フランスの悪魔 (林部)
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本編【完結済】
第1話


はぁはぁと息が上がる。ヒューヒューと喉から音が鳴っていて気味が悪い。

そういえば昔はいつもこんな音を立てていた。体力がなくてすぐにへたり込んで。村の子からは女みたいと笑われ虐められ泣いていた日々。あの頃は地獄だと感じていたけれど思い返してみればあの頃が1番幸せだった。

何故ならいつも彼女は私を助けてくれた。いつも手を差し伸べてくれた。

 

そんな彼女を、私は殺した。

 

カランと軽い音がした。剣が手から抜け落ちたのだ。己の手に目を向ける。そこで初めて自分が震えていることに気付いた。

 

「……さ……な」

 

あり得ないところから声がした。もう死んだと思っていたのに。私は咄嗟に剣を拾い直し構える。彼の言葉に表情に動きに注視する。彼は今にも死に絶えそうだというのに、まだ言葉を発し続けていた。

 

「…くも……ァ…ヌ…を」

 

致命傷を負わせたはずなのに何故まだ生きているのだろう。外したなんてことはない。あんなに人を殺し続けてきた私が今更外すなんてことあり得ない。彼はきっと驚異的な生命力で命を繋いでいるだけなのだろう。もう一度、今度は首を狙おう。そう思った時だった。

元帥はギっと私を睨んだ。

怒り。憎しみ。悲しみ。それらを含んだ鋭い目で見られ不覚にも私は動くことができなくなった。

 

「ゆ、る…さ、ない…!きさま、だけは…ぜったい、に…!」

 

悪魔に取り憑かれているのかと思うほど元帥ははっきりと言った。そこで私の足はようやく動き出した。

 

「殺し、てやる……!!」

「……。元帥。生憎と、その願いは受け入れられない。何故なら私は祖国を救うまでは死ねないからだ」

「っのろって、やっ…」

 

今度は冷静に急所を狙った。

元帥は亡くなった。私に殺された。

 

はぁはぁとまた息が荒くなる。カランとまた剣が手から零れ落ちる。

 

あぁ。あぁ。もう嫌だ。

何でまた殺さないといけないんだ。何でこうなるんだ。元帥は殺す必要なんてなかったはずなのに。私は彼を迎えにきたはずなのに。

何故。

 

「閣下、お見事です」

 

第三者の声が聞こえた。いつからそこにいたのか私の部下が私に近寄ってきた。

 

「見事な、ものか…元帥は、私に殺されたのだぞ」

「ジル・ド・レェは元帥ではありません。元帥になるのは、貴方だ」

 

彼は床に落ちた私の剣についた血を拭く。

 

「気を確かに。閣下。我々にはもう貴方しかいない。貴方なしでは祖国は救えません」

 

黒々しい血が消えた私の剣を彼は差し出す。

 

 

「さぁ、立てジャック。祖国を救うために」

 

 



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第2話

どうしてこんなことをしないといけないのだろう。

毎日教会へ連れて行く父さんの背中を僕はいつも不満げに見つめていた。

 

「いいかい。毎日祈りを捧げるんだ。主への感謝を忘れてはいけない」

 

それは父さんの口癖だった。こんな田舎では小さな教会しかないのに父さんは毎日祈りを捧げていた。昔、毎日何を祈っているの?と聞いたことがある。その時父さんは今日も母さんと僕が生きてくれていることに感謝しているんだよと言っていた。とても穏やかな顔をしていた。それからは僕も父さんと母さんが生きていることに感謝するようにした。けれど、そんな一言で済むはずの感謝を父さんは何分もしているから僕はいつも暇だった。だからいつしか教会に行くこと自体に不満を持っていた。

 

「ジャックは丈夫な身体をくださいと神様に頼んでもいいかもね」

 

父さんの祈りが長いから教会に行きたくないと母さんに言った時そんなことを言われた。

 

「神様には感謝をするって父さんが言っていたよ。頼み事をしてもいいのかな?」

「そうねえ…父さんは良い顔をしないと思うけれど母さんは良いと思うわ。神様だもの。少しくらい頼み事をしても許してくれるわよ」

 

母さんは大雑把な人間だった。

 

「もっと大きくならないとジャネットを守れないものね」

 

言葉に詰まった。母さんは面白そうに笑った。

 

「強くなるのよジャック。いつまでもジャネットに守ってもらっていてはダメよ」

 

母に頭を撫でられる。僕は、うんとだけ言った。丈夫な身体になりたい。すぐ息を切らせてしまうようなこんな弱い身体でなくて強い身体になりたい。そうすれば僕を虐めてくるアイツらにも勝てる。ジャネットに守ってもらわなくて済む。とても簡単な理屈だ。けれど、きっと僕がどんなに願ったところで叶わない。僕の身体の弱さは生まれつきのものだから治らない。

だからきっと一生僕はアイツらに勝てないのだろう。

 

「ジャック…?泣いてるの?」

「ぇ…あっ」

 

気がつければ涙がボロボロ零れ落ちていた。情けない。弱いこの身体が情けない。すぐに泣いてしまう自分が情けない。情けない。そう思う度に涙が零れ落ちていった。

 

「あらあら…もう、ジャックは」

 

母はぎゅっと僕を抱きしめた。

 

「泣かないの。いい、ジャック。身体を強くするのは難しくても心は強くなれるのよ」

「う、ぇ…っど、どうすれば、いいの…」

「まずは泣かないこと。泣き虫ジャックの汚名を返上することから始めなさい」

 

いいね、と母さんは言う。僕は頷かなかった。僕だって泣きたくて泣いてるんじゃない。涙が勝手に溢れてくるんだ。自分の情けなさや悔しさでいっぱいになった時、僕の意思に関係なく涙が出てしまうんだから。

 



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第3話

「おんなおとこ!!」

 

今日も今日とて虐められる。こんな日常もう、うんざりだ。どこか遠くに行きたい。

 

「うわコイツまた泣きやがった!!男のくせに気持ち悪い!!」

「また変な音立ててる!!気味悪い!!」

 

”まずは泣かないこと”

母さんにそう言われた翌日、僕はまた泣いていた。擦りむいた膝が痛くて。容姿を揶揄われたのが恥ずかしくて。何も言い返せない自分が情けなくて涙が零れ落ちていた。

 

”泣き虫ジャックの汚名返上することから始めなさい”

 

母さん。無理だよ。だって僕、痛くて、悔しくて堪らないんだ。自分が恥ずかしくて涙が止まらなくなってしまうんだ。泣いたら息が苦しくなってしまうからダメだって母さんに何度言われても涙が出るし喉からはまたヒューヒューと変な音が出てしまうんだ。

 

「悪魔だ!悪魔だから変な音がするんだ!!」

「…っあく、まじゃ……な…!ぃ」

「うわ悪魔が喋ったぞ!!石を投げろ!!」

 

泣きながら反論して必死に相手に掴み掛かるが、あっさり突き飛ばされる。体格差がありすぎるんだ。小さくて骨と皮しかない身体ではどうすることもできなかった。

 

「…ぁく、まじゃな、い…!ぼくは…っ」

 

ボロボロと涙が溢れ出る。反論さえもろくにできずにいた。ただ両手で顔を覆い投げられる小石が目や口に入らないようにするので精一杯だった。

 

「こらぁ!!何してるの!!!」

 

遠くから女の子の声が聞こえた。

 

「ぅわ、ジャネットだ…」

「どうする…」

 

小石を投げていた子らが嫌そうな顔をする。女の子 ジャネットはこの村では力のある家の子だった。

 

「やめよーぜ。怪我させたら母ちゃんに怒られるだろ。アイツ、女のくせに腕っ節強いし」

「だな。ははっ、まーたあの、おとこおんなに守ってもらえてよかったなぁ。おんなおとこ」

 

苦しさのあまり膝をついて呼吸を整えようと躍起になっていた僕の横を彼らは通り過ぎる。すれ違い様、脇腹を蹴られ僕は地面に転がった。

 

「あっ!!じゃっく!!!」

 

無様に地面に横たわる僕に彼女は近づく。

 

「血がたくさん出てる!かあさんに手あてしてもらわないと!!」

 

生憎それは鼻血だ。運悪く鼻に投げられた石が当たったせいで派手に出た鼻血だ。そんな鼻血よりもこの息苦しさをなんとかしたかった。けれどジャネットにそれを伝えるよりも先に僕は意識を手放した。

 

 

「あっ!!起きたのね!!」

 

再び目を覚ますと視界いっぱいにジャネットがいた。驚き言葉を失っていると彼女は自身の母親を大声で呼んだ。すぐに彼女の母が現れ僕を見ると優しく微笑んでくれた。

 

「気がついたのね。体調はどう?ご両親はもう少ししたらいらっしゃるだろうから我慢、ね?」

 

呆然としている僕をそっと抱きしめ笑いかける。僕は顔が真っ赤になった。

恥ずかしかった。またジャネットに助けられた。またジャネットの母親に迷惑をかけた。

僕は男でジャネットは女の子で。僕は9歳でジャネットは6歳なのに。小さな子供に守られているという現実が僕を更に辱めた。ジャネットは6歳の割に8歳くらいの子と変わらない背丈をしていて、僕は9歳の癖に7歳くらいの子と変わらない背丈をしていた。僕らを初めて見た人は、きっとジャネットの方が僕より年上で頼り甲斐があると思うだろう。

僕はそれが、たまらなく恥ずかしくて嫌だった。

 

「なんで、いつも僕を助けるの」

「え?だっていつもジャックが虐められているから」

 

さらりとジャネットが言う。きっと彼女に悪気はない。

 

「向こう3人とかずるいよね」

「ずるいのかな…」

「ずるいよ!!きっとジャックが頭良いから一対一じゃ勝てないと分かっているんだよ!」

「一対一でも僕が負けるよ…」

「どうしてそう思うの?一対一で負けちゃったの?」

「いや、イジメだし…一対一でなんてなったことないよ」

「じゃあ分からないじゃない!!ジャックは私の知らないこといっぱい知ってるんだから!本だってジャックは読めるんだから!アイツらに負けるはずがないもん」

 

ジャネットは怒っていた。どうして怒っているの、と聞くとジャネットは、だってジャックがすぐ諦めるから、と言った。

 

「何でいつも悪い方に考えるの。そりゃあ向こうの方が私たちより身体が大きいけれど私たちだって大きくなるよ。いつか追いつける。でも私はジャックみたいに賢くはなれない。あの子達だって」

「ただ本が読めるだけじゃないか…それも父さんが教えてくれた文字だけで紡いでいってるだけで…僕は本の内容全てを理解しているわけじゃないんだよ」

「私は自分の名前も書けないし読めないよ」

「父さんに教えてもらえば…」

「この間教えてもらったけれど分からなかったよ」

 

それはジャネットが少し人より頭がよろしくないだけじゃないだろうか。口から出そうになったその言葉を飲み込んで、ジャネットの、だからね、と言う声に耳を傾けた。

 

「どうかいじけないで、ジャック。貴方のその力を私はとても凄いと思っているの。だから、私の凄い人を、どうか嫌わないで」

 

ぎゅっとジャネットは僕の手を握って訴えた。

僕は泣いた。

 

「ジャネット!!貴女目を離した隙にジャックを泣かせて」

「えっ!?ご、ごめんなさいジャック…嫌だった?でも、私も嫌だったの。ジャックがジャックのことを嫌がるのが」

 

嬉しかった。男のくせに女の子より弱く。走り回ることすらろくにできやしない、この村一使えない僕を凄いと言ってくれたことが嬉しかった。認めてもらえたみたいで堪らなく嬉しかった。文字の勉強はそんなに好きではなかったけれど、今まで教えてくれた父さんに心の底から感謝した。これからもっと励もうと思った。

 

僕はこの時ジャネットに恋をした。

 

 

 




作者は歴史知識薄いのでお手柔らかにお願いいたします。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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第4話

ジャックの父視点です。


こんな日々がずっと続いてほしい。そう思っていた。

 

 

ジャックは昔から泣き虫だった。3つの頃はよく夢を見て泣いていた。怖い夢を見たと言って泣いていた。そのくせ、どんな夢だったんだと聞くと忘れてしまったというのだから子供というものは本当に勝手だ。肝心の原因を忘れたくせに怖かったという記憶だけでジャックは毎晩泣いていた。

6つの頃は同じ村の子達に馬鹿にされ泣いていた。ジャックは生まれつき身体が弱く容姿も男前とは言い難かった。はっきり言うと女々しい子だった。元気な子が多いこの村でジャックは格好の的だった。

9つの頃ジャックは悔し泣きばかりしていた。恋をした女の子 ジャネットもといジャンヌに自分よりも親しい男の子がいたのだ。彼 リュークは体格に恵まれ同年代の子達の中ではリーダーのような存在だった。ジャンヌがジャックではなく彼を頼っていたのは当たり前の事だった。だがジャックは相当悔しかったらしく、ある時泣きながらリュークよりも強くなりたい。父さんは傭兵だったんだろう。僕に稽古をつけてくれ、と懇願してきた。こんな時でも泣いている息子を見て呆れを通り越し愛おしさを感じていた。

10になった時ジャックは虐められても泣かなくなった。妻にすぐ泣く男ではジャンヌに嫌われるぞと言われたからだ。ジャックは同年代の子達の中では賢い方だった。口喧嘩では負けなしになった。だが言い負かした相手が殴りかかってくるようになりジャックはほとんど負けていた。体が小さすぎて相手に振り回されてしまうのだ。まだ稽古をつけて一年。彼はまだまだ弱かった。けれどジャックは喧嘩に負けても泣かなくなった。ジャンヌの前では絶対泣かなくなった。彼はこの頃になってようやく堪える術を学んだ。

 

だが彼はジャンヌのいない自宅ではよく泣いていた。怖い夢を見たのだと言って泣いた。どんな夢だと聞くと覚えていないという。全く子供は勝手だ。成長したと思っていたのにきっと彼の根本は3つの時からあまり変わっていないのだろう。

 

「父さんは、僕には剣の才能がないと思っているんだろう」

 

ある日ジャックが稽古中にそう言った。稽古を始めて2年。毎日素手でジャックを転がしていた。体の小さく非力なジャックは真正面から相手と戦っても勝てない。だからまず転び方といなし方を教えていた。

 

「何故そう思う」

「だって父さんずっと剣を持たせてくれないじゃないか」

「お前は身体の使い方が分かっていないからな。身体の使い方がわからないものに剣を持たせたら自分を刺しかねない」

「そんな馬鹿なことしないよ」

「そう言うという事は、お前がまだ身体の使い方を理解していないからだ」

 

ジャックは不満そうな顔で起き上がる。彼にはまだ理解できないのだろうがいつかきっとわかる日がくる。

 

「父さんはお前を才能の塊だと思っているよ」

 

疑いの眼差しを向けられる。嘘だと言う彼の心の声が聞こえた。

 

「お前には理解できないと思うが私にとってお前は希望の子なのだ」

「どうしてそう思うの」

「お前が私の息子だからだ」

 

「強くなるんだジャック。お前は身体も心も強くなれる。お前は私の息子なのだから」

 

ジャックは不可解そうな顔だったが、はっきり頷いた。

 

「父さん、僕は強くなりたい。母さんが女の子は強い男の子と結婚したがるって言ってたから」

 

ジャックは真剣な顔で言う。

 

「だから僕、リュークより強くなってジャンヌと結婚したい」

「……結婚、したいのか」

「うん」

「…そうか」

 

少し困った。例えリュークより強くなったところで結婚できる保証などどこにもない。がジャックは今それだけを目的に辛い稽古に耐えているのだ。ここで下手にジャックの決意を揺るがすことは言いたくなかった。

 

「であれば強く立派な男になるんだ。そうすればジャンヌも振り向いてくれるかもしれない」

 

言いながらまぁ無理だろうと思った。ジャンヌは家の手伝いをよくするとても良い子だがお転婆な子だ。ジャックよりも男勝りな彼女は恋愛ごとよりも外で遊ぶことの方が好き。食べることの方が好きな子だ。あのままじゃジャックがどんなに頑張ったところでお友達止まりだろう。

 

「…ジャック。稽古はここまで。祈りの時間だ。早くしないとジャンヌに会えないかもしれないぞ」

 

ジャックは慌てて家の中へ入って行った。ここ最近のジャックはジャンヌという単語を出せば呆れるほど言うことを聞く。一時期は教会へ行くことすら億劫がっていたというのに。

 

 

教会へ行くと予想通りジャンヌが祈りを捧げていた。外で遊ぶことよりも食べることよりも祈りを捧げることを優先するほど彼女は熱心な信者だった。

祈りを捧げ終わった彼女に軽く挨拶すると彼女は嬉しそうに微笑んだ。隣でジャックは不満そうな顔をした。お前は実の父でさえ嫉妬をするのか。

 

「おはようジャック」

「お、おはよう」

「こらジャック。顔を背けるな。ジャンヌに失礼だろう」

 

そのくせ恥ずかしいのかジャンヌの顔を直視できないでいる。こんな態度でジャンヌと結婚したいと思っているのだから天邪鬼な子は難しい。

 

「ジャンヌはいつも祈りの間何を考えているの」

「ジャック」

 

強い口調でジャックを咎める。この子は好奇心旺盛なのか時折こうして無遠慮に人に聞いてしまう。

 

「昨日までいつも通り平和を守ってくださったことへの感謝と今日もお守りくださいって祈りの言葉を伝えているの」

 

ジャンヌはあっけらかんと答えた。ジャックは少し驚いた顔をして私を見た。

 

「そうなんだ…父さんと、似てるね」

「そうなの?ジャックは?」

「え…っ」

「私は答えたよ。だからジャックも教えてよ」

 

一歩ジャンヌがジャックに近づく。ジャックは半歩下がった。

 

「僕は…父さんと母さんが元気に過ごせていることへの感謝と…」

「と?」

「や……願い事をしてるだけで」

「願い事?どんなお願いなの」

「それは……秘密」

 

ジャックは顔を真っ赤にして消えそうな声で言う。ジャンヌは秘密なら仕方ないねとあっさり引き下がった。

 

「ジャック…お前まさか」

 

まさか、主の前でジャンヌと結婚させてくださいなんて祈ってないだろうな。

ちらりとジャンヌと見た後でジャックを見る。ジャックは私の言いたいことが分かったのだろう。彼は更に顔を赤らめて俯いた。しかし否定はしなかった。

 

「…全く。お前はとんでもない息子だ」

「え?」

 

ジャンヌはキョトンとした。

 

「いや、なんでもないさ。それよりジャンヌ早く家に帰らなくていいのかい?お母さんが待っているだろう」

 

そう言うとジャンヌはハッとし慌てて教会から出ていく。ジャックはその日一度もジャンヌと目を合わせられなかった。

 

 

 

ジャックはその後も相変わらずジャンヌに夢中で彼の世界の中心は常にジャンヌだった。が、ある日彼はとんでもない失恋をすることになる。それは彼が12の時だった。

 

 

「ジャンヌ。僕はこれから強くなるから。だから僕と結婚してほしい」

 

祭りの日だった。ジャンヌの父が毎年行ってくれる祭りの日。彼女の父はこの村一帯をしきる優秀な方だった。戦で負け深手を負った私をこの村へ引き入れてくれたのも彼女の父だった。

その日は彼が用意してくれた酒がたんまりと用意されていた。勿論これは大人のもの。子供が飲むだなんて許されない。だというのにジャックは飲んでしまった。否、誰かに無理やり飲まされたのだろう。好奇心旺盛な彼とはいえそんな事をすれば私がどんなに怒るか分かっていたはずだ。きっとジャックは被害者なのだろう。

そして被害者な彼は酒の力で隠していたその思いをジャンヌに打ち明けてしまったのだ。

 

「えっ…」

 

ジャンヌは呆気に取られていた。いつも目を合わせない奴が突然真剣な顔でプロポーズしてきたのだ。そうなるのも無理はない。

 

「いやだ」

 

そうして、残酷なその三文字を口にした。ジャックは泣いた。ジャンヌは慌ててごめんなさいと謝った。

 

「私まだこの家の子でいたいから…それに急に結婚って言われても…そんなの分からないよ」

 

謝った上でそう言う。ジャックはどこまで冷静に聞けているのだろうか。もう最初の三文字しか聞いていないのではないだろうか。そう思うほどジャックは大号泣していた。周りにいた人間はジャックを見て大笑いする。

その歳以降、ジャックは祭りに参加する事を嫌がった。酒によって告白したのならば酒の力で記憶をかき消して貰えばよかったのに不安なことに一連の出来事を覚えてしまっていた。

 

 

 

不穏な予感を感じたのは、ジャックが16の時だった。この歳になってもジャックは相変わらず身体は弱かった。それでも体調を崩す頻度は幼い頃に比べ格段に減った。だが背丈は13のジャンヌと変わらぬほど小さかった。

 

「声が、聞こえるの」

 

不穏な予感はジャンヌのその発言だった。

 

「フランスを救いなさいって私に言うの」

 

その話を聞いた時ジャックは顔を顰めた。おそらく私も同じ顔をしていただろう。

 

「ジャンヌ、ジョークでもそんな事を言ってはダメだ」

「ジョークじゃないよジャック。本当に聞こえるの。今は何も聞こえないけど…教会で祈っていた時に。誰もいないはずなのに声が聞こえたの」

 

ジャックは困った顔で私を見る。この頃、神の予言を聞いたという話を何件か聞いたことがある。どれも嘘っぱちで当たりやしない予言。神を信じ敬う者にとってそれは許されない行いだった。

それをまさかジャンヌがするとは思いたくなかった。

 

「ジャンヌ。君がどれほど信心深い子であるか私は知っている」

 

私はジャンヌと目線が合うようしゃがみ彼女の目を見て言う。

 

「我々人間には神の恩寵を受けたと認識することはできないんだ」

「おん、ちょう?」

「神からの恵みのことさ。もし君が神の声を聞いたというならば、それは教えに背く。言っている意味が分かるかい?」

 

ジャンヌは首を傾げる。13の彼女には難しい話なのだろう。だが16のジャックには意味がわかったらしくジャンヌの肩をガシッと掴んだ。ジャックの顔は真っ青だった。

 

「ジャンヌ。その話は誰にもしてはダメだ。こんな誰が聞いているかもわからない外でなんか絶対にダメだ」

「どうして?私は本当に声を」

「聞こえるはずがないんだ!!人間が神の声なんて!!僕らキリスト教徒は聞こえてはいけないんだ!!聞こえないと教えられているんだから!!聞こえたら、君は教えに背く。君が異端者になってしまうんだよ!!!」

 

ジャンヌは、えっ、と声を漏らし目を大きく見開いた。

 

「ジャック、声が大きいぞ…もうこの話はやめよう。いいかジャンヌ。決して誰にも言ってはいけないよ」

 

ジャンヌは悲しそうな顔をして俯いた。けれど彼女は頷かなかった。

 

 

 

それから1年が経った。

ジャンヌが私にその話をすることはなくなった。村の人達の様子を見る限りジャンヌは話していないのだろうと思う。

けれど、私は聞いてしまった。見てしまった。ジャックにまたあの話をするジャンヌの姿を。

 

「どんどん、具体的になっているの。おるれあんに行きなさいって言うのよ。ジャックはおるれあんって知ってる?」

「聞いたことある…けど、ここからじゃかなり遠い。僕らじゃとても行けやしないよ」

「そう…」

 

彼女の家の裏庭で2人は会話をしていた。小声で話していたが風向きのせいでその内容は筒抜けだった。

 

「ジャンヌ。君はどうしたい?」

 

ジャックは問う。

 

「君はその声の導くままオルレアンに行こうと思っているの?もしそう思っているのなら」

「思っているのなら?ジャックは私を止める?」

「…止めたいけれどね。君は頑固だから僕が止めたところで止まらないだろう。だから僕は君についていくよ。これでも父さんに鍛えてもらったんだ。用心棒くらいはできるよ」

 

ジャンヌは驚いていた。きっとジャックが危ないからやめろと釘を刺すと思ったのだろう。私もそう思っていた。そうするべきだと思った。

 

「でも1日待ってくれ。武器や防具一式父さんに借りないといけない」

「貴方のお父さんは多分許してくれないと思う」

「うん。だから言わないよ。勝手に借りる」

「え…」

「大丈夫。戻ってくる時にちゃんと返すさ」

 

ジャックは笑う。ジャンヌは暫くジャックをじっと見つめていた。

 

「ありがとうジャック。でもね、私は行かない」

「え…」

 

今度はジャックが驚いた。

 

「行けば本当にフランスが救われるかもしれないけれど…でも私みたいな農家の娘が行ったところで何かの役に立つとは思えないから」

 

それにね、とジャンヌは続ける。

 

「私この村が大好きなの。ジャックはここを出て遠くの知らないところに行きたいと言うけれど私はずっとここにいたい。ずっと母さんと父さんと兄さん達とカトリーヌと一緒にいたい」

「…そっか」

「ジャックとも一緒にいたいけど…でもジャックは遠くに行きたいんだよね」

「いや僕は」

「遠くに行っちゃうのは寂しいけど仕方がないよね。でも遠くに行っちゃっても、たまには村に戻ってきてね」

 

ジャンヌはギュッとジャックの手を握る。ジャックは困った顔をした。一時期ジャックはよくこの村を出て遠くに行きたいと行っていた。ジャンヌに夢中になるより前の頃の話だ。当時村の子に虐められ泣かされていたから彼はこの村が大嫌いだったのだ。けれどジャンヌに恋してから以来、彼は一度も村を出たいと言わなくなった。全く現金な子だ。

 

「君がそう思うのなら戻ってくるよ」

「ありがとうジャック」

 

約束よとジャンヌは笑う。

 

 

 

2年後、この村が。

ドンレミ村がイングランド軍に襲撃されることなど露知らず我々は束の間の幸せに酔いしれていた。



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第5話

「ーー」より下で視点が変わります。
「ーー」より上はジャック視点です。


なんてことない日常が幸せだったのだと知った。そしてその幸せは呆気なく奪われてしまうものだということも思い知らされた。

 

「大変だ!!盗賊だ!!盗賊がこの村へやってくるぞ!!!」

 

それはある日の夜。村の誰かがそう叫んだ。

 

「盗賊が?な、何でこんな何もない村に」

「分からないけど、とんでもない人の数でこの村へ突き進んでいってるのが高台から見えたんだ!」

「何人だ。俺が返り討ちにしてやる」

 

僕と同い年の青年 リュークが自信満々にそう言う。

 

「沢山だ。10や20じゃない。100人以上は絶対いる」

「じゃあまずは女子供の避難が優先だな。盗賊は俺が引きつける。ジャック、皆を避難させるんだ」

「待ちなさい。本当に盗賊なのか?確認したのか?」

「父さん?」

 

父さんはいつになく怖い顔をしていた。

 

「確認するっていったって…そんなの。人がものすごい勢いで村に来るんだ。盗賊くらいしかあり得ないって」

「旗は持っていたか」

「旗?……あぁそういえば持っていた奴がいたな」

「そうか。ジャック、リューク。全員避難させるんだ。家の中に避難させるんじゃない。隣の村まで逃げるんだ」

「父さん?何言ってるの。どうして隣まで行くんだ?奴らは食べ物に飢えているんだろう。最悪、差し出せばなんとか」

 

父さんが僕を見る。その目がとても怖かった。

 

「盗賊ではない可能性が高い。もし盗賊でなかった場合、奴らの目的はこの村を我々ごと破壊することが目的だからだ」

「…何言ってるの父さん。意味が分からないよ」

「お前には教えただろう。イングランド軍が過去どんな非道を行ったかを。奴らはただ村を破壊するために何千もの兵を送り込む。被害を受けた村がどうなったか覚えているだろう?」

「待ってよ!じゃあイングランド軍が来るってこと?何で?どうして?こんな田舎で何もない村に。こんなところ破壊しても兵力の無駄遣いだ!」

「さてな。奴らは悪魔だ。我々とは違う。何を考えているかなんて分からないさ」

 

父さんは冷静な顔でそう言う。僕は目の前が真っ白になった。

かつてイングランド軍はフランスの領土を攻撃していった。黒い甲冑を着た悪魔 黒騎士が悪戯にフランスの街を村を破壊し尽くした。フランス軍ではなく一般人を殺した。奴らが通った後は焼け野原で何も残らない。そんな地獄を黒い悪魔が作り上げた。父さんにそう教わった。だからもしイングランド軍がきたら、この村は終わりだ。

父さんも母さんも。ジャンヌも。リュークも。

皆死ぬ。

 

「ジャック、今は動揺している場合ではない。こちらへ向かってきているのがイングランド軍の場合、黒騎士がいる可能性だってある」

「っえ…な、何を言っているんだ父さん。黒騎士は死んだんだろう。そう教えてくれたじゃないか!」

「あぁそうだ。一度目は病に倒れ死に。二度目は戦死したと言われている」

「ほ、ほら。死んでるんじゃないか」

「どうして三度目を考えないんだ。黒騎士は一度死んだが一度生き返った。であれば二度生き返られない保証がどこにある」

「っ…そんなの…人間が生き返るわけないだろ!二度目に現れた奴は別人だ!黒騎士になりすましたんだよ!」

「確かにその可能性もある。だがジャック。お前は一度目に現れた黒騎士と二度目に現れた黒騎士が別人であることを証明できるか?2人の顔を見たことはあるのか?」

「…何が言いたいの」

「ジャック、覚えておくんだ。この世界は理屈では到底証明できない不可解なことが起こり得る」

 

父さんは冷静に言い聞かせる。その姿はいつも通りの父さんだから僕は余計混乱した。生き返るはずがない。人間は一度死んだらそれで終わりなんだから。あの黒騎士だって人間なはずなんだからその理に背くことなんてできないはずだ。

なのに、どうして父さんはこんな時にわざわざそんな事を話したんだ…?

 

「無駄話が過ぎだな。ジャック、早く逃げなさい」

 

ハッと我にかえる。すぐ横を村の人達が走っていった。リュークが村中に逃げろと叫んでいる声が聞こえた。

 

「と、父さんは!?」

「私は母さんを起こしてから行くさ」

 

この頃、母さんはもう起き上がることもできないほど身体が弱っていた。今の母さんに逃げるなんてことは無理だった。

 

「僕も一緒に行く!」

「ダメだ。今すぐ逃げるんだ!」

「で、でも!母さんが…!敵は僕らの家の方向から来るんだろう!母さんが危ない!」

「落ち着きなさい。お前が来たところで何が変わると思う?お前より私の方が足が速い。力がある」

「っ…そうだけど」

「母さんは大丈夫だ。私が絶対に連れて行く。お前は逃げなさい」

「…僕1人だけ先に逃げろっていうの」

「その通りだ。ジャック、変な正義感を持つな。今1番大切なことは自分の命だ。いいか、自分の命すら守れぬ者が誰かを守れるだなんて思うな。分かったら早く行け!!!!」

「っーー!」

 

父さんの怒鳴り声を受けて身体に電流が走ったような衝撃を受けた。この人の怒鳴り声を初めて聞いた。

僕は逃げた。父さんと母さんのことが心配で怖くて仕方がなかったけれど。でも父さんの言う通り僕が行ったところで何も状況が変わらないのは目に見えていたことだから。

だから僕は逃げた。

 

逃げた先で僕は信じられないものを見た。

 

「ジャンヌ!?」

 

1人逆走している子がいた。ジャンヌだった。僕は慌てて彼女の手首を掴んだ。

 

「ジャンヌ!何をしているんだ!!」

「ジャック、離して!急いでいるの!!」

「ダメだ!イングランド軍が来ているんだぞ!!この村から出るんだ!!奴らは僕らを殺そうとしているんだぞ!!!」

「姉さんが!!!カトリーヌがまだ家にいるの!!!!」

「は、な、なんで!?」

「姉さんは今日、体調が悪くて寝込んでいたの。だからまだ家にいるはず!ねぇ手を離して!!このままじゃ姉さんが!!!」

 

僕の手を離そうとジャンヌはブンっと勢いよく手を振り落とす。僕は手を離さなかった。

 

「ジャンヌ、君は逃げるんだ」

「っ姉さんを見殺しにしろというの!?」

「違うよ。僕がカトリーヌをおぶってくるから君は先に逃げるんだ。幸い君の家はこの近くだ。今僕が行けば間に合う可能性が高い」

「っ私も行く!」

「ダメだ。君は先に逃げるんだ」

「どうして!?2人で行った方が安全だよ!」

「それは違う。僕は君と背丈は変わらないかもしれないけれど、僕の方が君より力がある。カトリーヌ1人おぶってくることなんて朝飯前さ。でも君は違うだろう」

「…でも」

「ジャンヌ。たとえ君が来たとしても状況は変わらない。なら君は先に行くべきだ。安心して、カトリーヌは絶対僕が連れてくるから」

 

父さんの言葉を借りて僕はジャンヌをじっと見つめる。ジャンヌは僕の言葉を聞いて行くうちに落ち着きを取り戻していた。

 

「分かった。ジャック、絶対に2人できてね。ジャックだけとか姉さんだけが来るとかは、絶対嫌だからね」

 

ジャンヌは泣きそうな顔で言う。僕は安心した。少し嬉しかった。ジャンヌが初めて僕を頼ってくれたから嬉しく思ってしまった。しっかりと頷いてから僕は走り出した。周りの人の流れと逆走してジャンヌの家へ真っ直ぐ向かっていった。

走りながらもしイングランド軍がカトリーヌを起こしている最中に攻めてきたらどうしようとか、今まさにイングランド軍が来たらどうしようとか、情けないくらい怖い妄想が膨らんで足が震えそうになった。

 

どうしよう。怖い。

いやだ。死にたくない。

でもカトリーヌを見捨てるなんてことできない。

 

ずっとそう思いながら走っていた。

 

 

 

ヒューヒューと喉から変な音が出る。生まれつきの発作だ。けれど最近は出なくなったはずの発作だった。

 

「今、なんて…?」

 

母さんは昔から僕に泣くなと言った。それは情けないからとか、男だからとか色々な理由があったけれど1番は泣くと発作を引き起こす可能性が高いからだ。発作を引き起こすと高熱も引き起こす。最悪、死に直結する可能性もある。だから泣くなと母さんは言っていた。

 

「おいジャック…お前もう休め。カトリーヌをおぶって全力で走って逃げてきたんだろ。それにまたその発作が」

「なんて、言ったんだって、僕は、聞いてるんだ…っ!!」

 

リュークが同情の眼差しをむける。そんな目で僕を見るな。僕を憐れむな。だって僕は不幸じゃない。僕は、父さんと母さんと、ジャンヌと…この村の人達が元気に過ごしていれば、不幸になんかならない。

だから僕は不幸じゃない。

 

「……お前の両親だけが、この村に来ていないんだ」

 

父さんと母さんがいないなんてこと、あり得ない。

 

「なんで…数え間違いじゃないのか」

「バカみたいにでかいお前の父親を数え損ねることなんてあるかよ…ジャック、お前は何か知らないのか」

「父さんは、母さんを起こしに行ったんだ…母さんは最近、体調が悪くて、歩けない。から、母さんを、おぶって、ここに来るって…来るって言ってたんだ!!!!」

「お、おい落ち着け!!また発作が酷くなってる!」

 

肺が痛い。苦しい。頑張って息を吸おうとすればするほど息が吸えなくなる。

 

「大丈夫だ、ジャック。イングランド軍が来たのならフランス軍がすぐ来てくれるはずだ。お前の父さんはどこかに身を隠しているだけですぐフランス軍が保護してくれるから」

 

息を吸おうと苦しむ僕の背中をリュークが摩る。

 

「お前の父さん。元傭兵なんだろ?強いんだろ?じゃあ生きてるよ。絶対。生きてるから」

 

そう言うリュークの目はやっぱり哀れみを含んでいて、僕は彼の目を見ることができなかった。

フランス軍が来たのは、その日から7日後だった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「なんで、今来るんだ」

 

彼が私に向かって、最初に発した言葉がそれだった。

彼と初めて会った時、私は騎士としてドンレミ村へ襲撃したイングランド軍と戦かった後だった。激戦となるだろう。最悪ここで死ぬかもしれないと思ったその戦いはあっさりと終わった。イングランド軍が撤退したのだ。

ドンレミ村はさほど大きくなく特に何が優れているというわけでもない村だ。この村が襲われた理由はきっと奴らが食糧難に陥ったからだろう。奴らが撤退した後、食料を根こそぎ奪われ、家畜を全て殺され村は焼き討ちにあうという悲惨な状況だったが、確認できた一般人への被害は2人だけだった。その状況が奴らの襲撃理由を指し示していた。

被害に遭ったのは村の出入り口に近い一軒だけだった。その一軒だけ焼死体が見つかった。きっと逃げ遅れたのだろう。奴らは最悪なことに遺体を燃やした。キリスト教徒にとって、それがどんなに酷い行いか知っているはずなのにだ。

 

「なんで7日もかかるんだ…フランス軍はイングランド軍(あの悪魔)と唯一対等に戦えるんだろう。なのに、何で、そんなに、来るのが遅いんだ」

 

まるで少女のような容姿をしているから初対面の時、女の子かと思った。が、その声を聞いて彼は男なのだと察した。

 

「フランス軍が!!来るのが遅いから!!父さんと母さんは死んだんだ!!!ずっと待ってたのに!!!フランス軍が助けてくれるって信じてたのに!!!!」

 

言い終わってすぐ彼はヒューヒューと不自然な音を立てて苦しみ出した。その姿を見て、あぁ彼は気管支が弱いのだと察した。

 

「何で、焼かれた、んだ…身体を燃やされたんじゃ…!!父さんと、母さんは…!!」

 

彼はボロボロと涙を流す。見ていることが辛いと感じるほど彼は膝をついて涙を流していた。

 

「父さんと母さんが、何をしたって言うんだ…!なんで…っただあの村で過ごしていただけなのに…イングランド軍に何もしていないのに…!!2人とも、天国に行くはずだったのに…っ何で身体を燃やされないと、いけなかったんだ…!!身体を燃やされたら…最後の審判を、受けられないのに…!!」

「君、少し休んだほうが良い」

 

あまりにも苦しそうに身体を丸める彼を見て私の部下が声をかける。彼は労った部下を鋭く睨んだ。

 

「教えて、ください…っ何で、こんなに、来るのが遅かったん、ですか…ドンレミ村が、小さいから…軍事にとって、守っても、何の得にも、ならない、から…?あんな村、イングランド軍に、取られても、良いって思ってたん、ですか…!!」

「それは違う」

 

私は膝をおり、少年と目線を合わせた。

 

「我が祖国の領土において、イングランド軍に奪われてもいい土地などどこにも存在しない。確かに君の言う通り、軍事的価値は、高くないかもしれない。が、君の村は我が祖国のものだ。その時点でフランス軍にとっては大切な村だ」

「…っなら、何で…っ」

「今、多くの村がイングランド軍に襲撃されている。君の村とイングランド軍にとって襲う価値の低そうな村が、いくつも襲撃されている」

「そこまで、分かっているなら。何で、7日も、かかっているんだ…っドンレミ村が襲われるって、フランス軍は分かってたんでしょう!?」

「いいや、分かっていなかった…正直に言おう。我々にはイングランド軍の目的が、見えないんだ。襲撃された村はどこも位置がまちまちで、特徴は何一つないんだ。一致していることは襲われる日が重なっていることだけ。村は完全にランダムで、襲われている…だから、対応がどうしても遅れてしまう」

 

彼が真っ直ぐ私を見る。そんなわけないだろう、とその目が言っている。

 

「ランダムなわけ、ない…イングランド軍(あの悪魔)が目的もなく、そんなこと、するわけがない。何で、目的が、分からないんだ…貴方は、騎士なんでしょう。教育を受けているはずだ」

「そうだ。だが、いくら上等な教育を受けたところで相手は悪魔だ。おそらく我々とは根本的な考え方が違う」

 

彼は俯いた。しばらく俯いてからまた顔を上げた。

ふと、少し離れたところで彼を見つめる女の子に気がついた。なんてことない田舎娘だが、どことなく神秘的な雰囲気を感じた。

 

「どうすれば、悪魔を殺せますか」

「少年。悪魔と戦うのは我々軍の仕事だ。君の仕事ではない」

「じゃあ、軍に、入れば、いいんですね…どうやって、どうすれば、軍に、入れますか」

「少年、君では無理だ。君はまだ幼い」

「っ僕は19だ!少年、じゃない」

 

一瞬言葉に詰まった。とても19とは思えないほど華奢で小さな子だったからだ。

 

「それは失礼した。だが君は気管支が弱い。身体も小さい。それでは軍の入隊許可は下りないだろう」

「っ…」

 

彼が私を睨む。私は真っ直ぐ見つめ返した。

 

「君、名は何という?」

「…ジャックです」

「そうか。私はジル。ジル・ド・レェ…ジャック。両親を救えなくて本当にすまなかった。これは私の責任だ」

 

頭を下げる。部下が慌てて何をされているんですか、この少年は農民ですよと言う。

青年…ジャックは驚いていた。まさか騎士が農民に頭を下げるだなんて思いもしなかったのだろう。私も、おそらく私以外でこんなことをするような騎士を知らないのだから彼が驚くのも当然だ。

 

イングランド軍(あの悪魔)を憎む気持ちはよく分かる。だがジャック。その憎しみは君を苦しめるだけだ。だからどうか、その気持ちを私に預けてほしい。我々フランス軍は決してイングランド軍に屈しない。いつか、フランス軍がイングランド軍を倒し、この戦いを終わらせる。約束しよう」

 

だから君は、ご両親が過ごせなかった分だけ生きるんだ。憎しみに囚われることなく長生きして幸せに生きるんだ。

ジャックは私の言葉を聞いて、唇を噛み締め泣いていた。ジャックは純朴そうな青年だ。イングランド軍さえ来なければあの村で大人になり、あの村で結婚し、子を養い。一生あの村で幸せな日常を送っていただろう。

私は彼を抱きしめた。彼はずっと泣いていた。

 

あぁ、早く。早く、こんな戦争を終わらせたい。

もう2度とこの青年と同じ苦しみを誰にも負わせたくない。

この青年も、いつか、幸せを掴んでほしい。

 

私は本気でそう思っていた。

 

 

だが3年後、この青年こそ悪魔だったと思い知らされることになる。

 

 

 




補足
キリスト教には最後の審判というものがあり、この審判で天国に行けるかが決まるらしいです。
けれどその審判は肉体がないと受ける権利すら与えてもらえないので当時火刑が最も重たい刑の一つとされていただとか。
ジャックの両親はキリスト教徒でしたが遺体を燃やされたことで天国に行くことができなくなってしまった。という話でした。



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第6話

”君はご両親が過ごせなかった分だけ生きるんだ"

 

ある騎士が僕にかけてくれた言葉が頭にチラつく。まるで僕を止めるように何度も何度もあの時の彼の声が蘇る。

 

「ジャック…本当に来るの?」

「当たり前さ。約束しただろう。君がその声に従うのなら僕もついていくって」

 

僕はジャンヌに笑いかける。ジャンヌは心配そうな顔をしていたけれど分かったと言ってくれた。

 

 

”憎しみに囚われることなく長生きして幸せに生きるんだ。”

 

無理だ。そんな簡単に割り切れる訳ない。僕は父さんと母さんが何よりも大切で大好きだったのだから。2人を身体ごと燃やし尽くした悪魔を僕は許さない。1人でも多くあの悪魔を殺す。いつかフランスの地から1人残らず悪魔を撃墜するんだ。もう誰にも僕のような思いはさせないために。

 

心の中でそう返事をして僕とジャンヌは彼女の聞いた神の声に従いフランスを救うためヴォークルールの街へ向かった。

 

 

 

 

「一回も襲われないとは思わなかった」

「うん。良かった」

 

ヴォークルールへは拍子抜けするくらいあっさり到着した。イングランドに支配された街が周りに多かった上に盗賊だっているのだから命懸けの旅だったはずなのに。

 

「ジャンヌはどうして襲われなかったと思う?」

「え?分からない。でも襲われなかったから良かったよね」

 

相変わらず楽観的な子だ。ニコニコと笑うその姿は愛らしいがどこか頭が弱く見えるのは何故だろうか。

…どうしてこの子が神に選ばれたのだろうか。

僕は考えた。考えたところで答えは分からないけれど。多分ここまで何事もなかったのはジャンヌの特別な力が守ってくれたんじゃないかと思う。だってただの農民2人がヴォークルールまでふらふらと歩いてきたんだ。碌な武器もない僕らを悪戯に殺すような人がいたって不思議じゃなかったのに。まるで誰かに守られているかのようにここまで安全にこれた。これを不自然に思わないのはジャンヌくらいだろう。

 

「えっと、守備隊長に会いに行くんだよね?」

「うん!王太子に会うためにまずは守備隊長にあうんだって」

「何で王太子に会うためにヴォークルールの守備隊長に会わないと行けないんだろう?」

「王太子に会うための従者をつけてもらうためだって」

「…なるほど?」

 

理屈は簡単だけどジャンヌの言う神の指示はとんでもなく難易度が高い。まず守備隊長に心を開いてもらわなければならないのだ。農民が。守備隊長が誰だか分からないのに。今日ヴォークルールに来たばかりだから。そもそも隊長なのだから、たとえ顔を教えてもらっても会うことすらままならないのではないだろうか。

はぁ。前途多難な旅だ…。どうすればこの状況切り抜けられるだろうか。

 

「すみません。守備隊長殿はどちらにいらっしゃいますか?」

 

「えっ…」

 

悶々と悩んでいるといつの間にかジャンヌが街ゆく人に声をかけていた。それととても直球な質問で。あまりにも怪しすぎる…!僕は慌ててジャンヌに近づいた。

 

「守備隊長なら、ほら。あそこにいる人だよ」

「あぁ彼が!ありがとうございます!!」

 

「えっ…」

 

あっさり教えてもらっていた。嘘だ。何でこんなにも怪しいジャンヌに教えてくれるんだ。しかも何で普通に守備隊長が街にいるんだ。

 

「ジャック!あそこにいる人が守備隊長だよ」

「…本当の情報だよね?嘘つかれてたりして…」

「どうして嘘をつくの?」

「……それは」

 

それは君がとても怪しかったからさ。心の中でだけ返答し僕は有耶無耶な言葉で誤魔化した。

 

「念の為もう1人くらい聞いておこう。僕らはあまりにこの街に無知すぎる」

「どうして?この街に来た目的は守備隊長に会うためだよ。彼がその守備隊長だと分かっているのなら聞く必要ないじゃない」

「いや、信憑性が」

「どうしてジャックは疑うの?あの人は嘘をついてなんかいなかったよ」

「そういうジャンヌはどうして嘘をついていないって思うのさ?」

「え?だって信じているから」

 

ジャンヌはとても真面目な顔で答えた。なんて危ない子なんだろう。やっぱりこの子は僕が守らなければならないと思った瞬間だった。

 

 

 

 

「お願いします!私はフランスを救わなければならないのです!」

 

結局1人目の人の言うことを信じることになった。ジャンヌは守備隊長とあろう方に頭を下げてお願いする。僕も続く形で頭を下げた。

余所者の、しかも田舎からきた女と男になんてきっと真剣に取り合ってもらえない。そう思いつつジャンヌの必死さに圧倒されて僕は必死に頭を下げた。

 

「私はこれから王太子に会わねばなりません」

「何を言っているんだ…っち、お前。最近流行りの予言ごっこか」

 

守備隊長が嫌悪感丸出しで僕らを見下し手を振り上げる。僕は咄嗟に彼女の前に立った。

 

「騎士が女性に手をあげるのですか」

「はっ。これだから田舎者は…いいか、騎士道というものはなぁ!!」

「っガァ!?」

「!?ジャック!!」

 

突然腹に蹴りを入れられた。力を受け流したはずなのに腹に激痛が走った。まともに受けていたら骨までいっていただろう。

 

「貴族の世界の話さ。お前ら農民なんて相手にしないのさ。分かったら2度とここへ来るな」

「ジャック、怪我は…」

「大、丈夫…それよりジャンヌ。戻ろう」

「だ、だめ!だって…っ私たちは!」

「うん。分かってるから。戻ろう、ジャンヌ。また会えるから」

 

また会えるからという言葉に隊長の目が鋭くなる。2度と来るなと言っただろう、とその目は言っていた。僕は訂正なんてせず、その場から離れようとしないジャンヌを半ば引きずるような形でその場を後にした。

 

 

 

「ジャンヌ。正面突破はダメだ。あの人は僕らを人として見てはいないよ」

「……ジャック、怪我をしたでしょう。ごめんなさい。私を庇ってくれたんだよね」

 

ジャンヌは僕の言葉が聞こえなかったかのようにそう言う。

 

「大したことないよ。力を受け流したから…まぁ受け流したつもりで受けちゃったんだけど…はははっ痛ぁ……やっぱり、笑うと痛むね」

 

ジャンヌの顔が悲しみに歪む。本当に大したことないのに。2、3日すれば放っておいても痛みなんてなくなるだろうに。怪我の具合が分からないジャンヌはここに来たことを後悔しているのかもしれない。

 

「ジャンヌ、こんなことで悲しんじゃいけないよ。君はフランスを救いに来たんだろう。君だって犠牲なしに救えるだなんて思っていないだろう」

「それは…でも」

「でもじゃない。言うまでもないけれど、こんなの怪我に入らない。これから先、僕らは戦場にたつかもしれない…いや、絶対に立つんだろう?なら死ぬかもしれない」

 

「ジャンヌ、僕はね。君についていくと言った時から命を懸けて君を守るつもりでいたさ。だからこんなことで悲しまないでくれ。たとえ僕が死んでも君は悲しまないでくれ。君のために死ぬのだとしたら本望さ」

 

ジャンヌは僕の言葉を真剣な顔で聞いていた。時折泣きそうな顔をしていた。

 

「じゃあ、ジャックも」

 

暫くの沈黙の後、彼女は言う。

 

「もし、私が死んでも悲しまないで。私の死がフランスのためにあるのだとしたら、私は本望だから」

「そんなことはさせない。君は絶対死なせやしない。君は絶対僕が守るから」

 

間髪入れずに言う。ジャンヌは小さな声でありがとうと言った。

 

「重たい話になってしまったね。ごめんよ。今はこんな話より目の前の問題について話そうか」

 

わざと明るく言う。ジャンヌはほっとした顔をしていた。

 

「明日からは、もうあの隊長に会いに行くことをやめよう」

「どうして…それじゃあ王太子に会えないじゃない!!私たちは何のためにここまで来たと思っているの」

「うん。だから、あの隊長には僕らから会いに行くんじゃなくて、あっちから僕らに会いに来てもらうようにしよう」

 

僕がそう言うとジャンヌはポカンと間抜けな顔をした。

 

「どうやって…こっちから会いに行ってお願いしてもあの人は相手にすらしてくれなかったのに」

「僕らは怪しいからね。相手になんかしてくれないさ」

「怪しくないよ。私たちは神に導かれるままにここに来ているんだから」

「うーん…」

 

思わず言葉を濁す。ジャンヌからしてみれば真実を口にしているだけなのだろうけど側から見れば怪しいのだ。そばに居る僕がそう思うのだから、あの隊長がどう思ったかなんて明らかだ。

 

「僕らはまだここに来たばかりだ。まだ誰も僕らのことを知らない。知らない人の言うことを簡単に信じられると思うかい?」

「知らない人でも嘘をついていないのならば信じられると思う」

「……あぁそうか。君はそういう子だよね。だけどね世の中には僕のように知らない人を簡単に信じられない人だって居るんだ」

 

そう言うとジャンヌは驚いた顔をした。どうしていつも一緒にいたのに僕が用心深い性格だって知らないんだろう、この子は。明らかに僕に興味がないことを痛感し僕は傷ついた。彼女にプロポーズをしてしまった日から脈が一切ないのは分かっていたけれど今とどめを刺された気分だ。

 

「君の話を聞かせるんだ。この街の人たちに。僕らが何のためにここに来たのかを」

「で、でもジャック。神の声の話はあまり人に言ってはいけないんじゃなかったの?」

「君は…僕の言ったことを覚えていてくれていたのか」

「え?うん」

 

少し感動した。ジャンヌはキョトンとした顔で僕を見ていた。

 

「あの頃は村にいたから。君が異端者だと周りの子らに言われて虐められるんじゃないかって心配して言ったのさ。でも今は違う。ずっとここに居るわけじゃない。それに僕はあの頃よりも強くなった。たとえ君に酷いことをしようとする奴が現れても君を守る自信がある」

「守る守るって…私だって自分の身くらい守れるよ」

 

ジャンヌは膨れっ面でそう言う。思わず苦笑いをした。実を言うとジャンヌに危害を加えようとする人が現れる可能性は低いと思っていた。最近はジャンヌと同じように予言を言う人の噂はそこそこ広まっていたから。そしてその人たちは軍に迷惑がられているだけで誰も罰を受けた人がいなかったから。

ここでジャンヌが話したとしても大事には至らないと思える自信があった。

 

「いずれにしても僕らの味方は多いに越したことはない。君の救いたいフランスはただの土地じゃない。フランスで生きる僕らも救いたいんだろう」

 

ジャンヌは頷いた。

 

「ならフランス人に君の話を伝えなければならない。僕らだけがどんなに頑張ってもたかが知れている。けれどフランス人全員が頑張ったら、話は別だ」

「分かった。じゃあたくさんの人に話しかけよう!」

 

ジャンヌは周囲を見渡す。とりあえず目に止まった人に話しかけようと思っているのだろう。

 

「待つんだ。こんな人気の少ないところじゃなくて大通りに出てからにするんだ」

「どうして?」

「そっちの方が効率が良い」

「?」

「沢山人がいるだろうから、多くの人に聞いてもらえるだろうってこと」

「そう。そっか。ジャックは頭がいいね」

「え?そんな賢いこと言っていない」

「ジャックは正しいと思う。けれど、そうしたらあの人はどうなるの。あの人が大通りにこなかった場合、あの人に話を聞いてもらう機会がもうこないかもしれない」

「大通りで君の話が噂になればいい。噂好きな人ならすぐ聞きたがるはずだ」

「あの人が噂好きだってジャックには分かるの?」

 

ジャンヌは真っ直ぐな目で聞いてくる。僕は答えられなかった。

 

「私は皆に聞いてもらいたい。だって皆にとってこの話は嬉しいはずだから」

「……分かった。でもあの人の後はちゃんと大通りに行くんだよ。約束だからね」

「うん!」

 

ジャンヌは笑顔で頷いた。笑顔が眩しくて僕は顔を背けた。

 

あぁ、どうしよう。やっぱりジャンヌが好きだ。彼女は僕のことなんか異性とも思っていないだろうけど。もうとっくにプロポーズまでして振られてしまっているけれど。

でも、やっぱりジャンヌが好きだ。

 

その後、ジャンヌは約束をすっかり忘れてその通りで見かけた人1人ずつに声をかけてしまったせいで大通りには翌日行くことになった。

 

 

 

 

「話を、聞こう」

 

守備隊長は予想よりも早く僕らの元へ訪れた。もっと時間がかかると思っていたけれど、この間のジャンヌの予言のおかげだろうか。彼は少し疲れた顔をしている。ジャンヌの周りの熱気に当てられたか、はたまたすっかりジャンヌの信者となった人たちが守備隊長の元へ行って抗議でもしていたのか。

かくいう僕も実は顔色が悪いとジャンヌに言われたばかりだ。慣れない環境だからか、最近はどうも夢見が悪い。

隊長は大通りで語っているジャンヌとそれを見守る僕に対し、来なさいと言った。

 

「先日のオルレアンの戦い。その予言をしたのはどっちだ」

「私です」

「…そうか」

 

よりにもよって女か、と隊長は愚痴を零す。

 

「女ですが、これでも村では負け知らずでした」

「はっ…そりゃあまぁ、元気なこった」

 

隊長ははぁと大きなため息を吐いた。

 

「神の声が聞こえるという話は、本当なのか」

「はい」

「…そうか。で、こっちの男はなんだ。お前の旦那か」

「僕はただの用心棒です」

「はん…じゃあ壁役ってことだな」

 

ガシガシと彼は自らの頭をかく。

 

「望みはなんだ」

 

突然彼は真剣な顔でジャンヌに問うた。

 

「私の望みは、フランスを救うことです」

「そうじゃない。私に望むことだ」

「王太子に会わせてください」

「居場所を伝えろってことか。なるほど。望みはそれだけか。王太子はシノンにいる。さぁ、これでいいか?」

「馬を!馬を貸してください。従者と護衛の兵士も。この子が無事に王太子の元へ安全に行けるように」

 

すかさず口を挟む。隊長が面倒くさそうに僕を見た。

 

「お前には聞いちゃいないが…」

「まさか守備隊長ともあろうお方がフランスの希望の子に何も貸し出さないおつもりですか」

「フランスの希望の子だと」

「えぇそうだ。ジャンヌは神の声が聞こえる。フランスを救う術を教えてくださる神の声がこの子だけが聞こえるんだ。彼女こそがフランスの希望。彼女こそがイングランド軍を倒す鍵といえるでしょう!」

 

隣に座るジャンヌは驚いた顔で熱烈に語る僕を見つめていた。僕がこんなことを言い出すとは思わなかったのだろう。僕もこんなことを言うつもりはなかった。けれど、言うしかないと思った。隊長がジャンヌの言葉に耳を傾けるようになった今、この瞬間を逃してはならぬと思った。

 

「護衛はダメだ。今そんなところに兵力をさく余力はない」

「っフランスの希望を、みすみす危険な目にあわすおつもりですか!?」

「村では負け知らずだったんだろ?」

 

隊長は笑う。酷く馬鹿にした笑い方だった。

 

「村の中と外では話が違う!」

「あぁそうだ。だが、何で護衛が必要なんだ?お前がいるだろう。お前、この子の壁役なんだろう。なら死に物狂いで守れよ。それがお前がここにいる理由だろう」

「っ…」

 

僕は、何も言い返せなかった。

 

「その他の注文は聞いてやる。ただし、この子の言うことが嘘だった場合、あるいはこの子が途中で死んだ場合は話が別だ。知っているか。馬一頭借りるだけでお前らは借金地獄になる。家族を不幸にさせたくなければ頑張ることだな」

 

話は以上だ。

隊長は冷たい声で言い、僕らを追い払った。

 

 

部屋を追い出されてから出発の日まで僕は情けないことに恐怖で涙が出そうだった。

王太子がいらっしゃると言われたシノンはここからかなり遠い。10日はかかると言われている。それに途中イングランド軍に支配された街は沢山ある。いつ襲撃されてもおかしくはない。いつ殺されてもおかしくない。

 

死ぬのは怖い。まだ死にたくない。

 

僕の頭は一気に恐怖で一色になる。ジャンヌは日に日に血の気が引く僕をいつも心配そうに見つめていた。情けない。自分が本当に恥ずかしい。いくら歳を重ねても体を鍛えても僕の心はちっとも強くなりやしなかった。

そんな僕の心の弱さを表すように、僕は毎晩夢を見ていた。

ジャンヌが父さんや母さんと同じようにイングランドに殺される夢を見ていた。

 

 

「ジャンヌ…何をしているの」

 

出発の前日、ジャンヌは刃物を僕に差し出した。

 

「な、何をしようと言うのさ。君は、フランスを救うんだろう?なんで今刃物なんか」

「髪を切ってもらいたいの」

「え…?髪?」

「うん。隊長が危ない旅になるだろうから髪を切って男装した方がいいって。女の姿のままだと襲われてしまうことが多くなるって」

「そ、そう…なんだ」

 

声が裏返った。恥ずかしい。

連日見る悪夢のせいで今ジャンヌがこの刃物で僕に殺されようとしているのかと一瞬でも思い込んでしまったことが恥ずかしい。

愛するこの子が大切な髪を切り、男装をしろと言われたのは単に僕では何かあった時ジャンヌを守れないだろうと守備隊長が思ったということだ。事実、隊長の思うとおり、もしイングランドの兵と交わったら僕1人でジャンヌを守るなんて不可能だ。

 

情けない。僕が、もっと強ければ。

もしここにいるのが僕ではなく父さんだったら。きっとジャンヌを守れただろうに。隊長に信頼してもらえただろうに。

 

「ジャック?どうしたの?」

 

黙り込んだ僕をジャンヌが心配そうに見つめる。最近のジャンヌはこんな顔ばかりだ。

 

「なんでもないよ。でも、僕人の髪なんて切ったことないからきっとジャンヌの髪を台無しにしてしまうよ…隊長に誰か人を紹介してもらおう」

「ううん、ジャックに切ってもらいたい。こんな危険な旅についてきてくれる貴方だから切ってほしい」

 

ジャンヌは微笑む。僕はジャンヌにこんなことを言わせてしまった自分が悔しかった。

 

「ジャック、どうして泣きそうな顔をしているの?」

 

ジャンヌが問う。僕は答えずに、切るから向こうを向いてと言った。

 

強くなりたい。

この子が男装なんてせず、胸を張って生きていけるように。

強くなりたい。

この子を襲う脅威全てを切り裂く刃となりたい。

 

ただただ願った。毎晩教会へ行き願っていた。

 

そんな恐怖の中向かったシノンへの旅は、また不自然なほど何事もなく辿り着くことができた。




ただの農民が神の声を聞いたといったとして、軍が国が認めてくれるはずがない。ならば、同じ身分の低い市民らをジャンヌの信者にしてしまえ。フランス人の中でも1番多いのは身分の低いものなのだから。数の力で軍に、国に認めさせるしかない。

というジャックの考えでした。

今回から百年戦争介入です。


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第7話

「ーーー」よりも上がジル・ド・レェ視点
「ーーー」より下がジャック視点です。


果たすことのなかったはずの再会がなされた。戦地という最も会いたくない環境下で青年は予言者の少女の隣で私に微笑んだ。

 

オルレアンに予言者の少女がやってくるという噂は聞いていた。その少女は巷によく聞く妄言吐きとは訳が違う。本当にイングランド軍とフランス軍の戦いを言い当て、フランス軍が負けるということまで言い当ててみせた正真正銘の予言者だった。

 

 

「ぼ…私のことを、覚えていらっしゃいますか」

 

彼は言いにくそうにそう言った。

あぁ、覚えているとも。両親を悪魔(奴ら)に殺され嘆き悲しんでいた君を。憎しみのあまり軍へ入隊したいと言ってきた君を。

 

「一人称を変えたんだな」

「は、はい…ラ・イール様から、直すように言われまして」

「ははっ確かに彼なら言いそうだ。どうか気を悪くしないでくれ。彼はからかい癖があるんだ」

「勿論です」

 

