもりはないぜ。

 俺は相応しいと認めてるし、何より最近思うのさ。

 サーヴァントに蹴っ飛ばされようと、足を折られようと、それでも立ち上がる意思を持つマスターが俺はカッコいいと思う。

 それがどんな形であれ、諦めず立ち上がる人間っていうのが一番カッコいいんだぜ?」

 

 そうだろうか。

 自分もかっこいい枠組みの中に入っても良いのだろうか。

 

 「そうさ! 俺がカッコいいと思えるマスターなら、少し上からになるが相応しいと思える。

 加えてアンタは巻き込まれた一般人で、この()()()()から普通の道に戻したいのさ。

 それに今の俺は王じゃなくて冒険者だ。

 王は万民を救い、俺は溢れた人を救う。 

 少し前にそう取り決めたんだ。 てわけで、俺はアンタを救うぜ、マスター!

 デザートの果物、食べるかい?」

 

 そう言って懐から取り出したオレンジを受け取り、彼が自分の心に張り付いたマイナスを剥がす様にその皮を剥いでいく。

 シャルルマーニュは本当に太陽の様な男だ。

 身を包む様な影を容易く照らし、進むべき道を照らすだけではなく共に歩もうとしてくれる。

 正直言って、カルデア職員には言えない弱音も彼の前ではついつい溢してしまう。

 

 けれど── と、オレンジの皮を剥く手が止まった。

 

 

 彼もいつかはいなくなる。

 サーヴァントは影法師、いつかは消えていく。

 

 そうなった時、太陽がいなくなった時、自分は真っ暗になってしまった道を歩いていけるだろうか。

 皮を剥ききる前に実を千切り、口の中へと入れる。

 

 元より薄暗かった自分の道が、今日は更に暗く、自分の姿も見えないほどに染まっていた。

 

 

 昼飯もそこそこにドクターからの通信を受ける。

 第5の特異点がついに見つかった、と。

 

 

 



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ナイフ

 

 第五の特異点にレイシフトを完了し、未だアメリカの生まれていない時代である1783年にたどり着いた。

 前回向かったニューメキシコもアメリカではあるが、そこと違って今回は北アメリカ大陸。

 時代のこともあって違いは大きいが、まあ少し先の未来でアメリカという巨大な国になることは間違いない場所だ。

 

 しかしアメリカ、アメリカ。

 この大陸において何を持って歴史を破壊するのかと考えると、やはり独立戦争における勝利者をイギリスにする、ぐらいだろうか?

 だがマシュが言うに、それだけでは歴史の流れが変わる事はない、と。

 

 「アメリカが独立の意思を見せた、と言う事は。

 たとえ20年や30年遅れたとしてもアメリカ合衆国という国家は生まれるでしょう。」

 

 だから単純にイギリスが敵、と言う事はないだろうと。

 そっか、と単純な考えを切り捨てると同時に、少しばかり安堵のため息を漏らす。

 イギリスと戦う事になったら、またアマーストの様なサーヴァントとやり合う事になるだろう。

 それはあまり気乗りしない。

 裏切られた方は結構辛いし、苦手意識も持つ。

 

 ひとまず情報収集をしなければ始まらないと言うところで森を抜けようとしたその時、ドクターがワイバーンでも現れたのかと言いたくなる様な焦り顔で通信を開いた。

 

 『着いた早々緊急事態だ!

 どうやらこの先で大規模な戦闘が発生している!

 これはちょっと、普通の規模じゃないぞ!?』

 

 もしやサーヴァント同士の争いだろうか?

 それならば行かない理由はない、複雑に木の根が絡み合った森を手慣れた足取りで抜ければ、そこに広がっていたのはウエスタンのセットかなと見紛う様な景色。

 

 戦闘の衝撃によって吹いた風を受けて転がるタンブルウィード。

 立派に育って天を衝くサボテン。

 激突したのであろう、岩の近くに止められた馬車の荷台と思しき物は、その車体をひしゃげさせて修復不可能な程に破壊されている。

 そんな光景とは裏腹に、戦闘を行う二つの陣営はチグハグな印象を持たせた。

 

 「怯むな、機械化兵団の精鋭よ!

 この陣地を死守するのだ!!」

 

 そう言って指示を出す旧式銃を構えた兵士はこの時代にあった服装や装備に実を包んでいるが、問題は機械化兵団と呼ばれた側の人間。

 人間?

 

 「先輩、バベッジさんです!

 召喚されていたのでしょうか?!」

 

 いや、バベッジではないとマシュを落ち着けるが、確かに似てはいる。

 そしてそのエセバベッジと相対するのはこれまたレトロな風貌の兵士。

 ファンタジーに出て来るドワーフの様な姿形の彼らは理解不能な言語を叫びながら、槍一本でバッタバッタと敵を薙ぎ倒す。

 その姿は勇士と言ってもいい。

 

 まるで様々な世界からタイムトラベルして来た者達が殴り合っているかの様なカオス。

 鑑賞するだけならこんな愉快な光景は無いが、忘れてはいけないのが自分たちもそのカオスの構成材料だと言う事。

 

 傍観を続けていると不意にエセバベッジの銃口がこちらを向き、放たれた弾丸を危機一髪のところでマシュが防御する。

 冷や汗を拭いマシュに礼を伝え、ひとまずはそのロボを退ける事とした。

 

 「了解です、マスター!」

 

 

 

 

 

 

 

 ぜえ、ぜえと息を吐きながら、襲い来る戦士達を退けた事に胸を撫で下ろし、残骸の残る戦場の端を歩く。

 機械化兵だけならばまだしもドワーフの様な兵士も乱入してきて、もうわけがわからない。

 だがただ疲れただけでは無く、ちゃんと情報も入手した。

 それが今目の前にいる負傷兵。

 礼装に搭載された魔術で腹部の傷を治療し、ひとまず物陰で話を聞く事にした。

 

 どうやら彼らはアメリカ独立軍であるようだが、見せてもらった国旗は現実にあるアメリカ合衆国のそれとは違うもの。

 とりあえず、自分たちが味方するべきは彼らの軍だろうか?

 悩んでいる余裕はない、このままでは危険な為後退しようとした、その時。

 

 

 

 「後退を── 先輩!!」

 

 「危ない!!!」

 

 えっ、という疑問を発する間もなく自分の体が宙に浮いた。

 先程助けた彼も自分を庇って飛んでおり、互いの体から飛び散る血の玉は昼のプラネタリウムの様に視界を彩る。

 しかし何事にも終わりは来るもので、ドサっと2つのものが落ちてそれは終わった。

 暗くなる視界の中、フォウ君の鳴き声だけが聞こえて来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 紆余曲折あり、ここはアメリカ独立軍の全戦基地。

 何とか看護師でありサーヴァントでもあるナイチンゲールの手足切断、右目摘出という行為を止め、治療魔術のスクロールを使っても痛みが残る右目を撫でた。

 手足は歩ける程度にはなったが、深い傷を受けた右目はそううまく行かない。

 ピントは合わない、視界がぼやける、まだ少し痛いと、3連コンボを喰らってしまった。

 

 ともかく命まで吹き飛ばなかった事は幸運だし、砲弾なりを受けてこの程度と考えれば上々だろうと、目の前で寝転ぶ包帯だらけの彼を見て思う。

 

 「──ああ、来ていたのか。」

 

 ええ、と申し訳なさとどうしたらいいのかわからない感情が混じった返答を吐き出し、壁に寄りかかって俯く。

 すんでのところでこちらを庇った彼は腕を切断、両目の光を失った。

 その肉体はズタボロになり、今後生きていくことも難しいだろう。

 小さく空気を吸い込んで言ったごめんなさい、という言葉に彼は微笑み、肘までしかないその右手を振ってこちらを心配させない様に戯けて見せた。

 

 「なに、気にしないでくれ。

 君を庇ったのは俺の正義感だ、それに俺には親友や妹がいるからな。

 彼等のために戦って受けた傷......ではないが、名誉の負傷というやつさ。

 ......名誉の負傷、ああそうだ......」

 

 しかしてその微笑みにも翳りがある。

 声も震え、既に見ることが叶わない自身の姿に絶望を抱えて、その悲しみは怒りに変わる。

 

 「こんな姿じゃ妹の世話にもなれない。

 こんな姿じゃあいつの農園を手伝うこともできない。

 何が名誉の負傷だ、正義感だ!!

 ......先も見えないのに、どうやって生きていけば良いんだ...... 誰か、教えてくれよ......」

 

 

 その苦しみを理解する事は、きっと自分には無理だ。

 そもそも彼も自分の絶望を誰かに理解してほしいとすら思っていないだろう。

 彼には輝かしい未来があった。

 妹の結婚を喜んで、友達の農園を手伝ったり自分自身の趣味や恋愛に心を躍らせ、孫や子供に見守られて死んでいく。

 そんなハッピーエンドを奪ったのは自分だ。

 

 頭痛に苛まれ、自分への不快感が募る中。

 ひどく平坦な声、抑揚の無い声で、彼からとある頼みを受けた。

 それは近くの棚に置かれた銀色の物を使ったとある事。

 自分はそれを握り締め、彼の胸を見た。

 

 

 「悪い、君を勝手に庇ったのは俺なのに責任を感じさせる様な事を言ってしまったな。

 ......そうだな、最後に一つ頼みを聞いてくれるかな?

 そこにあるナイフ......ああ、メスでもいい。

 

 ──それで俺を殺してくれるか?」

 

 断れなかった。

 今の彼の幸せは、きっと全ての責任や今後訪れる辛い状況から逃避できる死、そのものだろうから。

 ナイフを逆手に握り、震えたまま胸の前へと持って来る。

 

 葛藤、恐れ。

 様々なものが心の中を支配した。

 

 

 

 

 

 

何で自分が?

 

 ごめんなさい。

 

 自分が奪ったからだ。

 

 

こっちだって目を失いそうになった。

 あっちは腕。

 

 もう嫌だ。

 

 

マスターじゃなければこんなことしなくても。

 Aチームがいれば。

 

 

やらなきゃ

 やるんだ

 

 

責任を

 

 殺せ

 

殺して助ける

 彼のハッピーエンドを

 

 

 

殺せ

 

刺せ

 

終わらせろ!

 

 

 

 

 振り下ろした手が、華奢で綺麗な白い手によって止められる。

 固く握った手のひらからナイフが容易く取り出され、次の瞬間には小さな鉄屑へと変貌していた。

 何故止めたのか。

 涙が溢れそうな目と声でアースさんに問うた。

 彼女は悲しげな目を見せて、『貴方は私にとって数ある魔術師の1人である』と前置いてからこちらへ振り向く。

 

 「──その前提は余程の事が無ければ変わりません、が。

 ......その微笑みが見れなくなるのは、()()()()()()()()

 理由はそれで構わないでしょう?」

 

 そう言うと、未だ彼から視線を離さずにいた自分の腕を掴んで医務室から連れ出した。

 彼は自分に手を下されない事を理解し、泣き叫んではドクターに宥められていた。

 自分よりも身長の大きい彼女を見上げると、こちらの視線に気づいてその赤い目でこちらの瞳を覗き込む。

 数秒。

 時が止まった様な感覚に包まれたのち、手を離した彼女は優しく笑ってもう一度前を向いた。

 

 「私に手を取らせたのです。

 この特異点からの帰還後、相応の対価を払う覚悟をしておく様に。」

 

 えっ、と抜けた声が出てしまったが、彼女は気にする事なく前に進む。

 自分は置いていかれない様に着いて行くのが精一杯で、呪いの様に絡みついた『自分が奪った』と言う事実を気にする暇もない。

 

 

 『──思えば、アースさんなりの優しさだったのかな、と思う。

 今日はここまで。』

 

 

 

 



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 んあ、と口を開け、何か異常がないか確認するアスクレピオスの眼前に口腔を晒す。

 自分はそこまでじゃないが世の中にはこうして口の中を見せる行為に恥ずかしさとか嫌な気持ちとかを持つ人がいるらしい。

 この前立ち寄った刑部姫の部屋で見た本の中には、口の中を弄られて興奮してる人とかも。

 すぐに取り上げられてしまったのでその後マンガの中で何があったかは分からないが、そう言う趣味を持っているだけでは別に忌避の対象になりはしない。

 そうは言ったが刑部姫はダメの一点張りで部屋に入れてくれなくなってしまった。

 

 ......正直、あの部屋で下手なりに絵を描いている時間は落ち着けて良かったのだが。

 まあ部屋主がダメと言ったならそれに従うのが流儀、大人しく諦める事にした。

 

 第五特異点で負った負傷の痕や、そこから入り込んだ菌による感染症などが無いかを確認し終わり、彼にとっては退屈でもこちらにとっては少し嬉しいため息が吐き出される。

 こう言う反応をした時は大体何も無かったか、もしくは何かがあっても軽いものだったりするので。

 

 「......腹部の傷、及び右肩から手首にかけての裂傷は痕が残る。

 だが早めの応急処置が効いたな、完治はしているし感染症にも罹ってはいない。

 いつも通りの面白みがない症例だ。」

 

 それは良かったと言いそうになるが押し留め、申し訳なさそうにありがとうございましたと礼をして医務室を出ようとしたところで呼び止められた。

 何だろうと振り返る前に来ていた服のフードをひっくり返され、中に入っていたらしいフォウ君とニフラが鳴き声を上げながら床に落ちる。

 

 びっくりして2匹の心配をするが、よく考えれば医務室に動物を連れて来るのって不味いのでは?

 そんな予想はすぐに当たり、すぐさま室内から放り出されてしまった。

 

 「動物を連れて来るな!」

 

 うーん、ごもっとも。

 どうにも悪い人ではないのは分かっているのだが、ロマニと比べて見ると少しプレッシャーが強い。

 とは言えその処置は的確で信頼できる医師である事は確かなので、今後も利用することになりそうだが。

 

 

 ......見る頻度がさらに増えた悪夢のことを相談しようかとも思ったが、すぐに辞めたのは言うまでもない。

 その事を彼に話して『つまらんな』とか言われたら多分怒ってしまうだろうし、そもそもカルデアに来てくれるサーヴァントは自分に召喚されてもいいと思ったからここにいるとシャルルマーニュは言ったが、彼らの好む自分の在り方は『弱くとも折れずに勇気を持って挑むマスター』の自分なわけで。

 

 それを考えると弱さを見せるのは少し、怖い。

 だからこうして自室に戻り、あったかい2匹の獣を抱えたままベッドに潜り込んではポロポロこの子達に弱音を落とすわけだが。

 最初は疲れたとか筋トレ大変とかに始まり、雪崩の様に出るわ出るわ不満と苦しみ。

 

 だんだんとフォウ君が嫌な顔をし始めたところで、軽いノックが3回続いたのが聞こえて来る。

 客人かなと布団を蹴り飛ばし、ベッドから立ち上がって扉を開ければそこにはアースさんが。

 すると手のひらに乗せていたニフラがウサギらしく元気に飛び上がってはアースさんの顔に突っ込むが、そこはサーヴァント。

 容易く小さな背中をつまんで防ぎ、その肩へと彼女を乗せる。

 『飛びつくのはやめなさいと言ったはずですが......』と言い、やれやれと聞こえてきそうな笑みを浮かべる彼女に対して懐かれているのか? とフォウ君を抱えながら聞いてみる。

 

 「ええ、少し前からですが。

 前回の特異点にも同行していましたし、貴方が砲弾に吹き飛ばされた際に1番心配していたのは彼女です。」

 

 『スキー!』

 

 それは良かった。

 ニフラにとって自分の部屋以外にも居場所があると言うのは喜ぶべき事だし、近寄り難い雰囲気のあるアースさんにも友達ができた様で。

 それはそれとして、何故彼女はこの部屋に?

 茶の約束とかはしていない筈。

 

 「相応の対価を払う覚悟をしておく様にと、そう言ったでしょう?

 既にレイシフトの準備は済ませてあります。」

 

 ああ、そう言えば特異点で言っていた。

『私に手を取らせたのです。

 この特異点からの帰還後、相応の対価を払う覚悟をしておく様に』と。

 覚悟をしておけと言われたのはそうだが、それ以上に急だなぁと思いながら彼女をエスコートする様前を歩く。

 疑問に思いながら無意識でこう言う事ができる様になって来たのは成長だろうか?  

 

 ニフラから貰ったネックレスを手首に巻き付け、素材集めに行くのだろうかと気楽に考えながらレイシフト室への道を2人で歩く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と言うわけで、長野。

 の、夏。

 

 『アッチー......』

 

 我慢してねとニフラを撫でながら山道を進み、何でここにいるのかを思い返す。

 それはレイシフトの目的地を聞いた時のこと。

 

 「貴方の故郷へ向かいたいのですが。」

 

 そう言われた時はそりゃあもう驚いた。

 とはいえ姫に手を引かせてしまった身だ、断る理由もなければ渋る理由も無いと、こうしてレイシフトした場所の道から歩いて山を歩いている。

 ここは都市部から少し離れた山で、春や冬は大して見るものがあるわけじゃあ無いが夏はホタル、秋は美しい紅葉の見れる絶景スポット。

 

 だが知っている人がそもそも少ないので、ここにそれらの景色を見に来るのはもっぱら近場の町や村から来る人ぐらいである。

 

 そしてこの山を抜けて見えてきたのが──

 

 「ここが......」

 

 小さな町。

 この小さな町が自分の故郷だ。

 

 まあ来たはいいが、別にこの場所へ何かを見にきたわけでは無い。

 町並みは見れば見るほど普通のものだし、道端を歩くのは少し歳のいった初老の男性女性がほとんど。

 祭りもない事はないが...... まあ、見るほどのものじゃない。

 

 ではなぜ来たか?

 単純明快、服を取りに来た。

 

 道行く町の人に挨拶をしながら一年前まで住んでいた家の扉を持っていた鍵で開けると、既に家主...... というか昔の自分は出かけている様で誰もいない。

 実家に帰る感覚で玄関から上がり、確かここにあった筈と呟きながらタンスの裏を探せばそこにはお母さんが残していた結構多めのお金が入っている財布が現れる。

 

 どうせここに置いておいたところで誰にも使われる事なく奪われるのだ、たとえこの世界が現実に近しいとしても、これを盗っていったところで何も変わりはしないのだ。

 タンスを閉めて廊下の方を覗き込めば、ぼうっと家を見上げて玄関に入ってこないアースさん。

 なんか部屋の一点を見つめている時のニフラの様だな、と失笑し、手をこまねいて『どうぞ』と実家に招く。

 

 やはりというか当然というか、外よりも中の方が涼しい。

 ニフラに至っては家主の了解を取る前にその体をテーブルの上に投げ出し、冷たい木の心地よさに今にも眠ってしまいそうだ。

 いや、今の自分はこの家の家主ではないのだが。

 

 確か着替えは2階の寝室。

 階段を上がる自分に『手伝いましょうか?』と珍しく提案した彼女を止め、座らせて氷水の入ったコップを差し出した。

 サーヴァントがあの程度の道で疲れる事はないだろうが、今回において彼女は自分に招かれ長野に来た側。 

 客人として待っていてほしいと言うと、冷たいコップに口をつけて優しく微笑む。

 

 「それならば待ちましょう。

 母親の着ていた物で構いません、私の服をお願いしても?」

 

 わかった、と頷き、ゆっくりと踏みしめる様に階段を登る。

 この年のこの日はまだ、()()()()()()()()()()か。

 ならば未だ処理されていない筈なので...... あった。

 

 適当に2、3着の女物を廊下に置いて、自分は取り出したお父さんの服に袖を通す。

 まあ礼装の機能自体はダヴィンチちゃんの発明で上に着る服ではなくインナーに移されているので、そう言う事を気にせず観光、とは行かないが。

 

 よし、と着替えを終え、女物を手に持ったまま部屋の襖を閉めて階段を降りる。

 

 閉じられた部屋の畳には布団が敷かれており、その上には黒く変色した血痕が生々しく刻まれていた。

 

 

 

 

 



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スターマイン

 

 石で出来た段差の上に座り、足を揺らしながら着替え中の姫様を待つ。

 ニフラがついてるとはいえ自分で『俗世には疎い』と言う様な人だ、無事に着替えを終えられるのかと心配する気持ちが無かったかと言われれば『あった』と言うほかないのだが、どうやらその心配は杞憂だった様である。

 

 適当に見繕った上下から彼女が選んだのは動きやすそうなパンツスタイルで、恐らくここに辿り着くまで歩いた距離を考えるともっと歩くことになるだろうと言う予想からそれを選んだのだろう。

 靴もハイヒールからパンプスへと履き替えており、何だか新鮮でびっくりしてしまう。

 いやいや、見とれている場合ではないと頭を左右に振り、段差から飛び降りてアースさんより少し前を歩き始めた。

 

 既に家の鍵は閉めているので気にする必要はない。

 手始めに近めの駅まで歩くことにする。

 

 ──ああ、忘れていた。

 彼女の手を革手袋で包まれた右手で優しく握り、逸れないようしっかりと。

 アースさんは少し驚いた表情を見せたのち、『良い心がけです』と笑う。

 素人なりのエスコートではあるが出来る限りの努力をしよう。 ですのでどうか、多少の粗相はお許しいただけますよう。

 

 『キャッ』

 

 ニフラは並んだ自分と彼女の肩を反復横跳びしながら、両者の頬にすりすりと自分の体を擦り付けている。

 ふわふわだし可愛いが、急にどうしたのだろう。

 そんな行動をしていると思えば急に遠くに見えた神社に視線を向けることもあるし、何か病気にでもかかったのか?

 ......アスクレピオスは動物も診れるだろうか。

 

 『ヤーッ!?』

 

 「......不必要に彼女を驚かせる事は、利口とは言えませんね。」

 

 冗談。

 そんな他愛無い話を繰り広げながら駅で切符を購入し、数分に一本の電車に乗り込んだ。

 この近くには中学校があり、この時期は夏休みということもあって今の自分と同じかそれ以上の身長を持つ彼ら彼女らの姿も多い。

 ニフラは喋るし一応神様ではあるが、見た目はただのウサギなので自分の帽子と頭の間に押し込めている。

 窮屈だろうが我慢してほしい。

 

 「電車というのは...... 中々、心地よい揺れがありますね。

 窓から見える景色も目紛しく変わり、退屈しない。

 ......少々日光が眩しいですが。」

 

 首を振って座席後ろの窓に視線を移した彼女に滞在する様に真似をし、振り向いてみればその通り。

 木々の生い茂る森が見えたかと思えば涼やかな川。

 急に視界が暗闇に包まれたかと思えば、数秒経つ頃眼前に広がったのは人々の生活が根付いた住宅街。

 

 電車というものに乗ったのは初めてだが、車と違ってこれはこれで退屈しなくていい。

 だが電車にも弱点はあるわけで──

 

 『エキ! エキ!』

 

 帽子の中から聞こえてきたニフラの声に目的地を思い出し、現在の停車駅がその場所なことに気づいて椅子から飛び起きる。

 その様子にアースさんは呆れた様子でため息をついた。

 

 「貴方は...... 新たな発見に心を躍らせる気持ちは理解します。

 ですが忘れない様に。

 これは貴方から私に支払われる対価であり、あくまで一般的な里帰りとは違うものなのですから。」

 

 肝に銘じておきます、と切符を通しながらしょげていると、先程まで同じ電車に乗っていた幼稚園くらいの子供がアースさんを見上げている。

 迷子かな? と思っていれば、目を輝かせたままその子は口を開く。

 

 「お姫様だ! すごい!」

 

 ......すごいな、やはり純粋な子供は人の本質を見抜きやすいのだろうか?

 件のお姫様はこちらの帽子からニフラを取り出すと、肩に乗せてしゃがんではその子と目線を合わせた。

 優しげな声色は高貴な雰囲気を醸し出し、その所作は本物のお姫様と言われても10人中10人が頷く美しさ。

 

 「ええ。 ですが少し声を小さく。

 ......今日は()()()なのです、それにレディが無闇やたらと大声を上げるものではありませんよ?

 この事は内密。 貴方と私、2人だけの秘密です。

 よろしい?」

 

 「はい! よろしいです!」

 

 「ふふ。 

 ......ほら、あちらでお母様が待っていますよ。」

 

 微笑ましい光景だ。

 自分もあれぐらい素直な子供でありたかったし、アースさんの様に優しく諭せる様な人になりたかった。

 向かう予定の出口とは逆方向に走っていった彼女に手を振るお姫様の顔を覗き込み、『......何でしょう?』と問われれば別に何でも無いですよ、と返す。

 やはりオーラというものはあるんだな、と気づいた朝だ。

 

 「全く......

 姫とは如何なる時も涼やかであるもの。そう心掛けてはいますが......

 私と言えどほんの少し、気が緩むこともあるでしょう。

 剣があったらつい握ってみたくなるものでしょう?

 貴方はその時々、細やかに適した行動を取る様に。

 出来ますね?」

 

 はい、と手を差し出して答えれば、『よろしい』とその手を取って彼女が返した。

 彼女が一般人の様な行動をした時は自分もその様に。

 お姫様として動いたのなら、それに付き従う従者の様に。

 

 つまりはそういう事。

 喜んでやらせていただきます。

 

 

 

 というわけで駅を出たが、ここで重要なことを一つ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だってあの町を出たのはカルデアに来る5日前だ。

 それまではあの町で閉じこもってたのでそもそも長野県に何があるのかもわからないし、名物だとか祭りだとかはもってのほか。

 そんなこんなで取り出したるは、さっき駅で取ってきた観光用パンフレット。

 これを見ながら行くと言う事は地元民だけが知る穴場、みたいなのに行く事はないと言うわけだが、まあ別に彼女もわからないだろう。

 疑問に思うところがあったとて、そこは人の世で生きてきたと言う知識的アドバンテージを使って丸め込もう。

 

 「......」

 

 目線が冷たい。

 バレたかな。

 

 まあ止まらなければ大丈夫。

 とりあえずすぐそこまで昼飯時が迫って来ているので、先ずは昼ご飯の予約をするところから始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふう......」

 

 『ダイジョブー?』

 

 「ええ、サーヴァントにこの程度の坂は容易い。

 彼の方も......心配はなさそうですね。」

 

 戸隠そばの名店らしいところに名前を書き込み、二時間待ちだというので来たのは戸隠神社。

 身近に神様がいっぱいいるのに今更神頼み? と言われたらそんな単純なものではないと言いたい。

 神様というのは、見えないからこそ神様であると思う。

 

 結局のところ、目の前に現れて人の姿をとっていればそれは人間だ。

 実際テスカトリポカは肉体を作ってからそれに乗り移る形であの姿らしいし、ネモだってトリトンが混じっているとはいっても見た目は男の子である。

 だが目に見えない神はどうだろう。

 姿形を見せないからこそ、こちらの想像力を掻き立てる。

 その点で言えばニフラは獣の形をとっているから神様だと感じやすい。

 

 どうあれ、姿が見える神と見えない神では信じ方が違うのだ。

 

 というわけで辿り着いたのは戸隠神社の奥社。

 振り返って見れば神秘を身に感じさせてくれる杉並木が広がっていて、自身の小ささと自然の大きさに思わず息を漏らした。

 気を取り直して先に辿り着いていたアースさんの方へと向かい、社殿にて手を合わせてゆっくりと目を閉じる。

 

 天手力雄命を祀るこの社は心願成就の御利益があるらしく、願うのは勿論無事に人理修復を終わらせられます様にというもの。

 とはいってもレイシフトから帰ればこの神社も焼却に巻き込まれているわけで、効くかどうかはわからないが......こういうのは気持ちの問題。

 

 流れのまま九頭龍社でもお参りを済ませ、帰路に着く中でアースさんが疑問を投げかけてきた。

 

 「日本人というのは、皆貴方の様に丁寧にお参りをするものなのですか?」

 

 少し悩み、そうでもないと返した。

 人によっては所作がわからないままする人もいるだろうし、中にはあまりやってはいけない事を普通にやってしまっている人もいるかもしれない。

 だが、何より大事なのは信じる心だと自分は思う。

 

 『信じる者は救われる』じゃないが、信じて敬意を払えば彼らは人の心、その拠り所になってくれるから。

 

 「それは、貴方も?」

 

 ......まあ家がそういう家系と言う事もあって、神様にいろいろ思うところはある。

 今の心の拠り所は...... どうだろう、どこにあるんだろうね、と笑う。

 下山しながら自然に触れ、マスターとして生きて荒んだ心が癒やされていくのを感じた。

 

 

 「──美味ですね。

 甘みがほんのりとあり、とても香り高い。」

 

 いやぁ、疲れた体に蕎麦の喉越しの良さとつゆの濃さや風味が染み渡る。

 天麩羅ももう、何と言うか凄い。

 

 非常に美味しくて、2人して早々に食べ終わってしまった。

 長居して客の回転率が下がっては迷惑かと思ってすぐに店を出、ベンチに座り少しゆっくりする。

 

 どうしようかなとパンフレットを開くと、横からずいっと身を乗り出したアースさんがとある写真を指差した。

 そこに書かれていたのは花火大会。

 丁度今日の夜からである。

 

 思えばアースさんはカルデアで起きたイベント......というか馬鹿騒ぎに参加したところを見たことがなく、彼女なりに良さそうな祭りを選んだと言う事だろうか?

 彼女は指を写真に刺したままこちらに視線を向ける。

 

 

 「日本で言うところのフェスティバル、でしょう?

 行きましょう、祭りの様子を眺めるのは......もう、飽きました。」

 

 仰せのままに、と立ち上がり、食後の運動も兼ねて歩き出す。

 花火大会までにやる事をやっておくためでもあり、このままだと寝てしまいそうだから、と言う理由もあるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ハナビーッ!』

 

 人が多いからあんまり喋らないでね、とウキウキのニフラに釘を刺しながら、逸れないように彼女の手を取る右手の手汗に多少の気持ち悪さを覚える。

 ......手袋をつけていてよかった。

 平静を装っているのに緊張から手汗が凄いだなんて、彼女にバレれば笑われてしまう。

 

 問題の彼女はと言うと、見たことの無い人混みや賑わいに興味津々の様子。

 その姿は綺麗な浴衣姿であり、髪は後ろにまとめていて普段とは違う雰囲気にやられそうになる。

 ......そうだ、少しだけ意識している。

 

 特異点内でそんな事を考えていれば死んでしまうし、今まで余裕がなかったから思う事もなかったが...... やっぱり綺麗な人だなと思った。

 しかし彼女がこちらにそう言う意識を向ける事はないだろう。

 何だろう、自分だけが彼女に意識を向けていて、尚且つそれが彼女にバレたら恥ずかしいと言う思春期的思考の下冷静を装っているわけだが。

 

 ここからなら見えるだろうと言うところに腰を落ち着かせ、ライブラリで見た東京の花火大会よりも空いている状況に快適だな、なんて思いながら、皆へのお土産として買ってきたものを突っ込んであるビニール袋を手首から外す。

 

 その中にはエミヤへの蕎麦関連のものとか。

 もちろんカルデアの人たちに対してのものもある。

 

 「良い...... 良い、景色です。

 騒がしく、涼やかで...... 」

 

 ともかく、そろそろ花火の開始時刻。

 スピーカーから何かの声が聞こえて少しすると、小さな光の玉が軌跡を描いて空に登り──

 

 『オーッ!』

 

 「これは......」

 

 耳を裂く様な音と共に、驚くほど美しい光の華が夜空に咲いた。

 それは息を呑むほど綺麗で、眩しくて。

 心が落ち着く暇もないほどに多く眼前に咲き誇る。

 

 

 でもそれ以上に、お姫様が初めて見たものへ向ける瞳の輝きが美しくて、思わず持ってきていたスマートフォンのシャッターを切った。

 花火の音にかき消されてバレなかったのは良かったか。

 光に包まれる感覚に優しさを覚えながら、楽しい今日の終わりを告げる花火を心ゆくまで、楽しむ。

 

 

 「良いものでした。

 これは城にこもっていては見られなかったものでしょう。」

 

 イベント終わりの静けさ。

 疲労感と幸福感に包まれながらベンチに座っていると、お節介焼きなのであろうおばちゃんが声をかけてくる。

 

 「あら、カップルさん?

 綺麗な浴衣ねえ、せっかくだからお二人の写真、撮りましょうか?」

 

 カップルではないのだが......

 とは言えこの場所でこうしていられるのはこの時だけ、ならば写真に撮って思い出として残しておくのもひとつだろう。

 写真と聞いて寝そうだったニフラもやる気を出し、鼻息荒く自分の肩に登ってきた。

 

 アースさんも『よろしくお願いします』と乗り気なので断る理由もない。

 

 「撮るわよー...... はい、チーズ!」

 

 

 

 自分のスマホに入った先ほどの写真を見る。

 既に花火会場から人は失せ、残るのは闇とニフラの寝息くらいのもの。

 そろそろ帰る時間かと思い立ちあがろうとした時、左半身に柔らかな重みがのしかかった。

 肩にはアースさんの頭が乗り、予想だにしなかった状況に混乱するが彼女の声色はいつもと変わらない。

 

 「気が緩む時もある、と言いました。

 その時貴方には適した対応をとも。

 ......わかりますね。」

 

 とはいえどうしたものか、と。

 ひとまずいつも通り冷静に、真っ直ぐ暗闇を見つめることにした。

 すると囁く様な彼女の声が耳を撫でる。

 

 

 「──ニフラより聞きました。

 私は矜持を持て、と言いましたが弱音を吐くなと言った訳ではありません。

 貴方と共に歩んできた道で一つの命として外界と触れ合うことは、新鮮で、微弱で、悲しいものですが……決して、無意味なものではありませんでした。

 貴方は強い訳ではなく、むしろ弱い。

 だからこそ、その弱さを見せて受け入れてもらうべきだと。

 ......ニフラの受け売りですが。」

 

 そう、と息を吐く様に声を出して、腿の上で寝ているニフラの頭を撫でる。

 でもそれは自分の芯を折ってしまう様で何か怖い。

 強くあろうとした自分を打ち捨てるのが本当にいい事なのだろうか。

 

 「細やかに気を回せ、適した対応を取れ、エスコートを忘れない様に。

 先の花火、スターマインの様な環境(カルデア)の中でそれらを忘れずに努力したのなら、その程度の一つ二つは許されるはずでは?

 ......許します、言いなさい。

 受け止めましょう。 このまま、帰る時間まで──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日経った朝。

 いつもの様に最悪な目覚めの中で長袖のインナーに袖を通し、傷跡を隠すための手袋を嵌める。

 麦茶を飲もうとしたところでマシュからの呼び出しがかかり、通信を開けばまたも特異点の発生だと。

 

 『ンー......』

 

 心配そうに首を舐めるニフラに大丈夫だよ、と。

 悪魔のネタが増えるのは嫌だけれどねと笑いかけて廊下に飛び出した。

 道中出会ったアースさんと喋りながら道を行く。

 

 「よく眠れましたか?」

 

 最低でした。

 真っ暗です。

 

 「なら、我が光で道を照らしましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  



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奈良にて


 評価バーが赤になりました。
 ありがとうございます。


 

 ──また一つ、成長することの叶わなかった命が散った。

 種は花となる。

 卵は幼体となる。

 子は成長し、次代の子を育てる親となって成長という輪廻を回し続ける。

 

 だが今の世はどうか。

 次代を育む役目を持つはずの大人、親はその役目を放棄しては道楽や淫蕩に溺れ子らの成長を妨げる。

 成長を妨げられた子は歩き方を教わらなかった鹿のようにおぼつかない足取りのまま、正道を外れて無間地獄へと落ちる落ちる。

 

 血の涙が怒りの表情を伝い、迸る怒りは拳を固く握らせた。

 我は結論づける。 この地獄を終わらせねばなるまいと。

 たとえ自身に与えられた役目を抛とうと今ある成長を妨げる者たちを打ち払い、新たなる...... 理不尽な剪定の無い世界へと導くのだ。

 

 その為の第一歩として下界に降りる。

 我が血肉より創り上げるは新たなる世界へ至る因果を秘めた、新たなる人の子。

 赤裸々で生まれし者に人の子が編み上げた布を渡し、その頭を撫でた。

 赤い右目は未来を見通し暗黒の左目はこの世の因果を見る。

 

 「名付けよう。

 汝の名は──」

 

 

 

 

 

 

 この現状を憂いていた。

 国とは、舞台だ。 たとえその舞台から人が落ちようとも舞台自体が崩壊する事はなく、それ故に人の子らは生まれ育ち死に、また生まれることができる。

 それは人の子達の中で戦国、そう呼ばれた時代であってもそうだ。

 自身こそが天下統一にたる武将と言う傲慢な思考も元を辿れば国という舞台あってのもの。

 

 つまるところ、人は国の維持にその生を使い、我々はそれを見守る。

 それこそ至上の事であったのだが。

 

 今の世に生きる人の子が見るは国では無く自身。

 舞台に唾を吐き捨てるように外国へと飛び出し、失敗すれば都合良く帰って来て成功すれば国の文句を言って帰ってくる事はない。

 これは由々しき事態。

 

 加えてそのもの者達だけで無く、国土を汚染する者や外界に容易く売りつける者達。

 このままでは国という舞台は崩れ、その上にあった物全てが無に帰してしまうと。

 苛立ちに腰を上げ、宝刀を手に歩き出した。

 

 この国を守る事こそ我が使命。

 その為ならば外道にも染まろう。

 

 「この舞台こそ、我が守るべきものよ。」

 

 

 

 

 

 暗くて怖い。

 寒くて苦しい。

 

 艱難辛苦? 四苦八苦? 

 おそらくどれとも取れないこの苦しみは何なのだろう、自分はまだ生まれていないというのに。

 羊水の様な物に包まれていた体が輝きのもとに晒され、咳き込んで腹に詰まった水を吐き出しながら差し出された毛布で冷えた身体に刺すような風から肌を守り、『成功だ!』と自分のことの様に喜ぶ変な人達を背に抱えた優しげな方が手を差し伸べる。

 

 「名付けよう、汝の名は──」

 

 ああ、この方は自分の親であるのだろう。

 そう思ったのは彼が自分に名をつけたからというだけで無く、身体を構成する全てがかの方に惹かれていたのだ。

 同時に、何故自分をこの世に引っ張り上げたのか?

 それがどうにも疑問でならない。

 

 この方は力を持っている。  

 人ならば容易く蹂躙し、八百万の神々をどうあれ封じ込めるほどの知略もある。

 ならば自分の様な出来損ないなど必要ないでは無いですかと言うと、彼は手の甲でノックする様にコンコンとこちらの頭を叩いた。

 

 「我は未来を見る事は叶わぬ。

 無論因果を見届け、この手に掴むことなどもってのほか。

 ......それにお前には新しき世界に生きる子らの指導者となってもらおうと思っている。

 我はどうあっても人の子と同じ目線に立つことなどできん、それができるのは汝しかいないのだ。」

 

 そういう彼の優しい顔に陽光が重なり、胸がきゅうといったのを脳に刻み込む。

 自分は愛されているのだ。

 ならばその愛に応える事は子として当然のことであると努力を重ねる。

 最も新しく最も古い人類として。

 剣の扱いを学び、銃を片手に戦地を抜けて。

 

 立ったビルの屋上で部下から情報を聞き届け、マフラー越しに小さく微笑んだ。

 

 「とある人物が仲間となったのですが、その......」

 

 「ああ...... 以前聞かせてくれた彼ね、わかりました。

 ──さ、行こうか。」

 

 

 

 2015年2月6日にて特異点発生。

 

 特異点名、『四天結合領域 奈良・須弥山』

 

 



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静寂東京

 

 「レイシフト完了しました。

 ──ドクター、ここは......」

 

 今回もまた、例によって微小特異点。

 前回のニューメキシコみたいに誰かが欠けて到着、なんて事はなく、シャルルマーニュテスカトリポカ、アースさんとマシュの全員が揃ってアスファルトを踏みしめた。

 見渡す限りのビル群、怖いほど透き通った青空を区切る様に天を衝く光の壁。

 例に漏れず、この特異点においてもおかしなことが起きているという事か。

 

 マシュの問いに少しの時間を置き、ドクターが通信先より応える。

 

 『ああ、そこは日本の東京...... その中にあるアキハバラ、という都市だね。

 僕も少し行ってみたいが、今回はここに遊びに来たわけじゃない。

 ......あー、行ってみたい......』

 

 「メイド喫茶に行ってみたいとたまに愚痴をこぼしているドクターはさて置き、この特異点で何が起きているのかを現地の人に聞きにいきましょう、先輩!」

 

 『え!?

 マシュ、アレ聞いてたのかい?!』

 

 うん、と。

 意気込んで歩き出したのはいいのだが......

 

 前提として、東京と言えばその小さな23区に魅力的なものや最先端のもの、果ては一種のレトロまで詰め込み海外からの人間も多数来るいわば()()()()()()()()()

 そんな東京、かつアニメ文化などを司るアキハバラの日中でこんなに人が少ないことがあるだろうか?

 

 シャッターを開けている店はほとんど、というか一つも無く、日常において誰が見るわけでも無い広告を流していたのであろう大きなモニターは光無く眠っている。

 まるで衰弱した愛玩動物の様に、街全体に生気がない様にも思える。

 

 何も無い道を進む中、神妙な顔で俯いているアースさんの姿が気になって駆け寄ろうとすれば、静寂を切り裂く様に轟音一閃。

 同時にひとつふたつ道を挟んだ先からここからでもわかるほどの閃光が届き、それを合図にして騒がしい銃声と人とは思えない奇怪な叫び声が街を埋める。

 

 『この先で戦闘...... ああ、その様子だとわかっているみたいだね。

 銃声の時点で民間人では無いだろうが、現地人の可能性がある以上は放っておけない!』

 

 「了解しました、ドクター!」

 

 「よし、ここはマシュと俺が行く!

 マスターも出来る限り早く追いついて来てくれ!」

 

 そう言って戦場に向かうシャルルマーニュ達に気をつけて、と告げ、気を取り直して不可解そうな表情を見せるアースさんの顔を覗き込んだ。

 何か異常でもあったのかと老婆心から心配して聞くが、彼女は『問題ありません』と言い放ってこちらの体を横に居たテスカトリポカの方へと突き飛ばす。

 その行為に不快感を覚える事こそないが、急だったものでバランスを崩しその背を彼に預けた。

 

 「戦闘に支障はありません。

 ですが......どうやらこの大地は弱体化している。

 それこそ私が引っ張られてしまうほどに。

 ──作戦を思案する際は、私を過剰な戦力として捉えない様に。

 足元を掬われます。」

 

 前線に向かってその背中をこちらに見せる彼女の言葉に思わず口を押さえるほど驚いてしまう。

 まず彼女はどの様な状況であっても強力なサーヴァントであり、その実力は今自分を小脇に抱えてビル群の上を飛んでいくテスカトリポカも認めるところ。

 そんな彼女が『自分を弱く見積もれ』と?

 ──この特異点に、何が起きている?

 

 「そら、もう着くぞ。

 舌を噛むなよ?」

 

 考える暇もないまま戦場に到着し、テスカトリポカに投げ飛ばされながらも幾度となく空中から落とされて手慣れてしまった五点接地で着地。

 低く屈んだ体制のまま正面の戦闘状況を見てみれば、そこにあるのは特殊部隊然とした服装に身を包み銃を持って戦う大小様々な兵士達。

 既に死体と化した仲間を振り返る事なく彼らが銃口を向ける先には、成人男性より少し大きめな──

 口に出すことすら憚られる醜い見た目をした、悪鬼と形容する事しかできない怪物。

 それが三体。

 

 薄ら笑いを浮かべながら狂気の戦場に走り出したテスカトリポカをよそに、未だ息がありながらも立ち上がることの出来ない兵士を引っ張って物陰へと連れて行き、無事を確保する。

 結局のところ自分の指示なんてたかが知れていて、特にテスカトリポカに関しては自由にやらせた方が強い。

 ならば自分に出来るのはこうやってやる人助けくらいだ。

 

 幸いに怪物()()はマシュ達が引き受けてくれている、この機を使って助けられそうな人を──

 

 いや待て、二体。

 ならばもう一体はどこに?

 

 そう思ったのも束の間、兵士の背中を引っ張って物陰に連れ込もうとした所に頭上から怪物が大口を開けて迫り来る。

 どうする、今この瞬間、この時点で引き摺っている彼を突き飛ばして両者ともに回避するという選択肢は消え去った。

 ならば自分だけ回避するか?