彼は少し離れた先を見つめている。私も同じところを見ていた。

予言者。あの時この青年を見つめていた、どこか神秘的な少女。ジャンヌ・ダルクを見ていた。

 

「何故ここで待機しなくてはならないのですか!!オルレアンはもうすぐそこなのに!!」

 

彼女は大変憤慨していた。オルレアンから少し離れたここでの待機命令に不満を抱いているようだ。

 

「彼女が予言者だという話は、本当なのか」

「はい。ジャンヌはここオルレアンでイングランド軍と戦うことになると言い当てました。その戦果も全て」

 

ギラリと彼の目が光った。

 

「だから王太子様もジャンヌに傭兵隊長を紹介したんです。王太子様はジャンヌをフランスの希望だと信じてくれたから」

「フランスの希望?」

「ジャンヌはフランスを救うためにここまできたんです。もう血を流さずに済むように。この戦いを終わらせるために。これがフランスの希望と言わずしてなんと言えましょうか」

 

必死に語る彼を見て、あぁそうかと思った。怖いのだ彼は。あの少女を失うのが。だから私のような騎士が彼女の味方につくように必死に言葉を紡いでいるんだ。

 

「君が戦場に来た理由はあの少女を守るためか」

「…それが第一です」

「第二はなんだ。イングランド軍を殺したいのか?」

「……。悪魔をこの世から消し去りたいと思う気持ちは、そんな目で見られるほどいけないことなのでしょうか」

 

彼はあえて否定せず真っ直ぐ私を見る。

 

「もう私のような思いをする人がいなくなるように、あの悪魔を倒したい…!誰かがあの悪魔を倒さないとフランスは救われない!だから、まだ未来ある誰かではなく、もう大切な人を悪魔に奪われてしまった僕が…私が行くべきだ」

「君にはあの少女がいるだろう。彼女は君の大切な人なのだろう」

「もちろん、ジャンヌを守ることが第一です…それは絶対変わらない」

 

「今いかなければ救える命も救われません!!!」

 

また遠くでジャンヌ・ダルクが怒っていた。

 

「私如きが君の気持ちを否定しようなんて烏滸がましいことはしない。が、私は君が心配だ。いつか君が憎しみに囚われてしまいそうに見えるんだ」

「お気遣い感謝いたします。男爵様。けれど例えそうなったとしてもこれは私が自ら選んだ道です。決して後悔しません」

「君は…」

「それに、おそらくそうはならないと思います。私にはジャンヌがいますから…死んでしまった人の無念より今一緒に生きてくれる人の方が大切だということくらい私にも分かります」

 

彼は微笑む。一見すると少女と勘違いしてしまいそうな可憐な笑みでジャンヌ・ダルクを見つめている。

 

「…変に畏まる必要はない。ジルと呼んでくれ。その方が私がやりやすい」

 

彼は大きく目を見開き、これ以上ないほど驚いてから承知しましたと口にした。それから良い加減ジャンヌを止めようと彼は彼女の元へ駆けつけた。

 

「ジャンヌ、落ち着くんだ」

「これが落ち着いていられますか!すぐそこで助けを待っている人達がいるというのに!何故私達はこんなところで待機しないといけないんですか!!」

「だからそれはさっき言っただろう。頭の悪い嬢ちゃんだな。オルレアンの周りを一体どれだけのイングランド軍が待機していると思っているんだ。しかも奴らの司令塔は黒騎士と聞いている。あの死んでも生き返る化け物が俺達を待ち構えている。今戦えば私達は奴らの格好の的だ。いいか、ただ突撃するだけが軍隊じゃないんだ。ちゃんと勝ち筋のある戦術を立てねばいけない」

「では早く戦術を立てましょう」

「それがどんだけ大変か分かってないだろ」

 

ラ・イールは大きくため息を吐く。ふと彼がこちらを見た。そして目で私に言う。助けてくれと。私は笑いながら彼らに近づいた。

 

「失礼。私も話に混ぜてくれないか」

「おうジル。この嬢ちゃんしつこすぎるんだわ。お前に任せたわ」

「貴方は…」

 

ジャンヌ・ダルクが私を見る。覚えていたのか驚いた顔をしていた。

 

「ジル・ド・レェといいます。フランスの希望、ジャンヌ・ダルク」

 

畏まった私を見てジャンヌはさらに驚いた顔をした。貴族にこのような扱いを受けたのはきっと初めてなのだろう。

 

「え…っジャ、ジャック!また貴方変なことを言ったんでしょう!」

「変なことは言っていない。彼に君のことを聞かれたから真実を言ったまでさ」

「そういうことだ。貴女はフランスの希望なのだから私は貴女様に誠意をと思ったまでです」

 

ジャンヌは複雑そうな顔をした。これでは話が進まないと思い私から、それで、一体何をお悩みで?と尋ねた。

 

「今すぐオルレアンをイングランド軍から解放したいのです」

「あのなぁ…そんな簡単な話じゃないって言ったろ」

「貴方は傭兵隊長なのでしょう?貴方をもってしてもできないのですか」

「当たり前だ。報告受けただろ。もう包囲されているんだよイングランド軍に。奴らの数が多すぎる。長期戦に持ち込まないと絶対無理だ」

「…オルレアンは、長期戦に耐えられるんですか」

 

ジャックが静かに問う。

 

「もうオルレアンがイングランド軍に包囲されて何日も経過したと聞いています。長期戦で勝ったとして、オルレアンから出られないフランス人がその間、耐えられるんですか。食料の問題は」

「あぁ。だからまず戦うより先にこの川を渡り食料を届ける。イングランド軍(奴ら)に見つからないように、極秘にな」

「では今から食料を」

「だから今は待機だって言ってるだろ!」

「何故ですか!!!」

 

ジャンヌが激しく問う。

 

「ジャンヌ、きっとまだ準備ができていないんだ。極秘に行うのであれば如何にイングランド軍に見つからずに遂行するかが重要だ。その為に準備は十分すぎるほどするべきだ」

「いやもう準備はできている」

「じゃあ何故!!」

「こういうのにはな、タイミングってもんがあるんだ」

「タイミング?一体何のタイミングを待っているんですか」

 

ラ・イールはふっと笑い、手元の旗を立てた。

 

「見てみろ。今旗はどちらから来ている?完全に向かい風だろう。こんな風の中川を渡ったところで追い返されるのが関の山だ」

「それは…でも、じゃあ。風向きが変わるまで待機ということですか。いつ、風向きが変わるかも分からないのに…っ」

 

ジャックはやや興奮気味にくらいつく。ラ・イールは変わらず落ち着いていた。兵士であればこういった状況に何度も陥る。が、ジャックとジャンヌがここが初めての戦場だ。この合理的で冷酷な判断に納得ができないのだろう。

 

「そうだ。今晩はもうダメだろうから明日風向きが変わるのを祈るしかないな」

「明日、風向きが変わる保証なんて、どこにもないじゃないですか」

「あぁそうだ。だが風向きが変わるまで私達は待機だ。ただでさえ兵士の数に差があるんだ。ここで無駄に命を失うわけにはいかない」

「いいえ」

 

黙り込んでいたジャンヌがはっきりとした口調で言う。

 

「いいえ。風は今すぐに変わります」

 

さっと彼女は手に持っていたイエス・マリアの旗を立てた。

 

「はあ。嬢ちゃん、何を言って……っ!?」

 

ジャンヌがそう宣言したと共に信じられない程の突風が巻き起こる。

一瞬にして、風向きが変わった。

 

「参りましょう!!今がタイミングです!!今こそ我が同胞に食料を届けに行くのです!!!」

 

ジャンヌの宣言通り、我々は食料を届けにオルレアンへと向かうことになった。

 

 

「ジャンヌ・ダルクだ!!フランスの希望の子!!神の子がオルレアンに来たぞ!!!」

 

どこからか住民の歓喜に喚く声が聞こえる。ジャックはその声を聞き安心した顔をしていた。ジャンヌがオルレアンで歓迎されていることを知って喜んでいるのだろう。

 

「何故また待機なのですか!!!」

 

そして当の本人はまた怒っていた。

 

「食料はもう届け終えたのですからイングランド軍に戦いを挑むべきです!」

「だから今は無理だって言ってんだろ。ったく何回説明させれば気が済むんだよ」

 

ラ・イールはどこまでもついて来ようとするジャンヌを煩わしそうに見る。

 

「向こうは推定5000以上の兵。こっちは4000程度の兵だ。が奴らと違いこっちの兵は碌に訓練を受けたこともないお前と同じ農民がほとんどだ。しかも向こうはすでにオルレアンを包囲している。そんな状況で戦いを挑んでも負けるんだよ。だから私達は奴らの動きがあるまでは待機するしかない」

「それではオルレアンは解放されません!!外で私達を歓迎する声を聞いたでしょう。彼らは我々を受け入れてくれた。なのに私達は」

「話は以上だ。俺は軍議に参加せなならん。お前は来るなよ。この間喚き散らして入室禁止命令出てるんだからな」

 

ジャンヌがグッと押し黙る。彼女は攻撃を強く主張した結果それを煩わしく思う上層部から軍議への参加を却下されてしまったのだ。

 

「ラ・イール様。私は参加してもよろしいでしょうか?」

 

ジャックが挙手をする。ラ・イールは面倒くさそうに彼を見た。

 

「なんだジャック。またジャンヌにあてられて攻撃攻撃いうようじゃあお前も禁止命令出るぞ」

「私がそういうと思いますか?」

「…さてな。まぁ。ちょうど同じメンツばかりで飽き飽きしていたところだ。連れて行ってやる」

「ジャック…」

 

ジャンヌは心配そうに彼を見つめた。彼はジャンヌに笑いかけた。

 

「ジャンヌは街に出てみるといいよ。皆君に会いたがっている。君も長旅で疲れているだろう。街でゆっくりするといい」

「…でも」

「終わったらすぐ君のところに行くから。それまで羽を伸ばして休むんだ。いいかい、ジャンヌ。休むのも大切なことだ。いざというときに疲れていたせいで力を発揮できなかったらダメだろう」

「……分かった」

 

渋々ジャンヌが頷く。ラ・イールはおぉっと声を漏らした。

 

「よくその頑固娘を納得させられるな。次ジャンヌが暴れたら必ずお前を呼び出すことにしよう」

 

ジャンヌがムッとした顔をするもラ・イールは全く相手にせずジャックを連れて行く。ジャンヌは2人の後ろ姿をずっと見つめていた。

 

「ではジャンヌ。我々も参りましょう」

「え?」

「オルレアンの街へ。私がお供いたします」

「そんな、い、いいです。1人でいけます」

「いいえ。貴女を1人にしてしまっては私がジャックに怒らせてしまいそうだ」

「ジャックはそんなことで怒ったりしません」

「いいえ。そんな事はない。少なくとも貴女に限ったことに関しては」

 

ジャンヌは困惑した顔をする。この少女は知らないのだ。ジャックがどれだけこの少女を愛しているのか。見返りを求めない彼の片思いに、この少女だけが気付かない。

 

「ジャンヌ、どうかここは私の身の安全のために同行することを許してくださいませんか」

 

彼女は困惑したまま頷いた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「完全に包囲されてしまっている以上、増援を待つしかあるまい」

「しかし増援を呼んだとしても果たしてうまくいくか…もう呼べる援軍は農民の寄せ集めばかりだろう」

「数で押し切るしかあるまい…向こうがこちらの兵数に怯え撤退してもらうのが一番理想だがな」

「そんな期待持つだけ無駄だ。イングランドの考え等どうせ理解できん」

 

ラ・イール様ははぁと大きくため息を吐いた。

 

「あの、よろしいでしょうか」

「あ?なんだジャック。この通り私達は待機するで意思を決定しているが何か言いたいことでもあるのか」

 

椅子から立ち上がった僕をラ・イール様は面倒くさそうに眺める。

 

「確かに我々は敵に包囲されています。特に西側にはあまりにイングランド軍の目が厳しく正確な数が把握できていない、そう仰いましたね」

「あぁ、そうだ。で、それがなんだってんだ」

「であればおそらく東は手薄なはずだ。砦だって一つしかない」

「だが森の中に潜んでいる可能性だってある。砦にしか敵がいないと思うなよ」

「それは勿論。ですが、おそらく敵の数は5000〜7000程度です。西側に陣形を固めている数が多いのなら過半数は西側にいることになる」

「何故敵の数が分かる?」

「確証はありません。今までの戦いで聞いたイングランド軍の数、そして並行して襲撃されている数を計算するとざっとそれくらいの数値になります」

 

ラ・イール様はジッと僕をみる。まるで品定めをされているようで居心地が悪かった。ラ・イール様は小さく息を吐いてから続けろと言った。

 

「まず東側サン・ルー砦に1000の兵力で出向いて叩きます」

「向こうがすぐ気付いて返り討ちにあうだろ」

「勿論、気付かれない前提です。直接東の砦にいくのでなく迂回して北側の森を通る。幸い、この辺りは風が強く人の流れが分かりにくい環境だ」

「西側は常にこちらの動向を監視している。北の森に兵士が向かったら気づかないはずはない」

「西側の目をこちらに向けなければいい。500の兵士を向かわせます」

「馬鹿が。こんなのその兵士が敵に近づくより先にこちらが全滅する。相手はあの長い弓を使うんだ。私達とは射程距離が違う」

「くそ…こちらにもあの弓さえあれば…」

 

誰かがポツリとぼやく。確かに推定500m先まで届くという奴らの武器・ロングボウは厄介だ。あの武器のせいでフランス軍は何度もイングランド軍に敗北している。

 

「火薬はありますか。可能な限り濃い煙が欲しい。ロングボウが強力な武器であったとしても当たらなければ脅威ではありません」

「!……目眩しをするつもりか」

「はい。奴らの目を奪い、奴らの情報網を防ぐ。正確な数を視認できず敵がどこにいるか分からないのであれば奴らは攻撃するか迷うでしょう」

「まぁな。だが迷ったとしても奴らは攻撃するだろう。お前のいう通り正確な位置が分からないから無駄に弓を失うことになる。」

 

だがな、とラ・イール様は続ける。

 

「おそらくその500人の囮は死ぬぞ。お前は、そいつらの命を奪う責任と覚悟があるのか?」

「っ…それ、は…」

 

思わず目を背ける。ラ・イール様は僕を見て鼻で笑った。

 

「まさかそんな覚悟もないくせに今の作戦を思いついたのか。これだから平和ボケした農民は困る」

「ッ…!」

「だが悪い作戦ではない。作戦決行は明日の晩だ。囮役にはライセルの軍を向かわせる。お前とジャンヌの軍は東の砦を取り返す。それでいいな」

「えっ…?」

「ラ・イール!?貴様何を言っている!?」

 

別の兵長がラ・イール様に掴みかかった。

 

「あんな坊主の言うことをきくなど正気か!?」

「どうせ、ここでずっと待機していても食料が尽きるのが関の山だ。ここで皆飢え死にするかこの坊主のリスクの高い作戦にするかならまだ坊主にかけた方がマシというだけだ」

「あ、あの…私は、今年で20になります…坊主と呼ばれる年齢では、ありません」

 

ラ・イール様をはじめとした兵長が一斉に僕を見た。

 

「20?嘘だろ…てっきり15くらいかと」

「20でその身長だと?」

「20の割には華奢すぎる…14になる私の息子より小柄とは」

 

ボソボソと彼らが呟く。僕は居心地が悪くて縮こまった。

 

「静粛に!!作戦は明日の夜中だ。それまで全員休息をとるように!以上!解散!!」

 

ラ・イール様のその宣言で軍議は終わった。

 

 

「神の子だ!!!フランスの希望の子よ!!!どうか俺たちを救ってくれ!!!」

「あの凶悪な悪魔から俺たちを解放してくれ!!!」

 

軍議を終え、ぼんやりと外を眺める。ここに来た時よりも住民達の熱がすごいことになっている。ジャンヌに出会い何か感じるものがあったのだろうか。

 

「ジャック!」

 

振り返るとジャンヌが真っ直ぐこちらに駆け寄ってきてきた。その後ろをジルがゆっくり歩いていた。

 

「明日イングランド軍と戦うと聞いたけれど…貴方がラ・イール()を説得してくれたんだよね?」

「あぁ…えっと、どうなんだろう?」

 

明日にすると言い出したのはラ・イール様本人だ。僕は明日なんて一言も言っていない。

 

「多分、ジャンヌが早く倒したいって訴えていたからじゃないかな」

「でもラ・イールが言っていたの。ジャックに感謝しろって。貴方が戦術をたててくれたからそれにのったって」

「そう、なんだ」

「ありがとう。ジャック」

 

ジャンヌはふわりと笑う。とても愛らしくて眩しい笑顔だ。

 

「貴方のおかげでフランスを救える」

 

けれどそれは僕に向けられた笑顔ではない。

 

「……そうだね。早く、この戦争を終わらせたいね」

 

一度でいいからその笑顔を僕に向けてほしい。

そんな永遠に叶わない願いを抱いていた。

 

 

 



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第8話

最初のブロック「ーーー」までがジル
次のブロック「ーーー」までがジャック
最後のブロック「ーーー」がジャンヌ視点です。

視点分けのやり方。ご希望あれば感想欄等にメッセージいただけますと幸いです。


ジャックが立てた戦術は驚くほど彼の思惑通りにうまくいった。ここオルレアンでは敗戦続きだったためこの勝利は大いに兵士達の指揮を高めた。そして住民達のジャンヌへの評価は最高潮にまで達していた。

彼を信頼したラ・イールはその後の戦術も彼に任せた。慎重派だった他の隊長軍を黙らせラ・イールは彼の言葉に耳を傾けたのだ。

彼はまずすぐにサン・ジャン・ラ・ブラン砦奪還を指示した。初戦の戦いで士気が上がっていたため今が時だと思ったのだと後に彼は言う。

オージュスタン砦・トゥーレル砦では最新兵器の火砲を前線に運ぶよう指示した。先に砦を破壊しその後すぐに兵士を突入させる見事な作戦だ。その後、黒騎士が率いていたとされる西側の砦にいたイングランド軍は恐れをなしたのか撤退した。

 

後にこの戦いをオルレアン解放戦という。

 

 

 

「凄まじいな。ジャックは」

「え?」

 

じっとジャンヌを遠くから見つめていた彼はキョトンとした顔で私をみる。その左肩と胸の間には痛々しい包帯が巻かれている。戦場でジャンヌを襲った矢を彼が庇った際にできた傷だ。私には痛々しく見えるその包帯を先程彼は愛おしそうに触れた。その口はやっと守れたと言い少し嬉しそうだった。ジャンヌは複雑そうな顔でそんな彼を見つめていた。

彼の気持ちは分からんでもない。好きな女を守れた時の高揚感を知らないわけではないからだ。だがジャンヌの気持ちもまた分かる。あと数センチ下の位置に矢が刺されば彼は死んでいた。自分を守ったせいで身近な者が重症を負う等想像すらしたくない。

ジャックはジャンヌを守らなければという思いに駆られジャンヌ自身の気持ちを理解できず。ジャンヌは愛する女を命懸けで守りたいと思うジャックの気持ちを理解できない。幼馴染なはずなのに絶妙なすれ違い方をしていると思った。

 

「たった7日だ。オルレアンは半年以上イングランド軍に包囲されていたのに君がたった7日でオルレアンをイングランドから救った」

「それは違う。僕じゃ…私じゃない。ジャンヌが凄まじいんだ」

 

彼はまたジャンヌを見つめる。彼女は亡くなった遺体の前に膝をつき祈りを捧げていた。

 

「男爵…ジルも、見ていたでしょう。戦場で旗をふるジャンヌを見た途端皆の士気が高まった。そのおかげだ。皆の思いがオルレアンを解放させたんだ。私じゃない。ジャンヌのおかげだ」

 

ほら、と彼は言う。

 

「ジャンヌはイングランド兵(あの悪魔)にすら祈りを捧げているんだ。アイツらが僕らを苦しめていたのに……アイツらは僕達の大事な人を意味もなく殺すような最低最悪の奴らなのに……あんなの、到底真似できない」

 

そんなジャンヌだから、皆信頼してついてきてくれるのでしょう。

彼は少し寂しそうに言った。

 

「……ジャック、オルレアンの街はまだ見ていないのだろう?離れる前によく見ておくといい。次いつここへ来れるか分からないからな。気に入ったものがあれば買いなさい」

「え…?」

 

ジャックは困惑した顔をした。

 

「ここは元々栄えていた街の一つだ。君たちの年頃の子が好みそうな装飾品も扱っている店はたくさんあるさ」

「はあ…なるほど。しかし、生憎そういったものは、あまり……その、疎いといいますか」

「……君という男は…本当に女性の扱いに疎いのだな」

「え?」

 

私が大きくため息を吐くとジャックはキョトンとした。この様子では何故女性の扱いの話になったのかすら分かっていなさそうだ。

 

「よく覚えておきなさい。よほど身なりを気にする身分でない限り…もしくはそういった趣向でない限り、男が装飾品を買う理由なんて女性にそれを贈るときだ」

「!な、なるほど…。そう、なんですね」

「そしてこれも覚えておきなさい。男が女性に装飾品を贈る理由は牽制だ。この女は自分が先に手を出していると他の男に知らしめるためでもあるということだ」

「!!?」

 

あんぐりとジャックが口を開けたまま固まる。彼は田舎の小さな村出身だというからきっと女性に物を贈る慣習などないのだろう。

 

「暫く我々は休暇となる。明日1日街へ繰り出しても誰にも文句は言わないだろう」

「ま、待ってください!いきなり、そんなことを言われても…な、何を買えばいいんですか…僕は」

「何をそんなに戸惑っているんだ」

「戸惑うに決まっています!お、贈り物なんて…したこと、ありませんし……初めてのことなので、教えてもらわないと分からないですよ」

「オルレアンを解放した男が何を言っているんだ」

「それとこれとはわけが違う!!」

 

ジャックは叫んだ。本当に焦っているようだった。

 

「い、一緒に来てくれませんか…僕1人じゃ無理だ…装飾品なんて、何を選べばいいか」

「こういうのは贈る相手のことをよく考えて自分で選ぶべきだ。君はジャンヌとずっと共に過ごしてきたと聞いた。君自身が1番彼女の趣味趣向が分かっているはずだろう」

「それはっ……そうですが……あれ。ジル」

 

彼は暫く沈黙した後、恐る恐る私の顔を見た。

 

「僕は…貴方に何も話していない、はずだ」

「何をだ?君がジャンヌに好意を抱いていることか?確かに君の口から直接聞いてはいないな。だが君は分かりやすいからな」

 

彼はカッと顔を真っ赤にした。

 

「な、なんで!?い、いつから!?」

「あれだけ彼女の側に張り付いて彼女を庇い、彼女を見つめている君を見れば誰でもすぐ気付くさ」

「っーー!!」

「なに。心配ない。誰も君の青い恋心を邪魔しようとは思わないさ。皆、暖かい目で君たちを見ていただろう」

 

彼は羞恥心が極限にまで達したのか泣きそうになっていた。

 

 

「ジャック!」

「っ!?」

 

不意にジャンヌがこちらへ近づいてきた。祈りはもう終わったようだ。

 

「な、な、なに?どうしたの?」

「ジャックこそどうしたの?顔真っ赤だよ」

 

不思議そうにジャンヌが彼の顔を覗き込む。彼は慌てて手で顔を隠した。

 

「な、なんでもない!!」

「そんなことないでしょう。何があったの?」

「なんでもないってば!」

「ジャック。そんなに声を荒げちゃダメだよ。また息が苦しくなっちゃう」

「ッ…」

 

冷静な彼女からの指摘に彼は何も言えず黙り込んだ。

 

「ジャンヌ、その辺りでご勘弁を。なに、少し男の会話をしていただけですよ」

「男の?…女の私は除け者ですか」

「いえ、そういうわけでは…」

「では、いったいなんの話を?」

 

食いつきがすごい。そんなに除け者にされたことが嫌だったのか。あるいは、今までお互いの事はなんでも知っていたであろう相手から突然秘密をつくられてしまって拗ねているのか。

さて、困ったな。ここで正直に話してしまってはジャックが可哀想だ。かといってこの食いつきようでは誤魔化しも効かなさそうだ。

 

「…都会の男は、好きな女性に贈り物をするという話を聞いたんだ」

 

私がどうしようかと考えている間に彼は自ら打ち明けた。

 

「贈り物?何を贈るの?」

「ジルがいうには…都会では贈り物用の装飾品が売っているらしいんだ」

 

ジャンヌは驚いた顔をした。地方の生まれとはいえ女性なのだからこういう話には敏感だろうと思ったが彼女もジャックと同じレベルだったらしい。

 

「……ジャックは」

 

ジャンヌは少し考えてから恐る恐る言った。

 

「ジャックは好きな人がいるの?」

「っ!ぇ…ぁ、ああ…えっと」

 

びくりと彼があからさまに反応した。その様子を見てジャンヌはいるんだねと小さく呟いた。それから少し目を泳がせてから彼女はジッと彼を見つめた。

 

「もしかして…もう私と一緒にいるのは嫌?」

「そんなわけないだろう!!何でそうなるんだ!?!?」

 

彼が間髪入れずに言う。ジャンヌは彼の回答に驚いていた。

 

「でも好きな人がいるんでしょう?その子の側にいたいと思わないの?」

「……」

 

ジャックは恨めしそうにジャンヌを見る。ジャンヌはキョトンとしていた。なるほど。都会の聡い女性は中々に扱いに困ると思っていたが地方の純朴すぎる女性も困りものだな。

ジャンヌは不思議そうな顔でジャックの言葉を待っていた。ジャックは、少し考えた後ゆっくり口を開いた。

 

「……ジャンヌは、好きな男ができたら」

「え?」

「そしたら……僕が君の側にいるのは、嫌になる…?」

 

彼は恐る恐る聞く。ジャンヌは驚いていた。

 

「そんなこと、考えたこともなかった」

「……だろうね」

「でも離れ離れにはなりたくないな」

 

今度はジャックが驚いていた。自己評価の低い彼のことだ。こんなことを言ってもらえるとは夢にも思っていなかったのだろう。

 

「だから、これはただの私の気持ちだから聞かなかったことにしてくれても構わないんだけど…もしジャックが誰かとお付き合いをして、誰かと結婚したとしても、私のこと忘れないでほしい。覚えていてほしい」

 

ジャックは絶句していた。これは…彼は遠回しに振られてしまったのだろうか。それとも…、

 

「じゃあジャンヌも……他の男と付き合っても、結婚しても。僕のこと、覚えていてね」

 

ジャックは少し歪んだ笑顔でそう言った。

 

 

「い、いっぱいありますね…」

 

翌日。頑張って1人で街へ繰り出したもののどうすればいいか分からなかったジャックは昼過ぎになり私にやっぱり来てくれと懇願してきたので今こうして街の中を歩いている。

 

「ジル…貴方だったら何を選びますか?」

「私の答えなど聞いてどうする」

「だ、だって…本当にこんなにたくさんの店があったら何を買えばいいか……一般論が知りたいんです」

「一般論であれば身につけられる物だよ」

「もう少し具体性が欲しい」

「あとは相手の女性次第だ。その子が喜びそうなものを贈るんだ」

 

彼は小声で喜びそうなもの…と復唱した。

 

「あそこの店はどうだ?鉄製の装飾品が売っている。値段もそこまで高くなさそうだ」

「あ、あの…」

「なんだ?」

「木製では、だめでしょうか?…その、あまり重たいとよくないかと思い」

「……」

「…やっぱり、だめですよね」

「いや、そんなことは…」

 

一般的な女性であればその観点は大事だと思うが、彼の想い人はあのジャンヌ・ダルクだ。我々と同じ重い鎧で戦ってきた女性だから今更薄い鉄製の装飾品が増えたところであまり変わらないだろう。

 

「あの店の装飾品は薄手に作ってあるからそこまで負担にならないと思うが、それでも木製のものがいいのか?」

「僕が…私が、勝手に贈る物だから。できる限り負担になりたくないんです。彼女が気にもならないほどの軽いものがいいんです」

「……君という子は」

「?」

 

健気というより、可哀想だとすら思える。これだけ重たい思いを抱えながら見返りどころか相手の負担ばかり考える彼の恋心は私が想像するよりきっと複雑で苦しいものだろう。

 

「いや、いい。君がそう思うのならそうすべきだろう。それで、どんな形がいいのか候補はあるのか?」

「あぁ。それは最初から決めています」

「ほう。聞いても?」

「十字架を…」

「十字架、か…」

「…ジャンヌが1番愛しているのはイエス様ですから」

 

彼は当たり前のようにそう言った。私は何と返していいか分からず曖昧に微笑んだ。

 

「では、まずは木製の装飾品を売っている店を探そうか」

「…付き合ってくれるんですか?」

「ここまで付き合わされたんだ。最後まで付き合うさ」

「!ありがとうございます、ジル」

 

彼はにこりと微笑んだ。

 

「まぁ、ここまで決まっていれば早いだろうさ。今日中に買ってしまおう」

「はい!」

 

私のこの読みは見事に外れ、彼と私は休暇最終日までジャンヌへの贈り物を探す羽目になった。

この時私は心に決めた。優柔不断な男の買い物には今後一切付き合わないと。

 

 

「で、結局君はまだ渡せてないのか」

「……はい」

 

思わずため息が出た。彼は小さく縮こまっていた。

 

「あれだけ彼女の側にいておいて……渡す機会などいくらでもあっただろう」

「っ…だ、だって……言ってしまったから」

「何を?」

「…男が、女性に贈りものをするのはその女性のことが好きだからってこの間遠回しに教えてしまったから…」

 

あぁそういえば、彼の買い物に付き合う前日にそんな会話をしたなと思い出した。

 

「それがなんだ」

「……重たいでしょ…側にいる人に、ただの幼馴染だと思ってる人からこんな事されたら。気まずく思われてしまう。僕は……私はジャンヌに嫌な思いをされるくらいなら何もしない方がいいと思います」

「……君というやつは」

 

なんともらしすぎる理由にため息を吐いた。

 

「明日、君たちはここを出発するのだろう?」

「はい。シノンへ向かいます」

「シノン…王太子か」

「はい。ここへきたのも王太子様からの命ですから。一度戻り指示を仰ごうかと」

「そうか。私はもうしばらくここにいるから暫しの別れとなるな…で、それはいつ渡すんだ?」

 

彼は目を逸らした。渡す気のないその態度に私は苛立ちすら覚えた。

 

「シノンへいくのも安全とは限らないんだぞ。今渡さずにどうする?死に別れて渡せなかった、なんて笑い話にすらならないぞ」

「……時が来たら渡します」

「その時とやらはいつ来るんだ」

「………分かりません」

 

ぶん殴ろうと思った。殴らなかった私をどうか褒めてほしい。彼の恋が実らないのは彼女の鈍さより彼自身のこのうじうじした実に男らしくない性格が原因なのだろうと今はっきりと分かった。

きっと彼は渡せないだろうと思った。

 

そして私の予想通り彼は結局最後まで渡せなかった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「よくぞ戻った!ジャンヌ!!あの黒騎士に勝つとはな!!」

 

シノン城へ着くと王太子、シャルル7世はジャンヌに抱擁した。

 

「フランスの希望の子。そなたこそ救世主だ!」

 

ニコニコと上機嫌に微笑む彼は、しかし僕には冷たい眼差しを向けた。

 

……まさか、王太子はジャンヌを狙っているのか。いやでも、ジャンヌは農民の出だ。王族と結婚なんてできるはずがない。いや、でもよく御伽噺や神話では国を救った英雄は身分など関係なしに貴族や王族といった身分の高い人と結婚していた。

…じゃあ、ジャンヌがフランスを救う救世主なら、シャルル7世と結婚することだってできるってこと、か…?

 

「ジャック、どうした。顔色が悪いが…」

「へ…」

 

ふと気がつくとジャンヌもシャルル7世も王太子に仕えている人全員が僕を見ていた。

 

「何か、気がかりなことでもあるのか?」

 

王太子は真顔で聞いてくる。

 

「えっ、い、いえ……」

「どうした。何が気がかりだ。言いなさい」

「……な、なんでもございません。実は、今朝腹を下してしまいまして…」

 

咄嗟に嘘をつく。まさか王太子に、ジャンヌのこと狙ってないですよね?なんて聞く勇気などなかった。

王太子はそうか、といいジャンヌと向き合った。

 

「ジャンヌ。私はランスで戴冠式を行わないといけないと、そう言ったな?」

「はい」

「今、ランスはイングランドが支配している。私がランスに行くためにはロワール川周辺を解放しないことにはいけない。私は万一にも命を落とすわけにはいかないからな。だが敵は多い。そこでお前に優秀な騎士を紹介しよう」

「騎士、ですか」

「そうだ」

 

王太子は入りたまえと声を張り上げた。

すると、1人の男が入ってきた。

 

とても男らしくかっこいい人だった。

 

「ジャン。彼女がフランスの希望。神の子 ジャンヌ・ダルクだ。そして彼がジャック」

「ほう。この子らが例の噂の……失礼ですがただの農民の子に見えますが」

 

にこりと微笑む。とんでもなくかっこよかった。ジャンヌも心なしか見とれている、気がする。

はぁ、どうしてこんなに魅力的な人ばかりジャンヌの側に来てしまうのだろうか。嫌気が差す。いや、僕に魅力がないのが悪いんだけども。

 

「彼はアランソン公ジャン2世。彼は屈強な軍隊を持つ優秀な騎士だ。彼と共にロワール川周辺の街を解放し、私をランスへと導いてくれ」

「はい」

「それからリッシュモンと名乗るフランス騎士が現れたら、戦いなさい」

「えっ…フランスの騎士なのにですか?」

「あぁ、そうだ。彼はフランスにとって良くない存在なのだから。必ず戦い、そして勝ちなさい。いいね。フランスの希望の子よ」

 

ジャンヌは困惑した顔をしていたが、やがて小さく返事をした。

 

 

「じゃ、ジャンヌの、将来の夢は何?」

「え?突然どうしたの?」

 

ジャルゴー城へと向かう途中ジャンヌに自然を装って聞いた。が、ジャンヌは不思議そうにこちらを見た。聞くことばかり考えて導入が全然自然じゃなかったな、と聞いてから悔いた。

 

「今まで、聞いたことなかったから」

「…突然将来の夢って言われても……今はフランスを救うことしか考えられないよ」

「じゃあ、今考えてみてくれ。フランスが救われた後、何かしたいことはある?ほら、き、貴族との結婚、とか」

「何言ってるの?私達は農民なんだから貴族と結婚なんてできるわけないよ」

「そんなの、分からないだろ。君ならできるかもしれないじゃないか」

「ジャック、さっきからどうしたの?お腹の調子、まだ悪いの?」

 

ジャンヌがとても心配そうな顔で僕を見た。近くにいたアランソン公爵様も怪訝な顔で僕を見ていた。

 

「結婚したいと思ったことはないけれど…でも、母さんの手伝いをもっとしたかったなって思ってるよ」

「そっか……じゃあジャンヌはこの戦いが終わったらご両親の元へ帰るんだね」

 

僕の言葉にジャンヌはにこりと微笑んだ。その笑みがなんだか少し寂しそうに見えた。

 

「この戦いが終わる頃には嬢ちゃんの結婚適齢期もいいところになってるだろうよ。今のうちにいい男見つけとけ。そのなよなよ男以外にな」

 

ラ・イール様がニヤニヤしながらこちらを見る。あからさまな挑発にむっとした。

 

「そういう貴方はどなたかと恋愛結婚でもされたんですか」

 

むすっとしながら言うと彼は更に笑みを深める。

 

「あぁ。私は恋愛結婚だよ。羨ましいだろう。お前と違って私はとてもモテてね。恋に落ちた女性を射止めるなど他愛もないさ」

「なっ…」

「えっ!?恋の経験があるんですか!?」

 

意外にもジャンヌがくいついた。よっぽど意外に思ったのかもしれない。僕も思った。

 

「恋とは甘い菓子のようなものだと母から聞いたのですがそれは本当ですか!?どんな味がするんですか?」

 

そっちか。完全に食べ物に釣られたのか。僕はほっとしたような残念な気持ちになった。

 

「…そんなんじゃないよ。恋なんて苦しいものさ。胸の奥をきゅーっと掴まれているような辛ささ」

「え?辛いんですか?」

「辛くない恋なんてあるわけないだろう。その辺りはジャックの方が詳しいかもな」

「えっ…」

 

ジャンヌが驚きに満ちた顔で僕を見る。

 

「そういえば…ジャックには、好きな人がいるんだよね」

「っっ……何で、覚えてるんだ」

 

僕は頭を抱えたくなった。何でそんな事覚えているんだ。普段は僕が言ったことなんてすぐ忘れてしまうくせに。僕にプロポーズされた事なんて全く覚えていないくせに。

 

「……誰?」

「い、言うわけないだろう!」

「どうして?私には恋の話ができないというの?」

 

どこの世界に恋している相手に恋の話をする頭の愉快なやつがいるんだ。

僕はジャンヌには返事をせずこの訳のわからない展開を作ったラ・イール様を睨んだ。彼は何が面白いのかニヤニヤしていた。ジャンヌは不満そうな顔をしていたが僕は結局まともな返しができなかった。

 

 

それはボージャンシーに向かう途中に現れた。

 

「っ!?前方にフランス軍を確認!!」

「増援か!助かる!合流しよう!」

「それが!!先頭を走るのがあのアルテュール・ド・リッシュモンです!」

「っ!?全員止まれ!!!」

 

公爵様の命に従い全兵士が馬を止める。前方にいる軍は、確かにフランス軍だった。

 

「ジャンヌ・ダルクはいるか!?」

 

前方の兵士のうち、先頭に立つ人物 アルテュール・ド・リッシュモンが大声を張り上げる。

ジャンヌは公爵様が止めようとしたが、それでも軍の先頭にでた。リッシュモンは手持ちの武器を捨て、馬からおり、無防備な状態でジャンヌの前まで歩いた。ジャンヌの後ろに立つ僕を含めた全兵士が彼に剣や弓矢を向けていた。

 

「フランスの希望。神の子よ。私は君を恐れない。何故なら神は私の意思をご存知なのだから。君の手足となりフランスを救うことをここに誓おう」

「私を、神の子だと信じるというのですか」

「…仮に君が悪魔の子だとしても、それこそ君を恐れる必要はない。私のフランスを思う気持ちは決して揺るがないのだから」

 

ジャンヌは静かにリッシュモンを見つめた。

 

「ジャンヌ、離れるんだ。彼とは戦わないといけない」

「ジャック。王太子様は彼と戦う理由を、フランスにとって良くない存在だから、と言った。けれど私はそうは思わない」

「君は、何を言っているんだ。まさか、王命に背くつもりか…っだめだジャンヌ!!そんなことをしたら君の立場が危うくなる!!」

「私の立場よりフランスを救う方が大事だよ!!!」

 

叫ぶ僕にジャンヌは叫び返す。

 

「ジャック、言ってたよね。フランスは今兵力が足りないって…なら内戦なんてしている余裕なんてない。それに彼は信頼に値する」

「そうだとしても誰よりもこの実情を知っている王太子が彼を討てと命じているんだ!」

「シャルル7世が私を討てと命じているのか」

 

リッシュモンは僕を見た。その顔がひどく悲しげで僕は動揺した。

 

「私はフランスに忠誠を誓いこの国のために身を尽くしているのだがな…不正を行った貴族を裁き反感を買ったことがそこまで王太子の信頼を損ねてしまうとは」

「え…?」

「大元帥。貴方の正義感の強さは尊敬に値する。がしかし度の過ぎた行為は粛清されるんだ。たとえそれが正義感であってもな」

 

公爵様が弓矢でリッシュモンを狙う。

 

 

「いいえ」

 

ジャンヌははっきりと言う。

 

「いいえ。粛清の必要はありません。何故なら彼はここに誓いました。フランスを救うと。ならば彼は私達の同胞です」

 

そして手を差し出した。

 

「さぁ、参りましょう。共にフランスを救うのです」

「ジャンヌ!ダメだ!何を言っているんだ君は!そんなことをしたら…下手したら君の命が」

「ジャンヌが新しい騎士を味方につけたぞ!!」

「これで俺たちはもっと強くなる!!絶対にボージャンシーでイングランド軍を倒すぞ!!!!」

 

僕の声を遮るように周囲の兵士が盛り上がりを見せる。ジャンヌがリッシュモンを味方だと認めた途端、まるで手のひら返しのように兵士たちは大歓喜した。公爵様だけが冷静に周囲の様子を見ていた。

 

「私を信じてくれてありがとう。ジャンヌ・ダルク」

「ジャンヌでいいです。リッシュモン」

 

リッシュモンは。大元帥はジャンヌと握手した。僕はそんな姿をやきもきしながら見ていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ジャック、怒っている、よね」

 

ジャックはグッと眉間に皺を寄せて私を見た。

 

「君には、僕が怒っているように見えるのか」

「違うの…?私が勝手にリッシュモンを味方に引き入れて……それからジャックは喋ってくれなくなったから」

 

ジャックは小さく息を吐いた。

 

「怒っているよ。君はあまりにも楽天的すぎる…それは真っ直ぐで人をすぐ信頼できる君の美点なのかもしれないけれど……いつも僕がどれだけその楽天さに怯えているか分かるかい」

「ごめんなさい」

「違うよジャンヌ。僕は謝って欲しいわけじゃないんだ…僕は、いつか君のその美点が君自身を滅ぼすんじゃないかって怖くなるんだ」

 

彼はチラリと後ろを見る。彼よりもずっと大柄で勇ましい騎士、リッシュモンを見ていた。

 

「君は楽天的だけど人を見る目は確かだと信じているよ。きっとあの騎士も君のいう通りフランスが誇る騎士なんだろうね…君と同じ全ての人を対等に愛せる素晴らしい騎士なんだろう。だから、人の反感をかってしまったんだろう、と僕は思っている」

「ジャック…」

 

彼はまた小さく息を吐いてから、真っ直ぐ私を見た。

 

「彼とは戦場で出会ったことにしよう。イングランド軍に勝つためにそうするしかなかったといえば、王太子様だって考えてくださるはずだ」

「ジャック…嘘をつくつもりなの?」

「……この先、イングランド兵と戦うことは避けられないんだ。公爵様の言う通り彼が優秀な騎士ならば僕らは彼に助けられることになるだろう。嘘だと断じられるほどのものではない。ただ少し過程の話をあやふさにするだけさ。いいかい、ジャンヌ。王太子様に報告するときは今の話をするんだ」

「それは、いや」

「ジャンヌ」

 

ジャックはグッと眉間に皺を寄せた。怒っているように見えた。

 

「お願いだよジャンヌ。聞き分けてくれ。本当のことをいえば、君が王太子様の恨みを買うことになる…フランスのために戦っている君が、フランスに裏切られることになる可能性だってあるんだ」

「…ジャックは私よりもずっと頭がいいからきっと正しいことを言っていることは分かる。貴方が私のことをずっと心配して守ってくれようとしているのも、分かっている。でも、私のために嘘を許すのはやめてジャック」

 

ふとラ・イールがこちらを見ていることに気付いた。彼は静かに私たちを眺めていた。

 

「ジャック。ありがとう。いつも私のことを考えてくれて。とても嬉しい。貴方がいたから私はここまで来れたのだと思う。私1人じゃきっと王太子様に会うことすらできなかったと思う」

「そんなこと…」

「どうか私を守ることを1番に考えないで。私は貴方のように頭は良くないかもしれない。でも、それでも私は…私だって戦えるから。私と対等になって。私は貴方に守ってもらいたいんじゃない。お互いに背中を預けられる関係になりたいの」

 

ジャックは驚いた顔をした。

私は彼の返事を待たず、だからね、と続けた。

 

「もし私が自分の行動が原因で危ない目にあっても、貴方は過度に助けようとしなくていい。私の自己責任だと思って、貴方は貴方のやるべきことをしてほしい」

「僕は…」

「大丈夫。私は戦場では死なないから」

 

私は笑って言う。けれどジャックの表情は晴れなかった。

 

「リッシュモンのことは正直に話すから。それで王太子様を怒らせてしまったら、それは私の受けるべき報いだから。ジャックが心配する必要はないの」

 

後ろを振り向く。リッシュモンは先ほどと変わらぬ姿勢のままそこにいた。

前を見るとジャックは少し泣きそうな顔をしていた。その顔を見た途端、ドンレミ村の中で迷子になった幼い頃のジャックを思い出して胸が暖かくなった。

 

「大丈夫。私たちはこれからも一緒だから。離れ離れになんてならないから」

 

ぎゅっと彼の手をとる。彼は気恥ずかしそうな顔で俯いた。その姿が少し可愛らしくて私は笑った。

 

 

 

しかし皮肉なことにこの後のイングランドとの戦い。

後にパテーの戦いといわれる戰で、ジャックは命を落とした。

 




ここまで読んでくださりありがとうございます。


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第9話

ジャック視点のみです。


「嘘、だ…」

 

声が掠れる。

手が、肩が、足が、震える。

 

「嘘だ…嘘だ……なん、なんで」

 

ヒューヒューと喉の奥から変な音がした。あぁ感情が昂っている。抑えないと発作が酷くなって息ができなくなってしまう。そう思うのに僕は動揺を止められなかった。

 

「なんで、生きているの。父さん」

 

1年前イングランド軍に殺されたはずの父さんがいた。

父さんは冷めた目で僕を見ていた。

 

 

 

3ヶ月前のこと。後にパテーの戦いといわれる戦場で僕は拘束された。イングランド軍にではなくフランス軍に。今まで信頼していた騎士 ラ・イール様が油断しきった僕を殴って気絶させ拘束。そしてシノン城へと連行した。

 

「ジャック。どうして貴様にイングランドのスパイ疑惑がかかっているか、分かるか」

 

王太子様が鋭い眼差しで僕を見る。その目は前回と同じ目だった。そこで察した。あぁ前回。ジャンヌだけに抱擁し僕には冷たい眼差しだったのは、彼女を恋仲にと思っていたなんてことではなく。ただ単に、フランスの希望の子と、イングランドのスパイ(フランスを貶める悪魔)への違いでしかなかったのだと。

僕は、なんて浅ましい勘違いをしていたのだろう。

 

「わかり、ません…何、で…いつから僕がそんな……僕は、僕は!フランスのために戦いました!!ジャンヌと共にオルレアンを開放するために!!貴方様のご命令通り!!貴方様がロワン川を渡れるように!!僕は!!!」

「リッシュモンと手を組んだと聞いている」

「っそれ、は…フランスを、救うために……必要な、ことで……っ僕の、独断で」

「ほう。貴様の独断か。貴様が反対するジャンヌを押し切りリッシュモンを仲間に引き入れたと?」

「………は、ぃ」

「ジャック。嘘はやめろ。もう王太子には私から報告をしている」

 

後ろから声が聞こえる。ラ・イール様だ。後ろを振り向くのは許されていないので今この場にいるのが誰なのか分からない。が気配の数からしておそらくラ・イール様と王太子様しかいないはずだ。

 

「貴様はイングランド軍の武器を知っているか。ロングボウのことだ」

「それは勿論。戦場に立ったことがある人間なら誰でも知っているはずです」

 

ロングボウとはイングランド軍の持つ特殊な長い弓のことだ。射程距離が600メートルというとても恐ろしい武器。昔父さんが教えてくれたこの国の歴史の中で何度も登場する恐ろしい武器だ。あの武器のせいでフランス軍は何十年も前から苦しい戦いを強いられている。

 

「ほう。知っているのかロングボウを…どこで知った」

「戦場で、嫌というほど見ました」

「そうではない。貴様は一体どこで、ロングボウという名前を知ったと聞いている」

「え…?」

「あの弓矢をロングボウという名称で呼ぶのは、イングランド軍だけだ。何故貴様はイングランド軍のつけた名前を知っている。我々フランスは長弓としか呼んだことがない、その名を何故フランス人のはずの貴様が知っている」

「え……」

 

頭が真っ白になった。じとりと冷や汗が背中を伝う。僕は、知らなかった。フランスではあの長弓に名前がつけられていなかったということを。

僕は知っていた。イングランドでは呼ばれている、あの長弓の名前を。

 

「う、嘘だ…だ、だって…僕は父さんに教えてもらったんだ!」

 

震える声で叫ぶ。叫びながら嘘であってくれと願った。これは冗談で本題は別なんだと彼らがそう言ってくれる未来を想像していた。

 

「お前の父親はどこだ」

「……おりません…1年前、ドンレミ村で、イングランド軍に…殺されて……」

「1年前…相次いでイングランド軍が村の焼き討ちをした時だな……我ら同胞の遺体を燃やしたという文字通り悪逆非道の限りを尽くした蹂躙」

「…そう、です。僕の父さんと母さんは、その、犠牲者だ」

「そうか。それは悪いことを聞いた。ところで貴様は両親が死んだと思っているのか」

「え……?何を、仰っているのですか」

 

意味がわからず顔を顰める。王太子は僕の問いには応えなかった。ただ独り言のように、そうか。死んだと思っているのか、と呟いた。

 

「ジャック。私とて貴様を疑いたくはない。貴様は良くやってくれている。パテーの戦いでも貴様の判断が多くの命を救ったと聞いている。そんな優秀な人物を私は失いたくなどない。だがな、私とて怖いのだ。イングランド軍しか知り得ない情報を知っている貴様が。たとえ貴様がフランスに忠誠を誓ったとして貴様が両親の人形だとしたらと考えるととても恐ろしい」

「何を…僕の両親を愚弄するおつもりですか!」

「では貴様は貴様の父親がイングランドの武器の名称を知っていた理由をどう説明する?」

「…っ!!」

 

何も言い返せなくなった僕を見て王太子様は小さく息を吐く。

 

「僕の、両親は…イングランド軍に殺されました。悪逆非道の限りを尽くされました…それがイングランド軍とは決して繋がっていない証明になるのではないでしょうか」

「ジャック。戦いの舞台は戦場だけではないと知っているか。仮に貴様がスパイだとしたら、スパイとしての戦い方があると知っているだろうが、私は貴様を信じている。貴様はきっとイングランド軍のスパイではないと」

 

僕の言葉などまるで聞こえなかったように王太子様は話す。

 

「知っているか。フランス人は忠義を尽くす。フランスを愛しているからな。それは騎士としては尊敬すべき性分だがスパイとしては相性が悪いんだ。だから過去イングランド軍へ送り込んだスパイはことごとく失敗している。おかげでこちらはイングランド軍の戦術がいつまで経っても見通せない。かたやイングランドはまるで我々の動きを知っていたかのように待ち構え我々を迎え撃っている」

 

じっと王太子様が僕を見る。疑いの眼差しを向けられているのだと察した。

 

「違います!僕は、そんなことしていない!僕はフランス人だ!!」

「あぁそうだ。貴様はフランス人だ。だからジャック、私のために戦いなさい。これまで誰も到達できなかったイングランド軍の上層部へ侵入し奴らの情報を我々に流すのだ」

「な…それ、は」

「フランスのスパイになれ。いいか。これは私から貴様への信頼によってなされる命だ。本来であれば貴様は処刑すべきだ。だが私は貴様を高く評価している。私は貴様を疑いたくない」

 

私を信頼させろ、ジャック。

王太子様は続けてそう言った。

 

僕は。

 

「そんな…」

 

僕は、嫌だった。

 

「僕が、ジャンヌの側を離れたら…一体誰がジャンヌを守るというのですか」

 

だって僕はジャンヌを守りたかった。

イングランド(憎き悪魔)を討つよりもフランスを救うよりもジャンヌを守りたかった。

 

「貴様が消えたところで問題ないだろう。貴様が言ったのだ。ジャンヌ・ダルクはフランスの希望だと。であれば側にいる人間1人が消えたところで潰える存在ではないだろう」

「っ…!!!」

「それに貴様がイングランド軍の情報を持ってくればジャンヌも上手く立ち回れる。言っただろう。戦場だけが戦いの舞台ではないと」

 

王太子の言葉に僕は頭を殴られたような衝撃を受けた。フランスの希望。その言葉はジャンヌを悪意から守る言葉だったはずなのに。まさかその言葉に自分が苦しめられるとは思わなかった。

 

「さぁ選べジャック。今ここで処刑されるか。フランスのスパイとなり、陰からジャンヌ・ダルクを救う存在となるか」

 

王太子は真っ直ぐ僕を見下ろす。選択肢などあってないようなものだった。

 

その後聞いた話ではジャンヌの幼馴染のジャックという青年はパテーの戦いで死んだことになった。

後に語られる歴史では、ラ・イールがジャンヌにジャックの死を告げた時、彼女は泣き崩れたと言われている。

 

 

僕は、一体何をしているのだろう。

イングランド兵の遺体から鎧を奪い取った時、自分の行いに目眩がした。

 

僕は王太子様から聞いたフランス軍とイングランド軍の戦いの場に向かった。戦場へ向かうのではなく、イングランド兵の遺体を探し回った。見つけた遺体の鎧を奪い取り自分で自分の腹を斬った。深い傷になるよう何度も自分の腹を斬った時、死への恐怖と痛みで気が狂うかと思った。痛みのあまり叫ばないように、自分の口に布を詰め込んで必死に自分の腹を斬った。

そしてイングランド兵に近寄り重傷のあまり話せない味方の負傷兵を装った。

 

「報告!!!前方に敵兵!!敵兵!!!あのジャンヌ・ダルクです!!!」

「撤退だ!!助かる可能性のある負傷兵だけ馬に乗せろ!!!」

 

ダラダラと止まらない血を抑え意識朦朧の中、イングランド兵の言葉を聞き僕は絶望していた。イングランド兵の言っている言葉の意味が、分かるのだ。僕はフランス人でイングランド語等まともに聞いたことなかったはずなのに。失われた言語だと父に教わった言葉で、イングランド兵が会話しているのだ。

 

「おい、大丈夫か…安心しろ。撤退命令が出たからな。もう、助かるぞ」

 

僕を背負い馬にのせたイングランド兵が優しく声をかける。

 

「ぁ、が…っ!」

「いい、無理して喋るな……酷い怪我だな。よくフランス軍(悪魔)の攻撃に耐えて生きた」

 

何を言っているんだ。悪魔はイングランド(お前たち)だろう。いつもいつも僕らフランスを苦しめているくせに、何を言っているんだ。

 

「早く、この戦いが終わってほしいな」

 

ぽつり、と彼が呟く。悪魔のくせに僕らフランスと全く同じことを口にした事が、僕には信じられなかった。

 

 

 

僕がイングランド軍として前線を指揮したのは1ヶ月後だった。

かつて優勢だったイングランドはジャンヌ登場後は劣勢ばかりだった。どんなに優勢であってもジャンヌがきた途端フランス軍が凶変するのだという。あれの前にはもはや戦術すら意味をなさないと。イングランド軍の上層部が頭を悩ますほどだった。

僕が何の疑いもかけられずイングランド兵に紛れ込めたのも、腹の傷が癒えていない状態で戦場へ送り込まれたのも兵士の数が足りないからだ。北側のフランス領を支配はできていても、ジャンヌを率いるフランス軍が攻め込んできて取り返される。フランス軍の2倍は毎回戦死している。イングランド軍の士気は過去最悪だった。もはやジャンヌなしでも負けてしまうほどだった。

 

そんな戦場に僕は送り込まれた。

一戦目は弓兵としてだ。あの忌まわしき武器・ロングボウで敵を蹴散らせと命じられた。僕は死ぬ気でかつての同胞へ向かってロングボウを打った。死に物狂いで打った。大声を張り上げ、戦術などなしに突っ込んでくるフランス軍は、まさに狂戦士だった。怖かった。だから討った。殺した、何人も。何十人も。

死ぬのが怖くて、討った。殺さないと殺されるから、殺した。

1ヶ月前僕を助けてくれたイングランド兵 オリバーはそんな僕を見てお前の方が恐ろしかったと後に語った。

 

二戦目も弓兵としてだった。一戦目の成果を認められての参加だった。この時も僕はフランス軍を殺した。一戦目よりも多く殺した。碌な訓練も受けていないくせに使っていくうちに慣れたのか段々とロングボウは思い通りに命中するようになり、矢の無駄遣いをすることなく正確にフランス軍を殺すことができていた。

もうこの頃から、何人殺したかなんて覚えていない。

 

三戦目は地獄だった。イングランド兵12000に対し、フランス兵8000から始まったその戦いは驚くことにフランス軍が優勢になった。フランス軍の司令官が優秀だったのだ。僕はイングランド兵が壊滅寸前まで追い詰められたところで投入された援軍だった。敵の司令官を見て、僕は逃げ出したくなった。

ラ・イール様……否、ラ・イールだった。ラ・イールが司令官だった。

 

「弓兵!!時間を稼げ!!フランス軍の足止めをしろ!!」

 

最悪なことにイングランド軍の司令官はそう命じて自分は馬に乗り足速に逃げた。他の騎士達も逃げていった。残されたのは身分の低い歩兵と弓兵だけになった。ただでさえ低かったイングランド軍の士気が更に下がる。

指令を出す人物が誰もいなくなったことでイングランド兵は混乱した。もうどうすればいいかわからず逃亡するものもいた。当然、逃亡者はフランス軍に討たれ死んだ。

 

「オリバー…君は、指揮官をしたことがあるか」

「あ、あるわけないだろ。そんなの、訓練時代だけだよ」

「そうか。じゃあ君が指揮官をするんだ」

「はっ!?何言っているんだお前。指揮官なんてしたことないって言ってるだろ」

「訓練時代にはあるんだろう。君は優秀な訓練兵だったということだ」

「だから何だってんだ」

「これまで共に戦場を駆け抜けて気づいたことがある。君は他の兵士達に信頼されている。きっと君がどんな人物でも見捨てることをしない心優しい人だからだろう。いいかいオリバー。今この場を指揮できるのは信頼に値する人物だけだ」

「俺に何をしろっていうんだ」

 

「作戦がある。大きな賭けだがこの戦況をひっくり返すことができるかもしれない。失敗したら全滅だけど、どのみちここにいても全滅するんだ。オリバー、どうか私を信じて。私の指示を皆に伝えてくれ」

 

オリバーは驚いた顔で僕を見ていた。だが彼はすぐに頷いてくれた。

 

 

「お前らぁ!!なんて顔しやがる!まだ負けてないんだぞ!!今がチャンスだ!!いつも俺たちを見下してくる騎士どもが逃げやがった!!!奴ら腰抜けがいなくなって俺らはどうなる!?動きやすくなるだけだ!!もう俺らはあんな腰抜けどもの言うことを聞かなくて済むからなぁ!!!」

 

オリバーが叫ぶ。戦意喪失していたイングランド兵は彼をぼんやりと眺めていた。

 

「喜べお前ら!!俺はいま最高にイケてる作戦を思いついた!!だがな!残念ながらこの作戦は犠牲を伴う。死んでもいいというやつは俺につけ!!俺に賭けろ!!」

「馬鹿が!そんな奴いるわけないだろ!オリバーお前頭おかしくなったのかよ!?」

「死にたくねぇよ!!何でだよ!!俺らの方が兵士の数多かったはずなのに!何で負けてんだよ!!クソッタレ!!勝てるって踏んだから駆けつけたっていうのによぉ!!」

「あぁそうだ!死にたくねぇよ!!俺もお前らも!!だがな!!ここでただ突っ立ってても奴らは俺らを殺しにやってくる!!俺らみたいな身分の低い奴に身代金なんてかけたところで誰も払わないからな!!金にもならない邪魔な俺たちは容赦無く殺される!!!」

「クソが!!!他に道はねぇのかよ!!!!」

「あるさ!!!!言っただろ!!俺は最高にいけてる作戦を思いついたってな。さぁお前ら!!選べ!!!ここで悪魔らに殺されるのを待つか!!俺とともに命を投げうってでも一矢報いるか!!!!!」

 

 

オリバーは叫ぶ。仲間達に必死に訴える。彼の言葉に兵士達は迷う。本当に彼のいう作戦に乗るべきか。ここでフランス軍の攻撃を耐えるべきか。

僕は彼らが話している間フランス軍の動向を伺っていた。この状況のままフランス軍が攻めてきたら僕らは死ぬ。少しでも彼らの動きの変化に気付けるように僕は必死に彼らを見ていた。

ふと、フランス軍の司令官 ラ・イールが僕を捉える。その目が大きく見開かれた。

僕はその目を、知っている。何故なら僕もきっと同じ目をしているから。あの目は恐怖と決意の目。

 

「突撃ーーー!!!!」

 

僕を全力で殺そうとする目だ。

 

「っっ!!お前らぁあ!!!南に逃げろぉおおお!!!」

 

突然の奇襲にオリバーはそう叫ぶと自身も南にかける。僕も彼の後を追った。

 

 

 

 

「っはぁっはぁ…生き残ったのは……1000人も、いない…かな…っはぁはぁ……思ったよりも、少ないね」

 

南の森へ逃げ込むまで死者は多く出るだろうと思っていたが、まさか背後のフランス軍からの弓矢で半分以上死者を出すとは思わなかった。ぜぇぜぇと荒い呼吸のまま呟く。

 

「…オリバー…はぁはぁ…東と西に弓兵をわけて配置するんだ。数は300。真ん中は歩兵だ。盾を隙間なく並べ敵の攻撃を許すな。残りの兵は森を遠回りしてフランス軍の背後に回り、フランスの司令官を討つ」

「っお前、そんな危険な作戦をやるつもりだったのか…そんなん勝率どんくらいだよ」

「さてね。低いと思うよ。あぁ勿論。背後に回る隊の指揮は私がとる。君をここから下げて士気が下がっては困るからね」

「っ危険だっていってるだろ!!その役回りが1番危ないって分かってんのか!お前は死にたいのか!!?」

「死にたくないよ冗談じゃない。…こんなところで死んでたまるか」

「なら…」

「一体誰か司令官を殺してくれるっていうんだ…!こんな、勝率の低すぎる賭けに誰がのってくれるっていうんだ!!私がやるしかないだろう!!私が言い出したんだから!!!」

 

感情が昂る。喉の奥からまたヒューヒューと変な音がして僕は自分に冷静になれと命じた。

 

「私の隊のメンバーは君が決めてくれ。君が信頼する、イングランドへ命を、忠誠を誓った兵士を教えてくれ」

 

彼はグッと眉間に皺を寄せた。が、彼は私のいう通りに動いてくれた。

 

 

 

フランス兵として戦場にいた頃、僕はロングボウが憎く、そして恐ろしかった。イングランド兵(あの悪魔ども)が素早く自由自在に操るその長弓はフランスにとっては絶望の象徴のようなものだった。

だが、イングランド兵になって初めて気がついた。この武器が非常に扱いづらい。ロングボウ自体が重く最初は敵に当たるより先に地面に落ちていた。そして弓を絞る作業はかなり力を使う。更には風の影響を受けやすく途中風向きが変われば命中などしなくなる。そんな困った武器だが、慣れれば扱いやすく感じる。僕はいつの間にか悪魔の象徴のその武器に触れることで冷静さを保つほどになっていた。

 

時はくる。

800メートル先にいるラ・イールを捉える。ここからロングボウをうっても届かない可能性が高い。が、これより先はフランス軍に気付かれる可能性があるため近づかない。

風が緩く吹いている。

彼らからは僕らに気が付かない。僕らは弓を引く。まだ手は離さない。

遠くで雄叫びが聞こえる。フランス軍の声だ。南の森はいつまでもつのかわからない。それでもまだ手は離さない。

 

風が止んだ。僕らは一斉に打つ。

ふいに彼がこちらを見る。その目が僕を捉える。大きく見開かれたその目が印象的だった。

彼に矢を向けることに戸惑いがなかったのかと言われれば、きっと僕はそんなことはないと答えただろう。

殺したくなんてないさ。誰がかつての同朋に手をかけたいなんて思うか。でも殺さなければ殺される。それがこの世界の理なのだから。

 

僕のうったロングボウは、相変わらず正確に敵の…ラ・イールの頭を貫いた。

 

”私は恋愛結婚だよ。羨ましいだろう。お前と違って私はとてもモテてね。恋に落ちた女性を射止めるなど他愛もないさ”

 

不意にフランスにいた頃の彼を思い出した。こんな時に僕は何を思い出しているのだろう。

 

”恋なんて苦しいものさ。胸の奥をきゅーっと掴まれているような辛ささ。辛くない恋なんてあるわけないだろう。その辺りはジャックの方が詳しいかもな”

 

「……」

 

ラ・イール様。悪魔なんかではなく、まさしく僕と同じ心を持った人間。僕なんかを信じて一緒にフランスを守ってくれた強く誇り高き騎士。

そんな彼が目を見開いたまま、ゆっくりと後ろへ倒れる。

 

さようなら。ラ・イール様。

倒れゆくその姿を僕は見つめていた。

 

 

 

その後は想定通り戦況はひっくり返った。名将ラ・イールのおかげで戦えていたフランス軍は彼の死により一気に動揺が走り隊列が乱れた。士気が低下し戦線離脱者すら現れた。

僕は冷静に逃げ惑うフランス兵を討った。逃げるふりをしているだけの可能性があるから。脅威は消し去った方がいいに決まっている。僕はロングボウをフランス兵に討つ。ふと、フランス兵と目があった。知らない人だ。彼の口が動く。

悪魔だ、と彼の口が動いた。そう言ったであろう彼の頭を僕のロングボウが貫いた。

 

あぁ。僕は一体何をしているのだろうか。

更に逃げるフランス兵にまたロングボウを構えながら僕は思う。

ジャンヌ。君が今の僕を見たらどう思うのだろうか。こんな僕でもまだ君は笑いかけてくれるかい。もうこんな地獄から逃げ出して君の元へいきたい。君のそばで君の幸せを願っていたい。

でも、もう無理だ。僕はもう何百人ものフランス人を殺して、今もこうして怯えるフランス人を殺している。

そんな僕が君の幸せなんて願える権利、あるわけない。

 

「ジャック!オリバーから伝令だ!」

「!レオ…オリバーはなんて?」

「フランス軍の撤退を確認した!この戦い俺たちの勝利だ!!!!」

 

彼はそう言って僕に熱い抱擁を交わす。周りのイングランド兵が雄叫びを上げる。

 

「この作戦を思いついたのはジャックなんだろう?オリバーが言ってたよ」

「えっ…あぁ、まぁ」

「ありがとうジャック。お前がいなけりゃ俺らは死んでた」

 

レオは笑顔でそう言う。

 

「何ぼんやりしてるんだ!ちょっとは調子に乗っとけ!お前はフランス軍(あの悪魔)のトップを討ったんだから!」

 

バシバシと隣にいたエドガーが僕の背中を叩く。彼は僕がどんな思いでラ・イールを討ったのかなんてきっと何も知らないのだろう。

 

 

 

後に語られるこの戦いは百年戦争後半において、イングランド軍、フランス軍共に最大の死者数を出したと言われている。

 

 

「騎士への、昇格だって?」

「そうだ。この間の戦いで生き残った奴らのうち戦果を上げた奴全員が騎士になれるってよ…っつっても実際は戦果を自分のものにしたいお貴族様が俺らに自分の軍へ迎え入れるってことらしいがな。あぁでも中にはお貴族様の養子になれる奴もいるみたいだ。多分お前やオリバーがそうなるんじゃないかって噂されてるよ」

「へぇ…私でも貴族になるチャンスがあったのか」

「な。俺も初めて聞いたよ。多分あんまり公にはできない方法なんだろうな」

 

オリバーとレオ、エドガーは心底嬉しそうに語っている。純粋に身分の昇格をとても楽しみにしているようだ。この世界は身分によって受ける待遇がかなり異なる。僕らのような適当に殺されるような身分から衣食住を保証された身分になれるのだ。彼らが喜ぶのは道理と言えるだろう。

僕は、これは好機と捉えていた。インドランド人の貴族の養子になればもしかしたら軍の上層部と繋がれるかもしれない。

フランスへ有益な情報を渡せるかもしれない。

今の僕でもジャンヌのためにできることがあるかもしれない。

 

「ジャックはいいよなぁあの黒騎士の養子なんて」

「えっ…」

「何で本人が知らないんだよ。今日ずっとそのニュースで持ちきりだったろ。まぁ噂だから本当かどうか分からないけどな」

「本当だとしたら凄いことだぞ。この国の大英雄に認められたってことだからな!」

 

どくん、と心臓が高鳴る。

あぁ、ようやく。

 

ようやく、好機が訪れたんだと思った。

 

 

 

 

「嘘、だ…」

 

そして冒頭に戻る。

 

「嘘だ…嘘だ……なん、なんで」

 

ヒューヒュー、と喉の奥から変な音がした。

あぁ感情が昂っている。抑えないと、発作が酷くなって息ができなくなってしまう。そう思うのに、僕は動揺を止められなかった。

 

「なんで、生きているの。父さん」

 

1年前、イングランド軍に殺されたはずの父さんがいた。

父さんは冷めた目で僕を見ていた。そして目配せをして使用人を下げ、僕と2人きりの状況を作り出した。

 

「強くなったな、ジャック」

 

父さんはふっと表情を和らげた。

 

「身長は…あまり変わっていないが、顔つきは凛々しくなったな。戦場を駆け抜けた男の顔だ。聞いているぞ。先日の戦いではお前が戦術を立てお前が敵の司令官、あのラ・イールを討ったと」

「父さん……本当に、父さん、なのか?」

「実の父の顔も忘れたのかお前は。全く薄情な息子だ。私はイングランドに来てから一度もお前のことを思わなかった日などないというのに。だが許そう。お前は強く立派な男になった。かつてなりたかった姿にお前はとうとうなったのだ。誇りなさい」

「っ…誇れる、ものか…!」

 

僕が強くなりたかったのはジャンヌに振り向いてほしかったからだ。こんな、フランス人をたくさん殺して手に入れた強さなんて誇れるものか。

 

「そもそも…何で、生きているんだ!父さんはあの日殺されたはずだろう!!イングランド軍に!!殺されて遺体を燃やされたはずだ!!!」

「あぁそうだ。フランスにいた私は突如襲撃してきたイングランド側に殺され惨い事に遺体を燃やされた。そういうことになっている」

「は…?」

 

父さんは一度眼を閉じた。開いたその目は苦しげだった。

 

「あれは本当に酷いことをした…何の罪のない一人のフランス兵が私に背格好が似ているからという理由で燃やされた。気の毒だったよ」

「…どういう、こと…?あの遺体は……イングランド(悪魔)に燃やされたのは、父さんと母さんでは、なかったの?」

「いいや。フランスの父さんと母さんさ」

「はぁ…?じゃ、じゃあ…っあんたは一体誰なんだ!!?」

 

意味の分からない言葉に思わず叫ぶ。

父さんは…父さんに似た何かは、動揺する僕を冷めた目で見つめ小さく息を吐いた。

 

「私は祖国へ帰っただけだ。フランスにいた私は仮初の姿に過ぎない」

「仮初…?」

「…私はイングランド軍の騎士としてこの戦争で指揮をとっていた。かつての英雄、黒騎士を敬愛し彼のようになるべく甲冑を真似た。フランスではそれが原因で黒騎士が蘇ったと言われていたな。全く愚かな連中だ。人間が生き返るわけがないという当たり前のことを忘れている」

「ッお前は、父さんじゃない!!!父さんはそんなこと言わない!!!」

「あぁそうだ。お前が知っている父はフランスにいた頃の父だからな。私は本来であればフランス人になるつもりなどなかった。しかし戦いに負けフランス軍から逃げる最中、怯えた馬が私に従わず崖を下ったせいで私は死にかけた。母さんはそんな私を助けた。田舎娘だから私がイングランド兵だと気付かなかったのだろう。私は死にたくなかった。傭兵だと嘘をつき体が癒えるまで彼女の村で生きることを決めた。だがな、不幸なことに私達はお互いを愛してしまった。彼女はお前を身籠ってしまった。だから私は決めたのだ。少なくともお前が一人立ちするまではフランス人になろうと」

 

お前が見ていた父はフランス人になった父だ。そしてそれは私ではない。フランス人になったお前の父は、イングランド軍に殺された。そしてその瞬間、私はイングランド人に戻った。

 

「わけが、分からない…つまり、あんたは、誰なんだ」

「お前に血を分けたイングランド人の父だ」

「じゃあ……じゃあ僕の身体には、悪魔の血が流れているっていうのか…!」

「ジャック。イングランド人は悪魔ではない」

「あんな悪逆非道なことをする奴が悪魔でなくて何だって言うんだ!!!奴らは何の罪もないフランス人を殺したんだぞ!!!」

 

父だという男は大きくため息を吐く。酷く疲れた顔をしていた。

 

「フランス人もイングランド人を殺しているだろう」

「フランス人を救うためだ!僕たちはお前たちみたいに無意味に人を殺したりはしない!!!」

「変なことを言う。今のお前はイングランド軍だろう?イングランド人なのだろう?フランス兵を殺したのだろう?」

「ッッ……僕、は」

 

咄嗟に言い返せなかった。

僕は、確かにイングランド兵の服を着ているけれど。それはシャルル7世に命じられたから仕方がないことで。戦場でまるで本物のイングランド兵のように逃げ惑うフランス兵を殺したのは、自分が死にたくなかったからで。

どれも仕方がないことのはずだ。だがそれは、その思いはこの男には伝えてはいけないから僕は情けないことにただ眼を泳がせていた。

 

「ジャック、何故お前がイングランド兵を装っているかは問わない。本来であればここで殺すべきなのだろうが、私とて人の子だ。愛する息子の命を奪うことはできない」

「…じゃあ、母さんは生きているの?」

 

男を見る。男は僕の言葉を聞いて悲しげに顔を歪めた。

 

「なんで、そんな顔をするんだ…」

「ジャック…私はな、ちょうどお前くらいの歳のころ、フランス人が憎かった。私の父はフランス人に殺されたからな。捕虜にすらせず殺したフランス人を私はずっと憎んでいた。いつかあの悪魔どもを殺してやると、その想いだけで生き続けていた……けれど、私はフランスで生きてしまい、フランス人というものを知ってしまった。母さんの命を奪わないといけないと分かった時、私は自分の運命に絶望した」

「は……」

「お前や母さんと過ごした日々は確かに幸せだったよ。ずっとこんな日々がずっと続いてほしいと思っていた。本当にそう思っていたんだ……だが私はイングランドのために戦わなくてはならなかった。あの頃よくイングランド軍が様々なところでフランスの街を襲撃しただろう。あれは全てフランスに取り残されたイングランドの騎士を回収するためだったんだよ。ドンレミ村を襲撃されたのはイングランドが私を取り返すためだった」

 

衝撃的な言葉に僕は絶句した。

何だ。それ。そんな話、聞いてないぞ。

 

”今、多くの村がイングランド軍に襲撃されている。君の村とイングランド軍にとって襲う価値の低そうな村が、いくつも襲撃されている”

”我々にはイングランド軍の目的が、見えないんだ。襲撃された村はどこも位置がまちまちで、特徴は何一つないんだ。一致していることは襲われる日が重なっていることだけ。村は完全にランダムで、襲われている”

 

ガツン、と頭を殴られたような激しい衝撃を受けた。

あぁ、そうか。やっぱり。あれはランダムじゃなったんだ。いつもいつもフランス国民を苦しめることばかり思いつくような腐った頭の奴らが、意味もなくそんなことするとは到底思えなかったから。

 

「じゃあ、あんたのせいで、村は襲われたっていうの?」

 

点と点が結ばれて、妙に納得できて、僕は吐きそうだった。

 

「そうだ」

 

男ははっきりと宣言した。

 

「っ母さんは、どこだ…あんたを回収するのが目的なら母さんは生きているんだろう」

「私とて母さんを巻き込みたくなかった」

「何を、言っているんだ。生きているんだろう!!母さんを殺す必要なんてなかったはずだから!!」

「ジャック。私は彼女を本気で愛していた。今まで悪魔だと罵っていたフランス人の彼女をね。だが、あの時はどうしようもなかった。母さんは身体が弱く歩けなかった。逃げ遅れてしまった。イングランド兵と私が立ち会った場に居合わせてしまった。私の正体が母さんにバレてしまったんだ」

 

男は苦しそうな顔をした。僕はそれが許せなかった。まるで自分が被害者のような顔をする男が怒りが湧いた。

 

「あんたが、母さんを、殺したのか。殺して、母さんの遺体を燃やしたのか」

「祖国のためだった」

 

男は意味のわからないことを言う。そして奴は真っ直ぐ僕を見た。

 

「祖国のために愛する人が死んでしまうのであれば、それは仕方がないことだ」

「あんた…っ自分が何を言っているのか、分かっているのか」

「ジャック。お前にもいつか分かる日が来る」

「っーー分かりたくない!!!」

 

僕は叫ぶ。

 

「何で!!何でだよ!!!僕は!ずっとイングランドを憎んでいた!!父さんと母さんがイングランド人に殺されたからだ!!!なのに!!何で!!!何で父さんがイングランド人なんだよ!!!何でよりにもよって黒騎士なんだよ!!!!何で!!!母さんを殺したんだ!!!!??」

 

ひゅっと僕の喉が音を立てる。急に興奮したせいで呼吸器官に負担がかかったんだ。僕はめまいを起こして膝をついた。

かひゅかひゅっと変な音が出る。

 

「落ち着きなさいジャック。お前は生まれつき病弱なんだ。感情を乱してはいけないと昔教えただろう」

 

父さんが僕の背中をさする。必死にその手を払うと彼は寂しそうな顔をした。

 

「ジャック。これくらいのことで感情を乱すな。お前はこれから誇り高きイングランドの騎士になる男だ。いいか。イングランドの情報が欲しいのであれば感情が揺らいではいけない」

「っー!?」

「イングランドのために戦う忠実な騎士を演じろ。イングランドのためにフランスを討て。お前のことだ。フランスにジャンヌを人質にとられて無理矢理スパイになんかさせられたのだろう?なら、全力でスパイとして生き残れ。お前は私と違い、愛する人を選んだのだから」

 

父さんは昔と同じ穏やかな表情で僕にそう教えた。

 

 

この半月後、僕はイングランドの貴族の仲間入りを果たし子爵となり。

イングランドの騎士としてフランス人を殺し続けた。

 

 

 

 

 




オリキャラしか登場しなくてすまないと思っている。
FGO編はもう少し先となります。すまない。

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第10話

オリバー視点→ジャック視点です


ジャックという男はとても賢く恐ろしい奴だった。出会った頃は兵士のくせにチビで華奢で顔も女みたいな作りをしていた。本当に弱そうな奴だった。だが見た目に反して力は強く、お前は鷹かと思うほどの視力を持ち合わせ最大距離が600メートルと言われていたロングボウを数キロ先まで飛ばし敵に命中させていた。あんなに扱いづらい武器で奴は呼吸するように敵を討ち落としていた。

奴の恐ろしさは弓兵としてだけではなかった。戦略家としても奴は優秀だった。絶体絶命の状況に追い込まれても奴は素早く冷静に戦術を立てる。その戦術はどれも味方の犠牲を前提としたものでとても賛同できるものではなかったが全滅するか多くの犠牲を許容し勝利するかの2択しかないのだから奴の戦術は毎回採用された。その勝率は8割と言われる程だったから奴がいれば勝ち確定だった。

 

「ブラウン子爵の軍がまたフランスの名将を捕らえたらしい。確かジャンって奴だ」

「まさかアランソン公か…?まだ誰も捕らえられたことがない男だぞ!?」

「お得意の地の利をいかした戦いをしたんだとさ…お互い大軍だったから死者数もかなり多いと聞いたが」

「それでも向こうの名将を捕らえたんなら釣りがくるくらいだろ。流石黒騎士の息子だな」

 

俺の右側ですれ違った連中の会話が耳に入った。どうやら知らない間にまたとんでもない成果をあげたらしい。アランソン公ジャン2世。俺でも知っている有名なフランス騎士だ。ジャンヌ・ダルクと行動を共にしていると聞いていたが知らんうちに別れたらしい…そうでなきゃジャックはジャンヌ・ダルクを捕えていただろうから。きっとジャンヌ・ダルクは別の戦地にいったのだろう。

 

「この間俺らが占拠した城がフランスに乗っ取られたらしいぞ」

「嘘だろ…ついこの間勝ったばかりなのに」

「またジャンヌ・ダルクが来たらしい。あの魔女め」

「くそ…黒騎士がいればあの忌まわしい魔女なんかには絶対に負けないのに」

 

俺の考えが正解だというように左側ですれ違った連中の会話が耳に入った。向こうさんも負けず劣らず立派な戦果をあげているらしい。優秀な奴らが両国にいるせいでこの戦争はいつまで経っても終わりを迎える気配すらない。

 

今やこの戦争で名の上がる人物は限られていた。

1人目はジャンヌ・ダルク。言わずとしれたフランスの魔女。噂ではあの女を見たフランス兵は狂戦士になるという。どこまで本当だか知らないが戦場では会いたくないNO.1の女だ。

2人目は黒騎士。こちらも言わずとしれたイングランドの大英雄。漆黒の鎧で自ら前線を仕切る騎士。イングランド人であの方に憧れを抱かない奴はいない。

3人目はアルテュール・ド・リッシュモン。フランスの騎士だ。恐ろしく強力な軍を持つと言われているが本人も恐ろしく強い。奴と会ったら死を覚悟するしかない。あの黒騎士が唯一慎重に動かざるを得ない相手だ。

4人目はジャック。俺の親友だ。他の3人に比べれば知名度も低く顔も知られていない。というか戦場では本人が顔を見られることを嫌うので顔を見たことがあるフランス人は誰もいないのではないかと思う。本人がいうには昔、女男と言われいじめられた為自分の顔が嫌なのだという。

 

「オリバー。何をしているんだい?」

「!よぉジャック。上の作戦会議は終わったのか?」

「うん。まさか君は私を待っていたのか?」

「おう。飯行こうぜ」

「それは構わないけれど……オリバー、私を待つのはいいが外で待つのはやめるんだ。特に今日のように風が強い日は。君が風邪をひいてしまう」

 

お前は俺の親か何かか?そう思ってしまうほどジャックは世話好きな奴だった。戦場で見る彼とイングランドで見る彼はあまりにもギャップが大きすぎる。フランス人が見たらびっくりして目玉が飛び出るだろう。

 

「それにしても…なんか遠くなっちまったよな。お前」

「え?近づいただろ。もう私は君を思いっきり見上げる必要無くなったんだから」

 

ジャックは自慢げに笑う。彼は最近急激に身長が伸びた。といっても元がチビだからようやく俺と同じくらいになっただけだが。遅い成長期という奴だろう。華奢だった身体も人並みに逞しくなった。

 

「そういう事じゃねぇ。俺が言ってるのは立場っつーか、まぁそういうやつだよ。いつの間にか上層部の作戦会議になんか呼ばれるようになっちまって…俺ら去年はただの傭兵だったんだぞ?まぁお前の戦果を見れば上に重宝されるのは分かるけどよ」

「…私は君程イングランド兵を助けられないよ」

「は?」

「得意不得意が違うだけさ。私は君ほど優しくないから残虐な作戦が思いつく。私は倒れ動けなくなった者を全て死体だと判断し見捨てるが君は生きている兵士を見つけ手当てをし連れ帰っている」

「そんなん誰でもできるだろ」

「いいや。君は自分を過小評価しすぎている。少なくとも私は君の優しさによって命を救われた人間のうちの1人だ。そして私には君のような優しさを生まれつき持ち合わせていない」

 

随分悲しいことを言う奴だ。ジャックは騎士になってから少し変わった。元から割と冷酷なことを言う奴だったけれど最近はそれに拍車がかかったように見える。

 

「ところでエドガーは?」

「3日前にオルレアンに向かっていったよ。あそこを抑えればフランスにとってかなり痛手だからな」

「3日前か…エドガーは、前衛か?」

「知らんがアイツは前衛好きだからな…前衛にいるんじゃねぇの?」

「後衛に回してもらう事はできないだろうか」

「は?無理だろ。もう編成決まってオルレアンに向かってるし」

「……そうだよね」

 

ジャックは目を伏せる。足まで止めてしまったから俺も立ち止まった。

 

「どうした?」

「いや……こんなことを言えば、君に頭がおかしくなったと揶揄われそうだから止めておく」

「なんだよ言えよ。馬鹿にしねぇから」

「本当?」

「あぁ」

 

ジャックは悩んでいたようだが、やがて真っ直ぐ俺を見た。

 

「最近、夢を見るんだ」

「夢?」

「いや…最近じゃないね。子供の頃からよく見ていた夢なんだ」

「同じ夢を見るのか?」

「いや……うん。同じ夢、だね。場所も人物も違うけれど、夢の最後は必ず人が死ぬっていう意味では同じだな」

「……そんな夢を子供の頃から見てたのか。お前どんな環境で育ったんだよ」

「恵まれていたよ。両親に、愛されて好きな女の子もいた…虐めてくる奴もいたけどね……この夢のせいで僕は昔からよく泣いていて、ついたあだ名は泣き虫ジャックだ」

「ハハッ、そいつは笑えるな。で、その夢がどうした?」

「今日、エドガーが殺される夢を見た」

 

ジャックは深刻そうな顔で言う。

 

「ジャンヌを捕らえようと、エドガーがフランス軍の隙をついて突っ込むんだ。けれど彼はリッシュモンに、殺される」

「っぷ…ははははは!!!!」

 

俺は大笑いをした。ジャックはそれを見てキョトンとした。その顔も面白くて俺は更に笑った。

 

「何事かと思ったら…ガキかお前は。その夢を見たからエドガーが死ぬかもって思ったのか?」

「そうだけど…」

「ククク…っ面白いなお前。まさかそんなガキみたいなこと言い出す奴がイングランドが誇る戦略家なんてフランスは思ってもみないだろうな」

 

面白くて笑い続けるとジャックはむくれた。本当に子供かお前は。

 

「オリバー、馬鹿にしないって言ったのに」

「ははっ、悪い悪い。そんなお子様みたいなこと言い出すと思わなくてな。安心しろジャック。ジャンヌ・ダルクはシノンに向かっているらしい。オルレアンにはいないよ」

「シノンに?」

「あぁ。何が目的なのか分からんが奴は真っ直ぐそこに向かってるらしい」

「…そうか。シノンに」

 

ジャックはグッと何かを堪えているような顔をした。シノンに何か思い入れでもあるのだろうか。

 

「じゃあ本当に大丈夫かもしれないね」

「大丈夫だっつってんだろ。どんだけ夢に囚われてんだお前。しっかりしろ!」

 

バシバシと背中を叩く。それでも奴は心配そうな顔をした。

 

 

 

エドガーの死亡連絡が入ったのは翌日だった。その報告を聞いたとき俺はジャックを気の毒に思った。予想通りジャックは顔を真っ青にしていた。

ジャックがおかしくなったのは、この頃からだった。

 

「オリバー、君の軍にトーマスという騎士がいるだろう。彼を君の軍から外してくれ」

「はぁ?無理に決まってんだろ。何言っているんだお前」

「ではオーセールに彼を連れて行くな」

「それも無理な相談だ。俺の軍はこれからオーセールに向かうんだからな」

「いいから外すんだ!!彼が本当に死んでしまうかもしれない!!!」

 

ジャックは突然怒り出した。この頃のジャックは情緒不安定だった。突然こんな風に無茶苦茶な要求をしだす頭のおかしい奴に成り下がっていた。

 

「俺らは国のために戦うんだ。ジャック、兵士とは命をかけて戦うものだ」

「っ…君は、同胞を見殺しにするというのか」

「しないさ。俺の軍は俺が責任を持つ。俺は彼らの命を預かっている。絶対に死なせやしない。その為に最善を尽くす」

「……いや。やっぱりダメだ。彼を、オーセールへ連れて行くな。彼は暫くここに置くべきだ」

「ジャック。俺を信じられないのか?」

 

ジャックは不安げな顔をしていた。フランスではコイツを冷酷な悪魔と恐れているらしいが、奴らが今のコイツをみたらどう思うだろうか。

 

「オーセールは既にイングランドのものだ。俺らは視察に行くだけだ。期間も短い。すぐに全員帰って来れるよ」

 

俺はジャックにそう宣言した。

 

だが運悪くトーマスはオーセールの住民に殺された。オーセールはイングランドのものになったが中には反発する勢力がいて。そいつらが襲った相手がトーマスだった。奴らは隊長格の俺を殺すつもりだったがトーマスをトップだと勘違いしてしまったらしい。

トーマスは俺の代わりに殺されてしまったのだ。

 

 

 

「レオ、騎士をやめるんだ」

 

その声を聞いたのはたまたまだった。俺はその時レオを探していた。飯の約束をしていたからだ。ジャックとレオの最期の会話を聞いたのは偶然だった。

 

「はあ?何を言っているんだお前は」

「いや、騎士をやめなくてもいい。馬に乗るのをやめるんだ…何も、軍をやめろというつもりはない。歩兵か弓兵でいい」

「歩兵…?格下になれっていうのかお前は」

 

不快そうなレオの声が聞こえた。元々レオは騎士に憧れていたらしいからジャックのこの発言は許せないものがあるのだろう。

 

「歩兵だって大切な兵士だろ。彼らがいないと私達は勝つことなんてできない」

「嫌だね。もう二度と貴族に見下される経験なんてしなくない」

「騎士の地位を返上しろと言っているわけじゃないよ」

「一体どこの世界に馬に乗らずに戦争に参加する騎士がいるっていうんだ!!俺は騎士だ!!イングランドの誇り高き騎士だ!!」

 

ガンッと何かが蹴られる音がした。

 

「失せなジャック。お前の話は不快だ」

「っ…でも!このままじゃ君が死んでしまう!!私は…私はもう嫌なんだ!私は君を大切な友だと思っている!君を失いたくない!!」

「歩兵の方が死亡率高いだろうが!!あ!?馬鹿にしてんのかお前は!!俺を大切とかほざいておいて死亡率の高い歩兵になれって!?戦略家様よぉ!考えすぎて頭おかしくなってんじゃねぇよ!!!」

 

レオは怒りジャックを置いてその場を離れた。彼はその後ジャックと会うことを拒んだ。

 

レオは死んだのは数日後だった。戦いの最中、彼の馬が襲いかかってくるフランス軍に恐怖し暴走した。彼は馬を制御することができず馬から投げ出され死んだ。

ジャックはレオの死を聞き泣いていた。そういえばコイツの泣き顔を初めて見たなと思った。

 

 

そして、ついに俺の番がきた。

 

「お願いだオリバー。トルワには行かないでくれ」

 

俺はジャックのその言葉が死の宣告であると気付いていた。勿論奴のいう夢を完全に信じた訳ではない。俺にとってその宣告は迷信のような存在に近かった。

 

「そいつはできねぇ相談だ。増援要請が来ているからな。俺の軍がいかなきゃトルワで戦っている仲間を見捨てることになる。俺は行く。仲間がフランス軍(悪魔ども)に殺されるのを許せるほど俺は心が広くないからな」

「っ私が代わりに行く!!!」

 

ジャックが叫ぶ。

 

「お前はパリへ行けと命令が下ってるだろう。重要任務を放棄するのか?」

「私の代わりに君がパリへ行けばいい…パリなら、まだ」

「得意不得意があるんだろう?俺にはパリを守りきれなんていう小難しい作戦立てられねぇ。トルワで戦っている仲間を助けに行く方がよっぽどできる。お前が言ったんだろ。俺はお前より仲間を助けられるってな」

「っ…!ダメだ。お願いだよオリバー。聞き分けてくれ。私……私は」

「それはこっちの台詞だジャック。いい加減夢にばかり囚われるな。もしその夢の通り俺が死んだとしてもお前はお前のやるべきことに専念しろ。俺達はイングランドに忠誠を誓った誇り高き騎士なんだから」

 

俺は真剣に説得した。今やもう、コイツの頭なしでイングランドは救えない。コイツが俺にばかり囚われて頭がイカれてしまっては困るからだ。

 

「しっかりしてくれ。頼むよジャック。お前がイングランドを救うんだ」

 

俺はその言葉を最期に永遠にジャックと会話することはなかった。

 

「そういえばどんな死に様なのか聞きそびれちまったな」

「おい!!勝手に喋るな!!!」

 

俺はトルワに行きフランスと戦った。そして負け拘束された。皮肉なことに長年フランス軍と戦っているとフランス語が分かるようになった。きっとフランス兵もイングランドの言葉が分かるのだろう。

 

「独り言だよ…いいだろうそれくらい」

「っ!?お前、フランス語が、分かるのか…?」

 

見張り役のフランス兵が驚愕した。お前はもしかしてイングランドの言葉が分からないのか。もしやそれが普通なのか。じゃあ俺には語学の才能があったのか。もし戦争なんてしてなければ勉強をしてみたかった。

 

「なぁ、ジャンヌ・ダルクはどこだ?話してみたい」

イングランド人(悪魔)に我らが希望の子を会わすわけがないだろう」

 

悪魔はフランス人だろう。毎度毎度狂戦士と化して俺たちを殺しにかかるくせに。俺を捕えたフランス軍のトップはジャンヌ・ダルクだった。彼女は戦術も何もなしに俺たちに突っ込んできた。本当に噂通りで焦った。そんな馬鹿なことする奴がこの世界にいるとは思わなかった。フランス軍は彼女の後に続き俺らに突っ込んできた。死を恐れず俺たちを1人でも多く殺そうとするその姿は噂通り狂戦士だった。

 

「こっちは拘束されてんだぞ。無抵抗な奴相手に姿を現せないなんてジャンヌ・ダルクは情けない奴だな」

「!貴様フランスの希望の子を!!!神の子 ジャンヌ・ダルクを愚弄する気か!!!!」

 

「どうされましたか?」

 

凛とした声が聞こえた。顔を上げると少女がこちらへ向かって歩いてきた。ジャンヌ・ダルクだ。

先程までの突撃少女は鳴りを潜め今は可憐な乙女のようだった。

 

「じゃ、ジャンヌ」

「よぉ、フランスの魔女。あんたに興味があったんだ。付き合ってくれないか」

 

ジャンヌ・ダルクはグッと眉間に皺を寄せた。魔女だと言われたことが癪に触ったのだろう。

 

「いいでしょう…見張りご苦労様です。疲れたでしょう。休んでください。彼は私が見張ります」

 

彼女は仲間の見張り役に対し穏やかな表情で言う。優しげな表情だが有無を言わさない何かを感じた。見張り役も感じたのだろう。彼は渋々離れていった。

 

「予言できるって本当か?」

 

俺は早速切り出す。彼女はポカンとしていた。

 

「予言ってどんな感じなんだ?」

「私は聞こえる声に従っているだけです」

「声ぇ?夢じゃねえのか?」

「夢?」

 

彼女はきょとんとする。なんだ、ジャックのあの夢と同じ仕組みかと思ったら全然違うのか。

 

「アンタは俺が近日中に死ぬと思うか?」

「なにを…貴方は身代金を支払れています。私達は責任を持って貴方をイングランド軍の元までお連れいたします」

「なんだ思わないのか…数々の予言をして俺達を追い詰めたアンタが思わないんじゃあアイツのいう夢の信憑性が低いな」

「夢?…正夢というものですか?」

 

困惑しながらも彼女は俺に頑張って話を合わせようとする。確かにアイツの夢は正夢、とよぶべきものなんだろうな。

 

「俺の親友が言うにはな。俺はこの後死ぬらしい。どうやって死ぬかまでは聞きそびれたが…多分死ぬんだろうな俺は」

 

困ったなぁ死にたくねぇなぁ。

そう呟くと彼女は複雑そうな顔をした。

 

「ご友人の予言については私は何も言えません。私は神の声を聞いただけ。私が予言をしている訳ではありません」

「神の声か…」

 

じゃあ奴の夢は神が見せている夢なのだろうか。だとしたら趣味悪いな。人が死ぬ夢ばかり見さすなんて。

 

「私も多分、もうすぐ死ぬのでしょう」

「!…それも神の声か?」

 

彼女は曖昧に微笑んだ。

 

「そうか……なぁアンタはこの戦いに参加したことを後悔しているか?」

「いいえ。後悔した事は一度もありません」

 

ジャンヌ・ダルクははっきりと言い切った。だが、その顔はすぐに曇った。

 

「けれど…大切な人を巻き込んでしまった事は、後悔しています」

「大切な人…?そういえばアンタ。最初は少年と一緒にいたって聞いたな。そのガキはどこいったんだ?」

「死にました。パテーの、戦いで。私はずっとあの戦いを後悔しています…私があの戦いで負傷しなければきっとジャックは冷静さを失わずイングランド軍へ突撃したりしなかった…陣形が、乱れたのです。フランス軍は混乱し戦いは劣勢を強いられた。リッシュモンがいたから勝つ事ができたけれど、きっと彼は…彼は訓練された兵士ではないから。きっと殺されてしまった」

「きっと?」

「遺体は見つかりませんでした。あの戦いは多くの死者を出してしまった…中には顔が分からなくなる程惨い殺され方をされた方もいたんです。私は彼が分からなかった」

 

あんなに、ずっと一緒だったのに。

彼女は泣き出しそうな顔をしていた。

 

「私はジャックを連れて行くべきではなかった…彼は村にいるべきだった。なのに私は優しい彼に甘えた。1人で行くのは怖かったから彼の無償の優しさについ縋ってしまった!そのせいで彼は殺されてしまった…!私が連れて行かなければ彼は、戦争に参加せず。皆と幸せに過ごせていた」

 

彼女は泣くのを堪えていた。多分それは俺という敵がいるからではなく、自分には泣く資格はないと思っているからだと思う。

 

「私…何故か彼が死ぬと思えなかった…戦争中なのだからいつ死んでもおかしくないはずなのに。彼だけは生き残ると思い込んでしまっていた……そのせいで、彼に何も伝えられなかった。巻き込んでごめんなさいって。いつも守ってくれて。私を信じて、味方でいてくれてありがとうって。伝えようと、思っていたのに」

 

彼女は拳を固く握りしめ肩を震わせた。それでも彼女は泣いていなかった。

 

「…ごめんなさい。変な話を聞かせてしまいましたね」

「いや…アンタにそんなに思ってもらえるなんてソイツは幸せ者だったと思うよ」

 

ジャンヌの側にいたジャックというガキが俺の親友のジャックのように強い男だったら、きっとこの場にそのガキがいたんだろうなと思った。

 

「言い残した事はありませんか?」

「え?」

「仮にご友人の言う通り貴方が亡くなってしまうとして…そのご友人に言い残したことはありませんか?」

「なんだ、言伝を預かってくれるっていうのか?」

「えぇ」

 

俺は驚いた。魔女と恐れられているこの女から、そんな事を言われるとは思わなかった。

 

「私のような思いは、もう誰にもしてほしくないので」

「…そうか。じゃあ、こう伝えてほしい。お前を信じてられなくて済まなかった。お前は正しいよ。ってな」

「分かりました…それで、ご友人のお名前は」

「それは言えねぇ。敵に情報を流すことになるからな」

「なっ!?それでは誰に伝えればいいか分からないじゃないですか!」

「心配いらねぇよ。アイツは英雄になる男さ。そのうち分かる。そいつにオリバーから言伝だって言えばいい」

 

ジャンヌ・ダルクは不満そうだったが俺はジャックの名前を言わなかった。

 

 

そして俺は引き渡し先に連行される途中、突然盗賊に襲われた。手足を縛られ碌に抵抗もできなかった俺はあっさり殺された。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

皆が僕を頭がおかしくなったのだという。毎日毎日人が死ぬ夢を見れば頭がおかしくなるさ。そのくせ助けようと思ったって誰も僕の話を聞いてくれない。だからどんどん死ぬ。夢の通りに。

いつ死ぬかは教えてくれないくせに。誰がどこでどうやって死ぬかだけは見せる夢。

昔、母さんがよく言っていた。僕は幼い頃から泣き虫だったと。夜中怖い夢を見たと言って泣いていたが肝心の夢を覚えていないから本当に困ったと言っていた。僕は、あの頃からこの夢を見ていた。人が死ぬ夢だ。夢で見る人は知っている人も知らない人もいた。そしてその夢を見て暫く経ってからその人が本当に死んだことを知った。僕は怖かった。僕があの夢を見たから死んでしまったのではないかと怖くて怖くて。だから本当は忘れてなんていないけれど両親に忘れたと嘘をついていた。

今になって、思い出した。僕は必死だった。あの夢の通りにならないように、なんとしてでも阻止したかった。けれど権威を行使してまで夢で見た場所に行かないように命じても、その人はそこへ行ってしまう。ある人は僕の言う事など耳も傾けず。ある人はフランス軍に追われ逃げた先で。ある人は天候の影響で避難した先で。

 

僕は、死んでほしくなかった。

今夢で見る奴らはイングランド人なのだから…かつて悪魔と罵り死んでほしいと願っていた相手なのだから。僕が死んでほしくないと思うのは間違っているのだろう。イングランド人はフランス人を惨殺した悪魔なのだから。

 

けれど僕は死んでほしくなかった。

僕はイングランドへ来て知ってしまった。街行くイングランド人に悪魔のような思考の者はおらず。僕らフランス人のように、なんてことない日常を愛している人間しかいなかった。フランス人と同じようにご飯を食べ酒を飲み時にはふざけ合い。時には仲間の相談に真剣にのり。僕の昇進を自分の事のように喜び、かと思えば羨ましがり。

そんな、フランスと何ら変わらない光景がイングランドには存在していて。

 

 

僕は気付いてしまった。

イングランド人もフランス人も一緒だということを。イングランド人は僕らと同じ人間だった。

悪魔なんかじゃ、なかった。悪魔なんて初めから存在していなかったんだ。

あぁ、こんなこと気づかなければよかった。何も知らなければ、こんなに苦しまなかった。純粋にイングランドを憎んでいられれば…僕は、何も迷わなかった。だけど、もうダメだ。僕は知ってしまった。イングランド人の優しさを。彼らの愛を。僕はもう、フランスにいた頃の僕には戻れない。

 

”知っているか。フランス人は忠義を尽くす。フランスを愛しているからな。それは騎士としては尊敬すべき性分だがスパイとしては相性が悪いんだ。”

 

かつてシャルル王が僕に言った言葉を思い出す。今なら分かる。あれは嘘だった。フランスを愛しているからスパイが苦手なんじゃない。物心つく頃から悪魔だと教え込まれていた存在が自分と同じ人間だったと知ってしまったから。憎しみを糧にスパイとなったのにイングランドに来て現実を知ってしまったから彼らは失敗していたんだ。

 

僕は、ここにきてスパイとして生きることが苦しくなってしまった。

 

僕が再びこの夢を見るようになったのは、僕がフランスへ情報を流した日からだ。あの日から僕の仲間はどんどん死んでいった。僕が見た夢通りに。関連性があると考えるのは愚かだろう。分かっている。あの日僕が流した情報だってごく一部のイングランド軍の配置状況だけだ。あれだけでフランスが優勢になれるとは思えない。でも、夢は見続ける。あの情報と関係のない僕の仲間が死ぬ。

もし、僕のせいで皆死んでしまったのだとしたら。

 

僕は、どうすればいい。僕はこのまま、スパイとして生きるべきなのだろうか。僕の事を心配してくれている仲間を、僕の事を心の底から尊敬してくれている部下を。

僕はこのまま情報を流さないと(殺さないと)いけないのだろうか。

 

「っ……いや、だ」

 

声が掠れた。涙が溢れた。

嫌だ。嫌だ。だって、彼らは仲間だ。悪魔なんかじゃない。人間だ。殺されるべき存在じゃない。

生きてほしい。どうか、この殺し合いの中で彼らだけは生き残ってほしい。幸せになってほしい。愛する人と結婚して子供を産んで育てて。次世代へと紡いでいってほしい。

 

 

 

でも、ジャンヌが傷つくのが1番嫌だ。

 

「う…うあぁ…あっ…ぁあ」

 

嗚咽が漏れる。心が軋む音がする。

 

「っごめ…っな、さ……」

 

ごめん。ごめんなさい。エドガー。レオ。オリバー。君達を騙してごめん。僕は君達が恨んでいるフランス人なんだ。ずっとイングランド人と嘘をついてごめん。

 

ごめん。どうか。僕を許してくれ。

君達ではなく。イングランドでもフランスでもなく。

 

ジャンヌを選ぶ愚かな僕を、どうか…許して…っ

 

「っあぁ…っっうああああぁあ!!!!っっ」

 

僕は泣いた。

子供のように大声をあげて泣いた。声を出さないと頭がおかしくなりそうだから僕は泣いた。

 

 

僕は決めたのだ。これからもきっと夢は続く。これからもきっと僕の仲間は死ぬ。その度に多くの者が嘆き苦しむ。多くの人がフランスを呪う。それでも僕は止まらない。僕は愛しい人のために。イングランドを売る。たとえジャンヌがそれを望んでいなくても。全員を救う事なんてできないのだから。せめて、1番大切な人だけは守りたい。

 

そのために僕はイングランドにとっての悪魔になる。そう決めた。

 

 

 

そう決心した翌日。

そこからが僕の、本当の悪夢の始まりだった。

 

「ランスがジャンヌ・ダルクの手に落ちた」

「なんてことだ…っ!黒騎士は何をしている!?」

「リッシュモンとぶつかったらしい」

「またか…まるで我々の手の内を知っているかのように黒騎士の行く場ばかりリッシュモンが現れる…黒騎士がジャンヌ・ダルクの元まで辿り着けていればこんな事には…!」

「……まさか、情報が漏れているなんてことはないだろうな…?」

 

もう昼間だというのに、僕は震えていた。会議の内容なんて全く耳に入っていなかった。今まで夢で見たのはイングランドで仲間になった兵士だけだった。だからこれは僕がイングランドを裏切ったから見る夢だと思っていた。

 

でも、違った。僕の完全な思い違いだった。これは罰なのかもしれない。フランス人でありながらフランス人を殺し、イングランド人でありながらイングランド人を殺した僕の罰なのかもしれない。

 

でも。でも。こんなの、あんまりだ。なんで。どうして。

あぁ、どうしよう。

 

「どう思う。ブラウン子爵」

 

どうしよう。どうしよう。このままじゃ。いや、僕がきっと。今まで通り。僕が何を頑張っても、この夢が、現実に起こってしまう。

 

 

ジャンヌが、死んでしまう。

 

 

「ブラウン子爵…?」

 

ジャンヌがランスを救った日。シャルル王がランスで戴冠式を挙行したといわれるその日に。

僕はジャンヌが死ぬ夢を見た。




1429年 エドガー、レオ、オリバー 戦死


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第11話

「祖国のために死ぬのであれば。それは仕方がないことだからだ」

 

父さんは信じられないことに微笑んでいた。

 

 

 

「助けて、くれ…」

 

僕は父さんに助けを求めた。

黒騎士である父さんの養子という形で再び息子になったあの日。

 

”イングランドのために愛する人が死んでしまうのであれば、それは仕方がないことだ”

 

父さんが信じられない事を口にしたあの日から僕はずっと父さんを避けていた。勿論外面だけは保っていた。僕が怪しい奴だと周りに疑われてはならないからだ。だが家では父さんとほとんど会話をしていなかった。

 

「助けて、ください…っっお願いします…」

 

僕は父さんに頭を下げた。

 

「このままだと、ジャンヌが…死んでしまうんだ…っお願いだっっなんでもする!お願いだからジャンヌを助けてください…っ!!」

 

なんて、情けないのだろうか。ジャンヌが死ぬ夢を見てから、結局僕はどうすることもできず。こうして今まで避けていた父さんに縋っていた。どんなに僕が阻止しようと手を回してもあの夢を回避する事はできなかったから。必ずあの夢は現実になってしまうから。誰かに僕の話を聞いてほしかった。誰かに助けてほしかった。僕1人で抱え込むにはあまりにも辛すぎた。けれど僕にはもう父さん以外に頼れる人がいなかった。

 

「夢を、見るんだ…ジャ、ジャンヌが…見せしめみたいに磔にされて…ッッ!っ火を、つけ、られて…ッッ」

 

言いながら涙が勝手にボロボロとこぼれ落ちる。

 

「お前が奇怪な夢を見たと言い回っている事は知っている。そのせいで折角築きあげた、皆からお前への信頼関係にまで怪しくなっている事も知っている」

 

父さんは冷静にそう言う。

 

「シャルル王は人を見る目がないな…お前にスパイは向いていないというのに……ジャック、好きにしなさい。これまでの信頼全てを投げ打ってジャンヌを守りたいのであれば、そうして構わない」

「っそれじゃあジャンヌが死んでしまう!!」

 

僕は大声を張り上げた。

 

「僕は!いつも皆に言っていたさ!!夢を見る度に死んでしまうから絶対行くなと!!馬から転落死してしまった友達には馬に乗るなと言った!!戦場に出向いたから死んでしまう奴にはその軍から引き抜いたりもした!!でもダメだった!!何をしても死んでしまう!!!いつも!いつも!いつも!!僕の見た夢の通りに皆死んでしまった!!」

「ジャック。その話を私にして一体どうしてほしいのだ。お前の言っていることが本当だとしたら私に話したところでジャンヌは死ぬのだろう?」

「っ…死なない、かもしれない。僕は、子爵だ。実績だって少ないから、権威があまりない…けど、父さんなら。父さんは黒騎士だろ。父さんがジャンヌを殺すなって命じたら、ジャンヌは殺されないかもしれない!」

「私に犠牲になれというのか」

「確かに、信頼は落ちるかもしれない…けれど、父さんはずっとイングランドに忠誠を誓ってきたんだから、たった一度女の子を助けただけで地位は揺らがないだろう」

「ただの女の子であれば、な…」

 

父さんはため息を吐く。

 

「残念ながらジャンヌはただの女の子ではなくなってしまった。フランスにとっては希望の子。イングランドにとっては魔女になってしまった」

「っ頼むよ…お願いだよ…!僕は、どうなってもいいから……ジャンヌを、助けてくれよ…っ!あの子だけは生きていてほしいんだっ」

 

僕は泣きながら懇願した。

父さんは。

 

「お前は変わらないな昔から。全てを犠牲にしてでもあの子を求めるのか」

「…長生き、してほしいんだ。僕は、ジャンヌが全てだ…あの子以外望まないから」

 

父さんは。

 

「……そうか。お前の気持ちは、分かった」

 

父さんは一度目を閉じた。がすぐ僕を真っ直ぐ見た。

 

「私にジャンヌ・ダルクの命を消させぬよう願うのであれば。あの子を殺さないメリットを私に言いなさい」

「え…」

「誤解しないでくれ。私もあの子に死んでほしくなどない。幼い頃からあの子を知っている。お前の想い人に手をかける事などしたくない」

 

だがな、ジャック。

父さんは続けて言う。

 

「私はこの命をイングランドに捧げると誓った。ジャック。何故私が母さんを殺したか。お前に一度話したことがあるだろう」

「っジャンヌまで、見殺しにするって、言うのか…っ」

「祖国のために彼女の死が必要というのであれば。残念だが、それは仕方がないことだ」

 

当たり前のように父さんは言う。

あぁこの人は。この人こそが悪魔だったんだ。

僕はそう思った。父さんは僕に興味をなくしたのか自分の書斎から出て行った。

 

僕は1人、絶望していた。

…分かっていたさ。父さんは何よりも国を優先する。冷酷な判断が簡単にできてしまう人だって。でも僕には父さん以外頼れる人がいなかった。あの人が惨い人だと知っていても縋るしかできないほど僕は追い詰められていた。

結局僕は、何もできなかった。誰も僕の話を信じてくれない。誰にもジャンヌの話なんてできない。フランスへジャンヌを戦場から下せと伝えても何も変わらなかった。今日もジャンヌはフランスの為に戦っている。イエス・マリアの旗を持ち、戦場の最前線で戦っている。

僕は、なんて情けなく。なんて無力なのだろう。

 

 

「シャルル王とジャンヌ・ダルクが仲違いしたってよ」

「本当なのか?この間の戦いでシャルル王はジャンヌ・ダルクへ増援を送ったと聞いたが」

「その後仲違いしたんだろう。イングランドのスパイは優秀だ。きっと本当さ」

 

すれ違った騎士の会話に耳に傾ける。彼らは上機嫌に会話をしていた。久々にシャルル王の名前を聞いたな、と僕はぼんやり思っていた。

 

"さぁ選べジャック。今ここで処刑されるか。フランスのスパイとなり、陰からジャンヌ・ダルクを救う存在となるか"

 

かつて彼に言われた言葉を思い出した。僕はここにきて後悔していた。彼は僕に、ジャンヌの身の安全なんて一切保証してくれなかった。あの時どうして僕はただ彼の条件をのんでしまったのだろう。どうしてジャンヌだけは守ってくれと言えなかったのだろう。

 

どうしよう。ジャンヌがイングランド軍に捕まってしまったら。

どうしよう。シャルル7世がジャンヌの身代金を支払わなかったら。

 

どうしよう。どうしよう。

イングランドが、ジャンヌを処刑してしまったら。

火炙りの刑にしてしまったら。

死後、天国にすらいけなくなる。

 

そんなのは嫌だ…っ!死なないでほしい。生きていてほしい。

嫌だ…お願いだっ神よ…ッあの子が何をしたって言うんだ。祖国の為に自分の人生を捨ててまで前線に立つあの子を…!誰よりも祖国に忠誠を誓っているあの子を!神はお見捨てになるというのか!!

 

「子爵様…?」

 

ふらふらと領内を歩いていると1人の女の子が声をかけてきた。彼女はブラウン家が収める地に住む領民の子供だ。

 

「オリヴィア…こんな遅い時間にどうしたんだ。もうすぐ日没だ。家に帰りなさい」

「でも子爵様。顔真っ青だよ。何かあったの?」

 

まだ10にも満たない子が心配そうに僕を見つめる。

 

「フランスに、何かされたの?許せない!子爵様をこんなに悲しませるなんて、やっぱり悪魔なんだわ」

 

彼女の言葉に心がずきりと痛んだ。僕達は物心つく前から相手を悪魔だと教わって生きてきた。フランスはイギリスを。イギリスはフランスを。お互いに悪魔だといった。そして悪魔どもから祖国を守るのだと自分たちを正当化しお互いに殺し合い憎みあった。

なんて愚かなんだろうか。

 

「フランスは…悪魔じゃないよ」

「悪魔だよ!!だって領主様のお父さんを殺したのはフランスなんでしょ!偉い人だから殺されないはずなのに問答無用で殺されたって私、お母さんから聞いたわ」

「それは…」

「そんなひどいこと、悪魔じゃないとできないもの」

 

彼女は真っ直ぐ僕を見る。その目はいつかの僕と同じ目だった。殺される必要のなかったはずの両親を殺し遺体を燃やすという行為をされ。イングランドをずっと悪魔だと言い憎んできた、かつての僕の姿がそこにはあった。

 

「…本当に、フランスとは、関係ないんだ……ただ、大切な人が、いなくなってしまいそうで……」

 

言うつもりのなかった言葉が口から滑り落ちた。

 

「それだけは絶対嫌なのに……だからプライドを捨てて頭を下げて懇願して……でも、ダメで……これ以上打つ手なんて思いつかなくて……」

 

一度出てきてしまったら今度はボロボロ出てきてしまった。思っていた以上に僕は追い詰められていたんだと知った。子供相手に僕は何を言っているのだろう。

 

「ごめん……変な話を聞かせてしまったね」

「子爵様は、頑張ったけどどうにもできないことが嫌なの?」

「え?あ、あぁ…」

「そうなんだ…でも頑張ってもどうにもできなかったんなら、仕方ないよ。子爵様は頑張り屋さんだもの。本当に一杯一杯考えて頑張ったけどダメだったんでしょう。じゃあ、仕方ないよ。子爵様は悪くないよ」

 

彼女の身長に合わせしゃがんでいた僕の頭を彼女が撫でる。

 

「ッ…!」

 

僕は、情けないことに彼女に縋りたくなってしまった。食い止めないと。この夢を見てしまったんだからなんとかしないと。ずっとそう思っていた。今もそう思っている。

 

”子爵様は悪くないよ”

 

けれど、彼女のその言葉を聞いて一瞬でも救われたような気持ちになってしまった。そんな気持ちになってはいけないのに。無意識に誰かに許されたいと思っていた。誰かにお前は悪くないと言って欲しいと思ってしまった。

そんな自分の情けない心が恥ずかしくてたまらなかった。

 

 

 

「ぇ…?」

 

そして僕はまた夢を見た。連日続いていたジャンヌが死ぬ夢ではなく。黒い甲冑のイングランドの騎士が、フランスの騎士に殺される夢だ。

イングランドの黒騎士が。父さんが、死ぬ夢を見た。

 

 

 

「またその話か」

 

父さんは呆れていた。僕の話など聞く価値もないと思っているのか甲冑に着替えながら彼はそう言った。

 

「違う…っジャンヌの話じゃなくて!!父さんが死ぬ夢なんだってば!!」

「登場人物が変わっただけだろう」

「場所も亡くなり方も違う!ジャンヌは…捉えられて火炙りに……ッ父さんは違う!ランスで、殺されてしまう!!」

「そうか。それでお前は何が言いたいのだ」

「ランスに行くのをやめるんだ!!殺されてしまう!!言っただろう!僕の夢は絶対に覆らない!!ランスへ行けば父さんは殺されてしまう!!!」

「であれば、何故止める?」

 

父さんは手を止め僕と向き合った。

 

「お前は言った。お前がどんなに頑張ろうとお前の夢で見た者は必ずお前の夢通りの道を辿る。であれば何故止める?無駄な事だと思わないのか?」

「ッ…無駄かもしれない。少なくとも今までは無駄だった。けれどこれからの事は誰にも分からないはずだろ…!なら夢を見てしまった僕は止めないと」

「あぁなるほど。結局はお前の自己満足のためか」

「え…」

 

父さんは冷たく言う。

 

「夢を見てしまったから。何かしなければお前はただ見捨てたことになる。だから無駄だと分かっていて止めようとする。そうすればお前の中の罪悪感が和らぐからな」

「ち、違う…ッ僕は、本気で、助けようと…」

「初めはそうだったかもしれない。が、もう気付いているのだろう?無駄だと分かっていてお前は私にこの話をした。人と共有することで罪悪感から逃れようとした」

 

僕は。

僕は、何も言い返せなかった。そんなつもりはなかった。けれど結果的に父さんの言う通りだと気付いてしまった。

 

「愛しい息子よ。恥じる事はない。お前のその行動はお前の優しさと本能からきた行動だ。仲間を救いたいと思うお前の気持ちは本物だ。そして、罪悪感から逃れたいと思うその気持ちも本能だ。誰もお前を責める事はできないだろう。無論、私もだ」

 

父さんは兜を手に取る。

 

「だがなジャック。お前のその話を聞いた者がこれからどんな思いで戦場へ向かうか。お前は考えた事があるか?死ぬと分かっていながら戦う騎士の気持ちがお前には理解できるか?」

「…それ、は」

「私が自己満足だと言ったのは、つまりはそういうことだ。私はお前の話を聞きお前の話を信じた上でランスへ向かう。ランスへ迎えと国に命じられたからだ」

 

何故私が向かうか分かるか、と父さんは言う。彼は僕の返事を待たずこう言った。

 

「祖国のために死ぬのであれば。それは仕方がないことだからだ」

 

父さんは信じられないことに微笑んでいた。

 

 

 

 

そして、父さんは殺された。拘束されることなく殺された。風の噂では一時ランスにいたジャンヌ軍を壊滅させる勢いだったという。賢く判断力があり強い父さんであればジャンヌを追い詰めるのは容易だっただろう。だが増援にやってきた1人のフランス騎士に父さんは殺されてしまった。

何故黒騎士ほど名高い騎士が拘束されなかったのか。何故フランスが禁じ手といえる司令官殺しをしたのか。

これは後に語られる話だが駆けつけたフランス騎士の咄嗟の判断だったらしい。彼が駆けつけた時ジャンヌ軍は負けが確定していた。彼はここで黒騎士を殺さないとフランスはイングランドの手に落ちると思ったのだろう。

その判断をしたフランス騎士は。その最悪の選択をしたフランスの騎士の名は。

 

男爵 ジル・ド・レェだった。

後に彼は黒騎士を倒したという名誉から元帥になったと風の噂で聞いた。

 

 

どうして嫌なこと程立て続けに起こるのだろうか。どうして現実はこれほどまでに容赦がないのだろうか。

 

「ブラウン伯爵。ご報告させていただきたいことがございます」

 

父さんが殺され2ヶ月が経った。僕は子爵から伯爵と呼ばれるようになり父さんが守っていた土地をそのまま引き継いだ。最近は天候に恵まれていないせいか例年より農作物が育たず僕はこの課題解決に追われていた。この頃になって僕は自ら戦場をかけることは格段に減り完全な戦術家としてのみ戦争に参加していた。

 

「ジャンヌ・ダルクの身柄確保に成功いたしました。つきましては奴の始末をどうするか公爵様より是非貴方様のご意見をいただきたいと言伝を授かっております。伯爵、お忙しいところ恐縮ですが本部までご同行をお願いいたします」

 

その言葉を聞いたとき僕は心臓が凍りつくのを感じた。

 

「身柄、確保だと……何故、どうやって、」

「先日お伝えした通りジャンヌ軍がコンピエーニュへの攻撃を開始しました。無論、あそこは我がイングランド軍の中でも屈強な兵士で固めた街です。増援もなかったジャンヌ軍を捕らえるのはそう難しいことではなかったと聞いています」

「増援が、なかった…?シャルル王が彼女に出さなかったということか…?」

「おそらくは、そうかと」

 

頭を殴られたような衝撃を受けた。僕は察した。シャルル王はもう僕がフランスにいた頃のようにジャンヌを守ろうとしてくれていないということを。噂では彼はイングランドと外交での戦争終戦を望んでいるという。ジャンヌの、イングランドと敵対しフランスを救うという行動はもう今の彼にとっては邪魔でしかないのだろう。

 

…もしかして、これは彼の作戦だったのではないだろうか。彼はわざとジャンヌを向かわせたのではないだろうか。ジャンヌをこの戦争の舞台から引きずり落とすために。イングランドと手を結んでいたのではないだろうか。

 

「ッー…」

「伯爵…?」

 

あぁ。頭がおかしくなりそうだ。何で。何故なんだ。どうしてジャンヌがこんな目に遭わないといけないんだ。祖国を救おうと奮い立った彼女がどうして国に殺されないといけないんだ。

 

「…何でもない。それで、公爵は私に何を望んでいる?」

「公爵様は士気を高めるため。国民の関心を向けるためジャンヌ・ダルクを裁判にかけ火刑にしようと考えておられます」

「ッ…!」

 

あぁ、まただ。また夢と同じシナリオを辿ろうとしている。

嫌だ。嫌だ…!ジャンヌだけは救いたいのに。どうしてこの世界は、たった1人生きてほしいという願いすら聞き入れてくれないのだろう。

 

「公爵様は貴方にその一連のシナリオをと考えておられます。黒騎士が亡くなった今、貴方は誰よりも戦術に長けている。こういった辻褄合わせもお得意でしょう」

「な…ん、だと」

「公爵様は貴方に一任して構わないとおっしゃってらっしゃいます。どうかお考えください。フランス人を絶望に落とすための、ジャンヌ・ダルク(あの魔女)を火刑にする演出を」

 




1430年3月 黒騎士 男爵ジル・ド・レェのルールを無視した攻撃により戦死。
これにより子爵だった息子ジャック・ブラウンは伯爵となる。
1430年5月 ジャンヌ・ダルク コンピエーニュにてイングランド軍に拘束される
後にこれをコンピエーニュの悲劇と呼ぶ。


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第12話

初めはジャンヌと結婚したいと願っていた。子供の頃の話だ。幼い頃からジャンヌは世界で1番可愛いかった。腕っ節も良いせいで男女なんて言う馬鹿もいたが僕以外にもジャンヌに惚れていた奴らはいた。奴らは僕よりもカッコ良かった。当たり前だ。当時の僕は今よりずっと病弱でいつ死んでもおかしくなかった。身長も低く華奢で顔も女みたいで、かっこよさの要素を一つも持ち合わせていない人類一カッコ悪い男だった。

酔って結婚してくれと求婚した上にこれ以上ないフラれ方をしてしまってからは、ただジャンヌの側にいたいと願っていた。流石にあんなフラれ方をしてもジャンヌにアプローチするほど僕は心が強くなかった。けれど諦め切れる程立派な心も持ち合わせていなかった。だからジャンヌに恋人ができるまでなら側にいても許されるんじゃないか、なんて。なんとも情けない気持ちで彼女の側にいた。幸いなことにジャンヌは恋愛に全く興味がなかったから僕はずっと彼女を守る騎士みたいな気持ちでいた。実際はそんなかっこいいものではなかったけれど。でも身を挺して敵の攻撃から彼女を守ることはできたのだから僕は満足していた。

不謹慎な話だけれどあの時は幸せだった。ジャンヌの側にいることが当たり前で彼女のために男らしく振る舞えていたのだから。彼女を守る存在でありたいという僕の夢が叶ったような錯覚をしていた。

 

そして、今は。ただ生きて欲しいと願っていた。もう、どいつと恋に落ちてもいい。結婚したっていい。僕は多分嫉妬するけれど、彼女が生きていられるのならそれが1番いいと思っている。いっそのこと彼女を負傷させて戦地から撤退するしかない状況まで追い込むかと。そんなことを考えていた矢先だった。