 それはいけない。

 それでは人としての何かを失ってしまう気がする。

 

 ならば選択肢はひとつしかない。

 ちょうど掴んでいた脇の下あたりにあったショルダーホルスターの留め具を外し、中に入っていた古臭い銃を蹴り上げて右手で掴む。

 幸いにもセーフティが付いていないことを確認してハンマーを下ろし、ボヤける右目で狙いをつけた。

 しかし怪物も迫っており、距離が足りない。

 これではたとえ1発入れたとて構わずその口の中で咀嚼されるのがオチだ。

 

 ならばと引っ張っていた彼を触った様な姿勢から寝転ばせ、その上に背中からダイブする形で自分も寝転ぶ。

 これにより多少の距離が生まれ、猶予が生まれた。

 

 指先に力を入れ、セミオートの弾丸を全て撃ち尽くす勢いでトリガーを引いては戻し引いては戻す。

 1発3発5発6発と命中し、こちらの頭が覆い被さった怪物の口の中に入る事こそあれ噛み砕かれる事はなかった。

 ......だが、少し不快。

 

 スライドストップのかかった拳銃を投げ捨てて頭を口から引っこ抜いたはいいが、体全体にかかった血液の様な物から香る酸っぱい匂いだとか唾液みたいな液体のぬめりだとか。

 どうやらほか二体の怪物はサーヴァントのみんなが頑張って倒した様だが、どうしたものか。

 そう思っていると下敷きにしていた男の人が咳き込みながらも意識を取り戻し、ペシペシと腰を叩かれて『忘れていた』とその上から自分の体を退ける。

 彼は何事もなかったかの様に立ち上がると、服に付いていた唾液の様な液体をぱっぱっとばっちぃ物を払う様に手で拭いとる。

 ......それ、こちらにあたっているのだが。

 

 「──いっっっ、てぇ〜......

 まったくさあ、アイツらも少しぐらい手加減して食わねえのかな〜。

 ま、取り敢えず助けてくれてありがとな、ヒナ......

 

 ──は?」

 

 身体をフリーズさせて彼は疑問符を浮かべるが、みてわかる通り自分は『ヒナ』という人間では無い。

 というかこの声、どこかで聞いたことがある。

 カルデアに来る前に何処かで......

 

 と、処理を終えた様子でマシュ達がこちらに来る。

 あっちも無事だった様で女性らしいシルエットの兵士を連れているが、もしかしてアレがヒナ、だろうか?

 すると彼女も何処かで聞き覚えのある声を発し始めた。

 

 「(まこと)、無事?

 そっちの方、彼を助け...... たす、け......

 ......は?」

 

 「先輩、どうやら彼女達は──」

 

 「ごめんマシュさん、ちょっと待ってね?

 誠、ヘルメット脱いで! 今!」

 

 「ちょっと待っ、脱げねえコレ!」

 

 「遅い!!」

 

 「い゛っ〜!!?」

 

 ......なんなんだろう。

 ことあるごとに『は?』と言われるし、身体は臭くなるし。

 彼の付けているやたら近未来的なヘルメットが思い切り彼女に脱がされたが、別に彼らの顔を見たところで──

 

 ──え?

 白日にさらされたその顔を見た時、彼や彼女らとまったく同じ顔と行動をしてしまったのは2年にも満たない短く濃い関わり合いが生んだシンクロだろうか。

 見覚えのある顔を3人付き合わせ、何年振りかの自己紹介が始まる。

 

 「俺、牧原 誠(まきはら まこと)。」

 

 「私は 柊 日向(ひいらぎ ひなた)

 

 自分は──

 

 「いや分かってるからいい。

 じゃあ行くぞ?」

 

 

 

 「「せーの。」」

   せーの。

 

 

 

 

 「「何でここにいるの!?」」

   何でここにいるの?!

 

 

 

 何を隠そう、小学生からの友達である。

 

 

 

 

 



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駆け引き

 

 「いや、こんな所でお前に会えるなんてなあ!

 この役目をやってて半年になるけど、こんなに嬉しい事は今までなかったよ!」

 

 道路を走るトラックの後部にてベトベトの顔をタオルで拭き、隣に座ってきた誠は未だぬめりが残る服を気にすることなくこちらの方を力強く叩いてはくっついてくる。

 汚いよ。

 

 「良いんだよ、どうせ戻れば着替えがあるんだ。

 ほらヒナもこっちこっち!」

 

 「ちょっと、私はあんまり嫌なんだけど......!」

 

 見るからに嫌そうな顔をして後ずさった日向を逃さない様に誠の腕が彼女の肩をガッチリと引き留め、ゆらゆらとこちらを巻き込んで揺れる姿を見れば本当に嬉しかったのだろうというのは心で理解できた。

 その様子を微笑ましく見守っていたマシュは一息ついた様子で盾を置き、3人の間にできたバリアの様な仲睦まじい姿に申し訳なさそうに口を開く。

 昔馴染みと絡んでばかりではいけないなと両手で誠の腕をどかして話を聞けば、『仲がよろしいのですね』と。

 

 その言葉に対して冷静さを取り戻したと思えば、誠はその辺に置いていた鞄の中から炭酸のオレンジを取り出してマシュに投げ渡す。

 どうやら炭酸であろうと何であろうと投げ渡す性格は変わっていない様だ。

 慌てながらキャッチし損ねたジュースを、横にいたシャルルマーニュが落ちる直前で手の中に収めたのを見届けてから彼はノスタルジーを表情に滲ませて語り出した。

 

 「そうだねぇ。 仲はめちゃくちゃ良い自身があるさ。

 ここ一年近くはこの...... あんた達的に言えばマスター? と会ってなかったんだが。」

 

 「というと......?」

 

 「あー、初めて会ったのが小5でね。

 その時俺の中でやっていた『辛気臭いヤツに話しかけようキャンペーン』で彼に話しかけたんだが、これがまあ運命の出会いで!

 キャンペーン中に話しかけていたもう1人の奴であるヒナと楽しくやらせてもらってたのさ。

 ま、話す事は大概アニメやらゲームやらと相場が決まってた。」

 

 「私と誠が中1の夏に転校して離れちゃったけどね。」

 

 「そうなんだよなー......

 ──あなた達が来たのは2016年なんだろ?

 どうだい、俺たちが居なくて寂しくなかったか〜?」

 

 急にこちらへ話が振られて驚きながら、顎に手を当ててこの一年寂しかったかどうかを考えてみたが......

 別にそんな事はなかった。

 楽しかった日々が元に戻るだけだったので物足りなさとかはなくて、『いつも通りに戻ったな』と思うだけ。

 そう告げると彼は心臓を撃ち抜かれた様にのけぞり、『冷て〜!』と大袈裟なリアクションを取る。

 ──あの頃のままならここで日向が背中を叩いて邪魔だと怒るのだが。

 

 「邪魔!」

 

 「痛って!?」

 

 うん、懐かしい。

 思わず笑みを浮かべて、心配しながら太鼓の様な音を奏でた彼の背中をさする。

 前言を撤回する様だが、こうして懐かしいと思うって事ならそれは自分にとって大切なひとときだったって事だし、もう一度考えてみれば寂しかったのかも。

 

 そうこうしていると走っていた車が止まり、運転していたおじさん達に誘導される様にして降りればそこにあったのは決して大きいとは言えないが物々しい雰囲気を滲ませる建物。

 入り口のガラス戸の横には2人の門番が銃を構えて立ち塞がっており、こちら側にいる2人が帰還報告をすると敬礼を見せてその扉を開ける。

 

 ただならぬ気配に唾を飲み込むと、ここまで見に徹してきたドクターが通話チャンネルを開いて口を開いた。

 

 『ここは......日本の東西における境界線、岐阜か。

 ついて来てくれれば分かると言ったから彼等には向かってもらったが、あなた方はここで何を伝えようというんです?』

 

 「ああさっきの...... そうっすね、あなた方の話をこちらのトップに伝えたら、直接話をしたいって事だったので。

 彼女に会えば大体この日本で何が起きているかは教えてもらえると思います。

 ただ...... ねえ。」

 

 『何か言い淀む様なことが?』

 

 うんうんと唸り始めた彼に対し、ドクターは少し強めの口調で問い詰める。

 少々厳しい様に見えるがこちらとしても命がかかっている、疑わしきはちゃんと知ってから判断すべきであるのは当然だ。

 するとこのままでは埒があかないと踏んだか、日向がドクターの映るホログラムの前に位地取る誠を横にどかしてこれまた冷たい口調でグレーゾーンを口に出した。

 

 「──正直に申し上げると、あなた方の立場から見て彼女を信じて良いのか分からないのです。

 司令は合理的な判断を下しますが、それは兵を駒として扱う様な状況でも変わることがありません。

 ......もしあなた方、というか(マスター)が駒として扱われて死ぬことがあれば私たちはずっと後悔することになるでしょうから。

 それ故に少々...... 末端からは『女豹』と呼ばれていますから。」

 

 『ふむ...... 君はどうする?

 サポートこそすれ、最後に決めるのはサーヴァント達のマスターである君だ。

 ここを拒否するでも、司令との会談に応じるも君次第だ。』

 

 少し考えたのち、アースさん達と軽いアイコンタクトを取ってからその会談に応じる事を彼らへ伝える。

 『いいの?』と最終確認を取られるが、ここで自衛隊的な部隊である彼らとの関係を断ち切って情報や何やらが入ってこない道を選ぶより、多少危険でも捨て駒として使われる可能性があっても、聖杯や元凶の情報が手に入るであろうこちらを選んだ方が良い。

 

 決めたものを変える事はない旨を伝え、誠に連れられて重たい空気の中を掻き分けていけば、そこにあるのは決して大きくはないがとても重い扉。

 それが心による重さなのか素材による重さなのかはわからない。

 ただ『扉が鉄のように重い』という事実がある。

 

 二、三度のノックが廊下に響いた。

 

 「第十部隊、牧原誠です。

 お伝えした彼らを連れてきました。」

 

 「......よろしい、貴方はここまでで構いません。

 そちらにいらっしゃるマスター、という方だけがこちら側へ。」

 

 「......彼は信頼にたる男です。」

 

 「信頼(それ)は私が決める事であり、貴方が決めることではない。

 下がりなさい。」

 

 「ですが──」

 

 扉越しに殴り合おうかという気迫を見せる誠を抑え、大丈夫だよ、と微笑んで見せる。

 熱くなった頭に冷静な言葉というのは随分と効いたようで、落ち着いた彼は周りを軽く見渡してからこちらの眉間に人差し指を刺し、笑ってすれ違った。

 去り際に聞こえてきた『何かあれば叫べよ』という言葉に小さく頷き、重たい扉を開ければその先にいたのは白髪の老女。

 

 その顔はまだ初老の女性を思わせながら、白髪になった長い髪は若年の人が多いこの施設で確かに彼女が歳を取っているという異端さを見せる。

 横にいる中年の男性に視線を贈られながら『どうぞ』と勧められたソファに着席した。

 

 重くのしかかる様な冷たい声が心を刺す。

 

 「......まずは、我らの部隊に対する助力に感謝を。

 市民の通報時点では一体であると聞き及んでおり、念の為3体にも対応できる人数で向かわせたのですが、敵は想定を超える力を持っていました。

 生きて帰ってきたのは貴方もよく知る2人だけですが、これは今後の戦闘において役立つ情報を持ち帰ってきた値千金の勝利と言えるでしょう。

 ......それで、あなた方の欲しているものは恐らくこの事態における元凶、およびその周囲に関する情報ですね?」

 

 見透かした様にものを語る彼女に警戒心を強めながら、あくまで冷静を顔に貼り付けたままそうだと返事を返した。

 既に彼らに話した事は伝わっているだろうから率直に言うが、この事態を引き起こしているのは聖杯と呼ばれる願望器を手に入れた者だろうと。

 自分達はその聖杯による異常を解決するためにこの場所に来た、出来る限りの情報が欲しいのは貴女の言う通りである。

 

 「しかし、私達からすればあなた方の言うサーヴァントも聖杯も夢物語の様なものでしかない。

 信頼していない。 そう言い換えた方がわかりやすいですか。」

 

 しかし自分達がそちらの兵士である誠や日向を助けた事は事実。

 そこに打算が存在していたとしても上辺であり、本質は善に還る人助の精神から成ったもの。

 敵であったとしてここまでの事をするだろうか?

 

 そう反論を言い切る前に鉄が擦れる音が鳴り、音の方を見れば最新式の拳銃をこちらに構える護衛の姿。

 

 「敵は何を使うのか、どの様な手段でこちらを滅しようとしてくるか。

 それが分かりきっていない以上、貴方が敵である可能性は捨てきれない。

 もしも怪物が彼らに成り替わり、その指導者である貴方と共にこの場所に来たとしたら?

 彼らが貴方に洗脳されてここまで連れてきて、内部から私達を破壊しようとする工作兵だったら?

 ......敗北した指導者は皆、その可能性を捨ておいたからこそ必然的に敗北した。

 私はその様な愚行を犯す事はない。

 貴方を信じさせてみたければ、その夢物語をひとつでも現実にする事です。」

 

 彼女がそう言うと同時に男の指がトリガーにかかる。

 ──だが、この目を彼女から離す事は決してない。

 焦ることはなく詰まることもなく、ただ淡々と返したのは『そうですね』の一言。

 

 引き金が引かれると同時── いや、少し早く。

 どこからともなく現れた華奢な手がハンドガンのバレルをスライドごと握りしめた。

 弾が頭蓋を砕くことはない。

 

 「──ほう、良いブツだ。

 しかし...... 戦士ではないお前が持っていては宝の持ち腐れか。」

 

 「貴様は?!」

 

 最新鋭と言えどもトリガーを引かねば弾など出るはずもなく、護衛は驚きと同時にそれを手放して隠し持っていたもう一つのハンドガンに手を伸ばすが、それより早く純白の刃が首筋に突きつけられた。

 一転して静寂が司令室を包む。

 

 「少し汚いやり方だが、動くなよ?

 動けば無事じゃ済まない。」

 

 「くっ......!」

 

 信じてもらえただろうか。

 彼女はため息をつくと懐から端末を取り出し、机の上に置く。

 

 「貴方の負けです、柏木。

 大人しく下がりなさい。

 ......詳細な情報はこの中に。 端的に言って敵の大半は武器を持たない悪鬼で毘舎遮(びしゃしゃ)()()()()()()と呼ばれるもの。

 鳩槃茶(クバンダ)の背に乗って襲い来る事もあるので注意される様に。

 

 そしてあなた方が求める元凶の名は──

 ()()()、加えて()()()

 我が国の四天王、その二柱です。」

 

 敵の大元の名を聞いて驚きながら、差し出された端末を手に礼をして部屋を出る。

 本当に、霊体化と言うのは便利なものだ。

 

 上手くできただろうかと2人に聞けば、返ってきたのは嬉しい返事。

 

 「悪くない。」

 「バッチリだぜ、マスター!」

 

 ──そう、なら良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「行きましたか。

 柏木、貴方も私の剣を名乗るのならば焦りを見せない様に。」

 

 「申し訳ございません......」

 

 「ですが、やはり情報を欲してきましたね。

 あの程度の情報で満足し、兵士として動いてくれる様ならば出し抜かれるのも悪くはない。

 あの情報を出してしまえば迷いが生まれるでしょうから。」

 

 「この先、如何いたしましょう?」

 

 「戦況の確認と......そうですね、隠密性に優れた車を。

 成すべきこと、やれと言われた事をして咎められてはたまったものではありませんので。」

 

 「了解いたしました。」

 

 

 

 「......兵士、指導者。

 そして......魔術師と使い魔。

 ──どこまで善戦できるか、退屈しなさそうで何より。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──では指導者様、我らは少し......」

 

 「うん、いってらー。

 いろいろ頑張ってね。」

 

 「有り難きお言葉...... では、失敬。」

 

 「ふぅー...... さて!

 あと、少しだ。」

 

 

 

 







 感想等是非よろしくお願いします。


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関係

 

 エプロンを着け、じゅうじゅうと鳴き声をあげるフライパンの上から目を逸らして端末の中にある情報に目を通す。

 

 『増長天、持国天は2014年の9月に日本全土に住まう、彼等から見た成長しない者や国に仇成すものに対して宣戦を布告。

 手始めに日本国の領域を光の壁で囲い、海や空のいかなる方法でも脱出を不可能にした。

 さらにこの出来事による混乱に乗じて醜い怪物達を世に放ち、それらの容姿と古い文書に描かれたものが一致。

 牛頭の怪物を『鳩槃茶』、口から体液を垂らす怪物を『毘舎闍』(後にピシャーチャへと改名)

 と政府は呼称し、自衛隊を投入しての戦闘が始まった。

 

 しかし無尽蔵に現れる敵に対して自衛隊の人員や物質が不足し始め、全国のヤクザや組織から不法所持として弾薬や銃を徴収、自衛隊の不足する武器の補給とした。

 その政策は『銃狩り令』や『弾狩り令』と呼ばれており、現在我らの武器が前時代的な物であるのはそれが原因。

 加えて政府や自衛隊上層部はより速い事態の終息に向けて当時戦場で多大な戦果を残した女性兵士である現総司令、橘 仁美(たちばな ひとみ)を総司令とした自衛隊に代わる対怪物・悪鬼対策部隊を設置。

 現在持国天らに支配された西日本から攻め込む怪物達に対抗しているが、敵の首魁がどこに居るのか不明な以上不利と言わざるを得ない。』

 

 この誰が書いたのかわからない情報書に目を通してポケットにそれを仕舞えば、フライパンの上に置かれた餃子が完成した事を告げるストップウォッチのけたたましい鳴き声。

 また暫く滞在することになるだろうなという面倒さと、古い友人と一緒にいることが出来る嬉しさに挟まれながら上手くいったメインディッシュを皿に乗せ、食卓へと差し出す。

 

 「おぉー! キタキタ、美味そう!」

 

 そう言って興奮のままつまみ食いに走った誠の手首を掴んで止め、せめて味噌汁が出来上がるまで待てと牽制する。

 しかしそれで止まる様な彼ではない...... ので。

 

 「ああっ何何?!」

 

 「我慢しないと......こう!!」

 

 日向に彼を固めてもらった。

 関節技をかけられた形の誠は痛みに悶える声を部屋に響かせるが、まあ当時よく聞いた声だ。

 そんなに心配しなくても大丈夫と横で慌てるマシュを諌め、味噌汁の完成を急いでまた厨房に戻る。

 

 

 

  

 いただきます、と元気な声が部屋を埋め、数多の箸が食器を鳴らす。

 取り敢えず自分も貸して貰った灰色の服に着替え、その輪の中に入らせてもらうことにした。

 香ばしい香りを鼻に届ける湯気を辿って箸を伸ばせば、その先に掴んだのは白い照りとざらついた焼き目のバランスが丁度良い肉を包んだカプセル。

 口に運んで一度二度噛めばその皮が開き、肉の油と野菜の食感や甘さが口いっぱいに広がってはご飯の代わりとして出されたオートミールを胃袋に誘っていく。

 我ながら上手くできたものだと味噌汁を啜りながら思うし、どうやら横にいたアースさんも気に入ってくれたらしい。

 

 「この、味噌汁...... カルデアにいる赤い弓兵の作るものとは違い肉が入っている様ですが、これはどの様な意図で?」

 

 飲み干して器を机に置いてから、確かにちがうなと思いアースさんの疑問に答えることにした。

 まあ一般的に味噌汁といえば白菜とか大根とか、あとは地域差で様々なものを入れたりするものだ。

 正直簡単に言ってしまうならば『地域差』と言うものに甘えるのが最も楽なのだが......

 その言葉だけでは語れない理由があるのも事実。

 

 かいつまんで言えばこれは母親からもらった二つのうちの一つで有り、水という『海』と味噌、その元である大豆を『大地』に見立て、そこに鳥を入れる事で陸海空をこの身に宿すという考えの味噌汁。

 家族内だけで共有された縁起物の様な、そんな感じ。

 

 ......まあ、そういう考えの中で鶏肉を入れたら美味しかっただけ。

 

 そう返されると彼女は器の中に作られた水面に視線を落とし、一息にその泉を飲み干して箸を置き、ごちそうさまでしたと手のひらを合わせる。

 

 「......郷に入っては郷に従えと言うのでしょう?

 その様な目で見るものではないと思いますが。」

 

 彼女に対して肉を頬張りながら首を振り、気にしているのは貴女が日本式に順応している事ではなく器用に箸を使いこなしている事だと伝える。

 確かに前回長野に行った時、2人で焼きそばを食べたが...... その時はてんやわんやの大変さだったのだが、それから日にちが経っていないと言うのにここまで上手くなっているのは驚き。

 すごいと思う。

 

 「そう、ですか。」

 

 食器をこちらの物に重ね、彼女は月光浴の為にベランダに向かった。

 でも自分は知っている。

 ネモに泳ぎを教わる様に、エミヤに箸の扱い方を指南して貰っていた事を。

 洗い物をしていた時、エミヤの投影した初心者用箸に彼女の名が書かれていた事を知っているのだ。

 

 だから自分の中にある少しの親心というか何というかが笑みを浮かべる。

 良かったね、と。

 

 

 

 「うっし! 皿洗いは任せてくれ!

 やろうぜ、マシュ!」

 

 「はい、シャルルマーニュさん!

 マシュ・キリエライト、迅速に皿洗いを終わらせます!」

 

 怪我しない様にと意気込む2人に釘を刺しながら、誠と2人きりになったリビングでゆっくりと寝転んだ。

 こっちの方が都合が良いからと彼らの家にお邪魔したのは良いが、やっぱり人の家というのは落ち着かないものでキョロキョロと周りを見てはため息を吐いてしまう。

 

 「綺麗な人だよな、あの...... お姫様? で、いいのか?」

 

 多分いいのだと思う。

 見た目も所作もそういう感じだし、そう呼んでも文句は言われなかったので。

 すると怪しげな笑みを浮かべ、彼が耳元で囁く。

 

 「それで、あの人の事好きなのか?」

 

 ......。

 近づけられた顔を鷲掴み、鍛えてきた握力を発揮しながら無理やりその顔面を遠ざける。

 本当すぐに調子に乗るクセはどうにかならないのだろうか?

 サッカー部の人にもよく言われていただろう。

 

 「......おぉ〜痛え......

 サッカー部の奴らか、あいつらも懐かしいな。

 ......あんまりこういう事を言うもんじゃないってのはわかってるんだけどさ。

 いや本当に、市民の人達よりいい飯を食って普通の家に住んで、娯楽こそ無いけど過不足ない生活を送っておいて言うべきことじゃないけど。」

 

 お調子者の表情から一転してその顔に影を落とし、深刻な表情のまま口を開く。

 その言葉に他意はないのだろうが、聞いている自分にとっては重大な選択を突きつけられている様な、そんな感じがした。

 

 「──俺達、もちろんお前も。

 一般人から兵士になって、生き残って、一般人に戻った時。

 友達や世界からやってきた事を否定されたらって思うと、戦う理由って本当にあるのかなって思うんだよ。

 俺はこの争いが終わった後にサッカー部に戻って、皆と同じ様に成長できるのか。

 人理修復を終えて一つの心配も無く、一人ぼっちの学校に戻って成長出来るのか?

 ......俺、そう言うのがない世界が良いなって。

 お前はどうよ。 自分の役目が終わって世界に順応できなかった時、違う場所に行きたくなったりしそうかい?」

 

 少し考え、行きたくなったりしないと返す。

 そうなる事はもう特異点の修復を始めた時からわかっていたんだ。

 そもそも他の人たちは時が止まっている様なものの中でカルデアだけがその中を進んでいるのだから、きっと自分は誠の言う様な状況に置かれてしまうだろう。

 それでも逃げないでここまでやってきたのは人理を取り戻す、と言うよりは消えた友達を取り返すためで、いつかもう一度こっちの時代に居る誠や日向に会うためだから。

 これを初めて少しの時に『めちゃくちゃな辛さはない』と言ったが、それは頑張ればいつか会えるからという前提があったから。

 

 つまるところ焼却されてしまった世界に叔母さん、友達がいる限りよっぽどのことがなければ折れても立ち直れるだろうから。

 ......よっぽどのことというのは仲間の死を何回も見てループするとか、友達をこの手で殺してしまうとかだけど、それは本当によっぽどのこと。

 そうそう起きやしない。

 

 彼は聞くと満足した様な、はたまた憐憫を見せるかの様な表情のまま寝転がり、棚に置いてあった写真たてを引き寄せて蛍光灯の光にかざす様に見た。

 覗き込んでみればそれは小学校卒業の時に3人で撮った写真で、小綺麗な姿の古い自分達は慣れないピースを見せてははにかんでいる。

 これも忘れやしない、大切な思い出。

 

 「──俺が守りたいのはコレなんだ。

 母さんよりも級友よりも、ここに居る2人が笑顔でいられる世界。

 こっちのお前はまだ長野にいるんだろう、そこに居るお前を守りたいからこんな危険な事に首を突っ込んでる。」

 

 そこまでして守る存在なのか?

 日向はともかく、自分は── と言い切る前に、デコピンで口を閉じられる。

 

 「卑下するのはやめた方がいいって昔も言ったろ?

 ......ま、なんだ。 お前がそう思わなくたって俺やヒナにそう思わせるモノが、この関係の中にはあったのさ。

 さあ皿洗いも終わったみたいだし、風呂入って布団敷いて寝ようぜ!

 なーヒナ、風呂まだ?」

 

 「何開けてんの?!」

 

 卑下するのはやめろ。

 そう言った彼の言葉がデコピンされた後から染み込む様で、俯いて考える。

 ともかくとして彼の言った事柄は自分にとっても無関係でないだろう、しかしそれでも走ってきてしまったのだから、ここで特異点修復の先を自分の意思で閉ざすわけにもいかない。

 

 ......こんなんじゃ遂に辞めたくなったとしても、カルデア職員達からの視線に怯えて渋々やり続けるんだろうなって。

 そんな自分が嫌いになりそうだ。

 



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友達

 

 『この特異点に来て数日、今日も前線での戦闘に参加こそするが最終到達点でもある持国天や増長天の情報は得られず。

 しかしというか、やはり人間vs()怪物というB級映画的な戦場の中にサーヴァントを投入する事は竜巻の中心部で爆弾を起爆させるのに等しく、優秀な作戦があろうと難しさがあった怪物の撃退がとても容易い。

 先日も今日もこうして誠達の家に帰ってきてご飯を作る時間が結構遅くなっているのは、そうやってサーヴァントが切り開いた戦場で彼らに感謝とか尊敬を口にしにくる兵士達が多いから。

 ......マシュ含め、容姿端麗の人が多いのもある。

 別に自分のところにそういう人が来ないのは気にしていないし、今日は我慢しきれないで外に出て、危険な目にあった少女から花をもらったからいいのだ。

 結局を言えばこの世界は自分達の生きる世界ではない。

 だがそれはそれとして、ああいういい子達が何を気にする事もなく公園で遊べる世の中になればいいな、とは思うが。

 助けれて良かった。

 

 そう言えば、この特異点に来た初日から戦闘においてアースさんが自分をよく守ってくれる様になった。

 そりゃあマシュが近くにいる時はその頼りになる盾と後輩力で守ってくれているが、戦場というイレギュラーの舞台においてはそう上手くいかない時もある。

 そんな時の為にカルデアで英霊達に回避方法とか身のこなしを教えてもらっているわけだが...... 弱体化している、そう言ったのは彼女だ。

 どうにも無理をしているというか、何というか。

 銃を使わないで後ろでどっしり構えていろ、と、まあ細かいところは違うがそういう事を言ったのも彼女。

 その事でテスカトリポカと軽い問答もしていたし、シャルルマーニュの仲裁や誠と日向の視線がなかったら喧嘩になりそうだったし。

 彼らサーヴァント3人とはマスターになった最初の方からの付き合いだし、自分が原因でアレになってしまうのなら自分で努力したいがコレはちょっと。

 

 まあ時間もいいところなので、ここらで切り上げて夜ご飯を作ろうと思う。

 今日の献立は...... チャーハンでいいか。

 

 P.S.

 音楽を最近聴き始めた。

 音楽の授業と違って気分が上がっていい。』

 

 

 

 

 

 

 「──私のチャーハンと違う食べ物じゃない? これ。」

 

 「えっとその...... 日向さんのチャーハンも美味しいですよ! 

 それに料理は作る人の思いで美味しくなるから格好は二の次と、エミヤさんという方も言っていました!」

 

 「ありがとうマシュさん...... あっ美味しい。」

 

 「懐かしいな〜調理実習。

 バーニングしてたもんな、日向自信の鮭のムニエル。」

 

 「うっさいの!」

 

 

 微笑ましくしばかれた誠としばいた日向を見ていれば、袖をくいくいと引っ張られ、見てみれば食卓をキョロキョロと見回してからこちらに視線を移したアーキタイプ。

 飲み物が欲しいのかと見てみれば水の入ったコップがあるし、何か足りないものでもあっただろうか?

 どうしたのか尋ねてみると、どうやら予想通りに()()()()()()があった様だ。

 

 「......味噌汁は無いのですか?」

 

 うーん、と少し考えるが、まあ今の時間から作るのはちょっと......

 時間がかからないわけでは無いが材料も無尽蔵じゃ無いし、そう毎日飲んでいては好きな物でも飽きてしまう。

 もしあの味が好きになってくれたのなら嬉しいが今は我慢して欲しいと伝え、付け足してカルデアに帰ったらいつでも作る事を約束する。

 朝であれアースさんが望むのなら。

 

 「──その言葉に嘘のない様に。

 では、いただきましょう。」

 

 納得した様で。

 個人として、この交換条件で納得してもらえるのなら悪くはない。

 自分も料理自体は好きだ。

 材料が結束して新たな存在になってるみたいで、なんていうか好き。

 ......あと、何にしてもナマモノをそのまま食べたくないからやってるところはあるが。

 昔にお肉を生で食べて腹を壊している都合上、ね。

 

 

 

 

 

 

 満月だ。

 皆が寝静まった夜、忍足でリビングに戻って椅子に座っては月を見てセンチメンタルに浸る。

 どうにも今日は寝付けない、コーヒーを飲んだわけでも嫌なことがあったわけでもないが、ついつい月を見上げては自分が生き残るのではなく他の優秀なマスター候補が生き残っていたらと考えるのだ。

 

 もう何度目だよ、と自分でも思うが、人というのは成り得ないifを追い求めてしまう物。

 その選択肢があったという過去がある時点で、そう考えることから逃れる事はできない。

 少なくとも自分にはそういう性がある。

 

 ......窓越しでは下半分しか見えない。

 出来る限り音を出さないように窓を開けて室外機を足場に屋根へ登り、埃を適当に払ってゆっくりと腰を下ろす。

 綺麗な月。

 アースさんが月光浴を好むのもわかる。

 

 ため息を吐いてリラックスして── そこに水を刺す様に黒い影が降り立った。

 音もなく、ロングコートをはためかせて現れた異様な姿の人間。

 ピシャーチャ等の化物でない事は確かだが、唐突に現れたその姿に警戒せざるを得ない。

 立ち上がって後退りするこちらをよそに突如現れた彼は革手袋を外して白い指を露出し、こちらを指差して仮面に隠れた口を開く。

 

 「──君は......」

 

 何だ、『件のマスターか?』とでも言うようならそうだとしか言えないぞ。

 対人間ならこちらにだって勝機はある、来るなら来い。

 

 

 「いや、何でこんな時間に屋根の上で月見上げてるの?

 変だよ?」

 

 えっ。

 

 

 

 

 

 

 

 「いや、外出るなとは言わないよ?

 でもさあ......私みたいな敵が飛んできたらどうするの?

 総司令が言ってたけどキミってサー......サーヴァント? の司令官的存在ならさ、もっと警戒心持った方が──」

 

 2人で屋根の上に座りながら、延々と彼女から説教を喰らう。

 確かに油断もしてたし気を抜いていたのは事実ではあるが、何もここまで長々言わなくても。

 それにたまにはこうして物思いに耽る夜があっても良くはないだろうか?

 カルデアに戻ったら床下に誰かいそうで怖いし、ベッドの下とか。

 

 そうしてぶつくさと愚痴をこぼしていれば、彼女は一旦説教をやめて唐突にこちらの頭を脇に抱えてくしゃくしゃになる程撫でてきた。

 

 「年相応〜!」

 

 驚いてやめてよと抵抗するが、2メートル近い彼女の体から繰り出されるその力は自分では叶わないほどに強く、抵抗も可愛い物だと言わんばかりに頭を撫で尽くされた。

 やっとこさ解放されて息を整えていると、さっきまでとは違いフレンドリーながら距離を感じる声で自己紹介を始める。

 

 「いやいや、キミの話は聞いてるよ。

 私はカド......加藤! 取り敢えず加藤って呼んでね、さん付けでもいいよ!」

 

 話を聞いている、と言う事はこちら側の人間であるだろう、総司令の方から兵士皆にサーヴァントやマスターの存在が通達されていると言うのなら、彼女も戦場で戦う兵士。

 しかし兵士と言うにはその体は華奢で、どちらかと言えば日向の方が彼女より強そうに見える。

 

 「うんにゃ、俺は潜入するタイプ。

 だから特別鍛えたりはしてないんだけど、この身長とかのせいでキミを抑え込めるくらいには強い。

 もちろん銃の扱いもそこそこ!」

 

 俺?

 何か違和感を感じるが、それはそれとしよう。

 ......しかし、彼女から感じるこの視線は何なのだろう、とても怖いと言うか興味から来る何か── いや、近い!

 瞬き一つしないメガネ越しの彼女の視線が目と鼻の先になり、思わず押し除けようとするが彼女の体が動くのではなく、情けないことに自分の体が押し出されてバランスを崩す。

 やばいと思ったが時すでに遅し、体が屋根を滑り落ちようかと言うその時、彼女の手がこちらの腕を掴む。

 命からがら助かった、と言うやつだ。

 

 「いや、ごめん......ごめん? 別に私は悪くなくないかな、今の。」

 

 心拍が落ち着いたことを確認し、確かに今のは自分が悪かったと謝る。

 まさかこんなところで死にそうになるとは、やはり自分はサーヴァントがいなければ一般人か。

 ......いや、今は一般人に戻れている、そう思うべきだろうか。

 

 すると彼女は何を思ったか、今度はこちらが驚いて落ちない様にガッチリと腕を掴んでからまたその顔を近づけた。

 瞬きしないその黄色い瞳はメガネの奥で光り輝いている。

 

 「キミが何を考えてるかはわかんない......ので、キミが何を考えてるかを知りたいんだよね。

 サーヴァントって超戦力をどうして持ってるのかとか、キミがそうやって思い詰める顔をする理由とか。

 まあ端的に、俺にキミが見てきた特異点の話をしてよ。

 何にしても知らない事には信頼もできないでしょう?」

 

 どこか安心する声だ。

 まるで悩みを相談する様に、ぽつぽつと特異点Fからの話を大まかに伝えていく。

 彼女は聞き上手で、赤ちゃんの様に無垢な表情がコロコロと変わっていく姿が面白い。

 次はどんな顔を見せてくれる、どんな反応を見せてくれる?

 話す方も聞く方も、気楽な時間だった。

 いや、彼女にとって気楽な時間であって欲しい。

 

 アメリカでの事までを話し終わり、ふうと一息を吐く。

 アースさんの時もそうだが、何事においても心の中に秘めておいて吐き出さないのでは溜まっていく一方。

 こうして解放する時がどんな事でも必要なのだろう── と、考えながら彼女の方向を見ると。

 

 「キミは......」

 

 メガネを外して、黄色い目から涙を溢していた。

 何か彼女を傷つける様なことがあったろうか、調子に乗って話したのが不快だったか?

 涙を袖で拭おうとすると、急に脇下に手を回されて抱きしめられた。

 

 ロングコートの下に身に付けたセーターに押し付けられ、本当に何なんだと半ば呆れの意味も込めて抵抗するがさっきまでと違って送られたのは優しく、慈しむ様な声。

 

 「すごい...... よく頑張ったね......

 自分より上の存在に挑むって、たとえやらなきゃいけなくても実行に移せるものじゃない。

 キミはもっと大切にされていい、子供なのに......」

 

 ......少し嬉しかった。

 アースさんの言葉とは別ベクトルに心が安らぐ様で、これまでやってきた事に涙を流してくれる彼女の心の温もりを感じながら抵抗を緩める。

 これまで自分の話を聞いてくれた現地人達はそれぞれの反応を見せていたが、1人たりとも自分の事を子供としてみる事はみんな無かった。

 それはそれでその時は助かったが、カルデアでもそうそうなかったこうして抱きしめられてねぎらいの言葉をかけられると言う行為は、足に付けられた枷を溶かす様な暖かさ。

 荒んだ心が侵入を許す程度に、彼女の行為は『善』として染み込んでくる。

 

 

 ──加藤......さんは、音楽とか聞く?

 

 「うぇ? 聞くよ、ボーカロイドとか......」

 

 

 

 

 

 

 

 「──結構いいね、邦楽も。

 私はボーカロイドの最先端感に惹かれてこれしか聞いてなかったけど、邦楽もこれはこれで!」

 

 自分も想像以上だった。

 ボーカロイドというものに触れることの無い生活だったので、きっと彼女に会えなければこれを知る事はなかっただろう。

 機械的な音声でありながらも作成者個人個人の個性が感じられ、千差万別な歌声は確かに耳の奥へ染み込んでくる。

 次はこれを、と勧めようとするが、ふっと現れた眠気に攫われそうになって大きなあくびを見せた。

 すると彼女は『かわい〜』と揶揄う様にして頬を突き、左手に付けていた黒い革手袋を持たせてこちらを屋根から下ろす。

 

 「それは次に俺に会うためのチケットみたいな!

 次はこう、友達ー......に、なれるっといいなぁー......」

 

 言うか言わないかどちらにするかを迷って目を泳がせる彼女に対し、ああして話したのだからもう友達だと言えば、その目を輝かせながらこちらの体を抱きしめる。

 ......どうにも、身長差のせいで胸の辺りに顔がくるのが個人的にちょっと、窒息しそうで避けたくなる。

とは言え嬉しそうな彼女をみると、そんなことも言えないのだが。

 

 「じゃ、また屋根で!

 頑張ってね、私の1st友達!!」

 

 そう言って軽やかに夜闇へと消えていった彼女を見送って、布団の中に入る。

 自分のために泣いてくれた。

 その事実が胸にずうっと、焼き付いている。

 

 

 

 

 

 『帰ってくる様に。』

 

 「はーい! 

 フフッ、友達!!」

 

 

 



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 「いっっ...... てぇ〜......」

 

 確かな激痛は意識を失わないために夜中に摂取するカフェインの如く瞼を開かせ、砕けた家屋の破片を持ち上げながら目の前に現れた異形に目を向ける。

 鳩槃茶の左半身からピシャーチャが生えてきた様な、突然変異にも感じられる敵異形は左手にフランべルジュを思わせる剣を引きずっており、誠と2人して吹き飛ばされたのが盾の様に大きな右腕でよかったと比較して安心した。

 

 とは言え強化魔術を咄嗟にかけなければ壁に叩きつけられて2人とも死んでいたろうし、どっちにしても食らったらまずいのは確かだ。

 どうしたものかと作戦を思考していると、道を一つ挟んだ先から日向が駆け寄ってくる。

 基本は冷静な彼女も今回は予想外だった様子で、こちら2人を心配しながらも融合した怪物に驚愕しては闘争心を燃やした。

 

 「大丈夫?! 取り敢えずあっちはマシュさん達に任せてきたけど......

 ──何この人、こんな人がいるなんて聞いてない!!」

 

 「クソ...... 俺も聞いてねえよ。

 あのクソ上司、上の立場なのに情報共有も出来ないって言うのか!?」

 

 確かに端末へ届く敵情報の中に奴は居なかった。

 多くの兵士に信頼されて作戦を期待される司令官といえども、流石にそちらまで気配りが足りなかったと評するべきか?

 しかしこんな無駄口を叩いている暇などないとでも言う様に、目の前の怪物は錯乱したかの様に剣を振り下ろす。

 大振り故に回避は容易いが、予備動作の見えない近距離でアレを速度そのままにやられたらと思うと、背筋が冷える。

 

 とは言え左右の肉体が合体前と変わらないと言うなら打開策は当然ある。

 一旦物陰に隠れ、左右で銃を構える彼らに小さく耳打ちする。

 危険は危険だが、これをしなければサーヴァントのいない戦場で生き残れない。

 2人とも自分の記憶と変わらない力を持っているならばやれる筈だ。

 『面白え、やろう』とサムズアップを見せた誠に鏡の如くその行動を返し、1番危険な役目でありながら笑みを返した日向には彼女の長所を伸ばす様に、強化魔術をかける。

 さあ、ここから。

 

 

 「何が何でもだ! いけるぜ、ヒナ!!」

 

 見たところ奴に知能らしい知能はない。

 ならばどうやって右手を使い防御しているのかと言われれば脊椎反射に近しいもので、音と閃光から弾の飛んでくる方向に右手を向けているだけ。

 カンカンと誠の放った弾丸が弾かれる音がするが、真打はここから。

 右手に付けた盾が生み出す死角から突如として超スピードの日向が現れ、強化された拳でピシャーチャ側の貧弱な腕へ、強烈なストレートが叩き込まれる。

 

 「フッ!!」

 

 予想通り、彼女の馬鹿力は昔から変わっていない!

 

 鳴き声を上げる左側の腕はひしゃげ、切れ味鋭いフランベルジュがその刀身を地面に付けると同時に自分が拾い上げ、こちら側に先ほど同様の手痛い拳が叩き込まれる前にピシャーチャと鳩槃茶の境目をなぞる。

 融合する境目は常に蠢いており、それは転じて脆い事につながる。

 加えて、こう見えてもローランやシャルルマーニュに指導を受けている身だ。

 両断する程度ならば容易い。

 

 逆袈裟から切り上げた刃が途中で止まる事はなく、二分された身体の首を右から左へと一閃。

 沈黙した怪物へと手向けるが如く剣を投げ捨て、静寂に包まれた市街地にカランという金属音が響く。

 

 

 

 

 「なあ。」

 

 「そうだね。

 埋めて、あげようか。」

 

 「おう。

 ......悪かったな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──おっと、なぁにそれ?」

 

 夜中。

 いつものように屋根の上に座って待っていた加藤さんにラップで覆った三角形のおにぎりを差し出す。

 こう毎日夜中に飛び回っていてはろくに休めてもいないだろう、今回は話をするのではなくご飯を食べて休んでほしい。

 ......冷めてしまっているが。

 彼女はまるで初めて見るものを壊さない様に弄る子供の様にそれを眺めたかと思うと、そっとラップを外して大きめの一口を頬張った。

 すると目を輝かせ、すぐに一個目を食べ終わってしまう。

 まるで餌を目の前に置かれた飼い犬だ、焦って食べて米を喉に詰まらせなければいいのだが。

 

 「うぐっ?!」

 

 詰まったか?!

 そう思って少し焦るが、表情を見て安堵し、微笑む。

 二個目のおにぎりに入れておいたのは梅干しで、おそらく不意に拳を喰らったくらいの衝撃が舌を襲ったのだろう。

 絵本などでよく見た、酸っぱいものを食べた時の(アスタリスク)に口を窄めて我慢している。

 何だか可愛らしい。

 

 だが、今時梅干しとおにぎりにこんな反応を見せる人なんて珍しいのではないだろうか?

 とは言え喜んでくれるなら、作り手として何でもいいのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふぁ...... あれ、先輩?」

 

 夜中、影になって時計が見えないため何時なのかはわからないが、月が輝く夜に起床する。

 別にコーヒーを飲んだわけでもないのに起きて、1番最初に気づいた事は床についた筈のマスター、先輩がいない事だ。

 トイレは......水を飲んでいなかったし、寝る前に行っていたから違う。

 だからと言って遠くに外出はしないだろうし、リビングにもいない。

 ──まさか、何者かに攫われ「マシュさん?」

 

 不意に自分の名を呼ばれ、振り返ってみれば髪を下ろして右手にホットミルクを持った日向さん。

 彼女ならば何かを知っているのかもしれない、念の為に聞いてみる事にした。

 

 「日向さん...... 先輩を知らないでしょうか? 

 姿が見えず、もしやどこかに。」

 

 「あぁ...... 多分屋根の上じゃないかな。

 あっでも、今は行かないであげて? たまには1人でああ言う気分になりたい時もあるんだって。

 ......きっと、彼なりに色々考えてるんだと思う。」

 

 リビングの椅子に座らされ、ホットミルクを手渡された。

 取り敢えずは攫われていない様で安心した、手元のミルクの様に心の中も暖かくなる。

 しかし彼女も起きているなんて珍しい、まるで示し合わせた様。

 そう思いながら向かい合っていると、カチカチと秒針が進む中で彼女が口を開く。

 

 「......マシュさんには、帰る場所があっていいね。

 知らないと思うけれどさ、私達を含めた兵士のみんなって帰る場所を失っているの。

 家族、兄弟、友達、子供...... 皆、心が帰るべき場所を失って、傷を舐め合う様にここに来る。

 死ねば向こうにいる家族に会える、生きていれば自分と同じ様な人と心を分かち合える。

 みんな仲が良くて助け合ってる様に見えて、その実この組織にいる人達は互いを都合よく利用しているだけなんだよ。

 乗り越えての成長を止めてまで、ね。」

 

 「それは、つまり。」

 

 「うん、私も誠も。」

 

 彼女は一息に沼のような黒さのコーヒーを飲み干して、机の上で手に持ったビー玉を転がす。

 

 「彼はサッカー部の仲間と母親、私はおじいちゃんおばあちゃん。

 あと...... ()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

 キュッと、胸が苦しくなる。

 彼女や誠さんが、マスターととても仲が良いのは聞いた通り見た通りだ。

 だからこそ初めてこの時代にレイシフトしてきて、再会を果たした時にあそこまで喜んでいたのだろう。

 

 「......彼は、私と誠の間に生まれてしまった『利用し合う関係』という壁を崩してもう一度私達を友達に戻してくれた、いわば未来の恩人だから。

 だから、もし。」

 

 優しく包むような声が、鋭く刺すような声色へと変わる。

 

 

 

 

 

 

 「美味しかった〜...... あ、ねえ。」

 

 急に真面目な顔になり、こちらを呼んだ彼女に対して何だろうと思いながら皿を回収する。

 感謝の言葉ならばいつでも受け付けているが。

 そう言うと彼女は笑いながら手を振り、教えて欲しいものがあるとしてこちらの体を持ち上げ、膝の上に乗せてロングコートで包む。

 

 「キミの()()を教えて欲しいんだ。」

 

 過去?