ジャンヌが、イングランドに捕まったのは。

 

 

「会いたかったよブラウン子爵。おっと、今は伯爵だったな…君の父は本当に立派な人だったよ。本当に、惜しい人を亡くした」

「ありがとうございます。父上も、殿下にそのようなお言葉をいただけるとは、さぞ幸せでしょう」

「それで、聞かせてもらおうか。君の描いたシナリオを」

 

ニヤリと公爵が笑う。薄気味悪いその顔に、僕は愛想笑いをした。

 

「君の評判は聞いているよ。どんなに厳しい戦場でも君が描いたシナリオさえあれば戦況を変えられるとね。今回はそんな君のためにジャンヌ・ダルクを用意したんだ。これを使っていかにフランスを降伏させるか。なに、あれを燃やすだけでフランスが降伏するとは思っていない。そこまで奴らも馬鹿ではない…で、考えてきてくれたんだろう」

 

僕は。僕は今どんな顔をしているのだろうか。にこやかな顔になっているだろうか。それがとても心配だ。ここまで怒りを感じたのは初めてだから。

 

「その件ですが…今すぐジャンヌ・ダルクを殺す必要は、ないかと」

「……」

 

公爵の顔から笑顔が消えた。

 

「…生かしておく価値があります。あれはフランスでは希望の子と呼ばれ祭り上げられている。国民的人気がありすぎるのです。フランスとてあれが殺されるのをただ黙っておくわけにはいかない」

「伯爵…がっかりだ。そんなくだらない話をする時間など私にはない」

「お、お待ちください!あれを殺せば他国に、イングランドは小娘ごときを恐れていると思われかねません!どうかここはご慎重な判断を!」

「恐れているだと。笑わせてくれる。ただの余興だ。なんならあれを燃やすための舞台を作り、他国の者を呼ぼうか。フランスの希望等と言われ持て囃された女がどんな声を上げどんな惨めな死に方をするか。興味のあるものも多かろう」

 

冷や汗が止まらなかった。この汗が怒りからなのか恐怖からなのかすら分からなくなっていた。何でこんな奴に媚を売らないといけないのか、真剣に考えてしまうほど僕は動揺していた。

 

「そもそもいつ私が君にあの女の殺し方を決める権限を与えた。私はあれを火刑にすると決めた。君にはどうすればこれを盛り上げられるか。そのシナリオ立ての権限しか与えていない」

「っ……で、ですが…この戦い、早く終結させるためにはあれは手札の一枚です。今殺すよりも」

「終結?何を言っているんだ。終戦などしてなんの意味がある?」

「え…?」

 

僕は耳を疑った。本当に自分の耳がおかしくなったのかと思い、無礼を承知で彼の顔を見た。彼は不機嫌そうに僕を見下していた。

 

「はぁ…君にはがっかりだよ…この戦争がどれだけ美味いか知らないなんて」

「……どういう、ことですか」

「あぁ君は農民上がりだったか…これだから無能な農民を貴族にするなんて私は反対だったんだ」

「どういうことですか…!戦争は、同胞の血を流す。貴重な武器も失う…金もかかる…!フランスの領土を我がイングランド軍の領土にさえすれば、こんな戦争…!!」

「いくら金が動いていると思っている」

 

公爵は静かに言う。

 

「農民の君ではとても数えられないほどの金が動くのだ…君がこの間捕らえたアランソン公は実に良い売り物だったよ。君は狩は上手いが頭は悪かったようだな…我がイングランド軍一の戦術家と聞いていたが…非常に残念だ」

 

僕は呼吸をすることすら忘れていた。

この男の言っていることを理解することに苦しんでいた。脳が理解することを拒絶していた。僕は必死に自己防衛本能に抗って男の言葉を理解しようとし、ようやく分かった。

コイツが。こういう奴が上にたくさんいるからこの戦争は終わらないんだ。僕らがどんなに頑張ったって、コイツらが戦争を望んでいるから僕らはいつまで経ってもこの地獄のような戦いから抜け出せない。一体兵士達がどんな思いで戦っているのか。家族を。大切な人を戦争のせいで殺された人たちがどんな思いで生きているのか。それを理解しようともしない。

 

僕はずっと勘違いしていた。ずっと父さんのように冷徹な奴が悪だと思っていた。けれど違った。父さんはきっとコイツらのことを知っていた。コイツらを敵に回すことが許されないことも勿論分かっていた。だから彼は冷徹な黒騎士に徹したんだ。

全てを知った上でなんの罪もないイングランド人を。犠牲にあい続けている哀れなイングランド人をせめて自分の人生で救える限りは全て救おうと。そのためにフランスを。フランスで出会った全ての出会いを闇に葬った。そんな地獄のような決断を、彼はした。

そしてどんな時もその信念を胸に宿し、彼は死んだ。

 

じゃあ、僕は。僕なんかよりずっと優秀だった父さんがそんな選択をせざるを得なかったのであれば、僕も選択をしなければいけない。

僕に、何ができる。

何よりも大切にしていたジャンヌは……もう、僕の手でその運命を覆そうとすることすら許されない。

では、何をすればいい?今更フランス軍に戻るか?…そんな選択をして一体誰が僕を信じてくれるというのか。唯一僕を信じてくれそうな子は。ジャンヌは、今囚われの身だというのに。

ではこのままイングランド軍の忠実な騎士を演じるか?ジャンヌを見捨てて?そんな人生、なんの意味がある。

僕は、ジャンヌが全てだった。ジャンヌさえ生きていればもう、なんでも良かった。そのために僕の大切なもの全てを投げ打っていいと誓った。

 

僕は。僕は。

 

僕は、どうすればいいのかな。ジャンヌ。ジャンヌが、僕だったら君はどうしていたかな。たった1人の愛する女の子すら救えない僕は。一体君のために何ができるのかな。

 

「ブラウン伯爵。まさか君、シナリオを持ってきていないのか?こんなくだらない話をさせるために私の時間を奪ったというのか…?」

 

僕は考えて。考えて。頭がおかしくなるほど考えて。

 

"望みはなんだ"

"私の望みはーーーー"

 

ようやく、一つ大切なことを思い出した。

 

「……そうか。そう、だった、な」

「ブラウン伯爵…?」

 

できるかは、分からない。出来ないかもしれない。でも出来るかもしれない。それなら、その可能性に僕の全てを捧げよう。

 

「失礼。どうやら私は勘違いをしていたようです。殿下、どうか1日だけ私にチャンスを与えてはくれませんか?」

 

ジャンヌ。僕は君を救う事はできない愚か者だ。ずっと君を守ると言っておきながら結局何もできなかった。君は呆れるだろう。君は僕を恨むだろう。憎むだろう。

 

"私の望みは、フランスを救うことです"

 

だけど、君の願いだけは僕が受け継ぐから。

 

「どうか、ジャンヌ・ダルクを火あぶりにする最高のシナリオを私に。このジャック・ブラウンに描かせてください」

 

約束するよ。僕が絶対この戦争からフランスを解放するから。そのためなら、僕は。

否。

私は、なんだってしてみせる。悪魔そのものにだってなってみせるさ。




次回予告 感動の再会


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第13話

「祖国を救うためジャンヌ・ダルクには死んでもらわなくてはならない」

 

あぁ、この男こそがまさに悪魔だ。

 

「選べ。テイラー。ここで私に君の覚悟を示すか。たかが1人の少女に同情して君の今までの人生全てを棒に振るか」

 

男の冷徹な目が私を捉える。奴の目に映った私は酷く怯えた顔をしていた。

三度目の黒騎士となった男。ジャック・ブラウン。

その男を知る我らフランスのスパイの中で彼に恐怖を抱かない者などいないだろう。

 

 

 

私がジャックという男を初めて見た時、大人ぶった子供のようだと思った。必死にこの戦争の事を調べたのだろうが所詮上辺だけの知識。華やかな表舞台の一部を切り取って知ったふりをする愚かな奴だった。この男は本当に自分がフランスのスパイとしてイングランドに送り込まれたのだと信じているのだろう。この男からイングランドの情報が流されていると知った時なんて哀れな男なのだろうと思った。

 

この男がイングランドに送り込まれたスパイなんて真っ赤な嘘だ。この経歴の怪しい男をフランスから追放するための嘘に過ぎない。シャルル王がこの男を殺さなかったのは単にイングランド軍の尻尾を掴むためだった。イングランド軍とフランス軍の上層部しか知らない、イングランドの長弓の名前。フランスの農民だった奴はその名前を知っていた。であれば奴はイングランド軍の関係者の可能性が高い。この男をイングランドへ送ればイングランドが反応するかもしれない。可能性は非常に低いがどうせフランスにいても処刑するだけの男だ。勿論フランスの情報なんて何も知らないのだからイングランドへ送ってもデメリットがひとつもない。

そうしてジャックという男は何も期待されずフランスから捨てられた。聞いた話ではスパイなら誰しも通る隠しルートでイングランド人となる事すら許されなかったという。おそらくシャルル王は彼を囮にすらできないと判断し早く処分したかったのだろう。

 

だから、誰しもが驚いた。彼が無事イングランド兵となれたことに。そして何より黒騎士が彼を迎え入れたことに驚いた。彼は黒騎士の養子となったことで異例の早さで出世し、ついにはイングランドの名将として数え上げられるまでとなった。一体誰が彼の活躍を予想できただろうか。

我々はただ彼の動向を監視していた。

見ていくうちに気づいた。彼はスパイには向いていなかった。能力自体は高いが性格がダメだった。元が田舎の農民のせいだろうか。すぐに絆されたのだ。イングランドに。

我々がこの悪魔共にどれだけの仕打ちを受けたか知っているくせに。それを忘れイングランドに絆された。最終的には黒騎士配下の領民のために何かできないか模索していたのだから、本当に。何度殺してやろうと思ったことか。

 

私の見立て通りある時奴は精神を病んだ。作戦が決まった後で突然兵士の異動を命じたり兵士を引き抜いたりした。そして言う事を聞かぬ奴は死ぬ等とほざきだした。本来のフランス人であった自分とイングランド人の自分。その2つのバランスを保てず奴は精神を病み黒魔術にでもハマったのだろう。あの時は本当に見ていられなかった。フランスのスパイは皆そう思っていただろう。それでも奴はイングランド上層部の情報を垂れ流してくれる上に黒騎士の養子であるから誰も彼に手は出せなかった。きっと奴はそのまま落ちぶれていくだろうと誰もが思っていた。

今にして思う。あの時殺しておけば良かった。

 

私が奴の異常性に気付いたのは奴が黒い甲冑を纏い自らを黒騎士と名乗るようになってからだ。

時期でいうと、ジャンヌ・ダルクがイングランドに捕まってすぐの頃だった。その日私は拘束されたフランス兵の監視役をしていた。そこに捉えられているのは戦場で身柄を確保されたフランスの将軍だ。その中にはジャンヌ・ダルクもいた。彼女はここで毎日尋問を受けていた。否、あれはもう拷問の類だった。暴力こそ受けていなかったが食べ物どころか飲水すら与えられていなかったのだ。イングランド軍は彼女に恨みを抱いている者が多い。その者達からの醜悪な嫌がらせだった。

ある日1人のイングランド兵が彼女の牢へ近づく姿が見えた。彼はそのまま彼女の牢の中へと入り手足を拘束されていた彼女の身体を撫で回していた。疲弊でぼんやりしていた彼女の顔が強張った。私はただ拳をグッと握り彼女がこれから犯されるのを見ていた。

これは、ここではよくある事だった。キリスト教徒を異端者だと弾圧するために処女検査前に処女を奪う。魔女は悪魔と交わり処女と失うとされることから処女ではないことは魔女である証明の1つとなってしまう。その為処女を奪うことの意味合いは大きい。最悪なことに性欲に塗れたイングランド兵は多かった。彼らは彼女のように異端者裁判にかけられる女がいると知ると意気揚々とここへやってきては女を犯す。

私はいつもそんな胸糞悪い光景をただただ見ていた。私はスパイだ。如何に彼らが非道な行いをしようとも彼らの行為が上層部に容認されている以上、下手に手出しはできない。そんなことをすれば私が疑われてしまう。スパイとしてそれはあってはならないことだった。

更に最悪なことに彼らは貴族だった。対する私はしがない一兵士だ。声をかけることすら許されない存在だった。

 

声を出すことも許されず身動きすらできず。ジャンヌ・ダルクは男に抑え付けられた。きっとこのまま彼女は処女を散らすのだろう。相手が1人だったことがせめてもの救いだ。ひどい時は複数人で1人の女性を犯すことだってあるんだ。大丈夫。彼女はまだ恵まれている。そう思いながら私はジャンヌ・ダルクと彼女の肌を舐める気色の悪いイングランドの騎士を見ていた。

激しい音が聞こえたのはその直後だった。

敵襲かと思うほど激しいその音は最初どこから聞こえたかすらわからないほどだった。が、ジャンヌ・ダルクを見ていた私の視界の中に黒い甲冑が飛び込んだから気付けた。

黒い甲冑の男…黒騎士は、男をジャンヌ・ダルクから剥がし殴った。一度ではない。何度もだ。鈍く重たい音が牢獄中に響き渡った。決して人からしてはいけない音が何度も何度も響き渡っていた。その場にいた全員が何が起こったのか理解できなかった。それくらい恐ろしい光景がそこにはあった。

襲われていた本人、ジャンヌ・ダルク自身が黒騎士にもうやめてと懇願するまでその光景は続いた。殴られ続けた男が内臓破裂で済み死ななかったのは奇跡といえよう。

 

「ぶ、ブラウン伯爵…何を、なされているのですか…」

 

駆けつけた貴族のイングランド兵は震えながら彼にそう尋ねる。この時点では殴られた男は死んだと思われていた。彼からすれば黒騎士が突然味方を殴り殺したのだからさぞ恐ろしかっただろう。

 

「……あぁ君。彼を休ませてやってくれ」

 

黒騎士は何事もなかったかのようにそう言った。中性的な顔を見られる事を嫌う彼はこの時も兜で顔を見せようとしなかった為どんな顔をしているかは分からなかった。

 

「どうやらそこの魔女に誘惑されたらしい。可哀想に。この魔女は男であれば誰でも誘惑するようだな。恐ろしい話だ。これでも必死に止めたんだが果たして魔女の誘惑が解けているのか」

「ゆ、誘惑…ですか。で、ですが、彼はこの女の処女を」

「どうした。一度の説明では理解できなかったか?」

「い、いえ!!すぐ、連れていきます!」

 

酷く冷たい声が響く。彼は震えながら気絶した男を引き摺り出した。

 

「……あぁ、それと」

 

びくり、と彼は固まった。

 

「食事は与えてやれ。如何に魔女といえど、まともな食事をしなければ死ぬ。審問が終わるより先に死なせるような事があってはいけない。公爵はこの魔女の異端審問をとても楽しみにしてらっしゃる。この意味が、分かるね?」

「はっ!承知致しました!」

 

彼は敬礼した。その目が恐怖でいっぱいだったことをよく覚えている。この事件をきっかけにジャンヌ・ダルクの環境は大いに改善された。飲水も食事も与えられるようになった。そして誰も彼女に近づこうとしなくなった。誰も伯爵なんて高貴な方を敵に回したくなんてないからだ。

私はこの時初めてジャックに感謝した。精神を病んでいた彼はそのおかげで誰にも到底真似できない気の狂った行動でジャンヌ・ダルクを守り抜いたのだから、純粋に感謝していた。

この時の彼が既に以前の彼とは違うと感じていながらも気付かないふりをしていた。

 

 

 

「君がテイラーか…ブラウン軍へようこそ」

 

事件の3ヶ月後、私はジャックの軍へ異動になった。なんでも彼が私を引き抜いたらしい。特出した才能などないよう努めていた私を引き抜くという怪しげな行動をこの男は臆せずやってのけたのだ。私は怒りに震えていた。

 

「ユリウス・テイラーといいます。誇り高き殿下の元へ仕えることができること身に余る光栄でございます!!」

 

敬礼し嫌味を込めて挨拶をする。が彼は貴族らしく私の嫌味など全く相手にしなかった。

 

「君は祖国のために全てを捧げられるか」

「もちろんでございます。私は兵士となった時からこの命を捧げると誓っております」

「命ではない。全てを捧げられるかと私は聞いた」

「…?は、はい。全てを捧げる覚悟であります」

 

彼は私の返事に満足げに頷いた。

 

「ちょうど忠実な部下が欲しかったところだ。あぁそうだ。挨拶回りに向かおう。もうすぐピエール司祭がお見えになる」

「ッ…!」

 

私は必死に動揺を隠した。ピエール司祭。ピエール・コーション。その男は有名だった。フランス人でありながらイングランドに癒着した裏切り者の男の名前。誰よりもジャンヌ・ダルクの死を願う男として有名だった。ジャンヌ・ダルクの幼馴染であるこの男が何故ピエールと会うのか。私はその目的がわからなかった。私はすぐ思考を放棄した。このジャックという男が理解不能な行動を起こすのは今に限った話ではないからだ。もうとっくにこの男は精神を病んでいる。理解など、できるはずもない。そう思っていた。

 

 

「ようこそ我が城へ。ピエール司祭。歓迎する」

「これはこれは。伯爵自ら出迎えてくださるとは」

 

ピエールは上機嫌に笑う。ジャックも優雅に微笑む。まるで本当にピエールを歓迎しているように見えた。

 

「それで、話とは」

 

ジャックはピエールを客室へ誘導するとすぐにそう言った。するとピエールが私を見た。退出しろということだろう。私は足音を立てずその場を離れようとした。

 

「気にしなくていい。彼は全て知っている身だ。どうか信頼していただきたい」

「あぁ関係者でしたか」

 

知っているとは何を?関係者とは何の?意味のわからない会話を前に私はさも全て知っているかのように微笑んだ。

 

「異端審問が始まったと聞いたが」

「えぇ…えぇ……」

 

誰の、とは流石に言われずともわかる。ジャンヌ・ダルクの裁判だ。

 

「おかしいのです…あの女、今日まで誰にも犯されていなかった…!今までどの異端者も処女検査でまずその罪を暴かれるはずなのに…!!何故、よりにもよってあの女だけ、誰も…!」

 

ピエールが嘆く。太った顔が余計よぼよぼになり見苦しかった。

 

「イングランド軍は一体何をしておられたのか…!これでは裁判記録に何も書けない…ッ」

「これは申し訳ない。我々もあの魔女は恐ろしくてね。軍内に変な噂が広まっていたようですし誰も手出ししようと思わなかったのだろう…そういえば処女検査を実施されたのはどなたで?」

「ベッドフォード公妃です…あのお方は何を思ったのか、ジャンヌ・ダルクへの暴力を全面的に禁止された」

 

ピエールは項垂れる。奴は俯いていたから見ていなかったが私にははっきりジャックの顔が見えた。その目元が僅かに緩むのを見ていた。瞬時に察した。ベッドフォード公妃をジャンヌ・ダルクの処女検査の監視役となるよう彼は裏で手を回したのだと。

 

「あの女…不気味、なのです。奴の食事分は処分しろと命じていたはずなのに…いつの間にか食事が出されていた……真っ先にイングランド軍が奪うはずの処女膜が存在していた…ッ!あまつさえ暴力まで禁止された…!!こんな、こんな事がありえますか!?何故全て私の命令が通らない!?何故、あの女の都合の良いように事が進む!?おかしい!おかしい!!おかしい!!!」

 

見苦しい叫びに私は耳が塞ぎたくてたまらなかった。ジャックは優雅にワインを飲みながらピエールの話を聞いていた。

 

「……ピエール司祭。まさかジャンヌ・ダルクを殺せないと言うつもりか?」

 

聞こえた言葉に耳を疑った。

 

「状況は理解した。しかしその程度のことで小娘1人有罪判決出すのにいつまでかかっている。何のために私が恥を忍んであの小娘の身代金の額を引き上げたと思っている」

 

冷ややかな声にピエールは硬直する。私も同様に身体が凍りついていた。ジャンヌ・ダルクの身代金の額が異常に高く設定されていることは軍人であれば誰もが知っている事だった。彼女に恨みを抱いている者は多い。フランス側が支払いに応じないよう、あえてとんでもない金額にしたに違いない。誰にもがそう思っていた。だが、その犯人がコイツだとは思わなかった。

この男の行動の意味が分からなかった。

ジャンヌ・ダルクの幼馴染。かつて恋愛感情すら抱いていたと聞くジャンヌ・ダルクの信者。その本質は変わっていないはずだ。だから彼女の貞操をあんな強引で野蛮な行為をしてでも守り抜いたのだと私は解釈していた。

だが今のこの男の発言は、なんだ。まるでジャンヌ・ダルクの死を望んでいるみたいではないか。

 

「これ以上、私に恥をかかせるつもりか」

「ど、どうか!どうかお力をお貸しください!!あの魔女を証明するための材料を…どうか!」

 

ピエールは震えあがりながら懇願する。

 

「断る。私は軍人だ。裁判に関しては素人も同前。貴方はプロだろう?今まで何人もの魔女を死に追いつめられたのだから今回も同じことをすればいい」

「…ッ魔女である事の証明が、出来ないのです……あの女の関係者全員に調査をしても矛盾点が何一つ出てこない…まるで皆口裏を合わせたかのように!あの女を無罪としてしまうような材料ばかりが集まってしまう」

「証言などいくらでもこちらの都合の良いように解釈できる。今までもそうしてきたのだろう?」

「で、ですが…それすらもできないような証言しか取れず……」

 

ピエールがひぃっと小さく悲鳴を上げた。ジャックの険しい顔つきに身の危険を感じたのだろう。いくら司祭といえど黒騎士を敵には回したくないのだ。

 

「……一度だけ、チャンスをやろう」

「!は、伯爵…!」

 

ピエールは感激のあまり泣いていた。実に醜く私は吐き気すら感じていた。

 

「ジャンヌ・ダルクは予言をしたと言われている。そして奴の予言は絶対に的中すると。どうして的中するか分かるか?」

「…も、申し訳ございません。私には全く」

「その通りだ。私も分からない。だが奴はこういった。神の声に従ったまでだと…ところで司祭。私は神の声など聞いたことがない。何故なら私は敬虔なキリスト教徒だからだ。我々信者は神の声を聞く事はできない。我々は神の恩寵を認識できないからだ」

「ッ…!」

 

ゾクリと背筋が凍った。キリスト教の教えでは、我々キリスト教徒は神の恩寵を認識することができないといわれている。もし認識できるものがいれば、それは異端者である証明になってしまう。今、この男はそれを使えと言った。ジャンヌ・ダルクは神の声が聞こえると言った。もし彼女が神の恩寵を認識できたかと問われイエスと答えた場合、異端者だと認めることになる。ノーと答えた場合、今まで彼女は神の声が聞こえると嘘をついていたことになる。イエスといってもノーといっても罪人となる。そんな恐ろしい尋問方法をこの男は今、よりにもよってピエール司祭に教えた。

私は今、ようやくこの男が本気でジャンヌ・ダルクを殺そうとしている事を察した。

 

「あ、ぁあ!ああ!!その手が!その手があったか!!感謝いたします。ブラウン伯爵!!イングランドの大英雄!この恩義忘れません」

「であれば速やかに審問を終えろ。私はもう次の舞台の準備を終えている」

「えぇ!えぇ!勿論ですとも!!」

 

あぁ、どうか。どうか神よ。この悪党共からフランスの希望の子 ジャンヌ・ダルクをお救いください。

私は奴の背後に立ちながら神に助けを求めていた。

 

 

 

「テイラー。馬を用意しろ」

 

それから数週間後の夜、黒い鎧を纏った奴は突然私にのみを呼び出した。

 

「い、今からですか。今夜は嵐になるかもしれません。明日にした方が」

「今すぐだ。奴らはもうすぐ近くまで来ていると報告を受けている」

「……承知、いたしました」

 

彼らとは誰だ。報告とは誰からだ。問いたい事は山ほどあったが奴の目は私に了承の意以外口を開く事を禁じていた。私は奴の忠実な部下を演じるため何も聞かず彼の命令に従った。

 

 

「この悪天候の中よくぞここまで来られた…否、悪天候だからこそ私の目を欺けるとでも思ったのだろう。全く私も馬鹿にされたものだ」

 

大雨の中、黒騎士は落とし穴にハマった1人のフランス騎士を見下す。

 

「何故だ…ここにはイングランド兵の見張りが解かれたと、連絡が…」

 

泥まみれの落とし穴にハマり身動きの取れなかったフランス騎士。その顔に見覚えがあった。そこにいたのはジャンヌ・ダルクを信じ彼女の剣となり元帥の称号を手に入れたフランス貴族

男爵 ジル・ド・レェだった。

 

「安心しろ。見張りはいない。いるのは私達だけだ。見張りがいては信者共がどこからやってくるか分からないからな。あえて貴方が来れる道を作ってやった」

「…ッ罠だったということか!」

 

一体いつ黒騎士は彼を捉える作戦を実行していたのか。私には全く分からなかった。

 

「目的はなんだ…黒騎士。私への逆恨みか。私が貴様を仕留めた事を恨んでいるのか」

「いったい何を…?あぁ、そういえば黒騎士は元帥に殺されていたな」

 

黒騎士は淡々と言う。私は恐怖した。この、なんでもかんでも絆される男が、ひと時であっても父親になった男の死を何とも思っていないように感じ恐怖した。ついこの間までのジャック・ブラウンとここにいるジャック・ブラウンは全くの別人なのではないかと本気で疑った。

 

「私の目的は貴方の目的を阻止する事だ」

「なにを…」

「金はどこだ?」

 

ジル・ド・レェがビクリと震える。

 

「誤算だったよ。まさかジャンヌ・ダルクの身代金をシャルル王ではなく彼女の信者が準備するとはね。ここへはジャンヌ・ダルク釈放のためその金を持ってきたのだろう」

「お、おい…まさか貴様」

「知り合いの貴族たちに頭を下げ。それでも足りなかったから国中を駆け巡り金を募ったと聞いた。涙ぐましい努力だな。賞賛に値する」

「ッわ、私の!私の命ならくれてやる!!私が知りうる限りのフランス国内の情報も、くれてやる…!!だからお願いだ!!この金だけは、奪わないでくれ!!!この金がないと、ジャンヌは…ッ!!」

「ほう。貴方の命とフランスの情報か。それはとても有難いな。だが、残念なことにジャンヌ・ダルクは助からない」

 

ジル・ド・レェの顔が絶望に染まっていく。

 

「何故…何故だ!?何故身代金を渡すことすら許さない!?何故、徹底的に彼女を追い詰めるんだ!!貴様が憎いのは貴様を殺したこの私のはずだろう!?!?」

「…元帥……ジル、貴方は勘違いしているようだ。私は貴方を恨んでなどいない」

 

黒騎士は少し沈黙した後、兜をとった。禍々しい兜からは到底想像もつかない中性的な顔が顕になった。

 

「……!?君、は…!……まさか」

「私を覚えてくれていたようで嬉しいよ、ジル。貴方とこうして会うのはオルレアンぶりだろうか」

 

ジル・ド・レェが大きく目を見開き固まる。その姿を見てジル・ド・レェは黒騎士のフランス時代を知っていた人間なのだと察した。

 

「馬鹿な…ッ君は、死んだ、はずだ……パテーの戦いで。君は死んだと!!ジャンヌが言っていた!!!何故君が生きている!?!?…ッ何故、イングランド軍にいる!?!?何故!何故…ッ何故君がジャンヌを殺そうとするんだ!?!?君の第一の目的はなんだ!?!?忘れたとは言わせないぞ!!!」

「今の私の第一の目的は、祖国を救済することだ」

 

黒騎士は静かに言う。ジル・ド・レェはかなり動揺していた。

 

「貴方も元帥となったのであれば、分かるでしょう。この世界は残酷だ。何かを得たいのであれば何かを犠牲にできなくてはならない。私は祖国を救うと決めた。ジャンヌ・ダルクはそのための犠牲になってもらう」

「嘘だ…ッ嘘だ!嘘だ!!!君が、君だけはそんな事を言わないっ!!例え立場が変わっても言えるはずがない!!何故なら君はジャンヌを!!!」

「確かに貴方の知る男であれば言わなかったかもしれない。元帥、貴方の知る男はきっともう死んだ。貴方の言う通りパテーの戦いで死んだのだろう。今ここにいる私は、黒騎士だ。あのひ弱で情けない男とは違い祖国を選べる男だ」

 

ジル・ド・レェの顔が恐怖で歪む。まるで亡霊を見たかのような怯えぶりだった。

 

「何故だ……どうして……」

「…私は貴方にここへ来てもらいたくなかったよ。何も知らず、金を運んでいる最中盗賊に襲われ金はルーアンまで届かなかったというシナリオだけ知る存在でいてほしかった。貴方を巻き込みたくなかった」

 

大雨が黒騎士の顔を濡らす。それは雨だとわかっているはずなのに、まるで彼自身が泣いているように見えた。

 

「分かってくれ元帥。祖国を救うためジャンヌ・ダルクには死んでもらわなくてはならない。これは仕方がない事なんだ」

 

人がここまで絶望する顔など見たくなかった。思わず目を背けてしまいたくなるほど彼の顔は悲惨だった。黒騎士はようやく私を見た。冷徹な黒騎士の目が私を捉えた。

 

「ユリウス・テイラー。この者はルーアンに侵入した罪人だ。今すぐ捉えろ。彼の身代金の額は君に任せる…あぁ奴の持っている金は私へ渡せ。処分は私が行う」

「や、やめてくれ…金だけは、金だけは奪わないでくれ……頼む」

「ッ……」

 

ジル・ド・レェが私に懇願する。必死の形相に私は迷った。

 

「テイラー。何故私が君をここへ連れてきたか分かるか?君が私に全てを捧げられると誓ったからだ」

 

私は。

 

「…伯爵……しかし、これ、は…」

「何をしている。雨のせいで私の声が届かなかったか?」

 

私は。

 

「やめてくれ…!!ジャンヌだけは…!助けてくれ……!」

 

私は。

 

「貴方のいう、祖国とは。どちらのことですか」

 

声が震えた。それでもこれだけは問わねばならないと思った。

今のこの男は、フランス人なのか。それとも________。

 

彼は震える私を見て笑った。

 

「君には、どちらに見える?」

「ッ…!」

 

恐怖で身体が硬直した。試されている。それくらい見破れと言われている。分からない。今の黒騎士がどちらの味方なのか。どちらを祖国とよんでいるのか。黒騎士は何を目的に動いているのか。

 

「言葉遊びはもう十分だろう。時間がない。早くしろ」

 

息をのむ。この選択を誤ってはいけない。私が黒騎士の命令に刃向かえば、ジャンヌ・ダルクは釈放されるかもしれない。けれど今ここで刃向かえば。

黒騎士は、何をする?私は、どうなる…?

 

「君は全てを捧げるのだろう?ならば、祖国のため私と共犯者になることなど、容易いはずだ」

 

私を誘惑するかのように黒騎士は囁く。

 

「それともここで私を、祖国を裏切るか?」

「それは…」

「覚えておくといい。私は、そこにハマっている騎士やジャンヌ・ダルクのような優しさは持ち合わせていない。裏切り者は決して許さない」

「ッ…ー!!」

「選べ。テイラー。ここで私に君の覚悟を示すか。たかが1人の少女に同情して君の今までの人生全てを棒に振るか」

 

私はこの時、ようやく思い知った。

ジャック・ブラウン。この男こそが悪魔なのだと。

私は自ら落とし穴に入り、足元を気をつけながらゆっくりジル・ド・レェへ近づいた。近づくたび、彼の表情に怯えの色が強くなる。

 

「やめろ…!!やめてくれ…!!!やめろぉおおおぉおおお!!!!!!」

 

大雨の中、男は叫ぶ。懇願する。私は男の懐から金の詰まった袋を剥ぎ取ると上にいる黒騎士へ投げた。男の断末魔といっていいほどの悲鳴が響く。私は震えながら必死に彼を拘束する。黒騎士は、兜を被り直しじっとこちらを見下ろした。もう彼の表情は分からなくなった。

 

 

「ブラウン閣下!この雨の中一体どちらへ!?」

「あぁ。少し雨に当たりたい気分だったんだが、ぼんやりしすぎたようでね。この通りびしょ濡れだ」

 

黒騎士と共に持ち場へ戻るなり同僚が彼に話しかける。びしょ濡れの彼を見て酷く驚いた顔をしていた彼は声を潜めて黒騎士に言う。

 

「ピエール司祭から伝言を授かっております」

「そうか。ようやくジャンヌ・ダルクの審問が終わったか」

「……それが…また、閣下のお力を借りたいと」

「………なんだと」

 

黒騎士は低い声で言う。同僚は恐怖で震え上がった。

 

「私は既に彼に助言したはずだ」

「は、はい。その通りです…し、しかし。それでも審問を終えるに相応しい回答が出なかったと……もう、自分では追い詰める事ができないので、閣下自らジャンヌ・ダルクを尋問していただきたいとの、ご要望が」

「……私自らだと」

「は、はい…ピエール司祭からそのように言伝を……」

 

ギリギリと彼が歯切りする音が響く。目が血走っている。本気で腹を立てているのだと誰が見ても明白だった。

 

「………ピエール司祭(あれ)を使おうと判断した私が、誤っていたと言うことか」

 

ぐしゃりと黒騎士は自らの髪をぐしゃぐしゃにする。私達は恐怖に怯えながら黒騎士の言葉を待った。

 

「……分かった。ピエール司祭には二度と審問の場に立ち会うなと伝えろ。私が何がなんでも奴を死刑にしてみせる」

 

 

黒騎士はその宣言通り、一週間後ジャンヌ・ダルクの審問を開始しすぐに死刑にするための証拠を司祭へ渡した。死刑になった理由は詐欺罪だ。ジャンヌ・ダルクは女であるくせに男装し男であると騙した。そんな、幼稚な内容が認められ彼女は死刑になった。なんて愚かな世界なのだろうかと思うが、それほどイングランドは早く彼女を死刑にしたくてたまらないのだろうと察した。

そして、あの黒騎士ですらこんな幼稚な言い訳しか思いつかないほど、ジャンヌ・ダルクが潔白で敬虔なキリスト教徒であることをイングランド軍は知ってしまった。

だがそれでも彼女は死刑となる。イングランドに死んでほしいと望まれているから死刑の中でも1番罪の重い火刑となる。

 

 

時はくる。1451年5月30日 ジャンヌ・ダルクは集まった多くのイングランド人に石を投げつけられながら処刑台へと上がった。私はその姿をジャック・ブラウンと共に見ていた。彼女の両手には木製の十字架が握られていた。きっと彼女に同情した信者が渡したのだろう。ジャンヌ・ダルクは縛り付けられ足元から燃やされていった。イングランド人は興奮の絶頂にいた。私はこの場から逃げたかった。こんな地獄が、この世に存在していいのかと神に問いたかった。隣に立つジャックは微動だにせずただ燃やされいくジャンヌ・ダルクを見つめていた。

やがて彼女の悲鳴が響き渡る。生きながらその身を焼かれるという苦痛は想像を絶するほどの苦痛だろう。彼女は苦痛に顔を歪ませながら必死にイエス様の名を呼び祈りを捧げていた。その姿は悲しいほど美しい敬虔なキリスト教徒であった。

やがて炎が彼女の胸あたりに達する。もう声を発することもできなくなった彼女は不意にこちらを見た。見る余裕など彼女にあるはずもないのに明らかに彼女はこちらを見た。隣に立っている彼もそう思ったのだろう。息を呑む音が聞こえた。

私には分かった。彼女は彼を見ていた。そしてその唇が僅かに動いた。彼は動揺していた。彼女はゆっくりと目を閉じる。それが合図かのように炎は一気に燃え上がり、彼女の全てを炎で覆い隠した。

炎が消され彼女の死亡確認された後、辺りは静まりかえっていた。これだけ多くの人がいるというのに不気味なほど静かだった。

 

「…なぁ、本当に。ジャンヌ・ダルクは嘘つきの魔女だったのか」

「魔女が、あんな。死の間際にイエス様に祈りを捧げるのか」

 

やがてイングランド人は口々に言う。

 

「我々は。もしかして」

「聖女を、火あぶりにしてしまったのではないか」

 

全員が真っ青な顔だった。私は横目でジャックを見る。彼はまだ硬直しているようだった。

 

「閣下…戻りましょう……伯爵?」

 

私はそこでようやく気づいた。彼は硬直したまま涙を流していた。私はその姿を見た途端、激しい怒りに襲われた。

お前が、ジャンヌ・ダルクを殺したくせに。こうなるように彼女を追い込んだくせに!どうして被害者面なんてできる!?お前さえいなければ!ジャンヌ・ダルクはこんな目に遭わなかった!!死ぬことなんてなかった!!!!

 

「ッ閣下!!ジャック・ブラウン閣下!!」

 

私は彼を睨みつけた。彼はびくりと震え私を見た。

 

「…戻りましょう。もう、ジャンヌ・ダルクは死にました。貴方の思惑通り」

「………」

「であればもうここにいる必要もないでしょう。さぁ、戻りましょう。祖国のために」

「…あぁ、そうだな」

 

彼は雑に涙を拭うと少し俯きながらも処刑台に背を向けた。横目で見た彼の目はもうギラギラと嫌な輝きを見せていて。私は彼が悪魔に戻ったことを察した。

 

 

しかし、このジャンヌ・ダルク処刑から三日後。

私とジャックがフランスのスパイであることが密告されたことをきっかけに事態は急変する事になる。




1451年5月30日 イングランドの手により19歳という若さでジャンヌ・ダルクは火刑に処される。
ジル・ド・レェはまだ身柄を解放されておらずルーアンの牢の中で彼女の悲鳴を聞いたとか聞かなかったとか。
そして黒騎士はまた蘇る。

次回、ジャンヌ視点


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第14話

ジャンヌ視点です。


「頼むから 祖国のために死んでくれ」

 

彼はボロボロと涙を流した。

その時、私は自分の気持ちに気付いた。気付いてしまった。よりにもよって、このタイミングで。

意識した途端、愛おしさが込み上げてくる。

 

あぁ。どうして。なんで、今なの。

もっと前に分かっていたら。彼と一緒にいた頃に分かっていたら。

 

 

 

 

黒騎士は何度でも甦る。黒騎士はフランスの滅亡を望んでいる。だからフランスの希望となる存在を殺すため黒騎士は何度でも甦る。フランスの希望が潰えるまで何度でも。

かつてそう語ったジャックの父親の顔がとても怖かったことを覚えている。私は彼からその話を聞いた時震えていた。死んでも甦るなんて黒騎士は悪魔に違いないとずっと思っていた。黒騎士が怖くて怖くて私は涙すら出ていたと思う。早く教会へ行き神に救いを求めたいとそればかり思っていた。

 

”甦るわけないじゃないか。黒騎士は人間なんだから”

 

けれどジャックは真顔でそう言い返した。

 

”きっと黒い鎧を纏っているだけで中身の人間は毎回別人なんだ。奴らは僕たちを恐怖に陥れるために黒騎士が蘇ったなんて嘘言ってるだけだ”

 

昔からジャックは妙に大人びていた。身体は私より小さかったし力も弱かったし毎日のように泣くから泣き虫ジャック、なんて呼ばれていたけれど。彼は自分の父親と対等に会話ができるほど大人びていた。私はずっと父親と会話している時のジャックが格好良いなと思っていた。と同時に私よりもずっと大人びてしまうその時の彼がとても遠く感じて寂しく思っていた。

 

私がジャックを強く意識し始めたのは、二度と彼に会えないと分かってからだ。パテーの戦いの最中、負傷し動けなくなった私を見て彼は冷静さを失った。私を攻撃したイングランド兵の元へ1人で突っ込んでいってしまった。それがどれだけ危険な行為か分かった上で、それでも彼は怒りを抑えられなかった。

それが最後に見た彼の姿だった。ジャックという司令塔がいなくなりフランス軍は混乱に陥った。リッシュモンがすぐさま代わりの司令塔を務めなかったらフランス軍は間違いなく負けていただろう。イングランド軍が撤退した頃ようやく動けるようになった私はジャックを探した。もし彼が軽症であれば真っ先に私のところに来てくれるだろうから私はまず救護施設の中で彼を必死に探した。けれど見つからなかった。

私は1人戦場となった地を歩いた。いつもであればここで祈りを捧げていた。けれど今はその余裕すらなかった。

ジャックが殺されたと、思いたくなかった。だから私は最低なことに遺体を1人1人確認していた。ここに彼がいないということは彼は死んでいないのだと納得させるために。

 

数日後、ジャックが死んだ姿を見たという話を聞いた。戦いの最中、深傷をおい救護施設へ向かう途中に彼が殺される瞬間を見てしまったとラ・イールは語った。

ジャックは怒り任せにイングランド兵を手当たり次第に攻撃していたからその報復を受け何人ものイングランド兵に刺されていた。あれは間違いなく即死だっただろう。多分顔すら分からなくなった遺体のうちの1人がジャックだ。

彼はそう語った。それから、私への報告が遅れたことを謝罪した。王太子から呼び出しを受けておりそちらを優先してしまったため、ジャックの生死連絡ができなかったのだと彼は説明した。

 

その話を聞いた瞬間、心にぽっかりと穴が空いたような、そんな不思議な感覚を味わった。

悲しいとか憎むとか、そういった言葉に当てはめることができない虚無感。これは一体何なんだろう。

私は立つ力すら失い膝をついた。頬に何かが伝った。雨かと思って上を見上げたら快晴だった。リッシュモンが慌てて私にハンカチを渡した。そこで初めて私は自分が泣いていることを知った。

 

 

”ジャック…本当に来るの?”

”当たり前さ。約束しただろう。君がその声に従うのなら、僕もついていくって”

 

私は、あの時。どうして彼を連れてきてしまったのだろう。1人で村を出るのは怖かったから彼の優しさに縋ってしまった当時の自分の愚かさを恨んだ。あの時彼を連れてこなければ。彼はこんな惨い思いをせずに済んだ。

どうして私は、彼の遺体すら分からないのだろう。あんなにずっと側にいたのに。ずっとずっと私を守ってくれた人。私のことを誰よりも考えてくれた人。そんな大切な人を見つけることすらできない。

 

あぁ。主よ。どうして彼の危険を知らせてくださらなかったのですか。

 

 

私はずっと後悔していた。そしてそれでも私は前へ進むことを選んだ。否、進まなければならないと思った。彼は私のせいで亡くなったから。私がフランスを救うという選択を選んだから彼はその犠牲になってしまった。であればここで引き返すことなど許されない。たとえ何を犠牲にしてでも、私はフランスを救う。

ずっとそう思っていた。

 

まさかこんな形で再会を果たすだなんて夢にも思っていなかった。

 

 

「あんたも、不憫だな……よりにもよって黒騎士とは。自分の運命を呪うんだな」

 

牢から出された先はいつも尋問されていた部屋とは異なる場所だった。通訳係の人は私に同情していた。今日私の審問を担当するのは教会の方ではなく軍人の黒騎士だという。黒騎士とは一度戦場で出会った。その時はとても太刀打ちできないほどの強さで私を追い詰めた。増援に来たジルが咄嗟の判断で彼を殺さなければ私はあの場で死んでいたかもしれない。

そう思うほど強かった彼が、ジルに殺されたはずの彼がここにやってくる。

 

”甦るわけないじゃないか。黒騎士は人間なんだから”

 

……否、きっとジャックの言う通り黒騎士は甦るわけではないのだからジルが殺した黒騎士とは別の黒騎士がやってくるのだろう。

 

「■■■■!■■■■■■■!」

 

扉の向こうから軍人の声が聞こえる。両手両足を椅子に拘束された私はその体勢のまま扉をじっと見つめた。やがて扉が開く。そこには戦場で見た黒騎士とは少し体格の違う黒い鎧を纏った騎士がいた。甲冑の形状もやはり若干異なる。ジャックのいう通り、黒騎士は甦るわけではなく中にいる人物が変わっているだけなのだろう。

そう思ったところで、あっと思い出した。私はこの黒騎士とは一度出会っている。私がここに拘束されてすぐの頃の話。イングランド兵が私を襲おうとした時の話だ。あの時は食べ物どころか飲水すら与えてもらえず本当にこのまま死んでしまうと思っていた。そんな時1人のイングランド兵が私の元へ訪れ、私の身体を撫で回し、舐めた。おぞましくてたまらなかった。私はその時自分の貞操が奪われてしまうことを察し絶望していた。

彼はそんな時に突然やってきた。彼は私を襲っていたイングランド兵を引っ張り上げると殴り出した。敵の私ではなく、味方のイングランド兵を、だ。何度も殴っていた。私は突然のことに理解が追いつかず暫く呆然としていた。その間黒騎士が兵士を殴り続ける鈍い音だけが響いていた。

やがて兵士が反応すら示さなくなった頃になってようやく我に返った私は黒騎士を必死に止めた。そんなことをすれば私もこの兵士と同じ目にあうかもしれないと思っていたが止めないと兵士が死んでしまうと思ったから必死に止めた。意外なことに黒騎士はすぐに殴るのをやめた。

その後、私は誰にも襲われることなく。暴力を受けることもなく。食事も与えられるようになった。

 

「■■■■■■■■■■」

 

黒騎士は私の正面の椅子に座ると何かを言った。が、なんと言ったか分からず首を傾げていると通訳係の人が今から審問を始めるとフランス語で言ってくれた。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 

黒騎士は流暢に話す。私はその音を静かに聞いていた。

 

「自分の名前と年齢。出身を言いなさい」

「ジャンヌ・ダルクです。年齢は今年で19になります。出身はフランス。ドンレミ村」

 

黒騎士は手元の資料をじっと見ていた。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」

 

私は目を閉じ彼の音に集中した。彼が被っている兜は戦場で見た黒騎士より禍々しいがその声には優しさを感じた。おそらく優しさを隠しきれないのだろう。

変わらない優しい音を私はしっかり聞いていた。

 

「ジャンヌ・ダルク。貴様は神の恩寵を受けたと認識しているか?」

「……」

「おい。答えろ。ジャンヌ・ダルク」

「……兜を外していただけませんか」

「な、何を言っている」

 

通訳係の人がギョッとした顔で私を見ている。

 

「顔を見て会話がしたいのです」

「お、お前の要望など聞いていない!いいから質問に答えろ!…目の前にいるお方がどなたか分からないのか…!」

「いいえ。答えられません。こちらの要望を受けていれていただくまでは」

「ば、馬鹿…ッお前、殺されたいのか…!?魔女には人間の言葉が理解できないっていうのか…!?」

 

通訳係の人が頭を抱える。彼がどれだけ声を荒げても黒騎士は反応を示さなかった。

 

「■■■■■■■■■■■■」

「ッ!?…■■■■■■…」

 

2人がイングランド語で会話をする。通訳係の人は黒騎士の様子を伺いながら会話をしていた。

 

「■■■■■■■■■■■■」

「■■!!」

 

通訳係の人が勢いよく立ち上がると彼に敬礼し部屋から出て行った。私は扉と黒騎士を交互に見つめた。

 

「……私のフランス語が、通じるか」

「!…はい」

 

暫くして彼がフランス語を話した。

 

「……はい、か、いいえで答えろ。私は、フランス語が、得意ではない」

 

私はジッと彼を見つめる。彼は頑なにこちらを見ない。私には興味ないというかのように手元の資料のみ見ている。

 

「…兜を外して。その要望に応えてくれれば付き合います」

 

何に、とは言わなかった。けれど彼には伝わったのだろう。彼は暫く黙り込んだ末、ゆっくりと兜を外した。見えた顔に、やっぱりと思った。どれだけ怖い兜で顔を隠しても、低い声で異国語で話したとしても誤魔化しきれるわけがないのだ。

1年間離れていただけで随分体格が変わり大人っぽくなってしまったけれど。見間違うはずはない。間違いなく、彼だった。

三度目の黒騎士は。その正体は私の幼馴染のジャックだった。死んでいなかった。

私の大切な人は。ジャックは殺されていなかった…!生きてくれていた!

そう思った途端、今までの心の穴がなくなったような。ようやく心が満たされたような。そんな不思議な感覚がした。

 

「もう一度、問おう。ジャンヌ・ダルク」

 

話したいことはたくさんあった。貴方はどうして生きているの、とか。生きていてくれてよかったとか。どうしてイングランドにいるのとか。一緒にフランスに帰ろうとか。もっともっと沢山話したいことがあった。いっぱいありすぎて何から話していいか分からないほど。

けれど彼はまるで私と初対面のように振る舞うから私は何も言い出すことができなかった。扉の向こうからは軍人の声が聞こえる。壁が薄いのだろう。そのこともあって私は余計に何も言い出せなかった。

 

「…貴様は神の恩寵を受けたと認識しているか」

 

その問いは数日前司祭に聞かれたものと全く同じだった。何故だか分からないがこの問いを投げかけた司祭はとてもニヤニヤ笑っていた。あの時私がなんと答えたか、それを共有していないはずはないだろうから、きっとこれはわざと問われているのだろう。

 

「……」

 

”もし君が神の声を聞いたというならば、それは教えに背く。言っている意味が分かるかい?”

 

思い出すのは遠い昔の記憶。ドンレミ村が襲われる前の記憶。ジャックと、ジャックの父親に神の声が聞こえると話した時の記憶。

 

”聞こえるはずがないんだ!!人間が神の声なんて!!僕らキリスト教徒は聞こえてはいけないんだ!!聞こえないと教えられているんだから!!聞こえたら、君は教えに背く。君が異端者になってしまうんだよ!!!”

 

神の声が聞こえるということがどういう事を意味するのか。全く分かっていなかった私に必死に教えてくれた時の記憶だ。

 

「もし私が恩寵を受けていないならば、神がそれを与えて下さいますように。もし私が恩寵を受けているならば、神がいつまでも私をそのままの状態にして下さいますように。もし神の恩寵を受けていないとわかったなら、私はこの世でもっともあわれな人間でしょうから」

 

司祭に聞かれた時と同じ答えを返す。彼は不満げな顔をした。はい、か、いいえで答えろという約束を早速破った私に思うところがあるのだろう。私はにっこり笑って返す。約束を破ってしまったのは申し訳ないけれど、はい、とも、いいえ、とも答えられないものを聞こうとするそちらにも問題があると思うから謝りはしない。

 

「……なるほど。確かに、これは……司祭の手に余るな」

 

彼は小さく呟きため息を吐いた。そして彼はようやくこちらを見た。

 

「ジッとしていなさい」

 

けれど目だけは合わせようとしなかった。どうして目を見てくれないの。そう聞きたかった。彼は無言で剣を抜き私のそばで膝をつくと、縄で椅子に縛り付けられた私の手に触れた。そして自らの剣で慎重に縄を解いた。

 

「あ、ありがとうございます…」

 

両手が自由になる。ずっと固定されていた手首を回していると彼が私の手を凝視した。

 

「…痛むのか」

「あぁいえ。大丈夫ですよ」

 

そこで初めて彼は私の目を見た。私が嘘をついているかどうか確認する時彼は私の目を見ていたから今回もきっとそれだろう。彼は私が嘘をついていないと判断するとすぐまた目を逸らし、今まで見ていた資料をこちらにも見えるようにテーブルに置いた。

 

「ここに貴様の証言内容が記されている。今から私が読み上げる。全て嘘偽りないと認めるのであれば、この部分にサインを書きなさい」

「…これは、貴方の文字ですか?」

「……だったら、なんだ」

 

私はそっと彼の文字に触れた。初めて彼の文字を見た。何故だか愛おしさを感じた。

 

「…初めて文字を見たのか」

「いいえ…でも貴方の文字は初めて見ました。文字は、不思議ですね。書く人によって抱く気持ちがこんなに変わるなんて」

「……。自分の名前は書けるか?」

「いいえ」

「…そうか」

 

彼は小さくため息を吐くと持っていた紙束の一番下を引っ張り出し置かれていたペンを手に取りサラサラと文字を書いた。その姿が、彼の父親と会話していたあの時の彼と重なって見えた。あの時と同じ雰囲気を感じた。格好良くて、遠くて寂しい。あの感覚が再び舞い戻ってきた。

 

「これを真似て書きなさい。書く場所はここだ。分かったか?」

「はい。ここですね」

「ま、待ちなさい!今すぐ書くんじゃない!!そこにサインするのは今から読み上げる証言を聞き君がその内容全てを認めた時だけだ!!!」

 

本気で慌てたらしい彼は私から紙を奪い取った。昔やんちゃな私の後を慌てて追いかけていた幼い頃の彼を思い出して、心が温かくなった。

彼は小さな声でなんで笑っているんだと呟いた。私はその呟きに微笑みで返す。彼はぐっと眉間に皺を寄せた。あぁ、この顔は彼が湧き上がる感情を押し殺している時の顔だ。

何も言わなくても分かる。伝わってしまう。多分これは私だけではなく彼も同じだろう。何故なら私達はずっと一緒だったのだから。

 

「先に、伝えておく」

 

彼の声が震えた。

 

「君は、1ヶ月以内に死ぬ。私が、君を…っ死刑にするからだ。君はサインすれば罪人として認めたことになり、火あぶりの刑に処される。逆にサインしなければ、これも同じく、火あぶりの刑に処される……分かるか。君がどんなに頑張っても運命は変わらないんだ」

「……火あぶり」

 

それは死刑の中でも一番重い罰だ。私は不思議と悲しいとは思わなかった。悔しいとも思わなかった。この戦争に加担すると決めた時から近いうちに死ぬ事を知っていたからだろうか。ただ、あぁここで死んでしまうんだなと思った。欲をいえばもっと苦しまない死に方が良かったけれど。私という存在がイングランドにとって忌むべき対象であることは理解していたから仕方がないと思った。

 

「……ジャンヌ・ダルク。私が、憎い、か」

「え?」

 

彼は私を見下すように笑う。彼らしくない無理した笑い方に私は動揺した。どうして、こんな事を聞かれているか分からなかった。確かに私は彼の手によって死刑に導かれるのかもしれない。けれどそれは私がそれだけのことをしたからであって彼を憎む理由にはならない。

だというのに彼は震えている。私に憎まれることに怯えているのだろうか。

憎むわけがない。だって、こうして会話しているだけで分かる。彼はずっと私を殺したくないと思っている。どうして彼は自分の気持ちが伝わっていないと思ってしまうのだろう。

 

「私は、私を殺す役回りが貴方でいてくれてよかったと思っています」

 

だって、そうでなければ私は貴方と再会できなかった。

こんな形でもまた貴方と会えて本当に良かった。

 

言葉に出さずその気持ちを伝える。彼の目が大きく見開かれる。多分私の気持ちは伝わったのだと思う。その証拠に彼は泣きそうな顔をしているのだから。

彼の口が動く。2回同じ動きをする。音はなかった。けれど伝わった。

ごめん。ごめん、と彼は震えながら音を出さずに言っていた。どうして謝罪をされているのか分からなかったけれど私は許すことにした。ニコリと微笑むと彼の顔が更に歪んだ。

 

「ジャンヌ・ダルク……」

 

彼が私の名を呼ぶ。

 

「どうか…頼むから」

 

ぽたり、と彼の綺麗な瞳から涙がこぼれ落ちた。

 

「祖国のために死んでくれ」

 

涙を流したまま彼は私を見つめた。これは再度死刑宣告をされたと受け取るべきなのだろうか。

私は心をぎゅーっと鷲掴みされたような苦しさを覚えた。何をされたわけではないのに彼の泣き顔を見ていると胸が苦しくなる。泣かないでほしい。私の大切な人。

私は何も言わず右手を伸ばし彼の頬を撫でその涙を指で拭った。彼はパチパチと瞬きをした。何をされたのか理解できないとその顔が言っている。次の瞬間、理解が追いついたのだろう。サッと彼の顔が赤らんだ。

また心がぎゅーっと鷲掴みされたように苦しくなった。なんで。彼は泣き止んでくれたのに。余計に胸が苦しい。

 

"恋なんて苦しいものさ。胸の奥をきゅーっと掴まれているような辛ささ"

 

「ぁっ…」

 

小さく声が漏れる。こんな時になって、私は自分の気持ちに気付いた。気付いてしまった。よりにもよって、このタイミングで。意識した途端、愛おしさが込み上げてくる。

 

あぁ。どうして。なんで、今なの。

もっと前に分かっていたら。彼と一緒にいた頃に分かっていたら。

 

「…読み上げるぞ。よく聞きなさい」

 

彼の左手が私の右手を触れる。伸ばしたままだった私の右手を彼はテーブルに置かせた。

その間、触れ合っただけでどれだけドキドキしていたか彼は知らない。

彼は淡々と読み上げる。私はその声を聞きながら自分の右手を撫でた。恋とは不思議だ。実はずっと恋してみたいと思っていた。母さんが恋とは甘い菓子のようなものだと言っていたから。食べ物を食べずとも甘さを味わえるなんて良いなと思っていた。

 

"恋なんて苦しいものさ。胸の奥をきゅーっと掴まれているような辛ささ"

 

けれど、彼の言う通り甘くなんてなかった。むしろ逆だった。彼とは手を繋いだことくらい何回もあったのに。それを私は今までなんとも思っていなかったのに。触れたところがいつまでも熱い。心臓がドキドキとうるさい。胸が苦しくてたまらなくて、でも愛おしい。

 

 

「全て事実と認めるか?」

「はい」

「…よろしい。では、ここにサインを」

 

彼は書類を私に渡す。私は言われた通りペンで文字を書く。これが意外に難しかった。どこに力を入れればいいかよく分からないし、どうやっても小回りがきかない。書けと言われたエリアをはみ出してしまう。文字が滲んでしまう。頑張って全部書いてみたが全然彼のように綺麗にはならない。そっと彼が紙をとり私のサインを確認する。あまりに汚かったので恥ずかしかった。

 

「……何か、欲しいものはあるか」

「え?」

「…なに。貴様はもう死ぬんだ。叶えられるかは別として言ってみるといい。これでも私は伯爵だ。パンや肉くらいなら食わしてやれる」

 

何故彼がそう言い出したかはわからない。けれど、彼がそう言うのなら甘えてみようと思った。

 

「十字架を、いただきたいです。自分のものは奪われてしまったので…」

「………君は、どこまでも…」

「え?」

「いや、何でもない」

 

彼はゴソゴソと自分の懐を探った後テーブルに置いた。置かれたのは木製の十字架だった。首にかけれるようチェーンがついている。

 

「ちょうど処分に困っていたところだ」

「処分って…これ、貴方のものでしょう?貰っても、いいのですか?」

「私のは別にある…これは、贈り物…だったものだ」

 

”…都会の男は、好きな女性に贈り物をするという話を聞いたんだ”

 

瞬間オルレアンで彼が言っていたことを思い出した。贈り物。ということは。これは彼が好きな女性のために買ったものだ。そういえばあの時既に彼は恋をしていた。これはその人に宛てたものだろうか。

ズキリ、と胸が痛んだ。先程まであんなに満たされていたのに、今は痛くてたまらない。

 

「……受け取れません」

「…そうか。では仕方ない。処分するよ」

「な、何故そんな…っこれは、貴方の大切な人への贈り物なのでしょう!どうしてその人に渡さないのですか?」

「…もう、渡すことができないからだ」

 

彼が目を伏せる。そこでようやく察した。彼はもう想い人と会うことができないのだと。渡せなくなったこの十字架は存在するだけで彼を傷つけるものになってしまったのだと。だから私に渡そうとしたのだと。

 

「…やっぱり、いただきます」

「……そうか」

 

十字架を手に取る。思ったよりも軽い。女性への贈り物だからきっと負担にならぬよう軽い素材を選んだのだろう。こんなところにまで彼の優しさを感じてしまい少し泣いてしまいそうだった。

 

「他に何か言い残したことはあるか」

「言い残したこと……そうですね。あります。オリバーというイングランド人を知りませんか?彼に伝言を頼まれていたんです」

 

彼は驚いた表情をした。

 

「お前を信じてられなくて済まなかった。お前は正しい、と。そう伝えてほしいと。イングランドの英雄になる男に伝えてほしいと言われました」

「……そうか」

 

彼はグッと唇を噛み締めた。あぁやっぱり、あの方の言っていた、英雄になる男とはジャックのことだったんだ。伝えられてよかった。ホッと胸を撫で下ろす。彼はそれから暫く黙り込んでいたがやがて口を開いた。

 

「審問は以上だ」

 

彼は椅子から立ち上がる。私はこんなにも未練がましく彼を見つめているというのに、彼は足早に私の横をすり抜ける。まるでもうここにいたくないと言っているようで。私は酷く傷ついた。

 

「お願いを!」

 

咄嗟に声をかける。

 

「最後に、お願いを聞いてくれませんか」

 

考える間もなく口が勝手にそう言っていた。どうしても彼を引き止めたくて。これで終わりにしたくなくて。考えるより先に声が出てしまっていた。

 

「……聞くだけ聞こう。ただし、必ず叶うと思うな」

 

彼は足を止めてくれた。けれどこちらを向いてはくれなかった。

 

「…ありがとう、ございます。あの……」

 

思わず、黙ってしまった。お願いを聞いて欲しいと言っておいて肝心のお願いを考えついていなかった。

何を、言おう。

もうここで、告白してしまおうか。この胸の痛みを、苦しさを愛おしさを彼にぶつけてしまおうか。

そう思ったけれど、できなかった。扉の向こう側にいる兵士に聞かれてしまうかもしれない。彼は頑なに私と初対面であろうとしているのだから、関係がバレたら迷惑がかかる。そう思うと、告白なんて絶対できなかった。

だから、その代わりに。愛の告白の代わりに。発した言葉は。

 

「貴方はどうか、長生きしてください」

 

そんな当たり障りない。けれど、私にとっては告白と同義語の言葉。彼は暫くその場に立っていた。そして、イエスともノーとも言わず部屋から出て行った。

 

 

 

彼の宣言通り。それから一週間も経たず私は火あぶりの刑に処されることになる。

そこで命を落とした私は知らない。

この時の私の言葉が後に彼を苦しめることになるなんて。きっと英霊とならなければ永遠に知らなかっただろう。



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第15話

ユリウス・テイラー視点です。


「さぁ、立てジャック」

 

今更、逃げられると思うな。これはお前が選んだ道だろう。悪魔と契約する覚悟で選んだ道だろう。ならば文字通り悪魔になってもらおうじゃないか。お前がどんなに悲しもうと嫌だと叫ぼうと決して許すものか。この戦いに勝つまで私はお前を決して逃したりしない。

 

「祖国を救うために」

 

呪いの言葉を送り私は彼を立たせた。

 