 過去ならば教えた筈、特異点での──

 

 「──違うよ、それよりもっと前。

 キミが、()()()()()()()()()()()を聞かせて欲しい」

 

 少し、渋る。

 阿国さんが言ってくれた事があるからでもあり、彼女がこれを聞いて自分から離れていく事が怖くてたまらない。

 正味誰でも受け入れられるような過去ではないのだ、それは阿国さんとの会話で理解している。

 どうにも話すと言う方向へ、踏み切りがつかなかった。

 そんなこちらを見かねてなのか、何なのか。

 彼女は何を思ったのか、こちらの手のひらを掴んでその胸を掴ませた。

 これには流石に驚き、手を離そうとするが彼女の方が力が強く、離れる事が許されない。

 耳元で囁く。

 

 「別に俺は、キミが何を話そうと受け入れるさ。

 私を友達と言ってくれたのはキミだろう? 私にとって大切で大切で仕方がない1st友達が何を言っても、果てにはこんな事をしても俺の心はキミから離れることはないよ。

 ......でも、うん。

 これはちょっと恥ずかしいな、やめよっか!」

 

 そう言うと彼女はついに手を離してくれた。

 まだ柔らかさが残っている。

 

 ......とは言え、ここまでいってくれた彼女に対して、逆に自分の事を言わない方が失礼か。

 一度心を落ち着けるように深呼吸し、話し始める。

 

 これは夏の、とある夜のこと。

 

 

 

 

 

 

 

 「──だからもし、カルデアが彼の心や身体をズタズタにしておいて酷い扱いをするようであれば、私はすぐにでも貴女たちを敵として見るよ。

 これはきっと誠も同じ。

 ......だからその、彼が折れそうになってしまったら、どうか親身になって寄り添ってあげて。

 これはアーキタイプさんにも伝えてあるから。」

 

 そう言い残して寝室へ向かった日向さんの後ろ姿を、私は追う事ができませんでした。

 

 『マシュ、大丈夫さ。

 僕たちも努力する。』

 

 「ありがとうございます、ドクター。」

 

 貴女たちを敵として見る。

 その言葉を何度も何度も反芻して、私は手元に残った冷めて冷たくなったミルクのように冷え切った心のまま、ベッドに入って思うのです。

 メンタルチェックの波形が常に平坦だと言っていたドクターの言葉を、初めて会ったあの日から微笑みを見せてくれていても、ただの一度も激情を見せたことのない先輩の事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「......もしもし。」

 

 『どうした、今日はそちらからか。』

 

 「うん、まあ、色々と。

 ──少し早めたいんだけれど、良いかな? 司令。」

 

 『......構わん、好きなようにすると良い。

 それと、司令はやめておけ。』

 

 「ん、ありがとう...... ふう。」

 

 キミは何故、誰かの為に死地を走って、生きる為に努力したのか。

 理解はできた、論理で考えればそれは理解できて当然だ、ちゃんと通るべきルートを通ってその答えに辿り着いているのだから。

 ──でも、それじゃああんまりだろう。

 あんまりだから、早く終わらせる事にする。

 

 「もしもーし、寝てた?」

 

 『......ンン゛ッ、ええ。』

 

 「俺の権限で少し早める。

 私の部下として、出来ることをやって。

 ──本部にあるでしょ? 多聞天と広目天の。

 あと...... ありがとう。」

 

 『了解しました。

 ......色々とメールで見たので。 ああそれと、高橋さんと門倉さんが亡くなりました。

 それでは。』

 

 「......死んじゃったか、仲良し二人組。

 最後はバラバラなんて可哀想だけれど。」

 

 私の。

 俺の。

 フレンドリーに脳を焼いたキミのために。

 私も動いてみようと思う。

 

 

 

 

 

 







 感想等よろしくお願いします。


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交錯

 

 自分には過ぎた事だったと、あの時から永遠に思い続けている。

 中学でサッカー部に入った理由としては、大きめに言って自分の実力が全国でも中堅ぐらいはあると思ったからで、事実一年の頃から県のリーグで良いところまでは行けた。

 だが、そこから調子に乗ってプロを目指そうとすると話が変わってくる。

 仲間内の意識と自分の向上心の乖離、トレーニングセンターに招集された時に身をもって感じさせられた、上位層と自分の果てしない差。

 それだけでは諦めなかったが、何処か...... いつ何日何時かはもうわからないが、何処かのいつかで、『無理だ』と思ってしまったのだ。

 腐って沈んで、元来の性格を皆に好かれる気安い性格に矯正して。

 果てにあったのがアイツでなければ、今頃俺はどこに居たのだろう。

 

 だから()()()()事に迷いは無かった。

 それどころか心の底から良かったと思う。

 銃と剣から手を離し、闘争から離れて、俺は──

 

 「こっちの意思は、()()だ。」

 

 傷を舐め合うことを、辞めようと思うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 明け方、日が登ってから時間も経たない内に起き上がり、既に手慣れた足取りで洗面所に向かう。

 本日は先客もおらず静かに歯磨きができそうだと思っていた所、狙ったように端末の着信音という横槍が突き刺さった。

 連絡先を見れば総司令官からの直通。

 何事かと眠気を覚まし、ドクターとの通信を開いてから通話のボタンを押す。

 深刻な声色が端末の向こうから聞こえ、それは電話が直通である事と合わせて事態の深刻さを示しているようだ。

 

 『朝早くから申し訳ありませんが、ご容赦を。

 明朝、西日本側を監視していた部隊より連絡が入り、福井方面よりピシャーチャ、鳩槃茶、そして報告にあった融合体の大群が迫っている、と。』

 

 『この画像は......!

 こんな数が雪崩れ込めば前線の崩壊は秒読みだ!』

 

 「そうですね、素人でも解る程度には。

 ──言いたいことはこの現状、お分かりいただけたかと。 既に車は手配してあります、自動操縦ではありますが目的地に送り届けるのに問題はないでしょう。

 作戦は追って。 では。」

 

 端末をポケットに仕舞ってきた道を帰り、寝室へ向けて大声で『緊急事態』と叫べば飛び起きた様子の人間二人と既に起きていたマシュや英霊たち。

 先程の状況を軽く伝えて準備を手早く済ませようとした時、今度は誠の電話がけたたましく鳴り響いた。

 手早くそれを手に取って一度二度相槌を打つと、彼は一瞬表情を曇らせながらこちらを見てもう一度小さく相槌を打つ。

 

 通話を切ってから大きなため息を吐いたかと思うと、こちらの肩を叩いて玄関へと向かった。

 

 「......どうやら俺とヒナ、そしてマスターさんは別行動なんだと。

 言わば俺達はカウンターとして西日本に入って、持国天と増長天達の居場所を突き止める。

 あの女豹が言うにはそう言うことらしい。

 じゃあ行くか?」

 

 「ん。

 ......じゃあマシュさん、昨日の事は忘れないでね。

 それじゃ、()()()()()。」

 

 「はい! ......先輩も、ご無事で。」

 

 これまで何度も単独行動を生き延びて来た。

 いや、生き延びて来たからこそ向けているのであろう、マシュの心配そうな視線にサムズアップを返し、上着の前を閉めてから玄関の扉を開ける。

 ......今日は何だか、空気がズッシリと重い。

 

 

 

 

 「──柏木、車の用意は?」

 

 「はい、既に完了しています。

 ......ですが本当に良かったのでしょうか、このような事。」

 

 「貴方は、将棋の敗北条件を知っているでしょう?

 『敵方による王将の奪取』こそが負けであり、最も避けるべき事。

 この戦い、この戦争も同じ事でしかない。

 駒は王を守る為に切られなければならない、勿論貴方も例外ではない。

 さあ向かいましょう、()()()とやらに。」

 

 

 

 

 

 

 「ぬ...... 持国か。」

 

 「今日も椅子にそり返って瞑想か? 増長。

 退屈で仕方がないだろう、どうせ()()()は居ないんだ、女の一人でも侍らせたらどうさ?」

 

 「要らぬ、我はただ一つの使命に粉骨砕身で向かうのみ。

 此の道に色は必要なく、情や情けを持ち心を揺らがせれば、()()()()の様になる事は目に見えておるわ。」

 

 玉座の様な座敷に座って瞑想に勤しむ者の前、格を同じくした者は身振り手振りで味わった女の良さを力説する。

 快活、そして軽薄な言動の奥にある瞳から光が発される事は決してない。

 

 「へえへえ。 我も試してみたが人の子も悪く無かったがね。

 よく鳴きよく感じ、そして何より美人だ!

 ......此の国を穢した事を考えれば、憎悪しか湧かんが。

 にしても、だ。 ()()()()も悲劇なものだよ、人の子に味方をしたと思ったら、愚かにも守るべき対象に封印されているんだから。

 本当に同僚だったか? アイツら。」

 

 「無駄口を叩く暇があるのか?

 争いに関しては汝に一任している、防衛網突破の行動は既に察知されているぞ。」

 

 「わかってるよ、お前はそこでそり返っていりゃ良い。」

 

 持国天はノリの悪い増長天に笑みを返し、大広間から廊下へと向かう。

 その道すがらに会った()()()()()()()にこれまた軽薄な絡みをするが、変わらず突き放されるのみ。

 

 「姫様、風呂入ってるかい?

 身だしなみ整えなくっちゃあ男は振り返らんぞ?」

 

 「問題ありません、お気遣いなく。

 ......それよりも進行中の彼らに支援を、サーヴァントは持国天様の想像よりも強力です。

 時間稼ぎにすらならないかと。」

 

 『へえ、退屈しなさそうだ』と肩を回し、人の女と遊ぼうかとでも思っていた持国天は踵を翻して外、下界へと向かう。

 その隣にはいつのまにか現れた増長天もおり、自分の言葉では動かなかった彼に対してからかいが飛んだ。

 

 「おいおい、我の誘いには乗らなくて姫の願いは聞き届けるのか? 幾ら娘みたいなものだからって贔屓が過ぎるぜ、増長!」

 

 「汝は勘違いをしている。

 これは全てを円滑に進める為に必要不可欠な事象だ、故に我が出る。」

 

 「おーよく言う! そもコレだって姫様の進言だろうが!

 ......さて、須弥山(しゅみせん)から降りるのはいつぶりだ?

 南の神...... サーヴァントってのは退屈しなさそうだ── なっと!!」

 

 「ぬん!!」

 

 持国天は宝刀を、増長天は戟を。

 各々人の子に振るうには強大すぎる力を持ち、天空に聳える山の様な居城より跳躍する。

 ここは奈良、国宝興福寺南円堂上空。

 国の端々から霊脈を集結させて天空に新世界を作り上げる、終の場所。

 

 「......私もやるべき事をやらなくては。

 一人だ。 あの因果を切れるのは、私だけだ......!」

 

 また別方向から飛び出す指導者が一人。

 ロングコートをはためかせ、岐阜へと向かっていく。

 

 

 

 

 

 おじいちゃんが死んだ時、私を守ってくれる人はいないんだと悟った。

 おばあちゃんが死んだ時、安心できる場所はもう無いんだって絶望した。

 歌手になりたかった、幸せになりたかった、普通に生きる──

 普通に生きると言う普通の願いすら、不必要な非日常に叩き壊されて、『普通に生きたかった(願望)』と化した。

 

 辛くて、辛くて、辛くて辛くて辛くて。

 この場所で傷を舐め合っても何も変わらなくて。

 

 ──でも、ここに貴方が来てくれたから、私も誠も自分の道に這い上がれたのかもね。

 そんな優しい貴方のために()()()()事、迷わなかったかと言われれば嘘になる。

 でも、どうせなら──

 

 「私も彼と変わらない。」

 

 幸せになりたかったじゃなくて、『幸せに生きた』って、思って欲しいじゃない?

 

 

 

 





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消える灯

 

 ガタゴトと、何故電車に揺られているのだろう?

 その理由は数分前に遡る。

 

 

 

 

 誠の乗るバイクに乗せてもらいそろそろ岐阜を抜けようかという頃、急に車両が止まった。

 どうしたのかと周りを見渡してみれば、止まったのは人通りのまるで無い小さな駅。

 人は居ないが、元より無人駅だった様で問題なく改札等は動いている。

 後から来た日向に何故駅に?と聞いてみれば、彼女は何を言うよりも前に白い仮面を渡される。

 

 「車両だとすぐにバレるから、ここからはあっちでも使われてる交通機関で行こう。

 その為の着替えも持って来た、武器は最小限になるけど......」

 

 ......仮面如きでは何にしてもバレるのでは?

 

 「割とバレないぜ?

 専門家のお墨付きだ、安心して着替えて安心して着けるといい。」

 

 ならばいいが。

 貰ったシャツとジャケットに袖を通し、穴が無いのに呼吸も視界も良好な不思議仮面を顔面に取り付けて改札を潜り抜けた。

 改札に入るのは2度目だが、この感覚は悪く無い。

 まるで別の世界への扉を通り抜けた様で。

 

 ......というか、この仮面は紐とか無いのに何で顔から落ちないのだろう?

 

 

 

 

 ──と言うわけで、電車に乗っている。

 左右には誠と日向がおり、何事も無く高校に行っていればこんな帰り道もあったのかなとありもしない未来に思いを馳せた。

 そんな事を考えていると電車が駅に停車し、扉が開──

 

 「......焦るな、座ってろ。」

 

 驚いて立ちあがろうとした時、腕を両側から掴まれてそれを阻止される。

 しかし心拍は上がり続ける、その理由はゾロゾロと入って来た人型だ。

 

 ドアが閉まり、車掌の掛け声で発進する。

 

 

 

 両腕を掴まれ、先程の様な事をしない様に拘束される。

 マイルドなものであるが、友達である彼らを強引に振り払ってまでそうしようと言う気にはなれない。

 自分がこれだけ焦っている中彼らはどうしているのかと言うと、腰のホルスターに収納した銃に興味津々な子供を『ダメだよ』と騒がしくしない様に手振りで諭している。

 その様子を見るに、初めてでは無い様だ。

 何故、どうして?

 疑問符が頭を駆け巡るが、答えは出ない。

 次の駅に着いた。

 

 また扉が開き、今度は元気そうな子供が一番乗りとでも言わんばかりに入って来ては、段差で躓き転げそうになった。

 思わず左右から掴まれた手を振り払い、その子の頭が地面とぶつからない様落下の衝撃から庇う。

 やはり子供といえど頭は重く衝撃を受けた腕部には痛みが残るが、それすら掻き消すほどの拍手が嫌味や妬みを抜きにして自分の元に降り注ぐ。

 

 ......いつもならば恥ずかしながらもペコペコとしていただろうが、今回はそんな事をする余裕はない。

 感激に包まれた車両と隔絶する様に俯き続けていると、庇った子供から花を差し出された。

 純粋な感謝から渡されたそれを震えてで受け取り、『ありがとう』と全てを理解して返した。

 

 「〜〜♪」

 

 喜んでくれている......らしい。

 言葉がわからないもので雰囲気で理解するしかないが。

 

 あっという間に終着に辿り着き、電車を降りて賑わう街を行き、辿り着いたのはビルの中にある空きフロア。

 右手にはさっきの子供からもらったタンポポがあり、少し遊んだのだろうか、くっついていた綿毛が先に歩いていた誠の肩にくっついた。

 彼らは無言のまま空を見つめており、何も言ってはくれない。

 

 乱れる呼吸の中で自分を保ちながら、誠の腰から何故か新しくなっている最新式拳銃を奪い取って距離を置き、銃を構える。

 

 彼らはゆっくりと振り向くと剣を抜き、日向は取り出した銃を誠に手渡した。

 仮面を地に落とし、見えた表情は二人とも見た事がないほどに優しそうな顔。

 

 「どうだった? この場所は。

 多少なり驚くことがあったとして、悪くない場所だろう?」

 

 何を言っている?

 

 「銃を下げてくれとは言わないさ。

 ただ、少し話を聞いてほしい。 ......お前は自分の過去を隠しているつもりだろうが、俺とヒナはもう知ってる。

 お前がここに来る数日前に長野の町に行ったから。」

 

 だからどうしたと言うのだ。

 何故ここに連れて来た、そう聞いても彼は優しく悲しげな顔をするのみ。

 答えは出ない。

 

 「知った上で俺はお前を。 ......親友だと思っているお前を、このままの運命、因果に進ませたく無かったんだ。

 だってこのまま行けば、お前は──」

 

 

 「やめろ!!!」

 

 

 感情を抑えきれず、大声で叫ぶ。

 怒りでもあり焦りでもあり、信じたいと言う願望からくる声だった。

 彼は小さく頷き、会話の方向を変える。

 

 「......ごめん。 お前も見ただろう? この街の賑わい、笑顔の子どもたち、正しく誠実に導く大人。

 これが俺たちの見たかった()()()なんだ。 俺はカルデアでの戦いで酷く傷ついたお前を見て、ここでちゃんと人として生きて、共に過ごしたいんだ。」

 

 人として?

 おかしいだろう、ならば誠や日向にはアレが人に見えていると言うのか?

 電車で入って来たのも。

 花をくれたのも。

 この街で生活しているのも!

 

 全員、()()()()()()()()()()()()()のに!?

 彼らは怪物だ、人を食べるし襲うし殺す。

 その街で暮らせなどとふざけた事を──

 

 「彼らが襲うのは基本的に恐怖からだ、誠実では無く成長を阻害する大人達を根源的な恐怖とし、自らの子たちをそれらから守るために命を賭して戦っている!!」

 

 じゃあ誠の母親も、サッカーの仲間も!

 日向のおじいちゃん達もそうだって、誠実じゃあない成長を邪魔する人たちだって言うのか!?

 

 「そうだ!!

 それに...... あの人達は元を辿れば怪物じゃない。

 日向。」

 

 彼は剣を逆手に持ち、地面に立てる杖の様にして俯く。

 もうこちらの手は震えているし、涙をこぼさない様にするのが精一杯。

 ──その上、彼女が次に何を言うのか分かっていながら、違う違うと否定し続ける事しか自分にはできない。

 

 「......ごめんね。 電話で来た指示は嘘だったけれど、コレは嘘じゃなくて真実。 代わりようのない真実だから。

 ピシャーチャ、鳩槃茶。 彼らは新世界に対応するために増長天様が作り替えた肉体。

 つまり彼らの元は── ()

 私たちと変わらない、人間なの。」

 

 

 

 つまり

 つまり自分は人を撃ち殺したと

 誠を助けるために撃ったあのピシャーチャも、姿形は異形であっても人だった

 あの時他のピシャーチャが逃げたのは、仲間が死んだから

 

 ......でも、正当防衛だった。

 そうだ、そうじゃなきゃ──

 

 「もういいんだよ。」

 

 そう呟くと同時に、誠と日向は手に持った武器を地に落として無防備な状態となり、こちらに歩いてくる。

 胸が高鳴り、息は不揃い。

 

 「こっちの意思は、()()だ。

 俺たちはお前に、幸せになってほしいんだよ......!」

 

 「私も彼と変わらない。

 一緒に行こうよ、もしあの姿になるのが嫌なら増長天様に頼むから! だから...... もう私達を1人にしないで。」

 

 近づかないでと懇願しても、彼らは歩くのをやめない。

 指が震える。

 トリガーガードの内に指が入る。

 

 やめろ。

 

 「お願い!」

 

 やめろ!

 

 「この手を取ってくれ!」

 

 

 

 

 

 「やめろぉぉぉぉお!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘中、ふと隙間の空いた頭で考える。

 日向さんは先輩に酷い扱いをすれば、カルデアを敵として見る、そう言ったはず。

 そして今朝、さよならと。

 いつもならまたねと言うはずの彼女がさよなら?

 何か違う気がしたのです。

 

 一度疑問に持てば、全てがささくれの様に引っ掛かるのはシャーロックホームズを愛読していたからでしょうか?

 あの夜、待っていたかの様に現れた日向さん。

 それに...... 恐らく、誠さんが通話のフリをしていたあのスマホは!

 ()()()()()()()()()()()、通話画面は一度たりとも見えなかった!

 

 足を止め、通信を開いてドクターに聞く。

 

 

 「ドクター! 先輩は今どちらに!?」

 

 『──すまない! 岐阜を抜けたあたりでジャミングがかかって位置情報が見えないんだ!

 ......出た、滋賀のとある街にいる!』

 

 行きたい、今すぐにでも行きたい!

 でもここで退けばこの後ろにいる人たちはどうなる?

 これは究極の二択でもあった。

 民間人を助けるか、特異点修復の重要なピースでもあり私にとっても大切なマスターのところへ向かうか。

 

 歯を食いしばって盾を持ち上げ、通る様に声を張り上げて叫ぶ。

 

 「アーキタイプさん、シャルルマーニュさん、テスカトリポカさん!!

 先輩にイレギュラーが起きました!!!」

 

 私は後者を選んだのです。

 ビルの上を飛びながら、先へ先へと気持ちを逸らせていると、頭上より物体が飛来する。

 それは『あぁ〜......』と怠そうな声を出したかと思えば、警告無しで刀を振り下ろす。

 盾で受け止めた隙をテスカトリポカが咎めるが、脅威的な身体能力と速度で飛び退き、けたたましい笑い声を上げた。

 どうやら逆方向のアーキタイプさん達の方にも現れた様で、やまない剣戟の音がこちらまで聞こえてくる。

 

 「あっちが気になる? 人の子。

 安心するといい、増長天の方が我より強い。

 ......申し遅れた、我は持国天。 まあ知ってるか!」

 

 「と言うことは、貴方が......」

 

 「そ、汝ら人の子が倒すべき、特異点の元ってやつさ。

 いやはや、南の神というのは全てが鋭いな。 まるで割れた黒曜石の破片が如く!」

 

 「光栄だ、オレとしてもその太刀筋を闘争の中で味わいたいものさ、東方の神格。

 ──だが、今は少し急いでいるところでね!!」

 

 「やはり退屈せん! 感謝感謝だ姫君よ!」

 

 少しの問答の後に英霊と神格がぶつかり合い、強烈な火花が散る。

 しかしまたも、今度は闘いの渦を吹き飛ばすかの様に二つの物体が持国天を吹き飛ばした。

 片や槍を、片やボロボロの巻き物と筆を持ち、泰然自若な様子で目線を目の前に向ける神格を見て持国天は豪快に笑う。

 

 「──おっとこれは如何な了見?

 人の子で言うところの、数ヶ月ぶりと言うやつか!

 なあ、広目に多聞!!」

 

 「変わらず喧しい(のう)、持国?

 我ら二人も何が何やらサッパリよ、ただ分かることは一つ! 貴様を止めねば人の子の未来が死ぬる事!!」

 

 「......盛り上がるのはいいけどぉ〜、僕の巻き物ズタズタなんですケド!? もうやだ、タブレット欲しい......」

 

 「決まらんなぁ広目。

 ......そこな盾の女子!」

 

 ビシ、と音が聞こえる程の勢いで刺された指に恐縮し、思わず背筋を伸ばし気をつけをして返事をしてしまう。

 その様子を見て、多聞天らしき女性は嬉しそうだ。

 

 「行くべきところがあろう! 増長も抑えておく、全て終わったらばいつもの変える場所に戻れ!

 わかったな!?」

 

 「は、はい!!」

 

 

 

 

 

 「して、どうやって復活した?」

 

 「分からんと言っておるのだが喃......

 なんだ持国、まさか()()()()()()()()()()()()()を恐れているのか?」

 

 「......や、あの女豹もいい手土産を残して逝ったものだ、とな!」

 

 「女豹...... 女豹、とはちと違う喃。

 ──天女よ。 広目は増長と始めている、こちらもやるよ、持国!!」

 

 「本当に退屈せん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とあるビルの一室。

 膝をついた男が一人。

 

 血塗れの服、傷ついた仮面。

 その傍には冷たくなった肉塊が二つあり、男は壊れたレコードの様にその肉塊の名前を呼び続けていた。

 

 「嘘......」

 

 「マスター、すまねえ......」

 

 「......どうあっても、そうなるのですね。」

 

 「戦士としてではなく、友として逝ったか。」

 

 すでに終わった光景だ。

 駆けつけた四人はただ見ることしかできない。

 今更何をしたところで、こうなってしまったと言う事実は変わりようがないのだから。

 

 力無く呟く。

 

 

 

 

 

 「──ころした...... 誠を、日向を......ころした...

 ぼくが...... 僕が、殺した。」

 

 

 薬莢が、カラカラと地面を転がっていた。

 

 

 





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導き手

 

 「ふむふむ、いい家だ喃!

 ......しかしアレはどうしたものか。」

 

 リビングにてくつろぐ多聞天が指差したのはキッチンに見える人影であり、ゆうに30分は水道から出る水で手を洗い続けている。

 落ち着いてはパニックを起こし、落ち着いては......と、延々とループを繰り返しながらガシガシと爪を立てて手を擦るものだから、手の甲は真っ赤になって今にも血が吹き出そうだ。

 

 洗濯から戻って来たシャルルマーニュがすぐに気付き、羽交締めにして水場から引き剥がす。

 年相応の反応ができればその格好に嫌な顔の一つでもしたのだろうが、マスターはそこに嫌悪感を抱くことは無くただただ見えない何かに『ごめんなさい』と謝り続けている。

 その光景に何を思うか、多聞天は手を伸ばして瞼を閉じさせる様に上から下へとスライドさせて寝かせる事で静寂が訪れるが、残るのは辛さだけ。

 

 ベッドに寝かせてリビングに戻る中、玄関が空いて神妙な面持ちのマシュ達が帰ってくる。

 二人の埋葬を終えて来たのだ、その手には誠が着ていたモッズコート。

 

 「先輩は......」

 

 「我が寝かせたよ、そのうち悪夢でも見て起きるだろうが無いよりマシだわ。

 ......少し疲れるな、語尾も忘れちゃう喃。」

 

 「そう、ですか......」

 

 茶を啜り、ため息が空間を包む。

 人の心の問題であり、どうしようもない個人の問題でもあった。

 どうこうしたところで人殺しという称号はゼロにならず、誰かがアシストをして引き金を引かせたのでは無く結果はどうあれ自分で引いたと思われるのがまた。

 そうなってくると自分で乗り越えるしかないのだ。

 

 「止められなかった、って事だな......」

 

 「違和感はあったんです。

 ......でも、確証にはならなくて、信じたくて......」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校だ。

 鐘がなり、4時間目が終わって皆がトイレに行ったり弁当を取り出したりする中でボヤける頭に疑問を持たないまま、ただただぼーっと天井を見上げていた。

 何かしなければいけないことがあった様な、もうどうでもいい様な。

 ただ疲れた、という事だけは確実だ。 プール後の国語をちゃんと受けられる人間が少ない様に、身体の芯まで疲労が染み込んでいる。

 寝てしまおうかと思っていた頃、教室の扉が思い切り開けられて自分の名前を呼ぶ声がした。

 友達だ、二人だけの。

 

 手慣れた様子でその辺から椅子を取り、自分の机に断りもなく弁当を置くが全く問題ない。

 むしろ嬉しい方。

 

 「プール疲れんだよな〜。

 お前は休んでるけどさ、体操服でプールサイドって暑くね?」

 

 「プールはともかく、数学がダメ...... どうにも寝ちゃうんだ。」

 

 「分かるわ!」

 

 楽しいひと時だ。

 自分も弁当を取り出そうとカバンの中から、一つしか入っていない硬いものを取り出す。

 机の上に置いたそれは銃。

 途端、脳内にフラッシュバックする痛みと苦しみ。

 

 「人殺し!」

 

 やめてよと懇願してもダメだ。

 

 「どうしたんだよ、人殺し!」

 

 「人殺し、今日なんか変だよ?」

 

 だんだんと彼らの顔が鳩槃茶になる、かと思えばピシャーチャにも。

 ごめん、ごめんなさい。

 自分が二人を──

 

 

 

 「ゔぁっ!!」

 

 部屋が暗い。

 明るかった教室はどこへやら、残ったのはジンジンと痛む手と心配そうに見守るマシュ達。

 下を向いて自分の方を見れば、血塗れの手と融合している拳銃、それに加えて左手はピシャーチャの細いものになっていた。

 思わず悲鳴をあげて、まずは銃を腕から剥がそうとすればシャルルマーニュの手がそれを止めた。

 

 「マスター、マスター!

 大丈夫だ、手に血はついてないし何もくっついてない!

 それに身体に変化も起きてない、だから安心してくれ、いいか?」

 

 彼の言葉で少し落ち着き、手をもう一度見ればそこに血も、銃もなかった。

 安心し、ふと頭の中によぎった事を皆に問うた。

 果たして侵攻は止められたのか?

 

 この問いに対し、首を縦に振るものはいない。

 しかし奥の方からあらわれ、事実を告げるメガネのかっこいい男性は存在した。

 高そうなタブレットの画面を手慣れた様子で触ると、見やすくまとめられたグラフ表示を見せられる。

 

 「まあ、こんな風に指令施設は壊滅だよ。

 生き残りは関東方面に逃げたみたいだけど、正直持国と増長の術で大地の栄養というか、エネルギーを吸い上げて新世界というやつを作ってるからあの辺も農作物育たない不毛になるのは時間の問題だね。」

 

 「やる喃広目! ......そいえば、汝が目をかけている女がそっちにいなかったかしら?」

 

 「ん、いるよ〜。

 ちゃんと復活してから会いに行ったし、可愛かった。

 ......ともかく、これはそもそも作戦側にも問題があったみたいだね。

 恐らくこれ...... あの女豹は()()()()()()()()()()()()()んじゃないかな?」

 

 は? と疑問の声が出る。

 そもそも敵方がどこから出てくるのかわかっているのに、前線にはそれぞれ別の作戦を指示することでボタンのかけ違いの様な穴を作りやすくなっている。

 そして敵はピンポイントにそこを通って来ている、と。

 これまで勝利を出し続けて来た指揮官だからこそ、間違っていたとして兵士は文句を言えない。

 悪知恵の働かせられた作戦だと。

 

 机の上にあった端末を開き、感情の赴くままに電話をかける。

 宛先はもちろん司令部。

 ドクターの通信を間違えて開いても、訂正する余裕がないほどに自分を一つの感情が突き動かしていた。

 

 「もしもし...... ああ、生きていたのですね。」

 

 何故負ける作戦を組んだのか?

 どうして指令施設が壊滅しているのに、そっちは無事な様子なのか。

 怒りのままに問い詰める。

 

 「そうですね、そもそもどのような作戦があったとて、最終的に敗北する事は予想していました。

 ですので影武者を用意し、私は増長天側の新世界とやらに参加させてもらう条件として今後邪魔をしない、そういう契約を結んで車に乗っていますが、何の問題が?」

 

 なんの問題が、ではない。

 そちらを信じた人がいて、平和のために命を散らして残った人の平穏を守ろうとした人がいたのに、何故そんな事をしようと思った?

 許されるはずが無い。

 

 しかし彼女は冷淡なまま。

 

「これはいわば戦争です。

 兵士は指導者を守り、指導者は兵士を上手く使い勝利へ導く。

 そして指導者は生き残るため、兵士の思いを受けて生存策を取るのです。

 

 それに私が導いた勝利への道を途中で逸れ、正道に乗ることができなかった、実力を出せなかったのはあなた方兵士の落ち度でしょう。

 私はあなた方のミスを受け、屈辱の交換条件を飲んで嬉しくも無い車での移動をしているのです。

 むしろ謝罪が欲しいものですね、カルデアの人。」

 

 『まるで全責任をこちらに押し付けている様ですね。

 逸れでは貴方に非は無いと?』

 

 「逃げただけの、逃げただけのくせに!!

 偉そうに物事を語るな!」

 

 「先輩!」

 

 止めることができず、マシュやシャルルマーニュに抑えられながらも殺意を押し出して彼女を否定する。

 増長天と協力していたというなら、ピシャーチャ達が人間であることも知っていたはずだ。

 渡された資料の中にそんな情報は入ってなかった。

 

 「逃げるとは...... まるで敗戦の責任をこちらに押し付けているかの様だ。

 ランナー満塁でリリーフ登板して、1人もランナーを返すなと言っているのと同様ですよ。

 我々は勇気の撤退を選択している。」

 

 「死んで行った......人の、事は!!?」

 

 「......貴方はサンクコストに心を傾けてしまう人の様だ。

 もう戻ってこないコストに心を傾ける必要がどこにあるのです?

 貴方はマスターと、指導者に近しい者であると言うのに、あまりにもその思考が拙い。

 その様だから友人という称号を持つだけの他人に脳を焼かれ、冷静さを失い妄信する。

 スパイだったというのに、お笑いだ。

 話になりませんね、それでは。」

 

 立ち上がり、端末を地面に叩きつけて踏み潰す。

 何度も、何度も何度も何度も何度も!!!!

 

 「......しれっと......言った。

 よくも......!」

 

 「──しれっとあいつらを語りやがって!!

 ぶっ殺すぞクソババア!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「......そうなんすね〜、あの子達は彼の。

 そりゃ怒る、そりゃ失礼だ。」

 

 「兄弟にとってそれだけだって事だ。

 ......だが、あの死に顔は──」

 

 「というかタモチャンあっちに置いてちゃ不味いんでは?

 あの人ノンデリっすよー?」

 

 マスターは部屋に篭り、出てこない。

 全てに裏切られた様なものだ、疑心暗鬼になっても仕方のないもので、今のところ自決しても攻めることができないレベル。

 人がとりあえずついているが、崩壊は時間の問題だった。

 

 「なんて言った!? なんて言ったんだよ!!」

 

 「むう、すまない......」

 

 「先輩! ダメです!」

 

 激情を抑えられない。

 多聞天は言ったのだ、『楽園なぞ人世の中には無い、それを信じる事は利口では無い喃。

 人の子で言う── バカ、というやつか?』と。

 殴りたいけど殴ったところで効かない。

 止められて引き剥がされ、布団を頭からかぶって叫ぶ。

 

 「だって彼は、あの子は、自分をただそこにいるだけの人間というマイナスから、普通の学生ってプラスにしてくれたんだ。

 だから...... だから、そんなふうにしてくれた彼らが普通に幸せになってくれる事を望むのは、おかしいの?

 自分は当然だと思ったのに、あのババアは否定するし、多聞天は彼らを楽園なんて絵空事にうつつを抜かした馬鹿者だって。

 馬鹿はどっちなのさ! 追い詰められた子供のことなんて何もわからず、ただ否定するだけのくせに!

 カルデアの人もそうだ。

 第五特異点の後に一対一で話して分かったよ、みんな喜びはするけどその目線の先にあるのはこちらの心配じゃない、特異点修復を完遂できるかどうかなんだ。

 こっちの無事なんてどうでも良いんだ!!」

 

「──で、ですが、ドクターやダヴィンチちゃんは先輩の身を案じています!

 勿論私も──」

 

 「そうだね、ありがとうマシュ。

 少し頭を冷やしてくるからついて来ないでくれると嬉しい。

 ......自分は、君の思う様な格好いい先輩じゃない。」

 

 そう言うとドアが開く音がして、1人、また1人と消えていく。

 最終的にまた1人になった。

 これでいい。

 これで......よかった。

 

 

 

 

 ──何時間経った。

 わからないが空腹はどんな時であれ訪れる。

 バカみたいだなと自重しながら、すっかり暗くなった外を横目に冷蔵庫から適当なものをつまむ。

 料理する気なんて起きない。

 数個の食べ物と水を一杯飲んで満足し、もう部屋に戻ろうかと言うところ。

 

 窓に何かが見えた。

 見覚えのある眼鏡の顔を見て、思わず飛び出す。

 

 屋根を登って目を輝かせ、まだ信じれる人がいたことに気づいて抱きしめた。

 笑って抱き返してくれる彼女の優しさに救われた気すらするのは気のせいじゃ無いはずだ。

 

 「こんばんは〜、大変だったねえ。」

 

 本当にその通りだ、大変なんてものでは無い。

 色々と辛い事や大変だった事を吐き出そうと彼女の顔を見上げた時、あることに気づくと同時に一歩引いた。

 眼鏡を外し、見覚えのある服装に帯刀。

 まさかそんなはずは。

 

 「どうしたの? 座って話そう、昨日までと同じ様に。

 それとも俺が嫌いになった?」

 

 そうではない、そうじゃ無いんだと冷や汗を感じ心臓が冷える感覚に加え、軽度の吐き気がくる。

 そうだ、彼女は違う。

 信じる。

 心の中で第一次の結論を出し、その隣へ座った。

 

 「キミは因果って知ってる?」

 

 因果。

 似た様な話を...... うん、誠から少しだけ聞いた。

 特撮ドラマがどうとかの話だった気がすると借りてきた猫のように縮こまりながら言えば、彼女は昨日までの様に笑って。

 その笑い声に安心したかと思えば、今度は冷たい声色にキュッとする。

 ジェットコースターの様で気分が悪くなって来た。

 しかしそんな自分を気にする事なく、彼女はその『因果』に関する話を続ける。

 その横顔は何処か焦っている様に見えた。

 

 「それは牙狼ね! ()()()()()()()()()()

 ──その因果って言うのは、例えば銃を撃ったから弾が当たる、みたいな二つの物事にある『A=B C≠B』的な関係? なんだけど。 多分。

 私はね、それが見えるの。」

 

 彼女がいつだかの様にこちらの手首を掴み、その日その時の様に屋根の上からクレーン車で下ろすかの如くこちらを吊るした。

 映るのは黄色の中に青色の輪っかが見える左眼と、青の輪っかが無い右眼。

 全てを見透かす様にこちらを写す。

 右眼に見える自分が、まるで自分じゃ無い様に見えた。

 

 「前にこうやった時、偶然メガネが外れて見えちゃってさ。 キミはこれから碌な死に方をしない、誰の心にも残らない死しかキミの運命のゴールには無い。

 そんなのやだよ。」

 

 引き上げられ、2人1メートル程度の間隔で立つ。

 誠が言っていた事を思い出す、確か『知った上で俺はお前を。 ......親友だと思っているお前を、このままの運命、因果に進ませたく無かったんだ。

 だってこのまま行けば、お前は──』と、言っていた。

 なら誠に因果、運命を教えたのは──

 

 「そうだ。

 俺で、私。 彼らは私の部下で、キミの未来を見たいって言うから教えてあげたら...... ああなった。

 俺の行動は軽率だったと思ってるし、同時に彼らもそう言うことして連れてくるんだったら私の到着を待てばよかったのに。」

 

 なんで、なんで。

 信じていた最後の砦だったんだよ、心を休ませてくれる最後に残った、今を生きてる友達だと思っていたのに。

 

 「......私がキミに向けていた友情も親愛も愛も、キミから俺に向けられる心地良い友情と愛情も。

 どっちも嘘じゃ無い。

 ここに生まれた関係性もこれから語る言葉も、ただのひとつたりとも嘘は存在しない。

 新世界の指導者として約束する、増長天の娘としても。」

 

 彼女は手を伸ばす。

 誠や日向と同じ様に、嫌になる程魅力的に見えるそれを否定しようにも、もうどうにもならない程自分の心はボロボロだった。

 

 同時に電波が悪いのか、ガサガサの通信がドクターより入る。

 

 『......くん! ......かくから、ピシャ......ャが大量発......マシ......が対......!』

 

 家の周りを見れば既にピシャーチャや鳩槃茶に囲まれており、遠くからは戦闘音も聞こえてくる。

 これはどう都合よく解釈したとして、彼女がこの特異点における敵であることに変わり無いと言う因果だろうか?

 最後の言葉と言わんばかりに目を見開き、月明かりに照らされて彼女が真の名を明かす。

 

 「私の本当の名は、カドモン。

 最も古く最も新しい命として導き手に選ばれ、今はただキミの親友としてここに居る!

 彼らの在り方はまあ、サティスファイサー的なものだ。

 既に君にバレていた時点で早々に引き上げて帰ってくるべきだったし、そうすればキミの友達的存在3人でこちらに引き込む事もできただろう。

 しかし彼らはそこまでいけなかった。

 だから君を説得して来てもらおうとしたんだろうがそうは行かなかったのが、ね。

 ──対して俺はマキシマイザーだ。

 今できる最善ではなく、最高を目指した選択をさせてもらおうか。

 というわけでキミにはこの手を取って欲しい。

 こちらに来てくれればその先にあるのは理不尽な苦しみ、悲しみの無い新たな世界だ。

 もう君が、以前聞かせてくれた様な事をされなくて良いししなくて良い世界。

 これは私自身の願いでもある。

 伸ばした手に偽りは無い、さあ、手を!」

 

 どうするべきなんだ、どうしたら良いんだよ?!

 手を取れば自分のここまでは?! ここで人理修復というクソゲーを投げ捨てて、誰が引き継ぐかって言われたら10/10でマシュだろうそれだけはダメだ!

 でも逃げたい!! このままマスターで死にたく無い!!

 生贄になりたく無い!!!

 

 『でも託されたものは?』

 僕は......

 

 

 『逃げるんだ。』

 嫌だ......

 

 『私を食べたのに辞めちゃうんだ。』

 『望まれたらやらなきゃねえ。』

 『どうせ死ぬなら役に立とうよ。』

 

 うるさい......

 

 『どうせ死ぬんだから、ほら。』

 

 

 

 『やれよ』

 

 

 

 「煩い!!」

 

 頭痛がする。

 吐きそうだ。

 やらなきゃ。

 やらなきゃ、帰らなきゃ。

 

 「──そう、かい!!」

 

 自分の感情というよりは、受け継いできた蠱毒の様に煮詰まってドロドロになった使命感に突き動かされ、上から振り下ろす様に拳を振るった。

 当たるはずもなく避けられて首を掴まれ、流れる様に抜かれた剣が目に突き刺さる。

 ──と、同時に身体が浮いて何者かの手の中に抱かれた感覚と目から流れる血液の感覚に身体が浸る。

 

 目を開けられない、恐らく右目をくり抜かれた。

 幸いなのは左目じゃなかったことか。

 

 「ッ!」

 

 「──星の頭脳体、弱体化しているとは言えジャミングをかけていたのに探り当てるのは流石。

 ......私も一応サーヴァントと戦えない事はない身体だけれど、流石に2()()()()()()()()()()との2人がかりは無理かな。」

 

 未来予知の様な事を言ったかと思えば、言った通りにマシュが到着して背後からの一撃をまるで見た様に── いや、実際に見たものとして回避した。

 マシュもこれには困惑し、こちらを守りながらも脅威の存在として加藤......ではなくカドモンを警戒する。

 

 今更であるが、目から流れる血液がアースさんのドレスを汚している。

 これではいけない、もう大丈夫だからと離れて立ちあがろうとするが、彼女はそれを毅然として拒否した。

 

 「じっとしているように。

 ......手違いで焼かれたく無いのであれば。」

 

 焼かれたくは無い。

 絶え絶えの息を整えながらジッとする。

 その様子を見て少し微笑んだカドモンの横に、今度は2メートル半はあろうかという巨体が来襲する。

 戟を片手に着地したその姿を見てニフラと同じ雰囲気を感じ、すぐにわかった。

 この男が増長天なのだと。

 

 「......我を理解するか。

 カドモン、汝の言う通り希望のある芽の様だが我らの新世界に仇成すのならば殺す。

 だが今は気が進まぬ、今宵は退かせて貰うぞ、カルデアのマスターとやら。

 ......悲しき子よ。」

 

 「......じゃあね、私の友達。」

 

 そう言って消えていく2人を見送ることしかできない。

 後悔はある。

 果たして自分の選択は正解だったのか、間違いだったのでは無いのか。

 それはわからない、終わるまでは。

 今はただ、友達が全員いなくなったという絶望に近しい事実を噛み締めることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『うん、この家に人はいない。

 一夜城として借りようか。』

 

 「マシュ、少し。」

 

 「どうしましたか、アーキタイプさん?」

 

 

 というわけで。

 欠損部は医療用のスクロールでもどうにもならないので、包帯をぐるぐる巻きにして右目は乗り切ることに。

 痛々しいが見た目ほどの痛みはない、44を四捨五入したら0になった感じだ、たいして変わらない。

 

 「──マスター、ちょいと早いが朝飯、持って来たぜ。」

 

 シャルルマーニュに礼を伝え、スープを受け取って少しずつ啜る。

 ......なんだろう、味がガッシャガシャだ。

 塩胡椒とか入れてる? これ。

 ──とは、作ってもらってる身として言う気は無いのだが、やたらとシャルルマーニュが美味しいかを聞いてくる。

 一応美味しいと答えると、『良かったぁ〜〜!』と心底安心した顔とため息で答えるのだ。

 

 「いや、これな?

 姫さまとマシュが近場の店から材料を取って来て作ったんだ。

 マスターの味噌汁を真似たんだってさ!

 良かった良かった、美味しいって言ってたと伝えとくよ......って、どうした?!」

 

 ボロボロと涙がこぼれ落ちる。

 

 『美味いなこれ、やっぱちゃんとやってんだな!』

 

 『チャーハンの作り方ってどうやってるの?

 ......へー、やってみよ。』

 

 『おにぎり酸っぱいんだけど?!

 また梅干しー?!』

 

 「──楽しかったんだよ、凄く......!」

 

 「......ああ、俺もだよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そろそろ奈良です。」

 

 「......増長天は約束を守る者だったという事ですね。

 今回はなかなか楽しめました、次は──」

 

 悠々と車移動をする老婆の名前は橘 仁美、運転手兼ボディーガードを柏木 賢雄と言う。

 その2人を乗せた車、そのフロントガラスにとある影が乗った。

 

 「ッ!? 橘様、何かに掴まってください。」

 

 「何事です?」

 

 「前輪が何者かによりパンクさせられました、マスターの復讐でしょうか?

 ──何ッ?!」

 

 影は人となり、銀に輝く剣を右手に左手に持った黒いボディに赤いヒビの入った様なカラーリングの拳銃を構え、柏木の胸を5度貫く。

 肉塊が運転を出来るわけもなく、コントロールを失ったクルマは横転し、廃車確定と言わざるを得ない状況となった。

 

 橘は頭から血を流しながらすんでの所で脱出するが、その先にいたのは導き手でもありストッパー。

 

 「魔弾の射手は七発撃ったらヤな所に当たるらしい。

 だから六発までだ。」

 

 「何故です! 我々は契約を──」

 

 「結んだのは増長天と持国天、私はソレをしていない。

 ──()()()()()()、少しは考えとくべきだったな。」

 

 「まっ......!」

 

 六発目。

 

 

 「......スッキリしないな。

 お腹空いた。

 おにぎり...... 上手く、作れないんだよなぁ......」

 

 

 

 

 

 





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生贄と力

 

 「色々分析した結果〜、増長持国両方が奈良のある場所にいる事が分かったよ。

 阻む者が居なくなったから、新世界とやらの建設を急ぐだろうね。」

 

 「ならば奴らを仕留めるためには今、行くしか無いわね。

 ......さっきはすまぬ事を言った、カルデアのマスターよ。」

 

 大丈夫だと多聞天に気を使わない様返事を返し、長袖のインナーの上にモッズコートを着て前を閉めた。

 居場所がわかった上に恐らくそこにあるらしい巨大なエネルギー源が聖杯であり、奪い取るべき物。

 ゴールが見えたのなら走り抜けなければ終わらせることはできない。

 

 家を出ようとドアノブに手をかけた時、忘れ物をしたと思い出して踵を翻し、机の上に置いていたある物を手に取る。

 右目側にヒビの入った仮面。

 日向の物だ。

 

 未練がましいと笑えば良い、幻影にうつつを抜かしていると蔑めば良い。

 これは自分が永劫に、この特異点でやった事を忘れないために彼女から受け取る罰の楔だ。

 包帯で巻かれた右目が隠れ、表情の見えない人間と化す事に躊躇いはない。

 玄関を開けるとドアのすぐ横でテスカトリポカが壁に寄りかかってタバコを蒸し、まるでこちらを待っていた様に左手の剣をその場に置いて背を向けた。

 それは誠の残した剣。

 鞘から抜けない様丁寧かつ力強くそれを掴んで、奈良へと向かう。

 

 「......決着をつけると言うのなら、オレはそれを喜ぶだろう。 例えそれが戦士らしくあるものか、戦士らしく無い付け方であろうが、ね。

 ──行くぞ兄弟、オレもジャガーの戦士(オセロメー)の闘志が抑えられん。」

 

 小脇に抱えられ、日本のビル群を飛ぶ。

 世を照らす明朝は、既に地平線より這い出ていた。

 

 

 

 

 

 「──増長天様、少し席を。」

 

 「構わぬ、我らも来る異邦の魔術師を食い止める為、出陣をせねばなるまい。

 勝利への準備は万全にするが利口よ。」

 

 許可を貰い、自室へ戻って手袋を外した。

 片方だけの物。

 もう片方は道を違えた親友の手の中── いや、もう既に捨てられているだろうか。

 未来は不確定だ、捨てられる道もあれば大事に守ってくれている道もまた、未来には存在している。

 ならば私は後者に賭けることとしたい。

 手をかざし、ある事が作動する様に刻印を。

 

 「......治療に、集中の術。

 それと最後にふたつ合わせる事で見れる── 遺言を。」

 

 

 

 

 

 

  

 「先輩、到着しました。」

 

 『ここが増長天、持国天の本拠地である奈良か......

 あの塔に聖杯の反応がある、おあつらえ向きだがピシャーチャ達が出てこないうちに──』

 

 「あー、それは無理だね。」

 

 広目天が上を見ながらそう呟いたと同時に、先日の増長天が現れた時の如く天から流星が降る。

 それが地上に降り立つと同時にこちらを斬り殺さんと刀を振り下ろすが、ギリギリの所で広目天の魔術でできた様な半透明な壁がそれを防ぎ、事なきを得る。

 増長天にも負けない大男は朝に出すようなものではない笑い声を上げ、刀を構えた。

 

 「おうおう、変わらず良い防御だなぁ広目!!

 ......さて、お前達を通すわけにはいかんのよ、ここで死んでもらえると助かるが── なぁ!!!」

 

 今度は刺突で来るが、広目天はタブレットの画面にタッチペンで何かを描くと、弾力のある壁を作り出して弾き返す。

 

 「やらせないよ。

 ......マスター君、先へ。 ここは四天王が一人である広目天に格好をつけさせてほしい。

 いいかな?」

 

 勿論と返し、塔へ向かって走り出す。

 ここで止まっていればかえって危険だし、あの広目天の目は覚悟を決めた者の光を宿していた。

 扉は無く、階段を駆け上がる。

 

 

 

 「いい格好をするねぇ、我ら随一の根暗が。

 それも人間に触れる内に得た心の温かさってやつか? それを信じて戦った結果、あの女豹に封印されたと言うのに!」

 

 「悪いが持国、僕としては人の子という広いものを守る為にこの場にいるわけじゃあない。

 むしろ汝と同様に人間なんてどうでもいい、そう思っている方さ。」

 

 「ほう?」

 

 「......僕はたった一人のために戦っているからね。

 その子以外の人間はどうでもいいんだが、彼女が笑顔でいるためには人を守らなきゃならない。

 だから君をここから通さない。 例え負けても、だ!」

 

 「そうかい、じゃあその子の為に死んで見せなぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 「マスター、ここは俺と姫様に任せて先へ!」

 

 「止まらぬ様に。 止まればすぐに追い詰められます。」

 

 やはり塔の中はピシャーチャや鳩槃茶、誠達と一緒に倒した融合体などが多い。

 シャルルマーニュ、アースさんに後ろを任せ、一気に最上階へと辿り着く。

 そこにいた2人の力はとてつもないものだと肌で感じ取り、鳥肌と共に重圧が体全体へと襲いかかる。

 

 「来たか多聞、異邦の神、そして人の子らよ。

 我が相手をしよう、この場でその命を散らす事を許す。」

 

 「増長天様、(マスター)は私が。

 目を奪った因縁が有りますので。」

 

 「っ......! 先輩、後ろへ!」

 

 そう言って前に出たマシュを抑え、こちらに向かってくる彼女の方へ自分も歩き出す。

 距離にして1メートル未満の間合い、先に仕掛けたのはこちらの方。

 三連の回し蹴りを仕掛けるものの下段上段と続けて回避され、最後の中段は容易く受け止められてまるでボールを投げるかの様に、浮いた体を壁に投げつけた。

 背中から激突して息も出来ないが、すぐに立ち上がってカドモンに走っていき、あの夜の様に全力の拳を頬へぶつける。

 

 しかし彼女は微動だにもせず。

 お返しと言わんばかりの軽い右ストレートは着けていた仮面を弾き飛ばし、自分のうめき声を掻き消すようにカランカランと高い音を奏でた。

 

 吹き飛ばされ、傍観していたテスカトリポカの足元で血を垂らす。 彼女の目は愚かな者を見るようであり、その表情にも苛立ちが募った。

 どうすれば勝てるか、倒せるか。

 これまでの経験から考える。

 

 サーヴァントに任せれば勝てるだろうが、それは嫌だ。

 なら自分でやらなきゃいけないが、やった結果が今の通り。

 どうする。

 

 「......キミが、俺に勝てるわけ無いじゃない。

 サーヴァントにすら勝てないんだから。」

 

 うるさい。

 サーヴァントに勝とうなんて思ったことはない、こちらはカドモンに勝てればそれでいいのだ── 勝てればそれで。

 何を費やしてでも...... ()()()()()()()()()

 

 ......この手があったと立ち上がり、テスカトリポカの手を取って腹部右側にそれをつける。

 表情が大きく動くわけでもないが確かに驚いた様子の彼── いや、アステカの全能神にある願いを告げた。

 

 「テスカトリポカ神、自分の腎臓を片方捧げます。

 サーヴァントに勝てなくてもいい、今回限りでも構わない。

 ()()()()()()()()()()()()。」

 

 「......ほう。」

 

 心臓は無理だ、死ぬ。

 だから片方無くなってもセーフな腎臓を生贄に捧げて彼に願う。

 

 「先輩、それは......!」

 

 『君は何を言っているんだ?!

 サーヴァントと同等かそれ以下の存在なら彼らに任せればいい! 君が危険に飛び込む必要は──!』

 

 彼は笑い、マシュは焦り、ドクターは止める。

 しかし辞める気は毛頭ない、これは覚悟だ。

 

 テスカトリポカは掴んでいた自分の手を払い、固く握手を交わして上機嫌に語る。

 

 「フフ、悪くない提案の仕方だ。

 今回限り、サーヴァントに勝つ力ではなくあくまで目の前の者と戦える力。

 そう言うが、そもそもアレは弱い英霊となら勝てる女だ。

 事実アレと戦える力と言うのはサーヴァントに勝てる力と変わらん。」

 

 見透かされていた。

 しかしここに驕りはない、その上で騙したわけでもない。

 ただ心にある物を吐き出しただけだ。

 

 「交渉成立だ。 アステカの神、テスカトリポカとして捧げられた生贄の対価に授けよう。

 ......力を得たからには勝て、兄弟。

 ()()はその後だ。」

 

 ズシリと重たい衝撃と共に、腹の中に喪失感が芽生える。

 きっと腎臓の片方が彼の手に渡ったのだろう、ならばと彼女に向き直った。

 

 「......汝は指導者として生き残る役目がある。

 アレがかつての友だと語るならば── 勝て、カドモン。」

 

 「ええ。 ......お父さん。」

 

 テスカトリポカやマシュ達は増長天と。

 カドモンは自分と向き合い、緊張が走る。

 

 コートを脱ぎ、互いに横へ投げ捨てて剣を鞘から抜く。

 

 「やろうか。」

 

 「うん。」

 

 鞘を投げ捨て、それが地に落ちた時──

 

 

 「うおぉぉぉ!!!!」

 

 「ッ!!」

 

 彼女の銃から2発の弾丸が撃たれ、それを人の範疇を超えた反応と力を得た剣で逸らして接近し、銃を蹴り飛ばして鍔迫り合いに持ち込む。

 心は遠い。

 しかして殺し合いとなれば、近づくことはできる。

 

 決戦の幕は、幾重にも重なった覚悟の下に切って落とされた。

 

 

 









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優しい敗北

 

 袈裟斬りを体捌きで避けられ、刀身を踏みつけると同時に彼女が横に振った切れ味鋭い真紅の刃をしゃがんで空振らせると同時に剣を離して華奢な足につかみかかる。

 足を取って倒せれば僥倖だったがそううまく行くはずもなく、彼女も剣を天高く放り上げて逆にこちらへ足を絡め、地面に手をついたバク転の形でフランケンシュタイナーか繰り出された。

 

 しかし咄嗟の行動だったからか足の絡みが緩く、そこをついて足での拘束を外し逆に勢いを利用して着地。

 そのままカドモンの両足を掴み、先程のお返しに放り投げた。

 だが決定打とは成らず、壁に重力があるかのように横に着地すると、膝を思い切り柔らかく使って衝撃を吸収。

 攻防はあれど、互いにノーダメージのまま。

 さっき彼女が投げた剣を自分がキャッチし、逆に自分が手放した剣を彼女が手に取ってまた向かい合う。

 

 馬鹿正直な正々堂々と言われるかもしれない。

 だが、それでよかった。

 これはもとより心を折る戦いでもあり、殺し合う戦いでもある。

 正面から卑怯な手を使わずに勝つ事で心を折る事も、その延長線上で殺してしまう事も許された戦いなのだ。

 

 たしかこの時代に増長天達が進行してきたのが5ヶ月前。

 その時から彼女が修練を積んでいると言うならば、それは自分がシャルルマーニュやローランに剣を師事した時とほぼ同じ。

 ここに先程蹴飛ばした銃を2人とも取りに行かない理由があり、心を折る戦いの理由がある。

 ()()()()()()()()()()()()

 非常に子供(ガキ)で馬鹿な理由だ。

 でも今は会話せずとも繋がり合い、2人して同じ行動を取る運命的、因果の様な理由となのだから、自分たち2人はそれを変えることはないだろう。

 

 今度はまるでフェンシングのような突きの応酬。

 弾き、フェイントを繰り出して意表をつき、それを防いでカウンターに動き。

 反応と先読みが支配する二人の空間、そこには横で繰り広げられている怪獣大戦争の様な戦いの音はなく、ただ息遣いと剣戟の音色だけ。

 しかしそこに焦りを持ち込んでいたのはカドモン。

 

 彼女は魔眼を持つ。

 右眼はほんの少し先の未来を見通し、左眼は因果を見通し貫く力を秘める。

 この戦いにおいてもその力は健在であり、敵の未来を見てはそれを潰す行動に徹して()()()()()()を行っていた。

 しかしその未来と今起きている現実に、だんだんと齟齬が生まれ始めていたのだ。

 しかもそれが防御されると言うひとつの物事に対する事ならばやりようもあったが、これは彼からの攻撃にも影響アリ。

 ジンジンと痛む切り傷に疑問符を浮かべながら、優位のはずな戦場において同等の戦いを繰り広げる。

 

 「ふっ!」

 

 未来を見通し、そこにあるはずだった彼の隙を突くが、その剣先はまたも空を切る。

 なぜ? どうして? と疑問ばかり浮かんで次の行動を考えるための脳内スペースが圧迫されていることに焦りを抱き、何度も何度も頭をリセットしようとするがうまくいかない。

 

 一度や二度ならば疑問に思うことはない。

 人は何気なく生きていたとして、基本的には因果に縛られた生活を送る。

 その中でたまに起きるラッキーな事。

 100円玉を拾った、行く予定のなかったところに来たら欲しいものが売っていた、など。

 それらは生活の中で、()()()()()()()()()()結果なのだ。

 

 私はこの運命とも言える因果が導いた未来に従い、彼に勝つ為に剣を振るっている、はずなのに。

 

 「っ、どうして......?!」

 

 一旦距離を取り、疑問を脳内から喉へと出力する。

 人にできる因果の切断、それは例え運が良くても一度二度を超えることはないはずなのに。

 目の前の彼はそれを幾度となく繰り返しているのだ。

 

 思考しても答えに辿りつかない現状に苛立ちが募る。

 

 「何で...... キミに未来は見えないはず!」

 

 服の所々が切れ、血を流す彼は左目を擦り、ただ一言言い放った。

 

 「──こちらは現実しか見ていない。」

 

 またもぶつかり合う。

 野球で例えるならヒットは出てもホームランは出ず、得点が入らないような現状。

 俺だって現実を見ている、その上で未来を見通し行動を起こしているはずなのに。

 緊張と苛立ちが汗を垂らした。

 

 その汗が右眼に入り、剣を持たない方の腕でストレートを放とうかと言うところで思わず目を閉じてしまう。

 しまったと後悔したところで遅い、当たる未来の見えない拳が前へと進み、カウンターを受ける覚悟を──

 

 と、思考した時。

 拳に柔らかくそして硬いものが当たった感覚が広がり、目を開ければ彼の顔面にストレートが入って吹っ飛ばしているではないか。

 喜ぶこともできず困惑しながら、取り敢えず剣を握る。

 

 「何で......」

 

 「......まだ、終わって無い......!」

 

 一撃を入れた側だと言うのに彼の瞳に見えた私の顔は困惑に満ちていて、情け無い── いや、瞳?

 彼の瞳がこちらの顔を反射するとしたら。

 俺の瞳も、彼の顔や姿を反射するはずだ。

 

 もしその反射した姿が、()()()()()()()()()姿()()()()()()

 

 仮説は立った。

 試しに剣を振り下ろす彼の目の前で右目を閉じ、反応だけでそれを防御して見れば驚愕。

 弾いてバランスを崩され、脇腹が無防備になった彼がそこにいたのだ。

 驚きと納得を足に込めて蹴りを叩き込めば、血反吐を吐いて転がっていく。

 つまるところ、私は一歩先に立って読み合いの立場にいたのでは無い。

 彼の幻影を見下しながら、横にいた彼を見ずに戦っていたようなもの。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 情け無い。

 何が指導者、何が因果を見る!

 今も見れないで、誰を導くと言うのだ!

 

 怒りに任せて剣を地に突き刺し、彼に向き直った。

 

 「増長天様......いや、お父さん。

 ごめ......ん゛ッ!!」

 

 右眼を引きちぎり、もう未来は見えなくなった。

 増長天様の怒りがこもった声が聞こえてくるが、それは今どうでも良かった。

 この戦い、いやこの喧嘩。

 私が指導者では無く人間として、私が私として生きれる数少ない時間なのだ。

 

 「カドモンッ! 何をやっている!

 汝は──」

 

 「うるさい!!!

 ......ごめんね、私はキミと同じ土俵に立ったつもりだったのに、全然だった。

 だからこうして...... 俺も現実を見ようと思うんだ。

 未来は先取りするものじゃ無くて現実を見た先にあるものだって、キミが教えてくれたから。」

 

 右手に握った問題の眼をテスカトリポカ神に投げ渡し、清々しい気分で天を見上げる。

 

 「眼、お願いします。」

 

 「そうかい、選んだのはその未来か。」

 

 テスカトリポカ神は足の鏡で未来を見ると言う。

 なら、私の考えを見て理解してくれたのだろうか、その懐に眼をしまう。

 

 なら、迷うことは無い。

 一歩、二歩。

 

 これで土俵は同じ、どちらが勝ってもおかしく無いし、勝者は敗者を好きにできる。

 彼は私を殺すだろうか?

 殺してくれたら......後腐れもないが。

 

 「──これは特異点の行方を決める戦いじゃあない、ただキミと私の喧嘩だ!!

 私は......俺は! キミの存在に心奪われた者として、キミに勝つ!!」

 

 「......やってみなよ、こっちだって負けられない......!!」

 

 

 

 「「──うぉぉぉあぁぁぁ!!!!」」

 

 

 剣と剣、体と体が血のシャワーを降らせながらぶつかり合う。

 絞め、殴り、蹴り、切り。

 互いの持てる全てを吐き出して因果を結ぶ彼らの戦いは、戦士の叫びを纏いながらヒートアップして行く。

 

 足を切りつけて膝をついたところに手加減など無い拳が叩き込まれるが倒れることはなく、逆に低い角度のパイルバンカーの様な掌底が腹を貫き。

 鍔迫り合いの中で殴ろうとすればそれを皮一枚で避け、反撃に肉を削ぐ様に噛み付く。

 それは語った様に、昇華された子供の喧嘩。

 

 殴り合ってボロボロになりながら互いに距離を取り、折れた剣先を手に両者突進の体制に入る。

 

 届いた刃が貫いたのは、互いに胸では無く肩、並びに足。

 私は腿に突き刺さった刃の鋭い痛みに膝を突き、彼は左肩からだらだらと血液を流して力強い拳が右手に見え、その拳を振り上げて頭蓋を砕くに足る速度でその力が振り下ろされようとした。

 ──ああ、終わりなんだと目を閉じる。

 未来が見えない不安や恐怖より、現実、今を見る幸せを噛み締めることができたのは喜ぶに値することだった。

 

 それを教えてくれた彼には心よりの感謝をあげなければ。

 

 とは言え、ああ。

 

 絶交に近しい形でサヨナラは、寂しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「......?」

 

 風が吹いて、なお意識が消えない。

 どうしたものかと恐る恐る瞼を開けば、同時に体全体に重みが乗って思わず体を後ろに倒す。

 何事? 

 その答えは左目からすぐに入って来て、彼がラリアットでもするかの様に自分を巻き込んで倒れたと言うのが答えであった。

 押し除ける力すら無い現状に不満は無く、出し切った末のコレ、だったのだろう。

 

 「無理、無理だ。

 もう殺せない、()()()()()()()......」

 

 泣きそうな声で言った、優しい彼の言葉に気が抜けてぐでんと地面に手を広げる。

 何だ、そっか。

 

 「......私の一人相撲だったんだね。

 ──負けだぁ。」

 

 痛みに耐えながら足の剣先を引っこ抜き、二人三脚の様に彼の肩に手を回して立ち上がって増長天様に目を向ける。

 どこか悲しげなその表情に向けて、私は私、俺は俺として答えるのだ。

 

 「ごめんなさいお父さん、負けちゃいました!」

 

 「......汝は、そう、そうなのだな......」

 

 親不孝な娘だろう。

 でもこれが私の成長だから、仕方ないわ。

 それに、親子だからこうして言葉を交わせば分かってしまう。

 

 「増長、子の親になる事を選んだのなら、汝自身があの子の成長を止めるべきで無いことはわかっておろう?」

 

 「......」

 

 

 お父さんはきっと、私が嫌だと言えば辞める方の人。

 その為に今西日本を埋め尽くすほどのピシャーチャ達を元に戻す方法も一応、残してある。

 そうなってくるとこの特異点も終わり、きっと()()私は消えてしまうのだろう。

 寂しい......。

 

 と、センチメンタルなわけでも無いのにそう考えていた時。

 視界の端にキラリと光るものが見えた。

 

 右目があれば見れた方向、いわば顔を回転させなければ見えない死角。

 それは非常に見覚えがあると同時に死の因果がまとわりついたもの。

 思わず彼を突き飛ばした。

 

 

 

 「危な──」

 

 

 逆袈裟に体が裂かれ、血飛沫が舞った。

 見覚えのある笑顔に宝刀の輝き、倒れ側に見えたのは、消える自分の因果。

 ああ、逃れ得ないこれこそが。

 

 

 

 「何をしている......! 持国!!!」

 

 「()()()()()、シンプルだろう?」

 

 

 

 

 

 

 



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駆け足です






 

 地べたに這いつくばる者、天に立つが如く悠然と見下す者。

 はっきりと別れた明暗の中で、広目天はたった一つの北極星の様に輝いた無視できない疑問を頭に浮かべる。

 

 そもそも広目天を擁する四天王それぞれの間に実力差は存在しない。

 それゆえに前回英霊達の元へ救援に現れたときも持国天と同等に渡り合っていた訳であるが、何故か目の前に佇む者は自分を遥かに超える力を有している。

 

 「何故、それ程までの......!」

 

 「──()()()()()()()()()()()、単純明快だろう?」

 

 「ぐ、まだ......」

 

 持国天の言うことを間に受けるのならば、その実力は人を文字通り喰らう事で魂の様なモノを吸収して強くなったと言う事。

 『とんだ悪食』と憎まれ口を叩くことすらできないまま立ちあがろうと力を込める背中に足が乗せられ、圧迫感と共にまた地面へと押し付けられる。

 逆光で見えづらい表情ではあるが、それが憎たらしい邪悪な笑みは見ずともわかることだった。

 

 しかし広目天の目から光が消えることは無い。

 守るべき者、天に座する身でありながら愛した人間がいるからである。

 彼女がいる限り灯が消えることは──

 

 「そうそう、汝が愛した女、なぁ。

 ──()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「──貴様ァァァァア!!!!」

 

 「はっは! 腹ん中で再開できるだけ良しと思うんだな?!」

 

 

 

 

 

 

 場面は戻り、塔の頂上。

 階段にて襲いくるピシャーチャ達を蹴散らして駆け上がって来たシャルルマーニュ達が扉を開けば、そこにあったのは地獄の様な状況下。

 というよりは混沌、カオスと言うべきだ。

 

 マシュは壁際まで吹き飛ばされ、そのダメージは深く。

 彼女の役目、その代役として警戒を強めるテスカトリポカが守るのはカドモンを抱えて声を掛け続けるマスター。

 ──そして、宝刀に腹を貫かれた増長天と槍を受け止められている多聞天。

 

 「俺はマシュを!」

 

 「ええ。」

 

 シャルルマーニュにマシュを任せ、何はどうあれ大きな戦力である多聞天を失うわけにはいかないと消耗の残る体を動かして救援に向かうが、その行為に対して帰って来たのは前方位に振りまかれる様な怒りを含む怒号。

 足を止め、その背に映る覚悟を感じる。

 

 「来るな、惑星の頭脳体よ!!!」

 

 「そう、さな! 今はそこな盾の子を!」

 

 「おいおい良いのかい、助けを拒んじゃあノータイムで喰うだけだぜぇ!?」

 

 そう言うと深いな笑みを浮かべる口角がさらに吊り上がり、多聞天の槍は折られ蹴り飛ばされ、遂にその手が増長天へとかかる。

 だが、不思議なことに彼のその目は絶望や怒りに支配されておらず、視線の先に映るマスターに対して優しい意志を送るのみ。

 

 「楽しかったんだぜ、本当に。

 増長との友情ごっこはよ!! 腹ん中で広目と合わせてやるから、大人しく受け入れな!」

 

 「──そうか、つまるところ広目はまだ意志を持っているか。

 ......ははは、そうか持国、どうやら汝の力が強まったところでその心根は治りきらないらしい。 それが敗因だ。

 カドモンよ。 ()()()()

 ......悪かった、またいずれ。

 ──カルデアのマスター! 後は任せよう、人の子としてこの理不尽な世を生きて成長してみせい!!!」

 

 刀の先から増長天が取り込まれ、目視でわかるほどに持国天の魔力量が上昇する。

 いくら霊脈が豊富で強化弱体化と合わせてプラマイゼロの場とは言え、これを相手取るのは手強いと言える様な状況下。

 復帰したマシュと共に並び立つが、彼女も次の攻撃を防げるかどうかはわからない。

 

 すると横にいた多聞天が全てを理解した表情で一歩前に進み、自信満々と言った表情で槍を回し、ニヤリと笑う。

 

 「......何か策でも?」

 

 「いんやあ、無い喃! ──だが、想いを託すことはできよう。

 此より先の戦闘、例え盾の子とてニ撃は受け止めること叶わん、できうる限り回避行動に徹して隙をつけ。」

 

 「は、はい!」

 

 「それに── 何、これでも戦を司る四天王の一角。

 腹の中で一丁先人と暴れてみるとしよう、汝らの昔話と言うところの一寸法師だ喃!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぐっ......うぅ......」

 

 起きた喜びと喋れば傷が開くだろうと言う不安に包まれながら、礼装の救急治療能力で彼女の傷を治療する。

 しかしそれでも血は止まらず、だんだん握り続けていた彼女の指先が冷たくなって来ていることに焦りと因果の無慈悲さを感じていた。

 カドモンは全てを察した様な顔をして天を見上げた後、こちらの頬に手を触れさせて首を振る。

 

 「もう良いよ、私の身体は私がよくわかってる。

 ......もちょっとキミと話していたかったけど。」

 

 その現実は自分の目で見るべきだ、適当な理由をつけて死のうとすることは許さない。

 彼女の言葉を無視して治療を続けながらそう言い放てば、カドモンは自重する様な薄ら笑いを浮かべて視線をテスカトリポカに向けた。

 何事だと彼に聞くが、彼の視線も目の前の女性にしか向いていない。

 雰囲気で分かることだ、コレは自分も関わってくること。

 しかし彼らはそれをこちらに教えてはくれないのだ、できる限り傷つけたく無いから、と。

 

 「確かにじぶんの目で見るのは大事だね。

 ......だから、お願いします。」

 

 「OKだ、心臓を貰うが構わないだろう?」

 

 「ええ。」

 

 何の取引か、何なのか。

 それを激しく問い詰めようとすれば、先手必勝とでも言わんばかりに口に銃を突っ込まれる。

 驚いて冷えた頭でテスカを見れば、いつ何時よりもまっすぐで鋭い目をこちらに向けているではないか。

 彼が神である、その理由がわかる重圧を含んだ言葉が発された。

 

 「──戦士が敗北を受け入れ、想いを託す。

 オレは戦士であれば誰であれ評価し、褒美を取らす事は知っているだろう。

 その褒美に嬢ちゃんが選んだのが、『お前にこの右眼を移植する事』だと言う事だ。

 勝者ならば受け入れろ、戦士である前に友だと言うなら尚更に。」

 

 そう言って右目側に翳された手は暖かい。

 

 「......ああ、みんな。 

 そっちに行くね──」

 

 テスカの手が離されると同時に右手に握っていたモノがするりと抜け落ち、そこにあったものが消えていく。

 向こうではアースさん達が戦っており、多聞天は吸収されて苦戦の様相を呈し始めた。

 辛さは現在進行形だ、それでも歩く必要がある。

 モッズコートを拾って着込み、仮面も拾い上げようとしたところで視界の外から拳銃と手袋が差し出された。

 それはさっき蹴飛ばしたカドモンのものであり、右手に着用しギチギチと音が鳴るほどに強く握りしめ、真っ直ぐ敵を見据える。

 

 「使い方はわかるな。

 ......やってみせろ、兄弟。」

 

 勿論。

 ひび割れて右目だけが露出する仮面を着け、その目、その瞳孔に青の輪っかを映し出し。

 目を見開いて、今をキミと見続けよう。

 

 

 『ぐうっ、おっ?! 

 何故、何故力がまとまらぬ?!』 

 

 『『『我らを腹に入れたところで、黙る者と思うたか!!!』』』

 

 戦いの最中、極度の弱体化を見せた持国天。

 その原因は先程喰らった広目天達であり、その腹の中で意思を持って暴れていたのだ。

 

 『──チャンスです、畳み掛けます......!』

 

 マシュ達が連続攻撃で攻め立て、あと一歩と言うところ。

 ここで唐突に持国天──いや、人の形を外れ神とも言えなくなった姿であると加味して、『四天持国天』と呼ぶ。

 四天持国天は飛び退き、ある物を取り出す。

 

 『馬鹿どもがァァァァア!!』

 

 霊脈の魔力を特殊な方法で固めて作り出す四角形の塊、霊脈石だ。

 あまりに唐突な行動にカルデアメンバーは動けずにその使用を許し、完全回復した四天持国天にジリ貧で敗北する── と言うのが、今自分が右目で見た未来。

 因果の先にあるモノ。

 

 右眼から走った痛みにふらつくが立ち直り、銃を構える。

 良くて2秒から3秒先までしか見えないがそれでも十分。

 

 構えたのはハンドガンのFN57(ファイブセブン)

 とあるマシンガンの相棒(サイドキック)であり、あり得たかもしれない自分とカドモンの関係でもある。

 黒く光るボディに走る赤のラインが輝いた。

 

 「馬鹿どもがァァァァア!!!」

 

 未来が来る、最悪な運命を引き連れて。

 ──されど人はその運命、その因果を力と意思を持って否定するのだ。

 それを振り翳すのが、例え神であろうとも。

 

 『──引けるよ、さあ。』

 

 引き金を引くと同時にガスブローバックの様な音が広間に響き、次の瞬間狂いなく持国天の手首を吹き飛ばしてその手に掴んでいた霊脈石な転々と転がっていく。

 

 「人の子、如きが! 我の邪魔を!!!」

 

 変わった未来の中、叫び声と共にいく千本の針が襲いかかるが、自分の見通すものもやる事も動く事はない。

 一本の針が覆い隠していた仮面を吹き飛ばして砕くと同時に、赤黒い球体が彼を包み込む。

 その背後からは幾度と無く色を変える聖剣が将軍姿の冒険者によって振るわれようとしていた。

 

 「山の心臓、煙る鏡、天と地を所有する者。

 ──第一の太陽、ここに死せり!」

 

 「この輝きで、灼き尽くす!『王勇を示せ、遍く世を巡る十二の輝剣』!!!」

 

 太陽と光が交差した時、その跡に残るモノは何も無い。

 それは神とて同様である。

 

 「ああぁぁ...... いや、ダメだ、我がいなくなったら国はどうなる。

 どうしてだ、何故、何故......」

 

 塵として消えていった彼の体から落ちたのは聖杯。

 マシュが回収したのを確認し、ホッと胸を撫で下ろしてため息を吐き、その場にへたり込んだ。

 

 「聖杯、回収完了です。

 ......帰りましょう、先輩。」

 

 兵どもが夢の跡。

 きっとここも、人理修復が終わる頃にはただの奈良県に戻っているんだろう。

 それでも彼女がいた事が消えるわけじゃない。

 自分の目として、変わらない今を二人で見続けよう。

 

 

 

 僕の今で、君が満足してくれます様に。

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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因果の先

 

 『帰還して最初に行ったのは、いつもの様にアスクレピオスの診療所。

 日常的な怪我や病気はドクターがやってくれるが、特異点で負った傷なりなんなりはこうして彼らが診てくれる。

 カドモンの目...... いわゆる魔眼は相当なモノの様で、いつもより細かく調べられたせいでもうヘロヘロだ。

 それと、カルデア職員の人当たりが優しくなった様に感じる。 ......いや、優しくなったと言うよりよそよそしくなったと言った方が正しいのだろうが、ドクターが言うに皆デリカシーのない発言は控えている様で。

 

 それとして、特異点から持ち帰ったのは四つ。

 左右の手袋、カドモンの使っていたFN57。 あとは誠のモッズコートか。

 手袋には魔術礼装に搭載された治療機能とはまた別の治療術式が搭載されており、加えて集中力を上げて銃の狙いをつけやすくする物まであると至れり尽くせり。

 コートにも防弾防刃が施されていて、尚且つ暖かい。

 ......感謝しなければ、カドモンやあちらの誠達に。

 さて、感謝もそこそこに夜ご飯を食べに行かなくてはならない。

 右眼の未来視はメガネをかければ問題ないと言うことを未来視の先輩であり先日召喚した項羽に教えられたので、シグルドと一緒に選んだメガネを装着していこう。

 知的で良い感じだ。』

 

 ──とは言え、メガネというのは必然的に眼精疲労を誘発する。

 頭に乗せたニフラに目頭を押さえてもらいながら適当な窓際に座り、右手の手袋を懐から取り出して装着することとした。

 回復の術式は疲労も取るらしく、帰還してすぐに試してみればその後すぐに走り回れるほどの回復力。

 眼精疲労なんて1発だろう。 ......クールタイムの関係上、24時間に一度だけだが。

 

 月に背中を照らされながら装着した時──

 

 『キャッ?!』

 

 視界が一度闇に包まれた後、草原の中に放り出された。

 見るからにカルデアの中では無く、しかし誰かからの攻撃の様な悪意は感じずそれどころか優しさが頬を撫でる。

 きっとこれは誰かが見せた夢幻、誰も傷つけない優しい世界。

 気のせいかニフラもでかくなり、胸に抱える程度のサイズ感になっている。

 可愛いぬいぐるみみたい。

 

 『ンニーッ......!』

 

 恥ずかしいのか逃げようとするが、抱き心地がいいので逃がさない。

 この手触りならテーマパークでマスコットも出来るのではないか? アースさんもこれにはニッコリだろう。

 そうやって楽しい夢を過ごしていれば、背後から柔らかな重さがのしかかった。

 首に回された手に触れ、しかし決して振り返る事はない。

 

 「こんばんは、それともおはよ?

 ......これは遺言で、キミの声が私に届く事は多分ないから、一方的に話しちゃうね。」

 

 「......アナタ、モシカシテ......」

 

 「あ、うさぎさんにはバレるか......

 しー、まだ内緒。」

 

 自分が言えたことではないが、秘密主義は褒められたものじゃあない。

 出来れば言って欲しいが...... 遺言という事は生前彼女が残したモノ。 この声が届く事はないのだろう。

 ニフラの存在を知るのも、右眼で未来を見たからだ。

 

 「まずこれは、俺の手袋を同時に着けると一度だけ見れる夢。 だから聞き逃さない様に。

 キミの持ってるFN57だけどリロードが要らない、何せ増長天様の骨からできているから、マガジンから弾が成長して作り出されちゃうんだ。

 神性も入ってるからサーヴァントにも効くかも?

 

 二つに、右目の事。

 使い過ぎれば痛くなるし、オーバーヒートして使えなくなればクールタイムが必要になる。

 それでも使おうとすると...... 右眼は力を失ってしまう。

 だから気をつけてね。

 ......こんなとこかな。」

 

 遺言と言うには余りにも淡白であり、業務連絡の様な淡々とした事象の羅列が終わる。

 それはこの夢がもう終わることを意味しており、同時に彼女の存在が消えることを示していた。

 

 「それじゃ、私はキミの悪夢を壊しに行かなきゃだから。

 そうそう、あとね──」

 

 

 

 風が吹き、飛ばされる様な感覚と共に現実へと帰ってくる。

 隣にはいつの間にかアースさんが座っており、その肩に乗せて寝ていたのであろう頭を緊急で退かした。

 少し両の手袋に視線を落としてからいつもの様に微笑み、失礼な事をしたと謝罪するが、彼女はどこか不機嫌なまま。

 

 手のひらサイズに戻ったニフラはこちらの頭から彼女の手元に飛ぶと、悲しげな表情で目線を向ける。

 

 「貴方はあの花火を楽しめるように、この天文台においても美しい物を美しいと感じ、悲しみを悲しみとして受け取れる者のはず。

 もしいつも通りにある事が私への礼であり、彼女への手向けとするならば間違いでしょう。

 ──泣きたければ泣く様に。 その程度で崩れる世界ではないのですから。」

 

 

 

 満月の夜、その光を受けて輝く雫が一つ二つ。

 地面に落ちては花火の様に弾け、一時の夢幻かの如く乾き、消えていく。

 夢の中にいた友に見えた、最後の現実(いま)でもあった。

 

 

 

 

 

 『──言いたい事は伝えたか、増長の子。』

 

 「......はい。 彼の先に会える事がないのは不満ですけど、それはそれで。

 貴方様にも手を借り、申し訳無く。」

 

 『何、奴の子であらば我の子も同然。

 願いを無碍にするわけにもいくまいよ。

 ......そうさな、ならば体を借りたい。 近々来るであろう天地を別つ戦いにお前と言う入れ物を借りたいのだ。

 無論、礼は用意しよう。 どうか?』

 

 「条件次第で。」

 

 『はは、強かよ。 それでこそ人の子。

 ──そうだな、まず......』

 

 

 

 

 

 

 深夜。

 拳の甲ではなく底の部分を使い、寝ているテスカトリポカを起こす様に扉を叩いた。

 どうやらまだ寝ていなかった様だ、何をしに来たか理解した表情で彼が扉を開けると、『ああ』と一言納得した相槌を見せてある物を手渡してくる。

 

 それは眼。

 カドモンの左眼、因果を見通す瞳だ。

 

 「念の為だ、オレも同行しよう。」

 

 こくりと頷き、誰もいない廊下を歩き始めた。

 ニューメキシコの時を思い出す。

 

 何故こうしてテスカに目をもらったかと言えば、遺言の中で聞いたカドモンの最後の願いを果たすため。

 同時に真っ白な未来を変えるためでもあるのだ。

 

 『──このまま未来に進むと、恐らくキミは死ぬより辛い真っ白な世界で戦う事になる。

 それは望むところじゃないでしょ、私もキミも。』

 

 メガネを外して右眼でカドモンの目へと視線を送れば、示されたのは一筋の道。

 『因果を変える』と言う未来へ辿り着くため、彼女の左目が教えてくれる最短の道だ。

 右手に銃を、左手に眼球を。

 側から見れば気持ちの悪い状況だが、当人は死ぬほど真面目な事を理解してもらいたい。

 

 『因果は線でもあり点でもある。

 どこにキミの運命を変える因果があるかは、右眼で未来を見ながら歩けば自ずとわかってくるはずさ。

 ......でも、それをしたからって幸せエンドに辿り着くかどうかは運、でしかない。』

 

 

 線で導かれた終点に辿り着き見上げてみればそこにあるのは疑似地球環境モデル・カルデアス。

 そこの周りに見える7つの点と2つの線こそがこれからの運命を決定づける因果であり、地球が真っ白になる原因。

 ゆっくりと右手を上げ、手袋の機能である集中力強化を使用し視線をそれらに向けた。

 

 『その上で因果を意図的に砕くって事は、大小あれど寿()()()()()

 良くて一年、事象が大きければ二十年とお父さんは言ってた。

 ......だから、コレをするかどうかはキミに任せる。

 眼はテスカさんに渡してあるから。

 ──キミが、幸せに生きていけます様に。』

 

 彼女の願いを反芻し、流れる様に7つの点に向けて弾丸が射出された。

 それら一つ一つはまるで法則がない様に壁に当たるが、自分の視界には星屑の様に消えていく因果が確かに映っている。

 最後の点を撃ち抜くと同時、強烈な倦怠感と眠気が体を襲った。

 ......割と、疲れるのだな。

 

 「お疲れさん。

 この眼はこっちで潰しておく、それが嬢ちゃんの願いだ。

 ......ま、ミクトランパに来る様だったら歓迎するまでさ。 今は安心して眠れ、兄弟。」

 

 慌ただしく通信を慣らすドクターからのメッセージを拒否し、彼の胸に体を預けて瞼を閉じる。

 ──ああ、うん。

 自分もいつか死んだのなら、ミクトランパのどこかへ行きたい。

 そこで彼女と一緒に、風の唄を──

 

 

 

 

 

 

 

 

 「......兄弟は寝てる、代わりにオレが要件を聞こう。」

 

 『そうかい...... もし起きたら伝えてくれ! 本当にありえない、奇跡みたいな事だが......!

 ──A()()()()()()()()()と!』

 

 



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A邂逅

 

 夏のある日、家の2階。

 腹を開かれ、鬼の形相で息絶えている母親を前に口周りを血だらけにした子供の横に寄り添い、袖でその口を拭く。

 夏と言うこともあり蝉がやかましい。 しかし蝉がいなければそれはそれで寂しい物だ。

 必要悪、そういうものか。

 

 手元にあった水を子供に渡して二人で喉を鳴らせば、全てを諦めた目の子供はこちらを見据えて口を開く。

 無垢でありながら真っ黒。

 そんな瞳の奥には、どこか悲しみが見える。

 

 「お兄さんは平気なの?」

 

 「うん、平気さ。

 色々と見慣れたし、今は話せる人もいる。」

 

 「そうなんだ。

 ......僕にはそういうの、無さそう。」

 

 「そうでもないよ、自分らしくあれば良い。

 自分らしくいて、その末に死んだのなら後悔しない筈だよ。」

 

 「本当に?」

 

 「......たぶん。」

 

 「なにそれ。」

 

 

 そう言って、彼は初めて笑った。

 戻れないからこそ自分らしく、そう考えるべきだと思う。

 そうあれと願われた役目のまま死んでやるギリなんて、この世のどこにもないのだから。

 彼は立ち上がって一階に降り、顔を洗って着替えてきたかと思えば机に向かう。

 宿題がまだ終わっていなかったのだろう。

 

 少しペンが動いた後、こちらに振り返った。

 

 「僕もそうなれるのかな?

 そうなら、もう少し頑張ってみる。」

 

 「ああ、なれるよ。」

 

 そう、なれる。

 だって君は、昔の──

 

 

 

 

 

 

 『オキルー!』

 「フォウ、フォフォウ!」

 

 ......。

 起こしに来てくれたことは嬉しいし、もちろん起きるのだが。

 顔面の上に乗られては息が出来ない苦しいですたまったものではない、すぐさまフォウくんと口をこじ開けて入ってこようとするニフラを枕横に退かし、上体を起こした。

 ずいぶん寝てしまった、現在時刻は十二時過ぎくらい。

 日にちは三日経っている。

 ......三日?