 

 

ジャンヌ・ダルク処刑から3日日後。私とジャック・ブラウンはイングランド軍に鎧や剣を奪われ拘束、連行された。到着先はボルドーの砦。ここへきてから今日までおよそ1ヶ月。我々は拘束され尋問を受けていた。彼が伯爵という地位と黒騎士という英雄の両方を併せ持つからだろうか。尋問されているとはいえ牢獄にぶち込まれることはなく衣食住も保証されている。

 

「ジャック・ブラウン伯爵。我々も貴方様にこのようなことをしたくはないのです。どうか、お許しください」

 

ジャックを拘束した彼の部下の騎士は頭を下げる。ただの尋問に騎士を5人も当てる辺り上層部が黒騎士を信頼したい思いと彼を敵に回す場合の脅威が交差しているように見える。

 

「…閣下。貴方にフランスのスパイ疑惑がかけられております。勿論我々とてそれを鵜呑みにするつもりはございません。貴方ほど祖国を救った英雄はいない。我々は貴方を疑いたくない。ですから正直にお答えください。どうしてこのような噂が流れてしまったか心当たりはございますか?」

「いいや。全く。私はずっとイングランドのために戦ってきた。祖国の命に従い数々のフランスの名将を捉え祖国の窮地を救ってきた」

「…おっしゃる通りでございます」

 

騎士は複雑な表情で返答する。誰も彼を尋問したくなどない。彼を罰したくなどない。けれど噂が流れている以上、何らかの対策をしなくては。

ただでさえ今イングランドはジャンヌ・ダルクを処刑した事による後始末に追われている。大勢の人が集まったあの場でイングランド人はジャンヌ・ダルクという人物を見た。死の間際でもイエス様に祈りを捧げる敬虔なキリスト教徒の姿を見てしまった。国民は動揺しているのだ。もしやジャンヌ・ダルクは魔女ではなかったのではないか。もしや我々は聖女を殺してしまったのではないか。怯える国民がイングランド軍に訴えており、それが一筋縄では行かない。何せ戦場とは違い相手を壊滅させて終わりというわけではないのだから。正当な理由をつけて国民を納得させなければならない。だが軍が発表したジャンヌ・ダルクを処刑した理由はあまりに一方的で身勝手なものだったから国民を納得させられない。

そんな中、イングランドの英雄 黒騎士 ジャック・ブラウンにスパイ疑惑が出てしまったのだ。これは絶対国民にバレてはいけない。早くその噂を払拭させなければならない。だから彼らは必死なのだ。

 

「…正直に告白しよう」

 

重たい沈黙の中、男は口を開いた。騎士達は息を呑み続く言葉を待つ。

 

「私は、イングランド人が好きだ。私を助けてくれたオリバーは口は悪いが誰よりも人思いだった。あんな好青年はこんな戦争には勿体なかった。生きてほしかった。レオは騎士に憧れていた。彼は少年のような心を持った男でね。馬に乗って戦う騎士の姿がかっこいいから騎士に憧れていたと言っていた。彼はどんな時でも勇敢に戦った…彼のおかげで士気が上がることは何度もあった。私は彼に命を救われているのだろう。エドガーはプレイボーイで暇さえあれば女を口説いているような男だった。痴話喧嘩に巻き込まれたこともあって本当に勘弁してくれと思ったよ。けれど知り合いのいなかった当時の私がここまで軍に馴染めたのは彼のおかげだ。彼はとても周りが見れる男だった。喋るのが下手な私でも打ち解けるように何度も彼が取り測ってくれた」

 

けれど全員死んだ。この戦争で。

 

「勿論、君達も私にとっては大切な部下だ。私は…もう嫌なんだ。大切な人が死ぬのをもう見たくない。これ以上この戦争を続けたくない」

「……閣下」

「私はもう大切なものを失った…今の私を突き動かしているのは使命感だ。これ以上命をかけたこの戦いを続けないために。祖国を救うために。その為なら私は悪魔と契約したって構わないさ」

 

男の告白は続く。寂しげで悲しげな声や表情が印象的だった。あぁ。この悪魔のような男にもそんな感情がまだあったのかと思った。何となく見ていられなくて目を逸らした。

 

「だから。本当に気の毒に思う。君たちがここで私に殺されてしまうことが」

「ぇ…?」

 

私が目を逸らした瞬間だった。男が自分の大切な部下を殺したのは。

 

「…かっ、か……?」

 

何が起きたのかわからなかった。男はいつの間にか拘束を解いており、たった今大切な部下だと言った騎士を殺した。男は目の前の騎士の腰にかけていた剣を奪い取ると迷いなく彼の胸に剣を突き立てていた。そして呆然とする部下2人の喉を切り裂いた。

 

「っな、何を…っ!!閣下、何故…ッ何故ですか!?貴方は…、まさか噂通りフランス(悪魔)だったというのか…!…ッ信じて、いたのに!!!ずっとッ私達を騙していたのか!!?」

「そうだな。申し訳ないと思っている……。けれど、フランスは悪魔ではないよ」

「ッ…ぁ、あぁあああ!!!」

 

1人の部下が震えながら剣を構え男に飛び掛かる。男は冷静に剣を避け、彼の背後に回り込み後ろから部下を刺し殺した。

 

「フランスは悪魔ではない。無論イングランドもだ…私も君たちも皆等しく人間だ」

 

男はゆっくり最後の1人の部下へと近づく。彼はもう戦意喪失しており、尻もちをついて近づいてくる男に怯えていた。彼にとって男の足音は死のカウントダウンのようなものだったのだろう。男が近づくに連れて彼の震えが大きくなる。

 

「ッぁあぁこ、殺さないで!!」

 

彼が叫ぶ。

 

「お、お願い、します!娘が、娘がいるんです!!休戦に入ったら会いに行くって約束を」

「そうか。娘がいるのか」

「は、はい!こ、ここでの、事は絶対公言しません…だから、だから!…どうか、命だけは…ッ」

「…すまないな」

 

男は彼の心臓を刺した。

 

「私はもう、君を殺すという覚悟を決めてしまったんだ」

 

数秒後、彼の遺体がバタリと倒れた。床に彼らの血が流れる。血溜まりとなる様子を私は見ていた。

 

「イングランドは随分とフランスのスパイを甘く見ているようだ。私相手に騎士5人とは…少しはフランスを見習うといい。彼らは何の抵抗もできない青年相手に戦闘時の鎧を纏った名将1人つけたぞ」

 

男は話しながら部下全員が死んだことを確認した。淡々と作業するその姿に私は背筋が凍った。

 

「…大切な、部下だったのではないのですか」

 

おそるおそる聞く。男は窓のそばに歩み寄った。

 

「あぁ大切な部下だった。私も手をかけたくなかったが、どうせ彼らは死ぬ定めなのだから仕方がない」

「……あんた、一体、何を言っているんだ」

「ここで生かしておくと彼らが無意味に人を殺してしまう可能性があった。殺人行為は少ないに越したことはない。言っただろう、私はもうこれ以上大切な人が死ぬところを見たくないと」

「ッ意味が、分からない!!あんた一体何がしたいんだ!?!?フランスの希望の子ジャンヌ・ダルクを死に追いやった後はイングランドの大切な部下を殺して!!あんたは殺人狂か!?!?」

「まさか…君の言ったどちらも私は死んでほしくなかったさ。これは本当だ。だがそのどちらも死ぬ定めだった」

「…全員、あんたが、殺したんだろうが…!!」

 

喉の奥から怒りの声が出る。拘束されたまま男を睨む。男は私を見ようともしない。これが余計私の怒りを煽った。

 

「……少なくとも、あんたはジャンヌ・ダルクを火炙りにした。そんな惨い罰を受ける必要のない子をあんたが無理やり話をでっちあげ彼女に罪を被せた」

「…テイラー。私は君を信頼している。だから正直に言おう。私はジャンヌ・ダルクを愛している」

「はぁ…?」

「私がスパイになったのはジャンヌの為だった。彼女の為にイングランドの情報をフランスへ流そうとしていた。彼女の為に私は完璧なスパイになりきった。彼女の為にフランス人を殺した。私の行動の中心にはいつも彼女がいた」

「ッ笑えない冗談だな!では何故!ジャンヌ・ダルクを殺した!?!?何故彼女を!フランスの希望の子を!!一番最悪な刑にかけた!?!?」

「……」

 

男は答えなかった。奴は眉を寄せ、軽く拳を握った。

 

「祖国のためだ」

 

そして暫し沈黙した後、男は答えた。

 

「フランスのためだと」

「そうだ。祖国のために私は彼女の死期を明確にする必要があった。祖国にとってジャンヌ・ダルクは重要な存在だった。祖国を救うため、その計画のため私は彼女の死期すらずらす訳にはいかなかった」

「は…?」

「もしかしたら君にもいつか分かる時が来るかもしれない。これは受け売りだが君にこの言葉を贈ろう」

 

男は真っ直ぐ私を見た。

 

「私は祖国のため愛する人を犠牲にした。祖国のために愛する人が死んでしまうのであれば、それは仕方がないことだ」

 

この男は正気か。酷く真面目な顔で語る男が不気味だった。

 

 

「あぁようやく来たか。随分遅かったな」

 

男は窓の外を見て呟く。

 

「一体何が…」

「テイラー。何故私達がここへ連れてこられたのか分かるか?」

「……ちょうどいい砦だったからだろ。イングランドが占領した領土の中でイングランドの重要な情報の多い本部から最も遠いのがボルドーだ」

 

私の返事に彼は満足げに頷いた。

 

「その通りだ。だからイングランドはここを選ぶだろうと私は予想していた」

「……いつからだ。その予想は、いつからしていた?3日前か?」

「まさか。そんな短期間でフランス兵の手配まで出来ると思うか?」

 

外から馬のかける音が聞こえた。それが奴の答えだった。

 

「この後のシナリオを教えてやろう。ジャック・ブラウン伯爵はここボルドーで取り調べを受けていたが運悪くフランス軍に殺されてしまうんだ。勿論彼の補佐官だったユリウス・テイラーもここで死ぬことになる。そして私はフランス貴族ジャック・ド・フゥベーとして祖国を救う騎士となる。あぁ安心してくれ。君の新しい人生も用意してある」

 

奴はようやく私の拘束をとくと、手を差し出してきた。

 

「さぁ立てユリウス。祖国を救うために」

 

 

 

 

男は私をフランスへ連れ帰った。最初に連れて行かれた先はシャルル王のもとだった。私がフランスにいた頃はシノンから出ようとしなかった引きこもりの王太子だったこの男が男との面会に応じたことに私は驚いた。

 

「頼んでいた武器の改良はどこまで進んだ?ロングボウより長距離か、ロングボウより攻撃力のある武器でないとこの戦争は勝てないぞ」

「…まだ、手をつけられていない」

「……なんだと」

 

次にこの男が国王に馴れ馴れしく話しかけていることに驚いた。腐っても相手は国王だ。同じ王族であっても親しく会話することなどあり得ないというのに。国王はそれに何の指摘もしなかった。

 

「休戦協定を結ぶために、金が必要だったんだ。お前が、この戦争に勝つには武力を整えるための時間が必要だと言ったんだ。だから私は時間を稼ぐために休戦を」

「それはご苦労だった…が、それと同時に武器の改良もしろと言ったはずだ」

「ッ外交には金がかかるんだ…もうそんな資金なんてない」

「何故ないんだ。フランス国民が用意したジャンヌ・ダルクの身代金、あんたに全額横流ししてやっただろう」

 

国王がビクリと震える。ジャンヌ・ダルクが拘束された時シャルル王は彼女の身代金の支払いを拒否した。だからフランス国民は金を集めた。貴族だけでなく明日の命も知れない農民までもがジャンヌ・ダルクのために金を託した。だというのにその金をこの男はシャルル王に渡した。フランスのために自ら戦場へ立ち命懸けでフランス人を救ってきた幼馴染よりも。ずっとシノンで引きこもり続けジャンヌ・ダルクを利用するだけ利用した挙句イングランドに売った国王をこの男は選んだのだ。

 

「…ジャック、お前は。私を恨んでいるのか」

 

国王が唐突に聞く。男は何も答えなかった。

 

「私が要請した甲冑もまだできていないのか?全身黒の甲冑だ」

「……用意はできるがまさかその姿で戦う気か」

「当たり前だ。だから要請したんだ。私は黒騎士だからな」

「…お前の姿を見れば確かにイングランド軍は黒騎士が裏切ったと怯え士気は下がるだろう。到底受け入れられないだろう。だがフランス軍だってそれは同じだ。今までどれだけお前の被害に遭ってきたと思っている」

「イングランド軍の士気を下げるため、わざとこうしているとでも言えばいい。私の正体を知るフランス兵なんていないさ。黒騎士になってから顔を見せて戦ったことなどないのだからね」

「そんな話で彼らが納得すると思っているのか」

「納得させるのがあんたの仕事だろう。あんたの言う事は絶対なのだからな」

 

国王は黙り込む。彼は涼しい顔で国王を見た後、それはそうとまずは金だな、と呟いた。

 

「金がないのならかき集めろ。どんな手を使ってでも」

「どうやって」

「国民から巻き上げればいい。それが一番手っ取り早い」

「それは…もうやっている。が、これ以上税を上げるとなるとそれ相応の理由が必要になる」

「……軍を強化するためとでも言え」

「無理だ。貴族は軍に興味などない」

「…であれば、興味が出る理由づくりをすればいい」

「どうやって…」

「自分で考えろ。なんでもかんでも私に考えさせるな」

 

男が睨む。国王は肩を落とした。

 

「……本当に、勝てるのか」

「私を疑うかシャルル王。あんたの言う通りオルレアンを解放しパテーの戦いにも貢献しスパイとなり伯爵の地位を手に入れた。誰よりもあんたの期待に応えたこの私を今見放すか?」

「そんな事は言っていない!…ただお前が今こちらへ来てくれたところで戦況は変わるのかと聞いているんだ」

「ジャンヌ・ダルクが死んだら戻れと命じたのはあんただろう」

「それは…彼女の処刑後、彼女を慕う多くの騎士達が引退すると言い出すのは目に見えていたからだ……戦場に優秀な指揮官がいなくては勝つことなどできない。もう、お前をスパイ等にする余裕がなくなった」

「それが私を戻した理由か」

 

男は国王から手渡された資料に目を通る。国王はまるで死刑宣告されるのを待っている罪人のように男を見つめた。

 

「……盗賊騒ぎに泥棒に教会荒らし…私がいない間に国民の性格でも変わったか?」

「言っただろう。私はずっと休戦協定を結ぼうと躍起になっていた。イングランドはジャンヌ・ダルクを条件に和解を検討してもいいと言った」

「ッ…では、休戦のために、ジャンヌ・ダルクは犠牲になったというのですか…!貴方方の時間稼ぎのために…彼女は火刑に処されたと!?」

 

私の訴えに2人同時にこちらを向いた。国王は気まずそうに視線を逸らした。男は私を真っ直ぐ見つめたまま口を開いた。

 

「言っただろう。祖国のためだと」

「…悪魔かアンタは」

「あぁそれでいい。悪魔にでもならないと祖国なんて救えないからな」

 

男はそう言い切ると、それで、と国王に続きを促した。

 

「休戦が成立したせいで仕事を失った傭兵が盗賊となり村を襲っているのだ…中には優秀な奴もいる為被害は大きくなっている。更には彼女を救えなかったことによる抗議活動が起こっている…教会荒らしもその一環だ」

 

男は大きくため息を吐いた。

 

「武器の改良は後回しだ。まずは貴族の信頼を上げろ。その後税金をあげるんだ」

「そんな簡単にあげられるものか」

「それをするのがあんたの仕事だろう。何が何でも上げろ……と言いたいところだが、ここで失敗されては困る」

 

男は資料から目を離し国王を真っ直ぐ見た。

 

「作戦がある。祖国を救う作戦だ」

 

 

男は語る。盗賊の中で優秀な人材を中心に集めた。今までの傭兵とは異なり常に国に仕え国から報酬金を受け取る事ができる正規軍の作成。兵士の教育。正規軍の最初の仕事を盗賊撃退とすること。また撃退する地域は増税を認めた地域に限ること。これにより領主が増税を認めざるを得ない状況を作り込むこと。少なくともロングボウより優れた武器を手に入れるまで余った資金は武器の改良費に割り当てること。その他、各権力を持つ貴族への取り込み等。

男は十以上の作戦を言い渡した。そしてシャルル王は忠実にそれらを実行していった。一つ一つ確実に。

男の作戦はシャルル王によって遂行され、その全てが着実に成果を出していた。国王は大いに喜んだが私はこの男の未来を知っているかの采配を不気味に感じていた。

 

 

そんな男が唯一未来を観測できなかったことがある。きっと私はこの時の男を永遠に忘れないだろう。それは1434年9月10日 シャルル王がジャックを呼び出したことから始まった。

 

「かつての指揮官を呼び戻すだと?」

「そうだ。お前が言っていただろう。正規軍ができても指揮官が優秀でなければ勝てないと。そして今その優秀な指揮官が不足していると。ちょうどいい人材がいたことを思い出した。彼を訪ねてくるといい」

 

国王は男に一枚の紙を手渡す。受け取った瞬間男の顔色が変わった。

 

「あぁついでにもう少し金を納めるよう願い出てくれないか。なに。彼はフランス一の資産家だったのだから多少金を強請っても許されよう」

「………いや、いや。いいや。ダメだ」

 

男はかぶりを振る。ぐっと眉を寄せ少し苦しそうにしていた。

 

「この男は、ダメだ。引退、したのだろう。無理に呼び戻す必要はないだろう」

「いいや、ある。何故ならお前が指揮官不足だと言ったからだ。我々は万が一にでもイングランドに負けるわけにはいかない。最善を尽くすべきだ。そうだろうジャック。私に最善を尽くすよう求めたのであればお前も最善を尽くすべきだと思わないか」

「……他に、候補はいないのか」

「いない。彼が最善だ」

 

男はグッと唇を噛む。私はそっと男が受け取った資料を見た。記載されているその名前には見覚えがあった。はて、どこで見たのだろうか。

 

"やめてくれ…!!ジャンヌだけは…!助けてくれ……!"

 

…あぁ。思い出した。あの時ジャンヌ・ダルクを救うためこの男が提示した規格外の身代金を用意し内密にイングランドへ渡そうとした矢先この男に捕まった男。この男さえいなければジャンヌ・ダルクを救えた男。ジル・ド・レェの名前が資料に刻まれていた。

 

「…これは、私が行かなければならないことなのか」

「あぁそうだ」

「何故だ…ただ勧誘するだけだろう。私である必要はないはずだ」

「いいやお前でなくてはならない。理由が知りたければ彼の元へ行け。それで全て分かるだろう」

 

国王は男に選択権を与えなかった。そして男と男の補佐官である私はジル・ド・レェの屋敷まで足を運び。

 

 

そこで地獄を見ることとなった。

初めに感じた異変は実に小さなものだった。なんとなく奴の領民の空気が重い。大人の数の割に子供が少ない気がする。そんな小さな違和感が奴の屋敷へ近づくに連れ膨れ上がっていった。

 

屋敷の中は地獄絵図だった。

子供の遺体が。心臓を失った子供の遺体が転がっている。1人2人ではない。何百人という子供が全員惨殺されている。よっぽど怖かったのだろう。殺された子供達の表情には恐怖がこびりついていた。こんなこと人間ができるのか。この屋敷には悪魔が住んでいるのではないか。本気でそう思うほど頭のおかしい光景だった。屋敷の使用人たちは見て見ぬふりをする。すぐそこに子供の遺体が転がっているのに。何事もなかったかのように振る舞う。このとんでもない異臭の中至って冷静に私達をジル・ド・レェの元まで連れて行った。

我々は何も知らなかったのだ。ジャンヌ・ダルクの死後彼がどうなったのかを。シャルル7世は意図的に知らせなかったのだ。男にジル・ド・レェを始末させる状況を作るために。彼が男をジル・ド・レェのもとへ向かわせたのは仲間に引き入れる為でなく男にジル・ド・レェを殺させ彼の膨大な財産と領土を手に入れる為だった。だから国王は男を選んだのだ。かつて元帥と呼ばれる地位を勝ち取った名将ジル・ド・レェを確実に殺せる人材を国王は冷静に選んだのだと私は察した。

だが男は。ジャックは、それに気づいていながらも認められなかった。まさか自分のせいでジル・ド・レェがここまで落魄れるとは思わなかったのだろう。と同時にジル・ド・レェの今の姿を受け入れられないのだろう。

 

「…元帥。何を、しているんだ」

「これはこれは。ジャックじゃないか。まさかイングランドからここまで?遠路遥々ようこそ我が城へ」

「……貴方の手に持っているものは、なんだ」

「ほほぅ興味がおありで。嬉しいなぁジャック。私の趣向に興味を持つだなんて。流石聖女を燃やす男だ。そこいらの奴とは頭の出来が違う。少年の生首の良さが君には分かる」

「………げん、すい。貴方は、本当にジル・ド・レェなのか…?」

「何を当たり前のことを。えぇ。私はジル・ド・レェ。フランスに忠誠を近い聖女ジャンヌ・ダルクと共に戦い、そして君に聖女を殺されこの世に絶望したジル・ド・レェだ」

「ッ……であれば、この、子供達は、なんだ……まさか、腹いせに殺したというのか!!」

「まさか!そんな最低なことをこの私がするとでも?」

 

ジル・ド・レェは生首を優しく撫でながら言う。その狂気性はとても見ていられなかった。

 

「彼らは聖処女ジャンヌ・ダルクをこの世へ呼び戻すために力を貸していただいているだけ」

「何を言っているんだ…!人間が、蘇るわけないだろう!!」

「あは、アハハハハ!!黒騎士がそれを言うのか!何度でも黒騎士を生み出すイングランドに魂を売った貴様が!あぁなんと滑稽な!!…黒騎士に生まれ変わった君には分かるだろう?君もこうして生まれ変わったのでしょう」

 

ジル・ド・レェは生首を小さな台の上に載せる。台にはよく分からない円が何重にも描かれており、円の中にも謎の模様が描かれていた。俗に言う黒魔術というやつだろうか。

 

「……もう、やめるんだ。元帥。もうこんな、無意味な殺しはやめるんだ!この子達は死ぬ必要などないはずだ…!」

「く、ククク…クハハハハァアぁ!!!何をやめると!?この尊き儀式まで邪魔だてするか貴様は!!!」

「尊い…と、本気で思っているのか」

 

ジャックの顔は真っ青だった。手が震えていた。冷徹だったはずな男が、まるで子供のように怯えている。かつて自分が捉えた男に。

 

「おやおや、どうしたジャック。顔色が悪い。それに震えている。とても黒騎士のような外道には見えない弱々しさだ。まるでジャンヌと共にいた頃のジャックのようではないか。あぁ久しいですねぇ黒騎士。ジャック・ブラウン伯爵。君がジャンヌの身代金を強奪した時以来の感動的な再会だ」

「……」

「いやはや懐かしい。死んだと思った君がイングランドの狗になっていたとは…あぁ本当に、我が人生で最大の衝撃だった…あぁ足元気をつけて。それ、私のお気に入りの子なので」

 

ジャックの足元には心臓を抉り取られ腹を引き裂かれ何かを詰め込まれた少年の遺体が転がっていた。床にも怪しげな魔法陣のようなものが描かれていた。この少年は殺されてからそれほど時間は経過していないのだろう。少年の目から涙が溢れていた。

 

「ッ……何故、こんな、惨いことを」

「惨い?…惨いと仰いましたか?惨いと?惨いだと?貴様が?貴様が!?!?私に惨いと言ったのかぁ!?!?貴様!!貴様が!!!貴様がそれを言うかぁあぁあ!?!?」

「ッ!」

 

あまりの彼の狂乱っぷりにジャックは一歩下がった。

 

「貴様が何をしたか私は覚えているぞジャックゥウウゥウ!!!気高き聖処女を貴様が!!貴様が!貴様が貴様が貴様がぁあぁあ!!!何をしたか!!私は忘れないぞジャックゥウウ!!!!」

「ッもう会話は不要です閣下。殺しましょう今ここで」

 

私は呆然とする彼に言う。だが彼は聞こえていないのか何も言わずジル・ド・レェを見ていた。

 

「閣下!もう分かっているでしょう!!国王が何をお望みかを!!」

「……ダメだ……私には、殺せ、ない」

 

聞こえた声に愕然とした。今、この男はなんと言った?殺せない、だと?今まで散々…散々!人を殺してきた男が!!フランスの希望の子を!!大切な部下をその手で殺して見せたその男が!!この悪党を殺さないと言ったのか…!!

 

「国王は、私に殺せと命じた、訳ではない」

「ッーー!!」

「アッハハぁーッ!!…殺せない?聖処女を殺しておいて?私を殺せない?なんて君は愚かなんだろうか。敬虔なる神の使いを殺し神の愛に背いた私を許すとは…あぁ、なんて世の中は愚かなんだ!!えぇえぇ、知っている。私はこの世が。神が。愚かなことを知っている!!!何故なら私は知っている!!!貴様という悪魔をぉおお!!!」

「ッ!!」

 

ジル・ド・レェが色のおかしい液体をこちらへ投げる。ジャックは私を蹴り飛ばし強制に下がらせた。

 

「ぐッ…!?な、んだ。これは…!!」

 

まともに喰らった彼の右腕から何かが焦げる音がした。

 

「内側から肉を焦がされる気分はどうだジャック。痛いでしょう?苦しいでしょう?顔が歪んでいるなぁジャック。君は実に良い顔をする。もう少し歳が若ければお気に入りにしていたのに。あぁ実に、惜しい…!」

「ッ下がれユリウス。彼は危険すぎる…ぃ、ッ!」

「閣下、貴方は彼を殺せるのですか」

「………」

「閣下!!!」

 

ジャックはぐっと眉を寄せた。その間も彼の腕の異臭が激しくなる。それでもジャックは迷っていた。どう考えても殺すべきイカれたこの男に手を出すことを。今ここで殺さなければ彼の被害者はどんどん増えていくと分かった上でまだ決めきれていなかった。

 

「この危険な悪党を放っておくのか!この部屋中の遺体を見てもまだ迷うのか!!」

「ッ…殺しは、しない」

「……なんだと。正気ですか閣下」

「拘束、する。元帥は…ッこれだけの罪があるんだ。彼を教会まで連れて行き懺悔してもらう。裁きを下すべきは…教会だ」

「馬鹿なのか貴方は!!今この男は貴方を殺そうとしているんだぞ!!貴方はもうその腕をまともに動かせない状況なんでしょう!拘束なんて無謀だ!!殺さなければこちらが殺される!!剣をとれ!!貴方が左でも剣を振れることは知っている!」

「……できない」

「何故!!!」

 

話している間にも奴はジャックに様々な液体を投げつける。台の上に置かれた変わった形の短剣でジャックを攻撃する。彼は腕を庇ったまま避ける。その間にも彼の腕は内側から焦げ煙を上げていた。そんな状況でも男は避けるばかりで戦おうとはしなかった。私は彼らから十分に距離を取りその様子を見ていた。

 

「彼は、死ぬ必要のない人だからだ」

「…ッこれが戦争とは関係ないから手を出さないと!?」

「そうだ…それに彼は、死ぬ定めにない人間だ。殺す必要なんてない!」

「随分と優しいなぁジャック。この私に慈悲をかけるか。これだけ子供をいたぶり殺しては儀式を続け。やがて子供を殺すこと自体に快楽を感じている私に優しくするのかジャック…ククク、…ハハ…アッハハハハァア!!!あぁやはり!この世は悪意に満ちている!!!この私が救われジャンヌが殺される!!!…あぁ何やら傍観者がいましたね。彼は君の大切な人ですかぁ?」

 

瞳孔の開いた目で奴が私を見た。私は咄嗟に剣を取った。

…やれるのか。私は恐怖に震えた。ジル・ド・レェは名将に数え上げるほど優秀な騎士だった。落魄れたとはいえその強さは変わらないだろう。方や私は戦地にすら出向いた経験の少ない兵士だ。戦地へ行っても怪我人の治療、物資補給ばかりで戦場で戦ったことなどほとんどない。そんな私がやれるのか…否、やるしかない。今のジャックは使い物にならないのだから。

私が差し違えてでもこの堕ちたジル・ド・レェを殺すしかない!

 

「やめろ…元帥。彼は関係ない。貴方が憎んでいるのは、僕だろう」

「えぇ!えぇ!その通り!!だが彼が君の大切な人というのなら意味合いは変わる!!あぁそうか。君は分からないのか。君は奪った側だ。奪われた側の気持ちなんて知らない。そうだろうジャック…だから、今ここで!!私が君に教えよう!!!貴様が!!!私からジャンヌを奪ったその悲しみを!!怒りを!!!!」

 

奴が私に突っ込んでくる。私は慌てて構えた。が、奴が私の元へ来るより先にジャックが奴を薙ぎ倒した。そして奴の上に乗り動けないように抑えた。

 

「もう…もう、やめてくれ。こんな意味のない殺し合いをして、何になる!お願いだ元帥。一緒に教会へ来てくれ…全てを懺悔するんだ…!痛、ゥ…」

 

彼は腕の痛みに苦しむ。奴はその隙を見逃さなかった。上に乗った男を力任せに突き飛ばす。彼は壁に衝突した。とてつもない音がした。あれはもう気絶するだろう。奴はジャックではなく私を見た。にぃっと笑うその顔が優しげに見え、不気味だった。

 

あぁ、殺される。死ぬ。

私は察してしまった。そしてその私の予想通り奴はとんでもない速さで真っ直ぐ私は近づき、そして、その手に握りしめられた、血で染まった不気味な形の、剣で、

奴は、私の目を、えぐり、

 

「………」

「………」

「…グ、ゥ……ハァッハァッ……ッなん、で…何で、こう、なるんだ…」

 

奴は私の目に触れる直前で剣を落とした。奴の背後にはジャックがいた。私は咄嗟に彼らから離れた。

 

「何で……何で、殺さないと、いけないんだ……僕はッ…」

 

奴の胸をジャックの剣が貫いていた。奴の口から胸から血が吹き出した。致命傷を受けたのだ。もうこの男は動けない。

 

「何故、殺さないと、いけない、……だと。何を、言っている、んだ…貴様は…ッ!!」

 

奴は血を流しながらもはっきりと自我を保っていた。ありえない。その出血量、気絶していないとおかしい。なのに何故奴は立ち続けているのか。何故はっきりと彼を睨んでいるのか。

 

「貴様が!キサマガ!!キサマガぁあ!!殺したんだろうがあァア!!ジャンヌを!!!聖処女ジャンヌ・ダルクヲ!!ワタシからカネをウバイ!!キサマガァア!!!!我が聖処女を…!!ぐ、がはッ…」

 

最後の力を使い果たしたのか、奴は急速に生き絶えた。ジャックは暫く呆然としていたが、やがて剣を引き抜いた。

 

「ッ……」

 

カラン、と軽い音がした。彼の剣が手から抜け落ちていた。ヒューヒューと音がした。その音ジャックから出されていた。あぁそういえばこの男、気管支が人より弱い男だった。今まで様々な戦場で活躍し続けている男だが実は気管支が弱いせいでスタミナがない。そんなことを今思い出した。

 

「……さ……な」

「っ!?」

 

死んだはずの奴が、言葉を発した。ジャックは慌てて剣を拾い直す。

 

「…くも……ァ…ヌ…を」

 

地獄の果てから声を出している。聞いているだけで呪われそうな、そんな声で、そんな表情で奴はジャックを睨んだ。

 

「ゆ、る…さ、ない…!きさま、だけは…ぜったい、に…!」

 

ジャックはグッと何かに耐えるような顔をした。

 

「殺し、てやる……!!」

「……。元帥。生憎と、その願いは受け入れられない。何故なら私は祖国を救うまでは死ねないからだ」

 

かと思ったら次の瞬間には冷静な顔に戻った。ジャックは腕の痛みも忘れたのか何でもないようにスタスタと奴に近づいた。

 

「っのろって、やっ…」

 

そして冷静に奴の急所を狙い今度こそ奴は死んだ。

 

「………」

「………っハァッハァ…ッハァッハァ」

 

カランとまた彼の剣が手から滑り落ちた。やはり腕が痛むのだろうか。今もなお彼の腕は煙を上げ真っ黒に焦げていた。だんだんとその黒い範囲が広がっている。あれはまずい。どうなっているのか分からないが、きっと彼はもう利き腕を切断するしか生きる道はない。

 

「……もう、嫌だ…」

 

ポツリと彼が言う。

 

「なんで、なんで……こうなるんだ…なんで。私は、彼を迎えにきたはずなのに」

 

この男は、この後に及んでまだそんなことを言うのか。私は冷水を頭から被ったような衝撃を受けた。

 

貴方がそんな風に思える心をまだ持っていたのなら。今まで貴方に殺された命は、一体何だったのか。あんな外道を殺すことにそこまで取り乱すのなら、どうして貴方は自分の部下を簡単に殺したのか。どうしてフランスの希望の子を、自分の幼馴染を殺すことに躊躇しなかったのか。

 

「ッ……閣下、お見事です」

 

私は湧き上がる怒りとも悲しみとも似つかない感情を押し殺して彼に近寄る。

 

「見事な、ものか…元帥は、私に殺されたのだぞ」

「ジル・ド・レェはもう元帥ではありません。元帥になるのは、貴方だ」

 

床に落ちた剣を拾い黒々しい血をハンカチで落としてから私は彼に剣を差し出す。

 

「気を確かに。閣下。我々には、もう貴方しかいない。貴方なしでは祖国は救えないだろう」

 

弱々しくジャックが私を見つめる。その姿に急速に頭に血が上った。

 

「さぁ、立てジャック」

 

今更、逃げられると思うな。これはお前が選んだ道だろう。悪魔と契約する覚悟で選んだ道だろう。ならば文字通り悪魔になってもらおうじゃないか。お前がどんなに悲しもうと、嫌だと叫ぼうと決して許すものか。この戦いに勝つまで私はお前を決して逃したりしない。

 

「祖国を救うために」

 

呪いの言葉を送り私は彼を立たせる。この後私は彼を生かすため腐ってしまった彼の利き腕を切断した。

 

 

 

それから10年間、彼はフランスの黒騎士 ジャック・ド・フゥべーとして活躍し続ける。勿論活躍したのは彼だけではなくリッシュモン大元帥やシャルル7世もだが黒騎士が与えるインパクトは誰よりも大きかった。

禍々しく、かつてのイングランドの悪魔を彷彿とさせる彼の鎧を初めは全フランス人が受け入れなかった。黒騎士がフランスの希望の子ジャンヌ・ダルクを殺した事は皆知っている。黒騎士のせいで何千人、何万人が犠牲にあったか皆知っている。だからたとえフランス人だと言われても受け入れられなかった。

…最も、イングランドの黒騎士もフランスの黒騎士も中身は同じだと知る人はいなかったが。

しかし戦場で彼が活躍しだすとフランス人は彼を称賛した。手のひら返しも良いところだ。フランス人は彼を希望の子と呼んだ。その度に歪む彼の表情が印象的だった。

 

最後の戦いとなったカスティヨンの戦いでは、改良を施したフランス最上の攻撃力を誇る大砲を用意し大勝した。12年前、彼が提案した武器の改良がここにきて役に立ったのだ。彼は信じられないほどの大砲を用意させ、砦の至る所に配置した。全方向に完璧に配置された大砲を前にイングランド軍は攻め入ることができなかった。そこで彼は一部の軍を砦から森へ移動させた。これを撤退だと勘違いしたイングランド軍は彼の目論見通り砦へ襲撃。そして彼の大砲の餌食となった。そのあまりに一方的な殺戮となったこの戦いは、参戦したイングランド軍フランス軍共にトラウマになったという。

 

百年続いたこの戦争はこうして幕を下ろした。

そしてフランスを勝利に導いた彼は、フランスの大英雄となった。

 

 

 

だが戦争が終結した数年後、彼の人生は転落する。




1434年9月15日
ジャンヌ・ダルク死後、乱心し、黒魔術に堕ち多くの子供を集めては殺していたジル・ド・レェはジャック・ド・フゥベーの手により死亡。
ジル・ド・レェは元々は信仰に篤いキリスト教信者であり、真面目で全うな善人であった。だがジャンヌ・ダルクが火刑にされたことにより彼の人生は大いに狂う。
彼はジャンヌ・ダルクが魔女とされ壮絶な拷問を受け、またそれを指示したのが黒騎士 ジャック・ブラウンであったと聞いていた。また、彼は最後までジャンヌ・ダルクを助け出そうとしたが黒騎士によってその全ての努力を水の泡にされた。さらには黒騎士の正体がかつて自分を敬愛してくれジャンヌ・ダルクに恋心を寄せていた人物だと知り乱心。そして最終的には黒騎士がジャンヌ・ダルクを火あぶりにしたことでこの世に絶望。以降、彼はジャンヌ・ダルクを蘇られる儀式と称した凶行に走ることとなる。
なおジャンヌ・ダルクが壮絶な拷問を受けていたのはイングランドを憎むフランス人による捏造であり実際には一時的に食事を与えられていなかった程度で拷問らしき拷問は一切受けていないが彼は最後までそれを知ることなく死んでいった。
なお、ジル・ド・レェは後に出版されるグリム童話『青髭』のモデルになったと言われている。

1444年7月17日
カスティヨンの戦いにて負け知らずのジャック・ド・フゥベー率いるフランス軍がイングランド軍に大勝。フランス軍イングランド軍ともにトラウマになったこの戦いにより長らく続いた百年戦争はフランス軍の勝利という形で幕を下ろす。

--------------
海魔出そうかと思ったんですが。。まぁこの時代に海魔いないよなぁ。キャスタージル・ド・レェのあの魔術は後世の人が話をもった結果英霊の方は使えるようになった、的な設定だろう、と解釈しました。
百年戦争終結。14話では23歳だった主人公が35歳となりました。めでたいですね。
オリキャラで唯一生き残れたのがユリウス君だけになりました。生き残れて良かったですね。


次回 最終回


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第16話

「ジャンヌ・ダルクはお前の望みを受け入れ死んだのだろう。であれば、お前もジャンヌ・ダルクの望みを受け入れるべきだ」

 

あぁこれは。ジャンヌ・ダルク(あの子)の私への報復だと悟った。まさか15年越しにこんな目にあうとは、思わなかった。

 

 

 

「ジャックだ!!ジャックがくるぞ!!」

「神の子ジャック!!ありがとう!!!貴方こそフランスの誇る大英雄だ!!!」

 

1444年10月30日。馬に乗り黒騎士の鎧を纏った私をフランスは歓迎した。私がここを通るのを待っていたと言わんばかりの歓迎ようだった。きっとこの中には私が殺したフランス兵士の身内もいるのだろう。先の戦い、後に百年戦争最後の戦いと呼ばれるカスティヨンの戦いに勝利し国王の元へ向かう途中の街で受けた待遇に、私は気分が悪くなった。

皆が私を見て微笑む。私に感謝をする。私を神の子と称える。私を希望の子と言う。私のおかげでフランスは救われたと言う。

それはジャンヌ・ダルクが受けるべきものだった。

私が、私のような、イングランド人もフランス人も大勢殺した男が彼女の代わりにこのような祝福を受けている。

本当にフランスの救済を願っていた子が魔女と言われ火あぶりにされ。彼女を火あぶりにした私が大英雄だと、もてはやされている。

誰も、知らない。私が、誰よりもフランス人を殺していることを。この戦争で私が1番人を殺したことを。誰も知らない。救った人間の数よりも殺した人間の数の方が遥かに多いことを知らない。

誰も私がどれだけ悍ましい存在なのかを知らない。

 

私は吐き出してしまいたかった。苦しかった……こんなはずじゃ、なかったのに。

私は誰よりも終戦を望んでいた。その為に人を欺き人を殺してきた。本当は、誰も殺したくなかった。誰も騙したくなかった。でも、やらなくてはならなかった。そうしないと、私がこれまでやってきた事が全て水の泡になるのだから。

何のためにラ・イールを。大好きだった友を。大切だった部下を。敬愛していた騎士を。

ジャンヌ・ダルクを殺したのか。

その意味合いが全て無になる。それだけは避けたくて私は人を殺し続けた。私に忠誠を誓ってくれた部下は皆死んだ。半分は私が殺した。勝つために。敵の目を欺くための囮役として死んでいった。食料が尽きそうになった際、口減らしのために兵士達に嘘をついて負け戦に行かせ死なせた。

とても誇り高き英雄とは言い難い最悪な作戦で私は大切な部下を犠牲に多くのイングランド人を殺してきた。

 

12年間そんな地獄のような戦いの中心に私はいた。フランス人が死ぬ度、イングランド人が死ぬ度私の心は軋んでいった。何千人もの人が私のせいで死んでいったというのに、私の心はいつまで経っても慣れることを知らなかった。私は頭がおかしくなりそうだった。

早くフランスを救いたかった。私が、私であるうちに終わらせたかった。

最終的に私自身がこの戦争から解放されるために私は人を殺していた。

 

まさか、戦争から解放された後の方が辛いだなんて思いもしなかった。

 

「どけどけ!黒騎士ジャック様のお通りだ!!」

 

やめてくれ。お願いだ。どうか。

 

「ジャック!貴方のおかげでこの街は守られた!!戦場だけでなく内政改革までこの国を根本的に救ってくれた!!」

 

どうか、私の名前を呼ばないでくれ。

 

「貴方こそが誇り高きフランスを守り抜いた大英雄!!」

 

どうか。どうか、私を英雄と呼ばないで。誰か、誰でも良い。どうか、私を断罪してくれ。

 

「報酬は何になるんだろうな?」

「さぁ?大英雄だし領土や金は沢山貰えるだろうな。羨ましいな」

「それだけの事をなされたのだから当然だ…だがジャックは無欲と聞くからな。彼は一体国王に何を望むのだろう」

「大英雄なのに金をせびったりもしないのが凄いよな…本当に彼は聖人なんだろうな」

 

この私の願いなど誰も知らない。私はもう限界だった。もう、許してほしいと思った。何で戦争が終わっても戦争のことを思い出させるんだ。放っておいてくれと思った。もう、全部終わったのだから。散々フランスともイングランドとも逃げずに向き合って戦ってきたのだから。もう、良い加減いいだろうと思った。戦争が終われば私のような残虐な人間は邪魔でしかないのだから。逃げ出してもユリウスもシャルル王も皆許してくれると思っていた。

 

 

 

「復権裁判だと…」

「そうだ…ジャンヌ・ダルクの復権裁判をしてほしい」

 

良い加減お前に報酬を渡さないと国民への示しがつかない。何でも良いから望みを言え。国王にそう言われた私の答えが今のものだった。

 

「ジャンヌ・ダルクの異端審問はイングランドの黒騎士によってあり得ない不当な判決を下された…フランスの希望の子が魔女の烙印を押され火刑にされた。これはフランスにとって許し難い出来事だ」

「……。お前、あの子が死んで何年経ったと思っている」

「15年以上経っている…それが何だ。何年経とうとも関係ないだろう」

 

国王は渋い顔をした。

 

「そんなことをすればお前の正体がバレるぞ…いくらフランスを勝利に導いた英雄であっても、あの子を殺した張本人だと知られたら……私とてお前を庇えない」

「あぁそれでいい。庇う必要などない。良い加減ジャンヌ・ダルクを忘れてしまったフランス国民に思い出させるべきだ。あの悲運な少女を」

「全てを曝け出す気か…?そんなことをすればお前が死刑になる可能性もあるんだぞ!」

「そうなってくれた方があんたは嬉しいだろう?私の罪が明るみになればあんたやブルゴーニュ公すらも上回る権力を持ってしまったフゥベー家は没落する。あんたを導いた女が魔女ではなく聖女になるのだから」

「……」

「そう疑いの目を向けるな。私はただ世界にジャンヌ・ダルクを認めさせたいだけだよ。あの子こそが英雄!あの子こそが聖女だったと」

 

すらすらと言葉が出てくる自分に嫌気がさす。あぁ私はいつからこんな。ここまで落魄れてしまったのだろうか。私の罪を知り裁いてほしいという理由から、愛する人を売るような人間に、なってしまったのだろうか。

ジャンヌ、もし君が生きていたらこんな私を見てどう思っただろうか。私は確かに君の幸せを願っていたはずなのに。君を守るためだけに生きてきたはずなのに。君を殺し。そして君の死を利用してこの国から逃げ出したいと願う男になった私を君は……。

 

「………」

 

……私はようやく理解した。イングランド人もフランス人も悪魔ではなくお互いを悪魔だと思い込まされただけのただの人間だった。そして、そうと知りながらフランス人もイングランド人も自分の都合の良いように使い、騙し、殺し。ついには愛する人までも利用するこの私こそが悪魔だったのだ。

 

「…分かった。叶えてやろう。ただし私に関する部分は明るみに出すな」

「私に全ての罪を押し付ける気か」

「私は国王だ。国民の信頼を損なう事は避けなくてはならない。それができないというのならば、この話は無しだ」

「別に構わない。いいさ。この国の悪を私が全て担ってやる」

 

 

そうしてシャルル王はジャンヌ・ダルクの復権裁判を開始した。私はホッとしていた。ようやくこの国から解放される。ただそれだけで心の底から安心していた。

私は、どんな死に方をするのだろうか。もはやどんな死に方でも構わなかった。早くこの悍ましい私を告白し裁いてもらいたかった。

 

 

 

「何故…告白することにしたのですか」

 

裁判が始まり半年が経った。裁判を始めたばかりの頃ジャンヌ・ダルクを忘れていたフランスは興味を示さなかった。だが彼女の死に英雄ともてはやしているジャック・ド・フゥベーが関わっていたとなると話は変わる。皆裁判に夢中になった。

 

「今更、罪悪感でも湧きましたか…あの頃は何も感じていなかったくせに」

 

ずっと私の側にいてくれたユリウスが私に軽蔑の眼差しを向ける。彼は私がジャンヌ・ダルクを殺した頃から私を嫌っていた。それでも私の指示に従い私を支え共にフランスを救ってくれた。

 

「貴方は…いつもタイミングが悪い。何で今なんだ…ようやくフランスが平穏を取り戻したというのに何故よりにもよって今!彼女への罪の意識に目覚めたんだ!もう15年以上も前の話だぞ!!」

「…そうだな。君のいう通り私はいつもタイミングが悪い」

「ッ誰もあんな事思い出したくないはずなのに…!どうして思い出させるんだ…あの悪夢のような出来事を……あの時の、悪魔のようだった貴方を」

「…そうだ。私は悪魔さ……悪魔なのに英雄ともてはやす世界はおかしい。だから私は正すのだ。誰が正義で誰が悪だったかを世界に知らしめる。そして私はこの舞台から降りるんだ」

 

時が流れるにつれ、ざわざわと。この裁判のせいでフランス中が動揺の渦に巻き込まれていく。フランスの黒騎士が悪だったとは認めたくなかった。けれど集まってくる証言がジャンヌ・ダルクの正当性と黒騎士の悪行を示した。私が自らの意思でイングランド軍への入隊を志願し黒騎士となりフランスを恐怖に陥れたと認められた時は、なんて勝手な作り話をと思ったが。全ての悪を担うと言ったのは私だ。仕方がない。他にも実に様々な悪行が容赦なく私に押し付けられたが私は否定しなかった。私は全てを受け入れ、その行動理由を全て祖国のためと答えた。

 

「舞台から降りるとはどういう意味だ。表舞台からか?」

「……」

「…あんた、まさか。死にたいのか」

 

ユリウスが私を睨みつける。やはり彼は察しの良い男だ。

 

「…ジャック。私にはあんたが理解できない。どうして今になって死を望む。ジル・ド・レェに片腕を奪われた時も。私を庇ったせいで片足を切断しなくてはいけなくなった時も。あんたは降りなかった。義足のリハビリ期間にも関わらずイングランド人を殺すために前線に立っていたというのに……何故今になって…その義足と義手に嫌気でもさしたのか」

「さて、どうだろうな。ユリウス。君はどう思う?」

「……あんた。いつもそればかりだ。私に問うばかりで肝心なことは何にも私に教えようとしない。卑怯者め」

「そんな卑怯者な私の側を君は離れなかったな。そういえば今まで言ったことがなかった。もう君とは会えないかもしれないから伝えておこう。私の人生、とても誇れたものではなかったが君がずっと側にいてくれたことだけは誇りに思うよ」

 

ユリウスは笑う私を厳しい目で見ていた。やがて彼はため息を吐いた。

 

「あんたに認められるほど優秀な私が、そんな甘い言葉で丸く収められるとでも?」

「はは、そうだな。君がそんな男じゃないことは重々承知さ。だから私は君を選んだ。君を巻き込んだ」

「ッ……迷惑でしか、なかったよ…」

 

それが彼と私が最後に交わした会話だった。

 

 

 

裁判は3年掛かった。3年かけてジャンヌ・ダルク、ジャック・ド・フゥベー両名の生涯にかけて会った人物、場所へ赴き、様々な人の話を聞き、実に公平に行われた。

1447年。最早ジャック・ド・フゥベーを英雄と呼ぶ者はいなくなった。皆知ったのだ。ジャック・ド・フゥベーという人物こそがフランスを数々の窮地に追い込んでいたことを。奴はフランス、イングランド。その両方を裏切り殺してきたことを。皆が讃えてきた奴の栄光は、ジャンヌ・ダルクという決して忘れてはならない少女を犠牲に成り立っていたことを。皆が英雄ともてはやしていた奴は、今まで思い描いていた、悪虐非道の限りを尽くしたイングランドの黒騎士そのものだったということを。

そして裁判が終わる頃ジャック・ド・フゥベーはこう語られていた。

 

彼こそまさしく悪魔だと。

 

 

彼女が私の元へ訪れたのは私がフランスの悪魔と言われ慣れた頃だった。

 

「久しぶりね。私のこと覚えている?」

 

一瞬ジャンヌ・ダルクが生き返ったのかと思った。そして思い出した。そういえばこの姉妹はよく似ていた。

 

「カトリーヌ」

「良かった。もう忘れられているのかと思った」

 

ジャンヌ・ダルクの姉 カトリーヌはふわりと微笑む。その笑顔が見ていられなくて私はそっと目を逸らした。

 

「裁判、全部聞いたわ」

「…そうか」

「ジャンヌは魔女ではなかったと認められる事になると聞いているわ」

「…そうか」

「……さっきからそればっかり。私と会話するのは退屈?」

「まさか!…こんな美人と会話するのは久しぶりなんだ。緊張しているだけさ。どうか許してほしい」

「随分口が上手くなったのね。昔はお世辞なんて言えなかったくせに……それはイングランドで習ったの?」

 

私は思わず口籠る。彼女はふふっと笑った。

 

「ねぇジャック。私、この裁判、随分嘘が多いと思うの」

「何を…そんなわけないさ。君も知っているだろう。この裁判にどれだけ金と時間がかけられているかを」

「えぇ…それでも私は確信している」

「何故。何が証拠でもあるのか」

「えぇ」

 

私は眉を顰めた。目の前にいるこの子はただの農民だ。私やジャンヌ・ダルクのような子でもない。本当にただの農民の子のはずだ。そんな子に国王がひた隠しにしている事実を知る術などないはずだ。

 

「そんな険しい顔をしないで。単純な話よ。貴方がそんな簡単にジャンヌを裏切れるはずがないって知っているだけ」

「…何を言っているんだ」

「裁判では一度も話題になっていないけれどね…私は知っているのよ。村にいた時、貴方がどれだけジャンヌのこと好きだったか……裏切れるはずがないのよ。どれだけ危険なことか分かっているはずなのにジャンヌのために村を飛び出した貴方が裏切れるとしたら、それはきっとジャンヌの」

「カトリーヌ、妄想は程々にするんだ。君にも家庭があるだろう」

「……そう。そういうことね。分かったわ。もう言わない。私は、まだ死にたくないもの……けどね、これだけは、はっきり伝えておくわ」

 

彼女は小さくため息を吐いた。

 

「どんな理由であれ、私は貴方を許すつもりはない」

 

そして真っ直ぐ私を見た。

 

「許せるはず、ないわ…大切な、世界でたった1人の愛おしい妹をあんな目にあわせて……ッ!!全部が全部本当でなかったとしても!貴方が!ジャンヌを…ジャネットを火あぶりに導いたことだけは事実なんだから!!」

「……あぁ。そうだ。君のいうとおりだ」

「だからね私は貴方に罰を与える。こんな農民の意見でも国王は耳を傾けてくださるのだから。貴方にとって最悪の罰を与えるわ…ごめんね、ジャック。恨むなら自分を恨んでね」

「勿論だよ。君は正しい……カトリーヌ。ジャンヌを守るという約束を守れなくてすまなかった」

「覚えていたのね…貴方達が村を出る前に約束してくれたことを……すまなかったで、許されると思わないで。私の妹の命を軽んじないで。私にとってはこの国よりもあの子の命の方が重いわ」

 

私は何も言えなかった。その通りだと思った。何故なら、かつて私も彼女と同じようにフランスよりも、イングランドよりも、あの子の命を重いと思っていたのだから。けれど、今はどうだろうか。今の私は、あの頃と同じように何よりもジャンヌを優先できるだろうか。……愚問だ。優先なんて、できるわけがない。何故なら私はこうして彼女の復権裁判を利用しているのだから。この世界で1番罪が重い自分自身のために。

カトリーヌは、さようならと一言言って去っていった。私は彼女を見続けることが辛く感じ目を閉じた。

 

早く、裁いてくれ。今はもう、それ以外考えたくなかった。

 

 

 

そして、裁きの時の前日。3年間かけて集まった情報をもとにジャンヌ・ダルクは魔女ではないと正式に認められ彼女は聖女であると世界が認めた。そして残すはフランスの悪魔 ジャック・ド・フゥベーの最終判決のみだ。判決がどうなるか分かっていないが、これだけ様々な悪行を達成した悪魔だと世界に太鼓判を押されたわけだ。死刑は免れないだろう。判決は火刑だろうか…否、間違いなく火刑だろう。私は地獄へおち永遠に天国へいく権利を失うのだ。それでいい。私のような人間にそんな権利は与えてはいけない。ずっと地獄を彷徨い続けるのだろう。

 

ずっと、そう思っていた。

思慮深いと言われた私が、その思考こそ早計であったと気付くことはできなかった。

 

 

 

 

「そう簡単に死なせると思うな」

 

国王にそう言われたのは夜だった。彼は内密に私の元へと訪れた。

 

「ジャック・ド・フゥベー。最後の命令だ。お前は決して自ら死を選んではいけない」

「……何を、言っている」

「なに。お前のお気に入りとジャンヌ・ダルクの姉から聞いたのだ。お前は死に急いでいると」

 

ユリウスとカトリーヌか…。私はグッと拳を握った。

 

「だとしたらなんだ…好都合だろう。あれだけ悪行を成した悪魔が死んでくれるならフランスにとってこれ以上の喜びはないはずだ」

「そう自分を卑下するな」

「私を更なる悪役にしておいて。よくもそんな都合のいい言葉を言い出せるな」

「お前からの許可は得ている。これは正当な取引だろう…そしてお前の死を約束させることは取引内容になかった。これはお前のミスだ」

「意味がわからない。あんた、まさか私を無罪にする気か。また私をあんたの駒にする気なのか」

「いいや。無罪にはしない。無罪にするにはお前の罪はあまりに重すぎる。いくら私でも庇いきれない…以前からそう言っていただろう。それに戦意喪失した今のお前は使い物にならないからな。駒にすることもできない」

「では!では何故!!なにゆえ私を生かそうとする!?何故私に慈悲をかける!?」

「ジャンヌ・ダルクがお前の死を望まないからだ」

 

国王は静かに言った。

 

「…なにを、言っているんだ…彼女はもう15年以上も前に死んだんだぞ。私が、殺したんだぞ」

「そうだ。お前が聖女ジャンヌ・ダルクを殺した。が、生前お前がパテーの戦いで死んだ時、彼女は私にこう言った。お前を戦場に連れていくべきではなかったと。お前には長生きしてほしかったと」

「な…ッ……一体、いつの話を、しているんだ…ッ彼女が、私に殺されてからも、それを望んでいると本気で思っているのか…!」

「さてな。私はあの子ではないから分からんよ。寧ろ分かるとしたらお前だ」

「なに…?」

 

国王は真っ直ぐこちらを見る。彼の瞳の中には動揺した哀れな男が映っていた。あれが私なのか…随分、醜くなったものだ。

 

「ジャンヌはよくこう言っていた。お前のことは言葉に出さずとも分かると。幼馴染だから何も言わなくても心が通じ合っていると」

 

ドクリと、心臓が鳴った。

 

「お前がジャンヌ・ダルクを死刑へ導いたその日。お前はジャンヌ・ダルクに何を望まれていた?お前が彼女を殺したのだから少なくとも一度は彼女と会っていたのだろう?その時彼女はお前に一体何を望んでいた?」

「ッ……ぁっ」

 

思わず情けない声が漏れた。私は……僕は、思い出してしまった。彼女を審問するためだけに用意されたあの部屋で。初対面を装う僕を、ひどく寂しそうに見つめていた彼女を。そして僕の身を案じてか、決して指摘せず素直に応じてくれた彼女を。

そして。

 

”貴方はどうか、長生きしてください”

 

「ぁ…あ、あぁ…ッ!」

 

彼女が最期に告げたその言葉を。

思い出してしまった。思い出したくなかった。僕が殺した彼女が。愛していた彼女が、僕に生きてほしいと望んだその事実が辛くて。苦しくて。悲しくて。ずっと目を逸らし続けていた。

 

「ぁあぁっあぁああぁあ…ッッ!!」

 

それだけは、してはいけなかったのに。僕は…あの子を犠牲にする代わりにあの子の願いを叶えると誓ったはずなのに。僕は、いつの間にか僕の中にあった、たった一つの軸すら見失っていたのだ。

国王は長く僕を……否、私を、見下ろす。

 

「ジャック。ジャンヌ・ダルクはお前の死を望んでいたか?彼女の望みは変わっていたか?」

「………」

 

首を横にふる私を国王は鼻で笑った。そして彼は告げる。

 

「ジャンヌ・ダルクはお前の望みを受け入れ死んだのだろう。であれば、お前もジャンヌ・ダルクの望みを受け入れるべきだ」

 

あぁ。これは。ジャンヌ・ダルク(あの子)の私への報復だと悟った。まさか15年越しにこんな目にあうとは、思わなかった。

……もしかして、君はあの時から私の選択が見えていたのだろうか。だから最期、あんなことを言ったのだろうか。真実は分からない。けれど、ジャンヌが私に生きろと願うのであれば私は絶対にそれを叶えなくてはならないと思った。

 

「カトリーヌから聞いた。お前は故郷を出て遠くへ行きたいと言っていたらしいな」

「……」

 

私はぼんやりとかつての事を思い出す。どうして私はそんなことを言っていたのだろうか。……。あぁ思い出した。あの頃はこの女々しい容姿のせいで女男と毎日虐められていて。それが嫌で村が大嫌いで。だから遠くへ行きたいと願っていたんだ。最も彼女に恋をしてからはそんな思いどこかに行ってしまったのだけれど。

 

「望み通り遠くに行かせてやろう。ジャック・ド・フゥベーは処刑するが…ジャック。お前はこの国から出るといい」

「え…?」

「ただのジャックとして生き続けろ。いいか。死ぬことは許さない。お前が死へと導いた聖女ジャンヌ・ダルクがそれを望んでいるのだから」

「待て…どういう意味だ」

「どうした。急に頭が悪くなったのか?分からぬなら、はっきり告げてやろう。お前を国外追放にする」

「……国外、追放…」

「今のうちに存分にフランスの空気を吸っていろ。お前がここにいれるのは今日で最後なのだから」

 

国王は大きくため息を吐く。それから静かに私を見た。

 

「最後に伝えておく…私はそなたに感謝している。散々そなたを追い込んだ挙句こうして最後まで利用する私の言葉など届かないと重々承知しているが…それでも私が国王になり、この国を救えたのはジャンヌとジャックのおかげであると私は確信している…そなた達を失ったフランスはきっとこれから裁きを受けるだろう」

「……貴方は、ずっと私を物のように思っていると…私は」

「まぁそうだろうな。そう思われるような扱いをそなたにはしてきたと自覚している…正直に告白しよう。罪悪感がある。そなたにもジャンヌにも。そなたがジャンヌの復権裁判をして彼女の名誉を回復させるべきだと言い出した時ほっとした…それでも私は臆病者でまたそなたを利用してしまったが」

「それは、別にいいさ……」

「……フランスの大英雄にしてフランスの悪魔だった男は数日以内に処刑されるだろう…そなたは第2の人生を歩むといい。きっとジャンヌ(彼女)もそれを望んでいるさ」

 

国王はそう告げて、私に深々と頭を下げた。それは彼の最大限の敬意だった。

 

 

そして私は翌日、裁判の場で死刑を言い渡され処刑された。が、表向き処刑された事になっただけで私という人間は生きていた。しかし2度とフランスの地を踏むことを許されず。私は文字通りジャックという名前しかない30半ばの男として各地を転々とする人生を歩み出した。

あの子が望んだ通り、この命が尽きるまで私は私の知らぬ世界を見に行くことにした。

 

 

「ほぅ…そいつは中々面白い人生だったじゃねぇの。金になりそうな話だ」

「また金か…君は本当に金が好きだな」

「当たり前よ。じいさんが異常なんだよ。金も地位も名誉も女にも興味がねぇなんざ、俺には理解できねぇ」

「80にもなれば、そんなものどうでもよくなるものさ」

「どうだかねぇ…俺がその歳まで生きたとしてもあんたみてぇにはなれねぇし、なりたくもねぇな」

「酷い言われ様だ」

 

ふぅっとため息を吐くと彼は笑った。

ジャック・ド・フゥベーが処刑されて45年が経過した。かつてフランスを救うために共に戦ったリッシュモンもシャルル7世もとっくに亡くなった。今のフランスの国王はシャルル8世であり、彼はイタリアの小国 ナポリ王国との戦争を開始した。イングランドはイングランドで王家による内戦が絶えない。互いに百年以上も戦争の苦しさをその身を持って味わったというのに。我が愛しの祖国は揃いも揃って今だに戦争を続けている。人間とは、なんて愚かな生き物なのだろうか。一つの戦争が終わったところで、再び新たな戦争がやってくる。きっと我々が人間である限り争いは永遠に続くのだろう。

……だとしたら私が。ジャック・ド・フゥベーがやってきた事に果たして意味はあったのだろうか。私が苦悩しながら戦い続けたあの15年間は一体何だったのだろうか。

主よ。私は本当に愛おしい人の命を奪ってまでフランスを救うべきだったのでしょうか。私の選択は本当に正しかったのでしょうか。

 

「……全く、私という人間は本当に…」

 

ため息を吐く。80才を過ぎても思考を止めることができない。どんなに新しい地へ行き新しい経験を積んでも私の心はずっとあの時代に、あの国に縛られている。なんて情けないのだろうか。

 

「なんか言ったかじいさん」

「なんでもないさ」

 

彼はそうかと興味なさそうに呟いてからニヤリと笑った。

 

「何考えてんのか知らねぇがな、じいさん。あんたには感謝してるんだぜ。あんたの後ろ盾がなきゃ俺は航海できなかったかもしれねぇからな」

「…その割に普段の君の言動にはとても私への敬意がないように思えるがね」

「これでも最大限に感謝を伝えてるつもりなんだがな…おっと、世間話はここまでにしようぜじいさん。そろそろ嵐が来る頃合いだ。お互い生き延びてようぜ。信念と夢の果て、お宝だらけの新天地に辿り着くために」

 

彼はまたニヤリと笑う。悪人顔すぎるその顔に私は苦笑した。

 

「さてな。私の命運は君にかかっているんだ。頼むよコロンブス。私を生き延びさせてくれ。この船から降りたら酒をたらふく飲みたいんだ」

 

私はにこりと微笑む。彼はまだ知らない。彼が私を殺す元凶になることを。一体何故同じ船の中こうして仲良く助け合っている私達が殺し合いをすることになるのか。分からないがおそらく新天地へのたどり着いた先にそうなる未来があるのだろう。あの独特な死に方が現実にならないことを祈るばかりだが…。まぁ間違いなく現実になるのだろう。

 

”貴方はどうか、長生きしてください”

 

目を閉じれば聞こえてくる。私はもう一生忘れることはない。彼女の最後の願いを。もしかして今まで何度も死にかけても死なず。医者には脅威的な回復力だと言われたのは彼女の願いのおかげなのだろうか。もしそうだとしたら急所という急所全て刺されても死なず海に落ちても死なず首をもがれても死なず。海の生き物に食われてようやく死ぬというなんとも悲惨な最期もその願いが原因なのかもしれない。

真相は分からない。けれど。ただ一つだけ確かなことがある。

 

今日、私は夢を見た。初めて見た夢だ。

 

 

それは、ジャックという80代の老人がクリストファー・コロンブスに殺される夢だ。




1447年7月6日 
ジャンヌ・ダルク復権裁判により、イングランドの異端者審問で魔女と判決されていたジャンヌ・ダルクは聖女と世界に認められる。

1447年7月7日 
ジャンヌ・ダルク復権裁判時の最終判決によりフランスの大英雄から悪魔に転落したジャック・ド・フゥベーは処刑される(38歳没)

1453年5月22日
イングランド内で王家による内戦 通称薔薇戦争が始まる

1460年9月11日
フランスとイタリアによる戦争 通常第一次イタリア戦争が始める

1492年
クリストファー・コロンブスの盟友 ジャック死亡(83歳没)

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完結。
あとがきや今後の話は活動報告に記載しましたのでこちらのページをご確認ください。
ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございました。


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Fate/Grand Order 第一特異点 邪竜百年戦争 オルレアン
プロローグ 1431年6月2日


本編15話までの読了前提で話が進みますので注意。
ゲーム準拠始まりなので注意。


Jeanne Alter - 1

 

どうして。何で。

ずっとそう思っていた。

 

彼が言う。ジャンヌ・ダルクを捕えろと。

彼が言う。ジャンヌ・ダルクを魔女に仕立て上げろと。

彼が言う。ジャンヌ・ダルクから全てを奪えと。

彼が言う。女性としての尊厳すらも踏み躙れと。

 

どうして、そんな事を言うのか分からなかった。

私は身動きがとれず、やめてと声に出すこともできず。ただ男達の望むがまま、その身に絶望を刻まれる。

 

どうして。何で。

私は必死に顔を上げ彼を見る。

何でこんな事をするの。私達はずっと一緒にいたはずなのに。貴方はいつだって私の事を一番に思ってくれていたはずなのに。

 

どうして。何で。

何で助けてくれないの。お願い。助けて。貴方は私のことを愛してくれていたはずなのに。何で今助けてくれないの。

彼はずっと見ていた。冷ややかな目で私を見ていた。私はようやく察した。

 

私は彼に裏切られたのだと。

 

 

 

「――――告げる。

  汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

  聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 「誓いを此処に。

  我は常世総ての善と成る者、

  我は常世総ての悪を敷く者。

  されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――。

  汝三大の言霊を纏う七天、

  抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

召喚されるサーヴァント達。彼らの邪悪さに私はほくそ笑む。

 

「よく来ました。我が同胞達。私が貴方のマスターです。召喚された理由は分かりますね?破壊と殺戮、それが私が下す尊命(オーダー)です」

 

さぁジル。はじめましょうか。私の言葉にジルはニコリと微笑んだ。

 

「えぇえぇ。既に彼の居場所は把握しております」

「手は出してないでしょうね?」

「勿論ですとも。ですがどうするか、は考えておいでで?私のアイデアは必要ですかな?」

「…あぁ私が悩んでいると気を遣ってくれたのね。はっ、バッカじゃないの。いつまでも愚かだと殺すわよジル。彼をどうするか、なんて。そんなのとっくの昔に決まっているわ。私はずっと彼の事ばかり考えていたのだから」

 

じわじわとこの身に湧き上がるのは怒りの炎。思い出すのはあの日の冷ややかな目でみる彼の顔。私が穢されるのを良しとし私が殺されるのを良しとした男の顔。私を裏切った男の顔だ。

 

「殺すわ。確実にね。あの男が大事にしていた全てを殺し尽くして絶望したあの男をじっくり眺めながら殺してやるのよ!全部!全部壊すわ!!殺すわ!!!」

 

「私が聖なる焔で焼かれたのなら!あの男は地獄の炎で!!塵一つ残さず掻き消してやる!!!私を裏切り!私を犠牲にし!!私を殺したあの男を!!!!あは。はははっははははは!!!あはははははは!!!」

 

 

私は決して許さない。あの男を受け入れたイングランドを!私を犠牲にすることを良しとしたフランスを!!そして何より!!!私を裏切ったあの男を!!!!