 

 

 いや、流石に三日も寝ているわけがない。

 遅刻した時に八時に起きるわけが無いと現実逃避する様に、また布団の中に入ろうとすると扉が開いた。

 ゾロゾロと現れたマシュやテスカにシャルルマーニュ......皆こちらを見て驚愕している様だ。

 おはよう、と一言発せば、マシュがダッシュで廊下へ消えていく。

 

 「──ドクター!! 先輩が起床しました!!!」

 

 ......本当に三日寝てた?

 

 「ええ。

 よく寝ていましたが、約束は覚えていますね?」

 

 そうだ、アースさんとは今日お茶をする約束をしていた。

 第4の特異点から帰ってきたあの日から約束を忘れない様にしているため、今回はちゃんと覚えている。

 それだけ聞くと『よろしい』とだけ言い残し、出口から出ていく。

 

 「そら、朝飯だ。

 弓兵に茹でてもらった、遠慮なくかぶりつけ。」

 

 「俺からはオレンジだ、マスター!

 ──ともかく良かったさ、また変な特異点に巻き込まれないで!」

 

 シャルルマーニュとテスカにもらった朝ごはんをニフラやフォウくんと分け合いながら、二人に簡単な感謝を伝える。

 とうもろこしは好きだ、甘いし食いごたえもあるし、何より芯も頑張れば美味しい。

 綺麗に食べようと挑戦すれば毎回面倒になってかぶりついてしまうが、まあそれぞれの食べ方ということで── と、楽しいブレークファストを味わっていれば目から入ってくる未来の情報。

 謎の金髪大男が入ってくると扉を向けば、やはり入ってくる金髪の男。

 

 彼はこちらを向いて微笑みを笑顔に変えると、近づいてきて手を伸ばす。

 それは握手を求めたもので、誰だかわからないまま手と手を結んだ。

 

 「やぁ、君が......

 いや、自己紹介が遅れたね。 私はキリシュタリア。

 キリシュタリア・ヴォータイム。

 Aチームのリーダー、ということになっている。」

 

 わあ。

 どうやら因果を断ち切る事は成功し、これまでいたはずのレールとは別の場所にカルデアというトロッコは乗った様だ。

 少しの達成感が降り掛かった後、寂しさが来る。

 なんせAチームの復活だ、つまるところ自分はもうたった一人のマスターではなく優先度の下がる底辺のマスター、ということになる。

 そうすればもう特異点に出張る事はできないだろうし、自然とサーヴァント達との会話も減っていくだろう。

 とはいえ喜ばしい事だ、それで上手くいくなら。

 

 「ああ、その事だが。

 少し話したい、良いかな?」

 

 ?

 何だろう、英霊達の好きな食べ物を知りたい、とかだろうか?

 朝ごはんもそこそこに立ち上がり、ニフラを頭に乗せて連れられるままに歩き出す。

 辿り着いた部屋に入れば、何だか不思議な様子の男性が一人。

 勧められるままに椅子に着席すると、神妙不可思議な雰囲気に部屋が包まれ、話が始まる。

 

 「時間が惜しい、単刀直入に聞く。

 お前は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 マリスビリー、といえば所長の父親で、カルデアスを作り出した人。

 その人の人理保障と言われても今行なっている人理修復では無いのか? 

 そう思ったが、この感じからして恐らく違うのだろう。

 ならば自分の答えは知らない、その一言だけだ。

 

 一瞬の間を置いて、部屋の中から緊張感が消えていく。

 ......どうやらミスは無かったらしい。

 

 「......そうか、なら、いい。

 懸念は消えた。」

 

 「すまないね、デイビットと私にとっては最も大事な事だった。

 ......せっかくだ! カドックやベリルも呼ぼう!」

 

 えっ。

 

 「──何だキリシュタリア、急に...... そういうことか。」

 

 えっ。

 

 「よう後輩! 男子会ってやつか?」

 

 うわ......

 最後に呼ばれてきたベリルにだけ嫌な雰囲気を感じて顔に出しそうになるが我慢し、何だかクセの強いメンバーでの男子会が始まった......のは、良いが。

 なにを話したら良いのだろう、肩身が狭い。

 

 「君は日本出身と聞いた。

 日本といえばフジヤマゲイシャという印象が強いが、どこか私たちの様な外国人でも楽しめそうな場所はあるかい?」

 

 キリシュタリアから唐突に振られた話題に驚きこそすれ、沈黙の場を砕くそれには感謝する。

 やはり話に聞くのは俗にいうUSj、『フジヤマ』関連で言えばふじQ?

 そのどちらにも行った事はないが、人気どころと言えば遊園地などだろう。

 

 「ほう、行ってみたいものだ!」

 

 遊園地というのに行った事はないが、確かに少し行ってみたい気持ちはある。

 その時はご一緒させて欲しい。

 

 「もちろん。

 デイビットやカドックもどうかな?」

 

 「......生憎だが1分1秒が惜しい性質(たち)だ、辞退させてもらう。」

  

 そう冷静に言い放つが、目の奥はどこか寂しげ。

 ひとりぼっちは寂しいもので、それを助けられるのは基本的に他人だけだ。

 ここはキリシュタリアと目配せし、デイビットを囲み込んで逃さない体制に入ることとする。

 

 「君にとって時間が大切なものだという事は理解しているよ。

 だからこそ、私達が消費した時間に見合う楽しさを提供する。 どうかな?」

 

 日本は小さい島国だが、人一人が退屈する様な場所は無い。 必ずや満足する体験をプレゼントすると、日本人として約束する。

 どうだろう、全てが終わった後の遊園地参加。

 どうだろう?!

 

 デイビットの表情は予想外と言ったものに変わる。

 恐らくこれまでの生活でここまで踏み込んでこられたことがなかったのだろう。

 これは会話の中で不意に見せる隙であり、自分とキリシュタリアの二人にとっては缶詰を開けるためにあるプルタブを掴んだ様なもので、いわば『ゴネればチャンスアリ!』な状態。

 

 チャンスがあれば突っ込むのが必定。

 待てるワードを使って攻め込めば、デイビットは一度目を伏せて白旗を上げた。

 

 「これ以上言葉を投げつける必要はない。

 時間を無駄にするのが俺の抵抗だと言うならば、折れたほうが早いだろう。」

 

 やった、と微笑んで、次の目標へと視線を移した。

 狙われた男として視線を一身に受けるカドックはわかりやすく狼狽える。

 

 「クソ、忘れてると思ったのに結局僕に来るのか?!」

 

 「どうかな、カドック?」

 

 どうだろう、遊園地とかそういうのが嫌であれば秋葉原に行く手があるが。

 すると秋葉原という単語に反応して、彼は態度を軟化させる。

 やっぱり効くのか、秋葉原。

 

 「それなら、まぁ......」

 

 「よし。」

  よし。

 

 と、話がひと段落すると、ベリルがどこか申し訳なさそうに会話を遮る。

 

 「ちょっと良いかい? 長いこと寝てたせいで嫌われたのかまだ会えていないんだが...... ()()()()()()()()

 

 もちろんこの発言は自分に向けたものであろうが、どうにも自分はそれを答える気になれなかった。

 それがなぜかと言われれば、マシュの彼に対する発言。

 

 前に一度だけAチームの名前と特徴を聞いたことがあるのだが、その時のこと。

 

 『Aチームの方々、ですか?

 キリシュタリアさん、ペペロンチーノさん、オフェリアさん...... ()()()()()()()。』

 

 ......呼び捨てにする事なんて殆どない子だ。

 そのマシュが呼び捨てにするぐらいの人に情報を渡すのは何とも。

 

 「多分本人に聞いたほうが詳細に教えてくれると思いますよ」

 

 「なんか冷たくねぇ?」

 

 

 

 その後、そろそろ茶の時間という事で迎えにきたアースさんと共に部屋を後にする時。

 そう言えばとキリシュタリアに聞く。

 マスターはどうなるのか、と。

 

 すると彼は少し顔を曇らせ、こう言った。

 

 

 「すまないが、引き続き君に努めてもらうこととなるだろう。

 私達はレイシフト適性が下がってしまった様で、不確定要素である以上君に任せるほかない。

 詳しい事はドクターに聞くと良い、本当にすまない。」

 

 そう言われて落胆することも喜ぶこともない。

 自分は自分としてやるだけで、そこが変わることなどないのだから。

 

 

 

 というか、ニフラどこ行った?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「オフェリアさん、彼女に好かれているんですね!」

 

 「──頭に乗るのはやめて欲しいけれど......」

 

 「私には近づいてくれないのよねぇ...... どうしてかしら。

 ほら、餌よ〜?」

 

 『フゥァー!!!』

 

 「どうしてよーう!!!」

 



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生贄は超える
魔眼相対


 

 「後輩、メロンパン買ってきなさい。」

 

 「後輩、茶!」

 

 「後輩──」

 

 

 

 

 と言うことがあった。

 芥ヒナコ......というか、サングラス水着女サーヴァントの正体である虞美人。

 先日召喚して今向かい合って将棋を指している項羽と夫婦の仲である訳だが、こう、扱いが何とも......

 

 「主導者よ、どうか虞を許してくれ。

 妻も悪気の上でしている訳ではない。」

 

 一手一手互いに短時間の思考で指しながら、並行して会話を繰り広げる。

 これはある種の鍛錬であり、この眼で見た未来とは別の結果が訪れたとしても冷静に指示を出せる様、演算による未来視を持つ項羽に協力してもらっている、という訳だ。

 実際オセロ、あっち向いてホイ、そして将棋とやっているが、そのどれも未来視が役に立っていない。

 つまり全敗。

 

 申し訳無さそうに顔を下げた項羽に対して本当に気にしていないと伝え、むしろ虞美人はいい先輩であるとプラス方向に会話を持っていくこととした。

 そもそも自分は先輩との関わり合いというものが少なくて、そこから考えるとこうやって形はどうあれ、絡んで来てくれることに不快感を感じる事はない。

 メロンパンを買った時も『金額の不足分? あんたの財布から出しときなさい』とか。

 お茶の時も『これ違う!』とか。

 あと......

 

 「......銀を置き、王手。」

 

 あ、あー......

 ......負けてしまった。

 そろそろ目から血が出てきそうになったのでやめようと折りたたみ式の将棋盤を仕舞えば、自室の扉を開いてここ数日よく現れる先輩が、話の議題の先輩が登場する。

 

 「後輩、ちょっと...... 項羽様!」

 

 本当に仲の良い夫婦だ、微笑ましい。

 きっと自分に何か要求しようとしたことすら忘れているのだろう、まあ、それはそれで楽だが。

 

 棚に将棋盤を仕舞い、戸締りを任せて部屋を出る。

 後ろ側では項羽が彼女を諌める際によく口に出す『虞や、虞や......』と言う声が聞こえてきた。

 ......なんか、後で怒られそう。

 

 

 

 

 

 とはいえ、やることが無くなってしまった。

 科学者集団が作ったのであろう訳わかんない飲み物が大量に置かれた自販機から、水を買って近場のベンチに座る。

 どんな形でも右目を使えば疲れてしまう。 受け継ぐと決めた事であってもそれが連続すればこうして──

 

 「「はぁ......」」

 

 ため息も出る。

 ......ん? 二重に重なったため息に疑問を抱いて右を向けば、そこに居たのは右目を眼帯で隠したオレンジぎみの茶髪をたなびかせる女性。

 オフェリア・ふぁる、ファソ、ファ......

 

 ......現代の戦乙女!

 

 「......ファムルソローネ。 その呼び方はやめて。」

 

 正直覚えていなかったので、こうして本人に訂正してもらうとわかりやすくて良い。

 教えてもらいこそしたが、多分オフェリア、としか呼ばないことを差し引けばだが。

 

 彼女がこうして一人でいる事は別に珍しくない。

 しかし、こうしてため息を吐いているところを見るのは初めてであり、珍しい事だと思いどうしたのか聞いてみることにしたが、彼女は突き放すようにやんわりとそれを拒否する。

 

 「いいえ、アナタが気にする事じゃないわ。

 ......本当に。」

 

 そうは言うが、放っておくわけにはいかない。

 彼女は側から見てもマシュの友達であり、彼女が辛そうであればマシュも辛くなってしまう。

 だから、たとえ彼女自身が大丈夫と言っても首を突っ込む理由がこちらにあるのだ。

 そう言うと彼女はまたため息を吐いて、観念したようにポツポツと話し始めた。

 

 ──それは、自分がカルデアに来る前。

 

 「あの頃のマシュは何処か自分を諦めているようで── そう、人形みたいだった。

 そんな彼女と私は友達になりたかったけれど...... 私はぺぺとは違うもの、出来なかった。」

 

 そしてコフィンの中でレフの罠を受けて先日ようやく解放され、マシュとお茶会をして驚いたと。

 あのマシュが、自身の感情を表に出して外交的に振る舞ったのだ。

 自分にとっては見慣れた事であるが、Aチームにとっては驚くほどの変化。

 

 「私達ではその変化を与えられなかった。

 ......無力よね、臆病でいれば誰も変える事はできず、かと言って歩み寄る勇気も無い。」

 

 少し考え、メガネを外して腰のホルスターに手を伸ばす。

 勇気が出ないのは仕方がない、誰であれ拒絶や否定に怯えるものだ。

 だから勇気を出してもらおうと思う。

 もう見たので大丈夫だとは思うが。

 

 彼女はこちらの行動に疑問符を浮かべているが、次の瞬間その疑問符は驚きの『!!(ビックリマーク)』へと変貌する。

 それもそのはず、先ほどまで真剣に話を聞いていた人間がいきなり腰から銃を取り出して自分の頭に突きつけているのだから。

 

 「──何をしているの?!」

 

 勿論セーフティはかかっていない。

 手を伸ばせば届くところではあるが、既にトリガーへ指がかかっている。

 手でやるよりもこちらの方が確実だと言わんばかりに眼帯を投げ外し、ある言葉を叫ぶと同時に瞳が光り輝いた。

 

 「私は、それが輝くさまを視ない!」

 

 その輝きと同時にトリガーが引かれるが、弾丸が発射される事はない。

 つまり脳漿がぶち撒けられる事はなく、唐突な拳銃自殺は未遂に終わった。

 

 セーフティレバーをちゃんとしてホルスターに仕舞い、ホッと胸を撫で下ろして安堵する彼女の呼吸を落ち着けるように背中をさすれば、半ギレなんてものではない剣幕で問い詰められる。

 

 「アナッ、タは! 何をしているの?!

 急にこんな事──」

 

 胸ぐらを掴みそうな勢いを諌め、でも勇気は出ただろう?と聞けば、ハッとした顔でその場に治る。

 彼女には勇気があり、その上でその勇気を形として振るうことができるほどの力がある。

 臆病を捨てて動いてくれたからこそ、こうして自分は生きている。

 生きるか死ぬかを動かせたのだから、一人の女の子と友達になる事など造作もないはずだ。

 

 とは言え......

 

 「えっ?」

 

 へなへなとベンチに寄りかかり、ズルッと力が抜けてしまう。

 未来を見てわかっていたとは言え、怖いものは怖い。

 ヨボヨボのおじいちゃんのようになってしまったこちらの足腰を見て、彼女は初めて楽しそうに笑った。

 それが何と言うか......少し嬉しくて、自分も鸚鵡返しするように笑う。

 

 「ふふっ......!

 アナタがこうして先を歩いたから、マシュもああして正直になれたのかしら?

 ......そうね、その、そのうちで良いから、アナタが見てきた特異点のことを教えて欲しい。

 ライブラリに映像はあるけれど、そこに行った人からの話でしかわからないこともあるから。」

 

 勿論だと返し、遠くから寄ってきたニフラを頭の上に乗せる。

 どうやらおやつのパンを貰ってきたようで、三分の一をこちらにくれた。

 ......欲張りがすぎないか。

 

 「そう言えば、この兎はどこから来たのかしら?

 ここは雪があるとは言え、そう簡単にカルデアに侵入できるとは思えないし。」

 

 まあ神様なので。

 

 「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──オフェリアさん、ご一緒にお昼の方はどうでしょうか!」

 

 「ええ、喜んで。

 ......そうだ、マシュ。」

 

 「はい?」

 

 「アナタの先輩のお話、聞かせてもらえるかしら?」

 

 「はい、喜んで!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自室へ戻れば、机の上に麦茶。

 重しとして使われたそれの下にあった紙には達筆で『礼』と書かれていた。

 

 本当に良い先輩である。

 

 

 



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私は貴方の

 

 「──かぼちゃ騎士(ナイト)って何なんだ!!?」

 

 そう叫んだカドックの気持ちもわかるが今潜んでいるのは敵地の真ん中、至極真っ当ながら今するべきでなかった絶叫を止めるために急いで彼に飛びかかり、背後から固めて口を塞ぐ。

 索敵に集中していたペペロンチーノ── 通称、ぺぺさんの顔を伺えば、余裕そうな表情で首を縦に振る。

 どうやらバレずに済んだようだ。

 

 さて、今回訪れたのはハロウィンに起こった一大騒動、その跡地。

 放っておけば消滅するはずだった特異点は何故か残り、その原因を排除するためにマスターとしてここに来た、のだが。

 

 「ぶはっ!? ──もっと隙間を作ってくれ、呼吸が出来なくなる!」

 

 「あら、少し冷静さが戻ったかしら、カドック?」

 

 どうしてAチームの彼らがきているのかと言えば、数時間前のドクターから言われた言葉を思い出さなければならないだろう。

 

 

 『レイシフトのシミュレーションで調べたところ、どうやらAチームが入れないのは魔術王が聖杯をばら撒いた...... 言わばメインの特異点。

 今回、例えばハロウィンの微小特異点などには本来のレイシフト適正を発揮できるようなんだ。』

 

 そう言う訳で彼ら二人についてきてもらった訳だが、正直言って凄く頼もしい。

 彼らは自分より先んじてカルデアに来て訓練をしていたと聞く、いつでも指示を仰げる存在というのは大きいのだ。

 

 ......ただ、現在状況は悪い。

 マシュやエリザベートと逸れ、この特異点で今頼りになるサーヴァントと言えば──

 と、考えていれば帰ってきた彼に視線を移し、索敵の結果を聞く。

 

 「敵のかぼちゃ騎士は一つ向こうの一角に固まっているみたいだ。 ......僕は宝具の準備が出来ているけど、どうするかはマスターの指示を仰ごう。」

 

 そう言うとサーヴァント、ネモ船長はその場に座り、彼のもたらした情報を元に自分は顎に手を当てて現状打開の策へ意識を向けた。

 しかし、ネモ船長の宝具において重要となるのは水辺の存在。

 残念なことにこの場において水、なんて物は存在していないのである。

 それゆえに切り札の宝具も、数人いるかぼちゃ騎士達の前では決定打になり得ないだろう。

 

 ......やはりここは令呪を使うべきか?

 このふざけた特異点には相応しくない表情でそんな風に思考を巡らせていれば、それまで考えていた事を吹き飛ばす名案が、横槍の様に脳天に突き刺さった。

 

 その発案者の方を向けば、やれやれと言った感じでこちらにため息を落としている。

 

 「全く...... 見た感じだが、ここには()()があるんだろう? なら、やる事は簡単だ。」

 

 「名案ね。 やるじゃない、カドック!」

 

 流石Aチームだ、求めていたものを提出してくれる。

 捻くれたところも魅力的で、きっとカドック自身が思うより彼は他人から魅力的に写っているはずだ。

 そう言うと彼は『馬鹿にするな』と反論するが褒められたのは分かったようで、耳が赤く染まっている。

 

 ともかくとして立ち上がり、そんな彼が出した作戦を決行するべくそれぞれ三方向に散開、かぼちゃ騎士の逃げ道を塞ぐようにポジショニングに動く。

 

 まず一。

 ぺぺさんが敵の気を引き、該当エリアまで連れてくる。

 この作戦はコレが上手くいかなければ成功しないが、そこはスカンジナビア・ペペロンチーノ。

 普段の気安く優しい性格からは想像も出来ないほど冷静かつ忠実に、つかず離れずで該当エリアまで騎士達を誘導した。

 

 「役目は果たしたわ。 あとはお願いね?」

 

 であれば、次はこちらの番。

 拳銃を胸の前に構え、別の建物から該当エリアに設置されたカドックの言う()()、貯水タンクの足に狙いを付ける。

 距離にして数十メートル弱、遠いと言われれば遠い距離ではあるが──

 

 「やれるな?」

 

 横のカドックからかけられた言葉に頷きで返し、引き金を引いた。

 二度引かれたそれを合図に放たれた弾丸は逸れることなく貧弱な足を打ち抜き、轟音と共に落下。

 騎士のうち一人が下敷きとなって水が噴き出し、その場は一目見ればわかる()()()()()()

 そうすれぱやるべき事は一つ。 

 その場から離れながら、既に潜水している船長に聞こえるよう地面へ発砲するだけだ。

 

 『了解。

 ──急速浮上!!』

 

 爆音と共に天を穿つ船首が数体の騎士を巻き込んで浮上する。

 その姿は雄々しく、まさに海洋ロマンと言うべき魅力と無骨さ、スマートさを重ねた思考の乗り物。

 

 ──我は征く、鸚(グレートラム)鵡貝の大衝角(・ノーチラス)

 ネモの宝具は最大の力を発揮し、まさに現状という深海のように暗いモノを打ち破ったのだ。

 

 虹を描く様な水滴の乱打に心地よさを覚えながら、隣でため息を吐くカドックに礼を伝える。

 彼はここに来るまでどうして自分が、キリシュタリアが行った方が早いのではと自分を下げる様な発言が見えたが、事実としてその実力は他のAチームと乖離している様には見えない。

 

 覚悟、決断力、観察力、発想。 そして、魔術。 

 そのどれをとっても自分より遥かに上だ。

 自分とは力のルーツが違う彼の実力に敬意を表して手を差し出すが、彼は『やめてくれ』と空を見た。

 

 「......本当は僕たちがする筈だった冠位指定(グランドオーダー)を、一般人のおまえが、たった一人のマスターとしてやってきた事に嫉妬しない訳じゃない。

 同時に情け無さもある。 『目の前で、本題の人理修復を見ることしかできない』情け無さが。

 ......だからコレぐらいならいつでも言ってくれ。

 こういう横道の特異点を出来る限りおまえの負担にならない様サポートする事が、()()()()()()()()という後悔をしないための、僕の自己満足だ。」

 

 そう言った彼の目には悔しさが見える。

 それもそうか、やってみせると意気込んで入ったコフィンが爆破され、起きて見れば本筋の特異点に向かう事はできずやれるのは横道の微小特異点に向かう事のみ。

 そりゃ悔しい、そりゃ情けなくもなろう。

 

 ──だけど。

 そう呟いて、放り出されていた右手で彼の左手を掴む。

 

 「何だ、驚かせようとでもしたのか?」

 

 そうではない。

 ()()()()()()()()

 その答えは『冷たくない』、むしろ暖かいというもの。

 

 ......この手、カドック達が来るまでは永遠と冷たいものだった。

 いつ来るかも分からない特異点発見の報告、落ち着かない自室、ドクターを挟まないと気楽に話すことも難しい職員、それに皆固い意志を持つからこそ起こる英霊の騒動。

 それらは自分を抜け出すことの出来ない緊張の渦に叩き込み、気楽にすることなど夢のまた夢。

 最後に心を強張らせる事なく過ごせた時といえば、長野県の花火を見た時ぐらい。

 

 しかしAチームがコフィンから出てきて、自分の心は変わったのだ。

 カドックと現代の音楽に関して忌憚のない会話が出来たり、オフェリアの菓子作りにマシュと共に参加させてもらったり。

 それこそキリシュタリアやデイビットと共に遊んだビデオゲームなんて脳天を突き破る様な面白さだった。

 そんな、カドックを含めた皆のおかげでこの温かさはある。

 

 この温もりがある以上、自分はもう砕けたりしないだろう。

 つまるところ、まあ、気恥ずかしいが。

 

 カドックの言うそれは自己満足ではなく、僕という脆い柱を支えてくれるメチャクチャ素敵なひとつの行動なのだと。

 その上でもう一度。

 

 

 「ありがとう。」

 

 「──そこまで言うなら、受け取っておくさ。」

 

 

 

 

 

 

 

 『オフェリア、マシュ、あとぺぺさんと自分でお菓子作りをすることになった。

 結果だけ言えばマシュ達は皆上手く出来ていたし、味もとっても美味しい。

 作っておいたマーマレードを使用したクッキーを作った訳だが、自分のはそのマーマレードが飛び出てしまっていた。

 ......昔からお菓子だけは上手く作れない。

 べっこう飴なら行けるのだが......

 まあ、楽しい時間だ。』

 

 

 

 

 『今回はテスカトリポカ、そしてデイビットと微小特異点にレイシフト。

 自由に動き自由に戦士として振る舞うテスカトリポカと関係性を強制しないデイビット、その相性はいい様で、今回はそこまで時間がかかる事なく解決まで進めることができた。

 こうしてレイシフトする中で教えてもらったのだが、デイビットはフィールドワークが趣味らしい。

 今度連れて行ってもらう事を約束してもらった。

 ......ただ気になるのは、彼との会話で所々噛み合わないものがある事。

 これは失礼かもしれないが、地元にいた頭の切れる認知症のおばあちゃんと話していた時を思い出す。

 今度のフィールドワークの際、ちょっと聞いてみようか。』

 

 

 『第六の特異点を攻略し、帰って来て。

 マシュに力を貸したサーヴァントの名前とか、あのシャーロック・ホームズと会えた事とか色々あったが、今一度周りを見渡してみる。

 Aチームの面々も微小特異点にてサーヴァントと触れ合うことが多くなり、すっかり馴染んでいる...... というか、これがあるべき姿だが。

 さて、ここで思い出すのは獅子王から言われた『絆を育んでおけ』と言うニュアンスの言葉。

 仲の良い人と言えば...... アースさんとか、シャルルとか?』

 

 

 

 『奈良の特異点の事をAチームに話した。

 ちょっと虞美人先輩が優しくなった。』

 

 

 

 『バビロニアから帰って来て、テスカトリポカがグランドサーヴァントであることにそう言う感じなのかと理解が深まった。 山の翁には感謝しても感謝しきれない。

 で、帰って来てやったのはぺぺさんとの恋占い。

 特技らしいが...... 何が悲しいかと言えば、自分は女性との関係性が死んでるんだとか。

 ......結婚とか出来そうにないな、これでは。

 その占い中にフィールドワークの話でデイビットが現れたが、それを見るぺぺさんの顔は乙女のようだった。

 まあぺぺさんはぺぺさんで、春を謳歌するのがいいと思う。 

 あと名前は妙蓮寺って言うらしい。

 

 テスカトリポカが現れる際の霧。

 あの中に自分も入って移動出来るのか聞いてみたら、どうやら出来るらしい。

 これは戦略の幅が広がりそうだ。』

 

 

 

 

 夜中。

 日記を書き終わって眠る準備をし始めた頃、扉が開けられて月の光が入って来た。

 振り返る事なくいそいそと就寝準備を進めていると、彼女はまくらの近くに置いてあった銃を手に取ってまじまじと見つめる。

 何か気になる点があったのだろうか?

 ボソリと何かを呟いたが、その言葉はこちらには聞こえてこない。

 

 「気にする必要はありません。

 ......それと、今日はこの部屋にて夜を明かそうかと。

 別に寝所を奪おうと言う訳ではないのです、その様に驚いた顔を見せるのはやめなさい。」

 

 ......なら、いいが。

 布団に入って枕に頭を乗せて、ふと彼女に聞いてみた。

 ()()()()()()()()()()()()はなんなのだろう、と。

 考えてみた。

 占いにも頼ってみた。

 でも、どうにも分からなかったのだ。

 

 彼女は椅子に座って月を見ながら考えるけれど、どうやら、というかやっぱり答えが出なかった様で、どうなのでしょうと前提を置いて曖昧な返答が返ってくる。

 

 「......信頼、友愛、もしくは──

 いいえ、答えを出すのはまた別の時にでも。」

 

 彼女に背を向けて瞼を閉じる。

 しかし、『ただの魔術師』で無くなったようなのは、少しだけ嬉しい。

 

 満月の夜、答えは無くとも優しさのある問答だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青の手袋は普通に着けていれば面倒だったろうが、今は霊子で形作られている。

 故に外すのは簡単だ。

 生の手で眠った彼の頬に触れ、そのまま滑らせて右の瞼を優しく撫でる。

 

 この瞼の向こうにあるのは彼を突き動かす燃料であり()()

 これはきっと、彼がジュウという鍵を回した事により与えられたモノ。

 魔眼である以上日常に戻ったとして狙われることもあるかもしれない。

 そうなった時...... 私は彼に善と悪、どちらに肩入れすることもないと言ったが、その言葉を守れるのだろうか。

 

 「私は。 私は──」

 

 私は貴方の、何になりたいのだろうか。

 

 




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騎士と草原

 

 朝早くから医務室に呼び出され、眠い目を擦りながら不機嫌さを表に出さないよう顔を取り繕って二、三度扉を叩いた。

 いつものようにドクターの『どうぞ』という優しい返答が返って来て、それに感謝しつつ遠慮せずに扉を開ける。

 椅子に座ってココアを差し出され、いの一番に聞かれたのは悪夢について。

 これまでずうっと嫌な夢を見続けて来たが、幸いにもカドモンの遺言を聞いてから見たことは無い。

 彼女が守ってくれているのかもしれないと言えば、彼はそうかもしれないねと安心した微笑みを見せた。

 

 「それで、呼び出したのはある事を君にして欲しいからなんだ。」

 

 そう前置いて言われたやって欲しい事とは、対ソロモンに向けたサーヴァントの選出。

 いくら魔眼による魔術回路の増築、カルデアのバックアップがあるとしても自分のキャパシティでは無尽蔵に英霊を呼び出す、なんて事はできやしない。

 だからこそ強力で、かつ連携が可能なサーヴァントの選抜が必要だというのだ。

 

 そう言われてまず出て来たのはいつもの三騎だが、聞けば14人選べと。

 そうなってくると話は変わるし、指示や作戦などに手が回らないところが出てくるだろうと返せば、ロマニは痛いところをつかれたと言いたげにため息を吐いた。

 

 「そうなんだ、そこが少しね......」

 

 ......ひとつだけ考えついた事がある。

 決していい考えとは言えない、二分の一を六回繰り返さなければいけない考えだ。

 

 サーヴァント六騎をそれぞれAチームに任すというのはどうだろう?

 レイシフト適性が下がっているとは言えゼロなわけじゃ無い。

 レイシフト出来ませんでした、となっても死ぬわけでは無いだろうし、それに対ソロモン戦となれば残存する戦力を出し切ってでも勝たなければ。

 

 「確かに。 じゃあ、Aチームに任せるサーヴァントは...... 君に任せよう。

 それぞれが希望していたサーヴァントの情報はあるけれど、きっと君の方が僕より彼らを見ているだろうし!

 じゃあお願いしても構わないかな?」

 

 気安く返答を返し、ココアを飲み干した。

 ......薄いと思ったら、下の方に粉が固まっている。

 そりゃあ美味しく無いよな......

 

 

 

 

 

 

 というわけで、よろしくお願いします。

 

 「ああ、よろしく。

 ......あの机の上にあるのは何だ? やけに散らかってるが......」

 

 出来れば気にしないでもらえると助かる、そう言うとカドックは正直にそれから視線を切って、こちらを見据えながら椅子に座った。

 ここは自室、昼前のこと。

 早速先述の事を進めようと思い、手始めにカドックを呼び出した。

 

 ドクターからもらって来たココアを差し出し、手始めに希望するサーヴァントのクラスを聞いてみる。

 

 「キャスターがいい。

 ......キリシュタリアやオフェリアと違って、僕は基礎的な魔力量がそもそも少ない。

 戦闘用サーヴァントではすぐにガス欠を起こすだろうからな。」

 

 キャスター、確かに戦闘を特別得意とするサーヴァントが少ないクラスだ。

 しかしソロモンの居城へ向かうということは必然的に戦闘があり、そこに例えばアンデルセン。

 アンデルセンをマスターとの二人で置いてしまえば、きっとタコ殴りにあうだろう。

 

 そうなると彼の要望とは別に戦闘がある程度できるサーヴァント、しかもある程度の魔力を賄えるタイプを探さなければいけない。

 

 となれば、だ。

 タブレットに彼と動いてもらう英霊を映し、彼女で構わないかと最終確認を取れば少しの思考時間をとって返答が返ってくる。

 

 「アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ......

 構わない、英霊達を見て来たおまえが言うなら僕に合っている(そういうこと)だろう?」

 

 どうやら納得してもらえたようだ。

 あとはアナスタシア側だが...... どうにかこちらの方でお願いしておこう、もちろんカドックからも歩み寄ってもらわなければどうにもならないが。

 ......アナスタシアの霊基再臨、終わらせなければ。

 氷の生成をダヴィンチちゃんに頼んでおこう。

 

 次の事に思考を移して立ち上がれば、まるで引き留めるようにカドックの声が鼓膜に刺さった。

 何かと振り返れば、それは気軽で大事な日常会話。

 

 「それと...... 以前教えたロックは聞いたか?

 気に召さなかったら悪かった。」

 

 とんでもない、好ましい音楽だった。

 脳を揺らされるというのはああいう音楽を言うのだろう、学校に登校するときに聞けば重い足取りも羽のように軽くなって、ひとっ飛びできそうなほどだ。

 

 「そうか。

 ......じゃあ、今度はおまえの好きな音楽を僕に教えてくれ。 ギブアンドテイクだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──ムゥアスタァ!!! そこで終わりではありません、あと一回、いや、あと10回!!

 その10回が貴方の筋肉を勇気づけ、育み、そして友として高めていくのです!!!」

 

 レオニダスの喝を受け、トレーニングルームにあるよく分からない器具を動かして20回目。

 カルデアに来るまでろくに運動をしてこなかったのが響いたのか、ローマでは大変迷惑をかけた。

 それ故に随分前からトレーニングを始めた、のだが......

 

 レオニダスの指導は文字通りのスパルタ。

 今日分のノルマはこれで終わりだが、このあとご飯を食べてすぐにローランやシャルルマーニュと剣術の訓練がある。

 死にそうにはなるが、事実これが合ったからこそ色んな特異点を歩いてこれたわけである。

 

 最後の一回をこなし、ヘロヘロとティッシュが空から落ちるかのように地面に倒れ伏した。

 死にそう。

 

 「マスターさーん、生きてますー?」

 

 仰向けに寝転がれば、たまたま来ていた徐福がその辺から水筒を取り出し、オムライスにケチャップで絵を描くように口に叩き込んでくる。

 普通に渡してくれればいいのにと思わないでも無いが、それでも水をくれるだけ嬉しいので良し。

 

 どうにかベンチに座り込めば、今度はアイスバーが口に捩じ込まれる。

 だから普通に渡せと。

 

 「それにしてもマスター、貴方も()()()()()()()

 ......いえ、悪く言っているわけでは無いのです。

 帰る場所を無くし、無力感に苛まれ、心を砕かれ...... それでも諦める事をしない。

 それは良き事ですから。」

 

 「ほんとですよねー、使命なんて投げ捨ててぐっ様の事をやってた私が言えたギリじゃ無いですけど、たまには休んだら?」

 

 そういうわけにも。

 やれることはやっておきたい。

 

 「うへ、聞き分けない......」

 

 レオニダスと徐福に手を振り、シミュレーターに向かう。

 思えばレオニダスとも付き合いはそこそこ長いし、キャメロットの対トリスタンではギフトの影響で攻撃が強烈になっていたのに耐え切った時は流石、と思ったものだ。

 徐福も宝具なり何なりでそれをサポートして。

 ......あれがソロモンの持っている魔神柱にも出来るのなら、戦力として大きなものになるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 「よーし、いい太刀筋だマスター!! これまでで1番!!」

 

 模擬刀を振り、ローランの脳天を破る勢いで振り下ろすがそれが届くことは無い。

 両手で尚且つ体重を乗せた渾身の一撃であろうが片腕で受け止められてしまう、というのはなかなか心に来る。

 

 そこから連撃を入れようと四苦八苦するがひとつも届くことはなく、結局疲れ切ってこちらが倒れてしまった。

 やっぱりローランはすごい。

 

 「おっと、嬉しいぜ!

 ......脱ぐか?」

 

 「脱ぐなよ、絶対脱ぐなよローラン!」

 

 ローランも凄いが...... いや、シャルルマーニュ十二勇士がそもそも凄いのか。

 それぞれが一つ二つの欠点を持ちながら、実際に向かい合ってみればそれらがどうでも良くなるほどの格好良さ。

 流石というかなんというか。

 

 事実自分がカドモンに会うまで折れずに入れたのはシャルルの快活さのおかげもあるだろう。

 常に元気で、気安くて、ちゃんと周りを見て動ける。

 彼は自分の友であり目標でもある。

 

 「マスター、俺は!?」

 

 ローランは...... めちゃくちゃ強くて素敵なパラディン?

 

 そういうとローランは目を輝かせ、脱皮でもするかのように服を脱ぎ捨てて少年のように草原を駆け出していく。

 シャルルマーニュが止めるが、すでに遅し。

 

 「イエーッ!!!」

 

 「ローラァァァァアン!!!」

 

 

 それはそれとして綺麗な体であった。

 

 ふぅ、と息を吐いて座り込み、綺麗な空へと視線を移しながらシャルルマーニュの声を聞く。

 

 「マスター、実はな。 俺はアンタの事を誤解していた。

 巻き込まれてプレッシャーに押され、仕方なく人理の修復をやってるんだと思ってた。

 でもさ、マスターはマスターとして覚悟の上でやってたんだって気づいたんだよ。

 だから俺はついて行くぜ! 我が命は君の為に......

 ──ってな!」

 

 拳を突き合わせ、笑い合った。

 二人の笑い声と優しい風、ローランの裸が、草原に広がっている。

 

 

 

 

 



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神様と戦士達

 

 ──さあ、どうしよう?

 

 本日は珍しくレイシフトやシミュレーターの使用予定が無く、何事も無い休みの日。

 そりゃあ英霊間のいざこざや多少の喧嘩はあるだろうが、それでもいつもと比べれば静かな事に変わりない。

 だが、まあ、静かということは誰も()()()()()()()()()()()()()ということ。

 つまり......

 

 「ありゃりゃ、沢山だね。」

 

 横にいたビリーが言うように、食堂の列が果てしない長さとなっている。

 射撃練習であったからまだ良かったがこれが先日の筋肉トレーニングの様だったら、死んだ目で並んでいたかもしれない。

 遠目に見えるエミヤは大変そうだが、ブーディカ達がヘルプに入っているのも見える為詰まることは無いだろう。

 大人しく並ぼうか、とビリーに提案し、それを飲み込んでもらった事に安堵しながら最後尾に並ぼうとすれば背後から迫る巨凱の影。

 振り向くとそこには快活な笑顔、そして先にある列を見て怪訝な顔を浮かべて拳に力を入れる戦国武将が。

 もうダメそうなので先手を取り、その剛腕にしがみついて置くことにした。

 

 「おうマスター、前が長ぇがぶち殺して開けていいか?」

 

 やめて......

 

 「んならそうすっか。

 マスターが言うなら仕方ねぇ。」

 

 「大きいな、日本人っていうのはみんなこのぐらいなのかい、マスター?」 

 

 そんな事は無いと思う、そう確信が無い答えを返すが、そもそも自分の格好がだっこちゃん人形みたいになってしまっているので何とも。

 説得力はもとより無いのでどうでもいいか。

 

 せっかくだからと森くんやビリーと同席する事にし、彼の腕からずり落ちて普通に話しながら待つ。

 最近銃の命中率がいい話とか、次に行く戦場......というか、素材集めの話だとか。

 その会話の中、森くんの作ってくれる茶の話に飛んだ。

 

 「──茶の湯、って言うの? お誘いありがとう、でも彼は大丈夫かな?」

 

 「構わねえよ。 

 そっちも茶は苦手か?」

 

 「いいや、苦いのはコーヒーで慣れてるからね。

 むしろウェルカムってとこさ。」

 

 二人の微笑ましい会話に笑みを浮かべていれば、会話の切れ目で唐突に視線がこちらを向いた。

 茶碗を持って刺身定食に手を伸ばそうとしていた体がびくりと震え、その頬をビリーのフォークに刺さった肉で突かれる。

 何でと問うと、返って来たのは『にへ』と聞こえて来そうな笑みだった。

 

 「何って、マスターも変だね。

 男二人の談笑を見て嬉しいことでもあるのかい?」

 

 「ひはははは!! まあマスターらしくていいじゃねえか!!」

 

 嬉しい、というよりは笑って食事ができる事をありがたく思っていると言った方が正しいか。

 あと数ヶ月もすれば成功しても失敗しても、こうして食べれることはない。

 だからこそこうして、残り少ない時間を楽しく過ごせていることに喜んでいるのだ。

 それはそれとして、こちらの頬を突いたのならその肉はこちらの物。

 かぶりついて奪い取り、その旨みで白ごはんを食べれば開戦。

 

 3人で笑いながら、互いの飯を分け合う。

 楽しくて仕方がない。 振り回すのも回されるのも、とってもいいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──というわけでよろしく。

 

 「ええ。

 ......そう言えばさっき芥...... 虞美人が出て行ったけれど、何か話していたの?」

 

 サーヴァントの話をしていたのだが、そもそも彼女にとって連れて行くべきサーヴァントは項羽以外あり得ないわけで、話し合いが始まって2秒で要件が終わってしまった。

 そういうとオフェリア、それに自分は『彼女はそういう人だ』と苦笑いし、咳払いと同時に心を入れ替えて話を始める。

 

 彼女の所望していた英霊のクラスはセイバー。

 そこに変わりがないかを聞くと、頷きで答えた。

 

 「変わらない。

 ......でも、そう。 贅沢を言えるのなら人種にこだわりたいと── いいえ、忘れて。

 選ぶのはアナタ。 私はそれを受け入れるわ。」

 

 さて、そう言われてもだ。

 そんな顔をされて無視するわけにも行くまい、手元にあったドクター謹製の資料を見ると、彼女の母親は北欧系らしい。

 そう考えると...... まあ、彼しかいないだろう。

 

 取り敢えずタブレットを手渡せば、隠そうとしながらも少し嬉しそうな様子が漏れ出た表情。

 セイバー、シグルド。

 実力人格、箔も申し分ないはずだ。

 

 問題なければこれでお開きにしようと切り出せば、少し待ってと懐から何かを取り出す。

 渡されたそれを受け取れば、その中に入っていたのは美味しそうなクッキー。

 遊び心だろうか、ニッコリマークが作られている。

 

 「その、マシュ達と一緒に作ったの。

 ぺぺや芥にも渡したけれど、これは私個人からアナタへのお礼。

 ......色々と、覚悟を見せてもらったから。」

 

 それはどうも、と返答してすぐ、袋を開いてクッキーを口に運ぶ。

 ほんのりとした甘さとキャラメルの香りがとても優しく、コーヒーと一緒に食べていればいつの間にかなくなってしまうかも。

 そうだ、もしソロモンとの決戦から帰って来れたのなら、自分もマシュと同様にまたお菓子作りをしたい。

 苦手とは言え、数を重ねれば克服できるはずだ。

 

 「ええ、もちろん。

 頑張りましょう、お互いに。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 コンコン、とクッキー片手に戸を叩けば、これまた律儀に扉を開けてくれるのはテスカトリポカ。

 どうした、何があったと問うわけでも無く無言でこちらに背を向け、その背中はこちらを招く声の代わりとして目に訴えかけてくる。

 厚意に甘え室内に入り、灰皿の上に吸い殻が残っているテーブルを見ながらソファに腰を下ろした。

 

 その後さして時間を置くことなく、目の前に真っ黒なコーヒーが置かれた。

 ありがとうとだけ言って、熱いそれを啜る。

 ......やっぱり苦くていい匂いのする泥水にしか思えない、自分が子供だからか?

 

 「──ハ、間違いじゃない。

 何もわからなければ、どんな物であれコレの様に泥水みたいなもんさ。」

 

 コロンブスがカカオを持ち帰らなかったような物だろうか。

 ......思えばこういうのは、身の回りに起こること全てに言えることだ。

 

 好きなアニメが終わったとて、他人から見たらそうですか程度。

 人の死も生も、戦いも平和も。

 戦士であるかどうかもそうだ。

 

 「まぁ、な。

 たとえオレが花の戦争(ショチヨロトル)だと焚き付けたところで、今の人間はそれを白い目で見るだろう?