決して許しはしない!!!神が私を裁こうとも、私はあの男を決して逃さない!!!

 

 

何がなんでも、あの男だけは!!この手で殺してやる!!!



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第1話 1431年6月10日

ぐだ子視点→ジャック視点です


Reika Fujimaru - 1

 

「どうか、今度こそ私に貴方を守らせてほしい!もう、貴方をあのような目に合わせはしない!」

 

聖女ジャンヌ・ダルクの元へ跪く彼を見て純粋にかっこいいなと思った。

 

「貴方の道を阻む者全て私が蹴散らすと誓いましょう」

 

ジャンヌ・ダルクは少し戸惑った顔で私の兄 藤丸立香の顔を見る。立香は大きく頷いた。ジャンヌは頷き返し自分の前に跪いた騎士を見つめた。

 

「ありがとう。貴方とまた共に戦えること。私は誇りに思います」

 

にこりと微笑む。優しいその笑みはまさに聖女と言えよう。どうして彼女がこの世界で魔女と言われてしまっているのか。どうして彼女がフランス人、イングランド人を虐殺していると言われているのか。未だその理由は分からぬまま。

私達カルデアは、レイシフトした先で出会ったサーヴァント ジャンヌ・ダルク、マリー・アントワネット、アマデウス、清姫、エリザベート・バートリー。そして混乱する兵士達をまとめ上げ指揮していたイケメン騎士と、ここラ・シャリテで手を組むことを誓い、この特異点を攻略することになった。

 

 

これまでの経緯を説明しよう。

私、藤丸麗香と双子の兄 藤丸立香は色々あって人類絶滅の危機を救うことになった。カルデアのマスターとして特異点の調査及び修正、そして特異点先で聖杯の入手及び破壊することを目的に、まずは1番歪みが少ない特異点であるここ百年戦争後期のフランスへレイアシフトした。

レイシフト先ではジャンヌ・ダルクが竜の魔女となってフランスとイギリスを襲っているだとかオルレアンはもう魔女に占拠されたとか空にはワイバーンがいっぱいいるとか、ちょっとよく分からない状況に…否、全然意味分からない状況になっていた。これが一番歪みの少ない特異点ってマジか。他の特異点これより訳分からんことになってるってマジか。戦慄しつつ、とりあえずオルレアンと竜の魔女になってしまったジャンヌ・ダルクが特異点の原因と仮定した私達は、レイシフト先で出会ったサーヴァント達と手を組んだ。更にはサーヴァントではなく現地で兵士を仕切っていたイケメン騎士とも手を組むことにした。

 

何故、彼ら彼女らと手を組むことになったのか。

元々カルデアはこちらに敵意がないサーヴァントは仲間にする方針だった。サーヴァント1人いれば一つの軍並の力にはなり得るらしいので、なるべく仲間にできるサーヴァントは仲間にしたいと思うわけだ。そんな訳で該当したサーヴァント ジャンヌ、マリー、モーツァルトは仲間になってくれとこちらがお願いする形で仲間になってもらった。幸いな事に彼ら彼女らは快く承諾してくれた。清姫とエリザベートは勝手についてきた。

 

では、どうしてサーヴァントではないイケメン騎士も仲間になったのか。

これは、はっきりいうと私達からお願いしたのではなくイケメン騎士の方が共に戦いたいと言い出したからだ。ヴォークルールでジャンヌと出会い、ジュラでマリー、アマデウスと出会い仲間になった私達は、今回の特異点の原因の地となっているオルレアンへ向かうことを目的にしていた。けれど、流石にいきなり敵地に乗り込むには流石に危ない。まずはもう少しこの特異点の情報を集めてからオルレアンに向かおうと、ラ・シャリテという都市に向かうことにした。が、ラ・シャリテは既にワイバーンに攻め入られており兵士達が必死で戦っているものの苦戦を強いられていた。私達はすぐに兵士達を助けるためワイバーンを倒した。そしてどうにかワイバーンを倒し終えた時、ラ・シャリテの兵士達を取りまとめていた兵士達のトップのイケメン騎士が私たちのところへ来た…私達、というよりはジャンヌのところへ来たと言った方が正しいかもしれない。その騎士は多分最初からジャンヌしか見えていなかった。

 

騎士はジャンヌが生き返ったことを喜び貴方こそが本物のジャンヌ・ダルクだといい。そしてジャンヌとまた戦いたいと懇願した。懇願された本人は厳しい顔をしていた。これは後から聞いた話だがこのイケメン騎士とジャンヌは生前共にフランス軍として戦っておりとても仲が良かったそう。竜の魔女と呼ばれてしまっている今の自分と手を組むことで彼の立場が危うくなるのを心配していたらしい。とても素敵な友情だと思うが、如何せんこちらは人類史の危機なのだ。なんとしても特異点を修復しないといけない。聖杯を持ち帰らないといけない。そのために味方は多いに越したことはない。相手はサーヴァントではないとはいえ、現地の軍を味方につけられるのだ。この意味合いは大きい。ジャンヌには申し訳ないが私は断ろうとするジャンヌを説得した。彼女は不服そうな顔をしていたが最終的には納得してくれた。

 

そんなこんなで今私達はイケメン騎士の軍が取り仕切っている砦に寝泊まりをしている。

 

 

ところで諸君。私は世界史が苦手だ。いや、もっと正直にいうと日本史も苦手だ。

なんというか、あの丸暗記をしなければならない感じが苦手で何一つ覚えられなかった。恥ずかしながら学校では歴史教科は赤点の常連だった。

流石に英仏 百年戦争というワードは知っていたけれど。その後期で英雄といわれるほど活躍した人物は知らない。

 

 

「ところでジャンヌさんってすごい人なの?」

 

そして何を隠そう。この兄も私と同様に歴史が苦手だ。苦手なものまで一緒とか双子って怖い。

この兄は心の底からいい奴だし、いい奴すぎて童貞という可哀想な奴なのだか、空気を読むのが苦手だった。私も正直ジャンヌって名前は聞いたことあるけど何した人かまでは知らんよって思っていた。思っていたけれど空気を読んであえて何も聞かず、大の男が跪くくらいだから凄い人なんだなと思うに留めておいた。というのにこの兄は…。

周囲の人物が驚愕している。うん。やっぱジャンヌってとんでもなく凄い人なんだね。見た目私達と変わらない年齢っぽいのにね。昔の人って若い頃から活躍していて凄いよね。 

 

「あら知らないの?教えてあげるわ!ジャンヌはねフランスを救うべくに立ち上がった救国の聖女なのよ」

 

マリーが自慢げに語る。流石の私や兄でも知っているフランスの王妃マリー・アントワネットは、本当にジャンヌのことが大好きなようだった。

 

「そうなの?ジャンヌさん、国を救ったんだ。凄いね」

「いえそんな…それに私は、聖女ではありません……」

「え?聖女じゃないの?」

「マスター。少しは空気読んでください」

 

マシュが兄の頬を引っ張る。兄が痛い痛いと悲鳴をあげてもマシュは止めなかった。

いつの間にこの2人はこんなに仲良くなったのだろうか…少し前まではマシュはもっと気を遣っていたと思うのに。やっぱり契約を結んだ2人は心の距離も近くなったのだろうか。まだサーヴァントと契約した事のない私にはよく分からないけれど、今後サーヴァントと契約していくに辺り、1番大事なのは、そのサーヴァントとの絆だとダ・ヴィンチちゃんが言っていた。ということはあの2人は順調に絆が深まっているという事なのだろう。良いことだ。

 

《それにしても仲間になったのがフランスの聖女で良かった……悪魔の方だったら今頃胃が痛くなっていたよ……いや、敵になるくらいなら仲間になってもらった方が…》

「悪魔?」

 

ドクター・ロマンの呟きに私は首を傾げた。いくら昔の時代とはいえ中世ヨーロッパの時代に悪魔が実在していたとは考えられない…と思う。いや、私が知らないだけで中世にも悪魔がいたのかな。困った…こんなことならちゃんと歴史勉強しておくんだった。

 

「黒騎士 ジャック・ド・フゥベーのことですね」

 

云々唸っているとマシュが助け舟を出してくれた。さすが優秀な後輩だ。

 

「黒騎士?」

「その名の通り漆黒の鎧で戦っていたことから黒騎士と呼ばれた偉人です。黒騎士は百年戦争の中で前期にも後期にも登場しますが、この時代の黒騎士は歴代の黒騎士の中でも色んな意味で最も有名な人物。ジャック・ド・フゥべーです……が、ここで彼の話は控えましょう。彼は、その…この時代の人々に良くないイメージを抱かれている可能性が高いので」

「へー」

 

全身漆黒の鎧とか厨二病感凄いなとか思っていた時にマシュが真剣な顔でそんな事を言ってきたものだから、とんでもなく棒読みな返事をしてしまった。彼女にも私が真面目に聞いていなかったことが分かったのだろう。聞いていますか先輩、とマシュが怒った。私はごめんごめんと笑って彼女の頭を撫でた。

 

「………」

 

ふと、一瞬視界に入った人物が凄い顔をしていた気がして私は二度見した。

 

「…レディ。どうされましたか?」

「あ、ううん。ごめんなさい。なんでもないです」

 

ニコリと微笑まれる。私は慌てて愛想笑いをした。それから、ふと思った。

そういえば、このイケメンの名前。さっき自己紹介してもらったんだけど……なんだっけな。

 

「お疲れですか?無理もない…最近は連日ワイバーンに襲われて…兵士である我々ですら疲弊している。ただでさえ慣れない環境に置かれたあなた方が疲れるのは当たり前のことです」

「あはは…まぁ、私達はサーヴァントに助けてもらっているので…兵士さん達の方が毎日怪我を負ってしまっていて……増援とか、ないんですか?このままじゃ」

「…ワイバーンが暴れているのは、ここ。ラ・シャリテだけではありません。増援は来れないでしょう」

 

イケメン騎士は苦笑する。なるほど。私が思っていた以上に状況は厳しいみたいだ。

 

「そう険しい顔をなさらないでください。確かに状況は厳しいですが、こちらには本物のジャンヌ・ダルクがいます。彼女はフランスの希望の子。神の子です。決して魔女になど屈しはしない。たとえそれが自分自身であったとしても」

「そっか。そうなんですね。じゃあ、大丈夫ですね」

「えぇ。今ここに誓いましょう。彼女の元へ集った我々に敗北などあり得ないと」

 

にこりと微笑む彼に曖昧に笑い返した。横目でジャンヌを見ると、ちょうど祈りを捧げようとしていたのだろうか。胸元から取り出した十字架のネックレスを見つめていた。

…木製、だろうか?聖女が持つにしては簡素なものに見えて私は思わず彼女をじっと見つめていた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

Jack Brown - 1

 

私は目を逸らした。その間も街から悲鳴は聞こえていた。

信じられない。信じたくない。あれがジャンヌ・ダルクのせいだなんて思いたくない。

 

けれど、もし。本当にジャンヌ・ダルクのせいだったとして。

もしジャンヌが憎しみを抱いてしまった結果がこの惨劇だというのであれば。

 

 

それは、間違いなく。僕のせいだ。

 

 

 

 

ジャンヌ・ダルク処刑から三日後。私は所有していた鎧や武器全てを奪われ身柄を拘束。ボルドーの砦へと連行された。

イングランドの黒騎士を引き継ぎ、爵位も伯爵である私がどうしてこのような扱いを受けるのか。理由はわかっている。私にフランスのスパイ疑惑がかけられているからだ。元々フランスのスパイの中に裏切り者が紛れ込んでいたのは分かっていた。元はその裏切り者のせいだが私への疑いが加速したのは、きっと私がイングランドの前王 ヘンリー5世の実の妹であるイザベラを殺したからだろう。

よりにもよって、このタイミング。フランスの国王 シャルル7世から帰国命令が出された直後に己が尋問にかけられることを知り私は頭を抱えた。

ジャック・ブラウンは適当な戦地へ赴き不慮の事故で死ぬ予定だったのに。この疑惑のせいで戦地へ行くどころではなくなった。何故こうも間が悪いのか。私は散々悩み抜きボルドーの砦へフランス軍を呼ぶよう手筈を整えた。急遽「ジャック・ブラウンは尋問中フランス軍の襲撃により死んだ」事に変更したのだ。無論、私の尋問役を任されるイングランド兵達には口封じのために死んでもらうしかない。それは仕方がないことだ。そう思った。思うことに決めた。

 

私の尋問役が全員、私の大切な部下だと知った時。そして彼らが私に殺される夢を見た時、私はまた頭を抱えた。

全て私のせいだと分かった上で、どうして私が殺さないといけないんだと思った。こんな役回り、もう、うんざりだとも思った。

でも。それでも、やらなくては。

私が、祖国を救わなくてはならないのだから。そのために私は、世界で1番大切な人に手をかけたのだから。

 

 

”閣下、何故…ッ何故ですか!?貴方は…、まさか噂通りフランス(悪魔)だったというのか…!”

 

”ッぁあぁこ、殺さないで!!”

 

 

私は私に忠誠を誓ってくれた大切な部下を殺した。

私を疑うことすら罪悪感を感じ悲痛な顔をした大切な部下の剣を奪い、その胸に突き立てた。

私を労り禁じられているはずの食事を持ってきてくれていた彼らの喉を切り裂いた。

私を敬愛していると言ってくれた可愛い部下を背後から切り裂いた。

私に怯え戦意喪失した彼の心臓に剣を突き刺した。

 

床が彼らの血に染まっていく。私はその様子をぼんやりと見つめていた。

私は正しい。この選択は間違っていない。フランスを救いたい。これはその願いを叶えるために必要な行為なのだから。

だが、そう分かってはいても、どうしたって自分の手で大切な人の命を奪うのは想像以上に、堪えた。

 

「…大切な、部下だったのではないのですか」

 

私の補佐官であり同じフランスのスパイであるユリウス・テイラーが問う。

あぁ、大切な部下だったよ。どいつもこいつも、私なんかの部下になるには惜しい人材だった。こんな戦争に巻き込まれた彼らが不憫でならなかった。彼らが幸せになることを私はずっと願っていた。

私はグッと拳を握った。そうすれば溢れる思いを抑え込めると知っていた。

 

「あぁ大切な部下だった。私も手をかけたくなかったが、どうせ彼らは死ぬ定めなのだから仕方がない」

「……あんた、一体、何を言っているんだ」

「ここで生かしておくと彼らが無意味に人を殺してしまう可能性があった。殺人行為は少ないに越したことはない。言っただろう、私はもうこれ以上大切な人が死ぬところを見たくないと」

「ッ意味が、分からない!!あんた一体何がしたいんだ!?!?フランスの希望の子ジャンヌ・ダルクを死に追いやった後はイングランドの大切な部下を殺して!!あんたは殺人狂か!?!?」

「まさか…君の言ったどちらも私は死んでほしくなかったさ。これは本当だ。だがそのどちらも死ぬ定めだった」

「…全員、あんたが、殺したんだろうが…!!」

 

テイラーの殺気が私に向けられる。

 

「……少なくとも、あんたはジャンヌ・ダルクを火あぶりにした。そんな惨い罰を受ける必要のない子をあんたが無理やり話をでっちあげ彼女に罪を被せた」

「…テイラー。私は君を信頼している。だから正直に言おう。私はジャンヌ・ダルクを愛している」

「はぁ…?」

「私がスパイになったのはジャンヌの為だった。彼女の為にイングランドの情報をフランスへ流そうとしていた。彼女の為に私は完璧なスパイになりきった。彼女の為にフランス人を殺した。私の行動の中心にはいつも彼女がいた」

「ッ笑えない冗談だな!では何故!ジャンヌ・ダルクを殺した!?!?何故彼女を!敬虔なキリスト教徒を!!一番最悪な刑にかけた!?!?」

「……。祖国のためだ」

 

私はもう一度拳を握り直してから、彼の問いに答えた。

 

「フランスのためだと」

「そうだ。祖国のために私は彼女の死期を明確にする必要があった。祖国にとってジャンヌ・ダルクは重要な存在だった。祖国を救うため、その計画のため私は彼女の死期すらずらす訳にはいかなかった」

「は…?」

「もしかしたら君にもいつか分かる時が来るかもしれない。これは受け売りだが君にこの言葉を贈ろう」

 

私は真っ直ぐテイラーを見つめた。

 

「私は祖国のため愛する人を犠牲にした。祖国のために愛する人が死んでしまうのであれば、それは仕方がないことだ」

 

テイラーは大きく目を見開いた。それから怒りに溢れた目で私を見た。彼のその姿が、かつて父からこの言葉を聞いた時の私と重なって見えた。皮肉だ。私と父は正反対な選択を選んだというのに。

 

 

"どうか祖国を救ってくれ。この国を地獄から救ってくれ"

 

思い出すのは父の遺書。その最後に書かれた一文だ。素晴らしいことに父は最期までイングランドの勝利を願っていた。なんて父らしいのだろうか。その文字を見た時、虚無感に苛まれたことをつい先程の出来事のように覚えている。

 

 

「おい。待て。なんだ、あれは…」

 

テイラーの声にハッと我にかえり顔を上げる。彼は窓を見つめていた。彼につられるように私は立ち上がり窓の外を見た。

 

「え……」

 

情けない男の声が漏れた。それくらい信じられない光景が窓の外には広がっていた。

 

これは、一体どういうことだ。

ありえない…こんなこと、あってはならない。

 

 

竜が。イングランドの竜(ワイバーン)が、イングランド領を蹂躙しているなんて。

 

「ッ……!?」

 

私は剣を捨て窓を突き破って外へ飛び出した。こんな光景はありえない。これはこの窓が見せた幻だと。そう思い込みたくて外へ出た。生い茂る木々の間を走り抜け、街を一望できるその位置まで真っ直ぐ走った。

 

 

見えたのはワイバーンがイングランド人を喰べる姿だった。

 

「な……ッ」

 

あまりの光景に胃から吐き気が込み上げてくる。気持ち悪い。震えが止まらない。

なんなんだ。これは。

なんで。どうして。こうなった。

こいつらは、一体どこから現れた。

 

「ブラウン、伯爵…?」

 

聞こえた声に顔を向ける。そこには数名のイングランドの兵士ががいた。

 

「ブラウン伯爵、ですね?良かった…ッよくご無事で!」

「ッこれは…これは、一体なんなんだ!?あの竜は一体どこから現れた!?」

「落ち着いてください。伯爵。我々もまだ正確な情報は掴めておりません…が、一つだけ確かな情報があります」

 

兵士は一瞬目を伏せ、それからはっきりと私を見た。

 

 

「魔女 ジャンヌ・ダルクが蘇りました。今度は人を騙すのではなく、竜を従える魔女として」

 

耳を疑った。聞こえた単語を理解することができなかった。

 

「……君は、何を、言っているんだ。死者が、蘇っただと…本気でそう言っているのか?」

「えぇ。理解、できないでしょう。我々も直接奴らを見るまでは理解ができなかった。しかし我々ははっきりとこの目で見たのです。蘇ったジャンヌ・ダルクを。私はあの女の処刑を見ておりました。だからあの女の顔ははっきりと覚えている。あれは、あの黒い女は、間違いなくジャンヌ・ダルクだった」

「…いや、いや。そんなはずはない」

「伯爵。どうか信じてください!奴は数日前から竜を従え街を蹂躙しイングランド人を竜へ喰わせているのです!!目の前の光景を見てください!!あれは全てジャンヌ・ダルクの仕業です!!」

 

兵士が街を指さす。遠くから悲鳴が聞こえた。

嫌だ。助けて。喰われたくない。そんな声が街から聞こえた。

 

「ッ仮に君の言う事が全て真実だとしよう!!であれば何故!!何故ジャンヌ・ダルクがこんなことをする!?彼女を捉え処刑したのは、この私だ!!何故罪なきイングランド人を狙う!!?」

「復讐…」

「なに…?」

「復讐だとジャンヌ・ダルクは言いました。自身を救おうとしなかったフランス、そして自身を処刑したイングランド。その両国への復讐だと」

 

聞こえた単語に頭が真っ白になった。

 

復讐。それはジャンヌ・ダルクという少女にとって縁遠い言葉だった。

どれだけ悲惨な目に遭わされようと。戦場という互いを殺し合う場にいようと。彼女はイングランド兵の遺体に祈りを捧げていた。どんな時でも差別なく。平等に祈りを捧げていた。

決して誰も恨むことなく。決して勝利しても喜びに浸ることなく。フランスを救うという願いを抱えたまま、イングランド人を恨むことをしなかった。

 

「……偽物では、ないのか。誰かがジャンヌ・ダルクの名を語っているのでは」

「いいえ。先程も申し上げた通り、我々はこの目ではっきりと見ました。見間違いなどではない。あれはジャンヌ・ダルクだった」

「………ジャンヌ・ダルクに竜を操る能力など、なかったはずだ」

「えぇ。おそらく死後、その術を得たのでしょう」

 

私は目を逸らした。その間も街から悲鳴は聞こえていた。

信じられない。信じたくない。あれがジャンヌのせいだなんて思いたくない。

 

けれど、もし。本当にジャンヌのせいだったとして。

もしジャンヌが憎しみを抱いてしまった結果がこの惨劇だというのであれば。

 

 

それは、間違いなく。僕のせいだ。

僕が、彼女を殺す決断をしたから。僕の手で彼女を殺さなければならないと。仕方がないことだと僕が思ったから。そう判断してしまったから。

彼女はきっと僕に殺されるなんて夢にも思わなかったはずだ。

味方だと信じていたはずの僕に裏切られ殺されたことに、怒りを覚えるのは、あまりに自然なことだ。

 

「そん、な……ッぁ…あ、あぁ…ッ!」

 

僕は頭を抱えた。

僕が彼女を魔女にさせてしまった。

僕が彼女に憎しみを植え付けた。

僕が、彼女に人殺しをさせてしまった。

僕が。

僕が。

僕が。

 

 

「ぁあぁっあぁああぁあ…ッッ!!」

 

 

僕は、取り返しのつかないことを、してしまった。

 

 

「…か。閣下!!!」

 

怒鳴り声にへたり込んだ身体がビクリと震えた。目をやると苛立った様子のテイラーが立っていた。あれ。どうしてテイラーがここにいるんだろうか。彼は砦にいたはずなのに。拘束されていた縄はどうやって解いたのだろう。

……砦にいる、僕が、殺した。大切な、部下は。

 

 

「閣下!!!気を確かに!!我々の監視役をしていた貴方の大切な部下達が(・・・・・・・・・・)ワイバーンに喰われた(・・・・・・・・・・)姿を見て気が動転して(・・・・・・・・・・)いるのは分かる(・・・・・・・)!貴方は部下思いの方だ!許せないと怒りを抱く気持ちは私とて同じであります!!」

「………お前」

 

一瞬で我に返った。テイラーはギラギラとした目で私を見ていた。すぐに察した。

この男は、私が殺した5人の遺体を砦から落とし、ワイバーンへ喰わせたのだ。私が部下を殺したという証拠を隠滅させるために。自分達がスパイであると、イングランドへ確信させないために。

 

「あのワイバーンはイングランドだけではない。フランスも狙っています。これにより戦争は急遽休戦となりました。我が王はフランスと同盟を結ばれました」

 

私は動揺を悟られないようにゆっくりとテイラーから兵士へと視線を移動させた。

 

「本国より命令です。ブラウン伯爵…いえ。我が祖国の英雄 黒騎士様。直ちにフランス国王シャルル7世のもとへ赴き、フランス軍と合流。連合軍として全てのワイバーン、そして魔女 ジャンヌ・ダルクを全滅させよ」

 

彼の後ろに立っていた兵士は抱えていたものを私に見せた。

それは、私の鎧だった。わざわざ真っ黒に染め上げた鎧。

更に私の長弓。そして黒い箱。その中身は魔剣だ。

 

「今までの数々のご無礼をお許しください。そして、今一度黒騎士として戦ってください。どうか祖国をお救いください」

 

私が最も最前線に立っていた頃の武器と鎧を彼らは私へ差し出した。

 

 

「……私に、もう一度ジャンヌ・ダルクを殺せというのか」

「…ブラウン、伯爵?」

 

手を伸ばしたまま受け取れずにいる私を兵士達は困惑した様子で見る。

 

「……いや」

 

私は兜を手に取った。わざと禍々しく作られたそれは味方ですら見たくないと言われるほどのデザイン。黒騎士 ジャック・ブラウンの象徴ともいえるそれを手に取った。

 

「………」

 

”貴方はどうか、長生きしてください”

 

優しいその声がまた聞こえた気がした。その声を聞いて、ようやく私は自分のなすべき事を理解した。

優しいあの子が私のせいで悪に堕ちた。私は決して贖うことのできない大罪を犯した。今その罰を受けているのだろう。

であれば私は何をするべきか。この罰を受け入れ、ここで嘆き悲しんでいればいいのか。あの子に謝罪をすればいいのか。この命をあの子に差し出せばいいのか。

 

 

 

 

違う。

 

 

私のなすべきことは変わらない。

私の進むべき道はただ一つ。悪に堕ちたジャンヌ・ダルクを殺し祖国を救うことだ。

 

 

「勿論だとも。私は一度ジャンヌ・ダルクを殺している。であれば二度目が出来ぬ道理はない」

 

私は立ち上がった。もう一度ジャンヌ・ダルクを殺すために。

元よりこれ以外の選択肢などなかった。私はジャンヌ・ダルクに手をかけた。その瞬間から私の選択は決まっていた。

あの時から私はもう、止まることなど許されない。

 

 

「状況を報告しろ。現在の損害は。何割の兵士が生き残っている。どこの軍が動けている。フランス国王はどこにいる」

 

 

迷うな。目的に徹しろ。

躊躇うな。戦え。

何が何でも叶えたい願いがあるのならば、自分自身は勿論のこと、全てを犠牲にすることを受け入れろ。

 

殺せ。

殺せ。

もう一度ジャンヌ・ダルクを殺せ。

 

 

 

 

祖国を救うために。

 

 




諸事情につき、カルデアマスターはぐだ子もぐだ男も登場しております。

悲報 スランプにつき、更新頻度更に下がる見込みあり。


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第2話 1431年6月13日

アンケートを設置しました。回答していただけますと幸いです。

ぐだ子→竜の魔女視点です。



Reika Fujimaru - 2

 

「あの男は、ユダなのだから」

 

地の底から這い上がったような。恐ろしく低く憎悪に満ちた声、顔。それらを見て私は恐怖のあまり呼吸の仕方を忘れた。

 

 

 

「今度はオーセールから増援要請が来ておりますが」

「申し訳ないが応えられないと回答しろ。こちらも手一杯だ」

「…本当によろしいのですか」

「…。あぁ。今こちらを手薄にしてはならない」

 

貴族の朝は早い。というか中世の人の朝は早いらしい。この時代灯りは貴重だったから皆日の出と同時に活動を始め日の入りするとすぐ就寝するとマシュが言っていた。それは嘘ではなかったらしい。与えてもらった部屋のベッドが硬すぎて上手く寝ることができず早朝から散歩していたらイケメン騎士が他の兵士達と会話をしていた。私と会話する時と違い深刻そうな表情をしている。

 

「それより物資の補給はどうなっている。最近全く届いていないが」

「それが…補給ラインで何かが起こったらしく」

「ワイバーンか…補給ラインを叩かれるのは痛いな…しかし、どうしようもない、か」

 

朝から何か込み入った話をしているなぁと眺めていたらイケメン騎士とばっちり目があった。

 

「おや。おはようございますレディ」

「おはようございます。もうお仕事ですか」

「えぇ。まぁ。貴方こそ、こんな朝早くからどうされました?」

「あ、あー…その、目が覚めちゃって」

 

流石に部屋を与えてもらっておいて、あの部屋のベッド寝心地最悪すぎて寝れませんでした。とは言えず。あははと笑いながら適当なことを言う。騎士さんはニコリと微笑むだけで言及してこなかった。

 

「普段から早起きなのですね。素晴らしいことです」

「…あはは」

 

いい感じに勘違いしてもらえた。実は昼過ぎまで寝てるタイプだけど、あえてそれを言う必要はないだろう。私はまた笑って誤魔化した。

 

「あぁそうだ。ジャンヌを起こす係を貴女にご担当していただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

「え?ジャンヌを?」

「はい。彼女はあまり朝が得意ではないので」

「え!?そうなんですか?」

 

驚いた。知り合ってまだ少ししか経っていないけれど、かなりのしっかり者のイメージだったのに。ジャンヌ。朝苦手なんだ。なんか親近感湧くなぁ。

 

「最近はそうでもなくなりましたが。昔はかなり酷かったんですよ」

 

騎士さんはニコニコと笑って話す。なんだか楽しそうだ。

 

「オルレアンの時なんて決戦の日に寝坊していましたからね。まぁ結局間に合ったので大問題にはならなかったのですが。もしもっと寝坊していたらイングランドに勝てたかどうか」

「えぇえ。本気でまずいやつじゃないですか」

「えぇ。今でこそ笑い話ですが当時はヒヤヒヤものでした」

「起こしてくれた人に感謝ですね」

「……。起こしてくれた人」

 

突然、騎士さんの顔から笑顔が消えた。背筋がヒヤッとした。あれ。これ、なんかまずいこと言っちゃったやつだ。

 

「あ、あの…」

「……そうですね。起こしてくれた人に感謝、ですね」

 

「あれ。麗香?どうしたの。早起きだね」

 

能天気な声が聞こえた。兄 立香だ。少し離れたところから右手を降ってアピールしていた。

 

「ジルさんもだ!おはようございます!」

「おはようございます。リツカ」

 

そこで私は思い出した。そうだった。この騎士さんの名前はジルさんだったと。

 

「お二人とも早起きなようで。このジル・ド・レェ感心いたしました」

「え?」

 

立香はきょとんとした顔をした。実家にいた頃休日は毎回昼過ぎに起きてくる私を知っているから当然の反応だろう。

 

「そ、そうだ立香!まだジャンヌと会ってないよね!?寝てるだろうから起こしにいこうかな」

「ジャンヌさん?さっきマリーさんと話しているのを見たよ」

「あれ。もう起きてたんだ」

「そりゃサーヴァントだし」

 

あ、そうか。サーヴァントって別に寝なくても大丈夫なんだっけ。すっかり忘れていた。

 

「そうそう。さっきジャンヌさん達と話していたんだけど今日はジュラの方へ行くことになったよ」

「ジュラってどこ?」

「それは知らない」

「…また、外へ出られるのですか」

 

イケメン騎士、もといジルさんは険しい顔をしていた。彼は私達がここから出る事を好意的に思っていなかった。

 

「はい。味方がいるかもしれないので!」

「ジャンヌも、行くのですか」

「はい。ジャンヌさんは凄く強いので毎回助かってます」

 

兄はにこやかにジルさんの質問に回答していく。ジルさんの顔は相変わらず険しいままだった。

 

「そうですか……その、貴方がたにこんな事を言うのもどうかと思うのですが…どうかジャンヌを連れて行くのは控えていただきたい」

「え?」

「彼女は今、魔女と疑われています。もし他の軍が…特にイングランド軍が彼女を見でもしたら問答無用で襲いかかってくるかもしれません。ですからどうか、彼女はここで待機するよう貴方がたから説得していただけませんか」

「それはできません。ジル」

 

凛とした声が響く。振り返ると噂の人 ジャンヌが少し離れたところからこちらへ向かってきていた。

 

「ジャンヌ…」

「私はオルレアンを奪還しもう1人の私を倒します。これは私の意思です。今は、神の声も聞こえませんし、あの頃より戦力もないけれど。それでも私は成し得なくてはなりません」

「ッ危険すぎます。如何に今の貴方が我々より強力な肉体を得ていたとしても。下手をすれば我々以外の全てを敵に回してしまうかもしれない!」

「そうだとしてもです。私は最初から、たとえ1人きりであっても戦うつもりでした」

 

ジルさんはジャンヌの言葉に顔を歪ませた。あぁどうしよう。空気が重い。頼む兄よ。なんか喋ってくれ。

 

「大丈夫ですジルさん。目立たないように行動しますしマリーさん達も一緒ですから!勿論俺達も。それに危なくなったら逃げますから」

 

祈りが通じたのか兄は見ているこちらが気が抜けてしまうような締まりのない笑顔でそう言ったジルさんもそんな兄にあてられたのだろう。険しい顔が和らいだ。

 

「…絶対。絶対ですよリツカ」

「はい!」

 

兄は元気よく返事をした。

 

 

「ジルさんってジャンヌさんのこと凄く好きだよね」

 

ワイバーンを倒し終えた後、不意に立香がそう言った。彼なりにジルさんのジャンヌへの気持ちが気になっていたようだ。

 

「生前では共に戦場で戦った仲ですから」

「なるほど。戦友。生死を共にした熱い友情か」

「…友情、かな」

 

思わず口を挟む。立香はきょとんとした顔で私を見た。

 

「何か気になる感じ?」

「うん……や、2人の仲が良いのは良いことだし。ジルさんがジャンヌのこと本当に大事に思っていることは分かるし。ジャンヌもジルさんのこと信頼してるから良い関係なんだろうな、とは思うんだけど…」

《あぁ分かるよ麗香ちゃん。彼は決して悪人ではないけれど。ジャンヌ・ダルクへ向けた彼の思いは、友情というよりは盲信に近い。今はまだ良いけれど。あのままいってしまうと………いや、いってしまったから、きっと彼は…》

「ドクター、何か知っているの?」

《……。ジル・ド・レェは、百年戦争で戦った優秀な騎士だった。けれど彼はその後の行いの方が有名だ。大量殺人貴族としての方がね》

「え…?」

 

聞こえた言葉に驚いた。大量殺人。あの優しいジルさんが。人を守ろうとしているジルさんが何で。横目でジャンヌを見る。彼女も驚いていた。

 

《ジャンヌ・ダルクの死後、彼は道を踏み外してしまうんだ。彼はジャック・ド・フゥベーに殺されるまでの約3年間非道な行いを繰り返していたという》

「なんで。そんな…」

《……その行動の理由は分からないけれど、ジャンヌ・ダルクが処刑されていなかったら彼は道を踏み外すことはなかったと言われているよ》

「…。そうですか」

 

ジャンヌが小さな声で言う。彼女になんて声をかければいいか分からなくて私はただ彼女を見つめていた。

 

「ジャック・ド・フゥベーさんは、ジャンヌさんの知っている人?」

 

兄が聞く。ジャンヌは暫く考えてから首を横に振った。その反応に何故かロマンがえ?っと驚いた。

 

《…あぁ!そうか。今ここにいるジャンヌは復権裁判の内容を知らないから》

「復権裁判?」

《ジャンヌ・ダルクの復権裁判だよ。ジャンヌ・ダルクはイングランドに異端審問にかけられ魔女とされてしまった。フランス国王シャルル7世は戦後、復権裁判を行い彼女の名誉を取り戻したんだ。その際フランスを勝利へと導いた英雄ジャック・ド・フゥベーの正体が明らかに…ってあ!サーヴァント反応だ!物凄い勢いでこちらに向かってきている!》

 

「こんばんは皆さま。寂しい夜ね」

 

ドクターの慌てる声に被せるように彼女は突然現れた。

 

「何者ですか貴方は」

 

ジャンヌが問う。

 

「そうね。私は何者かしら。聖女たらんと己を戒めていたのに、こちらの世界では壊れた聖女の使いっ走りなんて」

「壊れた聖女…」

「けれど、そうね。信じます。きっと私はこの為に遣われたのだと」

 

ビリビリと身体が痺れる。戦ったことなんて、ないけれど。それでも分かる。このサーヴァントは明らかに強い。

本能が告げる。逃げるべきだと。

 

「ッて、てったい」

「させないわ。ライダークラスの私相手に逃げ切れると思わないで」

「ッ…!」

「麗香、大丈夫です」

「ジャンヌ…?」

 

ジャンヌはにこりと微笑み、震える私の前に立った。

 

「皆います。恐れる必要はありません」

「えぇ。いいわ。戦いましょう…!ジャンヌ・ダルク!!我が真名はマルタ!」

《マルタ…!?聖女マルタか!?気をつけろ皆!彼女はかつて竜種を祈りだけで屈服させた。つまり彼女はライダーとして最上位のドラゴン・ライダーだ!!》

「なっ……!?」

 

それは突然現れた。ワイバーンよりもずっと巨大で、恐ろしいドラゴン。一言鳴くだけで地面を揺らすほどの威力。

 

「この身は狂気に侵されし バーサーク・ライダー…!!さぁ殺し合いましょう!!」

《あぁそういうことか!この異常な強さは!皆!彼女は今狂化がかけられている!本来なら聖女マルタに狂化なんてかけられないはずなんだけど、おそらく聖杯の力で無理矢理》

「狂化って何!?」

《その名の通り英霊に狂気を付与する能力さ。狂化を受けた英霊は凡そ全ての能力が底上げされる!けれどその代わりに理性を奪われマスターの言いなりになってしまうんだ》

「じゃ、じゃああの人は無理矢理戦わされてるってこと…?どうにか出来ないのドクター!」

《無理だ…それこそ聖杯レベルのものがない限りは》

「ッ…!!こんなの、あんまりじゃないか!!」

 

兄が叫ぶ。敵であるサーヴァントの状況に彼は悲しんでいた。

 

「…それでも戦わなければ前に進めぬのなら、倒します…!!」

 

ジャンヌは真っ直ぐサーヴァントを見据え、旗を構えた。

 

「えぇ。そうこなくてはね。私のなけなしの理性が残っているうちに一気に決めましょう」

「魔力反応増大!?宝具です!マスター!!」

 

マシュは立香の前に立ち、盾を構えた。

 

「主が5日目に作りたもうたリヴァイアサン。その仔にして数多の勇者を屠ってみせた凶猛の怪物。今は私と共にあるタラスク。愛しらぬ悲しき竜」

 

ゴウ、と耳を覆いたくなるほどの輝く音を聞いた。それと同時に巨大な竜 タラスクの身体が白く変化し

 

「太陽に等しく沸る熱を操り今ここに!!」

 

彼女の声に応えるようにタラスクは凄まじい音とともに空へと飛んだ。

 

愛知らぬ哀しき竜よ(タラスク)!!!

 

そして、真っ直ぐ私達目掛けて襲いかかってきた。

 

「マシュ!」

「はい!皆さん私の後ろに下がってください!!」

「いいえ。マシュ。ここはどうか私に譲ってください」

「えっ、でも…」

「私の宝具も貴女と同じく攻撃を防ぐ類のもの。それに、彼女は私に言いました。戦いましょうと。であればこれは私が受けるべきです。どうか」

「分かった。助かるよジャンヌさん。俺もマシュには無理してほしくなかったんだ」

「ま、マスター…」

 

兄はニコリと笑いマシュを下がらせた。ジャンヌも微笑みで返し今もなおこちらへ襲い掛かろうとしているタラスクを見つめた。

 

「主の御業をここに」

 

ジャンヌは旗を掲げた。真っ白なその旗はとても美しかった。

 

「我が旗よ。我が同胞を守りたまえ」

 

我 が 神 は (リュミノジテ)こ こ に あ り て(エテルネッル)

 

瞬間、真っ白な光が全てを包んだ。

 

 

 

「ぁ…っ!」

 

気がついた時にはジャンヌの旗がマルタを貫いていた。ジャンヌの身体はマルタの血で染まっていた。

 

《聖女マルタの霊格を貫いた…藤丸君達の勝ちだ!》

「……ごめんなさい。ジャンヌ・ダルク。血で…汚しちゃったわね。代わりに…少しだけ……教えてあげる…から」

 

霊格を貫かれたことで狂化が解けたのか、マルタはゆっくりと話してくれた。リオンへ行けと。空の竜をどうにかしたいのであればリオンにいるドラゴンスレイヤーへ会いに行けと。

 

「聖女マルタ…貴女は」

「そんな顔しない…良いのよ。これで、良いの……全く」

 

彼女の身体が消滅していく。けれど彼女は出会った頃よりもずっと穏やかな表情だった。

 

「聖女に…虐殺させるんじゃ、ないってぇの…」

 

その言葉を最後に彼女の身体は光となり、完全に消えた。

 

 

「というわけで、明日はリオンに行く予定です」

「なるほど。聖女マルタが。あのようなお方でもお目にかかることができるとは…」

「狂化されていたので、あれは本当のマルタさんじゃないんでしょうけどね…いつか本当のマルタさんと出会えたらいいなぁ」

 

夜。再びラ・シャリテのジルさんの砦へと戻った。彼は無傷のジャンヌを見て安心していた。それから私達を見て怪我がなくて良かったと言ってきた。あれは完全にジャンヌのついでに慌てて確認した感じがした。まぁ良いんだけど。

 

「サーヴァントとは素晴らしいですね。亡くなった人に再び会うことができるとは」

「正確には亡くなった人っていうより英雄になった人、らしいんですけど…だから架空の人物も呼べるらしいんです」

「な、なるほど…では、君が昨日紹介してくれたフランスの王妃というのは」

「マリーのことですか?マリーは実在した人ですよ…」

 

言いながらあれ、と思った。マリーは日本じゃ大人気なんだけど、何でフランス人のジルさんが知らないんだろう。

 

《マリー・アントワネットはこの時代より後の人だからね…ジル・ド・レェが知らないのは当然だよ》

 

そんな私の疑問に気付いたのかドクターがフォローに入ってくれた。

 

「あぁなるほど!だからマリーはジャンヌのことを憧れの人って言ってたんだ」

《彼女の時代にはジャンヌ・ダルクが聖女であるって認められているから。嫁ぎ先の女性の英雄は特別な存在に思えたんだろう》

「……ジャンヌも、死んでしまったんですね…」

 

沈んだ声に思わず口を閉ざした。悲痛な顔の彼になんて言ったらいいか分からず黙ってしまった。

 

「いやなに…分かってはいるんです……私は彼女の死に際に立ち会えなかったけれど。彼女が火にかけられた時の悲鳴を今でもよく覚えているから」

「ジルさん……あの」

「目を閉じれば、いつも聞こえてくるんだ……彼女の、火にかけられた時の悲鳴が」

 

目を閉じながらジルさんは言う。彼の耳には私達では想像できないほど悲痛の声が聞こえているのだろう。ジルさんはゆっくり目を開け遠くでマリーと楽しそうに話しているジャンヌを見つめる。

 

「あんな風にしている彼女を見ていると、彼女があんな惨い思いをさせられたことを忘れられそうだ」

 

穏やかな瞳のその中に見てはいけない何かがあった気がした。

 

 

「恋バナをしましょう!!」

 

突然キラキラした声が耳に飛び込んできた。

 

「…マリー?」

「恋バナをしましょう麗香!こんなにも女の子がいっぱいいるんだもの!恋バナがしたいわ!女子トーク!」

「い、良いよ…?」

「本当!?ありがとう!じゃあ後で私とジャンヌのお部屋で女子会しましょうね!絶対よ!」

「う、うん」

 

マリーの勢いに押されるがまま返事をする。マリーは満足したのかジャンヌの元へ帰っていった。2人は仲良く廊下を歩いて行った。多分部屋に戻って女子会のための準備でもするんだろう。

 

「おーい麗香ー、マリーさんが探してたよー。あれ、ジルさんと一緒だったんだ」

 

手を振りながら立香がやってくる。珍しくマシュがいない。

 

「女子会するから来てほしいって言ってたよ。興味あったら2人の部屋に来てって」

「あぁさっきマリーから聞いたよ」

「あ、そうなんだ。そういえばさっきマシュと話していたんだけど多分、はぐれサーヴァントにジャック・なんとかっていう黒騎士がいる可能性が高いって。さっき兵士さんに聞いたんだけど身内相手でも歯向かう人には皆殺しにするような人なんだって」

「こっっっっわ…黒騎士って、ドクターが怖がっていた人かぁ」

 

クラスは何だろう。怯えるほど怖い人ならバーサーカーなのかなぁ。どのクラスでも良いけれど会話が通じるタイプがいいなぁ。

 

「とりあえず今の話マリー達にも伝えておくね」

「頼んだ!」

 

「…今、なんと」

 

ニカっと笑う兄に笑い返すと隣から低い声が聞こえた。あまりに低すぎて私も兄も聞き取れず、何ですか?と2人して聞き返していた。

 

 

「今、なんと、言った」

 

ジルさんの顔が険しくなった。あまりの変化に声が出なかった。

 

「ひぇっ…ま、マリーさん達が麗香と、じょ、女子会を…」

「黒騎士と、言ったか。あの男が、サーヴァント……ジャンヌと同じ、英霊としてこの地にいると…?」

「へ?…あ、はい。もしかしてお知り合い、だったり?」

 

ジルさんが立香を睨みつける。とんでもない殺意を込めて睨むものだから震え上がった。何で怒られてるのか分からなかった。きっと黒騎士っていう人がジルさんにとって良くない存在なんだろうけど…それ以上のことは分からなかった。一体何があったんだろうか。

 

"ここで彼の話は控えましょう。彼は、その…この時代の人にあまり良くないイメージを抱かれている可能性が高いので"

 

…マシュやドクターにちゃんと聞いておけば良かった。今更ながら後悔した。

 

「……サーヴァント。あの男が、この地に2人……悪夢か、これは」

「…ジル、さん?」

「私は野暮用ができましたのでこれで。失礼します」

 

ジルさんは血走った目で廊下を早足で歩いていく。

 

「…あぁ、そうだ」

 

かと思えば突然歩みを止め振り返りこちらを見た。変わらず目が血走っていて怖かった。

 

「もし黒騎士と名乗る男が現れたらすぐに逃げるように。あの男の言う事に耳を貸さないように。いいですか。味方になるなんて思ってはいけない。決してあの男を信用してはいけない」

 

「あの男は、ユダなのだから」

 

地の底から這い上がったような。そんな恐ろしく低く憎悪に満ちた声。顔。それらを見て私は恐怖のあまり呼吸の仕方を忘れた。

 

 

「私なんて思春期真っ只中ですから恋とか愛とか大好きでたまらないの!」

「な、なるほどね…」

 

ジャンヌ&マリー部屋にて。マシュ、清姫、エリザベート、私が2人の部屋にお邪魔していた。マシュとジャンヌは戸惑っているようで少しおどおどしている。

 

「ねぇエリー?話してくださらない?生前の恋の話とか」

「生前…は、結婚してたけど……。今のアタシはその前の姿だし。でも一度だけ、あったかな。ここじゃない、どこかで」

 

恥ずかしそうに、けれど楽しそうにエリザベートは話す。

 

「では私もお話ししましょう。生前まさに燃えるような恋をしました」

 

清姫も照れながらも話してくれた。

 

「お相手は安珍様という旅の僧侶の方。私一目で好きになって思いを伝えました。断られてしまいましたが安珍様は再会を約束してくれました。ですが安珍様は会いに来てくださらなかった。私を恐れ逃げたのです。嘘をつき裏切ったのです」

 

「だから私、追いかけました。追いかけて追いかけて」

 

「悲しみで怒りで憎しみで、いつの間にか私、竜になっていました。そして追いついた先の御寺の鐘に隠れた安珍様を竜の火炎で鐘ごと焼き尽くしたのです」

 

すごい。圧倒的恋バナ(これ)じゃない恐ろしいエピソードが出てきた。

 

「それじゃないわよ!もっとポップでキュートなのにしなさいよ!!」

「失礼な!!逃げ惑う安珍様はキュートでしたわ!!」

「レイカは恋したことありまして?」

 

マリーがにこやかな顔でこちらに話題を振ってきた。

 

「あー…まぁ。これでも女子高生なんで」

「まぁ!まぁまぁまぁ!!」

 

キラキラと王妃の目が輝く。期待してもらっているところ申し訳ないのだけれど本当に普通の恋愛しかしたことがない。告白してもらって付き合って。遊園地とか水族館とか行くデートをして。という如何にもな定番を何回か経験しただけだ。

 

「十分素敵よ!!やっぱり恋って素敵だわ!!」

「あ、はは…ご期待に添えたようで何より。あ、ジャンヌは?」

 

これ以上追求されると面倒なことになりそうだなぁと思ってジャンヌに聞くと彼女はまだ戸惑っていた。その顔を見てからしまったと思った。この子私とそんなに歳変わらないのに国救った子なんだから、きっと恋愛なんてしている余裕なんてなかったのだろう。咄嗟に謝りたい衝動に駆られたけれど、それもそれで失礼な気がして何も言えなかった。

 

「…私は……私の場合は。なんと言いますか……ええっと、失恋しか、経験が……」

 

けれど私の予想を裏切って彼女はおずおずと己の恋愛談を話した。聞こえた単語に私は驚愕した。

失恋!?こんな可愛い子が!?こんなスタイルのいい子が!?一体どこのどいつだ非の打ち所がないこの子をフリやがった男は。どんな価値観してんだソイツ。信じられない。

 

「失恋は、苦しいものね…えぇ。えぇ。分かるわ」

 

マリーが本当に苦しそうな表情でジャンヌに寄り添う。ジャンヌは困った顔で笑っていた。

 

「確かに苦しいものでしたし…胸がとても痛くなりましたけど。でも私は最期に恋をしたことを誇りに思ってます。この人生にも。おそらく私が捕まらなければ彼とは会うことができず。この恋が芽生えることもなかったでしょう」

「え……」

 

思わず声が出る。私が捕まらなければ彼とは会うことができなかった、って、それって…ていうことは。

 

「……敵兵、だったの?」

 

聞いていいか迷った末聞いた。小声になってしまったのは申し訳なさがあったからだ。ジャンヌは穏やかな表情で頷いた。

 

「それは…」

 

なんと言っていいか分からず私は目を泳がせた。一体どうして敵に恋をしてしまったのか謎だけれど。きっと戦場で生きるもの同士何か通じ合う部分があったのかもしれない。そこまで考えて、私はあれ、と思った。

 

”おそらく私が捕まらなければ彼とは会うことができず。恋が芽生えることもなかったでしょう”

 

捕まらなければ会えない、ということはジャンヌとその敵兵は、戦場では会っていない…?

 

「私の恋は皆さんが思っているほど悲劇というわけではないですよ。私は彼に恋をし、彼には想い人がいましたが…それでも彼は恋とは別の形で私を愛してくれていたと思います」

「……そっか」

 

そういうのって余計に辛くなるやつだよなぁと思いつつも。余計なことは言わず私はそれ以上の追求をやめた。

 

「…マリー。マリーの恋バナが聞きたいな」

「あら」

 

私はマリーに笑いかける。マリーはニコリと微笑んでくれた。

 

「では初恋の話を…あれは私が7歳。彼がまだ6歳だった頃シェーンブルンでの演奏会で私たちは出会ったの。緊張していたのかしら。彼は床に滑って転んでね。私が手を差し出すとキラキラした目で見つめてこう言ったの。”ありがとう素敵な人。もし貴女のように美しい人に結婚の約束がないのなら僕が最初でよろしいですか?”そう言ってくれたの!あんなにときめいたのは生まれて初めてだったわ!」

「それでそれで!彼とはその後どうなったの!!?」

「それっきり何も。7年後には私は結婚してしまった」

「そっかぁ…」

 

聞きながら切なくなる。マリーは王族だからきっと決められた相手と結婚したのだろう。たとえその初恋の人と結ばれたくても叶わなかったのだろう。

 

「でもね、その彼とは皆もう会っているわ」

「え……」

 

全員が固まった。それはそうだろう。だって、マリーと同じ時代の人で召喚されているのは。

アマデウスしか、いないのだから。

 

「それって、まさか…」

「うふふ♪」

 

マリーが恥ずかしそうに、けれどそれ以上に楽しそうに微笑む。それが答えだった。

その後全員の驚きの声が響き渡ったのは言うまでもない。

 

 

「あぁそうだ。皆に共有しないといけないことあるんだった」

「共有?」

「うん。多分はぐれサーヴァントに黒騎士がいる可能性高いって」

 

ジャンヌの顔が驚きに染まった。

 

「あら、そうなのね。こんな状況だもの。呼ばれるのはジャック・ド・フゥベーね……彼はこの時代を生きているはずなのだから、2人いるって事になるのかしら」

「……ジャック・ド・フゥベー」

「あ、やっぱりマリー知ってるんだ」

「勿論よ」

 

マリーはニコリと微笑む。

フランスの悪魔って呼ばれているくらいだからフランスの英雄だもんね。ジャンヌ達より後の時代のマリーが知ってるのは当然か。

 

「敬愛している方だもの。彼のことを裏切りの英雄、だなんて呼ぶ人もいるけれど。私は彼の事を心から尊敬しているわ」

「裏切り…」

「そうなんだ…ドクターは黒騎士のことを悪魔って言っていたけれど」

「え…」

「あぁそうね…そう呼ぶ人もいるわ」

 

裏切りの英雄とも悪魔とも呼ばれているってことか。裏切り行為を悪魔って言われているってことかな。ふぅんと納得し、ふと横を見るとジャンヌが驚愕の顔をしていた。

 

「…ジャンヌ?大丈夫?」

「……。はい……えぇ。そう…ですか。彼は、後世の方に、そう呼ばれてしまうんですね」

 

ジャンヌが目を伏せる。悲しんでいると誰が見ても分かった。

 

「……ジャック・ド・フゥベーは、ジャンヌ・ダルクの幼馴染でした」

 

困惑した私にマシュが小さな声で教えてくれた。

 

「彼自身はフランスで生まれフランスで育ちましたがイングランド派の父の影響を受けイングランドにつきました。ですがジャンヌ・ダルクが亡くなるとフランスへつき、フランスを勝利に導きました。ジャック・ド・フゥベーはフランスを勝利に導いた際の彼の名前です」

 

イングランド派の父…。何でお父さんがイングランド派だったんだろう?敵国の味方をするなんて、そんなのあっていいんだろうか。

 

「彼が何故フランス側へついたかの理由は定かではありません…彼の立場であれば絶対にイングランド側に立つべきでしたし彼がフランス側につくメリットはありませんでした」

「じゃあ何で」

「これはあくまで仮説の域を出ない話ですが、ジャンヌ・ダルクの審問を最後に担当したのは彼です。彼はジャンヌ・ダルクと会話したことで感化されたのではないかと言われています」

 

おそるおそるジャンヌを見る。ジャンヌは真剣な顔でマシュの話を聞いていた。

 

「そう、なのですね」

「…ジャンヌ」

「私は…彼について、あまりにも何も知らなかったのですね……彼の父とは何度も話したことがあったのにイングランド派だったなんて今、初めて知りました」

 

ジャンヌはぎゅっと拳を握った。

 

「どうしてイングランドの騎士になっていたのか。その後どうしてフランスに帰ってきてくれたのか…その全てを私は知りません。私に感化されてという話も正直、腑に落ちません」

 

寂しそうな表情でジャンヌは語る。

 

「…悔しいものですね。私の人生はほぼ全て彼と共にあったはずなのに。彼のことは何でも知っている自信があったのに。私は彼のことを何も分かっていなかった」

「ジャンヌ…」

 

ジャンヌはどこか遠くを見つめて呟く。私はなんと声をかけていいか分からず目を泳がせた。マシュも困った顔をしていた。

 

「あら。なら、これから分かればいいのではなくて」

「え…?」

「この特異点に彼は2人いるのでしょう?会話する機会も2倍に増えているのだから知らなかったこと、分かっていなかったこと。いっぱい彼に教えていただきましょう」

 

ね、とマリーはジャンヌの手をとる。ジャンヌはマリーの勢いにおされるがまま頷いた。

もう時間が遅くなっていたこともあり、その日の女子会はそこで解散されることとなった。女子会自体はまた不定期に開催するから是非来てほしいとマリーに言われた。

 

 

「黒騎士かぁ…」

 

与えられた自室で1人呟く。

フランスの兵士さんがいうには、身内相手でも歯向かう人には皆殺しにするような人で。

ジルさんがいうには、信用してはいけないユダで。

マリーがいうには、敬愛している人で。

ジャンヌがいうには、ずっと一緒にいたはずなのに理解できなかった人で。

マシュがいうには、イングランドにいたけれどフランス側についた裏切りの英雄で。

ドクターがいうには、フランスの悪魔。

 

……なんだかよく分からない。嫌な評判ばかりなのが気になる。はぐれサーヴァントの彼と出会った時ジャンヌやマリーのように快く仲間になってくれるかどうか怪しい。裏切り者らしいし仲間になってくれてもその後、裏切られる展開も考えておかないといけないよなぁ。うーん、楽観的に考えても今までのようにすんなり仲間に、とはならないんだろうなぁ。

 

「でも、そうはいっても進む以外道ないもんなぁ…」

 

とりあえず、やるべき時に備えて今はゆっくり眠りにつこう。そう思い、私はベットに入り眠りにつく。

 

 

数日後、どうして黒騎士が悪魔と呼ばれているのか。その理由を嫌でも思い知らされることになるとは知らずに眠気に身を任せていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

Jeanne Alter - 2

 

「バーサーク・ライダーが討たれましたか……まぁ良い。代わりのサーヴァントを喚びましょう。それよりもキャスター。あのセイバーまだ生きているようですが?私は殺せと命じましたよね?何故、殺さなかったですか?」

「あは、ジャンヌちゃんすっごい怖い顔するねぇ。怒ってるの?」

 

明らかにこちらを挑発する物言いに苛立ち彼を睨む。彼はニコニコと楽しげに笑うだけだった。それが余計こちらの神経を逆撫でした。

 

「命令は守ってるよ。心配しなくてもいずれ死ぬさ。なんていったって、いっぱい呪いをかけてあげたんだから。あれだけの英雄が民衆の悲鳴を聞きながら呪いに苦しむことしかできないんだ。あっはは!最高に好いシナリオだと思わない!?彼は死ぬよりずっと辛い思いをするんだよ。聖処女が凌辱されるのと同じくらい辛い思いをね!!」

「……セイバーが死ぬよりも先に貴方を殺してあげましょうか」

「怖いなぁジャンヌちゃんは。でもいいね真っ黒で。そんな風に歪んだ君を見れて僕はとても嬉しい」

 

…本当にこのキャスターは何を言っても楽天的に受け止める。なんて疲れる英霊なんだろうか。

 

「まぁいいです。ちゃんと死ぬのであれば今回だけは不問とします。それよりキャスター。私をパリへ連れて行きなさい」

「パリ?」

「えぇ。あの男の行き先がパリなのだから。ここから千里眼であの男を見てもあの忌々しい兜のせいでその素顔が見れない。であれば、無理やりその兜を引き剥がしに行けばいい。命令です。2人目のキャスター。私を彼の元まで案内なさい」

「あっは!いいね!いいね!最っ高だよその命令!流石ジャンヌちゃん!!」

 

キャスターは大袈裟に喜んだ。本当にやりずらいったらありゃしない。

 

「いいとも!ベストなタイミングで君を彼の元へ連れて行くよ。あぁ楽しみだなぁ。彼、どんな顔を見せてくれるのかなぁ」

「適度に遊ぶのは構いませんが……手を下すのは許しません。あれは、私がこの手で殺すと決めているのだから」

「勿論だよ。君の復讐を邪魔するだなんて、そんな無粋な真似はしないさ」

 

にぃっとキャスターは笑う。歪な笑みだった。キャスターは水晶に映され続けている黒い鎧の男に視線を移す。

 

「ようやく出会えるんだね僕たち」

 

まるで愛しい恋人と運命の再会を果たしたかのように。キャスターは頬を褒め嬉しそうに微笑んだ。

 

「嬉しいよジャック。僕はずっとずっと、この時を待っていたんだよ」

 

 

 

「君の心が壊れる瞬間をずっと見たかったんだ」

 

 

 




【カルデア陣営の主なメンバー】
・ぐだーず
・マシュ
・ジャンヌ
・マリー
・アマデウス
・清姫
・エリザベート
・ジル

【竜の魔女陣営のメンバー(現時点での情報)】
・ジャンヌ(竜の魔女)
・ジル(キャスター)
・聖女マルタ(ライダー)
 →消滅
・2人目のキャスター


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第3話 1431年6月17日

ぐだ子視点です。


Reika Fujimaru - 3

 

黒騎士 ジャック・ド・フゥベー

兵士さんが言うには、身内相手でも歯向かう人には皆殺しにするような人で。

ジルさんが言うには、信用してはいけないユダで。

マリーが言うには、フランスを救った救世主で。

ジャンヌが言うには、ずっと一緒にいたはずなのに理解できなかった人で。

マシュが言うには、イングランドにいたけれどフランス側についた裏切りの英雄で。

ドクターが言うには、フランスの悪魔。

 

なんだかよく分からない人だと思っていた。けれど今はっきりと分かった。

 

 

「君達が選べ」

 

私は思った。もし、この黒い鎧の騎士がドクターの言う黒騎士なのだとしたら。

確かに史実通り、この人は悪魔だと。

 

 

 

 

その日はリオンからラ・シャリテへ戻った日の翌日だった。聖女マルタに言われた通りリオンへ行ったけれどサーヴァントはいなかった。もうどこかへ移動してしまったようだ。絶対に帰ってくるようジルさんに言われているので一旦ラ・シャリテへ帰り翌日に作戦会議をしようという話になっていた。つまり今日はその作戦会議の日だった。

 

「リッシュモン大元帥から連絡が」

 

その日も朝早くからジルさんや兵士さん達は働いていた。私は硬すぎるベッドのせいで早起きする習慣になっていた。

 

「門は開けないと伝えたはずだろう」

「いえ。今回は別の要求でして」

「……言ってみなさい」

「はい。”こちらの条件を呑むのであれば白旗を掲げよ”と」

「どういう意味だ…白旗…?」

 

「元帥。昨夜の件どうされますか?」

「物資補給の件か。あの後どうなった?」

「監視を続けていますが変化はありません。物資と見て間違いないかと」

「何故あのような場所に…まぁいい。ちょうど尽きてきた頃だ。午後回収に向かおう」

 

ジルさんは真剣な顔で兵士さん達と会話している。これは流石に邪魔しちゃダメなやつだ。挨拶は後でしよう。私はなるべく足音を立てずに廊下を歩いていった。

 

「レイカ!おはようございます」

「ジャンヌ、おはよう」

 

少し歩いた先にジャンヌがいた。朝から太陽のように輝かしい笑顔で彼女は微笑む。とても寝起きが悪い子とは思えない…本当に寝起きが悪いんだろうか?もし私がサーヴァントになっても朝からこんな素敵な笑顔はできないと思う。

 

「あれ。マリーは?一緒じゃないの?」

「はい…少し気になることがありまして」

「気になること?」

 

ジャンヌは曖昧に笑い空を見上げた。

 

「前にもお伝えした通り今の私はサーヴァントとしてとても未熟です。主の啓示も…分からない。ですから、これはただの私の勘なんですが……嫌な予感がして」

「嫌な予感…って」

「ただの勘です。けれど私の勘は思いの外よく当たる。だから気になってしまって」

 

私は彼女と同じように空を見上げる。晴天だ。いい洗濯物日和だと思う。嫌な予感なんて全く感じない。

 

「気のせいかもしれませんね。他にも気になることがあったので。少し気持ちが沈んでいたせいかもしれません」

「気になることって」

 

「ジャンヌ。それにレイカも」

 

綺麗な声が聞こえた。マリーだ。彼女はニコニコと微笑みこちらへ歩み寄った。

 

「おはようマリー」

「えぇおはようレイカ。ジャンヌも……あら、どうしたの。怖い顔して」

「えっ!怖い顔、していましたか…?」

「ごめんなさい。言い過ぎたわ。怖いというより真剣といった方が正しいわね。でもダメよジャンヌ。眉間に皺を寄せては。折角こんなに可愛い顔をしているのに」

「あ、あの。マリー…ッ!」

 

マリーはジャンヌの額に自身の額をくっつける。あまりの近さにジャンヌの顔が赤く染まった。マリーはそんな初心な反応のジャンヌを見て、ふふと笑った。とても百合百合しい。美少女2人のこんな姿は目の保養だ。助かる。

 

「何かあったの?」

 

マリーはゆっくりと離れる。それでも、これからキスするんですかって聞きたくなるほど近いけれど。

 

「…少し考え事を」

 

ジャンヌは開いた距離に安心し、いつも通り平然と会話を続ける。普段のジャンヌだったらまだ赤面していそうだけど。さっきがあんまりにも近すぎたから感覚が麻痺しているのだろう。

 

「竜の魔女のこと?」

「はい……本当に何一つ身に覚えがないのです。フランスやイングランドに憎しみを抱く理由が私には分からない」

 

マリーはじっとジャンヌを見つめ彼女の言葉を聞いていた。

 

「うん。やっぱりジャンヌは綺麗よね」

「何でそんな!?か、からかわないで下さい!」

「いいえ真実よ。だって、もし私がジャンヌの立場だったら竜の魔女の話を多分受け入れているもの」

「…マリー…?」

 

ジャンヌは困惑した表情でマリーの言葉を待った。

 

「私は私を処刑した民を憎んでいません。それは9割の確証を持って言えます。けれど残り1割……もしかするともっと小さなものかもしれないけれど。私の子供を殺した人達を少しだけ憎んでいる」

「…!!」

「だから納得できる。”フランスに呪いを!”と言われても納得できてしまう」

 

イングランドを憎んだりしないでしょうけど。とマリーは付け加えた。

 

「でもジャンヌはそうじゃないのでしょう。人間が好きなのよね?」

「えぇ。大好きです。好きだから恨めるはずもなかった」

「そう思えるのはね、貴女が綺麗だからなのよ」

「それは…。そう、なのでしょうか…?」

「えぇ」

 

自信満々に告げるマリーにジャンヌは戸惑い、けれど少しだけ嬉しそうに微笑んだ。

 

《とてもいい雰囲気なところ申し訳ないがワイバーンだ!!》

「ドクター流石に空気読んで」

《い、いやこれ僕のせいじゃないだろ!僕だって後1時間は2人の百合百合しい様子を見ていたかったさ!》

「ゆ、ゆりゆりしい?とはどのような意味でしょうか?」

「ドクターそれセクハラだからね?」

「せく、はら?」

 

生まれたてのサーヴァント状態のジャンヌは聖杯から知識を与えてもらえないせいで、よくこんな風に困惑している。可哀想だけど可愛いし。今回のは割とどうでもいいので笑って誤魔化しておくことにした。

 

「ドクター。立香は?」

《勿論呼んでるよ。すぐに来るはずだ。他のサーヴァント達と一緒に》

「了解。じゃあ立香達が来たらワイバーンを倒しに行こう」

「はい!」

「えぇ!」

 

マリーとジャンヌは元気よく返事をしてくれた。その後駆けつけた兄や兵士達と共にワイバーンを倒しにいった。

 

 

「流石に数多くない!?どうなってるのよこれ!!」

 

エリーが不満を漏らす。彼女のいうとおりワイバーンは倒しても倒しても現れた。まさに無限ワイバーン状態。いくら倒せる相手とはいえ連戦となると消耗が激しい。私も兄も魔力の問題でサーヴァントとの仮契約は1人が限界な上に宝具を使われると立つ事すら危うくなる。そのせいで全員宝具は使わずに倒している。流石はサーヴァントといったところだが、いくら何でも数が多すぎて皆の顔にも疲弊の色が見えてきていた。兵士さん達も必死に戦ってくれているけれど如何せん数が多すぎる。どんどん負傷者が増えていっている。これはまずい。

 

《立香君、兵士達を守ろうとしなくていい》

「っでも!」

 

今にもワイバーンに喰われそうになっている兵士達を助けようと走り出した兄へダ・ヴィンチちゃんから鋭い声がとんだ。

 

《前にも言っただろう。その時代で死んではいけないのは君と麗香ちゃんとマシュだけだ》

「だからって!見殺しにしろって言うんですか!!」

《民間人ならともかく彼らは兵士だ。自らの意思でワイバーンと戦うと覚悟を決めた者達だ》

「ッ…!」

《それにこの状況。助けに行ったところでキリがない。立香君、君のその意思は素晴らしい。尊敬すべきものだ》

 

兄は顔を歪ませグッと拳を握った。兄の目の前で人がワイバーンに喰われた。

 

《しかし君の命は重い。それをちゃんと理解してくれ》

「マスター!危ない!!」

「ッ…!?」

 

マシュが兄の前に飛び出し、襲いかかってきたワイバーンの爪を盾で防いだ。

 

「ごめん…ありがとう、マシュ」

「いえ。マスター、私は貴方の指示に従いますから」

「…ッうん、ありがとう…ッ倒そう。ワイバーンを一体でも多く!」

「はい!」

 

兄は兵士さん達を見つめるのをやめ自分が戦うべきワイバーンをグッと睨んだ。

 

「ますたぁ!どうか回復を」

「ご、ごめん。【応急手当】」

 

唯一私と仮契約を結んだ清姫は腕に怪我を負っていた。いかにサーヴァントといえど何十匹ものワイバーン相手に無傷とはいかない。私は礼装に備わっている魔術で清姫を回復させた。

 

「ありがとうございます。ますたぁ」

「いいえ。守ってくれてありがとう。清姫」

「当然です。貴女は私の旦那さま(ますたぁ)ですから」

「……うん?」

 

何だろう。なんか悪寒が走ったような…気のせいかな。私はジャンヌみたいに勘が当たる方でもないし。それよりもこのワイバーンの数、流石におかしすぎる。ラ・シャリテにもワイバーンは来るけれど、いつもはこの1/3以下のはず。なのに何で今日だけこんなに。

 

「っ一体いつになったら終わるのかしら…ッもう!これも竜の魔女の仕業なんでしょうけど、やり方が陰湿よ!!来るんなら本人が正々堂々と来なさいよ!!」

「口を動かす暇があるのなら手を動かしてくださいませ。全く…今日はますたぁとゆっくり過ごす予定でしたのに」

 

そんな予定聞いてないけれど。何きっかけだか全く分からないが清姫は私に好意を抱いてくれているようだ。そんな清姫も流石に息を荒くしている。勿論清姫に限った話ではない。皆まだ戦えるけれど、これ以上は避けたい。サーヴァントでさえ疲れているのだから遠くで戦っている兵士さん達は、もう…。

 

”リッシュモン大元帥から連絡が”

 

その時ふと思い出した。戦いの最中だというのに。

 

”…門は開けないと伝えたはずだろう”

”いえ。今回は別の要求でして”

”こちらの条件を呑むのであれば白旗を掲げよ”

 

「白旗…」

「子ジカ?」

「エリー…ワイバーンって人間でも従わせること、できると思う?」

「召喚したのであればッ従わせることはできるけれど。ただの人間には無理よ。竜を従わせるなんて」

「そう。うん…そうだよね」

 

エリーの言う通り、ただの人間にワイバーンを従わせることなんてできない。でも、そうやって切り捨てるには、あまりにもタイミングが良すぎると思ってしまう。そんな訳ないと思うけれど。けれど、もし。ただの人間以外の何者かがいるのならば。

 

”リッシュモン大元帥から連絡が”

 

竜の魔女ではなく。リッシュモンの方に竜を従えるサーヴァントがいるのならば___。

 

「ッジルさん!!白旗です!!!」

 

私はたまらず叫んだ。ジルさんはカルデアの通信機を持たせている。兵士さん達と連携した動きを取れるようにと随分前に渡していた。

 

《レイカ…?何を》

 

通信機から困惑したジルさんの声が聞こえた。

 

「今朝兵士さんと話していた白旗!あれを掲げないと!!」

《ッ!?貴女はこのワイバーン達が彼の仕業だと思っているのか》

「分からないけれど、あまりにもタイミングが良いから。試す価値はあると思います!》

《……すまないが、それはできない》

 

ジルさんは静かにそう告げた。

 

「どうして…?それでこの状況が改善するかもしれないのにッもうこれ以上兵士さん達が亡くなるのはジルさんだって嫌なはずでしょう!」

《ッどうしても、ダメなんだ…ッ!》

「何でですか!?」

 

「子ジカ!危ない!!」

「ッ!?」

 

ガンッと、目の前で音がした。私を喰おうとしていたワイバーンをエリーが食い止めた音だった。

 

「痛ぅ…っ」

「エリー!!」

 

彼女は私を守るため突っ込んできてくれた。私の代わりに彼女が腹を食いちぎられた。

 

「か、回復を」

《無理だ麗香ちゃん。礼装の魔術は一度使うと暫く使えなくなる…あと少し魔力が貯まるまで待ってくれ》

「待っていたら…このままじゃ皆死んじゃうよ…ッ!」

 

私のせいでエリーが酷い怪我を負ってしまった。そのことが悔しくて。私を喰おうとしたワイバーンが恐ろしくて身体が震える。どうにかしないと。何とかして、この状況を打開しないといけないのに。解決策は分かっている。白旗を掲げればいい。そうすればきっと何かが変わる。けれどジルさんが許してくれない。あぁもう、どうすればいい。どうしてジルさんは白旗を立てることをそこまで嫌がる?どうすればジルさんを説得できる?

 

「っく…!キリがありませんね…このままでは…!」

「ジャンヌ下がって。攻撃を仕掛けます!」

「マリー!えぇ」

 

視界に入ってきたのは私の前で必死に戦う少女達。

 

”……ジャンヌも、死んで、しまったんですね…”

”目を閉じれば、いつも聞こえてくるんだ……彼女の、火にかけられた時の悲鳴が”

 

思い出すのは、ついこの間のジルさんの言葉。

 

”あんな風にしている彼女を見ていると、彼女があんな惨い思いをさせられたことを忘れられそうだ”

 

「……あぁそっか…ジャンヌですか」

 

その言葉を思い出して、私は理解した。

 

「今ジャンヌは竜の魔女と言われている…ラ・シャリテはジルさんが皆を説得してくれたから、ここで彼女をそう呼ぶ人はいないけれど。リッシュモンはきっとジャンヌを竜の魔女だと思うだろうから。だから白旗を掲げたくないんですよね。ここにリッシュモンが来てしまったらジャンヌが危ないめにあうかもしれないから」

《………》

 

ジルさんは何も言わなかった。沈黙は肯定だ。きっと私の考えはあっている。ジルさんが反対する理由は分かった。では、どうすれば彼を説得できるのか。私はそれも思いついていた。思いついてしまっていた。

人の心を利用する悪魔のような解決策を。

 

「ッ……」

 

私は被りを降った。ダメだ。そんなこと。人の気持ちを弄ぶようなこと絶対にやってはダメだ。それは人としてやってはいけないことだ。

 

「マシュ!!っくそ…ッ礼装の魔術が使えていれば…!!宝具を…!!!」

《ダメだ立香君!今の君の状態で宝具を使えば君の命に関わるかもしれない!それだけは絶対に避けなければならないんだ!!》

「っ畜生…!!じゃあどうすれば良いんだ!!!」

 

立香が泣きそうな顔で地面を殴る。ワイバーンの攻撃をマシュが耐える。遠目で見ていても肩で息をしているのが分かる。もう、あの子も限界だ。

 

「………ジルさん」

 

私はもう一度通信機でジルさんを呼ぶ。

 

「白旗を掲げましょう。でないと…」

 

これは、やってはいけないことだ。人として、人の感情を弄ぶようなことはしてはいけないんだ。そう認識した上で私は彼に言う。

 

「ジャンヌがワイバーンに喰われてしまうかもしれません」

《ッ…!?》

 

通信機越しに彼の動揺する声が聞こえた。私は彼に考えさせる暇を与えぬようすぐに次の言葉を言った。

 

「私達では彼女を召喚することはできません。もしここで彼女が殺されてしまえば、もう2度と彼女に会えなくなるんです」

 

だから、ねぇ。ジルさん。

私は話しかける。この状況を打開するために。彼を説得するために。

 

「白旗を掲げましょう。ジャンヌを助けるために」

 

手段を選ぶのをやめた。

 

《………ッーー!!!》

 

胸が痛い。罪悪感で心が押し潰されそうだ。私は、ごめんなさいと謝りたくなる衝動をグッと堪え彼の言葉を待った。

ジルさんは、白旗を掲げる選択を選んだ。

 

 

《まさか竜の魔女ではなく別の勢力だとはね…麗香ちゃん良くわかったね》

「…うん。ほとんど勘だったんだけどね」

 

白旗を掲げてから徐々にワイバーンの数が減っていった。少しずつの変化だったけれどダ・ヴィンチちゃん達はワイバーンの離脱が見えていたようだ。白旗を掲げてから2時間。ようやくラ・シャリテからワイバーンがいなくなった。もう夕暮れだ。朝から戦っていたから、きっと8時間くらい休憩なしでワイバーンと戦っていた。兵力はおよそ2割失い3割負傷している。サーヴァントは全員回復し問題ないようだけど流石に8時間は疲れたらしい。全員疲弊していた。

 

「勘であったとしても…いえ。だからこそ決断できたレイカは素晴らしいと思います」

 

ジャンヌは笑顔でそう言った。罪悪感でズキリと胸が痛む。彼女は知らない。ジルさんに白旗を掲げさせるため私が彼女とジルさんの絆を利用した事を。だから私に微笑みかけてくれる。……言ったら間違いなく軽蔑させるだろう。

そして今私が自分の選択に後悔していないことも彼女は許せないだろう。

 

「本当に…竜の魔女じゃなくて。軍の人達がやったことなんだな」

 

ボツリと立香が呟く。

 

《おそらくリッシュモン軍が召喚したサーヴァントの仕業なんだろう。ワイバーンが我々を襲うよう軍が仕向けたと考えて間違い無いね》

「何で…ッ!ジルさんと同じ軍なんだろ!何でこんなことをしたんだ!!仲間が、殺されたんだぞ!!?」

「…真意は分からないけれど多分、支配下におきたいんだと思う」

「支配下?」

「リッシュモンはジルさんに条件を呑むのであれば白旗を掲げろと言ったの。絶対服従ってことでしょ、それ」

「支配するためだけに、あれをやったのか…?同じ仲間をワイバーンに喰わせたっていうのか…ッ!!」

 

立香の顔が怒りに染まる。目の前で兵士さん達がワイバーンに殺される瞬間を何度も見た彼はどうしても許せないのだろう。同じ仲間である人間がこんな残酷な選択をしたことを兄はどうしたって受け入れられない。私も同意見だ。どうして同じ人間同士でこんな惨いことが起こってしまうんだろう。

 

「リツカ。レイカ。あなた達はサーヴァントと共にどこかへ身を潜めてください……いや、ここから逃げてください。リッシュモンがくる前に」

「それはできません。俺はこんな事をした、そのリッシュモンって人をどうしても許すことができない。せめて、どうしてこんな事をしたのか。その理由を聞くまでは絶対に」

「…気持ちはわかります。ですが逃げてください。彼がここへ来てはジャンヌが」

「私なら大丈夫です。私も彼と同じくリッシュモンに問わねばなりません。彼が望んでワイバーンを襲わせたとは思えない……何か、あるはずです。彼がこの選択をした理由が絶対に」

「しかし!危険です!彼は私よりも強い…彼の軍も他とは練度が違う。我々で貴女をお守りしようとしても……ッ」

「ジル。私は貴方に守ってもらいたいと思ったことはありません」

「ッ…!」

「ジルさん。お願いします」

「リツカ…?」

 

兄は頭を下げた。ジルさんは困惑した顔で兄を見た。

 

「どうかここに残らせてください。お願いします!」

「………。ここで私が何を言っても、きっと貴方は動かないのでしょうね」

 

ジルさんは大きくため息を吐いた。兄は頭を下げたままだった。

 

「……明日の朝は広間にいてください。きっと彼は明日ここへくるでしょうから」

「!ジルさん…!ありがとうございます!」

 

兄は顔を上げ微笑んだ。ジルさんは困った顔で笑い返した。

 

「とりあえず夕食にしましょう。皆戦い続けで空腹です。もう食料も残り少ないですが…」

「それならカルデアから支給された食料を使ってください」

「レイカ…しかし、それは貴方達の大切な」

「制限はありますが追加物資を送ることはできるみたいなので。皆で食べましょう。いいよね立香」

「うん。今日はいつもより贅沢に使ってしまおうか。こういう時こそいっぱい食べないと」

「そうだね」

 

私と兄は頷き合う。

 

「…ありがとう。カルデアのマスター達」

 

ジルさんは穏やかに微笑んだ。

 

 

「……お前ら、何してんだ」

 

彼らは夕食どきにやってきた。ジルさんは明日来るだろうと言っていたけれど、まさかのその日の夜に突入してきたのだ。私達は身構えることすらできず呆然としていた。

 

「何って、食事を…」

「食事…?はぁ?…なに、呑気に食ってるんだよ。なんで…そんな…楽しそうなんだよ。お前ら。なぁ」

 

私はジャンヌやマリーと。兄はマシュやジルさん達と。兵士さん達は兵士さん同士で会話しながら食事していた。食事時はいつもこんな光景だ。最も今日は亡くなった兵士さんの事を思い皆どこか暗かったけれど。それでも暗い気持ちを引きずってはいけないと皆で気持ちを切り替え食事をしていた。

侵入してきたリッシュモンの兵士達は私たちのその様子に目を見開き驚いていた。否、怒っていた。

 

「なんで、笑ってたんだよ…なんで笑えるんだよ。なぁ、リモージュもブールシュもヴァルシーも。全部全部壊されて…人が殺されてゾンビになっているんだぞ…なのに、なんで。なんであんな地獄を見てお前ら、笑っていられるんだよ。頭、おかしいんじゃないか」

 

声が震えている。信じられないものを見る目で彼らは私達を見る。

 

「違う、こいつら。ここで引きこもってたから知らねぇんだ。あの地獄を見ずにずっとここで過ごしていたんだから」

「自分たちだけ現実逃避して、ここで楽しく暮らしてたってことか…ッ」

 

何故か一方的に責められていた。ワイバーンを使って仲間を殺そうとしたのは、そっちのはずなのに。私たちは何も悪いことをしていないのに。食事をしているだけで彼らは怒り叫んでいた。意味が分からない。全員呆然としていた。

 

「ワイバーンの大群にあれだけ耐えられる戦力があるなら!他の都市を救うことだってできただろうに!!お前らは!!!ここで皆で仲良しごっこしてたってわけかぁ!!!」

「さぞ楽しかっただろうよ…!仲間が殺されていく中こんな豪勢な飯が食えるなんて!最低最悪のクズ野郎どもめ…!!遠くから仲間の悲鳴を聞きながら食う飯は美味いか!?」

 

ギリギリと歯軋りをして侵入してきた兵士は言う。全員怒りを露わにしていて本当に怖かった。

 

「さ、最低最悪のクズ野郎はお前らだろうが!!!」

 

ジルさんの兵士が立ち上がった。

 

「遺体をワイバーンに喰わせて!!!俺達もワイバーンに喰わせようとして!!!」

「そうだ!お前らのせいで何人死んだと思ってるんだ!?」

「俺らを屈服させるためにそこまでするのかクズ野郎ども!!お前らは!人間じゃない!!悪魔だ!!!」

 

次々と兵士さんが椅子から立ち上がり大声で言い返す。

 

「なんだと貴様ぁ!!!ふざけるなぁああ!!!戦うことを放棄した面汚しどもめ!!!」

「悪魔はお前達だろう!!ワイバーンに仲間を喰われただぁ?そんなもん何回も見てきた!!!逃げ惑う民衆がワイバーンに生きたまま喰われて!!!助けようとした兵士も喰われて!!!」

 

お互いがお互いを罵り合う。大声で怒り任せに叫ぶ。なんで。何でこんなことになっているんだろう。私は感情をむき出しにしている兵士達を見てそう思った。さっきまで、いつも通り光景だったはずなのに。何でこんなことに。

 

「全部!!!全部お前らのせいだろうがあぁああ!!!お前らのせいでこうなっているんだろうが!!!裏切り者め!!!ジル・ド・レェが竜の魔女の後ろ盾だってことはもう分かっているんだぞ!!!」

「え…?」

 

思わず声が漏れた。叫んだ兵士を見る。今彼はなんて言った?ジルさんが竜の魔女の後ろ盾?そんなわけない。だってジルさんはずっとここにいた。ここを、私たちの居場所を守ってくれていた。なのに何でこの人はジルさんを竜の魔女の後ろ盾だって断言したのだろう。

 

「待ってくれ。私が竜の魔女の後ろ盾とは、どういうことだ!私は断じてフランスを裏切ったりしない!」

 

ジルさんは前に出て侵入してきた兵士に訴える。兵士達はすぐさまジルさんを取り囲んだ。もうジルさんの言うことに聞く耳を持っていなかった。

 

「では何故、増援要請に応じなかった」

 

体格のいい、如何にも強そうな騎士がジルさんに問う。ジルさんは目を逸らした。

増援、要請…。

 

”今度はオーセールから増援要請が来ておりますが…”

”申し訳ないが応えられないと回答しろ。こちらも精一杯だ”

 

そういえば確かにジルさんの元へ増援要請は来ていたようだった。それをジルさんは断っていた。

 

「それは、ここが手薄になるのを避けるために」

「貴様の兵士たちはワイバーンの大群に8時間も耐えられた屈強な者達だ。一部ここから離れたとて問題はなかったはずだろう」

 

すぐに騎士が言い返した。ジルさんは、何も言い返さず黙り込んだ。

 

「……」

 

その姿を見て思った。何か様子がおかしい。ジルさんは、何かを隠している…?増援要請に応じなかった理由は手薄になるのを避けるためではなかった…?他に応じたくない理由があった…?それは一体何……。まさか…。

 

「ジル、貴方まさか。私を守るために兵士達がここから離れるのを避けたのですか」

 

その時、凛とした声が聞こえた。ジャンヌだ。霊体化ができない彼女は兵士達が来てから兄の指示で柱の後ろに身を隠していたのに、このタイミングで柱から姿を現した。彼女は真っ直ぐジルさんを見ていた。罵り合っていた兵士達が声の聞こえた方向を向き始める。

ああ。これは、まずい。

 

「ジャンヌっダメ!隠れて」

「お、おい。あれ。あそこにいるの。ジャンヌ・ダルク…じゃないか」

 

私がジャンヌのところへ駆けつけるより先に1人の兵士がそう言った。その声を合図にしたかのように侵入してきた兵士達は一斉にジャンヌを見た。間に合わなかった。

まずい。この状況じゃあ、どう考えても。

 

「どういう事だ…!?竜の魔女はオルレアンにいるんじゃなかったのか!?」

「お前…お前らが囲っていたのは竜の魔女だったのか…!!!」

 

どう考えても誤解される。どうしよう。このままじゃ、この侵入してきた兵士達がジャンヌを攻撃しようとしてしまう。私は思わず兄を見た。兄も私と同じでまずいと思っているようだった。

 

「違う!彼女は竜の魔女ではない!!彼女は本物のジャンヌ・ダルクだ!!!」

 

ジルさんが必死に叫ぶ。

 

「本物のジャンヌ・ダルクが竜の魔女になったんだろうが!」

「違う!彼女は聖女だ!!竜の魔女なんて嘘だ!!!」

「俺は見たぞ!!ジャンヌ・ダルクが愉しそうに街を破壊しているのを!!人を殺しているのを!!!!イングランドに呪いを!フランスに呪いをと高らかに叫ぶジャンヌ・ダルクを!!!」

 

けれど兵士達はジルさんの言うことを信じてくれなかった。

 

「違う!!!それは彼女ではない!!!」

「やっぱりジル・ド・レェは裏切り者だったんだ!!!殺せ!」

「ま、待って!」

 

兵士達は怒りで顔を真っ赤にさせ剣を抜いた。私の声なんて全く聞こえていなかった。何でこうなった。どうして仲間同士で殺し合いなんかしないといけないんだろう。ジルさんは裏切り者なんかじゃないのに。

 

「り、立香…」

「ッ止めないと。マシュ、峰打ちでいける?」

「はい!」

 

マシュが盾を出現させジャンヌの前へ立とうとした時だった。

 

「待て。殺すな」

 

1人の男の人の声が響いた。思わずマシュも私達も足を止め声が聞こえた方を向いた。

 

「いつ誰が殺せと命じた。私は捕えろと言ったはずだが?」

 

そこにいたのは真っ黒な鎧。見ているだけで震えてしまいそうになるほど禍々しい兜。温度の感じない淡々とした声。

 

「命令違反で私に殺されたいのは、どこのどいつだ」

 

怖い。

圧倒的な迫力を前に抱いた気持ちは、怖いの一色だけだった。

 

「ッ…」

 

兵士達の目から怒りが消えていった。彼らは剣を鞘へ納めた。ひとまず最悪の事態は回避できたようだ。

 

「……何で、貴様がここに、いる」

 

静まり返った広間に低い声が響いた。ジルさんだ。

 

「何でっ何で貴様が!!!ここへやってくるのはリッシュモン軍のはずだろう!!何故!!何故ぇ!!!」

「ッジ、ルさん…?」

「何故貴様がここにいる!!!?ジャック・ブラウン!!!!」

 

ジルさんは酷く取り乱し黒い鎧の騎士を睨みつけた。

ジャック・ブラウン。聞いたことのない名前だった。

 

「イングランド軍とフランス軍は同盟を結んだ。フランスのリッシュモン軍と私が共にいたところで何もおかしなことはないだろう」

「ッーー!!!裏切り者が!!!皆騙されるな!!!目を覚ませ!!あの男はジャンヌを火あぶりにした男だ!!信頼に値しない!!あの男はユダだ!!!」

「ユダは貴様だろう。ジル・ド・レェ。何かを囲っているとは思っていたが、それがまさかジャンヌ・ダルクご本人とはな。フランスの騎士がフランスを貶める悪魔になろうとは」

「フランスを貶めたのはッ!!悪魔なのは!!貴様だろう!私は覚えているぞ!!!」

 

ジルさんは目を見開き黒い鎧の騎士に怒りをぶつける。さっきまでの兵士と同様に。否それ以上に怒りを露わにしていた。いつものジルさんの面影を全く感じない、狂気すら感じるその姿に、あまりの気迫に私達は困惑していた。

 

「決して忘れないッあの日の、貴様を!!」

「……。どうやら狂乱しているようだ。フランスの騎士の身分で竜の魔女を囲おうとする奴とまともに会話しようと思った私が間違いだった。貴様ら。その命、保証されていると思うな」

「貴様”ら”、だと……」

 

ジルさんはハッとした顔でジャンヌを見た。

 

「おい…待て。貴様、まさか。また、ジャンヌを…ッ!」

「ジル・ド・レェを捕えろ」

 

黒い鎧の騎士は自分の兵士達にそう命じる。

 

「ッジャンヌには!手を出すな!!!」

 

近づいてくる兵士達には目もくれずジルさんは黒い鎧の騎士に向かって叫ぶ。

 

「ジル…」

 

私達と同じくこの状況を困惑しながら見守っていたジャンヌが口を開いた。

 

「私なら大丈夫です。この身はサーヴァント。貴方よりもずっと頑丈に作られた身体ですから」

「私がジャンヌ・ダルクに手を出さなければ大人しく捕まってくれるか?」

 

ジャンヌの声が聞こえなかったのか黒い鎧の騎士は淡々とジルさんに問う。ジルさんは怒りに満ちた顔で黒い鎧の騎士を睨みつけた。

 

「ッ卑怯者め…!」

「その場で武器を外し両手を上げろ。この命令がきけるだろう。ジル・ド・レェ」

「ッーーー!!」

 

ジルさんは剣を外し両手を上げた。すぐに取り囲んでいた兵士達が彼を拘束する。

 

「っ待って。何故このようなことをするのですか…!ジルは貴方達の敵ではありません!」

 

ジャンヌが真っ直ぐ黒い鎧の騎士を見つめて訴える。

 

「さて」

 

黒い鎧の騎士はジャンヌを見なかった。まるでジャンヌが見えていないかのように彼は話を進めた。

 

「ジル・ド・レェ軍に問う。君達はこの男と同じく竜の魔女を囲んでいた共犯者といえる」

「ッ!」

 

ビクリと兵士さん達が震える。怯えた顔で黒い鎧の騎士を見ていた。

 

「竜の魔女が何をしたか知っているか。ここで引きこもり続けた君達は知らないかもしれないな。教えてやろうか。この女が何千もの命を散らしたか。どれだけ愉しそうに殺していたか……。なぁ、何故君達はジャンヌ・ダルクがここにいる事を軍へ連絡しなかった?」

「ッ…!」

「君達は重罪人だ。今、息をしていることすら許されない存在だ」

 

兜越しに紫色とも青色ともいえる瞳が見えた。真っ暗な中で見えたその2つの目が余計恐怖を煽った。

 

「ぁっ…ッあ、ぁあ…ッい、いやだ……死にたくない…ッ」

 

兵士さん達が震える。黒い鎧の騎士から目を逸らすことさえもできずガタガタと震えていた。

 

「ま、待て!貴様、私の兵士達に一体何をする気だ!!!」

 

拘束されたままジルさんが叫ぶ。黒い鎧の騎士は構わず兵士さん達を見つめていた。

 

「だが君達は哀れにも上官が竜の魔女の仲間だっただけの可能性がある。君達では彼に逆らえば殺されるだろう。人間の本能は生きることを求める。もし君たちが死を恐れジル・ド・レェに逆らうことができなかったのだとしたら、それは仕方がないことだ。しかし私には分からない。君たちが望んで竜の魔女を囲っていたのか。それとも、そうではなかったのかの区別がつかない」

「ッお、俺は!俺は初めから反対だった!」

 

1人の兵士さんが叫んだ。

 

「初めからジャンヌ・ダルクをこの砦に受け入れるなんて!嫌だった!!でも元帥が受け入れると言って引かなかったから!」

「そうだ!元帥がジャンヌ・ダルクを受け入れるなんて言わなければ、こんなことにはならなかったんだ!!!」

「俺達は違う!!この女の仲間なんかじゃない!!!」

 

聞こえた言葉に耳を疑った。何でそうなるの?ずっと一緒にいたはずなのに。誰もジャンヌの事を悪く言う人なんていなかったのに。皆、竜の魔女とジャンヌは別人だって言っていたはずなのに。何でこの黒い鎧の人の言う事に従うの?私達が正しいはずなのに。

私は兄を見た。兄も驚愕していた。次にジルさんを見た。ジルさんは絶望していた。ジャンヌは何も言わず目を伏せた。

 

「口先だけでは何とでも言える。もし君達のその言葉が嘘でないというのならば君達は行動でそれを示さなければならない」

「ッ何を!何をすればいいのですか!?頼む…!何でもする!何でもするから、どうか…殺さないで、ください…!」

 

兵士さん達は縋り付くような目で黒い鎧の騎士を見つめていた。再度、禍々しい兜越しに目が見えた。その目が彼らを捉えていた。

 

 

「君達がジャンヌ・ダルクを殺せ。今、ここで」

 

淡々と彼は告げた。

 

「待て…おい、おい!!話が違うだろ!!!ジャック!!!!ジャンヌには手を出さないと約束したはずだ!!!」

 

ジルさんが叫ぶ。拘束されながらもジルさんは暴れていた。黒い鎧の騎士の兵士達は必死に暴れるジルさんを抑えていた。

 

「あぁ。約束通り私は手を出していない。手を出すのは貴様の部下だ」

「ッ貴様ぁああぁあああぁああ!!!!!」

「っおい、動くな…っ!」

 

何人もの兵士が暴れ狂うジルさんを抑えつける。黒い鎧の騎士はまるで兵士さん達を逃さないというかのように、ゆっくり前に出た。

 

「何をぼんやりしている。先程までの威勢はどうした」

「ッ……」

「仲間でないのなら殺せるはずだろう。相手は散々我々を追い詰めた女だ。大量虐殺犯だ。君達がジャンヌ・ダルクを殺せた場合これまでの事は全て不問とする」

「その男の声に耳を傾けるな!!その男はユダだ!!信用してはいけない!!絶対に裏切られる!!!」

 

ジルさんが必死に叫ぶ。兵士さん達は泣きそうな顔で黒い鎧の騎士とジルさんとジャンヌを見ていた。もうどうしたらいいか分からないとその顔が言っていた。

 

「選べ。ここで我々に君達の忠誠心を示すか。それともジル・ド・レェや竜の魔女の仲間だと認め私に殺されるか」

 

黒い鎧の騎士はまだ彼らに言う。思考する余裕を与えず着実に彼らを追い詰めていた。

 

 

「君達が選べ」

 

 

私は思った。もし、この黒い鎧の騎士がドクターの言う黒騎士なのだとしたら。

確かに史実通り、この人は悪魔だと。




【カルデア陣営】
・ぐだーず
・マシュ[シールダー]
・ジャンヌ[ルーラー]
・マリー[ライダー]
・アマデウス[キャスター]
・清姫[バーサーカー]
・エリザベート[ライダー]
・ジル
 →拘束
・ジル軍の兵士
 →2割死亡、3割負傷

【竜の魔女陣営のメンバー(現時点での情報)】
・ジャンヌ(竜の魔女)[ルーラー]
・ジル[キャスター]
・????[キャスター]
・聖女マルタ[バーサーク・ライダー]
 →消滅


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第4話 1431年6月13日

テイラー視点です。


Julius Taylor - 1

 

「君達がジャンヌ・ダルクを殺せ。今、ここで」

「待て…おい、おい!!話が違うだろ!!!ジャック!!!!ジャンヌには手を出さないと約束したはずだ!!!」

「あぁ。約束通り私は手を出していない。手を出すのは貴様の部下だ」

「ッ貴様ぁああぁあああぁああ!!!!!」

「っおい、動くな…っ!」

 

何人もの兵士が暴れ狂うジル・ド・レェを抑えつける中ジャック・ブラウンはゆっくりと前に出た。

 

「何をぼんやりしている。先程までの威勢はどうした」

「ッ……」

「仲間でないのなら殺せるはずだろう。相手は散々我々を追い詰めた女だ。大量虐殺犯だ。君達がジャンヌ・ダルクを殺せた場合これまでの事は全て不問とする」

「その男の声に耳を傾けるな!!その男はユダだ!!信用してはいけない!!絶対に裏切られる!!!」

 

再びジル・ド・レェが叫ぶ。兵士達は泣きそうな顔で彼とジル・ド・レェとジャンヌ・ダルクを見ていた。もうどうしたらいいか分からないとその顔が言っていた。

 

「選べ。ここで我々に君達の忠誠心を示すか。それともジル・ド・レェや竜の魔女の仲間だと認め私に殺されるか」

 

彼は兵士達に思考する余裕を与えず圧をかけ続けた。

 

「君達が選べ」

 

 

これは我々がラ・シャリテへ辿り着くまでの物語である。

 

 

 

時は遡る。

黒騎士が率いる軍 ブラウン軍は上層部の指示通りボルドーから北上しフランス国王のいるパリへと向かった。ボルドーからパリは遠く途中で馬を休憩させる必要があった。ジャックはリモージュ、ブールシュ、オーセールの北東ルートでパリへ向かう事を選んだ。理由はこちらのルートだと中継地点となる街で物資の補給ができるからだ。南西に位置するボルドーからでは遠回りになるが、到着の早さよりも物資を彼は選んだ。ついでにまだ生きている街で情報収集もしておきたかったのだろう。西側に位置するカーンやレンスは既に壊滅していたのだから彼のこの判断は妥当といえよう。

しかし我々が到着した時にはもうリモージュ、ブールシュも壊滅状態にあった。ワイバーンに喰われて亡くなっていた。ゾンビに襲われて死者へ、その死者がゾンビになるという最悪の状況にあった。

ジャックは戦闘回避を最優先とした。目の前で人が喰われていようと、その横を通過するよう命令した。ワイバーンは食事中、周囲の警戒が疎かになる。それを見抜いた彼は寧ろ人がワイバーンに喰われている時こそチャンスというかのように通過命令を下した。ワイバーンを倒し民を救う事よりも戦力の維持を優先したということだ。

非道なその命令は、1/3の兵力を失い生き残っている者も強大な敵を前に戦意喪失した者ばかりのこの状況下では最善であった。

 

「もう、無理だ…ッこんなの、どう戦えって言うんだ…」

 

だが助けてと叫ぶ悲痛な声、逃げ惑う人々の悲鳴、ワイバーンに喰われ断末魔を上げる声。それら全てを無視して突き進めという彼の命令は確かに兵士達の命を救ったが彼らの心はどんどん疲弊していった。

 

「何で、ワイバーンなんて出てくるんだ。俺達が、一体何をしたって言うんだ…ッ!」

「人が死んだらゾンビになって人を殺して…ッ何なんだよ。これぇッ!!どうなってるんだよォ!!!こんなの、化け物が増えるばっかでッ勝ち目なんて…ッ」

「後何回、見殺しにすればいいんだ…ッ!もう嫌だ!こんな、こんなの…ッ」

「ッ閣下!我々は一体何の為に戦っているのですか!?ワイバーンに人を喰わせて!!ゾンビを増やして!!こんなことをして!一体何になるのですか!?何のために我々は!!!」

 

兵士達が口々に言う。中には涙を流している者もいた。

 

「…何のためにだと」

 

ジャックは疲れた声で答えた。疲弊していっているのは兵士達だけではない。彼も同じだった。それでも彼は民衆ではなく自軍の命を優先していた。

 

「決まっている。祖国のためだ」

「ッ民衆を犠牲にすることが祖国のためというのですか!?」

「そうだ。もし我々がリモージュやブールシュにいた僅かな人々を助けるために突入していたら、彼らは救えたかもしれないが、少なくとも我々の1/4は命を落としていただろう。今足りないのは戦力だ。ここで君達を死なせるわけにはいかない…辛いだろうが、どうか耐えてくれ。我々は祖国を救わなければならないんだ」

「ッ…いつまで、こんなことを続けるおつもりですか!!」

「戦力が揃うまでだ」

「戦力が揃ったとて勝てるのですか!!敵は人間じゃない!!あんな化け物どもにどう勝てばいいんだッ!!!」

「勝つ。絶対に。何がなんでも。何を犠牲にしてでも我々は勝利しなければならない。その為に今パリへ向かっている」

 

「そもそも、あれはジャンヌ・ダルクの仕業なんだろう!じゃあ、閣下があの女を殺したからじゃないか!!」

 

兵士が叫ぶ。

 

「そ、そうだ。閣下の。閣下のせいじゃないか!あんたがあの女を殺したから俺たちはこんな目に!!!」

「あのワイバーンも!あのゾンビどもも!!全部全部!あんたのせいじゃないか!!」

 

その叫びに続くように兵士達がジャックを責め立てる。きっと全員分かっている。彼だけのせいではない。ジャンヌ・ダルクを火あぶりにしたのは彼の意思だけではない。あれはイングランドの意思だ。彼は我々を代表して彼女を殺す選択をしただけに過ぎない。それでも彼らはジャックを責めずにはいられない。この状況はそれほど過酷だった。誰かに責任を押し付けないと心が壊れそうになる程に全員追い詰められていた。

 

「そうだ。私のせいだ」

 

ジャックは静かな声で言う。その声は僅かに震えていた。

 

「認めよう。私があの女を殺したから、こんな事になった。私のせいで、こうなった…だから私はその責任を取る。何がなんでも、どんな手を使ってでも、あの女を殺す…!」

 

彼は剣を抜き天へ掲げた。真っ黒に染まった、不思議と惹きつけられるその剣は魔剣だ。あれで斬れぬものはないといわれるほど頑丈で優秀な剣だが彼や彼の父以外が手にすると呪われるという恐ろしい魔剣。

 

「今ここに誓おう!たとえジャンヌ・ダルクが何度蘇ろうとも、その度に必ず私が殺してみせる!!!あの魔女を!!この悪夢を!!必ずこの手で食い止めてみせる!!!何が起きようと私は絶対に!!!!祖国を救ってみせる!!!!」

 

気迫に満ちたその様は兵士達の信頼を見事に勝ち取った。兵士達はそれ以上彼を責めることは一切せず彼を信じて前を突き進んだ。

最後に辿り着いたオーセールはまだ襲撃を受けていないらしく街の原型は保たれていた。しかしワイバーンやゾンビは存在しており民衆は地下へ避難していた。

ジャックはオーセールを守っていたフランス軍に話をつけ必要最低限の物資を得ることに成功した。

 

 

 

「生きていたか…」

 

やっとの思いでパリへ到着し我々が来るのを待っていたフランス国王シャルル7世の第一声がそれだった。自然要塞といわれるパリはまだ攻め込まれていなかった。あのリッシュモンがパリを守っているのも大きいのだろう。ほぼ私が知るままの姿でパリという都市は存在していた。

 

「状況はどうなっている」

 

シャルル王は玉座の間にジャックと私だけ通した。他の兵士達は束の間の休息をとっている。戦闘はほぼしていないので怪我を負ったものは少ないが皆精神的に相当参っている。本来であれば本国へ戻り医者の診療のもとゆっくり休養を取るべきだ。だが今こんな状況ではそんな事許されない。敵が強大すぎる。数が多すぎる。味方が既に殺されすぎている。

故に我々は戦場から立ち去ることができないのだ。

 

「ボルドー、リモージュ、ブールシュは壊滅状態だ。オーセールは辛うじて街の姿を保っていたが、どこまで耐えられるか…」

 

ジャックは兜を外し国王に素顔を晒した。

 

「予想以上に早いな……これがジャンヌ・ダルクの復讐か。フランス救済を掲げていた子をフランスは…私は見捨てた。裏切った。その報いが、これだというのか」

「それだがなシャルル王。私はジャンヌ・ダルクによるものだけではないと考えている」

 

私はジャックが国王に馴れ馴れしく話しかけていることに驚いていた。いくら元引きこもりの腰抜けとはいえ相手は国王だ。同じ王族であっても親しく会話することなどあり得ないというのに国王は何の指摘もしなかった。

 

「…聞こう。何故そう思う?」

「私達がまだ殺されていないからだ」

「どういう意味だ」

「考えてもみろ。ジャンヌ・ダルクが生前どのような闘い方をしていたかを。思い出せ。旗を掲げ敵の元へ突撃していた姿を。毎回あんな無茶苦茶な闘いっぷりで勝利するものだからイングランドでは、兵士を狂戦士にする魔女と恐れられていたんだ」

「成程。確かに生前の彼女の思想であれば真っ先に我々を殺していただろう。しかし彼女は変わった。ワイバーンを従え、かつて自分が守ったはずの街をも攻撃している。あれはもう我々の知るジャンヌ・ダルクではない」

「…そもそも何故ジャンヌ・ダルクがワイバーンを従わせる事ができる?生前は魔術の知識どころか読み書きすらできなかった農民の子が。火あぶりにされ天国にいく権利を永遠に失った子がその術を得たというのであれば間違いなく何者かが関わっている。それが人間であるか悪魔であるかは分からないが」

「……後ろ盾がいるということか」

「確証はないが、そう考えるのが自然だろう。よって此度の戦い、ジャンヌ・ダルクを殺したとて終わらない。彼女の後ろにいる奴も殺さぬ限り、この地獄は終わらないだろう」

「……。成程。成程、な」

 

シャルル王はため息を吐いた。それからジャックを見つめる。

 

「黒騎士 ジャック・ブラウン。お前に殺せるか」

「勿論だとも。私が絶対に殺す。ジャンヌ・ダルクも。彼女にこんな非道な事をさせた奴も必ず…!」

「……。そうか。覚悟ができているのであれば問題ない。貴様には向かってもらわなければならない場所がある」

「オルレアンか」

 

オルレアンは1番最初にジャンヌ・ダルクにより壊滅させられた街だ。彼女はかつて自分が救ったその街をよりにもよって自身の手で壊す事を望んだのだ。その後彼女はそこを拠点としたと聞いている。

 

「いいや違う。お前が。お前とリッシュモンが向かうのはラ・シャリテだ」

「ラ・シャリテ…?何故……狙われていると聞いていないが」

「実はな。数十日前からあそことは、まともに会話が出来なくなっている」

「…乗っ取られた、ということか」

「……いや、どうだろうな」

 

シャルル王は曖昧な言葉で返す。ジャックは訝しげな顔で続く国王の言葉を待った。

 

「連絡が途絶えたわけではない。こちらの要求に向こうが応じなくなったというだけだ。ブールシュへの救援要請もオーセールへの増援要請も断られた。門を閉めフランス兵であっても一切中へ入れようとしない。そのくせ物資の支援要請は取り消さない」

「……。なるほど。軍はまだ生きているということか。まぁ、壊滅したとも聞いていないからな。自分たちの身を守ることだけに必死になっているだけか、或いは」

「或いは、お前のいう後ろ盾かもしれん」

「…裏切り、か。あんたの命令でも中へ入れないという事が答えだろう。明らかに何かを囲っている」

「偵察隊がいうには不審な格好をした人物を何人か見たという。黒とみて問題ないだろう」

「あぁ…しかし何故我が軍の他に大元帥まで向かわせる?そんな事をしては、こちらが手薄になるぞ」

「無論、お前達がいなくなる間は我が軍とイングランド王の軍にパリを守らせるつもりだ」

「それでも手薄になることに変わりないだろう。何故そこまでする?あんたがそこまでラ・シャリテは危険だと判断している理由はなんだ?」

「お前の実力を軽視している訳ではないが……お前1人では手に負えなくなる可能性が高い。なにせ、お前は愚かにも奴にその顔を晒しているのだから」

 

そこまで聞きジャックの顔は引き攣った。

 

「ラ・シャリテを。守っている軍は……まさか」

「そのまさかだ。ラ・シャリテの軍のトップはジル・ド・レェだ」

「ッ…!」

「尤も奴はジャンヌ・ダルク死後すぐに引退したのだからあれは奴の軍ではない。あれは化け物共に怯え軍から逃げた腰抜け兵士共だ。奴はそれらをまとめあげ1つの軍とした」

 

国王のその言葉は果たしてジャックに届いただろうか。そう疑ってしまう程ジャックは顔面蒼白で固まっていた。私は彼らのやりとりを見守りながら少し前の出来事を思い出していた。

 

 

"やめてくれ…!!ジャンヌだけは…!助けてくれ……!"

 

それはルーアンでの出来事。ジャンヌ・ダルクの処刑前ジル・ド・レェはイングランド領のルーアンに潜入した。理由はジャンヌ・ダルクを救うためだった。たとえ敵に捕えられたとしても身代金さえ支払えば釈放される。それがこの戦争におけるルール。だから彼は自身で用意できる全資金を投入した。がジャック・ブラウンによって異常なほど引き上げられた彼女の身代金はそれだけでは足らなかった。彼はプライドを捨て知り合いの貴族から金を集めて回った。それでも集まりきらず彼はフランス中を周り頭を下げ金を募ったという。そしてあの短期間で身代金を集めきった。一体どれほど大変だったか想像に難くない。

 

”この悪天候の中よくぞここまで来られた…否、悪天候だからこそ私の目を欺けるとでも思ったのだろう。全く私も馬鹿にされたものだ”

 

だが彼の作戦は失敗することになる。ジャック・ブラウンの手によって。ジャックは何者かがジャンヌ・ダルクの身代金を持ってルーアンに侵入することを知っていた。だから彼は予め一箇所見張りのあまい場所を用意し落とし穴を作った。落ちた先は沼地だ。一度落ちてしまったら身動きを取ることすら難しいその場所を選んだ。そしてジル・ド・レェはまんまと罠にハマった。

 

”ユリウス・テイラー。この者はルーアンに侵入した罪人だ。今すぐ捉えろ。彼の身代金の額は君に任せる…あぁ奴の持っている金は私へ渡せ。処分は私が行う”

”選べ。テイラー。ここで私に君の覚悟を示すか。たかが1人の少女に同情して君の今までの人生全てを棒に振るか”

 

そしてジャックは私に命じた。ジル・ド・レェを拘束しろと。彼が用意したジャンヌ・ダルクの身代金を奪えと。

 

”やめろ…!!やめてくれ…!!!やめろぉおおおぉおおお!!!!!!”