 ──だが、それでもオレが戦の神であり続け、冥界を司るように。

 関心を得られないことでも、それに向かって戦士として戦い続けることこそが人だとオレは思うワケ。」

 

 確かに。

 この人理修復だって一般の人は気づかない。

 言いふらしたとて『何言ってるんだ頭おかしいのか』と思われるだけだ。

 でも自分や他の皆も意思を持って、戦士として戦っている。

 必死に生きようとすれば、役目や使命を果たす為に命を賭ければ、そうしようとする者全てが戦士なのかもしれない。

 

 「そうだ。

 お前は最初から立ち向かっていたからこそ、オレはお前を戦士としてその横に居る。

 ──勿論、取引相手としてもだ。」

 

 取引相手。

 ならその取引相手として、ある事を頼みたい。

 テスカは唐突なその申し出に顔を顰めるが、こちらは言葉を緩めない。

 

 

 

 「──対ソロモン。

 

 デイビット・ゼム・ヴォイドのサーヴァントとして動いてくれないだろうか?」

 

 

 「......ほう。」

 

 

 

 手は尽くす。

 負けて、全てを失って、空虚(から)になるつもりはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よう、セムの男。」

 

 「その容姿...... テスカトリポカか。」

 

 「兄弟の頼みだ、まあ、好きにやらせてもらうがね。

 ......そろそろって事だ。 オレ達の戦争。 オレ達の終末。

 ──オレ達の饗宴がな。」

 

 

 

 

 

 








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心、騒々

 

 「おい、これはどういう事だ? 

 ──この猥雑な机では俺が原稿に集中できないではないか!!」

 

 そう言われても。

 ようやっと完成した物を入れた紙袋を抱えながら自室に帰れば、投げつけられたのはよくわからない文句。

 確かに散らかして出ていってしまったが、それはあくまでも自分の机、自分で使う物だからであってアンデルセンのような言わば他人が使用することなんて考えていなかったからだ。

 勝手に乗り込んできて勝手に椅子を使われては困るが、まあ別にいいかと心を納得させ、冷蔵庫の中から作っておいたものを取り出してベッドに座る船長に手渡した。

 ストロベリーアイスであるが、周りの人間に手助けされながら用意した手作りの物。

 口に合えばいいが。

 

 「そう謙遜しなくてもいい。

 ......うん、美味しい。 ありがとうマスター。」

 

 問題なさそうで良かった、オフェリア達とのお菓子作り経験が活きたと言える。

 さて、どう切り出したものかと思いながら腰を下ろし、体育座りで天井を見上げた。

 ソロモン戦に連れて行くサーヴァントのうち、残っているクラスはライダーとキャスターで、ちょうどここに居る2人が当てはまる。

 文句こそ言うが随分最初から付き合ってくれたアンデルセンと高い実力で巨大な敵に絶大な力を発揮して来たネモ。

 信頼しているからこそ、ここに来て少々提案することに抵抗感が生まれた。

 別に他の英霊に対してはそういう考えを持たなかったと言うわけではなくて、ただただこれで本当にいいのかという疑問が渦巻いているのだ。

 

 自分は彼らが納得できる指示を出せるか、縦横無尽に動く皆んなの位置を把握する事が出来るのか。

 自分の右目も、鏡の反射などを無くして自分自身を見ることはできない。 少なからず、未来に不安が降っている。

 

 そうしてうじうじしていれば、アンデルセンが深いため息を吐いてからペンを置き、横に用意されてあったコーヒーへ手を伸ばした。

 

 「......せいぜいこき使え、マスター。

 たとえ司令塔としての役目で粗相をしたとして、お前の横に居るのは一騎当千の英霊。

 その程度蚊に刺された内にも入らん。」

 

 コーヒーを啜ると椅子をくるりと回転させてこちらに向き直り、指を指して何処かしたり顔の様な表情を見せる。

 

 「信じろ。 次の決戦、お前の指示に首を横に振る者はいない、 そうだな、前貸として...... お前の物語を書いてみるか。

 うじうじとした無口の男の別れ、別れ、覚悟。

 どこに載せたところでろくな評価も貰えず、読者アンケートでもあれば最下位近くを漂う様な物語だが、まぁ……偶には自己満足も悪くはないさ。」

 

 ──これは、光栄な事なのだろう。

 つまるところ自分は『書くに値する道のり』を進んだ、認められたという事なのだ。

 投げ渡された飴を手の中で転がしていれば、脇腹を突かれる。 そちらに向き直れば、薄ピンクの氷が乗ったスプーンが正確に突っ込まれる。

 優しい甘さで、美味しかった。

 

 ネモは拗ねた様な顔つきで首を傾げると、こちらを覗き込む様にしながら『ふーん』とだけ。

 

 「......少し信頼が足りないんじゃない? まぁ、いいけど。

 ──僕はマスターの指示に対して、余程の無理じゃない限りは首を縦に振る。

 それは君が誠実であろうとしていて、吐く嘘は大概自分以外を傷つけないためのもの。

 その上で最後の最後まで勝機を探り続けるから。

 そんなマスターについて行くよ。

 ......何? 何か言いなよ...」

 

 そう言ってくれた彼を持ち上げ、膝の上に乗せてからギュッと抱きしめた。

 その言葉は自分の心に火をつける火炎放射器の様な熱であり、単純にここにいる自分自身を肯定する柱となったからだ。

 

 覚悟は一つだ。 その一つを貫き通す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ありがとよ後輩、今度メシでも一緒に食おうぜ。」

 

 部屋から出て行くベリルを見送り、自動扉が閉じると同時に軽いため息を吐いた。

 キリシュタリアはカイニス、ぺぺさんはアシュヴァッターマンと決まって、彼のサーヴァントも決定したのはいいが── まあ、疲れた。

 一悶着ありそうだから何か守るものを持っておけとは言われていたが、本当に一悶着あるとは思わず。

 それに関わってしまった彼女に体を向け、どうしてその様な事をしたのか、軽く問う。

 

 「ナイフを取り出し、喉笛に牙を立てようとした。

 それで説明になるでしょう。」

 

 アースさんはそういうが、それにしたって限度がある。

 霊体化解除と同時に手首を握り潰す勢いで掴み、ドア側に投げ捨てるなんて。

 仮にもベリルはAチームだ、彼が怪我をすればそれは必然的にカルデアの敗北へとつながる。

 

 「......ならば何故、貴方はあの銃を装備しておかなかったのですか?

 少なからず貴方はあの男を警戒し、その証拠に刃物を取り出した瞬間防御体制をとっていた。

 それは何故です?」

 

 ......多少の警戒心があれ、()()()()()

 そう返すと彼女はため息を吐き、不満げな表情を作った。

 

 「貴方は何故そうも......

 ......いえ、わかりました。 それは貴方の美点であり、どの様な状況でも変わり得ない不動のもの、スタンスなのでしょう、ええ、もう構いません。

 少なからずあの男の他にも警戒している者がいるのならば、今私に教える様に。」

 

 え?

 何故その様な...... それは人の交友関係を洗うのと代わりない。

 いくらアースさんと言えど、この発言には賛同しかねる。

 というか何故そこまでして、自分の事を守ろうと?

 

 「正直に言いますが、貴方は危機管理がなっていません。

 私の契約者であるならば信頼を盾に近づかれ、そのまま死に絶える...... などという事が許されない事だとお分かりだと思っていましたが。

 なので、貴方の警戒するサーヴァントと私の警戒しているサーヴァントをすり合わせて慎重に()()します。」

 

 これは、心配だろうか?

 ある種の執着に見えるし、あるいは── あるいは? あるいはとは、なんだ。

 彼女は僕にとっての、何だろう?

 

 「心配、そういう事として受け止める事を忌避はしません。

 ですが......私が貴方の何なのか、という問いに答えることは出来ません。

 貴方はどう思っているのですか?」

 

 ただ、サーヴァントとマスターという関係ではない。

 かと言って好き合う間柄でもない様に思えるし、そもそも彼女に異性愛とかのアレはあるのか?

 彼女と同等の仲であるテスカ、シャルルと同じにするのならば、()()()()()()。 それ以外にない。

 

 しかしその返答に彼女は納得のいかない様子で、少しの時間を置く間も無くこの関係に()()()を求めたのだ。

 

 「友、仲間...... その括りとは違う、そう言うのは我が儘と理解していますが。

 少々違う気がするのです。 ......だからと言って行き過ぎた関係としろ、とは言いません、勘違いしない様に。」

 

 それは理解している。

 それと違うとなれば、あとは......ひとつ、か。

 

 「......思えば、初めて自分の意思で召喚したサーヴァントなんだ。

 そういう意味では少し気持ち悪いかもしれないけど、最初の女、最初の男の関係なのかも...... いや、駄目、やめよう。

 気持ち悪い。」

 

 「いえ、それで構いません。

 ......少々話し疲れました、では。」

 

 

 やってしまったと思う自分と、何故コレで彼女は納得したのか? と思う自分が交差する。

 

 

 

 ──何故だか胸が高鳴っていた。

 終ぞ、城の中で箱入り娘をやっていては得られない高揚に喜ぶ自分と、それに困惑する自分が居た。

 

 

 ただ。

 ただ。

 

 

 『『この胸の奥にある感情は、何?』』

 

 

 

 

 

 

 

 







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終局へ進む

 

 仮眠を終えてダヴィンチちゃんに起こされ、マシュと語らい、遂に8人のマスターが管制室に集合する。

 皆一様にカルデア技術部、いわば科学者英霊達が技術の多くを掛け合わせて作り出した決戦用カルデア礼装を着込み、神妙な面持ちで開始時刻を待つ。

 胃が痛くなるほどの緊張感。 

 ここを勝てば全てよし、負けてしまえば無駄な一年。

 その重みが肩に乗るからこそ緊張をほぐす為── もとい、手を尽くす為に懐からある物を取り出し、Aチームやマシュに手渡して行く。

 カドックはどこか納得が行った様な表情をして、それを光に翳し見た。

 

 「......僕が行った時、机の上が汚かったのはコレか?」

 

 ご名答。

 メディアやエミヤに教えを乞いながら削って、黒曜石をネックレスに仕立てた物。

 せっかくだからと全員分作ったはいいが、かなり時間がかかってしまったのだ、本当はもっと早くに渡すべきだったのだが。

 ......ここにある八つのネックレスが、またこの場に欠けることなく揃う様に。

 何が何でも、だ。

 

 「ああ、勿論。

 帰って来たら野球(ベースボール)でもしよう、それとも別のレクリエーションをしようか。

 なんであれ、フルメンバーでの完全勝利を目指さなくてはね。」

 

 頼りになるキリシュタリアの言葉に頷いていれば、細かな事前準備を終えたドクター・ロマンから作戦の概要が話された。

 これはいわばノルマンディー。

 カルデアをソロモンの居城に無理やり接岸させ、そこを伝ってマスターやサーヴァントが突入。

 防壁(魔神柱)を破って心臓部を破壊し、走って帰還可能ポイントまで帰るのがラストミッション。

 

 ここで脆い所はまず自分とマシュが突入し、Aチームのレイシフトを安定させるための楔を設置しなければならない、という事。

 その楔を置いてAチームが来るまでに死ぬ様な事があれば作戦の完遂は困難となる、

 とは言え、それを聞いてやらないという選択肢は存在していない、やってダメかやり遂げるかの二択なら皆後者を選ぶはず。

 

 「あとはこれ。 魔眼を抑え込むためとは言え、眼鏡では少し大変だろう? と言うわけで作ったコンタクトさ、付けてみるといい。」

 

 ダヴィンチちゃんから受け取ったそれを四苦八苦しながら取り付ければ、なんと綺麗で邪魔物のない視界。

 やっぱり天才なのだなぁ。

 

 作戦開始時刻を告げるアラームが鳴り、Aチームの横を歩いて行く。

 彼らの激励に嬉しさと強くなっていく使命感を感じていれば、不意に横から縦の拳が突き出された。

 それはデイビットの物。

 

 「......」

 

 テスカトリポカに教えられたか? 彼がこう言う事をするかどうかで言えば...... まあ、するか!

 拳を返し、互いの健闘を祈る。

 帰って来たら遊園地に行く約束を忘れないように釘を刺せば、『わかっている』と。

 彼の記憶に自分はちゃんと残っている。

 それがちょっと嬉しい。

 

 「行きましょう、先輩!」

 

 「......うん。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 終局時間神殿ソロモン。

 お出迎えと言わんばかりに現れたレフ...... いや、魔神柱フラウロスと戦闘。

 楔を設置する迄はサーヴァントの召喚も無理な以上、マシュと二人での戦闘になるわけだが、ここまで来たのだから魔神柱の一つ二つは問題ではない。

 

 攻撃の前に光る目を砕けば動きが止まる。

 非常に簡単で非常に難しい最適解だ、でもやる。

 幸いにも自分の持つ銃は神に近い増長天の骨から作られた弾丸を使用している。

 加えて口径も大きく、一点に対して正確に撃ち込めば前述の最適解を成すことは容易い。

 ──しかし、腐っても敵の本拠地。

 

 「ううっ!」

 

 マシュも耐えているが、正直ギリギリだ。

 自分も対ソロモンに向けてとっておくべき未来視を使わざるを得ない状況になってしまっている。

 どうにか倒す事こそ叶ったが、消耗はかなりのものになってしまった。

 

 こちらを嘲笑う様にフラウロスが高笑いを響かせる。

 それがイラついて仕方がない。

 

 「お見それした、まだこちらを睨む強がりができるか!

 だがその諦めの悪さ、意地の悪さが通用するのは昨日まで!!」

 

 周りを魔神柱が囲んでいき、カルデアとの通信も途絶える。

 一応楔の設置はやめないが、これが意味のある物なのかもわからなくなって来た。

 だが、まだ...... まだ。

 無理を通せ、道理を蹴飛ばせ。

 

 「君たちの旅路は失笑に値する!

 その全てを、大陸での繰り返しも、島国での──

 いや、これは愉快ではなかった、忘れよう。

 ──その道を、ここで終わらせよう!!!」

 

 ──そうだ、こんなのに負けて死ぬ道理はないのだから。

 託されてる。

 どうせなら最後まで、やり通してみせろ!!

 

 

 

 

 「......よく耐えた。」

 

 その声が聞こえた瞬間、自分の周りを取り囲んでいた暗闇が虚空へと霧散する。

 唐突に現れた無数の星から流れ込む光に眩しさを覚えながら瞳を擦れば、7人14足の足音が勝利への調べを奏でた。

 安心と自信から溢れる笑みを浮かべながら、よっこいしょと手を借りながら立ち上がる。

 

 氷の皇女。

 竜殺しの剣士。

 西楚の覇王。

 バラモン最強の戦士。

 海に愛され穢された者。

 ブリテンの魔女。

 そして──全能者(モヨコヤニ)

 

 

 「おお、おぉぉお!?

 何故私が消えて──!」

 

 魔神柱を消し去り道を切り開いてくれた彼らを筆頭に、各所に見えるのは召喚の光。

 マシュの盾を借り、何処からともなく吹いた様な風に息を吐いて手を置いた。

 

 そして現れたるは七騎のサーヴァント。

 

 ヨーロッパの父であり、冒険者。

 西部開拓時代の少年悪漢王。

 300(スリーハンドレッド)の王。

 ノーチラスの船長にして海の子。

 世界に愛された童話作家。

 その死を喜ばれた戦国武将。

 不老不死の死を追い求めた導師。

 

 ──原初の一(アルテミット・ワン)

 

 

 勝つにはちょうどいい。

 心臓部に向けて走り出した中、デイビットから肩を叩かれて疑問符を返した。

 彼はその手にさっきのネックレスを持ち、キラキラとそれを輝かせる。

 

 「この黒曜石は鏡── ()()()()()()()()()()だな?」

 

 さすが、と言うほかないだろう。

 確かにこれはテスカトリポカの足から削れたり、戦いの中で落ちた物を集めて作った物。

 いわば曇る鏡、未来を映す物。

 これを通じてテスカトリポカに見てもらい、危機管理に努めるためのアクセサリーだ。

 

 「......よく考える物だ。」 

 

 手を抜いていないと言って欲しい。

 これは電撃戦で、出来る限りのリスク管理をしなければならない。

 そして、最初に言った通り── このネックレスは全員が持ち帰って来てくれる事を考えて作っている。

 

 「今日の時間には余裕がある。

 ......ならば、こちらもそれに応えねばなるまい。」

 

 

 

 

 

 

 I /溶鉱炉ナベリウス。

 ジャンヌダルクやジークフリートは勿論、かつては敵であったサンソン達と共闘する。

 しかし魔神柱というのは斬り倒しても斬り倒しても、焼いても焼いても増えてくる。

 デイビットが時間を気にするように、自分も未来視出来る回数や時間は限られている。

 ここで止まっているわけには── と、目をひとつひとつ潰していた所に翠色の閃光が走り、強烈な衝撃波と共に一本が斬り倒された。

 

 何事かと目を凝らしてみれば、そこにいたのは宝具を発動し、霊基を限界まで進めたシグルドの後ろ姿。

 その背を追う様にオフェリアは眼帯を外して歩いて行く。

 

 「私が止める。

 Aチームとマシュ、それにアナタは先に行って。」

 

 そうは言っても、だ。

 と反論しようとしたが、その目を見て止めることなど出来はしない。

 自分は純粋な家系に生まれた魔術師ではない、彼女と同じわけでは決して無いが──

 

 それでも、互いの魔眼を見つめたのだから彼女の心がわかった。

 これは勇気。

 彼女がここで受け止め、そしてその想いを自分達に託して背中を押してくれる。

 

 それを無駄にしないためにも、僕達は彼女に背を向けて走らなければ。

 

 「頼んだよ、オフェリア。」

 

 

 「ええ勿論、アナタも無事で、キリシュタリア。」

 

 

 

 

 

 

 「ふう。 ええ、大丈夫。 大丈夫......」

 

 手の震えが止まらない。

 何度も自分を奮い立たせる言葉を吐き出しては飲み込むが、まるで飲み続けて効果が薄れて来た睡眠薬の様にそれらの力は弱く、その場しのぎにもなりはしない。

 だが、不意をついて背中を叩いた大きな手があった。

 その主であるシグルドは幾重にも重なる魔神柱の前に立つと、まるで雑兵を蹴散らす様にその剣を振るう。

 

 「当方はマスターにこの身を捧げると誓ったが、捧げられるものは余りにも少ない。 求められたものも剣術の指導だったが......

 その様な当方にこうして場を与えてくれた事、貴殿に感謝しよう。」

 

 「......いいえ、ただの自己満足。

 色々と見せてもらったものもあるし...... 何より、『魔眼の先輩』なんて言われたのは初めてだったもの。」

 

 前線から攻撃を受け止めたジークフリートが飛び退いてシグルドの横に立った。

 至高にして最高の竜殺し、並び立つ。

 

 「ジークフリート、同一の存在か。

 貴殿の頑丈さが当方には少し羨ましいが、戦いにおいて引けを取るつもりはない。」

 

 「......すまないが、余裕が無い。

 ここは宝具で切り開く。」

 

 「分かったわ、セイバーも私の眼を合図に宝具を。」

 

 未来にピンを刺して、それを止めて。

 ──希望を前に進める、それが今の私に出来る事。

 

 「──────事象、照準固定(シュフェン・アウフ)。」

 

 「邪悪なる竜は失墜し、世界は今、落陽に至る。

 撃ち落とす!」

 

 「絶技用意。 太陽の魔剣よ、その身で破壊を巻き起こせ!」

 

 

 

 

 

 

 「私は、それが輝くさまを視ない!!!」

 

 「幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!!!」

 「破滅の黎明、(ベルヴェルク・)壊劫の(グラム)天輪!!!」

 

 

 

 

 

 

 



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II/Ⅲ/Ⅳ

 

 II /情報室フラウロス。

 

 銃を握りしめ、厄介な相手だと再認識した。

 緻密に組まれた作戦は未来を見たとて解決法がわからず、どうにも足が止まる。

 火力で押せば柔で、柔で押せば剛で。

 突飛なものでは無い正攻法では破るのが難しい、というか不可能に近いだろう。

 ならばここで投入するべきは狂戦士、バーサーカー!

 

 「おうマスター、俺の出番か?

 行ってきな、コイツら全員皆殺しにして待ってるからよ!!」

 

 自分を小脇に抱えていた森くんの腕を叩き、それを合図に大きく曲線を描く様に放り投げられた。

 自分たちを取り囲む魔神柱の包囲から一足早く抜け出し、

その背を追って項羽がその4本腕で大穴を開けた。

 しかしその眼は先では無く、背後に広がった戦場を見据えた。

 演算の結果が出たか、こちらに向けて耳が割れるほどの大声を響かせる。

 

 「指導者よ、先へ!!!」

 

 項羽、並びに虞美人先輩は大きい戦力であり、それぞれが強烈な広範囲宝具を持つ。

 個人的には別々の方が進みやすいかと思ったが── それはそれとして、項羽がそう判断したのならそうなのだろう。

 

 こちらも出来る限りの大声で健闘を祈る旨の言葉を届け、また走る。

 残る壁は五つ。

 

 

 

 

 

 「礼を、森長可。

 汝の行動により演算結果が変わり、道を開く方が出来た。」

 

 「あん? 知ったこっちゃねえよ、俺はマスターに頼まれたから殺す。

 んで、抱えたまんまだと切っちまうから投げただけだ。

 礼なんか必要ねぇよ。」

 

 「了承した。

 ......諸葛亮孔明、飛将軍呂布。

 並び立つことがあろうとは、演算結果にも無かったこと。」

 

 「項羽様、露払いは私が。」

 

 「──虞よ、我は汝と共に走りたいのだ。

 共に。」

 

 「──ええ! 勿論です、項羽様!」

 

 

 

 

 

 「ひゃあははははは!!!

 啜れ、人間無骨ぅぅぅ!!!」

 

 「────!!!!」

 

 「我が武辺、此処に示さん! セリャァ───ッッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心臓が止まる様な痛みが走り、思わず膝をついて上半身の中心部を押さえた。

 予兆のない痛みと苦しさ、息を吸って吐くだけでも激痛が走る。

 ダラダラと流れる汗も気にせず背中を摩ってくれるカドックとキリシュタリアの優しさが、その手を伝わって背中から感じ取れた。

 

 恐らくは森くんが宝具を使ったのだろう。

 それに加え、オフェリアや虞美人先輩を通したサーヴァントへの魔力の伝わり方も影響している可能性がある。

 そもそも、シグルドや項羽と契約を結んでいるのは自分を通したカルデア。

 指示権をAチームに渡した所で、カルデアから流れ込む魔力はそのままAチームを介してサーヴァントに伝わるものとカルデアから自分の体を通ってAチームに流れていくものがあるのだ。

 

 これがまあ、ヤバい。

 もし令呪による魔力供給からの宝具という形を取らなかった場合、負担は半々とはいえ巨大なものだ。

 だが宝具は切り札でもあり勝利には欠かせない一つの材料でもあるため、使用しないなんてことはあり得ない。

 そんな時のため、ある物を作ってもらったのだ。

 

 「おい、大丈夫か?! 息を整えろ、死ぬぞ!」

 

 問題ないとか細く呟き、こちらの二の腕に取り付けてある容器を取って手渡してくれとカドックに伝える。

 彼はそれが何かわかっていない様子だったが、手渡したそれをこちらが手首に突き立てる姿を見て察した様だ。

 容器から針が飛び出し、液体を注入してボヤけていた視界が鮮明なものになる。

 緊急用のアンプルであるが、使うときに使わなければ宝の持ち腐れ。

 それは...... いま肩で心配そうにこちらを見るニフラも同じだが、彼女はリスク無しの全回復だ。

 最後まで持っておきたい、情が湧いて食べれるかどうかは別として。

 

 「......とんだ無茶をするのね、下手をすれば宝具のタイミングが重なって死ぬわよ。」

 

 そうは言ってもその程度のリスクは飲まなくては。

 水清ければ魚住まず、多少の清濁を飲み込まなくては勝利も得られない。

 

 「本当バカなコ。 ......でも嫌いじゃないわ、その在り方。」

 

 

 ぜいはぁと息を切らしながら、たどり着いたるはIII/観測所フォルネウス。

 

 網目の様に張り巡らせられた触手を抜け、二隻の船......いや、現地で召喚し、その後カルデアに来ることのなかったバーソロミューの船がある。

 ......懐かしい、テスカトリポカと出会ったのはこの特異点だ。

 

 物思いに耽る暇はないと頭を振り、ネモの方を振り向けばその霊基をフルパワーの物に変更し、宇宙を飛ぶ潜水艦の様にノーチラスを呼び出した。

 

 同時にその上へキリシュタリアがカイニスのサポートを受けて飛び乗り、こちらに軽く手を振る。

 

 「──この観測所は海に近い、ならばカイニスを擁する私が行くべきだ。

 デイビット、ぺぺ、カドック。 それにベリルも、彼を頼んだよ。

 帰って来たら皆でチバの遊園地とフジキューだ、また会おう!」

 

 「おいあんま身を乗り出すな、落ちるぞ!

 チッ、マスター!! 帰ったら酒の一つでも注げよ、コイツのお守りも大変なんだからよ!!」

 

 

 変わらない彼等は、自分の足に力を取り戻させてくれる。

 ああやってブレないでいてくれるというのは、とてもとても安心するという物だ。

 多くの人は、二年も会わなければ変わってしまうから。

 

 さて、走り出そうかというその時、フッと体が軽くなった。

 何事かと見回せば、シャルルマーニュが自分を傍らに抱えて走り出したのだ。

 その横ではカドックが自身に強化魔術を掛け、シャルルマーニュに追いつきながら礼装の医療魔術をこちらに掛けているではないか。

 クールタイムの事を考えると自分に使っている余裕は無い、大丈夫だからとやめさせようとするが、彼はそれを一蹴した。

 

 「黙って受け入れろ、こっちも託されてる!

 ......キリシュタリアのやつ、僕がやる気を出す事を容易く言ってくれる......!!」

 

 「マスター、少し速く行くぞ。

 冒険者の姿ではあるけど、聖杯で強化されてる以上喋ってる暇はなさそうだ! 行くぜ、舌を噛むなよー!」

 

 IIIからⅣまでは距離がある。

 このまま到達しようかというその時、強烈な一撃が地面を砕いた。

 サーヴァントの反応もあり直撃は避けられたが、まともに喰らえばひとたまりも無い鏖殺の光線。

 Ⅳ/管制塔バルバトス。

 

 ここがひとつの区切り、それ故の強力さだろう。

 飄々とした歩き方でモルガンと前に出たベリルは振り返り、『しっかたねえな』と肩をすくめてやれやれと言った感じ。

 そんな彼にモルガンは視線をやる事はなく、真っ直ぐにモードレッドを見つめていた。

 

 「リーダーに言われちゃあ仕方ない、俺はこの辺で楽しませてもらうとするさ。

 んじゃあカドック、せっかく出来た弟分だ、ちゃんと見てやれよ?」

 

 「言われなくてもそうさせてもらうさ、死なれちゃ困るからな。」

 

 そんなベリルの後ろ姿を追う様に、アンデルセンも段差を降りてバルバトスへと向かっていく。

 こちらに向けたその表情は、どこか清々しい脱稿後のものによく似ていた。

 

 「俺はこの辺りで落ちておこう。

 何、これが最も楽そうだ。 ......黒幕の獣に拳でも突き立ててやれ、それさえやれば、話の一つでも書けるだろうさ。」

 

 

 タブレットを取り出したその後ろ姿に優しさを見た。

 しかして戦いはノンストップ。

 4人に減ってしまったマスター達はただ、この決戦を走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うわ。」

 

 「っぶねぇ!! トリトン、もっと丁寧に操縦できないのかよ?!」

 

 「......なら僕のノーチラスに土足で上がらないでくれ。

 緊急時だから許しているけれど、普通だったらもっと早くに振り落としてる。」

 

 「すまないね、カイニス、ネモ。

 ......レンジに入った様だ、頼むよ。」

 

 「おう。

 ──力ある者、僭主カイニスが、参る!!」

 

 

 

 

 

 

 「モードレッド。

 この私はあなたを知りませんが、貴女を作るほどという事はこちらの私は相応に追い詰められていたのでしょう。

 奇妙な縁ですが...... 信頼せずとも結構です。」

 

 「......ま、取り敢えずはアイツのサーヴァントとして、協力してくれ。

 オレが行ってぶっ飛ばす。」

 

 「ええ、それで。

 行きましょう、別の私の、もう1人の娘よ。」

 

 

 

 

 

 

 



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戦士


 いいことがありました。





 

 また息を切らし、えずきと共に流れる涙を拭いながら、ぼやけた視線の先に現れた新たな魔神柱を見据える。

 Ⅹ/廃棄孔アンドロマリウス。

 

 正直にいえばピンチというやつ。

 あまりにも唐突な敵の増援、予想外の一手に対し、こちらは想定通り動くことに命を賭けた少数精鋭。

 こういう場で予定外のことが起これば、何らかの損害が出る事は必定だろう。

 今回は、どうやら自分の腕がそうだった様に。

 

 「クッ、キリエライト!

 そいつを後ろに退かせてくれ、ここは僕がやる!」

 

 「先輩、先輩しっかり!」

 

 マシュの叫びを聞きながら、どうしてこうなったかの反省に思考を回す。

 結局あったのは油断だろう、勝ちの芽が強く激しく輝き始めたから、その光に目が眩んでアンドロマリウスに足元を掬われた── もとい、燃やされた。

 

 この熱さ、この痛み。

 肩にいるニフラの事もあり、どうしてもニューメキシコの事を思い出す。

 よくよく考えれば墜落するヘリから生きて帰って来れたなんて、とてもじゃないが奇跡としかいえないだろう。

 焼かれた右腕の手首に視線を向ければ、そこには美しく星々の輝きを跳ね返す赤い鉱石が綺麗なネックレス。

 

 ......ああ、そう言えば。

 彼女はこのネックレスを身につけていれば、『誰より速く駆けつける』と言ってくれた。

 朦朧とする意識の中、右手を天に掲げた。

 ──僕はここにいるぞ、と。

 

 

 刹那、空を白光が切り裂いた。

 流星の様なそれは美しく── こちらに近づいてくる。

 

 「──チェストォォォオ!!!!」

 

 矢であり槍であり弾丸でもあるそれは、バンカーミサイルの様にアンドロマリウスの瞳を激しく突き破った。

 カドックに『また知り合いか?!』と問い詰められるが、土煙の中から見えた女性の姿に見覚えが無さすぎる。

 フルフェイスのヘルメットに近未来的なボディスーツ、攻撃を受け流す曲線的な装甲。

 流石にそんなわけ無いだろうと思っていれば彼女はウキウキでこちらに駆け寄り、焼かれた腕に触れると一瞬のうちにその傷を修復してヘルメットを投げ捨てた。

 

 その奥にあったのは、やっぱり見覚えのある顔。

 肩に乗っていたウサギを手に取り微笑みかけるその表情、懐かしいと言わざるを得ない。

 

 「──イエーイ! 有言実行、一番乗り!!」

 

 ニフラ── 複合神性、因幡の白兎であり玉兎、真の名を二烽螺(ニフラ)

 彼女に手を引かれて立ち上がり、その背後に続いてくるサーヴァント達を横目に口の中へウサギを突っ込まれ、ポコポコと生えてくるウサギのうち一体を肩の上に乗せられた。

 これでウサギは二体。

 しかし疑問がある。 その格好だ。

 

 「え、そう? 今回は癒しよりも戦いの方が重要でしょ?

 だから戦闘装束みたいなのを作って来て来たの! 露出度で言えば、盾の彼女の方が高いと思うけど。

 ......もしかして、劣情?」

 

 違う!

 

 「テスカトリポカ神もこんにちは!

 ......アースさんと会ってたのは分裂体だけど、今回はよろしくね?」

 

 「ええ。

 ......マスター、私はここで。 少し黒曜石を。」

 

 そう言って首筋に触れた彼女は何かを刻んだ様子だが、自分にはそれが何かわかりはしない。

 ただ、彼女が食い止めるという気持ちでここに残るというのなら、きっとアースさんは宝具を使うつもりなのだろう。

 

 ......彼女の宝具は他の英霊とは違い、こちらの魔力許容ラインなどを考えると特異点から退去してしまう。

 それ故にここまで使ってこなかったのだ。

 しかし彼女自身がそうしようというのなら、こちらに止める権利はない。

 ただ、そう、ただ。

 

 「きっと、私と同じ事を貴方は言うのでしょうね。」

 

 

 「無事に、また。」

  無事に、また。

 

 

 

 

 

 

 遠くで爆発音と、鎖が巻き付いた様な擦れる音が聞こえた。

 

 「良かったのか?」

 

 そう聞いてくるカドックに対して頷きだけで返し、元気に戻った足を回転させてひた走る。

 それでも廃棄孔の追撃は強烈であり、未来を見ていたとて下手をすれば直撃してしまう。

 一つ避けて未来を見る。

 

 ......見えた未来に驚愕し、思わず立ち止まった。

 口を抑えて考えてみるが、それでも見えたものは変わらない。

 ならば戦う、それが彼女を呼び込む唯一の閃光!

 

 「──そうさな、それで良い。

 キミが優しい子だという事は聞き及んだ。」

 

 不意に現れた2メートル近い人影に背中を任せ、姿を見ずに問答する。

 これは彼女が望んだ事なのか、と。

 親友の肉体に宿った神霊は予想外とでも言うように鼻で笑い、その手に金剛杵を握った。

 周りから襲いくる細い職種に対して破壊の一撃が見舞われ、その間を抜けよう物なら弾丸が根本から撃ち抜き、まさに熟練の連携プレーと言いたくなる様な舞。

 

 「応、全て彼女の望んだ事、我がこの身を借りる事も...... 我が四天王がキミの道を切り開くという未来も。」

 

 そういうと同時に両脇から斬撃が飛び、次の道へ繋がる穴が開いた。

 振り返ってみれば広目天と多聞天が嬉しそうに手を振り、その横には小さくディフォルメされた持国天、増長天。

 はぁ、とため息を吐いた彼女、いや、精神で言えば()は笑って肩をすくめた。

 

 「持国はともかく、あんな風でも増長はキミに感謝していたぞ? 『娘をありがとう』と、直接言ってやれば良いものを......

 多聞や広目も人の可能性に感激していた、彼等がそこまで期待を寄せた人の子を我が守らぬわけにもいかぬ。

 ────さあ行け!!

 この場はカドモンを借り受けた── この()()()が引き受けよう!!!」

 

 これは縁。

 笑って泣いて受け継いで、幾重にも重なった糸を辿り引き寄せた先にあった幻。

 その幻に背中を向け、今を取り戻すために走り出す。

 貰った目も兎も、確かにこの胸で燃えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「む、貴女は...... あの時の玉兎。

 月夜から久しいな。」

 

 「げっ。」

 

 「なんだ『げっ』とは、手助けに来たのに。」

 

 「......友達がいなくなった後に要素の半分の死因が出てきて、嬉しいわけ無いですぅー。

 というか玉兎じゃなくてニフラ! ニフラです!」

 

 「そうか、貴女もまぁ...... 難儀だな。 我もか。

 ......さて、かの神に頼み事は終わらせてある。 これよりは時間が来るまでこの体を傷つけない様暴れ回る事としよう。

 砕くぞ、ニフラ。」

 

 「ええ! 殴り飛ばしちゃうよ、私の信仰者のために!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「......この辺りかしら。」

 

 ぺぺさんが兵装舎の前で立ち止まり、アシュヴァッターマンと並んで魔神柱を見上げた。

 その視線は遥か先を見通し、どこか達観している。

 

 「お願いね、デイビット。

 私、あなたのいない世界で死ぬ気はないの。」

 

 「......ああ。 お友達感覚と言うやつだが、またティータイムにでも誘ってくれ。」

 

 この信頼関係は、誰にも真似できないだろう。

 愛と友情の混濁した奇妙な関係性。

 

 それは2人だけの糸だ。

 

 「マスター、僕もここで。

 見知った顔もいるからね、撃ち合いならそっちの方が気が楽さ。」

 

 ビリーの後ろ姿を見送り階段の様に広がった石段を上がっていく。

 

 

 「こんな感じなら、騒がしいのも悪くないのかもしれない。

 ありがとうマスター、それを教えてくれた恩義に報いるよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「きゃー!!! ボルテるわー!!!」

 

 「うお、ウルセェ!?」

 

 「デイビットも罪作りな男ね! ──余計死ぬわけにはいかなくなったわ。

 準備はいい? アシュヴァッターマン。」

 

 「おう、最初(ハナ)っからだ!!」

 

 

 「──運命に、怒って!!!」

 

 「オォォォラアッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ここが最後の壁ってわけか。」

 

 「ああ。

 ......先に行け、ここから先に事を進められるのはキリエライトと君だけだろう。」

 

 Ⅵ、Ⅶ。

 最後の壁を崩すため、カドックとデイビットが腰を上げる。

 ここまでくれば最後の扉は目の前であり、止まることは戦士としてここに立った彼らへの侮辱。

 無事でいて、と一言を残して歩き出そうとした直前、2人に拳を突き出す。

 すぐに意図を理解してくれた様で、微笑みを浮かべながら骨と骨がぶつかり合った。

 

 

 「ムウ、敵機は無限に近く、我らは100にも満たぬ精鋭。

 ──筋肉がたぎると言うものです。」

 

 「うわぁ、熱血爽やか〜......

 ま、やるだけやってみましょ。」

 

 「支援は任せましたぞ、徐福殿!」

 

 

 

 「トリ公も来てるか。

 ......不平不満はあとで言わせてもらうがね、デイビット。」

 

 「準備はいいな、テスカトリポカ。

 俺たちの役目はこの魔神柱を滅ぼす事だ、その後であれば()()()()()()()()()()()()()。」

 

 「いいや、オレはこの戦場、戦士の為に動こう。

 さぁ始めよう、祭りを、戦士の時間を。」

 

 

 

 

 

 「行けるか、アナスタシア?」

 

 「ええ。 ......子供の頃から、受けた借りは億倍返し。」

それがロシアの作法、私のポリシーだから。

 回路を回しなさい、カドック。」

 

 「令呪も使うぞ、ここでやれる事は全てやる。

 出来るはずだったは無しだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──最後の最後に、私は私の望みを知りました。

 でも少し、ほんのちょっと悔しいです。

 私は...... 守られてばかりだったから──」

 

 最後の言葉を聞く前に、視界をソロモン── 改め、ゲーティアの放った光が包み込んだ。

 熱量に耐えきれず消えていった彼女の残滓を掴む様に手が空を切れば、魔神王の声が聞こえてきた。

 

 「無駄な事。 全く無駄な事だ。」

 

 「ゲー......ティア......!」

 

 殴り掛かりたい、渾身の力を込めてこの怒りを、この無念をぶつけてやりたい。

 でも...... 彼女は、マシュは希望を持っていたからこそ僕を守ってくれた。

 そんな守られた自分が身を投げ出して仕舞えば、それはゲーティアの言う様に無駄なことになってしまう。

 血が滲むほどに握り込み、痛みを持って頭を冷静に。

 

 「──うん、それでこそ君だ。 人理を託せるマスターだ。」

 

 何故?

 その言葉しか出てこない。

 目の前に現れたのは、ただの人間で、気さくで頓珍漢な、ドクター。

 ロマニ・アーキマン。

 

 その手に見えたのは、よく知るデザインの指輪。

 10何個目かの、指輪。

 

 魔術王ソロモン、その人。

 

 「少しやる事をやって、そしたらすぐ君にバトンタッチだ。

 お願いね。」

 

 

 彼は消える。

 マシュはいない。

 

 それでも、それでも、走らなければ。

 あまりに大きな、託されたもの。

 成せと願われたことを、自分の意思で──成す。

 

 僕は戦士だ。

 

 

 「貴様を! 貴様を殺し、我らは事を成す!!」

 

 

 「......いける? シャルル。」

 

 「くっ...... やってやるさ、マスター!

 王として、サーヴァントとして! 友として、戦うとも!」

 

 「テスカトリポカ。」

 

 「おう。

 ......そうか、ならば黒いテスカトリポカは終わりだ。

 オレは、炎と未来を見る者。 

 あらゆる困難に挑み、死を前にして踊る者どもよ。 オレの楽園はお前たちを歓迎しよう。

 ......そしてお前に、帝釈天からの贈り物だ。」

 

 ズシリとテスカが触れた肩から重たい力が流れ込む。

 カドモンとやり合った時と同じ感覚に瞼を閉じ、一歩を踏み出した。

 

 「対価は霊核、特異点から抜けるまで効果は持続するが...... こいつは神の力を入れているのと変わらん。

 寿()()()()()()。」

 

 「大丈夫、ここで死んだら寿命を気にする事もできない。」

 

 盾を掴み、持ち上げて構える。

 右手の甲を掲げ、令呪が強く輝いた。

 

 「令呪を持って命ずる。

 ──全てを出し切れ!!!」

 

 

 

 

 

 

 



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成すべき事

 

 白い息を吐く。

 体が熱い、血が迸って全身が軋む。

 

 確かにこの力、『ゲーティアと戦える()()()()()()力』はテスカトリポカの言う通り人には過ぎた力。

 これを持つべきは神に属する者なのだろうが── 今この瞬間この時において、人と神の境界線はここに無い。

 ただ使命を成すために動く両者のぶつかり合いである。

 

 「貴様ら!!」

 

 ゲーティアがその腕をめいいっぱい広げると、体に入った亀裂の隙間から幾重にも重なる様な瞳がこちらを覗く。

 未来はアレが五月雨の如き矢となる事を教えてくれた、ならば回避しないわけにはいかない。

 ──だが、それは次につながる行動か?

 回避行動に入っていた足を止めて、大きく開いて踏み込んだ。

 

 一つ先の未来、激痛を避けるだけならそれで構わないだろうが、この戦いにて知るべきは()()()

 自分の成すべき事を成すために右手へ力を込める。

 

 「──僕を信じて!!」

 

 叫ぶ。

 これが今の在り方。 言ってしまえばマシュを猿真似しただけの、情け無い守人。

 だが、今までもそうだったはずだ。

 非力なマスターが少し変わっただけでしか無い。

 

 既に決まった因果をグッシャグシャに掻き回して、その中から出てきた勝利という輝きを掴むためにする事は一つ、酷く馬鹿正直な正面突破。

 そんな特攻隊の両翼を行くは神と王。

 両者共に口角を上げ、『そうでなくては』と笑みを浮かべた。

 

 「ああ、最初からだ、マスター!!」

 

 「良いな、とても良い。 それでこそだ。」

 

 光の螺旋から抜け出した2人の英雄に気付くのが遅れ、ゲーティアは咄嗟に閃光を止めて防御姿勢に入る。

 しかし令呪によるブーストと命令により解放されたリミッターにより彼らは堅牢な体皮を切り裂く力を与えられ、筋骨隆々の腕と胸部に傷を付けた。

 予想だにしなかったこちらの行動、そして先ほどまで圧倒できていたはずのサーヴァント如きに遅れをとったという事実が憐憫の獣の動きを止め、その顔面に平手打ちの様な盾の殴打が加えられる。

 

 「ヌウッ!?」

 

 「ゲーティア!!」

 

 盾での戦闘というのは映画に登場するキャプテンの様にうまく行くものではなく、防具としてならともかく攻撃にはてんで向かない便利とも不便ともならないもの。

 加えて、自分にとってこの様に近接戦闘する事はカドモンとの一戦以来であった。

 力の付与があるとは言えブランク有りの自分がどうしてゲーティアの反撃をシールドで受け止め、返しの一撃を入れられているのか?

 

 それはひとえに、()()()()()()()()()()()()

 

 『はぁぁっ!!』

 

 「──マシュならこうした!」

 

 恐れ、怯え、勇気、力と技。

 彼女は自分の目の前でそれを見せてくれたのだ。

 彼女にとってそれらの動きは『マスターを近くで守る』という思考に紐づいた行動だったのだろう、しかし僕にとっては、いわば継承の義。

 彼女が見せてくれた勇気を持って立ち向かう。

 

 ──しかし、攻勢はそう長く続くわけではない。

 防御の手を翻し、テスカトリポカとシャルルを蹴りと振りかぶった拳で一蹴すると、こちらを構えた盾ごと殴り飛ばした。

 足は地面に踏ん張るよりも先に宙へ浮き、壁に叩きつけられてえずきと共に崩れ落ちる。

 そこに間髪入れず殺意の拳が届けられ、思わず左手で防御する、が。

 

 

 「──がっ、ァァァァアああっ!!!」

 

 肩口の根本から千切れ、気の飛びそうな激痛と共に左腕は奈落へと落ちていった。

 涙を流して苦しみ悶える暇もなく頭を鷲掴みにされ、神々しさと不気味さを同居させた様な獣の顔面が視界いっぱいに広がる。

 

 「知ったか、貴様は何をしようと人間だ!!

 神でもなく怪物でもなく、何かを極めているわけでも戦いを愉しんでいるわけでもない、英雄になり得ない愚かなただの!!

 人間の貴様が何故立ち向かう?!