 

私はその命令に従った。

もしジャックがいなければ彼はジャンヌ・ダルクを救う事ができただろう。否、もし私がジャックに反抗していれば…それだけで未来は変わったかもしれない。だが今その可能性を考えたところで現実は変わらない。ジャンヌ・ダルクはジャック・ブラウンによって火あぶりにされ、ジル・ド・レェは捉えられた牢の中で彼女の死を嘆いた。

そしてジャンヌ・ダルクは蘇った。であればジル・ド・レェが何も思わぬはずがない。魔女となった彼女に彼が関わっていると言われても不思議ではない。

 

「……ジル・ド・レェはフランスに忠誠を誓った騎士だ。彼がこの状況に加担しているとは思えない」

「それはお前が知らないからだ」

「どういう事だ」

「お前がフランスを出た後ジャンヌ・ダルクは1人で戦っていた。今までお前の頭で考えた作戦に従って動いていた子が、自ら最前線に立ち旗を振った。どんなに不利な状況でも決して逃げることなく挫けることなく。一度も旗を手放さなかった。それがどれだけフランス軍を救ったか。お前に分かるか」

「………イングランド軍には常に突撃を仕掛けてくる狂戦士にしか、見えなかった」

「まぁそうだろうな。覚悟を決めた者は恐ろしかろう。ジャック、何故彼女が常に前に進むことを選んだか分かるか」

「フランスを救うためだ。最初から彼女の目的は一貫している」

「何故その思いが強くなったのかと聞いている」

 

ジャックは暫く沈黙した。やがて彼は首を横に振った。

 

「教えてやろう。きっと、これはお前にとって重要な情報だからな」

「なに…?」

「彼女の思いが強くなったのはパテーの戦い以降だ。あの戦いで彼女は初めて身内の死に直面した。誰だか分かるか?ジャンヌ・ダルクの幼馴染だ。その男は常にジャンヌ・ダルクの側におり彼女を守ろうと必死だった。だがその男はパテーの戦いで死んだ。顔すら分からぬほど酷い殺され方だった」

「……まさか、私のせいだと言いたいのか」

「断言はできん。お前が生きようが死のうが彼女の決意は固かっただろう。だがその後の彼女の、異常とも思える決して引かぬ戦いぶりにお前が関与していないと考える方が難しい。私は知っている。お前を戦場へ連れていったことを彼女が後悔していた事を。お前には長生きしてほしいと思っていた事を」

「は……」

 

ジャックの目が大きく見開かれる。国王は動揺する彼をじっと見つめた。

 

「……あの生き急いだ戦い方をしていたのは、私のせいだというのか……コンピエーニュの、攻撃。ジャンヌ・ダルクがコンピエーニュへ攻撃を仕掛けたのは、何故だ。あんたのせいじゃ、ないのか?あんたが、彼女をコンピエーニュへ向かわせたんじゃ、ないのか?」

「コンピエーニュへの攻撃はもう少し後の予定だった。増援へ向かわせる予定だった軍が途中で遅れをとった。彼女にはその旨伝えたはずだった。しかし彼女は単独でコンピエーニュへの攻撃を開始した。まるで何かに突き動かされているかのように」

「ッーーー!!」

 

ジャックは手で口を強く抑えた。吐き気を強引に抑え込むその姿は見ていて痛々しかった。

 

「ッ……その後、増援を、送らなかったのは」

「送ろうとしていたさ。しかし。そのタイミングでイングランドが休戦に対し前向きな姿勢を見せた。ジャンヌ・ダルクを引き渡すことを条件に」

「……そうか」

「休戦しなくては勝てない。我々は武器も兵士の質もイングランド軍に劣っている。時間が必要だった。イングランド軍より武器も質も上げるための時間が」

「あぁ……あぁ。分かっている。分かって、いる。あんたの判断は、間違っていない……我々がジャンヌ・ダルクを売ったのは、仕方がなかったからだ。国を救うために、1人の少女が犠牲にあわなくては、ならないのであれば。それは、仕方がないことだ」

 

目を見開いたままジャックは独り言のようにボソボソと言う。暫くして吐き気がおさまったのか彼は手を口から離した。

 

「……。ジル・ド・レェがジャンヌ・ダルクに肩入れする理由は勇敢にも敵に立ち向かう少女の姿に心を動かされたからか」

「そうだろうな。皮肉なことだ。お前の死が2人の友情を深めたのだから。もう一度聞くがジャック。お前は殺せるか。ジャンヌ・ダルクとジル・ド・レェを」

 

国王は厳しい目でジャックを見る。ジャックはグッと歯を食いしばった。強く拳を握った。小さく息を吐き国王を真っ直ぐ見つめ返した。

 

「……。それで祖国が救われるのならば、私がこの手を2人の血で染めよう」

 

 

私達はその後与えられた部屋で束の間の休息を取ることにした。身分に関係なく部屋は二人一部屋だった。部屋の数が足りないのだろう。彼の補佐官である私は彼と同室だった。彼は部屋に入り真っ先に椅子に腰をかけた。ドサリと音を立てて座り大きくため息を吐いた。彼を1人にさせてあげるべきだろうか。私は迷った。彼の様子が視界に入らないようドアの側に突っ立ったまま、どうしようか悩んでいた。

 

「会いたかったわ。ジャック」

 

真っ黒な女が現れたのはその時だった。気がついたら女はそこにいた。ここには私と彼しかいないはずなのに。突如現れた女に私は驚いた。そして女の顔を見て私は驚愕した。

 

「バカ、な…ッ!?」

 

その顔を忘れはしない。フランスの希望の子、神の子となり戦場に立った少女。ルーアンの牢獄の中でも嘆くことはせず、ただ神の救いを待っていた少女。ジャック・ブラウンにより火あぶりにされた哀れな少女。見間違えるはずがない。報告で聞いていた通りジャンヌ・ダルクがそこにいた。彼女は本当に蘇っていた。

 

「どうしたの?そんなに目を大きく開けて。私に会えて嬉しいのかしら?えぇ私も同じ気持ちよ。貴方の顔を忘れた日は1日たりともなかった!ずっとずっと貴方のことだけを考えていたわ」

「……ジャンヌ…なのか…?」

 

震える声で彼は問う。

 

「ふふ、分かりきったことを聞きますね。えぇ。ジャンヌ・ダルクです。生前貴方を信じ貴方に裏切られ貴方に殺された愚かなジャンヌ・ダルクですよ」

 

ジャックは目を逸らす。突然すぎるこの再会を受け止め切れないのだろう。ジャンヌ・ダルクは彼の頭を掴むと乱暴に自分の方を向かせた。ジャックの顔が歪む。

 

「あら良い顔をしますね…怖いの?ジャック。えぇ怖いでしょうね。生前私の全てを穢していった貴方が今ここで私に何されるか。想像するだけで恐ろしいものね」

「……私を、恨んでいるのか」

「あは。あはは、あっはははははは!!!!ジャックは賢いと思っていたけれど案外馬鹿なのね」

 

ジャンヌ・ダルクは心底愉しそうに笑う。ジャックは沈んだ表情で彼女を見つめた。

 

「当たり前じゃない!私はお前が憎くてたまらない!!私を裏切り!!私を穢し!!私を殺したお前を!!!一瞬でも忘れたことはない!!お前だけは絶対に許さない!!!例え神が邪魔だてしようともお前だけは!!私がこの手で殺してやる!!!!」

 

とてつもない殺意に私は震えた。音を出してはいけないと分かっているはずなのにガタガタと震えた。あぁ変わってしまった。本当に、噂通り魔女になってしまった。かつて聖女のようだった彼女がこの男に殺されたことで。国を救済する聖女から復讐者になってしまった。

 

「っ…であれば、何故今私を殺さない…?どうして関係のない人々を殺した!?君が憎いのは私なのだろう。なら殺すのは私だけで良かったはずだ!何で私を真っ先に殺さなかったんだ!?」

「その顔が見たかったわ」

「は…?」

 

ジャンヌ・ダルクはグッと彼に顔を近づける。困惑する彼の顔を満足げに見つめた。

 

「ねぇ、どう?貴方が守ったイングランド人を殺される気分は。ふふ、大切な人がどんどん死んでしまうのを見てどう思ったの?悲しい?辛い?私が憎い?」

「ッ…君は」

「不公平じゃない。私ばかり貴方に苦しめられて殺されて。なのに貴方をすぐに殺してしまうなんて。そんなの絶対に許さない。私が味わった以上の地獄を貴方に味わわせるまで死ぬなんて許さない…!私が味わった地獄はこんなものでは済まされない!!もっともっと苦しんでくれないと。あは、あっはははははは!!!」

 

女はひとしきり楽しそうに笑った後、極上の笑みで彼を見下ろした。

 

「貴方が教えてくれたんですよ?この世界は残酷だって。だから私も貴方に教えてあげましょう。地獄の炎でその身を焦がされるより冷酷で残虐な現実を」




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第5話 1431年6月13日

テイラー視点です。


Julius Taylor - 2

 

「……私を、恨んでいるのか」

「あは。あはは、あっはははははは!!!!ジャックは賢いと思っていたけれど案外馬鹿なのね」

 

ジャンヌ・ダルクは心底愉しそうに笑う。ジャックは沈んだ表情で彼女を見つめた。

 

「当たり前じゃない!私はお前が憎くてたまらない!!私を裏切り!!私を穢し!!私を殺したお前を!!!一瞬でも忘れたことはない!!お前だけは絶対に許さない!!!たとえ神が邪魔だてしようともお前だけは!!私がこの手で殺してやる!!!!」

 

とてつもない殺意に私は震えた。音を出してはいけないと分かっているはずなのにガタガタと震えた。あぁ変わってしまった。本当に、噂通り魔女になってしまった。かつて聖女のようだった彼女がこの男に殺されたことで。国を救済する聖女から復讐者になってしまった。

 

「っ…であれば、何故今私を殺さない…?どうして関係のない人々を殺した!?君が憎いのは私なのだろう。なら殺すのは私だけで良かったはずだ!何で私を真っ先に殺さなかったんだ!?」

「その顔が見たかったわ」

「は…?」

 

ジャンヌ・ダルクはグッと彼に顔を近づける。困惑する彼の顔を満足げに見つめた。

 

「ねぇ、どう?貴方が守ったイングランド人を殺される気分は。ふふ、大切な人がどんどん死んでしまうのを見てどう思ったの?悲しい?辛い?私が憎い?」

「ッ…君は」

「不公平じゃない。私ばかり貴方に苦しめられて殺されて。なのに貴方をすぐに殺してしまうなんて。そんなの絶対に許さない。私が味わった以上の地獄を貴方に味わわせるまで死ぬなんて許さない…!私が味わった地獄はこんなものでは済まされない!!もっともっと苦しんでくれないと。あは、あっはははははは!!!」

 

女はひとしきり楽しそうに笑った後、極上の笑みで彼を見下ろした。

 

「貴方が教えてくれたんですよ?この世界は残酷だって。だから私も貴方に教えてあげましょう。地獄の炎でその身を焦がされるより冷酷で残虐な現実を」

「……君が、罪の無い人々を殺したのは、私のせいだというのか」

「えぇ、そうね。全部貴方のせいよ」

「………」

 

ジャックの目が揺らぐ。ジャンヌ・ダルクはそんな彼の様子を瞬き一つせず見ていた。

 

「……では何故、君はあの時微笑んだ」

「はぁ?」

「笑って、いただろう。私が君の罪を確定させたあの時。君は何の躊躇いもなくサインした…!」

「狂乱したのかしら。笑った?私が?笑えるわけないじゃない。イングランドに捕まってから私がどんな目にあったか。お前に!どんな目に遭わされたか!!そんな状況でいったいどう笑えと!?」

 

ジャックはハッとした顔でジャンヌ・ダルクを見た。何か思い当たる節があったのだろうか。彼の表情から動揺が消えた。

 

「……。狂乱、か。そうかもしれないな。なぁ、教えてくれないか。君が何故そこまで私を恨んでいるのかを」

「はっ!この期に及んでまだ自分の罪に気付いていないと!!?どんだけ愚鈍なのお前は!!いいわ!教えてあげましょう!!まず一つ目。私を裏切りイングランドに魂を売ったこと」

「変なことを言う。私は君がイングランド軍へ拘束されて初めて顔を合わせたが?もしや誰かと勘違いしていないか?」

 

えっ。と声が出そうになる。彼の正気を疑った。イングランド人相手にそう言うのであれば理由は分かるが、相手は彼の幼馴染のジャンヌ・ダルクだ。そんな何の意味のない嘘をついて一体何になるというのか。彼女の殺気に当てられ動けなくなった身体で私は目だけで彼を見た。彼は変わらぬ表情で彼女を見上げていた。

 

「…私を馬鹿にしているの……あぁそう。イングランドに魂を売ったときに私のことを忘れたってことかしら。だからイングランドの兵士達にこの身を穢された時も容認したってわけ」

「兵士達に穢されただと?」

「…見ていたじゃない。拘束され牢獄に入れられた私が陵辱されるのを。あれは牢へ入れられてすぐのことだったわね…私が穢されていく姿は見ていて愉しかった?」

「……。あぁ、なんだ。そんなことか」

 

男はにこりと微笑む。優しそうなその顔が不気味だった。

 

「意外だな。フランスでは神の子と呼ばれていたような子がたかが陵辱如きで腹を立てるか」

「……たかが?たかがと言いましたか」

「だってそうだろう。君はフランスを救おうと立ち上がった。それなのに、たかが数人の兵士の相手をさせられたことに怒りを覚えるとは…まるで乙女のようじゃないか」

 

カッとジャンヌ・ダルクの顔が赤らむ。これはきっと羞恥と怒りだ。この会話は一体なんだ?何故こんな会話をする?私は困惑しながら二人のやりとりを見守った。

 

「あぁ。ところで」

 

楽しげに話していた男が不意に真顔に戻る。そのあまりの変わりようにジャンヌ・ダルクは息を呑んだ。

 

「貴様は一体誰だ」

「ぁ、ガッ…!?」

 

次の瞬間、ジャックは彼女の首を掴み、床へ叩きつけた。ダンッと激しい音がした。とんでもない速さでジャンヌ・ダルクは床へ叩きつけられた。彼は馬乗りになり彼女の首が締め上げた。

 

「グッ…ッぁ、なせ…ッは、な…っせ!」

「凌辱された?ジャンヌ・ダルクが?イングランド軍に?貴様は私に殺されたいのか?それともただの煽り文句か?だとしたら煽る相手を間違えたな」

「な、に…ッを」

 

ジャンヌ・ダルクは必死に抵抗する。彼の手を引き離そうともがくが体勢が悪い。上から押さえつけられているこの状況では彼女はどうしたって抜け出すことはできない。

 

「貴様はイングランドの審問に疑いをかけた。ベッドフォード公爵夫人になんたる無礼な発言をしたか理解しているか。あのお方のご協力のもと行われたジャンヌ・ダルクの処女検査の結果を、貴様は今否定したのだ」

「ッ…?」

「………なるほど。知らないのか。教えてやろう。ジャンヌ・ダルクは異端審問にて処女検査を受けた。その結果、彼女の処女膜が確認され彼女は正式に処女であると認められた」

 

ジャンヌ・ダルクの目が大きく見開かれる。

 

「ジャンヌ・ダルクの異端審問は何ヶ月にもかけて行われた。何故時間がかかったのか。それは処女検査にて彼女が処女であることが認められてしまったからだ。この意味が分かるか?魔女は悪魔と契約した際、処女を失うと言われている。つまり処女であったジャンヌ・ダルクは悪魔と契約していないといえる。今まで審問にかけられたほぼ全ての女はこの処女検査で非処女だったがジャンヌ・ダルクは処女だった。この異例の事態への対応が遅れ審問は数ヶ月にも及んだ。私も骨が折れたよ。ジャンヌ・ダルクの罪を暴くことに」

「ッ、な…ッグゥ…!!」

「女。貴様はイングランド軍に凌辱されたと言ったな。兵士に陵辱されて処女のままでいられるとでも思っているのか」

 

みしみしと彼女の首から、してはいけない音がなる。このまま、ここで殺すつもりだ。彼女は必死に暴れようと試みるが彼押さえ込まれている。

 

「貴様はジャンヌ・ダルクではない。偽物だ」

「ッ…!!」

「もう一度問おう」

 

男は言う。かつて愛していたとされる女の細い首を両手で締めながら。一切力を緩めることなく。このまま彼女の首の骨を折ろうとしている。そんな状況で彼は問いを投げかけた。

 

「ぁ、がッ……ッや、め」

「女。貴様…」

 

苦しる彼女の声も引き剥がそうと両手を握られていることも、暴れる彼女の身体も全てを無視して彼は言う。

 

「貴様は、一体誰だ……ジルに、何をされた?」

 

彼女は大きく目を見開いた。

 

 

「ッ…わ、たし、は…!!!」

「っ!」

 

突然彼女の手から黒い剣が出現した。彼は素早く腰の剣を抜き、突き刺そうとする彼女の剣を弾いた。

 

「ッ!一体、どこから…っ!!」

 

彼女は素早く起き上がり、いつの間にか持っていた黒い旗で彼に襲いかかる。彼は左手でその旗を抑えた。

 

「私は…ッ!!私、はァア!!」

「っ…!」

 

彼女は思いっきり両手で旗を振る。彼は耐えきれず後ろへ後退した。その隙を見逃さず彼女は起き上がり旗を振り上げた。

 

「ゴホッゴホ……ッ私はジャンヌ・ダルク!!!お前の言葉など信じるものか!!!!これは憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮!!!!」

 

彼女はジャックを思い切り睨みあげ旗を振り下ろす。

 

吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)

 

瞬間、炎の渦がジャックを襲った。

 

「ぁっ、ジャッ」

「下がれぇえええぇええ!!!!」

「ッ!?」

 

 

 

「……!ぅ…っ!」

 

気がついた時、私の身体は壁に埋まっていた。背中が痛い。がそれ以上に腹が痛い。覚えているのは炎の渦がジャックへ目掛けてとんでくる直前、振り返り眉を釣り上げた彼がこちらを見たこと。下がれと叫びながら彼に腹を蹴り飛ばされたこと。あぁこの腹の痛みは彼のせいか。どれだけの力で蹴ったんだあの男は。部屋の扉を突き抜け廊下へ飛び出した私の体はそのまま壁に衝突し意識を失っていたらしい。

 

「カハッ……っぐ…」

 

どうにか起き上がる。と同時に腹が痛んだ。幸い骨に異常はない。数日は痛みを引きずるだけで済みそうだ。私はふらふらと部屋に近づいた。ジャックはどうなった…?あの男、私をあの炎から離れさせた後何をした?…部屋の中が異様に静かではないか?

 

「ッジャック!!」

 

彼は部屋の中で座り込んでいた。あれだけの炎に襲われたのだ。骨も残らず消し炭のようになったっておかしくはないというのに彼は人の形を保ち座っていた。

 

「……テイラー」

「…あの女は……」

「逃げられた…ッ実力を見誤った……さっさと、殺すべきだった。ッ畜生…また、街があの女に襲われる……また、犠牲が…ッ」

「責めなくていい……炎を操るような魔女なんですから、生きているだけ上出来です」

 

私は彼に近づいた。無傷ではなかった。右手から煙と異臭が立ち込めている。だがそれ以外、異変はない。流石、一騎打ちであれば無敵と言われるだけのことはある。炎なんて防ぎようのない攻撃を凌げるなんて化け物かこの男は。

私は彼の籠手を外した。

 

「な、何だ、これは」

 

外した瞬間、彼の小指らしい位置にあった真っ黒な塊がボロボロと崩壊した。隣の指も真っ黒。その隣の指も真っ黒だった。火傷らしくなっているのは親指と人差し指のみ。

 

「灰にされたらしい…放っておけば広がるようだ。切断してくれ」

「ッ何か斬るものは…」

「君の剣でいい」

「何を馬鹿な事を!清潔なものでなければ駄目に決まっているでしょう!最悪傷口が原因で病に」

「良い。私は死なない。それよりもこれ以上指を失う方が痛い」

「何故死なないと断言できるのですか」

「長生きすると約束したからだ」

「は…?正気ですか?」

「…私は祖国を救うまで絶対に死ねない。だから安心して私の指を斬り落としてくれ。早く」

 

辺りを見渡す。勿論都合よく清潔な刃なんてある訳がなかった。もう一度彼の右手を見る。この数分だけで灰と化した面積が広がっている。

 

「早く、テイラー」

「ッ…!」

 

私は自身の剣を手に取り彼の指を3本斬り落とした。

 

 

「親指が無事で助かった…運がいいな私は」

 

ダラダラと冷や汗をかいた彼は沈んだ顔でそう言う。

 

「笑えない冗談を言うくらいなら何も言わぬようがマシです。貴方は絶望的にジョークのセンスがない」

「テイラー…ジルだ」

「え?」

「ジル・ド・レェは、あの女の、関係者だ」

 

彼は私の話を聞かずにそう言った。

 

「現時点では、あくまで疑惑でしかないのでは?ラ・シャリテへ行くまでは分からないでしょう」

「いいや私は確信している。ジル・ド・レェは、あの女と何らかの関わりをもっていると」

「何故そう思われたのですか」

「あの女が、言ったからだ…ジャック・ブラウンは裏切り者だと。ジャンヌ・ダルクは、イングランド軍に凌辱されたと…」

 

彼は右手の親指と人差し指を動かす。2本だけとなったソレが正常に動くか確かめているような動作だった。

 

「イングランド人であればジャンヌ・ダルクが凌辱されたなどと言うバカはいない。ジャック・ブラウンが裏切り者だと知るのは、フランスの上層部と同じスパイだけだ。そして、その彼らは全員ジャンヌ・ダルクの異端審問の内容を正確に知っている。私が、全て伝えていたからだ。もしあの女の言った事が嘘ではなく、そしてあの女と同じ情報を持つ人物がいるのだとしたら。それは、フランスの上層部でもスパイでもないフランス人であり。たまたま私の顔を…私の正体を知ってしまった人物のみだ」

「………」

 

”馬鹿な…ッ君は、死んだ、はずだ……パテーの戦いで。君は死んだと!!ジャンヌが言っていた!!!何故君が生きている!?!?…ッ何故、イングランド軍にいる!?!?何故!何故…ッ何故君がジャンヌを殺そうとするんだ!?!?”

 

再び思い出した。

ジャック・ブラウンの罠にはめられた、あの日のジル・ド・レェ()を。あの日、兜を外した黒騎士の素顔に驚愕していた男の姿を。

 

「では、あの女は何者ですか。確かにジャンヌ・ダルクと同じ姿ですが、全くの別人というのですか?」

「あぁ。造形がたまたま似た作りの女だったのか、それとも何らかの力を用いて寄せたのかは知らないがな。あれは我々の知るジャンヌ・ダルクではない。ジャンヌ・ダルクはもうこの世にいないのだから。死者は蘇らない。絶対に」

「…何からの力で寄せたって…本気で言っているのですか?」

「君も見ただろう。あの女は何もないところから剣や旗をとり炎を操った。最早我々の常識で考えることは無意味だ。ともかく、これではっきりした。ジル・ド・レェに情けは不要だ」

 

彼はグッと左手を握りしめた。

 

「あの男は、ユダなのだから」

 

ギラリと彼の目が光る。その瞬間、殺風景だったはずの部屋が一気に華やかになった。

 

「は…?」

 

言葉通り、本当に花畑の中に(・・・・・・・・)私達はいた。

 

「ッー!?」

 

ジャックはすぐさま立ち上がり右手で剣を抜き左手に持ち替えた。

 

「凄い凄い!もうそこまで辿り着いちゃったんだ!流石だね!」

 

ちょうど同じくらいのタイミングだった。ふざけた子供のような声が聞こえたのは。まるで最初からそこにいたかのように、ごく自然にその少年は我々の目の前にいた。この状況にそぐわない笑みを浮かべて、そこに立っていた。

 

「どうかな。気に入ってくれた?田舎育ちの君は金ピカまみれよりも、こういうお花畑の方が好きでしょ?」

「…その口ぶり。これは貴様が我々に見せている幻だというのか」

「あれ、取り乱さないんだ?君、リアリストだから結構焦ると思ったんだけどなぁ……あぁ、それとも、こっちの方がお好みかな」

 

パチンと少年が指を鳴らす。次の瞬間、我々は花畑から見覚えのある場所へと移動していた。

 

「ここは……ルーアンの」

「そう。ルーアンの処刑台前だよ」

 

私の呟きに少年が反応する。ジャックは沈黙したまま少年を警戒し続けていた。

 

「ほら、あそこ。処刑人が歩いてくるよ」

 

少年が指をさす。その先にいたのは、金髪の少女。

 

「この魔女め!!」

「裁きを受けろ!!」

「異端者め!!!!よくも騙したな!!」

 

集まった民衆から罵声を浴びせられているその子は。

 

「あれは…!?まさか」

 

見覚えがある、なんてものではない。見違えるはずがない少女だった。

 

「君いい反応するね!そう、彼女だよ」

 

ジャンヌ・ダルクだった。彼女は縄で拘束され複数の兵士達に囲まれ歩くことを強要されていた。処刑台へ真っ直ぐ歩かされていた。あの日と同じように。あの日を再現しているかのように。否、ように、ではない。これは再現だ。本当に、あの日に戻ったと思うほど忠実に再現されている。

 

「君のせいで処刑されちゃった女の子が歩いてくるよジャック。ほら、僕じゃなくて彼女を見なくちゃ。止めなくていいの?今なら止められるよ」

 

少年はジャックの顔を覗き込む。

 

「君がやめろと言えば止められるかもしれないよ。ほら早くしないと。ジャンヌちゃんがまた殺されちゃう!また火あぶりにされちゃうよ!君のせいで!!生きたまま焼かれるのってどんな気分なんだろうね!きっと耐え難い苦痛を味わされるんだろうね!!可哀想に!!!彼女を誰よりも愛していた君がこの結末を望んだせいで豚の餌にもならない消し炭にされちゃうんだ!けれど今なら間に合うかもしれない!!」

 

ジャンヌ・ダルクが処刑台へ上がる。あの日と同じように彼女は抵抗することなく処刑台へ上がる。聖火を手に持った兵士が彼女の前に立つ。

 

「処刑しようとしてくる奴ら。あいつら全員殺して彼女の手を取って逃げればいい!かのランスロット卿が王妃 ギネヴィアを助け出したようにね。そうすれば君は愛しい人と結ばれる!これ以上の幸福なんてないだろう!!」

「……そんなことに一体何の意味がある」

 

ようやくジャックが口を開いた。ゾッとするほど冷ややかな目で彼は少年を見下していた。

その後ろでジャンヌ・ダルクの足元にある薪に火がくべられる。同時に彼女の悲鳴が響き渡る。その悲痛な声に私は耳を塞ぎたくなった。だがジャックは一切動じることはなかった。

 

「私が彼女を殺したことを後悔しているとでも思っているのか?この幻を見せれば私が動揺するとでも思っているのか?舐められたものだな。私が何度彼女の死を見てきたと思っている」

「…あは、やっぱりダメかぁ。でも、これではっきりした。やっぱり君持ってるんだね」

 

会話を続ける彼らの後ろでジャンヌ・ダルクがイエス様の名を叫ぶ。

少年は彼女を無視するかのようにもう一度指を鳴らした。その瞬間ルーアンから殺風景の部屋に戻った。否、今のが全て幻だとすれば、それが解けたというべきだろうか。

 

「テイラー下がれ。この男は危険だ」

 

ジャックは私を庇うように前に立った。

 

「っしかし…貴方は負傷したばかりで」

「君よりは十分に戦える。下がれ。まともにやりあえば君は殺される」

「部下思いだなぁ。優しいねジャック。彼の代わりなんて、いくらでもいるのに」

「竜の魔女の手下如きが気安く私の名を口にしないでもらおうか」

「あれれ。僕と彼女が繋がっているって決めつけちゃっていいの?」

「このタイミング。それも竜の魔女と同じ怪しげな力を使う者が現れれば断定しない方がおかしいだろう」

「ふふ、うん。それもそうだね!それよりもさ、見た?さっきのジャンヌちゃんの顔!僕にここまで連れてこさせておいて、あんなにもあっさり言い負かされちゃってさぁ。ま、こうなることは初めから分かっていたんだけど。でも引き攣ったあの子の顔は見れてよかったよね。あれは凄い動揺してるよ。きっと暫くは自分自身という存在に怯えるんだろうな。あっはは!楽しい!!楽しいねこれ!ありがとうジャック!ジャンヌちゃんを追い詰めてくれて」

 

少年の言葉に私は耳を疑った。この少年はあの女の仲間ではないのか…?

 

「でもジャンヌちゃんよりもジャックの方が最高だったよ。ジャンヌちゃんが君の前にきた時の表情!!あれ!!あれ凄い良かった!もう一回してくれない?いや、やっぱだめ!ただ真似るだけなんてされても、つまらないや。あの時の同じくらいジャックを絶望させないと意味ないよね」

「……貴様は、一体何がしたい」

「冷たいなぁジャック。僕と君の仲じゃないか」

「巫山戯るな。少年の皮を被った化け物が。貴様とは初対面だ」

 

殺気立った空気だ。並の兵士であれば失神してしまう程ジャックは凄まじい殺意を放つ。だが、殺意を向けられた少年は信じられないことに楽しそうに笑った。

 

「あは。そっか。そうだったね。君は僕を無視したんだもんね。あ、それ以前にまだ僕は君を見つけられていなかったね。今は1431年の6月だっけ?君がお父さんの正体を知った頃かな?あっはは!あれは傑作だよね!!ねぇどう思った?強く賢く立派で自分を愛してくれていると思っていたお父さんの正体を知ってショックだった?ショックだったよね?君はずっとお父さんのこと敬愛してたのに向こうは君を自分と同じ奴隷に仕立て上げることしか考えていなかったんだ!悲しいよね辛いよね。ずっと信じていた人に、それもたった一人の身内に裏切られるのは到底耐えられるものではなかったよね!!でもジャンヌちゃんを殺しちゃった後だから割とどうでも良かったのかな?うーん…どうでもいいと思うしかなかった、が正しいかな。何度苦しみを与えられても君は正気を失わないもんね。そのせいで毎回傷つくのに、そうと分かっていてずっと理性を保とうとするなんて、まるで傷つけられたいみたい。あ、もしかしてそういう願望ある?だからお母さんも殺しちゃったのかな?」

 

突然興奮し出した少年は突然語り出す。その殆どを私は理解することができなかった。困惑しジャックを見る。彼の表情は固くなっていた。

 

「ッ貴様、何者だ!?」

「あ、ごめん。まだ名乗ってなかったね。僕の名前はフランソワ・プレラーティ。勿論サーヴァントでクラスはキャスター。そして君の信仰者だ。よろしくねジャック」

 

フランソワ・プレラーティ。知らぬ名前だ。少なくともイングランドやフランスで有名な貴族ではない。私はプレラーティを警戒しつつ、ゆっくりと彼らから距離をとった。

 

「servantだと…主は竜の魔女だと言いたいのか」

「あは、あはははは!違うよジャック。僕が仕えているのは王さまだよ」

「なに…?」

「もしかして今のイングランド王とかフランス王を疑ってる?大丈夫だよ心配しなくても。僕はその程度の王さまに仕えたりしない。そんな平凡な王に仕えるなんてこと退屈すぎて我慢できないよ。僕を最高に楽しませてくれる王じゃないとね」

 

どういうことだ…?まさか他国の王がこの戦いに参入しているというのか…?否そんな訳が無い。王というのは何かの隠語か。もしくは王のようにこの少年が慕っている人物がいるというだけのはず。

 

「相手は誰だと思う?アーサー王かな?それとも獅子心王?まさかまさかの英雄王かもね。どうするジャック。皆強いよ。何せ神秘の度合いがこの時代とは比べものにならないからね。対する君は生身の人間だ。宝具を使うこともできない。君のお得意の奇策でも勝てるかな?」

「貴様は何を言っている?」

「あれ?あ、そっか。ジャックはまだサーヴァントが何かも聖杯戦争の存在も知らないんだもんね。突然こんなこと言われても理解できないか…うーん、どうしようかな。教えてあげようかな……おっと、ごめんね。タイムオーバーだ。帰還命令が来ちゃった。もう、ひどいなぁ。こんな感動的な出会い、もう2度とないっていうのに」

 

少年は、むぅっと少年らしく頬を膨らます。年相応のその仕草が、気色悪く思えた。

 

「またねジャック」

 

突然少年の身体が透けた。これも奴の幻なのだろうか。

 

「愛しの君よ。次会う時は君に最高のプレゼントをお届けすると約束しよう」

 

その言葉と共に少年は消えた。人の気配を感じない。奴は本当に消えたというのか。慌てて部屋から出たが少年はいなかった。

 

「…っ次から次へと」

 

ジャックは悪態をつき、剣の構えを解いた。

 

「あの、少年は一体…」

「テイラー。あの少年は後回しでいい」

「っ何を根拠に…奴は危険です!!」

「あぁそうだ。危険だ。だが今は奴について分かっていることは名前くらいしかない。嘘か本当かも分からぬ名前しかな。そんな奴に時間を費やしている余裕はない。"フランソワ・プレラーティ"という人物については国王に報告し調べさせる。そんなことよりテイラー、出撃の準備をしろ。明後日にはここを出る」

「え?」

「我々は一刻も早くこの状況から前進しなくてはならない。よって明日リッシュモン大元帥に作戦の合意を得る。そして明後日には作戦を開始する」

「作戦、ですか」

「あぁ、そうだ」

 

「祖国を救うため。まずはその一歩となるかもしれないジル・ド・レェの身柄を確保する。そのための作戦だ」




リッシュモンは本編の8話にて登場。

【カルデア陣営の主なメンバー】
・ぐだーず(マスター)
・マシュ(シールダー)
・ジャンヌ(ルーラー※能力制限あり)
・マリー(ライダー)
・アマデウス(キャスター)
・清姫(バーサーカー)
・エリザベート(ランサー)
・ジル(人)

【竜の魔女陣営のメンバー(現時点での情報)】
・ジャンヌ(竜の魔女)
・ジル(キャスター)
・聖女マルタ(ライダー)
 →消滅
??? プレラーティ(キャスター)


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第6話 1431年6月13日

テイラー視点です。

【追記】
本文内の視点切り替え表現を変更しました。
こちらの件についてはこちらのページをご覧いただきますよう、よろしくお願いいたします。
ご意見ある方は活動報告のコメント欄にてお願いします。


Julius Taylor - 3

 

「そんなことよりテイラー、出撃の準備をしろ。明後日にはここを出る」

「え?」

「我々は一刻も早くこの状況から前進しなくてはならない。よって明日、大元帥に作戦の合意を得る。明後日には作戦を開始する」

「作戦、ですか」

「あぁ、そうだ」

 

「祖国を救うため。まずはその一歩となるかもしれないジル・ド・レェの身柄を確保する。そのための作戦だ」

 

ジャックは淡々と告げる。私は驚愕した。ジル・ド・レェがラ・シャリテにいるという情報も、彼が黒幕かもしれないという情報もつい先程シャルル7世から聞いたばかりのはずだ。なのに、この男はもう作戦を立てたというのか。あれだけ精神的に追い込まれていたはずなのに彼はその最中でも冷静に考えていたというのか……この男が敵でなくて良かった。心の底からそう思った。

 

 

 

「まさか。本当にブラウン伯爵の息子が、彼女の隣にいた青年だったとはな……いや、今はもう君がブラウン伯爵か」

「お久しぶりです大元帥」

「…そうだな。2年ぶりか」

 

翌日、彼はアルテュール・ド・リッシュモンと面会した。昨日奇襲を受けたと思えないほどの落ち着いていた。

 

「随分と変わったな」

「遅い成長期だったようです。よく見違えるほど成長したなと言われますよ」

「随分暗い目をするようになったな。あの頃の、ジャンヌの隣にいた君には見えない」

 

一瞬、彼の表情が強張った。

 

「君のことは国王から聞いている。君のその立場はフランス(祖国)のためであるという事も、私は信じている……君を、我が同胞と認めよう」

「…確かに昨日、シャルル王から祖国を救うため貴方に私の正体を告げたと聞いておりますが…意外ですね。清廉潔白な貴方からすれば、スパイ()は到底受け入れ難い存在かと思いますが…一体どのような心変わりで?」

「随分私を理解してくれているようだな…良い機会だ。正直に話しておこう。私は君を好かない。君の生き方は貴族、そして騎士を愚弄している。そんな汚い生き方をせずとも、あのままジャンヌ(彼女)の側で活躍する事ができたはずだ。だが君は、望んでその生き方を選んだ。何があったのかは知らないが、如何なる理由があろうと決して許される事ではないぞ。少なくとも私にとっては死罪より重い罪だ。だが、それでも私が君を恐れない。君を同胞として受け入れる。何故なら、我が友 ジャンヌ・ダルクが君を1番信頼していたからだ。故に私は君を信じる」

 

リッシュモンは険しい顔のまま宣言した。生前のジャンヌ・ダルクは随分と信頼を稼いでいたようだ…だからこそ、彼女はイングランドに目をつけられ、あのような結末を望まれたのだが。

 

「ありがとうございます。リッシュモン大元帥。早速ですが、同胞たる私の作戦に協力していただきたい。この状況から脱し竜の魔女を殺すために必要な、ジル・ド・レェ捕獲作戦に」

 

彼は告げる。

ブラウン軍、リッシュモン軍を7つの隊に分け、そのうち6隊をラ・シャリテを中心に6箇所の砦に配置。ラ・シャリテを囲うように配置された兵士達の任務はラ・シャリテにいるジル・ド・レェの軍への攻撃である。しかし彼らを直接攻撃するためには彼らの他にもう一つ危険な勢力の相手もしなければならない。竜の魔女 ジャンヌ・ダルクがこの世に呼び出したドラゴン。ワイバーンだ。奴らはただ腹を満たすために人を襲う。

 

「ワイバーンはロングボウや砲台で殺せることは証明済です。一体ずつの脅威は大した事ありません…ですが大群であれば話は別。我が軍、そして貴方の軍がまとめてラ・シャリテへ向かえば間違いなく数百ものワイバーンがこちらへ来るでしょう。腹を満たすため人が集っているところへ来るのは自然のこと……ジル・ド・レェの軍と大量のワイバーンの相手を同時にすれば、こちらが負ける可能性が高い」

「であれば、どうする。奴がラ・シャリテから出るまで待機か?」

「もうそんな事をしている時間はありません。これ以上竜の魔女の好きにはさせられない」

「負ける可能性が高くても、同時に相手をするというのか」

「いいえ。第3の選択をとります。ワイバーンの相手はジル・ド・レェにさせる」

 

7つに分けられた兵士たちのうち6隊の任務はラ・シャリテ周辺にいるワイバーンをそのエリアから出さないことだ。奴らが人を襲う理由は食事をするため。好戦的ということはなく、腹さえ満たされていれば人を襲うこともない。こちらの方が強いと察すれば引き返すような脳のある奴らだ。であれば奴を長距離攻撃が可能かつ奴の身体を貫ける武器であるロングボウで奴らを誘導することは難しくない。6つの隊全てに弓兵・砲兵を配置し、歩兵は陸でゾンビを倒す。目的はゾンビの壊滅ではなく、弓兵を守るためだ。そのため襲ってくるゾンビだけ相手にすればいい。

 

「先程ワイバーンは脅威ではないと申し上げましたが、それはイングランド軍にとってのことです。フランスの弓では空を飛び回るワイバーンを射ち落すことはできないのでは?」

「その通りだ。我々に飛び回すあれを射ち落す術はない」

「それは言い過ぎでしょう。大砲をワイバーンにぶつければ落とせますよ。最も、それだけ腕の良い兵士がいればの話ですが」

「…思い出した。そういえば、君もあの時オルレアンにいたな。2年前、ジャンヌ・ダルクがオルレアンで対人相手に砲撃したという信じられない報告を受けたが…あれは君の作戦だったのだろう?全く、とんでもない事を思いつくな君は」

 

その言葉には、若干の呆れや非難が含まれていたが、彼は穏やかに振る舞い続けた。

 

「なに、城を破壊できるのであれば人を殺せるだろうという安直な発想ですよ。ともかく貴方ですら対応できなかったのであればジル・ド・レェも同じ状況はず。ラ・シャリテの近くから出られなくなったワイバーンがどうするか。答えは明白だ。間違いなく1番人が多く、喰いやすいところへ向かうでしょう」

「ッまさか、ラ・シャリテの兵士をワイバーンへ喰わせるのか!そんな事をすればラ・シャリテにいる民衆にも被害が」

「気の毒ですが。我々はフランスとイングランドをこの地獄から救わなければなりません。守るべき民衆の命を犠牲にしてでも我々は祖国を救わなければならない」

 

リッシュモンは驚愕し、暫く呆然と彼を見つめていた。いつの間にか彼は穏やかな表情から絵に描いたような深刻な表情へと変化していた。私には、それが演技にしか見えなかった。

 

「………君の決意は分かった。だがジル・ド・レェがワイバーンへ喰われたらどうする?重要な手がかりを失うことになる。民衆を無駄死にさせることになるぞ」

「予め伝達します。こちらの条件を呑むのであれば白旗を掲げろと。奴らにワイバーンに襲われ続けることが人為的なものであると理解させるために。ラ・シャリテという場所に固執していないのであれば、彼は確実に白旗を掲げるでしょう。7隊のうち残り1隊はこの伝達役兼ワイバーンをラ・シャリテへ向かわせるための、ばら撒き役です。ワイバーンは生きている人間より遺体を優先する。抵抗されず喰えるから効率的なのでしょう。今フランスには嫌というほど遺体が転がっています。ラ・シャリテへ向かいながら、それらをかき集め奴等の拠点のの500メートル手前付近で遺体をばら撒く」

「は……」

 

あまりの内容に思わず声が漏れたのは私だったか、それともリッシュモンだったのか。それすら分からなくなるほど、彼の作戦は衝撃的だった。彼はあまりの内容に絶句する我々を気にも留めず話を進めた。

 

「白旗を確認し次第、各部隊の弓兵・砲兵は周辺のワイバーンを仕留める。粗方片付いた後、1隊ずつラ・シャリテへ進行します。事前にワイバーンへの恐怖を植え付けている為このタイミングで攻撃は出来ないでしょう。大人しく捕まってくれる…あぁ、安心してください。ばらまき役は私と我が軍の精鋭達のみで行います。うちには馬鹿みたいに耳のいい奴や生まれる時代を誤ったのではないかと思うほど天才的に腕が立つ剣士がいる。彼らと私で遺体を運ぶ荷馬車を護衛します。貴方がたは、白旗が上がるまでワイバーンを誘導し続ければいい」

「………」

 

リッシュモンは沈黙し俯いた。非常に険しい表情だ。無理もない。ジャックの作戦は、たった1人の容疑者を捉えるために亡くなった遺体を道具のように扱い、生き延びた民衆の命すら散らそうとしているのだから。

 

「なる、ほど……。成程……よく、こんな凶悪な作戦が思いつくな」

 

リッシュモンは大きくため息をつき天を仰いだ。

 

「こんな作戦しか思いつかない己の未熟さが悔しくてたまりません…しかし、もはや嘆く猶予もすら」

「あぁ…分かっている。君が本気で祖国を守ろうとしていることは……だが正義を成すために悪を許容する君の思考は、とても危うい。君がイングランドにも恐れられている理由が今分かったよ」

 

今度は彼が小さくため息をつく。

 

「大元帥、悪とは何でしょうか。私の作戦は、貴方をそこまで悲しませるほど愚鈍なものでしょうか?確かに遺体を埋葬せず武器の一部のように扱うのは褒められることではないでしょう。民衆を守るべき私が民衆を死なせてもいいと発言することは、あってはならぬことでしょう。しかし、それらの常識は平時のもの。化け物相手にそのような価値観は通用しない。であれば竜の魔女を殺し1人でも多くの民を救うために亡くなった者達に救いを求める事は、悪なのでしょうか?数万人の命を救う為に、数百人の命を犠牲にすることは悪なのでしょうか?」

「その理論はダメだ。化け物相手であろうと、我々は騎士として誇りを捨ててはならない。そうでなければ、これは化け物と人間による戦いではなく、化け物同士の戦いになってしまう。この世が地獄と化してしまう」

「まさか今が地獄よりマシだというのですか。冗談じゃあない。これが地獄でなくて、なんだというのですか」

「だから自ら地獄を作り出すのか?騎士が化け物を使って民衆を殺すというのか!それでは我々は、竜の魔女となんら変わらないではないか!」

「いいえ、違います。奴は己の感情の赴くままに化け物を使い人類を壊滅させようとしている。我々は祖国を救うために、どんな手を使ってでも奴ら化け物を壊滅させようとしている。理性のない獣と騎士を同列に並べないでいただきたい」

 

僅かに熱の帯びた声が部屋に響く。

 

「……ブラウン伯爵。ダメだ。受け入れられない。こんな非道な作戦を私の大切な部下に強要はできない。彼らに騎士をしての誇りを失わせる訳にはいかない」

「騎士の誇りとは、祖国よりも大切なものですか?部下の誇りのために数万人の命より数百人の命の方をとる選択が正義だというのですか?貴方のいう、騎士とはそのようなものだと?」

 

彼は畳み掛けるように言う。

 

「………。どちらも救うことは出来ないのか?」

 

暫しの沈黙の末、リッシュモンは縋るような目でジャックを見た。

 

「君は弓も剣も一流だろう?それに君の部下には化け物のように強い者達がいるはずだ。彼らであれば、この状況を変えられるのですはないか?」

「それができるのであれば初めからそうしています」

 

彼は吐き捨てるように言う。

 

「果たして、それはどうだろうか。私は今でも悪夢を見るよ。君が、最強と謳われている我が軍を正面から突破し最奥にいた私を捉え拘束してきたあの日を」

「……。ワイバーンを仕留められるか否かでいえば可能かもしれません。しかし同時には不可能です。私の兵士は皆が皆、優秀という訳ではないのです。優秀な兵士達がワイバーンを仕留めている間に、他のワイバーンどもが兵士達を喰らうでしょう。それでは意味がない。私は貴方と戦い貴方に勝利し貴方の軍に敗北した時に、この身をもって学びました。たとえ、どんなに強い騎士がいたとしても単騎では何の意味もない。軍が強くなければ負ける。今回も同じです。練度の高い貴方の軍。そして貴方を見本に訓練してきた我が軍はなるべく死者を出してはならない。決して代わりのきく存在ではないのですから」

「………本当にこうするしか、手がないのか…?騎士の誇りも民衆の命すら捧げたその先にあるのはなんだ。たとえ竜の魔女を倒せたとして、そうなった先にある国に意味はあるのか…?」

「それを考えるのは王です。一介の騎士でしかない私がその問いに答えること自体烏滸がましい。私は、私の使命を果たすまでです」

 

リッシュモンは喘いだ。屈強な肉体と魂の持ち主である、あのリッシュモンが、提示された選択に苦しんでいる様は、見ていて痛々しかった。

 

「無論、この作戦が優れているとは思いません。ですが最善だとは思っています。リッシュモン大元帥、貴方はどう思われますか。我々は兵士の命を預かる立場です。理想論ではなく、合理的な判断を下すべきです」

「……。一晩考えさせてくれ」

「残念ながら、そんな悠長なことは言っていられません。1時間で結論を出してください。2時間後には兵士達に作戦を伝達し明日の早朝から作戦開始とします」

「………」

 

リッシュモンは頭を抱えた。ジャックはそんな彼に構わず椅子から立ち上がった。

 

「では大元帥。良い回答を期待しております」

「……ジャック。一体何があった」

 

リッシュモンは彼を見上げる。その顔は心の底から彼を心配していた。

 

「昔の君は、年齢の割に随分と子供らしかったよ。ジャンヌの隣で表情をコロコロ変えていた。大抵は彼女を心配そうに見つめていたが…いつも必死に彼女を守ろうとする姿は、とても微笑ましかった」

「困りますね大元帥、今の私はイングランドの黒騎士 ジャック・ブラウンですよ」

「イングランドで、君は何を見た?」

「何を言って」

「君はイングランドで何を知った?何が君をそこまで変えた?どうして君がジャンヌを殺す選択肢を選ぶことができた?」

 

彼は口を閉ざし目を伏せる。リッシュモンは彼の言葉を待った。心配そうな表情のまま待っていた。

 

「別に何かがあったわけではありません。私はただ、この世の道理を知っただけ」

「イングランドで、何をされた?」

「何も。強いていえば、貴族としての生き方と女性への接し方を学ばされたくらいですね。それ以外は、笑えるくらいフランスと変わらない環境でしたよ……」

 

彼は。

ジャックは、ぼんやりとどこか遠くを見つめていた。

 

 

1時間後リッシュモンはジャックの作戦に合意した。そして翌日の早朝から作戦が開始された。

 

 

作戦は何の問題もなく成功した。失敗したことといえば、1時間足らずで白旗が上がるだろうという見立てが大きく外れたことだ。まさか数時間も続くとは思わなかった。これにより我々の想定以上に奴らは戦力を有しているという事実が浮き彫りになった。しかし奴らは元々訓練された軍隊ではなく寄せ集めで形成された傭兵のはずだ。それがどうして、ここまで抵抗できたのか。疑問を抱えたまま我々はラ・シャリテへ突入した。

 

 

「……お前ら、何してんだ」

 

ジル・ド・レェは広間にいた。奴らは優雅に食事を楽しんでいた。奴らが食べているものは、よく分からないが変わった匂いがする。見た目だけでいえば、まるで王族のような食事をしていた。とてもつい先程まで戦っていたとは思えないほど穏やかに食事をしていた。呑気な奴らだ。微笑ましい光景に殺意が芽生えた。

 

「何って、食事を…」

「食事…?はぁ?…何、呑気に食ってるんだよ。なんで、そんな、楽しそうなんだよ。お前ら。なぁ」

 

連合軍は動揺した。我々がここへやってくるまで彼らは笑顔で食事を楽しんでいたのだ。楽しむという感情を忘れてしまった我々には、彼らが異常者にしか見えなかった。

 

「なんで、笑ってたんだよ…なんで笑えるんだよ。なぁ、リモージュもブールシュもヴァルシーも。全部全部壊されて…人が殺されて、ゾンビになっているんだぞ…なのに、なんで。なんであんな地獄を見てお前ら、笑っていられるんだよ。頭、おかしいんじゃないか」

「違う、こいつら。ここで引きこもってたから、知らねぇんだ。あの地獄を見ずにずっとここで過ごしていたんだから」

「自分たちだけ現実逃避して、ここで楽しくしてたってことか…ッ」

 

レェ軍の兵士は、呆然と連合軍兵士達を見つめていた。何故責められているのかも分からないといいたげな間抜けな顔を晒していた。

 

「ワイバーンの大群にあれだけ耐えられる戦力があるんなら!他の都市を救うことだってできただろうに!!お前らは!!!ここで皆で仲良しごっこしてたってわけかぁ!!!」

「さぞ楽しかっただろうよ…!仲間が殺されていく中こんな豪勢な飯食えるなんて、最低最悪のクズ野郎どもめ…!!遠くから仲間の悲鳴を聞きながら食う飯は美味いか!?」

 

「さ、最低最悪のクズ野郎はお前らだろうが!!!」

 

我に返ったレェ軍の兵士達が言い返す。

 

「遺体をワイバーンに喰わせて!!!俺達もワイバーンに喰わせようとして!!!」

「そうだ!お前らのせいで何人死んだと思ってるんだ!?」

「俺らを屈服させるためにそこまでするのかクズ野郎ども!!お前らは!人間じゃない!!悪魔だ!!!」

 

「なんだと貴様ぁ!!!ふざけるなぁああ!!!戦うことを放棄した面汚しどもめ!!!」

「悪魔はお前達だろう!!ワイバーンに仲間を喰われただぁ?そんなもん何回も見てきた!!!逃げ惑う民衆がワイバーンに生きたまま喰われて!!!助けようとした兵士も喰われて!!!」

「全部!!!全部お前らのせいだろうがあぁああ!!!お前のせいでこうなっているんだろうが!!!裏切り者め!!!ジル・ド・レェが竜の魔女の後ろ盾だってことはもう分かっているんだぞ!!!」

 

お互いがお互いを罵り合う。大声で怒り任せに叫ぶ。耳が痛い。こんな罵り合いをしても何の意味もならないだろうに。そんな事も分からないのだろうか。これだから低能は嫌いだ。

このまま放っておきたいところだが、流石に止めないと殺し合いになってしまうかもしれない。私はジャックに指示を求めようとした。が、彼はまるでジル・ド・レェから隠れるように柱の後ろに立っていた。まだ止めに入る気はないらしい。

 

「待ってくれ。私が、竜の魔女の後ろ盾とは、どういうことだ!私は断じてフランスを裏切ったりしていない!」

 

ジル・ド・レェが前に出てきた。連合軍兵士はすぐに彼を取り囲んだ。彼は敵意を向けられていることに戸惑っていた。

 

「では何故、増援要請に応じなかった」

 

リッシュモンがジル・ド・レェに問う。

 

「それは、ここが手薄になるのを避けるために」

 

慎重に言葉を選んで発言していた。分かりやすい反応だ。あれでは自ら自分は何かを隠していますと自白しているようなものだ。

 

「貴様の兵士たちはワイバーンの群れに8時間も耐えられた屈強な者達だ。一部ここから離れたとて問題はなかったはずだろう」

「……」

 

ジル・ド・レェは俯き黙り込んだ。反論すら出来なくなったようだ。これ以上は不問だ。拘束し吐かせるべきだ。問題は上手く吐かせられるかにある。生憎、連合軍の中に拷問経験者等いない。彼に吐かせようと拷問した結果、誤って死なせてしまうリスクがある。誰が拷問するのかは知らないが、軍医である私は同行させられるのだろう。それどころか軍医が一番人を死なせず苦しませる方法が分かるだろうと、私にジル・ド・レェを拷問しろと命じられる可能性もある。人の命を救たくて医者になった先にあった未来が、人を拷問する定めにあるとするならば、これ以上のジョークはない。幸い、必要最低限だが医療機器は持ってきている。経験はなくとも、人を苦しめられる方法なんてすぐに思い浮かぶ。

覚悟を決め、ジャックを見る。彼は相変わらず柱の影に隠れたままだった。このまま隠れ続けるつもりなのだろうか。

私がそう思った時だった。

 

「ジル、貴方まさか。私を守るために兵士達がここから離れるのを避けたのですか」

 

凛とした声が聞こえたのは。

一度聞いたら忘れないその声。ルーアンでの絶叫が彼女の最後の声になるはずだったというのに、信じられないことに、またその声が聞こえた。

 

「お、おい。あれ。あそこにいるの。ジャンヌ・ダルク…じゃないか」

 

唐突に現れ、唐突に消えたはずのあの女がそこにいた。

 

「どういう事だ…!?竜の魔女はオルレアンにいるんじゃなかったのか!?」

「お前…お前らが囲っていたのは竜の魔女だったのか…!!!」

「違う!彼女は竜の魔女ではない!!彼女は本物のジャンヌ・ダルクだ!!!」

 

ジル・ド・レェが必死に叫ぶ。私は再びジャックを見た。彼は、柱の後ろに立つことをやめ、ジャンヌ・ダルクを見ていた。何かに取り憑かれたかのように瞬きすらせずジャンヌ・ダルクを見つめ続けるその姿が、不気味だった。

 

「本物のジャンヌ・ダルクが竜の魔女になったんだろうが!」

「違う!彼女は聖女だ!!竜の魔女なんて嘘だ!!!」

「俺は見たぞ!!ジャンヌ・ダルクが愉しそうに街を破壊しているのを!!人を殺しているのを!!!!イングランドに呪いを!フランスに呪いをと高らかに叫ぶジャンヌ・ダルクを!!!」

「違う!!!それは彼女ではない!!!」

「やっぱりジル・ド・レェは裏切り者だったんだ!!!殺せ!」

 

ジル・ド・レェを囲んでいた兵士達が一斉に剣を抜く。目の前に、凶悪な魔女 ジャンヌ・ダルクがいると分かった途端、怒り、焦り、恐怖。それらの感情が彼らの行動を支配していた。全員冷静さを失い、早く殺そうと動き出す。

 

「待て。殺すな」

 

次の瞬間、不機嫌そうな声が響いた。ジャックだ。彼はようやく柱の影から姿を表した。

 

「いつ誰が殺せと命じた。私は捉えろと言ったはずだが?命令違反で私に殺されたいのは、どこのどいつだ」

「ッ…」

 

彼の殺意が連合軍に向けられた。兜越しでも十分に分かる。ここで手を出せば自分は本当に、この男に殺されてしまうと。

1人、また1人と兵士が剣を下ろす。兵士らはジル・ド・レェや女に警戒したまま、縋るような眼差しでリッシュモンとジャックを見つめる。早く指示をくれ。この2人に処分を下してくれと、その目が言っていた。

 

「……何で、貴様がここに、いる」

 

兵士らの近くから震えた声が聞こえた。声の主はジル・ド・レェだ。

 

「何でっ何で貴様が!!!ここへやってくるのはリッシュモン軍のはずだろう!!何故!!何故ぇ!!!何故貴様がここにいる!!!?ジャック・ブラウン!!!!」

 

ジャックの姿を見た途端、ジル・ド・レェは突然怒り狂った。その様に兵士達の警戒心が強まっていく。

 

「イングランド軍とフランス軍は同盟を結んだ。フランスのリッシュモン軍と私が共にいたところで何もおかしなことはないだろう」

「ッーー!!!裏切り者が!!!皆騙されるな!!!目を覚ませ!!あの男はジャンヌを火あぶりにした男だ!!信頼に値しない!!あの男はユダだ!!!」

 

獰猛な動物のように怒鳴り散らすジル・ド・レェの姿に兵士達が困惑し始めた。突然気でも狂ったのかと小声で話す声が聞こえた。そう思われても無理がない程の変貌ぶりではあった。

 

「ユダは貴様だろう。ジル・ド・レェ。何かを囲っているとは思っていたが、それがまさかジャンヌ・ダルクご本人とはな。フランスの騎士がフランスを貶める悪魔になろうとは」

「フランスを貶めたのはッ!!悪魔なのは!!貴様だろう!私は覚えているぞ!!!決して忘れないッあの日の、貴様を!!」

「……。どうやら狂乱しているようだ。フランスの騎士の身分で竜の魔女を囲おうとする奴とまともに会話しようと思った私が間違いだった。貴様ら。その命、保証されていると思うな」

 

「閣下の言う通り、様子がおかしいな…これが国家元帥と言われた男の末路とは。フランス人ってのはおっかねぇな。自分を持て囃した国を、かつての同胞使って滅ぼそうとしてるんだもんなぁ……本当、人生何が起こるか分かんねぇな」

「決めつけるなフランク。まだ彼が竜の魔女に騙されている、もしくは無理やり従わされている可能性だってあるだろう」

「そう言うがなスペンサー。どっちにしろ、あの様子じゃあ正気に戻れねぇだろ」

 

近くで兵士が呟く。ジャックのお気に入りの兵士達だ。彼らを含め、この場にいる連合軍はジル・ド・レェの言葉に耳を貸すものはいなかった。この男は、つくづくついていない男だ。彼の言葉に嘘はない。だが、今この状況で狂ったように怒鳴る彼を一体誰が信じるというのか。レェ軍の兵士達すら訝しげな顔をしているというのに。

ふと思った。もしや、ジャック・ブラウンがずっと柱に隠れていたのは、この男に不意をついて冷静さを欠く為だったのだろうかと。

 

「貴様”ら”、だと……おい、待て。貴様、まさか。また、ジャンヌを…ッ!」

「ジル・ド・レェを捕えろ」

「ッジャンヌには!手を出すな!!!」

「ジル…」

 

この状況を困惑しながら見守っていたジャンヌ・ダルクはジル・ド・レェを見つめた。

 

「私なら、大丈夫です。この身はサーヴァント。貴方よりもずっと頑丈に作られた身体ですから」

「私がジャンヌ・ダルクに手を出さなければ大人しく捕まってくれるか?」

 

ジャンヌ・ダルクの声が聞こえなかったかのようにジャックは淡々とジル・ド・レェに問う。素晴らしいクズっぷりだ。元の善良ぶった性格はいつ捨てた。

 

「ッ卑怯者め…!」

 

ジル・ド・レェはジャックを睨むつけた。

 

「その場で武器を外して両手を上げろ。この命令が、きけるだろう。ジル・ド・レェ」

「ッーーー!!」

 

ジル・ド・レェは剣を外し両手を上げた。すぐに取り囲んでいた兵士達が彼を拘束する。

 

「っ待って。何故このようなことをするのですか…!ジルは貴方達の敵ではありません!」

 

ジャンヌ・ダルクが真っ直ぐジャックを見つめて訴える。

 

「さて」

 

ジャックはジル・ド・レェが完全に拘束されていることを確認してからレェ軍を見る。訴えているジャンヌ・ダルクではなく、レェ軍を彼は見ていた。

 

「ジル・ド・レェ軍に問う。君達はこの男と同じく竜の魔女を囲んでいた共犯者といえる」

「ッ!」

 

ビクリとレェ軍の兵士達が震え出す。怯えた顔で黒騎士を見ていた。

 

「竜の魔女が何をしたか知っているか。ここで引きこもり続けた君達は知らないかもしれないな。教えてやろうか。この女が何千もの命を散らしたか。どれだけ愉しそうに殺していたか……。なぁ、何故君達はジャンヌ・ダルクがここにいる事を軍へ連絡しなかった?」

 

彼らの頭の中では、きっと、あの黒い鎧を見て、黒騎士の非道な行いを思い出しているのだろう。黒い鎧を纏った者の中で、最も戦果を上げたのは黒太子だが、敵への容赦のなさでいえばジャック・ブラウン以上の者は後にも先にも現れないだろう。

 

「君達は重罪人だ。今、息をしていることすら許されない存在だ」

 

辺りが静まり返る。皆が黒騎士に圧倒され身動き一つとれない状況だった。

 

「ぁっ…ッあ、ぁあ…ッい、いやだ……死にたくない…ッ」

 

やがて自分たちが死刑宣告を受けたのだと理解した1人の兵士が悲痛の叫びを上げる。他の兵士達も、ある者は座り込み、ある者はガタガタと震えていた。抵抗しても死、大人しく従っても死が待ち受けているのだと彼らは理解したようだ。

 

「ま、待て!貴様、私の兵士達に一体何をする気だ!!!」

 

拘束されたままジル・ド・レェが叫ぶ。ジャックは彼の存在を無視し話を続ける。

 

「だが、君達は哀れにも上官が竜の魔女の仲間だっただけの可能性がある。君達では彼に逆らえば殺されるだろう。人間の本能は生きることを求める。もし君たちが死を恐れジル・ド・レェに逆らうことができなかったのだとしたら、それは仕方がないことだ。しかし私には分からない。君たちが望んで竜の魔女を囲っていたのか。それとも、そうではなかったのかの区別がつかない」

「ッお、俺は!俺は初めから反対だった!」

 

1人の兵士が叫ぶ。

 

「初めからジャンヌ・ダルクをこの砦に受け入れるなんて!嫌だった!!でも元帥が受け入れると言って引かなかったから!」

「そうだ!元帥がジャンヌ・ダルクを受け入れるなんて言わなければ、こんなことにはならなかったんだ!!!」

「俺達は違う!!この女の仲間なんかじゃない!!!」

 

レェ軍の兵士達が必死にジャックへ訴える。裏切る奴は簡単に人を裏切る。知っていたが、こうして見せつけられると、とても気分が悪い。

ジル・ド・レェは彼らを見ていた。ジャック・ブラウンの正体を知った時の顔と同じ、絶望した男の顔を見せられ、余計に気分が悪くなる。

ジャンヌ・ダルクは何も言わず目を伏せた。

 

「口先だけでは何とでも言える。もし君達のその言葉が嘘でないというのならば君達は行動でそれを示さなければならない」

「ッ何を!何をすればいいのですか!?頼む…!何でもする!何でもするから、どうか…殺さないで、ください…!」

 

ジャック・ブラウンは勝利の為なら、ルール違反とされている敵殺しを実行する男だ。殺さなければならなかった理由をでっち上げ罰則を逃れる。誰よりも人を殺す事に躊躇がない。殺すと決めたら殺す男だ。だからこそ、彼らの必死さが伝わる。今ここで降伏しなければ数秒後には殺されると分かっているから。

ジャックは彼らを見る。縋り付くような目で自分を見る彼らを真っ直ぐ見る。

禍々しい兜越しに冷徹な黒騎士の目が見えた。その目は彼らを捉えていた。

 

「君達がジャンヌ・ダルクを殺せ。今、ここで」

 

淡々と告げられたその言葉を聞いて彼らは目を見開いた。

 

「待て…おい、おい!!話が違うだろ!!!ジャック!!!!ジャンヌには手を出さないと約束したはずだ!!!」

 

ジル・ド・レェが吠える。ジャックは振り返らなかった。

 

「あぁ。約束通り私は手を出していない。手を出すのは貴様の部下だ」

「ッ貴様ぁああぁあああぁああ!!!!!」

「っおい、動くな…っ!」

 

彼は拘束されながらも暴れた。兵士達は必死に暴れる彼を抑えた。

 

「何をぼんやりしている。先程までの威勢はどうした」

 

ジャックのあからさまな圧に兵士達は息を呑む。

 

「仲間でないのなら殺せるはずだろう。相手は散々我々を追い詰めた女だ。大量虐殺犯だ。君達がジャンヌ・ダルクを殺せた場合これまでの事は全て不問とする」

「その男の声に耳を傾けるな!!その男はユダだ!!信用してはいけない!!絶対に裏切られる!!!」

「選べ。ここで我々に君達の忠誠心を示すか。それともジル・ド・レェや竜の魔女の仲間だと認め私に殺されるか」

 

カツカツ、と彼が前へと足を進めるたびに音が響く。ゆったりとした足音が、余計に彼らの恐怖を煽った。

 

「君達が選べ」

 

その悪魔のような選択肢から兵士達を逃さないように、男は兵士達の前にやってきたのだろう。自分が死ぬか、ジャンヌ・ダルクを殺すかの2択。容赦のない選択肢を若き兵士達に突きつける様子をリッシュモンは険しい表情で見守っていた。男のやり方が気に食わないのだろうが、彼は止めようとはしない。きっと、ジャック・ブラウンの目的を理解しているからだろう。

強い敵よりも恐ろしいのは身内の裏切りだ。ジャック・ブラウンは裏切り者を暴き出すために兵士達に選ばせている。ジャンヌ・ダルクを討ち取ること、裏切り者を暴き出すこと。その2つの目的を果たすために。

大きく賭けに出た手法だ。我々だけならともかく、騎士道だなんだと煩いリッシュモンがいる場で、こんな手口をしては彼に妨害されるかもしれないというのに。リッシュモンが耐えられなくなるより先に兵士達の心が折れると予想しているのだろうか。もしそうだとしたら、ジャック・ブラウンは人を見抜く能力が高い人間なのだろう。彼らはジャック・ブラウン(悪魔)の思惑通り、与えられた選択肢の中から選んだのだから。

 

彼らは剣を抜く。その剣の向き先は、ジャンヌ・ダルクだった。彼らは保身のために仲間の命を捧げる選択を選んだのだ。

 

「くそ…ッ悪く、思うな…!俺は、まだ、死にたくないんだ…」

「仕方がないんだ…ッ逆らったら俺たちが殺されるんだから…!」

 

全員武器を構える。やれと命じられれば、すぐに敵を殺せる体勢だ。

 

「ッやめろ…!やめてくれ…!!」

 

ジル・ド・レェは抑えつけられながらも必死に叫ぶ。

 

「………」

 

ジャンヌ・ダルクは自身を取り囲んだ兵士達をジッと見つめてから、ジャック・ブラウンを見た。

悲しそうだというのに意志の強さを感じる目が印象的だった。

 

「何故、こんな事をさせるの」

「……祖国を救うためだ」

「祖国を救うためなら尚更!どうして仲間同士でこんなことを」

「仲間とは同じ志の者を指す。彼らが我々の仲間だというのであれば、今ここで貴様を殺すはずだ」

 

「待ってくれ!!ジャンヌさんは!!彼女は竜の魔女じゃない!!」

 

その時、1人の少年がジャンヌ・ダルクの前に飛び出してきた。

 

「なんだ、あれ。何で田舎もんのガキがこんなところにいるんだ」

「…よく見ろ。肌の色も顔立ちもおかしい。イングランドの田舎にも、フランスでもあんな子供を見た事がない」

 

兵士達の言う通り、目を疑うほど見慣れない格好、奇妙な肌の色をした少年は、ジャンヌ・ダルクを守るように両手を広げる。

 

「竜の魔女は全くの別人なんだ!!!どうか、俺の話を聞いてくれ!!!」

 

後に聞いた彼の年齢は17だったが、戦場に立つ17歳にしては、やけに子供らしかった。表情も、柔らかそうな手のひらも何もかもが幼い異国の者。彼は、怯む事なくジャック・ブラウンに訴えていた。

 

 

これが、人類史を救う為の組織 カルデアと黒騎士の初対面だった。




【カルデア陣営の主なメンバー】
・ぐだーず(マスター)
・マシュ(シールダー)
・ジャンヌ(ルーラー※能力制限あり)
・マリー(ライダー)
・アマデウス(キャスター)
・清姫(バーサーカー)
・エリザベート(ランサー)
・ジル・ド・レェ(人)

【連合軍の主なメンバー】
<ブラウン軍>
・ジャック・ブラウン(人)
 ┗右手3本欠損
・ユリウス・テイラー(人)
・フランク(人)
・スペンサー(人)
<リッシュモン軍>
・アルテュール・ド・リッシュモン(人)

【竜の魔女陣営のメンバー】
・ジャンヌ(竜の魔女)
・ジル(キャスター)
・プレラーティ(キャスター)
・聖女マルタ(ライダー)
 ┗消滅


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