 貴様を突き動かしているものは、一体何だ!!!」

 

 その声に超越者の様な余裕はない。

 ロマニにガワを剥がされ、自分が信じる事、成すべきことにしか縋れない1人の人を見ている様な気分。

 だから、笑んだ。

 べっ、と舌を出して子供を挑発する様に笑った。

 喧嘩で負け惜しみを吐く子供の様に。

 

 「うっせ...... バーカ......!」

 

 「──ならば死ね。

 マシュ・キリエライトに詫びながら、絶望と共にこの世界から消え失せろ!!!」

 

 空いた片手によって繰り出された拳。

 ──しかしそれが届く事はなく、背後に突き刺さった光の衝撃により手を離し、落ちる自分の体をその光が受け止めた。

 シャルルの手に包まれながら間合いを取り、礼装の応急処置能力で左手の出血を止めた。

 正直言ってさっきの特攻、あれを切り抜けられたのは良いが、その代償として受け止めていた右手の握力がもうほとんどない。

 しかしやらねば。 持ち手と盾本体の間に生まれた隙間に右手を突っ込み、落ちない様に持ち上げてからゲーティアへ向き直る。

 全力を出せるのはあとどれくらい?

 わからない。

 

 「この世界は狂っている!

 その狂気を、たった1人消えるだけで修正出来ると言うのに...... 何故だ!?」

 

 ......そうだ、この世界は狂っている。

 でも砕きたくない、自分が歩いてきた過去、ここにいたる現在を否定されるのは嫌だ!!

 

 「兄弟、やってみせろ。

 神であれ人であれ、捧げられた命があるのならその光に感謝し報いるべきだ。

 ......それを成した時、第五の太陽(ナウイ・オリン)はお前を祝福する。

 気張れ、わかるな?」

 

 「......うん、ああ。 バッチリ。」

 

 テスカトリポカの言葉に頷き、手元に見える白いモノに目を落とした。

 『二兎追うものは一兎をも得ず』という言葉がある。

 これはまさにそれだ。

 正直嫌だ、失いたくはない。

 だが......それでも成さねば。 我が儘を通すには、受け継いだものが多いから。

 

 『いいよ。 食べて。』

 

 「ありがとう、ニフラ......」

 

 ゼリーの様に一兎を飲み込めば、逆再生の様に左手が生えてくる。

 邪魔になってしまっていた手袋を取り出し、新しくなった手のひらに装着する。

 

 ただ一言、行くよとだけ。

 

 その言葉を呟くと同時にシャルルマーニュが走り出し、先手を打たんと冗談から切り掛かった。

 だがゲーティアは見逃さない。

 対空する様に地面から残った魔神柱の切れ端を射出し、空中の人影を貫いた──かの様に見えたが、それはフェイク。

 王らしくあるためのローブが身代わりとなり、本人は既に懐の内。

 光り輝く王勇が炸裂した。

 

 「──無限の色彩よ、我が王権よ。

 全て、全てこの輝きに屈せよ!

 その名は! 『王勇を示せ、遍く世(ジュワユー)を巡る十二の輝剣(ズ・オルドル)』!!

 行け! テスカトリポカ!!!」

 

 「グッ、オオオオオオオ!!!」

 

 「思い出せ。呼び覚ませ。

 始まりの世界、ナウイ・オセロトルの黒い陽を。

 『第一の(ファーストサン)太陽(・シバルバー)』!」

 

 これより行うのは正真正銘、最後の未来視。

 テスカトリポカの展開した冥界に突入し、目指すは一点ゲーティアの胸。

 最後の抵抗と言わんばかりの光線を頬を焼かれながら回避し、渾身の力を、思いを込めてシールドを投げつけた。

 風を切って飛んでいったそれはもう少しと言うところで掴み防がれ、ゲーティアは嘲笑うように必死な声色て叫ぶ。

 

 「結局貴様はこの程度だ!!

 その力では殺す事など──」

 

 「まだ、まだ()()()()()()()()!!!」

 

 そう、僕が見たのは『ゲーティアが盾を受け止める未来』ではない。

 その未来は正真正銘の()()()

 残ったもう一体のウサギを投げつければそれは光り輝き、あっという間に人となって蹴りで盾を押し込む。

 ナイフがケーキを切る様に、ザックリと盾の鋒が獣の胸に突き刺さった。

 

 「オオ、オォ、オオオオオオオオオオ!!!!

 矮小な複合神性如きに、など......!!」

 

 「矮小で結構!!!

 私は信じてくれる人を信じただけ!!

 ──行って、マスター君!!!」

 

 ニフラに礼を伝え、走る。

 一つの決着、一つの未来を求めて。

 

 

 「貴様、貴様、貴様ッ!!

 貴様だけが邪魔だ、貴様1人だけが!!

 1人の人間を排除すればいいと言うのに、何故こんな人間一人を、我々(わたし)は排除出来ない!?

 崩れていく......! 我々(わたし)の結合、その全てが......!!!」

 

 

 「──終わりにするぞ、ゲーティア!!」

 

 

 「終わりなど我々の前で語るな......!

 まだ貴様を殺す意志は、貴様を殺すための拳は残っている!!」

 

 固く拳を握った。

 ホルスターに手を付けた。

 

 「──お前という人間の真価を、我々は計れていなかった。

 不愉快だが聞こう! 何故貴様は屈しない?!

 何故戦う?! 何故、何故!!

 何故ここまで、戦えたのかを──!!」

 

 「......空っぽを埋めてくれた友達の為に、託してくれた人達の為に!! 

 ──死が怖くても、成すべき事を成す為に!!」

 

 拳を避けながら銃を構え、手袋の集中力強化を起動。

 引き金へ指をかけ、力強く叫んだ。

 

 

 

 

 「──それが僕自身に僕が課した、ただ一つの戦い(やくわり)だ!!!!」

 

 

 

 

 

 弾丸が発射され、それは盾の曲面に反射してゲーティアの脳天に突き刺さる。

 

 「人理を守る為でなく、友達の為......?

 は、ははは、我々の間違いだ、過大評価にもほどがあった。

 死を恐れながら永遠を望む我々を打倒し、それで守ろうとしていたのは両手で囲める範囲など。

 何と言う愚かさ、救いようは無く手に負えぬ。

 はは── ははははははははははははッ!!!!」

 

 

 未来は見えなくなったが、確かにこの手に掴んだのだ。

 血の出る右目を抑えながら、物憂げに天を見上げてみた。

 空は勝利を祝って光り輝く事などせず、いつまでも変わらないままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲーティアを打倒し、限界を超えた魔力放出で片腕の吹き飛んだシャルルマーニュ、傷だらけのテスカトリポカと共に帰路へ着く。

 勿論ニフラは力を使い果たし、ウサギになって肩の上だ。

 ダヴィンチちゃんが言うに、全ての話は後、今はただ帰還ポイントに向けて走れと。

 悲しみを振り切る様に走って、走って走って──

 

 立ち塞がった、それとも待っていた?

 どちらでも意味が変わる事はない、佇む眼前の人間と向き合った。

 

 「それが、()()()なんだね。」

 

 「そうだ。 ようやく共通の見解を持てたな。

 お前を生かして帰すつもりはない、私と共に、ここで消え果てるがいい。

 ......人理焼却は無効となり、私も七十二柱の残滓に近い。

 たとえここで何をしても敗北は覆らない、結果は何も変わらない。

 何の意味もない戦いだが、私にも意地ができた。

 その意地をもってここに立とう。」

 

 「──それでも、僕には成さなきゃ行けないことがある。

 貴方を止めて、進む。」

 

 「それでいい、私は譲れないもののために君を止めよう。」

 

 

 

 ゲーティアが高速で懐に飛び込み、まず手始めに周りを浮遊している指輪、それから出てくるレーザーでシャルルの足を切断し、蹴り飛ばした。

 テスカトリポカも槍を刺そうとするが砕かれ、何らかの魔術で吹き飛ばされる。

 

 「──譲れないものがあると言った。」

 

 そう呟いたかと思った次の瞬間、自分の視界が揺れて意識が遠のく。

 心臓を叩かれたか?

 聞こえてくるのは薄れていく心音と、皆の声、だけ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 「終わりにしよう。」

 

 「マスター、マスター!!!

 ──テスカトリポカ、ニフラ!! マスターを!

 守るぞ、ジュワユーズ!!!」

 

 全ての決着をつけようと、ゲーティアが光線を放とうとした瞬間。

 シャルルマーニュが剣を抜き、片手片足のままインターセプトに入る。

 それは身を削る魔力放出。

 苦悶の表情を浮かべながらその熱を受け止めるシャルルマーニュの背後では、テスカトリポカがマスターの心音を確認していた。

 

 「──()()()()()()()()()()

 ......嬢ちゃん、着いてこい。」

 

 「助かるのよね、彼は助かるよね!?」

 

 「......ま、アイツの返答と王様の耐え次第だがね。

 行くぞ。」

 

 

 

 

 

 



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獣を超えた先にあったモノ

 

 霧が立ち込める地平線。

 目が覚めて立ち尽くしているここは時間神殿とは似ても似つかない静寂の世界。

 何故こんなところにいるのか? 頭を回して見れば、至極簡単な事だとすぐに理解した。

 

 ──僕は恐らく、人となって立ちはだかったゲーティアに殺されたのだ。

 であればここは冥界か。

 驚くほど冷静な頭に自分でも驚きつつ、死してなお満たされる感覚を覚えたこの領域を歩く。

 

 

 ......アステカ神話において、戦いとは試練だ。

 試練に負けて死んだ者はテテオカンという楽園に送られる。

 東、西、北、南。

 それぞれ戦死者と人身御供、出産で死んだ女性、子供を受け入れるが、唯一その役割が明確にされていない楽園がある。

 それは北、静寂と休息を与える領域、ミクトランパ。

 

 そしてその支配者は──

 

 

 

 「──来たか。 まぁ、座れよ。」

 

 死を運ぶ全能神、テスカトリポカ。

 彼に誘われるまま丸太の上に腰を下ろし、静かに、けれど確かな熱を持って燃え盛る焚き火に目を下ろした。

 

 「疲れているんだろう? 少し休め。

 だが、目は閉じるな。

 ......今までの戦いで死者が出なかったのは実力に裏付けられた必然じゃない、いわば運、偶然だ。

 そして運は平均化する。

 運悪くそれを受けたのが、盾のお嬢とあの男、そしてお前だったと言うだけだ。」

 

 それはそうだ。

 そこに対しての反論は無い。 最初から、運が良かったからレフの爆破を避けられた。

 シャルルマーニュやアースさん、テスカトリポカを召喚することができた。

 そう、全ては運と── そこに付随する運命に導かれていたのだと。

 

 ふと空を見上げれば、映ったのは崩壊する時間神殿の一幕。

 助けに来てくれていた英霊は皆退去し、残ったのはシャルルとテスカトリポカのみ。

 シャルルマーニュはその身を削りながら、既に魂の消え失せた自分の身体を守っているでは無いか。

 腕が飛ぼうと足がなくなろうと目から希望を消さず、前を向き続ける。

 それは王として、僕の憧れた格好の良いシャルルマーニュそのものだ。

 何に命令されるでもなく、丸太の上から腰を上げる。

 

 「......戻りたいんだ。」

 

 「アレは死んでいるお前とは世界が違う。

 それでも辿り着きたいと?」

 

 「まだ、成すべきことがあるから。」

 

 「そうか。

 ならば武器と交換に道標を授けよう。

 ......と、言いたいところだが、既に受け取っていてね。」

 

 そう言って笑ったテスカトリポカの手の内には、にこやかに手を振るニフラの姿。

 色々、溢れそうになった感情を抑えて一言、『ありがとう』とだけ。

 だが、ただ助けられるのは嫌だ。

 これは抵抗でもあり一つの決断、意思表示でもある。

 拳銃を取り出し、テスカトリポカに投げ渡した。

 

 「──目を疑う愚かな判断だが、同時に目を奪う決断だ。

 受領しよう。

 お前を死の運命から遠ざける。

 これはれっきとした取引、ビジネスだ、泣きそうな顔などしなくて良い。

 ......この武器に込められた願いを手放す覚悟に、オレは賞賛を贈ろう。 

 名を聞いていなかったな、カルデアの男。」

 

 「僕の、名前は......」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 叩き起こされた様な衝撃や音と共に立ち上がり、テスカトリポカに指示を出してシャルルマーニュを光から引き剥がす。

 その肉体、霊基はぼろぼろで、もう戦うことすら難しいだろう。

 

 「ごめん、シャルルマーニュ......」

 

 「謝罪は要らないさ、よく戻ってきてくれたよ、マスター。」

 

 ゲーティアが表情を変える事はない。

 まるで帰ってくる事を信頼していたかの様に、真っ直ぐとこちらを見つめてくる。

 その目に燃えているのは、手に入れたばかりの執念か。

 

 「──我が怨敵、我が憎悪、我が運命よ。

 どうか、このわずかな時間に残る私の物語を見届けて欲しい。

 このあまりにも愛おしい時間こそ、ゲーティアと名乗った者に与えられた()()()()()だ。」

 

 「......うん。」

 

 テスカトリポカもシャルルマーニュも、加えて自分もほとんど限界だ。

 残っているのは令呪一画に擦り切れて使えなくなった魔眼だけ。

 

 しかしそれはゲーティアも同じ事。

 すでに体は崩壊を始めており、この戦いを終えた暁にはどの様な結果であれ消え去って行くだろう。

 だからこそ。

 次のぶつかり合いが最後になるだろう事は、この場にある皆が理解していた。

 

 マシュの盾も無ければニフラもおらず、カドモンの銃も手元から消えた。

 ──ここからは意地だ。 人王ゲーティア。

 二人に目配せし、誰がゴングを鳴らすわけでもなく走り出す。

  

 「がっ、ぐ......!!」

 

 ゲーティアの放ったレーザーが脇腹を貫き、内臓を焼き尽くす。

 しかし止まる事はない。

 進む事をやめると言う事は敗北だ、その敗北を許したらここまでの軌跡を全て否定することになる。

 

 テスカトリポカが霧を生み出し、ゲーティアの視界を曇らせると同時に視界外からの連撃を繰り出す。

 まるでゲリラ戦法の様なそれは確かに身を削いで行くが、どんな戦法であれ慣れと言うのは訪れる。

 人王は光を剣の様な形で形成し、テスカトリポカの突進に合わせて心臓へと突き刺した。

 血液が口から溢れ、拳あたりまで入った腕を汚す。

 ──ここまでは人王も対応できたろうが、ここからが真骨頂。

 

 「悪いが、まだセノーテに落ちるわけにはいかなくてね......」

 

 「──っ!」

 

 テスカトリポカかは自分を貫いた手を掴み、それを封じ込める。

 と同時に、霧の中から出てくるはずのない英霊が現れたのだ。

 それはシャルルマーニュ。

 足を失ったのであれば、片足で走る事などできない。

 しかしシャルルマーニュは走ってきたかの様な勢いと力強さを持ってその剣を槍に変形させ、自身が焼かれることも厭わずゲーティアの体にぶつけたのだ。

 

 「──借りるぞアストルフォ!!!

 『触れれば(トラップオブ)転倒!(アルガリア)』!!」

 

 それはシャルルマーニュのスキルによるもの。

 聖騎士帝である彼はジュワユーズを他の十二勇士の武器に変え、宝具すら扱うことができる。

 そしてゲーティアも理解した。

 何故シャルルが現れたのか。 それはひとえに、身の回りに展開するこの霧こそ、その元凶。

 テスカトリポカの権能だ。

 

 シャルルの扱った宝具は、槍先で突いたサーヴァントの脚部を強制的に霊体化、立ち上がらせなくするもの。

 ならばトドメを刺すもう一人がいる。

 

 それは霧の中から現れ、ジュワユーズを掴み、令呪を輝かせる者。

 先程貫いたはずの脇腹は手袋による治療魔術で軽く修復されており、令呪による純粋魔力を得たジュワユーズは伝説の通りにその刀身を輝かせる。

 

 「くっ!!」

 

 しかしまだ終わっていない。

 予想外でこそあったが、ゲーティアとマスターの距離は遠い。

 今からでも反撃すればまだ撃ち落とせる── 筈だったが。

 

 「テスカトリポカ!!!」 

 

 その一声と同時に、放ったはずの光線は何故かシャルルマーニュに着弾した。

 それはテスカトリポカの力、先と後の入れ替え。

 つまりマスターは──

 

 「──ウォオオオ!!!」

 

 懐に入っているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 迸る何かが手を伝わって剣に行く。

 僕は聖騎士帝では無いし、全能神でも無い。

 それでも意地がある、成すべきことがある。

 

 「行け、マスター!!」

 

 だからたとえ偽物でも叫ぼう。

 これが僕にできる、初めて見た宝具の──!!

 

 

 「王勇を示せ、遍く世を( ジュワユーズ)巡る十二の輝剣(・オルドル )!!!!」

 

 

 それは、偽物としか言えない宝具。

 十二本の剣など何処にも無く、繰り出されたのは五大元素を操るジュワユーズの力を少しだけ使った、サーヴァントからすれば貧弱な一撃。

 

 それでも、思いがこもっていた。

 その一撃は崩壊を始めていた人王を両断するのに、過不足無い一撃だったのだ。

 

 

 

 「──いや、全く。

 不自然なほど短くて面白いな。

 人の、人生というやつは......」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「シャルル、テスカトリポカ......」

 

 「行け。 お前は勝った。

 なら勝利者として、帰れる場所へ帰るべきだ。」

 

 「俺たちはもうダメみたいだからな......

 我がマスター...... いや、俺のマスター。 お疲れ様は、カルデアでな!」

 

 

 消えて行った彼らを見送り、応急処置しか出来なかった脇腹を抑えながら走る。

 激痛、疲労、色々なこと。

 その全てが足枷の如く重しとなり、帰還点への足取りを遅くさせる。

 

 『マスター君、カルデアも時間神殿から離れ始めた!

 急ぐんだ、君が帰ってくる事をAチームも待っている!!』

 

 そう言ってくれるのはありがたい。

 ダヴィンチちゃんは優しい......

 

 「......はあ。」

 

 階段に転び、崩壊する中で地面に座り込んだ。

 もう走る事も歩く事もできない、お手上げ状態というやつ。

 まだやるべき事は残っている、待ってる人もいると言うのに...... 何故だろう、何処か満足していたのだ。

 

 結果良ければ全て良し、過程良ければ全て良し。

 僕はきっと後者を求めていた。

 

 仲間と走ったこの一年を、後悔や怒りに攫われそうになったこの一年を。

 日記に書き記してきたこの戦いを。

 全ていい思い出として、この胸に抱こう。

 

 ああ、眠たい。

 

 「......ネックレス、揃わなくなっちゃうな。」

 

 

 

 『──それを許すと?』

 

 刹那、手に握った黒曜石のネックレスから光と鎖が溢れ出た。

 その鎖は自分の体に巻き付くと、帰還点から現れた人影の手元へと収まっていく。

 信じられなかった。

 嬉しかった。

 

 そこにいたのは──

 

 「──マシュ! アースさん!!」

 

 「まだ諦めないで、先輩!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『──起きて、私の信仰者さん。』

 

 頬を舐められる感触に瞼を開けば、そこにいたのは覗き込む瞳。

 兎のそれに驚きながらも、良かったと抱きしめた。

 

 『起きたー!!』

 

 「おかえりなさい、先輩!!」

 

 

 結果として、人理修復は成された。

 ダヴィンチちゃんからの話を聞くに、明日からは魔術協会の使節団が来るらしい。

 人理焼却にて失われたものは、たくさんあった。

 ロマニも、この一年も。

 それでも僕たちは帰ってきた事を喜ばずにはいられないから。

 

 「帰って来たか。

 ......カドックの電話番号を渡しておこう、一般人に戻った後もカルデアへの連絡は兎も角、個人的な電話なら可能なはずだ。」

 

 「待てデイビット、何で僕のなんだ? キリシュタリアのを渡せばいいだろう?!」

 

 「はっはっは。

 カドック、僕は携帯電話を持っていない。 頼んだよ、君がテーマパークへの鍵だ。」

 

 

 

 「......そう、魔眼は無くなってしまったのね。

 でも...... アナタが帰って来て本当に良かった。」

 

 「後輩、後でお茶買って来なさい。

 お釣りは要らないわよ。」

 

 

 「ふふ、流石ね。

 私も似合わないのに、手に汗握っちゃったわ。」

 

 「はぁ〜あ、これから退屈ってやつかねぇ?」

 

 

 Aチームも皆、生きている。

 

 ふと気になった。

 人理が戻って来たのなら、外はどうなっているのだろう?

 ダヴィンチちゃんに聞けば自分で見た方が早いと。

 

 その言葉に誘われるまま扉を開けば、そこに広がっていたのは一面の銀世界と晴れ渡った青空。

 優しい光が体を包み込んで── 思わず、涙が出た。

 

 

 「......やった。」

 

 

 小さく喜びの声を漏らす。

 

 

 「マスター、隣いいかい?

 ......うーん気持ちいいな!! やっぱり青空ってのは良い、最高の気分だ!」

 

 「よう兄弟、夜は切り抜けた様だな。

 それとそこの兎はネックレスの代金だ、置いていくぞ。」

 

 「いいの?」

 

 「取引は公平で無くちゃならん。 あの銃込みで考えれば、その兎はお前の元に戻すべきだ。

 だから素直に受け取れ。」

 

 『これからもよろしくね! 普通に喋れる様になったから!』

 

 「......改めてよろしく、ニフラ。」

 

 

 残ってくれた彼らと語らう中、一つだけ疑問に思ったことがある。

 アーキタイプ:アースは何処へ行ったのだろう?

 

 「姫様なら...... おっと、噂をすればだ。」

 

 「......」

  

 ──ダヴィンチちゃんが言っていたが、今カルデアに残っているのは職員やマスター、それと『マスターの先が気になって残った奇特なサーヴァント』だけらしい。

 優しげにこちらを見守るアースさんに走って抱きつき、困惑する彼女に出来る限りの感謝を伝える。

 

 「その、えっと...... 鎖とか、色々と......

 ありがとう。 僕は貴女が大好きだ!」

 

 「......ええ。 よくぞあの獣を超え、ここに辿り着きました。

 貴方が私や彼らに向ける様に── 私も、貴方が好きなのでしょう。

 ......ああ、私は。 貴方にそう言ってもらいたかったのかも知れない。」

 

 

 

 

 

『──以上が、僕がマスターだった1年間です。

 これらは全て真実であり、2016から2017の間に起きた事。

 誰が信じまいと、確かに残った事なのです。

 この言葉を持って、この日記を最後のページにしたいと思います。

 

             2017年1月2日 元マスター』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2017年の春、僕は受験生となった。

 右手の甲にはもう何も無く、右目に見えるのは前の席にいる男子の頭。

 朝のホームルームを眠気の残る頭で待っていれば、先生と共に現れたのは金髪で驚くほど身長が大きい女の子。

 男の先生と同じか、それ以上はあるだろうか。

 

 「はいホームルーム始める前に、今日から授業を一緒に受ける転校生です。

 自己紹介出来る?」

 

 

 「え、えっと...... 奈良、から来まし、た。

 加藤・グラハム・未来、です...... よろしくお願いします。」

 

 

 びっっっくりした。

 そのまま先生に導かれる形で自分の隣に座ったが、その日の授業は昼ごはんまで全く手につかなかった。

 昼時、弁当を取り出して食べようかと思えば、隣で加藤がオロオロとしている。

 何事かと覗き込めば、どうやら昼飯を忘れた様子だった。

 

 椅子を引っ張り出して彼女の机の前に置き、鞄の中からおにぎりを取り出して差し出す。

 

 「どうぞ。 美味しいと思う。」

 

 「あ、ありがとう......」

 

 すると彼女は優しくそのラップを剥がし、目を輝かせながら食べ進める。

 どうやら梅干しに出会ってしまった様で、慣れない酸味に彼女は口を窄めた。

 ああ、懐かしい。

 

 「美味しいけど酸っぱい...... 」

 

 「唐揚げならあるよ、食べる?」

 

 「食べ、まふ!」

 

 よく食べる。

 喉に詰まらないかが心配だったが、杞憂に終わりそうだ。

 水を飲んだ彼女に向き直り、軽い問答を交わす。

 

 「学校、怖い?」

 

 「......少し。」

 

 「僕も。 どうせ僕も、この学校に友達が居ないんだ。

 去年転校して来てさ、空白の一年があったから。

 どうだろう、友達にならない?」

 

 「え、いいの!

 なるなる友達!」

 

 

 

 

 「......友達って何すればいいの?」

 

 「自己紹介かな...... 僕はマス、じゃない。

 ──僕は平沢、平沢 悠太(ひらさわ   ゆうた)。」

 

 「えーっと......俺? 私?」

 

 「どちらでも。」

 

 「じゃあ私は加藤(かとう)・グラハム・未来(みらい)

 前は大っきいから『加藤モンスター』で『()()()()』って呼ばれて、ました。

 よろしくね、ゆーた!」

 

 「よろしく、加藤。」

 

 

 

 きっと他人の空似だろう。

 それでも手を伸ばさずには居られなかったのだ。

 

 僕と同じ2色の目を持った、転校生に。

 

 

 

 

 

 

 

 



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生贄の日記
それはひどく乱暴で


 

 

 

 

 月を見上げてどれだけ経ったのだろう。

 私は私がわからない。 誰かを記憶に残す事もできなければ、誰かの記憶に残るわけでもない者だ。

 ただ一つわかる事はある。

 私は...... ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カルデアから離れ、2年が経った。

 今現在自分は高校二年生。 コンビニの死角で少し伸びて来た髪の毛を退かしながら、スマホに映る動画サイトを下へ下へとスライドしている。

 結局、今の今まで長野県に戻る事はなく、進学先も東京だった。

 特別頭が良いわけではなく、本当に可もなく不可もなしな高校だ。

 加藤は『授業が退屈だ』と言っていたが、それは頭のいい奴ができるサボりの口実であり僕の様に必死で勉強している男にとっては、親の仇の様に憎むべき思考である。

 ......あくまで憎むべきは思考そのものであり、決して加藤が嫌いなわけではない。

 ただ顔を急接近させてくる事はやめていただきたい、どうにもカドモンと混同してしまう。

 

 「悠太ー? 麦茶買って来たぞー?」

 

 さて、待ち人来たれり。

 夏の昼間、特に夏休み突入の知らせを告げる終業式の後は欲に任せて走り出したくなるが、そういうのは明日から。

 今日は大人しく飲み物を飲み、友との帰り道を楽しむ時だ。

 

 思えば奇跡の様な再会だ。

 サッカーが強い高校ではあるが、まさか誠や日向が来ているなど誰が予想できよう。

 ......この世界では増長天、持国天は地上への侵攻をしていない。

 サッカーのプロを目指している誠もスポーツトレーナーを見据える日向も、ある種正常な因果に戻った、ということか。

 考えるのはここまで。

 さっさと誠の元へ赴き、お茶を受け取って自宅へ帰ろう。

 

 

 「ありがと── ?!」

 

 ──と、感謝を伝えようとした口が封じられる。

 同時に目にも何かを被され、抵抗しようにも唐突な眠気や倦怠感が全身を襲った。

 死角に立って日陰にいた事が災いし、恐らく誠が気づく事はないだろう。

 なすがまま車に連れ込まれ、ドアが閉じられる音と共に意識が途切れていく。

 

 

 

 

 

 

 「──うわっ、危ねえ車!

 悠太ー? 何処......って、これ悠太のスマホか?

 ......本人、居ねえけど?」

 

 それは可笑しな話だ。

 自分が他人に誇れる友は手から物を落とすところを見せた事がない。

 加えて置いていくなどおかしい。

 ......さては部活中の二人に会いに行ったか?

 試しに電話をかけてみる。

 

 『はいはい、今帰るところだけどどうしたの?』

 

 「そっちに悠太居ないか?」

 

 『ゆーた君なら居ないよ?

 俺の方は今ヒナちゃんと一緒に帰るところだし...... 何かあった?』

 

 「いや、な?」

 

 

 

 

 

 「──というわけ。」

 

 『うーん...... どうだろ、その近くに彼のお母さんがいる会社があるはずだから、心当たりがあるか聞いてみるといいかも。

 ヒナちゃん背負ってそっちに行くから私が着くまで動かないでね!』

 

 『ギャ?! やーめーろー!!』

 

 電話が切れ、静寂の駐車場にひとりぼっち。

 恐らくそこに居たはずの親友、その残滓を見つめながら、ポツリと誰にも聞こえない声でつぶやいた。

 

 「......何処行ったんだよ、悠太?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生贄、というものがある。

 村や国、大小様々だが信じられた神様に人間が送る、貢物の様な感じ。

 

 多くは豊穣祈願、災害避けを願って行われる。

 生贄として扱われるものは家畜動物だったり、何でもないその辺の適当な動物だったり。

 ......時には、人間が扱われることも。

 

 さて、話は変わるが日本にも生贄文化はある。

 長野県のとある町、そこでは土着信仰の末に生まれたとある祭りの中で人を生贄として、人身御供(ひとみごくう)として扱うのだ。

 そしてその祭のラストは── ()()()()()()()()

 

 

 

 眠りから覚め、起きたのは布団の中。

 服は着替えさせられ、死装束の様に真っ白な着物の下には何も着せられていない。

 布の擦れる感覚に気持ちの悪さを覚えながら起き上がると、すぐ横の座布団に座る二人がいた。

 その二人は何年経とうと変わらない表情でこちらを見つめ、ニタリと笑ったかと思えば涎を垂らす。

 

 「よく帰って来たぁ、悠太......

 お前があの女に連れて行かれたせいで、かの神に捧げるべき祭りが三年も遅れてしまったよぉ。」

 

 「ほっほ、とはいえ見つけ出せた事には喜ばねばなりますまい。

 男子(おのこ)に似合わぬ長い髪、探せば見つかるかと思えば予想外に手こずったが、そういえば悠太の叔母はかくれんぼが得意じゃったのう......」

 

 そりゃそうだろう、髪を切ったのは自分の意思だ。

 偶然に髪が伸びていたから奴らに見つかったが、それはそれで好都合。

 正座のまま深々と礼をし、身内の粗相を謝罪する。

 勿論形だけのものであるが。

 

 「申し訳ありません、お手数をおかけしました。

 ですが心配なさらぬ様。 私は...... 女も男も味わうことの無い、清廉な身でありますので。」

 

 2人の片割れ、坊主の小太りが近づいて来て顔を寄せる。

 あらい鼻息が耳にかかるが、もう気持ち悪いとすら思えない。 慣れてしまったものだ。

 

 「そぉうかぁ......!

 うんうん、それは良し良し! なんであれ、()()()()()は美しいぃ白でなくちゃぁ。

 ......だが、求める様なら言うんだよぉ?

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ウフ、ウフフフ!!」

 

 「お戯れを。」

 

 ああ気持ちが悪い。

 自分の遺伝子にこの男のものが二分の一で入っていると思うと吐き気がする。

 だから僕はこの町が──

 

 『やめて、やめて......!』

 

 『フフ、いい具合だぁ......!』

 

 

 『ごめんね、悠太......』

 

 

 

 

 

 『逃げるんだ。』

 

 『私を食べたのに辞めちゃうんだ。』

 『望まれたらやらなきゃねえ。』

 『どうせ死ぬなら役に立とうよ。』

 

 『どうせ死ぬんだから、ほら。』

 

 

 

 『やれよ』

 

 

 ──僕は母を見殺しにしてのうのうと生きるこの町が。

 

 母の愛を呪いに変性させたこの町が、大嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ごめん下さ〜い。」

 

 コンコン、と二度ノックする。

 ここはとある雑誌の編集部、確か漫画誌の部署だったか。

 

 「うおお、萎縮する......

 本当にここであってんの?」

 

 「この前来たから間違いなし! 巨人に乗ったつもりで安心してね!」

 

 「......あ、このマンガ見たことある!」

 

 怖がってるマコちゃんやその辺に置かれた有名マンガの看板に目を惹かれるヒナちゃんを尻目に待っていれば、扉を開けて小さめの女性が現れた。

 その目つきは鋭く、声もドスが効いて低い。

 しかしこちらを見るとすぐに理解してくれた様で、心を許した優しい声へとその姿を変えた。

 

 「あ゛ぁ、誰ー...... あら未来さん、どったの?

 あの子(悠太)が何かやらかした?」

 

 「「「こんにちは!!」」」

 

 「おお、現役は気迫があるなぁ。

 柊さんと牧原さんね、悠太から話は聞いていますよー。

 ......忘れてた、それで?」

 

 「それが...... ゆーたが、消えてしまったんです。」

 

 

 私は、その時の彼女の表情を忘れる事はないだろう。

 絶望や後悔、懸念や疑問に贖罪。

 その全てが混ざり合った、まるで色を混ぜすぎた絵の具の様な表情。

 

 それはきっと、私の知らない彼らの過去にあるはずの物だと言うのは心で理解できた。

 

 

 

 

  



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残酷に課された私の使命

 

 テレビも無ければスマホも無く、大変暇な故郷の夜。

 脱走をさせない為に連絡手段を断つのはいいが、仮にも僕だって年頃の高校生だ。

 一つ二つはマトモな遊び物、本の一冊でも置いていってくれれば良かったのに。

 

 しかし何をしていなくてもお腹は減る。

 食糧がないかと部屋を歩き回っていれば、固く鍵のかけられた扉の前にあったのは段ボール。

 開けば野菜や魚、肉が入っており、これだけ見れば悪くない待遇だ、キッチンもあるし。

 ......ただ、スーパーの特売シールぐらいは剥がして欲しい物だが。

 神に捧げると言う建前があるなら、もう少し良い暮らしをさせて欲しい物である。

 アステカの一年テスカトリポカの文化なんて、神になれるんだよ?

 

 適当な食料をキッチンに引っ張り出し、まな板の上に乗せた魚を見下ろす。

 彼が何か悪い事をしたわけではない。

 ただ...... ただ、溢れる怒りが抑え切れなかった。

 

 右手に持った包丁を握り締め、思い切り──

 

 

 

 

 

 ダン、というハンドルを叩いた音に3人ひどく驚いた。

 現在搭乗しているのはでっかいジープ、悠太の母親──

 平沢 雪さんの愛車だ。

 

 何故乗っているのかと言われれば、会社で軽く話をした後に深刻な顔で彼女が立ち上がったのだ。

 

 『ここで話すのはアレだね、家に行きたいんだけど......いいかな?』

 

 勿論私たちはそれに了承、彼らの住むマンションに向かっているわけだが、彼女がこんな調子なので俺たちは少しの恐怖に怯えている、というわけだ。

 雰囲気だけでいえば最悪な中で駐車場に辿り着き、そのまま流れで部屋の中へとお邪魔する。

 

 小綺麗なリビング、片付けられたキッチンに中ぐらいのテレビ。

 棚の上には中学の修学旅行で私と撮った写真があり、彼の思い出に私も加わっているのだと思うと変な安堵が心を染めた。

 ......しかし、その横にあるヘリの中での写真。

 彼は何か変な服装をしており傷だらけで、その横には可愛らしい女性と男性たち。

 何処で撮ったのだろうと疑問に思っていれば、平沢さんがコップに作り置きの麦茶を入れて椅子を引いた。

 困惑しきりの私達も誘われるまま椅子に腰を下ろし、『何処から話したものか』と視線を下げた彼女の一挙手一投足に注目する。

 

 「その、ゆーたが消えた事に心当たりがあるんですか?」

 

 「んー...... 悠太がいなくなった時、急に走り去った車がいたんでしょ? それのナンバーとか覚えてる?」

 

 呑気にお茶を飲んでいた誠に会話の矛先ぐ向き、彼は思わずコップを机に置いて畏まる。

 

 「は、はい。 一応目がいいんでナンバー...... というか都道府県のヤツが見えたんですけど、長野県の車でした。」

 

 その報告を聞いて疑問が確信に変わったか、一際大きなため息を吐いてから平沢さんはポツポツと語り始める。

 それは私たちの知らない悠太の過去。

 知られたくなかったのだろう、忌まわしの記憶。

 

 「そうだね、これはまず...... 私と悠太が本当の母子じゃないところから説明しないとダメかな。

 悠太というか、平沢って家はね──」

 

 

 

 

 

 

 

 料理を作り終わり、1人で座布団の上に座る。

 手を合わせて『いただきます』と小さく呟こうとしたところ、目の端に何やら動く物体が見えた。

 何事かと箸を置き、見えた影が潜んだ方向を見る。

 かなりのスピードと共に現れたそれはゴキブリ── などでは無く、蛍光灯の光に白い体を輝かせて机の上に登った。

 焼き魚を見て舌をピロピロと出し入れする姿に驚きこそしたが、何故だか不安はなく。

 少しの沈黙が流れたのち、その()は口を開いた。

 

 『これは君が作ったものか?』

 

 「そう、だけど......」

 

 『むう、よく出来ている...... おっと、困惑させてしまった。 此方は蛇、言の葉を知る蛇。 

 ......すまないが、お裾分けというやつを頼めないだろうか?』

 

 

 

 

 

 

 魚を半分に切り分け、もう一つ皿を持って来て蛇の前に置く。

 すると彼はご機嫌にその肉を啄み、嬉しそうに体をくねらせた。

 

 「美味しい?」

 

 『うぅむ久しい旨み! 其方は魚焼きの名人か?

 ......とはいえ、やはり魚は刺身が美味い。 アジはともかく横の鮪などは生でも構わなかったろうに。』

 

 「そう? ......でも、生の肉って食えないんだ。

 これは僕の問題でもあるんだけど。」

 

 生を食えない理由が口から出そうになるが、咄嗟に野菜を詰め込んで塞ぐ。

 いくら蛇、それも話すタイプでニフラと似ているからとはいえ、そう易々と話すことではない。

 世に出せば忌避され、排他されるべきと言われてもしょうがないものだ。

 ......話したことの無いわけでは無いが。

 

 しかし蛇というのはその軟体を使ってどの様な隙間にも入り込む。

 それは心の隙間も同様。

 その白蛇は魚から口を離すと、スルスルとこちらの腕に絡みついた。

 

 『何、此方は蛇とは言え『るしふぁー』という堕天使では無い。 其方を貶める事はしないと誓おう。

 ......だから教えてはくれないか、眠っていた間にこの地で起きた事を知りたいのだ。』

 

 滲む様なため息を吐き、アジの腹を開いた。

 そも、喋る蛇などおかしな話。 そんなおかしな存在がきちんと礼を持ち、こちらにお辞儀をしているなど大爆笑ものだ。

 ......そこまでの姿勢を見せられては引くこともできない。

 アジの様に文字通り腹を割って、話すことにした。

 

 「この町が村だった頃、ある飢饉が起きた。」

 

 

 始まりは戦国か江戸か、そのあたりで村の人間が半数近く死ぬ飢饉が起きた。

 作物は育たず魚はおらず、人々は先に死んだ同族の血肉をすすって生きながらえていた。

 近隣にあった村は壊滅し、助けを求め様にもこんな辺鄙な地に出向く様な救世主など存在しない。

 だからこそ人は神を信じた。

 自分達の理解を超えたこの飢饉を神の怒りとし、その怒りを鎮める為に自分達に差し出せるものを差し出そうと。

 その時に差し出された贄は野菜でも無く果物でも無く、果ては魚などでも無い。

 

 その時代に生まれて来てしまった双子、その片割れ。

 結果として飢饉は明け、この地には根強くその神への信仰が残っている。 その神の名を三救那(みくだ)

 三度の危機から人を救ったとされる神様だ。

 

 ......そして平沢は、その神に捧げられた子の片割れに連なる系譜。

 生まれた時から女は双子を産むことが義務付けられ、男は例外なく生贄として捧げられる呪われた家だ。

 

 時は進んで現代、前の代の生贄を捧げる祭りにてあることが起きる。

 その年の生贄は双子の内身籠る気配の無かった妹、平沢 雪が捧げられるはずだった。

 

 ──だがその妹は、正体不明の手助けを受けて町外へと脱走してしまったのだ。

 とすれば、生贄の矛先は僕の母であり姉の平沢 春へと向かうわけで。

 生贄にはそもそも純潔である事や処女である事など、あのハゲが設定したのであろうことがあったがあろうことかそれを全て無視。

 祭壇の前で、僕の目の前で母を──犯した。

 ......もとより訳がわからないルールだ。 『まっさらなゼロである純潔を神の前で破り、その肉を食す事で我らは三救那(みくだ)様に認められる』など。

 もっとマシな事を考えろ、そんなの自分達が肉を食いたいだけだろう。

 尤も──

 

 

 『ほぅらぁ、食べなきゃあ三救那(みくだ)様に認められんよぉ?』

 

 『......いただきます』

 

 

 食べてしまった僕も僕だ。

 あのカニバリズムのせいで生肉とか生魚とか、そういうのは食感が似てて無理。

 せめて焼かない事には。

 

 「神様にも弁解して欲しいよ。

 こんなつもりじゃなかったとか言われたところで、苛立つだけだけど......」

 

 『......そうか。』

 

 「本当にあのハゲ、何が純潔どうこうなんだ。

 そもそもアレが夜這いして来たせいで僕も純潔とは程遠いよ。 

 夜這いさえ無ければ、今も女性や男性に興奮できたんだろうけどね。」

 

 『いや本当に、其方には嫌な事を思い出させた。

 ......時に、その逃げ出した叔母に対して恨みを抱いた事は無いのか?』

 

 恨み、叔母さんに対しての恨み。

 ......確か母が死んでから彼女が連れ出しに来るまではあったはずだ。

 でも考えてみれば彼女もハゲの夜這いを受けているわけで、その上で男と付き合ってもトラウマが出て来て長続きしないというのだから。

 もう恨むのすら可哀想だろう?

 

 蛇はその言葉を聞いて俯き、まるで自分のことの様に謝罪を重ねる。

 やめてくれと頼むが、彼は話を聞いていただけなのにどうにも責任を感じている様だった。

 食事を終え、皿洗いする中で肩に巻き付いた蛇にある提案をした。

 

 「すまんすまんって謝るんだったら、しばらくこの家にいてよ。

 話し相手もいなくて暇なんだ。」

 

 『いいのか? おお、助かる助かる。

 この気温はどうにも変温動物に厳しくてさ......』

 

 「恒温動物にもきついよ。」

 

 

 祭りまであと何日だろう?

 それまでは、退屈せずに済みそうだ。 後は自分のスマホが彼らの手に渡っていればいいが──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──ってわけ。 私はあの子に恨まれても仕方ない。

 それと同時に町の人間も悠太を連れ戻す可能性があったの。」

 

 「そんなのって......!」

 

 怒りに手が震える。

 生贄など許すべきでは無い行為だ、ましてや本人の可否も無しにそうなる事を決めつけられるなど反吐が出る。

 そんな私を彼女は諌め、『そういうものなの』と続けた。

 

 「小さい子が恋占いに花をちぎって花弁を抜く様に、彼らは豊穣を願って人の命を摘み、その肉を神と分ける。

 そこらにあるものか、同族か。

 それだけの違いでしか無い。」

 

 「それでも!」

 

 「ええ、私たちはそれを良しとはしない。

 望んだ未来に上から被せられて、ぜんぶぐちゃぐちゃにされたらたまらない。」

 

 その目に炎を宿し、平沢さんは立ち上がる。

 

 「あなた達を家に送ってから向かう。 一応協力してくれる人はいるけど...... あの人、電話持ってないのよね......」

 

 これは暗に『付いてくるな』と言っているのだろう。

 しかし親友が理不尽に殺されそうになっているのに、家でのうのうと宿題をやりながら待つ者がいるだろうか?

 いや、いない。

 何か出来ないか...... 手助けできないかと、頭の中を3人で探った。

 するとヒナちゃんが何かを思い出した様で、スマホを取り出して誰かに電話をかけ始める。

 

 「──去年文化祭に来た、金髪サラサラヘアーの人!

 あの人、困ったら何でもいいから電話しろって悠太や私達に電話番号教えてくれた!」

 

 「あー! テスなんとかさん!!」

 

 通話をスピーカーにして机の上に置き、4人でそのスマホに注目する。

 一、ニとコールが鳴り、三度目で通話が繋がった。

 

 『もしもし兄弟、お前から電話をかけてくるって事は──』

 

 「ゆーたいません! 攫われました!!!」

 

 『うおっ』

 

 

 

 

 

 『──状況は分かった、奴に戦士ではなく生贄として死なれる訳にはいかん。

 そっちに向かうための足は手に入れよう。』

 

 「ありがとうございます!」

 

 『お嬢、クルマは丈夫か?』

 

 「お嬢...... わた、私? まあジープだし、丈夫だけど......」

 

 『ならオーケーだ。

 多少の脚色は必要だが── 最上の戦いを用意しよう。』

 

 電話が切れると、平沢さんは頭を振って深いため息をついた。

 しかしその口元は笑っており、良かったと口の端から言葉が漏れ聞こえてくる。

 

 「あの子、いい友達を持ったんだ。

 いいな、うらやまし。」

 

 『ンー......』

 

 どこか悲しげな表情を浮かべた平沢さんの肩にどこからか現れたウサギが乗り、『自分がいる』とでも言いたげに頬ずりをする。

 真っ白で可愛らしく、優しそうな兎さんだ。

 

 「うさぎだ、可愛い......」

 

 「ん、ニフラって言うんだってさ。

 変な名前だよね、悠太に聞いてもそう言う名前としか言わないし。」

 

 『ミー!』

 

 「あぁごめんごめん、くすぐったいな。」

 

 名前を馬鹿にされたことに怒ったか、頬擦りから一転突進に変わる。

 しかし優しい一撃で、モフモフと擬音が聞こえて来そうな可愛さだ。

 ......私たちにできるのはここまで。

 どこまで行っても高校生、力不足をこの時ほど痛感した事はないだろう。

 だから待つ。 彼の帰りをどっしり構えて、いざ帰って来たら抱きついてめちゃくちゃ喜んでやるのだ。

 それが無力な俺たちの、唯一であれる事だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 眠る子の胸にトグロを巻き、その寝顔に俯いた。

 どうすればこの子に笑顔を贈り、自由でいさせることができる?

 ボソリと、造った光に問いかけた。

 

 『八岐大蛇(ヤマタノオロチ)様、夜刀神(ヤトノカミ)様、建御名方神(タケミナカタノカミ)様。

 此方はどうすれば良いのです......』

 

 

 

 

 



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それでも光があった

 

 トン、と頭と頭がくっつく音がした。

 片や小さな蛇の頭、片や大きな人間の額。

 側から見れば蛇が獲物を品定めする一定の行動の様に見えるが、ここにおいてこの行動は別の意味を孕んでいる。

 白い蛇が瞳を輝かせて探るのは、自身に何の疑いも持たず魚を分け与えた青年の優しさと、その優しさとは完全に分離され燃え上がっているこの町への復讐心。

 

 その二つが生まれた源泉を探る記憶の旅は、白蛇にとっては刺激的で退屈の二文字の無い驚きの世界であった。

 

 『......驚いた。 これが、其方が外に出て見たものか?』

 

 白銀の世界に立った天文台、戦う事を強いられる人理修復という地獄でもあり希望でもある旅。

 七つの世界を巡り、果てに取り戻したこの青空。

 蛇は感嘆の息を小さく漏らした。

 

 同時に怒りを覚えた。

 無論、目の前の人間にでは無い。 苦しい一年の中を寿命を削ってでも走り抜けた彼に、のうのうとただ大口を開けて腹を満たそうとしている30近い町人。

 それらが信じる三救那(みくだ)と言う神の存在に、沸々と怒りを煮えたぎらせている。

 

 その熱を冷やすかの様に人の胸から降り、月の光が入らない部屋で強く身体を()()()()

 三又に引き裂かれた体はみるみるうちに形を形成し、瞬く間にそれぞれが兄弟と見紛う同一体が生成された。

 それぞれの蛇は互いの顔を見合わせ、各々向かうべき場所へと飛び出す。

 一体は山の麓、一体は南へ。

 そして最後の一体は──

 

 『其方よ、どうかこの悪夢に耐えてくれよ......』

 

 見守る様に、その人間の横でトグロを巻く。

 その目には怒りでは無い優しさが輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

    

 

 

 「──と言うわけだ、外出させてもらおう、万能の天才。」

 

 「ダメだ。」

 

 一方、工房に出向いて外出する理由を書きしたためた紙を突き返される神が一人。

 天才に拒否されると見るからに機嫌を悪くし、その否定に理由を求め始める。

 彼にとっては、自身の認めた戦士が戦いの中ではなく生贄に捧げられて死ぬかどうかの瀬戸際。

 自身ならともかく、極東の端神に捧げられるなど理解に苦しむ出来事だ。

 

 しかし天才はその凄みに揺るがず、あくまでカルデアの職員としての意見を述べる。

 

 「そもそも、前回の『文化祭に行く』なんて外出も本来は許されるものじゃない。

 キミは神とは言えサーヴァント、カルデアと言う楔で常世に繋がれた存在だ、そうだろう?

 そしてそのキミが出向けば、送り出したカルデアにそれはもう罵詈雑言と変わらないご意見ご感想が五月雨さ。 ゴルドルフくんもひどく憔悴していた。」

 

 「......ならそのサーヴァントが勝手に出ていったことにすればいい。 魔術師と言えど、この天文台にいる大半はオレ達の脱走を止められないだろう? 責任逃れの理由としては悪く無いと思うがね。」

 

 否定されれば代替え案を出す。 それはテスカトリポカの良いところであるが、それでもダ・ヴィンチの首が縦に振られることはなかった。

 

 「そもそも平沢悠太はもうキミのマスターでは無い、一般人だ。

 彼がこのままでは死ぬと言うことも、テスカトリポカがその結果に満足しないこともわかるが...... それでもそれは私達の預かり知らぬことだ、人同士の事に神は介入するべきでは無い事は、歴史が物語っている。」

 

 「......チッ。」

 

 悪態を吐きこそすれ、それは彼にも分かっているからこその話。

 そこに介入するべきでは無い、平沢悠太はマスターではなく守るべき対象では無い。

 分かっている事だ。

 だが、気に入った戦士を見届けられない事は神として屈辱なことでもある。

 『それならば』と最終手段の霧へと入り込もうとした時、ふと横から見覚えのない魔力が感じ取れた。

 

 「──何者だ?」

 

 銃を取り出し威嚇のつもりで構えるが、その魔力源は狼狽えることもないままに姿を人へと変える。

 白い肌、黒い髪や口髭を伸ばし、筋肉質な体を隠す様に着込んだスーツにはセンスが光る。

 中年の様な立ち振る舞いの男は両手を上にあげ、敵意がない事を示してから言の葉を紡いだ。

 

 「不快感を与えたならば謝ろう。

 ──さて、どうだ? カルデアに責任が向かわない方法を、俺は取れる。

 何、魔術協会とやらに勘づかれなければいい。」

 

 「ほう? ......名を聞こう。」

 

 互いに手と銃を下ろし、男は胸に手を当てて自身を語った。

 

 「僭越ながら。

 ()()()。 ある村にて信じられ、信じた人間と我が闇に突き放された者、三救那(みくだ)

 ......何も言わないところを見るに構わないな、万能の方よ?」

 

 「ああ、もう、うん。

 ......できるだけ事を荒立てない様にね?」

 

 諦めたダヴィンチに会釈をし、三救那(みくだ)はその手をテスカトリポカと固く交わした。

 テスカはニヤリと笑い、携帯を取り出す。

 

 「必要なものはあるか、蛇の男?」

 

 「そうだな...... まずは下着が必要だろう、あの様な姿では少々可哀想だ。」

 

 「──陵辱か。

 その行為自体を咎める気は無いが...... 血を流さず、戦士として在らず、ただその快楽だけを求めるならば。

 (オレ)は殺すだけだ。

 ......尤も、()()()()()()()()()()()()、の話だが。 なぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「......んー? どうしたの、ニフラ?」

 

 『──来る。』

 

 「はえっ?! 喋っ......!?」

 

 『あの人が来る。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「冷た......」

 

 顔に張り付いた縄の様な生き物を引き剥がし、多分朝だと思われる部屋の中で起床した。

 下半身を見ても何もないので、特別手を出されたと言う事はなさそうだが......

 

 『むう、どうかしたか?

 ......これは。』

 

 扉に挟まれていたのは祭りの始まりが明日である事を知らせるチラシ。

 つまるところ、明日が自分のタイムリミット。

 ......本当、こう言うところだけは仕事が早い。 前回叔母さんに連れて行かれたことから、早めにやる事でそういう助けが来ない様にしているのだろう。

 

 これでわかるのは、まず先んじての助けは来ないと言うこと。

 こうして攫われてしまう事を予期して文化祭の時、テスカトリポカに色々頼んでおいたがそれが間に合う事はなさそう。

 なんだかんだでカルデアから日本まで、と言うのは距離があるだろうし。

 

 そうなると期待したいのは祭りの中での乱入。

 ......やるか、最終手段。 正直一番嫌だったのだが、時間稼ぎとなるとやらざるを得ないわけだ。

 蛇に一言断りを入れて口に咥えてみる。

 ......よし。

 

 『此方は良くないが?』

 

 それはすまない。

 どうだろう、お詫びも兼ねて今日は白蛇の食べたいものを作ろうか。

 本来生贄はその日の前日食事を抜くのだが、それは万が一の最後の抵抗という事でめっちゃ食ってやろう。

 胃を開いたら消化物がたくさん出てくるぐらい。

 

 『......其方は前を向いているな。』

 

 「なにさ急に?」

 

 『いや、生物であるなら凹む事もある。

 それは此方も同様で、例えば...... そう、愛した女性に『臭い』と言われれば気は落ちるだろう?

 其方はそれの比にならないほどの苦しさを歩んできたというのに、よく前を向けるな。

 不満の吐き出しどころでもあったのか?』

 

 「......まぁ、あったよ。

 花火を見たあの日から、世話になりっぱなしだけれど。」

 

 

 今でも光は、僕を照らしているだろうか。

 

 

 

 

 

 

 



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私は光に希望を見た

 

 町が賑わう夜の中、大通りから遠く離れた地にてとある一団が山道を行く。

 白い着物に身を包んだ数十人の中には女性と男性がバランスよく入れられていて、その中心には物々しい絵柄の仮面を身に付けた小さな生贄の姿があった。

 

 灯篭に照らされた道を一歩一歩、逃げる事は無理だと悟り大人しく歩いていた。

 

 蛇は結局家に置いてきた。

 もとより彼と結んだ約束は、こうやって生贄として連れられて行くまで僕の話し相手になる代わり、涼しい屋内を提供しようというもの。

 その約束自体はしっかりと果たされたし、ここに連れてくる理由もなかった。

 蛇自体は喋るだけで関係があるわけでもなかったし。

 

 しかし、気味が悪いのはこの山道。

 さっきからあるはずのない視線...... というか、全身を舐め回す様な悪意にさらされ、思わず顔を顰めてしまいそうになる。

 はっきり言えば気分が悪い。

 それだけで済めばいいが、何がタチ悪いって、この悪意は()()()()()()()

 

 『ふふはは、久しい。 久しぶりに香り立つ贄が来た。

 前は食い出が無かった、今回はその目まで喰らおう。』

 

 食い出が無かった前回って言うのは、おそらく僕の母親のことだ。

 別にそこにイラつく事はない、母親の食い出があったとか言われたところで『だから何?』だし。

 ただ自分の中で疑問になるのは、この声がどこかで聞いたことがあると言う事だ。

 横にいるハゲとか、儀式の進行役である老婆とかじゃ決してない。

 もっと別の。

 ......そこに答えが出る事はなく、誘導されるままに木造の建物へと入る。

 

 「ここに座りなぁ、儀式を始めるからねぇ?」

 

 「お気遣いに感謝を。」

 

 ハゲの性欲に塗れた視線をスルーしながら畳の上に正座し、形式的な儀式の始まりを見る。

 一つため息を落とし、いい方の耳で周りの人間が溢した言葉に耳を傾ける。

 

 「男の子と聞いて心配していたけれど、案外に悪くなさそうね。

 筋肉質じゃないから()()()()()()()()。」

 

 「貴方はどこを食べるので?

 私はミミガー()に最近ハマりましてね、ここで人という美味の耳を知りたいと。」

 

 「やはり王道の腿、そして腹の肉でしょう。

 私は冒険者ではありませんから、既に旨みを知っている部位に行きたいのですよ。」

 

 「いいですな...... これまでは女だったから我慢していたけれど、男なら僧正の行為も長くは続かないはず。

 春を過ぎた我々にも、二つの意味であの青年を食させてもらいたいものです。」

 

 「ええ。 私、あのくらいの青年とも少年とも取れない子を組み伏せて乱暴するのが一番興奮するの。

 おこぼれをいただけないかしら。」

 

 

 ......やめておけばよかった。

 ここには僧正、まあ隣のハゲに負けず劣らず僕の肉と貞操が欲しい人が溢れている様だ。

 そもそもこの時点でこんな話をしているあたり、彼らの脳内にあるのはミクダへの信仰なんてものじゃなく自分本位な欲。

 つまり彼らは待てをされた犬の様にじっとしながら涎を垂らし、神に捧げるのではなく自分達のシュミ、もしくは性癖を発散させようしているだけなのだと。

 つくづく反吐が出る。

 

 もう少し『自分達は神に生け贄を捧げ、先の見えない未来に豊穣をもたらすためだけにこうしている』と言う気概でも見せてくれれば話は別なのだが。

 これでは少しも許す理由がないじゃないか。 

 とはいえ、人一人にできる集団への抵抗なんてたかが知れていて、自分の命や社会的立場と引き換えに一人()()()()()ことができれば上々と言うところ。

 

 だから人一人にできる最善にして最小の行動を取ろうと、平沢悠太は思うわけ。

 ......正直、他人のことを気にしなくていいのなら身の回りにある何でもを使って逃げ出していただろう。

 僕が逃げ仰せて寿命まで生き抜けばその時点で平沢の血は途切れるし、そうなれば生贄の用意は簡単に行かなくなる。

 

 だが、ここにいる者どもは人道に生きていない。

 乱暴好きで人肉食者の役満、人の道を踏み外して何年生きてきたのかわからない物の怪ども。

 

 すぐにでも適当な理由と脅しをつけて、その辺にいる家族の家系を第二の平沢として扱い始めるだろう。

 そうなった場合に誰が被害を受けるとなれば──

 

 『お姫様だー!』

 

 アースさんと花火を見に行った日、無邪気な笑顔を見せていたあの子の様な子供だ。

 僕は...... あの子を見捨てられるほど、人道に背いて生きてきたわけじゃない。

 これは僕の今後を棒に振ってでもやるべき事であり、最悪死んだとしてもこれだけは成さなくては。

 指導者を失った有象無象は崩れて行くのが世の常。

 

 僕を笑うか? ゲーティア。

 

 これが僕の、戦士としての覚悟だとその笑みに応えよう。

 

 

 

 

 「僧正、では......」

 

 長ったらしい儀式の下準備が終わり、いよいよ本題の一つ手前、僧正の性欲散らしの時間だ。

 何か特別な準備どうたらをする事はない。 というか、そもそも下に布団すら敷かないので、する側はともかくされる側は膝を擦りむいたりと大変な作業だ。

 

 「ウフフ、じゃあまずは咥えてもらおうかなぁ?

 懐かしいねぇ、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 さて、既に語ったことと思うが、僕は既に純潔とは言い難いカラダだ。

 その行為を穢れていると言うなら、僕もその穢れの一端だろう。

 そんな穢れの中に突っ込んだ目の前のハゲに怒りを覚えることは無い。

 そこに大した理由もないが、ただ一つ言うのならば──

 

 

 「後悔するなよ、ハゲ。」

 

 「ハゲ? ────オ゛ぅッ?!!」

 

 ここでそれに対する復讐は終わったからだ。

 

 「......しょっぱ。 臭いし。」

 

 差し出された蛇の様な一物を()()()()()、不快感の塊であるそれを吐き出しながら倒れた僧正の上に乗る。

 吐き出したそれをハゲの口に突っ込んで頭を掴み無理やり咀嚼させ、指を突っ込んで飲み込ませた。

 

 「どうかな、美味い?」

 

 「オォォォウゥ、ヴェエェ......」

 

 「oh yeah(オウイェー)? それは良かった。」

 

 1発殴り、そのデカデカとした腹の上から周りを見渡す。

 ここまで連れてきてあり得ない生贄の反抗は彼らの心を慌ただしくさせるのに容易く、逃げ惑う彼らの中で老婆だけがこちらを見ている。

 しかしその目線は怯えている。 それならば一つ、それを増長させるために笑うことにした。

 

 「......」

 

 「ヒッ!」

 

 「何もしない、かも。」

 

 怯え切った老婆から視界を切り、完膚なきまでに叩きのめすためハゲを殴打する。

 個人的な恨みがないかと言われれば無いわけじゃない。

 でもここでやっておかなければいけないと思った。 

 ただそれだけだった。

 

 右、左と何度も繰り返す中、ふと視界の端に黒い何かが映った。 それは、蛇。

 

 『空腹だ。 何をしている?

 ......贄すら用意できないか、ならば力を与えよう。』

 

 そう言った瞬間、驚異的な膂力で反撃が飛んでくる。

 体重もあって組み伏せられれば逃れるのは困難、火花が出る様に動き続けている僧正の目はもう人間のものではない。

 首を折る勢いで力が込められる手を振り解く事は出来ず、一転してピンチに陥った。

 

 霞んでいく視界。

 こういう時、流れてくるのは走馬灯ではなくやり残した事の羅列。

 アニメ録画したままだとか、ニフラどうしようだとか。

 意識が消えかけた時、ある光が見えた。 その光はだんだんと近づいてきて──

 

 

 「?!」

 

 壁を突き破り、その破片が直撃して僧正は吹っ飛ばされた。

 何が起こったのかわからないままに息を整えていれば、突っ込んできた光、ライトを点けたジープからある男が現れ、ポケットから手を抜いてこちらに伸ばしてくる。

 

 「──兄弟、災難だったか?」

 

 「......うん。」

 

 「おっと、まだ泣くな。

 帰るまでが戦い、そうだろう?」

 

 『此方もいるぞ。』

 

 「あっ、蛇!」

 

 

 

 

 

 

 

 「着替えたか?」

 

 「うん、オッケー。」

 

 山道に揺れる車の中、適当に見繕ってくれたのだろう服装に着替えてジュースを飲む。

 ......どうやら自分は怖かったらしい、終わってから手足の震えが止まらなくなってくる。

 

 車の中に居たのは叔母さん、テスカ、ニフラに──

 

 

 「......つまり、白蛇はミクダだったって事?」

 

 『そうだな、騙しているつもりは決してなかった、のだが......』

 

 『ちゃんと話せばよかったのにねー。』

 

 ミクダ。

 生贄として捧げられるはずだった神、ミクダ。

 

 どうにも、最初は名前を出して近づこうとしたが夏の暑さにやられ、それどころじゃ無かった様だ。

 結果自分の話を聞いて言い出せず、今に至ると。

 

 ......ため息こそ吐いたが、彼の行動にどうこういう気はない。

 テスカトリポカをここまで連れてきてくれて、尚且つ叔母さんのわからない道を案内してくれたというのだから寧ろ感謝するべきだ。

 

 「......正直喋るだけでわけわかんないけど、何で悠太を助けに行く様なアナタが生贄なんてものを許容してるわけ?

 『生贄は良し、でも悠太は生贄にしたくない』なんてダブルスタンダードが過ぎるわ。」

 

 叔母さんの言う事はもっともだ。

 そもそも僕を助けられるなら母親も助けられたはずなんだ。

 それが、何故今回介入してきたのか?

 ミクダは人型から蛇へと変化し、僕の頭に乗って嫌な記憶を思い出す様に語り出した。

 

 

 『......そも、此方は純粋に神を信じる人の信仰で生まれた『白』と、ただ誰を蹴落とし喰らっても生きていたい人の信仰で生まれた『黒』の二つがある。』

 

 

 黒と白、その二つは複雑に絡み合って良き事にも悪き事にもその影響力を強めていった。

 それはひとえに人という生物の増長を抑える為のデフレ、インフレに近いものだったという。

 

 今では生贄となっているが、最初の頃は数少ない物を分け与えてくれた人間に感謝し、ギブアンドテイクとして豊穣を与えたのだと。

 しかしここで黒蛇がその欲を滲み出させる。

 『作物では足りない、人の肉をよこせ』と。

 

 そして戦った。

 白蛇は一人だったのに対し、黒蛇は人を扇動して優位に立った。

 勝敗は火を見るよりも明らかであり、白蛇は傷を癒すために休息し、自身の思いである『黒蛇の打倒=既存の生贄体制の破壊』を目指す者が出てくるまでただ待っていたのだと。

 

 『勝手な事だ、それは此方が最も分かっている。

 叩いても何でもしてもらって構わない。 ただ...... ニフラと会っていた其方なら、此方を受け入れてくれるのではないかと希望を抱いてしまったのだ。』

 

 「そんなの......」

 

 「いいよ。」

 

 おばさんの言葉を遮り、頭から彼を下ろして胸に抱いた。

 

 「好き嫌いとかある? 無いならそれでいいけど。

 ミクダが居なければ死んでただろうし、何やかやで結局心から謝ってくれたじゃない。

 デコピンは帰ってからするさ。」

 

 『......やはり、君は前向きだな。』

 

 『私もー!』

 

 腕の隙間にニフラも入り込み、温もりに包まれる。

 これも、あの最悪な街で得られた一つのことだろうか?

 そんなことを考えていれば、謎の轟音と共にジープがひっくり返った。

 あまりに急な出来事に反応できず、すんでのところでテスカトリポカが庇ってくれたため大事には至らなかったが、それでも相当な痛みがある。

 

 割れてしまった窓から這い出て振り返れば、そこに居たのはまるで大きな卵を飲み込んで膨らんだ、蛇の様な悪意の塊。

 その腹には人と思しき顔が浮かび上がっており、その中にはさっきの老婆や僧正の姿もある。

 

 『()め、あの場にいた者全てを喰らったか!』

 

 あれが黒。

 こちら側を白いミクダとするならば、あちらは欲に身を染めた黒きミクダ。

 ニヤリと笑みを浮かべ、ジリジリと距離を詰めてくる。

 

 『おお、捧げられるべき生贄よ。

 胃袋()の中へ入れ。 そうすれば私は、空腹を満たすことが出来る。 ──そこな白とセットでも構わんが。』

 

 『黙れ! もう平沢の子らを──

 彼を、お前にやりはしない!』

 

 そう言って勇敢にも突撃して行くが、小さな蛇の力では信仰を食事という形で取り込んだ黒蛇に敵うはずもなく、尻尾の一振りで弾き飛ばされてミクダは血を吐いた。

 

 「ミクダ!」

 

 『くあっ......! やはり単体では......』

 

 後ろを振り向けば、ジープの中から引き出され、頭から血を流して気絶する叔母さんの姿。

 テスカトリポカが見てくれているが、目の前の神が気まぐれを発動させればどうなるかわかったものじゃない。

 

 体制を立て直したミクダを肩に乗せ、何か策がないか聞いてみれば、また少し言い淀んで一つだけある、と。

 

 

 

 『──これは、君にとって苦しい策だ。

 それでも聞くというのか?』

 

 「......聞く、さ。

 生贄という負の連鎖を、終わらせなきゃならない。」

 

 

 

 

 神と人間の覚悟。

 それは走り続けた僕の。

 希望として輝いた光に向かう── 最後の戦いでもあった。

 

 



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光に走ってここにいる

 

 神は今も未来も見通すとされる。

 だからこそ無限であり、有限である人間と分かりあうことなどないと。

 故に、それこそが神の弱点でもあった。

 無限だからこそ、有限のモノが生む爆発的な力を知り得ないのだ。

 

 神にあるのは力を恒常的に平均値で出し続ける能力。

 そして、有限である人間がそれに勝るのは、ここ一番というところでのリミッター解除。

 刹那に生まれる爆発的な力の発揮だ。

 

 この理論が唱えられた時、ある疑問が生まれる。

 

 『人の爆発力、神の恒常的な力の発揮が混じり合えば、その力はどこまで辿り着くのか?』

 

 その結果は皆さんご存知の英霊達がその身を持って示しているはずだ。

 ヘラクレス、アキレウス、オリオン、アスクレピオスにカルナやアルジュナ。

 人の血と神の血が混ざり合った結果、その身体には至高とも言える力を秘めている。

 

 さて、今ミクダがニフラを交えて僕に唱えた勝利への道はそれに近いもの。

 端的に言えば、ミクダとニフラを同時に体内に入れ、平沢悠太という一人の人間に神の力を内包させる、と言うのだ。

 無茶苦茶な事だ、その場にいる全員がそう思ったろう。

 しかしやらない手はない。 ここに立ち、目の前の神──

 

 『自ら現世に色濃く関わってかつ生贄を求めると慣ればそれはもう神としてではなく、悪霊の類。』

 

 そう、阿国さんの言葉を借りるのなら悪霊。

 目の前の悪霊に勝つのなら、手を尽くすべきだからだ。

 

 しかし、ここで渋ったのは提案者であるはずのミクダ。

 行動に移そうと伸ばした僕の手をその体で絞め、『ダメだダメだ』と駄々っ子の様に頭を振る。

 

 『ミクダ兄さん、そんな事をやってる場合じゃ!』

 

 『──そんな事、などではないんだ!

 彼の記憶を辿ったからわかる、彼の体には既に他の神の力が流れ込んでいる! その目、そして特異点とやらでテスカトリポカ神から受け取った力もだ!

 器に果物を詰めれば重みに負けて割れるように、悠太の身体や精神に悪影響を及ぼす!

 肉体の崩壊、記憶の喪失、自我の霧散!!

 私はもう、平沢の子を...... ()()()()()()()()()を、不幸にしたくはない!!』

 

 神とは思えぬ必死な駄々。

 こういうところを見ると、ニフラとは兄妹の様なモノだろうかと色々考えてしまう。

 右手に絡みついた彼を撫で、肩に乗っているニフラにも語りかける様にして僕自身の覚悟を示す。

 何も貴方方が気負うことはない、これは僕の我儘なのだと。

 

 「──大丈夫、僕は戦士だ。

 肉体の崩壊でも自我の霧散でも何でも襲いかかってくればいい、僕はそれらと戦って、最後まで平沢悠太であり続ける。」

 

 『君は...... 君は何故、そこまで前を見る!

 何かあれば親友の名前や顔すら、愛した者の全てをも忘れてしまうのかもしれないんだぞ?!

 私は、私は──』

 

 「やめておけ。 兄弟の覚悟を無駄にするつもりか?

 神に出来るのは祝福だ、人の自由意志までは止められん。

 ......良いんだろう?」

 

 テスカトリポカに礼を言い、観念した様にその拘束を解いたミクダを肩に乗せて胸を張る。

 ここからは人間と、この地域に生きた神の戦線。

 戦の神はあくまで見届け人として下がってもらう。

 

 『ニフラ、同調は任せた。

 私はコントロールと素体強化に行く。』

 

 『いや、こっちで素体強化と回復する。

 中にもう私が入ってるから、人体の理解はミクダ兄さんよりこっちの方が高い。』

 

 

 『話は終わりか? ......ならば食う。

 絶えぬ渇きを埋めさせてもらおう!!!』

 

 その巨体に見合わぬ速度。

 瞬間の速度は流石に全身筋肉の蛇をモチーフにしているだけはあり、ここに居たのが人間ならばすでに胃袋へと落下していただろう。

 しかし── ここに居たのは、渾然一体、人神一体とした覚悟のヒトガタ。

 左眼の瞳孔は獣の様に縦長となり、既に軽く身を逸らして避けた反撃に下から上へ、あまりに鋭い手刀が繰り出される。

 

 それはウロコごと悪神の体を裂き、あわや両断と言わんところまで深く傷を残す。

 しかし悪神とはいえ、その身に宿す成分は八岐大蛇。

 即座に裂かれた部位から双頭の蛇になるよう再生し、目の前で起きたことを再確認する様に自問する。

 

 『──何? 切り裂かれたと? 私が。

 フハ、油断したわ。 人の力を得たというのならば、それは喰らった私と同じ立場に上がったというだけの事。

 ならば── 双頭と化した我が力に叶うはずは!!』

 

 「無い、訳が無い。」

 

 上下からねじれを加えて牙をぎらつかせる片方の顎を蹴り飛ばし、もう片方は鷲掴んで放り投げる。

 木々が薙ぎ倒され、黒蛇が山を転がって行く中でヒトガタの視線は腕に向かっていた。

 神の力が入っているとはいえ、その肉体の大元は人であることに変わりがない。

 つまるところ、先程の投げで腕の骨が木っ端微塵になりかけていたのだ。

 

 「ニフラ。」

 

 しかしその傷に特別な感情を向けることはなく、妹の名を呟けばみるみるうちに再生して行く。

 蛇の再生能力にニフラと名乗る神の回復が合わさり、数秒後には怪我をする前よりも力強く再構成された腕がそこにはあった。

 どこか遠くを見る様な目で黒蛇の方向へ歩いていけば、暗闇に紛れてある者が懐に飛び込んでくる。

 それはジープをひっくり返した黒い何かであり、脈動しているところを見るに食った人間の心臓、恐らくそれを爆弾へと加工した物だろうと。

 

 しかしヒトガタは見逃さない。

 それを投げ込んだ方向に見えた、こちらの姿を真似した悪神の姿を。

 それは刹那的に怒りを引き出すトリガーとなり、落ちてくる爆弾が爆発する前に蹴り返すことを容易くする。

 

 プロサッカー選手と見紛うほど美しいフォームは平沢悠太の記憶にあった物。

 親友とサッカーをした時、教えてもらった動き。

 それによって打ち返された爆発物は弧を描き、悪神の元へと里帰りかの様に帰っていった。

 爆発の衝撃に草木が揺れる。

 

 一陣の風を吹かせたその衝撃が止む頃、すでにその場にヒトガタはいない。

 爆発の勢いに乗じて逃れようとした悪神の目の前に、ひどく冷静でありながら心を燃やして立っていたからだ。

 悪神はあり得ないと動揺しながら、不完全な擬態のせいでぐずぐずになった人差し指を向ける。

 

 『ぐっ、何故、そこまでに!?

 条件は同様のはずだ、ステージが違うなんてことは言わせない!! それに......それに!! 俺が倒される理由が、存在していない!!!』

 

 「──あるさ。」

 

 ヒトガタは憂う表情で星空を見上げ、昔を懐かしむ。

 人から生まれ、人と共に過ごした数百年前。

 黒い弟と空を見ながら思いを馳せた未来はこの様な物ではなかったと、何一つ止められなかった自分の無力さを恨みながら。

 

 「人と分かりあう事だ。 自分であり続け、かつ自分を受け入れてもらえる様な友を見つける。

 お前は兄である私の後ろにくっついてずうっと真似をしていたが、私は...... お前に名まで真似することは無く、自分自身を生きて欲しかった。」

 

 『──黙れぇ!!!』

 

 手のひらに集めた穢れから剣を生成して切り掛かるが、その刃が届くことは無く、カウンターの肘打ちが心臓に刺さり転げ回る。

 見上げた黒蛇が見たのは、満月を背にパキパキと音を立てる人であり人ならざる者。

 

 「けじめをつけよう。 罪のない人を喰らい続けた罪と、そんなお前を愛していた私への罰を。」

 

 『俺は...... 俺は! 俺は三救那(みくだ)だぞ!!!』

 

 

 「──私は三救那(ミクダ)、私も三救那(ミクダ)だ。

 人の子の力、妹の思いを借りなければ自分自身のけじめもつけられない情け無い神。

 ......そして、この姿がお前のたどり着くことのなかった神人一体の姿。

 八岐大蛇様より賜りし、尾の刃を持って終わりにしよう。」

 

 皮膚が硬化し、鎧となる。

 それはニフラが終局特異点にて見せた機動性重視の姿とは異なり、人と神の確かな繋がりを表すかの如く白く輝く鎧の姿。

 尾を引き抜き、夜の刀として月明かりに照らされたそれは赤色に輝く。

 

 それを地面に突き立て、ニフラの見せた超越的な格闘を手始めに叩き込んだ。

 正拳、回し蹴り、膝蹴り、肘打ち。

 月のウサギはパスでもするかの如く悪神を蹴り上げ、すぐさま刀を回収し高く飛び上がった。

 

 「......またいつか、私の弟。」

 

 空に浮かんだのは黒く染まった血飛沫。

 蛇神は地に降り立ち、月を見上げる。

 

 守ろうとした人間は何かを失うだろう。

 弟は以前の戦いで全力を出しきれず、今回はこの手で斬った。

 妹のニフラを平沢悠太が忘れれば、信仰は失われて彼女も消えるだろう。

 町の人間は明日も明後日も、何も知らずに生きて行く。

 

 

 

 「......誰が、幸せになったんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ん......」

 

 「おはようさん、よく寝たか?」

 

 暖かな感触に触れて目を覚ませば、それはテスカトリポカの背中。

 横を見れば人型になったニフラとミクダがおり、ミクダの背中には頭を手当てしてある叔母さんの姿が見える。

 すでに朝日は登っており、自分は何時間寝たのだろうと心配になった。

 

 「心配は無用だよ、対して時間は経っていない。

 ......ほら、見えてきたぞ。 あれが私の隠れ家である宿だ。」

 

 ミクダが指差した先には、いかにもな感じの旅館。

 その玄関先には着物に身を包んだお淑やかな女性が出てきており、こちらを見るや否や嬉しそうに手を振った。

 

 「ミクダ様、お久しぶりです。

 皆様はじめまして、私は平沢 神奈。 そこにおられます悠太様の、先祖にあたります。」

 

 「先祖? そんなに昔から?」

 

 「おっと、女性に歳を聞くのはやめておいた方がいい。

 私は一度殴られている。」

 

 

 

 

 聞けば、ここはミクダが愛したあの女性が開いた旅館なのだそう。

 なんと生まれは明治時代なのだそうで、その年に生贄にされることを見かねたミクダが初めて助けた人なんだと。

 それ以降は叔母さんを助ける際に協力したりなど、ミクダの良き協力者として動いていたらしい。

 

 「あの方々がいなくなったのなら、こんな所に宿を置いておく必要はありませんね。

 京都にある2号店に世話になろうかしら?」

 

 ......なかなか強かな方の様だ。

 

 

 取り敢えず迎えの車が来るまで待つ事になり、風呂に入って着替えてからゆっくりとしていると、隣の椅子にテスカトリポカが座った。

 その手にはコーヒーを持っており、一口啜ってからこちらに語りかける。

 

 「良い戦いだった、お前の戦士としての集大成と言っても良いだろう。

 だが、まだ終わらない。

 お前は死ぬまで戦士だ、戦い続ける運命からは逃れられん。 ......わかっていて受け入れたのなら、その道を進め。

 期待しているぞ、兄弟。」

 

 「うん、戦う。 僕であるために。」

 

 

 

 朝焼けに溶けて行く心を感じ、ゆっくりと瞼を閉じる。

 ......僕は朝焼けの様に美しい光に走ってここにいるのだと、気付いた気がした朝だった。

 

 



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私と言う生贄は、ここに居た

 

 「「「おかえりー!!!」」」

 

 「わわわ。」

 

 家に襲来した友達集団の突進を受け、思わず倒れ込んだ。

 加藤は涙と鼻水でびちゃびちゃだし、誠は力が強くて痛いし、日向は『心配させやがって』と言わんばかりにボディブロー。

 こちとら弾丸帰宅の後なのでもっと気遣って欲しいものだが、これはこれで帰って来れたのだという気持ちが強い。

 

 体制を立て直し、ここは一つ『無事ですよ』ということをアピールしてやろう。

 座り、彼らを見据えて......

 

 「......あれ。」

 

 出てきたのは言葉では無く、目から流れる涙。

 ──ああ、なんだかんだでやっぱり僕は怖かったのだ。

 こうしてまた笑い合えなくなることが、今度は僕が彼らに傷を残してしまうかもしれないことが。

 こちらを心配してあたふたする彼らを抱き寄せ、ぎゅっと渾身の力でくっついた。

 

 

 「良かっだぁ〜......」

 

 

 「みんな心配してたんだよ、ホントに。」

 

 「帰って来ないかと思った! 良かった本当!!!」

 

 「よっし、飯行こう!! 今日は俺が悠太の分奢るからさ、サイゼリヤ行こうぜー!!」

 

 

 

 

 

 

 「元気だねー、ニフラはついて行かなくて良いの?」

 

 『私は良いのです! ......あの子の思い出作りを見られれば、それで。』

 

 「そう? じゃあさ、叔母さんの恋愛相談に乗ってよ。

 議題はハーフの人と上手く行ってる時の振る舞いかたなんだけど──」

 

 

 

 

 「......」

 

 「まだ気負ってるのか? 胸を張り、どの様な形であれ勝利したことに喜べ。

 少なくとも...... この結末は、兄弟が望んだことだ。」

 

 「だが、全ては此方の優しさが招いたこと。

 黒と戦った時に優しさを捨てていれば、悠太は...... と、こう話していればあの子に怒られてしまうか。

 ......此方に出来るのは、悠太が楽しくこの後を終えられる様に付き合うだけです。

 残り少ない、命だから。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 『──高2の夏、みんなで海へ。

 危うく溺れかけたけれどやたら楽しかった。

 砂浜というのは素足で走ると予想外に熱くて、映画とかでよく見るウキウキで走る様なことは僕には出来なさそう。

 ともかく、綺麗な綺麗な一夏の青春だった。』

 

 

 

 

 『2度目の文化祭、残念な事にテスカトリポカ本人は来ることができなかったが、なんと強引な事に叔母さんのビデオ通話で参戦してきた!

 画面越しということもありシャルルやアースさんもおり、メイドカフェということもあって何故か女装させられたが悪くない経験だったと思う。

 ケチャップで絵を描くのは...... 練習あるのみ。』

 

 

 

 

 

 『修学旅行。

 岩手でスキー。 寒さこそあれ、それ以上に感じるのは滑ることへの楽しさや爽快感。

 ちょっと膝に負担がかかったが、それでもスキーの楽しさや部屋での談笑など魅力的な要素がたくさん。

 お土産は盛岡冷麺、叔母さんと食べたがなかなか美味だった。』

 

 

 

 『バレンタインはいい思い出がないのでスルーで......』

 

 

 

 

 「高校三年生。

 進路に関しては寿命のこともあるので就職を選択。

 アルバイト先である誠の母親が経営する花屋に縁故採用という形で雇ってもらえることが決まったので、どうにかはなりそう。

 日向はスポーツトレーナー、誠はもちろんサッカー選手。

 それぞれの夢に向けて歩き出したわけだが、加藤だけは未だ決まっていない様だ。

 今度、相談に乗ろうか。」

 

 

 

 

 「Aチームとの約束を果たすため、舞浜へ!

 数多くのアトラクションに乗り込み、楽しい1日となった。

 秋葉原ではさまざまなアニメ製品が売られているショップを周り、なんとキリシュタリアはでっかいフィギュアを購入! 流石に重かった様で自分が持ったが、見逃さなかった。

 一人隠れてフィギュアを購入するカドックの姿を。

 

 ......それと、デイビットには自分の状況がバレていたらしい。

 互いにどうしょうもない事だ。

 頑張ろうということだけ交わし、互いの健闘を祈った。

 その会話も、5分のうちに入ってるのだろうか。」

 

 

 

 

 「加藤の進路、というか夢が決まったらしい。

 舞浜のランドでキャストさんをやりたいから、手近なテーマパークでアルバイトを始めたのだとか。

 フェニックス何とか、みたいな感じだった気がする。

 ()に出来るのは応援だけだ、頑張れ、加藤。」

 

 

 

 

 「卒業式。

 これまでお世話になった先生方には感謝してもしきれない。

 サッカーのチームに入ることができた誠を皮切りに、日向も加藤も県外へといってしまう。

 バラバラになるだろうが、それでもここに記した思い出は消えない。

 たとえ、私の中から消えたとしても。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いらっしゃいませ、本日はどうしますか?」

 

 「えっと...... その、お見舞いに持って行きたいんです。

 あれと、それと──」

 

 

 

 「──はい、どうぞ。」

 

 「ありがとうございます。

 ......行こうか。」

 

 「そうだね。 暑そうだし、出来るだけ涼しそうなとこを行こうか、奏さん。」

 

 

 「ありがとうございましたー。

 ......ふう。」

 

 「──悠太くん、本当に辞めるの?

 その、またやりたくなったらいつでもいってくれていいからね?」

 

 「お心遣いありがとうございます。

 もしそうなったら......よろしくお願いします。」

 

 

 

 

 

 『()()()()()()()()()()

 私の記憶はもう随分と消えてしまって、高校生活よりも前の出来事はこの日記を見なければわからない。

 部屋にいる喋る蛇さんとウサギさんがいうには四年前かららしいが、何一つとして覚えていないのだ。

 

 ......仕事を辞めたのは寿命の問題があるから。

 自分の体は自分が一番よく知っている。 もう少しで私は死んでしまうだろう。

 

 カルデア、というところで出会った仲間のことも、高校を楽しんだ親友の事も、自分のことも。

 蛇さんが言う。 私が止めておけばよかったのだと。

 でも、私はそうは思わなかった。 

 結局、やったのは私なのだから、その責任は私に帰結する。 蛇さんが気負うことはないのだ。

 

 

 ──ああ、月を見上げてどれだけ経ったのだろう。

 私は私がわからない。 誰かを記憶に残す事もできなければ、誰かの記憶に残るわけでもない者だ。

 ただ一つわかる事はある。

 私は...... 成すべきだと思ったからそうしたのだと。』

 

 

 

 

 

 

 「......ん、寝ていた......」

 

 「──どうも、よく寝てたな。

 気をつけたほうがいいぜ、外で寝るってのは、ちょっとだけ危険だからな。」

 

 「ああ、どうもありがとう、()()()()()()()()

 ......どこかで会いましたか? 何だろう...... 私はその優しい笑みを、知っている気がするのです。」

 

 「......さぁ。 アンタがそう思うんならそうだろうさ。

 ただ── ありがとうとだけは、言っておくよ。」

 

 「? どういたしまして。

 ......すっかり夜だ。 私は家に戻ります、それでは。」

 

 「ああ。

 ......じゃあな、俺の、二人目のマスター。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──インターホン? 誰ですー?」

 

 「......少し、構いませんか?」

 

 

 「わーすごい、お姫様...... って、感心している場合じゃないですね。 どうぞ。

 何か飲みますか?」

 

 「その、味噌汁があればそれを。」

 

 「あ、ちょうどありますよ。

 ......よし、どうぞ。」

 

 「いただきます。

 ......やはり、美味しい。」

 

 「それは良かった!

 ──でも、何ででしょうね? 今日はやけに、心のどこかに引っかかる方々と会うんです。

 先程の彼も、お姫様の様なあなたも。

 もしかしてですけれど、昔の私を知っていたりしますか?」

 

 「──ええ。 花火を見た仲でした。

 貴方とともに見た空の光華はとても美しく、それに負けない様、私も少々そうあろうとしたのですが...... 貴方には響かなかった様です。」

 

 「......どうでしょう、私は貴方に目を奪われていたと思いますよ。 

 そうじゃなければ、今私が貴女にドキドキしているわけがありませんから。

 ......少し、眠くなってきましたね。」

 

 

 

 

 

 

 「私は果報者ですね、美人さんに見届けてもらえるなんて。

 ......そうだ、日記に名前をつけようと思っていたんです。 少しペンを取ってもらっても?」

 

 「どうぞ。」

 

 「ありがとう。

 ......よし。 それではおやすみなさい。

 ああ、綺麗な月だ......」

 

 

 

 「......人は脆いのですね。

 私が私として『好き』と言う時間すら、貴方は与えてくれなかった......

 さようなら、いつか会えることがあれば、その時は──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よう、来たか。

 ──おっと、名乗らなくていい。 今は焚き火でも見てただ休め、レジャーを楽しむのはその後だ。」

 

 「うわぁ、あったかい......」

 

 「満足のいく戦いだったか?」

 

 「満足かどうかで言えば、きっと永遠に不満足です。

 結婚もできなければ、自分の事を誰かに残すこともできませんでしたから。」

 

「それは結構。どんな勝利であれ、どんな勝者であれ、人間である以上は道半ばだ。

 やりきるなんて言葉ない。 残った未練はオレが聞こう。

 安心して目を閉じれば良い。」

 

 「......死神にしては、ラフな格好なんですね。

 もっと決めた格好でくると思ってました。」

 

 「あぁ…... 黒だの赤だの青だの、自分を安売りしているがな。

 今は、この姿が一番のお気に入り、決めた服装だ。

 もうお前は覚えていないだろうが、初対面の時に決めて来てやっただろう?

 あの時から、最後まで付き合うと決めてたのさ。

 ......お前の無くなった記憶を読み上げてやる。 神の読み上げなんて聞けるものじゃない、感謝しろよ?

 日記のタイトルは── おい、直球が過ぎるだろう。」

 

 「人の日記に文句言わないでくださいよ。

 ──私が辿った、私の知らない自分の話。 

 教えてくださいね。」

 

 

 

 

 

 

 

 『それはひどく乱暴に、残酷に課された私の使命。

 それでも光があった。

 私は光に希望を見た。 

 

 光に走ってここにいる。

 私と言う生贄は、ここにいた。

 

 この日記に名前をつけるのなら── ()()()()()としよう。』

 

 

 

 

 

 

 










 終わりです。
 次作以降リクエストなどがあれば活動報告の方まで。

 ここまで付き合っていただき、ありがとうございました。
 またお会いしましょう。


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